2012年 02月 8日
テデスキ・トラックス・バンド
テデスキ・トラックス・バンド in 渋谷公会堂。
なんと座席センター2列目の恩恵を受け、デレクの目の前で観戦が叶う。
意識してかスライド率を減らしてのギタープレイだったデレク。出てくる音もばかでかくなく、ヴォリュームを絞ったりのトーンノブを神経質に操りながら、楽曲の有する機微を最大限に演出していた。
ネットで見たままガーリーな出で立ちのスーザン・テデスキがチャーミングで、かつ力強い。色気のある魅力満載のブルースシンガーぶりを正式に認識。
“世界一ギターの上手な夫婦”の照合に異論はなし。
11名のメンバーが一人もかけてはならないほど個性を発揮し、例えばDTBでリード・ヴォーカルをとるMike Mattisonのファルセットコーラスがなんとも温かく胸に響く。
デレクのチューニングはオープンEで、通常のコード弾きもリード・パートもそのままオープンEのままプレイしていた。
赤いSGはリイシューモデルで、特に高価な機種でないことは、数年前のインタビューで本人に直接聞いていたので知っている。
おいらも心の中で「弾きたい弾きたい」と感じながら、ステージの演奏に疑似参加する様をニューロンで想像し、TTBの一員と化す。
申し分のない2日間。いつもより、やきとんが美味かったのはLLBとTTBのおかげ。
投稿者 yonezawa : 01:09 | トラックバック(0)
2012年 02月 7日
ロス・ロンリー・ボーイズ
クアトロでのロス・ロンリー・ボーイズには参った。
初来日にしては箱が小さすぎ……との声も多かったが、ある意味ショーケースみたいなものだと認識した。
3兄弟のアンサンブルは揺るぎないもので、長き時間をかけてライヴで得た度量をまざまざと見せつけられた。全員ものすごく楽しそうで、あそこまで天真爛漫に演奏を楽しむバンドも珍しい程。そして全員が上手い。
とにかくフロア内は最高の空気に満たされた。きっと観戦した客の口コミで、今日のライヴは語り継がれてゆくことだろう。
LLBと仕事したMさんによれば、ギター:ヘンリー・ガルサの貼っていたストラトの弦のゲージは0.13から始まる半音下げチューニングと聞いて納得した。あのテンションと太さであるが故、SRVを彷彿とさせるトーンを実現していたのだった。
もうフォークギター並の野太い弦を貼ってエレキを弾いているのと同じ、あるいはそれ以上の太さだ。信じがたき。
出音もまさにフェンダーとストラトの野太いザクザク感たっぷり。まぁ気持ちいいったらなかった。
アメリカはテキサス州出身のロック・バンドLLB。インタビュー媒体があればなぁと悔やまれた。明日はTTB渋谷公会堂。
投稿者 yonezawa : 22:41 | トラックバック(0)
2012年 01月 21日
喫茶ルオーとbambi
寝て、起きたら3時間30分が経過していた。
眠気と気怠さを抱えているものの、そんなことは言ってられない。
なる早で身支度を済ませ、JRと地下鉄を乗り継ぎ『本郷三丁目』駅に着いたのは丁度正午。
徒歩で『喫茶ルオー』を目指す。
『喫茶ルオー』は 本郷通り、東大正門のはす向かいに位置する。今回、この地をアカデミックな某2氏の対談場所に決めたのだった。
集合30分前に到着したおいらは、朝昼兼用の飯を喰らう気満々。編集Wくん(東大生OB!)、そして時間前には必ず現れるカメラO&アシスタントの方らと合流し、店内の2F席に取材場所を確保。
ここの店はカレーが有名と聞いていたので迷わずそれを注文するのだが、先に到着していた編集Wくんが席に着いたらお冷やに続けて(自動的)カレーが出てきたと語っていた(笑)。ホンマかいな。
正午と言うこともあって満席状態ながら、とにかく快い取材空間を提供してくださり、一つ一つの事柄にものすごいお気遣いとご協力してくださったご主人、おかみさんの配慮に感激だった。今年(確か)53歳になるハズの編集Kちゃん(東大生OB!)が現役の頃は、たまにここのカレーを喰っていたというので、少なくともその歴史の長さを知らさせる。
対談に関する事の顛末は、覚えていたら3月中のどこかで書き記したいと今日の時点では考えているところ。あまりにアカデミックな対談内容に驚嘆し、己の可哀想な頭脳を恨む局面もしばしば。すさまじき議論応酬の証人となった。
取材を終え、即座に新宿へ電車移動。雨の降りしきる中、初めてやってきた『新宿ペンタ』に到着したのは午後5時30分。30分の遅刻を許せbambi。
年明け初のbambiリハーサルは、本来の目的である大新年会の前に行われた。
300数十曲を数えるレパートリーはいまだ変わらないペースで増え続けている。練習不足のへたれギターで応戦。
リハ後、徒歩で『ちゃんこ両国』へ移動。
宴にはカメラT&K子ちゃんも参戦。総勢8名で爆食爆飲の新年会は勃発。
明日、キーボードのSくんは、フィアンセであるK子ちゃんのご両親にご挨拶をしてくるのだと言う。つまり両親からの承諾を戴く、あるいは許しを請う、という男子最大の関門突破か否かの前夜祭なのであった。
投稿者 yonezawa : 14:43 | トラックバック(0)
2012年 01月 14日
ババ抜きを一区切り
昼下がり、ババ抜きを一区切りしたRちゃんらが「たまごっちの折り紙を買いに行く」と街へ出た。
その間、録り溜めた映画でも観ようとソファーへ横に。
団長からレンタル中のBlu-ray:ジョージ・ハリスン『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』鑑賞。
ロイ・オービソン、フィル・スペクター、そしてポール、クラプトン他のインタビューが普通の温度で興味深し。
テリー・ギリアムら、モンティ・パイソンとの深いフレンドシップ、あるいはジョージが映画制作に深く関わっていた件には随分知り合えなかった事実もあり、本編で最も興味深かったシーンと言えた。
かつて3度の邂逅を果たせたテリー・ギリアムのなんとも朗らかで魅力溢れる笑顔と笑い声を思い出していた。
映画は3時間半の長尺物を前編、後編の構成で構築。ザ・ビートルズ時代、ジョージが創造した、際だつメロウな楽曲を大音響で鳴らしたら、軽く目頭にきた。
投稿者 yonezawa : 23:12 | トラックバック(0)
2012年 01月 11日
VAN HALEN
急にBostonが聴きたくなった。先週末にインターFMで『Rock and Roll Band』を聴いたせいだろう。
Journeyなどを筆頭に「産業ロック」とも揶揄された、売れ線曲を量産するバンドは80年代に多数存在したが、Bostonはすぐに棚に上げた。子供の頃好きだったまま。
時代が移り変わり、音そのものを(苦痛で)聴けなくなったロック・ミュージックも多々あるが、Bostonの多重録音は今も気持ちよい。
同じ日、運転中にラジオを聴いていた時「真打ちVAN HALENが近々新作を発表し、ツアーをスタートさせる」ニュースを知る。
日本公演に関しても興行主が水面下で交渉中だと察するが、もし彼らが今年来るとなれば久々に盛り上がるな。来ないかな。
新曲『TATTOO』がやっぱりクール。コーラスが綺麗。デイヴが戻ったままで嬉しい。エディ倅は21歳か。
http://www.van-halen.com/
夜、下北沢でTちゃんとサシ。送れてW社のYちゃん、仲間を連れて登場。今夜は芋とワインで都合4本消化。
投稿者 yonezawa : 23:11 | トラックバック(0)
2011年 12月 27日
LiSAとのんべえ横町
随分しばらくぶりの渋公で、プレゼンのあったシンガー:LiSA初観戦。会場ではS、Uらと再会。Uとは、2000年のロンドンで初めてインタビューしたジェフ・ベック案件以来のつきあい。
ヤンジャンの読者層そのものズバリのようなオーディエンスが集い、ソールドアウトとなった会場を埋め尽くしていた。
http://www.lxixsxa.com/
LiSAというミュージシャンが、実にパワフルなパフォーマンスをやりきる技量の持ち主であることを直ぐに認識した。
終演後、明日帰省するというKからの連絡を受け合流。のんべえ横町『まぐろ処』で乾杯。『まぐろ処』は先日伊丹兄にご紹介頂いたナイスなお店だ。
狭い店内で隣り合わせた常連さんらと、どうしても話す距離感になる店だ。
偶然居合わせた某有名ハリウッド俳優の吹き替えなどもこなされるというダンディなベテラン声優のKさんや、店主の同い年と伺った男性らとの話が新鮮。
固い意志のつもりだったが、やはり電車では帰れなかった。
明日は今日会ったSと、その同胞R&Yらと神楽坂飯。
投稿者 yonezawa : 05:10 | トラックバック(0)
2011年 12月 21日
THE MODS 渋谷AX
風呂に入ったのが午前6時。髪の毛も乾いてないまま急いで床についたがすぐに目覚めた。
頭痛の伴わない奇妙な二日酔い全開で気怠いったらない。朝食も昼食もまったく食べる気になれず。
郵便局で郵便物を送り、ふらふら中央線に乗るが体調どんより。
たまたま今日オープンしたという生パスタ屋を知り、今日初めての飯はそこで。『丸香』(うどん)のハズだった中途半端な時間の飯は、ふいに決めたそのパスタに変えた。この店舗、確か先日までラーメン屋『影武者』ではなかったか? つぶれたのか……
価格はエビ・トマト・クリーム・パスタで1140円。『FUJIMIZAKA』という店。
夕方、渋谷AXへ。
インビテーションを頂き2階席へ。19時30分オンタイムで暗転に。
THE MODSの年内東京公演最終の日。渋谷AXが超満員。
正真正銘のロッカー:森山達也を軸とするメンバーの全員の誠実さとクールさに、心から打たれた瞬間が何度も訪れた。
何度も書くが、演奏もめちゃくちゃ上手いバンドだ。
森山さん、苣木さんのギター・サウンド(ファズの粒)は、これ以上ないぐらい完成されている。北里さんの安定したボトムには、新ためて労いの言葉をかけなければと誓った。
30年のキャリアを積みながら、初期衝動を忘れないまま純粋に突き進むロッカー魂。今日も感服だった。
関係者も大勢いる中、打ち上げでたまたま座った場所がメンバーを独占するような状態となってしまい大恐縮。
3時過ぎから移動する二次会はご遠慮し、久々に再会を果たした漫画家:Tと新宿へ。
次回、THE MODSとの再会が、今からワクワクしてしかたがない。
森さん、苣木さん、北さん、シュウくん、感激の夜をありがとうございました。お疲れさまでした!
投稿者 yonezawa : 19:47 | トラックバック(0)
2011年 12月 20日
見てるだけで幸せ
伊丹由宇御大、保科ブリティッシュ委員長、富豪整形外科医家康さんらと忘年会。
看板もない驚くべき居酒屋は渋谷某地にあった。ドアを開ける瞬間、「ここでいいのか?」と躊躇した。
入稿のせいで、集合時間から20分遅刻して、ときめく兄貴らとの再会を喜ぶ。
家康さんは時の人。
http://nikkan-spa.jp/102621/赤木家康さん
iPadでの口実筆記もこなれたもので、今回は携帯に文字を打ち込み、それに繋いだ小さなスピーカーから音声が出る、といったシロモノを初披露。
「すいません、ビールをください」と、機器が代わりに喋っていた。
書くのも野暮なほど、音楽、特にロック・ミュージックに対する造詣が間違いなく世界有数のメンツである故、ここで聞いた音楽情報は気が遠くなるほどレア。
勿論どこにも書けないし、載せられない。
「最近、iTunesのビートルズのCM、すごいですね」
「うん、あれを見てるだけで幸せになれる」
こうした伊丹兄の弁を聞いているだけで、おいら自身が幸せになっていた。
様々な名店を熟知される伊丹兄によって、今日また携帯情報にキープされる名店が追加された。
二件目に訪れた『渋谷のんべえ横丁』にあった居酒屋にも驚愕。兄の顔の広さに今日も唸る。
終電前に解散。しかしまだ飲み足りないおいら。井の頭線で地元方面に引き上げ、『闇』で編集者と待ち合わせているという先ちゃんと合流。
10も、10以上も若い編集者らとも横イチに並び、ウーロンハイを数杯。朝のどえらい寒さが身にしみた。
投稿者 yonezawa : 19:44 | トラックバック(0)
2011年 12月 17日
オーラスBambi
2011年度オーラスBambiの演奏は、120人以上が集う大忘年会にて。
会場となる調布クレストンホテルに車で乗りつけ、軍手をつけて機材搬入。
演奏自体の本番は19時30分開始。結果、バンマス大先生は大きかった。
大先生とは生涯ギターの友という距離で今後も繋がってゆけたら、そんなに幸せなことはなかろう。
肩肘の張るつきあいの者はバンドに一人もおらず、温かくて、純粋で、しっかりシャレが通じて、センスのよいカルチャーをそれぞれが見抜いて好むという赴きに共感するのだった。
仮に一回り離れたおいらや、あるいはそれ以上離れたバンド面々の思う感性もきちんと拾い、尊重してくださるところにバンマスの度量というか高度な配慮を感じていた。
会場に誘ったH夫妻をBambiに紹介出来たことは幸運だった。
本番数分前に到着したRちゃんも、控え室(といっても屏風の仕切りの暗がりスペース)では徐々に人見知りも払拭してきた様子でひと安心。
実は今日の昼過ぎ、ちょっとした事件があった。
全く悪気はないのだろうが、ふいに度の過ぎたかなりの悪態をついてしまったRちゃん。
とっさに「ここで甘い顔をしてはならん。しっかりお灸を据えねば……。もし他の場所で同じ事が起きたらとんでもないことになる」そう判断をし、きつく叱ったのだ。
彼女の瞳の高さに視線を合わせ、言葉で何が悪いのかを真摯に伝えるのだが、Rちゃんにしたら滅多に怒らないおったん(私)の少し張り上げた声にびっくりさせられ、とたんにガン泣き。
でも何が悪いのか理解出来ない彼女は、怒り心頭の形相で睨んだまま反抗してくる。どうしたものか。
そろそろ、演奏のための準備もあるので機材を整え、一人会場へ。膠着状態(笑)のまま別れてきてしまったRちゃんのことは気がかりだったが……
……そして、本番数分前に会場に到着した我が家の家族。
Rちゃんはエレベーター前に迎えにきてたおったんを見つけたと同時に手をつなぎ、そこからはいつもの彼女がそこにいた。
そして冒頭のエピソードに繋がるのだった。
薄暗い控え室ではおったんのお膝に乗り、唐揚げやらおかきやオレンジジュースを飲み食いしてた上機嫌なRちゃん。帰途の車では船を漕いでた彼女だが、よく夜10時過ぎまで頑張ってくれた。
Rちゃんと共に己も人生の勉強をしながら成長してゆくことを、家路に向かう車中で再認識していた。
「(世の中)誰も大人はおらんよ。私も大人じゃないもん」おふくろが70歳を迎える前だったか後だったか……新宿のバーでおいらにそう語ったおふくろのこの言葉は今でもおいらを直撃する。
忘年会後、吉祥寺に集い、改めて打ち上げやるぞと言うBambi指定の場所に向かったが、不在のS以外、全員まったりモード。
なんとも肩すかしで静かな打ち上げに苦笑させられた。おいら一人やる気満々(笑)。
それがまた、年度末最終のBambiらしい光景のようで、帰りのタクシーでは思わず笑みが漏れる。Bambiとの1年はこうして幕を閉じた。
来年もよろしく頼むぜ、大先生、haruko、壮、yoyo、チャーリー!
投稿者 yonezawa : 19:40 | トラックバック(0)
2011年 12月 8日
ホイップメロンパン
冷静に寒い。暮れに向かう時期になり、本日初めてマフラー導入。
ここ数年、マフラー紛失の達人になっているので要注意だ。
編集Tさんは、今年になって眼鏡を3個紛失したそうな。なんと不幸な人なんだ。
下北沢ReGで、今年最後のffp、箱ライヴを観納める前に、ファミマの各店舗:お茶の水、神保町、小川町、水道橋店を徒歩で全制覇。
ファミマで話題だったという「ホイップメロンパン」を(数えてないが)13〜16コほど購入し、「ホイップメロンパン」には目がないというAの差し入れに持参。結構重かったが大いにウケた。
箱に到着し、オンタイムでライヴ・スタート。
ビジュアルは今日のffpがベストな印象。今日のライヴでドラムスが卒業するということで、一旦節目となるffp。A、Y、K、MYお疲れさん。
カメラTと、近場の『中村屋』で(おいらは)塩ラーメン。
一旦事務所へとんぼ返りし、原稿をチェックし終え、『闇太郎』で先ちゃんと待ち合わせ。
久しぶりの親睦会に心温まる。
投稿者 yonezawa : 16:57 | トラックバック(0)
2011年 12月 3日
家族全員が勢揃い
午後4時過ぎ頃まで隣マンションのお友達宅で遊び、夕方前に帰宅してきたRちゃん。
午前中、そして帰宅してからしばしの時間を一緒に遊んでいたが、夕方からのバンドリハーサルの時間がそろそろ近づいたのでその旨を告げた。
すると「いっちゃダメー!」と一喝。「おったん、なんじにかえってくるの?」と言われたので「もうRちゃんは寝てしまってる時間かなぁ……?」と答えると、見る見うるちに瞳一杯に涙があふれ出てきた。「はい、もうリハーサルいきません」気持ちはそうなのだが、大事な1度だけのリハーサルを休むわけにはいかない。
流行語大賞には(確か)選定されなかった「ごめんねごめんね〜」という気持ちでスタジオへ。Rちゃん、ホントにごめんなさいね。
ちょっとぶりのbambi-S、すでにコンディションは良好で、ウォームアップ出来ていなかったおいらは必死で食い下がってついてゆく。
ヴォーカルHの機微は先日の強制オールドロックを経たからか、より上向きに仕上がっており、素直に感心。
リハ後の宴には、北の国からかけつけた鍵盤SとパートナーKちゃんも合流。
つまりbambiの家族全員が勢揃いした。
鬼のように楽しい時間に笑う。皆様、12/17の本番はよろしくどうぞ。
投稿者 yonezawa : 20:27 | トラックバック(0)
2011年 11月 30日
エアロスミス
デザイナーとの打ち合わせ及び原稿引き上げの途中、たまたま立ち寄った「汐そば屋」春日店で遅めの昼食。ここ、なかなか好き。「喜楽」にも通ずるもちもちした麺と、好みのさっぱり醤油を気に入る。
隣の年配のおとうさんが食べていたのは塩ラーメン。この店の機微は塩が握っているのかもしれない。
もらい物の上着がピッタリフィットな案配だったせいかラーメンを食った後、事務所帰途の際に思い切り汗をかいた。
夕方よりエアロスミス公演観戦2日目。
編集Sと席で待ち合わせ、ほぼオンタイムでドームでの絶叫を今夜も聴けた。
個人見解としては28日よりも今日が良好。オープニングのフロント2人の立ち位置も違っていて、よくなった。
あらかじめセットリストを知っている方がより内容を理解しやすいということを、流れるように連なる演奏曲の渦に巻き込まれながら認識する。
スティーヴンの動きとジョー・ペリーの弾き方は、まさにロックバンドの究極のスタイルであり、あの音にしろスタイルにしろ髪型にしろ衣装にしろフレージングにしろ、手足の位置、身体の動き、揺らぎ、スピード他…のすべてが、現存するすべてのロック・バンドの手本と言えた。
つまり一言で「カッコイイイ」のだと。
未だかつてスティーヴンよりも“ロック”を体感させられるヴォーカリストを見たことがない。
“究極”と言う言葉は彼らに使ってよい。無意識でも意識的でも、40年前後の歴史を経て身につけた感覚は究極と言う言葉が似つかわしかった。2011年にしてルックスが未だベストという事態に、どれほど多くの来場者が驚嘆したことだろう。
ロックとはまさに生き様。「自分がカッコイイ」ってことを、未だに気付いてなさそうなジョー・ペリー。うつむき加減に弾きまくる姿のシャイでクールなこと。
盤石の布陣で奏でる歴史的名曲のオンパレード。ドーム満杯のオーディエンスは完全なる虜にされた。
終わり間際、突然横の通路を通過し、再び往復した(戻った。何故?)有名トップ30歳代アイドルKの存在は、みな幻のような感覚で眺めていたことだろう。
ここ(日本)では「Love LivesI」でなく、「I don't want to miss a thing」が勝利するのであった。
投稿者 yonezawa : 18:05 | トラックバック(0)
2011年 11月 28日
ロックな夜更け
「50までまだ3年あるってのは若いよ。」という先ちゃんからの温かいメッセージが、誕生日を迎えた最初のお祝いのメールとなった。
続けてFacebookやE-MAILより多くの友人からメールを賜る。温かいすべてのみなさん、ありがとうございます。おふくろにも感謝。
誕生日の夜はエアロスミス公演となった。
新しい友人:Yちゃんと待ち合わせし、アリーナ席で2時間余りのロックを体感。
スティーヴン63歳、信じがたき。
エアロ初体験でパフォーマンスに打たれたというYちゃんと西麻布で夕飯。ロックな夜更け。
Draw the Line
Love in an Elevator
Monkey on My Back
Jaded
Janie's Got a Gun
Livin' on the Edge
Mama Kin
Lick and a Promise
Hungman Jury
What It Takes
Last Child
Red House
Combination
Baby Please Don't Go
I Don't Want to Miss a Thing
Cryin'
Sweet Emotion
- - - - - - - - encore - - - - - - - -
Dream On
Train Kept A-Rollin'
Walk This Way
投稿者 yonezawa : 18:04 | トラックバック(0)
2011年 11月 12日
明治記念会館
睡眠3時間で起こされた。この5日間、ほとんど会う機会のなかったRちゃんと午前8時過ぎより、しこたまパソコン・ゲームにつきあった後、西友までお買い物。
言われるまま、まだ全体的に湿り気のある公園へ立ち寄った。ベンチで美味しそうにリンゴジュースを飲み干す我が子。
プリキュアの食玩製品に入っていたのは指輪だった。
気が済むまでブランコに乗り尽くした後、帰宅。
昼食は炊きたてのご飯でチャーハン。
午後3時30分を回った頃ギターを担ぎ、身支度を終えたおいらだけ先にJR信濃町駅を目指した。
『癌!癌!ロックンロール』~金髪ドクター、6度の癌宣告&6度の復活~というタイトルで今月書籍が発売されるのだが、その出版を記念してのパーティーがなんと明治記念会館で行われた。
おいらチームはBambi−2の面々でバンド・サポートとしてオープニング演奏予定。勿論メイン・プレイヤーは家康医師。
会場のセッティング中、同時にリハーサルを終えた。やがて続々と招聘されたゲストの方々がご来場。結局、総勢350名前後の方々が集う大パーティとなっていた。
ほぼオンタイムで、18時からの本番ライヴがスタート。我々の持ち場はとりあえず4曲。
●Hole lotta love
●Hey Joe
●Sunshine of your love
●You shook me
今回初めて「Hole lotta love」を歌うことになった。イースト吉田兄の大変さをしみじみ痛感。世界一難しい楽曲を必死でシャウトしながら、ジミヘンへと王道の展開で弾き抜ける。
急遽歌を担ってくれたVO.harukoのおかげで、ジミヘン、クリームとギターに集中出来、安堵していたが、やはり彼女の力を借りて正解だった。
本番を、申し分のないパフォーマンスで締めてくれたのがともかく有り難い。
大好きでも一生演奏することはなかろうと思っていた「You shook me」まで、こんなタイミングで弾く機会を得るとは……
LED ZEPPELINの奥深さは「Hole lotta love」のブレイクポイントにもあった。
曲中、「Way down inside... Woman... You need...Love.」の件、「You need...」の後のコードは、これまで意識もせずDーAとばかり思っていたが、ここEーAなんだな。
これは驚きの発見。みんなそう弾いてなかったか? おいらだけか?
家康バンドのおかげでこんな驚愕の発見をしてしまった。
今夜の素晴らしいイベントに関わったすべてのみなさま、お疲れさまでした。ありがとうございました。
しかし明治記念会館で誰かがツェッペリンやジミヘンやクリームなんかを演奏した歴史があったろうか。それもよりによって「Hole lotta love」なんて……。きっとなかろうと高い確率で想像する自分だ。
それにしても明治記念会館の料理はナイス。
ちょっとした出版社忘年会以上の豪華で賑やかなパーティであった。家康さんは偉大だ。
投稿者 yonezawa : 20:30 | トラックバック(0)
2011年 11月 10日
the doors a collection
元呑め呑め団・団K兄のつぶやきで、そのリリースを知るところとなった『the doors a collection』。
さらにデザイナーFのつぶやきで充分発売中であることを知った端から即Amazonクリック。
関連サイトを探れば……「今年7月4日、ジム・モリソンの没後40周忌を記念してオリジナル・アルバム6枚の紙ジャケ・ボックスがリリースされた。音源は、ザ・ドアーズとオリジナル・プロデューサーであるブルース・ボトニックが、オリジナルのマスターテープ、さらにそのもととなったリダクション前のテイクにまで遡って、ひとつひとつの音を注意深く拾いだした“40周年記念ミックス”を使用している。」とのこと。
リスナーによるレビューにあった「音の方はこれまで団子状になっていた各楽器の分離がとても良くなっていてまるで新録音かと思うほどだ。」という記述に期待大。
学生時代にはほとんど馴染みの少なかったザ・ビーチ・ボーイズの『スマイル』も、この機会に注文。機微を確かめたし。ザ・ビーチ・ボーイズのうるさ型は回りに大勢いるなぁ。
夜、「吉祥寺で……闇太郎で呑みたいです」という明確なリクエストを受け、某テレビ番組プロデューサーのSさんと初のサシ飯。
Sさんとは取材の席でたまたま知り合った。
彼が大の漫画好きということもあって、約束もしていなかった漫画家のイベントでバッタリ会う機会などもあり、自然に「今度呑みますか」という流れとなった。
映像世界の、いわば異業種の方との話がなかなか興味深く、妄想企画を思いつくまま語り合えて楽しい楽しい。
遅くに漫画執筆中の先ちゃんも駆けつけてくださり、さらにはズミー兄、さやか嬢も合流。
いつもの闇でいつもの時間が流れた。
投稿者 yonezawa : 13:51 | トラックバック(0)
2011年 11月 9日
最終リハ
K兄に誘われ、ものすごく久々に神楽坂『寿司幸』で早飯。今日は遅い夕飯というわけにはいかない日だった。
夜、今週土曜日に演る「家康バンド」最終リハのスタジオへ。
メンバーであわせたのは2日間の正味5時間。
残念ながらドラマーは不在の最終仕上げとなったが、初めて絡むメンバー同士のセッションとしてはずいぶん形になってきたという印象だ。
あとはおいらがちゃんとZEPPELINをシャウト出来るかどうか。
正式な歌から離れていたせいか、気持ちはプチ・リハビリの感覚だった。
本番で使用するというエレドラを、遊びのセッションで初めて叩いてみたが、これがこ慣れるとなかなか面白い物件で、色々使い道がありそう。
おもわずノッて叩きまくる。プリプロならもう充分な感じ。自分でDEMO録れるな、これ。
投稿者 yonezawa : 20:31 | トラックバック(0)
2011年 11月 6日
初の顔合わせ
16歳の頃、自転車に乗って7万円もしたGRECOのレスポールを担ぎ、必死で漕いで30分ぐらいはかかる遠方にあった体育館を目指した。
体育館は田んぼの真ん中。
当時リハーサルスタジオなどは町の中心部に一応あったけれど、高校生時分の面々にはその料金をペイする資金はなかった。記憶が定かではないが、無料でバンド練習として使える体育館を誰かが都合つけたんだろう。
街灯もない真っ暗なあぜ道を、勘に任せて恐る恐る漕ぎながら、なんとか灯りのある体育館へと真っ直ぐに直進する。真っ直ぐを外さなければ田んぼに落ちることはない。
ステージ脇の小部屋に入り、各々セッティングを開始。
隣町の北中で「上手い!」と評判のギター弾きTと、西中代表のおいらが初めて弾きあったのがその場所だった。
全員15〜16歳。
ギターを弾いて弾いて弾きまくり、上達するだけを志していたあの頃。モテるからギターを弾くなどと言う発想は、あそこにいた楽器に熱をあげ始めた面々の誰にもなかったろう。そうした思いは今でも変わらない。長年のキャリアで身をもって知っていることは、ギターが弾けたところでモテはしない。
昼下がり、Rちゃんがおいらのセッションの場に同行すると言った。「Rちゃんもいくー!」
霧雨がぱらつく中、2人だけで車に乗って予約したスタジオへ到着。
スタジオにはすでに2人のミュージシャンが到着していた。
ベーシストは現在、音楽以外の場所でも絶大なる信頼をよせる男。ドラマーTとは初の顔合わせとなった。
3、4曲課題曲として通達しあった曲をそろりと奏で始めた。
果てしなく若いドラマーTの展望ある出音には素直に感激し、16歳だったあの頃の、優秀なドラマーのリズムを思い起こしていたが、Tのスキルはそのイメージを遙かに凌ぐシャープさとバネを感じさせてくれた。
音楽に上も下も関係なし。
真摯に飛び出してくる音に対し、己の情熱を込めて絡みつかせるようにギターを弾いた。
かつて感じたことのないフレッシュなバンド空間に満たされていた。素晴らしすぎる2人。
またやるぞ、T×2!
投稿者 yonezawa : 16:34 | トラックバック(0)
2011年 11月 5日
赤坂Crawfish
毎日なんだかんだと行事が続くもの。
午前5時に寝て9時に起こされる。
娘の要求通りリビングでアニメ番組を鑑賞。
正午近くまでダラダラ過ごしながらも「今日こそは、それなりでいいので部屋の片付けがやりたい!」と強く心で祈っていた。
「あかいじてんしゃんで……」といつもの休日みたくお買い物へ行きたいと言ったRちゃんの言葉を遮るように「今日はおったん、自分のお部屋を掃除するからマジで夕方まで遊べないからね」と切実に伝えた。
じゃあ仕方がないかといった面持ちで当たり前のようにMac前に陣取り、サクサクとこのSafariを立ち上げ、勝手知ったるディズニーゲームをガシガシやり始めた。
なんたる我が子の光景……
しかしそのおかげで、午後5時頃までかけ、とりあえず部屋の床すべてに掃除機がけをすることが叶った。それだけでも気分が違う。
山積していた書籍、CD、小物、楽器周りの機材などを束ね、収納し、整頓した。
まだまだ部屋全体の半分も納得はいっていないのだが、半分の埃は淘汰した。
それにしても、どこに何を収納したのかは月日が経つ度、笑うぐらいに忘れてしまう。
ふいに出てきた写真やら、15年前の手帳などが出てくると、とたんにロスタイムとなるので要注意だ。
記された記録を見れば、色々人に金も貸してきたもんだ。金もないくせに。
ここ何年も満タンの本棚、満タンのCD棚である故、思い切って断捨離を決断せねば本来の意味での整頓とならないことは重々承知。
「すべての音源や書籍がパソコンに全部セーブ出来る」と言われても断捨離 の決断にはまだほど遠い昭和なおいらだ。
小雨降り出した夕方、電車を乗り継ぎ赤坂Crawfishへ。
精力的にライヴを重ねるFFPの雄志を今日も確認。ライヴ後はもっと降り出した雨の中だったが、赤坂見附駅まで送ってくれたヴォーカルAの「音楽熱」に今日も納得。
FFPは12月には下北。そしてストリートでもやることを決めているそうだ。
おお! そういえば明日、自分が決めたセッションであることを冷静に認識。
覚える曲、4曲あるんだった!
やばいやばいと反省しながら、Rちゃんも寝静まった深夜23時前に小さなファズサウンドでソロパートのリフレインをやってみた。すると、その頃ふいに目が覚めてしまったのかRちゃんがトコトコ部屋にやってきた。
しばしリビングで隣同士2人で座り、たあいもない話しをながら「おったん、そろそろお風呂に入ろうかなぁ……眠くなってきたしなぁ……」と独り言のようにふってみた。やがてその数分後には「もうねる……」といって布団の敷かれた部屋へと去っていくRちゃんだった。
投稿者 yonezawa : 16:33 | トラックバック(0)
2011年 11月 3日
出版記念パーティ用リハーサル
夕べの芋焼酎が頭を刺激する。午前8時の起床は必死だった。
午前10時にはスタジオ・ペンタへ到着。来週末に開催されるROCK医師:赤木家康兄の出版記念パーティで演奏する曲のリハーサルが始まった。初の組み合わせにてたった2回の音合わせ。
正直、ほとんど準備していけなかったのだが、頭で知る曲だからどうにかなろうかとタカをくくり、数回のリフレインでなんとか形にしてゆく感じ。
シンガーHの登場で精神的にも物理的にも救われた。
お茶を濁しながらの条件で若干歌う気持ちも少しはあったが、行きがかり上なんとLED ZEPPELINをまともに歌うこととなってしまった。
フレーズを弾きまくる大先生のベースは完全にギターのそれのようで、こうしたバンド編成の場合、とても効果を見いだすアレンジとして構築された。
主賓:家康兄のギターはPRS特注品で260万円。絶句。金沢から取り寄せたと聞く金箔で塗り固められた完全オーダーメイドのギターがとにかく闇雲にもの凄かった。
オールド以外の物件でここまで高価なギターは初めて出会ったかも。8万円のギターで購入に踏み切るのか悩みまくるおいらの感覚では、そうした品を保有した時の気持ちが分からない。
本番まであわせられるのはあと3時間。曲、覚えなきゃならぬ! っと帰宅後にモチベーションの体内スイッチを探してみた。
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2011年 11月 2日
ROCK SINGER
ROCK SINGER:Aと、しばらくぶりのサシ飯。
つもる話は山積みで、想像以上に過ぎ去る時間は早かった。
かつて20歳代前半の頃の自分を見るようなマインドを有するAの睨む先には何があるのか。
「ひろ喜」の美味い寿司も久々。
人類はどこから来たのか、自分とはナニモノなのか? 果ては宇宙論まで話の展開……というかスケールが無限大。原っぱで仰向けに寝転返り、星を見つめながら交わす議論のよう。
レコーディングしてきたばかりのAのバンド新曲オケを聴かせてもらったが、相変わらず憎らしいほど良質の曲を書き上げる連中だ。
こちらにメロディが乗った彩りを想像しながら含み笑いのまま芋焼酎のロックを数杯いただいた。
3時間30分の時間が瞬時に過ぎ去り、終電を目指して混み合う中央線に乗車。
最寄り駅から30分かけて徒歩で帰途につく最中、おふくろと長電話。何故にあんなに酔ってしまったのか、量と時間からして意外な気持ち。
投稿者 yonezawa : 14:36 | トラックバック(0)
2011年 10月 30日
ハロウィン・パーティー・ライヴ
昼飯前のRちゃん、どうしてもコンビニまでの散歩に、自分の赤い自転車とおったんはもう一台の自転車とで行きたいというので外へ。
週末は毎度コンビニか西友で毎度お菓子を買っている。
今日は大好きな煎餅を1個だけ買った。
帰宅して、おいらだけが朝昼兼用となるチャーハン他をいただく。
ご飯の最初には必ず梅干しを食べるRちゃん。なんだか儀式のよう(笑)。1個を細かく分けて口に入れてあげるのだが、最後に食べさせる種もちゃんと自分で口から出せるようになった。
1年前では飲み込む可能性を考えるので上げられなかった。そんな光景にも成長を知らされる。
夕方、ライヴ観戦のため外へ。
小田急線:喜多見駅で降り、そのままマックへ行きたいと駄々をこねるRちゃんに促され、ちょっと早かったが夕飯もどきを済ませた。
Rちゃん用にと小さなおにぎりを自ら握り、別に海苔もちゃんと持参してきており、途中では餃子も買ってたのにマックで夕飯……。
狛江MHS(メガハイパースタジオ)で行われたハロウィン・パーティー・ライヴに、吉田父さん、義太夫兄、甲野らが、沖縄からやってきた小五の女の子Kids Drummer☆SAKuRAとセッションするというので、はるばる家族で向かおうということになっていた。
ところが行きがけの井の頭線の中で、すでに居眠りを初めてしまったRちゃんを見て、「(連れてっても無理か?という判断のもと)こりゃ無理? 連れて帰るか?」という選択肢も一瞬よぎったが、行きゃあ音量で目覚めるだろうと読み、予定通り目的地へ向かうことに。
狭いスタジオの控え室のような場所でのライヴだったが、温かい迫力と心地よさが感じられ、結局Rちゃんも釘付けで演奏を凝視。
バンド名はSAKuRAとPTA。義太夫兄のギタープレイはマジプレイでかっこよし。
予定された3曲の演奏後、吉田父さんよりハロウィン用のお土産をたくさんいただいたRちゃんは、ほうきのような、はたきのような、棒の先にグリーンのヒラヒラのついたブツを妙に気に入り、帰りの電車中で振り回しそうになるのが一々難儀だった。ほとんど乗客のいなかった車両で助かったけれど。
「おったん! かえったら、けんどうしようね」とやる気満々。剣道の単語知ってたか。
帰宅後、即風呂の準備をして明日の支度を行うが、時計の針はあっという間に22時を指した。
髪の毛を乾かしてやり、歯を磨いてあげた後、それほど時間の開かないうちに自ら布団に向かっていったRちゃん。きっと気疲れと、それなりの長旅で疲れてしまったのだね。
投稿者 yonezawa : 14:27 | トラックバック(0)
2011年 10月 26日
THE BOUZ
起きがけから、長袖のシャツが必須の気候だと体感させられた。
またしても慢性の睡魔が我慢ならずきつい。いつもと同じ睡眠時間程度のはずなのに、椅子に座ったまま午前1時にはコクリコクリ船を漕いでいた。
月末の某リハに向けて、ボチボチ真剣に弾く準備をしなければならないが、この調子だと平日の夜中にしても厳しそう。
YouTubeをネットサーフィンしてたら、THE BOUZの音源を発掘。
25、26年昔だったか、横浜ビブレでの彼らの演奏を聴いた日のことを思い出したところ。
あの時、フェンダーのアンプで鳴らしていたチャーのストラトの音を凌ぐファズサウンドは安易に思いつかない。ホントになかなか遭遇出来ない程の音の良さだったことを回想する。
ギター、アンプ、共に最高のコンディションであり、おいら好みの色彩だった。
おいらにしても、ギターは当然ながらアンプもきっとこのままフェンダーで貫き通す確信のようなものがある。生涯。
投稿者 yonezawa : 14:25 | トラックバック(0)
2011年 10月 21日
SSの送別会
iMoveに動画や、時にスチールを取り込み、iDVDでDVD化する作業も何回か繰り返すうちに手際はそれなりになってきた。
しかし、ほんの数ヶ月放置して場から離れると些細な操作を直ぐに忘れてしまう。
子供の記録を保管するために買った一眼レフカメラやHDDカメラや編集機能搭載のパソコンにしろ、そうした用途目的がある故覚えたようなものだ。
先日の、渋谷での[FFP]LIVE映像編集は、自分としてはそつなく空き時間を上手く使っての取り込みと作業となった。デフォルトのエフェクト効果だけでの編集なので大した負担にはならなくなった。
Aよ、到着を待っておれ。
FFPの「Too Late」を聴いていたら、俄然創作意欲が湧いてきた。
ロック・トラックの機微が、そんな気持ちにさせるケースは、その楽曲が優秀な証明だと感じる。ジョン・メイヤー全般しかり。
怒濤の校了に集中。夜、ちっとだけ遅刻してしまったが、bambi鍵盤を担うSくんの送別会へ突入。
Sくん、なんと札幌に行ってしまうそうだ。なんて極端な!
最初から飲んだ芋焼酎がピンと来た。こういう日は幾ら飲んでも構わない体調の日だと、身体が知っていた。
前途を祝しての乾杯。
場をワインバーへ移し、やはりのBambiセッションへとなだれ込み、各位思い思いのペースでスタジオ入り。おいらに関しては、もはや何を弾いたのか分からない状態ながら、ともかくSよ、新天地で踏ん張ってきんされ!
投稿者 yonezawa : 15:42 | トラックバック(0)
2011年 10月 19日
赤木家康
今年の春以降、自ら想像もしなかったライヴ企画が様々な方面から飛び込んできた。
そんな中、こんなニュースとご案内が到着。
「癌!癌!ロックンロール」~金髪ドクター、6度の癌宣告&6度の復活~」というタイトルで、友人でロック仲間の赤木家康さんが書籍を出版される。
おいらの人生においても、彼ほどの生命力の持ち主を他に知らない。
「さて、私は2005年12月に見つかったステージⅣの下咽頭癌と戦って参りました。声を失い、さまざまな障害を乗り越えてやっと5年が見える直前の2010年7月に今度は舌癌が発生、12月に再発、今年4月には中咽頭癌と2つの食道癌が見つかりました。全てを切除し終えたのはまだ9月26日、3週間前のことです。次々と襲い来る6つの癌(1年で5つ)と6年足らずの間、皆様の励ましで私は一度も臆することなく戦うことができたことを感謝しています。」
そうした内容のメールが届き、「つきましては皆様をお招きして出版記念パーティーを発起人の皆様を中心に行って頂けることとなりました。」というお知らせと共に、「ヨネちゃん、パーティで一緒にギターバトルをしてほしい」という打診が舞い込んだ。
勿論即決で快諾。
場所はなんと明治記念館。来月47歳になる少し前の11月12日(土)に家康さんとのギター・バトル決定。いくら2億円相当のギター・コレクターだろうが、1959年製レスポール・スタンダードの保有者だろうと、いっさい手は抜かないつもり(笑)。
家康さんは正真正銘のスーパーマン。超楽しみ!
夜は久々のNさんと赤坂〜六本木飯。
投稿者 yonezawa : 16:15 | トラックバック(0)
2011年 10月 18日
far from perfect
丸香のうどんは、Kに推薦された肉うどんよりもむしろ「かけ」がベスト。
先日、駿河台下界隈の店もある程度把握しとかなきゃと、先日近場のトンカツ屋の暖簾をくぐるが、ミックスフライ定食を頼んでしまった。
肝心の豚カツを食べ損ねた。アジフライとエビフライは想像の域を出ないまま美味しかったが。
お茶の水のあるギターショップで、アメスタの中古ストラトが8万円台で売られていた。色味といい、ちょっと悩ませる物件だったが、アームを装着した場合やや角度に難があり、購買意欲は足踏み。
同じく5万円を切るアメスタが売られていた。この価格は破格だと店員に伺ったところ、そちらはロットが限界とのことで、以降ネックが反ってしまったら元には戻せないというシロモノだそうだ。
「買わないもんね」と誓っているのに「何か掘り出しものがなかろうか?」と常に危なく、ギターへの貪欲な物欲が枯れることは今日まで一度もない。
渋谷eggmanでfar from perfectのライヴ観戦。
手術を経て復帰を果たしたカメラTと現地で再会。20分弱のステージングを観戦。
結果、彼らのこれまでのライヴでは最善戦をみせたステージングだと確信。ライヴ直後の彼らに即声をかけたのはこの日が最初だったかもしれない。
メンバーチェンジの苦労は少なからず理解しているつもりだ。このメンバーでかっちり突き進んでもらえたらと願うばかり。
編プロ帰還のため、駅に向かう途中に軽くディズニー・ショップへ立ち寄った。新宿区に生息するTの倅:Aくん1歳の誕生日プレゼント用に、カーズ回りの土産をどっさり購入。しっかり喜んでもらわねばならん。
投稿者 yonezawa : 16:14 | トラックバック(0)
2011年 10月 16日
岡山ライヴ打ち上げ
大概、ライヴ後の打ち上げは、ご来場いただいたゲスト中止の親睦会となる故、メンバー間の打ち上げという雰囲気にはならないものだ。
Bambiの岡山ライヴ打ち上げは、ライヴ映像やら諸々岡山に縁のあるソフト、食材などが熟成されてからの日程となった。無事、本日Hの豪邸で開催。
何度来ても羨ましい。嫉妬するくらいクールなH宅にバンドメンバー全員が集結し、手際のよいHの手料理で宴会はスタート。
天気も素晴らしく、屋上でゲットバック・セッションをしてたら綺麗な日本晴れであることを知った。
ほどよく酔いが回った頃、LPも聴ける(さすが!)オーディオ・フロアで、持参したDVDを再生。
この日のために、スチール写真にBambiのリハーサル音源を乗っけ、iDVDで編集した映像を披露し、メンバー全員に進呈した。
岡山の演奏もすでにDVDとして到着していた模様で、そちらも酒の肴として視聴。
H、ご馳走さま。みなさん、お疲れさま。至れり尽くせりの空間に今日も大感謝。
ドラムス:Cと井の頭線で帰還し、次回メンバーの集いは今月中だと確認。
キーボード:Sくんが、なんと札幌勤務になってしまったというのだ。……という流れで当然の月内送別会開催確定となった。
投稿者 yonezawa : 16:11 | トラックバック(0)
2011年 10月 11日
待ち焦がれた親睦会
S社Sちゃん、W社Oちゃんとの待ち焦がれた親睦会。
この日を迎えるまでに何度延期したことだろう。
少し遅れてMさんも到着し、特殊な音楽情報を持ち得る彼らと無軌道に語り合うロック談義が貴重で嬉しい。
芋焼酎を飲み干し、新たに追加したボトルをキープ。
進行中のある企画が成就することを願いながら、もしその日が本当に来るのなら、本日のメンツにはその証人となってほしいものだ。
投稿者 yonezawa : 14:23 | トラックバック(0)
2011年 10月 7日
ボブ・ディラン
夕べ「毎年恒例、ノーベル文学賞の受賞者が本日10月6日(日本時間20:00頃)に発表される」という情報を得、にわかに19時過ぎから気にはなっていた。
S社Sちゃん情報によれば……「この10数年毎年ノミネートされているボブ・ディランが英ブックメーカーのラドブロークスのオッズで、ディランが上位にランクイン。なんと昨日は2位、今日は1位に!ちょうど70歳のタイミングでもあり、さらにはディランのヨーロッパツアーも今夜8時にダブリンからスタートするので、もしかするともしかするかも!?こればかりはわかりませんが、可能性はあるかもしれないので一応ご報告です。ちなみに村上春樹氏も上位につけてて、こんな見出しも『ノーベル文学賞、村上春樹氏ライバルはボブ・ディラン』と取り上げているメディアも。シリアの詩人アドニス氏、スウェーデンのトマス・トランストロマー氏などが有力候補とのことです。」
ディラン候補のことは毎年確かに聞かされていたので、上記の条件を踏まえればもしかして! と期待したのだが今回も逃した。
ROCKにノーベル賞て! という感覚ながら、ディランの可能性はまだまだ残されていると信じている。
午後、試写会にて映画『アントキノイノチ』、夜、劇場にて『半分処女とゼロ男』鑑賞。
投稿者 yonezawa : 17:26 | トラックバック(0)
2011年 09月 29日
Nicole Scherzinger
月曜の朝以降、すれ違いの生活を送る姫には会えていない。
11月のおいらの誕生日に東京公演を予定しているエアロスミス:スティーヴン・タイラーの、ラスベガスで行われたフェス<iHeartRadio>でのパフォーマンスの情報を得た。
http://www.youtube.com/watch?v=We9cv8pxE1o
http://www.youtube.com/watch?v=Z_UlGVh-Cdo&feature=related
演奏にはジェフ・ベック、スティング、タル・ウィルケンフェルドらも参加。「Sweet Emotion」のベースを弾くのはスティング。久しく見てなかったジェフ・ベックのトーキングモジュレーターがとてもワクワクさせられる。ジョニー・ウインターと同じ67歳とは到底思えないギタリスト然としたルックスは健在だ。
結局、「はっ」とさせられるのは、いつの時代でも鋭い気の利いたギターの音色であり、スティーヴンのような、全身がロックで出来たミュージシャンの立ち振る舞いを見た瞬間だ。
ところで携帯スマホ、受信のタイミングが10分、15分、場合によっては1時間近くのタイムラグのある日も。
何度も調整にauショップへと足を運ぶが、担当者でない人にはクレーマーに思われないかと、余計な心配をしてしまうところ。
メールの送受信の一覧に関して、スクロールも引っかかり、明かにおかしい箇所もあるし、新規メールの立ち上げに異様な時間のかかり方がするのはどう考えても異常だ。
担当者によれば、10日間ぐらい預けてメーカーに修理に出すとのこと。もう本気で憂鬱な気分。しかしこの不便さは仕事にも支障を来す故、来週以降考えてみるべし。
スティーブン・ソダーバーグ監督最新作「コンテイジョン」試写会へ。派手な演出のない本作を日本のファンはどう観るか。
http://www.youtube.com/watch?v=4sYSyuuLk5g&feature=player_embedded
投稿者 yonezawa : 16:39 | トラックバック(0)
2011年 09月 21日
ライヴ終了と同時に到着
延期にしていただいていた打ち合わせを終え、編プロに戻った頃、H社Oさんから届いてたメールに「帰宅勧告」の文字が。
テレビを観ていないので台風情報もよく把握していないまま、人ごとのように仕事をしてると、どうも「帰れる・帰れない」の論争になっている様子。
外の吹き荒れる風と雨の音はどんどん勢いを増し、あの震災時の帰宅難民な雰囲気を感じていた。
「ライヴを観に行く」と約束していたロックバンドFFPのAに「本日、ライヴは決行?」メールを送ったところ、「やります。でも多分誰もこない笑」と返事が来た。
かつて、地下鉄サリン事件のオウム真理教が「(記憶違いだとアレだが、確か新宿界隈で)本日、何かをやる」的な噂が流れた日が、当時のおいらのバンドのライヴ当日だったことがあった。
当然、集客は激減し、リハーサルのような雰囲気の中で演奏したような記憶があったが、今回の自然災害の日も同じく集客は見込めない。というか、公共の電車がどんどん止まりだしてしまった。
ネットを見ると、ほとんどの在来線が運転見合わせ状態に。
地下鉄で神保町から渋谷までは普通に移動したものの、渋谷からの井の頭線が止まったまま。目的地は下北沢。
タクシーを拾おうかと外に出たが、空車などいるわけもなく、もうしばらく改札口へ並ぶことに。風はすでに止まっており雨も止んでいた。
再び待つこと30分、とりあえず運転がゆったりと再開。
2番目の普通電車に乗れたはいいが最低の激混み。しかも駒場東大前で15分前後の立ち往生で、超のろのろ運転。
ようやく下北沢駅へ到着。駆け足でライヴハウスを目指す。
受付で名を告げ、500円を支払いドリンクチケットを受け取り、急いでドアを開けた瞬間「本日はありがとうございました!」の声が。
狙いだったFFPのライヴ終了と同時にピッタリ到着したのだった。
愕然……
控え室で、久々に再会を果たしたA&Yとしばらく立ち話で近況を伺い、店を後に。無念。
駅に向かう途中、「中村屋」があったことを思い出し、初めて食す天空切りの中村屋。なるほど。
動き出した井の頭線はまだ激混みで萎えた萎えた。
吉祥寺が近づき、ようやく座れる程度の人混みとなったが、こんなことを毎日繰り返して通勤しているサラリーマンの精神状態を憂慮した。
もうRちゃんはとっくに寝てるなぁ。
投稿者 yonezawa : 15:43 | トラックバック(0)
2011年 09月 19日
バーベキュー
朝7時起床。あらかじめ、おふくろに買ってもらってたパンと牛乳を喰い、待ち合わせの9時30分にはJR岡山駅改札へ到着。
在来線で宇野駅まで移動し、宇野港から土庄(とのしょう)港までフェリーの船旅を体験。
およそ1時間30分(他の島も経由する故)後、人生初の小豆島上陸を果たす。
港に迎えに来ていた宿泊ホテル:小豆島国際ホテルの送迎バスに乗車し、10数分でホテル着。
チェックインまでまだ1時間以上あったので、予定していたオリーブ園へ。
早速ホテルからタクシー3台で移動したのだが、感覚としては「2000円かからないだろう」という距離感だったのに(確か?)3300円程度とられた。高けぇ〜。
とにかくこの値段は受け入れがたく驚いた。
やや待たされた後、同レストランで昼食を頂き、帰りは本数が少なかろうがバスで帰ろうということになった。
ところが、オリーブ園から土庄までバス片道の値段が540円。我が家だけの料金を考えれば、大人4名で合計2160円。人数的にタクシーと比較しても1000円少々の差額しかない計算だ。
ちなみに(小豆島国際ホテルから最も近い)土庄まで、再び国際ホテルのバスに送迎の旨を伝えたら迎えにきてくれる。
小豆島の交通機関、かなりボリ気味。
夕飯までの18時30分までライヴと旅の疲れを癒すべく各々休憩。室内で10分横になった。
オンタイムで屋根付きの1Fバーベキュースペースで貸し切り大宴会開始。もうこれがやりたいだけにライヴをおこなっている節は勿論あるものの、実に充実した宴会で爆食をかます。
米澤家も喰った喰った。
二次会は、早々と床についたバンマス以外のメンツでBambi−1飲み。健全な会話で盛り上がる。
明日は倉敷にでも出てみるか。
投稿者 yonezawa : 15:41 | トラックバック(0)
2011年 09月 18日
bambi 初ライヴ・イン・岡山
午前中、買ってきてもらったサンドイッチと牛乳で朝飯前。案の定あまり食べられない。
駅構内を徘徊し、土産の必要な面々は吟味した品を物色しつつ各々購入。
正午過ぎには、あらかじめ食べることを決めていた富士屋食堂へ徒歩移動。
「これこそ岡山ラーメン」という風情の物件ときいていたそこの中華そばは醤油豚骨だった。知らなかった、岡山ラーメン。
しかし豚骨成分は希薄な案配で、色の濃い醤油ラーメンな感じ。普通に美味い。ただ、醤油のせいなのか、ここでしか感じたことのない独特の甘さが印象に残った。
しかし、台風の影響もまったくないまま天気は最高ながらも湿気全開の最低の気温。すっかり電車移動する気力も失せ、タクシーで後楽園へ。
ともかく暑すぎ。Rちゃん抱っこ攻勢から、川でのスワン強制搭乗でTシャツは上半分がずぶ濡れ状態。それでも岡山城にも登った。上田に続く拷問の暑さが辛い辛い。
実感としては限界の肉体労働を散々やった直後のような感覚。……時計を見ればそろそろリハーサルの時間が迫った。本気で体力の限界を感じながらも「意地でもテンションを維持しなきゃ…」といった葛藤の中、今夜初上陸を果たすライヴハウスMOGURAへ到着。
Bambiの本番は予定の19時30分からやや押してのスタート。
100名近くの集客となった満席の場内には会場で一番小さなRちゃんの姿も。
しかし、まさか2人の母と家族の前で演奏する機会があろうとは……。様々な意味で贅沢な瞬間と言えた。
ライヴを重ねるほどパフォーマンスが締まってゆくフロントの2人に引っ張られ、ともかく渾身の力で疾走。
Bambiの機微は確かに炸裂していた。
打ち上げには数十人の方々が参加し、何人かの方々に労いのご感想と、有り難くも褒め殺しのお言葉を賜り本気で恐縮。課題は山積みの自己反省を加えながら、明日の鍛錬を酔いながら誓う。
ところで岡山県民には今日のところまで嫌な人間を知らない。大先生の身内と言えるミュージシャン面々との親睦会もライヴの次に盛り上がる瞬間となった。
宴終了後、鍵盤:壮と本日2回目のラーメン。富士屋食堂に激似の姉妹ラーメンのスープはやや甘いながらも満足。
スマホ写真の解像度を落とす術を未だ知らず、なかなかブログにアップ出来ない状態が続く。
投稿者 yonezawa : 15:40 | トラックバック(0)
2011年 09月 17日
一路岡山へ
夕べの酒に負けることもなく、起床した10時から荷造り開始。
タクシーで吉祥寺駅へ向かい中央線で東京駅へ。新幹線時の定番弁当‥崎陽軒のシューマイ弁当他を買い込み、一路岡山へ。
改札には義理母が先行到着。
駅に隣接されたホテルグランヴィアへチェックイン。最後に到着したおふくろを改札へ向かいにゆき、部屋で一呼吸ついた後、晩飯に。
こんな機会に、かつ滅多に一同に介しにくい面子でよくも集合できたものだと関心しつつ、それぞれの再会を喜んだ。
夕飯時には、2人の母のひと月遅れの誕生日をささやかにお祝い。慣れないTIFFANYを奮発。
夕飯を終え、実母と共に先乗り組のbambi御一行さまに合流。
明日のライヴの打ち合わせをする者など誰もおらず、単にグビグビ乾杯のひとときが過ぎてゆく。
宴を終え、VO.はるこに風邪薬を処方してもらい、母と帰還した宿泊ホテル最上階のラウンジへ。
生演奏のジャズを聴きながら、やや灯りの少なくなった夜景を見下ろした。
「夢のような時間や」ともらしたのは母だったが、むしろこの環境の歓びをそう感じていた比率はおいらの方が大きかったのかもしれない。
明日はbambiいよいよ初の岡山ライヴ。
投稿者 yonezawa : 15:39 | トラックバック(0)
2011年 09月 10日
最後のリハーサル
ピアノが来てもあまり積極的に弾いてくれんな、姫。まぁボチボチいきましょう。
むしろ、鍵盤歴のないおいらが興味を示す展開で、お父さんが弾いているとそばに寄ってきて、レッスン中の課題曲をさわりだけ弾いてくれるRちゃん。
「戦メリ」など流ちょうに弾いてみたいものだ。
夕方、岡山へ向けたbambi最後のリハーサル。
個人的な課題を持ち帰り、残り数日の宅連で辻褄をあわせるべし。
リハ後の飯、なぜにこうも楽しく愉快なのだろう。結成から2年余りを経てもまだまだメンバー同士知らない事実ばかり。
大先生に手配いただいたアンプはシミュレーションするにしても大音量で鳴らさねばなかなかその機微は掴みにくいところであるが、ともあれ来週も慌ただしい平日を過ごすこと確定故、ギターもろともそろそろ梱包に入らねば。出音も辻褄をあわせるべし。
投稿者 yonezawa : 16:59 | トラックバック(0)
2011年 09月 3日
怒濤の超漫画家と怒濤のファンクギタリスト
届くはずの4Cカットが一向に届かない。約束は昨日の18時だったものが、ラフが到着したのが昨日の23時過ぎ。明けて本日、いつ届くのかを関係者が待ちわびているのだが、担当編集者によれば「連絡がつかないまま、ともかく待つしかない」という状態とのこと。
時折外出もせねばならない休日の日程故、身動きのとれないことになるのだが、データーで届くはずのカット絵柄を出先でも確認するべく、パソコン前にいる仲間の協力を得て、スマートフォンへの返信で確認しようと体制を構築。K、そしてSさんに心より感謝。
しかし結局カットはまだまだ届かない。
午後3時30分、高円寺駅改札待ち合わせで漫画家:大友克洋兄、江口寿史兄、遅れて田村信兄の3名と待ち合わせ。なんと大友兄のおごり(!)で中央線焼き鳥屋巡りの日がやってきた。
この飲み企画の決まる席に居合わせた幸運に感謝。
高架沿いの「大将」でウーロン割に焼き鳥数本。大阪帰りのタムタムが遅れて到着。
数杯いただき、場を阿佐ヶ谷駅へ。
こちらでは漫画家・イラストレーターの寺田克也さんが合流。駅前で、偶然漫画家:杉木ヤスコ(ヤスコーン)さんとばったり。
徒歩で駅前を通過し、ふつーの居酒屋で酎ハイ数杯。
ひとしきり飲み終え、仕事に戻る寺田さんを見送り荻窪駅へ移動。こちらでは漫画家・吉田戦車さんが合流。ずいぶんと景観の変わってしまった北口を歩きながら、満席に近い焼き鳥屋へ。
どうでもいいが土曜日の夕方の焼き鳥屋はなぜにこうもオヤジが大勢いるのだろうか。
西荻を飛ばすことにして場を吉祥寺駅へ。漫画家:山崎紗也夏嬢到着。
中休み(まだまだ飲むわけですね)でカラオケへ行く展開となり、時計回りでみなさま熱唱。おいらはこの凄すぎるメンツをシャキシャキ激写。
その一連の展開を逐一ツイットする先ちゃん。iPone使いの名人、ヘヴィーユーザー先ちゃん。
そんな中、スティーヴィー・サラスの代理人より電話が入った。
本来ならばおいらは21時台の(最終の新幹線アクセスに間に合う)電車で吉祥寺から修善寺界隈まで向かい「メタモルフォーゼ」
http://www.metamo.info/
のライヴ観戦の予定でいた。
ところが今日家を出る直前に、その野外イベントが台風で中止になってしまった。
中止になったライヴを知り、スティーヴィーらも一旦ホテルへ帰ってしまったと聞いていたので、今回はもう会えないかなと諦めていたところだった。
深夜にかけてきた電話の主Rさんが、「午前3時よりスティーヴィー、恵比寿のリキッドルームでやります!」「kazuさん一人でいらしてください!」そう言われたのだった。
場の盛り上がる壮絶漫画家の行く末を見届けることもなく、面々が丁度場を「闇太郎」へ移す頃合いにカラオケはお開きとなり、建物1Fで集合写真。
皆様、データとプリントは少々お待ちを!
開演1時間前に到着したおいらは、パスも待たずして(笑)ずんずん控え室へ進入し、1年ぶりにスティーヴィーの面々と再会。通常、ベーシストであるジャラが今日はドラムを叩くと聞いて驚いた!
会場は超満タン。午前3時、オンタイムでライヴ開始。おいらはステージ袖の至近距離で観戦。
ノンストップという言葉が似つかわしい壮絶なグルーヴを体感させられる。この男でしか体感出来ないうねりが炸裂だ。スティーヴィー、今日もホントにさすが。
持っていた一眼レフでそのステージングを激写する。
スティーヴィーほど、よい持ち物(スキル)を持っているギタリストは本当に世界中に少ないと感じる。
ライヴ後、控え室でメンバーを労い、しばしの別れを告げ早朝帰途についた。
スティーヴィー、thanx!
時計はもう6時を回り、7時に近づいてきた……。
投稿者 yonezawa : 16:29 | トラックバック(0)
2011年 09月 1日
もう9月
園から帰宅したRちゃんがリビングに駆け込みダイブ! したのでキャッチ。今日も元気のいいこと機嫌のいいこと。
残念ながらおったんはお仕事なのだよ。
異様な睡魔で30分ほど仕事にならない。
財務相時代の野田佳彦、民主党代表選に向けた演説拝聴。
渋谷O-Eastへ出向く。KTタンストールの振り替え公演が始まった。
彼女の音楽はとにかくチャーミング。メロディが歌っており、ギターが必ずバシっとフィーチャリングされているせいで、どの曲も胸に響くのだった。
ループペダルの第一人者と言い切ってよいと思う。会場は超のつく満タン。さすがだ。
考えれば5年前、デビュー当時の彼女をサンディエゴで撮った写真があったのでL判に焼き、持参したのだが、終演後のゴタゴタで近場の飯屋へ避難した。
常識人Sとライヴの舌戦を繰り広げる。
もう9月か……
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2011年 08月 31日
KT Tunstall
ニューヨークのTからの遠隔中継となったRちゃんへの贈り物「丸いモノグッズ」が到着。
箱から出した数点のギフトにRちゃん満面の笑顔。よかったね!
長かった夏休みも終わり、明日からは登園の始まる日常に戻る彼女。どんどん伸びゆく手足の長さを今日も体感。
午後、H編集部で打ち合わせを終え、いくつかの入稿を終えた。
ふいにE社Kよりライヴのお誘い。KTタンストールが来日しているそうだ。震災で振り替えになった公演日程が東京は明日とのこと。
知らなかった。
「勿論都合をつけて駆けつけますよ」と即答。
KT、久々にサイトを見るが、音源のセンスやはり好み。
http://www.emimusic.jp/intl/kttunstall/
数年前にスティーヴィー・サラスの地元であるサンディエゴへ飛び、ツアー中の彼女のライヴ&インタビュー取材した彼の日が懐かしい。
「売れたのがおばちゃんになってからだから、何も怖いものはないの(笑)。」と語った彼女はジャック・ホワイトの大ファンなのだそう。貴重なインタビュータイムはライヴ会場の楽屋で行われたが、予定時間を大きくオーバーする大盛り上がりの中終えた。
その後、FUJI ROCKで再会を果たし、そして明日の SHIBUYA O-EASTを控える。
http://www.emimusic.jp/intl/kttunstall/news/index.php#live
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2011年 08月 27日
宴会
夕べの打ち上げから日付が変わっても、まだまだ宴会は続いていた。
それにしてもなんと豪華なメンツなんだろう。打ち上げ会場には、これまでお会いしたことのなかった浦沢直樹さんや、しりあがり寿さん、お笑い芸人のバッファロー吾郎さん、東村アキ子さんら...の姿も。
エキシビジョンマッチでものすごい回答を魅せた寺田克也さんとは久々の再会となり、座の中には西原理恵子さんや島本和彦さん、とり・みきさん、ズミー(泉晴紀)、さやか嬢(山崎紗也夏)...らの姿も!
今年5月25日には『ぱじ』愛蔵版
http://www.amazon.co.jp/dp/4087823768/
を発売し、傑作コミック『星守る犬』
http://www.amazon.co.jp/dp/4575301434/
は文化庁メディア芸術祭に取り上げられ、映画化された同作品『星守る犬』
http://hoshimamoru.com/index.html
は大ヒットに導かれた。村上たかしさん&奥様との再会も毎度毎度有り難い空間だ。
この機会でなければ話しなどできそうにない豪華メンツとのひとときが貴重だった。村上さん担当の時にこさえた、連載記念の品:トート・バッグは今でもメインで日々活躍している。
昨日の本番でのおおひなたごうちゃんは、過去のパフォーマンスを含めても際だって素晴らしかった。仕切りは勿論、演出も感動的なほど。
ともあれ、ごうちゃんお疲れさま。
ヤンジャン編集Fの腕はそもそも知るところながら、解説として会場を温めるトーク内容の的確さには舌を巻いた。
ともかく演者のレベルは勿論ながら、関係者のスキルも最大限に極まった大会となっていた。当然打ち上げも盛り上がるハズだ。
なんだか座敷で延々と立ち話になってしまった喜国雅彦さんとの音楽談義も最高。贅沢すぎる時間が過ぎる。
編集Hちゃんと地元の呑みだちSと隣の居酒屋に場を移し、さらに痛飲。
世代の違う面々、みな呑み体力万全な感じ。当然、始発などとうに出ている中央線で帰途に。
午前、Rちゃんの刺激で起き上がるモノのスイッチがなかなか入らない。
しばらくゲームなどでお茶を濁した遊びにつきあいつつ、夕方のbambiリハへ。
リハ後のいつもの晩餐は今日だけは厳しかろうと、心は「帰宅」と準備していたくせに、やはり「全員が揃った酒席を外しては勿体ない」といった思考が働き、赤・白ワインで派手に呑みつつ盛り上がる。
そしてまさかの「もう一度スタジオに入る!」といった、とんでもない展開となり、全員悪ノリ大セッション大会へと突入。もう止まらない。
パンクバンド的演奏を終え、疲弊気味で解散しながらも、まだ呑む気満々のキーボードSと『闇太郎』へ移動。時間と眠気の来るまで飲み明かした。
「これは、20代前半の呑みですよ!」と、20歳代半ばを過ぎた、おいらを誘った張本人がボソっと漏らした。
投稿者 yonezawa : 00:33 | トラックバック(0)
2011年 08月 25日
METAMO
フランスのB、映画監督のTさん、打診中の取材企画など、それぞれメールでの確認作業が続く。
某誌に、ある崇高企画を投げたのはもう2週間前後前なのに、まるでリアクションがない。あら不思議。
取材のあるなしに関わらず、なんらかの返事を賜りたいと思う伝言と文面でお伝えしても、まぁ反応なし。こうした対応によって、その媒体をどのような人たちが運営しているのか、伺い知れると考えてしまった。
待つしかないが、それにしても異常な遅さだ。
業を煮やし、取材対象者へのここまでリアクションの遅れた説明もあるので一昨日、昨日と某編集部宛に2度電話を入れた。それでも直接の担当者という人物を特定されることはなかったが、よーーやく昨日代表の方から電話を頂けた。
結論、ボツ。
まったく解せない残念な時間が経過してしまったが、次の展開へと頭を切り換えよう。
夜、ふいに編集Yと飲みたくなり声がけしたところ、併せて編集T&Hも合流しますとの嬉しき展開に。4人の面々にて四ツ谷で九州料理をいただくことに。
入稿のある連中は3時間弱で帰社してしまったが、こうした空間はやはり心地が良く大事な時間であると感じてしまう自分だ。T、Y、H、ご馳走さまでした。
ところで、今日Yに聞くまで知らなかったスティーヴィー・サラス来日の情報には驚いた。
おいらこそが真っ先に知るべき来日情報だと言うのに。
http://www.metamo.info/
http://www.metamo.info/news/237111300.php
メタモルフォーゼでのS.サラスのステージは、05:50 - 07:05 STEVIE SALAS and BERNARD FOWLER presents the I.M.F's feat. Juan Alderete and Jara Slapbak とどえらい時間となっていた。
しかし、前々回新宿で乾杯したジャラも来るようなので、今回も是非とも会っておきたいものだ。どうなることか。
そう、この夏スティーヴィー・サラスはフェス「メタモルフォーゼ」にやって来るのだった。
取り急ぎ、本人に滞在中のスケジュールを訪ねるべく、これから質問メールを投げなきゃならん。
投稿者 yonezawa : 00:32 | トラックバック(0)
2011年 08月 18日
ストラトとケーブル
鞄もどかしていないベッドになだれ込んだ明け方。
朝9時前にタイマーで起床。
チェックアウトの10時を大きく過ぎた45分、フロントの催促の電話に促されホテルを後に。
徒歩で『ピーチェリーノ』へ向かい、和風パスタのランチをゴチになった。M感謝!
そのまま歩いて市内を目的のないまま、まさに徘徊。
13時30分ののぞみを目指し、タクシーで博多駅へ向かい小倉へ。さらにバスで北九州空港へ。そのまま羽田へ降り立ち、15分後に出発する高速バスで吉祥寺へ。
珍しくコンビニ弁当を買い、帰宅後夕飯。夕飯作る気、ちょっと湧かず、キャベツの千切りだけ切り、添えた。
明日は午前中からのセッティングで某セッション予定。
投稿者 yonezawa : 13:25 | トラックバック(0)
2011年 08月 12日
ROCK
メンバーがなかなか決まらない。
PのFちゃんも、SのTさんも夏のツアーやらで都合つかず。
そんな矢先、ミュージシャンAとたまたま久々にサシ呑みすることに。
新宿三丁目「ひろ喜」で待ち合わせ。久方ぶりの高級寿司。
近隣のバーに河岸を変えながら近況を伺ったところ、丁度彼界隈のミュージシャンが都合つくというトントン拍子の展開となり、瞬時にメンツが確定。
詳細は追って。A、サンキュ。
下北のレコード店をのぞいたら、THIN LIZZY永遠の名盤『Black Rose』が2枚組で、よい音質の音源となって発売されてた。
アウトテイクも嬉しい。ゲイリー在籍時代の生き生きしたプレイが、おいらを高校時代へとタイムスリップさせてくれる。
THIN LIZZY、2人もいなくなってしまったんだなぁ……。
夜、シンガー吉田兄と焼き肉。近況を伺いながら、ここでしか聞けない超絶エピソードに今日も驚嘆。とある解せん環境に愕然。今日も繊細で優しい兄、ゴチでした!
投稿者 yonezawa : 13:21 | トラックバック(0)
2011年 08月 11日
fender super sonic black panel
Y編集部Iからの打診で、新たなるイレギュラー演奏&撮影案件が飛び込んだ。
9月の岡山ギグ前に、何をどうやるのか今日のところではまだ見えていない企画ながら、楽しんで取り組めたらと考える。
世界のSさん、世界のMさんを繋げる企画をなんとか実現させられないものかと、ある音源の情報より妄想を広げ、関係者各位に気持ちをお伝えする算段をとった。
午前中、宅配便業者が訪問。
荷物の中身は、先日上田で悲しい目にあったアンプと同機種のfender super sonic black panel。
医学界最強のギタリスト:大先生が、岡山ライヴを睨み入手。管理をおいらに委ねるというたまらない任命を授かり、本日よりこのアンプの癖と特性を習得するべく、誰もいないリビングの隅に転がした。
いつもなら楽器類は勿論すべて自分の小さなギター・パソコン部屋に押し込む習慣がある故、こうしてリビングに堂々とアンプなどを置くなんてことなどあり得なかった。
威風堂々とするこの光景に違和感を感じてしまう自分であった。
自宅ではものすごく小市民であったことを、こんな場面で自覚するとは……。
ともあれRさんとKちゃんの超企画、実現させたものだ。
投稿者 yonezawa : 13:21 | トラックバック(0)
2011年 08月 7日
UEDA JOINT
8/7(Sun) 14:00〜15:00
UEDA JOINT(長野県上田市の夏フェス)
http://www.uedajoint.com/
http://www.uedajoint.com/Artists/11artists_trjt.html
The Real Jazz Tribe
Hide Tanaka ( Keyboards )
Kazuyuki Yonezawa ( Guitar )
Tetsu Ikeda ( Bass )
Great Gidayu (Drums )
早朝8時にはしっかり起床。
8時30分、バイキングの朝食。9時で終わりの大浴場へ8時45分に滑り込み、入浴。
慌てて入ったせいで、「部屋のタオルを持参ください」の文字を見落としており、タオルナシで入浴してしまった。マヌケ。
内線電話でフロントへ連絡し、従業員の方にお世話になる。風呂場でタオルを持っていないだけでどれほど無力感に包まれたか……
10時30分、上田城を目指して一般駐車場へ入り、場内地図を見てたら偶然、ベースの哲と遭遇。共にUEDA JOINTサイドの専用駐車場へ移動し、機材搬入。
義太夫兄も含め、メンバー全員早くも到着済み。素晴らしい。
リハーサルの時間までの2時間弱を適当にその辺をうろつきながら過ごすのだが、とにかく暑い。暑すぎる。
フェンダーから到着していた、おいらの最も大好きなアンプの一台:スーパーソニックをステージに上げ、セッティングしようとしてたらいきなりつまみが3つ取れている。
まぁなんとかなろうかとセットするが、どうも様子が変。
専門のスタッフが確認すれば「ヒューズがありません」「回路が焼き切れてるかもしれません」「ダイレクトに音がまったく出る状態ではありません」という最悪の事態に。
フェンダーさんの協力でアンプのリースにお世話になっていることは有り難き事実ながら、完全に搬送する前に、何もチェックされていない機材がやってきた状態であった。
最悪。
選んで使うので他のアンプでも同じだが、まさにこのアンプである故、基本的に歪み系のファズ、ディストーション、オーバードライヴなどを持ち歩かないおいらはお手上げとなった。
さてどうする? と考えていた際、本イベントの主催者S氏のアンプをそのままお借りすることに。人生初となるポリトーンにLINE9のファズで鳴らしてみたところ、なんとか許容だったのでそのセッティングで押し切ることに。Sさんに大感謝。フェンダー頼むぜ、まったく!
本番14時。オンタイムでスタート。
こんな暑い環境の中でギターを弾いたことはない! とはっきり自覚しながら、尋常でない程暑い日差しを受けステージング。本気で半端ない暑さ。エフェクターの上では冗談抜きに卵焼きが出来たと思う。
メンバー全員で合わせたのは3回のリハーサルだけだったが、各位素晴らしいスキルを発揮し、なんとか……なんとか形には持っていけたのではと、他3名のメンバーを労いながら演奏を駆け抜けた。
メンバー&スタッフ、カメラT、大先生、歌姫H、我が家の家族、みなさん、糞暑い中、わざわざ駆けつけてくださって感謝でした。
そしてRちゃん、おったんを褒めてくれてありがとね〜
❶Noah
❷Moby Dick
❸金星のライオン
❹Chase Me
❺My Way
❻Smoky Town
終演後、精根尽き果てたメンバーと記念撮影。個人的にも、ものすごく焼けた。身体熱い。義太夫兄、哲、田中、thanx。
関係者のみなさんへのご挨拶を終え、帰途に。
高速の激混み具合に暴れたくなるものの、大渋滞に加え、集中超豪雨で精神的にももう最低。おまけに、人生初の類に数えられる疲労によってか、眠気全開。
練馬インターについたのは22時を回っていた。
結局自宅に帰り着くまで6時間以上の道中となる。近所のスーパーで弁当を買い、帰宅後いただいた。今朝の朝食バイキング以来、チップス程度しか腹にモノを入れてなかったが、あの暑さでまぁ食欲のわかぬことわかぬこと。
食後、Rちゃんと即風呂。Rちゃん大はしゃぎ。「おったん、かっこよかったよ」
長い長い、熱い暑い、貴重で嬉しい1日が終わった。体力は全部使い果たしました。
投稿者 yonezawa : 15:30 | トラックバック(0)
2011年 08月 5日
生涯初
中野VOXスタジオはまるでカラオケボックスの跡地のようなレイアウト。多分当たりだろうと思う。
明後日の本番を前に、最終最後のリハーサル。構成難しい。それにしてもこんな集中したリハは生涯初。3名の同志、明後日、よろしくお願いいたします!
投稿者 yonezawa : 15:23 | トラックバック(0)
2011年 07月 31日
高円寺showboat
7/31(日)高円寺showboat
18:00/18:30
http://www.showboat.co.jp/others/map.html
我々Beat Generationは21時〜21時30分。
YAMAJI NIGHT vol.1 ~Go for it JAPAN!!~
松岡英明with 潮崎裕己(key)
Vamp[Ryoko(vo)滝沢裕(g)山路力也(b)森田啓一(ds)]
Beat Generation [吉田宏(Vo)グレート義太夫(ds)池田哲也(b)甲野勝之(g)米澤和幸(g)]
GOLDFISH RESCUE GANG[KOUSAKU(Vo)HAJIME(g/prog.)]
FOOD:阪田博昭@麺や七彩
\3500/\4000
ドリンク&フード別 \1500
お休みの日なのでたくさん遊ぼうと思ってたRちゃん、ごめんなさい。
空模様のかげんが悪くなる前の昼過ぎに、ギター2本抱え高円寺へ。
ライヴハウス『高円寺showboat』はずいぶん昔からその存在を知っていながら、初めてやってきた。
リハーサルを終え、ラーメン横丁のTETSUへ初チャレンジ。初心者用のつけ麺爆食。
20歳からおよそ5年住んでいた懐かしい高円寺の駅周辺を何年ぶりかに散策。
風景も、時には地形も変わった感じがする。20年以上常連だったリハーサル・スタジオ:アフタービートも北口店はすでに閉鎖され、時の流れを感じ入る。
数年ぶりに訪れた鉄板焼き屋で焼酎を(時間的に)1杯だけいただき、ライヴハウスへ帰還。
今回主催の山路さんのバンドVampから熱演が続く。
30分押しで我々Beat Generationスタンバイ。「キメを口頭で決めての本番」という案配で、練習不足のまま「えいや!」と駆け抜けた。
ともかく、最大限の各々の技量を引っ張り出すべく全員が頑張る。
パフォーマンスに関しては、ヴォーカル吉田宏とうさん、ドラムス:グレート義太夫兄の絶妙な掛け合いが、ステージ上も客席も大いに沸かす。もう大受け。客席のヤジが格段に秀逸。笑った笑った。
様々な意味を込め、吉田とうさん史上ベストの1本と言えるステージングだったのではないか。たまに突っ込むけど(笑)、あの歌はすげぇや、やっぱ。
終演後、会場でそのまま乾杯タイムを設け、残ったKとサシで時間の許す限り高円寺焼酎乾杯。そして深夜に本日(日付は変わったが)2回目のラーメンを食ってしまったおいらたちだった……。
1.Good Times Bad Time
2.The Ocean
3.Celebration Day
4.MobyDick 以上 LED ZEPPELIN
5.花・太陽・雨 - PYG
6.やさしい悪魔 キャンディーズ
※アンコール
7.Celebration Day
ラジオ先生ごめんなさい。
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2011年 07月 30日
bambiリハ 赤坂Crawfish
午前中からRちゃんと2人きり。彼女に起こされてからずっと隣り合わせ。嬉しい。
「きのう、おたんとけっこんしたゆめみたんだよ〜」なんともおくゆかしい姫だ。
午後3時からのbambiリハまで時間が迫るが、まだママが到着しない故、気持ち焦る。
ギリで保護者が入れ替わり吉祥寺のリハスタへ向かう。3時間汗をかく。もとい、冷房効いてたので汗はそんなにかかなかったかも。
新曲の機微、奥深し。アレンジ提案出来ないおいらは虚ろだった。
リハ後のいつもの飲みを経て、赤坂見附へ。
目的の地:赤坂Crawfishがなかなか見つからず困難を極めながらも、10分押しのスケジューリングに救われ、ffpのアコギなライヴは頭から鑑賞出来た。
一歩ずつ進化を遂げるffp。常に最新のライヴがベストと言い切れる出来に歓びを感じながら小屋を後に。Yはフェンダーのアコギを購入しており、その音色を初めて聴いた。よしよし。
終演後、カメラTと新宿へ移動。
一方的に出された3品のつまみを肴にしょんべん横町で昆布焼酎。
明日は高円寺。来週は長野県か……
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2011年 07月 29日
対バンでライヴ決定!
7/31(日)高円寺showboat
http://www.showboat.co.jp/others/map.html
で対バンでライヴ決定!
我々Beat Generationは21時〜21時30分。
投稿者 yonezawa : 16:52 | トラックバック(0)
2011年 07月 25日
エイミー・ワインハウスとJCOM
結局一度も会う機会を得なかったまま、異端のシンガー:エイミー・ワインハウスが逝ってしまった。享年27歳。
薬物中毒やアルコール依存症などスキャンダルな話題でも彼女は有名だった。
孤児的には、グラミー賞を受賞した際の中継映像にかなりの違和感を感じたことを思い出す。まるでテレビカメラが入っていないかのよう(つまり無視状態で)に振る舞の彼女の姿は、ある種のホンモノ感というのか、とても特殊な印象を与えたものだった。
2006年にリリースされた彼女のアルバム『バック・トゥ・ブラック』は全世界で800万枚を売り上げた。
27歳───
60年代後半〜70年代前半には、ストーンズのブライアン・ジョーンズ、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ドアーズのジム・モリソンなどがこの世を去り、90年代にはニルヴァーナのカート・コバーンも全員27歳で逝った。
偶然なのだろうが、27とは奇っ怪な数字だ。
午前中、ふいの来客かと思ったらJCOMの技術者が来訪する日だったことを忘れていた。
今回、160M超高速インターネットへ切り替える為、モデム交換と設定にやってきた。設置は20分程度で終わり。
「後はお客様の方で、このCDをインストールしていただき……」という説明を受け、彼らは引き上げた。
新規モデムの設定だけ自力でやらねばメール、ネットが使えない。言われたとおりCDを入れ、立ち上げるがそこにはインストルールするアイコンが見当たらない。
なのでJCOM担当者へ電話。
結果、懇切丁寧な説明と遠隔操作で設定は20分程度で2台のパソコンのワイヤレス設定までを終えたのだったが、この作業、そこそこパソコンが分かる者でも不可能だとみた。
素人では到底辿り着けないサイトへ潜り、聞いたこともないたくさんの数字やら記号を入力しなければならない。
この作業が自力で出来る者はプロだとしか考えられない。つまりイザという時プロバイダーの力を100%借りねば環境構築が出来ないという実態だ。
夜、親愛なる先輩編集者T氏と1ヶ月半ぶりの銀座〜吉祥寺サシ飯。感謝。
投稿者 yonezawa : 23:51 | トラックバック(0)
2011年 07月 17日
Fender CONCERT REVERB
11時に起こされホッとした。
しばらくぶりにフェンダー・コンサート・リバーブで鳴らす。隣では、再びパソコン・ゲームの稼働を強引にもぎ取ったRちゃんが「う・る・さ・いー」と漏らす。
アンプのガリの元、ノイズの元が気になった。本番の場合、大音響で差し支えなるのか、今週来週のコンディションでその決断をせねばならないところ。
そもそもトレモロ機能がついている唯一の機種だったので購入に至ったアンプだった。確か2004年頃だったか。コンボ・タイプにしてはそれなりに大型故、なかなか持ち出して活躍させられていないアンプ。
夕方、Tと、意思の確認を含めたミーティングをリハスタで行い、そのまま個人練習としてセッション開始。
大音量で鳴らすイメージが日常から身体に染みついていなければ、その機微への回復は毎回困難を極めるもの。大変意味のあるセッションとなった。
いくつかのライヴを睨み、今日はそれなりの音を出せてよかった。Tにも感謝。
投稿者 yonezawa : 22:48 | トラックバック(0)
2011年 06月 25日
THE MODS 30周年 日比谷野音
K渕兄から、先日演奏したおいらのライヴ姿の「雄志」(笑)を激写してくださったという写真がメール到着。大感激。
小雨ぱらつく中、Twitterにつぶやきながら日比谷到着。会場回りの観客が熱気を発散している。
今夜はTHE MODS in 野音。今夜、彼らの30周年となるメモリアル・ライヴは見届けねばならなかった。
おいらが福岡在時代、彼らのデビュー・アルバムは、海外ミュージシャンやバンドのそれとは別に、特異な地響きと得体の知れぬエネルギーを感じさせたものだった。
当時、THE MODSがどうクールに映っていたかは、今の想いとさして変わらないように感じる。
想像し続けた野音のTHE MODS、結果は一点の曇りもないパーフェクトなパフォーマンスであり演奏であった。
パンクバンドというイメージ故、演奏技量に関してはとりたててクローズアップはされてこなかったのかもしれないが、演奏にしても実はめちゃめちゃ上手いバンドであるし、見られることを熟知しているエンタテインメント性は世界有数であると言ってもよいと確信する。
森山さん他、メンバーのすべては完璧と言えた。
苣木さんの、特にゴールドトップのファズサウンドはため息モノだ。今日も上半身裸のまま心臓に突き刺さるようなボトムを刻む北里さんのホンモノさ加減。ドラムスのしゅうくんは今年5周年だと言うが、もう彼不在のTHE MODSは想像できない。素晴らしいドラムングにも注目させられた。
30周年の迫力と共に、彼ら全員のピュアネスさ加減に終始打たれ続けていたおいらだった(涙)。
銀座で一杯、新宿で一杯の梯子酒を今夜は高橋ツトムがごちそうしてくれる。
高橋ツトムはTHE MODSの身内のような距離にいる男だ。
その後、打ち上げの席へと合流させていただき、そこから延々夜中まで語りあってくださるメンバーの皆様に感激を通り越した歓びを感じ受ける。
THE MODSのロマンチストさ加減にため息を漏らす瞬間は何度も訪れた。“破格のロッカー”とのしびれる夜が更けていった。
LED ZEPPELIN及び洋楽ロックとはまた違う、博多時代から一度も歩みを止めていないバンドTHE MODSは今日も素敵だ。それこそ「“本物のバンド”ってのは誰のことを指すのか」を認識させられる空間。
THE MODSとのフレンドシップを生涯大事にしてゆきたい。
THE MODSにもう一度、大感謝。
投稿者 yonezawa : 12:15 | トラックバック(0)
2011年 06月 20日
失速バンド2011
2011年度『失速バンド』無事終了。
K渕兄、最前列で「来場アピール」に感激。bambiご一行様ご来場に身内感激。
H、C、Sの精鋭ご来場、嬉しかった! 吉田さんファミリー全員に感謝。T、撮影今日も感謝。本酒飲み干すYに感謝。
本番で結局持って行ってしまう吉田父さん、今日も素敵でした。
哲のベースは偉大です。
K野は失速参加史上最も度量のあるプレイだったのでは?
そして義太夫兄のラウドな出音に安心感極まり、後ろを振り返ることもなく終盤まで駆け抜けられたことは貴重な体験でした。
書ききれていませんが、多数の皆様方のご来場にメンバー一同心より感謝申し上げます!
そんでBEAT GENERATIONの面々、お疲れさまでした。
2011年度 BEAT GENERATION
●吉田宏 Vocal
●甲野勝之 Guitar
●池田哲也 Bass
●グレート義太夫 Drums
●米澤和幸 Guitar
❶Good Times Bad Times / LED ZEPPELIN
❷The Ocean / LED ZEPPELIN
❹Celebration Day / LED ZEPPELIN
❺花・太陽・雨 / PYG
❻やさしい悪魔 / CANDIES
2011.6.20 BEAT GENERATION at 目黒ブルースアレイ
投稿者 yonezawa : 15:25 | トラックバック(0)
2011年 06月 19日
ビート・ジェネレーション21時
明日、目黒ブルースアレイにて「ビート・ジェネレーション」は21時スタートです!
昼下がり、Rちゃんと2人で吉祥寺デート。今日はどうしても2人で行きたかったそう。
行きがけからソニーのハイビジョンカメラを回しつつ、街中でも可能な限り回してみる。
デパートのキティショップでRちゃんが最後に選んだのはピンクのファンキーなめがね。まぁよし。
室内の子供の遊び場スペースで、しばらくロック・クライミングのような遊びを経た彼女と、戸外の出店でソフトクリーム。この時間(ジュースとお菓子類のみ)の時だけがおとなしい。
「もういならい」と、1/3残ったソフトクリームを渡されるのだが、食べたくないので捨てればいいものを、これが貧乏性で一気に食べ尽くす。その甘さに大きな後悔。多分一生治らない。
自販機でオレンジジュースを買い、バス中で飲み干したRちゃん。とても機嫌がよろしいし、なかなかいい映像が撮れたし。
帰宅し、夕飯までまとわりつくRちゃんとの攻防が続く。小さなアンプで小さな音で、明日のライヴの曲を1回ずつだけ練習させてもらった。その間、何度も邪魔に入るRちゃんは最後寝転んだ「あと1かい(曲)だよ!」と細かい。早く遊ぼーよと、細部の確認など出来しない。
夕飯は特製コロッケ。美味しく食べ終え、再びお遊び。
風呂では彼女の前髪を1㎝カット。ちょっとのびてた足の爪もカット。上手くできた。
布団の上で再びLEGO。ふと、録画中のはずのHDD(パナソニック)を見れば、タイマー録画の調子がおかしくなっており、予定していた映画『インセプション』が録れておられず怒り。
ちゃんと認識していたのに作動してなかった。この原因究明は難しそう。DEODEO:K村、理由教えて!
投稿者 yonezawa : 15:24 | トラックバック(0)
2011年 06月 17日
ドラム・レスで数曲
日時:6月20日(月)18:30 OPEN 19:00 START
場所;目黒BLUES ALLEY
料金:3,000円(再入場可)
出演:L-mode、スマトラーズ 、MATALLOW MONKEYⅢ、服部ブラザース、
BEAT GENERATION、迷彩色ホタテ、ブラスロック
詳しくは「失速LIVE2011 HP 」
http://www.shissoku.com/
我々BEAT GENERATIONは21時より出演します。
雨。鬱陶しい中レスポールを担いだまま超大量のペットボトル空き容器を破棄。
我が家のそれで、マンション全体用の網でできたペットボトル入れ1つが満タンに!
リハにレスポールを持って行くのは珍しい。アームがないと家を出る直前に萎えてしまうから。
ハムバッキングの硬質な音色は確かに心に響くところはありながら、もう長きに渡って気分はストラト系。初めて買ったエレキギターはレスポールだったのに。
リーダー吉田兄と早めの晩飯「ボンディ」。ゴチに。兄、感謝!
一旦帰社し、雑務を片付け、20日に関しての最後となるスタジオ入り。あとはなるまま。
義太夫兄が早めに撤収した後、ドラム・レスで数曲確認していたところ、ある曲のエンディング変更の案を思いついてしまい、結果、その部分は頭で認識していただき、本番で初めて全体で奏でるという展開になった。まさにバンド也。
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2011年 06月 16日
鍛錬不足
ジメジメ鬱陶しい中、夜、失速用リハに3時間。
この1週間、一度もギターを弾く機会を得られず、メンバーに恐縮気味で、とりあえず1週間前の感覚を思い出すべくリフレイン。
義太夫兄のスネア、吉田父さんのシャウトにも幾ばくかのゆとりが!?
この1週間の鍛錬不足を大いに恥じて週末の2日、個人練習に賭けるべし。
投稿者 yonezawa : 15:22 | トラックバック(0)
2011年 06月 15日
eggmanでffp
渋谷駅からeggmanに向かっていたところ、公園通りでRちゃんに遭遇。嬉しい。
裏通りのショップでRちゃんの選んでくれたシャツ購入。
強いRちゃんリクエストで彼女を連れ立ち、eggmanでffpのアコースティック・ライヴ観戦へ。この日をRちゃんは1週間前から楽しみにしていた。
パワー・ロックから一転してアコギなffp。
メンバーチェンジを経て、再び8月辺りに再始動するという彼らに大いなる期待。
Rちゃんと別れ、雑務を終え新宿へ。
T編集長、編集Tちゃんの会食の席へ遅れて到着。
4軒の梯子酒で、気がつけば夕べと同じ闇太郎。終わったのが4時を回ってしまい、ヘトヘト。
T編集長は3,4軒目以降の記憶が何もなかったのだという。無理も無かろう。
投稿者 yonezawa : 15:22 | トラックバック(0)
2011年 06月 14日
魔がさしそうです
Rちゃん本日も園お休み。咳き込む彼女は「おったん、おしごといかないで」と午前8時から遊びの催促。なるだけ安静にしときなされとママ。
昨日のTaylor Guitarを今日も眺めながら楽器街を徘徊。
20日の失速バンドには、bambiの面々やら、若き有望編集者、そして某放送局元社長のKさんからもメール拝受。
「6月20日、夜、魔がさしそうです。行けそうです。」の内容がとてもとても嬉しい。
まだ、ギターソロや構成など覚えてないが(笑)、週末には練習して週明けの本番に挑むことにするか。
音楽家Tの打ち合わせに吉祥寺。
「明日、映画試写会で10時には試写室なので終電では帰りたいのだよ」等のメールのやりとりで吉祥寺:闇太郎へ。
ちょっと楽しみな夏のあるイベント話を肴に乾杯。
地元なので終電はもう関係ないのだが、早めの深夜(?)精算を済ませ、店を後にと外へ出た。
間の前に止まったタクシーから漫画家ズミー、タムタム、エグチン、編集Sちゃんらが降りてきた!「ダメだよヨネちゃん。帰ったらダメよ」と拉致され、Tと共に再び店の中へ。
……怒濤の飲み突入……。
早朝6時過ぎ、ラーメンを食べ終え、「これからまだ飲むよ。当たり前じゃん。店代えるぞい」というエグチン、タムタムに別れを告げ帰途。
投稿者 yonezawa : 15:14 | トラックバック(0)
2011年 06月 10日
替え玉
6月22日発売。『NEW-BLEED“HASH”-DVD付-MODS/』
http://www.amazon.co.jp/dp/B004TKYH74/
1. COUNTER ACTION
2. GO-STOP BOOGIE
3. SHE’S THE C
4. 激しい雨が
5. バラッドをお前に
6. MOJO STOMP
7. GARAGE WONDERLAND
8. NAPALM ROCK
9. LOOSE GAME
10. PRISONER(野獣を野に放て)
11. (I wanna be a) GANGSTER
12. ロメオとジュリエット
13. 他に何が
14. Ooh-La-La(終わりのないゲームは続く)
15. 壊れたエンジン
16. JUST SAY FUCK NO
17. IL GARAGE
18. TIME WAITS BY YOUR SIDE
19. CIRCUS DRIVE
日比谷野音が楽しみ! ついに来た。30周年のTHE MODS。
雨模様。遅い時間に久々の龍龍軒(お茶の水店)。
猿楽町の龍龍軒ってまだあるんだろうか? 検索してないが。
大学生らでごった返しの店内。食券でラーメン半チャーハンを注文。このセットでは替え玉が無料なのだそう。嬉しい。
食券を買ったと同時に替え玉を決意し、一番奥のカウンターに。
2つ離れた左隣の席にはOL風の女性が1人で食べており、しばらくすると普通に替え玉を追加。その当たり前というか堂に入った移し替え姿があまりにナチュラルで気後れするおいら。
先に出てきた半チャーハンを半分くらい食べた頃、ラーメンが来た。
当然固麺での注文だったが、麺を半分食べた頃、早々と「替え玉は食い過ぎ」の予感がしたものの、単に「なんとしてでも替え玉を食べる」という行為だけをやっておきたい衝動から開放されずに無理くり注文。あほ。固麺。
結論、大いなる食い過ぎ状態となり、それを打ち消すかのように氷水をがぶ飲み。
替え玉の場合は、麺の堅さは「普通」がベストだと今日のおいらが学習した。
勿論、もう酒など飲めるような状態ではない。
電車とバスを乗り継ぎながら、飲酒の時よりも胃腸の重い状態で帰途に。
「普通に夕飯だけを食べる」
この行為が、休日の自宅でしか出来ない身体になってしまってる気がする。
ラヂヲ先生、ちょっとだけごめんなさい。
投稿者 yonezawa : 14:01 | トラックバック(0)
2011年 06月 9日
我々はBEAT GENERATION
今回で3週続けてMACのハンバーガーを食べたら段々味に慣れて癖気味に。
聴けば聴くほど、弾けば弾くほどに奥深い。
まだこの年になってもLED ZEPPELINの呪縛の内側であがく日々。
失速へ向けたリハも今週は今日のみ。本日のリハを終えれば残りあと2回。
まだ細かいニュアンスを取り切れてない自分が問題山積み。本番までには、なんとかつじつまあわせねば。
ある瞬間、バンドの芯が熟成され大きくゴロンと前進する瞬間。来週の最終日にはその感触を掴むべく精進。日々精進。
日時:6月20日(月)18:30 OPEN 19:00 START
場所;目黒BLUES ALLEY
料金:3,000円(再入場可)
出演:L-mode、スマトラーズ 、MATALLOW MONKEYⅢ、服部ブラザース、
BEAT GENERATION、迷彩色ホタテ、ブラスロック
詳しくは「失速LIVE2011 HP 」
http://www.shissoku.com/
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4344991397/
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投稿者 yonezawa : 14:01 | トラックバック(0)
2011年 06月 7日
最重要書類の作成
しっかり二日酔いを自覚しながらも最重要書類の作成に。
夕飯時に、S社Kさん、Hさん、WO社Yちゃん、W社Oちゃんとのミーティングを予定していた。打ち合わせ場所には静かなところを想定し(おいらは食べられないが)K氏馴染みの蕎麦屋を予約。
到着したらば、店内は大勢のオヤジ・サラリーマンで席は埋めつくされ、まぁ〜うるさいったらない酷い環境の場所となっていた。大失敗。だが仕方なし。
ビールで乾杯。二日酔いのおいらは温かいウーロン茶でスタート。
それぞれ異分野の者同士が意見を出し合い、今年おいらが睨む、おいらにとっての壮大なプロジェクトの布石を投じた瞬間となった。
この数週間は頭であれこれ妄想を繰り広げ、どういった手段を踏めば企画を現実に導けるのかのシミュレーションを繰り返していた。
まさに本企画のブレーンと言える頼もしき面々のアイディアを賜り、また一歩前進した今日は最高の気分。外枠の構築は良好。後は二日酔いを覚ますだけのところ、2件目では赤ワインを開けてしまっていた。
投稿者 yonezawa : 13:59 | トラックバック(0)
2011年 06月 3日
テデスキ・トラックス・バンド
転調してコードの調整。あっているのかそうでないのか。
WEBで入手したコード譜はいい加減な部分もあるので、落ち着いてちゃんと精査せねばならないのだが、週末のRちゃんとの攻防でそれらの時間を得られるかが勝負。
夜中に音出さないまま弾いても鍛錬は身に入らないのがエレキギターの特徴。
ある程度の音量で、意味としては心を興奮状態にしなければギターは上達しない。
「テデスキ・トラックス・バンド」って「デレク・トラックス・バンド」の類似バンドか? っと思っていたところ、S社Sちゃんより音源到着。
デレク・トラックスとスーザン・テデスキの夫婦バンドの正式名称が「テデスキ・トラックス・バンド」というらしく、6月7日にアルバム Revelator(暴露、啓示)が発売される。
ジョン・メイヤー、ジョン・フルシアンテと共に「現代の3大ギタリスト」として名を連ねるデレク・トラックスの嫁がブルース・シンガーでもあるスーザン・テデスキ。
昨年のFUJI ROCKでは日本初となる夫婦共演を果たしたそうだが、現地にいたハズのおいらはRちゃんシフトで観戦出来ていない。
イギリス出身で日本在住の優れた音楽評論家、優れたラジオDJである、あのピーター・バラカンをして、「もし今自分が20代だったら全ての仕事を投げ出して、 このバンドのローディになりたい」と言わしめたバンドがデレク・トラックス・バンド。
アルバム「Revelator」は女性ヴォーカルである故、雰囲気はDTBとは違う印象を与えるが、時折挟み込むオブリガードの機微と温かいアナログチックな演奏は紛れもないデレク色。
デレクにインタビューした時も、奥さんとのバンドのことはDTBに加え、オールマン・ブラザース・バンドとクラプトンのバンドのことと平行して語っていたので、きちんとそのプロジェクトも同時進行させていたのだなぁ。
スライドギターの名手にはジェフ・ベック、ロバート・ジョンソンやマディ・ウォーターズからライ・クーダー、デュアン・オールマン、ローウェル・ジョージ、ジョニー・ウィンターなどいるが、現状ロックの歴史からしても歌メロに差し込むスライドなら、ジェフ・ベックに次いでデレクがベストかもなぁ。
アンドリュー・ウィントン。
http://www.youtube.com/watch?v=xKnngyCIctA&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=kDQM8IkbH2k&feature=related
http://www.myspace.com/andrewwintonmusic/music/songs/The-Decompression-Chamber-21656128
http://www.myspace.com/andrewwintonmusic/music/songs/Love-Paints-A-Picture-33378466
はJBTっぽい。
エリック・サーディナスってのもいる!
http://www.youtube.com/watch?v=EBpa2CADNJA
http://www.youtube.com/watch?v=TAlSS2NY28k&feature=fvst
夜、漫画家Kちゃんがつかまり急遽サシ飲み。
ゴールデン街、二丁目とはしご。彼とのつきあいもゆうに20年を超えてしまった。
Kちゃん感謝!
投稿者 yonezawa : 20:26 | トラックバック(0)
2011年 06月 2日
スタジオ
炊き込みご飯と味噌汁でご飯軽く一杯。Rちゃんは今日も園休み。
雨模様の中ストラトを担いで外へ。
どえらい睡眠不足で、バスでも電車でも爆睡状態。心底楽しく語り合った夕べの酒は、しっかり体内に貯蓄か。でも二日酔いではない。
夜、6/20(月)目黒ブルースアレイでの失速ライヴに向けた2度目のスタジオ入り。
急遽2時間枠を3時間に延長。この1週間、一度も復習出来なかった状態で個人的な進歩はまったくないところが情けないが、3時間の反復練習で最低限の構成が見えてきた感じ。
義太夫兄のスネアがラウドで気持ち良し。
投稿者 yonezawa : 20:25 | トラックバック(0)
2011年 05月 27日
前回よりも前進
日がな一日中続く眠気。バスでは基本的に立って乗るからアレだが電車で座れば即落ちるしデスクワークを初めて、テキストを打つ最中、もうキーボードを叩いてられないぐらいの睡魔に襲われるケース多し。
人は寝る。不思議。人はエネルギーで動いている様に当たり前に納得。
今日も充分も睡眠でなかったが、今日はA率いるロックバンドffpのライヴ観戦にShibuya eggmanを訪れた。カメラTと現地待ち合わせし、定刻通り始まった彼らの演奏を聴き入る。
shibuya eggmanはFox Newsでの誤解報道(?)に巻き込まれ「一部でshibuya eggmanが原子力施設であるという報道がありましたが、全く事実と異なります。(Shibuya Eggman has no nuclear plant. )」とわざわざオフィシャル・サイトに記さにゃならない羽目となった老舗のライヴハウス。
今日で2度目のffp体験。
メンバーのモチベーションは変わらず、確実な進歩を遂げる面々。
ギターYは、ギターを前回のセミアコからエドワーズのレスポールに持ち替え、アンプはヘッドのみを持ち込んだそう。「アンプ本体の歪みで勝負」の姿勢が◎。
シンプルな正味20分程度のステージングは大変心地よいシーンとして流れた。ffpの持ち味はまず楽曲のよさ。ネイティヴとも言えるAの英語リリックとメロディラインは、ライヴでは時折その輪郭がぼやける場面もあるが、さらにライヴを重ね、より芯が太くなってゆけばより観客にもその機微はもっと伝わってゆくはず。
前回よりも前進。それでバンドは充分。thanx ffp!
ディズニーショップでRちゃんへのお絵かき帳を購入し、ESPIちゃんと待ち合わせた。彼ともずいぶん久々の一杯。
かつて彼が手がけてくれた何本かのハンドメイドギター話から始まった怒濤のギター&工房話。これがまた楽しくて。
投稿者 yonezawa : 16:36 | トラックバック(0)
2011年 05月 26日
リハ開始
夕方、グレート義太夫兄、イースト:吉田兄と界隈のマックで待ち合わせた。
義太夫兄とは、冷静に映画『菊次郎の夏』の現場以来のまともな再会なので、1998年頃の夏から、ざっと13年も経過している計算。義太夫兄はギターもさることながら、ドラムスも手練れだと聞き、セッションが楽しみ。
神田神保町に本年度ビート・ジェネレーションのメンバーとなるミュージシャンの面々が集結。2011年度『失速バンド』のリハーサルが始まった。
予定の時間にスタジオ入り。昨年と同じギターのK、ベースのTが揃い、1年ぶりの音出し開始。
原曲はよく知らないがX JAPANの『紅』という曲をテレビ番組で叩いた義太夫兄のプレイはたまたま拝見していた。番組上、ギャグ的視点の演出もあるわけだが、そこで奏でられた純粋な演奏技巧は目を見張るモノがあり、今回氏の参加はもちろんメンバー全員大歓迎。
大きく太いスネアの音がモチベーションを上げる。
世代的にこれまで聴いてきた音が近かろうこともあり、クラシック・ロックのセッションならツーカーといった状態がまず嬉しい。
4年ほど前にさらったツェッペリンのある曲の感覚を今ひとつ戻しきっておらず、今回初のレパートリーのような不慣れさ加減でリハが始まってしまったが、残り数回のセッションで身体に入れるべく今後の鍛錬が課題となる。
投稿者 yonezawa : 16:57 | トラックバック(0)
2011年 05月 10日
株券を持たない株主
6月ライヴに向けたリハーサルのためスタジオへ赴き予約完了。
夜、活字誌編集KさんとJEFF BECK談義。大いに盛り上がる。
朝日新聞夕刊4月25日(月)、26日(火)、27日(水)、28日(木)のあと、連休を挟んで5月2日(月)と6日(金)に掲載されたコラム『人生の贈りもの』全6話拝読。
『人生の贈りもの』とは、各界の著名なベテランに人生を振り返ってもらう夕刊be月〜金曜掲載のコラム(一部地域掲載なし、関西地区などはDo面)。
この6話分は、元ニッポン放送社長でラジオDJの亀渕昭信さんの回。
亀渕兄の叔母さんがジャズシンガーであったり、妹さんが彼のゴスペルシンガーだったり(こちらは古くから認識)と、亀渕家は音楽一家であったことを、お母様が料亭を営んでおられた情報同様、今回初めて知った。
進駐軍の将校クラブでの件は、さぞコーラが美味しかったのだろうなと想像させた。
「資本とアイディアが最重要」なんて、ミュージシャン本人はなかなか気づかないもの。そこも含めてロックの歴史には感慨深い思いを抱くが、亀渕青年は早くからこのシステムを認識しておられた。
大学時代には証券学会へ所属。先見の明というか、。つまりその日から数十年後にわきこる、ライブドアとの企業買収M&Aバトルは、この頃からすでに“想定内”だったことを伺い知る(笑)。
おいらの生まれたS39(1964)年は東京オリンピックの年。その2年後、アメリカへの留学を認めたという会社もすごいが、稟議書を回し、説得力もあったのであろう亀渕兄の度量もきっと大きかったのだろうなぁと、大らかでチャーミング(僭越)な氏の笑顔を想像していた。
サンフランシスコ州立大に在籍。すごいことだ。仮においらが同じ場所にいたとしても、そんな度量などなかっただろう。
帰国。ラジオ番組を手がけられた。局に届いたという当時「3千通以上のはがきの重さ」には意味として泣けてきた。ラジオをものすごい場所に導いた氏の功績は筆舌に尽くしがたく、氏には聴く専門として最大の素質があった。そして、電波界最大の功績者となった。
リスナーを指して「株券を持たない株主」とは、なんと素晴らしいフレーズなのだろう。
全6話、会社を愛した、ラジオを愛した、音楽を愛した亀渕兄の、ほんの一部の軌跡を一読者として拝読・堪能させていただいた。
しかしこの尺では短すぎる! 進駐軍の件もサンフランシスコの件ももっと読みたい! 知りたい! そこで亀渕青年が何をどう感じたのか、つぶさに教えてほしい! もし異国の地で、ビビった話などがあるならば全部知りたい!
読後感の心地よさと共に、そうも感じていた。
亀渕兄、近々の再会を楽しみにしています。
投稿者 yonezawa : 18:01 | トラックバック(0)
2011年 05月 9日
人生最大の宝物
帰省中、ICレコーダーとiPODシャッフルを持参。おふくろPCにはギター練習曲をセーブさせ、ギターを弾くには準備万端でいたところ、機器類はほとんど稼働させることがなかった。ネットからプリントアウトしたコード譜だけでギターの反復練習を繰り返した。
実家用に置いてあるガットギターは安物にもかかわらず、帰省時にはなかなかの活躍をしてくれている。
十代初頭のギターとの出会いそのものが人生最大の宝物と言えた。
おいらを除く当時の家族全員が一切ギターに興味がなかったことがたまに可笑しくなる。
基本的に誰にも干渉しないというスタンスは家族各々が意識したものではなく、おいらを除く全員の性格自体がそうさせていたように思う。おいら以外全員がB型というのが当時の米澤家。
暑苦しくなかったそんな環境こそが、実は家族にとって快適だったのだろうと昔を回想した。
思い出したように届く高額の自動車税振込用紙に萎える。
この国の、例えば車検だの敷金礼金だの固定資産税だのと未だに腑に落ちない納税類の強要システムに項垂れる。
「官僚主導から政治主導への転換」を現政権も謳ってはいるが、民放での優れた討論番組でいかに正義の議論が交わされようとも転換の望みはなし。結果、翻らない気がしてならない。
GWが明け、仕事は平常運転に戻った。
夜、Jがつかまり、案配のよい自家製酒?を提供する居酒屋で乾杯。とても有り難いひととき。
突然の訃報に驚いた。団鬼六氏に合掌。
投稿者 yonezawa : 18:00 | トラックバック(0)
2011年 04月 28日
Jayne Mansfield
カメラTがわざわざ先日ライヴの時の写真を持ってきてくれた。T、感謝!
最後の原稿を製版所へ戻し、こちらで完全データとなった原稿が印刷所へと中継され、後は製本を待つばかりに段取りを終えた。安堵。
かつて取材の際、ジェフ・ベックが「最も好きな映画」と答えた作品『女はそれを我慢できない』を観た。
本作は本国アメリカで'56年12月に公開。主演のジェーン・マンスフィールドのプロフィールを見ると……
Jayne Mansfield Born: April 19, 1933 Died: June 29, 1967
とある。とても若くして、交通事故で逝ってしまったことが今更ながら寂しい気持ちにさせられた。彼女は今でもまったく違和感のない新鮮な魅力を放っており、この作品を見た頃の、多分12歳ぐらいのジェフ少年が、彼女の目映い美しさに魅了されたことを容易に想像させたのだった。
サイトを調べると驚きの情報が!
ジミ・ヘンドリックスがマンスフィールドのためにベースとリードギターを演奏した曲が2曲あるのだという。
関連サイトによれば……「1965年の「As The Clouds Drift By 」と「Suey 」。これらは2枚同時に発売された。ヘンドリックスの研究者スティーヴン・ロビー (Steven Roby) の著書「Black Gold: The Lost Archives Of Jimi Hendrix」(Billboard Books) によれば、このコラボレーションは彼らが同じマネージャーを共有したので実現した。」
びっくり。
投稿者 yonezawa : 17:48 | トラックバック(0)
2011年 04月 27日
スーパー・グループの曲
ぎりぎり。だが間に合わせねば。架橋にさしかかる入稿崖っぷち。
夜、失速打ち合わせでメンツ4名集結。初めて飛び込んだホルモン屋で鬼のように喰いまくる。
楽曲を5曲に絞り込み、後はスケジュールとメンバーの調整でリハーサルに挑むだけ。
提案してみたら、一世を風靡したあのスーパー・グループの曲も満場一致で採用に。
小雨がぱらつく。地下鉄で新宿三丁目下車。二丁目BAR:dmxでT、Kとバーボン。Kとシンクロ経由の格安ラーメンで〆。
投稿者 yonezawa : 17:48 | トラックバック(0)
2011年 04月 13日
ジョニー・ウィンター
今日からジョニー・ウインターの初来日公演。
そもそも明日木曜日に伺う予定でいながら、「金曜日なら2名の入場が可能ですよ」とS社Sちゃんにご案内頂き、同行しそうな輩に予定を聞いたが全滅。
ならばと初日の本日、単独で公演先のZEPP TOKYOへ繰り出した。
まず、何だかこの小屋で普通行われるライヴの雰囲気よりも観客が「これまで我慢を重ねてきたんだ」といった意気込みで、大挙して押し寄せてきた感バリバリ。長蛇の列をなす客の迫力をまずは感じ入る。
入口でS社Sちゃん、W社Yちゃんらと語っていると、伊藤政則氏、渋谷陽一氏らの参戦を確認。みなさん、初日を選んでいらっしゃった模様。
50年近い活動の中での初めての日本公演。ほぼオンタイムで暗転に。
最終日にはWOWOWでの収録もあるそうなので、会場にこられなかった方はそちらの映像で是非。最後にようやくギターをファイアーバードに持ち替え、炸裂させたボトルネックの機微に心が満ち足りた。
他詳細は、S社Sちゃんがとても丁寧かつ正確&同感文面にて書き記してくださったCCメールがあるので、そちらから抜粋引用。
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★100万ドルのギタリスト、ジョニー・ウィンター。
40年以上待ちに待った!初来日公演が遂に実現!
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100万ドルのギタリスト、ジョニー・ウィンター。遂に奇跡の“初”来日公演が
ZEPP TOKYOにて2011年4月13日(水)実現しました!
1944年アメリカ、テキサス州生まれの67歳。1969年に米Columbia Records(現ソニー・ミュージック)と破格の契約金で契約。以来「100万ドルのギタリスト」の異名を持つ。
デビュー以来40年以上、ウッドストックに出演して、クラプトンを始めさまざまなギタリストに影響を与え…来日をしていなかった最後の大物ギタリストとも呼ばれていた。
1990年に一度来日が決定するも直前で中止。日本のファンはもう2度と見れないのではないととあきらめていた。それが2011年突如の来日決定!
その後、東日本大震災が発生し、日本がこういった状況の中、本当に来てくれるのか?
もしかしたら来ないのではないか? と実際ここ数日問い合わせが殺到した。
しかし、昨日4月12日夜、前公演地のハワイより羽田に到着。
彼は日本のファンにテキサス・ブルース魂を見せるため来てくれた。日本の地を初めて踏んだ彼は一言「とにかくショーを楽しみにしてくれ」。
そして本日4月13日、彼のプレイを見るために、40年以上待ち続けた日本のファンでZEPP TOKYOは超満員でぎっしりと埋め尽くされた。まるで昨年のディランのライヴを彷彿させるかのよう。
開演前、まだショーのスタートまでは少し時間があるのに、熱気と興奮とともに妙な緊張感
というか、何かわからない不思議な雰囲気が会場中を包んでいた。
たぶんまだ見ぬプレイへの期待感とともに、本当にやるのか? 本当にきてるのか? といったどこかで半信半疑の不安感がまだあったのかもしれない。とにかくこれから始まる、たぶん「伝説のライヴ」と語り継がれることになるであろうライヴの目撃者になるんだという個々の意識がざわざわ感を醸し出し不思議なうねりを作っていた。
ほぼ定刻19:00に暗転。怒号のような歓声で包まれる。バンドメンバーが登場。御大が出る前にステージを温めるぜって感じで、まずはジョニー以外のバンドで演奏が始まる。そして、遂にジョニーが呼び込まれる。ジョニーがステージ袖からゆっくりと歩いて登場。会場中更なる大歓声・・・。「本物だあ・・・」「でてきたー」といろいろなことを叫んでる人々も。ステージは、ジョニーを中心に、左にギター、右にベース、センター中央にドラムスというシンプルなセット。背景にはJOHNNY WINTERとロゴを斜めに入れた垂れ幕が映える。
言われていた通り、ジョニー・ウィンターは椅子に座っての演奏。いつもの帽子とブラックの上下に身を包み、そして両腕にはびっしりと入ったタトゥーが見える。ギターはヘッドレスのタイプ(レイザー)。オープニングの「ハイダウェイ」(フレディ・キングのカバー)からほとんど休みなく弾きまくり。67歳という年齢をまったく感じさせない、豪快なギタープレイと歌声に誰もが驚いたことだろう。
デビューアルバム『Johnny Winter』(1969年)に収録され、あの名盤『Live』(1971年)の
一発目にも入っていた「Good Morning Little School Girl」や、”Rock’n’ Roll for you!”と
叫んで突入したチャック・ベリーの「ジョニー・B・グッド」(1969年『Second Winter』収録))。そしてジョン・レノンもカバーした「ボニー・モロニー」(1974年『Saints & Sinners』収録)など名曲はもちろん、途中でローリング・ストーンズ「ギミー・シェルター」や、クリーム「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」を挟んだり、ジミ・ヘンドリックスの得意のフレーズを挟みギターを弾きまくる。本編最後はローリング・ストーンズもカバーした「イッツ・オール・オーヴァー・ナウ」(1976年『Captured Live』収録)で大興奮の中終了。
アンコールでは、遂にトレードマークのギター「ファイアーバード」が登場!ファイアーバードを弾くジョニー・ウィンター…この絵を見たかったんだよ! とその場にいた全員が
思ったはず。
ファイアーバードをボトルネックで弾きまくる姿は感無量。見事なスライド・ギターを存分に披露。そして、オーラスは、おなじみボブ・ディラン「追憶のハイウェイ61」 (1969年『Second Winter』収録)。これもすさまじいスライドのプレイを見せつけてくれた。
堂々たるライヴ・パフォーマンス。テクニックがどうのこうの、座ってるからどうのこうのという次元ではない圧倒的な存在感に完全にノックアウト。ブルースというよりもロック色の強い演奏に皆魅了され、存分に盛り上がったと思うが、同時に何か「ニ度と見れないかもしれない」という雰囲気というか、この瞬間を絶対に見逃さないぞという意識をビンビンに感じるほど、観客の皆さんが真剣にステージを凝視してる姿がとても印象的だった。
終演後楽屋にてジョニー・ウィンターはこう言ってくれた。
「日本のファンはおとなしいと聞いてたけど、盛り上がってくれてびっくりしたよ。ロックン・ロールをわかってるんだね。嬉しいよ!」
いよいよ残すところ2日間。「伝説の目撃者」となって欲しい!
投稿者 yonezawa : 18:17 | トラックバック(0)
2011年 04月 11日
JEFF BECK談義
夕方、またしても余震では済まされないような厳つい揺れがきた。
夕方、S編集部のKさん、Hさんと初親睦会。
新規企画を語り合うことこそ目途のひとつでありながら、話がJEFF BECK談義に突入したとたんロック談義にどっぷり突入。
クラシックギタリストの渡辺範彦のことはKさんによって知らされた。朴保にしても、ショーン・レーンにしても、今日同じく初めて聞くミュージシャン名であった。
彼らは、中止にならなかったジョニー・ウインター初来日公演観戦にゆくそう。おいらもどこかでは観にゆくつもり。
それにしても出てくる単語が半端なくときめくものばかり。おいらは久々に真剣を抜いていた。
白、赤ワインがどんどん胃袋に消えてゆく。
ほろ酔いのまま神保町界隈を徘徊し、終電頃の電車を乗り継ぎ深夜バスで帰途に。
投稿者 yonezawa : 18:15 | トラックバック(0)
2011年 04月 7日
Dear stupid asshole
投稿者 yonezawa : 17:44 | トラックバック(0)
2011年 04月 6日
ZZ TOP旧譜
本日、ZZ TOP旧譜再リリース。
http://wmg.jp/artist/zztop/index.html
●ZZ TOP'S FIRST ALBUM / ZZトップ・ファースト・アルバム
●RIO GRANDE MUD / リオ・グランデ・マッド
○Tres Hombres [Expanded & Remastered] / トレス・オンブレス(リマスター&エクスパンデッド)
○FANDANGO! (Remastered & Expanded) / ファンダンゴ!(リマスター&エクスパンデッド)
●TEJAS / テハス
●DEGUELLO / 皆殺しの挽歌
●EL LOCO / エル・ロコ
●ELIMINATOR / イリミネイター
●AFTERBURNER / アフターバーナー
●印7枚分のアルバム・ライナーノーツを執筆した。奥深いロックバンドの説得力あふれる物件。全部申し分なし。
午後よりMac MINIの再構築に終日を費やす。もう嫌。以下、デザイナーMちゃんアドバイスの元、やってみた末の展開。
これまで使っていたMac MINIのメモリを、先日秋葉原にて2Gに上げ、ヨドバシで購入した「Mac Box Set」でOSを10.6に上げようとインストール。
ところがMac MINI自体のDVD読み込み機能が低下しているのか、なんらかの不具合でインストールはNG。(DVDは読み込みきれず、途中ではき出すパソコン。2度やって同じ結果)
ならばと、Mac MINIは初期化した上で、新規購入のiMacにファイヤーワイヤーでMac MINIをつなぎ、Mac MINIを外付けHDとして、再度「Mac Box Set」を挿入。Mac MINIを選択し、インストール。
すると、残り35分程度までは読み込み始めるのだが、勝手にiMacが再起動し、アップルマークだけが表示され、そこからうんともすんとも言わない。
やむなくメインのパワースイッチで強制終了せざるをえなかった。
新規購入の外付けHD(2T)をディスクユーティリティでGUIDに設定し、ソースを「Mac Box Set」のDVD、復元先を「新規購入の外付けHD(2T)」と指定し、DVDの内容を完全に復元し直し、そちらからMac MINIへのインストールを再度試みるが、同じく残り35分程度までは読み込み始めた後、勝手にiMacが再起動しアップルマークだけが表示され、そこからうんともすんとも言わない。同じ現象に終わる。
もしかして新規購入の「Mac Box Set」に不具合があるのかとも考え、交換していただいたのだが、すべての同じ作業を再度行ったが全部が同じ結果だった。
すでに策は尽き、解決案が見いだせないまま今日が終わった。
投稿者 yonezawa : 17:44 | トラックバック(0)
2011年 03月 26日
宴
えらく寒い1日だ。
後ろのタイヤに何度空気を入れても、翌日には空気の抜けてしまうRちゃんの赤い自転車はパンクかと思い、近所の青空自転車修理屋さんまで持って行った。
自転車を預け、買い物を済ませて戻ったところ、パンクではなく必要な器具が外れていたとのこと。修理費400円。
近くの公園でブランコ&鬼ごっこを経て帰宅。しかししみじみと寒い日。Rちゃん、大丈夫か?
夕方、作ってもらった唐揚げ、ポテトサラダ、激美味芋焼酎:明月などを持参し、bambi打ち上げの場へ。
ライヴ当日の打ち上げは、ご来場のみなさまとの会話を優先して楽しむことが慣例となっており、歴史的においらもバンド・メンバーでの打ち上げ、という状況にはなかなかならなかったものだ。
bambiにしても同様でそうした流れも踏まえ、打ち上げは事前に予定され今日を迎えた。
しかしこの時期、居酒屋類は計画停電やらの影響もあってか営業時間がえらく短縮されている様子。すると「ならばココを使ってよろしい!」と、太っ腹の提案を賜り、その主:bass:yoyo&𠮷紋兄が宴の場を提供してくださることに。なんと有り難い。
かくして全員の手弁当で宴開催の運びに。
銀座のあるワインバーではメニューのいくつかに印がついており、その品(ワインもフードも)の価格のうち200円分を日本赤十字社に義援金として寄付するというシステムを取っていた。
この時期、アルコールを口にすること自体に罪悪感を感じる方がいるようで、ならば「アルコールを飲むことによって寄付している」というシステムにすれば抵抗感も減るのではないか、という店主のアイディアでそうしたらしい。
その品を注文した方は署名し、その署名の一覧をお店のオフィシャル・サイトにそのまま載せるそうだ。
午後6時前後、いい年したbambi&関係者がわらわら集う。まるで高校生の集いのよう。
𠮷紋兄が用意してくださったギターの美しくてコンディションのよいことといったらなかった。さすが音楽職人。
おいらは座布団に座った端からMartinを手放さない。大先生の手にしたイバニーズ?の関連ブランド?の物件も素晴らしい。
唐揚げもポテトフライも、芋焼酎:明月も白ワインもちらし寿司もおにぎりも、ずこんずこん胃袋に消えてゆく。ギターは延々弾いている。
頃合いをみて、おいらは初めて観た先日のライヴ映像観戦。全員モニターに釘付け。
映像を手がけてくださった𠮷紋兄の一見無造作なアングル、切り取り方に、各々ピリっとくるクールなセンスを感じていた。
「音楽が好き」「楽器が好き」「演奏が好き」そうした共通認識で集う利害関係のない(笑)身内メンツで、ホロホロ酔いながら、ホクホク弾きながら、ワラワラ語り合う瞬間の贅沢なことといったない。
気持ちよく大先生の新曲にあわせていたところ、隣でvo.haruが爆睡体制に。さすがフロント大物女子。こうでなくちゃ。
皆様方、今日もお疲れごくろうさんでした。yoyo&𠮷紋兄、ありがとうございました。
投稿者 yonezawa : 22:42 | トラックバック(0)
2011年 03月 2日
White Knuckles & Blue Moods
関連サイトより情報入手。
故ゲイリー・ムーアのドキュメンタリーが公開される!
タイトルは「White Knuckles & Blue Moods」。
ゲイリーはイギリスのブライトン郊外にある小さな村の墓地に埋葬されたそうだ。
遅い晩飯はSと。有り難き夜更け。
http://www.youtube.com/watch?v=KIIOUF_DBHA
http://oops-music.com/info/view_news_rss.html?nid=64653
投稿者 yonezawa : 01:28 | トラックバック(0)
2011年 02月 26日
bambiライヴ
フェンダー・スーパーソニックのリースを確認。
機材搬入を終えた、Live Bar 吉祥寺 BLACK and BLUEでリハーサル開始。
bambiライヴの仕込みを着々と押し進める。
フェンダー・ショールームでの試奏では鳴らしたことのあったアンプながら、フットスイッチの操作と、センド×リターンの調整がイマイチ飲み込めないまま「なんとかなるさ」のセッティングで本番を迎えた。
本番中、携帯への着信とメール拝受。
曲のインターバルにステージ脇に手を伸ばして内容を確認すれば、「Rちゃんが(ライヴに)行きたくないと言っている」…という内容のものだった。愕然。
今日の本番を最前列で観戦させるべく席も確保し、ある曲で1フレーズだけの登場も視野に入れながら、自宅でも練習していたのになんてことなんだ。
しかしライヴはどんどん進行する。
演奏中、「Rちゃんが来てくれない…仲間に会わせることも叶わない…」頭にすっかり支配されてしまい、気がつけばコード譜はほとんど見ないまま演奏していた。(割と身体に入ってたんだね、演目の曲は)
とは言っても、メンバーのグルーヴに対応するべく渾身の力を込め、全力でセットリストを消化した。
スーパーソニックのドライヴ感は大変クールで、改めてこのアンプの特製を把握したいと考えさせられた。
打ち上げ会場の沖縄料理屋には大勢のメンバーが集い、豪快に乾杯。
二次会は閉店後のバーで再びセッション・タイム。
店に入った瞬間、すでに見ず知らずの常連客と思われる方がブルース・セッション中。
我々は同じく初対面のマスターらしき人やら、そのセッションしている常連客と一言も会話をしないまま、怒濤のブルースセッションに突入したのが可笑しかった。
何の躊躇もしないまま小型アンプの2個目のジャックにこっそりシールドをつなぎ、勝手に参加(笑)。何の違和感もないように(笑)。
酒の力もすごいものがあるが、楽器の素晴らしさ、セッションの心地よさを体感する夜更けだった。
カメラT、ベースのT、Y兄、駆けつけてくれたSちゃん、映画人Nちゃん他、ご来場の皆様、ありがとうございました!
●Live Bar 吉祥寺 BLACK and BLUE
2月26日(土)bambiライヴ
http://homepage2.nifty.com/blackandblue69/top.html
http://homepage2.nifty.com/blackandblue69/ez-top.htm
http://homepage2.nifty.com/blackandblue69/access-ez.html
1.bambi 18:00〜18:30
2.chiffon & velvets 18:40〜19:00
3.黒瀬尚彦&スプリングカムカム 19:15〜19:45
4.bambi 19:55〜20:45
投稿者 yonezawa : 01:25 | トラックバック(0)
2011年 02月 19日
麻婆豆腐丼
結局何のおさらいも出来ないまま、午前から夕方までめいいっぱい姫と遊びつくした。
17時30分頃彼女を引き連れヨドバシカメラへ。戸外で伴侶へと姫を中継し、ライヴまでの最終となるリハーサルへ。
最後の最後に書き直したおみっと譜面に抜け箇所があったりと、毎度ギリギリまでバタバタしているが、来週のライヴを心から楽しむべくマインド・コントロール。
風邪引きのyoyoがちょっと心配ながら、1週間もすれば各位なんとか仕上げてくることだろう。
予定の20分前にリハを上がり、JR新駅でMと待ち合わせた。昨年の、YとNの披露宴以来の再会を果たす。
わずか2時間30分程度の親睦時間ではあったが、各々の現状の仕事環境を理解しながら次回の再会を模索した。
過去、関連業種の仕事をしていた際、何を任せても仕事はきめ細かく、信頼のある仕事をバリバリこなしてくれてたのがMだった。
その頃からは、まったく畑違いの分野に飛び込みながら、今では日本以外の国にまで業務拡大の仕事を担う彼の所業はひとことに「さすが」という印象を抱く。
あまりに多忙すぎるMの今後の環境を踏まえ、年内、某国訪問への旅の計画は残念ながら彼の参加は見送られることとなった。非常に残念。
いつもより美味しく感じられた芋焼酎に美味い寿司をたらふく食べ、そしてなんとMに丸ごとゴチに!
「(25年ぐらい昔)高円寺で奢ってもらった麻婆豆腐丼の御は忘れてませんから」っとM。
当時、500円程度の飯を奢った彼の日も実に懐かしい思い出だ。
嬉しい仲間との再会はすべてが至宝となる。
投稿者 yonezawa : 03:12 | トラックバック(0)
2011年 02月 12日
TECH 21
重いギターを抱えて外に出るのは億劫ながら、最寄りのコミュニティ・バス停へとことこ歩く。もっとRちゃんと遊びたかったけれど。
bambiのリハーサルは2日連続。なんて熱心でまともなバンドなんだろう。
D先生より中継されたニューヨーク製のペダル・ワウ「TECH 21」に興味津々。
長いバンド歴の中で、このTECH 21というブランドとは出会いがなく、初めてプラグインする機会を得た。D先生に感謝。
SANZ AMPも同社絡みの製品だったかうろ覚えだが、すでに生産中止になったというそのペダルワウはとてもコンパクトでVOXなんかに比べると長さも短くて軽い。
切り替えスイッチは底に3コあり、最もピーキーなセッティングでヒステリックなトーンを体感してみた。
使いこなせれば無敵の武器になりそうなジャジャ馬加減。危ないトーンに歓喜。
高校時代、初めてJENのCRYBABYを入手し、壊れる度に数台同じ機種の製品を使ってきた。
そして、20代前半頃からVOXに移行した。VOXはもう4台目となり、現状の機種は本国イギリス製ではなく確か韓国製とのことで、音の艶、粘り具合は明らかに前より落ちた。
どの国の製品でもこだわりもなく構わないのだが、クオリティが落ちるのはとても遺憾。
ともあれ実験的試みをいくつか試すが、まだポイント手探り中。
ところで雪は積もるのか!?
投稿者 yonezawa : 05:24 | トラックバック(0)
2011年 02月 11日
bambiリハ
結局雪は降らんじゃないかと思っていたら、本格的な大粒の粉雪が降り注いでいた。
時間の早まったbambiリハへ。初めてスタジオへ到着一番ノリを果たす。3時間みっちり。
そしてリハ並にしっかり時間を取る飯へ。
過去のバンド歴を振り返ってみれば、確かにリハーサルよりも長い飯(酒)というのが慣例だったと今更気づいた。
メンバー中、20代の若者は1名にも関わらず基本的に全員爆食。
きっと体力を蓄えた、よいライヴになろう。
投稿者 yonezawa : 05:24 | トラックバック(0)
2011年 02月 7日
Thanks Gary
深夜、知人Twitterのつぶやきで、ギタリスト:ゲイリー・ムーア死去のニュースを知る。
愕然──
Gary Moore──おいらの十代はこのギタリスト抜きには語れない。
中学時代、大分県から鹿児島県に引っ越した頃に知り、聴き狂ったTHIN LIZZY『BLACK ROSE』。そのLPの計り知れない衝撃は、きっと今後音楽で感じる感動では得られなかろうと確信する。
ロック・ミュージック一色の十代とは、センスがあって激しくてスピーディーで、かつ色気を持って華麗に弾きこなすギタリストをいくらでも欲する究極の世代だ。
あの頃、ゲイリーとマイケル・シェンカー、ヴァンヘイレン、ブライアンメイ他...がいた。
この訃報は即数名の仲間に送付させていただいたが、おいらの全曲に作詞を担った海陸から真っ先に返信が届いた。
「初めて(米澤と)出会った日、登校の道すがら米澤が話題に出したゲイリー。役者のロジャー・ムーアと思い込んで、噛み合わない応答をしたことを覚えてる。中学3年の春。あれから31年。ゲイリー58歳で去る。久しぶりのエリック・ベルやスコット・ゴーハムの(オフィシャル・サイトに記された)コメントが、ゲイリーの死についてのものだというのがさびしいね。フィル・ライノットの、ロリー・ギャラハーの、そしてゲイリー・ムーアの国アイルランドを、いつの日か訪ねたいと思う。」
海陸と初邂逅の場所に、ゲイリーがいたことを思い出した。
ジェフベックにもジミー・ペイジにもアンガス・ヤングにもジョー・ペリーにもジョン・メイヤーにも大枝泰彰にも直に会って語り合えたけれど、ゲイリーに会えなかったことは自分にすれば汚点となった。
先に記したが、ゲイリーが正式に参加した唯一のTIHN LIZZYスタジオ盤「BLACK ROSE」は人生のベスト10に入れざるをえない。
15歳の頃から、生涯ベスト盤の一枚として心の襞に刷り込んで今後も生きる。
21年ぶりとなった昨年4月22日の東京SHIBUYA-AX来日公演を観ていてよかった。
その姿がおいらが知るゲイリーの最後の姿となった。あの日、ゲイリーのプレイに改めて頭をひっぱたかれた思いがし、立ちこめる氣のオーラが凄かったことを回想した。
レイヴォーン以来の重く悲しい出来事と言えた今夜は献杯。合掌。
投稿者 yonezawa : 05:20 | トラックバック(0)
2011年 02月 2日
ビリー・ギボンズの歪み
テキスト書類と睨めっこし、文字原稿をプリントアウトして移動の電車内で校正をかます。
USBに移し込んでいた文字データを帰宅してパソコンにセーブさせ、再び同じ書類に赤入れをしつつ校正作業。
毎日毎日文字原稿と格闘の日々。
頭の中はZZ TOPのいなたい音源がぐるぐる。ジミヘンしかり、ジミー・ペイジしかり、ビリー・ギボンズしかり、連中の歪みは1969年から完成していた。
投稿者 yonezawa : 00:35 | トラックバック(0)
2011年 01月 29日
無銭飲食
昼からRちゃんと2人きり。
部屋遊びとお散歩で1日がテキパキと過ぎ去る。
夕方、伴侶の帰宅と入れ替わり、bambiリハーサルへ。
毎週毎週、細やかなアレンジの変更によって曲のピースが埋まってゆく感じ。しかし自分でも驚く。身近な他人のオリジナル曲をここまで長く弾くといった経験は、この年になって初めて経験したことだ。
楽曲の機微が導く、最善・最終形の完成まであとわずか。
リハ後の飯呑みを経て、若いくせにどういうわけだか古いロックミュージックを熟知するキーボーディストSと久々のサシ呑みへ。
訪ねた居酒屋「闇太郎」では、知り合いのFSと遭遇しながら、数杯の濃いウーロン杯を流し込む。
精算の計算をお願いしたまま、また話し込んだりトイレに行ったりしつつグズグズやっていた。「たまには出しますよ」と提案してくれた連れのSがてっきり支払ったと思い、しかし念のため帰り際に店の外からドアを開け、頭だけ店内に入れる形で「お金払いましたっけ?」と確認したところ、「うん、もらったよ。大丈夫!」と大将が言うので店を後にした。
ところが、支払っていなかった事実が翌日判明する。
投稿者 yonezawa : 00:33 | トラックバック(0)
2011年 01月 25日
knocking on heavens door
投稿者 yonezawa : 00:30 | トラックバック(0)
2011年 01月 24日
ライヴ・アット・イリディウム
W社Oちゃんからお誘いを受けていた、丸の内コットンクラブで行われた「JEFF BECK
“ライヴ・アット・イリディウム~レス・ポール・トリビュート”プレミアム上映会」へ。
近々にブルーレイ、DVDが発売されるのだが、それよりも早く見たいと願った方々が大勢集まっていた。
関連サイトの情報はこちら↓
「地球上で最も偉大なギタリストと賞賛されるジェフ・ベックが、2010年6月に故レス・ポールの95歳の誕生日を記念し、レス・ポールが生前、毎週月曜日に出演していたNYの“イリディウム・ジャズ・クラブ”で完全限定プレミアム・ライヴを行った。今回、その貴重なライヴ模様を収録したCD / DVD『ライヴ・アット・イリディウム~レス・ポール・トリビュート』発売に先駆けて特別上映会を開催。
また、ジェフ・ベックそしてレス・ポールを愛する萩原健太氏、“イリディウム”でのプレミアム・ライヴを体感した佐藤晃彦氏をゲストに迎えてのトーク・セッションや、その他の貴重映像の上映など、まさに、ファンには見逃せないスペシャルなジェフ・ベック・ナイトとなること間違いない。」
プレミア映像にあった、ジェフの自宅で撮影されたというシーンが、ある意味ライヴ以上に凄かった。一家に一枚必需品の物件だ。
投稿者 yonezawa : 18:11 | トラックバック(0)
2011年 01月 23日
自転車いただきました
午前9時過ぎ、Rちゃんに起こされ、ワサワサ準備した後バンドリハへ。
メンバーそれぞれの諸事情でなんと午前10時よりスタジオ入りの休日。
ライヴが近づき、それなりの緊張感を持って予定のトラックを消化する。しかし自身の感触としては、瞬時に思い出せないフレーズやらパートがあって情けなし。ともあれ最善を尽くすのみ。
終了後、昼食を済ませEさん宅へ。
氏が、先日ある飲みの席で「使わなくなった幼児向けの自転車、多分Rちゃんに丁度いいと思うから譲るよ。今度取りに来てよ!」と言ってくださった。なんと有り難い。丁度「そろそろ買わねば」という話が出ていた矢先の朗報に喜び、本日訪問。
Rちゃんがこれからチャレンジするのに丁度良いサイズ。チャーミングかつとてもセンス良き物件。Rちゃんは、Eさんのご家族との対面もあってか終始緊張気味ながら、ほのかな笑顔をたくわえはにかんだ。
きっとものすごく嬉しかったに違いない。Eさん家族に大感謝!
帰宅し、彼女のリクエストでそのままマンションの公共敷地内広場で初試乗。
腰の高さ辺りで補助しながら、自転車のかごとサドルに手を回し、数周ぐるぐる併走するだけで汗が湧き出てきた。中腰でのサポートはなかなかしんどい運動。
近所の小一の子供達も同じく自転車で併走してきたので彼女は益々盛り上がるが、40分ほどで勘弁してもらい帰宅。
初めてなのに、ハンドル握って歩く姿がそれなりに様になってきたのがえらかったRちゃん。
部屋でディズニー・ゲームやって、アナログの海賊船ゲームやって、LEGOやって夕飯。
お風呂を済ませ、再びパソコンのディズニーゲーム。
風呂上がりの後、背伸びして玄関の電気を点し、駐めてる自転車をしみじみともう1回眺めてたRちゃんが、なんともいじらしかった。
投稿者 yonezawa : 18:11 | トラックバック(0)
2010年 12月 19日
ミックスジュースとbambi
「おったん…」というRちゃんの声で午前8時に揺さぶりをかけて起こされ、パソコン・ゲームを催促される。
画面をセットして寝て、本人がゲーム内でつまずく度に起こされ、再び寝る。
この行為を4,5回繰り返すと、眠気はあってももう寝ていられない。
「あっちでディズニーチャンネルみようよー」と手を引かれ、2人でケーブルテレビを観るが意識はまだ朦朧。
昼食までのわずか30分間だけ、伴侶との連携でなんとか仮眠を確保した。
昼食後「おさかなさんにパンをやろうよ」というリクエストに応える。
奥から昨年買ったクリスマスツリーを引っ張り出し、ママとRちゃんの2人で飾り付けた。
すかさず「しゃしんとって!」とRちゃんは言う。
冷凍のパンを細かくちぎり、浄水にいる鯉にえさをやるのは近所でも見かける休日の光景。
ところが川を覗いてみると鯉は一匹もいなかった。
21日になんらかの工事があると看板に書いてあったので、魚を他の場所に移してしまったのかもしれない。真相は知らないが。
ベビーカーにRちゃんを乗せたまま、近所のスーパーへ。
果物:イチゴ一パック、グレープフルーツ1個、リンゴ1個、刻みパイン1パック、蜜柑と桃の缶詰、牛乳、こちらに冷蔵庫にあったはずのバナナを加え、ミックスジュースを作ってあげるべく購入。
帰宅して10分程度で果物を切り終え、ミキサーへ。
スイッチを押すのは、あらかじめ三輪車を台所に持ち込んで、手の届く高さでスタんばるRちゃん。
「スイッチ・オン!」機械音と共に、具材が見る間に薄赤いジュース状態に。Rちゃんが混ぜ合わさる果物を凝視している。
この至ってシンプルで健康的なジュースができるまでの行程は、休日恒例の行事となりつつある。作る方も楽しい。
2人に飲んでもらった後、即バンドリハへ。
今年最終となったbambiリハで新曲の機微を最大限に理解しようと、全員同じテンションで取り組む。
とりたてて新曲「紅い蝶の羽」は名曲。
リハ後、当然のbambi忘年会で腹一杯。来年の岡山遠征が本当に実現すれば嬉しいものだ。
投稿者 yonezawa : 18:01 | トラックバック(0)
2010年 12月 15日
DMX
湯むきしたトマトと卵を炒めただけのものに、(鶏ガラなど?)の出汁を混ぜ込み、塩で味を整えるだけで大変美味しい品が完成。
中華屋Cでは、ここになんらかの特殊な味付け(か、料理方法)がなされており、食べると燻製の薫りがするような印象を受ける。
隠し味の元は突き止められずとも、良い意味での違和感が嬉しい。
男の子同士がお手々繫いで闊歩する光景が当たり前である路地裏の、ものすごくロックしているLPだけをかけるバー「DMX」にやってきたのはしばらくぶりだった。
連日続く親睦会のせいか、飲んだ量も大したことはなかったが今日の己のテンションの低さが残念。
クレバーなIとの親睦会はいつでも愉快で貴重な空間。本日も深く感謝!
投稿者 yonezawa : 17:59 | トラックバック(0)
2010年 12月 9日
Baby Taylor
3年間机の中、キャビネットの中から一度も紐解くことのなかったブツは廃棄してよい! という定義はあながち間違っていないと思うものの、これまで「捨てられない病」が邪魔をして踏み切れなかった。が、昨今の諸事情を踏まえ「えいや!」と思い切る。
実家のテレビ環境は我が家に先駆け、先に地デジ対応のブラビアを設置してもらった。工事を行ってくれたのは同級生のKK。
なんの気なしにメールで注文し、わざわざ県外まで遠征して実家まで赴いて完璧に構築してくれた。
小学館の『ビッグコミック・オリジナル』で、20年にわたって続けていた名コラム
『こだわりの店』が終了した。
執筆される伊丹由宇さんの文体には、個人的にとても真似したくなるような魅力を感じており、彼のブログは初回から欠かさずに読んでいる。
かつて、ポールマッカートニー特集記事作成の際、伊丹氏に原稿依頼をしたことがあったが、出来上がりの機微というか、的確さというか、文体が読み手を惹きつけるクオリティにうなったものだ。もう名人。
どういった理由によってあの1Pの枠がなくなることになったのか、やや疑問を感じるところだが、この名コラムを受け継ぐ雑誌(媒体)が現れないものかと、個人的にも活字媒体の諸氏にプレゼンメールを送ったところ。
夜、漫画家:TT69と久々のサシ飯。
積もる話にうなずき、笑い、ある瞬間には涙目になり、時の許す限り労いを込めた。
ノーゲストとなった寿司屋(及び地下のバー:シンクロニシティ)で大将(及びマスター)に許可を貰い、用意したBaby TaylorをおもむろにつまびくTT69。巧いものだ。
明日を見つめながらも、長い旅の一つの節目となった色濃き夜更けとなった。
投稿者 yonezawa : 01:06 | トラックバック(0)
2010年 12月 8日
真珠湾攻撃とジョン・レノンの命日
http://www.jimihendrix.com/us/videos
Rちゃんの誕生日にはジミヘンの『風の中のマリー』などをかけながらケーキを食べさせたが、なぜにああも別格な音楽なんだろうとつくづく感じ入る。
クールに鳴り響くファズ・サウンドを耳にして「ろっくばーじょん?」とRちゃんに問われた。
ちゃんと分かってる、彼女。
khの誕生日が真珠湾攻撃とジョン・レノンの命日だったとは。おめでと。
投稿者 yonezawa : 21:10 | トラックバック(0)
2010年 12月 6日
Don't Need No Doctor
起きがけ、昨日夕飯に残った野菜4品の千切り、漬けにしてたイカ、新たに唐揚げをこさえ、卵かけ納豆で飯。
Rちゃんの誕生日に、九州の両おばあちゃんより高額お小遣いと、高級玩具パソコンが届いたので御礼に鰻と六厘舎のつけ麺をお歳暮発注。
わざわざデパートに出向いていかなくとも、どんな商品でも手軽にネット注文出来るのがホント便利。
どんどん運動不足になるばかりの怠慢面さえ除けば。
スティーヴ・マリオネットは焼死だったっけか? …と回想しながら、来日公演直前の73年ライヴ音源『ライヴ・イン・コンサート/ハンブル・パイ』拝聴。
確かレイ・チャールズのカヴァー曲だったと思うが、「Don't Need No Doctor」を聴くと、ジョン・メイヤーのソロ・テイクか、あるいはジョン・メイヤーとジョン・スコフィールドの共作テイクも思い出す。
どのテイクとも全然違う仕上がりになっているのが興味深い。
その機微の違いは無理もなかろうが、スティーヴ・マリオネットはこの曲を至って気に入っていた様子で、生前かなりの頻度でライヴ演奏していた記憶だ。
先日亡くなってしまったロニー・ジェイムス・ディオの追悼盤として聴いた『ヘヴン・アンド・ヘル/ネオン・ナイツ〜ライヴ・アット・ヴァッケン2009』、おいらの、永遠の心の拠り所『ビート・クラブ・ライヴ1971-0672/ロリー・ギャラガー』DVDも併せて拝聴・鑑賞。
音楽人Tよ、いつもいつも情報&贈呈感謝!
投稿者 yonezawa : 17:10 | トラックバック(0)
2010年 11月 5日
ポリシックス/フランス
正直、そのバンドのメンバーと知り合いになるまで音体験はなかった。ある日、幸運なことにご本人と酒席を共にする機会を得、彼女よりベスト盤を贈呈いただいたことをきっかけに、そのバンドの音源は折に触れ、聴く機会をもってきた。
本日、恵比寿リキッドルームで新生「ポリシックス」のライヴ初観戦。
同行者はフランスの出版社の編集者2名に、日本在住のフランス人翻訳家1名の総勢4名。
前日に無理を承知でチケットのお願いをしており、当日手配してくださったFちゃんには本当にお世話になってしまった。
チケットは早くにソールドアウト。会場内にはポリシックスのコスプレ衣裳のファンも多数集い、熱気ムンムン。
登場した瞬間からアクセル全開といった針の振り切ったような演奏が始まる。
数曲聴いていくうちに、このバンドはテクノというくくりではなく、プログレでありハードロックであることを認識させられた。
3ピースとなったギター・ドラム・ベースの編成は勝手知ったるおいら。彼らが奏でたアンサンブルの機微はひとつの完成型を思わせ、変拍子にしろ、3人のタイム感にしろ、3者のいずれかの楽器がブレイクの間を埋めるアレンジにしろ、舌を巻くほどの完成度であったことを、生のライヴで改めて認識させられたのだった。
ツアーファイナルという最大テンションの今日、こうして初めてポリシックスのライヴ体験ができたのもとてもラッキーだと言えた。
フランス人ゲストの面々も各々楽しんでおり、年間2回ほど来日する彼らが日本のバンドのライヴ体験ができたことをとても貴重な思い出として受け止めてくれたのも嬉しかった。
Fちゃん想像通りかっこいい。そつない。プロフェッショナル。素晴らしかった。
終演後、関係者での乾杯タイムの冒頭にお付き合いさせていただき、Fちゃんに心からの感謝をお伝えし会場を後に。
Iさん、Kさん、Tさんの3人で飛び込んだ魚メインの居酒屋が当たりで、想像したよりもナイスな物件が出てくるので二日酔いのコンディションにもかかわらず、思わず杯が進む。
巨匠メビウスの話。映画の話。双方の国の出版社事情の話。話がつきない。
そしていつかの未来、もしフランスへの旅があったなら…と仮定し、「私たちが責任を持って、米澤さんファミリーをすべてを案内しますからね!」という嬉しい会話なども楽しみながら、河岸を変えた先、新宿の夜が更けた。
投稿者 yonezawa : 17:01 | トラックバック(0)
2010年 11月 1日
レスポールのヴォリューム
![]()
Rちゃんの体調がなかなか完治に至らず、今日も幼稚園はお休みで病院へ。
かかりつけの医者に行かせたところ、その病院では細かい検査ができないとのことで、電車で数分かかる別の病院(の先生も指定)を紹介してもらい、病院を梯子させた。
寝付いた後の咳込みが数時間おきに見られる故、大事をとっての診察だったが、気管支炎はしっかり再発していた。
昨日のインタビュー原稿を書き上げ、担当編集へと中継し、ふいに双方のタイミングがあったS社Kと飯へ。
ここでしか聞けないレア情報を確認しながら、音楽談義に花が咲く。
遠慮無くディランだジェイクだエアロだと話のできる貴重な同世代の仲間。映画「宇宙戦艦ヤマト」挿入曲のエンディングか何かにスティーヴィン・タイラーが、「アルマゲドン」的想像通りの楽曲を書き下ろしているそうだ。
彼の携帯ストラップに下がっている、レスポールのヴォリュームを鎖で繫いだアクセサリーをジロジロ見つめていたおいら。その気持ちを察してくれたのか、いつの間にかKは「これあげるし!」と、取り外して贈呈してくださった。
重量感のあるヴォリューム・ストラップを、ゴム製ストラトのストラップに加え、ぶら下げてみた。K、サンキュ!
投稿者 yonezawa : 15:40 | トラックバック(0)
2010年 10月 30日
エリック・ルイス/ブルーノート
午後の昼過ぎ13時30分頃には、早々とRちゃんとお風呂。
Rちゃんのお遊びに付き合いながら、徐々に外出の準備を。
黒人ピアニスト:エリック・ルイスのライヴへ。ブルーノート東京には久々に訪れた。
店の近くで強風にあおられ、逆さまに裏返った傘の骨が一箇所折れてしまい胸くそ悪し。
ブルーノート到着。
入場し、鍵盤の見える席に案内され18時より開演。ソロとしては初来日だという鳴り物入りピアニストのステージを拝聴。
かつてエルビン・ジョーンズのジャズバンドでは来日したことがあるそうで、ソロとしては初めての日本だったようだ。曲間の微妙な緊張感がこちらにもヒシヒシと伝わってくる。
グランド・ピアノを前に、立ったままのスタイルで、まるで格闘技を始める前の型を行うようなニュアンスの精神統一も特徴的。そこからパワフルな楽曲が奏でられる。
様々なロックバンドの曲をピアノ・インストとして演奏する彼独特のスタイルは、おいらも初めて体験するタイプの音楽だった。
中でもおいらはレイナード・スキナードのカヴァー「スウィート・ホーム・アラバマ」が好み。
アンコールを含む一部全内容を演奏し終え、エリック本人と初邂逅を果たす。
「おいらは、あなたのPV(ニルヴァーナの「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」)を撮影した映画監督の北村龍平のFUCK'IN友人だよ」と挨拶。控え室でも緊張の糸は続いていたように見受けられたが、笑顔で握手を交わすことに。
明日の単独インタビューの旨をお伝えし、ハッキリしない雨模様の中、同行のUとフレンチ飯。
http://www.avexnet.or.jp/ericlewis/index.html
http://www.avexnet.or.jp/ericlewis/index.html
http://www.myspace.com/ericlewisjpn
投稿者 yonezawa : 16:26 | トラックバック(0)
2010年 10月 25日
バッド・カンパニー
鼻の通りがなかなか完治せずで、Rちゃん園を休んで今日も病院。
段々冷え込む気候になってきた。
入稿を言えた夕方、国際フォーラムAへ。バッド・カンパニーのライヴ観戦。
以前、クイーンのライヴの際、ミート&グリートのため雑誌読者のおばさま方(多分同世代)を5名ほどバック・ステージへ招く_という企画をやったことがあった。
引率者としては自ら率先してメンバーと接触することは御法度と考え、一スタッフに徹していたのだったが、帰り際にポール・ロジャースとブライアン・メイ&ロジャー・テイラーに一言だけ労いの言葉をかけることが叶った。
同時に自分の音源と、気持ちを記したメッセージをお渡しした。
その日から、およそ1ヶ月。
帰国したポール・ロジャースから直筆の手紙が届けられた時には、腰が抜けるような思いがしたものだった。
ステージ6列目で間近に見たバッド・カンパニーの勇姿。ポールがロックしている。
往年のヒット曲を矢継ぎ早に演奏。
安定したこの人のヴォーカル・スタイルは、フリーのファーストの頃から確立されており、彼は16歳の頃からこんな声でこんな歌い方をしていたことを、また改めて思い出す。達観ぶりがハンパではなかった。
バッド・カンパニーはアメリカでも成功したイギリスのバンド。サポートを務めたいぶし銀のギターを弾いたのはミック・ラルフス(健康上の理由で手術が必要な為、米国ツアー後に予定されていた日本公演に急遽参加できなくなった。残念)ではなかったが、バンド・アンサンブルはさすがだ。
フリーのレパートリーを極力抑え、バッド・カンパニーに徹した姿も結果としてクールに感じられた。
ちなみにオープニング・アクトにはポールの息子の弾き語り。親の血を引く、素晴らしいスキルを秘めたヴォーカリストだった。
ポール・ロジャース作詞曲による『Yoakeno Keiji』 (1970年代にTBS系列で放映された刑事ドラマ『夜明けの刑事』の挿入曲)のさわりを弾き語りで聴けた今日はラッキーだった。
地鶏屋「車」でW社:Oちゃんらと乾杯し、Oちゃん作成のバッド・カンパニー紙ジャケCDをどかんと贈呈いただく。なんと素晴らしい仕事なのだ。Oちゃん今日も大感謝。忘年会は必ずやろうね!
投稿者 yonezawa : 21:07 | トラックバック(0)
2010年 10月 20日
太股が椅子
ほんの稀に咳きが出る程度のようだが今日も大事をとり、幼稚園を病欠のRちゃん。
可愛そうだが金曜日の遠足は断念か!?
やにわに9時に強引に起こされた。「おーきーてぇーー」と今日も絶対に二度寝を許さない臨戦態勢で登場。
パソコンでやれるパズル等のゲームを要請されるまま数回やってご飯。
父が家にいるわずかの間は、おいらの太股がRちゃんの椅子になる。
真後ろを向いたまま膝にワサワサくっついてきて、モノも言わないまま「おったんの太股に乗せろ」という態度。これが無性に愛らしい。
昨日は夕飯はとらず、深夜帰宅後に食べたのは納豆(のみ)とトマトの欠片とみかん2個だけだったが、起きがけにはあまり腹も減ってはいなかった。
朝食と昼食を同時にとり、出張校正のため印刷所へ直行。
昨日、急にパソコン・ソフトのエクセルが開かなくなった。
PRAMやっても、シャットダウンして数分後の再起動でも、アプリケーションから新たに立ち上げても修復の兆しなし。
いきなりたった一つのソフトが機動しないだけで、台割は開けないわ精算はできないわ入稿予定表は開けないはと、まさに重要な機能が停止してしまう。
ここら辺に詳しいデザイナーに聞いてみても解決には至らず、逆に「つい先日、本体のメインPCがとびました…」という怖ろしい話を聞いた。
100%パソコンに仕事を委ねることの怖さを思い知る。毎年何度も思い知る。が毎度学習することはなく、その呪縛からは逃れることは至難。
専門業者に依頼し、15分ほどで復旧。基本的にはソフトをダウロードし直しアップデート。粗方そんなような作業だけだったが15000円の請求額。びっくり。
夜、久々にフレッシュで勤勉な若者:Cと再会。つもる話は音楽と映画の話。
自分の知らないナイスなロック・バンドやら書籍、映画の話を信頼を置く仲間から聞くと、その者の瞳の輝き度によって、対象の音源なり書籍なり映画等をその後調べることにしている。
深谷のT宅で娘Yちゃんが「ONE OK ROCKが好きなんです!」という話を聴き、落ち着いた頃調べてみた。
新し目の曲が特に好みで、なかなか魂がロックしており好感を抱いた。
投稿者 yonezawa : 00:36 | トラックバック(0)
2010年 10月 16日
bambiリハ
口内炎こそできてなくホッとしたが舌がびりびり。アルコールで最低の状態になってた。
Rちゃんとのお遊び時間だけはこなしつつ、極力体力温存の気持ちで夕方を迎える。
久々bambiのリハへ。
このブランクの間にさらに新曲を書きまくる大先生のパワー。
もうビートルズの倍のレパートリーを有するバンマスだ。
ブランクの間、みっちりと弾いていなかった分ツケを自覚しながら弾くギターだが、途中から筋力が解れていく様が体感される。
ギターはスタジオで弾くに限る。大音量で弾くに限る。自前のスタジオで弾くに限る。
自前のスタジオ。この夢物語がもしも実現したらRちゃんとセッションしよう!
打ち上げのつくね屋、まぁまぁ美味しかったが、どえらい値段(割り勘1人5000円以上)で驚いた。
投稿者 yonezawa : 21:49 | トラックバック(0)
2010年 10月 9日
壁紙
今日の事を考え、1時には床についたが寝られない。
頭の中で様々なことを妄想しながら3時に冷蔵庫の冷たい水を飲む。
4時になってもまだ寝つけれないのでこのブログを書き出した。
壁紙の子供の写真を他の素材に変えようと画像を探していたら、以前取材したLED ZEPPELINの取材記事が出てきたのでそれを貼る。
己で書いた記事ながら、思わずあの日を思い出し読み耽った。そこに書かれたバンドを見つめる気持ちは、高校時代から中年となった今でも一切変わらない。
立てかけていたストラトを手にして、以前カヴァーしたLED ZEPPELINの楽曲を数曲弾いてみる。何曲忘れているのかがいつも怖い。
投稿者 yonezawa : 18:22 | トラックバック(0)
2010年 10月 5日
33年前
昼食にアジフライ。たまに喰うと美味い。
午後、4C原稿を引き上げ、いつもの入稿準備で晩飯の時間がやってくる。
デスクで炒飯とつまみを平らげ、サンタナの最新白盤拝聴。
カヴァー・コラボ新作となっている「ギター・へヴン」を聴けば、懐かしい風景が思い出され、楽曲の放つ迫力を改めて感じ入る。
デフレパードの輝きを放った「フォトグラフ」何人の仲間にカセット・テープで編集曲を贈呈してきたことか。
サンタナは、今も全盛期といってよい。
やってることが33年前と変わらないというのが自分でもすごい。
投稿者 yonezawa : 18:18 | トラックバック(0)
2010年 09月 10日
PのFちゃん
今年、武道館公演も、その活動の歴史に記した大変なロックバンド:PのFちゃんと初めてサシ呑みする機会を得た。
前回の席が4月だったのでもう5ヶ月以上が経過していたのか。
先日ディープに呑んだ知人Cが普通にそのバンドのファンで、ライヴもしょっちゅう行ってると聞いたし、11月に行われる都内でのライヴ・チケットもすでに購入していると聞いていたんで、その話は彼女への土産話ともなった。
新宿K・Hで乾杯し、ご飯と芋を頂く。
「明後日からレコーディングに入る」というバンドのレコーディング用の仕込みがあるそうで、終電辺りまでしかご一緒出来なかったが、おいらも丁度深夜にかけての入稿待ちだったので、珍しく飯だけに近い状態で分かれた。
それでも2件目まで近場でホームのバーSへ。
つい最近も、バンド活動以外に某トップ・シンガーの新作にもゲスト・プレイヤーで弾いたというFちゃんは今日も魅力に溢れていた。そしてクレバーな人。
十代から音楽だけの世界で生きる正真正銘のミュージシャン。すごいことだ。
時に、彼らのようなミュージシャンへの取材をする立場となっているおいらだが、こうした機会はいつでも奮起する志に繋がってくるもの。
今抱えるいつくつかの業務が一区切りついたら、全身全霊を込めた曲作りに没頭しなければ…っと、そんな決意のような意識に包まれる夜だった。
投稿者 yonezawa : 19:05 | トラックバック(0)
2010年 09月 9日
荒技を乗り越え
FUJI ROCKの場内では、不思議なことにあの数万人が集う場でありながら、何故か知り合いとすれ違うことが稀ではない。
今年の苗場でも知り合いのレコード会社3〜4名とはすれ違ざまに会話を交わしたし、ホスピタリティ・エリアでは「Rちゃーん!」と、娘までをも知る知人とすれ違った。
そんな中、編集部のY×2とも、グリーンステージ辺りで出くわした。
2日目の当日夜、雨が降り止まなかったこととRちゃんの都合もあり、加えて疲弊中の疲弊コンディションにあったおいらは、彼らとの深夜呑みを実現出来ずに宿に帰ってしまった。
あの雨模様具合だと彼らも同じような状態だったろうと察したこともあり。
あの日からもう2か月以上も時間が経過したものの、「FUJI打ち上げ、やりましょうや」と当然のように帰京後そうした話が持ち上がり、入稿の合間をぬってY+Y+Hの4人で荒木町乾杯が本日実現。
新宿へ移動し、ロケンロールな空間でウォッカを飲みながら純粋に居心地のよさに身を任せるひとときが快適だった。そして最後は寝てしまっていたおいら。
夜中のいい時間にありながら実はまだ本日分の仕事は片づいてはおらず、おいらを含む3名は当たり前に帰社して仕事。若い彼らもタフだ。
片目を開け、写植文字にピントを合わせ入稿という荒技を乗り越え、午前5時に帰宅。
投稿者 yonezawa : 19:05 | トラックバック(0)
2010年 08月 29日
ジェイク・シマブクロ
このブログでも何度となく讃えたことだろう。
渋谷オーチャードホールで行われる、恒例のジェイク・シマブクロ公演は年間を通じて最も楽しみな一日だ。
いよいよ今年もその季節がやってきた。
新作では、クイーンのボヘミアンラプソディのカヴァーもやっていたが、ジェイクなら当たり前に優れたアレンジだし、当たり前に優れた演奏だと認識し、特に深く受け止めるニュースでもない気がしていた。
コンサートはアルバムの曲を中心に構成。問題の『ボヘミアンラプソディ』はコンサート中盤に奏でられた。
イントロが始まった瞬間、CDのそれとは比較にならない破格の響きだと知覚。
すごかった。
とんでもない宇宙規模の音色がホール全体にこだまする。
クイーンという比較対象のない凄まじきバンドが残した、この世でたった1つの旋律とアンサンブル。その極まる楽曲の機微を、ジェイクはウクレレ1本だけであますところなく再現し、そして独自の彩りを加えた。
ほとんどの観衆が心で泣いていた。
CDなどでは到底表現しきれない、2オクターブの4弦だけによる世界観がたまらない。
世界トップ水準の演奏はここにあった。
ジェイクの音楽は、ライヴを見なきゃその真髄はわからない。
ジェイクの身内中の身内Kの意見も言い得て妙だ。「ディラン同様、レコード(CD)はその時の記録でしかないってことでしょう」
彼も、ジェイクのライヴ感をCDに収めるのは無理かもしれないと知っている。
音楽家としてのあの表現力、演奏スキルに至っては、もうあれ以上のパフォーマンスを想像出来ない。
つまり音楽家として機微は(もっと前からだが)頂点を極めた印象だ。
後は、あのトップ・スキルを何十年継続するか、テーマの一つはそこにあるような気がしている。
まだジェイクのライヴを知らぬ者は、おいらがライナーノーツを担った最新ライヴ盤を購入し、国内ツアー中のいずれかの公演を観るべきだ。
加えてジェイクは人として最も重要な優しさ、配慮を兼ね備えている。
今回、婚約の朗報は個人的にもとても嬉しいニュースだった。
フィアンセに送ったという新譜#1収録の『kelly's song』は確かにアルバム中、最も優しさに満ち溢れている。
ジェイクの音楽に触れられること、ジェイクと同じ時代を生きることすべてに感謝。
ツアー・ファイナルとなる宮崎県はおいらの故郷であり、現在母親在中の町だ。
ジェイクが「口蹄疫の影響を受ける本県に思いを寄せ…」という内容で綴った「全国ツアーで本県応援」という見出し記事の切り抜きを母が写メールで送ってきてくれたのだが、今日のMCではその件が語られた。
当面、ジェイク&2人のKさんらと、また食卓を囲める日を妄想している。その日が実現したなら、もしかしてジェイクはまた目の前でバッハのレパートリーを生演奏してくれるかもしれない。
暑い夏の全国ツアー、ジェイク&スタッフの皆様方、どうぞご自愛くださいませ。
投稿者 yonezawa : 04:01 | トラックバック(0)
2010年 08月 21日
HAPPY BIRTHDAY!!!!!
昼、作り置きしてくれてたコロッケを2コ揚げ、キャベツの千切り&トマト、梅干しを添え、納豆を海苔で巻いて自炊の昼食。美味。
クーラーをつけずに部屋の掃除に終始。思いついた箇所から順次整理。収納部分に溜まった誇りの量に愕然。収納の中なのに…。手つかずのポイントまだまだ多し。
浮世離れした沖縄のライヴからもう1ヶ月以上経過。
彼の日の奮闘していた全メンバー&現地で色々とお世話になったYさんを囲み、沖縄な雰囲気の居酒屋で夕方より「東京打ち上げ」を開催。
大人であるが故のゆとり、大人であるが故の幼さ、大人であるが故の経済力。
偉業職の面々=“イイ大人”が集った今夜の宴も想像のまま爆笑の連続だ。
今夜は、この夜で最も尊敬する我が母親の誕生日。
プレゼントも何も贈らなかった親不孝なおいらは、宴の最中に「(沖縄に参加してくださった)お母さんは楽しかったのかなぁ? 私達のことに呆れてなかった?」…こんな質問も受けたこともあり、不意におふくろ携帯に直電。
メンバー各位がおふくろとプチ・トーク。母、唐突に失礼いたしました。
そして誕生日おめでとうございます!
泡盛も3本目に突入しながら、どうも「この後スタジオに入る?」的、とんでもない意見が持ち上がった。かと思えば、「ならば!」と皆さん各々のスイッチを入れたのか、当たり前のように徒歩でスタジオへ移動。
まったく面白い面々。
スタジオに入れば「何をどう本気で演ってやろうか?」といった面持ちの各位。
おいらもレンタルのテレキャスターをパキパキにしてブン鳴らしてみる。特殊で愉快な夜が更けた。うん、バンドはやっぱり楽しい。
ところで明日、渋谷HMVが閉店だそうな。
投稿者 yonezawa : 21:34 | トラックバック(0)
2010年 08月 20日
フェンダー
世界的な大手ギターブランド・フェンダーのMちゃんが勇退されたとの知らせを受け、加えて近々東京を離れることを知り、労いの会を急遽設けた。
Mちゃんとは、ジェフ・ベックだスティーヴィー・サラスだSUM41だ波瑠ちゃん(他)だと、これまで様々な仕事を共にしてきた。
レコード会社からの要請で、ギター本体もスペシャル・ディールのもと提供くださったし、記事の構築、対応にはとにかく機敏で、彼との仕事はとてもスムーズだったことしか思い出さない。
ギターの構造は勿論、弾き手の心も敏感に察知出来る機微を持つMちゃんがフェンダーから去ることは、業界にとっても大きな損失だと感じている。
引き継ぎをされるNちゃんに今後は望みを託しつつ、新天地での彼の健闘を祈りたい。
彼らを見送り、音楽人Tと待ち合わせた。
彼はできたてホヤホヤのロリー・ギャラガーのBBCライヴ音源を持ってきてくれた。即、おいらの心は16歳に戻った。
投稿者 yonezawa : 21:34 | トラックバック(0)
2010年 08月 6日
いぶし銀
昼間、Rちゃんの「出社させない攻勢」は尋常でなかった。
昼食を共にし、トマト、餃子、ふりかけご飯を1時間かけて食べさせ、トイレの大小を分けてサポート。
午前中から着手していた某テキスト原稿を推し進める最中も、「かくれんぼしよ!」と部屋に入り浸りで仕事になりにくい状態。
シャワーを浴びる最中、脱衣所に延々いて、ドアを開けたままなんだかんだとおしゃべり。
「そろそろあがる?」と質問したかと思えば、必要のない洗顔フォーム、洗髪用ブラシを浴槽の蓋の上に起き並べてくれる。
最後にはここのところ恒例とも言えるのだが、おいらがこれから着衣するパンツを適当に選んで浴室に投げ込んでくる。
湯上がりのおったんの行う一連の作業を先回りし、Tシャツも一緒にタンスの引き出しを一緒に開けないと気が済まない。おもむろに。
脱衣所に上がった際、ご丁寧に扇風機のスイッチも入れてくれるし、もう笑うしかない。ホントに腹の底から笑いがこみ上げてくる。
ここからの2時間が大変だった。
何かと理由をつけ、とにかく外出を許してくれない。最終的には乙女の涙という手段を行使し、抱きついてきて「いったらダメ!」の引導を言い渡された。
続けて「おったん、かえってこないじゃん」と強き一言。
確かに彼女が稼働している時間帯に帰宅することは皆無ではある。ホントに困った。Rちゃんごめんなさい。
途方に暮れた頃、グレープジュースを飲ませたところ、少しソファに落ち着いてくれたので、テレビのスイッチを入れた。放送中のドラマに軽く見入り、「じゃあ行ってくるね」と伝えたら、テレビ画面目線のまま大きな声で「いってらっしゃい!」
何のスイッチが入ったのか、今日はどんな心境になっていたのか。貴重な一日の始まりといえた。
入稿のはざま、音楽人Tと夕飯に。
どえらい音源を入手し、日付の変わった頃、編集部PCで拝聴。出音、果てしなくいぶし銀。
投稿者 yonezawa : 19:28 | トラックバック(0)
2010年 08月 1日
スティーヴィー・サラス
環境が変わり、他人と並んで寝ると極端に寝付きが悪くなるのはおいらの質でもある。
旅は個室でなければいつも睡眠不足となる。
Rちゃんの、明け方のハッキリした滑舌による寝言で他の就寝中の人たちに迷惑をかけてしまっていたがどうにもならない。ともかく、起きている時と同じテンションで喋るのがすごい。
眠れないまま早朝8時過ぎに起床し、8時30分過ぎには朝食。
とても美味い。この宿泊地は昔からスキーシーズンの折、学生らの合宿所として使われるのがメインとのことで、そのせいか女将さんの作る朝飯が美味かった。
いざ出陣。珍しく午前中の11時30分から始まるスティーヴィー・サラスのステージを観るべく、レッド・マーキーへ。
リハ中のジャラ・スラップバックは、3年前の来日の折、新宿はシンクロニシティにスティーヴィーらと連れだった同士だ。
Rちゃんを肩車して、かき氷を食いながら最前列からジャラを呼んだらRちゃんの存在に気づき、笑顔で答えてくれた。ジャラのベースも言うこと無し。今日も素晴らしい。
11時30分、オンタイムで本番スタート。
今回はすでにアメリカでも何度もパフィーマンスしているバーナード・ファウラーをフロントに迎えた編成。鉄壁のリズムで圧巻のステージングを魅せてくれた。
ヒートウェイブのカヴァー「グルーヴ・ライン」には、以前おいらも本田泰章らをゲストに迎えた際のライヴでカヴァーした曲だったのでなじみ深いものを感じた。
ワウとファズの音色が炸裂し、フィードバックとハーモニックスが苗場に響き渡る。
魅力・技量、完璧。
13時40分頃、ホスピタリティエリアへ向かった。
一般のリストバンドではホテル裏のエリアにさえ行けない旨に解せんものを感じ、関所の担当を引き連れ、ホスピ・エリアまで向かう。
数名のレコード会社の知り合いに立て続けに遭遇を果たし、スティーヴィーの担当レコード会社の方も到着。
雑誌を持って写真を撮るだけの案件でやってきたのだが、丁度スティーヴィーはフジテレビCS放送のためのアコギを使った生演奏中で、その姿を真横から後半だけ観戦出来た。
演奏が終わり、歓声が沸き、おいらも盛り上がって拍手したところでスティーヴィーとの3年振りの再会を果たす。
数枚の写真を抑えた後、Rちゃんとスティーヴィー、記念すべき初邂逅。
スティーヴィーは終始優しい面持ちでRちゃんに問いかける。思い切り緊張気味のRちゃん。しかしなんとか1度だけのコミュニケーションが得られた。
なんと嬉しい瞬間なんだろう。
明日には帰国するそうなスティーヴィー。
新作の進行具合を確認し、今日のライヴの感想及び、ギターの音色のよさを伝えたところ、使ったエレキギターのブランドがフジゲンだと聞いて驚いた。
スティーヴィーはそこの担当者を紹介しようと探してくれたが、残念ながらお会い出来ず。
次回の再会を果たし、会場を後に。宿泊地で荷造りをし、一路東京へ。
帰りは、関越でもの凄い事故を起こしていたトラックの事故渋滞でどえらい目にあわされ、なんと時間のかかったことか。
パーキングでオムライスを食べ、帰り着いたのはもはやライトの点灯が必要な夕方だった。
Rちゃんを風呂に入れ、そのまま倒れるように3人並んで爆睡。午前2時に目が覚めるまで、気持ちよいぐらいの爆睡だった。
投稿者 yonezawa : 02:34 | トラックバック(0)
2010年 07月 31日
最低
6時起床。
きっと大先生が起床されて3時間弱は経過している頃だろうか。
眠れなかった。日々の習慣はなめられない。
7時に家族分のおにぎりをこさえ、卵焼きをこさえ、焼き明太子をこさえ、自分も2個平らげた。なんて美味いんだろう。もう逃れられないふりかけの威力による部分も大きいと感じる。
大量の荷物を積もうと一人汗だくになり、車に積載。
運転席の鍵を開けると他のドアが解錠してくれない。…? 嫌な予感がし、ドアを1つずつ確認したとこ、後ろの半ドアでバッテリーがあがっていた…
JAFに連絡すると、ここから1時間15分の待ちとのこと。
暗澹たる心境の中、只今出発を待つ最中。
ならばと改めてシャワーを浴び、かかってくる携帯とにらめっこ中。
今日、オフィシャル取材がなくてホッとしていた。
ど最低。
大泉から関越に。目的地:月夜野インターまでのおよそ1/2は渋滞に近いトロトロ運転に終始し、猛暑の中クーラーの使えない馬鹿環境が拍車をかけて不快指数を募らせた。
インターチェンジでRちゃん休憩タイムを取り、車内でうちわで風を送ってあげたらRちゃん「あついよー」っと生ぬるい風に抗議。確かにぬる暑い風だ。
予定よりも大幅に遅れ、やっとこさ新潟は苗場へ到着。
前日に3通のメールで問い合わせしNG、プラス22件の電話で一軒だけ奇跡的におさえられた宿へ向かった。
会場まで徒歩圏内の場所にとりあえず宿と駐車場が確保出来たのは幸運だったが、20畳の広間に6名の男性客と一緒になって雑魚寝という条件。しかし贅沢の言えた義理でなかった。
それなりにゆったりした空間であったし、親切な宿主に促され、先に布団でスペースを確保し、荷ほどきをし、大量の荷物を抱え現地へ。
残念ながら、一つの目的となっていたジョンバトラー・トリオの演奏は終わっており、クーラ・シェイカーの後半が奏でられる頃、グリーン・ステージに到着。
いきなり編集部Yと遭遇を果たす。
クーラ・シェイカー観戦後、ホワイトへ移動し、サードアイ・ブラインドを観戦。
再びグリーンへ帰還途中、川でRちゃんのお手々を冷やし、ところてん喰って、KIDS LANDで小型メリーゴーランドやらブランコ等で遊ばせる。
グリーン近くの広場にマットを敷き、しばし休憩。
ここまで、というか、すでに宿泊地からRちゃんは9割9分歩かないので、およそ14kg超えの彼女を終始抱っこにセメント抱えしながら運ぶ作業が移動の際の条件となっていた。
会場入りするまでに2tの汗が湧き出たような気分だ。
ともかく水をぶっかけたような状態で気力と体力勝負のようなコンディションに陥り、段々ライヴ観戦欲が奪われてゆくようだった。それ故、観たかったジェイミー・カラムは寝ころんで音だけを拝聴。
それでも気持ちを奮い立たせ、目当ての一人であったジョン・フォガティのステージでは、かなり前の真ん中辺りまでRちゃんを抱え、最後まで観戦した。
ジョン・フォガティのパフォーマンス、流石だ。震えた。
玄人中の玄人が聴かせるパーフェクトな演奏だった。ジェフ・ベック世代の彼らのギターの巧さは、そんじょそこらのミュージシャンでは到底太刀打ちできない程の完成度を極める。60歳を過ぎなければ出せない音もある。曲ごとにギターを代えるジョンだったが、テレキャスター、そして特にレスポールゴールドトップの音色に芯からしびれた。
グリーンステージの真ん前で、肉眼でも十分にバンド面子の表情が確認出来る位置であり、スクリーンの映像に至っては、かなりの迫力を感じさせる場所だ。
野外ライヴは何度か体感済みながら、ここまで本格的で音響もベストのライヴを観たRちゃは果たしてどんな気持ちだったのか。
案の定、後半数曲では寝息をたててしまったが、彼女の心にあのレスポールの音色が届けられたことには間違いない。
ライヴ終了間際に雨が激しく降り注いで来た。迷わず撤退。一路、会場外の飯屋へ。
何人かの同士らと、その後のライヴ観戦及び夜中の飲みを半分約束していたが、Rちゃん対策で宿に帰還後、取り急ぎ先に風呂に入れねばとおいらが流しに行き、結局Rちゃんと戯れたそのまま一緒に寝てしまっていた。
体力的にも理想の展開だったと後に認識。
投稿者 yonezawa : 08:13 | トラックバック(0)
2010年 07月 28日
作戦会議
投稿者 yonezawa : 20:15 | トラックバック(0)
2010年 07月 27日
急遽FUJI ROCK
デスクワークをやるうちにどんどん時間が過ぎ去り、すぐに夕飯刻。
全部揚げ物の「揚げ物8品盛り」のようなイケナイ弁当を注文し、机の前で今日も夕飯。
急遽FUJI ROCKにスティーヴィー・サラスが参戦するものだから、今回見送っていた観戦を撤回しなければならなくなった。
最終日のみの観戦に現地に赴くべく、関係者各位に連絡網を張り巡らせる。
突き刺すような炎天下でありながら、時折豪雨の可能性バリバリの地面グシャグシャが恒例。自らの運転で「行く!」と決意するにはなかなか根気のいる場所、苗場。
前回もFUJIで会い、東京で別れたスティーヴィー。果たして、どんなステージを見せてくれるのか。
投稿者 yonezawa : 20:13 | トラックバック(0)
2010年 07月 17日
ライヴ本番/沖縄2
早朝の朝飯を頂きに最上階レストランへ。
すこぶるよい天気。大きな窓から差し込んでくる太陽光線が目映い。
食事を終え、国際通りを散策。
那覇オリジナル・ブランドのアロハシャツ屋に飛び込み、しばらく物色したらなかなかよい物件だったので、母、九州の姉:M、伴侶、Rちゃん、そして本日おいらのステージ衣装を確保するべく模様違い、色違いの物件を5枚購入。
そのまま流れる汗をハンカチで拭きながら界隈を徘徊し、午後2時前にホテル・ロビーでbambiと合流。最終リハのため1時間のスタジオ入り。
ここでベース:yoyoの音が鳴らない。
それ以前に、彼女のメインとなるベースがホテルに到着していないというのだ。本番もレンタル・ベースになることはこの時点ですでに確定ではあったが、リハにあわせて借りてきたベースも断線だったのか音が出ず。ガックシ。
こうしていくつかのトラブル(ホテル到着後、「家と車の鍵を紛失した!」と、この時点では勘違い中の私。結論は、家に置き忘れてきていたが帰宅するまで判らない)を経て、市場で昼食を済ませ、我々バンドメンバーはライヴハウスGROOVEへ向かった。
場末感の赴き溢れる小屋を位置を確認し、リハ後、家族の夕飯に合流するべく国際通りに戻り、本番20時前に再び家族連れでとんぼ返り。忙しい。
本番、20時スタート。
ハイビジョンカメラで狙っている被写体はライヴを観戦するRちゃん。つまりステージ上から客席に向けたカメラをセッティングしているおったん(私)だった。
bambi全員ロック。紛れも無きロックバンド。
ノルマの1時間、ビッチリ演奏敢行。良き汗かいた。
複数の対バン演奏を拝聴し、爆睡もし、すべてのセッションも終わった後、遅い夕飯に移動。
なんだか当たり前に沖縄公演を終えたbambiであった。安堵&乾杯。
投稿者 yonezawa : 15:09 | トラックバック(0)
2010年 07月 10日
ロック・バンド
昼、大道塾の吉祥寺道場で(一度たりともやったことがないくせに)軽く汗を流し、道場の新しいチラシ作成のための軽い撮影に立ち会う予定でいたが大いに甘かった。
今朝方までの痛飲であえなく断念。
夕べ、午前4時前頃の時点で泣きのメールを師範代:飯村、モデルを担ってくれるHへ送っていた。申し訳なし。
パワー全開のRちゃんのツッこみが今日もキツいキツい。
「ねないで、おきてぇー、おったん」ときつく注意されながら頭を持ち上げられる。気だるい身体をいかに休めさせるか、姫とせめぎ合いの攻防が続く。
一昨昨日、七夕の笹を持って帰ってきたRちゃん。
短冊に書いた(幼稚園の先生に言葉で伝えて書いて貰う)お願い事は「プリキュアになれますように」だったそう。しかしどうも本心でもなさそう。天の邪鬼に揺れる乙女心、複雑。
夕飯には焼き肉を戴き、2時間のバンド・リハへ。
本番までついに最後の音出しになってしまったが、結局攻略してないままの某曲のソロ箇所は気分のおもむくままのアドリヴで乗り切る所存。
しっかしbambiはずいぶんとロック・バンドになったものだ。
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2010年 07月 4日
造形的なまとまり
昼飯からRちゃんとなんたらかんたら部屋で過ごす。
Rちゃん用のコロッケも揚げ、小さく切ったトマトを昼食に用意し順番に食べさせる。
今日はポテト・コロッケもトマトもご飯も綺麗に平らげてくれ、嬉しい。
クレヨンでお絵かきを始めたRちゃんに「久々にビデオで撮っていい?」と伺ったら笑顔で「うん、とって!」とRちゃん。
少しずつ変化を見せ、確かに造形的なまとまりを示し始めた。成長を感じさせる彼女の描く絵に感心する。
数枚のお絵かきの中、数枚バスの絵を描き「ブーンブーン」と紙を持ち、寝室で昼寝中のママ寝室の、扉の隙間に差し込んだRちゃん。
Rちゃん自身をモデルに、自分も絵を描きたいなと久々に思った。
午後16時前にスタジオGOKへ。沖縄仕様のbambi最終リハ、ラス2。
見つからなかったパズルのピースが埋まってゆくように、前半のリハでは見えなかったアレンジがうっすらと見えてくる。
メンバーそれぞれが、同じ分量ずつ気づいてゆくようなニュアンスで楽曲がジリジリとまとまってゆく様を体感。
沖縄はもう目の前だ。
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2010年 06月 27日
bambi沖縄リハ/ラス3
夕方16時よりbambi沖縄リハ。回数を数えれば今日を除いてあと2回。
なかなか渋いスケジュールで本番突入也。
リハ後、Rちゃんに「でんわしてね!」と言われていたので、約束どおり携帯より自宅にかけた。
電話に出たRちゃん「どこにいってるの?」といいながら、一連の今日みた風景を語り始め、最後に「はやくかえってきてね。またあしたもあそぼうね!」と念を押された。
仕事に出る際、「またあそびにきてね」と言われたときは狼狽させられたが、可愛いので何ら問題なし。Rちゃんのために、明日も大いに汗をかこう。
帰宅したらすでにスヤスヤのRちゃん。夜にも逢えずにかなり残念。寝息を聴きながらRちゃんの隣に横になったところ、思いの外酔っていた自分を自覚。
投稿者 yonezawa : 21:40 | トラックバック(0)
2010年 06月 15日
フォトグラファーとして写真撮影
昼下がり、青山のフェンダー本社へ。
フェンダー:Mちゃんと久々に再会し、時価500万円のストラトから、ロン・ウッドがダメ出しをして、残った方のカスタムショップ製ストラト等をガツンガツン弾き倒した。
(これがとんでもなくバランスがよい)
弾いたアンプの1台は、コルベットのデザイナーが作ったという、見たこともない車の面構えのようなアンプで、勿論非売品のブツ。
某ミュージシャンから「どーしても欲しい。売ってください!」という熱望を受け、デッド・ストックだった名機:トーンマスターはすでにそのミュージシャンの元に渡っており、おいらが以前レコーディングでレンタルしたあのアンプは、もうここにはなくなっていた。
やがてモデルで女優の波瑠ちゃん到着。
本日は、フェンダーと波瑠ちゃんのコラボ企画を実現するべく、おいらが投げた取材を行う日。フェンダー WEBに波瑠ちゃんのインタビューを掲載し、Duo-Sonicなどの2ショット写真
を特写するというもの。
数年前、フランツ・フェルディナンドの曲でウォークマンのCMがあったのだが、そこで彼女はほうきをギターの代わりに弾きまくるという女子高生役として出演していた。
ギターにゆかりのある女のコというイメージはそこからあるように思う。
ストラップをかけ、ネックに手をかけた時のキマり具合に、今回の企画が大正解だったことを確信する。波瑠ちゃんSO COOL、ご協力感謝!
そしておいら、今回は正式なフォトグラファーとして写真撮影も担ってみた。
http://www.fender.jp/artist/detail.php?aid=fa_0279
http://www.horiagency.co.jp/web_data/talentfiles/haru_1.html
http://www.mbga.jp/.pc/_u?u=12715926
http://www.youtube.com/watch?v=RKXfKGpgX9Q
投稿者 yonezawa : 13:48 | トラックバック(0)
2010年 06月 5日
リハ開始
夕方よりbambiリハ開始。
沖縄ライヴ仕様の新曲もレパートリーに加わり、久々に数曲分のオリジナル曲を弾いてみるが、高々3ヶ月そこそのブランクでここまで思い出さないのかと呆れるほど、一発目の音出しでいくつかのフレーズを忘れてしまっているおいら。
生活パターンはおそらく夏まで変わりようも変えようもないが、少ないリハーサルの時間に集中せねば…と木村カエラのCMを見ながら考えた。
「今朝までの痛飲のことを考えれば、ここは大事をとって帰宅か…」とリハ前まではほんの少しだけ決意していたところ、いきつけの居酒屋前に到着した瞬間、気持ちは真反対に翻る。
当たり前のようにホッピーをコンコンとお代わり。
bambi、リハ後の盛り上がりもライヴ並。
おふくろもRちゃんもいる、沖縄の妄想が広がる夜更け。
投稿者 yonezawa : 18:07 | トラックバック(0)
2010年 05月 26日
ロック・ミュージック
小雨降る中、演奏家:Aとしばらくぶりの会食談笑の席を設けることが叶った。
彼の口から出てくるミュージシャンやらバンド名は、そこそこの音楽通でも対抗しようのない根深い知識と造詣深さを思わせる。
知り合ってからもう20年近くの時間が経過した計算だが、本気でロック・ミュージックを語り合える貴重な存在の一人、それがAでもある。
新宿「匠」を経由し、ゴールデン街で久々にHへおじゃまし、名物のカレーミートボールをいただいた。
クラシックの世界にも精通した現役のチェリストでもある彼とアコギ・セッションする日、その日を心待ちにしている。
投稿者 yonezawa : 13:35 | トラックバック(0)
2010年 05月 24日
失速LIVE2010
Aimie、bambiご一行様、デビルガールズご一行様、トッポ、マミコロ、エミちゃん、S織、E戸夫妻、対バンのみなさま、サウンドチェックでトラで叩いてくださった某氏、実行委員会の皆様、カメラ殿村&広称、他、失速LIVE2010に参加してくださったすべてのスタッフ、ご来場の皆様の方に感謝!
第16回を迎えた失速LIVE2010はあいにくの雨模様。
巻き気味で始まったサウンドチェックにはギリギリで到着し、着いた端から音出し。走ってきたので熱い熱い。
出番までK野、Tらと焼鳥屋へ。
本番1時間前に今年も恒例の会場となった「目黒ブルースアレイ」へ戻り、満員御礼の集客を確認。少し赤ら顔だったおいらは誰かに指摘される。
20時30分、本番。
知らぬ間にドラムスの兼松くんが突然ドラムセット前に居ることに気づく。
フィードバックから『移民の歌』でライヴ・スタート。
スタート瞬間の、なんとも表現しがたいライヴ独特のテンションが毎度たまらない。ライヴの最も好きな感覚は、この瞬間にもある。
回客席には大勢の知り合いの面々。おいらにとっては最も贅沢なライヴと言えた。ここにおふくろがいれば完璧。
時間いっぱい正味20分のステージを瞬時に駆け抜けた。
打ち上げの最終的な〆には、久方ぶりの『阿夫利』。
唯一の心残り、それはこのイベントに絶対来たかったRちゃんが、残念ながら来られなかったこと。風邪と(ぶつけた)お口の怪我で断念したのであった。
●失速LIVE2010
Beat generation
●吉田宏(ヴォーカル)
●甲野勝之(ギター)
●池田哲也(ベース)
●兼松幸市(ドラムス)
●田中英俊(キーボード)
●米澤和幸(ギター)
1)Immigrant Song
2)Communication Breakdown
3)Custard Pie
4)All My Love
5)Misty Mountain Hop〜Beat it〜Misty Mountain Hop
投稿者 yonezawa : 00:33 | トラックバック(0)
2010年 05月 22日
リハーサル
失速リハを行う隣のスタジオではbambiのリハも行っていた。
明後日の失速ライヴ本番を睨む最終リハーサルは、最後の調整として4時間たっぷり充てることに。
途中、想像通りの嬉しき乱入を果たしたbambiバンマスの持参してきたフレットレス・ギターが斬新。
初めて弾いてみたが、なんとも言えない感触の弾き心地で、第一印象は弾いて気持ち悪い感じ。
しかしスライドさせた際のトーンは、他の代替え品の利かない物件であることを認識。
ともあれ、ビート・ジェネーション(BG)の最終リハを終えた。
終わってbambiとBGとの合同飯会と思いきや、なんと偶然bambiバンマスが、スタジオの待合い室で中学時代の同級生と遭遇するという信じられないハプニング(40年以上ぶりの再会だとか)に見舞われ、結果3つのバンドが集いながら飯会の席に。
当然のように誘い合うこととなり、想像通りの混沌とするザッツ・バンドマン打ち上げの様相となった。
この席を経て、また化学反応が巻き起こる予感が…
24日(月)20時過ぎ、目黒ブルースアレイで本番を迎える。
投稿者 yonezawa : 00:33 | トラックバック(0)
2010年 05月 12日
ジョン・メイヤー
意地でも見たかった。
直前まで日程のめどがたたずにいた故、インビテーションはあえてご遠慮させて頂いてたジョン・メイヤーJCBホール公演。
時間繰りが整い、事前に会社員Kが手配してくれてたチケットで入場。
JCBも武道館もドームも、仕事場の神保町界隈からは徒歩圏内。
ステージを眺めて右サイド寄りの5列目に着席。ここのことろ観戦する場所が間近でついている。
暗転〜ジョンのギターの音色が鳴り響いた。
以前見たガーデンホールでのライヴでは音響に不備を感じ、パフォーマンスとは裏腹に最後まで満足しにくいライヴだったと記憶するが、今日の出音は良好。結果、ジョン・メイヤーのベストの音響で拝聴する機会を得た。
単なるヴォーカリストの域を遙かに超えたギタースキルが、フルシアンテともデレク・トラックスとも違う、レイヴォーン的方向性を感じさせる。
バークリーでギターを習った先生が日本人だと言うジョンの身体には、日本テイストのDNAも流れていると感じており、全身のタトゥーを見ると驚かされる。
「巧い」という言葉が口を突く。
想定していた楽曲はあまりやってくれなかったが、ベスト・パフォーマンスのジョンを体感出来た一時の休息時に感激。
神保町に心地よき店、発見。武蔵小山の夜が更けた。
投稿者 yonezawa : 23:34 | トラックバック(0)
2010年 04月 28日
ロケンローラー
前々から楽しみにしていた飯会。
ロケンローラー:K渕兄、ジェフ・ベックの通訳でもご一緒させていただいたMMちゃんとの3人会。
たった1軒限定の飯会なので、ご飯の美味しい銀座:Gを予約し、おいらは赤ワインを注文。料理は店長:Nさんに、こちらのコンディションをお伝えし毎回委ねる。ここではそれが一番正解。
今日の3人の共通点は圧倒的で強力だ。そこだけは音楽通の者にはどうしても自慢するしかないのだった。
2007年のロンドンはO2アリーナで、アーメット・アーティガン追悼コンサートの会場に居あわせたのがこの3人であり、数少ないレッド・ツェッペリン再結成ライヴの超貴重な証人となったのが我々でもあった。
※現地でおいらが数えた日本人は(他にも居たのだろうが)20名程度だったと記憶する。
※ペアチケットを1900万円でオークション購入したイギリス人がいた。
※エリカ様&高城両氏も、おいらの席から左に10個ほど離れた並びの席から観戦されておられた。
※帰国後、コンサートの半券がインターネットのオークションで3万円に跳ね上がっていた。
語り合う話が全部ロック。
「こんな(おいらみたいな)ヤツって学年に2,3人ぐらいしかいなかったよ」と言えばMちゃんが「私も(こんなロックだけの体質のコは)学校で自分1人だけだったかも」っと共通項を語り出す。
年齢差をまったく感じさせないK渕兄はジェフ・ベックよりも2,3個年上で、ボブ・ディランよりも1歳年下。スラッシュと同じ歳のおいらも、つまり年齢などまったく関係ない。
20数年後に自分の未来があるならば、まずはK渕さんが目標だと今日も心で思う。K渕さんもMMちゃんもロックでチャーミング。
時間の許す限り語り合いながら、終電までMちゃんとバーで乾杯し、おいらは一旦帰社。
雑務を終え、吉祥寺で待ち合わせたSちゃんを訪ねたら、いつもの吉祥寺面子と遭遇。居酒屋:闇太郎にて、横一で毎度の飲みに突入。
今日知り合った、先ちゃんの飲みだちミュージシャンとも親睦を深めることとなり、今年3月に武道館コンサートも成功させた、ポリシックス:フミちゃんとも乾杯出来た今夜は貴重な夜更けとなった。
やがて時計は午前7時を指してた。めーいっぱいロケンロールな1日。
みなさん体力さすが。先ちゃんも毎度毎度、さすがです。
投稿者 yonezawa : 01:21 | トラックバック(0)
2010年 04月 22日
GARY MOORE
渋谷AX。ゲイリー・ムーア21年ぶりの来日公演を見た。
公演のあおり文句は「激情と哀愁をギターで紡ぐ男、『人間国宝』ゲイリー・ムーアが21年振りに奇跡の来日!」と書かれてある。
思えば中学3年生の頃、人生で最も繰り返し聴きまくったアルバム中の1枚、『BLACK ROSE/THIN LIZZY』から、ゲイリーのギターとの付き合いが始まった。
あれからもう30年以上の時間が経過。中3の頃から生涯名盤の中の1枚に、この『BLACK ROSE』は外れない。
バンドのアンサンブル、楽曲のクオリティ、演奏の緊張感、これ以上考えられないギターソロのベスト・マッチング、センス等々、本作を讃える言葉は枚挙にいとまがない。
人生のある瞬間が、ゲイリーのギターだけで満たされた時期もあった。
(おいらの音楽リスナーとしての)長き歴史の間、ブルース・オンリーの作品作りとなってしまったゲイリーの方向性を踏まえ、ある時期から疎遠になった事実もあるにはあるが、80年代から全くスキルを落としていない今日のゲイリーのプレイには「ロックギターとはかくあるべき」と、頭を引っぱたかれた感じがした。
重戦車のような、真っ直ぐに歪んだハンバッカーのファズ・サウンド。マーシャルから響き渡る音の洪水は、有無を言わせない重量感に満ち溢れていた。
贅沢を言えば、もっとリヴァーブを無くしてほしかった。ギターのヴォリュームを絞り、クリーンな出音でパキパキ弾いた時の魅力溢れるニュアンスと言ったらなかった。
次回作はブルースでない内容のアルバムだという噂だ。
ならば今は亡きコージー・パウエルのソロ・アルバムで聴いたゲイリーいぶし銀のジャジーなプレイも期待したいところ。
それにしてもゲイリーという男は、いつでもハングリーさに包まれているというか、怒りを感じ受ける“氣”を感じさせるのだ。
投稿者 yonezawa : 03:24 | トラックバック(0)
2010年 04月 15日
Gっさん
寒い日と暑い日が交互に訪れる感じ。
Tシャツ1枚で過ごせる日から一転し、革ジャンの必要な日に変わる。
小雨模様の中、外出に同行するRちゃんを見送り外へ。
着ていく服の厚さを間違えた。バス停に向かった頃、かなりの冷え込みを自覚し、途中でジャケットを買おうかと迷った。
昨年の親睦会から数ヶ月。S社の名物ディレクターにして、実力派シンガーHKのブレーンでもあるGっさんと久々の再会を果たす。
席に落ち着き、飲み物を注文した際、個室のドアの隙間から知り合いの顔が見えた。
漫画家:若林健次と偶然遭遇。
現在邦楽セクションに身を置くGっさんは、以前洋楽セクションに在籍中、おいらと共にニューヨークへ飛び、AC/DC「アンガス・ヤング」取材時の担当者でもあった。
AC/DCの公演は、個人的に海外まで追っかけ、先だって行われたさいたまスーパーアリーナでの公演の際には、アンガスのコスプレでエントランスに現れた。
ニューヨークでの取材時、この日と同じ格好でアンガスと2ショットを撮ったことはいわずもがなだ。
彼の醸し出す独特のノリが妙にツボにはまる。マシンガントークで音楽談義に花が咲く。
やがて遅れること1時間少々、同社S&Yも合流。
この席に、たまたま流れで出た(タレントで、警世家で、ベナン大統領特別顧問で、俳優:ビートたけしの付き人でもある)ゾマホンを呼ぼうという話になり連絡。着信を入れたらば、丁度別件で同じ新宿にいるという返事が返ってきたが、残念ながら合流にはならず。ゾマホンにもそろそろ会いたいものだ。
三丁目のバー『S』に河岸を変え、トミー・エマニュエルの旋律に耳を傾ける。
「ジョー・サトリアーニのギターよりも、先日聴いたノラ・ジョーンズのギターの方が、数倍の魅力を放っていた」というおいらの話に「そういうことなんですよね!」と頷いてくれたGっさんが、やがて船をこぎ出した。
超プレミア・チケットを都合してくれたGっさん、嫁も喜びます。大感謝!
投稿者 yonezawa : 11:40 | トラックバック(0)
2010年 04月 13日
ジェフ東京公演3日目
ツアーの最終公演となるジェフの国際フォーラム公演観戦。
今日も鳥肌が立ち、ため息がこぼれる。
終演後、ジェフ以外のメンバーとは昨日と同じ部屋で待機。すると、あの『Who Else!』で超絶ギターを披露した、あのジェニファー・バトンの姿が。
彼女もとても気さくで、それだけでもミュージシャンとしての大いなる懐を窺い知る。
やがて昨日のナラダ、そしてプリンス、シーラ・E他からも絶大な支持を仰ぐ女性ベーシスト:ロンダ・スミスとも親睦を深める機会を得た。みなさん、とてもフレンドリー。なんと嬉しい瞬間であろうか。ロンダはとてもチャーミングな女性だ。
最後の最後、ジェフの待機場所へと通され無事再会を果たす。サングラスをかけたジェフの勇姿、気が早いが次回の再会は来年に実現するのか。
投稿者 yonezawa : 18:05 | トラックバック(0)
2010年 04月 12日
ジェフ東京公演2日目
ジェフ東京公演2日目。国際フォーラムA。
名古屋公演だけで演奏されたという『フリーウェイ・ジャム』は、セットリストに記されながらも、今夜も奏でられることはなかった。
ジェフの機微は何度見ても何度聴いても飽きが来ない。究極の演奏をステージ中央近くの4列目で拝聴した。
ギターのアドリヴは、簡単に言えばその場の閃きであり、即興演奏のひとつだとも言える。
その即席で奏でるメロディには演奏者のセンスがすべて剥き出しとなり、それまでにどれほどの引き出しなり、アイディアなりを有しているのかがミュージシャンのセンスの鍵となる。
とにかく舌を巻く圧巻の演奏が今日も繰り広げられるのだった。
終演後、控え室へと向かい、待機部屋で赤ワインを飲んでいたらドラムスのナラダ・マイケル・ウォルデンが登場。超ファンキー。そしてなんとフレンドリーな男なのだ。
部屋にいる関係者すべてと握手を交わし語り合う機会を提供し、自ら記念撮影を催促するほど温かいナイス・ガイだった。ドラムスに偽りがないはずだ。
やがて関係者に「メンバーはすでに全員帰りました」と聞き、残念ながらこの日はジェフには会えず仕舞いで引き上げた。
投稿者 yonezawa : 15:20 | トラックバック(0)
2010年 04月 11日
通園お見送りに備え
bambi in 沖縄ライヴのミーティングという名目でのリハを兼ね、昼間っからbambiメンバー集結。
スタジオに行けば、またしても新曲のコード譜が用意されている。こんな創作意欲の途切れないバンドはおいらも初めて。
端的なリハの後、昼間っから居酒屋でアルコール。今日の酒は少し及び腰でありながら、宴が始まったらどうでもよくなり、気持ちの赴くまま流し込む。
帰宅した夕方以降、案の定記憶は曖昧となる。蘇るのは楽しい酒席のイメージだけ。
明日のRちゃん通園お見送りに備え、午前1時30分には就寝。
投稿者 yonezawa : 19:12 | トラックバック(0)
2010年 04月 10日
Led Boots
おいらには早朝とも言える午前8時よりわさわさ準備。
リビングで写真数枚特写。
午前9時30分頃の到着を目指し、Rちゃんが一番楽しみにしていた幼稚園の入園式へ向かった。
園の最後の路地の近くで、今日入園式を迎えるRちゃんの同級生となる子供達や親御さんらに遭遇しながら入園。
入口で記念撮影を行った後、Rちゃんは1Fの教室で待機。我々保護者は2Fの会場で、入園式を迎える子供達を待った。午前10時式開始。
園長先生、Rちゃんの教室の先生方からのお祝いのご挨拶を賜り、最後に全員で記念撮影。
長いのか短いのか、ともあれRちゃんの人生第一歩がスタートした。Rちゃんはとても嬉しそう。おいらもどれだけ嬉しかったことか。
今日はどれほど重要な一日となったのだろう。
Rちゃんの大イベントに続き、午後にはJEFF BECK東京公演初日Live at JCB HALLまでもが行われる日なのだから。
メンバーは、ジェフ・ベック(g)、ナラダ・マイケル・ウォルデン(ds)、ロンダ・スミス(b)、ジェイソン・リベロ(key)。
ジェフのアンプ正面12列目の位置はベスト・ポジションの一つと言えた。
結論、ドラムスのナラダの安定感たっぷりのリズムに、この数年でもベストと数えてよいジェフのパフォーマンスだったと位置づけた。音もよい。
過去の公演でも、成り行きで終わる、つまりドラムスのフィルでキメを挟み、バシッと終わる曲を奏でる際、(終われないカオス状態に陥り)正直、危ない局面の演奏もいくつか見てきた。
演奏者の一人としてはもの凄く気持ちがわかる瞬間なのだが、ナラダが図太くリズムの方向性を導く故、そうした不安素材は微塵も感じさせないパフォーマンスに繋がった。
来日の面子にも不備はなし。ジェフのマーシャル・アンプの上には(多分)フェンダーChampが。ナラダのセットはDrum Workshop(dw)製ツーバス・セット。
LPでもCDでもライヴでもYouTubeでも散々聴いてきた『People Get Ready』のアルペジオに落涙しそうになる。
ギターを弾き続ける鍛錬は、あの境地にまで辿り着くものなのだ…毎度毎度感じる信じがたきジェフ究極の機微を、一つの奇跡を知るような気持ちで見つめていた。
レスポール、テレキャスターもそれぞれ1曲ずつ披露。2度のアンコールに応えてくれたジェフ快心の1日。感無量。
01. Eternity's Breath
02. Stratus
03. Led Boots
04. Corpus Christi Carol
05. Jam / Hammerhead
06. Mna Na Eireann
07. Bass Solo
08. People Get Ready
09. Rollin' And Tumblin' (vocals by Rhonda Smith)
10. Never Alone
11. Big Block
12. Over The Rainbow
13. Blast From The East
14. Angel (Footsteps)
15. Dirty Mind / Drum Solo (vocals by Rhonda Smith)
16. Brush With The Blues
17. I Want To Take You Higher (vocals by Rhonda Smith and Narada Michael Walden)
18. A Day In The Life
アンコール #1
19. How High The Moon (vocals by Imelda May : recorded, rhythm guitar by Jason Rebello)
20. Nessun Dorma
アンコール #2
21. Cause We've Ended As Lovers
投稿者 yonezawa : 16:05 | トラックバック(0)
2010年 04月 9日
入園式に備え
失速ライヴ用のリハ、やっと2回目。
先週初めて面子を引き合わせ、今日でトータル5時間あわせたが、ギター1名が仕事で欠席。
アレンジも何も確定されておらず、個人的にもリフレインのコードもところどころ覚えていない。
今回のイベントで急遽、主催者側から提案されたアイディアも消化することとなり、これからの仕込みでどうノリがまとまるのか、今日の時点ではまだまだ完成品のイメージが湧かない。
冴え渡る吉田兄のシャウトは、今日の時点で1人すでに良好。
明日のRちゃん入園式に備え、電車帰宅。
投稿者 yonezawa : 16:04 | トラックバック(0)
2010年 04月 2日
全員の初顔合わせ
5月の失速ライヴ・イベントを睨み、全員の初顔合わせとリハーサルを開始。
何度も何度も噛みしめる気持ちながら、しみじみとLED ZEPPELINという偉大なるバンドの大いなる機微を痛感。
全員のタイム感さえ揃えば、なんとか間に合うだろうよとタカをくくる。
本番ではLED ZEPPELINのカヴァー5,6曲を予定。
投稿者 yonezawa : 02:27 | トラックバック(0)
2010年 03月 30日
RED JACKET ROCK PARTY
『MR.T RED JACKET ROCK PARTY』の会場:原宿クロコダイルへギリで駆けつけた。MR.Tさんの還暦祝いとなるプライベート・ライヴは、半分身内のプライベート色濃きノリで行われた。
MR.Tさんからのお誘いメールには「限られた人にしか連絡していないので他言無用でお願いします。」とのことだったが、同じくご招待されておられたBambiバンマス大先生、はるちゃんらとも現地合流。
ステージ目前のがぶりつき位置、カウンター席にて観戦。
「ストレイタス」を奏でた森園さんのギターで、ロニー・スコッツクラブでのタルとジェフを思い出し、ついでにトミー・ボーリンを思い出した。
原曲がジェフでないことを世間はあまり知らないんだろうなぁ。
2番手にはチャー登場。「涙の乗車券」のアレンジが光る。
入れ代わり立ち代わりの豪華ゲスト陣のカヴァーを堪能し尽くし、渋谷で軽く食事を済ませ原稿取りへ。
<出演>
鮎川誠(g、vo/シーナ&ロケッツ)、マーティ・フリードマン(g)、西山毅(g/元ハウンド・ドッグ)、岡井大二(d/四人囃子)、MASAKI(b/CANTA、元ジャクソン・ジョーカーズ)、王様(v&g)、シーナ(vo/シーナ&ロケッツ)、高橋重夫(g)チャー(g、vo)、古田たかし(d/奥田民生バンド、元カルメン・マキ&OZ)、沢田浩史(b/チャー・バンド、オーケスタ・デラ・ルス) 森園勝敏(g、vo/四人囃子)
投稿者 yonezawa : 02:23 | トラックバック(0)
2010年 03月 29日
誕生日おめでとうございます
柴田 国明さん、マイケル・ブレッカーさん、高水健司さん、野沢直子さん、西島秀俊さん、鈴木彩子さん、桜庭あつこさん、滝沢秀明くん、里田まいちゃん…
そして…江口寿史兄、誕生日おめでとうございます。
夕方、漫画家:高橋ツトム兄とTHE MODSライヴ観戦。
森山達也さんは、高橋ツトム『SIDOOH-士道-』20巻帯に、いぶし銀のコピーを提供してくださった。
今夜のライヴは“完璧”という形容が相応しいほど掛け値無しにベストの出来であり、なんといっても新曲の放った色艶、完成度に心揺さぶられた。
数時間遅れて打ち上げの席に合流させて戴く機会を得、そこでメンバーの方々と直に語り合うという信じられない夜を体感。
何故THE MODSが永遠に瑞々しく光り輝いているのか、その理由の一旦が理解出来たような気がした。
彼らの音楽に対する誠実さに適う音楽家には、簡単には出会えない。
THE MODSの皆様、素晴らしい夜をありがとうございました。&日付が変わった頃、森山さん、ハッピー・バースディ!
投稿者 yonezawa : 00:56 | トラックバック(0)
2010年 03月 23日
All Along The Watchtower
只今来日中のハリウッド・スター:ジョニー・デップの出演作で好きな作品はいくつかあるが、『フェイク』のポイントは相当高い。
彼主演の映画で監督取材を初めて担ったのは1998年製作のアメリカ映画『ラスベガスをやっつけろ』(Fear and Loathing in Las Vegas)だった。原作はハンター・S・トンプソンの同名小説。
ロンドンで初めて会ったテリー・ギリアム監督も最高だったが、劇中のジョニー・デップも、共演のベニチオ・デル・トロも最高だった。
ジョニー・デップは禿頭にしているし、デル・トロは、全編を通してスクリーンに登場するのだが、役のために体重を20キロ増やしたせいで最初は、最後まで彼がどこに出ているのか判らなかった。
海賊:ジャック・スパロウを演じたジョニーは、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』でローリング・ストーンズのキース・リチャーズを念頭に役作りをしたと公言しているが、現在、キース・リチャーズのドキュメンタリー映画で自らメガホンをとることになった模様。
夕方、青海「お台場 VenusFort」の待ち合わせ場所を目指し、料金の高いゆりかもめに豊洲より乗車。
乗った車両に見慣れた後ろ姿の男性が。
近づくと、その男性がこれから待ち合わせる予定だったKさんであることに気づき、思わぬ遭遇を喜んだ。
VenusFortの焼き肉屋で軽く夕飯を済ませ、 ZEPP TOKYO:ボブ・ディラン公演へ。
それにしても、CHARLIE SEXTONとは感慨深い…
おいらはボブ・ディランのことは何も知らなかったと認識させられた夜だった。
以下、SONYスタッフより届いたライヴ・リポート↓を転載します。
★ディラン東京2日目、通算9回目となる3/23は「イッツ・オール・オーヴァー・ナウ、ベイビー・ブルー」(1965年『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』収録)が初登場!ただし東京初日と比べるとなんと9曲も変更!!今日は60'sの曲が多かった(17曲中8曲が60年代の曲)!都市が変わることによってセットリストをリセットして変更していくということなのかもしれません。
それにしてもびっくりなのは、おとといの東京初日から既になんと曲のアレンジが変化してしまったこと。あの「ライク・ア・ローリング・ストーン」では21日の初日で、既に
びっくりしてしまったのに(途中から全く別の曲かと思うほど、スタッカートでディランが歌うPOPなアレンジ)本日また変化…!ディランのキーボードのリフ(ドシラソファミレド、ドレミファソラシドみたいな!?)をフィーチャーしたようなヴァージョンで、おとといの
ヴァージョンはいったいなんだったの??と思えるほど。いきなり今日変えたみたいです。ん〜びっくり、凄い!というかバンドは大変・・・!
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★ボブ・ディラン:3月23日東京2日目、日本公演9日目セットリスト!
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3月23日 Zepp 東京
会場で開演前に流されているBGMが、東京初日の21日から音楽ではなく本の朗読に変わった。正確かどうか定かでないが、情報によるとジャック・ケルアックの『路上』だという。今夜もおなじ朗読テープが流れていた。さらに、アーロン・コープランドの『ホーダウン』に変わることなく、突然、19時10分に場内の明かりが落とされ、ステージにミュージシャン
たちが姿を現し、紹介アナウンスがはじまった。
ボブは黒の上下。しかも上着丈の長いロング・ブラック・コートだ。パンツのサイドに赤のストライプ。黒のスペイン帽子。赤いシャツを着ている。バンドは黒の上下。
1. Cats In The Well/キャッツ・イン・ザ・ウェル)
(1990『アンダー・ザ・レッド・スカイ』)
ボブ:キーボード。ドニー:ヴァイオリン。
16日大阪に続いて2度目の登場。ボブがめずらしく歌の途中で、キーボード脇に設置されていたマイクスタンドの位置をずらし、足下のスペースを広くした。踊りやすくするためだろう。1曲目からから熱のこもったキーボード演奏を披露。
2. It's All Over Now, Baby Blue
(1965『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』)
ボブ:ステージ中央、ハーモニカ。ドニー:ペダルスティール。スチュ:アコースティックギター。2010年初登場曲。フレーズの最後を高音で終えるアップシングも少し聞かせたが、全体的にはオリジナルヴァージョンをそれほど崩さずに歌った。エンディングはハーモニカ演奏でしめる。
3. Summer Days/サマー・デイズ
(2001『ラヴ・アンド・セフト』)
ボブ:キーボード。トニー:ウッドベース。ドニー:ペダルスティール。16日大阪、21日東京につづいて3度目の登場。トニーもかなり大きな動きを見せるほどのジャムを展開。
4. I Don't Believe You (She Acts Like We Never Have Met)/アイ・ドント・ビ
リーヴ・ユウ)(1964『アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン』)
ボブ:キーボード→ステージ中央、ハーモニカ。
ドニー:ラップトップ。スチュ:リード11日大阪、16日大阪、18日名古屋に続き4度目の登場。1番はキーボードで、2番以降はステージ中央で歌った。
5. Forgetful Heart/フォゲットフル・ハート
(2009『トゥゲザー・スルー・ライフ』)
ボブ:ステージ中央、ハーモニカ。スチュ:アコースティックギター。ドニー:ヴァイオリン。トニー:ウッドベース(弓)。ジョージ:ボンゴ。16日大阪に続いて2度目の登場。薄暗いステージに、頭の中を歩き回る影が映し出されたようなシルエットが投影され、物悲しさが漂う。ハーモニカの響きがもの悲しさを倍加させる、感動の1曲。
6. Stuck Inside Of Mobile With The Memphis Blues Again/メンフィス・ブルー
ス・アゲイン(1966『ブロンド・オン・ブロンド』)
ボブ:キーボード&ハーモニカ。スチュ:アコースティックギター。ドニー:ペダルスティール。13日大阪、15日大阪に続いて3度目の登場。大阪で聞かせたような、1小節、あるいは1単語ごとにヴォーカルとハーモニカを交互にくりかえす驚きの奏法は聞けなかったが、エンディングに向かうハーモニカ演奏はみごと。鍵盤(竹林)模様の照明が使われる。
7. John Brown/ジョン・ブラウン
(1995『MTVアンプラグド』)
ボブ:ステージ中央、ハーモニカ。スチュ:アコースティックギター。ドニー:バンジョー。トニー:ウッドベース(弓)。ジョージ :ブラシ。16日大阪に続いて2度目の登場。ボブのストーリーテラーのパワーに圧倒される。
8. Under The Red Sky/アンダー・ザ・レッド・スカイ
(1990『アンダー・ザ・レッド・スカイ』)
ボブ:ギター。ドニー:ペダルスティール。16日大阪に続いて2度目の登場。大阪ではキーボードで歌ったが、今夜はギターで歌った。ボブはストラトキャスターでリードギターを演奏、途中チャーリーとのツインリードも披露。まさにギター弾きまくりだった。
9. Honest With Me/オネスト・ウィズ・ミー
(2001『ラヴ・アンド・セフト』)
ボブ:キーボード。ドニー:ラップトップ。12日大阪、16日大阪、19日名古屋に続いて4度目の登場。かなり崩したヴォーカルをまじえながら、階段を降りるようなリフを繰り返すジャムを展開。
10. Masters Of Warr/戦争の親玉
(1963『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』)
ボブ:キーボード。ドニー:ラップトップ。 スチュ:アコースティックギター。トニー:ウッドベース(弓)。16日大阪に続いて2度目の登場。ボブの説得力あふれるヴォーカルによって、50年近く経ってもメッセージはまったく色褪せない。
11. Highway 61 Revisited/追憶のハイウェイ61
(1965『追憶のハイウェイ61』)
ボブ:キーボード。ドニー:ラップトップ。11曲目は「追憶のハイウェイ61」に固定されたようだ。チャーリーがときおりボトルネック奏法をはさむ。ボブのオルガンがミュージシャ
ンをあおるように鳴り響き、自由奔放なジャムがくりひろげられる。
12. Shelter From The Storm/嵐からの隠れ場所
(1975『血の轍』)
ボブ:キーボード&ハーモニカ。トニー:ウッドベース。ドニー:ペダルスティール。スチュ:アコースティックギター。13日大阪、18日名古屋、21日東京に続いて4度目の登場。雪模様の照明、エンディングはハーモニカでしめる。
13. Thunder On The Mountain/サンダー・オン・ザ・マウンテン
(2005『モダン・タイムズ』)
ボブ:キーボード。ドニー:ラップトップ。 スチュ:アコースティックギター。明るい照明に照らされ、今夜もノリ乗りのジャムが繰り広げられる。ここからアンコールの最後まで不動の5曲が演奏される。
14. Ballad Of A Thin Man/やせっぽちのバラッド
(1965『追憶のハイウェイ61』)
ボブ:ステージ中央、ハーモニカ。ドニー:ラップトップ。ボブはブリッジ部分でハーモニカを演奏しながら数歩だけだったが、ファンサービスのつもりなのか、左右に歩いた。後半はハンドマイクで歌う。黒幕にシルエットが映し出され、ボブは腰を深くかがめて得意ポーズを何度も決める。
メインセットが終わり、10分後にアンコールセットがはじまる。バックに大きなアイロゴの幕が飾られる。
15. Like A Rolling Stone/ライク・ア・ローリング・ストーン
(1965『追憶のハイウェイ61』)
ボブ:キーボード。ドニー:ペダルスティール。コーラス部分で、客席にスポットライトが当てられる。今夜のキーボードはすごい。アップシングもすこし聞かせた。
16. Jolene/ジョリーン
(2009『トゥゲザー・スルー・ライフ』)
ボブ:キーボード&ハーモニカ。トニー:ウッドベース。ドニー:ラップトップ。リードキーボードといわんばかりに、ボブがみんなを引っ張る。いままでよりも、ヴォーカルを崩して歌った。
(メンバー紹介)
この夜、歌以外でボブが声を発したのは、このときだけ。
17. All Along The Watchtower/見張塔からずっと
(1967『ジョン・ウェズリー・ハーディング』)
ボブ:キーボード。スチュ:リードギター。ドニー:ラップトップ。ボブが5人のミュージシャンをぐいぐいと引っぱり、エネルギーのほとばしる自由な絡み合いがステージで展開。
2010年新登場は1曲だったが、東京初日とくらべると9曲が入れ替わったセットリストとなった。
(Reported by 菅野ヘッケル)
メンバー:
BOB DYLAN,
TONY GARNIER (bass),
DON HERRON (steel guitar / mandolin / violin / trumpet),
STUART KIMBALL (guitar),
GEORGE RECILE (drums / percussion),
CHARLIE SEXTON (guitar)
投稿者 yonezawa : 00:18 | トラックバック(0)
2010年 03月 21日
高校時代
Bambi鉄壁のリズム・セクション:チャーリー&ヨーヨーの出演するライヴ情報を得、代々木の某ライヴ・ハウスで行われた帝京大学軽音楽部OB-LIVEへ向かった。
高校時代を思い出すパラシュート、そしてプリズム等のカヴァーが奏でられ、自身が高校時代の景色を思い出していた。
実に忠実に高中正義を弾きこなすH先輩。マイケル・シェンカー/イン・トゥ・ジ・アリーナを寸分違わずコピーしきったK。同級生のTはクラプトンを極める高校生だった。
先のH先輩の消息は知るところではないが、Kがギターを止めたのは大変勿体ないと感じたものだった。Tは今も地元でギタリストであるハズだが、ギターを本業として成功に至らなかったのは今でも残念でならない。
当時高中正義は周りの環境もあり、おいらも1曲だけ弾いたことがある。確か「FINGER DANCIN’」。今のおいらのギタースタイルとは対局とも言える懐かしきカヴァーの1曲。
ライヴはヨーヨーのスラップらしきプレイも初めて体感。バンド中、最もプロっぽい仕切りでキメを極めたチャーリーのスティックさばき。7月沖縄ライヴも益々楽しみ。
みなさまお疲れさまでした。
投稿者 yonezawa : 02:22 | トラックバック(0)
2010年 03月 12日
暴走列車
デジタル出力の刷り出し原稿を確認し、丸香でつるりと肉うどん。
昔、甥っ子が修学旅行で上京した際、初めてのれんをくぐった記憶の丸香だったが、うどんの味自体忘れてた。が、九州的懐かしい肉の味とまずまずの麺に納得。
新宿より埼京線、宇都宮線を経由し、さいたま新都心駅下車。さいたまスーパーアリーナで行われるAC/DCの来日公演初日へ。
暗転〜暴走列車の“イントロ”となった、どえらいアニメーションの演出で観衆を焚きつけた。SGの雄叫びが嬉しい。
新作『悪魔の氷』からのオープニング曲を皮切りに、正味2時間みっちりロックの嵐。
評判より大きな音ではなかったが、アンガスのSGは柔らかい歪みで、やはりここで聴いたパワーコードの音色が世界を制するものなのだと再認識しながら聴き入った。
演奏における機微はデビュー当時と何も変わらない。
アンガス・ヤングには2008年9月10日にニューヨークで初めて対峙し、単独インタビューの機会を得たのだが、今ステージで弾きまくっている男が同じ人物だとはあらゆる意味で思えなかった。
ちなみに取材当時の記述の一部がコレ。
「史上最強の大音量でHigh VoltageなサウンドをブチかますAC/DCのアンガスのイメージとは裏腹に、彼は終始優しさに満ちあふれていた。
なんたる素晴らしさ。なんたる奧深さ。なんたる偉大さ。」
AC/DCは永遠です。
〆に喰った利しりのラーメンはどえらく久々だったが、一緒に頼んだチャーハンが今日のコンディションに完全フィット。
投稿者 yonezawa : 12:26 | トラックバック(0)
2010年 03月 6日
Bambi LIVE4
打ち合わせの飲みから帰途につき、やっと明け方7時に床へついた。そして、午前11時にはRちゃんの重さで起こされることに。
布団から片腕(左手)だけ出して「Rちゃん、お願いだから1時(13時)に起こしてもらえないかなぁ?」という切なる願い当然は叶えてもらえず…と思ったらいきなりその左手の上にダイブしてきたRちゃん。見てなかった!
瞬間、手首間接の音が「ゴリッ」と聞こえ、マジでいったのかと思った。
即今日のライヴを危惧した自分。起き上がり、慌てて手首を軽く廻しながら全体をマッサージ。それほどの違和感はなく安堵の息をついた。
額に汗をかいた父親を見つめるRちゃん「あっちでパズルやろーよ!」と笑顔でマイペース。
外は小雨模様。ライヴハウス『ブラック・アンド・ブルー』へ。
15時30分より機材を搬入し、順次リハーサル開始。
ここのライヴ・ハウスはアンプ自体で歪みが得られないノーマル機種なので、ここで演奏する場合はサンズアンプかボスのオーバードライヴ(OD)が必要。
前回同様、今日も十数年ぶりにそれらを引っ張り出してきた。
前回はマーシャルにODを繫いだので、今回はフェンダーにサンズの組み合わせで調整。
きめ細かいファズの粒がなんだか懐かしい感じ。
ほぼ満席に埋まったフロアを確認し、18時から十数分押しでライヴはスタート。
アコースティック&カクテルドラムスのセットから、まずは18時40分過ぎにBambiフルバンドとして参加した。
ライヴならではのノリは充分なものながら、音の堅さを決めきっていなかった自身のコンディション、そして時折練習不足でやってしまうケアレスミスを払拭するべく、曲の特性を胸に染みこませながら前半戦を駆け抜ける。
伝説のバンド「俄」も今回ゲストで参加となっていた。
長野より駆けつけたメンバーも揃い、3人ステージに並ぶと、その景色はこれまでの雰囲気からはガラリと変わり、凜とした緊張感が張り詰める。
「俄」ファンは地方からもこのステージを観戦に訪れていた模様。
「俄」はまだまだ現役だ。
最終のBambiラスト・パートをつつがなく駆け抜け、終演。皆様お疲れさまでした。
足下の悪い中、ご来場くださったすべての皆様方には心より感謝。
打ち上げも同じ場所で時間の許す限り行われ、やっぱり最後は大セッション大会へと突入。
現場を動画で収録してくださった謎のベーシスト輩の飛び入りもあり、ファンクな色彩を帯びたナンデモアリ・セッション炸裂。
ほろ酔いではあったが、この日最も解放された気持ちになり、音符を破壊したい衝動に駆られる。大先生には68年のジミヘンの魂が舞い降りてきていた。
投稿者 yonezawa : 16:43 | トラックバック(0)
2010年 03月 5日
ドーナツ・コラム
【1950年代中盤、アメリカは大人だけの社会から、若者たちも認められる世の中に変わりつつあった。しかし、ロックンロール音楽も他のサブ・カルチャーも、その多くはまだまだ世間さまから認知されることなく「あんなものを好きなやつは不良」「あれは文化・芸術ではない」「すぐにすたれる」とみられた時代だった。しかし、少しずつ世の中を変えていったのは、今までとは変わったことをやる奴、既成概念を破壊する奴、そう「イカレポンチ」達だったのだ。夜のラジオから流れてくるロックンロールのワイルド・ビートは、自分のような子供を夢中にさせる、抗しがたい強烈な魔力を持っていた。当時15歳だった僕も「イカレポンチ」に憧れた。】
思わず長文抜粋してみたが、移動の電車内では、先頃入手した最新『熱風』の亀渕昭信によるコラム「ドーナッツ盤に恋をして」拝読中。思わず無断で長々と引用させて頂いた。
そんなドーナツ・コラムの胸キュンな件に、ノスタルジックな思いに浸っていた。15歳の亀渕少年とも、きっと意気投合できたことだろう。兄貴最高。
かくいうおいらも、きっと永遠にイカレポンチに憧れているのだろうと自覚している。
明日は吉祥寺ブラック&ブルーで、通算4度目のbambiライヴ。
投稿者 yonezawa : 02:31 | トラックバック(0)
2010年 03月 3日
The John Butler Trio
「ひな人形は出しましたか?」というおふくろからのメールで思い出した。
「とっとと出さねば」と焦った。
義理母からのギフトとして贈られてきたこの人形を飾るのも、もう3回目だが、Rちゃんの記憶は今年からとなるのだろう。
ちょっと少量だった朝食以来、飯を喰ってなかったからか妙に腹が鳴り、18時30分頃の東横線内でおにぎり2個を頬張りながら代官山のライヴハウス:UNITへ。
本国オーストラリアでも絶大な人気を誇る、ジョン・バトラー・トリオのライヴへ向かった。
以前、ジョン・バトラーの日本における契約レコード会社はワーナーだったが、今回のニューアルバムよりレーベルを移籍。同時にドラムス、ベースのメンバー・チェンジも行っている。
この件に関しては、以前のJBTのバンド・メンバーであるドラムス:マイケル、ベース:シャノンらにメールでいきさつを伺っていた。
マイケルにしろシャノンにしろ、「今度は他のミュージシャンともやってみたい、というジョンの意志を尊重し、残念ではあったが了承した」と記されたメッセージが届いた。
新しいバンド・メンバーもお茶目な輩で、なかなか好感のもてるプレイヤーであったが、冷静に旧JBTと新JBTでは、リズムの繊細さに関しては明らかに前者の方がきめ細かい印象を受けた。
今日の段階では、正直マイケルにとシャノンに戻ってきてほしいという気持ちが心を支配しているが、新JBTの面々がセッションを繰り返し、新たにわき起こる化学反応を得るその様も、また心待ちにすることにしよう。
ジョンの技量は言わずもがな。変わらなく突き抜けて素晴らしい。比べる者など誰もいない。
定番『オーシャン』のエンディングではまたしても目頭にきた。
演奏だけの11弦サウンドはどうにも涙腺を直撃してくる。ジョンに神が降臨する瞬間を、おいらはもう4度生で見ていることになる。
今回どういうわけだか、スタンディングのステージ最前列中央に陣取り、終始ライヴ観戦を果たしたのだが、最後のアンコールを終え、両手を掲げてオーディエンスに挨拶をするジョンが、グーのサインでこちらのグーサインに答えてくれるアイコンタクトの配慮が嬉しかった。
この日の焼酎が格別だったことは言わずもがなだ。
彼らは3月24日に日本先行で待望の新作『April Uprising』を発表する。
投稿者 yonezawa : 03:47 | トラックバック(0)
2010年 02月 28日
ジャスミン茶割
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ここのところのジグソー・パズル頻度高し。
やっと完成! っと思った矢先にパタンと壊してしまうRちゃんの気分が「どうして!?」と焦らせる。「壊す」という行為を平然とやれる子の貴重な時期の証人となっている父。
2日連続でbambiリハへ。今日は練習後の乾杯にもお付き合い出来た。
居酒屋:ガチャガチャの座敷で大先生が眠くなるまでジャスミン茶割を数杯飲み干した。
投稿者 yonezawa : 23:40 | トラックバック(0)
2010年 02月 27日
64年のストラト
これまでの、すべてのbambiリハーサルを通して、個人的に最も手応えを感じた今日。
長く封印していた64年のストラトを久方ぶりに表舞台に登場させようと、それなりの音量で鳴らしてみたところ、なつかしいファズ・サウンドが気分を高揚させてくれた。
とても気持ちのよいリハーサルだった。バンドのテンションに感謝。
メンバーには申し訳なかったが、本日のリハは早めに上がらせていただき、そのまま車で六本木へ。
思いの外空いていた都心までの道中がそれなりにスムーズで、狙った駐車場もバッチリ確保出来、気分がよい。
以前からHさんにお誘い頂いていたライヴ・ハウスへ到着。
Hさんは、本業であられる作品の執筆だけに限らず、いつでも日本中を飛び回り、様々な分野でアグレッシヴに活動を繰り広げる素敵な才女だ。
中へ入ると、すでに演奏は始まっていた。
おいらが勝手に想像した音楽とは幾分傾向が違ったものの、フォーク調の可愛らしいメロウな曲を堪能した。アコギのギタリストも上手。第二部までの観客入れ替えのインターバルにおいとまし、表参道のカレーうどんで〆。
投稿者 yonezawa : 23:41 | トラックバック(0)
2010年 02月 24日
ジェフ・ラング
渋谷クアトロで、今回初めてジェフ・ラング見た。
それなりの動員の数を知り、レアなリスナーのセンスになんだか安心させられた。
プレイは良い意味でやや荒削り。
彼の話は、以前クアトロの控え室でジョン・バトラーから聞いたことがあった。
ジョンはジェフのことを心からリスペクトしていると語った。
当たり前だが、オーストラリアでもロックは友情とリスペクトの歴史がしっかり根付いていた。
バー・ウォキニから、新宿ハンフリーハングリーへ遠征し、Tやらヒップホップ輩らと入り乱れるグズグズの夜更け。
投稿者 yonezawa : 05:14 | トラックバック(0)
2010年 02月 18日
ストリングベンダ
そろそろ動かねばと、失速ライヴ「ビート・ジェネレーション」吉田兄との緊急ミーティング。渋谷Kにて待ち合わせ。唐突な連絡の中、集ってくれたのはプラスKとT。
まだメンバー全員の紹介すら果たしていない段階故、プレイも演奏の色合いもスキルも化学反応も、つまり何も判らないので「いつもより早めにリハやってみるべ」の意を通達。
曲目はこの席で確定させた。2弦チョーキンが超多様される某名曲もその中に。
こちらではストリングベンダがどうしても欲しい曲なのだが、通常のストラトでこの雰囲気を出さねばならないので、かなりの機微が必要となってしまった。
投稿者 yonezawa : 19:55 | トラックバック(0)
2010年 02月 16日
不協和音
いつだったか、JR中野駅ホームで電車が停車した時、流れるメロディが音源の不調で、もの凄い不協和音だったのが可笑しかった。
もの凄いメチャメチャの音楽に合わせ、乗客が真顔で乗り降りする様を見て苦笑させられた。不意に知らされる音楽の威力とはやっぱり凄い。
なかなか肌寒い夜。
深夜、LP音源でタイトルもミュージシャンも知らないソウル・ミュージックを聴いた。
「この女性ヴォーカルは誰だろう?」と思いながら耳を傾けていたところ、それが世界的に売れる前のホイットニー・ヒューストンだと認識した。
確かチャカ・カーンらのバックヴォーカルも務めていたという経歴もあった彼女なので、そのスキルは当たり前のモノなのだろうが、まさにノーマークだったシンガーの新発掘。
amazonによれば『イングリッシュ・ガーデン/ブルース・ウーリー-ザ・カメラ・クラブ(Bruce Woolley & The Camera Club ~ Bruce Woolley)』のレアCDが中古盤では鬼のような高額さで、いっこうに廉価盤になってくれないので手が出せないと思っていたら、79年に出た国内盤LPとはジャケ写違いの再プレス盤が3月に発売される模様。
http://www.amazon.co.jp/dp/B0032VFE7S/
http://www.liondo.com/300/MCO/IND_VSCD-8143/
http://store.shopping.yahoo.co.jp/ebest-dvd/0000000974374.html
http://www.vividsound.co.jp/k/item_show.php?lid=4540399081434
http://www.amazon.co.jp/dp/B00005HTC9/
投稿者 yonezawa : 17:59 | トラックバック(0)
2010年 02月 14日
TRADROCK
ギタリスト:チャーが自身のレーベルZICCAを立ち上げた。
http://www.zicca.net/
個人事務所:竹中偉胤のことは昨年の案内で知るところとなったが、第一弾の音源を拝聴するのが楽しみ。会員登録しよ。
発売中のギターマガジンの内容は以下の通り。
Char Playing “TRADROCK”
新レーベルZICCAを立ち上げ、今また新たなスタートラインに
■Featured Guitarists
◎Char(12ページ)
2005年の『天邪鬼 Amano-Jack』以来、ニュー・アルバムの声が聞こえてこないCharがようやく動き出した! 新レーベル設立第一弾となる作品は、TRADROCKなるシリーズでエリック・クラプトン、ジミー・ペイジ、ジェフ・ベック、ジミ・ヘンドリックス、ビートルズ、ベンチャーズの6組をカバーするという。新たなる地平に立ち、ロックとギターに対する熱い思いをたっぷり語ってくれたChar。入魂の本誌独占インタビューをお届け!!
http://www.rittor-music.co.jp/hp/gm/
投稿者 yonezawa : 01:21 | トラックバック(0)
2010年 02月 10日
第52回グラミー賞授賞式
『第52回グラミー賞授賞式』でのジェフ・ベックがクールだった。
4月の来日メンバーと奏でたレスポールの曲をレスポールで久々に鳴らしたJEFF。
延々逆さ刷りの状態でぐるぐる回りながら1曲歌い通したピンクのパフォーマンスのものすごさ。ビヨンセがアラニス・モリセットを歌ったのもサプライズだった。
録画したHD内は、プリキュア、レスキュー・ファイヤー、ディズニーが、現在全体の7割を占めている。
投稿者 yonezawa : 23:09 | トラックバック(0)
2010年 02月 9日
完全未発表新作品
ついに届けられたジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスの新作『ヴァリーズ・オブ・ネプチューン』拝聴。
ソニー・ミュージックからの資料によれば…1969年の初頭に録音された10曲を中心とした、完全未発表となる全12曲収録のスタジオ作品。およそ40年ぶりに陽の目を見るこれらの作品は、ジミを永らく手掛けているエディ・クレイマーによってミックスされ、最新技術の駆使により奇跡の新作として誕生。
彼の全ての未発表の中でもっとも探し求められていた中の一曲「バレーズ・オブ・ネプチューン」をフューチャー。
よく知られた代表曲である「レッド・ハウス」「ファイア」「ストーン・フリー」の’69年ヴァージョンに加え、エルモア・ジェイムスの「ブリーディング・ハート」やクリームの「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」にインスパイアされた未発表曲も収録。
エレクトリック・ギターは69年から何も進化しておらず、逆に言えばこの時代にこの人によって完成されていたと言い切れる、しみじみともの凄い音源だった。
投稿者 yonezawa : 23:10 | トラックバック(0)
2010年 02月 6日
絆創膏
およそ1年振りに病院に行った際、診察は3分もかからなかった。処方箋をもらい薬を戴く際、Rちゃん用のリップクリームと絆創膏を購入。
何故だか絆創膏にはものすごく興味を示し、ほっとくと1日に何枚も指やら足に貼りたがるRちゃん。
母親が洗い物などで指が切れ、カットバンを貼る姿を見てからなんだと予測するが、一度「はりたい」と口にしたら貼るまであきらめない。どういう心境なのか。
なので今日はディズニーの絆創膏を先回りして購入してみた。
明日、おもむろに差し出してみよう。
夜、ちょっと自転車で走ることがはばかれるような寒い気温だった。
数週間ぶりに車を動かし、夕方からのbambiリーサルへ。
練習不足のせいか、中指先の皮が剥けてしまい、後半は本気の腕力では弾きこなすことが叶わず残念。3月までには指先の硬化も間に合わせねばならない。要は練習だ。
デイヴ・メイスン『明日へのチャンピオン』ライナー・ノーツの締切、近づく。
投稿者 yonezawa : 00:12 | トラックバック(0)
2010年 02月 5日
アナログ音源爆聴
LPのアナログ音源爆聴。
デイヴ・メイスンにロリー・ギャラガー、フリー…70年代の重要なロック・ミュージックばかり。
改めてながら、十代の頃のポール・ロジャースの声は特別だった。ああいった音響で聴けば、格というか、ステージがまるで違う感じ。
ロリー・ギャラガーの61年のストラトの乾き方には、世界中のどのストラトも勝てないよなぁと、聴き入りながら笑みが漏れた。
フリーのCDは折に触れて聴き込まねばと、帰宅した際、疎遠になってたアルバムをラックで確認した。
来日が近いParamoreやら、超音楽人:Aに教えてもらったKenotiaらの狭間に、Mahavishnu Orchestra聴き直そ。
投稿者 yonezawa : 16:11 | トラックバック(0)
2010年 01月 30日
RHONDA SMITH
暗くなる前の夕方、ママとRちゃんは一足先に街へ買い物に。
室内でのRちゃん稼働時間は家でギターを弾くことが、まぁ〜ままならない。
鳴らし出したものの1分程で部屋にトコトコやってきて、そのうちギターを奪い取られ、「ぎたーやめて ぎたーやめて。こっちにきてよ! こっちにきてよ!」攻撃を受け、弦の張られたネックを鷲づかみにしてくるので音は出なくなり、落ち着いて弾くことなどまず不可能となる。
彼女が不在となった1時間あまり、しばらくぶりにまともにアンプに繫いでエレキをつま弾いた。
買い物先で合流し、先週の約束通り、リハーサル・スタジオにはRちゃんも同行。
やや緊張した面持ちで、促されたままおとなしくちょこんと椅子に腰掛け、およそ10分程度数曲鑑賞されてお帰りになった。
果たして彼女は生演奏にどんな感想を抱いたのだろう?
JEFF BECKの来日メンバーは、すでに公式HPにも発表されている。
3月発売予定のJEFFの新作『Emotion&Commotion』は、ロニースコッツLIVEでのリズムセクションでレコーディングされているのに、来日メンバーはガラリと様変わりしてのラインナップとなった模様。
あの『ワイヤード』で100万回聴いた「レッド・ブーツ」を叩いたもの名ドラマー:NARADA MICHAEL WALDENの参加は大変嬉しかった。
タルちゃん(b.)に次ぐ、RHONDA SMITHなる女性ベーシストを引き連れて来日を果たすジェフだが、こちらのグルーヴもホントに楽しみ。
EMOTION&COMMOTION
Track Listing
1.“Corpus Christi Carol”
2.“Hammerhead”
3.“Never Alone”
4.“Somewhere Over The Rainbow”
5.“I Put A Spell On You”
featuring Joss Stone
6.“Serene”
7.“Lilac Wine” featuring Imelda May
8.“Nessun Dorma”
9.“There’s No Other Me”
featuring Joss Stone
10.“Elegy For Dunkirk”
featuring Olivia Safe
投稿者 yonezawa : 17:11 | トラックバック(0)
2010年 01月 28日
Fotomaker
今週のノルマ業務を確認し、材料集め。
資料としてある方に預かっていた文庫本があるのだが、借りた直後、先に目を通していてもらいたい編集Kに貸したことをすっかり忘れており、この2日、家も編集部も必死で探していた。あるわきゃないのに。
貸す方の行為もはなはだ忘れがちな自分。
アリシア・キーズ主演の映画はサンプルDVDを貰ったその日、会った誰かに貸してしまい、その相手をアホなおいらはすでに忘れてしまっていたりする。
その本人が申し出て返却してこない限り、レンタルは永遠になってしまった。
そう言えば18年ぐらい昔に借りたCD数枚がラックの中に収納されていたり。
ネット・サーフィン中、偶然LP『Fotomaker』1st . のジャケ写を発見。15歳の頃、好きだった女のコにプレゼントして以来の遭遇。当時、ジャケ買いさせられた代表的な1枚がコレ。
投稿者 yonezawa : 19:22 | トラックバック(0)
2010年 01月 25日
Dave Mason
先週の金曜日、新宿で食事中レコード会社SのKさんより電話がかかってきた。
Kさんは大概用件はメールではなく電話だ。
「…ってことでメールに詳細を書いて送りますんで宜しくお願いします!」
受けた電話の正式な返答は今日の約束だった。
届いたサンプルCDを聴きながら、16歳の頃を思い出していた。
テレビでジョン・レノンが射殺されたニュースは、午後テレビを見ていた親父より知らされた。
ポール・マッカートニーがテクノのような曲「カミング・アップ」を書いて、そのトーンに驚いたこと。ブロンディが最も売れた年だったこと。ピンク・フロイドの「WALL」に強大な衝撃と威力を感じたこと。
同級生と授業をさぼり、我が家でLPを聴いてたら、突然その同級生の母親がやってきて「米澤くん、居ますかー? うちのKはいませんか? 上がりますよー!」っと家に上がり込んで来られ、「この馬鹿が!」と注意しながらその同級生の耳を引っ張って連れ帰ったこと。その話を聞いたおいらの母親は含み笑いをしながら「お父さんに言おうかねぇ…?」と、おいらを軽くゆすってきたこと。その時の母親の寛大さにしびれたこと。
…思い出せばキリがない。
つまり1980年という年代はおいらの世代にとってはかなり重要な意味を成す年だと言えた。
その年リリースされた、ウエストコーストの香り漂うレイドバックしたデイヴ・メイソンの『明日へのチャンピオン』(Old Crest On A New Wave)を今、改めて聴き直しているところだ。
ベスト盤も含めて以下の8タイトルがが4月14日に同時発売になる模様。
It's Like You Never Left
Dave Mason
Split Coconut
Certified Live
Let It Flow
Mariposa de Oro
Old Crest on a New Wave
The Best of Dave Mason
投稿者 yonezawa : 11:05 | トラックバック(0)
2010年 01月 14日
Rodrigo Y Gabriela
比較的短いスパンで来日を果たしているアコギ・デュオ:ロドリーゴ・イ・ガブリエーラ。ZeppTokyoの来日公演観戦へ。
以前、渋谷duoで圧巻のステージを拝聴し、今回2度目のロドガブ体感。
全体的にロドガブの中でもトリッキーな技の応酬で、パーカッシヴにギターを叩くシーンの印象が際立った。
しかし、集客としては充分過ぎるほどの動員があるものの、個人的にはロドガブのライヴとしては大きすぎるような箱の印象も抱かせた。
観客との距離感が最も大事なユニットだと感じるから。
場を中央区へ移し、同行した編集と食事の席に。
結局、忘年会をやれなかった彼と新年会。今年は彼と、いくつの取材が実を結ぶのだろう。
投稿者 yonezawa : 15:01 | トラックバック(0)
2010年 01月 12日
THE MODS
信じられない一日となった。
都内某所でTHE MODS森山達也氏、漫画家:高橋ツトム氏の特写&対談が実現することに。
50年の歴史を誇る年期の入った都内大型駐車場を撮影スペースに決め、撮影1時間以上前に現地入り。スーパー・フォトグラファー:尾形正茂と事前ロケハン。
この場所のとてつもないクールさに胸が高まる。
場所を提供くださった現地関係者の方々の協力も有り難く、今回ロケ・ポイントにはしなかったが、今後のための様々な驚きのスペースも見学させて戴いた。大感謝。
高橋氏現地入り。やがて森山氏も。
肩肘の張らないパンク・ロッカー森山さんのスタンスは、とてつもない魅力に溢れていた。
福岡から上京したおいらにとって、THE MODSの存在はやっぱり特別なものがある。
ビートルズもツェッペリンもマイケル・シェンカーもヴァン・ヘイレンも大好きだったが、JL&CもミカバンドもTHE MODSも勿論大好きだった。
THE MODSが東京進出する際、最後に演ってた80's FACTORYは伝説のライヴハウスだったし、おいらは当時入手した同店のマッチを今でも家のどこかに保管している。
『TWO PUNKS』にしろ『激しい雨が』にしろ『バラッドをお前に 』にしろ、森山氏が希代のメロディメーカーだと言う認識は、博多で1stを聴いたあの日から変わらない。
パンキッシュでありながら、同時にスタイリッシュな存在感が共存。
今回氏と遭遇し、何故永遠にTHE MODSが瑞々しく輝き続けているのか、その理由の一端を再認識させられた夜になった。
対談はまるで旧知の友人同士が語り合っているような、至ってアットホームな雰囲気の中進行。2人は3杯目の生ビールをおかわりした。やがて取材はつつがなく終了。
そのまま「もう1杯いこうや!」と近所の酒場に飛び込み、その後夢のような時間が訪れることに。極めてロック。もう最高。
THE MODSにおける森山さんの魅力溢れる声と、せつなく美しいメロディーは世界でただ一つの究極の個性。その想いは死ぬまで変わらんだろう。
この、ときめく対談記事は、1月27日(水)発売のスーパージャンプ4号に掲載される。
投稿者 yonezawa : 04:08 | トラックバック(0)
2009年 12月 28日
ROCK
母を姉宅近くの駅まで送り、今年最後の忘年会はロックシンガーAと乾杯。
すべてがロック一色の時間。有り難かった。奇蹟の一時。
投稿者 yonezawa : 02:27 | トラックバック(0)
2009年 12月 26日
今年最後のbambi
今日までにやるべき家事を終え、今年最後のbambiリハへ。
このバンド、集合する度に新曲が追加され、この1年足らずの間にレパートリーは180曲以上。尋常でない創作スピードはここにきても止まるところ知らず。
コードを譜を見ながら、即席のアレンジメントで順繰りの音出し。
ある種の化学反応を見せるトラック、すでに1回目で完成に近い仕上がりを見せるトラック、自分自身、どうしてもコード・トーンに絡みきれないトラック。様々な感触を得、予定していた阿佐ヶ谷の居酒屋バーで乾杯。
まぁこれだけバラバラ異業種メンバーの集いは、各々の持ち場ネタがまちまちなので特殊な面白みが満載で、今宵の酒も爆笑の夜となった。
今年は長野での遠征ライヴもこなしたし、数回の都内でのライヴもこなした。
アマチュアにしてはかなり活動的な1年だったと回想。
やがてお開きとなり、戸外に出て商店街を歩いていると「ラーメン丸長」の看板を発見。
もしかして荻窪店の姉妹店?と思い、メンバーを見送った後、一人ふらりと入店。勿論つけ麺をオーダー。
丸長の系譜が書きつづられたポスターが貼ってあり、この店もあの丸長グループの流れをくんだ系列店とは判ったが、味の方はおいらにとって可もなく不可もなく。
投稿者 yonezawa : 16:55 | トラックバック(0)
2009年 12月 21日
フリーペーパー『熱風』
伸び伸びになってしまっていた亀渕兄との飯が、この師走になってどうにか叶いラッキー。
ソニー・ミュージックMさんにご配慮戴いたアジカンのZEPP公演はS、M、A(後にゴールデン街で合流)に託し、新宿の待ち合わせ場所へ。
氏は、書店で無料で入手出来るフリーペーパー『熱風』に「ドーナッツ盤に恋をして」という、とてもチャーミングで魅力的なコラムを熱筆されておられるのだが、おいらはその熱心な読者だ。
待ち合わせの場所へ到着し、再会を果たし椅子に座る前から、もう速射砲のように語りつくす。次回の機会がいつなのか判らぬ故、会ったらとにかく速射砲。
アメリカン・ロック、ブリティッシュ・ロック、70年代、60年代、80年代、90年代、そして現在。
マイケル・ジャクソン、ジミヘン、ビートルズ、リトル・リチャード、民主党、自民党、洋画、酒、新宿、正月、鍋、寿司、山、コレステロール、会社、社長、江口寿史、夢枕獏、母、父、文章、コラム、仕事、ツェッペリン、ニッポン放送、ウィキペディア、お笑い、北野武、ギター…
話が途切れない。
脱線しまくる節操のない話題は、これ以上ないほどの興味深さへと突き進む。
亀兄、何でも知っている。物事をいつも優しい目で見つめている。
60歳代の亀兄は、例えば18歳から30歳ぐらいまでの時に持ち合わせるような鋭い感覚の瞬発力を今もまったく失っていないことを、45歳のおいらが感じている。
『熱風』に執筆されるコラムの、例えばたった2行を書こうと思えば、文献を2.3冊読み漁り、事実関係を突きとめなければならない。その真摯な姿勢が胸を打つのだ。そんな意味もあり、コラムの放つ熱風を感じずにはいられない。
話の途中、氏が1冊のボロボロになった片手サイズの洋書を取り出した。
例えばミュージシャンの正確な名前、アルバムのタイトル、年度、関係者各位とのいきさつなどは、その洋書を参考文献の1冊にされておられるとおっしゃった。
ページをめくると、蛍光ペンで何カ所もアンダーラインが引かれてあった。
感服。
アンダーラインなど、もう何年使っていないだろう。
本を読むときには確かにアンダーラインが必要だった。
自分の鞄にはピンクのアンダーライン用のペンを常備させているにも関わらず、何年もその作業をすっかりスルーしている。
ふいに母が学生時代からずーっと家で使っていたボロボロの辞書を思い出した。
亀兄と語ると、様々な景色が思い出されてきた。
古き時代を知り、最先端の今、巷に流れる音楽を聴き、そして自ら欲する音を求める。
2007年12月、ロンドンの地で偶然の初邂逅を果たした亀渕兄との出会いは、今生涯の宝となった。
投稿者 yonezawa : 21:36 | トラックバック(0)
2009年 12月 16日
THE MODS
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福岡の人間にとってもTHE MODSの存在は避けて通れないものがある。
ほとんどの音楽仲間は『FIGHT OR FLIGHT』の音源を持っていたし、確か16歳になる前ぐらいに出たその音源を、福岡在住時代、おいらもカセットでコレクションしていた記憶がある。
何度聴いてもファースト収録の「TWO-PUNKS」は名曲だし、83年『HANDS UP』収録の「激しい雨が」は破格のオーラを放った。
活動の拠点を東京に移すことを決意した、彼らの博多でのラスト・ライヴは「80'Sファクトリー」というライヴ・ハウスで80年頃行われたはずだが、この頃おいらはまだ16歳ぐらい。
当時大学生で福岡在住だった姉を頼り、長い時間電車に乗り継いでライヴ観戦に赴く気持ちもないことはなかったが、田舎もんであることと、交通費+チケット代の問題と、「80'Sファクトリー」と言う響きと、「福岡のロックバンド」という迫力に押され、まったく行動には移せなかった。
あの日から29年。本日縁あって、夕方都内で行われたTHE MODSのシークレット・ライヴへ赴いた。
ライヴハウスという場所がとてもマッチする、まるで我が家で演奏しているかのようなリラックスした面持ちで瑞々しい演奏が突き進む。
ロックバンドのあり方はこうでなければならない。
3度のアンコールに応えたバンドが、後半「TWO-PUNKS」を奏でた。イントロで目頭にきた。
思い巡る十代の風景。THE MODSは何も変わっていなかった。
福岡でイタリアンの店を切り盛りする後輩コック:Mのことを思い出した。後から電話してみよう。
「80'Sファクトリー」のマッチだけは今でも家のどこかに眠っているはず。
投稿者 yonezawa : 17:26 | トラックバック(0)
2009年 12月 14日
Superfly
ひょんな機会から、今回初めてスーパーフライの武道館公演を観ることとなった。
TVCM等で洩れ聴こえてくる彼女の歌声は破格だと感じていたし、多和田えみ、LOVE等と同じように、邦楽女性ヴォーカリストの中では最も気になる存在の一人だったのだけれど、会場に足を運ぶ機会はこれまでなかった。
漫画家:Hさん&担当Mと待ち合わせ、3階席に陣取った。
ステージ・サイドからの観戦となったが、この時代PAはこちら側にも向いているせいで、バランスの悪さは大して感じない。
ステージを縦横無尽に動き、パフォーマンスする彼女の自然体な姿はとても好感があり、比較的小さな女性ながら、その姿は舞台ではとても大きく映った。
ジャニスも弾き語りも披露してくれた志帆ちゃん(Superfly)。
2時間強のステージ後、控え室で乾杯を交わし、帰り際に一言二言、話す機会を戴けた。
乾杯の際、所属事務所社長の語った言葉が、とても言い得て妙であり、本当の音楽家を丁寧に着実に育てる術を感じさせた。
音楽の成功に近道はない。この意識を持って、この世のすべての優れたミュージシャンは同じ条件でトライするしかないのだ。
和田ラヂヲ兄と同じ松山出身最大の女性シンガー:スーパーフライの、今後のさらなる活躍を楽しみにしている。
遅い夕飯は四谷の博多料理。美味。
隣り合わせたお客さんは、偶然スーパーフライのコンサート帰りの方々だった。
ところで福岡市平尾在住時代には知りもしなかったが、糸島の卵は名物だったのか…
投稿者 yonezawa : 16:32 | トラックバック(0)
2009年 11月 27日
ORIANTHI
ORIANTHI-Violet Journey入手。
投稿者 yonezawa : 01:25 | トラックバック(0)
2009年 11月 19日
FFP
この3日間でまともに布団で寝たの、合計8時間ぐらいじゃなかろうか。
さすがに若かりし頃の記録には及ばないが、もう徹夜する場合の年齢じゃなさそう。
丁度、おいらの年代になった当時の先ちゃんが「もう徹夜は出来ないね」と語っておられたことを思い出す。
アマチュアバンドのコに、たまに「見てください!」「聴いてください!」インフォメーションを戴くが、残念ながら100%に近い確率で食指が動くことはない。
先日、偶然知り合ったEから、自身のバンドのMySpaceアドレスを伺い、閲覧・鑑賞した。
正直、Eのバンドも大して期待していたわけじゃなかったが、まずは英語詞という部分に惹かれ、アレンジの的確さをストレートに感じていた。
若い音ではあるが、今後いかようにも成長を遂げる可能性を秘めたバンド。純粋に出会ったこのバンドの近未来は折に触れてチェックするつもり。
入稿の狭間を縫い、漫画家:葉月京&担当編集Mと会食。
2軒目で、予定していた葉月京&漫画家:山崎紗也夏初邂逅の席を設けた。
初対面だったと言う彼女たちとの空間がなんともベストマッチングの雰囲気。
作家として相思相愛な空気が、場のテンションを加速させ、気がつけば編集:Oも合流。
不意に持ち上がった某企画も実現の方向へ向かいそうだし、まさに充実した内容の夜更けであった。
投稿者 yonezawa : 19:12 | トラックバック(0)
2009年 11月 10日
クールなピックがデスク上
人生で3回目。
作る度にときめき、どれも思い出のある品であった。
つい先日、スーパーデザイナー:Tちゃんにデザインをお願いしたキュートでクールなピックがデスク上に納品されていた。
Rちゃんピックがついに完成したのだ!
実用性というよりも、ピック自体、面積の広いものを選び、堅さにしても最もハードな素材をチョイス。
白・黒・オレンジの3色で構成し合計300枚作成した。
ピックを見る度に笑みが洩れてくる。Rちゃんの描いた眼鏡をかけたおったん(おいら)の似顔絵が入っているのだから。
投稿者 yonezawa : 01:04 | トラックバック(0)
2009年 11月 5日
RY COODER & NICK LOWE
JCB HALLには初めてやってきた。
会場のこけら落としとなったキャンディーズのフィルム・コンサートの時も、その公演自体に気づかないままいた。
つまりJCB HALLの存在を、その公演が行われたことによって知ったぐらいだった。
今日、この場所で初めて観たのはライ・クーダーとニック・ロウの来日公演。
パブ・ロック界の大御所と言われるニック・ロウ、かたや多くの映画音楽とスライド・ギター奏者として名高いギタリスト:ライ・クーダー。
2人はリトル・ヴィレッジの解散から17年振りの共演となったそうだ。
ワーナーIに用意戴いたチケットは4列目のど真ん中。嬉しい。まるでリハーサルに参加しているような距離感で、彼らの生々しいパフォーマンスを聴いた。ワーナーI、ありがとう。
かつてライの音楽で聴き込んだのは「Paris, Texas」「 Crossroads」「Jazz」の順番だったか。
ニックは断然「Cruel To Be Kind(邦題:恋するふたり)」、そしてRockpileでの音源がクールで好みだった。『Seconds of Pleasure』のCDは、まず買いだ。
年を重ねてどういったギターを弾くか? そんなに遠い将来でない未来の己の有り様も想像しながら、淡々と演奏されてゆく曲に耳を傾けた。
時にコードを弾き損ね、言い訳をするライがとてもチャーミングに映る。
2人とも本当に年を取ってしまったもんだなぁ〜と、ビジュアルを観ながらどうしても考えてしまうのだが、これがベストの年の重ね方の一つだとも同時に感じ受けるのだった。
投稿者 yonezawa : 01:02 | トラックバック(0)
2009年 11月 4日
ペダルワウとタッチワウ
深夜、bambiメンバーに重要メールを送信したところ、バンマスから即返信。
少なくとも午前3時52分以前に起床された模様。
おいらはそろそろ小一時間後に就寝…という状況だ。
昨日までの長野ほどではないが、東京も急激に冷え込む気候となった。
だが、正午の原稿を拝受し、駆け足で電車に乗り込むと首筋に汗が滲んだ。
入稿を終え、パソコンのスパムメールをざくざく削除し、丸1日山と積もった原稿をなぎ倒す。
週末の取材案件を復習し、事務ワークの処理物件を洗い出し、トイレと水分補給と弁当のみ席を離れた程度。根が生えたように終始パソコン・ワーク。
室内の温度のせいなのか、頭が顔が異様に熱くのぼせ気味。
ところで、足下はペダルワウとタッチワウだけで何もいらんなぁ。
この2つであらゆる局面に対応出来るものだと改めて認識するこの頃。
先日の吉祥寺bambiライヴの場でご紹介いただき、長野での「俄」再結成ライヴには欠かすことの出来ない音楽業界人:Tさんにご教示戴いたクイック・シルバー・メッセンジャー・サービスなるバンドの音源を注文してみた。
音楽界の中でも、ギター関連畑のフィールドでご活躍されるTさん推薦の興味深いバンドを伺ったところ、上記のクイック〜とブルース・イメージという2つのバンドが聞き出せた。
共においら初耳の物件。
こうした得難い情報は、永遠に良質のギターサウンドを探し求めるおいらにとっては朗報と言える。
60年代の音楽は、国内外も含め本当の意味での知識は乏しい。実際にその時代に(幼すぎて)現役でいない分。
打ち上げの席で聞こえてきた「めんたんぴん」というバンド名に反応したおいらではあったが。
我々の兄貴・姉貴が熱心なるフォーク・ロック探求家であったなら、その弟妹は自動的に一世代上の情報を得易かったものだった。
50歳代の音楽人の話を柔軟に理解するには、中学・高校時代に何のラジオを聴いてきたか、あるいは第三者から、重要なLPをどれほど借りれる環境があったのかによって決まる。
情報こそまず大事だった。
ダメな情報、ダメな弾き手・書き手。レビューを読み分けるスキルも実戦(ライナーノーツ、レビューを確認してからの見極め)と場数によって向上したものだった。
失敗(つまらないLPの購入)も何度も経験した。
思い出す、取り返せないあの時間。取り戻せないあの出来事。
そうして各々がここまで辿り着いたのだと、例えば『俄』の音源を聴く度に感慨に耽るのであった。
投稿者 yonezawa : 00:35 | トラックバック(0)
2009年 11月 2日
入園願書〜面接〜bambi in 長野
早朝起床。最寄りの幼稚園に必要書類を届け、正確な面接の時間をその時点で知り、一旦帰宅して備える。
私立の仰々しい幼稚園ともなれば、整理券をもらうべく寝袋持参で徹夜で並ぶケースもあるのだと言う。まったく理解しがたいこの異常なシステムを当事者の世代を持つ親となって初めて知る。
長野ライヴのリハ時間にはなんとしても間に合わねばならないので、午後「なる早」の新幹線に飛び乗った。ネットで調べた出発便のうち2本が残念ながら運行しておらず、東京駅で40分も待つ羽目に。
14時4分発の長野新幹線「あさま」に人生初乗車。
中から映る戸外の景色はあっという間に長閑なものとなり、熊谷を通過する時思わず界隈の輩に