2011年 07月 10日
ディズニーチャンネルが映らない。
「おったんとふたりでレストランにいく! ママはおるすばん! ふたりでいく!」ときかないので、午前10時過ぎから2人でデニーズへゆくことに。
お子様定食のようなものとカルピス、冷麺と焼き肉丼の小鉢を注文。
どうも、レジ前にある、白雪姫的イラストの載ったトランプのような品が目的だった様子で、以前ママが買ってくれなかったので2人で行きたかったということが後に判明。
昼間の一瞬独りになれた隙を見計らい、夏に演奏する楽曲数曲を冷静にギターで探ってみる。
クロスオーバーなフレイバーが全体の印象に残る2曲、ZEPPELINアレンジが1曲。20〜30歳代の頃かいた、おいらのオリジナル曲が1曲。今回は全部インスト曲ばかり。
トランジスタのおもちゃアンプで一通り鳴らしきったころ、姫が乱入。
「あっち(リビング)であそばないの? そんなんだったら、もうおったんとあそんでやらないよ!?」言うことが気が利いてきたのかその逆なのか……
遊んじゃあ汗だく。部屋でデニスにサッカーにバスケット(?)。汗っかき体質は、おふくろからおいら、おいらからRちゃんへと脈々と引き継がれている。
ひとしきり部屋遊びにつきあい、再び「せいゆうまで、ヤクルトをかにいく! と具体的に述べ、どうしてもきかないので再び2人で外へ。赤い自転車に乗るのは休日の日課だ。
夕飯には揚げた鯖と唐揚げ、ポテトサラダ、他の付け合わせ。美味しい。我が家の食卓で魚を食べたのは久々だったか。
昨日以上のふざけようで賑やかな風呂タイムを終え、ディズニーチャンネルを点けたらいつも映るハズのチャンネルが映らない。
この現象は前にも何度かあったもので、他の疑問もいくつかまとめてJCOMへ直電。10分以上待たされ、ようやくオペレーターへ繋がった。
すると、「他のチャンネル番号で観られます」と言うアドバイスを受け、視聴可能に。間違いなくこれまで観ていた番組チャンネルでディズニーチャンネルを視聴していたのだが、オペレーターによれば「とにかく、そのチャンネルで視聴出来ることはないハズなのですが…」と言うのだった。しかしながら、つい昼間まで観ていたのは確実なんです。
Rちゃんにしてもその「視聴出来ないハズ」のチャンネル番号を覚えているぐらいだったのだから。
その不思議な意味は解決しないままだが、まぁ観られるチャンネルがあるのならよしと流した。
他にも疑問点をいくつか投げ、解決までに日数を要する1案件のみを残し、他はとりあえず納得。
アナログ放送の終了も秒読み体勢。問題なく映るテレビを廃棄することに、未だに抵抗を感じるおいらだ。
投稿者 yonezawa : 22:38 | トラックバック(0)
2010年 10月 24日
鼻
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午前9時。娘の大きな泣き声で目覚めた。
ちゃんと朝食を食べないまま、わがままばかり言ってたのかママに叱責されてたRちゃん。助けを求めて胸に飛び込んできた。
数日前から明らかな花粉症の症状が…。花粉に限らないのかもしれないが鼻孔が痒い。
Rちゃんも鼻の具合悪し。ハウスダストなのか花粉なのか体質が父親に似たのか。息苦しく呼吸をする時には申し訳なく思う。
マクドナルドでは(休日限定?)ハッピーセットとかのサービス品に、ハートキャッチ・プリキュアなどのキャラクターグッズをおまけで付けてくれるそう。それ目当てで今日もRちゃんは昼食の買い出しにママに付き合った。
その間、1時間弱仮眠。
父はゆうべの残ったパエリアを昼食として食べた終えた頃、「おったん、おしごとにいくの?」と問う娘。
休日と平日の区別がまだ微妙で、今日は“何故家にいないのか?”、あるいは“何故家にいるのか?” の区別をその時その時に確認してくる。
「今日はお休みだからRちゃんと1日遊ぶ日なんだよ!」
パソコンを使い、いつものゲームで数回遊ぶ。今日遊びでの外出は(ママの取り決めで)禁止なので何種類ものパズルに数回付き合った。
深夜、ETV特集『シンドラーとユダヤ人 ~ホロコーストの時代とその後~』鑑賞。
映画にもなった「ユダヤ人を救った男」として知られる実業家:オスカー・シンドラーを取り巻くエピソード、そして命を救われた戦後のユダヤ人の方々をインタビュー形式で見せるドキュメント番組として構成。
シンドラーが残したトランクが見つかり、そのトランクの中には、戦争中、シンドラーが作成した書類と手紙が。そして戦後、シンドラーが救ったユダヤ人(「シンドラー・ユーデン」)たちと交わした手紙と写真が詰まっていた…。
戦後のシンドラーと多くのユダヤ人家族たちとの交流が、その後もいかに密であったか、シンドラーがどういった気持ちで生涯をおくったのか、少なくともその片鱗は明確に認識させられたように受け取れた。
投稿者 yonezawa : 21:06 | トラックバック(0)
2010年 04月 27日
帰社
午前5時から1時間ごとに目覚め、午前9時40分頃ホテルの車で宮崎駅に送迎して頂いた。
9時59分の電車で宮崎空港へ。
軽く土産屋を覗き、ちょっと余裕をもって待合い場のソファでなにげなくテレビモニターを見ていた。
NHKの映像では、かつておいらが2年ほど住んでいた大分県玖珠町関連の町おこし的ニュースを流していたので、ふいに見入った。
すると役場の人だか中年男性が登場し、イベントの説明などを行っていたのだが、そのうち1人の男性の名前に見覚えが。なんと同級生でバスケット部も同じだったM.M.がハッピ着て祭りの話をしているではないか。
思わず動画撮影し、玖珠町出身の輩3名に即配信。笑った。
12時20分発のSNAに搭乗。定刻通りフライトし、2時間もかからず羽田着後、一路編集部へ。
東京も宮崎同様に雨模様で、編集部近くのコンビニで傘を購入。微妙な雨だけに、傘に金を出すことにはなぜか異様な抵抗を感じる。
届けられた入稿原稿の下絵を見て呻る。
幕末世界を描いた物語『SIDOOH』は抜き差しならない展開に突入しており、勝海舟と、この物語の主人公の一人:雪村翔太郎とのやりとりに旋律を覚えたおいら。
物語の放つ緊張感はいつでもMAXだ。
原稿取りは雨模様もあってか少し早めに向かった。
途中、居酒屋KでAと、ものの30秒再会。Rちゃん&ママへもお気遣い戴いたお土産に心より感激。
原稿を引き上げ、入稿中、ふいに玖珠出身のYからメールが。なんと新宿都庁真下で飲んでいるとのこと。妙に玖珠づいた1日だ。
投稿者 yonezawa : 17:50 | トラックバック(0)
2009年 03月 24日
WBC決勝
花粉症の症状は、関西滞在の後半戦が特に最悪の状態で、早朝に何度か喉がカラカラで目覚めた。
鼻で息が出来ないせいで喉のコンディション劣悪。
2度寝、3度寝を繰り返しながら、宿泊ホテルのチェックアウトを済ませ、新大阪駅よりのぞみで帰京。
移動中もほとんど爆睡。車内が混み合わなくラッキーだった。
東京駅より直接編集部へ。
映りの安定しないワンセグで騙し騙しは観戦していたが、会社へ到着した瞬間、WBC決勝の日本×韓国戦は8回の攻防。
デスク回りを整理する間、9回には延長戦へと持ち込まれ、しかし最終的には延長戦のイニングを抑えきったダルビッシュの投球を見届け、見事2連覇を達成した日本チームの勇姿を確認。
投稿者 yonezawa : 19:17 | トラックバック(0)
2009年 03月 16日
WBCと劇画・漫画原画展
少しの仮眠を想定しながらも、結局寝るタイミングを逃したまま午前5時からのWBC日本×キューバ戦観戦。
前日、TBSでのニュース番組でたけしさんの語ったWBC関連の放送を見てしまったせいで、どうしてもライヴ観戦したくなった。
相手が優勝候補のキューバで、あんな試合展開となれば野球音痴なおいらでも目が離せない緊迫感に包まれる。
そもそも前年度優勝チームが日本なのだから、真っ先の優勝候補は日本であるハズなのに、本来の実力は他国が上回ると言う暗黙の前提で、各局のニュース番組は報道している感じだ。
しかし…それにしてもキューバ先発のチャプマン投手は163キロの剛球左腕と聞いており、実際に画面越しにでもあの球を見てしまうと「ホントに日本人選手はバットに当てられるのか?」と大きな懸念を抱かせたものだが、侍ジャパンの精鋭選手らは頼もしく的確にヒットを放っていった。
画面で見る限り、終始日本チーム選手の誰も目が笑っていない印象で、各選手の実力の裏付けと共に、浮かれ立った精神状態に誰もいないことこそが勝因の核であると思わせた。
完璧と言ってもよい試合展開を確認し、キムチ炒飯を喰った後、寝不足なまま浅草へ。
浅草公会堂展示ホールで開催中の『劇画・漫画原画展』を訪れる。
漫画家:昌原光一に誘われ、彼の原画も展示してある本会場を尋ねたのだが、おいらもほとんど知識のなかった昭和の伝説的劇画・挿絵画家:植木金矢先生の作品群を拝見出来たのは、ラッキーだった。
編集者による画稿の天地指定も「寸」とか「尺」の世界で、白フチ文字にしても、写植なりロゴを上手に白フチを残して切ってあると言った昭和なシロモノ。
すでにおいらが初めて漫画原稿を入稿した際の手法と、現代の最先端の入稿手法は時代の変革により変わってはきたが、この原画展にはほのかな懐かしさも覚えた。
2007年、突然逝去された三山のぼるの原画も初観戦。
かつてヤンジャンにも所属された大先輩編集者:Sさんも来場されておられた様子。
昌原光一の原画の中には、かつておいらが写植を貼った原稿も数枚展示されてあった。
おいらの担った『人情幕の内』の続編となる『御誂 人情幕の内』1巻を4月にリイド社よりいよいいリリースする昌原光一。さらなる飛躍を応援したい。
■劇画・マンガ原画展
●参加メンバー
植木金矢
李基成
一本木蛮
うゑださと士
一峰大二
加藤礼次朗
小林秀樹
近藤ゆたか
谷口敬
環望
ちばこなみ(粉味)
中田雅喜
朴鍾烋
深谷陽
堀内満里子
昌原光一
松本るい
森本さんご
三山のぼると三山家
横山えいじ
投稿者 yonezawa : 21:37 | トラックバック(0)
2009年 01月 3日
タイトルマッチ
WBCスーパーバンタム級タイトルマッチ。初防衛を文句なしのTKO勝ちで収めた西岡利晃選手。よかったよかった。
初防衛戦を「初防衛に挑戦」と言う意識で挑んだコメント通り、内容はあたかもチャレンジャーのような攻めのスタイルに映った。
西岡選手の心は、試合ごとに強靱になっているに違いない。
現在32歳5か月の西岡は、34歳3か月のWBCフライ級王者:内藤大助選手に次ぎ、国内歴代2位の年長世界王座防衛記録を達成したそうだ。
一報、WBCライト級王者:小堀佑介選手は残念ながら初防衛ならず。
世界初挑戦の同級1位で無敗のパウルス・モーゼス選手が3-0の判定で王座奪取。
接近戦ではかなり期待を抱かせるシーンもふんだんに見られたのだが、最終的にスピードのモーゼス選手が、小堀のくり出す左右の大降りフックをかいくぐった。
結果は残念だったが、まだまだ大変な馬力を感じさせる小堀選手の再起に期待したい。
以下、関連サイトで現状の世界王者4人を確認。
帝拳の契約選手であるホルヘ・リナレス選手は、堂に入った試合展開ぶりでおまけに日本語堪能。かつメチャ強し。
※他の国内現役世界王者
●WBCフライ級=内藤大助(宮田)
●WBAスーパーフライ級=名城信男(六島)
●WBCバンタム級=長谷川穂積(真正)
●WBAスーパーフェザー級=ホルヘ・リナレス(帝拳)
※国内最年長世界王座防衛記録
氏 名 年 齢 階 級
(1)内藤 大助 34歳3か月 フライ
(2)西岡 利晃 32歳5か月 スーパー・バンタム
(3)徳山 昌守 31歳5か月 スーパー・フライ
(4)上原 康恒 31歳1か月 スーパー・フェザー
(5)輪島 功一 30歳9か月 スーパー・ウエルター
投稿者 yonezawa : 01:26 | トラックバック(0)
2008年 10月 11日
ギター・マガジン 2008年11月号
早朝6時起き。8時到着で都内某所へ。
集英社『PINKY』専属モデルで『爽健美茶 』のCMに出演中。ヤンジャンより1st 写真集『nozomi』、WEEKLY YOUNG JUMP PREMIUM DVD『nozomi』を発売中。
『どうぶつ奇想天外!』のレギュラーが決まったばかりのグラビア・タレント:佐々木希ちゃんの撮影へ。
http://ameblo.jp/sasaki-nozomi/
ロケハンから機材調達と打ち合わせから気合い入りまくり。
本誌担当編集が企画したシチュエーションで、本気の、渾身の撮影開始。モデルでもある希ちゃんは今日も感動的な美しさでチャーミングに登場。
芸能人の中でもとりたてて容姿端麗、その上長身なのでそのクールさは突き抜けている。
狙った絵作りのポージングがすべてキマる姿に、天から与えられた美の才能を感じ受ける。
早朝からのこの撮影に全面協力してくれたS社:晋平&友人に感謝。
バンド・スタイルで進行した今回のグラビア企画が、果たしてどんなスチールとメイキング動画の仕上がりになるのか、出来上がりがとても楽しみな現場だった。
11月前半発売号の週刊ヤングジャンプが、まずは掲載の一コマ目となる予定。
希ちゃん&スタッフのみなさん、早朝からご苦労さまでした。
大量の機材を撤収し、小雨の中一旦帰宅。
夕方、待ち合わせの地:新宿へ。
[ギター・マガジン 2008年11月号]表紙&巻頭特集で、先月10日にニューヨークで仕込んできたAC/DC~アンガス・ヤング最新インタビュー記事がようやく発売。
ギター・マガジンには、B.B.B.1stリリース時の2000年夏過ぎ頃、スティーヴィー・サラスと共に登場させていただいたが、原稿を書いたのは今回が初めて。
テキストのスペースはわずか1Pだけだったが、処女原稿が巻頭の特集とは幸運だ。
ギター・マガジンに限らず、“ギター”と名のつく雑誌は端から買いまくっていた時代があった。思えば16歳の頃から、この雑誌を何冊買ってきたことだろう。
自身の所属するヤングジャンプも、創刊号を購入してから、来年で30年の時を刻んでいるのだが、時間の経過とは感慨深さを思わせる。
新宿御苑駅到着。駅構内でいきなり待ち合わせ3人のうち、2人に遭遇。
メンバーは、昨日、映画『精神』が釜山ドキュメンタリー部門作品賞授賞を受賞したばかりの想田和弘監督&ダンサー:Kちゃん、先日WOWOWの新番組『クエスト:探求者たち#1映画監督 北野武』の監督:篠崎誠の3人。
想田監督&Kちゃんと出会ったのは1997年のベネチア映画祭。篠崎誠監督と出会ったのは、翌1998年の北野武作品『菊次郎の夏』クランク・イン前のオールスタッフ・ミーティングからだったと記憶する。
出会った瞬間意気投合。遙か昔から知り合いだったような錯覚を覚えたような彼らとの出会いだった。
なんだかんだで、想田監督&Kちゃんとは1年ちょっと前に東京で会っているし、Kちゃんとは数年前のニューヨーク取材時に、ブルーノートに行ったこともあったので、ここのところは疎遠ではなかった。
映画を生業にする彼らの感性は、そもそも生理的にもの凄く大好きで、加えて3人とも実は本気の博学・インテリで、品格のある人間性がとにかく魅力的だ。想田くんは最高学歴で、誠ちゃんは映画監督、映画ライターでもあり、出身校である立教大学『映像身体学科』教授の肩書きも併せ持つ。
愉しい。愉し過ぎる。
「この時間がずっと続けばいいのに──」と思わせる晩飯から夜更けのひととき。
心底朗らかな人間性を有する者が、きっとよりよき作品を生み出すのだと、彼ら身内にそうした確信を得る時間が流れる。
しかしこの同じ面子で次回の席はいつになろうか。ともかく、この時間内で彼らに伝えねばならないアレコレを語るものの、たった1日では足りやしない。
次回、再来日を果たす想田チームの訪れる11月〜12月のいずれかに、またこの会が実現するのか淡い期待を抱きながら、〆のうどんを一人すすっていた。
http://www.varietyjapan.com/news/
movie/2k1u7d00000ehb78.html
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2008年 10月 9日
『クエスト:探求者たち』#1映画監督 北野武
WOWOWで放映された「『クエスト:探求者たち』#1映画監督 北野武」鑑賞。(監督:篠崎誠)
映画監督で大学教授で身内の篠崎誠ちゃんは、今年のベネチアにも密着していたのか。羨ましい。
このドキュメント番組を撮った旨は本人から伺っていたが、それなりにポイントを押さえての撮影だったことを、映像を観て初めて知った。
“ビートたけし”が映画監督“北野武”として衝撃的デビューを果たしてから、今年で20年の歳月が経過していた。
オイラが初めて北野監督へインタビューしたのが、1996年のことだからもう12年も昔のことだ。
1997年のベネチアへ同行し『HANA-BI』の金獅子賞受賞の瞬間を目の当たりにした。翌1998年『菊次郎の夏』の撮影全行程へ密着。1999年には同作品を持ってカンヌ映画祭へ同行〜っと、最も武さん熱にうかされていた彼の日を思い出した。
今でも心の中ではあの日と変わらないテンションで已然として発熱中だが、北野監督のことを永遠に見つめてゆきたい気持ちは、「オールナイトニッポン」やら「ひょうきん族」などで、その価値観に気づかされて以来、なんら変わらない。
昼下がり、駅ビルで見つけたバッグを購入し、九州の義母へ宅配贈呈。
楽器屋を経由し、コミックス原稿を引き上げ帰社。
終日デスクワークで、晩飯は出前のオムライス。
渾身のAC/DC記事、9割方完成。嬉しい。
深夜までの業務に一区切りをつけ、帰宅後、自宅でメロディックスピードメタルバンド:ドラゴンフォースを拝聴。
来週にはラウドパークで来日する彼らへのインタビューを控えているので、なかなか疎遠だったこの手のジャンルの音楽を自分なりに租借しておこうと努力&準備。
レコード会社担当者の強いモチベーションで引き受けた取材というのも、歴史的にいくつかあるが、色眼鏡はいけない。ギターの音色をきちんと聴き込み、真摯に向き合おうと思っている。
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2008年 09月 1日
なんでこのタイミングに
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2008年 08月 31日
デジタルの恩恵
iTUNESで再生し、ギターでコードを探る。
ステレオのアンプ、スピーカーを経由するものの、CDを再生するわけではなく、パソコンからの音源で聴くことが音楽鑑賞の大半になっている。
20年前には想像すら出来なかった環境に、自然と馴染んでしまった。
エアロスミスは一度デジタルで録音したアルバム『ナイン・ライヴス』を、再度アナログに録り直してリリースした。
一般家庭においてデジタル、アナログの論争は意味がない程、デジタルの恩恵に浸っているこの頃。
「パソコンにセーヴしていた子供達の写真が全部すっとんだ」と、人づてにある方の話を聞いた。
多少劣化しようが、アルバムに整理した写真なら全てなくなることはなかったろう。
デジタルとアナログの鬩ぎ合いにある現代、何をどう判断して保存するのか、実は大変繊細なセンスが必要なのだと思う。
町のカメラ屋さん、ネガとかポジのプリントも割り増しになっていた。
CD−Rの保存にしても、「2,3年しか信用していない」と、あるデザイナーが語っていた。MOはもっと信用ならないそうだ。
CD−Rはそれなりに信用していたので、とても残念な話ではあったが、結局写真に関してはインクジェットではない方法でプリントをし、整理するのが結局最も正攻法で安全なのではないかと考える。
かさばるわけではあるが。
デジタル保管は一時しのぎと考えるべきか。
産まれて間もない頃の、おふくろの写真だって鮮明なものだ。
産まれて間もない頃の、Rちゃんの写真はデータ保存だけでは無くなってしまうのかもしれない。
高校時代のように、何度も何度も再生を繰り返し、それなりに納得の行く程度までインスト曲2曲をさらってみた。
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2008年 08月 30日
川上じゅん
腹話術の川上じゅんという芸人のネタ(仕掛け)に注目中。
ホワイトボードにその場でフリーハンドのキャラクター(顔)を描き、描いた顔の目や口が動き喋りだすという、マジックの不思議な要素を取り入れた腹話術が新しかった。
テレビで1度だけ見た限り、その仕掛けは判らなかった。
関連サイトを見ると、腹話術以外に、芝居・DJ・バンジョーなどの演奏も得意とするらしいが、特に注目するところが、「ブルーグラス・ミュージック、カントリーミュージックに精通している」そう。そのバンジョー演奏の腕前はプロ級だと。
さらに面白い経歴の持ち主で、格闘技の分野でも活躍しており、05年よりK-1公認審判員(レフェリー・ジャッジ)を務めているそうだ。
特に、93年までの5年間、日本ボクシングコミッションで役員(レフェリー・A級ライセンス)として在籍し、辰吉丈一郎の世界前哨戦などを裁いた経歴をもっている模様。
11年前の97年、おいらも日本ボクシングコミッション発行のマネージャー・ライセンスを1年間だけ所有していた時期があったが、基本的な特権は国内の試合はフリーで入れたことだった。
東京モード学園のCM曲を歌うスーパーフライの曲、ハートみたいでカッコイイ。
投稿者 yonezawa : 03:05 | トラックバック(0)
2008年 08月 20日
地球のこどもたち
11月、親父の七回忌を想定した帰省スケジュールをボチボチ考える。
盆、正月(年末年始)、GW時期の、航空チケットの高騰を考えれば2ヶ月前以前に日程を決め込んでゆかないと、とんでない出費を課せられる羽目になるので深刻だ。
中野の盛り場は、いつ訪れても風情のある場所。
新宿とも五反田とも渋谷とも六本木とも違う空気が独特。
本年度から来年にかけて最重要案件のひとつとなる某企画粗打ち合わせのため、久しぶりに酒場界隈へやってきた。妄想は広がるばかり。
午前4時におひらき。
投稿者 yonezawa : 00:30 | トラックバック(0)
2008年 08月 17日
スポーツマン・スピリット
帰り着いた時間が6時を回っていたせいで、昼過ぎに目が覚めた。
それでも寝足りず、昼食をとって午後2時頃から2時間程度、また昼寝。
夕方の雨模様の時分、窓を開けたら涼しい風が。
リアルタイムで観戦するオリンピックも佳境に入り、今日も様々なドラマが。
伊調選手、浜口選手もよかったよかった。
男子水泳リレーも素晴らしかった。
室伏選手は実に惜しかったが、試合後のコメント、ライバル選手と醸し出す雰囲気が、何とも言えない清々しいものを感じさせてくれた。
あの地にいる、それだけで彼らはどれほどの技量と度胸と強運を持ち合わせた、選ばれし超人たちであるか。
早速次回の五輪を目指す若者、そして今回をチャレンジの節目とするベテラン選手。
極限まで身体を鍛え抜き、才能と努力で魅せる彼らのスポーツマン・スピリットが今日もシーンごとに胸を打つ。
五輪開会式のCGによる演出にも、少女の口パクにも大した異論・興味はないが、ある民放局の解説を務めた一部のタレント・キャスターに部分部分、見にくさを感じたのは事実。
あまりにも知識、造詣のないコメンテーターがこれほど不愉快に映るのかという感触を、この機会に生々しく感じていた。
夕食をいただき、Rちゃんとお風呂。
初の鎌倉遠征と、府中遠征で、生涯初めて日焼けしたRちゃんは風呂上がり、なかなかパジャマを着てくれない。
徹底的に寝る直前までお遊びしたいRちゃんの元気は、今日も全快だ。
投稿者 yonezawa : 23:44 | トラックバック(0)
2008年 08月 14日
Mess Of Blues
妙な時間に眠気が襲う。
ソファに寝転がると、知らないうちに10分オチている。
北島康介の快挙に、体操、柔道、フェンシングと、特に注目している選手がいなくともこれだけ頻繁にプレイバックしてくれるので、ほぼタイムラグの無い状態で戦績を知る北京五輪。
こうした加熱する特番を余所に凶悪事件も番組の片隅で報道されているが、その印象は当然薄くなりがち。
拉致問題の件。日朝実務者協議で、日本が北朝鮮に対する制裁の一部解除を実施するとのことだが、「調査開始と同時に解除」のあいまいな見解は当然被害者の心情を納得させるものではないだろう。
夜中、Jeff Healeyの遺作『Mess Of Blues』拝聴。
89年か90年頃、闇雲に映画の試写会に行き倒していた頃があった。
食指に触れようが触れまいが何だろうが、時間のある限り映画を見尽くした1年間という時期があった。
そんな見方をすれば、9割方、時間のロスとも言える駄作ばかりに直面するわけなのだが、パトリック・スウェイジ主演の映画「ロード・ハウス」に遭遇した時には、ヒヤリと背中を駆け抜けるシーンを見つけたのだった。
盲目のギタリスト:ジェフ・ヒーリーのことはファースト・アルバム『See the Light 』で大注目しており、知ってはいたが、この作品に出演していることは何の情報誌にも出ていなかったので、スクリーンを見て一人で驚いていた。
A.シュワルツェネッガー主演の『ツインズ』にジェフ・ベックのバンドが出ていた時と同じぐらいのレア発見だった。
後で聞くと、この映画出演によってデビューのきっかけを得たそうだが、おいらは後からこの映画と出会った。
彼がプロデュースを担った女性シンガー(名前忘れた)も秀逸だったし、スティーヴィー・サラスの親友でSOクールな女性シンガー:サス・ジョーダンもジェフとの深い親交があったはず。
ブルースからやや遠ざかった感のある時期には、おいらも必死で追いかけるほど熱心な信者とはいかなかったが、彼の産み出す音楽性に対しては不変のシンパでいたのは事実だった。
その彼が本格的なブルース・アルバムを制作中との情報は、風の噂で知っていた。
少し送れて、07年にガンを取り除くための脚と肺の手術を受けている事実も知った。
闘病生活を送りながらも演奏活動は続けたそうで、08年に久々のブルースロック・アルバム『Mess Of Blues』を完成させたとニュースで聞いた。
ジェフは、リリースを目前に控えた08年3月2日、トロントのセントジョセフ病院にてガンのために、なんと41歳の若さで亡くなってしまうのだが、『Mess Of Blues』を聴き込めば聴き込む程、途方もない大きな世界的遺産を失ってしまった意識に苛まれる。
先日の、ハイラム・ブロック逝去の悲しいニュースしかり。
『See the Light 』の素晴らしさ同様、今回ほとんどがカヴァー曲だけで構成された最期の新作『Mess Of Blues』も、永遠に聴き続けるアルバムの1枚になりそうだ。
ミス・トーンもいとわない、剥き出しの豪放磊落なトーン。
終始、素のプレイに徹している演奏が心に突き刺さるのだ。
投稿者 yonezawa : 02:44 | トラックバック(0)
2008年 08月 11日
北島康介
北島の強さは見たままだった。
少し前、島田紳助司会のバラエティ番組に出ていた北島。
そこが彼の言うどん底(スランプ)の時期であり、そこから再起するといった意味合いの発言を、島田紳助に促されるまま、力み無く答えていた彼だった。
スランプの時期にバラエティ番組に出るという心情。その気持ちの裏にはきっと本人にしか解らない自信があったのだろう。
そのまま今回の北京五輪まで、ぶれないモチベーションを維持しつつ迎えたことが、決勝の泳ぎに証明されていた。
全身から沸き立つ自信が、本大会まで頼もしくて仕方がなかった。人の持つ瞳の迫力を久しぶりに感じさせてくれた。
圧倒的な実力を自覚してのチャレンジが競泳100m平泳ぎを制し、北島康介は58秒91の世界新記録で勝利。
アテネに続く2大会連続の金メダルを獲得した。直後のインタビューも泣けたなぁ。
そしてテンホーちゃんの雄叫び「オグシオが負けたー! 」と共にオグシオの北京が終わった。
投稿者 yonezawa : 02:43 | トラックバック(0)
2008年 08月 9日
北京オリンピック
午後起床し、自分の部屋からリビングに出た、ほんの一瞬の隙をつかれてしまった! 不覚…。
パソコン・デスク前にポンッと置いてあった眼鏡をやにわにつかみ、グインと負荷をかけた形跡のRちゃん。見事にフレームをひん曲げてくれた。
愕然──
購入先の9999へ連絡し、近々に修繕のため来店する旨を告げた。
終日、むしむしむしむしたまらなく暑い日だ。
今朝までの痛飲のせいで、夕方になっても何もする気力は起きず、部屋の中でダラダラ過ごす1日。
北京オリンピック・トピック情報を拾いながら、観戦した柔道女子48キロ級。
予想通り、冷静な試合運びで1,2回戦を突破した谷亮子。
ところが、準決勝で闘ったドゥミトル戦で残念ながら優勢負けを喫するのだが、互いに2度の指導を受けつつ、攻め手を欠いたまま試合は続き、残り34秒で主審が谷だけに下したあの指導のシーンだけは解せなかった。
当の谷も同じように懐疑的な気持ちだったのではなろうかと、映像を観て察した。しかし判定は翻ずにそのまま。あっという間に残り時間がタイムアウトとなり、その後3位決定戦で見事銅メダルを奪取するものの、彼女の心中はさぞ複雑だったろうと感じた。
敗者復活戦で見せた記憶に残す一本勝ちのシーンが、メダルの色とは関係なく彼女の圧倒的な強さを胸に刻ませた。
谷亮子は大した柔道家だ。
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2008年 07月 19日
野茂英雄引退──
「2008年7月17日 現役を引退すること表明いたしました。」
オフィシャル・ホームページのTOPページに小さな字でこうかかれてあった。
野茂英雄引退──
基本的に日本人の誰しもが、彼の人となりを理解しているだろう。
かたくなにアメリカにこだわった野茂。
「悔いが残る」という、心に刺さるコメントを残した野茂の大きさは筆舌に尽くしがたい。
1995年、集英社より刊行された『僕のトルネード戦記/野茂英雄』の一節──
「今日の試合はどうだった?」と父親が子供に聞く。
子供は、夢でも見ているような口ぶりで、
「…すごく、よかった」と一言だけつぶやく。
彼の記憶には、僕の投げたボールの軌跡だけがこびりついている。
僕はそんなピッチャーでありたいんです。
(前にも書いたような記憶があるが)1996年のハリウッド映画『ライアーライアー』の1シーンにこんなセリフがある。
「僕はノモだよ、パパはホセ・カンセコだ!」
野球用具の一式を誕生日に買って貰った息子がグローブをはめながら言うセリフだ。
スポーツ選手の名が映画に登場する場面は、幾度となく観てきたが、この映画のこのシーンにいたく感動させられたものだった。
メジャーリーグ・ファン、しかも全米の子供たちにも憧れを抱かせた野茂が、95年に出版した本で語ったあのピッチャー像は、充分過ぎる程成し遂げられたと思う。
ここのところ、イチロー、松井等のバットよりも、彼の動向が気にはなっていた。
なんて偉大なる男なんだ。日本人は野茂を誇りに思うべきだ──
投稿者 yonezawa : 18:10 | トラックバック(0)
2008年 06月 22日
家電、相次ぐ故障
冷蔵庫に続き、電子ジャー、そして一昨昨日電子(オーブン)レンジも故障した。
食パンを焼くためトースターとして使用する際、レンジの扉を微妙に半開きしないとスイッチが入らなくなった。
騙し騙し使えばなんとかなるのかもしれないが、昨日新聞で読んだ「三洋電機製の電子レンジから発火する事故」を知ると、知らない瞬間に発火するんじゃないかと危惧してしまう。
改めて商品を確認すれば、「シャープ:オーブン・トースターRE-F585」92年7-12月期製。と記してある。
もう16年間近く使っていた機種であった。
まずは試しに修理相談センターへ問い合わせた。課金される有料通話のメーカー電話番号にかけ、待つこと数分。
結果、修理の部品は、基本発売より8年間のストック分しか対応出来ないケースが多いとのこと。
ならばと諦め、スタンダート商品の相場を知るべくネット確認。
ともあれ近々に購入せざるえない運びの予感。
スーパーからバターも消え失せ、ガソリンの価格は右上がりのまま。
いよいよ首相以外の議員が口にし始めた消費税・増税問題も出来レースなのか、議員によって発言の“割り振り”があるのか。しかし結局「ボチボチ上げるんだよ」という布石を打ち出しているとしか思えない印象だ。
「まだ消費税を上げる時期ではない」と言う意味合いの発言をしている政権与党議員の真実の真意は本当なのか。ちゃんと止めてくれるのか。
仮に近い将来、仮に増税となってしまった後、「与党内でも闘ったが、結局力足らずで…」という絵が今の段階から見えている気がしてならない。
選挙前に「消費税は上げない」発言をした議員がいても「上げない保証」がないことは与党の歴史が証明している。何も誰もあてにならない。
それより前に、“埋蔵金”を掘り起こせ。特別会計を見直せ。翌年の予算を確保するためだけに「使い切る」ことを使命としている行政の有り様を何もかも正せ。
(肝心の国内主要労働者が勤務する時間帯に放映される、テレビ中継自体にも問題有りと長年思っている)国会中継と同時、当事者官僚が公に登場する答弁の場を作り、逐一放映し、例えば天下り問題等についての対処をどう行うつもりなのか、一切合切国民の前に、ビジョンと結果とを報告してほしい。
でないと、様々なメディアで取り上げられる山積する問題の着地点がないまま、うやむやになったままではないか。
もはや四の五の言わせず、明日から一斉に天下りというシステム自体の社会悪を全てなくしてしまえ。
形だけの勤務で、団体を移籍する度に何度も何度も多額の退職金を貰い受け、世界一下品な生き様を続ける己の恥を知れ。
私腹を肥やす天下り連中だけにこうして理不尽なまま税金が投入されるぐらいなら、その分75歳以上の医療費にそっくり回せばいいじゃないか。
そうした改善が成されるならば、彼らより若き世代がその医療費を幾分負担する割り振りは、納税者のどの国民も基本的に反対しないのではないか。消費税への考え方も同じ事。
議論は必要だろうが基本原則としてそれが正解だと思わざるを得ない。
「75歳以上の医療費は無料」話はそこから考えるべきだ。
投稿者 yonezawa : 15:07 | トラックバック(0)
2008年 05月 20日
嘉門雄三&Victor Wheels LIVE!
昨日の夜中も雨模様だったが、昼下がりにはすっかり上がっていた。
妙な時期に台風。ニュースでは傘が逆さまになる街の人々を映し出していた。
「サザンオールスターズ期限を設定せずバンド活動を当面休止」のニュース。
8月に新曲発売及びデビュー30周年記念ライブ開催を経て、来年以降、特に期限を設定せずバンド活動を当面休止するそうだ。
音楽ランキング番組『ザ・ベストテン』のコーナー「今週のスポット・ライト」で始めてサザンオールスターズを知ったのが30年前か。
桑田佳祐ソロの活動では、1982年頃リリースされた「嘉門雄三&Victor Wheels LIVE!」が好きだった。
1981年、渋谷のエッグマンで行われたライブ盤がこれ。
このLPは、大の桑田ファンなのにレコードを持っていなかったカメラマン:尾形正茂に贈呈したっけ。未だにCD化されていない音源なのだそうだ。
K社:Sと飯の予定になりかけたものの、お互い抱えている仕事がやや窮屈過ぎたため断念。夕飯は出前でたまたま余っていたステーキ弁当とサラダ。
カンヌだロスだと現地ライター諸氏とのメールのやりとりを経て、今週入稿の映画記事材料収集にあくせく。
深夜1時過ぎ、漫画原稿の入稿を終え、心の広いモトハルちゃんに贈呈いただいたおふくろ仕様のmacを抱え、しおらしく帰宅。
投稿者 yonezawa : 23:59 | トラックバック(0)
2008年 04月 22日
高裁
一日中報道されていた感のある、山口母子殺害事件への最高裁による判決は死刑。
被害者の遺族が会見で語った整然とした発言に耳を傾けながら、正しい判決の報道を見つめていた。
この9年間もの長きに渡って地獄以上の苦しみを味わってこられた、被害者遺族の本当の心中は当事者にしか判らない。
人生最悪の事件当事者にありながら、常に冷静に法と向き合い、真摯なる言葉で自らの意志を主張続けた彼の志は賞賛と尊敬に値した。
同じ子を持った親として、彼の人間性の崇高さは桁が違った。
長き裁判の中、まったく理解出来ない21人の弁護師団の登場には愕然とし、この判決後に関連サイトで読んだ弁「弁護側弁論要旨」には、呆れを通り越して頭痛と怒りがわき起こってきた。
文脈のすべてが理解不能だが、「強姦の計画性と強姦行為の不存在」「事案の真相」については発熱する思いがするほど。
この見解に賛同する第三者はいるのだろうか。
今回の高裁の結論が最後の結論となることを強く願うところ。遺族の方々には永遠に労いの言葉を贈り続けたい。
午後6時、五反田イマジカでの映画試写会に全力疾走で駆けつけ汗だく。川沿いの道路が途中閉鎖され、迂回させる道のりにカチン。
ロスより来日中の北村龍平監督&女優:Noraと再会。
試写を観戦し、とんぼ返りで編集部へ。
帰社後飯のタイミングを逃してしまい、これも久しぶりのコンビニおにぎりで哀しく夕食を済ませた。帰宅は午前5時。
投稿者 yonezawa : 18:21 | トラックバック(0)
2008年 04月 16日
日記を引用
マイミクで同級生:ショーベーの日記を引用。
「4月16日(水) フジテレビ系列で21:00〜21:54に放送された「ザ・ベストハウス123 」 という番組の中で「日本の感動CMベスト3」のコーナーがあり、休校になる鹿児島県蒲生町の新留小学校の最後の7日間を追ったドキュメ ントのマクセルのCM「マクセルDVD ずっとずっと。新留小学校 篇」が紹介された。 その中で男性教師が登場するのだが、その顔を見たとたん「!」と来た。小中高の同級生だった釘○君だと思うのですが・・・。違うかな〜。気になって眠れません。同級生の皆さん、誰か教えて!たぬさん、知らんかいな?」
その後の書き込みで、その映像に登場する先生がショーベーの同級生だった旨を知ったのだが、このCMにはえらく泣かされたのだった。
http://www.zutto-zutto.com/report/movie.swf
投稿者 yonezawa : 02:44 | トラックバック(0)
2008年 04月 3日
世界のナベアツ
午前中、編集部で雑務を終え、吉野屋で牛丼喰ったら胃がもたれた。
昼前、都内某ホテル滞在中のジョン・バトラー・トリオの面々に、昨日渡し忘れていた小物を届ける。
明日以降の大阪、名古屋の公演でもさぞ神々しい演奏を聴かせるのだろう。
夕飯時、久々に再会したMSのスーツ姿が凛々しい。
馴染みの店:Rで乾杯。
年齢にしては一般常識の知識の幅が広い明晰なMSなのだが「世界のナベアツ」を知らない様子だったので、「サンドウィッチマン」のネタと併せて教授。
30年前はみんながみんな、同じテレビ番組を見ていたものだが、今ではテレビの話題は共通認識を得にくい。
現代は各々が違う番組を各々のペースで見ている。
YouTubeなんて有り難いサイトがあるせいで、見逃したハプニング・シーン(例:やくみつるvs亀田父)等なんかはフォロー出来る時代だ。
酔いに任せて心地の良い時間が流れる。不思議とこういった場合には一休みしてくれる花粉症が不思議だ。
ゴールデン街で〆。呑んで笑って語って朝が来た。
投稿者 yonezawa : 01:58 | トラックバック(0)
2008年 02月 24日
アカデミー賞
ろくに寝てない日が2日も続く事態に、午後のだらしない時間まで2度寝。
夕方前、車でRちゃん関連の衣類&生活用品、スーパーで食材の買い物を済ませお腹ぺこぺこで帰宅。
夕食のハヤシライスが美味。我が家の飯はいつもとても美味い。
夕方、昨日WOWOWで放映されていたザ・ポリス・ライヴを録り損ねた失態を確認。
てっきり今日かと勘違いしていた。無念。WOWOWの山ちゃん、なにとぞよろしく!
アカデミー賞の発表が明日だなぁと思いながら、同WOWOWで賞発表直前の番組を観戦。
ショー・レースの候補作品に上がっている作品中、たった2本だけでも鑑賞しておいてよかった。
大概、アカデミー賞ノミネート作品は日本未公開の状態で発表が行われるので、試写会を見られるマスコミ以外の日本人にとっては、基本的には賞の結果がチンプンカンプンな状態だ。
気がつけば、HDDの録画容量がマックスを超えてしまっており、途中までしか録画されていない番組が数本。
投稿者 yonezawa : 15:13 | トラックバック(0)
2008年 02月 11日
井の頭公園/グラミー賞/クラウディア奇蹟の愛
今朝7時まで起きていた間、花粉症と同時に少し喉の違和感を感知。
風邪の初期症状状を自覚。
正午前に起きて午後の昼下がり、井の頭公園へ。
近所に住むトラヴィス(寅)とYを誘ったら、寅が体調不良でダウンとのこと。残念。
公演には大勢の人々が余暇を楽しんで来ている。日差しのよい気持ちいい日本晴れの陽気。
ここではめったに食べないのだけれど、小腹の空き具合から「いせや」でつくねと焼き鳥を塩で1本ずつ立ち喰い。
池に浮かぶスワンの数も相当なモノだった今日の井の頭公園。Rちゃんはたま〜に転けながらも、見渡す景色の雑踏を無心らしき表情で眺めていた。
本日発表のあったグラミー賞で若手カントリー歌手:ブラッド・ペイズリーを初めて見たけどギター上手いな。
新人:エイミー・ワインハウスが最多5部門を受賞。報道によれば、ドラッグ問題等々で度々騒動を起こしているという彼女。
ロンドンとの中継映像でもその特異なキャラの一部をかいま見れたような印象。
昨年、共にインタビューする機会を得たジョン・メイヤーとアリシア・キーズの競演がよかった。「レーベル間の契約だ何だという面倒くさい事は置いといて、とにかくセッションしようぜ」と語った2人のフレンドシップが思い出された。彼らは双方の最新アルバムに参加し合っている。
同じく過去にインタビューしたネリー・ファータド、ファーギーもプレゼンター、パフォーマーで登場。
ボストンのリードボーカル:ブラッド・デルプが昨年無くなっていたことは、今日のこのグラミーで知った。
高校時代、ボストンのファースト、セカンドをどれほど聴き込んだことだろう。
ボストンのギタリストだったバリー・グドローのソロ・アルバムまでも彼は歌っていたんじゃなかろうか。
デルプはバンドの活動休止中にはBeatlejuiceなるザ・ビートルズのカバーバンドでプレイしていた。死因は一酸化炭素中毒による自殺であったことが警察から発表されたそうだ。
享年55歳。合掌。
以前、ブログにも書き記した書籍『クラウディア奇蹟の愛』を奈良の従兄弟:太に贈呈したところ、歓びのメールが届き嬉しかった。
改めて概要を語ると、91年のソ連邦崩壊後も蜂谷弥三郎さんは恐怖心が先立ち、なかなか日本に連絡をとれなかった。だが、96年、51歳になった娘さんが訪ロし再会を果たした。
日本で、独身を貫いた久子さんがご健在で、夫を待っていると知ったクラウディアさんが、最も強く弥三郎さんに帰国を勧めたそうだ。
書籍の冒頭引用されているのが、弥三郎さんとの別れに際してクラウディアさんが書いた手紙の一部。
後のテレビ映像で見た、半世紀ぶりに夫:弥三郎さんと再会した時の久子さんの可愛らしさといったらなかった。そして弥三郎さんの精悍なこと。
久子さんは、持ち込まれた再婚の話などは全て断ってきたのだ。夫が生きているかさえどうかわからない51年もの間。
51年…
まだ、おいらではその時間を知りようのない長さだ。
夫の絶ちがたい望郷への想い。
途方もなく想像もつかない51年間の日々を待ち続けた妻の想い。
夫を救った孤児の女性がもたらした果てしなく広大な懐。
学ぶことは多すぎる。
この書籍の存在を知った後、田舎のおふくろにも即読んでもらった。
母方にあたるおいらの祖父も、終戦と同時にロシア兵によって満州から連行され、捕虜になった経緯もあるので、この話は他人事ではなかった。
まかり間違えば同じ運命を辿っていた可能性もあった。
報道で知ったのだが、残念なことに昨年07年5月に久子さんは逝去されたそうだ。
すべての日本人も、すべてのロシア人も、心から彼女のご冥福をお祈りしなければならない。
投稿者 yonezawa : 02:51 | トラックバック(0)
2008年 01月 2日
RESURRECTION
久々に茶の間という空間に座し、正月番組をザッピングしているがあまり興味深いモノがないので、年末撮り溜めた特番を鑑賞。
昭和を振り返った昭和天皇崩御までのいきさつ、松下幸之助、中内正らの生涯の軌跡を辿る特番が興味深かった。
やにわに年末購入したDVD『LIVE RARITIES/VAN HALEN』やら、年明けに入手予定のブート『RESURRECTION/THIN LIZZY』と、1979年前後の気分に浸る師走から新春。
昔、たけしさんの発言にもあったレニー・ブルースの軌跡を知りたいと思いたち、ダスティン・ホフマン主演のDVDを探すがプレミアついて¥ 9,480〜もしやがる。
実在した毒舌コメディアンの栄光と転落の人生を描くレニー・ブルースの物語はいかように描かれているのか。
イースト:吉田宏兄のプロデュース深夜番組『たけしのコマネチ大学数学科』。
第35回国際エミー賞にアジア代表としてノミネートされた放映の分を、遅ればせながら今日初めて観た。
授賞式までのシーンが想像よりも克明に撮影されており実に興味深かった。永久保存版の内容だ。
「仮にもし受賞しちゃったらこのスピーチを」と、事前にメモを用意していた吉田兄の緊張感に微笑しさを覚えた。
結局、同番組はベスト4入りを果たすものの残念ながらグランプリとはならなかったが、スタジオで「何を言おうとしていたか、そのスピーチを読んでみろ」と言われた兄は流暢な英語でさらりとスピーチを終えた後、突然QUEENの『We Are The Champion』1フレーズをシャウト。
照れながらも仕事を全うする兄の姿に感動を覚えたおいら。ロンドンでのLED ZEPPELIN以来の刺激を受けた新春の一コマだった。
きっとたけしさんも吉田兄が大好きに違いない。
吉田兄、失速ライヴに殿を呼ぼうぜ! たまにはさ。
それにしても受賞を逃した瞬間、号泣したスタッフの一人が印象的だったなぁ。おいらは1997年:ベネチア映画祭の感動をしんみりと思い出してしまった。
午後から近所の八幡宮へ初詣。風が冷たかった。
飛び込みで喰ったラーメンが酷くまずく愕然。大失敗の胃袋に遺憾。
2日から営業してた楽器屋でVOXペダルワウを新調し、デパートでコートを購入。帰り間際に食材を仕入れ、なんとも正月らしい買い物を終え帰宅。
投稿者 yonezawa : 19:05 | トラックバック(0)
2007年 12月 15日
大韓航空機爆破事件
午前7時まで続いた昨夜の宴に午後まで爆睡。
しかしまったくI徳も元気な男だ。暮れか新春に自宅を訪問してやることにしよう。
上機嫌のRちゃんと久々のお風呂を済ませ夕食。
夜、大韓航空機爆破事件を扱った番組土曜プレミアム特別企画『大韓航空機爆破事件から20年 金賢姫を捕らえた男たち~封印された3日間~』
概要「1987年11月29日――北朝鮮工作員・金賢姫らによって大韓航空機が爆破され115名の命が犠牲になった。あれから20年、封印されてきたもうひとつの真実が明かされる!!」を見た。
海外から帰国したばかりの、飛行機が身近な感覚にある最中、こうした航空機事故の番組は心象に厳しい。
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の工作員「金賢姫=蜂谷真由美」が時限爆弾を仕掛け、飛行中に爆破させたテロ事件であることは公然の事実となっているはずなのに、この事件は多くの部分が闇の中となっている。
日付が変わった頃、コミックス入稿のため編集部へ。誰もいないフロア内で、深夜3時を回るまで入稿作業に没頭。
投稿者 yonezawa : 05:08 | トラックバック(0)
2007年 10月 29日
証人喚問
衛星放送でレッドソックス優勝の瞬間に、NHKでは守屋前防衛次官の証人喚問が開始。
「山田洋行」の元専務からゴルフ接待を受けていた守屋氏と妻は、ゴルフバッグに偽名の名札をつけていたこと。
そしてその接待は自衛隊倫理規程に違反することを認識していたこと。接待はこれまでの報道にあった100回程度ではなく、200回以上にも及んだと語った。
こうした証人喚問のシーンを見たのは、あの耐震強度偽装事件の時期、一世を風靡(?)したマンション販売会社「ヒューザー」小嶋進(元)社長以来。
守屋前防衛次官は、この接待ゴルフに纏わる取材を受けていた際にもゴルフバッグを持っていたのが印象的だった。
それにしても松坂大輔、岡島秀樹、そして松井稼頭央はかっこいいなぁ。
投稿者 yonezawa : 23:43 | トラックバック(0)
2007年 10月 14日
BOXと最高顧問
北野武作品集のレーザー・ディスクBOXを、フランスのキタノ・フリークで親友のリリアン♂に贈呈してしまった。なので改めてDVDでBOXセットを注文。
ところが先日、まこちゃん(篠﨑誠監督)と飲んだ時、「あのLDの解説、オレ書いてんだわ」と伺い、やや後悔。
彼の監督した映画『0093 女王陛下の草刈正雄』は、昨日からシネマート六本木 http://www.cinemart.co.jp/theater/roppongi/ で公開中。
本作は、すべての企画が決まっていた上で監督を引き受けた映画。まこちゃんが監督に徹した作品とのことだ。
オフィシャル・ホームページのタイトルは『人間政治家 渡部恒三のホームページ』
Wikipediaの記述によれば「2007年10月3日、1993〜2004年の政治資金収支報告書で甥で現福島県知事佐藤雄平のマンションを事務所として使っていなかったのにもかかわらず、「主たる事務所」として総務省に届け出ていたことが明らかになった。渡部の秘書は「事務所の実態は議員会館にあり、実態に即していないと言われればそうかも知れない」とコメント。党の若手議員からは「与党の追及がやりにくくなる」と不満の声も出始めた。そのため、渡部はこの問題の責任を取る形で、翌4日付で党最高顧問などの役職を辞任した。」とある。
金の問題でここまで公務員、閣僚、政治家が注目されている昨今、最もそうしたイメージからは遠いと思われた民主党最高顧問:渡部恒三のこの問題。
事務所費などの経常経費が約1億7800万円という数字は、一般庶民にすれば驚異の数字だ。
テレビでビートたけしも言っていたが、民主党は最高顧問の辞職などと言う程度のことじゃなく、バッサリ同党を首にするぐらいの処分をしたら、民主党の金に対する考え方がまだ世間の共感を得られたのではないか。その意見に同感だ。
あと、どんな形でも税金を横領した犯罪(盗人)には時効がないという法律を早急に作ってほしい。そして返還の強制も行ってほしい。
投稿者 yonezawa : 16:06 | トラックバック(0)
2007年 10月 12日
有明
そうか、内藤×亀田戦はそういう結果であったのか。
前々から決まっていた取材がバッティングしていたので有明へは行けなかったのだが、昨日の試合を振り返る記事を読むと、現場の風景が見て取れるようだった。
反則行為の酷かった試合内容もさることながら、年上のチャンピオンを「ゴキブリ」呼ばわりして「負けたら切腹」とまで言いきった挑戦者側の態度は、切実にいただけなかった。
録画した試合を観て記事内容を更に納得。
かつて名勝負と言われた試合で、闘った両者が試合後健闘を讃え合い、因縁の2人が控え室で握手を交わす映像を見て、何度涙したことだろう。
同じ質と同じ量の苦しいトレーニングを経てリングに上がった者同士は、ある意味戦友のような存在だと思う。
スポーツはどれでも例外ないが、ボクシングの後味の悪い試合ほど、嫌な気分になることはない。
正真正銘の世界ボクシング評議会(WBC)フライ級王者:内藤大助(33)選手には、賞賛の拍手を贈りたい。
投稿者 yonezawa : 19:38 | トラックバック(0)
2007年 09月 30日
一撃で一蹴
NTV番組『ビートたけしの独裁国家で何が悪い!? 日本の未来を考えるSP!!』を録画した映像を鑑賞。
特番内でのビートたけしの一言が、某政治家、某知事らの言葉を一撃で一蹴する痛快な場面が最も的を射たシーンとなり、しかもその一瞬の意見が、博識さ、攻撃性、共感性、冷静さを感じさせた。
TVタックル出演時における大竹まことも同様。
くりぃむしちゅー上田晋也の仕切りは違和感がなかった。
今日放送、TBS「からくりテレビ」での「竜之介バンド」もクールですごかった。
つい先日、音楽ビジネスで来日していたスティーヴィー・サラスとは残念ながら再会とはならず、しかし年内再来日のメールを受け、是非とも酒席は実現させたいところ。
来週はメイレイの来日。
随分先の日程だろうとタカをくくっていた行事が手帳を見ればあっとう間に訪れ「そう言やぁもう10月じゃん!」と結局一週間前になって襟を正すのである。
来週一週間の予定は早くもすべて本日確定。
夕食メインには久々のステーキ。
塩とブラック・ペッパー、あるいか醤油とワサビで食すステーキ。
状態のよい肉は、焼いて塩だけが最も美味い。25年前、福岡の仕事場『ロン』で喰ってたサガリが懐かしいぜ。
投稿者 yonezawa : 23:00 | トラックバック(0)
2007年 09月 15日
辞任
安部さんは最後まで間の悪いお方だった。
13日、取材先のホテルで安倍首相辞任のニュースを知る。
確か10日に安倍総理大臣は「自分の政治を目指して全力で取り組む」と言ったハズなのにこんな時期に辞任のニュースで驚いた。理由は「自分が総理だと『テロ対策特別法』が延長できない」だと。
今年11月に期限が切れるテロ対策特別措置法。立ちはだかる民主党:小沢代表。
自民党総裁選に立候補するのは、福田康夫元官房長官と麻生太郎幹事長。
正直安倍内閣には常々幼児性を感じていたが、スチャラカにっぽんはこの後どこへ行こうとしているのか…
総裁選の結論は23日。
投稿者 yonezawa : 22:09 | トラックバック(0)
2007年 08月 26日
違和感
午前、緑朗を最寄り駅へ送迎。
少ない睡眠時間のせいか二度寝に2時間。
録音容量の少なくなってしまったHDD内の番組を削除するべく、斜め視聴。
「中華航空機が那覇空港で炎上 乗員乗客165人無事」のニュースは、滞在中のロンドンのテレビで見た。
報道では数センチのボルトが出火の原因だと言っていたが、海外滞在中の頃、飛行機事故のニュースほど気分の悪いモノはない。
わずかの海外滞在の場合でも、どういうワケだかいつもより日本のニュースが気になるもので、異常気象にしろ、朝青龍のゴタゴタにしろ、なんだか目に飛び込んでくるのだ。
原因不明の火災で機体が炎上。まだ原因もハッキリしない段階で、「死傷者を出さなかった。人命を最優先し、乗客を避難させた(自分たちの)サポートは素晴らしかった」的理由でハグしあっている、中華航空乗員のパイロットなどが健闘を讃え合う映像は違和感でいっぱい。
投稿者 yonezawa : 01:21 | トラックバック(0)
2007年 08月 19日
戦争の爪痕
日テレで24時間テレビで見た蜂谷彌三郎さん、久子さんの、あの有名なエピソードに改めて心が揺れた。
久子さんは先頃、彌三郎さんの腕の中でご逝去されたそうだ。
「蜂谷彌三郎さんはスパイを助けたという身に覚えのない容疑でシベリアの強制収容所送りとなった。七年後の1953年に釈放されたが、ソ連当局の監視は続き日本に帰れず、そこで同じような境遇のクラウディアさんと出会い結婚し、お互いを支えあうようになった。しかし蜂谷さんは日本で既に結婚していて生死のわからないものの妻と娘がいた。日本への思いは募るものの帰国できない日が続いたが、それをクラウディアさんは温かく見守ってきた。そして1991年ソ連が崩壊して今なら日本の家族に連絡がとれると思い、手紙を出した。日本の妻、久子さんは再婚もせず帰りを信じて待っているという。クラウディアさんのやさしい言葉もあって、ついに蜂谷さんは帰国を決意する。辛い別れもあったが51年目の帰国となった。」なんたる戦争の爪痕よ。
明日以降の準備が何も出来ていない。
深夜上がる原稿を引き上げ、午前7時7分の成田エクスプレスに乗るべく必至。
明日から週中までロンドン。仰天更新はそれ以降に。
投稿者 yonezawa : 13:30 | トラックバック(0)
2007年 08月 16日
MUSIC AIR
おいらの加入するJ:COM(TV)では、223chでの放送だった『MUSIC AIR』という音楽専門チャンネルが急に無くなった。いつの間にか223chが消滅しているのである。
『MUSIC AIR』は、MTVやスペース・シャワーよりも断然視聴頻度の高かったチャンネルで、ある日忽然と映らなくなった。その事態の意味が判らず思わず問い合わせた。
中一日で『MUSIC AIR』より返信メールが到着。親切丁寧。
「(前略)…J:COMとは昨年末から番組供給に関する交渉を重ねた結果、7月末をもってチャンネルラインナップから外れる事になりました。我々も不本意ではございますが、特にJ:COMでミュージック・エアをご覧いただいているお客様にはご迷惑をおかけすることになり、大変心苦しく思っております。しかし、最終的なチャンネル編成については、J:COM殿が決められることです。CATV局にとっても、お客様からの声は重要なマーケティング・データですので、よろしければ、J:COMフリーコール 0120-999-000(受付時間 9:00〜21:00)に直接今後の放送に関するお客様のご要望をお伝えいただければと存じます。…(後略)」
なるほど。交渉決裂により番組撤退の事実を知ったのだった。
このMUSIC AIRのおかげでギタリスト・トミー・エマニュエルとも出会ったし、海外の食指の動く音楽番組を知る機会が最も多いチャンネルだった。
続いてJ:COMからの回答も受信。
基本的に「せっかく見てくれてたのにごめんなさい」的文面に、「今後もよろしく」といった締めで綴られているのだが、きっと同じ文面を複数の問い合わせの人たちに送信しているのだろう。おいらの名前:米澤様と記すべき箇所に、「仲井様」という名前もあったので、きっと「仲井様」へのメールを送信した後、名前の部分を「米澤様」と書き換え、おいらに送信くださったのだろう。
他人事ではないミスである。しかし間抜けだ。急に自分の名称が別名に変わって、文面が一瞬理解できなかったりもしたのだった。
最終行、「本メールに掲載された文章を許可なく転載することを禁じます。」と記載されているため、引用できなかった。残念。
明日明後日はクラシック取材で、明日は河口湖音楽祭へ。早朝6時出なのだ。
投稿者 yonezawa : 10:35 | トラックバック(0)
2007年 08月 4日
時代の趨勢
炎天下の駐車場に晒された乗用車の、車内の温度は尋常なものではない。
最低温度を設定し、最大出力でクーラーのスイッチを入れて緊急冷却の体勢。
車の中に置き去りにした乳幼児を、熱中症などで死亡させる事件が頻発しているが、大人でも同じ条件の下取り残されれば死んでしまうだろう。
どういった神経を持って、こうしたあり得ない事件を起こしてしまうのか。子供をバイクの座席下に入れて殺す親もいる時代の趨勢。
驚愕させられる保護者の神経は人にあらず。
睡眠時間のほとんどとれないまま、西東京方面での買い物を終える頃、原稿アップの時間を確認。深夜、空気圧を調べガソリンを満タンにし、入稿作業のためYJ編集部へ。フロアは珍しく無人だった。
午前3時を回る頃、入稿&雑務、無事終了。
試合をちゃんと観戦しているわけじゃないけれど、ヤンキース:松井の驚異的なペースの打ちまくり報道が嬉しい。
投稿者 yonezawa : 06:26 | トラックバック(0)
2007年 07月 22日
思想弾圧
湿度の高い1日、車内の温度も急上昇。
数軒の買い出しへ行き、久々に家でのんびり過ごせた週末だった。
![]()
深夜、ドキュメント番組観戦。
太平洋戦争下の特高警察による,研究者や編集者に対する言論・思想弾圧事件を取材した『横浜事件』がいたたまれない。
特高による生々しいリンチのような取り調べの事実。極めてメチャクチャな拷問を受けた親族、身内、関係者らの、信憑性の高い証言から目が離せなくなった。
知れば知るほど、司法の裁きに疑念の気持ちが沸き起こるばかり。
まかり間違い、当事者となったが最後。天と地の落差以上の恐怖。
「法律に基づき対処します」という最近の政治家の発言も、その法律(ザル法)の中身を知ればまるで素直に聞き流せない。
いつの間にか決まってしまった恐ろしい法案(「共謀罪」とか)を全く知らないまま、日常を過ごす可能性だって大いにあり得るのだ。
戦後60年以上が経過しても「治安維持法」の教訓が、未だ生かされていない証明を見るようだ。
投稿者 yonezawa : 04:33 | トラックバック(0)