2010年 02月 1日

シンフォニー

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 雨模様の昼下がり。頭の中では、オーガニックで雄大なオーケストラのシンフォニーがこだましている。
 滅多に音楽を聴きながら街には出ないけれど、今となっては骨董品と化したMDを諸事情あって引っ張り出した。編集部までの道中を、ある1枚の音源に集中してみた。

 夜、入稿によって約束から1時間も遅れてしまったが、銀座で最重要打ち合わせの中の1本を終え、近場のバーで軽くハイボール。
 右隣の輩も2杯目以降はおいらと同じ飲み物に代えた。
  
 外は益々降雪が続いている。
 思えば昨年の暮れからまともに雨の日に遭遇していなかった記憶だ。
 降り出した雪はやけに大粒で、いつも列をなしているタクシーの姿は全然見あたらない。
 東京は雪にも雨にも弱い街。
 ようやく反対車線の車を見つけ帰途に。武蔵野市の闇太郎を通過中、思わず携帯通信からつぶやいてみた。が、Twitter未だへたくそで理解出来ていない。

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2010年 01月 27日

ログインと凪

 夕飯を喰いそびれたので、3月以降の業務における打ち合わせを行うべく、BセクションのKと遅い飯に。
 1年ぶりぐらいに訪れたのは焼き肉屋。
 一般的においらは焼き肉屋に行く機会は少ないように思う。たまの肉だからこそ、美味さが倍増し、有り難みも増すような錯覚を覚える。
 ほんの一瞬だけS社T氏が合流したが、ほんの30分で彼は帰途についた。

 バー:シンクロニシティに場を移し、K女子の若き友人男子Kも合流。その男子Kが到着するまで携帯を駆使し、ツイッターのログインに必死の我々。
 せっかくバーに来たのにろくに話もせず、なんとかフォローするやり方などを見つけたりしながら、どうでもいいつぶやきを書き込んでみた。
 すると編集部のFはすかさずチェックを入れてくれており、このツイッターという機能の特性とスピードの速さを窺い知る。
 到着したフレッシュな男子Kは先ほどまで校了だったそうだ。

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 やがてお開きとなり、彼らを見送った後、おいらは寒空の中ゴールデン街へ導かれ、「凪」では初となるつけ麺を一人黙々と貪った。ラヂヲ先生ごめんなさい。

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2010年 01月 20日

Norah Jones

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 虎ノ門で映画『マイレージ・マイライフ』試写を経由し、赤坂へ移動。
 赤坂BLITZで行われたノラ・ジョーンズ1ナイト・ライヴの観戦。
 冒頭からムスタングを抱えて登場したノラの姿に驚いた。蓋を開ければライヴの半分以上のトラックでギターを披露したノラ。
 ざらついたリバーブ効果に、ほんのりトレモロがかった魅力的な音色。チャーミングに奏でるギターがなんとも言えない温かき空間を演出する。

 まさしくノラ一色の世界。冒頭1曲目の歌が聴こえた瞬間、一気にノラの技量を思いしらさられる。デビュー10年前後のミュージシャンで、こうも惹きつけるヴォーカルを聴かせるシンガーは果たして何人いよう。男なら断然ジョン・メイヤーだろうか。

 生ビールを飲みながら、スタンディングで1時間の公演を堪能し、近場の焼鳥屋へ。
 取り立てて芸術の話なら全幅の信頼を寄せる“モノカキ”なHさんとの席が贅沢で有り難い。

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2010年 01月 14日

Rodrigo Y Gabriela

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 比較的短いスパンで来日を果たしているアコギ・デュオ:ロドリーゴ・イ・ガブリエーラ。ZeppTokyoの来日公演観戦へ。

 以前、渋谷duoで圧巻のステージを拝聴し、今回2度目のロドガブ体感。
 全体的にロドガブの中でもトリッキーな技の応酬で、パーカッシヴにギターを叩くシーンの印象が際立った。
 しかし、集客としては充分過ぎるほどの動員があるものの、個人的にはロドガブのライヴとしては大きすぎるような箱の印象も抱かせた。
 観客との距離感が最も大事なユニットだと感じるから。

 場を中央区へ移し、同行した編集と食事の席に。
 結局、忘年会をやれなかった彼と新年会。今年は彼と、いくつの取材が実を結ぶのだろう。

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2009年 12月 26日

今年最後のbambi

 今日までにやるべき家事を終え、今年最後のbambiリハへ。
 このバンド、集合する度に新曲が追加され、この1年足らずの間にレパートリーは180曲以上。尋常でない創作スピードはここにきても止まるところ知らず。

 コードを譜を見ながら、即席のアレンジメントで順繰りの音出し。
 ある種の化学反応を見せるトラック、すでに1回目で完成に近い仕上がりを見せるトラック、自分自身、どうしてもコード・トーンに絡みきれないトラック。様々な感触を得、予定していた阿佐ヶ谷の居酒屋バーで乾杯。

 まぁこれだけバラバラ異業種メンバーの集いは、各々の持ち場ネタがまちまちなので特殊な面白みが満載で、今宵の酒も爆笑の夜となった。
 今年は長野での遠征ライヴもこなしたし、数回の都内でのライヴもこなした。
 アマチュアにしてはかなり活動的な1年だったと回想。

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 やがてお開きとなり、戸外に出て商店街を歩いていると「ラーメン丸長」の看板を発見。
 もしかして荻窪店の姉妹店?と思い、メンバーを見送った後、一人ふらりと入店。勿論つけ麺をオーダー。
 丸長の系譜が書きつづられたポスターが貼ってあり、この店もあの丸長グループの流れをくんだ系列店とは判ったが、味の方はおいらにとって可もなく不可もなく。 

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2009年 12月 25日

F班忘年会

 編集部F班での忘年会は人形町。
 編集Mの御用達だと言うこの店は、目の前でも焼く炭火食材が美味い。
 調理場で用意してくれる分の肴類も申し分なし。出された端からスポーツ部員の打ち上げのごとく、即刻品々がそれぞれの胃袋に消えてゆく。
 ビールはほどほどに、芋焼酎を流し込みながら、少し遅れた編集部員を含む総計6名で集った機会が嬉しい。

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 例えば編集部の隣に座っているスタッフと飲む機会など、年に1度あるかないか。スケジュールなど、そんなものどうでにもなろうよ、っと昔は強引にどうにか融通をつけてきたものだったが、今の現代はそれぞれのスケジュールがあわないとホントに全然会う機会もなく、顔を合わせない日も希ではない。
 だからこそ珍しい面子の酒席と言えた。至ってくだらない会話の応酬が心地よさに拍車をかける。
 
 二次会は新宿。
 今日の段階でも、悲しいかな最後の入稿を残している編集部員は上がり時間にあわせて引きあげ、最後は編集:Aとサシ飲み。
 つい2日前に第一子を授かったAの子は、つまり天皇誕生日に産まれたのだった。おめでとう!

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2009年 12月 22日

POCKET忘年会

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 写真をCDーRに移し込む時間がかかって大変。
 夕方、デザイナー・チーム:POCKET忘年会の席へ。

 日々、最も頻繁に仕事の絡みがあるPOCKETスタッフと飯を喰うのは1年に1回以下。
 それぞれがぞれぞれの場所で雑誌作りに関わる故、各々のスケジュールが本当に合致することは、ほっといたら永遠になさそう。
 誰かが泣いて強引にスケジュールを確保しなければ決行には至らない。
 そして本日決行。

 新宿のレタス鍋屋へ総勢5名で到着。編集者おいら一人。
 昨日の酒を引き摺っていたせいで、ややおとなしめにフェイドイン。温かい鍋が身体を温める。
 この日にか一同に集えない優秀なスタッフと語り合う時間が、アホで愉快でたまらなかった。
 労いの席で一緒に同じ飯を喰い、同じ酒を酌み交わす。そんな行為が外交の基本なのでは? と、思わず外務大臣の顔を想像した。

 編集:Mが到着。ヤツとは昨日の酒も一緒だったのだ。
 河岸を変え、バーSでシャンパン乾杯。この瞬間、「この飲み会はせめて年に2回はやるべし」と誓う。
 数々沸き起こるケアレスミスを〆切にあわせ調整し、きちんと納品している彼らなしでおいらの仕事は成立しない。
 皆様、今年もお疲れさまでした!

投稿者 yonezawa : 21:36 | トラックバック(0)

2009年 12月 21日

フリーペーパー『熱風』

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 伸び伸びになってしまっていた亀渕兄との飯が、この師走になってどうにか叶いラッキー。
 ソニー・ミュージックMさんにご配慮戴いたアジカンのZEPP公演はS、M、A(後にゴールデン街で合流)に託し、新宿の待ち合わせ場所へ。

 氏は、書店で無料で入手出来るフリーペーパー『熱風』に「ドーナッツ盤に恋をして」という、とてもチャーミングで魅力的なコラムを熱筆されておられるのだが、おいらはその熱心な読者だ。

 待ち合わせの場所へ到着し、再会を果たし椅子に座る前から、もう速射砲のように語りつくす。次回の機会がいつなのか判らぬ故、会ったらとにかく速射砲。

 アメリカン・ロック、ブリティッシュ・ロック、70年代、60年代、80年代、90年代、そして現在。
 マイケル・ジャクソン、ジミヘン、ビートルズ、リトル・リチャード、民主党、自民党、洋画、酒、新宿、正月、鍋、寿司、山、コレステロール、会社、社長、江口寿史、夢枕獏、母、父、文章、コラム、仕事、ツェッペリン、ニッポン放送、ウィキペディア、お笑い、北野武、ギター…
 話が途切れない。

 脱線しまくる節操のない話題は、これ以上ないほどの興味深さへと突き進む。
 亀兄、何でも知っている。物事をいつも優しい目で見つめている。
 60歳代の亀兄は、例えば18歳から30歳ぐらいまでの時に持ち合わせるような鋭い感覚の瞬発力を今もまったく失っていないことを、45歳のおいらが感じている。

 『熱風』に執筆されるコラムの、例えばたった2行を書こうと思えば、文献を2.3冊読み漁り、事実関係を突きとめなければならない。その真摯な姿勢が胸を打つのだ。そんな意味もあり、コラムの放つ熱風を感じずにはいられない。

 話の途中、氏が1冊のボロボロになった片手サイズの洋書を取り出した。
 例えばミュージシャンの正確な名前、アルバムのタイトル、年度、関係者各位とのいきさつなどは、その洋書を参考文献の1冊にされておられるとおっしゃった。
 ページをめくると、蛍光ペンで何カ所もアンダーラインが引かれてあった。
 感服。
 アンダーラインなど、もう何年使っていないだろう。
 本を読むときには確かにアンダーラインが必要だった。
 自分の鞄にはピンクのアンダーライン用のペンを常備させているにも関わらず、何年もその作業をすっかりスルーしている。
 ふいに母が学生時代からずーっと家で使っていたボロボロの辞書を思い出した。
 亀兄と語ると、様々な景色が思い出されてきた。

 古き時代を知り、最先端の今、巷に流れる音楽を聴き、そして自ら欲する音を求める。
 2007年12月、ロンドンの地で偶然の初邂逅を果たした亀渕兄との出会いは、今生涯の宝となった。

投稿者 yonezawa : 21:36 | トラックバック(0)

2009年 12月 11日

異業種ゴールデン呑み

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 小雨降る肌寒い中、夕方ゆうぽうとを経由し帰社。
 雑務を終えた夜、随分久々にベテラン編集Sとの飯タイミングが合い、小雨の中、新宿へ。
 何のビジョンもないまま安い寿司屋へ飛び込んだ。

 こうして語るのも、きっと2年以上は経過しているような記憶だが、この男の放つおおらかな雰囲気はいつでも場が華やかになると感じさせる。
 ふいに編集Kより連絡が入り、30分後に合流することに。
 さらに音楽人Tより、この場所からわずか50M程度離れた場所から「飲んでます。今日はどちらですか?」メールが入り、さらに30分後に合流。

 異業種が入り乱れてのゴールデン呑み。こんな日もあるものだ。

 目尻が下がり、頬が赤くなった頃一足先にSが帰宅。
 Tの誘いで渋谷へ向かい、深夜から明け方までセッションを行っているというクラブへ移動。
 階段を下りると、とても心地よいリズムの乾いたアシッド・ジャズ・セッションの音色が聴こえてきた。
 そもそも、おいらもキリのいいところで飛び入りしようと目論見、しばーらく観戦していたところ、徐々にまぶたが重くなってきてしまいTに促され帰途に。
 確か前に一度、ライヴやったことのある小屋だったような… 

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2009年 12月 7日

理想的

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 漫画家:寺田克也さん、女優:藤谷文子さん、ヴァイオリニスト:宮本笑里ちゃんらが、Rちゃんと同じ誕生日。
 本日12月7日からRちゃん3歳。おめでとう!

 先日、編集部Tの披露宴で飲み明かしたS誌Cと初サシ飯へ。
 飛び込んだ店は先月半ばにオープンしたばかりの和食屋。
 Cのなじみの店:Vに移動し、無ければ構わない前提で「スティーヴィー・レイヴォーン」をリクエストした直後、店でちょっとした事件が発生。まぁよし。

 この店で初めて知り合った若き面々と、まるで長いつきあいのあるような距離感で語れる一時が嬉しかった。
 酒とは何故こうも人との距離を瞬間的に縮めてくれるのか。
 昼間に名刺を持って大作家のもとを訪ねるよりも、酒の席で隣り合わせて作家に出会う方が、編集者にとっては理想的なのだ。

投稿者 yonezawa : 01:54 | トラックバック(0)

2009年 11月 30日

熊谷貫

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 写真家:熊谷貫と久々の再会を果たす。
 例によって延々スケジュールの折り合いがつかず、延期の上に決めたタイミングとなっていたが、予定した日程(今週末)をさらに当日変更し、急遽本日とした。
 待ち合わせのちゃんこ屋も久々で、店のおばちゃんに皮肉を言われるのがこの店の鍋シーズンに入ってからの恒例の約束事。

 かつて、貫と最も密に追いかけた取材対象者は北野武監督、ボクサー畑山隆則だった。
 映画『菊次郎の夏』のエンドロールには貫の名が刻印されており、畑山の最初の写真集『ハタケ』は、彼の熱意と誠意によって商品化に導かれた。
 積もる話も酔いに連れグズグズになってゆく。その様も、あの頃の飲みの傾向となんら変わらない。
 現在、一流の場所で一流の写真を撮り続ける貫の活躍が、今改めてとても嬉しい。

投稿者 yonezawa : 19:11 | トラックバック(0)

2009年 11月 28日

誕生会

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 メールの時代になり、「誕生日おめでとう」メッセージを戴くことは急激に増えた。
 本日45回目の誕生日を迎えたおいらの祝いをRちゃんの誕生会(12/7)に置き換え、Hが自宅へと招き行ってくれることに。
 出会って30年近い年月が経過するHとも、長いようであっという間だった。

 手製で仕込んだ餃子、それに美味いと評判の既製品キッシュ、それに試飲して決めた赤ワインを2本持ち込み宴開催。

 本来なら、Hとおいら、それにYっちゃんも加わるのが高校時代からのノリなのだが、彼は名古屋に長期出張で参加ならず残念。電話での参加に。
 やがてH家の面々も揃い始め、Rちゃんを中心にホットな時間が流れる。
 ケーキに3本ローソクを立て、Rちゃんの前に差し出したら彼女は当たり前のようにフゥーっと吹き消した。
 まだ教えてなかったはずなのに。子供の学習能力のすごさを感じる。いつもはあまり率先して食べないケーキをRちゃんも珍しく頬張った。
 なんと温かい時間が流れるのだろう。 
 HからRちゃんへのプレゼントはティディベア。
 Rちゃん、もうぬいぐるみは何個コレクションしたことか。誕生日はおよそ1月前にすでに終わってしまったH家のSちゃん、年明け早々に誕生日を迎えるH家Kちゃんのために、おいらは時期のずれた誕生日プレゼントを贈呈。もはや全員誕生日状態。
 H、Eちゃん、Kちゃん、Sちゃんには心より感謝。
 結局男性陣2名は赤ワインを4本飲み干し、やがて楽しかった宴はお開き。

 帰り道、不意に思い立ち、一瞬でもRちゃんとの時間を共有戴きたく、先ちゃん、テンホーちゃんらにお誘いメールを送信。
 すると彼らはものの数分で集ってくださり、Rちゃんとの貴重な時間を闇太郎で過ごすことが叶った。
 おいらの誕生日には、Rちゃんとの思い出がたくさん重なった。

投稿者 yonezawa : 19:14 | トラックバック(0)

2009年 11月 25日

飲め飲め団

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 1日風呂に入らないとものすごく気持ちが悪かった。大いなる嫌悪感。
 朝風呂にも入る余裕がなく1日が始まってしまった。
 入稿を終え、本日やるべき常務をガシガシ前へと推し進め、つい1週間前に発売したばかりの文庫『晴れゆく空』のお祝いと、夏のフランス珍道中の話を窺うべく漫画家:谷口ジロー氏との会食の席へ。
 様々な雑誌、セクションの編集と関係者が集うこの席も、もはやメンバーが固定された感じ。
 宴の場は、訪れた地で最もパスタ類の美味い店:Hで開催された。
 文庫『晴れゆく空』のあとがきに記された谷口氏のフランス珍道中は、通常のあとがきよりも多くのページを割いており、内容のクオリティ同様、贅沢に読み応えあり。

 かつて飲め飲め団:団長だったK兄が身体を壊し、この度2年程断酒を続けておられたのだが、回復を理由についにこの頃飲酒解禁された模様。今夜も数杯たしなまれていた。
 何の権利もないし立場でもないのだが、三度四度、病院生活の姿を見た証人の一人としては微妙な気持ち。
 しかし目の前の仲間と酒を酌み交わすことこそが、最も人間的な行為だと感じる瞬間はない。大きなお世話と決まっている個人的監視はこのまま続けながら、2〜3杯の乾杯だけは大いに共有させて戴きたいところ。って偉そうで失礼、団長。

投稿者 yonezawa : 15:18 | トラックバック(0)

2009年 11月 24日

ラーメンを汁まで全部

 ふいに作家:夢枕獏さんより連絡を戴き、打ち合わせ先の新宿:Hへ移動。
 年内にもう一度お会い出来る機会を得られるのか、世界中を飛び回っておられる氏のスケジュールを踏まえれば難しそうだったが、この時期に再会を得られてラッキー。
 年内も年明けも、国内外を問わずバンバン飛び回る日程が待ちかまえておられるとのこと。
 
 小説、格闘技、釣り、音楽、漫画、酒、あの人この人…ランダムに飛びまくる話がとにかく贅沢でたまらない。

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 雨模様の中、バー:Sを経由し、酉の市で賑わう花園神社を横切り、バー:Hで乾杯。
 クロード・レビストロースからヒョードル、ジェイク・シマブクロにマグナスヨルト、中沢新一に北野武…と、話題は無軌道に発展してゆく。
 「格闘(大道塾の空手)家に焼き肉を喰わせる時には、ラーメンを汁まで全部飲み干させてから、安い店舗に行くべき」等、獏さんに驕られた当事者を知るおいらはその懐かしいエピソードを改めて伺い、腹を抱えた。
 「この酒をロックで飲んでたら『ストレートで飲まなきゃダメだよ』と、某人に注意されたんだよ」という獏さんの注文されたスコッチをおいらも便乗して1杯オーダー。

 何とも言えぬ贅沢な時間が経過し、やがてお開き。

 集ったみなさんを見送り、どうしても小腹が空いてしまったおいらは初モノの味噌ラーメんン屋に飛び込んだ。ラヂヲ先生、ごめんなさい。
 
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投稿者 yonezawa : 15:21 | トラックバック(0)

2009年 11月 22日

おめでとう

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 都内某所にて、編集部のエースでイケメン編集:Tの結婚披露宴2次会に参加。
 到着次第、おいらは飲み放題の赤ワインを延々流し込んでいた。

 スクリーンには、新郎Tの田舎まで赴き撮影されたお祝いコメント等の映像が映し出されている。近所の方々による「おめでとうございます」メッセージに最も心が温かくなった。
 聞くところによれば、彼の地元には信号がないそうだ。おいらの田舎も田舎だが、Tの田舎も筋金入りの田舎。
 生真面目で一本気な性質のTの人格形成は、この地だからこそ培われたのかもしれないと感じさせた。
 3次会、4次会と延々赤ワイン。
 一人二人と行動が別れ、最後は若き編集:Sとカオタンラーメンで〆。よき披露宴だった。

投稿者 yonezawa : 11:51 | トラックバック(0)

2009年 11月 13日

身内が1人

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 アコースティック・ギタリスト:押尾コータローのライヴは2度目。
 以前、初めて彼のパフォーマンスを見た時と同じ国際フォーラムへ駆けつけた。
 前回同様、申し分のないPAのバランスを感じ受けながら、絶妙の間で演奏は繰り広げられた。静と動の入り交じる圧巻のステージングが染み入る。
 控え室でご本人と再会する機会を得、先だって押尾さんとの2ショット撮影を果たした、我が家の核弾頭:Rちゃんの描いたイラスト入りピックを贈呈。
 「これ、芸術作品やないですか!」と押尾さんのお気遣いが嬉しかった。

 同行させたのはフリー編集者でライターのKなのだが、こやつ最近妙に綺麗になってきたなと感じていた。
 新宿に場を移し、Kが呼んでくれたのは彼女の彼氏。
 なるほど、美の秘訣はそこか! と心で感じた。
 身内とも言えるKの彼がもし半端な男だったら、おいらなりの手段で根性を入れ直してやらにゃなぁと、大きなお世話なことを想像していたのだが、登場した彼氏と数杯酒を酌み交わしたら、そんな懸念は即刻吹き飛んだ。
 新しい身内が1人増えた、そんな夜更けであった。

投稿者 yonezawa : 22:26 | トラックバック(0)

2009年 11月 9日

鶴岡食堂

 夕べの深夜、おいらを含む総勢5名が、おいらの泊まるシングルの小さな部屋に押し寄せ、カップラーメンと酎ハイ、ビールを飲みながら過ごしたのだった。
 おいらがベッドの端にくの字になって眠りかけたタイミングで、みなさん容器を片付けつつ、明け方帰途につかれたようだ。

 無料だった8時30分までの朝食バイキングは断念。11時近くまで起きられず。
 
 シャワーを浴び、先ちゃんと近くの喫茶店でお茶。12時過ぎにはホテルまで秀ちゃんが迎えに来てくださった。
 秀ちゃんは3日続けておいらたちのサポートを買って出てくださり、とにかく感謝の極み。
 今日の昼には、『鶴岡食堂』のチャンポン。水俣入りした直後に食べることが決まっていた物件だ。

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 海っぺりに車を駐め、店構えを見ると、もうその時点でこの店が美味いのかそうでない店なのかの判断がついた。もはやこの勘にさして誤差はない。

 チャンポンを3つ注文したのだが、水は勿論、お茶も自らきゅうすにお茶の葉を入れ、お湯を入れて戴くシステム。

 一口二口。地元のみんなが口をそろえて「鶴岡食堂のチャンポンを食べた?」と聞いてこられた意味を重々理解。申し分のない美味物件との遭遇だった。
 
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 食後、直ぐ近くの秀ちゃん宅まで送っていただき、16時頃に戻ってくるという約束でユーノスコスモをお貸し戴いた。
 こんなスポーツカーに乗ったのは、博多時代の頃の117クーペ以来だったか。
 ちなみに秀ちゃんのガレージには、ユーノスコスモ、社用の車以外にも数台が保管されており、おいらは黄色いポルシェの影を見逃さなかった!
 いずれにせよ、オープンカー仕様の車種は初体験だ。しかも助手席には世界の江口寿史兄!
 すこぶる天候の良き水俣の町並から海沿いまでオープンカーで激走することとなった。

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 なんて有り難いナイスな旅なのだ。
 市役所で最後のサイン描き業務を経由し、「水俣市の本店のここまで来なければ買えない」という名和菓子店『美貴もなか』本社を訪問。

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 『美貴もなか』の商品は、デパートにも卸していないし、インターネットでも買えないそうだ。
 その姿勢こそ、有象無象の情報社会と化した現代における真摯な新ビジネスなのでは? と逆に感じた。
 1個1個手作り故、1日で生産する量も限られるそうで、毎日完売するそうだ。
 品質が落ちるといけないので、無理な大量生産は絶対にやらないのだそうだ。
 甘い物は苦手なおいらだったが、職人上がりの社長の深い言葉は印象深かった。

  オープンカーで秀ちゃん宅へ帰還し、またしても秀ちゃんには新水俣駅まで送って戴いた。なんと御礼を申し上げればよいのやら。
 秀ちゃん、何から何まで本当にありがとうございました!
 走り去る秀ちゃん号に会釈をし、我々は新幹線で八代駅駅へ。

 バスに乗り継ぎ、熊本空港着。
 夕食を戴き、先ちゃんと便の違うおいらは土産売り場へ。先ちゃんは「じゃあ東京で!」っと、一足先にフライトしていった。

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2009年 11月 8日

坂本耕作

 午前11時30分、ホテル・ロビーで市役所関係の方と合流し、トークイベントの会場となる『水俣市のエコパーク水俣バラ園』へ。

 会場には先ちゃんのイラスト展が常設。
 控え室で本日トークショーの打ち合わせを行いつつ、地元コミュニティ誌の取材を受ける先ちゃん。

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 「漫画家のサイン会」というものは、作家の知名度、人気のバロメーターによって現金に集客に反映されることはなく、各地域の民族性(?)ということなのか、大盛況の場合も時に寂しい場合も勿論ある。

 本日、江口寿史のトーク・ショーは超大盛況。びっくり。流石、世界の地元のヒーロー。
 地方自治体なり役所の方がいくつかのメディアで告知されたせいなのか、入口付近は立ち見の入りきれない状態で、老若男女のオーディエンス(!)が大勢押し寄せた。
  
 地元の人気ミュージシャン:Nさんのファンキーな司会で、先ちゃん会心のトーク・ショーを魅せてくれた。
 ホワイトボードに描いたサイン入りのイラストは現地のファンにプレゼントされ、トーク自体でもみっちり1時間強。
 その後、怒濤のサイン会。

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 長蛇の列に並ぶファン一人一人にイラスト入りのサインを描く先ちゃん。2時間以上ぶっ通しで描き続ける先ちゃん。短編1本分ぐらい描いたんじゃなかろうか。マジで。右手にご苦労さま。
 イベントはつつがなく終了し、一旦ホテルへ。

 ロビーには、先ちゃんの同級生のサカモト氏が待っておられた。
 サカモト? 坂本? 坂元?
 先ちゃんに紹介されたサカモトさんは、なんと先ちゃんが『ストップ!!ひばりくん!』を描いた時の、ひばりくんに翻弄されるキャラとして登場した「坂本耕作」と漢字違い。つまり、あのキャラクターは彼の名前から拝借して使ったのだそうだ。
 これは初耳だった。ご本人の名字(坂元)とは文字が違うものの、ひばりくん現役直撃世代の雄であるおいらとしては、なんだかとても特した気分。

 坂元さん、そして新幹線で来れば早かろうに、わざわざ2時間の鈍行で駆けつけてくれたS作夫妻らと共に、居酒屋『遊食三昧』へ。
 イベントお疲れさまのかんぱーい。

 やがてわらわらと、先ちゃんの同級生の初恋の女性陣ら等々が随時合流し、とても不思議な面子で卓を囲んだ。こんな面子で呑もうと願っても、まず不可能だろう。
 
 この旅でお会いした、すべての水俣の方々は温かく、この町への好感度は益々急上昇するのだった。
 ものの小一時間で芋焼酎の5合瓶が空き2本目に突入。耕作さんのペースは尋常でなく、今日の面子での最たる酒豪として確定。

 おいらはS作のくだらない話に腹がよじれそうになり、情けなく実にバカバカしい会話で何度も(可笑しくて)泣いた。
 このままこの時間が永遠に続けばなぁ〜と考えながら、一次会はお開き。二次会の地:秀ちゃん宅へ今日も移動。S作&Mちゃん、ありがとよ!

 秀ちゃんは午後2時から酒をあおっておられるご様子で、こちらのテンションと丁度良き案配。
 夕べも飲み明かした、たくやさんとギター・セッションで景気を付け、今日は赤ワインを戴いた。
 先ちゃん節も炸裂。吉祥寺となんら変わらない宴は明け方近くまで続くのだった…。

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(前回、江口寿史兄が描いた[町のあちこちに貼られてあった]ポスターと関連サイト)
●観光ポスターへの江口寿史氏のコメント

 こんにちは、江口寿史です。
水俣市の丸島町で生まれて13歳まで八幡町に住んでいました。
今回、水俣市の観光ポスターという形で頼まれたんですけど、思い出してみると小さい頃、水俣の海がきれいだと思ったことがなかったんです。というのは、比較の対象を知らなかったから。
 で、特にこう水俣の自然ということに対して意識したことはなかったんですけど、大人になっていろんな場所をたずねて見た目で改めて見ると、海も山もすごいきれいなんですよね、水俣というところは。自然の懐が深い。水俣の人たちはこの自然の豊かさをもっと誇っていいと思うし、そこら辺を他県の人々にあまりにも知られていない感じがするんですよね。あまりにも一面的なイメージでしか見られていない。
 今回のポスターは、水俣を知らない人たちに、ちょっとでも行ってみたいな、見てみたいなと感じてもらえたら、という思いで描きました。また水俣の人たちにとっても、自分の故郷を再発見する機会になってくれたら嬉しいですね。

http://www.minamatacity.jp/jpn/sangyo/eco-town/saaminamata.html

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2009年 11月 7日

1日目

 早朝、起床をRちゃんに悟られないように部屋に閉じこもり、黙々とインタビュー原稿のリライト作業。
 午前9時、Rちゃん入室。気づかれた。
 ので、しばらく作業を中断し、新しいおもちゃでお遊び。ここのところ、何かの付録なのか毎度新しいおもちゃを手にしているRちゃん。
 どこかのタイミングでパソコン部屋に戻って作業を再開するが、ものの数分で「こっちきて!」とお呼びがかかり、まぁ集中出来るわきゃない。

 しかしながら、焦りに反して心はとても嬉しい。
 焦りのココロは、今夜18:20発の飛行機:SNA021便をおさえてしまっていたからだ。
 Rちゃんとお遊びしながらの合間をぬい、午後2時までに8割程度の原稿構築を終え、熊本へ飛ぶ算段がようやくついた。
 午後3時前には2本の原稿をなんとか脱稿させ、関係者各位へ送信。事故がなければこちらで納品は無事完了だ。
 年末年始のおふくろの航空券を確保した午後4時、羽田へ向かう。

 外出する際のRちゃんの「ばいばい」が淡泊で悲しい。外に出たとたんドアの鍵がガチャリとかけられた。
 もう鍵位置に手が届くんだね…。

 明日開催される、江口寿史兄の故郷、熊本は水俣でのトーク・イベントとサイン会を見届けるべく、思い切って初めて熊本へ飛んだのだった。
 
 空港からバスで新八代駅へ。

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 料金は1200円。新八代駅から新幹線で新水俣駅へ。新幹線代金は特急券と自由席で2500円。なかなかよい(高額な)値段だ。
 新水俣駅からタクシーで1000円少々の場所にあった「スーパーホテルCity水俣」へ到着。チェックイン後、先ちゃんへ連絡したらば「○○さん(某個人宅)と言う家まで来て」というのだ
 「タクシーにその方の名を言えば判る」のだと言う。そんな驚くべき情報を頼りにタクシーに乗った。乗ったタクシーは当たり前のようにその方の名を存じ上げていた。

 到着した場所は確かに民家。時間はすでに22時を回っていた。
 タクシーが止まった端から家屋の奥様がお出迎えしてくださり、促されるままおじゃまさせて戴いた。
 家の中に立派なカウンターをこしらえ、普通の居酒屋としても営業出来そうな雰囲気の空間がそこにはあった。

 カウンターには先ちゃんの同級生やら、知人の知人というメンツでにぎわっている。
 家の主は山中さんとおっしゃり、完全に飲食店のマスター風情。
 いきなり鯖の極上刺身を戴き、何のためらいもなく焼酎を戴いた。

 数分後、カウンターの彼は「私は秀ちゃんでいいので、よねちゃんと呼ばしてもらうね!」と言った。
 肩肘の張らない雰囲気と、温かい人々に、彼らのおおらかな言葉に包まれてしまったおいらは、あっと言う間に彼らの空気に馴染んでゆくのだった。まるで長年の仲間のごとく。
 その際、先ちゃんはというと、カウンター後ろの座敷部分で軽く仮眠中。
 先ちゃんはゆうべ5時まで飲んだ後、6時20分のバスに飛び乗って来たという豪快なコンディション故、無理もなかろう。
 
 壁にかかったアコースティック・ギターを弾かせて戴き、ロック談義に花が咲き、深夜3時を回るなかなか深い時間まで飲んでおひらきに。秀ちゃんご馳走様でした。
 ホテルへ戻り、タイマーを7時50分に合わせた。

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2009年 11月 2日

入園願書〜面接〜bambi in 長野

 早朝起床。最寄りの幼稚園に必要書類を届け、正確な面接の時間をその時点で知り、一旦帰宅して備える。
 私立の仰々しい幼稚園ともなれば、整理券をもらうべく寝袋持参で徹夜で並ぶケースもあるのだと言う。まったく理解しがたいこの異常なシステムを当事者の世代を持つ親となって初めて知る。

 長野ライヴのリハ時間にはなんとしても間に合わねばならないので、午後「なる早」の新幹線に飛び乗った。ネットで調べた出発便のうち2本が残念ながら運行しておらず、東京駅で40分も待つ羽目に。
 14時4分発の長野新幹線「あさま」に人生初乗車。
 中から映る戸外の景色はあっという間に長閑なものとなり、熊谷を通過する時思わず界隈の輩につっこみメール。
 霧に包まれた軽井沢を通過した。

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 やがてJR長野駅着。外はあいにくの雨模様。風が強くて前情報通りメチャ寒。
 駅に隣接するホテル「メトロポリタン」へチェックインし、徒歩でライヴハウス「NDIA LIVE THE SKY」入り。
 サウンド・チェックの最中、長野朝日放送「ザ・駅前テレビ」の取材陣も到着した。このイベントは地元のメディアで紹介される模様。
 34年の時空を超えて復活を果たす伝説のバンド『俄』のリハに聴き入る。

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 オリジナル・メンバーの演奏ーーという真実が余計迫力を感じさせた。本番の熱が楽しみ。

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 最後のbambi逆リハを経て開場。
 どうも会場には入りきれないほどの客が押し寄せている模様。流石、地元『俄』再結成の底力を感じ受けた。
 そしてbambi本番。ステージは狭いが、いつものテンション良好。『俄』のオリジナル「人形館」は、勝手ながらもはやbambiオリジナルの感触。
 我々以外のゲスト:宮川真衣さん、俄組の演奏時間もそつなく流れた。

 そして真打ち『俄』登場。
 ここのところ、何度もLP音源を聴いたあの演奏が、よりパワフルなテンションで再現されてゆく。楽屋下にも聴き漏れる演奏を聴くに連れ、自分なりの感慨にふけいる。
 何故NSPは、オフコースは、時代の潮流に乗っかり成功したのだろうか。小学生の頃、同級生の女のコで生徒会長だったSの家でNSPのカセット・テープを貰ったなぁ。
 『俄』リードヴォーカリスト:宮川さんの声は天野滋の声よりも芯に響く印象だ。

 最後、『俄』に混じってのセッション。「鬼が走る」のいなたさをおいらはタッチワウでちゃんと再現出来たのだろうか。今宵ステージの最終最後を締めくくる「ハイウェイバス」でライヴは叙情的に幕を閉じる。

 こうしてbambi in 長野の初遠征が無事に終わった。

 小雨の中、一斉に撤収。
 一路打ち上げ会場へ。差し入れの野沢菜を肴に赤ワインで乾杯。
 演奏もさることながら、出演者及び関係者のみなさん、人柄も素敵な方ばかり。音楽が紡いだ心のつながりを感じ受ける。

 差し入れの美味しい野沢菜を肴に赤ワイン。
 差し入れの美味しい野沢菜を肴に赤ワイン。
 差し入れの美味しい野沢菜を肴に赤ワイン。

 この作業を繰り返すうちに軽く酔いがまわり始め、打ち上げ会場を後にbambiの面々で〆のラーメン。勿論この地の夜中に食した。

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2009年 10月 30日

 ほとんど寝られずまま5時40分にロビーで待ち合わせ、タクシーで新神戸駅へ。
 6時10分発の東京行きのぞみへ乗車。
 
 車中終始瞳は閉じていたが何故か本格的な眠りにつけず。
 9時頃東京駅。
 
 編集部へ赴き、終電のなくなる時間まで入稿作業。夕飯は出前のげんぱち弁当(鰤)。
 そろそろ一区切り…と考えていた矢先、不意にライター:Mより「飲み足りないので付き合ってけれ」メールを拝受。
 同時に小腹もそろそろの時間帯だったので、寝不足(居眠り)覚悟で深夜のゴールデン街へ飛ぶ。
 Mとも久々、HH店の馴染みのマスター:Yさん、T、Iくんらとも久々。
 河岸をBへ変えた頃、三丁目のHさんも合流し、新宿に最近出来たっぽい24時間営業の寿司屋へ。
 24時間って何だ? こんな店が出来てたのか! しかも寿司屋!?
 ネタがいい加減だと最低だなと思いきや、意外にも充分新鮮なネタが採用されており、最後はしっかり握ってもらった。白ワインが3本消化。
 あー眠い。

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2009年 10月 29日

WBC世界バンタム級・絶対チャンピオン

 特別に楽しみにしていた1日。
 かつてヤンジャン本誌にも世界戦特集で2度ほどご登場戴き、渾身の応援記事を構築した経緯があった。
 次回の防衛戦をクリアすれば、あの具志堅用高以来の2桁防衛記録を樹立するボクサー。
 ファンに間では「バンタム級絶対王者」、つまり世界中のあらゆるボクシング団体の中で最強のバンタム級王者だと認識されている。

 WBC世界バンタム級チャンピオン:長谷川穂積選手への取材日がついにやってきた。
http://ameblo.jp/hozumi1216/
http://www.shinsei-gym.com/index.html

 東京駅でカメラI、そして本日の対談相手として企画する漫画家:高橋ツトムと東京駅で待ち合わせ、のぞみへ。ちなみに11月19日は発売のヤンジャン・コミックス『SIDOOH-士道-』19巻帯コメントは長谷川選手より賜った。
 新幹線の中での昼食は高橋先生推薦の崎陽軒のシューマイ弁当。これが旅の始まりには絶妙に合う。
 15時過ぎに新神戸へ到着。
 駅からタクシーで15分程度のとても環境の良さげなニュータウンに長谷川選手の所属ジムはあった。
 予定時間よりも数分早めにジムへ到着されたチャンピオン。
 現役選手で今最も敬愛している長谷川選手にお会い出来る機会を得られたおいらは、何はともあれ幸せだ。
 ジム脇のテーブルで早速インタビュー対談開始。
 一言一言を大事に真摯に回答くださるチャンピオン。発せられる言葉が試合内容の重さを感じさせ、同時に実に温かい人柄を感じ受けた。

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 時間が足らないと思わせるほど興味深いインタビュー時間が愛おしい。
 キメカットまで丸々1時間の取材時間をまんべんなく使い切り、取材の際、滅多に撮らないおいらもここは是非とチャンピオンにお願いし、記念撮影。

 チャンピオンはWBCのチャンピオン・ベルトをおいらの肩に乗せてくだった。「今度の防衛戦は、先生と是非応援にいらっしゃってください。チケットは用意させていただきますから!」なんたる王者、なんたる配慮。おいらよりも遙かに若き王者には終始感激だった。
 懇切丁寧なチャンピオン及び、ジム関係者にご挨拶を終え引き上げた。感謝。
 
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 そのまま近場をロケハンし、高橋ツトム・スナップ写真特写の提案。
 執筆で疲弊している仕事疲れの先生に無理を言い、夕暮れ前の色味を背景に数枚のショットを抑える。
 三ノ宮へ移動。勘で決め当てた綺麗な居酒屋で乾杯。
 21時台もゆっくり帰りの新幹線はあろうよとタカをくくり、長谷川選手の素晴らしさを肴に調子よく芋焼酎を嗜んでいたところ、時刻表を検索してみれば最終の新幹線はすでに出てしまった直後の模様。!?
 「よし、じゃあ宿を取ろう」
 のっぴきならない原稿〆切を抱えるはずの高橋ツトムの判断は、終電を逃した後悔など微塵もないまま真っ先に次への行動を提案する。
 こんな場面でも彼の判断はいつも明確で早い。

 携帯でのネット検索で、徒歩3分のなかなかよき物件を確保。先生は午前中より執筆のため大事を取りお休み。
 1周り弱若きカメラIを引き連れ、居酒屋〜バー〜〆のラーメン屋を梯子し帰還。
 明けて朝6時10分発の始発狙い。4時起床の計算ならば、寝る時間はあと1時間。

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2009年 10月 27日

玉砕

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 どうにもさえない日々が続いている。
 鼻のコンディジョンの悪さはRちゃんだけにあらず。
 Rちゃんのお鼻を綺麗にしてあげたら「ありがとう!」と言われた。彼女、一応微熱に落ち着いたものの予断を許さない。
 
 今月いっぱいで閉店する「らいぶはうす『のろ』」の最後を先ちゃん&格闘家:飯村健一と看取るべく、営業時間1時までの入店を目指し23時前に伺った。ところがすでに閉店の時間で残念。
 最終日に向け営業時間は随分早まっているそうで残念ながら2度目の断念。

 ならば老舗の『大茂』だろうと、雑居ビルの3階まで駆け上ると定休日。なんとついていないことか。
 ならば飛び込みで入ろうと、並びの初めての店に入ろうとしたら「今日はもう終わりなんですよ」とまたしても玉砕。

 3軒目でようやく『羽幌』に落ち着いた。
 飯村の道場が今年目出度く5周年を迎えるそうで、今宵はそのお祝いも兼ね3人呑み。
 河岸を変え、バー:SでSと合流し、いつもの地元呑み突入。
 しっかり、かつ久々に醤油豚骨ラーメンを〆に完食。

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2009年 10月 17日

札幌

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 午前中に稼働し、Rちゃんともろくに遊ぶこともなく昼過ぎの便で札幌へ。
 空港よりJRで札幌駅へ。

 こちらでも東京で使うスイカが使えた。ちなみに大阪では使えない。
 地下鉄ですすきの駅へ。東急インホテルへチェックイン。

 午後7時、作家:M氏、編集Tさんとロビーで合流し、予約してあったすぐ近くの寿司屋「たる善」へ。
 漫画、音楽、ドラマ、俳優、女優、映画、食…思いつくまま語りあう一時。M氏の中のブームをいくつかご教示戴く。
 それにしてもこちらの肴の美味いこと。銀座の高級店に匹敵する極上の食材が、話のテーマをそちらに導かせてくれる。山わさびだけでもつまみになる。
 話も盛り上がるが食も盛り上がり過ぎ、おいらの年代としては「そんなに食べてはイカンだろう」と言えるほど食い過ぎた。自分アホ。
 河岸を変え、赤ワインを注文したのだが、喉のギリギリまで先ほどの新鮮な諸々が遣えており、酔う前にして食も飲もギブアップ。自分アホ。

 Mさんをタクシーまで見送り、そのまま部屋に倒れ爆睡。やがて朝を迎えてしまった。

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2009年 10月 14日

記憶完全粉砕

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 午前中、クライマックス・シーンを継続し続ける最重要原稿を引き上げ、即刻入稿。
 
 夜、漫画家:山崎紗也夏と会食。
 彼女とは、地元のバーで度々遭遇することはあるものの、こうしてちゃんと待ち合わせて食事をする機会はもう何年ぶりだろうか? と思うぐらい久々。
 この日程も随分前から計画し、ずんずんずれ込み、ここまで延期された末に実現となった。
 かねてから「山崎さんと飲む時には是非誘ってください!」とリクエストしていた若き編集:Mも約束通り同行。
 新宿へ。

 生魚を肴に芋焼酎をちびちび。
 河岸を変え、赤ワインをちびちび。
 ゴールデン街では馴染みの連中と遭遇しながら、なんらかのアルコールをちびちび。
 その後の話によれば店:HのHちゃんも合流したそうで、みんなで花園神社にお参りにも行ったそうだ。当然おいらも。しかし全然記憶がない。

 そのうちお開きとなったようで、タクシーで山崎嬢の地元へ送ったならば、彼女は「まだ飲む」のだと言う。
 後の話で聞いたのだが(こればっかり)、おいはゴールデン街で一度オチた瞬間があった模様。
 そんなコンディションにありながらも「ならばおいらも!」と同行したおいらはカウンターで1杯戴くことに。ところが、限界を自覚しながらの儚い抵抗であり、結局、彼女よりも先に撤退。
 久々に記憶完全粉砕の夜更けであった。
 素晴らしき強者:山崎紗也夏、恐るべし。

投稿者 yonezawa : 12:38 | トラックバック(0)

2009年 09月 30日

 取材先の都内某所に到着したらば、しばらくすると見学希望な後輩編集者がワラワラ到着。
 「何なんだお前ら!?」「勉強させていただきに参りました!」世紀の大監督へのインタビュー取材の目撃者になりたい小僧集結…
 いつもはカメラとおいらの2人だけ。こんな大勢で入室する初めての取材となった。先方に問題がないのなら、まぁよかろう。
 
 定刻通り、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で一世風靡した、あのロバート・ゼメキス監督との初邂逅を果たす。
 とてもフレンドリーな取材空間を演出してくださる大監督は、想像したままの素晴らしき映画人。映像に関しては、パフォーマンス・キャプチャーと言う鬼の手段を駆使した凄まじい最先端映像のシステムに呆れた。想像通り、映画製作には一切妥協のない彼のスタンス。映画に没頭するこだわりが尋常でない。わかっちゃいるが大いなる刺激だ。
 実に興味深きテキスト素材を戴き即刻編集部へ。記事及びwebでの紹介記事がメチャ楽しみ。

 帰社後、積もり積もった雑務をさばきJR国分寺駅へと飛ぶ。
 文庫セクションのボス&スタッフらとTさんとの打ち合わせ&会食の席へ到着。
 Tさんからは、つい昨日今日出たばかりの最新単行本を贈呈戴き感謝&感激。
 制限時間まで語りあう機会を得、焼き肉『山水』だけで解散後地元方面へ引き上げた。

 先ちゃんスタジオへ立ち寄り、お願いしていた感慨深いコピー原稿を拝受。そして軽く「行こうや」と外へ。雨はまだ止まない。
 誕生日の今日、美女をはべらせながらきっとどこかで呑んでいるだろうと想像させた岩谷テンちゃん画伯は、なんと自宅に引きこもっておられたので誘いメールと誘導電話。
 静かなバーで先ちゃん、呼び出したテンちゃんと集い、彼のHAPPY BIRTHEDAY。

 テンちゃん仕事場界隈の居酒屋:Hへ移動。
 すると偶然、過去に一度だけ編集者:Kの誘いでたまたま呑んだことのあった地元民:Nを発見。ビックリ!
 そうなれば、当然彼女らと相席することとなった。遅れて漫画家:ごっちゃんも到着。意志とは裏腹に、高額なシャンパンなどを開けられてしまい、事態は益々訳のわからない展開に。

 さらに河岸を変え、バー:Sに移動したらば漫画家:福本伸行先生の姿が。
 「ちょっと、お墓見ていってよ!」と先生に促され、かつてバー:Sの給湯室だったスペースを見ると、実に立派で迫力満点の墓標が建設されていた。

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 アカギの墓──

 なんたる壮絶なレイアウト。噂には聞いていたが…。ここへのお墓お参りに全国からファンが集まってくるそうだ。
 さらに遅れてやってきた漫画家:Sとも合流し数杯飲み明かしたが、まだ病み上がり体調を引き摺っていたおいらは、1人だけやや先に帰宅。(つっても5時過ぎ)限界だった。

投稿者 yonezawa : 12:34 | トラックバック(0)

2009年 09月 24日

1年近くぶりの再会

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 1年近くぶりの再会などとはとても思っていなかった。
 映画人:Sとの嬉しき再会は、Sから伺ったおめでたいニュースと重なった。
 メールで会話している分、ほんの3,4ヶ月程度のブランクかと思いきや、再会までに丸々1年という時間が経過しているとは、感覚などいい加減なものだ。

 村治佳織、押尾コータロー、ジェイク・シマブクロらのCDをお土産に贈呈し、店で村治佳織の新作『ポートレイツ』をかけてもらう。

投稿者 yonezawa : 04:03 | トラックバック(0)

2009年 09月 14日

すべては夜から生まれる

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 アナログの原画を高解像度でCD−Rに取り込み作業。デスク上の雑務が後を絶たず。

 夜、自由人でフリーライターの仕事仲間:Oといつ以来かの会食へ。
 待ち合わせた地下鉄出口の番号をメールで書き間違えるおいら。

 先日、自ら幹事でありながら、入稿でたどり着けなかった飯屋を訪問。
 Oに依頼する一連のリライト原稿の納品のスピード、クオリティには信頼があり、先だって部内の上司に依頼された個人的原稿起こしの作業もそつなく敏速に対応してくれた。
 労いの意味も含む、語らいの機会を得た。
 映画談義も恒例の話題のひとつなのだが、おいらのノーチェックだったO推薦の映画『すべては夜から生まれる』DVDをご本人よりレンタル。
 HD内の見たい未見の映像も多数ありながら、また1本見なければならないタイトルとの遭遇。
 同作品で主演をつとめる、北野武監督作『Dolls』にも出演した西島秀俊は気になる俳優の一人。

投稿者 yonezawa : 16:31 | トラックバック(0)

2009年 09月 10日

水炊き

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 編集部内の島(班)で初めて夕飯に。
 Aの明確なリクエストでチョイスした水炊きがとても美味い。
 博多発祥の水炊きは、幼少の頃から我が家でも定番のメニューのひとつだった。
 しかし、博多で外食として水炊きを食べたのは東京に来てからだったと思う。

 鶏ガラスープに鶏肉や野菜を入れて食べるわけだが、今日の店は白菜ではなくキャベツを使用。別名「博多煮」 とも呼ばれる水炊きには早生キャベツが定番なんだとか。

 カレーにしろ、唐揚げにしろ、水炊きにしろ、子供の頃食卓に並んだ、おふくろ作成の料理がやはりまた食べたいものだ。

 遠慮のいらない戦友共と爆笑の宴が続く。
 河岸を変え、ワインをかっ喰らう前に20代の若者1人が真っ先に船をこぎ出した。

投稿者 yonezawa : 16:57 | トラックバック(0)

2009年 09月 9日

下北沢 CLUB 251

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 午後6時、ヤングジャンプ30周年記念企画のひとつ「YJクロニクル」記事のため、編プロ:ライターによる漫画家:高橋ツトムへのインタビュー開始。
 彼がヤンジャン本誌に登場してすでに10年以上の月日が流れた。本誌へ執筆することとなった経緯より、質疑応答が始まる。

 2000年1月よりこのブログは書き記しているのだが、高橋ツトムとの出会いは99年以前のことなのですでに記憶も曖昧となり、初めて高橋ツトムと遭遇した日付は正確には思い出せない。
 しかし最初の遭遇がライヴハウス「下北沢 CLUB 251」での対バンだったことは明確に記憶している。
 漫画家:若林健次に誘われ、当時のおいらのバンド「パンクラ」で参加させて戴き、若林健次、おおひなたごうらとバンドを組んでいた高橋ツトムという漫画家を初めて認識した。

 それ以前、パンクバンドをやっていたという彼の突き刺すような眼光がまず印象的で、俗にイメージされる漫画家の雰囲気など1mmも感じさせない、初めて遭遇するタイプの男。
 ちなみに、もう1つの対バンには、今をときめく天才漫画家:二ノ宮知子のバンドも登場していた。
 
 『ALIVE』でヤンジャンに登場するのが99年からなので、そこから遡る1〜2年の間に編集者として彼を口説きにかかったという経緯だったか。
 高橋ツトムは今年デビュー20周年。ヤンジャンに描き初めて10年。
 本誌で描いた作品中3本が実写化。漫画から派生したメディア・ミックスは現在も尚延々続いている。
 申し分のない経歴を経て、年内にキャリアを総括する大型企画を勝手に妄想するこの頃。

投稿者 yonezawa : 19:04 | トラックバック(0)

2009年 09月 5日

JAZZ KEIRIN

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 下高井戸の東京讃岐うどん屋「JAZZ KEIRIN」には、法政大学2部ジャズ研究会OB会の打ち上げ以来に訪れたので、もう何年ぶりになるだろう。
http://www.jazzkeirin.com/

 料理人時代のおいらが大学に所属していたわけではなかったが、縁あって20歳ぐらいからギターの参加で、なし崩し的にサークル活動を数年間過ごした時期があった。
 オーナー:T氏は、おいらよりも1個年上の同じく2ジャズ出身。
 久々の再会を果たした(2ジャズ内では同期のような)TTが、何年ぶりかに誘ってくれた店がここだった。
 
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 閉店間際にお任せで出てきた酒のアテの何もかもが美味い。
 時間的にカマの火を落とさねばという事情もあり、うどんの選択も店主:Tさんに任せ、冷たい(確か)白カレーうどんを戴いた。味◎。

 酔いに任せ、競輪好きのTさんの話を聞くうちに、思わず90年頃、当時まだギリギリ現役選手だった中野浩一選手へのインタビュー(江口寿史先生との対談企画)のことを思い出した。
 プロスプリントで世界10連覇した奇跡の実績は尋常ではない。

 中野は1976年に初めて世界自転車選手権に参戦。
 翌1977年には世界自転車選手権プロスプリント種目で初優勝。それから毎年同種目で優勝し続け、1986年までに10連覇を達成した後、自ら同競技より身を退いた。「KEIRIN」を世界的に認知させたのは間違いなく中野だった。

 当時伺った淡い記憶ながら、V10を振り返った中野は確かこう語った。「初優勝の時には、『あいつは誰だ?』と言われ、誰にも認知されなかった。2度目以降の連覇の積み重ねにより『東洋人?』『日本と言う国から来たヤツなのか?』『ナカノという選手なのか!』と徐々に名前を覚えられ、認知される評価を目の当たりにしながら競技を行っていたものでした」
 「後に、もう自分が身を退き、世界一の走者でなくなった後にも、ヨーロッパの大会にゲストとして招かれると、ポスターの一番上には大きく『Koichi Nakano』と書かれてあるんですよね。嬉しかったなぁ」
 世界チャンピオンの名は、その次にナカノの文字よりも一回り小さい字で記されてあったそうだ。
 中野の偉業は、他の、どのスポーツのどの優れた選手にも匹敵、あるいは凌駕するほど桁違いの素晴らしいものがある。

 『世界自転車選手権プロスプリント10連覇』
 この記録は、20年以上経った現在でもいまだに破られていない。 

投稿者 yonezawa : 01:27 | トラックバック(0)

2009年 08月 31日

創作和食

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 夕飯の和風弁当を喰った直後、Mより夕飯の誘いを受け、軽くつきあうことに。
 Mの推薦で、地元神保町に1年ちょい前からオープンしたという創作和食の店を訪れた。
 「まったく弁当なんぞ喰うんじゃなかった」と大きな後悔を抱かせた丁寧・美味な和食のおしながきが魅力的。
 神保町は食事をするのによい店は多いのだが、酒を扱う夜の店で名店の知識はおいらにはほとんどない。
 今日知らせてもらった『傳』はまた訪れたし。
 映画の話、音楽の話。話は山積み。ディープな夜更けだ。

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2009年 08月 27日

吉祥寺麺通団

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 その存在はネットで知っていたが、初めて今日『吉祥寺麺通団』の暖簾をくぐった。
 深夜までの営業なのでギリギリの時間だったが無事入店。
 季節限定品だったか、冷たいサラダうどんをすすった。麺は普通に腰があって、こうした讃岐うどんの一般的なイメージのまま。
 Sちゃん情報によれば、天ぷらが堅くて最低の日があると聞いていたのでトッピングは足さなかった。
 ヘルシーな夕飯を済ませ外に。

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 今月、まだたった2日だけなんがら、駅から徒歩30分の帰途の道中を歩くことが、さして苦痛に感じなくなった。
 日のコンディションにもよろうし、いくらでも気が変わるだろうが、今夜の夜中の道のりもゆったり30分以上かけて徒歩帰還。
 就寝時間の遅い我が家(実家)のおふくろに、24時過ぎに電話しても必ず普通に出てくれる。
 電話で話しながらてくてく歩くと、30分の道中などあっと言う間だ。
 話が終わらないまま家の前に到着した。
 しばらく家の前の小川のせせらぎを聴きながら、Rちゃんの微笑ましい近況を母に伝えた。
 
 そう言えば、昨日から丸1日Rちゃんに逢えてないのだ。

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2009年 08月 26日

LILLIX

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 各位の多忙なスケジュールをぬい、本日ようやく打ち上げ(何の?)の席を確定させた。
 幹事は率先して名乗り出たおいら。
 FUJI ROCKで、サマソニで、インタビュー・ルームで多くの現場を共にしてきたWチーム:KOBI、I葉、&Mゆう、大家社長らの5名で宅を囲んだ。

 おいらがナンバリングをして、定期的に手がけるようになった音楽記事は、彼女たちとの仕事から始まった。
 記事としては、枠の都合で03年ヤンジャン33号掲載のSTACIE ORRICO記事が初っぱなだったが、打ち合わせそのものを最初に行った案件は03年ヤンジャン39号掲載のLILLIXから。
 あの日からすでに6年以上が経過した。あっと言う間の時間だ。

 酔いの境目が判らない酔い方こそ最もストレスのない飲み方であり、今日は勿論いつ酔ったのか判らないGOODコンディション。
 とりたてて良質のロック・ミュージックの啓蒙を全員共通の意識として、今後も力の続く限り、彼らと現場を共にすることが継続出来れば言うことナシ。

 よく飲んでよく笑って語り明かし、申し分のない夜更けだ。

投稿者 yonezawa : 18:07 | トラックバック(0)

2009年 08月 8日

リハの時間

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 気がつくとリハの時間になっていた。
 常々楽曲制作者よりコード譜を綺麗にプリント・アウトしてもらってのリハなので、体と楽器2つでスタジオへ赴けばよいのだが、(ライヴで見やすいように)コード譜の文字をもっと大きくしたいと考えた。
 あらかじめテキスト・データを送ってもらい、自ら再構築してみたらばコードと歌詞の抜け箇所が発覚。

 コード譜に頼ってライヴ演奏すると完全に紙頼りになってしまい、生演奏に関してはソレを見ないと永遠に自信がつかないテンションに落ち着く。
 今回もコード譜頼りでのライヴとなるが致し方なし。
 
 リハ後、メンバーと乾杯。
 今夜に関しては明日午前中の諸事情もあったので、ちょっとセーブしようと思っていたところ、なんだか知らないうちにかなり回っていた。

 朝、ちゃんと着替えて布団に寝ており何も問題はなかったのだが、久々に、帰宅した記憶が丸ごと抜け落ちてしまい、曖昧だったのだ。

投稿者 yonezawa : 18:03 | トラックバック(0)

2009年 08月 6日

断髪

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 午前中、洗面所で髪の伸びたRちゃんの断髪。と言っても前髪だけほんの1cm程度をカット。
 「まっすぐしてて」と言っても勿論じっとしてくれるはずもなく、振り返って鏡を見たり、棚の扉を開けて中に入ろうとしたり、まぁ落ち着きがなく動きっぱなし。
 そうしたものすごく切りにくい状態ながらも何とか均一に切り分けた。
 ちゃんと段も入れ、なかなか綺麗に揃った。「理髪のセンスが自分にあるのでは?」と浅はかな自覚をしかけた。

 足下に散らばった短い髪を不思議な表情で見つめながら、足裏に付着した髪を「とってとって」とRちゃん。最近、会話は7割成立するようになった。
 昨日の夜、スーパーで買った重いスイカがキャンキャンに冷えている様を確認し、食事後、Rちゃん用にも小さく切り分け、ちゃんと種も取ってお皿に盛ったところ彼女は食べず嫌い。残念。

 夜、ロサンジェルス在住の映画ライター:小西未来くん
http://www.miraikonishi.com/
を囲む会食の席へ。
 映画チーム:Mのセッティングにより5人のメンバーでカウンターを囲んだ。
 小西くんは先頃、『ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたか (単行本)』の翻訳本を出版したばかり。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4270005106
 
 彼はこの書籍を贈呈するために人数分用意してくれていた。
 ところがおいらはこの本はすでに購入しており、「どうだ! 持ってるぜ」と彼に差し出し、驚いてもらった。そして他のみんな同様サインを戴いた。

 小西くんとロサンジェルスで会ったのは、映画「ブラザーズ・グリム」が最後だったか。それ以前にも、映画「キル・ビル」取材でも一緒だったと思う。
 あの日からは随分時間が経ってしまったが、その際、現地ではギター・センターに車で送って戴いたことを思い出した。ロスは車がなきゃどうにもならない街。その節はお世話になりました。
 
 Mの促すまま、高級ワインがガンガン空けられる。
 揃いも揃って呑んべぇ揃いの面子である故、結局1人1本以上の割り当てになったような計算。

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 アメリカに移り住み、自分の最も好きな映画の仕事で飯を喰っている小西未来。現地での彼の活躍はいつでも嬉しいニュースなのだ。

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2009年 08月 2日

体育館

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 早朝8時に起きた。
 9時出の予定で府中方面へ向かう予定だったが、9時前のHからの電話で待ち合わせは正午に変更した。
 本日雨につき、予定を大幅に変更せざるを得なかったのだ。

 そもそも府中にある「じゃぶじゃぶ池」で、初めての水着を着せたRちゃんをじゃぶじゃぶお遊びさせる予定だったが、止まない雨を睨みながら泣く泣く断念。
 親睦会はそのまま続行とし、H家と府中の体育館での室内お遊びに予定を変更することになった。
 
 Hに駅まで迎えに来てもらい、H家で軽く昼食のおにぎり、唐揚げを頬張り、移動。

 今日のもう一人のゲストであるH家:長女Kちゃんの同級生Yちゃんも、Kちゃん同様保母さん志望で、本日は頼もしいパートナーが(ママも入れて)5人。加えてRちゃんの心を掴む機微には定評のある、家長Hの存在。
 もはや、Rちゃんの人見知りテンションは0に近い状態。

 体育館到着。駐車場は随分混んでいた。

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 小雨の上がったタイミングを見計らい、まずはRちゃんを足こぎのカートに乗せ、ブランコを経由し、Rちゃん人生初のゴーカートに(ママと)乗車。
 コースを2周する際、撮影ポイントは一箇所に限定されたが、あの瞬間の充実した笑顔が何とも言えない感慨を与えてくれた。
 ちなみに1周たったの80円。このご時世にも財政豊かな府中ならでは、か。

 体育館内ではフットサルからバトミントン、卓球、エアガン、アスレチックetc...みなさん本格的なトレーニング衣装で競技中。

 広い絨毯の敷かれた「幼児広場」はたまたまノーゲストだったので、広場の全体を使いRちゃん、独壇場のかけっことブロック遊びに熱中。
 ブロックは、積み重ねればRちゃんのお家も造れそうなサイズのモノで、これは想像よりも重量があった。
 やがて何組かのチビッコとご両親が広場に集い始めた。しばらく大変なやんじゃぶりを発揮しながら、遊びの真っ直中にありながら、ある瞬間、線を引いたように真顔になり「おうちかえろ!」とバッサリRちゃん。
 あの唐突な閃きの真相は何なのか?

 よって、姫:Rちゃんの唐突な提案により、大人6名は一斉に移動〜帰途に。
 H家に到着し、我々お父さん勢2人はこぼれた追加食材の買い出しへ。
 
 H家次女Sちゃんがバイトから帰宅。午後4時。

 Hと共に黙々と男料理に没頭し、H家恒例の餃子は大葉入りでキクラゲ入り。Hの仕込みも堂に入ったモノだ。皮の包みは全員参加でサクッと作成。大量の餃子がものの数分で完成した。
 おいらは、H家の冷蔵庫に眠る大量の業界類の食材を発見し、またしてもシーフード・クリーム・パスタの作成。
 
 併せて食卓には枝豆、自家製プチトマト(これが激美味)等が彩りを添え、ビールと酎ハイで乾杯。餃子、美味しかった。

 理想的と言えたH家の家族像が今日も素晴らしい。
 それにしてもRちゃん、雨天をはねのけ、よく遊び跳ね回りました!

投稿者 yonezawa : 15:43 | トラックバック(0)

2009年 07月 29日

G&L

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 早朝、慌てて原稿奪取に向かい、昼12時には入稿を終えた。
 13時より漫画家:高橋ツトム宅で開催されるバーベキュー・パーティに参加させていただく。
 日本酒と西瓜のお土産を持参し、到着早々焼き上がった肉類を戴いた。
 日中のぴーかんな日差しの中、招かれたゲストの子供たちはパーティの主役の如く目映い彩りを放つ。揃いも揃って可愛い子供ばかり。子供は天使。

 ビールから焼酎のお茶割りを戴き、やがて家屋で飲み直し。
 高橋ツトム氏は数多くの“使える”ギターだけを有しており、本人自身がそれなりのリペア、改造を施せるような“工房テク”を有している。
 何度も何度も試行錯誤し、数十万円の予算をつぎ込んだギターがそこら辺に無造作に置かれているのだが、ふいに「このテレ、米氏にやるよ」っとG&Lの名機を掴んで手渡した。

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 ギター弾きが第三者にギターを贈呈するという行為はよほどのことだ。
 つまりギター弾きは仮にどんなせこいギターであっても人にはあげたくないもの。おいら自身の感覚からすれば。
 また、ギター弾きはどんなオンボロギターでもくれるものなら貰う。おいら自身の感覚からすれば。
 今回、メインのギターであってもおかしくない程の完成度を誇る「テレキャスター」をまさかくれるとは!?
 酔った勢いなのか? きついジョークなのか? と疑い目線のおいらを「いいんだよ、やるやる」と、至って冷静にいなす高橋69。

 「マジなのか、おい!」
 おいらは高揚し、呑んで6時間は経過したほろ酔いのまま嬉々として延々ギターを弾いた。家でもこんなに気持ちよく弾いたことは久しくなかったかもしれない。

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 握った時に判る名機の感触。
 弾いた時に判る名機の実力。
 アンプを通して鳴らした時に判る名機の機微。

 今日を境目に、おいらのメインギターにこの1本が加わった。申し分のないテレキャスター。高橋69先生、感謝!

投稿者 yonezawa : 18:10 | トラックバック(0)

2009年 07月 25日

1戸建てと国営昭和記念公園

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 S社:Sが、おいらの家からもほど近い閑静な住宅地に一戸建てを構えたと聞き、彼の新居でご飯を戴こうという話が急速に進展した。
 そのホームパーティを行う際には、そもそもおいらが料理をまかなうこと(条件?)になっていたので、S宅へゆく前に西友で買い出しに。

 「包丁が切れないんで、それも買いましょう」というSの要望も盛り込み、食材、飲み物は買い物カゴ4個がいっぱいになるほど買い込んだ。
 総計5名分の食材をわんさか購入。

 33歳の若さで庭付き1戸建ての物件購入。何はともあれ立派なことだ。
 おいらの自宅からの距離は車で正味15分程度だったろうか。
 「庭付き」の自慢話(笑)通り、確かにちょっとした庭もあり、隣は空き地。日当たりのよい環境も申し分のない新居に招かれた。

 今日集うメンツのうち2人がおいらとは初対面とのこと。
 Sの仕事仲間である彼らの到着時間はあと15分を切ってしまっていたので、とにかく突貫工事のごとく調理に着手。
 
 まず、ゆで卵を作成。
 その隙に、キャベツの千切りにレタス、サニレタス、トマト、キュウリ等を洗ってざるにあげ、サラダの材料は冷凍室へ。
 調理の後、サラダを即食べる場合、食材は冷凍室にしまうのがベストだと思う。

 豚肉野菜味噌炒め用の材料を切り出し、ニンニクアッシュして、シーフードクリームソースパスタ用の野菜、具材切り出し。
 調味料を確認。パスタの具材に考えていた3切れの鮭のうち2切れは素焼きにした。
 ニンニクの茎と牛肉を酒、醤油、出汁とブラックペッパーで炒め煮込み、5人前想定の豚肉野菜味噌炒めも作成。

 パスタの麺を12分間茹で、むきえび、鮭、卵黄、えのき、タマネギ等バターで炒め併せ、牛乳買うのを忘れてしまったので白ワインで和え、丁度麺がゆであがった頃、フライパン内で生クリームとざっくりあわせて軽く煮だたせた。

 S宅のフライパンが鬼のように小さいので、すべての料理は難儀を極めたが、丁度よいタイミングで到着したメンバー:Rに流しの洗い物等をサポートしてもらいながら、スムーズな時間繰りで予定したすべての品を完成させた。
 所要時間、正味1時間強だったか。気持ちのよい汗が流れる。
 
 ビールで乾杯。
 FUJI ROCKでの名演:ジョン・バトラー・トリオのライヴ映像を見ながら親睦会の開催。
 しかし仲間宅でのホームパーティはいいものだ。
 20年近く昔、たまに催していた、先ちゃん宅でのホームパーティは派手だったなぁ。あの頃もよく十数人分のシェフやってたっけ。
 午後5時のお開きの時間まで、ほろ酔いの心地よき時間が流れる。

 午後6時過ぎ、ママ&Rちゃんと三鷹駅で待ち合わせ。
 昨日突然思い立ち、国営昭和記念公園で開催される花火大会へ赴く計画を立てていた。本物の花火をRちゃんに見せようと考えた。
 
 立川駅からデパートの屋上を目指すが、すべてのテーブルがすでに予約者の名前で埋まっている。当たり前か。
 やむなく昭和記念公園に連なる遊歩道を歩き、適度な場所でシートを敷き、とりあえずの場所を確保。
 昼間2本近く飲んだワインがきいてきたのか、おいらは思い切り大の字。

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 やがて数千発を打ち上げる花火の音が聞こえ始めた。音色が小気味よい。
 Rちゃんは夜空に大きく輝く初めて見る景色を興味深く見つめている。その横顔がたまらない。
 ときおりRちゃんの姿を携帯とデジカメでとらえながら、可能な範疇「花火」の説明を耳元で聞かせた。
 ひとひとつの風景が彼女の心の襞にどういった心象を与えていくのか。
 かつて幼き自分が両親に見せてもらった胸の温まる多くの風景。Rちゃんを見つめながら、遙か昔に見た田舎での花火の光景がフラッシュバック。
 
 昔、祖母に花火大会でのあるエピソードを聞いたことがある。
 汽車が川内川を通過するそのタイミングに花火大会での花火が打ち上がった時、汽車は一旦そこに停車し、乗客に花火を見せてくれていたそうだ。

 なんて優雅でロマンチックな時代なんだ!

投稿者 yonezawa : 18:04 | トラックバック(0)

2009年 07月 10日

SIMON & GARFUNKEL

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 公園のお散歩から帰宅してきたRちゃんの元気な声でしっかり目覚める。
 帰宅早々、チョコ味のアイスを食べるものだから、昼食のオムライスをなかなか食べてくれないRちゃん。
 
 リビングのエアコンをいよいよ本格稼働させねばとリモコンを探すが、これが不思議とみつからない。
 冬場もほとんど暖房にエアコンに頼ることがないので、夏前後の1シーズン程度のみ稼働させるのだが、心当たりの場所に置いてあったハズのリモコンが見つからない。何故だ?
 汗だくになり、本気でありそうもない場所も確認してみたがまったく出てこない。不思議だ。
 やむなくメーカーに問い合わせ、品番を確認しヨドバシカメラで注文。
 いまだ同じ機種のリモコンは製造していた。
 注文から1週間から2週間は取り寄せに時間がかかるそう。価格は6000円。ツーっと背中を汗が流れた。

 夕方、楽しみにしていたサイモンとガーファンクルの東京公演へ。
 チケットはアリーナ席のAブロック。並びには、人として、仲間として敬愛するHさんとKさん夫妻。
 ポール側の、かなりステージに近いラッキーな場所からの観戦となった。

 暗転〜そしてあの2人がステージ中央に登場した瞬間、大きく感慨深い気持に包まれる。
 『Old Friends ~ Bookends Theme』のアコースティックがズキンと胸に染みいる。

 今回演奏はされなかったが、中学時代、Iの家で聴いたIのギターによる『4月になれば彼女は』を鮮明に思い出していた。
 おいらのギター歴が始まることになったきっかけは、Iによるサイモンとガーファンクルのカヴァーが最初だったと認識している。
 男子の場合、「女の子にモテたくてギターを始めた」というパターンが多いと聞くが、おいらは「Iのように『4月になれば彼女は』を弾けるようになりたい!」只その一点の思いでギターを弾き始めていた。

 『冬の散歩道』のリフの素晴らしさ。
 これこそがオリジナルなんだ! と一々胸が高まりながら『アメリカ』『スカボロー・フェア』『ミセス・ロビンソン』『コンドルは飛んで行く』etc...曲の美しさに、優しさに終始打たれ続けた。
 涙がこぼれ落ちることはなかったが、終始瞳はウルウルしっぱなし。名曲が有り難かった。

 バックを務めるミュージシャンも温かい。フレットレス・ベースも味わいのあるドラムスも申し分のないものであり、当たり前なのだろうが、生で聴いたポール・サイモンのアコースティックはとても巧かった。
 終演後、Kさんと握手を交わし、Hさんと銀座へ。
 Hさんの馴染みの店:Kで乾杯。今宵はベストの面子で最高の音楽に浸り、最善の食材を戴くとても贅沢で破格の夜となった。

 サイトで見つけたセットリストは名古屋公演のものだが、ほとんど同じだったように思う。

7/8(水) ナゴヤドーム
7/10(金) 東京ドーム
7/11(土) 東京ドーム
7/13(月) 京セラドーム大阪
7/15(水) 日本武道館
7/18(土) 札幌ドーム


7月8日(水)@ナゴヤドーム
1. 旧友〜ブックエンドのテーマ/Old Friends ~ Bookends Theme
2. 冬の散歩道/Hazy Shade of Winter
3. アイ・アム・ア・ロック/I Am a Rock
4. アメリカ/America
5. キャシーの歌/Kathy's Song
6. ヘイ・スクールガール/Hey Schoolgirl
7. ビーバッパ・ルーラ/Be Bop A Lula
8. スカボロー・フェア/Scarborough Fair
9. 早く家へ帰りたい/Homeward Bound
10. ミセス・ロビンソン/Mrs Robinson (includes Not Fade Away)
11. スリップ・スライディン・アウェイ/Slip Slidin' Away
12. コンドルは飛んで行く/El Condor Pasa
- - - Art Garfunkel solo - - -
13. ブライト・アイズ/Bright Eyes
14. ハート・イン・ニューヨーク/A Heart in New York
15. パーフェクト・モーメント〜ナウ・アイ・レイ・ミー・ダウン・トゥ・スリープ/Perfect Moment ~ Now I Lay Me Down to Sleep
- - - Paul Simon solo - - -
16. ボーイ・イン・ザ・バブル/Boy in the Bubble
17. シューズにダイアモンド/Diamonds on the Soles of her
18. 時の流れに/Still Crazy After All These Years
19. ニューヨークの少年/Only Living Boy in New York
20. マイ・リトル・タウン/My Little Town
21. 明日に架ける橋/Bridge Over Troubled Water
- - - - - encore 1 - - - - -
22. サウンド・オブ・サイレンス/Sound of Silence
23. ボクサー/The Boxer
- - - - - encore 2 - - - - -
24. 木の葉は緑/Leaves That Are Green
25. いとしのセシリア/Cecilia

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2009年 07月 3日

夕張メロン

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 先日、母の日に合わせて注文した夕張メロンがようやく出荷の時期とあいなり、田舎に到着した模様。
 パソコンも携帯も自在に操るお袋と姉貴より御礼のメールを拝受。
 果物好きな性質のおいらは明らかに両親からの影響のもので、今でも一人スーパーに行けばその日の気分でなんらかの果物を買ってしまう。
 しかし同級生等の同世代の仲間で、わざわざ果物を買ってまで喰う知り合いはほとんどいない。
 むしろ拒否する輩の方が多数なぐらい。
 「感謝します。みんなで頂きます。ありがとう。」と言った母からの労いの言葉を読むだけで、随分得した気分になった。

投稿者 yonezawa : 11:57 | トラックバック(0)

2009年 06月 28日

初物件

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 生ゴミと燃えるゴミをまとめ、空いた段ボールをたたみ、空いたペットボトルをつぶして、Rちゃんの携帯用容器にお茶を移し、用意してあった鞄を持って外へ。
 Rちゃんをチャイルド・シートに固定し、2人きりで街道をドライブ。思いのほか雨は強い。

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 木場店で食べた輩より「思いの外美味い」情報を得、思わずやってきた。
 今頃になって、「レッドロブスター」初体験。

 夕飯時には荻窪「丸長」前に居ながら、かつ駐車スペースも埋まってはおらず、店の座席も待たされる状況じゃなかったのに、ある意味後ろ髪を大きく引かれながら、おいらにすれば初物件のチェーン店を今夜はチョイスした。

 以前訪れた「びっくりドンキー」同様、夕飯時だとそれなりの客が並んでいる。
 日常、滅多にファミレス及びこうした店舗に行く機会が少ないので、この光景は新鮮にも映る。
 「レッドロブスター」では、都合30分以上は待たされた。
 入店時に名前を言い順番を待つのだが、どうも後続の客が早く案内されるので「?」と思い、名簿をのぞき込んでみた。すると店員のコが「お名前は?」と聞いてくるので答えると、新たに新規待機客の欄に書き込もうとしているので、「いえ、すでに名前はお伝えしているのですが…」と1枚待機客リストの紙をめくると、おいらチームは見事に抜かされていた。
 脱力…

 何のための一覧表であり、何のためのチェック(呼ばれた客には案内した印の線が引かれている)だったのか…と、もう一度脱力。

 やがて席に案内された。
 味はと言うと、確かに思いの外ズワイガニのトマトクリーム・パスタなり、ステーキの味付けなり、値段にしてはアベレージは達成している舌象(舌の印象の意)。
 個人的には、ロブスター自体に惹かれるものはないのだが。
 次回は順番を飛ばされないことを祈りつつ、雨の上がった天候を確認し駐車場へ。

 連日報道されるマイケルジャクソンのニュースを見て、「ホントに死んでしまったのだな…」と再認識。

 Rちゃんは深夜11時を回ってもまだ起きていた。

投稿者 yonezawa : 01:05 | トラックバック(0)

2009年 06月 25日

MOJITO

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 B社が近々に社屋をS社に移し、本国と同じ形態の会社として再起動するニュースは、昨年から聞かされていた。
 編集の先輩:T氏の要望で、レコード会社の近況をご教授戴くべく、名刺がS社となったHちゃんを交えての食事会をセッティング。
 西麻布「真」着。

 九州出身の父親を持つHちゃんは、プロモーターとしての仕事も完璧で、良き意味で年齢に似合わず仕事を円滑にこなすクール・ビューティな才女。
 おまけに父親譲りなのか酒も強い。
 
 すれっからしのロック信者であるおいらが、今ロック啓蒙のほんの一端を担えるような立場にもしあるなら「是非とも次回はこうしたい、ああしたい」などと妄想しながら、洋楽話に花が咲く。
 漫画、ロック、映画、スポーツ、すべてのカルチャーの中から良質なモノを抽出して紹介してゆければ、いち発信者としては本望だ。

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 酒豪ヘミングウェイが愛飲し、エレキギターの神:ジェフ・ベックが好んで飲むと言うカクテル「MOJITO」を、昨日のジェフ65歳の誕生日に飲めなかったので、本日改めてジェフに乾杯。

投稿者 yonezawa : 15:18 | トラックバック(0)

2009年 06月 22日

Yael Naim / ヤエル・ナイム

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 米アップル社のノートパソコン「MacBook Air」のテレビCMに採用されたことで初めて認識した。現在、NISSAN cubeのCM曲「ピクニック」が大量OA中、ヤエル・ナイムの来日公演:渋谷クアトロへ。
 
 「アレサ・フランクリンなどの影響も受け、自らのヴォーカルの才能にも気が付く。18才の時にはジョニ・ミッチェルに傾倒」とある資料の情報が、なるほど! と納得出来るほど、情感豊かに奏でられる彼女の創造する音楽に惹きつけられた。
 
 バンドも申し分なし。ライヴによって醸し出る空気の素晴らしさ。ノラ・ジョーンズの優れたバンドにも匹敵するほど完璧と言えた技量に加え、人間味を感じさせる小粋なプレイの数々。
 ドラムス、そして特にフレットレス・ベースで小気味よいオブリガードを決め込むプレイヤーが素晴らしかった。
 ヤエル・ナイムの前回の公演を見逃してたおいらは不覚だった。
 CDでは絶対に伝わらない、オーガニックで魅力溢れる本物のパフォーマンスに酔った。

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 夕飯は、久々の面子:K、U、N&初ゲストのGちゃんと『佐賀雑穀』で乾杯。
 あらかぶ(大きいかさご)、いさき、赤はた、わらすぼの絶品なこと。

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投稿者 yonezawa : 20:07 | トラックバック(0)

2009年 06月 19日

MEDICOM TOY EXHIBITION '09

 渋谷パルコ6F「ファクトリー」にて「MEDICOM TOY EXHIBITION '09」が開催。
 それに先立ち、(毎年恒例だと言う)レセプションパーティが本日行われた。

 そもそも畑違いのおいらはそんな情報など知る術もないはずなのだったが、トイズ・マッコイ代表で偉人:岡本博兄直々にプレミアム招待状をお贈り戴いた(大感謝!)経緯があり、勿体ないので編集部アートディレクター:モトちゃんを連れ立ち参加。
 会場ではビリケン商会代表:三原さんにも遭遇。
 
 なんだか事情もわからないまま、ともあれ場内に陳列された驚きのトイを観賞させていただいたが、やたらと人が多く大変な状態。
 ディスプレイされたウルトラマン・シリーズやら仮面ライダー・シリーズのフィギュアに関しても、量産の市販品もついにここまでの完成度を誇るものなのかと舌を巻いた。
 
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 個人的にはメインの品ではないのかもしれないが、やはりKISSなり、人物のフィギュアが目を惹く。
 知るものにとっては岡本兄、横山宏さんらで作成された「12インチマシーネン」はかなりのトピックらしい。圧巻のフィギュアは迫力満点だ。

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 時間をずらして集った夕飯は、久々の映画関係者の面々で佐賀料理を戴くことに。
 知らなきゃ絶対に入らない店のひとつ。K社の美女:Oちゃんの貴重な情報で初めてこの名店『佐賀 雑穀』を知ることになった。

 本格的に辛いゆずこしょうが、まず店の優秀さを物語り、魚ロッケ(ぎょろっけ)等面白いメニューも珍しかったが、玄界灘で獲れた白身魚の諸々に感激。煮ても焼いてもベストの一品に遭遇。全員大満足。

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 人格者と語り会う時間が貴重で有り難くてたまらない。人は真摯であることが人生最重要事項。そう考えて生きねばと、参加者中のOちゃん一人だけが思わせてくれる空間だった(笑)。

 事の発端となった、ロサンジェルスでわき起こったMちゃんに纏わるおいらのホラ話から始まった“Mちゃんゲイ疑惑”の話題に、彼自身が自虐的にフェイク告白する一幕。
 何度聞いても可笑しいスベらない話の1つ。何が本当で何が嘘なのか関係者すら判らない。
 彼らとの次回の仕事がとても楽しみ。

 何年も付き合いのあるD社:Kが、今日初めてまともな店を教えてくれた。粋なロック・バーは意外な場所に位置し、この店は、この時間、この空間にとてもよくマッチしてくれた。

 昨日届けられた7月発売のスティーヴィー・サラス・カラーコードの新作『SET IT ON BLAST!』から1曲、爆音で拝聴。
 またしても、世界一のロック・アルバムとの遭遇を果たす。本気で呻った。流石、あっぱれのサラス。

Fuckin' so very very cool guitar sounds.
A world's best rock album was completed again.

 昨日、早速感想のメールをスティーヴィーに送ったところ、速攻で返信到着。

Hey kaz!! Thanks. Please tell everyone to get the new cd ok and see you soon in japan I hope

Stevie

 来年、盤石の面子で来日の噂だ。

投稿者 yonezawa : 20:30 | トラックバック(0)

2009年 06月 15日

ぽつんとブラジル料理屋

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 青山界隈の路地沿いに、ぽつんとブラジル料理屋があることをスーパーデザイナー:K氏より伺い、打ち合わせ後の飯に訪れた。
 メモしなきゃ覚えられないので携帯に記しておいたのだが、初めて聴くメニューのどれもが奇妙に美味かった。
 「パウミット」と言うヤシの若芽のサラダ、「マンジョッカフリッタ」と言うキャッサバ芋のフライ、ブラック・ビーンズと肉を煮込んだ「フェイジョアーダ」etc...っと初の物件に一々反応し、店の方に料理のひととなりをご教授いただく。

 キャッサバ芋は、食用とするためには毒抜き処理が必要なことを聞いた。毒抜きのために皮や芯を除去した芋はその場で加工しなければ腐ってしまうなど、利用の制約が大きい作物なのだそう。
 ブラック・ビーンズと肉なんて、その際の豆はオイラ通常ならあまり好んで食べないケースが多いところ、この物件はイケた。
 同席の面々、オイラにすれば初物件の食材に関して全員造詣深し。恐るべし。
 ホロっと来る前に、店に置いてあった今にも切れそうな4弦の張られたガット・ギターでツェッペリン他をつま弾く。

 知る人ぞ知る、隠れた名店発見。

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2009年 06月 10日

知らぬ間に外は雨

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 知らぬ間に外は雨。
 前途有望な編集:Mと初のサシ飯に。
 席でも語った話だが、Mは新人の頃から足が地に着き、そつなく業務をこなすイメージがある。その人となりは外部フォトグラファーなどにも評価されており、年齢に似合わなく冷静沈着。彼を指して、カメラ:Wは「様々な局面で常にびびらない男」だと評した。

 新宿でしばらくぶりの、ひろ喜ちゃんに会いに行き、突然誘われた赤坂の悪友チームと合流。
 スーパー・フォトグラファー:尾形正茂、編集超人:市川光治の「39会」面子の席に到着。
 20年を超える付き合いとなった彼らとの酒席は、もはや同窓会。
 ワインが格別だ。

投稿者 yonezawa : 00:51 | トラックバック(0)

2009年 06月 5日

キャス単独取材

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 都内某所、ヘイ・マンデーの紅一点:キャスへの単独取材日。

 関連サイトより
 「ヘイ・マンデー…フロリダを拠点とする5人組。アコースティック・ギターを弾きながら歌える紅一点キャサディーのキャッチーなメロディーとスムースな歌声にのせて届けられるのは、ティーンの心をキラキラとときめかすストレートな恋愛ストーリー! そして本作のプロデュースを担当したのはメトロ・ステーションやジム・クラス・ヒーローズらを手掛けたS*A*M&DAVE!彼らとバンドとのマッチングはカンペキ!また、アヴリル・ラヴィーン・バンドの元リード・ギタリストにして共作者であったエヴァン・トーベンフェルド(現The Black List Club)が「次のアヴリル」と評したり、日本の早耳ファンのブログなどでも、とにかくアヴリルやパラモア、アシュリーなどと並び評されている」
 
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 待ち時間の間、控え室でキャス使用のアコギで、ボストン「モア・ザン・フィーリング」をぽろぽろ弾いていた最中、別取材を終えたメンバーが入ってきた。
 キリの良いところで弾き終えるとメンバーからの温かい拍手喝采。ちょっと嬉しい。
 ヘイ・マンデーとの初邂逅を果たす。

 ロケハンで決めた撮影ポイントでキャス(キャサディー)単独特写に20分。
 インタビュー・ルームへ引き返し、彼女への単独インタビュー。

 カラッとしたティーンならではのフレッシュな後光をビシバシ感じ受けながら、昨日見たライヴの印象を伝え、取材開始。

 一つ一つの質問に、大変明確に、かつ柔軟性を含んだクレバーな回答を示すキャス。とにかく気持ちが良い。彼女はパフォーマンス同様、とても魅力的な女のコであることを伺い知る。
 若き優秀な日本人も沢山いるが、取材時に感ずるのは海外ミュージシャンの圧倒的な返しの巧さ。
 回答の質が違うと思えるほど。気が利くと言うか格が違うと言うか。

 欧米の若者は幼き頃よりディベート等に慣れ親しんでいるのだろうが、それにしてもいい大人顔負けの凜とした態度が素晴らしい。
 キャス、サンキュ!
 
 夜、音楽業界のTを連れ立ち、立川の重鎮ギタリスト:デカパンと数年ぶりの再会。初の面子で親睦会。
 
 杯が進む頃、思いついたように語り始めたデカパン兄の残念話にうなだれる。
 4,5年前、メインで使用していた年代物のレスポールを泥酔の末、帰途の途中無くしてしまったそうだ。
 気がついたら自宅におり、道中の記憶はまったく無し。一切覚えていないそう。
 他人事ながら究極に恐ろしい失態話に愕然とさせられた。道路に置いてきてしまったのか、酔って誰かにあげてしまったのか、本人の記憶はゼロ。…多分もう出てこないんだろうなぁ。

 ティーンの頃、福岡郵便貯金ホールで見たアン・ルイスのコンサート。
 そのステージにはデカパンがいた。
 ライヴを見た日、「こりゃ、外タレ見る必要ないな」と感じさせた程、圧巻のパフォーマンスを確信したものだった。
 あの日弾いていた、あのレスポール・サンバーストが紛失とは…再び呆然。

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2009年 05月 21日

札幌1

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 早朝8時起床。9時前にはシャワーを浴びて、お茶漬けをすする。
 午前10時15分発のリムジンバスで羽田へ。

 お茶漬けをすすった割には空港内でうどんと天むすを食す。
 ここ(ゲートを潜った後の小さな店舗)のうどんは腰があってかなり美味い。これマジ。かけうどん500円は高いけど。(天むすも200円以上の値段!)
 次回、覚えておかねば。

 昼下がり、新千歳空港到着。
 片道1040円。所要時間およそ40分。JRで札幌駅へ向かう。

 札幌、暑い。
 今日に限って言えば東京の気温となんら変わらない。湿気が感じられないぐらいで、Tシャツ1枚で充分な気候が意外だった。今日は特別暑い日だとはタクシー運転手さんの弁。
 時間のずれた昼食を済ませた後、ホテルへチェック・イン。

 部屋で打ち合わせの準備を施すうちに約束の時間は直ぐにやってきた。
 ロビーで漫画家:Mさんと合流。7か月ぶりの再会を果たす。ホテル1Fのカフェで先方の近況を伺った。

 Mさんは昨年末に(本人曰く、軽い)カテーテルで手術をされており、当初予定していた双方のビジョンから、仕事の時期がやや時期がずれ込んでしまったのだが、まずはMさんの体調が心配だった。
 ところがMさんはすこぶる体調良好のご様子で安堵の息をつく。
 ひとしきり話を終えた区切りで食事へ。
 
 行き当たりばったりの会話のはずなのに、Mさんのあらゆるカルチャーを睨んだ造詣深さには、正直おいら、ついていけてない。身に覚えのある一般的知識の乏しさをヒシヒシ感じつつ、流れに任せご教授いただく。

 和食は美味。
 今後の作品作りに繋がると信じるテーマをおいらなりに織り交ぜながら、河岸を変えたバーで、各々ターキー乾杯。

 〆には新(ARATA)の味噌ラーメン。ナイス物件。今夜はぐっすり眠れそう。

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2009年 05月 20日

掘り出し物

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 空き時間に楽器屋を覗く。
 テイラーのアコギはいつものまま高額機種だけが陳列されていたが、残念ながら今日も掘り出し物には遭遇せず。
 きっとどのギター弾きでも、根本的に楽器屋を訪れる度には「掘り出し物」を探しているのではなかろうか。
 相場価格よりも、なんらかの訳あり商品でガクンと値崩れした品がないか!? と頭のどこかで期待をよせる思考が、おいらは毎度働く。
 
 待ち合わせ場所にやってきたのは、Tに誘われたTの友人で初対面の2人。
 何年ぶりかに訪問した地元界隈の名店:Mで乾杯し、河岸を変えたバーでは地元のフリーランス編集者でライターのTTくんを招集。

 こんな時間まで飲むんじゃないよと、心で己に突っ込みながら、予定外なノセられ方によって早朝を迎えてしまった今宵の酒に50%だけ反省。

投稿者 yonezawa : 15:48 | トラックバック(0)

2009年 05月 15日

Doria〜Shanghai cooking

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 伴侶の記したメモ書きの説明文を読みながらドリアをオーブン・レンジへ。
 最新機種のオーブン・レンジを購入後ほとんど触っていないので、余熱の入れ方とか時間設定がイマイチおぼつかない。
 書かれた通り230度に設定し、20分強加熱した頃チーズを載せ、さらに数分の加熱でちょっとだけ焦げ目のついたホクホクのドリアが完成。
 
 16歳の頃、初めてのデートで彼女が注文したのがドリアだった。
 おいらは「ドリア」なぞ知ることもなく16年生きてきており、しかし「知らないのはかっこ悪いか」と思ったのか、「おれもそれでいいや」と無知を隠して便乗注文。
 出てきたブツがグラタンにしか見えなかったおいらは、「ご飯ください」と思わず店員に頼んでいた。彼の日が懐かしい。

 彼女の自宅では、幼少から母親が夕食メニューのレパートリーとしてドリアを作ってくれてたそうだ。
 我が家の場合、食事の方向性は少し違ったかもしれないが、あの頃のあの食卓で食べてたキビナゴを親父とおふくろと一緒に食べたいもんだ。
 正に至福の時間だった学生時代の弁当。その美味さは世界一だったなぁ。

 児童館から帰宅したRちゃんはキティちゃんのミニチュア・マグカップ・セットを抱えていた。
 自分でくっく(靴)も脱げるようになったし、最近はパンツの訓練を開始させられた彼女。

 おトイレには「しっし」と言って「連れてって」とばかりに合図するものの、まだ用を足す行為までには至らず。もう少しかな。

 夜、K社:Yが命名した「夜忍魁」の面子で、年間6回を予定している食事会へ。あれからもう2か月が経過したのか…
 前回は千葉くんだりまで赴き、大変な時間をかけて帰京してきたが、今日の幹事:Yが招いたのは白金界隈の中華『ロンフウフォン』。

 なんでも予約に数ヶ月要すると噂される店は、単なる古めかしい住居ビル的マンションの一室で電気屋の2階。
 地図を片手に訪れても外に看板がないので判りずらかった。
 噂に違わず意外なロケーションで年季の入った店内には座席がわずか12席。料理人の方とホールのマネージャー2人だけで切り盛りされておられる様子。

 美味かった。季節にあわせた食材もその調理法も多彩であり、初めて食べるタイプの創作上海料理といった印象。
 当初、1品ずつ写真を撮ろうと思っていたが、間を空けて運ばれる食材と行き当たりばったりの会話で結局2枚しか撮らず。内一枚は単なる皿だけ。
 宴後に、珍しく原稿取りとなってしまったIを見送り、徒歩でもう1件梯子したがこちらの物件は不発に終わる。
 
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投稿者 yonezawa : 17:56 | トラックバック(0)

2009年 05月 13日

鷄繁

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 プーさんのブロックを土産に現れたD社:Kと久々のサシ飯。
 Kが予約してくれた焼鳥屋はほぼ満席だった。
 入口から一番近いカウンター席に通される。

 取り急ぎ10本コースを頼んだところ、7本目でかなり胃が張ってきた。「次回もしこの店を訪れたならば7本コースにしよう」とK共々悟る。

 6月に関係者の来日を控える某映画案件を、企画内容を踏まえ、果たして巧くコントロール出来るのか、今日の時点では何も見えていないが、いかように転んでも態勢だけは整えておかねばイカンよ…っと、概ねそうした内容の打ち合わせに終始。

投稿者 yonezawa : 18:27 | トラックバック(0)

2009年 05月 11日

通販

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 「母の日」から数日遅れることにはなるが、ネット販売の食材を物色し、2人の大事な母、と同時に、先日の奈良訪問時に世話になった従姉妹のSちゃん宅宛と、それぞれへの贈り物を注文。
 自宅にいながら、ネットに掲載された写真と文面を信用して注文し、配送してもらうのだが、先方が身内でない限り相手に届いた商品が自分の注文した品に間違いないかの確認は不可能だ。先方に聞かない限り、まず確認のしようがない。しかし常識的に聞けるものではない。

 送り先が身内であれば、「全部で2kgと書いてあった品を送ったけど、計ってみて?」と、念の入った確認が出来るのだが、第三者にはそうはいかない。
 
 前回、わざわざ数千円も出して箱買いし、実家に送ったミカンがあったが、地元スーパーで一箱でほんの数百円のミカンを買ったら、そちらの方が断然美味かったというケースがあった。
 有名原産地の商品は一体何なんだ! と憤慨し愕然とさせられた。
 まぁ、自宅の書斎にいながら1クリックで品々を搬送してもらうシステム故、そうしたリスクはつきものなのだろうが。

 贈った鰻と訳あり夕張メロンは果たして美味かったのか、温情の意見ナシで身内の回答を請いたいと思う。 

投稿者 yonezawa : 12:50 | トラックバック(0)

2009年 05月 9日

All Handmade Guitar

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 最寄り駅前のパスタ屋でTさんとお茶。
 現在、ヨーロッパの大漫画家:メビウス御大が来日しており、Tさんは過去に共著されている経緯もあり、最終日の今日、ご本人とお会いしてこられたそうだ。
 今回、おいらからは別件の仕事の話があり、バンド・リハーサルぎりぎりまでノン・アルコールで打ち合わせ。

 久々のスタジオ・セッションにはオリジナル・オール・ハンドメイド・ギターで参戦。
 すべてに注文しまくり、作成したこのギターの完成度は手前味噌ながらおそろしく完璧。

 ほろほろと、そしてもんのすごいペースで量産されるバンマス:O氏とリード・ヴォーカル:Hちゃんの創作ペースは、おいらの音楽歴史上聞いたことがない程。
 この、ほんの数ヶ月の期間で100曲以上のレパートリーを数えている。
 原石のごとき粗構成の楽曲を、それぞれの解釈で肉付けをするような新鮮なセッションの2時間はあっという間に過ぎ去った。

 馴染みの優しい居酒屋:Hで、おいらにすればライヴ以来、メンバーとの乾杯を交わす。
 水割りでお願いしていた芋焼酎が(サービスなのか?)単なるロックであることに3杯目になってようやく気づき、いつにないほろ酔い気分で店を後に。
 同じく馴染みのバー:SにはO氏、Hちゃんの3人で訪れた。
 例によって話の肝心の内容は空の彼方に消えるのだが、演奏後のアルコールがこうまで美味しく感じる感覚は20歳の頃から変わらない。

投稿者 yonezawa : 22:42 | トラックバック(0)

2009年 04月 30日

カサビアン 昌原光一

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 昼下がり、都内某所着。
 イギリスのロックバンド『カサビアン』主要メンバー2名(サージ&トム)が来日。
 『West Ryder Pauper Lunatic Asylum』と言う不思議なタイトルのつけられた新作アルバムのプロモーションでやってきた彼ら。
 
 過去、レコード会社よりアルバム・リリースにあわせタイムリーな時期にプレゼンのあった『カサビアン』案件は数回あった。
 結果、ファーストの際は諸事情でNG。
 セカンドのタイミングでは大型タイアップが帰結。滅多にやらないが、外部ライターによる執筆で記事構成の運びに。
 そして今回、サード・アルバムのリリース、そしてサマーソニック09の出演を睨んだタイミングで、ついに彼らへの単独取材という局面を迎えた。

 レコード会社側の『カサビアン』に対するプライオリティは毎度揺るぎなきモノがあり、新作ごとに誌面交渉のため、担当者が粘り強く食い下がってくると言う案件の一つ。
 『カサビアン』は幸せだ。日本国内におけるプロモーターのモチベーションは充分なのだから。

 バンドのギタリストで『カサビアン』サウンドの鍵を握るサージは、人当たりの良いナイスガイ。
 バンド全体のサウンドよりも、むしろギタリストとして何を追求し、あのサウンドに至ったのか、極めて客観的な第三者的視線で質疑を開始。
 取材が始まってみれば思いのほか時間は短く感じた。

 日本でのアルバム・デビュー前にサマソニで初来日を果たし、その際、入場規制がかかったという彼らの最大限の持ち味は、きっとライヴ・パフォーマンスにあるのだろうと睨んだ。

 帰社後、怒濤の入稿。嵐の入稿。
 コミックス4C周り再校正、本文校正、本誌某コミック連載200突破記念の読者プレゼント賞品・物撮り、精算、5月末発売のインタビュー案件原稿の構築、先ほど撮ってきたばかりの『カサビアン』動画WEB業者への中継...と、いとま無き業務の数々。

 「GW前に夕飯でも」と、奇特なKさんに誘われ神楽坂で鮨。
 そのまま銀座のバーで軽く飲み、仕事に戻った彼とはその場でセパレート。

 新宿を経由し、明け方帰宅すれば郵便受けには漫画家:昌原光一の最新作『御誂 人情幕の内[壱]』献本が到着していた。
 昌原光一の記念すべき2冊目の著作本完成。
 他社からの出版ながら、おいらがビジネスジャンプ誌上で担当し、間違いなく入稿した作品も3本収録されている。
 才能溢れる、漫画家:昌原光一のさらなる世間的評価を祈るばかりだ。

http://www.amazon.co.jp/dp/4845838079

投稿者 yonezawa : 00:29 | トラックバック(0)

2009年 04月 28日

神楽坂

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 神楽坂の路地裏はいつでも独特の空気を与えてくれる。しかしこの地を何度訪れても土地勘ゼロのまま。
 一歩通りに入り、角を2,3コ曲がるとどちらが駅なのか、早稲田通りなのか、大久保通りなのか、とたんに見えなくなってしまう。

 半分20代・ほぼ初組み合わせの若き編集者面子で夕飯をいただいた。
 
 店の風情は古風な構えで、神楽坂に居る感バリバリの家屋を改造した雰囲気はいいのだが、とにかく注文の品の出てくるタイミングが遅すぎ。
 あまりに1品ずつが遅い。催促しても遅い。

 常々飲食店に入る場合、ある程度の待ち時間も折り込んだ意識で構えるものだが、限界に近かった。
 こうした店は無意識に今後の食レパートリーから外れてゆく。

 かつて自分があちら側(店側)の立場だったこともあるが、料理の出し遅れているお客さんのテーブルは、配膳係として気になって仕方がなかった記憶がある。

 厨房に入っても意識は同じだった。
 どのお客さんが先に来店してきたのか、どのお客さんの品の順番で注文が入ったのか、自然と全部を記憶するもので、ある日ボーイ、ウエイターが順番を間違ってコーヒーを出そうとしていた時に、厨房から「順番違うよ」と注意したこともあった。
 飲食店の受け入れ側とはそうしたものだと思っているが、悲しい店に遭遇することは稀にある。

 深夜の電車に飛び乗り、GW前の本誌活版最終原稿を拝受。
 帰社〜入稿後、5月後半発売本誌掲載のインタビュー記事の素材を確認し、デザイナー他関係者各位へメール送信。

 GW中、一部の取材と入稿が残された。

投稿者 yonezawa : 00:44 | トラックバック(0)

2009年 04月 27日

グーグー

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 一度延期されながらも無事今日、漫画家:Y氏とお会いする機会を得た。
 彼は毎年1つの目標を立て、基本的にその目標を実践して1年を終えるそうで、今年のキメごとは「早朝から稼働する」といったものだそうだ。
 なので夕飯の時間も、彼指定の18時30分からのスタートとなった。

 おいら昼飯には玉子入りの納豆かけご飯だけだったので、夕方になる頃にはこちらもグーグーお腹が鳴る案配でコンディションは万全。

 パーティ会場等で一気に大勢の方々と飲む席では、なかなか落ち着いてつっこめない話も、こうして静かなカウンター席に陣取れば、ゆったり語る機会を得られてとてもラッキー。
 以前、彼にも紹介したロックバーを梯子しながら、彼にすれば今日はいつもより少し夜更かしだという深夜1時前に解散。
 至って健全な新宿の夜更け也。

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 酔いをさまそうと、1人バー界隈を徘徊しながら初めて見つけたラーメン屋に飛び込み、迷わず塩ラーメン。

投稿者 yonezawa : 00:42 | トラックバック(0)

2009年 04月 25日

松下奈緒コンサート・ツアー2009"pf"〜BARD LAND

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 あいにくの雨模様の中、有楽町は国際フォーラム(C)へ。
 開演2分前に滑り込みの到着。入口で編集者:Uと合流。
 松下奈緒コンサート・ツアー2009"pf"観戦へ。

 彼女の、フォーラムでの単独コンサートも今年で3回目。
 一昨年、オーストラリアのトップ・シンガー:デルタ・グッドレムと、女優でピアニスト:松下奈緒との対談を企画した経緯があり、それ以降、正式に音楽活動を開始した後の彼女の東京公演観戦は勤賞となっている。

 暗転の中聴こえてきた、彼女が中学時代に書いたと言う曲よりコンサートの幕が開く。連なる叙情的なピアノ・ソロ曲が新作『pf』の世界観をかいま見せる。
 
 ボサから4ビートに連なるジャズ的趣向の演奏が個人的には最も惹かれ、ソニー VAIOのCMに使われた彼女のオリジナル曲『〜F〜』は、オリジナリティという見地からは最も突き抜けていた。
 終演後、楽屋で『pf』レコーディング時以来の再会を果たし、会場を後に。

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 編集:Uの馴染みの焼鳥屋『BARD LAND』はすでに看板(閉店)でありながら、店主:和田さんが快く迎え入れてくださり、激美味の焼き鳥をコースで堪能。
 Uとは、なかなか味覚もおぼつかない赤ワインの価格談義を交わす最中、プロ的見地からアドバイスをくださる和田さんの意見は大変参考になり、カウンター越しにかなり充実した情報を入手。
 シャトー・マルゴーの年代ごとのレア価格情報も仕入れ、収穫多し。

 閉店の時間も場所をテーブルに移し、従業員の方々のまかない飯に参加する形で生ビールとつまみを、精算後にも関わらず提供してくださった、初対面:和田さんの懐に心より感謝。

 新宿を経由し、帰途へのタクシーに乗る頃、1時間前に届けられていた岩谷テンホー師匠の着メールに気づき、急いで連絡するが、御大、昨日おいらが訪れた『闇太郎』ですでに出来あがりのご様子。

投稿者 yonezawa : 16:58 | トラックバック(0)

2009年 04月 16日

GRAN TORINO

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 ようやく試写会に辿り着いた。
 映画『グラン・トリノ』
http://wwws.warnerbros.co.jp/grantorino/試写会には最終日だからこそなのか長蛇の列。ピーター・バラカンさんの姿も。
 「公開までラストシーンを口外してはならない」と言う約束で試写開始。
 この作品で俳優業を引退するというクリント・イーストウッドのいぶし銀の演技…と言うか、等身大の年代の老人を何の無理もせずに演じてるように写る。
 シーンシーンのリズムはとても見やすく、時折クスっとさせる日常会話がほのかな心地よさを継続させてくれる。英語が堪能ならより面白かろう。
 事件が起こり出すシーン辺りの展開から、異様な緊張感につつまれながら映画は終わりを迎える。
 周りでは、啜り声が聞こえたり、涙をぬぐうマスコミ諸氏の姿も。

 遅めの夕飯は四谷集合の親睦会の予定だったが、諸事情あって渋谷へ変更となった。
 指定のフレンチの場所にはS社:Sの姿が。
 ほどなくして、今後おいらを含む紙媒体の担当者だと言うIさんが合流され、紹介いただく。
 
 宴は美味しいワインのチョイスもあってか、充実の数時間。案の定、時間の経過はあっという間。SもIさんも、フレンドリーで正直で魅力的。
 偶然なだのが、S社のスタッフでこれまでに苦手な人と出会ったことはない。

 さらに遅れて編集者:H到着。
 Sを見送り、近場のバーでもう1杯。親睦会という意味では相当成果のあった夜更けであったろう。

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 〆のラーメンはHが携帯ナビで探り当てた豚骨。2人ですする。
 相変わらず深夜営業のラーメン屋は豚骨多し。

投稿者 yonezawa : 14:01 | トラックバック(0)

2009年 04月 1日

チキン南蛮

 先日、ゴールデン街は『エイプリール・フール』よりパーティの誘いが来たので、今日の日が近づいたことを今年も知る。
 我が両親の結婚記念日。

 数日前から冷蔵庫を眺め、メニューは決めていた。
 朝食と昼食を合わせ、たまたま冷凍庫にあった鶏のもも肉でチキン南蛮を作成することに。

 醤油、酢、砂糖等で出汁をつくり、あらかじめ夕べの夜中にボイルしておいたゆで玉子と塩もみしたオニオン・アッシュを合わせ、タルタル・ソースを作成。
 塩、ブラックペッパーで適当にあたりをつける。

 チキンにも塩、ブラックペッパーであたりをつけ、小麦粉を絡め、とき玉子をくぐらせ、浅めの油で揚げ炒める。
 表面が小麦色に変わり、中まで火の入った様を確認し、キッチンペーパーにあげる。
 温めた出汁にチキンを絡ませ、軽く火通し。
 あらかじめ水にさらし、冷やしておいたキャベツの千切りのサラダと共に、チキンを皿にうつし、出汁をかけてタルタルソースをかけ、盛りつけで完成。
 出汁には生姜や人参や玉ねぎの切り端をいれて煮立てる案もあり、加えて鷹の爪輪切りを入れる案もあるが、それらの材料がありなからそこは手抜き。

 パセリもレモンも無いが、適当な味付けで味がまとまる。この醍醐味が料理の歓び。

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 生涯初作成のチキン南蛮完成。そこそこ美味。

投稿者 yonezawa : 18:48 | トラックバック(0)

2009年 03月 27日

合格

 イーストウッド監督作『グラン・トリノ』試写に向かおうとバス、電車を乗り継ぎ、目的地を目指すが、アクセスがすべて最悪。「1本前の便が出たばっか」状態が重なり、予想だにしなかった遅刻状態の様相に。
 後1駅分の乗り換え駅に着いた時点で5分後の上映時間と迫り、瞬間断念。
 到着までの切迫感から解放される。
 
 同級生:Hの長女が無事目標の大学に合格したお祝いを理由に遅い夕飯を共にする。
 とりあえず新宿:Hで軽く乾杯。

 その頃、新宿へ到着したと言うアメリカ人映像作家:T、国際的デザイナー:Y、香港のからのゲスト:Aさん(弁護士さんなのだそう)からの連絡を受け、合流後異文化コミュニケーション。
 T、Yとは丁度昨年の花見の時期以来の再会なので、丁度1年ぶりか
 店の主人は、その1年前の井の頭公園での花見の席でT&Yに紹介された方であり、彼女ともその日以来の再会。
 待ち受け画面に写るRちゃんも1年前の花見に参加したこともあり、その画像を見たYが「大きくなってる〜!」と、子供の成長の早さを改めて知らせてくれる。
 
 「よし! H家:Kちゃんの大学入学祝いはこうしよう!」と、頭の中であれこれ想像しながら世がふける。

投稿者 yonezawa : 10:37 | トラックバック(0)

2009年 03月 26日

The Wrestler

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 映画『レスラー』鑑賞。

http://www.wrestler.jp/
http://www.cinemacafe.net/movies/cgi/21805/

「関連サイトより作品概要…人気レスラーだったランディ(ミッキー・ローク)は、スーパーでアルバイトをしながら、かろうじてプロレスを続けていたが、ある日長年のステロイド使用が祟り、心臓発作を起こしてしまう。病院のベッドで目覚めたランディは、医者にリングに立つことを禁じられる。妻とは離婚し、一人娘のステファニー(エヴァン・レイチェル・ウッド)とも疎遠で、ひとりになってしまったランディ。せめて娘との関係だけは修復しようとするが、冷たくあしらわれ、さらに好意をもっていた顔なじみのストリッパー・キャシディ(マリサ・トメイ)にも振られてしまう…。ミッキー・ローク扮する中年の悲哀漂うプロレスラーの人生の光と影を見事に描いた人間ドラマ。第65回ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した。
2009年6月上旬、シネマライズ、TOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋ほか全国にて公開」

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 報道で知る限りのイメージにしか過ぎないが、実生活のミッキー・ローク、ロートル・レスラー:ランディの境遇が勝手にシンクロして取れ、まるでドキュメント映画を見せられているような感触を抱かせる作品だった。
 しかし、かつて栄光を知る往年のレスラーが落ちぶれ、今となっては何をやっても上手くいかない様を映像として見せられ、何故そのキャラクターに惹き込まれるのか。

 その昔、“プロより強いアマチュア”“新宿の殺し屋”という異名を取った、将棋界屈指のアマチュア名人:小池重明の生き様に相通ずる内容だと感じさせた秀作だ。

 試写後、赤坂へ移動。Iのお祝いを兼ね夕飯を共にした。
 滅多に訪れない店に飛び込むと、カウンターには世界を股に活躍される俳優:SH氏の姿が。
 以前、イージス艦をテーマに扱った大作映画の取材で一度インタビューさせて戴いた経緯もあり、その際の御礼をお伝えし、彼の帰り際にも労いの握手を交わす機会を得られ、とてもラッキー。
 Sさん、いつでも至極クールな方だ。

 終電も回りかける頃合い、大層満腹になりお開きに。
 “お祝い”と言いながらIにゴチになってしまった。 

投稿者 yonezawa : 05:27 | トラックバック(0)

2009年 03月 25日

Pherrow`s Denim ~Buffalo Horn Stitch~

 通常とはリズムの違ったここ数日間の(たまたま)肉食主体の食生活からか、胃腸にやや違和感。
 午前中の入稿を午後終え、朝食と昼食を合わせた遅めの飯を喰うと、胃が締め付けられるような感じ。運動不足と不摂生からか。お腹減っているのにこんなの初めての不条理体感。
 
 書店で数冊の書籍を購入し、たまたまタイムリーに上映していた映画試写『いけちゃんとぼく』鑑賞。
 漫画家:西原理恵子の絵本が実写映画化された作品だが、果たして絵本を凌駕する出来になっているのか。西原ファンのジャッジはいかに。

 以前から約束していたフェローズ代表:志村さんと江口さんとの親睦会を本日夕方、恵比寿でセッティング。

 http://www.pherrows.com/
 
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 フェローズの本社を訪れる。たまたま修理に出していたジーンズが1本あるのだが、この機会に新しいヴィンテージウォッシュをフィッティングさせていただき、1本購入を決めた。

 はき心地の良さとシルエットの美しさはおいらも実感済みであり、ジーンズ:ポケットのステッチ・シルエットには、素人が想像出来ないほど創作に試行錯誤があり、それの特許なり権利にしろ、ブランド(商品)を世界展開させる場合、クリアせねばならぬ大変な障害がある事情も知った。
 創造と共に権利の確保。

 最大のブランドシンボルとなり得る予感のネオ・ジーンズを完成させた志村さんの飽くなき探求は今日も続く。

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 場を中目黒へ移し3人で落ち着き乾杯。夕飯をご一緒させていただきゴチに。志村兄、ご馳走さまでした。
 みなさま、お疲れさま。

 地元界隈までタクシーで引き上げ、先ちゃんとセパレートし、さらにJRで最寄り駅まで引き上げ、深夜バスで西友へ。
 明日の食材を考えながら主婦のように買い物するのが嫌いではない。

 明日か明後日いずれかの飯は麻婆豆腐に確定。

投稿者 yonezawa : 10:10 | トラックバック(0)

2009年 03月 14日

イタリアン

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 これまで幾度となく自宅に誘ってくれたH宅に、この度初めて招かれる機会を得た。
 Rちゃんより少しお姉さんのRちゃん、そして少しだけ妹のSちゃんに初ご挨拶。

 H(&奥様)による懲りまくったイタリアンに美味しい赤白ワイン。小さいのが部屋の中をウロウロするこんな光景に遭遇するのも今だけの時間だと、実に口にあうワインを飲みながらもの思う。
 
 おいらにすれば、初めて見るRちゃんのリアクションが見ていて延々飽きない。初対面の友達ともちゃんとコミュニケーションを取る術を知っている様が新鮮で、人との距離感を見ても感心するぐらい驚きがあった。
 しかし飛び跳ねる飛び跳ねる。
 この機会を提供してくれたH家に感謝&ご馳走さま。

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 帰宅途中、財布がない。
 どうもH宅へカバンごと忘れてしまったようだ。

投稿者 yonezawa : 21:36 | トラックバック(0)

2009年 03月 11日

The Reader

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 午前8時に起床。軽い朝食後に、前回風邪の時に病院に処方してもらった残薬を服用。
 正午過ぎ、入稿作業無事完了。

 本年度アカデミー主演女優賞を受賞(他にもゴールデングローブ賞 助演女優賞受賞、英国アカデミー賞 主演女優賞受賞)したケイト・ウィンスレット主演作『愛を読むひと』試写鑑賞。
 舞台は第二次世界大戦前のドイツ。
 アカデミー会員の琴線を大いに刺激しそうな、ケイト体当たりの演技が映画全体の緊張感を最後まで包み込む。
 人間の芯にくすぶるアイデンティティを考えさせる秀作。切なく胸に響く。 
 日本公開は2009年6月19日予定。

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 帰社後、雑務を終え日本武道館へ。
 今回なんと30年ぶりとなったロック・ヴォーカリスト:ロッド・スチュワートの来日公演へ。過去、ロッドは全世界で2億5千万枚以上のレコード・セールスを達成している。

 武道館のアリーナ席は、もはやどこでもステージとの距離を感じさせない。
 ライヴは隣の席の者と充分会話の出来る程度の音量で、ピンク色のスーツに身を包んだロッドが冒頭から優雅に歌う。
 「高額なチケット(アリーナ16000円)ですまん」とMCで語るロッドは終始お茶目。

 コンサートは前半後半と10分の休憩を挟み2ステージ行われ、後半トラックに演奏された「マギー・メイ」のアコギに懐かしさを覚える。
 アンコールで奏でた「セイリング」のマンドリンはやっぱり温かく優しかった。

 今回ロッドは21歳になるというパリスヒルトンを彷彿とさせる娘:キンバリーを連れ立ち来日し、なんと彼女もセンター・ステージで堂々の歌を披露。ひとつのサプライズを堪能。

 音楽人:Tは留学先のアメリカ在住の時代2度もロッドを観戦したそうで、2ショット写真を持っているそうだ。

 夜、Tと喰った豚骨ラーメンの写メールは撮らなかった。

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▲おいら世代が新譜で買ったのはこのアルバムから。

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2009年 02月 28日

acoustic bambi

 寒さも落ち着いた午後、Rちゃんを連れ立ち渋谷へ。
 R&ママは買い物へ出かけ、おいらは一人赤坂へ向かう。

 地下鉄:赤坂駅を出てすぐ近くの路地を曲がったところに位置するB1のライヴ・バー『Sound Beige』到着。

 今年に入り、まったく見ず知らずのメンバーをバンマス:O先生に紹介戴き、あれよあれよと言う間にライヴ当日がやってきた。
 知らない者同士でも楽器があれば会話出来てしまう音楽と言う表現手段は、最も話が早い便利な“言語”と言えた。

 通常ライヴハウスで行う時よりも、充分なリハーサルを経て開場時間を待つ。おいら少し寝不足。

 acoustic bambi in Sound Beige

 午後6時を過ぎた頃、3セット中の第1部演奏開始。
 ほのかな緊張感がメンバーを包んでいたのかもしれないが、それぞれの伸び伸びとした演奏が心地よい。
 演者として聴く場合と、観客として聴く場合のニュアンスはそれぞれ微妙に異なり、冷静にバンマス:O先生の弾き語る姿、メインヴォーカル:Hちゃんのパフォーマンスを初めてこちら側から観戦。

 第2部ではおいらもほとんどの曲に参加。
 ジェフ・ベックのロニー・スコッツ・クラブみたく、恐ろしく観客との距離感が近い場所で演奏するのは結婚式・披露宴での演奏を思い出す。
 (かつて何度の披露宴で演奏したことだろう。両手で収まるのだろうか)

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 バンドメンバー全員が打ち上げの席で語っていたが、おいらも演奏した8曲の終わるのがあっと言う間に感じていた。
 
 当日まで知らなかったイレギュラーなゲスト出演もあり、パーティはアットホームな温かい空気に包まれたまま第3部まで駆け抜け、おいらにしてはacoustic bambi のファースト・ステージを無事終えることが叶った。
 
 同ビル2Fの博多料理屋で美味しい地鶏等をつまみつつ、ライヴを支えてくださったスタッフの方々と乾杯。
 皆様、お疲れさまでした。

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2009年 02月 18日

驚嘆

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 地元の超人おじさん:Tちゃんに誘われ食事へ。
 ここ、Tちゃん家の身内の方が務める飲食店には初めてやってきたが、リーズナブルな価格設定に美味しい品々を提供するナイスな店舗だ。教えて戴きラッキー。

 特に香ばしい鶏もも肉類が美味。鶏肝の燻製は初めて食したかもしれない。
 当初、入口目の前の立ち飲みスタイルで呑んでいたが、なかなか長時間(足腰が)もったのが意外。
 以前、FUJI ROCKの苗場食堂で和田ラヂヲ兄と立ち飲みしたことを思い出すが、ものの30分程度しか根性が続かなかった。今回はイケた。

 店員さんの心遣いでやがてテーブル席に促され、Sちゃんが合流し、もうひとりのSの呑む店に河岸変え。
 
 夜更けに聴く70年代フォークソングの歌詞に、しみじみと感慨深い気持ちになる。
 Sちゃんが井上陽水で一番好きな曲が『帰れない二人』である情報は収穫であり、この曲が陽水と忌野清志郎との共作であることなど全く知らなかった。

 この時代の曲は世代的には疎遠であることは仕方が無かろうけど、今更ながら様々な発見と驚きを感じるケースが少なくない。

 吉田拓郎のレコードを初めて購入したのは、シングル盤で、確か『舞姫』だった。
 改めて聴く拓郎『人生を語らず』の凄さ。若干20代でこの曲を書いた拓郎には驚嘆の思いだ。

 そして〆には午前のラーメン、美味。

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2009年 02月 12日

3名の素敵なフランス人

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 フランツ・フェルディナンドのアレックスとポールへのインタビューは今回で2度目。取材は3回目となった。
 一昨日のZepp Tokyoのライヴを踏まえ、予定よりも2分前倒しでインタビュー、スタート。

 特にドラムスのポールはMANGAファンとのことで、前回も自らインタビューにエントリーしてくれた。
 今回も、ヤンジャン本誌絶賛連載中のSIDOOHコミックスを土産に、しばし漫画談義で盛り上がる。
 フレンドリーで、とても協力的な取材時間を提供してくれる彼らの優しさに今日も感激だ。
 フランツが売れる理由はそこにもあるように思う。
 
 取材を終え地下鉄帰社し新宿へ。

 ベルギーより来日中のダルゴー社のIさん、Kさん、そして翻訳家で友人のTさんが、待ち合わせのちゃんこ屋さんへ到着。
 フランス人3人においら一人。
 以前も、彼らと親睦会を開催した経緯もあり、多忙な日程の中、おいらと食事をする時間を捻出してくださり、彼らからのお誘いを受けたのだった。

 今日でなくとも構わない案件を来週にずらし、彼らと3度目の再会を果たす。
 日本の漫画がフランスの出版界をメチャメチャにした! と言う表現で、日本のコミックがいかに現地で売れまくり、これまで本国にあった部数の概念を根底からひっくり返してしまったと、前回の食事会の際伺っていた。
 
 それぞれの箸で同じ器の食材をつつくという、彼らからすれば珍しかろう鍋が本日のメイン・ディナー。

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 そんな日本ならではの常識にも全くの抵抗も見せず、上手に箸を使いながら最後の雑炊まで完食してくださった彼ら。気持ちよい。
 「一度は行ってみたかったけど、その勇気がなかったんです」と、ゴールデン街を指しておっしゃるので「ならば任せて!」と馴染みの店数軒を梯子。
 
 中でもフランス語ぺらぺらのママのいらっしゃる店:Jでは、彼らもさらにリラックスし、おまけにフランスから来日中のドキュメント映画製作チームのカメラマンら3名のフランス人も集い、狭い店内は英語と日本語とフランス語の飛び交う陽気な空間に。

 この場に映画人:佐藤睦雄も加わり、場は益々賑やかになった。
 
 「次回はフランスで乾杯しましょう!」とおっしゃる、Iさん、Kさん、そしてTさんのご提案が嬉しい夜更けだ。

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2009年 02月 9日

The Ting Tings

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 都内某所にて、ザ・ティンティンズ単独インタビュー。
 ケイティ・ホワイトとジュールズ・デ・マルティーノの2人に初遭遇。

 (イメージとして)マンチェスター発の音とは思えないポップな彼らのサウンドは、本国でも日本でも成功し、いよいよアメリカにも飛び火する勢い。

 彼らのリード・トラックは日本のTVCMにも起用され、巷を賑わしている。
 ツアーを終えたばかりの彼らに肉薄する、取材時間45分が滞りなく終了。
 ジュールズのフェイバリット・ドラマーがジョン・ボーナムとスチュワート・コープランドと聞き、反論の余地無しと回答。
 フレンドリーな彼らだ。

 渋谷ESPでギターテク:Iちゃんに近況を窺い、その足でNHKホールへ。
 ジェフ・ベック単独東京公演最終日の会場へ到着。
 関係者入口で、世界的クラシックギタリスト:MKさんと待ち合わせ、1F席へ着席。
 すぐ後ろにはロックの生き証人で呑み達:Kさん、その前にはザ・ビートルズの権威として広く認知される:MYさんらの姿が。

 初日よりも幾分リラックスした赴きを感じさせた演奏は、ふんだんにアドリヴ要素を含んだアットホームな雰囲気。まるで彼らは本当の家族のよう。
 メニューは初日からは数曲変更が加えられ、比較的ハードでトリッキーな趣向となったライヴに感じる。
 いつになくオーバー・リアクションするジェフの姿を見るおいらは笑みが絶えない。
 こんな陽気な姿のジェフを見ることは珍しいぐらい。“身内”と化したメンバーとの化学反応が絶妙なプレイを引き出し、心の襞にズキズキ感動の楔を撃ち立てまくる。

 ドラムスのヴィニーがベースのタルちゃんをジェフの元に連れてきた際、彼女はノーメイクで現れたそうで、初対面のジェフにとっては12歳ぐらいの少女にしか見えなかったそうだ。
 「彼女、本当に大丈夫?」と危惧していたら、彼女はジェフの曲を全部覚えてきており、最初のセッションで「完璧だ!」と確信したそうだ。
 彼女のプレイを聴けばそのスキルが即座に認識出来た。

 アーミーバーを使った妙技、そしてボトル・ネック奏法の神髄。
 ジェフはガラス性のボトル・ネックを好んで使用する。
 1列目で観戦した悪友2名による目撃情報だが、初日のプレイでは床に(プレイを継続させるため故意に)落とした際、割っていたベック。

 倍音の出るハーモニックスをバンバン出しまくるジェフ。彼の真骨頂とも言える彼ならではのプレイと言えた。
 たった1音のハーモニックスで5音、6音の音程を一度に再現するのは、世界広しと言えどもジェフ以外に知らない。
 通常、5フレット、7フレット、9フレット、12フレット…このぐらいの場所しかハーモニックスはまともに出ないものなだが、彼は人類史上初めて2フレットだ3フレット4フレットでの倍音を出してしまうのだった。
 一つの偉大なる発明。
 ヴァン・ヘイレンもこうしたプレイの名手だが、ジェフのソレは今日も別格だった。

 終演後、今年65歳の御大を労う酒で乾杯。埼玉でのクラプトンとの共演、そして待望のDVDリリースの頃まで、現状のジェフ熱は続く。

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投稿者 yonezawa : 01:30 | トラックバック(0)

2009年 02月 6日

JEFF BECK来日公演:国際フォーラムA

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 JEFF BECK来日公演:国際フォーラムA。
 幸運にもかなり肉薄した6列目中央に位置した。S社:Sちゃんに感謝。

 暗転になりメンバー登場。瞬間、背筋を電気が通過。
 オープニングは、ヴィニー・カリウタ(ds)のスネアで始まる『Beck's Bolero』。とたんに高揚する。
 ここのところ、ジェフ・ベック公演の定番は国際フォーラムとなっているのだが、過去ジェフのフォーラム公演史上、最高の音響と言って良かった。
 実にクリアな演奏だったし演奏自体もアンサンブルもよかった。さらに何よりも雰囲気が申し分なかった。

 偉大すぎるギタリストを目の当たりにし、心が大きく揺さぶられている。
 隣に座った、おいらよりも年上らしき(外人?)女性は、要所要所で頬に涙を伝わらせていた。
 その気持ちは重々理解され、かく言うおいらも、涙をこらえねばならない瞬間に何度か見舞われていた。
 今回、そんな人が多かったのではなかろうか?
 何の演出もないステージ・セットに、何のてらいもない世界最高水準のアンサンブル。そしてギター1本から奏でられるメロディが宇宙に木霊する。
 
 (前にも書き記したが)自らのバンドに偉大なポール・コゾフというギタリストがいながら、「世の中には2種類のギタリストしかいない。ジェフ・ベックとそれ以外だ」と語ったヴォーカリスト(ポール・ロジャース)もいた。その言葉に一切違和感など感じない。

 You Tubeでも話題になったタル・ウィルケンフェルドのプレイも掛け値なしに素晴らしいものがあり、まさにジャコばりの安定する演奏に大いなる好感を抱く。
 ちなみに彼女はソロではキングレコードと契約したとか。

 アーミーバーと、そして(演奏を終え床に落とした際、割れてしまった)ボトルネックの神業としか言いようのないプレイにため息がこぼれ、ジェフの創造する宇宙に取り込まれてゆく。
 エレクトリック・ギター・サウンドの極みがあった。エクスタシーの連続と言えた。

 発熱した錯覚を覚えるほど聴き入り、アンコールまで骨の髄まで堪能。
 幸運にも間近で実に拝見する機会を得た今日は幸せだ。
 
 ライヴの活気は、そのまま終演後のマーチャンダイス売り場にも反映されており、グッズのハケ方も凄いモノがあった。今回はやたらと商品数にも気合いが入っているようだ。

 次回おいらはNHKホール。今日のように音響がいいと最高なんだが。
 バンドはもはや家族。雰囲気がいいハズだ。

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2009年 02月 4日

Brian Setzer

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 結局、こちら側の諸事情あって取材申請は断念したブライアン・セッツアー。
 1990年に結成したオーケストラを率いたCCレモン・ホール公演には編集:Fと観戦。

 大所帯のアットホームな雰囲気はこのビッグ・バンドの持ち味で、ブライアンの愉しい気持ちが伝達するように、こちらににも伝染してくる。
 コード・ソロに関しては、間違いなく世界屈指のテクニシャンであり、ハイ・センスの持ち主でありながら、このオーケストラでの活動ではそうしたテクニックを引け開かすこともなく、終始バンマス的立ち位置で楽曲の魅力をコントロールしているブライアン。
 公演回数もかなり多いのに会場は満席。さすがのブライアンだった。
 
 唐突にライター:M、某WEB部署を担うSより連絡が入り、急遽笹塚で待ち合わせ。
 今後の編集業務の相談も兼ね、最後の雑炊までミーティングが続いた。

投稿者 yonezawa : 12:23 | トラックバック(0)

2009年 01月 29日

ブルース・ファン

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 西洋料理一般店Gの店長:Nさんがえらくブルース・ファンであったことは、前回この店を訪れた時に初めて知った。
 もう何年かのお付き合いになる方なのに、これまで店では当然ワインと季節メニュー等の食べ物の話しかしてこなかった。
 前回訪れた際、店内にデレク・トラックスが弾きまくるオールマン・ブラザース・バンドのスライドが流れたので即座に反応。Nさんにその音源がCDである旨を伺い、「Nさん、そっち系の方? なんだ、早く話すんでしたね」っと、場が急にギタリスト談義となって盛り上がり、Nさんのおいらとも近しい趣味を認識することとなった。

 今宵もマイク・ブルームフィールドの話を経て、安価で美味いカリフォルニア・ワインを開ける。
 次回、2度目の仕事を計画している本日の連れで仕事人間なUと共に、Nさんお薦めメニューの食材をいくつか戴いた。

 河岸変え、新宿ゴールデン街:Aへ。同店の主:Aの誕生日があと4日後だと言う事実を知らされる。
 パンクな常連客に混じり、数杯芋焼酎で乾杯。
 そして今週2回目となった同じ濃厚豚骨麺を夜中の夜中、またしても啜ってしまった。

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投稿者 yonezawa : 19:17 | トラックバック(0)

2008年 12月 28日

上原ひろみ Tokyo International Forum Hall A Tokyo-City,Japan

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 年の最後を締めくくるライヴ観戦は、国際フォーラムAで行われた「上原ひろみ」となった。
 17時に開場着。
 10分程度時間が経過した後、LPの針のノイズ的MCに混じったホンキートンク・ピアノでコンサートの幕が上がる。いきなり軽快で上手すぎる。演出も演奏も。
 
 結論から言えば、ある意味彼女の音楽人生史上、頂点のコンサートだったのではなかろうか。幾度となく彼女のコンサートを見てきたわけではまったくないのだが、そうした確信を感じさせるほどの技量であり、雰囲気であり、タイミングであり、音響であった。
 
 先日、新宿の行きつけの居酒屋で偶然女優の大竹しのぶさんを見かけたのだったが、その際も同席していたHが今日の連れとなってくれた。
 一席空けてHの並びにいらしたのは、モノマネを得意とする日本のタレントで女優のSMさんだった。
 SMさんは、上原ひろみの究極の演奏を凝視し、コンサート中、涙を拭きながら観戦されていた。
 ピアノを得意とする者ほど、そのスキルに対して驚嘆と感動が同居し、感極まる様が重々理解できた。
 連れのHは座って観戦出来る席環境だったにも関わらず、もう立ち上がらずにはいられない状態。
 会場の、ほとんどの観衆がそうした高揚した気持ちになっていたのではないか。
 
 演奏はインストのみ。かつ、ほとんどロック・バンドのような迫力のあるアンサンブルでまとまっており、個々の演奏技術の凄さをかいま見せる演出と、終始全員が主人公に成る得るメンバーの妙と魅力がビシビシ伝わってくる。
 上原ひろみは、彼女にすれば世界最高のパートナー(メンバー)を探してあてていた。

 厳密には少々のミスがあろうとも、何もかもを吹き飛ばす迫力と包容力を有したコンサート。リハーサルの質と量がさぞ凄かったろうことが、演奏中のキメで確信に至る。
 「圧巻」と言う言葉が最もピッタリくる、舌巻きまくりな2時間強の瞬間瞬間だった。

 海外を拠点にした音楽活動を行う上原ひろみは、今日のツアー・ファイナル後、正月休みで実家でゆったりするのだろうと思いきや、3日後の大晦日にはボストンでのコンサートがあるそうだ。
 予定になかったろう2度のアンコール後、楽屋を訪問。
 ファイナルの、この日のコンサートに訪れられたご両親も、せっかくの師走に帰国していながら、再び異国へと飛んで行ってしまうことはきっと淋しかろうと察するが、彼女の意志は音楽に関する向上心のみで突き動かされているようだ。

 今はそれでよいのだ。

 チック・コリア・ライヴ以来の再会を果たし、取材の際の御礼をお伝えし、焼きたての美味しいパンをひろみちゃんへの差し入れに。

 ホットな気分で盛り上がるHと新宿へ移動し、タイ料理。
 ひろみちゃんの身内的立場にいる音楽人:Tも合流し、日曜日のゴールデン街で一軒梯子し、今年最後の外呑みを終える。

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2008年 12月 22日

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 新宿で食事をとる。
 同じ年代の輩は、年々食べる量が減少の道を辿る。
 その点、自分に関して思えば、20代に比べれば勿論落ちはしたが、今でも食欲は旺盛の部類だと自覚している。
 個人的には食べない女性よりも、食べる女性の方がチャーミングに映る。
 
 当日まで予定を組めないこの頃の時間ぐりながら、無事集い、なんとか鍋を囲めた連中:I,K,YMが集結。
 遠慮があるのかないのか、馴染んだ顔がそこにあるのは四の五のありながらも、ともかく心を緩めるものだ。
 STが加わり、偶然新宿に居合わせ、忘年会終えたというKMも緊急合流。
 
 居眠り組を横目にみつつ、年に似合わない時間まで宴という宴が続いた。

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2008年 12月 18日

東天の獅子

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amazon(「BOOK」データベースより)抜粋。

 ◆柔術から柔道へ―文武二道の達人、嘉納治五郎の、技に対するたゆまざる追究と人間教育への情熱によって、明治になって衰退していた柔術界に新時代の息吹「講道館流」が誕生した。当初はただの新興一流派だったものが、「講道館四天王」らが頭角を現し、隆盛への道をその手に引き寄せていく。若き気概に充ち満ちた青春武道ロマン、第一巻。

 ◆名門として聞こえた、関東の揚心流戸塚派、さらに九州古流柔術界の猛者たちが続々と登場する、群狼邂逅の第二巻。講道館が創設された明治十五年、九州では久留米、熊本の二大勢力が激突した。運命の「警視庁武術試合」より前に、すでに各地で新時代への胎動が起こり始めていた。講道館は、まさに台風の目となりつつあった―。

 インターネットの商品説明に『東天の獅子 第1巻 天の巻・嘉納流柔術』『東天の獅子〈第2巻〉天の巻・嘉納流柔術』の内容として、こう書かれてある。

 〈第2巻〉の発売からほとんど期間を空けず『東天の獅子〈第3巻〉天の巻・嘉納流柔術』が発売。
 そして今日、これまた早々の発売となった『東天の獅子 第4巻 天の巻・嘉納流柔術』をブック・ファーストで発見・購入。

 執筆11年の大作:東天シリーズが出そろった。

 積もり積もった重要な雑務。出前で五目炒飯を戴いた後、東京駅:大丸へ。
 八重洲口から新幹線に乗る前、きちんと食事をしたければ、ここの12F13Fはベスト・ロケーションのひとつと言える。

 先月末に発売された『夢枕 獏 五大陸釣魚紀行 愚か者の杖』と、この書籍:東天シリーズ全巻を献本して戴いた御礼を兼ねた、ささやかなひとときを獏さんと過ごした。

 講道館創設者:嘉納治五郎を取り巻く格闘技の猛者を描いた東天シリーズは、例えるなら血の涙が出てくるよう。
 キマイラのエネルギーも、餓狼伝の力も、神々の山嶺の熱も、この先品にはふんだんに散りばめられており、そして日本の柔術・柔道がどのような意味を成すものであったのか、深く身体に染み入るように理解に至る。

 Rちゃん宛に戴いたメッセージを、15年後のRちゃんはどういった気持ちで読むのだろう。

 近況及び、大昔の話を、閃くまま語りあえた貴重な空間に感謝。
 あの気さくな獏さんからほとばしる筆のマジックにうなり、氏を見送った後、新宿方面のJRに乗った端から〈第3巻〉読了。

 しかし、明け方喰ったこのラーメンは、ぬるい温度から味から全面的にいただけなかった。
 ↓
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2008年 12月 11日

吉祥寺でのお祝い

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 吉祥寺、Tさん他11名で集う、ささやかなる忘年会を兼ねたTさんの祝い。
 貴重な時間が過ぎる。早々と解散となった後、帰途前に1人で久々のホープ軒。

投稿者 yonezawa : 18:47 | トラックバック(0)

2008年 12月 9日

安い赤ワイン

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 漫画家:高橋ツトムの新オフィスは閑静な住宅街の高級物件。
 連載の増えた師走激務の最中、庭の金魚の世話までこなす繊細ぶりで激烈連載中の原稿をバッサバッサと脱稿中。ご苦労さま。
 昼、上がりたての最重要原稿をピック・アップし編集部へ。
 
 夜、STと何年ぶりかのサシ飯へ。
 欧州料理店:Gは先月10周年を迎えたそうで、店長のお薦めする新メニューを中心に、飲み物には「安い赤ワインを!」と注文。
 この「安い」の言葉の裏に「美味しくて(安い)」と言う言葉が潜んでいることは言わずもがなだ。
 食材の品目に不備はナシ。
 店長:Nさんが超のつくブルース・ファン(マニア)であることを、今頃になって初めて知った今日は収穫だった。
 店内では、デレク・トラックスのスライドと即座に判る、最新オールマン・ブラザース・バンドの3枚組CDが鳴り響いていた。
 メチャメチャ美味い料理をばっこばっこと食した後、河岸を変え、木の子おばちゃんの店で再び赤ワイン。
 STの推薦する四谷の初訪問バー:Hでも、さらに赤ワインを飲んだにも関わらず、明日の頭痛の予感がなかったのは、物件(ワイン)の質なんだと確信した。

 熱烈入稿もさることながら、怒濤の忘年会週間へと突入。

投稿者 yonezawa : 12:54 | トラックバック(0)

2008年 12月 8日

Newton Faulkner

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 午後5時30分、渋谷『喜楽』には並ばずに入店。ここ初体感。
 火傷するぐらい熱々のスープだが、好きなタイプの台湾風中華麺のような物件。もやしのシャキシャキした触感が旨味の決め手か。麺は太くてもちもち感抜群。
 汗をかきながら完食し、徒歩で渋谷DUOへ。
 ニュートン・フォークナー来日公演の観戦に、ビッグE:江口寿史兄とやってきた。

 前回来日時のインタビュー・ラスト、ニュートンに問うた質問と回答はこうだった。
 「──最後に、漫画に関しての体験、興味は?」

 「『パーフェクト・ブルー』っていうアニメ映画知ってる? 僕はそれが一番好きなアニメ作品なんだ。最高だよ。素晴らしい! キャラクターを描いたアーティスト(漫画家:江口寿史)に「あなたは天才だ!」って伝えといて! 最近だと『メトロポリス』を観に行ったよ。音楽も素晴らしかったしね。サウンド・フィックスが抜群だったよ。」

 即刻「これは2人をお会いさせるしかなかろうよ!」と考え、師走で多忙な先ちゃんを強引に連れ立ち渋谷くんだりまでやってきた。
 ニュートンの人間性を知らなければ先ちゃんに直接紹介するはずもなく、取材時に彼の温かい人柄を認識していたので、ここは是非とも先ちゃんには会って戴きたかったのだ。

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 ライヴ前の控え室でお二方、めでたく初邂逅。
 先ちゃんは最新豪華イラスト集を贈呈し、記念撮影。
 ニュートンの申し出で先ちゃんはイラスト集にサインを。ニュートンもサイン入りのCDを先ちゃんに贈呈してくれた。

 ワーナー・ミュージックの前座シンガー後、実にシンプルな、ギター1本だけの演奏のためのセッティングがなされたステージにニュートン・フォークナー登場。会場はギター好きと思しきファンが瞳を輝かせながらスタンばっている。
 出てくるなり、下駄(スニーカー?)を履くよりもギターが上手な空気バリバリ。
 しかしテクニックひけひらかし的嫌みなど微塵もなし。きっと彼のナチュラルな人間性がそう感じさせるのだと思う。

 タッピングを多用する、ギターのボディも打楽器としてコード・トーンに絶妙に絡めるプレイは、アコギ・プレイの一つの到達点を感じさせる。
 様々なタッピング・プレイで魅せる何人かの凄腕ギタリストは他にも存在するが、ニュートンのプレイは彼独特。世界でたった一つの技巧と言えた。
 迫力と腕力に繊細さの入り交じる奏法に、おいらも居眠りすることを忘れ、深く見入ったライヴとなった。

 コンサートはクイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』
http://jp.youtube.com/watch?v=n_k8_HSA1-o
で幕を閉じる。圧巻。素晴らしい。
 
 終演後、控え室には元フリッパーズギターの小山田圭吾氏、押尾コータロー氏らが。
 
 新宿で激美味の鮨をつまみ、ゴールデン街で軽く乾杯。先ちゃん、ご苦労さまでした。

投稿者 yonezawa : 02:20 | トラックバック(0)

2008年 12月 4日

Lisa Loeb 想田和弘

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 自前のギタレレで今日の午前中になって初めてリサ・ローブの『Stay』『I Do』のコードを探ってみた。
 神々しいコード展開がなんとも言えない温かさを発散する。
 
 昼下がり、取り置きしてもらっていたおニューのギタレレを山野楽器に取りに窺い、その足で六本木へ。

 昨日今日とミッドタウン東京で来日公演中の女性シンガーソングライター:リサ・ローブのインタビュー取材のため、ビルボード東京を訪れた。
 先頃、婚約した彼女へ贈呈するための、あらかじめ注文していた花束をミッドタウン正面の花屋でピック・アップ。
 おまけに録音機材にデジカメに三脚まで抱え、大仰な状態で店内へ。

 待つこと30分、すでに今日のリハーサルを終えたリサとの初邂逅を果たした。

 1995年リリースの『Teiles』を聴いた瞬間、速攻で彼女の世界観にヤラれたおいらは、その日以来、彼女の音楽にシビレっぱなし。
 逢うことがとにかく念願だった。
 彼女においらのリスペクトの度合いを伝え、彼女がこれまで書いてきたの数々の名曲の完成度を労った。

 インタビューは1時間。
 キラキラ輝く彼女の瞳がとてもとても印象的だ。

 今日の日をどれほど待ちこがれていたのか、思い返せば気が遠くなる思いがする。
 1997年にリリースされたセカンド『Firecracker』の出来には舌を巻いた。
 世界中のあらゆる女性シンガーソングライターの最優先事項にリサの存在があると言っていい。

 これまで100人以上のミュージシャンにインタビューをしてきたが、特に新人の女性シンガー(例えば、ジョス・ストーン、コルビー・キャレイ、トリスタン・プリティマン、KTタンストールetc...)に、「──リサの音楽性をどう感じるか?」と質問したらば、すべての人が彼女をリスペクトし、ある意味目標にしていた。

 『It's Over』のメロディにどれほど泣いたか。
 『Do You Sleep?』はすべてのロックバンドの手本になりうるアレンジがなされた名曲であり、『Stay』を聴いて、即、映画『Reality Bites』を見に走ったのは言わずもがなだ。
 『Window Shoping』は特に模倣したくなる粋なポップ・ソングであり、アルバム『CAMP LISA』は、明明後日に2歳になるおいらの宝物:Rちゃんの愛聴盤の1枚となっている。

 レコードと、webサイトと、TV番組でしか知らなかったリサと、今日、初めて出会えた奇蹟に心から感謝。
 
 自ら滅多に記念撮影は行わないのだが、なんとリサが自前のデジカメで記念写真を撮ってくれたのは感激だった。
 感無量の取材空間に後ろ髪をひかれながらミッドタウンを後に。

 渋谷の居酒屋で映画監督:想田和弘と、2時間待ち合わせ時間を繰り上げ合流。
 本日はインタビューWヘッダーなのだ。
 
 先頃、釜山映画祭でドキュメント部門で賞を受賞した映画『精神』のインタビュー開始。
 彼はすでに現在も新しいドキュメント映画(平田オリザへの密着)を撮りながら、本作のプロモーションに世界中を飛び回っている。
 来週(?)にはドバイにも行くそうだ。

 一般的にタブー視されがちなテーマにあえて取り組んだ『精神』撮影秘話を窺えば窺う程、想田監督のただならぬ勇気を感じざるを得ない。
 想像を絶する修羅場の撮影現場。
 テレビのディレクターとして、海外でドキュメント番組を100本前後撮ってきた監督も、今回の現場は計り知れない試行錯誤とチャレンジの連続だった様が窺い知れた。

 しかしつくづく魅力的な男だ、想田和弘。
 途中から合流してくれた同じく映画監督の篠崎誠の登場により、インタビュー空間は益々熱を帯びてゆく。
 充分なる素材を確保し、取材開始3時間以降は通常の飲みにスルリと移行。抱腹絶倒の夜更け。宴は朝を迎えた。

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2008年 11月 29日

高嶺の花

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 午後の便で福岡へ。
 諸事情あって、たった1泊怒濤のスケジューリングで現地入り。
 今日の仕事を無事に終え、『鮨 田可尾』で飯。
 締めた肴類が、江戸前のそれらとなんら変わらなく引けを取らない。ネタのバランス良し。まっとうな寿司屋が極めて少ないと聞く、ここ福岡で貴重な名店を知る。

 来たからにはやはり行っとくべと、飛び込みで入った屋台で、豚バラ、豚足、砂ずり等を食す。東京でたまに見かける「煮ただけの豚足」は見た目がグロく喰うのも微妙だけど、福岡の豚足は炙って焼き色がついて香ばしい。
 即座に気持ちが18歳時分に引き戻された。懐かしくってやっぱり美味い。未だになぜ東京でこのスタイルの豚足と遭遇しないのか疑問だ。

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 宿泊先のホテルに一旦引き上げ、やり残した取材事項の原稿を整理し、ついでにしばしの休息。
 仕切り直しの夜食にと、『一竜』で豚骨ラーメン。麺激細。美味い。

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 さらに居酒屋で芋焼酎を流し込み、続けてその足で場所を中央区へ移し、飛び込みの居酒屋で食べたもつ鍋がまたナイスな物件だった。
 特にチャンポン麺を入れた仕上げの一品は、単独のラーメンとしても充分成立する良き赴きだ。

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 中学時代の友人:Fと相当深い深夜に合流し、いい加減満腹なコンディションで部屋に引き上げつつ、近況及びささやかな今後の希望を語り合う。
 「誰誰と飲みたい」「ならばその時間を作るための努力をしようじゃないか」語り合う内容は、大概そうした方向のものだ。

 中学時代、(講堂のみで)体育館のない学校だったせいもあり、今思えば信じられない環境だったが、おいらたちは野外で部活のバスケットをやっていた。
 同じくバレー部も野外で部活をやっていた。

 当時、女子バレー部に在籍されていた長身の美女:Mさんは、大勢の男子生徒のあこがれの的であったことは紛れもない事実だった。
 彼女は、多くの男子生徒からすれば高嶺の花で、おいらにすれば、話なんかする度量もゆとりもまったくなかった。
 おいらのことなど知りうる機会などなかったろうそんな彼女が、昨今の同窓会の流れをして、このブログをたまに覗きに来てくれてることをFさんから伺った時には、なんだか心が温かくなった。
 
 「たまには飲もうや」と考えさせる旧友との邂逅は、間違いなく精神に安堵を与える瞬間なんだと思う。
 以前、超有名漫画家:○口○史先生に「米ちゃんの友達はいい人ばかりだね」と言われた時の嬉しさは、ナニモノにも代えられない歓びの瞬間だったよなぁ。

 しかしどうでもいいが、今日の夜だけで5回晩飯を喰った計算。

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2008年 11月 21日

CAROLE KING

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 国際フォーラムAで行われたキャロル・キング来日公演は編集Fと観戦。
 アコースティック・セットの2部構成で行われたライヴは、風格と温かさと大きな包容力に満ちあふれた、とにかく素晴らしいとしか言いようのない出来のコンサートだった。
 声量の衰えなどまるでなく、まったく無理のない自然なメロディとアンサンブルが、これ以上はないと思わせる程のクオリティを醸し出す。
 ピアノ弾き語りがどんなにカッコイイか、キャロルの演奏がまざまざとその技量を見せつけてくれていた。
 インターバルの頃、とある人に声を掛けられた。振り向くと、なんと中学時代の同級生:Mと遭遇。当然のごとく、終演後飯に。
 徒歩で『魚彩』へ伺い乾杯。奇遇な再会を喜んだ。
 原稿取りのあるFが先に引き上げ、閉店まで飲み明かす。この再会によって、年末の忘年会の話が一気に加速し、大分県からトラックで東京を通過する予定のYの都合まで調べようと言う話になってしまう辺りが、心地よき酒席の様相を表していた。
 Mさん、遅くまでご苦労さん。

投稿者 yonezawa : 02:40 | トラックバック(0)

2008年 11月 19日

アンドレ

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 レコード会社より宅配便で届いた原稿を校正。
 この時期にきて、またしても大仰な取材ものを仕込み中。果たして実現に導けるのか!?

 午後8時少し前、敏腕編集:Iとタクシーで渋谷。
 待ち合わせの店:フレンチを日本風にアレンジした料理が人気だと聞くビストロ『アンドレ』へ。
http://andra.jp/index.html
 映画会社:KのF推薦の同店は全員初体験なのだが、繊細な工夫の感じられる小皿に盛られた料理が可愛らしく、全体的に有機野菜をふんだんに採用したヘルシーな物件ばかり。

 白赤のワインを飲みながら、これまで今日の面子で定期的に行っていた4人会を回想してみれば、今日で9回目を数える宴となっていた。
 事前にスケジュールを付け合わせているハズなのに、おいらにしても過去に1度、入稿で参加出来なかった哀しい日もあった。
 K社:Fがイベントのずれ込みで参加出来なかったこともあるし、Hが大きく遅刻したケースも確かあったように記憶している。
 
 場を青山へ移し、オシャレと言い切ってもよき、実に都会的なバーで再び乾杯。この面子はこの店に全くそぐわないことを自覚。しかしまた来るかも。

 しばらく歓談しながら、やがて小腹が減りはじめたような錯覚を信じ、徒歩で表参道界隈まで歩く。
 ふいに現れた驚きの深夜営業のうどん屋で焼酎を頼み、メインのカレーうどんまでを満遍なくすする。夜中に満腹。今月44歳。
 この店驚き。間違いなく美味い。
 Iの知る隠れ名店を今日もまた2軒認識した夜更けであった。
 次回、12月半ばを想定した忘年会の日程を各々手帳に記し解散。完全に眠気に包まれた、よろしき案配で帰途に。

投稿者 yonezawa : 15:53 | トラックバック(0)

2008年 10月 22日

ケイティ・ペリー/鍋

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 渋谷WOMBは、渋谷のホテル街に位置するとてもへんぴな場所にあるグラブ(らしい)だ。
 ケイティ・ペリーのことを、あのマドンナが賞賛したという情報を得ていたので、その真意を確認するべく会場へ。
 「ケイティ・ペリー/ショー・ケース・ライヴ」

 1Fで近々結婚するというおめでたい、E社:Nと遭遇。
 2F関係者スペースで、思いの外パンキッシュな彼女のパフォーマンスを体感。
 ミーグリには時間の関係で参加せず。

 そこから、わずか徒歩1分程度の場所にある鍋専門料理屋へ。

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 前々から伸び伸びとなっていた、W社:M&Nとの会食がようやく実現。
 おいら担当となって初めて相対する空間を共にしたNと、折に触れて連絡を取り合う、おいらにとっての重要な意見交換主:Mとの空間が、毎度の事ながら心地よい。

 それぞれの業界周りののっぴきならないあり方やら、プライベートな重要話やら、話題はM&Nの機転が快適な分、回転するように転がり続ける。

 相手に会う時、何も考えずになりゆきで語り、なりゆきで飲む。
 これが出来る関係が、最も芯のある、いうなれば真の友という意識だ。

 美味しい鍋を大いにご馳走になってしまってやや恐縮だが、連中との酒はまだまだ定期的に続けてもらうのだった。Thanks!!

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2008年 10月 18日

Chet Atkins〜Tommy Emmanuel

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 本人のオフィシャル・サイトでコンサート・ツアーの記述を偶然発見したK野の機転で、今日のライヴ・チケットを得ることに。
 念願のトミー・エマニュエル:ライヴを見る機会に恵まれた。
 遙々やってきた関内ホールへ到着。

 彼の存在に気づいたのはケーブルTVでのライヴ映像。
 海外の音楽番組を放映するそのチャンネルでトミー・エマニュエルと言うギタリストの存在を初めて知り、「この凄腕は一体誰?」と視聴後にミュージシャン名をメモり、即座に同番組放送先のチャンネル『MUSIC AIR』へ問い合わせた。
 数日後、とても丁寧な回答のメールが到着し、よりトミー・エマニュエルの情報を知る手段を得た。
 ちなみにこの頃、おいらも加入するJCOMでは無料チャンネルの枠内だったので、視聴は普通に可能だったが、ある時期から同チャンネルが消えた。
 そのせいで、WOWOW以外の定期鑑賞チャンネルだったこの局の情報がすべて途絶えてしまった。
 いきなり最低の環境となったのだが、これらの問い合わせにも丁重に回答してくれた『MUSIC AIR』の対応は上々だった。
 後においらは『MUSIC AIR』のある関係者と飲みダチになるのだが、あの時点でこの放送局のポイントはとても高かった。

 現在はamazonで幾らでも入手可能だが、当時、日本ではトミー・エマニュエルのCD等は入手困難で、基本的に彼のオフィシャル・サイトを辿り、オーストラリア$で購入するしかなかった。

 トミー・エマニュエルのギター・プレイとは、目の覚めるようなタイミングで超絶技巧が炸裂するのだが、そうしたタイプなだけのプレイヤーに感じられがちな、テクニックひけひらかし的嫌らしさは皆無であり、魅力に包まれたセンスと、舌を巻くほどの完成度を誇っている。尋常じゃないほどに。
 今、最も生を見てみたいギタリストのトップ・プライオリティに、今日まで彼はいたのだ。
 
 オープング・アクトの日本人ギタリストが終わる頃、着席。

 午後7時を少し回った頃、ケーブルTVとDVDとYouTubeでしか見たことのなかったトミー登場。
 ステージ・セットはまるで手品師が登場するかのような趣き。
 本人の横にはラックのようなシンプルな機材が置かれてある程度。使うのはアコースティック・ギター1本だけで、とにかく信じがたきアンサンブルを醸し出す凄まじいギタリストだ。

 生前、あのチェット・アトキンスが「世界最高のギタリスト」と彼を名指しした意味は、そのプレイを目の当たりにすれば重々納得。

 ただ早いだけでもダメ。ただ綺麗なだけでもダメ。どんな音にもわびさびと情緒とパワーにリズムは必要だ。世界中のあらゆるアコースティック・ギタリストの中で、とりたてて彼は突き抜けた存在だと言っていい。
 スタートからアンコールの演奏まで全てが圧巻。“究極”と言う言葉と“神業”と言う言葉がこだまする。
 中でも自身の娘を歌った『アンジェリーナ』、坂本九『Sukiyaki/上もを向いて歩こう』が印象的で、チェット・アトキンスをリスペクトし、カヴァーした『I Still Can't Say Goodbye』のシーンには最も胸が熱くなった。
 トミーにあまり歌うイメージはなかったが、ステージでは木訥な歌も数曲披露してくれた。
 
 チェット・アトキンスがマーク・ノップラーと共演した1987年の同曲ライヴ映像があるが、あの場面の感動を鮮明に思い出した。
 客席もマーク・ノップラーも涙ぐんで見えたあの映像。
 チェットの温かさ、奥深さ。トミーの客演も実に温かかったのだ。

 会場では譜面を1冊購入。
 終演後、来年のインタビュー取材を実現させるべく関係者の方にトミーへのメッセージを託し、23時を回った頃、JR五反田駅へ辿り着いた。
 飛び込みの居酒屋で乾杯。
 目当てのラーメン屋が閉店してしまい不覚を取り、〆はデニーズで夜中の焼き肉丼+半ラーメン。

★Chet Atkins - I Still Can't Say Goodbye [Live 1987]
http://jp.youtube.com/watch?v=8590o8A4iU8

★Tommy Emmanuel - I Still Can't Say Goodbye
http://jp.youtube.com/watch?v=E6bo2feZRo0

投稿者 yonezawa : 20:48 | トラックバック(0)

2008年 10月 11日

ギター・マガジン 2008年11月号

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 早朝6時起き。8時到着で都内某所へ。
 集英社『PINKY』専属モデルで『爽健美茶 』のCMに出演中。ヤンジャンより1st 写真集『nozomi』、WEEKLY YOUNG JUMP PREMIUM DVD『nozomi』を発売中。
 『どうぶつ奇想天外!』のレギュラーが決まったばかりのグラビア・タレント:佐々木希ちゃんの撮影へ。

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http://ameblo.jp/sasaki-nozomi/

 ロケハンから機材調達と打ち合わせから気合い入りまくり。 
 本誌担当編集が企画したシチュエーションで、本気の、渾身の撮影開始。モデルでもある希ちゃんは今日も感動的な美しさでチャーミングに登場。
 芸能人の中でもとりたてて容姿端麗、その上長身なのでそのクールさは突き抜けている。
 狙った絵作りのポージングがすべてキマる姿に、天から与えられた美の才能を感じ受ける。

 早朝からのこの撮影に全面協力してくれたS社:晋平&友人に感謝。
 バンド・スタイルで進行した今回のグラビア企画が、果たしてどんなスチールとメイキング動画の仕上がりになるのか、出来上がりがとても楽しみな現場だった。
 11月前半発売号の週刊ヤングジャンプが、まずは掲載の一コマ目となる予定。
 希ちゃん&スタッフのみなさん、早朝からご苦労さまでした。
 大量の機材を撤収し、小雨の中一旦帰宅。
 
 夕方、待ち合わせの地:新宿へ。
 [ギター・マガジン 2008年11月号]表紙&巻頭特集で、先月10日にニューヨークで仕込んできたAC/DC~アンガス・ヤング最新インタビュー記事がようやく発売。
 ギター・マガジンには、B.B.B.1stリリース時の2000年夏過ぎ頃、スティーヴィー・サラスと共に登場させていただいたが、原稿を書いたのは今回が初めて。
 テキストのスペースはわずか1Pだけだったが、処女原稿が巻頭の特集とは幸運だ。
 ギター・マガジンに限らず、“ギター”と名のつく雑誌は端から買いまくっていた時代があった。思えば16歳の頃から、この雑誌を何冊買ってきたことだろう。
 自身の所属するヤングジャンプも、創刊号を購入してから、来年で30年の時を刻んでいるのだが、時間の経過とは感慨深さを思わせる。

 新宿御苑駅到着。駅構内でいきなり待ち合わせ3人のうち、2人に遭遇。
 メンバーは、昨日、映画『精神』が釜山ドキュメンタリー部門作品賞授賞を受賞したばかりの想田和弘監督&ダンサー:Kちゃん、先日WOWOWの新番組『クエスト:探求者たち#1映画監督 北野武』の監督:篠崎誠の3人。

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 想田監督&Kちゃんと出会ったのは1997年のベネチア映画祭。篠崎誠監督と出会ったのは、翌1998年の北野武作品『菊次郎の夏』クランク・イン前のオールスタッフ・ミーティングからだったと記憶する。
 出会った瞬間意気投合。遙か昔から知り合いだったような錯覚を覚えたような彼らとの出会いだった。
 なんだかんだで、想田監督&Kちゃんとは1年ちょっと前に東京で会っているし、Kちゃんとは数年前のニューヨーク取材時に、ブルーノートに行ったこともあったので、ここのところは疎遠ではなかった。
 映画を生業にする彼らの感性は、そもそも生理的にもの凄く大好きで、加えて3人とも実は本気の博学・インテリで、品格のある人間性がとにかく魅力的だ。想田くんは最高学歴で、誠ちゃんは映画監督、映画ライターでもあり、出身校である立教大学『映像身体学科』教授の肩書きも併せ持つ。

 愉しい。愉し過ぎる。
 「この時間がずっと続けばいいのに──」と思わせる晩飯から夜更けのひととき。
 心底朗らかな人間性を有する者が、きっとよりよき作品を生み出すのだと、彼ら身内にそうした確信を得る時間が流れる。
 しかしこの同じ面子で次回の席はいつになろうか。ともかく、この時間内で彼らに伝えねばならないアレコレを語るものの、たった1日では足りやしない。
 次回、再来日を果たす想田チームの訪れる11月〜12月のいずれかに、またこの会が実現するのか淡い期待を抱きながら、〆のうどんを一人すすっていた。

http://www.varietyjapan.com/news/
movie/2k1u7d00000ehb78.html

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投稿者 yonezawa : 12:01 | トラックバック(0)

2008年 10月 6日

覆麺〜Where The Light Is:John Mayer Live in Los Angeles

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 (知らんけど)売れっ子芸能人並みの、おいらにすればたったの4時間睡眠で午前7時起床。
 シャワーを浴び、外出の支度を済ませ都心へ向かう地下鉄へ。
 こんな日は、1日のうちのどこかで必ず居眠りする場面が来る。

 昨日から降り続けている雨なのか、小雨は延々続いている。
 午前8時過ぎに新宿へ向かう地下鉄は、激のつく混み具合。こんな時間に毎日通勤されるサリーマンの方々の、果てしなき苦難と大きな労力を改めて窺い知る。
 先ちゃんが昔描いた、乗客がギチギチに詰め込まれた電車車両の一部をゴジラがひょいとつまみ上げ、軽く火で炙って(確か)「人間の踊り喰い」と言って頬張る良く出来たシニカル・ギャグを思い出した。
 東京の心臓部を経由し、所用を済ませ、午前11時過ぎには編集部へ。
 夕べも遅くまで仕事だったせいで、今日が週始めの感じがしない。
 
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 編集部界隈の「覆麺」へ。
 入口にはこんな覆面があり、店員の2人は覆面を着用。厨房の正面部分には、「日本語はよくわかりません!ゴメン」という張り紙が貼ってある。
 時折、「了解」的ポイントで意味不明の「アンガーラ」という言葉を発する。味玉覆麺を食した。麺の量が多い。昼下がりだったので、少しだけ人の待ちもあったが、次回自分がまた行く気になるのか、今日の気分では判らない。早起きをすれば、いつもとは違う時間に思い切り腹が減るものだ。人間って現金だ。

 昨日入稿した漫画原稿の校正刷りを速攻確認。 
 仕事の手を止めないまま、デスクで『Where The Light Is:John Mayer Live in Los Angeles』を聴く。John Mayerは上手いな。テクニックもそうだが、何もかもが上手い。
 小憎らしい程にそつなく、さらりとクールに弾き歌いこなし、嫌みもない。
 これほどのバランスを有したシンガー・ソングライターはそうそう出会えない。ギタレレ弾いてるかな? 次回は前回よりもっと音響のよいホール(エンジニア)で聴かせてほしいぞ。

 デザイナーの告知ページを待つうち、宣言通りデスクで軽くオチる。
 出前のカレーを喰って満腹。眠い極地。今日はもうだめ。

投稿者 yonezawa : 20:51 | トラックバック(0)

2008年 09月 27日

2人っきりの1日

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 午前6時まで眠りにつけず、9時30分には起床してしまい、モーローとした午前中。
 やがて久々の、Rちゃんと2人っきりの1日がスタート。
 今日の昼・夜の食事の時間は、かなり正確なスケジューリングとなる予定。
 ふいにおいらの部屋にトコトコやってきたRちゃん。瞬間、部屋の香りに違和感を感じたかと思えば、嗅覚が捉えたままのオムツの様相。ご名答。
 お尻を綺麗綺麗にした後、正午までひたすらお部屋遊び。ルールは何もない。
 
 正午、野菜、豚肉類をアッシュ(みじん切り)した食材を用意し、肉野菜炒め&トマト・サラダ。ソーセージに卵焼き。ご飯は親指の爪大程度の海苔巻きを軽く一膳分。
 Rちゃんはドンドコぱくぱく平らげなさった。何とも説明出来ない穏やかでやんちゃな時間が流れる。

 食後、ご自身自慢のコレクション・1アイテムである「プーさんDVD」を観戦・凝視。腕には自分と同じサイズのプーさんぬいぐるみが抱えられている。テレビが見にくそうだ。
 おったん(私)がRちゃんを膝の内側に抱え、綿棒で鼻くそ取り。
 今日日、綿棒はオイルつきのものがあったり、粘着力のものがあったり多彩な物件もあるので驚く。
 こんな小さいの(Rちゃん)がいなきゃ確実に気づかない生活用品・知識を、この2年近くの間に色々知らされた。

 午後3時を回った頃、お布団の周りをコロコロ、ワサワサし始めたRちゃん。
 40分程度の時間を経て、やがて活動一旦停止。
 
 姫、問答無用の大の字で爆睡のお昼寝タイムに入られた模様。

 この隙にとばかりに、まずは大量のペット・ボトルと燃えないゴミを破棄。
 届けられたメールをチェックし、ヘッドフォンをつけて録画した未視聴の番組を数本観戦。
 電気も点けず、物音もたてない時間:2時間30分が経過。

 意味不明の擬音と共に、プーさんを抱えたRちゃんがリビングへトコトコやって来た。
 「そろそろ夕飯食べようね〜」と台所へ入り、シチューとサラダと椎茸類他の炒め物を調理。
 下準備もあったせいで、ほんの30分程度で食卓を盛りつけ、Rちゃん夕飯タイム。
 しかし、どういう訳だか気まぐれでいつも大好きなシチューを一口も食べない。「??」
 やむなく、他のメイン料理(ケチャップ味)を10分程度でこしらえ、細かく切り足したトマトも加え、恒例になってきた海苔巻きご飯をようやく完食。

 Rちゃん、部屋の中でも時には新調したばかりのくっく(靴)を履いたまま。
 自ら脱ぎたい意志のある時でなければ、許可無く脱がせるとものすごく怒られるので、チャレンジはしない昨今。
 DVDのジャケットにあるプーさんの載ったパッケージを指さし「プーさんね! プーさんね!」の連呼も恒例だ。

 夕方、ふいに中学時代の旧友にして親友:KHよりメールが。
 高校時代、KHが、現ニューヨーク在住の天平より購入したギター:ヤマハSEを、現在オイラが保管していたのだが、そのギターを彼の息子のために引き上げたいとのこと。
 「了解。待ってるぞ!」と返信し、午後7時50分頃KH到着。
 
 1年8ヶ月ぶりぐらいの再会となったRちゃん、一切意に介さず。この時期、男性がどうも苦手な様子の彼女。いじらしい。
 
 大好きなお風呂に入り、気持ちよくなった彼女と昼間以上にお遊びをして、ほんのり汗が出た。なんて充実した1日なのだろう。
 「子が親を育てる」意味を知り、1年9ヶ月以上の歳月が流れた。

投稿者 yonezawa : 13:08 | トラックバック(0)

2008年 09月 24日

Bunkamuraオーチャードホール

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 ジェイク・シマブクロ渋谷Bunkamuraオーチャードホール公演へ。
 主にクラシック等の公演が行われるホールのイメージがある、ここオーチャードホールがジェイクの東京公演の定番になりつつある。
 会場は高校生ぐらいの男女から、上は50歳以上の年代の方から実に幅広い。女性客も少なくない。
 3Fまでの客席が開演直前にほぼ満席に埋まった。
 映画『フラガール』で、音楽ファン以外のファン層にもアピール出来たのか、ジェイクの東京公演は、客入りも内容も益々充実してきた印象だ。
 
 ウクレレ1本とは信じがたい恐るべき表現力に、美しくも迫力の旋律が背筋にガンガン電気を流してくる。
 おいらの大好きなアルバム『Dragon』を超える傑作として、先頃リリースされた新作『YEAH.』からのトラックが、おいらにとっては最も刺激があり、聴き応えのある場面だった。
 数曲ギターで軽くさらってみた曲を、想像した頭の中でウクレレのフレーズに被せてみる。
 そこで聴こえてくるのは、おいらの弾いたギターの旋律よりも遙か数倍、滑らかで色気のあるフレーズだった。
 あの境地に到達するまでに、人はどういった試練を乗り越えるのだろう。
 非の打ち所のないウクレレ・プレイにアンコールの最後の曲まで、心底圧倒させられ高揚させられたライヴを堪能。

 『five dollars unleaded』は超絶技巧で、『piano-forte』が美しすぎた。今日もジェイクはノーミスだったし自由だった。
 
 終演後、楽屋で再会を喜び合い、本日のプレイを労いホールを後に。

 近場の店で夕食を戴き、電車で自宅方面へ。
 駅に到着し、Z氏をお誘い近場で一杯。ラッキーにも貴重な時間を得、近況を伺った。そして、気がつけば午前5時。

投稿者 yonezawa : 13:07 | トラックバック(0)

2008年 09月 22日

Jake Shimabukuro〜4人同窓会

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 なにげにテレビに出ていた、新婚ホヤホヤとかの女優:星野知子さんが女優:菊池桃子さんに見えた。似ているし、彼女若い(50歳!)。

 報道で知った千葉5歳女児死体遺棄事件に怒り心頭。小1男児殺害、母逮捕に震撼の憤り。
 今後益々、子供を野外でのびのびと開放させられない世の中だと遺憾。地域は関係ない。たまたま実行犯の居た地域が犯行特定の地域だ。

 昼下がり、自民党総裁選により麻生太郎幹事長が第23代総裁に選出されたことを携帯ニュースで知る。
 一部の韓国メディアは氏を「自民党の代表的な極右政治家」と位置付けているそうだ。
 氏の発言にもある景気対策も勿論大事ではあろうが、明日の命が不安な人々の救済が真っ先に優先される世の中に改革されるのか。
 外交において政治家の口べたは大変不利だと察するが、新総理の手腕はいかに。

 夕飯は、念願でもあったウクレレ・マスター:ジェイク・シマブクロさん&スタッフの方々と。
 彼の技量は言わずもがなだが、それに加えて人柄の素晴らしさはウクレレのスキル同様、舌を巻くほど感動的だ。
 会食だけにしてしまうのも勿体ないと、編集者・取材者の性か血が騒ぎ、やはりテレコを回す確認をいただいた上で、会の半分は超リラックスしながらもインタビュー的空間を設けることに。
 S社担当Kazyに、初めてジェイクの存在を知らされた時のことを思い出していた。
 「一度でいいから、米さん(ジェイクの生を)観に来てよ!」
 「ウクレレ奏者? 果たしておいらがカッコイイと思えるのかい?」
 疑念の気持ち半分で当時の渋谷公会堂へ伺った時のことを、おいらは2004年12月19日(日)の日記にこう記していた。

 「午後5時より開始。渋谷公会堂で行われた『ジェイク・シマグクロ』公演へ。
 ジェイクの近況は、S社:Kに何度も伺っていた。しかし、なかなかライヴ会場までにはたどり着けなかった。正直、そう期待していなかったアーティストだったのだ。しかし、その思い違いを今日の公演によってキッパリ知らされることになった。

 ジェイクのウクレレは圧巻だった。
 コード感の凄さと深さ。また、ジェイクのリズムの凄さを目の当たりにした。
 あのプレイがどれほどの根気と練習によって培われてきたのか、オイラにはゴツンと判る。テレビ等で見受けられた軽い感じ(失礼)のキャラは、もはやどういった意味も持たず、ひたすらに呻らされたひとときだった。」

 おいらはあの日、ジェイクのスキルを目の当たりにし心で泣いた。
 食事の合間にもウクレレを抱えたまま、ある曲の話題を振ると即座にその曲の構成を解説しながら弾いてくれるのだ。
 おいらひとりのために、彼はかしこまってバッハの『Bach Part-Two Invention No.4 in Dm』をノーミスで披露。圧巻。舌を巻く。
 
 ジェイクを影で支える関係者スタッフ諸氏との感激の談笑の時間も、温かい最高の空間だった。今日も感慨深い気持ちに包まれた、大いに泣ける夜だった。
 みなさま、心より御礼申し上げます。ありがとうござしました。

 感極まる会食を終え、急いで新宿三丁目方面へ移動。
 この後にも、初めて訪れる超重要な約束が待ちかまえていた。

 実に30年ぶりの再会を果たすこととなるYT、そしてジェイクの初ライヴ観戦も同行させた“あいつら”と待ち合わせる。
 熊谷のおちゃきいIKに、年中がら年中いかがわしいKK。この驚きの面子でまさか飲むとは、当たり前だが中学時代には想像すら出来なかった。
 
 YTとは中学時代、特に仲の良かったクラスメートだった。
 今も昔もおいらと奴との、身体の大きさ対比が変わらない。30年の歳月に互いの紆余曲折があるのは当たり前だが、初めて直に聞いた奴の数奇な運命も驚きだった。
 同級生でありながら、奴にはすでに孫がいるそうで、その孫はRちゃんよりも年上だった。
 
 遠慮などなにもナシ。感激と笑いの再会に包まれ、心からくらだない馬鹿話を満喫出来た、かけがえのない夜更けだった。

投稿者 yonezawa : 19:00 | トラックバック(0)

2008年 09月 19日

念願の面子4人が集結

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 おいらがバイト編集者になった日から、フロアの先輩となったMMさん、MTさん、SJさん。実に懐かしき日々。
 あれから丁度、20年が経過していた。

 ともかく、初の本格招集で「SJさんを元気づけようじゃないか」と、今宵、おいら念願の面子4人が集結。
 MMさん、MTさんに至っては、まさに20年ぶりの再会となったそうだ。
 何だかんだ言っても折に触れ、おいらは個人的に彼らそれぞれとの再会を、おいらのわがままのみで果たしては来たが、仕事の持ち場が別れ、中継する者がいなければ人と人はなかなか再会に踏み切ることがないのかもしれない。
 20年前、彼らの大きな魅力の具体的な根源が明確には判らなかった。しかしこの4人しかなかった。あの時代を思い起こせば、ベストの面子は、おいらにとっては今日の4人なのだった。

 最近は、どの席に招かれてもほとんど年長なおいらだが、今夜は年少であり、相手は酒の席で最もやんちゃをさせてくださる3人の諸先輩方。
 そんな、たった1日の時間が勿体ないと速射砲のように語り合い、2つの激美味鍋奉行を担い、よりスムーズな酒場の演出をと、オイラ自身のために最善を尽くした。
 
 利害のない間柄でも、とにかく会って酒を組み交わしたいと願う存在。それがかつての先輩という幸運。
 この年齢になれば、その理由が確信を持って徐々に明確に見えてくるのだった。彼らは、おいらの何十倍も博学で、おいら好みのセンスを有する諸氏に他ならない。

 めっきり白く、見た目お爺ちゃんになっちゃった2人。&年長で孫が2人もいる本当のお爺ちゃんは、見た目が20年前と寸分変わらない。本気で変わらない。

 抱腹絶倒の夜だった。

 仕事を残しながらもお付き合いくださった、常においらに最高のアドバイスを贈り続けてくださるSJさん、ライヴには常に足を運んでくださり、遙か昔の20年前から銀座&下北沢:小笹寿司やら、神保町:ボンディに連れて行ってくださった飲み達:MTさん、当時ランチ・タイムには、貧乏なおいらを連れ、近所の定食屋でいつもご馳走してくださり、映画の魅力を自然体で教えてくれたMMさん。

 よくもまぁ、こんな50前後の老眼オヤジが集い、明け方までお付き合いくださったものだ。
 次回の再会も俄然楽しみながら、その際、オプションにビリヤードやらボウリングという提案が出ているのが少し不安なおいらだ。

 A.キアロスタミ監督と北野武監督と「像の足跡」のエピソードが伝えられておいら大満足。
 お3方、最高。大感謝でした!

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2008年 09月 18日

酷似

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 2008年9月16日添付のラーメンと大変似ていますが、今日の深夜に喰ってしまったラーメンでした。あしからず。

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2008年 09月 11日

 正午に目覚め、シャワー。
 どういうわけだか室内間の電話が不通で、セフティ・ボックスは故障。
 滞在時間がわずかだったので見逃したが、高級ホテルの割にやや不満。日本人は優しいもんだ。

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 午後2時、軽くサンドウィッチとジュースを食すが、残酒のせいか妙に喰い足りなく、パックにバイキングで詰め込めるスーパーの食材を探し当て、部屋飯。
 
 夕方、天平からの電話で起床。その電話の10分後の午後7時に彼は部屋に到着した。
 彼勤務先のオフィスが、ホテルからわずか2ブロックしか離れていない場所にあったそうで、夕食までのわずかの時間を過ごす機会を得た。

 NYよりもむしろそれ以外の地域を飛び回り、主にドキュメントの映像を担う彼の記したブログは、おいらの、とある場面の教理ともなっている。
http://blog.goo.ne.jp/tempei/
 
 午後8時、南下したブロックでSKお薦めのイタリアン。
 この日も、初日同様、梯子せずにホテルへ帰還。則寝。

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2008年 09月 5日

横浜FM

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 横浜FMのDJ:田邊香菜子さんとは2度目の遭遇だった。
 これまで出会ってきた、あらゆる女性音楽関係者の中で、彼女ほど何の躊躇もないままロック談義をぶつけられる人はいなかった。
 海外での生活も経験されてこられた彼女の音楽スキルは、英語の語学力同様、とてつもなく強大なものだった。
 デーヴ・マシューズ・バンドのことも、ザ・スクリプトのことも、中村蕗子のこともごちゃ混ぜ、お構いなしに語り尽くし、どこまで行っても話題が途切れない稀な音楽人とのひとときだった。
 つい先日、池上本門寺でのイベントで初めて見た、「あの、スーパーフライのような出で立ちのビジュアルで、名前は忘れたんだけど、なんたらというシンガーが…」と、あるシンガーの話を振れば、「そのシンガーは多分、多和田えみ!」と見事ご名答。
 とにかく今夜は舌を巻いた。

 田邊さん、ノン・アルコールで深夜までおつきあいくださり、その足でなんと(先ちゃんらが連チャンで飲み空かす)吉祥寺の闇太郎まで送迎してくださり、重ね重ね大感謝。
 ご苦労さまでした。

 翌日になれば、さぞ後悔の念に包まれること確定の、連続二日酔い確定な夜更けに沈んだ。

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2008年 08月 28日

豪雨

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 午前中、頑張ってRちゃんの日用品補充のため、西東京市方面に買い出しへ。
 ぽつんと降り出した雨が、しばらく経った頃本格的に降り出した。

 通勤の際、バスでお年寄りに席を譲ったら無視されて、空いてた奥の席へと移動されてしまった。目の前に座っていらした他のお年寄りに労いの言葉をかけられた。
 目的地の地下鉄駅の2駅前から「2駅分の間、寝よう!」と体制を作れば、きちんと2駅分爆睡出来るおいら。1駅分は口が開いてたが。
 
 業務に一段落をつけ、吉祥寺でTさんとの打ち合わせ。
 先日、鳥取へ訪問した際の面子で反省会を行う趣旨もあった今日の飯会。
 そのメンバーにお初の編集:Hも同席し、初めての店でフレンチをいただいく。
 後でニュースで知ることとなるのだが、八王子方面の豪雨により、電車が随分遅れていたせいでTさんはタクシー帰宅された。
 終電近くのJR、地下鉄を乗り継ぎ、銀座で編集:Yと、それぞれの打ち合わせへ向かい、解散。
 

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2008年 08月 22日

不快指数を感じない朝

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 蒸し暑く、不快指数を感じない朝を久々に迎えた。
 突然、秋を感じさせた気候の午前。結構涼しいくらい。

 こんな日は「このまま、もう暑さがぶり返さなきゃいいけどなぁ〜」という、複数の周囲の声が聞こえてくる。
 
 気がつけば待望のAとの飯の日が、ふいにやってきた。
 A在住の地が、それなりの遠距離ということもあり、かつ仕事も多忙を極めるAのプライベートな時間を割いてもらうことにやや恐縮気味だったが、この機会を逃せば次回の再会が果たしていつになるのか微妙であることを、お互い知っていたので決行に踏み切る。
 ともあれ神保町で待ち合わせ、馴染みの店:Hへ。
 
 今日も美味い。とても新鮮な食材を、最善の調理法で食す幸せなひととき。
 仕事明けの上に、まだ本調子の出なかったAを駅まで見送り(A、ご苦労さん!)、一旦パソコンデータを確認するべく編集部帰還。
 出来るところまで仕事を極力押し進め、「もう間に合わないか?」とダメ元でトライした終電ダッシュへの乗り継ぎはギリギリで巧くゆき、正に終電に飛び乗れてラッキー。
 Aとの談義は全然足らないので、続きは次回の機会にまた是非。

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2008年 08月 8日

JUNO〜ROOM

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 最終上映となった今日、渋谷アミューズCQNで未見の映画『JUNO』滑り込み鑑賞。
 80回アカデミー賞脚本賞の作品ながら、主演のJUNOを演じたエレン・ペイジに全面的に感情移入出来ず、世間の評判よりやや温度差を感じた内容だった。
 
 21時待ち合わせの鍋料理屋へ移動。
 先々週前決まっていたK社:Mちゃんら4人の飯会の席に到着すれば、いたのは幹事のMちゃんだけ。
 それからおよそ1時間後、ワラワラとD社:K、K社:Sが合流し、ようやく本来の鍋を囲む会開始。

 2件のワインバーを梯子し、単独で下北沢へ移動。
 下北沢「ROOM」で行われているDJイベントへ深夜合流。
 そもそもおいらをこのイベントに深夜メールでお誘いくださった岩谷テンホーちゃんは、もう限界の様相で、おいらが到着したばかりの1F入口で、すれ違い様に帰宅された。
 すでに出来上がっていたおいらは、かなりの体力の限界でもありながら、流れてくるフーバスタンクの爆音等で持ち直す。
 先ちゃん、健ちゃん、山本直樹さん、馴染みの編集者らと現地合流し、イベント終演後、近くの居酒屋へ。
 もはや体力限界で、気がついたら終宴15分前にオチてしまっていた。
 吉祥寺組を一人ずつ送迎しつつ、最後自宅に到着したのはもはや完全な早朝だった。どえらくしんどい。

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投稿者 yonezawa : 17:17 | トラックバック(0)

2008年 08月 6日

円満退職

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 先月、S社を円満退職されたYさんのニュースは、S社社員よりも随分遅れて知ることとなった。
 S社の社員でないおいらは社内報なるものがチェーンメールで配信されてこないので、こうしたタイム・ラグが生じてしまった。
 Yさんは引き続き嘱託として勤務されているのだが「なんだYさん、一言言ってくださいよ!」と、情報を得た翌日にYさんデスクへかけ寄った。
 その日、Yさんのスケジュールを窺い、おいら仕切りの飯会を開催する運びとなり、ついにその日(今日)がやってきた。

 水道橋『量平寿司』で、Yさんをかつてのボスに持つ売れっ子写真家:K、T、W、そして編集者のボス:Hさんも駆けつけてくださった。
 楽しい席だ。
 Yさんの饒舌ぶりには笑ってしまったが、まさしく速射砲のように語れる、実に遠慮のない意見はすがすがしいほど。裏表のないYさんの有り様が気持ちよい。

 二次会は何も考えてなかったのだが、とりあえず場をゴールデン街へ移し、えらく混んでたHで乾杯。
 更にYさん提案の飛び込み一軒を経由し、午前4時におひらき。
 最後まで残ったHと〆のラーメン(泣)。Hさん、ラヂヲごめんなさい。

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投稿者 yonezawa : 13:29 | トラックバック(0)

2008年 07月 31日

CMソング・グラフィティ

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 メチャメチャ優秀なる編集者:Aは、時に音楽家でもあり、今日のサシメシは十数年の付き合いがありながら、記憶を辿ると今日で2回目だったはず。
 彼に関しては飲むイメージはないものの、飲めば酒豪。同様のタイプである、大先輩元編集者のF氏しかり、酒飲みを主張せずとも酒スキルが高い辺りに、妙にそつない品を感じてしまう。
 Aもそんな品格を感じさせるバランス感覚の優れた人格者。

 馴染みの店:Hが満席だったころもあり、20分程度隣のバーで待機赤ワイン。美味い。
 カウンターへ移り、納得のゆく丁寧で新鮮で品のある料理を一品ずつ堪能。
 バー:シンクロニシティに移動し、ここでは芋焼酎のソーダ割。
 この飲み方は、この店でスティーヴィー・サラスに勧め、彼が気に入った飲み方だったので、同店では勝手に“スティーヴィー割”と命名。

 さらにゴールデン街の馴染み店:Aまで付き合ってくれたAちゃんとの酒が格別だった。
 
 ロックに関しては造詣と知識がどえらく豊富な男で、この数年間、クラシック音楽にも精通し始めた彼の博識ぶりは、飲んで語り合う空間の中で感動すら覚えるほど。
 ジグジグスパトニックやら、DEVOの話を楚良で出来る編集者は周りには一人もおらず。
 そんな中、2〜3歳下の彼がGodiegoの初期の名盤『CMソング・グラフィティ』を知らなかったのはとても意外だったが、来週にはコピって是非とも聴いてもらおうと思う。

投稿者 yonezawa : 18:08 | トラックバック(0)

2008年 07月 30日

爆食乾杯

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 またしても(吉田)秋生さんの『櫻の園』が映画化。しかも監督も前回と同じ中原俊。
 河崎実監督『ギララの逆襲/洞爺湖サミット危機一発』にビートたけしが出演している情報に驚いた。
 本作は、本年度ヴェネチア映画祭でミッドナイト上映されるそうだ。大丈夫なのか?

 夜行われたWBCフライ級タイトルマッチで内藤選手がKO勝ちを果たした後、勝利者インタビューを受けている最中に、突如として亀田興毅選手がリングへ登場。
 当の内藤選手の困惑した表情が印象的だったが、このシーンは亀田選手サイドによる演出だったのか。
 世界戦のリングに上がる行為は、主催者がOKしていればいいのかもしれないが、絵的に観ても妙なシーンではあった。
 ライヴで次回の防衛戦の相手を決め込み、世間に印象づける手段であったのか。
 
 夜、映画関係者との4人飯会。新宿御苑の完全取材拒否を徹底的に貫く店:Cで爆食乾杯。
 満腹のコンディションとなり、しばしの徒歩移動で久々のエスパへ。

 30代では考えられない電車のある時間にお開きとなる辺り、貧相になった体力を自覚しつつ、吉祥寺で誕生会の終盤に差し掛かっていたY&寅の面々に合流。1杯だけ乾杯。

 随分落ちた体力を認識し、精根尽き果て、「河岸を変えましょうよ!」と言う有り難い誘惑に誘われることもなく、睡魔に襲われながら帰途についた。
 

投稿者 yonezawa : 14:30 | トラックバック(0)

2008年 07月 24日

暑い日々

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 ゆうべ午前0時30分頃、岩手界隈での強い地震(震度6強)のニュース速報と同時に、家の中もそれなりの揺れを感じた。

 幼少の頃、九州地方は慢性のように地震に見舞われていたので、きっと東京の人よりもそこら辺の免疫は強いと思う。
 ここのところ、知人から届くメールのタイトルが「暑い暑い」「いやぁ暑い」ってのばかり。
 梅雨明けの都心では、書かずにいられないような蒸し暑い日々が続いている。
 
 ロドガブのライヴCD拝聴。渋谷DUOの熱を再び思い起こさせた。
 アコギ、しかもナイロン弦で確かにヘヴィメタをやっている節あり。
 DEVOの紙ジャケ出てるが、しみじみと「Uncontrollable Urge」「(I Can't Get No) Satisfaction」は色あせない演奏とアレンジに聴き入りしみ入る。
 

 夜、銀座:Kで、T氏と飯。Hと合流し、JAZZ BAR:KINOKOに沈む。
 数年前、店に訪れた客を写した写真のアルバムに、よく知る漫画家のツーショット写真を発見。ビックリ。

 明日はひとつの念願が叶う日。
 ロックバンド:ザ・プレジデンツ・オブ・ザ・ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカへの、待望の初インタビュー。

投稿者 yonezawa : 02:06 | トラックバック(0)

2008年 07月 18日

めりけんや

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 入稿を終え、ライヴ観戦の前にJR恵比寿駅構内にある「さぬきうどん NRE&めりけんや」で素早く軽くざるうどん。
 昔からこの店の噂は聞いていたが、初めて喰った。
 確かに「はなまる」よりも麺に腰があって美味しいかも。
 大阪外大の学園祭に行ってた20年以上昔、阪急そばで喰ったうどんは美味かったなぁ。
 大阪の街の人たちに、美味しいうどん屋さんを伺えば、ほとんどの人が「手打ち」とか高価なうどんよりも、そこら辺の立ち食い店の方が美味いとおっしゃる。
 
 リキッドルームでマーティ・フリードマンのライヴへ。
 マーティには、先日のチープ・トリックの記事作成の折、コメントをいただいた経緯があった。
 耳が痛いぐらい大爆音の中、おいら少し居眠りしてしまう。知っている曲は1曲もなかった。ゲストの太鼓の人はテレビで一度拝見していた方だったが、アンコールで登場した女性ヴォーカリストは誰だったのか。
 個人的には、マーティのプレイはテレビで観る、何の音楽にも対応する超絶技巧の方がタイプ。
 ライヴのMCがすべて英語であることが、妙に不思議だった。
 
 終演後、駅へ向かう前、先ほどのうどんがよほど消化が良かったのか、「阿夫利」で辛口つけ麺1杯。
 駅界隈のF1屋で『マッハGOGOGO』のリモコン模型を発見。迷って衝動買い。
 

投稿者 yonezawa : 18:10 | トラックバック(0)

2008年 07月 17日

西紅柿鶏蛋

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 映画記事『イントゥ・ザ・ワイルド』ようやく完成。
 製版所へ下ろして明日入稿の運び。

 夕方、編集:Sとの飯へ。
 会いたき人々が大勢なおかげで、どの人との飯会も久々になってしまうのだが、彼との語らいも何ヶ月かは経過していたはず。
 思いも寄らぬ意外なポイントにあったこの上海料理屋さんは、完全取材拒否を徹底的に貫くお店とのこと。
 確かにネットにも簡単な住所程度か、美味しいのでどうしても書き込んでしまった人の情報程度しかヒットしない。
 裏通りにひっそりとたたずむように、そして品格を感じる店構えが好感触。
 注文したすべての品々が明確なる主張を放ち、とても美味しい。
 
 確か、「西紅柿鶏蛋」とかいう、トマトと卵の炒め物がまた美味しいのだが、燻製のようなスモーキーな香ばしい香りがした。
 家で作れないものだろうかと、店のおかみさんに伺ったところ、「(燻製の香りがするなんて)よくわかったわね! そうなのよ、煙でその香りをつけてるの」っと即答。
 裏技とも言えそうな風味の秘密、隠し味の調味料まで丁重にご教授してくださった。
 間違いのない品目を提供してくださる上、こうした嬉しき物腰自体がよりこの店に対する心象をグンと向上させるのだ。
 ココ、もはや大好き。

 名店である所以をしっかり認識し、徒歩で新宿へと向かった。

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2008年 07月 16日

A BIG HAND FOR THE LITTLE LADY

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 昨日、漫画家:高井研一郎先生よりお貸し戴いたDVDを、漫画家:昌原光一が中継し、宅配送付してくれた。
 長年観たい観たいと思っていた、古い洋画『テキサスの五人の仲間』が編集部に到着。
 深夜入稿を終え、居眠りしながらの帰宅のくせにどうしても今観ておきたいと考え、結局今朝までかかって鑑賞。
 テキサスの五人の金持ち連中が、年に一度行うポーカーの大勝負。そこへたまたま居合わせた夫婦が勝負に大きく巻き込まれていくと言うストーリーだ。

 この作品の噂は20年くらい前から聞いていた。
 大昔に漫画家:中崎タツヤさんと初めてお会いした席で、彼に「こんなストーリーの映画のタイトル、知りませんか?」と問われ、答えられなかったおいらは、その内容を明確に伺い知ることとなったのだが、ストーリー概要を正確に聞いて、益々その作品を無性に観たくなったのだ。
 中崎さんが子供の頃、テレビで観た映画だったそうだが、(おいらとお会いしたその当時は)タイトルが解らないので探し出せなかったそうだ。
 おいらも何年にもわたり、飲みの席で多くの人々にその内容の一部を語り、タイトルを探していたが解らなかった。
 
 およそ10年前、この話を漫画界きっての映画通と言っていい昌原光一にふと伺ったところ、「ああ〜、それは『テキサスの五人の仲間』ですよ!」と軽く答えてくれた。
 本作は1966年:アメリカ作品で、おいらはその頃2歳、昌原は産まれていない時代だ。
 聞けば何度かテレビ放映されているとのことだったが、ソフトの版権も切れ絶版状態。ともかくおいらは鑑賞した記憶がない。
 さらに昌原がこう付け加えるのだ。
 「あの作品は『スティング』よりも上だと思いますよ。(立川)談志師匠もそう言ってましたよ!」
 
 狙う演出ポイントに向かって、ブレのない脚本がシンプルで痛快。
 40年以上昔の作品なのに、演出の肝がまるで色あせていない。このアイディアを参考にした作品は、映画に限らず数多くあるのではなかろうか。

 先生と昌原に大きく感謝。

 監督:フィルダー・クック、脚本:シドニー・キャロル、主演(と言っていいのか?):ヘンリー・フォンダの、ゲーム中の表情が印象的。
 ジェイソン・ロバーズは高井先生に似ていた。

※ストーリー…テキサスの金持ち連中五人が集まって、ポーカーの大勝負が行われる。そこへ、ポーカー好きの男がやってきて、勝負に加えて欲しいと頼み込む。しかし、男は瞬く間に金をスッてしまい、男の妻が代わって挑むことになるが……。

 夜、V社:Uちゃんと大変久々のサシ飯。
 待ち合わせのJR改札よりUちゃんお勧めの目的の店に着くなり、おびただしい枚数のDEEP PURPLE紙ジャケ・シリーズを贈呈いただき大感激。
 クーラ・シェイカーのクリスピアンが嫉妬しそうだ。
 やってきたのは豊島区南長崎辺りの和食店。
 このお店:Nの食材の何もかもが素晴らしい。
 
 鮎も天然物。鰻も天然物。鰻に関して大将の弁は「養殖物だと余計な油があるんですよ」
 おいら、鰻などは脂がのっている状態こそがよい鰻だとばかり考えていた。
 確かに、締まった質感の舌触りで味にも品格を感じさせるシロモノだった。魚を感じさせるのだ。
 刺身にしろ、澄んだ淡水の池沼に自生するジュンサイも、わさびを効かせて喰えば美味しいったらない。
 2件目にたどり着けないぐらい、お腹いっぱい料理を堪能する最中、隣あわせた客がどうも出版関係の方々のようで、漏れ聞こえる会話の中に、伊丹由宇兄の話が。
 店主である大将と、そのお客で、「伊丹由宇の文章がどれほど信頼があるか」という、大リスペクトなやりとりをしていた。
 こうなったら黙っちゃおられない! とばかりにおいらも話に参戦。
「伊丹兄はおいらも大の仲良しなんですよ」と少し鼻高々な気分。

 伊丹由宇の選んだ300件の店の中からさらに厳選し、100件を選出した原稿の記述があるそうで、その100件にこの名店:Nもしっかり掲載されたそうだ。

 22時を回れば、女将さんより飲酒の許可が下りるという大将。その鉄則は後で聞いたのだが、心地よき会話に、新鮮で丁寧な食材を堪能するうち、時計が22時を5分回った。
 「まぁ1杯いかがですか?」と1本大将にお付き合いいただく。

 大将の交流関係の広さに呻りながら、先日25週年を迎えられたという店には秋元康さんから贈呈された綺麗な花が飾られてあった。
 こんな辺鄙(失礼!)な場所で、こんな名店に巡り会えるとは!
 すぐ裏にあるという「トキワ荘」を取り巻く話も、実に興味深いものだった。

 次回の訪問を約束しつつ、Uちゃん行きつけの中野駅界隈のバーで、軽く3杯。
 ミュージシャン取材の幾つかの現場で、共に仕事してきたUちゃんの配慮は、今日も温かかった。

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2008年 07月 12日

椅子

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 本棚を見ると、謹呈でいただいたらしき書籍を発見。しかしこの本を斜め読みでも読んだ記憶が蘇らない。
 おいらよりも4,5歳年上のとある高名なる編集者が、「最近、DVDで映画見ても、ラストシーンを覚えてないことがある」と言っていた。
 
 我が家、未だ大型テレビの購入に至っていない。
 その代わりパソコンのモニターが以前よりも大型になって、初めてPC画面で映画(DVD)を見る。
 パソコンに向かってそれなりのサイズの画面を正視し、ヘッドフォンを使用すればかなりの臨場感で鑑賞できる。
 しかし椅子がオンボロ。
 多くの作家の方々のように立派な椅子にあらず。彼らは座ることが仕事の一つでもあるので、多くの方々が大概重厚感のある高価な椅子を使っておられる印象を受ける。
 一般的に椅子なんてものは滅多に買い換えることはないが、大型家電量販店でフロアをうろつく際、パソコン椅子のコーナーを発見し、10コ以上の椅子に腰掛けてみた。
 例えば10000円以下の品から80000円程度の品まで様々。中でも30000円代後半の機種に惹かれるが、懐と相談し、この衝動買いは改めることに。
 午後6時30分より、1月以上遅れの6/2失速打ち上げ。
 お好み焼き屋〜イタリアン〜居酒屋経由で終日爆喰いの1日。馬鹿。

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2008年 07月 4日

Bar STOP

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 飲め飲め団:団長は、諸事情の経緯あって現在8ヶ月間以上、禁酒を貫いている。
 しかし飲んべぇの心情を最も理解されている方なので、おいらのように飲み汚い輩の誘いにも、ノン・アルコールで最後までお付き合いくださるのだ。
 
 何年経過しても頭の痛い悩みの種が運命のようにつきまとう。
 何もかもぶっちゃけつつ思いをぶつけ、語らいの場を演出してくださる周囲の方々の距離感が嬉しい。
 デザイナー:Mちゃんに、編集:Y、MKらが順次合流し、賑やかなカウンターの面々と集い、夜が更けた。
 

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2008年 07月 3日

公ちゃん、大好き

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 avex所属のクラシック・ミュージシャンが集い、白寿ホールでコンベンションの演奏会が行われた。
 以前取材したバイオリニスト:奥村愛、チェリスト:遠藤真理、ピアニスト:三浦友理枝の演奏を聴くべくホールへ。
 登場するミュージシャンそれぞれが、とんでもない技術とセンスを駆使し、実にそつなく楽器を奏でる姿に聴き惚れた。
 チューニングは耳だけ。勿論演奏にクリックはなし。ステージを彩る圧巻の演奏に惹き込まれる。

 中でもこの日、初めて体感したピアニスト:辻井伸行の演奏には完全にノックアウトさせられた。『報道ステーション』、『題名のない音楽会』等のテレビ番組に出演し、その名も世間では認知されはじめた彼だが、オリジナル曲「川のささやき」の美しすぎる旋律、指揮者:佐渡裕の奥様に捧げたという曲「公ちゃん、大好き」の優しさには、少し涙目になってしまった。
 曲を聴きながら、大好きなRちゃんを想像してしまったからだ。
 
 前半後半のインターバルに遠藤真理ちゃん、三浦友理枝ちゃんらと取材以来の再会を果たし、インタビュー時の御礼を再びお伝えする機会を得た。
 近年のクラシック・ミュージシャンはつくづく美しい。
 日本で充分な実績をあげた後、欧米での鍛錬によって確かな技量をさらに磨き上げ、鍛錬を止めない彼ら。
 一点の迷いもない演奏が感動的ですらあった。
 ロック・ミュージックもクラシックもジャズも、おいらにすれば何もかもがROCKという思想でくくることが出来る。
 
 夜、編集者の鏡:T氏と念願のサシ飯へ。
 河岸を変え、S社:YMと合流。YMは、友人で親友だというFM横浜でDJを務めるTさんを連れ立ち、4人でがっぷり音楽談義。最高。
 元コア・オブ・ソウルのシンガーで、現在LOVE名義で活動を続ける中村蕗子の、溢れる才能に対する共通の認識に思わずほくそ笑んだ。

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2008年 06月 30日

上半期終了

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 2008年上半期終了。
 デザイナー:Mちゃんと近況情報交換。
 銀座:Gはここら辺の相場価格よりも1/2、あるいは1/3程度で収まるような良心的な飲食店。
 かつてこの店のカウンターにいた若き板前:Sはもういないが、他店で修行中の彼を連れ立ち、今度は客としてここへ遊びに来る日もそう遠くはなかろうと信じている。
 ゴールデン街の重鎮:ゆうじさんに紹介され、初めて訪れた新宿三丁目のSはオープンしたてのバーで、実に心地よい雰囲気を醸し出す良質物件であった。

 帰宅後、今週取材の材料を整理しつつ居眠りをこき始めた深夜、床につく。

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2008年 06月 27日

同級生+A

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 大会社Tのエリート・サラリーマン:HHはおいらの高校時代の同級生。
 すでに彼の誕生日は過ぎ去ってしまったのだが、たまたま千葉のAとの飲み話が持ち上がったタイミングで開催の運びに。
 馴染みの欧州料理と赤ワイン。
 
 一々「何を語ろう」と考えながらの会食の席など本当ーに稀だが、その真逆の「何を語ったのか覚えていない」程、この3人による語らいの摩擦のなさは感動的でさえあったのかもしれない。
 高校時代より25〜26年が経過しながら、HHの印象は真面目に当時と何ら変わりなく、あの十代の頃も、もしかしたら社会に出た後の、人としての度量を身につけていたのではかろうかと錯覚してしまう程、おいらの中でヤツは変わらない存在だ。
 おいらの知らない世界、分野についての広く深い知識や理解は半端ではなく、その上自然体な物腰で、世代・性別の分け隔てなく老若男女からの絶大なる信頼を勝ち得る稀な“物件”ときた。
 今回、1年半以上の再会となったA。感慨深い時間が流れゆく。
 出会って10年前後の時間が経過した今、彼女の成長ぶりと魅力は、成長の止まってしまったおいらから見ても一目瞭然の感触となって知らしめられる。

 誕生日当日に贈り物という発想は至極当然ながら、おいらは贈呈したき方々には、思い立った時期に、あるいは贈呈すべきと思しき品を見つけた時に購入し、想いを果たすことを基本理念としている。なので毎年誕生日の周辺、あるいは全く関係のない日の贈呈・到着となる。
 このあいまいの時期がおいらは好き。第三者が誕生日当日に“構えなくて”すむのだから。
 
 2次会は、H馴染みのカウンター・バーへ移動。西麻布。
 贈呈の品の1つ…彼らが聴くことを想定して編集したオリジナルCD−Rをかけていただき、酒の肴に。
 こうした“オリジナル音源の編集”は、かれこれ34年ぐらい昔からやってきたので、合計するとその本数は天文学的かと思われる。
 第三者を相手に「この曲はヤツの心に響くハズ」と勝手に想定して、曲を編集するのは昔から嫌いじゃなかった。
 「米澤さん、私の姉に贈呈したカセット・テープ収録の『フォトグラフ/デフ・レパード』はとても有効でしたぜ」と、美しき姉を持つ某妹に言われた十代の頃には、えらく勝ち誇った気分になったものだ。
 っといった錯覚の記憶も何もかもが懐かしい。

 うん十年昔のカセット・テープへの編集作業は、iTUNES全盛期の今考えるに、数倍の労力を要した。曲目のインデックスすら1文字づつシール状の文字を擦りつけ、構築した事もあった。
 タイプライターでパンチミスをすると、また一から打ち直しだった。ワープロが登場した時にはその利便性に驚かされたものだった。使用目的は編集カセットのインデックスがメインだった。
 LP、あるいはラジオ番組のオンエアー楽曲から1曲づつダビング作業を行うわけなのだが、その辺りの葛藤と闘いは、海陸先生のこの件↓が全て同感なのでサイトを参照。 
http://www5e.biglobe.ne.jp/~spiceman/Music/igotyour.htm

 HHとAが帰宅し、眠りに着く直前に「何曲目で寝てしまったのか解らなかった…」ような状況で聴いてもらえたらそれなりに冥利なのである。

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2008年 06月 26日

The Nanny Diaries

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 映画『私がクマにキレた理由』鑑賞。
 シャリ・スプリンガー・バーマン&ロバート・プルチーニという、実はよく知らない監督なのだが、“スカーレット・ヨハンソン主演”っと言う、謳い文句に導かれた。
 今をときめく23歳の女優:スカーレット・ヨハンソンは、先頃なんとアルバム『Anywhere I Lay My Head』をリリース。
 アルバムは、すべてがトム・ウェイツの楽曲10曲をカヴァーした内容となっており、デヴィッド・ボウイもヴォーカルで参加と、さすがに豪華。
 本人のヴォーカルはというと、プロツゥールスの恩恵による部分も大きいのではと即座に想像させた。ただ楽曲にトム・ウェイツを選択する思い切りの良さをして、ただ者ではないオーラをビンビンに放ってはいた。

 映画は『Match Point』のようにときめく内容ではないものの、良き意味で想像通りの印象。公式サイズが身長163cm/体重54㎏とあり、やもすればとたんに太ってしまいそうな体型が彼女の大きな魅力の一つのであるのかもしれない。
 
 “Nanny”=子守り。つまり“ナニー”とは、ベビー・シッターを指す単語であることを初めて知った。 

 試写会後、フリーの編集者:MKと待ち合わせ。今月前半渡米した、彼女の海外取材エピソードを伺い近況を語り合う。

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2008年 06月 21日

丸長

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 久々の休日『丸長』。
 午後1時過ぎに到着。入口には10名ほどの行列が。
 ところがシャッターは下りたまま。シャッターには貼り紙もなし。通常なら午前中から営業しているハズなのに「まだ営業前だったか?」と不審に思ったが、ともかく列があることで、とりあえず車を駐車させ最後尾に並ぶ。
 客はどういうわけだか厨房出入口前から並んでおり、依然として正面入口は閉ざしたまま。
 どうも中は通常営業の様子で、厨房扉から客は出入りしている模様。厨房扉から数名の客が出てくると、その人数分中に客が入ってゆく。
 「どういうことだろう?」「扉が壊れたかガラスが割れたのか?」おいらの後ろに並んだ子連れの4人組も理由が解らず、おいらに尋ねてくるものの理由がわからない。
 やがて順番が来て中へ。シューマイ等を作るコンロの横を通り過ぎていつものテーブル席へ。
 相席の机に腰掛け、つけ麺とシューマイを注文。今日も格別の調合日。
 帰り際、店のおばちゃんにで出入り口の件を確認したところ、土日はおやじさんとのたった2人だけの営業なので、出入り口は厨房からとし、人数制限をしながらのペースで営業している旨の話を伺った。
 『丸長』やはり美味い。未だかつて『丸長』をしのぐつけ麺には出会っていない。

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2008年 06月 13日

Slap My Hand

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 昼、JR中野を経由し編集部へ。
 コミックス原稿入稿、RIZEインタビュー記事作成。

 午後7時、ミッドタウン内『ビルボード東京』へ。
 ここでライヴを見るのは2度目だが、会場への最短の行き方を2度とも迷う。
 1Fなりに明確なるインフォメーションがなかなか見あたらないので、単に4Fと言われても、3Fまでしか行かないエレベーター等があったりで不親切。
 ここら辺の飲食店:店構えの雰囲気も好きになれない。

 ここのところライヴ観戦要員と化すMも迷った末到着した模様で、入口で待ち合わせ。『“Slap My Hand” special session Jimmy Copley & Char with Paul Jackson / Yoshinobu Kojima / Micky Moody 』の会場へ。
 先日のSMOKY MEDICINEのライヴを見逃してしまっていたので、今回の主役:ジム・コープリー参戦のライヴだけはかなり前から意識してチケットを購入していた。
 入口ではパス申請したものの、席のインビテーションを申請しなかった随分久々のライヴ観戦となった。

 アン・ルイスなり、サイケデリックスなり、チャーのソロでも証明済み。
 破格のタイム感で作品の質を最上級に押し上げるドラミングを聴かせるジムの技量は世界唯一無二。
 チャーがジムのドラムスを聴いた瞬間、バンドを作りたいと感じた気持ちが重々伝わってくる。他に代えが利かないからだ。

 他面子にしてもチャーのバンドとしてはベストと行ってよい。
 いつ見ても圧倒的存在感でたたずむベーシスト:ポール・ジャクソン。アメリカ人のプレイにしか聴こえない圧倒的センスとスキルを有するキーボード・プレイヤー:小島良喜。ゲスト・ギタリストで登場したミッキー・ムーディはスライドで沸かせてくれた。
 そして、どのステージに立っても結局の主役となるチャーのキレのよい圧巻のプレイは、今日特に際だっていたように感じさせた。
 やはり最終日がバンドとして最も温まっている感じだ。
 「この面子でワールド・ツアーしかない」とはライヴ中感じた素直な気持ちであり、楽屋で真っ先にチャーに伝えた言葉のひとつがこれだった。
 いつの時代でもステージの違う“かっこよさ”を発散するチャーという日本人ギタリストの存在感は、北野武の意味合い同様、世界へ向けた日本の誇りだと常々感じている。
 楽屋ではわずかの時間ながら全てのメンバーと語る機会を得、フェンダーのアコースティック・ギターのボディ裏に全員のサインを拝受。このサインはおいらのためのものではなかった。
 突っ込みの厳しいチャー兄とも久々にゆるりと語る機会を得、ラッキーだった。「漫画家の先生(江口寿史兄)、元気?」と聞かれたので、また先ちゃんとの飲み会セッティングしようかな。 
 しかるに格段レア物件と化したそのギターを抱え、まずは新宿『池林房』で酒ごしらえ。
 
 そして、ロック・バー『シンクロニシティ』のOちゃんへ、先ほど戴いたサインつきのアコギを太っ腹贈呈。
 今年4月28日、目出度く10周年を迎えた『シンクロニシティ』のOちゃんへの、おいらからの、そしてチャーの祝福メッセージの入ったギターをプレゼントしたのだった。ちょっと遅れたけど。
 オレンジで描かれたメッセージのフレーズはマスキングから塗装に至るまでおいらの手作りだ。
 第三者に向けて、こんな面倒なことをこの年代になってもやれることを自覚する。

 たった一人で10年間、つまみもナシの酒だけでロック・バーを貫き、借りた借金もすべて完済してしまったという話はしばらく前に伺っていたのだが、この10周年をお祝いする輩が誰もいないと伺い、本人も特別なイベントを考えていなかったと聞いた。
 オープンを待って常連となったおいらとしては、このお祝いを黙って見過ごすわけにはいかなかった。
 同い年のあなたの所業は立派です。Oちゃん、10周年おめでとう! 

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 歌舞伎町〜はなまるうんどんで解散。

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2008年 06月 12日

瑠璃の方船

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 70年代、学生だった頃の夢枕獏さんの自伝的小説をコミック化した作品『瑠璃の方船』はスーパージャンプ誌へ掲載され、先だって目出度く連載完了。
 最終話はスーパージャンプ増刊号『Oh スーパージャンプ』で55Pのヴォリュームで幕を閉じた。
 連載終了を祝い、打ち上げで銀座の大分料理屋へ。

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 この機会には作画:海埜ゆうこさん他アシスタント2名、合計5名での会食を開催。
 連載時期こそ最もこうした機会を得られないパターンが多いので、今日は貴重な空間だ。
 
 原作小説に感銘を受け、この作品は女性漫画家に漫画化されるのがベストだと、女性の作家を色々妄想した結果、海埜ゆうこという秀逸なる作家によってコミック化された『瑠璃の方船』は、小説版ともまた趣の違う傑作として成就。
 入稿途中、涙目になりながら若き主人公の置かれた立ち位置に、少なからず共感を覚えた。
 若き日の“迷い”ははかなくも美しい。夢枕獏さん、海埜ゆうこさんに感謝。

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 単行本瑠璃の方船』2巻は7月4日発売。小説版も文藝春秋社より文庫発売中。コミック全1〜2巻で大いに泣いてほしい。

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2008年 06月 4日

The Presidents Of The United States Of America

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 残念ながら、ソニー・ミュージックの主催するコンベンションにたどり着けなかった昨日、出前の弁当を食べそこねてしまった。
 「どこで何を喰おう?」とテーマをあれこれ妄想し、一人遅い時間帯に食べる絵を想像したら、どうにも侘びしい気持ちになった。
 自分一人なら松屋だ吉野屋だ、御法度のラーメンだ…という即席喰いになってしまうのが常。
 結局、遅い時間になった頃、テンホーちゃんと合流。遅い夕食におつき合いいただいた。

 The Presidents Of The United States Of AmericaがEMIに移籍し、新作『These Are The Good Times People』リリースの情報を得た。
 しかも彼ら、FUJI ROCKに出演する模様。知らなかったよ、そんな情報。
 WOWOWは今年からFUJI ROCK独占中継からの撤退を決めてしまった。かつ、今年、特に現地で取材対象者としておさえねばと必要に迫られたバンドも、現時点では見あたらなかったせいもあり、取材申請は行っていなかった。
 
 ファースト・リリースの瞬間から虜にさせられたThe Presidents Of The United States Of Americaに会う機会は果たしてあるのか!?

 本日夜、G社:俊英:T&編集者で彼女のNちゃんと飯。
 Nちゃんがとても品格のある美しい女性だったのがとても嬉しかった。同じ空間にいる際の、彼女を取り巻く“温度”にとても育ちの良さを感じ、機転の利くクレバーな女性であることを瞬時に理解した。
 深夜、もう一つの約束があったため、たった一軒での解散となったが、Tの行く末も彼女が隣についていさえすれば問題なしと確信を抱いたのだった。
 場を銀座へ移し、最終的に恵比寿で会談。

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2008年 05月 29日

使い回し

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 無事連載を終え、単行本も発売の運びとなった漫画家:Nさんを囲む打ち上げ開催。
 西麻布『分とく山』は予約困難な和食会席料理で、品のある食材の提供が印象的だった。
 思わず話題が『船場吉兆』へ飛び火するのはいたしかたないところ。
 
 Nさん曰く「昔、価格の安い居酒屋でバイトしたことがあったけど、一度出した品を別の客に出すなんてことは発想すらなかった」と語っておられた。
 まず店主がそんなことをやればモラルがそこで固定され、働いている従業員の意識はそのレヴェルに設定されるように思う。

 むかーし昔、博多でコックをやっていた時代、一度出して明らかに客が手を付けていない品を下げた後、厨房でこっそりつまみ食いしたことがあった。
 その行為ですら、十代の時分ながら少し恥ずかしい意識があったように記憶する。そもそも捨てるべき食材を食べたという気持ちがあるからだ。
 パセリの使い回しというのは、当時の同業者の間で聞いたことがあったが、“使い回し”という行為に関しては、どうしたって正気の感覚ではない話だ。
 食品を扱う世界で、最も下品な行為をかいま見た。

 ちなみに、ボールに洗剤を1滴垂らし、冷たい水でボールをいっぱいにした中に、萎びたパセリの束を着け置くと、数分後には活き活きしたパセリが完成する。
 この再生手法の懸念は余計だろうか。

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2008年 05月 28日

The Jazz Guitars

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 amazonの『ファースト・ライト』紹介記事より…「1969年に結成されたウィッシュボーン・アッシュは70年にアルバム『光なき世界』でデビュー。しかしこのアルバムのためのマテリアルは一度録音されたもののお蔵入りとなり、再びレコーディングをし直してリリースにこぎ着けたという経緯がある。そのお蔵入りとなったマテリアルは長らく行方不明となっていたが、近年になってオークションに出品され、これがアンディ・パウエルの手に戻ることとなり、その音源を新たにミックスし直して仕上げたものが本作『ファースト・ライト』。いくつかの楽曲は『光なき世界』にも収録されてるが、いずれもテイク違いで、さらには完全初出の楽曲もいくつかフィーチャーされている。ウィッシュボーン・アッシュ黎明期のメガ・レア音源が今封印を解かす!」
 後輩Tに懐かしいロック・バンド:ウィッシュボーン・アッシュ、モット・ザ・フープル等CDを拝受。併せて以下のJAZZアルバムを教授してもらいamazonクリック。

●Wes Montgomery「ハーフ・ノートのウェス・モンゴメリー」
●Tal Farlow「スウィンギン・ギター」
●George Benson「ジルブレット・グレイヴィー」
●Joe Pass「ヴァーチュオーゾ」
●Grant Green「グラントスタンド」
●Pat Martino「ライヴ!」
●kenny Burrell「Live at Five Spot」
●Jim Hall「アンダーカレント(ビル・エヴァンス)」
●Barney Kessel「ポール・ウィナーズ」

 夜、映画会社K社:Y&K、編集:Iらの恒例4人会開催。
 Kとの最近の仕事は映画『アフタースクール』。読者のウケも相当上々だったし、蓋を開けたら初日から大ヒットを記録しているそうだ。
 それにしても初めてやってきた「天香回味」の薬膳火鍋が美味い。ホフホフしながら飲みの手を休め、チンギスハンが考案したといわれる天香回鍋爆喰い。

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 2次会には東京タワーの眺めが心地よい屋上のバーで乾杯。さらに場を移してうどんを食し、D:モトちゃんと待ち合わせの新宿へ個人移動。午前5時も雨模様。

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2008年 05月 27日

きざみうどん

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 昨夜の酒が、夕方近くまで体内に残っていた。
 amazon及び楽天のネット注文した商品が続々届く。
 書籍に関しては8割方ネット購入の場合が多く、CDに至っては年間1度か2度くらいしかレコード店で買う以外、すべてがネット購入の現状。 

 入稿が電車の時間帯に終わったので、終電前の地下鉄で帰途につけた。
 最寄り駅で下車し、『真希』できざみうどん。なんだか味が薄くて、以前と比べて格段に美味しく感じられなかった。
 店内には、ヤンジャンでも執筆される漫画家:F.T.さんご一行さまを偶然見かけた。

 タクシー帰宅してからおよそ10分後、テンホーちゃんより飲みのお誘いが! 丁度おいらも、テンホーちゃんに飲みのメールをしようか迷ったのだったが、時間が遅かったので止めにしたのだった。こんな日もある。残念。

 取材で訪れたボクサー:亀田興毅選手の試合後、何度か控え室でお見かけしたことがあった。美しい女性だった。元TBS川田亜子アナのご冥福をお祈りいたします。

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2008年 05月 26日

slap my hand

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 jimmy copley初のソロ・アルバムが出た。
 彼のドラミングは好きだなぁ。特に日本には彼のようなスキル、センスを感じさせるドラマーは見あたらない。
 テクニシャンなドラマーはいるけど、こんなにドライヴしてバック・ビートを感じさせるドラマーにはめったに遭遇しない。
 どんなにギターがラウドにプレイしても、リフを、フレーズを、バック・ビートで大きく包み込むような感じ。
 それは、バーナード・パーディの醸し出すテイストに近いのかもしれない。気持ちいいドラムスの代表と言えるジム・コープリー。最もギター・サウンドを理解しているドラマーの一人だと感じる。
 彼曰く、ドラマーのソロ・アルバムと言うよりも、むしろギター・アルバムになっているそうだ。参加ミュージシャンは…ジェフ・ベック、バーニー・マースデン(元ホワイト・スネイク、M3)、ミッキー・ムーディー(元ホワイト・スネイク、M3)チャー、ピノ・パラディノ、ポール・ジャクソン(元ハービー・ハンコック&ヘッドハンターズ)、ニール・マーレイ(元ホワイト・スネイク、M3)、イアン・ジェニングス(ビッグタウン・プレイボーイズ)、小島良善、ピーター・コックス(Go West)。

 ドラムスは、バンドの善し悪しを左右する最も重要なポジションとも言え、独りよがりなドラマーほど不憫なことはない。
 「良い演奏」と「良いグルーヴ」の意味が理解出来ていないドラマーには遭遇したくないもんだ。

 後輩でミュージシャンのTと初のサシメシ。初であったせいか、気合いが入りすぎたか、後半は記憶も定かではなくなりながら、和田ラヂヲ先生の大ファンであるというTの嬉しい趣味趣向に歓喜し、夜中に御大へTEL。ラヂヲ兄、感謝! 
 ラヂヲ兄の声を聴いたらば、〆はラーメンと言うことで、おふくろに叱られる覚悟で今日も〆てしまった。お母さん、ごめんなさい。

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投稿者 yonezawa : 16:49 | トラックバック(0)

2008年 05月 22日

焼き肉

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 Hとのサシ飯に焼き肉。ここのところ焼き肉頻度高し。
 この夏、Balletのスペイン公演を控えるHとの話は、あらゆるモチベーション向上の糸口になりうる。
 話は果てしなく脱線しながらも、各々の立ち位置を前提にした“生き様”を、時にディベートのごとく語り合うひととき。時間があっと言う間に経過してゆく。
 満腹の様相をして、流れのままJRの駅を一駅徒歩移動。最近、徒歩の時間が嫌いではない。ほどよき風が頬を打つ。

 次回の再会を約束しつつ、入稿を残したおいらは歩いた駅から電車移動。

 一仕事を終え、終電で最寄り駅近くまで戻った。「さて、ここから徒歩で帰宅すべし!」と健康面を気遣うごとく勇んで歩き出したところ、ほどなくして「味噌ラーメン」の明かり発見。
 現状腹八分。まったく食べなくてよいコンディションにもかかわらず、麺の誘惑にはまったく勝てず、ふらふら入店。
 時折、仰天ブログをのぞいてくださる文筆家:HHさん、漫画家:和田ラヂヲ兄の「米澤くん(米ちゃん)、ラーメン食べすぎ!」の声が聴こえてきた。

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2008年 05月 19日

Tristan Prettyman

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 今週入稿の映画『告発のとき』原稿を構成中。
 夕方、やや遅刻気味で渋谷クアトロ着。トリスタン・プリティマン来日公演の日がやってきた。
 クアトロは改装中で、入口は正面玄関からのみ。
 前回も、トリスタンはここクアトロでの公演だった。
 10分少々押し気味の頃、3ピースの編制でトリスタン&バンド・メンバー登場。
 先日、2回目のインタビューを行った時と似た、アットホームな雰囲気の中、終始リラックス・ムードを漂わせるトリスタン。
 観客から漏れ聞こえる感想のまま、今日の彼女もとても可愛らしく見えた。
 1曲目、テイラーから奏でられる音色がとても美しい。アタック音も明確に聴こえてくる。
 ゆとりのある空気作りしかり、ライヴ・スキルに格段の進化を感じさせたトリスタンはギターの腕前も随分上達していた。
 こんな音を聴くとアコースティックで何かやりたくなってくる。

 1本、打ち合わせを経て、夜馴染みのMと半年以上ぶりの再会を果たす。
 Mとはここのところ年に一度くらいしか会う機会を得られない。東京出身なのに、Mの仕事は常に様々な地方なのだ。
 来週からは三重県勤務だと言うMと乾杯し、シンク〜ハングリーハンフリー〜エイプリール・フールの経由で、最後にジャスミンティー飲んでおとなしく帰宅。 

投稿者 yonezawa : 23:59 | トラックバック(0)

2008年 05月 17日

圧力IHジャー炊飯器:おどり炊きECJ-IZ10(SP)

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 先日、突然我が家の炊飯器のご飯が不味くなった。
 以前、米を入れて炊かずに間違ってそのまま保温してしまった事があったが、あの感じに近い。米に芯のある微妙な状態。
 Rちゃんのイタズラなのかと再び炊いてみたが結果は同じ。

 迷わず速攻で翌日炊飯器購入。これまで使用していたサンヨー製品がとても美味い米の炊きあがりだったので、メーカーは迷わずサンヨーを選択。熟考の上『圧力IHジャー炊飯器:おどり炊きECJ-IZ10(SP)』に決定。
 メーカー希望小売価格は67,200円 (税抜64,000円)となっていたが、もっと全然安価で買えた。
 およそ18年ぶりに炊飯器の交換。以前の機種も、よくもったもんだ。
 まだ、圧力IHジャー炊飯器:おどり炊きの米は食していない。少し楽しみ。

 午後4時より失速バンドのリハーサルへ。
 急遽、レパートリー1曲を差し替えることとなりモチベーション更にアップ。

 メンバーとの飯会にはRちゃんも大参加で、宴はたまらない空間と化し、2週連続:焼き肉の爆喰いに大満足。外は雨。

投稿者 yonezawa : 14:29 | トラックバック(0)

2008年 05月 15日

吉祥寺

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 THE OCEANのリフにしろ、リフにしろ、構成もまったく上手く出来ているものだ。ライヴでのコーラスはボンゾ。果てしなくクール。
 RAMBLE ONの、特に冒頭のベース・ラインといったらどうだ。
 時間が経つごとに新たな発見があるバンドはザ・ビートルズしかり、レッド・ツェッペリンも例外ではないが、彼らに関しては弾いてみて初めて気がつく楽曲の威力を思い知る。

 終電前の時間帯に吉祥寺にいることは極めて珍しい。
 久々に先ちゃんと飯&飲み。
 送れてテンホーちゃん合流。さらに遅れてズミー、声、リナリナ合流。
 横一に並んで乾杯。
 みなさんの解散後も、隣り合わせた山崎さん&マスターと飲み明かし、気がついたら時計は5時を回っていた。

投稿者 yonezawa : 14:28 | トラックバック(0)

2008年 05月 13日

深夜営業

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 夕方、世界的ジャズ・ピアニスト:上原ひろみを後輩に持つ音楽人:Tからの、突然の誘いで渋谷DUOへ。
 彼からのメールは「アメリカ時代の恩師がライヴやるんですよ。ギタートリオのアメリカンな大人ロックです。ボビー・ロジャースという人で、335をレスリーに突っ込んで完璧テクニックで弾き倒す!」と言ったもの。
 ボビー・ロジャースはおいら知らなかったが、国内盤もリリースしている40歳ぐらいのギタリスト。
 到着した時にはすでに1曲目が始まっていたが、リズムにしろプレイにしろ空気にしろ、良質の音楽性である事を瞬時に感じさせた。
 調べれば、彼らは「ボビー・リー・ロジャース&ザ・コードトーカーズ」というトリオで初来日公演のようだった。
 矢継ぎ早に演奏される曲はジャズ、ファンク、ブルース、ロック…と特定のジャンルを感じさせるモノではなかった。こなれたスタイルこそが、アメリカを中心とするフェスやライヴサーキットに知れ渡る彼らの高い演奏力を証明していた。
 テープ・エコーなんて懐かしいアイテムを手動で使用するボビロジャ。ロックは歌えるヤツがいりゃあ3人で充分。
 「ちゃんとしたライヴ演奏が成立する」このスキルはとても重要だ。
 日本では、3月19日(水)にアルバム『ギャラクシー・ガール』をリリースしている。

 夕食を18時過ぎに戴いたため、入稿作業が終わった深夜1時頃にはお腹ぺこぺこ。
 ひとり寂しげな神保町を徘徊。
 おふくろからのメールが入り、携帯に折り返し電話をかけ直しながらラーメン屋を探すが、なかなかこの時間にやってる美味しい店には遭遇出来ず。と言うよりも昔より営業している店が少なくなったような印象。
 編集部が九段下寄りの三丁目ビルに移動したこともあり、神保町自体を探索する機会も激減している昨今。
 飲食店の知識は随分減った。通勤途中の本屋には立ち寄ることも勿論あるのだが、本屋のメッカ:神保町の本屋に入ることも激減している。
 散歩ついでに、かつてのれんをくぐった飲食店数軒の前を歩く。しかし、以前ならば営業していた時間帯にも関わらず、すでに明かりは消えていた。
 1年前の記憶にある営業時間を見込んで訪ねると、店はすでに閉まっていたという経験は多い。
 新宿の名店:Hだけは、是非とも深夜営業を継続してほしいと願うところ。

 結局、集英社神保町ビルのはす向かいにある『三幸園』でタンメン喰って大人しく帰途についた。微妙。

投稿者 yonezawa : 23:16 | トラックバック(0)

2008年 05月 8日

ショーケース

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 六本木ヒルズ:グランド・ハイアットで行われたレオナ・ルイス:ショーケースライヴ鑑賞。
 現在、日本でも15万枚以上、世界のトータルでは500万枚以上を売り上げたファーストから数曲披露。
 現地で、S社:ENと遭遇。また入場前、偶然某有名女優の所属事務所社長と遭遇。

 打ち合わせの場へ電車移動する前、青山ブックセンターで文庫本2冊購入。
 ハードカバーで購入しながらいまだに読んでいない『ベルカ、吠えないのか?』が文庫化されたので勢い購入。
 帰社しKTさんと神楽坂へ。Yさんの料理喰って新宿経由で帰宅。

投稿者 yonezawa : 22:01 | トラックバック(0)

2008年 04月 28日

Seymour Duncan

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 おいらにすれば早朝と言える午前8時過ぎ起床。
 3時には床についたものの、いつもの習慣からか寝付きがとても悪い。
 11時、編集部で打ち合わせ。
 久々に神保町で昼食。
 
 夕方、明後日インタビュー予定のザ・サブウェイズの出演するMTVライヴ・イベント会場:渋谷AXへ。
 午後7時45分過ぎ、ほぼオンタイムでザ・サブウェイズ登場。
 彼らは確実に一皮剥けた。2年前の取材時よりもよりラウドになり、バンドの風格もパワー・アップ。
 まだ二十歳そこそこの彼らだが、場数がバンドの雰囲気を変えたのだろう。
 パワー・コードの荒々しい演奏ながら、パンクバンドに通ずる若さ故の魅力が炸裂する疾走感溢れるライヴを小一時間堪能。
 
 すでに閉店している渋谷ESP店の石井ちゃんを尋ね、Seymour Duncanのアコギ用ピック・アップ、9Vの電池2コ、ストラップを購入。ギター・ショップで久々の買い物。
 遅い晩飯は久々の石井ちゃんと新宿ゴールンデン街で。
 偶然連絡を寄こしてきた高校時代の同級生で大会社TのH山ら、同僚諸氏と合流しウォッカで乾杯。
 初対面のTさん、Hくんらもとても気持ちのよい漢で、瞬時に全員の心がうち解ける。
 饒舌なH山の口調がほろ酔いの口調へと変わるに比例し、数軒の梯子酒。高校時代のアホ話に笑った笑った。面子が全て。
 〆のラーメン喰って、指折りに最高だった飲み空間の夜更けが明けた。

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2008年 04月 26日

甲斐よしひろ

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 甲斐よしひろ in 新宿厚生年金会館へ。
 先日、2枚目のカヴァー・アルバムをリリースした甲斐よしひろのソロ・ツアーを観戦。
 音楽人:伊丹由宇兄やら、天才ギタリスト整形外科:家康兄らと待ち合わせ、厚生年金会館で最も見やすい席に陣取る。
 甲斐さんのライヴを生で見たのは実は今回が最初だった。
 80年代後期、仕事が昼夜の飲食店ばかりだったこともあり、あの時期はコンサート自体に行く発想がほとんどなかったせいだと、今日自己を振り返ったところ。確かに今よりも行けたライヴは少ない。
 あの頃も生きる事に精一杯だったのだ。

 甲斐バンド…カセット・テープに吹き込んだ音源、FMでエア・チェックした音源をどれほど繰り返し聴いたことだろう。
 今日の趣旨は、カヴァー・アルバムのツアーなので、選曲も基本そちらがメインではあるものの、やはり甲斐バンドの音を期待していた。

 7曲のカヴァーの後、興味深いMC。そして#8「安奈」に続く、#10「港からやってきた女」この曲でおいらのスイッチが入った。
 綿密にアレンジされたカヴァー曲も、もはや甲斐よしひろのオリジナルと言えるほどの完成度を誇ってはいたが、甲斐バンド・オリジナル曲の魅力はステージが違った。
 セット・リストを見た瞬間、最も期待を寄せていた#13「翼あるもの」には鳥肌。ゲスト・ギタリスト:土屋公平のファズ・ギターも誠実だった。

 2度のアンコールを含む全20曲を堪能。
 以前この場所(or 中野サンプラザ)で演奏したマルーン5が、1時間にも満たない驚きのステージを展開した事を思い出したが、甲斐よしひろのコンサートはパワフルな2時間30分前後。

 終演後、控え室で甲斐さんと握手を交わし、伊丹兄推薦の渋谷の居酒屋へ移動。
 初対面でも同じコンサートを共有した三茶居酒屋:つぼ倉仲間の皆さんとの酒が心地よい。
 終電に近い電車を乗り継ぎ最寄り駅へ。タクシーを使わず30分かけて徒歩で自宅にたどり着いた。
 秋に甲斐バンドは始動するようだ。

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2008年 04月 23日

冬の動物園

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 午後、ワーナー・ミュージック本社でダニエル・パウターの新作『UNDER THE RADAR』試聴会へ。
 優しいメロディに美しいファルセット。ダニエルの創造する世界観は前作同様の彩りで構築されていた。
 会うと判る人間性の優しさ。金曜日にしっかり再会予定のダニエルは、きっと前回同様シャイなままなんだろうな。

 谷口ジロー『冬の動物園』発売。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091818501/
 収録作品は、05年から08年にかけてビックコミックオリジナル増刊に発表された、一話完結方式の連作長篇。
 ノンフィクションなのかフィクションなのか、その狭間が判らないまま物語りの中に溶けこまされた。リアルな世界観に浸るうちに、やがて自分が主人公の目線となり、主人公の心の痛みが肌で感じられるのだ。

 夜、K社:TSとライヴ打ち合わせ。新宿:ひろ喜。
 夜、吉祥寺で江口兄と随分久方ぶりにサシ飲み。闇太郎〜スカラベ。
 
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2008年 04月 18日

スペイン料理

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 4人のスケジュールを調整し、待ちに待った今日の日がやってきた。
 小雨降りしきる中、S社:ENを囲む会を渋谷のスペイン料理屋で開催。
 この会をパーフェクトに取り仕切ってくれたYM、ライヴの立ち会いで少し遅れたFSに、おいらのメンバー4人。
 結果、これほど楽しく有意義なひとときは久しぶりだった。

 もうしばらくすると会社を退職し、新たな新天地を目指すENの送別会のような意味合いもあったのだが、この面子での“飲み会”には筆舌に尽くしがたい贅沢さを感じていた。
 これほど何も包み隠さないまま、思いついたエピソードをストレートに伝えられた今宵の夜も稀だ。きっと、このメンバー全員が醸し出す空気がそうさせたのだと思う。

 人に最も必要な気持ちは相手への配慮。
 親父と母親に教わった“配慮”、そしてこれまでおいらの受けてきた様々な方々から戴いた配慮。キアロスタミの話。たけしさんの話。映画の話。音楽の話。心が温かくなった。
 赤ワインが心から旨い。イカスミが刺激的だ。贅沢極まりない1日であった。
 3人とも今後とも仕事に酒によろしくどうぞ。
 そしてENちゃん、多くの現場での完璧なアテンドに心から感謝。あなたのスマートな配慮は忘れないよ。

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2008年 04月 14日

Fly Like An Eagle

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 Steve Miller Bandはいい。
 DVDのボーナス付き『Fly Like An Eagle: 30th Anniversary』は名盤。
 禁酒を貫く元飲め飲め団団長:K兄からは『Greatest Hits 1974-78』拝受。
 「ここまでの完成度だったのか!」と、今改めてリトル・フィートの紙ジャケのように感激しつつ拝聴。
 思えばレス・ポールwithフレンズでのLD映像がよくなかった。
 レス・ポールを目の前にした多くのミュージシャンがテンパっていることを差し引いて見ていなかった。
 Steve Millerは歌も巧く、作品はTommy Bolin的に味わい深い。今、この時代のおいらにシンクロする音源として肌馴染みよし。エドガー・ウィンターしかり。
 カントリーの奥深さもかいま見る秀作・佳作そろい。Steve Miller Bandの名演は、ここのとこ最優先事項。

 編集部&外部スタッフと初の面子で鍋。
 想像通り愉快なひとときが過ぎ、明け方1人寂しく入稿のため帰社。

投稿者 yonezawa : 02:39 | トラックバック(0)

2008年 04月 11日

ゴールデン街

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 GW中発売のコミックス色校正戻し、青焼きチェック。

 晩飯は久々にR誌フリー編集者:Kと。
 Kは、2月ぐらいから同ビルに引っ越して来た事を今日初めて知らされた。
 一度も行ったことのないビル内・他階も沢山なので、自分の編集部以外何も知らないのが現状。
 向かいに出来た新ビルへもまだ行けていない。

 Kとは新宿三丁目で待ち合わせ、もはや馴染みとなった店:Hへ潜り込む。
 同世代の大将の技量を今日も充分堪能する絶品の食材に舌鼓。
 
 ゴールデン街に河岸変え。
 H店のカウンターで数杯流し込み、さらに河岸を変え別店舗へ。
 こうなるともう歯止めが利かない。
 体力が続き、本格的な睡魔の直前まで修行のように路地を徘徊。勿論楽しい。
 某メジャー・ロック・バンドのロサンジェルス・インタビュー取材をKに振ってみたが、諸事情あって残念ながらNGの回答ではあったが、Kとの酒はいつも格別。
 ソニー:Yちゃん、諸般の諸事情で取材打診を翻してしまいごめんなさい。
 抱えている周囲のトラブルが多すぎる昨今なので勘弁。

投稿者 yonezawa : 00:11 | トラックバック(0)

2008年 04月 10日

品格

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 自分には到底書けない優れた文章を紡ぎ出す人は、人間性を含めてリスペクトの対象となる場合が多い。
 Hさんの創造する活字世界は常に温かく優しい。
 暴力とは無縁で、決して人に迷惑をかけない文章。初めてHさんの文章を読んだ第一印象はそんな感じだった。

 お互い身近な場所にいるにも関わらず、多忙なHさんとゆったりした場所でお会いする機会は稀だ。
 食事をしながら存分に語り合えるHさんとの時間がとても贅沢で、彼と並んで酒を飲めば少しだけ自分が上品になったような錯覚を毎度覚える。
 それはHさんが醸し出すある種のオーラのせいだ。
 その空気を受け、おいらが勝手に勘違いしているにすぎないのだが、一時期流行った「品格」という言葉をHさんと語る度に思い出す。
 基本的に、初対面の人間に対しても隠し事のないおいら。
 なので、例えば身内の恥もまったくのタブーではなく、そのままストレートに話を聞いていただき、いくつかのアドバイスをいただけた今宵の空間は心から癒された思いがした。
 おいら周りの切迫する事件を踏まえ、Hさんが語ってくれた同じ類のエピソードには「品格」プラス「人間の余裕」を感じさせた。

 文章を上手く紡げる方の発する言葉は、やはり整然としているのだ。Hさん、格別の夜に感謝!

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2008年 04月 9日

TOP PRIORITY

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 本日の仕事のスピードの速い事と言ったらなかった。
 音楽事情に精通するNとの会談は、ここのところトップ・プライオリティ。
 RORY GALLAGHER『TOP PRIORITY』は世界一のアルバムです。
 情報交換の潤滑油に赤ワインがどはまり。美味。
 しかし何故にこうも時間だけが早く経過してゆくのか。
 『オレたちひょうきん族』の番組鑑賞の時が、本当にあっと言う間だったことを思い出す。
 
 漫画家:Y氏の出没するSへ移動。赤ワインを継続乾杯。
 Nを交え、マスターと交わす音楽談義がまた興味深し。
 次回、マスターにベストCDこさえて贈呈しとこう。確かそんな約束したんじゃないかな。
 それにしても、まったく時間の経過が早すぎるわい。

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2008年 04月 3日

世界のナベアツ

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 午前中、編集部で雑務を終え、吉野屋で牛丼喰ったら胃がもたれた。

 昼前、都内某ホテル滞在中のジョン・バトラー・トリオの面々に、昨日渡し忘れていた小物を届ける。
 明日以降の大阪、名古屋の公演でもさぞ神々しい演奏を聴かせるのだろう。

 夕飯時、久々に再会したMSのスーツ姿が凛々しい。
 馴染みの店:Rで乾杯。
 年齢にしては一般常識の知識の幅が広い明晰なMSなのだが「世界のナベアツ」を知らない様子だったので、「サンドウィッチマン」のネタと併せて教授。
 30年前はみんながみんな、同じテレビ番組を見ていたものだが、今ではテレビの話題は共通認識を得にくい。
 現代は各々が違う番組を各々のペースで見ている。
 YouTubeなんて有り難いサイトがあるせいで、見逃したハプニング・シーン(例:やくみつるvs亀田父)等なんかはフォロー出来る時代だ。
 酔いに任せて心地の良い時間が流れる。不思議とこういった場合には一休みしてくれる花粉症が不思議だ。
 ゴールデン街で〆。呑んで笑って語って朝が来た。

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2008年 04月 2日

ジョン・バトラー・トリオ

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 ジョン・バトラー・トリオLIVEが大盛況。
 渋谷クアトロはもう彼らには狭い小屋だ。
 もっと大きいホールで演ればいいのに、と前回のツアー時にも感じた。
 何も言うことはない。
 彼ら3ピースのパフォーマンスは全盛期のザ・ポリスにも匹敵だ。
 インプロの極み、ジョン、マイケル、シャノンの呼吸はもはや一つの宇宙。
 骨の髄まで堪能できる「これ以上はない」と言わしめるほどのライヴ空間だった。

 ライヴ終了後、Mと連れ立った控え室で、メンバーの面々とFUJI ROCK以来の再会を果たす。
 奢り無き謙虚な彼らのマインドに、今日もまた感激だった。

 火照った感触のまま、久しぶりに『鳥金』、『叙々苑』で一杯。

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2008年 04月 1日

3杯目の焼酎をおかわり

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 グズグズではなくなったものの、まだ花粉症から完全に脱却出来ず。
 通常例年、編集部スタッフでも花粉症の重症患者が数名いるのだが、今年はなぜか彼らはマスクすら着用していない。
 「結構、今年は大丈夫ですねぇ」とみな快適コンディションをアピール。
 どういうわけだかおいら一人が花粉と格闘している様子。理不尽〜。
 ヨーグルト、ちゃんと喰っとこ。

 冷蔵庫を確認し、昼食には生姜焼き定食にほうれん草そてい。
 
 夕方、担当作家:N氏による、渾身のイラストがソフトに収録されたプレステ用ゲームのサンプル『ギルティギアイグゼクスアクセントコア プラス 』拝受。
 物語をクリアしていかなければ、そのプレミア・イラストは拝めないそうだ。

 かつてファミコン『ドラクエ』を人並みに展開させ、『テトリス2』に至っては天才の名を欲しいままにしていたおいらだが、彼の日より早20年。
 今となってはゲームの世界はまるでちんぷんかんぷん。何も知らない。

 遅めの夕食を西麻布で食べようと、数件満席で断られた末落ち着いた寿司屋ののれんをくぐる。
 3杯目の焼酎をおかわりした頃、偶然隣の席にタレント:大竹まこと氏が!
 1999年発行『masters of TAKESHI』作成の際、大竹さんには実に素晴らしい文章を寄稿いただいた経緯があった。
 今日の奇遇な遭遇で、あの時の御礼を直にお伝えする機会を得られて嬉しかった。
 政治に関しての討論番組における大竹さんの発言は、議論中、まったく回答になっていない自民党のO、Sらの発言に比べて、実に明瞭かつ端的。

 T編集と共に五反田から恵比寿を経由し、Rとその嫁の盛り上がるカラオケ・バーで脳天気に弾ける。

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2008年 03月 30日

rodrigo y gabriela

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 外は雨模様。午後5時過ぎ、東急渋谷本店地下3Fパーキングへ駐車。
 渋谷DUOで行われるロドリーゴ・イ・ガブリエーラ初来日、単独公演観戦。
 噂とCDとDVDで確認澄みだった彼らは、現在世界に2つとないギター・スタイルを貫くデュオ。独特のグルーヴ感に高度なテクニックを混在させる2人だ。
 以前、スラッシュ・メタルをやっていたと言う彼らだが、フラメンコ調等のパーカッシヴなプレイ+ハイテクなミュート早弾きプレイには、一連のバタ臭いダメダメ・メタル特有の嫌悪感は微塵もなし。
 たった2人でほとばしるような熱いグルーヴをガンガン生み出してくる。
 ともかく入手したどのソフトよりもライヴ演奏がダントツに一番よかった。
 ハイテクニック&ハイスピードでジャンル・レスなギター演奏。全てがインスト。
 ロドリーゴの高度なピッキング・テクニックと、ガブリエーラの手のひらでギターを叩くパーカッシヴな演奏の組み合わせはもう圧巻で、タイム感は一つの頂点を極めていた。
 そんじょそこらのドラマーなんかでは到底歯が立たない究極のパーカッションぶりが小気味いい。
 オフィシャル・サイトで彼らの経歴を観れば…「メキシコ出身、ダブリンを拠点に活動。ロドリーゴ・サンチェス(Rodrigo Sanchez)とガブリエーラ・クインテーロ(Gabriela Quintero)の男女2人よるユニット。地元メキシコでブラック・サバス、メタリカ、メガデスなどの影響を受けたスラッシュ・メタルバンドからスタートしアルバムもレコーディングするが、新しいスタイルの音楽を目指したいという気持からレーベルとの契約を嫌いリリースを見送る。その後はホテル演奏などで食いつないでいたが、ある日「ヨーロッパ進出をしよう!」と決心。たった1000ポンドだけを握り締めて2人でダブリンに渡る。最初の地にダブリンを選んだ理由は「一番未知の場所だったから」(ガブリエーラ)。あっというまに無一文になるも、その後は粘り強くホームコンサートやギャラリー等の演奏活動を続ける事で次第に評判が広がる。活動の場をミュンヘン、バルセロナと広げていき、2002年からはダブリンのインディレーベルRubyworksからアルバム”re-foc”をリリース。その後も野外フェス出演等で、その強力な演奏力の話題が広がり続け、2006年に発売された最新アルバムは世界で40万枚超を売り上げた。現在もフラメンコ、ロック、フォークなどをミックスしたアコースティック・ギター2本での演奏をしており、まったく新しい音楽の地平線を切り開き続けている」とある。

 本来、明日行うはずだったインタビュー取材は、残念ながら次回へと持ち越しになってしまったのだが、今年のFUJI ROCKには帰ってきてくれるそう。
 ロドリーゴ・イ・ガブリエーラ、最重要新人の登場。大した奴らだ。
 
 終演後、ネットで観たハンバーグ屋『ゴールドラッシュ』へ。ライヴハウス『TAKE OFF 7』と同じビル内だったのか。
 豪快に、若者メニューをガツガツ食してお腹パンパンとなり帰途へ。食い過ぎ。

 明日からの動向も読めないまま、一応入れとくべとガソリン・レギュラー満タン。
 西友で買い物を済ませ帰宅。
 リビングには、本日より登場の大型「ワンワン」が、人一倍大きな目でこちらに視線をおくっていた。

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2008年 03月 29日

花見

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 夕方まで自宅での雑務を終え、夕方より井の頭公園へくり出した。
 道中、芋焼酎、赤ワイン、キムチ、巻物系の寿司パック他を購入し、映画監督:寅(トラヴィス)、デザイナー:Yらの待つ野外座敷へ。
 昨日未明より場所取りを行い、池沿いのベスト・ポジションを確保した寅よ、ご苦労さん!
 いきなり、注いだ焼酎を傾いた地面に置いたとたんこぼしてしまうおいら。
 花見の至って日常的な光景がそこにあった。

 時間差で現れる初対面の面々を紹介いただき、暗くなるまでほどよき心の温度のまま、文字通りの花見酒。
 日が暮れるとやや肌寒くなってきた。いや、かなり寒いぞ。
 そうと決めたら行動は早い。速攻撤収後、場所を寅宅へと移し改めて部屋飲みへ突入。
 この日、集った面々には日本画家、デザイナー、バー経営者等の方々がおられたのだが、日本画家が確か2人、書家が1人登場した、なんとも珍しいアーティスティックな夜だった。
 深夜、1人ラーメンで〆、帰途についたら即落ちた。

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2008年 03月 28日

ジェシー&あっくん_野村

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 午後、およそ1年ぶりとなるRIZE(ジェシー&あっくん)インタビューのため、都内某取材地へ。
 彼らRIZEは、4月16日に待望のオリジナル・アルバム『K.O』をリリース予定。
 これほどの素質と才能とモチベーションを有した日本発のロック・バンドは、彼らをさしおいて他に思い浮かばない。
 ヴォーカル、ドラムス、共に技量という点を睨んでも彼らのスキルは破格。
 テクニックのことなど口にする彼らではないが、その部分における裏付けにしても実に充実しているバンド。新譜『K.O』は、RIZE史上最高傑作の仕上がり。

 今日のこの日をどれほど待ちわびたことか。夕食時に自由人:野村と待ち合わせ、初サシ飯へ。
 合流した瞬間から帰途につくまで、まぁ速射砲のように語り明かすことになった今宵も贅沢で貴重な時間だった。
 野村とはそれなりの世代差がありながら、音楽・映画を初めとする様々なカルチャーへの造詣深さは舌を巻くほど。
 銀座:Gより移動。初めて訪れた新宿のロックバーへ。
 自然な流れの我々の会話の中に出てきた、数々のバンドのLP(しかかけられない)を実にタイミングよく、ほどよき音量で矢継ぎ早にかけてくれるマスターの気遣いがたまらない。
 UFOもスティーヴ・ミラー・バンドもまた揃えたくなってきた。
 血湧き肉躍る音楽は、おいら酒飲みの気持ちを朗らかにしてくれた。
 花園神社を経由し、ゴールデン街:Aで乾杯。しっかりした自分の意志を持つ者と語る一時の充実した感触ほど嬉しいことはない。しみじみと野村は貴重な存在だ。
 今夜いただいた、トミー・エマニュエルの重要映像が収録されたDVDを観るのが超楽しみ。 

投稿者 yonezawa : 19:42 | トラックバック(0)

2008年 03月 21日

ハンティング・パーティ

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 映画『ハンティング・パーティ』の試写室で偶然、編集:Uと遭遇。
 後に、Uからの届いた映画の感想は「ひょっとして予想を超えた面白さだったらいいな〜くらいの期待度」であり、まさにおいらの構え方もそのままだった。
 だが映画の内容は少し大味。残念。
 Uとはまさしく近々連絡を取り合い、近況報告及び情報交換を考えていたので、丁度上映中、原稿奪取のなくなった情報を踏まえ、試写後彼と本日の待ち合わせを約束。

 遅めの食事時、新宿の飯屋へ。
 週刊グラフ誌で怒濤の業務をこなす彼の、この半年間の近況を伺う機会を得た。
 酒、つまみの好みの傾向がかなりおいらと似ており、そもそも気兼ねなどしない間柄ながら、余計にとても自由な空間を自覚した。
 あらゆる方向性の話に、適度で正当な突っ込みの入れられるセンスを有するU。
 イイ酒を酌み交わせば酒量も比例してどんどん歯止めが利かなくなる。
 仕事を終えたSTと合流し、軽く愉快な梯子酒。

投稿者 yonezawa : 19:09 | トラックバック(0)

2008年 03月 19日

公用車

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 後輩で旧友:Nと久々に一杯酌み交わす機会を得た。
 新たなる新天地での足場をとっとと固めるこの男の順応性とスキルは、正直毎度驚かされている。
 雨模様の中、Nの会社の公用車が神保町へ到着。
 そのまま、我が家近くへ移動し、近くのパーキングに駐車。タクシーで「闇太郎」へ。
 のれんをくぐると、いきなり入口近くのカウンター席に岩谷テンホーちゃんが!
 数軒の梯子酒でほろ酔い気味のテンホーちゃんは、我々が到着後して間もなく千鳥足で帰途。
 ビールで乾杯し、おでんに鯖塩、もやし炒めを喰いながらブランクの間の時間を埋めるべく語り合う。
 何はともあれ、友が順調な生活環境にあることにはホッとさせられるもの。
 何の話も、どんな変化球も通用するNとの疎通、距離感は初対面の日からまるで変わっていない。
 場を「スカラベ」へ移し、明け方までマスターと3人話し込む。
 一旦精算しながらも、話が途切れないものだから再びお代わりをお願いし、結局いつもの通り朝方まで飲み明かす。
 Nとの久々の酒だったので、この流れは予測のつくモノだったが、〆の「日本一寿司」まで「飲み」の展開としては、出来すぎのような気分に浸れた意味深き数時間であった。
 Nにはいろいろな事を教わってきたのだ。

投稿者 yonezawa : 22:46 | トラックバック(0)

2008年 03月 17日

Beat generation

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 失速バンドの打ち合わせで、イースト:吉田兄と軽飯。
 神保町〜新宿と梯子するが、あっと言う間に電車のタイムリミットが。

 6月2日(月)に予定される「ブールス・アレイ」での本番準備は、まだまだ何も出来てはおらず、人前でプレイするスキルは今日の時点ではゼロだが、この時期に選曲が確定出来たことに安堵する。
 今回、初参加となる鍵盤の美少女:Sの感性が、我らBeat generationにどんな化学反応をもたらせてくれるのかともかく楽しみ。

 深夜、飲食店社長で吉祥寺在住のSさんと待ち合わせ、およそ1か月ぶりのサシ飲みへ。
 ところが今週は「極力飲なまい週間」実践中を貫くおいら。
 一通り梯子するものの量的にはほとんどセーブの案配。真面目にセーブを心がける。
 喉がまだ本調子に戻らないせいか、案の定テンションはまったく上がらずの早朝5時ようやく帰途へ。
 速射砲のように語り明かした還暦間近のSさん、今宵はおいらは完全なる聞き手に徹した。
 あのパワーは一体どこから来るのか…

投稿者 yonezawa : 00:30 | トラックバック(0)

2008年 03月 15日

丸長 Avril Lavigne The Best Damn Tour 2008 Japan

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 天気によい暑い日だ。朝と昼を一緒に、荻窪:丸長でつけ麺。久々。
 買い物を済ませ、室内でゴロゴロ。
 深夜の番組で、到底手の届かないマンション物件の紹介のくせに、何故だかこうした映像は延々見てしまう。
 
★直木賞作家、連載打ち切りのニュースが深刻。
★P.マッカートニー、妻ヘザー・ミルズさん(40)の離婚協議で約(2500万ポンド)50億円支払いで合意。
★キャンディーズ解散30周年でファンが“同窓会” 。
★2008年9月、アヴリル・ラヴィーン初の東京ドーム公演が決定。

Avril Lavigne The Best Damn Tour 2008 Japan
9月10日(水) 静岡 浜松アリーナ
9月11日(木) 新潟 朱鷺メッセ
9月16日(火) 東京 東京ドーム
9月17日(水) 名古屋 日本ガイシホール(旧レインボーホール)
9月18日(木) 名古屋 日本ガイシホール(旧レインボーホール)
9月20日(土) 大阪 インテックス大阪
9月21日(日) 大阪 インテックス大阪
9月23日(祝・火) 福岡 マリンメッセ福岡
9月24日(水) 広島 広島サンプラザホール

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2008年 03月 14日

UKと甲斐さん

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 G社:UKちゃんとも、どえらく疎遠であった。
 しかし、イニシャルがUKとはクールだなぁ。
 雨模様は続いたまま。UKからの誘いで三軒茶屋、初のおでん屋へ直行。
 花粉症と風邪らしき喉のイガイガで笑うほど声がまったく出ず。昨日よりはマシだけど。
 コンディションもまだまだ半分しか取り戻していない状態ながら、UKとの乾杯は毎回愉快で嬉しい瞬間。
 ところで関東のおでんには鶏肉が入っていない。
 「九州ではおでんに必ず鶏肉入れるのだよ」帰国子女であり、アメリカ各地〜東京とインターナショナルな環境で学生時代を過ごしてきたUKに、地元情報を伝えた後メニューを見れば、鶏のもも肉をおでん出汁で煮込んだ品があることに気づく。
 同じ鍋で煮込むと出汁が濁ってしまうので、それを避けるために関東のおでんは肉類は入れないのだろうと読んでいるが、こうして別メニューでおいてある店は珍しいかもしれない。
 積もる話、これまで話す機会が無かった話、映画の話、音楽の話…っと、酒の酔いに任せて話はあらゆる方向へと連なり、心地の良い時間が過ぎゆく。

 UKにゴチ(感謝!)になり、雨模様の中、通算4,5回目の訪問となった居酒屋:Tへ移動。
 「先日、これから向かう店:Tで甲斐バンドの甲斐よしひろさんをご紹介いただいたんだよ」とUKに話しながら店ののれんをくぐれば、なんと偶然甲斐さんら音楽関係者らの方々と遭遇。
 なんたる幸運。
 先日、甲斐さんとの遭遇を田舎の母親にも伝えたならば、母の妹、つまりおいらのおばさんとおふくろが甲斐バンドの話をしたと聞いた。
 おばさんは「甲斐バンドの『安奈』を聴くと涙が出てくる」と言ったそうだ。
 時代、世代、性別に関係なく、多くの人々に影響を与えるロック・ミュージックの深さを、そのエピソードにも認識させられた。
 
 突然、ふいに現れたおいらたち2人をなんだかんだ言いながらも迎え入れくださり、しばしの談義に混ぜていただいた今宵も大収穫で大感謝な瞬間だった。
 名盤の1枚、『マイ・ジェネレーション』を超えうる甲斐バンドのオリジナル・アルバムを、おいらはいつでも心待ちにしているのだ。

投稿者 yonezawa : 15:48 | トラックバック(0)

2008年 03月 7日

COLBIE CAILLAT/インタビュー

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 都内某所、コルビー・キャレイへのインタビュー取材へ赴く。

 20分押しの流れで取材部屋にコルビー登場。
 彼女はインターネットのマイスペース上でオリジナル曲の1000万プレイを獲得し、レコード契約のない歌手のナンバー・ワンになった。
 やがてメジャー・レーベルも動き出し、彼女はユニバーサルと契約。
 ネットのヒット数なり、閲覧回数等がレーベルを動かしている現象はアメリカでも顕著となっている。
 穏やかな取材時間が流れる。コルビー・キャレイの1st.アルバムは3月19日発売。
 おいらは中でも#5:Feelings Showが好み。

 取材終了後、一旦入稿のため帰社。
 ジミー・ペイジ御大のインタビュー原稿を印刷所に放り込む。このインタビュー完全版はヤンジャンのオフィシャル・サイトに掲載予定。
 以前行った取材分のインタビュー掲載アドレスは以下の通り。
http://yj.shueisha.co.jp/special/hmsb/
http://yj.shueisha.co.jp/special/alesha/

 ヤンジャン16号(3/19発売)から1ヶ月間の限定で、チープトリック/リック・ニールセン/インタビュー完全版をWEB掲載予定。
http://yj.shueisha.co.jp/special/rick/
 ヤンジャン17特大号(3/27発売)から1ヶ月間の限定で、ジミー・ペイジ/インタビュー完全版をWEB掲載予定。
http://yj.shueisha.co.jp/special/jimmypage/


 夕方、日比谷:東京會舘へ。
 夢枕獏事務所:N氏と待ち合わせ、日本SF大賞、大藪春彦賞の授賞式パーティへ。
 会場で獏さんと遭遇し、小一時間情報交換。獏さんは今日も明日もパワフルで魅力的だ。

 夜、MSと待ち合わせ、数ヶ月ぶりの再会を果たす。
 本当に積もる話が目白押し。しかしこの貴重な機会に何を語ろうかと、ともかく速射砲のように語り明かした。内容はやはり行き当たりばったり。
 久々にゴールデン街へと迷い込み、Tと、偶然店に遊びに来ていたその姉:Aと合流。

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2008年 03月 6日

COLBIE CAILLAT/ショーケース・ライヴ

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 コルビー・キャレイなる新人シンガーのショーケース・ライヴ会場:渋谷DUOへ。
 彼女はカリフォルニア生まれの22歳。
 昨年リリースしたファースト・アルバムがアメリカで100万枚以上の売り上げを記録した。
 DUOに訪れた観衆の数は、おいらがこれまで体験した中で最も大勢であった。
 関係者用に設けた2F席の階段に辿り着くまで、ものすごく大汗をかく。
 まるで超満員電車の詰め込み状態で、大げさな言い方じゃなく本当の満員電車の中を1/2車両分移動するような状態だった。
 満員電車ほど嫌な場所はない。
 
 パーカットションとアコギ2本、時にそこにコルビーのアコギも加わるような編成で、温かいカリフォルニアらしい風を感じるトラックを数曲拝聴。
 演奏後のミーグリ時に、媒体用サービスの意図で記念撮影。おいらは明日のインタビュアーの一人である旨を彼女に伝え、会場を後に。
 かねてから約束だったT氏と新宿で待ち合わせ、かなりの優良物件である名店:Hで乾杯。
 さらに五反田でMと久々の再会を果たし帰宅。 

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2008年 03月 5日

上原ひろみ、村治佳織

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 上原ひろみ、村治佳織担当のユニバーサル:T氏は同年代の音楽人。
 初のサシ飯で、音楽談義を交わせば趣向が同じで実に愉快だった。
 渋谷でよい飯を喰わせてくれる店をほとんど知らないおいらだが、先日の音楽ライター:保科さんとの3人飯会時にもナイスな店を紹介いただいた。
 終電前に解散し、打ち合わせを兼ね銀座でT氏&H氏と合流。

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2008年 03月 4日

88minutes

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 昨深夜の原稿が10時引き上げになったので、午前中より入稿作業。
 車検の手続きは明日以降に繰り越した。
 昼過ぎから丁度いい時間帯に何か試写会はなかろうか? と試写状を見てみれば、前回タッチの差で入場させてもらえなかったアル・パチーノ主演作『88ミニッツ』の試写会がナイスなタイミングで見られることに気づいた。
 前回の教訓で20分前には現地到着。
 
 関連サイトによる内容は以下の通り…「次々と女性を狙う猟奇殺人の容疑者・フォレスター。彼は、異常犯罪分析医のジャック・グラム(アル・パチーノ)の証言によって死刑判決を下された。それから9年後、フォレスターの死刑執行が迫ったある日、同じ手口の殺人事件が発生。ジャックのもとに一本の電話がかかってくる。「お前に残された時間はあと88分だ!」――。刻々と時間が迫り来る中、果たしてジャックは真犯人を見つけることができるのか?」

 獄中からFBI捜査官の心理を操り、絶大なる影響力を放った『羊たちの沈黙』レクター博士の出来を思い出すと、正直、本作のストーリー・演出のツメには満足を得られなかった。

 アル・パチーノは最大限にリスペクトし、最重要俳優であることは今後も変わらないものの、例えば階段を駆け上るシーン、街を走り抜けるシーンに幾ばくかの違和感を感じたのは正直な感想だった。
 もうアル・パチーノは走らなくともよいと思う。

 次回作ではデニーロとの競演が控えているとか。勿論、その作品も見逃すことはないだろうが、より監督によるキャラクター付け、演出の在り方が、今後の作品の善し悪しを決定づけることになろう。

 夜、巨匠:Tちゃんに誘われ、恵比寿「やまざき」で寿司をゴチ。
 新宿で2件梯子し、THE POLICEも体感済みのオタクで和服の美女:RR、ファンキーに合流。音楽談義に熱が入る。またしても朝まで飲んでしまっ