2012年 02月 6日

シャンベルタン

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 雨。
 お茶の水駅から小川町方面へ下り、クリニックへ。年に一度の健康診断へやってきた。
 この1年でまた視力がどえらく悪くなった。眼鏡をかけたままの視力検査で案の定の結果が。先日、Tに聞いて初めて知った『ハズキルーペ』が真剣に欲しい。
 今、情報はとんでもない範囲で得られるし一方的に入り込んでもくるが、信頼する仲間の肉声である情報ほど確かなものはない。飲み明かすことはあながち無駄だけではない。
 いつまで経っても苦手のバリウム検査で、おいらはゲップしないか、いつもひやひや。
 診断を受ける人数が少なかったせいか所要時間は予測の半分で終わった。
 
 夜、H&Aくんと飯約束の地へ。
 よい仕事を終えた後の酒ほど美味いものはない。
 貸し切り状態で訪れた幹事Hの店には、以前たけしさんがインタビューでやってこられたことのある店なのだという。
 梯子酒はシャンベルタンで乾杯。H&Aくん最高の夜でした。感謝。
 まだ飲み足りないおいらは、たまたま近場で飲んでいたCをナイス・キャッチ。
 テレビ業界、出版業界の面々と合流し、再び飲み明かす。
 久々のかおたんらーめんで独り〆。 

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2012年 02月 4日

ALWAYS 宇宙 バンド

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 家族で協議の結果、観る映画を確定。新宿で『ALWAYS 三丁目の夕日'64』に決まった。
 当日、ネットで座席指定のチケットを購入したが、すでに空席はほとんどない。
 なんとか2列目の端の席を並びでおさえる。
 
 内容は、おいらの生まれた昭和39年が舞台になっており、ストーリーが進むに連れ、是非ともおふくろに一番観てほしいな……と感じつつ鑑賞。

 どこまでVFXを駆使しているのか一見するだけでは分からないが、きっとほとんどの風景の映像がそうした特殊技術で構築されているのだろう。そう想像しながら東京オリンピックの開催された懐かしい映像世界に入り込んでいた。

 鈴木オートの星野六子がよかった。ググったところ、東京出身である堀北真希は完全に役所の東北の人間にしか見えない。
 様座なシーンで爆笑するRちゃん。時折、彼女の表情を観ながら鑑賞し、やがて物語は終盤へ。想定したまま「おったん、おしっこ」とトイレタイムを挟み、Rちゃんの手を引きトイレに駆け込んだが、席に戻った頃にはタイトルロールが出ており最後のシーンは観逃した。それでも充分満足。

 その足で紀伊國屋ホールへ。
 午後7時より始まる、新書『宇宙はなぜこんなにうまくできているのか』を発売された村山斉(ひとし)さんの講演会へ。「知のトレッキング叢書」と題して、いま一番注目されている宇宙物理学者:村山さんの本の販促の一環で行われた。
 ただ、この日程をうかがったのが昨日のことで、その後の先約を優先するべく講演会はどうしても1時間しか拝聴出来なかったが、確かにこの分野も知れば知るほど興味深い。
 
 約束通り、吉祥寺『真希うどん』でTTとITと待ち合わせ。
 途中、地元の飲みだちSも合流し、深夜まで飲み明かす。よく喰ってよく呑んだ。T&Tには大きく感謝。バンドの稼働がともかく楽しみ。

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2012年 02月 2日

ここのところずっと

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 早朝、Rちゃんの「いーやーだー」という駄々をこねた声で目覚めた。
 あんまり激しいものであれば起きてって話しを聴こうと思っていたが、やがて声は聴こえなくなり、玄関のドアが開き、閉まった音が聴こえた。幼稚園ではクラスの半分がインフルエンザで休んでいるんだって。いってらっしゃい、Rちゃん。

 気がつけば、テデスキ・トラックス・バンド、ロス・ロンリー・ボーイズの公演が来週と迫った。予習が全く出来てないじゃないか。
 聴きたい音を思う存分大音響で聴いてないなぁ、ここのところずっと……
 聴いているのは取材したインタビュー音声が大半。

 夕べ、先ちゃんに教わった『讃岐釜揚げうどん丸亀製麺』へ早速試食へ。
 王道の釜玉に野菜の天ぷらとおにぎり(こだわり釜玉セット)がついて560円。玉子は半熟と生が選べるようで、おいらは迷わず生玉子を発注。
 青ネギをまぶすだけまぶし、生醤油をぶっかけ、ひっかきまわし、爆食。美味し。

 新潟も、名古屋も、鹿児島までも降雪なのだという。東京も寒いはずだ。

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2012年 01月 31日

日本酒

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 今日のこの日を、どれほど楽しみにしていたことか。
 世界的音楽家Mさんとの会食の日がやってきた。
 和食のコース料理をいただく前に、冒頭の一時間、ロングインタビューを決行。
 常に自然体で、肩肘を張らず、たおやかに活動を続けてこられたMさんの魅力触れる人柄に、今日もガツンと惹き込まれた。
 親父の教え(?)で滅多に呑まない日本酒がどんどん空いてゆく。
 なんと素晴らしき時間なのだ。Mさんをお見送りをした後、夢心地で編集W共々JRを乗り継ぎ帰途に。
 もっともっとギターを弾くことに時間を費やさねば。反省の数時間とも言えた。

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2012年 01月 30日

20年以上

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 かれこれ、もう20年以上のつきあいとなった編集四名で久々の親睦会。
 遠慮もなにもいらない自由な空間で、馴染みの面々とワインをいただいた。

 まさかこの面子で子育ての話をする日がくるとは……そうした感慨深い思いを胸に、他ベクトルの話をしようと踏ん張るが、結局おいらが語る内容はRちゃんのことばかり。
 同じ編集部から、それぞれ違う編集部や別部署に移った彼らとの、例えば1〜2年おきの酒は、大変重要な空間だ。かつてヤンジャン編集部にも響きわたったYの笑い声が懐かしいのだ。

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2012年 01月 24日

雪解けとラーメン

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 日陰の道路っぱたには昨日の雪が積もったまま。
 過剰に水を撒いたように車道は溶けた雪でびちゃびちゃ状態。
 「お外はまだ雪が残ってて凍っているところもあるから、滑らないように気をつけてね」園に向かう前のRちゃんに注意を促した。

 園に送ってもらったRちゃんが「おったんのいったとおりだったね!」とママに言ったそう。
 先日、鉄棒から落っこちた際に出来た顎の傷は、ほんの少しだけ赤く痕が残っている程度で完治は間近。
 ある日、その傷に気づいた園の先生に「Rちゃん、あごの怪我はどうしたの?」と問われた際、彼女はちゃんと答えなかったそうだ。「どうして『鉄棒から落ちて怪我した』と言わなかったの?」とママが聞いたら、「せんせいがしんぱいするからいわなかった」と答えたそうだ。

 午後3時30分の昼飯には、歩いて30秒の『伊峡 』へ。注文した半ちゃんラーメンが即座に出てきた。今日の昼はふつーの東京ラーメンと少ーしだけチャーハンが喰いたかった。ふつーに美味し。
 現在の編集作業場は、食に関しては申し分のないロケーションに位置しており、ラーメン、うどん、カレーなどに関しては、日本一と謳ってもよいほどの名店が徒歩数分圏内に多数存在する。
 『丸香』には午後4時前後でも客が並んでいた。

 やらせ問題でも話題の食べログ・サーフィン中、猿楽町は『龍龍軒』の跡に入ったラーメン屋の存在を知る。
 『Soup』なる、“スープ別仕込みの淡麗塩味、熟成味噌味の二枚看板”と謳う気になる物件がそれ。『龍龍軒』はもうお茶の水店と水道橋店しかないのか。

投稿者 yonezawa : 14:46 | トラックバック(0)

2012年 01月 23日

編集者3人飯

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 Tシャツを着て、その上に長袖シャツを着て、最後にジャケットを羽織る……というのが通例の冬着だが、この冬特に寒い日には長袖シャツの上にさらに1枚パーカーを羽織り防寒している。
 考えてみれば、通常の生活環境の中で4枚の重ね着は初めてだったかも。この状態で最後にダウンを羽織れば無敵な感じ。
 
 書籍分野の新人編集者Wちゃん、同い年で先輩編集者Yさんと3人飯。またしても『ひろ喜』で乾杯。
 外は懇々と雪が降りそそぐ。徐々にいい気分になり、「そろそろ二軒目の提案をせねば」と目論むおいらを2人は完全に制し、「下手したら雪で帰れなくなりますから今日は帰りますよ」と至って冷静。
 酔えば、帰れる帰れないの論争など直ぐにどうでもよくなるおいらの性質を知ってか知らずか、店を後に一目散に中央線へ向かう2人。
 その一本気な気迫に押され、結果、各々の中央線沿線最寄り駅で降り去った。なんとテキパキした呑みだったのだろう。むしろ清々しい。
 

投稿者 yonezawa : 14:45 | トラックバック(0)

2012年 01月 21日

喫茶ルオーとbambi

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 寝て、起きたら3時間30分が経過していた。
 眠気と気怠さを抱えているものの、そんなことは言ってられない。
 なる早で身支度を済ませ、JRと地下鉄を乗り継ぎ『本郷三丁目』駅に着いたのは丁度正午。
 徒歩で『喫茶ルオー』を目指す。

 『喫茶ルオー』は 本郷通り、東大正門のはす向かいに位置する。今回、この地をアカデミックな某2氏の対談場所に決めたのだった。
 集合30分前に到着したおいらは、朝昼兼用の飯を喰らう気満々。編集Wくん(東大生OB!)、そして時間前には必ず現れるカメラO&アシスタントの方らと合流し、店内の2F席に取材場所を確保。
 ここの店はカレーが有名と聞いていたので迷わずそれを注文するのだが、先に到着していた編集Wくんが席に着いたらお冷やに続けて(自動的)カレーが出てきたと語っていた(笑)。ホンマかいな。
 正午と言うこともあって満席状態ながら、とにかく快い取材空間を提供してくださり、一つ一つの事柄にものすごいお気遣いとご協力してくださったご主人、おかみさんの配慮に感激だった。今年(確か)53歳になるハズの編集Kちゃん(東大生OB!)が現役の頃は、たまにここのカレーを喰っていたというので、少なくともその歴史の長さを知らさせる。

 対談に関する事の顛末は、覚えていたら3月中のどこかで書き記したいと今日の時点では考えているところ。あまりにアカデミックな対談内容に驚嘆し、己の可哀想な頭脳を恨む局面もしばしば。すさまじき議論応酬の証人となった。

 取材を終え、即座に新宿へ電車移動。雨の降りしきる中、初めてやってきた『新宿ペンタ』に到着したのは午後5時30分。30分の遅刻を許せbambi。
 年明け初のbambiリハーサルは、本来の目的である大新年会の前に行われた。
 300数十曲を数えるレパートリーはいまだ変わらないペースで増え続けている。練習不足のへたれギターで応戦。
 リハ後、徒歩で『ちゃんこ両国』へ移動。
 宴にはカメラT&K子ちゃんも参戦。総勢8名で爆食爆飲の新年会は勃発。

 明日、キーボードのSくんは、フィアンセであるK子ちゃんのご両親にご挨拶をしてくるのだと言う。つまり両親からの承諾を戴く、あるいは許しを請う、という男子最大の関門突破か否かの前夜祭なのであった。

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2012年 01月 20日

たけしさんフリーク

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 吉田P兄との年明け初飯は、想定した鍋、焼き鳥、焼き肉などがことごとく満席で諦めざるをえない状況。ちょっと贅沢だったけれど最終的に『ひろ喜』に落ち着いた。
 遅れて編集Sちゃんも合流。超たけしさんフリークなSちゃんと吉田兄との場は以前から機会を狙っていた。
 たらふくたいらげた後、シンクへ梯子。再び、映画監督全般&たけしさん談義全開。こうした話題はおいらとしても常に至福の時間となる。「たけしさんが大好き」と口にする友は無条件に親友候補となる。
 明日、午前中から稼働の取材案件が待ち構えているのだが、気がつけば午前4時。……やってしまった。

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2012年 01月 8日

つーんとうまい! わさび塩 うす焼せん/日新製菓

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 起きがけ数分後に、娘が胸板辺りに乗っかってくる場合があるので、起きた直後には身体を横に立て、安定してのっかってこれないように工夫する知恵、というか対処方法が身についた。
 朝昼兼用の食事を終え、おやつの時間にマックへ。

 食べたいモノがあるわけじゃなく、景品に付くというプリキュア関連の品をもらうためにハッピーセットを買いにいかねばならなかった。
 帰り道、ドラッグストアで買ったおかきがえらく美味い。日新製菓の『塩わさび』という煎餅がかなり好み。
 家族全員煎餅には目が無く、空けた端から瞬時に袋が空いてゆくのだが、この品だけはRちゃんは食べられないので、なくなり方も常識的。
 幼少時代からブルボンの『羽衣あられ』で育ったおいらだが、今回のわさび味の品は、限定品のチップスも高評価を下したところ。おいらが『羽衣あられ』好きでラーメン好きで、蕎麦アレルギーであることは多くの仲間が知るトリビア。

 今回明確に、煎餅にわさび味が基本的好みの自覚。
 「からいの? ねぇ、からいの?」と言いながら、「場合によっては食べる機会が得られないものか」といった面持ちで下から見上げるRちゃんの表情がなんとも筆舌に尽くしがたいニュアンス。
 『つーんとうまい! わさび塩 うす焼せん』……9枚入り12袋、注文するべきか……

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2011年 12月 28日

仕事納め

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 なんだかんだとデスク回りを整理していたら、時計の針は早くも20時近くに迫っていた。
 今日こそは早々と引き上げ、買い物だなんだを済ませるつもりだったがこんなことに。

 仕事納めの本日、約束の地:神楽坂に集ったのはA社とS社の、レコード業界仲間。
 Sが予約してくれた焼き鳥屋はナイスな物件で、結果として結構な量の串をコースで平らげた。
 互いに気遣いがない……というわけではないのだが、10歳以上も違うこの面々というか、この4人というパターンで集うことは稀にあり、しばらく前にはS宅でホームパーティまでやったという仲。シンパを感じる貴重な連中だと言えた。

 メンバーうち2名は下戸ながら、徐々に酔う中年2人に合わせた話も上手に盛り上げてくる。逆にもし自分がそうした素面であったなら、まったくそういったテンションにはなれなかろう。
 ノンアルコールで酔っ払いに付き合う輩には感心すらする場合もあり。
 かくして愉快な時間は一瞬にして過ぎ去った。

 偶然、カウンターの横に元映画人のKらしき人物が腰掛けてきた。
 しかし女性の顔は日によって微妙に違って見えるもの。しかも彼女とは確か2、3年は疎遠の時間が経過していたので、正直、明言する自信がなかった。流れに任せ、タイミングがなければ帰り際にでも一声かけてみようかと話に夢中になっていたところ、しばらくして「米澤さん……ですよね?」と声をかけらた。「ホレやっぱり、Kちゃんじゃん!」っと胸のつかえが取れる。
 Kちゃんとは年明けいずれかの再会を約束。こうしてまた、嬉しき飲み仲間との予定が埋まってゆくのだった。

 Sとは同じ最寄り駅でもあり、共に帰途につき、改札で双方を見送った。
 次回の面子は、もう1人〜2人増えそうな感触。

 ともあれ2011年の仕事にはとりあえず区切りをつけた。

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2011年 12月 26日

サンタさんから貰ったプレゼント

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 イヴの日、サンタさんから貰ったプレゼントとお手紙を、缶のボックスに入れては毎日出したり閉まったり。
 Rちゃんの枕元には大きな袋に入った、本人希望のプレゼントがたんまり届けられていた。

 一方、イヴの日も半端な大掃除の途中だったおいらは、破棄する書類やらの整理で袋一杯にゴミを詰め込み、そのまま寝てしまった。
 朝、部屋にやってきたRちゃんは、すでにサンタさんからのプレゼントを紐解き、ひとしきり遊んだ後の様子。「サンタさんからのプレゼント? うん、もらったよ……おったん、これ何?」枕元にある夕べのゴミ袋を見るなり「おったんはサンタさんにごみをもらったんだね」とRちゃん。
 「ピンクのギターをたのんだらよかったのに」と二言。

 夜、T先輩のお誘いを受けた。
 2012年ミシュラン東京の「三ツ星」獲得店『鮨よしたけ』へ。
 特にミシュランに興味があるわけではないが、寿司番長なT先輩のお供は大歓迎なのであった。『鮨よしたけ』には店舗が六本木にあった頃お邪魔した以来。
 ノミネートナシでいきなり三つ星というケースは本当に稀だそうで、確かに創作に凝ったつまみの完成度には感心させられた。シャンパン2本がほろほろと空いた。

 バーNへハシゴし、内容の濃き爆笑トークに思わず力入る。
 別店舗VのMも合流し、年内に閉まってしまうという六本木のバー『NEST』でほろ酔い気味のマスターと乾杯。
 さらに真希うどんへと河岸を変え、再び焼酎につまみのうどんなど。
 これ以上はないアホ呑み展開に、糞寒い戸外に出ても頬は火照っていた。

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2011年 12月 16日

世界的レーベル

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 長きにわたり世界的レーベルに所属される、日本が世界に誇る音楽家Mさんと念願の忘年会が叶った。
 大概こうした親睦会を行う場合、港区界隈の飲食店でお会いするケースが多いのだが、今回は思い切って縄張りの新宿へお誘いさせていただく。

 お伝えしなければならないいくつかの案件があったこともあり、本来喰うべき場所のカウンターではなく、プチ個室を予約した馴染みの寿司屋で江戸前の握りを堪能。

 ここまでたおやかに、優雅に、そして朗らかな表情をみせる彼女の人間度量にはその都度驚かせられながらも、この貴重な空間を素直に歓んだ。
 体調面で心配していた部分も、今日のご本人から窺った直接の説明で安堵。
 それにしてもなんと魅力的な方なんだろう。
 壮大なオーラを感じさせるスケール感。お会いする度にMさんから学ぶものは、まだまだ抱えきれないほど見いだされてくるのだった。
 
 食後、もう1件だけおつきあいして欲しいバー『シンクロニシティ』へお連れし、共に芋焼酎のお湯割りを軽く頂いたところ、店主Oちゃんはタッチの差で出勤しておらず残念。なんてこと!
 Mさんとの空間は、おいらの音楽人人生を顧みても、最も重要な空間の一つ。
 おいらの来年の願いは、Mさんがストラトキャスターを弾いてくださった後の感想を窺うこと。

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2011年 12月 15日

ひまわりオイル

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 編集Nさんと今年最後の飲みとなった。
 行きつけとは言い難いが、歩いて数分の串カツ屋で夕飯を頂くことに。
 こちらの店舗Fは、大将が大変気持ちのよき若者で大好き。従業員の方もとにかく聡明で印象のよい接客を心がけてくださる。
 「串カツなんてもたれそうなモノを、年甲斐もなく酒のつまみによく選ぶな」という声も聞こえてきそうだが、ここの串カツはまるでもたれない。何度か通い、その現象が不思議だなと思って大将に訪ねたら「ひまわりオイルを使用しているんです」と答えが返ってきた。原産国はイタリア。

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 試しにと、油そのもをなめさせていただいたが、オイル特有の濃さは微塵も感じられないノンストレスの油という印象。これ、自宅でのカツ類や唐揚げなどでも使ってみたい。

 結論、結構な量をガツガツいただく。大満足。
 その足でNちゃんの知っている港区のバーへ移動。おいらにしれば初の店舗に落ち着き、今年彼の持ち場でお世話になった、いくつかの仕事を振り返り乾杯。
 たまたま、映画に精通するYさんとの出会いがとても嬉しく貴重なものとなった。遠慮無い、本気の映画話で夜が更けた。

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2011年 11月 22日

橈骨神経麻痺

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 「千成」か?「春日」か?と問われたら「春日」は食べたことないので「千成」と答えるしかないのだが、「千成」の学生うどんの味はしっかり記憶している。玖珠在住時代、「あんなに美味いうどんは他にない!」と信じていたものだった。
 今、そのテイストに最も近いニュアンスのだし汁が神保町の「丸香」なのでは? と思ってる。「丸香」は東京さぬきということながら、おいらはだし汁の印象にそう感じてしかたがない。記憶は34年前のことなのだけれども。

 うどんは讃岐系よりも九州(博多)系が改めて体質にあう感じで、四国とは違った大分〜福岡圏独特のだし汁がいつであっても恋しい。
 思い立った瞬間の5分後には「丸香」に着席しており、出てきたかしわ天うどんをサクっと平らげた。

 夕方、渋谷タワーレコードへ。
 右手における急病(橈骨神経麻痺:とうこつしんけいまひ)により演奏が困難となってしまったクラシックギタリスト:村治佳織のトークイベントに向かった。
 本体、インストア・ライヴの予定が急遽トークのみの内容に差し替わったとのこと。
 無論、少なくとも年内の公演はすべてキャンセルとなってしまった。
 笑顔で振る舞っていてもきっと内心気持ちは落ちておられるのでは……っと、ある意味神妙な気持ちで控え室を訪れたところ、村治さんの笑顔とテンションはいつもとまったく変わらないそれと同じだった。
 「ギタリストの命である右手が動かない」こんな現象であっても、微塵も後ろ向きな気持ちにならないと彼女は笑ってのけた。
 村治さんは2005年10月にも同じ病に見舞われたことがある。その際も、「神が与えてくださった休息の時間」そうした意味合いでアクシデントを捉え、2006年1月に復帰を果たした。
 今回は2回目なので、どのような精神状態と治癒までの時間がどの程度なのか、身をもって理解している。だからなんてことはない。そうした面持ちで逆に周囲のみなさんを気遣う程の余裕、ゆとりのコンディションで我々を安心させてくれたのだった。
 そんな強靱な精神力も、国内外での音楽活動で身についた武器というか、一つの才能だと感じ入るのだった。選ばれし者に与えられた乗り越えられる試練。
 村治佳織のチャレンジは永遠に続く。
 夜、ふいに連絡をくれたSとサシ飯。実にいい時間だ。

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2011年 11月 18日

Fちゃんのツイット

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 岡山ではない白山界隈の『後楽園』という高級焼き肉屋は初。
 編集Fちゃん&Nちゃんの恩恵に預かる。
 月一、あるいは2ヶ月に一度くらいこの面子で飲めるのが精神衛生上にもよいという確信あり。Fちゃんのツイットに気をつけねば。

投稿者 yonezawa : 17:58 | トラックバック(0)

2011年 11月 12日

明治記念会館

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 睡眠3時間で起こされた。この5日間、ほとんど会う機会のなかったRちゃんと午前8時過ぎより、しこたまパソコン・ゲームにつきあった後、西友までお買い物。
 言われるまま、まだ全体的に湿り気のある公園へ立ち寄った。ベンチで美味しそうにリンゴジュースを飲み干す我が子。
 プリキュアの食玩製品に入っていたのは指輪だった。
 気が済むまでブランコに乗り尽くした後、帰宅。

 昼食は炊きたてのご飯でチャーハン。
 午後3時30分を回った頃ギターを担ぎ、身支度を終えたおいらだけ先にJR信濃町駅を目指した。

 『癌!癌!ロックンロール』~金髪ドクター、6度の癌宣告&6度の復活~というタイトルで今月書籍が発売されるのだが、その出版を記念してのパーティーがなんと明治記念会館で行われた。
 おいらチームはBambi−2の面々でバンド・サポートとしてオープニング演奏予定。勿論メイン・プレイヤーは家康医師。

 会場のセッティング中、同時にリハーサルを終えた。やがて続々と招聘されたゲストの方々がご来場。結局、総勢350名前後の方々が集う大パーティとなっていた。
 ほぼオンタイムで、18時からの本番ライヴがスタート。我々の持ち場はとりあえず4曲。

●Hole lotta love
●Hey Joe
●Sunshine of your love
●You shook me

 今回初めて「Hole lotta love」を歌うことになった。イースト吉田兄の大変さをしみじみ痛感。世界一難しい楽曲を必死でシャウトしながら、ジミヘンへと王道の展開で弾き抜ける。
 急遽歌を担ってくれたVO.harukoのおかげで、ジミヘン、クリームとギターに集中出来、安堵していたが、やはり彼女の力を借りて正解だった。
 本番を、申し分のないパフォーマンスで締めてくれたのがともかく有り難い。

 大好きでも一生演奏することはなかろうと思っていた「You shook me」まで、こんなタイミングで弾く機会を得るとは……

 LED ZEPPELINの奥深さは「Hole lotta love」のブレイクポイントにもあった。
 曲中、「Way down inside... Woman... You need...Love.」の件、「You need...」の後のコードは、これまで意識もせずDーAとばかり思っていたが、ここEーAなんだな。
 これは驚きの発見。みんなそう弾いてなかったか? おいらだけか?
 家康バンドのおかげでこんな驚愕の発見をしてしまった。

 今夜の素晴らしいイベントに関わったすべてのみなさま、お疲れさまでした。ありがとうございました。
 しかし明治記念会館で誰かがツェッペリンやジミヘンやクリームなんかを演奏した歴史があったろうか。それもよりによって「Hole lotta love」なんて……。きっとなかろうと高い確率で想像する自分だ。
 それにしても明治記念会館の料理はナイス。
 ちょっとした出版社忘年会以上の豪華で賑やかなパーティであった。家康さんは偉大だ。 

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2011年 10月 31日

注文してから40分

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 土日にしっかりアルコールを抜いていたのは、本日に備えたわけではなかった。
 表参道のスペイン料理屋「EL Castellano」に訪れたのは、かれこれもう10年では利かない程、時間が経過していたはず。
 時折、日本人ギタリストによるフラメンコの演奏を聴きながら、スペイン人オーナーがお勧めする本格派スペイン家庭料理をいただく。
 編集Hちゃんとも春以来の再会となり、ボスK兄の仕切りで始まった宴が心地よし。
 
 注文してから40分かかるというパエリアは、最初に注文しておくのだが、それなりののつまみをいただき、赤ワインをグビグビ飲んだ頃合いにパエリアが出てきた。
 パエリア、確かに美味いのでパクパク頂くわけだが、もうそれ以上酒が入っていかない感じ。米とはそういうものだ。
 それでも2軒目の琉球チャイニーズ「Tama」へ移動し、焼酎を数杯。
 
 最終的に吉祥寺へ移動し、バー「SCREWDRIVER」でお開き。
 とことん呑む姿勢は20年近く変わらないKちゃん。ところが最近はその先に居眠りが加わり始めた! ごちでした、Kちゃん。お疲れさまでした、Hちゃん。

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2011年 10月 24日

門出を祝おう

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 夕飯も食べずにデスクにへばりつき、怒濤の入稿作業をやっていたらようやく時間が確定した模様。
 組織を離れ、晴れてフリーとなった映画人:Mの門出を祝おう会が遅い時間より開催。
 指定された場所は、メンバーうち2名の家にほど近い中野界隈。
 初めて訪れたワインバーには、いつもの4人のメンツがバラバラに集った。

 どれだけ最近の映画を観てないかを実感して一人情けなかったが、ホントーによくもまぁ次々と話題作をチェックしている3人には感心する。
 ワインが数本か空いた頃、一旦お開き。明日早朝仕事のあるNちゃんはこのタイミングで帰還。
 河岸変えに近場のバーへ。ところが、こちらの店チョイスがさっぱり。ビール1本で退散。
 線路脇の坂を登ったところにあるバーで飲み直した。
 いい映画はいい仲間からの助言が一番。今日話に出た作品名を覚えてなきゃならないのだが、結局DLしたばかりの、スマホのメモ機能を活用することはなかった……

投稿者 yonezawa : 14:21 | トラックバック(0)

2011年 10月 16日

岡山ライヴ打ち上げ

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 大概、ライヴ後の打ち上げは、ご来場いただいたゲスト中止の親睦会となる故、メンバー間の打ち上げという雰囲気にはならないものだ。
 Bambiの岡山ライヴ打ち上げは、ライヴ映像やら諸々岡山に縁のあるソフト、食材などが熟成されてからの日程となった。無事、本日Hの豪邸で開催。
 
 何度来ても羨ましい。嫉妬するくらいクールなH宅にバンドメンバー全員が集結し、手際のよいHの手料理で宴会はスタート。
 天気も素晴らしく、屋上でゲットバック・セッションをしてたら綺麗な日本晴れであることを知った。

 ほどよく酔いが回った頃、LPも聴ける(さすが!)オーディオ・フロアで、持参したDVDを再生。
 この日のために、スチール写真にBambiのリハーサル音源を乗っけ、iDVDで編集した映像を披露し、メンバー全員に進呈した。
 岡山の演奏もすでにDVDとして到着していた模様で、そちらも酒の肴として視聴。
 H、ご馳走さま。みなさん、お疲れさま。至れり尽くせりの空間に今日も大感謝。

 ドラムス:Cと井の頭線で帰還し、次回メンバーの集いは今月中だと確認。
 キーボード:Sくんが、なんと札幌勤務になってしまったというのだ。……という流れで当然の月内送別会開催確定となった。 

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2011年 10月 6日

官房長官適任者

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 このおよそ10年間の取材写真を整理し、ほんの一部をDVDにセーブした。
 ほぼすべての取材対象者が、その瞬間の心情を真摯に語ってくれた歴史を回想しながら、取り込まれてゆくスチールに魅入った。

 夜、おいらの思う編集・官房長官適任者F、そして本日ゲストのT社Iちゃんの3名で神楽坂へ。
 Fの招待してくれた店がまた嬉しい。
 本人に何度も伝えているが、ちょっとだけ後輩なFの物事に対する見方のセンスは一目置く感覚を抱いており、ここ一番の重要なあらゆるポイントでは折に触れ相談するおいらだ。

 ワインがメインの高級和食屋でコース料理。
 およそ1本分程度の赤白ワインをいただき、同じメンツで次回の親睦会も約束しながら中央線に。
 沿線の事故でものすごく混雑していた車内は、通勤ラッシュのような有様で辟易。

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2011年 09月 3日

怒濤の超漫画家と怒濤のファンクギタリスト

 届くはずの4Cカットが一向に届かない。約束は昨日の18時だったものが、ラフが到着したのが昨日の23時過ぎ。明けて本日、いつ届くのかを関係者が待ちわびているのだが、担当編集者によれば「連絡がつかないまま、ともかく待つしかない」という状態とのこと。
 時折外出もせねばならない休日の日程故、身動きのとれないことになるのだが、データーで届くはずのカット絵柄を出先でも確認するべく、パソコン前にいる仲間の協力を得て、スマートフォンへの返信で確認しようと体制を構築。K、そしてSさんに心より感謝。
 しかし結局カットはまだまだ届かない。

 午後3時30分、高円寺駅改札待ち合わせで漫画家:大友克洋兄、江口寿史兄、遅れて田村信兄の3名と待ち合わせ。なんと大友兄のおごり(!)で中央線焼き鳥屋巡りの日がやってきた。
 この飲み企画の決まる席に居合わせた幸運に感謝。

 高架沿いの「大将」でウーロン割に焼き鳥数本。大阪帰りのタムタムが遅れて到着。
 数杯いただき、場を阿佐ヶ谷駅へ。
 こちらでは漫画家・イラストレーターの寺田克也さんが合流。駅前で、偶然漫画家:杉木ヤスコ(ヤスコーン)さんとばったり。
 徒歩で駅前を通過し、ふつーの居酒屋で酎ハイ数杯。

 ひとしきり飲み終え、仕事に戻る寺田さんを見送り荻窪駅へ移動。こちらでは漫画家・吉田戦車さんが合流。ずいぶんと景観の変わってしまった北口を歩きながら、満席に近い焼き鳥屋へ。
 どうでもいいが土曜日の夕方の焼き鳥屋はなぜにこうもオヤジが大勢いるのだろうか。
 
 西荻を飛ばすことにして場を吉祥寺駅へ。漫画家:山崎紗也夏嬢到着。
 中休み(まだまだ飲むわけですね)でカラオケへ行く展開となり、時計回りでみなさま熱唱。おいらはこの凄すぎるメンツをシャキシャキ激写。
 その一連の展開を逐一ツイットする先ちゃん。iPone使いの名人、ヘヴィーユーザー先ちゃん。
 そんな中、スティーヴィー・サラスの代理人より電話が入った。
 本来ならばおいらは21時台の(最終の新幹線アクセスに間に合う)電車で吉祥寺から修善寺界隈まで向かい「メタモルフォーゼ」
http://www.metamo.info/
のライヴ観戦の予定でいた。
 ところが今日家を出る直前に、その野外イベントが台風で中止になってしまった。
 中止になったライヴを知り、スティーヴィーらも一旦ホテルへ帰ってしまったと聞いていたので、今回はもう会えないかなと諦めていたところだった。
 深夜にかけてきた電話の主Rさんが、「午前3時よりスティーヴィー、恵比寿のリキッドルームでやります!」「kazuさん一人でいらしてください!」そう言われたのだった。
 場の盛り上がる壮絶漫画家の行く末を見届けることもなく、面々が丁度場を「闇太郎」へ移す頃合いにカラオケはお開きとなり、建物1Fで集合写真。
 皆様、データとプリントは少々お待ちを!

 中座したおいらは一人、即恵比寿へ直行。
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 開演1時間前に到着したおいらは、パスも待たずして(笑)ずんずん控え室へ進入し、1年ぶりにスティーヴィーの面々と再会。通常、ベーシストであるジャラが今日はドラムを叩くと聞いて驚いた!

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 会場は超満タン。午前3時、オンタイムでライヴ開始。おいらはステージ袖の至近距離で観戦。
 ノンストップという言葉が似つかわしい壮絶なグルーヴを体感させられる。この男でしか体感出来ないうねりが炸裂だ。スティーヴィー、今日もホントにさすが。
 持っていた一眼レフでそのステージングを激写する。
 スティーヴィーほど、よい持ち物(スキル)を持っているギタリストは本当に世界中に少ないと感じる。
 ライヴ後、控え室でメンバーを労い、しばしの別れを告げ早朝帰途についた。
 スティーヴィー、thanx!

 時計はもう6時を回り、7時に近づいてきた……。

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2011年 08月 8日

ミッション:8ミニッツとTさん

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 何事もなかったかのように、いつもの電車に揺られている。快晴の天候。今日も暑い。
 目黒:ウォルト・ディズニースタジオで試写予定の新作映画「ミッション:8ミニッツ」鑑賞のため、初めて試写室を訪れる。
 色んな意味で凄い映画。一瞬たりとも目が離せなかったことは確か。監督はダンカン・ジョーンズ。デヴィッド・ボウイの息子だ。

 ユニバーサルより、村治佳織の新作からチョイスされた4曲入り音源が到着。ビージーズの『愛はきらめきの中に』が優しく美しい。弾きたい衝動全開。
 坂本龍一が彼女のために書き下ろしたという新曲も完成盤には収録されている模様。楽しみ。

 午後6時過ぎ、いきなり携帯にある男性:Tさんから電話がかかってきた。瞬時、卒倒しそうになる。
 すべての業務を蹴散らし銀座で会食のお誘いを勿論快諾。午後6時40分には銀座に到着していた。
 信じがたきガチのサシ飲み状態がおよそ2時間30分。夢のような時間が過ぎ去った……幸せ過ぎる。
 高級赤ワインにフレンチのコース料理が目映い。
 ボーイの方に「隣のお客さんからです」と言われ、40年もののドンペリ(気泡が抜けていない! 多分1本数15万円くらい?)を一杯ずつ頂いたのだが、そのテーブルの主は紫綬褒章も受章してるジャズ・ピアニストの草分け:穐吉敏子さん……っとこちらも驚愕。熟成されたこの味は記憶に留めたし。
 なんとも浮世離れした風景が、本当に夢の中の出来事のようだ。
 何も土産を持っていけなかったおいらは、Tさんに丁度届いたばかりの佳織ちゃんのサンプルCDを贈呈させて頂いた。生きててよかった。

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2011年 07月 20日

頭は朦朧

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 朝からとんでもない二日酔いを自覚。最後の赤ワインが効いたか。
 丸1日、もう何も出来なそうなコンディションでありながらも、必ず時間が解決してくれることは歴史が証明している。
 豪雨のため(先方の指導もあって)幼稚園を休みかけたRちゃんだったが、一瞬止んだその隙に登園。
 しかし、帰途の道はびしょびしょ。帰宅してそのままお風呂へと直行させ、昼間からおったんとシャワータイム。しかしまだまだおいら気分悪し。頭は朦朧としている。

 午後から校了に次ぐ校了。老眼が厄介。眼鏡を外して9Q程度の文庫の文字を追った。

 夜、21時待ち合わせで映画配給会社の面々と恒例の飯。この集いは「米澤会」あるいは「アニキ会」と呼ばれ、固定の4名男子のみで年に1,2度開催しているアホ飲み行事。
 恵比寿『魚真』のつまみはそこそこながら、満席の隣客の声がかなり響き渡るので、大声で話す羽目になり大変なエネルギーを要した。
 うるさい店はリピートしにくい。ともあれ終電近くまでの時間、割り勘で馬鹿話に花が咲いた。
 過去、連中と手がけた映画取材のたくさんの現場は、貴重な歴史としてきっと生涯忘れないまま胸に刻まれてゆくのであろう。

 原田芳雄さん、安らかに。

投稿者 yonezawa : 11:56 | トラックバック(0)

2011年 07月 19日

野菜居酒屋

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 広尾から路地を抜けた野菜居酒屋にて、編集Tとのサシ飲み開催。
 異例の各出版社合同飯会の席にくだんのTがいたこと、H、Sちゃんらと共に失速ライヴの観戦にきてくれたこと、ふいに夜中1時からの飲みとなり痛飲したことから今回のサシメシに至った。
 物事をきちんと租借しながら語るクレバーなT。理屈抜きに楽しい空間だった。野菜と芋焼酎をたらふくただいた。
 場を六本木へ移し、もう1年以上はご無沙汰していたワインバーで二次会。しばらくしてTの悪友Hも合流したせいで余計に盛り上がる。赤ワインをしこたま飲んだ。
 何から何まで年齢の2倍近いこのおとうさんを接待してくれてありがとね。
 貴重で楽しい夜更けでした。感謝!

投稿者 yonezawa : 11:54 | トラックバック(0)

2011年 07月 14日

軍鶏鍋

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 夜忍戒の会合は、震災の影響もあってか予定から半年ぐらいはずれ込んでしまった。
 恵比寿駅でうこんの錠剤を購入。
 待ち合わせ先の店:恵比寿『軍鶏丸 (しゃもまる)』
http://r.tabelog.com/tokyo/A1303/A130302/13003326/
には珍しく全員オンタイムで到着。いつものテンションで爆笑話に突入……と毎度のパターンは変わらない。

 店の方が申し分のないタイミングで鍋奉行を担ってくれるので、おいらたちは単にパクパク食べるだけ。案の定食い過ぎたが大変ナイスな物件だった。 
 「ご馳走さまでした」と店を出たら、おかみさんが外に出てこられ、「お客さまはお料理されますか? もしよろしかったら、こちら1本ずついかがですか? ちょうど4本あったので!」と、ボルヴィックのペットボトルに入った鍋の出汁をお土産に渡された。
 なんと嬉しいサービスなのだ。
 「水を使う料理には何でも使って構わない」という、やや白濁した出汁を鞄に詰め込み、感謝の意をお伝えし駅へ。これで何を作っても美味いに違いない。
 ちなみに、KとYの職場はこの界隈にあるのだが、『軍鶏丸 (しゃもまる)』は人気店であるが故、前回の冬には一度も予約出来なかったそうだ。

 おいらを除く夜忍戒の3名は「あと1時間したらカレーが食える」とか「ちょっと餃子食べてみん?」とか言いながら、当然の二次会へと消えていった。三次会の店も押さえたりしつつ……
 まだまだ夕べの酒が残っていたおいらには、もはやつきあう体力などなく、居眠りしながら山手線と総武線に揺られ帰途についたのだった。

投稿者 yonezawa : 00:19 | トラックバック(0)

2011年 07月 8日

観察映画

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 映画『Peace』の想田和弘監督取材のため、渋谷イメージフォーラムへ。
 想田和弘は個人的においらの最も好きな男の一人であり、映画人であり、仲間である。
 想田和弘との出会いは1997年のリド島だった。
 北野武監督がベネチア映画祭に『HANA-BI』を出品し、見事グランプリを獲得したあの衝撃の年、想田和弘はニューヨークよりショートフィルムを持ち込み、上映していた。
 彼がまだニューヨークの大学に在籍中の頃で、当時彼は20歳代だった。おいらにしても30歳そこそこ。
 この数年間、想田は『観察映画』といういい方でドキュメントの新作映画を連発し、八面六臂の活躍で世界中を飛び回り、その作品は国内外で広く評価されてきている。

 彼が東京に来た際には、なるだけ食事の時間を取れないかお願いすることにしているが、勿論学生時代から彼を知るおいらは、インタビュー取材という形で想田作品の啓蒙に一役買いたいと、力及ばずながら考えている出版業界の人間。

 今回もなんとか媒体が確保され、インタビュー取材の機会を得た。
 学生時代からルックスも変わらないが、そのクレバーさといったらなく、「さすが!」と形容させられる鋭さはあの頃と全然かわらない。人はなかなか変わらなく変われない。

 おいらが高校時代から最も気になる悪友の一人:Tとは、想田がまだNHKのテレビ制作番組を手がける時代に、偶然仕事をしていたという奇遇さにも歓びを感じたものだった。
 想田はその頃からニューヨークに18年間住んでいる。

 新作『Peace』の取材というよりも、本誌の企画内容を踏まえ、子供の頃から現在に至るまでの経緯、つまり“想田の成分”を伺うようなインタビューの内容が中心となっていた。
 1時間たっぷりの取材に、パートナーの柏木規与子ちゃんも同様に取材対象者として登場頂き、最後のキメ・スチールを撮って一旦帰社。

 雑務を終え、試写会とティーチインを終えた頃の彼らと再び待ち合わせ、野菜中心の居酒屋へ晩餐。
 これ以上楽しい席はなかろうと想像する贅沢な一夜が過ぎる。多忙な中、夕方から一緒に取材を行った編集Sも送れて合流し、さらに盛り上がる。編集Sはちょっと働き過ぎ。

 映画監督:想田和弘とプロダンサー:柏木規与子の素晴らしき人間性が極まる。彼らの素晴らしき作品を、一ファンとしておいらは永遠に眺めてゆく。生ある限り。

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2011年 07月 7日

飲み日和

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 本日、おいらの後輩編集者の中で最も若いHと初のサシ飯。
 先日、失速ライヴ観戦にきてくれたHは、その日も即帰社して仕事となった。「ならば仕切り直しじゃ」と日程を決めた数日後の日程も急遽仕事で流れた。

 つまり今日はお互いに念願のサシ飲み日和となっていた。
 遅めの夕飯は久々の『ひろ喜』へ。
 美味い寿司を喰らい、いつものまま『STOP』を経由しゴールデン街へ。なんら日常と変わらない風景の中に、今日だけはハンカチ王子のようなフレッシュな青年が混じっている。
 そう、確かH入社当時、コピー機の前で交わした言葉がヤツとの最初の会話だったと記憶するが、その際に「おまえ(見た目が)ハンカチ王子みたいやなぁ」と言ったのがおいらだった。

 「よい情報、身になる話はすべて吸収したいのです」というような、真摯な姿勢が魅力を放つHと飲む酒が心地よいことは、先日大勢で飲んたある席での経験で認識していた。
 互いに配慮を持ちながら共有する時間が過ぎ去る。とてもよい酒だった。

 徹夜のような状態で参戦したHが最後の店で、しばしトイレから出てこないなと思ったら、案の定居眠りしてた模様(笑)。疲労を押して夜中までつきあってくれたH。
 ヤツとの3度目の酒も、そう遠い未来ではなかろう。感謝!
 

投稿者 yonezawa : 22:35 | トラックバック(0)

2011年 06月 30日

えん寺

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 先日、吉祥寺のつけ麺「えん寺」初体験。夜閉店時間近くまで客が数名並んでいた。
 
 夕方、渋谷:佐賀雑穀へ。
 入稿で30分遅刻してしまったが、ビート・ジェネレーションのバンド打ち上げの席に到着。
 遅れてカメラ:殿村も到着。
 ライヴ当日の打ち上げの居酒屋には、当初50人ぐらいきてしまったそうで、入り切れなかった方との個別飲みを行っているところだが、バンドの面々とゆっくり話す機会こそ大概ない。
 せっかくの初のメンツでのライヴだった故、メンバーの意思も踏まえ別途本日開催してみた。
 渋谷で美味しい食材を提供してくれる数少ない店の一軒とおいらの信じる佐賀雑穀。
 今日もナイスな物件で嬉しい。
 メンバー全員、お疲れさまでした。義太夫さん、哲は夏のあのイベントでもよろしく頼みますね。まだ内容が何も決まってなく恐縮ですが。
 
 二次会もKとTの3人で同じく居酒屋へ潜り込み、最後はどうでもいいラーメンで〆。どうでもいいラーメンで。現状の興味はもっぱら岡山の「冨士屋」。

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2011年 06月 24日

鰻専門店

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 汗をぬぐいながら事務所着。クーラーの効いた室内に入ると徐々に汗は引いてくるが、今度はクーラー直撃の席故、段々寒くなってきた。風の来る場所に段ボールで仕切りをつくったまま、コミックス入稿関連の下準備を行いつつ、次回インタビュー企画の下ごしらえ。

 飲みが続くときは延々続くものだが、今夜は毎回楽しみにしている編集Sとの外せないサシ飯み日。
 新宿歌舞伎町で鰻三昧な鰻専門店で爆食。ええ店教えてもらった。その後、ゴールデン街を一軒ハシゴしたものの体調のテンションが上がらず、というか満腹すぎたせいで大人しく解散。
 「一軒目で食い過ぎると飲み過ぎない」という個人的定理に対し、若きSは「もう消化が始まりました」と豪語。参った。

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2011年 06月 10日

替え玉

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 6月22日発売。『NEW-BLEED“HASH”-DVD付-MODS/』
http://www.amazon.co.jp/dp/B004TKYH74/

1. COUNTER ACTION
2. GO-STOP BOOGIE
3. SHE’S THE C
4. 激しい雨が
5. バラッドをお前に
6. MOJO STOMP
7. GARAGE WONDERLAND
8. NAPALM ROCK
9. LOOSE GAME
10. PRISONER(野獣を野に放て)
11. (I wanna be a) GANGSTER
12. ロメオとジュリエット
13. 他に何が
14. Ooh-La-La(終わりのないゲームは続く)
15. 壊れたエンジン
16. JUST SAY FUCK NO
17. IL GARAGE
18. TIME WAITS BY YOUR SIDE
19. CIRCUS DRIVE

 日比谷野音が楽しみ! ついに来た。30周年のTHE MODS。

 雨模様。遅い時間に久々の龍龍軒(お茶の水店)。
 猿楽町の龍龍軒ってまだあるんだろうか? 検索してないが。

 大学生らでごった返しの店内。食券でラーメン半チャーハンを注文。このセットでは替え玉が無料なのだそう。嬉しい。
 食券を買ったと同時に替え玉を決意し、一番奥のカウンターに。
 2つ離れた左隣の席にはOL風の女性が1人で食べており、しばらくすると普通に替え玉を追加。その当たり前というか堂に入った移し替え姿があまりにナチュラルで気後れするおいら。

 先に出てきた半チャーハンを半分くらい食べた頃、ラーメンが来た。
 当然固麺での注文だったが、麺を半分食べた頃、早々と「替え玉は食い過ぎ」の予感がしたものの、単に「なんとしてでも替え玉を食べる」という行為だけをやっておきたい衝動から開放されずに無理くり注文。あほ。固麺。
 結論、大いなる食い過ぎ状態となり、それを打ち消すかのように氷水をがぶ飲み。
 替え玉の場合は、麺の堅さは「普通」がベストだと今日のおいらが学習した。

 勿論、もう酒など飲めるような状態ではない。
 電車とバスを乗り継ぎながら、飲酒の時よりも胃腸の重い状態で帰途に。
 「普通に夕飯だけを食べる」
 この行為が、休日の自宅でしか出来ない身体になってしまってる気がする。
 ラヂヲ先生、ちょっとだけごめんなさい。

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2011年 06月 7日

最重要書類の作成

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 しっかり二日酔いを自覚しながらも最重要書類の作成に。
 夕飯時に、S社Kさん、Hさん、WO社Yちゃん、W社Oちゃんとのミーティングを予定していた。打ち合わせ場所には静かなところを想定し(おいらは食べられないが)K氏馴染みの蕎麦屋を予約。
 到着したらば、店内は大勢のオヤジ・サラリーマンで席は埋めつくされ、まぁ〜うるさいったらない酷い環境の場所となっていた。大失敗。だが仕方なし。

 ビールで乾杯。二日酔いのおいらは温かいウーロン茶でスタート。
 それぞれ異分野の者同士が意見を出し合い、今年おいらが睨む、おいらにとっての壮大なプロジェクトの布石を投じた瞬間となった。
 この数週間は頭であれこれ妄想を繰り広げ、どういった手段を踏めば企画を現実に導けるのかのシミュレーションを繰り返していた。
 まさに本企画のブレーンと言える頼もしき面々のアイディアを賜り、また一歩前進した今日は最高の気分。外枠の構築は良好。後は二日酔いを覚ますだけのところ、2件目では赤ワインを開けてしまっていた。

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2011年 05月 29日

渋谷に一軒家

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 渋谷駅からほど近い高級住宅地に、なんと一戸建ての家を建てたのは親友のHだ。
 およそ1年の打ち合わせを経て完成したというすんばらしき物件。
 
 本日昼間、新築祝いに招かれた。
 とにかく「カッコイイ」という表現がハマる最新先端の家が素直に羨ましくなった。かつ温かさにも満ちあふれる構造と大量のCD&書籍にうなった。

 まるで飲食店みたく、つまみの品々が矢継ぎ早に運ばれ、おいらはギターを抱えて飲んで食って酔っ払うだけ。至福のひとときは自然の酔いに任せた。

 雨模様だったことは残念だったが、どうしても観たかった屋上にも上がらせていただき、渋谷の風景を見渡した。閑静な住宅地。
 ここでGET BACKセッションが行われるのも時間の問題かと思われる。
 
 そしてジョン・バトラー・トリオのライヴ映像と、Rちゃん主演映画トレーラーの映像鑑賞。いやーどえらく楽しかったし、どえらく酔った。

 H、あんたはすごいよ!

投稿者 yonezawa : 17:02 | トラックバック(0)

2011年 05月 20日

M、おめでとう!

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 SY編集との数ヶ月ぶりの親睦会のため、新宿三丁目へ。
 古いヤンジャン編集部を知るSYとの酒も毎度毎度かなり楽しみな空間だ。
 大概、震災後に会っていなかった仲間との再会であれば、この頃は当日の行動を伺いあうのが慣例となっている。

 美味しい寿司をつまみながら爆笑の世が更ける。
 途中、あらかじめ連絡をもらっていた地元友人でジャズ・ミュージシャンで軽いのんべぇの魅力溢れるFSが合流。

 SYは、相手が誰であっても負荷のかからない親しみ易いキャラクターと言え、連れが女性でもあっても男性であっても物腰が柔らか。
 端的に言うと、常にSYに育ちのよさを感じてしまうおいらだった。“育ちのよさ”とは単に金持ちの家系を指すものではなく、人間性の度量を指すもので、彼が発散する空気に誰しもが惹き込まれると想像させるのだ。

 SYのリクエストで場をゴールデン街へ移す。
 この界隈で最年少オーナーだと言う女性が経営するバーには漫画の単行本がたくさん陳列されており、図書館のように貸し出しも出来るのだと言う。なかなかユニークな店。
 ふと、いくつかの本をめくっていたら、江口寿史兄のサイン本も発見。

 再び新宿三丁目へ移動し、STOPのMに会いにゆく。
 Mはこの度、めでたくゴールインするそうで、直接お祝いを伝える日となった。STOPには、おいらの大事なほとんどの仲間を連れていったものだった。それはMがカウンターの中にいつもいてくれたから。
 ジェイクのライヴをうるうるした瞳で観戦していたMの姿を思い出していた。
 M、おめでとう! 

投稿者 yonezawa : 14:21 | トラックバック(0)

2011年 05月 19日

布団に寝ている図

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 くれよんで描いたRちゃんの絵は、おったん(私)の部屋を描いたとのことで、おいらが布団に寝ている図であることを理解した。
 リビングの壁には、絵に限らず折り紙やら広告を切り取った大量の紙類がセロテープで張り巡らされている。とにかくセロテープが大好き。
 おいらの部屋を描いた絵を持ち、彼女が部屋にやって来た時「どこにはろうかな……?」と言っていたので、ドアの内側の入口真ん中に貼ってもらった。

 自作の絵には大概自分の名前(Rちゃん)と相手の名前(おったん)が記されている。
 ある日、たまたま2007年のビート・ジェネレーションのライヴ映像を見た後、なんらかの絵を描いたかと思ったら「よしだのおじちゃん!」と、バンマス:イースト吉田宏兄の顔を描いたと言うので驚いた。

 まったく似てないし。

投稿者 yonezawa : 11:29 | トラックバック(0)

2011年 05月 17日

パスワードを要求

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 朝、3/10購入のiMacを立ち上げる。
 ログアウトしてないのにログアウト後の画面表示がされ、パスワードを要求される。
 腑に落ちないまま正式なパスワードを打ち込む。
 打ち込む際、文字は見えないように黒丸として表示されるのだが、その表示されるまでの時間が異常なほど遅い。タイムラグも甚だしく、打って3〜4秒後に遅れて記される感じ。
 明らかに異常。
 画面には一瞬「ログインしています」のメッセージが出るものの、やがて前と同じ再びパスワードを問う画面に変わりログインできない。
 画面を1つ戻り「再起動」の指示をしても再起動してくれず、埒があかない状態に。

 購入先のMacストアへ連絡し、「OSの再インストールを行うしかない」と判断し、CDから読み込ませるための手順で行ったところ、なんだか分からないが自然に通常画面に戻った。
 
 専門家もおいらもこんな現象は初めて。コンピューターの謎というか、気まぐれな故障のような症状はつきものなんだなと、項垂れながら認識。

 遠く離れた母のパソコンをこちらで管理しようなんぞ、そもそも無茶な話なのだろう。使い続けるしかないのだが。

 夜、敬愛する先輩Fさんにお誘いいただき飯。原発、フランク・ザッパを口火にロック談義
で盛り上がる。Fさん感謝。

投稿者 yonezawa : 11:25 | トラックバック(0)

2011年 05月 4日

Sっこ、Sおり、S子、M七代他

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 わずかの帰省日程だった故「おふくろとの時間を優先しなければ」と今回の同級生飲みは泣く泣く断念か?…と考えていたが、ノンアルコールながら宴にはおふくろ&M姉も参戦を決めてくれたので、喜んで同級生の集う場所へ赴いた。

 宴にはすでに7人くらいの面々が集っている。
 認識出来たのはそのうち3名。「この人、誰だかわかる?」と問われ、名前を伺っても正直分からないメンバーもいたりはしたが、先方がこちらを認識してくれていたので共通の知識で会話は流れていった。
 古くはもう40年以上昔の景色を想像しながら、懐かしい単語の飛び出す賑やかな空間に身を委ねた。
 イタリアン系の食事を済ませ、二次会のカラオケ・スナックへと移した頃、先ほどの話題にも出たM七代到着。
 冷静に考えれば幼稚園時代からのつきあいとなっている者までいる計算だ。
 次回、Sっこ、Sおり、S子、M七代他の愛娘、愛息らに会う機会があればまた楽しみ。
 連中に会わせた時にはまだまだ赤ちゃんだったRちゃんが元気に動き回る姿を、是非連中にも見せたいものだ。

 とにかく、無謀なおいらからの1日前思いつきメールで、全員が都合をつけてくれた。みんなの優しさに感謝。また飲もう!

投稿者 yonezawa : 17:56 | トラックバック(0)

2011年 04月 27日

スーパー・グループの曲

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 ぎりぎり。だが間に合わせねば。架橋にさしかかる入稿崖っぷち。
 夜、失速打ち合わせでメンツ4名集結。初めて飛び込んだホルモン屋で鬼のように喰いまくる。
 
 楽曲を5曲に絞り込み、後はスケジュールとメンバーの調整でリハーサルに挑むだけ。
 提案してみたら、一世を風靡したあのスーパー・グループの曲も満場一致で採用に。

 小雨がぱらつく。地下鉄で新宿三丁目下車。二丁目BAR:dmxでT、Kとバーボン。Kとシンクロ経由の格安ラーメンで〆。

投稿者 yonezawa : 17:48 | トラックバック(0)

2011年 04月 20日

代表取締役

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 確か昨年9月頃入籍したYと、その日以来の再会を果たし飯。
 Yは、編集部界隈に自分の会社を構える一応事実上の代表取締役。
 東大生だった学生時代からヤツのことは知っているが、まるで会社経営者に見えないところがYらしくもあり(笑)。しかし大したものだ。

 貿易というか、仕事の中身は海外との取引がメインだと聞き、まったく異分野で活躍するヤツの仕事内容を聞き入った。
 乾杯した串揚げ屋はYの会社の入ったビル1Fにある店だったが、とても感じのよい店だ。また誰かと訪れたい。遅れてYの妻N到着。

 時代はどんどん移り変わり、連中との時間もそれなりに経過しながらも、お互いの性格などもちろん変わることもなく、彼らと初めて会った場所「六本木の鳥料理屋」の距離感と今日も同じだった。

 遅い電車で吉祥寺へ。
 地元の舶来映像人間T、デザイナーYと待ち合わせ、こちらもずいぶん久々の再会を果たした。
 「もしかしたら来月頃引っ越しするかも」とTとYに伺った。頻繁に会わないくせに、そうした話を聞くとちょっと寂しい感じ。
 彼らを見送り、一人禁断の豚骨ラーメン。ラヂヲ先生、ごめんなさい。

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2011年 03月 28日

明日から1人

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 午前中、Rちゃんが元気に部屋へやってきた。
 調子の悪かった体調も1日で回復してくれた。安堵。
 丸1日、水分だけしか摂らなかった昨日が嘘のようだ。

 半年に1度くらいの頻度だろうか。夜、S社:S、Y、遅れてRのメンツで久々の親睦会。ひろ喜、クラウディア、STOPと経由しながら夜が更けた。

 明日から1人残され、数日を過ごすことに。

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2011年 03月 26日

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 えらく寒い1日だ。
 後ろのタイヤに何度空気を入れても、翌日には空気の抜けてしまうRちゃんの赤い自転車はパンクかと思い、近所の青空自転車修理屋さんまで持って行った。
 自転車を預け、買い物を済ませて戻ったところ、パンクではなく必要な器具が外れていたとのこと。修理費400円。

 近くの公園でブランコ&鬼ごっこを経て帰宅。しかししみじみと寒い日。Rちゃん、大丈夫か?
 
 夕方、作ってもらった唐揚げ、ポテトサラダ、激美味芋焼酎:明月などを持参し、bambi打ち上げの場へ。

 ライヴ当日の打ち上げは、ご来場のみなさまとの会話を優先して楽しむことが慣例となっており、歴史的においらもバンド・メンバーでの打ち上げ、という状況にはなかなかならなかったものだ。
 bambiにしても同様でそうした流れも踏まえ、打ち上げは事前に予定され今日を迎えた。

 しかしこの時期、居酒屋類は計画停電やらの影響もあってか営業時間がえらく短縮されている様子。すると「ならばココを使ってよろしい!」と、太っ腹の提案を賜り、その主:bass:yoyo&𠮷紋兄が宴の場を提供してくださることに。なんと有り難い。
 かくして全員の手弁当で宴開催の運びに。

 銀座のあるワインバーではメニューのいくつかに印がついており、その品(ワインもフードも)の価格のうち200円分を日本赤十字社に義援金として寄付するというシステムを取っていた。
 この時期、アルコールを口にすること自体に罪悪感を感じる方がいるようで、ならば「アルコールを飲むことによって寄付している」というシステムにすれば抵抗感も減るのではないか、という店主のアイディアでそうしたらしい。
 その品を注文した方は署名し、その署名の一覧をお店のオフィシャル・サイトにそのまま載せるそうだ。

 午後6時前後、いい年したbambi&関係者がわらわら集う。まるで高校生の集いのよう。
 𠮷紋兄が用意してくださったギターの美しくてコンディションのよいことといったらなかった。さすが音楽職人。
 おいらは座布団に座った端からMartinを手放さない。大先生の手にしたイバニーズ?の関連ブランド?の物件も素晴らしい。
 唐揚げもポテトフライも、芋焼酎:明月も白ワインもちらし寿司もおにぎりも、ずこんずこん胃袋に消えてゆく。ギターは延々弾いている。

 頃合いをみて、おいらは初めて観た先日のライヴ映像観戦。全員モニターに釘付け。
 映像を手がけてくださった𠮷紋兄の一見無造作なアングル、切り取り方に、各々ピリっとくるクールなセンスを感じていた。 

「音楽が好き」「楽器が好き」「演奏が好き」そうした共通認識で集う利害関係のない(笑)身内メンツで、ホロホロ酔いながら、ホクホク弾きながら、ワラワラ語り合う瞬間の贅沢なことといったない。
 気持ちよく大先生の新曲にあわせていたところ、隣でvo.haruが爆睡体制に。さすがフロント大物女子。こうでなくちゃ。

 皆様方、今日もお疲れごくろうさんでした。yoyo&𠮷紋兄、ありがとうございました。

投稿者 yonezawa : 22:42 | トラックバック(0)

2011年 03月 24日

取材の歴史

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 昨年のうちに写真家:熊谷貫が事務所を引っ越したと聞いた。
 ふいにもらった彼からの連絡で、今夜、西麻布の新事務所を初めて訪れることに。
 貫との歴史もいろいろあった。

 まだ世界戦を行っていた頃のラスベガスでのボクサー辰吉丈一郎選手取材は、貫にとっての最初のヤンジャン海外取材だった。
 『Kids Return』での北野武監督取材は2人にとっての大きなターニングポイントとなった。
 世界戦に挑戦する以前と以降のボクサー畑山隆則選手の長期取材では、マニラでのキャンプにまで自腹で同行したこともあった。
 ともかく、ここ十数年に渡り様々な局面で現場を共にしてきた。
 事務所で紅茶をいただきつつ、話題は地震、被災地、原発,政府、東電の話。
 昨日、ある作家も語っておられたが、この災害を乗り越えた先には本当に必要な作家だけが生き残り、多くが淘汰されるだろう……といった意味合いの話をここでも語り合った。
 写真家しかり、雑誌本体しかり、本当に必要とされれる媒体、カルチャーだけが生き残ってゆくと思われる。
 映画も漫画も小説も写真も、生きるためには最優先されるものではない。当事者の心境の根底には,正直戦々恐々といった意識を強く認識させられた。
 
 今回の事件が世界的にどのように見られているのか、海外の友人から届くメールで、逆にその重さを感じとっているこの頃。
 実際、汚染国となってしまった日本。今後、相当頑張らねばと個人個人の意識にも渇を入れ、完全復興のスピードを願うばかり。一歩ずつ乗り越えなければならない。

投稿者 yonezawa : 22:39 | トラックバック(0)

2011年 01月 21日

還暦祝杯

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 東京駅界隈の名古屋料理屋でBさんの還暦祝い(元旦)開催。
 南方方面帰りのBさんは大きなリュックを抱えて登場。Bさんのご都合を伺い、本日祝杯の日を決めた。
 ちゃんちゃんこは止め、渋谷のmont-bellで赤いアウトドア・ジャケットと赤いソックスを事前に代表購入していた。乾杯後、精鋭4名のワリカンにてプレゼントの贈呈式を。

 1年中世界を飛び回っておられる日常のBさん。根っから朗らかな氏の笑顔で場の空気は一気に温かくなる。
 「還暦を迎えられたご気分は?」とお伺いしたところ「分かったことがあるんだよ! (60歳になったからといっても)なにがえらくなることもなく、なにが見えてくるものでなし。優秀なヤツは10代から変わらず優秀で、60歳になっても駄目なヤツは変わらずダメってことなんだよ」と笑顔でご教授。
 Bさんのおおらかさを隣で眺めながら、20年近く前に氏との出会った幸運を心から感謝するのだった。

 氏を新幹線駅改札までお見送りし、定期的親睦会を欠かさないSと新宿へ河岸を変え、サシ乾杯。
 慢性の寝不足のはずなのに、おいらと飲む際にはいつも朝までコースの気持ちでつきあってくれる有り難いS。若いSにはいつも感謝だ。
 彼と話す場合、大概、携帯にメモらねばならない重要事項が毎度いくつかある。

投稿者 yonezawa : 18:09 | トラックバック(0)

2011年 01月 6日

吉田兄と先ちゃん

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 部屋の棚などにかからないで布団が敷けたのは随分しばらくぶりだったかも。
 隅々まで整理した部屋での寝起きは気持ちよい。すぐ乱れるのだろうけど。

 大手TV制作会社イーストのスーパープロデューサーで、永遠のたけしさん番:吉田兄と初飯。
 暮れもまったく互いの予定が合わず、結局再会は年をまたいでしまった。
 本日ふいに待ち合わせが叶い、焼き肉をゴチに。兄貴感謝!
 持参してくださった『失速DVD』を『STOP』で拝聴。
 吉田兄の謙虚な言葉とは裏腹に、いつもの広大なシャウト技量に笑う。ではなくうなる。映像の中の吉田兄は今日もかっこいいぜ。
 そして、最新たけしさんエピソードで心が暖かくなった。

 遅い時間になり吉祥寺へ電車移動。新宿駅のホーム、寒い。
 たまたま仕事場で先ちゃんがつかまった! 先日の個展で展示してあったイラスト「ROCKS」(←タイトルです)の額装と、先ちゃんがイタリアのブランドに依頼されて描いたという赤ワインを頂戴するべく寿スタジオを久々に訪問。
 この赤ワインは画廊でしこたま飲ませていただいたのだが激美味で驚いた。パッケージも中身も一流品の認識。
 先ちゃん、わざわざ手提げのビニール袋をこさせてくださり、心では激しく感激。

 仕事部屋のレイアウトが大きく変更されていおり、ツメ作業の時に突然おっぱじめる先ちゃんの気分転換を思い出す。
 先ちゃんは整理整頓の天才でもある。

 近場のロックなバーで軽く一杯おつきあいくださった。
 ところが先ほど、吉田兄と飲んだ赤ワインが喉につかえており、2杯頼んでほとんど1杯分しか飲めない自分。
 正月、あまり飲む機会がなかったせいか、やや弱いコンディションの新春。
 とても心地よい音楽(BB&Aとか)を聴き、河岸を変え、先ちゃんと2011年初麺で〆。
 なんとしても今年は『まんがヤング』やりますよ!
 
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投稿者 yonezawa : 02:33 | トラックバック(0)

2010年 12月 29日

八吉

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 新宿:八吉で江口兄、編集者らとの忘年会開催。
 先日、先ちゃんの個展で知り合いになったYさんとの3人会、そこにSさんも加わり今年新宿の最終地点は二次会の場:STOPとなった。

 しかし、初めて飲み明かしたYさんの酒豪ぶりには舌を巻いた。
 当然酒もお強いのだと思われるのだが、いい加減明け方の時間になっても飲み始めのテンションとなんら変わらない感じ。最終的にサシ呑みとなった場で、Yさんの作品を拝見する機会を得、ラッキー。今日と同じ面子の4人で新年会の予感。
 おいらの記憶が正しければ、始発が走って解散するぐらいの時間までYさんは酔っていなかった。
 若さ強しか。

 連日続いてしまった飲み会も明日が千秋楽。2010年がそろそろ終わろうとしている。
 

投稿者 yonezawa : 04:19 | トラックバック(0)

2010年 12月 28日

ツェッペリン繋がり

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 ツェッペリン繋がりな亀渕兄との2人忘年会は新宿の『ひろ喜』にて。

 あの信じられないライヴの証人になって早3年。
 それまでの間、氏とは何度かの酒席を共にさせていただく幸運に恵まれてきたが、師走も押し迫る大層なこの時期に彼のスケジュールが確保出来たことは本当にラッキーだった。

 席に着く前、氏の第一声は「ツェッペリンは(なかなかライヴを)やらないなぁ、おい!」。
 なんとも真っ当で粋で、同時に(僭越ながら)チャーミングな氏の発散する空気がたまらない。
 時間を最大限に有効利用しつつ、氏のご意見を徹底的に伺い尽くす時間。贅沢な夜だ。

 新丸ビル8Fでやってるというアートディレクター信藤三雄さんのDJパーティーに行きましょうということになり、地下鉄移動。
 亀渕さんの友人でもある信藤さんには初めてお会いしたが、このイベントには江口さんもお誘いしてたとのこと。
 「スナックみつお」と銘打ったイベントを後にして、亀渕兄との忘年会をお開きに。

投稿者 yonezawa : 03:28 | トラックバック(0)

2010年 12月 15日

DMX

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 湯むきしたトマトと卵を炒めただけのものに、(鶏ガラなど?)の出汁を混ぜ込み、塩で味を整えるだけで大変美味しい品が完成。
 中華屋Cでは、ここになんらかの特殊な味付け(か、料理方法)がなされており、食べると燻製の薫りがするような印象を受ける。
 隠し味の元は突き止められずとも、良い意味での違和感が嬉しい。
 
 男の子同士がお手々繫いで闊歩する光景が当たり前である路地裏の、ものすごくロックしているLPだけをかけるバー「DMX」にやってきたのはしばらくぶりだった。
 連日続く親睦会のせいか、飲んだ量も大したことはなかったが今日の己のテンションの低さが残念。
 クレバーなIとの親睦会はいつでも愉快で貴重な空間。本日も深く感謝!

投稿者 yonezawa : 17:59 | トラックバック(0)

2010年 12月 9日

Baby Taylor

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 3年間机の中、キャビネットの中から一度も紐解くことのなかったブツは廃棄してよい! という定義はあながち間違っていないと思うものの、これまで「捨てられない病」が邪魔をして踏み切れなかった。が、昨今の諸事情を踏まえ「えいや!」と思い切る。

 実家のテレビ環境は我が家に先駆け、先に地デジ対応のブラビアを設置してもらった。工事を行ってくれたのは同級生のKK。
 なんの気なしにメールで注文し、わざわざ県外まで遠征して実家まで赴いて完璧に構築してくれた。
 
 小学館の『ビッグコミック・オリジナル』で、20年にわたって続けていた名コラム
『こだわりの店』が終了した。
 執筆される伊丹由宇さんの文体には、個人的にとても真似したくなるような魅力を感じており、彼のブログは初回から欠かさずに読んでいる。
 かつて、ポールマッカートニー特集記事作成の際、伊丹氏に原稿依頼をしたことがあったが、出来上がりの機微というか、的確さというか、文体が読み手を惹きつけるクオリティにうなったものだ。もう名人。
 どういった理由によってあの1Pの枠がなくなることになったのか、やや疑問を感じるところだが、この名コラムを受け継ぐ雑誌(媒体)が現れないものかと、個人的にも活字媒体の諸氏にプレゼンメールを送ったところ。

 夜、漫画家:TT69と久々のサシ飯。
 積もる話にうなずき、笑い、ある瞬間には涙目になり、時の許す限り労いを込めた。
 ノーゲストとなった寿司屋(及び地下のバー:シンクロニシティ)で大将(及びマスター)に許可を貰い、用意したBaby TaylorをおもむろにつまびくTT69。巧いものだ。
 明日を見つめながらも、長い旅の一つの節目となった色濃き夜更けとなった。

投稿者 yonezawa : 01:06 | トラックバック(0)

2010年 12月 3日

hh&khの忘年会

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 hh&khの忘年会の席へ。
 彼らと過去何度も連れ立って訪れた店かと勘違いしてたところ、今日の2人と来たのは初めてだったと聞き、率先して鍋奉行を買ってでる。

 30年以上昔の話を、昨日のことのように語り合えるおいらの身内の中でも最も古い輩2名。至極真っ当で、優秀なサラリーマンを貫く連中は、おいらにとって糧のような存在とも言える。
 中学時代、転校生同士だったkhとおいらが何故にここまで近しい関係になったのか。その心は、現在電機店を営むkkの存在によるものだ…という話をkhに改めて説明され、再認識した。
 hhと、今日は長期出張中で残念ながら不参加となったykにおいら。高校時代からのこの3人の取り合わせにしても、今考えれば考える程なんたる愉快なキャラクターの集まりであったのか…と感慨深い気持ちになってゆく。

 一切の気兼ねもしない編集スタッフも大勢いるが、物理的にどれほどの長き時間を共有してきたかを比較をすれば、彼らを凌ぐ面子はいなかろう。
 五合瓶の芋焼酎がゆったりと空いた。発売当初の「鬼火」はもっと焼き芋の薫りがしたものだったが、最近はまったく「焼き」の薫りがしない。

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 馴染みのバーではスコッチの“ロック”を彼らに習い、おいらもいただいた。
 もう10年近くは基本的に“ロック”なんていう飲み方をしていない。酔いのスピードが早いのは経済的ってのはあるが、本気で“ロック”で呑むとせっかくの大事な時間の記憶をほとんど失うと知っているので、それができないでいる。

 いつの間にか、足腰の立てない状態になってしまったhhをタクシーに担ぎ乗せ、運転手に彼の住所を番地まで伝えた。大丈夫だったのか。khもタクシーで見送り。
 単独になったおいらは、行かなくてもいいのに一人「一蘭」で〆のラーメン。物件が大変悲しかってものすごく残念。

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投稿者 yonezawa : 17:08 | トラックバック(0)

2010年 12月 1日

武蔵野うどん

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 埼玉県西部から東京都多摩地域(かつての武蔵国の入間郡と多摩郡)に伝わる独特の製法で作られたうどんのことを「武蔵野うどん」呼ぶそうで、三鷹駅構内でも食べることができる。
 一般的なうどんよりも太く、色は白ではなくやや茶色というかグレーな感じ。
 つけ麺の汁は、かつおだしを主としたものに、注文するメニューによってまちまちだが、長ネギに豚肉だったり、シイタケなどの具材が器に盛られ温かいつゆとして出てくる。
 25、26年ぐらい昔の一時期、大阪へ遠征にいった時には阪急そばで食べたうどんが手頃で美味かった。
 地元の人に「美味いどん屋さんは?」と聞けば、ほとんどの方が「手打ち」などの凝った店よりも、立ち食いなどの一番安い店を紹介してくれたものだったが、この武蔵野うどんも安価で敏速。まさに立ち食いのノリで簡単に食べることができ、しかも美味い。

 今日日、はなまるうどんも安くて悪くないが、連続で食べると飽きる日も来る。
 逆に、なかなか食べる機会を得られない武蔵野うどんは、まだまだ飽きのこないインスタント物件のひとつ。

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投稿者 yonezawa : 17:07 | トラックバック(0)

2010年 11月 29日

ボクシング至上メール

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 甥Yの欲しいCDリクエストにこっそりと答えるべくamazonでせっせとCDを集めていた。
 高校時代にそんなおじさんが欲しかった。
 おいらの誕生日の2日後にKの誕生日がやってくることあり、この時期はなんだか知らないが知人友人も含めて誕生日ラッシュのシーズン。
 パルコでK御用達ブランドのジャケット、Tシャツ、マフラー、手袋を一斉購入。
 
 昨日届いた映画人:Mからの「ボクシング至上メール」を受け、「そうしたことは熱いうちに語り尽くすべし」と急遽飯会がセッティングされる運びとなった。
 Mはボクシング漫画好きがこうじてホンモノの試合を観に行くことになったそうで、「私は(長谷川穂積選手の世界タイトル)初戦のウィラポン戦を武道館で、再戦のウィラポンも神戸で、モンティエル戦も武道館で、生で観てます」というメールを送ってきて嬉しくなった。
 ギリギリまで行われた某打ち合わせを切り上げ、待ち合わせ場所へと飛ぶ。

 現地にはMと初対面のNさんがすでに到着。
 映画・漫画・音楽──っと話は小気味よく転がるように展開するが、その流れに時折挟み込まれる連中の物言いには、ある種の歓びを噛みしめていた。大変愉快な夜となった。

 午前中よりバリバリ稼働するMとNさんのテンションがクールダウンし、徐々に眠気に包まれる様を察知し、端的に盛り上がった酒宴をスパンとお開きに。
 「この店で、この面子で、また次回も盛り上がりたし」と、明日連中にメールするつもり。

投稿者 yonezawa : 17:05 | トラックバック(0)

2010年 11月 24日

Diana Krall

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 午前起きてシャワーを浴び、朝食も昼食も取らずに急いで校了へまっしぐら。
 休日勤務の昨日もRちゃんの起きてる時間に帰宅できなかったので、こうして数日会えないパターンは時折訪れる。
 校了では前半後半の割り当て分ページを班のメンバー交代で確認するのだが、前半出校の頃から後半も続々出校してきたこともあり、結局前後編全部の校了をやり終えてしまった。
 
 駅前の薬局で購入したアイリス目薬を注す。掻きむしってしまった傷なのか、ここのところ左目の調子が悪し。

 夕飯は親愛なるモノカキ人:Hさんと。

 以前、パット・メセニーにインタビューした際、「ジェフ・ベックをどう思うか?」という質問を投げたことがあった。ジャズ部門ギタリストの頂点に君臨する彼にとって、きっと初めての質問だったに違いない。
 彼は「ジェフの奏でる音を聴けば、自身の感情を制御しながら、自在に旋律をコントロールしていることを感じる。とても優れた人物でもあり、リスペクトに値する素晴らしいギタリストだと思っているよ」と答えてくれた。
 この回答には感激したのだったが、Hさんと食事をすると、そうした己の感情を常に制御される“品格”のようなものを毎度感じているおいらだ。
 この貴重な席で考えることは、自身が心地よくなることはもちろんだが、隣にいらっしゃるHさんの居心地こそがベストになることを心から望んでいる。
 不思議な空間をたくさん知っておられるHさんのフリーダムな行動範囲。
 煙に巻かれるように(つまりおいらは方向音痴というだけなんだが)移動する場所の位置を、その都度まったく把握していないおいらは、一人で今日訪れた店にたどり着くことはきっと不可能だろう。
 いつもの馬鹿者連中と交わす酒よりもペースは伸び、今日の空間がいかに楽しく貴重であったかを身体全身で感じ入った夜更けだった。

 Hさん、ダイアナ・クラールの情報をいただけた今日も大感謝でした!

投稿者 yonezawa : 03:25 | トラックバック(0)

2010年 11月 19日

フランス色

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 数日前からお誘いを受けていたBさんのメールを踏まえ、本日夕方、池袋某所で待ち合わせた。
 Bさんの友人を含むフランス人の出版関係者、翻訳家諸氏との会食の席に合流。
 異国からのゲストは、日本の優れた漫画を現地フランスに紹介している仕事を生業としていた。
 この時期の金曜日の夕方7名という人数のせいか4軒目の連絡でようやく予約を確保できたヴェネチア料理屋で乾杯。
 各位個性的なキャラクターを有する面子が揃ったが、参加された日本勢のうち2名は10年以上フランス在住経験者とのこと。フランス語翻訳の仕事もされる方もおられ、当然フランス語がペラペラ。
 フランス人の若者Bくんが言う言い方を借りれば、日本の漫画を初めてフランスに紹介したと言われる「伝説の男」と形容されていたDさんがとてもチャーミングな方で、あっという間に意気投合。
 場所をゴールデン街へ移す。道中、界隈は酉の市で大いなる賑わい。
 何十回と遭遇した風景ながら、毎度酉の市の時期を認識してこの地を訪れることはないので、毎回「師走が近づいたか…」と気づかされる。
 ゴールデン街後も元気漲る日本勢の面子3名(合計4名だけどおいらは元気でなかったので)と河岸を変え、なんでも20歳代の頃の平井堅さんが働いていたという『21世紀』というパブへ連れられた。
 店のスタイルが、お客が生バンドで歌えるといったもの。
 前々の店で、呑んだ皆さんとギター談義を交わしていたこともあってか、座って数分で生バンドに加わり、ギターを弾く羽目に追いやられてしまったおいら。
 Bさんの古い友人であるという、カラオケ好きなTさんの歌のバックも、そのままアドリヴでつとめることになるとは予想だにしなかった。
 時計は朝の6時。個人的に限界を感じたおいらは1人「そろそろ勘弁」ってことで帰途に。

投稿者 yonezawa : 19:18 | トラックバック(0)

2010年 11月 5日

ポリシックス/フランス

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 正直、そのバンドのメンバーと知り合いになるまで音体験はなかった。ある日、幸運なことにご本人と酒席を共にする機会を得、彼女よりベスト盤を贈呈いただいたことをきっかけに、そのバンドの音源は折に触れ、聴く機会をもってきた。

 本日、恵比寿リキッドルームで新生「ポリシックス」のライヴ初観戦。
 同行者はフランスの出版社の編集者2名に、日本在住のフランス人翻訳家1名の総勢4名。
 前日に無理を承知でチケットのお願いをしており、当日手配してくださったFちゃんには本当にお世話になってしまった。

 チケットは早くにソールドアウト。会場内にはポリシックスのコスプレ衣裳のファンも多数集い、熱気ムンムン。

 登場した瞬間からアクセル全開といった針の振り切ったような演奏が始まる。
 数曲聴いていくうちに、このバンドはテクノというくくりではなく、プログレでありハードロックであることを認識させられた。

 3ピースとなったギター・ドラム・ベースの編成は勝手知ったるおいら。彼らが奏でたアンサンブルの機微はひとつの完成型を思わせ、変拍子にしろ、3人のタイム感にしろ、3者のいずれかの楽器がブレイクの間を埋めるアレンジにしろ、舌を巻くほどの完成度であったことを、生のライヴで改めて認識させられたのだった。

 ツアーファイナルという最大テンションの今日、こうして初めてポリシックスのライヴ体験ができたのもとてもラッキーだと言えた。
 フランス人ゲストの面々も各々楽しんでおり、年間2回ほど来日する彼らが日本のバンドのライヴ体験ができたことをとても貴重な思い出として受け止めてくれたのも嬉しかった。
 Fちゃん想像通りかっこいい。そつない。プロフェッショナル。素晴らしかった。

 終演後、関係者での乾杯タイムの冒頭にお付き合いさせていただき、Fちゃんに心からの感謝をお伝えし会場を後に。

 Iさん、Kさん、Tさんの3人で飛び込んだ魚メインの居酒屋が当たりで、想像したよりもナイスな物件が出てくるので二日酔いのコンディションにもかかわらず、思わず杯が進む。
 巨匠メビウスの話。映画の話。双方の国の出版社事情の話。話がつきない。
 そしていつかの未来、もしフランスへの旅があったなら…と仮定し、「私たちが責任を持って、米澤さんファミリーをすべてを案内しますからね!」という嬉しい会話なども楽しみながら、河岸を変えた先、新宿の夜が更けた。

投稿者 yonezawa : 17:01 | トラックバック(0)

2010年 10月 29日

公式本打ち上げ

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 続く時には続くものだ。
 公開を来週11/6に控えた、映画『マリア様がみてる』公式本(オフィシャル・パーフェクト・ブック)の打ち上げ開催。
 この書籍は劇場にも置かれ、映画のパンフレットは作成していないとのことなので、鑑賞してくださった方は是非とも手にとって観ていただきたいと願う。
 
 編集Kさん&Nさん、実質的な共同作業で奮闘してくださった編プロSさん、印刷所Kさん、カメラT他関係者のみなさま、お疲れさまでした。

投稿者 yonezawa : 16:26 | トラックバック(0)

2010年 10月 21日

奈可久

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 T氏との飯の約束は1週間前に決まった。
 ここのところ、めまぐるしく関係者各位との打ち合わせやら親睦の席が続き、今日は午前中から少しバテ気味の体調。
 久しぶりに、テレ朝通り沿いの寿司屋:奈可久へ。
 主人が、新宿:ひろ喜の大将の元職人仲間ということもあり、折を見て訪れる店。以前この店を訪れた際には、カウンターの隣に女優の杏さんが来店されていた日だった。

 河岸を変え、新宿のゴールデン街な雰囲気のバーを紹介いただき、乾杯。
 珍しくおいらは体調を踏まえ、数件の梯子酒でたった薄い焼酎を3杯飲んだだけ。しらふで見える景色の平凡でときめかないことといったらなかった。

投稿者 yonezawa : 00:37 | トラックバック(0)

2010年 10月 13日

スパゲティ・ファクトリー

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 しっかり体内に残った赤ワインがやや尾を引く。
 明日もきっと赤ワインで、新宿のセゾンプラザで食事をすることになっていた。
 その昔、同ビルB2Fにあった「スパゲティ・ファクトリー」という店を思い出す。
 そのパスタ屋は、おいらの人生史上ベストだと認定した名店だった。サラダにしろドレッシングもとにかく痛烈に美味かった。
 ところが、ある日突然閉店(移転?)してしまい唖然とし、その後営業し始めた店の人に消息を聞いたりしたのだが結局分からず終い。
 ネットのない時代だったのでそれきりになってしまった。
 今でもあの日の鮭のカルボナーラやらイタリアン・ドレッシングのサラダを鮮明に思い出す。
 未だあのパスタを超える物件には当たったことがない。本当に美味しいパスタ屋が知りたい。口コミでなければ雑誌の情報はアテにならない。吉祥寺の「ひじり亭」も無くなってしまったしなぁ…
 単なる客で赴くのではなく、レシピを盗み見しとくんだったと、「スパゲティ・ファクトリー」を偲んで今更後悔するのだった。
 博多でイタリアン料理店をきりもりする後輩シェフMの店『ピーチェリーノ』で、是非とも美味いパスタを食べさせてもらいたいもんだ。
http://www.peacherino-gourmet.jp/

投稿者 yonezawa : 23:50 | トラックバック(0)

2010年 09月 15日

突然の大雨

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 ここのところ、とても精力的に自分のやりたいことをどんどん前進させ、様々な試みをしている表現者:Mと、久々の再会を果たす。
 延ばし延ばしでやっと予定のすり合わせが叶った。
 食事会には、新聞などで取材記事を書いたり、漫画原作もこなすライターSさんも急遽ゲスト参加。
 まだ作品になっていないプリントアウトした原稿と、数冊の著作本を頂いた。
 Mはほんの数日前にSさんからのインタビュー取材を受けたとかだが、すでに意気投合し、古い友人同士のよう。美味しい食材と酒が一気に3人の距離を縮める。
 入稿原稿の、編集部の確認待ちでいたが、深夜印刷所と話し合い、結局明日の午後一入稿を確認。
 2軒目のバーから外に出れば突然の大雨。明け方にかけて降り注ぐ久々の雨は滝状態の場所も。
 帰途途中に経由した松濤界隈も降り方ハンパじゃなかった。

投稿者 yonezawa : 18:31 | トラックバック(0)

2010年 09月 11日

武蔵野中央公園

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 明らかに寝不足を承知で10時には起床し、シャワーを浴びてTシャツと半ズボンはいて待機。
 買い物帰りのRちゃんを引き連れ、自転車2台のタイヤの空気を(汗だく)で補充し、自転車で5〜6分程度の武蔵野中央公園へ。

 バーベキューがこうした公園でやれることは具体的にはこれまで知らなかった。誘われなかったらなかなか来ることもないだろう。
 大道塾吉祥寺師範代:飯村選手のご家族にお誘いいただき、大人から子供まで総勢30〜40名で大バーベキュー呑み会。
 集った道場生、ジュニア部門に所属するお子さんを持つご両親、友人関係が集い賑わった。
 師匠である飯村選手の仲間に嫌な人間は皆無で、彼らの人間性の素晴らしさを感じ受ける嬉しい機会となった。
 ムエタイ、キック、空手のトップ選手もゴロゴロいる席ながら、そうした心技共に実力のある選手に限って優しい瞳をしており、物腰もとても優しい。
 優しさこそが強さであることを改めて認識させてくれる面々ばかり。

 たまにRちゃんのシャボン玉やら、公園器具での遊びに付き合い、汗も相当かいたせいか、缶ビール、缶酎ハイがゴンゴン吸収されてゆく。肉も焼いていただくばかりで恐縮ながら、ご厚意に甘えさせていただいた。
 「吉祥寺いせや」から購入したという焼き肉のネタが特にナイス物件で、その関係者がこのチームにいるということがラッキー。
 
 夕方16時30分までに火を消さねばならず、気がつけばもう3時間も呑んで語っていたのかと、時間の早さに驚く。基本的に一仕事終わると家に帰りたがるRちゃんに促されるまま、一旦おいらは彼女を自転車に乗せて帰宅。

 自宅で少し涼んでから二次会の居酒屋へ移動し、合流。
 結局13時30分から始まった「呑み」は、通算23時頃まで続いた計算となった。ナイスガイ具合にもほどがある若き格闘技トップ選手との集いは今日も幸運だ。試合、観に行こう。

 帰り際、無意識に札幌ラーメン屋へ飛び込み、つけ麺をすすったのがおいらだけなのは言わずもがなか。

投稿者 yonezawa : 19:03 | トラックバック(0)

2010年 08月 22日

自炊2

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 午前中から、ここのところかかりきっきりのフォトブック写真セレクトに追われる。
 メインキャスト10名程度のキャスト全員分の選りすぐり写真素材を選び抜き、レイアウトして配置。そのデータを全ページ分事務所確認という難関の業務が残されている。
 
 結局、昼過ぎに観戦予定していた吉祥寺商工会議所で行われたトークイベントにも行けず。
 夕方一段落した後、再び部屋の掃除、DVDの片付け、レシート、郵便物類の整理。台所周りを片付け始め、油のこびり付いた塩と砂糖の容器まで汗だくで洗浄。
 大量のグラスを洗い直し収納。昨日作り置きしていた麦茶をペットボトルとお茶入れの容器に移し替え、ついでに冷蔵庫の中も整理。
 豚肉は1/3を今日の夕飯に。1/3を冷凍に。1/3を冷蔵室に残した。
 
 キャベツ、にんじん、タマネギ、椎茸を刻み、塩こしょう炒めに、冷蔵庫に残っていたふりかけも足し、綺麗に使い切る。このありモノを「使い切る」ことが、ここ5日間のテーマ。
 豚肉は、酒、醤油、出汁醤油、ショウガの汁をまぶし、中火でそてい。
 ややしょっぱかったか。でも美味い。

 夕飯後、エリート・サラリーマンで同級生Kから電話。「最近時間が出来たのでギターをまた弾いてみたい」という相談だった。
 「おう、弾け弾け!」とアコースティック・ギターのおいらなりの情報をレクチャー。
 時間が出来たからギターを弾く。Kよ、なんと正しき発想なのだ。

 消耗品確認。キッチンペーパー、トイレット・ペーパー、アルミホイル、サランラップ、台所用洗剤、補充用シャンプー、梅干し、ねりからし、生卵、ウスターソース、キャベツ…他。
 深夜0時を回った頃、24時間営業のスーパーへ買い出し。

投稿者 yonezawa : 21:35 | トラックバック(0)

2010年 08月 21日

HAPPY BIRTHDAY!!!!!

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 昼、作り置きしてくれてたコロッケを2コ揚げ、キャベツの千切り&トマト、梅干しを添え、納豆を海苔で巻いて自炊の昼食。美味。

 クーラーをつけずに部屋の掃除に終始。思いついた箇所から順次整理。収納部分に溜まった誇りの量に愕然。収納の中なのに…。手つかずのポイントまだまだ多し。

 浮世離れした沖縄のライヴからもう1ヶ月以上経過。
 彼の日の奮闘していた全メンバー&現地で色々とお世話になったYさんを囲み、沖縄な雰囲気の居酒屋で夕方より「東京打ち上げ」を開催。
 大人であるが故のゆとり、大人であるが故の幼さ、大人であるが故の経済力。
 偉業職の面々=“イイ大人”が集った今夜の宴も想像のまま爆笑の連続だ。

 今夜は、この夜で最も尊敬する我が母親の誕生日。
 プレゼントも何も贈らなかった親不孝なおいらは、宴の最中に「(沖縄に参加してくださった)お母さんは楽しかったのかなぁ? 私達のことに呆れてなかった?」…こんな質問も受けたこともあり、不意におふくろ携帯に直電。
 メンバー各位がおふくろとプチ・トーク。母、唐突に失礼いたしました。
 そして誕生日おめでとうございます!

 泡盛も3本目に突入しながら、どうも「この後スタジオに入る?」的、とんでもない意見が持ち上がった。かと思えば、「ならば!」と皆さん各々のスイッチを入れたのか、当たり前のように徒歩でスタジオへ移動。
 まったく面白い面々。
 スタジオに入れば「何をどう本気で演ってやろうか?」といった面持ちの各位。
 おいらもレンタルのテレキャスターをパキパキにしてブン鳴らしてみる。特殊で愉快な夜が更けた。うん、バンドはやっぱり楽しい。

 ところで明日、渋谷HMVが閉店だそうな。

投稿者 yonezawa : 21:34 | トラックバック(0)

2010年 08月 20日

フェンダー

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 世界的な大手ギターブランド・フェンダーのMちゃんが勇退されたとの知らせを受け、加えて近々東京を離れることを知り、労いの会を急遽設けた。

 Mちゃんとは、ジェフ・ベックだスティーヴィー・サラスだSUM41だ波瑠ちゃん(他)だと、これまで様々な仕事を共にしてきた。
 レコード会社からの要請で、ギター本体もスペシャル・ディールのもと提供くださったし、記事の構築、対応にはとにかく機敏で、彼との仕事はとてもスムーズだったことしか思い出さない。
 ギターの構造は勿論、弾き手の心も敏感に察知出来る機微を持つMちゃんがフェンダーから去ることは、業界にとっても大きな損失だと感じている。
 引き継ぎをされるNちゃんに今後は望みを託しつつ、新天地での彼の健闘を祈りたい。

 彼らを見送り、音楽人Tと待ち合わせた。
 彼はできたてホヤホヤのロリー・ギャラガーのBBCライヴ音源を持ってきてくれた。即、おいらの心は16歳に戻った。

投稿者 yonezawa : 21:34 | トラックバック(0)

2010年 08月 4日

昇進祝い

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 しかし暑い日々が続くものだ。
 突き刺すような紫外線。不快指数100%。各方面に送るメールの枕がこんなフレーズになりがちだ。東京はなんて暑いのだ。

 編集Sの昇進祝いの席を、昇進後1月近く経過してようやく実現出来た。
 もう後輩筋の編集者が編集長になるという時間が経過しているのだなぁ…と感慨深い気持ちになる。Sの編集長昇進は個人的にも、とても嬉しい。
 巧く行く仕事とそうでない仕事、業務の歴史の中では様々な障害はあるものの、今日の呑みで、ともかく自分の持ち場の仕事を真摯にこなす。その単純かつ重要な意識をまた再確認させられた席ともなった。
 編集S&Aとの酒席、理屈抜きに最高。
 バーへと河岸を変えた今夜の宴もどえらく印象深き一時也。2人今日も感謝。

投稿者 yonezawa : 16:38 | トラックバック(0)

2010年 07月 18日

オン・ザ・ビーチ ルー/沖縄3

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 早朝の朝食を頂き、10時30分待ち合わせでおもろまちのレンタカー屋へ。
 この店、DFS内にあるのだが、レンタルに際した契約を交わし車に乗ろうとしたら、乗り場にたどり着くには延々ショップ内を横断させる仕組みになっており、こちらは段ボールだ楽器だと抱えているものだから個人的に暴動を起こしそうな意識に陥り、怒りで呆れる。
 ともかく作りが最低。

 普通車とワゴン車の2台をチャーターし、普通車はSくんKちゃん水入らず号に。
 ワゴン車はチャーリー運転のbambi&米澤家号。一路、オン・ザ・ビーチ ルーへ。
 途中、Aコープか何かに隣接する食堂で昼食。チョイス正解。美味。スーパーで花火を購入。
 羽田からことあるごとの一連のシーンを、一眼レフとハイビジョンカメラで切り取るおったん(私)の仕事は、ライヴを終えてもまだまだ続く。

 15時前後にルーへ到着し、準備の出来た者から海へ飛び込んだ!
 海──久々。
 浮き輪を持ったRちゃんと、初めて本格的に泳いだ。
 満面の笑顔。「キャッキャッ」とはしゃぐRちゃんの表情を見るためだけにこの地へやってきたことを、もはや本題のライヴそっちのけで感じていた。
 この2度と還らない今だけの、この素晴らしき景色も瞳に焼き付けておこう。

 小一時間の水遊びを終えた頃、丁度夕飯のバーベキューの用意が整う。素晴らしい。
 野外の海外沿いで涼しく夕景を見ながら、地元のバンド仲間、そしてかけがえのない家族とバーベキュー。これほどの贅沢があろうか。
 大量の肉と野菜が大変なペースで胃袋に消えてゆく。浮世離れしたこの環境を踏まえ、ビールも泡盛もより絶品と感じられた。

 そろそろRちゃん就寝の時間。
 残ったbambiの面々で大先生のギターの音色を聴きながら、ちびちびと泡盛を流し込む。

 今回のツアーで初めてゆったりと語る機会を得たSくんの彼女:Kちゃんが、大先生の伴奏で深夜の野外にて「青い珊瑚礁」を熱唱。
 泡盛と沖縄の海が導いた風景であった。

投稿者 yonezawa : 15:10 | トラックバック(0)

2010年 07月 14日

ポルトガル料理

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 プロバレリーナH、編集者希望で初対面のHさん、現役編集:Uらの初面子でポルトガル料理。

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 時間も場所も集合時間の4時間前にようやく確定させ、二転三転した待ち合わせ場所が変更の末、渋谷松濤に落ち着いた。

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 気持ちのよい店員によるポルトガル料理とワインに関する豊富な知識が嫌みなく、賑やかで愉快な酒席を演出してくれた。
 仰々しくもなく、気取ってもいないこの店、何かの機会に再び訪れることにしよう。

 地元へ電車帰還し、Sちゃんと合流。店には大勢の作家・編集者が偶然集っており、遅れてやってきたQさんの誕生日を居酒屋カウンターでお祝いし、SとZの入籍お祝いも。
 なんともおめでたい日が重なった。

投稿者 yonezawa : 02:02 | トラックバック(0)

2010年 07月 8日

川のささやき

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 夕べ作家と梯子したバー「やまざき」は老舗でかなり有名な店なのだと言う。バーの草分けだとか。
 ここに来たのは2回目だ。メニューにあった見知らぬカクテルなどを似合わないくせに注文してしまい、案の定失敗。その味はモンダミンだった。

 昨年訪れた際、カウンターにあった楊枝を1本抜き取り、起用に包丁で削り先を尖らせ「はいどうぞ」と食後のおいらに差し出してくださった大将の醸し出す空気が嫌いではなかった。
 同行者の方とここ金寿司へやってきたのも2度目だ。
 昼間からランチ営業をやっておられる同店、1F席はあっと言う間に満席に。
 仕事ぶりも粋な佇まいながら、やってくるお客の数というのがなんだかいなたい空気を感じさせてくれた。

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 午後の便で帰京。編集部で雑務をこなし、迅速に紀尾井ホールへ飛ぶ。
 エイベックス・クラシックスのコンベンションにどうにか間に合った。
 今日の目的は、もはや世界的ピアニストとして認知される辻井伸行。
http://www.nobupiano1988.com/index.html
 出演した3組の音楽家のうち、トップで数曲披露した辻井。最後に奏でたオリジナル曲「川のささやき」が最も印象に残る。
 Kと新宿へ電車移動。積もるあの話、この話は久々の「だいこんの葉菜」にて。以前この店で共に呑んだSさんとの会以来の訪問だったように記憶する。そのSさんが亡くなられて先月で丁度1年が経った。早いものだ。
 この店、料理、やっぱりナイス。

投稿者 yonezawa : 15:39 | トラックバック(0)

2010年 06月 23日

ペニンシュラ東京

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 銀座や有楽町に赴く際、ペニンシュラ東京の前はよく通過していたが、初めてこの建物の中にやってきた。
 編集Sを連れ立ち、待ち合わせたのはSさん。
 編集Sの思いと、業務を睨む今後の展望をお伝えする絶好の機会は、高級中華を戴きながら。
 リッツ・カールトンでの取材時の件でも書き記したが、ロビーがわんさかと客で賑わうこの高級ホテルにも、いち民間人の客として関わることはなかろうと想像するのだった。
 料理は美味かったが値段も格別。
 病み上がりながら、絶対に外せなかった貴重な時間は身体にも優しく過ぎ去った。
  

投稿者 yonezawa : 23:50 | トラックバック(0)

2010年 06月 16日

『OUTRAGE』劇場

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(C)2010「アウトレイジ」製作委員会

 6月12日に全国ロードショーとなった北野武監督最新映画『OUTRAGE』。
 「公開したら是非この面子で観に行こう」という作家:夢枕獏さんの音頭で本日、先日の飲み面子らが集合。
 チケットは事前にネット予約していたが、夕方16時過ぎの回に劇場を訪れると、場内で「OUTRAGEの座席は残り少なくなっています。お早めにお求めくださいませ」のアナウンスが。
 レディース・デイだったりもするのだろうが、劇場の方に伺ったところ、「入ってますよ!」と大入りとのこと。にわかにほくそ笑んだ。

 開映ギリのタイミングで獏さんが到着し、事前に買っておいたミネラルウォーターとチケットをお渡しし、座席にかけて1分後に本編スタート。
 試写会以来2度目の鑑賞ながら、緊張感みなぎる「怖いモノ見たさ」の心境は初回時の時と何も変わらない。
 とにかく「殺る」以外の贅肉をそぎ落とした圧倒的な演出が、俳優の程よきテンションと混じり合い、とてつもない化学反応を見せるスクリーンの映像だった。
 
 終演後、エレベーターに乗り込んだ満杯の観客の一人一人が全員ヤクザに見えてしまったのは、きっとおいらだけではなかろう。
 いい大人が一つのトラウマを抱える程、恐るべき映像であったことを物語る。

 予約しておいたイタリアンでまずは白ワイン。
 獏さんからもストレートな映画の評価を得、嬉しい。

 今週月曜日にすでに鑑賞済みだった格闘家:飯村健一も遅れてこの会に加わり、やがてスペシャル・ゲストも数名合流することとなり、大盛り上がりの宴は深夜まで続いた。

投稿者 yonezawa : 13:47 | トラックバック(0)

2010年 06月 7日

東京島

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 やっと試写鑑賞。篠崎誠最新作『東京島』。
 原作を読んでいないので、本編と原作との違いを知るところではないが、全編を通じて、沖永良部を含む離島ロケの映像に誠ちゃんのパワーを感じさせた。
 こうした立場にいると、全体の撮影日数なりバジェットなりを、まずはいやらしくも考えがちなのだが、「篠崎誠の作品」という括りで、いかなる理由があろうとも味方な気持ちで鑑賞している自分を自覚した。
 誠ちゃんとは近々に飲みたし。

 今週末の新規開店を睨む『ひろ喜』オープン直前の店舗内をラッキーにも拝見出来た。
 新しい壁の質感を見つめ、店内に漂う真新しき香りを感じながら将来の展望を願った。
 ひろ喜を囲み、ライターK、編集Uもかけつたプチ親睦会を開催。

 〆「わ蔵」のラーメン写メールを撮り損ねたのは、決して酔ったからではなかった。

投稿者 yonezawa : 19:38 | トラックバック(0)

2010年 06月 5日

リハ開始

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 夕方よりbambiリハ開始。
 沖縄ライヴ仕様の新曲もレパートリーに加わり、久々に数曲分のオリジナル曲を弾いてみるが、高々3ヶ月そこそのブランクでここまで思い出さないのかと呆れるほど、一発目の音出しでいくつかのフレーズを忘れてしまっているおいら。
 生活パターンはおそらく夏まで変わりようも変えようもないが、少ないリハーサルの時間に集中せねば…と木村カエラのCMを見ながら考えた。

 「今朝までの痛飲のことを考えれば、ここは大事をとって帰宅か…」とリハ前まではほんの少しだけ決意していたところ、いきつけの居酒屋前に到着した瞬間、気持ちは真反対に翻る。
 当たり前のようにホッピーをコンコンとお代わり。
 bambi、リハ後の盛り上がりもライヴ並。
 おふくろもRちゃんもいる、沖縄の妄想が広がる夜更け。

投稿者 yonezawa : 18:07 | トラックバック(0)

2010年 05月 31日

明日からお弁当

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 明日から幼稚園でお弁当を自力で食べねばならないRちゃん。
 お家でタッパに入れたおにぎり等を食べてもらおうと、練習するのだがあまのじゃくに「たべさせてー」となかなか率先してチャレンジしてくれない。
 ほうれん草は平らげ、トマトは「たべさせてー!」、ハンバーグも半分以降は「たべさせてー!」と甘えるRちゃん。
 「幼稚園にはおったんもママもいないから、自分でちゃんと食べなきゃいけないんだよ!」と念を押すが、果たしてどうなることやら。
 
 コミュニティバスに乗り、隣のおばあちゃんを見つめるRちゃん。
 「可愛いねぇ。いくつ?」の問いに3本の指を出して「3さい!」。よくできました。

 食事前、あまりに暴徒化したRちゃんを落ち着かせるために食べさせてしまった苺チョコレートの不覚を早いとこ取り戻さねば。


 元ゲントウキ:ベーシスト:イトケンとの遭遇は吉祥寺:闇太郎だった。
 夜、仕事を終え外へ。「日を改めて一杯」という約束から、ようやく再会が叶い、夜新宿乾杯。

 聞けば彼はおいらよりも丸一回り若く、そして驚いたことに誕生日が同じだった。ビックリ。
 東京に来て同じ誕生日の男に出会ったのはこれで3人目になった。
 (よい意味で)古い、いなたい、良質の音楽に造詣が深い彼との会話は、まったく世代の差を感じさせない。“よき音”の在り方もよく理解している。
 双方の音源を交換し、イトケンが演奏するお皿をロックバーで拝聴。
 いなたいベースを志す彼の気持ちが負荷もなくこちらに伝わり、好感を抱いた。

 最近の日本のロックを全然聴かないおいらは、彼の口から聞く若いバンド名も若いミュージシャンも極端に知らないことばかり。
 速射砲のように語り尽くして一息ついたらあっとう間に数時間が経過していた。実に早い時間の体感速度だ。
 「じゃあそろそろ炒飯かな」と導いてしまい、新利しりで〆。

投稿者 yonezawa : 19:43 | トラックバック(0)

2010年 05月 24日

失速LIVE2010

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 Aimie、bambiご一行様、デビルガールズご一行様、トッポ、マミコロ、エミちゃん、S織、E戸夫妻、対バンのみなさま、サウンドチェックでトラで叩いてくださった某氏、実行委員会の皆様、カメラ殿村&広称、他、失速LIVE2010に参加してくださったすべてのスタッフ、ご来場の皆様の方に感謝!

 第16回を迎えた失速LIVE2010はあいにくの雨模様。
 巻き気味で始まったサウンドチェックにはギリギリで到着し、着いた端から音出し。走ってきたので熱い熱い。
 
 出番までK野、Tらと焼鳥屋へ。
 本番1時間前に今年も恒例の会場となった「目黒ブルースアレイ」へ戻り、満員御礼の集客を確認。少し赤ら顔だったおいらは誰かに指摘される。

 20時30分、本番。
 知らぬ間にドラムスの兼松くんが突然ドラムセット前に居ることに気づく。
 フィードバックから『移民の歌』でライヴ・スタート。
 スタート瞬間の、なんとも表現しがたいライヴ独特のテンションが毎度たまらない。ライヴの最も好きな感覚は、この瞬間にもある。
 回客席には大勢の知り合いの面々。おいらにとっては最も贅沢なライヴと言えた。ここにおふくろがいれば完璧。

 時間いっぱい正味20分のステージを瞬時に駆け抜けた。
 打ち上げの最終的な〆には、久方ぶりの『阿夫利』。

 唯一の心残り、それはこのイベントに絶対来たかったRちゃんが、残念ながら来られなかったこと。風邪と(ぶつけた)お口の怪我で断念したのであった。

●失速LIVE2010
Beat generation

●吉田宏(ヴォーカル)
●甲野勝之(ギター)
●池田哲也(ベース)
●兼松幸市(ドラムス)
●田中英俊(キーボード)
●米澤和幸(ギター)

1)Immigrant Song
2)Communication Breakdown
3)Custard Pie
4)All My Love
5)Misty Mountain Hop〜Beat it〜Misty Mountain Hop

投稿者 yonezawa : 00:33 | トラックバック(0)

2010年 05月 22日

リハーサル

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 失速リハを行う隣のスタジオではbambiのリハも行っていた。
 明後日の失速ライヴ本番を睨む最終リハーサルは、最後の調整として4時間たっぷり充てることに。
 途中、想像通りの嬉しき乱入を果たしたbambiバンマスの持参してきたフレットレス・ギターが斬新。
 初めて弾いてみたが、なんとも言えない感触の弾き心地で、第一印象は弾いて気持ち悪い感じ。
 しかしスライドさせた際のトーンは、他の代替え品の利かない物件であることを認識。

 ともあれ、ビート・ジェネーション(BG)の最終リハを終えた。
 終わってbambiとBGとの合同飯会と思いきや、なんと偶然bambiバンマスが、スタジオの待合い室で中学時代の同級生と遭遇するという信じられないハプニング(40年以上ぶりの再会だとか)に見舞われ、結果3つのバンドが集いながら飯会の席に。
 当然のように誘い合うこととなり、想像通りの混沌とするザッツ・バンドマン打ち上げの様相となった。
 この席を経て、また化学反応が巻き起こる予感が…

 24日(月)20時過ぎ、目黒ブルースアレイで本番を迎える。

投稿者 yonezawa : 00:33 | トラックバック(0)

2010年 05月 4日

ブランコ体力

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 8時間はみっちり睡眠。
 正午にZより電話連絡あり、茨城方面からの到着が高速の空き具合によって早まったとのこと。
 昨日から地方を探訪し、地元の市場で買ってきてくれた新鮮な干物、巨大海老を土産に持ってきてくれたのだった。気遣いに今日も大感謝。
 その土産は、Zにもまだ紹介していなかった格闘家:飯村家の分もとわざわざ持ってきてくれており、生ものだったので早めに届けようと大道塾吉祥寺道場を訪れた。
 世間話の延長で、Zには「今日、飯村家と飯」と伝えていたから、そんな気遣いをしてくれたそうだ。
 ともあれ車中にいたまま、道場の玄関先で品を飯村へと中継し即帰宅。そのわずか30分の間に、チャイルドシートに座ってくれてたRちゃんはスヤスヤ寝息を立て始めた。
 
 一旦帰宅し、夕方4時過ぎにRちゃんと2人外へ。井の頭公園へ向かう。
 大道芸人の技を見たりしながら、彼女の目的であるブランコを目指す。そこからRちゃんは正味20分以上も飽きずにブランコ。押すだけでそれなりに疲れてしまう情けないおいら。
 それにしても恐るべし、子供のブランコ体力。

 公園を後に、午後6時から予定していた格闘家:飯村家との飯会場:居酒屋『汁べゑ』へ向かったところ、どうもこちらは2店舗あるそうで、おいらは違う方の「はなれ」の店舗を予約してしまった模様。
 初めて訪れた居酒屋の座敷でRちゃんは2人のMちゃんと再会を果たし、いきなりテーブルでお絵かきが始まった。2人のお姉ちゃんに囲まれたRちゃんは何の話をしているのか。
 その微笑ましい光景は遠目から数枚の写真に収めた。

 今日の一時も、将来きっと懐かしく愉快な思い出になる確信を抱きながら、吉祥寺の夜が更けた。

投稿者 yonezawa : 00:22 | トラックバック(0)

2010年 04月 28日

ロケンローラー

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 前々から楽しみにしていた飯会。
 ロケンローラー:K渕兄、ジェフ・ベックの通訳でもご一緒させていただいたMMちゃんとの3人会。
 たった1軒限定の飯会なので、ご飯の美味しい銀座:Gを予約し、おいらは赤ワインを注文。料理は店長:Nさんに、こちらのコンディションをお伝えし毎回委ねる。ここではそれが一番正解。

 今日の3人の共通点は圧倒的で強力だ。そこだけは音楽通の者にはどうしても自慢するしかないのだった。
 2007年のロンドンはO2アリーナで、アーメット・アーティガン追悼コンサートの会場に居あわせたのがこの3人であり、数少ないレッド・ツェッペリン再結成ライヴの超貴重な証人となったのが我々でもあった。

※現地でおいらが数えた日本人は(他にも居たのだろうが)20名程度だったと記憶する。
※ペアチケットを1900万円でオークション購入したイギリス人がいた。
※エリカ様&高城両氏も、おいらの席から左に10個ほど離れた並びの席から観戦されておられた。
※帰国後、コンサートの半券がインターネットのオークションで3万円に跳ね上がっていた。

 語り合う話が全部ロック。
 「こんな(おいらみたいな)ヤツって学年に2,3人ぐらいしかいなかったよ」と言えばMちゃんが「私も(こんなロックだけの体質のコは)学校で自分1人だけだったかも」っと共通項を語り出す。
 年齢差をまったく感じさせないK渕兄はジェフ・ベックよりも2,3個年上で、ボブ・ディランよりも1歳年下。スラッシュと同じ歳のおいらも、つまり年齢などまったく関係ない。
 20数年後に自分の未来があるならば、まずはK渕さんが目標だと今日も心で思う。K渕さんもMMちゃんもロックでチャーミング。

 時間の許す限り語り合いながら、終電までMちゃんとバーで乾杯し、おいらは一旦帰社。
 雑務を終え、吉祥寺で待ち合わせたSちゃんを訪ねたら、いつもの吉祥寺面子と遭遇。居酒屋:闇太郎にて、横一で毎度の飲みに突入。

 今日知り合った、先ちゃんの飲みだちミュージシャンとも親睦を深めることとなり、今年3月に武道館コンサートも成功させた、ポリシックス:フミちゃんとも乾杯出来た今夜は貴重な夜更けとなった。

 やがて時計は午前7時を指してた。めーいっぱいロケンロールな1日。
 みなさん体力さすが。先ちゃんも毎度毎度、さすがです。

投稿者 yonezawa : 01:21 | トラックバック(0)

2010年 04月 15日

Gっさん

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 寒い日と暑い日が交互に訪れる感じ。
 Tシャツ1枚で過ごせる日から一転し、革ジャンの必要な日に変わる。
 小雨模様の中、外出に同行するRちゃんを見送り外へ。
 
 着ていく服の厚さを間違えた。バス停に向かった頃、かなりの冷え込みを自覚し、途中でジャケットを買おうかと迷った。
 
 昨年の親睦会から数ヶ月。S社の名物ディレクターにして、実力派シンガーHKのブレーンでもあるGっさんと久々の再会を果たす。
 席に落ち着き、飲み物を注文した際、個室のドアの隙間から知り合いの顔が見えた。
 漫画家:若林健次と偶然遭遇。
 
 現在邦楽セクションに身を置くGっさんは、以前洋楽セクションに在籍中、おいらと共にニューヨークへ飛び、AC/DC「アンガス・ヤング」取材時の担当者でもあった。
 AC/DCの公演は、個人的に海外まで追っかけ、先だって行われたさいたまスーパーアリーナでの公演の際には、アンガスのコスプレでエントランスに現れた。
 ニューヨークでの取材時、この日と同じ格好でアンガスと2ショットを撮ったことはいわずもがなだ。
 彼の醸し出す独特のノリが妙にツボにはまる。マシンガントークで音楽談義に花が咲く。

 やがて遅れること1時間少々、同社S&Yも合流。
 この席に、たまたま流れで出た(タレントで、警世家で、ベナン大統領特別顧問で、俳優:ビートたけしの付き人でもある)ゾマホンを呼ぼうという話になり連絡。着信を入れたらば、丁度別件で同じ新宿にいるという返事が返ってきたが、残念ながら合流にはならず。ゾマホンにもそろそろ会いたいものだ。

 三丁目のバー『S』に河岸を変え、トミー・エマニュエルの旋律に耳を傾ける。
 「ジョー・サトリアーニのギターよりも、先日聴いたノラ・ジョーンズのギターの方が、数倍の魅力を放っていた」というおいらの話に「そういうことなんですよね!」と頷いてくれたGっさんが、やがて船をこぎ出した。
 超プレミア・チケットを都合してくれたGっさん、嫁も喜びます。大感謝!

投稿者 yonezawa : 11:40 | トラックバック(0)

2010年 04月 11日

通園お見送りに備え

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 bambi in 沖縄ライヴのミーティングという名目でのリハを兼ね、昼間っからbambiメンバー集結。
 スタジオに行けば、またしても新曲のコード譜が用意されている。こんな創作意欲の途切れないバンドはおいらも初めて。
 端的なリハの後、昼間っから居酒屋でアルコール。今日の酒は少し及び腰でありながら、宴が始まったらどうでもよくなり、気持ちの赴くまま流し込む。
 帰宅した夕方以降、案の定記憶は曖昧となる。蘇るのは楽しい酒席のイメージだけ。
 明日のRちゃん通園お見送りに備え、午前1時30分には就寝。

投稿者 yonezawa : 19:12 | トラックバック(0)

2010年 04月 8日

尿管結石

 今年の米澤家新年会の席には、正月に上京していたおふくろの参加もあり、同時に、まだ一度も酒の席を共にされていないと伺っていた江口兄&獏さんの豪華ゲストもお誘いし、賑やかに鍋でもつつければと計画した。
 この宴の噂を聞いた出版関係者他が「私も混ぜて〜」「皿洗いでも何でもするので参加させてください」「子連れで伺います」等々、続々参加することとなり、結局10数名を数える大宴会に。
 ところが当日になり、「これから尿管結石の(切開ではなく、レーザーを中てる)手術をやることになったので少し遅れます。麻酔でぼーっとしてるかもしれないので勘弁」おおむねこのような内容のメールが獏さんより入った。
 「無理をしなくとも次回の機会で大丈夫ですよ! お大事に」そう電話でお伝えしようと思っていたところ、結局手術は泊まりになってしまい、2日続けて行うことになったという連絡が入った。

 結局、残念ながら獏さん抜きの宴となったのだが、獏さんはおいらのおふくろにもお気遣いされ、その電話でおふくろともしばらく話してくださった。
 
 そこから4ヶ月程の時間が経ち、体調の戻られた獏さんから「仕切り直しの飲み会を是非やろうぜぃ!」とご提案を頂いており、本日が新年会のやり直し日となった。
 やや面子は変わったが、同じちゃんこ屋で鍋をつついた。
 みなさま、お疲れさまでした。獏さん、ごちそうさまでした。

 格闘家:飯村選手と地元へ帰還。最後の1杯は、偶然遭遇した地元漫画家先生方と闇太郎で乾杯。

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 尚、獏さんが尿管結石にのたうち回った経緯は、『獅子の門-人狼編-カッパ・ノベルス-夢枕獏』
http://www.amazon.co.jp/dp/4334076890
の後書きにしっかり書き記されている。

投稿者 yonezawa : 16:03 | トラックバック(0)

2010年 04月 5日

“夜忍戒”2010

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 “夜忍戒”と命名する映画人&編集者の親睦会は、すでに十数回を数える。
 渋谷の鳥料理『鬼亭』はなかなかのナイス物件。
 店のおばちゃんのパーフェクトなフォロー(客の不安定な焼き方を見ていられない)によって、ベスト・コンディションの中、出てくる品々を次々がつがつ喰いまくる。
 平均年齢40歳ぐらいの4人ともペースを落とさず。

 ダイエット中のIちゃんは、そうしたこともあり珍しく一軒目で引き上げ、残った3名で少しだけ馴染みのロックバーへ。
 店では80年代前半の洋楽“産業ロック”がかかっている。つまりおいらが高校時代の音源オンパレードが大音響で鳴っていた。
 
 映画界における裏話を今宵もちらほら入手し、こちらも、つい最近感じ受けた驚きのきな臭い裏話を披露。思惑と実態と真実と裏切り。
 とにかく山師多し。つまるところ映画界は大いなる大博奕の世界であると再認識。

投稿者 yonezawa : 15:40 | トラックバック(0)

2010年 03月 31日

アグレッシヴな戦略

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 Kさんのご依頼で、編集者Oさん紹介の席を設ける。
 新たな分野に移籍されたKさんのアグレッシヴな戦略なや妄想は、端から見ても呻るものがあり。
 古い編集部の体質をガンガン刷新し、次々と新しい試みを実験しようとするその姿勢は、出版界不況の中においても、まず必要な行動だと感じさせる。

 違う分野の専門的な情報が飛び交う中、おいらはちんぷんかんぷんな場面などもありながら、今夜の親睦会も大事な席だと認識。
 深夜に聴く、トミー・エマニュエル・ライヴ盤の心地よい音色といったらなかった。

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投稿者 yonezawa : 02:33 | トラックバック(0)

2010年 03月 29日

誕生日おめでとうございます

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 柴田 国明さん、マイケル・ブレッカーさん、高水健司さん、野沢直子さん、西島秀俊さん、鈴木彩子さん、桜庭あつこさん、滝沢秀明くん、里田まいちゃん…

 そして…江口寿史兄、誕生日おめでとうございます。

 夕方、漫画家:高橋ツトム兄とTHE MODSライヴ観戦。
 森山達也さんは、高橋ツトム『SIDOOH-士道-』20巻帯に、いぶし銀のコピーを提供してくださった。
 今夜のライヴは“完璧”という形容が相応しいほど掛け値無しにベストの出来であり、なんといっても新曲の放った色艶、完成度に心揺さぶられた。

 数時間遅れて打ち上げの席に合流させて戴く機会を得、そこでメンバーの方々と直に語り合うという信じられない夜を体感。
 何故THE MODSが永遠に瑞々しく光り輝いているのか、その理由の一旦が理解出来たような気がした。
 彼らの音楽に対する誠実さに適う音楽家には、簡単には出会えない。

 THE MODSの皆様、素晴らしい夜をありがとうございました。&日付が変わった頃、森山さん、ハッピー・バースディ!

投稿者 yonezawa : 00:56 | トラックバック(0)

2010年 03月 18日

音楽家

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 広尾から西麻布へ徒歩移動。
 家族ぐるみでお会いする機会(コンサートの控え室や取材の場)が多かったのだが、およそ2年ぐらい前から延び延びとなっていた、音楽家:Mさんとの念願の会食がついに実現することとなった。

 丁度、海外と日本とを半分ずつ行き来し、ワールド・ワイドに音楽活動を展開される彼女のスタイルは一つの憧れでもあり、常々その偉功を讃えているおいらだ。完全に脱帽。
 常に自然体で気負いがないまま世界中を飛び回り、各国の人々の前で一年を通して演奏する日々。あまりのナチュラル(無防備)さに、懐の深さなりゆとりを感じ、日々最前線で活躍される機微を余計に感じていた。

 一昨日は北海道、明後日は関西でのコンサートを控えておられるそうなので、本当に合間の時間を調整してくださったMさん、感激でした!

 彼女はたけしさんの番組にも何度か出演されておられ、そこから派生した無軌道な話が、音楽話以外の会話へと脱線し、とても興味深い。
 頭脳明晰で音楽的才能に溢れ、その上、容姿端麗。彼女は芋焼酎も数杯おかわりしてくれた。

 コンサート会場では控え室を訪れる度に、いつもRちゃんに配慮されたメッセージを頂き、人間的にあまりに素晴らしすぎる才女。夢のような数時間は、あっと言う間に過ぎ去った。

投稿者 yonezawa : 18:07 | トラックバック(0)

2010年 03月 17日

リサとガスパール&ペネロペ

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 銀座松屋で開催中『リサとガスパール&ペネロペ展』閲覧。
 パリに住むドイツ人画家ゲオルグ・ハレンスレーベンと、フランス人作家アン・グットマン夫妻によって生み出されたキャラ。
 明るく豊かな色彩と、ほのぼのとしたストーリーで、絵を見つめていると気が抜けるような気分になる。
 何とも形容しがたいキュートなキャラが微笑ましい。

 Rちゃんは関連グッズの小さなバッグを見つけた端から握りしめ、持ち歩き、どうしてもソレが欲しいのだときかない。
 プラモデルの前でテコでも動かなかった幼少時代の自分がダブる。
 
 今年勇退される2人の先輩と、突然の閃きで会食する機会を得た。
 どんな形であっても、どんな角度から切り込んでも全部シャレの通用する諸先輩。
 僭越ながら、勝手に彼らのことは戦友だと思ってきた。

 両氏と席を並べ、贅沢に語り合える瞬間の温かさは他ではなかなか味わえない気持ちに包まれる。
 両氏の素晴らしい功績は個人的に深く認識しており、そのすごさは編集者としての、おいら自身のひとつの指針となってきた気がする。
 おいらとは縁もゆかりもなかった、昔OZさんの所属した編集部の忘年会へ軽くお誘いくださったOZさんの温かさ。
 すでに、ほとんどがご主人のご逝去やら引退に伴いなくなってしまったが、幾つかの美味しい飯屋やバーへ連日引き連れて頂き、何年もの食の歴史をも共にさせて頂いたOTさんとの時間。
 貴重な思い出は、懐かしくも新鮮な赴きで胸に刻まれている。

 20年近く昔、漫画家:江口寿史氏の仕事部屋へツメた時、なかなか上がらない原稿を愁い、陣中見舞いにいらした OTさんが先生に伝えた言葉を思い出した。

 「江口先生、米澤を男にして(原稿を上げて)ください!」

 嬉しかった。担当編集として4,5泊した頃のことであり、先輩編集者のこの言葉はとても心強かった。
 勿論、江口先生はその期待にギリギリに答えてくださり、無事表紙巻頭で上がった読切作品の入稿によって、“男”にしてもらえたのだった。

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「リサとガスパールのレストラン」Hachette Livre
© 2004 A.Gutman & G.Hallensleben

投稿者 yonezawa : 18:06 | トラックバック(0)

2010年 03月 15日

トマトのおでん

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 東京で食べるおでんには鳥肉が入っていない。
 九州(我が家)では“かしわ”という呼び方で、おでんには必ず鶏肉を入れるものだが、関東にはそれがない。
 家で作るおでんには勿論必ずかしわを入れる。
 東京で食べるおでんは出汁を濁らせないという配慮で、鶏肉を排除しているのか。
 今回、初めてトマトのおでんを頂いた。これは美味い。グルメなHさんに感謝。

 河岸を変え、音楽人Tと近況を語り合う。
 ふと外に出たら結構な量の雨。まったく気づかなかった。
 4月のジェフ・ベック公演時にとんでもないことが起こりそうな予感。

投稿者 yonezawa : 17:37 | トラックバック(0)

2010年 02月 1日

シンフォニー

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 雨模様の昼下がり。頭の中では、オーガニックで雄大なオーケストラのシンフォニーがこだましている。
 滅多に音楽を聴きながら街には出ないけれど、今となっては骨董品と化したMDを諸事情あって引っ張り出した。編集部までの道中を、ある1枚の音源に集中してみた。

 夜、入稿によって約束から1時間も遅れてしまったが、銀座で最重要打ち合わせの中の1本を終え、近場のバーで軽くハイボール。
 右隣の輩も2杯目以降はおいらと同じ飲み物に代えた。
  
 外は益々降雪が続いている。
 思えば昨年の暮れからまともに雨の日に遭遇していなかった記憶だ。
 降り出した雪はやけに大粒で、いつも列をなしているタクシーの姿は全然見あたらない。
 東京は雪にも雨にも弱い街。
 ようやく反対車線の車を見つけ帰途に。武蔵野市の闇太郎を通過中、思わず携帯通信からつぶやいてみた。が、Twitter未だへたくそで理解出来ていない。

投稿者 yonezawa : 22:15 | トラックバック(0)

2010年 01月 27日

ログインと凪

 夕飯を喰いそびれたので、3月以降の業務における打ち合わせを行うべく、BセクションのKと遅い飯に。
 1年ぶりぐらいに訪れたのは焼き肉屋。
 一般的においらは焼き肉屋に行く機会は少ないように思う。たまの肉だからこそ、美味さが倍増し、有り難みも増すような錯覚を覚える。
 ほんの一瞬だけS社T氏が合流したが、ほんの30分で彼は帰途についた。

 バー:シンクロニシティに場を移し、K女子の若き友人男子Kも合流。その男子Kが到着するまで携帯を駆使し、ツイッターのログインに必死の我々。
 せっかくバーに来たのにろくに話もせず、なんとかフォローするやり方などを見つけたりしながら、どうでもいいつぶやきを書き込んでみた。
 すると編集部のFはすかさずチェックを入れてくれており、このツイッターという機能の特性とスピードの速さを窺い知る。
 到着したフレッシュな男子Kは先ほどまで校了だったそうだ。

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 やがてお開きとなり、彼らを見送った後、おいらは寒空の中ゴールデン街へ導かれ、「凪」では初となるつけ麺を一人黙々と貪った。ラヂヲ先生ごめんなさい。

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投稿者 yonezawa : 19:22 | トラックバック(0)

2010年 01月 20日

Norah Jones

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 虎ノ門で映画『マイレージ・マイライフ』試写を経由し、赤坂へ移動。
 赤坂BLITZで行われたノラ・ジョーンズ1ナイト・ライヴの観戦。
 冒頭からムスタングを抱えて登場したノラの姿に驚いた。蓋を開ければライヴの半分以上のトラックでギターを披露したノラ。
 ざらついたリバーブ効果に、ほんのりトレモロがかった魅力的な音色。チャーミングに奏でるギターがなんとも言えない温かき空間を演出する。

 まさしくノラ一色の世界。冒頭1曲目の歌が聴こえた瞬間、一気にノラの技量を思いしらさられる。デビュー10年前後のミュージシャンで、こうも惹きつけるヴォーカルを聴かせるシンガーは果たして何人いよう。男なら断然ジョン・メイヤーだろうか。

 生ビールを飲みながら、スタンディングで1時間の公演を堪能し、近場の焼鳥屋へ。
 取り立てて芸術の話なら全幅の信頼を寄せる“モノカキ”なHさんとの席が贅沢で有り難い。

投稿者 yonezawa : 15:49 | トラックバック(0)

2010年 01月 14日

Rodrigo Y Gabriela

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 比較的短いスパンで来日を果たしているアコギ・デュオ:ロドリーゴ・イ・ガブリエーラ。ZeppTokyoの来日公演観戦へ。

 以前、渋谷duoで圧巻のステージを拝聴し、今回2度目のロドガブ体感。
 全体的にロドガブの中でもトリッキーな技の応酬で、パーカッシヴにギターを叩くシーンの印象が際立った。
 しかし、集客としては充分過ぎるほどの動員があるものの、個人的にはロドガブのライヴとしては大きすぎるような箱の印象も抱かせた。
 観客との距離感が最も大事なユニットだと感じるから。

 場を中央区へ移し、同行した編集と食事の席に。
 結局、忘年会をやれなかった彼と新年会。今年は彼と、いくつの取材が実を結ぶのだろう。

投稿者 yonezawa : 15:01 | トラックバック(0)

2009年 12月 26日

今年最後のbambi

 今日までにやるべき家事を終え、今年最後のbambiリハへ。
 このバンド、集合する度に新曲が追加され、この1年足らずの間にレパートリーは180曲以上。尋常でない創作スピードはここにきても止まるところ知らず。

 コードを譜を見ながら、即席のアレンジメントで順繰りの音出し。
 ある種の化学反応を見せるトラック、すでに1回目で完成に近い仕上がりを見せるトラック、自分自身、どうしてもコード・トーンに絡みきれないトラック。様々な感触を得、予定していた阿佐ヶ谷の居酒屋バーで乾杯。

 まぁこれだけバラバラ異業種メンバーの集いは、各々の持ち場ネタがまちまちなので特殊な面白みが満載で、今宵の酒も爆笑の夜となった。
 今年は長野での遠征ライヴもこなしたし、数回の都内でのライヴもこなした。
 アマチュアにしてはかなり活動的な1年だったと回想。

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 やがてお開きとなり、戸外に出て商店街を歩いていると「ラーメン丸長」の看板を発見。
 もしかして荻窪店の姉妹店?と思い、メンバーを見送った後、一人ふらりと入店。勿論つけ麺をオーダー。
 丸長の系譜が書きつづられたポスターが貼ってあり、この店もあの丸長グループの流れをくんだ系列店とは判ったが、味の方はおいらにとって可もなく不可もなく。 

投稿者 yonezawa : 16:55 | トラックバック(0)

2009年 12月 25日

F班忘年会

 編集部F班での忘年会は人形町。
 編集Mの御用達だと言うこの店は、目の前でも焼く炭火食材が美味い。
 調理場で用意してくれる分の肴類も申し分なし。出された端からスポーツ部員の打ち上げのごとく、即刻品々がそれぞれの胃袋に消えてゆく。
 ビールはほどほどに、芋焼酎を流し込みながら、少し遅れた編集部員を含む総計6名で集った機会が嬉しい。

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 例えば編集部の隣に座っているスタッフと飲む機会など、年に1度あるかないか。スケジュールなど、そんなものどうでにもなろうよ、っと昔は強引にどうにか融通をつけてきたものだったが、今の現代はそれぞれのスケジュールがあわないとホントに全然会う機会もなく、顔を合わせない日も希ではない。
 だからこそ珍しい面子の酒席と言えた。至ってくだらない会話の応酬が心地よさに拍車をかける。
 
 二次会は新宿。
 今日の段階でも、悲しいかな最後の入稿を残している編集部員は上がり時間にあわせて引きあげ、最後は編集:Aとサシ飲み。
 つい2日前に第一子を授かったAの子は、つまり天皇誕生日に産まれたのだった。おめでとう!

投稿者 yonezawa : 17:59 | トラックバック(0)

2009年 12月 22日

POCKET忘年会

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 写真をCDーRに移し込む時間がかかって大変。
 夕方、デザイナー・チーム:POCKET忘年会の席へ。

 日々、最も頻繁に仕事の絡みがあるPOCKETスタッフと飯を喰うのは1年に1回以下。
 それぞれがぞれぞれの場所で雑誌作りに関わる故、各々のスケジュールが本当に合致することは、ほっといたら永遠になさそう。
 誰かが泣いて強引にスケジュールを確保しなければ決行には至らない。
 そして本日決行。

 新宿のレタス鍋屋へ総勢5名で到着。編集者おいら一人。
 昨日の酒を引き摺っていたせいで、ややおとなしめにフェイドイン。温かい鍋が身体を温める。
 この日にか一同に集えない優秀なスタッフと語り合う時間が、アホで愉快でたまらなかった。
 労いの席で一緒に同じ飯を喰い、同じ酒を酌み交わす。そんな行為が外交の基本なのでは? と、思わず外務大臣の顔を想像した。

 編集:Mが到着。ヤツとは昨日の酒も一緒だったのだ。
 河岸を変え、バーSでシャンパン乾杯。この瞬間、「この飲み会はせめて年に2回はやるべし」と誓う。
 数々沸き起こるケアレスミスを〆切にあわせ調整し、きちんと納品している彼らなしでおいらの仕事は成立しない。
 皆様、今年もお疲れさまでした!

投稿者 yonezawa : 21:36 | トラックバック(0)

2009年 12月 21日

フリーペーパー『熱風』

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 伸び伸びになってしまっていた亀渕兄との飯が、この師走になってどうにか叶いラッキー。
 ソニー・ミュージックMさんにご配慮戴いたアジカンのZEPP公演はS、M、A(後にゴールデン街で合流)に託し、新宿の待ち合わせ場所へ。

 氏は、書店で無料で入手出来るフリーペーパー『熱風』に「ドーナッツ盤に恋をして」という、とてもチャーミングで魅力的なコラムを熱筆されておられるのだが、おいらはその熱心な読者だ。

 待ち合わせの場所へ到着し、再会を果たし椅子に座る前から、もう速射砲のように語りつくす。次回の機会がいつなのか判らぬ故、会ったらとにかく速射砲。

 アメリカン・ロック、ブリティッシュ・ロック、70年代、60年代、80年代、90年代、そして現在。
 マイケル・ジャクソン、ジミヘン、ビートルズ、リトル・リチャード、民主党、自民党、洋画、酒、新宿、正月、鍋、寿司、山、コレステロール、会社、社長、江口寿史、夢枕獏、母、父、文章、コラム、仕事、ツェッペリン、ニッポン放送、ウィキペディア、お笑い、北野武、ギター…
 話が途切れない。

 脱線しまくる節操のない話題は、これ以上ないほどの興味深さへと突き進む。
 亀兄、何でも知っている。物事をいつも優しい目で見つめている。
 60歳代の亀兄は、例えば18歳から30歳ぐらいまでの時に持ち合わせるような鋭い感覚の瞬発力を今もまったく失っていないことを、45歳のおいらが感じている。

 『熱風』に執筆されるコラムの、例えばたった2行を書こうと思えば、文献を2.3冊読み漁り、事実関係を突きとめなければならない。その真摯な姿勢が胸を打つのだ。そんな意味もあり、コラムの放つ熱風を感じずにはいられない。

 話の途中、氏が1冊のボロボロになった片手サイズの洋書を取り出した。
 例えばミュージシャンの正確な名前、アルバムのタイトル、年度、関係者各位とのいきさつなどは、その洋書を参考文献の1冊にされておられるとおっしゃった。
 ページをめくると、蛍光ペンで何カ所もアンダーラインが引かれてあった。
 感服。
 アンダーラインなど、もう何年使っていないだろう。
 本を読むときには確かにアンダーラインが必要だった。
 自分の鞄にはピンクのアンダーライン用のペンを常備させているにも関わらず、何年もその作業をすっかりスルーしている。
 ふいに母が学生時代からずーっと家で使っていたボロボロの辞書を思い出した。
 亀兄と語ると、様々な景色が思い出されてきた。

 古き時代を知り、最先端の今、巷に流れる音楽を聴き、そして自ら欲する音を求める。
 2007年12月、ロンドンの地で偶然の初邂逅を果たした亀渕兄との出会いは、今生涯の宝となった。

投稿者 yonezawa : 21:36 | トラックバック(0)

2009年 12月 11日

異業種ゴールデン呑み

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 小雨降る肌寒い中、夕方ゆうぽうとを経由し帰社。
 雑務を終えた夜、随分久々にベテラン編集Sとの飯タイミングが合い、小雨の中、新宿へ。
 何のビジョンもないまま安い寿司屋へ飛び込んだ。

 こうして語るのも、きっと2年以上は経過しているような記憶だが、この男の放つおおらかな雰囲気はいつでも場が華やかになると感じさせる。
 ふいに編集Kより連絡が入り、30分後に合流することに。
 さらに音楽人Tより、この場所からわずか50M程度離れた場所から「飲んでます。今日はどちらですか?」メールが入り、さらに30分後に合流。

 異業種が入り乱れてのゴールデン呑み。こんな日もあるものだ。

 目尻が下がり、頬が赤くなった頃一足先にSが帰宅。
 Tの誘いで渋谷へ向かい、深夜から明け方までセッションを行っているというクラブへ移動。
 階段を下りると、とても心地よいリズムの乾いたアシッド・ジャズ・セッションの音色が聴こえてきた。
 そもそも、おいらもキリのいいところで飛び入りしようと目論見、しばーらく観戦していたところ、徐々にまぶたが重くなってきてしまいTに促され帰途に。
 確か前に一度、ライヴやったことのある小屋だったような… 

投稿者 yonezawa : 02:00 | トラックバック(0)

2009年 12月 7日

理想的

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 漫画家:寺田克也さん、女優:藤谷文子さん、ヴァイオリニスト:宮本笑里ちゃんらが、Rちゃんと同じ誕生日。
 本日12月7日からRちゃん3歳。おめでとう!

 先日、編集部Tの披露宴で飲み明かしたS誌Cと初サシ飯へ。
 飛び込んだ店は先月半ばにオープンしたばかりの和食屋。
 Cのなじみの店:Vに移動し、無ければ構わない前提で「スティーヴィー・レイヴォーン」をリクエストした直後、店でちょっとした事件が発生。まぁよし。

 この店で初めて知り合った若き面々と、まるで長いつきあいのあるような距離感で語れる一時が嬉しかった。
 酒とは何故こうも人との距離を瞬間的に縮めてくれるのか。
 昼間に名刺を持って大作家のもとを訪ねるよりも、酒の席で隣り合わせて作家に出会う方が、編集者にとっては理想的なのだ。

投稿者 yonezawa : 01:54 | トラックバック(0)

2009年 11月 30日

熊谷貫

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 写真家:熊谷貫と久々の再会を果たす。
 例によって延々スケジュールの折り合いがつかず、延期の上に決めたタイミングとなっていたが、予定した日程(今週末)をさらに当日変更し、急遽本日とした。
 待ち合わせのちゃんこ屋も久々で、店のおばちゃんに皮肉を言われるのがこの店の鍋シーズンに入ってからの恒例の約束事。

 かつて、貫と最も密に追いかけた取材対象者は北野武監督、ボクサー畑山隆則だった。
 映画『菊次郎の夏』のエンドロールには貫の名が刻印されており、畑山の最初の写真集『ハタケ』は、彼の熱意と誠意によって商品化に導かれた。
 積もる話も酔いに連れグズグズになってゆく。その様も、あの頃の飲みの傾向となんら変わらない。
 現在、一流の場所で一流の写真を撮り続ける貫の活躍が、今改めてとても嬉しい。

投稿者 yonezawa : 19:11 | トラックバック(0)

2009年 11月 28日

誕生会

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 メールの時代になり、「誕生日おめでとう」メッセージを戴くことは急激に増えた。
 本日45回目の誕生日を迎えたおいらの祝いをRちゃんの誕生会(12/7)に置き換え、Hが自宅へと招き行ってくれることに。
 出会って30年近い年月が経過するHとも、長いようであっという間だった。

 手製で仕込んだ餃子、それに美味いと評判の既製品キッシュ、それに試飲して決めた赤ワインを2本持ち込み宴開催。

 本来なら、Hとおいら、それにYっちゃんも加わるのが高校時代からのノリなのだが、彼は名古屋に長期出張で参加ならず残念。電話での参加に。
 やがてH家の面々も揃い始め、Rちゃんを中心にホットな時間が流れる。
 ケーキに3本ローソクを立て、Rちゃんの前に差し出したら彼女は当たり前のようにフゥーっと吹き消した。
 まだ教えてなかったはずなのに。子供の学習能力のすごさを感じる。いつもはあまり率先して食べないケーキをRちゃんも珍しく頬張った。
 なんと温かい時間が流れるのだろう。 
 HからRちゃんへのプレゼントはティディベア。
 Rちゃん、もうぬいぐるみは何個コレクションしたことか。誕生日はおよそ1月前にすでに終わってしまったH家のSちゃん、年明け早々に誕生日を迎えるH家Kちゃんのために、おいらは時期のずれた誕生日プレゼントを贈呈。もはや全員誕生日状態。
 H、Eちゃん、Kちゃん、Sちゃんには心より感謝。
 結局男性陣2名は赤ワインを4本飲み干し、やがて楽しかった宴はお開き。

 帰り道、不意に思い立ち、一瞬でもRちゃんとの時間を共有戴きたく、先ちゃん、テンホーちゃんらにお誘いメールを送信。
 すると彼らはものの数分で集ってくださり、Rちゃんとの貴重な時間を闇太郎で過ごすことが叶った。
 おいらの誕生日には、Rちゃんとの思い出がたくさん重なった。

投稿者 yonezawa : 19:14 | トラックバック(0)

2009年 11月 25日

飲め飲め団

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 1日風呂に入らないとものすごく気持ちが悪かった。大いなる嫌悪感。
 朝風呂にも入る余裕がなく1日が始まってしまった。
 入稿を終え、本日やるべき常務をガシガシ前へと推し進め、つい1週間前に発売したばかりの文庫『晴れゆく空』のお祝いと、夏のフランス珍道中の話を窺うべく漫画家:谷口ジロー氏との会食の席へ。
 様々な雑誌、セクションの編集と関係者が集うこの席も、もはやメンバーが固定された感じ。
 宴の場は、訪れた地で最もパスタ類の美味い店:Hで開催された。
 文庫『晴れゆく空』のあとがきに記された谷口氏のフランス珍道中は、通常のあとがきよりも多くのページを割いており、内容のクオリティ同様、贅沢に読み応えあり。

 かつて飲め飲め団:団長だったK兄が身体を壊し、この度2年程断酒を続けておられたのだが、回復を理由についにこの頃飲酒解禁された模様。今夜も数杯たしなまれていた。
 何の権利もないし立場でもないのだが、三度四度、病院生活の姿を見た証人の一人としては微妙な気持ち。
 しかし目の前の仲間と酒を酌み交わすことこそが、最も人間的な行為だと感じる瞬間はない。大きなお世話と決まっている個人的監視はこのまま続けながら、2〜3杯の乾杯だけは大いに共有させて戴きたいところ。って偉そうで失礼、団長。

投稿者 yonezawa : 15:18 | トラックバック(0)

2009年 11月 24日

ラーメンを汁まで全部

 ふいに作家:夢枕獏さんより連絡を戴き、打ち合わせ先の新宿:Hへ移動。
 年内にもう一度お会い出来る機会を得られるのか、世界中を飛び回っておられる氏のスケジュールを踏まえれば難しそうだったが、この時期に再会を得られてラッキー。
 年内も年明けも、国内外を問わずバンバン飛び回る日程が待ちかまえておられるとのこと。
 
 小説、格闘技、釣り、音楽、漫画、酒、あの人この人…ランダムに飛びまくる話がとにかく贅沢でたまらない。

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 雨模様の中、バー:Sを経由し、酉の市で賑わう花園神社を横切り、バー:Hで乾杯。
 クロード・レビストロースからヒョードル、ジェイク・シマブクロにマグナスヨルト、中沢新一に北野武…と、話題は無軌道に発展してゆく。
 「格闘(大道塾の空手)家に焼き肉を喰わせる時には、ラーメンを汁まで全部飲み干させてから、安い店舗に行くべき」等、獏さんに驕られた当事者を知るおいらはその懐かしいエピソードを改めて伺い、腹を抱えた。
 「この酒をロックで飲んでたら『ストレートで飲まなきゃダメだよ』と、某人に注意されたんだよ」という獏さんの注文されたスコッチをおいらも便乗して1杯オーダー。

 何とも言えぬ贅沢な時間が経過し、やがてお開き。

 集ったみなさんを見送り、どうしても小腹が空いてしまったおいらは初モノの味噌ラーメんン屋に飛び込んだ。ラヂヲ先生、ごめんなさい。
 
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投稿者 yonezawa : 15:21 | トラックバック(0)

2009年 11月 22日

おめでとう

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 都内某所にて、編集部のエースでイケメン編集:Tの結婚披露宴2次会に参加。
 到着次第、おいらは飲み放題の赤ワインを延々流し込んでいた。

 スクリーンには、新郎Tの田舎まで赴き撮影されたお祝いコメント等の映像が映し出されている。近所の方々による「おめでとうございます」メッセージに最も心が温かくなった。
 聞くところによれば、彼の地元には信号がないそうだ。おいらの田舎も田舎だが、Tの田舎も筋金入りの田舎。
 生真面目で一本気な性質のTの人格形成は、この地だからこそ培われたのかもしれないと感じさせた。
 3次会、4次会と延々赤ワイン。
 一人二人と行動が別れ、最後は若き編集:Sとカオタンラーメンで〆。よき披露宴だった。

投稿者 yonezawa : 11:51 | トラックバック(0)

2009年 11月 13日

身内が1人

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 アコースティック・ギタリスト:押尾コータローのライヴは2度目。
 以前、初めて彼のパフォーマンスを見た時と同じ国際フォーラムへ駆けつけた。
 前回同様、申し分のないPAのバランスを感じ受けながら、絶妙の間で演奏は繰り広げられた。静と動の入り交じる圧巻のステージングが染み入る。
 控え室でご本人と再会する機会を得、先だって押尾さんとの2ショット撮影を果たした、我が家の核弾頭:Rちゃんの描いたイラスト入りピックを贈呈。
 「これ、芸術作品やないですか!」と押尾さんのお気遣いが嬉しかった。

 同行させたのはフリー編集者でライターのKなのだが、こやつ最近妙に綺麗になってきたなと感じていた。
 新宿に場を移し、Kが呼んでくれたのは彼女の彼氏。
 なるほど、美の秘訣はそこか! と心で感じた。
 身内とも言えるKの彼がもし半端な男だったら、おいらなりの手段で根性を入れ直してやらにゃなぁと、大きなお世話なことを想像していたのだが、登場した彼氏と数杯酒を酌み交わしたら、そんな懸念は即刻吹き飛んだ。
 新しい身内が1人増えた、そんな夜更けであった。

投稿者 yonezawa : 22:26 | トラックバック(0)

2009年 11月 9日

鶴岡食堂

 夕べの深夜、おいらを含む総勢5名が、おいらの泊まるシングルの小さな部屋に押し寄せ、カップラーメンと酎ハイ、ビールを飲みながら過ごしたのだった。
 おいらがベッドの端にくの字になって眠りかけたタイミングで、みなさん容器を片付けつつ、明け方帰途につかれたようだ。

 無料だった8時30分までの朝食バイキングは断念。11時近くまで起きられず。
 
 シャワーを浴び、先ちゃんと近くの喫茶店でお茶。12時過ぎにはホテルまで秀ちゃんが迎えに来てくださった。
 秀ちゃんは3日続けておいらたちのサポートを買って出てくださり、とにかく感謝の極み。
 今日の昼には、『鶴岡食堂』のチャンポン。水俣入りした直後に食べることが決まっていた物件だ。

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 海っぺりに車を駐め、店構えを見ると、もうその時点でこの店が美味いのかそうでない店なのかの判断がついた。もはやこの勘にさして誤差はない。

 チャンポンを3つ注文したのだが、水は勿論、お茶も自らきゅうすにお茶の葉を入れ、お湯を入れて戴くシステム。

 一口二口。地元のみんなが口をそろえて「鶴岡食堂のチャンポンを食べた?」と聞いてこられた意味を重々理解。申し分のない美味物件との遭遇だった。
 
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 食後、直ぐ近くの秀ちゃん宅まで送っていただき、16時頃に戻ってくるという約束でユーノスコスモをお貸し戴いた。
 こんなスポーツカーに乗ったのは、博多時代の頃の117クーペ以来だったか。
 ちなみに秀ちゃんのガレージには、ユーノスコスモ、社用の車以外にも数台が保管されており、おいらは黄色いポルシェの影を見逃さなかった!
 いずれにせよ、オープンカー仕様の車種は初体験だ。しかも助手席には世界の江口寿史兄!
 すこぶる天候の良き水俣の町並から海沿いまでオープンカーで激走することとなった。

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 なんて有り難いナイスな旅なのだ。
 市役所で最後のサイン描き業務を経由し、「水俣市の本店のここまで来なければ買えない」という名和菓子店『美貴もなか』本社を訪問。

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 『美貴もなか』の商品は、デパートにも卸していないし、インターネットでも買えないそうだ。
 その姿勢こそ、有象無象の情報社会と化した現代における真摯な新ビジネスなのでは? と逆に感じた。
 1個1個手作り故、1日で生産する量も限られるそうで、毎日完売するそうだ。
 品質が落ちるといけないので、無理な大量生産は絶対にやらないのだそうだ。
 甘い物は苦手なおいらだったが、職人上がりの社長の深い言葉は印象深かった。

  オープンカーで秀ちゃん宅へ帰還し、またしても秀ちゃんには新水俣駅まで送って戴いた。なんと御礼を申し上げればよいのやら。
 秀ちゃん、何から何まで本当にありがとうございました!
 走り去る秀ちゃん号に会釈をし、我々は新幹線で八代駅駅へ。

 バスに乗り継ぎ、熊本空港着。
 夕食を戴き、先ちゃんと便の違うおいらは土産売り場へ。先ちゃんは「じゃあ東京で!」っと、一足先にフライトしていった。

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2009年 11月 8日

坂本耕作

 午前11時30分、ホテル・ロビーで市役所関係の方と合流し、トークイベントの会場となる『水俣市のエコパーク水俣バラ園』へ。

 会場には先ちゃんのイラスト展が常設。
 控え室で本日トークショーの打ち合わせを行いつつ、地元コミュニティ誌の取材を受ける先ちゃん。

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 「漫画家のサイン会」というものは、作家の知名度、人気のバロメーターによって現金に集客に反映されることはなく、各地域の民族性(?)ということなのか、大盛況の場合も時に寂しい場合も勿論ある。

 本日、江口寿史のトーク・ショーは超大盛況。びっくり。流石、世界の地元のヒーロー。
 地方自治体なり役所の方がいくつかのメディアで告知されたせいなのか、入口付近は立ち見の入りきれない状態で、老若男女のオーディエンス(!)が大勢押し寄せた。
  
 地元の人気ミュージシャン:Nさんのファンキーな司会で、先ちゃん会心のトーク・ショーを魅せてくれた。
 ホワイトボードに描いたサイン入りのイラストは現地のファンにプレゼントされ、トーク自体でもみっちり1時間強。
 その後、怒濤のサイン会。

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 長蛇の列に並ぶファン一人一人にイラスト入りのサインを描く先ちゃん。2時間以上ぶっ通しで描き続ける先ちゃん。短編1本分ぐらい描いたんじゃなかろうか。マジで。右手にご苦労さま。
 イベントはつつがなく終了し、一旦ホテルへ。

 ロビーには、先ちゃんの同級生のサカモト氏が待っておられた。
 サカモト? 坂本? 坂元?
 先ちゃんに紹介されたサカモトさんは、なんと先ちゃんが『ストップ!!ひばりくん!』を描いた時の、ひばりくんに翻弄されるキャラとして登場した「坂本耕作」と漢字違い。つまり、あのキャラクターは彼の名前から拝借して使ったのだそうだ。
 これは初耳だった。ご本人の名字(坂元)とは文字が違うものの、ひばりくん現役直撃世代の雄であるおいらとしては、なんだかとても特した気分。

 坂元さん、そして新幹線で来れば早かろうに、わざわざ2時間の鈍行で駆けつけてくれたS作夫妻らと共に、居酒屋『遊食三昧』へ。
 イベントお疲れさまのかんぱーい。

 やがてわらわらと、先ちゃんの同級生の初恋の女性陣ら等々が随時合流し、とても不思議な面子で卓を囲んだ。こんな面子で呑もうと願っても、まず不可能だろう。
 
 この旅でお会いした、すべての水俣の方々は温かく、この町への好感度は益々急上昇するのだった。
 ものの小一時間で芋焼酎の5合瓶が空き2本目に突入。耕作さんのペースは尋常でなく、今日の面子での最たる酒豪として確定。

 おいらはS作のくだらない話に腹がよじれそうになり、情けなく実にバカバカしい会話で何度も(可笑しくて)泣いた。
 このままこの時間が永遠に続けばなぁ〜と考えながら、一次会はお開き。二次会の地:秀ちゃん宅へ今日も移動。S作&Mちゃん、ありがとよ!

 秀ちゃんは午後2時から酒をあおっておられるご様子で、こちらのテンションと丁度良き案配。
 夕べも飲み明かした、たくやさんとギター・セッションで景気を付け、今日は赤ワインを戴いた。
 先ちゃん節も炸裂。吉祥寺となんら変わらない宴は明け方近くまで続くのだった…。

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(前回、江口寿史兄が描いた[町のあちこちに貼られてあった]ポスターと関連サイト)
●観光ポスターへの江口寿史氏のコメント

 こんにちは、江口寿史です。
水俣市の丸島町で生まれて13歳まで八幡町に住んでいました。
今回、水俣市の観光ポスターという形で頼まれたんですけど、思い出してみると小さい頃、水俣の海がきれいだと思ったことがなかったんです。というのは、比較の対象を知らなかったから。
 で、特にこう水俣の自然ということに対して意識したことはなかったんですけど、大人になっていろんな場所をたずねて見た目で改めて見ると、海も山もすごいきれいなんですよね、水俣というところは。自然の懐が深い。水俣の人たちはこの自然の豊かさをもっと誇っていいと思うし、そこら辺を他県の人々にあまりにも知られていない感じがするんですよね。あまりにも一面的なイメージでしか見られていない。
 今回のポスターは、水俣を知らない人たちに、ちょっとでも行ってみたいな、見てみたいなと感じてもらえたら、という思いで描きました。また水俣の人たちにとっても、自分の故郷を再発見する機会になってくれたら嬉しいですね。

http://www.minamatacity.jp/jpn/sangyo/eco-town/saaminamata.html

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2009年 11月 7日

1日目

 早朝、起床をRちゃんに悟られないように部屋に閉じこもり、黙々とインタビュー原稿のリライト作業。
 午前9時、Rちゃん入室。気づかれた。
 ので、しばらく作業を中断し、新しいおもちゃでお遊び。ここのところ、何かの付録なのか毎度新しいおもちゃを手にしているRちゃん。
 どこかのタイミングでパソコン部屋に戻って作業を再開するが、ものの数分で「こっちきて!」とお呼びがかかり、まぁ集中出来るわきゃない。

 しかしながら、焦りに反して心はとても嬉しい。
 焦りのココロは、今夜18:20発の飛行機:SNA021便をおさえてしまっていたからだ。
 Rちゃんとお遊びしながらの合間をぬい、午後2時までに8割程度の原稿構築を終え、熊本へ飛ぶ算段がようやくついた。
 午後3時前には2本の原稿をなんとか脱稿させ、関係者各位へ送信。事故がなければこちらで納品は無事完了だ。
 年末年始のおふくろの航空券を確保した午後4時、羽田へ向かう。

 外出する際のRちゃんの「ばいばい」が淡泊で悲しい。外に出たとたんドアの鍵がガチャリとかけられた。
 もう鍵位置に手が届くんだね…。

 明日開催される、江口寿史兄の故郷、熊本は水俣でのトーク・イベントとサイン会を見届けるべく、思い切って初めて熊本へ飛んだのだった。
 
 空港からバスで新八代駅へ。

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 料金は1200円。新八代駅から新幹線で新水俣駅へ。新幹線代金は特急券と自由席で2500円。なかなかよい(高額な)値段だ。
 新水俣駅からタクシーで1000円少々の場所にあった「スーパーホテルCity水俣」へ到着。チェックイン後、先ちゃんへ連絡したらば「○○さん(某個人宅)と言う家まで来て」というのだ
 「タクシーにその方の名を言えば判る」のだと言う。そんな驚くべき情報を頼りにタクシーに乗った。乗ったタクシーは当たり前のようにその方の名を存じ上げていた。

 到着した場所は確かに民家。時間はすでに22時を回っていた。
 タクシーが止まった端から家屋の奥様がお出迎えしてくださり、促されるままおじゃまさせて戴いた。
 家の中に立派なカウンターをこしらえ、普通の居酒屋としても営業出来そうな雰囲気の空間がそこにはあった。

 カウンターには先ちゃんの同級生やら、知人の知人というメンツでにぎわっている。
 家の主は山中さんとおっしゃり、完全に飲食店のマスター風情。
 いきなり鯖の極上刺身を戴き、何のためらいもなく焼酎を戴いた。

 数分後、カウンターの彼は「私は秀ちゃんでいいので、よねちゃんと呼ばしてもらうね!」と言った。
 肩肘の張らない雰囲気と、温かい人々に、彼らのおおらかな言葉に包まれてしまったおいらは、あっと言う間に彼らの空気に馴染んでゆくのだった。まるで長年の仲間のごとく。
 その際、先ちゃんはというと、カウンター後ろの座敷部分で軽く仮眠中。
 先ちゃんはゆうべ5時まで飲んだ後、6時20分のバスに飛び乗って来たという豪快なコンディション故、無理もなかろう。
 
 壁にかかったアコースティック・ギターを弾かせて戴き、ロック談義に花が咲き、深夜3時を回るなかなか深い時間まで飲んでおひらきに。秀ちゃんご馳走様でした。
 ホテルへ戻り、タイマーを7時50分に合わせた。

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2009年 11月 2日

入園願書〜面接〜bambi in 長野

 早朝起床。最寄りの幼稚園に必要書類を届け、正確な面接の時間をその時点で知り、一旦帰宅して備える。
 私立の仰々しい幼稚園ともなれば、整理券をもらうべく寝袋持参で徹夜で並ぶケースもあるのだと言う。まったく理解しがたいこの異常なシステムを当事者の世代を持つ親となって初めて知る。

 長野ライヴのリハ時間にはなんとしても間に合わねばならないので、午後「なる早」の新幹線に飛び乗った。ネットで調べた出発便のうち2本が残念ながら運行しておらず、東京駅で40分も待つ羽目に。
 14時4分発の長野新幹線「あさま」に人生初乗車。
 中から映る戸外の景色はあっという間に長閑なものとなり、熊谷を通過する時思わず界隈の輩につっこみメール。
 霧に包まれた軽井沢を通過した。

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 やがてJR長野駅着。外はあいにくの雨模様。風が強くて前情報通りメチャ寒。
 駅に隣接するホテル「メトロポリタン」へチェックインし、徒歩でライヴハウス「NDIA LIVE THE SKY」入り。
 サウンド・チェックの最中、長野朝日放送「ザ・駅前テレビ」の取材陣も到着した。このイベントは地元のメディアで紹介される模様。
 34年の時空を超えて復活を果たす伝説のバンド『俄』のリハに聴き入る。

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 オリジナル・メンバーの演奏ーーという真実が余計迫力を感じさせた。本番の熱が楽しみ。

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 最後のbambi逆リハを経て開場。
 どうも会場には入りきれないほどの客が押し寄せている模様。流石、地元『俄』再結成の底力を感じ受けた。
 そしてbambi本番。ステージは狭いが、いつものテンション良好。『俄』のオリジナル「人形館」は、勝手ながらもはやbambiオリジナルの感触。
 我々以外のゲスト:宮川真衣さん、俄組の演奏時間もそつなく流れた。

 そして真打ち『俄』登場。
 ここのところ、何度もLP音源を聴いたあの演奏が、よりパワフルなテンションで再現されてゆく。楽屋下にも聴き漏れる演奏を聴くに連れ、自分なりの感慨にふけいる。
 何故NSPは、オフコースは、時代の潮流に乗っかり成功したのだろうか。小学生の頃、同級生の女のコで生徒会長だったSの家でNSPのカセット・テープを貰ったなぁ。
 『俄』リードヴォーカリスト:宮川さんの声は天野滋の声よりも芯に響く印象だ。

 最後、『俄』に混じってのセッション。「鬼が走る」のいなたさをおいらはタッチワウでちゃんと再現出来たのだろうか。今宵ステージの最終最後を締めくくる「ハイウェイバス」でライヴは叙情的に幕を閉じる。

 こうしてbambi in 長野の初遠征が無事に終わった。

 小雨の中、一斉に撤収。
 一路打ち上げ会場へ。差し入れの野沢菜を肴に赤ワインで乾杯。
 演奏もさることながら、出演者及び関係者のみなさん、人柄も素敵な方ばかり。音楽が紡いだ心のつながりを感じ受ける。

 差し入れの美味しい野沢菜を肴に赤ワイン。
 差し入れの美味しい野沢菜を肴に赤ワイン。
 差し入れの美味しい野沢菜を肴に赤ワイン。

 この作業を繰り返すうちに軽く酔いがまわり始め、打ち上げ会場を後にbambiの面々で〆のラーメン。勿論この地の夜中に食した。

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2009年 10月 30日

 ほとんど寝られずまま5時40分にロビーで待ち合わせ、タクシーで新神戸駅へ。
 6時10分発の東京行きのぞみへ乗車。
 
 車中終始瞳は閉じていたが何故か本格的な眠りにつけず。
 9時頃東京駅。
 
 編集部へ赴き、終電のなくなる時間まで入稿作業。夕飯は出前のげんぱち弁当(鰤)。
 そろそろ一区切り…と考えていた矢先、不意にライター:Mより「飲み足りないので付き合ってけれ」メールを拝受。
 同時に小腹もそろそろの時間帯だったので、寝不足(居眠り)覚悟で深夜のゴールデン街へ飛ぶ。
 Mとも久々、HH店の馴染みのマスター:Yさん、T、Iくんらとも久々。
 河岸をBへ変えた頃、三丁目のHさんも合流し、新宿に最近出来たっぽい24時間営業の寿司屋へ。
 24時間って何だ? こんな店が出来てたのか! しかも寿司屋!?
 ネタがいい加減だと最低だなと思いきや、意外にも充分新鮮なネタが採用されており、最後はしっかり握ってもらった。白ワインが3本消化。
 あー眠い。

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2009年 10月 29日

WBC世界バンタム級・絶対チャンピオン

 特別に楽しみにしていた1日。
 かつてヤンジャン本誌にも世界戦特集で2度ほどご登場戴き、渾身の応援記事を構築した経緯があった。
 次回の防衛戦をクリアすれば、あの具志堅用高以来の2桁防衛記録を樹立するボクサー。
 ファンに間では「バンタム級絶対王者」、つまり世界中のあらゆるボクシング団体の中で最強のバンタム級王者だと認識されている。

 WBC世界バンタム級チャンピオン:長谷川穂積選手への取材日がついにやってきた。
http://ameblo.jp/hozumi1216/
http://www.shinsei-gym.com/index.html

 東京駅でカメラI、そして本日の対談相手として企画する漫画家:高橋ツトムと東京駅で待ち合わせ、のぞみへ。ちなみに11月19日は発売のヤンジャン・コミックス『SIDOOH-士道-』19巻帯コメントは長谷川選手より賜った。
 新幹線の中での昼食は高橋先生推薦の崎陽軒のシューマイ弁当。これが旅の始まりには絶妙に合う。
 15時過ぎに新神戸へ到着。
 駅からタクシーで15分程度のとても環境の良さげなニュータウンに長谷川選手の所属ジムはあった。
 予定時間よりも数分早めにジムへ到着されたチャンピオン。
 現役選手で今最も敬愛している長谷川選手にお会い出来る機会を得られたおいらは、何はともあれ幸せだ。
 ジム脇のテーブルで早速インタビュー対談開始。
 一言一言を大事に真摯に回答くださるチャンピオン。発せられる言葉が試合内容の重さを感じさせ、同時に実に温かい人柄を感じ受けた。

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 時間が足らないと思わせるほど興味深いインタビュー時間が愛おしい。
 キメカットまで丸々1時間の取材時間をまんべんなく使い切り、取材の際、滅多に撮らないおいらもここは是非とチャンピオンにお願いし、記念撮影。

 チャンピオンはWBCのチャンピオン・ベルトをおいらの肩に乗せてくだった。「今度の防衛戦は、先生と是非応援にいらっしゃってください。チケットは用意させていただきますから!」なんたる王者、なんたる配慮。おいらよりも遙かに若き王者には終始感激だった。
 懇切丁寧なチャンピオン及び、ジム関係者にご挨拶を終え引き上げた。感謝。
 
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 そのまま近場をロケハンし、高橋ツトム・スナップ写真特写の提案。
 執筆で疲弊している仕事疲れの先生に無理を言い、夕暮れ前の色味を背景に数枚のショットを抑える。
 三ノ宮へ移動。勘で決め当てた綺麗な居酒屋で乾杯。
 21時台もゆっくり帰りの新幹線はあろうよとタカをくくり、長谷川選手の素晴らしさを肴に調子よく芋焼酎を嗜んでいたところ、時刻表を検索してみれば最終の新幹線はすでに出てしまった直後の模様。!?
 「よし、じゃあ宿を取ろう」
 のっぴきならない原稿〆切を抱えるはずの高橋ツトムの判断は、終電を逃した後悔など微塵もないまま真っ先に次への行動を提案する。
 こんな場面でも彼の判断はいつも明確で早い。

 携帯でのネット検索で、徒歩3分のなかなかよき物件を確保。先生は午前中より執筆のため大事を取りお休み。
 1周り弱若きカメラIを引き連れ、居酒屋〜バー〜〆のラーメン屋を梯子し帰還。
 明けて朝6時10分発の始発狙い。4時起床の計算ならば、寝る時間はあと1時間。

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2009年 10月 27日

玉砕

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 どうにもさえない日々が続いている。
 鼻のコンディジョンの悪さはRちゃんだけにあらず。
 Rちゃんのお鼻を綺麗にしてあげたら「ありがとう!」と言われた。彼女、一応微熱に落ち着いたものの予断を許さない。
 
 今月いっぱいで閉店する「らいぶはうす『のろ』」の最後を先ちゃん&格闘家:飯村健一と看取るべく、営業時間1時までの入店を目指し23時前に伺った。ところがすでに閉店の時間で残念。
 最終日に向け営業時間は随分早まっているそうで残念ながら2度目の断念。

 ならば老舗の『大茂』だろうと、雑居ビルの3階まで駆け上ると定休日。なんとついていないことか。
 ならば飛び込みで入ろうと、並びの初めての店に入ろうとしたら「今日はもう終わりなんですよ」とまたしても玉砕。

 3軒目でようやく『羽幌』に落ち着いた。
 飯村の道場が今年目出度く5周年を迎えるそうで、今宵はそのお祝いも兼ね3人呑み。
 河岸を変え、バー:SでSと合流し、いつもの地元呑み突入。
 しっかり、かつ久々に醤油豚骨ラーメンを〆に完食。

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2009年 10月 17日

札幌

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 午前中に稼働し、Rちゃんともろくに遊ぶこともなく昼過ぎの便で札幌へ。
 空港よりJRで札幌駅へ。

 こちらでも東京で使うスイカが使えた。ちなみに大阪では使えない。
 地下鉄ですすきの駅へ。東急インホテルへチェックイン。

 午後7時、作家:M氏、編集Tさんとロビーで合流し、予約してあったすぐ近くの寿司屋「たる善」へ。
 漫画、音楽、ドラマ、俳優、女優、映画、食…思いつくまま語りあう一時。M氏の中のブームをいくつかご教示戴く。
 それにしてもこちらの肴の美味いこと。銀座の高級店に匹敵する極上の食材が、話のテーマをそちらに導かせてくれる。山わさびだけでもつまみになる。
 話も盛り上がるが食も盛り上がり過ぎ、おいらの年代としては「そんなに食べてはイカンだろう」と言えるほど食い過ぎた。自分アホ。
 河岸を変え、赤ワインを注文したのだが、喉のギリギリまで先ほどの新鮮な諸々が遣えており、酔う前にして食も飲もギブアップ。自分アホ。

 Mさんをタクシーまで見送り、そのまま部屋に倒れ爆睡。やがて朝を迎えてしまった。

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投稿者 yonezawa : 21:29 | トラックバック(0)

2009年 10月 14日

記憶完全粉砕

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 午前中、クライマックス・シーンを継続し続ける最重要原稿を引き上げ、即刻入稿。
 
 夜、漫画家:山崎紗也夏と会食。
 彼女とは、地元のバーで度々遭遇することはあるものの、こうしてちゃんと待ち合わせて食事をする機会はもう何年ぶりだろうか? と思うぐらい久々。
 この日程も随分前から計画し、ずんずんずれ込み、ここまで延期された末に実現となった。
 かねてから「山崎さんと飲む時には是非誘ってください!」とリクエストしていた若き編集:Mも約束通り同行。
 新宿へ。

 生魚を肴に芋焼酎をちびちび。
 河岸を変え、赤ワインをちびちび。
 ゴールデン街では馴染みの連中と遭遇しながら、なんらかのアルコールをちびちび。
 その後の話によれば店:HのHちゃんも合流したそうで、みんなで花園神社にお参りにも行ったそうだ。当然おいらも。しかし全然記憶がない。

 そのうちお開きとなったようで、タクシーで山崎嬢の地元へ送ったならば、彼女は「まだ飲む」のだと言う。
 後の話で聞いたのだが(こればっかり)、おいはゴールデン街で一度オチた瞬間があった模様。
 そんなコンディションにありながらも「ならばおいらも!」と同行したおいらはカウンターで1杯戴くことに。ところが、限界を自覚しながらの儚い抵抗であり、結局、彼女よりも先に撤退。
 久々に記憶完全粉砕の夜更けであった。
 素晴らしき強者:山崎紗也夏、恐るべし。

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2009年 09月 30日

 取材先の都内某所に到着したらば、しばらくすると見学希望な後輩編集者がワラワラ到着。
 「何なんだお前ら!?」「勉強させていただきに参りました!」世紀の大監督へのインタビュー取材の目撃者になりたい小僧集結…
 いつもはカメラとおいらの2人だけ。こんな大勢で入室する初めての取材となった。先方に問題がないのなら、まぁよかろう。
 
 定刻通り、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で一世風靡した、あのロバート・ゼメキス監督との初邂逅を果たす。
 とてもフレンドリーな取材空間を演出してくださる大監督は、想像したままの素晴らしき映画人。映像に関しては、パフォーマンス・キャプチャーと言う鬼の手段を駆使した凄まじい最先端映像のシステムに呆れた。想像通り、映画製作には一切妥協のない彼のスタンス。映画に没頭するこだわりが尋常でない。わかっちゃいるが大いなる刺激だ。
 実に興味深きテキスト素材を戴き即刻編集部へ。記事及びwebでの紹介記事がメチャ楽しみ。

 帰社後、積もり積もった雑務をさばきJR国分寺駅へと飛ぶ。
 文庫セクションのボス&スタッフらとTさんとの打ち合わせ&会食の席へ到着。
 Tさんからは、つい昨日今日出たばかりの最新単行本を贈呈戴き感謝&感激。
 制限時間まで語りあう機会を得、焼き肉『山水』だけで解散後地元方面へ引き上げた。

 先ちゃんスタジオへ立ち寄り、お願いしていた感慨深いコピー原稿を拝受。そして軽く「行こうや」と外へ。雨はまだ止まない。
 誕生日の今日、美女をはべらせながらきっとどこかで呑んでいるだろうと想像させた岩谷テンちゃん画伯は、なんと自宅に引きこもっておられたので誘いメールと誘導電話。
 静かなバーで先ちゃん、呼び出したテンちゃんと集い、彼のHAPPY BIRTHEDAY。

 テンちゃん仕事場界隈の居酒屋:Hへ移動。
 すると偶然、過去に一度だけ編集者:Kの誘いでたまたま呑んだことのあった地元民:Nを発見。ビックリ!
 そうなれば、当然彼女らと相席することとなった。遅れて漫画家:ごっちゃんも到着。意志とは裏腹に、高額なシャンパンなどを開けられてしまい、事態は益々訳のわからない展開に。

 さらに河岸を変え、バー:Sに移動したらば漫画家:福本伸行先生の姿が。
 「ちょっと、お墓見ていってよ!」と先生に促され、かつてバー:Sの給湯室だったスペースを見ると、実に立派で迫力満点の墓標が建設されていた。

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 アカギの墓──

 なんたる壮絶なレイアウト。噂には聞いていたが…。ここへのお墓お参りに全国からファンが集まってくるそうだ。
 さらに遅れてやってきた漫画家:Sとも合流し数杯飲み明かしたが、まだ病み上がり体調を引き摺っていたおいらは、1人だけやや先に帰宅。(つっても5時過ぎ)限界だった。

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2009年 09月 24日

1年近くぶりの再会

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 1年近くぶりの再会などとはとても思っていなかった。
 映画人:Sとの嬉しき再会は、Sから伺ったおめでたいニュースと重なった。
 メールで会話している分、ほんの3,4ヶ月程度のブランクかと思いきや、再会までに丸々1年という時間が経過しているとは、感覚などいい加減なものだ。

 村治佳織、押尾コータロー、ジェイク・シマブクロらのCDをお土産に贈呈し、店で村治佳織の新作『ポートレイツ』をかけてもらう。

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2009年 09月 14日

すべては夜から生まれる

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 アナログの原画を高解像度でCD−Rに取り込み作業。デスク上の雑務が後を絶たず。

 夜、自由人でフリーライターの仕事仲間:Oといつ以来かの会食へ。
 待ち合わせた地下鉄出口の番号をメールで書き間違えるおいら。

 先日、自ら幹事でありながら、入稿でたどり着けなかった飯屋を訪問。
 Oに依頼する一連のリライト原稿の納品のスピード、クオリティには信頼があり、先だって部内の上司に依頼された個人的原稿起こしの作業もそつなく敏速に対応してくれた。
 労いの意味も含む、語らいの機会を得た。
 映画談義も恒例の話題のひとつなのだが、おいらのノーチェックだったO推薦の映画『すべては夜から生まれる』DVDをご本人よりレンタル。
 HD内の見たい未見の映像も多数ありながら、また1本見なければならないタイトルとの遭遇。
 同作品で主演をつとめる、北野武監督作『Dolls』にも出演した西島秀俊は気になる俳優の一人。

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2009年 09月 10日

水炊き

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 編集部内の島(班)で初めて夕飯に。
 Aの明確なリクエストでチョイスした水炊きがとても美味い。
 博多発祥の水炊きは、幼少の頃から我が家でも定番のメニューのひとつだった。
 しかし、博多で外食として水炊きを食べたのは東京に来てからだったと思う。

 鶏ガラスープに鶏肉や野菜を入れて食べるわけだが、今日の店は白菜ではなくキャベツを使用。別名「博多煮」 とも呼ばれる水炊きには早生キャベツが定番なんだとか。

 カレーにしろ、唐揚げにしろ、水炊きにしろ、子供の頃食卓に並んだ、おふくろ作成の料理がやはりまた食べたいものだ。

 遠慮のいらない戦友共と爆笑の宴が続く。
 河岸を変え、ワインをかっ喰らう前に20代の若者1人が真っ先に船をこぎ出した。

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2009年 09月 9日

下北沢 CLUB 251

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 午後6時、ヤングジャンプ30周年記念企画のひとつ「YJクロニクル」記事のため、編プロ:ライターによる漫画家:高橋ツトムへのインタビュー開始。
 彼がヤンジャン本誌に登場してすでに10年以上の月日が流れた。本誌へ執筆することとなった経緯より、質疑応答が始まる。

 2000年1月よりこのブログは書き記しているのだが、高橋ツトムとの出会いは99年以前のことなのですでに記憶も曖昧となり、初めて高橋ツトムと遭遇した日付は正確には思い出せない。
 しかし最初の遭遇がライヴハウス「下北沢 CLUB 251」での対バンだったことは明確に記憶している。
 漫画家:若林健次に誘われ、当時のおいらのバンド「パンクラ」で参加させて戴き、若林健次、おおひなたごうらとバンドを組んでいた高橋ツトムという漫画家を初めて認識した。

 それ以前、パンクバンドをやっていたという彼の突き刺すような眼光がまず印象的で、俗にイメージされる漫画家の雰囲気など1mmも感じさせない、初めて遭遇するタイプの男。
 ちなみに、もう1つの対バンには、今をときめく天才漫画家:二ノ宮知子のバンドも登場していた。
 
 『ALIVE』でヤンジャンに登場するのが99年からなので、そこから遡る1〜2年の間に編集者として彼を口説きにかかったという経緯だったか。
 高橋ツトムは今年デビュー20周年。ヤンジャンに描き初めて10年。
 本誌で描いた作品中3本が実写化。漫画から派生したメディア・ミックスは現在も尚延々続いている。
 申し分のない経歴を経て、年内にキャリアを総括する大型企画を勝手に妄想するこの頃。

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2009年 09月 5日

JAZZ KEIRIN

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 下高井戸の東京讃岐うどん屋「JAZZ KEIRIN」には、法政大学2部ジャズ研究会OB会の打ち上げ以来に訪れたので、もう何年ぶりになるだろう。
http://www.jazzkeirin.com/

 料理人時代のおいらが大学に所属していたわけではなかったが、縁あって20歳ぐらいからギターの参加で、なし崩し的にサークル活動を数年間過ごした時期があった。
 オーナー:T氏は、おいらよりも1個年上の同じく2ジャズ出身。
 久々の再会を果たした(2ジャズ内では同期のような)TTが、何年ぶりかに誘ってくれた店がここだった。
 
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 閉店間際にお任せで出てきた酒のアテの何もかもが美味い。
 時間的にカマの火を落とさねばという事情もあり、うどんの選択も店主:Tさんに任せ、冷たい(確か)白カレーうどんを戴いた。味◎。

 酔いに任せ、競輪好きのTさんの話を聞くうちに、思わず90年頃、当時まだギリギリ現役選手だった中野浩一選手へのインタビュー(江口寿史先生との対談企画)のことを思い出した。
 プロスプリントで世界10連覇した奇跡の実績は尋常ではない。

 中野は1976年に初めて世界自転車選手権に参戦。
 翌1977年には世界自転車選手権プロスプリント種目で初優勝。それから毎年同種目で優勝し続け、1986年までに10連覇を達成した後、自ら同競技より身を退いた。「KEIRIN」を世界的に認知させたのは間違いなく中野だった。

 当時伺った淡い記憶ながら、V10を振り返った中野は確かこう語った。「初優勝の時には、『あいつは誰だ?』と言われ、誰にも認知されなかった。2度目以降の連覇の積み重ねにより『東洋人?』『日本と言う国から来たヤツなのか?』『ナカノという選手なのか!』と徐々に名前を覚えられ、認知される評価を目の当たりにしながら競技を行っていたものでした」
 「後に、もう自分が身を退き、世界一の走者でなくなった後にも、ヨーロッパの大会にゲストとして招かれると、ポスターの一番上には大きく『Koichi Nakano』と書かれてあるんですよね。嬉しかったなぁ」
 世界チャンピオンの名は、その次にナカノの文字よりも一回り小さい字で記されてあったそうだ。
 中野の偉業は、他の、どのスポーツのどの優れた選手にも匹敵、あるいは凌駕するほど桁違いの素晴らしいものがある。

 『世界自転車選手権プロスプリント10連覇』
 この記録は、20年以上経った現在でもいまだに破られていない。 

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2009年 08月 31日

創作和食

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 夕飯の和風弁当を喰った直後、Mより夕飯の誘いを受け、軽くつきあうことに。
 Mの推薦で、地元神保町に1年ちょい前からオープンしたという創作和食の店を訪れた。
 「まったく弁当なんぞ喰うんじゃなかった」と大きな後悔を抱かせた丁寧・美味な和食のおしながきが魅力的。
 神保町は食事をするのによい店は多いのだが、酒を扱う夜の店で名店の知識はおいらにはほとんどない。
 今日知らせてもらった『傳』はまた訪れたし。
 映画の話、音楽の話。話は山積み。ディープな夜更けだ。

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2009年 08月 27日

吉祥寺麺通団

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 その存在はネットで知っていたが、初めて今日『吉祥寺麺通団』の暖簾をくぐった。
 深夜までの営業なのでギリギリの時間だったが無事入店。
 季節限定品だったか、冷たいサラダうどんをすすった。麺は普通に腰があって、こうした讃岐うどんの一般的なイメージのまま。
 Sちゃん情報によれば、天ぷらが堅くて最低の日があると聞いていたのでトッピングは足さなかった。
 ヘルシーな夕飯を済ませ外に。

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 今月、まだたった2日だけなんがら、駅から徒歩30分の帰途の道中を歩くことが、さして苦痛に感じなくなった。
 日のコンディションにもよろうし、いくらでも気が変わるだろうが、今夜の夜中の道のりもゆったり30分以上かけて徒歩帰還。
 就寝時間の遅い我が家(実家)のおふくろに、24時過ぎに電話しても必ず普通に出てくれる。
 電話で話しながらてくてく歩くと、30分の道中などあっと言う間だ。
 話が終わらないまま家の前に到着した。
 しばらく家の前の小川のせせらぎを聴きながら、Rちゃんの微笑ましい近況を母に伝えた。
 
 そう言えば、昨日から丸1日Rちゃんに逢えてないのだ。

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2009年 08月 26日

LILLIX

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 各位の多忙なスケジュールをぬい、本日ようやく打ち上げ(何の?)の席を確定させた。
 幹事は率先して名乗り出たおいら。
 FUJI ROCKで、サマソニで、インタビュー・ルームで多くの現場を共にしてきたWチーム:KOBI、I葉、&Mゆう、大家社長らの5名で宅を囲んだ。

 おいらがナンバリングをして、定期的に手がけるようになった音楽記事は、彼女たちとの仕事から始まった。
 記事としては、枠の都合で03年ヤンジャン33号掲載のSTACIE ORRICO記事が初っぱなだったが、打ち合わせそのものを最初に行った案件は03年ヤンジャン39号掲載のLILLIXから。
 あの日からすでに6年以上が経過した。あっと言う間の時間だ。

 酔いの境目が判らない酔い方こそ最もストレスのない飲み方であり、今日は勿論いつ酔ったのか判らないGOODコンディション。
 とりたてて良質のロック・ミュージックの啓蒙を全員共通の意識として、今後も力の続く限り、彼らと現場を共にすることが継続出来れば言うことナシ。

 よく飲んでよく笑って語り明かし、申し分のない夜更けだ。

投稿者 yonezawa : 18:07 | トラックバック(0)

2009年 08月 8日

リハの時間

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 気がつくとリハの時間になっていた。
 常々楽曲制作者よりコード譜を綺麗にプリント・アウトしてもらってのリハなので、体と楽器2つでスタジオへ赴けばよいのだが、(ライヴで見やすいように)コード譜の文字をもっと大きくしたいと考えた。
 あらかじめテキスト・データを送ってもらい、自ら再構築してみたらばコードと歌詞の抜け箇所が発覚。

 コード譜に頼ってライヴ演奏すると完全に紙頼りになってしまい、生演奏に関してはソレを見ないと永遠に自信がつかないテンションに落ち着く。
 今回もコード譜頼りでのライヴとなるが致し方なし。
 
 リハ後、メンバーと乾杯。
 今夜に関しては明日午前中の諸事情もあったので、ちょっとセーブしようと思っていたところ、なんだか知らないうちにかなり回っていた。

 朝、ちゃんと着替えて布団に寝ており何も問題はなかったのだが、久々に、帰宅した記憶が丸ごと抜け落ちてしまい、曖昧だったのだ。

投稿者 yonezawa : 18:03 | トラックバック(0)

2009年 08月 6日

断髪

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 午前中、洗面所で髪の伸びたRちゃんの断髪。と言っても前髪だけほんの1cm程度をカット。
 「まっすぐしてて」と言っても勿論じっとしてくれるはずもなく、振り返って鏡を見たり、棚の扉を開けて中に入ろうとしたり、まぁ落ち着きがなく動きっぱなし。
 そうしたものすごく切りにくい状態ながらも何とか均一に切り分けた。
 ちゃんと段も入れ、なかなか綺麗に揃った。「理髪のセンスが自分にあるのでは?」と浅はかな自覚をしかけた。

 足下に散らばった短い髪を不思議な表情で見つめながら、足裏に付着した髪を「とってとって」とRちゃん。最近、会話は7割成立するようになった。
 昨日の夜、スーパーで買った重いスイカがキャンキャンに冷えている様を確認し、食事後、Rちゃん用にも小さく切り分け、ちゃんと種も取ってお皿に盛ったところ彼女は食べず嫌い。残念。

 夜、ロサンジェルス在住の映画ライター:小西未来くん
http://www.miraikonishi.com/
を囲む会食の席へ。
 映画チーム:Mのセッティングにより5人のメンバーでカウンターを囲んだ。
 小西くんは先頃、『ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたか (単行本)』の翻訳本を出版したばかり。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4270005106
 
 彼はこの書籍を贈呈するために人数分用意してくれていた。
 ところがおいらはこの本はすでに購入しており、「どうだ! 持ってるぜ」と彼に差し出し、驚いてもらった。そして他のみんな同様サインを戴いた。

 小西くんとロサンジェルスで会ったのは、映画「ブラザーズ・グリム」が最後だったか。それ以前にも、映画「キル・ビル」取材でも一緒だったと思う。
 あの日からは随分時間が経ってしまったが、その際、現地ではギター・センターに車で送って戴いたことを思い出した。ロスは車がなきゃどうにもならない街。その節はお世話になりました。
 
 Mの促すまま、高級ワインがガンガン空けられる。
 揃いも揃って呑んべぇ揃いの面子である故、結局1人1本以上の割り当てになったような計算。

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 アメリカに移り住み、自分の最も好きな映画の仕事で飯を喰っている小西未来。現地での彼の活躍はいつでも嬉しいニュースなのだ。

投稿者 yonezawa : 18:31 | トラックバック(0)

2009年 08月 2日

体育館

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 早朝8時に起きた。
 9時出の予定で府中方面へ向かう予定だったが、9時前のHからの電話で待ち合わせは正午に変更した。
 本日雨につき、予定を大幅に変更せざるを得なかったのだ。

 そもそも府中にある「じゃぶじゃぶ池」で、初めての水着を着せたRちゃんをじゃぶじゃぶお遊びさせる予定だったが、止まない雨を睨みながら泣く泣く断念。
 親睦会はそのまま続行とし、H家と府中の体育館での室内お遊びに予定を変更することになった。
 
 Hに駅まで迎えに来てもらい、H家で軽く昼食のおにぎり、唐揚げを頬張り、移動。

 今日のもう一人のゲストであるH家:長女Kちゃんの同級生Yちゃんも、Kちゃん同様保母さん志望で、本日は頼もしいパートナーが(ママも入れて)5人。加えてRちゃんの心を掴む機微には定評のある、家長Hの存在。
 もはや、Rちゃんの人見知りテンションは0に近い状態。

 体育館到着。駐車場は随分混んでいた。

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 小雨の上がったタイミングを見計らい、まずはRちゃんを足こぎのカートに乗せ、ブランコを経由し、Rちゃん人生初のゴーカートに(ママと)乗車。
 コースを2周する際、撮影ポイントは一箇所に限定されたが、あの瞬間の充実した笑顔が何とも言えない感慨を与えてくれた。
 ちなみに1周たったの80円。このご時世にも財政豊かな府中ならでは、か。

 体育館内ではフットサルからバトミントン、卓球、エアガン、アスレチックetc...みなさん本格的なトレーニング衣装で競技中。

 広い絨毯の敷かれた「幼児広場」はたまたまノーゲストだったので、広場の全体を使いRちゃん、独壇場のかけっことブロック遊びに熱中。
 ブロックは、積み重ねればRちゃんのお家も造れそうなサイズのモノで、これは想像よりも重量があった。
 やがて何組かのチビッコとご両親が広場に集い始めた。しばらく大変なやんじゃぶりを発揮しながら、遊びの真っ直中にありながら、ある瞬間、線を引いたように真顔になり「おうちかえろ!」とバッサリRちゃん。
 あの唐突な閃きの真相は何なのか?

 よって、姫:Rちゃんの唐突な提案により、大人6名は一斉に移動〜帰途に。
 H家に到着し、我々お父さん勢2人はこぼれた追加食材の買い出しへ。
 
 H家次女Sちゃんがバイトから帰宅。午後4時。

 Hと共に黙々と男料理に没頭し、H家恒例の餃子は大葉入りでキクラゲ入り。Hの仕込みも堂に入ったモノだ。皮の包みは全員参加でサクッと作成。大量の餃子がものの数分で完成した。
 おいらは、H家の冷蔵庫に眠る大量の業界類の食材を発見し、またしてもシーフード・クリーム・パスタの作成。
 
 併せて食卓には枝豆、自家製プチトマト(これが激美味)等が彩りを添え、ビールと酎ハイで乾杯。餃子、美味しかった。

 理想的と言えたH家の家族像が今日も素晴らしい。
 それにしてもRちゃん、雨天をはねのけ、よく遊び跳ね回りました!

投稿者 yonezawa : 15:43 | トラックバック(0)

2009年 07月 29日

G&L

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 早朝、慌てて原稿奪取に向かい、昼12時には入稿を終えた。
 13時より漫画家:高橋ツトム宅で開催されるバーベキュー・パーティに参加させていただく。
 日本酒と西瓜のお土産を持参し、到着早々焼き上がった肉類を戴いた。
 日中のぴーかんな日差しの中、招かれたゲストの子供たちはパーティの主役の如く目映い彩りを放つ。揃いも揃って可愛い子供ばかり。子供は天使。

 ビールから焼酎のお茶割りを戴き、やがて家屋で飲み直し。
 高橋ツトム氏は数多くの“使える”ギターだけを有しており、本人自身がそれなりのリペア、改造を施せるような“工房テク”を有している。
 何度も何度も試行錯誤し、数十万円の予算をつぎ込んだギターがそこら辺に無造作に置かれているのだが、ふいに「このテレ、米氏にやるよ」っとG&Lの名機を掴んで手渡した。

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 ギター弾きが第三者にギターを贈呈するという行為はよほどのことだ。
 つまりギター弾きは仮にどんなせこいギターであっても人にはあげたくないもの。おいら自身の感覚からすれば。
 また、ギター弾きはどんなオンボロギターでもくれるものなら貰う。おいら自身の感覚からすれば。
 今回、メインのギターであってもおかしくない程の完成度を誇る「テレキャスター」をまさかくれるとは!?
 酔った勢いなのか? きついジョークなのか? と疑い目線のおいらを「いいんだよ、やるやる」と、至って冷静にいなす高橋69。

 「マジなのか、おい!」
 おいらは高揚し、呑んで6時間は経過したほろ酔いのまま嬉々として延々ギターを弾いた。家でもこんなに気持ちよく弾いたことは久しくなかったかもしれない。

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 握った時に判る名機の感触。
 弾いた時に判る名機の実力。
 アンプを通して鳴らした時に判る名機の機微。

 今日を境目に、おいらのメインギターにこの1本が加わった。申し分のないテレキャスター。高橋69先生、感謝!

投稿者 yonezawa : 18:10 | トラックバック(0)

2009年 07月 25日

1戸建てと国営昭和記念公園

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 S社:Sが、おいらの家からもほど近い閑静な住宅地に一戸建てを構えたと聞き、彼の新居でご飯を戴こうという話が急速に進展した。
 そのホームパーティを行う際には、そもそもおいらが料理をまかなうこと(条件?)になっていたので、S宅へゆく前に西友で買い出しに。

 「包丁が切れないんで、それも買いましょう」というSの要望も盛り込み、食材、飲み物は買い物カゴ4個がいっぱいになるほど買い込んだ。
 総計5名分の食材をわんさか購入。

 33歳の若さで庭付き1戸建ての物件購入。何はともあれ立派なことだ。
 おいらの自宅からの距離は車で正味15分程度だったろうか。
 「庭付き」の自慢話(笑)通り、確かにちょっとした庭もあり、隣は空き地。日当たりのよい環境も申し分のない新居に招かれた。

 今日集うメンツのうち2人がおいらとは初対面とのこと。
 Sの仕事仲間である彼らの到着時間はあと15分を切ってしまっていたので、とにかく突貫工事のごとく調理に着手。
 
 まず、ゆで卵を作成。
 その隙に、キャベツの千切りにレタス、サニレタス、トマト、キュウリ等を洗ってざるにあげ、サラダの材料は冷凍室へ。
 調理の後、サラダを即食べる場合、食材は冷凍室にしまうのがベストだと思う。

 豚肉野菜味噌炒め用の材料を切り出し、ニンニクアッシュして、シーフードクリームソースパスタ用の野菜、具材切り出し。
 調味料を確認。パスタの具材に考えていた3切れの鮭のうち2切れは素焼きにした。
 ニンニクの茎と牛肉を酒、醤油、出汁とブラックペッパーで炒め煮込み、5人前想定の豚肉野菜味噌炒めも作成。

 パスタの麺を12分間茹で、むきえび、鮭、卵黄、えのき、タマネギ等バターで炒め併せ、牛乳買うのを忘れてしまったので白ワインで和え、丁度麺がゆであがった頃、フライパン内で生クリームとざっくりあわせて軽く煮だたせた。

 S宅のフライパンが鬼のように小さいので、すべての料理は難儀を極めたが、丁度よいタイミングで到着したメンバー:Rに流しの洗い物等をサポートしてもらいながら、スムーズな時間繰りで予定したすべての品を完成させた。
 所要時間、正味1時間強だったか。気持ちのよい汗が流れる。
 
 ビールで乾杯。
 FUJI ROCKでの名演:ジョン・バトラー・トリオのライヴ映像を見ながら親睦会の開催。
 しかし仲間宅でのホームパーティはいいものだ。
 20年近く昔、たまに催していた、先ちゃん宅でのホームパーティは派手だったなぁ。あの頃もよく十数人分のシェフやってたっけ。
 午後5時のお開きの時間まで、ほろ酔いの心地よき時間が流れる。

 午後6時過ぎ、ママ&Rちゃんと三鷹駅で待ち合わせ。
 昨日突然思い立ち、国営昭和記念公園で開催される花火大会へ赴く計画を立てていた。本物の花火をRちゃんに見せようと考えた。
 
 立川駅からデパートの屋上を目指すが、すべてのテーブルがすでに予約者の名前で埋まっている。当たり前か。
 やむなく昭和記念公園に連なる遊歩道を歩き、適度な場所でシートを敷き、とりあえずの場所を確保。
 昼間2本近く飲んだワインがきいてきたのか、おいらは思い切り大の字。

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 やがて数千発を打ち上げる花火の音が聞こえ始めた。音色が小気味よい。
 Rちゃんは夜空に大きく輝く初めて見る景色を興味深く見つめている。その横顔がたまらない。
 ときおりRちゃんの姿を携帯とデジカメでとらえながら、可能な範疇「花火」の説明を耳元で聞かせた。
 ひとひとつの風景が彼女の心の襞にどういった心象を与えていくのか。
 かつて幼き自分が両親に見せてもらった胸の温まる多くの風景。Rちゃんを見つめながら、遙か昔に見た田舎での花火の光景がフラッシュバック。
 
 昔、祖母に花火大会でのあるエピソードを聞いたことがある。
 汽車が川内川を通過するそのタイミングに花火大会での花火が打ち上がった時、汽車は一旦そこに停車し、乗客に花火を見せてくれていたそうだ。

 なんて優雅でロマンチックな時代なんだ!

投稿者 yonezawa : 18:04 | トラックバック(0)

2009年 07月 10日

SIMON & GARFUNKEL

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 公園のお散歩から帰宅してきたRちゃんの元気な声でしっかり目覚める。
 帰宅早々、チョコ味のアイスを食べるものだから、昼食のオムライスをなかなか食べてくれないRちゃん。
 
 リビングのエアコンをいよいよ本格稼働させねばとリモコンを探すが、これが不思議とみつからない。
 冬場もほとんど暖房にエアコンに頼ることがないので、夏前後の1シーズン程度のみ稼働させるのだが、心当たりの場所に置いてあったハズのリモコンが見つからない。何故だ?
 汗だくになり、本気でありそうもない場所も確認してみたがまったく出てこない。不思議だ。
 やむなくメーカーに問い合わせ、品番を確認しヨドバシカメラで注文。
 いまだ同じ機種のリモコンは製造していた。
 注文から1週間から2週間は取り寄せに時間がかかるそう。価格は6000円。ツーっと背中を汗が流れた。

 夕方、楽しみにしていたサイモンとガーファンクルの東京公演へ。
 チケットはアリーナ席のAブロック。並びには、人として、仲間として敬愛するHさんとKさん夫妻。
 ポール側の、かなりステージに近いラッキーな場所からの観戦となった。

 暗転〜そしてあの2人がステージ中央に登場した瞬間、大きく感慨深い気持に包まれる。
 『Old Friends ~ Bookends Theme』のアコースティックがズキンと胸に染みいる。

 今回演奏はされなかったが、中学時代、Iの家で聴いたIのギターによる『4月になれば彼女は』を鮮明に思い出していた。
 おいらのギター歴が始まることになったきっかけは、Iによるサイモンとガーファンクルのカヴァーが最初だったと認識している。
 男子の場合、「女の子にモテたくてギターを始めた」というパターンが多いと聞くが、おいらは「Iのように『4月になれば彼女は』を弾けるようになりたい!」只その一点の思いでギターを弾き始めていた。

 『冬の散歩道』のリフの素晴らしさ。
 これこそがオリジナルなんだ! と一々胸が高まりながら『アメリカ』『スカボロー・フェア』『ミセス・ロビンソン』『コンドルは飛んで行く』etc...曲の美しさに、優しさに終始打たれ続けた。
 涙がこぼれ落ちることはなかったが、終始瞳はウルウルしっぱなし。名曲が有り難かった。

 バックを務めるミュージシャンも温かい。フレットレス・ベースも味わいのあるドラムスも申し分のないものであり、当たり前なのだろうが、生で聴いたポール・サイモンのアコースティックはとても巧かった。
 終演後、Kさんと握手を交わし、Hさんと銀座へ。
 Hさんの馴染みの店:Kで乾杯。今宵はベストの面子で最高の音楽に浸り、最善の食材を戴くとても贅沢で破格の夜となった。

 サイトで見つけたセットリストは名古屋公演のものだが、ほとんど同じだったように思う。

7/8(水) ナゴヤドーム
7/10(金) 東京ドーム
7/11(土) 東京ドーム
7/13(月) 京セラドーム大阪
7/15(水) 日本武道館
7/18(土) 札幌ドーム


7月8日(水)@ナゴヤドーム
1. 旧友〜ブックエンドのテーマ/Old Friends ~ Bookends Theme
2. 冬の散歩道/Hazy Shade of Winter
3. アイ・アム・ア・ロック/I Am a Rock
4. アメリカ/America
5. キャシーの歌/Kathy's Song
6. ヘイ・スクールガール/Hey Schoolgirl
7. ビーバッパ・ルーラ/Be Bop A Lula
8. スカボロー・フェア/Scarborough Fair
9. 早く家へ帰りたい/Homeward Bound
10. ミセス・ロビンソン/Mrs Robinson (includes Not Fade Away)
11. スリップ・スライディン・アウェイ/Slip Slidin' Away
12. コンドルは飛んで行く/El Condor Pasa
- - - Art Garfunkel solo - - -
13. ブライト・アイズ/Bright Eyes
14. ハート・イン・ニューヨーク/A Heart in New York
15. パーフェクト・モーメント〜ナウ・アイ・レイ・ミー・ダウン・トゥ・スリープ/Perfect Moment ~ Now I Lay Me Down to Sleep
- - - Paul Simon solo - - -
16. ボーイ・イン・ザ・バブル/Boy in the Bubble
17. シューズにダイアモンド/Diamonds on the Soles of her
18. 時の流れに/Still Crazy After All These Years
19. ニューヨークの少年/Only Living Boy in New York
20. マイ・リトル・タウン/My Little Town
21. 明日に架ける橋/Bridge Over Troubled Water
- - - - - encore 1 - - - - -
22. サウンド・オブ・サイレンス/Sound of Silence
23. ボクサー/The Boxer
- - - - - encore 2 - - - - -
24. 木の葉は緑/Leaves That Are Green
25. いとしのセシリア/Cecilia

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2009年 07月 3日

夕張メロン

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 先日、母の日に合わせて注文した夕張メロンがようやく出荷の時期とあいなり、田舎に到着した模様。
 パソコンも携帯も自在に操るお袋と姉貴より御礼のメールを拝受。
 果物好きな性質のおいらは明らかに両親からの影響のもので、今でも一人スーパーに行けばその日の気分でなんらかの果物を買ってしまう。
 しかし同級生等の同世代の仲間で、わざわざ果物を買ってまで喰う知り合いはほとんどいない。
 むしろ拒否する輩の方が多数なぐらい。
 「感謝します。みんなで頂きます。ありがとう。」と言った母からの労いの言葉を読むだけで、随分得した気分になった。

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2009年 06月 28日

初物件

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 生ゴミと燃えるゴミをまとめ、空いた段ボールをたたみ、空いたペットボトルをつぶして、Rちゃんの携帯用容器にお茶を移し、用意してあった鞄を持って外へ。
 Rちゃんをチャイルド・シートに固定し、2人きりで街道をドライブ。思いのほか雨は強い。

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 木場店で食べた輩より「思いの外美味い」情報を得、思わずやってきた。
 今頃になって、「レッドロブスター」初体験。

 夕飯時には荻窪「丸長」前に居ながら、かつ駐車スペースも埋まってはおらず、店の座席も待たされる状況じゃなかったのに、ある意味後ろ髪を大きく引かれながら、おいらにすれば初物件のチェーン店を今夜はチョイスした。

 以前訪れた「びっくりドンキー」同様、夕飯時だとそれなりの客が並んでいる。
 日常、滅多にファミレス及びこうした店舗に行く機会が少ないので、この光景は新鮮にも映る。
 「レッドロブスター」では、都合30分以上は待たされた。
 入店時に名前を言い順番を待つのだが、どうも後続の客が早く案内されるので「?」と思い、名簿をのぞき込んでみた。すると店員のコが「お名前は?」と聞いてくるので答えると、新たに新規待機客の欄に書き込もうとしているので、「いえ、すでに名前はお伝えしているのですが…」と1枚待機客リストの紙をめくると、おいらチームは見事に抜かされていた。
 脱力…

 何のための一覧表であり、何のためのチェック(呼ばれた客には案内した印の線が引かれている)だったのか…と、もう一度脱力。

 やがて席に案内された。
 味はと言うと、確かに思いの外ズワイガニのトマトクリーム・パスタなり、ステーキの味付けなり、値段にしてはアベレージは達成している舌象(舌の印象の意)。
 個人的には、ロブスター自体に惹かれるものはないのだが。
 次回は順番を飛ばされないことを祈りつつ、雨の上がった天候を確認し駐車場へ。

 連日報道されるマイケルジャクソンのニュースを見て、「ホントに死んでしまったのだな…」と再認識。

 Rちゃんは深夜11時を回ってもまだ起きていた。

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2009年 06月 25日

MOJITO

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 B社が近々に社屋をS社に移し、本国と同じ形態の会社として再起動するニュースは、昨年から聞かされていた。
 編集の先輩:T氏の要望で、レコード会社の近況をご教授戴くべく、名刺がS社となったHちゃんを交えての食事会をセッティング。
 西麻布「真」着。

 九州出身の父親を持つHちゃんは、プロモーターとしての仕事も完璧で、良き意味で年齢に似合わず仕事を円滑にこなすクール・ビューティな才女。
 おまけに父親譲りなのか酒も強い。
 
 すれっからしのロック信者であるおいらが、今ロック啓蒙のほんの一端を担えるような立場にもしあるなら「是非とも次回はこうしたい、ああしたい」などと妄想しながら、洋楽話に花が咲く。
 漫画、ロック、映画、スポーツ、すべてのカルチャーの中から良質なモノを抽出して紹介してゆければ、いち発信者としては本望だ。

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 酒豪ヘミングウェイが愛飲し、エレキギターの神:ジェフ・ベックが好んで飲むと言うカクテル「MOJITO」を、昨日のジェフ65歳の誕生日に飲めなかったので、本日改めてジェフに乾杯。

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2009年 06月 22日

Yael Naim / ヤエル・ナイム

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 米アップル社のノートパソコン「MacBook Air」のテレビCMに採用されたことで初めて認識した。現在、NISSAN cubeのCM曲「ピクニック」が大量OA中、ヤエル・ナイムの来日公演:渋谷クアトロへ。
 
 「アレサ・フランクリンなどの影響も受け、自らのヴォーカルの才能にも気が付く。18才の時にはジョニ・ミッチェルに傾倒」とある資料の情報が、なるほど! と納得出来るほど、情感豊かに奏でられる彼女の創造する音楽に惹きつけられた。
 
 バンドも申し分なし。ライヴによって醸し出る空気の素晴らしさ。ノラ・ジョーンズの優れたバンドにも匹敵するほど完璧と言えた技量に加え、人間味を感じさせる小粋なプレイの数々。
 ドラムス、そして特にフレットレス・ベースで小気味よいオブリガードを決め込むプレイヤーが素晴らしかった。
 ヤエル・ナイムの前回の公演を見逃してたおいらは不覚だった。
 CDでは絶対に伝わらない、オーガニックで魅力溢れる本物のパフォーマンスに酔った。

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 夕飯は、久々の面子:K、U、N&初ゲストのGちゃんと『佐賀雑穀』で乾杯。
 あらかぶ(大きいかさご)、いさき、赤はた、わらすぼの絶品なこと。

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2009年 06月 19日

MEDICOM TOY EXHIBITION '09

 渋谷パルコ6F「ファクトリー」にて「MEDICOM TOY EXHIBITION '09」が開催。
 それに先立ち、(毎年恒例だと言う)レセプションパーティが本日行われた。

 そもそも畑違いのおいらはそんな情報など知る術もないはずなのだったが、トイズ・マッコイ代表で偉人:岡本博兄直々にプレミアム招待状をお贈り戴いた(大感謝!)経緯があり、勿体ないので編集部アートディレクター:モトちゃんを連れ立ち参加。
 会場ではビリケン商会代表:三原さんにも遭遇。
 
 なんだか事情もわからないまま、ともあれ場内に陳列された驚きのトイを観賞させていただいたが、やたらと人が多く大変な状態。
 ディスプレイされたウルトラマン・シリーズやら仮面ライダー・シリーズのフィギュアに関しても、量産の市販品もついにここまでの完成度を誇るものなのかと舌を巻いた。
 
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 個人的にはメインの品ではないのかもしれないが、やはりKISSなり、人物のフィギュアが目を惹く。
 知るものにとっては岡本兄、横山宏さんらで作成された「12インチマシーネン」はかなりのトピックらしい。圧巻のフィギュアは迫力満点だ。

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 時間をずらして集った夕飯は、久々の映画関係者の面々で佐賀料理を戴くことに。
 知らなきゃ絶対に入らない店のひとつ。K社の美女:Oちゃんの貴重な情報で初めてこの名店『佐賀 雑穀』を知ることになった。

 本格的に辛いゆずこしょうが、まず店の優秀さを物語り、魚ロッケ(ぎょろっけ)等面白いメニューも珍しかったが、玄界灘で獲れた白身魚の諸々に感激。煮ても焼いてもベストの一品に遭遇。全員大満足。

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 人格者と語り会う時間が貴重で有り難くてたまらない。人は真摯であることが人生最重要事項。そう考えて生きねばと、参加者中のOちゃん一人だけが思わせてくれる空間だった(笑)。

 事の発端となった、ロサンジェルスでわき起こったMちゃんに纏わるおいらのホラ話から始まった“Mちゃんゲイ疑惑”の話題に、彼自身が自虐的にフェイク告白する一幕。
 何度聞いても可笑しいスベらない話の1つ。何が本当で何が嘘なのか関係者すら判らない。
 彼らとの次回の仕事がとても楽しみ。

 何年も付き合いのあるD社:Kが、今日初めてまともな店を教えてくれた。粋なロック・バーは意外な場所に位置し、この店は、この時間、この空間にとてもよくマッチしてくれた。

 昨日届けられた7月発売のスティーヴィー・サラス・カラーコードの新作『SET IT ON BLAST!』から1曲、爆音で拝聴。
 またしても、世界一のロック・アルバムとの遭遇を果たす。本気で呻った。流石、あっぱれのサラス。

Fuckin' so very very cool guitar sounds.
A world's best rock album was completed again.

 昨日、早速感想のメールをスティーヴィーに送ったところ、速攻で返信到着。

Hey kaz!! Thanks. Please tell everyone to get the new cd ok and see you soon in japan I hope

Stevie

 来年、盤石の面子で来日の噂だ。

投稿者 yonezawa : 20:30 | トラックバック(0)

2009年 06月 15日

ぽつんとブラジル料理屋

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 青山界隈の路地沿いに、ぽつんとブラジル料理屋があることをスーパーデザイナー:K氏より伺い、打ち合わせ後の飯に訪れた。
 メモしなきゃ覚えられないので携帯に記しておいたのだが、初めて聴くメニューのどれもが奇妙に美味かった。
 「パウミット」と言うヤシの若芽のサラダ、「マンジョッカフリッタ」と言うキャッサバ芋のフライ、ブラック・ビーンズと肉を煮込んだ「フェイジョアーダ」etc...っと初の物件に一々反応し、店の方に料理のひととなりをご教授いただく。

 キャッサバ芋は、食用とするためには毒抜き処理が必要なことを聞いた。毒抜きのために皮や芯を除去した芋はその場で加工しなければ腐ってしまうなど、利用の制約が大きい作物なのだそう。
 ブラック・ビーンズと肉なんて、その際の豆はオイラ通常ならあまり好んで食べないケースが多いところ、この物件はイケた。
 同席の面々、オイラにすれば初物件の食材に関して全員造詣深し。恐るべし。
 ホロっと来る前に、店に置いてあった今にも切れそうな4弦の張られたガット・ギターでツェッペリン他をつま弾く。

 知る人ぞ知る、隠れた名店発見。

投稿者 yonezawa : 20:03 | トラックバック(0)

2009年 06月 10日

知らぬ間に外は雨

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 知らぬ間に外は雨。
 前途有望な編集:Mと初のサシ飯に。
 席でも語った話だが、Mは新人の頃から足が地に着き、そつなく業務をこなすイメージがある。その人となりは外部フォトグラファーなどにも評価されており、年齢に似合わなく冷静沈着。彼を指して、カメラ:Wは「様々な局面で常にびびらない男」だと評した。

 新宿でしばらくぶりの、ひろ喜ちゃんに会いに行き、突然誘われた赤坂の悪友チームと合流。
 スーパー・フォトグラファー:尾形正茂、編集超人:市川光治の「39会」面子の席に到着。
 20年を超える付き合いとなった彼らとの酒席は、もはや同窓会。
 ワインが格別だ。

投稿者 yonezawa : 00:51 | トラックバック(0)

2009年 06月 5日

キャス単独取材

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 都内某所、ヘイ・マンデーの紅一点:キャスへの単独取材日。

 関連サイトより
 「ヘイ・マンデー…フロリダを拠点とする5人組。アコースティック・ギターを弾きながら歌える紅一点キャサディーのキャッチーなメロディーとスムースな歌声にのせて届けられるのは、ティーンの心をキラキラとときめかすストレートな恋愛ストーリー! そして本作のプロデュースを担当したのはメトロ・ステーションやジム・クラス・ヒーローズらを手掛けたS*A*M&DAVE!彼らとバンドとのマッチングはカンペキ!また、アヴリル・ラヴィーン・バンドの元リード・ギタリストにして共作者であったエヴァン・トーベンフェルド(現The Black List Club)が「次のアヴリル」と評したり、日本の早耳ファンのブログなどでも、とにかくアヴリルやパラモア、アシュリーなどと並び評されている」
 
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 待ち時間の間、控え室でキャス使用のアコギで、ボストン「モア・ザン・フィーリング」をぽろぽろ弾いていた最中、別取材を終えたメンバーが入ってきた。
 キリの良いところで弾き終えるとメンバーからの温かい拍手喝采。ちょっと嬉しい。
 ヘイ・マンデーとの初邂逅を果たす。

 ロケハンで決めた撮影ポイントでキャス(キャサディー)単独特写に20分。
 インタビュー・ルームへ引き返し、彼女への単独インタビュー。

 カラッとしたティーンならではのフレッシュな後光をビシバシ感じ受けながら、昨日見たライヴの印象を伝え、取材開始。

 一つ一つの質問に、大変明確に、かつ柔軟性を含んだクレバーな回答を示すキャス。とにかく気持ちが良い。彼女はパフォーマンス同様、とても魅力的な女のコであることを伺い知る。
 若き優秀な日本人も沢山いるが、取材時に感ずるのは海外ミュージシャンの圧倒的な返しの巧さ。
 回答の質が違うと思えるほど。気が利くと言うか格が違うと言うか。

 欧米の若者は幼き頃よりディベート等に慣れ親しんでいるのだろうが、それにしてもいい大人顔負けの凜とした態度が素晴らしい。
 キャス、サンキュ!
 
 夜、音楽業界のTを連れ立ち、立川の重鎮ギタリスト:デカパンと数年ぶりの再会。初の面子で親睦会。
 
 杯が進む頃、思いついたように語り始めたデカパン兄の残念話にうなだれる。
 4,5年前、メインで使用していた年代物のレスポールを泥酔の末、帰途の途中無くしてしまったそうだ。
 気がついたら自宅におり、道中の記憶はまったく無し。一切覚えていないそう。
 他人事ながら究極に恐ろしい失態話に愕然とさせられた。道路に置いてきてしまったのか、酔って誰かにあげてしまったのか、本人の記憶はゼロ。…多分もう出てこないんだろうなぁ。

 ティーンの頃、福岡郵便貯金ホールで見たアン・ルイスのコンサート。
 そのステージにはデカパンがいた。
 ライヴを見た日、「こりゃ、外タレ見る必要ないな」と感じさせた程、圧巻のパフォーマンスを確信したものだった。
 あの日弾いていた、あのレスポール・サンバーストが紛失とは…再び呆然。

投稿者 yonezawa : 17:16 | トラックバック(0)

2009年 05月 21日

札幌1

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 早朝8時起床。9時前にはシャワーを浴びて、お茶漬けをすする。
 午前10時15分発のリムジンバスで羽田へ。

 お茶漬けをすすった割には空港内でうどんと天むすを食す。
 ここ(ゲートを潜った後の小さな店舗)のうどんは腰があってかなり美味い。これマジ。かけうどん500円は高いけど。(天むすも200円以上の値段!)
 次回、覚えておかねば。

 昼下がり、新千歳空港到着。
 片道1040円。所要時間およそ40分。JRで札幌駅へ向かう。

 札幌、暑い。
 今日に限って言えば東京の気温となんら変わらない。湿気が感じられないぐらいで、Tシャツ1枚で充分な気候が意外だった。今日は特別暑い日だとはタクシー運転手さんの弁。
 時間のずれた昼食を済ませた後、ホテルへチェック・イン。

 部屋で打ち合わせの準備を施すうちに約束の時間は直ぐにやってきた。
 ロビーで漫画家:Mさんと合流。7か月ぶりの再会を果たす。ホテル1Fのカフェで先方の近況を伺った。

 Mさんは昨年末に(本人曰く、軽い)カテーテルで手術をされており、当初予定していた双方のビジョンから、仕事の時期がやや時期がずれ込んでしまったのだが、まずはMさんの体調が心配だった。
 ところがMさんはすこぶる体調良好のご様子で安堵の息をつく。
 ひとしきり話を終えた区切りで食事へ。
 
 行き当たりばったりの会話のはずなのに、Mさんのあらゆるカルチャーを睨んだ造詣深さには、正直おいら、ついていけてない。身に覚えのある一般的知識の乏しさをヒシヒシ感じつつ、流れに任せご教授いただく。

 和食は美味。
 今後の作品作りに繋がると信じるテーマをおいらなりに織り交ぜながら、河岸を変えたバーで、各々ターキー乾杯。

 〆には新(ARATA)の味噌ラーメン。ナイス物件。今夜はぐっすり眠れそう。

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投稿者 yonezawa : 21:26 | トラックバック(0)

2009年 05月 20日

掘り出し物

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 空き時間に楽器屋を覗く。
 テイラーのアコギはいつものまま高額機種だけが陳列されていたが、残念ながら今日も掘り出し物には遭遇せず。
 きっとどのギター弾きでも、根本的に楽器屋を訪れる度には「掘り出し物」を探しているのではなかろうか。
 相場価格よりも、なんらかの訳あり商品でガクンと値崩れした品がないか!? と頭のどこかで期待をよせる思考が、おいらは毎度働く。
 
 待ち合わせ場所にやってきたのは、Tに誘われたTの友人で初対面の2人。
 何年ぶりかに訪問した地元界隈の名店:Mで乾杯し、河岸を変えたバーでは地元のフリーランス編集者でライターのTTくんを招集。

 こんな時間まで飲むんじゃないよと、心で己に突っ込みながら、予定外なノセられ方によって早朝を迎えてしまった今宵の酒に50%だけ反省。

投稿者 yonezawa : 15:48 | トラックバック(0)

2009年 05月 15日

Doria〜Shanghai cooking

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 伴侶の記したメモ書きの説明文を読みながらドリアをオーブン・レンジへ。
 最新機種のオーブン・レンジを購入後ほとんど触っていないので、余熱の入れ方とか時間設定がイマイチおぼつかない。
 書かれた通り230度に設定し、20分強加熱した頃チーズを載せ、さらに数分の加熱でちょっとだけ焦げ目のついたホクホクのドリアが完成。
 
 16歳の頃、初めてのデートで彼女が注文したのがドリアだった。
 おいらは「ドリア」なぞ知ることもなく16年生きてきており、しかし「知らないのはかっこ悪いか」と思ったのか、「おれもそれでいいや」と無知を隠して便乗注文。
 出てきたブツがグラタンにしか見えなかったおいらは、「ご飯ください」と思わず店員に頼んでいた。彼の日が懐かしい。

 彼女の自宅では、幼少から母親が夕食メニューのレパートリーとしてドリアを作ってくれてたそうだ。
 我が家の場合、食事の方向性は少し違ったかもしれないが、あの頃のあの食卓で食べてたキビナゴを親父とおふくろと一緒に食べたいもんだ。
 正に至福の時間だった学生時代の弁当。その美味さは世界一だったなぁ。

 児童館から帰宅したRちゃんはキティちゃんのミニチュア・マグカップ・セットを抱えていた。
 自分でくっく(靴)も脱げるようになったし、最近はパンツの訓練を開始させられた彼女。

 おトイレには「しっし」と言って「連れてって」とばかりに合図するものの、まだ用を足す行為までには至らず。もう少しかな。

 夜、K社:Yが命名した「夜忍魁」の面子で、年間6回を予定している食事会へ。あれからもう2か月が経過したのか…
 前回は千葉くんだりまで赴き、大変な時間をかけて帰京してきたが、今日の幹事:Yが招いたのは白金界隈の中華『ロンフウフォン』。

 なんでも予約に数ヶ月要すると噂される店は、単なる古めかしい住居ビル的マンションの一室で電気屋の2階。
 地図を片手に訪れても外に看板がないので判りずらかった。
 噂に違わず意外なロケーションで年季の入った店内には座席がわずか12席。料理人の方とホールのマネージャー2人だけで切り盛りされておられる様子。

 美味かった。季節にあわせた食材もその調理法も多彩であり、初めて食べるタイプの創作上海料理といった印象。
 当初、1品ずつ写真を撮ろうと思っていたが、間を空けて運ばれる食材と行き当たりばったりの会話で結局2枚しか撮らず。内一枚は単なる皿だけ。
 宴後に、珍しく原稿取りとなってしまったIを見送り、徒歩でもう1件梯子したがこちらの物件は不発に終わる。
 
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投稿者 yonezawa : 17:56 | トラックバック(0)

2009年 05月 13日

鷄繁

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 プーさんのブロックを土産に現れたD社:Kと久々のサシ飯。
 Kが予約してくれた焼鳥屋はほぼ満席だった。
 入口から一番近いカウンター席に通される。

 取り急ぎ10本コースを頼んだところ、7本目でかなり胃が張ってきた。「次回もしこの店を訪れたならば7本コースにしよう」とK共々悟る。

 6月に関係者の来日を控える某映画案件を、企画内容を踏まえ、果たして巧くコントロール出来るのか、今日の時点では何も見えていないが、いかように転んでも態勢だけは整えておかねばイカンよ…っと、概ねそうした内容の打ち合わせに終始。

投稿者 yonezawa : 18:27 | トラックバック(0)

2009年 05月 11日

通販

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 「母の日」から数日遅れることにはなるが、ネット販売の食材を物色し、2人の大事な母、と同時に、先日の奈良訪問時に世話になった従姉妹のSちゃん宅宛と、それぞれへの贈り物を注文。
 自宅にいながら、ネットに掲載された写真と文面を信用して注文し、配送してもらうのだが、先方が身内でない限り相手に届いた商品が自分の注文した品に間違いないかの確認は不可能だ。先方に聞かない限り、まず確認のしようがない。しかし常識的に聞けるものではない。

 送り先が身内であれば、「全部で2kgと書いてあった品を送ったけど、計ってみて?」と、念の入った確認が出来るのだが、第三者にはそうはいかない。
 
 前回、わざわざ数千円も出して箱買いし、実家に送ったミカンがあったが、地元スーパーで一箱でほんの数百円のミカンを買ったら、そちらの方が断然美味かったというケースがあった。
 有名原産地の商品は一体何なんだ! と憤慨し愕然とさせられた。
 まぁ、自宅の書斎にいながら1クリックで品々を搬送してもらうシステム故、そうしたリスクはつきものなのだろうが。

 贈った鰻と訳あり夕張メロンは果たして美味かったのか、温情の意見ナシで身内の回答を請いたいと思う。 

投稿者 yonezawa : 12:50 | トラックバック(0)

2009年 05月 9日

All Handmade Guitar

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 最寄り駅前のパスタ屋でTさんとお茶。
 現在、ヨーロッパの大漫画家:メビウス御大が来日しており、Tさんは過去に共著されている経緯もあり、最終日の今日、ご本人とお会いしてこられたそうだ。
 今回、おいらからは別件の仕事の話があり、バンド・リハーサルぎりぎりまでノン・アルコールで打ち合わせ。

 久々のスタジオ・セッションにはオリジナル・オール・ハンドメイド・ギターで参戦。
 すべてに注文しまくり、作成したこのギターの完成度は手前味噌ながらおそろしく完璧。

 ほろほろと、そしてもんのすごいペースで量産されるバンマス:O氏とリード・ヴォーカル:Hちゃんの創作ペースは、おいらの音楽歴史上聞いたことがない程。
 この、ほんの数ヶ月の期間で100曲以上のレパートリーを数えている。
 原石のごとき粗構成の楽曲を、それぞれの解釈で肉付けをするような新鮮なセッションの2時間はあっという間に過ぎ去った。

 馴染みの優しい居酒屋:Hで、おいらにすればライヴ以来、メンバーとの乾杯を交わす。
 水割りでお願いしていた芋焼酎が(サービスなのか?)単なるロックであることに3杯目になってようやく気づき、いつにないほろ酔い気分で店を後に。
 同じく馴染みのバー:SにはO氏、Hちゃんの3人で訪れた。
 例によって話の肝心の内容は空の彼方に消えるのだが、演奏後のアルコールがこうまで美味しく感じる感覚は20歳の頃から変わらない。

投稿者 yonezawa : 22:42 | トラックバック(0)

2009年 04月 30日

カサビアン 昌原光一

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 昼下がり、都内某所着。
 イギリスのロックバンド『カサビアン』主要メンバー2名(サージ&トム)が来日。
 『West Ryder Pauper Lunatic Asylum』と言う不思議なタイトルのつけられた新作アルバムのプロモーションでやってきた彼ら。
 
 過去、レコード会社よりアルバム・リリースにあわせタイムリーな時期にプレゼンのあった『カサビアン』案件は数回あった。
 結果、ファーストの際は諸事情でNG。
 セカンドのタイミングでは大型タイアップが帰結。滅多にやらないが、外部ライターによる執筆で記事構成の運びに。
 そして今回、サード・アルバムのリリース、そしてサマーソニック09の出演を睨んだタイミングで、ついに彼らへの単独取材という局面を迎えた。

 レコード会社側の『カサビアン』に対するプライオリティは毎度揺るぎなきモノがあり、新作ごとに誌面交渉のため、担当者が粘り強く食い下がってくると言う案件の一つ。
 『カサビアン』は幸せだ。日本国内におけるプロモーターのモチベーションは充分なのだから。

 バンドのギタリストで『カサビアン』サウンドの鍵を握るサージは、人当たりの良いナイスガイ。
 バンド全体のサウンドよりも、むしろギタリストとして何を追求し、あのサウンドに至ったのか、極めて客観的な第三者的視線で質疑を開始。
 取材が始まってみれば思いのほか時間は短く感じた。

 日本でのアルバム・デビュー前にサマソニで初来日を果たし、その際、入場規制がかかったという彼らの最大限の持ち味は、きっとライヴ・パフォーマンスにあるのだろうと睨んだ。

 帰社後、怒濤の入稿。嵐の入稿。
 コミックス4C周り再校正、本文校正、本誌某コミック連載200突破記念の読者プレゼント賞品・物撮り、精算、5月末発売のインタビュー案件原稿の構築、先ほど撮ってきたばかりの『カサビアン』動画WEB業者への中継...と、いとま無き業務の数々。

 「GW前に夕飯でも」と、奇特なKさんに誘われ神楽坂で鮨。
 そのまま銀座のバーで軽く飲み、仕事に戻った彼とはその場でセパレート。

 新宿を経由し、明け方帰宅すれば郵便受けには漫画家:昌原光一の最新作『御誂 人情幕の内[壱]』献本が到着していた。
 昌原光一の記念すべき2冊目の著作本完成。
 他社からの出版ながら、おいらがビジネスジャンプ誌上で担当し、間違いなく入稿した作品も3本収録されている。
 才能溢れる、漫画家:昌原光一のさらなる世間的評価を祈るばかりだ。

http://www.amazon.co.jp/dp/4845838079

投稿者 yonezawa : 00:29 | トラックバック(0)

2009年 04月 28日

神楽坂

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 神楽坂の路地裏はいつでも独特の空気を与えてくれる。しかしこの地を何度訪れても土地勘ゼロのまま。
 一歩通りに入り、角を2,3コ曲がるとどちらが駅なのか、早稲田通りなのか、大久保通りなのか、とたんに見えなくなってしまう。

 半分20代・ほぼ初組み合わせの若き編集者面子で夕飯をいただいた。
 
 店の風情は古風な構えで、神楽坂に居る感バリバリの家屋を改造した雰囲気はいいのだが、とにかく注文の品の出てくるタイミングが遅すぎ。
 あまりに1品ずつが遅い。催促しても遅い。

 常々飲食店に入る場合、ある程度の待ち時間も折り込んだ意識で構えるものだが、限界に近かった。
 こうした店は無意識に今後の食レパートリーから外れてゆく。

 かつて自分があちら側(店側)の立場だったこともあるが、料理の出し遅れているお客さんのテーブルは、配膳係として気になって仕方がなかった記憶がある。

 厨房に入っても意識は同じだった。
 どのお客さんが先に来店してきたのか、どのお客さんの品の順番で注文が入ったのか、自然と全部を記憶するもので、ある日ボーイ、ウエイターが順番を間違ってコーヒーを出そうとしていた時に、厨房から「順番違うよ」と注意したこともあった。
 飲食店の受け入れ側とはそうしたものだと思っているが、悲しい店に遭遇することは稀にある。

 深夜の電車に飛び乗り、GW前の本誌活版最終原稿を拝受。
 帰社〜入稿後、5月後半発売本誌掲載のインタビュー記事の素材を確認し、デザイナー他関係者各位へメール送信。

 GW中、一部の取材と入稿が残された。

投稿者 yonezawa : 00:44 | トラックバック(0)

2009年 04月 27日

グーグー

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 一度延期されながらも無事今日、漫画家:Y氏とお会いする機会を得た。
 彼は毎年1つの目標を立て、基本的にその目標を実践して1年を終えるそうで、今年のキメごとは「早朝から稼働する」といったものだそうだ。
 なので夕飯の時間も、彼指定の18時30分からのスタートとなった。

 おいら昼飯には玉子入りの納豆かけご飯だけだったので、夕方になる頃にはこちらもグーグーお腹が鳴る案配でコンディションは万全。

 パーティ会場等で一気に大勢の方々と飲む席では、なかなか落ち着いてつっこめない話も、こうして静かなカウンター席に陣取れば、ゆったり語る機会を得られてとてもラッキー。
 以前、彼にも紹介したロックバーを梯子しながら、彼にすれば今日はいつもより少し夜更かしだという深夜1時前に解散。
 至って健全な新宿の夜更け也。

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 酔いをさまそうと、1人バー界隈を徘徊しながら初めて見つけたラーメン屋に飛び込み、迷わず塩ラーメン。

投稿者 yonezawa : 00:42 | トラックバック(0)

2009年 04月 25日

松下奈緒コンサート・ツアー2009"pf"〜BARD LAND

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 あいにくの雨模様の中、有楽町は国際フォーラム(C)へ。
 開演2分前に滑り込みの到着。入口で編集者:Uと合流。
 松下奈緒コンサート・ツアー2009"pf"観戦へ。

 彼女の、フォーラムでの単独コンサートも今年で3回目。
 一昨年、オーストラリアのトップ・シンガー:デルタ・グッドレムと、女優でピアニスト:松下奈緒との対談を企画した経緯があり、それ以降、正式に音楽活動を開始した後の彼女の東京公演観戦は勤賞となっている。

 暗転の中聴こえてきた、彼女が中学時代に書いたと言う曲よりコンサートの幕が開く。連なる叙情的なピアノ・ソロ曲が新作『pf』の世界観をかいま見せる。
 
 ボサから4ビートに連なるジャズ的趣向の演奏が個人的には最も惹かれ、ソニー VAIOのCMに使われた彼女のオリジナル曲『〜F〜』は、オリジナリティという見地からは最も突き抜けていた。
 終演後、楽屋で『pf』レコーディング時以来の再会を果たし、会場を後に。

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 編集:Uの馴染みの焼鳥屋『BARD LAND』はすでに看板(閉店)でありながら、店主:和田さんが快く迎え入れてくださり、激美味の焼き鳥をコースで堪能。
 Uとは、なかなか味覚もおぼつかない赤ワインの価格談義を交わす最中、プロ的見地からアドバイスをくださる和田さんの意見は大変参考になり、カウンター越しにかなり充実した情報を入手。
 シャトー・マルゴーの年代ごとのレア価格情報も仕入れ、収穫多し。

 閉店の時間も場所をテーブルに移し、従業員の方々のまかない飯に参加する形で生ビールとつまみを、精算後にも関わらず提供してくださった、初対面:和田さんの懐に心より感謝。

 新宿を経由し、帰途へのタクシーに乗る頃、1時間前に届けられていた岩谷テンホー師匠の着メールに気づき、急いで連絡するが、御大、昨日おいらが訪れた『闇太郎』ですでに出来あがりのご様子。

投稿者 yonezawa : 16:58 | トラックバック(0)

2009年 04月 16日

GRAN TORINO

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 ようやく試写会に辿り着いた。
 映画『グラン・トリノ』
http://wwws.warnerbros.co.jp/grantorino/試写会には最終日だからこそなのか長蛇の列。ピーター・バラカンさんの姿も。
 「公開までラストシーンを口外してはならない」と言う約束で試写開始。
 この作品で俳優業を引退するというクリント・イーストウッドのいぶし銀の演技…と言うか、等身大の年代の老人を何の無理もせずに演じてるように写る。
 シーンシーンのリズムはとても見やすく、時折クスっとさせる日常会話がほのかな心地よさを継続させてくれる。英語が堪能ならより面白かろう。
 事件が起こり出すシーン辺りの展開から、異様な緊張感につつまれながら映画は終わりを迎える。
 周りでは、啜り声が聞こえたり、涙をぬぐうマスコミ諸氏の姿も。

 遅めの夕飯は四谷集合の親睦会の予定だったが、諸事情あって渋谷へ変更となった。
 指定のフレンチの場所にはS社:Sの姿が。
 ほどなくして、今後おいらを含む紙媒体の担当者だと言うIさんが合流され、紹介いただく。
 
 宴は美味しいワインのチョイスもあってか、充実の数時間。案の定、時間の経過はあっという間。SもIさんも、フレンドリーで正直で魅力的。
 偶然なだのが、S社のスタッフでこれまでに苦手な人と出会ったことはない。

 さらに遅れて編集者:H到着。
 Sを見送り、近場のバーでもう1杯。親睦会という意味では相当成果のあった夜更けであったろう。

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 〆のラーメンはHが携帯ナビで探り当てた豚骨。2人ですする。
 相変わらず深夜営業のラーメン屋は豚骨多し。

投稿者 yonezawa : 14:01 | トラックバック(0)

2009年 04月 1日

チキン南蛮

 先日、ゴールデン街は『エイプリール・フール』よりパーティの誘いが来たので、今日の日が近づいたことを今年も知る。
 我が両親の結婚記念日。

 数日前から冷蔵庫を眺め、メニューは決めていた。
 朝食と昼食を合わせ、たまたま冷凍庫にあった鶏のもも肉でチキン南蛮を作成することに。

 醤油、酢、砂糖等で出汁をつくり、あらかじめ夕べの夜中にボイルしておいたゆで玉子と塩もみしたオニオン・アッシュを合わせ、タルタル・ソースを作成。
 塩、ブラックペッパーで適当にあたりをつける。

 チキンにも塩、ブラックペッパーであたりをつけ、小麦粉を絡め、とき玉子をくぐらせ、浅めの油で揚げ炒める。
 表面が小麦色に変わり、中まで火の入った様を確認し、キッチンペーパーにあげる。
 温めた出汁にチキンを絡ませ、軽く火通し。
 あらかじめ水にさらし、冷やしておいたキャベツの千切りのサラダと共に、チキンを皿にうつし、出汁をかけてタルタルソースをかけ、盛りつけで完成。
 出汁には生姜や人参や玉ねぎの切り端をいれて煮立てる案もあり、加えて鷹の爪輪切りを入れる案もあるが、それらの材料がありなからそこは手抜き。

 パセリもレモンも無いが、適当な味付けで味がまとまる。この醍醐味が料理の歓び。

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 生涯初作成のチキン南蛮完成。そこそこ美味。

投稿者 yonezawa : 18:48 | トラックバック(0)

2009年 03月 27日

合格

 イーストウッド監督作『グラン・トリノ』試写に向かおうとバス、電車を乗り継ぎ、目的地を目指すが、アクセスがすべて最悪。「1本前の便が出たばっか」状態が重なり、予想だにしなかった遅刻状態の様相に。
 後1駅分の乗り換え駅に着いた時点で5分後の上映時間と迫り、瞬間断念。
 到着までの切迫感から解放される。
 
 同級生:Hの長女が無事目標の大学に合格したお祝いを理由に遅い夕飯を共にする。
 とりあえず新宿:Hで軽く乾杯。

 その頃、新宿へ到着したと言うアメリカ人映像作家:T、国際的デザイナー:Y、香港のからのゲスト:Aさん(弁護士さんなのだそう)からの連絡を受け、合流後異文化コミュニケーション。
 T、Yとは丁度昨年の花見の時期以来の再会なので、丁度1年ぶりか
 店の主人は、その1年前の井の頭公園での花見の席でT&Yに紹介された方であり、彼女ともその日以来の再会。
 待ち受け画面に写るRちゃんも1年前の花見に参加したこともあり、その画像を見たYが「大きくなってる〜!」と、子供の成長の早さを改めて知らせてくれる。
 
 「よし! H家:Kちゃんの大学入学祝いはこうしよう!」と、頭の中であれこれ想像しながら世がふける。

投稿者 yonezawa : 10:37 | トラックバック(0)

2009年 03月 26日

The Wrestler

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 映画『レスラー』鑑賞。

http://www.wrestler.jp/
http://www.cinemacafe.net/movies/cgi/21805/

「関連サイトより作品概要…人気レスラーだったランディ(ミッキー・ローク)は、スーパーでアルバイトをしながら、かろうじてプロレスを続けていたが、ある日長年のステロイド使用が祟り、心臓発作を起こしてしまう。病院のベッドで目覚めたランディは、医者にリングに立つことを禁じられる。妻とは離婚し、一人娘のステファニー(エヴァン・レイチェル・ウッド)とも疎遠で、ひとりになってしまったランディ。せめて娘との関係だけは修復しようとするが、冷たくあしらわれ、さらに好意をもっていた顔なじみのストリッパー・キャシディ(マリサ・トメイ)にも振られてしまう…。ミッキー・ローク扮する中年の悲哀漂うプロレスラーの人生の光と影を見事に描いた人間ドラマ。第65回ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した。
2009年6月上旬、シネマライズ、TOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋ほか全国にて公開」

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 報道で知る限りのイメージにしか過ぎないが、実生活のミッキー・ローク、ロートル・レスラー:ランディの境遇が勝手にシンクロして取れ、まるでドキュメント映画を見せられているような感触を抱かせる作品だった。
 しかし、かつて栄光を知る往年のレスラーが落ちぶれ、今となっては何をやっても上手くいかない様を映像として見せられ、何故そのキャラクターに惹き込まれるのか。

 その昔、“プロより強いアマチュア”“新宿の殺し屋”という異名を取った、将棋界屈指のアマチュア名人:小池重明の生き様に相通ずる内容だと感じさせた秀作だ。

 試写後、赤坂へ移動。Iのお祝いを兼ね夕飯を共にした。
 滅多に訪れない店に飛び込むと、カウンターには世界を股に活躍される俳優:SH氏の姿が。
 以前、イージス艦をテーマに扱った大作映画の取材で一度インタビューさせて戴いた経緯もあり、その際の御礼をお伝えし、彼の帰り際にも労いの握手を交わす機会を得られ、とてもラッキー。
 Sさん、いつでも至極クールな方だ。

 終電も回りかける頃合い、大層満腹になりお開きに。
 “お祝い”と言いながらIにゴチになってしまった。 

投稿者 yonezawa : 05:27 | トラックバック(0)

2009年 03月 25日

Pherrow`s Denim ~Buffalo Horn Stitch~

 通常とはリズムの違ったここ数日間の(たまたま)肉食主体の食生活からか、胃腸にやや違和感。
 午前中の入稿を午後終え、朝食と昼食を合わせた遅めの飯を喰うと、胃が締め付けられるような感じ。運動不足と不摂生からか。お腹減っているのにこんなの初めての不条理体感。
 
 書店で数冊の書籍を購入し、たまたまタイムリーに上映していた映画試写『いけちゃんとぼく』鑑賞。
 漫画家:西原理恵子の絵本が実写映画化された作品だが、果たして絵本を凌駕する出来になっているのか。西原ファンのジャッジはいかに。

 以前から約束していたフェローズ代表:志村さんと江口さんとの親睦会を本日夕方、恵比寿でセッティング。

 http://www.pherrows.com/
 
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 フェローズの本社を訪れる。たまたま修理に出していたジーンズが1本あるのだが、この機会に新しいヴィンテージウォッシュをフィッティングさせていただき、1本購入を決めた。

 はき心地の良さとシルエットの美しさはおいらも実感済みであり、ジーンズ:ポケットのステッチ・シルエットには、素人が想像出来ないほど創作に試行錯誤があり、それの特許なり権利にしろ、ブランド(商品)を世界展開させる場合、クリアせねばならぬ大変な障害がある事情も知った。
 創造と共に権利の確保。

 最大のブランドシンボルとなり得る予感のネオ・ジーンズを完成させた志村さんの飽くなき探求は今日も続く。

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 場を中目黒へ移し3人で落ち着き乾杯。夕飯をご一緒させていただきゴチに。志村兄、ご馳走さまでした。
 みなさま、お疲れさま。

 地元界隈までタクシーで引き上げ、先ちゃんとセパレートし、さらにJRで最寄り駅まで引き上げ、深夜バスで西友へ。
 明日の食材を考えながら主婦のように買い物するのが嫌いではない。

 明日か明後日いずれかの飯は麻婆豆腐に確定。

投稿者 yonezawa : 10:10 | トラックバック(0)

2009年 03月 14日

イタリアン

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 これまで幾度となく自宅に誘ってくれたH宅に、この度初めて招かれる機会を得た。
 Rちゃんより少しお姉さんのRちゃん、そして少しだけ妹のSちゃんに初ご挨拶。

 H(&奥様)による懲りまくったイタリアンに美味しい赤白ワイン。小さいのが部屋の中をウロウロするこんな光景に遭遇するのも今だけの時間だと、実に口にあうワインを飲みながらもの思う。
 
 おいらにすれば、初めて見るRちゃんのリアクションが見ていて延々飽きない。初対面の友達ともちゃんとコミュニケーションを取る術を知っている様が新鮮で、人との距離感を見ても感心するぐらい驚きがあった。
 しかし飛び跳ねる飛び跳ねる。
 この機会を提供してくれたH家に感謝&ご馳走さま。

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 帰宅途中、財布がない。
 どうもH宅へカバンごと忘れてしまったようだ。

投稿者 yonezawa : 21:36 | トラックバック(0)

2009年 03月 11日

The Reader

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 午前8時に起床。軽い朝食後に、前回風邪の時に病院に処方してもらった残薬を服用。
 正午過ぎ、入稿作業無事完了。

 本年度アカデミー主演女優賞を受賞(他にもゴールデングローブ賞 助演女優賞受賞、英国アカデミー賞 主演女優賞受賞)したケイト・ウィンスレット主演作『愛を読むひと』試写鑑賞。
 舞台は第二次世界大戦前のドイツ。
 アカデミー会員の琴線を大いに刺激しそうな、ケイト体当たりの演技が映画全体の緊張感を最後まで包み込む。
 人間の芯にくすぶるアイデンティティを考えさせる秀作。切なく胸に響く。 
 日本公開は2009年6月19日予定。

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 帰社後、雑務を終え日本武道館へ。
 今回なんと30年ぶりとなったロック・ヴォーカリスト:ロッド・スチュワートの来日公演へ。過去、ロッドは全世界で2億5千万枚以上のレコード・セールスを達成している。

 武道館のアリーナ席は、もはやどこでもステージとの距離を感じさせない。
 ライヴは隣の席の者と充分会話の出来る程度の音量で、ピンク色のスーツに身を包んだロッドが冒頭から優雅に歌う。
 「高額なチケット(アリーナ16000円)ですまん」とMCで語るロッドは終始お茶目。

 コンサートは前半後半と10分の休憩を挟み2ステージ行われ、後半トラックに演奏された「マギー・メイ」のアコギに懐かしさを覚える。
 アンコールで奏でた「セイリング」のマンドリンはやっぱり温かく優しかった。

 今回ロッドは21歳になるというパリスヒルトンを彷彿とさせる娘:キンバリーを連れ立ち来日し、なんと彼女もセンター・ステージで堂々の歌を披露。ひとつのサプライズを堪能。

 音楽人:Tは留学先のアメリカ在住の時代2度もロッドを観戦したそうで、2ショット写真を持っているそうだ。

 夜、Tと喰った豚骨ラーメンの写メールは撮らなかった。

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▲おいら世代が新譜で買ったのはこのアルバムから。

投稿者 yonezawa : 21:35 | トラックバック(0)

2009年 02月 28日

acoustic bambi

 寒さも落ち着いた午後、Rちゃんを連れ立ち渋谷へ。
 R&ママは買い物へ出かけ、おいらは一人赤坂へ向かう。

 地下鉄:赤坂駅を出てすぐ近くの路地を曲がったところに位置するB1のライヴ・バー『Sound Beige』到着。

 今年に入り、まったく見ず知らずのメンバーをバンマス:O先生に紹介戴き、あれよあれよと言う間にライヴ当日がやってきた。
 知らない者同士でも楽器があれば会話出来てしまう音楽と言う表現手段は、最も話が早い便利な“言語”と言えた。

 通常ライヴハウスで行う時よりも、充分なリハーサルを経て開場時間を待つ。おいら少し寝不足。

 acoustic bambi in Sound Beige

 午後6時を過ぎた頃、3セット中の第1部演奏開始。
 ほのかな緊張感がメンバーを包んでいたのかもしれないが、それぞれの伸び伸びとした演奏が心地よい。
 演者として聴く場合と、観客として聴く場合のニュアンスはそれぞれ微妙に異なり、冷静にバンマス:O先生の弾き語る姿、メインヴォーカル:Hちゃんのパフォーマンスを初めてこちら側から観戦。

 第2部ではおいらもほとんどの曲に参加。
 ジェフ・ベックのロニー・スコッツ・クラブみたく、恐ろしく観客との距離感が近い場所で演奏するのは結婚式・披露宴での演奏を思い出す。
 (かつて何度の披露宴で演奏したことだろう。両手で収まるのだろうか)

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 バンドメンバー全員が打ち上げの席で語っていたが、おいらも演奏した8曲の終わるのがあっと言う間に感じていた。
 
 当日まで知らなかったイレギュラーなゲスト出演もあり、パーティはアットホームな温かい空気に包まれたまま第3部まで駆け抜け、おいらにしてはacoustic bambi のファースト・ステージを無事終えることが叶った。
 
 同ビル2Fの博多料理屋で美味しい地鶏等をつまみつつ、ライヴを支えてくださったスタッフの方々と乾杯。
 皆様、お疲れさまでした。

投稿者 yonezawa : 12:16 | トラックバック(0)

2009年 02月 18日

驚嘆

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 地元の超人おじさん:Tちゃんに誘われ食事へ。
 ここ、Tちゃん家の身内の方が務める飲食店には初めてやってきたが、リーズナブルな価格設定に美味しい品々を提供するナイスな店舗だ。教えて戴きラッキー。

 特に香ばしい鶏もも肉類が美味。鶏肝の燻製は初めて食したかもしれない。
 当初、入口目の前の立ち飲みスタイルで呑んでいたが、なかなか長時間(足腰が)もったのが意外。
 以前、FUJI ROCKの苗場食堂で和田ラヂヲ兄と立ち飲みしたことを思い出すが、ものの30分程度しか根性が続かなかった。今回はイケた。

 店員さんの心遣いでやがてテーブル席に促され、Sちゃんが合流し、もうひとりのSの呑む店に河岸変え。
 
 夜更けに聴く70年代フォークソングの歌詞に、しみじみと感慨深い気持ちになる。
 Sちゃんが井上陽水で一番好きな曲が『帰れない二人』である情報は収穫であり、この曲が陽水と忌野清志郎との共作であることなど全く知らなかった。

 この時代の曲は世代的には疎遠であることは仕方が無かろうけど、今更ながら様々な発見と驚きを感じるケースが少なくない。

 吉田拓郎のレコードを初めて購入したのは、シングル盤で、確か『舞姫』だった。
 改めて聴く拓郎『人生を語らず』の凄さ。若干20代でこの曲を書いた拓郎には驚嘆の思いだ。

 そして〆には午前のラーメン、美味。

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投稿者 yonezawa : 16:33 | トラックバック(0)

2009年 02月 12日

3名の素敵なフランス人

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 フランツ・フェルディナンドのアレックスとポールへのインタビューは今回で2度目。取材は3回目となった。
 一昨日のZepp Tokyoのライヴを踏まえ、予定よりも2分前倒しでインタビュー、スタート。

 特にドラムスのポールはMANGAファンとのことで、前回も自らインタビューにエントリーしてくれた。
 今回も、ヤンジャン本誌絶賛連載中のSIDOOHコミックスを土産に、しばし漫画談義で盛り上がる。
 フレンドリーで、とても協力的な取材時間を提供してくれる彼らの優しさに今日も感激だ。
 フランツが売れる理由はそこにもあるように思う。
 
 取材を終え地下鉄帰社し新宿へ。

 ベルギーより来日中のダルゴー社のIさん、Kさん、そして翻訳家で友人のTさんが、待ち合わせのちゃんこ屋さんへ到着。
 フランス人3人においら一人。
 以前も、彼らと親睦会を開催した経緯もあり、多忙な日程の中、おいらと食事をする時間を捻出してくださり、彼らからのお誘いを受けたのだった。

 今日でなくとも構わない案件を来週にずらし、彼らと3度目の再会を果たす。
 日本の漫画がフランスの出版界をメチャメチャにした! と言う表現で、日本のコミックがいかに現地で売れまくり、これまで本国にあった部数の概念を根底からひっくり返してしまったと、前回の食事会の際伺っていた。
 
 それぞれの箸で同じ器の食材をつつくという、彼らからすれば珍しかろう鍋が本日のメイン・ディナー。

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 そんな日本ならではの常識にも全くの抵抗も見せず、上手に箸を使いながら最後の雑炊まで完食してくださった彼ら。気持ちよい。
 「一度は行ってみたかったけど、その勇気がなかったんです」と、ゴールデン街を指しておっしゃるので「ならば任せて!」と馴染みの店数軒を梯子。
 
 中でもフランス語ぺらぺらのママのいらっしゃる店:Jでは、彼らもさらにリラックスし、おまけにフランスから来日中のドキュメント映画製作チームのカメラマンら3名のフランス人も集い、狭い店内は英語と日本語とフランス語の飛び交う陽気な空間に。

 この場に映画人:佐藤睦雄も加わり、場は益々賑やかになった。
 
 「次回はフランスで乾杯しましょう!」とおっしゃる、Iさん、Kさん、そしてTさんのご提案が嬉しい夜更けだ。

投稿者 yonezawa : 01:29 | トラックバック(0)

2009年 02月 9日

The Ting Tings

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 都内某所にて、ザ・ティンティンズ単独インタビュー。
 ケイティ・ホワイトとジュールズ・デ・マルティーノの2人に初遭遇。

 (イメージとして)マンチェスター発の音とは思えないポップな彼らのサウンドは、本国でも日本でも成功し、いよいよアメリカにも飛び火する勢い。

 彼らのリード・トラックは日本のTVCMにも起用され、巷を賑わしている。
 ツアーを終えたばかりの彼らに肉薄する、取材時間45分が滞りなく終了。
 ジュールズのフェイバリット・ドラマーがジョン・ボーナムとスチュワート・コープランドと聞き、反論の余地無しと回答。
 フレンドリーな彼らだ。

 渋谷ESPでギターテク:Iちゃんに近況を窺い、その足でNHKホールへ。
 ジェフ・ベック単独東京公演最終日の会場へ到着。
 関係者入口で、世界的クラシックギタリスト:MKさんと待ち合わせ、1F席へ着席。
 すぐ後ろにはロックの生き証人で呑み達:Kさん、その前にはザ・ビートルズの権威として広く認知される:MYさんらの姿が。

 初日よりも幾分リラックスした赴きを感じさせた演奏は、ふんだんにアドリヴ要素を含んだアットホームな雰囲気。まるで彼らは本当の家族のよう。
 メニューは初日からは数曲変更が加えられ、比較的ハードでトリッキーな趣向となったライヴに感じる。
 いつになくオーバー・リアクションするジェフの姿を見るおいらは笑みが絶えない。
 こんな陽気な姿のジェフを見ることは珍しいぐらい。“身内”と化したメンバーとの化学反応が絶妙なプレイを引き出し、心の襞にズキズキ感動の楔を撃ち立てまくる。

 ドラムスのヴィニーがベースのタルちゃんをジェフの元に連れてきた際、彼女はノーメイクで現れたそうで、初対面のジェフにとっては12歳ぐらいの少女にしか見えなかったそうだ。
 「彼女、本当に大丈夫?」と危惧していたら、彼女はジェフの曲を全部覚えてきており、最初のセッションで「完璧だ!」と確信したそうだ。
 彼女のプレイを聴けばそのスキルが即座に認識出来た。

 アーミーバーを使った妙技、そしてボトル・ネック奏法の神髄。
 ジェフはガラス性のボトル・ネックを好んで使用する。
 1列目で観戦した悪友2名による目撃情報だが、初日のプレイでは床に(プレイを継続させるため故意に)落とした際、割っていたベック。

 倍音の出るハーモニックスをバンバン出しまくるジェフ。彼の真骨頂とも言える彼ならではのプレイと言えた。
 たった1音のハーモニックスで5音、6音の音程を一度に再現するのは、世界広しと言えどもジェフ以外に知らない。
 通常、5フレット、7フレット、9フレット、12フレット…このぐらいの場所しかハーモニックスはまともに出ないものなだが、彼は人類史上初めて2フレットだ3フレット4フレットでの倍音を出してしまうのだった。
 一つの偉大なる発明。
 ヴァン・ヘイレンもこうしたプレイの名手だが、ジェフのソレは今日も別格だった。

 終演後、今年65歳の御大を労う酒で乾杯。埼玉でのクラプトンとの共演、そして待望のDVDリリースの頃まで、現状のジェフ熱は続く。

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投稿者 yonezawa : 01:30 | トラックバック(0)

2009年 02月 6日

JEFF BECK来日公演:国際フォーラムA

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 JEFF BECK来日公演:国際フォーラムA。
 幸運にもかなり肉薄した6列目中央に位置した。S社:Sちゃんに感謝。

 暗転になりメンバー登場。瞬間、背筋を電気が通過。
 オープニングは、ヴィニー・カリウタ(ds)のスネアで始まる『Beck's Bolero』。とたんに高揚する。
 ここのところ、ジェフ・ベック公演の定番は国際フォーラムとなっているのだが、過去ジェフのフォーラム公演史上、最高の音響と言って良かった。
 実にクリアな演奏だったし演奏自体もアンサンブルもよかった。さらに何よりも雰囲気が申し分なかった。

 偉大すぎるギタリストを目の当たりにし、心が大きく揺さぶられている。
 隣に座った、おいらよりも年上らしき(外人?)女性は、要所要所で頬に涙を伝わらせていた。
 その気持ちは重々理解され、かく言うおいらも、涙をこらえねばならない瞬間に何度か見舞われていた。
 今回、そんな人が多かったのではなかろうか?
 何の演出もないステージ・セットに、何のてらいもない世界最高水準のアンサンブル。そしてギター1本から奏でられるメロディが宇宙に木霊する。
 
 (前にも書き記したが)自らのバンドに偉大なポール・コゾフというギタリストがいながら、「世の中には2種類のギタリストしかいない。ジェフ・ベックとそれ以外だ」と語ったヴォーカリスト(ポール・ロジャース)もいた。その言葉に一切違和感など感じない。

 You Tubeでも話題になったタル・ウィルケンフェルドのプレイも掛け値なしに素晴らしいものがあり、まさにジャコばりの安定する演奏に大いなる好感を抱く。
 ちなみに彼女はソロではキングレコードと契約したとか。

 アーミーバーと、そして(演奏を終え床に落とした際、割れてしまった)ボトルネックの神業としか言いようのないプレイにため息がこぼれ、ジェフの創造する宇宙に取り込まれてゆく。
 エレクトリック・ギター・サウンドの極みがあった。エクスタシーの連続と言えた。

 発熱した錯覚を覚えるほど聴き入り、アンコールまで骨の髄まで堪能。
 幸運にも間近で実に拝見する機会を得た今日は幸せだ。
 
 ライヴの活気は、そのまま終演後のマーチャンダイス売り場にも反映されており、グッズのハケ方も凄いモノがあった。今回はやたらと商品数にも気合いが入っているようだ。

 次回おいらはNHKホール。今日のように音響がいいと最高なんだが。
 バンドはもはや家族。雰囲気がいいハズだ。

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投稿者 yonezawa : 01:13 | トラックバック(0)

2009年 02月 4日

Brian Setzer

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 結局、こちら側の諸事情あって取材申請は断念したブライアン・セッツアー。
 1990年に結成したオーケストラを率いたCCレモン・ホール公演には編集:Fと観戦。

 大所帯のアットホームな雰囲気はこのビッグ・バンドの持ち味で、ブライアンの愉しい気持ちが伝達するように、こちらににも伝染してくる。
 コード・ソロに関しては、間違いなく世界屈指のテクニシャンであり、ハイ・センスの持ち主でありながら、このオーケストラでの活動ではそうしたテクニックを引け開かすこともなく、終始バンマス的立ち位置で楽曲の魅力をコントロールしているブライアン。
 公演回数もかなり多いのに会場は満席。さすがのブライアンだった。
 
 唐突にライター:M、某WEB部署を担うSより連絡が入り、急遽笹塚で待ち合わせ。
 今後の編集業務の相談も兼ね、最後の雑炊までミーティングが続いた。

投稿者 yonezawa : 12:23 | トラックバック(0)

2009年 01月 29日

ブルース・ファン

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 西洋料理一般店Gの店長:Nさんがえらくブルース・ファンであったことは、前回この店を訪れた時に初めて知った。
 もう何年かのお付き合いになる方なのに、これまで店では当然ワインと季節メニュー等の食べ物の話しかしてこなかった。
 前回訪れた際、店内にデレク・トラックスが弾きまくるオールマン・ブラザース・バンドのスライドが流れたので即座に反応。Nさんにその音源がCDである旨を伺い、「Nさん、そっち系の方? なんだ、早く話すんでしたね」っと、場が急にギタリスト談義となって盛り上がり、Nさんのおいらとも近しい趣味を認識することとなった。

 今宵もマイク・ブルームフィールドの話を経て、安価で美味いカリフォルニア・ワインを開ける。
 次回、2度目の仕事を計画している本日の連れで仕事人間なUと共に、Nさんお薦めメニューの食材をいくつか戴いた。

 河岸変え、新宿ゴールデン街:Aへ。同店の主:Aの誕生日があと4日後だと言う事実を知らされる。
 パンクな常連客に混じり、数杯芋焼酎で乾杯。
 そして今週2回目となった同じ濃厚豚骨麺を夜中の夜中、またしても啜ってしまった。

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投稿者 yonezawa : 19:17 | トラックバック(0)

2008年 12月 28日

上原ひろみ Tokyo International Forum Hall A Tokyo-City,Japan

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 年の最後を締めくくるライヴ観戦は、国際フォーラムAで行われた「上原ひろみ」となった。
 17時に開場着。
 10分程度時間が経過した後、LPの針のノイズ的MCに混じったホンキートンク・ピアノでコンサートの幕が上がる。いきなり軽快で上手すぎる。演出も演奏も。
 
 結論から言えば、ある意味彼女の音楽人生史上、頂点のコンサートだったのではなかろうか。幾度となく彼女のコンサートを見てきたわけではまったくないのだが、そうした確信を感じさせるほどの技量であり、雰囲気であり、タイミングであり、音響であった。
 
 先日、新宿の行きつけの居酒屋で偶然女優の大竹しのぶさんを見かけたのだったが、その際も同席していたHが今日の連れとなってくれた。
 一席空けてHの並びにいらしたのは、モノマネを得意とする日本のタレントで女優のSMさんだった。
 SMさんは、上原ひろみの究極の演奏を凝視し、コンサート中、涙を拭きながら観戦されていた。
 ピアノを得意とする者ほど、そのスキルに対して驚嘆と感動が同居し、感極まる様が重々理解できた。
 連れのHは座って観戦出来る席環境だったにも関わらず、もう立ち上がらずにはいられない状態。
 会場の、ほとんどの観衆がそうした高揚した気持ちになっていたのではないか。
 
 演奏はインストのみ。かつ、ほとんどロック・バンドのような迫力のあるアンサンブルでまとまっており、個々の演奏技術の凄さをかいま見せる演出と、終始全員が主人公に成る得るメンバーの妙と魅力がビシビシ伝わってくる。
 上原ひろみは、彼女にすれば世界最高のパートナー(メンバー)を探してあてていた。

 厳密には少々のミスがあろうとも、何もかもを吹き飛ばす迫力と包容力を有したコンサート。リハーサルの質と量がさぞ凄かったろうことが、演奏中のキメで確信に至る。
 「圧巻」と言う言葉が最もピッタリくる、舌巻きまくりな2時間強の瞬間瞬間だった。

 海外を拠点にした音楽活動を行う上原ひろみは、今日のツアー・ファイナル後、正月休みで実家でゆったりするのだろうと思いきや、3日後の大晦日にはボストンでのコンサートがあるそうだ。
 予定になかったろう2度のアンコール後、楽屋を訪問。
 ファイナルの、この日のコンサートに訪れられたご両親も、せっかくの師走に帰国していながら、再び異国へと飛んで行ってしまうことはきっと淋しかろうと察するが、彼女の意志は音楽に関する向上心のみで突き動かされているようだ。

 今はそれでよいのだ。

 チック・コリア・ライヴ以来の再会を果たし、取材の際の御礼をお伝えし、焼きたての美味しいパンをひろみちゃんへの差し入れに。

 ホットな気分で盛り上がるHと新宿へ移動し、タイ料理。
 ひろみちゃんの身内的立場にいる音楽人:Tも合流し、日曜日のゴールデン街で一軒梯子し、今年最後の外呑みを終える。

投稿者 yonezawa : 12:06 | トラックバック(0)

2008年 12月 22日

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 新宿で食事をとる。
 同じ年代の輩は、年々食べる量が減少の道を辿る。
 その点、自分に関して思えば、20代に比べれば勿論落ちはしたが、今でも食欲は旺盛の部類だと自覚している。
 個人的には食べない女性よりも、食べる女性の方がチャーミングに映る。
 
 当日まで予定を組めないこの頃の時間ぐりながら、無事集い、なんとか鍋を囲めた連中:I,K,YMが集結。
 遠慮があるのかないのか、馴染んだ顔がそこにあるのは四の五のありながらも、ともかく心を緩めるものだ。
 STが加わり、偶然新宿に居合わせ、忘年会終えたというKMも緊急合流。
 
 居眠り組を横目にみつつ、年に似合わない時間まで宴という宴が続いた。

投稿者 yonezawa : 12:05 | トラックバック(0)

2008年 12月 18日

東天の獅子

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amazon(「BOOK」データベースより)抜粋。

 ◆柔術から柔道へ―文武二道の達人、嘉納治五郎の、技に対するたゆまざる追究と人間教育への情熱によって、明治になって衰退していた柔術界に新時代の息吹「講道館流」が誕生した。当初はただの新興一流派だったものが、「講道館四天王」らが頭角を現し、隆盛への道をその手に引き寄せていく。若き気概に充ち満ちた青春武道ロマン、第一巻。

 ◆名門として聞こえた、関東の揚心流戸塚派、さらに九州古流柔術界の猛者たちが続々と登場する、群狼邂逅の第二巻。講道館が創設された明治十五年、九州では久留米、熊本の二大勢力が激突した。運命の「警視庁武術試合」より前に、すでに各地で新時代への胎動が起こり始めていた。講道館は、まさに台風の目となりつつあった―。