2010年 08月 20日
フェンダー
世界的な大手ギターブランド・フェンダーのMちゃんが勇退されたとの知らせを受け、加えて近々東京を離れることを知り、労いの会を急遽設けた。
Mちゃんとは、ジェフ・ベックだスティーヴィー・サラスだSUM41だ波瑠ちゃん(他)だと、これまで様々な仕事を共にしてきた。
レコード会社からの要請で、ギター本体もスペシャル・ディールのもと提供くださったし、記事の構築、対応にはとにかく機敏で、彼との仕事はとてもスムーズだったことしか思い出さない。
ギターの構造は勿論、弾き手の心も敏感に察知出来る機微を持つMちゃんがフェンダーから去ることは、業界にとっても大きな損失だと感じている。
引き継ぎをされるNちゃんに今後は望みを託しつつ、新天地での彼の健闘を祈りたい。
彼らを見送り、音楽人Tと待ち合わせた。
彼はできたてホヤホヤのロリー・ギャラガーのBBCライヴ音源を持ってきてくれた。即、おいらの心は16歳に戻った。
投稿者 yonezawa : 21:34 | トラックバック(0)
2010年 08月 7日
川でバーベキュー
ここのところの生活のリズムからなのか、おいらにすれば午前の早い時間に目覚める日が多い。
夜中、布団の上を自由に回転するRちゃんが平行にピッタリと寄り添ってきた。
彼女は改めて寝息をたて始める。こちらも寝付きそうになったと思えば、Rちゃんの裏拳、時間をおいて左足のかかと落とし…という具合に、おいらの顔やら腹部に対してソレらが飛んでくる。
午前の早起きは、あながちそうした自然災害によるものなのかもしれない。
10時30分に買い出しのため外へ。
そのまま友人の格闘家I一家らが先乗りしている秩父の山奥へ移動。車でおよそ40分程度で到着の場所だった。
そちらへおじゃまし、古民家でバーベキューをやるといった趣旨でこの地へやってきた。
I家の可愛らしいチビちゃん2人はRちゃんとの再会を歓んでくれ、勿論2人のおねえちゃんに会うことを、とても楽しみにしていたRちゃんも大喜び。
チビちゃん2人はもう1人のお友達と3人ですでに川遊び中。
なんと水が綺麗なんだろう。そこそこ冷たいけど泳げる程度で丁度よい。
昼食用に買い込んだ、人数分のおにぎりやらカツサンドやら飲料水、酒、ビールを大量に川っぺりに運び込み、日のある夕方までとにかくダベり遊んだ。
Iのお弟子さんらプロ格闘家の面々も集合。彼らは正真正銘の有名トップ・ファイターばかり。
川っぺりで子供達は川遊びに夢中になり、大人達はビールを飲みながら成り行きの会話で盛り上がる。
日が暮れる前にバーベキューの準備をしましょうや。ということになり、数台の囲炉裏を庭へ並べ、飲みの続き。
宴にはIの愛娘の彼氏も登場し、益々賑やかな場となった。
酔いが回った頃、古民家の2階にあった民族楽器から、ありとあらゆるバンド演奏可能な機材を拝借し、セッションタイム。ここに来たのはこの楽器を見ることも楽しみの一つだった。
おいらが時最も間を費やしたのがドラムス。
近隣の迷惑も考え、菜箸で叩いた軽い感触はいまいちだったが、こんな面子でこんな環境で鳴らす…という機会はそうそうなかろう。
そしてRちゃんのドラムス・デビュー。ドラム・セットに対して、なんて小さいんだRちゃん。闇雲に感激。
やがて演奏中にも関わらずやたらと絡み出し、なんでもかんでも「おったんといっしょにいくー!」と聞かなくなったRちゃんの眠気の限界を確認し、明日早朝からの運転もあった故、一人抜けだし、別家屋の3Fをお借りして早めの就寝についた。
こうした贅沢を得るためには、秩父辺りぐらいまではやってこなきゃいかんのだなぁと、ぬるい風の届く扇風機を見つめながら考えていた。
投稿者 yonezawa : 19:28 | トラックバック(0)
見続けてゆきたい
朝6時までには外出の準備を整えたかったのだが、起きた時間が6時。
結局外出出来たのは7時30分を回った頃だ。
先週に引き続き、最寄りの関越インターを目指し加速。
いきなり帰省ラッシュ組の渋滞に道中の2/3程度は巻き込まれながら、2時間以上かかって目的の花園インター脱出。
未だカーナビの生活未体験なおいらは、いつものようにプリントアウトしたYahoo!の地図を頼りに、記された国道を右へ左へと移動。
難なく目的地のI宅へ到着。地図はとても正確だった。
I家の家族全員とはなんと9年ぶりの再会となり、著しい成長を見せた高校生のお兄ちゃん、すでに仕事に就いていると伺って驚かされたお姉ちゃんの姿に驚き感激した。
前回訪問の際には河原でバーベキューだった。写真があるからこそ余計鮮明に覚えている。懐かしい思い出だ。
新築の大きな家屋に荷物を置かせていただき、一休みした後、1時間少々かけて大人とRちゃんで伊香保方面へ出かけた。
まずは榛名湖へ。快晴の中、みんなでモーター・ボートへ乗車。
わずかの時間だったが、体感速度のひんやり感は抜群。おいらはゆっくり景色を眺めることもなく、ひたすらハイビジョン・カメラのモニターと睨めっこ。満面の笑みを浮かべるRちゃんの記録に忙しい。
ここのところ、どこの美しい景色に包まれていようとも周りを見渡すことはなく、優先順位はまずカメラのモニターであるおいら。
モーター・ボート以外にも足こぎ用のスワンやら、様々な色味のアナログ・ボートが並べてある。視力抜群のRちゃんが、案の定「あっちのピンクにのりたい!」とモーター・ボートから降りたとたんに言い出した。
「今乗ったばかりだから、もう終わり」と言うフレーズが頭を過ぎり、早足で売店方面に向かった。
「アイスでも食べる?」とRちゃんに伺いをたてたその時、Iと同行者Kの余計な一言が被って聞こえた
「Rちゃん、あのボート、かわいいよねぇ! お父さんと乗りたいよねぇ〜。乗ったら多分気持ちいいよねぇ〜」的意味合いの爆弾発言をかます悪魔の同級生2人。
Rちゃんの気持ちは完全にそっちの方へ向けられた。
「おまえ、父親として、Rちゃんの気持ちに答えてやらんのか」と促され、炎天下の中、足こぎボートへの試練に追いやられる羽目に。
「のりたいよー! いこうよーおったん!」
「はいわかりました。乗ろう…乗ろうか。どれがいい?」
「ピンクー!」
かくして30分の汗だくな時間をたっぷりと過ごす羽目に。
陸に上がり記念写真を撮って、色んな動物のいる伊香保グリーン牧場へ移動。
入園料が大人1名1800円とやや高めなところが気になったが、牛やら羊を間近に見られる場所なのでやむなし。
園の奥で催ししていた見学無料のアトラクション:シープドッグショウを観戦。
羊の毛を刈り、その流れを英語と日本語の解説で観客に説明していた。
最後には「動物とのふれあい」の時間も設けられた。「羊さんに自由に触っていいですよ」とアナウンスされたとたん、Rちゃんは柵の中に駆け込み、羊さんを追いかけはじめた。
奈良のシカ相手同様、そこには躊躇とか物怖じとか遠慮という言葉などない。
目に入った羊さんに端から接触を試みるRちゃん。その笑顔の眩しかったこと。
水道で靴底を洗い、「ここの物件なら特別に美味いはずだろう」と確信した末、みんなでソフトクリームを食した。さすが牧場、確かに濃厚で美味かった。
ボチボチ丁度よい頃合いの午後の時間となり、夕飯の買い出しを経由してI宅へ帰宅。
即、クリームパスタをメインにサラダ諸々を最速のスピードでこしらえ、食卓を賑わせた。
芋焼酎を飲みながら、2つの家族にKが加わり、深夜2時までの晩酌タイム。爆笑の嵐。
この貴重な晩酌だけは生ある限り続けてゆきたいものだ。
投稿者 yonezawa : 11:29 | トラックバック(0)
2010年 08月 4日
昇進祝い
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しかし暑い日々が続くものだ。
突き刺すような紫外線。不快指数100%。各方面に送るメールの枕がこんなフレーズになりがちだ。東京はなんて暑いのだ。
編集Sの昇進祝いの席を、昇進後1月近く経過してようやく実現出来た。
もう後輩筋の編集者が編集長になるという時間が経過しているのだなぁ…と感慨深い気持ちになる。Sの編集長昇進は個人的にも、とても嬉しい。
巧く行く仕事とそうでない仕事、業務の歴史の中では様々な障害はあるものの、今日の呑みで、ともかく自分の持ち場の仕事を真摯にこなす。その単純かつ重要な意識をまた再確認させられた席ともなった。
編集S&Aとの酒席、理屈抜きに最高。
バーへと河岸を変えた今夜の宴もどえらく印象深き一時也。2人今日も感謝。
投稿者 yonezawa : 16:38 | トラックバック(0)
2010年 07月 22日
断念無念
2冊のコミックスの入稿のため、本日真っ先に向かうハズだった大阪開催の「第三回ギャグ漫画家大喜利バトル!!」へは到着ならず。
エグチンの勇姿をライヴで見たかった…
海陸先生と直に語りたかった…
やむなし。
YJ:F原の土産話を待つことにしよう。
夕方、編集部内の歓送迎会の地:赤坂の居酒屋に移動。
入店して、まず目に飛び込んできた光景に驚く。
新入社員のS、新機軸雑誌準備室に移ったM副編らを囲み、いつものスタッフ呑みの空間に身を委ねる。
2軒目は、生前、開高健の通っていたというシックなバーに。ご馳走してくださったHさんと久々に乾杯。
まだまだワインバーで呑んでいるという若手スタッフの情報を得、編集Tと移動。到着後、しこたま呑んだ後解散。いち早くタクシーを拾って帰途についた端に、「もう1軒店を移ったので、是非帰ってきてください」の言葉に促され、同じ場所へとんぼ返り。何をしている、おれ。
河岸を変え、残ったスタッフと合流した店のソファにかけたら、隣には「家政婦は見た!」の市原悦子に似た年齢不詳の女性が腰掛けた。絶句。
投稿者 yonezawa : 17:30 | トラックバック(0)
2010年 07月 21日
夜忍戒 in 青山
今宵「夜忍戒」開催の場は青山の居酒屋。Y、K、Iちゃんの4名でいつもの酒席開催。
Kによればクリストファー・ノーランの「インセプション」が大変な傑作なんだと言う。
思えば「メメント」でどんだけ優秀な監督なんだろうと思った日から、このノーラン監督からは目が離せないのだが、方々の映画人から洩れ伝え聞こえる本作のクオリティは相当なものだと予感する。
2軒目のバーはIちゃんが十数年ぶりに訪ねたという店で、この男のグルメ機微の底力を窺い知る。
珍しく、呑みラインナップに日本酒を織り交ぜてしまったこともあってか、帰途の道中は爆睡だった。
投稿者 yonezawa : 17:31 | トラックバック(0)
2010年 07月 18日
オン・ザ・ビーチ ルー/沖縄3
早朝の朝食を頂き、10時30分待ち合わせでおもろまちのレンタカー屋へ。
この店、DFS内にあるのだが、レンタルに際した契約を交わし車に乗ろうとしたら、乗り場にたどり着くには延々ショップ内を横断させる仕組みになっており、こちらは段ボールだ楽器だと抱えているものだから個人的に暴動を起こしそうな意識に陥り、怒りで呆れる。
ともかく作りが最低。
普通車とワゴン車の2台をチャーターし、普通車はSくんKちゃん水入らず号に。
ワゴン車はチャーリー運転のbambi&米澤家号。一路、オン・ザ・ビーチ ルーへ。
途中、Aコープか何かに隣接する食堂で昼食。チョイス正解。美味。スーパーで花火を購入。
羽田からことあるごとの一連のシーンを、一眼レフとハイビジョンカメラで切り取るおったん(私)の仕事は、ライヴを終えてもまだまだ続く。
15時前後にルーへ到着し、準備の出来た者から海へ飛び込んだ!
海──久々。
浮き輪を持ったRちゃんと、初めて本格的に泳いだ。
満面の笑顔。「キャッキャッ」とはしゃぐRちゃんの表情を見るためだけにこの地へやってきたことを、もはや本題のライヴそっちのけで感じていた。
この2度と還らない今だけの、この素晴らしき景色も瞳に焼き付けておこう。
小一時間の水遊びを終えた頃、丁度夕飯のバーベキューの用意が整う。素晴らしい。
野外の海外沿いで涼しく夕景を見ながら、地元のバンド仲間、そしてかけがえのない家族とバーベキュー。これほどの贅沢があろうか。
大量の肉と野菜が大変なペースで胃袋に消えてゆく。浮世離れしたこの環境を踏まえ、ビールも泡盛もより絶品と感じられた。
そろそろRちゃん就寝の時間。
残ったbambiの面々で大先生のギターの音色を聴きながら、ちびちびと泡盛を流し込む。
今回のツアーで初めてゆったりと語る機会を得たSくんの彼女:Kちゃんが、大先生の伴奏で深夜の野外にて「青い珊瑚礁」を熱唱。
泡盛と沖縄の海が導いた風景であった。
投稿者 yonezawa : 15:10 | トラックバック(0)
2010年 07月 17日
ライヴ本番/沖縄2
早朝の朝飯を頂きに最上階レストランへ。
すこぶるよい天気。大きな窓から差し込んでくる太陽光線が目映い。
食事を終え、国際通りを散策。
那覇オリジナル・ブランドのアロハシャツ屋に飛び込み、しばらく物色したらなかなかよい物件だったので、母、九州の姉:M、伴侶、Rちゃん、そして本日おいらのステージ衣装を確保するべく模様違い、色違いの物件を5枚購入。
そのまま流れる汗をハンカチで拭きながら界隈を徘徊し、午後2時前にホテル・ロビーでbambiと合流。最終リハのため1時間のスタジオ入り。
ここでベース:yoyoの音が鳴らない。
それ以前に、彼女のメインとなるベースがホテルに到着していないというのだ。本番もレンタル・ベースになることはこの時点ですでに確定ではあったが、リハにあわせて借りてきたベースも断線だったのか音が出ず。ガックシ。
こうしていくつかのトラブル(ホテル到着後、「家と車の鍵を紛失した!」と、この時点では勘違い中の私。結論は、家に置き忘れてきていたが帰宅するまで判らない)を経て、市場で昼食を済ませ、我々バンドメンバーはライヴハウスGROOVEへ向かった。
場末感の赴き溢れる小屋を位置を確認し、リハ後、家族の夕飯に合流するべく国際通りに戻り、本番20時前に再び家族連れでとんぼ返り。忙しい。
本番、20時スタート。
ハイビジョンカメラで狙っている被写体はライヴを観戦するRちゃん。つまりステージ上から客席に向けたカメラをセッティングしているおったん(私)だった。
bambi全員ロック。紛れも無きロックバンド。
ノルマの1時間、ビッチリ演奏敢行。良き汗かいた。
複数の対バン演奏を拝聴し、爆睡もし、すべてのセッションも終わった後、遅い夕飯に移動。
なんだか当たり前に沖縄公演を終えたbambiであった。安堵&乾杯。
投稿者 yonezawa : 15:09 | トラックバック(0)
2010年 07月 14日
ポルトガル料理
プロバレリーナH、編集者希望で初対面のHさん、現役編集:Uらの初面子でポルトガル料理。
時間も場所も集合時間の4時間前にようやく確定させ、二転三転した待ち合わせ場所が変更の末、渋谷松濤に落ち着いた。
気持ちのよい店員によるポルトガル料理とワインに関する豊富な知識が嫌みなく、賑やかで愉快な酒席を演出してくれた。
仰々しくもなく、気取ってもいないこの店、何かの機会に再び訪れることにしよう。
地元へ電車帰還し、Sちゃんと合流。店には大勢の作家・編集者が偶然集っており、遅れてやってきたQさんの誕生日を居酒屋カウンターでお祝いし、SとZの入籍お祝いも。
なんともおめでたい日が重なった。
投稿者 yonezawa : 02:02 | トラックバック(0)
2010年 07月 5日
Oさん
ヤンジャン編集部に所属して早22年目となった今年。
内勤の外部スタッフとして最初に携わった雑誌は、今は無き月刊ベアーズクラブ。
最初の社員旅行で隣の隣に座っておられたのは、すぐ隣の編集部に在籍されておられた先輩編集者のOさんだった。
そのOさんより、僭越ながらビールをお酌していただき、そこで交わした会話がOさんとの初めての出会いのようなものだった。
やがてOさんも同じ月刊誌に所属することになり、沢山の仕事を共にさせていただいた。
編集者としての機微を勉強する、極めて貴重な機会をたくさん得た。
Oさんは知り合った当初から我が両親にも年賀状をお送りくださった。
大学生の男性読者5名を引率し、訪れたロンドンのネヴァースは初めての海外取材だったが、そちらは信頼を寄せるOさんと一緒だった。
野外フェスでピンク・フロイドとマッカートニー、そしてレッド・ツェッペリンを観戦しながら、Oさんと半日以上野外で過ごした彼の日は、忘れられないよき思い出となっている。
やがて編集者から編集総務セクションへ移動され、常勤するビルも変わってしまってから食事をする機会はずいぶんと減ってしまったが、お会いすればブランクの時間など瞬時に吹き飛び、いつものおちゃめなOさんとの距離がとたんに埋まり尽くす。
そんなOさんが今週9日(金)を持って勇退、定年退職されることになった。
おいらにしても、なんと長い時間が経ってしまったのかと感慨深い気持ちになっていた。
36年以上の長きに渡り、大出版社に勤務され、青年誌の黄金時代を歩んでこられたOさんの魅力は筆舌に尽くしがたいほど。
何があっても温厚なOさんの人間性は驚嘆ものだ。自分など生涯到達出来なかろう、人としての大いなる器を感じさせるてくれる最たる先輩の一人がOさんだった。
送別会が行われた高級中華屋での、古くからの仲間によるスピーチは爆笑の嵐。
今後も再雇用として週の半分程度は関連会社に出社されると聞き、これまで以上にOさんと密になりたいなと心で思った。
今夜の賑やかな宴は、そんなOさんの素晴らしい人間性も指し示していた。
Oさん、節目となった今日まで本当にお疲れさまでした。そして末永くお付き合いの程、引き続き宜しくお願いいたします。ありがとうございました。
投稿者 yonezawa : 18:04 | トラックバック(0)
2010年 07月 2日
BG親睦会
丸1日、Rちゃんに会えなかったのは昨日。
昼、帰宅してきたRちゃんがおったんの部屋を開け「そのまま、そこにいて!」と言い、隣の部屋から、本日入手したお菓子つきおもちゃを見せびらかしに来た。
シャワーを浴びると必ず浴室の脱衣所までやってきて、浴室の扉を半分開けこちらを覗き見しながらなんだかんだと語りかけてくる。
「もうあがるの? まだあがらないの?」洗髪の際に何度も同じ質問が来るのは恒例。
「後10分したら上がるからね」
まだまだ身体洗いの最中、入浴中にやる浴槽洗いのブラシを取ってくれる。
続けて髪の毛用のブラシも。使うのは湯上がり後の、もっと後なんだけれど。
身体を拭いて、脱衣所に出ればRちゃんは洗面所の棚の横に登りきっており、タオル収納のスペースに常備しているおいらのパンツを1枚取り出し「はい、ぱんつ!」と先回りして渡してくれる。
シャワー後のおったんの一連の工程を熟知するRちゃんは、常に先回りして気が利く行動をとってくれるのだ。なんとありがたいことなんだろう。
ライヴの打ち上げは毎度大勢のゲストが集う宴会となる故、メンバー同士の親睦会とはならないケースが多い。
今回、失速バンドのライヴで演奏した面子うち3名が初参加であったこともあり、本来ならもっと早く集いたかったのだが、僭越ながら貧乏暇無しのおいらの日程もあってようやく今夜、実現することに。
ところがおいらの不手際か、肝心のバンマス:吉田おとうさんへの伝達が上手くいっておらず、おとうさん不在で今夜の宴を決行することに。なんでこーなるの。
ドラムスKの招待ゲストにより、にわかに賑やかとなる。宴、つつがなく終了。
恵比寿の阿夫利は終電もない時間帯なのに数名の客が待っており、我々待てなく断念。最終地は目黒の勝丸。
おとうさん、楽しく飲んでしまい御免なさい。
投稿者 yonezawa : 23:47 | トラックバック(0)
2010年 06月 17日
散会式
昼下がり、デザイナー事務所:ロジアへ打ち合わせに。
帰社して雑務を終え、20時30分より始まるF班散会式の地:西麻布の韓国料理屋へ赴く。
よく知る面子とよく通じる笑いネタで爆笑の夜が予想通り続くのだが、最後の最後に編集見習いのTが同棲中の彼女にプロポーズするといった事態に話が展開。
投稿者 yonezawa : 13:47 | トラックバック(0)
2010年 06月 10日
唖然
「編集Iさんのオススメの店なんですが、是非一杯行きましょう!」と誘われた。
「Iの常連店なら期待大だ!」とほくそ笑み、また知らぬ名店を新たに知る機会になると思っていたら、おいらが翌日予約していた店で(嬉しくも)唖然となった。
なんたる偶然なのだ! と言うだけで明日のことは早速忘れることにし、今日の贅沢な食事を楽しんだ。極上つまみが今日も嬉しい。
心を掴まれた映画・音楽を酔いに任せてほろほろ語りだし、若き編集Mの拘っている映画作品も教示してもらう。近々にブルーレイも貸してくれると彼は言った。
折に触れてそうした名盤ソフトの情報交換を行いたい輩はたくさんいるが、Mもその中の一人に加わった感じがしている。
投稿者 yonezawa : 04:54 | トラックバック(0)
2010年 05月 29日
禁じられた遊び
夕方17時までRちゃんと風船遊びなどをしながら、恒例の「鯉に食パン投げ込み」に外へ。
冷凍した食パン1枚を1cm大にちぎり、ビニールに入れて外へ。「Rちゃん、もつー」とRちゃんが胸元にパンを握りしめ、エレベーターを下りて小川に到着。
川に投げ込むのと交互に、自分のお口にもちぎったパンを投げ込むRちゃん。「何自分でも食べてんの、Rちゃん(笑)!?」と突っ込むと爆笑のRちゃん。さっき昼食を食べたはずなのに、持ってきた1/4を平らげてしまった。
紀尾井ホールで18時より開演された「村治佳織チャリティギターリサイタル」観戦のためJR最寄り駅へ。
編集:Fと待ち合わせのおいらは、最寄り駅の四谷をお茶の水とすっかり勘違いしてしまい、まさかの遅刻。不覚。最悪。
スペインな深紅の赤が鮮烈で、控え室を訪れた時にもご本人に圧倒された。
「ジャンゴ」の力強さが今日も圧巻。「アルハンブラの思い出」「禁じられた遊び」が聴けた今日はラッキーだった。
常に今が最も美しい村治佳織の機微を堪能。
わずかの時間ながら、お母様、そしてギター講師でもあられる村治昇先生にもご挨拶する機会を得られた。幸運。
ギターを習わせたいが、全然落ち着きのないRちゃん3歳の事もお伝えしたところ「4歳になったら少しは落ち着きますよ!」と温かいアドバイスを賜り感激。
車で六本木へ移動。
編集部:H兄と漫画家:Sさんの披露宴2次会の席へ。六本木ヒルズのゴージャスなフロアを貸し切り、派手で賑やかなパーティが開催。2人方、おめでとうございます。
終始赤ワインを飲み尽くし宴は終演を迎えた。
さらに河岸を変え、編集:F、N、スーパー・デザイナー:モトちゃん&Kらとディープな飲みに突入。
投稿者 yonezawa : 12:06 | トラックバック(0)
2010年 05月 24日
失速LIVE2010
Aimie、bambiご一行様、デビルガールズご一行様、トッポ、マミコロ、エミちゃん、S織、E戸夫妻、対バンのみなさま、サウンドチェックでトラで叩いてくださった某氏、実行委員会の皆様、カメラ殿村&広称、他、失速LIVE2010に参加してくださったすべてのスタッフ、ご来場の皆様の方に感謝!
第16回を迎えた失速LIVE2010はあいにくの雨模様。
巻き気味で始まったサウンドチェックにはギリギリで到着し、着いた端から音出し。走ってきたので熱い熱い。
出番までK野、Tらと焼鳥屋へ。
本番1時間前に今年も恒例の会場となった「目黒ブルースアレイ」へ戻り、満員御礼の集客を確認。少し赤ら顔だったおいらは誰かに指摘される。
20時30分、本番。
知らぬ間にドラムスの兼松くんが突然ドラムセット前に居ることに気づく。
フィードバックから『移民の歌』でライヴ・スタート。
スタート瞬間の、なんとも表現しがたいライヴ独特のテンションが毎度たまらない。ライヴの最も好きな感覚は、この瞬間にもある。
回客席には大勢の知り合いの面々。おいらにとっては最も贅沢なライヴと言えた。ここにおふくろがいれば完璧。
時間いっぱい正味20分のステージを瞬時に駆け抜けた。
打ち上げの最終的な〆には、久方ぶりの『阿夫利』。
唯一の心残り、それはこのイベントに絶対来たかったRちゃんが、残念ながら来られなかったこと。風邪と(ぶつけた)お口の怪我で断念したのであった。
●失速LIVE2010
Beat generation
●吉田宏(ヴォーカル)
●甲野勝之(ギター)
●池田哲也(ベース)
●兼松幸市(ドラムス)
●田中英俊(キーボード)
●米澤和幸(ギター)
1)Immigrant Song
2)Communication Breakdown
3)Custard Pie
4)All My Love
5)Misty Mountain Hop〜Beat it〜Misty Mountain Hop
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2010年 05月 22日
リハーサル
失速リハを行う隣のスタジオではbambiのリハも行っていた。
明後日の失速ライヴ本番を睨む最終リハーサルは、最後の調整として4時間たっぷり充てることに。
途中、想像通りの嬉しき乱入を果たしたbambiバンマスの持参してきたフレットレス・ギターが斬新。
初めて弾いてみたが、なんとも言えない感触の弾き心地で、第一印象は弾いて気持ち悪い感じ。
しかしスライドさせた際のトーンは、他の代替え品の利かない物件であることを認識。
ともあれ、ビート・ジェネーション(BG)の最終リハを終えた。
終わってbambiとBGとの合同飯会と思いきや、なんと偶然bambiバンマスが、スタジオの待合い室で中学時代の同級生と遭遇するという信じられないハプニング(40年以上ぶりの再会だとか)に見舞われ、結果3つのバンドが集いながら飯会の席に。
当然のように誘い合うこととなり、想像通りの混沌とするザッツ・バンドマン打ち上げの様相となった。
この席を経て、また化学反応が巻き起こる予感が…
24日(月)20時過ぎ、目黒ブルースアレイで本番を迎える。
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2010年 05月 4日
ブランコ体力
8時間はみっちり睡眠。
正午にZより電話連絡あり、茨城方面からの到着が高速の空き具合によって早まったとのこと。
昨日から地方を探訪し、地元の市場で買ってきてくれた新鮮な干物、巨大海老を土産に持ってきてくれたのだった。気遣いに今日も大感謝。
その土産は、Zにもまだ紹介していなかった格闘家:飯村家の分もとわざわざ持ってきてくれており、生ものだったので早めに届けようと大道塾吉祥寺道場を訪れた。
世間話の延長で、Zには「今日、飯村家と飯」と伝えていたから、そんな気遣いをしてくれたそうだ。
ともあれ車中にいたまま、道場の玄関先で品を飯村へと中継し即帰宅。そのわずか30分の間に、チャイルドシートに座ってくれてたRちゃんはスヤスヤ寝息を立て始めた。
一旦帰宅し、夕方4時過ぎにRちゃんと2人外へ。井の頭公園へ向かう。
大道芸人の技を見たりしながら、彼女の目的であるブランコを目指す。そこからRちゃんは正味20分以上も飽きずにブランコ。押すだけでそれなりに疲れてしまう情けないおいら。
それにしても恐るべし、子供のブランコ体力。
公園を後に、午後6時から予定していた格闘家:飯村家との飯会場:居酒屋『汁べゑ』へ向かったところ、どうもこちらは2店舗あるそうで、おいらは違う方の「はなれ」の店舗を予約してしまった模様。
初めて訪れた居酒屋の座敷でRちゃんは2人のMちゃんと再会を果たし、いきなりテーブルでお絵かきが始まった。2人のお姉ちゃんに囲まれたRちゃんは何の話をしているのか。
その微笑ましい光景は遠目から数枚の写真に収めた。
今日の一時も、将来きっと懐かしく愉快な思い出になる確信を抱きながら、吉祥寺の夜が更けた。
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2010年 04月 28日
ロケンローラー
前々から楽しみにしていた飯会。
ロケンローラー:K渕兄、ジェフ・ベックの通訳でもご一緒させていただいたMMちゃんとの3人会。
たった1軒限定の飯会なので、ご飯の美味しい銀座:Gを予約し、おいらは赤ワインを注文。料理は店長:Nさんに、こちらのコンディションをお伝えし毎回委ねる。ここではそれが一番正解。
今日の3人の共通点は圧倒的で強力だ。そこだけは音楽通の者にはどうしても自慢するしかないのだった。
2007年のロンドンはO2アリーナで、アーメット・アーティガン追悼コンサートの会場に居あわせたのがこの3人であり、数少ないレッド・ツェッペリン再結成ライヴの超貴重な証人となったのが我々でもあった。
※現地でおいらが数えた日本人は(他にも居たのだろうが)20名程度だったと記憶する。
※ペアチケットを1900万円でオークション購入したイギリス人がいた。
※エリカ様&高城両氏も、おいらの席から左に10個ほど離れた並びの席から観戦されておられた。
※帰国後、コンサートの半券がインターネットのオークションで3万円に跳ね上がっていた。
語り合う話が全部ロック。
「こんな(おいらみたいな)ヤツって学年に2,3人ぐらいしかいなかったよ」と言えばMちゃんが「私も(こんなロックだけの体質のコは)学校で自分1人だけだったかも」っと共通項を語り出す。
年齢差をまったく感じさせないK渕兄はジェフ・ベックよりも2,3個年上で、ボブ・ディランよりも1歳年下。スラッシュと同じ歳のおいらも、つまり年齢などまったく関係ない。
20数年後に自分の未来があるならば、まずはK渕さんが目標だと今日も心で思う。K渕さんもMMちゃんもロックでチャーミング。
時間の許す限り語り合いながら、終電までMちゃんとバーで乾杯し、おいらは一旦帰社。
雑務を終え、吉祥寺で待ち合わせたSちゃんを訪ねたら、いつもの吉祥寺面子と遭遇。居酒屋:闇太郎にて、横一で毎度の飲みに突入。
今日知り合った、先ちゃんの飲みだちミュージシャンとも親睦を深めることとなり、今年3月に武道館コンサートも成功させた、ポリシックス:フミちゃんとも乾杯出来た今夜は貴重な夜更けとなった。
やがて時計は午前7時を指してた。めーいっぱいロケンロールな1日。
みなさん体力さすが。先ちゃんも毎度毎度、さすがです。
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2010年 04月 24日
宮崎行
Rちゃんに散々、外出妨害工作を受けながら、同時に後ろ髪を引かれながら、夕方16時過ぎのリムジンバスで羽田空港へ。
予定通り宮崎行きのANA便でフライト。
宮崎空港着。こちらの空港に降り立った記憶はないので、冷静にこの地にやってきたのは、物心ついてからほぼ初めてだったのかもしれない。
路線バスで、およそ30分程かけ市内へ。
東横イン隣のファミマで待機する幼なじみ:S.S子にピックアップしてもらった。
宿泊予定のホテルには事前に連絡を入れ、チェックインせずまま一路小林へ。S.S子が買っといてくれたコンビニおにぎりとお茶を車中頂き、1時間少々で市内へと到着。
S.S子実家に車を停め、徒歩でK.S&Y.Sっ子らと合流。居酒屋の暖簾をくぐった時、事前に予想していたタイムテーブルから10分のズレもなかった。
親睦会としてはベストメンバーの4名が集結。積もる話を速射砲のように語り尽くす。各々抱えた人生における歴史、ある時は恥部、ある時は歓び、ある時は怒りのエピソードをそれぞれが包み隠さず吐露。
幼なじみならではの距離感がとにかく居心地よく、瞬時に小学生…あるいは幼稚園時代の景色が蘇る。
思えば、本日集った面子との付き合いは42年以上の時間が経過した計算。なんたる時間。なんたる歴史。
全員が思い切り幼少時代の面影バリバリ。贅沢かつ嬉しき夜が更けた。
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2010年 04月 11日
通園お見送りに備え
bambi in 沖縄ライヴのミーティングという名目でのリハを兼ね、昼間っからbambiメンバー集結。
スタジオに行けば、またしても新曲のコード譜が用意されている。こんな創作意欲の途切れないバンドはおいらも初めて。
端的なリハの後、昼間っから居酒屋でアルコール。今日の酒は少し及び腰でありながら、宴が始まったらどうでもよくなり、気持ちの赴くまま流し込む。
帰宅した夕方以降、案の定記憶は曖昧となる。蘇るのは楽しい酒席のイメージだけ。
明日のRちゃん通園お見送りに備え、午前1時30分には就寝。
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2010年 04月 8日
尿管結石
今年の米澤家新年会の席には、正月に上京していたおふくろの参加もあり、同時に、まだ一度も酒の席を共にされていないと伺っていた江口兄&獏さんの豪華ゲストもお誘いし、賑やかに鍋でもつつければと計画した。
この宴の噂を聞いた出版関係者他が「私も混ぜて〜」「皿洗いでも何でもするので参加させてください」「子連れで伺います」等々、続々参加することとなり、結局10数名を数える大宴会に。
ところが当日になり、「これから尿管結石の(切開ではなく、レーザーを中てる)手術をやることになったので少し遅れます。麻酔でぼーっとしてるかもしれないので勘弁」おおむねこのような内容のメールが獏さんより入った。
「無理をしなくとも次回の機会で大丈夫ですよ! お大事に」そう電話でお伝えしようと思っていたところ、結局手術は泊まりになってしまい、2日続けて行うことになったという連絡が入った。
結局、残念ながら獏さん抜きの宴となったのだが、獏さんはおいらのおふくろにもお気遣いされ、その電話でおふくろともしばらく話してくださった。
そこから4ヶ月程の時間が経ち、体調の戻られた獏さんから「仕切り直しの飲み会を是非やろうぜぃ!」とご提案を頂いており、本日が新年会のやり直し日となった。
やや面子は変わったが、同じちゃんこ屋で鍋をつついた。
みなさま、お疲れさまでした。獏さん、ごちそうさまでした。
格闘家:飯村選手と地元へ帰還。最後の1杯は、偶然遭遇した地元漫画家先生方と闇太郎で乾杯。
尚、獏さんが尿管結石にのたうち回った経緯は、『獅子の門-人狼編-カッパ・ノベルス-夢枕獏』
http://www.amazon.co.jp/dp/4334076890
の後書きにしっかり書き記されている。
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2010年 04月 3日
許可をもらい
まさに結婚ラッシュ! なんだか毎週のように披露宴に行ってる感じ。
編集部の精鋭:Iが目出度くゴールイン。
パーティには、今をときめく人気タレントの佐々木希ちゃんも参戦し、会はさらに賑やかな彩りを放つ。希ちゃんには、このHPトップページのミュージックランダーを持ってもらい、以前グラビア撮影したことがあった。
そのクールな出で立ちは、今でも脳裏に焼き付く。
昨日の酒が、まだまだたっぷり体内に残っているせいもあり、今夜は軽く自粛日。
デザイナー:Kと山手線、総武線を経由して帰途についたのだが、土曜日、新宿駅の混み具合には参る。みなさん、最終電車にあわせて飲みなさるのだろう。
帰宅したら、深夜にもかかわらずRちゃんがたまたま目覚めており、ほんの小一時間、お遊びする機会を得られた。とても嬉しい。
Rちゃんとの寝室は別々ながら、今夜はRちゃんに許可をもらい、同じ部屋で久々に就寝。明日はRちゃんの前髪と後ろ髪、切ってあなきゃ。
投稿者 yonezawa : 18:26 | トラックバック(0)
2010年 03月 29日
誕生日おめでとうございます
柴田 国明さん、マイケル・ブレッカーさん、高水健司さん、野沢直子さん、西島秀俊さん、鈴木彩子さん、桜庭あつこさん、滝沢秀明くん、里田まいちゃん…
そして…江口寿史兄、誕生日おめでとうございます。
夕方、漫画家:高橋ツトム兄とTHE MODSライヴ観戦。
森山達也さんは、高橋ツトム『SIDOOH-士道-』20巻帯に、いぶし銀のコピーを提供してくださった。
今夜のライヴは“完璧”という形容が相応しいほど掛け値無しにベストの出来であり、なんといっても新曲の放った色艶、完成度に心揺さぶられた。
数時間遅れて打ち上げの席に合流させて戴く機会を得、そこでメンバーの方々と直に語り合うという信じられない夜を体感。
何故THE MODSが永遠に瑞々しく光り輝いているのか、その理由の一旦が理解出来たような気がした。
彼らの音楽に対する誠実さに適う音楽家には、簡単には出会えない。
THE MODSの皆様、素晴らしい夜をありがとうございました。&日付が変わった頃、森山さん、ハッピー・バースディ!
投稿者 yonezawa : 00:56 | トラックバック(0)
2010年 03月 27日
ゴールイン
映画人:Wちゃんがめでたく本日ゴールイン。
早くから今日の披露宴の話は伺っていたので楽しみな1日だった。が、昨日から思い切り体内に残りまくるアルコールとの闘いが午前中最大の課題となった。
ほとんど寝る時間もないまま支度をし、Rちゃんを連れて表参道へ。
漫画家、編集者の知り合いが会場には数人チラホラ。出された料理を一欠片も口にすることはなく、ウーロン茶とオレンジジュースをチビチビ。今日は飲めんコンディション。
夕方になり、より風が冷たく吹きすさぶ。
一次会の後、表参道ヒルズ界隈をRちゃんとお手々繋いで散策。Rちゃん、今日は沢山歩きました。
Hくん、Wちゃんおめでとう!
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2010年 03月 14日
大披露宴
編集部スタッフSKの豪華披露宴が学芸大学前界隈で開催。
凝りに凝ったパンフレットに、しっかり編集されたVTR、そしてプロレスの余興に、最後はご本人自ら歌の披露。
ここまでの派手な披露宴演出はあまり記憶にないほど。
本来この場で、某輩のブルースハープと共にギターの余興を頼まれていたおいらだった。関係者の諸事情でその企画はなくなったが、いち観覧車の一人でよかったと安堵の息をつきながら、この豪華なイベントを最後まで見届けた。
スーパーフォトグラファーKと久々の再会を果たし、近場の居酒屋で軽めの乾杯。Kと2人で精神的発熱をしたまま北野監督を追いかけ続けた、あの夏いちばん高揚した日々を思い出す。
終電で帰途に。
投稿者 yonezawa : 01:21 | トラックバック(0)
2010年 02月 26日
来日する模様
都内某所で、ある衣装合わせに立ち会う。
一緒に飲みたいのだけれど、ほぼ飲ませてはならない団長とほんの1,2杯だけの乾杯を誓いつつ、酌み交わす。
他愛もない馬鹿話がころころ転がり出すと場の空気が温まってきた。
雨模様の中、新宿へと移動。やがて編集ライターのKが一足先に撤退。
おいらはノンアルコールだったTに、山手通り×青梅街道の交差点まで送ってもらった。
古い情報だが、ゲイリー・ムーアが何十年ぶりに来日するそうだ。
投稿者 yonezawa : 23:41 | トラックバック(0)
2010年 01月 21日
2010大新年会
集英社第四編編集部の大新年会。
一次会、二次会、三次会、そして四次会のバーで激辛カレーで〆。
酔ってはならぬと意識を働かせ、スロースタートなノリで今日の半日を過ごした。
三次会の座敷で酎ハイをズボンに倒した。何年おきかにやらかす、ある意味恒例の光景。
居眠りもせず、しらふに近い午前7時過ぎ、新宿から武蔵野市方面へ帰還。
みなさま方、お疲れさまでした。
投稿者 yonezawa : 15:48 | トラックバック(0)
2010年 01月 13日
書道
隔月スパンで行っていた、固定面子4人での飯会“夜忍戒”も、現実的に3ヶ月に一度の飯会となってしまっている。
昨年12月が昨年最後の開催日程だったのだが、おいらのスケジュール変更という迷惑を踏まえ、年明けの今月に変更となった。そしてその日が本日。
代々木の、絶対に地図がなければたどり着けないようなとある住宅地にその店:エンボカ 東京 (en boca)はあった。
ホワイトビアが上品。白ワインをいただき、野沢菜のピザ等を食す。
初物のピザ食材との邂逅。これらの情報、どこぞで仕入れてくるのか、おいら以外の食通3名の探求心、恐るべし。
河岸を赤坂見附に移し、赤ワインを数杯呑んだ後、書き初めにチャレンジ。
この店のこの趣向、気に入った。
思えば広治爺さんも、親父も、師範だったこともあって書道が上手かった。子供の頃、毎年正月は爺さん宅で書き初めし、餅をついてみんなでこねたもんだった
何十年ぶりにか、習字やりたい衝動に駆られる。
投稿者 yonezawa : 04:09 | トラックバック(0)
2010年 01月 12日
THE MODS
信じられない一日となった。
都内某所でTHE MODS森山達也氏、漫画家:高橋ツトム氏の特写&対談が実現することに。
50年の歴史を誇る年期の入った都内大型駐車場を撮影スペースに決め、撮影1時間以上前に現地入り。スーパー・フォトグラファー:尾形正茂と事前ロケハン。
この場所のとてつもないクールさに胸が高まる。
場所を提供くださった現地関係者の方々の協力も有り難く、今回ロケ・ポイントにはしなかったが、今後のための様々な驚きのスペースも見学させて戴いた。大感謝。
高橋氏現地入り。やがて森山氏も。
肩肘の張らないパンク・ロッカー森山さんのスタンスは、とてつもない魅力に溢れていた。
福岡から上京したおいらにとって、THE MODSの存在はやっぱり特別なものがある。
ビートルズもツェッペリンもマイケル・シェンカーもヴァン・ヘイレンも大好きだったが、JL&CもミカバンドもTHE MODSも勿論大好きだった。
THE MODSが東京進出する際、最後に演ってた80's FACTORYは伝説のライヴハウスだったし、おいらは当時入手した同店のマッチを今でも家のどこかに保管している。
『TWO PUNKS』にしろ『激しい雨が』にしろ『バラッドをお前に 』にしろ、森山氏が希代のメロディメーカーだと言う認識は、博多で1stを聴いたあの日から変わらない。
パンキッシュでありながら、同時にスタイリッシュな存在感が共存。
今回氏と遭遇し、何故永遠にTHE MODSが瑞々しく輝き続けているのか、その理由の一端を再認識させられた夜になった。
対談はまるで旧知の友人同士が語り合っているような、至ってアットホームな雰囲気の中進行。2人は3杯目の生ビールをおかわりした。やがて取材はつつがなく終了。
そのまま「もう1杯いこうや!」と近所の酒場に飛び込み、その後夢のような時間が訪れることに。極めてロック。もう最高。
THE MODSにおける森山さんの魅力溢れる声と、せつなく美しいメロディーは世界でただ一つの究極の個性。その想いは死ぬまで変わらんだろう。
この、ときめく対談記事は、1月27日(水)発売のスーパージャンプ4号に掲載される。
投稿者 yonezawa : 04:08 | トラックバック(0)
2010年 01月 5日
サプライズ
国際フォーラムで行われる『フレッシュプリキュア!』の舞台観戦へ。
アニメでしか見たことのないRちゃんが、さぞや驚くだろうと意気込んで。
朝日放送によるアニメ版ではなく、実際の人間が着ぐるみ着けて演じるやつ。
この『フレッシュプリキュア!』は幼児向けの本でしか見たことがなく、原作では何がどうなっているのか判っていないのだが、資料によれば数多くあるパラレルワールドの一つである管理国家ラビリンスが舞台。そこは国民の全てが国によって管理された夢も希望もない世界。
プリキュアの女の子たちは笑顔を求めて悪と戦っていた。
舞台から席が離れていたこともあってか、想像よりもRちゃんの集中力は続かなく、「しっし!」とお願いされたおいらは途中でトイレタイムにつきあった。
終演後、ホール入口で近所のおかあさんとRちゃんと同い年の娘ちゃんと遭遇。ホールの外でRちゃん&おふくろとの写真を撮ったりしながら新宿へ移動。
伊勢丹でジェラート喰って鍋屋へ。
予定していた新年会の席には豪華で賑やかな面々が。いくつものサプライズな場面に遭遇し恐縮。微笑ましい光景を見つめながらの親睦会が嬉しかった。
集ったみなさまに心より感謝!
投稿者 yonezawa : 11:03 | トラックバック(0)
2009年 12月 21日
フリーペーパー『熱風』
伸び伸びになってしまっていた亀渕兄との飯が、この師走になってどうにか叶いラッキー。
ソニー・ミュージックMさんにご配慮戴いたアジカンのZEPP公演はS、M、A(後にゴールデン街で合流)に託し、新宿の待ち合わせ場所へ。
氏は、書店で無料で入手出来るフリーペーパー『熱風』に「ドーナッツ盤に恋をして」という、とてもチャーミングで魅力的なコラムを熱筆されておられるのだが、おいらはその熱心な読者だ。
待ち合わせの場所へ到着し、再会を果たし椅子に座る前から、もう速射砲のように語りつくす。次回の機会がいつなのか判らぬ故、会ったらとにかく速射砲。
アメリカン・ロック、ブリティッシュ・ロック、70年代、60年代、80年代、90年代、そして現在。
マイケル・ジャクソン、ジミヘン、ビートルズ、リトル・リチャード、民主党、自民党、洋画、酒、新宿、正月、鍋、寿司、山、コレステロール、会社、社長、江口寿史、夢枕獏、母、父、文章、コラム、仕事、ツェッペリン、ニッポン放送、ウィキペディア、お笑い、北野武、ギター…
話が途切れない。
脱線しまくる節操のない話題は、これ以上ないほどの興味深さへと突き進む。
亀兄、何でも知っている。物事をいつも優しい目で見つめている。
60歳代の亀兄は、例えば18歳から30歳ぐらいまでの時に持ち合わせるような鋭い感覚の瞬発力を今もまったく失っていないことを、45歳のおいらが感じている。
『熱風』に執筆されるコラムの、例えばたった2行を書こうと思えば、文献を2.3冊読み漁り、事実関係を突きとめなければならない。その真摯な姿勢が胸を打つのだ。そんな意味もあり、コラムの放つ熱風を感じずにはいられない。
話の途中、氏が1冊のボロボロになった片手サイズの洋書を取り出した。
例えばミュージシャンの正確な名前、アルバムのタイトル、年度、関係者各位とのいきさつなどは、その洋書を参考文献の1冊にされておられるとおっしゃった。
ページをめくると、蛍光ペンで何カ所もアンダーラインが引かれてあった。
感服。
アンダーラインなど、もう何年使っていないだろう。
本を読むときには確かにアンダーラインが必要だった。
自分の鞄にはピンクのアンダーライン用のペンを常備させているにも関わらず、何年もその作業をすっかりスルーしている。
ふいに母が学生時代からずーっと家で使っていたボロボロの辞書を思い出した。
亀兄と語ると、様々な景色が思い出されてきた。
古き時代を知り、最先端の今、巷に流れる音楽を聴き、そして自ら欲する音を求める。
2007年12月、ロンドンの地で偶然の初邂逅を果たした亀渕兄との出会いは、今生涯の宝となった。
投稿者 yonezawa : 21:36 | トラックバック(0)
2009年 12月 19日
画集打ち上げ
新神戸より帰京し、都内某所で開催された高橋ツトム画集『S』&『K』出版記念パーティの会場へ。
画集は昨日無事発売の運びに。
http://artworks.tao69.com/
投稿者 yonezawa : 21:35 | トラックバック(0)
2009年 12月 13日
Tプロ忘年会
平日のスケジュールがままならなかったのか、谷口プロとの忘年会は日曜日。
初めて訪れた吉祥寺の居酒屋は、井の頭公園近くの奥まった箇所に位置しながら、休日も満席で料理も美味かった。
ここのところ、夕飯時前に妙に腹が減るので、料理が出てくるとともに喰いまくった。
20名前後集った面子の中には、漫画家でイラストレーター:Tさんの姿も。久々の再会。
河岸を変え、B1のバーへ。
ほんの少しシェイプアップした人数で、谷口さん、Tさんらと卓を囲み、「あの映画のディテールはここがよかった」とか、「あれは見なきゃ」とか、思い思いの印象を持つ名作の内容について語り合った。
こうした場で得られる情報がとてもラッキーであり、おいらも今年出会ったいくつかの作品について印象をみなさんに伝えていた。
『ブレードランナー』は今一度ブルーレイで確認しなきゃならんと思ったし、『倫敦〈ロンドン〉から来た男』も気になったし、『刻刻』もチェックしたくなった。
『SIGLO:牛の鈴音 워낭소리』なんて、すごい映画の存在も知ったし、『Taken』はなるだけ早く観なきゃと焦ってしまった。
そして、ピート・ドクターがマカロン好きだったことを、インタビューする前に知ってたら…と思ったり。
ほっといたら、それらの情報には出会えない可能性もあり、出会うにしても果てしない時間がかかってしまいがちなところを、この一席で一遍に得た感じ。
年に一度の、ホントに滅多にない面子で集った今夜。
谷口さんとは11月18日発売の文庫『晴れゆく空』(2008年、ローマで由緒ある漫画賞《ロミックス(Romics)》受賞)もあったし、嬉しきお祝いと機会を設けられた貴重な夜更けとなった。
駅前で解散したTさんは、歩いておよそ1時間予測の道のりを、迷いなく徒歩で帰宅された模様。
投稿者 yonezawa : 17:23 | トラックバック(0)
2009年 12月 12日
同級生忘年会
中学時代の同級生5名で集う忘年会の席へ。
家庭を持つ者3名。単身の者2名。人生色々、境遇がバラバラで面白い。
先日、寅と優子の披露宴流れの3次会で訪れた店では、珍しく肉の鍋を選択。
子供の頃からは圧倒的にふくよかになった男性陣に比べ、女性陣はあの頃とさして変わらない印象だった。
同窓会を行えば「おまえは担任か!!」と突っ込まれる輩も、10年前ぐらい前の年代からボチボチ存在仕始める。
いつもの縄張りから趣を変え、今年は渋谷区なる場所を選んだものの、さて2軒目となるとどちらへ行ってよいものか。
青山通りに出て、やっぱり新宿だろうとタクシーに乗り込み、バーで抱腹絶倒の展開に突入。
投稿者 yonezawa : 17:23 | トラックバック(0)
2009年 11月 28日
誕生会
メールの時代になり、「誕生日おめでとう」メッセージを戴くことは急激に増えた。
本日45回目の誕生日を迎えたおいらの祝いをRちゃんの誕生会(12/7)に置き換え、Hが自宅へと招き行ってくれることに。
出会って30年近い年月が経過するHとも、長いようであっという間だった。
手製で仕込んだ餃子、それに美味いと評判の既製品キッシュ、それに試飲して決めた赤ワインを2本持ち込み宴開催。
本来なら、Hとおいら、それにYっちゃんも加わるのが高校時代からのノリなのだが、彼は名古屋に長期出張で参加ならず残念。電話での参加に。
やがてH家の面々も揃い始め、Rちゃんを中心にホットな時間が流れる。
ケーキに3本ローソクを立て、Rちゃんの前に差し出したら彼女は当たり前のようにフゥーっと吹き消した。
まだ教えてなかったはずなのに。子供の学習能力のすごさを感じる。いつもはあまり率先して食べないケーキをRちゃんも珍しく頬張った。
なんと温かい時間が流れるのだろう。
HからRちゃんへのプレゼントはティディベア。
Rちゃん、もうぬいぐるみは何個コレクションしたことか。誕生日はおよそ1月前にすでに終わってしまったH家のSちゃん、年明け早々に誕生日を迎えるH家Kちゃんのために、おいらは時期のずれた誕生日プレゼントを贈呈。もはや全員誕生日状態。
H、Eちゃん、Kちゃん、Sちゃんには心より感謝。
結局男性陣2名は赤ワインを4本飲み干し、やがて楽しかった宴はお開き。
帰り道、不意に思い立ち、一瞬でもRちゃんとの時間を共有戴きたく、先ちゃん、テンホーちゃんらにお誘いメールを送信。
すると彼らはものの数分で集ってくださり、Rちゃんとの貴重な時間を闇太郎で過ごすことが叶った。
おいらの誕生日には、Rちゃんとの思い出がたくさん重なった。
投稿者 yonezawa : 19:14 | トラックバック(0)
2009年 11月 25日
飲め飲め団
1日風呂に入らないとものすごく気持ちが悪かった。大いなる嫌悪感。
朝風呂にも入る余裕がなく1日が始まってしまった。
入稿を終え、本日やるべき常務をガシガシ前へと推し進め、つい1週間前に発売したばかりの文庫『晴れゆく空』のお祝いと、夏のフランス珍道中の話を窺うべく漫画家:谷口ジロー氏との会食の席へ。
様々な雑誌、セクションの編集と関係者が集うこの席も、もはやメンバーが固定された感じ。
宴の場は、訪れた地で最もパスタ類の美味い店:Hで開催された。
文庫『晴れゆく空』のあとがきに記された谷口氏のフランス珍道中は、通常のあとがきよりも多くのページを割いており、内容のクオリティ同様、贅沢に読み応えあり。
かつて飲め飲め団:団長だったK兄が身体を壊し、この度2年程断酒を続けておられたのだが、回復を理由についにこの頃飲酒解禁された模様。今夜も数杯たしなまれていた。
何の権利もないし立場でもないのだが、三度四度、病院生活の姿を見た証人の一人としては微妙な気持ち。
しかし目の前の仲間と酒を酌み交わすことこそが、最も人間的な行為だと感じる瞬間はない。大きなお世話と決まっている個人的監視はこのまま続けながら、2〜3杯の乾杯だけは大いに共有させて戴きたいところ。って偉そうで失礼、団長。
投稿者 yonezawa : 15:18 | トラックバック(0)
2009年 11月 24日
ラーメンを汁まで全部
ふいに作家:夢枕獏さんより連絡を戴き、打ち合わせ先の新宿:Hへ移動。
年内にもう一度お会い出来る機会を得られるのか、世界中を飛び回っておられる氏のスケジュールを踏まえれば難しそうだったが、この時期に再会を得られてラッキー。
年内も年明けも、国内外を問わずバンバン飛び回る日程が待ちかまえておられるとのこと。
小説、格闘技、釣り、音楽、漫画、酒、あの人この人…ランダムに飛びまくる話がとにかく贅沢でたまらない。
雨模様の中、バー:Sを経由し、酉の市で賑わう花園神社を横切り、バー:Hで乾杯。
クロード・レビストロースからヒョードル、ジェイク・シマブクロにマグナスヨルト、中沢新一に北野武…と、話題は無軌道に発展してゆく。
「格闘(大道塾の空手)家に焼き肉を喰わせる時には、ラーメンを汁まで全部飲み干させてから、安い店舗に行くべき」等、獏さんに驕られた当事者を知るおいらはその懐かしいエピソードを改めて伺い、腹を抱えた。
「この酒をロックで飲んでたら『ストレートで飲まなきゃダメだよ』と、某人に注意されたんだよ」という獏さんの注文されたスコッチをおいらも便乗して1杯オーダー。
何とも言えぬ贅沢な時間が経過し、やがてお開き。
集ったみなさんを見送り、どうしても小腹が空いてしまったおいらは初モノの味噌ラーメんン屋に飛び込んだ。ラヂヲ先生、ごめんなさい。
投稿者 yonezawa : 15:21 | トラックバック(0)
2009年 11月 22日
おめでとう
都内某所にて、編集部のエースでイケメン編集:Tの結婚披露宴2次会に参加。
到着次第、おいらは飲み放題の赤ワインを延々流し込んでいた。
スクリーンには、新郎Tの田舎まで赴き撮影されたお祝いコメント等の映像が映し出されている。近所の方々による「おめでとうございます」メッセージに最も心が温かくなった。
聞くところによれば、彼の地元には信号がないそうだ。おいらの田舎も田舎だが、Tの田舎も筋金入りの田舎。
生真面目で一本気な性質のTの人格形成は、この地だからこそ培われたのかもしれないと感じさせた。
3次会、4次会と延々赤ワイン。
一人二人と行動が別れ、最後は若き編集:Sとカオタンラーメンで〆。よき披露宴だった。
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2009年 11月 14日
寅と優子
11月に入るとものすごいスピードで時間が経過してゆく。
あれもこれも、やることがどんどん後まわしになってしまいながら師走に突入の様相。
しかし札幌だ宮崎だ新神戸だ熊本だと、よくもまぁ飛び回ったものだ。
そんなこのクソ忙しい時期に最重要のイベントが待ちかまえていた。
都内超高級某所にて行われた披露宴は17時30分より。
寅&優子の披露宴パーティの日がやってきた。
会場は日米インターナショナルな顔ぶれでアットホームな時間となった。
新郎の寅(トラヴィス)とはスティーヴィー・サラスの打ち上げの場で知り合った。
寅はとても面白いアメリカ人で、『アラキメンタリー』という、写真家:荒木経惟のドキュメント映画を撮っている映像人間。関係ないが、THE POLICEのギタリスト:アンディ・サマーズの娘と友達なのだという。
そして伴侶に選んだのはデザイナーの美人で可愛い優子。
彼らと知り合って、まだほんの数年のつきあいだが、正直で、朗らかで、あくせくしてなくて、いつも自然体な彼らのことが一遍で好きになった。
優子にはRちゃんも抱っこしてもらったし、いつもなら滅多に食指の動かない花見には、彼ら主催のものだったので参加した。
「人は、おおらかであり、朗らかであるだけで他は何もいらない」
それだけじゃ足りないことは勿論当たり前なのだが、そう思わせる魅力が彼らにはたくさんあるのだ。人として最も重要なセンスを兼ね備えているのが彼らなのだと思う。
明日の七五三を控えるRちゃんパパとしては、遅くまで繰り広げられる酒席に後半弱気な側面も匂わせていたものの、寅の執拗な「行きましょうよ。行きましょうよ」攻勢に押され、結局、4次会の地:渋谷で朝を迎えた。
最後に残った輩7〜8人に別れを告げ、ようやく午前6時に解放してもらえた。
新婚旅行後のパーティ第2弾は是非とも吉祥寺で! おめでとう、おいらの弟と妹!
投稿者 yonezawa : 00:26 | トラックバック(0)
2009年 11月 8日
坂本耕作
午前11時30分、ホテル・ロビーで市役所関係の方と合流し、トークイベントの会場となる『水俣市のエコパーク水俣バラ園』へ。
会場には先ちゃんのイラスト展が常設。
控え室で本日トークショーの打ち合わせを行いつつ、地元コミュニティ誌の取材を受ける先ちゃん。
「漫画家のサイン会」というものは、作家の知名度、人気のバロメーターによって現金に集客に反映されることはなく、各地域の民族性(?)ということなのか、大盛況の場合も時に寂しい場合も勿論ある。
本日、江口寿史のトーク・ショーは超大盛況。びっくり。流石、世界の地元のヒーロー。
地方自治体なり役所の方がいくつかのメディアで告知されたせいなのか、入口付近は立ち見の入りきれない状態で、老若男女のオーディエンス(!)が大勢押し寄せた。
地元の人気ミュージシャン:Nさんのファンキーな司会で、先ちゃん会心のトーク・ショーを魅せてくれた。
ホワイトボードに描いたサイン入りのイラストは現地のファンにプレゼントされ、トーク自体でもみっちり1時間強。
その後、怒濤のサイン会。
長蛇の列に並ぶファン一人一人にイラスト入りのサインを描く先ちゃん。2時間以上ぶっ通しで描き続ける先ちゃん。短編1本分ぐらい描いたんじゃなかろうか。マジで。右手にご苦労さま。
イベントはつつがなく終了し、一旦ホテルへ。
ロビーには、先ちゃんの同級生のサカモト氏が待っておられた。
サカモト? 坂本? 坂元?
先ちゃんに紹介されたサカモトさんは、なんと先ちゃんが『ストップ!!ひばりくん!』を描いた時の、ひばりくんに翻弄されるキャラとして登場した「坂本耕作」と漢字違い。つまり、あのキャラクターは彼の名前から拝借して使ったのだそうだ。
これは初耳だった。ご本人の名字(坂元)とは文字が違うものの、ひばりくん現役直撃世代の雄であるおいらとしては、なんだかとても特した気分。
坂元さん、そして新幹線で来れば早かろうに、わざわざ2時間の鈍行で駆けつけてくれたS作夫妻らと共に、居酒屋『遊食三昧』へ。
イベントお疲れさまのかんぱーい。
やがてわらわらと、先ちゃんの同級生の初恋の女性陣ら等々が随時合流し、とても不思議な面子で卓を囲んだ。こんな面子で呑もうと願っても、まず不可能だろう。
この旅でお会いした、すべての水俣の方々は温かく、この町への好感度は益々急上昇するのだった。
ものの小一時間で芋焼酎の5合瓶が空き2本目に突入。耕作さんのペースは尋常でなく、今日の面子での最たる酒豪として確定。
おいらはS作のくだらない話に腹がよじれそうになり、情けなく実にバカバカしい会話で何度も(可笑しくて)泣いた。
このままこの時間が永遠に続けばなぁ〜と考えながら、一次会はお開き。二次会の地:秀ちゃん宅へ今日も移動。S作&Mちゃん、ありがとよ!
秀ちゃんは午後2時から酒をあおっておられるご様子で、こちらのテンションと丁度良き案配。
夕べも飲み明かした、たくやさんとギター・セッションで景気を付け、今日は赤ワインを戴いた。
先ちゃん節も炸裂。吉祥寺となんら変わらない宴は明け方近くまで続くのだった…。
(前回、江口寿史兄が描いた[町のあちこちに貼られてあった]ポスターと関連サイト)
●観光ポスターへの江口寿史氏のコメント
こんにちは、江口寿史です。
水俣市の丸島町で生まれて13歳まで八幡町に住んでいました。
今回、水俣市の観光ポスターという形で頼まれたんですけど、思い出してみると小さい頃、水俣の海がきれいだと思ったことがなかったんです。というのは、比較の対象を知らなかったから。
で、特にこう水俣の自然ということに対して意識したことはなかったんですけど、大人になっていろんな場所をたずねて見た目で改めて見ると、海も山もすごいきれいなんですよね、水俣というところは。自然の懐が深い。水俣の人たちはこの自然の豊かさをもっと誇っていいと思うし、そこら辺を他県の人々にあまりにも知られていない感じがするんですよね。あまりにも一面的なイメージでしか見られていない。
今回のポスターは、水俣を知らない人たちに、ちょっとでも行ってみたいな、見てみたいなと感じてもらえたら、という思いで描きました。また水俣の人たちにとっても、自分の故郷を再発見する機会になってくれたら嬉しいですね。
http://www.minamatacity.jp/jpn/sangyo/eco-town/saaminamata.html
投稿者 yonezawa : 01:03 | トラックバック(0)
2009年 09月 9日
下北沢 CLUB 251
午後6時、ヤングジャンプ30周年記念企画のひとつ「YJクロニクル」記事のため、編プロ:ライターによる漫画家:高橋ツトムへのインタビュー開始。
彼がヤンジャン本誌に登場してすでに10年以上の月日が流れた。本誌へ執筆することとなった経緯より、質疑応答が始まる。
2000年1月よりこのブログは書き記しているのだが、高橋ツトムとの出会いは99年以前のことなのですでに記憶も曖昧となり、初めて高橋ツトムと遭遇した日付は正確には思い出せない。
しかし最初の遭遇がライヴハウス「下北沢 CLUB 251」での対バンだったことは明確に記憶している。
漫画家:若林健次に誘われ、当時のおいらのバンド「パンクラ」で参加させて戴き、若林健次、おおひなたごうらとバンドを組んでいた高橋ツトムという漫画家を初めて認識した。
それ以前、パンクバンドをやっていたという彼の突き刺すような眼光がまず印象的で、俗にイメージされる漫画家の雰囲気など1mmも感じさせない、初めて遭遇するタイプの男。
ちなみに、もう1つの対バンには、今をときめく天才漫画家:二ノ宮知子のバンドも登場していた。
『ALIVE』でヤンジャンに登場するのが99年からなので、そこから遡る1〜2年の間に編集者として彼を口説きにかかったという経緯だったか。
高橋ツトムは今年デビュー20周年。ヤンジャンに描き初めて10年。
本誌で描いた作品中3本が実写化。漫画から派生したメディア・ミックスは現在も尚延々続いている。
申し分のない経歴を経て、年内にキャリアを総括する大型企画を勝手に妄想するこの頃。
投稿者 yonezawa : 19:04 | トラックバック(0)
2009年 09月 5日
JAZZ KEIRIN
下高井戸の東京讃岐うどん屋「JAZZ KEIRIN」には、法政大学2部ジャズ研究会OB会の打ち上げ以来に訪れたので、もう何年ぶりになるだろう。
http://www.jazzkeirin.com/
料理人時代のおいらが大学に所属していたわけではなかったが、縁あって20歳ぐらいからギターの参加で、なし崩し的にサークル活動を数年間過ごした時期があった。
オーナー:T氏は、おいらよりも1個年上の同じく2ジャズ出身。
久々の再会を果たした(2ジャズ内では同期のような)TTが、何年ぶりかに誘ってくれた店がここだった。
閉店間際にお任せで出てきた酒のアテの何もかもが美味い。
時間的にカマの火を落とさねばという事情もあり、うどんの選択も店主:Tさんに任せ、冷たい(確か)白カレーうどんを戴いた。味◎。
酔いに任せ、競輪好きのTさんの話を聞くうちに、思わず90年頃、当時まだギリギリ現役選手だった中野浩一選手へのインタビュー(江口寿史先生との対談企画)のことを思い出した。
プロスプリントで世界10連覇した奇跡の実績は尋常ではない。
中野は1976年に初めて世界自転車選手権に参戦。
翌1977年には世界自転車選手権プロスプリント種目で初優勝。それから毎年同種目で優勝し続け、1986年までに10連覇を達成した後、自ら同競技より身を退いた。「KEIRIN」を世界的に認知させたのは間違いなく中野だった。
当時伺った淡い記憶ながら、V10を振り返った中野は確かこう語った。「初優勝の時には、『あいつは誰だ?』と言われ、誰にも認知されなかった。2度目以降の連覇の積み重ねにより『東洋人?』『日本と言う国から来たヤツなのか?』『ナカノという選手なのか!』と徐々に名前を覚えられ、認知される評価を目の当たりにしながら競技を行っていたものでした」
「後に、もう自分が身を退き、世界一の走者でなくなった後にも、ヨーロッパの大会にゲストとして招かれると、ポスターの一番上には大きく『Koichi Nakano』と書かれてあるんですよね。嬉しかったなぁ」
世界チャンピオンの名は、その次にナカノの文字よりも一回り小さい字で記されてあったそうだ。
中野の偉業は、他の、どのスポーツのどの優れた選手にも匹敵、あるいは凌駕するほど桁違いの素晴らしいものがある。
『世界自転車選手権プロスプリント10連覇』
この記録は、20年以上経った現在でもいまだに破られていない。
投稿者 yonezawa : 01:27 | トラックバック(0)
2009年 08月 26日
LILLIX
各位の多忙なスケジュールをぬい、本日ようやく打ち上げ(何の?)の席を確定させた。
幹事は率先して名乗り出たおいら。
FUJI ROCKで、サマソニで、インタビュー・ルームで多くの現場を共にしてきたWチーム:KOBI、I葉、&Mゆう、大家社長らの5名で宅を囲んだ。
おいらがナンバリングをして、定期的に手がけるようになった音楽記事は、彼女たちとの仕事から始まった。
記事としては、枠の都合で03年ヤンジャン33号掲載のSTACIE ORRICO記事が初っぱなだったが、打ち合わせそのものを最初に行った案件は03年ヤンジャン39号掲載のLILLIXから。
あの日からすでに6年以上が経過した。あっと言う間の時間だ。
酔いの境目が判らない酔い方こそ最もストレスのない飲み方であり、今日は勿論いつ酔ったのか判らないGOODコンディション。
とりたてて良質のロック・ミュージックの啓蒙を全員共通の意識として、今後も力の続く限り、彼らと現場を共にすることが継続出来れば言うことナシ。
よく飲んでよく笑って語り明かし、申し分のない夜更けだ。
投稿者 yonezawa : 18:07 | トラックバック(0)
2009年 07月 29日
G&L
早朝、慌てて原稿奪取に向かい、昼12時には入稿を終えた。
13時より漫画家:高橋ツトム宅で開催されるバーベキュー・パーティに参加させていただく。
日本酒と西瓜のお土産を持参し、到着早々焼き上がった肉類を戴いた。
日中のぴーかんな日差しの中、招かれたゲストの子供たちはパーティの主役の如く目映い彩りを放つ。揃いも揃って可愛い子供ばかり。子供は天使。
ビールから焼酎のお茶割りを戴き、やがて家屋で飲み直し。
高橋ツトム氏は数多くの“使える”ギターだけを有しており、本人自身がそれなりのリペア、改造を施せるような“工房テク”を有している。
何度も何度も試行錯誤し、数十万円の予算をつぎ込んだギターがそこら辺に無造作に置かれているのだが、ふいに「このテレ、米氏にやるよ」っとG&Lの名機を掴んで手渡した。
ギター弾きが第三者にギターを贈呈するという行為はよほどのことだ。
つまりギター弾きは仮にどんなせこいギターであっても人にはあげたくないもの。おいら自身の感覚からすれば。
また、ギター弾きはどんなオンボロギターでもくれるものなら貰う。おいら自身の感覚からすれば。
今回、メインのギターであってもおかしくない程の完成度を誇る「テレキャスター」をまさかくれるとは!?
酔った勢いなのか? きついジョークなのか? と疑い目線のおいらを「いいんだよ、やるやる」と、至って冷静にいなす高橋69。
「マジなのか、おい!」
おいらは高揚し、呑んで6時間は経過したほろ酔いのまま嬉々として延々ギターを弾いた。家でもこんなに気持ちよく弾いたことは久しくなかったかもしれない。
握った時に判る名機の感触。
弾いた時に判る名機の実力。
アンプを通して鳴らした時に判る名機の機微。
今日を境目に、おいらのメインギターにこの1本が加わった。申し分のないテレキャスター。高橋69先生、感謝!
投稿者 yonezawa : 18:10 | トラックバック(0)
2009年 07月 25日
1戸建てと国営昭和記念公園
S社:Sが、おいらの家からもほど近い閑静な住宅地に一戸建てを構えたと聞き、彼の新居でご飯を戴こうという話が急速に進展した。
そのホームパーティを行う際には、そもそもおいらが料理をまかなうこと(条件?)になっていたので、S宅へゆく前に西友で買い出しに。
「包丁が切れないんで、それも買いましょう」というSの要望も盛り込み、食材、飲み物は買い物カゴ4個がいっぱいになるほど買い込んだ。
総計5名分の食材をわんさか購入。
33歳の若さで庭付き1戸建ての物件購入。何はともあれ立派なことだ。
おいらの自宅からの距離は車で正味15分程度だったろうか。
「庭付き」の自慢話(笑)通り、確かにちょっとした庭もあり、隣は空き地。日当たりのよい環境も申し分のない新居に招かれた。
今日集うメンツのうち2人がおいらとは初対面とのこと。
Sの仕事仲間である彼らの到着時間はあと15分を切ってしまっていたので、とにかく突貫工事のごとく調理に着手。
まず、ゆで卵を作成。
その隙に、キャベツの千切りにレタス、サニレタス、トマト、キュウリ等を洗ってざるにあげ、サラダの材料は冷凍室へ。
調理の後、サラダを即食べる場合、食材は冷凍室にしまうのがベストだと思う。
豚肉野菜味噌炒め用の材料を切り出し、ニンニクアッシュして、シーフードクリームソースパスタ用の野菜、具材切り出し。
調味料を確認。パスタの具材に考えていた3切れの鮭のうち2切れは素焼きにした。
ニンニクの茎と牛肉を酒、醤油、出汁とブラックペッパーで炒め煮込み、5人前想定の豚肉野菜味噌炒めも作成。
パスタの麺を12分間茹で、むきえび、鮭、卵黄、えのき、タマネギ等バターで炒め併せ、牛乳買うのを忘れてしまったので白ワインで和え、丁度麺がゆであがった頃、フライパン内で生クリームとざっくりあわせて軽く煮だたせた。
S宅のフライパンが鬼のように小さいので、すべての料理は難儀を極めたが、丁度よいタイミングで到着したメンバー:Rに流しの洗い物等をサポートしてもらいながら、スムーズな時間繰りで予定したすべての品を完成させた。
所要時間、正味1時間強だったか。気持ちのよい汗が流れる。
ビールで乾杯。
FUJI ROCKでの名演:ジョン・バトラー・トリオのライヴ映像を見ながら親睦会の開催。
しかし仲間宅でのホームパーティはいいものだ。
20年近く昔、たまに催していた、先ちゃん宅でのホームパーティは派手だったなぁ。あの頃もよく十数人分のシェフやってたっけ。
午後5時のお開きの時間まで、ほろ酔いの心地よき時間が流れる。
午後6時過ぎ、ママ&Rちゃんと三鷹駅で待ち合わせ。
昨日突然思い立ち、国営昭和記念公園で開催される花火大会へ赴く計画を立てていた。本物の花火をRちゃんに見せようと考えた。
立川駅からデパートの屋上を目指すが、すべてのテーブルがすでに予約者の名前で埋まっている。当たり前か。
やむなく昭和記念公園に連なる遊歩道を歩き、適度な場所でシートを敷き、とりあえずの場所を確保。
昼間2本近く飲んだワインがきいてきたのか、おいらは思い切り大の字。
やがて数千発を打ち上げる花火の音が聞こえ始めた。音色が小気味よい。
Rちゃんは夜空に大きく輝く初めて見る景色を興味深く見つめている。その横顔がたまらない。
ときおりRちゃんの姿を携帯とデジカメでとらえながら、可能な範疇「花火」の説明を耳元で聞かせた。
ひとひとつの風景が彼女の心の襞にどういった心象を与えていくのか。
かつて幼き自分が両親に見せてもらった胸の温まる多くの風景。Rちゃんを見つめながら、遙か昔に見た田舎での花火の光景がフラッシュバック。
昔、祖母に花火大会でのあるエピソードを聞いたことがある。
汽車が川内川を通過するそのタイミングに花火大会での花火が打ち上がった時、汽車は一旦そこに停車し、乗客に花火を見せてくれていたそうだ。
なんて優雅でロマンチックな時代なんだ!
投稿者 yonezawa : 18:04 | トラックバック(0)
2009年 05月 6日
H家ご一行様
正午過ぎ、近所の知人宅にいたH家ご一行様を迎えに。
Rちゃんも同乗。
雨の中、彼らをピック・アップし、我が家へ初招聘。
H家長女:Kちゃんの大学入学を理由に、お祝いの宴開始。
仕込みまくった日本の洋食風メニューが食卓を彩り、賑やかな時間が流れる。
この機会にジェフ・ベックの最新ライヴ映像を見ようとスタンバったが、某観覧者の一言で無礙に却下。
何のことはなく、Rちゃんの主張する『アンパンマン』に映像を差し変えさせられる。
丸井で事前購入していた財布をKちゃんのお祝いに贈呈。H家からはRちゃんに「ムーミン」の絵本を戴いた。感謝。
Hが先日のバーベキューの席で仕込んだという自家製スモーク・チーズが美味。
3本目の赤ワインが空く。
20数年前、自身の披露宴でチューリップの名曲を弾き語りで披露したHにアコギを持たせ、軽くセッションを試みる。
午後5時過ぎまで宴が続き、近場のバス停までH家を送迎。
今年の夏もこの面子でじゃぶじゃぶ池に赴きたいものだ。
投稿者 yonezawa : 11:38 | トラックバック(0)
2009年 04月 6日
量平寿司
Y事務所:Nさんに誘われ、久しぶりの漫画談義及び、Nさんのライフ・ワークとも言える写真談義に近況報告。
編集部付近の街頭で待ち合わせたら2人ともマスク着用だった。
現代社会に蔓延する、心の病を抱える方々の話題に始まり、Nさんの趣味のカメラの話まで、まぁ交互に速射砲のように語り尽くす空間。
おいらもデジタルの一眼レフが欲しくなってきた。
Nさんは全くのノンアルコールな(飲めない)方なのだが、こちらの飲みペースに全く臆するところがなく、飄々と烏龍茶を飲んでいなさる。
まだやや早い話だとも思うが、某小説家の先生があと2年で還暦を迎えると言う話から、みんな残された自分の時間をどのように過ごしてゆくのか、話が自然にそちらの方向へ向かう。
手塚治虫先生が亡くなったのが60歳。
その年齢をひとつの指針として人生を計算するならば、おいらにしてもすでに後20年を切ってしまった計算となる。
崇拝する夢枕獏さんも手塚先生の年齢を睨み、優先順位の高いテーマの作品から順番に執筆されると言う話をご本人から伺ったこともある。
あと、およそ17年と8ヶ月後に開けようと目論む赤ワインの選択とその期間の保存方法に悩み抜く夜更け。
気がついたらNさんと4時間も語り尽くしていた。
投稿者 yonezawa : 00:30 | トラックバック(0)
2009年 02月 28日
acoustic bambi
寒さも落ち着いた午後、Rちゃんを連れ立ち渋谷へ。
R&ママは買い物へ出かけ、おいらは一人赤坂へ向かう。
地下鉄:赤坂駅を出てすぐ近くの路地を曲がったところに位置するB1のライヴ・バー『Sound Beige』到着。
今年に入り、まったく見ず知らずのメンバーをバンマス:O先生に紹介戴き、あれよあれよと言う間にライヴ当日がやってきた。
知らない者同士でも楽器があれば会話出来てしまう音楽と言う表現手段は、最も話が早い便利な“言語”と言えた。
通常ライヴハウスで行う時よりも、充分なリハーサルを経て開場時間を待つ。おいら少し寝不足。
acoustic bambi in Sound Beige
午後6時を過ぎた頃、3セット中の第1部演奏開始。
ほのかな緊張感がメンバーを包んでいたのかもしれないが、それぞれの伸び伸びとした演奏が心地よい。
演者として聴く場合と、観客として聴く場合のニュアンスはそれぞれ微妙に異なり、冷静にバンマス:O先生の弾き語る姿、メインヴォーカル:Hちゃんのパフォーマンスを初めてこちら側から観戦。
第2部ではおいらもほとんどの曲に参加。
ジェフ・ベックのロニー・スコッツ・クラブみたく、恐ろしく観客との距離感が近い場所で演奏するのは結婚式・披露宴での演奏を思い出す。
(かつて何度の披露宴で演奏したことだろう。両手で収まるのだろうか)
バンドメンバー全員が打ち上げの席で語っていたが、おいらも演奏した8曲の終わるのがあっと言う間に感じていた。
当日まで知らなかったイレギュラーなゲスト出演もあり、パーティはアットホームな温かい空気に包まれたまま第3部まで駆け抜け、おいらにしてはacoustic bambi のファースト・ステージを無事終えることが叶った。
同ビル2Fの博多料理屋で美味しい地鶏等をつまみつつ、ライヴを支えてくださったスタッフの方々と乾杯。
皆様、お疲れさまでした。
投稿者 yonezawa : 12:16 | トラックバック(0)
2009年 02月 19日
Scottish One
●2月6日(金)@東京国際フォーラムホールA セットリスト
Beck's Bolero
The Pump
Eternity's Breath
You Never Know
Cause We've Ended as Lovers
Behind the Veil
Blast from the East
Stratus
Angel
Led Boots
Nadia
Snake Oil
Goodbye Pork Pie Hat / Brush with the Blues
Blue Wind
A Day in the Life
- - - - - - - encore - - - - - - -
Where Were You
Big Block
Scottish One
●2月9日(月)@NHKホール セットリスト
※最後に「ピーター・ガンのテーマ」を初めて披露!
1. Beck's Bolero
2. The Pump
3. Eternity's Breath
4. You Never Know
5. Cause We've Ended As Lovers
6. Behind The Veil
7. Blast From The East
8. Stratus
9. Angel
10. Led Boots
11. Nadia
12. Space Boogie
13. Goodbye Pork Pie Hat / Brush With The Blues
14. Blue Wind
15. A Day In The Life
- - - - - - - encore - - - - - - -
16. Where Were You
17. Big Block
18. Scottish One
19. The Peter Gunn
ぐじの炊き込みご飯激美味。U、T、お疲れさん。
投稿者 yonezawa : 17:07 | トラックバック(0)
2009年 02月 18日
驚嘆
地元の超人おじさん:Tちゃんに誘われ食事へ。
ここ、Tちゃん家の身内の方が務める飲食店には初めてやってきたが、リーズナブルな価格設定に美味しい品々を提供するナイスな店舗だ。教えて戴きラッキー。
特に香ばしい鶏もも肉類が美味。鶏肝の燻製は初めて食したかもしれない。
当初、入口目の前の立ち飲みスタイルで呑んでいたが、なかなか長時間(足腰が)もったのが意外。
以前、FUJI ROCKの苗場食堂で和田ラヂヲ兄と立ち飲みしたことを思い出すが、ものの30分程度しか根性が続かなかった。今回はイケた。
店員さんの心遣いでやがてテーブル席に促され、Sちゃんが合流し、もうひとりのSの呑む店に河岸変え。
夜更けに聴く70年代フォークソングの歌詞に、しみじみと感慨深い気持ちになる。
Sちゃんが井上陽水で一番好きな曲が『帰れない二人』である情報は収穫であり、この曲が陽水と忌野清志郎との共作であることなど全く知らなかった。
この時代の曲は世代的には疎遠であることは仕方が無かろうけど、今更ながら様々な発見と驚きを感じるケースが少なくない。
吉田拓郎のレコードを初めて購入したのは、シングル盤で、確か『舞姫』だった。
改めて聴く拓郎『人生を語らず』の凄さ。若干20代でこの曲を書いた拓郎には驚嘆の思いだ。
そして〆には午前のラーメン、美味。
投稿者 yonezawa : 16:33 | トラックバック(0)
2009年 02月 2日
KUROZUKA打ち上げ
アニマックスで好評放映されたアニメ『KUROZUKA-黒塚-』のDVDが、いよいよ今月より順次リリースされる運び。
完成を記念して、アニメスタッフ及び全関係者の打ち上げが本日夜行われた。
少し遅刻はしたものの無事末席へとたどり着き、労いの空間を共有。
しかし、素人目にも相当過酷なスケジュールの中での作業だったハズなので、「本当にオンエアー日に間に合うのか?」と危惧した事も一度や二度ではなかったのだが、結果見事に(滑り込みの連発だったそう!)作品は万全の形で仕上がり、今日の日を迎えたとのこと。
それにしても駆けつけたアニメスタッフの人数の凄さに少し押されてしまった。
こんな大勢の方々の力が支えた末に、初めて作品が完成に導かれたと考えれば感慨もひとしお。
有名な声優さんらも会には参加され、めったにお会い出来ない異業種の方々を遠目から労った。
正味2時間程度、1次会へお邪魔し、地下鉄帰社。
終電を逃しながらデスク・ワークに終始。
投稿者 yonezawa : 23:00 | トラックバック(0)
2009年 01月 22日
恒例の第四編集部新年会
恒例の第四編集部新年会。
年に一度、東京會舘へ行くこの日だけはスーツ着用の一日となる。
1年を通じてイレギュラーの冠婚葬祭等がなければ、スーツに袖を通すのは今日一日だけ。
入稿原稿をギリギリまで確認し、開宴直前の夕方現地着。
この日しか会わない方々も大勢ご来場。会場を徘徊し、たまたま遭遇した漫画家先生諸氏と交互にご挨拶。終始労いの空間。
昨年も会話する機会を得られたちばてつや先生と、今年も談笑させて戴けた瞬間が感激だった。
先生と交わした、以前NHKで放映されたドキュメント番組『引き揚げはこうして実現した~旧満州・葫蘆(ころ) 島への道~』の話は、おいらにとっても印象的だった。
「ハルビンから引き上げた方々は、(比較的悲惨さは少なく)大丈夫だったみたいなんだよね」と伺ったことから、これまでおいらが母親から伺っていた話の点と線が結びつく。
戦前戦後、満州からの引き上げ組の方々には、歴史的に悲惨な方々も間違いなくいらっしゃる中、多くの財産を失い、果てしれぬ奇跡的な障害を乗り越えてきた祖母&おふくろ&おふくろの妹が、少なくとも無事に日本へ帰還出来、将来おいらを産んでくれた経緯を考える度に、言葉では言い表せない感慨深さと同時に、この上ない有り難さを感じるのである。
おいらのおふくろがハルビンからの引き上げ者だと知るちば先生より、「じゃあ、お母さんはとても大らかな方じゃない? ハルビンの方はそういう方が多いんだよね!」と伺った瞬間おもわず頷き、「母は大らか過ぎます」と答えたおいらだった。
ただただ嬉しく有り難い瞬間だ。大陸生まれのおふくろのおおらかさは、おいらにとって永遠の誇り。
満州引き上げの話は、母親の次においらにとっての人生最優先事項の歴史である。
やがて会もお開きの頃合い。
二次会会場へ向かう前、ラッキーにも大先輩:Hさんにお声をかけて戴き、ロケンローラー:Bさん共々食事へ。
一応、主催者側の立場なおいらは、基本的に会場では何も口にしないままのケースが多く、おいらも例外なくお腹ぺこぺこ。
確か昨年もHさんにお誘い戴き、豪華にご馳走になったっけ。
おいらよりも一回り前後先輩のHさんと、親子ほど年の離れたBさん。
人としての懐の深さを認識させられる貴重で重要な時間が流れる。
お二方に深く大きく感謝。
気がつけば、時間はすでに三次会突入の頃合い。
電車で新宿駅へ向かい、徒歩で三丁目まで移動。雨模様が鬱陶しい。
現地店舗はほぼ満席の様相。もう20年以上の時を数える古い付き合いとなった居酒屋:池林房で、集英社第四編集部・忘年会三次会真っ直中。
宴は5時を回り、近場の居酒屋で先ちゃん、ごうちゃんらと再乾杯をカマし、例によっておいらの提案によりラーメンで〆。
先日ラーメン本を発売した先ちゃんはおよそ半分程度しか食べられず。
帰宅した時、午前8時を目前とする時間を時計の針が指していた。
投稿者 yonezawa : 23:15 | トラックバック(0)
2008年 12月 25日
中野忘年会
17時より段取った水道橋:R寿司で早々開催の忘年会。
漫画家:T氏、デザイナー:K氏に編集Tらと集う労いの酒席。
宴の最中、年内最終原稿がUP。中座し、即座に入稿のため編集部へ帰還。
無事入稿を終え、2次会の席:中野へ移動合流。
席には、さらに+編集:A、女優:M氏&K氏らも同席。
3次会に男子チームのみでバーボン乾杯。
解散後、デザイナー:K氏を事務所へ送り届け、おいらはデザインのあがったDVD用チラシの確認のため編集部へ帰還。
帰宅したのは早朝8時を回った。
投稿者 yonezawa : 12:06 | トラックバック(0)
2008年 12月 22日
宴
新宿で食事をとる。
同じ年代の輩は、年々食べる量が減少の道を辿る。
その点、自分に関して思えば、20代に比べれば勿論落ちはしたが、今でも食欲は旺盛の部類だと自覚している。
個人的には食べない女性よりも、食べる女性の方がチャーミングに映る。
当日まで予定を組めないこの頃の時間ぐりながら、無事集い、なんとか鍋を囲めた連中:I,K,YMが集結。
遠慮があるのかないのか、馴染んだ顔がそこにあるのは四の五のありながらも、ともかく心を緩めるものだ。
STが加わり、偶然新宿に居合わせ、忘年会終えたというKMも緊急合流。
居眠り組を横目にみつつ、年に似合わない時間まで宴という宴が続いた。
投稿者 yonezawa : 12:05 | トラックバック(0)
2008年 11月 29日
高嶺の花
午後の便で福岡へ。
諸事情あって、たった1泊怒濤のスケジューリングで現地入り。
今日の仕事を無事に終え、『鮨 田可尾』で飯。
締めた肴類が、江戸前のそれらとなんら変わらなく引けを取らない。ネタのバランス良し。まっとうな寿司屋が極めて少ないと聞く、ここ福岡で貴重な名店を知る。
来たからにはやはり行っとくべと、飛び込みで入った屋台で、豚バラ、豚足、砂ずり等を食す。東京でたまに見かける「煮ただけの豚足」は見た目がグロく喰うのも微妙だけど、福岡の豚足は炙って焼き色がついて香ばしい。
即座に気持ちが18歳時分に引き戻された。懐かしくってやっぱり美味い。未だになぜ東京でこのスタイルの豚足と遭遇しないのか疑問だ。
宿泊先のホテルに一旦引き上げ、やり残した取材事項の原稿を整理し、ついでにしばしの休息。
仕切り直しの夜食にと、『一竜』で豚骨ラーメン。麺激細。美味い。
さらに居酒屋で芋焼酎を流し込み、続けてその足で場所を中央区へ移し、飛び込みの居酒屋で食べたもつ鍋がまたナイスな物件だった。
特にチャンポン麺を入れた仕上げの一品は、単独のラーメンとしても充分成立する良き赴きだ。
中学時代の友人:Fと相当深い深夜に合流し、いい加減満腹なコンディションで部屋に引き上げつつ、近況及びささやかな今後の希望を語り合う。
「誰誰と飲みたい」「ならばその時間を作るための努力をしようじゃないか」語り合う内容は、大概そうした方向のものだ。
中学時代、(講堂のみで)体育館のない学校だったせいもあり、今思えば信じられない環境だったが、おいらたちは野外で部活のバスケットをやっていた。
同じくバレー部も野外で部活をやっていた。
当時、女子バレー部に在籍されていた長身の美女:Mさんは、大勢の男子生徒のあこがれの的であったことは紛れもない事実だった。
彼女は、多くの男子生徒からすれば高嶺の花で、おいらにすれば、話なんかする度量もゆとりもまったくなかった。
おいらのことなど知りうる機会などなかったろうそんな彼女が、昨今の同窓会の流れをして、このブログをたまに覗きに来てくれてることをFさんから伺った時には、なんだか心が温かくなった。
「たまには飲もうや」と考えさせる旧友との邂逅は、間違いなく精神に安堵を与える瞬間なんだと思う。
以前、超有名漫画家:○口○史先生に「米ちゃんの友達はいい人ばかりだね」と言われた時の嬉しさは、ナニモノにも代えられない歓びの瞬間だったよなぁ。
しかしどうでもいいが、今日の夜だけで5回晩飯を喰った計算。
投稿者 yonezawa : 02:04 | トラックバック(0)
2008年 11月 19日
アンドレ
レコード会社より宅配便で届いた原稿を校正。
この時期にきて、またしても大仰な取材ものを仕込み中。果たして実現に導けるのか!?
午後8時少し前、敏腕編集:Iとタクシーで渋谷。
待ち合わせの店:フレンチを日本風にアレンジした料理が人気だと聞くビストロ『アンドレ』へ。
http://andra.jp/index.html
映画会社:KのF推薦の同店は全員初体験なのだが、繊細な工夫の感じられる小皿に盛られた料理が可愛らしく、全体的に有機野菜をふんだんに採用したヘルシーな物件ばかり。
白赤のワインを飲みながら、これまで今日の面子で定期的に行っていた4人会を回想してみれば、今日で9回目を数える宴となっていた。
事前にスケジュールを付け合わせているハズなのに、おいらにしても過去に1度、入稿で参加出来なかった哀しい日もあった。
K社:Fがイベントのずれ込みで参加出来なかったこともあるし、Hが大きく遅刻したケースも確かあったように記憶している。
場を青山へ移し、オシャレと言い切ってもよき、実に都会的なバーで再び乾杯。この面子はこの店に全くそぐわないことを自覚。しかしまた来るかも。
しばらく歓談しながら、やがて小腹が減りはじめたような錯覚を信じ、徒歩で表参道界隈まで歩く。
ふいに現れた驚きの深夜営業のうどん屋で焼酎を頼み、メインのカレーうどんまでを満遍なくすする。夜中に満腹。今月44歳。
この店驚き。間違いなく美味い。
Iの知る隠れ名店を今日もまた2軒認識した夜更けであった。
次回、12月半ばを想定した忘年会の日程を各々手帳に記し解散。完全に眠気に包まれた、よろしき案配で帰途に。
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2008年 11月 14日
DJイベント
まだ確定ではないのだが、正真正銘世界一の大物ミュージシャンであり、ロック・ミュージックの頂点とも言える某氏へのインタビューを、Eメールで行える可能性が出てきたので、文面作成に小一時間没頭。
今回は、写真のjeff beckではない。念のため。
年内に控えるいくつかの取材素材を整理しながら、夕食出前の濃厚サンドウィッチ&シーザーサラダを頬張る。
時計が22時を指した頃、急いで原宿へ移動。
少しだけやり残した仕事を離れ、アストルホール隣のビルで行われていた、バァフアウト!主催のDJイベント『middle&mellow meetin′』へ。
到着した頃、洋モク(キャメル?)を吸いながら最後の3〜4曲を繋いでいる先ちゃんと合流。曲順表を見る限り、おいらの知る音源は1曲もなかった。
馴染みのない楽曲でも、こうした空間の中で大音響で聴く環境だと、善し悪しが明確に伝わる。
DJを終えた先ちゃんら、他編集者らと近場のバーで軽く乾杯。
飛び込んだそのバーは、たまたま今日で20周年を迎えるアニバーサリーの日だと言うことで、店から振る舞われたシャンパンを1杯ずつ戴いた。
場を渋谷へ移し、ひっさびさに再会を果たした映画人:Wの待つ若者の集う席に合流。
その席で、20歳のマジシャン青年の見せた数々の技には驚かされた。
20代の若者らが集う酒席でのマジック。まさに打って付けの独壇場。大技のタネは一切判らなかった。
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2008年 10月 25日
新調したばかりのスーツ
午後9時、青山。
衝動買いで新調したばかりのスーツを着て、初々しきAの結婚披露宴の席へ。
ヘビメタ好きを公言する編集部:Aは博学で音楽好きの好青年。まだ童顔な顔を見れば、学生に見えなくもないルックスだ。
先日の発熱により、Aと観戦約束していたジューダス・プリースト公演を残念ながら見逃したのだが、以前Aはロブ・ハルフォードへの取材経験があり、彼は「神に会ってきた」ような記述で編集後記を埋めていた。
涙の披露宴。Aよおめでとう!
明日の予定がのっぴきならない故、早々と電車帰宅するものの、それでも家路につけたのは24時近くになった。
結局、午前3時近くまで明日の準備で寝られず。明日5時30分起きだと言うのに。
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2008年 10月 23日
雨
夕方、神保町ビルでの別セクション諸氏とミーティング。
今編集部の入っているビルと比べて、神保町ビルの管理職セクションは、本当の会社という趣きで、その違いをしみじみと考える。
みなさん基本的に男性はワイシャツ姿。
雨が止まない。
予定していた映画『ブラインドネス』試写会は断念。雑務でパソコンの手が休まらない。
夜、P誌:Uとの約束の飯へ港区へ移動。
U との初仕事が今回目出度く形となり、たった2人だけでその打ち上げ的飯会をささやかに行った。
高級寿司、激美味。
矢継ぎ早にくり出されるUの、今の言葉で言うなら“かまない”速射砲トークが小気味よい。
かれこれ10年ぐらい昔だったか、奴と初めて飲んだ日、「おいらの知る編集者では、今こいつが一番飲むな」という認識をこの男は抱かせてくれた。彼の日がすでに懐かしい。
梯子酒の最後を、馴染みのワインバーで〆。
腹八分の充実したお腹具合にありながら、マスターJちゃんの実家から届いたという新米で作ったおにぎりが実に美味い。
投稿者 yonezawa : 01:01 | トラックバック(0)
2008年 10月 22日
ケイティ・ペリー/鍋
渋谷WOMBは、渋谷のホテル街に位置するとてもへんぴな場所にあるグラブ(らしい)だ。
ケイティ・ペリーのことを、あのマドンナが賞賛したという情報を得ていたので、その真意を確認するべく会場へ。
「ケイティ・ペリー/ショー・ケース・ライヴ」
1Fで近々結婚するというおめでたい、E社:Nと遭遇。
2F関係者スペースで、思いの外パンキッシュな彼女のパフォーマンスを体感。
ミーグリには時間の関係で参加せず。
そこから、わずか徒歩1分程度の場所にある鍋専門料理屋へ。
前々から伸び伸びとなっていた、W社:M&Nとの会食がようやく実現。
おいら担当となって初めて相対する空間を共にしたNと、折に触れて連絡を取り合う、おいらにとっての重要な意見交換主:Mとの空間が、毎度の事ながら心地よい。
それぞれの業界周りののっぴきならないあり方やら、プライベートな重要話やら、話題はM&Nの機転が快適な分、回転するように転がり続ける。
相手に会う時、何も考えずになりゆきで語り、なりゆきで飲む。
これが出来る関係が、最も芯のある、いうなれば真の友という意識だ。
美味しい鍋を大いにご馳走になってしまってやや恐縮だが、連中との酒はまだまだ定期的に続けてもらうのだった。Thanks!!
投稿者 yonezawa : 01:00 | トラックバック(0)
2008年 09月 22日
Jake Shimabukuro〜4人同窓会
なにげにテレビに出ていた、新婚ホヤホヤとかの女優:星野知子さんが女優:菊池桃子さんに見えた。似ているし、彼女若い(50歳!)。
報道で知った千葉5歳女児死体遺棄事件に怒り心頭。小1男児殺害、母逮捕に震撼の憤り。
今後益々、子供を野外でのびのびと開放させられない世の中だと遺憾。地域は関係ない。たまたま実行犯の居た地域が犯行特定の地域だ。
昼下がり、自民党総裁選により麻生太郎幹事長が第23代総裁に選出されたことを携帯ニュースで知る。
一部の韓国メディアは氏を「自民党の代表的な極右政治家」と位置付けているそうだ。
氏の発言にもある景気対策も勿論大事ではあろうが、明日の命が不安な人々の救済が真っ先に優先される世の中に改革されるのか。
外交において政治家の口べたは大変不利だと察するが、新総理の手腕はいかに。
夕飯は、念願でもあったウクレレ・マスター:ジェイク・シマブクロさん&スタッフの方々と。
彼の技量は言わずもがなだが、それに加えて人柄の素晴らしさはウクレレのスキル同様、舌を巻くほど感動的だ。
会食だけにしてしまうのも勿体ないと、編集者・取材者の性か血が騒ぎ、やはりテレコを回す確認をいただいた上で、会の半分は超リラックスしながらもインタビュー的空間を設けることに。
S社担当Kazyに、初めてジェイクの存在を知らされた時のことを思い出していた。
「一度でいいから、米さん(ジェイクの生を)観に来てよ!」
「ウクレレ奏者? 果たしておいらがカッコイイと思えるのかい?」
疑念の気持ち半分で当時の渋谷公会堂へ伺った時のことを、おいらは2004年12月19日(日)の日記にこう記していた。
「午後5時より開始。渋谷公会堂で行われた『ジェイク・シマグクロ』公演へ。
ジェイクの近況は、S社:Kに何度も伺っていた。しかし、なかなかライヴ会場までにはたどり着けなかった。正直、そう期待していなかったアーティストだったのだ。しかし、その思い違いを今日の公演によってキッパリ知らされることになった。
ジェイクのウクレレは圧巻だった。
コード感の凄さと深さ。また、ジェイクのリズムの凄さを目の当たりにした。
あのプレイがどれほどの根気と練習によって培われてきたのか、オイラにはゴツンと判る。テレビ等で見受けられた軽い感じ(失礼)のキャラは、もはやどういった意味も持たず、ひたすらに呻らされたひとときだった。」
おいらはあの日、ジェイクのスキルを目の当たりにし心で泣いた。
食事の合間にもウクレレを抱えたまま、ある曲の話題を振ると即座にその曲の構成を解説しながら弾いてくれるのだ。
おいらひとりのために、彼はかしこまってバッハの『Bach Part-Two Invention No.4 in Dm』をノーミスで披露。圧巻。舌を巻く。
ジェイクを影で支える関係者スタッフ諸氏との感激の談笑の時間も、温かい最高の空間だった。今日も感慨深い気持ちに包まれた、大いに泣ける夜だった。
みなさま、心より御礼申し上げます。ありがとうござしました。
感極まる会食を終え、急いで新宿三丁目方面へ移動。
この後にも、初めて訪れる超重要な約束が待ちかまえていた。
実に30年ぶりの再会を果たすこととなるYT、そしてジェイクの初ライヴ観戦も同行させた“あいつら”と待ち合わせる。
熊谷のおちゃきいIKに、年中がら年中いかがわしいKK。この驚きの面子でまさか飲むとは、当たり前だが中学時代には想像すら出来なかった。
YTとは中学時代、特に仲の良かったクラスメートだった。
今も昔もおいらと奴との、身体の大きさ対比が変わらない。30年の歳月に互いの紆余曲折があるのは当たり前だが、初めて直に聞いた奴の数奇な運命も驚きだった。
同級生でありながら、奴にはすでに孫がいるそうで、その孫はRちゃんよりも年上だった。
遠慮などなにもナシ。感激と笑いの再会に包まれ、心からくらだない馬鹿話を満喫出来た、かけがえのない夜更けだった。
投稿者 yonezawa : 19:00 | トラックバック(0)
2008年 08月 8日
JUNO〜ROOM
最終上映となった今日、渋谷アミューズCQNで未見の映画『JUNO』滑り込み鑑賞。
80回アカデミー賞脚本賞の作品ながら、主演のJUNOを演じたエレン・ペイジに全面的に感情移入出来ず、世間の評判よりやや温度差を感じた内容だった。
21時待ち合わせの鍋料理屋へ移動。
先々週前決まっていたK社:Mちゃんら4人の飯会の席に到着すれば、いたのは幹事のMちゃんだけ。
それからおよそ1時間後、ワラワラとD社:K、K社:Sが合流し、ようやく本来の鍋を囲む会開始。
2件のワインバーを梯子し、単独で下北沢へ移動。
下北沢「ROOM」で行われているDJイベントへ深夜合流。
そもそもおいらをこのイベントに深夜メールでお誘いくださった岩谷テンホーちゃんは、もう限界の様相で、おいらが到着したばかりの1F入口で、すれ違い様に帰宅された。
すでに出来上がっていたおいらは、かなりの体力の限界でもありながら、流れてくるフーバスタンクの爆音等で持ち直す。
先ちゃん、健ちゃん、山本直樹さん、馴染みの編集者らと現地合流し、イベント終演後、近くの居酒屋へ。
もはや体力限界で、気がついたら終宴15分前にオチてしまっていた。
吉祥寺組を一人ずつ送迎しつつ、最後自宅に到着したのはもはや完全な早朝だった。どえらくしんどい。
投稿者 yonezawa : 17:17 | トラックバック(0)
2008年 07月 30日
爆食乾杯
またしても(吉田)秋生さんの『櫻の園』が映画化。しかも監督も前回と同じ中原俊。
河崎実監督『ギララの逆襲/洞爺湖サミット危機一発』にビートたけしが出演している情報に驚いた。
本作は、本年度ヴェネチア映画祭でミッドナイト上映されるそうだ。大丈夫なのか?
夜行われたWBCフライ級タイトルマッチで内藤選手がKO勝ちを果たした後、勝利者インタビューを受けている最中に、突如として亀田興毅選手がリングへ登場。
当の内藤選手の困惑した表情が印象的だったが、このシーンは亀田選手サイドによる演出だったのか。
世界戦のリングに上がる行為は、主催者がOKしていればいいのかもしれないが、絵的に観ても妙なシーンではあった。
ライヴで次回の防衛戦の相手を決め込み、世間に印象づける手段であったのか。
夜、映画関係者との4人飯会。新宿御苑の完全取材拒否を徹底的に貫く店:Cで爆食乾杯。
満腹のコンディションとなり、しばしの徒歩移動で久々のエスパへ。
30代では考えられない電車のある時間にお開きとなる辺り、貧相になった体力を自覚しつつ、吉祥寺で誕生会の終盤に差し掛かっていたY&寅の面々に合流。1杯だけ乾杯。
随分落ちた体力を認識し、精根尽き果て、「河岸を変えましょうよ!」と言う有り難い誘惑に誘われることもなく、睡魔に襲われながら帰途についた。
投稿者 yonezawa : 14:30 | トラックバック(0)
2008年 07月 16日
A BIG HAND FOR THE LITTLE LADY
昨日、漫画家:高井研一郎先生よりお貸し戴いたDVDを、漫画家:昌原光一が中継し、宅配送付してくれた。
長年観たい観たいと思っていた、古い洋画『テキサスの五人の仲間』が編集部に到着。
深夜入稿を終え、居眠りしながらの帰宅のくせにどうしても今観ておきたいと考え、結局今朝までかかって鑑賞。
テキサスの五人の金持ち連中が、年に一度行うポーカーの大勝負。そこへたまたま居合わせた夫婦が勝負に大きく巻き込まれていくと言うストーリーだ。
この作品の噂は20年くらい前から聞いていた。
大昔に漫画家:中崎タツヤさんと初めてお会いした席で、彼に「こんなストーリーの映画のタイトル、知りませんか?」と問われ、答えられなかったおいらは、その内容を明確に伺い知ることとなったのだが、ストーリー概要を正確に聞いて、益々その作品を無性に観たくなったのだ。
中崎さんが子供の頃、テレビで観た映画だったそうだが、(おいらとお会いしたその当時は)タイトルが解らないので探し出せなかったそうだ。
おいらも何年にもわたり、飲みの席で多くの人々にその内容の一部を語り、タイトルを探していたが解らなかった。
およそ10年前、この話を漫画界きっての映画通と言っていい昌原光一にふと伺ったところ、「ああ〜、それは『テキサスの五人の仲間』ですよ!」と軽く答えてくれた。
本作は1966年:アメリカ作品で、おいらはその頃2歳、昌原は産まれていない時代だ。
聞けば何度かテレビ放映されているとのことだったが、ソフトの版権も切れ絶版状態。ともかくおいらは鑑賞した記憶がない。
さらに昌原がこう付け加えるのだ。
「あの作品は『スティング』よりも上だと思いますよ。(立川)談志師匠もそう言ってましたよ!」
狙う演出ポイントに向かって、ブレのない脚本がシンプルで痛快。
40年以上昔の作品なのに、演出の肝がまるで色あせていない。このアイディアを参考にした作品は、映画に限らず数多くあるのではなかろうか。
先生と昌原に大きく感謝。
監督:フィルダー・クック、脚本:シドニー・キャロル、主演(と言っていいのか?):ヘンリー・フォンダの、ゲーム中の表情が印象的。
ジェイソン・ロバーズは高井先生に似ていた。
※ストーリー…テキサスの金持ち連中五人が集まって、ポーカーの大勝負が行われる。そこへ、ポーカー好きの男がやってきて、勝負に加えて欲しいと頼み込む。しかし、男は瞬く間に金をスッてしまい、男の妻が代わって挑むことになるが……。
夜、V社:Uちゃんと大変久々のサシ飯。
待ち合わせのJR改札よりUちゃんお勧めの目的の店に着くなり、おびただしい枚数のDEEP PURPLE紙ジャケ・シリーズを贈呈いただき大感激。
クーラ・シェイカーのクリスピアンが嫉妬しそうだ。
やってきたのは豊島区南長崎辺りの和食店。
このお店:Nの食材の何もかもが素晴らしい。
鮎も天然物。鰻も天然物。鰻に関して大将の弁は「養殖物だと余計な油があるんですよ」
おいら、鰻などは脂がのっている状態こそがよい鰻だとばかり考えていた。
確かに、締まった質感の舌触りで味にも品格を感じさせるシロモノだった。魚を感じさせるのだ。
刺身にしろ、澄んだ淡水の池沼に自生するジュンサイも、わさびを効かせて喰えば美味しいったらない。
2件目にたどり着けないぐらい、お腹いっぱい料理を堪能する最中、隣あわせた客がどうも出版関係の方々のようで、漏れ聞こえる会話の中に、伊丹由宇兄の話が。
店主である大将と、そのお客で、「伊丹由宇の文章がどれほど信頼があるか」という、大リスペクトなやりとりをしていた。
こうなったら黙っちゃおられない! とばかりにおいらも話に参戦。
「伊丹兄はおいらも大の仲良しなんですよ」と少し鼻高々な気分。
伊丹由宇の選んだ300件の店の中からさらに厳選し、100件を選出した原稿の記述があるそうで、その100件にこの名店:Nもしっかり掲載されたそうだ。
22時を回れば、女将さんより飲酒の許可が下りるという大将。その鉄則は後で聞いたのだが、心地よき会話に、新鮮で丁寧な食材を堪能するうち、時計が22時を5分回った。
「まぁ1杯いかがですか?」と1本大将にお付き合いいただく。
大将の交流関係の広さに呻りながら、先日25週年を迎えられたという店には秋元康さんから贈呈された綺麗な花が飾られてあった。
こんな辺鄙(失礼!)な場所で、こんな名店に巡り会えるとは!
すぐ裏にあるという「トキワ荘」を取り巻く話も、実に興味深いものだった。
次回の訪問を約束しつつ、Uちゃん行きつけの中野駅界隈のバーで、軽く3杯。
ミュージシャン取材の幾つかの現場で、共に仕事してきたUちゃんの配慮は、今日も温かかった。
投稿者 yonezawa : 17:18 | トラックバック(0)
2008年 06月 27日
同級生+A
大会社Tのエリート・サラリーマン:HHはおいらの高校時代の同級生。
すでに彼の誕生日は過ぎ去ってしまったのだが、たまたま千葉のAとの飲み話が持ち上がったタイミングで開催の運びに。
馴染みの欧州料理と赤ワイン。
一々「何を語ろう」と考えながらの会食の席など本当ーに稀だが、その真逆の「何を語ったのか覚えていない」程、この3人による語らいの摩擦のなさは感動的でさえあったのかもしれない。
高校時代より25〜26年が経過しながら、HHの印象は真面目に当時と何ら変わりなく、あの十代の頃も、もしかしたら社会に出た後の、人としての度量を身につけていたのではかろうかと錯覚してしまう程、おいらの中でヤツは変わらない存在だ。
おいらの知らない世界、分野についての広く深い知識や理解は半端ではなく、その上自然体な物腰で、世代・性別の分け隔てなく老若男女からの絶大なる信頼を勝ち得る稀な“物件”ときた。
今回、1年半以上の再会となったA。感慨深い時間が流れゆく。
出会って10年前後の時間が経過した今、彼女の成長ぶりと魅力は、成長の止まってしまったおいらから見ても一目瞭然の感触となって知らしめられる。
誕生日当日に贈り物という発想は至極当然ながら、おいらは贈呈したき方々には、思い立った時期に、あるいは贈呈すべきと思しき品を見つけた時に購入し、想いを果たすことを基本理念としている。なので毎年誕生日の周辺、あるいは全く関係のない日の贈呈・到着となる。
このあいまいの時期がおいらは好き。第三者が誕生日当日に“構えなくて”すむのだから。
2次会は、H馴染みのカウンター・バーへ移動。西麻布。
贈呈の品の1つ…彼らが聴くことを想定して編集したオリジナルCD−Rをかけていただき、酒の肴に。
こうした“オリジナル音源の編集”は、かれこれ34年ぐらい昔からやってきたので、合計するとその本数は天文学的かと思われる。
第三者を相手に「この曲はヤツの心に響くハズ」と勝手に想定して、曲を編集するのは昔から嫌いじゃなかった。
「米澤さん、私の姉に贈呈したカセット・テープ収録の『フォトグラフ/デフ・レパード』はとても有効でしたぜ」と、美しき姉を持つ某妹に言われた十代の頃には、えらく勝ち誇った気分になったものだ。
っといった錯覚の記憶も何もかもが懐かしい。
うん十年昔のカセット・テープへの編集作業は、iTUNES全盛期の今考えるに、数倍の労力を要した。曲目のインデックスすら1文字づつシール状の文字を擦りつけ、構築した事もあった。
タイプライターでパンチミスをすると、また一から打ち直しだった。ワープロが登場した時にはその利便性に驚かされたものだった。使用目的は編集カセットのインデックスがメインだった。
LP、あるいはラジオ番組のオンエアー楽曲から1曲づつダビング作業を行うわけなのだが、その辺りの葛藤と闘いは、海陸先生のこの件↓が全て同感なのでサイトを参照。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~spiceman/Music/igotyour.htm
HHとAが帰宅し、眠りに着く直前に「何曲目で寝てしまったのか解らなかった…」ような状況で聴いてもらえたらそれなりに冥利なのである。
投稿者 yonezawa : 11:57 | トラックバック(0)
2008年 06月 19日
タイミング
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電車がJR吉祥寺駅に到着した矢先に携帯が鳴った。テンホーちゃんから夜食のお誘いだったのだが、彼は今、吉祥寺駅前にいるのだという。
見張られていたかのようなタイミングで、約束もしていないままふいに電話をもらったわけなのだが、わずが1分で合流した。
いきつけの居酒屋『闇太郎』へ。カウンターにはこれまた偶然遭遇の先ちゃん&編集者が。
やがて招集されたタムタムが合流し、ズミーも合流。常連の久住さんもこの飲み会に加わった。
河岸を変え、『スカラベ』で山崎さやか嬢合流。思いの外酔ってしまったおいらは、お開きになる少し前に帰宅。
書籍『八日目の蝉/角田光代』読了。得体の知れぬせつなさがお腹いっぱいに募った。
投稿者 yonezawa : 03:08 | トラックバック(0)
2008年 05月 28日
The Jazz Guitars
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amazonの『ファースト・ライト』紹介記事より…「1969年に結成されたウィッシュボーン・アッシュは70年にアルバム『光なき世界』でデビュー。しかしこのアルバムのためのマテリアルは一度録音されたもののお蔵入りとなり、再びレコーディングをし直してリリースにこぎ着けたという経緯がある。そのお蔵入りとなったマテリアルは長らく行方不明となっていたが、近年になってオークションに出品され、これがアンディ・パウエルの手に戻ることとなり、その音源を新たにミックスし直して仕上げたものが本作『ファースト・ライト』。いくつかの楽曲は『光なき世界』にも収録されてるが、いずれもテイク違いで、さらには完全初出の楽曲もいくつかフィーチャーされている。ウィッシュボーン・アッシュ黎明期のメガ・レア音源が今封印を解かす!」
後輩Tに懐かしいロック・バンド:ウィッシュボーン・アッシュ、モット・ザ・フープル等CDを拝受。併せて以下のJAZZアルバムを教授してもらいamazonクリック。
●Wes Montgomery「ハーフ・ノートのウェス・モンゴメリー」
●Tal Farlow「スウィンギン・ギター」
●George Benson「ジルブレット・グレイヴィー」
●Joe Pass「ヴァーチュオーゾ」
●Grant Green「グラントスタンド」
●Pat Martino「ライヴ!」
●kenny Burrell「Live at Five Spot」
●Jim Hall「アンダーカレント(ビル・エヴァンス)」
●Barney Kessel「ポール・ウィナーズ」
夜、映画会社K社:Y&K、編集:Iらの恒例4人会開催。
Kとの最近の仕事は映画『アフタースクール』。読者のウケも相当上々だったし、蓋を開けたら初日から大ヒットを記録しているそうだ。
それにしても初めてやってきた「天香回味」の薬膳火鍋が美味い。ホフホフしながら飲みの手を休め、チンギスハンが考案したといわれる天香回鍋爆喰い。
2次会には東京タワーの眺めが心地よい屋上のバーで乾杯。さらに場を移してうどんを食し、D:モトちゃんと待ち合わせの新宿へ個人移動。午前5時も雨模様。
投稿者 yonezawa : 00:52 | トラックバック(0)
2008年 05月 18日
結婚披露宴
昨深夜、Cに誘われた西麻布でのイベントには残念ながら辿り着けず。
夜、編集者:Kの結婚披露宴会場:西麻布『VERANDA』へ。
現在、週刊ヤングジャンプ本誌連載、テレビドラマでも絶賛放映中の『ハチワンダイバー』、また、『キングダム』『B型H系』『十字架の魔術師』の担当編集者が彼。
週刊連載の4本も担当している編集者は、当然、並々ならぬエネルギーが必要だ。Kは頑張っているのだなぁ。
披露宴中、賞品の当たるゲームが開催され、なんとおいら、iPOD Touchがビンゴ。嬉しい。
宴終演後、電車帰宅。
帰って早々、みなさんの予測に相反して、容量8GのiPOD Touchに満タンの楽曲、Rちゃん写真データをぶち込み。
ネット、メール等、他機能等の細かい操作は、まだ編集:Nに質問していない。
投稿者 yonezawa : 23:56 | トラックバック(0)
2008年 04月 18日
スペイン料理
4人のスケジュールを調整し、待ちに待った今日の日がやってきた。
小雨降りしきる中、S社:ENを囲む会を渋谷のスペイン料理屋で開催。
この会をパーフェクトに取り仕切ってくれたYM、ライヴの立ち会いで少し遅れたFSに、おいらのメンバー4人。
結果、これほど楽しく有意義なひとときは久しぶりだった。
もうしばらくすると会社を退職し、新たな新天地を目指すENの送別会のような意味合いもあったのだが、この面子での“飲み会”には筆舌に尽くしがたい贅沢さを感じていた。
これほど何も包み隠さないまま、思いついたエピソードをストレートに伝えられた今宵の夜も稀だ。きっと、このメンバー全員が醸し出す空気がそうさせたのだと思う。
人に最も必要な気持ちは相手への配慮。
親父と母親に教わった“配慮”、そしてこれまでおいらの受けてきた様々な方々から戴いた配慮。キアロスタミの話。たけしさんの話。映画の話。音楽の話。心が温かくなった。
赤ワインが心から旨い。イカスミが刺激的だ。贅沢極まりない1日であった。
3人とも今後とも仕事に酒によろしくどうぞ。
そしてENちゃん、多くの現場での完璧なアテンドに心から感謝。あなたのスマートな配慮は忘れないよ。
投稿者 yonezawa : 18:29 | トラックバック(0)
2008年 04月 4日
下北沢
日付が変わる頃まで入稿に雑務。
GW直前のコミックス原稿入稿スケジュールは切迫気味。
下北沢ROOM CAFEで行われているDJイベント『SLEEPY FLOOR 5』へ。
到着し数名の知り合いと遭遇。
中には大分県の書店からこのイベントのためだけに駆けつけた輩も。
すでに先ちゃん担当のDJ直前の時間。
日常ではありえない大音響で聴く音楽は、自宅では得られない爽快さが格段に違う。タイトルも知らない様々な曲の中で、好みのソウル・ミュージックが心地よい。
遅れて登場のRがこんな深夜にも関わらず食事前のようだったので、午前3時過ぎ、成り行き数名の面々と居酒屋へ。
数杯のウォッカと芋焼酎を飲んでいたおいらだが、今日は全く酔いが回らず。自然と身体がセーブしている案配。
食欲旺盛の初対面女性陣の喰いっぷりには惚れ惚れ。食べる女性はイカす。
タクシーに乗り込んだ面々と別れ、早朝から混み混みの井の頭線で帰途に。全然眠気が襲ってこない明け方だ。
投稿者 yonezawa : 17:24 | トラックバック(0)
2008年 04月 3日
世界のナベアツ
午前中、編集部で雑務を終え、吉野屋で牛丼喰ったら胃がもたれた。
昼前、都内某ホテル滞在中のジョン・バトラー・トリオの面々に、昨日渡し忘れていた小物を届ける。
明日以降の大阪、名古屋の公演でもさぞ神々しい演奏を聴かせるのだろう。
夕飯時、久々に再会したMSのスーツ姿が凛々しい。
馴染みの店:Rで乾杯。
年齢にしては一般常識の知識の幅が広い明晰なMSなのだが「世界のナベアツ」を知らない様子だったので、「サンドウィッチマン」のネタと併せて教授。
30年前はみんながみんな、同じテレビ番組を見ていたものだが、今ではテレビの話題は共通認識を得にくい。
現代は各々が違う番組を各々のペースで見ている。
YouTubeなんて有り難いサイトがあるせいで、見逃したハプニング・シーン(例:やくみつるvs亀田父)等なんかはフォロー出来る時代だ。
酔いに任せて心地の良い時間が流れる。不思議とこういった場合には一休みしてくれる花粉症が不思議だ。
ゴールデン街で〆。呑んで笑って語って朝が来た。
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2008年 04月 1日
3杯目の焼酎をおかわり
グズグズではなくなったものの、まだ花粉症から完全に脱却出来ず。
通常例年、編集部スタッフでも花粉症の重症患者が数名いるのだが、今年はなぜか彼らはマスクすら着用していない。
「結構、今年は大丈夫ですねぇ」とみな快適コンディションをアピール。
どういうわけだかおいら一人が花粉と格闘している様子。理不尽〜。
ヨーグルト、ちゃんと喰っとこ。
冷蔵庫を確認し、昼食には生姜焼き定食にほうれん草そてい。
夕方、担当作家:N氏による、渾身のイラストがソフトに収録されたプレステ用ゲームのサンプル『ギルティギアイグゼクスアクセントコア プラス 』拝受。
物語をクリアしていかなければ、そのプレミア・イラストは拝めないそうだ。
かつてファミコン『ドラクエ』を人並みに展開させ、『テトリス2』に至っては天才の名を欲しいままにしていたおいらだが、彼の日より早20年。
今となってはゲームの世界はまるでちんぷんかんぷん。何も知らない。
遅めの夕食を西麻布で食べようと、数件満席で断られた末落ち着いた寿司屋ののれんをくぐる。
3杯目の焼酎をおかわりした頃、偶然隣の席にタレント:大竹まこと氏が!
1999年発行『masters of TAKESHI』作成の際、大竹さんには実に素晴らしい文章を寄稿いただいた経緯があった。
今日の奇遇な遭遇で、あの時の御礼を直にお伝えする機会を得られて嬉しかった。
政治に関しての討論番組における大竹さんの発言は、議論中、まったく回答になっていない自民党のO、Sらの発言に比べて、実に明瞭かつ端的。
T編集と共に五反田から恵比寿を経由し、Rとその嫁の盛り上がるカラオケ・バーで脳天気に弾ける。
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2008年 03月 29日
花見
夕方まで自宅での雑務を終え、夕方より井の頭公園へくり出した。
道中、芋焼酎、赤ワイン、キムチ、巻物系の寿司パック他を購入し、映画監督:寅(トラヴィス)、デザイナー:Yらの待つ野外座敷へ。
昨日未明より場所取りを行い、池沿いのベスト・ポジションを確保した寅よ、ご苦労さん!
いきなり、注いだ焼酎を傾いた地面に置いたとたんこぼしてしまうおいら。
花見の至って日常的な光景がそこにあった。
時間差で現れる初対面の面々を紹介いただき、暗くなるまでほどよき心の温度のまま、文字通りの花見酒。
日が暮れるとやや肌寒くなってきた。いや、かなり寒いぞ。
そうと決めたら行動は早い。速攻撤収後、場所を寅宅へと移し改めて部屋飲みへ突入。
この日、集った面々には日本画家、デザイナー、バー経営者等の方々がおられたのだが、日本画家が確か2人、書家が1人登場した、なんとも珍しいアーティスティックな夜だった。
深夜、1人ラーメンで〆、帰途についたら即落ちた。
投稿者 yonezawa : 19:43 | トラックバック(0)
2008年 03月 28日
ジェシー&あっくん_野村
午後、およそ1年ぶりとなるRIZE(ジェシー&あっくん)インタビューのため、都内某取材地へ。
彼らRIZEは、4月16日に待望のオリジナル・アルバム『K.O』をリリース予定。
これほどの素質と才能とモチベーションを有した日本発のロック・バンドは、彼らをさしおいて他に思い浮かばない。
ヴォーカル、ドラムス、共に技量という点を睨んでも彼らのスキルは破格。
テクニックのことなど口にする彼らではないが、その部分における裏付けにしても実に充実しているバンド。新譜『K.O』は、RIZE史上最高傑作の仕上がり。
今日のこの日をどれほど待ちわびたことか。夕食時に自由人:野村と待ち合わせ、初サシ飯へ。
合流した瞬間から帰途につくまで、まぁ速射砲のように語り明かすことになった今宵も贅沢で貴重な時間だった。
野村とはそれなりの世代差がありながら、音楽・映画を初めとする様々なカルチャーへの造詣深さは舌を巻くほど。
銀座:Gより移動。初めて訪れた新宿のロックバーへ。
自然な流れの我々の会話の中に出てきた、数々のバンドのLP(しかかけられない)を実にタイミングよく、ほどよき音量で矢継ぎ早にかけてくれるマスターの気遣いがたまらない。
UFOもスティーヴ・ミラー・バンドもまた揃えたくなってきた。
血湧き肉躍る音楽は、おいら酒飲みの気持ちを朗らかにしてくれた。
花園神社を経由し、ゴールデン街:Aで乾杯。しっかりした自分の意志を持つ者と語る一時の充実した感触ほど嬉しいことはない。しみじみと野村は貴重な存在だ。
今夜いただいた、トミー・エマニュエルの重要映像が収録されたDVDを観るのが超楽しみ。
投稿者 yonezawa : 19:42 | トラックバック(0)
2008年 03月 27日
新井田豊
現在、WBA世界ミニマム級王座(防衛7=継続中)に君臨するボクサー:新井田豊選手の祝勝会を、カメラ:若林広称宅で開催。
ボクシング・ライター、デザイナー、編集者、写真家、イラストレーター他、合計10名の有志が集結。
先日、3月1日、7度目の王座防衛戦にホセ・ルイス・バレラ(ベネズエラ) を迎え、3ラウンドにダウンを奪った後、6ラウンドにボディ(レバー)ブローを決め、世界戦初めてのノックアウト勝ちを決めると共に、連続防衛記録でも日本歴代単独4位となった選手だ。
実に小気味の良い試合内容だった。
ミニマム級とは、プロボクシングでの契約ウェートは105ポンド(47.627kg)以下。 全17階級中最軽量級の階級である。
小顔で小柄の新井田選手は、気さくでありながらとても照れ屋な好青年という印象。
広称お手製の、激美味のチゲ鍋をつつきながら、通常、試合前後のテレビ報道では見られない新井田選手の側面をかいま見る貴重な時間が嬉しい。
直にお会いしたボクサーで嫌いな人はかつていなかった。新井田選手の試合観戦にも、これまで以上に力が入ることになるだろう。まずは防衛記録更新に期待したい。
■新井田豊[横浜光ジム所属。身長156cm。右ボクサーファイター]
投稿者 yonezawa : 03:18 | トラックバック(0)
2008年 03月 4日
88minutes
昨深夜の原稿が10時引き上げになったので、午前中より入稿作業。
車検の手続きは明日以降に繰り越した。
昼過ぎから丁度いい時間帯に何か試写会はなかろうか? と試写状を見てみれば、前回タッチの差で入場させてもらえなかったアル・パチーノ主演作『88ミニッツ』の試写会がナイスなタイミングで見られることに気づいた。
前回の教訓で20分前には現地到着。
関連サイトによる内容は以下の通り…「次々と女性を狙う猟奇殺人の容疑者・フォレスター。彼は、異常犯罪分析医のジャック・グラム(アル・パチーノ)の証言によって死刑判決を下された。それから9年後、フォレスターの死刑執行が迫ったある日、同じ手口の殺人事件が発生。ジャックのもとに一本の電話がかかってくる。「お前に残された時間はあと88分だ!」――。刻々と時間が迫り来る中、果たしてジャックは真犯人を見つけることができるのか?」
獄中からFBI捜査官の心理を操り、絶大なる影響力を放った『羊たちの沈黙』レクター博士の出来を思い出すと、正直、本作のストーリー・演出のツメには満足を得られなかった。
アル・パチーノは最大限にリスペクトし、最重要俳優であることは今後も変わらないものの、例えば階段を駆け上るシーン、街を走り抜けるシーンに幾ばくかの違和感を感じたのは正直な感想だった。
もうアル・パチーノは走らなくともよいと思う。
次回作ではデニーロとの競演が控えているとか。勿論、その作品も見逃すことはないだろうが、より監督によるキャラクター付け、演出の在り方が、今後の作品の善し悪しを決定づけることになろう。
夜、巨匠:Tちゃんに誘われ、恵比寿「やまざき」で寿司をゴチ。
新宿で2件梯子し、THE POLICEも体感済みのオタクで和服の美女:RR、ファンキーに合流。音楽談義に熱が入る。またしても朝まで飲んでしまった。
投稿者 yonezawa : 14:30 | トラックバック(0)
2008年 03月 2日
チゲ鍋
午前5時に寝て10時には起きた。
午前11時30分、JR三鷹駅へ到着した本日のゲスト:Hちゃんを迎えに。
KKは予測通り遅刻の様相。
チゲ鍋、きんぴらぼごう、水菜のおひたしと、宮崎の銘酒:明月がベストマッチ。
これまでのいかなる第三者との接見の時より、最もご機嫌で、終始大爆笑の大はしゃぎだったRちゃん。全員が惹き込まれるように、和やかで賑やかなあっという間の5時間が経過。
近況を語り明かしたHちゃんとの次回の再会もとても楽しみだ。
6月のカヴァー・ライヴの下打ち合わせを軽く行い、iTunesにラインナップを作成。
深夜、確定申告の準備に車検の書類集め。
投稿者 yonezawa : 14:30 | トラックバック(0)
2008年 02月 28日
釜炊き
K社の映画人:HY&FK、スーパー編集:IMとの4人定例晩餐会で新橋。
メンバー持ち回りで会合の場所を取り決め、集い、美味しい食べ物に飲み物を喰らいながら無軌道な空間を共有する時間。
基本的には2ヶ月置きのスタンスでこの晩餐会は開催される。
前々回はFKが試写の立ち会いで断念し、前回はツェッペリン記事の入稿でおいら参加ならず、今回はHYが映像編集の立ち会いで30分の遅刻。
もしかしたらそれなりに多忙なメンバーが集まっているのかもしれない。
席に着いてから分量を伝えて注文するご飯が、また格別。
4人で2合注文し、およそ1時間後に茶碗に軽く盛った2膳のご飯が割り当てられる計算。この分量も2杯目のお焦げ具合も釜炊きならではの仕上がり具合だ。
家のご飯も格別ながら、今日の米も格別だった。
やがて、嬉しいことにイレギュラー面子のS&Cが合流。異色の顔ぶれで乾杯。
河岸を変え、S&Cを引き連れた2軒目には新橋寄りコリドー街の外れのバーで再度乾杯。
当たり前だが、それぞれがそれぞれの人生に向き合い、思い悩み、歯をくいしばって生きているんだ…という活力を感じながら明け方のタクシーに乗り込んだ。
投稿者 yonezawa : 12:21 | トラックバック(0)
2008年 02月 20日
映画試写会3日目、『88 MINUTES』の試写会場に到着したとたんに入口を閉められ、「もう始まってしまいました。満席です。すいません」と関係者に遮断される。
「そんな! 今始まったばかりぢゃないですか、補助席でも構いませんし」と食い下がる気力も湧かず、関連資料も受け取らないまま数秒のタッチの差を呪いながら帰社。
雑務を終え、4C原稿の色校正をチェック。
ここのところ、年に一度としてタイミングを得られないデザイナー・チーム:ポケット・オール・スタッフを引き連れ、本気で久々となる鍋会食へ。
この日は前々から楽しみにしていたのだ。
前回の彼らとの飯会から何年が経過しただろう。
日夜パソコンにはり付き、我々の提出する素材を最終的にページとしての形に構築してくれる職人が彼らだ。
デザイナーのスキルは編集者のようなあやふやなものではなく、技巧を感じさせるプロの所業だ。
美味しいチャンコに爆笑空間。とても楽しい席だった。ただ集まれば愉快な空気が流れる面子。それは日常、様々な仕事を共有し、共に記事の構成に最善を尽くし、内容に工夫を凝らす同僚であるからに他ならない。
一般的な会社員の仕事量からは想像もつかない程長時間の作業を経て、のっぴきならない拘束時間を要求されるデザイナー。
あらゆる記事の裏方には、彼らのような地道な作業を担うデザイナーの存在があることを忘れてはならない。
むーちゃん、なべちゃん、タモちゃん、めちゃ最高。また次回もゆくべし。
そして、K島団長から「飲み汚い」と命名されるおいらは、その言葉通りT氏の甘い誘いに連れられ、カウンター・バーでヴォッカ・リッキーにカツサンドなどを食べながら、明日の大事なインタビューのこともうっすらと忘れかけ、深夜3時に3杯目のグラス・ワインをおかわりしていた…
投稿者 yonezawa : 04:24 | トラックバック(0)
2008年 02月 6日
RR&H
毎日眠い。夕方の飯時にはパソコンの原稿を見ながら一度オチる確率倍増。
たった今、オチてしまっていた。シャット・ダウン状態。
ネットで知った「The Jam ウェラー抜きでニュー・アルバムを制作」のニュースに驚く。
週末の引っ越し(編集部内のレイアウト変え。平行移動のみ)準備で大量の書籍が破棄されてゆく。
メールで届いた4C原稿を中継転送。
遅めの夕飯は銀座でT氏と久々の小笹へ。
二次会にはお初のぶっ飛びキャラ:RR(ミュージシャン)&Hと合流の流れとなり、久方ぶりのカラオケ大会。
年々、歌える曲が減ってきているような案配は気のせいか。
ともあれ銀座で新宿な夜を過ごした。
投稿者 yonezawa : 02:46 | トラックバック(0)
2008年 01月 24日
第四編集部大新年会
怒濤の集英社 第四編集部大新年会開催。
「もうこの時期が来てしまったか」っと時間の流れをしみじみ感じる。
過去のこの日には予想だにしない様々な事件(?)が起こり、やんごとなき歴史が創られてゆく。
飲んで喰って語って酔い散らかす日。
漫画家・編集者・異業種ゲストが混在し、おいらの場合は最後、新宿三丁目で時間と体力の続く限り、夜更けに付き合う日だ。
東京會舘の一次会より二次会には向かわず、会場でほとんど食べていない我々はH氏と食事へ。
モノカキを生業にはしていないH氏ながら、彼の紡ぎ出す文筆(主にエッセイ)の世界観に羨望の想いを抱くおいらは「やはりHさん、人に読ませる前提で、あなたの類い希な文章を何か書くべき人です」と酔いに任せ提唱。
Hさん、鬱陶しかったらごめんなさいね。&極上の食事をありがとうございました。
移動して新宿三丁目の三次会会場:池林房へ。
ところが先ほど食べた牡蠣がどうもお腹に来ているようで調子が悪い。
激しく新鮮な食材を扱う名店なので、この現象はおいらのアレルギーによるものであることは間違いなかった。
以前、一度あたった感のある牡蠣。しばらく時間をおいてみれば問題なかろうと、久々に食したのがマズかった。やはり牡蠣とは、日本蕎麦と同じように永遠に決別せねばならない運命をこの日にはっきとり悟った。
食べたい気持ちは一杯なのに、身体自体が受け付けない不幸なのだ。
そんな案配でアルコールもほとんど飲めないコンディションとなり、ヤンジャンの新年会史上、おいらにすれば最も盛り下がった宴となった。
当然。素面同然で帰途へ。
投稿者 yonezawa : 21:37 | トラックバック(0)
2007年 12月 6日
生涯のコレクションは1000枚に限定
東銀座でRちゃん向けにピッタリの衣類を扱う店を発見し、悩みまくりながら数点の商品を購入。
明日はRちゃん初めての誕生日!
JCDX『瑠璃の方船』コミックス入稿も佳境となり、本日最後のデータを入稿する運びに。
FUJI ROCKの打ち上げを、この師走に近づいた本日まで引っ張っていた。
W社:Yちゃん、新社屋移転直前の映像人間:Tちゃんとシンプルに鉄板焼き乾杯。
彼らの知るロック(に限らずとも)界隈の知識、情報のスキルはオイラの比ではない。
30年前のバンドの名前からアイドルグループまで、話が縦横無尽に飛び交う極めつけの席。なんでもよぅ知ってるよ、この2人。
トライアンフ、フォガット、ジョニー・ウィンターの話題に笑い、ガバメント・ミュール、モビー・グレイプをご教授。
果てしなく貴重だったAC/DCの来日公演にこの3人、揃いも揃って諸事情で未完戦。なんたる不覚な3人だと笑った。
知る機会もそうそうなかろう、音楽業界の裏話にもずいぶん笑ったなぁ。
彼らの所有する枚数には及ばないものの、おいらにしろ数千枚に及ぶ膨大なるCDのコレクションとなってしまってるが、この際贅肉を切り捨て、「生涯のコレクションは1000枚に限定してしまいたい!」と漏らしたおいらの意見にご両人も大賛同。
濃度の高い熱烈な音楽話だけで夜が更けていった。
投稿者 yonezawa : 20:23 | トラックバック(0)
2007年 12月 1日
同時多発忘年会
デレクトラックス・バンドの追加公演観戦を諦め、夕方、新宿へ。
K、I、お初のAやん、Mちゃんらの計5名で玖珠町同窓忘年会の席へ。
中学時代、たった2年間しかあの地にいなかったせいもあり、小学生時代からの仲間だというAやん(おいらが転入した頃には彼はどこかへ転校)とおいらは同窓会ながら初対面。
今年になって数回の飯会を行う面子となっているK、I、Mちゃんと激美味の鍋で身体を温めた。
この会は、大分支部、玖珠本部、福岡支部、そして東京支部(他にもあったのかも)で一斉に行われているようで、“同時多発忘年会”となっていた。
想像通り、盛り上がり必至の席で懐かしい話に、くだらない話に、政治経済の話(?)まで、組み合わせの面子でどこまでも果てしなく脱線する会話が尽きない。
鍋を完食し、エスパで乾杯。
場をAやんの宿泊先ラウンジへ移し、再び居酒屋乾杯。
体力と飲みスキルさえあれば延々行っていたい飲み会の一つであった。皆様方、本日もご苦労さまでした。
投稿者 yonezawa : 23:30 | トラックバック(0)
2007年 11月 23日
秋祭り
小林市は小学生時代過ごした思い出深き町。
母親と共に、幼稚園時代からの幼なじみ:S宅へ向かった。
前回、同窓会の折訪れてからおよそ10年ぶり。小学生の現役時分から数えれば、およそ35年(前後)ぶりに彼女の実家を訪ねた。
同時に彼の日以来の再会を果たしたSのお母さん。感激だった。
メインストリートの国道沿いが封鎖された、『秋祭り』の催し物が行われる市内へ繰り出す。
数名の幼なじみとすれ違いつつ、わずかな時間ながら近況を語り合った。
近隣の各地より参戦するダンス・チームがそれぞれ(数カ所で行う)10分程度のパフォーマンスを行うイベントを見た。
あらかじめ地元の同級生:YSからの情報は仕入れていた。
実は小学6年生時分、厳ついスポーツマンだった担任の先生が、そのイベントに参加する旨を伺っており、やがて目の前でプログラムをこなす先生を視界に捉えた。
こんな賑やかな場所で、こんなシチュエーションの中で叶った驚愕31年ぶりの再会。素直に嬉しかった。
F先生は多分62歳だと思う。
パフォーマンスを終えたF先生を一目さんに目指す。
「小6の時の米澤ですよ、F先生!」と駆け寄れば、「おお米澤くん! 面影あるねー! 嬉しかよ!」とコスプレ中の先生にハグされた。感激だった。
今日、ここへ来てみてよかった…
祭りの最中、なぜか自身の所在のなさを感じながら、母親と適当に催し物を見物しながら、夕方前には帰宅。
帰宅途中、スーパーでの買い物が、おいらの至福の時間。
投稿者 yonezawa : 01:56 | トラックバック(0)
2007年 11月 3日
爆睡
午前2時、原稿の上がり時間を見極めた後、YJスーパーデザイナー:もとちゃんと下北沢へ。
『下北沢ROOM CAFE』でのDJイベントで、先ちゃんがお皿回す後半ギリに滑り込み到着。
しばらくして、もとちゃんと近場のナイスな居酒屋で乾杯。
おいらが漫画編集者になった日、もとちゃんはすでにデザイン・スタッフとしてヤンジャンに在籍していた。
同い年のもとちゃんは、まさにこの20年、同じ釜の飯を食い続けてきた戦友のような存在だ。極力こうして飯を食う機会を設けようとは思うものの、お互いの時間がまったく噛み会わないせいで、ほとんど年に一度程度しか機会を得られない。
「こんな近しい距離にいるんだから、もっと飯の機会を作ろうや」基本的な趣旨はそうした親睦的色合いのもので、調子にのって久々の焼酎ロックをガンガンおかわり。
別店で打ち上げ中の身内諸氏と合流後、吉祥寺に移動。
バーSのカウンターで語り合っている最中、気がついたら爆睡していたと言うおいら。爆睡…極めて珍しい。弱った身体だ。
疲弊した体調はなかなか回復に向かわず、遅い昼食後2時間の爆睡。ふと目覚めたら、あたりは日が落ちて暗い…。1日を完全に失ってしまった。
投稿者 yonezawa : 23:36 | トラックバック(0)
2007年 10月 23日
再会
何度も再会の機会を探していたのだが、この数ヶ月、互いに都合のつけられる時期が見あたらないでいた。
ところが昨日深夜の原稿奪取により、今日の緊急の機会を得られた。
Mの就職祝いを兼ね、1年以上ぶりの再会を果たし乾杯。
積もる話は仕事から映画、音楽、世間を賑わす怪事件等々っと、切り口は何でもあり。
地元方面でトラヴィス&Uと合流し、いつもの朝を迎える。新天地でも踏ん張れ、M!
投稿者 yonezawa : 00:55 | トラックバック(0)
2007年 09月 21日
Beautiful Liar〜華麗なる反撃
3名の仲間と焼き鳥屋か居酒屋のような場所で一杯。従業員はビヨンセとシャキーラ。支払金額8万円。
精算を終えた直後に「8万円痛ぇなぁ〜」と思いながらこの奇妙な夢から目覚めた。
「Beautiful Liar〜華麗なる反撃」
http://jp.youtube.com/watch?v=Krhl2o_uwdc
Hと待ち合わせ、初めてがっぷり語りあう機会を得た。
Hは押し迫る舞台の本番に備え、肉体的にも精神的にも節制を心がけている日常のはず。
しかし、そうした重い苦労は微塵も感じさせないHの屈託のない笑顔が、心地よい空間を演出してくれた。Hよ感謝!
地元方面へ引き上げ、いつもの寅&Yと合流。よく飲んでよく語ってよく笑った夜更けだ。
投稿者 yonezawa : 02:59 | トラックバック(0)
2007年 09月 14日
MITSUBISHI JISHO CLASSY CAFE
丸ビル1Fのカフェで行われたJ-WAVE『MITSUBISHI JISHO CLASSY CAFE』の公開録音へ。
http://www.j-wave.co.jp/original/classycafe/
この村治佳織さんの番組には作家の石田衣良さん、宮本笑里ちゃんらがゲスト出演。
目の前に陣取った観衆の前で、実にそつなく自然体のスタンスでさらりと演奏される村治さんのパフォーマンスが優雅で心地よかった。
デビュー・アルバム「エスプレシーヴォ」に収録されているナポレオン・コストの曲『秋の木の葉』は可愛らしく優雅。
渡辺香津美のアレンジだと言う喜納昌吉作品「花」の演奏は美しさが際だつ。
以前にも増して、力強さと表現力の幅を感じさせた素晴らしい演奏を聴かせてくれた宮本笑里ちゃんも圧巻。10月2日に行われるソロ・リサイタルも楽しみ。
収録中、石田さんも言っておられたが、目の前に陣取った客の目前で、紹介された端から即演奏すると言う、演者にとっては最もやりにくかろう環境で涼しく演奏される二人のスキルには脱帽だ。
村治さんと石田さんによるフリー・トークの軽妙な空間も圧巻であり、飾り気のない2人の人柄を表すような、なんとも言えないアットホームな時間が緩やかに流れていった。
夜、YJ藤原と待ち合わせ、馬肉専門店で飯。壮絶に愉快な時間が朝まで続く。
おいらが手がけるライナーノーツの最終チェックは、必ずこの藤原の最終検閲を通過し納品している。
投稿者 yonezawa : 18:26 | トラックバック(0)
2007年 09月 5日
B社:Hさん
台風の影響か、外は雨模様で蒸し蒸し。
来週の取材打ち合わせを終えた後、B社:Hさんと初飯。
顔色変えずに淡々と焼酎をお代わりするHさんの醸し出す空気は、仕事のリズム同様端的でよどみがない。
玄界灘で獲れた『魚彩』の魚を、ほどよいペースでいただく和やかなひととき。奇遇にもバスケット経験者というHさんの意外な一面を知り、思わず中学時代の野外コートを思い出す。
おいらは中学時代のユニフォーム一式を、未だに保管してあるのだ。
Hさんの段取ってくれた13日のインタビュー取材は今から相当楽しみ。
帰社後、結局入稿が深夜までの作業となり、遅れて帰社してきたYJ藤原に「随分疲れてますねぇ」と、疲労困憊の見たままを指摘される。
http://www.aliciakeys.com/
投稿者 yonezawa : 23:36 | トラックバック(0)
2007年 09月 4日
絶賛発売中
今週、飛び込み的タイミングで決まった、ザ・ローリング・ストーンズ記事作成のための材料を関係者各位より収集。週末までの構成段取りが勝負。
現地時間21日に訪れたロンドン:the O2アリーナでは、プリンスやエルトン・ジョン、そして噂ながらツェッペリン再結成まで行われるようだ。
深夜1時、仕事を終えた足で先ちゃんと合流するべく『闇太郎』へ急げば、てんちゃん、ずみー、先ちゃん、タムタムのGAG最強メンバーが横一列に勢揃い。
後にニューヨークの映画人:寅も加わった。やがて夜が明け、外が白々しくなった朝、ぼちぼち解散かと寅を送って帰ろうと思いきや、寅の「ヨロシカッタラモウチョットノミマセンカ?」の誘い水に乗っかり、焼き肉屋&、初めて飛び込んだバー『ヘブンズカフェ』でサシの梯子酒。焼き肉屋では飯まで喰ってるおれたち2人(泣)。33歳と42歳(泣)。
この時間にも関わらずファンキーに営業している『ヘブンズカフェ』Aのノリがウォームで実に可愛らしいかった。素朴で若きマスターも好感度◎。
至極気分の良かったおいらは、店に置いてあったオンボロ・ギターで、いい加減大酔いのくせにほろほろと弾いてしまったよ。
また寄らせてもらって酔ってみようか『ヘブンズカフェ』。
Aよ、また何度も乾杯しようぞ!
そして帰宅は午前8時を回った。
投稿者 yonezawa : 20:21 | トラックバック(0)
2007年 08月 31日
森の同窓会
「森の同窓会」サイトを見逃していたため、今日ふいにMちゃん上京のニュースを聞かされた。
複数の心ある仕事仲間の配慮により、打ち合わせ日程を即座に移動。みなさんに感謝。
新橋駅近く、中央通り沿い。Sのいる店:てしごとや http://www.jproject.jp/ に、玖珠町にゆかりにある有志6名集結。
なんとも言えない感慨深い面子で交わす酒の愉快さに、今宵も芯の芯まで酔う夜更け。
各々人生の山も谷も超え、一息ついた頃の仲間との再会は本当に飽きの来ない語り合いの空間だ。
結構な時間まで銀座界隈を徘徊し、最終的にMちゃんを滞在先の家屋へ送り届けるのだが、彼女の頼もしいほどの方向音痴ぶりには笑った笑った。
心の優しい人は、表情に表れるもの。
帰途につく車中、早々と彼らとの次回の再会を想像してしまうのだった。
投稿者 yonezawa : 18:34 | トラックバック(0)
2007年 08月 9日
ご苦労様
S、K、E、T、Z、T.S.諸氏のみなさま、ご苦労様でした。
おふくろPCがトラブルで本日深夜より憂鬱。
投稿者 yonezawa : 15:00 | トラックバック(0)
2007年 08月 6日
トライスクル
指すような陽気。わずが15分程度でしっかり日焼けの痕がついてしまいそうな強く暑い太陽光が目映い。
本日、自身で課したノルマ分の雑務をサバきつつ、SのB-DAYへ駆けつけた。
音楽や映画etc...この夜のあらゆるカルチャーを語り合う、貴重でタフでかけがえのない時間。
最近馴染みになったゴールデン街の古い店で、久々にJL&Cの『トライスクル』を再生したら、瞬時にあの時代の景色で頭の中が満たされた。
背中に電気の駆け抜ける音楽の持つ力のすごさ。
頬にも心にも涙を流させる名画を思い浮かべた時に見える景色、それはいつも愛おしくせつなく優しい。
「帰宅したら冷えたスイカを腹一杯に食べたいなぁ〜」と妙な思考が働き、夜が耽るまま身を委ねた。
しかし、このたんまりと山積する仕事の山は何なんだ。明日は、アヴリル・ラヴィーンの旦那率いる、SUM41のインタビューへGO。
投稿者 yonezawa : 16:31 | トラックバック(0)
2007年 07月 31日
39年会
ジャニーズ系でも忙しいスーパー・フォトグラファー:尾形正茂。
スポーツ、井上雄彦でも忙しいスーパー・エディター:市川光治との『39年会』で集う飯会開催。
「毎年、もしくは各年度で『39年会』、あるいは『'64年会』をやろうや!」っと、たまに会った席では盛り上がりながらも、果てしない多忙極める同窓生の彼らと、ただの飯会日程をすり合わせるのがどれほど大変か。
他打ち合わせの日程がポッカリ空いた市川・米澤の本日、現場から遅れて到着した尾形、入稿で2時間遅刻したおいらが最後に駆けつけ、どうにか3人が相まみえた。
誰しもそうだろうが、同じ年齢の者同士にしかわかり得ない遠慮のいらない会話が心地よい。
看板のない、初めて訪れた新橋の和食屋は激美味の食材を提供する物件で、こちらも『39年会』への最高の演出を果たしてくれた。
おいら、連チャンで体力疲弊中。明日の日程を睨み、寂しく3人ともたった1軒の飯屋で解散と相成った。
投稿者 yonezawa : 12:07 | トラックバック(0)
2007年 07月 30日
Arakimentari
今年5月、スティーヴィー・サラスの来日公演時、打ち上げで出会ったアメリカ人:トラヴィス・クローゼと共に、本日の主役であるYの誕生会を開催。
トラヴィスとは、アラーキーこと荒木経惟を裸にするドキュメンタリー映画『Arakimentari』の映画監督であり、写真家。
つい先日、故郷NYより帰還してきたタイミングもあり、彼らと数週間ぶりの再会を果たす。
神保町から、新宿『シンクロニシティ』〜『pain』を経由し、ほろ酔い3人組で花園神社の風景、撮影タイム。トラヴィスの写真は自然光ばかりで妙に味のあるショットばかり。
明け方、仕上げのラーメンはおいらには少々過酷な感じもあったが、おいらよりも一回りも若い連中のノリに引きよせられ、つけ麺完食。
FUJI ROCKが終わっても、まだまだ取材攻勢は終わらず。
今週、バイオリニスト、映画監督と、連なる単独取材の仕込みに、本誌原稿の入稿。
投稿者 yonezawa : 02:46 | トラックバック(0)
2007年 07月 25日
忘年会受け付けてます
JR国分寺駅下車。焼き肉『山水』へ。
急なブッキングながら、編集:K、Yのお供に漫画家:谷口ジロー氏との久々の会食へ合流。
最重要な次回作の打ち合わせは、手探りながら己の志の中で爆裂進行中のつもり。
無軌道に語り合う映画、漫画、小説等のカルチャー話が、話し出したら止まらない。
今のこの時期より「忘年会受け付けてます」の電光掲示板を流している店を避け、飛び込みのバーで終電まで語り合う機会を得られた。貴重な空間だ。
比較的、大した量を飲んでいないハズなのに、今日の酔いはそれなりのものだった。という勝手な言い訳でJR吉祥寺駅下車後、初めて訪れたラーメン屋さんで最後の1杯。
谷口ジローの描いた『神々の山嶺』文庫1〜5巻を読んでいない者は、とっとと書店かアマゾンへ問い合わせるべきだ。
本物の涙を流させる数少ない漫画作品の傑作と言えよう。
投稿者 yonezawa : 12:07 | トラックバック(0)
2007年 07月 24日
グラインドハウス/デス・プルーフ
クエンティン・タランティーノ監督作『グラインドハウス/デス・プルーフ』鑑賞。
「Grindhouse(グラインドハウス)」とは、B級映画ばかりを2本立てや3本立てで上映し続けた映画館の総称。
大混みの試写室第一列に陣取り駆け込み鑑賞。
この作品、様々な意味を込めて是非押したし。好きだとここまで突き詰めるものなのだなぁ。タランティーノにはもう一度、『キル・ビル』以来となるインタビューをやるべきだろう! と試写後、即決してみた。
京橋の試写室から恵比寿へ。
フェローズ:志村兄のニュー・オフィスは、恵比寿駅よりほど近いクールなビルの2フロアにあった。
お願いしてあったブツを拝受し帰社。やんごとなき特殊で至極貴重な撮影小道具を、電話1本でいとも簡単に収集してくださった志村兄、助かりましたぜ。サンキュ!
帰社後、山積みの雑務をサバき、深夜、タランティーノ打ち合わせの席へ突進。
気がついてみればGAGA:T、フリーランス宣伝:Y、編集部:Tが一堂に会し、朝を迎えた。
投稿者 yonezawa : 12:04 | トラックバック(0)
2007年 07月 20日
ひじり亭
吉祥寺のイタリアン『ひじり亭』の配慮にはおそれいる。
マスターの細やかな気遣いによって、シーフード・サラダ、ペペロンチーノ、赤ワインがぐいぐいと胃袋に収められてゆく。
唐突な誘いにも関わらず、予定を合わせてくれたイースト:吉田兄&Kちゃんと久しぶりの飯会となった。少し遅れてのゲスト:Yちゃんが合流した頃には、赤ワインは2本目に突入。ここまでアルコール摂取者はおいらだけだ。
改札近くで吉田兄&Kちゃんをお見送りした後、さらにYちゃんとエディス・バーを経由し、『闇太郎』で先ちゃん、タムタム他のメンバーと合流。
ずっしりと思いカバンの中には大量の書類と資料がぎっしり。仕事を自宅に持ち帰ろうと、土日の作業を覚悟しながら早朝の帰宅を果たした頃、景色はグルグル渦巻いていた。
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2007年 07月 8日
セッション〜ラーメン
手荷物を最低限の量に絞り込み、他荷物は宅配便の手配。
昼過ぎ、名称が変わってしまった薩摩川内市へ。
15時に同級生2名とホテル・ロビーで待ち合わせた。ショーサクとは頻繁に連絡を取り合っているが、(確か)西ノ園とは中3以来の再会を果たす。
ショーサクの配慮により、Sちゃん夫妻の自宅スタジオへ。
海陸先生と数年前に始めてこのスタジオを訪れたことがあったが、今回で2度目の訪問を果たした。
ご挨拶もそこそこに早々とレスポールを抱え、混沌のセッション・タイムに突入。
つくづく自宅に防音のスタジオがある環境が羨ましい。
思い立った瞬間、気分で、爆音でつま弾けるなんて夢の夢の環境だ。
学生時代、夢に思い描いた環境を冷静に手にするS夫妻の底力はあっぱれ。大したもんだ。
弾くだけ弾きまくり、ショーサクのシャウトも堪能した夕方、焼き肉『昌苑』へ。
さらに村田、小村らの集う飯会で各々久々の再会を楽しんだ。
旅に次ぐ旅の疲れなのか、Rちゃんは早々とおいらのあぐらの中でスヤスヤ寝息を立て始めた。
一次会終宴後、徒歩でライヴバー「BORDER」へ。オベイションを弾きつつ男4人で深夜まで語り尽くす。
以前から営業時間、曜日のタイミングがあわないまま見送らざるをえなかったラーメン屋『なんつぁならん 宝島』初体験の機会をついに得た。
http://ramen-takarajima.com/
こちらは出前OKなのだが、なんと場所を指定すればそこまで出張し、その場でラーメンを作ってくれるのだ。
ジャストの到着時間を伝え、宿泊のホテル前まで出張をお願い。野外で汗をかきながら喰ったラーメンの旨いことと言ったらなかった。
高校時代、バンド仲間だった1コ下のYちゃんの遠隔配慮(?)により、チャーシューの大量追加サービス。「悪い病気は持ってませんから(笑)、僕のでよろしかったらどうぞ!」っと、魔法瓶に入ったキンキンに冷えた氷水を分けてくれたオーナー店長の配慮に感謝。
彼の「ラーメンには冷たい水ですよね!」は明言だ。言い得て妙。
川内に来る機会があったら毎回喰いに行こーっと。
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投稿者 yonezawa : 01:31 | トラックバック(0)
2007年 07月 6日
太陽のタマゴ
再び曇り空。
夕方、小林市入り。事前のやりとりを経て、同級生らが計画してくれた飯会へ。
幼稚園からの幼なじみも数名混じる、おいらにとっての人生最古の同級生:せっこ、彰子、三七代、さおりらとの再会を果たす。刺身でも喰える牛肉しゃぶしゃぶも格別。
当たり前だが育った環境生い立ちの違いによりそれぞれの人生は五者五様だ。40年あまりの歳月を経た今、各々の人生を交互に語り合う空間が愛おしかった。
人生に最も必要な気持ち、それは「配慮」であることを再認識した格別の夜。大人数での宴も醍醐味のあるものだが、こうした少人数で深く語り合える時間も貴重だった。
河岸を変え2軒の梯子酒。会を重ねる毎にこの飯会も末広がりに楽しくなってゆくのだろうなぁ。
幼なじみの諸氏、ご苦労さんでした。格安で手配してくれたマンゴー激美味だったぜ。せっこ、サンキュ!
投稿者 yonezawa : 09:23 | トラックバック(0)
2007年 06月 30日
サイン会
午前10時、ホテル、チェックアウト。
漫画家:高橋ツトムサイン会・会場となる天神コア地下『福家書店』へ。
とても精巧なタッチでありながら、イラストとサインのスピードが流暢。一人一人のリクエストに応え、色紙に、コミックスに、サインを入れまくる高橋先生ご苦労さまでした。リラックスしたファンとの贅沢な交流の中、2時間弱のサイン会は無事終了。
どういうワケだか会う人会う人が口を揃えて言う、あまりに厳しい評価に驚きながら、先発帰京スタッフを空港へ送りがてら何年ぶりかの『牧のうどん』空港店へ。
肉うどんにかき揚げをトッピングし、かしわご飯に軽くビール。ここのスープは純粋に大好き。玖珠町の千成うどん喰いたい。
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食後、ホテル・オークラへチェックイン。
数軒の書店へ挨拶回りする中、懐かしいショッピング・ストア『ショッパーズ』を訪れた。懐かしい中古レコード店:ボーダーラインの名は今も健在。ティーンの頃、このお店で何枚のレコードを買ったことだろう。デイヴ在籍時の、つまり全盛期のVAN HALEN/DVDを購入。
YAHOO DOMEへ移動。
なかなかエンジンのかからないソフトバンク×ロッテの試合を軽く観戦。球場の色彩:グリーンが綺麗。
残念ながら小久保も松中も快音を聴かせてはくれず。7回を見ずしてホテルへ帰還。
シャワーを浴び後、夕食には網場町『もつ幸』で鍋。美味い。
この店は28年以上の老舗店なんだそう。鶏スープで煮たモツと野菜を、あっさり仕立ての特製酢醤油と柚胡椒で喰うのだが、最後の麺まで嬉しい美味さ。
飯会には旧友:深さんも同席してくれた。
場を中州に移し、数軒の梯子酒最後の〆には深さんと屋台でサシ酒。遠い昔、この男とここ博多で過ごした“あの頃”を思い感慨に更けながら、白々と夜が明けゆく博多の景色を眺めていた。珍しく東京出身だというオヤジのこの店もいい空間だ。
投稿者 yonezawa : 00:55 | トラックバック(0)
2007年 06月 5日
ブログ
6月より『日々仰天』をブログに移行させたが、これまで第三者のブログを定期購読したことは、ほとんどなかった。
例えばブログの女王といわれたタレントさんのサイトは、今日初めてのぞいてみたり。
モノカキ:伊丹由宇兄の崇高なる分裂ブログは、ご本人に伺ってから定期購読しているぐらい。某日フリチンの件は声を出して笑ってしまった。
おいらのブログは、田舎のおふくろでも読みやすいよう文字サイズを大きく設定。多くのブログはなぜか文字が小さいので、個人的には好きな文章でも億劫になる場合があった。
月末から来月半ばまでの予定を確認。月末には九州への出張を予定。そして来月頭にはときめく行事が待機中。
Macハード・ユーザーのおふくろは、おいらの生涯の誇りだ。
深夜、ブログの打ち合わせにスーパー・デザイナー:福島&青年実業家:Nと会合。
おいらにはまったく意味不明の単語が飛び交い、仰天ブログの落としどころがそれなりの方向へ落ち着く。2人には大きく感謝。
彼らと共に喰らった夕食の美味しいことといったらありゃしない。
なじみの激美味生魚店:Yで乾杯+爆食。流れで新宿へ移動し、ラッシュ、オジー・オズボーンの流れる空間で、判る者だけが理解し得る爆笑の世が更けた。
投稿者 yonezawa : 02:41 | トラックバック(0)
2007年 05月 8日
3人面子

W社:Mとの打ち合わせ後、飯へ。
一旦、打ち合わせで席を外した間にW社:Kが合流。
やがてM帰還。久々の3人面子で乾杯。
何をどう話したのかもはや判らないまま、
少しだけ残した仕事を片付けに編集部帰社。
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