2017年 08月 1日

半蔵門界隈でのROCK談義

 娘と豚肉出汁味噌炒め定食を食べる。脂身の部分も好んで喰う娘だが、ママのいるときには食べさせてもらえない模様。
 今日も塾に宿題に忙しい彼女。

 夜、K兄、Y兄、MMさん、SH、の5人で半蔵門界隈でのROCK談義9割の飯会。

投稿者 yonezawa : 01:00 | トラックバック(0)

2017年 07月 30日

焼肉乾杯

 9時起床。正午に昼飯。涼しいエアコンに当たりながら引き上げの準備。
 母に見送られ、15時過ぎ、姉のいる道の駅へ立ち寄り、高速経由で川内市へ。
 予約済みのホテルへチェクインし、小一時間仮眠。

 19時、Kと待ち合わせした懐かしい焼き肉屋『昌苑』で焼肉乾杯。着いてから誘ったRも合流し、飯の後『暫』へ移動。

 Sも仕事の合間に20分だけ参戦を決め、深夜2時前後に一度お開き。
 Rと別居酒屋へ移動。深夜4時を回った頃解散。明日のフライトは10時台。空港までには余裕をもって2時間みておかねばならない。
 逆算し、今夜は何時間寝られるのか、居酒屋でのその瞬間には計算できていなかった。

投稿者 yonezawa : 16:24 | トラックバック(0)

2017年 07月 26日

送別会

 近場の居酒屋で、編プロに5年在席したYの端的2時間送別会に参戦。

投稿者 yonezawa : 16:24 | トラックバック(0)

2017年 07月 21日

少年ジャンプ

 落合駅から徒歩数分、2回目の訪問となる鮨屋の仕切りはOくんに。E兄が到着し、現在開催中のジャンプ展のささやかな打ち上げの宴。大将の丁寧な仕事ぶりに感激。かの日の少年ジャンプどっぷりだったあの頃を大いに回想するひととき。

 場を新宿へと移し、噂の週プレ酒場を覗くが、特にテンション上がらず。数件のはしご酒で時間に比例してメータが上がる。
 ふわふわ気持よよい酔心地。再び回想する70年代後半から80年代前半にかけてのジャンプ熱は筆舌に尽くしがたいもの。
 六本木で開催中の少年ジャンプ展に展示されたコミックタイトルの数々を見ると、さぞ感慨深さに包まれることだろう。

投稿者 yonezawa : 16:24 | トラックバック(0)

2017年 07月 19日

外苑前で中華

 KK&Nちゃんとの3人会。外苑前で中華を頂き、水道橋で梯子酒。そして西麻布で〆というフルコース、お疲れさまでした。

投稿者 yonezawa : 16:25 | トラックバック(0)

2017年 07月 5日

蕎麦屋

 作家:Yとミーティング。蕎麦屋Wで待ち合わせ。
 いいマンガを描きたい! 思いはその1点。妄想も要望も含めてディープな方向へと議論が続く。白い紙にペンだけで物語りを創作し、読む者を時に笑わせ、泣かせ、怒りを与える。作家とはものすごい職種の人間だ。
 P、そしてSを経由し、喰わなくてもよかった吉野屋で〆。

投稿者 yonezawa : 15:48 | トラックバック(0)

2017年 06月 29日

麻布十番

 Fさん&Mと麻布十番メシ。
 西麻布S経由〜。

投稿者 yonezawa : 15:35 | トラックバック(0)

2017年 06月 27日

Kさん組

 午後7時「T」へ。Kさん組の集合でカオスな初面子で乾杯。

投稿者 yonezawa : 15:35 | トラックバック(0)

2017年 06月 26日

焼き鳥マスター

 神保町駅地上出口で某氏待ち合わせ。焼き鳥マスターな氏を『和楽』へ引率。
 昨年暮れにはミュージシャンのUHさんが来店されたとか。こんな場所に、というような環境だが、味を知る関係者がピンポイントで連れてこられたのだろう。
 復活したメニューの春雨サラダも嬉しい。
 神保町を徘徊し、Bでハイボール飲んで、新宿三丁目へ。
 S経由のゴールデン街ナイト。

投稿者 yonezawa : 15:35 | トラックバック(0)

2017年 06月 8日

赤ワインの夜

 数週間ぶりの歯医者。次回の診察まで3週間くらい日程が空くそうだ。
 午後、国際文化会館へ。
 麻布十番の坂を汗だくで駆け上がり、谷口ジローさん追悼の会へ参列。
 会には錚々たる作家が集い、故人の功績、人望を感じさせた。

 前半、関川夏央氏、久住昌之氏のスピーチに心を掴まれ、ラストの夢枕獏さんの〆のスピーチに感激した。

 二次会は近場のワイン系の店。大友克洋氏、江口寿史氏、寺田克也氏、夢枕獏氏他という、とんでもない面々で赤ワインの夜。
 西麻布の夜はさらに続いた。

投稿者 yonezawa : 18:01 | トラックバック(0)

2017年 06月 2日

凄まじき夜

 SJT・Sさんにお誘いを受け、神保町Tに集合。
 メンバーは他に編集者T氏、I氏、I♀氏。
 和食を頂き、ひとしきり歓談の後、銀座・銀座〜六本木〜銀座Mで〆の怒濤の夜。おいらはSさん宅経由で帰宅。凄まじき夜だ。

投稿者 yonezawa : 18:01 | トラックバック(0)

2017年 05月 29日

目黒ブルースアレイ 失速ライヴ

 毎回毎回、微妙なメンバーチェンジをくり返しながらも、今年もビージェネ、なんとか乗り切りれました。関係者のみなさま、いつも盤石のサポートをありがとうございます。 
 今年は、ギター米澤が高校時代に組んでいたバンドのドラマーROCKUROを再び鹿児島県より呼び寄せ、実は前日に正味3時間程度のリハーサルだけで本番に臨みました。呆れますでしょ(笑)? 
 延々LINEやりとりのみのイメージトレーニングだけでアレンジを伝えつつの綱渡り。結果、ヴォーカル同様、(多分)ドラマーもベーシストも本番がベスト! と思える演奏となり、私はメンバーに救われました。
 打ち上げの二次会・三次会では、明日のことをまるで考えていないギタリストとドラマーが、翌朝5時までセッション&弾き語り飲みしたことは他のメンバーには内緒ですw 
 お集まり頂きました皆々様及び、全スタッフに心から感謝!

投稿者 yonezawa : 17:48 | トラックバック(0)

2017年 05月 26日

よき宴

 高校時代の同級生ら4人で親睦会。うち3人は高校時代も話した記憶もなかったが、あの時代に同じ空気を吸ってきた者ならばと、今日の日を楽しみに待ち構えていた。
 新宿御苑のチャンコ両国へ集合。よき宴だ。

投稿者 yonezawa : 17:48 | トラックバック(0)

2017年 04月 28日

大充実

 大充実の新宿の夜。

投稿者 yonezawa : 15:42 | トラックバック(0)

2017年 04月 25日

ミーティング酒

 K,、J、やや遅れてYとのミーティング酒。
 Sでいつもの赤ワインで乾杯。Kを梯子した頃、ひとり撃沈。

投稿者 yonezawa : 15:42 | トラックバック(0)

2017年 04月 18日

焼き鳥サシ呑み

 F、広尾、焼き鳥サシ呑み。Hへ。 

投稿者 yonezawa : 15:42 | トラックバック(0)

2017年 04月 16日

BBQ

 毎年恒例のbambi主宰BBQ大会。今回は初の面子も参加し、25名以上いたのでは。ギター弾いて、豪勢な食材や酒をかっくらい、想像通り盛り上がる。

投稿者 yonezawa : 15:42 | トラックバック(0)

2017年 02月 8日

スティーヴィーNight

 韓国映画『アシュラ』、これは女性にはとても勧められん作品。想像した方向性の内容ではあらず。

 夜、漫画打ち合わせで恵比寿『K』でSさん、Kさんと待ち合わせ。食べて頂きたかったスープカレーが大好評で大変嬉しい。
 お腹いっぱい食べて近場のBarへ梯子。

 タクシーで広尾へ向かい、スティーヴィーらと待ち合わせていたライヴBarへ。同時到着で到着A、R。先に到着していたYと再会。
 怒濤の飲みの場には、DJのCP氏、ミュージシャンのAK氏など。
 スティーヴィーNight、そりゃあ最高だ。

投稿者 yonezawa : 15:00 | トラックバック(0)

2017年 02月 7日

ミッド会

 デスクで寝落ちし、目が覚めたら待ち合わせの時間を過ぎていた。
 慌てて遅刻の謝罪をLINEしつつ件の場所へ。
 10分の遅刻で、ミッド会メンバーIの到着していたイタリアンへタクシーで向かった。
 実の饒舌な数名の店員が語る、立て板に水なワインや料理の紹介にプロフェッショナルさを感じ入る。早すぎて頭がついていかないほど。
 店で紹介頂いたBarに河岸を変え、とりあえず電車解散。

投稿者 yonezawa : 14:59 | トラックバック(0)

2017年 02月 1日

うずら鍋

 夜忍戒初の浅草橋。うずら鍋の店。何かもが絶品で驚いた。

投稿者 yonezawa : 18:51 | トラックバック(0)

2017年 01月 26日

親睦会

 JC出版の新年会の末席へ参加。編プロ、ホーム社の方々と親睦会。

投稿者 yonezawa : 18:35 | トラックバック(0)

2017年 01月 19日

寄稿作家謝恩会

 集英社第四編集部寄稿作家謝恩会──てのが正式な冠名だったか。
 ヤンジャングループの年に一度の新年会。
 一次会の六本木ヒルズ/グランドハイアットへはたどり着かず、渋谷の『かみさやライヴ』へ伺った。
 今日で18歳を向かえたシンガーソングライターの上村さや香には、昨年の11月、彼女のパパ共々おいらの誕生会を企画し、祝ってくださったこともあり、今日のバースデーライヴの参戦は外せなかったのだった。
 カヴァー曲を含む30分程度のステージが力強く温かい。おめでとう、さや香。

 翻って赤坂見附へ。グランドジャンプ編集部の新年会二次会へ合流。関係者各位、編集者らにご挨拶。ここでしかお会い出来ない方もおられるが、毎年が貴重な時間。
 三次会は結局の池林房へ。「今年から池林房での会はなくなりました」のアナウンスは聞いていたものの、やはりパーティ常連の先生方はここに集った。
 F氏の粋な計らいで今年も全面的にお世話になった。ご来場の皆様に感謝。
 最後はFちゃん、YとBar Sで3人乾杯。

投稿者 yonezawa : 18:35 | トラックバック(0)

2017年 01月 14日

新潟の濃い夜

 マンガ・アニメ情報館2FのABC-MARTで靴底取り付け型スパイクを購入。雪で滑りやすい戸外の移動の際に役立てた。

 KOPの目玉企画となっているライブスケッチも今回がフィナーレなので見納めだ。事前に選ばれたお客様を、お一人ずつ見事に特徴を捉え、描きまくる先ちゃん、今日もペン先圧巻。
 イベントは無事終了し、関係者の皆様と宴会場へ。
 新潟の濃い夜。しかしながら、梯子酒のラーメンも一口しか食えない程、一次会の飯で満腹になっており、今夜も大して飲めず。どうもアウェーな体調の塩梅だ。

投稿者 yonezawa : 13:30 | トラックバック(0)

2017年 01月 13日

KING OF POP新潟編

 午前9時、KING OF POP江口寿史先生と吉祥寺駅改札待ち合わせ。
 新幹線の座席指定をした後、北陸新幹線で新潟へ。新潟は確か30年ぶりの訪問か。
 Maxときで11時07分、新潟駅着。
 タクシーでホテルへチェックイン。極寒降雪の新潟市内。まずは新潟市マンガの家を訪れ、近場のあたりをつけていたラーメン屋で昼食。
 そして今回、江口寿史原画展KOP最後の舞台となる新潟市マンガ・アニメ情報館へ。
 関係者へのご挨拶と、内覧。まだ展示品は完成されてなかったが。
 
 夜は先ちゃんの音楽友のみなさまと親睦会。先ちゃんがジャケ写を手がけたNegiccoのmegちゃん、so niceの鎌倉克行さんらの方々と愉快な宴。
 二次会にはカラオケパブへ移動。生演奏も出来る店となっており、全然知らないおっさんの歌にあわせてストラトで弾きまくるおいら。そしてハイタッチ。
 なかなか刺激的な時間が宴が続くが睡眠不足で酒もろくに飲めず。

投稿者 yonezawa : 13:28 | トラックバック(0)

2016年 12月 26日

外苑前

 外苑前Sは2度目。ここの中華は、ここのスペアリブは忘れられず。
 Aとサシ呑みクリスマス会となった今夜は忘年会も兼ねて。唐辛子が舌に響く響く、でも美味し。芋焼酎ロックでガン飲み。

 銀座『木の子』へ移動。カウンター越しにいつもの爆笑談義。遅れて偶然K氏が合流してきたので、きっと彼とも今年最後になろう一杯を乾杯&おかわり。

投稿者 yonezawa : 17:36 | トラックバック(0)

2016年 12月 22日

刺身と芋焼酎

 師走の行っておかねば!の白山Mは予約出来たので、数ヶ月前に部署を移動をした編集Fとサシ飯。積もる話、現状の話、将来の話、プライベートのあれこれ。刺身と芋焼酎美味し。

投稿者 yonezawa : 17:36 | トラックバック(0)

2016年 12月 21日

大好き

 1年ぶりか数ヶ月ぶりか、一回りほど若い映画宣伝チームの忘年会は中目黒のチャンコ屋。H、M、K、Oちゃんの面々との酒がおいらは大好き。

投稿者 yonezawa : 17:36 | トラックバック(0)

2016年 12月 19日

少し奇妙

 K&Nちゃんと訪れた創作料理屋『81』は少し奇妙、充分変わっていた。テーブルに着く前に一人25000円の精算を済ませ、飲み物も、先方が順次提供するメニューに店側があわせて提供するというシステム。酒をこちらで選ぶことはない。相当変わっている。
 ともあれよき経験としてみた。
 西麻布で二次会へ。最後はホントに一杯だけとKへ。

投稿者 yonezawa : 17:36 | トラックバック(0)

2016年 12月 15日

ブラシ絵

 芸術家E氏の手がけた墨のブラシ絵は店内入り口に飾ってあった。なんという破壊力のある、そして繊細で豪快な絵なのだろう。
 絵の前にいらしたお客さんが引けた後、スマホで激写する面々。
 店の開店祝いと彼らのプロジェクトによる忘年会の末席に参戦。感謝。

投稿者 yonezawa : 17:31 | トラックバック(0)

2016年 12月 14日

いい塩梅

 一年で待望の1日とも言えるサシ飯の場は、銀座の和食。
 以前訪れた際には、店の看板おばあちゃんがおられ、食事をしながらの雑談というのもこの店特有の景色であったが、数ヶ月訪れないうちに、昨年亡くなられたとの訃報を聞いた。合掌。
 宴は新宿を横断するプラチナコース。安酒だろうがなんだろうが、何もかもがいい塩梅。

投稿者 yonezawa : 17:30 | トラックバック(0)

2016年 12月 13日

ビジネストーク

 Mさんの席にお呼ばれしたら、編集のOとも久々。さらにはC企業のRさんも。
 初の面子で様々なビジネストーク。それぞれの持ち札で今後、どんな面白いことが仕掛けられるのか? 概ね話の方向はそうだが、愉快な雑談が半分以上を占めたのはいずもがな。
 ゲスト2名も加わった一次会を終え、Oとサシ呑み。

投稿者 yonezawa : 17:29 | トラックバック(0)

2016年 12月 12日

ガンボ料理

 KAさんとサシで「ガンボ料理」食べに行きたいですね。と語っていたのは少し前。忘年会のシーズンなのでと思い立ち、最前線を突っ走る複数の音楽業界の良心者チームに声がけし、空前の面子で宴が叶った。
 とんでもない音楽体験や取材現場を歩んでこられた面々のエピソード、これから仕掛ける音楽企画も聞くのがなんだか贅沢で愉快で。

投稿者 yonezawa : 17:27 | トラックバック(0)

2016年 12月 9日

あくせく

2017年3月21日(火)
都内ライヴハウスで
LotusRecords、ライヴやります。
詳細は追って!

 ここのところ、日程のブッキングであくせく。
 9日(金)と16日(金)を完全に混在し、一人の参加者が翻弄され参加ならずとなったが、なんとか忘年会にたどり着けた。来られなかった輩、すんません。新年会で。

投稿者 yonezawa : 18:10 | トラックバック(0)

2016年 12月 2日

奇特なK氏

 言われるがまま西麻布Sへ。奇特なK氏が少し遅れたおいらの誕生会を計画され、わざわざ祝ってくださるのだと言う。

 大きな個室に入るとソファには女性の後ろ姿。はて? どなたを同伴されて来られたのかと思いきや、中に入ればK氏の娘で高校生のSちゃんじゃないか。
 まったく予想してなかたサプライズ的仕掛けにすんなり感激し、一気にテンションはマックスに。
 温かいマインドをお持ちのお二人と共に、美味しい料理やシャンパン(未成年は勿論ノンアルコール)、ワイン等を頂き、カラオケ、そして特注の特大バースデーケーキまで演出され、さらには貴重で温かいお二人各々からのプレゼント──なんて幸せなフルコースなんだろう。

 この年になって十代のコに贈り物を貰えるなんて、どんだけ幸運なんだろうか。生涯大切にするね! とお二人に御礼を申し上げ、宴のフレーバーに身を任せた。

投稿者 yonezawa : 21:04 | トラックバック(0)

2016年 12月 1日

誕生日週

 結局、入稿とは待ち合わせ時間ギリギリの状態になるもので。
 路上でN氏と待ち合わせ、K氏が上野で指定された宴の会場へ。
 誕生日週ということで集ってくださった両氏に、心から労いの感謝を。

投稿者 yonezawa : 15:14 | トラックバック(0)

2016年 11月 26日

焼き肉晩餐

 この数日のRちゃんとの時間を取り戻すようにRちゃんと、インコのぴーちゃん&モコちゃんと遊びまくり。

 土曜日授業のあったRが帰宅した頃、午後から小学校の体育館でやってる子ども達の工作の展覧会を見に赴く。雷の鬼を描いた版画と、お店屋さんの工作では、Rは鞄屋さんを作成していた。清潔感があってなかなか上手。
 夕飯は、Rと2人、肉などの買い出しに買い物へ。戻って、野菜類と椎茸他などを刻んで、Rの好きなホルモン、ちょっと奮発した牛肉らを大きな盛り皿に綺麗に盛って、焼き肉晩餐。

 夕飯後、九州からギターとギターアンプが宅配便で返ってきたのだが、この地域をたまたま担当している甥のRが宅配してくるのだった。彼がこの地区を担当というのがえらい偶然だ。ついでに、お古のズボンを6本と上衣を譲渡。

投稿者 yonezawa : 14:41 | トラックバック(0)

2016年 11月 19日

やはり楽しい

 久々のbambiリハーサルは、ばりっと新曲のお披露目セッション。譜面に記されたコードを咀嚼して勝手なフレーバーで調理。この方向性でいいのか今の時点では判らないが、本番までのリハーサルは後2回しかない模様。
 遊びに来てくれたT自作のテレキャスターを試奏するが、これが十数万円はしそうな出音であり、感激。Tの器用さにはびっくりだ。
 終わって久方のbambi飲み。ゲストのT、Y兄も参加してくれた宴は、やはり楽しい。

投稿者 yonezawa : 14:41 | トラックバック(0)

2016年 10月 26日

人生のおよそ半分

 我らが先輩編集者:Mさんのお疲れ様会は半蔵門界隈のワイン屋敷にて。おいらの思うヤンジャン黄金期のメンバーが集結し、身内中の身内のような空気に浸りながら、一人一人の語るかつてのエピソードで抱腹絶倒。人生のおよそ半分を過ごしたこの編集部。得も言われぬ空気が心地よい。二次会は新宿に。余った会費がそこそこの金額だったようで、続けてワインバーでガンガンとボトルが空きながら、時間の許す限り宴は続いた。

投稿者 yonezawa : 19:20 | トラックバック(0)

2016年 10月 5日

Mちゃん&F

 Mちゃん&Fとアニーモで飯。宴に一瞬、Iが合流してくれ、その後シゲッツでバカ喰いのバカ飲み。面子が面子なので致し方なし。

投稿者 yonezawa : 19:20 | トラックバック(0)

2016年 09月 28日

金竜山──

 予約は数ヶ月先まで埋まっていると聞く、このレアな焼肉屋の席を三ヶ月以上前から確保くださったHさんから、お誘いの連絡を頂いたのがおよそ一月前。その約束の日がやってきた。

 広尾駅からタクシーですぐ。
 おいらなんのリサーチもしないままやってきたが、勝手に想像していたような近代的な建物ではなく、至ってノーマルな、むしろ年期を感じる老舗の物件だった。

 注文の品が出てきてから焼肉奉行と化した敬愛するHさん。肉の切り分けから焼きに至るまで、何もかもお任せしてしまえた贅沢な空間だ。
 極上霜降り肉は問答無用の美味さ。確かに参った、降参。
 加えて、とても初対面の面々が集ったとは思えないほど、各位が配慮された空間だったこともあり、どんどん己の心は解放の方向へ。飲み物もサワーからマッコリへと移行。
 昨日の残酒も忘れるほどにグイグイと調子のよいおいら。

 事前に「ここで食べたらもう他の焼肉屋に行けないよ」と伺っていたHさん賞賛の言葉通り、レアなカルビやハラミやタン他は、食べた直後、旨味成分が口の中で末広がり、瞬時にとろけた。食べた枚数に比例して「美味い」と心でつぶやいた。
 最後、一人前のクッパを4人でシェアし、各位大満足で終了。即、近場のバーへ梯子酒。

 辿り着いた店は民家を改造したようなレトロな造りで、主催者Hさんの清廉な雰囲気ともマッチしている。
 カクテルからシングルモルトへと、みなさんも順調に酒を楽しまれている様がわくわくさせられた。
 “ロックは友情とリスペクトの歴史”であるが、かつて所属していた部署のボスがHさんであった編集歴は、編集者同士による“友情とリスペクトの歴史”ともなり、今夜もその幸せを再確認するのだった。
 今宵集った皆様方によるそれぞれの配慮と、朗らかな夜を演出してくださった、クレバーでチャーミングな女性陣にも深く感謝。

投稿者 yonezawa : 15:17 | トラックバック(0)

2016年 09月 25日

結婚披露宴

 午前9時には運動会の行われる小学校へ赴き、タイムリミットの11時30分過ぎまで鑑賞。午後のRちゃんの学年のメインである、ダンスだけはやむなく生を見逃した。
 翻って帰宅し、スーツに着替え、一路横浜:馬車道へ。

 本日は、ffpギター悠規と新婦:文ちゃんの結婚披露宴。
 おいらは新郎代表のスピーチで乾杯挨拶の後、語ることに。

 バンド演奏ありの賑やかな宴は粛々と進行し、やはり涙ぐむ新婦によるご両親への手紙を聴いたらば、左目から落涙。悠規と文、そしれご両家の皆様、おめでとうございます。

 二次会のバンド演奏を観て、二回目の席となったNと、その場で知り合ったNの同級生でベーシストのYとは何故か意気投合し、都内で深夜2時までの爆飲。移動時間のブランクはあるものの、12時間の長丁場飲みとなる。

投稿者 yonezawa : 15:14 | トラックバック(0)

2016年 06月 6日

単身赴任

 単身赴任で東京へ滞在している中学時代のMと、この機会をセッティングしてくれたKとの宴会。
 Mとは中3以来だから37〜38年ぶりの再会となる。3人ともバスケット部出身で、部活繋がりは血が濃い。
 こうした機会のためにスマホにセーブしている中学時代のバスケ部集合写真を引けひらかす。懐かしい話題よりも、どのようにここまで生きてきたか、の会話が時間の大半を占める。

 少し遅れてわざわざこの親父宴に参加してくれた美女Kも加わり、終電までの演奏会が続いた。そしてFのギターをまた借りて、またしても酔いに任せ、30分以上だったか演奏してしまった。

投稿者 yonezawa : 14:45 | トラックバック(0)

2016年 05月 28日

club linerライヴ

 bambi新高円寺club linerライヴ。
 昼間、都内のハコでライヴやるのは初めてだったかも?
 お忙しい中、集ってくれた皆様には心からの感謝。

 当然、昼過ぎからの打ち上げとなり、帰宅したのは22時前くらいだったろうが、時間の記憶がほとんど飛んでいた。

投稿者 yonezawa : 14:21 | トラックバック(0)

2016年 05月 24日

夜忍戒

 冷凍してあった鮮魚と書かれたビニールを開けると車海老だったので、解凍して炒飯のネタに。
 賞味期限ギリのもずく酢とあわせて朝食。

 夜忍戒の今夜は、外苑前の四川料理。辛いのは辛いんだけど、かなりの好みな店。ともあれスペアリブは絶品だ。

投稿者 yonezawa : 14:21 | トラックバック(0)

2016年 04月 25日

贅沢な時間

 前回の約束の日は、まさかの己の発熱により約束が延期。仕切り直しの本日、H、Kと新宿で待ち合わせ、念願のプチ同窓会の機会を得た。
 誰とも加減の違う距離感は同級生ならではのもので、10代の情けないアレコレを知る友との酒は例外なく美味い。愉快で気遣いがいらない、というか、同級生相手としての気遣いはあるはずなのだが、その絶妙な空気がたまらないのだ。
 おいらを除いた2名は一流会社で大変なポストに就くホンマもののエリート・サラリーマン。彼らがどんどん偉くなってゆく様を横から見つめることか、どんなに誇らしく贅沢であるか。
 10代の頃から第三者への配慮と労いがあって、それが過剰でないことが、また彼らの大いなる魅力とセンス。贅沢な時間だけが流れていた。

投稿者 yonezawa : 18:36 | トラックバック(0)

2016年 04月 24日

BBQ

 雨がぱらつき、せっかく予定していたBBQがなんだか憂鬱なことになるなぁと残念な気持ちでいたが、早朝の「決行する」との判断を受けて3合分のおにぎり、殻を剥いたゆで卵一パックをRちゃんとテキパキと用意した。迎えに来てくれたTの車で野川公園へ。

 着く頃からすでに雨は収まり、木陰の足元も濡れてはおらず、そこから天候はバンバンと回復の兆しを示し始め、各々が「ほれみろ!」と“晴れ男”を主張する午前。
 焼き場の準備を経てガンガンと肉を焼く。仲間との戸外のご飯は酒は、何故にこのように美味いのか。Rちゃんと来られなかったのが、ただただ悔やまれる。
 たらふく食って飲んで、ギターも弾きまくり、みなさんとのセッションは見送り、Rちゃんの待つ家路に急いだ。

投稿者 yonezawa : 18:37 | トラックバック(0)

2016年 04月 8日

一つの大きな幸運

 W社Oちゃん&元W社のIと念願の3人飯。
 Iはこの春新天地に再就職を決め混み、その後初めての集い。会うのも数年ぶり。
 Oちゃんより、今日の時点で人生最重要音源を賜り、梯子したBarで聴きたくて聴きたくてたまらん症候群に陥るがブツがブツなだけに我慢するしかなかった。今更ながら、Oちゃんとの出会いも一つの大きな幸運だ。

投稿者 yonezawa : 17:33 | トラックバック(0)

2016年 04月 4日

奇跡の夜

 入稿を切り上げ都内某所へ。THE MODS森山達也さん還暦パーティへ。
 会場でふいに再会を果たしたクドカンちゃん、初対面で少しだけ話す機会を得た俳優の陣内孝則さん、他にも多数著名人の姿も。
 トリビュートバンドによる様々なMODSトラックだけでも、その楽曲の素晴らしさが伝わる。
 二次会、三次会と会場を変え、奇跡の夜が更けた。

投稿者 yonezawa : 17:33 | トラックバック(0)

2016年 03月 29日

赤坂ナイト

 赤坂BLITZで開催する高校生だけの高校生によるイベント『青二才』の一部鑑賞。シンガーソングライターSaYaKaも名を連ねるグループ『セカンド・ペンギン』を2曲聴き、会場を後に。編プロ帰還して入稿。

 夜には再び赤坂へと移動し、待ち合わせたKさんとサシの韓国料理『兄夫食堂 赤坂本店』へ。多くの有名人が来る店だそうで、色紙が店内にびっしり。
 Barを梯子し、終電で吉祥寺へ。たまたま時間を頂けたSちゃんと合流し、『ひまり屋』で軽く〆の一杯。

投稿者 yonezawa : 17:13 | トラックバック(0)

2016年 03月 25日

牡蠣工場

 映画『牡蠣工場』の都内上映にギリ間に合い、滑り込みで鑑賞。想田監督らしき“らしさ”の充満する映画だ。
 偶然のなりゆきを淡々と撮っているはずなのに、なんだかその仕上がりは完成度を高めてきたような説得力がある。
 
 夜、幸運にもUの日程を頂けたので白山の満津美鮨へ。貴重な情報収集の場となり、Uの有する感覚は明日の我が仕事にも多大な影響を与えるのでいつでも真剣。

投稿者 yonezawa : 17:13 | トラックバック(0)

2016年 03月 24日

のこのこ自由が丘まで

 半蔵門線から東横線に乗り継ぎ自由が丘へ。
 漫画家:Aさんがご馳走してくれるというので何も迷わず今夜の日程を決め込み、久々にこの地に降り立つ。スマホのナビでイタリアンへ。こぢんまりとした店内が雰囲気よし。
 1杯も呑まないAさんはブラッドオレンジジュース。おいらは赤ワインのフルボトル1本注文。お薦めの品をいくつか指定し、メインのパスタまでのフルコース。
 映画や漫画、様々な話を伺える貴重な時間で、考えたらAさんともすでに30年近くの時間が経過していることに気付く。なんと言ってもベアーズクラブ、ヤンジャン勤務以前に彼女とは出会っているのだから。
 おいらが20歳代前半の頃は、旦那様とアシスタントの方がいらっしゃるのに、ある年の正月三が日にA邸に連泊したりして、おいら一人、一日中呑んでは寝て、起きては呑んで喰って……の繰り返しで、料理も上手いAさんが全てをフォローしてくださったこともあった。
 この度またしても某漫画賞を受賞され、「その賞金、厄落としに奢るわ。協力して」と言ってくださり、のこのこ自由が丘まで遊びにやってきたのだったが、今夜のAさんもやっぱり粋だわ。Aさんに感謝。

 自由が丘から1本で新宿まで行く電車あるんだな、と飛び乗ったはいいが、やっぱりその界隈に来ると下車してしまうおいら。ゴールデン街などを経由して、本日も朝が間近となった頃、お開き。

投稿者 yonezawa : 17:13 | トラックバック(0)

2016年 03月 22日

BabyTaylorを抱えて

 Y&A、入籍祝いにステーキ&カレー鍋パーティ開催。Eと父ちゃん(私のここでの称)と集う。場所は都内某所のガレージ。
 ワインと芋焼酎を仕込み、BabyTaylorを抱えて、待ち合わせの改札へ。
 冷え冷えのシャンパン他を購入し、予約したガレージに。とこが主賓の一人Aちゃんが体調不良で参加ならず。残念だけれどもよき一夜。新宿へ河岸を変え、二次会の宴に弾いて酔う。

投稿者 yonezawa : 17:13 | トラックバック(0)

2016年 03月 16日

入籍祝い

 Nちゃん&Nさんの入籍祝いにと、Kさんと計画した『CICADA』、『ゴジュウニバン』などの祝杯日。お祝いの品、ワイングラスのチョイスがBOSSならではの配慮で流石。

投稿者 yonezawa : 17:13 | トラックバック(0)

2016年 03月 15日

『ECHO』打ち上げ

 木村大のアルバム『ECHO』打ち上げは、神楽坂。
 キングレコード担当外、関係者が集い、アットホームな親睦会的打ち上げが気持ち良し。
 音楽の渦におられる方々ばかり、つまりプロの現場にいらっしゃるメンバーとの酒は体調に最適。

投稿者 yonezawa : 17:13 | トラックバック(0)

2016年 03月 14日

可不可

 M&Mで麻布十番『可不可』へ。ワイン通な二人が揃えば大概ワインの店に辿りつく。雨が鬱陶しい日。Mの娘ちゃん大学合格とMの昇進と、少し前だった彼女の誕生日の3つどもえ祝い。

 お腹を一杯にして、近場のワインBarでさらにワインをぐびぐび。
 タクシーで新宿で下ろしてもらい、JR帰宅のつもりだったが、急遽心が入れ替わり、ゴールデン街でもう1杯の梯子酒。
 このもやもやは昨日休肝したせいだなと心で言い訳。漫画家:M兄と編集者の娘、そしてその後隣合わせたジオラマ作成職人な方々との飲みが、また愉快でついつい朝まで呑むおいら。その所業だけはアホだ。

投稿者 yonezawa : 17:13 | トラックバック(0)

2016年 03月 12日

京急蒲田『大田区体育館』

 大月晴明選手の応援に、京急蒲田『大田区体育館』へ。遠い遠い。
 館内は選手が使うスプレーの匂いが漂っており、格闘技の会場にきたんだなと認識を強める。チケットを受け取り座席に着席。
 大月選手の試合はかなりの善戦ながら結果はTKOで敗北。内容はいつもの通り素晴らしい高次のもので個人的には大満足。素晴らしい試合の証人となる。
 終わって品川で獏さんも囲んでの残念会。さらに恵比寿で4人の二次会。飯村師範代と吉祥寺に引き上げた。

投稿者 yonezawa : 17:13 | トラックバック(0)

2016年 03月 11日

ニ夜続けて

 神保町でのBE代表:Kさんとの打ち合わせを終えて、シンガーSaYaKaを交え、ニ夜続けての『串揚げ文』訪問。今日は串揚げをコースで食す。

投稿者 yonezawa : 17:13 | トラックバック(0)

2016年 03月 10日

Mよ

 月末には港区のマンションを引き払い、カナダ留学と旅立つMを囲んで、かつての上司である同級生のJと、水道橋の美味しい居酒屋『向日葵』へ。
 全員が同じ速度で酔う日というのが最も飲みに加速がつき、記憶はあいまいになりながらも心地よさピークとなるのがおいらの常であり、今日はその最たる日といった塩梅。
 近場の店にBarが思い当たらず、「飲みだけね」と電話して『文』へ。
 Mよ、新天地でもあなたの優れた人間機微を生かして踏ん張ってね。

投稿者 yonezawa : 17:13 | トラックバック(0)

2016年 03月 8日

新たな出会い

 家族の呆れる早朝6時30分過ぎに帰宅(一駅電車を乗り過ごしたせいで40分のずれ)したが、やること山積み故10時前には起床。

 午後、集英社会議室にて、初対面となる映画監督:Sさんと待ち合わせ。彼女は新作映画のプロモーションでNYから来日中とのこと。
 作品に対する意向、プロモーションに対する方向性などを伺ったのだが、2時間弱のMTGがすべて楽しいものとなって嬉しかった。
 高校時代の幼馴染みとも言えるITが共通の友人であることも最高だったし、S監督との繋がりも知り得たので彼女との距離はすぐに縮まった感覚。
 何がやれるのか未知のものながら、新たな出会いを大事にしたし。

 夜、ブラシも使うスーパー絵描き:EMさん、Kさんらと会食。
 六本木の居酒屋「T」、普通に全部美味いので以降マーク。
 Barを梯子し、今夜得た情報を踏まえ、再び彼らとの仕事に結びつくものなら最高だ。

投稿者 yonezawa : 15:20 | トラックバック(0)

2016年 03月 5日

吉祥寺eosライヴ

 午後、身支度をして吉祥寺eosへ。今回、初の試みとなる全部自前のライヴを決行。機材のセッティングを終え、ハイネケンを飲んで本番に供えた。
 Rちゃんは、えらく前から予約ガチガチの「キッザニア」に行く日だとかで鑑賞ならず。それだけが本日唯一、残念。

 午後6時、大先生と2人デュオで新曲インスト『Crossing of Blue』をオープニング初披露。この曲は大先生作曲で、メロのアレンジは勝手に宛がったのだが、コード進行といいフレーバーといい、まるで自分の感性で書かれた曲のようであり、作者曰く「よねちゃんなら、こういくだろうなと思って書いた」。図星で的中で驚かされた。

 オープニング2にはハルコのジャズスタンダードソロ。
 高校生さやかのステージからライヴの口火が切られ、本格的ライヴはスタート。懐かしい友等のご来場もあって、和やかな空気の中ライヴは推し進められた。
 貴重な時間を割き、かけつけてくださったご来場の皆様に心から感謝。打ち上げは2次会3次会と続き、メンバーの2人は深夜の漫喫に消えていった。

1 We Can Work It Out(SaYaKa featuring 哲、甲野、米澤)
2 好きもさよならも(SaYaKa featuring 哲、甲野、米澤)

哲、甲野、米澤
3 Two of us
4 39
5 Nowhere man
6 Voices

投稿者 yonezawa : 15:17 | トラックバック(0)

2016年 02月 26日

今日に感謝

 某市長と秘書のお二人が上京され、八丁堀の居酒屋で待ち合わせての会食。アットホームで庶民的な空気に包まれたお二人との時間が贅沢で有り難かった。昨年11月にクリスマスイルミネーション点灯式でお会いし、このような機会を得られた今日に感謝。
 たくさんの土産を賜り恐縮。

投稿者 yonezawa : 14:47 | トラックバック(0)

2016年 02月 24日

しゃり蔵2袋

 夜忍戒 in 白山満津美鮨。新宿経由、西武新宿線で帰途に。
 昼、夕方と亀田製菓の個人的ヒット商品しゃり蔵2袋を喰う一日。

投稿者 yonezawa : 14:46 | トラックバック(0)

2016年 02月 19日

最後の2杯

 待望のTさんを囲む遅めの新年会を開催に至る。
 歴代担当とシンパが集結し、懐石料理を頂く。10年20年の歴史が流れる。
 Hと吉祥寺で降りて最後の2杯。

投稿者 yonezawa : 14:42 | トラックバック(0)

2016年 01月 28日

焼き肉

 夕べの酒が一定量を超えたことは起きがけの腰の痛さでも認識。目覚ましを止めて2時間が経過していた。
 午後3時くらいまで酒抜けず。コンビニで1Lの緑茶と鮭おにぎりを買って昼飯を済ます。
 夕方、Jスタッフ他のみなさんと新年会で神保町・焼き肉。

 西麻布でKさんと待ち合わせ、打ち合わせの続き。

投稿者 yonezawa : 14:46 | トラックバック(0)

2015年 12月 18日

ベースIT、カメラTT、FCの面々

 ベースIT、カメラTT、FCの面々で『文』忘年会。全員胃袋大満足で、Barの梯子でシンプルに宴終了。みなさん、よき宴をありがとう。お疲れさま!

投稿者 yonezawa : 14:41 | トラックバック(0)

2015年 12月 16日

目覚めて駅名を見て項垂れ

 日本酒を『H』に届け、試飲して、AEと初のサシ飯で近況などを交換。
 真摯な時間だけが過ぎてゆく。
 まだまだ宵の口の頃合いにEを見送り、スーパーギタリストKと、連れのスーパーベーシストMKのいる新宿ホルモンで合流。座席がなかったので河岸を『アニーモ』へ。
 12月にリリースするというMKのCD、おいらのCDなどを交互に聴きながら、若きミュージシャンとのしびれる時間が流れる。
 さらに数軒の梯子酒を繰り返し、最後の『BONS』から新宿駅へ。
 午前6時前後だったか、乗った電車は吉祥寺・三鷹を派手に通り越し、高尾へ。目覚めて駅名を見て項垂れ、反対方向の電車に飛び乗って、気づいたらば再び新宿のホームに到着していた……。

投稿者 yonezawa : 14:38 | トラックバック(0)

2015年 12月 14日

記者会見〜打ち合わせ原稿取り〜手塚赤塚賞パーティ〜忘年会

 おいらにすれば早朝と言える午前8:00起床。
 調子の悪いパソコンを立ち上げ、だましだまし稼働させ、日課の確認事項。朝飯を喰いながら数曲流して、先日覚えた曲のおさらい。

 クリスマスイルミネーションのイベントで出来た指のギターだこは、夕べの風呂上がりに4本分、綺麗に剥け去った。
 1ステージ分の仕事が終ると練習量が減り、指はまた振り出しに戻る。皮膚の弱い分、この症状は十代の頃から変わらない。
 
 たった一言ながら、NYから届いたときめくメールに温かくなり、身支度して外へ。
 事務所の雑務を終えて正午に信濃町へ。明治記念館で行われた映画『エベレスト 神々の山嶺』記者会見の取材。
 特に身内には、これまで散々啓蒙、告知してきた同作品。
 質疑応答では数百人いたマスコミの中で、おいらたった一人の質問となってしまったが、主要キャストのお三方が真摯に応えてくださった。壇上に上がる役者の方々の、役者魂を改めて見せつけられたのだった。
 小説にむせび泣き、漫画では見本誌を読んだ端から落涙し、この度めでたく実写映画となって完成を迎えた人生最重要映画の1本。先週観た試写の直後には、勝手に深く濃厚な感慨に浸っていた。

 記者会見の足で、Tさんご自宅最寄り駅喫茶店で待ち合わせる。近況を伺い、90分ほどの打ち合わせを終え、最重要原稿を抱えて帰社。玉稿材料を確認し、製版所で高解像度のスキャン発注。

 夕方からの手塚赤塚賞パーティに間に合うべく、必死で入稿、雑務を片付け帝国ホテルへ。

 複数の同胞への挨拶を交わしながら、食うもん食って待ち合わせの六本木へ。BEのKさんとサシ忘年会は、Kさんのお気遣いでまさかのおいらの半月遅れ誕生会。西麻布でもつ鍋を頂き、梯子のBarではシングルモルトを頂き、最後はさまざまに高い評判を聴く占い母のいるBarへ。都合3軒の梯子酒。会う人多すぎの忙しすぎな一日ながら気持ちは感無量。
 本日出会ったみなさまに感謝。

投稿者 yonezawa : 14:35 | トラックバック(0)

2015年 12月 11日

今夜も忘年会

 ボクサー:長谷川穂積の試合は地上波での放送がなかったようでライヴで試合を見られず、残念の断念。
 今夜はJ&Yの面子で忘年会。
 東宝ビル1Fの鮨屋からTと終電前まで飲みあかし、決まった行事は来年の釣り。
 Mと、『T』でそのまま飲み続け、『B』で朝5時までの痛飲。M、酒強し。

投稿者 yonezawa : 01:59 | トラックバック(0)

2015年 12月 10日

ST先生

 Kと銀座『U』で飯。『K』『S』を経由。
 『K』ではいきなり、ST先生の奥様がカウンターにいらっしゃり、先生ご自身も後から合流され、いきなり隣の席にお座りになられた。部外者ながら感激。
 『STOCK』へ向かう少し前にご挨拶だけさせて頂き、少しだけお話させて頂ける機会を得られたのはマジでラッキー。とても気さくで真摯でおられ、先生の漫画を信じているおいらは余計に感激させられてしまった。

投稿者 yonezawa : 01:54 | トラックバック(0)

2015年 12月 7日

漫画家Mとの飲み

 漫画家Mとの飲みは10数年ぶりでもきかないほどだったか。
 武蔵境の激ウマ高級居酒屋で待ち合わせ、再会自体も数年ぶりとなる親睦会となる。

 互いの子供話、ここまでの紆余曲折話を互いに語り合い、有意義で温かい時間が流れる。
 思えばM集英社デビューの最初につきあえたことは幸運だ。当時のおいらが所属していた雑誌に掲載した漫画により、他社から複数の執筆オファーがきて今に至るという、ざっくりした件に、初代担当としての喜びを感じていた。
 来年は久々に組んでやってみようと妄想していたのだが、なんとそれが実現しそうで、今夜の酒は格別に美味しく嬉しい。

投稿者 yonezawa : 01:40 | トラックバック(0)

2015年 12月 6日

チャンコ両国

 中学の同級生:MとKと新宿チャンコ両国待ち合わせ。3人の忘年会で集う。
 今夜は旭道山と握手の出来た日。
 ゴールデン街へ河岸を変え、翌年の飲みの相談。最近の同級生飲みは大概そうした傾向があり。

投稿者 yonezawa : 01:34 | トラックバック(0)

2015年 12月 4日

成功を祈っての乾杯。

 Rちゃんがキッザニアに向かう頃、吉祥寺で最重要打ち合わせを終えた後の夕方には川崎KOP展示会内覧へ。早々たる著名作家も集う空間となり、内覧後には近場の居酒屋で展示会の成功を祈っての乾杯。

投稿者 yonezawa : 01:30 | トラックバック(0)

2015年 11月 30日

親睦忘年会

 K-ROCK、Mとちゃんこ両国で待ち合わせ、少し早めの親睦忘年会。彼らとの年に何度かの酒が嬉しい。Mの再就職祝いも兼ねて。
 ゴールデン街に河岸を変え、Oちゃん合流。
 彼らの絆も素晴らしいものだ。こうした彼らの機会は永遠であればいいのに。
 みんなが解散した後の午前4時30分、独り餃子唐揚げ定食を喰らうおいら。

投稿者 yonezawa : 01:16 | トラックバック(0)

2015年 11月 2日

宴の中の宴

 岐阜のサイン会から帰京された先ちゃん仕事場で、漫画家:もんでんあきこさん用へのKOP画集のサインを頂いた。嬉しいことに、画集にはおいらもサインを入れて頂いた。いつも感謝です。

 午後、急に思い立った体で映画『007スペクター』試写会へ。
 宣伝担当者につかまり、感想を問われたので正直な第一印象をお伝えする。

 夕方、G:Fちゃんと、上京中のもんでんさんをドームホテルでピックアップ。稲荷町の河豚料理屋『牧野』へ。
 12月発売の青年漫画誌に42ページ寄稿頂く原稿の打ち合わせ、今後の方向性を語る場となったが、全ての時間が朗らかで好きなカルチャー話に終始。この空気がなんともたまらない。
 食事の方はと言うと、河豚は勿論だが、大根と毛蟹だけの鍋という物件も記憶に残る美味さに迫力に豪快さ。締めのご飯もうどんも、全員もう胃袋には入らず、若干大根を残してしまうという痛恨の根性ナシな結果となったが年齢的には普通だと居直る。

 場を再びドームホテルへと移し、6Fのバーカウンターでスコッチのロックを結構数杯。楽しいったらない夜更けだ。

 もんでんさんをエレベータ前で見送り、Fちゃんと新宿『B』。そこからさらに赤ワインをどかすか飲んでしまい、楽しかったことだけしか覚えていない。

投稿者 yonezawa : 03:15 | トラックバック(0)

2015年 10月 28日

スタッフ打ち上げ

 先日の、Kさん還暦パーティに続き、会を手伝ったスタッフ打ち上げと称する呑み会が人形町のお好み焼きやで開催。
 絆を思わせる元SJが大勢集い、おいらにすれば懐かしい方々のお顔も。
 2次会の新宿Dにもかなりの人数が移動し、宴絶好調。
 と言いながらもタイミングをみつつ電車で帰宅するおいら。

投稿者 yonezawa : 03:05 | トラックバック(0)

2015年 10月 27日

もつ鍋

 もう鍋が丁度良き時期ともなった。六本木のもつ鍋はお腹もココロもホクホクにしてくれる。Nちゃんプレゼンツで、元TIのIゃんとの3人飯。この面子での3人飯は2回目。Iちゃんは華麗なる転職で六本木勤務。
 彼女を見送った後、ARへ。実に不思議な空間であった。

投稿者 yonezawa : 03:03 | トラックバック(0)

2015年 10月 26日

すべきだった

 井の頭線:久我山へK氏の原稿取りへ。
 夜、神保町で待ち合わせした3名と後、荒木町へ。  
 今夜は初面子のSI、K氏、Sの3人。そりゃあ楽しい酒だったよ。
 ただ、宴終焉後、素直に帰還すべきだった……。

投稿者 yonezawa : 03:02 | トラックバック(0)

2015年 10月 6日

還暦パーティ

 遡る2日前、LINEで「米ちゃん、ギター弾いて」との連絡があり、「快諾」のご返信で今夜のイベントに臨むこととなった。
 オベイションのボディを拭いて弦を貼り替え、チューナー、カポタスト、ケーブル等を準備して本日に供えた。

 今夜はS“K”Sさんのものすごい還暦パーティ。開演1時間前、重いオベイションの入ったハードケースを抱え、赤坂へやってきた。

 LINEで鳴らすサウンド・チェックをものの1分で終え、定刻19時30分に宴開始。酒席でギターを弾くコーナーがあると、酔いのペースもゆっくりと遅くなるもので面白い。
 それでも、しこたま飲んだ焼酎とウッオッカでほんのり酔った。やがて宴はオーラスに。そこで、S“K”Sさんに命じられた吉田拓郎の『人間なんて』を1曲だけアコースティックギターでサポート演奏。
 なんとかなったか。ひとまず安堵。

 次回は11月のクリスマス・イベントでのアコースティック。さらに気合い入れねば。 

投稿者 yonezawa : 20:10 | トラックバック(0)

2015年 09月 20日

【北九州漫画ミュージアム 江口寿史 KING OF POP】3

 9:00起床。意地でもホテルのバイキング朝飯(カレーメイン)を22時までに食べ終え、11:00漫画ミュージアムへ。午前11時30分頃からの朝日新聞取材、随行。11:15義理母、義理妹来館。
 身内が来館し、集ったみなさんで12:30頃徒歩10分のうどん屋『資さんうどん 魚町店』へ。ここ、博多の『牧のうどん』に近い風味。速攻でスタンダードなごぼ天うどんをかきこみ、バタバタでミュージアムへ帰還。

 13:10『5分スケッチLIVE』開始。2度の休憩を挟むものの、先ちゃんおよそ5時間強描きっぱなし。当選された方々も、描かれる際には緊張しながらもみなさん満足そうで、おいらも嬉しい。
 14:30頃、中学時代の同級生の面々も来館し、うち、1人は『5分スケッチLIVE』にも当選していたので、代表で似顔絵描き参戦。嬉しい。昨日、今日とスナップ撮影と動画撮影を担うおいらは、基本的に『5分スケッチLIVE』張り付き状態。

 2日間のイベントを無事に終え、先ちゃんを労った18時30分頃一足先にホテルへ。荷物を置き、徒歩10分の居酒屋へ。

 宴の席には中学時代の友が待っているので小走りで現地へと赴く。
 酒席には、Mっちゃん、Nちゃん、Mちゃん、Yの4人だけと聞いていたが、中学三年生になった以来の再会となる旧姓YYも来てくれており、Nちゃんとの2人とは実に36年ぶりの再会。さらに10分遅れで東京のKと大分のYも駆けつけ、思いがけぬサプライズ演出の的となった。幸せだ。

 終始、感激と感慨深さに包まれていたおいらは、そのまま当然の爆飲暴走で独走態勢へと移り、梯子酒のワインバーで2本目の赤ワインが空いた頃からの記憶がまるでなし。
 後から聞けば、その後もみんなでラーメンも食べに行ったそうだが、証人によればおいらは1〜2本の麺しかすすってなかったとのこと。感激感動の邂逅のうち1/3は記憶なし。やむなし、むなし、やむなし。

投稿者 yonezawa : 14:59 | トラックバック(0)

2015年 08月 31日

スポーツクラブの監督

 田町の馴染みの某店では、プロ・アスリート・スポーツクラブの監督を務める幼なじみで親友:Mとの酒が定例になってきた。
 一年中選手を全国のレースに出場させ、講演し、トレーニングに随行するMは東京遠征の際には必ず連絡をくれ、親睦を深めている。
 中学時代から学年でも目立った存在で、いつもリーダー的立ち位置にいたような記憶だ。そして少しだけワルのイメージ。その風味はMが人気者だった理由のひとつでもある。そして当時の彼女も美しかった。

 今回はかつての教え子3名を連れてのいつもより賑やかな宴会。一人は整体師で、一人は大手テレビ局のスポーツ番組ディレクター、そして現役選手の一人。全員がMの教え子なのだと言う。
 どのジャンルの方であっても、現役アスリートとは問答無用にリスペクトさせられる。物腰の大人しい現役陸上選手である彼女の、明日への健闘を目の前で祈った。今宵も素晴らしき出会い。

投稿者 yonezawa : 01:21 | トラックバック(0)

2015年 08月 28日

今年は一回

 午前中、ポテトサラダだけ仕込んで仕事へ。

 夕方、吉祥寺駅ビル内で食材等の買い出し。豚肉300g、鶏肉300g、明太子、鮭3匹、ニンニク、玉子、プチトマト、焼豚……あと、何だったか。
 今年は一回しか叶わなかったが、遠方のゲストT、多忙なCを招き、ささやかな恒例のホームパーティの日。ゲストのためにただただ調理する、その行為がシンプルに心地よい。

投稿者 yonezawa : 00:44 | トラックバック(0)

2015年 08月 23日

親睦会は毎年

 冷静に考えれば出会ってから、もう10年以上は経過していると聞き俄に驚いた。翻訳家のTは漫画家:Tさんを介して知り合った出版業界人であり、来日の度に親睦を深める機会を設ける友。その節には、ご夫婦でおいらのライヴに来て下さったこともあった。
 ようやく子供達が家族全員でも集える年齢になったことを踏まえ、初の家族親睦会。
 早い時間から集った故、座敷が貸し切り状態となり、子供達はスペースを独占。かなりの好条件で時間を過ごすことが叶った。懸念された雨模様も大したことは無く、勝手に普段の行いの賜と考えたところ。
 子供達が無心に遊びを共有するシーンほど朗らかな時間はない。

 なんて可愛らしい(我が子も含む)4人の子供達。英語もフランス語も堪能な3歳のMちゃんが、彼らを見送る駅に向かう際、普通にお手々を繋いできた。すかさずRちゃんも反対側の手を握る。
 この親睦会は毎年行うことになりそうだ。その都度、互いの子供の成長を目映く見届けることだろう。

投稿者 yonezawa : 21:18 | トラックバック(0)

2015年 08月 20日

音楽業界ナイト

 音楽業界ナイト開催。
 S社Sちゃんがリバプールまでポール・マッカートニーを追いかけた顛末は、直に聞かなきゃと思っており、今夜その機会を得た。
 S社K、A社S、W社Oちゃんらも集ってくれ、正に最先端の音楽談義。ジミー・ペイジもジェフ・ベックも、デイヴ・ギルモアに至っても距離が近い話ばかり。
 生きて体感したロック体験は記録しておくべき。概ね今夜の結論はそうしたものであった。

投稿者 yonezawa : 15:20 | トラックバック(0)

2015年 08月 2日

家族

41Y4mvnGIxL.jpg

 早めの夕方、ナビに頼り、埼玉方面へ車を飛ばす。
 姉宅を訪問し、姪の第一子と初対面。数日前から関東入りしていたおふくろ、次女の姉、甥っ子らとも再会。
 小さな子供がいる空気がこんな朗らかなものなのかと知ってから、まだわずか8年半強ながら、知ってからのそうした気持ちは永遠となることは、もう知っている。

 夕飯に寿司と総菜類。大人数で食べる飯はBBQのように理屈抜きで美味い。こうした親戚の集いなど、環境と時代の変化で激減することはやむなきことか。

投稿者 yonezawa : 16:37 | トラックバック(0)

2015年 07月 28日

ほぼ定刻、ジミー・ペイジ

61mgEc8DO3L._SL1106_.jpg

 ジミー・ペイジ・オフィシャルインタビューのため都内某所へ。
 神保町から飛び乗ったタクシー運転手がミッドタウンを知らないので驚愕したが、とりあえず場所を説明し、ずっと下を向いたまま資料に目を通していた。ところが、ふと目をあげると思わぬ方向に車が向いているので驚き、方向を改めて指示。げんなり極まる。
 勝手に焦る運転手。こちらもそれほど時間の余裕があるわけではないので、やや焦るものの、この方角で大丈夫と確認し、現在地を取材先の担当者に電話しつつ現地までの途上にいた。
 すると、ふいに後方のパトカーより「前のタクシー、左に着けて止まってください」とのアナウンスが。
 運転手、何かの違反をしたのか本人も理解していない様子ながら、ここで足止めをくらうことに。この時間のロスは計算になかったので、その場で即精算し別の車を拾う。なんたる無駄。
 なんとか定刻より30分前に到着し、取材準備。
  
 ほぼ定刻、ジミー・ペイジ登場。
 その瞬間は何度味わってもワクワクするものだ。もう複数を数えるオフィシャル・インタビューなのでジミー自身が握手を求め「おお、君か。元気だった? 会えて嬉しいよ」概ねそのようなご挨拶を賜り感激。ワクワクの頂点に。でも仕事はちゃんとするのです。

 取材時間は限られるので、即、かつ端的に質問開始。
 毎度のことながら、予定の20%程度の質問量でタイムリミットに。
 いつも感じることだが、時間内にこれ以上多くの取材は不可能。
 今回も数枚のLPにRちゃん宛のサインを頂く。近い将来、このサインがどのようなものか理解するだろうRちゃんは幸せだ。
 関係者全員へ感謝のご挨拶を終え、後ろ髪を引かれつつ取材現場を後に。
 その足で大手町へ。

 今日は人生の中でも指折りに強烈な一日。『ビートたけしライブ2』の日でもあるのであった。
 入口でグッズを大量に購入してしまった。火薬だドンとかの。現地でイースト吉田兄、夢枕獏兄と待ち合わせ会場へ。
 ライブはおよそ2時間。抱腹絶倒の2時間。生たけしの迫力と体力とチャーミングさを骨の髄まで堪能。たけしさん、断トツにかっこいい。
 終演後、控え室を訪れ、獏さんとの2ショットを激写。

 打ち上げ会場近くの焼き鳥屋で獏さんと一杯やって、打ち上げ本会場へ。
 すでにたけしさんらご一行様はすでにご到着されており、宴の輪に参加。
 気絶しそうな一日だ。

投稿者 yonezawa : 15:45 | トラックバック(0)

2015年 07月 6日

Beat Generation

10253774_981883088528827_9159299662252122685_n.jpg

 小雨の降る午後、目黒ブルースアレイへ。それにしてもこの頃、雨の続くこと。げんなり。
 間もなく作家Bさんより最重要な連絡が。
 バンドリハを終えた後、メンバーでファミレスへ。(おいらだけ)ハイボールを2杯。

 午後7時30分、本番スタート。初っ端のバンド「The Opening Fabric Band」では1曲セッション参加することとなっており、キーだけ理解していたfunkyな曲で飛び入る。気持ちよし。

11216252_981882885195514_809127380502675773_n.jpg 11143562_981004391950030_1125802028681859623_o.jpg

 ビート・ジェネレーションの出番は定刻通り20時30分から。
 満場の客席には知る身内の顔ばかり。これほどの朗らかで温かいステージ環境はこのイベントならでは。失速史上、最高の気分。

 ラストの5曲目、失速ステージで初めてリードヴォーカルをやらせてもらった。吉田宏、ウケまくり。そして史上最高の打ち上げに突入。
 ご来場頂いたすべてのお客様、出演者、スタッフ、そして本年度のビージェネのみなさんに心よりの感謝。

❶Rolling Down The Broadway
❷Have You Ever Seen The Rain
❸The Lemon Song
❹Darlene
❺Helter Skelter

2015.7.6 Beat Generation

10411834_981882975195505_962732870581493477_n.jpg

 2次会、そしてラス3次会は芝公園の野外。コンビニで赤ワインを買い、ベンチに座って特大の東京タワーを眺めながらの人生論。この飲みは忘れられんわ。飛行機でご来場の長崎のMちゃん、酒豪Mに感激。

11221901_981882778528858_4770723847014874534_n.jpg 11703165_981882711862198_9195028999428994940_n.jpg

投稿者 yonezawa : 19:44 | トラックバック(0)

2015年 06月 9日

ヒマラヤ・ネパール地震災害チャリティーイベント

51491KZKV3L.jpg

 昼下がり、青山のビリケン商会Mさんを訪問。同席にはBI代表Kちゃんと。小一時間のミーティングを経て、遅いパスタランチ。
 そういえば、冷たいパスタは未だ作ったことがなかったなぁと気付いた。いつかの週末にカペッリーニ買ってきてやってみよっと。

 夕方、品川モンベルへ。
 先日発生したヒマラヤ・ネパール地震災害を受け、作家の夢枕獏さんらがネパール支援のチャリティーイベントを開催した。
 獏さん以外は、漫画家・イラストレーターの寺田克也ちゃん、斬新な新作落語で知られる林家彦いち師匠など。参加費は全額支援金するというトーク・イベントだ。
 
 本企画の経緯については、関連サイトより引用↓

「いきさつのこと」夢枕 獏

ぼくの小説『神々の山嶺』が、に映画化されることになったのです。
そこで、今回その撮影現場であるエベレストのすぐ足元、カラパタールまでゆくことにしたのでした。

久しぶりのエベレスト、標高5500メートルまで。
そこでは、平山秀幸監督をはじめ、羽生丈二役の阿部寛さん、深町誠役の岡田准一さん、涼子役の尾野真知子さんたちやスタッフ、あわせて40名近くががんばっている。
そこへ、陣中見舞いにゆこうという旅でありました。

「お蕎麦の出前をお願いします」と、太田さんにお願いして、
寺田さん、彦いっちゃん、合わせて四人の珍道中となりました。
この旅の顛末を、熱く熱く語るというのが今回の催しの内容です。

もともと、このようなことを帰ったらやろうと話していたのですが、
ところが、たいへんなことが起こってしまいました。
我々は、3月9日に出発して、3月26日に帰ってきたのですが、
その一ヶ月後、ネパール一帯が、マグニチュード7.8という地震に襲われたのです。
それで、今回のこの催しをそのチャリティーイベントにして、
ここで生ずる全ての売上を、義援金としてネパールに寄付することを我々は話し合って決めました。

この旅に前半参加したモンベル(アウトドア販売会社)の辰野さんにお願いして、会場も品川のモンベルを提供していただくこととなりました。
会場で、寺田克也さんの描いた絵や、我々の撮った写真等を販売いたしますが、こちらのお代も全て義援金とさせていただきます。
どうぞ、皆さん、よろしくお願い致します。

* * * * * * *

 すでに一度、下北沢タウンホールで彦いちさん独演のトークは鑑賞済みだったが、今一度、彼の地の写真をスライドで見つめながら、ことの顛末に耳を傾けた。
 満場の聴衆に恵まれ、先にも記したが、入場料にしろ、後のオークション代金にしろ、すべてを寄付するという主旨に彼らの男気を感じた。入場料は現地の方々へ。オークション代金は獏さんらのシェルパの皆さんへということだ。

 ものすごいスケジュールの中、時間を捻出し、このようなイベントを計画し、即行動に起こしてしまう獏さん。獏さんはご自身の小説並に人間性まで偉大だ。かっこいい。
 回りの関係者も、勿論おいらも心が高揚し、悦んでイベントへの関わりを希望するのだった。
 イベント終了後、大人数で酒盛り。これが楽しいったらない。ひたすら語りまくり、午前2時品川解散。獏さんをお見送りし、Tちゃん&初参加で現地にもおもむいたという仰天クライマーEと3人、吉祥寺へと移動。
 およそ一名朦朧としていたけれど、午前4時30分まで豚しゃぶを喰らう我々であった……。

投稿者 yonezawa : 18:31 | トラックバック(0)

2015年 02月 20日

満席の店内

51QHegClQ4L.jpg

 「おいらの到着は20時が濃厚」と伝えていた3人の呑み会だったが、幹事は「19時から先に飲んでるね」とのこと。だったらなるべくタイムラグがないようにと、入稿、雑務を必死で推し進め、ほとんど差のない19時を少し過ぎた頃の到着を目指した。 
 指定された有楽町の居酒屋に到着すると、満席の店内には待ち合わせの主はいなかった。幹事の名前を予約名として定員に告げるが名前は見当たらない。「電話してみます」と店員に伝え、当人に電話したところ、そもそも店の予約はしておらず、飛び込みの予定だった模様。普通に入れるものと到着したら満席で入れず、近場の店に入ったが、そちらにおいらが合流しても空いた席がない……とのこと。

 最も、到着時間を前倒しにして、スタート時間に勝手にぎりぎり間に合わせたおいらだったので、おいらの到着までの1時間でなんとかしようと思っておられたとのことだが、まさかの展開! 誰も悪くない。
 しかしながら、金曜の夕方に予約なしで有楽町駅前界隈の店を指定したというのには驚いた(笑)。“たらい回しの刑”な展開を危惧しながらも、東京で初めて出来た5つ年上の先輩の知人であり、今夜は労いの会。しかも彼はおいらとお案じ誕生日。
 頭を切り替え、場所の確保に急いだ。即刻並びの店を開拓し、3人席を2時間限定で抑えた頃、ようやく面々と合流。
 数年ぶりのKMさん&初のKさんの3名で居酒屋親睦会。
 つもる話が30年前まで遡るあたり、今日の内容はどうしたってKさんとしか共有出来ないもの。酔って笑って叱咤激励の無礼講。温かく懐かしい時間が流れた。次回の再会はいつになることか。

 竹橋で打ち合わせ中の輩S+Tの席に無理矢理合流し、いつもの明け方に近い、深夜解散。S+T感謝。

投稿者 yonezawa : 23:21 | トラックバック(0)

2015年 02月 7日

バンドセッション

1779793_787134591343064_7995047559007312601_n.jpg

 昨年12月のライヴ打ち上げは3バンドのバンドセッションでセッション大会となった。神泉の小さなハコで何も決めないまま、メンバーも入れ替わり立ち替わりの演奏。バーボンソーダを飲みながら、成り行きの弾きすぎが気持ち良し。
 二次会焼き鳥屋。Yあねさんと恒例のHの説教を経て、三次会は4人で新宿イタリアン。T&T&H、遅くまでお疲れさま!

投稿者 yonezawa : 02:08 | トラックバック(0)

2015年 01月 29日

編プロスタッフが集う

91mPLNa5FWL._SL1492_.jpg

 集英社JC出版の皆様の計らいで、複数の編プロスタッフが集う、大変貴重な会に参戦。普段直接聞くことのない関係者の肉声を伺うことは、双方にとって重要な情報となるので個人的には実に有意義な時間だと感じていた。飲み放題のコース料理でしこたま頂いた。感謝。
 八重洲口界隈でサイン会を終えたおられたBさんの宴には残念ながら間に合わなかったが、二次会を提唱くださったKさんを追いかけ、歌舞伎町のBarへ河岸変え。
 ジャズの流れる、心地よき空間で“星に願いを”などリクエストしながら、シングルモルトなどを皆さんと頂いた。Kさんに感謝。
 さらに編プロのみなさん他数名で最後の梯子酒でBへ。

投稿者 yonezawa : 19:50 | トラックバック(0)

2015年 01月 20日

夜忍戒は六本木

51Po05mQTrL.jpg

 定例会となって、もはや回数も分からなくなる程に歴史を重ねる今夜の夜忍戒は六本木。
 率先してなかなか来なくなった街はここのところ試写会くらいでしか訪れなくなったが、シネマート六本木が近々無くなるのは少し寂しい。
 ザッツ居酒屋の今夜の語り場は、つき出しのつまみから違いを感じていた。
 どこにでもありそうなつまみの殆どが美味しい。この感触はありそうでなかなかない。
 目的は雲丹鍋なんだけど、他も同じくらいに堪能出来て全員が幸せだった(笑)。

 やや後輩の2人を除く出版チームの我々2人は合わせて100歳。ここのところ梯子酒は自然に消滅し、みな地下鉄でバラバラに解散。
 映画の新たな情報も得られた今宵もよい酒。

投稿者 yonezawa : 19:45 | トラックバック(0)

2015年 01月 11日

結婚披露宴

51D%2Bo1%2BnYEL._SY355_.jpg

 ヨドバシカメラへ。Rちゃん本人がすでにアタリのつけていたブリジストンの自転車を購入に向かった。
 事前に電話で欲しい配色の在庫を確認し、店頭販売してある現物を買ったのだが、そのまま乗って帰れないのだと言う。ペダルを組んだりそれなりの調整が必要なんだとか。そんなもの、ものの20分もあれば大丈夫だろうよとも思ったが、明日、同じ時間帯以降の引き取りという形に。だったら配送をお願いしようと伺ったところ、配送料を1000〜1500円程度?取るそうで、だったら引き取りに来る方を選んだ。
 ネットでは配送無料ではなかった?と記憶を辿るが思い出せず。

 どうしても今日、乗りたかったRちゃんは実に寂しそうな表情。2人で並んで帰宅(サイクリング)するはずだったのに、そのまま2人乗り自転車で帰途につくことに。Rちゃん、残念。

 小一時間Rちゃんと部屋遊びを経た後、高田馬場の結婚式場へ。
 本日、編プロ・スタッフYの結婚披露宴。入社して2年前後の彼女は、彼女よりもさらに若い男性と結ばれた。
 主賓のために集った友人の年齢は、そろそろ娘・息子の世代。
 優雅なチャペルと雰囲気のある披露宴会場での宴は粛々と進行し、つつがなく宴は終了。Yおめでとう。
 二次会に行くこともなくなる早で帰宅。風呂上がりのRちゃんが笑顔で突進してきた。
 Rちゃんから“同級生の両親は随分と若いのに、なんで家のおったん(父親)は50歳なの?”的質問が。同級生には、息子が大学生の者もおり、成人した娘のいる者もおり、すでに娘を嫁に嫁がせた者もおり、孫の居る者までいる。
 還暦になってもRちゃんは18歳。なかなか気合いと覚悟の必要な将来でもある。

投稿者 yonezawa : 19:27 | トラックバック(0)

2015年 01月 2日

「同窓会」

5eaab7f20fe95ca8fa559cfe2d2d0c86.jpg

 残念ながら九州で新春に行われるという「同窓会」の返事は出せなかった。大阪在住のKが「行く」と言うので相当悩まされたが、諸事情で断念。代わりにと言うわけではないが、東京在住で最も懇意な同級生YとJとの新年会を開催。Yが仕事(海外出張)の都合で、本日ということに。
 「50」の節目ということもあり、九州某地では相当な人数が集ったそうで、時折LINEで送られてくる写真を見て、改めて「無理すりゃよかったかなぁ」といった気持ちに振り戻された。
 しかしながらYとJとの3人会の奥深さは鉄板で、高校時代、彼らとの歴史があったことに幸運を感じ、感慨に浸るのだった。
 欲のある部分を34年間見たことのないYとJ。すごい漢たちだ。彼らが友でおいらは今日も幸せだ。
 今一番コスパ率高いとふんでいる居酒屋で芋焼酎2本がスコンと空き、ひとしきり九州料理を頂く。
 河岸を変え、バーの梯子で最後の1件、Yが脱落(笑)、帰途に。更に店を変えたとたん、ばったり出くわせた漫画家GAとその連れと、あたかも約束していたようになんの違和感もなく合流。
 完全に始発狙いのJはカウンターで即爆睡・鼾。
 壮絶に愉快な新春の一幕。

投稿者 yonezawa : 18:25 | トラックバック(0)

2014年 12月 21日

結婚式

IMG%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AB.jpg

 歌詞カードと祝儀などを確認して本日の準備を終えた頃、寝癖のついたままRちゃんが膝に乗っかってきた。
 Rちゃんは今日早朝からおいらが外出することを昨日聞かされていたので、早起きしてくれたのだった。
 かろうじて、まっさらのワイシャツをクローゼットに発見。早朝7時過ぎに試着。何時買ったのか覚えていないが、サイズもばっちり。
 昨日の豚汁を温めて、ご飯とウインナー朝飯に作ってもらったら、Rちゃんも一緒に食べにきた。何でも一緒。「何時に帰ってくるの?」とRちゃん。

 電車を乗り継ぎ、つくばエクスプレスに乗車。車内はそれなりに空いていて快適。
 今日は大事な友の結婚式。

 披露宴会場では軽くギターの音を出しで確認を終え、やがて結婚式のチャペルへ。
 目映く神々しい若い二人が交わした約束の証人の一人となる。

 披露宴会場へ。新郎新婦の高砂真ん前のテーブルに座ることになっていたが、そこは際だった錚々たるゲストの集う豪華なテーブルだった。テーブル中央にはゲストの方々のリリースされた縁のものなどが縦かけられており、書籍『masters of TAKESHI』や『kotoba』も同様に飾られてあった。

 贅沢で優雅な披露宴。粛々と進行。時間はどんどん押している感覚だが、来場のみなさん全員が楽しんでおられる様子がうかがい知れた。

 披露宴後半、僭越ながら友人代表としてのスピーチとギターの弾き語りをやらせて頂いたのだったが、やりおえた後、新郎の父親がハグしてこられ「米澤さん、ありがとう。ありがとう。これからも○をよろしく!」と言われたのが一番心に響いたのだった。こちらこそ感激でした。安堵の息をつく。
 せっかくの料理だったが食欲こそがあんまなかったことだけが心残り。ほとんど、Nちゃんに喰ってもらった。
 3日前の40度近い発熱はどこ吹く風。何度も何度も新郎新婦に労いの言葉をかけてもらえたのが良き思い出となった。

 若くて聡明で才能溢れるお二人よ、末永く幸せに!

投稿者 yonezawa : 14:36 | トラックバック(0)

2014年 12月 17日

少し遅れた誕生会in『中勢以』

10712890_10152931826438974_2280693966523544348_n.jpg

 有り難いことに、本日夕方、S書BOSS・K兄、Nちゃん、そしてゲストの江口寿史兄らの親父衆4人で少し遅れた誕生会をやって頂いた。
 場所は茗荷谷の熟成肉屋の名店『中勢以』
 100g5000円という高級部位(びっくりー)もある店だ。面子にも店にも超感激。なんたる贅沢。
 結果、男4人で1k250gを完食。熟成させると沢山喰える感覚があって、成人男性なら普通の量だと思う。

 梯子酒は西麻布。ドラマ『ブレイキング・バッド』などで超盛り上がる中、先ちゃんにこの機会にサインをもらおうと自宅まで徒歩10数分の往復でK兄がギターを持参。
 K兄&Nちゃんに頂いた高級ストラップが超感激で、こんなしなやかな皮のストラップはかつて使ったことがない。ストラップはフェンダー純正の最もオーソドックスな品以外は、一番安い黒のブツしか使っていない。このストラップは生涯使い倒す(酷使の)予定。
 K兄&Nちゃんに改めて大感謝。

 そのストラップには今夜の記念に全員のサインを入れて頂いた。

 そんな塩梅で盛り上がる最中、後半突然、超絶に恐ろしい寒気に包まれ、最後の一軒の梯子酒をなんと断り、タクシーへ飛び乗った。瞬間、体感的極寒度ピークでガタガタと震えがきた。きっと限界の体調だったのだと後に自覚。

 自宅前に到着し、タクシーを降りて部屋に入るまでに、この生涯、ここまでの寒気に襲われたことがなかったので本気で焦った。
 そのままの服の上にパーカーとジャージを重ね着して靴下も厚手のものにして、首にタオル巻いて、布団にジャケットを沢山かけて(通常は2枚しか使ってないので薄い)、引き出しにあった薬をとりあえず飲んで枕元に麦茶を置いて即寝。体感体温40度。最悪の体調。何が起こったのだ!?

投稿者 yonezawa : 14:34 | トラックバック(0)

2014年 12月 16日

MとK

10676238_10152918289988974_3462369061407514574_n.jpg

 ここのところ続けて(おいらにすれば)起床時間早し。
 メールなどのチェックをやっていたら、スマホの「メール」に異変が。
 Gmailと、自宅pcのメールを受けられるMailという2つのアイコンがあり、個々のツールとしてセパレートしているはずなのに、Mailを立ち上げると何故かGmailの画面になり、どちらからもGmailのみしか起動しないようになってる。全く意味の分からない現象だ。
 アップグレードした際にこうなったとしか思えないが、Mailはどこに行ってしまったのか。

 極寒の様子をニュースが伝えるので、マフラーと手袋まで装着し外へ。
 飲みは2年以上ぶりにはなろうレコード会社WMのMと、元WMのKBと3人ちゃんこ鍋。

 思えば、それまで不定期だった音楽記事の取材リズムを作るきっかけになったのがMらとの仕事だった。シリーズにナンバリングしてスタートさせた記事の最初は、確かカナダのリリックスという女性バンドだった。
 Mとも重要な仕事を沢山やってきたな。3人それぞれの労いの会となり、おいらはわざわざ用意してくれたプレゼントまで頂き大恐縮。梯子酒までみなさん、お疲れさまでした!

投稿者 yonezawa : 14:34 | トラックバック(0)

2014年 12月 14日

釜飯とイタリアン

10557315_10152922318263974_5102676067323462421_n.png

 昼食には、大型スーパーでも大変な人気商品。その、どこかの有名な釜飯を買ってくると昨日聞いてたのに、昼どきになるとすっかり忘れてしまった。
 普通に生姜焼き定食を作ってしまったので、釜飯は家族の夕飯になった。

 おいらは20時の到着を目指し新宿三丁目へ。H&Mへ立ち寄り、いつものワイン系レストランへ。
 奇特な3人の輩が齢50の誕生日を祝ってくれると言うのだが、面子の仕事の都合で日曜日しかないという。揃いにくい面子であることを理解し、滅多に了承しない本日、Rちゃんに詫びて踏ん張った。
 結果は恐縮するような楽しい宴となり、遠慮無しに語り合える連中との酒が好調にメーターを上げる。多忙なリーダーI、伊香保帰りで土産thanksで帰りは車で送ってくれたH、初のMに幸あれ。

1418613217901.jpg

投稿者 yonezawa : 14:33 | トラックバック(0)

2014年 12月 8日

溜池山王の創作居酒屋『まるく』

1794740_10152920400798974_3505610643845572647_n.jpg
 
 やっとこさ『ブレイキング・バッド』観終えた。長かったけど短かった。こんなにアメリカのドラマにはまるとは。こんなにクオリティが高いとは。
 情報をくださったBOSSに感謝。そしておいらから第三者へと伝染中。ここに登場する俳優の優れた演技にも、練り込まれた脚本同様に注目だ。

 夜、小林市からの客人が溜池山王の創作居酒屋『まるく』
http://tabelog.com/tokyo/A1308/A130802/13135860/
に集っているという情報を得、迷わず参戦。
 現地における師走のクリスマス・イルミネーション・イベントがなんとか最善の形で着地する旨を伺い、安堵の胸をなでおろした。

 幼稚園の途中から小学六年生まで過ごした場所が小林市だが、義務教育の学生時代に様々な地域を経験したことは一つの大きな宝となっており、SNS全盛の現代においては余計その経験が広い視野へと繋がってゆく。
 幼稚園から一緒だったSっこ以外の皆様は今夜初対面でありながら、実に朗らかで愉快な人間性のみなさんの魅力に、瞬時に惹き込まれた。大変贅沢な時間を過ごすことが叶った。
 Amazonへ1クリックで、昔のおいらのバンドのアルバムを購入してくださり感激。楽しい時間は瞬時に過ぎ去った。

 二次会はないのかなと思いながらもそれぞれをタクシーで見送ったが、残った若者チームがまだまだ飲めそうな意志を認識し、馴染みのワインバーへ梯子酒。
 すると「行くんだったら言ってよ!」と、先ほど分かれたSっこチームも改めて合流し(笑)、さらに濃い濃い爆笑二次会へ突入。赤ワイン美味し。

 一瞬で友になる出会いもある。

投稿者 yonezawa : 14:30 | トラックバック(0)

2014年 12月 6日

Rちゃんバースデー・イヴ

1617132_10152917845093974_5746143397698253151_o.jpg

 チェーン店の大衆居酒屋は迷いがちな似た名前の店が林立し、店舗も目の前のロケーションだったりするので、うろ覚えだと店舗を間違えるケースも充分にあり。
 今夜集った面子の一人も、間違ってはす向かいの別の名前の居酒屋に行ってしまったらしい。
 吉祥寺での地元忘年会にゲストを招き、なかなか大量にわしゃわしゃと九州料理を頂いた。
 梯子酒では狭いカウンターのワインバーで赤ワイン。
 最終的に、何故か話は8日後の衆議院選挙となり、話してみなければ分からない第三者の感性の一旦を知る機会を得た。つくづく議論は大事。明日はRちゃんの誕生日!

投稿者 yonezawa : 14:28 | トラックバック(0)

2014年 12月 3日

二次会に行くこともなく

14018_10152920032363974_6290888481877556196_n.jpg

 ホーム社謝恩会の学士会館で軽く晩飯。
 二次会に行くこともなく素直に寿司折り買って帰宅。Rちゃん、すでに寝ており残念。

投稿者 yonezawa : 14:27 | トラックバック(0)

2014年 08月 19日

A Hard Days Night

51E0E1A6PTL.jpg

 午後、燦々と照り付ける猛暑の中、芝公園から御成門に歩く途中の増上寺へ向かう。
 関係者の旨を告げ、映画『ルパン三世』シークレットイベントの立ち合いのため入場。
 控え室で40分ほど待機し、やがて戸外で行われるプロモーション・イベントが開催。
 集まったのはほとんどが女子で、ルパンを演じた俳優:小栗旬くんが放水して猛暑の気温を下げ、「猛暑を盗むルパン」といったパフォーマンスでファンを盛り上げるという主旨。

 入場者に配られた雨合羽を見て、即俯瞰の位置へと移動し、イベントを見守った。
 控え室で関係者へのご挨拶を済ませ、地下鉄で六本木へ。
 
 今夜は敬愛する“Hさんを囲む会”の日。
 20~26年前辺りの当時のヤンジャン・スタッフが大勢集った。
 Hさんを囲んで、各々当時のエピソードを語る時間が続く宴なのだが、その時間全てが愛おしく、懐かしく愉快で温かかった。
 20歳を過ぎても“青春”という瞬間がもしあるなら、間違いなくおいらの青春はヤンジャンだった。

 親父が亡くなる1日前、機上の人となったおいらに届いていた母からのメール、そして親父の葬儀の顛末を後にまとめたブログをプリントアウトし、葬儀以来Hさんと呑む機会を得たある日、彼にその紙を手渡したのだった。
 文章は、言葉で説明するよりも伝わる場合がある。ヤンジャン編集者となって以来、葬儀で人生最長の休暇を頂いた経緯もあり、その事情を端的にお伝えしたかったから。かつ、文章の方が的確に短時間でお知らせ出来ると考えたから。

 食事を終え、二軒目の馴染みのBarでその文面を読んでくださったHさんは、ふいにほろりと涙を流された。思いがけないその涙がおいらは忘れられず、今夜そのエピソードを初めてみなさんの前で披露させて頂いた。

 Hさんは大人でインテリで温かくて格好いい。誰しもがHさんになんらかの憧れの視線を持っていることは知っているし、世代を超えて誰しもが一目置いている様が今夜も伝わる夜だった。
 さらに宴の中盤、おいらはFさん&Mの3人で弾き語り「A Hard Days Night」をゲリラ披露。
 この曲は、実は事前にスタジオを1時間借りてちゃんと練習していた。Fさん&Mの真摯な歌に、感謝の気持ちと安堵の気持ちの入り乱れる歓びを感じていた。大いなる喝采を浴び、大いなる恐縮。そして最高の会───

 二次会はなんとなく残った面子で近場のbarへ。まだまだ話は終わらない。
 自他共に認めざるをえないヤンジャン時代からの自らのキャラをふまえ、「自分らしく」と開き直り、数名を引率しながら「やはり最後は行くべきだろうよ」と、ど深夜の「かおたんラーメン」で締めた。各々「これが太るんだよなぁ」とうめきながら。うん! 男らしい(何が?)

投稿者 yonezawa : 19:43 | トラックバック(0)

2014年 07月 27日

納涼盆踊り大会

51muYAQPH7L.jpg

 蒸し暑さの続く昨今。
 その気候にありながらも、土砂降りの雨が来るのか来ないのかまるで読めない天気。

 夕方、吉祥寺で行われる納涼盆踊り大会へ行くことは、HメンバーのLINEで昨日から話していたのだが、始まる2時間前まででもはっきりしない。「中止ではなく、やります!」確認の連絡を1時間前に受け取り、「よっしゃ」と家族で現地入り。

 こんな祭りが毎年あったのかと初めて知った。
 商店街のアットホームなお祭りの様相で、現地に到着次第、地元若者の飲みダチにいきなりウインナーやら飲み物を贈呈され恐縮した。
 炭坑節は高校時代習った覚えがあり、壇上のみなさんの踊りにあわせてみると、振りは全部覚えていた(笑)。
 しばし祭りの空気を味わいながら現地で遭遇した若い仲間と歓談。もはやどこに行ってもここ界隈では年長のケース多し。吉祥寺の若者の友が増えた近年を実感するのだった。 

投稿者 yonezawa : 15:04 | トラックバック(0)

2014年 07月 26日

A&N 結婚披露宴

51KkGDGl3BL.jpg

 午前中、朝食はおにぎりとウインナーとあおさの味噌汁で簡単に済ませ、各々身支度開始。
 思えばかれこれ30年近い付き合いとなるAと、そのパートナーNちゃんの結婚披露宴パーティ会場の神楽坂へ向かう。途中、空のご祝儀袋に銀行で下ろしたばかりのお金を入れながら(笑)。

 恐ろしいほどの糞蒸し暑さの中、とてもスーツなどでは移動できないと判断し、Tシャツ姿で現地入り。家族もそれに近い。フィッティング室で襟付きのシャツに着替え、定刻通り目映い披露宴が始まった。
 極めて真っ当で朗らかな披露宴が自然で心地よかった。彼らの友人である初対面の方々にしろ、身内の皆様にしろ、嬉しい出会いであり、シャレの通じ具合も快適だったことは新郎新婦の人間性がさらに理解出来た瞬間でもあった。「米澤さんですね? 何十年も前からお名前だけは存じ上げておりました」と何人に言われたか。

 「披露宴の途中、エスコートをお願い出来ますか?」というAからのお願いが事前にメールであったので、勿論快諾し、その際が来たら新婦の手をとり、退場するものとばかり思っていた。ところが、新婦が着物からドレスに着替える際には彼女の姉妹がその役を担っておられたので、「衣装替えはもう一度あるのかも」と考えていたところ、やにわに新郎の衣装替えの際に名前を呼ばれ、「はめられた!」と気づき、新郎と腕を組んで会場の笑顔に包まれながら退場する───という演出を協力する形に。笑いました。
 
 つつがなく終了した式を終え、新郎新婦とタクシーで二次会の場へ。
 乾杯の挨拶の後、初っぱなの演奏だったので、セッティングを終えたままの状態でスムーズに演奏に入ることが出来た。予定していた2曲を祝辞と共に贈呈。勿論、新郎新婦を想定し、選曲した2曲だった。昨日の練習が生きた、特にコーラス・アンサンブルの心地よいラウドな演奏として着地出来てメンバー全員、気持ち良い笑顔に包まれる。
 やがて二次会もお開きとなり、参加者面々へのご挨拶を終え、Kと軽い三次会へ行き電車で帰途に。
 駅のホームにいる頃、ふいにIから「呑んでます。来ませんか?」連絡が入り、またしても、今週何度も行ったHへ向かうこととなり、深夜2時までの痛飲。さすがに眠し。 

投稿者 yonezawa : 15:03 | トラックバック(0)

2014年 07月 21日

鎌倉2DAYS

21Y5F90TV8L.jpg

 夕べはホテルに戻りがてらハイボールを2缶買って、呑み干してから就寝。
 ホテルで朝食をとり、鎌倉散策へ。
 
 参道の観光街でおふくろにお土産を買いつつ、鶴岡八幡宮では一連の蓮を観た。
 蓮の前で、ぶっきらぼうな表情のRちゃんを特写。写真の際は全然笑ってくれない(笑)。
 鯉の餌は鳩も亀も食べるとのことで、50円の袋を買ってRちゃんに餌付けさせると、おいらがトイレに行った際、人間を怖がらない鳩がRちゃんの肩に飛び乗ってきたそうだ。
 帰ってきたら「もう1回あげたい」というので、神社のお参りの後にもう1袋購入し、再びRちゃんの餌付け。どんくさい亀は鳩にも鯉にも目の前の餌を横取りされていた。

 観光街のメインストリートもそれほどの馬鹿混みではなかったし、昼食に回転寿司を頂く際にも、昼食時なのに2組ほどしか待ってる客がいなく大変ラッキーだった。

 書店でSと待ち合わせ、家族で海岸へ。みなさん大はしゃぎ。海に入るつもりはなかったが、浮き輪もないのでやはり危ないと判断し、海パンに着替えTシャツのまま子供たちと共に海へ。S家の子供達、活発で元気で太陽のよう。
 ところが小一時間もしないうちに、エビ、カニ、ヤドカリなど甲殻類の「チンクイ」とか言われる幼生がRちゃんとSちゃんの腕を這い、痛さを伴い、赤いミミズ腫れになってしまった。
 その時点でRちゃんのテンションが落ち、水で洗って遊具広場での遊びに変更。

 片付けして準備し、S宅へおじゃまさせて頂いた。
 美味しい美味しいご馳走に、子供達による大きな特性手作りピザを2個(激美味)も頂き、スイカと珈琲までのフルコール。何から何までS家にはお世話なりっぱなし。大感謝の鎌倉の2日間が瞬時に過ぎ去った。ありがとうございました。

 帰途の道路は空いており、2時間かからずに帰宅出来た。23時頃から原稿にかかるが、さすがに深夜1時には椅子の上でオチてしまった。

投稿者 yonezawa : 15:01 | トラックバック(0)

2014年 07月 20日

クーラー15万円と鎌倉

PS15%20cover.jpg

 外出の準備をしながらRちゃんと昼食を頂く。また餃子(笑)。Rちゃんはペロリと8個平らげた。
 今日は午後から鎌倉に出発する日。
 クーラーの壊れた車の修理が今日昼頃までに間に合わなければ電車で……と決めていたが、ディーラーに電話したところ「16時にはお渡し出来ます」との返事。それではちょっと微妙に遅すぎなので相談したところ、「急がせます。14時過ぎには準備します」となった。

 荷物を抱え、家族で車を受け取りにゆき、修理費の15万円弱の大枚を支払って一路鎌倉へ。

 大船のホテルにチェックインし電車で鎌倉へ。S家と合流しつつ、時間も時間だったのでとりあえず夕飯の場をお好み焼き屋さんへ決め、親睦会開始。大汗かきながら食べたお好み焼き他が、とても美味しい。上手に焼けました。
 元気な子供達の笑顔が心を芯まで温めてくれた。みなさん、明日もよろしくどうぞ!

投稿者 yonezawa : 14:56 | トラックバック(0)

2014年 07月 13日

bambiのBBQ

1507972_487879437995830_1721610195_n.jpg

 午前9時から稼働。Rちゃんが宿題をやる間、唐揚げ、おにぎり3合少々分を仕込み、昨日作っていた(予め殻を剥いた)ゆで卵、保冷剤、氷、食材、ウェットティッシュ、おしぼりなどをクーラーボックスに詰め込む。これが相当な重量となった。これにRちゃんの遊具のボールとか敷物とかも抱え、自転車の前後にどかんと積んで近場の大型公園へ。

GOPR0420.jpg

 現地に着くとすでに、業者に10人前頼んだBBQセットのテーブルと椅子が並べられており、なんだか雰囲気があって嬉しい。
 とても家の近所の公園には思えない絵面で、遠くに遊びに来た感バリバリ。
 Rちゃんは久々に再会したMちゃんと女の子同士2人で様々な遊びに興じる。大人も混じって。

GOPR0426%20%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%BC.JPG

 大先生持参の2本のヤマハ・オールド・アコギはなかなかナイスな物件で、響きもブライトで素晴らしい。早速、出来たばかりだというオリジナルを2曲弾きながら感触を確認してみた。

GOPR0418.jpg

 野外の仲間とのBBQは何故こうも美味いのか。食べて呑んで食べて呑んで、弾いて呑んでまた食べて……。

 二次会は我が家に大丈夫な面々を呼び込み、宴の続き。ピアノsessionまで賑やかな時間が過ぎた。こうした愉快な時間は真夏に一度は設けたし。なんだかんだで、ふいの客人を迎え入れ、23時頃まで11時間呑んでしまった。

投稿者 yonezawa : 12:43 | トラックバック(0)

2014年 03月 13日

おめでとう

b_20121300.jpg

 映画『ブルー・ジャスミン』は尺的にも長くない端的にまとまった作品となっており、監督・脚本ウディ・アレンの小気味よさ、上手さを感じさせる佳作だ。
 主演のケイト・ブランシェットは本年度アカデミー賞の主演女優賞を獲得。ウディ・アレンの才能の枯渇は未だに感じられず。

 披露宴は確か一昨年だったか。最高学府のYとその美しい嫁ちゃんNと、彼らとの最初の出会いのきっかけを作ってくれたKちゃん4人の面子で久々の飯。
 乾杯でノンアルコールだった2人。Yは車だと言うので分かるが、Nもノンアルコール? と思ってたところ、なんと今3ヶ月の身重だという嬉しい知らせ。なんだそうなのか! だったら今日はお祝いでないか。それはそれはおめでたい! っと一気に祝いの空気となり、異業種の面々で祝福しながら近況を語り合った。よかったね、特にNちゃん。

 ゴールデン街TのNちゃんとこで一杯だけ頂き、帰途に。

投稿者 yonezawa : 02:27 | トラックバック(0)

2014年 03月 10日

対談とレコーディング

1557442_465871550205545_1635772393_n.jpg

 山の上ホテルへロケハンに。
 同じ場所で取材を受けていたYさんがすでに取材を終え、待ち合わせの時間30分前に別館ロビーへいらっしゃった。やがてHさん到着。
 今夜はYさんとHさんの対談の日。この日が実に待ち遠しかった。

 ロビーで迅速にスチール撮影を終え、対談は会食の中で行うことに。おいらにすれば10数年ぶりかの山の上てんぷらへ。
 およそ3時間弱の対談はあらゆる方向へと話が飛び、誌面に使う使わないは置いといて、ワイドショーネタにしろ全部が興味深い内容ばかり。
 2人の才人を前に、仕事と言えども異常に贅沢で嬉しい時間を共有出来た。今日もラッキー。
 取材後、お二方をお見送りし、雑務のため編プロへ徒歩移動。

 その後23時着で、目黒区のスタジオへ。
 今夜もスーパー・ミュージシャンKのレコーディングに立ち会った。
 レコーディングはスムーズに進行しながらも、その場で出たアイディアを音に昇華させるべく試行錯誤がなされ、録りは深夜2時近くまで及んだ。
 作品群は、どっしりとした新たな息吹を感じさせる音となる。世界でただ一つの創作がコツコツ構築されつつある。今回も手応え充分の夜更け。

投稿者 yonezawa : 03:16 | トラックバック(0)

2014年 03月 7日

吉祥寺のイタリアンバー

5141kAKAIiL.jpg

 昼前の帰宅になってしまい、一つの大きな約束を見失っていた。大反省。
 
 2時間30分の睡眠後、支度をして入稿のタイミングを見て事務所へ。
 バッチリの頃合いに届いた原稿をなる早で関連各所へ回し、いくつかの問題を結果的になんとか切り抜け責了に。

 夜は、漫画家TさんにG誌Fちゃんを紹介する日。予約していた吉祥寺のイタリアンバーに現地集合。
 そもそも深い仕事の話はする日ではない約束なので、徹底的に漫画、映画、音楽のときめく話で盛り上がった。集った面々の世代はバラバラだが、誰しも精神年齢はある意味18歳とか20歳で止まったままなんだと言うことと、「現代に大人はいませんね」という意見に全員が納得した。
 そのまま二次会三次会は勝手に吉祥寺を徘徊する展開となり、「闇太郎」を覗いたところ、先ちゃん、Gっちゃん、テンちゃん、ズミー、さやからの有名漫画家がズラリ。恐るべし。
 当然合流しての痛飲。今に知った、今に始まったことじゃないけれど、こうしたタイミングがふいに来ると壮観過ぎる。ゲストのKと、後から合流してくださった先ちゃんらと「ひで」のミートソースで〆。

投稿者 yonezawa : 03:14 | トラックバック(0)

2014年 03月 1日

完全デスメタルな披露宴

51zROnhJXoL.jpg

 早朝起床し、吉祥寺までRちゃんデート。
 一目散にデパート内にある目的のゲーム機のスペースへ走り、3人待ちの中ゲームを2〜3回。
 商店街を歩き、知り合いAのバイトする店でジュース休憩。テーブルに前後ろで座ろうとしたところ、Rちゃんが隣にきてと言うのでそのように。最初おいらと気付かなかったAは、ラブラブのカップルが居ると思ったそう。
 コンビニで買い物をして帰宅。即リップスティックで1時間少々遊ぶRちゃん。

 夕方、霧雨の中、新宿御苑で行われるI家披露宴パーティへ。
 会場は新郎新婦の体を成す完全デスメタルな空間となり、全部のオードブルは新郎のSちゃんが作ったと聞き、感心した。改めてしんちゃん&ちゃん森、おめでとう!

 2時間少々の会を楽しみ、KとTと3人で三次会には鮨(T)、四次会(A)、五次会 (C)六次会(S)に立ち寄り、Hに誕生日おめでとうと言うために顔だけ見て、どアホ状態の怒濤のドリングタイムが続く。
 気がつけばソウルBarで木村大のアルバム『HERO』を聴いていた。

投稿者 yonezawa : 00:55 | トラックバック(0)

2014年 02月 21日

ささやかな打ち上げ

41V05RCAQ3L.jpg

 神保町から徒歩圏にある、馴染みで激美味の串揚げ屋『文』へ。昨年12月で2年の連載に一区切りついたkotoba獏さん企画のスタッフチームによる、ささやかな打ち上げを開催。
 まずは段取ってくれたなべちゃんに感謝。いつも優れた写真を納品してくれるスーパーフォトグラファー尾形正茂&アシスタントAちゃんに感謝。
 
 夕べの赤ワインはまだたっぷり体内に残った感覚ではありながら、芋焼酎を飲むうちに即宵の口となり、愉快な宴の空気に身を任した。
 最高の面子に最高の酒。全てにもう一度感謝。

投稿者 yonezawa : 14:49 | トラックバック(0)

2014年 02月 20日

愉快な宴

41kqiPrmylL.jpg

 なんとなく通勤の際などラジオを聴く習慣になりつつある昨今。
 音楽を聴きながら街を歩くことは滅多にないが、ラジオは今でこそ最たる最新情報収集ツールかと感じる。
 
 Jボスと編集Hとの久しぶりの親睦会。途中合流のゲストKも加わり、やたらと愉快な宴開催、西麻布。
 

投稿者 yonezawa : 14:49 | トラックバック(0)

2014年 02月 17日

〜11時

41-Eu3qh6XL.jpg

 表参道、西麻布、新宿三丁目、10時。

投稿者 yonezawa : 17:32 | トラックバック(0)

2014年 02月 1日

あまおう×2

1486917_10152139175344560_610494675_n.jpg

 夕方3時過ぎまでみっちりRちゃんにつきあい、ベイビーテイラーと、土産の芋焼酎&クッキーを抱え、夕飯にお誘い頂いたギタリストYご両親宅へと出発。

 先方最寄り駅のスーパーで女性チームへ「あまおう×2」やら「プリン」やら「おかき」やら「ジュース」などを追加購入し、某宅を訪れた。
 Yのご両親は丁度おいらと同じ世代でYのお袋さんはまさに同年。
 スパークリング・ワインを頂きながら豪華な手料理を頂く。
 昨年、ライヴハウス会場で初めてお会いした際、ご挨拶程度しか交わしてなかったお二人は想像したまま温かい朗らかな人格者で、Yの優しい人間性の理由を即理解した。
 ギターの友の自宅に招かれたらご両親が同じ年代……という、ある意味特殊な気持ちに包まれるものの、世代を超えてこうしたパターンにもなることがもう当たり前の年代でもあるのだろうと認識している。
 気がつけば仰天の7時間が経過。呑むと時間の感覚を完全に失うおいら。恐縮しながら終わらない呑み会に後ろ髪を引かれながらおいとま。関東・九州と微妙な違いはあるものの、世代が同じなので見てきたものに共通言語を豊富に見いだせることが酒席を盛り上げた。
 Yと2人、即興アコギでYオリジナルをインストでご家族にご披露。いきなりにしては、まずまずの出来だったか。
 最寄り駅からの立地条件完璧な場所で、幹線道路も目の前。タクシーはすぐにつかまり、帰途に。ご家族全員に心より感謝。

投稿者 yonezawa : 12:01 | トラックバック(0)

2014年 01月 23日

第四編集部新年会

taitei.4.jpg

 吉祥寺駅に着いた頃、丁度都知事選のますぞえ要一の街頭演説が始まるタイミングだったので、全編を拝聴。今回の都知事選の投票はすごく難しい。

 午後6時からの集英社第四編集部新年会には30分遅れて参戦。
 毎年漫画家諸氏、漫画編集部の編集者が大勢集う大パーティ。ホスト側からゲスト側に移って2回目。
 午後9時からの二次会はグランドジャンプのシマに合流。大胆な海鮮料理などをつまむ。
 23時からの三次会は恒例の池林房。
 例年通り不特定多数のゲストがわんさか。ここでしかお会いしない方々も多数ながらいつものまま大変な賑わい。
 今年はふいに参戦を募った全員が集結してくれ、ものすごい美女率の高さ。
 R兄、Fちゃん、K子、I美、H美、Y、朝までお疲れさま。初参戦の有名番組プロデューサーSちゃんもお疲れさまでした。……就寝10時。

投稿者 yonezawa : 02:24 | トラックバック(0)

2013年 12月 26日

プロ釣り師K

413FE461KFL.jpg

 サンタさんから届いた「ジュエルペット ジュエルポッドダイアモンドプレミアム ピンク」を見せてもらえた。写真も撮れるそうで、見た目は完全にスマホ。限られた(登録した?)人とは通信も出来るとか。
 夕方、人気俳優Sさん事務所で深い深い打ち合わせ。
 事務所に戻り、まだ入稿やってるし。

 夜、久方ぶりのプロ釣り師Kとギター弾きKに、帰省直前のHが参戦で4人生姜鍋呑み。
 釣り師Kの充実した仕事ぶりの報告を受け、とても良い気分に。
 思えば釣り師Kとはもう24〜25年の付き合いになるのか。最もギター弾きKとは37年にもなるのだが。抱腹絶倒の夜がたまらなかった。

投稿者 yonezawa : 19:53 | トラックバック(0)

2013年 12月 22日

おでん他

817H-GaeKcL._AA1378_.jpg

「bambi忘年会はあきる野市の温泉で」と、幹事からの通達で相当前から決まっていたが、メンバーがしっかりしているせいで前々日までまともに考えていなかった。
 仕込んで持って行く食材などは前日に確認して準備万端。

 当日の今日、衣類もあわせてものすごい荷物の量になったのを見たRちゃんが「たったいっぱくなのに……」と真っ当な反応。
 荷造りを終え、車まで3往復で荷物を詰め込んだ。おったん大変。
 14時30分を回った頃、道中、給油時間を挟みつつ出発。そして17時前後着。
 目的の地「瀬音の湯」は以前、水汲みの後、休憩と昼食で立ち寄ったことのある場所だと思い出した。
 早速温泉に浸かった後、bambiチームの部屋へ集合。
 おでん他、それぞれが作り持参した肴で思い思いの酒を汲み、2013年度bambi忘年会が開催。

 なんらいつもの吉祥寺の夜と変わらない愉快な酒なのだが、はだけた大先生の衣装がいつもと違う場所と空気を認識させてくれた。
 このバンドも決してキャリアの短いバンドではなくなった。絆で繋がったままのメンバー。大先生はすでに400何曲目かになる、恐ろしい難易度の高いオリジナルを思いついておられた様子。
 大先生の居酒屋料理も美味で、舐められん!

投稿者 yonezawa : 18:00 | トラックバック(0)

2013年 12月 20日

それぞれ7割ほど

718XvopqKTL._AA1400_.jpg

 吉祥寺のHで知り合ったKとは「そのうち呑もう呑もう」と話していたが、1月前にようやく本日の日程が決定。待ちに待った一献は今日も新宿。
 諸事情あって酒は酒屋で購入し、日本酒と芋焼酎の4合瓶を2本初の持ち込み。
 鮮魚を肴に、それをそれぞれ7割ほど呑んだ(笑)。
 温かい仲間に守られ、苦難を経験し、真摯に生きる者がどのように輝くのかを食事の間、目の当たりにしつつ、妙にグビグビ入る初モノの芋焼酎に舌鼓。K、最高の夜をありがとう!

投稿者 yonezawa : 17:59 | トラックバック(0)

2013年 12月 19日

現役世代の我々よりもスピードの速いトーク

519zfRjNA5L._SL500_AA300_.jpg

 元ニッポン放送代表の亀渕兄を囲んで、イースト吉田兄、なべちゃん、亀渕さんのお誘いくださった元S社Tさん、Yの面子。
 少し前に偶然、飛び込んで刺身も鍋も美味かった居酒屋に場を決めた。
 その世界でトップを極めた人、あるいはトップの人間と仕事をする人たちとの酒が面白くないわけがない。
 むしろ現役世代の我々よりもスピードの速いトークで、まるでラジオの生中継を聴いているような錯覚に陥る。応戦するおいらも歓びに満ちながら本気で返した。真剣を抜く瞬間と言える。延々このまま終わらない酒であったらいいのに……と時間経過と共に名残惜しい。そして芋焼酎の夜がどんどん更けるのだった。皆様、ありがとうございました。

投稿者 yonezawa : 17:58 | トラックバック(0)

2013年 12月 11日

OOY忘年会

mmi_otomo_04.jpg

 気がつけば待ち合わせ時間の18分前。慌てて地下鉄へ駆け込んだ。
 通常30分は見るべき場所にジャスト18分で到着したのは、乗り合わせのタイムラグがほとんどなかったから。1本前の都営線は人身事故で随分遅れたそうなのにラッキーだった。最寄り駅に着いたらそこから大勢の通行人をごぼう抜き。

 OOY会待ち合わせの新宿『鳥源』の店の前に着いたとたん、後ろからOさんの声が。
 まさにジャストで2名が到着。30分ほど遅れて新橋方面から合流されたもう1人のOさん到着。
 最も早い時期、能動的に決めたオフィシャル(?)で重要な忘年会を兼ねたOOY会開催。
 コース料理をお願いし、水炊きから雑炊までお腹ぱんぱんのメニューを食した。
 この店には芋焼酎はなく米焼酎。しかも41度と高濃度の焼酎だ。ここに来た時に限り、米焼酎を頂くのだが、これがまた鍋にも合って美味い。鹿児島県日置市産の物件。

4905991164051.jpg

 仕事関連の話からプライベート、そして政治の話からゴシップな話題まで、OOさんとの席はためになる場でもあり、情報収集の場でもあり。おいらはどんな話も彼らには包み隠さず話せてしまうという不思議な感覚に毎度包まれる。とても15歳も年上世代の方々とは思えない距離感を勝手に感じてしまっている。お二人とも髪の毛が白髪になった程度で、現役時代となんら印象は変わらない。白髪はこちらもそこそこ負けてないし(笑)。

 前回のOOY会時よりも、ちょっと酒量が多いような気をさせてくださったお二方。一緒に呑む仲間が沢山呑む様というのは、飲んべえにとって嬉しいものであり、今夜はほのかにこみ上げる嬉しさを感じていた。
 丁度よき塩梅で一次会はお開きとなり、お二人をお見送りした後、おいらも大人しく帰途に。OOさん、(まだ半月残っていますが)今年もありがとうございました!

 書かねばならないレビューの音源を、寝る前にもう一度拝聴しておくとするか。

投稿者 yonezawa : 17:53 | トラックバック(0)

2013年 12月 9日

手塚赤塚賞パーティ

1069232_497200083696989_1337818126_n.jpg

 ややブログを書く気持ちにならない程、押し迫る原稿のタイムリミットがありながらも一言。
 この2〜3年、師走恒例行事となる手塚赤塚賞パーティ出席のため、帝国ホテルへ。
 集英社第四編集部パーティ時よりも知り合いは格段に少ないので、歓談の狭間、それなりに立食で胃袋を満たす。
 元ボスで現関連会社社長のYさんと映画談義で最もこの場の時間を割き幸せ。
 Yさんにはご挨拶したい方々が列を成しており、話を伺いながらも皆様方の方が気になり冷や汗。長きに渡る映画通・映画マニアな氏のマインドには今日も脱帽だった。赤ワインはたった3杯。
 関係者各位への一通りのご挨拶を終え、翻って会場を後に帰途に。

 あー、知らずに前半の閲覧欠けてしまった、無念。B級ニュースを芸人たちが殿にプレゼンする『ビートたけしのTVタックル 特別編』秀逸。そして、司会:東野幸治。メイン・コメンテーターに松本人志とゲストを迎え、芸能 ニュースや時事問題など、さまざまな話題や人物を取り上げていくワイドショー『ワイドナショー』に魅入る。

 深夜から徹夜での原稿執筆に燃えた。

投稿者 yonezawa : 11:13 | トラックバック(0)

2013年 12月 5日

学資会館と吉祥寺

281666_10151292714347488_299159865_n.jpg

 夕方、学資会館、ホーム社忘年会へ。
 諸先輩方へのご挨拶&歓談。集英社で漫画編集者になりたての頃の先輩方がすでに還暦を迎えられた方々も少なくなく、今年も感慨深い気持ちになる。年々その感慨は強くなる気がしている。己が年を取るハズだ……と考えながらも。

 パーティを中座し、入稿のため帰社。
 雑務を終えた後Sと待ち合わせ、今夜は吉祥寺飲み。
 ハーモニカ横町で飛び込んだ居酒屋はなかなかコストパフォーマンスの高き物件。もっと愛想と間がよかったら評価は◎だったのに。
 二軒目はいつもの『ひで』に。
 いつも常連といつもの世が更けた。Sとこの時期に飲めて幸運だ。感謝。

投稿者 yonezawa : 00:59 | トラックバック(0)

2013年 10月 25日

総合結婚式場『アズグレイス』

91F-hdh8LZL._AA1500_.jpg

 本格的な台風の直撃は免れたが外はあいにくの雨。西武新宿線を経由し、新狭山駅へ。
 駅に迎えに来てくれた知人&甥の車に搭乗し、総合結婚式場『アズグレイス』へ。
 平日ながら、本日は姪の結婚式の日であり彼女の誕生日でもあり。

 控え室で母と再会を果たし、プチ休憩後、親戚一同の集った双方自己紹介の場へ。そして式会場へ。神父さんの前で新郎新婦の誓い合う姿は、昨年の沖縄を思い出していた。
 そして披露宴会場へ。式では乾杯のご挨拶を仰せつかうことに。
 段取りよく進行する式を自分なりに受け止めながら、隣で海老フライをほおばる娘を眺めていた。
 出来うる限り贈呈用の写真を撮り尽くし、滞りなく式は終了。
 雨の中、身内の車で某駅前まで送ってもらい、二次会は甥と2人で乾杯。ここまでゆったりと話せたのは数年ぶり。いい酒だった。終電前に電車で帰宅。 
 考えたら、おいらのその記念日も己の誕生日なのだった。

投稿者 yonezawa : 00:03 | トラックバック(0)

2013年 10月 5日

I家に感謝

51N620KK7YL.jpg

 まさに今日の日を心待ちにしていた。
 Rちゃんと朝昼の食事を済ませ、夕方家族で吉祥寺へ。JRを乗り継ぎ、音楽一家なI家宅を初訪問。
 閑静な住宅街は初めてなのになぜか懐かしい感じ。
 ライヴ会場以来のご家族の皆様との再会を歓び、即座にセッションルームへ直行。なかなかのギター機種2機は、お世辞でなく弾き易さもあって感度良好。良質物件であることがうかがい知れた。

 T奥様の手料理全部Rちゃんの大好物だったこともあってか、場がなごやんだ。Mちゃんに感謝。
 “理想の家族”と映るI家の目映い光景を見て、我が家庭も見習うところ多しと感じ入った。
 土産のシャンパンと赤ワインがなくなった後、わざわざ用意してくださった麦焼酎を頂きながら、Rちゃんのピアノ曲もみんなで鑑賞。
 緊張のピークに達してしまったか、Rちゃん演奏がきちんと終わった後にちょっと泣いちゃったけれど、きっと本番のよきリハーサルになったことであろう。そしてTJr.は早々と大学合格おめでとう。T家には今日も心より感謝!

投稿者 yonezawa : 15:30 | トラックバック(0)

2013年 08月 31日

公園BBQ開催

1185315_698492063498381_74727528_n.jpg

 8時前には起床。Rちゃんに本人の希望するヤクルトとちくわと、間を開けて牛乳など与え、おいらもその程度の朝食。
 西友に買い出しにゆき、ゆで卵を10個茹で、剥き、ゴマ昆布と梅干しのおにぎりを10個作成。ところてんとちくわ、Rちゃんの煎餅などを鞄に詰め、保冷剤をクーラーボックスに入れ、飲料水を数本。これに一眼レフカメラとデジカム、そして折りたたみ椅子3つと敷物を抱えたら自転車にしては相当な荷物になった。
 前後の籠に収まらない状態ながら、無理くりブン乗せ、一路、徒歩圏の大公園へ。
 
 初の面子で公園BBQ開催。
 1ヶ月以上前から計画していた、子供にすれば最後の夏休みの一題イベントなひとときは大人も楽しめるBBQとなった。
 初対面の面々もいながら、複数の家族と子供達の集う親睦会。炎天下の猛暑といってよい日の中、木陰を狙ってテーブルや椅子をセッティングするが、正午になって日の角度が変わるので、その都度ワラワラ、プチ移動しながらのBBQ。焼き場は基本的においらが担い、業者に頼んだ味付き肉類をジュージューと炭火にくべた。
 戸外での飯は何故にああも美味いのか。戸外の仲間との酒は何故にああも充実するのか。
 メンバー中、本格的に呑む輩はおいらとデザイナーFだけながら、実に心地よい時間だけが流れた。
 Rちゃんも大勢のお友達と色々な遊びで一安心。緊張感もありながら、今日の環境及び経験も身になることだろう。

 火を使えるのが午後3時30分までなので、時間いっぱいまで肉を焼き、タイムリミットになる前に速攻で撤収。面倒でない面子がいないこともBBQの必須条件か。みなさん素晴らしい動き。
「また是非こうした機会を持ちたいものですな」という気持ちを込め、集合写真をデジカメに収め、一旦解散。
 Mちゃんとの再会を喜んだRちゃんは、まだ遊具で遊ぶと言い、デザイナーF共々父親2人が女子2名に付き合う形で、小一時間のサポートに必死。
 もうよかろうと言う頃に、やっとこさ解散で帰途につけた。
 夕飯前に宵の口。これほどの贅沢なコンディションがあろうか。

投稿者 yonezawa : 21:02 | トラックバック(0)

2013年 08月 29日

ボウモアウイスキーのダブル・ストレート

41TPf6uYo1L.jpg

 編プロ・スタッフの某氏送別会名目で、近場のイタリアンにオールスタッフ終結。
 主役の送別会の主は諸事情あって参加ならなかったので、何の集まりか分からなくなっていたが、滅多に一同に集うことがないスタッフとの親睦会は嫌いではない。

 淡々と出されるコース料理をブロイラーのような気持ちで胃袋に収め、一次会修了。
 駅方向に歩いていた中堅スタッフと「もう一杯いくべ」と意見がまとまり、駅前のbarに飛び込んだ。スコッチのボウモアウイスキーのダブル・ストレートを3~4杯流し込んだ。彼とのサシは初。
 
 酔いが回った自覚はさしてなかったが、帰宅して気がついたら布団に倒れこんでいた。

投稿者 yonezawa : 21:01 | トラックバック(0)

2013年 08月 24日

LotusRecord用の新曲

51XXjjrol%2BL._SL500_AA300_.jpg

 休日に携帯を触るタイミングは平日の比にあらず、ほとんど手に取らないまま一日が過ぎることも多々。
 夕方、ふと点滅している携帯を見たらばbambiファミリーが近場で飲んでいるとのこと。で、我が家に来てもいい? メールが。こうしたふいに我が家を襲撃されるのが十代の頃から嫌いではなく、こうした状態にある者の喜びを、かつて所ジョージが同様に語っていて、思わず頷き同感したものだった。
「連絡も無しに急に友達が家にやってくるって、嬉しくない?」おおむねこのような発言だった。
 これが家庭を持つと、そう簡単にはそのようにならない。部屋など散らかっていも構わないのに、誰しも(日常以上の)掃除を始めてしまうもの。普段散らかっているならそのままで何が悪いのか。大概、無粋な男たちはそう考えるが、女子の思考は誰しもそうとはいかない。

 ともあれ受け入れの臨戦体勢をとり、おいらは喜びに近いテンションで冷蔵庫の中の在り合わせで調理開始。
 料理は大好き。なんだって、炒めるか、焼くか、ボイルするか、煮込むことで料理になるもの。そこに適度な塩加減さえ加えれば誰にだってやれるもの。出汁もセンスも必要だけれど(笑)。“料理が出来ない”という認識の者は同じメニューを3回作れば4回目からは適度の名人になれる。家庭料理とはそういうものだ。たまにはおふくろの豚味噌和えが喰いたいものだ。
 
 5時間に亘る宴の最中、LotusRecord用に大先生がかいた曲がほぼ完成していた。Rちゃんも家族+大人5人の中、臆することもなく淡々と自分のフィールドを彼らに啓蒙、展開していた。ご飯も沢山食べてくれておったん嬉しい。
 LotusRecord用の新曲、大先生鍵盤で参加の予定です。T&T、よろしくどうぞ。 

投稿者 yonezawa : 13:47 | トラックバック(0)

2013年 08月 10日

BBQ大会

602833_159513567530804_280991280_n.jpg

 うなるような暑さの中、駅から近い晴子邸なのに汗だく。この気候がどれほど異常なのか、外を10分歩くと体感できる。
 仕込んだ唐揚げと、そうめん用の刻んだネギを持参し、めんつゆなどを買い足して現地着。
 渋谷の晴子邸で沖縄ツアーの打ち上げBBQ大会を開催。
 座って即座にハイボールを飲みながら、BBQの肉と野菜他の豪華料理をみんなで堪能。焼き場のチャーリーは毎度THANX。
 大先生と交代でカナダ産の小ぶりなアコギを弾きつつ愉快な晩餐が過ぎてゆく。
 LotusRecordsのライヴ、早く決めなきゃ。

投稿者 yonezawa : 10:33 | トラックバック(0)

2013年 07月 23日

哀しみの恋人達

915muraji_.jpg

 午前中のうちに京都駅へ。
 京都から東福寺、東福寺から神宮丸太町へと在来線を乗り継ぎ、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)を目指した。
 取材チームよりも1時間以上先に到着したので、近場の喫茶店などで時間をつぶそうと界隈を散策するがそういった店舗など何も見当たらない。
 気温は究極の刺すような暑さで、汗で濡れたハンカチはズシリと重くなった程。
 広大な大学の敷地内で見付けたコンビニでおにぎりと唐揚げ、お茶を買って、CiRA内ロビーでいただくが、省エネ対策なのかロビーはクーラーが効いておらず、温い体感温度を感じながら汗を拭いながらおにぎりを頬張った。

 定刻近くになり、取材チーム及び我らが獏さんも到着され、幹細胞生物学研究者の八代嘉美さんと初対面。八代さんは獏さんのご友人であるそうで、非常にリラックスした空気の中、取材開始。
 巷で噂のiPS細胞、聞けば聞くほどおそるべし。人間としては興味が沸かないというと嘘になりそうな分野。

 取材後、解散した後、スタッフらと共に鰻重食べに祇園へ。
 その後、京都駅で解散。おいらはその足で大阪は江坂にあるドルフィン・ギターショップへ。店に着く直前、再びKへLINEを送ったところ、なんと電車1本の違いで現地駅に到着したという気の合いよう。

 ドルフィン・ギターショップでは、目当てのメイトンを弾き倒した。まずは30万円の価格の機種。生音にせよ、(ドイツ製)アンプを通すにせよ、完成された極まった音色に終始やられまくり、やっぱり欲しい欲しい病を発症。
 続けて小型のボディの12弦を試奏。こちらはネックが細い分、えらく12弦が弾きにくいので、大きさの弾きにくさを考えても、通常サイズの方が12弦機種に関しては正解だなというのが個人的結論。

 店員さんよりメイトンの細かな機微や詳細を聞きながら、あらたかこのギターの持つ特性を認識した。アコギなら圧倒的にテイラー狙いだったところ、ここにきてメイトンに悩みまくるおいら。っと特に今、アコギが必要なわけではないのだが。
 ハミングバードとオベイション売ってでも手を出すべきか? それらの機種は温存して購入に踏み切るべきか。あと数年は悩んで結論を出すとしよう。

 夜、梅田のライヴ・レストラン「ロイヤルホース」前で獏さんと待ち合わせ、エンド・ロールのライヴ観戦。ドラマーの池長一美さんの参加されたライヴ観戦はもう何度目だろうか。
 Jeff Beckの『哀しみの恋人達 "Cause We've Ended As Lovers"』からライヴが始まったのが嬉しい。ヴォーカル入りのメンバーで池長さんが叩くのを聴いたのは初めて。サングリアと赤ワインを飲みながら、素直にライヴを楽しんだ。

 終演後、打ち上げ。終電を逃したKと獏さんとの時間も得ることが叶い、おいらは心底歓びに満ちた。これ以上望みようがない酒席。参加されたみなさんに感謝でした。

投稿者 yonezawa : 18:50 | トラックバック(0)

2013年 05月 23日

麻布十番のバル

1352947023_securedownload-22.jpg

 起きがけの肉野菜炒め定食を喰って目覚めたようなもの。
 気候は真夏に向かってまっしぐら。

 業務中、不可解で理解不能な事態を自ら解決し、デザイナーMちゃんにようやく原稿類の中継。何故そうなったのか? 結果的に1日時間をロスすることになったのが遺憾で想定外。理由を突き止めたかったのだが堪えた。
 
 ヤンジャン編集部を後に神保町ビルへ移動。待ち合わせたKちゃん、Hちゃんと共に麻布十番のバルへ。
 現地でNと待ちあわせ、遅れてY、さらに仕事で遅れてRちゃん合流の6名会食。

 やたらと盛り上がる面々でワイン・ボトルがガンガン空いてゆく。この店、ワインセラーに客が自ら取りにゆくというシステムで、ボトルにはすべて価格が記されてある。店員の少ない店ならではのアイディアか。

 充分な食事を終え、すぐ隣の高級カラオケの個室へと河岸を変えた。前半戦は誰も歌わずまま、もの凄い勢いでのトークタイム。ある瞬間、誰かの「歌!」の合図と共に果てしないカラオケ・タイムへと突入した。どうしても得意になれない久々のカラオケながら、おいらも数曲踏ん張る。
 理屈抜きの豪華で賑やかな宴が終わる頃、体力の全てを使い果たし、限界をタクシー中で迎えた。

投稿者 yonezawa : 18:55 | トラックバック(0)

2013年 05月 19日

“女子会”

527948_373521289345117_2112656021_n.jpg

 午前中から昼過ぎまでRちゃんとの貴重な時間。
 どうぶつ将棋やって、将棋崩しやって、PCゲームやって、WiiUのマリオやって。

 昼ご飯はソーメン。ネギが大好きなRちゃん「ネギをたくさん入れてね!」とリクエスト。
 冷やしまくった揖保乃糸はいつでも美味いのぅ。
 今日は昼間にRちゃんをお風呂に入れる。風呂上がりの着替えも、彼女、もう一人でサクサクやる。
 休日恒例の髪の毛のブロウもバッチリ。

 14時30分を目安に、bambi関係者の女性軍団が我が家へやってきた。
 彼女ら女性5人で約束していた“女子会”が今日、開催だとか。

 各位、美味しそうな食材と酒を持ち寄った。我が家は唐揚げとサラダと肉野菜炒めに刺身類の出し物でメンバーを持てなす。
 焼酎ハイボールの空き缶やワインボトルの空き瓶がどんどん生産される。
 女子会におっさんが交じってしまい、純然たる女子会でなかったのが申し訳なかったが、この面子での会合なら大歓迎。おいらもRちゃん共々、大いに笑い語り合えて幸運。
 haru、yoyo、Kちゃん、お疲れさまでした!

投稿者 yonezawa : 18:47 | トラックバック(0)

2013年 04月 12日

“夜忍戒”『とことん ビートルズ以前』

51LNYSC1lCL._SL500_AA300_.jpg

  午後の試写会で『L.A.ギャングストーリー』鑑賞。ショーン・ペンが悪の親玉を演じていた。ライアン・ゴズリングも3番目に大活躍の時代活劇。
 
 夜、“夜忍戒”定例会で白金へ移動。
 K社のYとK、そして編集者組のおいらとIちゃんの4人でいつもの爆食親睦会で腹一杯。しかし美味かった。
 梯子酒はなしでお開き。おいらは明日がライヴだし。

 昨日も今日も亀渕兄がNHK-FM午前0時からDJを勤める番組『とことん ビートルズ以前』を2夜続けて拝聴。
 亀渕兄の人間性をおいらなりに理解しているせいか、独り微笑みながら氏のディスクジョッキーぶりを拝聴。
 ザ・ビートルズ以前のブリティッシュだと具体的にすぐには音楽が出てこないが、おいらの知る情報はアメリカに限るものだけで、しかもギタリスト限定。レスポールとかチェット・アトキンスばかりしか出てこない。
 知識として「知ってて60年代後半」だというのがおいら世代のベーシックなところか。一般的にもそこらが限界というのが普通だろう。
 番組でかかった曲はほとんど知らないトラックばかりだった。呑んだ際に亀渕兄に聞こっと。

 亀渕兄は明日、果たしてライヴに来てくださるのか!? 

投稿者 yonezawa : 04:07 | トラックバック(0)

2013年 03月 29日

夜、恵比寿

535377_480398485328629_1735206728_n.jpg

 家の前に咲く桜はまだ頑張ってた。
 女優:坂口良子の訃報を知る。
 
 夜、恵比寿。映画関連会社の面々&編集者2名の5人で(この面子では)初親睦会。
 中でもFちゃんが一昨日誕生日だった情報をFacebookで自動的に知っており、おいらはリサ・ローブのCDを2枚持参。サプライズのスイーツで誕生会も兼ねた呑みとなった。
 編集Sと河岸を変え焼き鳥とAFURI 阿夫利を経由。深夜3時前後(だったか?)になってもまだ満席で客足途絶えずの阿夫利。

 そして先ちゃん、HAPPY BIRTHDAY!

投稿者 yonezawa : 16:25 | トラックバック(0)

2013年 03月 21日

鉄板焼き親睦会

41PQ20V3C4L.jpg

 外は日本晴れの快晴。しかし昨日よりも何度か気温は低いので、昨日のようにTシャツに直接ジャケットという姿では寒い。でもよい天気で気持ちよし。
 朝Rちゃんに「こういう日は“日本晴れ”と言うんだよ」と教えた。
 昨日と同じコマ回しに集中するRちゃんに見送られ、仕事へ。
 
 夜、小学生時代の同級生Mのご息女Hとその同級生K&Aと、今や会社社長のY&婦人Nの6人面子で集い、鉄板焼き親睦会。Y&Nとも久々だった。

 食べログで探したこの店はやや失敗。ユッケ状態で食するというお薦めの温いハンバーグはいただけなかった。温かいウーロン茶は出来ますか? はい。ではそれを。の会話の後に、冷たいウーロン茶が出てきた。まだ食べている途中の皿を下げられそうになった。
 やはり少しでも知っている店にいくべきだったか。

 親子ほど歳の違う面子も交わる宴は延々続き、Barへ梯子。
 さらに居酒屋を梯子して最後は〆のうどん。若者に眠気は来ない。
 メンバーの十代女史Aが「私腕相撲強いんですよ」と言うので、しこたま酔ったまま、妙な態勢でなめて勝負したところマジで強く完敗。情けない保護者(ワタシ)。
 早朝を迎え、電車組とタクシー組で帰路に就く。 

投稿者 yonezawa : 18:03 | トラックバック(0)

2013年 03月 3日

2013北斗旗全日本空道無差別選手権大会

BDnfk_BCIAEL6rF.jpg-large.jpeg

 大道塾吉祥寺支部師範代:飯村家と家族飯会で吉祥寺へ。
 ネットで探した唐揚げの種類が48もある居酒屋を予約していた。
 宴開始10分前にはすでに彼の家族は到着しており、Rちゃんと2人着席したのだが、子供全員が女のコばかり。Rちゃんは2人のおねぇちゃんに会うのをとても楽しみにしており、家を出る際には小さなバッグにあれやこれを詰め込んでいいた。なかなか重量を感じる重さとなったバッグはおいらが持ち運ぶのだけれども。
 2人のおねぇちゃんに会った瞬間にはまだまだ人見知りがあり、一人黙々と折り紙でなにやらを作るRちゃん。「もっと助けてよ、おたん!」と言わんばかりの目つきで隣の父を見るRちゃんだったが、軽く突き放す(笑)。

 閃きで予約した店だが、鍋も美味しいし、当然唐揚げもナイスな物件で嬉しい。
 大人面々も喜んでくれて一安心。飯村家も長い間、おいらの家族だ。
 飯村は、8年?ぶりに現役復活を果たすようで、今回の親睦会の最もエポックなニュースとなった。
 飯村師範代は、中央区立総合スポーツセンター 第2武道場にて3月20日に開催される「2013北斗旗全日本空道無差別選手権大会 全日本空道」予選から出場する。
https://www.facebook.com/kenichi.iimura.7

投稿者 yonezawa : 16:15 | トラックバック(0)

2013年 02月 16日

カラオケの宴

81BqWapW-BL._AA1378_.jpg

 電車を乗り継ぎ、目的地だと勘違いしていた京急蒲田駅へ。
 間違いに気付き、京急蒲田駅から蒲田駅までタクシーで初乗り移動。
 駅西口のカラオケ屋さんを探すが見当たらず、よくよく指定のメールを読んでみたら東口だと判明し、Rちゃんに明確な叱責を受ける。仕事でないとここまでいい加減な認識で外へ出てしまうおいら。申し訳なし。

 東口の指定された案内通りに路地を歩くと、駅のすぐ側に目的地が。
 店に入るとI家の長女と長男が待っていてくれ、予約してもらっていた「ライヴルーム」へ入室。30分強後、遅れてI家の両親2人とKが到着。
 今年に入って相談していた2家族+Kの8人で家族親睦会開催。
 この面子でカラオケ屋という展開も稀だが、I家Yりんのプランでこのような場所に落ち着いた。Yりん感謝!
 3時間弱歌い、呑み、食べた。この時点でRちゃんとママを駅まで送りにゆき、残った面々で2回ほど延長しながら過ごした後、「ラーメンを食べよう」と外に。商店街まで出たのはいいが、見つけた店は少し並ばねばならない状態だったので隣のホルモン屋へ。

 しばらくして緊急要請を受けたYりんのパートナーも合流し、なんだか楽しい時間が体力の続く限り続いた。
 何はともあれ、I家の子供達の素晴らしい成長が傍目でも羨ましい。次回は春か夏?

投稿者 yonezawa : 19:13 | トラックバック(0)

2013年 02月 9日

2月9日で新年会

51HXJEC2jYL.jpg

 原稿を書きながら机で落ちた明け方、午前6時に風呂から上がり、7時までには床についたが7時30分に起こされた。
 貫徹だと不満を言いながらもRちゃんの要求に応える土曜日。

 録画した番組を一緒に観ようというのでソファに横たわる。それはダメだとすぐに起こしにかかるRちゃんを数回の攻防で振り切ったらば、おいらの胸元にクッションを投げ、おいら自体をベッド代わりに乗っかってきた。
 想定内のその行動を引き受け、多分ここでトータル30分ほどの睡眠を勝ち取る。

 公園でフリスビーなどをしたいと言うので、昼食を食べさせた昼下がりに出陣。
 天気のよい大型公園にくると、こちらもそれなりに動けるので不思議。彼女がいなければこんな場所に来ることも知ることもなかったろう。
 最後の遊びの鬼ごっこで、「もーいーかい?」に対して「もーいーよ」と大声で言わねばならないのが未だに恥ずかしいが、そんなことは許されないのでRちゃん並の大声で対抗。

 よく走ってよく遊んだ。自転車2台で併走。
 帰宅して夕方からのバンドリハの支度をしながら、指示されたリハ用譜面をプリント・アウト。ストラトをショルダーバッグに収納。
 同時に1/2だけでも納品せねばならぬ、今朝までかかった原稿の内容を最終確認。ところが、一日経って客観的に読んだらば、改訂ポイントにいくつか気づいてしまい、リハの1時間犠牲を判断。推敲を重ねた。居眠りして書いた原稿はいかん。メンバーすません。

 bambiリハ後には、S以外のメンバー全員で今年初顔合わせ新年会、イタリアン。
 bambiは2月9日で新年会。
 bambi2013年度初ライヴは4月13日(土)吉祥寺「Black & Blue」、仮予約。

投稿者 yonezawa : 20:43 | トラックバック(0)

2013年 01月 25日

集英社 × クラブ・ウィルビー

o0495049312043991507.jpg

 睡眠時間も無視して一日の仕事がシビアに始まる。編集デスク業務後の午後、外苑前へ。
 作家:夢枕獏さん、宗教学者:島薗進さんの特別対談ホストとして現場入り。

 今日の、特に午後の肌寒さは極まるものがあったが、記事用のキメカットは対談前に戸外で俊敏に済ませた。わずかの時間でベストの仕事を粛々と推し進めるカメラマン:尾形のスキルが今日も素晴らしい。

 対談は大変興味深い盛り上がりを何度も迎え、つつがなく終了。島薗さんの鋭い専門知識は勿論、何の分野であっても問題なく対峙し、喉のつかえを取ってくれるような質疑の鋭い獏さんの技量に今日もうなったおいら。獏さんはもの凄い。
 
 一旦の休憩で控え室でそのまま談笑しつつ、集英社発行の季刊言論誌「kotoba」と共催するトークイベント「kotoba クオータリーサロン」の時間がやってきた。
 会場には200名弱の観客が集った模様。
 司会者に呼び込みされた獏さんが冒頭に1時間ほど講演するのだが、その内容と、語り口調の巧みさに舌を巻いた。「獏さん、ここまでトークの腕を上げておられるとは……!」
 数々の場数を踏んだ経験によるものなのか、言葉ひとつひとつ、単語ひとつひとつがもの凄く分かりやすい内容となっており、獏作品に感じる読みやすさとシンクロした。

 イベントは無事終了。凍てつく戸外へ出、予約されていた様子のフレンチのお店へ徒歩移動。
 出版関係者ら総勢9名でシャンパン乾杯。獏さんと今年初の新年会となった。
 愉快で貴重な時間だ。23時30分を回った頃、お開き。

 徒歩で事務所へ引き上げられる獏さんを近くまでお見送りし、渋谷経由で吉祥寺へ。
 帰り道にBar HIDEで一杯やったはいいが、帰り際、今日は現金も家の鍵も持ってくるのを忘れていたことを思い出した(笑)。爆笑のしんちゃんに“初つけ”をお願い。何をやっている、おいら。
 来週の呑みを想定し角のボトルを入れたので、この支払いは来週新年会予定のNちゃんカンパニー・マネーに委ねようと思う(笑)。

投稿者 yonezawa : 16:16 | トラックバック(0)

2013年 01月 24日

第四編集部 新年会

mai1.jpg

 昨年は1月26日だった集英社・第四編集部(ヤンジャン・グループ)の新年会開催。
 昨年は思うところ会って三次会(23時頃)新宿三丁目:池林房からの参加だった。
 今年は端から一次会からの参戦。2年前まではホスト側だったので、一年にそう何度もない正装だったが今年からはいつもの普段着で赴く。
 東京會舘ロビーでYと待ち合わせ、18時過ぎに入場。
 昨年よりも大出だったという有名漫画家、作家、デザイナーらと時間限り親睦を深めた。
 
 二次会、徒歩でヤンジャン編集部チームの集う会場へ移動。半年前にYJ編集部に移ってこられたSさんへ初めてのご挨拶が叶い嬉しい。
 
 三次会、恒例の新宿:池林房へ。
 毎年、この場で語り尽くす作家、今年は会えなかった作家、色々いた。様々な時間が経過。
 
 四次会、呑者家。和田ラヂヲ兄、編集Fちゃんらと最後の乾杯。時間は朝7時に近づく。

投稿者 yonezawa : 15:59 | トラックバック(0)

2013年 01月 21日

撮影と編プロ新年会

kaneshon.jpg

 芝居の道を目指すYのスナップ及び、宣材写真を撮ってくれたのはスーパーカメラマン尾形正茂。尾形とは昨年から、獏さんの仕事で年に何度も会う機会を得ている。かれこれ、もう25年を超える付き合いとなった。
 武蔵小山の遊歩道で数点のスナップをおさえ、彼の事務所で白バックの宣材写真を3パターンの衣装で撮り切った。尾形兄には大感謝。近々企画されるであろう呑み会も楽しみ。
 
 帰社後、夕方までの雑務後、編プロの面々と新年会。編プロの面々で飯会を行うというのは、ヤンジャンを出てから初めて。
 若返ったスタッフとのプチ親睦会となり、二次会には数名の面子を連れ立ち、四谷のBarシャッフルで乾杯。N先輩も(ホントに珍しく)駆けつけてくださり、大いに(おいらは)盛り上がる。 

投稿者 yonezawa : 17:26 | トラックバック(0)

2013年 01月 19日

高校時代の同級生

41M56Q686ZL.jpg

 銀座のとある場所にて、Yさんの起業祝いのパーティに顔を出した。
 Yさんは、映画監督Tさんに紹介頂いたフランス人Bの友人として知り合った。
 昨年、会社を円満退社され、この度会社を設立されたそうだ。
 Yさん、おめでとうございます。

 翻って吉祥寺へ。夕方17時に時間を18時にずらし、高校時代の同級生J(H)とその妻、Yちゃんとその妻Sちゃん、そして我が家の3人で新年会を開催。
 題目は焼き肉。Rちゃんも朝から焼き肉の頭でいた様子。
 「肉を焼く家長」と化したおいらは、全員分の肉をゴンゴン焼いた。
 この面子でしか成立しない、ガキの頃からのほとんどを知る男同士の集いが今日もたまらない。連れだったそれぞれの妻がまた最高にナイスなマインドを有することが2013年の今年も嬉しい。
 ひとしきり、しこたま食い尽くし、一旦Rちゃんと伴侶を見送った。まだまだ緊張するのか、あれほど話し好きはRちゃんは今日も随分おとなしかったのぅ。
 
 残った面々にHIDEのラーメンを食べさせたく河岸変え。
 「リスを観に行く」あるいは「ディズニーランドへ行く」という、Yちゃんの嫁Sちゃんの要望は、果たして年内に実現するのか!?

投稿者 yonezawa : 00:17 | トラックバック(0)

2013年 01月 9日

ジャックローズ

salas%202.jpg

 有楽町の三省堂で敬愛するHさんと待ち合わせた。
 地下の和食屋Mへ。遅れて編集S到着、本日は3人呑みの日。

 昨日の酒がまだ体内にたっぷり残っており、自分自身の歯切れの悪さを自覚。
 地元で温泉めぐりをされたそうなHさんの優雅な正月の景色を想像していた。
 こちら正月に何をしたかと問われたら、何もない。

 二軒目はド渋のBarへ。
 生ザクロを搾ったジャックローズなるカクテルは以前Hさんに教えて戴いたが今日は頼まなかった。80年代、Hさんがライオネル・リッチーのLPにライナー・ノーツを書いていたという話に驚く。他の媒体の執筆も含め、数アーティストのライナーを手がけておられたのは初耳だった。
 タクシーで吉祥寺まで送って頂き、バーテンMのいるBarへ。
 生ザクロがないと知りながらもあえてジャックローズを注文。数杯の酒を頂き、店を閉めた後にMと共にBarQへ移動。
 異様に盛り上がる映画音楽関連の話は朝6時まで続いた。

投稿者 yonezawa : 20:14 | トラックバック(0)

2013年 01月 8日

晩酌邸

l.jpg

 「初っ端から飛ばしとるねぇ」と周囲に呆れられながらも、会いたい人が大勢いるので止められない。Sとこんな早い時期に新年会が叶いラッキー。

 遅い晩飯にとりあえず新宿へ向かおうかと地下鉄移動し、物件はイタリアンに確定。
 この店には何度か連れてきてもらったが、今日、食材の美味さとクオリティをしっかりと認識した。
 配膳係のバイトAちゃんの物腰が接客としてとても優れたものを感じ、朗らかな笑顔と対応が、より料理の美味さを際立てた。
 酔いが回るに連れ、店主Dちゃんもまるで昔からの知り合いのような距離感となり、最終的に閉店の後もDちゃんの友人やらと引き続き呑み続けた。
 Dちゃんは「まぁ呑んでくださいよ」と、半端に空いたボトルを無償で提供してくれた。嬉しい。
 至って自然な展開で「みんなで呑みにいきましょう!」という流れになり、Dちゃん推薦のBarへ移動。
 Aちゃんの干支がおいらと同じなんだと聞き、冷静に数字を計算したらばAちゃんの年齢はおいらの丁度半分だった……。
 朝8時、若者に促され〆のラーメンを食ってしまい、早朝の新宿から用事もなんにもない武蔵小金井を目指していた。

投稿者 yonezawa : 20:14 | トラックバック(0)

2013年 01月 7日

米澤Sisters

A8H_riFCIAAwvuu.jpg-large.jpeg

 想像ではそれなりに長かろうと予測していた今年の正月休み。遠方に出かけたわけでもなかったが体感速度は速かった。
 酒も残ってないまま初仕事を迎えることに。

 複数のメールのやりとりで新年会の約束が徐々に速度を増して決まってゆきつつあり。すぐに今週の日程が全部埋まってしまった。
 編プロのメールを整理するとスパムが1000数百通。世界中のメールの9割がスパムというのは間違いなかろう。

 夕方ふいに思い立ち、まだ予定を入れてなかった本日、同編プロの面々総勢4名で緊急新年会を思い立った。それぞれがどのような業務内容でどのような業務比重で仕事をしているのかを全然把握していないので、この1年半、今日の面子で飯に行くような機会は得られなかった。年明け最初の日ならば大丈夫だろうと声をかけあい集うこととなった。
 男子チーム数名にふられたせいで、おいら以外の3名は全員女性。かくして“米澤Sisters”と(R&Kちゃんによって)命名された身近な呑みチームが結成。
 入社前の職歴などを伺い、初めて知る情報満載。この面子での酒もなかなかおつであった。
 偶然今日が、デスクが隣り合わせのK女史の誕生日だと聞かされ、串カツ屋の『文』ちゃんが、工夫して簡易ケーキを出してくれた。文ちゃん、サンキュ。

投稿者 yonezawa : 20:13 | トラックバック(0)

2013年 01月 5日

初夢

51ONEG6u2uL._SS500_.jpg

 昨夜の酒も引きずることはなく、午後6時に銀座のミシュラン三つ星鮨:Mへ。
 メンバーは貸し切り12人。新年会の主催者はTさん。驚愕の宴が始まろうとしていた。

 定刻よりも10分早めに到着したおいらは、カウンターの席順があろうかと待機していたところへTさん定刻到着。なんとなくTさんが促してくださり、たまたまTさんの隣の席に座ることとなった。
 その時点ですでに浮世離れの時間が始まっていた。
 極上鮨にシャトー・マルゴー。人生でそう何度もあることはなかろうシチュエーション。おまかせで4万円程度だったと聞いた。
 果てしなく重要で貴重な時間を噛みしめながら、集ったみなさんと可能な限り親睦を深めた。

 二次会は4人の面子で六本木の焼き鳥屋へ移動。この贅沢すぎる空間に目眩がしそうになる。
 さらに三次会は広尾界隈のカラオケBarへ移動し、大カラオケ大会に突入。
 目の前でTさんがものすごくたくさん歌ってくださり、2人でハモったり(笑)。名曲Aを聴いた瞬間は不覚にも目頭にきた。それなりに酔っていたのだろう。しかしなんという至福の夜なんだ。
 おいらはリクエストされたDEEP PURPLEは歌わずLED ZEPPELINや『涙そうそう』などを本気で歌わせて頂いた。
 初夢のような筆舌に尽くしがたい新春の始まりとなったのだった……。
 みなさんとの新年会、楽しみにしてますよー!

投稿者 yonezawa : 20:12 | トラックバック(0)

2012年 12月 28日

グレープガンボ

zicca_sp01_640_960.jpg

 仕事納めの平日最終日飲みは編集Kちゃんと。
 遅い時間、書店で待ち合わせ銀座のバーVで飯の前に乾杯。
 
 白ワインを空ける前に、来年早々閉店するという馴染みだったフレンチの名店:ビストロ『グレープガンボ』へ移動。
 すでにオーダーストップだった時間にも関わらず、今注文してくれたらOKという特例で肉料理等をたんまり頂いた。芽キャベツは絶品だ。やっぱここ美味い。4〜5年ぶりに再会したMをゲストに3人で白ワインから原価に近い価格で出してくださった赤ワイン。……だけに閉店は惜しい。

 さらにバーNに移動した後、Kちゃん一瞬撃沈。さらにバーKへ梯子して、ざるうどんやらカレーやら食い散らかし呑み。なかなか自分らしい師走の〆の展開と言えた。
 Kちゃん、今年もお疲れさまでした。奥様によろしく!

投稿者 yonezawa : 17:37 | トラックバック(0)

2012年 12月 27日

戸越銀座

5132EYZQCKL._SL500_.jpg

 連チャンのK&I呑み決行という腹づもりで、雑務を終えた夕方、戸越銀座。
 商店街で唐揚げを300gとポン酢を買ってK宅到着。
 水炊きの準備は万端で、改めて昆布出汁とポン酢の説得力に納得。
 中学時代、九州でたった2年間だけ部活で一緒だったK&Iとの時間は、それから34年続いている。

投稿者 yonezawa : 17:34 | トラックバック(0)

2012年 12月 26日

獏さん忘年会

51rJyZk7lKL._SS500_.jpg

 来年1月刊文庫の校正を終え、本日居酒屋に集う各位へのプレゼント仕込みに必死。
 夜、NHKの番組収録を終えた作家:夢枕獏さんらと渋谷で待ち合わせた。

 先日も日程があわず、年内の忘年会は見送りかと無念の気持ちでいたのだが、一昨日、ヨドバシカメラでRちゃんへのプレゼントに悩んでいたタイミングに連絡を賜った。
 その日(今日)はすでに同級生2名との忘年会と決まっていたのだが、とっさの判断で獏さん呑みを優先し、同級生呑みは深夜合流とした。
 ところが、事情を察した獏さんがお気遣いくださり、なんと今日のアホ同級生呑みの会に参戦してくださるとおっしゃるので、合同呑みという展開になったのだ。なんて素敵なお人なのだ! モノカキゲストMの参戦も急遽決め、5名での宴。体調が優れない(ホントか?)という吉田兄の参戦はならず残念。
 
 この一年、獏さんには本気でお世話になった。獏さんのフレンドシップには心で泣けた。
 母上京の際に居酒屋で獏さんらと合同呑みをした際、「獏さん、おふくろにハグしてください」とおいらに注文され、チャーミングに引き受けて下さった獏さん。後にその出来事は酒席の持ちネタとして「ヨネちゃんはいつも突然困ることことするんだよ〜」と突っ込まれる。

 文壇界には「作品が面白くて、作品が売れていて、なおかつ作家の性格がよい」と三拍子揃った作家はほんの一握りとかで、獏さんの名はその筆頭に上げられるのだそう。その評判はおいらの実感でもある。

 佐賀料理で久々の乾杯。初の面子で過ごす愉快な時間が至福だ。
 獏さんと過ごす時間が、どれ程貴重で大事な時間なのかをおいらなりに噛み締めながら、芋焼酎の酔いに身を委ねた。優れた発想の話しに夕べも舌を巻いた。
 常に獏さんが、獏作品同様、魅力溢れる方であり、優しくて、鋭くて、チャーミングで正当であることが嬉しい。
 「サインを頂きたかったんだよ〜」と、後から言いだした同級生Kはやはり完全に固まっており、獏さんが帰えられてからやたらと饒舌になる始末(笑)。
 新年会と、獏さんの誕生会(元旦生まれ!)は是非、企画せねば。

 昨年、忸怩たる思いで仕事環境が変わった際、真っ先にお気遣いして頂き、念願の獏さんと活字の仕事が出来たことは、獏さんの尽力によるものだ。生涯の宝。感謝の極み。

 獏作品は、未だ世界一の輝きを放っている。命ある限り、誰がなんと言おうともおいらは啓蒙し続ける。誰も何とも言わないけれど。

投稿者 yonezawa : 01:22 | トラックバック(0)

2012年 12月 25日

クラシックギタリスト:木村大

img_675163_8917414_0.jpeg

 「何故にこうも大と話をすると楽しいのだろう?」
 帰途の電車で、なべちゃんとハイボールを飲みながら、そう語りあっていた。なべちゃんは少し興奮していた。

 夕方、19時14分着で初めてやってきた土浦駅。
 改札には、日本が世界に誇るトップ・クラシックギタリスト:木村大の姿が。
 直々に御本人がお迎えにきてくださったのだ。

 当然、根っからの一ファンである視点は当たり前だが、木村大という人間がとてもクレバーであり、若くして落ち着いており、何よりも人間として達観しているからという結論に至った。
 人としてのセンスが極まっているのだ。それは時に「COOL」と表現される。
 7年くらい前、初めてソニーのオフィスでインタビューさせて戴いた瞬間から、今日の大まで、魅力的な印象はなんら変わることは無く、彼は末広がりに進化を遂げている。
 オリジナルのオーガニックさが、まず一つの証明と言えた。
 例えば「サンバースト」、「スペイン」の表現力にしても進化と思慮深さが増幅しているのだ。
 円熟期とも言える“トップスキルの維持”こそが、今の大にとっての最重要ポイントかと考える。
 彼の日の取材現場で、当時、木村大担当S社Sくんが、あまりに盛り上がったインタビューを目の当たりにして興奮していたことを思い出した。取材後、彼から来たメールのテンションが凄かったのだ。

 今も昔も、おいらはおいらなりに大を見つめ、見張っている。
 ロック・ミュージック(バンド、ミュージシャン)は、リスナーが見張ってなきゃいけない。

 弦の揺らぎには演者のマインドの全てが反映される。
 深呼吸をして木村大の紡ぐ“音宇宙”に身を委ねることが、
 今のおいらの至福の瞬間でもあった。時に嫉妬しながら(笑)。

********
 木村大さま
 夕べはお忙しい中、貴重な時間を賜りありがとうございました。
 美味しい日本料理を振る舞って戴きましてありがとうございました。
 次回、年明け1月頃までに是非、東京で続きの乾杯をしましょう! 
 それでは、よい正月をお迎えください。

投稿者 yonezawa : 01:20 | トラックバック(0)

2012年 12月 21日

水炊き、タイカレーなど

jimmypage5678.jpg

 バンド仲間A&Nちゃん宅に吉祥寺の呑みだちSも誘い忘年会。
 Aは十代の頃から知るミュージシャンで、東京では最初に出来た友という存在。
 100円ショップで買った総菜などと缶ハイボールを大量に購入して大広間のリビングで乾杯。続けて水炊き、タイカレーなどはAが腕をふるってくれた。

 大型テレビモニターにはMac miniがつながれていたので、聴く音楽は全部YouTubeで済ませた。オーディオにCDを挿入して聴く、という環境は今ではもうほとんどが珍しい程。かくいうおいらも、CDを読み込まなくなったオーディオは修理してないまま。

 信頼する友との酒がいかに大事なのか、年を重ねるごとにその気合いの質が深まっていくよう。あーだこうだと無軌道・無軌跡のノン・ジャンルで語り合うことこそが愉快な時間。博学な後輩との楽しすぎる酒。
 気がつけばとうに終電は終わっており、始発も走り始めてさらに小一時間ほど過ぎた頃、そろそろ限界な瞳をしていたA&Nちゃんに感謝の意を伝えお開きに。皆様、お疲れさまでした。
 次回は来年のどこかで、我が家での開催を約束。

投稿者 yonezawa : 15:44 | トラックバック(0)

2012年 12月 20日

菊次郎会

jimmypage9012.jpg

 映画『菊次郎の夏』メイキング班の“菊次郎会”開催。
 おいらアホで、鮨屋の予約時間を1時間間違っており、新宿三丁目の居酒屋でK川くんと小一時間、時間つぶし。なんだか篠﨑誠ちゃんは丁度1時間の遅刻(到着までtweet的GAGメールが6通ほど到着)だったので(笑)、3人揃って無事、鮨屋へと移動した。

 木川くんが到着前の誠ちゃんに「電話してみます」と言って電話をかけたら、何故かおいらの携帯に電話がかかってきた。この男は何年(15年?)間も、おいらと誠ちゃんの携帯番号を混在してたことが判明。
 誠ちゃんは集合場所の地図を送っていても必ず現地界隈で迷って電話してきて、口で説明してからやっと到着する。
 このノリこそが“菊次郎会”な感じ。
 河津ちゃんは残念ながらCM撮影で合流ならず。新年会の幹事で汚名挽回の流れに(笑)。

 しかし笑った。この面子の呑みは何故こんなにも楽しいのか。
 映画『菊次郎の夏』のロケには全行程完全密着したが、彼らと過ごしたロケ地での長き時間は、高校時代との修学旅行と何も変わらなかった。メイキング班の一人として彼らと出会えた奇跡。それはおいらの人生でも極めてエポックな時間であり、生涯の宝と言えた。
 木川くんは第一線でテレビドラマの監督を勤める程出世し、誠ちゃんもオリジナル脚本で撮った新作の公開を来年3月に控えている。今日は合流ならずで残念だったが、河津太郎は超売れっ子カメラマン。例えば映画『GANTZ』も撮った男。しかし映画、ドラマの裏話は可笑しすぎて酷すぎる。
 彼らの成功はおいらの糧にもなり、たまに集合して馬鹿な話しと隠し球的出来事を語りあう時間がたまらない。終電までとにかく抱腹絶倒の夜が更けた。

 笑い尽くし、コンビニで温かいお茶を買って吉祥寺へ。
 Barカウンターで先に呑んでた敏腕編集者Sと待ち合わせた。
 しかし『HIDE』のつまみは今日も極上。隠し事など一切ないSとの内輪話に花が咲く。Sはおいらの秘密を何もかも知っている。

投稿者 yonezawa : 15:43 | トラックバック(0)

2012年 12月 19日

猟犬探偵忘年会

 今夜も忘年会。修行?のような日々が続く。
 まずは日本が世界に誇る漫画家・谷口ジローさんを囲んでの贅沢な鍋。
 谷口さんは長きに渡ってどえらいお方だ。
 2010年には、著書である『遙かな町へ』がフランス映画「fr:Quartier Lointain」化された。思い切り日本の原風景を描いた作品であったはずなのにフランス映画になってしまった作品だ。
 2011年 にはフランス政府芸術文化勲章シュヴァリエ章受章。たけしさんの受章されたコマンドール章の次に権威のある勲章。
 フランス大使館の受章式には「かりゆし」を着て出席させて戴いたおいら。現地では「お前はフィリピン人か」と団長につっこまれながら。

 小説家:夢枕獏の傑作『神々の山嶺』は、谷口さんによるコミカライズで、かつてビジネスジャンプに連載されていたが、最終話の掲載された見本誌を読んだ時には涙が出てきた。そんな現象は、中学生時代以来の体験だったか。
 漫画作品が映画になろうが勲章を受章しようが、淡々と日々の執筆を続ける谷口さん。谷口さんの偉大さは改めて賞賛。

51Rq3o9AytL._SS500_.jpg

 11月19日に発売した『猟犬探偵-サイド・キック (グランドジャンプ愛蔵版)』
http://www.amazon.co.jp/dp/4087824756
は、おいらが入稿した単行本。今年、最も力の入った仕事のひとつ。
 『猟犬探偵 1 セント・メリーのリボン (グランドジャンプ愛蔵版)』と併せて是非!
http://www.amazon.co.jp/dp/4087824004/

 氏を見送った後、カウンターBarへ移動。漫画家:田村信兄をお誘いし、数杯のハイボール。ようやく団長にタムタムを紹介することが叶ってよかった。

 『闇太郎』書籍がめでたく完成したことを受けて、闇で呑んでいた先ちゃんらと合流し、結局、店を出たのは朝の5時を回った頃。解散後、BarのMとさらに梯子を続け、早朝7時過ぎにお開き。このままヨーロッパに行っても時差は感じないと思う。
 帰宅したらRちゃんの元気な声が聞こえた。

投稿者 yonezawa : 15:42 | トラックバック(0)

2012年 12月 18日

アスリート

3164WERVN2L._SL500_.jpg

 先日、およそ30年ぶりの再会を果たした小学校時代の同級生Mちゃんよりお誘いを受け、夕飯時に小川町で待ち合わせた。Mちゃんは先日娘ちゃんを連れ、ジェイク・シマブクロのコンサートへ行ってくれた。今夜はジェイク・ライヴの打ち上げのようなもの。路地裏の渋い居酒屋で鍋をつつき、近況を語り合った。
 娘ちゃん宛に書いてもらったジェイク直筆色紙とサイン入りトートバック、そしてオリジナルCD数枚に、ジョン・メイヤーの『CONTINUUM』までをどどーんとプレゼント。
 今夜はゴチしてくれた上に、帰り際には菓子折のお気遣いまで頂いたMちゃんに大感謝。鍋美味しかったね。

 21時を回った頃、今度は中学時代の同級生Mの上京により、Kと呑んでいる新宿西口の居酒屋へ移動。
 Mとは2年ぶりくらいの再会だったか。居酒屋とゴールデン街の爆笑はしご酒。Mは陸上の世界で現役時代にはトップ・アスリートとして駆け抜け、現在は企業陸上部の監督を勤めているという、どえらい男だ。今夜は教え子とトレーナーなども同席の酒となる。
 Mは確かに中学時代から際だった存在だった。男に必要な不良性も兼ね備えたまま大人になった感じ。
 こんな贅沢で愉快な呑みが連続で続くなんて。ハングリーから図書室を経由して早朝帰宅。

投稿者 yonezawa : 15:39 | トラックバック(0)

2012年 12月 5日

OOY会

6bc1d3_5805754041071a236959f1f547c2d1c8.png_srz_400_1050_75_22_0.50_1.20_0.00_png_srz.png

 呑んだ翌日の何とも言えない胃腸のコンディションながら二日酔いにはならなかった。
 思えば生前の親父は「二日酔いにはならん」と言ってて、確かに二日酔いになった姿は記憶に無い。帰省して実家で呑んだ際の翌日には、おいらは完全に二日酔い。家で親父と呑むという状態が、きっと嬉しかったので、毎回張り切って呑んでいたんだろうと思う。
 それにしても親父の芋焼酎のお湯割りは濃かった。

 午前、切り出してあった野菜を蒸してポン酢で頂き、冷凍庫の豚肉を解凍して塩コショウで炒めた。ポン酢には先日購入してきた山わさびを投入して立食で朝食。
 独りだと食事は完全に合理化する。めちゃ早い。
 食中、5Lの麦茶を作った直後にRちゃんが帰宅してきた。なんだかご機嫌斜めで「Rちゃん、行ってきまーす!」の挨拶には応えてくれず。きっと何かのむしゃくしゃがあったんだね。でもRちゃんの機嫌の悪さは大概が5〜10分で回復してくれる。
 
 直しても直しても修正の入るコミックス原稿に赤を入れ、また修正。 
 印刷所がかなり急ぎの返却を希望しているので、関連セクションの編集部では待ち校。そしてアンカーの編集者へと委ねた。
 
 夕飯はOOYの三人会。今回は新宿御苑。
 おいらの父にしたら若過ぎで、兄貴にしたらちょっと年齢いってるといった加減の大好きなOO両氏。彼らとの定例会も恒例になってきた。忘年会という形で師走に集うことが叶い今日も嬉しかった。

 編集者でゲストのMさんが遅れて合流。この面子に笑顔で駆けつけてくださるMさんの配慮も胸に染み入る。Kちゃんは仕事の渦から抜け出せず、今回参戦ならず残念だったけれど、丁重なメールの配慮が嬉しいのだった。
 OOさん、Mさん、お疲れさまでした。

投稿者 yonezawa : 11:56 | トラックバック(0)

2012年 12月 4日

敏腕スタッフ

A8H_riFCIAAwvuu.jpg-large.jpeg

 待望と言ってもよいS社Hちゃんとの会食の日が来た。同席にはA社Sと同胞で新書のなべちゃん。
 Hちゃんは世界的ウクレレ奏者:ジェイク・シマブクロのブレーンでいる敏腕スタッフ。今月、来日公演を控えるジェイクの近況も伺うべく、本日の宴が開催の運びとなった。

 S社の仲間にはこれまで例外なくそりのあわない方はおらず、ミュージシャン、あるいはバンドごとの、どの担当者とも長いフレンドシップが続いている。今日でもう一人、重要な身内が出来たような気分。Hちゃん素敵で嬉しい。
 音楽の話から無軌道に飛び出す会話の数々。「文」ちゃんの作る美味いつまみを頂きながら至福の時間が過ぎる。
 S宅でのホーム・パーティもまたやりたいなぁ。少し髪の毛の延びたなべちゃんは、おいらの感覚からすればイケメン度が20%上がっていた。

投稿者 yonezawa : 17:02 | トラックバック(0)

2012年 12月 3日

ノンストップ

jimmypage-jan2008-01.jpg

 月曜日から宴ノンストップな塩梅。今年最終の“夜忍戒”は渋谷で。
 「渋谷には美味しく食べる店が極端に少ない」という印象があるが、今日、食べ物全部が美味しい名店に行き着いた。深夜2時まで営業しているココ『高太郎』ナイス。次回よりキープしたいが予約もなかなか大変なんだとか。
 Iっちゃんと集英社へ帰還し、χ編集部Mちゃんとふいのサシ飲みの展開となり、新宿シンクロニシティで近況を伺う。大昔から、深夜のヤンジャン編集部は昼間以上に人がいる。
 Mちゃん、残念ながら早朝6時前のラーメンには付き合ってくれなかった。

投稿者 yonezawa : 17:11 | トラックバック(0)

2012年 11月 30日

焼き肉でお祝い

A8IJf2vCMAAnhe1.jpg-large.jpeg

 怒濤のコミックス4冊の入稿作業が佳境に向かいながらも、それぞれの進行具合がバラバラ故、精版所、印刷所、デザイナーがとっちらかうこともしばしば。
 一昨日夕方、ファミリーマートよりメール便の速達で東京都の漫画家宅宛に出した書類は、翌日の午前中到着すると確かに確認したものの、作家より到着に2日かかったことを知り、原因究明に同店へ。
 入稿で1日が勝負の急ぎの原稿故、こうした不手際はシャレにならない。180円の話ながら、速達代金としては倍額払ったわけだから気分は晴れない。今回は百歩譲ったが。

 ともあれ、なんとか最大限のスピードで本日分の入稿を終え吉祥寺の焼肉屋『李朝園』へ。
 Kの誕生日なので、Rちゃん共々、焼き肉でお祝い。凄い勢いでハイボールを片手に爆食。

 帰宅し、おふくろから届けられたメッセージを開封。毎年毎年、世界一の温かい心遣いがそこに記されている。
 嬉しい誕生日祝いメールの中でも、Oさんのメールが特に印象に残った。「誕生日は祝ってもらうのも良いのですが、本当は必死の思いで生んでくれた母親に感謝する日だと思います。」
 24年ほど前においらの上司として編集生活を共にしたOさんらとの忘年会も来週に控えている。氏の存在も、おいらにとっての永遠の指針。
 
 写真は、夕べの映画人Mらが祝ってくれた際のケーキ。残念ながら(甘いモノなので)おいらの口に入ることはなかったのだけれど、嬉しいものです。
birthday1128.JPG

投稿者 yonezawa : 17:03 | トラックバック(0)

2012年 11月 29日

プレゼント

 深夜帰宅したら、椅子の上に紙袋が。

DSC_1115.JPG

 丁寧に書かれたメッセージに微笑みながら包装紙を開けると……

DSC_1114.JPG

 中からは配色の綺麗なマフラーが。

DSC_1116.JPG
 昨年も、Rちゃんからのプレゼントはマフラーだったのに、飲み屋かタクシーに忘れてしまい、紛失してしまった最低の父だったので、今回だけは一生モノの宝だと自覚し、まずは無くさないよう心がけるべし。

 もう12月半ば過ぎまで、粗方の宴会日程と行事がほぼビッシリ状態となってしまった。
 今夜は、映画関係者と編集者との大事な親睦会。彼らとの宴は大概、中野界隈で行われ、今回もそう。
 幹事Mの予約してくれた店で、遅い時間からスタート。映画談義から共産党まで抱腹絶倒の宴が朝まで続く。

投稿者 yonezawa : 15:12 | トラックバック(0)

2012年 11月 6日

後悔するのに

410JP4CPNQL._SL500_AA300_.jpg

 11月なので当たり前だが、やっと本格的な寒さが到来。
 11月手前まで、時折温かい気候も入りくんでいたため、寒さ感知のスイッチを入れるのは急だった。Tシャツのシーズンから、途中が無くていきなり厚手のジャケットを羽織り出した感じ。
 シャワーを浴び、朝ご飯には鯖の煮付け。
 
 先日、東京襲撃を果たしたMへ、渡しそびれたCD-Rをまとめてメール便送付。

 夜、予定より30分押しての晩飯は西麻布にてC誌Kちゃん&G誌Cと。この組み合わせでの食事は確か初めてだったか? 大皿料理を頂きながら白赤ワイン。さらにワインBarへ河岸を変え、さらにC行きつけのBarへ河岸変え。
 散々飲み食いしてみなさんと分かれた後、口寂しいおいらは独り『かおたん(高湯)ラーメン』に向かう。途中、ふいに新規ラーメン屋を発掘。後悔するのに迷わずつけ麺を注文。

投稿者 yonezawa : 14:37 | トラックバック(0)

2012年 10月 8日

ルーでの海水浴とバーベキュー

299473_230128403782847_1667140434_n.jpg

 8時には起床し、バイキングの朝ご飯。
 国際通りに車で移動し、買い物しながらソーキソバなどを頂く。ビーサンも購入。

 かなりの距離を感じながら、残波岬へ移動。
 風が強く岸壁のところは足場も悪く危ない。
 喉が渇くので、売店で売ってたシャーベットを飲み干した。

 その後、もう1箇所の観光地を目指すが、何故かナビに違う箇所に誘導され、時間も時間だったので断念し、今夜の宿泊地ルーへ移動。名称もあっているのに何故なんだろう。

 ルーへ到着したとたん、「Rちゃんおよぐー」と張り切る彼女の手を引き、yoyoの浮き輪を強奪しながら10半ばの海水に浸かった。
 当初ちょっと冷たい気もしたが、一度入るとぬるま湯に感じられるのが不思議。
 Rちゃん、沖縄に来て一番の笑みで終始大はしゃぎ。最初からある程度、海主体で行動すべきだったか。
 正味20〜30分程度だったと思うが、波打ち際で波に揺られる歓びを感じたことと、一度バシャンと海に顔が浸かり、焦って泣いた経験も有効となろう。
 たくさんの写真を撮ってくれたチャーリーありがとう!

 この場所でこのメンバーで、午後5時30分からのバーベキューをやりたいがためにやってきたところもあるので、個人的にはこの瞬間からが一番嬉しいのだった。
 野外のバーベキューは何故こうも美味いのか。母が隣にいてくれて今年も幸せだ。母との旅がbambiと共に続いているのがまた嬉しい理由の一つ。家族には慌ただしいスケジュールの中、いい時間までつきあってくれて大感謝。
 泡盛をごんごん飲み続け、結局2〜3本空いたのか。今年の泡盛は優しかった。

 酒盛り中は大先生との2本のアコギで終始セッション。
 バンマスは、きっとこの場の閃きで数曲を仕上げてくるだろうという確信を抱く。

 まぁ〜喰うだけ喰った後、ベランダ呑みへと場を移し、深夜12時頃に終了。
 なんか終わるの早い気もしたが、おいらも丁度そんな気分だった気がする。

投稿者 yonezawa : 19:31 | トラックバック(0)

2012年 10月 7日

観光と、2度目のbambi沖縄ライヴ

51UFU5m-b2L.jpg

 8時40分、バイキングの朝食に。
 10時、ホテルを出発し、家族でモノレールに。おもろまち駅下車。DFS内の一番奥にあるジャパレンのカウンターで予め予約してた9人乗りのステップワゴンをレンタル。
 3日で21000円だったかな。ちなみに2日だと20500円。1日だと19000円ぐらいだったかも。
 ナビに予定しているほとんどのスポットを先に入力し、バンドリハーサルまでの観光に出発。
 この車はなかなか快適だ。
 
 まずは『ひめゆり平和祈念資料館』訪問。
 沖縄戦末期に沖縄陸軍病院第三外科が置かれた壕の跡に立つ慰霊碑で、おいらは今回初訪問だった。生存者の手記や従軍の様子などを展示した「ひめゆり平和祈念資料館」を閲覧し、やはり胸が痛い気持ちに。いくつか質問してくる娘に人間としての人間らしさをなるだけ丁寧に伝える。
 実体験をされ、たまたま生存された女性の生の言葉が最も重たく、尊い犠牲者を出したいたたまれない現実に思いを馳せた。
 
 隣接する土産屋さんで無料のお茶と菓子をいただいたからではないが、この地で大量に土産類を購入。5000円以上は送料無料とのことで自宅への宅配便、送付手配完了。
 Rちゃんにすればどんなに凄惨な歴史であっても当然まだまだ理解の範疇ではなく、結局退屈で仕方が無い。この後には近場の『平和祈念公園』へ行く予定だったが、公園の鉄棒と雲梯をしたいと駄々をこね、どうにもならないテンションに。
 そんなのは無理だからいい加減にしなさい。と諭すが怒りは収まらない。自分は楽しいと思える場所に行ってるのに、私はちっとも楽しくないという論調で(泣)。
 レジにいらした売り子の方にダメ元で「この辺に小学校なり幼稚園はありませんか?」と伺ったところ、歩いて1〜2分の場所に一応小学校(隣接で保育園)があると聞き、ともかく行ってみるべと移動。
 すると見事に鉄棒と雲梯の設備バッチリのロケーションで、おいらは奇跡が起きたと思った。
 そうそうコレコレと言わんばかりの、ご満悦のRちゃんが、おいらも初めて見た逆上がりを披露。出来るなんて全然知らなかった。これを家族のみんなに見せたかったのだな。
 雲梯にしては、よくもあんな何度も往復出来るモノだと感心させられる。真剣な表情で雲梯を鉄棒をジャングルジムを横断するRちゃんの体力に感心しきり。
 じゃあそろそろよかろうと、やっと満足しきった彼女を車に乗せ『おきなわワールド文化王国・玉泉洞』へ移動。
 ここの鍾乳洞は規模がすごい。気温は常時21℃らしく、道中のあまりに長い順路に汗が出てきて「もうええわ」と言いたくなるぐらいお腹いっぱい。自然の脅威を堪能するもののRちゃんはもう歩きたくなさげ。
 時計を見るとそろそろ15時を回り初めており、ライヴハウスのリハが16時30分頃からと聞いていたので、そろそろ向かわねばとナビの示すまま出発。やむなしのコンビニ弁当で家族の皆様、ホントに申し訳ない。
 16時ライヴハウス到着後、リハでウォーミングアップし、bambiフラッグもセットし、本番は20時30分頃から。
 定刻になり、宅配便で届けたSuper SonicとBlackストラトで駆け抜ける。

 22時頃に帰還させた母&M姉、我が家族を見送り、3バンドの演奏が全部終わった後、全員でLET IT BEのセッション。
 無事ライヴ終了〜そこから打ち上げタイムに突入。ポップコーンのつまみだけで延々ハイボールとブルドッグ系のスピリッツばかり飲みたおす。

 さらに国際通りの居酒屋へ民族大移動し、沖縄の有名なミュージシャンでグルーヴの主人:がちゃんぴんさんらとの親睦会。沖縄のみなさんも温かいのう。ご尽力くださった皆様に感謝。ギャラも貰えて大感謝!
 午前4時にお開き……だったかな。 

投稿者 yonezawa : 19:30 | トラックバック(0)

2012年 09月 20日

失速打ち上げ

LIBERTY2.jpg

 ここのところ快適なコンディションであったが、ほんの少しだけ夕べの酒が残った感じ。
 取材先各位に誌面構成のための確認事項をメールで通達。

 昼飯、餃子定食。夕べ夜中帰宅した際につくっておいた5L分の麦茶を冷蔵庫に冷やして外へ。少し涼しくなったかと思いきや、今日も充分に暑い。

 お茶の水の楽器屋で買わないストラトを今日も物色しながら心が揺れる。これ以上、揺れてはいけないのだけど。

 雑務と入稿を片付け、夜西麻布へ。
 本年度「失速バンド」の打ち上げ&ビデオ上映会を観るため。
 現地でイースト吉田兄&Tと待ち合わせ、あの日の映像を冷静に初めて観た。
 確か使ったカメラは6台だったらしく、完全にセルDVDのクオリティと言っていい仕上がりだった。編集してくださったSさんに大きく感謝。
 我々ビート・ジェネレーションに関しての編集では、通常の映像ではメインとして考えられるシーンはあえてカットしたそう。(メイン映像に行き着く)途中のカットを意識して繋いでくださったとか。
 その方が荒削りで、ちょりロックっぽい仕上がりになるのだというSさんの熱弁を聞きながら、ハイボール片手に聴き入った。
 本番直前まで不安の塊というのが不思議でならないヴォーカル吉田宏の声は、フロア全部を瞬時に虜にし、圧倒的な存在感で主張する。これこそが天性なのだろう。
 本番までの課程など、なんら問題ない。そしてTJr.Tの叩くドラムスのオーガニックなこと。
 このティーンはその若さで吉田宏と共演出来て幸せだ。
 関係者の皆様、お疲れさまでした。
 独り吉祥寺へたどり着き、禁断の「ホープ軒」中華そば&味玉入り発注。

投稿者 yonezawa : 14:42 | トラックバック(0)

2012年 09月 12日

がんさと30年ぶり

81NJHy4VsjL._AA1488_.jpg

 45年前後前から同級生としての付き合いの続く宮崎県の同志らより「ちゃんとUPしてよね」と再三通告を受けていた。
 今夜の酒席の写真をFacebookに上げてくれと連中は言っているのだ。
 Facebookで、それこそ40年近い昔の友の消息を知る時代だが、小六の頃以来、冷静に会う機会はなかったと思われた幼なじみの一人Iと、馴染みのナイスな串揚げ屋「文」で再会を果たした。瞬間、感無量。

 実は彼が予備校時代の福岡在住の頃、当時おいらの住む平尾のアパートに来て泊まったことがあったというのだが、当のおいらはまるっきり記憶が無い(笑)。
 なので30年ぶりぐらいの再会であることを認識した。
 「さぁどこから話そうか」と、やる気満々で構え(笑)、ともかくこの貴重で重要な時間を無駄にはするまいと、これまでの人生の軌跡から近況までを語り合うときめく時間が過ぎた。

 大手銀行のエリートサラリーマンであることは、彼の職場の駅名で察しはついていたが、Iが実に真っ当にエリート街道を歩んできた様を改めて知った。
 50も視野に入るいい歳のおっさんになっても小学生の頃となんら変わらない。人間として備え持つ優しさはあの頃の温度と同じで、人間は簡単には変わるものではないことを改めて確信するのだった。
 Iとは同級生であり共に剣道部。こうしたクラブ活動でも同じ時間を共有していたことは、学生時代の心象の深さとしてはかなり大きい。
 六年生で主将となったおいらは、あの頃、試合で迎える団体戦のプレッシャーを少し思い出した。次鋒か中堅だったIは試合の時は気が楽だったと笑った。我々の剣道部(男子)は全然強くなかったけれど。
 剣道部の顧問だったK先生宅のすぐ近くに住んでいたIのあの景色、家屋を思い出した。
 様々な懐かしい光景が蘇る。
 「そうだ、酔ってしまってからではFacebookへのUPは困難!」と考え、店の方に2ショット写真を撮ってもらい、店の従業員の協力を仰ぎスマホでUP完了。でも写真は逆さま(後に修正)。
 最終的に話題は自然に家族の方へと流れ、例外なく我が子が最重要事項であることを互いに語り合った。そして、今後我が両親をどう労うか、もテーマに。
 「次回九州へ帰る際には、お前のタイミングにあわせるからさ」おいらの仕事の都合にあわせて、一緒に帰省する機会を作るよとIが大きく笑う。
 I、そしてIの家族のために何か役立つことがあるなら何でもやりたいものだと考え、暮れのジェイク・シマブクロのコンサートは、是非彼の家族と一緒に観に行くべとスマホに記した。
 「これ以上、呑み達人数を増やしてはいけないよ、自分」と、己に言い聞かせなきゃならん程、呑み要員パンク状態のおいらながら、Iの存在はごぼう抜きでプライオリティの上位に食い込んだ。ま、増えてもいいんだけどね(笑)。
 次回は、同じく剣道部で秀才だったあの男。現在、世界的脳外科医のSも参戦なるか?

投稿者 yonezawa : 20:24 | トラックバック(0)

2012年 09月 8日

貴重な夜

41QXb9Q5LyL.jpg
 
 昼食にRちゃんと餃子定食。
 部屋での遊びを終え、すごく久しぶりに近所の大型公園へ。
 ピンクのボールでバレーもどきとサッカーもどきで遊び、雲梯とブランコで際小休止。水筒の麦茶は直ぐに飲み干してしまったので、RちゃんリクエストのAQUARIUSを買った。
 日に焼けるには充分な2時間あまりが過ぎ去り、2台の自転車で帰宅。

 そのまま汗を流すべくお風呂へ。言うこと全然きかない大はしゃぎの姫。ママの前ではやらないと本人の言う、冷水攻撃のオンパレード。

 21時過ぎ、江口さんより連絡を頂き、予定の飲み会へ合流するべく向かう。
 漫画家「江口寿史,大友克洋,コンタロウ,諸星大二郎,星野之宣」の面子が一堂に会するものすごい席に合流させていただいた。
 ギターと出会う以前の70年代半ば、人生で最も重要なカルチャーが「漫画」であり、具体的には「少年ジャンプ」であったが、その頃の黄金のメンバー、そして同時期、「漫画アクション」で活躍されておられた大友さんのメンバー。大友さんの漫画を初めて読んだのは1978年頃『rockin'on』で連載されていた「 大友克洋の栄養満点!」。大好きだった。少年ジャンプの人気企画“愛読者賞”で読んだ『東京の青い空』、『GO AHEAD!!』、『名探偵はいつもスランプ』、また短編の切れ味が何とも言えない『遠い呼び声』、『鯖イバル』など永遠に忘れられない。

 江口さんは勿論、諸星大二郎さん星野之宣さんらも24年前、月刊ベアーズクラブ時代から担当だった。生活の中にごつんと存在していた漫画体験は自分の中でとても大きな存在となり、あの頃の名作は、音楽で言えばザ・ビートルズとかレッド・ツェッペリンのアルバムのようなものとなった。
 初対面だったコンさんとの邂逅にも感激。このような偉人たちとテーブルを囲んで飲めるなんて、まさに編集者冥利につきた。
 この空間のために、札幌から駆けつけて来られた星野さんの気持ちも素晴らしかった。水曜日の夜中に酔ってメールしたおいらが発端になったのだけれど、東京で星野さんにお会い出来ること自体にも感激だった。
 貴重な夜をありがとうございました。

投稿者 yonezawa : 01:15 | トラックバック(0)

2012年 08月 21日

BEAT TAKESHI KITANO 絵描き小僧展

612RXCAWNSL.jpg

 9月で閉館してしまうので、早く行かねばと思っていながら、えらく時間が経過してしまった。
 ようやく本日、東京オペラシティアートギャラリーで開催中の北野武 凱旋「BEAT TAKESHI KITANO 絵描き小僧展」へ到着。
 清潔感のあるフロアにかなりの点数の絵やオブジェが展示されている。
 稀代の現代アーティストであることには間違いない、たけしさんのシャレもふんだんに垣間見られる作品にほくそ笑んだ。

 現地で有名人気作家Bさんと合流し新宿へ。
 Bさんの友人、仕事仲間、身内の方々と、我々3名チームも合流し、居酒屋親睦会。なんと心地よき酒なのだろう。
 みなさま、お疲れさまでした。
 Bさんを見送り、Nちゃん、Yと久々の『ESPA』へ河岸を変え、白ワインと芋焼酎で乾杯。
 なんと心地よき酔いなのだろう。

投稿者 yonezawa : 02:56 | トラックバック(0)

2012年 08月 13日

第3弾

Mariahill.PNG

 我が家のみ第3弾。
 編集Sと地元民Sを招き、焼き肉にシーフード&霜降り肉入りカレーをメインにおもてなし。
 呑む喰う仲間は大好き。美味しい美味しいと言ってくれて大変嬉しい。
 使った直後に洗う台所もテーブルも常にシンプル。
 最後の最後にキャンキャンに冷やした揖保の糸まで平らげて、おなかぽんぽことなった面々、お疲れさま。幸せな時間だったさー。

投稿者 yonezawa : 19:59 | トラックバック(0)

2012年 08月 5日

リハーサル〜ホロホロ集った

61PVxfHRx2L._SL500_AA300_.jpg

 長く打ったblogがセーブする前に消え去り、著しく脱力。
 二回書くと、文章とはまるで違うのがまた不思議。前に書いた文章と同じ文章は何故か書けない。同じ内容の文章を書くのはかなりの精神的体力を要する。
 文章もライヴである。

 普段よりもどえらく早い9時に起床し、4時間の睡眠から目覚めた。
 バンドリハーサルに必死で自転車漕いで到達。10時から12時プラグイン。
 集中力の限界を自覚する2時間で昼食呑みに突入。あとはもう酔うだけ。バンドメンバーと呑みたいがためにバンドやってるのではないかとたまに錯覚するおいら。錯覚なのか否か?
 Harukoによれば今日の昼間は都合4時間呑んでたらしいが、もはや時間をカウントするテンションにはあらず。フワフワ気持ちよし。
 自転車を慎重に漕いで帰宅する頃には「このまま誰が一緒に呑まないかなぁ病」にかかっており、闇雲に地元民に連絡。2時間後に、若者4人がホロホロ集った。
 おいらは冷蔵庫を睨み、手料理の仕込み開始。料理ってなぜこうも楽しいのか。昔とった杵柄が料理であったことが有り難い。
 音楽を聴き観て、映画の世界に埋没しながら、洗い物と追加つまみ作りのタイミングを図りながら、父ちゃん(おいら)は自らの喜びのために行動する。卵焼きと豚肉野菜味噌炒めが評判良し。日本酒は料理に欠かせないな、やはり。

 結果、久々の15時間呑みを経て就寝。

投稿者 yonezawa : 16:41 | トラックバック(0)

2012年 07月 24日

初の青森/三内丸山遺跡1

61SaGmi0uwL-1._SS500_.jpg

 早朝7時起床。身支度を終え、Rちゃんの頭をなでなでした後、家を出た。
 新幹線に乗る際には大概喰いたくなる「崎陽軒」のシューマイ弁当と緑茶を買って、ホームで編集Nちゃんと待ち合わせ。9時間台の東北新幹線「はやぶさ」に飛び乗る。一路青森へ。

 JR新青森駅から在来線でJR青森駅下車。
 海産物やら土産売り場のフロアにある定食屋で海鮮定食を頂き、その足で、明日対談企画の現場となる三内丸山遺跡へロケハンに。
http://sannaimaruyama.pref.aomori.jp/
 付け焼き刃で縄文文化を理解出来るはずもないが、広大な敷地の施設、発掘現場を目の当たりにして理屈抜きに高揚した。幼い頃、秘密基地を作ったようなあの感覚だ。
 館内スタッフの方による懇切丁寧な案内には感激で恐縮だった。
 
hottate.jpg

 パラつく小雨の中、タクシーで青森駅界隈へ引き上げ、宿泊ホテルへチェックイン。
 適当に土産品などを物色、購入した後、我々より少し遅れて到着された学者のO氏をお迎えに駅へ。さらに遅れて到着された我らがBさんとはホテルで合流。1時間前後休息をとり、みんなで夕飯へ。

 BさんとO氏は今回2回目の席なのだという。我々にとって初対面となるO氏と、あっと言う間に打ち解けられたのは氏の度量の大きさだった。
 明日のお2方の対談前故、「明日話すべきエピソード」を避け、それなりに注意しながら大いに盛り上がる。それにしても博学でロマンチックなお2人の発するオーラの素敵なこと。学生時代から自分の大好きなことを追求し、学習し、英知を鍛え、現在に至った男の瞳はキラキラ輝くのだ。
 編集Nちゃんとの初出張は、願ってもないベストな形でスタートした。明日は改めて三内丸山遺跡へ挑む!

投稿者 yonezawa : 01:21 | トラックバック(0)

2012年 07月 20日

西麻布3人会

41UJlO2wsoL._BO2%2C204%2C203%2C200_PIsitb-sticker-arrow-click%2CTopRight%2C35%2C-76_AA300_SH20_OU09_.jpg

 個人的にとても楽しみな夕飯が待ち構える日。
 Y誌Fと、T印刷のKちゃんと3人会。この会は3人がベストだな。
 おいらによく似合う西麻布の和食屋へFが誘ってくれた(笑)。

 日々、有り難いことに様々な高級飲食店での親睦会に参加しているが、この店は相当グレードの高い味で、食べながら料理の有する機微に脱帽していた。
 Fと友になれた奇跡に今日も感謝ながら芋焼酎を生理の赴くまま呑む。
 終電で帰宅するKちゃんを改札まで見送り、Vへ梯子酒。そして最終地のゴールデン街Tで頼んだトマトリキュールのトマトジュース割りで〆。
 指折りにすんばらしく楽しい夜更けが理屈抜きに嬉しい。理屈は充分にあったのだけれども……F兄、ご馳走さまでした。お疲れさまでした。またたくさん話そうぞ。

投稿者 yonezawa : 01:19 | トラックバック(0)

2012年 05月 29日

かなり美味い

51dtXsPbVPL._SS500_.jpg

 昨日、予定とは違って帰宅しなくなったTは、K野宅へ泊まったそうだ。
 温泉&マッサージとくつろいでいるそうな連中とK宅で合流し、Kの手料理で晩酌開始。
 鮎と刺身と鶏のトマトソース煮がいいつまみ。K野よありがとうだ。
 Tを見送るついでに五反田駅前の立ち食いうどん「おにやんま」で〆のうどん。ここ、初めてやってきたが「丸香」に次いで好き。かなり美味い。唐揚げもイケた。

投稿者 yonezawa : 21:22 | トラックバック(0)

2012年 04月 27日

S&Kちゃん

51Dizh1i1VL._SS400_.jpg

 仕事が画立て込むのである。午後の早い時間は、GW中の一部出勤が確定した瞬間でもあった。
 熱烈なる対談原稿を最終局面の状態にとりまとめ、後は野となれ山となれという意識で優秀な若き担当編集者へメール中継。
 物理学を付け焼き刃で扱った割には興味の度合いはビッグバンのよう。獏さん、佐藤勝彦先生は偉大すぎた。ああ〜宇宙のことがもっと知りたい。
 今日の原稿は6月発売の季刊誌「kotoba」に掲載予定。
http://kotoba.shueisha.co.jp/

 20時には仕事を投げ、GW中の出勤を再度覚悟し、本日はSとKちゃんの入籍祝いのワインパーティーに合流した。
 2時間近くも遅刻してしまったおいらだったが、お二人の笑顔に触れることが叶いまずは安堵。
 なんにせよ、全員で今年の沖縄でいい時間を共有出来たらいいものだね。
 直筆メッセージをしたためたRちゃんのパワーを感じながら、ほろほろ酔いが回ってきた頃おひらきに。
 S&Kちゃん、末永くお幸せに!

投稿者 yonezawa : 17:51 | トラックバック(0)

2012年 04月 12日

改めて『大江戸釣客伝』

41bUVyIHQgL._SS400_.jpg 41pGPuZB7SL._SS400_.jpg

 それにしても夕べのパーティは中身も規模もすごかった。

 集った来場者の豪華なこと。
 作家、北方謙三氏、大沢在昌氏、漫画家:谷口ジロー氏、猿渡哲也氏、寺田克也氏、松本大洋氏、板垣恵介氏他、落語家:春風亭昇太氏……っともう全部は書き記せない。

 ネットサーフィンをしたら、たまたまおいらのブログにたどり着いたとおっしゃった猿渡さんのお言葉には恐縮。猿渡さんは家康さんの著作本『癌-ロックンロール―金髪ドクター、6度の癌宣告-6度の復活-赤木-家康/』
http://www.amazon.co.jp/dp/4782571003/
を知っておられた!
 ヤンジャンが誇るスーパースター猿渡さん。
 作品の放つ尋常でない迫力と精神世界の描写は他作品を圧倒するものがある。が、ご本人の温かい人間性は、作品とは別ベクトルの魅力に満ち溢れておられる。
 数年前に仕切らせて戴いたQ.タランティーノと猿渡さんとの対談は楽しくて貴重な思い出となった。
 おいらはまだ一度も氏の漫画担当の経験がないものの、年賀状のやりとりをさせて戴けている有り難い距離感には常々幸運を感じている。

 帝国ホテルの立食パーティで、あまりに空腹すぎたおいらはいきなり炭水化物ばかり摂取してしまった。編集Nちゃんもおいらに続く(笑)。

 『大江戸釣客伝』のカヴァーイラストレーションは漫画家の松本大洋氏。二次会のパーティ会場で氏と初めて談笑する機会を得られラッキー。

 獏さんはご本人も作品も最上級。この表現に一切の誇張はない。

 獏作品の放つ威力に酔いつつ、改めて、獏さん自身の人徳をもうかがい知る貴重で素敵で愉快な時間が過ぎた。改めて末席にお邪魔させていただけてラッキーだった。
 集った多くの関係者は、獏さんの創造した物語に感服し、称賛し、羨望の眼差しで見つめていた。
 北方さんがスピーチで語っておられたが、作品を含めた獏さんのすべてが羨ましいという感想にはまったく同感であり、同時に同じ時代を生きることが叶ったこと、自分の置かれた環境、境遇にも感謝する想いがした。

 涙の量としては今のところ圧倒的に『神々の山嶺』が生涯断トツながら『大江戸釣客伝』の放つ筆致の技量と言うか、ゆとりあっての筆運びは素人のいち読者の感性も直撃し、僭越ながら勝手に大いなる進化を感じたおいらだ。
 ただただうなるばかり。獏さんには物語と文章の神様が今も憑いたままでいる。

 そうそう、昭和6年生まれの親父は、あの頃当たり前に釣りがものすごく上手かったのだ。

51aA0v%2B5rcL._SS400_.jpg 51CUbHYgBML._SS400_.jpg

 今夜の遅い晩飯は先輩のT氏と。
 そんな長い間呑むつもりじゃなかったのに、気がつけばもう夜が明けてきた。

投稿者 yonezawa : 13:53 | トラックバック(0)

2012年 04月 11日

アイルランドの格言

516Wz0bOU8L._SS400_.jpg
 
 Dance as if no one's watching, sing as if no one's listening, and live everyday as if it were your last.

(だれも見ていないと思って踊れ。だれも聞いていないと思って歌え。あなたが最後の人だと思って、生きろ)
 
 夢枕獏『大江戸釣客伝』は第46回吉川英治文学賞を受賞し、本日、贈呈式が東京・内幸町の帝国ホテルで行われる。
 ノンフィクションの叩き台に獏さんならではの演出が加えられ、物語が加速するに連れ一気に読破させられた作品だった。
 物語は、津軽采女(うねめ)という実在の、釣りの魅力に取りつかれた江戸時代の旗本が狂言回し。浮世絵師の多賀朝湖や俳諧師の松尾芭蕉、その一番弟子である宝井其角、はては徳川光圀までが登場し、物語を彩る。
 江戸時代の元禄期に制定された驚異のお触れ「生類憐れみの令」により、釣りが禁止になったという、釣り人にすればなんとも理不尽な時代を背景に息づく者たち。綱吉の感覚は理解のしようがない。
 その時代は、まだ“すれていない魚”だったのだろうか。
 昭和40年代、祖父の家を訪ねた週末、時折親父と釣りに出かけたのが、真っ当な釣り体験としては唯一に近い思い出となった。
 堤防を越えて草むらをかき分け、石の下にうごめく虫を針につけ、ハエ(ハヤ)をほいほいと釣るのが親父だった。釣った魚は即座におふくろの手によって調理された。
 川魚はめちゃめちゃ美味いと知ったのもこの頃くらいからだったか。

 獏さんには活字の神様がまだ憑いたまま。
 獏さんは朝日新聞で「最近やっと釣れない時の釣りも楽しめるようになった」と語っておられた。獏さん、おめでとうございます。
 おっと、そろそろ授賞式の時間だ。準備しなきゃ。

投稿者 yonezawa : 00:20 | トラックバック(0)

2012年 02月 21日

半分しか生きていない

51%2Byc3Lrd3L._SS500_.jpg

 北九州の義理母から食材などがびっしり詰まった段ボールが到着した模様。
 たくさんの贈り物の中に、衣をつけた揚げるだけのエビフライ(など?が)冷凍され入っていたそうで、今朝の朝飯はそれ。
 母の味のエビフライ。美味かった。近々電話しなきゃ。
 午前より稼働し、打ち合わせのため某オフィスへ。
 
 グラミー6冠の日から毎日『Someone Like You』ばかり聴いている。
 アラニス以来だ、こんなヘヴィロ。

 夜、おいら一人がぐっと平均年齢を引き上げてしまった20代の3面子と四人飯。
 一人は、まだおいらの半分しか生きていないと考えるとなんだか侘びしいものの、とんでもない程楽しい夜更けとなった。

 博多のもつ鍋を人数分頂き、明るい農村のボトルが空いた。「馬刺しは初めて食べます!」と終始笑顔のZくんはおつかいで中抜けし、再び河岸を変えた新宿で合流。
 ゴールデン街の梯子で〆『凪』のつけ麺までフルコース。
 K印刷のIくんは26歳なのに真っ先にオチてしまったよ。みなさん、お疲れさま。H、サンキュ! 年内にもう一度やろ!

投稿者 yonezawa : 04:29 | トラックバック(0)

2012年 02月 14日

Margaret

41f99B42OaL._SL500_AA300_.jpg

 午前8時過ぎには起床し、正真正銘のロックシンガーと認識しているLさんのインタビュー取材のため市ヶ谷のソニーミュージックを訪れた。
 わずか1年足らずで著しい成長を遂げるLさんの真摯な熱が伝わる素晴らしい取材空間だった。Lさん&スタッフのみなさまに感謝。可愛らしいチョコには感激。
 社内フロアでジェイク番のKAZYを見つけ、ランチをご一緒することに。KAZY感謝!
 
 神保町へ帰還。S社Mさんとミーティングを終えた後、編プロで校了。
 
 夕方、青山へ。日本屈指の大物ミュージシャンIさん事務所でミーティング。

 神保町へ帰還。再び編プロで校了。
 
 夕方、神保町の中華屋へ。集英社が発行する日本の月2回刊少女漫画雑誌『マーガレット』 (Margaret) の懇親会に参加。
http://margaret.shueisha.co.jp/
 カメラマン率の高いテーブルでビールと焼酎を飲んでいたら、遅れてカメラマンの貫がやってきた。
 編集部全員のみなさまをご紹介いただき、とても和やかな空間に心が和む。
 河岸を変えて貫と二次会のバーを訪れたところ、偶然、編集長Sちゃんを除くマーガレット編集部の全編集者が交代で入ってきた。
 「んじゃあ一緒に飲みましょうや」と宅を囲み、爆笑の世が更ける。全員、とにかくナイスなスタッフばかりでSがちょっと羨ましくなってしまったよ。
 皆様、お疲れさまでした。&感謝!

投稿者 yonezawa : 11:37 | トラックバック(0)

2012年 01月 26日

池林房2012

31yS62vwkQL._SS400_.jpg

 対談原稿の音声起こし原稿が納品された。軽く5万字を超えたテキストを最終的に8千字以下にブラッシュ・アップすることが主題。
 夜、23時過ぎに一区切りつけ、第四編集部新年会の最終地、新宿三丁目の『池林房』へ向かう。
 蒼々たる漫画家他の集う席に着席。
 少し遅れて有楽町からかけつけた先ちゃんは、その頃おいらと向かい合わせにいらっしゃった平松伸二さんの席へ座した。ちなみに、隣にはまつもと泉さんの姿が。
 35年前後頃昔、少年ジャンプの黄金期を支えた先ちゃん、平松さんらとの語り合いの席で感じられる空気というものに、何かたまらない郷愁のような匂いを感じていた。
 いくら身近で、いくら長き歴史を編集者が漫画家と共有しようとも相容れない彼らの距離。そうした当たり前のことを、非常にノスタルジックな寂しさの混じる不思議な気持ちで見つめていた。酒が体中に回ってきたこともあろう。
 懐かしき面子に、リスペクトする気持ちを直接お伝え出来る貴重な場所。蒼々たる漫画家との時間を最大限に楽しませていただいた。
 最後の面子は先ちゃん、ごうちゃんらと『呑者家』。午前8時。飲みながら先ちゃん共々、少しオチた。みなさん、お疲れさまでした。

投稿者 yonezawa : 16:24 | トラックバック(0)

2012年 01月 21日

喫茶ルオーとbambi

K0000232992.jpg

 寝て、起きたら3時間30分が経過していた。
 眠気と気怠さを抱えているものの、そんなことは言ってられない。
 なる早で身支度を済ませ、JRと地下鉄を乗り継ぎ『本郷三丁目』駅に着いたのは丁度正午。
 徒歩で『喫茶ルオー』を目指す。

 『喫茶ルオー』は 本郷通り、東大正門のはす向かいに位置する。今回、この地をアカデミックな某2氏の対談場所に決めたのだった。
 集合30分前に到着したおいらは、朝昼兼用の飯を喰らう気満々。編集Wくん(東大生OB!)、そして時間前には必ず現れるカメラO&アシスタントの方らと合流し、店内の2F席に取材場所を確保。
 ここの店はカレーが有名と聞いていたので迷わずそれを注文するのだが、先に到着していた編集Wくんが席に着いたらお冷やに続けて(自動的)カレーが出てきたと語っていた(笑)。ホンマかいな。
 正午と言うこともあって満席状態ながら、とにかく快い取材空間を提供してくださり、一つ一つの事柄にものすごいお気遣いとご協力してくださったご主人、おかみさんの配慮に感激だった。今年(確か)53歳になるハズの編集Kちゃん(東大生OB!)が現役の頃は、たまにここのカレーを喰っていたというので、少なくともその歴史の長さを知らさせる。

 対談に関する事の顛末は、覚えていたら3月中のどこかで書き記したいと今日の時点では考えているところ。あまりにアカデミックな対談内容に驚嘆し、己の可哀想な頭脳を恨む局面もしばしば。すさまじき議論応酬の証人となった。

 取材を終え、即座に新宿へ電車移動。雨の降りしきる中、初めてやってきた『新宿ペンタ』に到着したのは午後5時30分。30分の遅刻を許せbambi。
 年明け初のbambiリハーサルは、本来の目的である大新年会の前に行われた。
 300数十曲を数えるレパートリーはいまだ変わらないペースで増え続けている。練習不足のへたれギターで応戦。
 リハ後、徒歩で『ちゃんこ両国』へ移動。
 宴にはカメラT&K子ちゃんも参戦。総勢8名で爆食爆飲の新年会は勃発。

 明日、キーボードのSくんは、フィアンセであるK子ちゃんのご両親にご挨拶をしてくるのだと言う。つまり両親からの承諾を戴く、あるいは許しを請う、という男子最大の関門突破か否かの前夜祭なのであった。

投稿者 yonezawa : 14:43 | トラックバック(0)

2011年 12月 26日

サンタさんから貰ったプレゼント

302.jpg

 イヴの日、サンタさんから貰ったプレゼントとお手紙を、缶のボックスに入れては毎日出したり閉まったり。
 Rちゃんの枕元には大きな袋に入った、本人希望のプレゼントがたんまり届けられていた。

 一方、イヴの日も半端な大掃除の途中だったおいらは、破棄する書類やらの整理で袋一杯にゴミを詰め込み、そのまま寝てしまった。
 朝、部屋にやってきたRちゃんは、すでにサンタさんからのプレゼントを紐解き、ひとしきり遊んだ後の様子。「サンタさんからのプレゼント? うん、もらったよ……おったん、これ何?」枕元にある夕べのゴミ袋を見るなり「おったんはサンタさんにごみをもらったんだね」とRちゃん。
 「ピンクのギターをたのんだらよかったのに」と二言。

 夜、T先輩のお誘いを受けた。
 2012年ミシュラン東京の「三ツ星」獲得店『鮨よしたけ』へ。
 特にミシュランに興味があるわけではないが、寿司番長なT先輩のお供は大歓迎なのであった。『鮨よしたけ』には店舗が六本木にあった頃お邪魔した以来。
 ノミネートナシでいきなり三つ星というケースは本当に稀だそうで、確かに創作に凝ったつまみの完成度には感心させられた。シャンパン2本がほろほろと空いた。

 バーNへハシゴし、内容の濃き爆笑トークに思わず力入る。
 別店舗VのMも合流し、年内に閉まってしまうという六本木のバー『NEST』でほろ酔い気味のマスターと乾杯。
 さらに真希うどんへと河岸を変え、再び焼酎につまみのうどんなど。
 これ以上はないアホ呑み展開に、糞寒い戸外に出ても頬は火照っていた。

投稿者 yonezawa : 05:08 | トラックバック(0)

2011年 12月 16日

世界的レーベル

B000G1R3RQ.09.LZZZZZZZ%5B1%5D.jpg

 長きにわたり世界的レーベルに所属される、日本が世界に誇る音楽家Mさんと念願の忘年会が叶った。
 大概こうした親睦会を行う場合、港区界隈の飲食店でお会いするケースが多いのだが、今回は思い切って縄張りの新宿へお誘いさせていただく。

 お伝えしなければならないいくつかの案件があったこともあり、本来喰うべき場所のカウンターではなく、プチ個室を予約した馴染みの寿司屋で江戸前の握りを堪能。

 ここまでたおやかに、優雅に、そして朗らかな表情をみせる彼女の人間度量にはその都度驚かせられながらも、この貴重な空間を素直に歓んだ。
 体調面で心配していた部分も、今日のご本人から窺った直接の説明で安堵。
 それにしてもなんと魅力的な方なんだろう。
 壮大なオーラを感じさせるスケール感。お会いする度にMさんから学ぶものは、まだまだ抱えきれないほど見いだされてくるのだった。
 
 食後、もう1件だけおつきあいして欲しいバー『シンクロニシティ』へお連れし、共に芋焼酎のお湯割りを軽く頂いたところ、店主Oちゃんはタッチの差で出勤しておらず残念。なんてこと!
 Mさんとの空間は、おいらの音楽人人生を顧みても、最も重要な空間の一つ。
 おいらの来年の願いは、Mさんがストラトキャスターを弾いてくださった後の感想を窺うこと。

投稿者 yonezawa : 19:39 | トラックバック(0)

2011年 12月 15日

ひまわりオイル

america.jpg

 編集Nさんと今年最後の飲みとなった。
 行きつけとは言い難いが、歩いて数分の串カツ屋で夕飯を頂くことに。
 こちらの店舗Fは、大将が大変気持ちのよき若者で大好き。従業員の方もとにかく聡明で印象のよい接客を心がけてくださる。
 「串カツなんてもたれそうなモノを、年甲斐もなく酒のつまみによく選ぶな」という声も聞こえてきそうだが、ここの串カツはまるでもたれない。何度か通い、その現象が不思議だなと思って大将に訪ねたら「ひまわりオイルを使用しているんです」と答えが返ってきた。原産国はイタリア。

img55822255.jpg

 試しにと、油そのもをなめさせていただいたが、オイル特有の濃さは微塵も感じられないノンストレスの油という印象。これ、自宅でのカツ類や唐揚げなどでも使ってみたい。

 結論、結構な量をガツガツいただく。大満足。
 その足でNちゃんの知っている港区のバーへ移動。おいらにしれば初の店舗に落ち着き、今年彼の持ち場でお世話になった、いくつかの仕事を振り返り乾杯。
 たまたま、映画に精通するYさんとの出会いがとても嬉しく貴重なものとなった。遠慮無い、本気の映画話で夜が更けた。

投稿者 yonezawa : 19:38 | トラックバック(0)

2011年 12月 1日

忘年会1

515ziY3e1SL._SS500_.jpg

 月曜日から我が家の姫とは出会えず。
 いよいよ寒くなった。上着のポケットに手を入れなきゃ屋外での移動は厳しい。
 単行本作成の際、御世話になっているホーム社さん主催の忘年会会場『学士会館』へ初めてお邪魔。
 22、23年ほど昔からの恩師:Oさんと久方ぶりに再会を果たし、忘年会の約束をとりつける。
 立食の場でつまみをいただきながら、ビールに白赤ワインを数杯。
 いよいよ様々な忘年会の予約時期は押し寄せる。携帯に届くのは日程確認のメール頻度多し誰といつ何を食べるのか、手帳とスマホの睨めっこが始まる。

投稿者 yonezawa : 18:05 | トラックバック(0)

2011年 11月 12日

明治記念会館

ieyasu.jpg

 睡眠3時間で起こされた。この5日間、ほとんど会う機会のなかったRちゃんと午前8時過ぎより、しこたまパソコン・ゲームにつきあった後、西友までお買い物。
 言われるまま、まだ全体的に湿り気のある公園へ立ち寄った。ベンチで美味しそうにリンゴジュースを飲み干す我が子。
 プリキュアの食玩製品に入っていたのは指輪だった。
 気が済むまでブランコに乗り尽くした後、帰宅。

 昼食は炊きたてのご飯でチャーハン。
 午後3時30分を回った頃ギターを担ぎ、身支度を終えたおいらだけ先にJR信濃町駅を目指した。

 『癌!癌!ロックンロール』~金髪ドクター、6度の癌宣告&6度の復活~というタイトルで今月書籍が発売されるのだが、その出版を記念してのパーティーがなんと明治記念会館で行われた。
 おいらチームはBambi−2の面々でバンド・サポートとしてオープニング演奏予定。勿論メイン・プレイヤーは家康医師。

 会場のセッティング中、同時にリハーサルを終えた。やがて続々と招聘されたゲストの方々がご来場。結局、総勢350名前後の方々が集う大パーティとなっていた。
 ほぼオンタイムで、18時からの本番ライヴがスタート。我々の持ち場はとりあえず4曲。

●Hole lotta love
●Hey Joe
●Sunshine of your love
●You shook me

 今回初めて「Hole lotta love」を歌うことになった。イースト吉田兄の大変さをしみじみ痛感。世界一難しい楽曲を必死でシャウトしながら、ジミヘンへと王道の展開で弾き抜ける。
 急遽歌を担ってくれたVO.harukoのおかげで、ジミヘン、クリームとギターに集中出来、安堵していたが、やはり彼女の力を借りて正解だった。
 本番を、申し分のないパフォーマンスで締めてくれたのがともかく有り難い。

 大好きでも一生演奏することはなかろうと思っていた「You shook me」まで、こんなタイミングで弾く機会を得るとは……

 LED ZEPPELINの奥深さは「Hole lotta love」のブレイクポイントにもあった。
 曲中、「Way down inside... Woman... You need...Love.」の件、「You need...」の後のコードは、これまで意識もせずDーAとばかり思っていたが、ここEーAなんだな。
 これは驚きの発見。みんなそう弾いてなかったか? おいらだけか?
 家康バンドのおかげでこんな驚愕の発見をしてしまった。

 今夜の素晴らしいイベントに関わったすべてのみなさま、お疲れさまでした。ありがとうございました。
 しかし明治記念会館で誰かがツェッペリンやジミヘンやクリームなんかを演奏した歴史があったろうか。それもよりによって「Hole lotta love」なんて……。きっとなかろうと高い確率で想像する自分だ。
 それにしても明治記念会館の料理はナイス。
 ちょっとした出版社忘年会以上の豪華で賑やかなパーティであった。家康さんは偉大だ。 

投稿者 yonezawa : 20:30 | トラックバック(0)

2011年 09月 23日

陰陽師 朗読コンサート

61jbn%2BfXD8L._SS500_.jpg

 午後、広場で自転車に乗せたいがため、代々木公園までRちゃん共々連れ立った。
 遅れて母と姉とも待ち合わせし、ちびっ子のサイクリングコースを周回するRちゃんに数分つきあってもらう。
 ひとしきり乗せた後、新宿駅でRちゃんとママを見送った。

 初台駅近くの「代々木能舞台」でおこなわれる夢枕獏さんの『陰陽師 朗読コンサート』へギリギリのタイミングで入場。
 オフィシャルサイトによる概要は……「夢枕獏の自作「陰陽師」朗読と、仏ジャズ楽士・Ky [仲野麻紀+ヤン・ピタール] の自在な旋音とが代々木能舞台で出会います。日本人作家=夢枕獏は、2010年にフランスで開催された講演会「陰陽師を通じてみる日本」で、そのフランス語訳を介し、多くの方々を魅了しました。講演翌日、「陰陽師」の世界に惹かれ、その世界を音で語ろうと試みたグループ=Ky [キィ]と突然始まった「Kyと夢枕獏」による朗読コンサート。この出会いが、2011年秋に、日本の代々木能舞台でふたたび実現いたします。」
 
 一部での神妙な「陰陽師」朗読も勿論素晴らしいものがあったが、二部でのフリートークを交えた、仕事でなく獏さんが書きためたという詩の中から数本を朗読したシーンもよかった。 ここで読まれた詩がとにかくよかった。

 身体の緩み、年齢による体力の衰えを感じてきた世代にとってはより身にしみる詩であり、個人的にはうなずくばかりの内容だった。
 獏さんは言葉の達人である。この思いは20歳から今日まで変わらず、今後も永遠に続いていくことが分かっている。

 終演後、打ち上げの席に母と姉と一番最初に到着し、先にビールで乾杯。
 母は元々飲めないのだが、1杯だけは形だけでも乾杯につきあってくれていた。しかし、先週も今週もすべてノンアルコールを貫き、今日もジュースとお茶で乾杯。
 「昔、黒ビールで乾杯したことがあったね」と、独身の頃のおいらと親父の3人で飲んだビールの話をしてくれたが、どの黒ビールだったのかを思い出せないおいら。

 やがて打ち上げの面々が全員集い、もう一度乾杯。
 獏さんと母との時間を設ける瞬間が純粋に嬉しくて、とてもとても幸運を感じていた。母にも優しい獏さん、ともかく自らの宣言通り、ぶっ倒れるまで書き続けてください。こちらは死ぬまで読み続けます。

c84d5beb.jpg

投稿者 yonezawa : 16:29 | トラックバック(0)

2011年 08月 27日

宴会

51wc2bjkSyL._SS500_.jpg

 夕べの打ち上げから日付が変わっても、まだまだ宴会は続いていた。
 それにしてもなんと豪華なメンツなんだろう。打ち上げ会場には、これまでお会いしたことのなかった浦沢直樹さんや、しりあがり寿さん、お笑い芸人のバッファロー吾郎さん、東村アキ子さんら...の姿も。
 エキシビジョンマッチでものすごい回答を魅せた寺田克也さんとは久々の再会となり、座の中には西原理恵子さんや島本和彦さん、とり・みきさん、ズミー(泉晴紀)、さやか嬢(山崎紗也夏)...らの姿も!
 今年5月25日には『ぱじ』愛蔵版
http://www.amazon.co.jp/dp/4087823768/
を発売し、傑作コミック『星守る犬』
http://www.amazon.co.jp/dp/4575301434/
は文化庁メディア芸術祭に取り上げられ、映画化された同作品『星守る犬』
http://hoshimamoru.com/index.html
は大ヒットに導かれた。村上たかしさん&奥様との再会も毎度毎度有り難い空間だ。

 この機会でなければ話しなどできそうにない豪華メンツとのひとときが貴重だった。村上さん担当の時にこさえた、連載記念の品:トート・バッグは今でもメインで日々活躍している。
 昨日の本番でのおおひなたごうちゃんは、過去のパフォーマンスを含めても際だって素晴らしかった。仕切りは勿論、演出も感動的なほど。
 ともあれ、ごうちゃんお疲れさま。
 ヤンジャン編集Fの腕はそもそも知るところながら、解説として会場を温めるトーク内容の的確さには舌を巻いた。
 ともかく演者のレベルは勿論ながら、関係者のスキルも最大限に極まった大会となっていた。当然打ち上げも盛り上がるハズだ。

 なんだか座敷で延々と立ち話になってしまった喜国雅彦さんとの音楽談義も最高。贅沢すぎる時間が過ぎる。
 編集Hちゃんと地元の呑みだちSと隣の居酒屋に場を移し、さらに痛飲。
 世代の違う面々、みな呑み体力万全な感じ。当然、始発などとうに出ている中央線で帰途に。

 午前、Rちゃんの刺激で起き上がるモノのスイッチがなかなか入らない。
 しばらくゲームなどでお茶を濁した遊びにつきあいつつ、夕方のbambiリハへ。
 リハ後のいつもの晩餐は今日だけは厳しかろうと、心は「帰宅」と準備していたくせに、やはり「全員が揃った酒席を外しては勿体ない」といった思考が働き、赤・白ワインで派手に呑みつつ盛り上がる。
 そしてまさかの「もう一度スタジオに入る!」といった、とんでもない展開となり、全員悪ノリ大セッション大会へと突入。もう止まらない。

 パンクバンド的演奏を終え、疲弊気味で解散しながらも、まだ呑む気満々のキーボードSと『闇太郎』へ移動。時間と眠気の来るまで飲み明かした。
 「これは、20代前半の呑みですよ!」と、20歳代半ばを過ぎた、おいらを誘った張本人がボソっと漏らした。

投稿者 yonezawa : 00:33 | トラックバック(0)

2011年 08月 8日

ミッション:8ミニッツとTさん

41wp9Li7BuL._SL500_AA300_.jpg

 何事もなかったかのように、いつもの電車に揺られている。快晴の天候。今日も暑い。
 目黒:ウォルト・ディズニースタジオで試写予定の新作映画「ミッション:8ミニッツ」鑑賞のため、初めて試写室を訪れる。
 色んな意味で凄い映画。一瞬たりとも目が離せなかったことは確か。監督はダンカン・ジョーンズ。デヴィッド・ボウイの息子だ。

 ユニバーサルより、村治佳織の新作からチョイスされた4曲入り音源が到着。ビージーズの『愛はきらめきの中に』が優しく美しい。弾きたい衝動全開。
 坂本龍一が彼女のために書き下ろしたという新曲も完成盤には収録されている模様。楽しみ。

 午後6時過ぎ、いきなり携帯にある男性:Tさんから電話がかかってきた。瞬時、卒倒しそうになる。
 すべての業務を蹴散らし銀座で会食のお誘いを勿論快諾。午後6時40分には銀座に到着していた。
 信じがたきガチのサシ飲み状態がおよそ2時間30分。夢のような時間が過ぎ去った……幸せ過ぎる。
 高級赤ワインにフレンチのコース料理が目映い。
 ボーイの方に「隣のお客さんからです」と言われ、40年もののドンペリ(気泡が抜けていない! 多分1本数15万円くらい?)を一杯ずつ頂いたのだが、そのテーブルの主は紫綬褒章も受章してるジャズ・ピアニストの草分け:穐吉敏子さん……っとこちらも驚愕。熟成されたこの味は記憶に留めたし。
 なんとも浮世離れした風景が、本当に夢の中の出来事のようだ。
 何も土産を持っていけなかったおいらは、Tさんに丁度届いたばかりの佳織ちゃんのサンプルCDを贈呈させて頂いた。生きててよかった。

投稿者 yonezawa : 13:19 | トラックバック(0)

2011年 06月 25日

THE MODS 30周年 日比谷野音

51ZHPeTSgIL._SS500_.jpg

 K渕兄から、先日演奏したおいらのライヴ姿の「雄志」(笑)を激写してくださったという写真がメール到着。大感激。

 小雨ぱらつく中、Twitterにつぶやきながら日比谷到着。会場回りの観客が熱気を発散している。
 今夜はTHE MODS in 野音。今夜、彼らの30周年となるメモリアル・ライヴは見届けねばならなかった。
 
 おいらが福岡在時代、彼らのデビュー・アルバムは、海外ミュージシャンやバンドのそれとは別に、特異な地響きと得体の知れぬエネルギーを感じさせたものだった。
 当時、THE MODSがどうクールに映っていたかは、今の想いとさして変わらないように感じる。

 想像し続けた野音のTHE MODS、結果は一点の曇りもないパーフェクトなパフォーマンスであり演奏であった。
 パンクバンドというイメージ故、演奏技量に関してはとりたててクローズアップはされてこなかったのかもしれないが、演奏にしても実はめちゃめちゃ上手いバンドであるし、見られることを熟知しているエンタテインメント性は世界有数であると言ってもよいと確信する。
 
 森山さん他、メンバーのすべては完璧と言えた。
 苣木さんの、特にゴールドトップのファズサウンドはため息モノだ。今日も上半身裸のまま心臓に突き刺さるようなボトムを刻む北里さんのホンモノさ加減。ドラムスのしゅうくんは今年5周年だと言うが、もう彼不在のTHE MODSは想像できない。素晴らしいドラムングにも注目させられた。
 30周年の迫力と共に、彼ら全員のピュアネスさ加減に終始打たれ続けていたおいらだった(涙)。

 銀座で一杯、新宿で一杯の梯子酒を今夜は高橋ツトムがごちそうしてくれる。
 高橋ツトムはTHE MODSの身内のような距離にいる男だ。

 その後、打ち上げの席へと合流させていただき、そこから延々夜中まで語りあってくださるメンバーの皆様に感激を通り越した歓びを感じ受ける。
 THE MODSのロマンチストさ加減にため息を漏らす瞬間は何度も訪れた。“破格のロッカー”とのしびれる夜が更けていった。

 LED ZEPPELIN及び洋楽ロックとはまた違う、博多時代から一度も歩みを止めていないバンドTHE MODSは今日も素敵だ。それこそ「“本物のバンド”ってのは誰のことを指すのか」を認識させられる空間。

 THE MODSとのフレンドシップを生涯大事にしてゆきたい。
 THE MODSにもう一度、大感謝。

投稿者 yonezawa : 12:15 | トラックバック(0)

2011年 06月 20日

失速バンド2011

821.jpg

 2011年度『失速バンド』無事終了。

 K渕兄、最前列で「来場アピール」に感激。bambiご一行様ご来場に身内感激。
 H、C、Sの精鋭ご来場、嬉しかった! 吉田さんファミリー全員に感謝。T、撮影今日も感謝。本酒飲み干すYに感謝。
 
 本番で結局持って行ってしまう吉田父さん、今日も素敵でした。
 哲のベースは偉大です。
 K野は失速参加史上最も度量のあるプレイだったのでは?
 そして義太夫兄のラウドな出音に安心感極まり、後ろを振り返ることもなく終盤まで駆け抜けられたことは貴重な体験でした。

 書ききれていませんが、多数の皆様方のご来場にメンバー一同心より感謝申し上げます!
 そんでBEAT GENERATIONの面々、お疲れさまでした。

 2011年度 BEAT GENERATION

 ●吉田宏 Vocal
 ●甲野勝之 Guitar
 ●池田哲也 Bass
 ●グレート義太夫 Drums
 ●米澤和幸 Guitar

❶Good Times Bad Times / LED ZEPPELIN
❷The Ocean / LED ZEPPELIN
❹Celebration Day / LED ZEPPELIN
❺花・太陽・雨 / PYG
❻やさしい悪魔 / CANDIES

2011.6.20 BEAT GENERATION at 目黒ブルースアレイ

投稿者 yonezawa : 15:25 | トラックバック(0)

2011年 06月 12日

松下奈緒コンサートツアー[Scene#25]

image008.jpg

 今日の休日は昨日よりも早めに家を出なければならない。
 外の広場でテニスもどき、サッカーもどきのお遊びをやるものの、1時間も遊んでやれないまま、外出なのでRちゃんの機嫌は昨日よりも悪くなった。
 「ふん! おったんなんかもういいからいって!」とお見送りもナシ。トホホ。Rちゃんごめんなさい。

 17時30分開演の松下奈緒コンサートツアー[Scene#25]ファイナルを観るべく、三軒茶屋「昭和女子大学人見記念講堂」を目指す。
 この会場は初めて。開場前から大勢の人々が入口付近に集っている。
 やがて編集Sが到着し入場。オンタイムで始まったコンサートは、MCと演奏が心地よい間で進行されてゆく。
 NHKの連ドラや紅白の司会もこなしてきた彼女の雰囲気も、一つの円熟期を思わせるシーンもあり、確実にライヴというフィールドでも成長を遂げる本人の機微を感じていた。
 ファイナルということもあってか、バンドメンバーとの相性もバッチリ。
 ある意味、お手本のようなコンサートだったと言えた。

 終演後、控え室でご本人へライヴの感想をお伝えした後、ホールを後に。

 編集Sが以前訪れたという、三茶駅界隈の九州料理屋へ。メニューにある水炊きが嬉しい。
 注文を取りに来た女のコの料理の説明がなかなか流ちょうだったので、「九州の方ですか?」と聞いたら彼女は「はい!」と答えた。

 「どちら?」
 「鹿児島です」
 「市内?」
 「いえ……」
 「(鹿児島の)どこ?」
 「すごい田舎なんで……」
 「どこなの?」
 「薩摩川内というところで……」
 「マジで? 住所は?」
 「M町」
 「30年前に3〜4年住んでたよ。おれ」
 「ホントですか!? (お客さんの)住んでたところは?」
 「H町(笑)」
 「分かります(笑)。なんてことでしょう!」

 っと、超ローカルなもの凄い会話がなされ、しかもさらに聞けば彼女は高校の完全な後輩であることも判明。奇遇な夜もあるものだ。

投稿者 yonezawa : 15:20 | トラックバック(0)

2011年 06月 11日

Nama saya YONEZAWA

51Za5e1dUdL._SS500_.jpg

 明け方までなんやらかんやらの雑用で、起きたのが昼間でも4時間程度しか寝られなかった。
 Rちゃんお遊び攻勢にも対抗出来ず、お昼寝しようと提案して強引にあと1時間寝た。Rちゃんもお昼寝したのかな?
 
 夕方まで、自転車のRちゃんと買い物に行ったり色々遊んで、一人19時30分待ち合わせで新宿:犀門へ。
 今年最大のニュースとなる「身内同級生Y♂結婚!」のニュースは衝撃だった。
 いつもの通り、疎遠なまま連絡もろくに入れないYからある日珍しく電話がかかってきた。
 おいらは誰かとの飲みの席で、声がよく聞き取れなかったので、そのニュースに耳を疑い、何度も聞き返したほど。

 後に伺ってみれば、相手の女性はインドネシア人で丁度一回り若い方だそうだ。
 同級生であり、親友のハズのYの住まいは東京から千葉に引っ越していたそうで、この情報の希薄さこそがまさにYらしい感じ。
 同席H夫妻と共に、そのずぼら加減さを笑った。

 英語とインドネシア語で会話をするY。
 おいらは、奥様宛のメッセージを付け焼き刃で稚拙なインドネシア語で一応したため、2人に贈るロックのベスト盤CD-Rをこさえ、行きがけにはお祝いの品として、和風柄の扇子をペアで買った。
 移動の電車の中では「初めまして。私の名前は米澤です。ご結婚おめでとう!」のインドネシア語を丸暗記し、約束の居酒屋へ。上手に言えたつもりが半分は通じない。
 終始、全員が笑顔の爆笑飲み会となったのは当然で、また一人、身内の家族が増えた嬉しい1日となった。
 46歳になって未婚から結婚。4歳半の娘のいる家族。大学生の娘が2人いる家族。見事にばらばらの、三者三様の生き様が面白い。
 未踏の地:インドネシア、近い将来に家族と(おふくろも誘って)行ってこようぞ!

投稿者 yonezawa : 15:19 | トラックバック(0)

2011年 06月 8日

Magnus Hjorth Trio 2

41pMgZgirML._SS500_.jpg

 マグナス・ヨルト・トリオのライヴ観戦は、ずいぶん前からバイオレンス作家でもあるBさんと観戦を約束していた。
 夕方の中央線に乗るとかなりキツい通勤ラッシュに遭遇。夕方、吉祥寺駅北口にて待ち合わせた。ジャズ系ライヴハウス『SOMETIME Kichijoji』へ向かう。
 マグナス・ヨルト・トリオは、デンマーク発のジャズピアニスト・トリオ。
 縁あってファーストの頃からそれなりの距離感で聴いてきたバンドだ。
 
http://slowboattocloud.blogspot.com/2010/03/magnus-hjorth-1970-2000-2009-1983-12-15.html

http://www.amazon.co.jp/dp/B0040VGQXK/

 生演奏体験はお茶の水のライヴハウス『JAZZ LIVEHOUSE NARU』に続けて2回目。前回よりもトリオの駆け引きにゆとりを感じた。
 全般的に超絶技巧が頻繁に飛び出すタイプのバンドではないのだが、安定感のある温かみのあるアンサンブルには、時折ピリリとした粋なシーンが感じ取れる。そうした印象を抱くのはおいらだけはなかったろうと想像する。
 中でも、このトリオに特異なアクセントを加えるのがベースのペーター。
 リズムの崩しは、足でリズムを刻んでいたこちらのペースを乱されるようでありながら、その瞬間、逆にグイッと惹き込むような、いわばロックなテイストを醸し出してくるのだ。

 特にジャズ演奏は遊びの空間をいかにのびのびとした旋律とアクセントによって独自の世界観が構築が出来るか。その機微によって聴く側のテンションは自由に左右されるもの。
 
 休憩を挟んでの2ステージを鑑賞。会場には世界的画伯:K氏の姿も。
 終演後、会場内で行われた打ち上げにも参加させていただいた。Bさんの愛娘さんがとても美人で驚きながらも納得。マグナスのプロデューサーであられるYさんはお会いする度に若返られて、こちらもびっくりだ。
 気がつけばもういい時間。深夜に徒歩でテクテク帰途に。

http://www.amazon.co.jp/dp/B004KODZM2/

投稿者 yonezawa : 14:00 | トラックバック(0)

2011年 06月 6日

7名の編集者

51WNbppUNIL._SS500_.jpg

 S誌Cとサシ飲みのつもりが、どういうわけだか最終的に7名の編集者が集う大飲み会に発展。
 集英社他、B社、A社、S社、K社の面々が一堂に会しての酒盛り大盛り上がり。
 初対面の者同士であっても酒の席となれば、それぞれの距離がとたんに縮まってゆく。
 続々と初対面の編集者が集い、どういうわけだか大いにシンパシーを感じる自分。
 また今日も何人かの素晴らしき仲間が増えたことを自覚した頃、すでにハングオーバー量を超えたことも認識。いや〜面白いメンツだった。

投稿者 yonezawa : 13:59 | トラックバック(0)

2011年 05月 23日

解散式

lv_03mhe.jpg

 夕方、指定された新宿の居酒屋「天狗」へ。
 席にはボス:Y氏をはじめとしたフォトグラファーの面々が集結。
 唯一カメラセクションでないのにこの席においらは呼ばれ、参加した。

 今ではすっかり売れっ子カメラマンとなったKTと、その先輩Hさん、遅れてTTと、場がホームな雰囲気に包まれる。
 青天の霹靂といった意味合いに近いニュアンスで、ある事態を受け入れたというボスの話は伺っていたが、氏が今月いっぱいで組織から退くタイミングで、事実上カメラセクションの解散は確定したのだった。

 おいらの編集部撤退より数ヶ月遅れのタイミングで、フリーの写真家たちは解散する。もちろん寂しい気持ちもあるにはあるが、それぞれが新しい場所を目指して邁進するためのよき機会だととらえ、奮起してもらいたいものだと心で祈った。

 新宿からJR。地元でE兄が一杯つきあってくれるというので、いつもの闇太郎へ。
 偶然隣に、漫画家KMさん、編集Sもやってきて横一列で晩酌タイム。ホッと一息。

投稿者 yonezawa : 02:46 | トラックバック(0)

2011年 05月 20日

M、おめでとう!

000989bd_medium.jpg

 SY編集との数ヶ月ぶりの親睦会のため、新宿三丁目へ。
 古いヤンジャン編集部を知るSYとの酒も毎度毎度かなり楽しみな空間だ。
 大概、震災後に会っていなかった仲間との再会であれば、この頃は当日の行動を伺いあうのが慣例となっている。

 美味しい寿司をつまみながら爆笑の世が更ける。
 途中、あらかじめ連絡をもらっていた地元友人でジャズ・ミュージシャンで軽いのんべぇの魅力溢れるFSが合流。

 SYは、相手が誰であっても負荷のかからない親しみ易いキャラクターと言え、連れが女性でもあっても男性であっても物腰が柔らか。
 端的に言うと、常にSYに育ちのよさを感じてしまうおいらだった。“育ちのよさ”とは単に金持ちの家系を指すものではなく、人間性の度量を指すもので、彼が発散する空気に誰しもが惹き込まれると想像させるのだ。

 SYのリクエストで場をゴールデン街へ移す。
 この界隈で最年少オーナーだと言う女性が経営するバーには漫画の単行本がたくさん陳列されており、図書館のように貸し出しも出来るのだと言う。なかなかユニークな店。
 ふと、いくつかの本をめくっていたら、江口寿史兄のサイン本も発見。

 再び新宿三丁目へ移動し、STOPのMに会いにゆく。
 Mはこの度、めでたくゴールインするそうで、直接お祝いを伝える日となった。STOPには、おいらの大事なほとんどの仲間を連れていったものだった。それはMがカウンターの中にいつもいてくれたから。
 ジェイクのライヴをうるうるした瞳で観戦していたMの姿を思い出していた。
 M、おめでとう! 

投稿者 yonezawa : 14:21 | トラックバック(0)

2011年 05月 4日

Sっこ、Sおり、S子、M七代他

51jFP4baJyL._SS400_.jpg

 わずかの帰省日程だった故「おふくろとの時間を優先しなければ」と今回の同級生飲みは泣く泣く断念か?…と考えていたが、ノンアルコールながら宴にはおふくろ&M姉も参戦を決めてくれたので、喜んで同級生の集う場所へ赴いた。

 宴にはすでに7人くらいの面々が集っている。
 認識出来たのはそのうち3名。「この人、誰だかわかる?」と問われ、名前を伺っても正直分からないメンバーもいたりはしたが、先方がこちらを認識してくれていたので共通の知識で会話は流れていった。
 古くはもう40年以上昔の景色を想像しながら、懐かしい単語の飛び出す賑やかな空間に身を委ねた。
 イタリアン系の食事を済ませ、二次会のカラオケ・スナックへと移した頃、先ほどの話題にも出たM七代到着。
 冷静に考えれば幼稚園時代からのつきあいとなっている者までいる計算だ。
 次回、Sっこ、Sおり、S子、M七代他の愛娘、愛息らに会う機会があればまた楽しみ。
 連中に会わせた時にはまだまだ赤ちゃんだったRちゃんが元気に動き回る姿を、是非連中にも見せたいものだ。

 とにかく、無謀なおいらからの1日前思いつきメールで、全員が都合をつけてくれた。みんなの優しさに感謝。また飲もう!

投稿者 yonezawa : 17:56 | トラックバック(0)

2011年 05月 3日

明月の水割り

51Hv3dvVLtL._SS500_.jpg

 Skype調子良好。
 家事の合間をぬってもらい、母にパソコン教室開催。
 これで環境はおいらとまったく同スペックになった。インテルマックとなりスピードも格段に速まり、一応まぁまぁ最先端。以前のG3はここまでよくがんばってくれた。
 この機器でメールとインターネットとSkypeだけの使用とは充分過ぎる環境だ。
 
 夕飯には焼き肉もある大衆レストランへ。
 芋焼酎:明月の水割りで晩酌。
 帰宅してまた明月。貴重で贅沢な親子の団らんが笑いに包まれた。

投稿者 yonezawa : 17:55 | トラックバック(0)

2011年 04月 30日

Sちゃん進学おめでとう

51fcrWBnWHL._SS500_.jpg

 先週木曜日に約束していた飯の都合がお互いダメなり、延期する代わりに「30日、我が家へ来ないか?」と件のJより誘いの連絡があった。迷わずJ宅のある府中方面を目指した。

 一昨日はRちゃん発熱、夕べはおいらまで発熱してしまったのだったが、根性で本日昼間には平熱へと引き戻し、何事もなかったかのように電車を乗り継ぎながら現地へ。

 現代は携帯サイトの「乗り換え案内」を検索すれば、正確なアクセス手段を検索出来、正確な到着時間を先方に伝えることが出来る。
 今回もそのサービスの恩恵を受けながらアクセスしていたところ、西国分寺から乗り換えのホームへ着いたとたん「おったんー、おしっこ、がまんできない……」と姫SOS。
 Rちゃん夕飯用の唐揚げ&サラダ、お土産のケーキ、赤ワイン、H家Sちゃんの進学祝いの品等、大量で重量のかかる荷物を長椅子に置き、ダッシュでトイレへ。
 用を足した後、意外と余裕で間に合いかけっこでホームへとんぼ返り。

 約束の時間、改札到着。
 Jと、その愛娘Sちゃんが迎えに来てくれてた。Sちゃんは「切符(?)の精算がある」とのことで、みどりの窓口に並んでいた。
 府中に用事のありそうな労務者風のおやじたちが行き交う光景の奥をしばらく眺めていた。
 10分、15分、20分…と、なかなかSちゃんの用事が終わらない様子。
 「ずいぶん長いな…」
 窓口辺りを覗いてみれば、Sちゃんのすぐ前のおばさんが1人延々と窓口を独占していた。おまけに1人用のみの窓口なので、どんどん人が並び始めている。
 結局そのおばさん1人で25分以上を要してなんらかのチケットを購入した模様。次、Sちゃんの用事は1分少々で終わった。
 Jに「あのおばさんは世界一周のチケットを買ったんだな?」と問いかけながら、Jの提案で徒歩のまま、暗闇祭の準備をしているという大国魂神社へお参りに。
 Rちゃんを抱っこして歩道をゆったりと歩いていると、正面から自転車に乗った糞馬鹿オヤジが突っ込んできそうな勢いで真正面から向かってくるではないか。瞬時に避けたが、思わず「ここは歩道だろうが、馬鹿たれが!」と正義の注意をゴツンとかました。捨て台詞で「なんだとこの野郎」と聞こえたが声は去っていた。ああ〜辞典の角で殴りたい。見かけ60歳代後半の糞馬鹿オヤジにはよい教訓になったであろう。いつ轢かれても不思議ではない精神状態の糞馬鹿オヤジは厄介。

 即時気を取り直す。それにしても神社へのお参りなんていい機会。こうした提案が実にそつない。常識人でホントの意味におけるインテリ。Jの人間性とバランス感覚が30年前からおいらは大好きで、自分なんかには到底追いつけない人としての度量を感じるのだった。
 Jは同級生うちで最もクレバーで真っ当で、成熟した社会通念を有する希有な存在。今日も30年前も何も変わっていない。一点の曇りもない素晴らしいJの家族と接すれば、そのすごさをすべて認識させられる。
 
 徒歩で20分かけ、そのうち9割の道中は「おったん、だっこー」の要求のまま、地味に汗をにじませた状態でJ宅へ到着。
 食卓にはすでに食事の用意がしてあり、Rちゃんは即時PCをセッティングしてもらい、早速ディズニーゲームに没頭。

 ビールが美味い。
 J宅訪問は丁度1年ぐらい前だったか。ゆったりと親睦会のつもりだったが、おいらをゲームへと誘う姫の要求がひきりなし故、笑って諦めた。

 「おうちにかえりたい!」
 突然脈絡のないタイミングでスイッチの入った姫が叫びながら号泣し、胸に飛び込んできたタイミングを堺に即帰宅準備を開始。

 Sちゃん進学おめでとう! わざわざ駅まで送ってくださったH家のみなさま、今日も大きく感謝!

投稿者 yonezawa : 17:53 | トラックバック(0)

2010年 12月 29日

八吉

CA3A1409-0001.JPG

 新宿:八吉で江口兄、編集者らとの忘年会開催。
 先日、先ちゃんの個展で知り合いになったYさんとの3人会、そこにSさんも加わり今年新宿の最終地点は二次会の場:STOPとなった。

 しかし、初めて飲み明かしたYさんの酒豪ぶりには舌を巻いた。
 当然酒もお強いのだと思われるのだが、いい加減明け方の時間になっても飲み始めのテンションとなんら変わらない感じ。最終的にサシ呑みとなった場で、Yさんの作品を拝見する機会を得、ラッキー。今日と同じ面子の4人で新年会の予感。
 おいらの記憶が正しければ、始発が走って解散するぐらいの時間までYさんは酔っていなかった。
 若さ強しか。

 連日続いてしまった飲み会も明日が千秋楽。2010年がそろそろ終わろうとしている。
 

投稿者 yonezawa : 04:19 | トラックバック(0)

2010年 12月 27日

日本一のPRS

white7.jpg

 天才モノカキ:伊丹由宇兄、スーパー整形外科医:赤木家康兄、他初対面の方も含め、不思議な面子で忘年会。
 職安通り沿いの韓国料理:姉妹やは、珍しい調理法の品も大変美味しかった。

 家康医師が目の前にいるせいで、話は猛烈なギター談義に突入。
 多分、日本一のPRSのコレクターであり、日本人で唯一おいらが知る、1959年製ギブソンレスポール・スタンダードの保有者。
 PRSの本国でのカレンダーを作成する際、家康医師のギターを何本も借りて撮影するそうだ。
 一度だけ弾かせていただいたレスポールを全部バラし、ある職人に組み直してもらったら、とんでもないバランスとなり、信じられない音色になったのだと言う。
 音楽談義になれば、家康医師は高校生の瞳になっており、伊丹兄は、誰も知らないものすごい知識とエピソードを挟み込む。リンゴ・スターの叩く『サムシング』、あるいは『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』のドラミングものすごさ。
 その意味が分からない者とは話がしにくいのかもしれない。

 ゴールデン街へ場を移し、その後先輩編集者Tちゃんの呼びかけで合流。同行のC、熱唱!ビールとどぶろくと芋焼酎とバーボンらが韓国料理で混ぜ合わさったグダグダな胃腸コンディションで朝を迎えた…

投稿者 yonezawa : 02:36 | トラックバック(0)

2010年 12月 21日

獏さん忘年会

410VDKT48PL._SL500_AA300_.jpg

 新宿の劇場で待ち合わせた作家:夢枕獏さんと映画『トロン レガシー』3Dを鑑賞し、そのまま新宿のちゃんこ屋で忘年会。

 ここのちゃんこ屋を紹介した各界の面々が、各々の忘年会をこの店でセッティングしている事実。普通にバッティングしてしまいそう。
 今日のゲストは、フランスをベースに活躍されるミュージシャン:仲野さん&ヤンさん。ノンフィクション作家の廣川まさきさん&編集S。こちらにbambiの歌姫:はるこさんが加わり、異業種の者同士が集う実に面白い宴が開催。
 遅れて大道塾の天才格闘家:加藤師範、飯村師範も合流した。

 初対面の方も数名おられたが、みなさんそれぞれがとても魅力で安らぐ。
 仲野さんはサックスを主体とした吹きモノ系を担当され、ヤンさんは、中東から北アフリカのモロッコにかけてのアラブ音楽文化圏で使われる民族楽器:ウードを操る。
 彼らと会って、初めてウードのことを知った。

 廣川さんの最新著作本『私の名はナルヴァルック』(集英社刊)は先日読み終えたところで、“ナルヴァルック”とは、彼女がエスキモーに名付けてもらった名前のこと。
 たった一人でカヌー漕ぎ、ユーコン川を下る彼女のパワーが信じられないほど、ご本人がピュアで穏やかな方だったのが印象的だった。
 同作品は第2回開高健ノンフィクション賞を受賞。魅力溢れる書籍だ。

 獏さんの回りにいらっしゃる面々の朗らかなこと。それぞれがそれぞれに対して興味を抱くような、貴重で嬉しい空間だった。ピュアであることは人間最大の魅力となるのだ。

 場をゴールデン街に移す頃には、結構な勢いで雨が降りそそいでいた。「捨てても良いよ」という傘をちゃんこ屋のおかあちゃんに5.6本貸していただき徒歩移動。感謝!
 
 店では偶然、大氣拳の島田道夫先生と遭遇し、当然のごとく席を並べて親睦を深めることに。獏さん、島田先生、加藤師範、飯村師範の4ショットは大変貴重な絵面となった。

 最終的には2人の格闘家と編集2名の4人で5時を回る頃まで飲み尽くすことに。

投稿者 yonezawa : 18:02 | トラックバック(0)

2010年 12月 20日

続く忘年会

316CVIT4LqL._SS500_.jpg

 T先生の忘年会へ参戦。
 あの日からもう1年が経過したのか…集った面々との親睦会開宴。
 深夜、E先生をお誘いし、引き続きの呑みに突入。

投稿者 yonezawa : 18:02 | トラックバック(0)

2010年 12月 18日

同級生&大道塾:忘年会

41r1-1kPBHL._SS500_.jpg

 夕べのイイ酒が二日酔いにならず安堵の息をつく。

 大道塾吉祥寺道場のボス:飯村師範に誘いを受け、西荻窪「ハンサム食堂」での忘年会へ参戦。
 本来、同級生3人で行うハズだった忘年会を、この大所帯の宴にとりまとめ、混ぜこぜにしてみる。

 同級生2名と飯村師範は、今年の夏に家族ぐるみで秩父での親睦会を経ているので、彼らにとっても嬉しい再会になったはず。

 総合のトップ選手から、ビジネスマンクラスの弟子の方々等と飲む酒の場は、朗らかでシャレが利いており、例えば日常サラリーマンでいながら、こういう場所で週末などに身体を鍛えているという彼らの精神が、おいらにすればひとつの羨望。
 やれといわれてもなかなか実行に移せない分野が格闘技でもある。

 鍛錬を続ける面々は例外なく魅力的で個性的なキャラの方々ばかり。
 爆笑の夜が続く。
 まだまだ盛り上がる塾生に別れを告げ、同級生組3名は限界を悟り、午前3時帰途に。

投稿者 yonezawa : 18:01 | トラックバック(0)

2010年 12月 16日

MICHAEL

640a.jpg

 1958年8月29日生まれ、アメリカ合衆国インディアナ州ゲイリー出身。USを代表するポップ・アイコン。
 昨日発売になったマイケル・ジャクソンのニューアルバム「MICHAEL」拝聴。

 関連サイトの情報によれば…「このアルバムには公式サイトにて1週間限定で公開された新曲「Breaking News」をはじめ、2007年にレコーディングされたもののリリース前にネット上に流出したためお蔵入りになっていたAKONとのデュエット曲「Hold My Hand」、同じく音源流出で話題となったレニー・クラヴィッツのプロデュース曲「(I Can't Make It)Another Day」、50CENTをフィーチャーした「Monster」などを収録。さらに、マイケルが歌詞やメロディにアレンジを加えたYMOのカバー曲「Behind The Mask」も収められる。」とある。

 「Behind The Mask」のテイクが、日本人としてはやはり馴染み深い感覚があり、我が国が誇る音楽家:通称“教授”と念願の初邂逅を果たした際、このエピソードも伺った記憶がある。
 優れたメロディとは、まさにダイレクトにマインドに訴えかけるものだ。

 W社:M&Tくん、天才編集者Fとの会食に歓びを感じる。
 夜、ふいに届いた天才クラシック・ギタリストKDくんからの初メールに感激。

投稿者 yonezawa : 18:00 | トラックバック(0)

2010年 12月 13日

夜忍戒2010年〆

CA3A1403-0001.JPG

 映画人&スーパー編集者との定例会『夜忍戒』の集いに20分遅刻してしまった。
 今年の〆はおいらが幹事。予定のままいけば次回幹事を担当するのは2011年8月。
 二軒目に移動する際、Iが「何コレ?」と雨に濡れた紙切れのようなものを拾う。同時に「あー千円じゃん!」と叫び、現金を拾っていた。
 「今年の暮れはついとるばい」とfkに持たせて記念撮影。
 きっとfkが責任を持って警察に届けてくれることだろう。
 よい〆のエピソードができた感じ。

投稿者 yonezawa : 17:57 | トラックバック(0)

2010年 12月 11日

江口寿史×オザワミカ2人展『reply』

eply_DM.jpg


 漫画家:江口寿史と、イラストレーター:オザワミカによる作品展「江口寿史×オザワミカ2人展『reply』パーティへRちゃんを連れだって参戦。
 誰よりも身近に先ちゃんの絵は見続けているハズなのに、額装されたイラストの1点1点のクオリティのすごさに心でうなった。
 一見無造作に描いたようで、見つめれば見つめるほどものすごく繊細。
 最終的に選び抜かれた墨線の放つ機微、気持ちを捉えて放さない身体のライン、リアリティーあってシンプル極まる女のコの表情に心撃たれる。
 対するオザワミカさんは、すべての先ちゃん作品を観て、それに答える「アンサー」のスタイルで全作品を描き下ろしされたそうだ。
 全体にまとまりを感じるハズだし、とても清潔感のある素晴らしい個展だ。

okura.jpg

 (じっくり説明はしましたが)意味も分からないまま連れてこられたRちゃんは終始緊張気味で、到着後30分もしたらスヤスヤ寝てしまった。
 
 パーティを終え、二次会への大移動が行われるタイミングでおいらはbambiリハへ。
 久々の2時間ウォーミングアップ。
 2月のライヴを目指し、今日はすべて新曲の音出しなのだが、筆舌に尽くしがたいゆとりを感じる。
 「リハの演奏が完成している」という意味ではなく、バンドが結成当時よりも、沖縄ライヴ時よりも熟成してきたというか、アンサンブルに安定感があった。
 もちろん初めてに近い曲のたかだか3、4回程度のリプレイである故、全員、それぞれのアレンジに宛て、最もベストのタイム感を探し当てるべく試行錯誤の時間となるのだが、力業の引き出しがどんどん増えていくような気がした。
 みなさん、お世辞ではなくステキです。

http://natalie.mu/comic/news/41479
http://natalie.mu/comic/news/41727

投稿者 yonezawa : 01:07 | トラックバック(0)

2010年 11月 19日

フランス色

up_128008.jpg

 数日前からお誘いを受けていたBさんのメールを踏まえ、本日夕方、池袋某所で待ち合わせた。
 Bさんの友人を含むフランス人の出版関係者、翻訳家諸氏との会食の席に合流。
 異国からのゲストは、日本の優れた漫画を現地フランスに紹介している仕事を生業としていた。
 この時期の金曜日の夕方7名という人数のせいか4軒目の連絡でようやく予約を確保できたヴェネチア料理屋で乾杯。
 各位個性的なキャラクターを有する面子が揃ったが、参加された日本勢のうち2名は10年以上フランス在住経験者とのこと。フランス語翻訳の仕事もされる方もおられ、当然フランス語がペラペラ。
 フランス人の若者Bくんが言う言い方を借りれば、日本の漫画を初めてフランスに紹介したと言われる「伝説の男」と形容されていたDさんがとてもチャーミングな方で、あっという間に意気投合。
 場所をゴールデン街へ移す。道中、界隈は酉の市で大いなる賑わい。
 何十回と遭遇した風景ながら、毎度酉の市の時期を認識してこの地を訪れることはないので、毎回「師走が近づいたか…」と気づかされる。
 ゴールデン街後も元気漲る日本勢の面子3名(合計4名だけどおいらは元気でなかったので)と河岸を変え、なんでも20歳代の頃の平井堅さんが働いていたという『21世紀』というパブへ連れられた。
 店のスタイルが、お客が生バンドで歌えるといったもの。
 前々の店で、呑んだ皆さんとギター談義を交わしていたこともあってか、座って数分で生バンドに加わり、ギターを弾く羽目に追いやられてしまったおいら。
 Bさんの古い友人であるという、カラオケ好きなTさんの歌のバックも、そのままアドリヴでつとめることになるとは予想だにしなかった。
 時計は朝の6時。個人的に限界を感じたおいらは1人「そろそろ勘弁」ってことで帰途に。

投稿者 yonezawa : 19:18 | トラックバック(0)

2010年 11月 11日

チキンカレー

eiga%20%E6%81%AF%E3%82%82%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%AA%E3%81%84.jpg

 ありがたいことだ。何年かに一度、同じ面子で『兄貴と飲む会』を開催してくれる10歳前後若き連中がおり、今日がその日となった。連中は映画関係者。
 職場のポストが上がっていくのか、年々メンバー全員の日程を摺り合わせるのが難しくなってきているように思えた。その中、つい先日高額の退職金を提示され、早期退職の意思確認をされているという者も約1名。

 恵比寿の小綺麗な居酒屋の雰囲気は申し分ないところ、どの料理も明確にイマイチだったのがとても残念だったが、集った面子の馬鹿話をする場所としては適地だったようにも思う。

 お腹いっぱいのくせに、近場の居酒屋へ移動し、馬鹿話の続き。会話の9割が本物の馬鹿。さすがこの面子。生きててすいません。

 2006年4月28日(金)に同面子で豪快に飲んだ夜が、最も濃い4人共通の記憶となっている。
 「この店は何もかも食べ物、美味しいんです」という言葉は即認識され、最後にシェアーして食べた1杯のチキンカレーで酒もつまみも限界となり、おとなしく帰途に。
 笑い過ぎた。

投稿者 yonezawa : 12:00 | トラックバック(0)

2010年 11月 2日

三丁目

s_nm13_2222.jpg

 睡眠時間は3時間。早朝から姫の進入により強引に起こされた。
 今日も幼稚園を休ませたRちゃんだったが、気管支炎の症状以外は一応元気。微熱のコンディションながら。
 昨日、病院の梯子で疲れたのか、お風呂に入れなかったそうなので、昼間からシャワーでワシャワシャ洗ってあげた。
 洗髪のシャンプーを自分の手に取り、どうしても「じぶんであらう」ときかないのでそうさせていたところ「ねぇおったん、これ(洗髪姿)をこんど(ビデオ動画に)とってね!」とお願いしてきた。

 そういえばここのところ、飴にしろ、おかきにしろ、小包にしろ、あらゆる包装紙類はすべて自分で開けなきゃ気が済まない。麦茶もお水もジュース自分で注がねば気が済まないし、野菜ジュースやらヤクルトのストローは自分で刺さないと気が済まない。。
 うっかりバナナを剥いてあげた日にゃあ大声で「Rちゃんがしたかったのにぃー!」っと怒鳴り散らす姫。そして、まだその地雷が分からない父

 その割に食事のときには「たべさせてー」と甘えんぼさん。弁当の日はちゃんと自力で食べているだろうか。ともあれ、おいら在宅の瞬間は意地でもおったんに食べさせてほしいそうだ。
 
 雨も上がり、コミューティバスで最寄り駅へ出て、電車を乗り継ぎ編集部を目指すのだが、睡眠不足でわずか10分程度の乗車区間でもオチる自分。

 夜。23年前後昔、バイトの勤務先として働いていた出版社の諸先輩方とおよそ2年ぶりの親睦会。
 ゲストには当時ヘアメイクでロケの仕事等をご一緒していた懐かしいIさん。彼女とも15年ぶりぐらいの再会だったのではなかろうか。
 諸先輩方とIさんに至っては、20年以上ぶりの再会だったそう。総勢5名集結。

 懐かしい名前があれこれと飛び出し、彼らの消息、あるいは当時起こったアホな事件などを思い出し、記憶を辿りながら盛り上がる。
 さらに先輩筋の編集者であったOさんが切り盛りするゴールデン街のバーへ移動し、盛り上がりはピークに。
 あの頃の同僚編集者で、折に触れて近況を伺いたい距離にいてほしい編集者が、真っ先に今日集った3人。
 結局、最後は残った3人で再び三丁目へと引き上げ、時計の針が朝5時30分を回ったことを知って焦り、帰途についた。

投稿者 yonezawa : 16:26 | トラックバック(0)

2010年 10月 28日

送別会

51pKJ6LnsoL._SS500_.jpg

 敷き布団からはみ出したり、掛け布団をはいだりするRちゃんを一晩中フォローしながら、朝を迎えた。
 早朝7時には食卓につきRちゃんの朝食を手伝う。
 寝癖のついた髪をブロウし、幼稚園へゆく準備のサポート。
 昨日、ピンクのスニーカーを新調してもらったRちゃんは終始、ご満悦だった。

 昼過ぎ、コミックス原稿入稿。

 夕方、編集Tの送別会の席、池ノ上へ移動。滅多に揃わない編集スタッフの家族も集い、賑やかで貴重な時間をワインで過ごした。
 若き編集スタッフの妻が、みなさん美女揃いなことを、また改めて認識してしまった。
 河岸を変え、ウッカで盛り上がり、〆の雑炊は、この地恒例の編集Fと。

投稿者 yonezawa : 16:22 | トラックバック(0)

2010年 09月 25日

結婚披露宴

51J2S55GARL._SS500_.jpg

 ここのところいつもより数時間早めの起床のせいか、午前2時頃になると軽い睡魔が。
 今日も土曜日ながら午前起床。
 主治医のアドバイス通り、Rちゃんは今日も午前から病院へ。
 昼食には仕込んであったポテト・コロッケを揚げ、付け足しにサラダと燻製たくあん、梅干し。1人で食事の時は2Lのペットボトルをラッパ飲み。

 夕方、吉祥寺アトレのオープニング企画の一環である催し物イベントへ。

CA3A1325-0001.JPG

 先ちゃんと西原理恵子さんのトークを最前列で観戦。会場は立ち見客が押し寄せ大盛況。
 「いせや」で打ち上げの乾杯におじゃまさせていただき、わずか40分ほど経った19時過ぎには麻布十番へ移動。
 
 YとNの結婚披露宴会場へ到着した。
 2人との出会いから7年ほどは経過しただろうか。以前定期的にやっていたおいらのバンドのライヴには毎回毎回足げに通ってくれた彼ら。
 最高学歴を経て会社起業を営むYも、高級アパレルに勤務するNも若いのに経済力があることが何よりも彼らの立派なところ。

 当日、乾杯の音頭をとメールで頼まれ快諾。何を語ろうかと移動の大江戸線の中であれこれ考え、僭越ながら「離婚しない心がけの一つ」をスピーチしようと決めた。

 会場では、ミュージシャン仲間だったMと確か3年振りに再会。
 会社役員となった彼との、かつて過ごした時間は濃かった。あの頃も実に充実したものだったなぁと懐かしい思い出話に花が咲く。
 Mとは、ロンドンに始まり、カナダのバンフ〜バンクーバー、フランスのカンヌ映画際等々、海外での思い出も山積み。
 新婦Nの一途な想いがようやく叶い、この日を迎えた2人を心より祝福した後、品川駅へ移動し、新幹線の時間までMと語り合った。
 山手線で新宿を経由し、帰途に。THE MODSのライヴ観戦に行くことが叶わず残念。

投稿者 yonezawa : 23:52 | トラックバック(0)

2010年 09月 22日

極上の夕餉

51ePH1ib8tL._SS400_.jpg

 仕事を早めに切り上げ、三鷹駅に車で向かう。
 待ち合わせの時間丁度に到着したおふくろと姉を招き入れ、夕飯を我が家で。
 野菜をふんだんに敷き詰め、豚バラをまぶして蒸しただけでホクホクのヘルシー料理が完成し、ポン酢でいただいた。美味しい。
 鰹の刺身に数点付け足し料理も美味い。
 奮発して購入していた(ディスカウント価格でも3万円以上する)赤ワインを思い切ってこの機会に開けた。
 おいらにすれば極上の夕餉とメンバーだ。
 

投稿者 yonezawa : 23:50 | トラックバック(0)

2010年 09月 11日

武蔵野中央公園

CA3A1308-0002.JPG

 明らかに寝不足を承知で10時には起床し、シャワーを浴びてTシャツと半ズボンはいて待機。
 買い物帰りのRちゃんを引き連れ、自転車2台のタイヤの空気を(汗だく)で補充し、自転車で5〜6分程度の武蔵野中央公園へ。

 バーベキューがこうした公園でやれることは具体的にはこれまで知らなかった。誘われなかったらなかなか来ることもないだろう。
 大道塾吉祥寺師範代:飯村選手のご家族にお誘いいただき、大人から子供まで総勢30〜40名で大バーベキュー呑み会。
 集った道場生、ジュニア部門に所属するお子さんを持つご両親、友人関係が集い賑わった。
 師匠である飯村選手の仲間に嫌な人間は皆無で、彼らの人間性の素晴らしさを感じ受ける嬉しい機会となった。
 ムエタイ、キック、空手のトップ選手もゴロゴロいる席ながら、そうした心技共に実力のある選手に限って優しい瞳をしており、物腰もとても優しい。
 優しさこそが強さであることを改めて認識させてくれる面々ばかり。

 たまにRちゃんのシャボン玉やら、公園器具での遊びに付き合い、汗も相当かいたせいか、缶ビール、缶酎ハイがゴンゴン吸収されてゆく。肉も焼いていただくばかりで恐縮ながら、ご厚意に甘えさせていただいた。
 「吉祥寺いせや」から購入したという焼き肉のネタが特にナイス物件で、その関係者がこのチームにいるということがラッキー。
 
 夕方16時30分までに火を消さねばならず、気がつけばもう3時間も呑んで語っていたのかと、時間の早さに驚く。基本的に一仕事終わると家に帰りたがるRちゃんに促されるまま、一旦おいらは彼女を自転車に乗せて帰宅。

 自宅で少し涼んでから二次会の居酒屋へ移動し、合流。
 結局13時30分から始まった「呑み」は、通算23時頃まで続いた計算となった。ナイスガイ具合にもほどがある若き格闘技トップ選手との集いは今日も幸運だ。試合、観に行こう。

 帰り際、無意識に札幌ラーメン屋へ飛び込み、つけ麺をすすったのがおいらだけなのは言わずもがなか。

投稿者 yonezawa : 19:03 | トラックバック(0)

2010年 08月 20日

フェンダー

513x2MRcvkL._SS500_.jpg

 世界的な大手ギターブランド・フェンダーのMちゃんが勇退されたとの知らせを受け、加えて近々東京を離れることを知り、労いの会を急遽設けた。

 Mちゃんとは、ジェフ・ベックだスティーヴィー・サラスだSUM41だ波瑠ちゃん(他)だと、これまで様々な仕事を共にしてきた。
 レコード会社からの要請で、ギター本体もスペシャル・ディールのもと提供くださったし、記事の構築、対応にはとにかく機敏で、彼との仕事はとてもスムーズだったことしか思い出さない。
 ギターの構造は勿論、弾き手の心も敏感に察知出来る機微を持つMちゃんがフェンダーから去ることは、業界にとっても大きな損失だと感じている。
 引き継ぎをされるNちゃんに今後は望みを託しつつ、新天地での彼の健闘を祈りたい。

 彼らを見送り、音楽人Tと待ち合わせた。
 彼はできたてホヤホヤのロリー・ギャラガーのBBCライヴ音源を持ってきてくれた。即、おいらの心は16歳に戻った。

投稿者 yonezawa : 21:34 | トラックバック(0)

2010年 08月 7日

川でバーベキュー

CA3A1300-0001.JPG

 ここのところの生活のリズムからなのか、おいらにすれば午前の早い時間に目覚める日が多い。
 夜中、布団の上を自由に回転するRちゃんが平行にピッタリと寄り添ってきた。
 彼女は改めて寝息をたて始める。こちらも寝付きそうになったと思えば、Rちゃんの裏拳、時間をおいて左足のかかと落とし…という具合に、おいらの顔やら腹部に対してソレらが飛んでくる。
 午前の早起きは、あながちそうした自然災害によるものなのかもしれない。
 
 10時30分に買い出しのため外へ。
 そのまま友人の格闘家I一家らが先乗りしている秩父の山奥へ移動。車でおよそ40分程度で到着の場所だった。
 そちらへおじゃまし、古民家でバーベキューをやるといった趣旨でこの地へやってきた。
 I家の可愛らしいチビちゃん2人はRちゃんとの再会を歓んでくれ、勿論2人のおねえちゃんに会うことを、とても楽しみにしていたRちゃんも大喜び。
 チビちゃん2人はもう1人のお友達と3人ですでに川遊び中。
 なんと水が綺麗なんだろう。そこそこ冷たいけど泳げる程度で丁度よい。

 昼食用に買い込んだ、人数分のおにぎりやらカツサンドやら飲料水、酒、ビールを大量に川っぺりに運び込み、日のある夕方までとにかくダベり遊んだ。

 Iのお弟子さんらプロ格闘家の面々も集合。彼らは正真正銘の有名トップ・ファイターばかり。
 川っぺりで子供達は川遊びに夢中になり、大人達はビールを飲みながら成り行きの会話で盛り上がる。
 
 日が暮れる前にバーベキューの準備をしましょうや。ということになり、数台の囲炉裏を庭へ並べ、飲みの続き。
 宴にはIの愛娘の彼氏も登場し、益々賑やかな場となった。
 酔いが回った頃、古民家の2階にあった民族楽器から、ありとあらゆるバンド演奏可能な機材を拝借し、セッションタイム。ここに来たのはこの楽器を見ることも楽しみの一つだった。

 おいらが時最も間を費やしたのがドラムス。
 近隣の迷惑も考え、菜箸で叩いた軽い感触はいまいちだったが、こんな面子でこんな環境で鳴らす…という機会はそうそうなかろう。
 そしてRちゃんのドラムス・デビュー。ドラム・セットに対して、なんて小さいんだRちゃん。闇雲に感激。

 やがて演奏中にも関わらずやたらと絡み出し、なんでもかんでも「おったんといっしょにいくー!」と聞かなくなったRちゃんの眠気の限界を確認し、明日早朝からの運転もあった故、一人抜けだし、別家屋の3Fをお借りして早めの就寝についた。

 こうした贅沢を得るためには、秩父辺りぐらいまではやってこなきゃいかんのだなぁと、ぬるい風の届く扇風機を見つめながら考えていた。

投稿者 yonezawa : 19:28 | トラックバック(0)

見続けてゆきたい

51iW2aVrAdL._SS500_.jpg

 朝6時までには外出の準備を整えたかったのだが、起きた時間が6時。
 結局外出出来たのは7時30分を回った頃だ。

 先週に引き続き、最寄りの関越インターを目指し加速。
 いきなり帰省ラッシュ組の渋滞に道中の2/3程度は巻き込まれながら、2時間以上かかって目的の花園インター脱出。
 未だカーナビの生活未体験なおいらは、いつものようにプリントアウトしたYahoo!の地図を頼りに、記された国道を右へ左へと移動。
 難なく目的地のI宅へ到着。地図はとても正確だった。

 I家の家族全員とはなんと9年ぶりの再会となり、著しい成長を見せた高校生のお兄ちゃん、すでに仕事に就いていると伺って驚かされたお姉ちゃんの姿に驚き感激した。
 前回訪問の際には河原でバーベキューだった。写真があるからこそ余計鮮明に覚えている。懐かしい思い出だ。
 新築の大きな家屋に荷物を置かせていただき、一休みした後、1時間少々かけて大人とRちゃんで伊香保方面へ出かけた。
 まずは榛名湖へ。快晴の中、みんなでモーター・ボートへ乗車。
 わずかの時間だったが、体感速度のひんやり感は抜群。おいらはゆっくり景色を眺めることもなく、ひたすらハイビジョン・カメラのモニターと睨めっこ。満面の笑みを浮かべるRちゃんの記録に忙しい。
 ここのところ、どこの美しい景色に包まれていようとも周りを見渡すことはなく、優先順位はまずカメラのモニターであるおいら。
 
 モーター・ボート以外にも足こぎ用のスワンやら、様々な色味のアナログ・ボートが並べてある。視力抜群のRちゃんが、案の定「あっちのピンクにのりたい!」とモーター・ボートから降りたとたんに言い出した。
 「今乗ったばかりだから、もう終わり」と言うフレーズが頭を過ぎり、早足で売店方面に向かった。
「アイスでも食べる?」とRちゃんに伺いをたてたその時、Iと同行者Kの余計な一言が被って聞こえた
 「Rちゃん、あのボート、かわいいよねぇ! お父さんと乗りたいよねぇ〜。乗ったら多分気持ちいいよねぇ〜」的意味合いの爆弾発言をかます悪魔の同級生2人。
 Rちゃんの気持ちは完全にそっちの方へ向けられた。
「おまえ、父親として、Rちゃんの気持ちに答えてやらんのか」と促され、炎天下の中、足こぎボートへの試練に追いやられる羽目に。

 「のりたいよー! いこうよーおったん!」
 「はいわかりました。乗ろう…乗ろうか。どれがいい?」
 「ピンクー!」

 かくして30分の汗だくな時間をたっぷりと過ごす羽目に。
 
 陸に上がり記念写真を撮って、色んな動物のいる伊香保グリーン牧場へ移動。
 入園料が大人1名1800円とやや高めなところが気になったが、牛やら羊を間近に見られる場所なのでやむなし。
 園の奥で催ししていた見学無料のアトラクション:シープドッグショウを観戦。
 羊の毛を刈り、その流れを英語と日本語の解説で観客に説明していた。

 最後には「動物とのふれあい」の時間も設けられた。「羊さんに自由に触っていいですよ」とアナウンスされたとたん、Rちゃんは柵の中に駆け込み、羊さんを追いかけはじめた。
 奈良のシカ相手同様、そこには躊躇とか物怖じとか遠慮という言葉などない。
 目に入った羊さんに端から接触を試みるRちゃん。その笑顔の眩しかったこと。

 水道で靴底を洗い、「ここの物件なら特別に美味いはずだろう」と確信した末、みんなでソフトクリームを食した。さすが牧場、確かに濃厚で美味かった。
 
 ボチボチ丁度よい頃合いの午後の時間となり、夕飯の買い出しを経由してI宅へ帰宅。
 即、クリームパスタをメインにサラダ諸々を最速のスピードでこしらえ、食卓を賑わせた。
 芋焼酎を飲みながら、2つの家族にKが加わり、深夜2時までの晩酌タイム。爆笑の嵐。

 この貴重な晩酌だけは生ある限り続けてゆきたいものだ。

投稿者 yonezawa : 11:29 | トラックバック(0)

2010年 08月 4日

昇進祝い

imageimage003.jpg
 
 しかし暑い日々が続くものだ。
 突き刺すような紫外線。不快指数100%。各方面に送るメールの枕がこんなフレーズになりがちだ。東京はなんて暑いのだ。

 編集Sの昇進祝いの席を、昇進後1月近く経過してようやく実現出来た。
 もう後輩筋の編集者が編集長になるという時間が経過しているのだなぁ…と感慨深い気持ちになる。Sの編集長昇進は個人的にも、とても嬉しい。
 巧く行く仕事とそうでない仕事、業務の歴史の中では様々な障害はあるものの、今日の呑みで、ともかく自分の持ち場の仕事を真摯にこなす。その単純かつ重要な意識をまた再確認させられた席ともなった。
 編集S&Aとの酒席、理屈抜きに最高。
 バーへと河岸を変えた今夜の宴もどえらく印象深き一時也。2人今日も感謝。

投稿者 yonezawa : 16:38 | トラックバック(0)

2010年 07月 22日

断念無念

517cbWPmMSL._SS500_.jpg

 2冊のコミックスの入稿のため、本日真っ先に向かうハズだった大阪開催の「第三回ギャグ漫画家大喜利バトル!!」へは到着ならず。
 エグチンの勇姿をライヴで見たかった…
 海陸先生と直に語りたかった…
 やむなし。
 YJ:F原の土産話を待つことにしよう。
 
 夕方、編集部内の歓送迎会の地:赤坂の居酒屋に移動。
 入店して、まず目に飛び込んできた光景に驚く。
 新入社員のS、新機軸雑誌準備室に移ったM副編らを囲み、いつものスタッフ呑みの空間に身を委ねる。
 2軒目は、生前、開高健の通っていたというシックなバーに。ご馳走してくださったHさんと久々に乾杯。
 
 まだまだワインバーで呑んでいるという若手スタッフの情報を得、編集Tと移動。到着後、しこたま呑んだ後解散。いち早くタクシーを拾って帰途についた端に、「もう1軒店を移ったので、是非帰ってきてください」の言葉に促され、同じ場所へとんぼ返り。何をしている、おれ。

 河岸を変え、残ったスタッフと合流した店のソファにかけたら、隣には「家政婦は見た!」の市原悦子に似た年齢不詳の女性が腰掛けた。絶句。

投稿者 yonezawa : 17:30 | トラックバック(0)

2010年 07月 21日

夜忍戒 in 青山

51O0Cqs%2B%2BWL._SS500_.jpg

 今宵「夜忍戒」開催の場は青山の居酒屋。Y、K、Iちゃんの4名でいつもの酒席開催。
 Kによればクリストファー・ノーランの「インセプション」が大変な傑作なんだと言う。
 思えば「メメント」でどんだけ優秀な監督なんだろうと思った日から、このノーラン監督からは目が離せないのだが、方々の映画人から洩れ伝え聞こえる本作のクオリティは相当なものだと予感する。
 2軒目のバーはIちゃんが十数年ぶりに訪ねたという店で、この男のグルメ機微の底力を窺い知る。
 珍しく、呑みラインナップに日本酒を織り交ぜてしまったこともあってか、帰途の道中は爆睡だった。

投稿者 yonezawa : 17:31 | トラックバック(0)

2010年 07月 18日

オン・ザ・ビーチ ルー/沖縄3

CA3A1286-0001.JPG

 早朝の朝食を頂き、10時30分待ち合わせでおもろまちのレンタカー屋へ。
 この店、DFS内にあるのだが、レンタルに際した契約を交わし車に乗ろうとしたら、乗り場にたどり着くには延々ショップ内を横断させる仕組みになっており、こちらは段ボールだ楽器だと抱えているものだから個人的に暴動を起こしそうな意識に陥り、怒りで呆れる。
 ともかく作りが最低。

 普通車とワゴン車の2台をチャーターし、普通車はSくんKちゃん水入らず号に。
 ワゴン車はチャーリー運転のbambi&米澤家号。一路、オン・ザ・ビーチ ルーへ。
 途中、Aコープか何かに隣接する食堂で昼食。チョイス正解。美味。スーパーで花火を購入。
 羽田からことあるごとの一連のシーンを、一眼レフとハイビジョンカメラで切り取るおったん(私)の仕事は、ライヴを終えてもまだまだ続く。

 15時前後にルーへ到着し、準備の出来た者から海へ飛び込んだ!
 海──久々。
 浮き輪を持ったRちゃんと、初めて本格的に泳いだ。
 満面の笑顔。「キャッキャッ」とはしゃぐRちゃんの表情を見るためだけにこの地へやってきたことを、もはや本題のライヴそっちのけで感じていた。
 この2度と還らない今だけの、この素晴らしき景色も瞳に焼き付けておこう。

 小一時間の水遊びを終えた頃、丁度夕飯のバーベキューの用意が整う。素晴らしい。
 野外の海外沿いで涼しく夕景を見ながら、地元のバンド仲間、そしてかけがえのない家族とバーベキュー。これほどの贅沢があろうか。
 大量の肉と野菜が大変なペースで胃袋に消えてゆく。浮世離れしたこの環境を踏まえ、ビールも泡盛もより絶品と感じられた。

 そろそろRちゃん就寝の時間。
 残ったbambiの面々で大先生のギターの音色を聴きながら、ちびちびと泡盛を流し込む。

 今回のツアーで初めてゆったりと語る機会を得たSくんの彼女:Kちゃんが、大先生の伴奏で深夜の野外にて「青い珊瑚礁」を熱唱。
 泡盛と沖縄の海が導いた風景であった。

投稿者 yonezawa : 15:10 | トラックバック(0)

2010年 07月 17日

ライヴ本番/沖縄2

CA3A1282-0001.JPG

 早朝の朝飯を頂きに最上階レストランへ。
 すこぶるよい天気。大きな窓から差し込んでくる太陽光線が目映い。
 食事を終え、国際通りを散策。
 那覇オリジナル・ブランドのアロハシャツ屋に飛び込み、しばらく物色したらなかなかよい物件だったので、母、九州の姉:M、伴侶、Rちゃん、そして本日おいらのステージ衣装を確保するべく模様違い、色違いの物件を5枚購入。
 そのまま流れる汗をハンカチで拭きながら界隈を徘徊し、午後2時前にホテル・ロビーでbambiと合流。最終リハのため1時間のスタジオ入り。
 ここでベース:yoyoの音が鳴らない。
 それ以前に、彼女のメインとなるベースがホテルに到着していないというのだ。本番もレンタル・ベースになることはこの時点ですでに確定ではあったが、リハにあわせて借りてきたベースも断線だったのか音が出ず。ガックシ。
 こうしていくつかのトラブル(ホテル到着後、「家と車の鍵を紛失した!」と、この時点では勘違い中の私。結論は、家に置き忘れてきていたが帰宅するまで判らない)を経て、市場で昼食を済ませ、我々バンドメンバーはライヴハウスGROOVEへ向かった。

 場末感の赴き溢れる小屋を位置を確認し、リハ後、家族の夕飯に合流するべく国際通りに戻り、本番20時前に再び家族連れでとんぼ返り。忙しい。

 本番、20時スタート。

 ハイビジョンカメラで狙っている被写体はライヴを観戦するRちゃん。つまりステージ上から客席に向けたカメラをセッティングしているおったん(私)だった。
 bambi全員ロック。紛れも無きロックバンド。
 ノルマの1時間、ビッチリ演奏敢行。良き汗かいた。
 複数の対バン演奏を拝聴し、爆睡もし、すべてのセッションも終わった後、遅い夕飯に移動。
 なんだか当たり前に沖縄公演を終えたbambiであった。安堵&乾杯。

投稿者 yonezawa : 15:09 | トラックバック(0)

2010年 07月 14日

ポルトガル料理

CA311112222A.JPG

 プロバレリーナH、編集者希望で初対面のHさん、現役編集:Uらの初面子でポルトガル料理。

CA3A111111101.JPG

 時間も場所も集合時間の4時間前にようやく確定させ、二転三転した待ち合わせ場所が変更の末、渋谷松濤に落ち着いた。

CA3A111111.JPG

 気持ちのよい店員によるポルトガル料理とワインに関する豊富な知識が嫌みなく、賑やかで愉快な酒席を演出してくれた。
 仰々しくもなく、気取ってもいないこの店、何かの機会に再び訪れることにしよう。

 地元へ電車帰還し、Sちゃんと合流。店には大勢の作家・編集者が偶然集っており、遅れてやってきたQさんの誕生日を居酒屋カウンターでお祝いし、SとZの入籍お祝いも。
 なんともおめでたい日が重なった。

投稿者 yonezawa : 02:02 | トラックバック(0)

2010年 07月 5日

Oさん

20080727-HikoSyojyoYoko.jpg

 ヤンジャン編集部に所属して早22年目となった今年。
 内勤の外部スタッフとして最初に携わった雑誌は、今は無き月刊ベアーズクラブ。
 最初の社員旅行で隣の隣に座っておられたのは、すぐ隣の編集部に在籍されておられた先輩編集者のOさんだった。
 そのOさんより、僭越ながらビールをお酌していただき、そこで交わした会話がOさんとの初めての出会いのようなものだった。

 やがてOさんも同じ月刊誌に所属することになり、沢山の仕事を共にさせていただいた。
 編集者としての機微を勉強する、極めて貴重な機会をたくさん得た。
 Oさんは知り合った当初から我が両親にも年賀状をお送りくださった。

 大学生の男性読者5名を引率し、訪れたロンドンのネヴァースは初めての海外取材だったが、そちらは信頼を寄せるOさんと一緒だった。
 野外フェスでピンク・フロイドとマッカートニー、そしてレッド・ツェッペリンを観戦しながら、Oさんと半日以上野外で過ごした彼の日は、忘れられないよき思い出となっている。

 やがて編集者から編集総務セクションへ移動され、常勤するビルも変わってしまってから食事をする機会はずいぶんと減ってしまったが、お会いすればブランクの時間など瞬時に吹き飛び、いつものおちゃめなOさんとの距離がとたんに埋まり尽くす。

 そんなOさんが今週9日(金)を持って勇退、定年退職されることになった。
 おいらにしても、なんと長い時間が経ってしまったのかと感慨深い気持ちになっていた。
 36年以上の長きに渡り、大出版社に勤務され、青年誌の黄金時代を歩んでこられたOさんの魅力は筆舌に尽くしがたいほど。
 何があっても温厚なOさんの人間性は驚嘆ものだ。自分など生涯到達出来なかろう、人としての大いなる器を感じさせるてくれる最たる先輩の一人がOさんだった。

 送別会が行われた高級中華屋での、古くからの仲間によるスピーチは爆笑の嵐。
 今後も再雇用として週の半分程度は関連会社に出社されると聞き、これまで以上にOさんと密になりたいなと心で思った。
 今夜の賑やかな宴は、そんなOさんの素晴らしい人間性も指し示していた。
 Oさん、節目となった今日まで本当にお疲れさまでした。そして末永くお付き合いの程、引き続き宜しくお願いいたします。ありがとうございました。

投稿者 yonezawa : 18:04 | トラックバック(0)

2010年 07月 2日

BG親睦会

CA3A1122-0001.JPG

 丸1日、Rちゃんに会えなかったのは昨日。
 昼、帰宅してきたRちゃんがおったんの部屋を開け「そのまま、そこにいて!」と言い、隣の部屋から、本日入手したお菓子つきおもちゃを見せびらかしに来た。
 シャワーを浴びると必ず浴室の脱衣所までやってきて、浴室の扉を半分開けこちらを覗き見しながらなんだかんだと語りかけてくる。
 「もうあがるの? まだあがらないの?」洗髪の際に何度も同じ質問が来るのは恒例。
 「後10分したら上がるからね」
 まだまだ身体洗いの最中、入浴中にやる浴槽洗いのブラシを取ってくれる。
 続けて髪の毛用のブラシも。使うのは湯上がり後の、もっと後なんだけれど。
 身体を拭いて、脱衣所に出ればRちゃんは洗面所の棚の横に登りきっており、タオル収納のスペースに常備しているおいらのパンツを1枚取り出し「はい、ぱんつ!」と先回りして渡してくれる。
 シャワー後のおったんの一連の工程を熟知するRちゃんは、常に先回りして気が利く行動をとってくれるのだ。なんとありがたいことなんだろう。

 ライヴの打ち上げは毎度大勢のゲストが集う宴会となる故、メンバー同士の親睦会とはならないケースが多い。
 今回、失速バンドのライヴで演奏した面子うち3名が初参加であったこともあり、本来ならもっと早く集いたかったのだが、僭越ながら貧乏暇無しのおいらの日程もあってようやく今夜、実現することに。
 ところがおいらの不手際か、肝心のバンマス:吉田おとうさんへの伝達が上手くいっておらず、おとうさん不在で今夜の宴を決行することに。なんでこーなるの。

 ドラムスKの招待ゲストにより、にわかに賑やかとなる。宴、つつがなく終了。
 恵比寿の阿夫利は終電もない時間帯なのに数名の客が待っており、我々待てなく断念。最終地は目黒の勝丸。
 おとうさん、楽しく飲んでしまい御免なさい。

CA3A1268-0001.JPG

投稿者 yonezawa : 23:47 | トラックバック(0)

2010年 06月 17日

散会式

418pry6vpuL._SS500_.jpg

 昼下がり、デザイナー事務所:ロジアへ打ち合わせに。
 帰社して雑務を終え、20時30分より始まるF班散会式の地:西麻布の韓国料理屋へ赴く。
 よく知る面子とよく通じる笑いネタで爆笑の夜が予想通り続くのだが、最後の最後に編集見習いのTが同棲中の彼女にプロポーズするといった事態に話が展開。
 
CA3A1259-0001.JPG

投稿者 yonezawa : 13:47 | トラックバック(0)

2010年 06月 10日

唖然

61ox0eVJZJL._SL500_AA300_.jpg

 「編集Iさんのオススメの店なんですが、是非一杯行きましょう!」と誘われた。
 「Iの常連店なら期待大だ!」とほくそ笑み、また知らぬ名店を新たに知る機会になると思っていたら、おいらが翌日予約していた店で(嬉しくも)唖然となった。
 なんたる偶然なのだ! と言うだけで明日のことは早速忘れることにし、今日の贅沢な食事を楽しんだ。極上つまみが今日も嬉しい。

 心を掴まれた映画・音楽を酔いに任せてほろほろ語りだし、若き編集Mの拘っている映画作品も教示してもらう。近々にブルーレイも貸してくれると彼は言った。
 折に触れてそうした名盤ソフトの情報交換を行いたい輩はたくさんいるが、Mもその中の一人に加わった感じがしている。 

投稿者 yonezawa : 04:54 | トラックバック(0)

2010年 05月 29日

禁じられた遊び

51omCVzinRL._SS500_.jpg

 夕方17時までRちゃんと風船遊びなどをしながら、恒例の「鯉に食パン投げ込み」に外へ。
 冷凍した食パン1枚を1cm大にちぎり、ビニールに入れて外へ。「Rちゃん、もつー」とRちゃんが胸元にパンを握りしめ、エレベーターを下りて小川に到着。

 川に投げ込むのと交互に、自分のお口にもちぎったパンを投げ込むRちゃん。「何自分でも食べてんの、Rちゃん(笑)!?」と突っ込むと爆笑のRちゃん。さっき昼食を食べたはずなのに、持ってきた1/4を平らげてしまった。

 紀尾井ホールで18時より開演された「村治佳織チャリティギターリサイタル」観戦のためJR最寄り駅へ。
 編集:Fと待ち合わせのおいらは、最寄り駅の四谷をお茶の水とすっかり勘違いしてしまい、まさかの遅刻。不覚。最悪。

 スペインな深紅の赤が鮮烈で、控え室を訪れた時にもご本人に圧倒された。
 「ジャンゴ」の力強さが今日も圧巻。「アルハンブラの思い出」「禁じられた遊び」が聴けた今日はラッキーだった。

 常に今が最も美しい村治佳織の機微を堪能。
 わずかの時間ながら、お母様、そしてギター講師でもあられる村治昇先生にもご挨拶する機会を得られた。幸運。
 ギターを習わせたいが、全然落ち着きのないRちゃん3歳の事もお伝えしたところ「4歳になったら少しは落ち着きますよ!」と温かいアドバイスを賜り感激。

 車で六本木へ移動。
 編集部:H兄と漫画家:Sさんの披露宴2次会の席へ。六本木ヒルズのゴージャスなフロアを貸し切り、派手で賑やかなパーティが開催。2人方、おめでとうございます。

 終始赤ワインを飲み尽くし宴は終演を迎えた。
 さらに河岸を変え、編集:F、N、スーパー・デザイナー:モトちゃん&Kらとディープな飲みに突入。

投稿者 yonezawa : 12:06 | トラックバック(0)

2010年 05月 24日

失速LIVE2010

51R293G4vOL._SS500_.jpg

 Aimie、bambiご一行様、デビルガールズご一行様、トッポ、マミコロ、エミちゃん、S織、E戸夫妻、対バンのみなさま、サウンドチェックでトラで叩いてくださった某氏、実行委員会の皆様、カメラ殿村&広称、他、失速LIVE2010に参加してくださったすべてのスタッフ、ご来場の皆様の方に感謝!

 第16回を迎えた失速LIVE2010はあいにくの雨模様。
 巻き気味で始まったサウンドチェックにはギリギリで到着し、着いた端から音出し。走ってきたので熱い熱い。
 
 出番までK野、Tらと焼鳥屋へ。
 本番1時間前に今年も恒例の会場となった「目黒ブルースアレイ」へ戻り、満員御礼の集客を確認。少し赤ら顔だったおいらは誰かに指摘される。

 20時30分、本番。
 知らぬ間にドラムスの兼松くんが突然ドラムセット前に居ることに気づく。
 フィードバックから『移民の歌』でライヴ・スタート。
 スタート瞬間の、なんとも表現しがたいライヴ独特のテンションが毎度たまらない。ライヴの最も好きな感覚は、この瞬間にもある。
 回客席には大勢の知り合いの面々。おいらにとっては最も贅沢なライヴと言えた。ここにおふくろがいれば完璧。

 時間いっぱい正味20分のステージを瞬時に駆け抜けた。
 打ち上げの最終的な〆には、久方ぶりの『阿夫利』。

 唯一の心残り、それはこのイベントに絶対来たかったRちゃんが、残念ながら来られなかったこと。風邪と(ぶつけた)お口の怪我で断念したのであった。

●失速LIVE2010
Beat generation

●吉田宏(ヴォーカル)
●甲野勝之(ギター)
●池田哲也(ベース)
●兼松幸市(ドラムス)
●田中英俊(キーボード)
●米澤和幸(ギター)

1)Immigrant Song
2)Communication Breakdown
3)Custard Pie
4)All My Love
5)Misty Mountain Hop〜Beat it〜Misty Mountain Hop

投稿者 yonezawa : 00:33 | トラックバック(0)

2010年 05月 22日

リハーサル

CA3A1215-0001.JPG

 失速リハを行う隣のスタジオではbambiのリハも行っていた。
 明後日の失速ライヴ本番を睨む最終リハーサルは、最後の調整として4時間たっぷり充てることに。
 途中、想像通りの嬉しき乱入を果たしたbambiバンマスの持参してきたフレットレス・ギターが斬新。
 初めて弾いてみたが、なんとも言えない感触の弾き心地で、第一印象は弾いて気持ち悪い感じ。
 しかしスライドさせた際のトーンは、他の代替え品の利かない物件であることを認識。

 ともあれ、ビート・ジェネーション(BG)の最終リハを終えた。
 終わってbambiとBGとの合同飯会と思いきや、なんと偶然bambiバンマスが、スタジオの待合い室で中学時代の同級生と遭遇するという信じられないハプニング(40年以上ぶりの再会だとか)に見舞われ、結果3つのバンドが集いながら飯会の席に。
 当然のように誘い合うこととなり、想像通りの混沌とするザッツ・バンドマン打ち上げの様相となった。
 この席を経て、また化学反応が巻き起こる予感が…

 24日(月)20時過ぎ、目黒ブルースアレイで本番を迎える。

投稿者 yonezawa : 00:33 | トラックバック(0)

2010年 05月 4日

ブランコ体力

51YwvywnJRL._SS500_.jpg

 8時間はみっちり睡眠。
 正午にZより電話連絡あり、茨城方面からの到着が高速の空き具合によって早まったとのこと。
 昨日から地方を探訪し、地元の市場で買ってきてくれた新鮮な干物、巨大海老を土産に持ってきてくれたのだった。気遣いに今日も大感謝。
 その土産は、Zにもまだ紹介していなかった格闘家:飯村家の分もとわざわざ持ってきてくれており、生ものだったので早めに届けようと大道塾吉祥寺道場を訪れた。
 世間話の延長で、Zには「今日、飯村家と飯」と伝えていたから、そんな気遣いをしてくれたそうだ。
 ともあれ車中にいたまま、道場の玄関先で品を飯村へと中継し即帰宅。そのわずか30分の間に、チャイルドシートに座ってくれてたRちゃんはスヤスヤ寝息を立て始めた。
 
 一旦帰宅し、夕方4時過ぎにRちゃんと2人外へ。井の頭公園へ向かう。
 大道芸人の技を見たりしながら、彼女の目的であるブランコを目指す。そこからRちゃんは正味20分以上も飽きずにブランコ。押すだけでそれなりに疲れてしまう情けないおいら。
 それにしても恐るべし、子供のブランコ体力。

 公園を後に、午後6時から予定していた格闘家:飯村家との飯会場:居酒屋『汁べゑ』へ向かったところ、どうもこちらは2店舗あるそうで、おいらは違う方の「はなれ」の店舗を予約してしまった模様。
 初めて訪れた居酒屋の座敷でRちゃんは2人のMちゃんと再会を果たし、いきなりテーブルでお絵かきが始まった。2人のお姉ちゃんに囲まれたRちゃんは何の話をしているのか。
 その微笑ましい光景は遠目から数枚の写真に収めた。

 今日の一時も、将来きっと懐かしく愉快な思い出になる確信を抱きながら、吉祥寺の夜が更けた。

投稿者 yonezawa : 00:22 | トラックバック(0)

2010年 04月 28日

ロケンローラー

61SVUiHb6GL._SS500_.jpg

 前々から楽しみにしていた飯会。
 ロケンローラー:K渕兄、ジェフ・ベックの通訳でもご一緒させていただいたMMちゃんとの3人会。
 たった1軒限定の飯会なので、ご飯の美味しい銀座:Gを予約し、おいらは赤ワインを注文。料理は店長:Nさんに、こちらのコンディションをお伝えし毎回委ねる。ここではそれが一番正解。

 今日の3人の共通点は圧倒的で強力だ。そこだけは音楽通の者にはどうしても自慢するしかないのだった。
 2007年のロンドンはO2アリーナで、アーメット・アーティガン追悼コンサートの会場に居あわせたのがこの3人であり、数少ないレッド・ツェッペリン再結成ライヴの超貴重な証人となったのが我々でもあった。

※現地でおいらが数えた日本人は(他にも居たのだろうが)20名程度だったと記憶する。
※ペアチケットを1900万円でオークション購入したイギリス人がいた。
※エリカ様&高城両氏も、おいらの席から左に10個ほど離れた並びの席から観戦されておられた。
※帰国後、コンサートの半券がインターネットのオークションで3万円に跳ね上がっていた。

 語り合う話が全部ロック。
 「こんな(おいらみたいな)ヤツって学年に2,3人ぐらいしかいなかったよ」と言えばMちゃんが「私も(こんなロックだけの体質のコは)学校で自分1人だけだったかも」っと共通項を語り出す。
 年齢差をまったく感じさせないK渕兄はジェフ・ベックよりも2,3個年上で、ボブ・ディランよりも1歳年下。スラッシュと同じ歳のおいらも、つまり年齢などまったく関係ない。
 20数年後に自分の未来があるならば、まずはK渕さんが目標だと今日も心で思う。K渕さんもMMちゃんもロックでチャーミング。

 時間の許す限り語り合いながら、終電までMちゃんとバーで乾杯し、おいらは一旦帰社。
 雑務を終え、吉祥寺で待ち合わせたSちゃんを訪ねたら、いつもの吉祥寺面子と遭遇。居酒屋:闇太郎にて、横一で毎度の飲みに突入。

 今日知り合った、先ちゃんの飲みだちミュージシャンとも親睦を深めることとなり、今年3月に武道館コンサートも成功させた、ポリシックス:フミちゃんとも乾杯出来た今夜は貴重な夜更けとなった。

 やがて時計は午前7時を指してた。めーいっぱいロケンロールな1日。
 みなさん体力さすが。先ちゃんも毎度毎度、さすがです。

投稿者 yonezawa : 01:21 | トラックバック(0)

2010年 04月 24日

宮崎行

61ayj4Ma--L._SS500_.jpg

 Rちゃんに散々、外出妨害工作を受けながら、同時に後ろ髪を引かれながら、夕方16時過ぎのリムジンバスで羽田空港へ。

CA3A1188-0001.JPG

 予定通り宮崎行きのANA便でフライト。

 宮崎空港着。こちらの空港に降り立った記憶はないので、冷静にこの地にやってきたのは、物心ついてからほぼ初めてだったのかもしれない。
 路線バスで、およそ30分程かけ市内へ。

 東横イン隣のファミマで待機する幼なじみ:S.S子にピックアップしてもらった。
 宿泊予定のホテルには事前に連絡を入れ、チェックインせずまま一路小林へ。S.S子が買っといてくれたコンビニおにぎりとお茶を車中頂き、1時間少々で市内へと到着。

 S.S子実家に車を停め、徒歩でK.S&Y.Sっ子らと合流。居酒屋の暖簾をくぐった時、事前に予想していたタイムテーブルから10分のズレもなかった。
 親睦会としてはベストメンバーの4名が集結。積もる話を速射砲のように語り尽くす。各々抱えた人生における歴史、ある時は恥部、ある時は歓び、ある時は怒りのエピソードをそれぞれが包み隠さず吐露。
 幼なじみならではの距離感がとにかく居心地よく、瞬時に小学生…あるいは幼稚園時代の景色が蘇る。
 思えば、本日集った面子との付き合いは42年以上の時間が経過した計算。なんたる時間。なんたる歴史。

 全員が思い切り幼少時代の面影バリバリ。贅沢かつ嬉しき夜が更けた。

投稿者 yonezawa : 17:15 | トラックバック(0)

2010年 04月 11日

通園お見送りに備え

517t1bzaXIL._SS500_.jpg

 bambi in 沖縄ライヴのミーティングという名目でのリハを兼ね、昼間っからbambiメンバー集結。
 スタジオに行けば、またしても新曲のコード譜が用意されている。こんな創作意欲の途切れないバンドはおいらも初めて。
 端的なリハの後、昼間っから居酒屋でアルコール。今日の酒は少し及び腰でありながら、宴が始まったらどうでもよくなり、気持ちの赴くまま流し込む。
 帰宅した夕方以降、案の定記憶は曖昧となる。蘇るのは楽しい酒席のイメージだけ。
 明日のRちゃん通園お見送りに備え、午前1時30分には就寝。

投稿者 yonezawa : 19:12 | トラックバック(0)

2010年 04月 8日

尿管結石

 今年の米澤家新年会の席には、正月に上京していたおふくろの参加もあり、同時に、まだ一度も酒の席を共にされていないと伺っていた江口兄&獏さんの豪華ゲストもお誘いし、賑やかに鍋でもつつければと計画した。
 この宴の噂を聞いた出版関係者他が「私も混ぜて〜」「皿洗いでも何でもするので参加させてください」「子連れで伺います」等々、続々参加することとなり、結局10数名を数える大宴会に。
 ところが当日になり、「これから尿管結石の(切開ではなく、レーザーを中てる)手術をやることになったので少し遅れます。麻酔でぼーっとしてるかもしれないので勘弁」おおむねこのような内容のメールが獏さんより入った。
 「無理をしなくとも次回の機会で大丈夫ですよ! お大事に」そう電話でお伝えしようと思っていたところ、結局手術は泊まりになってしまい、2日続けて行うことになったという連絡が入った。

 結局、残念ながら獏さん抜きの宴となったのだが、獏さんはおいらのおふくろにもお気遣いされ、その電話でおふくろともしばらく話してくださった。
 
 そこから4ヶ月程の時間が経ち、体調の戻られた獏さんから「仕切り直しの飲み会を是非やろうぜぃ!」とご提案を頂いており、本日が新年会のやり直し日となった。
 やや面子は変わったが、同じちゃんこ屋で鍋をつついた。
 みなさま、お疲れさまでした。獏さん、ごちそうさまでした。

 格闘家:飯村選手と地元へ帰還。最後の1杯は、偶然遭遇した地元漫画家先生方と闇太郎で乾杯。

51eTgZbdENL._SS500_.jpg

 尚、獏さんが尿管結石にのたうち回った経緯は、『獅子の門-人狼編-カッパ・ノベルス-夢枕獏』
http://www.amazon.co.jp/dp/4334076890
の後書きにしっかり書き記されている。

投稿者 yonezawa : 16:03 | トラックバック(0)

2010年 04月 3日

許可をもらい

CA3A1172-0001.JPG

 まさに結婚ラッシュ! なんだか毎週のように披露宴に行ってる感じ。
 編集部の精鋭:Iが目出度くゴールイン。
 パーティには、今をときめく人気タレントの佐々木希ちゃんも参戦し、会はさらに賑やかな彩りを放つ。希ちゃんには、このHPトップページのミュージックランダーを持ってもらい、以前グラビア撮影したことがあった。
 そのクールな出で立ちは、今でも脳裏に焼き付く。

 昨日の酒が、まだまだたっぷり体内に残っているせいもあり、今夜は軽く自粛日。
 デザイナー:Kと山手線、総武線を経由して帰途についたのだが、土曜日、新宿駅の混み具合には参る。みなさん、最終電車にあわせて飲みなさるのだろう。
 帰宅したら、深夜にもかかわらずRちゃんがたまたま目覚めており、ほんの小一時間、お遊びする機会を得られた。とても嬉しい。
 Rちゃんとの寝室は別々ながら、今夜はRちゃんに許可をもらい、同じ部屋で久々に就寝。明日はRちゃんの前髪と後ろ髪、切ってあなきゃ。

投稿者 yonezawa : 18:26 | トラックバック(0)

2010年 03月 29日

誕生日おめでとうございます

51NK1WRWCKL._SS500_.jpg

 柴田 国明さん、マイケル・ブレッカーさん、高水健司さん、野沢直子さん、西島秀俊さん、鈴木彩子さん、桜庭あつこさん、滝沢秀明くん、里田まいちゃん…

 そして…江口寿史兄、誕生日おめでとうございます。

 夕方、漫画家:高橋ツトム兄とTHE MODSライヴ観戦。
 森山達也さんは、高橋ツトム『SIDOOH-士道-』20巻帯に、いぶし銀のコピーを提供してくださった。
 今夜のライヴは“完璧”という形容が相応しいほど掛け値無しにベストの出来であり、なんといっても新曲の放った色艶、完成度に心揺さぶられた。

 数時間遅れて打ち上げの席に合流させて戴く機会を得、そこでメンバーの方々と直に語り合うという信じられない夜を体感。
 何故THE MODSが永遠に瑞々しく光り輝いているのか、その理由の一旦が理解出来たような気がした。
 彼らの音楽に対する誠実さに適う音楽家には、簡単には出会えない。

 THE MODSの皆様、素晴らしい夜をありがとうございました。&日付が変わった頃、森山さん、ハッピー・バースディ!

投稿者 yonezawa : 00:56 | トラックバック(0)

2010年 03月 27日

ゴールイン

Outlook-3.jpg

 映画人:Wちゃんがめでたく本日ゴールイン。
 早くから今日の披露宴の話は伺っていたので楽しみな1日だった。が、昨日から思い切り体内に残りまくるアルコールとの闘いが午前中最大の課題となった。
 ほとんど寝る時間もないまま支度をし、Rちゃんを連れて表参道へ。

 漫画家、編集者の知り合いが会場には数人チラホラ。出された料理を一欠片も口にすることはなく、ウーロン茶とオレンジジュースをチビチビ。今日は飲めんコンディション。
 夕方になり、より風が冷たく吹きすさぶ。
 一次会の後、表参道ヒルズ界隈をRちゃんとお手々繋いで散策。Rちゃん、今日は沢山歩きました。

 Hくん、Wちゃんおめでとう!

投稿者 yonezawa : 00:28 | トラックバック(0)

2010年 03月 14日

大披露宴

p2663-mid.jpg

 編集部スタッフSKの豪華披露宴が学芸大学前界隈で開催。
 凝りに凝ったパンフレットに、しっかり編集されたVTR、そしてプロレスの余興に、最後はご本人自ら歌の披露。
 ここまでの派手な披露宴演出はあまり記憶にないほど。
 本来この場で、某輩のブルースハープと共にギターの余興を頼まれていたおいらだった。関係者の諸事情でその企画はなくなったが、いち観覧車の一人でよかったと安堵の息をつきながら、この豪華なイベントを最後まで見届けた。

 スーパーフォトグラファーKと久々の再会を果たし、近場の居酒屋で軽めの乾杯。Kと2人で精神的発熱をしたまま北野監督を追いかけ続けた、あの夏いちばん高揚した日々を思い出す。
 終電で帰途に。

投稿者 yonezawa : 01:21 | トラックバック(0)

2010年 02月 26日

来日する模様

Natalie_1363_1.jpg

 都内某所で、ある衣装合わせに立ち会う。

 一緒に飲みたいのだけれど、ほぼ飲ませてはならない団長とほんの1,2杯だけの乾杯を誓いつつ、酌み交わす。
 他愛もない馬鹿話がころころ転がり出すと場の空気が温まってきた。

 雨模様の中、新宿へと移動。やがて編集ライターのKが一足先に撤退。
 おいらはノンアルコールだったTに、山手通り×青梅街道の交差点まで送ってもらった。
 
 古い情報だが、ゲイリー・ムーアが何十年ぶりに来日するそうだ。

投稿者 yonezawa : 23:41 | トラックバック(0)

2010年 01月 21日

2010大新年会

31dKaqcNjqL._SS500_.jpg

 集英社第四編編集部の大新年会。
 一次会、二次会、三次会、そして四次会のバーで激辛カレーで〆。
 酔ってはならぬと意識を働かせ、スロースタートなノリで今日の半日を過ごした。
 三次会の座敷で酎ハイをズボンに倒した。何年おきかにやらかす、ある意味恒例の光景。
 居眠りもせず、しらふに近い午前7時過ぎ、新宿から武蔵野市方面へ帰還。
 みなさま方、お疲れさまでした。

投稿者 yonezawa : 15:48 | トラックバック(0)

2010年 01月 13日

書道

 隔月スパンで行っていた、固定面子4人での飯会“夜忍戒”も、現実的に3ヶ月に一度の飯会となってしまっている。
 昨年12月が昨年最後の開催日程だったのだが、おいらのスケジュール変更という迷惑を踏まえ、年明けの今月に変更となった。そしてその日が本日。

 代々木の、絶対に地図がなければたどり着けないようなとある住宅地にその店:エンボカ 東京 (en boca)はあった。

enboka.jpg

 ホワイトビアが上品。白ワインをいただき、野沢菜のピザ等を食す。
 初物のピザ食材との邂逅。これらの情報、どこぞで仕入れてくるのか、おいら以外の食通3名の探求心、恐るべし。

nozawana.jpg

 河岸を赤坂見附に移し、赤ワインを数杯呑んだ後、書き初めにチャレンジ。
 この店のこの趣向、気に入った。
 思えば広治爺さんも、親父も、師範だったこともあって書道が上手かった。子供の頃、毎年正月は爺さん宅で書き初めし、餅をついてみんなでこねたもんだった

 何十年ぶりにか、習字やりたい衝動に駆られる。

DVC00458%3Ca%20href%3D

投稿者 yonezawa : 04:09 | トラックバック(0)

2010年 01月 12日

THE MODS

 信じられない一日となった。
 都内某所でTHE MODS森山達也氏、漫画家:高橋ツトム氏の特写&対談が実現することに。

 50年の歴史を誇る年期の入った都内大型駐車場を撮影スペースに決め、撮影1時間以上前に現地入り。スーパー・フォトグラファー:尾形正茂と事前ロケハン。

 この場所のとてつもないクールさに胸が高まる。
 場所を提供くださった現地関係者の方々の協力も有り難く、今回ロケ・ポイントにはしなかったが、今後のための様々な驚きのスペースも見学させて戴いた。大感謝。

 高橋氏現地入り。やがて森山氏も。
 肩肘の張らないパンク・ロッカー森山さんのスタンスは、とてつもない魅力に溢れていた。

 福岡から上京したおいらにとって、THE MODSの存在はやっぱり特別なものがある。
 ビートルズもツェッペリンもマイケル・シェンカーもヴァン・ヘイレンも大好きだったが、JL&CもミカバンドもTHE MODSも勿論大好きだった。

1th-live-a.jpg

 THE MODSが東京進出する際、最後に演ってた80's FACTORYは伝説のライヴハウスだったし、おいらは当時入手した同店のマッチを今でも家のどこかに保管している。

logo80.jpg

 『TWO PUNKS』にしろ『激しい雨が』にしろ『バラッドをお前に 』にしろ、森山氏が希代のメロディメーカーだと言う認識は、博多で1stを聴いたあの日から変わらない。

a-a.jpg

 パンキッシュでありながら、同時にスタイリッシュな存在感が共存。
 今回氏と遭遇し、何故永遠にTHE MODSが瑞々しく輝き続けているのか、その理由の一端を再認識させられた夜になった。

 対談はまるで旧知の友人同士が語り合っているような、至ってアットホームな雰囲気の中進行。2人は3杯目の生ビールをおかわりした。やがて取材はつつがなく終了。
 そのまま「もう1杯いこうや!」と近所の酒場に飛び込み、その後夢のような時間が訪れることに。極めてロック。もう最高。

 THE MODSにおける森山さんの魅力溢れる声と、せつなく美しいメロディーは世界でただ一つの究極の個性。その想いは死ぬまで変わらんだろう。

 この、ときめく対談記事は、1月27日(水)発売のスーパージャンプ4号に掲載される。

投稿者 yonezawa : 04:08 | トラックバック(0)

2010年 01月 5日

サプライズ

i_01.jpg

 国際フォーラムで行われる『フレッシュプリキュア!』の舞台観戦へ。
 アニメでしか見たことのないRちゃんが、さぞや驚くだろうと意気込んで。

 朝日放送によるアニメ版ではなく、実際の人間が着ぐるみ着けて演じるやつ。
 この『フレッシュプリキュア!』は幼児向けの本でしか見たことがなく、原作では何がどうなっているのか判っていないのだが、資料によれば数多くあるパラレルワールドの一つである管理国家ラビリンスが舞台。そこは国民の全てが国によって管理された夢も希望もない世界。
 プリキュアの女の子たちは笑顔を求めて悪と戦っていた。
 
 舞台から席が離れていたこともあってか、想像よりもRちゃんの集中力は続かなく、「しっし!」とお願いされたおいらは途中でトイレタイムにつきあった。
 終演後、ホール入口で近所のおかあさんとRちゃんと同い年の娘ちゃんと遭遇。ホールの外でRちゃん&おふくろとの写真を撮ったりしながら新宿へ移動。

 伊勢丹でジェラート喰って鍋屋へ。
 予定していた新年会の席には豪華で賑やかな面々が。いくつものサプライズな場面に遭遇し恐縮。微笑ましい光景を見つめながらの親睦会が嬉しかった。

 集ったみなさまに心より感謝!

投稿者 yonezawa : 11:03 | トラックバック(0)

2009年 12月 21日

フリーペーパー『熱風』

418338A7X4L._SS500_.jpg

 伸び伸びになってしまっていた亀渕兄との飯が、この師走になってどうにか叶いラッキー。
 ソニー・ミュージックMさんにご配慮戴いたアジカンのZEPP公演はS、M、A(後にゴールデン街で合流)に託し、新宿の待ち合わせ場所へ。

 氏は、書店で無料で入手出来るフリーペーパー『熱風』に「ドーナッツ盤に恋をして」という、とてもチャーミングで魅力的なコラムを熱筆されておられるのだが、おいらはその熱心な読者だ。

 待ち合わせの場所へ到着し、再会を果たし椅子に座る前から、もう速射砲のように語りつくす。次回の機会がいつなのか判らぬ故、会ったらとにかく速射砲。

 アメリカン・ロック、ブリティッシュ・ロック、70年代、60年代、80年代、90年代、そして現在。
 マイケル・ジャクソン、ジミヘン、ビートルズ、リトル・リチャード、民主党、自民党、洋画、酒、新宿、正月、鍋、寿司、山、コレステロール、会社、社長、江口寿史、夢枕獏、母、父、文章、コラム、仕事、ツェッペリン、ニッポン放送、ウィキペディア、お笑い、北野武、ギター…
 話が途切れない。

 脱線しまくる節操のない話題は、これ以上ないほどの興味深さへと突き進む。
 亀兄、何でも知っている。物事をいつも優しい目で見つめている。
 60歳代の亀兄は、例えば18歳から30歳ぐらいまでの時に持ち合わせるような鋭い感覚の瞬発力を今もまったく失っていないことを、45歳のおいらが感じている。

 『熱風』に執筆されるコラムの、例えばたった2行を書こうと思えば、文献を2.3冊読み漁り、事実関係を突きとめなければならない。その真摯な姿勢が胸を打つのだ。そんな意味もあり、コラムの放つ熱風を感じずにはいられない。

 話の途中、氏が1冊のボロボロになった片手サイズの洋書を取り出した。
 例えばミュージシャンの正確な名前、アルバムのタイトル、年度、関係者各位とのいきさつなどは、その洋書を参考文献の1冊にされておられるとおっしゃった。
 ページをめくると、蛍光ペンで何カ所もアンダーラインが引かれてあった。
 感服。
 アンダーラインなど、もう何年使っていないだろう。
 本を読むときには確かにアンダーラインが必要だった。
 自分の鞄にはピンクのアンダーライン用のペンを常備させているにも関わらず、何年もその作業をすっかりスルーしている。
 ふいに母が学生時代からずーっと家で使っていたボロボロの辞書を思い出した。
 亀兄と語ると、様々な景色が思い出されてきた。

 古き時代を知り、最先端の今、巷に流れる音楽を聴き、そして自ら欲する音を求める。
 2007年12月、ロンドンの地で偶然の初邂逅を果たした亀渕兄との出会いは、今生涯の宝となった。

投稿者 yonezawa : 21:36 | トラックバック(0)

2009年 12月 19日

画集打ち上げ

 新神戸より帰京し、都内某所で開催された高橋ツトム画集『S』&『K』出版記念パーティの会場へ。
 画集は昨日無事発売の運びに。
http://artworks.tao69.com/

投稿者 yonezawa : 21:35 | トラックバック(0)

2009年 12月 13日

Tプロ忘年会

51IpUW9GWQL._SS500_.jpg

 平日のスケジュールがままならなかったのか、谷口プロとの忘年会は日曜日。
 初めて訪れた吉祥寺の居酒屋は、井の頭公園近くの奥まった箇所に位置しながら、休日も満席で料理も美味かった。
 ここのところ、夕飯時前に妙に腹が減るので、料理が出てくるとともに喰いまくった。
 20名前後集った面子の中には、漫画家でイラストレーター:Tさんの姿も。久々の再会。

 河岸を変え、B1のバーへ。
 ほんの少しシェイプアップした人数で、谷口さん、Tさんらと卓を囲み、「あの映画のディテールはここがよかった」とか、「あれは見なきゃ」とか、思い思いの印象を持つ名作の内容について語り合った。
 こうした場で得られる情報がとてもラッキーであり、おいらも今年出会ったいくつかの作品について印象をみなさんに伝えていた。

 『ブレードランナー』は今一度ブルーレイで確認しなきゃならんと思ったし、『倫敦〈ロンドン〉から来た男』も気になったし、『刻刻』もチェックしたくなった。
 『SIGLO:牛の鈴音 워낭소리』なんて、すごい映画の存在も知ったし、『Taken』はなるだけ早く観なきゃと焦ってしまった。
 そして、ピート・ドクターがマカロン好きだったことを、インタビューする前に知ってたら…と思ったり。
 ほっといたら、それらの情報には出会えない可能性もあり、出会うにしても果てしない時間がかかってしまいがちなところを、この一席で一遍に得た感じ。

 年に一度の、ホントに滅多にない面子で集った今夜。
 谷口さんとは11月18日発売の文庫『晴れゆく空』(2008年、ローマで由緒ある漫画賞《ロミックス(Romics)》受賞)もあったし、嬉しきお祝いと機会を設けられた貴重な夜更けとなった。

 駅前で解散したTさんは、歩いておよそ1時間予測の道のりを、迷いなく徒歩で帰宅された模様。

投稿者 yonezawa : 17:23 | トラックバック(0)

2009年 12月 12日

同級生忘年会

CA3A1007-0001.JPG

 中学時代の同級生5名で集う忘年会の席へ。
 家庭を持つ者3名。単身の者2名。人生色々、境遇がバラバラで面白い。
 先日、寅と優子の披露宴流れの3次会で訪れた店では、珍しく肉の鍋を選択。

 子供の頃からは圧倒的にふくよかになった男性陣に比べ、女性陣はあの頃とさして変わらない印象だった。
 同窓会を行えば「おまえは担任か!!」と突っ込まれる輩も、10年前ぐらい前の年代からボチボチ存在仕始める。

 いつもの縄張りから趣を変え、今年は渋谷区なる場所を選んだものの、さて2軒目となるとどちらへ行ってよいものか。
 青山通りに出て、やっぱり新宿だろうとタクシーに乗り込み、バーで抱腹絶倒の展開に突入。

投稿者 yonezawa : 17:23 | トラックバック(0)

2009年 11月 28日

誕生会

61MFXYUXzZL._SS400_.jpg

 メールの時代になり、「誕生日おめでとう」メッセージを戴くことは急激に増えた。
 本日45回目の誕生日を迎えたおいらの祝いをRちゃんの誕生会(12/7)に置き換え、Hが自宅へと招き行ってくれることに。
 出会って30年近い年月が経過するHとも、長いようであっという間だった。

 手製で仕込んだ餃子、それに美味いと評判の既製品キッシュ、それに試飲して決めた赤ワインを2本持ち込み宴開催。

 本来なら、Hとおいら、それにYっちゃんも加わるのが高校時代からのノリなのだが、彼は名古屋に長期出張で参加ならず残念。電話での参加に。
 やがてH家の面々も揃い始め、Rちゃんを中心にホットな時間が流れる。
 ケーキに3本ローソクを立て、Rちゃんの前に差し出したら彼女は当たり前のようにフゥーっと吹き消した。
 まだ教えてなかったはずなのに。子供の学習能力のすごさを感じる。いつもはあまり率先して食べないケーキをRちゃんも珍しく頬張った。
 なんと温かい時間が流れるのだろう。 
 HからRちゃんへのプレゼントはティディベア。
 Rちゃん、もうぬいぐるみは何個コレクションしたことか。誕生日はおよそ1月前にすでに終わってしまったH家のSちゃん、年明け早々に誕生日を迎えるH家Kちゃんのために、おいらは時期のずれた誕生日プレゼントを贈呈。もはや全員誕生日状態。
 H、Eちゃん、Kちゃん、Sちゃんには心より感謝。
 結局男性陣2名は赤ワインを4本飲み干し、やがて楽しかった宴はお開き。

 帰り道、不意に思い立ち、一瞬でもRちゃんとの時間を共有戴きたく、先ちゃん、テンホーちゃんらにお誘いメールを送信。
 すると彼らはものの数分で集ってくださり、Rちゃんとの貴重な時間を闇太郎で過ごすことが叶った。
 おいらの誕生日には、Rちゃんとの思い出がたくさん重なった。

投稿者 yonezawa : 19:14 | トラックバック(0)

2009年 11月 25日

飲め飲め団

CA3A0983-0001.JPG

 1日風呂に入らないとものすごく気持ちが悪かった。大いなる嫌悪感。
 朝風呂にも入る余裕がなく1日が始まってしまった。
 入稿を終え、本日やるべき常務をガシガシ前へと推し進め、つい1週間前に発売したばかりの文庫『晴れゆく空』のお祝いと、夏のフランス珍道中の話を窺うべく漫画家:谷口ジロー氏との会食の席へ。
 様々な雑誌、セクションの編集と関係者が集うこの席も、もはやメンバーが固定された感じ。
 宴の場は、訪れた地で最もパスタ類の美味い店:Hで開催された。
 文庫『晴れゆく空』のあとがきに記された谷口氏のフランス珍道中は、通常のあとがきよりも多くのページを割いており、内容のクオリティ同様、贅沢に読み応えあり。

 かつて飲め飲め団:団長だったK兄が身体を壊し、この度2年程断酒を続けておられたのだが、回復を理由についにこの頃飲酒解禁された模様。今夜も数杯たしなまれていた。
 何の権利もないし立場でもないのだが、三度四度、病院生活の姿を見た証人の一人としては微妙な気持ち。
 しかし目の前の仲間と酒を酌み交わすことこそが、最も人間的な行為だと感じる瞬間はない。大きなお世話と決まっている個人的監視はこのまま続けながら、2〜3杯の乾杯だけは大いに共有させて戴きたいところ。って偉そうで失礼、団長。

投稿者 yonezawa : 15:18 | トラックバック(0)

2009年 11月 24日

ラーメンを汁まで全部

 ふいに作家:夢枕獏さんより連絡を戴き、打ち合わせ先の新宿:Hへ移動。
 年内にもう一度お会い出来る機会を得られるのか、世界中を飛び回っておられる氏のスケジュールを踏まえれば難しそうだったが、この時期に再会を得られてラッキー。
 年内も年明けも、国内外を問わずバンバン飛び回る日程が待ちかまえておられるとのこと。
 
 小説、格闘技、釣り、音楽、漫画、酒、あの人この人…ランダムに飛びまくる話がとにかく贅沢でたまらない。

CA3A0978-0001.JPG

 雨模様の中、バー:Sを経由し、酉の市で賑わう花園神社を横切り、バー:Hで乾杯。
 クロード・レビストロースからヒョードル、ジェイク・シマブクロにマグナスヨルト、中沢新一に北野武…と、話題は無軌道に発展してゆく。
 「格闘(大道塾の空手)家に焼き肉を喰わせる時には、ラーメンを汁まで全部飲み干させてから、安い店舗に行くべき」等、獏さんに驕られた当事者を知るおいらはその懐かしいエピソードを改めて伺い、腹を抱えた。
 「この酒をロックで飲んでたら『ストレートで飲まなきゃダメだよ』と、某人に注意されたんだよ」という獏さんの注文されたスコッチをおいらも便乗して1杯オーダー。

 何とも言えぬ贅沢な時間が経過し、やがてお開き。

 集ったみなさんを見送り、どうしても小腹が空いてしまったおいらは初モノの味噌ラーメんン屋に飛び込んだ。ラヂヲ先生、ごめんなさい。
 
CA3A0981-0001.JPG

投稿者 yonezawa : 15:21 | トラックバック(0)

2009年 11月 22日

おめでとう

23742407_582683413.jpg

 都内某所にて、編集部のエースでイケメン編集:Tの結婚披露宴2次会に参加。
 到着次第、おいらは飲み放題の赤ワインを延々流し込んでいた。

 スクリーンには、新郎Tの田舎まで赴き撮影されたお祝いコメント等の映像が映し出されている。近所の方々による「おめでとうございます」メッセージに最も心が温かくなった。
 聞くところによれば、彼の地元には信号がないそうだ。おいらの田舎も田舎だが、Tの田舎も筋金入りの田舎。
 生真面目で一本気な性質のTの人格形成は、この地だからこそ培われたのかもしれないと感じさせた。
 3次会、4次会と延々赤ワイン。
 一人二人と行動が別れ、最後は若き編集:Sとカオタンラーメンで〆。よき披露宴だった。

投稿者 yonezawa : 11:51 | トラックバック(0)

2009年 11月 14日

寅と優子

CA3A0963-0001.JPG

 11月に入るとものすごいスピードで時間が経過してゆく。
 あれもこれも、やることがどんどん後まわしになってしまいながら師走に突入の様相。
 しかし札幌だ宮崎だ新神戸だ熊本だと、よくもまぁ飛び回ったものだ。
 そんなこのクソ忙しい時期に最重要のイベントが待ちかまえていた。
 
 都内超高級某所にて行われた披露宴は17時30分より。
 寅&優子の披露宴パーティの日がやってきた。

 会場は日米インターナショナルな顔ぶれでアットホームな時間となった。
 新郎の寅(トラヴィス)とはスティーヴィー・サラスの打ち上げの場で知り合った。
 寅はとても面白いアメリカ人で、『アラキメンタリー』という、写真家:荒木経惟のドキュメント映画を撮っている映像人間。関係ないが、THE POLICEのギタリスト:アンディ・サマーズの娘と友達なのだという。
 そして伴侶に選んだのはデザイナーの美人で可愛い優子。

 彼らと知り合って、まだほんの数年のつきあいだが、正直で、朗らかで、あくせくしてなくて、いつも自然体な彼らのことが一遍で好きになった。
 優子にはRちゃんも抱っこしてもらったし、いつもなら滅多に食指の動かない花見には、彼ら主催のものだったので参加した。
 「人は、おおらかであり、朗らかであるだけで他は何もいらない」
 それだけじゃ足りないことは勿論当たり前なのだが、そう思わせる魅力が彼らにはたくさんあるのだ。人として最も重要なセンスを兼ね備えているのが彼らなのだと思う。

 明日の七五三を控えるRちゃんパパとしては、遅くまで繰り広げられる酒席に後半弱気な側面も匂わせていたものの、寅の執拗な「行きましょうよ。行きましょうよ」攻勢に押され、結局、4次会の地:渋谷で朝を迎えた。
 最後に残った輩7〜8人に別れを告げ、ようやく午前6時に解放してもらえた。 

 新婚旅行後のパーティ第2弾は是非とも吉祥寺で! おめでとう、おいらの弟と妹!

投稿者 yonezawa : 00:26 | トラックバック(0)

2009年 11月 8日

坂本耕作

 午前11時30分、ホテル・ロビーで市役所関係の方と合流し、トークイベントの会場となる『水俣市のエコパーク水俣バラ園』へ。

 会場には先ちゃんのイラスト展が常設。
 控え室で本日トークショーの打ち合わせを行いつつ、地元コミュニティ誌の取材を受ける先ちゃん。

CA3A0954-0002.JPG

 「漫画家のサイン会」というものは、作家の知名度、人気のバロメーターによって現金に集客に反映されることはなく、各地域の民族性(?)ということなのか、大盛況の場合も時に寂しい場合も勿論ある。

 本日、江口寿史のトーク・ショーは超大盛況。びっくり。流石、世界の地元のヒーロー。
 地方自治体なり役所の方がいくつかのメディアで告知されたせいなのか、入口付近は立ち見の入りきれない状態で、老若男女のオーディエンス(!)が大勢押し寄せた。
  
 地元の人気ミュージシャン:Nさんのファンキーな司会で、先ちゃん会心のトーク・ショーを魅せてくれた。
 ホワイトボードに描いたサイン入りのイラストは現地のファンにプレゼントされ、トーク自体でもみっちり1時間強。
 その後、怒濤のサイン会。

CA3A0955-0001.JPG

 長蛇の列に並ぶファン一人一人にイラスト入りのサインを描く先ちゃん。2時間以上ぶっ通しで描き続ける先ちゃん。短編1本分ぐらい描いたんじゃなかろうか。マジで。右手にご苦労さま。
 イベントはつつがなく終了し、一旦ホテルへ。

 ロビーには、先ちゃんの同級生のサカモト氏が待っておられた。
 サカモト? 坂本? 坂元?
 先ちゃんに紹介されたサカモトさんは、なんと先ちゃんが『ストップ!!ひばりくん!』を描いた時の、ひばりくんに翻弄されるキャラとして登場した「坂本耕作」と漢字違い。つまり、あのキャラクターは彼の名前から拝借して使ったのだそうだ。
 これは初耳だった。ご本人の名字(坂元)とは文字が違うものの、ひばりくん現役直撃世代の雄であるおいらとしては、なんだかとても特した気分。

 坂元さん、そして新幹線で来れば早かろうに、わざわざ2時間の鈍行で駆けつけてくれたS作夫妻らと共に、居酒屋『遊食三昧』へ。
 イベントお疲れさまのかんぱーい。

 やがてわらわらと、先ちゃんの同級生の初恋の女性陣ら等々が随時合流し、とても不思議な面子で卓を囲んだ。こんな面子で呑もうと願っても、まず不可能だろう。
 
 この旅でお会いした、すべての水俣の方々は温かく、この町への好感度は益々急上昇するのだった。
 ものの小一時間で芋焼酎の5合瓶が空き2本目に突入。耕作さんのペースは尋常でなく、今日の面子での最たる酒豪として確定。

 おいらはS作のくだらない話に腹がよじれそうになり、情けなく実にバカバカしい会話で何度も(可笑しくて)泣いた。
 このままこの時間が永遠に続けばなぁ〜と考えながら、一次会はお開き。二次会の地:秀ちゃん宅へ今日も移動。S作&Mちゃん、ありがとよ!

 秀ちゃんは午後2時から酒をあおっておられるご様子で、こちらのテンションと丁度良き案配。
 夕べも飲み明かした、たくやさんとギター・セッションで景気を付け、今日は赤ワインを戴いた。
 先ちゃん節も炸裂。吉祥寺となんら変わらない宴は明け方近くまで続くのだった…。

saaminamata.jpg

(前回、江口寿史兄が描いた[町のあちこちに貼られてあった]ポスターと関連サイト)
●観光ポスターへの江口寿史氏のコメント

 こんにちは、江口寿史です。
水俣市の丸島町で生まれて13歳まで八幡町に住んでいました。
今回、水俣市の観光ポスターという形で頼まれたんですけど、思い出してみると小さい頃、水俣の海がきれいだと思ったことがなかったんです。というのは、比較の対象を知らなかったから。
 で、特にこう水俣の自然ということに対して意識したことはなかったんですけど、大人になっていろんな場所をたずねて見た目で改めて見ると、海も山もすごいきれいなんですよね、水俣というところは。自然の懐が深い。水俣の人たちはこの自然の豊かさをもっと誇っていいと思うし、そこら辺を他県の人々にあまりにも知られていない感じがするんですよね。あまりにも一面的なイメージでしか見られていない。
 今回のポスターは、水俣を知らない人たちに、ちょっとでも行ってみたいな、見てみたいなと感じてもらえたら、という思いで描きました。また水俣の人たちにとっても、自分の故郷を再発見する機会になってくれたら嬉しいですね。

http://www.minamatacity.jp/jpn/sangyo/eco-town/saaminamata.html

投稿者 yonezawa : 01:03 | トラックバック(0)

2009年 09月 9日

下北沢 CLUB 251

41O9Okk3qVL._SS500_.jpg

 午後6時、ヤングジャンプ30周年記念企画のひとつ「YJクロニクル」記事のため、編プロ:ライターによる漫画家:高橋ツトムへのインタビュー開始。
 彼がヤンジャン本誌に登場してすでに10年以上の月日が流れた。本誌へ執筆することとなった経緯より、質疑応答が始まる。

 2000年1月よりこのブログは書き記しているのだが、高橋ツトムとの出会いは99年以前のことなのですでに記憶も曖昧となり、初めて高橋ツトムと遭遇した日付は正確には思い出せない。
 しかし最初の遭遇がライヴハウス「下北沢 CLUB 251」での対バンだったことは明確に記憶している。
 漫画家:若林健次に誘われ、当時のおいらのバンド「パンクラ」で参加させて戴き、若林健次、おおひなたごうらとバンドを組んでいた高橋ツトムという漫画家を初めて認識した。

 それ以前、パンクバンドをやっていたという彼の突き刺すような眼光がまず印象的で、俗にイメージされる漫画家の雰囲気など1mmも感じさせない、初めて遭遇するタイプの男。
 ちなみに、もう1つの対バンには、今をときめく天才漫画家:二ノ宮知子のバンドも登場していた。
 
 『ALIVE』でヤンジャンに登場するのが99年からなので、そこから遡る1〜2年の間に編集者として彼を口説きにかかったという経緯だったか。
 高橋ツトムは今年デビュー20周年。ヤンジャンに描き初めて10年。
 本誌で描いた作品中3本が実写化。漫画から派生したメディア・ミックスは現在も尚延々続いている。
 申し分のない経歴を経て、年内にキャリアを総括する大型企画を勝手に妄想するこの頃。

投稿者 yonezawa : 19:04 | トラックバック(0)

2009年 09月 5日

JAZZ KEIRIN

shop_01.jpg 

 下高井戸の東京讃岐うどん屋「JAZZ KEIRIN」には、法政大学2部ジャズ研究会OB会の打ち上げ以来に訪れたので、もう何年ぶりになるだろう。
http://www.jazzkeirin.com/

 料理人時代のおいらが大学に所属していたわけではなかったが、縁あって20歳ぐらいからギターの参加で、なし崩し的にサークル活動を数年間過ごした時期があった。
 オーナー:T氏は、おいらよりも1個年上の同じく2ジャズ出身。
 久々の再会を果たした(2ジャズ内では同期のような)TTが、何年ぶりかに誘ってくれた店がここだった。
 
CA3A0874-0001.JPG

 閉店間際にお任せで出てきた酒のアテの何もかもが美味い。
 時間的にカマの火を落とさねばという事情もあり、うどんの選択も店主:Tさんに任せ、冷たい(確か)白カレーうどんを戴いた。味◎。

 酔いに任せ、競輪好きのTさんの話を聞くうちに、思わず90年頃、当時まだギリギリ現役選手だった中野浩一選手へのインタビュー(江口寿史先生との対談企画)のことを思い出した。
 プロスプリントで世界10連覇した奇跡の実績は尋常ではない。

 中野は1976年に初めて世界自転車選手権に参戦。
 翌1977年には世界自転車選手権プロスプリント種目で初優勝。それから毎年同種目で優勝し続け、1986年までに10連覇を達成した後、自ら同競技より身を退いた。「KEIRIN」を世界的に認知させたのは間違いなく中野だった。

 当時伺った淡い記憶ながら、V10を振り返った中野は確かこう語った。「初優勝の時には、『あいつは誰だ?』と言われ、誰にも認知されなかった。2度目以降の連覇の積み重ねにより『東洋人?』『日本と言う国から来たヤツなのか?』『ナカノという選手なのか!』と徐々に名前を覚えられ、認知される評価を目の当たりにしながら競技を行っていたものでした」
 「後に、もう自分が身を退き、世界一の走者でなくなった後にも、ヨーロッパの大会にゲストとして招かれると、ポスターの一番上には大きく『Koichi Nakano』と書かれてあるんですよね。嬉しかったなぁ」
 世界チャンピオンの名は、その次にナカノの文字よりも一回り小さい字で記されてあったそうだ。
 中野の偉業は、他の、どのスポーツのどの優れた選手にも匹敵、あるいは凌駕するほど桁違いの素晴らしいものがある。

 『世界自転車選手権プロスプリント10連覇』
 この記録は、20年以上経った現在でもいまだに破られていない。 

投稿者 yonezawa : 01:27 | トラックバック(0)

2009年 08月 26日

LILLIX

41BX4Q1014L._SS500_.jpg

 各位の多忙なスケジュールをぬい、本日ようやく打ち上げ(何の?)の席を確定させた。
 幹事は率先して名乗り出たおいら。
 FUJI ROCKで、サマソニで、インタビュー・ルームで多くの現場を共にしてきたWチーム:KOBI、I葉、&Mゆう、大家社長らの5名で宅を囲んだ。

 おいらがナンバリングをして、定期的に手がけるようになった音楽記事は、彼女たちとの仕事から始まった。
 記事としては、枠の都合で03年ヤンジャン33号掲載のSTACIE ORRICO記事が初っぱなだったが、打ち合わせそのものを最初に行った案件は03年ヤンジャン39号掲載のLILLIXから。
 あの日からすでに6年以上が経過した。あっと言う間の時間だ。

 酔いの境目が判らない酔い方こそ最もストレスのない飲み方であり、今日は勿論いつ酔ったのか判らないGOODコンディション。
 とりたてて良質のロック・ミュージックの啓蒙を全員共通の意識として、今後も力の続く限り、彼らと現場を共にすることが継続出来れば言うことナシ。

 よく飲んでよく笑って語り明かし、申し分のない夜更けだ。

投稿者 yonezawa : 18:07 | トラックバック(0)

2009年 07月 29日

G&L

NYsL._SS500_.jpg

 早朝、慌てて原稿奪取に向かい、昼12時には入稿を終えた。
 13時より漫画家:高橋ツトム宅で開催されるバーベキュー・パーティに参加させていただく。
 日本酒と西瓜のお土産を持参し、到着早々焼き上がった肉類を戴いた。
 日中のぴーかんな日差しの中、招かれたゲストの子供たちはパーティの主役の如く目映い彩りを放つ。揃いも揃って可愛い子供ばかり。子供は天使。

 ビールから焼酎のお茶割りを戴き、やがて家屋で飲み直し。
 高橋ツトム氏は数多くの“使える”ギターだけを有しており、本人自身がそれなりのリペア、改造を施せるような“工房テク”を有している。
 何度も何度も試行錯誤し、数十万円の予算をつぎ込んだギターがそこら辺に無造作に置かれているのだが、ふいに「このテレ、米氏にやるよ」っとG&Lの名機を掴んで手渡した。

CA3A0801-0001.JPG

 ギター弾きが第三者にギターを贈呈するという行為はよほどのことだ。
 つまりギター弾きは仮にどんなせこいギターであっても人にはあげたくないもの。おいら自身の感覚からすれば。
 また、ギター弾きはどんなオンボロギターでもくれるものなら貰う。おいら自身の感覚からすれば。
 今回、メインのギターであってもおかしくない程の完成度を誇る「テレキャスター」をまさかくれるとは!?
 酔った勢いなのか? きついジョークなのか? と疑い目線のおいらを「いいんだよ、やるやる」と、至って冷静にいなす高橋69。

 「マジなのか、おい!」
 おいらは高揚し、呑んで6時間は経過したほろ酔いのまま嬉々として延々ギターを弾いた。家でもこんなに気持ちよく弾いたことは久しくなかったかもしれない。

CA3A0802-0001.JPG
 
 握った時に判る名機の感触。
 弾いた時に判る名機の実力。
 アンプを通して鳴らした時に判る名機の機微。

 今日を境目に、おいらのメインギターにこの1本が加わった。申し分のないテレキャスター。高橋69先生、感謝!

投稿者 yonezawa : 18:10 | トラックバック(0)

2009年 07月 25日

1戸建てと国営昭和記念公園

51%2BRoUFHhgL._SS500_.jpg

 S社:Sが、おいらの家からもほど近い閑静な住宅地に一戸建てを構えたと聞き、彼の新居でご飯を戴こうという話が急速に進展した。
 そのホームパーティを行う際には、そもそもおいらが料理をまかなうこと(条件?)になっていたので、S宅へゆく前に西友で買い出しに。

 「包丁が切れないんで、それも買いましょう」というSの要望も盛り込み、食材、飲み物は買い物カゴ4個がいっぱいになるほど買い込んだ。
 総計5名分の食材をわんさか購入。

 33歳の若さで庭付き1戸建ての物件購入。何はともあれ立派なことだ。
 おいらの自宅からの距離は車で正味15分程度だったろうか。
 「庭付き」の自慢話(笑)通り、確かにちょっとした庭もあり、隣は空き地。日当たりのよい環境も申し分のない新居に招かれた。

 今日集うメンツのうち2人がおいらとは初対面とのこと。
 Sの仕事仲間である彼らの到着時間はあと15分を切ってしまっていたので、とにかく突貫工事のごとく調理に着手。
 
 まず、ゆで卵を作成。
 その隙に、キャベツの千切りにレタス、サニレタス、トマト、キュウリ等を洗ってざるにあげ、サラダの材料は冷凍室へ。
 調理の後、サラダを即食べる場合、食材は冷凍室にしまうのがベストだと思う。

 豚肉野菜味噌炒め用の材料を切り出し、ニンニクアッシュして、シーフードクリームソースパスタ用の野菜、具材切り出し。
 調味料を確認。パスタの具材に考えていた3切れの鮭のうち2切れは素焼きにした。
 ニンニクの茎と牛肉を酒、醤油、出汁とブラックペッパーで炒め煮込み、5人前想定の豚肉野菜味噌炒めも作成。

 パスタの麺を12分間茹で、むきえび、鮭、卵黄、えのき、タマネギ等バターで炒め併せ、牛乳買うのを忘れてしまったので白ワインで和え、丁度麺がゆであがった頃、フライパン内で生クリームとざっくりあわせて軽く煮だたせた。

 S宅のフライパンが鬼のように小さいので、すべての料理は難儀を極めたが、丁度よいタイミングで到着したメンバー:Rに流しの洗い物等をサポートしてもらいながら、スムーズな時間繰りで予定したすべての品を完成させた。
 所要時間、正味1時間強だったか。気持ちのよい汗が流れる。
 
 ビールで乾杯。
 FUJI ROCKでの名演:ジョン・バトラー・トリオのライヴ映像を見ながら親睦会の開催。
 しかし仲間宅でのホームパーティはいいものだ。
 20年近く昔、たまに催していた、先ちゃん宅でのホームパーティは派手だったなぁ。あの頃もよく十数人分のシェフやってたっけ。
 午後5時のお開きの時間まで、ほろ酔いの心地よき時間が流れる。

 午後6時過ぎ、ママ&Rちゃんと三鷹駅で待ち合わせ。
 昨日突然思い立ち、国営昭和記念公園で開催される花火大会へ赴く計画を立てていた。本物の花火をRちゃんに見せようと考えた。
 
 立川駅からデパートの屋上を目指すが、すべてのテーブルがすでに予約者の名前で埋まっている。当たり前か。
 やむなく昭和記念公園に連なる遊歩道を歩き、適度な場所でシートを敷き、とりあえずの場所を確保。
 昼間2本近く飲んだワインがきいてきたのか、おいらは思い切り大の字。

CA3A0785-0001.JPG

 やがて数千発を打ち上げる花火の音が聞こえ始めた。音色が小気味よい。
 Rちゃんは夜空に大きく輝く初めて見る景色を興味深く見つめている。その横顔がたまらない。
 ときおりRちゃんの姿を携帯とデジカメでとらえながら、可能な範疇「花火」の説明を耳元で聞かせた。
 ひとひとつの風景が彼女の心の襞にどういった心象を与えていくのか。
 かつて幼き自分が両親に見せてもらった胸の温まる多くの風景。Rちゃんを見つめながら、遙か昔に見た田舎での花火の光景がフラッシュバック。
 
 昔、祖母に花火大会でのあるエピソードを聞いたことがある。
 汽車が川内川を通過するそのタイミングに花火大会での花火が打ち上がった時、汽車は一旦そこに停車し、乗客に花火を見せてくれていたそうだ。

 なんて優雅でロマンチックな時代なんだ!

投稿者 yonezawa : 18:04 | トラックバック(0)

2009年 05月 6日

H家ご一行様

Jeff1_w_Oxblood.jpg

 正午過ぎ、近所の知人宅にいたH家ご一行様を迎えに。
 Rちゃんも同乗。
 雨の中、彼らをピック・アップし、我が家へ初招聘。
 H家長女:Kちゃんの大学入学を理由に、お祝いの宴開始。
 仕込みまくった日本の洋食風メニューが食卓を彩り、賑やかな時間が流れる。

 この機会にジェフ・ベックの最新ライヴ映像を見ようとスタンバったが、某観覧者の一言で無礙に却下。
 何のことはなく、Rちゃんの主張する『アンパンマン』に映像を差し変えさせられる。

 丸井で事前購入していた財布をKちゃんのお祝いに贈呈。H家からはRちゃんに「ムーミン」の絵本を戴いた。感謝。
 Hが先日のバーベキューの席で仕込んだという自家製スモーク・チーズが美味。

 3本目の赤ワインが空く。
 20数年前、自身の披露宴でチューリップの名曲を弾き語りで披露したHにアコギを持たせ、軽くセッションを試みる。

 午後5時過ぎまで宴が続き、近場のバス停までH家を送迎。
 今年の夏もこの面子でじゃぶじゃぶ池に赴きたいものだ。

投稿者 yonezawa : 11:38 | トラックバック(0)

2009年 04月 6日

量平寿司

margaux.jpg

 Y事務所:Nさんに誘われ、久しぶりの漫画談義及び、Nさんのライフ・ワークとも言える写真談義に近況報告。
 編集部付近の街頭で待ち合わせたら2人ともマスク着用だった。
 
 現代社会に蔓延する、心の病を抱える方々の話題に始まり、Nさんの趣味のカメラの話まで、まぁ交互に速射砲のように語り尽くす空間。
 おいらもデジタルの一眼レフが欲しくなってきた。

 Nさんは全くのノンアルコールな(飲めない)方なのだが、こちらの飲みペースに全く臆するところがなく、飄々と烏龍茶を飲んでいなさる。
 まだやや早い話だとも思うが、某小説家の先生があと2年で還暦を迎えると言う話から、みんな残された自分の時間をどのように過ごしてゆくのか、話が自然にそちらの方向へ向かう。

 手塚治虫先生が亡くなったのが60歳。
 その年齢をひとつの指針として人生を計算するならば、おいらにしてもすでに後20年を切ってしまった計算となる。
 崇拝する夢枕獏さんも手塚先生の年齢を睨み、優先順位の高いテーマの作品から順番に執筆されると言う話をご本人から伺ったこともある。

 あと、およそ17年と8ヶ月後に開けようと目論む赤ワインの選択とその期間の保存方法に悩み抜く夜更け。
 気がついたらNさんと4時間も語り尽くしていた。
 

投稿者 yonezawa : 00:30 | トラックバック(0)

2009年 02月 28日

acoustic bambi

 寒さも落ち着いた午後、Rちゃんを連れ立ち渋谷へ。
 R&ママは買い物へ出かけ、おいらは一人赤坂へ向かう。

 地下鉄:赤坂駅を出てすぐ近くの路地を曲がったところに位置するB1のライヴ・バー『Sound Beige』到着。

 今年に入り、まったく見ず知らずのメンバーをバンマス:O先生に紹介戴き、あれよあれよと言う間にライヴ当日がやってきた。
 知らない者同士でも楽器があれば会話出来てしまう音楽と言う表現手段は、最も話が早い便利な“言語”と言えた。

 通常ライヴハウスで行う時よりも、充分なリハーサルを経て開場時間を待つ。おいら少し寝不足。

 acoustic bambi in Sound Beige

 午後6時を過ぎた頃、3セット中の第1部演奏開始。
 ほのかな緊張感がメンバーを包んでいたのかもしれないが、それぞれの伸び伸びとした演奏が心地よい。
 演者として聴く場合と、観客として聴く場合のニュアンスはそれぞれ微妙に異なり、冷静にバンマス:O先生の弾き語る姿、メインヴォーカル:Hちゃんのパフォーマンスを初めてこちら側から観戦。

 第2部ではおいらもほとんどの曲に参加。
 ジェフ・ベックのロニー・スコッツ・クラブみたく、恐ろしく観客との距離感が近い場所で演奏するのは結婚式・披露宴での演奏を思い出す。
 (かつて何度の披露宴で演奏したことだろう。両手で収まるのだろうか)

haru.jpg

 バンドメンバー全員が打ち上げの席で語っていたが、おいらも演奏した8曲の終わるのがあっと言う間に感じていた。
 
 当日まで知らなかったイレギュラーなゲスト出演もあり、パーティはアットホームな温かい空気に包まれたまま第3部まで駆け抜け、おいらにしてはacoustic bambi のファースト・ステージを無事終えることが叶った。
 
 同ビル2Fの博多料理屋で美味しい地鶏等をつまみつつ、ライヴを支えてくださったスタッフの方々と乾杯。
 皆様、お疲れさまでした。

投稿者 yonezawa : 12:16 | トラックバック(0)

2009年 02月 19日

Scottish One

CA3A0502-0001.JPG

●2月6日(金)@東京国際フォーラムホールA セットリスト

Beck's Bolero
The Pump
Eternity's Breath
You Never Know
Cause We've Ended as Lovers
Behind the Veil
Blast from the East
Stratus
Angel
Led Boots
Nadia
Snake Oil
Goodbye Pork Pie Hat / Brush with the Blues
Blue Wind
A Day in the Life
- - - - - - - encore - - - - - - -
Where Were You
Big Block
Scottish One


●2月9日(月)@NHKホール セットリスト
※最後に「ピーター・ガンのテーマ」を初めて披露!

1. Beck's Bolero
2. The Pump
3. Eternity's Breath
4. You Never Know
5. Cause We've Ended As Lovers
6. Behind The Veil
7. Blast From The East
8. Stratus
9. Angel
10. Led Boots
11. Nadia
12. Space Boogie
13. Goodbye Pork Pie Hat / Brush With The Blues
14. Blue Wind
15. A Day In The Life
- - - - - - - encore - - - - - - -
16. Where Were You
17. Big Block
18. Scottish One
19. The Peter Gunn

 ぐじの炊き込みご飯激美味。U、T、お疲れさん。

投稿者 yonezawa : 17:07 | トラックバック(0)

2009年 02月 18日

驚嘆

img_guitar04.jpg

 地元の超人おじさん:Tちゃんに誘われ食事へ。
 ここ、Tちゃん家の身内の方が務める飲食店には初めてやってきたが、リーズナブルな価格設定に美味しい品々を提供するナイスな店舗だ。教えて戴きラッキー。

 特に香ばしい鶏もも肉類が美味。鶏肝の燻製は初めて食したかもしれない。
 当初、入口目の前の立ち飲みスタイルで呑んでいたが、なかなか長時間(足腰が)もったのが意外。
 以前、FUJI ROCKの苗場食堂で和田ラヂヲ兄と立ち飲みしたことを思い出すが、ものの30分程度しか根性が続かなかった。今回はイケた。

 店員さんの心遣いでやがてテーブル席に促され、Sちゃんが合流し、もうひとりのSの呑む店に河岸変え。
 
 夜更けに聴く70年代フォークソングの歌詞に、しみじみと感慨深い気持ちになる。
 Sちゃんが井上陽水で一番好きな曲が『帰れない二人』である情報は収穫であり、この曲が陽水と忌野清志郎との共作であることなど全く知らなかった。

 この時代の曲は世代的には疎遠であることは仕方が無かろうけど、今更ながら様々な発見と驚きを感じるケースが少なくない。

 吉田拓郎のレコードを初めて購入したのは、シングル盤で、確か『舞姫』だった。
 改めて聴く拓郎『人生を語らず』の凄さ。若干20代でこの曲を書いた拓郎には驚嘆の思いだ。

 そして〆には午前のラーメン、美味。

CA3A0514-0001.JPG

投稿者 yonezawa : 16:33 | トラックバック(0)

2009年 02月 2日

KUROZUKA打ち上げ

CA3A0470-0001.JPG

 アニマックスで好評放映されたアニメ『KUROZUKA-黒塚-』のDVDが、いよいよ今月より順次リリースされる運び。
 完成を記念して、アニメスタッフ及び全関係者の打ち上げが本日夜行われた。
 少し遅刻はしたものの無事末席へとたどり着き、労いの空間を共有。

 しかし、素人目にも相当過酷なスケジュールの中での作業だったハズなので、「本当にオンエアー日に間に合うのか?」と危惧した事も一度や二度ではなかったのだが、結果見事に(滑り込みの連発だったそう!)作品は万全の形で仕上がり、今日の日を迎えたとのこと。

 それにしても駆けつけたアニメスタッフの人数の凄さに少し押されてしまった。
 こんな大勢の方々の力が支えた末に、初めて作品が完成に導かれたと考えれば感慨もひとしお。
 有名な声優さんらも会には参加され、めったにお会い出来ない異業種の方々を遠目から労った。
 正味2時間程度、1次会へお邪魔し、地下鉄帰社。
 終電を逃しながらデスク・ワークに終始。

投稿者 yonezawa : 23:00 | トラックバック(0)

2009年 01月 22日

恒例の第四編集部新年会

41H568XJ7WL._SS500_.jpg

 恒例の第四編集部新年会。
 年に一度、東京會舘へ行くこの日だけはスーツ着用の一日となる。
 1年を通じてイレギュラーの冠婚葬祭等がなければ、スーツに袖を通すのは今日一日だけ。
 入稿原稿をギリギリまで確認し、開宴直前の夕方現地着。
 この日しか会わない方々も大勢ご来場。会場を徘徊し、たまたま遭遇した漫画家先生諸氏と交互にご挨拶。終始労いの空間。

 昨年も会話する機会を得られたちばてつや先生と、今年も談笑させて戴けた瞬間が感激だった。
 先生と交わした、以前NHKで放映されたドキュメント番組『引き揚げはこうして実現した~旧満州・葫蘆(ころ) 島への道~』の話は、おいらにとっても印象的だった。
 「ハルビンから引き上げた方々は、(比較的悲惨さは少なく)大丈夫だったみたいなんだよね」と伺ったことから、これまでおいらが母親から伺っていた話の点と線が結びつく。

 戦前戦後、満州からの引き上げ組の方々には、歴史的に悲惨な方々も間違いなくいらっしゃる中、多くの財産を失い、果てしれぬ奇跡的な障害を乗り越えてきた祖母&おふくろ&おふくろの妹が、少なくとも無事に日本へ帰還出来、将来おいらを産んでくれた経緯を考える度に、言葉では言い表せない感慨深さと同時に、この上ない有り難さを感じるのである。

 おいらのおふくろがハルビンからの引き上げ者だと知るちば先生より、「じゃあ、お母さんはとても大らかな方じゃない? ハルビンの方はそういう方が多いんだよね!」と伺った瞬間おもわず頷き、「母は大らか過ぎます」と答えたおいらだった。
 ただただ嬉しく有り難い瞬間だ。大陸生まれのおふくろのおおらかさは、おいらにとって永遠の誇り。
 満州引き上げの話は、母親の次においらにとっての人生最優先事項の歴史である。

 やがて会もお開きの頃合い。
 二次会会場へ向かう前、ラッキーにも大先輩:Hさんにお声をかけて戴き、ロケンローラー:Bさん共々食事へ。
 一応、主催者側の立場なおいらは、基本的に会場では何も口にしないままのケースが多く、おいらも例外なくお腹ぺこぺこ。
 確か昨年もHさんにお誘い戴き、豪華にご馳走になったっけ。
 おいらよりも一回り前後先輩のHさんと、親子ほど年の離れたBさん。
 人としての懐の深さを認識させられる貴重で重要な時間が流れる。
 お二方に深く大きく感謝。

 気がつけば、時間はすでに三次会突入の頃合い。
 電車で新宿駅へ向かい、徒歩で三丁目まで移動。雨模様が鬱陶しい。
 現地店舗はほぼ満席の様相。もう20年以上の時を数える古い付き合いとなった居酒屋:池林房で、集英社第四編集部・忘年会三次会真っ直中。
 
 宴は5時を回り、近場の居酒屋で先ちゃん、ごうちゃんらと再乾杯をカマし、例によっておいらの提案によりラーメンで〆。
 先日ラーメン本を発売した先ちゃんはおよそ半分程度しか食べられず。
 帰宅した時、午前8時を目前とする時間を時計の針が指していた。

投稿者 yonezawa : 23:15 | トラックバック(0)

2008年 12月 25日

中野忘年会

51VKtEdbLIL._SS500_.jpg

 17時より段取った水道橋:R寿司で早々開催の忘年会。
 漫画家:T氏、デザイナー:K氏に編集Tらと集う労いの酒席。
 宴の最中、年内最終原稿がUP。中座し、即座に入稿のため編集部へ帰還。

 無事入稿を終え、2次会の席:中野へ移動合流。
 席には、さらに+編集:A、女優:M氏&K氏らも同席。

 3次会に男子チームのみでバーボン乾杯。
 解散後、デザイナー:K氏を事務所へ送り届け、おいらはデザインのあがったDVD用チラシの確認のため編集部へ帰還。

 帰宅したのは早朝8時を回った。

投稿者 yonezawa : 12:06 | トラックバック(0)

2008年 12月 22日

41B3E14XDCL._SS500_.jpg

 新宿で食事をとる。
 同じ年代の輩は、年々食べる量が減少の道を辿る。
 その点、自分に関して思えば、20代に比べれば勿論落ちはしたが、今でも食欲は旺盛の部類だと自覚している。
 個人的には食べない女性よりも、食べる女性の方がチャーミングに映る。
 
 当日まで予定を組めないこの頃の時間ぐりながら、無事集い、なんとか鍋を囲めた連中:I,K,YMが集結。
 遠慮があるのかないのか、馴染んだ顔がそこにあるのは四の五のありながらも、ともかく心を緩めるものだ。
 STが加わり、偶然新宿に居合わせ、忘年会終えたというKMも緊急合流。
 
 居眠り組を横目にみつつ、年に似合わない時間まで宴という宴が続いた。

投稿者 yonezawa : 12:05 | トラックバック(0)

2008年 11月 29日

高嶺の花

51imrtyU0jL._SS500_.jpg

 午後の便で福岡へ。
 諸事情あって、たった1泊怒濤のスケジューリングで現地入り。
 今日の仕事を無事に終え、『鮨 田可尾』で飯。
 締めた肴類が、江戸前のそれらとなんら変わらなく引けを取らない。ネタのバランス良し。まっとうな寿司屋が極めて少ないと聞く、ここ福岡で貴重な名店を知る。

 来たからにはやはり行っとくべと、飛び込みで入った屋台で、豚バラ、豚足、砂ずり等を食す。東京でたまに見かける「煮ただけの豚足」は見た目がグロく喰うのも微妙だけど、福岡の豚足は炙って焼き色がついて香ばしい。
 即座に気持ちが18歳時分に引き戻された。懐かしくってやっぱり美味い。未だになぜ東京でこのスタイルの豚足と遭遇しないのか疑問だ。

CA3A0337-0001.JPG CA3A0338-0001.JPG

 宿泊先のホテルに一旦引き上げ、やり残した取材事項の原稿を整理し、ついでにしばしの休息。
 仕切り直しの夜食にと、『一竜』で豚骨ラーメン。麺激細。美味い。

CA3A0339-0001.JPG CA3A0340-0001.JPG

 さらに居酒屋で芋焼酎を流し込み、続けてその足で場所を中央区へ移し、飛び込みの居酒屋で食べたもつ鍋がまたナイスな物件だった。
 特にチャンポン麺を入れた仕上げの一品は、単独のラーメンとしても充分成立する良き赴きだ。

CA3A0341-0001.JPG

 中学時代の友人:Fと相当深い深夜に合流し、いい加減満腹なコンディションで部屋に引き上げつつ、近況及びささやかな今後の希望を語り合う。
 「誰誰と飲みたい」「ならばその時間を作るための努力をしようじゃないか」語り合う内容は、大概そうした方向のものだ。

 中学時代、(講堂のみで)体育館のない学校だったせいもあり、今思えば信じられない環境だったが、おいらたちは野外で部活のバスケットをやっていた。
 同じくバレー部も野外で部活をやっていた。

 当時、女子バレー部に在籍されていた長身の美女:Mさんは、大勢の男子生徒のあこがれの的であったことは紛れもない事実だった。
 彼女は、多くの男子生徒からすれば高嶺の花で、おいらにすれば、話なんかする度量もゆとりもまったくなかった。
 おいらのことなど知りうる機会などなかったろうそんな彼女が、昨今の同窓会の流れをして、このブログをたまに覗きに来てくれてることをFさんから伺った時には、なんだか心が温かくなった。
 
 「たまには飲もうや」と考えさせる旧友との邂逅は、間違いなく精神に安堵を与える瞬間なんだと思う。
 以前、超有名漫画家:○口○史先生に「米ちゃんの友達はいい人ばかりだね」と言われた時の嬉しさは、ナニモノにも代えられない歓びの瞬間だったよなぁ。

 しかしどうでもいいが、今日の夜だけで5回晩飯を喰った計算。

投稿者 yonezawa : 02:04 | トラックバック(0)

2008年 11月 19日

アンドレ

41Bnff68g%2BL._SS400_.jpg

 レコード会社より宅配便で届いた原稿を校正。
 この時期にきて、またしても大仰な取材ものを仕込み中。果たして実現に導けるのか!?

 午後8時少し前、敏腕編集:Iとタクシーで渋谷。
 待ち合わせの店:フレンチを日本風にアレンジした料理が人気だと聞くビストロ『アンドレ』へ。
http://andra.jp/index.html
 映画会社:KのF推薦の同店は全員初体験なのだが、繊細な工夫の感じられる小皿に盛られた料理が可愛らしく、全体的に有機野菜をふんだんに採用したヘルシーな物件ばかり。

 白赤のワインを飲みながら、これまで今日の面子で定期的に行っていた4人会を回想してみれば、今日で9回目を数える宴となっていた。
 事前にスケジュールを付け合わせているハズなのに、おいらにしても過去に1度、入稿で参加出来なかった哀しい日もあった。
 K社:Fがイベントのずれ込みで参加出来なかったこともあるし、Hが大きく遅刻したケースも確かあったように記憶している。
 
 場を青山へ移し、オシャレと言い切ってもよき、実に都会的なバーで再び乾杯。この面子はこの店に全くそぐわないことを自覚。しかしまた来るかも。

 しばらく歓談しながら、やがて小腹が減りはじめたような錯覚を信じ、徒歩で表参道界隈まで歩く。
 ふいに現れた驚きの深夜営業のうどん屋で焼酎を頼み、メインのカレーうどんまでを満遍なくすする。夜中に満腹。今月44歳。
 この店驚き。間違いなく美味い。
 Iの知る隠れ名店を今日もまた2軒認識した夜更けであった。
 次回、12月半ばを想定した忘年会の日程を各々手帳に記し解散。完全に眠気に包まれた、よろしき案配で帰途に。

投稿者 yonezawa : 15:53 | トラックバック(0)

2008年 11月 14日

DJイベント

514DPD6QBOL._SS500_.jpg

 まだ確定ではないのだが、正真正銘世界一の大物ミュージシャンであり、ロック・ミュージックの頂点とも言える某氏へのインタビューを、Eメールで行える可能性が出てきたので、文面作成に小一時間没頭。
 今回は、写真のjeff beckではない。念のため。

 年内に控えるいくつかの取材素材を整理しながら、夕食出前の濃厚サンドウィッチ&シーザーサラダを頬張る。
 時計が22時を指した頃、急いで原宿へ移動。
 少しだけやり残した仕事を離れ、アストルホール隣のビルで行われていた、バァフアウト!主催のDJイベント『middle&mellow meetin′』へ。
 到着した頃、洋モク(キャメル?)を吸いながら最後の3〜4曲を繋いでいる先ちゃんと合流。曲順表を見る限り、おいらの知る音源は1曲もなかった。
 馴染みのない楽曲でも、こうした空間の中で大音響で聴く環境だと、善し悪しが明確に伝わる。
 DJを終えた先ちゃんら、他編集者らと近場のバーで軽く乾杯。
 飛び込んだそのバーは、たまたま今日で20周年を迎えるアニバーサリーの日だと言うことで、店から振る舞われたシャンパンを1杯ずつ戴いた。

 場を渋谷へ移し、ひっさびさに再会を果たした映画人:Wの待つ若者の集う席に合流。
 その席で、20歳のマジシャン青年の見せた数々の技には驚かされた。
 20代の若者らが集う酒席でのマジック。まさに打って付けの独壇場。大技のタネは一切判らなかった。

投稿者 yonezawa : 18:53 | トラックバック(0)

2008年 10月 25日

新調したばかりのスーツ

410GE8CG4ZL._SS400_.jpg

 午後9時、青山。
 衝動買いで新調したばかりのスーツを着て、初々しきAの結婚披露宴の席へ。
 ヘビメタ好きを公言する編集部:Aは博学で音楽好きの好青年。まだ童顔な顔を見れば、学生に見えなくもないルックスだ。
 先日の発熱により、Aと観戦約束していたジューダス・プリースト公演を残念ながら見逃したのだが、以前Aはロブ・ハルフォードへの取材経験があり、彼は「神に会ってきた」ような記述で編集後記を埋めていた。

 涙の披露宴。Aよおめでとう!

 明日の予定がのっぴきならない故、早々と電車帰宅するものの、それでも家路につけたのは24時近くになった。
 結局、午前3時近くまで明日の準備で寝られず。明日5時30分起きだと言うのに。

投稿者 yonezawa : 01:03 | トラックバック(0)

2008年 10月 23日

maki2.png

 夕方、神保町ビルでの別セクション諸氏とミーティング。
 今編集部の入っているビルと比べて、神保町ビルの管理職セクションは、本当の会社という趣きで、その違いをしみじみと考える。
 みなさん基本的に男性はワイシャツ姿。

 雨が止まない。
 予定していた映画『ブラインドネス』試写会は断念。雑務でパソコンの手が休まらない。

 夜、P誌:Uとの約束の飯へ港区へ移動。
 U との初仕事が今回目出度く形となり、たった2人だけでその打ち上げ的飯会をささやかに行った。
 高級寿司、激美味。

 矢継ぎ早にくり出されるUの、今の言葉で言うなら“かまない”速射砲トークが小気味よい。
 かれこれ10年ぐらい昔だったか、奴と初めて飲んだ日、「おいらの知る編集者では、今こいつが一番飲むな」という認識をこの男は抱かせてくれた。彼の日がすでに懐かしい。

 梯子酒の最後を、馴染みのワインバーで〆。
 腹八分の充実したお腹具合にありながら、マスターJちゃんの実家から届いたという新米で作ったおにぎりが実に美味い。

CA3A0238-0001.JPG

投稿者 yonezawa : 01:01 | トラックバック(0)

2008年 10月 22日

ケイティ・ペリー/鍋

maki1.png

 渋谷WOMBは、渋谷のホテル街に位置するとてもへんぴな場所にあるグラブ(らしい)だ。
 ケイティ・ペリーのことを、あのマドンナが賞賛したという情報を得ていたので、その真意を確認するべく会場へ。
 「ケイティ・ペリー/ショー・ケース・ライヴ」

 1Fで近々結婚するというおめでたい、E社:Nと遭遇。
 2F関係者スペースで、思いの外パンキッシュな彼女のパフォーマンスを体感。
 ミーグリには時間の関係で参加せず。

 そこから、わずか徒歩1分程度の場所にある鍋専門料理屋へ。

CA3A0236-0001.JPG

 前々から伸び伸びとなっていた、W社:M&Nとの会食がようやく実現。
 おいら担当となって初めて相対する空間を共にしたNと、折に触れて連絡を取り合う、おいらにとっての重要な意見交換主:Mとの空間が、毎度の事ながら心地よい。

 それぞれの業界周りののっぴきならないあり方やら、プライベートな重要話やら、話題はM&Nの機転が快適な分、回転するように転がり続ける。

 相手に会う時、何も考えずになりゆきで語り、なりゆきで飲む。
 これが出来る関係が、最も芯のある、いうなれば真の友という意識だ。

 美味しい鍋を大いにご馳走になってしまってやや恐縮だが、連中との酒はまだまだ定期的に続けてもらうのだった。Thanks!!

CA3A0237-0001.JPG

投稿者 yonezawa : 01:00 | トラックバック(0)

2008年 09月 22日

Jake Shimabukuro〜4人同窓会

41zKZQUwv%2BL._SS500_.jpg

 なにげにテレビに出ていた、新婚ホヤホヤとかの女優:星野知子さんが女優:菊池桃子さんに見えた。似ているし、彼女若い(50歳!)。

 報道で知った千葉5歳女児死体遺棄事件に怒り心頭。小1男児殺害、母逮捕に震撼の憤り。
 今後益々、子供を野外でのびのびと開放させられない世の中だと遺憾。地域は関係ない。たまたま実行犯の居た地域が犯行特定の地域だ。

 昼下がり、自民党総裁選により麻生太郎幹事長が第23代総裁に選出されたことを携帯ニュースで知る。
 一部の韓国メディアは氏を「自民党の代表的な極右政治家」と位置付けているそうだ。
 氏の発言にもある景気対策も勿論大事ではあろうが、明日の命が不安な人々の救済が真っ先に優先される世の中に改革されるのか。
 外交において政治家の口べたは大変不利だと察するが、新総理の手腕はいかに。

 夕飯は、念願でもあったウクレレ・マスター:ジェイク・シマブクロさん&スタッフの方々と。
 彼の技量は言わずもがなだが、それに加えて人柄の素晴らしさはウクレレのスキル同様、舌を巻くほど感動的だ。
 会食だけにしてしまうのも勿体ないと、編集者・取材者の性か血が騒ぎ、やはりテレコを回す確認をいただいた上で、会の半分は超リラックスしながらもインタビュー的空間を設けることに。
 S社担当Kazyに、初めてジェイクの存在を知らされた時のことを思い出していた。
 「一度でいいから、米さん(ジェイクの生を)観に来てよ!」
 「ウクレレ奏者? 果たしておいらがカッコイイと思えるのかい?」
 疑念の気持ち半分で当時の渋谷公会堂へ伺った時のことを、おいらは2004年12月19日(日)の日記にこう記していた。

 「午後5時より開始。渋谷公会堂で行われた『ジェイク・シマグクロ』公演へ。
 ジェイクの近況は、S社:Kに何度も伺っていた。しかし、なかなかライヴ会場までにはたどり着けなかった。正直、そう期待していなかったアーティストだったのだ。しかし、その思い違いを今日の公演によってキッパリ知らされることになった。

 ジェイクのウクレレは圧巻だった。
 コード感の凄さと深さ。また、ジェイクのリズムの凄さを目の当たりにした。
 あのプレイがどれほどの根気と練習によって培われてきたのか、オイラにはゴツンと判る。テレビ等で見受けられた軽い感じ(失礼)のキャラは、もはやどういった意味も持たず、ひたすらに呻らされたひとときだった。」

 おいらはあの日、ジェイクのスキルを目の当たりにし心で泣いた。
 食事の合間にもウクレレを抱えたまま、ある曲の話題を振ると即座にその曲の構成を解説しながら弾いてくれるのだ。
 おいらひとりのために、彼はかしこまってバッハの『Bach Part-Two Invention No.4 in Dm』をノーミスで披露。圧巻。舌を巻く。
 
 ジェイクを影で支える関係者スタッフ諸氏との感激の談笑の時間も、温かい最高の空間だった。今日も感慨深い気持ちに包まれた、大いに泣ける夜だった。
 みなさま、心より御礼申し上げます。ありがとうござしました。

 感極まる会食を終え、急いで新宿三丁目方面へ移動。
 この後にも、初めて訪れる超重要な約束が待ちかまえていた。

 実に30年ぶりの再会を果たすこととなるYT、そしてジェイクの初ライヴ観戦も同行させた“あいつら”と待ち合わせる。
 熊谷のおちゃきいIKに、年中がら年中いかがわしいKK。この驚きの面子でまさか飲むとは、当たり前だが中学時代には想像すら出来なかった。
 
 YTとは中学時代、特に仲の良かったクラスメートだった。
 今も昔もおいらと奴との、身体の大きさ対比が変わらない。30年の歳月に互いの紆余曲折があるのは当たり前だが、初めて直に聞いた奴の数奇な運命も驚きだった。
 同級生でありながら、奴にはすでに孫がいるそうで、その孫はRちゃんよりも年上だった。
 
 遠慮などなにもナシ。感激と笑いの再会に包まれ、心からくらだない馬鹿話を満喫出来た、かけがえのない夜更けだった。

投稿者 yonezawa : 19:00 | トラックバック(0)

2008年 08月 8日

JUNO〜ROOM

c7727eb9.jpg

 最終上映となった今日、渋谷アミューズCQNで未見の映画『JUNO』滑り込み鑑賞。
 80回アカデミー賞脚本賞の作品ながら、主演のJUNOを演じたエレン・ペイジに全面的に感情移入出来ず、世間の評判よりやや温度差を感じた内容だった。
 
 21時待ち合わせの鍋料理屋へ移動。
 先々週前決まっていたK社:Mちゃんら4人の飯会の席に到着すれば、いたのは幹事のMちゃんだけ。
 それからおよそ1時間後、ワラワラとD社:K、K社:Sが合流し、ようやく本来の鍋を囲む会開始。

 2件のワインバーを梯子し、単独で下北沢へ移動。
 下北沢「ROOM」で行われているDJイベントへ深夜合流。
 そもそもおいらをこのイベントに深夜メールでお誘いくださった岩谷テンホーちゃんは、もう限界の様相で、おいらが到着したばかりの1F入口で、すれ違い様に帰宅された。
 すでに出来上がっていたおいらは、かなりの体力の限界でもありながら、流れてくるフーバスタンクの爆音等で持ち直す。
 先ちゃん、健ちゃん、山本直樹さん、馴染みの編集者らと現地合流し、イベント終演後、近くの居酒屋へ。
 もはや体力限界で、気がついたら終宴15分前にオチてしまっていた。
 吉祥寺組を一人ずつ送迎しつつ、最後自宅に到着したのはもはや完全な早朝だった。どえらくしんどい。

CA3A0086-0001.JPG

投稿者 yonezawa : 17:17 | トラックバック(0)

2008年 07月 30日

爆食乾杯

Kijyo-Bisho.jpg

 またしても(吉田)秋生さんの『櫻の園』が映画化。しかも監督も前回と同じ中原俊。
 河崎実監督『ギララの逆襲/洞爺湖サミット危機一発』にビートたけしが出演している情報に驚いた。
 本作は、本年度ヴェネチア映画祭でミッドナイト上映されるそうだ。

 夜行われたWBCフライ級タイトルマッチで内藤選手がKO勝ちを果たした後、勝利者インタビューを受けている最中に、突如として亀田興毅選手がリングへ登場。
 当の内藤選手の困惑した表情が印象的だったが、このシーンは亀田選手サイドによる演出だったのか。
 世界戦のリングに上がる行為は、主催者がOKしていればいいのかもしれないが、絵的に観ても妙なシーンではあった。
 ライヴで次回の防衛戦の相手を決め込み、世間に印象づける手段であったのか。
 
 夜、映画関係者との4人飯会。新宿御苑の完全取材拒否を徹底的に貫く店:Cで爆食乾杯。
 満腹のコンディションとなり、しばしの徒歩移動で久々のエスパへ。

 30代では考えられない電車のある時間にお開きとなる辺り、貧相になった体力を自覚しつつ、吉祥寺で誕生会の終盤に差し掛かっていたY&寅の面々に合流。1杯だけ乾杯。

 随分落ちた体力を認識し、精根尽き果て、「河岸を変えましょうよ!」と言う有り難い誘惑に誘われることもなく、睡魔に襲われながら帰途についた。
 

投稿者 yonezawa : 14:30 | トラックバック(0)

2008年 07月 16日

A BIG HAND FOR THE LITTLE LADY

BIG_HAND_FOR_THE_LITTLE_LADY-DVD.jpg

 昨日、漫画家:高井研一郎先生よりお貸し戴いたDVDを、漫画家:昌原光一が中継し、宅配送付してくれた。
 長年観たい観たいと思っていた、古い洋画『テキサスの五人の仲間』が編集部に到着。
 深夜入稿を終え、居眠りしながらの帰宅のくせにどうしても今観ておきたいと考え、結局今朝までかかって鑑賞。
 テキサスの五人の金持ち連中が、年に一度行うポーカーの大勝負。そこへたまたま居合わせた夫婦が勝負に大きく巻き込まれていくと言うストーリーだ。

 この作品の噂は20年くらい前から聞いていた。
 大昔に漫画家:中崎タツヤさんと初めてお会いした席で、彼に「こんなストーリーの映画のタイトル、知りませんか?」と問われ、答えられなかったおいらは、その内容を明確に伺い知ることとなったのだが、ストーリー概要を正確に聞いて、益々その作品を無性に観たくなったのだ。
 中崎さんが子供の頃、テレビで観た映画だったそうだが、(おいらとお会いしたその当時は)タイトルが解らないので探し出せなかったそうだ。
 おいらも何年にもわたり、飲みの席で多くの人々にその内容の一部を語り、タイトルを探していたが解らなかった。
 
 およそ10年前、この話を漫画界きっての映画通と言っていい昌原光一にふと伺ったところ、「ああ〜、それは『テキサスの五人の仲間』ですよ!」と軽く答えてくれた。
 本作は1966年:アメリカ作品で、おいらはその頃2歳、昌原は産まれていない時代だ。
 聞けば何度かテレビ放映されているとのことだったが、ソフトの版権も切れ絶版状態。ともかくおいらは鑑賞した記憶がない。
 さらに昌原がこう付け加えるのだ。
 「あの作品は『スティング』よりも上だと思いますよ。(立川)談志師匠もそう言ってましたよ!」
 
 狙う演出ポイントに向かって、ブレのない脚本がシンプルで痛快。
 40年以上昔の作品なのに、演出の肝がまるで色あせていない。このアイディアを参考にした作品は、映画に限らず数多くあるのではなかろうか。

 先生と昌原に大きく感謝。

 監督:フィルダー・クック、脚本:シドニー・キャロル、主演(と言っていいのか?):ヘンリー・フォンダの、ゲーム中の表情が印象的。
 ジェイソン・ロバーズは高井先生に似ていた。

※ストーリー…テキサスの金持ち連中五人が集まって、ポーカーの大勝負が行われる。そこへ、ポーカー好きの男がやってきて、勝負に加えて欲しいと頼み込む。しかし、男は瞬く間に金をスッてしまい、男の妻が代わって挑むことになるが……。

 夜、V社:Uちゃんと大変久々のサシ飯。
 待ち合わせのJR改札よりUちゃんお勧めの目的の店に着くなり、おびただしい枚数のDEEP PURPLE紙ジャケ・シリーズを贈呈いただき大感激。
 クーラ・シェイカーのクリスピアンが嫉妬しそうだ。
 やってきたのは豊島区南長崎辺りの和食店。
 このお店:Nの食材の何もかもが素晴らしい。
 
 鮎も天然物。鰻も天然物。鰻に関して大将の弁は「養殖物だと余計な油があるんですよ」
 おいら、鰻などは脂がのっている状態こそがよい鰻だとばかり考えていた。
 確かに、締まった質感の舌触りで味にも品格を感じさせるシロモノだった。魚を感じさせるのだ。
 刺身にしろ、澄んだ淡水の池沼に自生するジュンサイも、わさびを効かせて喰えば美味しいったらない。
 2件目にたどり着けないぐらい、お腹いっぱい料理を堪能する最中、隣あわせた客がどうも出版関係の方々のようで、漏れ聞こえる会話の中に、伊丹由宇兄の話が。
 店主である大将と、そのお客で、「伊丹由宇の文章がどれほど信頼があるか」という、大リスペクトなやりとりをしていた。
 こうなったら黙っちゃおられない! とばかりにおいらも話に参戦。
「伊丹兄はおいらも大の仲良しなんですよ」と少し鼻高々な気分。

 伊丹由宇の選んだ300件の店の中からさらに厳選し、100件を選出した原稿の記述があるそうで、その100件にこの名店:Nもしっかり掲載されたそうだ。

 22時を回れば、女将さんより飲酒の許可が下りるという大将。その鉄則は後で聞いたのだが、心地よき会話に、新鮮で丁寧な食材を堪能するうち、時計が22時を5分回った。
 「まぁ1杯いかがですか?」と1本大将にお付き合いいただく。

 大将の交流関係の広さに呻りながら、先日25週年を迎えられたという店には秋元康さんから贈呈された綺麗な花が飾られてあった。
 こんな辺鄙(失礼!)な場所で、こんな名店に巡り会えるとは!
 すぐ裏にあるという「トキワ荘」を取り巻く話も、実に興味深いものだった。

 次回の訪問を約束しつつ、Uちゃん行きつけの中野駅界隈のバーで、軽く3杯。
 ミュージシャン取材の幾つかの現場で、共に仕事してきたUちゃんの配慮は、今日も温かかった。

bighandforalittleladybig.jpg

投稿者 yonezawa : 17:18 | トラックバック(0)

2008年 06月 27日

同級生+A

51fXR6ErnkL._SS400_.jpg

 大会社Tのエリート・サラリーマン:HHはおいらの高校時代の同級生。
 すでに彼の誕生日は過ぎ去ってしまったのだが、たまたま千葉のAとの飲み話が持ち上がったタイミングで開催の運びに。
 馴染みの欧州料理と赤ワイン。
 
 一々「何を語ろう」と考えながらの会食の席など本当ーに稀だが、その真逆の「何を語ったのか覚えていない」程、この3人による語らいの摩擦のなさは感動的でさえあったのかもしれない。
 高校時代より25〜26年が経過しながら、HHの印象は真面目に当時と何ら変わりなく、あの十代の頃も、もしかしたら社会に出た後の、人としての度量を身につけていたのではかろうかと錯覚してしまう程、おいらの中でヤツは変わらない存在だ。
 おいらの知らない世界、分野についての広く深い知識や理解は半端ではなく、その上自然体な物腰で、世代・性別の分け隔てなく老若男女からの絶大なる信頼を勝ち得る稀な“物件”ときた。
 今回、1年半以上の再会となったA。感慨深い時間が流れゆく。
 出会って10年前後の時間が経過した今、彼女の成長ぶりと魅力は、成長の止まってしまったおいらから見ても一目瞭然の感触となって知らしめられる。

 誕生日当日に贈り物という発想は至極当然ながら、おいらは贈呈したき方々には、思い立った時期に、あるいは贈呈すべきと思しき品を見つけた時に購入し、想いを果たすことを基本理念としている。なので毎年誕生日の周辺、あるいは全く関係のない日の贈呈・到着となる。
 このあいまいの時期がおいらは好き。第三者が誕生日当日に“構えなくて”すむのだから。
 
 2次会は、H馴染みのカウンター・バーへ移動。西麻布。
 贈呈の品の1つ…彼らが聴くことを想定して編集したオリジナルCD−Rをかけていただき、酒の肴に。
 こうした“オリジナル音源の編集”は、かれこれ34年ぐらい昔からやってきたので、合計するとその本数は天文学的かと思われる。
 第三者を相手に「この曲はヤツの心に響くハズ」と勝手に想定して、曲を編集するのは昔から嫌いじゃなかった。
 「米澤さん、私の姉に贈呈したカセット・テープ収録の『フォトグラフ/デフ・レパード』はとても有効でしたぜ」と、美しき姉を持つ某妹に言われた十代の頃には、えらく勝ち誇った気分になったものだ。
 っといった錯覚の記憶も何もかもが懐かしい。

 うん十年昔のカセット・テープへの編集作業は、iTUNES全盛期の今考えるに、数倍の労力を要した。曲目のインデックスすら1文字づつシール状の文字を擦りつけ、構築した事もあった。
 タイプライターでパンチミスをすると、また一から打ち直しだった。ワープロが登場した時にはその利便性に驚かされたものだった。使用目的は編集カセットのインデックスがメインだった。
 LP、あるいはラジオ番組のオンエアー楽曲から1曲づつダビング作業を行うわけなのだが、その辺りの葛藤と闘いは、海陸先生のこの件↓が全て同感なのでサイトを参照。 
http://www5e.biglobe.ne.jp/~spiceman/Music/igotyour.htm

 HHとAが帰宅し、眠りに着く直前に「何曲目で寝てしまったのか解らなかった…」ような状況で聴いてもらえたらそれなりに冥利なのである。

080627_1920~0001.jpg 080627_1930~0001.jpg

080627_2057~0001.jpg 080627_2120~0001.jpg

投稿者 yonezawa : 11:57 | トラックバック(0)

2008年 06月 19日

タイミング

41MNBSW19YL._SS500_.jpg
 
 電車がJR吉祥寺駅に到着した矢先に携帯が鳴った。テンホーちゃんから夜食のお誘いだったのだが、彼は今、吉祥寺駅前にいるのだという。
 見張られていたかのようなタイミングで、約束もしていないままふいに電話をもらったわけなのだが、わずが1分で合流した。
 いきつけの居酒屋『闇太郎』へ。カウンターにはこれまた偶然遭遇の先ちゃん&編集者が。
 やがて招集されたタムタムが合流し、ズミーも合流。常連の久住さんもこの飲み会に加わった。
 河岸を変え、『スカラベ』で山崎さやか嬢合流。思いの外酔ってしまったおいらは、お開きになる少し前に帰宅。
 書籍『八日目の蝉/角田光代』読了。得体の知れぬせつなさがお腹いっぱいに募った。 

投稿者 yonezawa : 03:08 | トラックバック(0)

2008年 05月 28日

The Jazz Guitars

418rLwKzmEL._SS500_.jpg
 
 amazonの『ファースト・ライト』紹介記事より…「1969年に結成されたウィッシュボーン・アッシュは70年にアルバム『光なき世界』でデビュー。しかしこのアルバムのためのマテリアルは一度録音されたもののお蔵入りとなり、再びレコーディングをし直してリリースにこぎ着けたという経緯がある。そのお蔵入りとなったマテリアルは長らく行方不明となっていたが、近年になってオークションに出品され、これがアンディ・パウエルの手に戻ることとなり、その音源を新たにミックスし直して仕上げたものが本作『ファースト・ライト』。いくつかの楽曲は『光なき世界』にも収録されてるが、いずれもテイク違いで、さらには完全初出の楽曲もいくつかフィーチャーされている。ウィッシュボーン・アッシュ黎明期のメガ・レア音源が今封印を解かす!」
 後輩Tに懐かしいロック・バンド:ウィッシュボーン・アッシュ、モット・ザ・フープル等CDを拝受。併せて以下のJAZZアルバムを教授してもらいamazonクリック。

●Wes Montgomery「ハーフ・ノートのウェス・モンゴメリー」
●Tal Farlow「スウィンギン・ギター」
●George Benson「ジルブレット・グレイヴィー」
●Joe Pass「ヴァーチュオーゾ」
●Grant Green「グラントスタンド」
●Pat Martino「ライヴ!」
●kenny Burrell「Live at Five Spot」
●Jim Hall「アンダーカレント(ビル・エヴァンス)」
●Barney Kessel「ポール・ウィナーズ」

 夜、映画会社K社:Y&K、編集:Iらの恒例4人会開催。
 Kとの最近の仕事は映画『アフタースクール』。読者のウケも相当上々だったし、蓋を開けたら初日から大ヒットを記録しているそうだ。
 それにしても初めてやってきた「天香回味」の薬膳火鍋が美味い。ホフホフしながら飲みの手を休め、チンギスハンが考案したといわれる天香回鍋爆喰い。

g959905ps4.jpg

 2次会には東京タワーの眺めが心地よい屋上のバーで乾杯。さらに場を移してうどんを食し、D:モトちゃんと待ち合わせの新宿へ個人移動。午前5時も雨模様。

080528_2243~0002.jpg 080528_2243~0001.jpg
080528_2234~0002.jpg 080528_2234~0001.jpg

投稿者 yonezawa : 00:52 | トラックバック(0)

2008年 05月 18日

結婚披露宴

51QZ8QFXHNL._SS500_.jpg

 昨深夜、Cに誘われた西麻布でのイベントには残念ながら辿り着けず。

 夜、編集者:Kの結婚披露宴会場:西麻布『VERANDA』へ。
 現在、週刊ヤングジャンプ本誌連載、テレビドラマでも絶賛放映中の『ハチワンダイバー』、また、『キングダム』『B型H系』『十字架の魔術師』の担当編集者が彼。
 週刊連載の4本も担当している編集者は、当然、並々ならぬエネルギーが必要だ。Kは頑張っているのだなぁ。
 披露宴中、賞品の当たるゲームが開催され、なんとおいら、iPOD Touchがビンゴ。嬉しい。
 宴終演後、電車帰宅。
 帰って早々、みなさんの予測に相反して、容量8GのiPOD Touchに満タンの楽曲、Rちゃん写真データをぶち込み。
 ネット、メール等、他機能等の細かい操作は、まだ編集:Nに質問していない。
 

投稿者 yonezawa : 23:56 | トラックバック(0)

2008年 04月 18日

スペイン料理

51yu86u5kFL._SS500_.jpg

 4人のスケジュールを調整し、待ちに待った今日の日がやってきた。
 小雨降りしきる中、S社:ENを囲む会を渋谷のスペイン料理屋で開催。
 この会をパーフェクトに取り仕切ってくれたYM、ライヴの立ち会いで少し遅れたFSに、おいらのメンバー4人。
 結果、これほど楽しく有意義なひとときは久しぶりだった。

 もうしばらくすると会社を退職し、新たな新天地を目指すENの送別会のような意味合いもあったのだが、この面子での“飲み会”には筆舌に尽くしがたい贅沢さを感じていた。
 これほど何も包み隠さないまま、思いついたエピソードをストレートに伝えられた今宵の夜も稀だ。きっと、このメンバー全員が醸し出す空気がそうさせたのだと思う。

 人に最も必要な気持ちは相手への配慮。
 親父と母親に教わった“配慮”、そしてこれまでおいらの受けてきた様々な方々から戴いた配慮。キアロスタミの話。たけしさんの話。映画の話。音楽の話。心が温かくなった。
 赤ワインが心から旨い。イカスミが刺激的だ。贅沢極まりない1日であった。
 3人とも今後とも仕事に酒によろしくどうぞ。
 そしてENちゃん、多くの現場での完璧なアテンドに心から感謝。あなたのスマートな配慮は忘れないよ。

投稿者 yonezawa : 18:29 | トラックバック(0)

2008年 04月 4日

下北沢

61%2BHup9koYL._SS500_.jpg

 日付が変わる頃まで入稿に雑務。
 GW直前のコミックス原稿入稿スケジュールは切迫気味。
 
 下北沢ROOM CAFEで行われているDJイベント『SLEEPY FLOOR 5』へ。
 到着し数名の知り合いと遭遇。
 中には大分県の書店からこのイベントのためだけに駆けつけた輩も。
 すでに先ちゃん担当のDJ直前の時間。
 日常ではありえない大音響で聴く音楽は、自宅では得られない爽快さが格段に違う。タイトルも知らない様々な曲の中で、好みのソウル・ミュージックが心地よい。
 遅れて登場のRがこんな深夜にも関わらず食事前のようだったので、午前3時過ぎ、成り行き数名の面々と居酒屋へ。
 数杯のウォッカと芋焼酎を飲んでいたおいらだが、今日は全く酔いが回らず。自然と身体がセーブしている案配。
 食欲旺盛の初対面女性陣の喰いっぷりには惚れ惚れ。食べる女性はイカす。
 タクシーに乗り込んだ面々と別れ、早朝から混み混みの井の頭線で帰途に。全然眠気が襲ってこない明け方だ。

投稿者 yonezawa : 17:24 | トラックバック(0)

2008年 04月 3日

世界のナベアツ

funichar.jpg

 午前中、編集部で雑務を終え、吉野屋で牛丼喰ったら胃がもたれた。

 昼前、都内某ホテル滞在中のジョン・バトラー・トリオの面々に、昨日渡し忘れていた小物を届ける。
 明日以降の大阪、名古屋の公演でもさぞ神々しい演奏を聴かせるのだろう。

 夕飯時、久々に再会したMSのスーツ姿が凛々しい。
 馴染みの店:Rで乾杯。
 年齢にしては一般常識の知識の幅が広い明晰なMSなのだが「世界のナベアツ」を知らない様子だったので、「サンドウィッチマン」のネタと併せて教授。
 30年前はみんながみんな、同じテレビ番組を見ていたものだが、今ではテレビの話題は共通認識を得にくい。
 現代は各々が違う番組を各々のペースで見ている。
 YouTubeなんて有り難いサイトがあるせいで、見逃したハプニング・シーン(例:やくみつるvs亀田父)等なんかはフォロー出来る時代だ。
 酔いに任せて心地の良い時間が流れる。不思議とこういった場合には一休みしてくれる花粉症が不思議だ。
 ゴールデン街で〆。呑んで笑って語って朝が来た。

投稿者 yonezawa : 01:58 | トラックバック(0)

2008年 04月 1日

3杯目の焼酎をおかわり

%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%97%E3%82%BD%E3%83%B3%20UICF-1098%20%E3%83%93%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89.jpg

 グズグズではなくなったものの、まだ花粉症から完全に脱却出来ず。
 通常例年、編集部スタッフでも花粉症の重症患者が数名いるのだが、今年はなぜか彼らはマスクすら着用していない。
 「結構、今年は大丈夫ですねぇ」とみな快適コンディションをアピール。
 どういうわけだかおいら一人が花粉と格闘している様子。理不尽〜。
 ヨーグルト、ちゃんと喰っとこ。

 冷蔵庫を確認し、昼食には生姜焼き定食にほうれん草そてい。
 
 夕方、担当作家:N氏による、渾身のイラストがソフトに収録されたプレステ用ゲームのサンプル『ギルティギアイグゼクスアクセントコア プラス 』拝受。
 物語をクリアしていかなければ、そのプレミア・イラストは拝めないそうだ。

 かつてファミコン『ドラクエ』を人並みに展開させ、『テトリス2』に至っては天才の名を欲しいままにしていたおいらだが、彼の日より早20年。
 今となってはゲームの世界はまるでちんぷんかんぷん。何も知らない。

 遅めの夕食を西麻布で食べようと、数件満席で断られた末落ち着いた寿司屋ののれんをくぐる。
 3杯目の焼酎をおかわりした頃、偶然隣の席にタレント:大竹まこと氏が!
 1999年発行『masters of TAKESHI』作成の際、大竹さんには実に素晴らしい文章を寄稿いただいた経緯があった。
 今日の奇遇な遭遇で、あの時の御礼を直にお伝えする機会を得られて嬉しかった。
 政治に関しての討論番組における大竹さんの発言は、議論中、まったく回答になっていない自民党のO、Sらの発言に比べて、実に明瞭かつ端的。

 T編集と共に五反田から恵比寿を経由し、Rとその嫁の盛り上がるカラオケ・バーで脳天気に弾ける。

ps2_ggxxacoreplus.jpg

投稿者 yonezawa : 01:58 | トラックバック(0)

2008年 03月 29日

花見

080329_1639~0001.jpg 080329_1641~0001.jpg 080329_1727~0001.jpg

080329_2316~0001.jpg 080329_2327~0001.jpg 080330_0002~0001.jpg

 夕方まで自宅での雑務を終え、夕方より井の頭公園へくり出した。
 道中、芋焼酎、赤ワイン、キムチ、巻物系の寿司パック他を購入し、映画監督:寅(トラヴィス)、デザイナー:Yらの待つ野外座敷へ。
 昨日未明より場所取りを行い、池沿いのベスト・ポジションを確保した寅よ、ご苦労さん!
 いきなり、注いだ焼酎を傾いた地面に置いたとたんこぼしてしまうおいら。
 花見の至って日常的な光景がそこにあった。

 時間差で現れる初対面の面々を紹介いただき、暗くなるまでほどよき心の温度のまま、文字通りの花見酒。
 日が暮れるとやや肌寒くなってきた。いや、かなり寒いぞ。
 そうと決めたら行動は早い。速攻撤収後、場所を寅宅へと移し改めて部屋飲みへ突入。
 この日、集った面々には日本画家、デザイナー、バー経営者等の方々がおられたのだが、日本画家が確か2人、書家が1人登場した、なんとも珍しいアーティスティックな夜だった。
 深夜、1人ラーメンで〆、帰途についたら即落ちた。

投稿者 yonezawa : 19:43 | トラックバック(0)

2008年 03月 28日

ジェシー&あっくん_野村

cmd3.jpg

 午後、およそ1年ぶりとなるRIZE(ジェシー&あっくん)インタビューのため、都内某取材地へ。
 彼らRIZEは、4月16日に待望のオリジナル・アルバム『K.O』をリリース予定。
 これほどの素質と才能とモチベーションを有した日本発のロック・バンドは、彼らをさしおいて他に思い浮かばない。
 ヴォーカル、ドラムス、共に技量という点を睨んでも彼らのスキルは破格。
 テクニックのことなど口にする彼らではないが、その部分における裏付けにしても実に充実しているバンド。新譜『K.O』は、RIZE史上最高傑作の仕上がり。

 今日のこの日をどれほど待ちわびたことか。夕食時に自由人:野村と待ち合わせ、初サシ飯へ。
 合流した瞬間から帰途につくまで、まぁ速射砲のように語り明かすことになった今宵も贅沢で貴重な時間だった。
 野村とはそれなりの世代差がありながら、音楽・映画を初めとする様々なカルチャーへの造詣深さは舌を巻くほど。
 銀座:Gより移動。初めて訪れた新宿のロックバーへ。
 自然な流れの我々の会話の中に出てきた、数々のバンドのLP(しかかけられない)を実にタイミングよく、ほどよき音量で矢継ぎ早にかけてくれるマスターの気遣いがたまらない。
 UFOもスティーヴ・ミラー・バンドもまた揃えたくなってきた。
 血湧き肉躍る音楽は、おいら酒飲みの気持ちを朗らかにしてくれた。
 花園神社を経由し、ゴールデン街:Aで乾杯。しっかりした自分の意志を持つ者と語る一時の充実した感触ほど嬉しいことはない。しみじみと野村は貴重な存在だ。
 今夜いただいた、トミー・エマニュエルの重要映像が収録されたDVDを観るのが超楽しみ。 

投稿者 yonezawa : 19:42 | トラックバック(0)

2008年 03月 27日

新井田豊

champ-niida1.jpg

 現在、WBA世界ミニマム級王座(防衛7=継続中)に君臨するボクサー:新井田豊選手の祝勝会を、カメラ:若林広称宅で開催。
 ボクシング・ライター、デザイナー、編集者、写真家、イラストレーター他、合計10名の有志が集結。
 先日、3月1日、7度目の王座防衛戦にホセ・ルイス・バレラ(ベネズエラ) を迎え、3ラウンドにダウンを奪った後、6ラウンドにボディ(レバー)ブローを決め、世界戦初めてのノックアウト勝ちを決めると共に、連続防衛記録でも日本歴代単独4位となった選手だ。
 実に小気味の良い試合内容だった。

 ミニマム級とは、プロボクシングでの契約ウェートは105ポンド(47.627kg)以下。 全17階級中最軽量級の階級である。
 小顔で小柄の新井田選手は、気さくでありながらとても照れ屋な好青年という印象。
 広称お手製の、激美味のチゲ鍋をつつきながら、通常、試合前後のテレビ報道では見られない新井田選手の側面をかいま見る貴重な時間が嬉しい。
 直にお会いしたボクサーで嫌いな人はかつていなかった。新井田選手の試合観戦にも、これまで以上に力が入ることになるだろう。まずは防衛記録更新に期待したい。

 ■新井田豊[横浜光ジム所属。身長156cm。右ボクサーファイター]

投稿者 yonezawa : 03:18 | トラックバック(0)

2008年 03月 4日

88minutes

d9b815a890920b28654ef3415dc1cc8c.jpg

 昨深夜の原稿が10時引き上げになったので、午前中より入稿作業。
 車検の手続きは明日以降に繰り越した。
 昼過ぎから丁度いい時間帯に何か試写会はなかろうか? と試写状を見てみれば、前回タッチの差で入場させてもらえなかったアル・パチーノ主演作『88ミニッツ』の試写会がナイスなタイミングで見られることに気づいた。
 前回の教訓で20分前には現地到着。
 
 関連サイトによる内容は以下の通り…「次々と女性を狙う猟奇殺人の容疑者・フォレスター。彼は、異常犯罪分析医のジャック・グラム(アル・パチーノ)の証言によって死刑判決を下された。それから9年後、フォレスターの死刑執行が迫ったある日、同じ手口の殺人事件が発生。ジャックのもとに一本の電話がかかってくる。「お前に残された時間はあと88分だ!」――。刻々と時間が迫り来る中、果たしてジャックは真犯人を見つけることができるのか?」

 獄中からFBI捜査官の心理を操り、絶大なる影響力を放った『羊たちの沈黙』レクター博士の出来を思い出すと、正直、本作のストーリー・演出のツメには満足を得られなかった。

 アル・パチーノは最大限にリスペクトし、最重要俳優であることは今後も変わらないものの、例えば階段を駆け上るシーン、街を走り抜けるシーンに幾ばくかの違和感を感じたのは正直な感想だった。
 もうアル・パチーノは走らなくともよいと思う。

 次回作ではデニーロとの競演が控えているとか。勿論、その作品も見逃すことはないだろうが、より監督によるキャラクター付け、演出の在り方が、今後の作品の善し悪しを決定づけることになろう。

 夜、巨匠:Tちゃんに誘われ、恵比寿「やまざき」で寿司をゴチ。
 新宿で2件梯子し、THE POLICEも体感済みのオタクで和服の美女:RR、ファンキーに合流。音楽談義に熱が入る。またしても朝まで飲んでしまった。

投稿者 yonezawa : 14:30 | トラックバック(0)

2008年 03月 2日

チゲ鍋

d_r_e17_1p.jpg
▲イメージ

 午前5時に寝て10時には起きた。
 午前11時30分、JR三鷹駅へ到着した本日のゲスト:Hちゃんを迎えに。
 KKは予測通り遅刻の様相。
 
 チゲ鍋、きんぴらぼごう、水菜のおひたしと、宮崎の銘酒:明月がベストマッチ。
 これまでのいかなる第三者との接見の時より、最もご機嫌で、終始大爆笑の大はしゃぎだったRちゃん。全員が惹き込まれるように、和やかで賑やかなあっという間の5時間が経過。
 近況を語り明かしたHちゃんとの次回の再会もとても楽しみだ。

 6月のカヴァー・ライヴの下打ち合わせを軽く行い、iTunesにラインナップを作成。
 深夜、確定申告の準備に車検の書類集め。

投稿者 yonezawa : 14:30 | トラックバック(0)

2008年 02月 28日

釜炊き

080227_1439~0001.jpg

 K社の映画人:HY&FK、スーパー編集:IMとの4人定例晩餐会で新橋。

 メンバー持ち回りで会合の場所を取り決め、集い、美味しい食べ物に飲み物を喰らいながら無軌道な空間を共有する時間。
 基本的には2ヶ月置きのスタンスでこの晩餐会は開催される。
 前々回はFKが試写の立ち会いで断念し、前回はツェッペリン記事の入稿でおいら参加ならず、今回はHYが映像編集の立ち会いで30分の遅刻。
 もしかしたらそれなりに多忙なメンバーが集まっているのかもしれない。

 席に着いてから分量を伝えて注文するご飯が、また格別。
 4人で2合注文し、およそ1時間後に茶碗に軽く盛った2膳のご飯が割り当てられる計算。この分量も2杯目のお焦げ具合も釜炊きならではの仕上がり具合だ。
 家のご飯も格別ながら、今日の米も格別だった。

 やがて、嬉しいことにイレギュラー面子のS&Cが合流。異色の顔ぶれで乾杯。
 河岸を変え、S&Cを引き連れた2軒目には新橋寄りコリドー街の外れのバーで再度乾杯。
 当たり前だが、それぞれがそれぞれの人生に向き合い、思い悩み、歯をくいしばって生きているんだ…という活力を感じながら明け方のタクシーに乗り込んだ。

投稿者 yonezawa : 12:21 | トラックバック(0)

2008年 02月 20日

POCKET

 映画試写会3日目、『88 MINUTES』の試写会場に到着したとたんに入口を閉められ、「もう始まってしまいました。満席です。すいません」と関係者に遮断される。
 「そんな! 今始まったばかりぢゃないですか、補助席でも構いませんし」と食い下がる気力も湧かず、関連資料も受け取らないまま数秒のタッチの差を呪いながら帰社。
 
 雑務を終え、4C原稿の色校正をチェック。
 ここのところ、年に一度としてタイミングを得られないデザイナー・チーム:ポケット・オール・スタッフを引き連れ、本気で久々となる鍋会食へ。
 この日は前々から楽しみにしていたのだ。
 前回の彼らとの飯会から何年が経過しただろう。
 日夜パソコンにはり付き、我々の提出する素材を最終的にページとしての形に構築してくれる職人が彼らだ。
 デザイナーのスキルは編集者のようなあやふやなものではなく、技巧を感じさせるプロの所業だ。
 美味しいチャンコに爆笑空間。とても楽しい席だった。ただ集まれば愉快な空気が流れる面子。それは日常、様々な仕事を共有し、共に記事の構成に最善を尽くし、内容に工夫を凝らす同僚であるからに他ならない。
 一般的な会社員の仕事量からは想像もつかない程長時間の作業を経て、のっぴきならない拘束時間を要求されるデザイナー。
 あらゆる記事の裏方には、彼らのような地道な作業を担うデザイナーの存在があることを忘れてはならない。
 むーちゃん、なべちゃん、タモちゃん、めちゃ最高。また次回もゆくべし。

 そして、K島団長から「飲み汚い」と命名されるおいらは、その言葉通りT氏の甘い誘いに連れられ、カウンター・バーでヴォッカ・リッキーにカツサンドなどを食べながら、明日の大事なインタビューのこともうっすらと忘れかけ、深夜3時に3杯目のグラス・ワインをおかわりしていた…

080220_2333~0001.jpg
 

投稿者 yonezawa : 04:24 | トラックバック(0)

2008年 02月 6日

RR&H

51D2qnMnyHL._SS500_.jpg

 毎日眠い。夕方の飯時にはパソコンの原稿を見ながら一度オチる確率倍増。
 たった今、オチてしまっていた。シャット・ダウン状態。
 
 ネットで知った「The Jam ウェラー抜きでニュー・アルバムを制作」のニュースに驚く。
 週末の引っ越し(編集部内のレイアウト変え。平行移動のみ)準備で大量の書籍が破棄されてゆく。
 メールで届いた4C原稿を中継転送。
 遅めの夕飯は銀座でT氏と久々の小笹へ。
 二次会にはお初のぶっ飛びキャラ:RR(ミュージシャン)&Hと合流の流れとなり、久方ぶりのカラオケ大会。
 年々、歌える曲が減ってきているような案配は気のせいか。
 ともあれ銀座で新宿な夜を過ごした。

投稿者 yonezawa : 02:46 | トラックバック(0)

2008年 01月 24日

第四編集部大新年会

080124_2025~0001.jpg

 怒濤の集英社 第四編集部大新年会開催。
 「もうこの時期が来てしまったか」っと時間の流れをしみじみ感じる。
 過去のこの日には予想だにしない様々な事件(?)が起こり、やんごとなき歴史が創られてゆく。
 飲んで喰って語って酔い散らかす日。
 漫画家・編集者・異業種ゲストが混在し、おいらの場合は最後、新宿三丁目で時間と体力の続く限り、夜更けに付き合う日だ。
 東京會舘の一次会より二次会には向かわず、会場でほとんど食べていない我々はH氏と食事へ。
 モノカキを生業にはしていないH氏ながら、彼の紡ぎ出す文筆(主にエッセイ)の世界観に羨望の想いを抱くおいらは「やはりHさん、人に読ませる前提で、あなたの類い希な文章を何か書くべき人です」と酔いに任せ提唱。
 Hさん、鬱陶しかったらごめんなさいね。&極上の食事をありがとうございました。
 
 移動して新宿三丁目の三次会会場:池林房へ。
 ところが先ほど食べた牡蠣がどうもお腹に来ているようで調子が悪い。
 激しく新鮮な食材を扱う名店なので、この現象はおいらのアレルギーによるものであることは間違いなかった。
 以前、一度あたった感のある牡蠣。しばらく時間をおいてみれば問題なかろうと、久々に食したのがマズかった。やはり牡蠣とは、日本蕎麦と同じように永遠に決別せねばならない運命をこの日にはっきとり悟った。
 食べたい気持ちは一杯なのに、身体自体が受け付けない不幸なのだ。
 
 そんな案配でアルコールもほとんど飲めないコンディションとなり、ヤンジャンの新年会史上、おいらにすれば最も盛り下がった宴となった。
 当然。素面同然で帰途へ。

投稿者 yonezawa : 21:37 | トラックバック(0)

2007年 12月 6日

生涯のコレクションは1000枚に限定

51b-DYTAJUL._SS400_.jpg

 東銀座でRちゃん向けにピッタリの衣類を扱う店を発見し、悩みまくりながら数点の商品を購入。
 明日はRちゃん初めての誕生日!

ginza_odb_pic.jpg

 JCDX『瑠璃の方船』コミックス入稿も佳境となり、本日最後のデータを入稿する運びに。
 FUJI ROCKの打ち上げを、この師走に近づいた本日まで引っ張っていた。
 W社:Yちゃん、新社屋移転直前の映像人間:Tちゃんとシンプルに鉄板焼き乾杯。
 彼らの知るロック(に限らずとも)界隈の知識、情報のスキルはオイラの比ではない。
 30年前のバンドの名前からアイドルグループまで、話が縦横無尽に飛び交う極めつけの席。なんでもよぅ知ってるよ、この2人。
 トライアンフ、フォガット、ジョニー・ウィンターの話題に笑い、ガバメント・ミュール、モビー・グレイプをご教授。
 果てしなく貴重だったAC/DCの来日公演にこの3人、揃いも揃って諸事情で未完戦。なんたる不覚な3人だと笑った。
 知る機会もそうそうなかろう、音楽業界の裏話にもずいぶん笑ったなぁ。

 彼らの所有する枚数には及ばないものの、おいらにしろ数千枚に及ぶ膨大なるCDのコレクションとなってしまってるが、この際贅肉を切り捨て、「生涯のコレクションは1000枚に限定してしまいたい!」と漏らしたおいらの意見にご両人も大賛同。

 濃度の高い熱烈な音楽話だけで夜が更けていった。
 

投稿者 yonezawa : 20:23 | トラックバック(0)

2007年 12月 1日

同時多発忘年会

071201_2347~0001.jpg 071202_0024~0001.jpg 071202_0135~0001.jpg

 デレクトラックス・バンドの追加公演観戦を諦め、夕方、新宿へ。
 K、I、お初のAやん、Mちゃんらの計5名で玖珠町同窓忘年会の席へ。
 
 中学時代、たった2年間しかあの地にいなかったせいもあり、小学生時代からの仲間だというAやん(おいらが転入した頃には彼はどこかへ転校)とおいらは同窓会ながら初対面。
 今年になって数回の飯会を行う面子となっているK、I、Mちゃんと激美味の鍋で身体を温めた。
 この会は、大分支部、玖珠本部、福岡支部、そして東京支部(他にもあったのかも)で一斉に行われているようで、“同時多発忘年会”となっていた。
 想像通り、盛り上がり必至の席で懐かしい話に、くだらない話に、政治経済の話(?)まで、組み合わせの面子でどこまでも果てしなく脱線する会話が尽きない。

 鍋を完食し、エスパで乾杯。
 場をAやんの宿泊先ラウンジへ移し、再び居酒屋乾杯。
 体力と飲みスキルさえあれば延々行っていたい飲み会の一つであった。皆様方、本日もご苦労さまでした。

投稿者 yonezawa : 23:30 | トラックバック(0)

2007年 11月 23日

秋祭り

02.jpg

 小林市は小学生時代過ごした思い出深き町。

 母親と共に、幼稚園時代からの幼なじみ:S宅へ向かった。
 前回、同窓会の折訪れてからおよそ10年ぶり。小学生の現役時分から数えれば、およそ35年(前後)ぶりに彼女の実家を訪ねた。
 同時に彼の日以来の再会を果たしたSのお母さん。感激だった。

 メインストリートの国道沿いが封鎖された、『秋祭り』の催し物が行われる市内へ繰り出す。
 数名の幼なじみとすれ違いつつ、わずかな時間ながら近況を語り合った。
 
 近隣の各地より参戦するダンス・チームがそれぞれ(数カ所で行う)10分程度のパフォーマンスを行うイベントを見た。
 あらかじめ地元の同級生:YSからの情報は仕入れていた。
 実は小学6年生時分、厳ついスポーツマンだった担任の先生が、そのイベントに参加する旨を伺っており、やがて目の前でプログラムをこなす先生を視界に捉えた。
 こんな賑やかな場所で、こんなシチュエーションの中で叶った驚愕31年ぶりの再会。素直に嬉しかった。
 F先生は多分62歳だと思う。
 パフォーマンスを終えたF先生を一目さんに目指す。
 「小6の時の米澤ですよ、F先生!」と駆け寄れば、「おお米澤くん! 面影あるねー! 嬉しかよ!」とコスプレ中の先生にハグされた。感激だった。

071123_1407~0001.jpg

 今日、ここへ来てみてよかった…
 祭りの最中、なぜか自身の所在のなさを感じながら、母親と適当に催し物を見物しながら、夕方前には帰宅。
 帰宅途中、スーパーでの買い物が、おいらの至福の時間。

071123_1307~0001.jpg
 

投稿者 yonezawa : 01:56 | トラックバック(0)

2007年 11月 3日

爆睡

41ZHKE3CHNL._SS500_.jpg

 午前2時、原稿の上がり時間を見極めた後、YJスーパーデザイナー:もとちゃんと下北沢へ。
 『下北沢ROOM CAFE』でのDJイベントで、先ちゃんがお皿回す後半ギリに滑り込み到着。
 しばらくして、もとちゃんと近場のナイスな居酒屋で乾杯。
 おいらが漫画編集者になった日、もとちゃんはすでにデザイン・スタッフとしてヤンジャンに在籍していた。
 同い年のもとちゃんは、まさにこの20年、同じ釜の飯を食い続けてきた戦友のような存在だ。極力こうして飯を食う機会を設けようとは思うものの、お互いの時間がまったく噛み会わないせいで、ほとんど年に一度程度しか機会を得られない。
 「こんな近しい距離にいるんだから、もっと飯の機会を作ろうや」基本的な趣旨はそうした親睦的色合いのもので、調子にのって久々の焼酎ロックをガンガンおかわり。
 別店で打ち上げ中の身内諸氏と合流後、吉祥寺に移動。
 バーSのカウンターで語り合っている最中、気がついたら爆睡していたと言うおいら。爆睡…極めて珍しい。弱った身体だ。

 疲弊した体調はなかなか回復に向かわず、遅い昼食後2時間の爆睡。ふと目覚めたら、あたりは日が落ちて暗い…。1日を完全に失ってしまった。 

投稿者 yonezawa : 23:36 | トラックバック(0)

2007年 10月 23日

再会

071012_2359~0001.jpg

 何度も再会の機会を探していたのだが、この数ヶ月、互いに都合のつけられる時期が見あたらないでいた。
 ところが昨日深夜の原稿奪取により、今日の緊急の機会を得られた。
 Mの就職祝いを兼ね、1年以上ぶりの再会を果たし乾杯。
 積もる話は仕事から映画、音楽、世間を賑わす怪事件等々っと、切り口は何でもあり。
 地元方面でトラヴィス&Uと合流し、いつもの朝を迎える。新天地でも踏ん張れ、M!

投稿者 yonezawa : 00:55 | トラックバック(0)

2007年 09月 21日

Beautiful Liar〜華麗なる反撃

51UxIoPwChL._SS500_.jpg 61tycVSWqLL._SS400_.jpg 415%2BWHBv8aL._SS500_.jpg

 3名の仲間と焼き鳥屋か居酒屋のような場所で一杯。従業員はビヨンセとシャキーラ。支払金額8万円。
 精算を終えた直後に「8万円痛ぇなぁ〜」と思いながらこの奇妙な夢から目覚めた。
 「Beautiful Liar〜華麗なる反撃」
 http://jp.youtube.com/watch?v=Krhl2o_uwdc

 Hと待ち合わせ、初めてがっぷり語りあう機会を得た。
 Hは押し迫る舞台の本番に備え、肉体的にも精神的にも節制を心がけている日常のはず。
 しかし、そうした重い苦労は微塵も感じさせないHの屈託のない笑顔が、心地よい空間を演出してくれた。Hよ感謝!
 地元方面へ引き上げ、いつもの寅&Yと合流。よく飲んでよく語ってよく笑った夜更けだ。

投稿者 yonezawa : 02:59 | トラックバック(0)

2007年 09月 14日

MITSUBISHI JISHO CLASSY CAFE

 丸ビル1Fのカフェで行われたJ-WAVE『MITSUBISHI JISHO CLASSY CAFE』の公開録音へ。
 http://www.j-wave.co.jp/original/classycafe/
 この村治佳織さんの番組には作家の石田衣良さん、宮本笑里ちゃんらがゲスト出演。
 目の前に陣取った観衆の前で、実にそつなく自然体のスタンスでさらりと演奏される村治さんのパフォーマンスが優雅で心地よかった。
 デビュー・アルバム「エスプレシーヴォ」に収録されているナポレオン・コストの曲『秋の木の葉』は可愛らしく優雅。
 渡辺香津美のアレンジだと言う喜納昌吉作品「花」の演奏は美しさが際だつ。

 以前にも増して、力強さと表現力の幅を感じさせた素晴らしい演奏を聴かせてくれた宮本笑里ちゃんも圧巻。10月2日に行われるソロ・リサイタルも楽しみ。
 収録中、石田さんも言っておられたが、目の前に陣取った客の目前で、紹介された端から即演奏すると言う、演者にとっては最もやりにくかろう環境で涼しく演奏される二人のスキルには脱帽だ。
 村治さんと石田さんによるフリー・トークの軽妙な空間も圧巻であり、飾り気のない2人の人柄を表すような、なんとも言えないアットホームな時間が緩やかに流れていった。

top_header.jpg

 夜、YJ藤原と待ち合わせ、馬肉専門店で飯。壮絶に愉快な時間が朝まで続く。
 おいらが手がけるライナーノーツの最終チェックは、必ずこの藤原の最終検閲を通過し納品している。

投稿者 yonezawa : 18:26 | トラックバック(0)

2007年 09月 5日

B社:Hさん

Rolling_Stones_cover-1-BIG.gif 10029117388.jpg

 台風の影響か、外は雨模様で蒸し蒸し。
 来週の取材打ち合わせを終えた後、B社:Hさんと初飯。
 顔色変えずに淡々と焼酎をお代わりするHさんの醸し出す空気は、仕事のリズム同様端的でよどみがない。
 玄界灘で獲れた『魚彩』の魚を、ほどよいペースでいただく和やかなひととき。奇遇にもバスケット経験者というHさんの意外な一面を知り、思わず中学時代の野外コートを思い出す。
 おいらは中学時代のユニフォーム一式を、未だに保管してあるのだ。
 Hさんの段取ってくれた13日のインタビュー取材は今から相当楽しみ。
 帰社後、結局入稿が深夜までの作業となり、遅れて帰社してきたYJ藤原に「随分疲れてますねぇ」と、疲労困憊の見たままを指摘される。

image.php.jpg

 http://www.aliciakeys.com/ 

投稿者 yonezawa : 23:36 | トラックバック(0)

2007年 09月 4日

絶賛発売中

 今週、飛び込み的タイミングで決まった、ザ・ローリング・ストーンズ記事作成のための材料を関係者各位より収集。週末までの構成段取りが勝負。
 現地時間21日に訪れたロンドン:the O2アリーナでは、プリンスやエルトン・ジョン、そして噂ながらツェッペリン再結成まで行われるようだ。
 
 深夜1時、仕事を終えた足で先ちゃんと合流するべく『闇太郎』へ急げば、てんちゃん、ずみー、先ちゃん、タムタムのGAG最強メンバーが横一列に勢揃い。
 後にニューヨークの映画人:寅も加わった。やがて夜が明け、外が白々しくなった朝、ぼちぼち解散かと寅を送って帰ろうと思いきや、寅の「ヨロシカッタラモウチョットノミマセンカ?」の誘い水に乗っかり、焼き肉屋&、初めて飛び込んだバー『ヘブンズカフェ』でサシの梯子酒。焼き肉屋では飯まで喰ってるおれたち2人(泣)。33歳と42歳(泣)。

 この時間にも関わらずファンキーに営業している『ヘブンズカフェ』Aのノリがウォームで実に可愛らしいかった。素朴で若きマスターも好感度◎。
 至極気分の良かったおいらは、店に置いてあったオンボロ・ギターで、いい加減大酔いのくせにほろほろと弾いてしまったよ。
 また寄らせてもらって酔ってみようか『ヘブンズカフェ』。
 Aよ、また何度も乾杯しようぞ!
 
 そして帰宅は午前8時を回った。
 

投稿者 yonezawa : 20:21 | トラックバック(0)

2007年 08月 31日

森の同窓会

im_amanda.jpg

 「森の同窓会」サイトを見逃していたため、今日ふいにMちゃん上京のニュースを聞かされた。
 複数の心ある仕事仲間の配慮により、打ち合わせ日程を即座に移動。みなさんに感謝。
 新橋駅近く、中央通り沿い。Sのいる店:てしごとや http://www.jproject.jp/ に、玖珠町にゆかりにある有志6名集結。
 なんとも言えない感慨深い面子で交わす酒の愉快さに、今宵も芯の芯まで酔う夜更け。
 各々人生の山も谷も超え、一息ついた頃の仲間との再会は本当に飽きの来ない語り合いの空間だ。
 結構な時間まで銀座界隈を徘徊し、最終的にMちゃんを滞在先の家屋へ送り届けるのだが、彼女の頼もしいほどの方向音痴ぶりには笑った笑った。
 心の優しい人は、表情に表れるもの。
 帰途につく車中、早々と彼らとの次回の再会を想像してしまうのだった。

投稿者 yonezawa : 18:34 | トラックバック(0)

2007年 08月 9日

ご苦労様

 S、K、E、T、Z、T.S.諸氏のみなさま、ご苦労様でした。
 おふくろPCがトラブルで本日深夜より憂鬱。

投稿者 yonezawa : 15:00 | トラックバック(0)

2007年 08月 6日

トライスクル

070806_1941~0001.jpg 419AFC2GPYL._SS500_.jpg

 指すような陽気。わずが15分程度でしっかり日焼けの痕がついてしまいそうな強く暑い太陽光が目映い。
 本日、自身で課したノルマ分の雑務をサバきつつ、SのB-DAYへ駆けつけた。
 音楽や映画etc...この夜のあらゆるカルチャーを語り合う、貴重でタフでかけがえのない時間。
 最近馴染みになったゴールデン街の古い店で、久々にJL&Cの『トライスクル』を再生したら、瞬時にあの時代の景色で頭の中が満たされた。
 背中に電気の駆け抜ける音楽の持つ力のすごさ。
 頬にも心にも涙を流させる名画を思い浮かべた時に見える景色、それはいつも愛おしくせつなく優しい。
 「帰宅したら冷えたスイカを腹一杯に食べたいなぁ〜」と妙な思考が働き、夜が耽るまま身を委ねた。
 しかし、このたんまりと山積する仕事の山は何なんだ。明日は、アヴリル・ラヴィーンの旦那率いる、SUM41のインタビューへGO。
 

投稿者 yonezawa : 16:31 | トラックバック(0)

2007年 07月 31日

39年会

51YA0EVXP1L._SS500_.jpg 31Q4Q0MC1ZL._SS500_.jpg

 ジャニーズ系でも忙しいスーパー・フォトグラファー:尾形正茂。
 スポーツ、井上雄彦でも忙しいスーパー・エディター:市川光治との『39年会』で集う飯会開催。
 「毎年、もしくは各年度で『39年会』、あるいは『'64年会』をやろうや!」っと、たまに会った席では盛り上がりながらも、果てしない多忙極める同窓生の彼らと、ただの飯会日程をすり合わせるのがどれほど大変か。
 他打ち合わせの日程がポッカリ空いた市川・米澤の本日、現場から遅れて到着した尾形、入稿で2時間遅刻したおいらが最後に駆けつけ、どうにか3人が相まみえた。
 誰しもそうだろうが、同じ年齢の者同士にしかわかり得ない遠慮のいらない会話が心地よい。
 看板のない、初めて訪れた新橋の和食屋は激美味の食材を提供する物件で、こちらも『39年会』への最高の演出を果たしてくれた。
 おいら、連チャンで体力疲弊中。明日の日程を睨み、寂しく3人ともたった1軒の飯屋で解散と相成った。

投稿者 yonezawa : 12:07 | トラックバック(0)

2007年 07月 30日

Arakimentari

070730_2345~0001.jpg 070731_0455~0001.jpg 51D2YGNQS4L._SS500_.jpg

 今年5月、スティーヴィー・サラスの来日公演時、打ち上げで出会ったアメリカ人:トラヴィス・クローゼと共に、本日の主役であるYの誕生会を開催。
 トラヴィスとは、アラーキーこと荒木経惟を裸にするドキュメンタリー映画『Arakimentari』の映画監督であり、写真家。
 つい先日、故郷NYより帰還してきたタイミングもあり、彼らと数週間ぶりの再会を果たす。
 神保町から、新宿『シンクロニシティ』〜『pain』を経由し、ほろ酔い3人組で花園神社の風景、撮影タイム。トラヴィスの写真は自然光ばかりで妙に味のあるショットばかり。
 
 明け方、仕上げのラーメンはおいらには少々過酷な感じもあったが、おいらよりも一回りも若い連中のノリに引きよせられ、つけ麺完食。

 FUJI ROCKが終わっても、まだまだ取材攻勢は終わらず。
 今週、バイオリニスト、映画監督と、連なる単独取材の仕込みに、本誌原稿の入稿。

投稿者 yonezawa : 02:46 | トラックバック(0)

2007年 07月 25日

忘年会受け付けてます

070726_0102~0001.jpg

 JR国分寺駅下車。焼き肉『山水』へ。
 急なブッキングながら、編集:K、Yのお供に漫画家:谷口ジロー氏との久々の会食へ合流。
 最重要な次回作の打ち合わせは、手探りながら己の志の中で爆裂進行中のつもり。
 無軌道に語り合う映画、漫画、小説等のカルチャー話が、話し出したら止まらない。
 今のこの時期より「忘年会受け付けてます」の電光掲示板を流している店を避け、飛び込みのバーで終電まで語り合う機会を得られた。貴重な空間だ。
 比較的、大した量を飲んでいないハズなのに、今日の酔いはそれなりのものだった。という勝手な言い訳でJR吉祥寺駅下車後、初めて訪れたラーメン屋さんで最後の1杯。
 谷口ジローの描いた『神々の山嶺』文庫1〜5巻を読んでいない者は、とっとと書店かアマゾンへ問い合わせるべきだ。
 本物の涙を流させる数少ない漫画作品の傑作と言えよう。

投稿者 yonezawa : 12:07 | トラックバック(0)

2007年 07月 24日

グラインドハウス/デス・プルーフ

P_PFT1_WHT.gif

 クエンティン・タランティーノ監督作『グラインドハウス/デス・プルーフ』鑑賞。
「Grindhouse(グラインドハウス)」とは、B級映画ばかりを2本立てや3本立てで上映し続けた映画館の総称。
 大混みの試写室第一列に陣取り駆け込み鑑賞。
 この作品、様々な意味を込めて是非押したし。好きだとここまで突き詰めるものなのだなぁ。タランティーノにはもう一度、『キル・ビル』以来となるインタビューをやるべきだろう! と試写後、即決してみた。
 京橋の試写室から恵比寿へ。
 フェローズ:志村兄のニュー・オフィスは、恵比寿駅よりほど近いクールなビルの2フロアにあった。
 お願いしてあったブツを拝受し帰社。やんごとなき特殊で至極貴重な撮影小道具を、電話1本でいとも簡単に収集してくださった志村兄、助かりましたぜ。サンキュ!
 帰社後、山積みの雑務をサバき、深夜、タランティーノ打ち合わせの席へ突進。
 気がついてみればGAGA:T、フリーランス宣伝:Y、編集部:Tが一堂に会し、朝を迎えた。

070725_0512~0001-1.jpg

投稿者 yonezawa : 12:04 | トラックバック(0)

2007年 07月 20日

ひじり亭

a716100l.gif

 吉祥寺のイタリアン『ひじり亭』の配慮にはおそれいる。
 マスターの細やかな気遣いによって、シーフード・サラダ、ペペロンチーノ、赤ワインがぐいぐいと胃袋に収められてゆく。
 唐突な誘いにも関わらず、予定を合わせてくれたイースト:吉田兄&Kちゃんと久しぶりの飯会となった。少し遅れてのゲスト:Yちゃんが合流した頃には、赤ワインは2本目に突入。ここまでアルコール摂取者はおいらだけだ。
 改札近くで吉田兄&Kちゃんをお見送りした後、さらにYちゃんとエディス・バーを経由し、『闇太郎』で先ちゃん、タムタム他のメンバーと合流。
 ずっしりと思いカバンの中には大量の書類と資料がぎっしり。仕事を自宅に持ち帰ろうと、土日の作業を覚悟しながら早朝の帰宅を果たした頃、景色はグルグル渦巻いていた。

投稿者 yonezawa : 16:58 | トラックバック(0)

2007年 07月 8日

セッション〜ラーメン

 手荷物を最低限の量に絞り込み、他荷物は宅配便の手配。
 昼過ぎ、名称が変わってしまった薩摩川内市へ。
 15時に同級生2名とホテル・ロビーで待ち合わせた。ショーサクとは頻繁に連絡を取り合っているが、(確か)西ノ園とは中3以来の再会を果たす。
 ショーサクの配慮により、Sちゃん夫妻の自宅スタジオへ。
 海陸先生と数年前に始めてこのスタジオを訪れたことがあったが、今回で2度目の訪問を果たした。
 ご挨拶もそこそこに早々とレスポールを抱え、混沌のセッション・タイムに突入。
 つくづく自宅に防音のスタジオがある環境が羨ましい。
 思い立った瞬間、気分で、爆音でつま弾けるなんて夢の夢の環境だ。
 学生時代、夢に思い描いた環境を冷静に手にするS夫妻の底力はあっぱれ。大したもんだ。
 弾くだけ弾きまくり、ショーサクのシャウトも堪能した夕方、焼き肉『昌苑』へ。

070708_2103~0001.jpg

 さらに村田、小村らの集う飯会で各々久々の再会を楽しんだ。
 旅に次ぐ旅の疲れなのか、Rちゃんは早々とおいらのあぐらの中でスヤスヤ寝息を立て始めた。
 一次会終宴後、徒歩でライヴバー「BORDER」へ。オベイションを弾きつつ男4人で深夜まで語り尽くす。
 以前から営業時間、曜日のタイミングがあわないまま見送らざるをえなかったラーメン屋『なんつぁならん 宝島』初体験の機会をついに得た。
 http://ramen-takarajima.com/
 こちらは出前OKなのだが、なんと場所を指定すればそこまで出張し、その場でラーメンを作ってくれるのだ。
 ジャストの到着時間を伝え、宿泊のホテル前まで出張をお願い。野外で汗をかきながら喰ったラーメンの旨いことと言ったらなかった。

070708_2257~0001.jpg

 高校時代、バンド仲間だった1コ下のYちゃんの遠隔配慮(?)により、チャーシューの大量追加サービス。「悪い病気は持ってませんから(笑)、僕のでよろしかったらどうぞ!」っと、魔法瓶に入ったキンキンに冷えた氷水を分けてくれたオーナー店長の配慮に感謝。
 彼の「ラーメンには冷たい水ですよね!」は明言だ。言い得て妙。
 川内に来る機会があったら毎回喰いに行こーっと。

070709_0235~0001.jpg 070709_0235~0002.jpg 070709_0236~0001.jpg

投稿者 yonezawa : 01:31 | トラックバック(0)

2007年 07月 6日

太陽のタマゴ

070707_1711~0001.jpg

 再び曇り空。
 夕方、小林市入り。事前のやりとりを経て、同級生らが計画してくれた飯会へ。
 幼稚園からの幼なじみも数名混じる、おいらにとっての人生最古の同級生:せっこ、彰子、三七代、さおりらとの再会を果たす。刺身でも喰える牛肉しゃぶしゃぶも格別。
 当たり前だが育った環境生い立ちの違いによりそれぞれの人生は五者五様だ。40年あまりの歳月を経た今、各々の人生を交互に語り合う空間が愛おしかった。
 人生に最も必要な気持ち、それは「配慮」であることを再認識した格別の夜。大人数での宴も醍醐味のあるものだが、こうした少人数で深く語り合える時間も貴重だった。
 河岸を変え2軒の梯子酒。会を重ねる毎にこの飯会も末広がりに楽しくなってゆくのだろうなぁ。
 幼なじみの諸氏、ご苦労さんでした。格安で手配してくれたマンゴー激美味だったぜ。せっこ、サンキュ!

070706_1211~0001.jpg

投稿者 yonezawa : 09:23 | トラックバック(0)

2007年 06月 30日

サイン会

 午前10時、ホテル、チェックアウト。
 漫画家:高橋ツトムサイン会・会場となる天神コア地下『福家書店』へ。
 とても精巧なタッチでありながら、イラストとサインのスピードが流暢。一人一人のリクエストに応え、色紙に、コミックスに、サインを入れまくる高橋先生ご苦労さまでした。リラックスしたファンとの贅沢な交流の中、2時間弱のサイン会は無事終了。
 
 070630_1114~0001.jpg 070630_1417~0001.jpg

 どういうワケだか会う人会う人が口を揃えて言う、あまりに厳しい評価に驚きながら、先発帰京スタッフを空港へ送りがてら何年ぶりかの『牧のうどん』空港店へ。
 肉うどんにかき揚げをトッピングし、かしわご飯に軽くビール。ここのスープは純粋に大好き。玖珠町の千成うどん喰いたい。
 
 070630_1427~0001.jpg

 食後、ホテル・オークラへチェックイン。
 数軒の書店へ挨拶回りする中、懐かしいショッピング・ストア『ショッパーズ』を訪れた。懐かしい中古レコード店:ボーダーラインの名は今も健在。ティーンの頃、このお店で何枚のレコードを買ったことだろう。デイヴ在籍時の、つまり全盛期のVAN HALEN/DVDを購入。
 YAHOO DOMEへ移動。
 なかなかエンジンのかからないソフトバンク×ロッテの試合を軽く観戦。球場の色彩:グリーンが綺麗。
 残念ながら小久保も松中も快音を聴かせてはくれず。7回を見ずしてホテルへ帰還。

 070630_1849~0001.jpg 070630_1849~0002.jpg

 シャワーを浴び後、夕食には網場町『もつ幸』で鍋。美味い。
 この店は28年以上の老舗店なんだそう。鶏スープで煮たモツと野菜を、あっさり仕立ての特製酢醤油と柚胡椒で喰うのだが、最後の麺まで嬉しい美味さ。
 飯会には旧友:深さんも同席してくれた。

 070630_2059~0001-1.jpg 070630_2135~0001.jpg 070630_2140~0001.jpg 070630_2223~0001.jpg

 場を中州に移し、数軒の梯子酒最後の〆には深さんと屋台でサシ酒。遠い昔、この男とここ博多で過ごした“あの頃”を思い感慨に更けながら、白々と夜が明けゆく博多の景色を眺めていた。珍しく東京出身だというオヤジのこの店もいい空間だ。

 070701_0511~0001.jpg 070701_1029~0001.jpg

投稿者 yonezawa : 00:55 | トラックバック(0)

2007年 06月 5日

ブログ

070602_0445~0001.jpg

 6月より『日々仰天』をブログに移行させたが、これまで第三者のブログを定期購読したことは、ほとんどなかった。
 例えばブログの女王といわれたタレントさんのサイトは、今日初めてのぞいてみたり。
 モノカキ:伊丹由宇兄の崇高なる分裂ブログは、ご本人に伺ってから定期購読しているぐらい。某日フリチンの件は声を出して笑ってしまった。
 おいらのブログは、田舎のおふくろでも読みやすいよう文字サイズを大きく設定。多くのブログはなぜか文字が小さいので、個人的には好きな文章でも億劫になる場合があった。
 月末から来月半ばまでの予定を確認。月末には九州への出張を予定。そして来月頭にはときめく行事が待機中。
 Macハード・ユーザーのおふくろは、おいらの生涯の誇りだ。

 深夜、ブログの打ち合わせにスーパー・デザイナー:福島&青年実業家:Nと会合。
 おいらにはまったく意味不明の単語が飛び交い、仰天ブログの落としどころがそれなりの方向へ落ち着く。2人には大きく感謝。
 彼らと共に喰らった夕食の美味しいことといったらありゃしない。
 なじみの激美味生魚店:Yで乾杯+爆食。流れで新宿へ移動し、ラッシュ、オジー・オズボーンの流れる空間で、判る者だけが理解し得る爆笑の世が更けた。
 

投稿者 yonezawa : 02:41 | トラックバック(0)

2007年 05月 8日

3人面子

21ZM8E3XT2L._SS500_.jpg

W社:Mとの打ち合わせ後、飯へ。
一旦、打ち合わせで席を外した間にW社:Kが合流。
やがてM帰還。久々の3人面子で乾杯。
何をどう話したのかもはや判らないまま、
少しだけ残した仕事を片付けに編集部帰社。

投稿者 yonezawa : 02:54 | トラックバック(0)