2010年 01月 15日
20000W
対談原稿の原盤起こしがほろほろ納品されつつあった。
数回に別けて届くテキストの量はすでに20000Wを超えている。音声自体の長さを考えれば、まだ1/2にも満たない量だ。
この文字数を最終的には3600W弱に削り落とさねばならない。
どの部分も切りたくない気持ちと、短くする故、文脈のつながり方を考えながら、気持ちは泣く泣くの削除作業に入ることになるのだが、この揺れる気持ちは毎度同じだ。
3万字インタビューなんて贅沢な文字数の仕事をやってみたいもんだ。
絶大な信頼を寄せるHさんと新年初飯であらゆるカルチャーのあれこれをご教授戴き、今日も感激。今日も、あのコラムを読むべし。
投稿者 yonezawa : 18:00 | トラックバック(0)
2010年 01月 14日
Rodrigo Y Gabriela
比較的短いスパンで来日を果たしているアコギ・デュオ:ロドリーゴ・イ・ガブリエーラ。ZeppTokyoの来日公演観戦へ。
以前、渋谷duoで圧巻のステージを拝聴し、今回2度目のロドガブ体感。
全体的にロドガブの中でもトリッキーな技の応酬で、パーカッシヴにギターを叩くシーンの印象が際立った。
しかし、集客としては充分過ぎるほどの動員があるものの、個人的にはロドガブのライヴとしては大きすぎるような箱の印象も抱かせた。
観客との距離感が最も大事なユニットだと感じるから。
場を中央区へ移し、同行した編集と食事の席に。
結局、忘年会をやれなかった彼と新年会。今年は彼と、いくつの取材が実を結ぶのだろう。
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2010年 01月 7日
フェイドイン
正月明け、フェイドイン気味に業務着手。
喪中はがきと喪中メールを思いの他関係者各位へ完全には送付出来ておらず、みなさまにはご迷惑をかけてしまった。
編集部宛に届いた年賀を1枚ずつ拝読。
出前の弁当をいただいた後、渋谷駅界隈の書店で様々な売り場を覗き、自分関連の本をチェックしてみた。
駅改札でAと単純に待ち合わせ、いくつかの荷物を中継。次回飯の機会は2月半ば以降になりそう。
終電に近い電車で地元まで引き上げた。
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2009年 12月 24日
入稿終了
告知ページを入稿し、本年度の一応の入稿原稿は終わった。
終電間際の電車で最寄り駅に到着。深夜バスで帰宅。家の掃除あと半分。
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2009年 12月 8日
師走
しこたま飲んだアルコールのツケを引き受けつつ、午後から業務開始。
今日は同級生:Kの誕生日。
「なぜもう1日ずらして生んでくれなかったんか?」とは、昨日のRちゃんの誕生日と同じになりたかったKが3年前に言った言葉。
深夜に上がった原稿を入稿。怒濤の師走に突入。
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2009年 12月 1日
最終校正
深夜、画集『S』の最終校正のためデザイナー宅を訪問。
編集部と往復し、これですべての入稿を終えることになる。
12月18日発売の書籍をこの時期にまだ校正だなんだとやってることが、実にスリリング。
短いようで長い、長いようで短かったこの1ヶ月だった。
深夜に車で都内を走らせると、日中の車両の数より全然少ないので帰途まであっという間だった。
明日も、おいらにすれば早朝と言える午前中からの稼働故、4時間の睡眠を摂取するべく布団に潜り込んだ。
投稿者 yonezawa : 17:45 | トラックバック(0)
2009年 11月 21日
佳境
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2009年 11月 20日
のみ
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2009年 11月 18日
確実にオチる
1日がどこで始まり、どこで終わりとなるのか判らない。
なんだかんだで、普段よりも寝る時間がさらにめちゃくちゃ。
布団で休むことの至福さを、この数日間特に感じているところ。
上がった原稿を確認し、アナログ納品と併せてメールでのデータ送信も行える時代。
20年前の入稿形態が今となっては思い出せない。
デスクでオチて、電車でオチる。電車では確実にオチる。
椅子で寝るのは得意で、寝ついて30分後に起きて、それを3回繰り返すのも不可能ではなくなった。
ああ眠い。人は何故睡眠が必要なのだろう。
…っと、朦朧としている最中、渾身の画集カヴァーデータが到着した。
投稿者 yonezawa : 00:27 | トラックバック(0)
2009年 11月 17日
作成中
昨日の夜からスーパーデザイナーK氏仕事場にかんづめ。
12月18日(金)発売の高橋ツトム画集『S』を、只一人の担当編集として作成しているところ。
本書籍は集英社、講談社『K』と2冊同時発売する。デザインとプロデュースを一手に引き受けているのがK氏。
本文の絵柄の順番はK氏の監修のもと、ライヴで構築されていった。
中身は勿論だが、装丁のクールさも際立った完成度を実現しており、現存する画集の中でも突き抜けた商品になるだろうと確信している。
ちなみに発売日の12月18日(金)は、WBC世界バンタム級チャンピオン:長谷川穂積選手の防衛戦の日。
高橋ツトム×長谷川穂積選手、特別対談は、週刊ヤングジャンプ52号(11/26発売)に掲載している。
投稿者 yonezawa : 00:27 | トラックバック(0)
2009年 11月 4日
ペダルワウとタッチワウ
深夜、bambiメンバーに重要メールを送信したところ、バンマスから即返信。
少なくとも午前3時52分以前に起床された模様。
おいらはそろそろ小一時間後に就寝…という状況だ。
昨日までの長野ほどではないが、東京も急激に冷え込む気候となった。
だが、正午の原稿を拝受し、駆け足で電車に乗り込むと首筋に汗が滲んだ。
入稿を終え、パソコンのスパムメールをざくざく削除し、丸1日山と積もった原稿をなぎ倒す。
週末の取材案件を復習し、事務ワークの処理物件を洗い出し、トイレと水分補給と弁当のみ席を離れた程度。根が生えたように終始パソコン・ワーク。
室内の温度のせいなのか、頭が顔が異様に熱くのぼせ気味。
ところで、足下はペダルワウとタッチワウだけで何もいらんなぁ。
この2つであらゆる局面に対応出来るものだと改めて認識するこの頃。
先日の吉祥寺bambiライヴの場でご紹介いただき、長野での「俄」再結成ライヴには欠かすことの出来ない音楽業界人:Tさんにご教示戴いたクイック・シルバー・メッセンジャー・サービスなるバンドの音源を注文してみた。
音楽界の中でも、ギター関連畑のフィールドでご活躍されるTさん推薦の興味深いバンドを伺ったところ、上記のクイック〜とブルース・イメージという2つのバンドが聞き出せた。
共においら初耳の物件。
こうした得難い情報は、永遠に良質のギターサウンドを探し求めるおいらにとっては朗報と言える。
60年代の音楽は、国内外も含め本当の意味での知識は乏しい。実際にその時代に(幼すぎて)現役でいない分。
打ち上げの席で聞こえてきた「めんたんぴん」というバンド名に反応したおいらではあったが。
我々の兄貴・姉貴が熱心なるフォーク・ロック探求家であったなら、その弟妹は自動的に一世代上の情報を得易かったものだった。
50歳代の音楽人の話を柔軟に理解するには、中学・高校時代に何のラジオを聴いてきたか、あるいは第三者から、重要なLPをどれほど借りれる環境があったのかによって決まる。
情報こそまず大事だった。
ダメな情報、ダメな弾き手・書き手。レビューを読み分けるスキルも実戦(ライナーノーツ、レビューを確認してからの見極め)と場数によって向上したものだった。
失敗(つまらないLPの購入)も何度も経験した。
思い出す、取り返せないあの時間。取り戻せないあの出来事。
そうして各々がここまで辿り着いたのだと、例えば『俄』の音源を聴く度に感慨に耽るのであった。
投稿者 yonezawa : 00:35 | トラックバック(0)
2009年 10月 30日
眠
ほとんど寝られずまま5時40分にロビーで待ち合わせ、タクシーで新神戸駅へ。
6時10分発の東京行きのぞみへ乗車。
車中終始瞳は閉じていたが何故か本格的な眠りにつけず。
9時頃東京駅。
編集部へ赴き、終電のなくなる時間まで入稿作業。夕飯は出前のげんぱち弁当(鰤)。
そろそろ一区切り…と考えていた矢先、不意にライター:Mより「飲み足りないので付き合ってけれ」メールを拝受。
同時に小腹もそろそろの時間帯だったので、寝不足(居眠り)覚悟で深夜のゴールデン街へ飛ぶ。
Mとも久々、HH店の馴染みのマスター:Yさん、T、Iくんらとも久々。
河岸をBへ変えた頃、三丁目のHさんも合流し、新宿に最近出来たっぽい24時間営業の寿司屋へ。
24時間って何だ? こんな店が出来てたのか! しかも寿司屋!?
ネタがいい加減だと最低だなと思いきや、意外にも充分新鮮なネタが採用されており、最後はしっかり握ってもらった。白ワインが3本消化。
あー眠い。
投稿者 yonezawa : 19:31 | トラックバック(0)
2009年 10月 28日
鮭おにぎりと味噌汁と卵焼き
起きがけに喉痛っ。
コンディション最低。
シャワーを浴び、眠った頭を徐々に解凍。
鮭おにぎりと味噌汁と卵焼きをかっ喰らい、京王線に搭乗。
矢継ぎ早に飛び込む嵐の編集業務に疲弊。
昨日も、JAZZKEIRIN:T氏にお誘い戴いていたライヴ・イベントは、本誌、文庫本、コミックスの入稿等で断念した。
夜、入稿の狭間を縫い帰宅。ギター2本と関連機材をソフトケースに詰め込みリハスタへ。
Bambi最終リハに、遅ればせながら間に合った。
長野からの取材もあったという今日のリハで、いよいよ11月2日の本番を控えるのみ。
メンバーのメンタルは絶好調の感触。
投稿者 yonezawa : 14:14 | トラックバック(0)
2009年 10月 21日
編集業務
結局、コミックスの入稿データをすべて拝受するのに午前4時までかかってしまい、そこから作業をかまして帰宅したのは午前5時頃になってしまった。
Kさん、大変お疲れさまでした。
午前9時起床。札幌の空港で購入した「鮭くず」を包み込んだホクホクおにぎりを1個頬張り、原稿取りへ。
昼過ぎ、入稿完了。
午後、某氏宛に向けたお便りを書き記し、夕方の便で郵便の手配。
氏がこの手紙を読んでくださり、おいらの願うサプライズが現実のものとなれば、こんなに嬉しいことはないのだが。本件は、どきどきしながら結果を待つことに。
以前、偶然見たドキュメント番組の内容が衝撃だった。YAHOOニュースで女優:南田洋子さんご逝去のニュースを知る。合掌。
投稿者 yonezawa : 12:53 | トラックバック(0)
2009年 09月 9日
下北沢 CLUB 251
午後6時、ヤングジャンプ30周年記念企画のひとつ「YJクロニクル」記事のため、編プロ:ライターによる漫画家:高橋ツトムへのインタビュー開始。
彼がヤンジャン本誌に登場してすでに10年以上の月日が流れた。本誌へ執筆することとなった経緯より、質疑応答が始まる。
2000年1月よりこのブログは書き記しているのだが、高橋ツトムとの出会いは99年以前のことなのですでに記憶も曖昧となり、初めて高橋ツトムと遭遇した日付は正確には思い出せない。
しかし最初の遭遇がライヴハウス「下北沢 CLUB 251」での対バンだったことは明確に記憶している。
漫画家:若林健次に誘われ、当時のおいらのバンド「パンクラ」で参加させて戴き、若林健次、おおひなたごうらとバンドを組んでいた高橋ツトムという漫画家を初めて認識した。
それ以前、パンクバンドをやっていたという彼の突き刺すような眼光がまず印象的で、俗にイメージされる漫画家の雰囲気など1mmも感じさせない、初めて遭遇するタイプの男。
ちなみに、もう1つの対バンには、今をときめく天才漫画家:二ノ宮知子のバンドも登場していた。
『ALIVE』でヤンジャンに登場するのが99年からなので、そこから遡る1〜2年の間に編集者として彼を口説きにかかったという経緯だったか。
高橋ツトムは今年デビュー20周年。ヤンジャンに描き初めて10年。
本誌で描いた作品中3本が実写化。漫画から派生したメディア・ミックスは現在も尚延々続いている。
申し分のない経歴を経て、年内にキャリアを総括する大型企画を勝手に妄想するこの頃。
投稿者 yonezawa : 19:04 | トラックバック(0)
2009年 08月 7日
傘は常備
まるで熱帯のような異様な天候が続く。予報では天気が全然読めずの日々。
線を引いたように雨の降っている場所とそうでない場所があることを、遠目から実際に見たことがあるが、このこところの気候だと不意に土砂降りに見舞われそう。傘は常備せねば。
恐ろしく久々に新人漫画賞の選考会に参加。基本的にスタッフの見解の方向性は近しいものがあり。
編集部でキリの良いところまで雑務をこなすがそちらもとりあえず一段落つき、23時より予定していたSとの遅飯は仕切り直すことに。
電車の動く時間に帰宅。
投稿者 yonezawa : 15:54 | トラックバック(0)
2009年 07月 22日
遭遇
どかんと届いた最重要な大量の原稿にせっせと指定を施し、わさわさと入稿。怒濤の入稿。
活字媒体のセクションに移動されたK氏に誘われ、およそ1ヶ月ぶりに再会。
同じフロアからビルも変わってしまったので、随分疎遠になった感覚だった。
訪れた店では、少年ジャンプ全盛期を支えたSさん、現M誌の大黒柱:Sと偶然遭遇。ビックリ。
食事を終え深夜に帰社後、再び入稿に数時間。
投稿者 yonezawa : 22:07 | トラックバック(0)
2009年 07月 1日
夜の文京区
もう今年が折り返してしまった。早くも半年が過ぎ去ってしまった。
外は今にも天候が崩れそうな、ふいに雨が振り出しそうな案配。
えらく久々だった本誌の出張校正を終え夜の文京区を散歩。
ほんのり額に汗をかくほど歩いた頃、大江戸線の駅に到着。
新作の進行具合が気になっているE先生に連絡したのだが、あいにく留守のようだったので帰宅。ところが着信に気づいた先生より「G先生と待ち合わせたのでこれからどう?」とお誘いを受け、チャリンコで馴染みの場所に向かうことに。
「ここのところ、いつ何時でももの凄く眠い」という共通の体調を訴えるE先生とおいら。
おいらの場合、電車に乗って3駅程度の距離でもその分しっかりオチれる体質になっている。
今夜の帰宅時も例外ではなかった。
常連のK先生も加わり、なんらいつもと変わらない賑やかな顔ぶれとなったが、今夜はシラフで帰宅。
投稿者 yonezawa : 00:30 | トラックバック(0)
2009年 06月 17日
席替え
かかってきた携帯のバイブ機能で就寝から4時間で起こされた。
Rちゃんが部屋にやってくると、小物を収納している引き出しから毎回なぜかフェンダーのピック(白、茶)を2枚必ず持ち出すようになった。
彼女の前で「ピック」と言う単語を口にした記憶はないのだが、おいらがギターを弾けば「ぴっく! ぴっく(をくれ!)」と右手を掴んできくるRちゃん。
大抵指弾きなのでピックを持っていないケースばかりなのだが。
どうしてその単語を覚えたのだろう? と思う言葉がいくつかあるが、テレビ番組やらDVDやら我々の会話から、大変なスピードで頭脳のハードディスクに記録されているのだろう。
あやふやながら、何曲かの歌を口ずさむ日も増えてきた。
6月の人事異動を経てヤンジャンの編集長が代わり、編集部の席替えが行われた。
混沌の部内。席替え恒例、大量のゴミが溢れ出る。汗がしたたり落ち、眼鏡にも汗の水滴がぽたりと落ちた。整理整頓されたデスク周りがこの日ばかりは気持よいのだ。
熱血編集:Tと共に新宿で夕飯。清々しきひととき。
投稿者 yonezawa : 01:38 | トラックバック(0)
2009年 06月 16日
100円バス
近所の路地からショートカットで駅まで向かう100円バスが、ほんのタッチの差で過ぎ去ってしまった。「乗りますぅ〜」の意志は運転手に伝わらない。
その場で次の便を14分待てばよいものを、その14分がおいらには長くて待ちきれない。
即決断し、バス経路をトコトコと徒歩移動。
結局、早歩きで歩いたところ、目的地3つ前のバス停で、次のバスに抜かされた。
ほとんど、待つ時間+徒歩時間(正味25分)だけで目的地界隈に到着したわけだ。
Rちゃんの声で何度か起こされたせいか、終日激しい睡魔に襲われ、まともに文章が書けない時間が夕方小1時間。
出前のカレーをデスクで喰って、延々一日中のデスクワーク。入稿&席替えの混沌にまみれ、帰宅は午前5時前。
投稿者 yonezawa : 20:03 | トラックバック(0)
2009年 06月 1日
のぞみで帰京
大阪より金沢入りするという先ちゃん、タムタムらより一足先にチェック・アウト。
なんばで今回初めてうどんを喰い、新幹線の切符購入。
12時発ののぞみで帰京。地下鉄を経由し出社。
以下、同士『ショーベーの「SHOWBIZ NEWS」&LINKS』よりそのまま添付。
ザ・ビートルズも、レッド・ツェッペリン同様、人生の中で何度同じアルバムを買い直す悩みに直面することだろう。
「出荷停止」の言葉で秋までの購入欲をあおり、「マスター」盤の登場で再びコレクションしているアルバムと同じ内容のCDを購入するファン。
悩みどころのイタチごっこだ。「大人買い」という言い得て妙なフレーズを顧みる瞬間。
http://plaza.rakuten.co.jp/shobei1964/diary/200906010001/
ザ・ビートルズのオリジナル・アルバムが全世界で出荷停止
@ぴあ配信記事
9月9日(水)に全オリジナル・アルバムがリマスターで発売されるザ・ビートルズ。これを受け、現在販売されているオリジナル・アルバムの全てが5月31日をもって出荷停止となった。これにより現行のオリジナル・アルバムの販売は店頭にある在庫のみとなる。
対象となったアルバムはデビュー・アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』から、最後のオリジナル・アルバム『レット・イット・ビー』までのオリジナル全13タイトルと、アルバム未収録曲を収録した『パスト・マスターズ VOL.1』及び『VOL.2』、そしてこれらアルバムをセットにした『ビートルズ BOX』の全16商品。9月9日にはこれらアルバムがリマスターされ、パッケージも一新されてリリースされるため、1987年の初CD化以降、慣れ親しんできた音や仕様パッケージは現在の店頭在庫を最後に入手困難となる。
なお、今回の出荷停止は全世界的な措置のため、現在輸入盤として流通している海外盤も現在の店頭在庫で終了となる。
■出荷停止対象商品
『プリーズ・プリーズ・ミー』(TOCP-51111)
『ウィズ・ザ・ビートルズ』(TOCP-51112)
『ハード・デイズ・ナイト』(TOCP-51113)
『ビートルズ・フォー・セール』(TOCP-51114)
『ヘルプ!』(TOCP-51115)
『ラバー・ソウル』(TOCP-51116)
『リボルバー』(TOCP-51117)
『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(TOCP-51118)
『ザ・ビートルズ』(TOCP-51119〜20)
『マジカル・ミステリー・ツアー』(TOCP-51124)
『イエロー・サブマリン』(TOCP-51121)
『アビイ・ロード』(TOCP-51122)
『レット・イット・ビー』(TOCP-51123)
『パスト・マスターズ VOL.1』(TOCP-51125)
『パスト・マスターズ VOL.2』(TOCP-51126)
『ビートルズ BOX』(TOCP-50501)
投稿者 yonezawa : 18:39 | トラックバック(0)
2009年 05月 29日
片面CD、片面DVD
DMBのこのアルバムは、片面CD、片面DVDというシロモノ。
こんな両面仕様の盤は初めて見た。
ところがDVDサイド、既製の国内DVDレコーダーではリージョン違いで再生不可。
同じバンドの他の輸入盤CDに付属するDVDは再生可能なのにややこしい。
早朝8時の高速バスで帰郷の義母。あっと言う間の1週間が経過した。
「おったんとお留守番!」と言って、外出の準備を手こずらせたRちゃんは、意志とは裏腹に服を着替えさせられ、おばあちゃんのお見送りに羽田まで同行させられた。
今朝3時間睡眠。朦朧の頭のまま、録画した番組を見た後消去するべく再生。しょぼしょぼした目が画面を見ていられない状態で、音声だけ聴きながら数本の番組を鑑賞直後に消去。
ディズニーだ、アンパンマンだ、しまじろうだ、ハッピー!クラッピーだと自動録画の番組が増えたせいで、HDD内ハードディスクはすぐ容量オーバーに。
自身で撮った動画の保管手段もそろそろ確立させねばと思いながら、時間は刻一刻と経過するばかり。
それにしても、数年前のドラマ『スカイハイ』撮影現場で初めてお会いした女優:新山千春は随分綺麗になったものだ。
想田和弘監督最新作『精神』の単独取材記事をようやく構築。
監督からの最終チェックを経て、無事本日入稿の運び。
彼からのメールによれば想田くん、来月(6月)、初の著書「精神病とモザイク タブーの世界にカメラを向ける」(中央法規出版)を出版するそうだ。
http://www.amazon.co.jp/dp/480583014X/
投稿者 yonezawa : 18:19 | トラックバック(0)
2009年 05月 21日
札幌1
早朝8時起床。9時前にはシャワーを浴びて、お茶漬けをすする。
午前10時15分発のリムジンバスで羽田へ。
お茶漬けをすすった割には空港内でうどんと天むすを食す。
ここ(ゲートを潜った後の小さな店舗)のうどんは腰があってかなり美味い。これマジ。かけうどん500円は高いけど。(天むすも200円以上の値段!)
次回、覚えておかねば。
昼下がり、新千歳空港到着。
片道1040円。所要時間およそ40分。JRで札幌駅へ向かう。
札幌、暑い。
今日に限って言えば東京の気温となんら変わらない。湿気が感じられないぐらいで、Tシャツ1枚で充分な気候が意外だった。今日は特別暑い日だとはタクシー運転手さんの弁。
時間のずれた昼食を済ませた後、ホテルへチェック・イン。
部屋で打ち合わせの準備を施すうちに約束の時間は直ぐにやってきた。
ロビーで漫画家:Mさんと合流。7か月ぶりの再会を果たす。ホテル1Fのカフェで先方の近況を伺った。
Mさんは昨年末に(本人曰く、軽い)カテーテルで手術をされており、当初予定していた双方のビジョンから、仕事の時期がやや時期がずれ込んでしまったのだが、まずはMさんの体調が心配だった。
ところがMさんはすこぶる体調良好のご様子で安堵の息をつく。
ひとしきり話を終えた区切りで食事へ。
行き当たりばったりの会話のはずなのに、Mさんのあらゆるカルチャーを睨んだ造詣深さには、正直おいら、ついていけてない。身に覚えのある一般的知識の乏しさをヒシヒシ感じつつ、流れに任せご教授いただく。
和食は美味。
今後の作品作りに繋がると信じるテーマをおいらなりに織り交ぜながら、河岸を変えたバーで、各々ターキー乾杯。
〆には新(ARATA)の味噌ラーメン。ナイス物件。今夜はぐっすり眠れそう。
投稿者 yonezawa : 21:26 | トラックバック(0)
2009年 04月 30日
カサビアン 昌原光一
昼下がり、都内某所着。
イギリスのロックバンド『カサビアン』主要メンバー2名(サージ&トム)が来日。
『West Ryder Pauper Lunatic Asylum』と言う不思議なタイトルのつけられた新作アルバムのプロモーションでやってきた彼ら。
過去、レコード会社よりアルバム・リリースにあわせタイムリーな時期にプレゼンのあった『カサビアン』案件は数回あった。
結果、ファーストの際は諸事情でNG。
セカンドのタイミングでは大型タイアップが帰結。滅多にやらないが、外部ライターによる執筆で記事構成の運びに。
そして今回、サード・アルバムのリリース、そしてサマーソニック09の出演を睨んだタイミングで、ついに彼らへの単独取材という局面を迎えた。
レコード会社側の『カサビアン』に対するプライオリティは毎度揺るぎなきモノがあり、新作ごとに誌面交渉のため、担当者が粘り強く食い下がってくると言う案件の一つ。
『カサビアン』は幸せだ。日本国内におけるプロモーターのモチベーションは充分なのだから。
バンドのギタリストで『カサビアン』サウンドの鍵を握るサージは、人当たりの良いナイスガイ。
バンド全体のサウンドよりも、むしろギタリストとして何を追求し、あのサウンドに至ったのか、極めて客観的な第三者的視線で質疑を開始。
取材が始まってみれば思いのほか時間は短く感じた。
日本でのアルバム・デビュー前にサマソニで初来日を果たし、その際、入場規制がかかったという彼らの最大限の持ち味は、きっとライヴ・パフォーマンスにあるのだろうと睨んだ。
帰社後、怒濤の入稿。嵐の入稿。
コミックス4C周り再校正、本文校正、本誌某コミック連載200突破記念の読者プレゼント賞品・物撮り、精算、5月末発売のインタビュー案件原稿の構築、先ほど撮ってきたばかりの『カサビアン』動画WEB業者への中継...と、いとま無き業務の数々。
「GW前に夕飯でも」と、奇特なKさんに誘われ神楽坂で鮨。
そのまま銀座のバーで軽く飲み、仕事に戻った彼とはその場でセパレート。
新宿を経由し、明け方帰宅すれば郵便受けには漫画家:昌原光一の最新作『御誂 人情幕の内[壱]』献本が到着していた。
昌原光一の記念すべき2冊目の著作本完成。
他社からの出版ながら、おいらがビジネスジャンプ誌上で担当し、間違いなく入稿した作品も3本収録されている。
才能溢れる、漫画家:昌原光一のさらなる世間的評価を祈るばかりだ。
投稿者 yonezawa : 00:29 | トラックバック(0)
2009年 04月 28日
神楽坂
神楽坂の路地裏はいつでも独特の空気を与えてくれる。しかしこの地を何度訪れても土地勘ゼロのまま。
一歩通りに入り、角を2,3コ曲がるとどちらが駅なのか、早稲田通りなのか、大久保通りなのか、とたんに見えなくなってしまう。
半分20代・ほぼ初組み合わせの若き編集者面子で夕飯をいただいた。
店の風情は古風な構えで、神楽坂に居る感バリバリの家屋を改造した雰囲気はいいのだが、とにかく注文の品の出てくるタイミングが遅すぎ。
あまりに1品ずつが遅い。催促しても遅い。
常々飲食店に入る場合、ある程度の待ち時間も折り込んだ意識で構えるものだが、限界に近かった。
こうした店は無意識に今後の食レパートリーから外れてゆく。
かつて自分があちら側(店側)の立場だったこともあるが、料理の出し遅れているお客さんのテーブルは、配膳係として気になって仕方がなかった記憶がある。
厨房に入っても意識は同じだった。
どのお客さんが先に来店してきたのか、どのお客さんの品の順番で注文が入ったのか、自然と全部を記憶するもので、ある日ボーイ、ウエイターが順番を間違ってコーヒーを出そうとしていた時に、厨房から「順番違うよ」と注意したこともあった。
飲食店の受け入れ側とはそうしたものだと思っているが、悲しい店に遭遇することは稀にある。
深夜の電車に飛び乗り、GW前の本誌活版最終原稿を拝受。
帰社〜入稿後、5月後半発売本誌掲載のインタビュー記事の素材を確認し、デザイナー他関係者各位へメール送信。
GW中、一部の取材と入稿が残された。
投稿者 yonezawa : 00:44 | トラックバック(0)
2009年 04月 14日
Dave Matthews Band
必死で探していたデイヴ・マシューズ・バンドの『クラッシュ』やら、ミシェル・ブランチのファーストCDがラックを見渡しても見つからず断念。
デイヴ・マシューズは確かもう日本盤の契約がなかった(BMGをバンド側が契約更新せずに切った)と思うので、新作に関しては旧譜以外は輸入盤と言うことになろうが、これほどの技量とセンスを兼ね備えたバンドが、いまだこの日本で無名に近いと言うのが不思議だ。
Dave Matthews Bandはデイヴ・マシューズ(アコースティック・ギター)カーター・ビューフォード(ドラム)リロイ・ムーア(サックス)ステファン・レザード(エレクトリック・ベース)ボイド・ティンズレー(バイオリン)の5人からなるバンド。
正式メンバーにバイオリン奏者がいることがひとつの独特なサウンドのポイント。
本国米国では年間観客動員数全米一位だったり、プラチナ獲得等、実に派手派手の輝かしい歴史を刻み続ける存在ながら、おいらはこの日本では一桁の人としかこのバンドについて語り合ったことがない。
近年のジョン・メイヤーのDVD映像に、デイヴ・マシューズのテイストを少しだけ感じさせるニュアンスを感じ取り、今最もおいらの中での旬なミュージシャンは、ジェフ・ベックにジョン・メイヤー。ここで旧譜を聴き直すと、常にデイヴ・マシューズもランキング入りを果たしてくる。
村治佳織『パストラル』に聴き入り、ライナーにあった彼女直筆の文字までが洗礼されていることを思い出した。
今日は彼女の誕生日!
編集部にて、夕飯の出前のカレーを喰った後、恐ろしい程の睡魔に襲われ、身も蓋もない様相で椅子に座ったままふらふら船をこぎ出した。
人は何故眠らなければならないのか。
外の雨模様は深夜まで落ち着かず。
投稿者 yonezawa : 19:00 | トラックバック(0)
2009年 03月 24日
WBC決勝
花粉症の症状は、関西滞在の後半戦が特に最悪の状態で、早朝に何度か喉がカラカラで目覚めた。
鼻で息が出来ないせいで喉のコンディション劣悪。
2度寝、3度寝を繰り返しながら、宿泊ホテルのチェックアウトを済ませ、新大阪駅よりのぞみで帰京。
移動中もほとんど爆睡。車内が混み合わなくラッキーだった。
東京駅より直接編集部へ。
映りの安定しないワンセグで騙し騙しは観戦していたが、会社へ到着した瞬間、WBC決勝の日本×韓国戦は8回の攻防。
デスク回りを整理する間、9回には延長戦へと持ち込まれ、しかし最終的には延長戦のイニングを抑えきったダルビッシュの投球を見届け、見事2連覇を達成した日本チームの勇姿を確認。
投稿者 yonezawa : 19:17 | トラックバック(0)
2009年 03月 13日
臼井
駅構内に貼られたポスターに写った松下奈緒の瞳が確定申告を促している。
練馬西税務署を経由し、大泉学園経由で地下鉄へ。
乗った一車両内には、ざっとマスク着用の人が7人。次の駅で2人の着用者が乗り込んできた。
マスクの売上げはこの数年で確実に数倍の伸びを示しているに違いない。
夕方、JEFF BECK記事の再校正を戻せば、後は3月26日発売の週刊ヤングジャンプ17特大号を待つだけ。
4C1P+活版1Pのわずか2Pながら盛り込めるだけの情熱と情報を注入した。同日、YOUNG JUMPオフィシャル・サイトでインタビュー完全版を掲載。
スーパー編集者:Iの提案で、映画人:Y&Kと待ち合わせ、京成上野駅より千葉へ向かうことに。
京成線佐倉駅より1駅戻り、京成線臼井駅下車。
次週入稿となる映画記事案件の打ち合わせを理由に遙々この地までやってきた。
タクシーで3〜4分。イタリアン『CASTELLO』って相当有名らしいが、おいらはその情報をまったく知らず。
店のマネージャーとコース料理が運ばれてくるタイミングに色々話を伺えば、(他にも色々いらっしゃるのだろうが)キムタクとか井川遥等の著名人も常連さんだと窺い知る。
まぁこのテンションのイタリアンとなれば、都内でもなかなか遭遇しないと正直感じた。
ともかく、これほど丹念な料理を舌先で堪能出来たことは、今後の欧風料理に対するひとつの大いなる引き出しを得たのと同等。
20歳の頃のまま料理人を続けていたなら、きっと、もっと違った心の動かされ方をしていたろう。
19時30分に入店し、場所が場所だけに帰りの電車は22時15分頃の便に決めており、予定通り巧く電車に乗れたのはいいが、乗り継ぎを数回繰り返し、最終的に自宅の部屋に着いたのは24時45分頃。
臼井はえらく遠かった…
投稿者 yonezawa : 21:36 | トラックバック(0)
2009年 02月 2日
KUROZUKA打ち上げ
アニマックスで好評放映されたアニメ『KUROZUKA-黒塚-』のDVDが、いよいよ今月より順次リリースされる運び。
完成を記念して、アニメスタッフ及び全関係者の打ち上げが本日夜行われた。
少し遅刻はしたものの無事末席へとたどり着き、労いの空間を共有。
しかし、素人目にも相当過酷なスケジュールの中での作業だったハズなので、「本当にオンエアー日に間に合うのか?」と危惧した事も一度や二度ではなかったのだが、結果見事に(滑り込みの連発だったそう!)作品は万全の形で仕上がり、今日の日を迎えたとのこと。
それにしても駆けつけたアニメスタッフの人数の凄さに少し押されてしまった。
こんな大勢の方々の力が支えた末に、初めて作品が完成に導かれたと考えれば感慨もひとしお。
有名な声優さんらも会には参加され、めったにお会い出来ない異業種の方々を遠目から労った。
正味2時間程度、1次会へお邪魔し、地下鉄帰社。
終電を逃しながらデスク・ワークに終始。
投稿者 yonezawa : 23:00 | トラックバック(0)
2009年 01月 30日
THE PRESIDENTS OF THE UNITED STATES OF AMERICA live
午前から雨模様が鬱陶しい。
昨日決まった4C1P記事の〆切りがいきなり今日で、デザイナ:Tちゃんと四苦八苦しながら、レコード会社への中継を逐一行いながら記事構築に勤しむ。
本来、見開きを想定しておいた内容だったので、ボリュームを1/2に削除する作業を行い、関係者各位への了解を取るべく配信。
同じく本日入稿の、プッシーキャット・ドールズ記事もデザイナー:Tちゃんによる配慮あるレイアウトとして徐々に完成に近づき、本日入稿の運び。
SJ誌掲載の『黒塚』DVD&ブルーレイ告知記事コンセンサス原稿チェックで、ようやくこの記事が手を離れる。
夕方18時15分過ぎに一旦席を外し、昨年完全復活を遂げたPUSA(ザ・プレジデンツ・オブ・ザ・ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカ)来日公演の会場、恵比寿リキッドルームへ向かった。
彼らは90年代後半に人気を博したシアトル出身のバンドで、昨年の夏、FUJI ROCK’08に出演したその日、都内で初めてインタビューをした。特にドラムスのジェイソン・フィンは、地元シアトル・マリナーズ:イチローの大ファン。
ライヴは全体的に固めの音作りで、SGから放たれるファズ・サウンドも、相当固めの原始的サウンドだった。一切の小細工のない出音。
それは彼ら3ピース全員の楽器に言えた。たった2本のベース弦で飛び跳ねながら弾きまくるクリスの器用な演奏スタイルには思わず笑みが漏れてくる。
1STからの曲は半分以上歌える感じ。『ラジオスターの悲劇』はいつ聴いても大変なカヴァー名曲だ。
観客の合唱ぶりもすごい。
オールド・ファンに混じって若いオーディエンスもチラホラ目につくが、彼らはEMI移籍第1弾となった彼らの最も新しいCD『グッド・タイムス・ピープル』によって、新しく根付いたファンなのか。
ともかく、舌を巻くほどの演奏技術がありながら、シンプルな構成に拘り、おちゃめな演奏に終始するPUSA。リズムのタイミングはとんでもない間を有する奇特なバンドであることを再認識するのだった。
つくづく疾走感とグルーヴが突き抜けたバンドだ。
Chris Ballew クリス・バル- vocals, 2-string basitar
Andrew McKeag アンドリュー・マッキーグ- guitar
Jason Finn ジェイソン・フィン- drums
終演後、即刻帰社。
活版記事2P、4C記事1Pを入稿し、雨模様の中終電で帰途に。
最寄り駅に到着すれば、偶然同じ電車に乗っていたと言うS社:Sと出くわし、軽い立ち話。後セパレート。
夕飯のタイミングを逃してしまったおいらは、一人で駅構内の立ち食い飯屋へ飛び込み、うどんとミニ丼のセット・メニューを注文。深夜バスで帰宅。
投稿者 yonezawa : 19:18 | トラックバック(0)
2009年 01月 23日
まともにおさらい
S社担当のMよりプレゼンのあった2本の取材を決め込む。
彼女は現在懐妊中。今年の春頃に第一子を授かるそうだ。
近場の喫茶店で打ち合わせを兼ね子育て談義。天真爛漫でバイリンガルなMは、公私ともに全く危うさがなく大丈夫。
彼女が人生最大の宝物と逢えるのももうすぐだ。おめでとう!
DVD&ブルーレイ発売告知記事をこさえるのに、深夜23時過ぎまで時間を要してしまった。
余った出前の弁当を冷えた頃喰らい、なんとか終電までに帰宅するべく雑務を速攻で仕上げにかかる。が、時間微妙。
2週間前に一度セッションがあった以来、一度も復習する時間のなかったイベント用の楽曲。
この2週間、明日のリハーサルの準備が、まるで出来なかったのだ。
投稿者 yonezawa : 01:42 | トラックバック(0)
2009年 01月 8日
活版インタビュー原稿
出前のタイ料理:炒飯を喰いながら終始編集作業。
終電に間に合うように作業進行。
デザイナーの会社で活版インタビュー原稿を待つ間、世間話でパソコン周りのアドバイスを乞う。
明日は関東甲信地方は大雪なのだそう。
午前4時前、4Cレイアウト・データ送信を自宅で受け、最終校正の指示。
映画宣伝会社も完全バックアップで午前5時前には最終版を構築。
関係者の皆様、ありがとうございました。
投稿者 yonezawa : 17:14 | トラックバック(0)
2009年 01月 7日
怪獣化
怪獣化するのか、笑顔の天使のままなのか、起きがけのご機嫌次第で豪放磊落な個性を発揮するRちゃん本日のコンディションは、すこぶる好調。嬉しい。
さっきご飯食べたばかりなのに、おいらが遅れて食事(餃子中心のおかず)を摂り始めれば、強引に膝に乗っかり座り込んで、大好きな餃子を指さし催促。
6個食べるはずの餃子中、2個がRちゃんの胃袋に消えてしまった。
明日の、レコード会社との社内打ち合わせ時刻を確定させ、冷え切った戸外へ。
今日の風は冷たい。
2月より順次リリース予定のアニメ版DVD&ブルー・レイ『KUROZUKA-黒塚-』に挿入する告知チラシ初校をチェック。
遅めの夕飯には、新たなる大型企画(?)の打ち合わせを行うべく、杉並区へ精鋭編集総勢6名で移動。
明日は、ヤンジャン6号発売日。
昨年暮れ、あのsirポール・マッカートニー(The Fireman)に、なんと直メールでインタビューした記事が掲載されている。
投稿者 yonezawa : 19:32 | トラックバック(0)
2009年 01月 6日
Rodrigo y Gabriela in 渋谷duo
CD『Live In Japan/激情セッション』(Rodrigo y Gabriela in 渋谷duo)の曲間をよーく聴けば、子供の泣き声が聴こえる箇所がある。
この泣き声がRちゃんのモノなのか? 否か? ライヴに赴いた際、事実関係を知るおいらは微笑みながら拝聴した。
急遽、本日前倒しで掲載枠の決まった映画インタビュー記事の構築に必死。
昨年末に入稿の可能性もあった本企画だったので、取材日当日にテープ起こしからリライトと推し進め、原稿は1Pでも4Pでも対応出来る準備をしておいた。
そのお陰で、今回の再構築リライト原稿はわずか1時間強で仕上げることが叶った。
賛否は置いておくとして、ハリウッドのトップ監督の一人であるS.ソダーバーグが語ってくれた、ある意味映画とかけ離れたアウト・エピソードに興味深いものを感じた。
それにしても、手持ちカメラで撮影し、せこい映像を撮る者と、臨場感たっぷりの映像を撮る者とハッキリ別れるカラクリの妙は、今だ解明ならず。
ジャームッシュの手持ちカメラ、しかもHi8の映像が何故興味をそそり、ヒヤヒヤするのか、そのカラクリも言葉では説明がつかない。
<2つのチェ・ゲバラ>『チェ 28歳の革命』は1月10日より、『チェ 39歳 別れの手紙』は1月31日より、日劇PLEXほか全国ロードショー。
http://che.gyao.jp/
投稿者 yonezawa : 00:18 | トラックバック(0)
2009年 01月 5日
仕事始め
昼下がりのフロアはまだまだ閑散。仕事始めとなった本日5日、1週間ぶりの編集部へ。
デスク周りの雑用をやり始めたら、食事を摂らないまま午後8時を回った。
まだ掲載号の決まっていないインタビュー原稿をリライトしていたら、およそ1時間後、激しい睡魔に襲われ、初船こぎに入り出した思った矢先、訪れたインターネット・サイト外部スタッフによる新年のご挨拶で起こされた。
2009年がスタート。
ニュース・ソースで「世界初!クラプトン&J・ベック日本で共演」の記事を確認し、開催地がさいたまスーパーアリーナであることにやや脱力しながら、関係者各位へ情報収集。
25、25年ぶりの本格的な共演となる本公演はチケットの争奪戦が安易に想像されるところ。
歴史的な絵面になることだけは間違いなかろう。
投稿者 yonezawa : 03:33 | トラックバック(0)
2008年 12月 29日
閑散YJ編集部
編集部デスク周りの“整頓のツメ”と、雑務、さらには先日飛んでしまったメール・アドレス・データの補強もあり、夕方編集部へ。
ヤンジャン編集部には誰もおらず。
隣の編集部からは少しだけ声が聞こえてきた。
年始までには送りたい資料を詰め込んだ郵便物を2件送付箱へ。
大量のアドレス・データを自身にメール送信。
その他の雑務を終え帰途に。
途中、明かりのついた居酒屋等々の窓越しに見えるのは、大勢の人でごった返す忘年会客の様相。
24年前に遊びに行ったことのある、当時の友人のマンション前を通過しつつ、もう20年以上も連絡の途絶えたかつての友を回想。
新築だったそのマンションも、もう随分くたびれてしまったものだ。
疎遠になる者、新たに付き合いの頻度を増す者、会いたくても会いにくい環境同士の者。
一人、車中で思いが巡る。
最寄りの24時間スーパーで正月用の買い物。そろそろ遅い時間なのに駐車場が結構埋まっているのは師走ならではの景色か。
投稿者 yonezawa : 17:28 | トラックバック(0)
2008年 12月 9日
安い赤ワイン
漫画家:高橋ツトムの新オフィスは閑静な住宅街の高級物件。
連載の増えた師走激務の最中、庭の金魚の世話までこなす繊細ぶりで激烈連載中の原稿をバッサバッサと脱稿中。ご苦労さま。
昼、上がりたての最重要原稿をピック・アップし編集部へ。
夜、STと何年ぶりかのサシ飯へ。
欧州料理店:Gは先月10周年を迎えたそうで、店長のお薦めする新メニューを中心に、飲み物には「安い赤ワインを!」と注文。
この「安い」の言葉の裏に「美味しくて(安い)」と言う言葉が潜んでいることは言わずもがなだ。
食材の品目に不備はナシ。
店長:Nさんが超のつくブルース・ファン(マニア)であることを、今頃になって初めて知った今日は収穫だった。
店内では、デレク・トラックスのスライドと即座に判る、最新オールマン・ブラザース・バンドの3枚組CDが鳴り響いていた。
メチャメチャ美味い料理をばっこばっこと食した後、河岸を変え、木の子おばちゃんの店で再び赤ワイン。
STの推薦する四谷の初訪問バー:Hでも、さらに赤ワインを飲んだにも関わらず、明日の頭痛の予感がなかったのは、物件(ワイン)の質なんだと確信した。
熱烈入稿もさることながら、怒濤の忘年会週間へと突入。
投稿者 yonezawa : 12:54 | トラックバック(0)
2008年 11月 27日
風邪が流行ってます
朝、眠気バリバリの最中、伴侶の発熱により全員のご飯作成&夕食までの仕込みと、午前中から慌ただしい。
昼食の肉野菜炒め、トマト、ご飯、鰯のハンバーグを1時間かけて綺麗に完食のRちゃん。彼女最近生傷が絶えないものの、すこぶる元気で調子よし。床暖のせいか、唇が乾燥しているのを何とかしなければ。
Rちゃんお昼寝のタイミングを見計らい、編集部へ。
どういう訳だか誕生日を1日早く勘違いした複数の仲間からの「おめでとう」メールが相次ぐ。
明日でまた一つ年を重ね、来週はRちゃんもまた一つ年を重ねる季節がやってきた。
便で届いた来年2月以降にリリースされるDVDの特典映像をチェック。
2本のインタビュー記事の載ったYJ見本誌を確認し関係者に送付。
S社からはラフミックスの某凄腕ミュージシャンの音源が到着。
来月、この素晴らしきミュージシャンのレコーディングにお邪魔する予定。とても楽しみだ。久方ぶりの、“異種格闘技”の予感。
ダイアー・ストレイツの紙ジャケHMCD到着。U社:S氏に感謝。
年内、やること、新たなる案件、山積み。自業自得。成せば成ろうよ。
投稿者 yonezawa : 20:24 | トラックバック(0)
2008年 11月 24日
Kaiser Chiefs
雨。
見通しの悪いコンディションの中、車で編集部へ。
雑務を残しつつ、都内某所にて来日中のカイザー・チーフス/インタビューへ。
複数の取材陣の待機と遭遇しながら、ヴォーカル:リッキー・ウィルソン、ベース:サイモン・リックスの2人へのインタビュー、やにわに開始。
彼らにはまだおどけなさを感じてしまう辺り、もう大した世代の違いを認識する場面ながら、ともあれ前進のアクションを継続するバンドが魅力的であることに間違いはなし。
撮影時の驚きのトラブルを回避し、フレンドリーなバンド・メンバーに別れを告げ、再び車で帰途に。
井の頭公園の混み具合が酷く、街道に入ってから1時間もかかって地元方面の西友へ到着。
雨で買い出しに出られなかった分の夕飯の買い物を済ませ帰宅。
晩飯はハンバーグ。
連日報道される「元厚生次官宅襲撃事件」の闇は未だに解明されず。
日頃、「踏襲(とうしゅう)」を「ふしゅう」、「未曾有(みぞう)」を「みぞうゆう」、「頻繁(ひんぱん)」を「はんざつ」、未確認ながら「前場(ぜんば)」を「まえば」、「有無(うむ)」を「ゆうむ」、「詳細(しょうさい)」を「ようさい」っと読み間違えないよう、自身も気をつけねば。
投稿者 yonezawa : 02:41 | トラックバック(0)
2008年 11月 20日
世界で一番格好良い男
机の前に座り、いくつかの取材案件の材料をその日のうちに、一気にまとめてしまおうと思い作業に取りかかると、時間経過はあっとう間。
かつてジョン・レノンに「世界で一番格好良い男」と言わしめた男。
生きていたら80歳。
07年10月8日、没後40周年式典や追悼式典がキューバのサンタクララなどで行われたのが、あのチェ・ゲバラだ。
周りの景色は何も目に入らないまま、結局午前4時までのデスクワークとなった。
投稿者 yonezawa : 02:42 | トラックバック(0)
2008年 10月 27日
明月黒
午前7時起床。
ここのところ、おいらにすれば早起き連続。
7時30分、ママとRちゃんを駅まで送り。
8時の高速バスで羽田へ向かい、彼らは機上の人となった。
帰宅して家事に勤しむ。生ゴミと空き瓶、空き缶を廃棄し、食事に肉野菜炒めと豚汁。
賞味期限切れの調味料を確認すれば大量に出てきたので、ドンドコ廃棄。
気がつけば、もはや中堅編集者となったKと遅い新宿飯。
折に触れて漫画談義を交わしてきたKも、もうこんなに大人になっていたのだなぁ…と感じさせる感慨深い局面が何度も訪れ、杯が進む夜更けであった。
お開きの後、1人ゴールデン街。先日誕生日を迎えたばかりのSTとマスターらと軽く数杯。
ここのお店は、親父が死ぬまで飲み続けていた「明月」を常備してくれている奇特で温かいお店だ。
投稿者 yonezawa : 08:06 | トラックバック(0)
2008年 10月 21日
疲弊
来週、再来週の際立った行事と、混沌とする目の前の仕事の折り合いをつける作業に時間を費やされる。
1通のメールを打つのだけでも大した労力をかけざるをえない。
午前5時30分UPの原稿を受け取り帰社。
今年一番長く朝まで編集部にいた日だったかもしれない。
すべての入稿を終え、帰途についたのは午前8時。撃沈。
投稿者 yonezawa : 00:59 | トラックバック(0)
2008年 10月 14日
日本中が忙しい
依然として1人花粉継続中。
amazonからの注文品を拝受。
AC/DC記事初校チェック。いくつかの案件を確認する中、不誠実かつ不条理な対応を見せた某社某人に憤りを覚えるが、この件はしばらく忘れないよう懐に仕舞い込む。
デスクで喰らう出前のキーマカレーが胃袋に重く浸透。
今月の残りの予定もほぼ埋まりつつあり、いつ誰と食事をするのか決まった。
携帯電話とメールの時代になって、誰もかれもが日程がせわしないことになった気がする。
昔は、よほどの大人数でなければ呑む店も行き当たりばったりだった。今では2人で食事をするためにも予約をしなければ、抜き打ちで行っても入れない場合が多くなった。
景気回復の兆しは皆無のくせに日本中が忙しい。
終始デスクワーク。
午前3時30分、原稿拝受。帰途のタクシーの車中で和田ラヂヲ先生と久々に情報交換。たまにはメールじゃなくて話をしないかん。
午前5時過ぎ帰途に。
投稿者 yonezawa : 14:28 | トラックバック(0)
2008年 10月 9日
『クエスト:探求者たち』#1映画監督 北野武
WOWOWで放映された「『クエスト:探求者たち』#1映画監督 北野武」鑑賞。(監督:篠崎誠)
映画監督で大学教授で身内の篠崎誠ちゃんは、今年のベネチアにも密着していたのか。羨ましい。
このドキュメント番組を撮った旨は本人から伺っていたが、それなりにポイントを押さえての撮影だったことを、映像を観て初めて知った。
“ビートたけし”が映画監督“北野武”として衝撃的デビューを果たしてから、今年で20年の歳月が経過していた。
オイラが初めて北野監督へインタビューしたのが、1996年のことだからもう12年も昔のことだ。
1997年のベネチアへ同行し『HANA-BI』の金獅子賞受賞の瞬間を目の当たりにした。翌1998年『菊次郎の夏』の撮影全行程へ密着。1999年には同作品を持ってカンヌ映画祭へ同行〜っと、最も武さん熱にうかされていた彼の日を思い出した。
今でも心の中ではあの日と変わらないテンションで已然として発熱中だが、北野監督のことを永遠に見つめてゆきたい気持ちは、「オールナイトニッポン」やら「ひょうきん族」などで、その価値観に気づかされて以来、なんら変わらない。
昼下がり、駅ビルで見つけたバッグを購入し、九州の義母へ宅配贈呈。
楽器屋を経由し、コミックス原稿を引き上げ帰社。
終日デスクワークで、晩飯は出前のオムライス。
渾身のAC/DC記事、9割方完成。嬉しい。
深夜までの業務に一区切りをつけ、帰宅後、自宅でメロディックスピードメタルバンド:ドラゴンフォースを拝聴。
来週にはラウドパークで来日する彼らへのインタビューを控えているので、なかなか疎遠だったこの手のジャンルの音楽を自分なりに租借しておこうと努力&準備。
レコード会社担当者の強いモチベーションで引き受けた取材というのも、歴史的にいくつかあるが、色眼鏡はいけない。ギターの音色をきちんと聴き込み、真摯に向き合おうと思っている。
投稿者 yonezawa : 12:00 | トラックバック(0)
2008年 10月 7日
花粉症的劣悪コンディション
昨日1日の花粉症的劣悪コンディションはきつかった。
パソコンを1行タイプする度に比例して鼻をかんでいた感じ。
鼻炎の者が周りにもチラホラいるが、あれも花粉症なのか? 巷では流行っているのか? おれだけなのか?
ほんのりと微熱な様相に陥り、完全に病気の一種という自覚症状。もう何年にも渡って。
親父の仕事は杉の木ですらものともせず、バッサバッサと伐採する気質のマタギの木こりだったはずなのに…。
その親父も晩年は驚きの花粉症になってしまったので、やはり世間で言われる通り、コップに水を注げばやがて溢れる様に、花粉免疫許容のコップが満タンになったら、症状が勃発するものなのか。
どうでもいいが、何が哀しいでこんな力を入れて呼吸をしなければならんのか。
今朝も鼻腔がむず痒いが昨日ほどの酷い有様ではなかった。そうだと寝起きにとても安心する。
午前中からRちゃんとプチ格闘し、「ばぁーちゃん、ばあーちゃん、げんきぃ?」と言わせた最新動画を母親携帯へメール送信。もう誰に何を言われようが馬鹿親まっしぐら。
ギター・ショップへ寄り、ストラップ、弦、ピック・フォルダー等の撮影小道具購入。
記事構築にしこしこデスク・ワーク。遅めの飯にTさんと神楽坂。雨が意外に激しい。
帰社し、午前0時上がりの原稿拝受。勤勉入稿で午前2時にはオール完了。
今朝の、俳優:緒方拳の訃報には驚いた。
投稿者 yonezawa : 20:51 | トラックバック(0)
2008年 10月 6日
覆麺〜Where The Light Is:John Mayer Live in Los Angeles
(知らんけど)売れっ子芸能人並みの、おいらにすればたったの4時間睡眠で午前7時起床。
シャワーを浴び、外出の支度を済ませ都心へ向かう地下鉄へ。
こんな日は、1日のうちのどこかで必ず居眠りする場面が来る。
昨日から降り続けている雨なのか、小雨は延々続いている。
午前8時過ぎに新宿へ向かう地下鉄は、激のつく混み具合。こんな時間に毎日通勤されるサリーマンの方々の、果てしなき苦難と大きな労力を改めて窺い知る。
先ちゃんが昔描いた、乗客がギチギチに詰め込まれた電車車両の一部をゴジラがひょいとつまみ上げ、軽く火で炙って(確か)「人間の踊り喰い」と言って頬張る良く出来たシニカル・ギャグを思い出した。
東京の心臓部を経由し、所用を済ませ、午前11時過ぎには編集部へ。
夕べも遅くまで仕事だったせいで、今日が週始めの感じがしない。
![]()
編集部界隈の「覆麺」へ。
入口にはこんな覆面があり、店員の2人は覆面を着用。厨房の正面部分には、「日本語はよくわかりません!ゴメン」という張り紙が貼ってある。
時折、「了解」的ポイントで意味不明の「アンガーラ」という言葉を発する。味玉覆麺を食した。麺の量が多い。昼下がりだったので、少しだけ人の待ちもあったが、次回自分がまた行く気になるのか、今日の気分では判らない。早起きをすれば、いつもとは違う時間に思い切り腹が減るものだ。人間って現金だ。
昨日入稿した漫画原稿の校正刷りを速攻確認。
仕事の手を止めないまま、デスクで『Where The Light Is:John Mayer Live in Los Angeles』を聴く。John Mayerは上手いな。テクニックもそうだが、何もかもが上手い。
小憎らしい程にそつなく、さらりとクールに弾き歌いこなし、嫌みもない。
これほどのバランスを有したシンガー・ソングライターはそうそう出会えない。ギタレレ弾いてるかな? 次回は前回よりもっと音響のよいホール(エンジニア)で聴かせてほしいぞ。
デザイナーの告知ページを待つうち、宣言通りデスクで軽くオチる。
出前のカレーを喰って満腹。眠い極地。今日はもうだめ。
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2008年 08月 29日
雨
昼間、地下鉄:表参道から地上へ上がり、晴れ渡った戸外を徒歩で10分少々歩くだけで汗が。
デザイナー:K氏との打ち合わせ、およそ2時間。
再び地下鉄で編集部へ帰還。
出前の弁当で空腹をしのぐ頃、気がつけば外はすっかり雨模様。室内にいるとニュースでの映像にホント驚く。
辺りはさっきから稲光の閃光が駆け抜け、雷がごうごうと鳴り響いていた。
書籍:ジェイク・シマブクロ『風の名前』到着。
毎度お世話になる(株)S:Kazyのコメントもしっかり掲載されてた。
駅前のタクシーは長蛇の列。雨じゃなきゃ徒歩帰宅したかったな。
投稿者 yonezawa : 03:05 | トラックバック(0)
2008年 08月 25日
Strangest Places
Abra Mooreの『Strangest Places』は大変な傑作だったが、日本でのリリースがなかったせいか、おいら以外にこのシンガーを知っている人には出会ったことがない。
そのアルバムはもう10年ぐらい前に購入したのだが、どういうわけだが彼女の他のアルバムを聴くという発想に、つい先日まで至ってなかった。
調べれば何枚かのオリジナル・アルバムをリリースしており、DVDに特典映像のあるアルバムで初めて彼女が動く姿を拝見した。
ともかく、『Strangest Places』でのバンド・アンサンブルは、ノラ・ジョーンズとかジョン・メイヤーで聴かれる種類の、絶妙で秀逸なアレンジの妙を見出すことが出来る。
不思議なことに、日本のレコード会社が契約しなかったミュージシャンなのだろう。
昨日から、まるで梅雨のような雨模様。
打ち合わせ先の、清澄白河へ向かう。徒歩で作家宅を目指すと、到着したら汗だく。
電車内の冷房で冷えるせいもあり、薄い長袖を着ているのだけれど、歩くと汗が出てくるし、バランスが難しい。
幾つかのインタビュー原稿のリライト作業にデスクワーク10時間強。
麻婆豆腐丼の出前を喰ってパソコンの前からほとんど動かない1日。
今週、来週、再来週と重要取材が目白押し。
午前5時にひとまず区切りを付け、帰宅の支度を。
投稿者 yonezawa : 03:09 | トラックバック(0)
2008年 08月 6日
円満退職
先月、S社を円満退職されたYさんのニュースは、S社社員よりも随分遅れて知ることとなった。
S社の社員でないおいらは社内報なるものがチェーンメールで配信されてこないので、こうしたタイム・ラグが生じてしまった。
Yさんは引き続き嘱託として勤務されているのだが「なんだYさん、一言言ってくださいよ!」と、情報を得た翌日にYさんデスクへかけ寄った。
その日、Yさんのスケジュールを窺い、おいら仕切りの飯会を開催する運びとなり、ついにその日(今日)がやってきた。
水道橋『量平寿司』で、Yさんをかつてのボスに持つ売れっ子写真家:K、T、W、そして編集者のボス:Hさんも駆けつけてくださった。
楽しい席だ。
Yさんの饒舌ぶりには笑ってしまったが、まさしく速射砲のように語れる、実に遠慮のない意見はすがすがしいほど。裏表のないYさんの有り様が気持ちよい。
二次会は何も考えてなかったのだが、とりあえず場をゴールデン街へ移し、えらく混んでたHで乾杯。
更にYさん提案の飛び込み一軒を経由し、午前4時におひらき。
最後まで残ったHと〆のラーメン(泣)。Hさん、ラヂヲごめんなさい。
投稿者 yonezawa : 13:29 | トラックバック(0)
2008年 08月 5日
レッドクリフ
午前10時30分過ぎ、出発。
もより駅から地下鉄大江戸線を経由し、目的地駅で下車すれば、取材先のホテルまで雨に濡れることもなく辿り着くことが出来る。
そのせいで、熱帯のスコールみたく激しい豪雨の様相にも気づかないまま、静寂な48階のスイートルームに登り詰め、ガラス越しに広がる薄暗い灰色の街並みを改めて眺めていた。
スチール用のカメラとは別に、自前のDVカメラをセッティングし、テレコ2台にマイクをセット。
オンタイムで漫画家:本宮ひろ志先生、到着。
15分後に、映画監督:ジョン・ウー、到着。ジョンン・ウー監督は映画『レッドクリフ』(11月1日公開)プロモーションでの来日だ。
なんと、日本漫画界の首領:本宮先生と、映画界の良心:ジョン・ウーとの“漢”対談が実現する運びとなった。
先週の閃きが、こうして実際に成就することになるとは、企画した当のおいらも正直、感激の戦慄を覚えている状態。
本宮先生とは、もう17年くらい前になるだろうか。
当時、先生の会社で発売したファミリーコンピュータ用ロールプレイングゲーム・ソフト『おたくの星座』(ストーリー:本宮ひろ志、キャラクターデザイン:江口寿史)の取材時に、今日と同じようなインタビューを行った以来。
ジョン監督とは、2004年3月13日公開の映画『ペイチェック 消された記憶』取材時のインタビュー以来。
ヤンジャン本誌で長年執筆される本宮先生だが、ご本人を目の当たりにすると未だに緊張感が背中を駆け抜ける。個人的には北野武監督と同じ質の匂いを感じる時がある。
04年の取材時以降、暮れの時期に一筆添えてお送り下さるジョン監督からのクリスマスカードが、今も我が家の家宝となっている。
受け取った時の、あの感激は忘れられない。
対談に関しては何をどう決めていたわけではないものの、本宮さんの振った言葉に対して、饒舌なジョン監督の回答が帰ってくる。
交わされる言葉を自分なりに咀嚼しながら頷き、まさに同世代の2代巨頭のツーショットを目の当たりにしているおいら自身の幸運を感じ取っていた。
取材は異例の85分。インタビュー対談&撮影を滞りなく終え、ジョン監督と労いの握手を交わし、部屋を後に。
ロビー階ラウンジで本宮先生を囲み、初めてあんなに長い時間、談笑する機会に恵まれた。
漫画でも政治でも映画でも小説でも、本宮先生の睨んだ見解は実に的を得ており、胸のつかえが取れゆく感覚。作品を読めば一目瞭然ながら、あまりの博識ぶりに感激し、かつて本宮漫画一のファンだった自分のことを思い出していた。
この機会に、中学時代においらが『硬派銀次郎』一色であったことをカミング・アウト。
実に有意義な時間だった。大先輩のお2方には最大の感謝。
夜、JR中野駅では、落雷による電気系統のトラブルで運行の復旧が遅れ、電車が立ち往生を喰らっていた。ホームはいっぱいの人で溢れかえっている。
遅れに遅れて到着した電車は、すでにすし詰め状態。通勤ラッシュ時の状態で、とても乗れる様相にあらずと判断し、直ぐさま改札を抜け、タクシー乗り場へ移動。
しかしココも激しい長蛇の列。もう最悪。
街道へ徒歩移動し、駅からおよそ500Mほど離れた抜け道で巧い具合に流れてきたタクシーを拾い、吉祥寺で先ちゃんと待ち合わせ。
今日の、本宮さん・ジョン・ウーのエピソードを口火に、やがて話は本題へと突入していった。
投稿者 yonezawa : 02:15 | トラックバック(0)
2008年 07月 28日
明後日への静けさ
あー、延々デスクワーク。腹が減らないので晩飯も喰わんまま1日中デスク・ワーク。
冷房の効いた部屋に四六時中いるので、外気の熱気をそれほど知らないまま1日が終わった。
iTunesに10数枚のCDを読み込ませた。ここのところ、聴くより(ジャケを)見るより先に読み込ませる作業が先で、ジャケの印象を得ていないまま読み込ませるので、改めてiTuneを立ち上げた時、何のCDなのか一瞬判らない時がある。
聴かねばならぬ音源は今日も膨大。
一人の飯ほどせっかちに速攻性を求めるもので、またしてもラーメンだと編集者のHさんとか漫画家のRadio兄とか、音楽家のT等に「また喰ってるよ、この人!?」と突っ込まれるので、松屋のカルビ丼に落ち着く。意味合いはあんま変わらんか。
わびしい一人飯に所要時間わずか10分。
ここのところ、ゆったり語っていなかったおふくろに電話しながら、深夜、我が家までの道中を徒歩帰宅。
電話をかけて正味20分くらい歩いたろうか。自宅近くになってきた頃、有酸素運動と化したのか、ほんのり汗が滲んできた。
帰宅し、静まりかえった部屋の電気を点けて、即シャワー。
昨日の洗車による筋肉痛がまだ来ないのは、明後日への静けさなのか。
投稿者 yonezawa : 14:29 | トラックバック(0)
2008年 07月 21日
西野カナ×RIZE
午前2時を回った頃、女性ヴォーカリストだけの曲を集めたCD-R作成。
明日の取材準備をカマし就寝。7時起床。8時自宅出発。
9時過ぎ、都内某ビルで行う若き女性シンガー:西野カナ撮影のロケハン開始。
建物内数カ所の撮影ポイントを絞り込み、合理的なる進行を睨み、11時を回った頃、撮影開始。
西野カナは16歳の頃、約40000名の応募があったというオーディションを見事制し、その1年後の2006年、メジャー・デビューを果たしたシンガー。
以前、他メディアで見た姿より、我々の前に現れた彼女はとてもスレンダーでシャープなイメージだ。
朗らかで、ほのかに温かい雰囲気に包まれた彼女が、得てして現場のムードメーカー。
シャッターが切られる度、ナチュラルで表情豊かでキュートで美しき写真が、1枚1枚連動させたパソコン・モニターに記されてゆく。
その姿に、シンガーとはまた別ベクトルのプロフェッショナルな一面を感じさせた。
成長とは素晴らしく、成長を努力する者は例外なく美しい──
最終カットを取り終え、モニターでセレクトした写真から更に厳選したテイクを確認。カナちゃんは長丁場の撮影を、よく踏ん張りました。Thanks!
関係者の皆様方、ご苦労様でした。
撤収後、速攻編集部へ帰社。
上がった漫画原稿20枚の入稿を終え、一路新木場スタジオコーストへ地下鉄移動。
ロックバンド:RIZEツアー・ファイナルの雄姿を目の当たりにする。
ジェシーは前回取材の時からは随分髪が伸びており、髭を蓄え、無敵の無国籍ギター&ヴォーカリストと化した。
伸びきった髪の毛をぐるんぐるんと振り乱し、パワフルな怒濤のフレーズを決め込むKENKEN。
出音がシャープに炸裂しっぱなしながら、プレイに対して常に冷静沈着な、あっくん圧巻のドラミング。
ついにトリオとなったRIZEのポテンシャルは、常に最新ライヴが頂点だと言う確信を抱かせる。
彼らの勢いとすこぶる技量を凌駕しうるロック・バンドを、そう簡単には思い出せない程だ。
あんなに明確で潔くて気持ちよいラップはジェシーにしか成しえない世界感であり、世界でただ一つの表現手段だと固い信念を持つ。
コンサート後、「これほど練習したことはないよ」と語ったあっくんの言葉に、ツアー直前から3人編成になったRIZEの様々な葛藤や、万全の布陣でライザー(RIZEファン)に対する回答を約束する彼らの熱い決意が感じられた。
「いつもいつも、ありがとうございます!」とステージ上の豪放磊落な出で立ちとは打って変わった、まるで少女のように、すんだ瞳が印象的なKENKEN。
「めちゃくちゃ緊張の真逆の感じでさ」と、ファイナルをとんでもないテンションの渦に導いたジェシーの有する軸の太さを、また一つ心に刻んだ。
写真家:Tと地下鉄で新宿へ。
馴染みの居酒屋姉妹店が軒並み全滅(臨時休業[泣!])で、焼き肉屋:長春館へ飛び込む。
たった2杯の緑茶杯で、今日1日の充実感と、手応えと、疲労感に包まれる体感温度を自覚ながら電車帰宅する、アイドリング中のおいらであった。
投稿者 yonezawa : 14:36 | トラックバック(0)
2008年 07月 14日
SCREW DRIVER
入稿原稿を確認しながら、色校正をデザイナーに中継。
明日渡米し、現地で某ミュージシャン・インタビューを行うレコード会社スタッフへ委ねた質問状、送信完了。
今月取材のある日程の再確認。
取材が立て込めば、前日に何度も時間と場所を確認しなきゃ、どうにも自分が信用ならない。
珍しく終電より早い電車に飛び乗り、おいらにすれば早めの帰宅を心がけようと思っていた。
ふと電車内で、買い換えたばかりの携帯を見れば、登録しかけたままになっていたフリーランス編集者:Tくんのアドレスが。
「彼は、確かおいらと自宅も近かったハズ…」と以前の記憶を頼りに、帰途の道中の脚を止めないまま、ダメ元でお誘いのメール送信。
身内だけで行った、ボクシング世界チャンピオン:新井田豊選手の祝勝会がTくんとの初対面の席だった。
速攻で返信されたメールへ数回のやりとりを行えば、どうもおいらの歩くところから徒歩2分圏内のバーで、海外在住のライターと飲んでいるのだと言う。
編集者の勘か、ここは四の五の言わずにとっとと合流すべし! という意識の元、言葉通り2分前後で現地バーへ到着。
このバーは、何年か前に先ちゃんと訪れた事のある店だ。
この勘は正解であった。
Tくんの連れ:ライターIくんは、海外より帰国のタイミングとの事。
彼の人となりを伺ううち、徐々にとても心地の良い空気が流れるのを関知し、思わず思考の赴くまま、大いに思いの丈を語り合ってしまった。
海外を拠点に活躍され、自身が睨む世界を貪欲に探求する者には、有名無名に限らず奇妙な魅力を抱かされてきた。
彼のたたずまいは、ある種のピュアネスさを抱かせ、同時に潔さのようなものを感じさせた。
肩肘の張らない人、肩肘の張らない酒、肩肘の張らないエピソード…これらが合致した時、わき起こる場の空気は、貴重で奇遇でかけがえのない良質の混沌を産み出す。
出会いこそ人生也。
投稿者 yonezawa : 00:56 | トラックバック(0)
2008年 07月 9日
屋外の風
レコード会社との打ち合わせでトリプルヘッダー。
夕方、渋谷円山町界隈のクラブで、来日中のクリスタル・マイヤーズのショーケース観戦。
終演後、速攻で六本木へ移動。
「こうしてゆったり語ることは、果たして何年ぶりになるのだろうか?」と想像しながらY氏、初飯となった編集:Oと待ち合わせた。
遠巻きに見る東京タワーの光が心地よかった。
屋外の風にあたりながら、積もる数年間の近況を、かなり包み隠さず語り合う。
終電頃のタイミングで健康的なるお開きとなり、再びの再会を約束し帰途に。
投稿者 yonezawa : 00:55 | トラックバック(0)
2008年 07月 4日
Bar STOP
飲め飲め団:団長は、諸事情の経緯あって現在8ヶ月間以上、禁酒を貫いている。
しかし飲んべぇの心情を最も理解されている方なので、おいらのように飲み汚い輩の誘いにも、ノン・アルコールで最後までお付き合いくださるのだ。
何年経過しても頭の痛い悩みの種が運命のようにつきまとう。
何もかもぶっちゃけつつ思いをぶつけ、語らいの場を演出してくださる周囲の方々の距離感が嬉しい。
デザイナー:Mちゃんに、編集:Y、MKらが順次合流し、賑やかなカウンターの面々と集い、夜が更けた。
投稿者 yonezawa : 12:37 | トラックバック(0)
2008年 06月 30日
上半期終了
2008年上半期終了。
デザイナー:Mちゃんと近況情報交換。
銀座:Gはここら辺の相場価格よりも1/2、あるいは1/3程度で収まるような良心的な飲食店。
かつてこの店のカウンターにいた若き板前:Sはもういないが、他店で修行中の彼を連れ立ち、今度は客としてここへ遊びに来る日もそう遠くはなかろうと信じている。
ゴールデン街の重鎮:ゆうじさんに紹介され、初めて訪れた新宿三丁目のSはオープンしたてのバーで、実に心地よい雰囲気を醸し出す良質物件であった。
帰宅後、今週取材の材料を整理しつつ居眠りをこき始めた深夜、床につく。
投稿者 yonezawa : 04:16 | トラックバック(0)
2008年 06月 26日
The Nanny Diaries
映画『私がクマにキレた理由』鑑賞。
シャリ・スプリンガー・バーマン&ロバート・プルチーニという、実はよく知らない監督なのだが、“スカーレット・ヨハンソン主演”っと言う、謳い文句に導かれた。
今をときめく23歳の女優:スカーレット・ヨハンソンは、先頃なんとアルバム『Anywhere I Lay My Head』をリリース。
アルバムは、すべてがトム・ウェイツの楽曲10曲をカヴァーした内容となっており、デヴィッド・ボウイもヴォーカルで参加と、さすがに豪華。
本人のヴォーカルはというと、プロツゥールスの恩恵による部分も大きいのではと即座に想像させた。ただ楽曲にトム・ウェイツを選択する思い切りの良さをして、ただ者ではないオーラをビンビンに放ってはいた。
映画は『Match Point』のようにときめく内容ではないものの、良き意味で想像通りの印象。公式サイズが身長163cm/体重54㎏とあり、やもすればとたんに太ってしまいそうな体型が彼女の大きな魅力の一つのであるのかもしれない。
“Nanny”=子守り。つまり“ナニー”とは、ベビー・シッターを指す単語であることを初めて知った。
試写会後、フリーの編集者:MKと待ち合わせ。今月前半渡米した、彼女の海外取材エピソードを伺い近況を語り合う。
投稿者 yonezawa : 19:48 | トラックバック(0)
2008年 06月 24日
京王線:国領駅
昨日夜、京王線:国領駅下車。現在、『コミック乱』にて『御誂 人情幕ノ内』を連載中の漫画家:昌原光一と久々の再会を果たした。
彼は、20年以上ビッグコミック誌に執筆される『総務部総務課 山口六平太』の作者:高井研一郎を師匠に持つ。
この日、奇遇にも先生&担当編集者と共に、仕事後軽く一杯やっている席に合流する形に。
その昔、国領駅の隣の駅:布田にあった「武蔵野音楽学院」というスクールに2,3日だけギターを習いに行った事を思い出した。
たった2,3日で辞めたのは、習って初めて理解した「習う意味を見いだせなかった」理由によるものだった。
この辺を通過すると、いつも彼の日のことを思い出す。
丁度、単行本の表紙を描き上げた高井先生による“恒例マジック”を酒の肴に、爆笑の一時が贅沢で嬉しい。手塚先生の手伝いをなされた時のエピソードの感慨深さ。
日本が世界に誇る大天才にして努力家、あの手塚先生が、当時どういった用紙に執筆されておられたかのレア証人談が実に興味深い。
高井先生は赤塚不二夫作品の、多くの主要キャラのペン入れを担ってこられた方でもある。
当時のスクリーン・トーンは粘着力が強すぎ、剥がすと紙ごと剥がれてしまうぐらいの悪精度だったそうだ。剥がすための液体状の道具も勿論ない時代の頃。
歴史に残しておくべき素晴らしき生き証人の語らいを間近に聞く機会を得られ、嬉しさと感激でいっぱいだった。
昌原の連載も好調。インターネットにある某書き込みにも嬉しい件を発見し、あの作品に興味を持って連載に導いてくださった他誌編集者にも感謝の気持ちでいっぱい。
終電を無くしてしばらくした頃、早めのおひらき。
バー(2F)の1Fにあった“良さげ”なラーメン屋に惹かれ一人飛び込み、塩ラーメン。
醤油ラーメンのつもりが、おいらの前に常連らしき男が券売機で買ったのが塩ラーメンだったので、急遽塩ラーメンに切り替えたのだった。安直にしてスリリング。
その男、席に着くなり「麺固で」と付け加えたので、おいらもそのまま真似して「麺は固めでお願いします」とピタリと後に続いた。
博多のFから矢継ぎ早に届く携帯メールに、律儀に返信しているうちに塩ラーメン到着。
一口、二口食す。…??? なんら至って普通の塩ラーメンであり…。
完食し、トイレへ。
入って驚愕。なんと内鍵が、あの懐かしい?形のバーを輪っかに通すタイプの、実に昭和なヤツなのであった…まさに便所の鍵。
本日午前起床。
Rちゃん1歳半検診のため、かかりつけの病院へ。
入稿、日付が変わって終了。
投稿者 yonezawa : 15:08 | トラックバック(0)
2008年 06月 17日
最終電車
神楽坂:出島で夕食1時間。
総武線で原稿取りに伺い、東西線最終電車で帰社。
入稿後、編集:Tに誘われ、T行きつけの新宿のバーへ飛び込むと、大先輩編集:Sさんがカラオケ熱唱中。
思いがげないメンバーで、河岸を変え梯子酒。
思い出したのだが、おいらはSさんに色々と仕事に関する質問があったのだった。
先日、別部署に異動となった編集:Yも交えた3人飲みを次回是非、実現させましょう! と、次回酒宴の約束を交わし、しらふで帰宅。
投稿者 yonezawa : 03:07 | トラックバック(0)
2008年 06月 16日
JOHNNY D GOOD
友人で映画ライターのむーちゃん(佐藤睦雄)がジョニー・デップのムックをリリース。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4862141919/
mouviebuffchr-22/ref=nosim/
この書籍はおいらが語るよりも本人のコメントが正確無比なので、mixiの彼の記述をそのまま無断転載↓。むーちゃん、献本感謝!
昨日、パークハイアットでディアブロ・コーディを取材したあと、紀伊国屋書店(新宿本店)で平積みされているのを見ました。銀座の書店にもいっぱいありました。赤い表紙は目立ちますね。
Amazon.co.jpにも追加注文分が入ったようで、即日配送できる態勢になったようです。
『JOHNNY D GOOD!』は、ジョニー・デップの魅力が詰まったオールカラーのピクトリアルムックです。写真がいっぱいです。
写真は全部で152点ほど(アンド佐藤友紀さんお借りした写真1枚)。
GETTY IMAGESのWIREIMAGE4600枚、AFLO FOTO2500枚から選びました。
映画スチルは全て、膨大なTHE KOBAL COLLECTIONから選びました。
本当はもっと使いたかったけど、予算限度額いっぱいでした。
ジョニーの監督作『ブレイブ』などの扱いが少なくなったのが残念でなりませんが。
ジョニー・デップの場合、イメージをエージェントとマネージャーが徹底的に管理しておりまして、使いたいポートレイト写真があっても、申請して許諾を得るまでに半年なんてザラで、本当はもっと使いたかったカッコいい写真があったのですけど、あきらめたものもあります。
グラフィックデザイナーは『SWITCH』のADだった山下リサさん。膨大な数の写真をカッコよく並べてくれました。
編集してくれたのは堀香織さん。面倒な編集作業に勤しんでくれました。
『DVDでーた』でジョニーの小冊子を書いた時の担当、平井万里子さんには逆に「A to Z」(小辞典)をお願いしました。
3カ月間ぐらい毎日ジョニーの写真を見たし、DVDをチェックしていました。
その軌跡をたどる試みは、ジョニー・デップの俳優人生を一気に目の当たりにする楽しさがありました。
書店でお見かけしたら、ぜひ手にとってパラパラながめてください。
文章をほぼキャプションっぽくし、1回目は写真集として、2回目は読み物として楽しめるようにつくりました。
投稿者 yonezawa : 12:24 | トラックバック(0)
2008年 04月 25日
Daniel Powter
ダニエル・パウターの新作リリースまでにはあと数ヶ月かかるようだが、先日の試聴会で、最終ミックスを残す1曲以外の全曲を拝聴。
アレンジや楽曲の方向性は認識出来た。1st.に続く新作は、やはり優しくてせつなくて正直で軽快だ。
午後、都内某所でダニエルと1年半ぶりの再会を果たした。
小一時間の取材時間の中、彼は前回同様、真摯に、時にコミカルに回答してくれる。
スーパースターといってもよい程の成功を、たった1枚のアルバムで手中に収めても尚、彼の謙虚な姿勢は変わらないままだ。
自信を持つ瞬間はパフォーマンスの瞬間だけなのだろう。彼のストイックな一面も魅力の塊として、一ファンの心に響く。
「#1に収録されそうな“Best of me”はファースト・シングルカット? もしかして最初に書いた曲なんじゃない?」との問いにダニエルは「その通りだよ。良い勘してるよ。正解だよ」と答えた。
補足で、スタッフサイドから「ファースト・シングルカットの曲はまだ決まっていないそう」だとも。
「今、最もファルセットの美しい、アレンジの曲を書くのがあなただね」と伝えたら「ステレオ・マジック(笑)!」と照れるダニエル。
去年までの取材時、めったにサインを貰わなかったおいらなのだが、ここのところRちゃん宛のサインは時間と空気が許す場合のみ戴くことにしている。
ダニエルがRちゃん宛に書いてくれたフレーズは「Don't listen to your Daddy! Be well」
取材空間を爆笑に追い込んでくれた素晴らしき盟友:Daniel Powterとのひとときも、滞りなく終了。
実家より引き上げてきた懐かしいMac G3を再生させようと編集部で四苦八苦。
入稿と原稿リライト作業の最中、デスクの横で作業をしていると通りすがりのスタッフが「懐かしい〜」としみじみG3を眺めてゆく。
たった5年でも、パソコンの進化は果てしないスピードであるが故、もうこの機種を使っている人をまず見かけることはない。
おふくろパソコンの再構築が今現在最大の最優先事項ながら、まだ解決の時間が得られず無念。
深夜4時帰宅。
投稿者 yonezawa : 18:22 | トラックバック(0)
2008年 04月 8日
牛タン弁当
気がつけば編集部デスクは書類と雑誌とCDと原稿で溢れかえる始末。
自宅ギター部屋も、amazonからの宅配物なり、買ってそのままの衣類、CDの山であっと言う間に混沌。
寒い日なのか、汗ばむ日なのか、判断のつかないこの時期は着てゆく上着に悩まされる。
ランダム再生する曲を聴くと、きちんと聴かねばならない曲の存在を逐一確認させられる。中途半端になっていた、おいらのあの曲もそろそろ録音しておきたいところ。
編集部デスクで喰う牛タン弁当が今日の夕食。
頼んだのはカルビ弁当だったはずだが。気怠い…。
昨日ネットで知ったのだが、川内康範さんが亡くなられたニュースに驚いた。
森進一はそのうち「おふくろさん」を歌うのだろうか。先生の遺言はあるのだろうか。
早朝5時前、原稿アップ。帰社して午前6時30分入稿完了。体力を奪われた早朝7時、帰途に。
投稿者 yonezawa : 01:48 | トラックバック(0)
2008年 04月 7日
ランダム再生
iTunesでランダム再生すると、誰の曲なのか全然判らん場合があり。
持ってるくせに、これまでいかにアルバム単位で聴き込んでいないのかが明白だ。
The Noisettesはこんなにクールだったのか。
Dolores O’riordanの声の主張・個性は素晴らしいな。
Paul Gilbertだって曲が全くのイメージ通りではないことを伺い知る。
終電が無くなった頃、大昔に元フジテレビ・アナウンサー:露木茂さんと遭遇した事のある老舗バーへふらりと入店。
よく見れば店名が変わっており、内装も変わっていた。
前オーナーは、30年以上続けたバーをご本人の意思で区切りをつけられたそう。
オーナーも雰囲気も全てが変わっていた。
前オーナーの話題から、新たにこの地に店舗を構えることになったバーテンの方のいきさつ等を伺いながら、広めのカウンター越しに話す一時。
まさにバーに来た感バリバリ。彼らは京都からやってきたそうだ。
しかし奇妙な雨だ。なんだか降ることに対して無理やりな感じと思えた不思議な雨。
まるで酔うことなく、喰わなくてもよかったつけ麺喰って帰途に。
投稿者 yonezawa : 01:48 | トラックバック(0)
2008年 03月 31日
寒い
夜11時過ぎにうたた寝しだして、午前2時に目覚めた。
部屋の片付けに明日の準備が4時までかかってしまい、就寝してわずか2時間後の6時過ぎには起床。
夢と現実の狭間が起きがけの頭にはつけにくい。
外は雨。昼から空はほろほろと晴れ間をのぞかせた。
花見の日(土曜日)も昨日も今日も随分肌寒を感じさせた。
そのせいなのか、雨も降ったのに桜はしっかり葉っぱを散らさずしっかり踏ん張っている感じ。
もしかしたら次の週末まで花びら保ったりして。
神楽坂で久々の夕飯。帰社後、今後の取材項目を整理し映画記事を入稿。
一呼吸置いた頃、小学生時代の幼なじみ:Sからの温かいアドバイスを身内へメールで中継。Sの心遣いが有り難し。
深夜、編集部デスクで聴く『Memory Almost Full/Paul McCartney』が心優しい。「You Tell Me」も名演なり。
しかし、チャボの機材(ギター、アンプ類)を車ごと盗んだとんでもない輩は一体誰なんだ!? ひでぇ事しやがる。
皆様、盗難楽器の発見にご協力下さい。
http://www.up-down.com/info/index.html
投稿者 yonezawa : 01:58 | トラックバック(0)
2008年 03月 26日
Woody
連載コミック150回突破記念品サンプル到着。
極めてノーマルなアコースティック・ギターのサウンドホールへ取り付けるピックアップを購入するべく、ESP:Iちゃんへ相談。
プリアンプが入っているタイプの、ダンカンのWoody(ウッディ)というピック・アップを薦められたので、次回是非試してみようと思う。
もちろんアンプ直結でもすぐに鳴らせるが、アコースティックDIとかミキサーみたいなものを通してから、アンプにつないだ方が音量が稼げ、バランスがとりやすいそう。
某作品のフィギュア付き限定版商品を模索中。UJ:Oに原型師のアドバイスを乞う。
投稿者 yonezawa : 03:17 | トラックバック(0)
2008年 03月 16日
Toots & Jeff Beck
「起きがけ調子悪し」ばかりの記述が続く昨今。
午前4時床につき、8時頃の激しい咳き込みでやむなく目覚めた。
しばし咳が止まらない状態なんて極めて珍しい。
朝昼併せた食事を摂ると徐々に回復してきたが、花粉症から端を発する微妙な喉痛の自覚より、すわ風邪の初期症状かとヒヤリ。
根性で回避しようと身体に言い聞かせる。
500mmlのコーラを買ったら「1本に1曲必ずもらえる!」というiTunes連動のキャンペーンがあったので、咳き込みながらの明け方4時、Toots & Jeff Beckの『54-46 Was My Number』をダウンロードしてみる。
誰だTootsって? 軽快なオブリ入れ倒しのJeffは、この曲でも誰にも真似できない変幻自在のプレイでギター歌いまくり。
HDD内がついにパンク状態間近。
録り溜めた番組コンテンツを難儀で苦手なDVDへ移行するという、この世で最も嫌いな作業を夜中に決断。
朝までかかってたった3つ分だけの移行を完了。
AC/DC『Stiff Upper Lip』が心地よし。
投稿者 yonezawa : 17:34 | トラックバック(0)
2008年 03月 10日
花粉症患者以外の人々にも花粉症らしき症状が勃発の噂
日曜日も遅くまで飲みまくってしまったせいで、午前の起きがけの眠いこと眠いこと。
おまけに、もはや重症と言える花粉症勃発の早朝で、鼻が肩チャンネルしか機能せず。
金束子で内側から磨き倒したいクソ鼻腔がたまらない。
息を吸い込む回数が増えるので背中の辺りがなんだか熱を帯び、常に眠気のような朦朧としたコンディションで都内を移動する羽目に。
午後2時、企画モノ・コミック原稿を拝受し帰社。
デスクでも眠い眠い。出前のカレー喰ったら余計に眠い。
メガ・ヒット・アルバム『コンフェッションズ・オン・ア・ダンスフロア』(2005/11)から約2年半 ぶり。12作目のニュー・アルバム、『ハード・キャンディー』の日本リリースが4月30日に決まったのはマドンナ。
現在アルバム制作の最終段階にあり、曲順や曲名を練っている真っ最中とのこと。先日行われたインターナショナル向けでの取材では、ファースト・シングル「フォー・ミニッツ」でジャスティン・ ティンバレイク参加、ティンバランド・プロデュースによる楽曲。
アルバムにはファレルやカニエ・ウェストも参加しているそうだ。
ここら辺の情報は、正直あんまりおいらとは無縁ながら、ワーナー・ミュージック:Mさんが熱心に配信してくださる情報が細かいので書き記してみたところ。
しかしワーナー・ミュージックと言えばこちら! ロック界最高峰ヴォーカリストの一人である、デイヴィッド・カヴァデール率いるハードロックの重鎮バンド:ホワイトスネイクの10枚目のオリジナル・スタジオ・フル・アルバムが完成。4月23日にリリース。
深夜、某駅より30分かけて徒歩帰宅。
投稿者 yonezawa : 11:21 | トラックバック(0)
2008年 02月 16日
休日出勤
予定からややずれ込んだ漫画原稿を拝受し入稿。
煎餅を頬張りながら雑務をこなして数時間。
来週の取材準備も、確定申告も、車検もやるこた山積だなぁ…と思考しながら深夜の西友で買い物。
食材の買い物はなぜにこうも楽しいのか。
買わなくてもよい品をなんだかたくさん買ってしまうのだ。この状態こそがストレス解消という現象なのかもしれない。
かつて、5人家族のご飯を三食三食毎度メニューを変え、複数の弁当をこしらえてくれてたお袋の時代には食の戦争状態で、買い物なんか楽しくもなんともなかったんだろうなぁ。
スーパー内を歩くと、炒めただけのロースハムに、砂糖を使わない卵焼き、おふくろ特製唐揚げの入った弁当が思い出される。
あの時と同じメニューであの時と同じ内容の弁当が喰いたいと、時折想像してしまう。
冷えたご飯でもどれだけ美味かったか。
ノスタルジックな感慨を余所に、Rちゃんお初となる高級イチゴを購入。
投稿者 yonezawa : 17:18 | トラックバック(0)
2008年 02月 8日
民族大移動
またしてもやってきた怒濤の民族大移動。
夕方にもなれば混沌とする編集部内。段ボールに囲まれ、はたして何時にPCを落とせばよいのか迷いながら来週入稿のトリスタン・プリティマン取材記事をデザイナーに送信。
普段とは違う労働の汗がしたたり落ちる。デスク下の配線などを弄ろうものなら、大量の汗が噴き出してくる。
しかし埃はたまるものだ。普段、どんだけ空気の悪い場所にいるんだろうと思うぐらい。
映画「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」は、「マグノリア」「パンチ・ドランク・ラブ」のポール・トーマス・アンダーソン監督。「マイレフトフット」「ギャング・オブ・ニューヨーク」のダニエル・デイ=ルイス主演作品で、今年のアカデミー賞で最多の8部門ノミネート、主演のダニエル〜はこの作品で25の主演賞を受賞したそうだ。
午後3時30分からの内覧試写もやむなく断念し、編集部内で汗まみれ。
遅めの晩飯は、昨年暮れの宴会から延期になってしまっていたK社:陽平主催の『米澤さんと愉快な仲間たち「仕切り直し編」』開催。混合映画チームらとの久々の酒だ。
投稿者 yonezawa : 22:20 | トラックバック(0)
2008年 01月 22日
FIRED UP ALESHA
ああ〜眠い眠い。
午前中の脳みその中にはきっと昨日のアルコールが大量に残っていたに違いない。
朦朧とした頭で風呂に入ると湯船でオチかけた。
至って健康的な朝食をいただき、いつもの交通手段で移動。その時間すべて朦朧。
デスク回りが早くも郵便物で混沌としてきている。しかし気怠さ全開のコンディションで整頓のスピードがエラく鈍い。
文字通り机に張り付いたまま深夜に及ぶ入稿作業と、取材原稿のリライト。ああ〜眠い。
昨日ブログへの追記。
渋谷duoにてライヴ取材したアリーシャとは、都内インタビューに続いて2度目の遭遇となったのだが、彼女のあまりに天真爛漫ぶりに再び心が癒される想いがした。
「この服、日本で買ったのよ!」と笑顔でピンクの衣装を指さす彼女。
スタイルにしろ、歌唱力にしろ、パフォーマンスにしろ、超のつく一流のスキルを見せつけた。
「このシンガーが成功しないハズはないべ」と確信させる、パーフェクトなショーケース・ライヴだった。
投稿者 yonezawa : 19:07 | トラックバック(0)
2008年 01月 15日
『ロッキング・オン』『BURRN』
バスに乗ったとたん、電車に乗ったとたん、取り出した書籍を読み始めると大変な睡魔に襲われ、しょうがない。
読み始めしばらくすると、その日一日のやらなきゃならん事をシミュレーションし始め、知らないうちに話の筋を見失ってしまう。その頻度が最近多い。集中力ゼロ。
久しぶりに音楽専門誌を買ってみた。
LED ZEPPELINのライヴ・リポートの載っている本は、おいらの知るだけで3誌。
現地会場の同じ列で観戦した渋谷陽一氏の『ロッキング・オン』、伊藤政則氏の『BURRN』、そして明日発売するおいらの書いた『週刊ヤングジャンプ』8号。
ヤンジャン以外は昨年内に発売されていた。他誌にしてはヤンジャンよりもテキストの量が多い分、細かなあの日の情景を語れる分量が少し羨ましかったが、巻末近くのカラーページ見開きで掲載したおいらの記事は、これ以上ない程のクールなアングルで切り取られた未公開カットの掲載で、仕上がりには大満足。
デザイナー:Mちゃんに感謝。
この写真は、今日現在多分ヤンジャンのカラー・ページでしか見る事が出来ない素材のはずだ。
夕方、石丸電気ソフト2でポール・ギルバートのショー・ケース・ライヴ観戦。
いつものまま、技量に関しては非の打ち所のない完璧すぎるプレイで、集まったファンを圧倒。ギター・インストの新作が近々に発売する模様。
控え室でご挨拶を終え、即帰社。
夜の原稿を拝受し、東西線最終電車に搭乗。
入稿を終え、初の組み合わせ面子デザイナー:Mちゃん、編集:Sと近場で乾杯。
投稿者 yonezawa : 22:10 | トラックバック(0)
2008年 01月 7日
今年もよろしくお願いいたします
「おめでとうございます」
「明けましておめでとうございます」
「今年もよろしくお願いいたします」
「どうも どうも」
年始の編集部では、午後のイイ時間になってもこうした挨拶が取り交わされゆく。
昨日、デスク回りの整頓とメールの整理等を行ったので雑務はほどほど。
1000通以上のメールの内、およそ7割がスパム・メールで直接ゴミ箱へ。
1月に何冊も出版する雑誌、単行本の発売日から〆切を想定し、スケジュールを整理するが、何年経ってもこの作業は複数重なるとてんてこ舞い。
ページを割り振る“ノンブル”を記した台割も、総ページ数と色原稿のページ数、そして右起こしか、左起こし(スタートするページと終わりのページが奇数か偶数か)の確認等、逐一チェック。
吉田兄Pと銀座飯で赤ワイン。
港区移動でT氏と新春親睦会。
投稿者 yonezawa : 00:43 | トラックバック(0)
2008年 01月 6日
Avenged Sevenfold
午後3時過ぎ、新春初取材待ち合わせのため編集部へ。
今年初っぱなの仕事は、Avenged Sevenfold(アヴェンジド・セブンフォールド)のライヴ取材。
ライヴ会場:新木場STUDIOCOASTへ。道中、『ユビキタスの山田洋行』看板発見。
あの事件がなければ気づきもしない看板だ。ユビキタスとは何か?
調べると、ユビキタス(ubiquitous)とは、語源はラテン語で、いたるところに存在する(遍在)という意味。
インターネットなどの情報ネットワークに、いつでも、どこからでもアクセスできる環境を指し、ユビキタスが普及すると、場所にとらわれない働き方や娯楽が実現出来るようになる。「ユビキタス・コンピューティング」、「ユビキタス・ネットワーク社会」のようにも使われ、「パーバシブ(pervasive)・コンピューティング」ということもある。
とある。まだよくわからない。日本の軍需専門商社:山田洋行の『ユビキタス』とは何を意味する?
都内スムーズ。随分早く到着してしまったので、控え室待でワーナー関係者としばしコーヒー歓談待機。
午後6時、オンタイムで爆音のライヴ・スタート。このバンドのギターのフレーズには80年代の日本のヘヴメタ・バンドを彷彿とさせる部分があり。
90分のライヴ観戦後、一路中野区へ。
FENDER SUPER SONIC(ギター・アンプ)を購入したばかりの高橋69ツトム。
仕事場リビング部分に、少し整頓されたギターたちと一緒にSUPER SONICがそびえている。
想定する、あらゆる方向性の求める音に対応出来る優れモノのアンプがコレ。
極めてクリアに歪むハンバッカーの音色が音の臨界点超えを感じさせた。アンプを見つめるだけでライヴがやりたくなってくる物件がSUPER SONIC。
ヤンジャン最新原稿を拝受し、30分で即飯。
一路編集部へ戻り今年一発目の漫画原稿入稿完了。ギリの終電に飛び乗り冷静に素面で帰途に。
投稿者 yonezawa : 19:05 | トラックバック(0)
2007年 12月 27日
ガスコンロ
業者に訪問修理をお願いし、キッチンのガスコンロ部分を修理。
ある日からセンサーがおかしくなり、点火してもすぐに火が消えてしまったり、1カ所のコンロは異常に着火しにくい現象が起きていたが、午前中の修繕で解消された。
修理費は1万円程度。高いとみるか安いとみるか。
部内の各位、いらなくなった書類・書籍の破棄に精を出す。デスク周りを可能な限りシンプルに整頓し、それなりの師走の体裁つけて、明日入稿作業を行うネームのチェック。
遅めの飯に行く途中、今まさしくネーム(ストーリー構想)真っ直中の漫画家より著作権に付随する問い合わせがあり、その件は明日、弁護士に確認しなければならない。
銀座で和食をしこたま喰いちらし、大満腹で六本木ウィスキー乾杯。深夜3時ではタクシーつかまらず、馴染みのバーで5時近くまで時間をつぶし帰途へ。激睡魔。
投稿者 yonezawa : 21:31 | トラックバック(0)
2007年 12月 13日
LED ZEPPLIN特集記事
いきなり入稿が明日と迫るLED ZEPPLIN特集記事、そしてこちらもおいらが夏頃から企画・温存してきた「クラシック&ジャズ美女大特集」記事のグラビア構成に終始没頭。
加えて、1月刊のコミックスJCDX『瑠璃の方船』入稿も重なり、もうボロボロ。
当初、本日予定していたK社K、H、それにIっちゃんとの、楽しみにしていた4人忘年会の席に合流することなぞ、早くから環境が許してはくれず、結局明け方まで終始デスク・ワーク。
時折届けられる、写メールに写った面々の弾けた笑顔を呪いながら、明け方、差し込む日の光を睨んだ。
それにしても、まさか ZEPPLINのライヴ記事について書く日が来るとは…。
投稿者 yonezawa : 05:08 | トラックバック(0)
2007年 12月 5日
神々しき神秘
思い立ったシャッフルなリズムでアコギをコード弾きすれば、とたんにRがリズムに合わせて身体を揺すり始める。
音に反応し、本能で身体を動かすことの神々しき神秘を知る。
朝食は滅多に食べないサンドウィッチ&牛乳。
世間で報道の「インフルエンザ蔓延のニュース」を踏まえ、地下鉄移動中はマスクを着用。しかし風邪なんか、いつどこで身構えたってひくときゃぁひくもの。
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昨日の夕方より、編集部のPC受信が突然不通になり愕然。
単なる瞬間的な障害だろうとタカをくくり、「サポセンには明日連絡すればいいや」と呑気に構えて昨日は帰宅した。
本日、サポセンに問い合わせれば「編集部アドレスに関しては問題はありません」とのことだ。
おいらが自宅と編集部のアドレスを統括するアドレス仕様に設定しているせいで、この事態は深刻だった。
編集部、自宅と随時メールを確認せねば日々の業務は円滑に進行出来ない現状であり、この数年間ずっとそれで作業をこなしてきた。
どういった現象により、こうした障害が起き、復旧したのか、今後のために是非とも理由を知っておきたいものだ。
投稿者 yonezawa : 16:34 | トラックバック(0)
2007年 11月 29日
As I Am
夕方、丸ビル1Fフロアへ。
「アリシア・キーズから、頑張っている女性に一足早いクリスマス・プレゼント!」と題した、丸の内で頑張っている女性たちを応援するスペシャルイベント…という趣旨のアリシア本人によるショーケース・ライヴが行われた。
ステージ横には高さ8mの丸ビルツリーが。一日限りの“アリシアツリー”として、シャンパン・ピンクの装飾に変身しそびえ立っている。
押すこと30分、2F3F、近隣のビルの見物人の数が凄まじい。関係者のスペースもぎゅうぎゅう詰め。
やがてエスカレーターで登場したアリシア。20代半ばながら、以前会った時と同じ印象のまま風格はトップ・ミュージシャンのものだ。
1STシングルカット「NO ONE」を含む、数曲のパフォーマンスを拝聴。つくづく、歌上手ぇ。LED ZEPPELINを歌ってくんねぇかなぁ? 本人にもインタビューの折にお願いしたのだったが。
ともあれ、世界トップ水準の“生歌”を聴き、編集:Kと5Fのパスタ屋へ。
通常、Kと飯の場合、怒濤の飲みに突入のパターンなのだが、2人ともまだまだ終わらない仕事を抱えており哀しく即帰社。
iTunesでアリシア新作『As I Am』を再生しながら、来年1月リリース予定のJCDX『瑠璃の方船』コミックス原稿の入稿。
まだ終わらん。
投稿者 yonezawa : 14:52 | トラックバック(0)
2007年 11月 21日
The night of the bantamweight
九州の田舎へ送る荷物を段ボールに詰め、昨日コンビニより発送したので明日の午前中には到着するはず。
一昨日の酒が昨日一日中、大全開の大二日酔いとなり、泣けるほど激頭痛。
打ち合わせ移動途中、辛かったのなんの。
本日午後3時過ぎ、Y氏が三丁目ビル初来社。
同じビルにいながら一度も上がったことのなかった8Fまで、おいらも初登頂。
ヤンジャン本誌に掲載するボクシング記事作成に着手。
WBC(世界ボクシング評議会)バンタム級チャンピオン:長谷川穂積(26=真正)の5度目の防衛戦が1月10日、大阪府立体育会館で行われる。
相手は1位にランクされるシモーネ・マルドロット(イタリア)。欧州タイトルを8度防衛中の猛者だ。
同日はWBA同級4位:池原信遂(31=大阪帝拳)の世界タイトル初挑戦試合も同時開催される。こちらは5度防衛中のウラジミール・シドレンコ(ウクライナ)へのアタックである。
この試合、見に行きてぇなぁ。
北村龍平監督最新インタビュー記事、アリシア・キーズ記事入稿。
S、誕生日おめでとう!
投稿者 yonezawa : 19:56 | トラックバック(0)
2007年 11月 20日
麺僧
22時過ぎ、黄金の原稿を拝受し地下鉄帰社。
24時には入稿を終え、最終前の電車で地元方面へ。
駅界隈の商店街を歩いてラーメン屋を探すが、午前1時頃になるとやってる店も限られてくる。
キャバクラだなんだの呼び込みの兄ちゃんが一々うるさい。
小腹の空き具合を沈めるために、井の頭通り沿いにあった『麺僧』へ初めて飛び込んだ。
この店の北口店に入った時には、正直何の印象もなかったが、今日の南口店の印象はまぁまぁOK。
妙な腹の減り具合だったせいもあってか、2/3炒飯と醤油ラーメンのセットを完食して温まった。
営業は午前1時30分まで。
あからさまに強引な年末辻褄合わせ的に写る道路工事が、あちこちで激しく行われており、混むはずのない箇所が妙に混んで不愉快。
野菜も高騰し、ガソリン料金は一般市民直撃の大幅値上げ。タクシーの初乗り料金もそろそろ値上がりだ。
投稿者 yonezawa : 20:09 | トラックバック(0)
2007年 11月 8日
320G500G
秋葉原で外付けHDをようやく購入。画像データもiTunesも、しばらくは心おきなくセーヴ出来る環境の構築完了。編集Aサンキュ!
篠崎誠監督の映画を見ようと六本木へ趣けば、すでに上映劇場が渋谷へ移っておりガッカリ。しかも渋谷での公開も明日で終了。
ご本人に鑑賞券まで戴いておりながら不義理なおいら。誠ちゃんごめんなさい。この埋め合わせは江戸前寿司で勘弁!
先日、打ち合わせで合流ならなかったTちゃん、そしてSちゃんと合流して、最後にS嬢も加わり乾杯。
投稿者 yonezawa : 23:30 | トラックバック(0)
2007年 11月 7日
上海蟹
午前8時の日差しが眩しい。
仮眠に近い正午までの睡眠を摂取。頭重い。
夕方、B事務所:N氏と、近況報告と進行中案件を整理。
以前、編集部は神保町の交差点にほど近いビル内にあったのだが、九段下寄りのビルに移転してから、えらく神保町自体が疎遠になっている。
わずか数百メートルで現金なものだ。
打ち合わせを兼ねた食事にと、昔よく足を運んだ中華料理屋へ赴けば2店が満席で入れない。
旬の上海蟹の季節でこんな混みようなのだろうか。
裏路地にある別店舗の中華料理屋へ飛び込み、久々に酒を飲まずにお茶でシンプルに食事だけをいただいた。
仕事の話からN氏の趣味の話になると彼の瞳は燦然と輝きを増し、おいらよりも8、9歳年上の方なのに、もう子供のテンション。
心から好きなモノ、こだわり続けるモノとは、人間にとって最も重要な心の薬だ。
話に夢中になり、うっかり上海蟹の注文を忘れてしまっていた。
投稿者 yonezawa : 20:48 | トラックバック(0)
2007年 11月 5日
バーナード・パーディー&チャック・レイニー
深夜12時、仕事に一段落。
そろそろメールで行き交う文面に忘年会の文字もちらほら。
雨模様の深夜、新宿を経由し帰途につく車中、母親宛の写メールを工夫していたらあっと言う間に自宅前へ到着。
ソニーミュージック:S氏からのメールでアル・クーパー来日の情報を得、ネットでとあるサイトを確認していたら、バーナード・パーディー&チャック・レイニー All Stars来日公演の情報を得た。
12月頭の原稿スケジュールはまったく見えないものの、このチケットは確保するべく速攻で会員手続きし、引き続き席を確保。
ブルーノート以来、帯で公演を行うこのスタイルがこのビルボードでも定着してゆくのか。
公演は仕事抜きにして大いに楽しみ。
投稿者 yonezawa : 17:07 | トラックバック(0)
2007年 10月 25日
パンチェッタ
漫画家:Y氏と打ち合わせ。
行きつけのパスタ屋で初めて喰った「パンチェッタ」と呼ばれる豚バラ肉の塩漬けが入ったパスタが美味しい。具材は海の幸。美食風サラダもナイスな物件。
ここのパスタ・メニューは徐々にすべてを制覇してみたいと思う。
打ち合わせを終え、話に出た映画を早速レンタル…とTSUTAYA店内をのぞくが目当ての作品は見あたらず。
連日連夜の深夜徘徊で体力低下。異様な疲労困憊気味の身体をひきずり、いつもよりおよそ4時間早めの帰宅でダウン。
投稿者 yonezawa : 01:00 | トラックバック(0)
2007年 10月 22日
K&I
G社:K&Iと3人会。
もう鍋物も違和感のない、時にえらく肌寒い季節の到来。
鉄壁の鍋奉行。塩チャンコが美味。
Iちゃんのおめでたい話を伺いつつ、Kちゃんの提案してくれた久々の親睦会が心地よい。
毎年、誕生日に食べるケーキが幼少の頃からまったく同じ店の同じデザインのモノ。毎年ローソクだけが増えてゆく…というエピソードに心が温まる。
深夜、原稿を受け取り入稿作業に突入。
投稿者 yonezawa : 19:13 | トラックバック(0)
2007年 10月 8日
福岡九電記念体育館
HDD内の古いライヴ映像を見ていた。
ジョン・サイクス加入時のシン・リジーのライヴだ。
1979年4月、『ブラック・ローズ』を発表したシン・リジーは全英ツアー、9月にはジャーニー、AC/DC、ドゥービー・ブラザーズらと全米ツアーを行っている。
ところがバンド内でのトラブルから、ツアー中にゲイリー・ムーアが失踪。
急遽ウルトラヴォックスのミッジ・ユーロを呼び、スケジュールを消化。既に日程を組まれていた日本公演にもメンバーとして来日させたそうだ。
シン・リジーにミッジ・ユーロて。
結局、おいらのように住んでいた地域的な理由ではなしに、誰しもゲイリー・ムーア在籍中の頂点のシン・リジーを、ここ日本で見た者はいなかったわけだ。
ただ、1979年9月5日の福岡九電記念体育館で来日公演を行ったヴァン・ヘイレン。
勿論、この公演のことも知っていたし、見る事の叶う環境だったハズなのに、何を考えていたのかおいらは見なかったのだ…何をやってたんだ自分。
まったく悔やまれる話だ。
ちなみにヴァン・ヘイレンの初来日は前年の1978年。
現在はエディのせがれ(多分16歳)がベーシストとして加入とのこと。
●メンバー
★エドワード・ヴァン・ヘイレン Edward Van Halen - Guitars, Keyboards & Chorus
★アレックス・ヴァン・ヘイレン Alex Van Halen - Drums & Chorus
★ヴォルフガング・ヴァン・ヘイレン Wolfgang Van Halen - Bass & Chorus
★デイヴィッド・リー・ロス David Lee Roth - Lead Vocals
そうしたことを考えると、あの時代の自分が、あのスキルを持ったあの当時の面子での演奏を聴く…そう想像するだけで背中に電気が走りそう。
九電記念体育館…悔やまれる場所のひとつ也。
午後、同時に上がった原稿を随時受け取り、休日の編集部へ向かえばそこそこのスタッフが入稿の最中。
有り難くない月曜日の休日出勤は茶飯事。
しかしながら、平日の怒濤の時間繰りだとなかなか手が回らない作業も、こうした休日には着手することが(精神的にも)叶い、資料の発送やら整理を行うおかげで平日の怒濤に対応出来る場合も多々。
終電間際の地下鉄に飛び乗り下車。ふいに歩きたくなり、駅から徒歩25分かけて帰途へ着いた。
ネット通販でウェーブチェアを買うか思案中。
投稿者 yonezawa : 04:07 | トラックバック(0)
2007年 09月 10日
四苦八苦
気がつけばフォルダーに収納していない名刺が5cm以上溜まっていた。
昨日、休日返上で入稿のついでに誰もいない編集部で、破棄書類とそうでない書類の整頓。
出社してデスク回りが綺麗だと、気分もいいし仕事もはかどるもの。
度重なる2本の打ち合わせを終え、今週の取材仕込みに四苦八苦。
投稿者 yonezawa : 18:25 | トラックバック(0)
2007年 09月 8日
ジャガイモ100円
午前7時に寝て11時に起こされる。
台風後のよい天気の中、徒歩で近所を探索。
家の向かいに出来た、区の畑で獲れた野菜を一律100円で販売する自販機よりジャガイモの販売を確認し、そのまま近くのスーパーへ。
ジャガイモは買わないまま、それ以外の買い出しを経て自販機前に帰還。
やはり量も値段も自販機の品の方が断然安い。わずか100円で大量に袋詰めされたジャガイモを購入し帰宅。
たった5円の差額のために、数百メートル離れたスーパーを梯子する母親に教えてもらった大好きな感覚を思い出す。
ボブ・マーリーの某曲的コード進行を思い出させた、アリシア・キーズの新曲音源拝聴。
夕方から深夜にかけ、入稿と雑務のため編集部へ。
帰宅時間の深夜、裏受け通用口の真ん前にはとんでもない高さのあるクレーン車が深夜止まっていた。
デッカ移籍第3弾のアルバムを年内にリリースする、クラシックギタリスト:村治佳織の新作デモ音源を拝聴。広大で繊細なオーケストラの音色が、帰宅途中の車中で鳴り響く。
サウンドトラックのようなアルバムだ。
投稿者 yonezawa : 01:25 | トラックバック(0)
2007年 09月 7日
ザ・ローリング・ストーンズ
お腹が減りすぎると、喰った物が大した量でもないのにとたんに満腹になる感じ。
ぐーぐー言ってた割に、あっという間に満たされた。
夜、コミックス原稿を整理し、明日の入稿仕込みにひぃこら。
1本の記事としては異例の人数の関わった『ザ・ローリング・ストーンズ』記事がようやく最終構築の局面に。
多くの人々の熱と誠意と思い切りと人生の関わった本番記事の仕上がりは、構成者として冥利の案配。
写真家:有賀幹夫による、日本人初のストーンズ・オフィシャル写真集「ザ・ローリング・ストーンズ LIVE ALBUM 1990-2006」は、定価4830円(税込)で10月下旬発売予定。
週刊ヤングジャンプ43号(9/27)に迫力掲載。必見。
深夜、T&Yと待ち合わせ、漫画家:山崎紗也夏の馴染み店だというナイスなカウンターバー、沖縄料理屋を梯子酒で早朝。
投稿者 yonezawa : 02:37 | トラックバック(0)
2007年 08月 27日
ロックフェス
入稿に次ぐ入稿。編集部から一歩も出られない。
夕食は出前の舞泉雪弁当。
4組のインタビュー原稿をリライトしながら明日の取材準備と色校正の赤入れ。
今日1日中にやらねばならない作業を、うっかり忘れることの方が心配なノリで、作業を推し進める1日。
独特のループペダルを駆使するギタリスト兼ロック・シンガー:KTタンストールは、ザ・ラカンターズ:ジャック・ホワイトの大ファンだ。
海外のフェスでジャックと一緒になった日、彼女がその瞬間、最高にドキドキしたエピソードの件が原稿に記されている。
自身が売れてド・メジャーなミュージシャンの仲間入りをしても、彼女のピュアな感性が変わらないままでいることが、現場でとても嬉しかったのを思い出した。
緊張をしてしまう人間には、どこか他人事とは思えない親近感を覚える。
「閣僚は何か(問題を)指摘されれば、説明しなければならない。十分な説明ができなければ、(内閣から)去っていただく覚悟で閣僚になっていただいている」と述べた安倍晋三首相率いる改造内閣が発足。
この閣僚の中に、まっとうな緊張感を持って政治に取り組んでくれるセンセイが、果たして何人いらっしゃるのか。
いつになく多くの国民が目を光らせ、注目している空気がおいらにも伝わってくる。
音量を消したテレビ映像ではひな壇上の安倍内閣NEW閣僚の姿。
「おともだち内閣」のテロップが妙に印象に残る映像だった。
投稿者 yonezawa : 01:50 | トラックバック(0)
2007年 08月 24日
呑校正
クエンティン・タランティーノ“代表”インタビュー:映画『グラインドハウス』記事、ジュリエット・ルイス単独インタビュー記事、構成。
終電頃の時間帯、小腹の空きを解消するべく新宿で一杯。
幾度となく到着する携帯宛のメールで原稿コピーを修正・確認しながら呑みつつ校正。
明日は昼からの取材もあったせいか、酔えずに帰宅。
投稿者 yonezawa : 21:55 | トラックバック(0)
2007年 08月 23日
帰還原稿
定刻よりやや遅れ気味の昼頃成田着。
成田エクスプレスで東京駅下車後、タクシーで編集部帰還。
そのまま、今日中に書かねばならない原稿を暴走列車のごとくパンチング。
午後12時疲弊ピーク。
就寝は結局いつものように午前4時を回った。時差ボケはなくなったろうか?
渡英前に構築したマルーン5インタビュー記事をいきなり入稿。
投稿者 yonezawa : 03:39 | トラックバック(0)
2007年 08月 14日
印刷会社
通常、印刷会社の方々とは、なかなかゆっくり時間をとって意見交換等出来る機会は少ないのだが、前々から「この面子で一度飯でも!」と機会を伺っていたT社:Fさん、Sさんらとの会食の機会をようやく得た。
彼らもおいらも盆休みは関係ないのだった。
印刷工程における彼らの献身的配慮が、作品のグレードをさらに1段階押し上げる場合が多々ある。
遅れ気味な入稿スケジュールを臨機応変に調整し、円滑なる環境を構築してくださる彼らの所業は、編集者からして、ある意味バンドのメンバーのような間柄。
昨日の深い酒がほとんど分解されてない最低の体調なおいらながら、わずかばかりの時間を彼らと共有できた今宵は貴重だった。彼らの手がける単行本のクオリティは例外なく素晴らしいのだ。
Kちゃんの引率でイタリアン料理からバーへと梯子するものの、おいらはほとんど水ばかり飲み続け、最後の一軒は付き合う気力も果て、今夜は一足先にリタイア。稀な超体調不良のおいらを見る彼らは、異様に驚くのだった。
投稿者 yonezawa : 01:48 | トラックバック(0)
2007年 08月 7日
SUM 41
SUM 41のインタビューは予定より1時間押しのスケジュールでスタート。
彼らのパンクでロックな新作『アンダークラス・ヒーロー』は秀作だ。
グリーン・デイの『アメリカン・イディオット』に連なるパワー・パンクが痛快。
イメージ通りのパンキッシュな3人と対峙し、20〜30分間の単独インタビューにフォト・セッション。
ここのドラムスは巧い。パンクもテクニックが加われば、パワーも魅力も倍増だ。
サマソニでは、妻のアヴリルと同じステージで共演か?
取材後、吉祥寺で江口寿史兄と焼き肉打ち合わせ。
原稿奪取の時間に中野を経由し、入稿作業に集中。午前12時過ぎに作業完了。
さて、今夜はどこで飲もうかな…
投稿者 yonezawa : 00:34 | トラックバック(0)
2007年 08月 4日
時代の趨勢
炎天下の駐車場に晒された乗用車の、車内の温度は尋常なものではない。
最低温度を設定し、最大出力でクーラーのスイッチを入れて緊急冷却の体勢。
車の中に置き去りにした乳幼児を、熱中症などで死亡させる事件が頻発しているが、大人でも同じ条件の下取り残されれば死んでしまうだろう。
どういった神経を持って、こうしたあり得ない事件を起こしてしまうのか。子供をバイクの座席下に入れて殺す親もいる時代の趨勢。
驚愕させられる保護者の神経は人にあらず。
睡眠時間のほとんどとれないまま、西東京方面での買い物を終える頃、原稿アップの時間を確認。深夜、空気圧を調べガソリンを満タンにし、入稿作業のためYJ編集部へ。フロアは珍しく無人だった。
午前3時を回る頃、入稿&雑務、無事終了。
試合をちゃんと観戦しているわけじゃないけれど、ヤンキース:松井の驚異的なペースの打ちまくり報道が嬉しい。
投稿者 yonezawa : 06:26 | トラックバック(0)
2007年 07月 26日
JAZZ
午前中から複数の重なる取材事項の交通整理に頭を痛めつつ、出来る限りの取材ブッキングを施した。
っと思い時計を見れば午後2時。
午後3時からの西新井での撮影時間が恐ろしく押し迫っているのに、1時間計算を間違えてしまっていた。焦った。
速攻で取材機材をカバンへ投げ込み、取材現場へ猛突進。
撮影優先で、撮影終了間際の15分前になんとか無事到着し、ジャズ・サックス奏者:矢野沙織さんへのインタビュー。西新井は遠かった。
若くして海外での数多くのセッションを経験する彼女の言葉は、そんじょそこらの20歳とは勿論ワケが違った。
14歳で初めてステージに立ったというこの店を、撮影ポイントに選んだのも大正解。
世に出るミュージシャンは、他とは何かが違う。その違いのラインを探るべく、一問一答で真摯に回答くださった、ミュージシャン:矢野沙織の未来が益々楽しみ。
編集部帰還後、ボクサー『牛若丸あきべぇ』インタビュー記事の構成。
遅い飯は、同い年のリッチー・ブラックモア・ファンの大将が握る極上の江戸前寿司:『くわ野』へ。
打ち合わせを経て、帰社した時間は午前4時を回った。
あと4時間後には、苗場で行われるFUJI ROCKへ出発の段取り。とっととシャワーを浴びねばならぬ。取材本数、今年は多いぜ。
次回更新は30日以降の予測也。では行って参ります。
投稿者 yonezawa : 04:17 | トラックバック(0)
2007年 07月 23日
超長机仕事早朝日差
トイレ、弁当、そして弁当の後片付け。
基本的にそれ以外はデスクから離れられない1日。
FUJI ROCK'07は苗場での現地取材が複数ある故、時間繰りを各レコード会社と行っておるのだが、双方バラバラに会話しているので、なかなか取材ポイントがまとまらない。
物理的不可抗力の事態なので致し方ないものの、いかんせんおいらの身体は一つ。さて、現場ではどうなることやら。真摯なるレコード会社各ご担当者さん方は、ホントにご苦労さん。
今年はスティーヴィー・サラス・カラーコード、ジョン・バトラー・トリオ、クーラシェイカー、そしてお初のジュリエット(・ルイス)&ザ・リックスとの空間がヒジョーに楽しみ。
さらには、現地苗場に漫画家:Tは現れてくれるのか? 刺身包丁をあの男に渡すことは可能なのか?
大量極まりなき壮絶メール、原稿書きに入稿、原作チェックに漫画ネーム指定、加えて精算に、企画書作成、大量の取材対象者資料作成を生真面目に行っていたら、哀しくも午前6時を回ってしまったよ。
投稿者 yonezawa : 02:52 | トラックバック(0)
2007年 07月 17日
CLOUDY SKY
曇り空。
神保町界隈のパーキングに駐めると、ほんの数分で1200円もとられた。
普通の感覚なら400円程度かと思う間だ。
Rを迎えに東京駅へ。地下駐車場が満車の表示で愕然。
近場の空き路上コインパーキングを必至で探し、速攻で新幹線ホームへ駆け上がり、11号車のドアが開いた瞬間に到着。
Rと共に一旦編集部へ上がった後、一時帰宅送迎。入稿のタイミングに再び出社。慌ただしい。
はっきりしない天候が終日続く。
投稿者 yonezawa : 11:42 | トラックバック(0)
2007年 07月 10日
てんてこまい
数日分溜まった新聞を管理人より拝受。
不在時に届いたお中元の荷物を宅配便収納ボックスより拝受。
賞味期限ギリギリの牛乳を飲み干し、冷蔵庫を見渡し、足りない食材の買い出しをメモ。
本日時間指定で自ら現地九州より発送した宅配便が少し遅れて到着した。外は雨模様。
取材打診のあった数件のメールを確認し、今週中に数件の取材対象者を絞り込まねばならない。スパムメール260を入れると600件強のメールが一気に積み重なった。
クラシックCDとしては異例のイニシャルを記録しているという宮本笑里の4Cグラフ記事色校正をソニー・ミュージック:S平らと校正しつつ、出来たてホヤホヤの彼女の新譜をいただいた。
スマパンの新譜、フーファイターズ新譜情報到着。秋にかけて取材予定のクラシックな音源各種もワラワラ届き、FUJI ROCKも近づくわ取材の仕込みは山積みだわ、新連載は始まるわで、てんてこまいの夕方。飯は午後11時時点で本日1回しか食せず。
「エスケイプして、早いとこ新宿辺りで一杯!」という目論見は脆くも崩れた。
投稿者 yonezawa : 11:03 | トラックバック(0)
2007年 07月 1日
博多2-3
午前、『博多祗園山笠』の飾り山を軽く観光。
博多在住時分の3年弱、朝からのレストランで働いていたおいらは「山笠」とも「どんたく」とも完全に無縁だった。
幼い頃から人混みが嫌いだったが、そうした理由だけでなく賑やかな祭りの時期がやってこようともおいらは厨房で黙々とデミグラス・ソースやらカレー・ソースやらフルーツ・ジャポネなどを仕込んでいた。
大好きな仕事だったが同時に過酷な仕事でもあったとも言えた。以前、書き記したかもしれないが、過酷な肉体労働と言える料理人の時代は、寝る瞬間に最も至福を感じたものだ。
労働から解放されたおいらは、嬉しさのあまり寝端に笑っていた。
新幹線で下関へ。明治維新で最大の功労者:高杉晋作の軌跡を辿る取材に闊歩。
27歳8カ月の生涯を終えるまで維新に邁進した高杉。
高杉晋作の墓は下関市吉田の東行庵(とうぎょうあん)に奉られている。
功山寺にある晋作像、高杉晋作終焉の地等々を回り、昼食後、フェリーで門司港へ5分の船旅。小倉の書店をご挨拶に1軒回り新幹線で博多へ。
午後6時50分発ANAで帰京。
編集部で雑務を終え、ようやく帰宅。外はやや雨模様。
明日からは、とんぼ返りとなる南九州方面への行脚。
投稿者 yonezawa : 02:15 | トラックバック(0)
2007年 06月 27日
マルーン5
先日のZepp Tokyoでのライヴはとても都会的で、かつ簡潔・整然・スマートなパフォーマンスだった。
午後、都内某ホテルへ。
2年ぶりのマルーン5単独取材の日、到来。
押し気味のスケジュールでキーボーディスト:ジェームス、数分遅れでヴォーカル・ギター:アダムの2名と接見。
もの静かに語っていたアダムの歌声は世界中の女性を虜にしつつ、これまでアルバムのトータル・セールスはファーストのたった1枚で1000万枚を越えてしまった。
コード・トーンに対してごく自然なメロディの構築。アレンジも完璧主義のような探求の痕跡が見られ、こうしたpops、rockとしては一つの完成型と言えるように思う。
前回のインタビューのことをしっかり記憶してくれていたのは取材者冥利。
取材の合間に数本の打ち合わせを携帯駆使でサバき、帰社後怒濤の入稿に次ぐ入稿。
週末より取材のため、離京日程のせいで、金曜日&来週1週間分の仕事を明日木曜日いっぱいで終えねばならない。おまけに買い物もあるわ、家での作業もあるわてんてこ舞い。
取りこぼしのない確認作業が入稿作業同様、神経の使いどころ。でもきっと何かあわてふためく事態が見つかるのだろうなぁ。
小腹の空いたド深夜、テンホーちゃんに連絡を入れてみれば、漫画家:江口寿史、田村信、泉晴紀、岩谷テンホーの、超GAG者[男]面子で居酒屋:闇太郎集結の情報を得、合流。
最後の1杯をお供させていただく。
この面子は本気で豪華。ホントにつくづく豪華だ。
投稿者 yonezawa : 03:35 | トラックバック(0)
2007年 06月 17日
メモ用紙
来月の主要行事を睨めば、そろそろ準備に取りかからねばならんところ。が、目前に山積される処理事項に埋もれ、何も手つかず状態。
メモ用紙に、早く読まねばならん本、聴かねばならんCD、見らねばならんDVD、(第三者に)渡さなきゃならん資料、確認しなきゃならん事項、買わなきゃなきゃならんブツ、覚えねばならん大量の曲、仕上げねばならん大量のデモ曲、顔を出さなきゃならん飯会日程、逢わねばならん友人、見らねばならん試写会、見らねばならん映画、見らねばならんコンサート、送らねばならん資料、送らねばならん手紙、書かねばなならん原稿、送らねばならん宅配便....っと今後の「ならんづくし」ビジョンを書き記してみれば果てしなく枚挙にいとまがない。
深夜1時、上がった原稿を入稿するべく、他2名しかいない編集部で入稿完了。ついでに月曜日に絶対やらねばならん仕事も半分片付け、月曜日明け方5時、爆音で近々にカナダ大使館でインストア・ライヴをやる「コーネリアス」(洋楽)を聴きながら帰宅。
徐々に月末:福岡への旅、続いて南九州への旅が近づく。FUJI ROCKも、あっ!という間にやってくるのだろう。
投稿者 yonezawa : 12:12 | トラックバック(0)
2007年 06月 7日
怒濤の入稿

昨深夜、某栄養士にいくつか伺った体調管理に関連する一般的ノウハウをじっくり聞きながら、端から間逆の行動を取ってしまう自分。
同深夜、突然水曜定休をうたいはじめ、思いのほかショックを与えてくれた恵比寿『阿夫利』の閉店表示にがっくり。やむなく飛び込んだ久々の『香月』だったが、圧倒的に余計な炭水化物の摂取で寝起きが清々しい。
今朝午前5時に寝たのに9時に目が覚めた。
JCDX原稿186P、ジョス・ストーン記事、1/2告知記事他、怒濤の大量原稿入稿。
遅い夕食には寿司屋:Kの大将とゲイリー・ムーア話で盛り上がる。ここのつまみ類は絶品で、毎度腰が抜けそう。そうそう、ゲイリー・ムーアの新譜出ますぜ。ドラムスには、あのブライアン・ダウニーも参加ですぜ。ビッグ・ニュースですぜ。
「今、自由な時間と余裕がもしあれば、真っ先にギターを弾く時間に充てたいですね」とはK大将の弁。素敵だ。
ワーナー:Mよ、誕生日おめでとう!
投稿者 yonezawa : 09:24 | トラックバック(0)
2007年 06月 4日
8×10
極力解像度の高い機種を優先し、選択購入した携帯電話だった。
今でもそれほど悪い解像度だとは思っていないが、携帯写真のプリントアウトをあるサイトに注文したところ、想像したものより粒子が粗く、ややがっかり。
今時の紙焼き写真は(多分)印刷するタイプのモノが多く、家庭でもインクジェットで印刷するタイプのモノが圧倒的に多いと聞く。もはや印画紙に焼き付けるのではなくプリント。
ところが、その“プリントアウトしたインクジェット写真”という仕上がりが、どうも生理的に納得いかない。
カメラマンから「このサイト[の焼き]が一番安くで品質も良いです」とのアドバイスを受け早速ネット注文。その業者はちゃんと焼き付ける方式なのだそうだ。
カメラマンは、インクジェットで刷った写真を直射日光の当たる場所に数ヶ月放置してみたり、部屋の日陰に置いたり、アルバムに保管したりと、あらゆるケースでのパターンで色味の耐久性テストをしたそうだが、紙焼きの写真に対して、色あせ方の度合いが圧倒的に早く酷いそうだ。
これでは100年プリントとは言わない。
実家で母の保管する数十年前の写真を今見ても、よほど保存状態の悪いモノは別だが、経過した時間を踏まえれば、コントラストに問題を感じることはあまりない。
「なぜあの場面で写真を撮っておかなかったのか!?」と悔やまれる記憶は、おいらの場合、何年も時間が経過した頃感じる場合が多い。特に20代の頃は、連んでいたどの悪友連中よりも圧倒的に写真を撮ろうと心がけていながら、そう思う日も少なくなかった。
30代に入り、写真を撮る機会は徐々に激減へと向かい、そして携帯・デジタルの時代に突入した現在、その頻度は再び増え始めた。
戸棚を開けたら、真っ新な35mmのフィルムがかなりの本数眠っているではないか。使い慣れたCanon一眼レフも、また使ってみようか。
写真家である盟友:尾形正茂、若林広称らは、時に蛇腹式の8×10を使ってたっけ。
投稿者 yonezawa : 01:59 | トラックバック(0)
2007年 05月 27日
イデオロギー
日本スーパーフライ級王者のボクサー:河野公平が「初防衛戦に勝ったら、亀田和毅君の相手に正式に立候補するつもりです。望むところです」と亀田3兄弟の三男:和毅とのエキシビションでの対決に意欲を示したそうだ。
亀田兄弟の対戦相手には、そろそろ国内有力選手を迎え入れるべきだろう。ボクシングへの注目度及び、啓蒙の意味も込めて。
1999年、山口県光市で起きた大事件。
「もし犯人が死刑にならずに刑務所から出てくれば、私が自分の手で殺す」
被害者である木村さんがこう訴え、これまで7年間もかけて加害者に死刑を求めているのに、未だ死刑判決は下らない。それはおろか、20名を超える元少年で被告人:福田孝行の弁護団の登場に驚いた。
木村さんが会見で語った「死刑を廃止したいというイデオロギーの下に集まった弁護士の方々が、個別の事件とは関係なく、死刑になりそうな事件について集まっただけ」という意見には120%同感であり、「そういった方々のプロパガンダ的なものとして、この事件が取り扱わられる事を危惧する」という意味合いの意見にも大きく納得させられた。
生涯で最もかけがえのない家族を、あれほど残忍な手段で失った本村さんが、どれほどの思いでこれらの言葉を発したのかと思うと胸が裂ける思いだ。
家族を言われ無き理由で失った者ならば、この言葉「もし犯人が死刑にならずに刑務所から出てくれば、私が自分の手で殺す」を発する権利はある。
被告に殺意はなかったと推測し、死刑回避を図るつもりの弁護団の思考は、被告人の思考の次に理解不能だ。
投稿者 yonezawa : 03:48 | トラックバック(0)
2007年 05月 25日
疲れた

映画『それでも生きる子供たちへ』試写を目指していたが、午後一に早くも断念。久々に電車で帰ろうかとデスク作業を終えようと思っていたところ、着手した仕事の終わりが見えなくなり、結局午前4時近くになって一段落。疲れた。夏に向けての実現を目指す企画、作業の仕込みがそろそろ本格化する頃合い。
やらねばならない取材、色々あるなぁ…。
投稿者 yonezawa : 03:47 | トラックバック(0)
2007年 05月 24日
M緊急入院
映画『ゾディアック』試写を目指していたが、午後一に早くも断念。
こんな断念が年間30回ぐらいはありそう。
集英社の漫画誌では多分初めての印刷手段となる、とある新仕様の詳細を印刷所と相談しあい、徐々にその行程、仕上がりの青写真を確認し始める。
担当デザイナーの緊急入院により、あわや企画はフリダシかと危惧したものの、無事退院したデザイナー:Mちゃんのダミー作成によってかなり進行具合が見えてきた。
漫画家:N氏のスーパー・クールな描きおろしカットも数点到着。いよいよ本番へ着手の段取り。
夜、K社:Y、K、H社:Iちゃんらとの、恒例奇数月飯会『隔月会』の地へ移動。
六本木・乃木坂界隈の『石頭楼(スートーロウ)』は初めて味わうごま油・鶏ガラ出汁の鍋料理。
喰ってみないと説明しにくい鍋であり、おいらはなかなか気に入った物件となった。
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2007年 05月 22日
新天地

午後一で入稿完了。
チェックしなければならない資料にまったく目を通すことが叶わないまま時間が経過し、目の前最速の入稿・雑務に追われる昨今。
ライター:Nと夜待ち合わせ。
ひょんな場所を探検していたら、なかなか古風で歴史のある寿司(&居酒屋)を発見。
夏から新天地へ移行するというNの前途を祝し乾杯! と銘打つのを忘れたまま、久々に交わす芋焼酎を飲み干した。
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2007年 05月 16日
インテルmac

引き続き、macの環境設定に必死に必至。
自宅で使っているインテルmacをほとんど機能させていない現実をじっくり知らされる。
おいらはパソコンを何年使おうともスキルは初心者レベルのままだ。
iTunesにある、いくつかの便利な機能も教えてもらえるまでまったく知らなかった。
めちゃ簡単なことも、そのスイッチを知らねばまったく気づく理由がない。
不便な操作性をスキルの高いユーザーに愚痴ると、周りの強者スタッフが教授してくれるのだ。
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2007年 05月 12日
初日舞台挨拶

諸事情あって、映画『ラブデス』初日舞台挨拶の劇場、打ち上げ会場へはたどり着けず激残念。
家での雑務で1日があっという間に終わった。慢性的眠気の続く倦怠感満載の終日。
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2007年 05月 11日
昨日までmacG3

編集部のパソコンは昨日までmacG3を使用。
モニターもかなり骨董品な旧型のシロモノだ。
GWを挟んだせいもあり、申請してから納品までかなりの時間を要したのだが、インテルmacがようやく到着。業者に設置・設定を施していただき、最新の機能に驚かされる。
中でも、日本ではまだ未公開の海外の映画予告編がずらりとフル画面で閲覧できる機能。モニターに搭載されたカメラによって可能だというテレビ電話の機能等が斬新だ。
旧タイプの外付けHDを認識させ、いらない書類をガンガン破棄。
肝心のメインで担当する漫画の重要ファイルがなぜか表示されないまま。この復旧は今日中では解決せず。
深夜、デザイナーの頭:Mちゃん+編集:Tと近場で一杯。
2件目で久々の新宿へくり出したものの、一昨日の疲労がまだたまっていたのか異様に酔いが回り、しかも後半少しオチてしまった。
体力衰退。こんなことは珍しいのだ。
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2007年 05月 7日
雑務
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