2012年 02月 9日

現実味

ES-330T8888.jpg

 夕方の昼飯はまたしても行き当たりばったりの『丸香』。並ぶ人がいなかったので入口に吸い込まれた。

 先日インタビューした音楽家Mさんの音源を聴いているとその瞬間の映像が思い出されるのだが、特にMさんのご両親のエピソードに心を打たれかけていた。
 Mさんの音楽環境を、まるでなんの負荷もないように構築された歴史。きっと一筋縄ではいかなかろう局面も多々あったろうに、人間として創作者として最ものびのびと成長出来る環境を構築されたご両親の尽力に勝るサポートはなかろうと想像した。
 そのことを一番理解されておられるのが当のMさんだ。底なしの明るさと豪放磊落な性格も、温かく見守ってきた家族のいる環境の中で培われた必然であったのだろう。
 そんな中、地方での某公演観戦が現実味を帯びてきた。

投稿者 yonezawa : 01:10 | トラックバック(0)

2012年 02月 8日

テデスキ・トラックス・バンド

guitar.jpg

 テデスキ・トラックス・バンド in 渋谷公会堂。
 なんと座席センター2列目の恩恵を受け、デレクの目の前で観戦が叶う。

 意識してかスライド率を減らしてのギタープレイだったデレク。出てくる音もばかでかくなく、ヴォリュームを絞ったりのトーンノブを神経質に操りながら、楽曲の有する機微を最大限に演出していた。
 ネットで見たままガーリーな出で立ちのスーザン・テデスキがチャーミングで、かつ力強い。色気のある魅力満載のブルースシンガーぶりを正式に認識。

 “世界一ギターの上手な夫婦”の照合に異論はなし。
 11名のメンバーが一人もかけてはならないほど個性を発揮し、例えばDTBでリード・ヴォーカルをとるMike Mattisonのファルセットコーラスがなんとも温かく胸に響く。
 デレクのチューニングはオープンEで、通常のコード弾きもリード・パートもそのままオープンEのままプレイしていた。
 赤いSGはリイシューモデルで、特に高価な機種でないことは、数年前のインタビューで本人に直接聞いていたので知っている。
 おいらも心の中で「弾きたい弾きたい」と感じながら、ステージの演奏に疑似参加する様をニューロンで想像し、TTBの一員と化す。
 申し分のない2日間。いつもより、やきとんが美味かったのはLLBとTTBのおかげ。

投稿者 yonezawa : 01:09 | トラックバック(0)

2012年 02月 7日

ロス・ロンリー・ボーイズ

41MMGG1AA7L._SL500_AA300_.jpg

 クアトロでのロス・ロンリー・ボーイズには参った。
 初来日にしては箱が小さすぎ……との声も多かったが、ある意味ショーケースみたいなものだと認識した。
 3兄弟のアンサンブルは揺るぎないもので、長き時間をかけてライヴで得た度量をまざまざと見せつけられた。全員ものすごく楽しそうで、あそこまで天真爛漫に演奏を楽しむバンドも珍しい程。そして全員が上手い。
 とにかくフロア内は最高の空気に満たされた。きっと観戦した客の口コミで、今日のライヴは語り継がれてゆくことだろう。

 LLBと仕事したMさんによれば、ギター:ヘンリー・ガルサの貼っていたストラトの弦のゲージは0.13から始まる半音下げチューニングと聞いて納得した。あのテンションと太さであるが故、SRVを彷彿とさせるトーンを実現していたのだった。
 もうフォークギター並の野太い弦を貼ってエレキを弾いているのと同じ、あるいはそれ以上の太さだ。信じがたき。
 出音もまさにフェンダーとストラトの野太いザクザク感たっぷり。まぁ気持ちいいったらなかった。
 アメリカはテキサス州出身のロック・バンドLLB。インタビュー媒体があればなぁと悔やまれた。明日はTTB渋谷公会堂。

投稿者 yonezawa : 22:41 | トラックバック(0)

2012年 02月 3日

ES-330T

ES-3304444.jpg

 すこぶる快晴でも寒さは別だ。
 いつもより早めに稼働し、ギター・ショップを梯子して数軒物色。
 ギブソンSGのレフティにやや惹かれた。
 ハコモノのショップで「何かお探しですか」と問われたので、Gibson ES-330T (one-pickup model) を探していると答えたのだが、店員はややしどろもどろ。かなり珍しい機種ではあるので、きっと現物を見たことがないのだろう。
 ES-330Tは、1958年から1970年代初期までしか生産されていない。最も市場で多く見受けられる機種はサンバーストばかりだが、おいらその色は欲しくないのだ。 

投稿者 yonezawa : 16:29 | トラックバック(0)

2012年 01月 31日

日本酒

51StmnBXTtL.jpg

 今日のこの日を、どれほど楽しみにしていたことか。
 世界的音楽家Mさんとの会食の日がやってきた。
 和食のコース料理をいただく前に、冒頭の一時間、ロングインタビューを決行。
 常に自然体で、肩肘を張らず、たおやかに活動を続けてこられたMさんの魅力触れる人柄に、今日もガツンと惹き込まれた。
 親父の教え(?)で滅多に呑まない日本酒がどんどん空いてゆく。
 なんと素晴らしき時間なのだ。Mさんをお見送りをした後、夢心地で編集W共々JRを乗り継ぎ帰途に。
 もっともっとギターを弾くことに時間を費やさねば。反省の数時間とも言えた。

投稿者 yonezawa : 16:27 | トラックバック(0)

2012年 01月 21日

喫茶ルオーとbambi

K0000232992.jpg

 寝て、起きたら3時間30分が経過していた。
 眠気と気怠さを抱えているものの、そんなことは言ってられない。
 なる早で身支度を済ませ、JRと地下鉄を乗り継ぎ『本郷三丁目』駅に着いたのは丁度正午。
 徒歩で『喫茶ルオー』を目指す。

 『喫茶ルオー』は 本郷通り、東大正門のはす向かいに位置する。今回、この地をアカデミックな某2氏の対談場所に決めたのだった。
 集合30分前に到着したおいらは、朝昼兼用の飯を喰らう気満々。編集Wくん(東大生OB!)、そして時間前には必ず現れるカメラO&アシスタントの方らと合流し、店内の2F席に取材場所を確保。
 ここの店はカレーが有名と聞いていたので迷わずそれを注文するのだが、先に到着していた編集Wくんが席に着いたらお冷やに続けて(自動的)カレーが出てきたと語っていた(笑)。ホンマかいな。
 正午と言うこともあって満席状態ながら、とにかく快い取材空間を提供してくださり、一つ一つの事柄にものすごいお気遣いとご協力してくださったご主人、おかみさんの配慮に感激だった。今年(確か)53歳になるハズの編集Kちゃん(東大生OB!)が現役の頃は、たまにここのカレーを喰っていたというので、少なくともその歴史の長さを知らさせる。

 対談に関する事の顛末は、覚えていたら3月中のどこかで書き記したいと今日の時点では考えているところ。あまりにアカデミックな対談内容に驚嘆し、己の可哀想な頭脳を恨む局面もしばしば。すさまじき議論応酬の証人となった。

 取材を終え、即座に新宿へ電車移動。雨の降りしきる中、初めてやってきた『新宿ペンタ』に到着したのは午後5時30分。30分の遅刻を許せbambi。
 年明け初のbambiリハーサルは、本来の目的である大新年会の前に行われた。
 300数十曲を数えるレパートリーはいまだ変わらないペースで増え続けている。練習不足のへたれギターで応戦。
 リハ後、徒歩で『ちゃんこ両国』へ移動。
 宴にはカメラT&K子ちゃんも参戦。総勢8名で爆食爆飲の新年会は勃発。

 明日、キーボードのSくんは、フィアンセであるK子ちゃんのご両親にご挨拶をしてくるのだと言う。つまり両親からの承諾を戴く、あるいは許しを請う、という男子最大の関門突破か否かの前夜祭なのであった。

投稿者 yonezawa : 14:43 | トラックバック(0)

2011年 12月 16日

世界的レーベル

B000G1R3RQ.09.LZZZZZZZ%5B1%5D.jpg

 長きにわたり世界的レーベルに所属される、日本が世界に誇る音楽家Mさんと念願の忘年会が叶った。
 大概こうした親睦会を行う場合、港区界隈の飲食店でお会いするケースが多いのだが、今回は思い切って縄張りの新宿へお誘いさせていただく。

 お伝えしなければならないいくつかの案件があったこともあり、本来喰うべき場所のカウンターではなく、プチ個室を予約した馴染みの寿司屋で江戸前の握りを堪能。

 ここまでたおやかに、優雅に、そして朗らかな表情をみせる彼女の人間度量にはその都度驚かせられながらも、この貴重な空間を素直に歓んだ。
 体調面で心配していた部分も、今日のご本人から窺った直接の説明で安堵。
 それにしてもなんと魅力的な方なんだろう。
 壮大なオーラを感じさせるスケール感。お会いする度にMさんから学ぶものは、まだまだ抱えきれないほど見いだされてくるのだった。
 
 食後、もう1件だけおつきあいして欲しいバー『シンクロニシティ』へお連れし、共に芋焼酎のお湯割りを軽く頂いたところ、店主Oちゃんはタッチの差で出勤しておらず残念。なんてこと!
 Mさんとの空間は、おいらの音楽人人生を顧みても、最も重要な空間の一つ。
 おいらの来年の願いは、Mさんがストラトキャスターを弾いてくださった後の感想を窺うこと。

投稿者 yonezawa : 19:39 | トラックバック(0)

2011年 12月 10日

武道館と皆既月食

418EGH5FF3L._SL500_AA300_.jpg

 クラプトンとウインウッドのステージ後はRちゃんに焼き肉食べさせて大満腹。
 自宅前に到着した頃には月が欠けだした。
 

投稿者 yonezawa : 01:52 | トラックバック(0)

2011年 11月 22日

橈骨神経麻痺

img_70369_1665820_0.jpeg

 「千成」か?「春日」か?と問われたら「春日」は食べたことないので「千成」と答えるしかないのだが、「千成」の学生うどんの味はしっかり記憶している。玖珠在住時代、「あんなに美味いうどんは他にない!」と信じていたものだった。
 今、そのテイストに最も近いニュアンスのだし汁が神保町の「丸香」なのでは? と思ってる。「丸香」は東京さぬきということながら、おいらはだし汁の印象にそう感じてしかたがない。記憶は34年前のことなのだけれども。

 うどんは讃岐系よりも九州(博多)系が改めて体質にあう感じで、四国とは違った大分〜福岡圏独特のだし汁がいつであっても恋しい。
 思い立った瞬間の5分後には「丸香」に着席しており、出てきたかしわ天うどんをサクっと平らげた。

 夕方、渋谷タワーレコードへ。
 右手における急病(橈骨神経麻痺:とうこつしんけいまひ)により演奏が困難となってしまったクラシックギタリスト:村治佳織のトークイベントに向かった。
 本体、インストア・ライヴの予定が急遽トークのみの内容に差し替わったとのこと。
 無論、少なくとも年内の公演はすべてキャンセルとなってしまった。
 笑顔で振る舞っていてもきっと内心気持ちは落ちておられるのでは……っと、ある意味神妙な気持ちで控え室を訪れたところ、村治さんの笑顔とテンションはいつもとまったく変わらないそれと同じだった。
 「ギタリストの命である右手が動かない」こんな現象であっても、微塵も後ろ向きな気持ちにならないと彼女は笑ってのけた。
 村治さんは2005年10月にも同じ病に見舞われたことがある。その際も、「神が与えてくださった休息の時間」そうした意味合いでアクシデントを捉え、2006年1月に復帰を果たした。
 今回は2回目なので、どのような精神状態と治癒までの時間がどの程度なのか、身をもって理解している。だからなんてことはない。そうした面持ちで逆に周囲のみなさんを気遣う程の余裕、ゆとりのコンディションで我々を安心させてくれたのだった。
 そんな強靱な精神力も、国内外での音楽活動で身についた武器というか、一つの才能だと感じ入るのだった。選ばれし者に与えられた乗り越えられる試練。
 村治佳織のチャレンジは永遠に続く。
 夜、ふいに連絡をくれたSとサシ飯。実にいい時間だ。

投稿者 yonezawa : 18:06 | トラックバック(0)

2011年 11月 3日

出版記念パーティ用リハーサル

51JjBrSNtRL._SL500_AA300_.jpg

 夕べの芋焼酎が頭を刺激する。午前8時の起床は必死だった。
 午前10時にはスタジオ・ペンタへ到着。来週末に開催されるROCK医師:赤木家康兄の出版記念パーティで演奏する曲のリハーサルが始まった。初の組み合わせにてたった2回の音合わせ。

 正直、ほとんど準備していけなかったのだが、頭で知る曲だからどうにかなろうかとタカをくくり、数回のリフレインでなんとか形にしてゆく感じ。

 シンガーHの登場で精神的にも物理的にも救われた。
 お茶を濁しながらの条件で若干歌う気持ちも少しはあったが、行きがかり上なんとLED ZEPPELINをまともに歌うこととなってしまった。
 フレーズを弾きまくる大先生のベースは完全にギターのそれのようで、こうしたバンド編成の場合、とても効果を見いだすアレンジとして構築された。
 主賓:家康兄のギターはPRS特注品で260万円。絶句。金沢から取り寄せたと聞く金箔で塗り固められた完全オーダーメイドのギターがとにかく闇雲にもの凄かった。
 オールド以外の物件でここまで高価なギターは初めて出会ったかも。8万円のギターで購入に踏み切るのか悩みまくるおいらの感覚では、そうした品を保有した時の気持ちが分からない。
 本番まであわせられるのはあと3時間。曲、覚えなきゃならぬ! っと帰宅後にモチベーションの体内スイッチを探してみた。

投稿者 yonezawa : 15:35 | トラックバック(0)

2011年 10月 30日

ハロウィン・パーティー・ライヴ

5115n%2B8vUzL._SS400_.jpg

 昼飯前のRちゃん、どうしてもコンビニまでの散歩に、自分の赤い自転車とおったんはもう一台の自転車とで行きたいというので外へ。

 週末は毎度コンビニか西友で毎度お菓子を買っている。
 今日は大好きな煎餅を1個だけ買った。
 帰宅して、おいらだけが朝昼兼用となるチャーハン他をいただく。
 ご飯の最初には必ず梅干しを食べるRちゃん。なんだか儀式のよう(笑)。1個を細かく分けて口に入れてあげるのだが、最後に食べさせる種もちゃんと自分で口から出せるようになった。
 1年前では飲み込む可能性を考えるので上げられなかった。そんな光景にも成長を知らされる。
 夕方、ライヴ観戦のため外へ。
 小田急線:喜多見駅で降り、そのままマックへ行きたいと駄々をこねるRちゃんに促され、ちょっと早かったが夕飯もどきを済ませた。
 Rちゃん用にと小さなおにぎりを自ら握り、別に海苔もちゃんと持参してきており、途中では餃子も買ってたのにマックで夕飯……。
 
 狛江MHS(メガハイパースタジオ)で行われたハロウィン・パーティー・ライヴに、吉田父さん、義太夫兄、甲野らが、沖縄からやってきた小五の女の子Kids Drummer☆SAKuRAとセッションするというので、はるばる家族で向かおうということになっていた。

 ところが行きがけの井の頭線の中で、すでに居眠りを初めてしまったRちゃんを見て、「(連れてっても無理か?という判断のもと)こりゃ無理? 連れて帰るか?」という選択肢も一瞬よぎったが、行きゃあ音量で目覚めるだろうと読み、予定通り目的地へ向かうことに。

 狭いスタジオの控え室のような場所でのライヴだったが、温かい迫力と心地よさが感じられ、結局Rちゃんも釘付けで演奏を凝視。
 バンド名はSAKuRAとPTA。義太夫兄のギタープレイはマジプレイでかっこよし。

 予定された3曲の演奏後、吉田父さんよりハロウィン用のお土産をたくさんいただいたRちゃんは、ほうきのような、はたきのような、棒の先にグリーンのヒラヒラのついたブツを妙に気に入り、帰りの電車中で振り回しそうになるのが一々難儀だった。ほとんど乗客のいなかった車両で助かったけれど。
 「おったん! かえったら、けんどうしようね」とやる気満々。剣道の単語知ってたか。

 帰宅後、即風呂の準備をして明日の支度を行うが、時計の針はあっという間に22時を指した。
 髪の毛を乾かしてやり、歯を磨いてあげた後、それほど時間の開かないうちに自ら布団に向かっていったRちゃん。きっと気疲れと、それなりの長旅で疲れてしまったのだね。

投稿者 yonezawa : 14:27 | トラックバック(0)

2011年 10月 26日

THE BOUZ

41E9FFyjX7L._SS400_.jpg

 起きがけから、長袖のシャツが必須の気候だと体感させられた。
 またしても慢性の睡魔が我慢ならずきつい。いつもと同じ睡眠時間程度のはずなのに、椅子に座ったまま午前1時にはコクリコクリ船を漕いでいた。
 月末の某リハに向けて、ボチボチ真剣に弾く準備をしなければならないが、この調子だと平日の夜中にしても厳しそう。

 YouTubeをネットサーフィンしてたら、THE BOUZの音源を発掘。
 25、26年昔だったか、横浜ビブレでの彼らの演奏を聴いた日のことを思い出したところ。
 あの時、フェンダーのアンプで鳴らしていたチャーのストラトの音を凌ぐファズサウンドは安易に思いつかない。ホントになかなか遭遇出来ない程の音の良さだったことを回想する。
 ギター、アンプ、共に最高のコンディションであり、おいら好みの色彩だった。

 おいらにしても、ギターは当然ながらアンプもきっとこのままフェンダーで貫き通す確信のようなものがある。生涯。

投稿者 yonezawa : 14:25 | トラックバック(0)

2011年 09月 10日

最後のリハーサル

002.jpg

 ピアノが来てもあまり積極的に弾いてくれんな、姫。まぁボチボチいきましょう。
 むしろ、鍵盤歴のないおいらが興味を示す展開で、お父さんが弾いているとそばに寄ってきて、レッスン中の課題曲をさわりだけ弾いてくれるRちゃん。
 「戦メリ」など流ちょうに弾いてみたいものだ。

 夕方、岡山へ向けたbambi最後のリハーサル。
 個人的な課題を持ち帰り、残り数日の宅連で辻褄をあわせるべし。
 リハ後の飯、なぜにこうも楽しく愉快なのだろう。結成から2年余りを経てもまだまだメンバー同士知らない事実ばかり。
 大先生に手配いただいたアンプはシミュレーションするにしても大音量で鳴らさねばなかなかその機微は掴みにくいところであるが、ともあれ来週も慌ただしい平日を過ごすこと確定故、ギターもろともそろそろ梱包に入らねば。出音も辻褄をあわせるべし。

投稿者 yonezawa : 16:59 | トラックバック(0)

2011年 09月 4日

吉永小百合さん、村治佳織さん

 たいした睡眠は得られないまま起きがけのシャワー浴びて、「どうしても」というRちゃんのゲームにつきあい、13時過ぎ外へ。
 一昨日納品予定のカットはまだ届かない……

 赤坂へ。
 クラシックギタリスト村治佳織ちゃんの有り難き計らいで「TBS RADIO 954 kHz|今晩は 吉永小百合です」公開録音の席をご用意いただいた。佳織ちゃんに大感謝。

 吉永小百合さんが詩の朗読をし、そこに佳織ちゃんが生演奏をつけるというシーンが、一つのポイントとなっていたので、この公録には興味を抱いていた。
 あるコーナーでは、佳織ちゃんが10月にリリースする新作から3曲を演奏されたが、中でも変速チューニングで奏でられたコユンババ(ドメニコーニ)がすごかった。うん、ホントにすごい。
 ちょっとあのトリルは、そんじょそこらのギター弾きでは難解であろうと実感。彼女の日々の鍛錬がかいまみえるのであった。聴けばわかります。

 そして、吉永小百合さんのすごさといったらない。
 おいらは今日初めて、世間で一般的に言われるその魅力を理解したのかもしれない。
 天然な感じもありながら(笑)、しかしその美しさとチャーミングさが脅威だと認識させられた。彼女が、すべてのファンすべての関係者に見守られるハズだと痛感していた。
 お2人が語り合うすべてのシーンがあまりに気品に満ちあふれており、とにかく目映く感じ、なんだか涙目で見つめていた一庶民のおいらだった。
 つくづくチャーミングなお方だ。

 収録後、どういうわけだかスタッフ全員の集合写真においらも加わることとなり(笑)、ひな壇の後ろに立たせていただく。
 吉永小百合さん、村治佳織さんと写る、本当の記念写真への参加となった。関係者のみなさま、ありがとうございました。

yoshinaga-03-98b09.jpg

投稿者 yonezawa : 17:20 | トラックバック(0)

2011年 09月 3日

怒濤の超漫画家と怒濤のファンクギタリスト

 届くはずの4Cカットが一向に届かない。約束は昨日の18時だったものが、ラフが到着したのが昨日の23時過ぎ。明けて本日、いつ届くのかを関係者が待ちわびているのだが、担当編集者によれば「連絡がつかないまま、ともかく待つしかない」という状態とのこと。
 時折外出もせねばならない休日の日程故、身動きのとれないことになるのだが、データーで届くはずのカット絵柄を出先でも確認するべく、パソコン前にいる仲間の協力を得て、スマートフォンへの返信で確認しようと体制を構築。K、そしてSさんに心より感謝。
 しかし結局カットはまだまだ届かない。

 午後3時30分、高円寺駅改札待ち合わせで漫画家:大友克洋兄、江口寿史兄、遅れて田村信兄の3名と待ち合わせ。なんと大友兄のおごり(!)で中央線焼き鳥屋巡りの日がやってきた。
 この飲み企画の決まる席に居合わせた幸運に感謝。

 高架沿いの「大将」でウーロン割に焼き鳥数本。大阪帰りのタムタムが遅れて到着。
 数杯いただき、場を阿佐ヶ谷駅へ。
 こちらでは漫画家・イラストレーターの寺田克也さんが合流。駅前で、偶然漫画家:杉木ヤスコ(ヤスコーン)さんとばったり。
 徒歩で駅前を通過し、ふつーの居酒屋で酎ハイ数杯。

 ひとしきり飲み終え、仕事に戻る寺田さんを見送り荻窪駅へ移動。こちらでは漫画家・吉田戦車さんが合流。ずいぶんと景観の変わってしまった北口を歩きながら、満席に近い焼き鳥屋へ。
 どうでもいいが土曜日の夕方の焼き鳥屋はなぜにこうもオヤジが大勢いるのだろうか。
 
 西荻を飛ばすことにして場を吉祥寺駅へ。漫画家:山崎紗也夏嬢到着。
 中休み(まだまだ飲むわけですね)でカラオケへ行く展開となり、時計回りでみなさま熱唱。おいらはこの凄すぎるメンツをシャキシャキ激写。
 その一連の展開を逐一ツイットする先ちゃん。iPone使いの名人、ヘヴィーユーザー先ちゃん。
 そんな中、スティーヴィー・サラスの代理人より電話が入った。
 本来ならばおいらは21時台の(最終の新幹線アクセスに間に合う)電車で吉祥寺から修善寺界隈まで向かい「メタモルフォーゼ」
http://www.metamo.info/
のライヴ観戦の予定でいた。
 ところが今日家を出る直前に、その野外イベントが台風で中止になってしまった。
 中止になったライヴを知り、スティーヴィーらも一旦ホテルへ帰ってしまったと聞いていたので、今回はもう会えないかなと諦めていたところだった。
 深夜にかけてきた電話の主Rさんが、「午前3時よりスティーヴィー、恵比寿のリキッドルームでやります!」「kazuさん一人でいらしてください!」そう言われたのだった。
 場の盛り上がる壮絶漫画家の行く末を見届けることもなく、面々が丁度場を「闇太郎」へ移す頃合いにカラオケはお開きとなり、建物1Fで集合写真。
 皆様、データとプリントは少々お待ちを!

 中座したおいらは一人、即恵比寿へ直行。
EBISU.jpg

 開演1時間前に到着したおいらは、パスも待たずして(笑)ずんずん控え室へ進入し、1年ぶりにスティーヴィーの面々と再会。通常、ベーシストであるジャラが今日はドラムを叩くと聞いて驚いた!

salas.jpg

 会場は超満タン。午前3時、オンタイムでライヴ開始。おいらはステージ袖の至近距離で観戦。
 ノンストップという言葉が似つかわしい壮絶なグルーヴを体感させられる。この男でしか体感出来ないうねりが炸裂だ。スティーヴィー、今日もホントにさすが。
 持っていた一眼レフでそのステージングを激写する。
 スティーヴィーほど、よい持ち物(スキル)を持っているギタリストは本当に世界中に少ないと感じる。
 ライヴ後、控え室でメンバーを労い、しばしの別れを告げ早朝帰途についた。
 スティーヴィー、thanx!

 時計はもう6時を回り、7時に近づいてきた……。

投稿者 yonezawa : 16:29 | トラックバック(0)

2011年 08月 27日

宴会

51wc2bjkSyL._SS500_.jpg

 夕べの打ち上げから日付が変わっても、まだまだ宴会は続いていた。
 それにしてもなんと豪華なメンツなんだろう。打ち上げ会場には、これまでお会いしたことのなかった浦沢直樹さんや、しりあがり寿さん、お笑い芸人のバッファロー吾郎さん、東村アキ子さんら...の姿も。
 エキシビジョンマッチでものすごい回答を魅せた寺田克也さんとは久々の再会となり、座の中には西原理恵子さんや島本和彦さん、とり・みきさん、ズミー(泉晴紀)、さやか嬢(山崎紗也夏)...らの姿も!
 今年5月25日には『ぱじ』愛蔵版
http://www.amazon.co.jp/dp/4087823768/
を発売し、傑作コミック『星守る犬』
http://www.amazon.co.jp/dp/4575301434/
は文化庁メディア芸術祭に取り上げられ、映画化された同作品『星守る犬』
http://hoshimamoru.com/index.html
は大ヒットに導かれた。村上たかしさん&奥様との再会も毎度毎度有り難い空間だ。

 この機会でなければ話しなどできそうにない豪華メンツとのひとときが貴重だった。村上さん担当の時にこさえた、連載記念の品:トート・バッグは今でもメインで日々活躍している。
 昨日の本番でのおおひなたごうちゃんは、過去のパフォーマンスを含めても際だって素晴らしかった。仕切りは勿論、演出も感動的なほど。
 ともあれ、ごうちゃんお疲れさま。
 ヤンジャン編集Fの腕はそもそも知るところながら、解説として会場を温めるトーク内容の的確さには舌を巻いた。
 ともかく演者のレベルは勿論ながら、関係者のスキルも最大限に極まった大会となっていた。当然打ち上げも盛り上がるハズだ。

 なんだか座敷で延々と立ち話になってしまった喜国雅彦さんとの音楽談義も最高。贅沢すぎる時間が過ぎる。
 編集Hちゃんと地元の呑みだちSと隣の居酒屋に場を移し、さらに痛飲。
 世代の違う面々、みな呑み体力万全な感じ。当然、始発などとうに出ている中央線で帰途に。

 午前、Rちゃんの刺激で起き上がるモノのスイッチがなかなか入らない。
 しばらくゲームなどでお茶を濁した遊びにつきあいつつ、夕方のbambiリハへ。
 リハ後のいつもの晩餐は今日だけは厳しかろうと、心は「帰宅」と準備していたくせに、やはり「全員が揃った酒席を外しては勿体ない」といった思考が働き、赤・白ワインで派手に呑みつつ盛り上がる。
 そしてまさかの「もう一度スタジオに入る!」といった、とんでもない展開となり、全員悪ノリ大セッション大会へと突入。もう止まらない。

 パンクバンド的演奏を終え、疲弊気味で解散しながらも、まだ呑む気満々のキーボードSと『闇太郎』へ移動。時間と眠気の来るまで飲み明かした。
 「これは、20代前半の呑みですよ!」と、20歳代半ばを過ぎた、おいらを誘った張本人がボソっと漏らした。

投稿者 yonezawa : 00:33 | トラックバック(0)

2011年 08月 23日

Daughters

51EkgHl-pJL._SS500_.jpg

 マーティン・スコセッシ監督ドキュメンタリー
「George Harrison: Living in the Material World」予告編
http://www.youtube.com/watch?v=Xnx87LIDO9k

 そういえば映画『八日目の蝉』は未鑑賞だった。
 書籍やドラマでは、正確な理由も分からない心情の中、切なさの極みに突き落とされた本作。映画のトレーラーなどで感じ得る俳優陣のテンションにも、ほどよき濃さを感じていた故、鑑賞に対して積極的になった作品だった。
http://www.youkame.com/index.html

 劇中の複雑な心情を抱えるキャラクターをそつなくこなす井上真央、永作博美、小池栄子らの女優陣には納得させられ、本編で聴こえるジョン・メイヤー『Daughters』の泣かせること。どうせなら主題歌にしてほしかった。
 現役シンガーでは間違いなくベストの一人に数えたし。

 そして日に日にフェアリーズに詳しくなってゆくおいら。

投稿者 yonezawa : 00:31 | トラックバック(0)

2011年 08月 19日

ストラトとケーブル

41L%2Bqs%2BHcEL.jpg

 またしても寝られない日となった。
 早朝8時前に起床し、ストラトとケーブル他を確認し、代々木のスタジオNへ。
 雨が降り出した午前10時過ぎ現地到着。すでにミュージシャンA、今回初のセッションとなるTさんはすでに到着されていた。
 ギター、ベース、キーボードの3名で課題曲を数回リフレイン。2人とも申し分のないプレイが嬉しい。
 正午前に目の前にあった中華屋で昼食をいただき、夕方にかけて人生初となる元気な課題曲を数回セッション。確かに貴重な体験と言えた。
 上田で灼熱の日に晒されたストラトの弦は気のせいか、伸びきっていたような感覚だ。

投稿者 yonezawa : 00:17 | トラックバック(0)

2011年 08月 18日

ストラトとケーブル

91FUGKiYoXL._AA1500_.jpg

 鞄もどかしていないベッドになだれ込んだ明け方。
 朝9時前にタイマーで起床。
 チェックアウトの10時を大きく過ぎた45分、フロントの催促の電話に促されホテルを後に。
 徒歩で『ピーチェリーノ』へ向かい、和風パスタのランチをゴチになった。M感謝!
 そのまま歩いて市内を目的のないまま、まさに徘徊。

 13時30分ののぞみを目指し、タクシーで博多駅へ向かい小倉へ。さらにバスで北九州空港へ。そのまま羽田へ降り立ち、15分後に出発する高速バスで吉祥寺へ。
 珍しくコンビニ弁当を買い、帰宅後夕飯。夕飯作る気、ちょっと湧かず、キャベツの千切りだけ切り、添えた。
 明日は午前中からのセッティングで某セッション予定。

投稿者 yonezawa : 13:25 | トラックバック(0)

2011年 08月 11日

fender super sonic black panel

51U6o%2BwStZL._SL500_AA300_.jpg

 Y編集部Iからの打診で、新たなるイレギュラー演奏&撮影案件が飛び込んだ。
 9月の岡山ギグ前に、何をどうやるのか今日のところではまだ見えていない企画ながら、楽しんで取り組めたらと考える。

 世界のSさん、世界のMさんを繋げる企画をなんとか実現させられないものかと、ある音源の情報より妄想を広げ、関係者各位に気持ちをお伝えする算段をとった。
 
 午前中、宅配便業者が訪問。
 荷物の中身は、先日上田で悲しい目にあったアンプと同機種のfender super sonic black panel。
 医学界最強のギタリスト:大先生が、岡山ライヴを睨み入手。管理をおいらに委ねるというたまらない任命を授かり、本日よりこのアンプの癖と特性を習得するべく、誰もいないリビングの隅に転がした。

main.jpg

 いつもなら楽器類は勿論すべて自分の小さなギター・パソコン部屋に押し込む習慣がある故、こうしてリビングに堂々とアンプなどを置くなんてことなどあり得なかった。
 威風堂々とするこの光景に違和感を感じてしまう自分であった。
 自宅ではものすごく小市民であったことを、こんな場面で自覚するとは……。

 ともあれRさんとKちゃんの超企画、実現させたものだ。 

投稿者 yonezawa : 13:21 | トラックバック(0)

2011年 08月 4日

雨模様だったり……

%E3%82%AD%E3%82%BF%E3%80%81%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%80%82.jpeg

 夕べ深夜も雨模様だったり、今日も降ったり晴れたりのへんてこ日和。
 O先生から中継されたペダルワウの裏に、アロンアルファで貼ってたゴム製の滑り止めが先日のライヴ前に取れてしまっていた。本番前に認識していたのでその日はそのまま使用したが、本番中にこれが起こるとすべるので厄介だ。演奏の度に足でゴリゴリ踏み込むものだから、そのうち取れてしまうのは仕方が致し方ないことだが。
 機材のメンテナンスはホントに苦手。

 晴れ間の中、雨水を含んだ木々のしずくが落ちてくる。バス停に並んでいたおばあさんらを先に譲り、いつものコミュニティバスで駅へ。
 
 力の抜き具合を含め、敬愛する編集J兄と久しぶりに再会。お茶してミックスサンド食べて近況を伺った。Jさんはいつも本を読んでいるイメージで、雑学にしても基本何でも知ってるイメージ。
 言葉では言い表しにくい魅力を秘めている先輩の一人がJさんで、おいらはあまり働きたがらないJさんといつでも仕事で組みたいと機会を伺っていたりする。
 懐かしい名前がちらほら出てきたせいで、ほんのりと23,24年前の景色を思い出していた。

 夜、中野VOXスタジオ。雨が降らなくてよかった。

投稿者 yonezawa : 15:22 | トラックバック(0)

2011年 08月 3日

リハスタinサンプラ

%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%BC.jpg

 写真集『涉嫌抄襲』到着。日常に国内で見る一般的な写真集と比べれば、格段に色彩の鮮度が低く、日本の印刷技術の高さを改めて感じ入る。
 狙ったわけじゃなさそうなアンダー気味の色味がかなり残念。被写体はパーフェクトだというのに。

 一昨日、衝動換えしたauスマートフォンAndroidにまだまだ困惑。
 メール1本打つのに苦労しながらも、携帯からどうにかそのまま移行した感じ。
 文面のコピーやら、urlの貼り付けやら、ゴミ箱行きの操作がおぼつかないので、まだまだ1/100も使えていないのだろうが、ささやかな盆休みの(大量の)移動時間を使って徐々に慣れればよかろう。アプリなど先の先。Mちゃんに聞くこと盛り沢山。
 こうした機器の進化の中、パソコンを稼働させる母はやはり偉大だ。70歳代になった頃のおれには、きっとその時代のスマートフォン的操作などお手上げだろう。

 雨が時折ぽつりぽつり。。
 今夜は中野サンプラザ。コンサート観戦ではなくリハーサル也。初のリハスタinサンプラVOX。

投稿者 yonezawa : 15:21 | トラックバック(0)

2011年 08月 1日

残ってた豚肉

8/7(日)14時〜15時出演決定!
UEDA JOINT(長野県上田市の夏フェス)
http://www.uedajoint.com/
The Real Jazz Tribe

Hide Tanaka ( Keyboards )
Kazuyuki Yonezawa ( Guitar )
Tetsu Ikeda ( Bass )
Great Gidayu (Drums )

main-1.jpg

 上田用のリハを3時間。まだまだ超手探り。

 気がつけば夜中の1時まで半日以上飯を食っていなかった。帰宅後、冷蔵庫に残ってた豚肉を味噌炒めにし、もやしとキャベツのそていとあわせた。
 台所でスタンディングの簡易ディナー。
 食事を終えた頃、目ボケ眼のRちゃんが起きてきた「おったん、おちゃ」と小さなコップに半分注いだ麦茶を飲み干して、何事もなかったかのようにそのまま布団へ戻っていった。

投稿者 yonezawa : 16:50 | トラックバック(0)

2011年 07月 17日

Fender CONCERT REVERB

CA3A0056-0001.JPG

 11時に起こされホッとした。

 しばらくぶりにフェンダー・コンサート・リバーブで鳴らす。隣では、再びパソコン・ゲームの稼働を強引にもぎ取ったRちゃんが「う・る・さ・いー」と漏らす。

 アンプのガリの元、ノイズの元が気になった。本番の場合、大音響で差し支えなるのか、今週来週のコンディションでその決断をせねばならないところ。
 そもそもトレモロ機能がついている唯一の機種だったので購入に至ったアンプだった。確か2004年頃だったか。コンボ・タイプにしてはそれなりに大型故、なかなか持ち出して活躍させられていないアンプ。
 
 夕方、Tと、意思の確認を含めたミーティングをリハスタで行い、そのまま個人練習としてセッション開始。
 大音量で鳴らすイメージが日常から身体に染みついていなければ、その機微への回復は毎回困難を極めるもの。大変意味のあるセッションとなった。
 いくつかのライヴを睨み、今日はそれなりの音を出せてよかった。Tにも感謝。

投稿者 yonezawa : 22:48 | トラックバック(0)

2011年 07月 3日

張り替え

41VQ1BQ9xTL._SS500_.jpg

 9月の岡山ライヴに向け、メンバーもおいらも一斉にツアー日程を絞り込んだ。
 一旦予約したツアーも(もっと安いツアーを見つけたので)7割方キャンセルし、新たに格安のツアーを検索・模索。
 結果、某旅行代理店との直接のやりとりでとりあえずの暫定日程を割り出だせた。代理店のご担当者が大変親切で的確で嬉しい。
 
 午後、赤い自転車に乗ったRちゃんと公園でブランコして、西友で(成り行きで)ディズニーの絆創膏のみを買いに。
 部屋の中でもボールを蹴り合うことが気に入っている様子で、夕飯までビシバシ往復。
 近々幼稚園では、水浴びというか水泳のようなことが始まるそう。嬉しそうなRちゃん。
 
 分刻みで遊びの要請が途絶えない中、明日の取材用書類に目を通すが、なかなか集中出来ず。昼過ぎに、倒されて切れてしまったギタレレの一弦を張り替えるタイミングで、ついでに全部の弦を張り替えた。
 ガットギターに張るナイロン弦。ブリッジ部分の「結び」にはなかなか慣れないまま今日まで来てしまった。あまりできばえがよいとは言えない案配ながら張り替え完了。音の張りが全く違うのが嬉しい。
 Mr.ジェイク・シマブクロや、村治佳織さんや木村大くんなど、張り替えも上手いんだろうなぁ〜きっと。
 エレキ弦のような止め具つきのナイロン弦では、「邪道!」あるいは「以ての外!」という声が聞こえてくるもので使いにくいのだが(使ったことはないが)、エレキギター弾きのおいらにとって、あの巻き付ける行程は何度やっても難儀で憂鬱。
 おばあちゃんとSkype中のRちゃんが、「まだできないのぉ〜? おったん、げんかえるのおそいよ〜」と退屈そう。おいらにすれば偉く時間がかかってしまった。
 ちなみに、エレキ弦ならライヴ中の曲間に交換し、1曲を張り替えた弦で弾き通せた経験あり。

投稿者 yonezawa : 00:16 | トラックバック(0)

2011年 06月 28日

カブトムシどこにやったの?

51rWNTJl84L._SS500_.jpg

 昨日の夕方、ふいに携帯に自宅から電話。
 いきなりRちゃんの声が!「おったん、カブトムシどこにやったの?」「ちゃんとさいしょからせつめいして!」
 昨日の昼間、虫かごはおいらのクローゼットのドア前に置かれていたので、部屋用として使っているジャングルジムの中に移動させていたのだった。
 ちゃんと言ってこなかったので、きっとママと探したのだろう。その抗議の電話であった。

CA3A0054-0001.JPG
▲今は餌にスイカとかキュウリなどをあげるとよくないのだそう。昆虫にも今日日専用のゼリーを買い与えるのだった。


 「言ってなくてごめんね!」と説明するが、なかなかその場所を理解してくれなかったRちゃん(笑)。
 電話はママがかけてきたのだろうが、一応記念すべき初の直電。

CA3A0055-0001.JPG
▲土に潜っており、雄雌両方とも見えません。


 とある取材企画のためF社に勤務する同級生Yに連絡。彼の会社でそのテーマ関連の部署もあったようなので情報収集してみるが、結果その産業のシェアは低いとのことで取材は断念。

 活字媒体の編集Kさんからお借りしたJEFF BECKのブートレッグを聴きながら、自分のコレクションはどうだったか確認してみる。
 意外にそれなりの枚数のCDをコレクションしており、自分でも冷静に認識。オーディエンス・トラックだととたんに興味が薄れ、さして聴き込むことはなくなるのがブートへの意識。
 Kさんは、ホントに小まめに音源チェックされており、そのマニアぶりには敗北を喫したおいらだった。
 過去のいくつかのセッションを1枚にまとめた『Jeff Beck Session Works』やら、日本未公開の映画のサントラ『Frankie's House』やら、冷静なトリビュート盤『Jeffology - A Guitar Chronicle』なども引っ張り出し、久々に拝聴。

 Fちゃん、副編昇格おめでと。K&T、主任昇格おめでと。

投稿者 yonezawa : 12:16 | トラックバック(0)

2011年 06月 25日

THE MODS 30周年 日比谷野音

51ZHPeTSgIL._SS500_.jpg

 K渕兄から、先日演奏したおいらのライヴ姿の「雄志」(笑)を激写してくださったという写真がメール到着。大感激。

 小雨ぱらつく中、Twitterにつぶやきながら日比谷到着。会場回りの観客が熱気を発散している。
 今夜はTHE MODS in 野音。今夜、彼らの30周年となるメモリアル・ライヴは見届けねばならなかった。
 
 おいらが福岡在時代、彼らのデビュー・アルバムは、海外ミュージシャンやバンドのそれとは別に、特異な地響きと得体の知れぬエネルギーを感じさせたものだった。
 当時、THE MODSがどうクールに映っていたかは、今の想いとさして変わらないように感じる。

 想像し続けた野音のTHE MODS、結果は一点の曇りもないパーフェクトなパフォーマンスであり演奏であった。
 パンクバンドというイメージ故、演奏技量に関してはとりたててクローズアップはされてこなかったのかもしれないが、演奏にしても実はめちゃめちゃ上手いバンドであるし、見られることを熟知しているエンタテインメント性は世界有数であると言ってもよいと確信する。
 
 森山さん他、メンバーのすべては完璧と言えた。
 苣木さんの、特にゴールドトップのファズサウンドはため息モノだ。今日も上半身裸のまま心臓に突き刺さるようなボトムを刻む北里さんのホンモノさ加減。ドラムスのしゅうくんは今年5周年だと言うが、もう彼不在のTHE MODSは想像できない。素晴らしいドラムングにも注目させられた。
 30周年の迫力と共に、彼ら全員のピュアネスさ加減に終始打たれ続けていたおいらだった(涙)。

 銀座で一杯、新宿で一杯の梯子酒を今夜は高橋ツトムがごちそうしてくれる。
 高橋ツトムはTHE MODSの身内のような距離にいる男だ。

 その後、打ち上げの席へと合流させていただき、そこから延々夜中まで語りあってくださるメンバーの皆様に感激を通り越した歓びを感じ受ける。
 THE MODSのロマンチストさ加減にため息を漏らす瞬間は何度も訪れた。“破格のロッカー”とのしびれる夜が更けていった。

 LED ZEPPELIN及び洋楽ロックとはまた違う、博多時代から一度も歩みを止めていないバンドTHE MODSは今日も素敵だ。それこそ「“本物のバンド”ってのは誰のことを指すのか」を認識させられる空間。

 THE MODSとのフレンドシップを生涯大事にしてゆきたい。
 THE MODSにもう一度、大感謝。

投稿者 yonezawa : 12:15 | トラックバック(0)

2011年 06月 20日

失速バンド2011

821.jpg

 2011年度『失速バンド』無事終了。

 K渕兄、最前列で「来場アピール」に感激。bambiご一行様ご来場に身内感激。
 H、C、Sの精鋭ご来場、嬉しかった! 吉田さんファミリー全員に感謝。T、撮影今日も感謝。本酒飲み干すYに感謝。
 
 本番で結局持って行ってしまう吉田父さん、今日も素敵でした。
 哲のベースは偉大です。
 K野は失速参加史上最も度量のあるプレイだったのでは?
 そして義太夫兄のラウドな出音に安心感極まり、後ろを振り返ることもなく終盤まで駆け抜けられたことは貴重な体験でした。

 書ききれていませんが、多数の皆様方のご来場にメンバー一同心より感謝申し上げます!
 そんでBEAT GENERATIONの面々、お疲れさまでした。

 2011年度 BEAT GENERATION

 ●吉田宏 Vocal
 ●甲野勝之 Guitar
 ●池田哲也 Bass
 ●グレート義太夫 Drums
 ●米澤和幸 Guitar

❶Good Times Bad Times / LED ZEPPELIN
❷The Ocean / LED ZEPPELIN
❹Celebration Day / LED ZEPPELIN
❺花・太陽・雨 / PYG
❻やさしい悪魔 / CANDIES

2011.6.20 BEAT GENERATION at 目黒ブルースアレイ

投稿者 yonezawa : 15:25 | トラックバック(0)

2011年 06月 17日

ドラム・レスで数曲

日時:6月20日(月)18:30 OPEN 19:00 START
場所;目黒BLUES ALLEY
料金:3,000円(再入場可)
出演:L-mode、スマトラーズ 、MATALLOW MONKEYⅢ、服部ブラザース、
BEAT GENERATION、迷彩色ホタテ、ブラスロック

詳しくは「失速LIVE2011 HP 」
http://www.shissoku.com/

我々BEAT GENERATIONは21時より出演します。

41wsvf9YqsL._SL500_AA300_.jpg

 雨。鬱陶しい中レスポールを担いだまま超大量のペットボトル空き容器を破棄。
 我が家のそれで、マンション全体用の網でできたペットボトル入れ1つが満タンに!

 リハにレスポールを持って行くのは珍しい。アームがないと家を出る直前に萎えてしまうから。
 ハムバッキングの硬質な音色は確かに心に響くところはありながら、もう長きに渡って気分はストラト系。初めて買ったエレキギターはレスポールだったのに。
 
 リーダー吉田兄と早めの晩飯「ボンディ」。ゴチに。兄、感謝!
 一旦帰社し、雑務を片付け、20日に関しての最後となるスタジオ入り。あとはなるまま。

 義太夫兄が早めに撤収した後、ドラム・レスで数曲確認していたところ、ある曲のエンディング変更の案を思いついてしまい、結果、その部分は頭で認識していただき、本番で初めて全体で奏でるという展開になった。まさにバンド也。

投稿者 yonezawa : 15:23 | トラックバック(0)

2011年 06月 15日

eggmanでffp

31yqEtEpUsL._SL500_AA300_.jpg

 渋谷駅からeggmanに向かっていたところ、公園通りでRちゃんに遭遇。嬉しい。
 裏通りのショップでRちゃんの選んでくれたシャツ購入。

 強いRちゃんリクエストで彼女を連れ立ち、eggmanでffpのアコースティック・ライヴ観戦へ。この日をRちゃんは1週間前から楽しみにしていた。

 パワー・ロックから一転してアコギなffp。
 メンバーチェンジを経て、再び8月辺りに再始動するという彼らに大いなる期待。
 Rちゃんと別れ、雑務を終え新宿へ。

 T編集長、編集Tちゃんの会食の席へ遅れて到着。
 4軒の梯子酒で、気がつけば夕べと同じ闇太郎。終わったのが4時を回ってしまい、ヘトヘト。
 T編集長は3,4軒目以降の記憶が何もなかったのだという。無理も無かろう。
 

投稿者 yonezawa : 15:22 | トラックバック(0)

2011年 06月 13日

Taylor Guitarの12弦

61B7D505kYL._SS400_.jpg

 気持ち、咳が時折出るということでRちゃん今日は園をお休み。
 しかし漲るエネルギーは満タンで、一々ママに怒られながらも遊びと自粛の狭間を行き来する彼女。
 じめじめした雨模様。振ったり止んだり。
 お茶の水の中古楽器屋でTaylor Guitarの12弦に惹かれる。困った……。
 まず欲しかったギターはナイロン弦のガット・ギターだったはずなのに、目の前に凛々しい物件が現れたとたん浮気心に火が点いてしまうのだった。
 おいらの“顔”で正規ルートで購入した場合よりも3万円安い計算。悩みどころだ。

投稿者 yonezawa : 19:46 | トラックバック(0)

2011年 06月 9日

我々はBEAT GENERATION

61B4nR9OAEL._SS500_.jpg

 今回で3週続けてMACのハンバーガーを食べたら段々味に慣れて癖気味に。
 聴けば聴くほど、弾けば弾くほどに奥深い。
 まだこの年になってもLED ZEPPELINの呪縛の内側であがく日々。
 失速へ向けたリハも今週は今日のみ。本日のリハを終えれば残りあと2回。
 まだ細かいニュアンスを取り切れてない自分が問題山積み。本番までには、なんとかつじつまあわせねば。
 ある瞬間、バンドの芯が熟成され大きくゴロンと前進する瞬間。来週の最終日にはその感触を掴むべく精進。日々精進。

日時:6月20日(月)18:30 OPEN 19:00 START
場所;目黒BLUES ALLEY
料金:3,000円(再入場可)
出演:L-mode、スマトラーズ 、MATALLOW MONKEYⅢ、服部ブラザース、
BEAT GENERATION、迷彩色ホタテ、ブラスロック

詳しくは「失速LIVE2011 HP 」
http://www.shissoku.com/
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4344991397/
o0207030010184399778.jpg

投稿者 yonezawa : 14:01 | トラックバック(0)

2011年 06月 7日

最重要書類の作成

51y7xHjvYlL._SS500_.jpg

 しっかり二日酔いを自覚しながらも最重要書類の作成に。
 夕飯時に、S社Kさん、Hさん、WO社Yちゃん、W社Oちゃんとのミーティングを予定していた。打ち合わせ場所には静かなところを想定し(おいらは食べられないが)K氏馴染みの蕎麦屋を予約。
 到着したらば、店内は大勢のオヤジ・サラリーマンで席は埋めつくされ、まぁ〜うるさいったらない酷い環境の場所となっていた。大失敗。だが仕方なし。

 ビールで乾杯。二日酔いのおいらは温かいウーロン茶でスタート。
 それぞれ異分野の者同士が意見を出し合い、今年おいらが睨む、おいらにとっての壮大なプロジェクトの布石を投じた瞬間となった。
 この数週間は頭であれこれ妄想を繰り広げ、どういった手段を踏めば企画を現実に導けるのかのシミュレーションを繰り返していた。
 まさに本企画のブレーンと言える頼もしき面々のアイディアを賜り、また一歩前進した今日は最高の気分。外枠の構築は良好。後は二日酔いを覚ますだけのところ、2件目では赤ワインを開けてしまっていた。

投稿者 yonezawa : 13:59 | トラックバック(0)

2011年 06月 4日

谷口ジローさんおめでとうございます!

51u3HFiCccL.jpg

Spoon Slide Guitar
http://www.youtube.com/watch?v=PECpA9a_2zQ

 Yahoo!トップニュース也。
<谷口ジロー>欧州で人気のマンガ家 仏のシュバリエ章受章
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110603-00000021-mantan-ent

投稿者 yonezawa : 13:57 | トラックバック(0)

2011年 06月 3日

テデスキ・トラックス・バンド

img57921539.jpg

 転調してコードの調整。あっているのかそうでないのか。
 WEBで入手したコード譜はいい加減な部分もあるので、落ち着いてちゃんと精査せねばならないのだが、週末のRちゃんとの攻防でそれらの時間を得られるかが勝負。
 夜中に音出さないまま弾いても鍛錬は身に入らないのがエレキギターの特徴。
 ある程度の音量で、意味としては心を興奮状態にしなければギターは上達しない。
 
 「テデスキ・トラックス・バンド」って「デレク・トラックス・バンド」の類似バンドか? っと思っていたところ、S社Sちゃんより音源到着。
 デレク・トラックスとスーザン・テデスキの夫婦バンドの正式名称が「テデスキ・トラックス・バンド」というらしく、6月7日にアルバム Revelator(暴露、啓示)が発売される。

51kpsh2FZHL._SS400_.jpg

 ジョン・メイヤー、ジョン・フルシアンテと共に「現代の3大ギタリスト」として名を連ねるデレク・トラックスの嫁がブルース・シンガーでもあるスーザン・テデスキ。
 昨年のFUJI ROCKでは日本初となる夫婦共演を果たしたそうだが、現地にいたハズのおいらはRちゃんシフトで観戦出来ていない。
 
 イギリス出身で日本在住の優れた音楽評論家、優れたラジオDJである、あのピーター・バラカンをして、「もし今自分が20代だったら全ての仕事を投げ出して、 このバンドのローディになりたい」と言わしめたバンドがデレク・トラックス・バンド。
 
 アルバム「Revelator」は女性ヴォーカルである故、雰囲気はDTBとは違う印象を与えるが、時折挟み込むオブリガードの機微と温かいアナログチックな演奏は紛れもないデレク色。
 デレクにインタビューした時も、奥さんとのバンドのことはDTBに加え、オールマン・ブラザース・バンドとクラプトンのバンドのことと平行して語っていたので、きちんとそのプロジェクトも同時進行させていたのだなぁ。

 スライドギターの名手にはジェフ・ベック、ロバート・ジョンソンやマディ・ウォーターズからライ・クーダー、デュアン・オールマン、ローウェル・ジョージ、ジョニー・ウィンターなどいるが、現状ロックの歴史からしても歌メロに差し込むスライドなら、ジェフ・ベックに次いでデレクがベストかもなぁ。

 アンドリュー・ウィントン。
http://www.youtube.com/watch?v=xKnngyCIctA&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=kDQM8IkbH2k&feature=related

http://www.myspace.com/andrewwintonmusic/music/songs/The-Decompression-Chamber-21656128

http://www.myspace.com/andrewwintonmusic/music/songs/Love-Paints-A-Picture-33378466
はJBTっぽい。

 エリック・サーディナスってのもいる!
http://www.youtube.com/watch?v=EBpa2CADNJA
http://www.youtube.com/watch?v=TAlSS2NY28k&feature=fvst

 夜、漫画家Kちゃんがつかまり急遽サシ飲み。
 ゴールデン街、二丁目とはしご。彼とのつきあいもゆうに20年を超えてしまった。
 Kちゃん感謝!

投稿者 yonezawa : 20:26 | トラックバック(0)

2011年 06月 2日

スタジオ

511quoMLL%2BL._SS500_.jpg

 炊き込みご飯と味噌汁でご飯軽く一杯。Rちゃんは今日も園休み。

 雨模様の中ストラトを担いで外へ。
 どえらい睡眠不足で、バスでも電車でも爆睡状態。心底楽しく語り合った夕べの酒は、しっかり体内に貯蓄か。でも二日酔いではない。

 夜、6/20(月)目黒ブルースアレイでの失速ライヴに向けた2度目のスタジオ入り。
 急遽2時間枠を3時間に延長。この1週間、一度も復習出来なかった状態で個人的な進歩はまったくないところが情けないが、3時間の反復練習で最低限の構成が見えてきた感じ。
 義太夫兄のスネアがラウドで気持ち良し。

%E5%A4%B1%E9%80%9F%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89.jpg

投稿者 yonezawa : 20:25 | トラックバック(0)

2011年 06月 1日

ギター欲との戦い/四谷飲み

zepparellafrontp.jpeg

 Twitterで「寒い」とつぶやいた者も何人かいた。
 6月なのに寒さがぶり返し、Tシャツで過ごせた日々から一転。夕方はちょっとしたジャケットがないと肌寒かったくらい。

 お茶の水の楽器屋界隈は毎日のように通るので、今後ギターの衝動買いがやや自分で怖い。新しい出会いを求め、35年以収まらないギター欲との戦いは続く。

 先日渋谷を歩いていたら、ストラトからレスポールまで多くの機種が全部ピンク一色に染められ、ディスプレイされていた。
 今、Rちゃんに「欲しいギターの色は?」と問うたなら必ず「ピンク」と答えるだろう。フェンダーが出しているキティちゃんのギターがピンクだったので、しばらくRちゃんはその場に止まったことを思い出した。
 Rちゃんモデルを作るタイミングはいつになるのか。
 気管支炎で今日も大事をとり、彼女は園を休んでいた。
 起きがけから元気な声を張り上げ、「みてー!」と部屋に入ってきたRちゃんは、光沢のある爪を見せてくれた。「園に行かない日だったから」という理由で、Rちゃんの両手両足の爪にはマニキュアが塗られていた。
 そしてすかさず、「おばあちゃんにみせたいー!」とSkypeの要請があり、母と10分程度の会話を楽しむ。

 先日撮影したFFPのライヴ映像をダビング。そしておふくろに見せたかった映画の予告編のように3パターン編集したRちゃん映像をダビング。これが身内なら笑える。
 それぞれのDVDをそれぞれに向けて郵送手配。

 夜、H幹事で、Fちゃん、Mちゃん、Y、Yらが集結。
 待ち合わせの場に先に到着していたMちゃん、Yの気遣いに感激。
 震災で延び延びになったおいらの送迎会名目の飲み会開演。
 四谷界隈で、明け方まで怒濤の飲みに突入するのだが、ヤンジャンで得たナニモノにも代え難い宝の空間がここにあった。

投稿者 yonezawa : 20:22 | トラックバック(0)

2011年 05月 26日

リハ開始

Cellist%20Stjepan%20Hauser.jpg

 夕方、グレート義太夫兄、イースト:吉田兄と界隈のマックで待ち合わせた。
 義太夫兄とは、冷静に映画『菊次郎の夏』の現場以来のまともな再会なので、1998年頃の夏から、ざっと13年も経過している計算。義太夫兄はギターもさることながら、ドラムスも手練れだと聞き、セッションが楽しみ。
 神田神保町に本年度ビート・ジェネレーションのメンバーとなるミュージシャンの面々が集結。2011年度『失速バンド』のリハーサルが始まった。
 
 予定の時間にスタジオ入り。昨年と同じギターのK、ベースのTが揃い、1年ぶりの音出し開始。
 原曲はよく知らないがX JAPANの『紅』という曲をテレビ番組で叩いた義太夫兄のプレイはたまたま拝見していた。番組上、ギャグ的視点の演出もあるわけだが、そこで奏でられた純粋な演奏技巧は目を見張るモノがあり、今回氏の参加はもちろんメンバー全員大歓迎。

 大きく太いスネアの音がモチベーションを上げる。
 世代的にこれまで聴いてきた音が近かろうこともあり、クラシック・ロックのセッションならツーカーといった状態がまず嬉しい。
 4年ほど前にさらったツェッペリンのある曲の感覚を今ひとつ戻しきっておらず、今回初のレパートリーのような不慣れさ加減でリハが始まってしまったが、残り数回のセッションで身体に入れるべく今後の鍛錬が課題となる。

投稿者 yonezawa : 16:57 | トラックバック(0)

2011年 05月 11日

LarriveeとTaylorとFender

51NN42vIWrL._SS500_.jpg

 お茶の水の中古楽器屋を徘徊していたら、カナダ産のLarrivee (ラリビー)というブランドの機種を発見。ランクとしてもおいらが今最も欲しいTaylor(テイラー)に並ぶ風格で、価格もそのような高額商品。
 弾いたことのない物件だった故ウズウズ感に包まれ、Larriveeと共に陳列されてあったTaylorもついでに弾かせてもらった。
 TaylorもLarriveeも堅めの音だったが、Larriveeの方が低音域がもっと太い感じ。しかしジャストの好みの音ではなかった。
 
 昨日、編集S氏の息子さんがギターに興味を持ち始めた。何を買えばよいのか……との相談を受け、午後フェンダー・ショールームへ出向いた。
 事前にお願いしてあったフェンダーのアコギを数本試奏させていただき、ナチュラルな木目の美しい物件をS氏購入。

 外は雨模様。地下鉄を乗り継ぎ、銀座ソニービルで待ち合わせたのは敬愛するモノカキのHさん。品格の塊としてこのブログにも何度か記させていただいた魅力あふれる賢人との酒が今日も格別。

投稿者 yonezawa : 18:01 | トラックバック(0)

2011年 05月 9日

人生最大の宝物

51mMmB83cLL._SS500_.jpg

 帰省中、ICレコーダーとiPODシャッフルを持参。おふくろPCにはギター練習曲をセーブさせ、ギターを弾くには準備万端でいたところ、機器類はほとんど稼働させることがなかった。ネットからプリントアウトしたコード譜だけでギターの反復練習を繰り返した。
 実家用に置いてあるガットギターは安物にもかかわらず、帰省時にはなかなかの活躍をしてくれている。
 十代初頭のギターとの出会いそのものが人生最大の宝物と言えた。

 おいらを除く当時の家族全員が一切ギターに興味がなかったことがたまに可笑しくなる。
 基本的に誰にも干渉しないというスタンスは家族各々が意識したものではなく、おいらを除く全員の性格自体がそうさせていたように思う。おいら以外全員がB型というのが当時の米澤家。
 暑苦しくなかったそんな環境こそが、実は家族にとって快適だったのだろうと昔を回想した。

 思い出したように届く高額の自動車税振込用紙に萎える。
 この国の、例えば車検だの敷金礼金だの固定資産税だのと未だに腑に落ちない納税類の強要システムに項垂れる。
 「官僚主導から政治主導への転換」を現政権も謳ってはいるが、民放での優れた討論番組でいかに正義の議論が交わされようとも転換の望みはなし。結果、翻らない気がしてならない。
 
 GWが明け、仕事は平常運転に戻った。
 夜、Jがつかまり、案配のよい自家製酒?を提供する居酒屋で乾杯。とても有り難いひととき。
 突然の訃報に驚いた。団鬼六氏に合掌。

投稿者 yonezawa : 18:00 | トラックバック(0)

2011年 04月 28日

Jayne Mansfield

51CNFDCVF8L._SL500_AA300_.jpg

 カメラTがわざわざ先日ライヴの時の写真を持ってきてくれた。T、感謝!

 最後の原稿を製版所へ戻し、こちらで完全データとなった原稿が印刷所へと中継され、後は製本を待つばかりに段取りを終えた。安堵。

 かつて取材の際、ジェフ・ベックが「最も好きな映画」と答えた作品『女はそれを我慢できない』を観た。
 本作は本国アメリカで'56年12月に公開。主演のジェーン・マンスフィールドのプロフィールを見ると……
 Jayne Mansfield Born: April 19, 1933 Died: June 29, 1967
 とある。とても若くして、交通事故で逝ってしまったことが今更ながら寂しい気持ちにさせられた。彼女は今でもまったく違和感のない新鮮な魅力を放っており、この作品を見た頃の、多分12歳ぐらいのジェフ少年が、彼女の目映い美しさに魅了されたことを容易に想像させたのだった。
 
 サイトを調べると驚きの情報が! 
 ジミ・ヘンドリックスがマンスフィールドのためにベースとリードギターを演奏した曲が2曲あるのだという。
 関連サイトによれば……「1965年の「As The Clouds Drift By 」と「Suey 」。これらは2枚同時に発売された。ヘンドリックスの研究者スティーヴン・ロビー (Steven Roby) の著書「Black Gold: The Lost Archives Of Jimi Hendrix」(Billboard Books) によれば、このコラボレーションは彼らが同じマネージャーを共有したので実現した。」
 びっくり。

投稿者 yonezawa : 17:48 | トラックバック(0)

2011年 04月 13日

ジョニー・ウィンター

350.jpg

 今日からジョニー・ウインターの初来日公演。
 そもそも明日木曜日に伺う予定でいながら、「金曜日なら2名の入場が可能ですよ」とS社Sちゃんにご案内頂き、同行しそうな輩に予定を聞いたが全滅。
 ならばと初日の本日、単独で公演先のZEPP TOKYOへ繰り出した。

 まず、何だかこの小屋で普通行われるライヴの雰囲気よりも観客が「これまで我慢を重ねてきたんだ」といった意気込みで、大挙して押し寄せてきた感バリバリ。長蛇の列をなす客の迫力をまずは感じ入る。
 入口でS社Sちゃん、W社Yちゃんらと語っていると、伊藤政則氏、渋谷陽一氏らの参戦を確認。みなさん、初日を選んでいらっしゃった模様。

 50年近い活動の中での初めての日本公演。ほぼオンタイムで暗転に。
 最終日にはWOWOWでの収録もあるそうなので、会場にこられなかった方はそちらの映像で是非。最後にようやくギターをファイアーバードに持ち替え、炸裂させたボトルネックの機微に心が満ち足りた。

 他詳細は、S社Sちゃんがとても丁寧かつ正確&同感文面にて書き記してくださったCCメールがあるので、そちらから抜粋引用。

CA3A1462-0001.JPG

--------------------------------------------------------------------
★100万ドルのギタリスト、ジョニー・ウィンター。
40年以上待ちに待った!初来日公演が遂に実現!
--------------------------------------------------------------------
100万ドルのギタリスト、ジョニー・ウィンター。遂に奇跡の“初”来日公演が
ZEPP TOKYOにて2011年4月13日(水)実現しました! 

 1944年アメリカ、テキサス州生まれの67歳。1969年に米Columbia Records(現ソニー・ミュージック)と破格の契約金で契約。以来「100万ドルのギタリスト」の異名を持つ。
 デビュー以来40年以上、ウッドストックに出演して、クラプトンを始めさまざまなギタリストに影響を与え…来日をしていなかった最後の大物ギタリストとも呼ばれていた。
 1990年に一度来日が決定するも直前で中止。日本のファンはもう2度と見れないのではないととあきらめていた。それが2011年突如の来日決定!

 その後、東日本大震災が発生し、日本がこういった状況の中、本当に来てくれるのか?
 もしかしたら来ないのではないか? と実際ここ数日問い合わせが殺到した。

 しかし、昨日4月12日夜、前公演地のハワイより羽田に到着。
 彼は日本のファンにテキサス・ブルース魂を見せるため来てくれた。日本の地を初めて踏んだ彼は一言「とにかくショーを楽しみにしてくれ」。

 そして本日4月13日、彼のプレイを見るために、40年以上待ち続けた日本のファンでZEPP TOKYOは超満員でぎっしりと埋め尽くされた。まるで昨年のディランのライヴを彷彿させるかのよう。
 開演前、まだショーのスタートまでは少し時間があるのに、熱気と興奮とともに妙な緊張感
というか、何かわからない不思議な雰囲気が会場中を包んでいた。
 たぶんまだ見ぬプレイへの期待感とともに、本当にやるのか? 本当にきてるのか? といったどこかで半信半疑の不安感がまだあったのかもしれない。とにかくこれから始まる、たぶん「伝説のライヴ」と語り継がれることになるであろうライヴの目撃者になるんだという個々の意識がざわざわ感を醸し出し不思議なうねりを作っていた。

 ほぼ定刻19:00に暗転。怒号のような歓声で包まれる。バンドメンバーが登場。御大が出る前にステージを温めるぜって感じで、まずはジョニー以外のバンドで演奏が始まる。そして、遂にジョニーが呼び込まれる。ジョニーがステージ袖からゆっくりと歩いて登場。会場中更なる大歓声・・・。「本物だあ・・・」「でてきたー」といろいろなことを叫んでる人々も。ステージは、ジョニーを中心に、左にギター、右にベース、センター中央にドラムスというシンプルなセット。背景にはJOHNNY WINTERとロゴを斜めに入れた垂れ幕が映える。

 言われていた通り、ジョニー・ウィンターは椅子に座っての演奏。いつもの帽子とブラックの上下に身を包み、そして両腕にはびっしりと入ったタトゥーが見える。ギターはヘッドレスのタイプ(レイザー)。オープニングの「ハイダウェイ」(フレディ・キングのカバー)からほとんど休みなく弾きまくり。67歳という年齢をまったく感じさせない、豪快なギタープレイと歌声に誰もが驚いたことだろう。

 デビューアルバム『Johnny Winter』(1969年)に収録され、あの名盤『Live』(1971年)の
一発目にも入っていた「Good Morning Little School Girl」や、”Rock’n’ Roll for you!”と
叫んで突入したチャック・ベリーの「ジョニー・B・グッド」(1969年『Second Winter』収録))。そしてジョン・レノンもカバーした「ボニー・モロニー」(1974年『Saints & Sinners』収録)など名曲はもちろん、途中でローリング・ストーンズ「ギミー・シェルター」や、クリーム「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」を挟んだり、ジミ・ヘンドリックスの得意のフレーズを挟みギターを弾きまくる。本編最後はローリング・ストーンズもカバーした「イッツ・オール・オーヴァー・ナウ」(1976年『Captured Live』収録)で大興奮の中終了。

 アンコールでは、遂にトレードマークのギター「ファイアーバード」が登場!ファイアーバードを弾くジョニー・ウィンター…この絵を見たかったんだよ! とその場にいた全員が
思ったはず。
 ファイアーバードをボトルネックで弾きまくる姿は感無量。見事なスライド・ギターを存分に披露。そして、オーラスは、おなじみボブ・ディラン「追憶のハイウェイ61」 (1969年『Second Winter』収録)。これもすさまじいスライドのプレイを見せつけてくれた。

 堂々たるライヴ・パフォーマンス。テクニックがどうのこうの、座ってるからどうのこうのという次元ではない圧倒的な存在感に完全にノックアウト。ブルースというよりもロック色の強い演奏に皆魅了され、存分に盛り上がったと思うが、同時に何か「ニ度と見れないかもしれない」という雰囲気というか、この瞬間を絶対に見逃さないぞという意識をビンビンに感じるほど、観客の皆さんが真剣にステージを凝視してる姿がとても印象的だった。

 終演後楽屋にてジョニー・ウィンターはこう言ってくれた。
「日本のファンはおとなしいと聞いてたけど、盛り上がってくれてびっくりしたよ。ロックン・ロールをわかってるんだね。嬉しいよ!」
 いよいよ残すところ2日間。「伝説の目撃者」となって欲しい!

投稿者 yonezawa : 18:17 | トラックバック(0)

2011年 04月 3日

悲惨なコンディション

6101GbcaQWL._SS500_.jpg

 朝から花粉症の症状で最悪。早朝1時間でティッシュ半箱消耗。
 しばらく何もできん状態。

 昼過ぎ、ギター担いで大先生の車の元へ。東北沢の東北関東震災チャリティ・イベント会場へ向かう。
 極小音源のセッティングを終え、16時頃より小さなライヴを始めた。
 花粉症の症状全開で、もう悲惨なコンディションの中、どうにかこうにか弾き終える。
 本番の演奏よりも、むしろイベントの終わった後の打ち上げの方で余計ギターを弾いた感覚だ。アコギ・セッションは飽きない。
 わざわざ観戦に来てくれたFに感謝。

投稿者 yonezawa : 17:41 | トラックバック(0)

2011年 03月 26日

51tS4bP0L0L._SS500_.jpg

 えらく寒い1日だ。
 後ろのタイヤに何度空気を入れても、翌日には空気の抜けてしまうRちゃんの赤い自転車はパンクかと思い、近所の青空自転車修理屋さんまで持って行った。
 自転車を預け、買い物を済ませて戻ったところ、パンクではなく必要な器具が外れていたとのこと。修理費400円。

 近くの公園でブランコ&鬼ごっこを経て帰宅。しかししみじみと寒い日。Rちゃん、大丈夫か?
 
 夕方、作ってもらった唐揚げ、ポテトサラダ、激美味芋焼酎:明月などを持参し、bambi打ち上げの場へ。

 ライヴ当日の打ち上げは、ご来場のみなさまとの会話を優先して楽しむことが慣例となっており、歴史的においらもバンド・メンバーでの打ち上げ、という状況にはなかなかならなかったものだ。
 bambiにしても同様でそうした流れも踏まえ、打ち上げは事前に予定され今日を迎えた。

 しかしこの時期、居酒屋類は計画停電やらの影響もあってか営業時間がえらく短縮されている様子。すると「ならばココを使ってよろしい!」と、太っ腹の提案を賜り、その主:bass:yoyo&𠮷紋兄が宴の場を提供してくださることに。なんと有り難い。
 かくして全員の手弁当で宴開催の運びに。

 銀座のあるワインバーではメニューのいくつかに印がついており、その品(ワインもフードも)の価格のうち200円分を日本赤十字社に義援金として寄付するというシステムを取っていた。
 この時期、アルコールを口にすること自体に罪悪感を感じる方がいるようで、ならば「アルコールを飲むことによって寄付している」というシステムにすれば抵抗感も減るのではないか、という店主のアイディアでそうしたらしい。
 その品を注文した方は署名し、その署名の一覧をお店のオフィシャル・サイトにそのまま載せるそうだ。

 午後6時前後、いい年したbambi&関係者がわらわら集う。まるで高校生の集いのよう。
 𠮷紋兄が用意してくださったギターの美しくてコンディションのよいことといったらなかった。さすが音楽職人。
 おいらは座布団に座った端からMartinを手放さない。大先生の手にしたイバニーズ?の関連ブランド?の物件も素晴らしい。
 唐揚げもポテトフライも、芋焼酎:明月も白ワインもちらし寿司もおにぎりも、ずこんずこん胃袋に消えてゆく。ギターは延々弾いている。

 頃合いをみて、おいらは初めて観た先日のライヴ映像観戦。全員モニターに釘付け。
 映像を手がけてくださった𠮷紋兄の一見無造作なアングル、切り取り方に、各々ピリっとくるクールなセンスを感じていた。 

「音楽が好き」「楽器が好き」「演奏が好き」そうした共通認識で集う利害関係のない(笑)身内メンツで、ホロホロ酔いながら、ホクホク弾きながら、ワラワラ語り合う瞬間の贅沢なことといったない。
 気持ちよく大先生の新曲にあわせていたところ、隣でvo.haruが爆睡体制に。さすがフロント大物女子。こうでなくちゃ。

 皆様方、今日もお疲れごくろうさんでした。yoyo&𠮷紋兄、ありがとうございました。

投稿者 yonezawa : 22:42 | トラックバック(0)

2011年 03月 5日

PRSと補助輪自転車とイーグルス

mai101010n.jpg

 ほとんど貫徹状態で山積みの家屋内の仕事を終え、午前中からせっせと身支度開始。
 渋谷のクラブで行われるポール・リード・スミスのイベントへ向かった。

 このイベントの招待状は、整形外科医で驚愕のギターコレクターの鬼畜で、超人格者の赤木家康兄。
 30分も早く現地に到着してみればなんと長蛇の列。いきなり萎えた。
 加えてRちゃん「はいりたくなぁーい! はいりたくなぁーい!」と入場をかたくなに拒否のだだっ子状態。こちらにも萎えかけ一瞬入場を諦めかけたが、「入って面白くなかったらすぐに出ようか!」と半ば強引に受付を済ませ、中でオレンジジュースを飲ませたら少しだけ静かになってくれた。
 ポール・リード・スミスへの質疑応答、そして海外ギタリストによるアコースティックのデモ演奏。ポール・リード・スミスにアコギがあることは、おいらは知らなかった。

 その頃、やはり我慢の限界に達し始めたRちゃんの言うまま一旦外に出て、久々の「喜楽」。
 ここでもRちゃん、「Rちゃんラーメンたべないー!」と我が儘。「大好きな餃子もあるよ」というものの、「たべない!」と一向に引かない。
 しかし、どうしても食べておきたいおいらは意地でも! と強引に注文し、Rちゃんにはケンタッキー類の好物買ってきて食べさせようとするが、機嫌が悪いのでほとんど口にしてくれない。困ったもんだ。
 まったく落ち着いて食事も出来ないまま、とっとと公園へ向かうべく代々木へてきぱき移動。
 
 後に聞いたのだが、PRSのサプライズ・ゲストにはオリアンティだったと聞いてがっくし(涙)。

 徒歩で延々歩く。

 噂に聞いた通り、公園内にはレンタル自転車のコーナーが設けられており、幼児向けの補助輪付き自転車もあるので姫に借りて乗せ、おいらはフォトグラファーと化した。
 40分前後、元気に周回を重ね、ようやく満足した姫を引き連れ原宿駅へ。

 おいらは一人水道橋へ。イーグルス来日公演の地:東京ドームを目指した。
 
 暗転からコーラス・アンサンブルの美しい「Seven Bridges Road」からステージの幕が開いた。
 比較的冒頭の部類に入る前半に、このバンドの世界で最もポピュラーな曲「Hotel California」が聴けたのは意外だった。
 ジョー・ウォルシュは相変わらずのロッカーぶり。彼のソロ・コーナーも充実したものだった。
 サポート・ギタリスト:スチュワート・スミスはスタジオ・ミュージシャンだというが、その完コピぶりは徹底しており、まるでレコードそのままのフレーズをおっているような錯覚を覚えた。
 Silhouette Customのダブルネック・ギターでは、勿論「Hotel California」でも活躍。カントリー界隈のミュージシャンの、舌を巻く程の錬成沈着さをかいま見た。

 終演後、残念ながらbambi打ち上げには参加出来ず、W社Oちゃんと神保町〜新宿界隈を放浪。ハル、yoyo、チャーリー、大先生、(壮は不在?)すまなんだぁー。

投稿者 yonezawa : 01:31 | トラックバック(0)

2011年 02月 16日

ジャズマスター談義

1242759328.jpg

 午前9時起床。
 TECH21のペダルワウに昨日買ってきた5ミリ程度のゴム板を2つに切り分け、裏底前後方に貼り付ける。
 ライヴに関しては、後は弦を張り替えれば大丈夫だったか。
 コード譜も自分にしか分からない必要最低限しか印していないシンプル・バージョンのものを用意し、最終リハでこのコード譜に慣れ、チューナーとタッチワウの電池を確認すれば問題なかろう。
  
 午前11時過ぎ、都内某所で某有名バンドの主要ギタリスト2名と、ジャズマスター談義で盛り上がる。

 雑務を切り上げた夕方、渋谷EGG MANでのffpライヴ観戦へ。
 入店後間もなくライヴはスタート。

 ステージに立った、金色ストレートヘアのクール・ビューティなヴォーカリストを真正面に捉えたときには、身内ならではの緊張感が背筋を走り抜けた。
 演者の緊張感は、時に観客にも伝わってくる。シンガーの着ていた「どくろ」のシャツがクールだ。
 結果、事実上彼らのファースト・ライヴとしては純粋に及第点。
 考えれば、おいらも人生初ライヴからは30年が経過してしまっており、その時間の経過に驚いていた。
 複数のバンドのギタリストが大仰なエフェクターボードを並べて、そこにはかなりの数のペダルが並んでいる。
 過去、自分のセッティングも時代時代によって見事にまちまだだが、この10数年は、もはやワウしか興味がなくなったせいもあってシンプルなものだ。
 かつてあれほどこだわっていたコーラスにもさらさら興味がなく、ややクランチがかったノーマルトーンでアルペジオもガシガシ弾いて、自分の意識を満足させている。

 彼らの演奏を観ながら、演者が聴く者の心を睨む(見つめる)ことは、とても重要だと今回改めて感じ入ったところ。
 この言葉は自分自身にも改めて言い聞かせよう。「米澤、おまえもそういう意識でギターを弾け!」と。26日、吉祥寺でのbambiライヴが楽しみ。

投稿者 yonezawa : 05:27 | トラックバック(0)

2011年 02月 12日

TECH 21

5141kAKAIiL._SS400_.jpg

 重いギターを抱えて外に出るのは億劫ながら、最寄りのコミュニティ・バス停へとことこ歩く。もっとRちゃんと遊びたかったけれど。

 bambiのリハーサルは2日連続。なんて熱心でまともなバンドなんだろう。
 D先生より中継されたニューヨーク製のペダル・ワウ「TECH 21」に興味津々。
 長いバンド歴の中で、このTECH 21というブランドとは出会いがなく、初めてプラグインする機会を得た。D先生に感謝。

 SANZ AMPも同社絡みの製品だったかうろ覚えだが、すでに生産中止になったというそのペダルワウはとてもコンパクトでVOXなんかに比べると長さも短くて軽い。
 切り替えスイッチは底に3コあり、最もピーキーなセッティングでヒステリックなトーンを体感してみた。
 使いこなせれば無敵の武器になりそうなジャジャ馬加減。危ないトーンに歓喜。

 高校時代、初めてJENのCRYBABYを入手し、壊れる度に数台同じ機種の製品を使ってきた。
 そして、20代前半頃からVOXに移行した。VOXはもう4台目となり、現状の機種は本国イギリス製ではなく確か韓国製とのことで、音の艶、粘り具合は明らかに前より落ちた。
 どの国の製品でもこだわりもなく構わないのだが、クオリティが落ちるのはとても遺憾。

 ともあれ実験的試みをいくつか試すが、まだポイント手探り中。
 ところで雪は積もるのか!?

投稿者 yonezawa : 05:24 | トラックバック(0)

2011年 02月 11日

bambiリハ

516SVK6S9SL._SL500_AA300_.jpg

 結局雪は降らんじゃないかと思っていたら、本格的な大粒の粉雪が降り注いでいた。
 時間の早まったbambiリハへ。初めてスタジオへ到着一番ノリを果たす。3時間みっちり。

 そしてリハ並にしっかり時間を取る飯へ。
 過去のバンド歴を振り返ってみれば、確かにリハーサルよりも長い飯(酒)というのが慣例だったと今更気づいた。
 メンバー中、20代の若者は1名にも関わらず基本的に全員爆食。
 きっと体力を蓄えた、よいライヴになろう。

投稿者 yonezawa : 05:24 | トラックバック(0)

2011年 02月 7日

Thanks Gary

41wsvf9YqsL._SL500_AA300_.jpg 51T500_.jpg

 深夜、知人Twitterのつぶやきで、ギタリスト:ゲイリー・ムーア死去のニュースを知る。
 愕然──
 Gary Moore──おいらの十代はこのギタリスト抜きには語れない。

 中学時代、大分県から鹿児島県に引っ越した頃に知り、聴き狂ったTHIN LIZZY『BLACK ROSE』。そのLPの計り知れない衝撃は、きっと今後音楽で感じる感動では得られなかろうと確信する。
 ロック・ミュージック一色の十代とは、センスがあって激しくてスピーディーで、かつ色気を持って華麗に弾きこなすギタリストをいくらでも欲する究極の世代だ。
 あの頃、ゲイリーとマイケル・シェンカー、ヴァンヘイレン、ブライアンメイ他...がいた。

 この訃報は即数名の仲間に送付させていただいたが、おいらの全曲に作詞を担った海陸から真っ先に返信が届いた。

 「初めて(米澤と)出会った日、登校の道すがら米澤が話題に出したゲイリー。役者のロジャー・ムーアと思い込んで、噛み合わない応答をしたことを覚えてる。中学3年の春。あれから31年。ゲイリー58歳で去る。久しぶりのエリック・ベルやスコット・ゴーハムの(オフィシャル・サイトに記された)コメントが、ゲイリーの死についてのものだというのがさびしいね。フィル・ライノットの、ロリー・ギャラハーの、そしてゲイリー・ムーアの国アイルランドを、いつの日か訪ねたいと思う。」
 海陸と初邂逅の場所に、ゲイリーがいたことを思い出した。
 
 ジェフベックにもジミー・ペイジにもアンガス・ヤングにもジョー・ペリーにもジョン・メイヤーにも大枝泰彰にも直に会って語り合えたけれど、ゲイリーに会えなかったことは自分にすれば汚点となった。
 先に記したが、ゲイリーが正式に参加した唯一のTIHN LIZZYスタジオ盤「BLACK ROSE」は人生のベスト10に入れざるをえない。
 15歳の頃から、生涯ベスト盤の一枚として心の襞に刷り込んで今後も生きる。

 21年ぶりとなった昨年4月22日の東京SHIBUYA-AX来日公演を観ていてよかった。
 その姿がおいらが知るゲイリーの最後の姿となった。あの日、ゲイリーのプレイに改めて頭をひっぱたかれた思いがし、立ちこめる氣のオーラが凄かったことを回想した。

 レイヴォーン以来の重く悲しい出来事と言えた今夜は献杯。合掌。

投稿者 yonezawa : 05:20 | トラックバック(0)

2011年 02月 4日

アンサンブル

LESLES1.jpg

 銀座ヤマハホールへ。
 “ヤマハホール コンサート・シリーズ TOKYO ACOUSTIC 14 GUITAR PROJECT”と名付けられた、渡辺香津美(g)、村治佳織(g)、村治奏一(g)の3人によるギター・トリオ演奏をじっくり拝聴。
 
 超絶技巧ともいえる3人の豪華共演は、佳織さんのオフィシャル・サイトでは確認出来ず、後輩音楽家Tからのメール情報で得たのだったが、観に来てよかった。

 ここは改装後の新規ホールであったのか、ともかく音響のバランス、音質のクリアさといったらなかったほど完璧で、まずこの最高の環境で贅沢なメンバーの演奏を聴けたのがラッキー。
 どの楽曲も粒立ちのよさが抜群だったが、アランフェスをこのアンサンブルで聴いたのは初めてで、世界初の試みだろうと、その際MCを務めた佳織さんが語っておられた。
 さらになんといっても、終盤のバッハ曲ギターアンサンブルの極まり方。このタイム感の気持ち良さには舌を巻いた。3人の粋はピッタリ。

 演奏の気持ちよさを心に抱えたまま、控え室での佳織さんを労う。そして香津美さんをご紹介いただけて、ともかく嬉しい。
 Tとの打ち上げは新宿三丁目のCへ。素晴らしいソムリエのキム姉が、そう遠くない未来に向かってこの店:Cを旅立つのは少し寂しいところ。今日の高揚した気分にあうナイスなワインのチョイスに呻った。

投稿者 yonezawa : 18:37 | トラックバック(0)

2010年 12月 19日

ミックスジュースとbambi

bambi%20live%2C%20feb%202011.jpg

 「おったん…」というRちゃんの声で午前8時に揺さぶりをかけて起こされ、パソコン・ゲームを催促される。
 画面をセットして寝て、本人がゲーム内でつまずく度に起こされ、再び寝る。
 この行為を4,5回繰り返すと、眠気はあってももう寝ていられない。

 「あっちでディズニーチャンネルみようよー」と手を引かれ、2人でケーブルテレビを観るが意識はまだ朦朧。
 昼食までのわずか30分間だけ、伴侶との連携でなんとか仮眠を確保した。
 昼食後「おさかなさんにパンをやろうよ」というリクエストに応える。

 奥から昨年買ったクリスマスツリーを引っ張り出し、ママとRちゃんの2人で飾り付けた。
 すかさず「しゃしんとって!」とRちゃんは言う。

 冷凍のパンを細かくちぎり、浄水にいる鯉にえさをやるのは近所でも見かける休日の光景。
 ところが川を覗いてみると鯉は一匹もいなかった。
 21日になんらかの工事があると看板に書いてあったので、魚を他の場所に移してしまったのかもしれない。真相は知らないが。
 
 ベビーカーにRちゃんを乗せたまま、近所のスーパーへ。
 果物:イチゴ一パック、グレープフルーツ1個、リンゴ1個、刻みパイン1パック、蜜柑と桃の缶詰、牛乳、こちらに冷蔵庫にあったはずのバナナを加え、ミックスジュースを作ってあげるべく購入。
 帰宅して10分程度で果物を切り終え、ミキサーへ。
 スイッチを押すのは、あらかじめ三輪車を台所に持ち込んで、手の届く高さでスタんばるRちゃん。
 「スイッチ・オン!」機械音と共に、具材が見る間に薄赤いジュース状態に。Rちゃんが混ぜ合わさる果物を凝視している。
 この至ってシンプルで健康的なジュースができるまでの行程は、休日恒例の行事となりつつある。作る方も楽しい。

 2人に飲んでもらった後、即バンドリハへ。
 今年最終となったbambiリハで新曲の機微を最大限に理解しようと、全員同じテンションで取り組む。
 とりたてて新曲「紅い蝶の羽」は名曲。
 リハ後、当然のbambi忘年会で腹一杯。来年の岡山遠征が本当に実現すれば嬉しいものだ。 

投稿者 yonezawa : 18:01 | トラックバック(0)

2010年 10月 16日

bambiリハ

Stevei%20Salas_Jam%20Power%20J%E5%86%99_S.jpg

 口内炎こそできてなくホッとしたが舌がびりびり。アルコールで最低の状態になってた。
 Rちゃんとのお遊び時間だけはこなしつつ、極力体力温存の気持ちで夕方を迎える。

 久々bambiのリハへ。
 このブランクの間にさらに新曲を書きまくる大先生のパワー。
 もうビートルズの倍のレパートリーを有するバンマスだ。

 ブランクの間、みっちりと弾いていなかった分ツケを自覚しながら弾くギターだが、途中から筋力が解れていく様が体感される。
 ギターはスタジオで弾くに限る。大音量で弾くに限る。自前のスタジオで弾くに限る。
 自前のスタジオ。この夢物語がもしも実現したらRちゃんとセッションしよう!

 打ち上げのつくね屋、まぁまぁ美味しかったが、どえらい値段(割り勘1人5000円以上)で驚いた。

投稿者 yonezawa : 21:49 | トラックバック(0)

2010年 09月 8日

再びギター・ショップ

CA3A1310-0001.JPG

 今朝帰宅したのは午前6時を回った頃。倒れるように寝ついた。

 正午、おそるおそる入室してきたRちゃん。
 その気配を察知し、目覚まし時計を手に取りチラリと時間を確認した瞬間、「起きた!」と認識した彼女の突進&ジャンプで喝を入れられる。
 シャワーを浴び、炒飯食べて、重い身を引き吊り雨模様の中、外へ。
 
 夕方、入稿の狭間をぬい再びギター・ショップへ赴く。
 数本のクラシックギター物色、試奏後、HさんがYさんへの贈呈のためにアントニオ・サンチェを1本ご購入された。
 フロア奥のガラスケースに陳列されていたギターで最も高価な機種は300万円以上。
 この分野の病気にかかってしまったら大変だと肝に銘ずる。
 テイラーの10万円代の機種を弾いてみたがそれには惹かれない。特殊な魅力とオーラを放つギターと、そうでないギターとの違いは今日も明白だった。

 夜、Cとの会食のため銀座Gへ。フーファイターズ話に始まり、ロック談義がとにかく終わらない。

投稿者 yonezawa : 19:04 | トラックバック(0)

2010年 09月 7日

ギター・ショップへ電話

KNhTrT.jpeg

 今朝5時に寝たはずなのに8時には目覚めてしまった。眠い。
 起きてしまったので、持ち帰った映画公式本の色校正刷り出しに赤入れしようとテーブルに広げ赤入れを始めたところ、当然だがRちゃんの絡みによって作業を阻まれる。
 「ねぇおったーん、あそぼーよぉー」
 「ねぇみてみて」「にゅーすみていいよ」
 そうした誘いをかわしながらも全ページの校正を終えた。我ながら上手。
 近々発表会を控えるそうなRちゃんは午後から音楽教室にも行く多忙さ。今日も元気で喜ばしい。

 明日夕方、第三者によるクラシック・ギターの購入に付き添う予定になっていた。
 目的の機種はAntonio Sanchez E・studio-1。昨日伺ったギター・ショップへ在庫確認と、調整のための電話を入れた。
 「この電話で、明日には(昨日、自分が購入すると決めたテイラーのエレガット[定価525000円]のディスカウント価格268000円の)支払いが確定してしまうのか…。致し方なし。でも嬉し!」っと、どこかに歓びも感じながら、おそるおそるギターに関する支払いのことなどを相談しようと切り出しかけた矢先、店員さんにこう言われた。

 「ところで昨日、お客さんが弾いていかれたテイラーなんですが、先ほど外人さんのお客さんが買ってしまったんですよ」「マジですかーー!?」
 なんとしたことだ。ガッカリと安堵の気持ちが同時に押し寄せ、妙な気分。

 腹を決めて肩すかし。これは縁がなかったと諦め、…でも乗りかかった船状態で諦めきれないところがあり、日本中のNS64-ce(界隈の機種周辺の)サイトを閲覧し、同じ価格で出品されていないかネット捜索。
 もちろん、そんな価格では探せる訳もないのだった。ああー、やはりテイラーが今欲しい。

投稿者 yonezawa : 19:03 | トラックバック(0)

2010年 09月 6日

NS64-ce

51YHUT%2B26aL._SS500_.jpg

 諸事情あって廉価価格の優秀なクラシック・ギターを下見するべく入稿の狭間の夕方、本格的にお茶の水界隈を物色徘徊。
 この街は変わらず楽器に関しては中古品も超充実。+
 自分の欲しい機種があるかどうかは微妙ながら、第三者に贈呈するためのギター選びには事欠かない充実さがある。

 5〜6軒目で飛び込んだクラシック・ギター専門店。
 昔、殿に贈呈したスペイン製アントニオ・サンチェスのローコスト・モデルが目に飛び込んできた。
 「何かお探しですか?」店員さんが声をかけてきたので、目当ての機種のイメージと予算を告げたところ、まさにそのアントニオ・サンチェスが最も適した物件だと認識。
 Antonio Sanchez Estudio-1。定価52500円が42000円での販売。
 この機種に赤丸印をつけておく。

 店内を見渡しながら高級機種の部屋に入っていったところ、燦然と輝きを放つ名器テイラーのエレガットが目に入ってきた。
 「ちょっと(弾いて)よいですか?」どうぞと店員さんに促され、チューニング後ざくざく弾いたところ、鳴る鳴る。素晴らしい鳴りだ。全然違う。すごい、テイラーはやっぱ違う。
 定価なら525000円。
 テイラーエレガットの最高機種の1本とも言えるNS64-ceにたまたま出会ってしまい、即時魅せられた今日は不幸な日だったのかもしれない。なぜなら売値が268000円と大いに迷わされる価格だったからだ。
 たまたまクラシックギター専門店に偶然1本だけあった新品同様の中古品がこの恐るべきディスカウント価格。ネットで調べてみても、相場はこの価格ではありえない値だし、これ以上のコンディション(新品同様)の機種に今後出会えるとは到底想像出来ないのだった。
 「こりゃ買うしかなのか…」と、預金通帳の残高を顧みることなく、心は大きくテイラーに傾きかけていた。
NS64ce_2.jpg

http://www.taylorguitars.jp/products/Acoustic_Electric/Nylon_series/NS64ce.html

投稿者 yonezawa : 19:02 | トラックバック(0)

2010年 08月 28日

珠響〜たまゆら〜

41KZ6uzL._SS500_.jpg

 昼間、ほんの少し二日酔いに近い気怠いコンディションのまま、六本木はサントリーホールを目指した。
 『珠響〜たまゆら〜』観戦へ。この舞台には世界的クラシックギタリスト:村治佳織も出演しており、その経緯でこのライヴ・イベントの存在を知ることとなった。
 今回も彼女に配慮頂き、後輩編集Iと観戦へ。

 和楽器と洋楽器がコラボレートする、異種入り乱れる取り合わせのステージが面白い。
 クラシック・レパートリーに『ティアーズ・イン・ヘヴン』を加え、軽快に奏でる村治佳織の機微は今日も極まる。しかもなんとも美しい。
 終演後、控え室で伺った限り、各公演地で曲のメニューは変えて行ったそうだ。なんという余裕なのだろう。
 家を出る際、「はやくかえってくるの?」とRちゃんにと問われていたので、その約束を反故するわけには絶対にいかず、17時30分には最速帰宅に成功。
 美味しい餃子定食をRちゃんと競ってホクホク食べた。
 夕飯後、Rちゃんに「Rちゃんのきょくもかいて!」と言われ、未だその完成に至っていない己の現状を大いに反省。

投稿者 yonezawa : 03:59 | トラックバック(0)

2010年 08月 21日

HAPPY BIRTHDAY!!!!!

album_cover.jpg

 昼、作り置きしてくれてたコロッケを2コ揚げ、キャベツの千切り&トマト、梅干しを添え、納豆を海苔で巻いて自炊の昼食。美味。

 クーラーをつけずに部屋の掃除に終始。思いついた箇所から順次整理。収納部分に溜まった誇りの量に愕然。収納の中なのに…。手つかずのポイントまだまだ多し。

 浮世離れした沖縄のライヴからもう1ヶ月以上経過。
 彼の日の奮闘していた全メンバー&現地で色々とお世話になったYさんを囲み、沖縄な雰囲気の居酒屋で夕方より「東京打ち上げ」を開催。
 大人であるが故のゆとり、大人であるが故の幼さ、大人であるが故の経済力。
 偉業職の面々=“イイ大人”が集った今夜の宴も想像のまま爆笑の連続だ。

 今夜は、この夜で最も尊敬する我が母親の誕生日。
 プレゼントも何も贈らなかった親不孝なおいらは、宴の最中に「(沖縄に参加してくださった)お母さんは楽しかったのかなぁ? 私達のことに呆れてなかった?」…こんな質問も受けたこともあり、不意におふくろ携帯に直電。
 メンバー各位がおふくろとプチ・トーク。母、唐突に失礼いたしました。
 そして誕生日おめでとうございます!

 泡盛も3本目に突入しながら、どうも「この後スタジオに入る?」的、とんでもない意見が持ち上がった。かと思えば、「ならば!」と皆さん各々のスイッチを入れたのか、当たり前のように徒歩でスタジオへ移動。
 まったく面白い面々。
 スタジオに入れば「何をどう本気で演ってやろうか?」といった面持ちの各位。
 おいらもレンタルのテレキャスターをパキパキにしてブン鳴らしてみる。特殊で愉快な夜が更けた。うん、バンドはやっぱり楽しい。

 ところで明日、渋谷HMVが閉店だそうな。

投稿者 yonezawa : 21:34 | トラックバック(0)

2010年 08月 20日

フェンダー

513x2MRcvkL._SS500_.jpg

 世界的な大手ギターブランド・フェンダーのMちゃんが勇退されたとの知らせを受け、加えて近々東京を離れることを知り、労いの会を急遽設けた。

 Mちゃんとは、ジェフ・ベックだスティーヴィー・サラスだSUM41だ波瑠ちゃん(他)だと、これまで様々な仕事を共にしてきた。
 レコード会社からの要請で、ギター本体もスペシャル・ディールのもと提供くださったし、記事の構築、対応にはとにかく機敏で、彼との仕事はとてもスムーズだったことしか思い出さない。
 ギターの構造は勿論、弾き手の心も敏感に察知出来る機微を持つMちゃんがフェンダーから去ることは、業界にとっても大きな損失だと感じている。
 引き継ぎをされるNちゃんに今後は望みを託しつつ、新天地での彼の健闘を祈りたい。

 彼らを見送り、音楽人Tと待ち合わせた。
 彼はできたてホヤホヤのロリー・ギャラガーのBBCライヴ音源を持ってきてくれた。即、おいらの心は16歳に戻った。

投稿者 yonezawa : 21:34 | トラックバック(0)

2010年 08月 1日

スティーヴィー・サラス

41t00_AA300_.jpg

 環境が変わり、他人と並んで寝ると極端に寝付きが悪くなるのはおいらの質でもある。
 旅は個室でなければいつも睡眠不足となる。
 
 Rちゃんの、明け方のハッキリした滑舌による寝言で他の就寝中の人たちに迷惑をかけてしまっていたがどうにもならない。ともかく、起きている時と同じテンションで喋るのがすごい。
 眠れないまま早朝8時過ぎに起床し、8時30分過ぎには朝食。
 とても美味い。この宿泊地は昔からスキーシーズンの折、学生らの合宿所として使われるのがメインとのことで、そのせいか女将さんの作る朝飯が美味かった。

 いざ出陣。珍しく午前中の11時30分から始まるスティーヴィー・サラスのステージを観るべく、レッド・マーキーへ。
 リハ中のジャラ・スラップバックは、3年前の来日の折、新宿はシンクロニシティにスティーヴィーらと連れだった同士だ。
 Rちゃんを肩車して、かき氷を食いながら最前列からジャラを呼んだらRちゃんの存在に気づき、笑顔で答えてくれた。ジャラのベースも言うこと無し。今日も素晴らしい。
 
 11時30分、オンタイムで本番スタート。
 今回はすでにアメリカでも何度もパフィーマンスしているバーナード・ファウラーをフロントに迎えた編成。鉄壁のリズムで圧巻のステージングを魅せてくれた。
 ヒートウェイブのカヴァー「グルーヴ・ライン」には、以前おいらも本田泰章らをゲストに迎えた際のライヴでカヴァーした曲だったのでなじみ深いものを感じた。
 ワウとファズの音色が炸裂し、フィードバックとハーモニックスが苗場に響き渡る。
 魅力・技量、完璧。
 
 13時40分頃、ホスピタリティエリアへ向かった。
 一般のリストバンドではホテル裏のエリアにさえ行けない旨に解せんものを感じ、関所の担当を引き連れ、ホスピ・エリアまで向かう。
 数名のレコード会社の知り合いに立て続けに遭遇を果たし、スティーヴィーの担当レコード会社の方も到着。
 雑誌を持って写真を撮るだけの案件でやってきたのだが、丁度スティーヴィーはフジテレビCS放送のためのアコギを使った生演奏中で、その姿を真横から後半だけ観戦出来た。
 演奏が終わり、歓声が沸き、おいらも盛り上がって拍手したところでスティーヴィーとの3年振りの再会を果たす。
 数枚の写真を抑えた後、Rちゃんとスティーヴィー、記念すべき初邂逅。
 スティーヴィーは終始優しい面持ちでRちゃんに問いかける。思い切り緊張気味のRちゃん。しかしなんとか1度だけのコミュニケーションが得られた。
 なんと嬉しい瞬間なんだろう。
 
 明日には帰国するそうなスティーヴィー。
 新作の進行具合を確認し、今日のライヴの感想及び、ギターの音色のよさを伝えたところ、使ったエレキギターのブランドがフジゲンだと聞いて驚いた。
 スティーヴィーはそこの担当者を紹介しようと探してくれたが、残念ながらお会い出来ず。
 
 次回の再会を果たし、会場を後に。宿泊地で荷造りをし、一路東京へ。

 帰りは、関越でもの凄い事故を起こしていたトラックの事故渋滞でどえらい目にあわされ、なんと時間のかかったことか。
 パーキングでオムライスを食べ、帰り着いたのはもはやライトの点灯が必要な夕方だった。
 Rちゃんを風呂に入れ、そのまま倒れるように3人並んで爆睡。午前2時に目が覚めるまで、気持ちよいぐらいの爆睡だった。

投稿者 yonezawa : 02:34 | トラックバック(0)

2010年 07月 31日

最低

410Q8xEu8oL._SS500_.jpg

 6時起床。
 きっと大先生が起床されて3時間弱は経過している頃だろうか。
 眠れなかった。日々の習慣はなめられない。

 7時に家族分のおにぎりをこさえ、卵焼きをこさえ、焼き明太子をこさえ、自分も2個平らげた。なんて美味いんだろう。もう逃れられないふりかけの威力による部分も大きいと感じる。

 大量の荷物を積もうと一人汗だくになり、車に積載。
 運転席の鍵を開けると他のドアが解錠してくれない。…? 嫌な予感がし、ドアを1つずつ確認したとこ、後ろの半ドアでバッテリーがあがっていた…
 JAFに連絡すると、ここから1時間15分の待ちとのこと。
 暗澹たる心境の中、只今出発を待つ最中。
 ならばと改めてシャワーを浴び、かかってくる携帯とにらめっこ中。
 今日、オフィシャル取材がなくてホッとしていた。
 ど最低。

 大泉から関越に。目的地:月夜野インターまでのおよそ1/2は渋滞に近いトロトロ運転に終始し、猛暑の中クーラーの使えない馬鹿環境が拍車をかけて不快指数を募らせた。
 インターチェンジでRちゃん休憩タイムを取り、車内でうちわで風を送ってあげたらRちゃん「あついよー」っと生ぬるい風に抗議。確かにぬる暑い風だ。

 予定よりも大幅に遅れ、やっとこさ新潟は苗場へ到着。
 前日に3通のメールで問い合わせしNG、プラス22件の電話で一軒だけ奇跡的におさえられた宿へ向かった。
 会場まで徒歩圏内の場所にとりあえず宿と駐車場が確保出来たのは幸運だったが、20畳の広間に6名の男性客と一緒になって雑魚寝という条件。しかし贅沢の言えた義理でなかった。
 それなりにゆったりした空間であったし、親切な宿主に促され、先に布団でスペースを確保し、荷ほどきをし、大量の荷物を抱え現地へ。

 残念ながら、一つの目的となっていたジョンバトラー・トリオの演奏は終わっており、クーラ・シェイカーの後半が奏でられる頃、グリーン・ステージに到着。
 いきなり編集部Yと遭遇を果たす。

 クーラ・シェイカー観戦後、ホワイトへ移動し、サードアイ・ブラインドを観戦。
 再びグリーンへ帰還途中、川でRちゃんのお手々を冷やし、ところてん喰って、KIDS LANDで小型メリーゴーランドやらブランコ等で遊ばせる。
 グリーン近くの広場にマットを敷き、しばし休憩。

 ここまで、というか、すでに宿泊地からRちゃんは9割9分歩かないので、およそ14kg超えの彼女を終始抱っこにセメント抱えしながら運ぶ作業が移動の際の条件となっていた。
 会場入りするまでに2tの汗が湧き出たような気分だ。

 ともかく水をぶっかけたような状態で気力と体力勝負のようなコンディションに陥り、段々ライヴ観戦欲が奪われてゆくようだった。それ故、観たかったジェイミー・カラムは寝ころんで音だけを拝聴。
 それでも気持ちを奮い立たせ、目当ての一人であったジョン・フォガティのステージでは、かなり前の真ん中辺りまでRちゃんを抱え、最後まで観戦した。

 ジョン・フォガティのパフォーマンス、流石だ。震えた。
 玄人中の玄人が聴かせるパーフェクトな演奏だった。ジェフ・ベック世代の彼らのギターの巧さは、そんじょそこらのミュージシャンでは到底太刀打ちできない程の完成度を極める。60歳を過ぎなければ出せない音もある。曲ごとにギターを代えるジョンだったが、テレキャスター、そして特にレスポールゴールドトップの音色に芯からしびれた。
 
 グリーンステージの真ん前で、肉眼でも十分にバンド面子の表情が確認出来る位置であり、スクリーンの映像に至っては、かなりの迫力を感じさせる場所だ。
 野外ライヴは何度か体感済みながら、ここまで本格的で音響もベストのライヴを観たRちゃは果たしてどんな気持ちだったのか。
 案の定、後半数曲では寝息をたててしまったが、彼女の心にあのレスポールの音色が届けられたことには間違いない。
 ライヴ終了間際に雨が激しく降り注いで来た。迷わず撤退。一路、会場外の飯屋へ。
 
 何人かの同士らと、その後のライヴ観戦及び夜中の飲みを半分約束していたが、Rちゃん対策で宿に帰還後、取り急ぎ先に風呂に入れねばとおいらが流しに行き、結局Rちゃんと戯れたそのまま一緒に寝てしまっていた。
 体力的にも理想の展開だったと後に認識。

投稿者 yonezawa : 08:13 | トラックバック(0)

2010年 07月 18日

オン・ザ・ビーチ ルー/沖縄3

CA3A1286-0001.JPG

 早朝の朝食を頂き、10時30分待ち合わせでおもろまちのレンタカー屋へ。
 この店、DFS内にあるのだが、レンタルに際した契約を交わし車に乗ろうとしたら、乗り場にたどり着くには延々ショップ内を横断させる仕組みになっており、こちらは段ボールだ楽器だと抱えているものだから個人的に暴動を起こしそうな意識に陥り、怒りで呆れる。
 ともかく作りが最低。

 普通車とワゴン車の2台をチャーターし、普通車はSくんKちゃん水入らず号に。
 ワゴン車はチャーリー運転のbambi&米澤家号。一路、オン・ザ・ビーチ ルーへ。
 途中、Aコープか何かに隣接する食堂で昼食。チョイス正解。美味。スーパーで花火を購入。
 羽田からことあるごとの一連のシーンを、一眼レフとハイビジョンカメラで切り取るおったん(私)の仕事は、ライヴを終えてもまだまだ続く。

 15時前後にルーへ到着し、準備の出来た者から海へ飛び込んだ!
 海──久々。
 浮き輪を持ったRちゃんと、初めて本格的に泳いだ。
 満面の笑顔。「キャッキャッ」とはしゃぐRちゃんの表情を見るためだけにこの地へやってきたことを、もはや本題のライヴそっちのけで感じていた。
 この2度と還らない今だけの、この素晴らしき景色も瞳に焼き付けておこう。

 小一時間の水遊びを終えた頃、丁度夕飯のバーベキューの用意が整う。素晴らしい。
 野外の海外沿いで涼しく夕景を見ながら、地元のバンド仲間、そしてかけがえのない家族とバーベキュー。これほどの贅沢があろうか。
 大量の肉と野菜が大変なペースで胃袋に消えてゆく。浮世離れしたこの環境を踏まえ、ビールも泡盛もより絶品と感じられた。

 そろそろRちゃん就寝の時間。
 残ったbambiの面々で大先生のギターの音色を聴きながら、ちびちびと泡盛を流し込む。

 今回のツアーで初めてゆったりと語る機会を得たSくんの彼女:Kちゃんが、大先生の伴奏で深夜の野外にて「青い珊瑚礁」を熱唱。
 泡盛と沖縄の海が導いた風景であった。

投稿者 yonezawa : 15:10 | トラックバック(0)

2010年 07月 4日

造形的なまとまり

51oDty8XApL._SS500_.jpg

 昼飯からRちゃんとなんたらかんたら部屋で過ごす。
 Rちゃん用のコロッケも揚げ、小さく切ったトマトを昼食に用意し順番に食べさせる。
 今日はポテト・コロッケもトマトもご飯も綺麗に平らげてくれ、嬉しい。 

 クレヨンでお絵かきを始めたRちゃんに「久々にビデオで撮っていい?」と伺ったら笑顔で「うん、とって!」とRちゃん。
 少しずつ変化を見せ、確かに造形的なまとまりを示し始めた。成長を感じさせる彼女の描く絵に感心する。
 数枚のお絵かきの中、数枚バスの絵を描き「ブーンブーン」と紙を持ち、寝室で昼寝中のママ寝室の、扉の隙間に差し込んだRちゃん。
 Rちゃん自身をモデルに、自分も絵を描きたいなと久々に思った。

 午後16時前にスタジオGOKへ。沖縄仕様のbambi最終リハ、ラス2。
 見つからなかったパズルのピースが埋まってゆくように、前半のリハでは見えなかったアレンジがうっすらと見えてくる。
 メンバーそれぞれが、同じ分量ずつ気づいてゆくようなニュアンスで楽曲がジリジリとまとまってゆく様を体感。
 沖縄はもう目の前だ。

投稿者 yonezawa : 23:42 | トラックバック(0)

2010年 06月 27日

bambi沖縄リハ/ラス3

51w9%2B4myqmL._SS500_.jpg

 夕方16時よりbambi沖縄リハ。回数を数えれば今日を除いてあと2回。
 なかなか渋いスケジュールで本番突入也。

 リハ後、Rちゃんに「でんわしてね!」と言われていたので、約束どおり携帯より自宅にかけた。
 電話に出たRちゃん「どこにいってるの?」といいながら、一連の今日みた風景を語り始め、最後に「はやくかえってきてね。またあしたもあそぼうね!」と念を押された。
 仕事に出る際、「またあそびにきてね」と言われたときは狼狽させられたが、可愛いので何ら問題なし。Rちゃんのために、明日も大いに汗をかこう。

 帰宅したらすでにスヤスヤのRちゃん。夜にも逢えずにかなり残念。寝息を聴きながらRちゃんの隣に横になったところ、思いの外酔っていた自分を自覚。

投稿者 yonezawa : 21:40 | トラックバック(0)

2010年 06月 15日

フォトグラファーとして写真撮影

fa_0279_img1.jpg

 昼下がり、青山のフェンダー本社へ。
 フェンダー:Mちゃんと久々に再会し、時価500万円のストラトから、ロン・ウッドがダメ出しをして、残った方のカスタムショップ製ストラト等をガツンガツン弾き倒した。
(これがとんでもなくバランスがよい)

 弾いたアンプの1台は、コルベットのデザイナーが作ったという、見たこともない車の面構えのようなアンプで、勿論非売品のブツ。
 某ミュージシャンから「どーしても欲しい。売ってください!」という熱望を受け、デッド・ストックだった名機:トーンマスターはすでにそのミュージシャンの元に渡っており、おいらが以前レコーディングでレンタルしたあのアンプは、もうここにはなくなっていた。

 やがてモデルで女優の波瑠ちゃん到着。
 本日は、フェンダーと波瑠ちゃんのコラボ企画を実現するべく、おいらが投げた取材を行う日。フェンダー WEBに波瑠ちゃんのインタビューを掲載し、Duo-Sonicなどの2ショット写真
を特写するというもの。

 数年前、フランツ・フェルディナンドの曲でウォークマンのCMがあったのだが、そこで彼女はほうきをギターの代わりに弾きまくるという女子高生役として出演していた。
 ギターにゆかりのある女のコというイメージはそこからあるように思う。

 ストラップをかけ、ネックに手をかけた時のキマり具合に、今回の企画が大正解だったことを確信する。波瑠ちゃんSO COOL、ご協力感謝!
 そしておいら、今回は正式なフォトグラファーとして写真撮影も担ってみた。

http://www.fender.jp/artist/detail.php?aid=fa_0279
http://www.horiagency.co.jp/web_data/talentfiles/haru_1.html
http://www.mbga.jp/.pc/_u?u=12715926
http://www.youtube.com/watch?v=RKXfKGpgX9Q

投稿者 yonezawa : 13:48 | トラックバック(0)

2010年 06月 11日

オーケストリオ

51feRlZ7asL._SS500_.jpg

 一切の前知識無しに、完全ノーガードの状態で観戦に出向いていた。
 「オーケストリオ…」
 ニューヨークのTからのメール「取材申し込みの価値あり。ただ見に行っても面白い」がなかったら今回見逃していた可能性もあったパット・メセニー公演は、錦糸町のすみだトリフォニーホールで行われた。
 錦糸町…。コンサート観戦で来るのは初めて。錦糸町自体に降り立ったのも確か15,16年ぐらい昔、女優:瀬戸朝香さんのいらっしゃったパーティ以来で、その席は、確か彼女を撮ったカメラマン:尾形正茂の地元誕生会だったと記憶する。

 ライヴスタート。数曲目にバックグランドの布が取り払われた瞬間、率直に驚かされた。
 自動演奏の機械がドンとセッティングされている。

 「才能は枯渇する」とは、どこのギタリスト言ったのか忘れたが、パット・メセニーというギタリストは才能の継続に長けた優れたミュージシャンであることを今日も認識されられるのだった。
 好き嫌い、得意不得意はおいといて、奏でる楽曲のすべてが今現在進行形のパットの表現形態だと受け入れられ、コンサート半ばからインタビューしたい衝動に駆られるものの、残念ながら今回その依頼はなかった。
 
 コンサートの大半は、自動演奏の機械とパットとの共演。大事なところは、打ち込みではなくあくまで自動演奏であり、つまり打ち込み音源ではなく生演奏ということ。ここ大事。

 レコーディングに関してプロトゥールスは現代の定番となり、打ち込み技術もプロから素人まで垣根のない時代だ。あらゆる表現形態が進化した現在、この自動演奏という発想は一見煩わしいアナクロな世界観に見えがちながら、最先端の発想とチャレンジだと認識した。
 彼のためにどれほどの協力者がいるのかとも同時に感じさせられた。

 パットは子供の頃から、この「自動演奏装置・オーケストリオ」を夢見ていたのだそうだ。
 わざわざアメリカから、この機材を持ち込んで世界を回るパット、是非とも一杯ビールを酌み交わしたいものだ。
 大所帯ツアーメンバーのあごあし全般と、オーケストリオの運搬・設定とバジェットはどちらがかかるのかと、下世話な想像をしながら3回目のアンコールを聴いていた。 

投稿者 yonezawa : 04:53 | トラックバック(0)

2010年 06月 5日

リハ開始

outrage1.jpg

 夕方よりbambiリハ開始。
 沖縄ライヴ仕様の新曲もレパートリーに加わり、久々に数曲分のオリジナル曲を弾いてみるが、高々3ヶ月そこそのブランクでここまで思い出さないのかと呆れるほど、一発目の音出しでいくつかのフレーズを忘れてしまっているおいら。
 生活パターンはおそらく夏まで変わりようも変えようもないが、少ないリハーサルの時間に集中せねば…と木村カエラのCMを見ながら考えた。

 「今朝までの痛飲のことを考えれば、ここは大事をとって帰宅か…」とリハ前まではほんの少しだけ決意していたところ、いきつけの居酒屋前に到着した瞬間、気持ちは真反対に翻る。
 当たり前のようにホッピーをコンコンとお代わり。
 bambi、リハ後の盛り上がりもライヴ並。
 おふくろもRちゃんもいる、沖縄の妄想が広がる夜更け。

投稿者 yonezawa : 18:07 | トラックバック(0)

2010年 05月 24日

失速LIVE2010

51R293G4vOL._SS500_.jpg

 Aimie、bambiご一行様、デビルガールズご一行様、トッポ、マミコロ、エミちゃん、S織、E戸夫妻、対バンのみなさま、サウンドチェックでトラで叩いてくださった某氏、実行委員会の皆様、カメラ殿村&広称、他、失速LIVE2010に参加してくださったすべてのスタッフ、ご来場の皆様の方に感謝!

 第16回を迎えた失速LIVE2010はあいにくの雨模様。
 巻き気味で始まったサウンドチェックにはギリギリで到着し、着いた端から音出し。走ってきたので熱い熱い。
 
 出番までK野、Tらと焼鳥屋へ。
 本番1時間前に今年も恒例の会場となった「目黒ブルースアレイ」へ戻り、満員御礼の集客を確認。少し赤ら顔だったおいらは誰かに指摘される。

 20時30分、本番。
 知らぬ間にドラムスの兼松くんが突然ドラムセット前に居ることに気づく。
 フィードバックから『移民の歌』でライヴ・スタート。
 スタート瞬間の、なんとも表現しがたいライヴ独特のテンションが毎度たまらない。ライヴの最も好きな感覚は、この瞬間にもある。
 回客席には大勢の知り合いの面々。おいらにとっては最も贅沢なライヴと言えた。ここにおふくろがいれば完璧。

 時間いっぱい正味20分のステージを瞬時に駆け抜けた。
 打ち上げの最終的な〆には、久方ぶりの『阿夫利』。

 唯一の心残り、それはこのイベントに絶対来たかったRちゃんが、残念ながら来られなかったこと。風邪と(ぶつけた)お口の怪我で断念したのであった。

●失速LIVE2010
Beat generation

●吉田宏(ヴォーカル)
●甲野勝之(ギター)
●池田哲也(ベース)
●兼松幸市(ドラムス)
●田中英俊(キーボード)
●米澤和幸(ギター)

1)Immigrant Song
2)Communication Breakdown
3)Custard Pie
4)All My Love
5)Misty Mountain Hop〜Beat it〜Misty Mountain Hop

投稿者 yonezawa : 00:33 | トラックバック(0)

2010年 05月 22日

リハーサル

CA3A1215-0001.JPG

 失速リハを行う隣のスタジオではbambiのリハも行っていた。
 明後日の失速ライヴ本番を睨む最終リハーサルは、最後の調整として4時間たっぷり充てることに。
 途中、想像通りの嬉しき乱入を果たしたbambiバンマスの持参してきたフレットレス・ギターが斬新。
 初めて弾いてみたが、なんとも言えない感触の弾き心地で、第一印象は弾いて気持ち悪い感じ。
 しかしスライドさせた際のトーンは、他の代替え品の利かない物件であることを認識。

 ともあれ、ビート・ジェネーション(BG)の最終リハを終えた。
 終わってbambiとBGとの合同飯会と思いきや、なんと偶然bambiバンマスが、スタジオの待合い室で中学時代の同級生と遭遇するという信じられないハプニング(40年以上ぶりの再会だとか)に見舞われ、結果3つのバンドが集いながら飯会の席に。
 当然のように誘い合うこととなり、想像通りの混沌とするザッツ・バンドマン打ち上げの様相となった。
 この席を経て、また化学反応が巻き起こる予感が…

 24日(月)20時過ぎ、目黒ブルースアレイで本番を迎える。

投稿者 yonezawa : 00:33 | トラックバック(0)

2010年 05月 12日

ジョン・メイヤー

51WIUykam2L._SL500_AA300_.jpg

 意地でも見たかった。
 直前まで日程のめどがたたずにいた故、インビテーションはあえてご遠慮させて頂いてたジョン・メイヤーJCBホール公演。
 時間繰りが整い、事前に会社員Kが手配してくれてたチケットで入場。
 JCBも武道館もドームも、仕事場の神保町界隈からは徒歩圏内。
 
 ステージを眺めて右サイド寄りの5列目に着席。ここのことろ観戦する場所が間近でついている。
 暗転〜ジョンのギターの音色が鳴り響いた。
 
 以前見たガーデンホールでのライヴでは音響に不備を感じ、パフォーマンスとは裏腹に最後まで満足しにくいライヴだったと記憶するが、今日の出音は良好。結果、ジョン・メイヤーのベストの音響で拝聴する機会を得た。
 単なるヴォーカリストの域を遙かに超えたギタースキルが、フルシアンテともデレク・トラックスとも違う、レイヴォーン的方向性を感じさせる。
 バークリーでギターを習った先生が日本人だと言うジョンの身体には、日本テイストのDNAも流れていると感じており、全身のタトゥーを見ると驚かされる。
 「巧い」という言葉が口を突く。
 想定していた楽曲はあまりやってくれなかったが、ベスト・パフォーマンスのジョンを体感出来た一時の休息時に感激。
 神保町に心地よき店、発見。武蔵小山の夜が更けた。

投稿者 yonezawa : 23:34 | トラックバック(0)

2010年 05月 1日

カメリアホール

41pNKBAupsL._SL500_AA300_.jpg

 今日は快晴。外に出たらとても気持ちがよい。
 村治佳織さんよりパンフをご送付頂いていた演奏会の日が到来。
 《村治昇ギター教室 第38回 発表演奏会》開催の地:カメリアプラザ/カメリアホールへ到着。
 丁度、可愛らしいチビちゃんたちが登場する午後1時30分のメニュー冒頭から着席し、観戦。
 わずか5歳ぐらいの子たちが、単音でもメロディを弾く機微を得られるのだと妙に感心させられた。
 この演奏会が何かの刺激にでもなれば…と考えた肝心のRちゃんはと言うと、始まって間もなく椅子から椅子を移動し、どうにも落ち着かない様子。
 自分に近い子たちが登場した当初、「Rちゃんもいくー!」とステージ側に向かおうとしたり。
 それを制すると気持ちがっかりしたのか、まぁ落ち着きのない動きで喋ったり、パンフいじったり。
 「おったんと、しっし、いく!」とトイレタイムも挟みながら。

 現状はまるで「学ぶ」という適正を欠いている雰囲気だ。まぁ何をやるにせよ、本人の気持ち次第。何においても無理はさせず、ゆったり構えるしかなかろう。

 なんとか夕方4時頃まで観戦し、もはや限界かと諦め、向かいの公園で数分遊ばせた後、銀座松坂屋で開催中の「ゴーゴーミッフィー展」へ。

CA3A1201-0001.JPG

 デパートへ到着後、順路に沿って閲覧。しかし、ここでもRちゃんは落ち着きなくあまのじゃくに行動する。

 皇居までお散歩しながら相当数のRちゃんの写真を撮り、夕飯を終えた。
 Rちゃんは車にゆられて爆睡しながらの帰宅。車から担いで部屋に上がり、着替えさせて・おむつさせてそのまま連続爆睡。
 ギタリストへの道は、まだまだ遠い遠い姫の1日であった。 

投稿者 yonezawa : 01:10 | トラックバック(0)

2010年 04月 22日

GARY MOORE

BFYB%20cover.jpg

 渋谷AX。ゲイリー・ムーア21年ぶりの来日公演を見た。
 公演のあおり文句は「激情と哀愁をギターで紡ぐ男、『人間国宝』ゲイリー・ムーアが21年振りに奇跡の来日!」と書かれてある。
 思えば中学3年生の頃、人生で最も繰り返し聴きまくったアルバム中の1枚、『BLACK ROSE/THIN LIZZY』から、ゲイリーのギターとの付き合いが始まった。
 あれからもう30年以上の時間が経過。中3の頃から生涯名盤の中の1枚に、この『BLACK ROSE』は外れない。
 バンドのアンサンブル、楽曲のクオリティ、演奏の緊張感、これ以上考えられないギターソロのベスト・マッチング、センス等々、本作を讃える言葉は枚挙にいとまがない。
 人生のある瞬間が、ゲイリーのギターだけで満たされた時期もあった。
 
 (おいらの音楽リスナーとしての)長き歴史の間、ブルース・オンリーの作品作りとなってしまったゲイリーの方向性を踏まえ、ある時期から疎遠になった事実もあるにはあるが、80年代から全くスキルを落としていない今日のゲイリーのプレイには「ロックギターとはかくあるべき」と、頭を引っぱたかれた感じがした。
 重戦車のような、真っ直ぐに歪んだハンバッカーのファズ・サウンド。マーシャルから響き渡る音の洪水は、有無を言わせない重量感に満ち溢れていた。
 贅沢を言えば、もっとリヴァーブを無くしてほしかった。ギターのヴォリュームを絞り、クリーンな出音でパキパキ弾いた時の魅力溢れるニュアンスと言ったらなかった。

 次回作はブルースでない内容のアルバムだという噂だ。
 ならば今は亡きコージー・パウエルのソロ・アルバムで聴いたゲイリーいぶし銀のジャジーなプレイも期待したいところ。
 それにしてもゲイリーという男は、いつでもハングリーさに包まれているというか、怒りを感じ受ける“氣”を感じさせるのだ。

投稿者 yonezawa : 03:24 | トラックバック(0)