2012年 02月 6日

シャンベルタン

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 雨。
 お茶の水駅から小川町方面へ下り、クリニックへ。年に一度の健康診断へやってきた。
 この1年でまた視力がどえらく悪くなった。眼鏡をかけたままの視力検査で案の定の結果が。先日、Tに聞いて初めて知った『ハズキルーペ』が真剣に欲しい。
 今、情報はとんでもない範囲で得られるし一方的に入り込んでもくるが、信頼する仲間の肉声である情報ほど確かなものはない。飲み明かすことはあながち無駄だけではない。
 いつまで経っても苦手のバリウム検査で、おいらはゲップしないか、いつもひやひや。
 診断を受ける人数が少なかったせいか所要時間は予測の半分で終わった。
 
 夜、H&Aくんと飯約束の地へ。
 よい仕事を終えた後の酒ほど美味いものはない。
 貸し切り状態で訪れた幹事Hの店には、以前たけしさんがインタビューでやってこられたことのある店なのだという。
 梯子酒はシャンベルタンで乾杯。H&Aくん最高の夜でした。感謝。
 まだ飲み足りないおいらは、たまたま近場で飲んでいたCをナイス・キャッチ。
 テレビ業界、出版業界の面々と合流し、再び飲み明かす。
 久々のかおたんらーめんで独り〆。 

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2012年 02月 4日

ALWAYS 宇宙 バンド

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 家族で協議の結果、観る映画を確定。新宿で『ALWAYS 三丁目の夕日'64』に決まった。
 当日、ネットで座席指定のチケットを購入したが、すでに空席はほとんどない。
 なんとか2列目の端の席を並びでおさえる。
 
 内容は、おいらの生まれた昭和39年が舞台になっており、ストーリーが進むに連れ、是非ともおふくろに一番観てほしいな……と感じつつ鑑賞。

 どこまでVFXを駆使しているのか一見するだけでは分からないが、きっとほとんどの風景の映像がそうした特殊技術で構築されているのだろう。そう想像しながら東京オリンピックの開催された懐かしい映像世界に入り込んでいた。

 鈴木オートの星野六子がよかった。ググったところ、東京出身である堀北真希は完全に役所の東北の人間にしか見えない。
 様座なシーンで爆笑するRちゃん。時折、彼女の表情を観ながら鑑賞し、やがて物語は終盤へ。想定したまま「おったん、おしっこ」とトイレタイムを挟み、Rちゃんの手を引きトイレに駆け込んだが、席に戻った頃にはタイトルロールが出ており最後のシーンは観逃した。それでも充分満足。

 その足で紀伊國屋ホールへ。
 午後7時より始まる、新書『宇宙はなぜこんなにうまくできているのか』を発売された村山斉(ひとし)さんの講演会へ。「知のトレッキング叢書」と題して、いま一番注目されている宇宙物理学者:村山さんの本の販促の一環で行われた。
 ただ、この日程をうかがったのが昨日のことで、その後の先約を優先するべく講演会はどうしても1時間しか拝聴出来なかったが、確かにこの分野も知れば知るほど興味深い。
 
 約束通り、吉祥寺『真希うどん』でTTとITと待ち合わせ。
 途中、地元の飲みだちSも合流し、深夜まで飲み明かす。よく喰ってよく呑んだ。T&Tには大きく感謝。バンドの稼働がともかく楽しみ。

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2012年 02月 1日

美味しいおにぎり

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 夕べの日本酒のせいなのか、なんだか顔が火照っている。
 あるいは「すわ風邪か?」と思いながらも、目の前にある原稿整理に時間を費やす。

 宅配便で届いた2人のミュージシャンの音&映像資料を再生。
 今の時代は、いくら盛り上がっている案件(現象)がどこそこにあっても、片方では多くの人が認知していない──というような、完全に分離した、偏る情報がそれぞれで交錯している時代だとしみじみ感じ入る。
 LiSAというシンガーは昨年暮れにプレゼンされ、ライヴを観るまでまったく知らなかったが、その盛り上がりと、そこに付随するメジャー情報は決して小さなものではなかった。
  
 遅い夕飯は久々の西荻窪。
 F社の編集者Sさんと前半は初のサシ飲み。今後の仕事の打ち合わせを兼ねた親睦会。
 やや遅れて、地元の大御所作家が合流。話題のほとんどがアプリの話ばかり。
 レトロな映像が撮れる動画や、まるで鉛筆(や、色鉛筆)で描いたような塩梅で写真が撮れるアプリに驚嘆。大変な時代である。
 漫画家は、もう背景に困らない。いや、そんなことはないか。
 焼酎のお湯割り、最後に美味しいおにぎりをいただき、Sさんにゴチになった。感謝!
 しかし外の寒いこと。

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2012年 01月 31日

日本酒

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 今日のこの日を、どれほど楽しみにしていたことか。
 世界的音楽家Mさんとの会食の日がやってきた。
 和食のコース料理をいただく前に、冒頭の一時間、ロングインタビューを決行。
 常に自然体で、肩肘を張らず、たおやかに活動を続けてこられたMさんの魅力触れる人柄に、今日もガツンと惹き込まれた。
 親父の教え(?)で滅多に呑まない日本酒がどんどん空いてゆく。
 なんと素晴らしき時間なのだ。Mさんをお見送りをした後、夢心地で編集W共々JRを乗り継ぎ帰途に。
 もっともっとギターを弾くことに時間を費やさねば。反省の数時間とも言えた。

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2012年 01月 30日

20年以上

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 かれこれ、もう20年以上のつきあいとなった編集四名で久々の親睦会。
 遠慮もなにもいらない自由な空間で、馴染みの面々とワインをいただいた。

 まさかこの面子で子育ての話をする日がくるとは……そうした感慨深い思いを胸に、他ベクトルの話をしようと踏ん張るが、結局おいらが語る内容はRちゃんのことばかり。
 同じ編集部から、それぞれ違う編集部や別部署に移った彼らとの、例えば1〜2年おきの酒は、大変重要な空間だ。かつてヤンジャン編集部にも響きわたったYの笑い声が懐かしいのだ。

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2012年 01月 25日

展望

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 午後5時、三省堂2Fの喫茶店『カフェ コンフォート』でK社打ち合わせ。
 午後8時、K社、C社、D社の映画関連会社の悪友2名(1名仕事でドタキャン)にゲストH、Sが加わり、初めてのパターンで飯会。また『文』にやってきてしまった。
 それにしても、なぜこんなに正直に盛り上がる、K。
 梯子で久々の『セルジュ』で〆。またやりましょう、4人の展望ある飲み達よ。
 

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2012年 01月 23日

編集者3人飯

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 Tシャツを着て、その上に長袖シャツを着て、最後にジャケットを羽織る……というのが通例の冬着だが、この冬特に寒い日には長袖シャツの上にさらに1枚パーカーを羽織り防寒している。
 考えてみれば、通常の生活環境の中で4枚の重ね着は初めてだったかも。この状態で最後にダウンを羽織れば無敵な感じ。
 
 書籍分野の新人編集者Wちゃん、同い年で先輩編集者Yさんと3人飯。またしても『ひろ喜』で乾杯。
 外は懇々と雪が降りそそぐ。徐々にいい気分になり、「そろそろ二軒目の提案をせねば」と目論むおいらを2人は完全に制し、「下手したら雪で帰れなくなりますから今日は帰りますよ」と至って冷静。
 酔えば、帰れる帰れないの論争など直ぐにどうでもよくなるおいらの性質を知ってか知らずか、店を後に一目散に中央線へ向かう2人。
 その一本気な気迫に押され、結果、各々の中央線沿線最寄り駅で降り去った。なんとテキパキした呑みだったのだろう。むしろ清々しい。
 

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2012年 01月 21日

喫茶ルオーとbambi

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 寝て、起きたら3時間30分が経過していた。
 眠気と気怠さを抱えているものの、そんなことは言ってられない。
 なる早で身支度を済ませ、JRと地下鉄を乗り継ぎ『本郷三丁目』駅に着いたのは丁度正午。
 徒歩で『喫茶ルオー』を目指す。

 『喫茶ルオー』は 本郷通り、東大正門のはす向かいに位置する。今回、この地をアカデミックな某2氏の対談場所に決めたのだった。
 集合30分前に到着したおいらは、朝昼兼用の飯を喰らう気満々。編集Wくん(東大生OB!)、そして時間前には必ず現れるカメラO&アシスタントの方らと合流し、店内の2F席に取材場所を確保。
 ここの店はカレーが有名と聞いていたので迷わずそれを注文するのだが、先に到着していた編集Wくんが席に着いたらお冷やに続けて(自動的)カレーが出てきたと語っていた(笑)。ホンマかいな。
 正午と言うこともあって満席状態ながら、とにかく快い取材空間を提供してくださり、一つ一つの事柄にものすごいお気遣いとご協力してくださったご主人、おかみさんの配慮に感激だった。今年(確か)53歳になるハズの編集Kちゃん(東大生OB!)が現役の頃は、たまにここのカレーを喰っていたというので、少なくともその歴史の長さを知らさせる。

 対談に関する事の顛末は、覚えていたら3月中のどこかで書き記したいと今日の時点では考えているところ。あまりにアカデミックな対談内容に驚嘆し、己の可哀想な頭脳を恨む局面もしばしば。すさまじき議論応酬の証人となった。

 取材を終え、即座に新宿へ電車移動。雨の降りしきる中、初めてやってきた『新宿ペンタ』に到着したのは午後5時30分。30分の遅刻を許せbambi。
 年明け初のbambiリハーサルは、本来の目的である大新年会の前に行われた。
 300数十曲を数えるレパートリーはいまだ変わらないペースで増え続けている。練習不足のへたれギターで応戦。
 リハ後、徒歩で『ちゃんこ両国』へ移動。
 宴にはカメラT&K子ちゃんも参戦。総勢8名で爆食爆飲の新年会は勃発。

 明日、キーボードのSくんは、フィアンセであるK子ちゃんのご両親にご挨拶をしてくるのだと言う。つまり両親からの承諾を戴く、あるいは許しを請う、という男子最大の関門突破か否かの前夜祭なのであった。

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2012年 01月 20日

たけしさんフリーク

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 吉田P兄との年明け初飯は、想定した鍋、焼き鳥、焼き肉などがことごとく満席で諦めざるをえない状況。ちょっと贅沢だったけれど最終的に『ひろ喜』に落ち着いた。
 遅れて編集Sちゃんも合流。超たけしさんフリークなSちゃんと吉田兄との場は以前から機会を狙っていた。
 たらふくたいらげた後、シンクへ梯子。再び、映画監督全般&たけしさん談義全開。こうした話題はおいらとしても常に至福の時間となる。「たけしさんが大好き」と口にする友は無条件に親友候補となる。
 明日、午前中から稼働の取材案件が待ち構えているのだが、気がつけば午前4時。……やってしまった。

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2012年 01月 18日

ウーロン割り

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 延び延びになっていたTさんとの呑み日がようやくやってきた。
 Tさんの地元で、広島風お好み焼き屋へ入り、美味しいつまみでウーロン割り。愉快な時間が続く。
 ひとしきり呑み続け、遅くにTさんが野暮用で引き上げた後にも、優しい店主と常連客に混じり、馬鹿話。
 昔高円寺に住んでいた頃、偶々隣り合わせた見ず知らずの地元民と呑みあった、あの頃の感覚を思い出していた。なんだか懐かしい。
 今宵、実によい酒なのであった。

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2012年 01月 13日

新宿へ遠征

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 編集Sと新春飯。年始からちょっと心配になるくらい多忙を極めるS。
 今年no.1のもたれない串揚げ屋で乾杯し、映画談義に雑学談議(?)。酒、やはり美味し。絶好調のコンディションとココロのヨロコビに抗わず、おいらのわがままで新宿へ遠征。
 梯子に次ぐ梯子で、結局今年お初の『図書室』まで遠征。
 Sへの深い感謝と同時に、睡眠時間を大きく奪ってしまいごめんなさいの反省。
 

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2011年 12月 29日

懐妊

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 本日、Rちゃんとの時間は午後6時まで。
 公園やら家やらで散々遊んだ頃、彼女は夕飯の時間に。

 おいらには、今年最後の行事が残されていた。
 先日、ふいに連絡をもらった元映画人Sとの食事会がソレであった。

 つい先日、大手映画会社を退職したと聞いたS。その理由が、ご懐妊という嬉しいニュースも聞いていたので、年内にはなんとか飯とは思っていたが本日めでたく再会が叶った。

 身重のコンディション故、当然先方はノンアルコール。積もる話を交換すれば、彼女はほとんどのタイミングで腹を抱えてケラケラと笑った。昨年ゴールインした彼女は、実に理想的で可愛らしいお嫁ちゃんになったものだ。
 本体なら、こちらから彼女のスケジュールをうかがって飯会を決めるべきところ、彼女の提案でこうした機会を得られ、恐縮でもあり嬉しくもあった。

 彼女とは、2年前の失速イベントでもバンド仲間として共演した経緯もあり。同志であると同時に友好なバンド仲間とも言えた。
 天真爛漫という言葉のまま、突き抜けた明るさは、もう一人の命を授かった日から、きっと家族全員を包み込んでゆくことだろう。その姿は安易に想像され、目に浮かぶのだった。
 和菓子とみかんのお土産、ありがとう! S、とりあえず3月までは万全を喫して大事にね。

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2011年 12月 27日

LiSAとのんべえ横町

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 随分しばらくぶりの渋公で、プレゼンのあったシンガー:LiSA初観戦。会場ではS、Uらと再会。Uとは、2000年のロンドンで初めてインタビューしたジェフ・ベック案件以来のつきあい。
 ヤンジャンの読者層そのものズバリのようなオーディエンスが集い、ソールドアウトとなった会場を埋め尽くしていた。
http://www.lxixsxa.com/
 LiSAというミュージシャンが、実にパワフルなパフォーマンスをやりきる技量の持ち主であることを直ぐに認識した。

 終演後、明日帰省するというKからの連絡を受け合流。のんべえ横町『まぐろ処』で乾杯。『まぐろ処』は先日伊丹兄にご紹介頂いたナイスなお店だ。

 狭い店内で隣り合わせた常連さんらと、どうしても話す距離感になる店だ。
 偶然居合わせた某有名ハリウッド俳優の吹き替えなどもこなされるというダンディなベテラン声優のKさんや、店主の同い年と伺った男性らとの話が新鮮。

 固い意志のつもりだったが、やはり電車では帰れなかった。
 明日は今日会ったSと、その同胞R&Yらと神楽坂飯。

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2011年 12月 26日

サンタさんから貰ったプレゼント

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 イヴの日、サンタさんから貰ったプレゼントとお手紙を、缶のボックスに入れては毎日出したり閉まったり。
 Rちゃんの枕元には大きな袋に入った、本人希望のプレゼントがたんまり届けられていた。

 一方、イヴの日も半端な大掃除の途中だったおいらは、破棄する書類やらの整理で袋一杯にゴミを詰め込み、そのまま寝てしまった。
 朝、部屋にやってきたRちゃんは、すでにサンタさんからのプレゼントを紐解き、ひとしきり遊んだ後の様子。「サンタさんからのプレゼント? うん、もらったよ……おったん、これ何?」枕元にある夕べのゴミ袋を見るなり「おったんはサンタさんにごみをもらったんだね」とRちゃん。
 「ピンクのギターをたのんだらよかったのに」と二言。

 夜、T先輩のお誘いを受けた。
 2012年ミシュラン東京の「三ツ星」獲得店『鮨よしたけ』へ。
 特にミシュランに興味があるわけではないが、寿司番長なT先輩のお供は大歓迎なのであった。『鮨よしたけ』には店舗が六本木にあった頃お邪魔した以来。
 ノミネートナシでいきなり三つ星というケースは本当に稀だそうで、確かに創作に凝ったつまみの完成度には感心させられた。シャンパン2本がほろほろと空いた。

 バーNへハシゴし、内容の濃き爆笑トークに思わず力入る。
 別店舗VのMも合流し、年内に閉まってしまうという六本木のバー『NEST』でほろ酔い気味のマスターと乾杯。
 さらに真希うどんへと河岸を変え、再び焼酎につまみのうどんなど。
 これ以上はないアホ呑み展開に、糞寒い戸外に出ても頬は火照っていた。

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2011年 12月 22日

団長

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 「結局、飲んでんじゃん」という連日の有り様からか、幾ばくかの酒を体内にとどめたままの日々が続く。しかし夕方を回る頃には「また飲めるじゃん」という回復の師走だ。
 昨年の師走は確かもっともっと気持ち悪い日々だったと記憶している。

 ふいに元飲め飲め団団長からのお誘いを受け、高田馬場駅から10分程度歩いたそこそこ距離のある居酒屋へ。

 なぜわざわざこの店に来たかと言えば、元団長の「混んでるのをほとんど見たことがない」という理由から。明日からの連休を見越せば、今日こそは確実に「飲食店に予約ナシなんかでは入れるわけがない」と考える日だ。この店を訪れるまでは。
 鹿児島料理と謳うこの居酒屋は、まるで期待を裏切らないまましんみり具合のノーゲスト。逆に気に入ってしまった。
 明日からは3連休。終電後のタクシーはきっとつかまりにくかろう。帰宅難民必至なイメージも今日は抱いていたが、19時30分頃のかき入れ時にノーゲストとはシビれた。
 まずは「きびなごの刺身」を注文。そこそこ珍しいんじゃなかろうか、都内の居酒屋で刺身を常備してある店舗は。
 かつて親父が毎日食べていた小魚を肴に、黒じょかで芋焼酎:桜島をグビグビ。
 元団長K兄とのサシもずいぶん久しぶりで、そのせいかグビグビには拍車がかかり、心も体も温まった。
 後輩編集Yが婚約したという衝撃情報を受け、即招集。燗のついた焼酎が余計に美味くなってゆく。
 ふとトイレに席を立ったところ、偶然、以前インタビューしたことのあるI監督の姿が!
 驚き、思わずお声をかけさせて頂いた。かつてのおいらが取材した記事は韓国の映画監督との対談だった。
 「名刺、もう一回くれや」ということで、環境の変わった現在の名刺をお渡しする。
 こんな辺鄙な場所で、なんとも奇遇で不思議な再会だ。

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2011年 12月 20日

見てるだけで幸せ

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 伊丹由宇御大、保科ブリティッシュ委員長、富豪整形外科医家康さんらと忘年会。
 看板もない驚くべき居酒屋は渋谷某地にあった。ドアを開ける瞬間、「ここでいいのか?」と躊躇した。
 入稿のせいで、集合時間から20分遅刻して、ときめく兄貴らとの再会を喜ぶ。
 家康さんは時の人。
http://nikkan-spa.jp/102621/赤木家康さん

 iPadでの口実筆記もこなれたもので、今回は携帯に文字を打ち込み、それに繋いだ小さなスピーカーから音声が出る、といったシロモノを初披露。
 「すいません、ビールをください」と、機器が代わりに喋っていた。

 書くのも野暮なほど、音楽、特にロック・ミュージックに対する造詣が間違いなく世界有数のメンツである故、ここで聞いた音楽情報は気が遠くなるほどレア。
 勿論どこにも書けないし、載せられない。

「最近、iTunesのビートルズのCM、すごいですね」
「うん、あれを見てるだけで幸せになれる」
 こうした伊丹兄の弁を聞いているだけで、おいら自身が幸せになっていた。

 様々な名店を熟知される伊丹兄によって、今日また携帯情報にキープされる名店が追加された。
 二件目に訪れた『渋谷のんべえ横丁』にあった居酒屋にも驚愕。兄の顔の広さに今日も唸る。
 終電前に解散。しかしまだ飲み足りないおいら。井の頭線で地元方面に引き上げ、『闇』で編集者と待ち合わせているという先ちゃんと合流。
 10も、10以上も若い編集者らとも横イチに並び、ウーロンハイを数杯。朝のどえらい寒さが身にしみた。

投稿者 yonezawa : 19:44 | トラックバック(0)

2011年 12月 16日

世界的レーベル

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 長きにわたり世界的レーベルに所属される、日本が世界に誇る音楽家Mさんと念願の忘年会が叶った。
 大概こうした親睦会を行う場合、港区界隈の飲食店でお会いするケースが多いのだが、今回は思い切って縄張りの新宿へお誘いさせていただく。

 お伝えしなければならないいくつかの案件があったこともあり、本来喰うべき場所のカウンターではなく、プチ個室を予約した馴染みの寿司屋で江戸前の握りを堪能。

 ここまでたおやかに、優雅に、そして朗らかな表情をみせる彼女の人間度量にはその都度驚かせられながらも、この貴重な空間を素直に歓んだ。
 体調面で心配していた部分も、今日のご本人から窺った直接の説明で安堵。
 それにしてもなんと魅力的な方なんだろう。
 壮大なオーラを感じさせるスケール感。お会いする度にMさんから学ぶものは、まだまだ抱えきれないほど見いだされてくるのだった。
 
 食後、もう1件だけおつきあいして欲しいバー『シンクロニシティ』へお連れし、共に芋焼酎のお湯割りを軽く頂いたところ、店主Oちゃんはタッチの差で出勤しておらず残念。なんてこと!
 Mさんとの空間は、おいらの音楽人人生を顧みても、最も重要な空間の一つ。
 おいらの来年の願いは、Mさんがストラトキャスターを弾いてくださった後の感想を窺うこと。

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2011年 12月 14日

鬼のはしご酒

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 今年は、基本的にメールの通じておられる方々にはアナログの年賀状は控え、メール年賀にしようと考えた。数百枚の年賀状もばかにならないし。
 
 年3or4回の親睦会を目指すOOY会(っと勝手に命名)の忘年会の場へ急いだ。
 現役の第一線からは退かれたハズなのに、Oさん&Oさんの仕事スキルは現役顔負けの鋭さだ。
 愉快な親睦会で水炊きを美味しくいただく。至福の時間が過ぎ去る。

 宴も終わり、解散。独りはしご酒でもと思っていたら編集Tが近場で印刷所の方と呑んでいる情報を得、すかさず合流。
 満腹なのでこれからさらに食べ物は入ってはいかないが、赤ワインはゴクゴクイケるのだった。
 愉快な席。途中でTさんオチたのでお開きに。
 帰途のタクシーではおいらもオチっぱなしだったが無事帰宅。……と思ったところ、E御大より呑みお誘いメールを拝受する。当然、再び吉祥寺へ繰り出した。

 E御大にO御大と言い、なんとも豪華な顔ぶれでの宴真っ盛り。なんてどえらい大衆居酒屋なのだろう。
 しかしもう限界。さらにはしごした居酒屋では一口しか飲めんかった。

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2011年 12月 13日

2011ラスト夜忍戒

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 今年最後の夜忍戒は、面子初の築地開催。
 海鮮ひつまぶしが絶品と聞き、目的の店舗を探すべく地図を頼りに路地を探すがなかなかみつからない。
 地図とその正確な場所がここまでわかりにくいのは珍しいケースで、店に電話して初めて行き着けた。
 美味しい食材に全員ご満悦。夜忍戒各位、今年もお疲れさまでした。

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2011年 12月 12日

宇宙とマカダミアン・ナッツ

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 やっと今頃『Kick-Ass』観られた。録画を逃さなければ年内に『The Social Network』も観られそう。
 特にこの1年は環境の変化もあってか、逃した映画は多かった。
 先週金曜日の終電に間に合わない頃、出てきた4C原稿を、本日午前中にはチェックせねばならない故、おいらにすれば随分早い時間に電車へ乗る。

 (Amazon)で仕入れた最新の書籍『宇宙に終わりはあるのか?』『眠れなくなる宇宙のはなし 』『宇宙は何でできているのか』『宇宙は本当にひとつなのか』など、タイトルだけでそそられる感じ。
 宇宙には果てがあるのか? 宇宙とは何を指すのか? 宇宙はどうなっているのか?
 進化する最新の研究結果に震撼しながら、子供の頃思った疑問をそのまま解明させてくれそうな趣向の内容が、ともかくロマンチックでもある。
 中学の頃、ある同級生とそうした質問をやりとりしながら星空を眺めていたあのシーンを回想した。

 編集MとデザイナーMちゃんとの鼎談は馴染みの『ひろ喜』で。
 多くを語らずとも意志の疎通のある同士と、ものすごい勢いで語り合う夜更け。

 1まわりじゃきかないほど歳の離れた後輩Mが真っ先に落ちてしまうとは……きっと仕事のし過ぎだったのだろう。
 初のゴールデン街の『ねこ娘』は、先日Mちゃんらが飛び込みで開拓したらしい。
 落ちたMがタクシーに乗ることを見届け、Mちゃんと三丁目の初バーへ。
 雰囲気はなかなか。
 まさに初物となったマカダミアン・ナッツの殻の固さを初めて知る。

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2011年 12月 5日

新しき邂逅

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 かつて、ハリウッド監督のインタビュー取材現場に連れだったことのある編集Hと、その同期のTが親睦会を企画してくれた。
 遅めの夕飯はTの予約してくれたイタリアン。

 ソムリエの薦めてくれるまま、グラスごとに銘柄を変えた白赤のワインを飲みながら、折に触れて訪れる彼らとのひとときを楽しむ。
 40を過ぎてから、自分の年齢の半分ほどの仲間が出来たり、70歳を目前にした呑み達との出会いや、同世代の音楽仲間の出現など、新しき邂逅も感慨深い。
 映画のこと、音楽のこと、仕事のこと。いつものようにノンビジョンのまま思考の行き着くままに世のカルチャーの意見交換が心地よし。
 河岸を変え、最終的には蓄音機でオペラを聴きながら、更けゆく夜を堪能。マックスまで呑んだ。H&Tに感謝!

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2011年 12月 2日

風呂桶

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 ミュージシャンAより、ちょっとした嬉しい知らせをふいに受け吉祥寺の居酒屋集結。
 先日、AKB仕事も一緒に手伝ってくれたピアノの先生Yねぇもお誘いし、盟友J(HH)も参戦。
 店に到着した瞬間から速射砲のように終電までの時間語り尽くす。
 もはや全員で共有しても構わなくなった情けない昔話なども思い出す(暴露する)こととなり、大いに笑った。
 音楽をやる者誰しもそうだと言えるのだろうが、Aの見つめるミュージシャン像は永遠に頂点中の頂点。妥協なき音楽創造はAが18歳の頃から同じだ。なので、一か八かのライヴなどには安易に彼を呼ぶ気になれない。
 音楽のハードルを自らにも課し、自分のペースで気心会った仲間と仕事に影響のないフィールドでバンド活動をバンバンやっているのがA。理想的な社会人と言えた。

 Aと初めて会った26年頃前、「米澤さんは風呂桶を持っていました」というのだが、その記憶はない。しかし銭湯の閉まる時間間際なら、その可能性は充分あったろうと想像した。
 「その時、下駄を履いてた米澤さんは……」という件で続きを語り出したAの記憶は、ここにきてなかなかいい加減だなと認識(笑)し、なぜかホッとするのだった。
 下駄には未だかつて縁の無いおいらなので。

投稿者 yonezawa : 18:05 | トラックバック(0)

2011年 11月 15日

ヒミズ

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 映画『ヒミズ』鑑賞。
 良い意味で想像通りの迫力を感じていた。構えて見なければもっと騒いでいたかもしれない。映画に予備知識はいらんと再認識。
 現状の今年ナンバー1は(これから向こう1年間という意味でも)韓国映画「哀しき獣」
http://kanashiki-kemono.com/
と考えているが、本作『ヒミズ』もかなりの刺激となった。
 主演:染谷くんはきっと18歳の頃撮影したのだろうけど、例えば怒鳴るシーンにしろ佇む場面にしろ、絵が「もつ」感覚。その現象を存在感と言うのかもしれない。
 ほとんどがだらしなく映る登場人物の女性陣も最高。窪塚洋介にしてもまるでドキュメントのような案配で適役であり、ほんのわずかなシーンだけに吉高由里子が起用されていたのも痛快。
 男性俳優陣は言わずもがな全員が申し分なし。アクション監督の名には坂口拓の名を見つけた。
 
 夜、このHPも手がけてくれるスーパーデザイナーFと、ものすごくぶりの飲み。今夜はサシ。
 適当に入った清潔感のある神楽坂の居酒屋は静かに話が出来て落ち着けた。
 帰途の道中で思わず雑誌Brutusの映画集号を衝動買いしていた。

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2011年 10月 31日

注文してから40分

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 土日にしっかりアルコールを抜いていたのは、本日に備えたわけではなかった。
 表参道のスペイン料理屋「EL Castellano」に訪れたのは、かれこれもう10年では利かない程、時間が経過していたはず。
 時折、日本人ギタリストによるフラメンコの演奏を聴きながら、スペイン人オーナーがお勧めする本格派スペイン家庭料理をいただく。
 編集Hちゃんとも春以来の再会となり、ボスK兄の仕切りで始まった宴が心地よし。
 
 注文してから40分かかるというパエリアは、最初に注文しておくのだが、それなりののつまみをいただき、赤ワインをグビグビ飲んだ頃合いにパエリアが出てきた。
 パエリア、確かに美味いのでパクパク頂くわけだが、もうそれ以上酒が入っていかない感じ。米とはそういうものだ。
 それでも2軒目の琉球チャイニーズ「Tama」へ移動し、焼酎を数杯。
 
 最終的に吉祥寺へ移動し、バー「SCREWDRIVER」でお開き。
 とことん呑む姿勢は20年近く変わらないKちゃん。ところが最近はその先に居眠りが加わり始めた! ごちでした、Kちゃん。お疲れさまでした、Hちゃん。

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2011年 10月 24日

門出を祝おう

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 夕飯も食べずにデスクにへばりつき、怒濤の入稿作業をやっていたらようやく時間が確定した模様。
 組織を離れ、晴れてフリーとなった映画人:Mの門出を祝おう会が遅い時間より開催。
 指定された場所は、メンバーうち2名の家にほど近い中野界隈。
 初めて訪れたワインバーには、いつもの4人のメンツがバラバラに集った。

 どれだけ最近の映画を観てないかを実感して一人情けなかったが、ホントーによくもまぁ次々と話題作をチェックしている3人には感心する。
 ワインが数本か空いた頃、一旦お開き。明日早朝仕事のあるNちゃんはこのタイミングで帰還。
 河岸変えに近場のバーへ。ところが、こちらの店チョイスがさっぱり。ビール1本で退散。
 線路脇の坂を登ったところにあるバーで飲み直した。
 いい映画はいい仲間からの助言が一番。今日話に出た作品名を覚えてなきゃならないのだが、結局DLしたばかりの、スマホのメモ機能を活用することはなかった……

投稿者 yonezawa : 14:21 | トラックバック(0)

2011年 10月 16日

岡山ライヴ打ち上げ

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 大概、ライヴ後の打ち上げは、ご来場いただいたゲスト中止の親睦会となる故、メンバー間の打ち上げという雰囲気にはならないものだ。
 Bambiの岡山ライヴ打ち上げは、ライヴ映像やら諸々岡山に縁のあるソフト、食材などが熟成されてからの日程となった。無事、本日Hの豪邸で開催。
 
 何度来ても羨ましい。嫉妬するくらいクールなH宅にバンドメンバー全員が集結し、手際のよいHの手料理で宴会はスタート。
 天気も素晴らしく、屋上でゲットバック・セッションをしてたら綺麗な日本晴れであることを知った。

 ほどよく酔いが回った頃、LPも聴ける(さすが!)オーディオ・フロアで、持参したDVDを再生。
 この日のために、スチール写真にBambiのリハーサル音源を乗っけ、iDVDで編集した映像を披露し、メンバー全員に進呈した。
 岡山の演奏もすでにDVDとして到着していた模様で、そちらも酒の肴として視聴。
 H、ご馳走さま。みなさん、お疲れさま。至れり尽くせりの空間に今日も大感謝。

 ドラムス:Cと井の頭線で帰還し、次回メンバーの集いは今月中だと確認。
 キーボード:Sくんが、なんと札幌勤務になってしまったというのだ。……という流れで当然の月内送別会開催確定となった。 

投稿者 yonezawa : 16:11 | トラックバック(0)

2011年 10月 14日

雲行き

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 天気予報によれば、週末が雨だとは……
 明日の運動会を楽しみにしてるRちゃん、残念ながら延期の雲行きに……

 夕方より、大先輩でLED ZEPPELIN仲間でポピュラー音楽研究家で電波のプロ:K兄との呑みに、漫画家:Fさんの参戦も決まり、3人で新丸ビル7Fで待ち合わせ。

 同ホールのマネージャー:TさんはK兄ともお知り合いで、品格溢れる彼女よりフロアの説明を伺った。
 とても心地よい風の吹きつける3方向のベランダをまずはご案内くださった。Tさんに感謝。

 予約して頂いてた有機野菜中心のつまみが選べる居酒屋で、白ワインと芋焼酎で乾杯。
 かつてK兄が民放のディスクジョッキー現役時代、ど真ん中のリスナーだったというFさん。2人は初対面なのだが、とてもときめく盛り上がりをみせる席となったことが嬉しかった。

 同フロア内の『来夢来人』という昭和なスナックに、週2日だけタレントのミッツ・マングローブさんがママとして出勤しているそうで、本日はたまたまその日だったそう。
 タレントのピーコさんと同席されておられたミッツさんが、K兄のお声がけで、ほんの数十分だったが同席された。

 K兄、ご馳走様でした。己の、物事を睨む目線の視野が広がっていることをK兄と語らせていただく度に認識するだった。K兄の人間度量、底なしの大らかさは世界に通用する確信あり。
 K兄をB1まで見送り、Fさんと吉祥寺へ帰還。

 いつもの闇太郎で一杯ごちそうになる。そして〆のラーメンは、『スタミナラーメン のぶちゃん』でノーマルなラーメンを注文。
 やっと今日、初めて喰う機会を得た。ものすごく普通の醤油ラーメンでありながら、結構タイプの味。
 喰いたくても、いつも午前2時までの営業時間に間に合わなかったのだ。お忙しい中、おつきあいくださったFさんに感謝。

投稿者 yonezawa : 16:10 | トラックバック(0)

2011年 10月 12日

旧知の仲

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 活字媒体のWくんがお連れしたのが、なんと旧知の仲であるYさんだった。
 今回、プレゼン中のある企画を睨み、初顔合わせの編集者との会合とばかり思っていたら、かれこれもう23年前後のつきあいとなるYさんではないか! 良き意味で肩すかしをくらう。
 「なんだ、(名字の)HさんってYさんのことやったんかい!」と、場はもう単なる同僚呑み会と化し、数分後に到着されたKさんも加わり、爆裂音楽談義と赤白ワインで盛り上がる。

 Kさんは、JEFF BECKに関しての造詣が半端ではなく、その方面はおいらの専門分野だというのに完全に負けを喫したことは以前にも記した。
 まるで高校時代の会話の内容のようなノリで、いかにロック・ミュージックが素晴らしいかを語り合う空間が理屈抜きに楽しい。
 ゲイリー・ムーアも偉大だった。

 甘いデザートはを食べられないおいらだけ、追加で赤ワインをグラスでいただき、河岸を変えた2件目は青山から新宿へ。
 Yさんと、今後さらにおつきあいが続くかと思うとラッキーな気分。
 若きWくんが企画から手がけた書籍の重版が即決まったという素晴らしい話題も大いに場を盛り上げてくれた。
 誠心誠意で本を作る。この現場にいることは一つの宝だと、本日も改めて実感するのだった。

投稿者 yonezawa : 14:23 | トラックバック(0)

2011年 10月 6日

官房長官適任者

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 このおよそ10年間の取材写真を整理し、ほんの一部をDVDにセーブした。
 ほぼすべての取材対象者が、その瞬間の心情を真摯に語ってくれた歴史を回想しながら、取り込まれてゆくスチールに魅入った。

 夜、おいらの思う編集・官房長官適任者F、そして本日ゲストのT社Iちゃんの3名で神楽坂へ。
 Fの招待してくれた店がまた嬉しい。
 本人に何度も伝えているが、ちょっとだけ後輩なFの物事に対する見方のセンスは一目置く感覚を抱いており、ここ一番の重要なあらゆるポイントでは折に触れ相談するおいらだ。

 ワインがメインの高級和食屋でコース料理。
 およそ1本分程度の赤白ワインをいただき、同じメンツで次回の親睦会も約束しながら中央線に。
 沿線の事故でものすごく混雑していた車内は、通勤ラッシュのような有様で辟易。

投稿者 yonezawa : 17:26 | トラックバック(0)

2011年 10月 5日

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 雨。長く止まない雨。
 仕事を切り上げる少し前にTさんより夕飯のお誘いを受け、銀座の和食屋さんへ。
 ミシュラン三つ星店から独立(支店?)した?とかいう店主が丁寧な「和」の創作料理で持てなしてくれた。
 食べきれなかった鯛飯はお土産に。

 吉祥寺の主:江口兄より「仕事が一段落した」と聞き、いつもの居酒屋で待ち合わせ。
 先ちゃんは、本日〆切だったという氣志團×ももクロのイラストを描き上げ、待ち合わせ場所へとやってこられた。
 情報の早い先ちゃんにスマートフォンのあれこれを質問しながら、己がいかに携帯依存なのかをまたしても自覚していた。

 午前2時を待った頃お開きに。外はまだ雨。ほとんど酔いの回らなかった今夜の酒だったので帰途の手段は徒歩で。

 ところで、ももクロって知らんだ。フェアリーズは知ってるけど。
 そのももクロなどにも楽曲を提供しているという前山田健一なる作曲家の存在も今夜初めて知った。世の中知らないことばかり。

投稿者 yonezawa : 17:26 | トラックバック(0)

2011年 10月 4日

2人のOさん

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 「次は米ちゃんの新しい門出を祝って飲もう」
 今年3月に2人のOさんと食事をした際、彼らはそう言ってくださった。
 そして待望のその日がやってきた。

 折に触れてこうした機会を設けてくださる彼らの温かさと人望の深さ。おいらはこのメンバーで飲む酒が大好き。「大好きである」という気持ちに勝るモノはないと確信をする自分だが、理屈抜きに歓びと心地よさが同居する空間だった。
 生ビールで乾杯し、美味しい刺身などをいただき、芋焼酎ボトルがきれいに空いた。
 
 人には多かれ少なかれ、「欲」という感覚が備わっているハズだと思うが、2人のOさんから感じられるニュアンスは、その言葉から最も縁遠い場所にあるような印象がある。
 つまり彼らに最たる品格を感じているおいらだった。品格のない者から品格溢れる方を見れば、その機微がよりはっきり認識されるのである。

 来年、Oさんと共に母の故郷である哈爾浜に行けたらなんと素敵なことだろう。
 最高に楽しい貴重な晩酌の時が過ぎていった。2人のOさん、ご馳走さまでした。

投稿者 yonezawa : 17:26 | トラックバック(0)

2011年 09月 22日

不定期定例

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 母から来たメールのタイトル「昨日の台風通過。嘘みたい。」にあったように、嘘のような晴れた天候が白々しい…っと思っているうちに、午後からは空模様も崩れ再び雨模様に。
 岡山・小豆島・倉敷は絶好調だったが、東京滞在中の母にとってはちょっとついてなかったか。
 本日は、不定期定例の『夜忍戒』の日。
 「事情ありお店を秘密にしたいため19時20分に新宿コマ劇場前集合で」という意味深メールを送ったIっちゃんの意図とは何かを考えながら、Iっちゃんとタクシーで新宿へ向かうが、神保町から15分もあれば到着する場所なのに50分近くかかってしまった。

 囲炉裏で魚やらこんにゃくやら厚揚げなどをほどよい火加減で頂いた。こんな雰囲気の店が歌舞伎町にあったとは。
 一次会でお開きだったはずなのに、ゴールデン街の図書室で軽めの2杯。終電には間に合った。みなさま、お疲れさんでした。

投稿者 yonezawa : 16:26 | トラックバック(0)

2011年 09月 16日

スマホ

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 たまたまなのだろうが、おいらのスマホが本気でダメ。おいらの機種だけ。(同)機種変までしたのに。
 午後4時過ぎから7時35分までかかって、調整をやってもらってもまだ完璧な改善には至らない。
 その間、ショップに携帯を預けたままでいたところ、仕事の機能が本気で止まった。
 約束していた某氏との打ち合わせはやむなく来週へ動かしていただき、待ち合わせの時間の確認も、ショップからかけた電話で直前認識。
 いかに携帯に依存しているのかが、良くも悪くも実感する瞬間だった。
 時間がなくなったので、後は来週以降の調整に。

 単行本の打ち上げとして、編集FとデザイナーKの初メンツでちゃんこ鍋。
 こんな糞暑い最中、ガンガンにかけたクーラーの中で塩ちゃんこを喰うというのは嫌いではなく、今回は編集Fのリクエストで決まった。
 こんなに楽しいならもっと早く実現するべきだったと思わせた3人打ち上げの酒が美味い。
 良い酒が良い仕事に繋がる。その意識は今も昔も変わらず同じだ。

投稿者 yonezawa : 17:05 | トラックバック(0)

2011年 09月 6日

西荻窪よりJR

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 コミュニティーバスで最寄り駅へ出た。
 寿スタジオへ資料を届けに立ち寄り、そのままO氏宅へ資料を届けに中継。西荻窪よりJR乗車。
 先日の荻窪しかり、しばらく降り立たない中央線の駅前は、その景観がどんどん変わっていた。
 連日通過するだけで、なかなか下車しない駅はよく知っているつもりでもかなり疎遠だ。

 夜、打ち合わせを兼ね、編集N氏、編集Tと飯。夏休みをとっていた編集Fは残念ながら合流ならず。編プロ近くの居酒屋でお腹を満たし、タクシーで久方ぶりの港区へ。
 帰途につく前、またしても一人ラーメンしてしまった……結構呑んだなぁ。
 

投稿者 yonezawa : 10:28 | トラックバック(0)

2011年 09月 3日

怒濤の超漫画家と怒濤のファンクギタリスト

 届くはずの4Cカットが一向に届かない。約束は昨日の18時だったものが、ラフが到着したのが昨日の23時過ぎ。明けて本日、いつ届くのかを関係者が待ちわびているのだが、担当編集者によれば「連絡がつかないまま、ともかく待つしかない」という状態とのこと。
 時折外出もせねばならない休日の日程故、身動きのとれないことになるのだが、データーで届くはずのカット絵柄を出先でも確認するべく、パソコン前にいる仲間の協力を得て、スマートフォンへの返信で確認しようと体制を構築。K、そしてSさんに心より感謝。
 しかし結局カットはまだまだ届かない。

 午後3時30分、高円寺駅改札待ち合わせで漫画家:大友克洋兄、江口寿史兄、遅れて田村信兄の3名と待ち合わせ。なんと大友兄のおごり(!)で中央線焼き鳥屋巡りの日がやってきた。
 この飲み企画の決まる席に居合わせた幸運に感謝。

 高架沿いの「大将」でウーロン割に焼き鳥数本。大阪帰りのタムタムが遅れて到着。
 数杯いただき、場を阿佐ヶ谷駅へ。
 こちらでは漫画家・イラストレーターの寺田克也さんが合流。駅前で、偶然漫画家:杉木ヤスコ(ヤスコーン)さんとばったり。
 徒歩で駅前を通過し、ふつーの居酒屋で酎ハイ数杯。

 ひとしきり飲み終え、仕事に戻る寺田さんを見送り荻窪駅へ移動。こちらでは漫画家・吉田戦車さんが合流。ずいぶんと景観の変わってしまった北口を歩きながら、満席に近い焼き鳥屋へ。
 どうでもいいが土曜日の夕方の焼き鳥屋はなぜにこうもオヤジが大勢いるのだろうか。
 
 西荻を飛ばすことにして場を吉祥寺駅へ。漫画家:山崎紗也夏嬢到着。
 中休み(まだまだ飲むわけですね)でカラオケへ行く展開となり、時計回りでみなさま熱唱。おいらはこの凄すぎるメンツをシャキシャキ激写。
 その一連の展開を逐一ツイットする先ちゃん。iPone使いの名人、ヘヴィーユーザー先ちゃん。
 そんな中、スティーヴィー・サラスの代理人より電話が入った。
 本来ならばおいらは21時台の(最終の新幹線アクセスに間に合う)電車で吉祥寺から修善寺界隈まで向かい「メタモルフォーゼ」
http://www.metamo.info/
のライヴ観戦の予定でいた。
 ところが今日家を出る直前に、その野外イベントが台風で中止になってしまった。
 中止になったライヴを知り、スティーヴィーらも一旦ホテルへ帰ってしまったと聞いていたので、今回はもう会えないかなと諦めていたところだった。
 深夜にかけてきた電話の主Rさんが、「午前3時よりスティーヴィー、恵比寿のリキッドルームでやります!」「kazuさん一人でいらしてください!」そう言われたのだった。
 場の盛り上がる壮絶漫画家の行く末を見届けることもなく、面々が丁度場を「闇太郎」へ移す頃合いにカラオケはお開きとなり、建物1Fで集合写真。
 皆様、データとプリントは少々お待ちを!

 中座したおいらは一人、即恵比寿へ直行。
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 開演1時間前に到着したおいらは、パスも待たずして(笑)ずんずん控え室へ進入し、1年ぶりにスティーヴィーの面々と再会。通常、ベーシストであるジャラが今日はドラムを叩くと聞いて驚いた!

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 会場は超満タン。午前3時、オンタイムでライヴ開始。おいらはステージ袖の至近距離で観戦。
 ノンストップという言葉が似つかわしい壮絶なグルーヴを体感させられる。この男でしか体感出来ないうねりが炸裂だ。スティーヴィー、今日もホントにさすが。
 持っていた一眼レフでそのステージングを激写する。
 スティーヴィーほど、よい持ち物(スキル)を持っているギタリストは本当に世界中に少ないと感じる。
 ライヴ後、控え室でメンバーを労い、しばしの別れを告げ早朝帰途についた。
 スティーヴィー、thanx!

 時計はもう6時を回り、7時に近づいてきた……。

投稿者 yonezawa : 16:29 | トラックバック(0)

2011年 08月 30日

編集者飲み

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 編プロGのYと初飯。銀座:魚彩もご無沙汰だった。店内は超万席。
 飲めない酒を頑張ってつきあってくれたY、サンキュ。

 絶妙なタイミングでメールでのお誘いを受け、場を新宿へ移し、ジャンプχ編集部T兄、フリーの大編集者Iっちゃんと合流。
 すでに5合の芋焼酎を補給していた自分が加減のいいほろ酔い状態であることは、着席した瞬間から自覚していた。
 新人Aも同席した酒席に、遅れてルーキーHも合流。

 ワインバーから、明日で店を卒業するMのいるSTOPへ河岸を変えた。
 心地のいい仲間と飲む酒とおは、こうも気分を高めてくれるというサンプルのようなベストメンツでの酒。当然、後半の記憶は第三者へゆだねた。

投稿者 yonezawa : 00:34 | トラックバック(0)

2011年 08月 29日

ラーメンで〆

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 「おったん、きょうはおやすみ?」
 「休みじゃないよ、お仕事だよ」
 「あしたはおやすみ?」
 「今日が月曜日で1週間が始まったばかりだから、お休みは週末だよ」
 「……」

 ママのお膝でご本を読んでもらっていたRちゃんにお見送りを促すことなく仕事へ。

 気になったニュース。
●石川県の海水浴場で、妻が夫を驚かせようと意図して掘ったという落とし穴に、夫婦共に落ちて死亡。
●陸上の世界選手権、男子100M決勝で世界記録保持者ウサイン・ボルトがフライングで失格。
●菅直人の後継を選ぶ民主党代表選の投開票が行われ、新代表に野田佳彦が選出。
●ビヨンセが妊娠発表。

 なぜか『ビール・フェスタ ~世界対抗・一気飲み選手権』なるC級映画を観てしまった。
 遅い晩飯は、沖縄帰りの先ちゃん、世界の大友さん、いつも心休まるタムタムと一杯。

投稿者 yonezawa : 00:34 | トラックバック(0)

2011年 08月 27日

宴会

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 夕べの打ち上げから日付が変わっても、まだまだ宴会は続いていた。
 それにしてもなんと豪華なメンツなんだろう。打ち上げ会場には、これまでお会いしたことのなかった浦沢直樹さんや、しりあがり寿さん、お笑い芸人のバッファロー吾郎さん、東村アキ子さんら...の姿も。
 エキシビジョンマッチでものすごい回答を魅せた寺田克也さんとは久々の再会となり、座の中には西原理恵子さんや島本和彦さん、とり・みきさん、ズミー(泉晴紀)、さやか嬢(山崎紗也夏)...らの姿も!
 今年5月25日には『ぱじ』愛蔵版
http://www.amazon.co.jp/dp/4087823768/
を発売し、傑作コミック『星守る犬』
http://www.amazon.co.jp/dp/4575301434/
は文化庁メディア芸術祭に取り上げられ、映画化された同作品『星守る犬』
http://hoshimamoru.com/index.html
は大ヒットに導かれた。村上たかしさん&奥様との再会も毎度毎度有り難い空間だ。

 この機会でなければ話しなどできそうにない豪華メンツとのひとときが貴重だった。村上さん担当の時にこさえた、連載記念の品:トート・バッグは今でもメインで日々活躍している。
 昨日の本番でのおおひなたごうちゃんは、過去のパフォーマンスを含めても際だって素晴らしかった。仕切りは勿論、演出も感動的なほど。
 ともあれ、ごうちゃんお疲れさま。
 ヤンジャン編集Fの腕はそもそも知るところながら、解説として会場を温めるトーク内容の的確さには舌を巻いた。
 ともかく演者のレベルは勿論ながら、関係者のスキルも最大限に極まった大会となっていた。当然打ち上げも盛り上がるハズだ。

 なんだか座敷で延々と立ち話になってしまった喜国雅彦さんとの音楽談義も最高。贅沢すぎる時間が過ぎる。
 編集Hちゃんと地元の呑みだちSと隣の居酒屋に場を移し、さらに痛飲。
 世代の違う面々、みな呑み体力万全な感じ。当然、始発などとうに出ている中央線で帰途に。

 午前、Rちゃんの刺激で起き上がるモノのスイッチがなかなか入らない。
 しばらくゲームなどでお茶を濁した遊びにつきあいつつ、夕方のbambiリハへ。
 リハ後のいつもの晩餐は今日だけは厳しかろうと、心は「帰宅」と準備していたくせに、やはり「全員が揃った酒席を外しては勿体ない」といった思考が働き、赤・白ワインで派手に呑みつつ盛り上がる。
 そしてまさかの「もう一度スタジオに入る!」といった、とんでもない展開となり、全員悪ノリ大セッション大会へと突入。もう止まらない。

 パンクバンド的演奏を終え、疲弊気味で解散しながらも、まだ呑む気満々のキーボードSと『闇太郎』へ移動。時間と眠気の来るまで飲み明かした。
 「これは、20代前半の呑みですよ!」と、20歳代半ばを過ぎた、おいらを誘った張本人がボソっと漏らした。

投稿者 yonezawa : 00:33 | トラックバック(0)

2011年 08月 8日

ミッション:8ミニッツとTさん

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 何事もなかったかのように、いつもの電車に揺られている。快晴の天候。今日も暑い。
 目黒:ウォルト・ディズニースタジオで試写予定の新作映画「ミッション:8ミニッツ」鑑賞のため、初めて試写室を訪れる。
 色んな意味で凄い映画。一瞬たりとも目が離せなかったことは確か。監督はダンカン・ジョーンズ。デヴィッド・ボウイの息子だ。

 ユニバーサルより、村治佳織の新作からチョイスされた4曲入り音源が到着。ビージーズの『愛はきらめきの中に』が優しく美しい。弾きたい衝動全開。
 坂本龍一が彼女のために書き下ろしたという新曲も完成盤には収録されている模様。楽しみ。

 午後6時過ぎ、いきなり携帯にある男性:Tさんから電話がかかってきた。瞬時、卒倒しそうになる。
 すべての業務を蹴散らし銀座で会食のお誘いを勿論快諾。午後6時40分には銀座に到着していた。
 信じがたきガチのサシ飲み状態がおよそ2時間30分。夢のような時間が過ぎ去った……幸せ過ぎる。
 高級赤ワインにフレンチのコース料理が目映い。
 ボーイの方に「隣のお客さんからです」と言われ、40年もののドンペリ(気泡が抜けていない! 多分1本数15万円くらい?)を一杯ずつ頂いたのだが、そのテーブルの主は紫綬褒章も受章してるジャズ・ピアニストの草分け:穐吉敏子さん……っとこちらも驚愕。熟成されたこの味は記憶に留めたし。
 なんとも浮世離れした風景が、本当に夢の中の出来事のようだ。
 何も土産を持っていけなかったおいらは、Tさんに丁度届いたばかりの佳織ちゃんのサンプルCDを贈呈させて頂いた。生きててよかった。

投稿者 yonezawa : 13:19 | トラックバック(0)

2011年 07月 28日

番組収録

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 正午、いつもの神保町へ到着。
 漫画家:江口寿史兄が、関西テレビのとある番組収録でロケをやるというのでお供することに。
 先ちゃんがデビュー間もない頃、集英社の社屋(少年ジャンプ編集部内)に缶詰になっていた時期があったことはファンの間では有名で、おいらも学生時代からその混沌とした歴史は認識していた。
 そのビルは今も現存している。
 事務所内のその一角は当時“執筆室”と呼ばれていた。35年くらい昔の一時期、漫画家:江口寿史が衣食住のすべてをまかなっていたというその同じスペースに椅子とテーブルを置き、インタビューが始まった。
 
 一旦事務所へ引き上げ、入稿、雑務を終え、最後の収録地となった居酒屋へ再び合流。
 そちらでは、江口寿史初代編集者であった懐かしのYさんとの2ショットを抑えるという演出で撮影。実際、お2方共しばらくぶりの再会となったようだ。
 当時先ちゃんが21歳でYさんが27歳。今考えればなんと若い編集者と作家なのだろう。
 その若かりし頃の2人が、あの傑作コミックが生まれる現場にいたことは紛れもなき事実。毎週毎週発売になる、その漫画誌:少年ジャンプを、当時九州にいたおいらはどれほど楽しみにしていたか。

 収録も滞りなく終わり、河岸を変えて再び居酒屋。
 先ちゃんとYさんの話が刺激的だった。

 一旦、ギター個人練習のスタジオ入りのため中座させていただき、その後、また別メンツの大勢で盛り上がるカラオケ屋へいた先ちゃんと合流。1曲だけ歌って近場の居酒屋へ移動。
 明後日、共にライヴで奮闘するK&Tと合流し、ほどほどの深夜まで痛飲。
 関西テレビ:Sさん、長丁場のおつきあい、お疲れさまでした。 

投稿者 yonezawa : 16:51 | トラックバック(0)

2011年 07月 26日

補助輪

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 夕べ、腹も減ってないのに先輩編集Tによる誘惑に押され、明け方の一風堂限定つけ麺を食ってしまった。
 もう胃もたれもいいところ。今朝、起きた瞬間から満腹感で最低だ。
 いい大人がこんなことしてる場合でなかろうと、回りの先輩諸氏を見回してみれば、そのラーメンの後から河岸を変え、さらに呑むという強者ばかりなので、この行為を反省しなくともよい、という気持ちに今日も落ち着く。
 とりあえず朝昼を抜いて帳尻をあわせよう。

 トマトジュースを飲んでたらRちゃんが「Rちゃんものむー」と横取りされ、ギターを弾いていたらアームを動かしてトレモロやってくれる。
 布団の上から出たら負け、で相撲をとる。ずいぶんと力持ちになったRちゃんだ。
 手のひらは鉄棒のやりすぎか、タコが出来てきており皮が剥けるほどに頑張った様子。
 「おったんにグルリンパみせたいから、あかいじてんしゃでこうえんにいこうよー!」というのが休日の口癖になってきた。しかし今日は休日ではなかった。
 日増しに補助輪を外した自転車に載りたがるRちゃんなので、ライヴが落ち着いたら外して練習させようかな。

 夜、たった一度だけのBGリハに2時間半。大丈夫かおれ。
 KとTでミーティングを兼ね一杯行ってたらどんどんメーター(!)が上がってしまった。河岸を変え、官房長官のような編集Fを誘い、楽しいのでさらにさらにともう一杯。
 またしても午前5時過ぎの帰宅となってしまった。

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2011年 07月 22日

しまった!

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 大手S社Kを労うべく、外苑前の居酒屋を目指した。
 世界的ミュージシャンのマネージメントを担うKさん、関係者のAさん、それにS社Kとそろった席に合流。
 わずかな時間ながら、音楽関係者との意見交換の場を持ててラッキー。Kご馳走様でした!
 終電近くの電車で地元へ。いつもの「闇太郎」では編プロSの編集者2名がSちゃんにご依頼の色紙の上がりを待って待機しているというので一足先の闇入り。
 ほとんど初対面の編集者とごく自然な流れで待機飲み開始。

 午前1時を少し回った頃、御大到着。
 結局、そこから河岸を変えつつ「午前5時30分までの飲み」という、思いも寄らぬ展開となり、それなりの重量のあったリュックを背負ったまま徒歩で帰宅。

 しまった! 明日は午前中に、幼稚園へお迎えに行く日だった!

投稿者 yonezawa : 12:00 | トラックバック(0)

2011年 07月 21日

ベテラン俳優

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 報道によれば、俳優・原田芳雄さんの葬儀は通常の献花ではなく、祭壇に向かって杯を掲げる献杯の形を取るそうだ。
 若手、ベテラン、男女を問わず自宅に集めては飲み会(通称・原田居酒屋)を開いていた原田さんのご自宅には、かつておいらもたった一度だけおじゃまさせていただいたことがあった。

 ある日、ベテラン俳優・石橋蓮司兄とのサシ飯で呑んでいた。
 蓮司さんとはドラマの現場取材で初めてお会いした。同じ現場で共演されておられた俳優・佐野史郎さんらとも酒を酌み交わす機会を得たことがきっかけとなり、蓮司さんとの携帯メールの交換を果たせたのだった。
 待ち合わせの寿司屋に先に到着されていた蓮司さんは、カウンターの一番奥で静かに呑んで
おられた。
 挨拶をしたら半座敷へ促され、そちらで後に痛飲となる酒盛りが始まった。

 テレビ、映画で何度も観たあの役者。スクリーン、あるいは昔で言うところの「銀幕の世界」の男が目の前にいた。
 酒の酔いは量に比例するが、その場のときめきは終始臨界点超えのテンションとなり、至福の時間が過ぎていった。
 焼酎ボトルが空き、さらにもう1本。おいらはかなり酔っていた。きっと蓮司兄も同じくらいに。
 「おい、芳雄ん家行くか! 今から電話してみるぞ」
 時計が22時過ぎを指す頃、おもむろにそう言って携帯から原田家に電話をかけた蓮司兄。ところが芳雄さんは寝ておられた様子。「なんだ、寝てんじゃねぇぞ。今から小僧連れて行くからよ。酒用意しといてくれ」
 記憶は曖昧だが、おおむねこのような会話で電話を切り、タクシーをつかまえ、そこからほど近い距離にあった原田芳雄さん宅へ向かうことに。
 おいらは相当酔っていたこともあり、タクシーで走った経路は何も覚えちゃいない。
 玄関へ入り、出てこられた奥様にご挨拶して、座敷に上げていただいたら、その風景はもう完全に居酒屋規模のスペースが広がっている。通称・原田居酒屋の意味を重々理解した。

 そして奥から一升瓶をぶら下げた芳雄さんが登場。

 なんという空間においらはいるのだ。
 ここを訪れた多くの俳優も映像関係者も編集者もテレビ関係者も素人も男も女も、きっと最初はそう感じたことだろう。
 一見さんなおいらは、芳雄さんと話すタイミングはそれほどなかったものの、この2大巨頭を目の当たりにする幸運に感激していた。奥様の隣の席にはご帰宅された娘さんの姿も。

 そもそも蓮司さんとサシで呑んだ理由の一つは、当時結婚したばかりの売れっ子デザイナー小林満の嫁が「蓮司さんファンだ」ということを聞きつけ、彼らのお祝いにギターを贈呈してあげたいと考え、白いテレキャスターを持ち込んでいたのだった。
 好きな人物の直筆サインの入ったギターほど嬉しい贈り物はなかろうと考えたからだ。

 蓮司さんからは先ほどの寿司屋ですでにサインをいただいていが、「小林嫁は原田芳雄さんも同じぐらいファンだ」という情報も同時にあったので、この席で幸運にもいただく機会を得たのだ。

 「あなた、これ以上居たら何が起こるかわからないから、適当に引き上げた方が良いかもよ(笑)!?」芳雄さんの奥様に小声でそう言われ、ガンガン話込んでおられる2人に会釈だけして、おいらは先にフェイドアウト。
 蓮司さん、芳雄さん、奥様、その際はありがとうございました。

 それなりの夜中ではあったが、勿論その足で小林の仕事場まで、2人のサインがしっかり入ったテレキャスターを運び込み、手渡してきたことは言うまでもない。
 ご冥福をお祈りいたします。

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2011年 07月 20日

頭は朦朧

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 朝からとんでもない二日酔いを自覚。最後の赤ワインが効いたか。
 丸1日、もう何も出来なそうなコンディションでありながらも、必ず時間が解決してくれることは歴史が証明している。
 豪雨のため(先方の指導もあって)幼稚園を休みかけたRちゃんだったが、一瞬止んだその隙に登園。
 しかし、帰途の道はびしょびしょ。帰宅してそのままお風呂へと直行させ、昼間からおったんとシャワータイム。しかしまだまだおいら気分悪し。頭は朦朧としている。

 午後から校了に次ぐ校了。老眼が厄介。眼鏡を外して9Q程度の文庫の文字を追った。

 夜、21時待ち合わせで映画配給会社の面々と恒例の飯。この集いは「米澤会」あるいは「アニキ会」と呼ばれ、固定の4名男子のみで年に1,2度開催しているアホ飲み行事。
 恵比寿『魚真』のつまみはそこそこながら、満席の隣客の声がかなり響き渡るので、大声で話す羽目になり大変なエネルギーを要した。
 うるさい店はリピートしにくい。ともあれ終電近くまでの時間、割り勘で馬鹿話に花が咲いた。
 過去、連中と手がけた映画取材のたくさんの現場は、貴重な歴史としてきっと生涯忘れないまま胸に刻まれてゆくのであろう。

 原田芳雄さん、安らかに。

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2011年 07月 19日

野菜居酒屋

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 広尾から路地を抜けた野菜居酒屋にて、編集Tとのサシ飲み開催。
 異例の各出版社合同飯会の席にくだんのTがいたこと、H、Sちゃんらと共に失速ライヴの観戦にきてくれたこと、ふいに夜中1時からの飲みとなり痛飲したことから今回のサシメシに至った。
 物事をきちんと租借しながら語るクレバーなT。理屈抜きに楽しい空間だった。野菜と芋焼酎をたらふくただいた。
 場を六本木へ移し、もう1年以上はご無沙汰していたワインバーで二次会。しばらくしてTの悪友Hも合流したせいで余計に盛り上がる。赤ワインをしこたま飲んだ。
 何から何まで年齢の2倍近いこのおとうさんを接待してくれてありがとね。
 貴重で楽しい夜更けでした。感謝!

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2011年 07月 14日

軍鶏鍋

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 夜忍戒の会合は、震災の影響もあってか予定から半年ぐらいはずれ込んでしまった。
 恵比寿駅でうこんの錠剤を購入。
 待ち合わせ先の店:恵比寿『軍鶏丸 (しゃもまる)』
http://r.tabelog.com/tokyo/A1303/A130302/13003326/
には珍しく全員オンタイムで到着。いつものテンションで爆笑話に突入……と毎度のパターンは変わらない。

 店の方が申し分のないタイミングで鍋奉行を担ってくれるので、おいらたちは単にパクパク食べるだけ。案の定食い過ぎたが大変ナイスな物件だった。 
 「ご馳走さまでした」と店を出たら、おかみさんが外に出てこられ、「お客さまはお料理されますか? もしよろしかったら、こちら1本ずついかがですか? ちょうど4本あったので!」と、ボルヴィックのペットボトルに入った鍋の出汁をお土産に渡された。
 なんと嬉しいサービスなのだ。
 「水を使う料理には何でも使って構わない」という、やや白濁した出汁を鞄に詰め込み、感謝の意をお伝えし駅へ。これで何を作っても美味いに違いない。
 ちなみに、KとYの職場はこの界隈にあるのだが、『軍鶏丸 (しゃもまる)』は人気店であるが故、前回の冬には一度も予約出来なかったそうだ。

 おいらを除く夜忍戒の3名は「あと1時間したらカレーが食える」とか「ちょっと餃子食べてみん?」とか言いながら、当然の二次会へと消えていった。三次会の店も押さえたりしつつ……
 まだまだ夕べの酒が残っていたおいらには、もはやつきあう体力などなく、居眠りしながら山手線と総武線に揺られ帰途についたのだった。

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2011年 07月 13日

白ワイン3本

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 初のメンツで、伸ばし伸ばしになっていた飯会がようやく叶うことに。
 編集SとHの3人で恵比寿の寿司屋へ移動。

 Sとは1、2年前、編集スタッフTの披露宴の3次会後ぐらいのラーメン屋で飲んだ以来だったか。OHとは先日それなりの人数で飲んだ席で一緒だったが、席の具合もあり、ほとんど話し込むこともなく終わったので、この少数での飲みはおいらの希望でもあった。

 白ワインを空けたと思ったら、そこからさらに2本が空になった。寿司、美味い。結局、各自1本ずつ飲み切る計算になり、支払いの金額には目玉が飛び出た。

 近隣のバーに河岸を変え、愉快に語り合っていたら店主に「少し静かにしてください」と釘を刺される。そんなにうるさくなかったはずなのだけれど。
 やがて最も若い編集Hも加わり、場はさらに賑やかに。

 Sと別れ、残った3名でまさかの新宿ゴールデン街へ。おいらはもう限界だったが、この場の空気を共有したかったので踏ん張った。
 カウンターではほとんど1杯程度しか流し込めず、飲み体力の低下を自覚しながら帰途に。
 S、OH、H、とにかく理屈抜きに楽しかった。日常のくだらない障害は上手に乗り越え、自分の信じる道を進みなされ。おまえらは大丈夫だ。

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2011年 07月 12日

エロスミス

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 エロスミスが来ることはKのメールで知った。
 来日のバンド情報は、大概第三者からの「いく?」メールで知る。
 情報が溢れすぎ、逆にこんな大事な案件を見逃しがちな自分。

 今週、来週に予定している行事を手帳で確認してたら背中をツーっと汗が流れ落ちた。
 Kとの久々の酒は三田界隈の感じの良い居酒屋。MBTの靴のこと、DVDレコーダー DIGA(ディーガ )の遠隔録画機能のことを始めて知る。
 「てげてげ」を1本飲み干し、椅子のある立ち飲み屋を経由して電車帰宅。
 JCOMの簡易工事は25日に決定。

投稿者 yonezawa : 10:12 | トラックバック(0)

2011年 07月 8日

観察映画

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 映画『Peace』の想田和弘監督取材のため、渋谷イメージフォーラムへ。
 想田和弘は個人的においらの最も好きな男の一人であり、映画人であり、仲間である。
 想田和弘との出会いは1997年のリド島だった。
 北野武監督がベネチア映画祭に『HANA-BI』を出品し、見事グランプリを獲得したあの衝撃の年、想田和弘はニューヨークよりショートフィルムを持ち込み、上映していた。
 彼がまだニューヨークの大学に在籍中の頃で、当時彼は20歳代だった。おいらにしても30歳そこそこ。
 この数年間、想田は『観察映画』といういい方でドキュメントの新作映画を連発し、八面六臂の活躍で世界中を飛び回り、その作品は国内外で広く評価されてきている。

 彼が東京に来た際には、なるだけ食事の時間を取れないかお願いすることにしているが、勿論学生時代から彼を知るおいらは、インタビュー取材という形で想田作品の啓蒙に一役買いたいと、力及ばずながら考えている出版業界の人間。

 今回もなんとか媒体が確保され、インタビュー取材の機会を得た。
 学生時代からルックスも変わらないが、そのクレバーさといったらなく、「さすが!」と形容させられる鋭さはあの頃と全然かわらない。人はなかなか変わらなく変われない。

 おいらが高校時代から最も気になる悪友の一人:Tとは、想田がまだNHKのテレビ制作番組を手がける時代に、偶然仕事をしていたという奇遇さにも歓びを感じたものだった。
 想田はその頃からニューヨークに18年間住んでいる。

 新作『Peace』の取材というよりも、本誌の企画内容を踏まえ、子供の頃から現在に至るまでの経緯、つまり“想田の成分”を伺うようなインタビューの内容が中心となっていた。
 1時間たっぷりの取材に、パートナーの柏木規与子ちゃんも同様に取材対象者として登場頂き、最後のキメ・スチールを撮って一旦帰社。

 雑務を終え、試写会とティーチインを終えた頃の彼らと再び待ち合わせ、野菜中心の居酒屋へ晩餐。
 これ以上楽しい席はなかろうと想像する贅沢な一夜が過ぎる。多忙な中、夕方から一緒に取材を行った編集Sも送れて合流し、さらに盛り上がる。編集Sはちょっと働き過ぎ。

 映画監督:想田和弘とプロダンサー:柏木規与子の素晴らしき人間性が極まる。彼らの素晴らしき作品を、一ファンとしておいらは永遠に眺めてゆく。生ある限り。

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2011年 07月 7日

飲み日和

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 本日、おいらの後輩編集者の中で最も若いHと初のサシ飯。
 先日、失速ライヴ観戦にきてくれたHは、その日も即帰社して仕事となった。「ならば仕切り直しじゃ」と日程を決めた数日後の日程も急遽仕事で流れた。

 つまり今日はお互いに念願のサシ飲み日和となっていた。
 遅めの夕飯は久々の『ひろ喜』へ。
 美味い寿司を喰らい、いつものまま『STOP』を経由しゴールデン街へ。なんら日常と変わらない風景の中に、今日だけはハンカチ王子のようなフレッシュな青年が混じっている。
 そう、確かH入社当時、コピー機の前で交わした言葉がヤツとの最初の会話だったと記憶するが、その際に「おまえ(見た目が)ハンカチ王子みたいやなぁ」と言ったのがおいらだった。

 「よい情報、身になる話はすべて吸収したいのです」というような、真摯な姿勢が魅力を放つHと飲む酒が心地よいことは、先日大勢で飲んたある席での経験で認識していた。
 互いに配慮を持ちながら共有する時間が過ぎ去る。とてもよい酒だった。

 徹夜のような状態で参戦したHが最後の店で、しばしトイレから出てこないなと思ったら、案の定居眠りしてた模様(笑)。疲労を押して夜中までつきあってくれたH。
 ヤツとの3度目の酒も、そう遠い未来ではなかろう。感謝!
 

投稿者 yonezawa : 22:35 | トラックバック(0)

2011年 07月 5日

新宿歌舞伎町

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 6月30日の初日においらもお邪魔し、Tシャツを4枚購入した吉祥寺でやってた「30人のTシャツ展」も明日で終わり。
 初日には江口寿史兄のTシャツは完売したそうで、他の先ちゃんのデザインしたTシャツを追加で販売するとのことで、かつて作成したおいらのB.B.B.のVOX:Tシャツも販売されたそう。
 あのTシャツは、それはそれは大変かっこよい物件だった。今でも最も好きなTシャツの1枚だ。

 夜、同胞編集Iちゃんと久々のサシ飯。
 初めて訪れた新宿歌舞伎町の寿司屋は、知る人ぞ知る名店とかで意外な場所にあった。場所は軽くわかりにくい。
 美味しい刺身と寿司を頂き、2夜連続でゴールデン街の昨日と同じ店で乾杯。
 2時近くになり、ふいに眠気に襲われ、おいらにすれば早々と帰還を果たす。IちゃんThanx!

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2011年 07月 4日

新宿水炊き飯

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 午前中より稼働。昼下がりまでコミックスの入稿を出来る限り推し進める。
 廃棄物発電取材のため、飯田橋にある『東京二十三区清掃一部事務組合』を訪問。ご担当者の方の丁重な回答に耳を傾け、小一時間の取材完了。
 明明後日は足立区の工場まで取材へゆく予定。
 
 ふいに、打ち合わせ後のイースト吉田とうさんがつかまり、新宿水炊き飯。
 とうさんを見送り、届いたメールでクレバーでフレッシュな編集Tと急遽待ち合わせの展開となり、午前1時過ぎ、ゴールデン街のはしご酒で待ち合わせ場所へ到着。
 怒濤の夜更けから朝を迎えた。久々の午前5時過ぎのJR帰宅を果たす……。

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2011年 07月 1日

乾杯

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 コミックス作成の際、最も密の校正のやりとりで意見交換を交わすH社:Sさんと初サシ飯。
 こうした、いわば身近な場所にいらっしゃる方との飯会など、ほとんど誰もやらない風潮というかノリながら、日頃の労いの意味も込め、あるいはおいらの見落とした校正箇所のフォローに対する感謝の意を込め「池林房」〜「STOP」乾杯。
 Sさんのビール10杯程度の飲みに、久々に驚くおいら。あの量を自分が飲んでいたのは、およそ26年前ぐらいだったっけ。
 次回の機会にはS企画のTも誘うので、準備しておくように。
 

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2011年 06月 25日

THE MODS 30周年 日比谷野音

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 K渕兄から、先日演奏したおいらのライヴ姿の「雄志」(笑)を激写してくださったという写真がメール到着。大感激。

 小雨ぱらつく中、Twitterにつぶやきながら日比谷到着。会場回りの観客が熱気を発散している。
 今夜はTHE MODS in 野音。今夜、彼らの30周年となるメモリアル・ライヴは見届けねばならなかった。
 
 おいらが福岡在時代、彼らのデビュー・アルバムは、海外ミュージシャンやバンドのそれとは別に、特異な地響きと得体の知れぬエネルギーを感じさせたものだった。
 当時、THE MODSがどうクールに映っていたかは、今の想いとさして変わらないように感じる。

 想像し続けた野音のTHE MODS、結果は一点の曇りもないパーフェクトなパフォーマンスであり演奏であった。
 パンクバンドというイメージ故、演奏技量に関してはとりたててクローズアップはされてこなかったのかもしれないが、演奏にしても実はめちゃめちゃ上手いバンドであるし、見られることを熟知しているエンタテインメント性は世界有数であると言ってもよいと確信する。
 
 森山さん他、メンバーのすべては完璧と言えた。
 苣木さんの、特にゴールドトップのファズサウンドはため息モノだ。今日も上半身裸のまま心臓に突き刺さるようなボトムを刻む北里さんのホンモノさ加減。ドラムスのしゅうくんは今年5周年だと言うが、もう彼不在のTHE MODSは想像できない。素晴らしいドラムングにも注目させられた。
 30周年の迫力と共に、彼ら全員のピュアネスさ加減に終始打たれ続けていたおいらだった(涙)。

 銀座で一杯、新宿で一杯の梯子酒を今夜は高橋ツトムがごちそうしてくれる。
 高橋ツトムはTHE MODSの身内のような距離にいる男だ。

 その後、打ち上げの席へと合流させていただき、そこから延々夜中まで語りあってくださるメンバーの皆様に感激を通り越した歓びを感じ受ける。
 THE MODSのロマンチストさ加減にため息を漏らす瞬間は何度も訪れた。“破格のロッカー”とのしびれる夜が更けていった。

 LED ZEPPELIN及び洋楽ロックとはまた違う、博多時代から一度も歩みを止めていないバンドTHE MODSは今日も素敵だ。それこそ「“本物のバンド”ってのは誰のことを指すのか」を認識させられる空間。

 THE MODSとのフレンドシップを生涯大事にしてゆきたい。
 THE MODSにもう一度、大感謝。

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2011年 06月 24日

鰻専門店

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 汗をぬぐいながら事務所着。クーラーの効いた室内に入ると徐々に汗は引いてくるが、今度はクーラー直撃の席故、段々寒くなってきた。風の来る場所に段ボールで仕切りをつくったまま、コミックス入稿関連の下準備を行いつつ、次回インタビュー企画の下ごしらえ。

 飲みが続くときは延々続くものだが、今夜は毎回楽しみにしている編集Sとの外せないサシ飯み日。
 新宿歌舞伎町で鰻三昧な鰻専門店で爆食。ええ店教えてもらった。その後、ゴールデン街を一軒ハシゴしたものの体調のテンションが上がらず、というか満腹すぎたせいで大人しく解散。
 「一軒目で食い過ぎると飲み過ぎない」という個人的定理に対し、若きSは「もう消化が始まりました」と豪語。参った。

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2011年 06月 23日

K-ROCK参戦

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 夕べの暑さも尋常でなかった。早朝8時、叱咤の声で目覚める。
 Rちゃんに会いに行こうとリビングへ。
 睡眠時間3時間で目覚めた故、ソファに座るがもう横になりたい気持ちに。
 Rちゃんに頭を掴んで起こされ、磁石で貼り付けるプリキュアの着せ替えセットを一緒にやろうとお願いされる。
 ママが体調不良のため、小雨の中幼稚園に車送迎。初めて通園の際、Rちゃんを送った日となった。
 朝、幼稚園の雰囲気の心地よいこと。先生方全員が全員の子供達の名前を呼んで、出迎えてくれていた。自分の人生にはまったく関係ない分野で、想像すらしたことのなかった空間。今となればその環境は、ものすごい間近であり、当のおいらこそその当事者として存在していることが今でも不思議だ。
 5歳になりそうな我が子を持った時の親父の気持ちはどうだったのか。3人兄弟の成長を見続けた両親は、この3倍以上の労力と、この3倍の喜びを得た人生を送ったのだろうと想像した。

 今日も暑い。買ったペットボトルのお茶もとたんに温くなるので、携帯用の魔法瓶(と今も言うのか?)を買おうと心で決心。
 来週、改めてのバンド打ち上げの日程を決め、場所を抑え全員にメール配信。

 本日は、S社Sちゃん、W社Oちゃんとの3人飯だったが、Sちゃん葬儀関連の用事でOちゃん、さらにOちゃんの元同僚K-ROCK参戦で久々の3人飯に予定変更。
 新宿「犀門」を予約し、いつ以来だったかの乾杯。怒濤の夜更け。

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2011年 06月 22日

やむなし。

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 暑い暑い暑い。電車から降りてホームの階段を駆け上がる。
 楽器街の、出来るだけ日陰を歩くがとたんに汗がしたたり落ちてくる。
 Tシャツ下の背中をスーッと汗がこぼれ落ちた。
 事務所近くの自販機で買ったミネラルウォーターをいっきに半分飲み干す。

 単行本に挿入する記事作成のため、集英社第四編集部のブースで打ち合わせ。全員初顔合わせの現場。いくつかの決定した事項に沿ってそれぞれがスタンばり疎通の確認。
 日刊スポーツのフォトサービスで、この度かなり古い写真を手配することに。

 夜、漫画家:Kちゃんと打ち合わせ。新宿飯。
 Kちゃんは、自分のバンドのベースを探しているというので即ベーシストのIに電話。すると、「闇太郎」で飲んでいるのだと言う。そして後から先ちゃんも合流するのだと聞いた。
 Kちゃんも「Eさんが来るなら行きますよ」とのことで、中央線移動。

 闇に着いたら、先ちゃんと晩飯から飲んでたというフードコーディネーターYさん、サニーデイサービスTさんの姿も。
 またしても初のメンツで飲み明かすこととなった。
 食のプロがいるので、ラーメン話の何もかも通じるのが嬉しい。「この時間から渋谷:喜楽のような醤油ラーメン喰えるとこ、ないですかね?」の問いには「ないです!」ときっぱり。
 先ちゃんのおかげで出会ったTさん、Yさんとの酒はラッキーだった。
 やむなく、「洞くつ家」で全員しっかり家系豚骨で〆。深夜のやむなし。

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2011年 06月 21日

桜新町

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 「今日は? また飲み会? 仕事? 昨日、Sさん他が店(打ち上げの居酒屋)に入れなくて。今日、ちょこっとやります。どうですか?」
 
 こんなメールが吉田バンマスから届いたからには駆けつけぬ訳にはいかないし、Sさんとも久々にじっくり話したかったわけだ。
 ヤンジャン、及びビジネスジャンプ編集部での某打ち合わせを終え、なんとか調整をつけつつ半蔵門線に飛び乗った。

 Sさんいきつけの店は、楚良ではとても辿りつけない程込み入った住宅地にあったが、到着してみれば、おいらは以前先ちゃんと訪れた店だった。
 Sさん、吉田のお父さんを中心に、異業種の面々が集う空間にお邪魔。

 東北へ赴き、率先してボランティア活動を行っている彼らの話を口火に、人間性を問う様々な会話が飛び交う。その最中、店の壁にかかっていたギタレレ・サイズのギターを弾くハメになり、適当に一瞬刻む。
 
 鬼火の水割りを数杯いただきながら、何を食べても申し分のない酒の肴(アテ)が秀逸であることを深く認識していた。
 店のマスターとママは夕べの失速ライヴへご来場くださったそう。大感謝。
 
 宴もたけなわな中、いい時間になったので吉田父さんのタクシーに便乗し、京王線から帰途へつく。
 最寄り駅より徒歩で自宅へ帰りつき、マンション前の戸外でおふくろと数十分、携帯にて近況報告。
 Rちゃんの元気とおふくろの元気、家族、すべての仲間の元気が明日の活力となる。
 そんな意識を深める、おふくろとの久々の会話が嬉しい。おやすみなさい。
 あ、0時を回った。Sおばちゃん、誕生日おめでとうございます。

投稿者 yonezawa : 15:25 | トラックバック(0)

2011年 06月 7日

最重要書類の作成

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 しっかり二日酔いを自覚しながらも最重要書類の作成に。
 夕飯時に、S社Kさん、Hさん、WO社Yちゃん、W社Oちゃんとのミーティングを予定していた。打ち合わせ場所には静かなところを想定し(おいらは食べられないが)K氏馴染みの蕎麦屋を予約。
 到着したらば、店内は大勢のオヤジ・サラリーマンで席は埋めつくされ、まぁ〜うるさいったらない酷い環境の場所となっていた。大失敗。だが仕方なし。

 ビールで乾杯。二日酔いのおいらは温かいウーロン茶でスタート。
 それぞれ異分野の者同士が意見を出し合い、今年おいらが睨む、おいらにとっての壮大なプロジェクトの布石を投じた瞬間となった。
 この数週間は頭であれこれ妄想を繰り広げ、どういった手段を踏めば企画を現実に導けるのかのシミュレーションを繰り返していた。
 まさに本企画のブレーンと言える頼もしき面々のアイディアを賜り、また一歩前進した今日は最高の気分。外枠の構築は良好。後は二日酔いを覚ますだけのところ、2件目では赤ワインを開けてしまっていた。

投稿者 yonezawa : 13:59 | トラックバック(0)

2011年 06月 1日

ギター欲との戦い/四谷飲み

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 Twitterで「寒い」とつぶやいた者も何人かいた。
 6月なのに寒さがぶり返し、Tシャツで過ごせた日々から一転。夕方はちょっとしたジャケットがないと肌寒かったくらい。

 お茶の水の楽器屋界隈は毎日のように通るので、今後ギターの衝動買いがやや自分で怖い。新しい出会いを求め、35年以収まらないギター欲との戦いは続く。

 先日渋谷を歩いていたら、ストラトからレスポールまで多くの機種が全部ピンク一色に染められ、ディスプレイされていた。
 今、Rちゃんに「欲しいギターの色は?」と問うたなら必ず「ピンク」と答えるだろう。フェンダーが出しているキティちゃんのギターがピンクだったので、しばらくRちゃんはその場に止まったことを思い出した。
 Rちゃんモデルを作るタイミングはいつになるのか。
 気管支炎で今日も大事をとり、彼女は園を休んでいた。
 起きがけから元気な声を張り上げ、「みてー!」と部屋に入ってきたRちゃんは、光沢のある爪を見せてくれた。「園に行かない日だったから」という理由で、Rちゃんの両手両足の爪にはマニキュアが塗られていた。
 そしてすかさず、「おばあちゃんにみせたいー!」とSkypeの要請があり、母と10分程度の会話を楽しむ。

 先日撮影したFFPのライヴ映像をダビング。そしておふくろに見せたかった映画の予告編のように3パターン編集したRちゃん映像をダビング。これが身内なら笑える。
 それぞれのDVDをそれぞれに向けて郵送手配。

 夜、H幹事で、Fちゃん、Mちゃん、Y、Yらが集結。
 待ち合わせの場に先に到着していたMちゃん、Yの気遣いに感激。
 震災で延び延びになったおいらの送迎会名目の飲み会開演。
 四谷界隈で、明け方まで怒濤の飲みに突入するのだが、ヤンジャンで得たナニモノにも代え難い宝の空間がここにあった。

投稿者 yonezawa : 20:22 | トラックバック(0)

2011年 05月 30日

スラスラ スイスイスイ

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 ♪チョイト一杯の つもりで飲んで いつの間にやら ハシゴ酒気がつきゃ ホームのベンチでゴロ寝これじゃ身体(からだ)に いいわきゃないよ分かっちゃいるけど やめられねえア ホレ スイスイ スーララッタ スラスラ スイスイスイ……
 
 ホームのベンチにゴロ寝はしないが、夜も遅くまで朝も早くまで皆様、お疲れさまでした。
 久々に歌ったなぁ。

 帰宅したら、気管支炎で園を休んでたRちゃんに説教されました。

投稿者 yonezawa : 17:03 | トラックバック(0)

2011年 05月 29日

渋谷に一軒家

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 渋谷駅からほど近い高級住宅地に、なんと一戸建ての家を建てたのは親友のHだ。
 およそ1年の打ち合わせを経て完成したというすんばらしき物件。
 
 本日昼間、新築祝いに招かれた。
 とにかく「カッコイイ」という表現がハマる最新先端の家が素直に羨ましくなった。かつ温かさにも満ちあふれる構造と大量のCD&書籍にうなった。

 まるで飲食店みたく、つまみの品々が矢継ぎ早に運ばれ、おいらはギターを抱えて飲んで食って酔っ払うだけ。至福のひとときは自然の酔いに任せた。

 雨模様だったことは残念だったが、どうしても観たかった屋上にも上がらせていただき、渋谷の風景を見渡した。閑静な住宅地。
 ここでGET BACKセッションが行われるのも時間の問題かと思われる。
 
 そしてジョン・バトラー・トリオのライヴ映像と、Rちゃん主演映画トレーラーの映像鑑賞。いやーどえらく楽しかったし、どえらく酔った。

 H、あんたはすごいよ!

投稿者 yonezawa : 17:02 | トラックバック(0)

2011年 05月 20日

M、おめでとう!

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 SY編集との数ヶ月ぶりの親睦会のため、新宿三丁目へ。
 古いヤンジャン編集部を知るSYとの酒も毎度毎度かなり楽しみな空間だ。
 大概、震災後に会っていなかった仲間との再会であれば、この頃は当日の行動を伺いあうのが慣例となっている。

 美味しい寿司をつまみながら爆笑の世が更ける。
 途中、あらかじめ連絡をもらっていた地元友人でジャズ・ミュージシャンで軽いのんべぇの魅力溢れるFSが合流。

 SYは、相手が誰であっても負荷のかからない親しみ易いキャラクターと言え、連れが女性でもあっても男性であっても物腰が柔らか。
 端的に言うと、常にSYに育ちのよさを感じてしまうおいらだった。“育ちのよさ”とは単に金持ちの家系を指すものではなく、人間性の度量を指すもので、彼が発散する空気に誰しもが惹き込まれると想像させるのだ。

 SYのリクエストで場をゴールデン街へ移す。
 この界隈で最年少オーナーだと言う女性が経営するバーには漫画の単行本がたくさん陳列されており、図書館のように貸し出しも出来るのだと言う。なかなかユニークな店。
 ふと、いくつかの本をめくっていたら、江口寿史兄のサイン本も発見。

 再び新宿三丁目へ移動し、STOPのMに会いにゆく。
 Mはこの度、めでたくゴールインするそうで、直接お祝いを伝える日となった。STOPには、おいらの大事なほとんどの仲間を連れていったものだった。それはMがカウンターの中にいつもいてくれたから。
 ジェイクのライヴをうるうるした瞳で観戦していたMの姿を思い出していた。
 M、おめでとう! 

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2011年 05月 17日

パスワードを要求

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 朝、3/10購入のiMacを立ち上げる。
 ログアウトしてないのにログアウト後の画面表示がされ、パスワードを要求される。
 腑に落ちないまま正式なパスワードを打ち込む。
 打ち込む際、文字は見えないように黒丸として表示されるのだが、その表示されるまでの時間が異常なほど遅い。タイムラグも甚だしく、打って3〜4秒後に遅れて記される感じ。
 明らかに異常。
 画面には一瞬「ログインしています」のメッセージが出るものの、やがて前と同じ再びパスワードを問う画面に変わりログインできない。
 画面を1つ戻り「再起動」の指示をしても再起動してくれず、埒があかない状態に。

 購入先のMacストアへ連絡し、「OSの再インストールを行うしかない」と判断し、CDから読み込ませるための手順で行ったところ、なんだか分からないが自然に通常画面に戻った。
 
 専門家もおいらもこんな現象は初めて。コンピューターの謎というか、気まぐれな故障のような症状はつきものなんだなと、項垂れながら認識。

 遠く離れた母のパソコンをこちらで管理しようなんぞ、そもそも無茶な話なのだろう。使い続けるしかないのだが。

 夜、敬愛する先輩Fさんにお誘いいただき飯。原発、フランク・ザッパを口火にロック談義
で盛り上がる。Fさん感謝。

投稿者 yonezawa : 11:25 | トラックバック(0)

2011年 05月 13日

ドラマティックな先ちゃん話

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 先日、Ustream配信の映像を見てからお会いしてなかった江口兄と夜飯。
 いつもの居酒屋でいつものノリで愉快なサシ飲み開始。感覚として、7割以上の確率で常連客で知り合いの仲間と遭遇するのがこの店だ。
 先ちゃんには、先日個人的に展望ある感触を得たちょっと嬉しいある話をお伝えしたく、それを理由に一杯おつきあいいただいたのだった。

 しばらくすると、先ちゃん共々共通の飲み仲間で編集者の2人がやってきた。やっぱり!
 やがて、店に設置してあるテレビで漫画原作のドラマ『シマシマ』の放映が始まった。
 その作品の原作者であるさやか嬢も、ドラマが終了し、しばらくしてからふいに来店された。
 先ちゃん以外とは約束などしていないのだが、本日の飲みメンツが全員集合しきった感じ。

 自虐的でありながらも、めちゃドラマティックな先ちゃん話に抱腹絶倒の夜を迎える面々。この面白さだけは正確に電波などには乗ったことがないので、この極まった笑いはこうした常連の仲間だけが伺い知る極めて貴重で贅沢な空間。
 個人的見解として、江口寿史という漫画家はあらゆるカルチャーの語り部としての異彩も放つ作家。つまり評論という意味あいの切り口にものすごく同感させられるところがあり、その切り口が気持ちよいのだ。本人の作品同様に。
 毎回その場にいる面々が、きっとそう認識しているのだろう。今夜もそんな確信を抱きながら、明け方の4時過ぎに24時間スーパーへ立ち寄り、明日もしかしたらゆくことになろう高尾山用の弁当の材料を買い出しして帰途に。
 朝は目の前だ。

投稿者 yonezawa : 11:21 | トラックバック(0)

2011年 05月 9日

人生最大の宝物

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 帰省中、ICレコーダーとiPODシャッフルを持参。おふくろPCにはギター練習曲をセーブさせ、ギターを弾くには準備万端でいたところ、機器類はほとんど稼働させることがなかった。ネットからプリントアウトしたコード譜だけでギターの反復練習を繰り返した。
 実家用に置いてあるガットギターは安物にもかかわらず、帰省時にはなかなかの活躍をしてくれている。
 十代初頭のギターとの出会いそのものが人生最大の宝物と言えた。

 おいらを除く当時の家族全員が一切ギターに興味がなかったことがたまに可笑しくなる。
 基本的に誰にも干渉しないというスタンスは家族各々が意識したものではなく、おいらを除く全員の性格自体がそうさせていたように思う。おいら以外全員がB型というのが当時の米澤家。
 暑苦しくなかったそんな環境こそが、実は家族にとって快適だったのだろうと昔を回想した。

 思い出したように届く高額の自動車税振込用紙に萎える。
 この国の、例えば車検だの敷金礼金だの固定資産税だのと未だに腑に落ちない納税類の強要システムに項垂れる。
 「官僚主導から政治主導への転換」を現政権も謳ってはいるが、民放での優れた討論番組でいかに正義の議論が交わされようとも転換の望みはなし。結果、翻らない気がしてならない。
 
 GWが明け、仕事は平常運転に戻った。
 夜、Jがつかまり、案配のよい自家製酒?を提供する居酒屋で乾杯。とても有り難いひととき。
 突然の訃報に驚いた。団鬼六氏に合掌。

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2011年 04月 27日

スーパー・グループの曲

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 ぎりぎり。だが間に合わせねば。架橋にさしかかる入稿崖っぷち。
 夜、失速打ち合わせでメンツ4名集結。初めて飛び込んだホルモン屋で鬼のように喰いまくる。
 
 楽曲を5曲に絞り込み、後はスケジュールとメンバーの調整でリハーサルに挑むだけ。
 提案してみたら、一世を風靡したあのスーパー・グループの曲も満場一致で採用に。

 小雨がぱらつく。地下鉄で新宿三丁目下車。二丁目BAR:dmxでT、Kとバーボン。Kとシンクロ経由の格安ラーメンで〆。

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2011年 04月 21日

アリス・クリードの失踪

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 コミックス原稿初校を中継するため、関連部署のH社編集部へ初めて直接赴く。
 H社のコミック編集部には、長年敬愛するOさんが週の内半分勤務されておられるというので、携帯メールで本日が在勤の日か伺ったところ、いらっしゃった。

 ヤンジャン編集部常勤の場合だと、誰もが編集部に寄ってくださるので、自らなかなか関連部署等へ赴くことはなかったが、こうして他セクションの仕事場訪問は新鮮でもあり。
 残念ながら直接のコミックスご担当者は不在とのことで原稿はデスクに中継。
 
 映画『アリス・クリードの失踪』鑑賞。
 http://www.alice-sissou.jp/

 つかみも、シーンの惹きつけかたも秀逸。
 好き嫌いはおいといて、ともかく最後まで観ざるをえないと感じさせた人物描写と展開に呻る。
 低予算映画ながら、各方面から高い評価を得たという密室サスペンスの傑作『アリス・クリードの失踪』は必見。
 2人の男に誘拐された女。誘拐計画とその実行は、用意周到に行われたはずだったが…。ストーリーは、監禁状態の女がいる部屋と隣の部屋を中心に進められる。登場人部はほとんど3人のみ。心理描写と伏線とキャラクターの思考に釘付けとなった。
 イギリスの若手監督、J・ブレイクソンの長編デビュー作。脚本 ジェマ・ アータート。

 夜は、S編集部Sにゴチ。いつもすまんのぅ。thanks!! 

投稿者 yonezawa : 20:14 | トラックバック(0)

2011年 04月 20日

代表取締役

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 確か昨年9月頃入籍したYと、その日以来の再会を果たし飯。
 Yは、編集部界隈に自分の会社を構える一応事実上の代表取締役。
 東大生だった学生時代からヤツのことは知っているが、まるで会社経営者に見えないところがYらしくもあり(笑)。しかし大したものだ。

 貿易というか、仕事の中身は海外との取引がメインだと聞き、まったく異分野で活躍するヤツの仕事内容を聞き入った。
 乾杯した串揚げ屋はYの会社の入ったビル1Fにある店だったが、とても感じのよい店だ。また誰かと訪れたい。遅れてYの妻N到着。

 時代はどんどん移り変わり、連中との時間もそれなりに経過しながらも、お互いの性格などもちろん変わることもなく、彼らと初めて会った場所「六本木の鳥料理屋」の距離感と今日も同じだった。

 遅い電車で吉祥寺へ。
 地元の舶来映像人間T、デザイナーYと待ち合わせ、こちらもずいぶん久々の再会を果たした。
 「もしかしたら来月頃引っ越しするかも」とTとYに伺った。頻繁に会わないくせに、そうした話を聞くとちょっと寂しい感じ。
 彼らを見送り、一人禁断の豚骨ラーメン。ラヂヲ先生、ごめんなさい。

投稿者 yonezawa : 20:18 | トラックバック(0)

2011年 04月 19日

あくびの頻度

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 Rちゃんお弁当持参の日は、昼間家で彼女と逢うことがなかなか叶わない。
 「明日の帰宅は早い」と聞き、その瞬間を心待ちにする。

 S社T編集と共に銀座で寿司。
 T氏と初めて銀座で寿司を食べたのが、今日2年ぶりぐらいにやってきたここ「小笹寿司」だった。
 20年以上昔、ここの本店となる下北沢の店舗で、20歳そこそこのおいらはある編集者に連れられ、初めてカウンターで「握り」というものをいただいたのだったが、当時からこの店の寿司屋としての評判は突き抜けていた。
 だが、いつしか世代も若返り、新しい寿司屋がどかどか登場してきて、この店に行く機会はガクンと減っていた。
 たらふくいただき、近所のバーで軽くスコッチ・ウイスキー。午前中から稼働するおいらはもう眠くてたまらない。あくびの頻度がハンパない。
 その反面、絶好調なTさんは余裕のおかわり。眠い。

 Tさんが帰途につくタイミングでタクシー便乗。駿河台下で落としてもらい、深夜2時30分過ぎから1本残った入校作業。
 初めて自らセコムを解除してみた。

投稿者 yonezawa : 20:16 | トラックバック(0)

2011年 04月 18日

ミュージシャンn

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 最寄り駅を変えたせいで、見渡す風景が変わった。
 なんだか腹が減らないままのデスクワークでタイミングの逃した夕飯も気にならない案配に。
 夜、電車で最寄り駅に到着すると小雨がぱらつきだした。
 才人:Eさんと初めて訪れた居酒屋ののれんを潜ったならば、数名の有名漫画家のイラストが壁に直接描かれていた。

 瓶ビールと焼酎の緑茶割りを数杯。Eさんとは割り勘。
 先日たまたま銀座で知り合ったミュージシャンnのバイトする店が近くにあったな、と思い出し、エアーガンの撃てるその店へ。
 数杯のバーボンをいただき帰途に。支払い割り勘。
 ただただ、Eさんの温かい存在が嬉しかった。
 
 雨が降ってなかったなら、今夜は徒歩で帰りたかったな。

投稿者 yonezawa : 15:32 | トラックバック(0)

2011年 04月 15日

予想外

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 終電までレイアウト原稿を待つが、午前零時を回ってもめどがつかないことが判明。晩飯のタイミングは逃した。入稿原稿の残りは明朝以降との確認で事務所を後にしようと片付けてたら、編集Sからの電話。

 新宿で飲んでおり、河岸を変える途中だと言うので迷わずかけつけ、ゴールデン街:BONSで待ち合わせ。

 今夜は映画宣伝の面々との飯会だったようで、おいらも以前、彼らオフィスとの間接的な絡みのあった旧作の話題からフェイドイン。
 編集以外の彼らは年長者でも30歳。フレッシュとも言える彼らに何の遠慮もせず、ある配給会社代表においら個人が受け続ける取材差別の実態を包み隠さずお伝え申し上げた。

 同時に、心ときめいた映画(音楽)取材のエピソードを思いつくまま大量に語り尽くす夜更け。
 に対して、編集Sの、まるで痛快的確なツッコミが場をあたため、おいらもそれにつられてとっておきの持ちネタを力の限り語り尽くしていた。編集S、永遠によろしく。
 2夜続けて予想外の早朝始発過ぎ電車帰宅。予想外の新環境滑り出し。

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2011年 04月 14日

親睦会

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 近年、ジョニー・ウィンターのスタジオ盤を聴いた際、プレイのよれ具合に愕然となった思いがした。
 昨日の来日公演では、ある意味怖いもの見たさ的な気持ちも若干あったのかもしれない。
 バックを務める3ピースによるバンド演奏が始まり、ゆっくりと登場してきたジョニー・ウインターがステージ正目の椅子に腰掛けた。おもむろにギターを構えた瞬間、そこからアンコールのラストまで全編を通して、想像を覆す生き生きとしたギター・プレイが奏でられた。
 嬉しい誤算だった。行ってよかった。

 1週間前より日程をすりあわせ、震災のせいで伸び伸びになっていたMと親睦会。遅れてS(M)ちゃんも合流参戦。
 何をこんなにもたくさん話し込む事柄があるのかと後から思い返すものの、ライヴの酒席では全員速射砲状態で語り合っている。遠慮のいらない戦友との夜。

 帰途についたのは、3件目のバーを出た早朝5時過ぎ。飲んだ飲んだ。
 JRに飛び乗り、1駅乗り過ごしてUターン。1駅で済んでホッとした。

投稿者 yonezawa : 18:18 | トラックバック(0)

2011年 03月 26日

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 えらく寒い1日だ。
 後ろのタイヤに何度空気を入れても、翌日には空気の抜けてしまうRちゃんの赤い自転車はパンクかと思い、近所の青空自転車修理屋さんまで持って行った。
 自転車を預け、買い物を済ませて戻ったところ、パンクではなく必要な器具が外れていたとのこと。修理費400円。

 近くの公園でブランコ&鬼ごっこを経て帰宅。しかししみじみと寒い日。Rちゃん、大丈夫か?
 
 夕方、作ってもらった唐揚げ、ポテトサラダ、激美味芋焼酎:明月などを持参し、bambi打ち上げの場へ。

 ライヴ当日の打ち上げは、ご来場のみなさまとの会話を優先して楽しむことが慣例となっており、歴史的においらもバンド・メンバーでの打ち上げ、という状況にはなかなかならなかったものだ。
 bambiにしても同様でそうした流れも踏まえ、打ち上げは事前に予定され今日を迎えた。

 しかしこの時期、居酒屋類は計画停電やらの影響もあってか営業時間がえらく短縮されている様子。すると「ならばココを使ってよろしい!」と、太っ腹の提案を賜り、その主:bass:yoyo&𠮷紋兄が宴の場を提供してくださることに。なんと有り難い。
 かくして全員の手弁当で宴開催の運びに。

 銀座のあるワインバーではメニューのいくつかに印がついており、その品(ワインもフードも)の価格のうち200円分を日本赤十字社に義援金として寄付するというシステムを取っていた。
 この時期、アルコールを口にすること自体に罪悪感を感じる方がいるようで、ならば「アルコールを飲むことによって寄付している」というシステムにすれば抵抗感も減るのではないか、という店主のアイディアでそうしたらしい。
 その品を注文した方は署名し、その署名の一覧をお店のオフィシャル・サイトにそのまま載せるそうだ。

 午後6時前後、いい年したbambi&関係者がわらわら集う。まるで高校生の集いのよう。
 𠮷紋兄が用意してくださったギターの美しくてコンディションのよいことといったらなかった。さすが音楽職人。
 おいらは座布団に座った端からMartinを手放さない。大先生の手にしたイバニーズ?の関連ブランド?の物件も素晴らしい。
 唐揚げもポテトフライも、芋焼酎:明月も白ワインもちらし寿司もおにぎりも、ずこんずこん胃袋に消えてゆく。ギターは延々弾いている。

 頃合いをみて、おいらは初めて観た先日のライヴ映像観戦。全員モニターに釘付け。
 映像を手がけてくださった𠮷紋兄の一見無造作なアングル、切り取り方に、各々ピリっとくるクールなセンスを感じていた。 

「音楽が好き」「楽器が好き」「演奏が好き」そうした共通認識で集う利害関係のない(笑)身内メンツで、ホロホロ酔いながら、ホクホク弾きながら、ワラワラ語り合う瞬間の贅沢なことといったない。
 気持ちよく大先生の新曲にあわせていたところ、隣でvo.haruが爆睡体制に。さすがフロント大物女子。こうでなくちゃ。

 皆様方、今日もお疲れごくろうさんでした。yoyo&𠮷紋兄、ありがとうございました。

投稿者 yonezawa : 22:42 | トラックバック(0)

2011年 03月 24日

取材の歴史

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 昨年のうちに写真家:熊谷貫が事務所を引っ越したと聞いた。
 ふいにもらった彼からの連絡で、今夜、西麻布の新事務所を初めて訪れることに。
 貫との歴史もいろいろあった。

 まだ世界戦を行っていた頃のラスベガスでのボクサー辰吉丈一郎選手取材は、貫にとっての最初のヤンジャン海外取材だった。
 『Kids Return』での北野武監督取材は2人にとっての大きなターニングポイントとなった。
 世界戦に挑戦する以前と以降のボクサー畑山隆則選手の長期取材では、マニラでのキャンプにまで自腹で同行したこともあった。
 ともかく、ここ十数年に渡り様々な局面で現場を共にしてきた。
 事務所で紅茶をいただきつつ、話題は地震、被災地、原発,政府、東電の話。
 昨日、ある作家も語っておられたが、この災害を乗り越えた先には本当に必要な作家だけが生き残り、多くが淘汰されるだろう……といった意味合いの話をここでも語り合った。
 写真家しかり、雑誌本体しかり、本当に必要とされれる媒体、カルチャーだけが生き残ってゆくと思われる。
 映画も漫画も小説も写真も、生きるためには最優先されるものではない。当事者の心境の根底には,正直戦々恐々といった意識を強く認識させられた。
 
 今回の事件が世界的にどのように見られているのか、海外の友人から届くメールで、逆にその重さを感じとっているこの頃。
 実際、汚染国となってしまった日本。今後、相当頑張らねばと個人個人の意識にも渇を入れ、完全復興のスピードを願うばかり。一歩ずつ乗り越えなければならない。

投稿者 yonezawa : 22:39 | トラックバック(0)

2011年 03月 1日

少し不器用

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 誠実で生真面目で温かくてクレバーで(多分)少し不器用で品格溢れる両氏。
 折に触れてOさん&Oさんと、貴重な時間を過ごせる環境にいるおいらは幸せだ。
 新宿でしばらくぶりの親睦会を楽しんだ。
 人生の大先輩が、青二才に対して何の負荷もないまま、同じ目線で日常感じるあれこれを語ってくださる、ということにひとつの喜びを感じるのだ。

投稿者 yonezawa : 01:27 | トラックバック(0)

2011年 02月 28日

〆ラーメン

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 編集部でも日々お付き合いのある某社:Iさんと初サシ飯。
 ここんとこ何本も仕事のやりとりを交わしていながら、なかなかこうした時間を設けられないまま時間が過ぎ去っていたのだが、本日原稿のやりとりを交わした後、お時間いただけることになり、ラッキー。
 
 食事を終え、E御大の仕事の進み具合をチェックするべく連絡。
 すると御大は、大勢の錚々たる漫画家諸氏との親睦会の真っ直中という状況にあり、合流。
 「今テレコでも回せば、大変な記事が出来るだろうなぁ」と妄想しながら、この贅沢な面子が集う席の流れに身を委ねる。
 まったくエネルギッシュな夜更けだ。実際に若者もいるわけだが、全員とにかく気持ちも体力も若い。見かけも含めて。

 そして久しぶりの〆ラーメン。すでに開いてる店はココしかないという確定選択肢の中で、適当な物件を完食したのは午前6時を回っていた。

投稿者 yonezawa : 01:27 | トラックバック(0)

2011年 02月 22日

サシ飯と格闘家

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 珍しい午前中からの連絡をいただき、ひょんな展開から今夜は大先輩のYさんとサシ飯となった。
 貴重で有り難いひととき。今日の親睦会の内容は、あと4〜5年くらいしたら明確に書き記したいものだ。
 新宿二丁目の美味しい和食屋で満腹になった。Yさんに感謝。

 今日の約束を入れた直後の昼間から、大道塾:飯村師範から飲み会に誘われており、宴をやっている場をメールで確認後、格闘家の集う居酒屋へ合流。

 かつてU.W.F.スネークピットジャパンで活躍した望月竜介氏、ムエタイのリングも経験するキックボクサーの大野氏、遅れて、現役東大教授の猛者で獏さんの友人である格闘家:松原氏も合流し、とことん格闘技談義。
 本気で肉体的に強靱な者たちが、いくつかの試合を振り返ったり、未来のカードを睨んで議論するその内容は、やはり説得力という意味では我々素人の比ではない。
 おいらの知る格闘家は、例外なく優しく、ユーモラスに溢れている。
 飯村の最近のブログを読んで驚嘆していたのだが、今日、彼から届いたメールがこうだ。

 「昨日ロシアから帰ってきました。最初は日本選手団のコーチとして同行の予定だったのですが(大道塾吉祥寺支部の田中)俊輔が試合一週間前におたふく風邪になり、ロシア行きもドクター・ストップになったため塾長の無茶振りで自分が出る事になりました。結果は準決勝で10kg以上差の毛毟ったゴリラのようなロシア人に腕十字で負けましたが、3回勝ってベスト4なので面目は保てたと思います。」

 どんな世界なんだ。
 このメールを拝受し、おいらは改めて格闘という世界で生きる者の精神力のすごさを感じ取るのであった。
 飯村は正式な試合のリングには7年あがってなかったのだという。本来試合などするハズではなかった男が単身ロシアへ乗り込み、娘の待つ日本を想い、プチ・ホームシックにかかったなどと冗談めいて語っていたが、モチベーションもないままリングに上がることこそ最も辛い状態であったことだと察した。
 今夜は少しだけ飯村を労おうと思った。

 今週の土曜日に、弟子や仲間が慰労会を開いてくれるので、おいらのライヴ(の打ち上げ)参戦はなくなり、残念だったが、おいらも駆けつけて労いたい気分になった。

投稿者 yonezawa : 01:22 | トラックバック(0)

2011年 02月 21日

ボクシング世界戦

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 行きの電車の中からイタズラを目論んだ表情ばかり。音楽教室の発表会に着る服は下が紺系統の色と指定されているそうで、出社前にデパートへ立ち寄り、あたりをつけていたという服をRちゃんに試着させた。
 特別なイベント用の衣裳という気持ちからか、終始はしゃぎまくりのご様子。
 
 4月8日に決まったボクシング世界戦を睨み、近々に三度、長谷川穂積選手への取材が待ち受ける。この日は3人の日本人チャンピオンが防衛戦を果たす日となった。
 先日、井岡選手が日本人最速となるキャリア7戦目で王座を獲得したニュースもあり、映画『あしたのジョー』公開と、ボクシングの話題が続くこの頃。
 現状7人、日本人チャンピオンが世界の頂点に君臨している。

■ WBCミニマム級王者・井岡一翔 2011年2月11日・王座獲得(7戦目で獲得)
■ WBAスーパーフェザー級王者・内山高志 2011年1月31日・V3達成
■ WBAスーパーバンタム級王者・下田昭文 2011年1月31日・王座獲得
■ WBAバンタム級王者・亀田興毅 2010年12月26日・日本人初の3階級制覇達成
■ WBCフェザー級王者・長谷川穂積 2010年11月26日・2階級制覇達成
■ WBCスーパーフェザー級王者・粟生隆寛 2010年11月26日・2階級制覇達成
■ WBCスーパーバンタム級王者・西岡利晃 2010年10月24日・V5達成

 Iさんと初サシ飯後、幸運なタイミングで捉まえられたOと新宿呑みで〆。

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2011年 02月 11日

bambiリハ

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 結局雪は降らんじゃないかと思っていたら、本格的な大粒の粉雪が降り注いでいた。
 時間の早まったbambiリハへ。初めてスタジオへ到着一番ノリを果たす。3時間みっちり。

 そしてリハ並にしっかり時間を取る飯へ。
 過去のバンド歴を振り返ってみれば、確かにリハーサルよりも長い飯(酒)というのが慣例だったと今更気づいた。
 メンバー中、20代の若者は1名にも関わらず基本的に全員爆食。
 きっと体力を蓄えた、よいライヴになろう。

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2011年 02月 8日

中野

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 いつ以来だろう。かつて飲め飲め団団長だったKさんとサシ飯。
 気がつけば(というか自分が呼ぶのだが)映画人M、Nが駆けつけ、偶然連絡してきた編集UとライターMも合流となり、異業種飲みに突入。
 45を過ぎるとやや酒も弱くなった自覚もあり、今日はスタート時間が各々バラバラだったせいか、大きく酔った。後半、居眠りをしたのはその証拠か。美味しい酒を飲ませてくれる連中だから致し方なし。
 外に出たら大粒の雪。津々と降り注ぐその景色は、気温が思い切り寒いのになんだか温かさを感じさせた。

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2011年 02月 3日

お宝

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 神社で初めて豆まきを経験してきたというRちゃん。話を聞けば、鬼さんにぶつけてよい、あるいは紙でできた棒のようなもので追い払ってよい、という緩いルールの中、どの男の子よりも本気で豆を投げつけ、棒でぶったのが他ならぬRちゃんだったそう…。
 
 夕方、大先輩Oさんより2年ぶりぐらいとなった会食にお誘いいただき感激。
 ふいに、おいらが小学生時分の頃貪り読んでいた週刊少年ジャンプを思い出していた。
 雑誌発売の前日夕方、明日発売の少年ジャンプを乗せた大分県の田舎に汽車が到着する。
 駅の係の人がナイフで荷ほどきをして、そのまま購入する日もあったっけ。
 まだザ・ビートルズが本格的にココロに刷り込まれる以前、人生のすべては少年ジャンプといってよかった。
 当時の裏話を刻銘に記憶されるOさんの語ってくださったエピソードは、おいらにとってのお宝だ。

投稿者 yonezawa : 18:35 | トラックバック(0)

2011年 01月 29日

無銭飲食

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 昼からRちゃんと2人きり。
 部屋遊びとお散歩で1日がテキパキと過ぎ去る。
 夕方、伴侶の帰宅と入れ替わり、bambiリハーサルへ。
 毎週毎週、細やかなアレンジの変更によって曲のピースが埋まってゆく感じ。しかし自分でも驚く。身近な他人のオリジナル曲をここまで長く弾くといった経験は、この年になって初めて経験したことだ。
 楽曲の機微が導く、最善・最終形の完成まであとわずか。

 リハ後の飯呑みを経て、若いくせにどういうわけだか古いロックミュージックを熟知するキーボーディストSと久々のサシ呑みへ。

 訪ねた居酒屋「闇太郎」では、知り合いのFSと遭遇しながら、数杯の濃いウーロン杯を流し込む。
 精算の計算をお願いしたまま、また話し込んだりトイレに行ったりしつつグズグズやっていた。「たまには出しますよ」と提案してくれた連れのSがてっきり支払ったと思い、しかし念のため帰り際に店の外からドアを開け、頭だけ店内に入れる形で「お金払いましたっけ?」と確認したところ、「うん、もらったよ。大丈夫!」と大将が言うので店を後にした。

 ところが、支払っていなかった事実が翌日判明する。

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2011年 01月 21日

還暦祝杯

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 東京駅界隈の名古屋料理屋でBさんの還暦祝い(元旦)開催。
 南方方面帰りのBさんは大きなリュックを抱えて登場。Bさんのご都合を伺い、本日祝杯の日を決めた。
 ちゃんちゃんこは止め、渋谷のmont-bellで赤いアウトドア・ジャケットと赤いソックスを事前に代表購入していた。乾杯後、精鋭4名のワリカンにてプレゼントの贈呈式を。

 1年中世界を飛び回っておられる日常のBさん。根っから朗らかな氏の笑顔で場の空気は一気に温かくなる。
 「還暦を迎えられたご気分は?」とお伺いしたところ「分かったことがあるんだよ! (60歳になったからといっても)なにがえらくなることもなく、なにが見えてくるものでなし。優秀なヤツは10代から変わらず優秀で、60歳になっても駄目なヤツは変わらずダメってことなんだよ」と笑顔でご教授。
 Bさんのおおらかさを隣で眺めながら、20年近く前に氏との出会った幸運を心から感謝するのだった。

 氏を新幹線駅改札までお見送りし、定期的親睦会を欠かさないSと新宿へ河岸を変え、サシ乾杯。
 慢性の寝不足のはずなのに、おいらと飲む際にはいつも朝までコースの気持ちでつきあってくれる有り難いS。若いSにはいつも感謝だ。
 彼と話す場合、大概、携帯にメモらねばならない重要事項が毎度いくつかある。

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2011年 01月 18日

テッド・ニュージェント

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 チャー新作の情報は、毎回K兄からのメールで知る。
 どの興味を抱く対象者にしても、日常まめにオフィシャル・サイトを観る癖をつけていないので、情報に気づくのがライヴ日程同様に遅い自分。
 『TRADROCK "Jimi” by Char』もすでに発売中だった。
 
 夜、地元でT兄と待ち合わせる。年明け初乾杯。
 これまで聞いたことのなかったロックな実体験エピソードの内容に、今日も舌を巻いた。
 テッド・ニュージェントやらユーライアヒープやらシン・リジーらの単語がストレス無く通用する稀な空間。ティーンの頃、海外で観たという多くのロック・コンサート話は、羨ましさと嫉妬が入り交じるような気持ちに晒される。
 帰国子女なT兄のロック体験な瞬間は、金に代え難き宝石のような輝きを放っていた。

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2011年 01月 13日

明日はどの風

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 編集者の大先輩Tさんと新春サシ飯。飲んだ飲んだ飲んだ。
 相談事が多いのは現状のおいら。馴染みの寿司屋Hで、かしこまった話からくだけた話まで思いのたけを語り合う機会を得た。
 誰からも一目置かれる人格者で、編集者の面々はみんなこのTさんにある種の憧れを抱いている。
 河岸を変えたバーでふいに編集Kさんとも合流することになり、珍しい取り合わせの夜更けを楽しんだ。
 明日はどの風が吹くのか。
 

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2011年 01月 11日

やや痛飲

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 午前中から稼働のため、夕べは早めに寝ると思いながら結局4時。
 おからと、昨日の残りの鰺の唐揚げで朝食を済ませ、編集部へ。

 気温の低い日、どこを温めれば寒さを低減でくきかと言えば圧倒的に首周り。
 バスを待つ間、おふくろに送ったウォーマーと色違いの品を首に巻き付けた。
 午前中から校了班で行う校正刷りの確認を一人しこしこ。
 
 夕飯はTさんにお誘いいただき新春初飯。やや痛飲。

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2011年 01月 8日

bambiリハ

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 家を出るギリギリまでRちゃんシフトで時間を使った。
 午後までふわふわと睡眠をとり、夕方のbambiリハにあわせて身支度。
 年始めのバンドリハ。

 昨年覚えたつもりの楽曲にまっさらな気持ちで挑む。
 前回のアレンジを思い出しながらも、結局“今”の気分がフィットするアレンジメントで弾き出している。落ちつくところに落ちつくだろう。

 リハ後、頻度の多いいつもの「ガチャガチャ」にてホッピー乾杯。
 メンバー2名からのとんでもない報告と、メンバー1名からの温泉遠征計画を聞きながら、すでにこのバンドの春先以降までのスケジュールがうっすらと決まりかけている様を心地よく聴いていた。
 〆には美味いカレーうどんをいただき、大先生を送りつつ帰途に。

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2011年 01月 6日

吉田兄と先ちゃん

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 部屋の棚などにかからないで布団が敷けたのは随分しばらくぶりだったかも。
 隅々まで整理した部屋での寝起きは気持ちよい。すぐ乱れるのだろうけど。

 大手TV制作会社イーストのスーパープロデューサーで、永遠のたけしさん番:吉田兄と初飯。
 暮れもまったく互いの予定が合わず、結局再会は年をまたいでしまった。
 本日ふいに待ち合わせが叶い、焼き肉をゴチに。兄貴感謝!
 持参してくださった『失速DVD』を『STOP』で拝聴。
 吉田兄の謙虚な言葉とは裏腹に、いつもの広大なシャウト技量に笑う。ではなくうなる。映像の中の吉田兄は今日もかっこいいぜ。
 そして、最新たけしさんエピソードで心が暖かくなった。

 遅い時間になり吉祥寺へ電車移動。新宿駅のホーム、寒い。
 たまたま仕事場で先ちゃんがつかまった! 先日の個展で展示してあったイラスト「ROCKS」(←タイトルです)の額装と、先ちゃんがイタリアのブランドに依頼されて描いたという赤ワインを頂戴するべく寿スタジオを久々に訪問。
 この赤ワインは画廊でしこたま飲ませていただいたのだが激美味で驚いた。パッケージも中身も一流品の認識。
 先ちゃん、わざわざ手提げのビニール袋をこさせてくださり、心では激しく感激。

 仕事部屋のレイアウトが大きく変更されていおり、ツメ作業の時に突然おっぱじめる先ちゃんの気分転換を思い出す。
 先ちゃんは整理整頓の天才でもある。

 近場のロックなバーで軽く一杯おつきあいくださった。
 ところが先ほど、吉田兄と飲んだ赤ワインが喉につかえており、2杯頼んでほとんど1杯分しか飲めない自分。
 正月、あまり飲む機会がなかったせいか、やや弱いコンディションの新春。
 とても心地よい音楽(BB&Aとか)を聴き、河岸を変え、先ちゃんと2011年初麺で〆。
 なんとしても今年は『まんがヤング』やりますよ!
 
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2010年 12月 30日

締め

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 渋谷の居酒屋:佐賀雑穀を久々に訪れた。
 Mちゃんとのサシ飯で今年の忘年会は締めることに。
 弾丸トークのごとく、どこにも会話の隙間のないような空間。
 島美人が1本空いた。良いお年を!

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2010年 12月 29日

八吉

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 新宿:八吉で江口兄、編集者らとの忘年会開催。
 先日、先ちゃんの個展で知り合いになったYさんとの3人会、そこにSさんも加わり今年新宿の最終地点は二次会の場:STOPとなった。

 しかし、初めて飲み明かしたYさんの酒豪ぶりには舌を巻いた。
 当然酒もお強いのだと思われるのだが、いい加減明け方の時間になっても飲み始めのテンションとなんら変わらない感じ。最終的にサシ呑みとなった場で、Yさんの作品を拝見する機会を得、ラッキー。今日と同じ面子の4人で新年会の予感。
 おいらの記憶が正しければ、始発が走って解散するぐらいの時間までYさんは酔っていなかった。
 若さ強しか。

 連日続いてしまった飲み会も明日が千秋楽。2010年がそろそろ終わろうとしている。
 

投稿者 yonezawa : 04:19 | トラックバック(0)

2010年 12月 28日

ツェッペリン繋がり

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 ツェッペリン繋がりな亀渕兄との2人忘年会は新宿の『ひろ喜』にて。

 あの信じられないライヴの証人になって早3年。
 それまでの間、氏とは何度かの酒席を共にさせていただく幸運に恵まれてきたが、師走も押し迫る大層なこの時期に彼のスケジュールが確保出来たことは本当にラッキーだった。

 席に着く前、氏の第一声は「ツェッペリンは(なかなかライヴを)やらないなぁ、おい!」。
 なんとも真っ当で粋で、同時に(僭越ながら)チャーミングな氏の発散する空気がたまらない。
 時間を最大限に有効利用しつつ、氏のご意見を徹底的に伺い尽くす時間。贅沢な夜だ。

 新丸ビル8Fでやってるというアートディレクター信藤三雄さんのDJパーティーに行きましょうということになり、地下鉄移動。
 亀渕さんの友人でもある信藤さんには初めてお会いしたが、このイベントには江口さんもお誘いしてたとのこと。
 「スナックみつお」と銘打ったイベントを後にして、亀渕兄との忘年会をお開きに。

投稿者 yonezawa : 03:28 | トラックバック(0)

2010年 12月 21日

獏さん忘年会

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 新宿の劇場で待ち合わせた作家:夢枕獏さんと映画『トロン レガシー』3Dを鑑賞し、そのまま新宿のちゃんこ屋で忘年会。

 ここのちゃんこ屋を紹介した各界の面々が、各々の忘年会をこの店でセッティングしている事実。普通にバッティングしてしまいそう。
 今日のゲストは、フランスをベースに活躍されるミュージシャン:仲野さん&ヤンさん。ノンフィクション作家の廣川まさきさん&編集S。こちらにbambiの歌姫:はるこさんが加わり、異業種の者同士が集う実に面白い宴が開催。
 遅れて大道塾の天才格闘家:加藤師範、飯村師範も合流した。

 初対面の方も数名おられたが、みなさんそれぞれがとても魅力で安らぐ。
 仲野さんはサックスを主体とした吹きモノ系を担当され、ヤンさんは、中東から北アフリカのモロッコにかけてのアラブ音楽文化圏で使われる民族楽器:ウードを操る。
 彼らと会って、初めてウードのことを知った。

 廣川さんの最新著作本『私の名はナルヴァルック』(集英社刊)は先日読み終えたところで、“ナルヴァルック”とは、彼女がエスキモーに名付けてもらった名前のこと。
 たった一人でカヌー漕ぎ、ユーコン川を下る彼女のパワーが信じられないほど、ご本人がピュアで穏やかな方だったのが印象的だった。
 同作品は第2回開高健ノンフィクション賞を受賞。魅力溢れる書籍だ。

 獏さんの回りにいらっしゃる面々の朗らかなこと。それぞれがそれぞれに対して興味を抱くような、貴重で嬉しい空間だった。ピュアであることは人間最大の魅力となるのだ。

 場をゴールデン街に移す頃には、結構な勢いで雨が降りそそいでいた。「捨てても良いよ」という傘をちゃんこ屋のおかあちゃんに5.6本貸していただき徒歩移動。感謝!
 
 店では偶然、大氣拳の島田道夫先生と遭遇し、当然のごとく席を並べて親睦を深めることに。獏さん、島田先生、加藤師範、飯村師範の4ショットは大変貴重な絵面となった。

 最終的には2人の格闘家と編集2名の4人で5時を回る頃まで飲み尽くすことに。

投稿者 yonezawa : 18:02 | トラックバック(0)

2010年 12月 16日

MICHAEL

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 1958年8月29日生まれ、アメリカ合衆国インディアナ州ゲイリー出身。USを代表するポップ・アイコン。
 昨日発売になったマイケル・ジャクソンのニューアルバム「MICHAEL」拝聴。

 関連サイトの情報によれば…「このアルバムには公式サイトにて1週間限定で公開された新曲「Breaking News」をはじめ、2007年にレコーディングされたもののリリース前にネット上に流出したためお蔵入りになっていたAKONとのデュエット曲「Hold My Hand」、同じく音源流出で話題となったレニー・クラヴィッツのプロデュース曲「(I Can't Make It)Another Day」、50CENTをフィーチャーした「Monster」などを収録。さらに、マイケルが歌詞やメロディにアレンジを加えたYMOのカバー曲「Behind The Mask」も収められる。」とある。

 「Behind The Mask」のテイクが、日本人としてはやはり馴染み深い感覚があり、我が国が誇る音楽家:通称“教授”と念願の初邂逅を果たした際、このエピソードも伺った記憶がある。
 優れたメロディとは、まさにダイレクトにマインドに訴えかけるものだ。

 W社:M&Tくん、天才編集者Fとの会食に歓びを感じる。
 夜、ふいに届いた天才クラシック・ギタリストKDくんからの初メールに感激。

投稿者 yonezawa : 18:00 | トラックバック(0)

2010年 12月 14日

新宿三丁目

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 ktさんにhtさんを初めて紹介したのは新宿三丁目だった。
 集合時間のおよそ4時間前、突然、世界的映画監督でジャパニーズ・コメディアンの極みtさんに当日食事のお誘いをいただいていた。
 「なんたることだ!」心が揺れた。
 ktさんhtさんに事情をお伝えし、2人の初顔合わせの席からなんとかおいとまし、tさんとの会食に駆けつけたいー! と瞬時考えたが、その行為は失礼であるとよくよく感じ入り、tさんとの銀座での席をご丁寧にお断り申し上げ(涙)、新宿三丁目での時間を優先させていただいたことがあった。

 あれから半年少々は経過したろうか。
 
 本日3人の年度末再会も新宿三丁目。
 今年の頭にはおふくろも連れてきたこの界隈に、日が暮れた頃到着するとなんだかホッとする自分。

投稿者 yonezawa : 17:58 | トラックバック(0)

2010年 12月 13日

夜忍戒2010年〆

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 映画人&スーパー編集者との定例会『夜忍戒』の集いに20分遅刻してしまった。
 今年の〆はおいらが幹事。予定のままいけば次回幹事を担当するのは2011年8月。
 二軒目に移動する際、Iが「何コレ?」と雨に濡れた紙切れのようなものを拾う。同時に「あー千円じゃん!」と叫び、現金を拾っていた。
 「今年の暮れはついとるばい」とfkに持たせて記念撮影。
 きっとfkが責任を持って警察に届けてくれることだろう。
 よい〆のエピソードができた感じ。

投稿者 yonezawa : 17:57 | トラックバック(0)

2010年 12月 9日

Baby Taylor

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 3年間机の中、キャビネットの中から一度も紐解くことのなかったブツは廃棄してよい! という定義はあながち間違っていないと思うものの、これまで「捨てられない病」が邪魔をして踏み切れなかった。が、昨今の諸事情を踏まえ「えいや!」と思い切る。

 実家のテレビ環境は我が家に先駆け、先に地デジ対応のブラビアを設置してもらった。工事を行ってくれたのは同級生のKK。
 なんの気なしにメールで注文し、わざわざ県外まで遠征して実家まで赴いて完璧に構築してくれた。
 
 小学館の『ビッグコミック・オリジナル』で、20年にわたって続けていた名コラム
『こだわりの店』が終了した。
 執筆される伊丹由宇さんの文体には、個人的にとても真似したくなるような魅力を感じており、彼のブログは初回から欠かさずに読んでいる。
 かつて、ポールマッカートニー特集記事作成の際、伊丹氏に原稿依頼をしたことがあったが、出来上がりの機微というか、的確さというか、文体が読み手を惹きつけるクオリティにうなったものだ。もう名人。
 どういった理由によってあの1Pの枠がなくなることになったのか、やや疑問を感じるところだが、この名コラムを受け継ぐ雑誌(媒体)が現れないものかと、個人的にも活字媒体の諸氏にプレゼンメールを送ったところ。

 夜、漫画家:TT69と久々のサシ飯。
 積もる話にうなずき、笑い、ある瞬間には涙目になり、時の許す限り労いを込めた。
 ノーゲストとなった寿司屋(及び地下のバー:シンクロニシティ)で大将(及びマスター)に許可を貰い、用意したBaby TaylorをおもむろにつまびくTT69。巧いものだ。
 明日を見つめながらも、長い旅の一つの節目となった色濃き夜更けとなった。

投稿者 yonezawa : 01:06 | トラックバック(0)

2010年 12月 3日

hh&khの忘年会

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 hh&khの忘年会の席へ。
 彼らと過去何度も連れ立って訪れた店かと勘違いしてたところ、今日の2人と来たのは初めてだったと聞き、率先して鍋奉行を買ってでる。

 30年以上昔の話を、昨日のことのように語り合えるおいらの身内の中でも最も古い輩2名。至極真っ当で、優秀なサラリーマンを貫く連中は、おいらにとって糧のような存在とも言える。
 中学時代、転校生同士だったkhとおいらが何故にここまで近しい関係になったのか。その心は、現在電機店を営むkkの存在によるものだ…という話をkhに改めて説明され、再認識した。
 hhと、今日は長期出張中で残念ながら不参加となったykにおいら。高校時代からのこの3人の取り合わせにしても、今考えれば考える程なんたる愉快なキャラクターの集まりであったのか…と感慨深い気持ちになってゆく。

 一切の気兼ねもしない編集スタッフも大勢いるが、物理的にどれほどの長き時間を共有してきたかを比較をすれば、彼らを凌ぐ面子はいなかろう。
 五合瓶の芋焼酎がゆったりと空いた。発売当初の「鬼火」はもっと焼き芋の薫りがしたものだったが、最近はまったく「焼き」の薫りがしない。

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 馴染みのバーではスコッチの“ロック”を彼らに習い、おいらもいただいた。
 もう10年近くは基本的に“ロック”なんていう飲み方をしていない。酔いのスピードが早いのは経済的ってのはあるが、本気で“ロック”で呑むとせっかくの大事な時間の記憶をほとんど失うと知っているので、それができないでいる。

 いつの間にか、足腰の立てない状態になってしまったhhをタクシーに担ぎ乗せ、運転手に彼の住所を番地まで伝えた。大丈夫だったのか。khもタクシーで見送り。
 単独になったおいらは、行かなくてもいいのに一人「一蘭」で〆のラーメン。物件が大変悲しかってものすごく残念。

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2010年 11月 29日

ボクシング至上メール

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 甥Yの欲しいCDリクエストにこっそりと答えるべくamazonでせっせとCDを集めていた。
 高校時代にそんなおじさんが欲しかった。
 おいらの誕生日の2日後にKの誕生日がやってくることあり、この時期はなんだか知らないが知人友人も含めて誕生日ラッシュのシーズン。
 パルコでK御用達ブランドのジャケット、Tシャツ、マフラー、手袋を一斉購入。
 
 昨日届いた映画人:Mからの「ボクシング至上メール」を受け、「そうしたことは熱いうちに語り尽くすべし」と急遽飯会がセッティングされる運びとなった。
 Mはボクシング漫画好きがこうじてホンモノの試合を観に行くことになったそうで、「私は(長谷川穂積選手の世界タイトル)初戦のウィラポン戦を武道館で、再戦のウィラポンも神戸で、モンティエル戦も武道館で、生で観てます」というメールを送ってきて嬉しくなった。
 ギリギリまで行われた某打ち合わせを切り上げ、待ち合わせ場所へと飛ぶ。

 現地にはMと初対面のNさんがすでに到着。
 映画・漫画・音楽──っと話は小気味よく転がるように展開するが、その流れに時折挟み込まれる連中の物言いには、ある種の歓びを噛みしめていた。大変愉快な夜となった。

 午前中よりバリバリ稼働するMとNさんのテンションがクールダウンし、徐々に眠気に包まれる様を察知し、端的に盛り上がった酒宴をスパンとお開きに。
 「この店で、この面子で、また次回も盛り上がりたし」と、明日連中にメールするつもり。

投稿者 yonezawa : 17:05 | トラックバック(0)

2010年 11月 24日

Diana Krall

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 午前起きてシャワーを浴び、朝食も昼食も取らずに急いで校了へまっしぐら。
 休日勤務の昨日もRちゃんの起きてる時間に帰宅できなかったので、こうして数日会えないパターンは時折訪れる。
 校了では前半後半の割り当て分ページを班のメンバー交代で確認するのだが、前半出校の頃から後半も続々出校してきたこともあり、結局前後編全部の校了をやり終えてしまった。
 
 駅前の薬局で購入したアイリス目薬を注す。掻きむしってしまった傷なのか、ここのところ左目の調子が悪し。

 夕飯は親愛なるモノカキ人:Hさんと。

 以前、パット・メセニーにインタビューした際、「ジェフ・ベックをどう思うか?」という質問を投げたことがあった。ジャズ部門ギタリストの頂点に君臨する彼にとって、きっと初めての質問だったに違いない。
 彼は「ジェフの奏でる音を聴けば、自身の感情を制御しながら、自在に旋律をコントロールしていることを感じる。とても優れた人物でもあり、リスペクトに値する素晴らしいギタリストだと思っているよ」と答えてくれた。
 この回答には感激したのだったが、Hさんと食事をすると、そうした己の感情を常に制御される“品格”のようなものを毎度感じているおいらだ。
 この貴重な席で考えることは、自身が心地よくなることはもちろんだが、隣にいらっしゃるHさんの居心地こそがベストになることを心から望んでいる。
 不思議な空間をたくさん知っておられるHさんのフリーダムな行動範囲。
 煙に巻かれるように(つまりおいらは方向音痴というだけなんだが)移動する場所の位置を、その都度まったく把握していないおいらは、一人で今日訪れた店にたどり着くことはきっと不可能だろう。
 いつもの馬鹿者連中と交わす酒よりもペースは伸び、今日の空間がいかに楽しく貴重であったかを身体全身で感じ入った夜更けだった。

 Hさん、ダイアナ・クラールの情報をいただけた今日も大感謝でした!

投稿者 yonezawa : 03:25 | トラックバック(0)

2010年 11月 19日

フランス色

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 数日前からお誘いを受けていたBさんのメールを踏まえ、本日夕方、池袋某所で待ち合わせた。
 Bさんの友人を含むフランス人の出版関係者、翻訳家諸氏との会食の席に合流。
 異国からのゲストは、日本の優れた漫画を現地フランスに紹介している仕事を生業としていた。
 この時期の金曜日の夕方7名という人数のせいか4軒目の連絡でようやく予約を確保できたヴェネチア料理屋で乾杯。
 各位個性的なキャラクターを有する面子が揃ったが、参加された日本勢のうち2名は10年以上フランス在住経験者とのこと。フランス語翻訳の仕事もされる方もおられ、当然フランス語がペラペラ。
 フランス人の若者Bくんが言う言い方を借りれば、日本の漫画を初めてフランスに紹介したと言われる「伝説の男」と形容されていたDさんがとてもチャーミングな方で、あっという間に意気投合。
 場所をゴールデン街へ移す。道中、界隈は酉の市で大いなる賑わい。
 何十回と遭遇した風景ながら、毎度酉の市の時期を認識してこの地を訪れることはないので、毎回「師走が近づいたか…」と気づかされる。
 ゴールデン街後も元気漲る日本勢の面子3名(合計4名だけどおいらは元気でなかったので)と河岸を変え、なんでも20歳代の頃の平井堅さんが働いていたという『21世紀』というパブへ連れられた。
 店のスタイルが、お客が生バンドで歌えるといったもの。
 前々の店で、呑んだ皆さんとギター談義を交わしていたこともあってか、座って数分で生バンドに加わり、ギターを弾く羽目に追いやられてしまったおいら。
 Bさんの古い友人であるという、カラオケ好きなTさんの歌のバックも、そのままアドリヴでつとめることになるとは予想だにしなかった。
 時計は朝の6時。個人的に限界を感じたおいらは1人「そろそろ勘弁」ってことで帰途に。

投稿者 yonezawa : 19:18 | トラックバック(0)

2010年 11月 11日

チキンカレー

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 ありがたいことだ。何年かに一度、同じ面子で『兄貴と飲む会』を開催してくれる10歳前後若き連中がおり、今日がその日となった。連中は映画関係者。
 職場のポストが上がっていくのか、年々メンバー全員の日程を摺り合わせるのが難しくなってきているように思えた。その中、つい先日高額の退職金を提示され、早期退職の意思確認をされているという者も約1名。

 恵比寿の小綺麗な居酒屋の雰囲気は申し分ないところ、どの料理も明確にイマイチだったのがとても残念だったが、集った面子の馬鹿話をする場所としては適地だったようにも思う。

 お腹いっぱいのくせに、近場の居酒屋へ移動し、馬鹿話の続き。会話の9割が本物の馬鹿。さすがこの面子。生きててすいません。

 2006年4月28日(金)に同面子で豪快に飲んだ夜が、最も濃い4人共通の記憶となっている。
 「この店は何もかも食べ物、美味しいんです」という言葉は即認識され、最後にシェアーして食べた1杯のチキンカレーで酒もつまみも限界となり、おとなしく帰途に。
 笑い過ぎた。

投稿者 yonezawa : 12:00 | トラックバック(0)

2010年 11月 5日

ポリシックス/フランス

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 正直、そのバンドのメンバーと知り合いになるまで音体験はなかった。ある日、幸運なことにご本人と酒席を共にする機会を得、彼女よりベスト盤を贈呈いただいたことをきっかけに、そのバンドの音源は折に触れ、聴く機会をもってきた。

 本日、恵比寿リキッドルームで新生「ポリシックス」のライヴ初観戦。
 同行者はフランスの出版社の編集者2名に、日本在住のフランス人翻訳家1名の総勢4名。
 前日に無理を承知でチケットのお願いをしており、当日手配してくださったFちゃんには本当にお世話になってしまった。

 チケットは早くにソールドアウト。会場内にはポリシックスのコスプレ衣裳のファンも多数集い、熱気ムンムン。

 登場した瞬間からアクセル全開といった針の振り切ったような演奏が始まる。
 数曲聴いていくうちに、このバンドはテクノというくくりではなく、プログレでありハードロックであることを認識させられた。

 3ピースとなったギター・ドラム・ベースの編成は勝手知ったるおいら。彼らが奏でたアンサンブルの機微はひとつの完成型を思わせ、変拍子にしろ、3人のタイム感にしろ、3者のいずれかの楽器がブレイクの間を埋めるアレンジにしろ、舌を巻くほどの完成度であったことを、生のライヴで改めて認識させられたのだった。

 ツアーファイナルという最大テンションの今日、こうして初めてポリシックスのライヴ体験ができたのもとてもラッキーだと言えた。
 フランス人ゲストの面々も各々楽しんでおり、年間2回ほど来日する彼らが日本のバンドのライヴ体験ができたことをとても貴重な思い出として受け止めてくれたのも嬉しかった。
 Fちゃん想像通りかっこいい。そつない。プロフェッショナル。素晴らしかった。

 終演後、関係者での乾杯タイムの冒頭にお付き合いさせていただき、Fちゃんに心からの感謝をお伝えし会場を後に。

 Iさん、Kさん、Tさんの3人で飛び込んだ魚メインの居酒屋が当たりで、想像したよりもナイスな物件が出てくるので二日酔いのコンディションにもかかわらず、思わず杯が進む。
 巨匠メビウスの話。映画の話。双方の国の出版社事情の話。話がつきない。
 そしていつかの未来、もしフランスへの旅があったなら…と仮定し、「私たちが責任を持って、米澤さんファミリーをすべてを案内しますからね!」という嬉しい会話なども楽しみながら、河岸を変えた先、新宿の夜が更けた。

投稿者 yonezawa : 17:01 | トラックバック(0)

2010年 10月 29日

公式本打ち上げ

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 続く時には続くものだ。
 公開を来週11/6に控えた、映画『マリア様がみてる』公式本(オフィシャル・パーフェクト・ブック)の打ち上げ開催。
 この書籍は劇場にも置かれ、映画のパンフレットは作成していないとのことなので、鑑賞してくださった方は是非とも手にとって観ていただきたいと願う。
 
 編集Kさん&Nさん、実質的な共同作業で奮闘してくださった編プロSさん、印刷所Kさん、カメラT他関係者のみなさま、お疲れさまでした。

投稿者 yonezawa : 16:26 | トラックバック(0)

2010年 10月 26日

完成披露試写会

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 長谷川穂積選手のお母様逝去のニュースがショックだった。
 初めて長谷川選手のインタビューを行った際、Nが出雲大社から緊急に取り寄せてくれた御守り2つを、彼宛と彼のお母様宛に贈呈させていただいたのだったが、壮気健全守ならず無念。満願成就の長谷川選手はきっと11/26に再び世界チャンピオンに返り咲いてくれるハズ。
 ご冥福をお祈りいたします。

 夕方、安田生命ホールへ。映画『マリア様がみてる』完成披露試写会の立ち会い。
 会場は長蛇の列を成す大盛況の様相。
 舞台挨拶を観て引けるつもりだったが、切迫した入稿もなかったのでスクリーンで2度目の鑑賞を果たした。同じ映画をスクリーンで2回観ることは稀だ。
 1度目の鑑賞時よりもサントラの機微に意識が働き、色々な思いを馳せた。エンディングの止め部分はやはり大好き。ラッシュ時にはなかったナレーションの効果は正解だった。
 
 公式本を担ったフォトグラファーTへの労いの乾杯。
 大して遅い時間まで飲んだわけではなかったが、「始発を待ちます」というTを高円寺で落とし帰途に。
 翌朝届いたメールには「正午前に家に着きました」的意味合いの報告が。つまり始発近い電車に乗ったはずなのに、そうした結果になってしまったという悲しい報告であった。

投稿者 yonezawa : 16:11 | トラックバック(0)

2010年 10月 25日

バッド・カンパニー

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 鼻の通りがなかなか完治せずで、Rちゃん園を休んで今日も病院。
 段々冷え込む気候になってきた。

 入稿を言えた夕方、国際フォーラムAへ。バッド・カンパニーのライヴ観戦。
 
 以前、クイーンのライヴの際、ミート&グリートのため雑誌読者のおばさま方(多分同世代)を5名ほどバック・ステージへ招く_という企画をやったことがあった。
 引率者としては自ら率先してメンバーと接触することは御法度と考え、一スタッフに徹していたのだったが、帰り際にポール・ロジャースとブライアン・メイ&ロジャー・テイラーに一言だけ労いの言葉をかけることが叶った。
 同時に自分の音源と、気持ちを記したメッセージをお渡しした。

 その日から、およそ1ヶ月。
 帰国したポール・ロジャースから直筆の手紙が届けられた時には、腰が抜けるような思いがしたものだった。

 ステージ6列目で間近に見たバッド・カンパニーの勇姿。ポールがロックしている。
 往年のヒット曲を矢継ぎ早に演奏。
 安定したこの人のヴォーカル・スタイルは、フリーのファーストの頃から確立されており、彼は16歳の頃からこんな声でこんな歌い方をしていたことを、また改めて思い出す。達観ぶりがハンパではなかった。
 バッド・カンパニーはアメリカでも成功したイギリスのバンド。サポートを務めたいぶし銀のギターを弾いたのはミック・ラルフス(健康上の理由で手術が必要な為、米国ツアー後に予定されていた日本公演に急遽参加できなくなった。残念)ではなかったが、バンド・アンサンブルはさすがだ。
 フリーのレパートリーを極力抑え、バッド・カンパニーに徹した姿も結果としてクールに感じられた。
 ちなみにオープニング・アクトにはポールの息子の弾き語り。親の血を引く、素晴らしいスキルを秘めたヴォーカリストだった。

 ポール・ロジャース作詞曲による『Yoakeno Keiji』 (1970年代にTBS系列で放映された刑事ドラマ『夜明けの刑事』の挿入曲)のさわりを弾き語りで聴けた今日はラッキーだった。

 地鶏屋「車」でW社:Oちゃんらと乾杯し、Oちゃん作成のバッド・カンパニー紙ジャケCDをどかんと贈呈いただく。なんと素晴らしい仕事なのだ。Oちゃん今日も大感謝。忘年会は必ずやろうね!

投稿者 yonezawa : 21:07 | トラックバック(0)

2010年 10月 22日

遠足/タフ

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 Rちゃんがほどほどに回復したと聞いて安堵。姫が初めての幼稚園の遠足に行ったそうだ。よかったよかった。
 仕事の時間を大きくずらし、彼女の帰宅を待つ。

 シャワーを浴び、丁度着替えている最中に帰宅してきたので、ジーンズを履き、靴下を片方しか履かないまま慌てて玄関へと走ってゆき内鍵を開けた。
 満面の笑みをうかべたRちゃんが「おーったん! いたー! なにこれー(笑)!」っと片足裸足の足下をみて超爆笑。「なにーこれ(笑)。おかしーよ、これー! どうしちゃったのー(笑)!?」
 Rちゃんとにかく上機嫌。
 「さぁ手手を洗って、ぐじゅぐじゅぺっをしてね」と洗面台へ連れだった。
 遠足先の公園では鬼ごっこなどをしてきたそうだが、野外で何時間もどう時間を過ごしていたのか正直細かく知りたいところだ。

 ケーブルテレビの番組をディズニー・チャンネルにあわせてあげた後、編集部へ。
 注文してたベイビー・テイラーの請求額をネット振込み。商品はすでに昨日到着しており、確認するためにチューニングしたのだが、このシャリーン感の響きはやはり破格のものだ。

 夜、いくつかの予定が変更されたのでスケジュールが空く形となり、やろうやろうと思っていたキャビネット大掃除の時間に充てることにした。
 書類の中から、中学時代の1978年に「江口寿史ファンクラブ」に加入した時の会報誌が数冊出てきた。
 なんとレアな品なのだ。これは早速本人にも見せておかねば! と思い立ち、遅い電車で吉祥寺へ向かい、先ちゃんスケジュールを確保し、軽く乾杯することに。

 馴染みの居酒屋には偶然漫画家Yさんが親子で飲んでおられた。なんと素敵な光景なのだ。Yさんの娘さんは漫画編集者になったのだという。
 横一列で飲んでいたところ、本日誕生日を迎えた映像作家の寅(アメリカ人)が妻のYと共に来店。
 横一列の6名が入れ替わり立ち替わり、酌み交わした。寅、誕生日おめでとう!

 お開きの流れで先ちゃんとラーメン屋に向かった明け方のいい時間に、漫画家タムタム登場。その後、午前8時まで営業している居酒屋へ移動し、さらにその時間よりデザイナーの某氏も合流。
 当初の「軽く」といったニュアンスからは遠く離れた酒席の状況となり、時計の針が6時を回った頃、軽く眠気を察知したおいらは一足先に帰途につかせていただく。
 タフ。本当ーにみなさん、タフ。

投稿者 yonezawa : 20:28 | トラックバック(0)

2010年 10月 6日

明日に続く…

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 YB事務所Nさんと久々の会食。場所はNさんの事務所近くで、俳優Iさんも御用達の寿司屋Yにて。
 まったく飲まないNさんお構いなしにおいらは芋を飲みながら、現在・過去・未来の会話で盛り上がる。
 もうNさんとのお付き合いも10年ではきかない長い時間が経過した。
 彼と最も盛り上がるのは、昔から本の話と彼の趣味であるカメラ及び写真の話。
 書店を経由し、次回の再会を約束して久々に小田急線に乗った。
 YBさんやらNさんと初めてお会いした時代はこの沿線に住んでいたなぁ〜と、懐かしさに耽る。
 新宿でSと再会を果たし、ゴールデン街では実に嬉しき出会いに喜んだ。
 客として隣に座った、一見かなり強面なおじさんの笑顔が(失礼ながら!)妙に可愛らしく、様々な話で主人:ゆうじさんらも含めて盛り上がる。
 その強面おじさんと名刺交換を果たした瞬間も、勉強不足なおいらはその時、そのお方がどなたなのか、翌日になるまで気づかないのであった…明日に続く…

投稿者 yonezawa : 18:19 | トラックバック(0)

2010年 09月 25日

結婚披露宴

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 ここのところいつもより数時間早めの起床のせいか、午前2時頃になると軽い睡魔が。
 今日も土曜日ながら午前起床。
 主治医のアドバイス通り、Rちゃんは今日も午前から病院へ。
 昼食には仕込んであったポテト・コロッケを揚げ、付け足しにサラダと燻製たくあん、梅干し。1人で食事の時は2Lのペットボトルをラッパ飲み。

 夕方、吉祥寺アトレのオープニング企画の一環である催し物イベントへ。

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 先ちゃんと西原理恵子さんのトークを最前列で観戦。会場は立ち見客が押し寄せ大盛況。
 「いせや」で打ち上げの乾杯におじゃまさせていただき、わずか40分ほど経った19時過ぎには麻布十番へ移動。
 
 YとNの結婚披露宴会場へ到着した。
 2人との出会いから7年ほどは経過しただろうか。以前定期的にやっていたおいらのバンドのライヴには毎回毎回足げに通ってくれた彼ら。
 最高学歴を経て会社起業を営むYも、高級アパレルに勤務するNも若いのに経済力があることが何よりも彼らの立派なところ。

 当日、乾杯の音頭をとメールで頼まれ快諾。何を語ろうかと移動の大江戸線の中であれこれ考え、僭越ながら「離婚しない心がけの一つ」をスピーチしようと決めた。

 会場では、ミュージシャン仲間だったMと確か3年振りに再会。
 会社役員となった彼との、かつて過ごした時間は濃かった。あの頃も実に充実したものだったなぁと懐かしい思い出話に花が咲く。
 Mとは、ロンドンに始まり、カナダのバンフ〜バンクーバー、フランスのカンヌ映画際等々、海外での思い出も山積み。
 新婦Nの一途な想いがようやく叶い、この日を迎えた2人を心より祝福した後、品川駅へ移動し、新幹線の時間までMと語り合った。
 山手線で新宿を経由し、帰途に。THE MODSのライヴ観戦に行くことが叶わず残念。

投稿者 yonezawa : 23:52 | トラックバック(0)

2010年 09月 15日

突然の大雨

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 ここのところ、とても精力的に自分のやりたいことをどんどん前進させ、様々な試みをしている表現者:Mと、久々の再会を果たす。
 延ばし延ばしでやっと予定のすり合わせが叶った。
 食事会には、新聞などで取材記事を書いたり、漫画原作もこなすライターSさんも急遽ゲスト参加。
 まだ作品になっていないプリントアウトした原稿と、数冊の著作本を頂いた。
 Mはほんの数日前にSさんからのインタビュー取材を受けたとかだが、すでに意気投合し、古い友人同士のよう。美味しい食材と酒が一気に3人の距離を縮める。
 入稿原稿の、編集部の確認待ちでいたが、深夜印刷所と話し合い、結局明日の午後一入稿を確認。
 2軒目のバーから外に出れば突然の大雨。明け方にかけて降り注ぐ久々の雨は滝状態の場所も。
 帰途途中に経由した松濤界隈も降り方ハンパじゃなかった。

投稿者 yonezawa : 18:31 | トラックバック(0)

2010年 09月 11日

武蔵野中央公園

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 明らかに寝不足を承知で10時には起床し、シャワーを浴びてTシャツと半ズボンはいて待機。
 買い物帰りのRちゃんを引き連れ、自転車2台のタイヤの空気を(汗だく)で補充し、自転車で5〜6分程度の武蔵野中央公園へ。

 バーベキューがこうした公園でやれることは具体的にはこれまで知らなかった。誘われなかったらなかなか来ることもないだろう。
 大道塾吉祥寺師範代:飯村選手のご家族にお誘いいただき、大人から子供まで総勢30〜40名で大バーベキュー呑み会。
 集った道場生、ジュニア部門に所属するお子さんを持つご両親、友人関係が集い賑わった。
 師匠である飯村選手の仲間に嫌な人間は皆無で、彼らの人間性の素晴らしさを感じ受ける嬉しい機会となった。
 ムエタイ、キック、空手のトップ選手もゴロゴロいる席ながら、そうした心技共に実力のある選手に限って優しい瞳をしており、物腰もとても優しい。
 優しさこそが強さであることを改めて認識させてくれる面々ばかり。

 たまにRちゃんのシャボン玉やら、公園器具での遊びに付き合い、汗も相当かいたせいか、缶ビール、缶酎ハイがゴンゴン吸収されてゆく。肉も焼いていただくばかりで恐縮ながら、ご厚意に甘えさせていただいた。
 「吉祥寺いせや」から購入したという焼き肉のネタが特にナイス物件で、その関係者がこのチームにいるということがラッキー。
 
 夕方16時30分までに火を消さねばならず、気がつけばもう3時間も呑んで語っていたのかと、時間の早さに驚く。基本的に一仕事終わると家に帰りたがるRちゃんに促されるまま、一旦おいらは彼女を自転車に乗せて帰宅。

 自宅で少し涼んでから二次会の居酒屋へ移動し、合流。
 結局13時30分から始まった「呑み」は、通算23時頃まで続いた計算となった。ナイスガイ具合にもほどがある若き格闘技トップ選手との集いは今日も幸運だ。試合、観に行こう。

 帰り際、無意識に札幌ラーメン屋へ飛び込み、つけ麺をすすったのがおいらだけなのは言わずもがなか。

投稿者 yonezawa : 19:03 | トラックバック(0)

2010年 09月 1日

美声とマインド

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 「もう9月か…」と4人の友人からメールで言われた。
 10/1発売のフォトブックは、いよいよ後2pを残すのみ。98p分の本文と表紙類は全部入れた。
 残された2pの行方は明後日確定の運びに。
 
 偶然、出版界の巨星:E先生&F先生両氏に、贅沢にもダブルでお誘いの連絡を頂いていた。その豪華面子に映画人ゲストで久々の再会となったWちゃん、遅れてタムタムらも合流。
 横一列でいつもの集い。
 夕飯を食べてなかったおいらは空腹に瓶ビール。カウンターには俳優Sさんの奥様も。
 連日怒濤の入稿作業の反動もあってか「二日酔いも、もはや関係ねぇ」とこのときめく面子で集った宴に身を委ねる。

 命の話、漫画の話、映画の話、飯の話、Hな話、音楽の話…。
 河岸を変えて飛び込んだのは、30年以上吉祥寺でスナックを営まれておられる老夫婦の店だった。
 20何年も、うろうろしている界隈でありながら、当然だが一度も入ったことのない店は数え切れない。
 思い切ってドアを開けてみれば、なんだかそこだけは時間が止まっているかのような錯覚を覚えた。
 カウンターに座って一杯飲んだらすぐにカラオケの分厚い本が配られた。20年以上昔によくあった光景の画稿に自分もいた。
 やがて本気の絶叫。E先生、T先生、今日も美声とマインドが素敵です。

投稿者 yonezawa : 04:03 | トラックバック(0)

2010年 08月 21日

HAPPY BIRTHDAY!!!!!

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 昼、作り置きしてくれてたコロッケを2コ揚げ、キャベツの千切り&トマト、梅干しを添え、納豆を海苔で巻いて自炊の昼食。美味。

 クーラーをつけずに部屋の掃除に終始。思いついた箇所から順次整理。収納部分に溜まった誇りの量に愕然。収納の中なのに…。手つかずのポイントまだまだ多し。

 浮世離れした沖縄のライヴからもう1ヶ月以上経過。
 彼の日の奮闘していた全メンバー&現地で色々とお世話になったYさんを囲み、沖縄な雰囲気の居酒屋で夕方より「東京打ち上げ」を開催。
 大人であるが故のゆとり、大人であるが故の幼さ、大人であるが故の経済力。
 偉業職の面々=“イイ大人”が集った今夜の宴も想像のまま爆笑の連続だ。

 今夜は、この夜で最も尊敬する我が母親の誕生日。
 プレゼントも何も贈らなかった親不孝なおいらは、宴の最中に「(沖縄に参加してくださった)お母さんは楽しかったのかなぁ? 私達のことに呆れてなかった?」…こんな質問も受けたこともあり、不意におふくろ携帯に直電。
 メンバー各位がおふくろとプチ・トーク。母、唐突に失礼いたしました。
 そして誕生日おめでとうございます!

 泡盛も3本目に突入しながら、どうも「この後スタジオに入る?」的、とんでもない意見が持ち上がった。かと思えば、「ならば!」と皆さん各々のスイッチを入れたのか、当たり前のように徒歩でスタジオへ移動。
 まったく面白い面々。
 スタジオに入れば「何をどう本気で演ってやろうか?」といった面持ちの各位。
 おいらもレンタルのテレキャスターをパキパキにしてブン鳴らしてみる。特殊で愉快な夜が更けた。うん、バンドはやっぱり楽しい。

 ところで明日、渋谷HMVが閉店だそうな。

投稿者 yonezawa : 21:34 | トラックバック(0)

2010年 08月 20日

フェンダー

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 世界的な大手ギターブランド・フェンダーのMちゃんが勇退されたとの知らせを受け、加えて近々東京を離れることを知り、労いの会を急遽設けた。

 Mちゃんとは、ジェフ・ベックだスティーヴィー・サラスだSUM41だ波瑠ちゃん(他)だと、これまで様々な仕事を共にしてきた。
 レコード会社からの要請で、ギター本体もスペシャル・ディールのもと提供くださったし、記事の構築、対応にはとにかく機敏で、彼との仕事はとてもスムーズだったことしか思い出さない。
 ギターの構造は勿論、弾き手の心も敏感に察知出来る機微を持つMちゃんがフェンダーから去ることは、業界にとっても大きな損失だと感じている。
 引き継ぎをされるNちゃんに今後は望みを託しつつ、新天地での彼の健闘を祈りたい。

 彼らを見送り、音楽人Tと待ち合わせた。
 彼はできたてホヤホヤのロリー・ギャラガーのBBCライヴ音源を持ってきてくれた。即、おいらの心は16歳に戻った。

投稿者 yonezawa : 21:34 | トラックバック(0)

2010年 08月 12日

銀座飯

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 Tの誘いで銀座飯。このタイミングに地元の呑み達Sもゲスト参加で合流。
 お盆休みの時期にたっぷおと仕事を終えての芋焼酎がしみる。
 バー:Vで久々にMと再会。

投稿者 yonezawa : 01:15 | トラックバック(0)

2010年 08月 7日

川でバーベキュー

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 ここのところの生活のリズムからなのか、おいらにすれば午前の早い時間に目覚める日が多い。
 夜中、布団の上を自由に回転するRちゃんが平行にピッタリと寄り添ってきた。
 彼女は改めて寝息をたて始める。こちらも寝付きそうになったと思えば、Rちゃんの裏拳、時間をおいて左足のかかと落とし…という具合に、おいらの顔やら腹部に対してソレらが飛んでくる。
 午前の早起きは、あながちそうした自然災害によるものなのかもしれない。
 
 10時30分に買い出しのため外へ。
 そのまま友人の格闘家I一家らが先乗りしている秩父の山奥へ移動。車でおよそ40分程度で到着の場所だった。
 そちらへおじゃまし、古民家でバーベキューをやるといった趣旨でこの地へやってきた。
 I家の可愛らしいチビちゃん2人はRちゃんとの再会を歓んでくれ、勿論2人のおねえちゃんに会うことを、とても楽しみにしていたRちゃんも大喜び。
 チビちゃん2人はもう1人のお友達と3人ですでに川遊び中。
 なんと水が綺麗なんだろう。そこそこ冷たいけど泳げる程度で丁度よい。

 昼食用に買い込んだ、人数分のおにぎりやらカツサンドやら飲料水、酒、ビールを大量に川っぺりに運び込み、日のある夕方までとにかくダベり遊んだ。

 Iのお弟子さんらプロ格闘家の面々も集合。彼らは正真正銘の有名トップ・ファイターばかり。
 川っぺりで子供達は川遊びに夢中になり、大人達はビールを飲みながら成り行きの会話で盛り上がる。
 
 日が暮れる前にバーベキューの準備をしましょうや。ということになり、数台の囲炉裏を庭へ並べ、飲みの続き。
 宴にはIの愛娘の彼氏も登場し、益々賑やかな場となった。
 酔いが回った頃、古民家の2階にあった民族楽器から、ありとあらゆるバンド演奏可能な機材を拝借し、セッションタイム。ここに来たのはこの楽器を見ることも楽しみの一つだった。

 おいらが時最も間を費やしたのがドラムス。
 近隣の迷惑も考え、菜箸で叩いた軽い感触はいまいちだったが、こんな面子でこんな環境で鳴らす…という機会はそうそうなかろう。
 そしてRちゃんのドラムス・デビュー。ドラム・セットに対して、なんて小さいんだRちゃん。闇雲に感激。

 やがて演奏中にも関わらずやたらと絡み出し、なんでもかんでも「おったんといっしょにいくー!」と聞かなくなったRちゃんの眠気の限界を確認し、明日早朝からの運転もあった故、一人抜けだし、別家屋の3Fをお借りして早めの就寝についた。

 こうした贅沢を得るためには、秩父辺りぐらいまではやってこなきゃいかんのだなぁと、ぬるい風の届く扇風機を見つめながら考えていた。

投稿者 yonezawa : 19:28 | トラックバック(0)

見続けてゆきたい

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 朝6時までには外出の準備を整えたかったのだが、起きた時間が6時。
 結局外出出来たのは7時30分を回った頃だ。

 先週に引き続き、最寄りの関越インターを目指し加速。
 いきなり帰省ラッシュ組の渋滞に道中の2/3程度は巻き込まれながら、2時間以上かかって目的の花園インター脱出。
 未だカーナビの生活未体験なおいらは、いつものようにプリントアウトしたYahoo!の地図を頼りに、記された国道を右へ左へと移動。
 難なく目的地のI宅へ到着。地図はとても正確だった。

 I家の家族全員とはなんと9年ぶりの再会となり、著しい成長を見せた高校生のお兄ちゃん、すでに仕事に就いていると伺って驚かされたお姉ちゃんの姿に驚き感激した。
 前回訪問の際には河原でバーベキューだった。写真があるからこそ余計鮮明に覚えている。懐かしい思い出だ。
 新築の大きな家屋に荷物を置かせていただき、一休みした後、1時間少々かけて大人とRちゃんで伊香保方面へ出かけた。
 まずは榛名湖へ。快晴の中、みんなでモーター・ボートへ乗車。
 わずかの時間だったが、体感速度のひんやり感は抜群。おいらはゆっくり景色を眺めることもなく、ひたすらハイビジョン・カメラのモニターと睨めっこ。満面の笑みを浮かべるRちゃんの記録に忙しい。
 ここのところ、どこの美しい景色に包まれていようとも周りを見渡すことはなく、優先順位はまずカメラのモニターであるおいら。
 
 モーター・ボート以外にも足こぎ用のスワンやら、様々な色味のアナログ・ボートが並べてある。視力抜群のRちゃんが、案の定「あっちのピンクにのりたい!」とモーター・ボートから降りたとたんに言い出した。
 「今乗ったばかりだから、もう終わり」と言うフレーズが頭を過ぎり、早足で売店方面に向かった。
「アイスでも食べる?」とRちゃんに伺いをたてたその時、Iと同行者Kの余計な一言が被って聞こえた
 「Rちゃん、あのボート、かわいいよねぇ! お父さんと乗りたいよねぇ〜。乗ったら多分気持ちいいよねぇ〜」的意味合いの爆弾発言をかます悪魔の同級生2人。
 Rちゃんの気持ちは完全にそっちの方へ向けられた。
「おまえ、父親として、Rちゃんの気持ちに答えてやらんのか」と促され、炎天下の中、足こぎボートへの試練に追いやられる羽目に。

 「のりたいよー! いこうよーおったん!」
 「はいわかりました。乗ろう…乗ろうか。どれがいい?」
 「ピンクー!」

 かくして30分の汗だくな時間をたっぷりと過ごす羽目に。
 
 陸に上がり記念写真を撮って、色んな動物のいる伊香保グリーン牧場へ移動。
 入園料が大人1名1800円とやや高めなところが気になったが、牛やら羊を間近に見られる場所なのでやむなし。
 園の奥で催ししていた見学無料のアトラクション:シープドッグショウを観戦。
 羊の毛を刈り、その流れを英語と日本語の解説で観客に説明していた。

 最後には「動物とのふれあい」の時間も設けられた。「羊さんに自由に触っていいですよ」とアナウンスされたとたん、Rちゃんは柵の中に駆け込み、羊さんを追いかけはじめた。
 奈良のシカ相手同様、そこには躊躇とか物怖じとか遠慮という言葉などない。
 目に入った羊さんに端から接触を試みるRちゃん。その笑顔の眩しかったこと。

 水道で靴底を洗い、「ここの物件なら特別に美味いはずだろう」と確信した末、みんなでソフトクリームを食した。さすが牧場、確かに濃厚で美味かった。
 
 ボチボチ丁度よい頃合いの午後の時間となり、夕飯の買い出しを経由してI宅へ帰宅。
 即、クリームパスタをメインにサラダ諸々を最速のスピードでこしらえ、食卓を賑わせた。
 芋焼酎を飲みながら、2つの家族にKが加わり、深夜2時までの晩酌タイム。爆笑の嵐。

 この貴重な晩酌だけは生ある限り続けてゆきたいものだ。

投稿者 yonezawa : 11:29 | トラックバック(0)

2010年 08月 4日

昇進祝い

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 しかし暑い日々が続くものだ。
 突き刺すような紫外線。不快指数100%。各方面に送るメールの枕がこんなフレーズになりがちだ。東京はなんて暑いのだ。

 編集Sの昇進祝いの席を、昇進後1月近く経過してようやく実現出来た。
 もう後輩筋の編集者が編集長になるという時間が経過しているのだなぁ…と感慨深い気持ちになる。Sの編集長昇進は個人的にも、とても嬉しい。
 巧く行く仕事とそうでない仕事、業務の歴史の中では様々な障害はあるものの、今日の呑みで、ともかく自分の持ち場の仕事を真摯にこなす。その単純かつ重要な意識をまた再確認させられた席ともなった。
 編集S&Aとの酒席、理屈抜きに最高。
 バーへと河岸を変えた今夜の宴もどえらく印象深き一時也。2人今日も感謝。

投稿者 yonezawa : 16:38 | トラックバック(0)

2010年 08月 3日

旅の記録

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 ようやく納品。沖縄での旅の記録を、またしても一冊の写真集としてまとめてみた。
 旅の何もかもが初体験となったRちゃん。彼女の愉快な表情が、なんとも言い難いユニークな形で記録された。
 少々高額だが、このスピードと仕上がりなら、大ふんぱつもやぶさかでないのであった。
 カメラを向けると、やたらと妙な顔をする性格は親の責任なのか。アホな表情も、意図して1ページ丸々割いてみたり。Rちゃん主演の写真集はこれで3冊になった。
 
 それにしても、入稿に向けて熱き濃き過酷な展開を予感させる1日なのだろう。フォトブックの入稿もぼちぼち迫りつつある。

 そして本誌回りの入稿が目白押し。何をどこまで突っ込んだ(入稿した)のか、校正、再校正、プルーフ、青焼きと出力される原稿をバッタバッタと斬り倒すものの、複数のタイトルを一度に進行させる故、一瞬頭の中が混乱状態に陥る。
 己の情けないケアレスミスに今日もうなだれながら、スーパーデザイナーに修正データの依頼。
 気がついたらデスクでまたオチてしまった。
 昔コタツのテーブルに突っ伏して死んでたM姉をふと思い出す。

 フォトブックの最終打ち合わせを経て、スタッフ一同、シャレにならん時期に段々さしかかっていることを真顔の下に感じながら、持ち場持ち場の企画内容を洗い、ディスカッションと構成を話し合った。
 まだまだ必要な素材は膨大であり、日程すら出ていない取材案件も未知のものだ。あと2ヶ月もすれば、今日の話を笑いながら振り返れるのか。
 出版の歴史は、リアルタイムでは笑ってられないことの歴史でもある。

 遅い時間からの待ちあわせで、格闘家:飯村選手&彼のお姉さんと一杯やりつつ週末の作戦会議。飯村選手と河岸を代え、闇に到着した5分後に偶然先ちゃんがやってきて驚いた。あたかも待ち合わせしてたように。
 映画『OUTRAGE』に出演したという某女優を先ちゃんに紹介され、横一列で朝まで痛飲。

投稿者 yonezawa : 02:33 | トラックバック(0)

2010年 07月 26日

デリケート

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 起きがけのポーク・カレーにキャベツの千切りをこさえ、さくさく食す。
 やはりカレーはポークの頻度多し。
 Rちゃんはまだお子様カレーも食べてくれない。一口お口に入れて「違う!」と感じたらもう食べない。とてもデリケート。

 製氷器部分に霜がこびり付いていた。比較的新品の冷蔵庫にも関わらず、夏場に毎回霜がつくことが気になっている。引き出した折凍り付いており、出し入れに難あり。

 家で冷房を付けないまま、パソコン業務を行っていると徐々に汗がしたたり落ちてきた。外出30分前にシャワー。
 さっぱり気分で外へ。
 蒸し風呂のような気候だったのに、小雨がパラついた。

 入稿後の遅い夜、約束していたジャーナリストTさんと編集者Tさんと久々3人会食。
 ジャーナリストTさんは大変お酒のお強い方で、前回呑みの印象では「こちらがもたないかも…」とその酒豪ぶりに驚いた記憶があったが、今日はほんのり酔いの雰囲気を身にまとった感じでよいテンション。
 室内に入ったら、とても新宿とは思えないバーを編集Tさんにご教示いただき、軽く1杯。
 ジェフ・ベックが大好きで、ヘミングウエイが好んでいたという「モヒート」が、心底好きで飲める体質には、まだなれそうにない。

投稿者 yonezawa : 19:57 | トラックバック(0)

2010年 07月 14日

ポルトガル料理

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 プロバレリーナH、編集者希望で初対面のHさん、現役編集:Uらの初面子でポルトガル料理。

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 時間も場所も集合時間の4時間前にようやく確定させ、二転三転した待ち合わせ場所が変更の末、渋谷松濤に落ち着いた。

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 気持ちのよい店員によるポルトガル料理とワインに関する豊富な知識が嫌みなく、賑やかで愉快な酒席を演出してくれた。
 仰々しくもなく、気取ってもいないこの店、何かの機会に再び訪れることにしよう。

 地元へ電車帰還し、Sちゃんと合流。店には大勢の作家・編集者が偶然集っており、遅れてやってきたQさんの誕生日を居酒屋カウンターでお祝いし、SとZの入籍お祝いも。
 なんともおめでたい日が重なった。

投稿者 yonezawa : 02:02 | トラックバック(0)

2010年 07月 5日

Oさん

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 ヤンジャン編集部に所属して早22年目となった今年。
 内勤の外部スタッフとして最初に携わった雑誌は、今は無き月刊ベアーズクラブ。
 最初の社員旅行で隣の隣に座っておられたのは、すぐ隣の編集部に在籍されておられた先輩編集者のOさんだった。
 そのOさんより、僭越ながらビールをお酌していただき、そこで交わした会話がOさんとの初めての出会いのようなものだった。

 やがてOさんも同じ月刊誌に所属することになり、沢山の仕事を共にさせていただいた。
 編集者としての機微を勉強する、極めて貴重な機会をたくさん得た。
 Oさんは知り合った当初から我が両親にも年賀状をお送りくださった。

 大学生の男性読者5名を引率し、訪れたロンドンのネヴァースは初めての海外取材だったが、そちらは信頼を寄せるOさんと一緒だった。
 野外フェスでピンク・フロイドとマッカートニー、そしてレッド・ツェッペリンを観戦しながら、Oさんと半日以上野外で過ごした彼の日は、忘れられないよき思い出となっている。

 やがて編集者から編集総務セクションへ移動され、常勤するビルも変わってしまってから食事をする機会はずいぶんと減ってしまったが、お会いすればブランクの時間など瞬時に吹き飛び、いつものおちゃめなOさんとの距離がとたんに埋まり尽くす。

 そんなOさんが今週9日(金)を持って勇退、定年退職されることになった。
 おいらにしても、なんと長い時間が経ってしまったのかと感慨深い気持ちになっていた。
 36年以上の長きに渡り、大出版社に勤務され、青年誌の黄金時代を歩んでこられたOさんの魅力は筆舌に尽くしがたいほど。
 何があっても温厚なOさんの人間性は驚嘆ものだ。自分など生涯到達出来なかろう、人としての大いなる器を感じさせるてくれる最たる先輩の一人がOさんだった。

 送別会が行われた高級中華屋での、古くからの仲間によるスピーチは爆笑の嵐。
 今後も再雇用として週の半分程度は関連会社に出社されると聞き、これまで以上にOさんと密になりたいなと心で思った。
 今夜の賑やかな宴は、そんなOさんの素晴らしい人間性も指し示していた。
 Oさん、節目となった今日まで本当にお疲れさまでした。そして末永くお付き合いの程、引き続き宜しくお願いいたします。ありがとうございました。

投稿者 yonezawa : 18:04 | トラックバック(0)

2010年 06月 17日

散会式

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 昼下がり、デザイナー事務所:ロジアへ打ち合わせに。
 帰社して雑務を終え、20時30分より始まるF班散会式の地:西麻布の韓国料理屋へ赴く。
 よく知る面子とよく通じる笑いネタで爆笑の夜が予想通り続くのだが、最後の最後に編集見習いのTが同棲中の彼女にプロポーズするといった事態に話が展開。
 
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2010年 06月 16日

『OUTRAGE』劇場

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(C)2010「アウトレイジ」製作委員会

 6月12日に全国ロードショーとなった北野武監督最新映画『OUTRAGE』。
 「公開したら是非この面子で観に行こう」という作家:夢枕獏さんの音頭で本日、先日の飲み面子らが集合。
 チケットは事前にネット予約していたが、夕方16時過ぎの回に劇場を訪れると、場内で「OUTRAGEの座席は残り少なくなっています。お早めにお求めくださいませ」のアナウンスが。
 レディース・デイだったりもするのだろうが、劇場の方に伺ったところ、「入ってますよ!」と大入りとのこと。にわかにほくそ笑んだ。

 開映ギリのタイミングで獏さんが到着し、事前に買っておいたミネラルウォーターとチケットをお渡しし、座席にかけて1分後に本編スタート。
 試写会以来2度目の鑑賞ながら、緊張感みなぎる「怖いモノ見たさ」の心境は初回時の時と何も変わらない。
 とにかく「殺る」以外の贅肉をそぎ落とした圧倒的な演出が、俳優の程よきテンションと混じり合い、とてつもない化学反応を見せるスクリーンの映像だった。
 
 終演後、エレベーターに乗り込んだ満杯の観客の一人一人が全員ヤクザに見えてしまったのは、きっとおいらだけではなかろう。
 いい大人が一つのトラウマを抱える程、恐るべき映像であったことを物語る。

 予約しておいたイタリアンでまずは白ワイン。
 獏さんからもストレートな映画の評価を得、嬉しい。

 今週月曜日にすでに鑑賞済みだった格闘家:飯村健一も遅れてこの会に加わり、やがてスペシャル・ゲストも数名合流することとなり、大盛り上がりの宴は深夜まで続いた。

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2010年 06月 7日

東京島

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 やっと試写鑑賞。篠崎誠最新作『東京島』。
 原作を読んでいないので、本編と原作との違いを知るところではないが、全編を通じて、沖永良部を含む離島ロケの映像に誠ちゃんのパワーを感じさせた。
 こうした立場にいると、全体の撮影日数なりバジェットなりを、まずはいやらしくも考えがちなのだが、「篠崎誠の作品」という括りで、いかなる理由があろうとも味方な気持ちで鑑賞している自分を自覚した。
 誠ちゃんとは近々に飲みたし。

 今週末の新規開店を睨む『ひろ喜』オープン直前の店舗内をラッキーにも拝見出来た。
 新しい壁の質感を見つめ、店内に漂う真新しき香りを感じながら将来の展望を願った。
 ひろ喜を囲み、ライターK、編集Uもかけつたプチ親睦会を開催。

 〆「わ蔵」のラーメン写メールを撮り損ねたのは、決して酔ったからではなかった。

投稿者 yonezawa : 19:38 | トラックバック(0)

2010年 06月 1日

判別

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 今日から御弁当のRちゃん。
 話を聞けば自力でちゃんと食べられたとのこと。
 1日1日、やることも見るモノもどんどん増えてゆくRちゃん。

 昼間、いつものリクエストでおったんのオリジナル曲をかけさせられた。
 音源はiTunes内のものをかけたのだが、ふとMDの棚を見てみたら同じ曲のラフMIXテイクが出てきたので取り出し、かけてみる。
 するとヴォーカルのエフェクトもギターのトータル・エフェクトもやや生々しいMIXで、聴いた感じはまさにMIX作業完成間近のような音源であった。懐かしい感じも。

 曲を聴く際、やたらと音量を上げさせ聴きたがるRちゃんなのだが、そのラフMIXテイクを聴いたとたん「こえ、おかしいよ〜(笑)。こえ、おかしいよ〜(笑)。」と、MIX途中のヴォーカル・テイクを指して、これまで聴いてきた音源との違和感を主張するのである。

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 普通に聴いて「おかしい」と言う表現は、一般の大人でもそう思わなかろうと言う程度の音源なのだが、「このエフェクトの違いが判るモノなのか?」とちょっと驚かされた。
 確かに歌が生々しくはあるが、3歳児風情が一々その変化に気づくものなのか。「また君に恋してる」の、坂本冬美とビリーバンバンとのテイク違いは判るとしても。

 ともあれ、面白い現象を知った。

 遅い時間からFさん&初対面の某映画監督の彼女、TKさんらとホルモン屋で合流しながら、Fさんとのサシ飲みは、なんと焼き肉屋だという展開に。
 Fさん、タフネス。

投稿者 yonezawa : 19:43 | トラックバック(0)

2010年 05月 31日

明日からお弁当

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 明日から幼稚園でお弁当を自力で食べねばならないRちゃん。
 お家でタッパに入れたおにぎり等を食べてもらおうと、練習するのだがあまのじゃくに「たべさせてー」となかなか率先してチャレンジしてくれない。
 ほうれん草は平らげ、トマトは「たべさせてー!」、ハンバーグも半分以降は「たべさせてー!」と甘えるRちゃん。
 「幼稚園にはおったんもママもいないから、自分でちゃんと食べなきゃいけないんだよ!」と念を押すが、果たしてどうなることやら。
 
 コミュニティバスに乗り、隣のおばあちゃんを見つめるRちゃん。
 「可愛いねぇ。いくつ?」の問いに3本の指を出して「3さい!」。よくできました。

 食事前、あまりに暴徒化したRちゃんを落ち着かせるために食べさせてしまった苺チョコレートの不覚を早いとこ取り戻さねば。


 元ゲントウキ:ベーシスト:イトケンとの遭遇は吉祥寺:闇太郎だった。
 夜、仕事を終え外へ。「日を改めて一杯」という約束から、ようやく再会が叶い、夜新宿乾杯。

 聞けば彼はおいらよりも丸一回り若く、そして驚いたことに誕生日が同じだった。ビックリ。
 東京に来て同じ誕生日の男に出会ったのはこれで3人目になった。
 (よい意味で)古い、いなたい、良質の音楽に造詣が深い彼との会話は、まったく世代の差を感じさせない。“よき音”の在り方もよく理解している。
 双方の音源を交換し、イトケンが演奏するお皿をロックバーで拝聴。
 いなたいベースを志す彼の気持ちが負荷もなくこちらに伝わり、好感を抱いた。

 最近の日本のロックを全然聴かないおいらは、彼の口から聞く若いバンド名も若いミュージシャンも極端に知らないことばかり。
 速射砲のように語り尽くして一息ついたらあっとう間に数時間が経過していた。実に早い時間の体感速度だ。
 「じゃあそろそろ炒飯かな」と導いてしまい、新利しりで〆。

投稿者 yonezawa : 19:43 | トラックバック(0)

2010年 05月 24日

失速LIVE2010

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 Aimie、bambiご一行様、デビルガールズご一行様、トッポ、マミコロ、エミちゃん、S織、E戸夫妻、対バンのみなさま、サウンドチェックでトラで叩いてくださった某氏、実行委員会の皆様、カメラ殿村&広称、他、失速LIVE2010に参加してくださったすべてのスタッフ、ご来場の皆様の方に感謝!

 第16回を迎えた失速LIVE2010はあいにくの雨模様。
 巻き気味で始まったサウンドチェックにはギリギリで到着し、着いた端から音出し。走ってきたので熱い熱い。
 
 出番までK野、Tらと焼鳥屋へ。
 本番1時間前に今年も恒例の会場となった「目黒ブルースアレイ」へ戻り、満員御礼の集客を確認。少し赤ら顔だったおいらは誰かに指摘される。

 20時30分、本番。
 知らぬ間にドラムスの兼松くんが突然ドラムセット前に居ることに気づく。
 フィードバックから『移民の歌』でライヴ・スタート。
 スタート瞬間の、なんとも表現しがたいライヴ独特のテンションが毎度たまらない。ライヴの最も好きな感覚は、この瞬間にもある。
 回客席には大勢の知り合いの面々。おいらにとっては最も贅沢なライヴと言えた。ここにおふくろがいれば完璧。

 時間いっぱい正味20分のステージを瞬時に駆け抜けた。
 打ち上げの最終的な〆には、久方ぶりの『阿夫利』。

 唯一の心残り、それはこのイベントに絶対来たかったRちゃんが、残念ながら来られなかったこと。風邪と(ぶつけた)お口の怪我で断念したのであった。

●失速LIVE2010
Beat generation

●吉田宏(ヴォーカル)
●甲野勝之(ギター)
●池田哲也(ベース)
●兼松幸市(ドラムス)
●田中英俊(キーボード)
●米澤和幸(ギター)

1)Immigrant Song
2)Communication Breakdown
3)Custard Pie
4)All My Love
5)Misty Mountain Hop〜Beat it〜Misty Mountain Hop

投稿者 yonezawa : 00:33 | トラックバック(0)

2010年 05月 22日

リハーサル

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 失速リハを行う隣のスタジオではbambiのリハも行っていた。
 明後日の失速ライヴ本番を睨む最終リハーサルは、最後の調整として4時間たっぷり充てることに。
 途中、想像通りの嬉しき乱入を果たしたbambiバンマスの持参してきたフレットレス・ギターが斬新。
 初めて弾いてみたが、なんとも言えない感触の弾き心地で、第一印象は弾いて気持ち悪い感じ。
 しかしスライドさせた際のトーンは、他の代替え品の利かない物件であることを認識。

 ともあれ、ビート・ジェネーション(BG)の最終リハを終えた。
 終わってbambiとBGとの合同飯会と思いきや、なんと偶然bambiバンマスが、スタジオの待合い室で中学時代の同級生と遭遇するという信じられないハプニング(40年以上ぶりの再会だとか)に見舞われ、結果3つのバンドが集いながら飯会の席に。
 当然のように誘い合うこととなり、想像通りの混沌とするザッツ・バンドマン打ち上げの様相となった。
 この席を経て、また化学反応が巻き起こる予感が…

 24日(月)20時過ぎ、目黒ブルースアレイで本番を迎える。

投稿者 yonezawa : 00:33 | トラックバック(0)

2010年 05月 4日

ブランコ体力

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 8時間はみっちり睡眠。
 正午にZより電話連絡あり、茨城方面からの到着が高速の空き具合によって早まったとのこと。
 昨日から地方を探訪し、地元の市場で買ってきてくれた新鮮な干物、巨大海老を土産に持ってきてくれたのだった。気遣いに今日も大感謝。
 その土産は、Zにもまだ紹介していなかった格闘家:飯村家の分もとわざわざ持ってきてくれており、生ものだったので早めに届けようと大道塾吉祥寺道場を訪れた。
 世間話の延長で、Zには「今日、飯村家と飯」と伝えていたから、そんな気遣いをしてくれたそうだ。
 ともあれ車中にいたまま、道場の玄関先で品を飯村へと中継し即帰宅。そのわずか30分の間に、チャイルドシートに座ってくれてたRちゃんはスヤスヤ寝息を立て始めた。
 
 一旦帰宅し、夕方4時過ぎにRちゃんと2人外へ。井の頭公園へ向かう。
 大道芸人の技を見たりしながら、彼女の目的であるブランコを目指す。そこからRちゃんは正味20分以上も飽きずにブランコ。押すだけでそれなりに疲れてしまう情けないおいら。
 それにしても恐るべし、子供のブランコ体力。

 公園を後に、午後6時から予定していた格闘家:飯村家との飯会場:居酒屋『汁べゑ』へ向かったところ、どうもこちらは2店舗あるそうで、おいらは違う方の「はなれ」の店舗を予約してしまった模様。
 初めて訪れた居酒屋の座敷でRちゃんは2人のMちゃんと再会を果たし、いきなりテーブルでお絵かきが始まった。2人のお姉ちゃんに囲まれたRちゃんは何の話をしているのか。
 その微笑ましい光景は遠目から数枚の写真に収めた。

 今日の一時も、将来きっと懐かしく愉快な思い出になる確信を抱きながら、吉祥寺の夜が更けた。

投稿者 yonezawa : 00:22 | トラックバック(0)

2010年 04月 28日

ロケンローラー

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 前々から楽しみにしていた飯会。
 ロケンローラー:K渕兄、ジェフ・ベックの通訳でもご一緒させていただいたMMちゃんとの3人会。
 たった1軒限定の飯会なので、ご飯の美味しい銀座:Gを予約し、おいらは赤ワインを注文。料理は店長:Nさんに、こちらのコンディションをお伝えし毎回委ねる。ここではそれが一番正解。

 今日の3人の共通点は圧倒的で強力だ。そこだけは音楽通の者にはどうしても自慢するしかないのだった。
 2007年のロンドンはO2アリーナで、アーメット・アーティガン追悼コンサートの会場に居あわせたのがこの3人であり、数少ないレッド・ツェッペリン再結成ライヴの超貴重な証人となったのが我々でもあった。

※現地でおいらが数えた日本人は(他にも居たのだろうが)20名程度だったと記憶する。
※ペアチケットを1900万円でオークション購入したイギリス人がいた。
※エリカ様&高城両氏も、おいらの席から左に10個ほど離れた並びの席から観戦されておられた。
※帰国後、コンサートの半券がインターネットのオークションで3万円に跳ね上がっていた。

 語り合う話が全部ロック。
 「こんな(おいらみたいな)ヤツって学年に2,3人ぐらいしかいなかったよ」と言えばMちゃんが「私も(こんなロックだけの体質のコは)学校で自分1人だけだったかも」っと共通項を語り出す。
 年齢差をまったく感じさせないK渕兄はジェフ・ベックよりも2,3個年上で、ボブ・ディランよりも1歳年下。スラッシュと同じ歳のおいらも、つまり年齢などまったく関係ない。
 20数年後に自分の未来があるならば、まずはK渕さんが目標だと今日も心で思う。K渕さんもMMちゃんもロックでチャーミング。

 時間の許す限り語り合いながら、終電までMちゃんとバーで乾杯し、おいらは一旦帰社。
 雑務を終え、吉祥寺で待ち合わせたSちゃんを訪ねたら、いつもの吉祥寺面子と遭遇。居酒屋:闇太郎にて、横一で毎度の飲みに突入。

 今日知り合った、先ちゃんの飲みだちミュージシャンとも親睦を深めることとなり、今年3月に武道館コンサートも成功させた、ポリシックス:フミちゃんとも乾杯出来た今夜は貴重な夜更けとなった。

 やがて時計は午前7時を指してた。めーいっぱいロケンロールな1日。
 みなさん体力さすが。先ちゃんも毎度毎度、さすがです。

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2010年 04月 23日

地元ティ

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 都内での失速リハを終え、大人しく電車帰宅。の途中、札幌から打ち合わせで上京中の漫画家:Mさん他と吉祥寺にて合流。
 Mさんは、吉祥寺の主:漫画家:Sちゃんとの初邂逅が目的で、わざわざこの日だけこの飲み屋の界隈にホテルを取った。
 
 すでにMさんらはSちゃんら行きつけの居酒屋:闇太郎で飲んでおられた。Mさん、Sちゃんにお会い出来て嬉しそう。おいらが到着したのはすでに23時頃だったので、Mさんとはわずか1時間程度しか語り合える時間がなかったのだが、今宵も贅沢な面子との遭遇で場はいつものように賑やかな宴となった。
 おいらは闇太郎後の、ど深夜のカラオケは遠慮させていただき1人帰途に。明日の九州行きに備えて…

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