2011年 01月 31日
WBA世界スーパーフェザー級タイトルマッチ
ふいに入手したチケットを握りしめ、有明コロシアムへ飛んだ。
プロボクシング・タイトルマッチのセミファイナル:WBA世界スーパーバンタム級タイトルマッチ(4R途中より観戦)では、3―0の判定で下田昭文が在日韓国人でチャンピオンの李冽理を下した。
また一人日本人世界王者が誕生した瞬間だった。
そしてメインが始まる。WBA世界スーパーフェザー級タイトルマッチ。
青コーナーから挑戦者の三浦隆司が入場する際の音楽はAC/CDの「バック・イン・ブラック」。あの曲は格闘技に充てると余計にクール。
そして赤コーナーからチャンピオンの内山高志が風格の入場。
試合が進むにつれ、三浦選手がかなりジャブを喰らいだし、顔の腫れが目立ってきながらも3回には三浦の左ストレートでダウンを奪った。
しかしながら、怯むことなく小さなジャブを繰り出し続けた内山選手のテクニックは一枚も二枚も上手で試合は内山の有利に展開。さすがだった。
ワタナベジムさんにも横浜光ジムさんにも以前取材で何度もお世話になったし、どちらをどう応援するという心境ではなかったが、三浦選手のトレーナーで、知り合ってからもう20年の月日が経過していたSさんが早々と「トレーナー生活20年で初めての世界戦を手がけます。是非テレビで応援してください」というメールをお送りくださったときには、嬉しさと労いの気持ちに包まれた。
左ジャブだけでKOしたといってもよい、内山の次回防衛戦も楽しみだ。ガッツを見せた三浦選手もお疲れさまでした。
投稿者 yonezawa : 00:34 | トラックバック(0)
2010年 11月 26日
boxing
プロボクシング・ダブル世界戦観戦。
2人とも下がらなかった。正面から打ち合うことのすごさと素晴らしさ。鍛錬の感動。
WBC世界フェザー級を制した長谷川穂積選手、WBC世界Sフェザー級を制した粟生隆寛選手に感慨の涙。
投稿者 yonezawa : 03:26 | トラックバック(0)
2010年 10月 26日
完成披露試写会
長谷川穂積選手のお母様逝去のニュースがショックだった。
初めて長谷川選手のインタビューを行った際、Nが出雲大社から緊急に取り寄せてくれた御守り2つを、彼宛と彼のお母様宛に贈呈させていただいたのだったが、壮気健全守ならず無念。満願成就の長谷川選手はきっと11/26に再び世界チャンピオンに返り咲いてくれるハズ。
ご冥福をお祈りいたします。
夕方、安田生命ホールへ。映画『マリア様がみてる』完成披露試写会の立ち会い。
会場は長蛇の列を成す大盛況の様相。
舞台挨拶を観て引けるつもりだったが、切迫した入稿もなかったのでスクリーンで2度目の鑑賞を果たした。同じ映画をスクリーンで2回観ることは稀だ。
1度目の鑑賞時よりもサントラの機微に意識が働き、色々な思いを馳せた。エンディングの止め部分はやはり大好き。ラッシュ時にはなかったナレーションの効果は正解だった。
公式本を担ったフォトグラファーTへの労いの乾杯。
大して遅い時間まで飲んだわけではなかったが、「始発を待ちます」というTを高円寺で落とし帰途に。
翌朝届いたメールには「正午前に家に着きました」的意味合いの報告が。つまり始発近い電車に乗ったはずなのに、そうした結果になってしまったという悲しい報告であった。
投稿者 yonezawa : 16:11 | トラックバック(0)
2010年 10月 11日
ランニングの特集号
午前中からRちゃんに腕を引かれ、1Fの広場、そして体育館のキッズスペースを経由し、近所の公園でブランコ。トータル5,6時間の遊びにつきあったら外がほんのり薄暗くなった。
それにしても子供はよくもあんな長時間、平気でブランコに乗っていられるものだと感心させられる。大人なら大概気分が悪くなる長さだ。
まぁー1日遊び尽くしたRちゃん。
帰宅してお風呂に入ったら「いっぱいあそんだね!」とご満悦。その笑顔で疲れの何もかもが吹き飛ぶのが、RちゃんがRちゃんたる所以か。
夜のニュース番組も見ることはなく、Rちゃん就寝までは延々ディズニーチャンネルなので諦めた。他のテレビで他チャンネルを見ようとしても「こっちでいっしょにディズニーみるよ!」と、大変な握力で手を掴んで引っ張られてしまう。一緒に見なきゃダメなのだ。
「おったんはココね!」座る位置も細かく指定。
Rちゃん専用の寝ん寝毛布を咥え、少しゴロゴロし始める頃が眠気にやや襲われかけた兆候。何の躊躇もなくおいらの太股辺りに頭を乗せ、そのままテレビを見ているのかと思ったら寝息が聞こえだした。
夕方、遊び終え、マンション廊下に差し掛かったところで彼女はこう言った。
「Rちゃん、おおきくなったらMちゃんとMちゃんとバンドやるからね!」
なんたる発言…
今秋、「ナンバー」では初めての試みとしてランニングの特集号(10月21日発売予定)が刊行される。
関係者によれば、㈱文藝春秋「スポーツ・グラフィック・ナンバー」では野球、サッカーを中心とした「観る」スポーツを文字と写真で切り取ってきたが、今回はそのコンセプトを変え、自ら身体を動かしている、またはこれから動かそうとしている人たちに向けて、様々な“走り方”を提示するとともに、“走ること”がアスリートの競技や生活、ひいては人生にどのような影響を与えるかを考え、伝えていく雑誌を作ろうとしている。とのこと。
少なくとも今回のこの増刊はそうしたテーマに絞り込み構成される模様。
先日、新神戸まで赴き、日本が世界に誇る名ボクサー:長谷川穂積選手への正式取材として、2度目の邂逅を果たしたところだった。
その記事のゲラ(pdf)が送られてきたので夜中に最終校正。
本が出来上がったら、現地に赴いた若き担当編集者K&㈱文藝春秋エース・カメラマンSさんとの親睦会を予定している。今からとても楽しみ。
投稿者 yonezawa : 18:23 | トラックバック(0)
2010年 06月 29日
パラグアイ戦
投稿者 yonezawa : 21:41 | トラックバック(0)
2010年 06月 4日
KO Dinamita
前号のスポーツ雑誌「Number」に掲載された、ベネズエラ出身のボクサー:エドウィン・バレロの追悼記事が悲しかった。
生前、あり得ない記録を打ち立てたバレロは、プロとしての全戦においてKO勝利した唯一の選手。そんな選手には生涯出会えなかろう。
世界タイトルを2階級(WBA世界スーパーフェザー級、WBC世界ライト級)制覇しながら、今年4月19日に自ら命を絶ち、帰らぬ人となった。
改めて戦績を確認すれば、プロデビューからの18戦はすべて1RでのKO勝ちというとんでもない記録を残した驚異の選手だった。
おいらが敬愛し、ファーストアルバム作った時に、最大限の力を貸してくれた同士でもある世界的ギタリスト:スティーヴィー・サラスにバレロは顔が似てたので、特に親近感を抱いていた。
ボクサーの旬は一時だ。
今輝く選手をこの目に焼き付けるべく、未来の名試合を追い求めてゆこう。
そして同誌の今号にも冒頭に掲載されている、プロレスラー:ラッシャー木村の追悼記事も深々と残念。合掌。
投稿者 yonezawa : 02:52 | トラックバック(0)
2010年 04月 30日
ボクシングWBC、WBOダブルタイトル・マッチ世界戦
先日、九州から帰省した日、買わなきゃと思っていた書籍をコンビニで発見。
タイトル『意志道拓』。ボクサー:長谷川穂積の自伝を綴った本を迷わず購入した。
本日、ボクシングWBC、WBOダブルタイトルマッチ世界戦を見届けるべく夕方、日本武道館へ。
スペシャルリングサイドの席を贈呈してれた漫画家の高橋ツトム氏、そしてその席を手配してくださった長谷川選手両氏に大きく感謝。
セミでは粟生が痛快にTKO勝ちし、続くスーパーバンタム級チャンピオンの西岡利晃は、同級10位の挑戦者:バルウェグ・バンゴヤンを相手に盤石の試合運びで捉え、こちらもTKO(5R)で下し4度目の防衛に成功。
最高のお膳立てが出来た午後7時、メイン:長谷川の試合時間が近づいた。
WBOという団体は日本非公認ながら、勝てば世界(アメリカ)への大きなアピールとなる。長谷川は、めっぽう強いと評判だった同級王者:フェルナンド・モンティエルをあえて防衛戦の相手に選んでいた。
安定政権とも言える両世界チャンピオンの技術を思えば、どちらが勝つのかは中身を見るまで判らない。長谷川を信じる気持ちと不安が交錯する。まったく試合予想の出来ないままゴングが鳴った。
しかし、試合はまさかの結末を迎えた。
長谷川選手の4RTKO負け。結果、11度目の防衛に失敗。
3Rまでは長谷川が相手を見切っていたと感じさせたし「何ラウンドで決めるのか?」という期待も高まったぐらいだった。
モンティエルは時折トリッキーな動きで、相手のタイミングを外すリズムで攻めてくるが、突破口を見いだせない。しかし、4Rになってその読みにくい動きはより顕著になり、「これまでよりも予測しにくいパンチの繰り出し方もあるな…」と感じていた矢先のことだった。
残り時間10秒の拍子木が鳴った直後、決定的な1発、そして2発目以降の連打を打ち込まれた。
試合後、何人かの人たちからメールが到着。別件と併せて届いた江口兄からのメールに長谷川の試合に関して一言書かれてあった。
「負けたね。残念。でも剣豪同士の斬り合いみたいないい試合だった。」
まさに試合中、自分が感じていたことを端的に言い表した表現であり、その言い回しに胸のつかえがとれた気持ちになる。(未完の少年漫画『エイジ』(最終担当:米澤)が傑作であるはずだ)
岩谷テンホー兄からのメールにしても「相手も素晴らしいチャンピオンだったんだね。長谷川にパンチ当てるんだからなー。しかしラスト10秒の油断かな。」と、漫画家諸氏の視点の的確さに大きく納得。漫画家には強烈なボクシング狂多し。
帰社し、試合のVTR映像と控え室での長谷川選手のインタビューを見た。
「コンディションはパーフェクト。言い訳は出来ない」といった意味合いの言葉を語っていた長谷川選手。
正直、言葉も出ない結果であり、個人的にもかなりズシンときた試合ではあったが、再起戦の未来に向けて、一ファンとして応援し続けたい。
今日は負けてしまったが、長谷川穂積、世界に誇れる素晴らしいボクサーだ。
投稿者 yonezawa : 20:21 | トラックバック(0)
2010年 02月 17日
つけ麺
雪が降る雪が降ると聞いた割には、日の終わりにはあまり実感なし。
最寄り駅のスーパーで、インスタントの七厘舎・つけ麺(生麺)を見つけた。過去、3度ほど七厘舎の店舗前には行ったことがあるものの、長蛇の列でいつも断念していた。
併せてRちゃんへの野菜ジュースとオレンジ100%ジュース、ヨーグルトに、ママへのシュークリームを購入。
レジに品を持っていこうとした瞬間、新宿からの遅飯チームよりお誘いの連絡をいただくが断念。残念。
バンクーバー・オリンピックの注目選手の一人:小塚崇彦選手がジミ・ヘンドリックス『Bold As Love』で競技を行っており、思わず振り向かされる。
ジェレミー・アボット選手はジェフ・ベックの『A Day in the Life』で滑っていた。
投稿者 yonezawa : 19:21 | トラックバック(0)
2009年 12月 18日
長谷川穂積V10
漫画家:高橋ツトム氏と待ち合わせ、15時過ぎの新幹線のぞみで新神戸へ。
現地着後、ホテルへチェックイン。
セミ・ファイナルの行われている頃、会場となる神戸ワールド記念ホールへ到着。
本日行われる、WBC世界バンタム級タイトルマッチの防衛を果たせば、長谷川選手は日本人では具志堅用高(V13)以来の、10度目の防衛記録を打ち立てることになる。
チケットは高橋氏と長谷川選手のフレンドシップによってか、3列目の席を拝受。チャンピオンには大感謝だ。座った席の隣にはしょこたんが。
4RTKO。終わってみれば試合は盤石の出来だった。
後からテレビで確認はしたのだが、現場ではコーナーポストの死角になる場所故、フィニッシュ・ブローのストレートは瞬間見逃したような感じだった。それしてもやはり長谷川選手はすごい。
もうこの階級に敵はいないのだと再確認する試合となった。
この階級より2階級上げて、長谷川選手はラスベガスへと旅だってゆくのか。日本が世界に誇る最重要ボクサーの行く末を追いかけてゆきたい。
試合後、チャンピオンの奥様お墨付きの、ジム1Fにあるステーキ屋で食事をするべく訪れたところ、キャスターの徳光さんが後取材でそのステーキ屋さんを訪問しておられた。
奇遇にも隣り合わせとなり、ご挨拶。
しばらくしたら、チャンピオンより高橋氏の携帯に連絡が入り、「顔を出します」とのこと。
そんな情報を知らないままの徳光さんサイド。
しばらくしてチャンピオン本人が登場し、一同驚いた。
ちゃっかりの記念撮影をお願いし、チャンピオンを労い握手を交わした。まさに心技体最高潮と言える、上げ底ナシの現役絶対チャンピオン。
おいらにすれば奇跡的とも言える格別の夜となった。
投稿者 yonezawa : 17:58 | トラックバック(0)
2009年 10月 29日
WBC世界バンタム級・絶対チャンピオン
特別に楽しみにしていた1日。
かつてヤンジャン本誌にも世界戦特集で2度ほどご登場戴き、渾身の応援記事を構築した経緯があった。
次回の防衛戦をクリアすれば、あの具志堅用高以来の2桁防衛記録を樹立するボクサー。
ファンに間では「バンタム級絶対王者」、つまり世界中のあらゆるボクシング団体の中で最強のバンタム級王者だと認識されている。
WBC世界バンタム級チャンピオン:長谷川穂積選手への取材日がついにやってきた。
http://ameblo.jp/hozumi1216/
http://www.shinsei-gym.com/index.html
東京駅でカメラI、そして本日の対談相手として企画する漫画家:高橋ツトムと東京駅で待ち合わせ、のぞみへ。ちなみに11月19日は発売のヤンジャン・コミックス『SIDOOH-士道-』19巻帯コメントは長谷川選手より賜った。
新幹線の中での昼食は高橋先生推薦の崎陽軒のシューマイ弁当。これが旅の始まりには絶妙に合う。
15時過ぎに新神戸へ到着。
駅からタクシーで15分程度のとても環境の良さげなニュータウンに長谷川選手の所属ジムはあった。
予定時間よりも数分早めにジムへ到着されたチャンピオン。
現役選手で今最も敬愛している長谷川選手にお会い出来る機会を得られたおいらは、何はともあれ幸せだ。
ジム脇のテーブルで早速インタビュー対談開始。
一言一言を大事に真摯に回答くださるチャンピオン。発せられる言葉が試合内容の重さを感じさせ、同時に実に温かい人柄を感じ受けた。
時間が足らないと思わせるほど興味深いインタビュー時間が愛おしい。
キメカットまで丸々1時間の取材時間をまんべんなく使い切り、取材の際、滅多に撮らないおいらもここは是非とチャンピオンにお願いし、記念撮影。
チャンピオンはWBCのチャンピオン・ベルトをおいらの肩に乗せてくだった。「今度の防衛戦は、先生と是非応援にいらっしゃってください。チケットは用意させていただきますから!」なんたる王者、なんたる配慮。おいらよりも遙かに若き王者には終始感激だった。
懇切丁寧なチャンピオン及び、ジム関係者にご挨拶を終え引き上げた。感謝。
そのまま近場をロケハンし、高橋ツトム・スナップ写真特写の提案。
執筆で疲弊している仕事疲れの先生に無理を言い、夕暮れ前の色味を背景に数枚のショットを抑える。
三ノ宮へ移動。勘で決め当てた綺麗な居酒屋で乾杯。
21時台もゆっくり帰りの新幹線はあろうよとタカをくくり、長谷川選手の素晴らしさを肴に調子よく芋焼酎を嗜んでいたところ、時刻表を検索してみれば最終の新幹線はすでに出てしまった直後の模様。!?
「よし、じゃあ宿を取ろう」
のっぴきならない原稿〆切を抱えるはずの高橋ツトムの判断は、終電を逃した後悔など微塵もないまま真っ先に次への行動を提案する。
こんな場面でも彼の判断はいつも明確で早い。
携帯でのネット検索で、徒歩3分のなかなかよき物件を確保。先生は午前中より執筆のため大事を取りお休み。
1周り弱若きカメラIを引き連れ、居酒屋〜バー〜〆のラーメン屋を梯子し帰還。
明けて朝6時10分発の始発狙い。4時起床の計算ならば、寝る時間はあと1時間。
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2009年 04月 18日
Pete Rose
ついにイチローは、4月15日のエンゼルス戦で張本勲と並ぶ生涯通算安打の日本記録となる3085安打目を満塁本塁打で達成。
昨日、号外を街頭の駅前で受け取った新聞では3086安打目をライト前に放ち、記録を更新した記事を確認した。
試合こそ熱心にライヴで見る機会を得ないが、しみじみととんでもない選手と同じ時代を生きえたものだ。
思えば、1991年のドラフト4位でオリックスに入団したことを考えれば、当時の関係者及びファンはこの現象を果たして予想出来たろうか。
さらにこの上の、世界記録を保持するピート・ローズの記録は4256と言うから、イチローが今のペースのまま、あとおよそ6年間打ち続けねばならない数字となる。
ピート・ローズの記録をwikipediaから抜粋すると、どんだけ打ってきたんだこの選手! っと舌を巻く成績だ。
メジャー記録
通算安打:4256(歴代1位)
通算試合:3562(歴代1位)
通算打数:14053(歴代1位)
通算打席数:15861(歴代1位)
通算出塁数:5929(歴代1位)
通算単打:3215(歴代1位)
通算二塁打:746(歴代2位)
通算アウト回数:10328(歴代1位)
44試合連続安打:1978年(歴代2位)
シーズン200本安打 10度:1965年、1966年、1968年 - 1970年、1973年、1975年 - 1977年、1979年
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2009年 03月 24日
WBC決勝
花粉症の症状は、関西滞在の後半戦が特に最悪の状態で、早朝に何度か喉がカラカラで目覚めた。
鼻で息が出来ないせいで喉のコンディション劣悪。
2度寝、3度寝を繰り返しながら、宿泊ホテルのチェックアウトを済ませ、新大阪駅よりのぞみで帰京。
移動中もほとんど爆睡。車内が混み合わなくラッキーだった。
東京駅より直接編集部へ。
映りの安定しないワンセグで騙し騙しは観戦していたが、会社へ到着した瞬間、WBC決勝の日本×韓国戦は8回の攻防。
デスク回りを整理する間、9回には延長戦へと持ち込まれ、しかし最終的には延長戦のイニングを抑えきったダルビッシュの投球を見届け、見事2連覇を達成した日本チームの勇姿を確認。
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