2012年 02月 4日

ALWAYS 宇宙 バンド

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 家族で協議の結果、観る映画を確定。新宿で『ALWAYS 三丁目の夕日'64』に決まった。
 当日、ネットで座席指定のチケットを購入したが、すでに空席はほとんどない。
 なんとか2列目の端の席を並びでおさえる。
 
 内容は、おいらの生まれた昭和39年が舞台になっており、ストーリーが進むに連れ、是非ともおふくろに一番観てほしいな……と感じつつ鑑賞。

 どこまでVFXを駆使しているのか一見するだけでは分からないが、きっとほとんどの風景の映像がそうした特殊技術で構築されているのだろう。そう想像しながら東京オリンピックの開催された懐かしい映像世界に入り込んでいた。

 鈴木オートの星野六子がよかった。ググったところ、東京出身である堀北真希は完全に役所の東北の人間にしか見えない。
 様座なシーンで爆笑するRちゃん。時折、彼女の表情を観ながら鑑賞し、やがて物語は終盤へ。想定したまま「おったん、おしっこ」とトイレタイムを挟み、Rちゃんの手を引きトイレに駆け込んだが、席に戻った頃にはタイトルロールが出ており最後のシーンは観逃した。それでも充分満足。

 その足で紀伊國屋ホールへ。
 午後7時より始まる、新書『宇宙はなぜこんなにうまくできているのか』を発売された村山斉(ひとし)さんの講演会へ。「知のトレッキング叢書」と題して、いま一番注目されている宇宙物理学者:村山さんの本の販促の一環で行われた。
 ただ、この日程をうかがったのが昨日のことで、その後の先約を優先するべく講演会はどうしても1時間しか拝聴出来なかったが、確かにこの分野も知れば知るほど興味深い。
 
 約束通り、吉祥寺『真希うどん』でTTとITと待ち合わせ。
 途中、地元の飲みだちSも合流し、深夜まで飲み明かす。よく喰ってよく呑んだ。T&Tには大きく感謝。バンドの稼働がともかく楽しみ。

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2012年 02月 2日

ここのところずっと

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 早朝、Rちゃんの「いーやーだー」という駄々をこねた声で目覚めた。
 あんまり激しいものであれば起きてって話しを聴こうと思っていたが、やがて声は聴こえなくなり、玄関のドアが開き、閉まった音が聴こえた。幼稚園ではクラスの半分がインフルエンザで休んでいるんだって。いってらっしゃい、Rちゃん。

 気がつけば、テデスキ・トラックス・バンド、ロス・ロンリー・ボーイズの公演が来週と迫った。予習が全く出来てないじゃないか。
 聴きたい音を思う存分大音響で聴いてないなぁ、ここのところずっと……
 聴いているのは取材したインタビュー音声が大半。

 夕べ、先ちゃんに教わった『讃岐釜揚げうどん丸亀製麺』へ早速試食へ。
 王道の釜玉に野菜の天ぷらとおにぎり(こだわり釜玉セット)がついて560円。玉子は半熟と生が選べるようで、おいらは迷わず生玉子を発注。
 青ネギをまぶすだけまぶし、生醤油をぶっかけ、ひっかきまわし、爆食。美味し。

 新潟も、名古屋も、鹿児島までも降雪なのだという。東京も寒いはずだ。

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2012年 01月 21日

喫茶ルオーとbambi

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 寝て、起きたら3時間30分が経過していた。
 眠気と気怠さを抱えているものの、そんなことは言ってられない。
 なる早で身支度を済ませ、JRと地下鉄を乗り継ぎ『本郷三丁目』駅に着いたのは丁度正午。
 徒歩で『喫茶ルオー』を目指す。

 『喫茶ルオー』は 本郷通り、東大正門のはす向かいに位置する。今回、この地をアカデミックな某2氏の対談場所に決めたのだった。
 集合30分前に到着したおいらは、朝昼兼用の飯を喰らう気満々。編集Wくん(東大生OB!)、そして時間前には必ず現れるカメラO&アシスタントの方らと合流し、店内の2F席に取材場所を確保。
 ここの店はカレーが有名と聞いていたので迷わずそれを注文するのだが、先に到着していた編集Wくんが席に着いたらお冷やに続けて(自動的)カレーが出てきたと語っていた(笑)。ホンマかいな。
 正午と言うこともあって満席状態ながら、とにかく快い取材空間を提供してくださり、一つ一つの事柄にものすごいお気遣いとご協力してくださったご主人、おかみさんの配慮に感激だった。今年(確か)53歳になるハズの編集Kちゃん(東大生OB!)が現役の頃は、たまにここのカレーを喰っていたというので、少なくともその歴史の長さを知らさせる。

 対談に関する事の顛末は、覚えていたら3月中のどこかで書き記したいと今日の時点では考えているところ。あまりにアカデミックな対談内容に驚嘆し、己の可哀想な頭脳を恨む局面もしばしば。すさまじき議論応酬の証人となった。

 取材を終え、即座に新宿へ電車移動。雨の降りしきる中、初めてやってきた『新宿ペンタ』に到着したのは午後5時30分。30分の遅刻を許せbambi。
 年明け初のbambiリハーサルは、本来の目的である大新年会の前に行われた。
 300数十曲を数えるレパートリーはいまだ変わらないペースで増え続けている。練習不足のへたれギターで応戦。
 リハ後、徒歩で『ちゃんこ両国』へ移動。
 宴にはカメラT&K子ちゃんも参戦。総勢8名で爆食爆飲の新年会は勃発。

 明日、キーボードのSくんは、フィアンセであるK子ちゃんのご両親にご挨拶をしてくるのだと言う。つまり両親からの承諾を戴く、あるいは許しを請う、という男子最大の関門突破か否かの前夜祭なのであった。

投稿者 yonezawa : 14:43 | トラックバック(0)

2011年 11月 23日

さいたま新都心

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 夕べSをおいらの布団で寝かせたので、おいらはソファーで目覚めた。
 あんまり寝る時間も得られなかった午前、妙に機嫌の悪いツボに入ってしまったRちゃんの「ねるな〜!」攻勢に遭う。
 手加減なき本気攻撃の対象になってしまう午前8時過ぎ。

 朝食を喰ってすぐに近場の大きな公園へお散歩。赤い自転車に颯爽と跨がり、一般道路以外なら勝手に乗ってもらっても構わないくらいの漕ぎっぷり。
 初補助輪ナシ自転車の日から、まぁ進歩著しい。

 夕方、さいたまスーパーアリーナへ。
 さいたま新都心駅直結のショッピング・モールでゲームをやりたがるRちゃんの要求を飲み、生涯5、6回目のプリクラでRちゃんと変顔写真を数枚激写。
 このプリクラ機の操作方法が毎度毎度なんだか腑に落ちない。
 撮った写真の加工を別のブースでやらせる仕組みとなっているし、最終的に出てくる写真も機械の側面だったりするので実にややこしい。
 おいらよりも全然若いカップルが戸惑っている様子も確認したので、きっとこなれていない方々はみなそう感じているのではかろうか。どうでもいいけど。

 午後6時開演の平井堅コンサートにやってきた。
 平井堅のコンサートは過去2度足を運んだ。3度目の平井堅。大ファンのKとRちゃんを連れ、関係者受付でパスをいただき入場。

 コンサートが始まって40分、モール内でやらせてきたはずのRちゃんが耳元でやはりの「おしっこ!」ほぼ予測に近いタイミングだった。
 場内をかきわけ、少ない警備員の行き交うひっそりとしたロビー内を移動。用を足し終えた後場内に戻るが、妙に暗がりの照明を怖がるRちゃんは「おそとにいこうよー」とライヴに一切未練無し。
 コンビニにいきたいというので、一旦ホールを出てモール内の飲食店の方へ降りた。
 ロッテリアでジューシーチキンを2コ食べると言うので、ホクホクのブツ2ピースとオレンジジュースを注文。したらばその全部をあっさりと食べ干した。お腹減ってたんだね。
 ライヴをたっぷり1時間は中座し、会場に戻って20分後に公演は終了。基本Kのための公演であった故、まぁやむなし・問題ナシ。

 公演終了後、「コンサート無事終了」の乾杯を行った控え室で、今日初めて平井氏をご紹介いただけた。長身で精悍。ライヴ後だろうがカラオケ4時間なんて平気なのが平井さんとのこと。声体力に尋常ではない強靱さを感じ、その旨をご本人にお伝えする。
 参謀ぐっさん、今日もThanx! 

投稿者 yonezawa : 18:07 | トラックバック(0)

2011年 11月 19日

JACO PASTORIUS BIG BAND

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 えらい降りようの雨の中、電車を乗り継ぎブルーノート東京へ。途中一言スマホでつぶやく。
 今日何を聴くのかというと……JACO PASTORIUS BIG BAND-Celebrating 60th Birthday-with special guest RICHARD BONA & PETER ERSKINE and introducing DAMIAN ERSKINE
 ジャコ・パストリアス・ビッグ・バンド-Celebrating 60th Birthday-with special guest リチャード・ボナ&ピーター・アースキン and introducing ダミアン・アースキン
 といったライヴ。

 結果、申し分のないパフォーマンスに釘付けにされた。

 ボナがジャコ・フォロワーの第一人者であることを知ったのは、以前インタビューもしたラウル・ミドンとの共演だったので、その歴史はかなり浅い。
 ラウル、どうしてるかな?

 ライヴには3人のベーシストが参戦。それぞれのトーンがまちまちで興味深い。
 ピーター・アースキンとダミアン・アースキンの親子共演も素敵だった。まるで、おいらの音楽仲間、T&Tの親子のように。

 ジャコがやってのけた革命のものすごさは言わずもがなだが、パーフェクトとしかいいようのないスキルをもってそつなくこなすビッグバンドの全員、そしてメインのプレイヤーとして3人目のベーシストとして登場したボナの風格には目を見張るモノを感じ入る。

 大雨でも遙々来て正解なライヴはこれだ。

※詳細……「超人的なベース・プレイと作編曲でジャズ~フュージョンに革命を起こした天才ミュージシャン、故ジャコ・パストリアス。ウェザー・リポートや多彩なソロ活動、パット・メセニーやジョニ・ミッチェルとのコラボレーションは、今もなお新たなファンを魅了し続けている。そんな彼の生誕60年を記念して、ジャコ存命中の頃から指揮者を務め、ジャコが築いたサウンドを継承しているピーター・グレイヴスのビッグ・バンドが登場。しかもスペシャル・ゲストとして、大のジャコ・フリークとして知られるリチャード・ボナ、ウェザー・リポートでジャコと鉄壁のリズム・セクションを組んだピーター・アースキンが参加する。ジャコの遺した不滅の名曲がこの夜、最高の形で蘇る。」

投稿者 yonezawa : 17:59 | トラックバック(0)

2011年 11月 12日

明治記念会館

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 睡眠3時間で起こされた。この5日間、ほとんど会う機会のなかったRちゃんと午前8時過ぎより、しこたまパソコン・ゲームにつきあった後、西友までお買い物。
 言われるまま、まだ全体的に湿り気のある公園へ立ち寄った。ベンチで美味しそうにリンゴジュースを飲み干す我が子。
 プリキュアの食玩製品に入っていたのは指輪だった。
 気が済むまでブランコに乗り尽くした後、帰宅。

 昼食は炊きたてのご飯でチャーハン。
 午後3時30分を回った頃ギターを担ぎ、身支度を終えたおいらだけ先にJR信濃町駅を目指した。

 『癌!癌!ロックンロール』~金髪ドクター、6度の癌宣告&6度の復活~というタイトルで今月書籍が発売されるのだが、その出版を記念してのパーティーがなんと明治記念会館で行われた。
 おいらチームはBambi−2の面々でバンド・サポートとしてオープニング演奏予定。勿論メイン・プレイヤーは家康医師。

 会場のセッティング中、同時にリハーサルを終えた。やがて続々と招聘されたゲストの方々がご来場。結局、総勢350名前後の方々が集う大パーティとなっていた。
 ほぼオンタイムで、18時からの本番ライヴがスタート。我々の持ち場はとりあえず4曲。

●Hole lotta love
●Hey Joe
●Sunshine of your love
●You shook me

 今回初めて「Hole lotta love」を歌うことになった。イースト吉田兄の大変さをしみじみ痛感。世界一難しい楽曲を必死でシャウトしながら、ジミヘンへと王道の展開で弾き抜ける。
 急遽歌を担ってくれたVO.harukoのおかげで、ジミヘン、クリームとギターに集中出来、安堵していたが、やはり彼女の力を借りて正解だった。
 本番を、申し分のないパフォーマンスで締めてくれたのがともかく有り難い。

 大好きでも一生演奏することはなかろうと思っていた「You shook me」まで、こんなタイミングで弾く機会を得るとは……

 LED ZEPPELINの奥深さは「Hole lotta love」のブレイクポイントにもあった。
 曲中、「Way down inside... Woman... You need...Love.」の件、「You need...」の後のコードは、これまで意識もせずDーAとばかり思っていたが、ここEーAなんだな。
 これは驚きの発見。みんなそう弾いてなかったか? おいらだけか?
 家康バンドのおかげでこんな驚愕の発見をしてしまった。

 今夜の素晴らしいイベントに関わったすべてのみなさま、お疲れさまでした。ありがとうございました。
 しかし明治記念会館で誰かがツェッペリンやジミヘンやクリームなんかを演奏した歴史があったろうか。それもよりによって「Hole lotta love」なんて……。きっとなかろうと高い確率で想像する自分だ。
 それにしても明治記念会館の料理はナイス。
 ちょっとした出版社忘年会以上の豪華で賑やかなパーティであった。家康さんは偉大だ。 

投稿者 yonezawa : 20:30 | トラックバック(0)

2011年 11月 5日

赤坂Crawfish

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 毎日なんだかんだと行事が続くもの。

 午前5時に寝て9時に起こされる。
 娘の要求通りリビングでアニメ番組を鑑賞。
 正午近くまでダラダラ過ごしながらも「今日こそは、それなりでいいので部屋の片付けがやりたい!」と強く心で祈っていた。
 「あかいじてんしゃんで……」といつもの休日みたくお買い物へ行きたいと言ったRちゃんの言葉を遮るように「今日はおったん、自分のお部屋を掃除するからマジで夕方まで遊べないからね」と切実に伝えた。
 じゃあ仕方がないかといった面持ちで当たり前のようにMac前に陣取り、サクサクとこのSafariを立ち上げ、勝手知ったるディズニーゲームをガシガシやり始めた。
 なんたる我が子の光景……

 しかしそのおかげで、午後5時頃までかけ、とりあえず部屋の床すべてに掃除機がけをすることが叶った。それだけでも気分が違う。
 山積していた書籍、CD、小物、楽器周りの機材などを束ね、収納し、整頓した。
 まだまだ部屋全体の半分も納得はいっていないのだが、半分の埃は淘汰した。
 それにしても、どこに何を収納したのかは月日が経つ度、笑うぐらいに忘れてしまう。
 ふいに出てきた写真やら、15年前の手帳などが出てくると、とたんにロスタイムとなるので要注意だ。
 記された記録を見れば、色々人に金も貸してきたもんだ。金もないくせに。

 ここ何年も満タンの本棚、満タンのCD棚である故、思い切って断捨離を決断せねば本来の意味での整頓とならないことは重々承知。
 「すべての音源や書籍がパソコンに全部セーブ出来る」と言われても断捨離 の決断にはまだほど遠い昭和なおいらだ。
 
 小雨降り出した夕方、電車を乗り継ぎ赤坂Crawfishへ。
 精力的にライヴを重ねるFFPの雄志を今日も確認。ライヴ後はもっと降り出した雨の中だったが、赤坂見附駅まで送ってくれたヴォーカルAの「音楽熱」に今日も納得。
 FFPは12月には下北。そしてストリートでもやることを決めているそうだ。

 おお! そういえば明日、自分が決めたセッションであることを冷静に認識。
 覚える曲、4曲あるんだった!

 やばいやばいと反省しながら、Rちゃんも寝静まった深夜23時前に小さなファズサウンドでソロパートのリフレインをやってみた。すると、その頃ふいに目が覚めてしまったのかRちゃんがトコトコ部屋にやってきた。

 しばしリビングで隣同士2人で座り、たあいもない話しをながら「おったん、そろそろお風呂に入ろうかなぁ……眠くなってきたしなぁ……」と独り言のようにふってみた。やがてその数分後には「もうねる……」といって布団の敷かれた部屋へと去っていくRちゃんだった。

投稿者 yonezawa : 16:33 | トラックバック(0)

2011年 11月 1日

敦賀明子

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 園の都合で平日休園となった本日の午前中、少しは遊べるかとRちゃん体制を覚悟していたところ、午前中から友達と友達のママらと人気アニメの劇場版「映画 スイートプリキュア♪ とりもどせ!心がつなぐ奇跡のメロディ♪」を観に行くという話になっていたそうで、起きた時には誰もいなかった。

 先日、そういう心境なのか「プリキュア(の映画)は、おったんとふたりでいく!」と明確に宣言していたRちゃん。その折り合いは大丈夫だったのか、やや心配になった。
 結果予定が変わってしまったので、おったんとしては映画『スパイキッズ4D:ワールドタイム・ミッション』を観に行くべかとサイトを探すがちょっと遅すぎた。
 どうも10月一杯で終わってしまった模様……
 
 入稿の狭間、目黒ブルースアレイへ。
 NYから来日中の“つるりん”こと敦賀明子のライヴへ出向いた。
 彼女のオルガンを初めて聴いたのは3年ちょい前のNYはハーレム。引率者の天平は、ハーレムでも結構深い場所にあったクラブへと引き連れてってくれた。ハーレムの老舗クラブ、St. Nick's Jazz Pubがそこ。

 敦賀明子のライヴは今日で通算3回目。彼の地でも感じたが、彼女はとにかく楽しそうにオルガンを弾く。2001年に向こうへと渡り、とにかくどんな音楽の仕事でもいいので欲しかった! というエピソードを交えてのMCも、演奏同様に温かいものを感じていた。
 集客も満席な雰囲気で、そうした意味を踏まえても彼女の力量は凄いものだと感じ入っていた。
 いつもは失速バンドのイベントで使わせてもらってるこのステージの雰囲気は、本来こういうものだったのかと、初めて見るブルースアレイの平常営業の有りようを知る。
 入稿の都合で残念なことに1セットしか観戦できなかったのが悲しいが、元気な彼女のオルガンで幾ばくかのモチベーションをたぐり寄せる。

 ヤンジャン編集部で小一時間の入稿作業。ちょっと寂し。

投稿者 yonezawa : 14:36 | トラックバック(0)

2011年 10月 28日

People Are Machines

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 YAHOO!ニュースにあった「アートメーク 被害相談相次ぐ」を「アメートーク 被害相談相次ぐ」っと読み間違い、何のトークで問題が起きたのか!? と早合点する午後2時過ぎ。

 フラクタルの新譜『ピープル・アー・マシーンズ 』
http://www.amazon.co.jp/dp/B005Q27FQY/ref=ntt_mus_ep_dpi_1

 サンプル盤到着。ピアノのMAGNUSは自身のバンド同様にインプロを延び延びと展開している感じ。ドラマーANTONとの相性もかなりしっくりきた。
 このアルバムのジャケットを描いているのはなんと寺田克也氏。
 こんなところでも日本が世界に誇る絵師、寺田画伯のイラストを発見するのだった。

関連アルバム『Getxo Europar Jazzaldia 2007/People Are Machines (ピープル アー マシーンズ)』
※スペインで注目を集める2004年に結成された People are Machines が、2007年Getxoジャズフェスティバルでのライブ録音。フレーズの切れ味、明確な個性を持ったタイム感、若手とは思えない好プレイ続出で聴き手を引き込むストレートな作品。
Marius Neset(ts)/Magnus Hjorth(p)/Petter Eldh(b)/Anton Eger(ds)

 夕方、もの書きBさんと新丸ビル待ち合わせ。新機軸企画への展開はいかに。
 ヤンジャン編集部で用件を済ませ、吉祥寺で大道塾:飯村師範代、飲みだちSと飲み。赤ワインを3本空け、河岸を変えた大箱のバーで漫画家:Fさんと合流し、早朝帰宅。
 Sを残して帰途についたのだが、彼女その後も7時まで飲んだ模様。

投稿者 yonezawa : 14:26 | トラックバック(0)

2011年 09月 23日

陰陽師 朗読コンサート

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 午後、広場で自転車に乗せたいがため、代々木公園までRちゃん共々連れ立った。
 遅れて母と姉とも待ち合わせし、ちびっ子のサイクリングコースを周回するRちゃんに数分つきあってもらう。
 ひとしきり乗せた後、新宿駅でRちゃんとママを見送った。

 初台駅近くの「代々木能舞台」でおこなわれる夢枕獏さんの『陰陽師 朗読コンサート』へギリギリのタイミングで入場。
 オフィシャルサイトによる概要は……「夢枕獏の自作「陰陽師」朗読と、仏ジャズ楽士・Ky [仲野麻紀+ヤン・ピタール] の自在な旋音とが代々木能舞台で出会います。日本人作家=夢枕獏は、2010年にフランスで開催された講演会「陰陽師を通じてみる日本」で、そのフランス語訳を介し、多くの方々を魅了しました。講演翌日、「陰陽師」の世界に惹かれ、その世界を音で語ろうと試みたグループ=Ky [キィ]と突然始まった「Kyと夢枕獏」による朗読コンサート。この出会いが、2011年秋に、日本の代々木能舞台でふたたび実現いたします。」
 
 一部での神妙な「陰陽師」朗読も勿論素晴らしいものがあったが、二部でのフリートークを交えた、仕事でなく獏さんが書きためたという詩の中から数本を朗読したシーンもよかった。 ここで読まれた詩がとにかくよかった。

 身体の緩み、年齢による体力の衰えを感じてきた世代にとってはより身にしみる詩であり、個人的にはうなずくばかりの内容だった。
 獏さんは言葉の達人である。この思いは20歳から今日まで変わらず、今後も永遠に続いていくことが分かっている。

 終演後、打ち上げの席に母と姉と一番最初に到着し、先にビールで乾杯。
 母は元々飲めないのだが、1杯だけは形だけでも乾杯につきあってくれていた。しかし、先週も今週もすべてノンアルコールを貫き、今日もジュースとお茶で乾杯。
 「昔、黒ビールで乾杯したことがあったね」と、独身の頃のおいらと親父の3人で飲んだビールの話をしてくれたが、どの黒ビールだったのかを思い出せないおいら。

 やがて打ち上げの面々が全員集い、もう一度乾杯。
 獏さんと母との時間を設ける瞬間が純粋に嬉しくて、とてもとても幸運を感じていた。母にも優しい獏さん、ともかく自らの宣言通り、ぶっ倒れるまで書き続けてください。こちらは死ぬまで読み続けます。

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投稿者 yonezawa : 16:29 | トラックバック(0)

2011年 09月 3日

怒濤の超漫画家と怒濤のファンクギタリスト

 届くはずの4Cカットが一向に届かない。約束は昨日の18時だったものが、ラフが到着したのが昨日の23時過ぎ。明けて本日、いつ届くのかを関係者が待ちわびているのだが、担当編集者によれば「連絡がつかないまま、ともかく待つしかない」という状態とのこと。
 時折外出もせねばならない休日の日程故、身動きのとれないことになるのだが、データーで届くはずのカット絵柄を出先でも確認するべく、パソコン前にいる仲間の協力を得て、スマートフォンへの返信で確認しようと体制を構築。K、そしてSさんに心より感謝。
 しかし結局カットはまだまだ届かない。

 午後3時30分、高円寺駅改札待ち合わせで漫画家:大友克洋兄、江口寿史兄、遅れて田村信兄の3名と待ち合わせ。なんと大友兄のおごり(!)で中央線焼き鳥屋巡りの日がやってきた。
 この飲み企画の決まる席に居合わせた幸運に感謝。

 高架沿いの「大将」でウーロン割に焼き鳥数本。大阪帰りのタムタムが遅れて到着。
 数杯いただき、場を阿佐ヶ谷駅へ。
 こちらでは漫画家・イラストレーターの寺田克也さんが合流。駅前で、偶然漫画家:杉木ヤスコ(ヤスコーン)さんとばったり。
 徒歩で駅前を通過し、ふつーの居酒屋で酎ハイ数杯。

 ひとしきり飲み終え、仕事に戻る寺田さんを見送り荻窪駅へ移動。こちらでは漫画家・吉田戦車さんが合流。ずいぶんと景観の変わってしまった北口を歩きながら、満席に近い焼き鳥屋へ。
 どうでもいいが土曜日の夕方の焼き鳥屋はなぜにこうもオヤジが大勢いるのだろうか。
 
 西荻を飛ばすことにして場を吉祥寺駅へ。漫画家:山崎紗也夏嬢到着。
 中休み(まだまだ飲むわけですね)でカラオケへ行く展開となり、時計回りでみなさま熱唱。おいらはこの凄すぎるメンツをシャキシャキ激写。
 その一連の展開を逐一ツイットする先ちゃん。iPone使いの名人、ヘヴィーユーザー先ちゃん。
 そんな中、スティーヴィー・サラスの代理人より電話が入った。
 本来ならばおいらは21時台の(最終の新幹線アクセスに間に合う)電車で吉祥寺から修善寺界隈まで向かい「メタモルフォーゼ」
http://www.metamo.info/
のライヴ観戦の予定でいた。
 ところが今日家を出る直前に、その野外イベントが台風で中止になってしまった。
 中止になったライヴを知り、スティーヴィーらも一旦ホテルへ帰ってしまったと聞いていたので、今回はもう会えないかなと諦めていたところだった。
 深夜にかけてきた電話の主Rさんが、「午前3時よりスティーヴィー、恵比寿のリキッドルームでやります!」「kazuさん一人でいらしてください!」そう言われたのだった。
 場の盛り上がる壮絶漫画家の行く末を見届けることもなく、面々が丁度場を「闇太郎」へ移す頃合いにカラオケはお開きとなり、建物1Fで集合写真。
 皆様、データとプリントは少々お待ちを!

 中座したおいらは一人、即恵比寿へ直行。
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 開演1時間前に到着したおいらは、パスも待たずして(笑)ずんずん控え室へ進入し、1年ぶりにスティーヴィーの面々と再会。通常、ベーシストであるジャラが今日はドラムを叩くと聞いて驚いた!

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 会場は超満タン。午前3時、オンタイムでライヴ開始。おいらはステージ袖の至近距離で観戦。
 ノンストップという言葉が似つかわしい壮絶なグルーヴを体感させられる。この男でしか体感出来ないうねりが炸裂だ。スティーヴィー、今日もホントにさすが。
 持っていた一眼レフでそのステージングを激写する。
 スティーヴィーほど、よい持ち物(スキル)を持っているギタリストは本当に世界中に少ないと感じる。
 ライヴ後、控え室でメンバーを労い、しばしの別れを告げ早朝帰途についた。
 スティーヴィー、thanx!

 時計はもう6時を回り、7時に近づいてきた……。

投稿者 yonezawa : 16:29 | トラックバック(0)

2011年 09月 2日

ブランドはKAWAIに

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 大型の台風は来るのか来ないのか。
 警戒を促す報道の割にそのスピードはゆったりしたものなのか、こちらでも時折降ったり止んだりの空模様が続く。
 外出のタイミングを上手に見計らえば濡れない感じで今日一日はセーフな案配。

 ヨドバシカメラの電子楽器コーナーを訪れた。
 意外と電子ピアノの台数が多数展示されているのだな。KAWAI、ヤマハ、ローランド、カシオなどの電子ピアノを端から試奏(何も弾けませんが)して、鍵盤の感触と音色を確認してみる。
 Rちゃんが弾くなら、最初からアコースティック・ピアノと同等の鍵盤の重さを有する機種がよかろうと踏んでいた。ともあれ、今日日電子ピアノのクオリティは大したものだ。
 アナログのピアノの音をサンプリング(というのかは知らないが)して、そちらをヴォリューム操作でスピーカーから出す、概ねそうした仕組みだと聞くが10万円も出せば、そこそこの物件は買える感じ。
 定期的な調律の必要がないという部分も、一般素人ユーザーには有り難いポイントと言えた。ブランドはKAWAIに決めた。初心者Rちゃんとしてはまずまずの機種ではなかろうか。そのうち、我が家でセッションする機会などあるのかないのか!?
 
 K編集部で新規企画の打ち合わせ。
 簡単なテキストをデザイナーにお渡しせねばならないのだが、打ち合わせを終えたまま、そこのソファーでスマホンを取り出し、必要なテキストをパンチング。
 その場のメール転送で済ませる。恐るべき時代。

投稿者 yonezawa : 00:35 | トラックバック(0)

2011年 08月 27日

宴会

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 夕べの打ち上げから日付が変わっても、まだまだ宴会は続いていた。
 それにしてもなんと豪華なメンツなんだろう。打ち上げ会場には、これまでお会いしたことのなかった浦沢直樹さんや、しりあがり寿さん、お笑い芸人のバッファロー吾郎さん、東村アキ子さんら...の姿も。
 エキシビジョンマッチでものすごい回答を魅せた寺田克也さんとは久々の再会となり、座の中には西原理恵子さんや島本和彦さん、とり・みきさん、ズミー(泉晴紀)、さやか嬢(山崎紗也夏)...らの姿も!
 今年5月25日には『ぱじ』愛蔵版
http://www.amazon.co.jp/dp/4087823768/
を発売し、傑作コミック『星守る犬』
http://www.amazon.co.jp/dp/4575301434/
は文化庁メディア芸術祭に取り上げられ、映画化された同作品『星守る犬』
http://hoshimamoru.com/index.html
は大ヒットに導かれた。村上たかしさん&奥様との再会も毎度毎度有り難い空間だ。

 この機会でなければ話しなどできそうにない豪華メンツとのひとときが貴重だった。村上さん担当の時にこさえた、連載記念の品:トート・バッグは今でもメインで日々活躍している。
 昨日の本番でのおおひなたごうちゃんは、過去のパフォーマンスを含めても際だって素晴らしかった。仕切りは勿論、演出も感動的なほど。
 ともあれ、ごうちゃんお疲れさま。
 ヤンジャン編集Fの腕はそもそも知るところながら、解説として会場を温めるトーク内容の的確さには舌を巻いた。
 ともかく演者のレベルは勿論ながら、関係者のスキルも最大限に極まった大会となっていた。当然打ち上げも盛り上がるハズだ。

 なんだか座敷で延々と立ち話になってしまった喜国雅彦さんとの音楽談義も最高。贅沢すぎる時間が過ぎる。
 編集Hちゃんと地元の呑みだちSと隣の居酒屋に場を移し、さらに痛飲。
 世代の違う面々、みな呑み体力万全な感じ。当然、始発などとうに出ている中央線で帰途に。

 午前、Rちゃんの刺激で起き上がるモノのスイッチがなかなか入らない。
 しばらくゲームなどでお茶を濁した遊びにつきあいつつ、夕方のbambiリハへ。
 リハ後のいつもの晩餐は今日だけは厳しかろうと、心は「帰宅」と準備していたくせに、やはり「全員が揃った酒席を外しては勿体ない」といった思考が働き、赤・白ワインで派手に呑みつつ盛り上がる。
 そしてまさかの「もう一度スタジオに入る!」といった、とんでもない展開となり、全員悪ノリ大セッション大会へと突入。もう止まらない。

 パンクバンド的演奏を終え、疲弊気味で解散しながらも、まだ呑む気満々のキーボードSと『闇太郎』へ移動。時間と眠気の来るまで飲み明かした。
 「これは、20代前半の呑みですよ!」と、20歳代半ばを過ぎた、おいらを誘った張本人がボソっと漏らした。

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2011年 08月 23日

Daughters

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 マーティン・スコセッシ監督ドキュメンタリー
「George Harrison: Living in the Material World」予告編
http://www.youtube.com/watch?v=Xnx87LIDO9k

 そういえば映画『八日目の蝉』は未鑑賞だった。
 書籍やドラマでは、正確な理由も分からない心情の中、切なさの極みに突き落とされた本作。映画のトレーラーなどで感じ得る俳優陣のテンションにも、ほどよき濃さを感じていた故、鑑賞に対して積極的になった作品だった。
http://www.youkame.com/index.html

 劇中の複雑な心情を抱えるキャラクターをそつなくこなす井上真央、永作博美、小池栄子らの女優陣には納得させられ、本編で聴こえるジョン・メイヤー『Daughters』の泣かせること。どうせなら主題歌にしてほしかった。
 現役シンガーでは間違いなくベストの一人に数えたし。

 そして日に日にフェアリーズに詳しくなってゆくおいら。

投稿者 yonezawa : 00:31 | トラックバック(0)

2011年 08月 10日

達郎ナイト

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 電子ジャーの中のご飯は茶碗半分程度の量しかなかったので、朝飯は焼き飯(ピラフ)に即決。
 ピーマン、タマネギ、椎茸、ニンジン、豚肉をサクサク刻み、肉をサラダオイルで炒め、野菜はバターでそてい。卵を落としてご飯を入れ、あがりに軽井沢で買ってきた野沢菜入りの塩をあえたらかなりよい出来に仕上がった。チャーハンの肝は塩だ。
 正午の会議を経て、近隣の某空間でミーティング。

 Androidを終始いじり倒す故、移動の電車でも本を読めない。早いとこきちんと機能を習得し読書へ移行したし。
 新しい携帯には不可解な部分も多く、謝って書きかけのテキストを送ってしまいそうな配置にアイコンがあるので、これらは次回の機種で変更されるとみた。
 メールが届いていないのに到着を知らせるためのマーク「E」が表示される不可解に未だ謎を感じている。読み込み中ってことか?

 夜、下北沢へ移動。先ちゃんが達郎を回すというので参戦するものの、クーラーの効かない会場のあまりの暑さと、温いビールに体調がもたなくなり、適度のタイミングで中座。しかししかし、暑すぎ。

投稿者 yonezawa : 13:20 | トラックバック(0)

2011年 07月 24日

ジェイク・シマブクロ(Concert For Kids)

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 朝6時に起こされ、眠くてたまらない時間を過ごす一日となった。もちろん姫に。
 朝食をとって11時過ぎに外出。
 12時過ぎ、恵比寿ガーデンプレイスの地下駐車場に車を止めブラブラ。たまたまプレイス内スペースの野外で行っていたフラダンスのイベントをしばし観戦。
 Rちゃんがちょっとだけ興味を示したので20分程度観戦。

 12時45分にガーデンホールへ。受付で家族3人分のスタッフ・パスを受け取り、ホール内へ。
 今日もジェイク・シマブクロのツアーの一環で「Concert For Kids」と銘打たれた特別ライヴ。
 いつものジェイクのホールツアーでは、未就学児の入場は不可なのだが、今日は初めてジェイクのライヴで子供たちも観戦出来るという貴重な日。

 絵本にあわせて、効果音のようなニュアンスで生演奏で聴かせたジェイク。まったく何をやっても非の打ち所のないプレイを奏でる男だ。ジェイクは今日も世界有数の優れたミュージシャンであることを痛感させてくれる。

 子供たちの目の前でウクレレのプレイを見せてくれるファン・サービスで長い時間客席に降り立ち、延々会場内を巡回しながら演奏してくれた。
 中でもRちゃんへのサービスプレイは最高(笑)で、至近距離でRちゃんを見つめながら延々と弾きまくるジェイクの気遣いがとにかく嬉しく、緊張で固まるRちゃんの表情に笑った。
 会場内の大注目を集めてしまったRちゃんだった!

 終演後、控え室でジェイク&家族と記念撮影。ジェイクとRちゃんの写真ももう何年分かがコレクションされてきた。
 毎年、必ず観戦に訪れると決めているジェイク・シマブクロのツアーは永遠に最重要と考えるライヴ空間の一つ。

投稿者 yonezawa : 12:03 | トラックバック(0)

2011年 07月 23日

ジェイク・シマブクロ来日公演初日

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 午前7時就寝。11時起床。15分で支度を終えた30分後、徒歩で幼稚園へ。
 大勢の園生は保護者と共に庭から園前の道路にあふれかえり、みな帰途へつく様子。
 向かって真正面の教室の出口にたった一人の園生が、先生と2人だけで待っていた。
 近づけばなんとRちゃん。
 おったん(私)の姿に気付いた彼女は速攻で駆け出てきた。急いでずっくを履いて先生に「さようなら」を告げ、すぐに手をつないできた。
「おったん、どうしておそかったの? ねぼうしちゃったの?」という質問を受けつつテクテク歩く。
「おったんも、きょうから3つやすみなの?」
 夏休みに入りながらもプールやら体操教室などの参加もあるようで、この時点でおいら自身娘の休みを把握してはいなかったのだが、自分の連休に父が家にいるのかを確認していたのだった。
 道中のドラッグストアでRちゃんのトイレタイムを挟み帰宅。
 昼食を頂いて、なんだかんだと準備をしていたら、即bambiリハーサルの時間が迫ってきた。
 14時過ぎ、支度を終えた全員で吉祥寺へ。おいらのみGOKスタジオへ。

 1時間40分のリハを終え、メンバーにごめんなさいして一足先にリハを切り上げ、恵比寿ガーデンホールへダッシュ。
 開演前に無事ボスHさんと合流を果たし、本年度のジェイク・シマブクロ来日公演初日のステージを観戦。
 ジェイクは直前にセットリストを考えたそうだが、ツアー初日とおいうこともあり曲目は実に27曲。アンコール4曲に+予定外の1曲。大変贅沢な内容のコンサートとなった。

 今回、シェイクはワイヤレス・システムを使用。これまで見たライヴはすべて高性能シールドをつなぎ演奏されていたのだが、今回はデビュー10周年という節目の意味もあり、観客席に降りて演奏する演出を試みていた。
 プレイは問答無用。いつもの温かいプレイと超絶技巧の交錯する圧巻の内容だった。そしてジェイク結婚後の初めての日本ツアー。

 終演後、後取材を終えたジェイクと1年ぶりの再会を果たす。
 ジェイクの魅力はこの10年間、何も変わらない。デビュー当時のマインドを持ったまま世界有数のスキルを身につけたトップ・ミュージシャン。ジェイク、お疲れさま。
「明日のライヴは家族も駆けつけるよ!」ジェイクにそう伝え、控え室を後にした。

 共に観戦する機会を得た、生ジェイク初体験となるボス:Hさんとの酒が美味かった理由は、Hさんの品格ある人柄に加え、ジェイクの素晴らしさも手伝っていたものだと認識していた。

投稿者 yonezawa : 12:02 | トラックバック(0)

2011年 06月 12日

松下奈緒コンサートツアー[Scene#25]

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 今日の休日は昨日よりも早めに家を出なければならない。
 外の広場でテニスもどき、サッカーもどきのお遊びをやるものの、1時間も遊んでやれないまま、外出なのでRちゃんの機嫌は昨日よりも悪くなった。
 「ふん! おったんなんかもういいからいって!」とお見送りもナシ。トホホ。Rちゃんごめんなさい。

 17時30分開演の松下奈緒コンサートツアー[Scene#25]ファイナルを観るべく、三軒茶屋「昭和女子大学人見記念講堂」を目指す。
 この会場は初めて。開場前から大勢の人々が入口付近に集っている。
 やがて編集Sが到着し入場。オンタイムで始まったコンサートは、MCと演奏が心地よい間で進行されてゆく。
 NHKの連ドラや紅白の司会もこなしてきた彼女の雰囲気も、一つの円熟期を思わせるシーンもあり、確実にライヴというフィールドでも成長を遂げる本人の機微を感じていた。
 ファイナルということもあってか、バンドメンバーとの相性もバッチリ。
 ある意味、お手本のようなコンサートだったと言えた。

 終演後、控え室でご本人へライヴの感想をお伝えした後、ホールを後に。

 編集Sが以前訪れたという、三茶駅界隈の九州料理屋へ。メニューにある水炊きが嬉しい。
 注文を取りに来た女のコの料理の説明がなかなか流ちょうだったので、「九州の方ですか?」と聞いたら彼女は「はい!」と答えた。

 「どちら?」
 「鹿児島です」
 「市内?」
 「いえ……」
 「(鹿児島の)どこ?」
 「すごい田舎なんで……」
 「どこなの?」
 「薩摩川内というところで……」
 「マジで? 住所は?」
 「M町」
 「30年前に3〜4年住んでたよ。おれ」
 「ホントですか!? (お客さんの)住んでたところは?」
 「H町(笑)」
 「分かります(笑)。なんてことでしょう!」

 っと、超ローカルなもの凄い会話がなされ、しかもさらに聞けば彼女は高校の完全な後輩であることも判明。奇遇な夜もあるものだ。

投稿者 yonezawa : 15:20 | トラックバック(0)

2011年 06月 8日

Magnus Hjorth Trio 2

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 マグナス・ヨルト・トリオのライヴ観戦は、ずいぶん前からバイオレンス作家でもあるBさんと観戦を約束していた。
 夕方の中央線に乗るとかなりキツい通勤ラッシュに遭遇。夕方、吉祥寺駅北口にて待ち合わせた。ジャズ系ライヴハウス『SOMETIME Kichijoji』へ向かう。
 マグナス・ヨルト・トリオは、デンマーク発のジャズピアニスト・トリオ。
 縁あってファーストの頃からそれなりの距離感で聴いてきたバンドだ。
 
http://slowboattocloud.blogspot.com/2010/03/magnus-hjorth-1970-2000-2009-1983-12-15.html

http://www.amazon.co.jp/dp/B0040VGQXK/

 生演奏体験はお茶の水のライヴハウス『JAZZ LIVEHOUSE NARU』に続けて2回目。前回よりもトリオの駆け引きにゆとりを感じた。
 全般的に超絶技巧が頻繁に飛び出すタイプのバンドではないのだが、安定感のある温かみのあるアンサンブルには、時折ピリリとした粋なシーンが感じ取れる。そうした印象を抱くのはおいらだけはなかったろうと想像する。
 中でも、このトリオに特異なアクセントを加えるのがベースのペーター。
 リズムの崩しは、足でリズムを刻んでいたこちらのペースを乱されるようでありながら、その瞬間、逆にグイッと惹き込むような、いわばロックなテイストを醸し出してくるのだ。

 特にジャズ演奏は遊びの空間をいかにのびのびとした旋律とアクセントによって独自の世界観が構築が出来るか。その機微によって聴く側のテンションは自由に左右されるもの。
 
 休憩を挟んでの2ステージを鑑賞。会場には世界的画伯:K氏の姿も。
 終演後、会場内で行われた打ち上げにも参加させていただいた。Bさんの愛娘さんがとても美人で驚きながらも納得。マグナスのプロデューサーであられるYさんはお会いする度に若返られて、こちらもびっくりだ。
 気がつけばもういい時間。深夜に徒歩でテクテク帰途に。

http://www.amazon.co.jp/dp/B004KODZM2/

投稿者 yonezawa : 14:00 | トラックバック(0)

2011年 05月 26日

リハ開始

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 夕方、グレート義太夫兄、イースト:吉田兄と界隈のマックで待ち合わせた。
 義太夫兄とは、冷静に映画『菊次郎の夏』の現場以来のまともな再会なので、1998年頃の夏から、ざっと13年も経過している計算。義太夫兄はギターもさることながら、ドラムスも手練れだと聞き、セッションが楽しみ。
 神田神保町に本年度ビート・ジェネレーションのメンバーとなるミュージシャンの面々が集結。2011年度『失速バンド』のリハーサルが始まった。
 
 予定の時間にスタジオ入り。昨年と同じギターのK、ベースのTが揃い、1年ぶりの音出し開始。
 原曲はよく知らないがX JAPANの『紅』という曲をテレビ番組で叩いた義太夫兄のプレイはたまたま拝見していた。番組上、ギャグ的視点の演出もあるわけだが、そこで奏でられた純粋な演奏技巧は目を見張るモノがあり、今回氏の参加はもちろんメンバー全員大歓迎。

 大きく太いスネアの音がモチベーションを上げる。
 世代的にこれまで聴いてきた音が近かろうこともあり、クラシック・ロックのセッションならツーカーといった状態がまず嬉しい。
 4年ほど前にさらったツェッペリンのある曲の感覚を今ひとつ戻しきっておらず、今回初のレパートリーのような不慣れさ加減でリハが始まってしまったが、残り数回のセッションで身体に入れるべく今後の鍛錬が課題となる。

投稿者 yonezawa : 16:57 | トラックバック(0)

2011年 05月 24日

宮崎県串間市

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 おいらのCDをリリースしてくれたJVCのHさんよりお誘いを受け、渋谷WWWへ。
 今夜、17歳の女性シンガー:井手綾香(いであやか)の関係者限定プレミアムSHOWCASE LIVEへ招かれた。

 エスエス製薬<ハイチオールC プラス>CMソングとなっている井手綾香の「雲の向こう」が現在オンエアー中。長澤まさみが正面を見て泣く、あのCMだ。
 ほとんどテレビを観ない自分でも、なぜか記憶に残っているそのCMの歌声の主は気になっていた。同時に、紙資料にある彼女のプロフィールがちょっと気になった。

 現在、宮崎在住の高校三年生の彼女のオフィシャル・プロフィールを見るとこう書いてある。
 「17歳。120頭もの野生馬が生息する地として有名な宮崎県串間市都井で育った彼女。
全校生徒18名の中学校を卒業し、いまは宮崎市にある高校に通う。 アメリカ人でプロダンサーだった母と、福岡でバンド活動をしていた日本人の父をもつ。 4歳からピアノを始め、いつしか曲を生むようになると次に詞を描き、自らうたい表現した。 “うたとピアノ”で紡ぐ、ありのまま。」

 “宮崎県串間市”の件に反応していた。
 おいらが小児喘息に悩む幼少期、「宮崎県串間市に喘息の名医がいる」と聞きつけた両親は、毎週週末に車で数時間かけてその病院まで通院させてくれたのだった。
 この時代のエピソードを思い出せば、40も過ぎた今でも泣いてしまいそうな有り難さに包まれる。どこの親もそうだろうが、あの頃から続く一点の曇りもない両親の献身的な姿勢、家族を全力で守るという生き方に、いつでも胸を打たれる。

 あの頃、串間市までは遠かった。

 無言で車を走らせる親父は、一度も面倒な愚痴などこぼさず、母共々「喘息よ、早く治れ。苦しさから解放させたい」という表情をいつもしていた。貧弱な自分の体質を呪った。
 病院ではスピンヘラー(喘息用吸入器具)で粉状の薬を肺に吸い込み入れ、そして臀部に注射。
 この繰り返しを何週間行ったことか。

 これら両親のサポートで、確か小学3年生を過ぎた頃、喘息からは解放されることになり、そこからの学生時代はその片鱗など微塵もない体力を得ることとなった。
 
 井手綾香の名を聞けば、おいらは喘息と串間までの道のりを想い出すのだった。
 今日も、亡き親父と、世界一のおふくろに深く感謝。

投稿者 yonezawa : 16:55 | トラックバック(0)

2011年 03月 26日

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 えらく寒い1日だ。
 後ろのタイヤに何度空気を入れても、翌日には空気の抜けてしまうRちゃんの赤い自転車はパンクかと思い、近所の青空自転車修理屋さんまで持って行った。
 自転車を預け、買い物を済ませて戻ったところ、パンクではなく必要な器具が外れていたとのこと。修理費400円。

 近くの公園でブランコ&鬼ごっこを経て帰宅。しかししみじみと寒い日。Rちゃん、大丈夫か?
 
 夕方、作ってもらった唐揚げ、ポテトサラダ、激美味芋焼酎:明月などを持参し、bambi打ち上げの場へ。

 ライヴ当日の打ち上げは、ご来場のみなさまとの会話を優先して楽しむことが慣例となっており、歴史的においらもバンド・メンバーでの打ち上げ、という状況にはなかなかならなかったものだ。
 bambiにしても同様でそうした流れも踏まえ、打ち上げは事前に予定され今日を迎えた。

 しかしこの時期、居酒屋類は計画停電やらの影響もあってか営業時間がえらく短縮されている様子。すると「ならばココを使ってよろしい!」と、太っ腹の提案を賜り、その主:bass:yoyo&𠮷紋兄が宴の場を提供してくださることに。なんと有り難い。
 かくして全員の手弁当で宴開催の運びに。

 銀座のあるワインバーではメニューのいくつかに印がついており、その品(ワインもフードも)の価格のうち200円分を日本赤十字社に義援金として寄付するというシステムを取っていた。
 この時期、アルコールを口にすること自体に罪悪感を感じる方がいるようで、ならば「アルコールを飲むことによって寄付している」というシステムにすれば抵抗感も減るのではないか、という店主のアイディアでそうしたらしい。
 その品を注文した方は署名し、その署名の一覧をお店のオフィシャル・サイトにそのまま載せるそうだ。

 午後6時前後、いい年したbambi&関係者がわらわら集う。まるで高校生の集いのよう。
 𠮷紋兄が用意してくださったギターの美しくてコンディションのよいことといったらなかった。さすが音楽職人。
 おいらは座布団に座った端からMartinを手放さない。大先生の手にしたイバニーズ?の関連ブランド?の物件も素晴らしい。
 唐揚げもポテトフライも、芋焼酎:明月も白ワインもちらし寿司もおにぎりも、ずこんずこん胃袋に消えてゆく。ギターは延々弾いている。

 頃合いをみて、おいらは初めて観た先日のライヴ映像観戦。全員モニターに釘付け。
 映像を手がけてくださった𠮷紋兄の一見無造作なアングル、切り取り方に、各々ピリっとくるクールなセンスを感じていた。 

「音楽が好き」「楽器が好き」「演奏が好き」そうした共通認識で集う利害関係のない(笑)身内メンツで、ホロホロ酔いながら、ホクホク弾きながら、ワラワラ語り合う瞬間の贅沢なことといったない。
 気持ちよく大先生の新曲にあわせていたところ、隣でvo.haruが爆睡体制に。さすがフロント大物女子。こうでなくちゃ。

 皆様方、今日もお疲れごくろうさんでした。yoyo&𠮷紋兄、ありがとうございました。

投稿者 yonezawa : 22:42 | トラックバック(0)

2011年 02月 25日

ある公演

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 午後、Hさんからの連絡を受け、ふいに誘いいただいたある公演を2時間ほど観戦。
 また今日も夕飯をご馳走になったHさんとの時間は、予定がままならない場合を除き、何をおいても最優先なので、わずか1時間程度の空間ながら大事にする。

 単行本の入稿を深夜1時までかけて入稿。
 アンプは届いた。明日はbambiライヴ。

投稿者 yonezawa : 01:24 | トラックバック(0)

2011年 02月 17日

上原ひろみ

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 ピアニスト:上原ひろみさんのインタビューのため都内某所へ飛ぶ。
 2年前にヤンジャン本誌で取材して以来の単独インタビュー。

 昨年リリースされたスタンリー・クラークのアルバムにフィーチャリングとして参加した彼女も、事実上グラミー賞受賞ミュージシャンの一人となった。
 日本人が4人も受賞するという、いつにない快挙の渦中に彼女がいた。

 前作からスタンリーはひろみちゃんを熱烈指名していたようで、「まだまだひろみと演奏し足りない」と各メディアで語っていた記事を、おいらもいくつか読んでいた。

 単身で海外を拠点に活動し、自分のバンドを引き連れ世界中を飛び回っているとはとても思えない程の穏やかで優しい出で立ちの彼女。しかし、音楽という分野に一歩踏み込んだ瞬間の彼女の鋭い感性は破格のモノだと認識している。
 取材時間は予定以上みっちり50分程度確保。明日、彼女はすでにカナダに飛ぶそうだ。

投稿者 yonezawa : 19:13 | トラックバック(0)

2011年 01月 26日

新星堂

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 吉祥寺駅ビル「アトレ」の新星堂には初めて訪れた。

 数台並べられた試聴機には流行の韓流ポップスだけではなく、ケルトやカントリーや民族音楽のコーナーもあり、それだけでこの小さな店のあり方が気に入った。

 聴いたこともないバンド名の、カントリー音楽CDを数枚拝聴したが、どのバンドも格段に演奏が上手く奥深さを痛感。
 同時に、完成し成熟しきった楽曲の機微に感心させらるのだった。

投稿者 yonezawa : 00:31 | トラックバック(0)

2011年 01月 18日

テッド・ニュージェント

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 チャー新作の情報は、毎回K兄からのメールで知る。
 どの興味を抱く対象者にしても、日常まめにオフィシャル・サイトを観る癖をつけていないので、情報に気づくのがライヴ日程同様に遅い自分。
 『TRADROCK "Jimi” by Char』もすでに発売中だった。
 
 夜、地元でT兄と待ち合わせる。年明け初乾杯。
 これまで聞いたことのなかったロックな実体験エピソードの内容に、今日も舌を巻いた。
 テッド・ニュージェントやらユーライアヒープやらシン・リジーらの単語がストレス無く通用する稀な空間。ティーンの頃、海外で観たという多くのロック・コンサート話は、羨ましさと嫉妬が入り交じるような気持ちに晒される。
 帰国子女なT兄のロック体験な瞬間は、金に代え難き宝石のような輝きを放っていた。

投稿者 yonezawa : 01:36 | トラックバック(0)

2011年 01月 17日

無理矢理胃袋

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 昨日夕方、荻窪:丸長へ。
 夜の部は午後5時30分からの開店とばかり思い、到着し、店の前で20分ほど待った頃、空く気配がないので表の張り紙を見たらば「第三日曜日(と毎週水曜日)は定休日」と書かれてあった。…………!!!

 やむなく他店舗で夕飯を済ませたのだが、早い時間の夕飯だと予測し「夜食のために」と池袋のデパ地下で天むすを購入していた。
 帰宅し、雑務をこなす間もなかなかお腹が減らないのだが、わざわざ買ってきた天むすを残すのは勿論勿体ないので、腹も減ってないのに無理矢理胃袋に押し込む。
 Rちゃんは海老だけ1個食べて白身魚もほおばった。歯を磨いてあげた後だったけど…
 
 明けて明日は昼過ぎから健康診断なので、午後2時3時頃までモノを食べられない。まぁ丁度よし。
 
 本日昼、診断に必要な準備を終え、書き込むモノに書き込みも終え、編集部からも割合近いメディカルクリニックへ。
 (空いててラッキーという意味で)閑散とする院内で受付を済ませ、診察用の衣装に着替える。全然混んでいないのがともかく嬉しい。
 相当なスピードでオートメーションのように右から左。
 採血〜身長・体重計測〜血圧検査〜聴力検査〜視力検査(両目共に0.1の判断)〜心電図検査〜聴診器での検診〜バリウム検診〜粗方そのような流れで、確か30分かからなかった。

 こうした診断は何年ぶりだったか。滅多に受診しないものの、おいらはこのバリウムがやっぱり苦手。ゲップ禁止の診察となるが、ドリフターズのコントのように、バリウム(コントでは牛乳)を飲みながら、何回もゲップしてしまい、何度も何度もバリウムを飲む──という、あの映像がマジで起こりそうな錯覚を毎回抱く。
 検査が終わって、ゲップと共に洗面所でうがい。気分は嘔吐な感じ。吐かないけど。
 
 検査衣装から私服に着替え、受付で下剤を受け取り即服用。
 今日中に大きい方が出なければ、基本的にアルコール類も飲んではいけないそう。

 夕方、O先生と待ち合わせ。
 昨年2月、デイヴ・メイスンの最終チャート・イン・ラスト・アルバム『明日へのチャンピオン』(紙ジャケ)ライナーノーツを書かせていただいたが、今日は彼の来日公演。
 ソニーSさんよりお誘いを受け、サンプラザにて初観戦。
 しっかりした歌もギターも健在。同じように活躍する彼と同世代の日本人ミュージシャンをすぐには思い出せなかった。

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2011年 01月 16日

正真正銘のロケンローラー

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 昼過ぎまでRちゃんパソコン・ゲームにつきあい、車で池袋へ。
 西武デパートに繋がる書店リブロで行われる「江口寿史サイン会」会場へ向かう。

 開始時間より1時間も早めに着いてしまったので適当に時間をつぶしつつ、先ちゃんと合流した後、別館8Fのカフェで待機。なんだか仕切りが心細い。

 サイン会より数日前に、整理券は予定枚数をあっと言う間に配りきったそう。
 次回の先ちゃんサイン会は30日14時より吉祥寺リブロ。並んだファンの行列前方、男子多し。
 
 この1〜2年で、おいらが最も注目するロックシンガーAから最新デモ音源拝受。嬉しい。
 英語圏からやってきたAの魂込めた、まさに渾身の新作。
 明日、珍しく通勤の際に爆音でもう一度拝聴予定。スキルは上がり、勢いは増し、期待は募るばかり。Aは正真正銘のロケンローラー。

投稿者 yonezawa : 01:33 | トラックバック(0)

2011年 01月 12日

要、確認

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 午前の校了を経て、夜デザイナーMちゃんと飯。
 以下、要確認。

●John Butler Trio
1月13日(木) 赤坂 BLITZ 19:30 start

●福田進一、鈴木大介、村治佳織、大萩康司ニューイヤーコンサート2011
1月22日(土) ヤマハホール 14:30 start

●リー・リトナー、マイク・スターン
2月5日(土)コットンクラブ
2月7日(月)~10日(木)ブルーノート東京

●テイラー・スウィフト
2月16日(水)、17日(木) 日本武道館 18:00 open/19:00 start

●押尾コータロー
3月26日(土) 東京国際フォーラム・ホールC 18:00 start
3月27日(日) 東京国際フォーラム・ホールC 17:00 start

●宮本笑里
5月14 東京国際フォーラム・ホールA 18:00 start
5月15 東京国際フォーラム・ホールA 15:00 start

●イーグルス
3月5日(土) 東京ドーム 15:30 open/17:00 start 
3月6日(日) 東京ドーム 15:30 open/17:00 start

●KTタンストール
3月30日 (水)  Shibuya O-EAST  18:00 open/19:00 start

●本田恭章
5月2日(月) 詳細未定

投稿者 yonezawa : 21:35 | トラックバック(0)

2011年 01月 8日

bambiリハ

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 家を出るギリギリまでRちゃんシフトで時間を使った。
 午後までふわふわと睡眠をとり、夕方のbambiリハにあわせて身支度。
 年始めのバンドリハ。

 昨年覚えたつもりの楽曲にまっさらな気持ちで挑む。
 前回のアレンジを思い出しながらも、結局“今”の気分がフィットするアレンジメントで弾き出している。落ちつくところに落ちつくだろう。

 リハ後、頻度の多いいつもの「ガチャガチャ」にてホッピー乾杯。
 メンバー2名からのとんでもない報告と、メンバー1名からの温泉遠征計画を聞きながら、すでにこのバンドの春先以降までのスケジュールがうっすらと決まりかけている様を心地よく聴いていた。
 〆には美味いカレーうどんをいただき、大先生を送りつつ帰途に。

投稿者 yonezawa : 21:10 | トラックバック(0)

2011年 01月 5日

It Might Get Loud

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 浮世離れした正月休みも終わり。仕事始めである旨を記したメールを数通拝受した。
 連休中、6日まで台車はコミュニティ広場というマンション共有スペースに置かれていた。
 年賀をとりにマンション下へ降りた際、ゴミ捨てついでに台車を運んだ。
 昨日捨てられなかった雑誌類のゴミをまずは廃棄。
 マスクを着用し、ギター部屋の9割の隅々まで全部をひっくり返し丹念に掃除機がけ。ほとんど引っ越しした状態と変わらない。
 面倒くさいがやらねば何も前に進まないような状態だった故、整理出来た箇所を見る度に心も整理されていくよう。
 引き出しの中まで整え、多くの書類も廃棄。インタビュー取材でもストックし続けたMDをまとめて1つの箱に収納したところ、大型の箱にも収まらず、知らない内にふくれあがったその量に改めて驚く。取材は途中からICレコーダーに取って代わり、今ではPC内に音声を保管してあるので物理的な場所を取ることはなくなったが、この作業も10年経過を待たずして、別メディアに取って代わるのかもしれない。
  
 大昔に捨てまくったカセットテープも、今回大量に廃棄処分したビデオテープも、結局一度も聴かく見ないまま捨てることになった。あの膨大なダビング作業は何だったのか。人生のある濃い部分は(第三者への刺激のための)ダビングの歴史のよう。

 漫画家:TT69のメールで、ドキュメンタリー映画『It Might Get Loud』のことを思い出した。
http://www.sonyclassics.com/itmightgetloud/
http://movies.yahoo.com/movie/1810025498/video/13892245/

 本作は、アメリカではすでにDVD,BD化されているが日本未公開。
 ジミー・ペイジ、エッジ(U2)、ジャック・ホワイトらの出演するドキュメント作品だ。
 『不都合な真実』のデイヴィス・グッゲンハイム監督がメガホンをとり、昨年8月14日からニューヨークとロサンゼルスで公開された本作を、何故日本の配給会社は買わなかったのか。

 致し方ないので日本語字幕のないソフトを一応観ることにしているが、瞬時に「絶対に観たい!」と思うおいらのような者は所詮少数派ということか。そのセンスは大きくズレており、日本では当たらないという読みなのか。
 トレーラーを観るだけでものすごくワクワクする。ロックとはその症状のことも指す。
 

投稿者 yonezawa : 21:02 | トラックバック(0)

2010年 12月 19日

ミックスジュースとbambi

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 「おったん…」というRちゃんの声で午前8時に揺さぶりをかけて起こされ、パソコン・ゲームを催促される。
 画面をセットして寝て、本人がゲーム内でつまずく度に起こされ、再び寝る。
 この行為を4,5回繰り返すと、眠気はあってももう寝ていられない。

 「あっちでディズニーチャンネルみようよー」と手を引かれ、2人でケーブルテレビを観るが意識はまだ朦朧。
 昼食までのわずか30分間だけ、伴侶との連携でなんとか仮眠を確保した。
 昼食後「おさかなさんにパンをやろうよ」というリクエストに応える。

 奥から昨年買ったクリスマスツリーを引っ張り出し、ママとRちゃんの2人で飾り付けた。
 すかさず「しゃしんとって!」とRちゃんは言う。

 冷凍のパンを細かくちぎり、浄水にいる鯉にえさをやるのは近所でも見かける休日の光景。
 ところが川を覗いてみると鯉は一匹もいなかった。
 21日になんらかの工事があると看板に書いてあったので、魚を他の場所に移してしまったのかもしれない。真相は知らないが。
 
 ベビーカーにRちゃんを乗せたまま、近所のスーパーへ。
 果物:イチゴ一パック、グレープフルーツ1個、リンゴ1個、刻みパイン1パック、蜜柑と桃の缶詰、牛乳、こちらに冷蔵庫にあったはずのバナナを加え、ミックスジュースを作ってあげるべく購入。
 帰宅して10分程度で果物を切り終え、ミキサーへ。
 スイッチを押すのは、あらかじめ三輪車を台所に持ち込んで、手の届く高さでスタんばるRちゃん。
 「スイッチ・オン!」機械音と共に、具材が見る間に薄赤いジュース状態に。Rちゃんが混ぜ合わさる果物を凝視している。
 この至ってシンプルで健康的なジュースができるまでの行程は、休日恒例の行事となりつつある。作る方も楽しい。

 2人に飲んでもらった後、即バンドリハへ。
 今年最終となったbambiリハで新曲の機微を最大限に理解しようと、全員同じテンションで取り組む。
 とりたてて新曲「紅い蝶の羽」は名曲。
 リハ後、当然のbambi忘年会で腹一杯。来年の岡山遠征が本当に実現すれば嬉しいものだ。 

投稿者 yonezawa : 18:01 | トラックバック(0)

2010年 12月 17日

『ソレイユ』 東京公演

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 とてつもなく優しいフィンガリングでフェイド・インしてきた「ヒア・カムズ・ザ・サン」の旋律にいきなり鳥肌がたった。音色もビジュアルも、本当に美しい…。

 昨年の今頃、同じ場所で聴いたあの感動と同じ感触が思い起こされ、常に「最新のライヴがベスト」と感じられるコンサートの幕が開いた。

 リリース記念コンサート『ソレイユ』 村治佳織:東京公演はニューアルバム『ソレイユ』収録曲を全て演奏するスペシャル・コンサートとして、恵比寿ガーデンホールで行われた。
 丁度昨年の今頃も同じ場所で佳織ちゃんのコンサート観戦のために、このホールを訪れていた。

 贅沢にもアルバムそのものの曲順で構成された演出は、暮れの最後にファンが大満足するライヴとなった印象。とても贅沢な演出となった。
 下町!(日本)が世界に誇るクラシック・ギタリスト:村治佳織の機微は今年も極まる。さすがだ。

 ゲストとして登場された沖仁さんとのコラボレーションも興味深い。あの優れたフラメンコ・ギタリストが一歩引いて演奏しているニュアンスも新鮮で、佳織ちゃんのギターの迫力が
がぜん引き立つ演奏となり、ホールに力強く響き渡っていた。
 「2人のコラボレーションはまた観てみたい」と、会場の多くの皆さんも感じられたことだろう。

 演奏クオリティに比例するように、愉快で品格溢れるMCのそつなさ。もはや村治佳織はなにもかも手に入れてしまった。
 後はそのトップ・スキルを何年継続するか、今後のテーマの一つはそこにもあるように思う。

 昨年は「初二日酔い」のエピソードに会場が温かい気持ちに包まれたような記憶。
 今年は師走に向かって12月半ば前より暮れまで基本的に延々飲む相手がすべて決まってしまっていると言う、忘年会アホ・スケジュール渦中の自分を省み、自業自得に汗。

 世界最高水準にある村治佳織のような素晴らしい演奏を目の当たりにする度、毎年毎年、襟を正さねばと、二日酔いを含めて反省の意識に苛まれる。

 走り続けるという凄さ。鍛錬は身を結ぶという説得力。
 それらをまるで当たり前のことのように、努力の姿を見せないまま、実にしなやかに演じきる技量。
 そしてそのスタイルは、どこを切っても「美」というキーワードに包まれている。
 ため息ものだ。圧巻の、かつ年間ベスト・ライヴ物件の証人となり、控え室へのご挨拶を経て即吉祥寺へ移動。
 佳織ちゃん、おつかれさま!

 音楽人Aとの嬉しき乾杯。輩とももう24、25年ぐらいのつきあいか…。感慨深し。

投稿者 yonezawa : 18:00 | トラックバック(0)

2010年 12月 16日

MICHAEL

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 1958年8月29日生まれ、アメリカ合衆国インディアナ州ゲイリー出身。USを代表するポップ・アイコン。
 昨日発売になったマイケル・ジャクソンのニューアルバム「MICHAEL」拝聴。

 関連サイトの情報によれば…「このアルバムには公式サイトにて1週間限定で公開された新曲「Breaking News」をはじめ、2007年にレコーディングされたもののリリース前にネット上に流出したためお蔵入りになっていたAKONとのデュエット曲「Hold My Hand」、同じく音源流出で話題となったレニー・クラヴィッツのプロデュース曲「(I Can't Make It)Another Day」、50CENTをフィーチャーした「Monster」などを収録。さらに、マイケルが歌詞やメロディにアレンジを加えたYMOのカバー曲「Behind The Mask」も収められる。」とある。

 「Behind The Mask」のテイクが、日本人としてはやはり馴染み深い感覚があり、我が国が誇る音楽家:通称“教授”と念願の初邂逅を果たした際、このエピソードも伺った記憶がある。
 優れたメロディとは、まさにダイレクトにマインドに訴えかけるものだ。

 W社:M&Tくん、天才編集者Fとの会食に歓びを感じる。
 夜、ふいに届いた天才クラシック・ギタリストKDくんからの初メールに感激。

投稿者 yonezawa : 18:00 | トラックバック(0)

2010年 12月 2日

曖昧

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 収拾がつかない。置き場がない。
 膨大な枚数になってゆくCDを少しでもシンプルにするべく棚の整理を思い切った。
 随分昔に買いそろえた某バンドCDタイトルを一組、紙ジャケになってまた一組、HQCになってまた一組、ボックスになって一セット…っと、1バンドなりミュージシャンの一連のCDを3セット以上もコレクションしているアホな場合があるので、この機会にダブった一連のソフトは第三者に贈呈しようと決意。
 メジャーどころのいくつかのタイトルも、今後もう聴く機会はほぼなかろうと判断し、iTunesに保存することもなく大型の段ボール2つ分ほどを仕分けの対象に。

 不動の名盤タイトルはおいといて、意識の中で迷う位置に類するミュージシャンに関しては、保存するか手放すか、そのボーダーラインが曖昧になっている。

投稿者 yonezawa : 17:07 | トラックバック(0)

2010年 11月 29日

ボクシング至上メール

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 甥Yの欲しいCDリクエストにこっそりと答えるべくamazonでせっせとCDを集めていた。
 高校時代にそんなおじさんが欲しかった。
 おいらの誕生日の2日後にKの誕生日がやってくることあり、この時期はなんだか知らないが知人友人も含めて誕生日ラッシュのシーズン。
 パルコでK御用達ブランドのジャケット、Tシャツ、マフラー、手袋を一斉購入。
 
 昨日届いた映画人:Mからの「ボクシング至上メール」を受け、「そうしたことは熱いうちに語り尽くすべし」と急遽飯会がセッティングされる運びとなった。
 Mはボクシング漫画好きがこうじてホンモノの試合を観に行くことになったそうで、「私は(長谷川穂積選手の世界タイトル)初戦のウィラポン戦を武道館で、再戦のウィラポンも神戸で、モンティエル戦も武道館で、生で観てます」というメールを送ってきて嬉しくなった。
 ギリギリまで行われた某打ち合わせを切り上げ、待ち合わせ場所へと飛ぶ。

 現地にはMと初対面のNさんがすでに到着。
 映画・漫画・音楽──っと話は小気味よく転がるように展開するが、その流れに時折挟み込まれる連中の物言いには、ある種の歓びを噛みしめていた。大変愉快な夜となった。

 午前中よりバリバリ稼働するMとNさんのテンションがクールダウンし、徐々に眠気に包まれる様を察知し、端的に盛り上がった酒宴をスパンとお開きに。
 「この店で、この面子で、また次回も盛り上がりたし」と、明日連中にメールするつもり。

投稿者 yonezawa : 17:05 | トラックバック(0)

2010年 11月 25日

朝鮮戦争

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 サム・クックはすでに故人でサム・ムーアは近々来日公演を行う。
 この2人の名前が時折ごっちゃになってしまう。
 サム・ムーアと言えば、’75年に『ジャコ・パストリアスの肖像』にゲスト参加。「カム・オン、カム・オーヴァー」に参加という印象が個人的には懐かしい。深夜に同アルバムを拝聴。

 2011年2月19日より角川シネマ新宿ほか全国にて公開となっている韓国映画『戦火の中へ』をいち早く鑑賞。
 関連サイトによれば「朝鮮戦争で学徒兵として集められた71人の若き学生たちが、夢と希望を抱きつつも果敢に戦う姿を描く。韓国で観客動員数約350万人を記録した戦争アクション超大作。」とある。
 監督は『私の頭の中の消しゴム』『サヨナライツカ』のイ・ジェハン。主演は、日本でも絶大な人気を誇るというBIGBANGのT.O.Pことチェ・スンヒョン。
 彼は学徒兵たちを率いる中隊長を演じているのだが、事前に宣伝担当者に聞いた情報「韓国のイケメン・スターが主演なんです」という色眼鏡が、逆にこの作品の興味を削がれるところだった。
 香港やら中国の優れた俳優にも感じることだが、劇中描かれるヒリヒリしたリアリティ溢れる世界観は素晴らしいものがあり、チェ・スンヒョンも単なるイケメン俳優では片付けられない彫りの深い演技を貫いていた。
 
 連日報道される北朝鮮の信じがたき暴走は呆れるところで、先頃「南朝鮮(韓国)が無分別な軍事的挑発を行えば、我が軍隊は2次、3次の強力な物理的報復打撃を加える」と警告する通知文を米軍側に送ったのだという。
 朝鮮戦争を描いた『戦火の中へ』は1950年。そして先日の北朝鮮による砲撃が今年2010年。
 朝鮮戦争から60年、まだ彼らの戦争は続いているということだ。

投稿者 yonezawa : 03:26 | トラックバック(0)

2010年 11月 22日

ピアニスト:松下奈緒ライヴ

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 外は小雨。渋谷bunkamuraオーチャード・ホールで行われる、ピアニスト:松下奈緒ライヴへ。
 彼女の公演を観るのはおよそ1年半ぶり。基本的に東京公演は確か皆勤賞的スタンスで観戦を続けている。
 さして予備知識もないまま飛び込んだ今回のライヴは、きっと先だってベスト盤をリリースした内容になろうかと予測していた。

 思えばおよそ2年前、オーストラリアの歴史上最もCDを売った地元美人シンガー:デルタ・グッドレム×奈緒ちゃん対談が、彼女との初邂逅となった。
 その取材はほんの数年前のはずなのに、近年、彼女の八面六臂の大活躍のせいなのか、もはや懐かしい思い出となっている。
 
 ゲストの1人には思いもよらぬギタリストが登場。名クラシック・ギタリストの木村大。
 彼の取材も以前がっつり行っており、偶然の出会いが嬉しい。
 今回はギター内に内蔵ピックアップを偲ばせたハイテク・システムでの演奏を聴き、以前にも増して迫力ある出音を確認。
 チック・コリアのスペインは多くのミュージシャンがカヴァーする、もはやスタンダードとなりつつある名曲だが、本日のソロ・コーナーでは優れた木村大のそれを聴いた。
 
 テレビ小説『ゲゲゲの女房』主題歌をピアノソロ・アレンジで軽快に弾き上げながら、多数のオリジナル曲を矢継ぎ早に演奏する奈緒ちゃん、そしてバック・ミュージシャンのサポートにも、彼女同様のオーガニックさを感じていた。
 彼女のオリジナル曲の中でも、ソニーのVAIOのCMに採用された「f」という楽曲は、小気味よいリズムで個人的には特に好み。
 あれほどの多忙を極め、国民的認知を仰いだ女優業の狭間に、こうした音楽活動の糸も途切れさせることなく継続する、彼女のそのエネルギーには、四の五の言う前にまずは脱帽だ。
 それにしても年齢では計り知れない程の落ち着きよう。実際に会話を交わして、まず感じる気持ちがそれだ。

 終演後、大広間での打ち上げ乾杯が行われ、奈緒ちゃんとも久々に再会を果たせてラッキー。次回の再会はどこになろうか。とりあえず「次回はRちゃんを連れて行くからね!」という意思はお伝えしてきた。

 場内では木村大選手の姿も見つけ、久々の再会を同じく喜ぶ。
 いつも明るい大くん。「あなたのギターも、おいらなりに追いかけてゆくぞ」と再び約束。

 編集Uに、思いも寄らぬ渋谷の名店フレンチ店を教示していただき、充分にお腹を満たし、雨の中、我々にすれば随分と早めの帰途についた。

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投稿者 yonezawa : 20:38 | トラックバック(0)

2010年 11月 8日

Back To The Egg

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 Paul McCartney & Wingsのアルバム『Back To The Egg』は中3の頃、ショーサクの家で初めて聴いたLPだったか。
 ある日、ふと「CDを持ってなかったな」と思い立ちネット購入した。
 何かの拍子にまた思い出し、聴いてみようとケースを開けたら中身がない。
 数千枚ある他のCDのケースに2重でしまった可能性大。
 とても探せる根性がないので、泣く泣くもう1枚をネット注文した。ものによってはレア価格で1万円を超える物件もあり、驚いた。

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 同じく、欲しい欲しいと思っていたアッバス・キアロスタミ監督の映画『友だちのうちはどこ? 』DVDは、現状[ 中古品 ¥ 13,500]という暴動の起きそうな状況故、手が出ない。
 こちらはLDで保有しているソフトながら、手軽なDVDでもと考えているがしばらくは難しそう。K市のSにもダビングして送ってあげたいのだが、そちらは延々義理を欠いて恐縮。

 キアロスタミ監督といえば、今月の東京フィルメックスに来日するとか。
 丁度、『PEACE』の上映で来日する想田和弘監督より、上映の日にご招待いただけたので喜んでいたところ、続けて上映するのがキアロスタミ最新作『トスカーナの贋作』とのこと。同作品にももちろん興味津々。しかしチケットはすでにソールドアウトの模様。
 いずれにせよ、久々にキアちゃんと会えたら最高だろうな。

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投稿者 yonezawa : 17:04 | トラックバック(0)

2010年 11月 5日

ポリシックス/フランス

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 正直、そのバンドのメンバーと知り合いになるまで音体験はなかった。ある日、幸運なことにご本人と酒席を共にする機会を得、彼女よりベスト盤を贈呈いただいたことをきっかけに、そのバンドの音源は折に触れ、聴く機会をもってきた。

 本日、恵比寿リキッドルームで新生「ポリシックス」のライヴ初観戦。
 同行者はフランスの出版社の編集者2名に、日本在住のフランス人翻訳家1名の総勢4名。
 前日に無理を承知でチケットのお願いをしており、当日手配してくださったFちゃんには本当にお世話になってしまった。

 チケットは早くにソールドアウト。会場内にはポリシックスのコスプレ衣裳のファンも多数集い、熱気ムンムン。

 登場した瞬間からアクセル全開といった針の振り切ったような演奏が始まる。
 数曲聴いていくうちに、このバンドはテクノというくくりではなく、プログレでありハードロックであることを認識させられた。

 3ピースとなったギター・ドラム・ベースの編成は勝手知ったるおいら。彼らが奏でたアンサンブルの機微はひとつの完成型を思わせ、変拍子にしろ、3人のタイム感にしろ、3者のいずれかの楽器がブレイクの間を埋めるアレンジにしろ、舌を巻くほどの完成度であったことを、生のライヴで改めて認識させられたのだった。

 ツアーファイナルという最大テンションの今日、こうして初めてポリシックスのライヴ体験ができたのもとてもラッキーだと言えた。
 フランス人ゲストの面々も各々楽しんでおり、年間2回ほど来日する彼らが日本のバンドのライヴ体験ができたことをとても貴重な思い出として受け止めてくれたのも嬉しかった。
 Fちゃん想像通りかっこいい。そつない。プロフェッショナル。素晴らしかった。

 終演後、関係者での乾杯タイムの冒頭にお付き合いさせていただき、Fちゃんに心からの感謝をお伝えし会場を後に。

 Iさん、Kさん、Tさんの3人で飛び込んだ魚メインの居酒屋が当たりで、想像したよりもナイスな物件が出てくるので二日酔いのコンディションにもかかわらず、思わず杯が進む。
 巨匠メビウスの話。映画の話。双方の国の出版社事情の話。話がつきない。
 そしていつかの未来、もしフランスへの旅があったなら…と仮定し、「私たちが責任を持って、米澤さんファミリーをすべてを案内しますからね!」という嬉しい会話なども楽しみながら、河岸を変えた先、新宿の夜が更けた。

投稿者 yonezawa : 17:01 | トラックバック(0)

2010年 11月 1日

レスポールのヴォリューム

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 Rちゃんの体調がなかなか完治に至らず、今日も幼稚園はお休みで病院へ。
 かかりつけの医者に行かせたところ、その病院では細かい検査ができないとのことで、電車で数分かかる別の病院(の先生も指定)を紹介してもらい、病院を梯子させた。
 寝付いた後の咳込みが数時間おきに見られる故、大事をとっての診察だったが、気管支炎はしっかり再発していた。
 
 昨日のインタビュー原稿を書き上げ、担当編集へと中継し、ふいに双方のタイミングがあったS社Kと飯へ。
 ここでしか聞けないレア情報を確認しながら、音楽談義に花が咲く。
 遠慮無くディランだジェイクだエアロだと話のできる貴重な同世代の仲間。映画「宇宙戦艦ヤマト」挿入曲のエンディングか何かにスティーヴィン・タイラーが、「アルマゲドン」的想像通りの楽曲を書き下ろしているそうだ。

 彼の携帯ストラップに下がっている、レスポールのヴォリュームを鎖で繫いだアクセサリーをジロジロ見つめていたおいら。その気持ちを察してくれたのか、いつの間にかKは「これあげるし!」と、取り外して贈呈してくださった。
 重量感のあるヴォリューム・ストラップを、ゴム製ストラトのストラップに加え、ぶら下げてみた。K、サンキュ!

投稿者 yonezawa : 15:40 | トラックバック(0)

2010年 10月 30日

エリック・ルイス/ブルーノート

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 午後の昼過ぎ13時30分頃には、早々とRちゃんとお風呂。

 Rちゃんのお遊びに付き合いながら、徐々に外出の準備を。
 黒人ピアニスト:エリック・ルイスのライヴへ。ブルーノート東京には久々に訪れた。
 店の近くで強風にあおられ、逆さまに裏返った傘の骨が一箇所折れてしまい胸くそ悪し。
 ブルーノート到着。
 入場し、鍵盤の見える席に案内され18時より開演。ソロとしては初来日だという鳴り物入りピアニストのステージを拝聴。

 かつてエルビン・ジョーンズのジャズバンドでは来日したことがあるそうで、ソロとしては初めての日本だったようだ。曲間の微妙な緊張感がこちらにもヒシヒシと伝わってくる。
 グランド・ピアノを前に、立ったままのスタイルで、まるで格闘技を始める前の型を行うようなニュアンスの精神統一も特徴的。そこからパワフルな楽曲が奏でられる。
 様々なロックバンドの曲をピアノ・インストとして演奏する彼独特のスタイルは、おいらも初めて体験するタイプの音楽だった。
 中でもおいらはレイナード・スキナードのカヴァー「スウィート・ホーム・アラバマ」が好み。
 アンコールを含む一部全内容を演奏し終え、エリック本人と初邂逅を果たす。
 「おいらは、あなたのPV(ニルヴァーナの「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」)を撮影した映画監督の北村龍平のFUCK'IN友人だよ」と挨拶。控え室でも緊張の糸は続いていたように見受けられたが、笑顔で握手を交わすことに。
 明日の単独インタビューの旨をお伝えし、ハッキリしない雨模様の中、同行のUとフレンチ飯。
http://www.avexnet.or.jp/ericlewis/index.html
http://www.avexnet.or.jp/ericlewis/index.html
http://www.myspace.com/ericlewisjpn

投稿者 yonezawa : 16:26 | トラックバック(0)

2010年 10月 27日

ラウル・ミドンと武道館

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 11月刊コミックスの入稿に没頭。
 夕方、日本武道館で行われるライヴ・イベントに伴侶とその友人が観戦予定のため、武道館関係者入口でRちゃんを受け取った。残念ながら幼児は入場不可なのであった。
 ライヴの内容は「平井堅がロバータ・フラック、ラウル・ミドンと武道館で夢の共演!」といったもの。
 ラウル・ミドンには過去に一度、単独インタビューを果たしており、2006年12月15日発売号のヤンジャン3号に掲載した。
 彼は盲目だと聞いていたので、彼宛の手紙は点字で用意した。
 初めて会話を交わした際、「大阪でやったパフォーマンスが、もう生涯で一番と言える程のいいパフォーマンスでね。みんなからのエネルギーが、ものすごかったんだよ。」と語った彼の笑顔が今も懐かしい。
 おいらが彼に注目したのは、あのジェフ・ベックから「とてつもない才能の持ち主」と称賛されたことに始まった。聴かずにおられるかと即資料を取り寄せ、音源を拝聴し、即取材を決めたミュージシャンの一人。
 デビュー作にしてニューヨーク・タイムズ紙はラウル・ミドンを“巨匠”と呼び、数多くのミュージシャンからは破格のリスペクトで讃えられた。
 今夜の勇姿は、タイマー録画してるWOWOWで確認しすることにしよう。
 
 Rちゃんの大好きな海老フライと総菜、トマト等を買い出し、仕込んであった唐揚げと味噌汁とふりかけご飯をRちゃんの夕飯に。
 ヨーグルトに混ぜた粉末のお薬を飲んでもらい、お風呂へ。

 どういう訳だか今日の日だけは、どうしても「おったんのへやで、おったんとねるー!」と聞かなかったRちゃんがたまりませんでした。

投稿者 yonezawa : 16:18 | トラックバック(0)

2010年 09月 25日

結婚披露宴

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 ここのところいつもより数時間早めの起床のせいか、午前2時頃になると軽い睡魔が。
 今日も土曜日ながら午前起床。
 主治医のアドバイス通り、Rちゃんは今日も午前から病院へ。
 昼食には仕込んであったポテト・コロッケを揚げ、付け足しにサラダと燻製たくあん、梅干し。1人で食事の時は2Lのペットボトルをラッパ飲み。

 夕方、吉祥寺アトレのオープニング企画の一環である催し物イベントへ。

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 先ちゃんと西原理恵子さんのトークを最前列で観戦。会場は立ち見客が押し寄せ大盛況。
 「いせや」で打ち上げの乾杯におじゃまさせていただき、わずか40分ほど経った19時過ぎには麻布十番へ移動。
 
 YとNの結婚披露宴会場へ到着した。
 2人との出会いから7年ほどは経過しただろうか。以前定期的にやっていたおいらのバンドのライヴには毎回毎回足げに通ってくれた彼ら。
 最高学歴を経て会社起業を営むYも、高級アパレルに勤務するNも若いのに経済力があることが何よりも彼らの立派なところ。

 当日、乾杯の音頭をとメールで頼まれ快諾。何を語ろうかと移動の大江戸線の中であれこれ考え、僭越ながら「離婚しない心がけの一つ」をスピーチしようと決めた。

 会場では、ミュージシャン仲間だったMと確か3年振りに再会。
 会社役員となった彼との、かつて過ごした時間は濃かった。あの頃も実に充実したものだったなぁと懐かしい思い出話に花が咲く。
 Mとは、ロンドンに始まり、カナダのバンフ〜バンクーバー、フランスのカンヌ映画際等々、海外での思い出も山積み。
 新婦Nの一途な想いがようやく叶い、この日を迎えた2人を心より祝福した後、品川駅へ移動し、新幹線の時間までMと語り合った。
 山手線で新宿を経由し、帰途に。THE MODSのライヴ観戦に行くことが叶わず残念。

投稿者 yonezawa : 23:52 | トラックバック(0)

2010年 09月 21日

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 “カンヌ国際映画祭を熱狂させた奇跡のドキュメンタリー!”というコピーで只今絶賛上映中の映画『ベンダ・ビリリ! もう一つのキンシャサの奇跡』は、雑誌「ぴあ」調査による9月10日、11日公開の映画満足度ランキングでトップに輝いたそう。

 路上で生活する、コンゴはキンシャサのストリート・ミュージシャンを追ったドキュメンタリー。
 手作り楽器で誰にも真似できない音楽を演奏する車椅子4人と松葉杖2人を含むバンドが「スタッフ・ベンダ・ビリリ」。

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 今日はそのバンマス:リッキーと、ドラマー:モンタナ2人の単独インタビューを敢行。
 リッキーの車椅子をモンタナが押しながら、2人はユニセフ内のインタビュールームへとやってきた。

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 映画に描かれるまま、何の気負いもないバンドマンの2人。楽観的な国民性と伺っていた通り、現場はとてもフレンドリーな空間に包まれた。
 世界ツアーも経験した彼らは、路上生活者であった1年前と比べ、生活も180度変わったそうで、なんと今ではバンドメンバー1人ずつ家を建てたそうだ。
 モンタナは「人生はバラ色だ」と語った。
 
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 メンバーの中に「サトンゲ」という自家製の楽器を奏でるロジェという少年がおり、実際に会ったら映画の中より随分成長していた。
 ロジェ、雰囲気カッコイイ。ある意味イケメンな兄ちゃん。
 彼らへの興味と共に、空き缶と木の枝だけで作った1弦楽器「サトンゲ」においらは惹かれていた。
 インタビュー後、全メンバーと対面し、野外の駐車場スペースで写真撮影。
 インターバルの際、ロジェからその「サトンゲ」を貸してもらったが、お手製感バリバリのなんとも言えない形状の楽器が不思議で面白い。シールドを通すアダプターもあったので、ライヴ用にピックアップも取り付けているのだろうか。
 例えば拾ったバイクを改造して自ら車椅子までも廃物利用で作成してしまう彼らは、もはや発明家だ。
 この「サトンゲ」、既製品として販売しないのか。ギター・メーカーは。そろそろ。
http://bendabilili.jp/

投稿者 yonezawa : 23:50 | トラックバック(0)

2010年 08月 29日

ジェイク・シマブクロ

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 このブログでも何度となく讃えたことだろう。
 渋谷オーチャードホールで行われる、恒例のジェイク・シマブクロ公演は年間を通じて最も楽しみな一日だ。
 いよいよ今年もその季節がやってきた。

 新作では、クイーンのボヘミアンラプソディのカヴァーもやっていたが、ジェイクなら当たり前に優れたアレンジだし、当たり前に優れた演奏だと認識し、特に深く受け止めるニュースでもない気がしていた。

 コンサートはアルバムの曲を中心に構成。問題の『ボヘミアンラプソディ』はコンサート中盤に奏でられた。

 イントロが始まった瞬間、CDのそれとは比較にならない破格の響きだと知覚。

 すごかった。

 とんでもない宇宙規模の音色がホール全体にこだまする。
 クイーンという比較対象のない凄まじきバンドが残した、この世でたった1つの旋律とアンサンブル。その極まる楽曲の機微を、ジェイクはウクレレ1本だけであますところなく再現し、そして独自の彩りを加えた。
 ほとんどの観衆が心で泣いていた。

 CDなどでは到底表現しきれない、2オクターブの4弦だけによる世界観がたまらない。
 世界トップ水準の演奏はここにあった。

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 ジェイクの音楽は、ライヴを見なきゃその真髄はわからない。
 ジェイクの身内中の身内Kの意見も言い得て妙だ。「ディラン同様、レコード(CD)はその時の記録でしかないってことでしょう」
 彼も、ジェイクのライヴ感をCDに収めるのは無理かもしれないと知っている。
 
 音楽家としてのあの表現力、演奏スキルに至っては、もうあれ以上のパフォーマンスを想像出来ない。
 つまり音楽家として機微は(もっと前からだが)頂点を極めた印象だ。
 後は、あのトップ・スキルを何十年継続するか、テーマの一つはそこにあるような気がしている。
 まだジェイクのライヴを知らぬ者は、おいらがライナーノーツを担った最新ライヴ盤を購入し、国内ツアー中のいずれかの公演を観るべきだ。

 加えてジェイクは人として最も重要な優しさ、配慮を兼ね備えている。
 今回、婚約の朗報は個人的にもとても嬉しいニュースだった。
 フィアンセに送ったという新譜#1収録の『kelly's song』は確かにアルバム中、最も優しさに満ち溢れている。
 ジェイクの音楽に触れられること、ジェイクと同じ時代を生きることすべてに感謝。

 ツアー・ファイナルとなる宮崎県はおいらの故郷であり、現在母親在中の町だ。
 ジェイクが「口蹄疫の影響を受ける本県に思いを寄せ…」という内容で綴った「全国ツアーで本県応援」という見出し記事の切り抜きを母が写メールで送ってきてくれたのだが、今日のMCではその件が語られた。

 当面、ジェイク&2人のKさんらと、また食卓を囲める日を妄想している。その日が実現したなら、もしかしてジェイクはまた目の前でバッハのレパートリーを生演奏してくれるかもしれない。
 暑い夏の全国ツアー、ジェイク&スタッフの皆様方、どうぞご自愛くださいませ。

投稿者 yonezawa : 04:01 | トラックバック(0)

2010年 08月 28日

珠響〜たまゆら〜

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 昼間、ほんの少し二日酔いに近い気怠いコンディションのまま、六本木はサントリーホールを目指した。
 『珠響〜たまゆら〜』観戦へ。この舞台には世界的クラシックギタリスト:村治佳織も出演しており、その経緯でこのライヴ・イベントの存在を知ることとなった。
 今回も彼女に配慮頂き、後輩編集Iと観戦へ。

 和楽器と洋楽器がコラボレートする、異種入り乱れる取り合わせのステージが面白い。
 クラシック・レパートリーに『ティアーズ・イン・ヘヴン』を加え、軽快に奏でる村治佳織の機微は今日も極まる。しかもなんとも美しい。
 終演後、控え室で伺った限り、各公演地で曲のメニューは変えて行ったそうだ。なんという余裕なのだろう。
 家を出る際、「はやくかえってくるの?」とRちゃんにと問われていたので、その約束を反故するわけには絶対にいかず、17時30分には最速帰宅に成功。
 美味しい餃子定食をRちゃんと競ってホクホク食べた。
 夕飯後、Rちゃんに「Rちゃんのきょくもかいて!」と言われ、未だその完成に至っていない己の現状を大いに反省。

投稿者 yonezawa : 03:59 | トラックバック(0)

2010年 08月 21日

HAPPY BIRTHDAY!!!!!

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 昼、作り置きしてくれてたコロッケを2コ揚げ、キャベツの千切り&トマト、梅干しを添え、納豆を海苔で巻いて自炊の昼食。美味。

 クーラーをつけずに部屋の掃除に終始。思いついた箇所から順次整理。収納部分に溜まった誇りの量に愕然。収納の中なのに…。手つかずのポイントまだまだ多し。

 浮世離れした沖縄のライヴからもう1ヶ月以上経過。
 彼の日の奮闘していた全メンバー&現地で色々とお世話になったYさんを囲み、沖縄な雰囲気の居酒屋で夕方より「東京打ち上げ」を開催。
 大人であるが故のゆとり、大人であるが故の幼さ、大人であるが故の経済力。
 偉業職の面々=“イイ大人”が集った今夜の宴も想像のまま爆笑の連続だ。

 今夜は、この夜で最も尊敬する我が母親の誕生日。
 プレゼントも何も贈らなかった親不孝なおいらは、宴の最中に「(沖縄に参加してくださった)お母さんは楽しかったのかなぁ? 私達のことに呆れてなかった?」…こんな質問も受けたこともあり、不意におふくろ携帯に直電。
 メンバー各位がおふくろとプチ・トーク。母、唐突に失礼いたしました。
 そして誕生日おめでとうございます!

 泡盛も3本目に突入しながら、どうも「この後スタジオに入る?」的、とんでもない意見が持ち上がった。かと思えば、「ならば!」と皆さん各々のスイッチを入れたのか、当たり前のように徒歩でスタジオへ移動。
 まったく面白い面々。
 スタジオに入れば「何をどう本気で演ってやろうか?」といった面持ちの各位。
 おいらもレンタルのテレキャスターをパキパキにしてブン鳴らしてみる。特殊で愉快な夜が更けた。うん、バンドはやっぱり楽しい。

 ところで明日、渋谷HMVが閉店だそうな。

投稿者 yonezawa : 21:34 | トラックバック(0)

2010年 08月 20日

フェンダー

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 世界的な大手ギターブランド・フェンダーのMちゃんが勇退されたとの知らせを受け、加えて近々東京を離れることを知り、労いの会を急遽設けた。

 Mちゃんとは、ジェフ・ベックだスティーヴィー・サラスだSUM41だ波瑠ちゃん(他)だと、これまで様々な仕事を共にしてきた。
 レコード会社からの要請で、ギター本体もスペシャル・ディールのもと提供くださったし、記事の構築、対応にはとにかく機敏で、彼との仕事はとてもスムーズだったことしか思い出さない。
 ギターの構造は勿論、弾き手の心も敏感に察知出来る機微を持つMちゃんがフェンダーから去ることは、業界にとっても大きな損失だと感じている。
 引き継ぎをされるNちゃんに今後は望みを託しつつ、新天地での彼の健闘を祈りたい。

 彼らを見送り、音楽人Tと待ち合わせた。
 彼はできたてホヤホヤのロリー・ギャラガーのBBCライヴ音源を持ってきてくれた。即、おいらの心は16歳に戻った。

投稿者 yonezawa : 21:34 | トラックバック(0)

2010年 08月 10日

MIX

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 沖縄のライヴハウスで撮った音源をMIXしてくれたOと、やっとこさ飯にたどり着けた。
 10曲のレパートリーが最善の形で構築された。

 荒削りで練習不足な己のプレイがまず不甲斐ない出来で、差し替え無しの音源とは容赦なく丸出しの実力を突きつけてくる。
 bambiのみなさんは、当たり前だが全員本業の仕事を持つ猛者ばかり。その空き時間にせっせと各位は鍛錬を重ね、そして本番に挑んだ音源。
 結成わずかのバンドにしては善戦の出来だと、己の不出来のみを除いて確信を抱く。
 プロ畑のスーパーMIX音声技師Oは、演奏のばらつきには触れず、素直に楽曲のクオリティにまずまずの表情を見せてくれたことはバンマスに報告しておこう。
 
 吉祥寺に帰還し、先ちゃんとほんの軽く一杯。おいら不在の席で起きたというアホ編集Oのそそうを詫び、諸事情あって返金された1万円を受け取った。

投稿者 yonezawa : 09:30 | トラックバック(0)

2010年 08月 7日

川でバーベキュー

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 ここのところの生活のリズムからなのか、おいらにすれば午前の早い時間に目覚める日が多い。
 夜中、布団の上を自由に回転するRちゃんが平行にピッタリと寄り添ってきた。
 彼女は改めて寝息をたて始める。こちらも寝付きそうになったと思えば、Rちゃんの裏拳、時間をおいて左足のかかと落とし…という具合に、おいらの顔やら腹部に対してソレらが飛んでくる。
 午前の早起きは、あながちそうした自然災害によるものなのかもしれない。
 
 10時30分に買い出しのため外へ。
 そのまま友人の格闘家I一家らが先乗りしている秩父の山奥へ移動。車でおよそ40分程度で到着の場所だった。
 そちらへおじゃまし、古民家でバーベキューをやるといった趣旨でこの地へやってきた。
 I家の可愛らしいチビちゃん2人はRちゃんとの再会を歓んでくれ、勿論2人のおねえちゃんに会うことを、とても楽しみにしていたRちゃんも大喜び。
 チビちゃん2人はもう1人のお友達と3人ですでに川遊び中。
 なんと水が綺麗なんだろう。そこそこ冷たいけど泳げる程度で丁度よい。

 昼食用に買い込んだ、人数分のおにぎりやらカツサンドやら飲料水、酒、ビールを大量に川っぺりに運び込み、日のある夕方までとにかくダベり遊んだ。

 Iのお弟子さんらプロ格闘家の面々も集合。彼らは正真正銘の有名トップ・ファイターばかり。
 川っぺりで子供達は川遊びに夢中になり、大人達はビールを飲みながら成り行きの会話で盛り上がる。
 
 日が暮れる前にバーベキューの準備をしましょうや。ということになり、数台の囲炉裏を庭へ並べ、飲みの続き。
 宴にはIの愛娘の彼氏も登場し、益々賑やかな場となった。
 酔いが回った頃、古民家の2階にあった民族楽器から、ありとあらゆるバンド演奏可能な機材を拝借し、セッションタイム。ここに来たのはこの楽器を見ることも楽しみの一つだった。

 おいらが時最も間を費やしたのがドラムス。
 近隣の迷惑も考え、菜箸で叩いた軽い感触はいまいちだったが、こんな面子でこんな環境で鳴らす…という機会はそうそうなかろう。
 そしてRちゃんのドラムス・デビュー。ドラム・セットに対して、なんて小さいんだRちゃん。闇雲に感激。

 やがて演奏中にも関わらずやたらと絡み出し、なんでもかんでも「おったんといっしょにいくー!」と聞かなくなったRちゃんの眠気の限界を確認し、明日早朝からの運転もあった故、一人抜けだし、別家屋の3Fをお借りして早めの就寝についた。

 こうした贅沢を得るためには、秩父辺りぐらいまではやってこなきゃいかんのだなぁと、ぬるい風の届く扇風機を見つめながら考えていた。

投稿者 yonezawa : 19:28 | トラックバック(0)

2010年 08月 1日

スティーヴィー・サラス

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 環境が変わり、他人と並んで寝ると極端に寝付きが悪くなるのはおいらの質でもある。
 旅は個室でなければいつも睡眠不足となる。
 
 Rちゃんの、明け方のハッキリした滑舌による寝言で他の就寝中の人たちに迷惑をかけてしまっていたがどうにもならない。ともかく、起きている時と同じテンションで喋るのがすごい。
 眠れないまま早朝8時過ぎに起床し、8時30分過ぎには朝食。
 とても美味い。この宿泊地は昔からスキーシーズンの折、学生らの合宿所として使われるのがメインとのことで、そのせいか女将さんの作る朝飯が美味かった。

 いざ出陣。珍しく午前中の11時30分から始まるスティーヴィー・サラスのステージを観るべく、レッド・マーキーへ。
 リハ中のジャラ・スラップバックは、3年前の来日の折、新宿はシンクロニシティにスティーヴィーらと連れだった同士だ。
 Rちゃんを肩車して、かき氷を食いながら最前列からジャラを呼んだらRちゃんの存在に気づき、笑顔で答えてくれた。ジャラのベースも言うこと無し。今日も素晴らしい。
 
 11時30分、オンタイムで本番スタート。
 今回はすでにアメリカでも何度もパフィーマンスしているバーナード・ファウラーをフロントに迎えた編成。鉄壁のリズムで圧巻のステージングを魅せてくれた。
 ヒートウェイブのカヴァー「グルーヴ・ライン」には、以前おいらも本田泰章らをゲストに迎えた際のライヴでカヴァーした曲だったのでなじみ深いものを感じた。
 ワウとファズの音色が炸裂し、フィードバックとハーモニックスが苗場に響き渡る。
 魅力・技量、完璧。
 
 13時40分頃、ホスピタリティエリアへ向かった。
 一般のリストバンドではホテル裏のエリアにさえ行けない旨に解せんものを感じ、関所の担当を引き連れ、ホスピ・エリアまで向かう。
 数名のレコード会社の知り合いに立て続けに遭遇を果たし、スティーヴィーの担当レコード会社の方も到着。
 雑誌を持って写真を撮るだけの案件でやってきたのだが、丁度スティーヴィーはフジテレビCS放送のためのアコギを使った生演奏中で、その姿を真横から後半だけ観戦出来た。
 演奏が終わり、歓声が沸き、おいらも盛り上がって拍手したところでスティーヴィーとの3年振りの再会を果たす。
 数枚の写真を抑えた後、Rちゃんとスティーヴィー、記念すべき初邂逅。
 スティーヴィーは終始優しい面持ちでRちゃんに問いかける。思い切り緊張気味のRちゃん。しかしなんとか1度だけのコミュニケーションが得られた。
 なんと嬉しい瞬間なんだろう。
 
 明日には帰国するそうなスティーヴィー。
 新作の進行具合を確認し、今日のライヴの感想及び、ギターの音色のよさを伝えたところ、使ったエレキギターのブランドがフジゲンだと聞いて驚いた。
 スティーヴィーはそこの担当者を紹介しようと探してくれたが、残念ながらお会い出来ず。
 
 次回の再会を果たし、会場を後に。宿泊地で荷造りをし、一路東京へ。

 帰りは、関越でもの凄い事故を起こしていたトラックの事故渋滞でどえらい目にあわされ、なんと時間のかかったことか。
 パーキングでオムライスを食べ、帰り着いたのはもはやライトの点灯が必要な夕方だった。
 Rちゃんを風呂に入れ、そのまま倒れるように3人並んで爆睡。午前2時に目が覚めるまで、気持ちよいぐらいの爆睡だった。

投稿者 yonezawa : 02:34 | トラックバック(0)

2010年 07月 31日

最低

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 6時起床。
 きっと大先生が起床されて3時間弱は経過している頃だろうか。
 眠れなかった。日々の習慣はなめられない。

 7時に家族分のおにぎりをこさえ、卵焼きをこさえ、焼き明太子をこさえ、自分も2個平らげた。なんて美味いんだろう。もう逃れられないふりかけの威力による部分も大きいと感じる。

 大量の荷物を積もうと一人汗だくになり、車に積載。
 運転席の鍵を開けると他のドアが解錠してくれない。…? 嫌な予感がし、ドアを1つずつ確認したとこ、後ろの半ドアでバッテリーがあがっていた…
 JAFに連絡すると、ここから1時間15分の待ちとのこと。
 暗澹たる心境の中、只今出発を待つ最中。
 ならばと改めてシャワーを浴び、かかってくる携帯とにらめっこ中。
 今日、オフィシャル取材がなくてホッとしていた。
 ど最低。

 大泉から関越に。目的地:月夜野インターまでのおよそ1/2は渋滞に近いトロトロ運転に終始し、猛暑の中クーラーの使えない馬鹿環境が拍車をかけて不快指数を募らせた。
 インターチェンジでRちゃん休憩タイムを取り、車内でうちわで風を送ってあげたらRちゃん「あついよー」っと生ぬるい風に抗議。確かにぬる暑い風だ。

 予定よりも大幅に遅れ、やっとこさ新潟は苗場へ到着。
 前日に3通のメールで問い合わせしNG、プラス22件の電話で一軒だけ奇跡的におさえられた宿へ向かった。
 会場まで徒歩圏内の場所にとりあえず宿と駐車場が確保出来たのは幸運だったが、20畳の広間に6名の男性客と一緒になって雑魚寝という条件。しかし贅沢の言えた義理でなかった。
 それなりにゆったりした空間であったし、親切な宿主に促され、先に布団でスペースを確保し、荷ほどきをし、大量の荷物を抱え現地へ。

 残念ながら、一つの目的となっていたジョンバトラー・トリオの演奏は終わっており、クーラ・シェイカーの後半が奏でられる頃、グリーン・ステージに到着。
 いきなり編集部Yと遭遇を果たす。

 クーラ・シェイカー観戦後、ホワイトへ移動し、サードアイ・ブラインドを観戦。
 再びグリーンへ帰還途中、川でRちゃんのお手々を冷やし、ところてん喰って、KIDS LANDで小型メリーゴーランドやらブランコ等で遊ばせる。
 グリーン近くの広場にマットを敷き、しばし休憩。

 ここまで、というか、すでに宿泊地からRちゃんは9割9分歩かないので、およそ14kg超えの彼女を終始抱っこにセメント抱えしながら運ぶ作業が移動の際の条件となっていた。
 会場入りするまでに2tの汗が湧き出たような気分だ。

 ともかく水をぶっかけたような状態で気力と体力勝負のようなコンディションに陥り、段々ライヴ観戦欲が奪われてゆくようだった。それ故、観たかったジェイミー・カラムは寝ころんで音だけを拝聴。
 それでも気持ちを奮い立たせ、目当ての一人であったジョン・フォガティのステージでは、かなり前の真ん中辺りまでRちゃんを抱え、最後まで観戦した。

 ジョン・フォガティのパフォーマンス、流石だ。震えた。
 玄人中の玄人が聴かせるパーフェクトな演奏だった。ジェフ・ベック世代の彼らのギターの巧さは、そんじょそこらのミュージシャンでは到底太刀打ちできない程の完成度を極める。60歳を過ぎなければ出せない音もある。曲ごとにギターを代えるジョンだったが、テレキャスター、そして特にレスポールゴールドトップの音色に芯からしびれた。
 
 グリーンステージの真ん前で、肉眼でも十分にバンド面子の表情が確認出来る位置であり、スクリーンの映像に至っては、かなりの迫力を感じさせる場所だ。
 野外ライヴは何度か体感済みながら、ここまで本格的で音響もベストのライヴを観たRちゃは果たしてどんな気持ちだったのか。
 案の定、後半数曲では寝息をたててしまったが、彼女の心にあのレスポールの音色が届けられたことには間違いない。
 ライヴ終了間際に雨が激しく降り注いで来た。迷わず撤退。一路、会場外の飯屋へ。
 
 何人かの同士らと、その後のライヴ観戦及び夜中の飲みを半分約束していたが、Rちゃん対策で宿に帰還後、取り急ぎ先に風呂に入れねばとおいらが流しに行き、結局Rちゃんと戯れたそのまま一緒に寝てしまっていた。
 体力的にも理想の展開だったと後に認識。

投稿者 yonezawa : 08:13 | トラックバック(0)

2010年 07月 17日

ライヴ本番/沖縄2

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 早朝の朝飯を頂きに最上階レストランへ。
 すこぶるよい天気。大きな窓から差し込んでくる太陽光線が目映い。
 食事を終え、国際通りを散策。
 那覇オリジナル・ブランドのアロハシャツ屋に飛び込み、しばらく物色したらなかなかよい物件だったので、母、九州の姉:M、伴侶、Rちゃん、そして本日おいらのステージ衣装を確保するべく模様違い、色違いの物件を5枚購入。
 そのまま流れる汗をハンカチで拭きながら界隈を徘徊し、午後2時前にホテル・ロビーでbambiと合流。最終リハのため1時間のスタジオ入り。
 ここでベース:yoyoの音が鳴らない。
 それ以前に、彼女のメインとなるベースがホテルに到着していないというのだ。本番もレンタル・ベースになることはこの時点ですでに確定ではあったが、リハにあわせて借りてきたベースも断線だったのか音が出ず。ガックシ。
 こうしていくつかのトラブル(ホテル到着後、「家と車の鍵を紛失した!」と、この時点では勘違い中の私。結論は、家に置き忘れてきていたが帰宅するまで判らない)を経て、市場で昼食を済ませ、我々バンドメンバーはライヴハウスGROOVEへ向かった。

 場末感の赴き溢れる小屋を位置を確認し、リハ後、家族の夕飯に合流するべく国際通りに戻り、本番20時前に再び家族連れでとんぼ返り。忙しい。

 本番、20時スタート。

 ハイビジョンカメラで狙っている被写体はライヴを観戦するRちゃん。つまりステージ上から客席に向けたカメラをセッティングしているおったん(私)だった。
 bambi全員ロック。紛れも無きロックバンド。
 ノルマの1時間、ビッチリ演奏敢行。良き汗かいた。
 複数の対バン演奏を拝聴し、爆睡もし、すべてのセッションも終わった後、遅い夕飯に移動。
 なんだか当たり前に沖縄公演を終えたbambiであった。安堵&乾杯。

投稿者 yonezawa : 15:09 | トラックバック(0)

2010年 07月 8日

川のささやき

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 夕べ作家と梯子したバー「やまざき」は老舗でかなり有名な店なのだと言う。バーの草分けだとか。
 ここに来たのは2回目だ。メニューにあった見知らぬカクテルなどを似合わないくせに注文してしまい、案の定失敗。その味はモンダミンだった。

 昨年訪れた際、カウンターにあった楊枝を1本抜き取り、起用に包丁で削り先を尖らせ「はいどうぞ」と食後のおいらに差し出してくださった大将の醸し出す空気が嫌いではなかった。
 同行者の方とここ金寿司へやってきたのも2度目だ。
 昼間からランチ営業をやっておられる同店、1F席はあっと言う間に満席に。
 仕事ぶりも粋な佇まいながら、やってくるお客の数というのがなんだかいなたい空気を感じさせてくれた。

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 午後の便で帰京。編集部で雑務をこなし、迅速に紀尾井ホールへ飛ぶ。
 エイベックス・クラシックスのコンベンションにどうにか間に合った。
 今日の目的は、もはや世界的ピアニストとして認知される辻井伸行。
http://www.nobupiano1988.com/index.html
 出演した3組の音楽家のうち、トップで数曲披露した辻井。最後に奏でたオリジナル曲「川のささやき」が最も印象に残る。
 Kと新宿へ電車移動。積もるあの話、この話は久々の「だいこんの葉菜」にて。以前この店で共に呑んだSさんとの会以来の訪問だったように記憶する。そのSさんが亡くなられて先月で丁度1年が経った。早いものだ。
 この店、料理、やっぱりナイス。

投稿者 yonezawa : 15:39 | トラックバック(0)

2010年 06月 5日

リハ開始

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 夕方よりbambiリハ開始。
 沖縄ライヴ仕様の新曲もレパートリーに加わり、久々に数曲分のオリジナル曲を弾いてみるが、高々3ヶ月そこそのブランクでここまで思い出さないのかと呆れるほど、一発目の音出しでいくつかのフレーズを忘れてしまっているおいら。
 生活パターンはおそらく夏まで変わりようも変えようもないが、少ないリハーサルの時間に集中せねば…と木村カエラのCMを見ながら考えた。

 「今朝までの痛飲のことを考えれば、ここは大事をとって帰宅か…」とリハ前まではほんの少しだけ決意していたところ、いきつけの居酒屋前に到着した瞬間、気持ちは真反対に翻る。
 当たり前のようにホッピーをコンコンとお代わり。
 bambi、リハ後の盛り上がりもライヴ並。
 おふくろもRちゃんもいる、沖縄の妄想が広がる夜更け。

投稿者 yonezawa : 18:07 | トラックバック(0)

2010年 05月 31日

明日からお弁当

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 明日から幼稚園でお弁当を自力で食べねばならないRちゃん。
 お家でタッパに入れたおにぎり等を食べてもらおうと、練習するのだがあまのじゃくに「たべさせてー」となかなか率先してチャレンジしてくれない。
 ほうれん草は平らげ、トマトは「たべさせてー!」、ハンバーグも半分以降は「たべさせてー!」と甘えるRちゃん。
 「幼稚園にはおったんもママもいないから、自分でちゃんと食べなきゃいけないんだよ!」と念を押すが、果たしてどうなることやら。
 
 コミュニティバスに乗り、隣のおばあちゃんを見つめるRちゃん。
 「可愛いねぇ。いくつ?」の問いに3本の指を出して「3さい!」。よくできました。

 食事前、あまりに暴徒化したRちゃんを落ち着かせるために食べさせてしまった苺チョコレートの不覚を早いとこ取り戻さねば。


 元ゲントウキ:ベーシスト:イトケンとの遭遇は吉祥寺:闇太郎だった。
 夜、仕事を終え外へ。「日を改めて一杯」という約束から、ようやく再会が叶い、夜新宿乾杯。

 聞けば彼はおいらよりも丸一回り若く、そして驚いたことに誕生日が同じだった。ビックリ。
 東京に来て同じ誕生日の男に出会ったのはこれで3人目になった。
 (よい意味で)古い、いなたい、良質の音楽に造詣が深い彼との会話は、まったく世代の差を感じさせない。“よき音”の在り方もよく理解している。
 双方の音源を交換し、イトケンが演奏するお皿をロックバーで拝聴。
 いなたいベースを志す彼の気持ちが負荷もなくこちらに伝わり、好感を抱いた。

 最近の日本のロックを全然聴かないおいらは、彼の口から聞く若いバンド名も若いミュージシャンも極端に知らないことばかり。
 速射砲のように語り尽くして一息ついたらあっとう間に数時間が経過していた。実に早い時間の体感速度だ。
 「じゃあそろそろ炒飯かな」と導いてしまい、新利しりで〆。

投稿者 yonezawa : 19:43 | トラックバック(0)

2010年 05月 29日

禁じられた遊び

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 夕方17時までRちゃんと風船遊びなどをしながら、恒例の「鯉に食パン投げ込み」に外へ。
 冷凍した食パン1枚を1cm大にちぎり、ビニールに入れて外へ。「Rちゃん、もつー」とRちゃんが胸元にパンを握りしめ、エレベーターを下りて小川に到着。

 川に投げ込むのと交互に、自分のお口にもちぎったパンを投げ込むRちゃん。「何自分でも食べてんの、Rちゃん(笑)!?」と突っ込むと爆笑のRちゃん。さっき昼食を食べたはずなのに、持ってきた1/4を平らげてしまった。

 紀尾井ホールで18時より開演された「村治佳織チャリティギターリサイタル」観戦のためJR最寄り駅へ。
 編集:Fと待ち合わせのおいらは、最寄り駅の四谷をお茶の水とすっかり勘違いしてしまい、まさかの遅刻。不覚。最悪。

 スペインな深紅の赤が鮮烈で、控え室を訪れた時にもご本人に圧倒された。
 「ジャンゴ」の力強さが今日も圧巻。「アルハンブラの思い出」「禁じられた遊び」が聴けた今日はラッキーだった。

 常に今が最も美しい村治佳織の機微を堪能。
 わずかの時間ながら、お母様、そしてギター講師でもあられる村治昇先生にもご挨拶する機会を得られた。幸運。
 ギターを習わせたいが、全然落ち着きのないRちゃん3歳の事もお伝えしたところ「4歳になったら少しは落ち着きますよ!」と温かいアドバイスを賜り感激。

 車で六本木へ移動。
 編集部:H兄と漫画家:Sさんの披露宴2次会の席へ。六本木ヒルズのゴージャスなフロアを貸し切り、派手で賑やかなパーティが開催。2人方、おめでとうございます。

 終始赤ワインを飲み尽くし宴は終演を迎えた。
 さらに河岸を変え、編集:F、N、スーパー・デザイナー:モトちゃん&Kらとディープな飲みに突入。

投稿者 yonezawa : 12:06 | トラックバック(0)

2010年 05月 24日

失速LIVE2010

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 Aimie、bambiご一行様、デビルガールズご一行様、トッポ、マミコロ、エミちゃん、S織、E戸夫妻、対バンのみなさま、サウンドチェックでトラで叩いてくださった某氏、実行委員会の皆様、カメラ殿村&広称、他、失速LIVE2010に参加してくださったすべてのスタッフ、ご来場の皆様の方に感謝!

 第16回を迎えた失速LIVE2010はあいにくの雨模様。
 巻き気味で始まったサウンドチェックにはギリギリで到着し、着いた端から音出し。走ってきたので熱い熱い。
 
 出番までK野、Tらと焼鳥屋へ。
 本番1時間前に今年も恒例の会場となった「目黒ブルースアレイ」へ戻り、満員御礼の集客を確認。少し赤ら顔だったおいらは誰かに指摘される。

 20時30分、本番。
 知らぬ間にドラムスの兼松くんが突然ドラムセット前に居ることに気づく。
 フィードバックから『移民の歌』でライヴ・スタート。
 スタート瞬間の、なんとも表現しがたいライヴ独特のテンションが毎度たまらない。ライヴの最も好きな感覚は、この瞬間にもある。
 回客席には大勢の知り合いの面々。おいらにとっては最も贅沢なライヴと言えた。ここにおふくろがいれば完璧。

 時間いっぱい正味20分のステージを瞬時に駆け抜けた。
 打ち上げの最終的な〆には、久方ぶりの『阿夫利』。

 唯一の心残り、それはこのイベントに絶対来たかったRちゃんが、残念ながら来られなかったこと。風邪と(ぶつけた)お口の怪我で断念したのであった。

●失速LIVE2010
Beat generation

●吉田宏(ヴォーカル)
●甲野勝之(ギター)
●池田哲也(ベース)
●兼松幸市(ドラムス)
●田中英俊(キーボード)
●米澤和幸(ギター)

1)Immigrant Song
2)Communication Breakdown
3)Custard Pie
4)All My Love
5)Misty Mountain Hop〜Beat it〜Misty Mountain Hop

投稿者 yonezawa : 00:33 | トラックバック(0)

2010年 05月 22日

リハーサル

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 失速リハを行う隣のスタジオではbambiのリハも行っていた。
 明後日の失速ライヴ本番を睨む最終リハーサルは、最後の調整として4時間たっぷり充てることに。
 途中、想像通りの嬉しき乱入を果たしたbambiバンマスの持参してきたフレットレス・ギターが斬新。
 初めて弾いてみたが、なんとも言えない感触の弾き心地で、第一印象は弾いて気持ち悪い感じ。
 しかしスライドさせた際のトーンは、他の代替え品の利かない物件であることを認識。

 ともあれ、ビート・ジェネーション(BG)の最終リハを終えた。
 終わってbambiとBGとの合同飯会と思いきや、なんと偶然bambiバンマスが、スタジオの待合い室で中学時代の同級生と遭遇するという信じられないハプニング(40年以上ぶりの再会だとか)に見舞われ、結果3つのバンドが集いながら飯会の席に。
 当然のように誘い合うこととなり、想像通りの混沌とするザッツ・バンドマン打ち上げの様相となった。
 この席を経て、また化学反応が巻き起こる予感が…

 24日(月)20時過ぎ、目黒ブルースアレイで本番を迎える。

投稿者 yonezawa : 00:33 | トラックバック(0)

2010年 05月 12日

ジョン・メイヤー

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 意地でも見たかった。
 直前まで日程のめどがたたずにいた故、インビテーションはあえてご遠慮させて頂いてたジョン・メイヤーJCBホール公演。
 時間繰りが整い、事前に会社員Kが手配してくれてたチケットで入場。
 JCBも武道館もドームも、仕事場の神保町界隈からは徒歩圏内。
 
 ステージを眺めて右サイド寄りの5列目に着席。ここのことろ観戦する場所が間近でついている。
 暗転〜ジョンのギターの音色が鳴り響いた。
 
 以前見たガーデンホールでのライヴでは音響に不備を感じ、パフォーマンスとは裏腹に最後まで満足しにくいライヴだったと記憶するが、今日の出音は良好。結果、ジョン・メイヤーのベストの音響で拝聴する機会を得た。
 単なるヴォーカリストの域を遙かに超えたギタースキルが、フルシアンテともデレク・トラックスとも違う、レイヴォーン的方向性を感じさせる。
 バークリーでギターを習った先生が日本人だと言うジョンの身体には、日本テイストのDNAも流れていると感じており、全身のタトゥーを見ると驚かされる。
 「巧い」という言葉が口を突く。
 想定していた楽曲はあまりやってくれなかったが、ベスト・パフォーマンスのジョンを体感出来た一時の休息時に感激。
 神保町に心地よき店、発見。武蔵小山の夜が更けた。

投稿者 yonezawa : 23:34 | トラックバック(0)

2010年 04月 28日

ロケンローラー

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 前々から楽しみにしていた飯会。
 ロケンローラー:K渕兄、ジェフ・ベックの通訳でもご一緒させていただいたMMちゃんとの3人会。
 たった1軒限定の飯会なので、ご飯の美味しい銀座:Gを予約し、おいらは赤ワインを注文。料理は店長:Nさんに、こちらのコンディションをお伝えし毎回委ねる。ここではそれが一番正解。

 今日の3人の共通点は圧倒的で強力だ。そこだけは音楽通の者にはどうしても自慢するしかないのだった。
 2007年のロンドンはO2アリーナで、アーメット・アーティガン追悼コンサートの会場に居あわせたのがこの3人であり、数少ないレッド・ツェッペリン再結成ライヴの超貴重な証人となったのが我々でもあった。

※現地でおいらが数えた日本人は(他にも居たのだろうが)20名程度だったと記憶する。
※ペアチケットを1900万円でオークション購入したイギリス人がいた。
※エリカ様&高城両氏も、おいらの席から左に10個ほど離れた並びの席から観戦されておられた。
※帰国後、コンサートの半券がインターネットのオークションで3万円に跳ね上がっていた。

 語り合う話が全部ロック。
 「こんな(おいらみたいな)ヤツって学年に2,3人ぐらいしかいなかったよ」と言えばMちゃんが「私も(こんなロックだけの体質のコは)学校で自分1人だけだったかも」っと共通項を語り出す。
 年齢差をまったく感じさせないK渕兄はジェフ・ベックよりも2,3個年上で、ボブ・ディランよりも1歳年下。スラッシュと同じ歳のおいらも、つまり年齢などまったく関係ない。
 20数年後に自分の未来があるならば、まずはK渕さんが目標だと今日も心で思う。K渕さんもMMちゃんもロックでチャーミング。

 時間の許す限り語り合いながら、終電までMちゃんとバーで乾杯し、おいらは一旦帰社。
 雑務を終え、吉祥寺で待ち合わせたSちゃんを訪ねたら、いつもの吉祥寺面子と遭遇。居酒屋:闇太郎にて、横一で毎度の飲みに突入。

 今日知り合った、先ちゃんの飲みだちミュージシャンとも親睦を深めることとなり、今年3月に武道館コンサートも成功させた、ポリシックス:フミちゃんとも乾杯出来た今夜は貴重な夜更けとなった。

 やがて時計は午前7時を指してた。めーいっぱいロケンロールな1日。
 みなさん体力さすが。先ちゃんも毎度毎度、さすがです。

投稿者 yonezawa : 01:21 | トラックバック(0)

2010年 04月 15日

Gっさん

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 寒い日と暑い日が交互に訪れる感じ。
 Tシャツ1枚で過ごせる日から一転し、革ジャンの必要な日に変わる。
 小雨模様の中、外出に同行するRちゃんを見送り外へ。
 
 着ていく服の厚さを間違えた。バス停に向かった頃、かなりの冷え込みを自覚し、途中でジャケットを買おうかと迷った。
 
 昨年の親睦会から数ヶ月。S社の名物ディレクターにして、実力派シンガーHKのブレーンでもあるGっさんと久々の再会を果たす。
 席に落ち着き、飲み物を注文した際、個室のドアの隙間から知り合いの顔が見えた。
 漫画家:若林健次と偶然遭遇。
 
 現在邦楽セクションに身を置くGっさんは、以前洋楽セクションに在籍中、おいらと共にニューヨークへ飛び、AC/DC「アンガス・ヤング」取材時の担当者でもあった。
 AC/DCの公演は、個人的に海外まで追っかけ、先だって行われたさいたまスーパーアリーナでの公演の際には、アンガスのコスプレでエントランスに現れた。
 ニューヨークでの取材時、この日と同じ格好でアンガスと2ショットを撮ったことはいわずもがなだ。
 彼の醸し出す独特のノリが妙にツボにはまる。マシンガントークで音楽談義に花が咲く。

 やがて遅れること1時間少々、同社S&Yも合流。
 この席に、たまたま流れで出た(タレントで、警世家で、ベナン大統領特別顧問で、俳優:ビートたけしの付き人でもある)ゾマホンを呼ぼうという話になり連絡。着信を入れたらば、丁度別件で同じ新宿にいるという返事が返ってきたが、残念ながら合流にはならず。ゾマホンにもそろそろ会いたいものだ。

 三丁目のバー『S』に河岸を変え、トミー・エマニュエルの旋律に耳を傾ける。
 「ジョー・サトリアーニのギターよりも、先日聴いたノラ・ジョーンズのギターの方が、数倍の魅力を放っていた」というおいらの話に「そういうことなんですよね!」と頷いてくれたGっさんが、やがて船をこぎ出した。
 超プレミア・チケットを都合してくれたGっさん、嫁も喜びます。大感謝!

投稿者 yonezawa : 11:40 | トラックバック(0)

2010年 04月 13日

ジェフ東京公演3日目

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 ツアーの最終公演となるジェフの国際フォーラム公演観戦。
 今日も鳥肌が立ち、ため息がこぼれる。

 終演後、ジェフ以外のメンバーとは昨日と同じ部屋で待機。すると、あの『Who Else!』で超絶ギターを披露した、あのジェニファー・バトンの姿が。
 彼女もとても気さくで、それだけでもミュージシャンとしての大いなる懐を窺い知る。

 やがて昨日のナラダ、そしてプリンス、シーラ・E他からも絶大な支持を仰ぐ女性ベーシスト:ロンダ・スミスとも親睦を深める機会を得た。みなさん、とてもフレンドリー。なんと嬉しい瞬間であろうか。ロンダはとてもチャーミングな女性だ。
 最後の最後、ジェフの待機場所へと通され無事再会を果たす。サングラスをかけたジェフの勇姿、気が早いが次回の再会は来年に実現するのか。

投稿者 yonezawa : 18:05 | トラックバック(0)

2010年 04月 12日

ジェフ東京公演2日目

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 ジェフ東京公演2日目。国際フォーラムA。
 名古屋公演だけで演奏されたという『フリーウェイ・ジャム』は、セットリストに記されながらも、今夜も奏でられることはなかった。
 ジェフの機微は何度見ても何度聴いても飽きが来ない。究極の演奏をステージ中央近くの4列目で拝聴した。
 ギターのアドリヴは、簡単に言えばその場の閃きであり、即興演奏のひとつだとも言える。
 その即席で奏でるメロディには演奏者のセンスがすべて剥き出しとなり、それまでにどれほどの引き出しなり、アイディアなりを有しているのかがミュージシャンのセンスの鍵となる。
 とにかく舌を巻く圧巻の演奏が今日も繰り広げられるのだった。

 終演後、控え室へと向かい、待機部屋で赤ワインを飲んでいたらドラムスのナラダ・マイケル・ウォルデンが登場。超ファンキー。そしてなんとフレンドリーな男なのだ。
 部屋にいる関係者すべてと握手を交わし語り合う機会を提供し、自ら記念撮影を催促するほど温かいナイス・ガイだった。ドラムスに偽りがないはずだ。
 やがて関係者に「メンバーはすでに全員帰りました」と聞き、残念ながらこの日はジェフには会えず仕舞いで引き上げた。

投稿者 yonezawa : 15:20 | トラックバック(0)

2010年 04月 11日

通園お見送りに備え

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 bambi in 沖縄ライヴのミーティングという名目でのリハを兼ね、昼間っからbambiメンバー集結。
 スタジオに行けば、またしても新曲のコード譜が用意されている。こんな創作意欲の途切れないバンドはおいらも初めて。
 端的なリハの後、昼間っから居酒屋でアルコール。今日の酒は少し及び腰でありながら、宴が始まったらどうでもよくなり、気持ちの赴くまま流し込む。
 帰宅した夕方以降、案の定記憶は曖昧となる。蘇るのは楽しい酒席のイメージだけ。
 明日のRちゃん通園お見送りに備え、午前1時30分には就寝。

投稿者 yonezawa : 19:12 | トラックバック(0)

2010年 04月 9日

入園式に備え

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 失速ライヴ用のリハ、やっと2回目。
 先週初めて面子を引き合わせ、今日でトータル5時間あわせたが、ギター1名が仕事で欠席。
 アレンジも何も確定されておらず、個人的にもリフレインのコードもところどころ覚えていない。
 今回のイベントで急遽、主催者側から提案されたアイディアも消化することとなり、これからの仕込みでどうノリがまとまるのか、今日の時点ではまだまだ完成品のイメージが湧かない。
 冴え渡る吉田兄のシャウトは、今日の時点で1人すでに良好。

 明日のRちゃん入園式に備え、電車帰宅。

投稿者 yonezawa : 16:04 | トラックバック(0)

2010年 03月 30日

RED JACKET ROCK PARTY

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 『MR.T RED JACKET ROCK PARTY』の会場:原宿クロコダイルへギリで駆けつけた。MR.Tさんの還暦祝いとなるプライベート・ライヴは、半分身内のプライベート色濃きノリで行われた。
 MR.Tさんからのお誘いメールには「限られた人にしか連絡していないので他言無用でお願いします。」とのことだったが、同じくご招待されておられたBambiバンマス大先生、はるちゃんらとも現地合流。
 ステージ目前のがぶりつき位置、カウンター席にて観戦。

 「ストレイタス」を奏でた森園さんのギターで、ロニー・スコッツクラブでのタルとジェフを思い出し、ついでにトミー・ボーリンを思い出した。
 原曲がジェフでないことを世間はあまり知らないんだろうなぁ。
 2番手にはチャー登場。「涙の乗車券」のアレンジが光る。

 入れ代わり立ち代わりの豪華ゲスト陣のカヴァーを堪能し尽くし、渋谷で軽く食事を済ませ原稿取りへ。

 <出演>
鮎川誠(g、vo/シーナ&ロケッツ)、マーティ・フリードマン(g)、西山毅(g/元ハウンド・ドッグ)、岡井大二(d/四人囃子)、MASAKI(b/CANTA、元ジャクソン・ジョーカーズ)、王様(v&g)、シーナ(vo/シーナ&ロケッツ)、高橋重夫(g)チャー(g、vo)、古田たかし(d/奥田民生バンド、元カルメン・マキ&OZ)、沢田浩史(b/チャー・バンド、オーケスタ・デラ・ルス) 森園勝敏(g、vo/四人囃子)

投稿者 yonezawa : 02:23 | トラックバック(0)

2010年 03月 23日

All Along The Watchtower

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 只今来日中のハリウッド・スター:ジョニー・デップの出演作で好きな作品はいくつかあるが、『フェイク』のポイントは相当高い。

 彼主演の映画で監督取材を初めて担ったのは1998年製作のアメリカ映画『ラスベガスをやっつけろ』(Fear and Loathing in Las Vegas)だった。原作はハンター・S・トンプソンの同名小説。
 ロンドンで初めて会ったテリー・ギリアム監督も最高だったが、劇中のジョニー・デップも、共演のベニチオ・デル・トロも最高だった。
 ジョニー・デップは禿頭にしているし、デル・トロは、全編を通してスクリーンに登場するのだが、役のために体重を20キロ増やしたせいで最初は、最後まで彼がどこに出ているのか判らなかった。
 海賊:ジャック・スパロウを演じたジョニーは、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』でローリング・ストーンズのキース・リチャーズを念頭に役作りをしたと公言しているが、現在、キース・リチャーズのドキュメンタリー映画で自らメガホンをとることになった模様。

 夕方、青海「お台場 VenusFort」の待ち合わせ場所を目指し、料金の高いゆりかもめに豊洲より乗車。
 乗った車両に見慣れた後ろ姿の男性が。
 近づくと、その男性がこれから待ち合わせる予定だったKさんであることに気づき、思わぬ遭遇を喜んだ。
 VenusFortの焼き肉屋で軽く夕飯を済ませ、 ZEPP TOKYO:ボブ・ディラン公演へ。

 それにしても、CHARLIE SEXTONとは感慨深い…
 おいらはボブ・ディランのことは何も知らなかったと認識させられた夜だった。

 以下、SONYスタッフより届いたライヴ・リポート↓を転載します。

★ディラン東京2日目、通算9回目となる3/23は「イッツ・オール・オーヴァー・ナウ、ベイビー・ブルー」(1965年『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』収録)が初登場!ただし東京初日と比べるとなんと9曲も変更!!今日は60'sの曲が多かった(17曲中8曲が60年代の曲)!都市が変わることによってセットリストをリセットして変更していくということなのかもしれません。

それにしてもびっくりなのは、おとといの東京初日から既になんと曲のアレンジが変化してしまったこと。あの「ライク・ア・ローリング・ストーン」では21日の初日で、既に
びっくりしてしまったのに(途中から全く別の曲かと思うほど、スタッカートでディランが歌うPOPなアレンジ)本日また変化…!ディランのキーボードのリフ(ドシラソファミレド、ドレミファソラシドみたいな!?)をフィーチャーしたようなヴァージョンで、おとといの
ヴァージョンはいったいなんだったの??と思えるほど。いきなり今日変えたみたいです。ん〜びっくり、凄い!というかバンドは大変・・・!
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★ボブ・ディラン:3月23日東京2日目、日本公演9日目セットリスト!
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3月23日 Zepp 東京

会場で開演前に流されているBGMが、東京初日の21日から音楽ではなく本の朗読に変わった。正確かどうか定かでないが、情報によるとジャック・ケルアックの『路上』だという。今夜もおなじ朗読テープが流れていた。さらに、アーロン・コープランドの『ホーダウン』に変わることなく、突然、19時10分に場内の明かりが落とされ、ステージにミュージシャン
たちが姿を現し、紹介アナウンスがはじまった。

ボブは黒の上下。しかも上着丈の長いロング・ブラック・コートだ。パンツのサイドに赤のストライプ。黒のスペイン帽子。赤いシャツを着ている。バンドは黒の上下。

1. Cats In The Well/キャッツ・イン・ザ・ウェル)
 (1990『アンダー・ザ・レッド・スカイ』)

ボブ:キーボード。ドニー:ヴァイオリン。
16日大阪に続いて2度目の登場。ボブがめずらしく歌の途中で、キーボード脇に設置されていたマイクスタンドの位置をずらし、足下のスペースを広くした。踊りやすくするためだろう。1曲目からから熱のこもったキーボード演奏を披露。

2. It's All Over Now, Baby Blue
(1965『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』)

ボブ:ステージ中央、ハーモニカ。ドニー:ペダルスティール。スチュ:アコースティックギター。2010年初登場曲。フレーズの最後を高音で終えるアップシングも少し聞かせたが、全体的にはオリジナルヴァージョンをそれほど崩さずに歌った。エンディングはハーモニカ演奏でしめる。

3. Summer Days/サマー・デイズ
(2001『ラヴ・アンド・セフト』)

ボブ:キーボード。トニー:ウッドベース。ドニー:ペダルスティール。16日大阪、21日東京につづいて3度目の登場。トニーもかなり大きな動きを見せるほどのジャムを展開。

4. I Don't Believe You (She Acts Like We Never Have Met)/アイ・ドント・ビ
リーヴ・ユウ)(1964『アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン』)

ボブ:キーボード→ステージ中央、ハーモニカ。
ドニー:ラップトップ。スチュ:リード11日大阪、16日大阪、18日名古屋に続き4度目の登場。1番はキーボードで、2番以降はステージ中央で歌った。

5. Forgetful Heart/フォゲットフル・ハート
 (2009『トゥゲザー・スルー・ライフ』)

ボブ:ステージ中央、ハーモニカ。スチュ:アコースティックギター。ドニー:ヴァイオリン。トニー:ウッドベース(弓)。ジョージ:ボンゴ。16日大阪に続いて2度目の登場。薄暗いステージに、頭の中を歩き回る影が映し出されたようなシルエットが投影され、物悲しさが漂う。ハーモニカの響きがもの悲しさを倍加させる、感動の1曲。

6. Stuck Inside Of Mobile With The Memphis Blues Again/メンフィス・ブルー
ス・アゲイン(1966『ブロンド・オン・ブロンド』)

ボブ:キーボード&ハーモニカ。スチュ:アコースティックギター。ドニー:ペダルスティール。13日大阪、15日大阪に続いて3度目の登場。大阪で聞かせたような、1小節、あるいは1単語ごとにヴォーカルとハーモニカを交互にくりかえす驚きの奏法は聞けなかったが、エンディングに向かうハーモニカ演奏はみごと。鍵盤(竹林)模様の照明が使われる。

7. John Brown/ジョン・ブラウン
(1995『MTVアンプラグド』)

ボブ:ステージ中央、ハーモニカ。スチュ:アコースティックギター。ドニー:バンジョー。トニー:ウッドベース(弓)。ジョージ :ブラシ。16日大阪に続いて2度目の登場。ボブのストーリーテラーのパワーに圧倒される。

8. Under The Red Sky/アンダー・ザ・レッド・スカイ
 (1990『アンダー・ザ・レッド・スカイ』)

ボブ:ギター。ドニー:ペダルスティール。16日大阪に続いて2度目の登場。大阪ではキーボードで歌ったが、今夜はギターで歌った。ボブはストラトキャスターでリードギターを演奏、途中チャーリーとのツインリードも披露。まさにギター弾きまくりだった。

9. Honest With Me/オネスト・ウィズ・ミー
 (2001『ラヴ・アンド・セフト』)

ボブ:キーボード。ドニー:ラップトップ。12日大阪、16日大阪、19日名古屋に続いて4度目の登場。かなり崩したヴォーカルをまじえながら、階段を降りるようなリフを繰り返すジャムを展開。

10. Masters Of Warr/戦争の親玉
 (1963『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』)

ボブ:キーボード。ドニー:ラップトップ。 スチュ:アコースティックギター。トニー:ウッドベース(弓)。16日大阪に続いて2度目の登場。ボブの説得力あふれるヴォーカルによって、50年近く経ってもメッセージはまったく色褪せない。

11. Highway 61 Revisited/追憶のハイウェイ61
 (1965『追憶のハイウェイ61』)

ボブ:キーボード。ドニー:ラップトップ。11曲目は「追憶のハイウェイ61」に固定されたようだ。チャーリーがときおりボトルネック奏法をはさむ。ボブのオルガンがミュージシャ
ンをあおるように鳴り響き、自由奔放なジャムがくりひろげられる。

12. Shelter From The Storm/嵐からの隠れ場所
   (1975『血の轍』)

ボブ:キーボード&ハーモニカ。トニー:ウッドベース。ドニー:ペダルスティール。スチュ:アコースティックギター。13日大阪、18日名古屋、21日東京に続いて4度目の登場。雪模様の照明、エンディングはハーモニカでしめる。

13. Thunder On The Mountain/サンダー・オン・ザ・マウンテン
 (2005『モダン・タイムズ』)

ボブ:キーボード。ドニー:ラップトップ。 スチュ:アコースティックギター。明るい照明に照らされ、今夜もノリ乗りのジャムが繰り広げられる。ここからアンコールの最後まで不動の5曲が演奏される。

14. Ballad Of A Thin Man/やせっぽちのバラッド
 (1965『追憶のハイウェイ61』)

ボブ:ステージ中央、ハーモニカ。ドニー:ラップトップ。ボブはブリッジ部分でハーモニカを演奏しながら数歩だけだったが、ファンサービスのつもりなのか、左右に歩いた。後半はハンドマイクで歌う。黒幕にシルエットが映し出され、ボブは腰を深くかがめて得意ポーズを何度も決める。

メインセットが終わり、10分後にアンコールセットがはじまる。バックに大きなアイロゴの幕が飾られる。

15. Like A Rolling Stone/ライク・ア・ローリング・ストーン
 (1965『追憶のハイウェイ61』)

ボブ:キーボード。ドニー:ペダルスティール。コーラス部分で、客席にスポットライトが当てられる。今夜のキーボードはすごい。アップシングもすこし聞かせた。

16. Jolene/ジョリーン
 (2009『トゥゲザー・スルー・ライフ』)

ボブ:キーボード&ハーモニカ。トニー:ウッドベース。ドニー:ラップトップ。リードキーボードといわんばかりに、ボブがみんなを引っ張る。いままでよりも、ヴォーカルを崩して歌った。

(メンバー紹介)
この夜、歌以外でボブが声を発したのは、このときだけ。

17. All Along The Watchtower/見張塔からずっと
  (1967『ジョン・ウェズリー・ハーディング』)

ボブ:キーボード。スチュ:リードギター。ドニー:ラップトップ。ボブが5人のミュージシャンをぐいぐいと引っぱり、エネルギーのほとばしる自由な絡み合いがステージで展開。

2010年新登場は1曲だったが、東京初日とくらべると9曲が入れ替わったセットリストとなった。

(Reported by 菅野ヘッケル)

メンバー:
BOB DYLAN,
TONY GARNIER (bass),
DON HERRON (steel guitar / mandolin / violin / trumpet),
STUART KIMBALL (guitar),
GEORGE RECILE (drums / percussion),
CHARLIE SEXTON (guitar)

投稿者 yonezawa : 00:18 | トラックバック(0)

2010年 03月 21日

高校時代

 Bambi鉄壁のリズム・セクション:チャーリー&ヨーヨーの出演するライヴ情報を得、代々木の某ライヴ・ハウスで行われた帝京大学軽音楽部OB-LIVEへ向かった。
 高校時代を思い出すパラシュート、そしてプリズム等のカヴァーが奏でられ、自身が高校時代の景色を思い出していた。

 実に忠実に高中正義を弾きこなすH先輩。マイケル・シェンカー/イン・トゥ・ジ・アリーナを寸分違わずコピーしきったK。同級生のTはクラプトンを極める高校生だった。
 先のH先輩の消息は知るところではないが、Kがギターを止めたのは大変勿体ないと感じたものだった。Tは今も地元でギタリストであるハズだが、ギターを本業として成功に至らなかったのは今でも残念でならない。
 当時高中正義は周りの環境もあり、おいらも1曲だけ弾いたことがある。確か「FINGER DANCIN’」。今のおいらのギタースタイルとは対局とも言える懐かしきカヴァーの1曲。

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 ライヴはヨーヨーのスラップらしきプレイも初めて体感。バンド中、最もプロっぽい仕切りでキメを極めたチャーリーのスティックさばき。7月沖縄ライヴも益々楽しみ。
 みなさまお疲れさまでした。

投稿者 yonezawa : 02:22 | トラックバック(0)

2010年 03月 18日

音楽家

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 広尾から西麻布へ徒歩移動。
 家族ぐるみでお会いする機会(コンサートの控え室や取材の場)が多かったのだが、およそ2年ぐらい前から延び延びとなっていた、音楽家:Mさんとの念願の会食がついに実現することとなった。

 丁度、海外と日本とを半分ずつ行き来し、ワールド・ワイドに音楽活動を展開される彼女のスタイルは一つの憧れでもあり、常々その偉功を讃えているおいらだ。完全に脱帽。
 常に自然体で気負いがないまま世界中を飛び回り、各国の人々の前で一年を通して演奏する日々。あまりのナチュラル(無防備)さに、懐の深さなりゆとりを感じ、日々最前線で活躍される機微を余計に感じていた。

 一昨日は北海道、明後日は関西でのコンサートを控えておられるそうなので、本当に合間の時間を調整してくださったMさん、感激でした!

 彼女はたけしさんの番組にも何度か出演されておられ、そこから派生した無軌道な話が、音楽話以外の会話へと脱線し、とても興味深い。
 頭脳明晰で音楽的才能に溢れ、その上、容姿端麗。彼女は芋焼酎も数杯おかわりしてくれた。

 コンサート会場では控え室を訪れる度に、いつもRちゃんに配慮されたメッセージを頂き、人間的にあまりに素晴らしすぎる才女。夢のような数時間は、あっと言う間に過ぎ去った。

投稿者 yonezawa : 18:07 | トラックバック(0)

2010年 03月 16日

CAVATINA

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 昨深夜の炒飯&餃子のせいで、午前中胃もたれ。

 村治佳織『CAVATINA』を拝聴。タイトルチューン「カヴァティーナ」は映画『ディアハンター』の主題曲になった美しい佳作。誰しもその旋律を聴けば、「どこかで聴いたことがある…」と感じるのではなかろうか。
 
 クラシックギターの名曲「サンバースト」は、生きているうちに弾けるようになるものか。つくづくA.ヨークはクラシック・ギターの申し子のような作曲家だと感じ入る。
 映画『バグダッドカフェ』を思い出した。「コーリング・ユー」が切なく沁みる。
 
 アコースティック拝聴頻度の増すこの頃。

投稿者 yonezawa : 17:36 | トラックバック(0)

2010年 03月 3日

The John Butler Trio

 「ひな人形は出しましたか?」というおふくろからのメールで思い出した。
 「とっとと出さねば」と焦った。
 義理母からのギフトとして贈られてきたこの人形を飾るのも、もう3回目だが、Rちゃんの記憶は今年からとなるのだろう。
 
 ちょっと少量だった朝食以来、飯を喰ってなかったからか妙に腹が鳴り、18時30分頃の東横線内でおにぎり2個を頬張りながら代官山のライヴハウス:UNITへ。
 本国オーストラリアでも絶大な人気を誇る、ジョン・バトラー・トリオのライヴへ向かった。
 
 以前、ジョン・バトラーの日本における契約レコード会社はワーナーだったが、今回のニューアルバムよりレーベルを移籍。同時にドラムス、ベースのメンバー・チェンジも行っている。
 この件に関しては、以前のJBTのバンド・メンバーであるドラムス:マイケル、ベース:シャノンらにメールでいきさつを伺っていた。
 マイケルにしろシャノンにしろ、「今度は他のミュージシャンともやってみたい、というジョンの意志を尊重し、残念ではあったが了承した」と記されたメッセージが届いた。

 新しいバンド・メンバーもお茶目な輩で、なかなか好感のもてるプレイヤーであったが、冷静に旧JBTと新JBTでは、リズムの繊細さに関しては明らかに前者の方がきめ細かい印象を受けた。
 今日の段階では、正直マイケルにとシャノンに戻ってきてほしいという気持ちが心を支配しているが、新JBTの面々がセッションを繰り返し、新たにわき起こる化学反応を得るその様も、また心待ちにすることにしよう。

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 ジョンの技量は言わずもがな。変わらなく突き抜けて素晴らしい。比べる者など誰もいない。
 定番『オーシャン』のエンディングではまたしても目頭にきた。
 演奏だけの11弦サウンドはどうにも涙腺を直撃してくる。ジョンに神が降臨する瞬間を、おいらはもう4度生で見ていることになる。

 今回どういうわけだか、スタンディングのステージ最前列中央に陣取り、終始ライヴ観戦を果たしたのだが、最後のアンコールを終え、両手を掲げてオーディエンスに挨拶をするジョンが、グーのサインでこちらのグーサインに答えてくれるアイコンタクトの配慮が嬉しかった。
 この日の焼酎が格別だったことは言わずもがなだ。

 彼らは3月24日に日本先行で待望の新作『April Uprising』を発表する。

投稿者 yonezawa : 03:47 | トラックバック(0)

2010年 02月 27日

64年のストラト

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 これまでの、すべてのbambiリハーサルを通して、個人的に最も手応えを感じた今日。
 長く封印していた64年のストラトを久方ぶりに表舞台に登場させようと、それなりの音量で鳴らしてみたところ、なつかしいファズ・サウンドが気分を高揚させてくれた。
 とても気持ちのよいリハーサルだった。バンドのテンションに感謝。

 メンバーには申し訳なかったが、本日のリハは早めに上がらせていただき、そのまま車で六本木へ。
 思いの外空いていた都心までの道中がそれなりにスムーズで、狙った駐車場もバッチリ確保出来、気分がよい。

 以前からHさんにお誘い頂いていたライヴ・ハウスへ到着。
 Hさんは、本業であられる作品の執筆だけに限らず、いつでも日本中を飛び回り、様々な分野でアグレッシヴに活動を繰り広げる素敵な才女だ。

 中へ入ると、すでに演奏は始まっていた。
 おいらが勝手に想像した音楽とは幾分傾向が違ったものの、フォーク調の可愛らしいメロウな曲を堪能した。アコギのギタリストも上手。第二部までの観客入れ替えのインターバルにおいとまし、表参道のカレーうどんで〆。

投稿者 yonezawa : 23:41 | トラックバック(0)

2010年 02月 13日

ゆらぎ

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 bambiリハーサル後も、大事をとって即帰宅。
 元気なRちゃん、しかし鼻づまり。

 45歳の頃の父親の姿を思い出す。当時おいらは12歳。
 あの頃父は、仕事で何を思い、何を目指し、どんな瞳で家族を見つめていたのか。
 今となっては知るよしもないあの頃の親父を想像してみる。
 十二指腸潰瘍になったのは今で言うストレスだったのだろうか。
 不意に意味不明の吐血をしたのは、それよりももっと後だったか。
 45歳の親父。家長と呼ぶに相応しい迫力と魅力と優しさがたくさんあった。

 アルバム発売前、来日前に思い切り来日の予習の出来る、Jeff Beckのゆらぎに心で泣こう。
http://www.youtube.com/watch?v=nwNx-SG_vr8

投稿者 yonezawa : 01:21 | トラックバック(0)

2010年 01月 25日

Dave Mason

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 先週の金曜日、新宿で食事中レコード会社SのKさんより電話がかかってきた。
 Kさんは大概用件はメールではなく電話だ。
 「…ってことでメールに詳細を書いて送りますんで宜しくお願いします!」
 受けた電話の正式な返答は今日の約束だった。

 届いたサンプルCDを聴きながら、16歳の頃を思い出していた。
 テレビでジョン・レノンが射殺されたニュースは、午後テレビを見ていた親父より知らされた。
 ポール・マッカートニーがテクノのような曲「カミング・アップ」を書いて、そのトーンに驚いたこと。ブロンディが最も売れた年だったこと。ピンク・フロイドの「WALL」に強大な衝撃と威力を感じたこと。
 同級生と授業をさぼり、我が家でLPを聴いてたら、突然その同級生の母親がやってきて「米澤くん、居ますかー? うちのKはいませんか? 上がりますよー!」っと家に上がり込んで来られ、「この馬鹿が!」と注意しながらその同級生の耳を引っ張って連れ帰ったこと。その話を聞いたおいらの母親は含み笑いをしながら「お父さんに言おうかねぇ…?」と、おいらを軽くゆすってきたこと。その時の母親の寛大さにしびれたこと。
 …思い出せばキリがない。
 つまり1980年という年代はおいらの世代にとってはかなり重要な意味を成す年だと言えた。
 
 その年リリースされた、ウエストコーストの香り漂うレイドバックしたデイヴ・メイソンの『明日へのチャンピオン』(Old Crest On A New Wave)を今、改めて聴き直しているところだ。 
 ベスト盤も含めて以下の8タイトルがが4月14日に同時発売になる模様。

It's Like You Never Left
Dave Mason
Split Coconut
Certified Live
Let It Flow
Mariposa de Oro
Old Crest on a New Wave
The Best of Dave Mason 

投稿者 yonezawa : 11:05 | トラックバック(0)

2010年 01月 20日

Norah Jones

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 虎ノ門で映画『マイレージ・マイライフ』試写を経由し、赤坂へ移動。
 赤坂BLITZで行われたノラ・ジョーンズ1ナイト・ライヴの観戦。
 冒頭からムスタングを抱えて登場したノラの姿に驚いた。蓋を開ければライヴの半分以上のトラックでギターを披露したノラ。
 ざらついたリバーブ効果に、ほんのりトレモロがかった魅力的な音色。チャーミングに奏でるギターがなんとも言えない温かき空間を演出する。

 まさしくノラ一色の世界。冒頭1曲目の歌が聴こえた瞬間、一気にノラの技量を思いしらさられる。デビュー10年前後のミュージシャンで、こうも惹きつけるヴォーカルを聴かせるシンガーは果たして何人いよう。男なら断然ジョン・メイヤーだろうか。

 生ビールを飲みながら、スタンディングで1時間の公演を堪能し、近場の焼鳥屋へ。
 取り立てて芸術の話なら全幅の信頼を寄せる“モノカキ”なHさんとの席が贅沢で有り難い。

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2010年 01月 14日

Rodrigo Y Gabriela

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 比較的短いスパンで来日を果たしているアコギ・デュオ:ロドリーゴ・イ・ガブリエーラ。ZeppTokyoの来日公演観戦へ。

 以前、渋谷duoで圧巻のステージを拝聴し、今回2度目のロドガブ体感。
 全体的にロドガブの中でもトリッキーな技の応酬で、パーカッシヴにギターを叩くシーンの印象が際立った。
 しかし、集客としては充分過ぎるほどの動員があるものの、個人的にはロドガブのライヴとしては大きすぎるような箱の印象も抱かせた。
 観客との距離感が最も大事なユニットだと感じるから。

 場を中央区へ移し、同行した編集と食事の席に。
 結局、忘年会をやれなかった彼と新年会。今年は彼と、いくつの取材が実を結ぶのだろう。

投稿者 yonezawa : 15:01 | トラックバック(0)

2010年 01月 12日

THE MODS

 信じられない一日となった。
 都内某所でTHE MODS森山達也氏、漫画家:高橋ツトム氏の特写&対談が実現することに。

 50年の歴史を誇る年期の入った都内大型駐車場を撮影スペースに決め、撮影1時間以上前に現地入り。スーパー・フォトグラファー:尾形正茂と事前ロケハン。

 この場所のとてつもないクールさに胸が高まる。
 場所を提供くださった現地関係者の方々の協力も有り難く、今回ロケ・ポイントにはしなかったが、今後のための様々な驚きのスペースも見学させて戴いた。大感謝。

 高橋氏現地入り。やがて森山氏も。
 肩肘の張らないパンク・ロッカー森山さんのスタンスは、とてつもない魅力に溢れていた。

 福岡から上京したおいらにとって、THE MODSの存在はやっぱり特別なものがある。
 ビートルズもツェッペリンもマイケル・シェンカーもヴァン・ヘイレンも大好きだったが、JL&CもミカバンドもTHE MODSも勿論大好きだった。

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 THE MODSが東京進出する際、最後に演ってた80's FACTORYは伝説のライヴハウスだったし、おいらは当時入手した同店のマッチを今でも家のどこかに保管している。

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 『TWO PUNKS』にしろ『激しい雨が』にしろ『バラッドをお前に 』にしろ、森山氏が希代のメロディメーカーだと言う認識は、博多で1stを聴いたあの日から変わらない。

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 パンキッシュでありながら、同時にスタイリッシュな存在感が共存。
 今回氏と遭遇し、何故永遠にTHE MODSが瑞々しく輝き続けているのか、その理由の一端を再認識させられた夜になった。

 対談はまるで旧知の友人同士が語り合っているような、至ってアットホームな雰囲気の中進行。2人は3杯目の生ビールをおかわりした。やがて取材はつつがなく終了。
 そのまま「もう1杯いこうや!」と近所の酒場に飛び込み、その後夢のような時間が訪れることに。極めてロック。もう最高。

 THE MODSにおける森山さんの魅力溢れる声と、せつなく美しいメロディーは世界でただ一つの究極の個性。その想いは死ぬまで変わらんだろう。

 この、ときめく対談記事は、1月27日(水)発売のスーパージャンプ4号に掲載される。

投稿者 yonezawa : 04:08 | トラックバック(0)

2010年 01月 8日

ホスピタリティ・エリア

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 現在音楽専門誌等を拠点にしたライター活動中のYと、何年ぶりかの再会を果たした。
 Yと会ったのは、フランツ・フェルディナンドがセカンドをリリースし、FUJI ROCKに登場した際の、ホスピタリティ・エリアでの取材以来だったと思う。

 時折メールで近況は伺っていたが、直接会う機会はなかなか得られなかった。
 おいらよりも一回り以上若い世代らしく、Y独特の視点で捉えた、今旬のバンドに関しての評価が面白い。
 熱心なロック信者なY。
 おいらにしても、今考えてみれば中学高校時代からここまで延々ロック・ミュージックに傾倒し、追い続けている者の知り合いは思い浮かばず。
 Yにしても学年で自分1人が、そう言った意味で浮いていたそうだ。
 ロックで発熱をしてしまい、その熱が醒めないまま現在に至る。Yの気持ちが重々理解出来るのだった。

投稿者 yonezawa : 02:18 | トラックバック(0)

2009年 12月 29日

Al McKay

 池袋のヤマダ電機には2店舗の大きな店がある故、入口で義理兄と待ち合わせた際、困難を極めた。各々がそれぞれの1店舗しか頭に入っていない故、「今正面玄関の真ん中に立っているよ」「おれも正面玄関の真正面にいるんだけど…」会うはずがない。
 このやりとりの最中、もしやと思い、他店舗情報を店員に窺い、すぐそこの横断歩を渡った場所にもう1店舗の店をようやく見つけることが叶った。

 このケースで、最も気をつけなきゃならないのが新橋のキムラヤ前での待ち合わせ。
 そう言われ待ち合わせし、現地に初めて着いた際、「駅界隈はキムラヤだらけ」だと気づく羽目になる。

 夕方、六本木ミッドタウン内の讃岐うどん屋で肉うどんと辛高菜おにぎりをほおばった。
 そしてアル・マッケイ・オールスターズ・ライヴ観戦のためビルボード東京へ。
 アル・マッケイはあのEARTH、WIND&FIREのギタリストだったが、当時、彼の教則ビデオを観て秒殺され、同じ頃観たアルバート・リーの教則ビデオと同様、彼らはもう片方の頭で意識するギタリストの一人となっていた。

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 世界有数のカッティングを拝みに行くべく高い椅子に腰掛け観戦。
 あの「SEPTEMBER」もアルの作品だったし、懐かしい多くのアースのトラックは、こうしてライヴ・ハウスで聴けば、どれだけの秀作で、心地よいのかを改めて感じ入っていた。
 リードヴォーカリストは3人。
 晩年、フィリプ・ベイリーが歌っていたファルセットのヴォーカル・パートも、今日のこのライン・ナップで奏でた彼らの方が格段にパンチを感じた。
 
 和光市を経由し、新宿犀門でホントの夕飯。今年もあと2日。
 帰ってから、己の作ったカッティング曲をおさらいすることにしよう。

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投稿者 yonezawa : 10:30 | トラックバック(0)

2009年 12月 26日

今年最後のbambi

 今日までにやるべき家事を終え、今年最後のbambiリハへ。
 このバンド、集合する度に新曲が追加され、この1年足らずの間にレパートリーは180曲以上。尋常でない創作スピードはここにきても止まるところ知らず。

 コードを譜を見ながら、即席のアレンジメントで順繰りの音出し。
 ある種の化学反応を見せるトラック、すでに1回目で完成に近い仕上がりを見せるトラック、自分自身、どうしてもコード・トーンに絡みきれないトラック。様々な感触を得、予定していた阿佐ヶ谷の居酒屋バーで乾杯。

 まぁこれだけバラバラ異業種メンバーの集いは、各々の持ち場ネタがまちまちなので特殊な面白みが満載で、今宵の酒も爆笑の夜となった。
 今年は長野での遠征ライヴもこなしたし、数回の都内でのライヴもこなした。
 アマチュアにしてはかなり活動的な1年だったと回想。

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 やがてお開きとなり、戸外に出て商店街を歩いていると「ラーメン丸長」の看板を発見。
 もしかして荻窪店の姉妹店?と思い、メンバーを見送った後、一人ふらりと入店。勿論つけ麺をオーダー。
 丸長の系譜が書きつづられたポスターが貼ってあり、この店もあの丸長グループの流れをくんだ系列店とは判ったが、味の方はおいらにとって可もなく不可もなく。 

投稿者 yonezawa : 16:55 | トラックバック(0)

2009年 12月 21日

フリーペーパー『熱風』

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 伸び伸びになってしまっていた亀渕兄との飯が、この師走になってどうにか叶いラッキー。
 ソニー・ミュージックMさんにご配慮戴いたアジカンのZEPP公演はS、M、A(後にゴールデン街で合流)に託し、新宿の待ち合わせ場所へ。

 氏は、書店で無料で入手出来るフリーペーパー『熱風』に「ドーナッツ盤に恋をして」という、とてもチャーミングで魅力的なコラムを熱筆されておられるのだが、おいらはその熱心な読者だ。

 待ち合わせの場所へ到着し、再会を果たし椅子に座る前から、もう速射砲のように語りつくす。次回の機会がいつなのか判らぬ故、会ったらとにかく速射砲。

 アメリカン・ロック、ブリティッシュ・ロック、70年代、60年代、80年代、90年代、そして現在。
 マイケル・ジャクソン、ジミヘン、ビートルズ、リトル・リチャード、民主党、自民党、洋画、酒、新宿、正月、鍋、寿司、山、コレステロール、会社、社長、江口寿史、夢枕獏、母、父、文章、コラム、仕事、ツェッペリン、ニッポン放送、ウィキペディア、お笑い、北野武、ギター…
 話が途切れない。

 脱線しまくる節操のない話題は、これ以上ないほどの興味深さへと突き進む。
 亀兄、何でも知っている。物事をいつも優しい目で見つめている。
 60歳代の亀兄は、例えば18歳から30歳ぐらいまでの時に持ち合わせるような鋭い感覚の瞬発力を今もまったく失っていないことを、45歳のおいらが感じている。

 『熱風』に執筆されるコラムの、例えばたった2行を書こうと思えば、文献を2.3冊読み漁り、事実関係を突きとめなければならない。その真摯な姿勢が胸を打つのだ。そんな意味もあり、コラムの放つ熱風を感じずにはいられない。

 話の途中、氏が1冊のボロボロになった片手サイズの洋書を取り出した。
 例えばミュージシャンの正確な名前、アルバムのタイトル、年度、関係者各位とのいきさつなどは、その洋書を参考文献の1冊にされておられるとおっしゃった。
 ページをめくると、蛍光ペンで何カ所もアンダーラインが引かれてあった。
 感服。
 アンダーラインなど、もう何年使っていないだろう。
 本を読むときには確かにアンダーラインが必要だった。
 自分の鞄にはピンクのアンダーライン用のペンを常備させているにも関わらず、何年もその作業をすっかりスルーしている。
 ふいに母が学生時代からずーっと家で使っていたボロボロの辞書を思い出した。
 亀兄と語ると、様々な景色が思い出されてきた。

 古き時代を知り、最先端の今、巷に流れる音楽を聴き、そして自ら欲する音を求める。
 2007年12月、ロンドンの地で偶然の初邂逅を果たした亀渕兄との出会いは、今生涯の宝となった。

投稿者 yonezawa : 21:36 | トラックバック(0)

2009年 12月 17日

村治佳織、宮本笑里のナビゲート

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 村治佳織、宮本笑里のナビゲートするJ-WAVE『MITSUBISHI JISHO Classy Café』公開録音の地:丸ビルへ。
 http://www.j-wave.co.jp/original/classycafe/

 ゲスト:レ・フレールの演奏に続き、宮本笑里のソロ演奏。優雅。
 観るごとにスキル・アップをはっきりと感じさせる彼女の進化を今日も認識させられる。
 クラシックでありながら、今回初のオリジナル曲を発表した彼女。ここのところの様々なメディアでの活躍ぶりは、デビューから見つめてきたファンの1人としても嬉しい限り。

 あまりに集まる客が多すぎて、Rちゃんをなかなかベスト・ポジションで見せられない。
 最終的にはステージから右手前方のカフェで観戦。

 村治佳織のソロギターに聴き入る。
 ああ言った場所での、戦メリ、ティアーズ・イン・ヘヴン等の効果的な選曲を改めて感じ受け、フロアのナチュラルなリバーブ感がとても加減のよい演出効果に感じられた。
 通常のコンサートで聴く出音よりも、ややトレブリーでエッジの効いたような響きは個人的にはとても好みの音で、リスナーも“パンチ”を感じたのではなかろうかと感じた。

 2人の非の打ち所のないパフォーマンスを観た後、控え室へご挨拶。
 コンサート会場なり、控え室なり、取材先で何度もご一緒しているはずの彼女たちながら、2人の放つミュージシャン・オーラが素晴らしく、感じる空気にはある種の精悍さを感じた。抱っこして再会を果たしたRちゃんもその空気を察知したのか、とたんに静かになった。
 現役バリバリのミュージシャンが発散する力強きオーラ。それ以上にクールなことない。
 Rちゃんは彼女たちによって、特別よき体験をさせて戴いていた。
 2人にお会いするまでは散々「かおりちゃん、いる! えみりちゃん、いる!」とかうるさかったくせに、いざ連れて行くとおとなしくなってしまい笑った。

 終演後、一旦編集部へ帰還。
 入稿を終え、M労いの会を決行。

投稿者 yonezawa : 17:58 | トラックバック(0)

2009年 12月 14日

Superfly

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 ひょんな機会から、今回初めてスーパーフライの武道館公演を観ることとなった。
 TVCM等で洩れ聴こえてくる彼女の歌声は破格だと感じていたし、多和田えみ、LOVE等と同じように、邦楽女性ヴォーカリストの中では最も気になる存在の一人だったのだけれど、会場に足を運ぶ機会はこれまでなかった。

 漫画家:Hさん&担当Mと待ち合わせ、3階席に陣取った。
 ステージ・サイドからの観戦となったが、この時代PAはこちら側にも向いているせいで、バランスの悪さは大して感じない。
 ステージを縦横無尽に動き、パフォーマンスする彼女の自然体な姿はとても好感があり、比較的小さな女性ながら、その姿は舞台ではとても大きく映った。
 ジャニスも弾き語りも披露してくれた志帆ちゃん(Superfly)。
 2時間強のステージ後、控え室で乾杯を交わし、帰り際に一言二言、話す機会を戴けた。
 乾杯の際、所属事務所社長の語った言葉が、とても言い得て妙であり、本当の音楽家を丁寧に着実に育てる術を感じさせた。
 音楽の成功に近道はない。この意識を持って、この世のすべての優れたミュージシャンは同じ条件でトライするしかないのだ。
 和田ラヂヲ兄と同じ松山出身最大の女性シンガー:スーパーフライの、今後のさらなる活躍を楽しみにしている。
 遅い夕飯は四谷の博多料理。美味。
 隣り合わせたお客さんは、偶然スーパーフライのコンサート帰りの方々だった。
 ところで福岡市平尾在住時代には知りもしなかったが、糸島の卵は名物だったのか…

投稿者 yonezawa : 16:32 | トラックバック(0)

2009年 12月 9日

MITSUBISHI JISHO CLASSY CONCERT in Marunouchi

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 フジテレビ「2009FNS歌謡祭」は、終わり間際のSMAPの歌った部分しか拝見出来なかった。
 そのステージではヴァイオリニスト:宮本笑里、クラシック・ギタリスト:村治佳織との共演もあり、そうしたこともあって個人的には珍しい舞台の映像に聴き入った。

 夕方、丸ビル1Fフロアで行われるのは、J-WAVE(81.3FM)のクラシック専門番組「MITSUBISHI JISHO CLASSY CAFE」の公開録音コンサート「MITSUBISHI JISHO CLASSY CONCERT in Marunouchi」。
 ナビゲーターの宮本笑里と村治佳織のツイン・ナビで魅せるスペシャル・コンサートを観戦するべく現地へ。

 フロアにはゾクゾクと人が集い始め、どの位置でも鑑賞が困難になるほど、行き交うオーディエンスは膨れあがった。

 ゲスト奏者の後、村治佳織のギター・ソロ。
 いつもよりエッジの効いた、気持ちトレブリーだった村治の出音は個人的には好みだ。
 観衆の雰囲気と、この場所、そしてこの環境にベストと思われるポップスのカヴァー曲が独特の風格を感じさせた。
 宮本笑里と村治佳織によるジョイント演奏も、もはやあうんの呼吸と思わせるシーンも見受けられ、日々、進化を遂げる2人のクラシック・ミュージシャンの機微を感じ受けていた。

 終演後、控え室でRちゃん、久々にお2人と再会。
 先ほどまで、あれほど走り、騒いでいたRちゃんは彼女たちに再会したとたん、急に静かになってしまったので笑った。
 笑里ちゃん、佳織ちゃん、貴重な時間に感謝。
 
 一旦業務へ引き上げ、この日を逃したら年内の食事会は無しとなっていたMとの約束だったが、どうにか新宿で再会の時間を得た。
 わずかの時間でも、濃い内容の意見交換を得られた夜更けはラッキー。

投稿者 yonezawa : 01:59 | トラックバック(0)

2009年 12月 3日

失速で鍵盤

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 またしても早朝より稼働。
 社内の会議に参加し、1日が早々と始まる。
 入稿した原稿の、とある解せん方向性に泣く泣く泣く泣く了承。
 
 延期になった失速ライヴの連絡以降、会う機会がなかった吉田兄と飯。
 諸事情で早めに帰途につかれた兄と別れ、失速で鍵盤をお願いしているミュージシャンTと合流。ゴールデン街:Hで、こちらとも久々に「名月」で乾杯。
 マイアミでバカンスを楽しんできたと言うT家の近況が、ちょっと羨ましい。

投稿者 yonezawa : 12:33 | トラックバック(0)

2009年 11月 13日

身内が1人

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 アコースティック・ギタリスト:押尾コータローのライヴは2度目。
 以前、初めて彼のパフォーマンスを見た時と同じ国際フォーラムへ駆けつけた。
 前回同様、申し分のないPAのバランスを感じ受けながら、絶妙の間で演奏は繰り広げられた。静と動の入り交じる圧巻のステージングが染み入る。
 控え室でご本人と再会する機会を得、先だって押尾さんとの2ショット撮影を果たした、我が家の核弾頭:Rちゃんの描いたイラスト入りピックを贈呈。
 「これ、芸術作品やないですか!」と押尾さんのお気遣いが嬉しかった。

 同行させたのはフリー編集者でライターのKなのだが、こやつ最近妙に綺麗になってきたなと感じていた。
 新宿に場を移し、Kが呼んでくれたのは彼女の彼氏。
 なるほど、美の秘訣はそこか! と心で感じた。
 身内とも言えるKの彼がもし半端な男だったら、おいらなりの手段で根性を入れ直してやらにゃなぁと、大きなお世話なことを想像していたのだが、登場した彼氏と数杯酒を酌み交わしたら、そんな懸念は即刻吹き飛んだ。
 新しい身内が1人増えた、そんな夜更けであった。

投稿者 yonezawa : 22:26 | トラックバック(0)

2009年 11月 8日

坂本耕作

 午前11時30分、ホテル・ロビーで市役所関係の方と合流し、トークイベントの会場となる『水俣市のエコパーク水俣バラ園』へ。

 会場には先ちゃんのイラスト展が常設。
 控え室で本日トークショーの打ち合わせを行いつつ、地元コミュニティ誌の取材を受ける先ちゃん。

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 「漫画家のサイン会」というものは、作家の知名度、人気のバロメーターによって現金に集客に反映されることはなく、各地域の民族性(?)ということなのか、大盛況の場合も時に寂しい場合も勿論ある。

 本日、江口寿史のトーク・ショーは超大盛況。びっくり。流石、世界の地元のヒーロー。
 地方自治体なり役所の方がいくつかのメディアで告知されたせいなのか、入口付近は立ち見の入りきれない状態で、老若男女のオーディエンス(!)が大勢押し寄せた。
  
 地元の人気ミュージシャン:Nさんのファンキーな司会で、先ちゃん会心のトーク・ショーを魅せてくれた。
 ホワイトボードに描いたサイン入りのイラストは現地のファンにプレゼントされ、トーク自体でもみっちり1時間強。
 その後、怒濤のサイン会。

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 長蛇の列に並ぶファン一人一人にイラスト入りのサインを描く先ちゃん。2時間以上ぶっ通しで描き続ける先ちゃん。短編1本分ぐらい描いたんじゃなかろうか。マジで。右手にご苦労さま。
 イベントはつつがなく終了し、一旦ホテルへ。

 ロビーには、先ちゃんの同級生のサカモト氏が待っておられた。
 サカモト? 坂本? 坂元?
 先ちゃんに紹介されたサカモトさんは、なんと先ちゃんが『ストップ!!ひばりくん!』を描いた時の、ひばりくんに翻弄されるキャラとして登場した「坂本耕作」と漢字違い。つまり、あのキャラクターは彼の名前から拝借して使ったのだそうだ。
 これは初耳だった。ご本人の名字(坂元)とは文字が違うものの、ひばりくん現役直撃世代の雄であるおいらとしては、なんだかとても特した気分。

 坂元さん、そして新幹線で来れば早かろうに、わざわざ2時間の鈍行で駆けつけてくれたS作夫妻らと共に、居酒屋『遊食三昧』へ。
 イベントお疲れさまのかんぱーい。

 やがてわらわらと、先ちゃんの同級生の初恋の女性陣ら等々が随時合流し、とても不思議な面子で卓を囲んだ。こんな面子で呑もうと願っても、まず不可能だろう。
 
 この旅でお会いした、すべての水俣の方々は温かく、この町への好感度は益々急上昇するのだった。
 ものの小一時間で芋焼酎の5合瓶が空き2本目に突入。耕作さんのペースは尋常でなく、今日の面子での最たる酒豪として確定。

 おいらはS作のくだらない話に腹がよじれそうになり、情けなく実にバカバカしい会話で何度も(可笑しくて)泣いた。
 このままこの時間が永遠に続けばなぁ〜と考えながら、一次会はお開き。二次会の地:秀ちゃん宅へ今日も移動。S作&Mちゃん、ありがとよ!

 秀ちゃんは午後2時から酒をあおっておられるご様子で、こちらのテンションと丁度良き案配。
 夕べも飲み明かした、たくやさんとギター・セッションで景気を付け、今日は赤ワインを戴いた。
 先ちゃん節も炸裂。吉祥寺となんら変わらない宴は明け方近くまで続くのだった…。

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(前回、江口寿史兄が描いた[町のあちこちに貼られてあった]ポスターと関連サイト)
●観光ポスターへの江口寿史氏のコメント

 こんにちは、江口寿史です。
水俣市の丸島町で生まれて13歳まで八幡町に住んでいました。
今回、水俣市の観光ポスターという形で頼まれたんですけど、思い出してみると小さい頃、水俣の海がきれいだと思ったことがなかったんです。というのは、比較の対象を知らなかったから。
 で、特にこう水俣の自然ということに対して意識したことはなかったんですけど、大人になっていろんな場所をたずねて見た目で改めて見ると、海も山もすごいきれいなんですよね、水俣というところは。自然の懐が深い。水俣の人たちはこの自然の豊かさをもっと誇っていいと思うし、そこら辺を他県の人々にあまりにも知られていない感じがするんですよね。あまりにも一面的なイメージでしか見られていない。
 今回のポスターは、水俣を知らない人たちに、ちょっとでも行ってみたいな、見てみたいなと感じてもらえたら、という思いで描きました。また水俣の人たちにとっても、自分の故郷を再発見する機会になってくれたら嬉しいですね。

http://www.minamatacity.jp/jpn/sangyo/eco-town/saaminamata.html

投稿者 yonezawa : 01:03 | トラックバック(0)

2009年 11月 5日

RY COODER & NICK LOWE

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 JCB HALLには初めてやってきた。
 会場のこけら落としとなったキャンディーズのフィルム・コンサートの時も、その公演自体に気づかないままいた。
 つまりJCB HALLの存在を、その公演が行われたことによって知ったぐらいだった。
 
 今日、この場所で初めて観たのはライ・クーダーとニック・ロウの来日公演。
 
 パブ・ロック界の大御所と言われるニック・ロウ、かたや多くの映画音楽とスライド・ギター奏者として名高いギタリスト:ライ・クーダー。
 2人はリトル・ヴィレッジの解散から17年振りの共演となったそうだ。

 ワーナーIに用意戴いたチケットは4列目のど真ん中。嬉しい。まるでリハーサルに参加しているような距離感で、彼らの生々しいパフォーマンスを聴いた。ワーナーI、ありがとう。
 かつてライの音楽で聴き込んだのは「Paris, Texas」「 Crossroads」「Jazz」の順番だったか。
 ニックは断然「Cruel To Be Kind(邦題:恋するふたり)」、そしてRockpileでの音源がクールで好みだった。『Seconds of Pleasure』のCDは、まず買いだ。
 年を重ねてどういったギターを弾くか? そんなに遠い将来でない未来の己の有り様も想像しながら、淡々と演奏されてゆく曲に耳を傾けた。
 時にコードを弾き損ね、言い訳をするライがとてもチャーミングに映る。
 
 2人とも本当に年を取ってしまったもんだなぁ〜と、ビジュアルを観ながらどうしても考えてしまうのだが、これがベストの年の重ね方の一つだとも同時に感じ受けるのだった。 

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2009年 11月 2日

入園願書〜面接〜bambi in 長野

 早朝起床。最寄りの幼稚園に必要書類を届け、正確な面接の時間をその時点で知り、一旦帰宅して備える。
 私立の仰々しい幼稚園ともなれば、整理券をもらうべく寝袋持参で徹夜で並ぶケースもあるのだと言う。まったく理解しがたいこの異常なシステムを当事者の世代を持つ親となって初めて知る。

 長野ライヴのリハ時間にはなんとしても間に合わねばならないので、午後「なる早」の新幹線に飛び乗った。ネットで調べた出発便のうち2本が残念ながら運行しておらず、東京駅で40分も待つ羽目に。
 14時4分発の長野新幹線「あさま」に人生初乗車。
 中から映る戸外の景色はあっという間に長閑なものとなり、熊谷を通過する時思わず界隈の輩につっこみメール。
 霧に包まれた軽井沢を通過した。

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 やがてJR長野駅着。外はあいにくの雨模様。風が強くて前情報通りメチャ寒。
 駅に隣接するホテル「メトロポリタン」へチェックインし、徒歩でライヴハウス「NDIA LIVE THE SKY」入り。
 サウンド・チェックの最中、長野朝日放送「ザ・駅前テレビ」の取材陣も到着した。このイベントは地元のメディアで紹介される模様。
 34年の時空を超えて復活を果たす伝説のバンド『俄』のリハに聴き入る。

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 オリジナル・メンバーの演奏ーーという真実が余計迫力を感じさせた。本番の熱が楽しみ。

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 最後のbambi逆リハを経て開場。
 どうも会場には入りきれないほどの客が押し寄せている模様。流石、地元『俄』再結成の底力を感じ受けた。
 そしてbambi本番。ステージは狭いが、いつものテンション良好。『俄』のオリジナル「人形館」は、勝手ながらもはやbambiオリジナルの感触。
 我々以外のゲスト:宮川真衣さん、俄組の演奏時間もそつなく流れた。

 そして真打ち『俄』登場。
 ここのところ、何度もLP音源を聴いたあの演奏が、よりパワフルなテンションで再現されてゆく。楽屋下にも聴き漏れる演奏を聴くに連れ、自分なりの感慨にふけいる。
 何故NSPは、オフコースは、時代の潮流に乗っかり成功したのだろうか。小学生の頃、同級生の女のコで生徒会長だったSの家でNSPのカセット・テープを貰ったなぁ。
 『俄』リードヴォーカリスト:宮川さんの声は天野滋の声よりも芯に響く印象だ。

 最後、『俄』に混じってのセッション。「鬼が走る」のいなたさをおいらはタッチワウでちゃんと再現出来たのだろうか。今宵ステージの最終最後を締めくくる「ハイウェイバス」でライヴは叙情的に幕を閉じる。

 こうしてbambi in 長野の初遠征が無事に終わった。

 小雨の中、一斉に撤収。
 一路打ち上げ会場へ。差し入れの野沢菜を肴に赤ワインで乾杯。
 演奏もさることながら、出演者及び関係者のみなさん、人柄も素敵な方ばかり。音楽が紡いだ心のつながりを感じ受ける。

 差し入れの美味しい野沢菜を肴に赤ワイン。
 差し入れの美味しい野沢菜を肴に赤ワイン。
 差し入れの美味しい野沢菜を肴に赤ワイン。

 この作業を繰り返すうちに軽く酔いがまわり始め、打ち上げ会場を後にbambiの面々で〆のラーメン。勿論この地の夜中に食した。

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2009年 10月 24日

料金 5100円

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 夕べ、食事中の深夜、飛び込んできた新案件で土日の原稿執筆の時間を確保。
 
 小雨の中、午後7時、勿論本番キャンセルはナシのBambiリハーサルへ。
 キャンセルナシどころか、こちらは11月2日:長野ライヴに向けてのTV取材の申し込みが長野放送より入ったそう。
 ライヴに向け、オリジナル俄の曲コードとフレーズを数曲拾ってみた。
 ともかく本番が待ち遠しい。

 久々にメンバー全員集結し、軽い打ち上げの後パーキングへ。
 駐車してあった枠番号「5」を押すと「料金 5100円」の表示。
 ? 何? 一瞬呆然と機械の前に立ちつくす。
 駐車時間に対して料金が明らかにおかしい。管理会社へ連絡し事情を説明したところ、遠隔操作で駐車時間が判るらしく、こちらの言い分が把握来た(機械の表記ミスを確認出来た)ようで、これまた遠隔操作で車のストッパーを下ろしてもらった。
 料金は特に請求されずそのまま。ついていたのか不幸だったのか。しかし気分は晴れない感じ。しかし、あんなこと(遠隔操作)が出来るとは…

★INDIA live the SKY
34年の時空を超えて...伝説のバンド 俄 復活!!
11月2日(月) open19:00 start19:30 前売\2,000 当日\2,500(ともに1DRINK付)

出演 俄/宮川真衣/bambi(東京)/俄組

お待たせいたしました!なんとあの『雨のマロニエ通り』『東京』等、数々の名曲を残した伝説の俄が34年ぶりに待望のオリジナルメンバーによる復活です!ゲストには宮川真衣、俄組、東京よりbambiを迎え、豪華な面々が揃う1日です!
http://www17.plala.or.jp/india-sky/index2.htm

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2009年 10月 23日

失速延期

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 どうも喉の調子悪し。
 インフルエンザを伝えるニュースもシャレにならんので、日常における最低限の用心は特に心がけねば。
 平日のリハーサルのためにギターを抱え、何年ぶりに電車を乗り継ぐが重くて辛い。
 20年前ならば、ギターに加えてエフェクター・ボードのジュラルミン・ケースも一緒に持ち歩いて、スタジオだ居酒屋だ、よく徘徊したものだった。
 思い返してもあのエネルギーは凄かったし逞しかった。

 仕事の都合もあり、みなの仕事場を考えたら丁度おいらのいる編集部界隈が集まるスタジオとしては条件が良く、今夜はこの地に集まってもらうことに。
 ところが、リハ1時間前になってバンマス:吉田兄より連絡あり。内容は以下のようなもの。
 「ライヴ主催者側との連絡の行き違いで、今年の失速イベントは延期され、2010年の3月頃に振り替えになる模様」
 リハ初日になってのビックリ情報。これは明らかに出演者に対して何の連絡もしない主催者の落ち度によるもの。吉田さんが「今年も宜しく! リハーサルに入ります」の連絡をたまたま入れたら、その旨を聞かされたとのことだ。
 なんたる事態。ライヴの告知を、どなたに声をかけたのかすべてを正確に覚えていないし…困った。
 ともあれ、リハーサルは親睦会の場となり、リラックスしたゆるいリハの時間を過ごすことに。

 全員リハーサル不足と思いきや、演奏の感触やら録った音源を聴いてみればなんとかなる程度の感触を得、メンバー各位の底力を認識。
 ベースのTとは今回、正式に初セッションの機会を得られ嬉しかった。
 終電の時間もあり、今夜の打ち上げはKとTの3名で。なかなか面白き化学反応の感触だ。

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2009年 10月 16日

tommy

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 記憶が間違っていなければ、91年2月24日のロリー・ギャラガーの公演(旧:郵便貯金会館)以来、この地:芝メルパルク・ホールにやってきたのかもしれない。
 
 トミー エマニュエル来日公演。
 ロビーでTシャツを買っている時に前座の演奏が聴こえてくる。

 オンタイムの午後7時、オープニングを努めるステファン・ベネットの登場。
 彼の弾くギターの中で、100年の歴史のあるというハープ搭載のような大仰なアコギの音色が柔らかく優しかった。初めて知ったギタリストだったが、トミーの盟友といった面持ち。ナイス。
 
 数分後、ステファンが引き上げ、入れ替わりにトミー登場。
 何の演出もないまま、ただ朴訥に登場し、そしてイナズマのようなハイテンションのプレイが突然始まる感じ。
 もう声が出せないほどの超絶技巧の嵐。しかし、際立ったメロディの主張と圧巻のリズム感が、お仕着せがましさをまったく感じさせない。
 ぐうの音も出ない、舌を巻く演奏がここから延々と始まる。
 「上手い」と言うよりも、ここまでいくと大げさな意味ではなく神の領域と言えるよう。
 おいらの生涯で、ある意味これ以上のアコースティック・ギターのプレイに出会うことはなかろうと思われる。
 
 2人目のサプライズ・ゲストで登場したのはジェイク・シマブクロ。
 この公演に彼が登場することはあらかじめ知っていた。
 トミーの親友にしてこのステージに相応しいキャスティングと言えた。
 たまたまジェイクはこの日、日本公演の最中だったが、明日の神戸で国内ツアーのファイナルを迎え、そして彼は再びアメリカ・ツアーへと突入する。
 2人で奏でたザ・ビートルズのアンサンブルの美しさといったらない。
 ジョージ・ハリスンは、なんとアコースティックにベストマッチする創作をしてくれたか。
 今やこの2人のためにある曲と言わんばかりの『ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス』が芯に響く。『ヒア・ゼア・アンド・エブリウェア』の完成度に心で泣いた。

 再びトミーのソロとなり、アンコールまで非の打ち所のないステージングを堪能した。
 控え室でジェイクに再会。「ヨネザワさんが来ると知っていたのでガンバリマシタ!」というジェイクのリップサービスがとても嬉しかった。
 
 明日は札幌出張につき、余韻に浸るための飲みを断念し、夕飯食べて即帰宅。

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2009年 10月 4日

そろそろ着手

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 いい加減弾かないことには始まらなかろうと、11月、目黒ブルースアレイで20分間だけLED ZEPPELINを弾く「失速ライヴ」での曲をゆったり確認。
 しかしヘタしたら40年ぐらい経過しているこのバンドの曲を聴いているのだが、弾けば弾くほど恐ろしい発見があり、バンドの化学反応で起きた奇跡だとしても、ジミー・ペイジという人物の創造した閃きなり創作には格が違うとしか言いようがない。
 今日も舌を巻いた。舌を巻くのは中学時代から続いている。
 手癖のソロにしても、なんと言ばいいのか…風格があり、「そのフレーズこそ正解!」と言う、ベストのマッチングを流れにメロディに感じるのである。
 ONE AND ONLYの存在になるはすだ。

 そのライヴの前に控えるBambiの長野ライヴ。こちらもそろそろ着手せねばなりません。

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2009年 10月 2日

あまり自信ないんでぇ

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 2016年夏季五輪はリオデジャネイロに決まった模様。南米初の開催。「東京は第2回投票で落選」との報道を知る。

 夕方、国際フォーラムへ向かおうとタクシーを拾う。乗車したらばドライバーが「国際フォーラム」を知らない。
 「あの〜あまり自信ないんでぇ…」「判りました。ではとりあえず東京駅に向かってください」「あの〜あまり自信ないんでぇ…(道順を)言ってもらえませんか?」ときた。
 車を拾った場所は東京駅まで車でおよそ10分程度の神田神保町界隈。
 さすがに呆れた。
 丁寧に道順を伝え、思わず今後の彼のキャリアに憂いを抱いてしまった。

 国際フォーラムCで超絶技巧アコースティック・ギタリスト:押尾コータローのライヴ初観戦。
 MCからアンコールまであわせると、都合2時間30分以上にも及ぶステーングが力強かった。
 静と動の色彩が入り乱れるまさに弾きまくりのライヴ堪能。
 先日の、ジェイク・ライヴでの初遭遇以来の再会を果たし、控え室を後に。押尾さんお疲れさまでした。
 22時、銀座までテクテク歩き編集:Tに大きくゴチになる。感謝。
 編集部より深夜帰宅のタクシー内ではものすごく爆睡。道順は家に到着の10分前から伝えた。

投稿者 yonezawa : 03:22 | トラックバック(0)

2009年 09月 25日

DOOBIE BROTHERS/The Derek Trucks Band

 海陸先生と、NYの報道カメラマン:天平
http://blog.goo.ne.jp/tempei/
http://web.mac.com/tempeiiwakiri/iWeb/E06DBE33-B00A-4612-915B-AC8DF4BA111C/5C1B21F4-0C48-4B38-8AA0-B513E39436FD.html
が同じ誕生日であったことをこの年になって初めて知る。

 男の同級生の誕生日なんぞは、当時たまたま知っていた輩以外知ることもないものだが、甲斐甲斐しいmixi等のお知らせもあってか、この偶然を知ることとなった。
 
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 国際フォーラムでデレク・トラックス・バンド、ドゥービー・ブラザース・バンド、ジョイント公演観戦。
 デレク・トラックス・バンドのダイレクトで純粋なギター・サウンドに対し、ドゥービー・ブラザースの面々の奏でたギター・サウンドはかなり作り込んだ音色に感じた。
 もしかしたらアンプは使わずラインだけで鳴らしてたのかもしれない。
 ハイテクなアンプシュミレーターの採用だったのか。
 ギターの音とはアンプのスピーカーから吹き付ける音厚と振動による「風」が必須だ。
 しかし残念ながら、ドゥービーにその風は感じられなかった。
 反面、デレクはフェンダーのアンプからビシバシ風圧を感じさせてくれたが。

 テクノロジーの恩恵をそのまま間に受け「ギターと真空管アンプ」という、この切っても切れない究極のシステムから離れてしまうと、見事に魅力は半減するのだという気持ちになる。

 とどのつまり、生涯かけて究極のギターサウンドの追求ということに変わりなし。

投稿者 yonezawa : 12:16 | トラックバック(0)

2009年 09月 22日

Live From Austin Texas

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 たまには行きつけでないレコード店へも行ってみるもんだ。
 通勤の際、最寄り駅で、ある種の惰性で覗くレコード店のルーティン的意味合いではなく、大型有名レコード店にもたまには時間を割いて行くべきだと思ったのだ。
 失速ライヴ打ち合わせも兼ね、イースト:吉田兄と突発会食。その足で、タワーレコードへ。
 
 「国内盤の発売予定はない」と記されたヤードバーズのライヴ映像を収録したDVDが、まずは目指した品だ。
 荒削りな画質・演奏でありながら、何故こうも彼らの有り様は興味深くかっこいいのか。

 ヤードバーズで演奏されたDazed and Confused、そして(ギリギリ、ツェッペリンの結成直前なのか)ロバート・プラントがヴォーカルを取ったバージョンのDazed and Confusedも収録されており、とても貴重な映像であると同時に、今となっては“作り込み”では構築しようのないかっこよさの極みに項垂れる。
 収録されているそれら一部の映像は、過去どこかで断片的に観た記憶あり。
 
 フロアを徘徊し、見つけたロイ・ブキャナンのDVD『Live From Austin Texas』に再び倒れる。
 全編を通して鳴り聴こえる“まんま”のトーンにしみじみとう頷くのだ。76年頃のライヴ録音なのに、視聴した際、まず初めに聴こえてきたハイハットの繊細な響きがあまりに優れていて(歓びで)眉をひそめた。
 そして何と言ってもここで聴かれるテレキャスターの音粒と言ったらどうだ。
 まさしくこれ以上はなかろうと考えるテレキャスターの音。
 ちなみにキース・リチャーズの奏でるテレキャスターのひとつの音も、同様に凄まじいものがあるが、それはここで語った純然たるテレの音ではないと、ここの演奏でのロイの音を聴けば識別できる。

 哀愁にまみれ、奏でられるのはせつないフレーズばかり。
 サントラ(『ディパーテッド』とか)に持ってこいの、枯れた風情に包まれたロイの色気の真骨頂。
 おいらが東京で観た、事実上国内におけるロイの最期となったライヴは、国産:ローランドJC120で演奏されていた。このアンプの機種が名機であることに異論はないところだが、まったくロイの音ではなかったことを、古い遠い記憶の奥底から思い出す。

 映像を強く観つめながら、視聴機にあるヘッドフォンを耳に当てれば、あたかも今そこでロイが弾いている錯覚に見舞われた。

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2009年 09月 20日

オリジナル「俄」再結成

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 家で軽くコピーしていたオリジナル「俄」の曲を初めてバンド・セッション。
 おいらが、70年代にデビューした岡山発のバンド「俄」(一度だけの)再結成話を正式に聞いたのは、先日の吉祥寺ライヴ当日だった。
 バンマス:大先生がオリジナル「俄」のメンバーであり、11月に長野で行われる「俄」再結成ライヴへ参加する流れとなったのだが、同時(瞬時)に現バンド:BAMBIでの参加も決定。
 
 初めてバンド演奏した「俄」の曲は確かに70年代の香りに満ちあふれており、シンプルな曲調の中に感じられる練り込まれたアレンジが好み。演奏すれば心地よさを覚える名曲ばかり。
 LPのプロデュースはあの大野克夫。ちなみにデモ・テープはデビュー前の、無名の山下達郎が担ったのだと言う。
 NSPが売れたのなら俄も売れてよかった。「俄」1st.『俄芝居』は名盤也。

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2009年 09月 19日

Bunkamuraオーチャードホール

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 先だって発売された、ジェイク・シマブクロのライヴ国内盤ジャケットを描いた漫画家:谷口ジローさんと会場入り。
 ジェイク・シマブクロ in Bunkamuraオーチャードホールへ。

 ホールは超満員。
 ツアー中日の頃合いで、演奏的にもまさに脂ののった完璧な技量と色気の炸裂する申し分のないコンサートだ。
 たった一人で2時間以上のステージングをこなす舞台演出には、今回、スクリーン、CCDカメラを駆使したジェイク。
 アットホームな中に、針の穴を通すような繊細なリズムとメロディの機微。とにかく圧巻としか言いようがない。
 今回、初めてジェイクの(ガット)ギター・プレイも拝聴したが、そのスキルには嫉妬を抱くほど。見事。さすが。舌を巻いた。

 終演後、大勢の関係者が待ちわびる中、控え室にジェイク登場。
 ジェイクは谷口さんの描かれたジャケット原画を持参し、記念撮影の後にサインを戴いた。谷口さんも英語版のご自身のサイン入りコミックを贈呈。全編英語フキダシのコミックスにジェイクご満悦。
 冷静にコンサートの出来を確認するジェイクに、おいらは感じたままの印象を伝える。彼と同じ時代に生き、同じ音楽を共有出来る幸運に感謝しながら控え室を後に。

 今後彼は、国内ツアーのわずかな合間にも渡仏し、異国でのライヴを控えているそうだ。
 世界有数のこれ以上考えられないミュージシャンの一人:ジェイク・シマブクロ。今日も世界へ邁進中。 

投稿者 yonezawa : 14:48 | トラックバック(0)

2009年 09月 15日

BOX SET

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 いくらでも入手可能かと完全にタカをくくっていたザ・ビートルズ・モノ・ボックス(BOX SET)【初回生産限定盤】 は、EMI:Nちゃん情報によれば今後は入手困難だと今更知る。
 あらゆる分野にマニアは存在しようが、ザ・ビートルズ・マニアの緻密さを凌ぐマニアはなかなか見つけづらかろう。売れた数字が物語る。

 モノ盤には、一般的と考えるオリジナル・アルバムのタイトルが数枚欠けているようなので、結局ステレオ盤の方をコレクションしたくなるところだが、すでに恐ろしいプレミア金額設定でコレクターズ・アイテム化されていることを知ると、まんまと欲しくさせられたモノ盤。
 そのステレオ盤の方にしろ、次回の出荷が確か10/25。
 中学時代、自宅にあったモジュラー・ステレオの前に座り、ヘッドフォンで何百回赤盤を聴いたことか。
 ザ・ビートルズはいつも懐かしく、聴くと嬉しい音楽。 

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2009年 09月 11日

敦賀明子(オルガン)

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 渋谷:東京メイン・ダイニング[TOKYO MAIN DINING|SHIDAX]という地は初めて。
 こんなところにこんなスペースがあったのか…とやや驚く。

 公式HPではソールド・アウト。
 Charge Jazz Live AKIKO TSURUGA TRIO[敦賀明子(オルガン)、田井中福司(ドラムス)、石川政実(ギター)]のライヴ観戦を目指した。
 敦賀さんとは丁度1年前、NYはハーレムのクラブで知り合った。
 事前に敦賀さんにもメールで伺っていたのだが、席はなかろうと思いながらも行けばなんとかなろうと音楽人:Tと共に現地参着。
 ポツンと空いた真横がぶりつきのテーブルを用意して戴き着席。久方ぶりとなる敦賀さんの生オルガンをゆったり堪能させて戴く。

 アルバム『Oriental Express』のジャケ写には、彼女と初めて遭遇したハーレムでのクラブで友人:Tの撮影した写真が一部にコラージュされていると彼女に聞いた。
 会場でそのCDを購入しようと陳列された商品コーナーを覗いたら完売。残念。
 身体全体で「楽しくってしかたがない気持ち」を表現する彼女の音楽はいつでも陽気で素敵だ。

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2009年 09月 7日

カセットとmp3

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 iPod Touchのデータ移行に手間取るおいら。
 しばらく使っていないものだから、基本的な打つ仕込み方の要領を忘れてしまっている。
 そう言えば、先日久々に再会したTさんから「カセットのウォークマンを使っている」と聞いた時にはさすがに驚いた。
 カセットのWデッキは、先日Rちゃんによる執拗な過剰操作によってか、パワーを入れるだけで「カチッ・カチッ・カチッ...(エンドレス)」の音が出てしまい、再生も録音も出来なくなった。
 サンプル盤としてレコード会社より希にカセットでの試聴盤が届くケースも、つい2年ほど前まであるにはあったが、ここ最近は一切見かけないのでレコード業界でも流通上、いよいよ無くなったのかもしれない。
 MD音源をmp3に変換する仕事が今後、残された。
 
 深夜、駅より30分の徒歩帰還。

投稿者 yonezawa : 01:27 | トラックバック(0)

2009年 08月 29日

bambi trump live

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 午後3時過ぎまでRちゃんと戯れ、吉祥寺のライヴハウス『ブラック&ブルー』へ向かう。
 数ヶ月前から手伝いで参加させて戴いているbambi、2度目となるライヴの会場へ。

 リハーサルで初めてJCM800を弾き、アンプの特性を把握。
 インプットはストレートな1CHタイプの、2ヴォリュームはナシの機種なので、足下には歪み系のアタッチメントも必要となった。
 ライヴとしては、多分10年(以上でも利かない)ぶりにBOSSのODを引っ張り出し使用。
 硬質のナチュラルなファズ・サウンドで基本のバッキングを鳴らし、ソロ時に踏み込むことに。なかなかドライヴする音。
 結果、ワウ-OD-タッチワウ(スティーヴィー・サラス・モデル)の並びで確定させた。この際だと思い、一々タッチワウも繋いだおいら。

 3部構成に分かれたライヴは18時にスタート。
 1部は観客として鑑賞し、2部は全9曲、3部は3曲参加。
 思いの外PAの卓ご担当者がバランスの良い音を構築してくれ、モニターにしてもクリアな環境を提供してくれた。
 当日試してみようというノリで、その場その場の気分でバッキングを構成してみる。
 メンバー各位のテンションは、これまでのリハを通して最もベストの雰囲気と技量を感じさせた。みなさん、本番に強し。
 全体的に細かいミスもミスにあらず、ロックバンド然とした佇まいのうねりを産み出したbambiの、ひとつの完成形を思わせた。

 演奏中、最前列にRちゃんの姿を発見。
 同じく最前列には旧友で空手家:Iの2人愛娘ちゃんらの姿も。
 リズムにあわせて身体を揺する我が子の姿に、シリアスな曲にもかかわらず笑顔のまま演奏してしまったおいら。
 今夜は初めて我が子に演奏する姿を見せるという忘れられない1日となった。
 
 アンコール的シーンまで想像に近いタイムテーブルでライヴは進行し、確かに滞りなくライヴは無事終了。演者のみなさん全員大人だった。

 終演後の打ち上げの席で、ESP専務:T氏によるコメント「歪み系はチューブスクリーマーか何かを使ってるような音がしたよ」という感想が嬉しかった。
 アンプ次第でBOSSのODは充分いまだに活躍してくれることを認識。それなりの音量で鳴らさなければ解らないことなのだが。

 打ち上げ時にはホール内を駆けめぐり、新しいお友達も出来たRちゃんの笑顔がとにかく印象的だった。
 中野から来場くださったMの観戦も嬉しいものがあり、終演後近場のバーへ移動し、作家:Yと編集者:Aと遭遇しつつ朝まで痛飲。
 深夜4時、〆の屋台ラーメンはMにゴチ。おいらには、「太ってもいいなら食べません?」の誘いを断れる度量がなかった。

 ご来場の皆様、ありがとうございました!

投稿者 yonezawa : 11:51 | トラックバック(0)

2009年 08月 26日

LILLIX

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 各位の多忙なスケジュールをぬい、本日ようやく打ち上げ(何の?)の席を確定させた。
 幹事は率先して名乗り出たおいら。
 FUJI ROCKで、サマソニで、インタビュー・ルームで多くの現場を共にしてきたWチーム:KOBI、I葉、&Mゆう、大家社長らの5名で宅を囲んだ。

 おいらがナンバリングをして、定期的に手がけるようになった音楽記事は、彼女たちとの仕事から始まった。
 記事としては、枠の都合で03年ヤンジャン33号掲載のSTACIE ORRICO記事が初っぱなだったが、打ち合わせそのものを最初に行った案件は03年ヤンジャン39号掲載のLILLIXから。
 あの日からすでに6年以上が経過した。あっと言う間の時間だ。

 酔いの境目が判らない酔い方こそ最もストレスのない飲み方であり、今日は勿論いつ酔ったのか判らないGOODコンディション。
 とりたてて良質のロック・ミュージックの啓蒙を全員共通の意識として、今後も力の続く限り、彼らと現場を共にすることが継続出来れば言うことナシ。

 よく飲んでよく笑って語り明かし、申し分のない夜更けだ。

投稿者 yonezawa : 18:07 | トラックバック(0)

2009年 08月 25日

Aimee Mann

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 メールで出欠を問われていた「エイミーマン来日公演」の案件をすっかり見落とし、慌ててダメ元メールを書いていたら、S社Kさんより「リストに名前がないようですが、今日は来られませんか?」と確認の連絡が。
 なんとも有り難い。
 時間の読めぬ状況ではあったものの、根性でなんとかたどり着くぜいと雑務をごんごん進行させた。

 開演前10分現地・渋谷AX到着。
 関係者入口には偶然ジェイク・シマブクロが!
 一昨日以来の再会を奇遇にもこのコンサートで果たし、互いに2F席で鑑賞。なんとも嬉しい。

 エイミーマンは初観戦となったが、会場には渋谷陽一さん、保科さんら音楽業の方々の来場もあったようなので、その注目度が窺い知れた。
 それにしても、こんなにファンが待っていたのかと感心する程、1Fスタンディングは超満員。
 ステージは、良き意味でリハーサルのようなアットホームでリラックスした、終始エイミーマン・ペース。独特の緩いテンションで紡がれてゆく。
 語りと歌の色彩温度に変化はなく、喋るのかと思えばそれはイントロの歌詞だったりした。
 ギブソン・ハミングバードの音色が温かかった。 

 終演後、ツアー中の一時の休息をも音楽と接していたジェイクと9月の再会を約束。どこまでいっても彼は常にナイスガイ。
 各位、最新ライヴ盤を聴くべし。

投稿者 yonezawa : 15:29 | トラックバック(0)

2009年 08月 24日

ぷーるいく

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 日に日に言葉のバリエーションが増えるRちゃん。
 どこの親御さんにしてもこの面白味は体験してきたのだろうが、特別に子供嫌いだった自分は第三者から、こんなに刺激的な子供の話を聞くことはこれまでなかった。
 己の豹変ぶりは自覚しているものの、未だにこんなブログを書くこと自体信じられない感覚でおいらを見ている身内もいる。
 
 先だってSちゃんに誘われた、Rちゃん未体験の「プールへ行く」というイベントを彼女はしっかり覚えており、「ぷーるいく? ぷーるいく?」と口癖のように語る時がある。
 大人だろうが子供だろうが、勿論約束は守らねばならない。
 残暑と言われるシーズンのうちに、一度赴きたいところ。
 
 自我が芽生え、あり・なし、好き・嫌い、欲しい・いらないの意見をしっかり持ち始めた子供の感性は、少なからずこちらにも重要な人の機微を教えてくれる。

投稿者 yonezawa : 02:06 | トラックバック(0)

2009年 08月 23日

Music Is Good Medicine Tour 2009

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 昼、車を動かそうと鍵を開けようとするがドアの解錠音がしない。
 完全に電気系統がイカれている様子。
 よくよく見れば丸々2週間、室内灯の1カ所が点いたままの失態でバッテリーが上がっていた。

 予定していた外出の時間は押し迫っていたので、やむなく帰宅後の夜JAFを呼ぶことに決めた。
 [Music Is Good Medicine Japan Tour 2009]で国内ツアー中のジェイク・シマブクロ・コンサート観戦のため「恵比寿ガーデンホール」へ向かう。
 やむなき電車移動の道中、いつになくおいらの場所から離れないRちゃん。
 家以外でこれほどコミュニケーションをとったことがないほど、実にたまらない時間を過ごせて幸運だった。その代わり移動中の7割は抱っこ。ともあれ運転手だとこうはいかない。
 
 恵比寿ガーデンプレイス敷地内では買ったばかりの一眼レフが大活躍し、Rちゃん特写におよそ20分。
 動きっぱなしのRちゃんとは2時間30分ほどのお別れで、おいらはライヴ会場へ。

 先日書かせて戴いたライナー・ノーツの載った『Live〜ジェイク・シマブクロの世界』発売以来のライヴ・ツアーとなる。
 会場はチケット完売の様相で場内満席。大量に陳列されているCDの平積み加減が嬉しかった。
 
 初期のアルバムからの選曲なり、懐かしい衣装での演出なり、CCDカメラをウクレレのヘッドに搭載し、大型スクリーンで奏法をしっかり見せる演出やらと、趣向を凝らしたアイディアが会場の空気を和ませ、そして凝視させた。
 常に立ち止まらない偉大なる音楽家:ジェイクの演奏が今日もありがたい。
 
 登場するまで知らなかったが、ゲストにはアコースティック・ギタリストの押尾コータロー。
 YouTubeなりテレビでその卓越した超絶技巧は知ってはいたが、彼の最新アルバムからのオリジナル曲を始め、その明瞭で美しい音色がまずは際立っていた。やはりとんでもなく上手い。
 ジェイクとのセッションが命題となるのだが、中でも後半に魅せた「Five Dollars Unleaded」の2人かけあいは正に圧巻。
 誤解を恐れず言えば、このテイクは彼らにもそうそう簡単に再現は出来ないのかもしれないと思わせた。それほどの極めた演奏と言えた。
 互いのインプロの極みからエンディングへと叩きつけるキメまでがものすごい化学反応を実現させていた。
 (後で聞いたのだが)限られた打ち合わせの時間しかなかった故、双方がどう掛け合ってくるのかは、本番のテンションでないとお互い解らない境地だったことだろう。
 世界最高峰の演奏と認識する、すさまじき瞬間の証人となれた今日はラッキー。

 公演はアンコールを含んでおよそ2時間30分。
 終演後、控え室でジェイクとの再会をRちゃんと果たし記念撮影。一眼レフが活躍。
 押尾さんもご紹介戴き、彼の最新アルバムを贈呈戴き感激。

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 押尾さんのゲスト出演はスケジュールの都合上、昨日と今日の2カ所、東京公演のみ。特別な1日だったようだ。
 せっかくなのでRちゃんと押尾さんとの2ショットも実現の運びとなり、ムードメーカーなRちゃんの存在の大きさをここにきて再確認。
 Rちゃん、恐るべし。

 夜帰宅し、JAFを呼んだ。
 「バッテリーの残量は計測すると0。チャージしても数値が安定していないため、アイドリングとか、少々走る程度では一度止めたら再びエンジンがかからない確率もあり。GSでチャージするにせよ、これからなら24時間の店でなければならないし、最低でも半日〜1日は車両を預けなければならないはず」
 と診断されたので選択肢はほとんどなく、17000円の大枚をはたきバッテリー新調(泣)。
 
 気持ちとしてバッテリーのテスト運転も兼ね、ともかく車を動かしたかったのでRちゃんを連れ立ち、Sちゃんスタジオへ走らせた。

 スタジオにたまたま居合わせた最強スタッフ:Mちゃん、小Sちゃんとの嬉しい再会ともなり、Rちゃんは初対面の機会を得、なんと嬉しき邂逅となったことか。
 それまで気乗りしていなかったRちゃんの発言が嘘のように、Sちゃんスタジオ玄関前に到着したとたん、走り込んで家屋の中に入り、「うーたーまんいったよ。うーたーまんいったよ」とSちゃんに語り出したRちゃん。
 大いに笑った。

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2009年 08月 22日

JCM800

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 デスクに張り付いてやるべきことを行っていると、リハーサルの時間があっと言う間にやってきた。
 来週の本番の際、ライヴハウスにあるアンプの中で使用するのは多分マーシャルJCM800のようだが、未確認アンプなので、本体自体でどれほど歪むのか検討がつかない。
 なので念のため、久々にサンズアンプとODを引っ張りだしてきた。が、ここ何年もエフェクターはペダルワウ以外に使ってなかったので、短いシールドも探さなければどこにあるのか解らない状態。
 丁度、高校生時代と同じような「エフェクターを持っていない状態」に落ち着いていたので、どこそこに何の機材をしまっているのか探すのが一苦労。
 機材の特性を知り尽くしたギターテクが居るなり、よほどのことがない限り、今後も使わないだろう。

 本番直前のリハは、皆様方勿論これまでの最高の出来であり、練習後のポッピーも格別なものがあった。
 山形くんだりより重量のあるメンバー分の(名物の?)こんにゃくを買ってきてくれた、バンド最年少の青年:Sくん、サンキュ。

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2009年 08月 19日

18巻、ジェイク・シマブクロの世界、ドロップ

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 本日、ヤンジャンコミックス『SIDOOH/高橋ツトム』18巻発売。
http://www.amazon.co.jp/dp/4088776992/
 内容と同じ輝きを放つ、この光沢のある刀が目印だ。

 さらに本日、ライヴ~ジェイク・シマブクロの世界~-初回生産限定盤-DVD付-ジェイク・シマブクロ〜発売。
http://www.amazon.co.jp/dp/B002B5WUAK/

 ジャケ写アートワークは、日本が世界に誇る漫画家:谷口ジローの描き下ろし!
 ライナー・ノーツはおいら米澤和幸が担った。

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投稿者 yonezawa : 18:06 | トラックバック(0)

2009年 08月 15日

下見

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 3時間のリハを経て、再来週本番を控えるライヴ・ハウスを下見。
 使用アンプにはマーシャルJCM800を確認。
 使ったことがないシロモノであるが故、当日の調整でぶっつけ本番の様相。
 

投稿者 yonezawa : 14:42 | トラックバック(0)

2009年 08月 14日

Les Paul

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 昼過ぎ、KJ兄からのメールでレス・ポール御大ご逝去の訃報を知る。
 絶句…。「ついに逝ってしまったのか…」

 エレクトリック・ギターは彼の存在なしでは語れない。
 ギブソンのオフィシャルサイトには、多くの有名ギタリストのコメントが寄せられていたが、ギタリストであると同時に発明家であったレスの存在は、どのギタリストにとってもその存在はあまりに大きかった。
http://www2.gibson.com/Gibson.aspx

 何年おきかに仕事でNYを訪問する機会もあったが、いつも、レスの恒例ライヴの曜日「レスポール・ナイト」には日程があわず、それを理由に結局一度も彼の生演奏を聴く機会には恵まれなかった。
 エレキギター本体の開発しかり、マルチトラックの発明家ともなれば、世界でどれだけの音楽に携わる人々がその恩恵を受けてきたか。その功績は、プロツールス全盛の時代における現代であろうともすべての発想の源だと言えた。

 16歳で親父に7万円借りて買った最初のエレキギターが国産レスポールだった。
 レオ・フェンダーが逝き、そしてレスが逝った。
 エレキギターの歴史における大きな節目の一日となった。合掌。

投稿者 yonezawa : 14:41 | トラックバック(0)

2009年 08月 10日

Canon announces EF-S 18-200mm f/3.5-5.6 IS lens

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 サマソニに続く、本日の単独公演のため来日中のアロハ・フロム☆ヘル(ALOHA FROM HELL)ライヴ観戦のため代官山ユニットへ。
 客は、(見るからに)女子高生多勢を含む、その年代から始まる男女で占めていた。
 抑揚とか達観という言葉はまるで思いつかないものの、この年齢でしか為し得ないパワーと若さの炸裂する、ここ最近のライヴでも超ラウドなライヴだった。

 演奏中(ヴォーカル音声の技術的なイコライジングに問題があり)左耳がもたないほどで、延々耳をふさぎながら聴き入るという奇妙な状態で観戦。
 これまで最も若い取材対象者は、映画『小さき勇者たち〜ガメラ〜』に出演した当時14歳ぐらいの女優:夏帆ちゃんだっと記憶するが、今日の彼らはその次に若いかもしれない。

 元気、若い、一直線。
 世界一ビジュアルにうるさい民族だと言える日本人に、持って生まれた日本受ウケも充分見込める、彼らアロハ・フロム☆ヘルはどこまで突き進むか。
 本国のドイツ語ではなく、曲もMCも全編英語で貫く彼らには個人的には人ごとだとは思えない感覚を抱いている。ROCKは英語に限る。


 取材を終え撤収。取材流れで「中野フジヤカメラ」を目指した。
 「中野フジヤカメラ」とは、プロの間でも超有名だそうで、この店の価格は「中野価格」と呼ばれ、価格.comよりも、大型家電量販店よりもカメラの安値店としてその名を轟かせているのだと言う。
 フォトグラファー:Tからは、これまでこまめにアドバイスを乞うていた。
 ピーカン日よりに今のRちゃんをどうしても一眼レフで抑えておきたい衝動を、この2年ほど思い描きながら、選択したのはデジタル動画の環境構築が優先だった。

 日に日に成長するRちゃんを横目に、「今の時期はモタモタしていたらモノの数ヶ月で終わってしまう」と、日増しに長くなるアンヨを眺めながら、いつでも良質の物件に出会えば衝動的にでも買う腹づもりは出来ていた。

 「中野フジヤカメラ」では迷わずEOS/CANONの前に陣取った。
 プロフェッショナルモデルであるMark II、あるいはハイアマチュアモデル5D等、ど素人的には妄想がふくれあがっていたが、プロであるTの的確なアドバイス(その機能、いりませんから。その機能、まず使いませんから等)と自分のスキルを顧み、加えて予算の都合で踏ん切りをつけ、10年ほど昔に購入した同じシリーズとなるエントリーモデル「EOS KISS ×3」に本体は確定させた。
 そしてレンズは18-200mmをチョイスすることで落ち着いた。

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 周辺機器は、予備のバッテリー、レンズカバー、4GのSDカード、フード…そんなところ。
 軽さと機能性を重視し、変に気合いの入った機材では扱い勝手も悪かろうと己の面倒くさがりな性質も踏まえ決断した。

 機種にもよろうが、この一眼レフの動画モードは本気で映画並のクオリティで撮れるそうだ。
 静止画用のカメラであるが故、動画撮影の機敏性に関しては不備があろうが、きめ細かさの画質に関しては突き抜けてイイそうだ。
 カメラを買えば(その瞬間だけ)知識がついてくる。

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 店員にお願いし、事前にサンプル品本体にレンズを取り付け確認したが、レンズが2.8でなくとも充分に明るいし何の問題もナシ。
 さて、明日からどう撮ろうか。

投稿者 yonezawa : 18:16 | トラックバック(0)

2009年 08月 8日

リハの時間

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 気がつくとリハの時間になっていた。
 常々楽曲制作者よりコード譜を綺麗にプリント・アウトしてもらってのリハなので、体と楽器2つでスタジオへ赴けばよいのだが、(ライヴで見やすいように)コード譜の文字をもっと大きくしたいと考えた。
 あらかじめテキスト・データを送ってもらい、自ら再構築してみたらばコードと歌詞の抜け箇所が発覚。

 コード譜に頼ってライヴ演奏すると完全に紙頼りになってしまい、生演奏に関してはソレを見ないと永遠に自信がつかないテンションに落ち着く。
 今回もコード譜頼りでのライヴとなるが致し方なし。
 
 リハ後、メンバーと乾杯。
 今夜に関しては明日午前中の諸事情もあったので、ちょっとセーブしようと思っていたところ、なんだか知らないうちにかなり回っていた。

 朝、ちゃんと着替えて布団に寝ており何も問題はなかったのだが、久々に、帰宅した記憶が丸ごと抜け落ちてしまい、曖昧だったのだ。

投稿者 yonezawa : 18:03 | トラックバック(0)

2009年 08月 3日

hibari & Pixie Lott

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 ↑に倒れた。絶賛発売中!


 午前中、都内某所着。
 初来日中の美人シンガー:ピクシー・ロット、インタビューへ。
 長旅の疲れか、前日からかなり体調が思わしくない情報を関係者より得ていたのだが、登場した彼女はとてもプロフェッショナルな気持ちを持ち合わせていた。
 2パターンの衣装によるフォトセッションを経てインタビュー・ルームへ移動。

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 イギリスはケント出身の若干18歳。
 今流行の、リアリティ番組やオーディション番組などテレビのバックグラウンドなしでデビューシングルを全英シングルチャート初登場1位に送り込んだ、初のUK女性アーティストとのこと。
 ポージングを決めてスチール撮影を行った時の大人びた雰囲気とはうってかわり、テーブルを囲んで質疑応答する瞬間、等身大の彼女の笑顔はまさに年相応。とてもキュート。
 
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 デビューアルバム『Turn It Up』は9月に全英リリース予定(日本では10月14日)。 
 身長は180cm以上あるそうだ。

投稿者 yonezawa : 15:42 | トラックバック(0)

2009年 08月 1日

違法駐車

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 気がつけば後4回のリハで本番。
 何事も本番直前の一夜漬けでなんとか窮地を凌ごうという体質は変わらず。人間の性質は簡単に変わるモノではない。

 良好なるリハの終盤頃バンマス大先生からトンデモナイ話を聞いた。

 ご自身で所有している駐車場に知らない第三者の車が堂々と駐車しているとのこと。
 どこの誰なのか判らないので、ともかく車が移動できないようにご自身の車をせき止める形で駐車し、リハに赴かれた。ともかくリハ優先な大先生。

 その後、事の顛末を聞いて愕然。経過は以下に。

 「直ぐに警察(110)を呼び、ナンバープレートから当該車両の所有者を割り出し、警察から連絡を繰り返すも不通〜パトカーを呼んで付近を大音量でアナウンス。しかし反応なし〜警察曰く『マンションの敷地内の問題でもあり、これは民民なので警察はこれ以上の介入できない』〜そのまま当該車両を塞ぐ形で(当方の)車両を放置し、飲み会に合流〜深夜のご帰還〜一眠り〜翌朝、8:00 に現場に行き確認〜一切の変化なし〜「たいがいにしなさいよ、アナタ」という内容と同じ意味合いのメッセージを記載した張り紙をべた張りにして、(やむなく当方の)車両を移動させ帰宅〜管理会社にFAX 〜数時間が経過〜管理会社の担当者が再度警察を呼び、現場付近を大音量でアナウンス〜繰り返すこと数十分、やっと持ち主が現場に現れたそうで、車両を移動させ、幕〜但しこの犯罪者に対する個人情報の開示は(被害者サイドには)なし。警察の弁は『確信犯だな、この輩は』」

 なんて理不尽なんだ。

 こんなことなら「おいらの車で代わりに堰き止めにかかり、容疑者を完全に突き止めるんでした」とO先生にメールしたところ、「警察は(民民の問題にも係わらず)ここまで遣ったのだから充分…ということでしょうし、こちらの顧問弁護士から警察に訴えて、相手方の個人情報開示を行わせた上で当該犯罪者に対して『損害賠償請求』を行うにしても賠償金額が少なすぎる(せいぜい、コインパーキングの費用程度か?)し、かえって弁護士費用の方が高くつくこと。裁判所も(この程度であれば)和解を薦めること(そもそも、軽犯罪としては軽微な問題なので訴訟として受け付けてくれない可能性が経験的にはあり)等を勘案すると、結局、警察の言うように、相手は『確信犯』としか言いようがないと思います」といったものだった。

 O先生には同情。個人的には実に腹立たしい事件だった。
 同時にこの一件で、「公道に無断駐車で放置するより、他人の敷地に無断駐車する方が刑罰がない」という事実が発覚したのである。

 頭にきたおいらの「せめてタイヤに穴ぐらい空けるんでしたね」の意見に対し、大先生は「但しタイアに穴を開けると犯罪になるしねぇ。後段は『単なる脅し』に過ぎず、管理会社も『穏便にことを済ませよう』とするので、結局は『泣き寝入り』ですが、これは(ごね得? に通じる)法治国家の罠ですねぇ」との回答。確かに。

 バンマスにしてギタリストにして無限創作者にして医学界の権威:大先生、終始冷静。さすがでした。

投稿者 yonezawa : 15:45 | トラックバック(0)

2009年 07月 21日

Yesの紙ジャケ

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 ワーナーミュージックよりYesの紙ジャケ SHM-CDシリーズが全作品リリース。
 先日、DJの亀渕兄もブログに書いておられたが、日本人の作る紙ジャケットの精密さには呻るモノがある。
 現像するLP現物のジャケ写を直にスキャンしてアートワークとして起こすのだろうが、ここまで緻密に再現する民族は、他国には居なかろう。

 前に書いたサンタナ『ロータスの伝説』にしてもどえらい物件だったが、こうして全アイテムを一度にまとめてドーンと眺めると、CDながらも大変な迫力を感じ受け、製作者の顔が浮かぶだけに余計労いたい気持ちになる。
 Oちゃん、お疲れさんでした。毎度毎度感謝!

 ハッキリとした記憶はないが『こわれもの』の中の『ムード・フォー・ア・デイ』には確か1日(15分程度?)だけ完コピにトライして投げ出した覚えがあったようなないような…。
 勿論、多分に洩れず『ラウンドアバウト』だけを人並みにつま弾いた記憶はしっかり思い出していた。

 よいアルバムは、時代の空気と演者の感性が混じり合い、融合し、再現不可能な化学反応の物体として昇華してきた。誰にも作り出せない色彩だ。
 どのアルバムにもあの頃の空気が満ち溢れている。

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投稿者 yonezawa : 17:55 | トラックバック(0)

2009年 07月 16日

VOX

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 久々に楽器屋をのぞけば、入口近くのアンプ売り場に超ローコストの赤いVOXアンプを発見。
 本誌の撮影に使う可能性も想定し試奏してみたが、音質の多面性に驚いた。
 今時、新しいアンプなど試したことが無く、アンプ自体の2ボリュームによってどれほど心地よきファズ効果を得られるかだけが唯一興味のポイントなので、エフェクト効果としては今も昔もペダルワウ以外まったく必要を感じない。
 しかしながら本機種は、タッチワウを始め、フェイズ効果、リヴァーブ効果等、何十通りも組み合わせの出来るオモチャアンプ。なかなか馬鹿に出来ない楽しみ方を有した物件だ。

 価格は1万円2000円前後程度(後で調べたら、ネットでは半額程度の価格で出ていた)。
 よく見かける飾りのようなミニチュア・アンプを7000〜8000円で買うなら、こちらの機種を買った方が遊び甲斐は充分ありそう。
 
 店員によれば、現在VOXは本国での生産は終わっているそうだが、おいらはVOXのペダルワウはもう20年以上使っている。ある意味、筋金入りのVOXユーザー。

 都内移動中の交通機関に乗車する際、慢性的睡魔は未だ続く。
 深夜バスに乗った際、降りるバス停を乗り過ごしかけ、慌てて下車した。

投稿者 yonezawa : 20:17 | トラックバック(0)

2009年 07月 14日

singer

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 昨日のローラ・イジボアのライヴで、後半にゲストが登場することは窺っていたのだが、それが日本のソウルシンガー:福原美穂だとは知らされていなかった。
 ローラの輸入盤が出た頃、いち早くその感想をブログに書き綴ったという彼女は、ローラと共にキャロルキングの『You've got a friend』を熱唱。
 アコギ1本で奏でられるシンプルな演奏が清々しさを思わせ、福原もローラと十二分に渡り合える歌唱力を披露。
 思わぬ場所で予想だにしなかった体験を得られラッキー。

 日本の女性シンガーは、例えばスーパーフライ、LOVE、多和田えみ、森恵、そして今回初めて生を知った福原美穂しかり、優秀な人材が溢れている印象。

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投稿者 yonezawa : 11:40 | トラックバック(0)

2009年 07月 10日

SIMON & GARFUNKEL

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 公園のお散歩から帰宅してきたRちゃんの元気な声でしっかり目覚める。
 帰宅早々、チョコ味のアイスを食べるものだから、昼食のオムライスをなかなか食べてくれないRちゃん。
 
 リビングのエアコンをいよいよ本格稼働させねばとリモコンを探すが、これが不思議とみつからない。
 冬場もほとんど暖房にエアコンに頼ることがないので、夏前後の1シーズン程度のみ稼働させるのだが、心当たりの場所に置いてあったハズのリモコンが見つからない。何故だ?
 汗だくになり、本気でありそうもない場所も確認してみたがまったく出てこない。不思議だ。
 やむなくメーカーに問い合わせ、品番を確認しヨドバシカメラで注文。
 いまだ同じ機種のリモコンは製造していた。
 注文から1週間から2週間は取り寄せに時間がかかるそう。価格は6000円。ツーっと背中を汗が流れた。

 夕方、楽しみにしていたサイモンとガーファンクルの東京公演へ。
 チケットはアリーナ席のAブロック。並びには、人として、仲間として敬愛するHさんとKさん夫妻。
 ポール側の、かなりステージに近いラッキーな場所からの観戦となった。

 暗転〜そしてあの2人がステージ中央に登場した瞬間、大きく感慨深い気持に包まれる。
 『Old Friends ~ Bookends Theme』のアコースティックがズキンと胸に染みいる。

 今回演奏はされなかったが、中学時代、Iの家で聴いたIのギターによる『4月になれば彼女は』を鮮明に思い出していた。
 おいらのギター歴が始まることになったきっかけは、Iによるサイモンとガーファンクルのカヴァーが最初だったと認識している。
 男子の場合、「女の子にモテたくてギターを始めた」というパターンが多いと聞くが、おいらは「Iのように『4月になれば彼女は』を弾けるようになりたい!」只その一点の思いでギターを弾き始めていた。

 『冬の散歩道』のリフの素晴らしさ。
 これこそがオリジナルなんだ! と一々胸が高まりながら『アメリカ』『スカボロー・フェア』『ミセス・ロビンソン』『コンドルは飛んで行く』etc...曲の美しさに、優しさに終始打たれ続けた。
 涙がこぼれ落ちることはなかったが、終始瞳はウルウルしっぱなし。名曲が有り難かった。

 バックを務めるミュージシャンも温かい。フレットレス・ベースも味わいのあるドラムスも申し分のないものであり、当たり前なのだろうが、生で聴いたポール・サイモンのアコースティックはとても巧かった。
 終演後、Kさんと握手を交わし、Hさんと銀座へ。
 Hさんの馴染みの店:Kで乾杯。今宵はベストの面子で最高の音楽に浸り、最善の食材を戴くとても贅沢で破格の夜となった。

 サイトで見つけたセットリストは名古屋公演のものだが、ほとんど同じだったように思う。

7/8(水) ナゴヤドーム
7/10(金) 東京ドーム
7/11(土) 東京ドーム
7/13(月) 京セラドーム大阪
7/15(水) 日本武道館
7/18(土) 札幌ドーム


7月8日(水)@ナゴヤドーム
1. 旧友〜ブックエンドのテーマ/Old Friends ~ Bookends Theme
2. 冬の散歩道/Hazy Shade of Winter
3. アイ・アム・ア・ロック/I Am a Rock
4. アメリカ/America
5. キャシーの歌/Kathy's Song
6. ヘイ・スクールガール/Hey Schoolgirl
7. ビーバッパ・ルーラ/Be Bop A Lula
8. スカボロー・フェア/Scarborough Fair
9. 早く家へ帰りたい/Homeward Bound
10. ミセス・ロビンソン/Mrs Robinson (includes Not Fade Away)
11. スリップ・スライディン・アウェイ/Slip Slidin' Away
12. コンドルは飛んで行く/El Condor Pasa
- - - Art Garfunkel solo - - -
13. ブライト・アイズ/Bright Eyes
14. ハート・イン・ニューヨーク/A Heart in New York
15. パーフェクト・モーメント〜ナウ・アイ・レイ・ミー・ダウン・トゥ・スリープ/Perfect Moment ~ Now I Lay Me Down to Sleep
- - - Paul Simon solo - - -
16. ボーイ・イン・ザ・バブル/Boy in the Bubble
17. シューズにダイアモンド/Diamonds on the Soles of her
18. 時の流れに/Still Crazy After All These Years
19. ニューヨークの少年/Only Living Boy in New York
20. マイ・リトル・タウン/My Little Town
21. 明日に架ける橋/Bridge Over Troubled Water
- - - - - encore 1 - - - - -
22. サウンド・オブ・サイレンス/Sound of Silence
23. ボクサー/The Boxer
- - - - - encore 2 - - - - -
24. 木の葉は緑/Leaves That Are Green
25. いとしのセシリア/Cecilia

投稿者 yonezawa : 18:19 | トラックバック(0)

2009年 07月 7日

トミー・エマニュエル

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 10月の、トミー・エマニュエル単独来日公演が知らない間に決まっており、あわてて手配。
 情報を集めれば、このライヴでとんでもないジョイントのコーナー(?)があるとかないとか。共に観戦を目論んでいたスーパギタリスト:Mさんのライヴ・スケジュールと重なっており、実に残念ながら、ともあれ見逃せない人生2度目の生トミーには期待大。
 

投稿者 yonezawa : 02:02 | トラックバック(0)

2009年 07月 4日

ベーシスト

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 夕方からのバンド・リハーサルではベース:Yっちゃんが欠席。
 代わりにバンマス:大先生(ギター&ヴォーカル)がベースも持参し、オイラがスタジオに到着した頃にはジャズベをバリバリ弾いていなさった。
 元々、70年代の自身のバンド『俄』にはベース&ヴォーカルで参加されたそうだ。
 どうりで普通にゴリゴリ弾けるハズだ。

 最近仕上がったと言う曲を中心に演奏。なかなかの手応えだったのでこの時期になって本番のレパートリーを数曲差し替える流れに。
 色彩豊かな曲の輪郭が徐々につかみかけてきた感触だ。

 スタジオより徒歩1分程度の居酒屋に、店名が変わって初めて訪れた。
 旧『ことぶき』。
 ビールと緑茶割り数杯でめっきりほろ酔い気分になってしまい、軽く弾いたアコギもおぼつかなくなった。
 昔から、それなりに酔ってしまうとオソロシイほど指が動かない。
 ドロップDのインド風新曲、ソロはどうしたものかと考えながら、霧状の雨に頬を打たれながら地元民丸出しのママチャ引きながら帰宅。

投稿者 yonezawa : 02:38 | トラックバック(0)

2009年 06月 27日

バンビ

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 午前中よりRちゃんは、ママ知人宅へ訪問お供のため外出。
 終日ちょっと寂しいひとときを過ごす。

 午後2時を回った頃、用意してあった焼きそば炒めて昼食に。
 夕方まで、録り溜まった番組を見て随時消去。半分以上居眠りしながら。
 シャワーを浴び、午後7時からのリハーサルのためスタジオへ向かう。
 
 8月のライヴへ向けたバンビのリハーサルが本格始動。
 曲に関する己の解釈不足は棚に上げ、初回のリハにしてはより完成度が高いという印象。みな、持ち場持ち場の仕事を最善の姿勢で紡ぎ上げてゆく。
 前回ジャストだった感覚から一転し、手探りとなってしまったあるオリジナル曲のノリに一人違和感を感じていたのは、おいら一人前回のおさらいが出来ていなかったからだろう。
 バンマス:大先生の、まるで高校生時分の頃のギター熱を思わせる愛しいギターとの接し方を聞いたら己の反省を促された。もっともっとギターと戯れねば。

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 フォーク、ロック、ジャズetc...すべての音楽性を網羅する大先生&はるちゃんの創造世界。変幻自在、多種多様の楽曲。もしかしたらおいらは、とんでもない創作の場に立ち会っているのかもしれない。

 それにしても先日のマイケル・ジャクソンの悲報には驚いた…。本人はもとより、とりたててジャクソン5は大いなるフェイバリット・グループのひとつだっただけに、今後の創造が絶たれたかと思うとものすごく残念。
 巨万の富を築きあげた後、わらわら集まる夥しい取り巻きと付き合うことを運命づけられたスーパースターの境遇。
 結局、自身を守りきれず、人間性までを貪り尽くし破壊されるほどの悲劇に埋没してしまった結果だったのでは? っと真相は一般人には決して判りようがないながらも、彼の不幸を想像した。
 一緒にするわけにはいかないが、以前パリス・ヒルトンと対峙しインタビューした時、真っ先に取り巻きの人々がまず(常識的、社会的に)ダメだと感じた。あの感覚を思い出すのだった。(些細なことにしろ)軌道を逸したパリスに注意する人がいないのだから。

投稿者 yonezawa : 16:00 | トラックバック(0)

2009年 06月 26日

Magnus Hjorth Trio

 自宅パソコン完全復興まで、もうちょい時間のかかる案配。
 デザインの上がった入稿原稿を製版所へ。
 上がってくるまでの数時間を利用し、編集部を飛び出した。
 お茶の水『Naru』へ駆け足移動。
 随分前から夢枕獏事務所:中條氏より情報は頂いており、今日がお誘いを受けたライヴの日であった。
 演者はジャズトリオのマグナス・ヨルト・トリオ。

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 以下、関連サイトの紹介文…録音:2008年9月/スウェーデン
 マグナス・ヨルト(p)、ペーター・エルド(b)、スノーレ・キルク(ds)

■西洋の花嫁への4つの格言、Something Old(何か古いもの)、Something New(何か新しいもの)、Something Borrowed(何か借りたもの)、Something Blue(何か青いもの)これらを身につけると必ず幸せになれるという習慣。本作品ではこの格言から「Old=伝統の継承」「New=新鮮さ」「Borrowed=メンバーとの結束」「Blue=純潔」 を自身の音楽創りに置き換えて創り上げられた、デンマークの若手最注目ピアニスト、マグナス・ヨルトのSTUNT RECORDS デビュー・アルバム!

■自身のオリジナル曲の創作や新たなプレイ・スタイルの構築のために、スコット・ジョプリン、バディ・ボールデン、ジェリー・ロール・モートン、キング・オリバー、フレッチャー・ヘンダーソン、ルイ・アームストロングなどジャズの創始者と言われるアメリカのミュージシャンの作品からハーモニー、メロディ、リズムのスタイルや当時の歴史を研究することに2年以上の時間を費やしたとされ、本作品へ懸ける熱い意気込みが感じられます。また、マグナス・ヨルトによるピアノは、アート・テイタムやファッツ・ウォーラー、ジェイムス・P.ジョンソンなどのラグタイム・ピアノから発展したスライド・ピアノ・スタイルを取りいれたパフォーマンスも聴かせます。
 さらに、ジャズの中でも重要な位置に置かれるブルースについてはアームストロング、エリントン、モンク、ミンガス、パーカー、コルトレーンらの作品から学んだものを自身の音楽へ取り入れている。

■歴史を振り返ることで、伝統的なスタイルに新たな魅力を加えてオリジナルを創り上げるという感性の素晴らしさとジャズに対して純潔に真摯に向き合うことで創り上げられた本作品。豊かな感性と類稀な実力を兼ね備えたフレッシュなトリオは計り知れない魅力を感じさせます。

 『闇狩り師 黄石公の犬』発売記念サイン会会場より駆けつけた作家:夢枕獏さんも現地で合流。ドラマーはアルバムのメンバーではなく、日本人ミュージシャンが務めた。

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 今日の公演を含む4会場での公演を予定している彼ら。狭い店内は空席のないほど満場の人々で埋まっており、フリーダムに繰り広げられる類い希なジャズ演奏に耳を傾けた。
 
 都合3部構成。観衆の熱に対して白熱の演奏で答える彼ら。
 3度目の、最後のインターバルの際、丁度隣り合わせた彼らとしばらく歓談する機会を得た。
 
 初来日だと言う彼ら。ベーシスト:ペーターも、これ以上ないほどの技量を有するとても魅力的なプレイヤーだ。ある種、彼は超絶技巧の類でもあるミュージシャン。
 ウッドベースで4ビートを奏でる彼に、正反対のロックミュージックへの興味を伺ったところ、当然のようにレディオヘッドがフェイバリットバンドである旨を教えてくれた。
 勿論エレクトリック・ベースも所持しているそうだ。

 マグナスには、日本が世界に誇るピアニスト:上原ひろみの名を出したところ、彼は当たり前のごとく上原ひろみをリスペクトしており、彼女を労った。
 マグナスもペーターもナイスガイ。思わずe-mailアドレスを交換。

 先頃発売した『OLD NEW BORROWED BLUE』は必須のチェック・アルバムの1枚。せっかくなので我が家の姫:Rちゃん宛にサインを戴く。マグナス&ペーター、サンキュ!

 編集部へ帰還し入稿を済ませ、深夜にTと待ち合わせ。
 若くして旅だってしまったT母親の献盃を、葬儀後初めて交わした。

投稿者 yonezawa : 15:20 | トラックバック(0)

2009年 06月 25日

MOJITO

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 B社が近々に社屋をS社に移し、本国と同じ形態の会社として再起動するニュースは、昨年から聞かされていた。
 編集の先輩:T氏の要望で、レコード会社の近況をご教授戴くべく、名刺がS社となったHちゃんを交えての食事会をセッティング。
 西麻布「真」着。

 九州出身の父親を持つHちゃんは、プロモーターとしての仕事も完璧で、良き意味で年齢に似合わず仕事を円滑にこなすクール・ビューティな才女。
 おまけに父親譲りなのか酒も強い。
 
 すれっからしのロック信者であるおいらが、今ロック啓蒙のほんの一端を担えるような立場にもしあるなら「是非とも次回はこうしたい、ああしたい」などと妄想しながら、洋楽話に花が咲く。
 漫画、ロック、映画、スポーツ、すべてのカルチャーの中から良質なモノを抽出して紹介してゆければ、いち発信者としては本望だ。

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 酒豪ヘミングウェイが愛飲し、エレキギターの神:ジェフ・ベックが好んで飲むと言うカクテル「MOJITO」を、昨日のジェフ65歳の誕生日に飲めなかったので、本日改めてジェフに乾杯。

投稿者 yonezawa : 15:18 | トラックバック(0)

2009年 06月 22日

Yael Naim / ヤエル・ナイム

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 米アップル社のノートパソコン「MacBook Air」のテレビCMに採用されたことで初めて認識した。現在、NISSAN cubeのCM曲「ピクニック」が大量OA中、ヤエル・ナイムの来日公演:渋谷クアトロへ。
 
 「アレサ・フランクリンなどの影響も受け、自らのヴォーカルの才能にも気が付く。18才の時にはジョニ・ミッチェルに傾倒」とある資料の情報が、なるほど! と納得出来るほど、情感豊かに奏でられる彼女の創造する音楽に惹きつけられた。
 
 バンドも申し分なし。ライヴによって醸し出る空気の素晴らしさ。ノラ・ジョーンズの優れたバンドにも匹敵するほど完璧と言えた技量に加え、人間味を感じさせる小粋なプレイの数々。
 ドラムス、そして特にフレットレス・ベースで小気味よいオブリガードを決め込むプレイヤーが素晴らしかった。
 ヤエル・ナイムの前回の公演を見逃してたおいらは不覚だった。
 CDでは絶対に伝わらない、オーガニックで魅力溢れる本物のパフォーマンスに酔った。

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 夕飯は、久々の面子:K、U、N&初ゲストのGちゃんと『佐賀雑穀』で乾杯。
 あらかぶ(大きいかさご)、いさき、赤はた、わらすぼの絶品なこと。

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投稿者 yonezawa : 20:07 | トラックバック(0)

2009年 06月 18日

三軒茶屋

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 三軒茶屋の名店をJ社:Uにご教授いただき、1年ぶりに卓を囲む。先日、リサ・ローブの取材でご一緒したMくんも同席し、音楽話に花が咲く。

 仕事で絡む場合、お互いの年齢なり家庭環境(嫁、子供の存在など)等話す機会もあまりないが、子育て話なり、音楽以外のエピソードを語り合えば相手の人となりがかいま見え、空間は温かい空気に包まれる。

 10歳も若いMくん、深夜といえる時間にありながら、店を出た後「渋谷のクラブ・イベントへ行きます!」と元気に消えていった。

 Uちゃんを連れ、三茶に来たなら寄らずにおかない、梯子したもう1件の店:つぼ倉へ。
 大将の飾らない気質が心地よい夜更けだ。

投稿者 yonezawa : 20:08 | トラックバック(0)

2009年 06月 5日

キャス単独取材

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 都内某所、ヘイ・マンデーの紅一点:キャスへの単独取材日。

 関連サイトより
 「ヘイ・マンデー…フロリダを拠点とする5人組。アコースティック・ギターを弾きながら歌える紅一点キャサディーのキャッチーなメロディーとスムースな歌声にのせて届けられるのは、ティーンの心をキラキラとときめかすストレートな恋愛ストーリー! そして本作のプロデュースを担当したのはメトロ・ステーションやジム・クラス・ヒーローズらを手掛けたS*A*M&DAVE!彼らとバンドとのマッチングはカンペキ!また、アヴリル・ラヴィーン・バンドの元リード・ギタリストにして共作者であったエヴァン・トーベンフェルド(現The Black List Club)が「次のアヴリル」と評したり、日本の早耳ファンのブログなどでも、とにかくアヴリルやパラモア、アシュリーなどと並び評されている」
 
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 待ち時間の間、控え室でキャス使用のアコギで、ボストン「モア・ザン・フィーリング」をぽろぽろ弾いていた最中、別取材を終えたメンバーが入ってきた。
 キリの良いところで弾き終えるとメンバーからの温かい拍手喝采。ちょっと嬉しい。
 ヘイ・マンデーとの初邂逅を果たす。

 ロケハンで決めた撮影ポイントでキャス(キャサディー)単独特写に20分。
 インタビュー・ルームへ引き返し、彼女への単独インタビュー。

 カラッとしたティーンならではのフレッシュな後光をビシバシ感じ受けながら、昨日見たライヴの印象を伝え、取材開始。

 一つ一つの質問に、大変明確に、かつ柔軟性を含んだクレバーな回答を示すキャス。とにかく気持ちが良い。彼女はパフォーマンス同様、とても魅力的な女のコであることを伺い知る。
 若き優秀な日本人も沢山いるが、取材時に感ずるのは海外ミュージシャンの圧倒的な返しの巧さ。
 回答の質が違うと思えるほど。気が利くと言うか格が違うと言うか。

 欧米の若者は幼き頃よりディベート等に慣れ親しんでいるのだろうが、それにしてもいい大人顔負けの凜とした態度が素晴らしい。
 キャス、サンキュ!
 
 夜、音楽業界のTを連れ立ち、立川の重鎮ギタリスト:デカパンと数年ぶりの再会。初の面子で親睦会。
 
 杯が進む頃、思いついたように語り始めたデカパン兄の残念話にうなだれる。
 4,5年前、メインで使用していた年代物のレスポールを泥酔の末、帰途の途中無くしてしまったそうだ。
 気がついたら自宅におり、道中の記憶はまったく無し。一切覚えていないそう。
 他人事ながら究極に恐ろしい失態話に愕然とさせられた。道路に置いてきてしまったのか、酔って誰かにあげてしまったのか、本人の記憶はゼロ。…多分もう出てこないんだろうなぁ。

 ティーンの頃、福岡郵便貯金ホールで見たアン・ルイスのコンサート。
 そのステージにはデカパンがいた。
 ライヴを見た日、「こりゃ、外タレ見る必要ないな」と感じさせた程、圧巻のパフォーマンスを確信したものだった。
 あの日弾いていた、あのレスポール・サンバーストが紛失とは…再び呆然。

投稿者 yonezawa : 17:16 | トラックバック(0)

2009年 06月 4日

ヘイ・マンデー・ライヴ

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 以前から最も興味のある時計ブランド「チュードル」の商品はすでにデッド・ストックしかない、と言う情報を第三者より得、関連サイトを覗く。
 きっと時が経てば経つほど、現状よりも価格は上昇するのだろう。
 
 午前中、Rちゃんとリビングをいっぱいに使い、交代で「よーい、どん!」のかけっこ。
 わずか10本の往復でヘトヘト。
 それでも「もっともっと」と要求するRちゃん。
 
 夕方、小腹を満たすべく渋谷「喜楽」へ。
 今日の「喜楽」ほぼ満点。味にばらつきがあったのか、前回には感じられなかった舌感動にみまわれる。

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 クアトロにて2度目の来日を果たしたヘイ・マンデー・ライヴへ。
 若い時分にしか成しえないストレートなパフォーマンスを拝見し、己の懐かしい彼の日を回想しながら観戦。
 集まったファンはすでに歌詞も熟知。理解の深い熱気あるオーディエンスはモッシュにダイブ。
 明日はヴォーカル:キャスに単独取材。

投稿者 yonezawa : 16:59 | トラックバック(0)

2009年 06月 1日

のぞみで帰京

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 大阪より金沢入りするという先ちゃん、タムタムらより一足先にチェック・アウト。
 なんばで今回初めてうどんを喰い、新幹線の切符購入。

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 12時発ののぞみで帰京。地下鉄を経由し出社。
 
 以下、同士『ショーベーの「SHOWBIZ NEWS」&LINKS』よりそのまま添付。

 ザ・ビートルズも、レッド・ツェッペリン同様、人生の中で何度同じアルバムを買い直す悩みに直面することだろう。
 「出荷停止」の言葉で秋までの購入欲をあおり、「マスター」盤の登場で再びコレクションしているアルバムと同じ内容のCDを購入するファン。
 悩みどころのイタチごっこだ。「大人買い」という言い得て妙なフレーズを顧みる瞬間。

http://plaza.rakuten.co.jp/shobei1964/diary/200906010001/

ザ・ビートルズのオリジナル・アルバムが全世界で出荷停止

@ぴあ配信記事

 9月9日(水)に全オリジナル・アルバムがリマスターで発売されるザ・ビートルズ。これを受け、現在販売されているオリジナル・アルバムの全てが5月31日をもって出荷停止となった。これにより現行のオリジナル・アルバムの販売は店頭にある在庫のみとなる。

 対象となったアルバムはデビュー・アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』から、最後のオリジナル・アルバム『レット・イット・ビー』までのオリジナル全13タイトルと、アルバム未収録曲を収録した『パスト・マスターズ VOL.1』及び『VOL.2』、そしてこれらアルバムをセットにした『ビートルズ BOX』の全16商品。9月9日にはこれらアルバムがリマスターされ、パッケージも一新されてリリースされるため、1987年の初CD化以降、慣れ親しんできた音や仕様パッケージは現在の店頭在庫を最後に入手困難となる。

なお、今回の出荷停止は全世界的な措置のため、現在輸入盤として流通している海外盤も現在の店頭在庫で終了となる。

■出荷停止対象商品
『プリーズ・プリーズ・ミー』(TOCP-51111)
『ウィズ・ザ・ビートルズ』(TOCP-51112)
『ハード・デイズ・ナイト』(TOCP-51113)
『ビートルズ・フォー・セール』(TOCP-51114)
『ヘルプ!』(TOCP-51115)
『ラバー・ソウル』(TOCP-51116)
『リボルバー』(TOCP-51117)
『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(TOCP-51118)
『ザ・ビートルズ』(TOCP-51119〜20)
『マジカル・ミステリー・ツアー』(TOCP-51124)
『イエロー・サブマリン』(TOCP-51121)
『アビイ・ロード』(TOCP-51122)
『レット・イット・ビー』(TOCP-51123)
『パスト・マスターズ VOL.1』(TOCP-51125)
『パスト・マスターズ VOL.2』(TOCP-51126)
『ビートルズ BOX』(TOCP-50501)

投稿者 yonezawa : 18:39 | トラックバック(0)

2009年 05月 29日

片面CD、片面DVD

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 DMBのこのアルバムは、片面CD、片面DVDというシロモノ。
 こんな両面仕様の盤は初めて見た。
 ところがDVDサイド、既製の国内DVDレコーダーではリージョン違いで再生不可。
 同じバンドの他の輸入盤CDに付属するDVDは再生可能なのにややこしい。

 早朝8時の高速バスで帰郷の義母。あっと言う間の1週間が経過した。
 「おったんとお留守番!」と言って、外出の準備を手こずらせたRちゃんは、意志とは裏腹に服を着替えさせられ、おばあちゃんのお見送りに羽田まで同行させられた。

 今朝3時間睡眠。朦朧の頭のまま、録画した番組を見た後消去するべく再生。しょぼしょぼした目が画面を見ていられない状態で、音声だけ聴きながら数本の番組を鑑賞直後に消去。
 ディズニーだ、アンパンマンだ、しまじろうだ、ハッピー!クラッピーだと自動録画の番組が増えたせいで、HDD内ハードディスクはすぐ容量オーバーに。
 自身で撮った動画の保管手段もそろそろ確立させねばと思いながら、時間は刻一刻と経過するばかり。
 それにしても、数年前のドラマ『スカイハイ』撮影現場で初めてお会いした女優:新山千春は随分綺麗になったものだ。

 想田和弘監督最新作『精神』の単独取材記事をようやく構築。
 監督からの最終チェックを経て、無事本日入稿の運び。
 彼からのメールによれば想田くん、来月(6月)、初の著書「精神病とモザイク タブーの世界にカメラを向ける」(中央法規出版)を出版するそうだ。
http://www.amazon.co.jp/dp/480583014X/

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投稿者 yonezawa : 18:19 | トラックバック(0)

2009年 05月 9日

All Handmade Guitar

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 最寄り駅前のパスタ屋でTさんとお茶。
 現在、ヨーロッパの大漫画家:メビウス御大が来日しており、Tさんは過去に共著されている経緯もあり、最終日の今日、ご本人とお会いしてこられたそうだ。
 今回、おいらからは別件の仕事の話があり、バンド・リハーサルぎりぎりまでノン・アルコールで打ち合わせ。

 久々のスタジオ・セッションにはオリジナル・オール・ハンドメイド・ギターで参戦。
 すべてに注文しまくり、作成したこのギターの完成度は手前味噌ながらおそろしく完璧。

 ほろほろと、そしてもんのすごいペースで量産されるバンマス:O氏とリード・ヴォーカル:Hちゃんの創作ペースは、おいらの音楽歴史上聞いたことがない程。
 この、ほんの数ヶ月の期間で100曲以上のレパートリーを数えている。
 原石のごとき粗構成の楽曲を、それぞれの解釈で肉付けをするような新鮮なセッションの2時間はあっという間に過ぎ去った。

 馴染みの優しい居酒屋:Hで、おいらにすればライヴ以来、メンバーとの乾杯を交わす。
 水割りでお願いしていた芋焼酎が(サービスなのか?)単なるロックであることに3杯目になってようやく気づき、いつにないほろ酔い気分で店を後に。
 同じく馴染みのバー:SにはO氏、Hちゃんの3人で訪れた。
 例によって話の肝心の内容は空の彼方に消えるのだが、演奏後のアルコールがこうまで美味しく感じる感覚は20歳の頃から変わらない。

投稿者 yonezawa : 22:42 | トラックバック(0)

2009年 05月 5日

ジェイク

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 読み込ませていなかったジェイク・シマブクロの旧譜すべてをiTunesに録り込む。
 ヘッドフォンで適当にアルバムを再生すれば、とたんにジェイクのきめ細かいフィンガリングに聴き入ってしまう。

 ソロ・キャリアわずか7年程度で、なんだかんだ12枚前後のCDをリリースしてきたジェイク。そのスパンにも驚きだが、実際のライヴでもリハーサルはほんの数時間で、初めてのサポートの面子と本番をこなす技量にも舌を巻く。
 その演奏に不備はなし。

 昨年リリースの彼のアルバム『YEAH!』は、個人的に『ドラゴン』に次ぐ優良物件で、この中の数曲はおいらのレパートリーとしても定着させたいところがある。
 
 雨模様の中、Rちゃんを片手に抱えスーパーで買い物。

投稿者 yonezawa : 23:27 | トラックバック(0)

2009年 04月 30日

カサビアン 昌原光一

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 昼下がり、都内某所着。
 イギリスのロックバンド『カサビアン』主要メンバー2名(サージ&トム)が来日。
 『West Ryder Pauper Lunatic Asylum』と言う不思議なタイトルのつけられた新作アルバムのプロモーションでやってきた彼ら。
 
 過去、レコード会社よりアルバム・リリースにあわせタイムリーな時期にプレゼンのあった『カサビアン』案件は数回あった。
 結果、ファーストの際は諸事情でNG。
 セカンドのタイミングでは大型タイアップが帰結。滅多にやらないが、外部ライターによる執筆で記事構成の運びに。
 そして今回、サード・アルバムのリリース、そしてサマーソニック09の出演を睨んだタイミングで、ついに彼らへの単独取材という局面を迎えた。

 レコード会社側の『カサビアン』に対するプライオリティは毎度揺るぎなきモノがあり、新作ごとに誌面交渉のため、担当者が粘り強く食い下がってくると言う案件の一つ。
 『カサビアン』は幸せだ。日本国内におけるプロモーターのモチベーションは充分なのだから。

 バンドのギタリストで『カサビアン』サウンドの鍵を握るサージは、人当たりの良いナイスガイ。
 バンド全体のサウンドよりも、むしろギタリストとして何を追求し、あのサウンドに至ったのか、極めて客観的な第三者的視線で質疑を開始。
 取材が始まってみれば思いのほか時間は短く感じた。

 日本でのアルバム・デビュー前にサマソニで初来日を果たし、その際、入場規制がかかったという彼らの最大限の持ち味は、きっとライヴ・パフォーマンスにあるのだろうと睨んだ。

 帰社後、怒濤の入稿。嵐の入稿。
 コミックス4C周り再校正、本文校正、本誌某コミック連載200突破記念の読者プレゼント賞品・物撮り、精算、5月末発売のインタビュー案件原稿の構築、先ほど撮ってきたばかりの『カサビアン』動画WEB業者への中継...と、いとま無き業務の数々。

 「GW前に夕飯でも」と、奇特なKさんに誘われ神楽坂で鮨。
 そのまま銀座のバーで軽く飲み、仕事に戻った彼とはその場でセパレート。

 新宿を経由し、明け方帰宅すれば郵便受けには漫画家:昌原光一の最新作『御誂 人情幕の内[壱]』献本が到着していた。
 昌原光一の記念すべき2冊目の著作本完成。
 他社からの出版ながら、おいらがビジネスジャンプ誌上で担当し、間違いなく入稿した作品も3本収録されている。
 才能溢れる、漫画家:昌原光一のさらなる世間的評価を祈るばかりだ。

http://www.amazon.co.jp/dp/4845838079

投稿者 yonezawa : 00:29 | トラックバック(0)

2009年 04月 25日

松下奈緒コンサート・ツアー2009"pf"〜BARD LAND

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 あいにくの雨模様の中、有楽町は国際フォーラム(C)へ。
 開演2分前に滑り込みの到着。入口で編集者:Uと合流。
 松下奈緒コンサート・ツアー2009"pf"観戦へ。

 彼女の、フォーラムでの単独コンサートも今年で3回目。
 一昨年、オーストラリアのトップ・シンガー:デルタ・グッドレムと、女優でピアニスト:松下奈緒との対談を企画した経緯があり、それ以降、正式に音楽活動を開始した後の彼女の東京公演観戦は勤賞となっている。

 暗転の中聴こえてきた、彼女が中学時代に書いたと言う曲よりコンサートの幕が開く。連なる叙情的なピアノ・ソロ曲が新作『pf』の世界観をかいま見せる。
 
 ボサから4ビートに連なるジャズ的趣向の演奏が個人的には最も惹かれ、ソニー VAIOのCMに使われた彼女のオリジナル曲『〜F〜』は、オリジナリティという見地からは最も突き抜けていた。
 終演後、楽屋で『pf』レコーディング時以来の再会を果たし、会場を後に。

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 編集:Uの馴染みの焼鳥屋『BARD LAND』はすでに看板(閉店)でありながら、店主:和田さんが快く迎え入れてくださり、激美味の焼き鳥をコースで堪能。
 Uとは、なかなか味覚もおぼつかない赤ワインの価格談義を交わす最中、プロ的見地からアドバイスをくださる和田さんの意見は大変参考になり、カウンター越しにかなり充実した情報を入手。
 シャトー・マルゴーの年代ごとのレア価格情報も仕入れ、収穫多し。

 閉店の時間も場所をテーブルに移し、従業員の方々のまかない飯に参加する形で生ビールとつまみを、精算後にも関わらず提供してくださった、初対面:和田さんの懐に心より感謝。

 新宿を経由し、帰途へのタクシーに乗る頃、1時間前に届けられていた岩谷テンホー師匠の着メールに気づき、急いで連絡するが、御大、昨日おいらが訪れた『闇太郎』ですでに出来あがりのご様子。

投稿者 yonezawa : 16:58 | トラックバック(0)

2009年 04月 23日

Jake Shimabukuro

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 以前『新宿リキッドルーム』のあったホールは知らない間にリニューアルされ、新しいライヴハウス『新宿face』として営業していた。
 営業が始まったことは、今回のシークレット・ライヴの告知を受けたことにより知る。
 ジェイク・シマグクロによる、およそ1時間のライヴ観戦。

 ザ・ビートルズ・トラックのカバーアルバムで最新作となる『アクロス・ザ・ユニバース』からの曲を中心に、いつものあのジェイク・スキルがごつんと炸裂。
 アルバムではヴォーカルなりギターの彩りがあるが、今回はすべてをウクレレ1本で貫いた。
 8月には日本国内ツアーを控え、益々精悍さをかいま見せるジェイク。圧巻のステージングはいつでも充実だ。

http://www.jakeshimabukuro.net/

 終演後、ジェイクと久方ぶりの再会を歓び、初対面で同行者のNさんもサインと記念写真を戴き超感激。
 ジェイクとは夏の再会を約束し外へ。
 グッド・タイミングで登場したHと合流し、『バンタイ』で夕飯。

投稿者 yonezawa : 20:50 | トラックバック(0)

2009年 04月 16日

GRAN TORINO

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 ようやく試写会に辿り着いた。
 映画『グラン・トリノ』
http://wwws.warnerbros.co.jp/grantorino/試写会には最終日だからこそなのか長蛇の列。ピーター・バラカンさんの姿も。
 「公開までラストシーンを口外してはならない」と言う約束で試写開始。
 この作品で俳優業を引退するというクリント・イーストウッドのいぶし銀の演技…と言うか、等身大の年代の老人を何の無理もせずに演じてるように写る。
 シーンシーンのリズムはとても見やすく、時折クスっとさせる日常会話がほのかな心地よさを継続させてくれる。英語が堪能ならより面白かろう。
 事件が起こり出すシーン辺りの展開から、異様な緊張感につつまれながら映画は終わりを迎える。
 周りでは、啜り声が聞こえたり、涙をぬぐうマスコミ諸氏の姿も。

 遅めの夕飯は四谷集合の親睦会の予定だったが、諸事情あって渋谷へ変更となった。
 指定のフレンチの場所にはS社:Sの姿が。
 ほどなくして、今後おいらを含む紙媒体の担当者だと言うIさんが合流され、紹介いただく。
 
 宴は美味しいワインのチョイスもあってか、充実の数時間。案の定、時間の経過はあっという間。SもIさんも、フレンドリーで正直で魅力的。
 偶然なだのが、S社のスタッフでこれまでに苦手な人と出会ったことはない。

 さらに遅れて編集者:H到着。
 Sを見送り、近場のバーでもう1杯。親睦会という意味では相当成果のあった夜更けであったろう。

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 〆のラーメンはHが携帯ナビで探り当てた豚骨。2人ですする。
 相変わらず深夜営業のラーメン屋は豚骨多し。

投稿者 yonezawa : 14:01 | トラックバック(0)

2009年 04月 15日

The Legacy of G&L

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 昨日とは、うって変わってよい天気。

 都内某所でレオ・フェンダーが最後に造ったシリーズの1本、テレキャスターを試奏。
 なんたる軽い重量、なんたるネックのフィット感。
 楽器がよいと実力以上のフレーズが得られるので、己がどの楽器を選択するのかはとても重要な問題となる。
 メサブギ直結で、これほど締まりのある色気のサウンドが奏でられるとは大した名機。
 弾き心地と生音の機敏は、おいらの所持するセイモア・ダンカン・テレキャスター(ジェフ・ベックがアルバム『ギター・ショップ』時に弾いていたテレと同等の、回路とピック・アップ他、搭載のスペック)のクオリティも凌駕しそうな勢い。

 まったくアバズレで不埒な性質が治らない。
 よいギターには即一目惚れしてしまうおいら。

 約束していたS社:M&Sとのランチは、約束時刻から2時間をずらし、場所を恵比寿より神保町へ移した。打ち合わせを兼ねボンディで。
 明日はS他と再戦の初四谷親睦会。

投稿者 yonezawa : 01:10 | トラックバック(0)

2009年 04月 2日

EVERY MAN FOR HIMSELF

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 渋谷AX:フーバスタンク公演へ。
 まだ一度、それもパソコンでの小さな音でしか拝聴出来てはいないが、今日のライヴで新作『FOR(N)EVER』の仕上がりも渾身の出来であることが窺い知れた。

 前作『EVERY MAN FOR HIMSELF』のBorn to Leadは何度聴いても素晴らしい。
 ギタリストのダン・エストリンの音作りは完璧と言ってもよいほど。
 前回とは違うメインのアンプだったように思ったが、精密で丁寧なバッキングの構成は今日も清々しいクオリティだ。
 安定したパフォーマンスもさすが。
 『EVERY MAN FOR HIMSELF』からの曲に最も身体が揺れる。このアルバム・リリース時に、「このバンドには労いの言葉をかけねば」と思い立ち、BMGのオフィスで取材した日が懐かしい。
 彼らの2ndアルバム『ザ・リーズン』はグラミー賞3部門にノミネートをされ、世界的にも大ヒットし、結果200万枚のセールスを記録している。
 ヴォーカルのダグ・ロブは、日本人の母を持つハーフ。

投稿者 yonezawa : 00:49 | トラックバック(0)

2009年 03月 28日

リハスタ

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 時間の許す限り、先日行った映画人インタビュー原稿をリライトしていた。
 ようやく粗原稿を一応構築し、メール送信。
 97年のベネチア映画祭で意気投合して以来、監督と取材人という間がらではなく、一映画ファン同士というスタンスで交流を続けてきた想田和弘監督より返信メールが届いた。
 彼は昨日の時点で香港映画祭に参加中とのこと。
 おいらの知る限りで、彼の最新作『精神』は、釜山国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞受賞、ドバイ国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞受賞(2冠達成)、台湾国際ドキュメンタリー映画祭、ベルリン国際映画祭、ブエノスアイレス国際映画祭、香港国際映画祭、シネマ・ド・レアル映画祭、ニヨン国際ドキュメンタリー映画祭他、正式出品と言う輝かしい成果を上げている。
 ともあれ、『精神』日本公開も次回彼との再会も楽しみ。 

 23時までに、家事を含む今日の日課及び必須ノルマ作業を終え、なんとかリハスタへ。
 今宵はエレクトリックによる、Acoustic Bambiリハに参加。
 時間的に連日つらつらと届けられたコード譜と歌詞に目を通すことはなく、この1〜2週間が瞬時に過ぎ去ってしまったが、スタジオで初めて曲を確認し、バンマスの奏でるコード・トーンとリズムに合わせ、まさに適当にオブリ及びコードを被せるべく試みる。

 バンマスOさん、リードヴォーカル:Hちゃんのライティング・ペースはとにかく異常な程早い。
 ほんの1、2ヶ月ですでに100曲はレパートリーを完成させているのではなかろうか。
 曲の本質的完成度は最終形をみなければジャッジのしようはないが、その創作意欲には脱帽。

投稿者 yonezawa : 10:10 | トラックバック(0)

2009年 03月 19日

美貌の青空

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 午前中より武蔵小金井に新規オープンしたイトーヨーカドー(赤ちゃん本舗)へ買い出し。
 極端に温かい気候で車中クーラーをかけたほど。

 映画『チェイサー』記事入稿。
 午後7時より国際フォーラムCで行われる坂本龍一コンサートへ。
 本日の趣向は、完全なるピアノ・ソロ・コンサートとなっていた。

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 今回は残念ながら教授への2度目のインタビューは次回への持ち越しになってしまったが、関係者様のご厚意により、このプラチナ・ケットをご用意戴けたのだった。

 『out of noise』からのトラックはもとより、映画サントラ・シリーズ、そして最後に奏でられた映画『バベル』のラストシーンに聴こえる『美貌の青空』が特に響いた。
 しみじみと教授の大ファンである、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督は鬼才だ。
 
 終演後、ほんのわずかな時間ながら教授と久々の再会を果たせて幸運。お疲れさまでした。

 明日からは奈良の親戚」Y家、親戚で従兄弟:N家の方々、翻訳家で塾講師で同級生の海陸先生宅訪問の予定。

投稿者 yonezawa : 21:39 | トラックバック(0)

2009年 03月 12日

音楽

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 終電間近までデスクワークで次週の原稿構築に埋没。

 思い立った時期が遅すぎ、先方にとっても調整出来ないほど時間が経過してしまっていた。
 ある日ふいに取材の要請を思い立ち、コンタクトを取るが残念ながら今回は見送ることに。無理もなかった。次回の機会を待つことに。

 アンビエント系サウンドも、そのニュアンスの中に含まれた音楽家:坂本龍一の新作『out of noise』は数量限定生産の [Limited Edition]を選んだ。
 #1から#2に曲が移り変わる瞬間の、その切なさの理由が何なのかわからない。
 関係者各位の方々には尽力いただき、来日公演の席を用意してくださったのは大変恐縮だった。Sさん、Nさん、そして教授に大きく感謝。
 
 夜食は五反田の支那そば「はせべ」で。
 魚出汁の東京ラーメンがこの年齢になってまさにジャスト。「かづ屋」の支那そばは、味を忘れてしまった。

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投稿者 yonezawa : 21:36 | トラックバック(0)

2009年 03月 9日

Journey

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 今日も朝、トコトコ起こしにやって来たRちゃん。
 おいらの布団までやってきた矢先によそ見をして転けてしまったのか、まだ寝ているおいらの顔面にRちゃんのお尻が落ちてきた。体重12kg超(?)の物体が顔面落下はもたん。

 驚愕な起こされ方でリビングへと連行され、ソファでぴょんぴょん跳ねるジャンプのパートナーを努める展開に。意識朦朧。
 
 かつて花粉症に悩みぬいていたハズの周りの同士は、どんどん脱花粉症のコンディションに生まれ変わり、まるで免疫をつけたような体質に変化を遂げたと方々で聞く。
 ヨーグルトがいいのか、サプリが必要なのか。おいらは長年の間、長いトンネルから抜け出せない。
 Rちゃんの鼻水は単なる鼻風邪であってほしいものだ。
 ともあれ今日もおいらひとり、微熱混じりの花粉症全開。

 夕方、国際フォーラムAへ。あの、ジャーニー来日公演へ向かった。
 新宿『シンクロニシティ』Oちゃん情報によれば、今彼らは再びアメリカで大変な盛り上がりをみせているようで、噂のフィリピン人ヴォーカリストの実態も確認するべく会場に足を運んだ。

 コンサートは2時間30分近くのヒットソング大オンパレード。
 途中途中、ヴォーカルが引っ込んでいるのに歌が聴こえてくるので、誰が歌っているのか? と、遠くの席から目をこらして見つめるのだが、なんとドラムスもリード・ヴォーカルをとるという構成になっていた。
 コーラスでの参加なら判るが、なぜあのフィリピン人ヴォーカリストが数曲も歌わないのか疑問。曲を覚えてなかったのだろうか?

 ともあれ、矢継ぎ早に往年のレパートリーが奏でられる。
 3F席だったせいで音の輪郭は酷いものだったが、8割方楚良で歌える曲の瞬間には、ほのかに高校時代の景色を思い出していた。

 ニール・ショーンも全盛期となんら変わらない印象。ジャーニーは完全に復活していた。 

投稿者 yonezawa : 21:34 | トラックバック(0)

2009年 03月 7日

テニーシャ・ケリー/ライヴパフォーマンス

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 花粉症全開。鼻腔全壊。バス電車を乗り継ぎ渋谷へ。

 O-EASTは久々。昨日インタビュー取材を行ったテニーシャ・ケリーのライヴパフォーマンス初体感。
 可愛らしいセクシーな女性が歌を歌っているのかと思っていたが、歌の上手い女性がセクシーで可愛らしかったことを認識する。
 好き嫌い、善し悪しは別として、一般的にアメリカは歌の下手なシンガーを送り込まないことに徹底している感じが、改めてした。

 女性ダンサー2人を連れ立ち、HIP・HOPな出で立ちで登場したテニーシャのパフォーマンスを、2F席で数曲拝聴。

 昨日の撮影時、彼女はスタジオでかかっていた自分の曲にあわせて思い切りシャウトしていたが、プロの日本人シンガーの誰しもが、ここまでスキルがあるのかと言うと、日本人としてまったく自身がない。

 終演後、コンベンションの席にはモデル:押切もえさんの姿も。
 彼女が一番最初の挨拶を終えた直後、テニーシャに労いの意を伝える。
 「次回、いつ日本の帰ってきてくれるの?」の問いに、彼女は「2ヶ月後よ!」と笑顔で答えてくれた。

 マスクを着用し、会場を後にして混雑する電車に飛び乗り帰還。Rちゃん、起きてくれてるかなぁ?

投稿者 yonezawa : 21:33 | トラックバック(0)

2009年 03月 6日

テニーシャ・ケリーな1日

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 いつの間に、また知らないTHIN LIZZYのライヴ盤が発売してる。
 オフィシャル商品でジャケ写違いの品を知れば欲しくなる病気はティーンの頃から変わらず。

 鬱陶しい雨模様の中、バス停に15分以上も待たされ、身体は冷え切り、同じく並んでいるこれからの乗客たちも到着の遅れるバスにイライラ。

 ギリギリのタイミングで都内某スタジオへ駆け込み到着。

 アルバム・リリース前から「エロカワ・激カワ・激キュート」等、色々優雅に謳われつつ、日本の着うた(R)と着うたフル(R)部門を現在大きく賑わしている初来日中の女性シンガー:テニーシャ・ケリーと初邂逅。Nice to meet you!
 彼女は前評判の通り、スタイル抜群のセクシーおねぇさんだった。24歳。

 例えるに、ちゃきちゃきの江戸っ子よろしく気っ風の良さか気持ちよい。
 とてもフレンドリーに相対してくれる彼女とは急激に和んだ。

 インタビュー&特写は久々の本格的スタジオ撮影となり、ライトの下でポージングをキメるテニーシャの姿を遠巻きに見つめる。
 おいらはWEB用の素材になればと、動画も同時に稼働。

 充分なフォトセッションを終え、速攻でインタビュー・ルームへ。
 くったくのない、かつ飾り気のないテニーシャは会話を進めるにつれて益々好感を抱かせた。

 特に今日の、目眩のしそうなほどセクシーな衣裳を身に纏った彼女の「普段はジャージの上下を来ているのよ!」と言う意外な発言を聞いたときには益々親近感が沸いた。

 気取り毛のない言葉はそのまま彼女の解き放つ魅力と直結し、こちら側には最善のプロモーション・サポートを決意させる理由を見いだしてくれる。
 取材を終え、次の取材に入る前、空腹を満たすべく口に頬張った食べ物をもぐもぐモグモグしながらのテニーシャと最後の握手を交わし、明日の再会を約束しスタジオを後に。

 帰社すると編集部は閑散。
 スタッフ全員社員旅行の地へ出かけ、フロアに編集者は誰もいない。

 たった1人、デザイナー:Mちゃんがおいらの予告記事を完成させた上で待機中。
 間もなく、デザイナー:Tちゃんから上げられたジェフ・ベック記事の最終確認を終え、Mちゃんと新宿へと消えた。

 最後のラーメンはおいら一人で喰ったもの。深夜のその時点で母親からの叱咤メールが確定。
 
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投稿者 yonezawa : 19:24 | トラックバック(0)

2009年 03月 4日

トゥー・ホット・トゥ・ハンドル:ザ・ストーリー・オブ・UFO

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 午後、NHK某番組用の撮影隊来社。
 海外向けの番組製作チームとのことで、アニメ等のカルチャーに携わる著名人の取材を、これまで1年以上続けてこられたそうだ。

 本日の被写体は漫画家;高橋ツトム──

 シンプルに質疑されるテーマに、独特の視点で切り返し回答する高橋氏。わき出すアンサーの言葉は、氏の描く漫画の如く端的で芸術的。
 申し分ないインタビュー素材を40分程度おさえ、無事終了。

 世界中を飛び回る音楽人:Tが幸運にもつかまり、彼のお膝元で待ち合わせ。今日もまた新たな音楽界の裏情報を仕入れる。

 土産のDVD感謝!
 
『トゥー・ホット・トゥ・ハンドル:ザ・ストーリー・オブ・UFO~ジャパニーズ・エディション [DVD] (2001)』

■内容紹介

70年代のハード・ロック全盛期にシーンに君臨、'80年代のヘヴィ・メタル期を生き抜き、今なお根強い人気を誇るUFO。本DVDは、そんな彼らのヒストリーをライヴ映像やインタヴューを交えて綴ったドキュメンタリー映像だ。だが、一応"ドキュメンタリー"という体裁ではあるものの、ライヴ・シーンがふんだんに盛り込まれた、半ば"ライヴ映像集"とも言えるもの。中でも、"カリスマ"と称するに相応しい数少ないギタリストの一人、マイケル・シェンカーを擁した'70年代のライヴ映像は超貴重だ。お馴染みの愛器フライングVを股に挟むスタイルで、叙情的かつアグレッシヴなフレーズを次々と繰り出す姿は圧巻。「Too Hot To Handle」「This Kids」「Out In The Street」「Lights Out」といった名曲が次々と披露され、ギター・ソロもたっぷりとフィーチャーされている。もちろん、あの独特の節回しで堂々たる歌唱を聴かせるフィル・モグや、低くベースを構え、派手なアクションでドライヴ感溢れるラインを奏でるピート・ウェイも大活躍。また、インタヴューでは、マイケル・シェンカーやフィル・モグらバンド・メンバーはもちろん、アイアン・メイデンのスティーヴ・ハリスや、デフ・レパードのジョー・エリオット、フィル・コリンらも登場。さらに、日本盤ボーナス映像として、UFOが、あのウリ・ジョン・ロート(元スコーピオンズ~エレクトリック・サン)と共演した'02年のライヴ映像、「Rock Bottom」「Doctor Doctor」など4曲を追加収録!! 日本語字幕・解説付き。
[仕様] 本編約57分 / NTSC / リージョン2(日本国内向け)/ドルビー・デジタル5.1chサラウンド / リニアPCM ステレオ / 日本語字幕付き
[UFO]
1969年ロンドンにて、フィル・モグ(vo)、ピート・ウェイ(b)、ミック・ボルトン(g)、アンディ・パーカー(dr)によって結成。'70年にアルバム『UFO1』でデビューし、翌'71年には『UFO 2ーFlying』をリリース。本国では鳴かず飛ばずだったが、1stからの「C'mon Everybody」が日本とドイツで大ヒットする。その後、ギターがマイケル・シェンカーに交代し、『Force It』('75年)、『Lights Out』('77年)、『Obsession』('78年)といった名盤を連発。ハード・ロック・バンドとしての地位を確立し、マイケル・シェンカーは一躍ギター・ヒーローとして脚光を浴びることとなる。だが、その間もマイケルは加入/脱退を繰り返し、遂には'78年11月に正式に脱退。その後はギタリストの座をポール・チャップマン、ローレンス・アーチャー、ヴィニー・ムーアらが務めながら、そしてメンバー・チェンジを繰り返しながら、さらにはバンド時代も解散/再結成を繰り返しながら、今なお活動を続けている。

投稿者 yonezawa : 09:23 | トラックバック(0)