2017年 05月 1日

対談

 山の上ホテルの一室で2名の某作家対談立ち会い。

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2017年 03月 31日

フレンドシップ

 カメラOと羽田10時待ち合わせ。チェックイン後、午前中の便で札幌へフライト。
 新千歳空港よりJRで札幌駅へ。タクシーで大通のアパホテルへチェックイン。午後4時30分、待ち合わせた漫画家Mさん、作家Sさんらへご挨拶し、90分間の特別対談を実施。嬉しい盛り上がりで担当編集者こそ、心から嬉しい一時。
 滞りなく取材を終え、5名で予約していた開陽亭へ移動。
 海の幸、ジンギスカンなど、一通り食べ尽くし、大きなフレンドシップを得られ感激の夜だ。

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2017年 02月 27日

『獏談』の#9

 不定期に連載を続ける夢枕獏対談企画『獏談』の#9は、世界的イラストレーターで画家で、ファイナルファンタジーでその名を轟かせる天野喜孝さんと。氏のスーパークールなアトリエでとても朗らかな対談の立ち会いを努めさせて頂き感激。
 なんと気さくで温かい神々なのかと終始感激していた。

 対談後には馴染みのSで打ち上げ飯。神々との宴が有り難すぎ。
 4月発売のグランドジャンプPREMIUM誌に掲載予定。

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2016年 08月 1日

テレビ取材

 来週帰省させる家族への手当を現金配給したら財布の手持ち金が3000円になってしまった。
 
 夕方、『串カツ文』を開店1時間前に開けて頂き、亀渕昭信兄のテレビ取材にマネージャーとして同行。
 イーストの方々が2時間弱のインタビュー取材を行い、その流れで会食となった。
 取材後、事務所へ入稿に戻り、雑務を終えて新宿。ゴールデン街で夜が明けそうになってしまった。

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2016年 06月 29日

駅解散

 目黒駅でKさん、Sさんと待ち合わせ、『カラビンカ』へ。取材も兼ねた訪問だったが、出てくる料理全部が美味かった。さくっと2時間のミーティングを終え、それぞれ別仕事へと駅解散。

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2016年 05月 31日

獏談#8

 夢枕獏さんの対談シリーズ『獏談#8』のお相手は、小学館最高顧問の白井勝也さん。
 誰よりも黄金時代の漫画の歴史を知る伝説の編集者、そしてどの作家よりも漫画愛を貫く我らが獏さん、このお二人が語り合って面白くないはずがない。

 おいらの、たかだか28年前後の編集者史など可愛いものだと、彼らの豪華絢爛な歴史を伺う度に感じていた。出てくる漫画家も編集者も知っている名前ばかり。こうした発言はやっぱり記録しておかねばと、青い編集者魂が心の中で襟を正してくれた。

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2016年 05月 16日

応接室と近場のBar

 午後、集英社応接室にてMさん×Kさんの特別対談を企画セッティング。ここで聴かれた貴重な見解は、まさにおいらが求めていた内容のもので、お二人の“創る側”のセンスにうなった。
 夜、スタッフO、Wと初の面子にて近場のBarで晩飯&飲み。

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2015年 12月 29日

水没

 都内某所で、今年最後の大物俳優へのインタビュー取材。
 囲み取材に単独を時間を賜り、粛々と取材完了。

 取材行きがけの際、トイレの手洗い場で携帯を水没させてしまい、フリーズしてしまった。
 購入した携帯ショップで修理を聞いたところ、修理は別店舗でないとダメとのこと。1件たらい回しされ、結局専用ショップで手続き。保険に入っていて尚7200円かかると言う。であれば、そこそこの不備を感じていたので機種変に踏み切る。この師走にきて再設定……。編プロのPCも自宅のPCもなんだかんだとトラブルが起きており……そんな試練を抱える師走。

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2015年 12月 20日

映画取材

 都内某スタジオで最重要映画取材慣行。

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2015年 12月 17日

単独インタビュー&対談

 入稿に次ぐ入稿。もう果てしない。午後3時待ち合わせの蕎麦屋へ向かった。作家:Bさんが月見蕎麦をほおばりながら、おいらは天丼を食いながら、Bさん単独インタビューを1時間。
 映画について、男の生き様について語り尽くす時間が幸せだ。その足で、集英社の応接室へ。続けて獏さん、沢ヤのMさんとの対談に突入。
 つつがなく、吸引力も甚だしい魅力的な対談終了。そのまま居酒屋へ対談の2人とスタッフと突入。

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2015年 12月 14日

記者会見〜打ち合わせ原稿取り〜手塚赤塚賞パーティ〜忘年会

 おいらにすれば早朝と言える午前8:00起床。
 調子の悪いパソコンを立ち上げ、だましだまし稼働させ、日課の確認事項。朝飯を喰いながら数曲流して、先日覚えた曲のおさらい。

 クリスマスイルミネーションのイベントで出来た指のギターだこは、夕べの風呂上がりに4本分、綺麗に剥け去った。
 1ステージ分の仕事が終ると練習量が減り、指はまた振り出しに戻る。皮膚の弱い分、この症状は十代の頃から変わらない。
 
 たった一言ながら、NYから届いたときめくメールに温かくなり、身支度して外へ。
 事務所の雑務を終えて正午に信濃町へ。明治記念館で行われた映画『エベレスト 神々の山嶺』記者会見の取材。
 特に身内には、これまで散々啓蒙、告知してきた同作品。
 質疑応答では数百人いたマスコミの中で、おいらたった一人の質問となってしまったが、主要キャストのお三方が真摯に応えてくださった。壇上に上がる役者の方々の、役者魂を改めて見せつけられたのだった。
 小説にむせび泣き、漫画では見本誌を読んだ端から落涙し、この度めでたく実写映画となって完成を迎えた人生最重要映画の1本。先週観た試写の直後には、勝手に深く濃厚な感慨に浸っていた。

 記者会見の足で、Tさんご自宅最寄り駅喫茶店で待ち合わせる。近況を伺い、90分ほどの打ち合わせを終え、最重要原稿を抱えて帰社。玉稿材料を確認し、製版所で高解像度のスキャン発注。

 夕方からの手塚赤塚賞パーティに間に合うべく、必死で入稿、雑務を片付け帝国ホテルへ。

 複数の同胞への挨拶を交わしながら、食うもん食って待ち合わせの六本木へ。BEのKさんとサシ忘年会は、Kさんのお気遣いでまさかのおいらの半月遅れ誕生会。西麻布でもつ鍋を頂き、梯子のBarではシングルモルトを頂き、最後はさまざまに高い評判を聴く占い母のいるBarへ。都合3軒の梯子酒。会う人多すぎの忙しすぎな一日ながら気持ちは感無量。
 本日出会ったみなさまに感謝。

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2015年 09月 2日

特別鼎談

 六本木のスタジオで、大フォトセションと特別鼎談実施。
 全面的に納得の上挑んだわけじゃないが、当初危惧された、ほんのわずかばかりの取材時間は現場対応でなんとか16〜17分確保するに至り、安堵した。
 後半戦の取材時間となった我が媒体だけのQ&A素材をサクサク頂き、国内外トップの俳優お2人&監督の鼎談は無事終了。関係者の皆様、ありがとうございました。
 終わって我々関係者の2名と近場のランチ。豚の味噌漬け定食の豚が思いの外柔らかく、美味かったのがなんだか意外。

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2015年 08月 22日

上手くいきますように

 来月の取材準備。窓口となる担当者の仕切りがややフワフワしている感触で、はっきりしないことがギリギリまでありそうで、どうも力の要れ処が散漫になって立ち止まらされている。現場での仕切りは大丈夫なのか。大手、大丈夫なのか。本番取材では、どうぞ何もかもが上手くいきますように。

投稿者 yonezawa : 21:17 | トラックバック(0)

2015年 07月 28日

ほぼ定刻、ジミー・ペイジ

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 ジミー・ペイジ・オフィシャルインタビューのため都内某所へ。
 神保町から飛び乗ったタクシー運転手がミッドタウンを知らないので驚愕したが、とりあえず場所を説明し、ずっと下を向いたまま資料に目を通していた。ところが、ふと目をあげると思わぬ方向に車が向いているので驚き、方向を改めて指示。げんなり極まる。
 勝手に焦る運転手。こちらもそれほど時間の余裕があるわけではないので、やや焦るものの、この方角で大丈夫と確認し、現在地を取材先の担当者に電話しつつ現地までの途上にいた。
 すると、ふいに後方のパトカーより「前のタクシー、左に着けて止まってください」とのアナウンスが。
 運転手、何かの違反をしたのか本人も理解していない様子ながら、ここで足止めをくらうことに。この時間のロスは計算になかったので、その場で即精算し別の車を拾う。なんたる無駄。
 なんとか定刻より30分前に到着し、取材準備。
  
 ほぼ定刻、ジミー・ペイジ登場。
 その瞬間は何度味わってもワクワクするものだ。もう複数を数えるオフィシャル・インタビューなのでジミー自身が握手を求め「おお、君か。元気だった? 会えて嬉しいよ」概ねそのようなご挨拶を賜り感激。ワクワクの頂点に。でも仕事はちゃんとするのです。

 取材時間は限られるので、即、かつ端的に質問開始。
 毎度のことながら、予定の20%程度の質問量でタイムリミットに。
 いつも感じることだが、時間内にこれ以上多くの取材は不可能。
 今回も数枚のLPにRちゃん宛のサインを頂く。近い将来、このサインがどのようなものか理解するだろうRちゃんは幸せだ。
 関係者全員へ感謝のご挨拶を終え、後ろ髪を引かれつつ取材現場を後に。
 その足で大手町へ。

 今日は人生の中でも指折りに強烈な一日。『ビートたけしライブ2』の日でもあるのであった。
 入口でグッズを大量に購入してしまった。火薬だドンとかの。現地でイースト吉田兄、夢枕獏兄と待ち合わせ会場へ。
 ライブはおよそ2時間。抱腹絶倒の2時間。生たけしの迫力と体力とチャーミングさを骨の髄まで堪能。たけしさん、断トツにかっこいい。
 終演後、控え室を訪れ、獏さんとの2ショットを激写。

 打ち上げ会場近くの焼き鳥屋で獏さんと一杯やって、打ち上げ本会場へ。
 すでにたけしさんらご一行様はすでにご到着されており、宴の輪に参加。
 気絶しそうな一日だ。

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2015年 04月 28日

高級鉄板焼き屋

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 午後、西新宿の高層ビル52Fへ。
 本日の特別対談の取材場所は高級鉄板焼き屋。
 小学生時代からのアイドルで漫画家のGさん、そして我らがBさんとの夢の取材空間が実現することに。
 このブログで軽く書き記す程度では到底説明しきれないほど、様々な影響を与えられてきたGさん作品。Gさんのコミックスを本屋で見つけたら内容など関係なしに目に入った作品は全部買っていた時代がある。Bさん作品同様に、生涯フェイバリットと呼びたい彼の作品群はおいらの本棚に何十年もコレクションされている。
 予定1時間30分のつもりが、食事の延長というフリーなスタイルで行ったこともあり、4時間以上の貴重な音声を賜ることに。ピュアなお二人の感性に隣でぶるぶるきていた。
 始めてGさんに認識して頂けた幸運の夜。
 今夜の記事は6月発売の青年漫画誌に掲載予定。

 タクシー乗り場でGさんをお見送りし、Bさん、F編集&F編集と梯子酒。嬉しい。
 新宿三丁目『Nash』で終電の無くなる時間までゴンゴン語り合い、F編集とさらに『アニーモ』で〆酒。あまりの良い酒が感無量。ふいに、F編集にクラギを上げたくなったので実行していた。

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2015年 04月 9日

佐野史郎×内田樹

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 ほぼ寝られないまま、午前の東京駅、新幹線のホームへ立っていた。神戸取材のため、のぞみに乗車。なべちゃん、カメラOと合流。佐野史郎さんも。即、朝飯の崎陽軒をかき込み、哲学者の内田樹さんの道場を目指した。
 佐野史郎×内田樹対談。
 この空間も贅沢の一言。対談は絶妙の応酬で無事終了し、おいらはあのベストセラー書籍『日本辺境論』にサインを頂く。
 取材後、とんぼ返りで新神戸駅へ。駅隣接のホテルに行くが時間が半端なので神戸牛は喰えず、揚げ物定食で満腹に。
 帰途の新幹線ではすでにおふたりはTwitterで小ネタを披露。記事は頑張るので乞うご期待。6月発売の季刊誌kotobaに掲載の予定。

投稿者 yonezawa : 15:25 | トラックバック(0)

2015年 02月 5日

本年度最重要企画

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 本年度最重要企画の取材3回目。
 某氏の感性をここまで細かく言葉で伺ったことはなかったので、この取材は相当贅沢なもの。根拠なく、あれこれわかっていたつもりのおいらの見解は案の定なんにも追い付いていなかったことを実感しながら、ある種の感激、感動に包まれながら幸せな取材時間に身を委ねた。
 その感性、世界水準の究極の個性だと確信。

投稿者 yonezawa : 02:07 | トラックバック(0)

2015年 02月 2日

対談開始

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 1週間以上、本調子でないことは自覚していたが日々のあれこれに追われ、ゆとりもなかった。
 嵐の前の静けさとでも言う本日は、おいらにすれば早朝の9時台に事務所に到着。セコムを解除したのは初めてだった。
 2冊の校正紙を確認し、1冊のカバー回りの初校を確認して都内取材現場へ。
 入口でスタッフNちゃん、カメラOと待ち合わせ。
 Sさんも到着し、大御所のSさん、Iさん対談開始。心ときめいた。

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2015年 01月 27日

2時間30分

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 集英社応接室で漫画家Eさんを招き、2時間30分のインタビュー。
 Eさんの本が出来るまでの課程をライター&担当編集者として担える歓びは格別だ。
 これほど近しい距離にいても、まだまだ知らないEさんの感性を余すところなく捉えようと取材にも力が入った。Eさんの“描き手としての深み”を拾う書籍になる予定。
 ひとしきりノルマ分の取材を終え、焼き鳥屋で乾杯。
 宴にはBOSSも加わってくださり、山の上ホテルのワインBarへ河岸変え。
 思いの外、今日の酒量は多かった。想像の倍だった。

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2015年 01月 26日

言わずもがな

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 漫画家Iさん、小説家Bさんの対談をいきつけの『H』で行うことに。
 サクサクっと界隈の路地で2ショット特写を終えた。後は存分に語り合って頂くのみ。冒頭1時間は特に話へ集中していただき、1時間を回った頃から食事をしながらの対談と続いた。

 結果、4時間50分ほどの連載最長音声を記録することに。この贅沢な素材を誌面の都合でばっさりとやらねばならんのが、た断腸の思いとなることは明白。でも理屈抜きに嬉しく最高の取材現場であった。
 ノンアルコールなIさんをお見送りし、「じゃあ1軒だけ!」とおっしゃった心優しきBさんと赤ワインで乾杯。話はもう行き着くところへどうにでも転がれ〜と酔いに任せ、個人的には至福の瞬間をかみしめる。終電に帰る──と宣言されていたBさんは、結局タクシー帰宅することとなった。
 明日になり、戦犯がおいらと任命されるのは言わずもがな。

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2014年 12月 11日

映画『アゲイン 28年目の甲子園』完成披露試写

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 丸の内東映で行われた映画『アゲイン 28年目の甲子園』完成披露試写会の取材へ。
 登壇されたキャストのうち、今日は主演の中井貴一氏、ヒロインの波瑠ちゃんへインタビューしなければならない。
 リップサービスでも何でもなく、本作のクオリティにはうなっているおいらだ。舞台挨拶後、東映の応接室で中井氏、波瑠ちゃんの順に無事インタビューが完了。初対面の中井さん、素敵だった。波瑠ちゃんとは暫くぶりの再会。ショートカットが今日も可愛い。
 記事はグランドジャンプ新年3号(1月14日発売)に掲載予定。入稿間近!

 翻り、三鷹でおいらの連絡を待っていたカメラHとフラワーアーティストTちゃんと吉祥寺で待ち合わせ、李朝園で焼き肉忘年会。
 昨年同様、おいらと飲むために一泊までして上京してくれた彼ら。貴重な夜だ。梯子の『ひで』でハイボール乾杯。ふいに連絡をくれたKちゃんも合流。いつものぐずぐず飲みがまったく幸せだ。
 HとTちゃんに大感謝。

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2014年 10月 27日

通勤ラッシュ

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 午前1時頃には就寝し、4時30分に一度目覚めた。起床予定の6時40分頃にはRちゃんが(起こしてくれようと)部屋へやってきた。
 今日はおいらのとって早朝といえる7時20分には家を出る日。

 久々に朝の電車へ。JR新宿駅経由でJR渋谷駅下車。銀座線で表参道駅までの路線。午前8時50分には現地最寄り駅への到着を予定していた。
 乗り換えの、JR新宿駅では整列乗車の決めごとがあり初めて遭遇した。次の電車に乗る列と、次の次の電車に乗る列との違いを冷静に初めて知った。
 列後方にいながら、「これはドラマなどの通勤ラッシュ時によく観かける光景で、やや強引にでも乗り込むものなんだろう」と考え、お尻の方から電車からはみ出しながらも必死で乗り込んだのだったが、まったく馴れない通勤ラッシュの混沌に揉まれ、頸椎の辺りがおかしくなってしまった。上手な強引な乗り込みの方法を知らない己。
 「このような時間帯の登り電車にはもう二度と乗るまい。ここからタクシーで向かうべきだった」などと頸椎を痛めたまま無茶な思考がうねる頃、「本来の目的方向はあちら方向なのに、もはや行けない」と判断させられるような混み具合の渋谷駅ホームから離脱し、やむなく全然違う方向から大回りして銀座線へ乗り換え。通勤ラッシュの恐ろしさ、熾烈さを改めて認識する。

 多くのサラリーマンのおやじが定年までの40年間近く、こうした環境の中、日々の往復の通勤時間を過ごすことを考えれば、いかに日常が深刻だと痛感せざるをえない。なんらかの精神破綻でも引き起こすなと言う方が無茶な了見かもしれんと本気で思った。東京における早朝の時間の電車に乗る人生でなかったことはひとつの幸運だ。
 8時30分を回った後の銀座線は大したことはなかったけれども。

 午前9時までに上記のような大変な格闘を経て、本日取材先の『銕仙会』へ初潜入。取材は能の授業見学に始まり、能のなんたるかの解説を、時間的に恐ろしくかいつまんでだったが賜った。能の舞台には白足袋でしか踏み入ることは出来ない。生徒さんらは勿論、自前の足袋を持参されておられ、我々は客席の方から授業を見届けた。
 初対面のY先生、我らがSさんとの濃厚な対談2時間30分を無事終え、即帰社。

 夜、2度のリスケで延び延びとなっておた夜忍戒は神楽坂で。
 地元のスーパーデザイナー小林も推薦する「山ちゃん」の品は何もかもが絶品。40代、50代の面々が20歳代の若者のようにもの凄く大量のメニューを矢継ぎ早に注文するので、朗らかな店員の方々と瞬時に仲良しになった(笑)。
 イタリアンと中華の融合、恐るべし。

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2014年 08月 29日

夢枕獏 岡野玲子 リサ・ローブ

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 対談取材が続く。本日の作家:夢枕獏×漫画家:岡野玲子対談はもの凄く楽しみにしていた。
 獏さん原作の名作『陰陽師』はとてつもない大ヒット作となり、追い打ちをかけた岡野さんによるコミカライズも、これまた凄まじい大ヒットを放ち続けた。
 “安倍晴明”の立役者といえるご両人の対談が神々しい。ときめくインテリ対談の隣で、お2人の言葉を聞き漏らさないような思いで立ち会わせて頂いた。贅沢な時間だ。
 
 取材を終え、泣く泣く夕食会を丁寧にお断りし、速攻で六本木へ。ビルボード東京で行われるリサ・ローブの来日公演に家族で赴くために。

 リサ・ローブ……思うに、アメリカの女性シンガーソングライターでおいらの最も好きな人。5年8ヶ月ぶりのライヴとなった。しっとり落ち着いた名曲だけのオンパレード。世界中の女性シンガーのアルバム中、リサの1st、2ndが最も聴いたCDかと思う。

 終演後、控え室を訊ね、久しぶりの再会を歓んだ。おいらがライナーを書いた木村大の『ONE』、そしてトミー・エマニュエルの2枚組新作ベストを贈呈。前回、取材の際にリサに贈呈したメッセージつきのギタレレのことを訊ねたら、「2人の子供が弾きまくってるわよ!」と笑顔で応えてくれた。
 彼女に「名刺を頂戴」と2度も言われたので、もしかしてメールを送ってくれるのかも、と密かに期待している(笑)。

 ドラマ『若者たち』の劇中、女優の長澤まさみが歌ったリサの『ステイ』が話題で、彼女の弾き語りシーンを聴き、その歌声に感心させられた。リサは、また再びブームとなった。

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2014年 08月 28日

映画『泣く男』

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 映画『泣く男』のイ・ジョンボム監督は紹介頂いた瞬間から終始朗らか。
 事前にお渡ししていたハングル文字でのメッセージを読んでくださっていたこともあり、取材空間はとても和やかなものだった。
 駅の出口を間違い、駅反対側の区画から走って現地入りしたこともあり、到着した端から汗だくのおいら。すでに情けない。

 前作『アジョシ』、そして10月公開の映画『泣く男』のハードでカタルシス満載の物語の熱は素晴らしい。その実績から“日本が世界に誇る若き女優の代表”と形容したいNさんとは初対面だったが、実にポジティヴな空気が嬉しく、素晴らしかった。
 
 本日は、日韓の極まる映画人対談の日。大変興味深い内容の対談となった。嬉しい。

 過去、数百本の取材の歴史の中で記念撮影をする機会は1/10程度もなかったと記憶するが、今回は監督とのフレンドシップや、Nさんの醸し出す空気を受け、僭越ながら何枚かの記念撮影をさせて頂いた。

 滞りなく取材を終え、カメラTと近場でランチ。チキン南蛮定食のボリュームに超満腹。
 事務所に戻り、たった今得た取材材料を早速紐解き、リライト作業に没頭。

 遅い夕飯はTさんと。1年ほど前、あまりに美味くて感激した和食屋で芋焼酎。

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2014年 08月 4日

大変喜ばしい

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 正午前、国際フォーラムAへ。
 本日、実写映画『ルパン三世』の完成披露プレミアが開催されることになっており、開場の時間までキャストのオフィシャル取材が行われていた。
 ハリウッドで活躍する北村龍平監督を軸に、女優:黒木メイサさん、俳優:小栗旬さんの対談を時間を空けて順次行った。
 スクリーン、あるいは液晶(昔はブラウン管という表現だったのに……)や誌面で観ていた彼の役者たちには初めてお会いした。実にリラックスした独占スペースで最高の環境を得ていた。
 キャスト、スタッフの映画に賭ける熱はしっかりと映像に記録されており痛快。一視聴者としても本作のヒットを願うばかり。
 取材中、編集Nが間に合わせて届けてくれた集英社新書『映画監督という生き様/北村龍平』の見本誌が間にあって安堵。我ながら、よくこの短期間で出来たものだ。

 今年手がけた2冊目の新書が完成した、大変喜ばしい一日。

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2014年 06月 12日

超高級ホテルスイート・ルーム

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 午後、品川の超高級ホテルスイート・ルームにいた。
 やがて、本日対談を予定していた2人のもの凄い作家が順次到着。
 取材はスムーズかつ滞りなく進行〜そして終了。そのBさん&Tさんと、そのままモンベル本社へ赴き、Bさんも交えたモンベル代表の冒険家の方とのアウトドアな講演会を1時間30分拝聴。打ち合わせのないままイベントを推し進める2人の掛け合いに朗らかにさせられた。

 対談取材の材料をG誌Fに託し、Bさん&Tさんにご挨拶した後、記事ミーティングのため一人抜け、打ち合わせの場へ移動。

 Kちゃんと現地待ち合わせ、遅めの夕飯を寿司幸で。奇遇にも奥の部屋からM誌編集長で後輩のSとTが登場し、ビックリ。7月頃の呑みの約束を軽く交わしたりしつつ河岸を変え、以前新宿三丁目のBar:PainにいたHちゃんの店を探しあて、一杯だけスコッチのハイボールを頂いた。満腹中枢MAX。

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2014年 04月 17日

ロング・インタビューとジャンバラヤ

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 本日、集英社新書『人間って何ですか?』発売。おいらは構成で参戦。人気作家:夢枕獏のフィルターを通し「人間とは何か?」という永遠の問いかけを、様々な分野における八名の達人に訊ねた新書。季刊誌kotobaに連載(2011〜2013年)された、その究極のスペシャル企画が一冊の対談集としてまとまった。獏さん、なべちゃんお疲れさまでした!
http://www.amazon.co.jp/dp/4087207366/

 風呂あがりに作りおきのカレー食べて酔い醒まし。
 取材の材料を鞄に入れ、夕方からの単独インタビュー仕込み。昨日、急遽決まったロング・インタビューの準備を粛々と推し進め、夕方より4時間30分の取材を終え、素材を得る。記憶によれば単体インタビューでは最長の時間となった。来週、もう2本の追加インタビューを予定。

 地元に引き上げ、深夜に近い時間に夕飯。飛び込んだファミレスでフェア中のジャンバラヤを発見し、迷わず注文。ジャンバラヤ、一度作ってみたいな。

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2014年 03月 3日

Aimieへのインタビュー

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 3/3だと言うのに、ひな祭り感ゼロ。
 コミックス0校をようやく引き上げ製版所へ。ここから初校を取るというスケジュールはかなり切迫の進行。最短距離での手配でともかく加筆修正原稿の全てをつっこんだ。
 ふいに飛び込んだ新社会人応援企画取材のため、夜、ファー・フロム・パーフェクトのヴォーカルAimieへのインタビュー実施。
 Aimieが20歳代前半の頃のおいらと明確にダブった。
 

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2014年 01月 16日

新企画MOVE ON

 明後日1月18日(土)は


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 週頭には降雪が懸念されたが、今日は今週最も暖かい日になった感じ。表現者SSさんとの新企画のため、第一回対談相手OEさんのお膝元、川崎へ取材に訪れた。
 あるテーマに沿って語られた2時間30分強の時間は色濃く興味深い内容に終始した。
 関係者の皆様、貴重なお時間賜りありがとうございました。

 滞りなく取材を終え、タクシーを廃車して帰社につくのだが、そのタクシーは全然違う場所に停車しており、夕方の住宅街に編集HAさんと2人40分くらい佇んでしまった。

 移動途中、K先生より新曲の歌詞完全版、到着。解読能力が小2程度の可哀想なおいらを見越して配慮あるフォローに感謝。

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2013年 10月 22日

切実な願い

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 金曜日の姪の結婚式出席のため、母が午後の便で上京を果たした。

 本日、取材先で4名の方々へ贈呈する各3枚のDVD、各2枚のCD、映画パンフレットをそれぞれの封筒に入れ準備は万端。まだ公開前の映画が収録されたDVDの提供に協力してくれたMっちゃんに心より感謝。

 昼間、伊勢丹で高級大福をごつんと購入し、昼飯の牛丼を急いで胃袋に収め半蔵門線に。今日の世田谷のフォトスタジオを使うのは初めて。神に祈った切実な願いが届いたのか、曇天ながら台風にも雨風にも見舞われることなく今日の日を迎えていた。

 本日の大切な大切な取材対象者となるBさん、そして定刻にTさんが順次到着。スタッフ全員の緊張感はマックスに達するものの一二言のご挨拶とジョークで場をほぐされた氏はすぐに衣装部屋へ。
 先週金曜日に今日の取材のためのロケハンを行っていたこともあり、まず行った野外での写真撮影は完璧に近いスピードで駆け抜けられた。盟友で写真家Oのスキル炸裂。
 ここまでの広大なシチュエーションの中、Tさんの屋外撮影が出来るなんて夢のようだった。
 スタジオへ戻り、ライティングした室内での撮影数カットを迅速に終え、テーブル正面に腰掛けたお二人の前に椅子を置き、メインとなる究極の対談がスタート。

 予定した90分間、一ミリの無駄もない素晴らしい対談の内容に耳を傾け、おいらにとっては至福といえるその時間はあっと言う間に過ぎ去った。おいらは合いの手に命がけ。
 取材終わりに、スーパーデザイナーFのアドバイスを受けて自らパーツを集め、作成し、箱詰めしていた氏の1/6フィギュアを無事贈呈。感無量。F〜感謝〜

 後は自分が今日頂いた素材を文章としてどう上手に料理できるかだけ。踏ん張れ自分。

 Bさん、Nちゃんらと都内に引き上げ、G誌Fちゃんとサシ・ミーティング。この席で様々なポジティヴ案件のいくつかが進展をみた。ここもなんと刺激的な時間なのだろう。
 地元へ引き上げ、今夜こそ会うべきだろうよと思い出した、帰省先の田舎から戻ったばかりのKと小一時間乾杯し、いつものBarHでハイボール。
 これ以上は考えられない一日の夜が更けた。

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2013年 04月 30日

グーグー

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 連休中の早朝起きのせいか、Rちゃんのやって来ない平日朝の今日も、何故だか午前9時過ぎに目覚めた。
 Rちゃん、今日の給食には初めて鮭焼きが出るらしく、昨日の寝る前に「鮭の骨の取り方」の練習をさせらてた(笑)。
 夕飯も終え、お風呂も終わって部屋で散々遊んだ後の夜、焼きたての鮭を出されて骨を取る練習。かつて給食で骨付きの魚が出たという記憶が自分では思い出せないが、現代はそうしたものも出すんだと知る。
 練習のついでに一口食べたら焼きたての鮭が美味かったようで「これ、たべていい?」とRちゃん。彼女が晩酌が出来たなら一献付き合うのに……。それはあと14年間のお預けか……。頑張りたい。

 午後、某応接室で映画監督の北村龍平へインタビュー。
 先日、週刊プレイボーイでの取材で数年ぶりの再会を果たし、その日の夜には呑みに行ったのだが、今回は少し先行した形で他雑誌の取材を行うことに。
 日本人で唯一現地ロスに本格的に移住し、裸一貫ハリウッドで闘っている唯一の筋金入りの映画監督。このキャッチフレーズには一点の間違いも曇りもなかろう。龍平監督のモチベーションは今日も圧巻だ。

 インタビュー中、お腹がグーグー鳴って仕方が無かった。今朝の軽い朝食だけでは無理もなし。
 取材用に用意された煎餅類を持ち帰り、事務所に戻ってポリポリ。Nちゃんゴチ。

 ヤンジャン編集部で、ミラクルジャンプ掲載の漫画原稿を引き上げ、チェックと共に最新1巻の0校を校正し、著者返却用に整理。スタッフの受け持つ5月刊のコミックス・カヴァー初校のチェックを終え雑務を整理。

 C誌Kちゃんから夕飯の誘いを受け、夕飯は銀座のU。前回、姉貴と姪の3人で行ったBarKで、そのときの写真が出来上がったという知らせを受け、受け取りがてらハイボールを1杯。

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2013年 04月 23日

国立科学博物館とOAZO

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 2004年には小笠原諸島沖の深海で、世界で初めて生きたダイオウイカの撮影に成功。現国立科学博物館・筑波研究施設・標本資料センター・コレクションディレクター で、分子生物多様性研究資料センター・センター長であられる窪寺恒己さんのことは、まさに「ダイオウイカ」のニュースで知るところとなった。
 2006年にはダイオウイカを生きたまま海面まで釣り上げ、2007年には、『ニューズウィーク』誌の「世界が尊敬する100人の日本人」に選ばれたと言う窪寺さんは、まさに“イカ”研究の第一人者。
 本日、季刊誌kotobaの夢枕獏対談企画の相手がその窪寺恒己さん。秋葉原駅で獏さんと待ち合わせ、つくばエクスプレスで茨城県つくば市の『国立科学博物館』を訪れた。
 
 巨大な敷地にもの凄い点数の標本資料をコレクションする国立科学博物館の迫力はもの凄い。直接テーマとは関係ない資料も含めて様々な“物件”を閲覧させていただいたが、単純にその時間だけでもかなり貴重な体験と言えた。
 グリズリーも鯨もヘラジカもなんたる大きさと迫力なのだ。時代ごとに変化する、人の頭蓋骨の変遷も現物を見ながらの解説がやけに興味深いものだ。古代人から現代人まで、あるいは江戸時代の将軍と大奥の頭蓋骨まで研究されているとはまったくもの凄い。
 そしてメインとも言えるダイオウイカのパーツ(吸盤など)もしっかりと拝見。

 場を事務室へ移し、都合2時間ほどの取材は滞りなく修了。対談の盛り上がりの心地よさ、獏さんと窪寺さんの相性のよさをひっそりと感じていた。関係者の皆様方のサポートにも心より感謝。国立科学博物館【特別展】グレートジャーニー ~人類の旅~ のチケットを贈呈くださった窪寺さんに御礼をお伝えし、つくばを後に。

 1時間で秋葉原へ戻り、タクシーで東京駅のOAZOへ。獏さんと久々のサシ呑みへ。
 およそ2時間ほどカウンターの席に陣取り、映画、漫画、小説他、獏さんの睨む様々なカルチャーへの思いを伺える時間がとにかく贅沢。
 おいらも思いつく限り、大好きな人たちの名前をどんどん獏さんにぶつけ、獏さんもそれに応えてくださるという嬉しさ。ビートたけし、ちばてつや、江口寿史、タモリ、赤塚不二夫……等々。
 獏さんには今日も大感謝だ。

 品川を経由し、最終的には吉祥寺のHIDEでC誌Kちゃんと待ち合わせ、小一時間でオチたKちゃんがタクシーに乗る姿を見届けて帰途に。
 昨日1時間少々の睡眠だったにも関わらず、夜中になっても特に眠気には襲われなかったことがかなり不思議。

投稿者 yonezawa : 15:33 | トラックバック(0)

2013年 01月 25日

集英社 × クラブ・ウィルビー

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 睡眠時間も無視して一日の仕事がシビアに始まる。編集デスク業務後の午後、外苑前へ。
 作家:夢枕獏さん、宗教学者:島薗進さんの特別対談ホストとして現場入り。

 今日の、特に午後の肌寒さは極まるものがあったが、記事用のキメカットは対談前に戸外で俊敏に済ませた。わずかの時間でベストの仕事を粛々と推し進めるカメラマン:尾形のスキルが今日も素晴らしい。

 対談は大変興味深い盛り上がりを何度も迎え、つつがなく終了。島薗さんの鋭い専門知識は勿論、何の分野であっても問題なく対峙し、喉のつかえを取ってくれるような質疑の鋭い獏さんの技量に今日もうなったおいら。獏さんはもの凄い。
 
 一旦の休憩で控え室でそのまま談笑しつつ、集英社発行の季刊言論誌「kotoba」と共催するトークイベント「kotoba クオータリーサロン」の時間がやってきた。
 会場には200名弱の観客が集った模様。
 司会者に呼び込みされた獏さんが冒頭に1時間ほど講演するのだが、その内容と、語り口調の巧みさに舌を巻いた。「獏さん、ここまでトークの腕を上げておられるとは……!」
 数々の場数を踏んだ経験によるものなのか、言葉ひとつひとつ、単語ひとつひとつがもの凄く分かりやすい内容となっており、獏作品に感じる読みやすさとシンクロした。

 イベントは無事終了。凍てつく戸外へ出、予約されていた様子のフレンチのお店へ徒歩移動。
 出版関係者ら総勢9名でシャンパン乾杯。獏さんと今年初の新年会となった。
 愉快で貴重な時間だ。23時30分を回った頃、お開き。

 徒歩で事務所へ引き上げられる獏さんを近くまでお見送りし、渋谷経由で吉祥寺へ。
 帰り道にBar HIDEで一杯やったはいいが、帰り際、今日は現金も家の鍵も持ってくるのを忘れていたことを思い出した(笑)。爆笑のしんちゃんに“初つけ”をお願い。何をやっている、おいら。
 来週の呑みを想定し角のボトルを入れたので、この支払いは来週新年会予定のNちゃんカンパニー・マネーに委ねようと思う(笑)。

投稿者 yonezawa : 16:16 | トラックバック(0)

2013年 01月 21日

撮影と編プロ新年会

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 芝居の道を目指すYのスナップ及び、宣材写真を撮ってくれたのはスーパーカメラマン尾形正茂。尾形とは昨年から、獏さんの仕事で年に何度も会う機会を得ている。かれこれ、もう25年を超える付き合いとなった。
 武蔵小山の遊歩道で数点のスナップをおさえ、彼の事務所で白バックの宣材写真を3パターンの衣装で撮り切った。尾形兄には大感謝。近々企画されるであろう呑み会も楽しみ。
 
 帰社後、夕方までの雑務後、編プロの面々と新年会。編プロの面々で飯会を行うというのは、ヤンジャンを出てから初めて。
 若返ったスタッフとのプチ親睦会となり、二次会には数名の面子を連れ立ち、四谷のBarシャッフルで乾杯。N先輩も(ホントに珍しく)駆けつけてくださり、大いに(おいらは)盛り上がる。 

投稿者 yonezawa : 17:26 | トラックバック(0)

2012年 10月 26日

贅沢でロマンチック

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 陸上と海洋の植物=1兆~2兆トン、動物=100億トン(人間=3.5トン)、微生物=350トン(地下生物圏)……諸説はあるとのことだが、これが地球に生存する植物、生物の比率であるのだと言う。
 季刊誌『kotoba』連載中の夢枕獏対談企画「人間って何ですか?」4回目の相手は生物学者(理学博士)の長沼毅さん。
 こうした情報は、恥ずかしながら長沼毅さんの書籍で初めて知るところとなった。
 本でしか知り得なかった、宇宙、及び生き物の神秘の一端を、直接あの長沼さんからの言葉で伺うなんて、なんと贅沢でロマンチックな時間だろうと感激しながら拝聴。
 超面白い。面白すぎて興味深過ぎる。迎え撃つ、我らが獏さんとの高次な議論に惹き込まれた。人間はどこまで代謝し進化するのか。予測的見解も含めて飛び交う議論がとにかく最高だった。ああ、生物の事がもっと知りたい。消滅するまでの地球を知りたい。

 取材後、いくつかの雑務及び入稿を終え、k誌担当編集者N(W)ちゃんと新宿飯。
 小学生レベルの戯言メールに紛れ込ませた本番インタビュー原稿のやりとりを経て、入稿原稿は彼の手によってほぼ完成形へ。あとは取材対象者の確認を取るのみ。
 大方の最終形まで持って行かれた原稿を改めて読んだ段階で、初めて一段落の文字がうっすら見えてくる。
 少し遅れて漫画編集者Sも合流を果たし、ゴールデン街を梯子するが、最初の上海中華屋で呑んだジンロがどうも怪しい物件だったのか、わずか2軒目ですでに記憶が怪しい程酔ってしまった。
 どのように下北沢まで移動したのかタクシーの道中は全っく記憶になく、到着したクラブでDJ中の先ちゃんらと合流を果たす。知り合いの漫画家諸氏に端からハグしていた記憶だけはぼんやり。
 Nちゃん、今夜もありがとうございました!

投稿者 yonezawa : 02:29 | トラックバック(0)

2012年 09月 26日

書籍「宿神」

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 八重洲本店8階ギャラリー「八重洲ブックセンター」へ。
 夢枕獏さんと書籍「宿神」のイラストを担当した飯野和好(いいのかずよし)さんのトークショーとサイン会拝聴。
http://www.amazon.co.jp/dp/4022510021/
 
 装丁画家、絵本作家の飯野和好さんとは以前新宿で獏さんと共に酒席を共にした。
 トークショーの後、1時間ほどかけてサイン会終了。最後の最後においらもRちゃん用にお2方のサインを頂いた。

 獏さん飯野さんへのご挨拶を終え神保町へ。
 定食屋で唐揚げ定食を喰って残ったコミックスの入稿。
 異様な睡魔が慢性化してきた。

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2012年 09月 18日

アウトレイジ ビヨンド

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 早々と準備をしていたにも関わらず、何故入稿がギリギリになってしまうのか。
 もう11月発売の文庫やらコミックスを仕込む時期にきてしまった。

 映画『アウトレイジ ビヨンド』の完成披露試写会がイイノホールで行われ、その後取材で俳優:加瀬亮さん、新井浩文さんの独占取材を行う。
 フィルモグラフィーを見ても彼らの経歴は枚挙にいとまが無い程で、八面六臂の活躍を続ける新進気鋭の俳優との邂逅は幸運だった。
 『アウトレイジ』シリーズの加瀬さんはおっかない。
 彼の出演したガス・ヴァンサント監督『永遠の僕たち』もよかったなぁ。アッバス・キアロスタミ監督『ライク・サムワン・イン・ ラブ/ Like someone in love』は妙な作品だったが、なんとも言えない味わいを与えてくれた。

 正味40分の取材は滞りなく終了。
 そのまま事務所へ引き上げ、届くはずの文庫カバーを待ち続け、終電までに入稿を終え、帰途につく。
 

投稿者 yonezawa : 14:41 | トラックバック(0)

2012年 07月 25日

初の青森/三内丸山遺跡2

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 夕べ後半の記憶は、起きがけには断片的にしか思い出せない。
 午前9時前後に最上階のレストランで朝食のバイキングを頂く。編集Nちゃんも同時刻に朝食。
 ロビーに10時待ち合わせ。タクシー2台で対談チームと三内丸山遺跡へ。
 到着後、雨靴をお借りし、遺跡散策、及び発掘現場へ。
 小雨が降ったり止んだりのはっきりしない天候だったが、いつものまま変わらなくパーフェクトな絵作りでキメカットを抑える写真家:O。
 昨日同様、懇切丁寧なスタッフの方々の解説に改めて聞き入る。
 1時間以上の取材を終え、えらく立派な貴賓室で対談開始。
 何とも言えない贅沢で興味深くロマンチックな一時が流れる。

 滞りなく1時間30分程度の対談取材を終え、みんなで仲良くお弁当タイム。対談後に交わされた会話も興味深いものがあったので、レコーダーはそのまま回し続けた。

 食後、これから釣りにいくのだと言うBさんを見送り、この後も研究の続きがあると言うOさんを見送り、我々取材陣もぼちぼちと引き上げることに。

 新青森駅で1時間程度、お茶して時間をつぶし、15時台の新幹線「はやて」で帰京。帰りの道中はほとんど寝てしまった。
 快適な旅を終え、東京駅に到着するが仕事はまだ終わっておらず、独り事務所へ帰社。

 文庫の校正刷りをチェックし、色校正の確認、チェックした原稿を他社担当者まで届け、ようやく帰途につく。今日は呑ま(め)ない。
 帰宅後、残り物のカレーと冷ややっこと梅干しで立ったままの晩飯。

投稿者 yonezawa : 01:23 | トラックバック(0)

2012年 07月 24日

初の青森/三内丸山遺跡1

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 早朝7時起床。身支度を終え、Rちゃんの頭をなでなでした後、家を出た。
 新幹線に乗る際には大概喰いたくなる「崎陽軒」のシューマイ弁当と緑茶を買って、ホームで編集Nちゃんと待ち合わせ。9時間台の東北新幹線「はやぶさ」に飛び乗る。一路青森へ。

 JR新青森駅から在来線でJR青森駅下車。
 海産物やら土産売り場のフロアにある定食屋で海鮮定食を頂き、その足で、明日対談企画の現場となる三内丸山遺跡へロケハンに。
http://sannaimaruyama.pref.aomori.jp/
 付け焼き刃で縄文文化を理解出来るはずもないが、広大な敷地の施設、発掘現場を目の当たりにして理屈抜きに高揚した。幼い頃、秘密基地を作ったようなあの感覚だ。
 館内スタッフの方による懇切丁寧な案内には感激で恐縮だった。
 
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 パラつく小雨の中、タクシーで青森駅界隈へ引き上げ、宿泊ホテルへチェックイン。
 適当に土産品などを物色、購入した後、我々より少し遅れて到着された学者のO氏をお迎えに駅へ。さらに遅れて到着された我らがBさんとはホテルで合流。1時間前後休息をとり、みんなで夕飯へ。

 BさんとO氏は今回2回目の席なのだという。我々にとって初対面となるO氏と、あっと言う間に打ち解けられたのは氏の度量の大きさだった。
 明日のお2方の対談前故、「明日話すべきエピソード」を避け、それなりに注意しながら大いに盛り上がる。それにしても博学でロマンチックなお2人の発するオーラの素敵なこと。学生時代から自分の大好きなことを追求し、学習し、英知を鍛え、現在に至った男の瞳はキラキラ輝くのだ。
 編集Nちゃんとの初出張は、願ってもないベストな形でスタートした。明日は改めて三内丸山遺跡へ挑む!

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2012年 06月 8日

米沢嘉博記念図書館

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 昼下がり、編集K兄と明治大学 米沢嘉博記念図書館へ。『「孤独のグルメ」谷口ジロー原画展』を訪れた。
http://www.meiji.ac.jp/manga/yonezawa_lib/pdf/2012_jiro_taniguchi.pdf

 谷口さんの傑作コミック『猟犬探偵』は『グランドジャンプPREMIUM』にてシリーズ連載中。
http://grandjump.shueisha.co.jp/manga/ryoken.html

 おいらも関わるその愛蔵版コミックスがこちら。
http://www.amazon.co.jp/dp/4087824004
 
 海外取材を終えたという谷口さんの土産話を早く聴きにいかねば。と思い立った瞬間にメール送信。次回の食事会が超楽しみ。

 雑務を終えた頃、編集Sとほぼアルコールなしの飯。酒豪のSと飯だけ、というケースもちゃんと仕事が絡めばあるのだな。明日の水汲みにも備え、今週初の素直な帰還を心がける。あ……雨が降ってきた。

投稿者 yonezawa : 21:24 | トラックバック(0)

2012年 03月 14日

ALEXANDRA STANとKさん

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 社屋が変わってから初めて訪れたJVC。
 取材案件とは別に、1999年から2000年にかけては、メジャー・デビューを睨みレコード製作へ向けてのプレゼンを行っていた場所。最終的にリリースまで至ることとなったJVCとの付き合いも、もはや12年では利かなくなった。

 昨日、渋谷でショーケースを行ったアレクサンドラ・スタンだが、片言のルーマニア語入力で事前に本人宛にTweetしていた。突き抜けたルックスの印象とは、そうした分野の方々ならば万国共通に感じ入る感覚ながら、アレスタちゃんのそれは、またしびれ具合がひと味違った。
 ホットパンツ姿のセクシーな出で立ちで取材部屋にやってきた彼女。普通の一般的な日本人なら気後れする場面だろう。
 ソファに腰掛け、およそ1時間の取材空間を共有。
 本国ルーマニアでは8週連続チャート1位をキープしたというヒット曲を収録したアルバムをひっさげての来日。「今は音楽1本に集中したい」という真摯な気持ちは彼女の発言の端々から窺い知れた。
 インタビュー終わりに、翻訳ソフトを駆使しルーマニア語で記したアレクサンドラの作品への感想文を贈呈。「翻訳ソフトを使っているので多分めちゃめちゃな文面かしれないけど、単語だけ伝わればそれなりに意味は伝わると思います」そうした枕でお渡しした手紙を彼女は笑顔で読み始めた。
 しばらくすると「どういった音声(発音)になるか、聴いてみたくない? 読んでみようか?」と言うので、是非にとお願いした。
 その手紙全部をフルでルーマニア語で読んでくれたのだった。「こんなきちんと気持ちと感想を伝えてもらえたのは初めてよ」と感激してくれたアレクサンドラ。取材の空間も含め、その瞬間も実に素晴らしい思い出となった。Thanksアレク!

 夜、編集Kさんとの飯に、編集Sも招き入れた3人会実施。今日の面子の飯会は、とてもとても楽しみにしていた。夜『ひろ喜』集結。
 M誌編集部全員との懇親会の席で初めてお会いしたKさん、その同期Sに声をかけ、今夜の親睦会は実現した。まだまだS社にも優れた魅力的な方々がいらっしゃると、当たり前のことながら感心感激し、実に柔らかい空気の中、美味しい生ものをたくさん戴いた。
 その後、当然のごとくバー『シンクロニシティ』『カールソー』を経由。Sの酒豪は元々知るところながら、表情一つ変わらないKさん衝撃の酒豪ぶりには、翌日二日酔いで目覚めた際に思い切り確信を抱いたのだった。 

投稿者 yonezawa : 13:51 | トラックバック(0)

2012年 02月 27日

名古屋へ飛ぶ

 午後の雑務と校了を終え、今夜は名古屋へ飛ぶ予定。
 主旨の一つはクラシックギタリストの村治佳織さんの公演を観にゆくため。
 村治さんは2度目の橈骨神経麻痺という病を克復された。
 東京公演はすでにソールドアウトであったこともあり、同時に、ここは一早く観戦すべしと、思い切って名古屋行きを決断した。

 新幹線乗車時、恒例の崎陽軒弁当を購入し、夕方ののぞみに飛び乗る。

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 『村治佳織ギターリサイタル2012』は「愛はきらめきの中に」から幕が開いた。
 活動休止から復活を遂げ、確かに先だって行われた広島公演は大成功だったとレコード会社担当者から聞いてはいたが、実際に自分の目で観るまでは分からない。
 ステージ袖から、ギターを持って登場した彼女が椅子に腰掛け、1曲目を奏で始めた瞬間、杞憂を抱いていた気持ちから速攻で解放されていた。

 なんと優雅に柔らかく奏でるのか。ナイロン弦の放つ美しき柔らかさ。ブランクなど一切感じさせない圧巻のプレイ、旋律に1音1音揺らぎを感じていた。
 「コンテンポラス組曲」の放つ迫力、アダージェットの彩り……。最新アルバムから1曲を除いて演奏された曲の機微は、柔らかくも凛とした迫力に包まれている。観衆で埋め尽くされた会場内に繊細に強く響き渡った。
 「コユンババ」では、オスマン帝国のトルコではなく、銀河に連れていかれた。なんという雄大な世界観。表現の豊かさがひしひしと伝わる。
 太陽のような明るさと、マインドの芯の強さは世界に通用する証であり、圧巻、村治佳織の完全復活を見届けた最高の夜となった。

 名古屋の風はかなり冷たい。編集Wくんと小走りで会場を飛び出し、目的地を目指す。
 地図を片手に到着した店『アニソンバー綾波』へは初めて訪れたのだが、アニソンが歌いたくてやってきたわけではない。店主、RinaRinaがかつて東京在の頃の飲みダチであったから。
 しかしRinaRinaがやってくるのは23時を回った頃のようで、その頃彼女はまだ不在。
 翌日、うっかり午前中から仕事があるという編集Wくんは、なんとわずか20分弱しか滞在出来ず、名駅(地元の方は名古屋駅のことを「めいえき」と呼ぶ)へ向かって一足先に帰途についた。

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 独り残ったおいらは芋焼酎の水割りをごんごんおかわりし、歌も歌わないまま速射砲のように、初対面のMaricaなどと愉快に語り尽くす。
 23時30分を回った頃であったか、懐かしのRinaRina登場。久々の再会を果たせて嬉しい。
 
 彼女と話しているうちに、東京でたまーにRinaRinaと飲んでいたのはものすごく貴重な時間だったなぁと、改めて回想。
 エグチンとかテンホーちゃんらと一緒に飲んだ時はいつも空が明るくなったものだ。
 若くしてお店を切り盛りしながら、肩肘を張らず、自然体でオーガニックでいて、かつ外観がサイボーグという超人類をRinaRinaに感じながら、同時に温かくて的を得たマインドを有するその様に感激する夜。

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 元々ミュージシャンという双方の視点があったことから飲みダチの歴史は始まったと記憶するが、いずれにせよこの女は大したもんだ。
 いつになるのか分からないが『アニソンバー綾波』の面々との次回の再会が今から楽しみ。
http://ameblo.jp/anisonbar-ayanami/
http://rinarina06.exblog.jp/

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2012年 02月 14日

Margaret

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 午前8時過ぎには起床し、正真正銘のロックシンガーと認識しているLさんのインタビュー取材のため市ヶ谷のソニーミュージックを訪れた。
 わずか1年足らずで著しい成長を遂げるLさんの真摯な熱が伝わる素晴らしい取材空間だった。Lさん&スタッフのみなさまに感謝。可愛らしいチョコには感激。
 社内フロアでジェイク番のKAZYを見つけ、ランチをご一緒することに。KAZY感謝!
 
 神保町へ帰還。S社Mさんとミーティングを終えた後、編プロで校了。
 
 夕方、青山へ。日本屈指の大物ミュージシャンIさん事務所でミーティング。

 神保町へ帰還。再び編プロで校了。
 
 夕方、神保町の中華屋へ。集英社が発行する日本の月2回刊少女漫画雑誌『マーガレット』 (Margaret) の懇親会に参加。
http://margaret.shueisha.co.jp/
 カメラマン率の高いテーブルでビールと焼酎を飲んでいたら、遅れてカメラマンの貫がやってきた。
 編集部全員のみなさまをご紹介いただき、とても和やかな空間に心が和む。
 河岸を変えて貫と二次会のバーを訪れたところ、偶然、編集長Sちゃんを除くマーガレット編集部の全編集者が交代で入ってきた。
 「んじゃあ一緒に飲みましょうや」と宅を囲み、爆笑の世が更ける。全員、とにかくナイスなスタッフばかりでSがちょっと羨ましくなってしまったよ。
 皆様、お疲れさまでした。&感謝!

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2012年 01月 31日

日本酒

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 今日のこの日を、どれほど楽しみにしていたことか。
 世界的音楽家Mさんとの会食の日がやってきた。
 和食のコース料理をいただく前に、冒頭の一時間、ロングインタビューを決行。
 常に自然体で、肩肘を張らず、たおやかに活動を続けてこられたMさんの魅力触れる人柄に、今日もガツンと惹き込まれた。
 親父の教え(?)で滅多に呑まない日本酒がどんどん空いてゆく。
 なんと素晴らしき時間なのだ。Mさんをお見送りをした後、夢心地で編集W共々JRを乗り継ぎ帰途に。
 もっともっとギターを弾くことに時間を費やさねば。反省の数時間とも言えた。

投稿者 yonezawa : 16:27 | トラックバック(0)

2012年 01月 21日

喫茶ルオーとbambi

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 寝て、起きたら3時間30分が経過していた。
 眠気と気怠さを抱えているものの、そんなことは言ってられない。
 なる早で身支度を済ませ、JRと地下鉄を乗り継ぎ『本郷三丁目』駅に着いたのは丁度正午。
 徒歩で『喫茶ルオー』を目指す。

 『喫茶ルオー』は 本郷通り、東大正門のはす向かいに位置する。今回、この地をアカデミックな某2氏の対談場所に決めたのだった。
 集合30分前に到着したおいらは、朝昼兼用の飯を喰らう気満々。編集Wくん(東大生OB!)、そして時間前には必ず現れるカメラO&アシスタントの方らと合流し、店内の2F席に取材場所を確保。
 ここの店はカレーが有名と聞いていたので迷わずそれを注文するのだが、先に到着していた編集Wくんが席に着いたらお冷やに続けて(自動的)カレーが出てきたと語っていた(笑)。ホンマかいな。
 正午と言うこともあって満席状態ながら、とにかく快い取材空間を提供してくださり、一つ一つの事柄にものすごいお気遣いとご協力してくださったご主人、おかみさんの配慮に感激だった。今年(確か)53歳になるハズの編集Kちゃん(東大生OB!)が現役の頃は、たまにここのカレーを喰っていたというので、少なくともその歴史の長さを知らさせる。

 対談に関する事の顛末は、覚えていたら3月中のどこかで書き記したいと今日の時点では考えているところ。あまりにアカデミックな対談内容に驚嘆し、己の可哀想な頭脳を恨む局面もしばしば。すさまじき議論応酬の証人となった。

 取材を終え、即座に新宿へ電車移動。雨の降りしきる中、初めてやってきた『新宿ペンタ』に到着したのは午後5時30分。30分の遅刻を許せbambi。
 年明け初のbambiリハーサルは、本来の目的である大新年会の前に行われた。
 300数十曲を数えるレパートリーはいまだ変わらないペースで増え続けている。練習不足のへたれギターで応戦。
 リハ後、徒歩で『ちゃんこ両国』へ移動。
 宴にはカメラT&K子ちゃんも参戦。総勢8名で爆食爆飲の新年会は勃発。

 明日、キーボードのSくんは、フィアンセであるK子ちゃんのご両親にご挨拶をしてくるのだと言う。つまり両親からの承諾を戴く、あるいは許しを請う、という男子最大の関門突破か否かの前夜祭なのであった。

投稿者 yonezawa : 14:43 | トラックバック(0)

2011年 05月 18日

ムカデ人間

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 映画『ムカデ人間』http://mukade-ningen.com/
 DVD鑑賞。
 本作で主軸キャラを演じた俳優:北村昭博さんインタビューのため、編集Sと取材先の渋谷へ。
 オンタイムで取材開始。北村昭博さんはアメリカを拠点に活躍される若き俳優だ。
 
※北村昭博……1979 年、高知県高知市生まれ。高校卒業後に渡米し、ビバリーヒルズ・プレイハウスで演劇と監督術を5年間武者修行。LACC映画学科在学中に処女作 「PORNO」の脚本・監督・主演をまかされて映画監督デビューを果たした。新進気鋭の次世代型映画監督であり、ハリウッドで活躍する数少ない日本人俳優 の一人でもある。
脚本・監督代表作は「PORNO」「I'll Be There With You」。俳優としての代表作は本作の他、「HEROES ファイナルシーズン」(タダシ役)。アメリカで劇場公開され、DVD配給されている監督作の「I'll Be There With You」では、LA Indies Award最優秀新人賞を史上最年少で受賞し、LA最大のエンターテイメント紙「LA Weekly」の映画評でPICK OF THE WEEK(今週のオススメ)を獲得するなど、今後の活躍が期待される。

 ノリのよい明るいキャラクターは大変気持ちがよく、10年以上も前から大陸で勝負し続ける、その適性のようなものを感じさせた。
 『ムカデ人間』、とんでもない変態作品也。爆笑に包まれた1時間程度の取材を終え、編集Sと近場の居酒屋へ。芋焼酎「三岳」が丁度空いた頃、新宿へ立ち寄り、さらに吉祥寺のバーへ移動。
 さらにいつもの闇太郎へ場を移し、先ちゃん、キリンジHYさん、イトケン、coni_x、タヒチン、K崎監督……他のメンツに合流。
 遅れてギタリストでシンガーのM合流。

 閉店後もさらに河岸を変える元気メンツ数人で沖縄料理屋へ飛び込み、早朝7時30分過ぎにやっと帰途についた。さすがにボロボロ。

 玄関を開け、朝食を摂るRちゃんの横にしばらく座った後「じゃあそろそろ、お部屋で寝るね!」と伝えたら「ダメ」の合図。「そこで寝て!」といったジェスチャーで、指を指されたRちゃんの隣のソファで爆睡。
 およそ2時間後にシャワーを浴び、19日の1日が始まった。

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2011年 02月 24日

フェザー級王者

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 朝8時、おいらにすれば早朝と言えるこの時間に起床。
 9時過ぎ、東京駅へ。事前に切符も買ってるし、新幹線恒例の崎陽軒シューマイ弁当も購入済み。
 今回、2度目の対談相手となる漫画家:高橋ツトム氏と一路新神戸へ。
 おいらにすれば、通算3度目の取材となった長谷川穂積選手、いつお会いしても冷静沈着で魅力に溢れているアスリートの風格。
 いつものまま取材を終え、ミット打ち等の練習をリングサイド、つまり間近で見学させていただく。この時間がどれほど贅沢であるか。
 4月8日の防衛戦へ向け、これから本格的な減量なりコンディションを見ながらの調整に入るというチャンプ。余裕の発言が試合への期待を抱かせてくれた。
 
 帰京するまでの新幹線内では、どういうわけだか延々ビールと酎ハイを飲み尽くしてしまい、東京駅に着いたところ編集2名が合流し、怒濤の呑みに突入。限界まで。どういうわけだか。

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2010年 10月 11日

ランニングの特集号

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 午前中からRちゃんに腕を引かれ、1Fの広場、そして体育館のキッズスペースを経由し、近所の公園でブランコ。トータル5,6時間の遊びにつきあったら外がほんのり薄暗くなった。
 それにしても子供はよくもあんな長時間、平気でブランコに乗っていられるものだと感心させられる。大人なら大概気分が悪くなる長さだ。
 まぁー1日遊び尽くしたRちゃん。
 帰宅してお風呂に入ったら「いっぱいあそんだね!」とご満悦。その笑顔で疲れの何もかもが吹き飛ぶのが、RちゃんがRちゃんたる所以か。

 夜のニュース番組も見ることはなく、Rちゃん就寝までは延々ディズニーチャンネルなので諦めた。他のテレビで他チャンネルを見ようとしても「こっちでいっしょにディズニーみるよ!」と、大変な握力で手を掴んで引っ張られてしまう。一緒に見なきゃダメなのだ。
 「おったんはココね!」座る位置も細かく指定。
 Rちゃん専用の寝ん寝毛布を咥え、少しゴロゴロし始める頃が眠気にやや襲われかけた兆候。何の躊躇もなくおいらの太股辺りに頭を乗せ、そのままテレビを見ているのかと思ったら寝息が聞こえだした。
 夕方、遊び終え、マンション廊下に差し掛かったところで彼女はこう言った。
 「Rちゃん、おおきくなったらMちゃんとMちゃんとバンドやるからね!」
 なんたる発言…

 今秋、「ナンバー」では初めての試みとしてランニングの特集号(10月21日発売予定)が刊行される。
 関係者によれば、㈱文藝春秋「スポーツ・グラフィック・ナンバー」では野球、サッカーを中心とした「観る」スポーツを文字と写真で切り取ってきたが、今回はそのコンセプトを変え、自ら身体を動かしている、またはこれから動かそうとしている人たちに向けて、様々な“走り方”を提示するとともに、“走ること”がアスリートの競技や生活、ひいては人生にどのような影響を与えるかを考え、伝えていく雑誌を作ろうとしている。とのこと。
 少なくとも今回のこの増刊はそうしたテーマに絞り込み構成される模様。

 先日、新神戸まで赴き、日本が世界に誇る名ボクサー:長谷川穂積選手への正式取材として、2度目の邂逅を果たしたところだった。
 その記事のゲラ(pdf)が送られてきたので夜中に最終校正。
 
 本が出来上がったら、現地に赴いた若き担当編集者K&㈱文藝春秋エース・カメラマンSさんとの親睦会を予定している。今からとても楽しみ。

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2010年 09月 21日

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 “カンヌ国際映画祭を熱狂させた奇跡のドキュメンタリー!”というコピーで只今絶賛上映中の映画『ベンダ・ビリリ! もう一つのキンシャサの奇跡』は、雑誌「ぴあ」調査による9月10日、11日公開の映画満足度ランキングでトップに輝いたそう。

 路上で生活する、コンゴはキンシャサのストリート・ミュージシャンを追ったドキュメンタリー。
 手作り楽器で誰にも真似できない音楽を演奏する車椅子4人と松葉杖2人を含むバンドが「スタッフ・ベンダ・ビリリ」。

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 今日はそのバンマス:リッキーと、ドラマー:モンタナ2人の単独インタビューを敢行。
 リッキーの車椅子をモンタナが押しながら、2人はユニセフ内のインタビュールームへとやってきた。

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 映画に描かれるまま、何の気負いもないバンドマンの2人。楽観的な国民性と伺っていた通り、現場はとてもフレンドリーな空間に包まれた。
 世界ツアーも経験した彼らは、路上生活者であった1年前と比べ、生活も180度変わったそうで、なんと今ではバンドメンバー1人ずつ家を建てたそうだ。
 モンタナは「人生はバラ色だ」と語った。
 
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 メンバーの中に「サトンゲ」という自家製の楽器を奏でるロジェという少年がおり、実際に会ったら映画の中より随分成長していた。
 ロジェ、雰囲気カッコイイ。ある意味イケメンな兄ちゃん。
 彼らへの興味と共に、空き缶と木の枝だけで作った1弦楽器「サトンゲ」においらは惹かれていた。
 インタビュー後、全メンバーと対面し、野外の駐車場スペースで写真撮影。
 インターバルの際、ロジェからその「サトンゲ」を貸してもらったが、お手製感バリバリのなんとも言えない形状の楽器が不思議で面白い。シールドを通すアダプターもあったので、ライヴ用にピックアップも取り付けているのだろうか。
 例えば拾ったバイクを改造して自ら車椅子までも廃物利用で作成してしまう彼らは、もはや発明家だ。
 この「サトンゲ」、既製品として販売しないのか。ギター・メーカーは。そろそろ。
http://bendabilili.jp/

投稿者 yonezawa : 23:50 | トラックバック(0)

2010年 09月 18日

東海道新幹線

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 九州のおふくろが本日羽田に到着する頃には、おいらは取材のため東京を離れた。
 編集:Kと新幹線改札で待ち合わせ、午前中の東海道新幹線へ搭乗。
 初対面のカメラ:Sさんとは取材先の現地で待ち合わせた。

 滞りなく目的の取材を終え、夕方ののぞみでとんぼ返り。
 編集:Kは、以前から交流を持つ若き優秀なジャーナリスト。そして今回カメラ:Sさんとの初邂逅。
 優れたプロフェッショナルなフォトグラファーと知り合いになれた今日はラッキー。

投稿者 yonezawa : 23:48 | トラックバック(0)

2010年 08月 2日

インタビュー

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 際立って筋肉痛になっていないのはどういうことなんだろう。
 慣れない雨靴で出来た擦り傷(踝から6cm上の辺り)を触らないように風呂に入り、午前8時から取材準備。
 焼き魚と、北九州から届いた海苔に梅干し、トマト、海草味噌汁の朝食が美味い。
 
 午前中には編集部に到着し、取材準備を終えて会議室へ。
 約束通り、映画『マリア様がみてる』の寺内康太郎監督が来社。
 地方でおよそ2週間程度のロケを行い粛々と進行された現場だったが、とても温厚な彼の演出は印象的だった。
 スケジュールの都合で一部のロケには参加出来なかったものの、松本、土浦、上田のロケには密着し、最終地となった上田の薔薇園まで映画全体の7、8割以上の現場には密着出来た計算だ。 
 正味1時間程度の特写&インタビューを行い、監督の思う本編作品への思い、現在の映画界への思いを語っていただいた。つつがなく取材を終え、次回の呑みの約束を交わす。

 そして監督はそのまま次回作の撮影現場へと向かわれた。
 編集部で、本誌入稿とコミックスの入稿作業に追われ、隙間の時間を利用し、先ほど行ったインタビュー原稿の構築に早速着手。
 6月18日発売となるYJC「スカイハイⅣ(FOUR)」の青焼きを切って貼り込む単純作業が深夜2時近くまでかかってしまった。

投稿者 yonezawa : 02:33 | トラックバック(0)

2010年 07月 31日

最低

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 6時起床。
 きっと大先生が起床されて3時間弱は経過している頃だろうか。
 眠れなかった。日々の習慣はなめられない。

 7時に家族分のおにぎりをこさえ、卵焼きをこさえ、焼き明太子をこさえ、自分も2個平らげた。なんて美味いんだろう。もう逃れられないふりかけの威力による部分も大きいと感じる。

 大量の荷物を積もうと一人汗だくになり、車に積載。
 運転席の鍵を開けると他のドアが解錠してくれない。…? 嫌な予感がし、ドアを1つずつ確認したとこ、後ろの半ドアでバッテリーがあがっていた…
 JAFに連絡すると、ここから1時間15分の待ちとのこと。
 暗澹たる心境の中、只今出発を待つ最中。
 ならばと改めてシャワーを浴び、かかってくる携帯とにらめっこ中。
 今日、オフィシャル取材がなくてホッとしていた。
 ど最低。

 大泉から関越に。目的地:月夜野インターまでのおよそ1/2は渋滞に近いトロトロ運転に終始し、猛暑の中クーラーの使えない馬鹿環境が拍車をかけて不快指数を募らせた。
 インターチェンジでRちゃん休憩タイムを取り、車内でうちわで風を送ってあげたらRちゃん「あついよー」っと生ぬるい風に抗議。確かにぬる暑い風だ。

 予定よりも大幅に遅れ、やっとこさ新潟は苗場へ到着。
 前日に3通のメールで問い合わせしNG、プラス22件の電話で一軒だけ奇跡的におさえられた宿へ向かった。
 会場まで徒歩圏内の場所にとりあえず宿と駐車場が確保出来たのは幸運だったが、20畳の広間に6名の男性客と一緒になって雑魚寝という条件。しかし贅沢の言えた義理でなかった。
 それなりにゆったりした空間であったし、親切な宿主に促され、先に布団でスペースを確保し、荷ほどきをし、大量の荷物を抱え現地へ。

 残念ながら、一つの目的となっていたジョンバトラー・トリオの演奏は終わっており、クーラ・シェイカーの後半が奏でられる頃、グリーン・ステージに到着。
 いきなり編集部Yと遭遇を果たす。

 クーラ・シェイカー観戦後、ホワイトへ移動し、サードアイ・ブラインドを観戦。
 再びグリーンへ帰還途中、川でRちゃんのお手々を冷やし、ところてん喰って、KIDS LANDで小型メリーゴーランドやらブランコ等で遊ばせる。
 グリーン近くの広場にマットを敷き、しばし休憩。

 ここまで、というか、すでに宿泊地からRちゃんは9割9分歩かないので、およそ14kg超えの彼女を終始抱っこにセメント抱えしながら運ぶ作業が移動の際の条件となっていた。
 会場入りするまでに2tの汗が湧き出たような気分だ。

 ともかく水をぶっかけたような状態で気力と体力勝負のようなコンディションに陥り、段々ライヴ観戦欲が奪われてゆくようだった。それ故、観たかったジェイミー・カラムは寝ころんで音だけを拝聴。
 それでも気持ちを奮い立たせ、目当ての一人であったジョン・フォガティのステージでは、かなり前の真ん中辺りまでRちゃんを抱え、最後まで観戦した。

 ジョン・フォガティのパフォーマンス、流石だ。震えた。
 玄人中の玄人が聴かせるパーフェクトな演奏だった。ジェフ・ベック世代の彼らのギターの巧さは、そんじょそこらのミュージシャンでは到底太刀打ちできない程の完成度を極める。60歳を過ぎなければ出せない音もある。曲ごとにギターを代えるジョンだったが、テレキャスター、そして特にレスポールゴールドトップの音色に芯からしびれた。
 
 グリーンステージの真ん前で、肉眼でも十分にバンド面子の表情が確認出来る位置であり、スクリーンの映像に至っては、かなりの迫力を感じさせる場所だ。
 野外ライヴは何度か体感済みながら、ここまで本格的で音響もベストのライヴを観たRちゃは果たしてどんな気持ちだったのか。
 案の定、後半数曲では寝息をたててしまったが、彼女の心にあのレスポールの音色が届けられたことには間違いない。
 ライヴ終了間際に雨が激しく降り注いで来た。迷わず撤退。一路、会場外の飯屋へ。
 
 何人かの同士らと、その後のライヴ観戦及び夜中の飲みを半分約束していたが、Rちゃん対策で宿に帰還後、取り急ぎ先に風呂に入れねばとおいらが流しに行き、結局Rちゃんと戯れたそのまま一緒に寝てしまっていた。
 体力的にも理想の展開だったと後に認識。

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2010年 06月 9日

ルイーズ・ブルゴワン

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 リュック・ベッソン監督最新作『アデル ファラオと復活の秘薬』でニュー・ヒロインを演じる、ルイーズ・ブルゴワンというファンキーな女優は、地元フランスのテレビ番組で人気を博す異色のコスプレ“お天気お姉さん”。
 
 生涯宿泊することなど、まずなかろうと確信を抱く超高級ホテル:リッツ・カールトンのカフェで、珍しいトマトジュースを頼んだら2000円だった。
 昼下がりのおばさま方が、ちらほらテーブルを陣取り井戸端会議を行っておられるが、席単価1万円とみた。昼過ぎのカフェで。

 取材陣が集合し、インタビュールームの部屋の前で待機。
 初めて対峙したルイーズは、なんと(17歳違いではあるが)おいらと同じ誕生日。
 家からパスポートを持参し、そのことを告げたら彼女が驚いた! がっちり握手。そこから爆笑のインタビュー・タイムがスタートした。

 ルイーズ嬢、なんてチャーミングな女優なんだろう。
 その容姿はいわずもがなだが、特写時のポージングの自然さといい、動きのバリエーションといい、ツボにはまったときに言葉が出ないほど笑い転げるフリーダムなキャラといい、映画のシーンだけでは知り得ない天真爛漫キャラがとにかく場の空気を賑やかにさせてくれた。

──映画出演したあなたの演技を観たボーイフレンド、ご両親、家族、友人の反応は?
 …(笑)。ホントは恋人がいるかどうか知りたかったんでしょ(爆笑)!
──図星(笑)。
 はははは。フランス人のジャーナリストと同じテクニックを使うわね(笑)。

 インタビュールームは延々と笑いに包まれた。
 つつがなく取材を終え、ルイーズを労い、握手を交わし撤収。
 一旦業務に戻り、深夜取材チームが再集結。新宿でお疲れの乾杯を交わした。お疲れさま。
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[C]Maxime Bruno / Canal + :

投稿者 yonezawa : 04:37 | トラックバック(0)

2010年 05月 10日

重要文化財

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 5時出。JRを乗り継ぎ、某映画ロケの目的地へ到着。
 雑誌スタッフ一同と駅で落ち合う。タクシーで10分程度の現場へ。

 風情のある講堂風の建物は重要文化財として指定されているそうだ。なるほど、由緒ある建造物だ。
 映画のシーンは、美しい並木通り、そして年期の入った板張りのフロアで行われた。

 到着早々「エキストラが足りない」とのことで、いきなり舞台の女子高校へ赴く生徒の関係者(父兄)として画面の端に立たされた。こうした思いも寄らぬ臨場感も現場ならでは。

 本編撮影の合間に周辺をロケハンし、時間の許す限り数人の女優陣の特写を敢行。
 みなさん、プロフェッショナルに淡々とキュートなポージングをキメてくれる。

 最後の1人の白バック特写を終え、キャスト&撮影隊へのご挨拶を終え、ダッシュで最寄り駅を目指した。
 気がつけば外は小雨模様。天候が明日も崩れる模様。夕飯は22時過ぎの車内販売で3個だけ売れ残った弁当のうち、冷たい幕の内を選んだ。

投稿者 yonezawa : 23:33 | トラックバック(0)

2010年 05月 9日

のっぴきならん

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 某映画ロケ取材のため早朝5時出、JRを乗り継ぎ最終的にスーパーあずさで午前8時に目的地へと到着。
 現地駅でカメラTと落ち合い、車で10分程度のロケ先へ向かう。

 撮影チームは早くに到着し準備に忙しい。キャスト面々が超フレッシュで、みなさん眩しい輝きを放っている。
 天候はピーカンと言ってよい頗る気持ちのいい晴れ間をのぞかせた。クランクインの初日に晴れるのは、おいら晴れ男のおかげだと心中でつぶやいた。
 シーンに拘りをみせる緻密な演出が光る監督の機微を見つめながら、やや押し気味のスケジューリングで予定の撮影が消化されてゆく。

 夕飯時には近くのファミレスへ飛び込み、女性スタッフも同行ながらわずか30分以内で完食。
 再び現場へ戻り、我々フィールドの細かな取材を撮影の合間を狙い随時行う。

 日が落ちて、夕景狙いの撮影に入ると異様な寒さに包まれた。昼間は「Tシャツ1枚で来てもよかった」と、ほぼスタッフ全員が思っていた節があったが、とんでもない冷え込みとなり、おいらも持参したGジャンを羽織る。なめたらいかん。

 22時30分を回った頃、ようやく本日の撮影終了。しかし電車が危ない。急ぎでカメラTの車で最寄り駅を目指し、23時30分過ぎの電車に飛び乗るが、すでに新宿までの便しかなくタクシー帰宅で疲弊。
 帰宅して風呂に入り午前3時就寝。午前5時には2日目のロケ先に出発也…。

投稿者 yonezawa : 23:32 | トラックバック(0)

2010年 05月 7日

なに、ドリアたべてんのぉ(笑)?

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 早朝のニュースで「今日は雨模様になります」と言っていた。
 明け方の4時過ぎに「…そろそろ寝るべか…」と思ってたら、Bambiの歌姫よりメール。彼女たちはこの時間以前に起床する場合があるのだそうだ。
 結局5時過ぎに床につき、10時に目覚めた。
 起きがけにオーブン・レンジ・タイマー・セットされたシーフード・ドリアが出来上がり、10分間目を覚ました後、台所に立ったままサラダと共に食す。ホクホク熱い熱い。

 やがて幼稚園からRちゃんご帰宅。
 「なにドリアたべてんのぉ(笑)? おったん!」とRちゃん、頭からズボンまでずぶ濡れで部屋に上がってきた。帰り途中、集中的に雨が降ってきたそうだ。

 「じゃあそろそろ、おったんお仕事に行ってくるね」「だ・め・だ・よー」と堰き止め工作を受けながらも、ちょっと急ぎでバス停へ走った。

 小雨の中、都内某所へ某映画取材のため赴いた。現場のリハスタはスペースだけの空間で、すでにスタッフ・キャスト陣は勢揃いし、衣装合わせ、特写、そして本読み開始。
 真摯に演技に取り組むキャスト各位の姿勢が素晴らしい。

 正味5時間の取材を終え、現場の空気を体感しつつカメラIと帰社。
 出前の大味な海老炒飯を食いながら、明後日以降の仕込みに必死。まこちゃん(篠崎誠監督)最新作『東京島』の試写状が到着。いよいよここまで来たね、まこちゃん!

投稿者 yonezawa : 23:23 | トラックバック(0)

2010年 05月 5日

取材と移設問題

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 某映画作品リハーサル取材のため、午前9時30分より都内某所へ。
 結局、睡眠不足になってしまったせいもあり、バス停まで歩く気力もなく車で赴く。
 広々とした板張りのダンス・スペースのような部屋で正味8時間ほど現地取材を行った。
 美しいキャスト各位、スタッフの皆様、お疲れさまでした。

 帰途につき、夕飯にはかた焼きそば。美味。
 自分で宮崎から土産に買って帰ったラーメンは残念ながら大味だったが、辛高菜はやはり美味い。
 
 連日、米軍普天間飛行場の移設問題が加熱報道。
 ほとんどの新聞各紙は「じゃあどうすればいいのか?」という論点には至らず、揃って首相の批判ばかり。ニュースも政治家もそんな論調。
 「何がなんでも日本のために米軍基地は必要」と主張する人のアンケートを都道府県ごとにガチでとってとりまとめ、その人の多数住む地域でアメリカに手を打ってもらい海兵隊を誘致するのがいい。
 「日本側が決めた沖縄以外の地でなんとかお願いします」と先方に真摯に伝え続け、勢いとしては日本独特の“切腹”の「ダメなら腹を斬る」精神で拝み尽くし「仕方ないなぁ。そこまで言うなら…判ったよ。」とアメリカに言わせるまで、お願いし続けるような首相が理想。

投稿者 yonezawa : 02:45 | トラックバック(0)

2010年 01月 12日

THE MODS

 信じられない一日となった。
 都内某所でTHE MODS森山達也氏、漫画家:高橋ツトム氏の特写&対談が実現することに。

 50年の歴史を誇る年期の入った都内大型駐車場を撮影スペースに決め、撮影1時間以上前に現地入り。スーパー・フォトグラファー:尾形正茂と事前ロケハン。

 この場所のとてつもないクールさに胸が高まる。
 場所を提供くださった現地関係者の方々の協力も有り難く、今回ロケ・ポイントにはしなかったが、今後のための様々な驚きのスペースも見学させて戴いた。大感謝。

 高橋氏現地入り。やがて森山氏も。
 肩肘の張らないパンク・ロッカー森山さんのスタンスは、とてつもない魅力に溢れていた。

 福岡から上京したおいらにとって、THE MODSの存在はやっぱり特別なものがある。
 ビートルズもツェッペリンもマイケル・シェンカーもヴァン・ヘイレンも大好きだったが、JL&CもミカバンドもTHE MODSも勿論大好きだった。

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 THE MODSが東京進出する際、最後に演ってた80's FACTORYは伝説のライヴハウスだったし、おいらは当時入手した同店のマッチを今でも家のどこかに保管している。

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 『TWO PUNKS』にしろ『激しい雨が』にしろ『バラッドをお前に 』にしろ、森山氏が希代のメロディメーカーだと言う認識は、博多で1stを聴いたあの日から変わらない。

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 パンキッシュでありながら、同時にスタイリッシュな存在感が共存。
 今回氏と遭遇し、何故永遠にTHE MODSが瑞々しく輝き続けているのか、その理由の一端を再認識させられた夜になった。

 対談はまるで旧知の友人同士が語り合っているような、至ってアットホームな雰囲気の中進行。2人は3杯目の生ビールをおかわりした。やがて取材はつつがなく終了。
 そのまま「もう1杯いこうや!」と近所の酒場に飛び込み、その後夢のような時間が訪れることに。極めてロック。もう最高。

 THE MODSにおける森山さんの魅力溢れる声と、せつなく美しいメロディーは世界でただ一つの究極の個性。その想いは死ぬまで変わらんだろう。

 この、ときめく対談記事は、1月27日(水)発売のスーパージャンプ4号に掲載される。

投稿者 yonezawa : 04:08 | トラックバック(0)

2009年 11月 7日

1日目

 早朝、起床をRちゃんに悟られないように部屋に閉じこもり、黙々とインタビュー原稿のリライト作業。
 午前9時、Rちゃん入室。気づかれた。
 ので、しばらく作業を中断し、新しいおもちゃでお遊び。ここのところ、何かの付録なのか毎度新しいおもちゃを手にしているRちゃん。
 どこかのタイミングでパソコン部屋に戻って作業を再開するが、ものの数分で「こっちきて!」とお呼びがかかり、まぁ集中出来るわきゃない。

 しかしながら、焦りに反して心はとても嬉しい。
 焦りのココロは、今夜18:20発の飛行機:SNA021便をおさえてしまっていたからだ。
 Rちゃんとお遊びしながらの合間をぬい、午後2時までに8割程度の原稿構築を終え、熊本へ飛ぶ算段がようやくついた。
 午後3時前には2本の原稿をなんとか脱稿させ、関係者各位へ送信。事故がなければこちらで納品は無事完了だ。
 年末年始のおふくろの航空券を確保した午後4時、羽田へ向かう。

 外出する際のRちゃんの「ばいばい」が淡泊で悲しい。外に出たとたんドアの鍵がガチャリとかけられた。
 もう鍵位置に手が届くんだね…。

 明日開催される、江口寿史兄の故郷、熊本は水俣でのトーク・イベントとサイン会を見届けるべく、思い切って初めて熊本へ飛んだのだった。
 
 空港からバスで新八代駅へ。

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 料金は1200円。新八代駅から新幹線で新水俣駅へ。新幹線代金は特急券と自由席で2500円。なかなかよい(高額な)値段だ。
 新水俣駅からタクシーで1000円少々の場所にあった「スーパーホテルCity水俣」へ到着。チェックイン後、先ちゃんへ連絡したらば「○○さん(某個人宅)と言う家まで来て」というのだ
 「タクシーにその方の名を言えば判る」のだと言う。そんな驚くべき情報を頼りにタクシーに乗った。乗ったタクシーは当たり前のようにその方の名を存じ上げていた。

 到着した場所は確かに民家。時間はすでに22時を回っていた。
 タクシーが止まった端から家屋の奥様がお出迎えしてくださり、促されるままおじゃまさせて戴いた。
 家の中に立派なカウンターをこしらえ、普通の居酒屋としても営業出来そうな雰囲気の空間がそこにはあった。

 カウンターには先ちゃんの同級生やら、知人の知人というメンツでにぎわっている。
 家の主は山中さんとおっしゃり、完全に飲食店のマスター風情。
 いきなり鯖の極上刺身を戴き、何のためらいもなく焼酎を戴いた。

 数分後、カウンターの彼は「私は秀ちゃんでいいので、よねちゃんと呼ばしてもらうね!」と言った。
 肩肘の張らない雰囲気と、温かい人々に、彼らのおおらかな言葉に包まれてしまったおいらは、あっと言う間に彼らの空気に馴染んでゆくのだった。まるで長年の仲間のごとく。
 その際、先ちゃんはというと、カウンター後ろの座敷部分で軽く仮眠中。
 先ちゃんはゆうべ5時まで飲んだ後、6時20分のバスに飛び乗って来たという豪快なコンディション故、無理もなかろう。
 
 壁にかかったアコースティック・ギターを弾かせて戴き、ロック談義に花が咲き、深夜3時を回るなかなか深い時間まで飲んでおひらきに。秀ちゃんご馳走様でした。
 ホテルへ戻り、タイマーを7時50分に合わせた。

投稿者 yonezawa : 01:03 | トラックバック(0)

2009年 11月 6日

Quentin Tarantino

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 都内某所へ、いつになく大いなる時間のゆとりを持って入室。
 本日、来日中の映画人:クエンティン・タランティーノ監督取材日。
 タランティーノへの取材は今日で3回目。

 15分ほど押しのタイムテーブルでまずは単独インタビュー開始。
 相変わらず大柄なタランティーノに「you met befor」と伝えたところ、リップサービスなのか「勿論覚えているよ! Young Jumpの君は若い頃の深作欣二監督に似てるんだよ!」と言われた。
 ホントなのか? 若い頃の深作欣二監督の写真が見てみたいものだ。

 本作『イングロリアス・バスターズ』のプロモーションで来日を果たした彼だが、本作はタランティーノ作品史上最も世界的にヒットした映画となった。
 おいらの伺いたかった質疑の解答としては、想像した以上の内訳を聞かされることになり大満足。
 インタビューは毎度の通り貴重で素晴らしい時間となった。

 続けて漫画家:猿渡哲也氏との特別対談開始。Wヘッダー。
 通常、格闘家との対談が多い猿渡さんとは現地で久々の再会となった。
 氏は、ある意味ご自身が描かれる作品とのギャップがある感じで、とてもチャーミングな方だ。

 こうした対談は、(大概、初対面であることが多い故)お互いのノリがかみ合わなければ、記事としても成立しにくい場合がある。そんな局面では対談のホスト側の技量が試されることとなる。
 つまり今日の場合、おいらが会話をスムーズな方向へと導かねばならなかった。時間も少なく限られているので、数分間の勝負が記事のクオリティを左右しかねないという状態だ。
 ところが今回は、猿渡さんのフリにも解答にも絶妙なモノがあり、終始爆笑の時間が過ぎてゆくことに。
 タランティーノもいつものままサービス精神旺盛で、猿渡さんにしても「受けに引きに」素晴らしい。
 作品を極めた方は、みな優しく穏やか。
 これ以上ない最高の取材空間に立ち会う機会を得て、今日も幸運だった。

 JRと地下鉄で即帰社し、そこから速攻で原稿の構築へ邁進。
 ライター:Mの活躍ナシではここまで早く着手出来なかったろう。
 テキスト構築の作業を行ううちに白々しく夜が明けた。

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2009年 10月 29日

WBC世界バンタム級・絶対チャンピオン

 特別に楽しみにしていた1日。
 かつてヤンジャン本誌にも世界戦特集で2度ほどご登場戴き、渾身の応援記事を構築した経緯があった。
 次回の防衛戦をクリアすれば、あの具志堅用高以来の2桁防衛記録を樹立するボクサー。
 ファンに間では「バンタム級絶対王者」、つまり世界中のあらゆるボクシング団体の中で最強のバンタム級王者だと認識されている。

 WBC世界バンタム級チャンピオン:長谷川穂積選手への取材日がついにやってきた。
http://ameblo.jp/hozumi1216/
http://www.shinsei-gym.com/index.html

 東京駅でカメラI、そして本日の対談相手として企画する漫画家:高橋ツトムと東京駅で待ち合わせ、のぞみへ。ちなみに11月19日は発売のヤンジャン・コミックス『SIDOOH-士道-』19巻帯コメントは長谷川選手より賜った。
 新幹線の中での昼食は高橋先生推薦の崎陽軒のシューマイ弁当。これが旅の始まりには絶妙に合う。
 15時過ぎに新神戸へ到着。
 駅からタクシーで15分程度のとても環境の良さげなニュータウンに長谷川選手の所属ジムはあった。
 予定時間よりも数分早めにジムへ到着されたチャンピオン。
 現役選手で今最も敬愛している長谷川選手にお会い出来る機会を得られたおいらは、何はともあれ幸せだ。
 ジム脇のテーブルで早速インタビュー対談開始。
 一言一言を大事に真摯に回答くださるチャンピオン。発せられる言葉が試合内容の重さを感じさせ、同時に実に温かい人柄を感じ受けた。

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 時間が足らないと思わせるほど興味深いインタビュー時間が愛おしい。
 キメカットまで丸々1時間の取材時間をまんべんなく使い切り、取材の際、滅多に撮らないおいらもここは是非とチャンピオンにお願いし、記念撮影。

 チャンピオンはWBCのチャンピオン・ベルトをおいらの肩に乗せてくだった。「今度の防衛戦は、先生と是非応援にいらっしゃってください。チケットは用意させていただきますから!」なんたる王者、なんたる配慮。おいらよりも遙かに若き王者には終始感激だった。
 懇切丁寧なチャンピオン及び、ジム関係者にご挨拶を終え引き上げた。感謝。
 
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 そのまま近場をロケハンし、高橋ツトム・スナップ写真特写の提案。
 執筆で疲弊している仕事疲れの先生に無理を言い、夕暮れ前の色味を背景に数枚のショットを抑える。
 三ノ宮へ移動。勘で決め当てた綺麗な居酒屋で乾杯。
 21時台もゆっくり帰りの新幹線はあろうよとタカをくくり、長谷川選手の素晴らしさを肴に調子よく芋焼酎を嗜んでいたところ、時刻表を検索してみれば最終の新幹線はすでに出てしまった直後の模様。!?
 「よし、じゃあ宿を取ろう」
 のっぴきならない原稿〆切を抱えるはずの高橋ツトムの判断は、終電を逃した後悔など微塵もないまま真っ先に次への行動を提案する。
 こんな場面でも彼の判断はいつも明確で早い。

 携帯でのネット検索で、徒歩3分のなかなかよき物件を確保。先生は午前中より執筆のため大事を取りお休み。
 1周り弱若きカメラIを引き連れ、居酒屋〜バー〜〆のラーメン屋を梯子し帰還。
 明けて朝6時10分発の始発狙い。4時起床の計算ならば、寝る時間はあと1時間。

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投稿者 yonezawa : 19:31 | トラックバック(0)

2009年 09月 19日

Bunkamuraオーチャードホール

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 先だって発売された、ジェイク・シマブクロのライヴ国内盤ジャケットを描いた漫画家:谷口ジローさんと会場入り。
 ジェイク・シマブクロ in Bunkamuraオーチャードホールへ。

 ホールは超満員。
 ツアー中日の頃合いで、演奏的にもまさに脂ののった完璧な技量と色気の炸裂する申し分のないコンサートだ。
 たった一人で2時間以上のステージングをこなす舞台演出には、今回、スクリーン、CCDカメラを駆使したジェイク。
 アットホームな中に、針の穴を通すような繊細なリズムとメロディの機微。とにかく圧巻としか言いようがない。
 今回、初めてジェイクの(ガット)ギター・プレイも拝聴したが、そのスキルには嫉妬を抱くほど。見事。さすが。舌を巻いた。

 終演後、大勢の関係者が待ちわびる中、控え室にジェイク登場。
 ジェイクは谷口さんの描かれたジャケット原画を持参し、記念撮影の後にサインを戴いた。谷口さんも英語版のご自身のサイン入りコミックを贈呈。全編英語フキダシのコミックスにジェイクご満悦。
 冷静にコンサートの出来を確認するジェイクに、おいらは感じたままの印象を伝える。彼と同じ時代に生き、同じ音楽を共有出来る幸運に感謝しながら控え室を後に。

 今後彼は、国内ツアーのわずかな合間にも渡仏し、異国でのライヴを控えているそうだ。
 世界有数のこれ以上考えられないミュージシャンの一人:ジェイク・シマブクロ。今日も世界へ邁進中。 

投稿者 yonezawa : 14:48 | トラックバック(0)

2009年 09月 9日

下北沢 CLUB 251

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 午後6時、ヤングジャンプ30周年記念企画のひとつ「YJクロニクル」記事のため、編プロ:ライターによる漫画家:高橋ツトムへのインタビュー開始。
 彼がヤンジャン本誌に登場してすでに10年以上の月日が流れた。本誌へ執筆することとなった経緯より、質疑応答が始まる。

 2000年1月よりこのブログは書き記しているのだが、高橋ツトムとの出会いは99年以前のことなのですでに記憶も曖昧となり、初めて高橋ツトムと遭遇した日付は正確には思い出せない。
 しかし最初の遭遇がライヴハウス「下北沢 CLUB 251」での対バンだったことは明確に記憶している。
 漫画家:若林健次に誘われ、当時のおいらのバンド「パンクラ」で参加させて戴き、若林健次、おおひなたごうらとバンドを組んでいた高橋ツトムという漫画家を初めて認識した。

 それ以前、パンクバンドをやっていたという彼の突き刺すような眼光がまず印象的で、俗にイメージされる漫画家の雰囲気など1mmも感じさせない、初めて遭遇するタイプの男。
 ちなみに、もう1つの対バンには、今をときめく天才漫画家:二ノ宮知子のバンドも登場していた。
 
 『ALIVE』でヤンジャンに登場するのが99年からなので、そこから遡る1〜2年の間に編集者として彼を口説きにかかったという経緯だったか。
 高橋ツトムは今年デビュー20周年。ヤンジャンに描き初めて10年。
 本誌で描いた作品中3本が実写化。漫画から派生したメディア・ミックスは現在も尚延々続いている。
 申し分のない経歴を経て、年内にキャリアを総括する大型企画を勝手に妄想するこの頃。

投稿者 yonezawa : 19:04 | トラックバック(0)

2009年 08月 10日

Canon announces EF-S 18-200mm f/3.5-5.6 IS lens

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 サマソニに続く、本日の単独公演のため来日中のアロハ・フロム☆ヘル(ALOHA FROM HELL)ライヴ観戦のため代官山ユニットへ。
 客は、(見るからに)女子高生多勢を含む、その年代から始まる男女で占めていた。
 抑揚とか達観という言葉はまるで思いつかないものの、この年齢でしか為し得ないパワーと若さの炸裂する、ここ最近のライヴでも超ラウドなライヴだった。

 演奏中(ヴォーカル音声の技術的なイコライジングに問題があり)左耳がもたないほどで、延々耳をふさぎながら聴き入るという奇妙な状態で観戦。
 これまで最も若い取材対象者は、映画『小さき勇者たち〜ガメラ〜』に出演した当時14歳ぐらいの女優:夏帆ちゃんだっと記憶するが、今日の彼らはその次に若いかもしれない。

 元気、若い、一直線。
 世界一ビジュアルにうるさい民族だと言える日本人に、持って生まれた日本受ウケも充分見込める、彼らアロハ・フロム☆ヘルはどこまで突き進むか。
 本国のドイツ語ではなく、曲もMCも全編英語で貫く彼らには個人的には人ごとだとは思えない感覚を抱いている。ROCKは英語に限る。


 取材を終え撤収。取材流れで「中野フジヤカメラ」を目指した。
 「中野フジヤカメラ」とは、プロの間でも超有名だそうで、この店の価格は「中野価格」と呼ばれ、価格.comよりも、大型家電量販店よりもカメラの安値店としてその名を轟かせているのだと言う。
 フォトグラファー:Tからは、これまでこまめにアドバイスを乞うていた。
 ピーカン日よりに今のRちゃんをどうしても一眼レフで抑えておきたい衝動を、この2年ほど思い描きながら、選択したのはデジタル動画の環境構築が優先だった。

 日に日に成長するRちゃんを横目に、「今の時期はモタモタしていたらモノの数ヶ月で終わってしまう」と、日増しに長くなるアンヨを眺めながら、いつでも良質の物件に出会えば衝動的にでも買う腹づもりは出来ていた。

 「中野フジヤカメラ」では迷わずEOS/CANONの前に陣取った。
 プロフェッショナルモデルであるMark II、あるいはハイアマチュアモデル5D等、ど素人的には妄想がふくれあがっていたが、プロであるTの的確なアドバイス(その機能、いりませんから。その機能、まず使いませんから等)と自分のスキルを顧み、加えて予算の都合で踏ん切りをつけ、10年ほど昔に購入した同じシリーズとなるエントリーモデル「EOS KISS ×3」に本体は確定させた。
 そしてレンズは18-200mmをチョイスすることで落ち着いた。

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 周辺機器は、予備のバッテリー、レンズカバー、4GのSDカード、フード…そんなところ。
 軽さと機能性を重視し、変に気合いの入った機材では扱い勝手も悪かろうと己の面倒くさがりな性質も踏まえ決断した。

 機種にもよろうが、この一眼レフの動画モードは本気で映画並のクオリティで撮れるそうだ。
 静止画用のカメラであるが故、動画撮影の機敏性に関しては不備があろうが、きめ細かさの画質に関しては突き抜けてイイそうだ。
 カメラを買えば(その瞬間だけ)知識がついてくる。

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 店員にお願いし、事前にサンプル品本体にレンズを取り付け確認したが、レンズが2.8でなくとも充分に明るいし何の問題もナシ。
 さて、明日からどう撮ろうか。

投稿者 yonezawa : 18:16 | トラックバック(0)

2009年 08月 3日

hibari & Pixie Lott

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 ↑に倒れた。絶賛発売中!


 午前中、都内某所着。
 初来日中の美人シンガー:ピクシー・ロット、インタビューへ。
 長旅の疲れか、前日からかなり体調が思わしくない情報を関係者より得ていたのだが、登場した彼女はとてもプロフェッショナルな気持ちを持ち合わせていた。
 2パターンの衣装によるフォトセッションを経てインタビュー・ルームへ移動。

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 イギリスはケント出身の若干18歳。
 今流行の、リアリティ番組やオーディション番組などテレビのバックグラウンドなしでデビューシングルを全英シングルチャート初登場1位に送り込んだ、初のUK女性アーティストとのこと。
 ポージングを決めてスチール撮影を行った時の大人びた雰囲気とはうってかわり、テーブルを囲んで質疑応答する瞬間、等身大の彼女の笑顔はまさに年相応。とてもキュート。
 
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 デビューアルバム『Turn It Up』は9月に全英リリース予定(日本では10月14日)。 
 身長は180cm以上あるそうだ。

投稿者 yonezawa : 15:42 | トラックバック(0)

2009年 06月 29日

animelange

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 月曜日も毎週寝不足。
 起きる予定の時刻2時間前に、Rちゃんが「おきて、おきて、パパおきて」と夢の中を漂うおいらの右手を掴み、強制起床を呼びかける。「こっちきて、こっちきて」と鋼鉄の意志でリビングへ強制連行。
 最近の呼ばれ方は、「おったん」でなく「パパ」が定着してきた。
 
 Rちゃんの寝床に転がり込み、一緒に宇宙人の出てくる香港映画DVDを鑑賞(すでに20回程度鑑賞済み)。朦朧とした頭で、後1時間の睡眠を得るべく食い下がる。が、段々寝るテンションから逸脱し、最終的には彼女に屈服し、Rちゃんの要求したお遊びに豪快突入。

 午前中、地下鉄を経由し都内某所へ。
 来日中のアニメランジェの2人:ミアちゃん、ステファンのインタビュー取材の場所へ到着。

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 現在フランスで、本気の大人気を博しているアニメ「NARUTO」のノンストップ・ミックスを手がけたのが彼ら。
 日本のアニメを心から愛し、その気持ちを胸にもっともっと啓蒙したいオーラを放つ彼ら。ミアちゃんは驚くほど日本語が堪能で、ステファンの通訳も事実上彼女が行ったほど。
 本国フランス人から生の声を聞けば聞くほど、フランスにおけるアニメ「NARUTO」の人気はハンパじゃなかった。
 制限時間いっぱい、取材は滞りなく完了。アニメランジェ:ミアちゃん&ステファン、お疲れさまでした!

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投稿者 yonezawa : 01:44 | トラックバック(0)

2009年 06月 12日

朝日新聞

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 夕方、AERA(朝日新聞)の記者の方が来社。個室に籠もってたっぷり2時間インタビュー取材を受ける。同雑誌で特集を組む、とある記事に際しての取材であった。
 漫画出版業界に長くいながら、新聞社の方の知り合いは皆無に近い。
 インターネット社会に突入し、新聞社の今後のスタンスはどうなるのか、取材を受けながらのインタビュー後半、逆に質問させていただいた。
 普段、ICレコーダーを回し、あらゆる取材対象者のコメントを録っているが、自分にマイクを向けられるのは、なんだかこそばゆい感じ。
 とりとめのない話のどこをどう切り取り素材にされるのか、ゲラの確認が出来ないと言うルールの取材なので記事の出来上がりがまったく見えないが、質問に対しては、己で感じるまま真摯に正直に回答したつもり。

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 地元方面へ引き上げ、初めて飛び込んだ石焼き屋で食べたセット、美味。

投稿者 yonezawa : 19:32 | トラックバック(0)

2009年 06月 5日

キャス単独取材

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 都内某所、ヘイ・マンデーの紅一点:キャスへの単独取材日。

 関連サイトより
 「ヘイ・マンデー…フロリダを拠点とする5人組。アコースティック・ギターを弾きながら歌える紅一点キャサディーのキャッチーなメロディーとスムースな歌声にのせて届けられるのは、ティーンの心をキラキラとときめかすストレートな恋愛ストーリー! そして本作のプロデュースを担当したのはメトロ・ステーションやジム・クラス・ヒーローズらを手掛けたS*A*M&DAVE!彼らとバンドとのマッチングはカンペキ!また、アヴリル・ラヴィーン・バンドの元リード・ギタリストにして共作者であったエヴァン・トーベンフェルド(現The Black List Club)が「次のアヴリル」と評したり、日本の早耳ファンのブログなどでも、とにかくアヴリルやパラモア、アシュリーなどと並び評されている」
 
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 待ち時間の間、控え室でキャス使用のアコギで、ボストン「モア・ザン・フィーリング」をぽろぽろ弾いていた最中、別取材を終えたメンバーが入ってきた。
 キリの良いところで弾き終えるとメンバーからの温かい拍手喝采。ちょっと嬉しい。
 ヘイ・マンデーとの初邂逅を果たす。

 ロケハンで決めた撮影ポイントでキャス(キャサディー)単独特写に20分。
 インタビュー・ルームへ引き返し、彼女への単独インタビュー。

 カラッとしたティーンならではのフレッシュな後光をビシバシ感じ受けながら、昨日見たライヴの印象を伝え、取材開始。

 一つ一つの質問に、大変明確に、かつ柔軟性を含んだクレバーな回答を示すキャス。とにかく気持ちが良い。彼女はパフォーマンス同様、とても魅力的な女のコであることを伺い知る。
 若き優秀な日本人も沢山いるが、取材時に感ずるのは海外ミュージシャンの圧倒的な返しの巧さ。
 回答の質が違うと思えるほど。気が利くと言うか格が違うと言うか。

 欧米の若者は幼き頃よりディベート等に慣れ親しんでいるのだろうが、それにしてもいい大人顔負けの凜とした態度が素晴らしい。
 キャス、サンキュ!
 
 夜、音楽業界のTを連れ立ち、立川の重鎮ギタリスト:デカパンと数年ぶりの再会。初の面子で親睦会。
 
 杯が進む頃、思いついたように語り始めたデカパン兄の残念話にうなだれる。
 4,5年前、メインで使用していた年代物のレスポールを泥酔の末、帰途の途中無くしてしまったそうだ。
 気がついたら自宅におり、道中の記憶はまったく無し。一切覚えていないそう。
 他人事ながら究極に恐ろしい失態話に愕然とさせられた。道路に置いてきてしまったのか、酔って誰かにあげてしまったのか、本人の記憶はゼロ。…多分もう出てこないんだろうなぁ。

 ティーンの頃、福岡郵便貯金ホールで見たアン・ルイスのコンサート。
 そのステージにはデカパンがいた。
 ライヴを見た日、「こりゃ、外タレ見る必要ないな」と感じさせた程、圧巻のパフォーマンスを確信したものだった。
 あの日弾いていた、あのレスポール・サンバーストが紛失とは…再び呆然。

投稿者 yonezawa : 17:16 | トラックバック(0)

2009年 05月 1日

ICレコーダー

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 インタビュー音声は通常メインをICレコーダー、サブでMDにも録るのだが、昨日『カサビアン』のインタビュー音声を帰社後確認すれば、どうもレコーダー本体にセーブされていない。
 PCと接続すればデスクトップには先ほど録音されたアイコンが表示されるのに、機器本体からは消えている。
 見れば本体にはこれまで見たことのない「鍵」マークが。
 「これはおかしい!?」と事態を重く見、即ICレコーダーのメーカー(オリンパス)へ連絡。電話は即繋がり、丁重にアドバイスしてくださるサポート・センターの方が言うには、「その鍵のマークは本来表示されるものではない。初期化して元に戻すか、しかしやっても元に戻るのか現時点では判りかねる。今録音されている(ハズの)音声復元はおそらく無理だろう」
 概ね回答はそんなことだった。
 
 外部マイクを立て、MDも同時に回しているので事なきを得ているのだが、このICレコーダーの利便性からはもはや脱却出来ないほど、このツールの恩恵を受けている故、今日のトラブルは深刻な事件だ。

 過去、MDにしろトラブルは突然現場でやってきた。
 電子機器など信用するにあらず。
 4Gの新機種を購入すれば2万円以上。不測の事態を想定し、もう1台押さえで万全を喫するべきか。

投稿者 yonezawa : 00:30 | トラックバック(0)

2009年 04月 30日

カサビアン 昌原光一

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 昼下がり、都内某所着。
 イギリスのロックバンド『カサビアン』主要メンバー2名(サージ&トム)が来日。
 『West Ryder Pauper Lunatic Asylum』と言う不思議なタイトルのつけられた新作アルバムのプロモーションでやってきた彼ら。
 
 過去、レコード会社よりアルバム・リリースにあわせタイムリーな時期にプレゼンのあった『カサビアン』案件は数回あった。
 結果、ファーストの際は諸事情でNG。
 セカンドのタイミングでは大型タイアップが帰結。滅多にやらないが、外部ライターによる執筆で記事構成の運びに。
 そして今回、サード・アルバムのリリース、そしてサマーソニック09の出演を睨んだタイミングで、ついに彼らへの単独取材という局面を迎えた。

 レコード会社側の『カサビアン』に対するプライオリティは毎度揺るぎなきモノがあり、新作ごとに誌面交渉のため、担当者が粘り強く食い下がってくると言う案件の一つ。
 『カサビアン』は幸せだ。日本国内におけるプロモーターのモチベーションは充分なのだから。

 バンドのギタリストで『カサビアン』サウンドの鍵を握るサージは、人当たりの良いナイスガイ。
 バンド全体のサウンドよりも、むしろギタリストとして何を追求し、あのサウンドに至ったのか、極めて客観的な第三者的視線で質疑を開始。
 取材が始まってみれば思いのほか時間は短く感じた。

 日本でのアルバム・デビュー前にサマソニで初来日を果たし、その際、入場規制がかかったという彼らの最大限の持ち味は、きっとライヴ・パフォーマンスにあるのだろうと睨んだ。

 帰社後、怒濤の入稿。嵐の入稿。
 コミックス4C周り再校正、本文校正、本誌某コミック連載200突破記念の読者プレゼント賞品・物撮り、精算、5月末発売のインタビュー案件原稿の構築、先ほど撮ってきたばかりの『カサビアン』動画WEB業者への中継...と、いとま無き業務の数々。

 「GW前に夕飯でも」と、奇特なKさんに誘われ神楽坂で鮨。
 そのまま銀座のバーで軽く飲み、仕事に戻った彼とはその場でセパレート。

 新宿を経由し、明け方帰宅すれば郵便受けには漫画家:昌原光一の最新作『御誂 人情幕の内[壱]』献本が到着していた。
 昌原光一の記念すべき2冊目の著作本完成。
 他社からの出版ながら、おいらがビジネスジャンプ誌上で担当し、間違いなく入稿した作品も3本収録されている。
 才能溢れる、漫画家:昌原光一のさらなる世間的評価を祈るばかりだ。

http://www.amazon.co.jp/dp/4845838079

投稿者 yonezawa : 00:29 | トラックバック(0)

2009年 03月 16日

WBCと劇画・漫画原画展

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 少しの仮眠を想定しながらも、結局寝るタイミングを逃したまま午前5時からのWBC日本×キューバ戦観戦。
 前日、TBSでのニュース番組でたけしさんの語ったWBC関連の放送を見てしまったせいで、どうしてもライヴ観戦したくなった。
 相手が優勝候補のキューバで、あんな試合展開となれば野球音痴なおいらでも目が離せない緊迫感に包まれる。
 そもそも前年度優勝チームが日本なのだから、真っ先の優勝候補は日本であるハズなのに、本来の実力は他国が上回ると言う暗黙の前提で、各局のニュース番組は報道している感じだ。
 
 しかし…それにしてもキューバ先発のチャプマン投手は163キロの剛球左腕と聞いており、実際に画面越しにでもあの球を見てしまうと「ホントに日本人選手はバットに当てられるのか?」と大きな懸念を抱かせたものだが、侍ジャパンの精鋭選手らは頼もしく的確にヒットを放っていった。

 画面で見る限り、終始日本チーム選手の誰も目が笑っていない印象で、各選手の実力の裏付けと共に、浮かれ立った精神状態に誰もいないことこそが勝因の核であると思わせた。
 完璧と言ってもよい試合展開を確認し、キムチ炒飯を喰った後、寝不足なまま浅草へ。
 
 浅草公会堂展示ホールで開催中の『劇画・漫画原画展』を訪れる。

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 漫画家:昌原光一に誘われ、彼の原画も展示してある本会場を尋ねたのだが、おいらもほとんど知識のなかった昭和の伝説的劇画・挿絵画家:植木金矢先生の作品群を拝見出来たのは、ラッキーだった。
 編集者による画稿の天地指定も「寸」とか「尺」の世界で、白フチ文字にしても、写植なりロゴを上手に白フチを残して切ってあると言った昭和なシロモノ。
 すでにおいらが初めて漫画原稿を入稿した際の手法と、現代の最先端の入稿手法は時代の変革により変わってはきたが、この原画展にはほのかな懐かしさも覚えた。
 2007年、突然逝去された三山のぼるの原画も初観戦。
 
 かつてヤンジャンにも所属された大先輩編集者:Sさんも来場されておられた様子。

 昌原光一の原画の中には、かつておいらが写植を貼った原稿も数枚展示されてあった。
 おいらの担った『人情幕の内』の続編となる『御誂 人情幕の内』1巻を4月にリイド社よりいよいいリリースする昌原光一。さらなる飛躍を応援したい。

■劇画・マンガ原画展

●参加メンバー
植木金矢
李基成
一本木蛮
うゑださと士
一峰大二
加藤礼次朗
小林秀樹
近藤ゆたか
谷口敬
環望
ちばこなみ(粉味)
中田雅喜
朴鍾烋
深谷陽
堀内満里子
昌原光一
松本るい
森本さんご
三山のぼると三山家
横山えいじ

投稿者 yonezawa : 21:37 | トラックバック(0)

2009年 03月 6日

テニーシャ・ケリーな1日

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 いつの間に、また知らないTHIN LIZZYのライヴ盤が発売してる。
 オフィシャル商品でジャケ写違いの品を知れば欲しくなる病気はティーンの頃から変わらず。

 鬱陶しい雨模様の中、バス停に15分以上も待たされ、身体は冷え切り、同じく並んでいるこれからの乗客たちも到着の遅れるバスにイライラ。

 ギリギリのタイミングで都内某スタジオへ駆け込み到着。

 アルバム・リリース前から「エロカワ・激カワ・激キュート」等、色々優雅に謳われつつ、日本の着うた(R)と着うたフル(R)部門を現在大きく賑わしている初来日中の女性シンガー:テニーシャ・ケリーと初邂逅。Nice to meet you!
 彼女は前評判の通り、スタイル抜群のセクシーおねぇさんだった。24歳。

 例えるに、ちゃきちゃきの江戸っ子よろしく気っ風の良さか気持ちよい。
 とてもフレンドリーに相対してくれる彼女とは急激に和んだ。

 インタビュー&特写は久々の本格的スタジオ撮影となり、ライトの下でポージングをキメるテニーシャの姿を遠巻きに見つめる。
 おいらはWEB用の素材になればと、動画も同時に稼働。

 充分なフォトセッションを終え、速攻でインタビュー・ルームへ。
 くったくのない、かつ飾り気のないテニーシャは会話を進めるにつれて益々好感を抱かせた。

 特に今日の、目眩のしそうなほどセクシーな衣裳を身に纏った彼女の「普段はジャージの上下を来ているのよ!」と言う意外な発言を聞いたときには益々親近感が沸いた。

 気取り毛のない言葉はそのまま彼女の解き放つ魅力と直結し、こちら側には最善のプロモーション・サポートを決意させる理由を見いだしてくれる。
 取材を終え、次の取材に入る前、空腹を満たすべく口に頬張った食べ物をもぐもぐモグモグしながらのテニーシャと最後の握手を交わし、明日の再会を約束しスタジオを後に。

 帰社すると編集部は閑散。
 スタッフ全員社員旅行の地へ出かけ、フロアに編集者は誰もいない。

 たった1人、デザイナー:Mちゃんがおいらの予告記事を完成させた上で待機中。
 間もなく、デザイナー:Tちゃんから上げられたジェフ・ベック記事の最終確認を終え、Mちゃんと新宿へと消えた。

 最後のラーメンはおいら一人で喰ったもの。深夜のその時点で母親からの叱咤メールが確定。
 
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投稿者 yonezawa : 19:24 | トラックバック(0)

2009年 02月 25日

祈念

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 ハキハキしない天候が続く。
 昨日は随分久々に、うっかり電車に傘を忘れてきてしまった。不覚。
 
 午前の入稿を終え、映画『チェイサー』のナ・ホンジン監督インタビューのため恵比寿へ飛ぶ。
 本作を見るまでおいらは知らなかった韓国の映画監督で、一般的にもこの作品で広く認知された監督なのではなかろうか。
 凄まじいクオリティと迫力を有する映画の放つ熱に促され、試写後速攻でこの監督へのインタビューを即決した。
 若いホンジン監督は、猟奇殺人を描いた本編の狂気さとは裏腹に、とても物腰の優しい好青年。
 映像の裏に描かれた意図などを深く伺く機会を得られ、胸のつかえが晴れる一幕も。
 「ポン・ジュノ監督と比較をされることをどう感じている?」の問いに笑顔で回答してくれたホンジン監督。身内意識で日本での映画の成功を祈念し編集部へ帰還。 

投稿者 yonezawa : 09:25 | トラックバック(0)

2009年 02月 12日

3名の素敵なフランス人

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 フランツ・フェルディナンドのアレックスとポールへのインタビューは今回で2度目。取材は3回目となった。
 一昨日のZepp Tokyoのライヴを踏まえ、予定よりも2分前倒しでインタビュー、スタート。

 特にドラムスのポールはMANGAファンとのことで、前回も自らインタビューにエントリーしてくれた。
 今回も、ヤンジャン本誌絶賛連載中のSIDOOHコミックスを土産に、しばし漫画談義で盛り上がる。
 フレンドリーで、とても協力的な取材時間を提供してくれる彼らの優しさに今日も感激だ。
 フランツが売れる理由はそこにもあるように思う。
 
 取材を終え地下鉄帰社し新宿へ。

 ベルギーより来日中のダルゴー社のIさん、Kさん、そして翻訳家で友人のTさんが、待ち合わせのちゃんこ屋さんへ到着。
 フランス人3人においら一人。
 以前も、彼らと親睦会を開催した経緯もあり、多忙な日程の中、おいらと食事をする時間を捻出してくださり、彼らからのお誘いを受けたのだった。

 今日でなくとも構わない案件を来週にずらし、彼らと3度目の再会を果たす。
 日本の漫画がフランスの出版界をメチャメチャにした! と言う表現で、日本のコミックがいかに現地で売れまくり、これまで本国にあった部数の概念を根底からひっくり返してしまったと、前回の食事会の際伺っていた。
 
 それぞれの箸で同じ器の食材をつつくという、彼らからすれば珍しかろう鍋が本日のメイン・ディナー。

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 そんな日本ならではの常識にも全くの抵抗も見せず、上手に箸を使いながら最後の雑炊まで完食してくださった彼ら。気持ちよい。
 「一度は行ってみたかったけど、その勇気がなかったんです」と、ゴールデン街を指しておっしゃるので「ならば任せて!」と馴染みの店数軒を梯子。
 
 中でもフランス語ぺらぺらのママのいらっしゃる店:Jでは、彼らもさらにリラックスし、おまけにフランスから来日中のドキュメント映画製作チームのカメラマンら3名のフランス人も集い、狭い店内は英語と日本語とフランス語の飛び交う陽気な空間に。

 この場に映画人:佐藤睦雄も加わり、場は益々賑やかになった。
 
 「次回はフランスで乾杯しましょう!」とおっしゃる、Iさん、Kさん、そしてTさんのご提案が嬉しい夜更けだ。

投稿者 yonezawa : 01:29 | トラックバック(0)

2009年 02月 9日

The Ting Tings

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 都内某所にて、ザ・ティンティンズ単独インタビュー。
 ケイティ・ホワイトとジュールズ・デ・マルティーノの2人に初遭遇。

 (イメージとして)マンチェスター発の音とは思えないポップな彼らのサウンドは、本国でも日本でも成功し、いよいよアメリカにも飛び火する勢い。

 彼らのリード・トラックは日本のTVCMにも起用され、巷を賑わしている。
 ツアーを終えたばかりの彼らに肉薄する、取材時間45分が滞りなく終了。
 ジュールズのフェイバリット・ドラマーがジョン・ボーナムとスチュワート・コープランドと聞き、反論の余地無しと回答。
 フレンドリーな彼らだ。

 渋谷ESPでギターテク:Iちゃんに近況を窺い、その足でNHKホールへ。
 ジェフ・ベック単独東京公演最終日の会場へ到着。
 関係者入口で、世界的クラシックギタリスト:MKさんと待ち合わせ、1F席へ着席。
 すぐ後ろにはロックの生き証人で呑み達:Kさん、その前にはザ・ビートルズの権威として広く認知される:MYさんらの姿が。

 初日よりも幾分リラックスした赴きを感じさせた演奏は、ふんだんにアドリヴ要素を含んだアットホームな雰囲気。まるで彼らは本当の家族のよう。
 メニューは初日からは数曲変更が加えられ、比較的ハードでトリッキーな趣向となったライヴに感じる。
 いつになくオーバー・リアクションするジェフの姿を見るおいらは笑みが絶えない。
 こんな陽気な姿のジェフを見ることは珍しいぐらい。“身内”と化したメンバーとの化学反応が絶妙なプレイを引き出し、心の襞にズキズキ感動の楔を撃ち立てまくる。

 ドラムスのヴィニーがベースのタルちゃんをジェフの元に連れてきた際、彼女はノーメイクで現れたそうで、初対面のジェフにとっては12歳ぐらいの少女にしか見えなかったそうだ。
 「彼女、本当に大丈夫?」と危惧していたら、彼女はジェフの曲を全部覚えてきており、最初のセッションで「完璧だ!」と確信したそうだ。
 彼女のプレイを聴けばそのスキルが即座に認識出来た。

 アーミーバーを使った妙技、そしてボトル・ネック奏法の神髄。
 ジェフはガラス性のボトル・ネックを好んで使用する。
 1列目で観戦した悪友2名による目撃情報だが、初日のプレイでは床に(プレイを継続させるため故意に)落とした際、割っていたベック。

 倍音の出るハーモニックスをバンバン出しまくるジェフ。彼の真骨頂とも言える彼ならではのプレイと言えた。
 たった1音のハーモニックスで5音、6音の音程を一度に再現するのは、世界広しと言えどもジェフ以外に知らない。
 通常、5フレット、7フレット、9フレット、12フレット…このぐらいの場所しかハーモニックスはまともに出ないものなだが、彼は人類史上初めて2フレットだ3フレット4フレットでの倍音を出してしまうのだった。
 一つの偉大なる発明。
 ヴァン・ヘイレンもこうしたプレイの名手だが、ジェフのソレは今日も別格だった。

 終演後、今年65歳の御大を労う酒で乾杯。埼玉でのクラプトンとの共演、そして待望のDVDリリースの頃まで、現状のジェフ熱は続く。

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2009年 02月 8日

ジェフ・ベック単独インタビュー

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 午前中のうちに、取り置きしてもらっていた商品を山野楽器で受け取り一路都心へ。
 少し道に迷いながら、都内某所高級ホテル到着。

 2000年、2003年のロンドン取材に続き、3度目のジェフ・ベック単独インタビュー決行の時間が近づく。
 14時30分〜の取材が15分程度押したので、その時間まで昼食を摂り、指定されたインタビュールームへ移動。

 胸が高鳴る。
 14時45分過ぎ、前取材の朝日新聞がジェフの特写&撤収の最中、おいらも部屋の片隅でセッティング開始。
 今回、ジェフの取材許諾が出たのが、その2媒体のみなのだという。
 ギター及び音楽専門誌にすら、今回の単独インタビューに関しては掲載されない。
 
 ジェフは今日も素晴らしかった。
 幾度となく感じることだが、このひとときがたまらなかった。

 質問には、時にジョークを挟みながらも、中身はあくまで誠実に回答くださるジェフ。
 多くの日本人ファンがリスペクトしてくれる気持ちを歓び、感謝の言葉にしながら、まったく傲ることがない。
 常にリラックスする場に空気を導いてくれる人間性の深さは、彼のギター・プレイに比例していた。

 ジェフはジョークも可愛らしいし、きっといつでも実直だろうし、激しくシャイだと感じさせる。3回目の取材にして、ようやく彼との空間を見渡せる気持ちになれた。
 これまで彼との遭遇した時間は、まともに景色が見えていないほど高揚していたと記憶するからだ。

 宿泊ホテルでの再会を含めれば、都合4回目の邂逅となった今日の取材となったが、ジェフがおいらにとってギターの神様だと言う気持ちは、このまま死ぬまで永遠なんだと再認識・再確信。

 モトちゃん(サンキュ!)作成による、メッセージを記したシールを貼ったギタレレと、持参したおいらのオーダーメイド・ギター:ミュージックランダーをペケペケ弾きなさる神。

 この世で最も信じているギターの神様が、何もかも素晴らしいことに終始感激し、最後に労いの意を直接お伝えしながら取材部屋を後にした。
 感無量。Sスタッフにも大きく感謝。
 一路丸長に飛ぶ。

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 Rちゃんの年齢を伺い、Rちゃんを見つめた時のJEFFの優しい瞳は生涯忘れないだろう。
 今年65歳を迎える、ジェフ・ベックの全盛期は今も続いている。

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2009年 01月 6日

Rodrigo y Gabriela in 渋谷duo

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 CD『Live In Japan/激情セッション』(Rodrigo y Gabriela in 渋谷duo)の曲間をよーく聴けば、子供の泣き声が聴こえる箇所がある。
 この泣き声がRちゃんのモノなのか? 否か? ライヴに赴いた際、事実関係を知るおいらは微笑みながら拝聴した。
 
 急遽、本日前倒しで掲載枠の決まった映画インタビュー記事の構築に必死。
 昨年末に入稿の可能性もあった本企画だったので、取材日当日にテープ起こしからリライトと推し進め、原稿は1Pでも4Pでも対応出来る準備をしておいた。
 そのお陰で、今回の再構築リライト原稿はわずか1時間強で仕上げることが叶った。

 賛否は置いておくとして、ハリウッドのトップ監督の一人であるS.ソダーバーグが語ってくれた、ある意味映画とかけ離れたアウト・エピソードに興味深いものを感じた。

 それにしても、手持ちカメラで撮影し、せこい映像を撮る者と、臨場感たっぷりの映像を撮る者とハッキリ別れるカラクリの妙は、今だ解明ならず。
 ジャームッシュの手持ちカメラ、しかもHi8の映像が何故興味をそそり、ヒヤヒヤするのか、そのカラクリも言葉では説明がつかない。

 <2つのチェ・ゲバラ>『チェ 28歳の革命』は1月10日より、『チェ 39歳 別れの手紙』は1月31日より、日劇PLEXほか全国ロードショー。
 http://che.gyao.jp/

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投稿者 yonezawa : 00:18 | トラックバック(0)

2008年 12月 16日

Steven Andrew Soderbergh

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 午前中、都内某高級ホテルへ。
 インタビュー対象者は、映画監督のスティーヴン・ソダーバーグ。
 
 ソダーバーグと言えば、最初に好きになった映画が『Out of Sight』。この作品と出会った時期には『セックスと嘘とビデオテープ』と同じ監督であることを知らなかった。

 『Out of Sight』で初めて知った女優としてのジェニファー・ロペスのクールな出で立ちと言ったらなかった。
 多分以前にも記述した記憶があるが、オリバー・ストーン監督作『U-Turn』でのジェニロペとこの作品のジェニロペが、ジェニロペ史上最も素晴らしい。
 この大変な女優スキルがあれば、彼女は歌わなくてもよいように思う。
 
 ソダーバーグは今回、映画『チェ 28歳の革命』『チェ 39歳 別れの手紙』のプロモーションで来日。
 まだ若干と言ってもよかろう45歳のソダーバーグはとても優しいフランクな紳士。
 笑顔で握手を交わしながら、テレコをスタンバリ、最初の質問を伝えようとしたら、逆に彼の方から先に第一の質問を受けてしまった。

 「私の日本人の仕事上のパートナーは、日本人にとってもゲバラという人に対して、とても親近感を覚える人が多いと聞きました。私も彼らと話をする度にそんな印象を受けるのです。ゲバラは日本人にとっても、とても意味がある人物であるという風に。それはホントだとお考えですか? もしそうならその理由は何ですか?」
 こうした意味合いの質問を問うてきた。

 「彼を知れば知るほど、私も徐々にその人間性に惹かれ、入り込んでゆき、親近感を覚えたのが事実ですから本当だと思います。ただ、この作品を観るまで、チェ・ゲバラのことで知っていたことは、アルゼンチン人であること。医者であったこと。“チェ”と言う言葉は、「ねぇ君」などと相手に呼びかけるときに使う言葉であったこと。キューバ革命の中心人物。後はレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのアンプに描かれいる人。その程度の認識しかありませんでした」と答えた。

 取材は端的に合理的にスムーズに進行する。
 監督と言っても、2本併せて映画全編、彼自身がカメラを持ち映像を撮っているということを確認した。
 確かに、彼の撮った2本の映画のおかげで、随分チェのことが判ったような気分になったことは確かだ。
 ジョン・レノンに「世界一カッコイイ男」と言わしめたゲバラ。
 『チェ 28歳の革命』は1月10日より、『チェ 39歳 別れの手紙』は1月31日より、日劇PLEXほか全国ロードショーされる。

 音楽の話も伺えたし、本人に直接確認しなければその真相がわからない、あるファニーな問いの回答も得られたので実にラッキー。
 
 ソダーバーグにお願いされた、ある約束を守るべく、取材稼働最終日に再び本人に接見の予定。

投稿者 yonezawa : 13:24 | トラックバック(0)

2008年 12月 5日

Gary Cherone Nuno Bettencourt

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 たった4時間強の睡眠では酒が完全には抜けきれなかった。
 正午、篠崎誠監督へ「ご苦労さま」メールを送信しながら都内某ホテルを目指す。
 
 来日公演中、人気ハードロックバンド:エクストリームのゲイリー・シェローン、ヌーノ・ベッティンコートへのインタビューを行う。
 思いの他、雄弁に語るヌーノのシャレっ気たっぷりの回答が取材空間を和やかにする。
 一時期、ヴァン・ヘイレンにも在籍していたゲイリーは意外にも生真面目な印象だった。

 かつて全米を制したヒット曲を持つ、極太のハード・ロック・バンド:エクストリームは、今再びオリジナル的布陣に落ち着き、バンド結成以来最も充実したコンディションに満ちあふれていた。
 取材を終えたタイミングで、部屋からいきなりシンガー:真行寺恵里に電話。
 ヌーノとのフレンドシップの話は知っていたので、ヌーノからの直電として恵里に繫いでみる。驚く恵里、ヌーノの笑顔が印象的だった。

 ヌーノ、ゲイリー、サンキュ!

 帰社し、1/8発売のヤンジャン新年6特大号に掲載する「ザ・ファイヤーマン(ポール・マッカートニー&ユースのユニット)」のインタビュー4C原稿入稿。
 この記事は、おいらがポール・マッカートニーへメールで質問状を送信し、返信してきたメールを書き起こしたもの。
 メールが届いた瞬間、高校時代に『Back to the egg』を聴いた瞬間のときめきと似た種類の電気が背中に流れた。

投稿者 yonezawa : 20:28 | トラックバック(0)

2008年 11月 29日

高嶺の花

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 午後の便で福岡へ。
 諸事情あって、たった1泊怒濤のスケジューリングで現地入り。
 今日の仕事を無事に終え、『鮨 田可尾』で飯。
 締めた肴類が、江戸前のそれらとなんら変わらなく引けを取らない。ネタのバランス良し。まっとうな寿司屋が極めて少ないと聞く、ここ福岡で貴重な名店を知る。

 来たからにはやはり行っとくべと、飛び込みで入った屋台で、豚バラ、豚足、砂ずり等を食す。東京でたまに見かける「煮ただけの豚足」は見た目がグロく喰うのも微妙だけど、福岡の豚足は炙って焼き色がついて香ばしい。
 即座に気持ちが18歳時分に引き戻された。懐かしくってやっぱり美味い。未だになぜ東京でこのスタイルの豚足と遭遇しないのか疑問だ。

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 宿泊先のホテルに一旦引き上げ、やり残した取材事項の原稿を整理し、ついでにしばしの休息。
 仕切り直しの夜食にと、『一竜』で豚骨ラーメン。麺激細。美味い。

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 さらに居酒屋で芋焼酎を流し込み、続けてその足で場所を中央区へ移し、飛び込みの居酒屋で食べたもつ鍋がまたナイスな物件だった。
 特にチャンポン麺を入れた仕上げの一品は、単独のラーメンとしても充分成立する良き赴きだ。

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 中学時代の友人:Fと相当深い深夜に合流し、いい加減満腹なコンディションで部屋に引き上げつつ、近況及びささやかな今後の希望を語り合う。
 「誰誰と飲みたい」「ならばその時間を作るための努力をしようじゃないか」語り合う内容は、大概そうした方向のものだ。

 中学時代、(講堂のみで)体育館のない学校だったせいもあり、今思えば信じられない環境だったが、おいらたちは野外で部活のバスケットをやっていた。
 同じくバレー部も野外で部活をやっていた。

 当時、女子バレー部に在籍されていた長身の美女:Mさんは、大勢の男子生徒のあこがれの的であったことは紛れもない事実だった。
 彼女は、多くの男子生徒からすれば高嶺の花で、おいらにすれば、話なんかする度量もゆとりもまったくなかった。
 おいらのことなど知りうる機会などなかったろうそんな彼女が、昨今の同窓会の流れをして、このブログをたまに覗きに来てくれてることをFさんから伺った時には、なんだか心が温かくなった。
 
 「たまには飲もうや」と考えさせる旧友との邂逅は、間違いなく精神に安堵を与える瞬間なんだと思う。
 以前、超有名漫画家:○口○史先生に「米ちゃんの友達はいい人ばかりだね」と言われた時の嬉しさは、ナニモノにも代えられない歓びの瞬間だったよなぁ。

 しかしどうでもいいが、今日の夜だけで5回晩飯を喰った計算。

投稿者 yonezawa : 02:04 | トラックバック(0)

2008年 11月 23日

お台場

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 午前8時頃から目覚め、昼前には昼食の準備。
 オムライスにキャベツ&トマト・サラダ。田舎から届いたごま昆布と梅干しを付け合わせに、ゆうべの残りのスパサラを添え、わさわさ食事。
 正午過ぎ、急遽入稿することが決まった記事構築のため、編集部でデスクワーク。
 原稿書きと打ち合わせと終え、デザイナー:Tちゃんに最終デザインを託し、そのままお台場へ。

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 速攻で『JUICE JACK CAFE』のメニーカシス 630円(スムージー)を飲んだ。
 冬に備え、Rちゃんのジャケット他を購入し、『青龍門SEIRYUMON』で腹ごしらえ。

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 夕方、ZeppTokyoで行われたMTVのライヴ・イベントへ。
 開場は本気で満タンに埋まりきっていた。
 2F席1列目の最高の場所から、冒頭1時間登場したイギリスの新星:カイザー・チーフスのライヴを観戦。
 頭上で拍手をする観客を2F席から眺めると、ゲーム等で観衆を表した同じシーンと何ら変わらない映像だった。
 カイザー・チーフスはレコードよりもライヴの方が印象は断然よかった。
 明日は、都内某所で彼らへの単独インタビューを行う予定。

投稿者 yonezawa : 02:41 | トラックバック(0)

2008年 11月 20日

世界で一番格好良い男

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 机の前に座り、いくつかの取材案件の材料をその日のうちに、一気にまとめてしまおうと思い作業に取りかかると、時間経過はあっとう間。

 かつてジョン・レノンに「世界で一番格好良い男」と言わしめた男。
 生きていたら80歳。
 07年10月8日、没後40周年式典や追悼式典がキューバのサンタクララなどで行われたのが、あのチェ・ゲバラだ。

 周りの景色は何も目に入らないまま、結局午前4時までのデスクワークとなった。
 

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2008年 10月 22日

ケイティ・ペリー/鍋

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 渋谷WOMBは、渋谷のホテル街に位置するとてもへんぴな場所にあるグラブ(らしい)だ。
 ケイティ・ペリーのことを、あのマドンナが賞賛したという情報を得ていたので、その真意を確認するべく会場へ。
 「ケイティ・ペリー/ショー・ケース・ライヴ」

 1Fで近々結婚するというおめでたい、E社:Nと遭遇。
 2F関係者スペースで、思いの外パンキッシュな彼女のパフォーマンスを体感。
 ミーグリには時間の関係で参加せず。

 そこから、わずか徒歩1分程度の場所にある鍋専門料理屋へ。

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 前々から伸び伸びとなっていた、W社:M&Nとの会食がようやく実現。
 おいら担当となって初めて相対する空間を共にしたNと、折に触れて連絡を取り合う、おいらにとっての重要な意見交換主:Mとの空間が、毎度の事ながら心地よい。

 それぞれの業界周りののっぴきならないあり方やら、プライベートな重要話やら、話題はM&Nの機転が快適な分、回転するように転がり続ける。

 相手に会う時、何も考えずになりゆきで語り、なりゆきで飲む。
 これが出来る関係が、最も芯のある、いうなれば真の友という意識だ。

 美味しい鍋を大いにご馳走になってしまってやや恐縮だが、連中との酒はまだまだ定期的に続けてもらうのだった。Thanks!!

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2008年 10月 17日

DragonForce

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 午後、都内居某所でイギリスのメロディックスピードメタルバンド:ドラゴンフォースへのインタビュー。
 対象者は、バンドの鍵を握るギタリストの2人。

●サム・トットマン - (Guitar)(イギリス生まれニュージーランド育ち)
●ハーマン・リ Herman Li, 李康敏 - (Guitar)(香港出身)

 関連サイトの彼らを評する表現に「誰も到達したことのないエクストリームな音数とスピードで現代のメタルシーン随一のスピード・スターと称されている」とある。
 早送りのようなギター・ソロが少し滑稽なニュアンスもあるのだが、ヒットチャートのリアクションの好調さをレコード会社:担当に力説され、今回取材を引き受けることに。

 アイバニーズの特注カスタム・ギターが世代の若さを感じさせる。
 なにはともあれ、大変な鍛錬によってあのギター・テクニックを身につけたことだけは賞賛。
 ナイスガイなサムとハーマンだった。

投稿者 yonezawa : 20:47 | トラックバック(0)

2008年 10月 1日

LEZ ZEPPELIN

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 熱に浮かされた青春時代の心模様を言い表す意味合いの「微熱」ではなく、風邪にかかった発熱を差す、そのまま「微熱」のコンディションのまま、立ちはだかる仕事に体当たり。
 熱に侵された脳のまま文章を書けば天才的な閃きがあるのでは!? っと淡い期待を抱くものの、勿論そんな都合の良い現象は起こらない。
 
 ああ〜昨日、伊丹兄から「松茸食い放題の会へ来んさーい」とお誘いを受けていたことが、とにかく心残りで仕方がない。大失態。
 その現場でたらふく平らげたと思しきマイミク:Iさんの日記は、もっと体調がよくなってから読むことにしよう。

 夕方から予定しているLEZ ZEPPELIN in 渋谷クラブクアトロ観戦のため、そこまで出来る仕事をずんずん推し進める。
 時間はあっと言う間に押し迫り、開演時間3分前に到着。
 関係者席の隣には、昨年ロンドンはO2アリーナで本家のライヴを共に観戦した音楽評論家の重鎮:渋谷陽一さん。
 ご挨拶を交わすと、隣にいらっしゃったこれまた音楽業界の重鎮らしきHさんをご紹介いただく。
 横並び(離れて3m)には、かなり異様なノリで観戦していた人がいて、ライヴ同様気になっていたが、ライヴは(良き意味の)想像したまま、ツェッペリンの美味しいところ取り的選曲で、彼女たちは魅せてくれた。
 ライヴには何の問題もなかったし、とても楽しめたコンサートの一つとなったわけだが、さきほどの向こう隣の日本人某客が、無差別に知らない相手に難癖をつけ、掴みかかり、明らかに一方的な喧嘩を仕掛けていた。ラリっている類の行動だ。
 一時そのスペースが混乱を招いたものの、最後にもみ合いになっていた外人客との、その後の展開は、ライヴ中だったこともあり、暗がりの中、判らないままだった。
 セイン・カミュ似の、その外人客はとても気の毒だった。

 さてLEZ ZEPPELIN、4人とも女性でありながら、健気なほどに一生懸命コピーに勤しんだだのろう。おいらもいくつか曲をさらった経験があるので、曲をそれなりの完成形に導くために、どれほどの鍛錬なりアンドゥが必要なのか判る。
 Wネックも、ダンエレクトロも、テルミンも、ドラもたっぷりツェッペリンしていた彼女たち。ホットだった。
 明日の彼女たちへのインタビューがとても楽しみ。
 それにしてもおいらのコンディション、発熱を引き摺らず、一応治まってくれてホッとしたぜ。

 終演後、ラーメンでも喰おうと考え、カメラ:若林広称(スウィープ☆)に電話しようと携帯を手にしたら、すでに彼は仕事の仕込みで帰社した模様。
 後、彼からメールが届いたのだが、そのメールにはこう書かれてあった。

「カメラを片付けていたら、鼻を噛まれて血を垂らしていた外人が『警察呼んでくれ!』って言ってきましたよ。」

 ライヴ会場目の前にあったつけ麺屋に飛び込む。
 丁度、おいらの直前で満席になり、食券を買ってしまったおいらは一瞬並ぶことに。
 すかざず店員に「食券は先に預かります。麺は温かいものと冷たいものと、どちらになさいますか?」と問われたので、食券を渡して「冷たい方で」と回答。
 最中、目の前の2人の客が「すいませ〜ん」定員を呼ぶ。「あの、おれは●●を注文して、彼は○○を注文したんですけど、このつけ汁、同じ味がするんですけど。この処遇に大して何か出来ますか?」といったクレーム。
 店員が空いたカウンター席に座れと言うので、言うまま座ったら、ほんの3分前の同じ店員が「食券をください」と言った。「さっきあなたに渡しましたよ。あなたに言われて」と回答。こんな狭い店で3分前のことを、この若い女性はもう忘れているのか!と呆れた。
 すでにこの店に入ってしまったことを大きく後悔。
 するとカウンターに並んだ別の客が「すいませーん。もう食べ終わるんですけど、味つきタマゴはまだなんですか?」と、結局何もかもこの店の手際は最低だった。
 店の配膳要員は、どこも見ずに何も考えずに、ただ存在しているだけの様を認識し、極力急いで食べ終え、店を後に。
 帰社後、結局午前4時までのデスクワーク。なんともノリの悪い1日。

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投稿者 yonezawa : 14:02 | トラックバック(0)

2008年 09月 20日

西新宿

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 休日返上で今日も仕事。
 夕方19時、西武新宿駅界隈の待ち合わせで、某ライヴハウス2軒のロケハンへ。
 編集:I、デザイナー:Mちゃん、お初のフォトグラファー:Tさん集合。

 思い描く誌面の映像を踏まえ、数十分のロケハンと打ち合わせで、タイ料理屋:バンタイへ。
 車でやってきたおいらは不覚にも1人だけ飲めず、どうしていいか判らないままウーロン茶を3杯。
 久々の辛い品々を豪快に平らげた。
 後輩ながら、常に的確なアドバイスをおいらに投げてくれるMちゃん、新たな企画を温め、常に斬新なチャレンジを目論む編集:Iの野望はとても心地のよいものだった。

投稿者 yonezawa : 23:16 | トラックバック(0)

2008年 07月 25日

The Presidents Of The United States Of America

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 祝来日! The Presidents Of The United States Of America!!!

 本日から始まった、苗場FUJI ROCKフェス08の昼間グリーンステージに登場したのは、おいらの音楽人生にもたっぷり影響を与えたザ・プレジデンツ・オブ・ザ・ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカ。
 彼らは明日、いきなりドイツへ発つそうで、ライヴ後の夕方、早々と都内に帰京した模様。
 つまり、通常はあり得ない夜の時間帯での単独インタビュー敢行となった。
 
 1990年代、400万枚のセールスを記録したデビュー・アルバムは、おいらにすればザ・ポリスのファースト並に衝撃を与えてくれた。
 有名な話ながら、ベースは2弦、ギターは3弦。バンドで合計5本の弦で演奏を繰り広げる彼らのスタイルは現在も変わらない。
 新作もこの弦の本数で演奏しているそうだ。なんて奴らなんだ、まったく!

 彼らのファーストは、当時何人の人たちに啓蒙したことだろう。

 一見、コミカル的に見間違いそうなバンドながら、昔から彼らの演奏スキルはとんでもなく突き抜けており、これは解る者が聴けば一聴瞭然。
 とてつもなく演奏技量の高いバンド。かつ、書く曲書く曲の楽曲クオリティの高さは舌を巻くほどだ。
 3人それぞれが1分程度のタイムラグで取材部屋に訪れ、正味50分間、インタビュー時間をメインに取材を推し進めるのだが、1クエスチョンに対してほとんど回答が脱線する展開で、その逸脱したエピソードに空間は爆笑に包まれる。
 そのせいで、用意した質問は巧く消化出来ない部分があったものの、一つの質問から派生した展開がとても温かい空間を彩っていた。
 とにかくサービス精神も満点。90年代前半頃の自分なら、大リスペクトする彼らを前に、さぞ舞い上がっていたことだろう。感激だった。
 新作『These Are The Good Times People』の完成度にニヤリ。
 捨て曲のないアルバムにして、14. ディリーター / Deleterのエピソードに笑った。
 それにしても腰にくるクールなリズムとアレンジとメロディだ、まったく。

 そして、3人が思い思いの感性で、速射砲のように語る内容を、異様なスピードで通訳し、対応してくださった@サムさんの技量が、今日の滞りなき取材を支えていた。
 
 取材空間としてはこれ以上ないほど抱腹絶倒の空気に包まれた、心地良き時間はあっと言う間に過ぎ去り、フォトセッションを終えて、読者への動画メッセージを戴き、次回の再会を約束して取材部屋を後に。
 彼らと同じ時代に生きることが叶った奇跡に感謝。
 ロック・ミュージックは、リスペクトと友情の歴史。
 まさに、おいらの座右の銘とも言えるこの認識をほのかに感じた。
 世界で最も優れたトリオ・バンドの一つ:ザ・プレジデンツが演奏を続ける限り、永遠に追い続けてゆくことだけは決まっている。


51Lta3RKqiL._SS500_.jpg 2008/06/11 Album
『These Are The Good Times People』
ザ・プレジデンツ・オブ・ザ・ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカ / The Presidents Of The United States Of America
TOCP-66800 ¥2,500(Tax in)

01. ミックスト・アップ・S.O.B. /
 Mixed Up S.O.B.
02. レディバグ /
 Ladybug
03. 牙を研げ /
 Sharpen Up Those Fangs
04. モア・バッド・タイムス /
 More Bad Times
05. フレンチ・ガール /
 French Girl
06. トラックストップ・バタフライ /
 Truckstop Butterfly
07. 幽霊がいっぱい /
 Ghosts Are Everywhere
08. ルース・バルーン /
 Loose Balloon
09. フレイム・イズ・ラヴ /
 Flame Is Love
10. ソー・ロー・ソー・ハイ /
 So Lo So Hi
11. カメの唄 /
 Poor Turtle
12. ロット・イン・ザ・サン /
 Riot In The Sun
13. ウォーヘッド /
 Warhead
14. ディリーター /
 Deleter

BONUS TRACK
15. ファイア・ザ・パイロット /
 Fire The Pilot

www.emimusic.jp/international/artists/pusa/

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2008年 07月 18日

めりけんや

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 入稿を終え、ライヴ観戦の前にJR恵比寿駅構内にある「さぬきうどん NRE&めりけんや」で素早く軽くざるうどん。
 昔からこの店の噂は聞いていたが、初めて喰った。
 確かに「はなまる」よりも麺に腰があって美味しいかも。
 大阪外大の学園祭に行ってた20年以上昔、阪急そばで喰ったうどんは美味かったなぁ。
 大阪の街の人たちに、美味しいうどん屋さんを伺えば、ほとんどの人が「手打ち」とか高価なうどんよりも、そこら辺の立ち食い店の方が美味いとおっしゃる。
 
 リキッドルームでマーティ・フリードマンのライヴへ。
 マーティには、先日のチープ・トリックの記事作成の折、コメントをいただいた経緯があった。
 耳が痛いぐらい大爆音の中、おいら少し居眠りしてしまう。知っている曲は1曲もなかった。ゲストの太鼓の人はテレビで一度拝見していた方だったが、アンコールで登場した女性ヴォーカリストは誰だったのか。
 個人的には、マーティのプレイはテレビで観る、何の音楽にも対応する超絶技巧の方がタイプ。
 ライヴのMCがすべて英語であることが、妙に不思議だった。
 
 終演後、駅へ向かう前、先ほどのうどんがよほど消化が良かったのか、「阿夫利」で辛口つけ麺1杯。
 駅界隈のF1屋で『マッハGOGOGO』のリモコン模型を発見。迷って衝動買い。
 

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2008年 05月 8日

ショーケース

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 六本木ヒルズ:グランド・ハイアットで行われたレオナ・ルイス:ショーケースライヴ鑑賞。
 現在、日本でも15万枚以上、世界のトータルでは500万枚以上を売り上げたファーストから数曲披露。
 現地で、S社:ENと遭遇。また入場前、偶然某有名女優の所属事務所社長と遭遇。

 打ち合わせの場へ電車移動する前、青山ブックセンターで文庫本2冊購入。
 ハードカバーで購入しながらいまだに読んでいない『ベルカ、吠えないのか?』が文庫化されたので勢い購入。
 帰社しKTさんと神楽坂へ。Yさんの料理喰って新宿経由で帰宅。

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2008年 05月 5日

LEONA LEWIS

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 昨日も今日もはっきりしない天候。井の頭通りは都心まで空いていた。
 東京ミッドタウンの33階で、映画会社:GAGAのIちゃんと、我が家のRちゃん初対面。
 Rちゃん、あっと言う間にIちゃんと和んでくれて嬉しい。今日の深夜の便で、あのハリウッド・スター:シルベスター・スタローンが映画『ランボー』プロモーションのため成田に到着するそうだ。
 わずかの時間だったが近況を伺い、おいらは取材の地へ。

 GW中の今日は取材日。
 夕方から、UKの新星:レオナ・ルイス取材のため某所へ移動。
 レオナ・ルイスはこの数日間の間、テレビ、ラジオとプロモーションでガンガン電波メディアに露出中。
 彼女はUKのオーディション番組に登場しプロデビュー。UKではすでにファースト・アルバムを200万枚以上売り上げており、アメリカでも初登場1位を記録した。
 若干23歳にしてスーパー・スターの座を射止めた正真正銘のシンデレラ・ガール。
 日本では、早速(よく知らないのだけれど)着うたNO1獲得とかで、日本でも4月23日に発売したばかりの1st.アルバムは、すでに売り上げ15万枚を突破しているそうだ。
 この実績と、UK、USの音楽業界関係者が渾身の力を込め、どえらい規模でこの新人女性歌手をプロデュースし、プロモーションしている様は間近で知っておきたかった。
 その才女を目の当たりにしてみたかった。

 30分押しのスケジュールでレオナ登場。特写〜引き続きインタビュー開始。
 アルバムではダイナミックかつ優雅な歌声を聴かせる彼女だが、インタビューで語る声はとても繊細で声が小さい事が意外な感じだった。
 でもそのギャップが、肩肘を張らない等身大の至ってノーマルな女性の印象を与え、好感を抱かせた。レオナはとても落ち着いた物静かなコだ。

 1年間かけてじっくりレコーディングされたと言うアルバムには数曲のカヴァーも収録されているが、すべてが彼女のオリジナルに聴こえた。
 ギターとピアノは少しだけやれるそう。

 時間一杯、とても丁寧に質問に答えてくれたレオナ。及ばずながら、おいらなりに最大限にサポート出来ればこれほど嬉しいことはない。
 レオナはマインドまで可愛いかった。
 お別れのご挨拶のわずかな瞬間、ときめくレアな一時を経て取材部屋を後に。

 場所を東京ミッドタウンへ。飲食店へ入ろうと数軒覗くが、B1以外のフロアは子連れOKの店が皆無な雰囲気で、2F、3Fのどの店もどの店も午後6時前後の時間帯なのに「満席でお断り」的文面を店頭に掲げ、ある程度並ぶ事も拒む勢い。
 全然ダメダメな飲食店を認識。この界隈ではよほどのことがない限り喰いに入ることはなかろう。
 ちっとも面白味を見いだせないミッドタウンを遠く離れ、馴染みの店で激美味のカレーを食す。

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2008年 04月 17日

上原ひろみ

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 世界的ジャズ・ピアニスト:上原ひろみ取材のため、夕方、都内某スタジオへ。
 本当の意味で、「世界的」という肩書きに相応しい、まさに世界を股にかける活躍をする彼女。
 上原ひろみのCDは逆輸入盤として日本国内ではリリースされている。
 オスカー・ピーターソンやチェック・コリア等の巨人と競演もしてきた天才ピアニストは、法政2部ジャズ研究会出身。
 通称“2ジャズ”には、おいらも23〜24年ぐらい前に特例としてギターで参加していた経緯もあったので、その旨を彼女に伝えたところ、OB会で会ったという、おいらの知る後輩の名前も出てきたので驚いた。
 トリオ編成から最新の4人編成のバンドとなり、5月には新作リリースを控える。
 新譜では、スタンダード・のカヴァーも数曲あるのだが、ジェフ・ベックのカヴァーという選曲にまずは惹かれた。彼女はギタリストが好きで、特にジェフ・ベックやらザッパのファンなのだそうだ。
 新譜はギタリストのインスト・アルバムという言い方も出来るような、トータル・バランスの優れた仕上がりとなっており、2005年のFUJI ROCK出演頃から、一度は彼女にお会いしたいと願っていた。今日は念願が叶い嬉しい。
 天才で謙虚。上原ひろみは日本の誇りだ。

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2008年 03月 9日

SWAN LAKE KTタンストール

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 寝られない午前7時過ぎに、最新原稿の上がり時間を最終確認。
 予定より45分のずれ込みで無事upした原稿を拝受し、正午より閑散とした編集部でせっせと入稿。
 五反田ゆうぽーとで行われた『SWAN LAKE』公演の優雅さに浸る。
 舞台は4幕に分かれ、それぞれの見せ場が華やかで躍動的だ。
 相変わらず素人の感覚丸出しの目線ながら、ソリスト、複数のダンスによるシーン・シーンが見る者の中に色濃い足跡を残してゆく。
 オーケストラの生演奏はやはり深い。
 ユニゾンで奏でられる弦楽奏はロック・ミュージックにも取り入れたいところ。
 胸にしみるチャイコフスキーの名旋律が、クラシック・バレエ不朽の名作である演出効果をぐんと押し上げていた。

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 夕方、品川ステラボールへ移動。
 同胞女性ミュージシャン:KTタンストールの来日公演観戦。
 KTのステージは一昨年のFUJI ROCK以来。
 結論から言えば、ステージングはこれまでで最高の出来映えだった。
 そもそもクオリティの高い楽曲の素晴らしさを明確に証明する素晴らしいライヴだった。
 もはやループ・ペダルは彼女の代名詞。あれほど効果的にクールに使いこなすミューシャンは世界広しと言えども、彼女以外他に知らない。
 大満足のステージを拝聴し、しばしの待機後控え室を訪れた。
 再会を喜び合い、ステージの素晴らしさを労った。KTは心も温かい。

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 控え室を後に引き上げる途中、ふと前方を見ると元コア・オブ・ソウルのLOVE(中村蕗子)が!
 偶然、コア・オブ・ソウル/ラスト・ライヴ以来の再会を果たし感激。
 つい先日、ソロとなった彼女のアルバムを入手したばかりだったので、奇遇な遭遇が嬉しかった。
 品川界隈〜五反田で、本日1日のおさらい焼酎で乾杯。 
 

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2008年 03月 7日

COLBIE CAILLAT/インタビュー

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 都内某所、コルビー・キャレイへのインタビュー取材へ赴く。

 20分押しの流れで取材部屋にコルビー登場。
 彼女はインターネットのマイスペース上でオリジナル曲の1000万プレイを獲得し、レコード契約のない歌手のナンバー・ワンになった。
 やがてメジャー・レーベルも動き出し、彼女はユニバーサルと契約。
 ネットのヒット数なり、閲覧回数等がレーベルを動かしている現象はアメリカでも顕著となっている。
 穏やかな取材時間が流れる。コルビー・キャレイの1st.アルバムは3月19日発売。
 おいらは中でも#5:Feelings Showが好み。

 取材終了後、一旦入稿のため帰社。
 ジミー・ペイジ御大のインタビュー原稿を印刷所に放り込む。このインタビュー完全版はヤンジャンのオフィシャル・サイトに掲載予定。
 以前行った取材分のインタビュー掲載アドレスは以下の通り。
http://yj.shueisha.co.jp/special/hmsb/
http://yj.shueisha.co.jp/special/alesha/

 ヤンジャン16号(3/19発売)から1ヶ月間の限定で、チープトリック/リック・ニールセン/インタビュー完全版をWEB掲載予定。
http://yj.shueisha.co.jp/special/rick/
 ヤンジャン17特大号(3/27発売)から1ヶ月間の限定で、ジミー・ペイジ/インタビュー完全版をWEB掲載予定。
http://yj.shueisha.co.jp/special/jimmypage/


 夕方、日比谷:東京會舘へ。
 夢枕獏事務所:N氏と待ち合わせ、日本SF大賞、大藪春彦賞の授賞式パーティへ。
 会場で獏さんと遭遇し、小一時間情報交換。獏さんは今日も明日もパワフルで魅力的だ。

 夜、MSと待ち合わせ、数ヶ月ぶりの再会を果たす。
 本当に積もる話が目白押し。しかしこの貴重な機会に何を語ろうかと、ともかく速射砲のように語り明かした。内容はやはり行き当たりばったり。
 久々にゴールデン街へと迷い込み、Tと、偶然店に遊びに来ていたその姉:Aと合流。

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2008年 03月 6日

COLBIE CAILLAT/ショーケース・ライヴ

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 コルビー・キャレイなる新人シンガーのショーケース・ライヴ会場:渋谷DUOへ。
 彼女はカリフォルニア生まれの22歳。
 昨年リリースしたファースト・アルバムがアメリカで100万枚以上の売り上げを記録した。
 DUOに訪れた観衆の数は、おいらがこれまで体験した中で最も大勢であった。
 関係者用に設けた2F席の階段に辿り着くまで、ものすごく大汗をかく。
 まるで超満員電車の詰め込み状態で、大げさな言い方じゃなく本当の満員電車の中を1/2車両分移動するような状態だった。
 満員電車ほど嫌な場所はない。
 
 パーカットションとアコギ2本、時にそこにコルビーのアコギも加わるような編成で、温かいカリフォルニアらしい風を感じるトラックを数曲拝聴。
 演奏後のミーグリ時に、媒体用サービスの意図で記念撮影。おいらは明日のインタビュアーの一人である旨を彼女に伝え、会場を後に。
 かねてから約束だったT氏と新宿で待ち合わせ、かなりの優良物件である名店:Hで乾杯。
 さらに五反田でMと久々の再会を果たし帰宅。 

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2008年 01月 30日

JIMMY PAGE 単独インタビュー(当日)

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↑JIMMY PAGEさん、ここに腰掛けました。

 都内某高級ホテルの一室に到着。
 あと30分もすれば、この部屋にLED ZEPPELINのJIMMY PAGEがやってくる。
 2台の録音機をセッティングし待機。こんな気持ちは初めてだ。

 やがて、10分押しのタイミングで御大の到着。一生モンで究極の取材が始まった。

 海陸先生に英文翻訳いただき、完全構築していただいたおいらの気持ちの詰め込まれたメッセージをまずは差し上げた。
 約束の取材時間はわずか。速射砲のように、矢継ぎ早に質問を投げかける。
 JIMMYの回答は逐一親切丁寧で、1クエスチョンに対して回答が長い。
 想定した質問の1/30も消化出来ないそもそもの時間枠ながら、かなり貴重で重要なコメントをガンガン拝受。
 
 なんたる時間、なんたる空間、なんたる現実。
 「この人は本当に現実に存在しているのだ」という当たり前のことが頭でグルグル渦巻きながら、彼の真摯な回答に耳を傾けた。
 「あなたが、この世のすべてのギター・リフのオリジナル創造者である。」この想いに彼は「そんなことないよ!」となんなく回答。
 そんなことありますって。

 果てしなく魅力的な紳士であった。
 果てしなく魅力的な音楽人であった。
 果てしなく魅力的なギタリストであった。
 果てしなく魅力的なプロデューサーであった。
 果てしなく魅力的な創造者であった。

 インタビュー終了後、直接彼への、彼の作品への、彼のギター・プレイへの愛情をお伝えすることが叶った。
 彼はおいらよりも一回り大きな身体でビッグ・ハグ。奇跡の空間であった。

 JIMMY PAGEと同じ時代に生きることが叶った幸運に心より感謝。
 祝杯はAと吉祥寺乾杯。たまらない赤ワインだ!

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2008年 01月 29日

JIMMY PAGE 単独インタビュー(前日)

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 今朝5時帰宅。午前の起床で、移動中の電車では読み始めた書籍の内容が全然頭に入らず。
 
 明日、LED ZEPPELIN:JIMMY PAGEへの単独インタビューかと思うと、なんだか現実味がないのだが、同日どういうわけだか御大の取材前にソロ・シンガー:トリスタン・プリティマンの単独インタビューも控えているのだった。
 1日に違う人2人に会うと、1人の時よりも精神の消耗は倍以上感じられるもの。自覚がなくても経験上、そういうものだ。
 複数の取材スケジュールはまず組まないのだが、やむなき事情でダブルヘッダーとなってしまった。くれぐれもテレコの電池消耗には気をつけなきゃいかん。
 インタビューの終わった瞬間、MDの電池(アダプター)が外れ、液晶が消え、すべての録音が消去されてしまったJEFF BECK取材時のロンドンでの悪夢を思い出す。
 もう1個、予備で回していたMDが無事だったので事なきを得たのだったが、JEFFとお別れの握手を交わす頃には、背中から嫌な汗が吹き出した。

 限られたわずかの持ち時間内に、さて明日は何を聞こう?
 ともあれ明日の20分強、おいらの中での伝説であり神であり師匠であり永遠であり続ける、あのお方と自分だけの時間を共有することだけは決まっている。

 JIMMY PAGEとの初接近遭遇、ああ〜果てしなく楽しみ。

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2008年 01月 28日

ジミー・ペイジ記者会見

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 行ってきた行ってきた。
 午後2時より行われるジミー・ペイジの記者会見のため、映画『ロスト・イン・トランスレーション』(ソフィア・コッポラ監督作品)の舞台にもなった新宿パークハイアット・ボール・ルームへ午後1時前には到着。
 大勢の報道陣の中、ほぼ定刻に白髪のジミー登場。
 彼の生勇姿はロンドンo2アリーナのステージ観戦以来となった。
 気さくで自然体の御大。黒のスーツ姿には、ただならぬ品格を感じた。
 1時間強の会見を取材し、残すのは明後日の彼への単独インタビュー。
 明後日は2本のインタビューが待ちかまえる。
 
 帰社後、本誌コミックの入稿作業。
 本来、今日の取材だった某ミュージシャンの来日が今日の今日に遅れてしまったこともあり、午後6時からの編プロ飯会には2時間程度顔を出せることに。
 帰社して雑務の最中、たった2杯のビールと1杯のウーロン杯で異様な眠気に襲われデスクおち。
 深夜の原稿をピック・アップ。帰社〜入稿を終え、午前5時撤収帰宅。

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2008年 01月 23日

矢野沙織

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 降雪。リビングの窓際から外の景色を観るRの瞳が爛々と輝いている。
 人生初体験。空からしんしんと降り注ぐ白いフワフワした物体は、一体どういう風に彼女の心に映ったのだろうか。
 外へ出る頃には、雪は微かな雨に変わっていた。

 腰の違和感は未だ続いており、もう少し完治に時間がかかりそうな雲行き。というか病院にいかないのだから治りようはない。
 同時に(なぜか)右足付け根の、筋の違和感を解消するべく、マジで来週以降接骨院に行ってみんとなぁ。
 なかなか行き出さないんだが。

 夕方、昨年11月にNewアルバム『Little Tiny』をリリースしたアルト・サックス奏者:矢野沙織のライヴへ。
 東京青山円形劇場には初めてやってきた。
 会場は本当に円形の作りで、ステージを囲むように客席が配置され、なんだか可愛らしい雰囲気を感じさせるアットホームな小屋だ。

 彼女が小学生の頃に出会い、目覚めさせられたというジャコ・パストリアスの『ティーン・タウン』でライヴは始まった。21歳とは思えない堂に入った淡々としたステージング。会場満タン。
 後半、「報道ステーション」のテーマ曲もライヴで聴く分、独特のリフのうねりを感じさせた。
 アンコールの時、サックスの音が妙に生々しいなぁと思いきや、ピン・マイクの装着を忘れていた彼女。その姿は愛嬌たっぷりで、アクシデントがプラスに働く偶然の演出となってステージは終盤へ。
 およそ2時間弱、矢野沙織のステージは無事に終演を迎えた。

 表参道でTSとお茶して地下鉄で神保町へ。
 飯を喰ってなかったので、駅となりの吉野屋で定食を数分で平らげ帰社。そのまま深夜に及ぶ雑務で、かなり疲労困憊気味。

◆LIVEスケジュール
アルバム「Little Tiny」リリース記念ツアー
矢野沙織 Tour 2008「Little Tiny」

1月20日(日)大阪府堺市栂文化会館
1月23日(水)東京青山円形劇場
1月26日(土)兵庫県たつの市総合文化会館
1月31日(木)佐賀 基山町民会館
2月02日(土)長崎県南島原市ありえコレジヨホール
2月03日(日)福岡 Gate's 7
2月11日(月)埼玉 深谷市花園文化会館アドニス
2月16日(土)愛知芸術劇場 小ホール
2月23日(土)愛知県愛西市佐織公民館
2月27日(水)兵庫芸術文化センター

矢野 沙織(Sax)
【Tour Member】
金子雄太(Org)・細野よしひこ(G)・小松伸之(Ds)
企画制作:モンドラナミュージック
後援:コロムビアミュージックエンタテインメント
トータルインフォメーション(モンドラナミュージック)
03-3493-5176【平日12:00~18:00(祝祭日を除く)】

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2008年 01月 15日

『ロッキング・オン』『BURRN』

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 バスに乗ったとたん、電車に乗ったとたん、取り出した書籍を読み始めると大変な睡魔に襲われ、しょうがない。
 読み始めしばらくすると、その日一日のやらなきゃならん事をシミュレーションし始め、知らないうちに話の筋を見失ってしまう。その頻度が最近多い。集中力ゼロ。
 久しぶりに音楽専門誌を買ってみた。
 LED ZEPPELINのライヴ・リポートの載っている本は、おいらの知るだけで3誌。

 現地会場の同じ列で観戦した渋谷陽一氏の『ロッキング・オン』、伊藤政則氏の『BURRN』、そして明日発売するおいらの書いた『週刊ヤングジャンプ』8号。
 ヤンジャン以外は昨年内に発売されていた。他誌にしてはヤンジャンよりもテキストの量が多い分、細かなあの日の情景を語れる分量が少し羨ましかったが、巻末近くのカラーページ見開きで掲載したおいらの記事は、これ以上ない程のクールなアングルで切り取られた未公開カットの掲載で、仕上がりには大満足。
 デザイナー:Mちゃんに感謝。
 この写真は、今日現在多分ヤンジャンのカラー・ページでしか見る事が出来ない素材のはずだ。

 夕方、石丸電気ソフト2でポール・ギルバートのショー・ケース・ライヴ観戦。
 いつものまま、技量に関しては非の打ち所のない完璧すぎるプレイで、集まったファンを圧倒。ギター・インストの新作が近々に発売する模様。
 控え室でご挨拶を終え、即帰社。

 夜の原稿を拝受し、東西線最終電車に搭乗。
 入稿を終え、初の組み合わせ面子デザイナー:Mちゃん、編集:Sと近場で乾杯。  
 

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2008年 01月 12日

アヴェンジド・セブンフォールド

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 外は雨模様。Rちゃん体調不良の兆しを察知し、大事をとって近所の病院へ。
 午後1時、アヴェンジド・セブンフォールドの取材のため都内某所へ。
 都内は比較的スムーズな交通の流れで、丁度アルバム1枚聴き終えたタイミングで取材場所へ到着。
 今日1日で数本の取材をこなすバンドの面々は、紹介される前にメイン・フロアで遭遇し、午後3時オンタイムでヴォーカリストのマット・シャドウズへの単独インタビュー開始。
 先日、新木場でのライヴでは暴君の権化(?)かと思わされていたマットはとても大人しい若き紳士で驚いた。
 両腕のタトゥーが凄まじいイメージもあって、そのギャップは激しい。
 時間いっぱい、質疑に対して丁寧に回答してくれたマットは気の優しそうなナイスガイ。
 エレベータ前でガッチリ握手を交わし速攻で帰途へ。

 マットのバンド:アヴェンジド・セブンフォールドは派手なツインリードの聴けるラウドなロック・バンドだが、「そのツイン・リードのバンドとして、例えばウィッシュボーン・アッシュ、シン・リジィ等は意識したことがあるか?」の問いに驚きの回答が。
 マットはシン・リジィを聴いた事がなかったのだ。

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2008年 01月 11日

南海なんば駅

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 睡眠時間3時間弱で起床。
 海陸先生に教えてもらった「南海なんば駅」3Fの立ち食いうどんで朝飯。
 手打ちとか高価なうどんより、大阪ではこうした立ち食いのインスタントの方が断然美味い。地元の人たちも口をそろえてそう言うが、おいらも実感済みだ。
 最速のタイミングでのぞみへ飛び乗り、乗った瞬間ひたすら2時間30分爆睡。都合5時間30分は寝られた計算。
 昨日、飲み屋で喰った天むすが再び頭をよぎり、東京駅:大丸地下食料品売り場で天むす(1個280円って価格はどうなんだ?)他を購入。
 夕べの明け方喰った『菊池庵』の天むすの方が全然美味かって、大丸残念。

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2008年 01月 10日

ボクシングダブル世界戦

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 新大阪駅より御堂筋線でなんばへ。
 徒歩3〜4分の駆け込み状態で大阪府立体育館へ。

 生放送ギリギリのタイミングで真生ジム関係者よりプレス・パスを受け取り、会場へ。
 ヤンジャン誌面にも掲載したボクシングダブル世界戦を見るべく大阪入りしたおいら。

※関連記事より…「ボクシングダブル世界戦が10日、大阪府立体育会館行われ、WBC世界バンタム級王者・長谷川穂積(27)=真正=は、挑戦者シモーネ・マルドロット(29)=イタリア=を3-0の判定で下し、同級国内最多防衛新記録となる5度目の防衛に成功した。歴史的ボクサー、ファイティング原田も超えた長谷川は夢の米国進出へ大きく前進した。WBA世界バンタム級王座に挑んだ池原信遂(31)=大阪帝拳=は大差の判定で敗れた」
 
 2R辺りにまぶたを切った長谷川は、有効打による傷だとアナウンスされていたが、パンチの直後にバッティングもあったような気がした。
 試合全ラウンド中、最終ラウンドの攻防が最も熱を帯びた展開を見せた。
 この日V5を達成した長谷川は、ファイティング原田、薬師寺保栄を抜いて“黄金のバンタム”の国内防衛回数新記録を樹立。
 当初、鮮血が懸念されたがまったくの取り越し苦労。テクニック・技量を感じさせる盤石の試合展開で、文句なしの大差判定勝利を収めた長谷川だった。
 アメリカ進出を目論む長谷川の次戦も楽しみだ。

 試合終了後、海陸先生夫妻&Fと合流し、赤ワインにスペイン料理。
 海陸先生妻(A)のおめでた話を突然伺い、何度も何度も「おめでとう乾杯」を繰り返す。よかったよかった。ホントによかった!

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2008年 01月 6日

Avenged Sevenfold

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 午後3時過ぎ、新春初取材待ち合わせのため編集部へ。
 今年初っぱなの仕事は、Avenged Sevenfold(アヴェンジド・セブンフォールド)のライヴ取材。
 ライヴ会場:新木場STUDIOCOASTへ。道中、『ユビキタスの山田洋行』看板発見。
 あの事件がなければ気づきもしない看板だ。ユビキタスとは何か?
 調べると、ユビキタス(ubiquitous)とは、語源はラテン語で、いたるところに存在する(遍在)という意味。
 インターネットなどの情報ネットワークに、いつでも、どこからでもアクセスできる環境を指し、ユビキタスが普及すると、場所にとらわれない働き方や娯楽が実現出来るようになる。「ユビキタス・コンピューティング」、「ユビキタス・ネットワーク社会」のようにも使われ、「パーバシブ(pervasive)・コンピューティング」ということもある。
 とある。まだよくわからない。日本の軍需専門商社:山田洋行の『ユビキタス』とは何を意味する?

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 都内スムーズ。随分早く到着してしまったので、控え室待でワーナー関係者としばしコーヒー歓談待機。

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 午後6時、オンタイムで爆音のライヴ・スタート。このバンドのギターのフレーズには80年代の日本のヘヴメタ・バンドを彷彿とさせる部分があり。
 90分のライヴ観戦後、一路中野区へ。

 FENDER SUPER SONIC(ギター・アンプ)を購入したばかりの高橋69ツトム。
 仕事場リビング部分に、少し整頓されたギターたちと一緒にSUPER SONICがそびえている。

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 想定する、あらゆる方向性の求める音に対応出来る優れモノのアンプがコレ。
 極めてクリアに歪むハンバッカーの音色が音の臨界点超えを感じさせた。アンプを見つめるだけでライヴがやりたくなってくる物件がSUPER SONIC。

 ヤンジャン最新原稿を拝受し、30分で即飯。
 一路編集部へ戻り今年一発目の漫画原稿入稿完了。ギリの終電に飛び乗り冷静に素面で帰途に。

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