2010年 02月 27日
64年のストラト
これまでの、すべてのbambiリハーサルを通して、個人的に最も手応えを感じた今日。
長く封印していた64年のストラトを久方ぶりに表舞台に登場させようと、それなりの音量で鳴らしてみたところ、なつかしいファズ・サウンドが気分を高揚させてくれた。
とても気持ちのよいリハーサルだった。バンドのテンションに感謝。
メンバーには申し訳なかったが、本日のリハは早めに上がらせていただき、そのまま車で六本木へ。
思いの外空いていた都心までの道中がそれなりにスムーズで、狙った駐車場もバッチリ確保出来、気分がよい。
以前からHさんにお誘い頂いていたライヴ・ハウスへ到着。
Hさんは、本業であられる作品の執筆だけに限らず、いつでも日本中を飛び回り、様々な分野でアグレッシヴに活動を繰り広げる素敵な才女だ。
中へ入ると、すでに演奏は始まっていた。
おいらが勝手に想像した音楽とは幾分傾向が違ったものの、フォーク調の可愛らしいメロウな曲を堪能した。アコギのギタリストも上手。第二部までの観客入れ替えのインターバルにおいとまし、表参道のカレーうどんで〆。
投稿者 yonezawa : 23:41 | トラックバック(0)
2010年 02月 21日
振り返る余裕
池袋へ車を走らせた。池袋のサンシャイン通りは吉祥寺の人並みよりも多かった。
春から通う幼稚園で使うRちゃんの手提げバッグ等が複数必要となるそう。生地から起こした手製の品を用意したいといった伴侶からの提案を受け、この地の有名(だと聞く)な生地屋さんを訪れた。
人人人。古めかしい生地屋さんのビルにも大勢の買い物客がいることから、自分にとってまるで用事のない場所であっても大した需要がある様を知る。
到着早々、階段の踊り場に設置してあるガチャガチャを見つけたRちゃん。
買うまでその場を動かない。やらせてもらえるまで駄々をこね続ける。
「Rちゃんやるんだからぁ〜! ちょっとおとうさん、はやくはやく!」
手元の100円玉を確認すると2枚。
「これがいいのぉ! これがいいのぉ!」と指を指し、促されるまま100円玉を挿入し、ガチャガチャ。出てきたのはキティちゃんのネーム・プレート・キーホルダーのような、思いの外寂しい品だ。
Rちゃん、それを手に持つと、思い描いたイメージと違ったのかさして興味も持たず、おいらの持っていた手提げ袋に投げ込んだ。「いらない」
続けてその隣に並んであったヤッターマンの品の方が欲しいと、先ほどに輪をかけた(×10倍)勢いで「ほしいほしい攻撃」が始まった。
手持ちの100円玉はあと1枚。ところがヤッターマンの品は1回転200円。たけぇ。
小銭を探すと50円玉が1枚と10円玉が5枚あったので、こちらを100円玉に交換してもらおうとRちゃんに一言告げ、レジに向かおうとしたら「買ってくれないのだ」と勘違いしたRちゃんが大泣き開始。さらに駄々をこね泣き出した。
ちゃんとと説明するものの鳴き声にかき消され、一向に判ってはくれず、しかし説明は続けるしかなく、大変な興奮状態になった我が子をなんとかレジまで連れてゆき、どうにか100円玉に交換。再び、急いで買いに走った。
ガチャガチャ。
…ところが、出てきた品がまたしてもイメージと違うような態度を見せるRちゃん。
「おいおい」
出てきた品はキーホルダーの鍵のとって部分にかぶせるゴム状のカバーのような品だったので、どうもRちゃんは「サンプル写真に写っている鍵も込みで欲しいのだ」ということが理解できた。
「帰ったら鍵をつけてあげるからね!」という言葉で、ここでの長かった一件はようやく決着をみた。
帰宅直後、忘れないでちゃんと鍵を催促してくるので、使わない鍵を探し装着完了。Rちゃん、ここで初めて大満足。
夕飯を食べ、お風呂に入り、リビングでゴロゴロ。やがて、今日自分が生地屋でごねて泣いちゃったことを、笑顔混じりで話し始めたRちゃん。「Rちゃん、ないちゃったね!」
齢3歳にして、終わった今日1日の出来事を振り返る余裕をみせた我が子であった。
投稿者 yonezawa : 03:44 | トラックバック(0)
2010年 02月 13日
ゆらぎ
bambiリハーサル後も、大事をとって即帰宅。
元気なRちゃん、しかし鼻づまり。
45歳の頃の父親の姿を思い出す。当時おいらは12歳。
あの頃父は、仕事で何を思い、何を目指し、どんな瞳で家族を見つめていたのか。
今となっては知るよしもないあの頃の親父を想像してみる。
十二指腸潰瘍になったのは今で言うストレスだったのだろうか。
不意に意味不明の吐血をしたのは、それよりももっと後だったか。
45歳の親父。家長と呼ぶに相応しい迫力と魅力と優しさがたくさんあった。
アルバム発売前、来日前に思い切り来日の予習の出来る、Jeff Beckのゆらぎに心で泣こう。
http://www.youtube.com/watch?v=nwNx-SG_vr8
投稿者 yonezawa : 01:21 | トラックバック(0)
2010年 02月 11日
兆し
一日中ソファでゴロゴロ。
Rちゃんのお遊びにも横になった状態でパズルなどに付き合うものの、気がゆるむとすぐにオチる。
体調を考慮し、大事をとって予定のリハーサルは残念ながら断念。しかし食欲は旺盛。
Rちゃん、元気だけどやや微熱の兆しあり。
投稿者 yonezawa : 23:09 | トラックバック(0)
2010年 02月 7日
ひまわり
早朝9時起床。朝食に美味しいカレーを戴きRちゃんに見送ってもらった後、午前10時からのリハーサルに参加。
今日の18時には名古屋に到着するつもりで、本来夕方を予定していたリハーサルを午前中に移していただいていた。
ところが急遽この予定は不測の事態でキャンセルに。
スケジュールを調整してくださったメンバー諸氏、ホントにごめんなさい!
午後1時までの3時間、とりあえず曲の機微を洗い直し、昨日よりは進化したサウンドだったと信じる。大先生の書く曲は深い深い。Rちゃんソングのライティングには大感激だった。名曲の匂いプンプン。
スタジオを後にし、移動の道中でRちゃんを拾い新宿の「損保ジャパン東郷青児美術館」へ。
現在こちらでは、相笠昌義という画家の個展が開催中。
日常の街の風景を描いた、淡々とした空気に包まれた描写が初体験の感覚だった。
この個展を知らせてくださった物書き人:Hさんに感謝。
フロアには、あのゴッホの「ひまわり」やら、ゴーギャンの「アリスカンの並木路、アルル」やらが展示してあり、そのスペースはさすがに迫力強し。「ひまわり」が1点新宿にあることは、恥ずかしながらこの個展の存在に気づくまで知らなかった。
そのまま新宿で映画を見るかどこで飯を喰うのか相当迷いながらも、結局買い物して帰途に。
遅い昼食は自作のおにぎりにシーフード・ヌードルと軽め。
夕飯は美味しいハンバーグ定食。
Rちゃんが布団で眠りこける直前まで、ママに叱られながらも延々お遊びに徹する。おトイレも上手だったし、自分一人で上手に靴下もトレーナーも着ることが出来た今日のRちゃん、エラい!
投稿者 yonezawa : 00:11 | トラックバック(0)
2010年 01月 23日
ばんど、するんだよ
19時よりbambiのリハーサルかと思い、開始の時間から逆算し早々と街へ出かけた。
事前にRちゃんは「Rちゃんもばんど、するんだよ」と宣言していたので、彼女共々スタジオへ遊びに行くことは決まっていた。
家電ショップでチューナーの電池、自宅で写真をプリントアウトするための印画紙を購入。結構重いが「Rちゃんもつー」と、娘は引き摺るように紙袋を持って歩いた。
そう言えば、こちらで再発行を頼んだクレジット・カードがまだ届かないなぁ。
寒い中、「ジュースとアイスのどちらがいい?」と伺えば、「アイス!」と明瞭な解答を示すRちゃん。
戸外のアイス・スタンドでバニラとストロベリーのミックスを無心に頬張る彼女。
「さて、そろそろ時間だ」と、スタジオに到着したがリハの気配無し。
スタジオを間違えたのかと、もう1店舗のスタジオへ連絡したところ予約もされてなし。
うっかりメールを見落としていたのか!? 今日のリハーサルがキャンセルになったことを知ったのは、ヴォーカルHちゃんに電話してからだった。
さっさと気分を切り替え、行きつけのパスタ屋Hで夕飯を済ませ、次週リハーサルの旨をしっかり確認し、手帳に赤丸を記した。
Rちゃんは来週こそ襲撃する気、満々。
投稿者 yonezawa : 11:02 | トラックバック(0)
2010年 01月 17日
鯵フライ
朝飯と昼飯を併用した最初の飯を午前に戴く。カレー&キャベツの千切り他。
昼下がり、何故かスーパーの買い物につきあわないと言うRちゃん。その日その日の気分があるのだろう。日がな一日、留守番組の娘とおったん、室内遊び。
夕飯には鯵フライと野菜の天ぷら。
我が家では比較的珍しい揚げ物メニュー。
唐揚げは揚げ物の大好物メニューながら、いつもと少しニュアンスの違う揚げ物は気分で食べてくれないRちゃん。しかし今日の鯵フライは綺麗に平らげてくれた。が、天ぷらは今日の段階では敬遠。
日に日に目を見張る程、進化を感じさせる娘の言葉、行動の一つ一つが時に驚きを与える。
夕食後、いつもの休日の夜なら一方的にこちらの手を引っ張りながら、お風呂に突進するはずなのだが、「ママとおふろはいるー」と今日の気分は違った模様。
寝床に潜り、正月に体験したいくつかの光景の断片を突拍子もないタイミングで語ってくる、その様が愉快で可愛らしい。Rちゃん、大概面白い。
投稿者 yonezawa : 22:43 | トラックバック(0)
2010年 01月 16日
44000字
インタビュー原稿の構築に没頭。
最終的に届いたテキストは44000字程度。
1つの取材でこれほどのテキストの量は久々の数だと言う印象。内容は贅沢で貴重で、ある種、感動的。
この対談原稿には、サブで「極めてロック」と命名した。
関係者各位へ発送。そしてリターン待ち。
予定していた新規bambiのリハーサルにはたどり着けず。無念。残念。各位ごめん。
投稿者 yonezawa : 18:00 | トラックバック(0)
2010年 01月 11日
12時間ぐらい
成人の日で休日。
今年初取材となる明日の対談準備を施し、録音機材のチェック。
ICレコーダーと併用し、一応MDでも抑えで音声をセーブしてきたが、この作業もそろそろ終焉に向かいそうな様相。
ICレコーダーの性能は素晴らしく、スタジオで奏でるバンド・サウンドにマイクを向けるだけで、それなりの分離を得たクオリティで録音出来る。
自宅で1日を過ごすうち、大半はRちゃんとのお遊びの時間。
風船を打ち合ったり、(ポスターを丸めた)バットで野球ごっこ、バランス・ボールでジャンプ、プリキュアのジグソーパズル、ミッキーマウスのジグソーパズル、折り紙、積み木遊び、かくれんぼ等々、やれること山積み。
無尽蔵な子供の体力ながら、風呂上がりにリビングに突っ伏したかと思ったら、そのまますやすや寝息をかいた。
珍しく、Rちゃんはそのまま12時間ぐらい眠り続けた。
投稿者 yonezawa : 04:07 | トラックバック(0)
2010年 01月 10日
プリントアウト
正月の写真を自宅でプリントアウトしていたら、印画紙がなくなった。
インクジェットで用紙に印刷する手法だと、なんだか生理的にどうにもしっくりこないところがある。
耐久性というか、昔の100年プリントの質感のような持続が可能なのか懐疑的だ。
と言っても、印刷された写真のクオリティは、これまでのプリントしてきた写真と比べても遜色はないのだが。
おいらが生まれる以前の、50年以上昔の親・親戚の写真も、モノクロではあるが大した劣化もなくいつでも閲覧可能だ。
印画紙の枚数あるだけ、先に親戚各位にと思い、せっせとプリントしていたところ即刻紙がなくなった。
インクは3Cを補填した。
このインク代もバカにならない。「デジカメプリント激安10円」「1円 高品質デジカメプリント」とかの方が経済的なのかも。
そちらの情報も調べつくさねばと思いながらも、2の次になってしまうプライベートな作業。10月のあの景色は、親戚各位のみなさんも早く観たいだろうに。しばしの猶予を。
投稿者 yonezawa : 04:06 | トラックバック(0)
2010年 01月 9日
野暮用
荻窪でつけ麺を喰う前、渋谷での野暮用に。
Rちゃんによって「ポキっ」と折られてしまったミニピン・コードの修理をお願いするべく久々にESPへ。
本人にしたら初対面の成人男性:Iちゃんを前に、少し人見知り気味のRちゃん。
お手々繫いで渋谷の街を歩く最中、Rちゃんは大きな声で歌を歌った。先頃、とあるマイスペースのサイトで覚えた曲だ。
路地に入り込み、仕込み中の酒場でKで、AとRちゃん、初遭遇。
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渋谷マークシティ徘徊中、「これ!これ!」と、アイスクリームショップ:コールド・ストーン・クリーマリーを見つけてしまったRちゃん。どうしてもチョコレートを食べる! ときかない。
やむなく1個購入させられ、店員の方々には店頭で歌を歌ってもらった。そんなシステムのあるお店。
どうしても自分でスプーンを使って食べるというRちゃんだが、ジャケットの袖辺りにチョコを落としてしまいそうでヒヤヒヤ。
回避しようとすればするほど嫌がるRちゃん。もう大変。
案の定、服につきそうになったチョコを「あ! 危ない!」と避けようとしたところ、残った1/3が床に落下。「ほらRちゃん、落ちちゃったたじゃん! まったくもぉー」
呆然とするRちゃんも苦笑いで諦めた。
気がつけば、つけ麺屋の営業ギリの時間に。
少し焦って荻窪方面を目指し、最後の客となりながらもなんとか入店が叶った。今日は15年ぶりぐらいだったか、大盛りにチャレンジ。
投稿者 yonezawa : 04:05 | トラックバック(0)
2010年 01月 2日
たらば蟹
Rちゃんとの壮絶な風船ラリーの最中、予定通りネット注文していた、たらば蟹が到着。
まだ凍っている。本来なら気持ちは毛蟹派ながら、自宅で自ら剥くケースならば、もたつかないたらばがベストだと個人的には認識している。
2人の母を招き、煮物に刺身に白菜とロースハムベースのサラダ蟹他…を夕飯の主要食材に選んだ。
夕方前、Rちゃんが一人お部屋でお遊び中に、せっせと煮物用の野菜の切り出しと、半解凍状態になった蟹の甲羅剥きを開始。
日常、まず使うことのない出刃包丁がこんな時に欲しくてたまらなくなる。
刃こぼれしないよう甲羅のポイントに刃を充て、ザクリと切って強引に剥けば、バナナ大の大きな中身がゴツンと取り出された。実に気持ちがよい。
やがて結構な量の蟹をさばき終え、感覚のなくなったような手のひらをみると、小さくだが3カ所、蟹のトゲで切ってしまったと思しき傷を発見。
蟹との格闘はこのぐらいのリスクは当たり前か。
数分後、大量の蟹の身だけが大皿に盛られた。
「母2人は只只喰うだけの夕飯」という、今年最初の狙い達成。第三者が蟹をさばいてくれるほど贅沢なことはない! と言う一つの認識がある。
生前親父の友だった銘酒(芋焼酎)名月を戴きながら、上手くできた煮物他の食卓を彩る晩飯に舌鼓。大勢で食う飯がより旨味に拍車をかけ、語りあう内容が愉快で終始爆笑。益々料理が美味くなる晩餐が嬉しい。
ラーメンなら忘れずに携帯で撮影するところ、最も撮るべき今日の料理をすっかり撮りそびれてしまった。新春大笑いの夜更け。
投稿者 yonezawa : 15:20 | トラックバック(0)
2009年 12月 31日
おやすみ、Rちゃん
昨年偶然知り合い、初対面にも関わらず何から何までお世話になった水俣のHちゃんより、どかんとひものやらサーモンやら、高級魚類のお歳暮が到着。
現地滞在中、あれほどお世話になりながら、さらにダメ押しの贈り物まで賜り大恐縮。
Hちゃんに即刻御礼のお電話。品格ある人格者との出会いが己の宝となった。Hちゃん感謝!
昼過ぎ浅草を目指し、都内を走らせると空き具合が素晴らしい。
あっと言う間に現地に到着し、浅草寺まで散策。
大晦日の午後、さぞ激混みかと想像していたが、思いの他人通りはノーマルな混み具合で、世間の不況の風をこの現象にも感じたりしていた。
早めの夕飯で飛び込んだ鰻屋のおばちゃんが「去年はこの時間、ズラっと列をなしていたんですけどねぇ」と、例年に比べ閑古鳥の現状を嘆いていた。
浅草寺のすぐ裏の老舗の店にありながら、そのまま即入店出来たのだった。注文の品のスピードも早かった。
帰宅し、今年Rちゃんとの最後のお風呂。「おったんとおふろはいるー!」
今日1日だけは無礼講とばかり、深夜0時の時報をRちゃんも聴けるかのか? っと思いながら、お布団の上でゴロゴロさせていたが、わずかあと20分前になって彼女の瞳がしっかり閉じられてしまった。
おやすみ、Rちゃん!
今年お世話になった皆々様、来年もより健康でご多幸多き年になりますように。
投稿者 yonezawa : 10:29 | トラックバック(0)
2009年 12月 30日
すき焼き
明け方就寝。午前10時起床。
午後、羽田空港に義理母を迎えにゆく。今日も首都高は空き空き。
行きも帰りも1時間かからない。都内が日々こうだとどれだけ気分も違い、時間を有効に使えることだろうか。
帰宅し、晩飯の準備まで急激に睡魔に襲われ、「10分間だけ床に…」と思ったら、しっかり1時間30分も寝てしまっていた。
来年の目標は基本的に眠気に逆らわない生活を目指そう。
夕飯のすき焼きを爆喰い。
久々の割り下は、食べ始めた後半に味が決まりだした。Nから戴いた四国の出し醤油が活躍。
Rちゃん、休日のお風呂の友は必ずおったんご指名なのにも関わらず、今回は自らの意志でおばあちゃんを指名。
上京したおばあちゃん2人への気遣いなのか本能なのか。
投稿者 yonezawa : 03:12 | トラックバック(0)
2009年 12月 6日
明日3回目
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明日はRちゃん3回目の誕生日。彼女のプレゼントを買いに街へ。
訪れた吉祥寺の街の、人の多さといったら凄まじかった。もう師走の景色。
行く店行く店で直感のように「(単なる)小箱」とか「スタンプ・セット」とか、瞬時に欲しい品が確定するRちゃん。そこには吟味とか悩みという言葉は一切ない。
「ホントにこれでいいの?」と問えば「うん、これでいい!」ときっぱり。
店を変え、他のグッズ・ショップを覗くと速攻でピンクの財布が彼女の瞳に飛び込んできた。
「これー!」と言って、勝手にレジに持ってゆくRちゃん(笑)。
「よし! じゃあこれにしよう!」と誕生日プレゼントがすぐに確定した。
「帰ってケーキも食べる?」「うん、たべるー!」
スーパーで夕飯の買い物を済ませ、自分の靴も衝動買いしたりしながら帰途につく間に姫は爆睡。随分歩いたので疲れたのだろう。
帰宅して、即ご飯を炊いた。タマネギと人参をアッシュしてミンチと合え、卵を落としてパン粉等を混ぜ合わせ、こねくり、あたり(味)付け。
もやしと韮、冷蔵庫にあったハムの残りを細かく切り、塩こしょうだけで炒めた付け合わせに、キャベツの千切り。おまけにもずく酢。
Rちゃんもお腹が減っていたのだろう。三輪車でキッチンにやってきて椅子の上に立ち上がり、Rちゃん専用の皿に盛ったトマトを全部その場で平らげた。
食卓に座って食べるハンバーグもペロっと早い早い。ほうれん草のおひたしもきれいに食べ干し、おにぎりでフィニッシュ。
ケーキをいただく時にはハイビジョンカメラで撮影。ブルーレイにはRちゃんの動画しか収録されていない。
夕飯1時間後にお風呂へ。入る前に風呂場で前髪を少し切ってあげた。年末年始に待望の再会を果たす、おばあちゃんとの準備は万端。
人生観を大きく変えられてから、丁度丸3年が経過した。
投稿者 yonezawa : 00:53 | トラックバック(0)
2009年 12月 5日
「高い高い」を数回
「そろそろ大掃除をせねばなぁ…」と思いながらも、録画したどうでもいい映像を観ていると、やがて眠気に襲われ、なかなかスイッチが入らない。
それでも午後には掃除機等を収納している物置を全部ひっくり返し、廃棄するモノと整理するものを仕分け。これも話題の仕分けの一種。
「こんなところにこんな書籍を収納していたのか!」等、多分整理する度に思っているだのろうが、片付けは人生につきまとう永遠の修行のようなもの。
リビングと廊下の狭間にある収納物置故、リビングのドアと物置のドアは同時に開けられない。
その切迫したスペースのドアを、Rちゃんが何度も何度も往復し、プーさんやらワンワンのぬいぐるみを持ってきたり、おいらのやることと同じことをいちいち隣でやろうとするものだから、仕事が全然捗らないので、そのうち作業の方がどうでもいいという気持ちになってきた。
作業は取り止め。もはや重量的に限界に近い「高い高い」を数回やらされた。
投稿者 yonezawa : 01:31 | トラックバック(0)
2009年 12月 4日
計画
誕生日プレゼントに伴侶&Rちゃんから貰ったマフラーを、Rちゃんが部屋に入ってくる度に「はい、ぷれぜんと!」と言って、一々持ち上げて渡してくれる。
嬉しさ何十倍。何度でも「Rちゃんありがとう!」を繰り返す日々。
今月の地方遠征行事、都内での打ち上げ、そして年末年始の大イベント構想を一人部屋で構成中。
時期優先で、良き公演、イベント、ライヴという探し方なので、なかなか悩むところ。
狙った演者、ミュージシャンは地方でやってるか、来日前だったり。
親戚関係の宿泊、帰途までの距離、各々のスケジュールをすりあわせるのが仕事並の大作業。しかし、これほど重要で楽しみな年末年始は初めてかもしれない。
取り急ぎ、関係者各位のみなさま、愉快な年末年始を極力演出するべく、考え尽くしますのでおつきあいのほどを。
投稿者 yonezawa : 12:41 | トラックバック(0)
2009年 11月 29日
灯火
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見たい映画も読みたい本も聴きたい音源も手つかず。
寝る時間の確保と必要な資料集めに時間が費やされ、ギターを弾くことも叶わなかったのが、この数週間という感じ。
業務が怒濤となれば部屋の片付けもおざなりになってしまい、もう収拾のつかない事態に。
Rちゃんと過ごせた1日が心にほのかな灯火を照らしてくれる。
投稿者 yonezawa : 19:14 | トラックバック(0)
2009年 11月 23日
Michael Jackson THIS IS IT
周りの仲間、諸先輩方に揃って「よねちゃんは絶対に観た方がいいよ。」「観た? まだなら観た方がいいぞ。」「米澤くんは私より見る目がきびしいと思いますが、女性ギタリスト、オリアンティ・パナガリス(あとで調べた)、すごくよかったです。」等の有り難きメッセージを戴いた。
まぁここのところ劇場へ行くタイミングを逸する日々にあったが、本日ようやく鑑賞する機会を得た。
Rちゃんが上映時間の2時間近くもつのか懸念されたが、結果、基本的に周りの迷惑になるようなこともなく3回(軽く劇場外に出る)の息抜き程度で無事鑑賞出来た。
勿体ない。
まったくもって勿体ない。
これほどの恐ろしい才能が逝ってしまったことが、世界中の多くの人々の気持ち同様に口惜しくてならない。
本番のテンションより7〜8割のウォーミングアップした程度の力なのかもしれないが、1シーンも見逃したくないような興味深き映像ばかりが矢継ぎ早に映し出された。
Nさんの事前メールで知った女性ギタリスト:オリアンティ・パナガリスが、なるほど、かなりカッコいい。
彼女のことはまったく知らなかったが、一発で虜にさせるビジュアルと技量。素晴らしかった。紛れもない世界一の演奏とパフォーマンス。
マイケルは勿論偉大だが、あのツアーに招かれた連中の顔ぶれも映画の醍醐味と言えた。
マイケル・ジャクソンだと、まずはジャクソン5時代の楽曲が好きだ。
これからもあのグループの曲はカヴァーでやりたいぐらい。
popスター以降のソロのマイケルには、一般の人よりも少しだけ多くの興味を抱くぐらいの認識でいたように思うが、亡くなってしまうとその存在が自分の中でもいかに大きかったのかを知った。
USA for AFRICA We Are The Worldのレコーディング時、演奏する参加ミュージシャンもすごかったし、クインシーの担った部分に、日本人は初めて音楽プロデュースという意味を見出したのではなかろうか。
また、これほど世界中にダンスをするプロフェッショナルな人間が溢れ返っているにも関わらず、最もマイケル・ジャクソンのパフォーマンスが最も見たいという欲望を抱かせることからも、彼のスキルはやっぱり頂点だと感じてしまうのだった。
凄い人間だった。それしか言葉が出てこない。
投稿者 yonezawa : 11:50 | トラックバック(0)
2009年 11月 15日
Far From Perfect
朝イチ起床とはいかなかったものの二日酔いにはならず、きちんと午前中に起床し、昼過ぎには神社へ赴いた。
この年になって、初めてこうした行事の内容をじっくり知ることとなるのだから面白い。
綺麗な余所行きのお洋服を着せられ、どこへ何しにいくのか理解していないRちゃんは、枯れ葉の積もった境内を元気に飛び跳ねている。
清水で手を洗い、お賽銭を入れて健康安全を、神様と星になった親父にお祈り。
「すべての仲間、家族、身内が特に元気でいられますように──」
彼女の瞳のその先に飛び込んできたのは、テキ屋のおじさんが露天で売っているスティッチの風船。
一目散に突進したRちゃん。買うまで意地でも動かなくなった。
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2009年 11月 1日
はろいん
終日家から出ず。
プライベートの案件をさばきながら、対談家原稿のリライト作業。
先日、Rちゃんはハロウィンのパーティで仮装する予定だった。
あらかじめ、キュートなミニーちゃんの衣装を用意し、本人もとても楽しみにしていたのだが、パーティ前日が発熱後のコンディションとなってしまい、やむなく断念してしまった。
「はろいんいくんだよぉ。はろいん」と語っていたRちゃんの言葉を思い出す度に胸が痛い。
明日、幼稚園の面接を控えるRちゃん。可愛らしいよそ行きのお洋服も新調。
激美味炊き込みご飯を夕飯に戴いた後、お風呂。髪の毛を乾かした後、綿棒でパーフェクトにお鼻のお掃除。
自分の名前もおったんの名前もママの名前も大好物の品もきちんと答えられるRちゃん。明日は自分なりにナチュラルな元気、出してみてね。
そして明日は人生初の長野遠征。
現地でギター弾く。Bambiでギター弾く。『俄』のレパートリーも弾く。
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2009年 10月 31日
ん… ん…
昼食に自家製餃子定食を喰っていると、先に自分の分を食べ干した隣のRちゃんが、「ん… ん…」と言って父親分の餃子を指さしている。
「それ、よこせよ…それ、よこせよ…」そう彼女は言っているのだ。
45年近くも生きているので、食事の場合のご飯とおかずのバランス比率には自信があるところ。なのでこの餃子をRちゃんに差し上げてしまうと、その均衡は大きく崩れてしまうことになる。
しかしながら要求が通るまで「ん… ん…」の要求は変わらない。
渋々残りの餃子を半分に切り分け、要求通り姫のお口へ丁寧に上納。瞬間パパはご馳走さまで腹八分。
数日ぶりにRちゃんとお風呂。
人の子の成長ほど早く感じるものはないが、自分の子も例外でないことを知る。
日に日に伸びてくる手足に感心し、驚きながら自分よりも大事な命を抱きかかえ、綺麗に洗い流す。その際のRちゃんは、いたずらすることしか考えていない。
明日はもう1個、おいらの分の餃子を余計に食べてもらおうかな。
投稿者 yonezawa : 19:30 | トラックバック(0)
2009年 10月 25日
鼻風邪
伴侶発熱。明日、デザインをお願いしていた最重要デザイナーの1人:Tちゃんもインフルエンザでダウン。
Rちゃんも鼻風邪全開で困った。
数分おきにくしゃみを繰り替えすRちゃんの鼻水を盤石の体制で拭き取る1日。
鼻以外はいつもとなんら変わらRちゃんながら、呼吸が苦しそうなのでこちらの胸が痛い。
昼飯にはチャーハン、トマト、豆腐の味噌汁。
夕飯までポニョとウルトラマンを見ながらRちゃんと楽しい1日を部屋で過ごす。
近々、幼稚園の面接がある故、夕方、お風呂場でRちゃんの後ろ髪と前髪の断髪。
この作業も生まれてからずっとおいらの仕事。散髪は己ではイケてると自覚し始めている。
ところが数秒もじっとしていない彼女の髪を切ると言う作業は、プロの美容師でも相当厳しかろうと思われる。
一カット一カット「じっとしてて!」の、ほとんど馬の耳に念仏の説得を繰り返しながら、瞬時に切り分ける長さを把握し、風呂場の床にぺたりと尻をついてなんとかどうにか切り終える。
Rちゃん、よく頑張りました。さっぱりしたでしょ?
お洋服の脱衣はめちゃめちゃながら一応合格。2人でそのまま入浴。
風呂上がりにドライヤーで乾かした彼女の髪の仕上がり感はなかなかのもの。
夕飯にはRちゃん大好物の唐揚げ定食、他。
ほんの少し微熱もあったRちゃんだったが、大人の女性並の量をペロリと平らげてくれたので安心した。
お鼻でまともに呼吸が出来ず苦しそう。そのせいか、就寝時間はいつもより早めの22時頃(パパがいる日は寝る時間がもっと遅い)、寝室のテレビをパッチン(消)したRちゃん。
おやすみなさい。
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2009年 10月 4日
そろそろ着手
いい加減弾かないことには始まらなかろうと、11月、目黒ブルースアレイで20分間だけLED ZEPPELINを弾く「失速ライヴ」での曲をゆったり確認。
しかしヘタしたら40年ぐらい経過しているこのバンドの曲を聴いているのだが、弾けば弾くほど恐ろしい発見があり、バンドの化学反応で起きた奇跡だとしても、ジミー・ペイジという人物の創造した閃きなり創作には格が違うとしか言いようがない。
今日も舌を巻いた。舌を巻くのは中学時代から続いている。
手癖のソロにしても、なんと言ばいいのか…風格があり、「そのフレーズこそ正解!」と言う、ベストのマッチングを流れにメロディに感じるのである。
ONE AND ONLYの存在になるはすだ。
そのライヴの前に控えるBambiの長野ライヴ。こちらもそろそろ着手せねばなりません。
投稿者 yonezawa : 10:48 | トラックバック(0)
2009年 09月 23日
びっくぼーる
ここしばらくはウルトラマン各位に遭遇出来る機会がないようなので、ネット・サーフィンし、日の出から浅草までの船旅を決意。特に意味はない。
船初体験のRちゃんをCCD映像と一眼レフカメラに収めたかっただけ。
周りの風景など見る余裕も意識もなく、移動の電車の中からおいらはレンズを覗きっぱなし。
仕事柄なのか、彼女の背景にはそれなりのベストのタイミングが来るまで調整しながらの特写だ。
どこをどう走ったのか道中の景色など何も覚えちゃいない。
久々に訪れた浅草寺には観光客がわんさか。さすが休日。
地下鉄の駅から道路を渡ったお茶屋で食べた抹茶ソフトクリームが思いの外美味く、Rちゃんの分から(彼女で1個は多すぎるので)1/4ほどは戴いた。甘いものは滅多に食べない自分が珍しい。
徒歩で仲店通りを散策。
Rちゃんの引いたおみくじは「凶」だったのでなかったことに。
テキ屋では、300円で限度5個のビックリボール掬い。つまり、金魚すくいのビックリボール版。Rちゃんはやはり真っ先にブルーを選んだ。
ビックリボールと言ってもかなりデコボコの品なので、きっと商品にならない物を安く仕入れこうした景品に使っているとみた。
それにしてもこの街の匂いや景観は、道頓堀なり宗右衛門町なりの、関西の繁華街風情にそっくり。
帰途の電車内で突風のような睡魔に襲われ、やにわに瞳を閉じたおいら。すかさず「パパ、ねんねしたよ」と母親に知らせるRちゃんの声を遠く聴いた端に、本気で完全に10分間オチた。
自覚症状のなかったパパ(おいら)だったが、えらくお疲れだったようだ。
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2009年 09月 21日
明らかに100円玉
駐車場横の瓶の向こうに生い茂る、憎々しい木々の木くずが車体に降り注ぐせいで、季節によっては洗車しても翌日になると意味がない状態となる。もう何年も諦め状態。
にわかな掃除しかやっていなかった昨今の状態もあり、あまりに野ざらし状態を続けていた車体を久々に磨こうと本格的な洗車へ意識を駆り立てた。
いつもの広いセルフの洗車広場へ行くのだが、道路を隔てた側にあったはずの大型カー用品屋が消えており、そのスペースはいつの間にか車のディーラーに変わっていた。
一人せっせと水をかけた車体にブラシでゴシゴシ泡立てる。
小学生の頃、車掃除を手伝い、親父に褒めてもらえるのが嬉しかった。
今は誰も褒めてはくれないが、一人黙々と作業を進行。つい30分ほど前に別れたRちゃんが、近くのスーパーから帰ってきた矢先、父の姿が見えたその場所から「おった〜ん!」と駆け寄ってくる。
これ以上の至福はこの世になかろうと思いながら、最後の水かけ。
マットを退かし、車内の掃除機がけを行った際、明らかに100円玉と思われるコインを吸い込んでしまい、もの凄く後悔の念にとらわれたおいら。
投稿者 yonezawa : 11:37 | トラックバック(0)
2009年 09月 19日
Bunkamuraオーチャードホール
先だって発売された、ジェイク・シマブクロのライヴ国内盤ジャケットを描いた漫画家:谷口ジローさんと会場入り。
ジェイク・シマブクロ in Bunkamuraオーチャードホールへ。
ホールは超満員。
ツアー中日の頃合いで、演奏的にもまさに脂ののった完璧な技量と色気の炸裂する申し分のないコンサートだ。
たった一人で2時間以上のステージングをこなす舞台演出には、今回、スクリーン、CCDカメラを駆使したジェイク。
アットホームな中に、針の穴を通すような繊細なリズムとメロディの機微。とにかく圧巻としか言いようがない。
今回、初めてジェイクの(ガット)ギター・プレイも拝聴したが、そのスキルには嫉妬を抱くほど。見事。さすが。舌を巻いた。
終演後、大勢の関係者が待ちわびる中、控え室にジェイク登場。
ジェイクは谷口さんの描かれたジャケット原画を持参し、記念撮影の後にサインを戴いた。谷口さんも英語版のご自身のサイン入りコミックを贈呈。全編英語フキダシのコミックスにジェイクご満悦。
冷静にコンサートの出来を確認するジェイクに、おいらは感じたままの印象を伝える。彼と同じ時代に生き、同じ音楽を共有出来る幸運に感謝しながら控え室を後に。
今後彼は、国内ツアーのわずかな合間にも渡仏し、異国でのライヴを控えているそうだ。
世界有数のこれ以上考えられないミュージシャンの一人:ジェイク・シマブクロ。今日も世界へ邁進中。
投稿者 yonezawa : 14:48 | トラックバック(0)
2009年 09月 13日
若宮公園
デザイニングスタジオ:ジェニアロイド
http://genia.blog20.fc2.com/
の代表:Kより拝受したウルトラマン情報に乗っかり、まだまだ日の高い夕方、神楽坂へ。
車を駐め徒歩で若宮公園へ。入場30分前にはすでに地元の家族連れの方々が列をなしていた。
ネットで見ると毎年(少なくとも昨年は)行われたウルトラマン・イベントのようで、今夜も2人のウルトラマン(ティガと?)がやってくる予定。
ポップコーンを頬張り、ヨーヨーをつり上げ、金魚すくいにもチャレンジするRちゃんだが、もうあと1年はゲーム成立に時間がかかりそう。
しかし「やる!」意志は誰にも負けない。
金魚は残念だったが、強引に大負けでヨーヨーを3個、くじ引きではマグカップ等をゲット。
予定のバルタン星人は、子供たちが泣くことが懸念されるので、ウルトラマンとの記念撮影がすべて終わった後に登場させるのだそうだ(笑)。
我々はバルタン星人の登場までは待てずに、2人のウルトラマンのみと記念写真を撮って帰途に。
撮ったその写真は、およそ12日後に取りに行かねばならないとのこと。
ちなみに電柱に告知してあったバルタン星人の登場まで、我々は待てなかった。
先にバルタン星人を登場させるとチビッコたちが泣いてしまうのだそうだ。
投稿者 yonezawa : 16:31 | トラックバック(0)
2009年 09月 12日
違うピース
雨模様で神楽坂遠征は取りやめに。
世田谷の音楽人:Tのもとを家族で訪れた。
4年ぶりの再会となるのか。積もる話というよりも、目の前の日常を見つめた会話に終始し、それこそがわずか小一時間の空間を温かくしてくれた。
帰宅し、HDレコーダーに録り込んでいた過去の音源を久々に聴いてみると、「こんな曲かいたっけ?」と思ったレパートリーの断片がいくつか。
その時その時の感情を放り込んだ音源には、今の感情とは赴きの違うピースのいくつかが記録されており、改めてコードをコピーしなければ思い出せなかった曲も。
つまり極めて第三者的客観視して聴くことが出来るので、善し悪しの判断も早い。
1からの楽曲制作にもボチボチ取りかかるべし。
投稿者 yonezawa : 18:00 | トラックバック(0)
2009年 09月 6日
ウルトラマンアグル
東京駅構内B1にあるキャラクター・ショップへ、ウルトラマン人形を買うだけのために向かった。
ウルトラマン関連キャラの中で「アグル」というものがおり、多分モブ的キャラだと思われるのだが(違うか?)ブルーのウルトラマンがいる。最近の調査で知った情報。
サンシャインでのイベント内キャラクター・ショップへ赴いた際、Rちゃんが突進して鷲づかみした人形がアグルだった。
そこで「(初代)ウルトラマンはいらんの?」と、こちらがまず推進したいキャラを指して伺ったところ、最終的に彼女は大人の手のひらサイズのフィギュアに初代ウルトラマン、指人形にはアグルをチョイス。
アグルに関しては色彩が青だったことが好みの理由だったと分析。
その日から今日まで、延々その2つの人形を常に身の回りに置いてるRちゃん。
今日もアグルだけはポッケに忍ばせ、持ち歩いている。
プーさんやら他3体ほどの人形類を持っていこうとしていたので、協議の上アグルだけにしてもらった。なくすので。
結局、本人が選んだ指サック人形は今回8キャラを加え、全部でハンパな数の9体がコレクションに。
今後、これが何日で何個なくなるのかが懸念されるところ。
この2ヶ月でおいらのチタンネックレス2本がRちゃんによってどこかに隠されたこともあり。
現地で食べた塩ラーメンがもうひとつで、とても残念。六厘舎は人が並びすぎで断念。今だ六厘舎未体験。
猛烈な睡魔の中、帰途へ。
投稿者 yonezawa : 01:27 | トラックバック(0)
2009年 09月 5日
JAZZ KEIRIN
下高井戸の東京讃岐うどん屋「JAZZ KEIRIN」には、法政大学2部ジャズ研究会OB会の打ち上げ以来に訪れたので、もう何年ぶりになるだろう。
http://www.jazzkeirin.com/
料理人時代のおいらが大学に所属していたわけではなかったが、縁あって20歳ぐらいからギターの参加で、なし崩し的にサークル活動を数年間過ごした時期があった。
オーナー:T氏は、おいらよりも1個年上の同じく2ジャズ出身。
久々の再会を果たした(2ジャズ内では同期のような)TTが、何年ぶりかに誘ってくれた店がここだった。
閉店間際にお任せで出てきた酒のアテの何もかもが美味い。
時間的にカマの火を落とさねばという事情もあり、うどんの選択も店主:Tさんに任せ、冷たい(確か)白カレーうどんを戴いた。味◎。
酔いに任せ、競輪好きのTさんの話を聞くうちに、思わず90年頃、当時まだギリギリ現役選手だった中野浩一選手へのインタビュー(江口寿史先生との対談企画)のことを思い出した。
プロスプリントで世界10連覇した奇跡の実績は尋常ではない。
中野は1976年に初めて世界自転車選手権に参戦。
翌1977年には世界自転車選手権プロスプリント種目で初優勝。それから毎年同種目で優勝し続け、1986年までに10連覇を達成した後、自ら同競技より身を退いた。「KEIRIN」を世界的に認知させたのは間違いなく中野だった。
当時伺った淡い記憶ながら、V10を振り返った中野は確かこう語った。「初優勝の時には、『あいつは誰だ?』と言われ、誰にも認知されなかった。2度目以降の連覇の積み重ねにより『東洋人?』『日本と言う国から来たヤツなのか?』『ナカノという選手なのか!』と徐々に名前を覚えられ、認知される評価を目の当たりにしながら競技を行っていたものでした」
「後に、もう自分が身を退き、世界一の走者でなくなった後にも、ヨーロッパの大会にゲストとして招かれると、ポスターの一番上には大きく『Koichi Nakano』と書かれてあるんですよね。嬉しかったなぁ」
世界チャンピオンの名は、その次にナカノの文字よりも一回り小さい字で記されてあったそうだ。
中野の偉業は、他の、どのスポーツのどの優れた選手にも匹敵、あるいは凌駕するほど桁違いの素晴らしいものがある。
『世界自転車選手権プロスプリント10連覇』
この記録は、20年以上経った現在でもいまだに破られていない。
投稿者 yonezawa : 01:27 | トラックバック(0)
2009年 08月 22日
JCM800
デスクに張り付いてやるべきことを行っていると、リハーサルの時間があっと言う間にやってきた。
来週の本番の際、ライヴハウスにあるアンプの中で使用するのは多分マーシャルJCM800のようだが、未確認アンプなので、本体自体でどれほど歪むのか検討がつかない。
なので念のため、久々にサンズアンプとODを引っ張りだしてきた。が、ここ何年もエフェクターはペダルワウ以外に使ってなかったので、短いシールドも探さなければどこにあるのか解らない状態。
丁度、高校生時代と同じような「エフェクターを持っていない状態」に落ち着いていたので、どこそこに何の機材をしまっているのか探すのが一苦労。
機材の特性を知り尽くしたギターテクが居るなり、よほどのことがない限り、今後も使わないだろう。
本番直前のリハは、皆様方勿論これまでの最高の出来であり、練習後のポッピーも格別なものがあった。
山形くんだりより重量のあるメンバー分の(名物の?)こんにゃくを買ってきてくれた、バンド最年少の青年:Sくん、サンキュ。
投稿者 yonezawa : 14:44 | トラックバック(0)
2009年 08月 13日
SDカード(4G)
昼下がり、イトーヨーカドーで買い物を済ませ、Rちゃんを連れて井の頭公園で撮影会。
蒸し暑い気候ながら天候は◎。レンズの特性とカメラ本体の感触をつかむべく都合200枚以上押してみた。
フィルムの場合、例えば24枚撮りがスタンダードだったことを考えれば、この分野における技術の進歩は革命的とも言える。例えば4GのSDカードだったらどれだけ撮れるか。
プロアマ問わず、数百〜数千枚の中からベストショットが選択出来るわけだから、下手なカメラマンは激減すると思われる。
代わりにここ一番のシャッター・チャンスに対する気持ちは緩くなってしまうと思われる。
小一時間程度公園内を散策したら、おったんに似た汗かきRちゃんも額に汗が。
ジュースを飲んでお茶飲んで、アイス食べてブランコ乗って鉄棒して滑り台往復して駆けっこ。
帰宅し、夕飯食べてお風呂に入り、先ほど撮った写真をPCに読み込ませようとSDカードを差し込むが、何故か読み込まず。試しにプリンターにも咬ませてみたが読み込まなかった。
SDカードを本体に戻し、PCと直で繋いでみると読み込んだ。
今回の一眼レフに際し購入した最初のSDカード(4G)の不備。フィニッシュのこの段になって、なんだか腑に落ちない。
投稿者 yonezawa : 22:36 | トラックバック(0)
2009年 08月 11日
BDZ-A950
午前中よりRちゃんらは近所の公園に水遊びに出かけてしまった。
午後4時過ぎまで自宅で留守番。
ささやかな盆休みとなるこの間に、おいらのやることは決まっていた。
アメリカ在のRに頼まれている楽曲作成。
そして1ヶ月前後前に購入していたブルーレイ(BR)の設置と、HDDレコーダー内の録画番組・映画の整理。そしてデジカム内の動画をBRに撮り込み、BRとDVD-Rにダビングすること。
こうした作業は1人にならないと気分的にも環境的にも取りかかる気にならない。
もう1年以上前にデジカムを入手しながら、撮りためた映像は未だに最初のシーンから本体のHD内に入ったまま。
ろくに説明書も読んでいない切迫した状態で使い始めたので、後どれほど録画が可能なのか、その容量確認も今日やっておきたかった。
パナソニック「DIGA」HDD内の番組を、余っていたメディア:DVD RAM、DVD-Rに随時撮り込みながら、同時にBRにはデジカムからの映像を撮り込み。
結果、順調にダビング作業は進行。申し訳ないけれど、Rちゃんがいると絶対に出来ない作業だった。
Rちゃんの帰宅後も、神妙な面持ちで「今大事なダビング中だからね!」と笑顔で伝えると「だいんぐ だいんぐ する?」と繰り返し、単語の響き1つを習得してくれた。
家族が寝た後も明け方までダビング。
300Gの要領だったHD内の要領は「あと2番組」程度しか録画する容量しか残ってなかったところ、多分200G以上空いたのではなかろうか。
しかし、これまで2年以上未見だったDVD化したソフト内の映画、番組を、今後果たして見るのだろうか。
封の切っていないセルDVDも大量にありながら…。
投稿者 yonezawa : 14:41 | トラックバック(0)
2009年 08月 9日
じゅーたーまん
午前中、唐突なる姫の「おきて! おきてパパ!」の一言で“悪夢”から目覚める。
悪夢とは、iPod touchの中にセーブしていたRちゃんの写真がスライドショーのごとく逐一悪魔のような顔に変貌する…という本気で恐ろしい内容だった。
その悪夢からRちゃん本人が目覚ましてくれた。あの心理は何だったのか。
もう1週間ほど前から彼女と約束していた「ウルトラマンに会いに行く」計画を実行に移すべく、午前中からいそいそと準備。
今週、「じゅーたーまん、いく? じゅーたーまん、いく?」と少なくとも5回は問われていた。
ケーブルTVで『帰ってきたウルトラマン』の(確か)最終話を見せてから、Rちゃんはアンパンマン並にウルトラマンが気になるキャラクターになったよう。
ちなみにその最終話の暗いことと言ったらないのだが、彼女には何かひっかかるものがあったのだろう。
そのうち忘れてしまい、再びいつもの「しまじろう」とか「アンパンマン」等に戻るのかと思いきや、その熱はずっと継続されていたようで、「だったら行こうか!」と約束したのだった。
早めの昼食を戴き、随分空き空きの都内へ車を走らせ、目的地:池袋サンシャインへ到着。
道中もそうだが、館内の人出も比較的大したことがなく、通常この程度の人出なら、なんと快適な観光に、ショッピングになろうなぁと感じた。
駐車場の割引の対象にもならない高額な入場券を購入し、ウルトラマン・ショーの座席も確保。入口で撮られた写真は(購入は自由意志ながら)帰り際に1200円で売られる仕組み。額装なら2500円とは、そのあこぎさに驚かされた。
アトラクションのタイムリーな時間が来るまで、他の催し物会場を先に梯子。
まだRちゃんの年齢ではトライ出来そうなゲームはないのだが、いくつかの小物を買ったり、おやつを食べたりで館内を適当にブラブラ。
ウルトラマン・アトラクション会場へ戻り、乗り物に乗ったり、怪獣、ウルトラマン等の等身大フィギュアを眺めた後、舞台で行われる催し物、さらに別の大がかりな舞台のショーを観戦。
Rちゃんを太ももに乗せ、椅子に座って観戦中、激しい睡魔に襲われ10分ほど上手に爆睡。
ショーはおよそ1時間。着ぐるみの方々の暑い・熱い苦労を想像した。
「おもしろかった?」の問いに「おもしろかった!」とRちゃんご満悦。よかったよかった。
早めの夕飯にRちゃんはフライドポテトと餃子。ご飯は食べてくれなかった。
帰途の道中、30分程度お昼寝をしたRちゃんに、帰宅後ふりかけご飯を食べさせ、お風呂。
ご機嫌も損ねることなく就寝まで導けたのがなんとも嬉しい感慨だった。
Rちゃん、買ってもらった初代ウルトラマン・フィギュアを握りしめてスヤスヤ寝ていた!
投稿者 yonezawa : 18:18 | トラックバック(0)
2009年 08月 2日
体育館
早朝8時に起きた。
9時出の予定で府中方面へ向かう予定だったが、9時前のHからの電話で待ち合わせは正午に変更した。
本日雨につき、予定を大幅に変更せざるを得なかったのだ。
そもそも府中にある「じゃぶじゃぶ池」で、初めての水着を着せたRちゃんをじゃぶじゃぶお遊びさせる予定だったが、止まない雨を睨みながら泣く泣く断念。
親睦会はそのまま続行とし、H家と府中の体育館での室内お遊びに予定を変更することになった。
Hに駅まで迎えに来てもらい、H家で軽く昼食のおにぎり、唐揚げを頬張り、移動。
今日のもう一人のゲストであるH家:長女Kちゃんの同級生Yちゃんも、Kちゃん同様保母さん志望で、本日は頼もしいパートナーが(ママも入れて)5人。加えてRちゃんの心を掴む機微には定評のある、家長Hの存在。
もはや、Rちゃんの人見知りテンションは0に近い状態。
体育館到着。駐車場は随分混んでいた。
小雨の上がったタイミングを見計らい、まずはRちゃんを足こぎのカートに乗せ、ブランコを経由し、Rちゃん人生初のゴーカートに(ママと)乗車。
コースを2周する際、撮影ポイントは一箇所に限定されたが、あの瞬間の充実した笑顔が何とも言えない感慨を与えてくれた。
ちなみに1周たったの80円。このご時世にも財政豊かな府中ならでは、か。
体育館内ではフットサルからバトミントン、卓球、エアガン、アスレチックetc...みなさん本格的なトレーニング衣装で競技中。
広い絨毯の敷かれた「幼児広場」はたまたまノーゲストだったので、広場の全体を使いRちゃん、独壇場のかけっことブロック遊びに熱中。
ブロックは、積み重ねればRちゃんのお家も造れそうなサイズのモノで、これは想像よりも重量があった。
やがて何組かのチビッコとご両親が広場に集い始めた。しばらく大変なやんじゃぶりを発揮しながら、遊びの真っ直中にありながら、ある瞬間、線を引いたように真顔になり「おうちかえろ!」とバッサリRちゃん。
あの唐突な閃きの真相は何なのか?
よって、姫:Rちゃんの唐突な提案により、大人6名は一斉に移動〜帰途に。
H家に到着し、我々お父さん勢2人はこぼれた追加食材の買い出しへ。
H家次女Sちゃんがバイトから帰宅。午後4時。
Hと共に黙々と男料理に没頭し、H家恒例の餃子は大葉入りでキクラゲ入り。Hの仕込みも堂に入ったモノだ。皮の包みは全員参加でサクッと作成。大量の餃子がものの数分で完成した。
おいらは、H家の冷蔵庫に眠る大量の業界類の食材を発見し、またしてもシーフード・クリーム・パスタの作成。
併せて食卓には枝豆、自家製プチトマト(これが激美味)等が彩りを添え、ビールと酎ハイで乾杯。餃子、美味しかった。
理想的と言えたH家の家族像が今日も素晴らしい。
それにしてもRちゃん、雨天をはねのけ、よく遊び跳ね回りました!
投稿者 yonezawa : 15:43 | トラックバック(0)
2009年 08月 1日
違法駐車
気がつけば後4回のリハで本番。
何事も本番直前の一夜漬けでなんとか窮地を凌ごうという体質は変わらず。人間の性質は簡単に変わるモノではない。
良好なるリハの終盤頃バンマス大先生からトンデモナイ話を聞いた。
ご自身で所有している駐車場に知らない第三者の車が堂々と駐車しているとのこと。
どこの誰なのか判らないので、ともかく車が移動できないようにご自身の車をせき止める形で駐車し、リハに赴かれた。ともかくリハ優先な大先生。
その後、事の顛末を聞いて愕然。経過は以下に。
「直ぐに警察(110)を呼び、ナンバープレートから当該車両の所有者を割り出し、警察から連絡を繰り返すも不通〜パトカーを呼んで付近を大音量でアナウンス。しかし反応なし〜警察曰く『マンションの敷地内の問題でもあり、これは民民なので警察はこれ以上の介入できない』〜そのまま当該車両を塞ぐ形で(当方の)車両を放置し、飲み会に合流〜深夜のご帰還〜一眠り〜翌朝、8:00 に現場に行き確認〜一切の変化なし〜「たいがいにしなさいよ、アナタ」という内容と同じ意味合いのメッセージを記載した張り紙をべた張りにして、(やむなく当方の)車両を移動させ帰宅〜管理会社にFAX 〜数時間が経過〜管理会社の担当者が再度警察を呼び、現場付近を大音量でアナウンス〜繰り返すこと数十分、やっと持ち主が現場に現れたそうで、車両を移動させ、幕〜但しこの犯罪者に対する個人情報の開示は(被害者サイドには)なし。警察の弁は『確信犯だな、この輩は』」
なんて理不尽なんだ。
こんなことなら「おいらの車で代わりに堰き止めにかかり、容疑者を完全に突き止めるんでした」とO先生にメールしたところ、「警察は(民民の問題にも係わらず)ここまで遣ったのだから充分…ということでしょうし、こちらの顧問弁護士から警察に訴えて、相手方の個人情報開示を行わせた上で当該犯罪者に対して『損害賠償請求』を行うにしても賠償金額が少なすぎる(せいぜい、コインパーキングの費用程度か?)し、かえって弁護士費用の方が高くつくこと。裁判所も(この程度であれば)和解を薦めること(そもそも、軽犯罪としては軽微な問題なので訴訟として受け付けてくれない可能性が経験的にはあり)等を勘案すると、結局、警察の言うように、相手は『確信犯』としか言いようがないと思います」といったものだった。
O先生には同情。個人的には実に腹立たしい事件だった。
同時にこの一件で、「公道に無断駐車で放置するより、他人の敷地に無断駐車する方が刑罰がない」という事実が発覚したのである。
頭にきたおいらの「せめてタイヤに穴ぐらい空けるんでしたね」の意見に対し、大先生は「但しタイアに穴を開けると犯罪になるしねぇ。後段は『単なる脅し』に過ぎず、管理会社も『穏便にことを済ませよう』とするので、結局は『泣き寝入り』ですが、これは(ごね得? に通じる)法治国家の罠ですねぇ」との回答。確かに。
バンマスにしてギタリストにして無限創作者にして医学界の権威:大先生、終始冷静。さすがでした。
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2009年 07月 26日
チャンネル権の行使
不意に未確認情報が飛び込み、関係者各位に緊張が走る。
来週の業務再開後、さらなる詳細の確認が待ち構える。
自宅待機の時間はバンド・リハーサルの時間と思い切り被っていたが、最後の1時間だけ間に合わせるべく、思い切って家を飛び出した。
リハ後、諸々の連絡を行いながら吉祥寺駅ビル構内でRちゃんらと待ち合わせ。
軽い食事を終え帰宅したとたん、やにわに睡魔に襲われたRちゃんは「(お風呂に)入らない!」と言う。
「今日もいっぱい汗をかいたから入らんとイカンよ」と促すものの眠気に負けそうだったのか「入らない!」とビッシリ繰り返す。
数回の押し問答の末、「水遊びしよっか?」っという言い方の変換により、どうにかなんとか入浴に導けた。
一つ一つの問答には大いなる自我を含む人間性が現れる。実に面白い。
こちらがチャンネル権を行使してはならない。
午後10時30分を回った頃、テレビのリモコンを持たせて「Rちゃん、消してね」とお願いしたら、すんなりパチリと消してくれた。
同時にRちゃんは「おやすみなさい」と小声で言ってくれたのだった。
自我を含んだ葛藤する人間性。和みの瞬間也。
投稿者 yonezawa : 04:17 | トラックバック(0)
2009年 07月 25日
1戸建てと国営昭和記念公園
S社:Sが、おいらの家からもほど近い閑静な住宅地に一戸建てを構えたと聞き、彼の新居でご飯を戴こうという話が急速に進展した。
そのホームパーティを行う際には、そもそもおいらが料理をまかなうこと(条件?)になっていたので、S宅へゆく前に西友で買い出しに。
「包丁が切れないんで、それも買いましょう」というSの要望も盛り込み、食材、飲み物は買い物カゴ4個がいっぱいになるほど買い込んだ。
総計5名分の食材をわんさか購入。
33歳の若さで庭付き1戸建ての物件購入。何はともあれ立派なことだ。
おいらの自宅からの距離は車で正味15分程度だったろうか。
「庭付き」の自慢話(笑)通り、確かにちょっとした庭もあり、隣は空き地。日当たりのよい環境も申し分のない新居に招かれた。
今日集うメンツのうち2人がおいらとは初対面とのこと。
Sの仕事仲間である彼らの到着時間はあと15分を切ってしまっていたので、とにかく突貫工事のごとく調理に着手。
まず、ゆで卵を作成。
その隙に、キャベツの千切りにレタス、サニレタス、トマト、キュウリ等を洗ってざるにあげ、サラダの材料は冷凍室へ。
調理の後、サラダを即食べる場合、食材は冷凍室にしまうのがベストだと思う。
豚肉野菜味噌炒め用の材料を切り出し、ニンニクアッシュして、シーフードクリームソースパスタ用の野菜、具材切り出し。
調味料を確認。パスタの具材に考えていた3切れの鮭のうち2切れは素焼きにした。
ニンニクの茎と牛肉を酒、醤油、出汁とブラックペッパーで炒め煮込み、5人前想定の豚肉野菜味噌炒めも作成。
パスタの麺を12分間茹で、むきえび、鮭、卵黄、えのき、タマネギ等バターで炒め併せ、牛乳買うのを忘れてしまったので白ワインで和え、丁度麺がゆであがった頃、フライパン内で生クリームとざっくりあわせて軽く煮だたせた。
S宅のフライパンが鬼のように小さいので、すべての料理は難儀を極めたが、丁度よいタイミングで到着したメンバー:Rに流しの洗い物等をサポートしてもらいながら、スムーズな時間繰りで予定したすべての品を完成させた。
所要時間、正味1時間強だったか。気持ちのよい汗が流れる。
ビールで乾杯。
FUJI ROCKでの名演:ジョン・バトラー・トリオのライヴ映像を見ながら親睦会の開催。
しかし仲間宅でのホームパーティはいいものだ。
20年近く昔、たまに催していた、先ちゃん宅でのホームパーティは派手だったなぁ。あの頃もよく十数人分のシェフやってたっけ。
午後5時のお開きの時間まで、ほろ酔いの心地よき時間が流れる。
午後6時過ぎ、ママ&Rちゃんと三鷹駅で待ち合わせ。
昨日突然思い立ち、国営昭和記念公園で開催される花火大会へ赴く計画を立てていた。本物の花火をRちゃんに見せようと考えた。
立川駅からデパートの屋上を目指すが、すべてのテーブルがすでに予約者の名前で埋まっている。当たり前か。
やむなく昭和記念公園に連なる遊歩道を歩き、適度な場所でシートを敷き、とりあえずの場所を確保。
昼間2本近く飲んだワインがきいてきたのか、おいらは思い切り大の字。
やがて数千発を打ち上げる花火の音が聞こえ始めた。音色が小気味よい。
Rちゃんは夜空に大きく輝く初めて見る景色を興味深く見つめている。その横顔がたまらない。
ときおりRちゃんの姿を携帯とデジカメでとらえながら、可能な範疇「花火」の説明を耳元で聞かせた。
ひとひとつの風景が彼女の心の襞にどういった心象を与えていくのか。
かつて幼き自分が両親に見せてもらった胸の温まる多くの風景。Rちゃんを見つめながら、遙か昔に見た田舎での花火の光景がフラッシュバック。
昔、祖母に花火大会でのあるエピソードを聞いたことがある。
汽車が川内川を通過するそのタイミングに花火大会での花火が打ち上がった時、汽車は一旦そこに停車し、乗客に花火を見せてくれていたそうだ。
なんて優雅でロマンチックな時代なんだ!
投稿者 yonezawa : 18:04 | トラックバック(0)
2009年 07月 20日
未再構築
深夜6時までOSを入れ替えたパソコン再構築に必死。
ふいの夜中、気にかけて連絡を入れてくれた力強いMACプロ:Mちゃんのおかげで、ポイントをついたいくつかの検証が叶い、かなり合理的なチェックを試せた。
しかしOSまで入れ替えた当初の目的となる不具合の解消は、残念ながら修復ならずで、明日以降に今一度外付けのドライブを購入するか、専門店による本体自体の修理を経なければ完全復旧とはならない。
なんとかネットとメールの構築は叶ったものの、失った情報もかなりの量。
外付けのHDがデスクトップに現れたり、現れなかったりで心情的にも大きく落胆。
騙し騙しの環境は危くて仕方がない。
セーブしておいたはずの、昨日までの重要送受信メールは数年分全部が消失。致し方なしか。
投稿者 yonezawa : 17:36 | トラックバック(0)
2009年 07月 19日
Disney On Ice
果たしてDVDは何度リピートしたことだろう。ここのところ、ピクサーのフルCGによる傑作アニメーション映画『Mr.インクレディブル』に懲りまくりのRちゃん。
もうそろそろエラーが出るんじゃないかと思うほど、アンパンマン並の鑑賞率の昨今。
『Mr.インクレディブル』に登場する家族も全員登場するというアトラクション『ディズニー・オン・アイス』を見るべく代々木競技場:第一体育館へ。
数分の待ちで駐車場には進入できた。
第一部の観客が外に出てきており、第二部の観客は開演まで敷地内で売られているグッズ売り場で買い物中。
Rちゃんもいくつかの品々に興味を示すものの、本格的な「ほしい!」要求には至らないながら、最終的にはママの判断で缶入りクッキーと、ミッキーマウスの風船(高価)購入。
当たり前だが、売っているキャラクターグッズが、自分の考える常識の倍の価格で売られている。“もったいない団団長”としての印象は、観光地の土産品同様、高すぎると感じずにはいられない。
聞けばこのイベント、なんと1986年から始まったそうで、そんなとんでもない歴史があることに驚いた。
ショーは、ミッキーとミニー他が語り部として狂言回しを行うストーリー展開。
途中、暑さとRちゃんの重さで少し眠気を覚えたおいらは、意識的に椅子に腰掛けたまま10分程度仮眠。休日の遊園地で疲弊するお父さん像そのまま。
第二部でメインとして登場する『Mr.インクレディブル』のキャストは、遠目には映画のビジュアルととても近いニュアンスで登場したので、思いの外Rちゃんは興味津々。今回のアトラクション観戦は成功だった。
「みて! みて! いんくぶるぶる! みて! みて! いんくぶるぶる」
それにしてもオールキャストの動きがすごかった。
中にはビールマンスピンまでキメる選手(キャラクター)もおり、加えて三回転の妙技を決める選手(キャラクター)もいて、彼らこそが実力的に金メダルではなかろうかと心で考えた。
時にほほえましい(というか、無理もない)失敗もありながら、彼らは着ぐるみのまま、ある意味超絶技巧をビシバシ決めていたのだった。
帰途につく車中で少し興奮気味に先ほどのショーを語るRちゃんの笑顔に癒される。疲れた休日のおいらにも大いなる元気を与えてくれていた。
投稿者 yonezawa : 03:23 | トラックバック(0)
2009年 07月 18日
夕飯
家に誰もいないと思ったRちゃんの泣き声に目覚めた。午前中よりママは通院のため、Rちゃんの目覚めた風景には誰もいなかったようだ。
緩い温度設定にしてクーラーをかけっぱなしだったせいか、午前中やや鼻風邪気味のRちゃん。午後からは徐々に回復の兆し。
夕飯には冷蔵庫にあった充分の食材でカレーを作成。
ニンニクアッシュで肉類を炒め、軽く日本酒であたりつけ、続けて野菜類を炒め、
具をそれなりに煮込んだ後、食べる15分前くらいに炒めたナスと椎茸を加えたのは今日の気分。
野菜サラダ、そしてお中元でいただいた静岡産のおいしいところてんを付け合わせ。
それなりの時間をかけて作った晩飯は、正味15分で平らげてしまった。
食器洗いの時間を併せても30分に満たない。この年になってもゆっくり食べられない体質のままだ。
投稿者 yonezawa : 02:17 | トラックバック(0)
2009年 07月 12日
リモコン
エアコンのリモコンの次はケーブルTVのリモコンが紛失。
何かがなくなれば容疑者は自ずとRちゃんに向けられるのは致し方ないことなのか。
しかし、いくら探してもあるはずの場所にない。この捜索も長期戦になる模様。
吉祥寺のデパートでMとSのお祝いの品を買いだしに行った。共に男子新生児の出産。
今年は無念にもご逝去された知り合いも多いが、新しい命の誕生も多い。
リビングからRちゃんの大絶叫。今日も激動の1日だ。
投稿者 yonezawa : 18:40 | トラックバック(0)
2009年 06月 28日
初物件
生ゴミと燃えるゴミをまとめ、空いた段ボールをたたみ、空いたペットボトルをつぶして、Rちゃんの携帯用容器にお茶を移し、用意してあった鞄を持って外へ。
Rちゃんをチャイルド・シートに固定し、2人きりで街道をドライブ。思いのほか雨は強い。
木場店で食べた輩より「思いの外美味い」情報を得、思わずやってきた。
今頃になって、「レッドロブスター」初体験。
夕飯時には荻窪「丸長」前に居ながら、かつ駐車スペースも埋まってはおらず、店の座席も待たされる状況じゃなかったのに、ある意味後ろ髪を大きく引かれながら、おいらにすれば初物件のチェーン店を今夜はチョイスした。
以前訪れた「びっくりドンキー」同様、夕飯時だとそれなりの客が並んでいる。
日常、滅多にファミレス及びこうした店舗に行く機会が少ないので、この光景は新鮮にも映る。
「レッドロブスター」では、都合30分以上は待たされた。
入店時に名前を言い順番を待つのだが、どうも後続の客が早く案内されるので「?」と思い、名簿をのぞき込んでみた。すると店員のコが「お名前は?」と聞いてくるので答えると、新たに新規待機客の欄に書き込もうとしているので、「いえ、すでに名前はお伝えしているのですが…」と1枚待機客リストの紙をめくると、おいらチームは見事に抜かされていた。
脱力…
何のための一覧表であり、何のためのチェック(呼ばれた客には案内した印の線が引かれている)だったのか…と、もう一度脱力。
やがて席に案内された。
味はと言うと、確かに思いの外ズワイガニのトマトクリーム・パスタなり、ステーキの味付けなり、値段にしてはアベレージは達成している舌象(舌の印象の意)。
個人的には、ロブスター自体に惹かれるものはないのだが。
次回は順番を飛ばされないことを祈りつつ、雨の上がった天候を確認し駐車場へ。
連日報道されるマイケルジャクソンのニュースを見て、「ホントに死んでしまったのだな…」と再認識。
Rちゃんは深夜11時を回ってもまだ起きていた。
投稿者 yonezawa : 01:05 | トラックバック(0)
2009年 06月 21日
休日の彼女
リビングから聞こえる朝のRちゃんの大きな声は、こちらの睡眠時間に関係なく、起きるに充分は威力がある。
午前中から、DVD観賞なりお絵かきなり三輪車なり、それはもう落ち着きのない短いペースであらゆるお遊びを次から次にチャレンジするRちゃん。
その姿を見て、小学生時分、全学年を通じて通信簿に「落ち着きがありません」と書かれた己の評価を思い出す。
本日のみ午前中よりRちゃんと2人きり。
実はにわかに楽しみにもしていた1日。
正午の少し前に、ジャコ入りオムライス&味噌汁をRちゃんと戴くが、彼女、食卓に並んでいない「トマト」を要求するので即用意。
何故だかオムライスそのものは3口しか口を付けてくれない。仕方が無くアンパンマンふりかけを用意。その際、自分でかけないと気が済まないRちゃんに、こっそり切り口をつけたふりかけを持たせた。自らかけさせて怒濤の昼食を終える。
1日のうちに3,4度要求する野菜ジュースの飲ませるタイミングにはなかなか神経を使い、思い出したように「ジュース」を連呼する彼女。
飲むまで、泣くぞ、叫ぶぞ! という“止めない要求”の意志は鋼鉄のよう。思いは絶対に遂げるつもり。
なんとか数時間おきの間を得るべく立ち回った。気がついたら雨は上がっていた。
暗くなる前の夕方、コンビニまで2人でテクテクお散歩。
近くの小川で鯉を数分観察した後、コンビニで野菜ジュースとトマトジュース、アイスクリーム等を購入。
それなりの重さになった買い物袋を「自分が持つ」とばかりに、おいらの手からもぎ取るRちゃんに横取りされた。
歩くことと買い物袋を持つこと双方が精一杯の状況。しかし手を差し伸べても一切拒否。
だが歩行に支障は出てくる。でも自分で持ち歩きたい。
数分の葛藤があった思しき後、「抱っこー」とRちゃん。しかし荷物は自分が持ったなきゃ気が済まない。
やたらと歩きにくくなったまま、大きくなった我が子と荷物を抱え、どうにかマンションへ到着。
遊びに夢中になってしまった時にありがちなのだが、今日のおトイレは半分が失敗してしまったので、「今日は早めのお風呂だぜぃ!」と夕飯前には早々と2人で入浴。
今日が父の日であったことは、夕方の母の電話で知らされた。自覚無し。
寺田克也のイラストが目印。宅配便で徳間書店より届いた、獏さんからの著者献本『闇狩り師 黄石公の犬』が父の日と重なった。獏さん感謝!
投稿者 yonezawa : 20:27 | トラックバック(0)
2009年 06月 20日
谷口ジロー/イーオンモールむさし村山ミュー
漫画家:谷口ジロー先生の完成4C原稿を受け取りに仕事場訪問。
休日の本日は、買い物途中のRちゃんをふいに連れ立ち伺った。
と言っても玄関だけの受け取りだったが、谷口さんは蓮ちゃんに手のひらサイズの動物フィギュアと小型チョロQを贈呈くださった。Rちゃんは小さな声で「あ・り・が・と」と御礼。
ハイタッチと握手でおいとま。先生感謝! お疲れさまでした。Rちゃん、良くできました。
ちなみに、受け取ったこの原画は漫画誌に使われるものではない。8月には情報解禁の予定。
今日の午後になって急遽訪問を思い立ったのは、ウルトラマン・ショーの告知を知ったから。
自宅から車で片道1時間ほどかけ、初めてショッピング・モール「イーオンモールむさし村山ミュー」を目指す。
午後4時から始まるアトラクションには、代表してウルトラの父が来場するそうだが、到着したのが午後4時25分辺り。
ところが店内に入る少し前に、すでにアトラクションは終わってしまっている雰囲気で、ウルトラの父はそそくさと楽屋へ引き上げる最中ではないか!
ママに抱えられ、あわてて宇宙人の後を走って追いかけてはみたが、最後に一瞬振り返ってくれた正面の姿と、最後の後ろ姿をほんの一瞬見たのみ。
ここのところ、ケーブルTVで『帰ってきたウルトラマン』に興味を示すRちゃん、かなり残念。「うーたーまんは? うーたーまんは?」
モール内の洋食屋では、蓄積された何かの鬱憤がたまってしまったのか、Rちゃん、厨房の料理人から、店の客全員が振り返るほどの大きな絶叫を、座ったテーブル席で放ってくれた。
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
両親驚愕。ちょっと叱責。ごめんね、Rちゃん。
Rちゃんはフライドポテトをばくばく頬張り、みんなでハンバーグ定食を夕飯に戴き帰途に。
投稿者 yonezawa : 20:27 | トラックバック(0)
2009年 06月 13日
街頭演説
吉祥寺の伊勢丹が無くなるらしく、ユザワヤは移転するらしい。
駅前には大型ホテル建設の計画があるようで、今後またしても吉祥寺の街の景観が大きく変わってゆくそうだ。
人混みの中、ウインドウ・ショッピングをしながら街を散策し、井の頭公園でRちゃんブランコ、お馬さん、滑り台におおよそ40分。
ママがスーパーで買い物をする間、民主党:菅直人による街頭演説を拝聴。
駅前広場に駐車した車の上から、選挙に向けた渾身の演説。いつもなら落ち着かないケースも充分ありえそうなRちゃんだが、丁度椅子代わりになる高さの石の上に腰掛けたまま、演説が終わるまで神妙に聴き入っていた。
果たしてRちゃんは民主党の掲げるマニフェスト、選挙の争点をどう捉えたのか?
スーパーまでRちゃん肩車で歩く。
姫は「高いよ!高いよ!」と、目線の位置がグンと高くなったことを教えてくれる。
自転車置き場に預けた自転車の前かごにRちゃんを乗せ、快走しながら帰途へ。
投稿者 yonezawa : 20:00 | トラックバック(0)
2009年 06月 7日
とき卵ラーメン
大型ショッピング・ストアへ行き来する際、道中気になっていたラーメン屋「大山家」へ。
ここの名物といえば「とき卵ラーメン」だと、食券購入前に従業員の男の子に伺い、今回は迷わず購入。
同行者は塩ラーメン(キャベツ入り)。
時間は午後2時前後。店内でおいらの前には5名の客が待機。
10数分程度待ち、おいらたちが席に着いた頃には店外に5、6名の客が並んだ。
イメージとしては横浜家系と言っていいのだろうか。当初、登戸在住の頃、その言葉(横浜家系)が無かった頃、破格の美味さを誇った「鳥骨豚」を連想し、大いなる期待を抱く。
超極太麺の選択は、こうしたスープの場合個人的には好み。
ボリュームはなかなかのものなので、勢いで一気に食べ上げる感じに。しっかり腹の減った時に食べるべき物件で、酒後の〆としては年齢的に厳しかろう。
ややしょっぱいスープだったので、次回訪問することがあればキャベツ入りにするか、つけ麺にするかな。
それにしても「鳥骨豚」は美味かったなぁ。
日が暮れる夕飯前、Rちゃんのリクエストに応え、お魚さん見学へ近所の小川へ。
観賞時間はわずか10分少々。「少し散歩しようか!」と手を引くが、なぜか大好きな周辺の散歩を拒否して帰宅したがるRちゃん。少しだけ日が暮れかかったのが少し怖かったのか?
夕飯後、毎週休日の日課であるRちゃんとのお風呂から上がり、パソコン画面で見る映画「CARS」を2人で軽く観賞。
深夜近く、ヘットフォンをして映画観賞しようと思った矢先、携帯メールが鳴り、Fさんと合流し軽く一杯。
医療に関するいくつかのエピソードに納得。
投稿者 yonezawa : 22:17 | トラックバック(0)
2009年 05月 31日
E.T.Tの大阪ギャグだおれ
昨日午後、不意に決断。休日にRちゃんと過ごす1日がなくなるのは断腸の思いながら、こちらも今回見逃したくはなかった。
午前中よりいそいそと稼働。切符は最寄り駅で購入。
JRを経由し、東京駅ホームで江口兄発見。
午後12時30分発、のぞみ29号に搭乗。座席で編集:A合流。
先ちゃん(江口寿史先生)は、大阪で行われるE.T.Tトーク・ライヴ・イベントに出演するべく、おいらは普段滅多に遠征しない地でそのライヴを見届けるべく向かったのだった。
***********************************
●1年ぶりのE.T.Tトークライブはなんと大阪で!大阪の皆さんふるって参加して下さいね!
漫画家トークイベント第10弾!!『E.T.Tの大阪ギャグだおれ』
http://www.montage-live.com/schedule.html
あのギャグトークユニット(?)『E.T.T』が遂に大阪にやってきた!トークあり!持ち込み映像・画像あり!なんと来場者全員にプレゼントも!!
過去ネタから新ネタまで、今夜は一挙大放出!!もう来なきゃ損は間違いなし!
5月31日(日)ライブハウスmontage http://www.montage-live.com
OPEN18:00 START18:30 前売¥2,000 当日¥2,500(1ドリンク別途)
<出演>
E.T.T are
江口寿史(漫画家)
田村 信 (漫画家)
大地丙太郎(アニメーション監督)
***********************************
先乗りしている大地監督は現地合流なのだが、先頃プレイコミックで『できんボーイZ』を連載スタートしたばかりのタムタム(漫画家:田村信)は、この新幹線に間に合わなかった。
どうやら山上たつひこ先生直々にお願いされた原稿の仕上げ(アシスタント)を引き受けた彼は、まだ執筆が終わらないとのこと。
ここにきて、やや危険な雰囲気を察知しながらも、ともかく我々は予定の便で新大阪へ。
ほぼ予定通り現地入りを果たしホテルへチェック・イン。
遅めの昼食は、エグチンの提案で布施駅界隈の高井田ラーメン「住吉」へ向かうことに。
携帯で検索しタクシーで向かうが、なんばからは結構時間がかかった。
検索画像で見る限り、随分もちもちした麺で、うどんとラーメンの間のような太い絵面の麺&黒いスープが特徴。
出てきた物件もそのもの。
![]()
さっぱりした口当たりで、スープは全然作り込んでいない感じ。脂っこさゼロ。とにかくあっさり。
おやつのような口当たりでさくっと平らげた。
カウンター中の、親子と思しきおばちゃんとおばちゃん(失礼)の雰囲気は関西人独特の軽快な物腰。気持がよい。
予定の入り時間からは少し押し気味だが、ともかく近鉄電車に飛び乗り、なんばに到着してから30番出口を探す。
途中、番号案内の標識が消え失せ、えらく不親切な案内だなぁと感じながらも、なんとか最短距離で目的地「モンタージュ」に到着した。
外にはすでにファンの列が。
先ちゃんは小屋のスタッフと簡単な打ち合わせを終え、開演の準備。
すでにこちらに向かっているハズのタムタムからは新幹線に搭乗して以来、連絡が途絶えた模様。
こちらから携帯にかけてもまったくの反応がない。彼は貫徹で仕事を終え、こちらに向かっている模様。情報はそれだけ。
「判りにくい30番出口を発見するのは無理だろう」と言う、控え室面々の予測をよそに押し迫る開演時間。
「ともかく、15分程度押して間に合わなかったらやむを得ないので始めちゃおう!」という結論の末、ついにライヴはスタート。
タムタム不在のため、冒頭のトークはスライドを投影しながら逆にタムタムの人間性を細かく解説(笑)するコーナーに。
スライドに映し出される写真は全部がとにかく下品極まりない。客は爆笑。
トークの内容はテーマだけ決めてるだけで、何もかもがぶっつけ本番のガチ・アドリブ。会場の温度は徐々に上昇した。
開演からさらに遅れること30分、ようやくタムタムが到着した。
彼らと何度も酒の席を共にするおいらからすれば、ここで語られるエピソードは全部がガチのマジ話だと理解。「そこまで言ってしまうんかい!?」と心で突っ込みつつ腹が痛かった。可笑しくて。
よくもまぁ、ここまで包み隠さずに自己犠牲を覚悟で語り尽くすもんだ、エグチン、タムタム、タヒチン。
エンジンのかかり始めたタムタムも2人に絡み、おいらにすればいつもの飲みの席で交わす会話を大勢の仲間と聞くような錯覚に見舞われる。
絶妙に押し引きの関係が確立された三者三様のフリー・トーク。エンタテインメントとしても盤石の出来。
終演後、(企画にあったと言う)残った大勢のファンとの親睦会に数時間。何故かCCBの「ロマンティックが止まらない」を〆の曲に、午後11時過ぎお開き。
観客がすべて帰途についた頃、徒歩ですぐ近くの鳥ベース居酒屋でスタッフサイドの打ち上げに突入。
ここは初めて遭遇したスタイルの店だった。
目の前のテーブルには、少し角度のついた鉄板が置かれてあり、鳥を中心とした肉素材を自ら焼くというシンプルなもの。素材良好。気に入った。
ひとしきり初対面の面々、ライブハウスのオーナー、店長さんらと挨拶を交わし親睦を深める。
エグチン(新幹線で1時間弱仮眠したのみ)&タムタムは、仕事のまま新幹線に飛び乗る状態だった故、各々貫徹のコンディションながらも全然元気。眠気を感じさせない。50オーバーの2人、どえらい体力。
閉店直後、「そろそろ歌いたい」とお3方。
荷物を置きに一旦タクシーでホテルへ引き返し、残った総勢7名の精鋭(?)諸氏とカラオケ突入。恐縮ながら、おいらは1曲で何故か偏頭痛。寝不足のせいなのか、終始コンディション低迷。
午前4時過ぎお開き。先ちゃん提案のうどんを喰いに行く気力も失せ、そのせいで先ちゃんらもホテル帰還の流れに。
みなさん、あらゆる意味でよきシーンを存分に見せてもらいましたぜ。お疲れさまでした。
投稿者 yonezawa : 18:38 | トラックバック(0)
2009年 05月 30日
日用品
小雨日和から、やがて雨があがった。
近所の小川で泳ぐ大量の鯉をRちゃんと数分眺める。
「あっちあっち」「こっちこっち」と、一定箇所で泳ぐ鯉と、ゆったり前進し、またUターンで戻ってくる鯉を指してRちゃんが逐一動きを知らせてくれた。
一度「お外に出る」と言い出したら実行するまで効かない。
単に、不在時に届いた宅配便の荷を集配ロッカーから引き上げるだけ、あるいは新聞を取ってくるだけなのに、Rちゃんはいそいそと自分でクックを履いておいらの手を引き、1Fまで付き合ってくれる。
おいらの携帯に保存されてある写真データは、おびただしい枚数のRちゃんスナップ写真ばかり。
「かしてかして」と自身の日常を再確認(日課)するRちゃん。
昼食の冷やし中華を食べた後、外へ出かけた。
数キロ離れた大型ショッピングモールでRちゃんの日用品を中心に買い物を済ませ、夕方帰宅した頃には午後6時を回った。
夕飯には白菜、キノコ類を中心とした野菜炒め、秋刀魚の塩焼き、ところてん、鰹のたたきにおろし生姜をまぶした漬け、梅干し他…と、胃袋大満足の夕飯を戴いた。
新調の「ベビーレーベル おまるでステップ」。Rちゃん、何日で会得できるか?
今日現在、一番苦手なものは雷さま。
投稿者 yonezawa : 18:37 | トラックバック(0)
2009年 05月 24日
へそを取りに来るんだよ
井の頭公園でも散策しようかと昨日の段階ではうっすら考えていたが、雨模様の空を睨み予定を変更。
黒川紀章が最後に手がけたという国立新美術館[THE NATIONAL ART CENTER,TOKYO]で開催中の、「ルーヴル美術館展 美の宮殿の子どもたち」へ赴くことに。
都内ではほとんど混み具合を感じることなくスムーズに現地へ到着。ところがRちゃん、直前にガン寝開始。
入館。小雨日よりだったこともあり、それなりの人混み程度の印象。
3点ほど、特に気に入った絵画に遭遇。
雨があがった頃、徒歩で界隈を散策しミッドタウンでお茶する少し前にRちゃんお目覚め。昨年、鎌倉の大仏さまをガン寝によって見逃した彼女を彷彿とした本日。
ジュースと塩唐揚げ(Rちゃん大好物)を食べ終えた。帰途の道もなかなかスムーズな日曜日。
夕飯には白菜メインのポン酢味サラダ、餃子、ところてん等。
Rちゃんの「ごちそうさま!」を聞いた後、「お風呂に入ろうか?」と伺ったらば「やだ」と彼女。
こうした質問は、間を空けて3回ほど問うた頃「うん(OK)」と答えてくれるパターンが多い。
“拒否しても事情は承知しているのでしばらくしたら受け入れる”という、このやりとりこそが一つの成長と感じられる。自己主張の始まりというものか。
外では時折雷の音がゴロゴロ。
その自然現象の音を初めて耳にしたRちゃんは目を丸くし、ただならぬ表情のまま聴き耳を立てている。
「こわいねーこわいねー」抱っこのまま見つめるRちゃん。
「雷さんがRちゃんのへそを取りにくるよ」問題提議の父。
「やだよぅやだよぅ」ぎゅぎゅっとしがみつくRちゃん。
「おったんの言うことを聞かないとおへそを取りに来るんだよ」警告。
「やだやだ」益々ぎゅぎゅっ。
「よし! じゃあ雷さんに蓮ちゃんのへそをとらないように、今お願いしといたからね!」
「よかったねぇ。こわいよこわいよ。よかったねぇ」
安堵のRちゃん、大変真剣な眼差しで自分のほっぺをおいらのほっぺにくっつけた。
お風呂から上がったRちゃん、リビングとおいらの部屋を行ったり来たり。時計はそろそろ午後10時。Rちゃん、おやすみなさい。
そろそろ午後12時。椅子でオチてたおいら。異様に眠い夜更け。
投稿者 yonezawa : 00:14 | トラックバック(0)
2009年 05月 23日
またしても羽田
昨日、飛行機が羽田に着陸する頃、すでに届いていた携帯メールと着信の履歴を確認。
明日から義母が上京する旨を記した伴侶からのメールだった。
予め某幼稚園から、未入園児宛に運動会への参加呼びかけが届いていた。本日朝10時前より、Rちゃんはその運動会の1コーナーへ参加するべくママと外出。
正午過ぎ、催し物で戴いたという賞品:スケッチブックと団扇を抱えて笑顔で帰宅したRちゃんに促され昼飯。
午後2時過ぎ、またしても羽田へ飛ぶ。
かなり唐突な義母の来訪だったので、航空チケット等の手配のサポートも出来ない状況だったが、予定通り九州からの便は離陸。定刻より10分早く到着。
首都高を通らず幹線道路を横断しながら丸長で夕飯。最近、餃子も定番メニューに加える我が家。
満腹の様相で帰宅し、順番に風呂に入り、おいら以外の面々はかなり早い時間にご就寝。
明日からの計画を見越し、一人あれこれと妄想。何がベストなのか。
歴代、何人もの大統領が何故か退陣後に逮捕される国:韓国。その韓国の、盧武鉉前韓国大統領自殺のニュースに驚いた。
投稿者 yonezawa : 03:47 | トラックバック(0)
2009年 05月 17日
なんとまぁ
夕べの睡眠時間がわずか4時間だったせいか、夕飯後ソファで気持ちよくオチかけた。が、とたんにRちゃんが「だめぇだめぇ」っと頭を掴んで起こし、枕として使っていたクッションをあらぬ方向へ放り投げた。
「したらばお風呂だ!」とモーローの頭で脱衣所にふらふら向かえば、笑顔のRちゃん駆けてきて、いそいそとお風呂の準備。
長袖の衣類は脱ぐのにまだ少し加勢が必要だけれど、脱ぎっぱなしながらおむつは最近バンバン自力で脱衣。なんとまぁ可愛らしいこと。
時折目に入るニュースで報道される「新型インフルエンザ」の脅威が深刻。時間単位で感染者の情報が追加されてゆく。
ニューヨークの友人:Mからのメールによれば、現地でマスクしてる人はほとんど見かけないそう。勿論しないよりはましだろうが、果たしてマスク程度で空気感染の新型ウィルスから予防する手段になるものなのか。
「CDラックの手の届かない箇所まで抱っこで持ち上げて!」っととれるお願いをするRちゃん。抱っこで持ち上げると、誰も教えていないのにJEFF BECKのコーナーを探り当て、ロゴしか書かれていないジャケットを手に取り、「じぇっべっく! じぇっべっく!」と言った。
以前、JEFF BECKのロゴが入っていたパーカーを着た時に、「(この頃はまだ)じぇっじぇっく!」と言ったことがあったので、あの時から書体共々理解していたのだと気づいた。
投稿者 yonezawa : 17:59 | トラックバック(0)
2009年 05月 16日
自動車保険
10000ワード弱の原稿と睨めっこ。
書いても書いても、きっと第三者から見ればどうでもいい箇所に何度も赤を入れ、最終稿にならないまま時間が過ぎる。数時間、間を空ければまた句点の位置を変えたり。
ゴミ出し以外は1日中家に引き籠もり。
自動車保険を見直そうと、数社に見積りのメールを依頼しており、数件の中からベストの契約内容を探し出す。同級生でこの道の権威:Kにもアドバイスを乞う。
過去、まず素人には書けるはずもなかろう、住宅ローンの%等までを記した書類を難なく書き込み、仕上げてくれたKには今回も大感謝。頼もしさが嬉しい。
彼からのアドバイスを踏まえ、某会社と無事契約。
自分でネットを経由して申し込むと、保険料は何万円も安くなる事実を今回のやりとりで知った。
夕飯はホクホク・ハンバーグと炊きたてのご飯。
午前5時過ぎまで、録りためた番組を睡魔に襲われるまで拝見。
毎週月曜日夜7時放送『報道発ドキュメンタリ宣言』さらば警察~わが人生に悔いなし~と銘打った、愛媛県の現職警官:仙波敏郎さんのドキュメント映像に泣いた。
http://www.tv-asahi.co.jp/d-sengen/
http://www.amazon.co.jp/dp/4062153599/
愛媛県の現職警官であった仙波敏郎さんが、実名で警察の組織的な裏金作りを告発。それによる不当な配転を違法として争った国賠訴訟一審判決で、劇的な勝利を手にするまでの道のり、そしてその後を追いかけた企画だ。
タブー視されてきた警察組織の闇、裏金、腐敗、汚職、隠蔽の「組織的犯罪」に独り敢然と立ち向かった男の人間ドラマに心撲たれたのだ。
仙波さんの主張は「全国の警察では組織をあげて税金を横領しています。その金額は年間100億円規模とも考えられます。これが放置されてきたのは、27万人の警察官の多くが、実際に領収書を偽造して巨額の裏金をつくっているにもかかわらず、全員が口をつぐんできたからです。なんと大多数の警察官は犯罪者なのです。」と言ったもの。
仙波さんは同期の最短で巡査部長昇任試験に合格。その後35年間巡査部長という警察官は他にはいないそうだ。
昇任試験の面接で、「領収書を偽造しなければ警部補には昇任しない」と言い渡され、仙波さんはその後の昇任をあきらめた事実。告発後の警察側による報復人事、左遷、無視。知れば知るほど憤りを感じるばかり。
以下、番組公式サイトに掲載された「愛媛県警察本部への質問と回答。(電話による回答)」
まったくもって解せない。
<質問①>
仙波さんが行った一連の「裏金作り」の内部告発は事実ですか?
<愛媛県警からの回答>
そのような事実は確認されていません。
<質問②>
裁判で「仙波さんの通信司令室への配置換えは違法である」という判決が確定したにもかかわらず、仙波さんが求めている直接謝罪を行わないのはなぜですか?
<愛媛県警からの回答>
判決において示された義務については、すでに履行しているところです。
(※)
<質問③>
この春、定年退職された仙波さんに、何か贈る言葉はありますか?
<愛媛県警からの回答>
特にありません。
(※)
判決において示された義務とは「愛媛県が仙波さんに慰謝料100万円を支払うこと」です。しかし仙波さんによると、県警側は、この100万円を廊下で手渡そうとしたため、仙波さんが「県警本部長からの謝罪が先ではないか」といまだ受け取ってはおりません。現在慰謝料は法務局に供託されている状態ということです。そのために、「履行しているところです」という表現になっていると考えられます。
***********************************************
関連ホームページでは情報提供、仙波さんを支える会の支援も募集している。
http://ww7.enjoy.ne.jp/~j.depp.seven/
投稿者 yonezawa : 17:58 | トラックバック(0)
2009年 05月 10日
じぇっべっく
![]()
Rちゃんの手を引き、徒歩でほんの数分先の地にある公共体育館へ。
それなりのスペースを設け、幼児の遊ぶスペースが設置されていた。散歩がてらの30分程度、同スペースを満遍なく使ってRちゃん大奮闘。
道中、中学校前に咲く花壇の花をバックに、おふくろ宛のRちゃん写真を撮影。
コンビニでアイス、飲料水他を買い、帰宅した頃にはナイスタイミングで夕飯が食卓を彩った。
理想的な休日とも言える時間が流れる。
それにしてもRちゃん、父親のおいらか伴侶に似ているという世間的反応よりも、おいらのおふくろ、つまりRちゃんのばあちゃんに似ていると言う反応が圧倒的。
日に日に微妙な言葉を学習しつつある彼女。最重要なボキャブラリーの一言「じぇっじぇっく」が、ここのところついに「じぇっべっく」と進化を遂げた。
投稿者 yonezawa : 22:43 | トラックバック(0)
2009年 05月 9日
All Handmade Guitar
最寄り駅前のパスタ屋でTさんとお茶。
現在、ヨーロッパの大漫画家:メビウス御大が来日しており、Tさんは過去に共著されている経緯もあり、最終日の今日、ご本人とお会いしてこられたそうだ。
今回、おいらからは別件の仕事の話があり、バンド・リハーサルぎりぎりまでノン・アルコールで打ち合わせ。
久々のスタジオ・セッションにはオリジナル・オール・ハンドメイド・ギターで参戦。
すべてに注文しまくり、作成したこのギターの完成度は手前味噌ながらおそろしく完璧。
ほろほろと、そしてもんのすごいペースで量産されるバンマス:O氏とリード・ヴォーカル:Hちゃんの創作ペースは、おいらの音楽歴史上聞いたことがない程。
この、ほんの数ヶ月の期間で100曲以上のレパートリーを数えている。
原石のごとき粗構成の楽曲を、それぞれの解釈で肉付けをするような新鮮なセッションの2時間はあっという間に過ぎ去った。
馴染みの優しい居酒屋:Hで、おいらにすればライヴ以来、メンバーとの乾杯を交わす。
水割りでお願いしていた芋焼酎が(サービスなのか?)単なるロックであることに3杯目になってようやく気づき、いつにないほろ酔い気分で店を後に。
同じく馴染みのバー:SにはO氏、Hちゃんの3人で訪れた。
例によって話の肝心の内容は空の彼方に消えるのだが、演奏後のアルコールがこうまで美味しく感じる感覚は20歳の頃から変わらない。
投稿者 yonezawa : 22:42 | トラックバック(0)
2009年 05月 5日
ジェイク
読み込ませていなかったジェイク・シマブクロの旧譜すべてをiTunesに録り込む。
ヘッドフォンで適当にアルバムを再生すれば、とたんにジェイクのきめ細かいフィンガリングに聴き入ってしまう。
ソロ・キャリアわずか7年程度で、なんだかんだ12枚前後のCDをリリースしてきたジェイク。そのスパンにも驚きだが、実際のライヴでもリハーサルはほんの数時間で、初めてのサポートの面子と本番をこなす技量にも舌を巻く。
その演奏に不備はなし。
昨年リリースの彼のアルバム『YEAH!』は、個人的に『ドラゴン』に次ぐ優良物件で、この中の数曲はおいらのレパートリーとしても定着させたいところがある。
雨模様の中、Rちゃんを片手に抱えスーパーで買い物。
投稿者 yonezawa : 23:27 | トラックバック(0)
2009年 05月 4日
ナムコ・ナンジャタウン
甥っ子の高校入学の朗報と共に、小学生時代からの幼なじみ:Mの娘と、その甥っ子が同じクラスになった驚きの知らせも同時だった。
午前中より稼働し、一路池袋。
他ならぬRちゃんのため、GW真っ直中の混沌無謀な1日に、初めて冷静にサンシャイン・シティ内:ナムコ・ナンジャタウンを目指した。
サンシャイン辺りの駐車場を探しまくる。
サンシャイン自体のパーキングに連なる長蛇の列は無視し、近隣のパーキングを探しながら周辺を徘徊するが、狙った駐車場を4回通過しかけたタイミングでようやく駐車スペースを確保。
ウロウロし初めて40分は経過していた。
ナムコ・ナンジャタウンへ到着。
“不気味な能面蟹の灯りを頼りに、真っ暗な旅館で肝試し”──と言うふれこみの『地獄旅館』へ。果たしてRちゃんの反応はどうなのか? 肝試し的アトラクションに並ぶこと40分、ようやく入場。
能面蟹の灯りを指定箇所に置きながら4つの文字を収集してゆくという演出で、最初と最後に手のひらで計った心拍数(?)でヘタレか否かを計測してくれる趣向も。
延々Rちゃんを抱っこしていた分、驚く暇はなかった。
肝心のRちゃんはと言うと、至って平然とお化けを凝視し、特に大きなリアクションもなし。
アイスをいただき、『池袋餃子スタジアム』で軽く胃袋を満たし、場所を新宿に移す。Rちゃん車中爆睡。
Hで夕飯。
食後、駐車場に向かう途中、シンク:Oちゃんと偶然路地で遭遇し、STOP:Mちゃんの店でオレンジジュースを戴いたRちゃん。
帰途の車中もご満悦で、それなりのGWの1日を演出出来て胸をなで下ろす。
投稿者 yonezawa : 20:00 | トラックバック(0)
2009年 05月 3日
掃除
予定していた宴が先方の風邪事情により、3日延期することになった。
買い出しは明後日と6日当日午前中に変更。
人が家を訪問することになると、とたんに部屋は綺麗になる。
これは実家にいた幼少の頃から変わらず、独身男子以外のおいらの周りの者はこの性質を持つ者が多い。
しかし片付けようにも物が多すぎてどうにもならないのだが、動かせる生活用品らを移動させ、埃っぽい部屋のかなり細部まで掃除機がけ。
部屋が綺麗になるとやはり気分がよい。流れる汗も爽快。
そうなった直後だけ小さなゴミにも異様に敏感となり、せっせとコロコロまでかけたりしながら更に整頓を心がけたり。
ところが一週間もすれば業務は平常運転となり、なんらいつもと変わらない生活パターンに戻って積もる埃も通常に落ち着く。
週末に向けて天候は崩れるそう。
先方、果たして3日で風邪を完治させられるのか。
投稿者 yonezawa : 23:26 | トラックバック(0)
2009年 04月 29日
井の頭公園
快晴な1日。
GW中、同級生のH家を我が家に招き入れる際の補足的商品も兼ねた買い出しに。
目的の店舗を数軒訪れ、一通りの買い出しを終えた後、井の頭公園を散歩しようと商店街を歩く。
休日の快晴の日は確実に人出の多い公園だ。
ジェラートを食べて公園の湖を一時間近くかけて一周。
ブランコ、滑り台等の公園アトラクションに20分程度時間を費やしたRちゃん。
夕飯はいつもの最重要パスタ屋で澄ませた。
マスター:Sさん、厨房:Nさん、従業員の方々のいつでも温かい配慮ある接客に今日も感激。
車で来たことをいつも後悔するのだけれど、大概休日はノンアルコールで食事のみ。
マスターはいつも注文とは別に、安直な意味ではなく、パスタもワインも絶妙の間で提供してくれる、恐ろしく懐の深い方だ。
接客に関して彼ほどのスキルを有するプロに会うことは稀。次回のサシ飲みも楽しみ。
スーパーを経由し、食材の買い出しを終え帰途に。
深夜、カサビアンの新譜全曲の一部(スニペット。1曲のみフル)を拝聴。明日は単独インタビュー。
投稿者 yonezawa : 12:01 | トラックバック(0)
2009年 04月 26日
汚い車
快晴。
駐車場の車体には、たくさんの木くずや花粉やらが山積。
容赦なく覆い被さる鬱陶しいゴミ類を軽く掃き落とすだけで20分はかかりそう。最低。
タイヤ表面の接写写真を携帯で写しKに送信。
ガソリンスタンドに給油に行く度、何度もタイヤ交換を勧められるので、「ホントにそうなのか?」と疑心の念を抱きながら、車の全般的なプロ:Kの意見を乞うために送信。
彼からは速攻で「全く交換の必要なし」と心強いメッセージが帰ってきた。
交代で、「お茶の水で息子のためにギター・アンプを購入したのだが、音が鳴らない」という連絡を受け、おいらなりの的確と信じるアドバイスを返答。
餅は餅屋也。
荻窪『丸長』で昼食。
(つけ)麺が出てくるまで、最もわくわくするラーメン店の筆頭が未だにここ丸長。
西友で買い物を済ませ、夕飯前にRちゃんとお風呂。
気がつけば生茶のCM曲が『甘い罠/チープトリック』。曲が聴こえ、思わずテレビに振り返ってしまった。
投稿者 yonezawa : 16:58 | トラックバック(0)
2009年 04月 25日
松下奈緒コンサート・ツアー2009"pf"〜BARD LAND
あいにくの雨模様の中、有楽町は国際フォーラム(C)へ。
開演2分前に滑り込みの到着。入口で編集者:Uと合流。
松下奈緒コンサート・ツアー2009"pf"観戦へ。
彼女の、フォーラムでの単独コンサートも今年で3回目。
一昨年、オーストラリアのトップ・シンガー:デルタ・グッドレムと、女優でピアニスト:松下奈緒との対談を企画した経緯があり、それ以降、正式に音楽活動を開始した後の彼女の東京公演観戦は勤賞となっている。
暗転の中聴こえてきた、彼女が中学時代に書いたと言う曲よりコンサートの幕が開く。連なる叙情的なピアノ・ソロ曲が新作『pf』の世界観をかいま見せる。
ボサから4ビートに連なるジャズ的趣向の演奏が個人的には最も惹かれ、ソニー VAIOのCMに使われた彼女のオリジナル曲『〜F〜』は、オリジナリティという見地からは最も突き抜けていた。
終演後、楽屋で『pf』レコーディング時以来の再会を果たし、会場を後に。
編集:Uの馴染みの焼鳥屋『BARD LAND』はすでに看板(閉店)でありながら、店主:和田さんが快く迎え入れてくださり、激美味の焼き鳥をコースで堪能。
Uとは、なかなか味覚もおぼつかない赤ワインの価格談義を交わす最中、プロ的見地からアドバイスをくださる和田さんの意見は大変参考になり、カウンター越しにかなり充実した情報を入手。
シャトー・マルゴーの年代ごとのレア価格情報も仕入れ、収穫多し。
閉店の時間も場所をテーブルに移し、従業員の方々のまかない飯に参加する形で生ビールとつまみを、精算後にも関わらず提供してくださった、初対面:和田さんの懐に心より感謝。
新宿を経由し、帰途へのタクシーに乗る頃、1時間前に届けられていた岩谷テンホー師匠の着メールに気づき、急いで連絡するが、御大、昨日おいらが訪れた『闇太郎』ですでに出来あがりのご様子。
投稿者 yonezawa : 16:58 | トラックバック(0)
2009年 04月 19日
masters of HINKAKU
風呂に入る直前、風呂場にてRちゃんの前髪を少し切った。
ほんの数秒も完全に止まってくれないので、かなりのカット技量を要する行為。
なんとか巧く切り分けたが…。
映画『チェンジリング』は随分遅ればせながらの頃鑑賞。
先に書いた『グラン・トリノ』のクリント・イーストウッドが、本作の監督・製作・音楽を担う。
1928年のロサンゼルスを舞台に、誘拐された息子の生還を祈る母親(アンジェリーナ・ジョリー)の闘いを描くクリント・イーストウッド監督によるサスペンスドラマ。
ストーリーの概要を薄々知っていようとも、丁度良い負荷で作品のテンションを最後まで維持させる、つまり映画としての力量を有する作品だった。
昼下がり、テレビ朝日系「これが世界の現実だ! アフリカ最貧国・ベナン救済計画〜ビートたけしのお願い〜」鑑賞。
ビートたけしと言う男は、なんたるテンションでなりゆきのまま“粋”を実戦しているのか。
賛同する所ジョージしかり、現地:ベナン共和国に主催者:ゾマホンと乗り込んだ田中義剛にしろ、ビートたけしの粋に引きよせられ、全員これ以上ないナチュラルな意識で、肩肘を張らず取り組んでいる。
ゾマホンは奇跡を呼び寄せた。
自身を例に取れば、ビートたけしの“偶然乗りかかった気持ち”に賛同すると言う意志のみで、かつてまともな寄付経験のなかった一民間人にも「振込することがむしろ嬉しい」という意識を芽生えさせた。
「品格の達人」=「masters of HINKAKU」と言う言葉が閃き、おいらが10年前に考え、書籍タイトルとなった基のフレーズ「北野武の達人」=「masters of TAKESHI」を思い出す。
テレ朝は先進国の代表として、ある意味それなりの時間を追い続けていくべき企画だろう。
ところで同じくビートたけし、所ジョージ編集のゲリラ雑誌「ファーモーソ」の件。
神保町を初めとする都内の書店では軒並み売り切れ。4月前半発売と聞いていたので成り行きで購入とタカをくくっていたところ、とんでもなかった。
およそ13店舗歩き、問い合わせたが、すべてが売り切れ。
やむなく版元に通販で申し込み、ようやく入手した次第。どこも発売日でソールドアウトだったそうだ。
彼らが雑誌の中で先頭を切り、ここまでパンクで崇高な無茶を構築されては、いかなる出版社でも太刀打ち出来ない無力さに突き落とされそう。同時に拍手喝采。
“あまりにくだらない!”と言う究極の誉め言葉でもって嫉妬する気持ちだ。
例えばリハーサイド・マンションにも、ニュースでのリバーサイド・ダイエットにも笑うしかなかった、人として。
投稿者 yonezawa : 01:09 | トラックバック(0)
2009年 04月 12日
Waiting On The World To Change
今朝の就寝からそのまま寝ていた状態にありながら、ふいに左胸板に重量を感じる。
おもむろに腰掛けた模様のRちゃんの体重で目覚めた。
もう11時。
アコギでセッションする曲でも考えてみようかとiTunesで編集したら、さほど気合いも入れていなかったのに37曲もチョイスしていた。
iTunesに録り込んだ音源のみ、つまりまだ読み込ましていない膨大なCD(ラック)を見ないままのことなので、そちらを併せればさらに倍の曲数にはなりそう。
曲を聴く度、その曲を初めて聴いた頃の景色なり会話なり、当時のエピソードを思い出す。
iTunesで編集する限りアルファベット順の羅列になるが、編集後、曲順も生理的に馴染みやすいものから並べ替えた。
再生しながらコード・トーンを探る。
中にはよく知る曲ながら「こんな単純な進行だったのか?」と、曲のアレンジの凄さと深みに呻らされる場面も。
決して無理な演奏はせず、身の丈にあった曲と技量で演奏の最善を尽くす。これだけで音楽は充分。
Featuring Ben Harperバージョンの『Waiting On The World To Change』を聴いて今日もセンスに刺激。
『I DO』を書いたときのLisa Loebにはポップスの神が宿っていると思う。
The Policeの『So Lonely』とThe Beatlesの『Let It Be』(とThe Modsの『two punks』も)は同じコード進行なのに、これほどまで曲が違い、どちらの完成度も破格…等、脱帽な曲ばかりなだけに想いは一々深い。
風呂から上がり、島田紳助出演のバラエティ番組観戦。
三浦友和と山口百恵の息子はバンドデビューしCM出演を果たし、明石家さんまと大竹しのぶの娘は歌手デビュー。
矢沢永吉の娘もシンガーで、関根勤の娘はバラエティで大活躍し初めて久しい。
中村雅俊と五十嵐淳子の息子(で俳優)は深刻なことになっており、今日のテレビで知ったが横綱:朝青龍はTVCMでパラパラを踊っていた。
投稿者 yonezawa : 03:59 | トラックバック(0)
2009年 04月 11日
耳鼻咽喉科
Rちゃんの鼻の調子はいまだ完治しないまま。
午前中、自転車で最寄り駅前の耳鼻咽喉科へ。
幼児の子供も受け入れる、最近移転したばかりだと聞いた新築の耳鼻科へ到着。
Rちゃんぐらいの子供から大人までフロアいっぱい大勢の患者で待合室は埋まっていた。
通常、確実に30分程度は待たされると聞いていたのだが、その場で大人しく順番を待つことに。
子供用の玩具もあるので、それなりに時間をつぶすことは許容だが、子供は1時間を過ぎるとどの子も飽きてくる。ごね出す。
結果、1時間40分待った頃ようやく名前を呼ばれた。
大いに待ちわびた末、診察室へ。
いつものことらしいが、あまりにRちゃんが恐がり、嫌がるので、吸引器で鼻を吸い出すだけの診察となったのだが、3人がかりで動きを制御して行うもので彼女は勿論ガン泣きとなった。どの子も似たりよったり。
診察時間は1分なかった。
ちなみに父親であるおいらも幼少時代、ハンパない医者嫌いだったそうで、その異常な嫌悪ぶりと抵抗ぶりは記憶しているほど。床屋の白衣でも泣いていたそうだ。
主治医に御礼を申し上げ、Rちゃんを抱っこしたまま鼻をハンカチで拭き取りながら医者に今後の指示を伺おうと立ち上がった際、看護師の1人が「あちらで(聴覚?)検査中ですので、もう少し鳴き声を小さくしてもらえませんか!」としかめ面で注意を受けた。
「こちらも出来ればそうしたいわい」「こんな泣き声など、幼児が来院すれば日常のことだろう」と心で突っ込みながら外に。なんと気分の悪いことだろう。
確かにうるさく泣いている子供の声で迷惑だったのかもしれない。しかしやはりあの言われようは解せん。
自身の経験上、人と人とのトラブルは、大抵がその内容自体よりもモノの言い方、あるいは(主張の)書き方にあるケースが多い。
状況判断のかけらも、患者側の待たされ尽くし一種のフラストレーションを抱えた境遇も一切関係ない不条理な言われようで、1時間40分待った精神状態にひどい痼りを残しながら、晴天の空を見上げた。
投稿者 yonezawa : 02:29 | トラックバック(0)
2009年 04月 5日
ローションティッシュ
マイミクSさんより、ジェフ・ベックがオフィシャル・サイトをリニューアルし、なんとブログを書き始めたとの情報を得た。Sさんサンキュ。
http://www.jeffbeck.com/index.php
家に籠もり、至って日常の休日を過ごす。
夕方から花粉症の症状が激しさを増し、鼻風邪気味のRちゃんも鼻の調子が戻らず数分おきに交代で鼻取り。
各部屋のティッシュー・ペーパーがもの凄い早さで消費されてゆく。
先日新宿の酒場で、花粉症の者同士で愛用ティッシュの話が出た。
各メーカーごとにネーミングの方向性があり、ネピア『鼻セレブ』。エリエール『ローション・ティッシューufu』、クリネックス『ローションティッシュ』、大王製紙『ローションティッシュ天然保湿』『ローションティッシュ鼻すっきりメントール』等色々。
森実商事株式会社の『抗菌 消臭カテキンローションティッシュ』はえらく高額。
花粉症によいと聞く、鼻風邪、服部製紙『アロエ保湿ローションティッシュ』はまだ試していない。
夜、薬局で購入してきてもらった『鼻ぽん』を鼻に詰め、メンソールのスースー感で鼻がヒリヒリ。なんだかなぁ。
自身ではローションティッシュは未だ自分で購入したことがなく、いつも携帯している人から拝借するか、あるいはお店にあるブツを使ったことしかない。
そこら辺を拭くために高価なローションティッシュを使うと、ブツがブツである故「ふざけるな! と感じてしまうんです」と、新宿:SのMちゃんが語っていたのが微笑ましかった。
笑い事にあらず。花粉症者には切実な問題也。
投稿者 yonezawa : 00:48 | トラックバック(0)
2009年 04月 4日
イトーヨーカドー
Rちゃんの寝顔を見ようと横になったままオチた。
午前8時過ぎに早々と目覚め、9時前にRちゃん起床。
おいらの頬にピタピタびんたをカマせる彼女。
必然的にハッキリと起床。
昼過ぎ外に出るとよい天気。
休日の買い出しへ出かけようと車で走り出せば、近所の桜並木が見事に満開。
車中の温度も暑いほどで、ものの15分ぐらいでRちゃんは爆睡してしまった。
我が家から少し離れた地域の大型イトーヨーカドー店舗には今日で2度目。
B1食料品売り場の試食コーナーでは随分活気があり、なんだかんだ歩きながら試食しているうちに小腹が満たされた。
ああいった類の試食コーナー現場で不味いと感じることは稀だ。
そう思い、購入に至り、家で喰ってみると「ふつーじゃん」と感じるのは多々あるケースだと思う。
消費者は、あの活気と雰囲気に美味さを感じてしまうのだ。っと個人的に思う。
かなりの生活用品、食料品を買い込み帰宅。
欲しかった業務用の包丁研ぎはセラミック製しかなかったので次回に持ち越した。
外出前に、映画監督:Tさんに久々のメール送信させて戴いたところ、夜返信が到着。大感激。
またしても一暴れ。破天荒な次回作構想の一部をかいま見た。超楽しみ。
投稿者 yonezawa : 00:48 | トラックバック(0)
2009年 03月 29日
真剣にご飯作成
冷凍してあったご飯を自然解凍させ、あらかじめ用意していた切り出した野菜に豚肉、玉子、冷凍室にあったむきエビの残りも併せて炒め、あたりをつけて炒飯作成。
レタスとプチトマトのサラダ添えが昨夜の夕飯。
冷凍してあった鰺の干物を自然解凍させ焼き魚。キャベツ、レタス、プチトマト、梅干しを添えて朝昼合同の食事。
夕飯には長ネギとミンチをインスタントの麻婆豆腐に合わせる。久しぶりにインスタント食品を調理したが、味のまとまり方に感心。
先ちゃんからメールで届いた爆笑YouTube URL映像を観てたら声を出して笑った。
21時を回った頃届いた妻からのメールを受け、即電話返信。Rちゃんと数秒会話を試みたが、かなり会話になっていたのが目頭にくるほど、ものすごく嬉しかった。
部屋の中は今日も物静か。
江口寿史兄、今日誕生日。
投稿者 yonezawa : 01:35 | トラックバック(0)
2009年 03月 15日
SOS!地球船
久々に晴れ渡る暖かい日。
車では一瞬クーラーを入れた程。ここのところの悪天候からガラリと変わる気候の違いが不思議だ。
それでもオープン・ガーデンでお茶するには少し肌寒かった。
劇団ふるさときゃらばんによる『ミュージカル体験塾 第10期定期公演 MUSICAL』観戦のためCCレモン・ホールへ。
この劇団のキャストとなり10年以上のキャリアを誇るのは、今日のメンバーの中でわずか4人とのことで、漫画家:ビッグ錠さんもその中の1人。
今日はそのビッグさんのファイナル公演となる舞台だと聞き、いそいそと出かけてきたのだが、無事観戦することが叶ってよかった。
ビッグさんの初舞台に近い時期、確か文京区シビックセンター辺りで観戦してからもう10年以上の年月が流れてたとは…
やり抜いたビッグさん、グレイトです。お疲れさまでした。
夕飯は『楽々』へ。ここの餃子も思いの外ナイスな物件で、次回は吉祥寺組の呑んべぇチームと訪れることにしよう。
投稿者 yonezawa : 21:37 | トラックバック(0)
2009年 03月 14日
イタリアン
これまで幾度となく自宅に誘ってくれたH宅に、この度初めて招かれる機会を得た。
Rちゃんより少しお姉さんのRちゃん、そして少しだけ妹のSちゃんに初ご挨拶。
H(&奥様)による懲りまくったイタリアンに美味しい赤白ワイン。小さいのが部屋の中をウロウロするこんな光景に遭遇するのも今だけの時間だと、実に口にあうワインを飲みながらもの思う。
おいらにすれば、初めて見るRちゃんのリアクションが見ていて延々飽きない。初対面の友達ともちゃんとコミュニケーションを取る術を知っている様が新鮮で、人との距離感を見ても感心するぐらい驚きがあった。
しかし飛び跳ねる飛び跳ねる。
この機会を提供してくれたH家に感謝&ご馳走さま。
帰宅途中、財布がない。
どうもH宅へカバンごと忘れてしまったようだ。
投稿者 yonezawa : 21:36 | トラックバック(0)
2009年 03月 8日
最重要事項
彼女にすれば、それはどういったタイミングなのか、おいらが丁度起きなきゃいけない頃合いの時間帯になるとRちゃんはそっとおいらの部屋に侵入してくる。
遠慮気味に、「おった〜ん」と声をかけながら起こしに来てくれるのが慣例になった。
モーローとしている起きがけに手を引き、リビングのテレビでかかっている「アンパンマン」とか「ワンワン」とか「ミッキーさん」とか「しまじろう」とか「歌のお兄さんお姉さん」のDVDを見ることになるのだが、これは日々タイトルが違う。
2歳3ヶ月なりにその日の気分があるのだろう。
好物の、おやつでも果物でも、気分でなければ「いや!」っと拒否る。
(飲ませているのは野菜)ジュースは、終日いつでも欲しがる姫。
煎餅は1枚入りの3袋をペロリ。お茶も大好き。味噌汁は出る度におかわり。
最近、お昼寝は意地でもこらえ、多分眠気に襲われながらも踏ん張るケースが多々。
おいらがパソコン前に座り、なんらかの作業を行えば、即座に膝に乗ってきてYouTubeの「アンパンマン」「わんわん」らを催促し、本来の作業はまったく進展せず。
「そうだRちゃん、こっちの映像も見てみ!」と80年代のGARY MOOREライヴ映像見せると、なぜかニッコリのRちゃん。
ハードロックのDNAがRちゃんの体内にも組み込まれているハズだから、この現象は納得なのだが。
抱っこして、リズムに合わせて身体を揺する。やがて2曲目に瞳がトロンとしてきて、おいらの肩にほっぺが完全密着した。
彼女はものの5分で寝息をかきはじめた。
起こさぬように寝室へ移動し、寝息のリズムが安定した頃を見計り、布団へ寝かせようと試みたら、とたんに「いやぁ〜」と目を覚ました。再び抱っこ。
しばらくして、また寝息が聞こえたので寝かせようと試みるが、またしてもギリのところで目を覚まし、「抱っこぉ〜」と泣き叫ぶRちゃん。
この動作3往復でお昼寝への誘いは完全に断念し、再び抱っこのままパソコンの部屋でRちゃんのご希望通り、夕方まで過ごした。
今日のRちゃん手強し(汗)。首にかけたタオルが汗で滲む。
それでもとある局面になると、一言一言一歩ずつ、こちらの言葉を踏まえた回答が帰ってきたりするので、彼女と過ごす瞬間・場面は、おいらの人生における最重要事項の風景。
投稿者 yonezawa : 21:34 | トラックバック(0)
2009年 03月 1日
もはや限界
夕べの酒は睡魔という形で終日尾を引いた。
我が家の無垢な怪獣のせいばかりにするわけではないが、部屋のあらゆる日用品・CD・雑誌他...のたぐいを腰以上の高さに置かねば、とたんにモノは紛失し、あっと言う間に思いも寄らぬ手段によってぶちまけられてしまうので、どんどんモノと言うモノが高い位置に積み上げられてしまった。
部屋は無茶なかさばりとなって積もってゆく。
この1年の間、上へ置けるモノは上に置き尽くした。
もはや限界。もうこれ以上積み上げられない。
そろそろ軽い大掃除をやらねばならねばなぁと、その重厚な光景を見てもの思う。
午後、頂き物の立派なひな人形にあかりを灯す。
電気を消した部屋に光る図は少し怖い。Rちゃんにすれば一応3度目のひな祭りがやってくるのだが、今年までの記憶は期待出来なかろう。来年から覚えてくれるかな。
もう3月──
リビングのドアや白い壁に書かれてしまったクレヨンの落書きを呆然と観つめながら、実に早かった2月を振り返る。
投稿者 yonezawa : 12:16 | トラックバック(0)
2009年 02月 28日
acoustic bambi
寒さも落ち着いた午後、Rちゃんを連れ立ち渋谷へ。
R&ママは買い物へ出かけ、おいらは一人赤坂へ向かう。
地下鉄:赤坂駅を出てすぐ近くの路地を曲がったところに位置するB1のライヴ・バー『Sound Beige』到着。
今年に入り、まったく見ず知らずのメンバーをバンマス:O先生に紹介戴き、あれよあれよと言う間にライヴ当日がやってきた。
知らない者同士でも楽器があれば会話出来てしまう音楽と言う表現手段は、最も話が早い便利な“言語”と言えた。
通常ライヴハウスで行う時よりも、充分なリハーサルを経て開場時間を待つ。おいら少し寝不足。
acoustic bambi in Sound Beige
午後6時を過ぎた頃、3セット中の第1部演奏開始。
ほのかな緊張感がメンバーを包んでいたのかもしれないが、それぞれの伸び伸びとした演奏が心地よい。
演者として聴く場合と、観客として聴く場合のニュアンスはそれぞれ微妙に異なり、冷静にバンマス:O先生の弾き語る姿、メインヴォーカル:Hちゃんのパフォーマンスを初めてこちら側から観戦。
第2部ではおいらもほとんどの曲に参加。
ジェフ・ベックのロニー・スコッツ・クラブみたく、恐ろしく観客との距離感が近い場所で演奏するのは結婚式・披露宴での演奏を思い出す。
(かつて何度の披露宴で演奏したことだろう。両手で収まるのだろうか)
バンドメンバー全員が打ち上げの席で語っていたが、おいらも演奏した8曲の終わるのがあっと言う間に感じていた。
当日まで知らなかったイレギュラーなゲスト出演もあり、パーティはアットホームな温かい空気に包まれたまま第3部まで駆け抜け、おいらにしてはacoustic bambi のファースト・ステージを無事終えることが叶った。
同ビル2Fの博多料理屋で美味しい地鶏等をつまみつつ、ライヴを支えてくださったスタッフの方々と乾杯。
皆様、お疲れさまでした。
投稿者 yonezawa : 12:16 | トラックバック(0)
2009年 02月 15日
満面の笑顔
夕方直前の午後のひととき、早々とRちゃんをお風呂に入れる。
わずか2歳2ヶ月にして、日々著しい成長を見せる我が子の大いなる変化が、ひとつの教育として我が身に跳ね返る。
Rちゃんよりも数十分遅れて風呂から上がり服を纏った頃、Rちゃんは用事もないのにおいらの作業部屋にトコトコ進入。
丁度その時、Kより知らされた、これまで知らなかったギタリストのYouTube映像urlにアクセスし、演奏シーンを再生していた。
Rちゃんはさして目的もなさげなまま、メモ用紙にボールペンでギザギザ・ワシャワシャ繁雑な落書き。
少し退屈な様子で、意味不明のごねりと不可解な態度でおったん(私)を翻弄させる。
とたんにいじけてしまいそうな時間帯のRちゃんコンディションの中、タイミングを見計らい、おもむろに抱っこ。
パソコン映像の音にあわせて、おいらはリズムに身体の揺れをあわせた。
Rちゃん笑顔。
瞳をのぞき込んだら、おったんと目のあったRちゃん、満面の笑顔。
Rちゃんは大のロック・ギター好きに違いない。
おいらとパソコン画像を交互に見ながら笑顔は絶えない。
ところがものの1分もしないうちに、うつろに瞳の瞬きを数回繰り返し、にっちもさっちもいかない程フラフラになったかと思えば、おもむろにおったんの肩にホッペをペタリ。
スライド・ギターでお昼寝に突入したRちゃんだった。
投稿者 yonezawa : 11:28 | トラックバック(0)
2009年 02月 14日
身内だけの披露宴パーティ
リハ・スタジオで2月末パーティ演奏用のおさらいに3時間。
個人的にツメねばならない箇所なり課題もありながら、全体としてはようやく体を成してきつつある本バンド。
今日の気温の温かさは異常な程。夕方こそやや冷えたものの、コートもいらない日中の体感温度だった。
電車で新宿へ。
編集者:Y&Eの身内だけの披露宴パーティに参加。漫画家:ビッグ錠先生もこの会にかけつけておられ、20名前後の仲間によるアットホームな会が開催された。
こんな場所にこんな新しい店舗が…っと、己のテリトリー外の場所の風景を改めて見渡すと、景観の移り変わりを認識させられる。
シャンパンで乾杯し、赤ワイン。
午前中からここまで何も食べていなかったせいで呑みながらも結構がっつり喰ったのだったが、会もお開きとなり、タラタラ帰宅して自宅最寄り駅着いたら思わずカレー屋へ飛び込むおいら。
食い過ぎの様相で、帰宅後のやらねばならぬプライベート案件をこなせずにソファーでうたた寝。
夜中にふいに目覚め、先ほどタイマー録画しておいたシン・リジィとゲイリー・ムーアのライヴ映像を鑑賞。
この放送を知らせてくれた福岡のK、マジサンキュ。
投稿者 yonezawa : 23:16 | トラックバック(0)
2009年 02月 8日
ジェフ・ベック単独インタビュー
午前中のうちに、取り置きしてもらっていた商品を山野楽器で受け取り一路都心へ。
少し道に迷いながら、都内某所高級ホテル到着。
2000年、2003年のロンドン取材に続き、3度目のジェフ・ベック単独インタビュー決行の時間が近づく。
14時30分〜の取材が15分程度押したので、その時間まで昼食を摂り、指定されたインタビュールームへ移動。
胸が高鳴る。
14時45分過ぎ、前取材の朝日新聞がジェフの特写&撤収の最中、おいらも部屋の片隅でセッティング開始。
今回、ジェフの取材許諾が出たのが、その2媒体のみなのだという。
ギター及び音楽専門誌にすら、今回の単独インタビューに関しては掲載されない。
ジェフは今日も素晴らしかった。
幾度となく感じることだが、このひとときがたまらなかった。
質問には、時にジョークを挟みながらも、中身はあくまで誠実に回答くださるジェフ。
多くの日本人ファンがリスペクトしてくれる気持ちを歓び、感謝の言葉にしながら、まったく傲ることがない。
常にリラックスする場に空気を導いてくれる人間性の深さは、彼のギター・プレイに比例していた。
ジェフはジョークも可愛らしいし、きっといつでも実直だろうし、激しくシャイだと感じさせる。3回目の取材にして、ようやく彼との空間を見渡せる気持ちになれた。
これまで彼との遭遇した時間は、まともに景色が見えていないほど高揚していたと記憶するからだ。
宿泊ホテルでの再会を含めれば、都合4回目の邂逅となった今日の取材となったが、ジェフがおいらにとってギターの神様だと言う気持ちは、このまま死ぬまで永遠なんだと再認識・再確信。
モトちゃん(サンキュ!)作成による、メッセージを記したシールを貼ったギタレレと、持参したおいらのオーダーメイド・ギター:ミュージックランダーをペケペケ弾きなさる神。
この世で最も信じているギターの神様が、何もかも素晴らしいことに終始感激し、最後に労いの意を直接お伝えしながら取材部屋を後にした。
感無量。Sスタッフにも大きく感謝。
一路丸長に飛ぶ。
Rちゃんの年齢を伺い、Rちゃんを見つめた時のJEFFの優しい瞳は生涯忘れないだろう。
今年65歳を迎える、ジェフ・ベックの全盛期は今も続いている。
投稿者 yonezawa : 01:11 | トラックバック(0)
2009年 02月 1日
マーキング
深い深夜になり、どうにも混沌としてしまった部屋を片付けようと小さなレシートから分別開始し、いらない書類を順次破棄。
今だ整理の兆しも見いだせないビデオテープ類も、段ボール内に仕舞われたまま奥のクローゼットの上に積み重ねられている。日常の作業部屋に置かれたラックにもびっしり詰まったまま。
小物を収納する簡易引き出し3段×2台分、中身を逐一確認しながら整頓開始。
部屋の家具なり家電等の膝の高さ辺りを見れば、ところどころにシールが貼られてあった。
Rちゃんによるマーキングなのだが、最近のシールは粘着力の低いものが多いようで、2,3回貼り直すともう使えないぐらい粘着しない。
おいらたちが子供の頃も姉弟総掛かりで部屋中のあらゆる場所に貼りまくり、きっと両親には大変な思いをさせていたに違いないのだが、当時のシールの粘着力は容赦なく、一度貼ったら絶対綺麗に剥がせないシロモノであった。
あんなシールでなくてよかった。
Rちゃんが1歳を過ぎた頃だったか、ご飯を口に入れてもなかなか米が喉を通らない。
あまりに不自然な状況なので、口の奥を見てみたら喉の奥をシールが塞いでいたことがあった。
ほんの一瞬目を離した隙に、持っていたシールを口に入れたのだろう。
その瞬間親もまた一つ学習し、ともかく日常において一瞬たりとも目を離せない場合があると言う教訓を得るのだった。
投稿者 yonezawa : 12:42 | トラックバック(0)
2009年 01月 31日
パンツ購入
赤ちゃん本舗に到着。
入口近くのテレビのモニターには、NHK『おかあさんといっしょ』DVDのプロモーション映像が映し出されてる。
はいだしょうこさんの出演されている同番組のDVDは、ある日以降我が家にも自動的に数枚コレクションされた。
やや眠気もあったのか、いつも歩かずにはいられないRちゃんはベンチに腰掛けたおったんの膝の上に延々座ってくれている。
Rちゃん必需品を諸々購入する中、初めてRちゃんのパンツ購入。
いつ使用許可が出るのかは未定だが、成長の段階は徐々にその域へと近づいてきた。
帰宅後、2月イベントの曲を30分ほどおさらい。
夕方のリハーサルは今回初めて訪れたスタジオとなった。
今日で3回目のリハとなったが、ようやくバンドの形になってきた印象。
第三者(アマチュア)のオリジナルを弾くのも、ツェッペリン等のカヴァーでなければ随分久しぶりのことだったが、曲全体の9割方はコードを認識し、思い切る演奏がようやく見え始めた気がする。
アコギをエレキと同等にみなし、構わずハイポジションでのフレージングを入れ込むが、状態として手を縛られたと同等のアコギ使用なので、気合いも十二分に入れねば腕力もアコギ負けしてしまうのだ。
リハの翌日にはきっと指先がジンジン痺れる様を予感しながら、3時間のウォーミングアップの時間はあっさりと経過した。
中身の濃き3時間、今宵も無事消化。
投稿者 yonezawa : 02:58 | トラックバック(0)
2009年 01月 12日
成人式
テレビ映像に映し出される、冬らしき寒々とした各地の景色。
暖房器具を稼働させていない自分の部屋も充分に冷え切っている。
中学時代の同級生が運営している、まさに同級生のためのサイトにF山が書き込んだ件を拝見。
BBSに記されたわずか1ポイントのフレーズに、今から24年前、福岡市中央区の成人式に出席した彼の日を思い出した。
あの日、F山とは並んで写真を撮ったので、この健忘癖のあるおいらでもある種鮮明に思い起こす事が出来た。
高校時代に買った一張羅のスーツと、1足だけ持ってた革靴で記念撮影。
住まいのアパートは、台所と6畳一間に風呂・トイレ付きで28000円。
頑張れば天神からも徒歩で歩けなくはない、薬院と平尾の真ん中辺りに位置する閑静な住宅街にその住まいはあった。
ある日の、たまたま両親が尋ねてきた際、ほんの1時間(数十分?)駐車していた実家の自家用車が故意にパンクさせられ、腹の中が煮えくりかえり、車をガソリンスタンドまで押して行ったこと。
東京への旅費を、うっかりバスの窓際に置き忘れてしまったこと。
無計画に朝までドライブしたこと。
志賀島を車でかっ飛ばし、パトカーを100数十キロのスピードで抜き去ってしまったこと。
勤め先の飲食店から、冷凍の牛肉他をこっそり拝借して、同級生にむさぼり食わせたこと。
後輩のコックは16歳で暴走族を引退したグループのリーダーだったこと。
予備校生だった同級生、大学生だった仲間と居酒屋で延々飲み明かしたこと。
同級生の失恋に、本人の次にせつなくなったこと。
若かりし時代の貧乏話は人並みにたくさんありながら、想い出すのは愉しき記憶ばかり。
成人式はおいらにとって、福岡時代の想い出。
投稿者 yonezawa : 01:51 | トラックバック(0)
2009年 01月 11日
昼さがりの池袋
野暮用で昼さがりの池袋へ。
用件を済ませ、西武&東部百貨店をなめるように目的もなく徘徊。
馴染みのない土地では、明確な目的がないと時間すらつぶせない。
本来、明日が成人式だと思うのだが、都内では晴れ着の女性の姿もチラホラ。
カメラ:Tに、将来的に仕事に繋がりそうな案件の連絡を入れ現地を後に。
夕食の焼き肉は18時には喰い終えた。
近場の駐車場は、その時間以降どんどん満車となり、混み始める。
雪こそ降らねど凍てつく風が肌を刺す。
Rちゃん、深夜11時を回っても元気に飛び跳ねっぱなし。
なかなか寝付かず。ホントに寝てくれない。寝る事が勿体ないかのようだ。
投稿者 yonezawa : 18:44 | トラックバック(0)
2009年 01月 2日
1月2日
カー・ラジオから流れてきた『Beat It』が、フォール・アウト・ボーイによるマイケル・ジャクソンのカヴァーであることを、今頃知った。
同楽曲のソロ・パートなのか、ジョン・メイヤーがギターで参加してるそうだ。
あまりジョンっぽいフレージングには聴こえないのだけれども。
彼らフォール・アウト・ボーイのライヴ盤"Live in Phoenix"からのシングルカット曲だそうで、ダウンロード数も好調らしく、その曲はフォール・アウト・ボーイのMySpaceで試聴できるようだ。
車中「はっ!」としたのは、かかった曲があの有名な『Beat It』だったからで、メジャーの威力を体感させられる瞬間だった。
フォール・アウト・ボーイのテイクは今一つかな。
昼食にはカツ丼。
嬉しき感激の諸氏から数通の年賀メールを拝受。
芸能事務所もマネージメントも介在しないメールという驚異の伝達手段の恩恵は計り知れず。
終日、何も生産しない時間が流れる。しかし、どこのチャンネルもテレビ番組はお笑い芸人出ずっぱり。
tvkで偶然見た映画『ザ・ゴールデン・カップス ワンモアタイム』を観始めたら止められなくなった。
Rちゃんの「遊ぼう遊ぼう」攻撃に上手く付き合いながら、映画のほぼ全編を初めて観た。
そこには、おいらが初めて知るザ・ゴールデン・カップスの在り方が描かれてあった。
当時、あのユーミンが、ルイズルイス加部のおっかけだったと言う噂が重々理解出来るほど、彼が破格のルックスであることを、彼の発する雰囲気に納得させられる。
エンドロール後、遅ればせながら昨年11月、デイブ平尾逝去の旨を初めて知る。合掌。
夕飯にはコロッケ、キャベツの千切り、トマトサラダ、梅干しに味噌汁。美味。
投稿者 yonezawa : 16:33 | トラックバック(0)
2009年 01月 1日
Happy New Year
謹賀新年。
年が明けた数分後、メール年賀をせっせと送信。
来年ははがきよりも、もっとメール年賀の頻度は増えるだろうな。
H家と共に昼から初詣へくり出す予定。
電車を乗り継ぎ、千代田線:湯島駅下車。
改札でH家と待ち合わせ、湯島天神へ徒歩移動。
ところが、天神前の凄まじい長蛇の列に参拝断念。昨年のディズニー・ランド、ディズニー・シーの比でもないほどの、並ぶことを即刻断念させるような激しい長蛇であった。
並んだら、きっと参拝まで3時間以上かかったに違いない。
やむなく近場の妻恋神社へお参りに。空いててよかった。
H家:Kちゃんの受験祈願を終え、電車で府中へ。
H家にご用意いただいた豪華おせち料理に、Hのさばいたハマチ他の、大量の刺身を戴いた。「元旦である」という名目により、おいらにすれば珍しい日本酒乾杯。
H家の面々に何の遠慮もなく振る舞い出したRちゃんの度量も全員を笑顔に誘う演出に一役買い、Hはまるでお爺ちゃんの立ち位置に。本物の孫が出来た日にゃあ、そりゃあ大変だろうと想像に難い。
それにしても料理が美味いと気分が最高だ。
ホロっと酔いが訪れた頃、夕方地元へ帰還。H家の皆様方、温かい配慮に極上料理に心より感謝!
投稿者 yonezawa : 02:12 | トラックバック(0)
2008年 12月 31日
08大晦日
納得のゆく本格的な大掃除は出来なかったものの、なんとか形になる程度の整頓には至った。
年の瀬に唐突に思い出す、かつてのおいらの家族の話。
子供3人を抱え、毎年毎年それぞれの様々なやんごとなき行事をこなし、時に巻き込まれる大いなるトラブルを乗り越え、度重なる引っ越しを経験し、最善の環境を構築してくれた我が両親を大晦日に回想し、またしても労いの気持ちで満たされる。
物の溢れた贅沢で便利な最新生活環境を得る現代に、たかだか子供1人育てることは、40年前の両親の時代背景を考えれば、屁の突っ張り程度にもならないだろう。
先日、同級生のIがしみじみと語っていた。
彼の両親は車を買い換える際、仮に経済的に余裕があったとしても決して大きな車に買い換えることはなかったそうだ。
家電、生活用品に関しても同じくまったく贅沢はなかったそうだが、それに比べて現代の自分の、なんと感覚が贅沢であるのか。
酔いに任せてそういった意味合いのことをとうとうと彼は語ったのだった。
我が家の2人も節約に倹約。徹底的であった。
しかしいつでも腹一杯のご飯を食べていたし、その味はトラウマになるほど激しく美味しいモノばかりの記憶だ。
「親にそろそろ何かを返さないといかんけど、未だに何も出来とらんのよ」
そうしみじみと語った、I徳の今年の同行に注目。おいらも踏ん張る。
数年前のブログにも記したことだが、「もったいない」の感覚に未だ変化なし。
Rちゃんの残したわずかばかりの炒飯にも、白飯に合わせてカレーをかけて今日の昼飯を戴いたところ。
「もったいない」はイコール、ロックだ。
美味しく炊けた夕飯の炊き込みご飯をおかわり。
姫は無事2歳。
贅沢をどこにもってゆくのか、来年のよき意識としたい。
2008年もそろそろ終わり。
皆様、よい正月を!
投稿者 yonezawa : 00:58 | トラックバック(0)
2008年 12月 30日
ズルリ
午後、Rちゃんを連れ立ち、徒歩で最寄りの郵便局へ。
途中、すれ違う犬連れの人に何の躊躇もないまま駆け寄りそうになる彼女。
動物に興味津々な瞳を輝かせ、Rちゃんは前進する。
郵便局で父(私)の用事を待つ間、Rちゃんは大きなくしゃみを1回。すると両鼻から鼻水ズルリ。とたんに職員の女性がティッシュを差し出してくださった。
Rちゃんはここでも大きな笑いを振りまく。
鼻風邪気味なのか、今日のお風呂では髪の毛洗わないようにしとこ。
夕飯には、我々は美味しいカレーにサラダを戴き、Rちゃんは大好きな焼き魚(鮭)と野菜。
ダラダラと年末特番のバラエティ番組を見た後、Rちゃんとお風呂。
日に日に長さを感じる身長を今日もしみじみと感じながら、ズルリの鼻もキレイキレイに。
ド深夜に及ぶであろう、アドレス・データの移し込み作業を、この深夜2時過ぎから行うべくパソコン前へ陣取る。
しんどい。
投稿者 yonezawa : 00:59 | トラックバック(0)
2008年 12月 29日
閑散YJ編集部
編集部デスク周りの“整頓のツメ”と、雑務、さらには先日飛んでしまったメール・アドレス・データの補強もあり、夕方編集部へ。
ヤンジャン編集部には誰もおらず。
隣の編集部からは少しだけ声が聞こえてきた。
年始までには送りたい資料を詰め込んだ郵便物を2件送付箱へ。
大量のアドレス・データを自身にメール送信。
その他の雑務を終え帰途に。
途中、明かりのついた居酒屋等々の窓越しに見えるのは、大勢の人でごった返す忘年会客の様相。
24年前に遊びに行ったことのある、当時の友人のマンション前を通過しつつ、もう20年以上も連絡の途絶えたかつての友を回想。
新築だったそのマンションも、もう随分くたびれてしまったものだ。
疎遠になる者、新たに付き合いの頻度を増す者、会いたくても会いにくい環境同士の者。
一人、車中で思いが巡る。
最寄りの24時間スーパーで正月用の買い物。そろそろ遅い時間なのに駐車場が結構埋まっているのは師走ならではの景色か。
投稿者 yonezawa : 17:28 | トラックバック(0)
2008年 12月 6日
バースデー・イブ
夕べは充実の8時間睡眠。午前9時にRちゃんの声で目覚めた。
おいら以外体調の調子が悪い我が家の面々。
Rちゃんは鼻風邪気味ながら元気は日常のまま。
明日のRちゃん誕生日のバースデー・ケーキの注文を確認し、明日夜にはRちゃんの大好物な品々で食卓は飾られる予定。
ボンネットに積もった落ち葉を履き落とし、車で生活用品の買い出し。
スーパーを経由し、夕飯は鍋料理。時計が12時を回った瞬間、(2年前からの)世界一重要な日の到来。
投稿者 yonezawa : 20:59 | トラックバック(0)
2008年 11月 24日
Kaiser Chiefs
雨。
見通しの悪いコンディションの中、車で編集部へ。
雑務を残しつつ、都内某所にて来日中のカイザー・チーフス/インタビューへ。
複数の取材陣の待機と遭遇しながら、ヴォーカル:リッキー・ウィルソン、ベース:サイモン・リックスの2人へのインタビュー、やにわに開始。
彼らにはまだおどけなさを感じてしまう辺り、もう大した世代の違いを認識する場面ながら、ともあれ前進のアクションを継続するバンドが魅力的であることに間違いはなし。
撮影時の驚きのトラブルを回避し、フレンドリーなバンド・メンバーに別れを告げ、再び車で帰途に。
井の頭公園の混み具合が酷く、街道に入ってから1時間もかかって地元方面の西友へ到着。
雨で買い出しに出られなかった分の夕飯の買い物を済ませ帰宅。
晩飯はハンバーグ。
連日報道される「元厚生次官宅襲撃事件」の闇は未だに解明されず。
日頃、「踏襲(とうしゅう)」を「ふしゅう」、「未曾有(みぞう)」を「みぞうゆう」、「頻繁(ひんぱん)」を「はんざつ」、未確認ながら「前場(ぜんば)」を「まえば」、「有無(うむ)」を「ゆうむ」、「詳細(しょうさい)」を「ようさい」っと読み間違えないよう、自身も気をつけねば。
投稿者 yonezawa : 02:41 | トラックバック(0)
2008年 11月 23日
お台場
午前8時頃から目覚め、昼前には昼食の準備。
オムライスにキャベツ&トマト・サラダ。田舎から届いたごま昆布と梅干しを付け合わせに、ゆうべの残りのスパサラを添え、わさわさ食事。
正午過ぎ、急遽入稿することが決まった記事構築のため、編集部でデスクワーク。
原稿書きと打ち合わせと終え、デザイナー:Tちゃんに最終デザインを託し、そのままお台場へ。
速攻で『JUICE JACK CAFE』のメニーカシス 630円(スムージー)を飲んだ。
冬に備え、Rちゃんのジャケット他を購入し、『青龍門SEIRYUMON』で腹ごしらえ。
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夕方、ZeppTokyoで行われたMTVのライヴ・イベントへ。
開場は本気で満タンに埋まりきっていた。
2F席1列目の最高の場所から、冒頭1時間登場したイギリスの新星:カイザー・チーフスのライヴを観戦。
頭上で拍手をする観客を2F席から眺めると、ゲーム等で観衆を表した同じシーンと何ら変わらない映像だった。
カイザー・チーフスはレコードよりもライヴの方が印象は断然よかった。
明日は、都内某所で彼らへの単独インタビューを行う予定。
投稿者 yonezawa : 02:41 | トラックバック(0)
2008年 11月 22日
ガン泣き
激しい二日酔いで、一度午後2時には目覚めたものの、飯も食えないまま二度寝。午後4時の三重県:Yからの電話で目覚める。
Rちゃん、その電話の音で寝端のお昼寝を邪魔され、ガン泣きで起床。
ヨーグルトを食べて少し機嫌を直してもらいながら、終日お遊びタイム。
宅配便で届いた某ライナーノーツのゲラを最終チェック。終日、コンディション悪し。
投稿者 yonezawa : 02:40 | トラックバック(0)
2008年 11月 16日
休日の甍
室温が変わると咳き込む気管支炎と花粉症の様相は継続したまま。
昼に目覚め、昨年カヴァーしたばかりのツェッペリンの曲を軽くさらうが、ほんの一部のコードを健忘消失。
酷いケースになれば、20年前に書いた自分の曲のコードを思い出すまでに、やや時間のかかる場合もあり。
ドリルは大事だ。
音楽P:Tから送付戴いたU.K.、THE MOODY BLUES、AC/DCトリビュート、エリック・ベル、テッド・ニュージェント等のレアCDを順次拝聴。
こんなCDの存在なんぞ知らんかった。
ネットを引けばきっと検索可能なんだろうが、絞り込む発想すら、ここまで情報過多だと思いつかない。
先日の酒席で出たアラン・ホールズワースのエピソードがなければ、例えばU.K.のCDを聴くのは大きく遅れていただろう。
先日のCSのチャーの番組でセッションしていたジム・コウプリーが「チャーの知名度が世界的に低すぎるのはおかしい」と言う発言をしていたが、情報過多の時代だからこそ上質の情報をも埋もれがちとなり、ケースによっては得られにくい時代とも言えるのかもしれない。
プログレも聴かなくなって久しいこの頃ながら、U.K.はビル・ブラッフォードのプレイが懐かしい。
中3か高1の頃、エディ・ジョブソンのソロ・アルバム『ZINC/The Green Album』を買った覚えがあるが、盤面が鮮やかなグリーン色だったっけ。
1979年発売の手洗い中のジャケ写が印象強い『Danger Money』はレコード店で何度も眺めたが、買う小遣いが足りなかったので断念した覚えがあった。懐かしい。
エディは70年代、フランク・ザッパ・バンドやらテリー・ボジオやらブレッカー・ブラザーズ等とも共演している、良質のリズム隊と縁があるヴァイオリニスト(&キーボード)。
投稿者 yonezawa : 15:44 | トラックバック(0)
2008年 11月 15日
DEODEO納品
魘されるような奇妙な夢の途中で目覚めた。
帰省の際、九州のDEODEO電機宛に修理に出したハンディカメラが、部品修理を終え無事到着。
同時に購入したばかりのハードディスク内蔵のハイビジョン・ハンディカメラをMACに接続し、動画の撮り込みを試みるが、どうにも簡易接続で巧く稼働してくれず、いきなり躓く。
映像作家:トラヴィスに電話で伺うものの、確信の部分までは判るに至らず、アドバイス通り取り急ぎMACのディスカッション・サイトを見るものの、なぜかこのサイトを開くまでかかる時間といったらなかった。アクセス過多か。
カメラ本体にファイヤー・ワイヤーの端子がないので、そもそもMAC自体が本機からの動画移行に対応していないのか、PCを使った撮り込み作業は途上と言うよりも初っぱなの段階で何も出来ていない状態。
WINなら問題なく出来ることも本体の機種に対応していない機種の場合もあるので、その仕様を知り尽くさなければ先に行きようがない。
必要に駆られ、数年のうちに地デジ対応もあろうから、大型テレビにブルー・レイの購入も検討せなばならんのだろうな。
帰省時に撮り溜めた番組を数本観戦。テレ朝で新たに始まったドキュメント番組がとても興味深い。
投稿者 yonezawa : 18:44 | トラックバック(0)
2008年 11月 3日
渋谷BECCA
夕方、渋谷109前で行われたBECCAの野外ショーケース・プチ・ライヴへ。
スクランブル交差点前は若い女性の群れで埋め尽くされ、BECCA渾身のシャウトを渋谷の若者が堪能。
「BECCA可愛い〜」と言う声援に包まれたBECCA。彼女の歌唱力は本物だと思う。
気持ちの良いポイントに向かってウェーヴを描く声が気持ちよい。おいらの仕込んだ週プレ(11/10発売号)にも掲載予定で、後は発売を待つばかり。
イベント・ライヴの後屋上の控え室で彼女に再会し、ご挨拶。11月のライヴでの再会を約束し引き上げた。
このためだけに渋谷くんだりまでやってきたおいら、とてもエラい。
渋谷滞在時間:正味45分。そそくさと井の頭線で帰還。
到着した駅ビルでニンニクと香辛料:ローレル(ローリエと同じ香辛料:月桂樹)とブラック・ペッパー買って帰宅。ほとんどその価格でパスタが食えるぐらいなんだけど…。
昨夜、忽然と故障が相次ぐデジタル・ビデオカメラに哀しみ、家電・オーディオのプロ:DEODEO:Kに相談。
明後日、現地鹿児島で奴の見立てた機種のHDDを購入する予定。
そろそろブルーレイも視野に入れねばならん時期なのかなぁ。
投稿者 yonezawa : 22:21 | トラックバック(0)
2008年 11月 2日
整理整頓
椅子を使って台所の天袋部分を見ると、未使用の砥石が出てきた。
これまで最も切れ味のよかった牛刀にかげりが感じられてきたので、慣れない包丁研ぎを試みる。
熟したトマトを切るとその切れ味は明瞭に確認出来る。
試し切りに大きなトマトを2コ使ってしまったので、明日の昼飯はスパゲティ・トマトソースに決まり。ローリエとニンニク買って来なきゃなぁ。
ついでにとばかり、仕舞い込んだままの小物やら何やら詰め込まれた収納部分を掃除。
あってもなくてもよさそうな、もう何年も使いやしない小物やらの品々が大量にある出てくるが、なんとなく捨てるタイミングにないのがもどかしい。
試し書きしつつ、そろそろ使えなくなってきたペン類は即座に破棄。
バラバラに配置していたDVD、CD類もこの機会に整理するが、いかんせんスペースがまったく無い状態なので思い描いたように整理しきれずジレンマ。
倉庫から使ってなかった収納箱を引っ張り出し、とりあえず臨時でDVD類を整頓。
生活とは埃との闘いと共存也。
投稿者 yonezawa : 04:31 | トラックバック(0)
2008年 11月 1日
料理
早朝までの宴で夕べやや飲み過ぎた。14時まで爆睡。
味噌と酒に漬け込んだ豚肉味噌炒めにキャベツの千切り、トマト、梅干し、ごま昆布、卵焼きが遅めの朝食。
録り溜まったTV番組を鑑賞。久しぶりに家のテレビを観た。
夕食には、鮭のハラス焼き、きんぴらゴボウ、納豆、キャベツの千切り、トマト、梅干し、ごま昆布、ソーセージそていが遅めの夕食。
無性に厨房へ立ちたくなる休日の夜。更に明日の仕込み。
カレーの材料を全て切り出し、冷凍庫に残ってたむきエビ、豚肉、鶏肉らを明日に向けて解凍。
併せて帰省の準備をボチボチ。
投稿者 yonezawa : 18:46 | トラックバック(0)
2008年 10月 26日
Tokyo DisneySea
午前5時30分起床。
必死で外出の準備を施し、7時30分待ち合わせの代々木インターへ。
やや早めに到着したのでH家を待つ間、朝食を。
思わずカレー炒飯のハンバーグ添えを注文。思いの外美味しい。経たなファミレスより美味いのではなかろうか。インターチェンジの食事もあながち馬鹿に出来ず。
H家到着後、一路ディズニー・シーへ。空はパラパラと雨模様。
天候がやや残念だったが、盟友:Hの好意により計画してもらった今日の日は楽しみにしていたのだった。
軽快なコンディションの首都高道中、目的地の駐車場に到着したのは開場5分前。
初めてディズニー・シーと言う遊園地へやって来た。
彼らが、こんなのっぴきならぬ遠征をテキパキと計画してくれるおかげで、こうした地へ赴く話しが簡単に決まってくれる。
ついつい億劫になりがちな、おいらの尻を叩いてくれることが結果的にとても有り難い。
ゲートをくぐり抜け、何の予備知識もないおいらたち家族を、臨機応変なスケジューリングでサバくH一家がとても合理的。
加えて、Mちゃん、Sちゃん、KちゃんらがRちゃんのフォローしてくれるのが、とても嬉しいしとても有り難かった。
Hの子供をサバくスキルには目を見張るものがあり、そのまま奴の人間性のすごさをかいま見るようだ。
まだまだ他人の男性には隙をみせないRちゃんが、時折Hだけには心を許しているかのよう。
大いに歩き、可能な限り大いに現地の風景を堪能する。
いくつかのアトラクションを本能で凝視するRちゃんの瞳がキラリ。
昼食のタコスも高額だけど美味しい。
時に2チームに分かれ、メンバーもシャッフルしながらの現地時間の過ごし方が実に合理的な気がした。彼らはこの地での遊び方を熟知していた。頼もしい。
全員が納得の頃合い良き時間帯に帰途につく。
「まめ蔵」満席で断念。夕飯は、ほぼ1年前の時と同じ「ひじり亭」。今日もパスタが美味い。
次回、二家族親睦会は、1年が経過しないうちに、たまにはおいらから提案してみなイカンなと、このブログを記しながら考えているところ。
投稿者 yonezawa : 08:27 | トラックバック(0)
2008年 10月 19日
ニトリ
午後、家具、インテリア専門店:ニトリへ初めて赴く。
そもそも想定していた生活用品は置いてなかったのだけど、最近発作のような妙なタイミングで微妙に狂う部屋用の馬鹿時計をこの機会に新調した。
続けてバスケットボールをデザインした革張りのイスを衝動買い。
こんな場所に来ると衝動買いする自分が信用できなくなる。
この2点+炊事場周りの小物だけで撤退。別店舗へ移動し、11月を想定したRちゃんの生活用品と段ボールを揃え帰途に。
資生堂『インテグレート』のCMが真木よう子であることは直ぐに判ったが、最近電車内で多数見かけるリプトン『THE ROYAL』の広告の主も真木よう子であることを知る。
巷では随分前から評判の女優らしいが、今頃スイッチが入った感じ。
16日、WBC世界バンタム級タイトルマッチで、国内現役世界王者最多の7連続防衛に成功した長谷川穂積選手の見事な防衛が素晴らしかった。
試合前、サウスポー嫌いの発言があった長谷川だったが蓋を開けたら、ほとんどワンサイドの堂々たる試合展開。
改めてVTRで観戦したが、パンチの距離を計るセンスと能力は天才的だった。
WBC世界フェザー級タイトルマッチに初挑戦した粟生隆寛選手は実に惜しかった。おいらの判定では勝ちだったのに…残念。
投稿者 yonezawa : 18:18 | トラックバック(0)
2008年 10月 18日
Chet Atkins〜Tommy Emmanuel
本人のオフィシャル・サイトでコンサート・ツアーの記述を偶然発見したK野の機転で、今日のライヴ・チケットを得ることに。
念願のトミー・エマニュエル:ライヴを見る機会に恵まれた。
遙々やってきた関内ホールへ到着。
彼の存在に気づいたのはケーブルTVでのライヴ映像。
海外の音楽番組を放映するそのチャンネルでトミー・エマニュエルと言うギタリストの存在を初めて知り、「この凄腕は一体誰?」と視聴後にミュージシャン名をメモり、即座に同番組放送先のチャンネル『MUSIC AIR』へ問い合わせた。
数日後、とても丁寧な回答のメールが到着し、よりトミー・エマニュエルの情報を知る手段を得た。
ちなみにこの頃、おいらも加入するJCOMでは無料チャンネルの枠内だったので、視聴は普通に可能だったが、ある時期から同チャンネルが消えた。
そのせいで、WOWOW以外の定期鑑賞チャンネルだったこの局の情報がすべて途絶えてしまった。
いきなり最低の環境となったのだが、これらの問い合わせにも丁重に回答してくれた『MUSIC AIR』の対応は上々だった。
後においらは『MUSIC AIR』のある関係者と飲みダチになるのだが、あの時点でこの放送局のポイントはとても高かった。
現在はamazonで幾らでも入手可能だが、当時、日本ではトミー・エマニュエルのCD等は入手困難で、基本的に彼のオフィシャル・サイトを辿り、オーストラリア$で購入するしかなかった。
トミー・エマニュエルのギター・プレイとは、目の覚めるようなタイミングで超絶技巧が炸裂するのだが、そうしたタイプなだけのプレイヤーに感じられがちな、テクニックひけひらかし的嫌らしさは皆無であり、魅力に包まれたセンスと、舌を巻くほどの完成度を誇っている。尋常じゃないほどに。
今、最も生を見てみたいギタリストのトップ・プライオリティに、今日まで彼はいたのだ。
オープング・アクトの日本人ギタリストが終わる頃、着席。
午後7時を少し回った頃、ケーブルTVとDVDとYouTubeでしか見たことのなかったトミー登場。
ステージ・セットはまるで手品師が登場するかのような趣き。
本人の横にはラックのようなシンプルな機材が置かれてある程度。使うのはアコースティック・ギター1本だけで、とにかく信じがたきアンサンブルを醸し出す凄まじいギタリストだ。
生前、あのチェット・アトキンスが「世界最高のギタリスト」と彼を名指しした意味は、そのプレイを目の当たりにすれば重々納得。
ただ早いだけでもダメ。ただ綺麗なだけでもダメ。どんな音にもわびさびと情緒とパワーにリズムは必要だ。世界中のあらゆるアコースティック・ギタリストの中で、とりたてて彼は突き抜けた存在だと言っていい。
スタートからアンコールの演奏まで全てが圧巻。“究極”と言う言葉と“神業”と言う言葉がこだまする。
中でも自身の娘を歌った『アンジェリーナ』、坂本九『Sukiyaki/上もを向いて歩こう』が印象的で、チェット・アトキンスをリスペクトし、カヴァーした『I Still Can't Say Goodbye』のシーンには最も胸が熱くなった。
トミーにあまり歌うイメージはなかったが、ステージでは木訥な歌も数曲披露してくれた。
チェット・アトキンスがマーク・ノップラーと共演した1987年の同曲ライヴ映像があるが、あの場面の感動を鮮明に思い出した。
客席もマーク・ノップラーも涙ぐんで見えたあの映像。
チェットの温かさ、奥深さ。トミーの客演も実に温かかったのだ。
会場では譜面を1冊購入。
終演後、来年のインタビュー取材を実現させるべく関係者の方にトミーへのメッセージを託し、23時を回った頃、JR五反田駅へ辿り着いた。
飛び込みの居酒屋で乾杯。
目当てのラーメン屋が閉店してしまい不覚を取り、〆はデニーズで夜中の焼き肉丼+半ラーメン。
★Chet Atkins - I Still Can't Say Goodbye [Live 1987]
http://jp.youtube.com/watch?v=8590o8A4iU8
★Tommy Emmanuel - I Still Can't Say Goodbye
http://jp.youtube.com/watch?v=E6bo2feZRo0
投稿者 yonezawa : 20:48 | トラックバック(0)
2008年 10月 13日
多摩動物公園
花粉症継続中。鼻、目の不具合に加えて顔全体がムズムズ。
くしゃみが止まらん。
amazonより注文の資料本到着。切れかけた飲料水をネット注文。
昼飯のドリア喰って、劣悪コンディションの昼下がり外へ。
深大寺を経由し、甲州街道の下布田より立川方面へ20号線まっしぐら。
混み合うこともなく、スムーズに快走しながら思いつきで『多摩動物公園』へやってきた。
駐車場へもそれほど並ぶこともなかったし、園内もそれなりの人混みではあったものの、シャレにならない休日:ディズニーランドの喧騒・人混みとは違い、特に気にならない雰囲気は得した感。
以前おふくろも連れだって訪れたこともある、自宅の近場の公園界隈もあったのだが、先日、H山が「米澤一家を誘いたい」と語っていたこの多摩動物公園を思いついた。
広大な敷地のマップ図を見ながら、『アフリカ園』で久々に見るキリン、アフリカ象、ライオン、フラミンゴ等鑑賞。
『オーストラリア園』では時間的にコアラはすでに外には居なかった。
ゴールドコーストで抱えた「抱っこ専用」の撮影用コアラのことが脳裏をよぎる。
急な坂道をエイコラエイコラと、つたない足取りでRちゃんもかなりの距離を徒歩移動。
ライオンさんのぬいぐるみとキリンさんの耳を土産に帰途につく。
休日の遠足は、道中の運転が往復2時間程度で収まれば、さして苦にならないと言う体感結論。しかし帰途運転中の眠気は、年々増している気がしてならない。
今日一日、あれだけの距離を・坂道を歩いたのだから、さぞや寝付きもコテンかと、抱いた淡い予測も的中せず、ソファでうたた寝してほっぺをペタペタされ、Rちゃんに起こされたのは当の親父(私)であった。
投稿者 yonezawa : 12:02 | トラックバック(0)
2008年 10月 12日
怪獣
依然として花粉症継続中。鼻が最低。部屋にいても雨が降っても全然ダメ。
外出するとその緊張感で多少収まった様相を見せるが実態は何も変わらないまま。
口に入りそうな室内の小さい物体は、腰から下のスペースに置くわけにはいかないので、何もかも強引にそれ以上の高さの位置に配置させている。
そのせいで、部屋の荷物はとんでもない強引な場所に配置され、片付けする意欲もどんどん欠落。と言うか、片付けスキルの高いおいらですら安易に片付けられない。
部屋の必需品なり書籍、CDはどんどん妙な場所に強引にとりあえず山積みされてゆく。
口に入らない物体だけではなく、弄くって壊れる(あるいは割れたり破れたりする)可能性のある品々も腰から下のスペースには収納出来ない。
本棚の本は、表紙のないものがかなり増えた。
CDは中身と外見がバラバラ。
段ボールでCDラックを覆っていたが、知らないうちに彼女の身長が追いつき、またしても複数の被害が続出。
CDのマウスは2個壊れた。HDDは番組予約を無線で飛ばすリモート部分がそろそろいかれそう。
プーさんDVD、アンパンマンDVDはパッケージのカヴァーはどこかに紛失してしまい、TV周りのリモコンは毎日、捜索が必要となっている。
Rちゃんの怪獣ぶりは絶好調で、本やらCDやらギター本体などが、やたら無下に扱われているのだが、実際、豪快に壊れてみたり破れてみたりを目の当たりにすると、「高々こんな物件の一つや二つに、おいらは今まで何を固執していたのか、まったく…」っと、せせこましい自身の小ささをRちゃんは気づかせてくれる。少し涙目にはなりながら。
「豪快に行こうよ!」
Rちゃんは笑顔でそう語りかけているのかもしれない。怪獣なRちゃんの快進撃は、現在誰にも止められない。
「穏便に行こうよ!」
たった一つの笑顔で、大人が抱え込み抱いていた苦悩、悩みが吹き飛ぶという噂は、あながち嘘じゃなさそうだ。
投稿者 yonezawa : 14:28 | トラックバック(0)
2008年 10月 11日
ギター・マガジン 2008年11月号
早朝6時起き。8時到着で都内某所へ。
集英社『PINKY』専属モデルで『爽健美茶 』のCMに出演中。ヤンジャンより1st 写真集『nozomi』、WEEKLY YOUNG JUMP PREMIUM DVD『nozomi』を発売中。
『どうぶつ奇想天外!』のレギュラーが決まったばかりのグラビア・タレント:佐々木希ちゃんの撮影へ。
http://ameblo.jp/sasaki-nozomi/
ロケハンから機材調達と打ち合わせから気合い入りまくり。
本誌担当編集が企画したシチュエーションで、本気の、渾身の撮影開始。モデルでもある希ちゃんは今日も感動的な美しさでチャーミングに登場。
芸能人の中でもとりたてて容姿端麗、その上長身なのでそのクールさは突き抜けている。
狙った絵作りのポージングがすべてキマる姿に、天から与えられた美の才能を感じ受ける。
早朝からのこの撮影に全面協力してくれたS社:晋平&友人に感謝。
バンド・スタイルで進行した今回のグラビア企画が、果たしてどんなスチールとメイキング動画の仕上がりになるのか、出来上がりがとても楽しみな現場だった。
11月前半発売号の週刊ヤングジャンプが、まずは掲載の一コマ目となる予定。
希ちゃん&スタッフのみなさん、早朝からご苦労さまでした。
大量の機材を撤収し、小雨の中一旦帰宅。
夕方、待ち合わせの地:新宿へ。
[ギター・マガジン 2008年11月号]表紙&巻頭特集で、先月10日にニューヨークで仕込んできたAC/DC~アンガス・ヤング最新インタビュー記事がようやく発売。
ギター・マガジンには、B.B.B.1stリリース時の2000年夏過ぎ頃、スティーヴィー・サラスと共に登場させていただいたが、原稿を書いたのは今回が初めて。
テキストのスペースはわずか1Pだけだったが、処女原稿が巻頭の特集とは幸運だ。
ギター・マガジンに限らず、“ギター”と名のつく雑誌は端から買いまくっていた時代があった。思えば16歳の頃から、この雑誌を何冊買ってきたことだろう。
自身の所属するヤングジャンプも、創刊号を購入してから、来年で30年の時を刻んでいるのだが、時間の経過とは感慨深さを思わせる。
新宿御苑駅到着。駅構内でいきなり待ち合わせ3人のうち、2人に遭遇。
メンバーは、昨日、映画『精神』が釜山ドキュメンタリー部門作品賞授賞を受賞したばかりの想田和弘監督&ダンサー:Kちゃん、先日WOWOWの新番組『クエスト:探求者たち#1映画監督 北野武』の監督:篠崎誠の3人。
想田監督&Kちゃんと出会ったのは1997年のベネチア映画祭。篠崎誠監督と出会ったのは、翌1998年の北野武作品『菊次郎の夏』クランク・イン前のオールスタッフ・ミーティングからだったと記憶する。
出会った瞬間意気投合。遙か昔から知り合いだったような錯覚を覚えたような彼らとの出会いだった。
なんだかんだで、想田監督&Kちゃんとは1年ちょっと前に東京で会っているし、Kちゃんとは数年前のニューヨーク取材時に、ブルーノートに行ったこともあったので、ここのところは疎遠ではなかった。
映画を生業にする彼らの感性は、そもそも生理的にもの凄く大好きで、加えて3人とも実は本気の博学・インテリで、品格のある人間性がとにかく魅力的だ。想田くんは最高学歴で、誠ちゃんは映画監督、映画ライターでもあり、出身校である立教大学『映像身体学科』教授の肩書きも併せ持つ。
愉しい。愉し過ぎる。
「この時間がずっと続けばいいのに──」と思わせる晩飯から夜更けのひととき。
心底朗らかな人間性を有する者が、きっとよりよき作品を生み出すのだと、彼ら身内にそうした確信を得る時間が流れる。
しかしこの同じ面子で次回の席はいつになろうか。ともかく、この時間内で彼らに伝えねばならないアレコレを語るものの、たった1日では足りやしない。
次回、再来日を果たす想田チームの訪れる11月〜12月のいずれかに、またこの会が実現するのか淡い期待を抱きながら、〆のうどんを一人すすっていた。
http://www.varietyjapan.com/news/
movie/2k1u7d00000ehb78.html
投稿者 yonezawa : 12:01 | トラックバック(0)
2008年 10月 5日
Johnny , Louis & Char
2008.10.5(sun)フラワー・トラベリン・バンド
“We are here” at 日比谷野外音楽堂
SPECIAL GUEST : Johnny , Louis & Char
Open 15:30 / Start 16:30
どこかのサイトに小さな字で、たったこれだけが記されていた情報をたまたま見つけた。
本元のオフィシャルを細めにチェックしていれば気づくのだろうが、チェックの機会が思いつきなので、全く気づかない場合も多々ありえるのだ。
そのせいで、先日のスモーキー・メディスン公演なり、たった300人ぐらいのキャパで行ったと聞いた原宿クロコダイルでの:Johnny , Louis & Charライヴも見逃す始末だ。
そろそろ上がるハズだった原稿が、このライヴ取材中に上がることが確定したので、予定を二転三転させ、ともかく会場へと駆けつけた。
何年ぶりになろうか、解散ライヴの野音以来、生のJohnny , Louis & Charをとても久しぶりに観戦する機会を得た。
Johnny , Louis & Charは野音が最もしっくりきて好ましい。
昔と何も変わらない様相で、淡々と、懐かしいトラックが演奏されてゆく。
中でも『カックラウド』『トライスクル』辺りの選曲がピリリと五感を貫いた。
隣でRちゃんも拍手に会わせてリズムを刻んでいる。
Johnny , Louis & Charの活動は、今後どうなるのだろう。音を出す機会があるのなら、力の限り出し続けてほしいと願うばかりのライヴ観戦全般であった。
個人的に、チャーは、もはやストラトの方がしっくりくる印象だった。アンコールが「レストラン」だとは…。
フラワー・トラベリン・バンドのステージを見終え、アンコールは断念し編集部へ帰還。
雨降る中、Rちゃんはボンディへ避難。
誰もいない編集部で上がったばかりの原稿35枚入稿。
風邪は治った自覚だが、鼻風邪、いや花粉症の症状がバリバリであり、下を向くと蛇口をひねるように両方の鼻から鼻垂れ。慌てて両方の鼻腔をティッシュで栓。その隙に入稿作業、っと呼吸の出来ないまま、死にものぐるいでの作業が続く。
裏受け付けのオジサンに「ご苦労様」と言い伝え、雨模様の中帰途についた。
鹿児島の幼なじみ:Rから送られてきた運動会での彼の娘の写真を見て、その可愛らしさに驚いた!
投稿者 yonezawa : 20:50 | トラックバック(0)
2008年 10月 4日
パンチェッタ
快晴な1日。都心の大型公園をほんの数分だけ散歩。
車を走らせていたら、Kからギタリスト:トミー・エマニュアル来日公演の情報が。
トミーは日本のレコード会社に所属していないせいで、いつ来日するのか年中彼の英語オフィシャル・サイトをチェックしてなければ基本的に見つけられない。
なので、この情報はとりたてて有り難い。
ラッキーなことに18日横浜公演のチケットをKが確保してくれた。
アコギストなら、古くはLeo Kottke、Doc Watson等、日本ではほとんど一般的には馴染みがないものの、本国では長きに渡って人気を博するミュージシャンが存在する。
Leo Kottkeの映像は『Vaseline Machine Gun』の名演が最初の体験だったが、彼はジェフ・ベックの1歳下の世代で、若かりし頃の容姿と最近の容姿と同一人物なのか、最初は見分けが付けにくかった。
同世代にもこうしたギタリストが(きっと)ゴロゴロ存在するのだから、ジェフ・ベックが語った「アコースティックは僕がわざわざ弾く必要はないよ。いくらでも優秀なギタリストが沢山いるからね」という発言の意味が理解できる。
そう言えば、アルバム収録のアコースティック・パートも他のギタリストに弾かせるぐらい徹底してジェフはアコギを弾かない。
治った風邪の名残がまだあるものの、どうにか通常のコンディションに落ち着いた。完治までに最も時間を要した印象。
夕飯は久しぶりに地元のパスタ屋へ。以前、同級生のH山が美味そうに喰ってたパンチェッタのパスタに温泉玉子入りのサラダ&ジンジャエール。
投稿者 yonezawa : 20:49 | トラックバック(0)
2008年 09月 28日
喉がイガイガ
急激に冷え込んだ明け方、起きがけに喉の違和感を感じる。
長袖のTシャツにジャージの下を着ないと肌寒い感じ。風邪のプチ初期症状か。
午前中から午後3時過ぎまでRちゃんと部屋で過ごし、買い物に外へ。
2軒の店舗に隣接する駐車場ではRちゃんと車内待機。
飲んだ薬のせいか、眠気少々が襲う。
こんな日は「鍋だ」とメニューは自然に決定し、帰宅後早速食材の切り出し。
うー…、喉がイガイガしてやばい。
投稿者 yonezawa : 01:13 | トラックバック(0)
2008年 09月 27日
2人っきりの1日
午前6時まで眠りにつけず、9時30分には起床してしまい、モーローとした午前中。
やがて久々の、Rちゃんと2人っきりの1日がスタート。
今日の昼・夜の食事の時間は、かなり正確なスケジューリングとなる予定。
ふいにおいらの部屋にトコトコやってきたRちゃん。瞬間、部屋の香りに違和感を感じたかと思えば、嗅覚が捉えたままのオムツの様相。ご名答。
お尻を綺麗綺麗にした後、正午までひたすらお部屋遊び。ルールは何もない。
正午、野菜、豚肉類をアッシュ(みじん切り)した食材を用意し、肉野菜炒め&トマト・サラダ。ソーセージに卵焼き。ご飯は親指の爪大程度の海苔巻きを軽く一膳分。
Rちゃんはドンドコぱくぱく平らげなさった。何とも説明出来ない穏やかでやんちゃな時間が流れる。
食後、ご自身自慢のコレクション・1アイテムである「プーさんDVD」を観戦・凝視。腕には自分と同じサイズのプーさんぬいぐるみが抱えられている。テレビが見にくそうだ。
おったん(私)がRちゃんを膝の内側に抱え、綿棒で鼻くそ取り。
今日日、綿棒はオイルつきのものがあったり、粘着力のものがあったり多彩な物件もあるので驚く。
こんな小さいの(Rちゃん)がいなきゃ確実に気づかない生活用品・知識を、この2年近くの間に色々知らされた。
午後3時を回った頃、お布団の周りをコロコロ、ワサワサし始めたRちゃん。
40分程度の時間を経て、やがて活動一旦停止。
姫、問答無用の大の字で爆睡のお昼寝タイムに入られた模様。
この隙にとばかりに、まずは大量のペット・ボトルと燃えないゴミを破棄。
届けられたメールをチェックし、ヘッドフォンをつけて録画した未視聴の番組を数本観戦。
電気も点けず、物音もたてない時間:2時間30分が経過。
意味不明の擬音と共に、プーさんを抱えたRちゃんがリビングへトコトコやって来た。
「そろそろ夕飯食べようね〜」と台所へ入り、シチューとサラダと椎茸類他の炒め物を調理。
下準備もあったせいで、ほんの30分程度で食卓を盛りつけ、Rちゃん夕飯タイム。
しかし、どういう訳だか気まぐれでいつも大好きなシチューを一口も食べない。「??」
やむなく、他のメイン料理(ケチャップ味)を10分程度でこしらえ、細かく切り足したトマトも加え、恒例になってきた海苔巻きご飯をようやく完食。
Rちゃん、部屋の中でも時には新調したばかりのくっく(靴)を履いたまま。
自ら脱ぎたい意志のある時でなければ、許可無く脱がせるとものすごく怒られるので、チャレンジはしない昨今。
DVDのジャケットにあるプーさんの載ったパッケージを指さし「プーさんね! プーさんね!」の連呼も恒例だ。
夕方、ふいに中学時代の旧友にして親友:KHよりメールが。
高校時代、KHが、現ニューヨーク在住の天平より購入したギター:ヤマハSEを、現在オイラが保管していたのだが、そのギターを彼の息子のために引き上げたいとのこと。
「了解。待ってるぞ!」と返信し、午後7時50分頃KH到着。
1年8ヶ月ぶりぐらいの再会となったRちゃん、一切意に介さず。この時期、男性がどうも苦手な様子の彼女。いじらしい。
大好きなお風呂に入り、気持ちよくなった彼女と昼間以上にお遊びをして、ほんのり汗が出た。なんて充実した1日なのだろう。
「子が親を育てる」意味を知り、1年9ヶ月以上の歳月が流れた。
投稿者 yonezawa : 13:08 | トラックバック(0)
2008年 09月 23日
精神の活力
貴重な休日の1日だったが、結局夕方近くまで昨日の酒が残っており、機能せず。
しかし、この代償が判っていても手の抜けない酒席は多々訪れ、精神の活力となっていくのである。まだまだ手を抜くわけにないかない。
夕飯を戴き、Rちゃんとお風呂。
日付が変わる少し前にくたびれた愛車を駆り、上がったばかりの原稿取り。
帰社し、入稿を終え、雑務で午前3時を回った。
帰宅途中、さして目的もなかったのだが、ふらりと24時間のスーパーへ立ち寄り、気まぐれに食材の買い物。
九州へ帰省した際、最も楽しみにしているのが、おふくろとのスーパーでの買い物。
日常の生活の中で交わされる会話が、この年になればなるほど有り難く貴重な時間だと痛感させられる。
明日は待望のジェイク・シマブクロ来日公演。楽しみ!
投稿者 yonezawa : 13:07 | トラックバック(0)
2008年 09月 21日
たためるジム
無くなれば即ネット注文で補給する飲料水6箱に併せ、急に思い立ったマナデミアン・ナッツも注文していた。
あまりの発作的注文だったので注文したこと自体を忘れていた。
資料用の書籍にしろCDにしろ注文頻度が度重なる場合、いつ何を注文したのか判らなくなることもある。そもそも自分の趣味だけで注文する品に限らないせいなのか。
仮に、事故で届かなくても気づかないケースがありそう。つまり記憶がいい加減だ。
おいら不在の日にそれらの宅配便は届いた様子で、商品はすでに紐解かれ、部屋の片隅に3コのナッツ缶が陳列されてあった。
雑用のため、ほんの数分間部屋を空け再び戻ると、横並びだったハズのナッツの缶が無造作に縦に3コ積み上げられていた。
絶妙のバランスで積み重ねられていたその絵が、なんとも心を温かくしてくれた。
夕方、かねてからRちゃんの存在を知っておられる近所の住人の方が、先方からのお気遣いで、すでにお子さんの成長でお役ご免となった部屋で使える「たためるジム(ジャングル・ジム)」を贈呈してくださった。
なんと温かき心遣いなのだ。心遣いとは、戴いても贈呈しても気持ちのよいものだ。
早速、届けられた「たためるジム」に友達のプーさんを引き連れ、何度も何度も登り降りを始めたRちゃん。
ひとつひとつの行動を、身体をもって学習する様が“愛おしさ”という言葉では足らない程に心を温かくさせる。
「ぱぱ」も「まま」も「(11月に再会する)ばあちゃん!」も「おったん」「いいよ!(OKの意)」も「美味しい!」も「どうぞ」「プーさんね!」「わんわん!」…っと、もはや一概に書ききれないほどの量となった可愛らしい単語が、今日も部屋中に響き渡る。
投稿者 yonezawa : 04:21 | トラックバック(0)
2008年 09月 14日
業務再開
時差は、昨深夜いつものように午前5時前後に就寝したことで帳消しになった。
日常の編集部で居眠りをしている様が、すでに時差があるような状態であることをうかがい知る。
携帯とパソコンに到着するメールへの返信に午後を費やす。
依頼していた業務のあれこれを確認。こぼれた事項はないか、届けられたメールを数回チェック。
先週、デザイナーに送っていたつもりのテキスト原稿が送られておらず、明日以降送り直すことに。再三確認したはずなのに、やはりこうした穴が生じる。
1週間前に先行して着手した記事だったので、つまり通常の時間軸の作業となるだけなので問題はないのだが。
でも少しガッカリ。帰国したタイミングで、ゆとりのある原稿のラフを見ることを楽しみにしていただけに。
Rちゃんのためにネット注文した「かき氷器」の発送日が理由なく再三に渡って延期。完全にタイムリーな季節を逸してしまった。
サイトを見ると売り切れではなく販売しているので在庫はあるのだろうが、理由がわからない無責任な状態のまま、待機だけが続く。
投稿者 yonezawa : 02:38 | トラックバック(0)
2008年 09月 7日
BECCA
荻窪から国会議事堂前で千代田線に乗り換える際、美人バイオリニスト:宮本笑里の特大ポスター発見。都内各所に、とんでもない大きさのポスターが張り巡らされている模様。
セカンドアルバム「tears」の発売を記念したプロモーションの一環。
このアルバムは広大で優雅で品格が高く、ポスターのコピーにあるまま、まさに「世界遺産級」
http://playlog.jp/emirimiyamoto/blog/
晴れ渡る午後の昼下がり、都内某所でアメリカの女性スーパー・ロック・シンガー:BECCAと初対面。
11月5日にリリースされる、彼女のファースト・アルバム『ALIVE』の出来は120点。
内容は、パワフルでメロディアスでツボを抑えた充実の仕上がりだ。19歳の女性シンガーと言われなければ気づかない程、わびさびを感じさせるテイストにつつまれた秀作に仕上がっている。
2種類の衣裳チェンジの中で幾つかのシチュエーションを試み、シューティングを終えた。
撮影の合間、現場でなんと女優でピアニスト:松下奈緒ちゃんに贅沢にも偶然遭遇。
とんでもない多忙なスケジュールの中、近況を伺えば彼女は新作の創作にも取り組んでいるそうだ。
BECCAチームとミーティングルームへ引き上げ、正味40分のインタビュー。
彼女はとても気持ちのよい、可愛らしくも正真正銘のロッカーだった。
編集:U差し入れのテントウ虫ケーキが大好評を得る。
帰宅途中、最寄り駅に少し前から突然の土砂降りに遭遇。
一旦、帰宅した後、急に思い立った荻窪:丸長の夕飯を実行するべく車を飛ばす。
今日のつけ麺の出来、完璧。大満足。デザイナー:小林満には遭遇しなかった。
夜、先ちゃん仕事場でスーパージャンプ20周年のお祝い記事用イラスト&肖像写真を確認。先ちゃん、ご苦労様。
投稿者 yonezawa : 21:06 | トラックバック(0)
2008年 09月 6日
極めて平穏
起きたらRちゃんと2人きり。
頬をペタペタと打つRちゃんのお手々の感触で目が覚めた。
夕飯まで、2人でプーさんやらワンワンやらをDVD鑑賞し、極めて平穏な1日が流れる。
深夜まで明日、明後日、明明後日からの日程を確認し、午前3時に床につくが素直に眠れず。
投稿者 yonezawa : 19:24 | トラックバック(0)
2008年 08月 30日
川上じゅん
腹話術の川上じゅんという芸人のネタ(仕掛け)に注目中。
ホワイトボードにその場でフリーハンドのキャラクター(顔)を描き、描いた顔の目や口が動き喋りだすという、マジックの不思議な要素を取り入れた腹話術が新しかった。
テレビで1度だけ見た限り、その仕掛けは判らなかった。
関連サイトを見ると、腹話術以外に、芝居・DJ・バンジョーなどの演奏も得意とするらしいが、特に注目するところが、「ブルーグラス・ミュージック、カントリーミュージックに精通している」そう。そのバンジョー演奏の腕前はプロ級だと。
さらに面白い経歴の持ち主で、格闘技の分野でも活躍しており、05年よりK-1公認審判員(レフェリー・ジャッジ)を務めているそうだ。
特に、93年までの5年間、日本ボクシングコミッションで役員(レフェリー・A級ライセンス)として在籍し、辰吉丈一郎の世界前哨戦などを裁いた経歴をもっている模様。
11年前の97年、おいらも日本ボクシングコミッション発行のマネージャー・ライセンスを1年間だけ所有していた時期があったが、基本的な特権は国内の試合はフリーで入れたことだった。
東京モード学園のCM曲を歌うスーパーフライの曲、ハートみたいでカッコイイ。
投稿者 yonezawa : 03:05 | トラックバック(0)
2008年 08月 16日
タイ風カレー
突然の台風情報を知るが、住まいの界隈は雨はまったく降ってはいなかった。
夕方、電車で八王子へ。
先日、許されざる凄惨な通り魔殺人事件のあった、この街のことを思い浮かべながら商店街を歩く。
Y宅に到着すれば、彼はタイ風カレー中心の夕食を作成中。
ビールで乾杯し、ザ・プレジデンツの新譜を肴に、久方ぶりのYと宴会開始。
それにしてもY作成のタイ風カレーは意外にも美味い。
ココナッツミルクにしろ、タイ米にしろ、あまり馴染みのある食材ではなかったものの、ほうれん草等のアンサンブルが想像以上の美味さを演出している。ちょっと脱帽。
音楽のこと。映画のこと。笑いのこと。タモリのこと。楽器のこと。ミュージシャンのこと…。
Yの貴重な見解を伺いながら、無軌道に語りりつつ赤ワインを飲み干し、コンビニで芋焼酎他の買い足しへ。
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共に共通のフェイバリット・アルバムであるGODIEGOの名盤『CMソング・グラフィティ』をかけながら歌詞を追うと、楚良でそれなりに歌えるので、次回お遊びバンドでカヴァーでもやってみようかと、やや本気で考えた。
ミッキー吉野のアレンジと、すべての曲のメロディ・ラインの非の打ち所のなさが、今日聴いてもやっぱり凄いし、盛り上がる。
発売してもう30年以上は経過しているアルバムのハズだ。
聞くところによればプレミアがついて、高値で売り買いされているアルバムなのだそう。
最後に再びタイ風カレーをいただき、深夜4時を幾分回った頃、明日のことも考え徒歩で駅を目指した。
始発電車に乗り、駅を4つばかし乗り過ごしてしまい、反対方面の電車に乗り換え帰途につくが、こんな早朝にも電車内の人間はそれなりの人数で驚く。
結局、一度も台風には遭遇せずの1日だった。
投稿者 yonezawa : 23:43 | トラックバック(0)
2008年 08月 15日
ジャブジャブ池
なんとまぁ日差しの痛烈な1日だったろう。結構な日焼けした。
午前中、電車を乗り継ぎ府中市は分倍河原駅へ。
24年前、アパート探しに東京へ来たばっかりのおいらが初めて泊まった場所がココだった。
28年ものつきあいのある盟友:H&その家族と待ち合わせ、荷物を彼宅へ置かせていただき、「郷土の森」内の“水遊びの池”、通称:ジャブジャブ池へ。
およそ正味2時間、炎天下の中、小さな子供を連れたファミリーらで賑わう水場の広場で言葉の通りの水遊び。
財政豊かな府中市の様相が、「郷土の森」内の様々な施設空間に感じられる。
アイスを食べて一休みしながら、まだ咲いていた蓮の池前で記念撮影。
H宅へ帰宅しつつ買い出しへ。途中、Hの所有する畑でプチ・トマトを採取。大葉他の野菜も季節ごとに栽培しているというHの畑は充実していた。府中市街のポイント高し。
その様子を眺め、プチ・トマトを刈っている最中、昔の我が家に咲き乱れていた家庭菜園を想像していた。
都会の、かつ現代の環境では考えづらい庭のある環境に、多くの野菜、はたまたイチゴまで栽培していた小学生時分の我が家を思い出す。
野菜の栽培が当たり前だった昭和の時代が懐かしい。
太陽光で温まったトマトだが、もぎ取ってそのまま喰うとメチャクチャ美味しいのだ。
H家族においら一家、そしてゲスト:Aも加わり、夕方までの餃子とコロッケを囲むプチ宴会開催。
Hの家を訪れると、本来家庭とはこうあるべき真っ当さを感じてくる。
「子供はこう育てるのが理想」という歴史を、何の肩肘も貼らずに実戦してきたHの度量がなんにせよ脱帽モノだ。
みんなでせっせと作った餃子が焼き上がる。焦がした餃子も愛嬌で旨い。
コロッケも仕込んできた甲斐あって美味。持ち込んだ芋焼酎も格別。
まだまだ明るい夕方より少し前にホロっと酔った案配の、心地よいことといったら、ない。
明日はA宅で続きの乾杯か。
投稿者 yonezawa : 23:42 | トラックバック(0)
2008年 08月 14日
Mess Of Blues
妙な時間に眠気が襲う。
ソファに寝転がると、知らないうちに10分オチている。
北島康介の快挙に、体操、柔道、フェンシングと、特に注目している選手がいなくともこれだけ頻繁にプレイバックしてくれるので、ほぼタイムラグの無い状態で戦績を知る北京五輪。
こうした加熱する特番を余所に凶悪事件も番組の片隅で報道されているが、その印象は当然薄くなりがち。
拉致問題の件。日朝実務者協議で、日本が北朝鮮に対する制裁の一部解除を実施するとのことだが、「調査開始と同時に解除」のあいまいな見解は当然被害者の心情を納得させるものではないだろう。
夜中、Jeff Healeyの遺作『Mess Of Blues』拝聴。
89年か90年頃、闇雲に映画の試写会に行き倒していた頃があった。
食指に触れようが触れまいが何だろうが、時間のある限り映画を見尽くした1年間という時期があった。
そんな見方をすれば、9割方、時間のロスとも言える駄作ばかりに直面するわけなのだが、パトリック・スウェイジ主演の映画「ロード・ハウス」に遭遇した時には、ヒヤリと背中を駆け抜けるシーンを見つけたのだった。
盲目のギタリスト:ジェフ・ヒーリーのことはファースト・アルバム『See the Light 』で大注目しており、知ってはいたが、この作品に出演していることは何の情報誌にも出ていなかったので、スクリーンを見て一人で驚いていた。
A.シュワルツェネッガー主演の『ツインズ』にジェフ・ベックのバンドが出ていた時と同じぐらいのレア発見だった。
後で聞くと、この映画出演によってデビューのきっかけを得たそうだが、おいらは後からこの映画と出会った。
彼がプロデュースを担った女性シンガー(名前忘れた)も秀逸だったし、スティーヴィー・サラスの親友でSOクールな女性シンガー:サス・ジョーダンもジェフとの深い親交があったはず。
ブルースからやや遠ざかった感のある時期には、おいらも必死で追いかけるほど熱心な信者とはいかなかったが、彼の産み出す音楽性に対しては不変のシンパでいたのは事実だった。
その彼が本格的なブルース・アルバムを制作中との情報は、風の噂で知っていた。
少し送れて、07年にガンを取り除くための脚と肺の手術を受けている事実も知った。
闘病生活を送りながらも演奏活動は続けたそうで、08年に久々のブルースロック・アルバム『Mess Of Blues』を完成させたとニュースで聞いた。
ジェフは、リリースを目前に控えた08年3月2日、トロントのセントジョセフ病院にてガンのために、なんと41歳の若さで亡くなってしまうのだが、『Mess Of Blues』を聴き込めば聴き込む程、途方もない大きな世界的遺産を失ってしまった意識に苛まれる。
先日の、ハイラム・ブロック逝去の悲しいニュースしかり。
『See the Light 』の素晴らしさ同様、今回ほとんどがカヴァー曲だけで構成された最期の新作『Mess Of Blues』も、永遠に聴き続けるアルバムの1枚になりそうだ。
ミス・トーンもいとわない、剥き出しの豪放磊落なトーン。
終始、素のプレイに徹している演奏が心に突き刺さるのだ。
投稿者 yonezawa : 02:44 | トラックバック(0)
2008年 08月 13日
横浜アンパンマンこどもミュージアム
午前9時、ホテルで和食の朝食。
10時過ぎチェック・アウトし、横浜:新高島駅下車。予定していた『横浜アンパンマンこどもミュージアム』へ。
しかしギラギラむしむし、容赦ない突き刺さるような日差しが痛烈だ。
ぬぐってもぬぐっても汗はしたたり落ち、水分補給すればまた汗がしたたり落ちてくる。
炎天下の中、ミュージアムへ入ろうと並ぶこと30分、Tシャツ半分が汗で濡れている。
すべてのお父さんお母さんも同じ状況で、子供の笑顔のために苦行とも言える待ち時間を過ごしている。
中に入ったとたん感じられる冷房の冷気が懐かしい。
館内を2時間程度過ごした後、再び炎天下の中、地下鉄の駅へ帰還。
今日も昨日も鎌倉〜横浜界隈は暑かった。ホントに暑かった。
電車に乗ったとたん、たった2日間の疲労に包まれ、わずか10分程度ながら軽くオチる。
地元の駅ビルに到着し、パスタ屋で遅めの昼飯。
帰宅し、このブログを書き始めたとたん、強い睡魔に襲われ3時間眠り込んでしまった。
この日のオリンピック観戦はニュース速報のみ。
投稿者 yonezawa : 02:43 | トラックバック(0)
2008年 08月 12日
大船〜鎌倉
午前9時には出発の準備。
午前11時の新宿発:JR湘南新宿ラインへ。乗ってからグリーン車券を購入。事前に購入するより200〜300円割高になるそうで、その情報も知っていたのだが、いつもいつも結局節約とは無縁の行動となってしまうのがしゃく。
お茶は、凍らしていけば炎天下の最中適度に溶けて丁度良かろう思い電車へ乗るが、この時点ではまだまだ全然凍ったままなので、全く飲めないまま。
やむなく車内で買うお茶は割高。またしても節約とは無縁の展開。
行きがけに買ったおにぎりを食べ終えた頃、あっという間に目的地の大船駅へ。
予約してあったホテルへ荷物を預け、大船から鎌倉へ。
江ノ電に乗り3駅の長谷駅で下車。
暑い日差しの最中、Rちゃんをベビーカーに乗せ「鎌倉大仏」見物に向かうが、彼女はあんな暑い最中、額に汗をかきながらガン寝。
鎌倉大仏と寝たままのRちゃんと記念撮影。数年後、この残念もよき想い出になることだろう。
以前この地を訪れた時にも買ったせんべい、そして乾燥もずくを購入。
途中昼食にうどんをいただき、訪れた長谷寺ではまだ咲いていた蓮に間に合ってラッキー。
そもまま徒歩で江ノ電には戻らず、海岸へ。
幸運なことに想像よりもそれほど混み合っていなかった海水浴場の人混。
人生初の「海」を体験するRちゃんを海岸の砂浜に連れだったとたん、広大な潮風を浴びるRちゃんが「おお〜!」と目前に広がる光景に感激の雄叫び。
おいらはズボンを膝までめくり上げ、Rちゃんは水の吸わないカラフルなオムツに着替え、海岸沿いで水遊び開始。海に来る準備をしておけばよかった。
寄せる波をRちゃんの膝下くらいの深さで受ける場所ながら、Rちゃんにすれば小波ほどの威力となる感じ。
きっとRちゃんは海が相当気に入ったに違いない。
およそ1時間もした頃ヘトヘトになり、水道で身体についた砂を洗い流し、海の家でかき氷。
一息ついた頃、徒歩で長谷駅の隣の駅:由比ヶ浜へ。
江ノ電で鎌倉へ。
鎌倉の代表的な神社:鶴岡八幡宮を訪れる。
中庭で鳩を見つけたRちゃんが、満面の笑みのまま幾度となく彼ら(鳩)を追いかける。
Rちゃん全般的に動物が大好き。まったく物怖じしない。
彼女を右肩にセメント袋抱えし、葛石を積んで一段高く作った参詣道の段葛(だんかずら)を駆け上がった。
数秒で家内安全健康のお参りを終え、再び段葛を下る。
さらに彼女は境内を終始テクテク歩いた。ふくらはぎが堅くなるほどに。
夕方、U一家と待ち合わせ、食事会に和食の居酒屋へ。
突如、意味不明のご機嫌斜めになってしまったRちゃんだったが、親睦会的時間を共有できたUには多大なる感謝。
鎌倉から大船へ帰還し、日付が変わる前に早々の就寝。全員、存分に遊んだ分の疲労感に包まれていた。
投稿者 yonezawa : 02:43 | トラックバック(0)
2008年 08月 3日
椅子
暑い午後、大型家電量販店へ。ここのところ家電屋に行く頻度高し。
巧い具合に車を地下駐車場へ駐めることが出来、取材で使う動画用カメラの三脚を新調しに。
この機会にストラップも揃え、店内を徘徊すればTudorの時計売り場で足が止まる。観れば観るほど物欲が沸き上がる。
前回、この店を訪れた際、衝動的にパソコン用の椅子を新調したかったのだか、その際は他の家電購入もあったので、あまりの出費に落ち込まないよう避けたのだったが、今日再び衝動買いの欲望が。
結局、先日狙っていた椅子を購入。
普通、作家諸氏の椅子は、仕事で1日のほとんどを過ごす場所なので、高級機種を使う方は多い。
これまでおいらが使っていた椅子は、かなりしょぼかった。姿勢も座り心地もチープな物件だった。
来週半ばに届く、この椅子によってモニターで観るDVDの頻度も多くなると踏んでいるところ。
投稿者 yonezawa : 02:13 | トラックバック(0)
2008年 07月 27日
強力ジェット噴射機×27時間テレビ
昨日撮った一連の動画を九州親戚用VTRにダビング。
午後から不足した生活用品の買い出しへ。
もう何ヶ月も洗浄してなかった車に高価なガソリン、レギュラー満タン。
確かに高い。
スタンドから車で2分。セルフで車洗浄が出来るスペースへ。
30分程度、壮絶に汗だくになりながら車の垢を洗い流した。
水と洗浄液が交互に飛び出す“強力ジェット噴射機”は、多分女性は片手では操作出来ないほどの威力で、おいらの車のように頑固な汚れがこびり付いていないボディなら、この洗浄手段で充分に車は綺麗に磨かれる事だろう。
車体全体の何ヶ月もの間にこびり付いた汚れを事前にハンド・ウォッシュで洗い流し、改めてジェット洗浄。
車はそれなりに綺麗になったが、くたくたになった。
目の前のカーショップで、自前用の洗浄液、クリーニング液、ブラシ他を次回の洗浄時用に購入し帰宅。
ふと、親父と一緒に一生懸命洗車してた子供の頃を思い出した。
綺麗好きだった親父は車の洗浄も巧かった。合理的だった。言われるまま、おいらは無心で車を磨いたものだった。親父の喜びのために。
自ら車体の下に潜り込み、オイル交換をする親父が頼もしかった。現代では、一般的にはそんな親父はほとんどいなかろう。よほど特殊な環境の人でなければ。
したたり落ちる汗を拭いながら、彼の日の親父の筋肉痛を想像していた。
帰宅して晩飯即爆食。
フジテレビの27時間テレビ『FNS27時間テレビ!! みんな笑顔のひょうきん夢列島!!』を、見たいところだけ観戦。
どうも、フジテレビのお笑い…時に“オレたちひょうきん族”のプロデューサーだった(素人でも知っている)三宅プロデューサーが、2009年1月に定年を迎えるということで、最後の花道として総合演出を担った番組だったよう。
(※関連サイトによれば…2008年7月1日にCSチャンネル(フジテレビ721、他)で放送された「フジテレビ721開局10周年大謝恩会」の中で、三宅プロデューサーは役員待遇ゼネラルディレクターに昇進したことが判明。役員待遇になると定年が2年延長されるため、さんまは同番組にてフジテレビ専務取締役・太田英昭に「三宅をやめさせてくれ」と嘆願した。が、太田は「今年度の人事がすでに決まっているため、来年に」とかわす。これらのやりとりもエンディング時に放映された)
終始、シーンごとにビートたけしが登場するわ、総合司会には27時間延々、明石家さんまという、現代のバラエティ界ではこれ以上ない程の豪華な演出・出演者の構成となっていた。
そしてグランド・フィナーレに再び登場したBEGIN。
番組中、さんまから「番組のエンディング曲を作って!」っとお願いされ、このエンディングに間に合わせて作った突貫工事な曲を披露した。
その、わずか数時間で出来たという曲『笑顔のまんま』がものすごく良かった。
歌詞をかみしめ、演奏を聴き入る明石家さんまの瞳。
その曲を踏まえ、たまらないコメントを残したビートたけし。感慨深く、心に焼き付いたシーンだった。
“笑い”を創造し、提供する芸人諸氏の偉大さを自分なりに受け止め、こちらまでやや涙目になってしまった。
この作品により、BEGINの評価はこれまでよりも格段に上がるだろう。
滑稽な特殊メイクを施し、絵の具を被った芸人たちを大きくリスペクトし、労った歌詞がとにかく泣かせる内容だったのだ。
夕飯食べて、Rちゃんとお風呂に入り、湯上がりアイス。
午前0時からのショウビズも見ずに、知らないうちに眠りこけてしまった。
投稿者 yonezawa : 17:10 | トラックバック(0)
2008年 07月 26日
巨人×ヤクルト戦
痛烈な直射日光に、ややかげりの出てきた午後、東京ドームシティへ。
出店で食べたアイスクリームは思いの外甘くなく、おいらでも完食。メリーゴーランド:ヴィーナスラグーンに真顔で乗ったRちゃんを連れ立ち、東京ドーム:巨人×ヤクルト戦へ。
お菓子をほおばりながら、中盤から逆転した打線が火を噴いた絶好調の巨人を、とりたててファンでもないおいらたちも観客席で楽しんだ。
Rちゃん、周りのオレンジな巨人ファンの拍手喝采にあわせ、ぱちぱち拍手!
手に持った2本のおもちゃのバットを打ち鳴らし、一人前の(真顔の)様相で盛り上がるRちゃん。笑った笑った。
人生初の野球観戦で、木村拓4号ソロ、ラミレス28号2ラン、阿部12号ソロ、ラミレス29号3ランの、ホームラン4本も体感したRちゃん凄い!
観戦中、KHからのメールで「野球に興味あったんだ?」の回答に「そんなわけはないじゃん」メールを返信。
8回裏、巨人勝利の確信を見極めた後、ドームを後に。
その足で久々の「千石自慢ラーメン」を訪れた。1年以上ぶりだったろうか。
昔は編集部でも大流行だったこの店も、つけ麺やら塩ラーメンやらの追加メニューがたくさん増えており、純粋にときめいたあの頃の千石自慢ラーメンとは、様相がまるで変わってしまった。
以前のスープはもっともっと白かった。現在では黄色の色味に変貌を遂げてしまった。
野球観戦時の弁当は、今日の目標の一つだったのだが、あまり美味しくない天むすを喰い、まったくの空腹でもなかったせいか、残念ながら今日のラーメンへのときめきはほとんど感じられなかった。
それにしてもアイスクリーム、喰ってる。水分補給も充実しつつ、アイス毎日喰ってる。
投稿者 yonezawa : 00:29 | トラックバック(0)
2008年 07月 20日
正味35分程度
正午を過ぎ、1年に一度の自家断髪を思い立ち、洗面台に新聞紙を敷き詰める。
もう何年も、洗面台の鏡を近眼の目で見据えながら髪の毛を鷲づかみ、ゴンゴンと切りたくる行為にも自信のような気持ちが芽生え、何の躊躇もなくドシドシ切り込んでゆく。
正味35分程度で、ほぼ9割方納得のゆく程度に切り終える。
こうして切った日から丸1年間、延ばしっぱなしのパターンが近年多いのだが、久々に会う人にある時期「髪伸びましたねぇ」と言われたり、そもそもが短い髪の人だと思われたり。
さっぱりしてシャワーを浴びた快晴の午後、吉祥寺:井の頭公園へ。
行き交う多くの人々。何とも言えない表情の飼い犬とも随分すれ違った。
コーギー犬と犬種の解らないもう一匹の犬、計二匹を引き連れたおじさんが前方から通過する前に、コーギーの方が(笑顔で)歩み寄って来た。
思わずしゃがみ込み、頭を撫でたらおじさん「ななちゃんと言うんですよ。優しい女の子ですよ」と笑顔で教えてくださった。
おいらの姿を見たベビーカー上のRちゃん、一切の物怖じなど何もなく、笑顔で父親と同じ行為に出る。Rちゃん、ななちゃんのお鼻部分を撫で撫で。
ななちゃんはおいらの膝に飛び乗ってきて、おいらのほっぺとRちゃんのほっぺを順次ぺろり。
こりゃたまらん。
公園内を散策し、帰り際、丸井のメンズ・フロアで、先日退職を迎えられた写真家:Yさんへの、ささやかなる贈呈品を購入。
ついでに30%オフとなっていたスーツも、この機会にと衝動買いすることに。
採寸して、おいらの長けに仕上がる5日後以降の受け取りを確認し、スーパーで買い物して帰宅。
至ってノーマルなる休日終了。
投稿者 yonezawa : 18:10 | トラックバック(0)
2008年 07月 13日
アキレスと亀
TVスポットで北野武監督最新作『アキレスと亀』の告知を初めて観た。
4月に行われた製作会見の折り、「今回はマジメに、たくさんの日本のお客さんに観てもらえるような映画を撮ってるよ。ここ2作品では、だんだんスタッフが話しかけてくれなくなったけど(笑)、今回はみんな寄って来てくれるから面白いものに仕上がってると思う」と語った北野監督の言葉が、個人的には『菊次郎の夏』を想像させた。
先月開催された、第30回モスクワ国際映画祭で、北野監督は特別功労賞を受賞。
「子供が大好きなおもちゃを与えられた時と同じようなもの」
映画を撮る行為を、こんな言葉で綴った監督の表現が懐かしい。今も監督は現場でときめいているに違いない。
9月20日よりテアトル新宿、銀座テアトルシネマにて公開。
投稿者 yonezawa : 00:55 | トラックバック(0)
2008年 07月 12日
椅子
本棚を見ると、謹呈でいただいたらしき書籍を発見。しかしこの本を斜め読みでも読んだ記憶が蘇らない。
おいらよりも4,5歳年上のとある高名なる編集者が、「最近、DVDで映画見ても、ラストシーンを覚えてないことがある」と言っていた。
我が家、未だ大型テレビの購入に至っていない。
その代わりパソコンのモニターが以前よりも大型になって、初めてPC画面で映画(DVD)を見る。
パソコンに向かってそれなりのサイズの画面を正視し、ヘッドフォンを使用すればかなりの臨場感で鑑賞できる。
しかし椅子がオンボロ。
多くの作家の方々のように立派な椅子にあらず。彼らは座ることが仕事の一つでもあるので、多くの方々が大概重厚感のある高価な椅子を使っておられる印象を受ける。
一般的に椅子なんてものは滅多に買い換えることはないが、大型家電量販店でフロアをうろつく際、パソコン椅子のコーナーを発見し、10コ以上の椅子に腰掛けてみた。
例えば10000円以下の品から80000円程度の品まで様々。中でも30000円代後半の機種に惹かれるが、懐と相談し、この衝動買いは改めることに。
午後6時30分より、1月以上遅れの6/2失速打ち上げ。
お好み焼き屋〜イタリアン〜居酒屋経由で終日爆喰いの1日。馬鹿。
投稿者 yonezawa : 00:55 | トラックバック(0)
2008年 07月 6日
雨とApocalypto
九州、山口が梅雨明け。東京でも“振らない梅雨”ってのがここのところの印象だった。
いよいよ激しく暑い日々の到来か。
昼間の車中温度は真夏並に急上昇で、乗車後1時間、冷房が全然効かない。
日が暮れた夕食時の夕方、ドライブがてら用事を済ませに原宿本面へ。
カー・ラジオから流れてきたインターFMのDJ:島田律子の声は久しぶり。ご無沙汰している彼女に最後に会ったのは、彼女が臨月手前の頃だったか。
周波数をJ-WAVEに回せばクラシック・ギタリスト:村治佳織の番組が。
彼女とは、先日のライヴ会場以来お会いしていないが、ハンドルを握りながらあの瞬間のギターの音色を思い出していた。
帰りの道中、ポツンとフロント・ガラスに雨が。
「こんな時、親父ならどうするんだろう?」「こんな時、親父ならどこへ行くのだろう」様々な思考が浮かんでは消える。
同時に、おいらの知る1960〜70年代時分の40〜50歳代の男達は、度量があって風格があり、つくづく立派だったなぁ…と回想する。
明け方までかかり、今頃DVDで映画『アポカリプト』鑑賞。映像の迫力に倒れた。
凄い世界観にして「この後の展開は一体どうなるんだ!?」っと子供のようにドキドキさせられた。
劇中描かれたマヤ文明後期の中央アメリカは忠実なのだろうか?
生け贄の心臓を取り出しとか、目を背けたくなるバリバリR指定であろう斬首シーンとか、冒頭に見せる森の中のトラップとか、妊婦の妻であるとか、足手まといのような仲間の大男とか、野卑で屈強なる敵の男とか、主人公の誇り高き父親とか、奴隷の姿、等…。
見る者に良き意味の障害(刺激)を与えるような演出が尾を引き、作品に対して延々色濃く入り込ませる印象を得た。
ああだこうだ考えさせない大変な演出効果を感じさせた。
メル・ギブソンは心から映画が好きなんだな。
監督業も俳優業並に実力を不動のモノにしつあるメル・ギブソンはもはや偉大なる世界有数のフィルム・メーカー。
それにしても、弓も槍も石も怖すぎ。
投稿者 yonezawa : 12:37 | トラックバック(0)
2008年 06月 29日
掃除機・電子レンジ・PC周辺機器・携帯
休日の駅周辺付近は混み合っていた。
車で大型家電店の地下駐車場に駐めようと向かうものの、建物を大きく2周しても「空車」にはならず。断念し隣店舗の総合駐車場へ。
この1年以内に、立て続けに故障してしまった家電類の購入にやってきた。
店員の説明を聞く度に、瞬間その製品分野に長けたごとく知識を得るのだが、掃除機の場合、トップ・プライオリティと考えていた吸引力の数値が最も高いナショナルの製品を迷わず購入。
あらゆるパンを焼ける大型オーブン・レンジは以前に購入澄みなので、一通り日常的にこと足りればよかろうと考えた電子レンジもたまたまナショナル製品に落ち着く。
続けてパソコン・モニター取り替えのため、純正の接続アダプターを購入。ついでに予定ではなかったのだが、こうした大型家電店のマジックなのか、すでに3年近く使用期間の迫ってきた携帯も衝動的に買い換えることに。
そもそも今日以前に想定していた購入希望機種とは大きくかけ離れ、現場で様々な機種を見て確かめるうちにコロコロと意識が変わった。
Rちゃんを考えるに、やはりカメラ機能として画像解像度が最も高い機種を優先。プラス、使い勝手を考慮し、これまで使っていたメーカーの品に決定。
購入以前の最優先必須事項であった国際ローミングは断念した。本製品がお財布携帯として機能出来るのかはまだ知らない。
もはやパソコンと同等の機能を備える厄介な物件と化す現代の携帯。
そんな恐ろしいスピードで刻一刻と移り変わる現代のやんごとなきシロモノに、粗方対応してくる我がおふくろの有するスキルには驚かされる。
さて今から30年後、その頃の十代、二十代が扱う最先端のサブカルチャー、ツールの品々について行くことが可能なのか。その頃の自分がおふくろ並みのスキルを有する自信はまったくもってなし。
奈良の誇り:NFとときめくメールをやりとりしながら、携帯写真の解像度を確認。
NF問い合わせのあったプロツールス(Pro Tools)とは、まずこちらで確認を。
http://ja.wikipedia.org/wiki/Pro_Tools
深夜まで携帯の説明書と格闘しつつ、不可解な認識を残したまま床についた。
投稿者 yonezawa : 04:16 | トラックバック(0)
2008年 06月 28日
電化製品
「昼間か夕方には今日も喰うべし!」と決意しながら荻窪『丸長』を目指し、結局買い物等を澄ませた夕方、夕食としてつけ麺爆食。
西東京界隈へ必需品の買い出し。食料品の値上がりが益々シャレにならない様相を思わせる中、スーパーで品々補充。
明日は、先頃壊れた電子レンジと、これまた続けて故障しかけている掃除機購入の予定。
偶然今年は電化製品が軒並みくたびれた年となった。
投稿者 yonezawa : 11:58 | トラックバック(0)
2008年 06月 22日
家電、相次ぐ故障
冷蔵庫に続き、電子ジャー、そして一昨昨日電子(オーブン)レンジも故障した。
食パンを焼くためトースターとして使用する際、レンジの扉を微妙に半開きしないとスイッチが入らなくなった。
騙し騙し使えばなんとかなるのかもしれないが、昨日新聞で読んだ「三洋電機製の電子レンジから発火する事故」を知ると、知らない瞬間に発火するんじゃないかと危惧してしまう。
改めて商品を確認すれば、「シャープ:オーブン・トースターRE-F585」92年7-12月期製。と記してある。
もう16年間近く使っていた機種であった。
まずは試しに修理相談センターへ問い合わせた。課金される有料通話のメーカー電話番号にかけ、待つこと数分。
結果、修理の部品は、基本発売より8年間のストック分しか対応出来ないケースが多いとのこと。
ならばと諦め、スタンダート商品の相場を知るべくネット確認。
ともあれ近々に購入せざるえない運びの予感。
スーパーからバターも消え失せ、ガソリンの価格は右上がりのまま。
いよいよ首相以外の議員が口にし始めた消費税・増税問題も出来レースなのか、議員によって発言の“割り振り”があるのか。しかし結局「ボチボチ上げるんだよ」という布石を打ち出しているとしか思えない印象だ。
「まだ消費税を上げる時期ではない」と言う意味合いの発言をしている政権与党議員の真実の真意は本当なのか。ちゃんと止めてくれるのか。
仮に近い将来、仮に増税となってしまった後、「与党内でも闘ったが、結局力足らずで…」という絵が今の段階から見えている気がしてならない。
選挙前に「消費税は上げない」発言をした議員がいても「上げない保証」がないことは与党の歴史が証明している。何も誰もあてにならない。
それより前に、“埋蔵金”を掘り起こせ。特別会計を見直せ。翌年の予算を確保するためだけに「使い切る」ことを使命としている行政の有り様を何もかも正せ。
(肝心の国内主要労働者が勤務する時間帯に放映される、テレビ中継自体にも問題有りと長年思っている)国会中継と同時、当事者官僚が公に登場する答弁の場を作り、逐一放映し、例えば天下り問題等についての対処をどう行うつもりなのか、一切合切国民の前に、ビジョンと結果とを報告してほしい。
でないと、様々なメディアで取り上げられる山積する問題の着地点がないまま、うやむやになったままではないか。
もはや四の五の言わせず、明日から一斉に天下りというシステム自体の社会悪を全てなくしてしまえ。
形だけの勤務で、団体を移籍する度に何度も何度も多額の退職金を貰い受け、世界一下品な生き様を続ける己の恥を知れ。
私腹を肥やす天下り連中だけにこうして理不尽なまま税金が投入されるぐらいなら、その分75歳以上の医療費にそっくり回せばいいじゃないか。
そうした改善が成されるならば、彼らより若き世代がその医療費を幾分負担する割り振りは、納税者のどの国民も基本的に反対しないのではないか。消費税への考え方も同じ事。
議論は必要だろうが基本原則としてそれが正解だと思わざるを得ない。
「75歳以上の医療費は無料」話はそこから考えるべきだ。
投稿者 yonezawa : 15:07 | トラックバック(0)
2008年 06月 21日
丸長
久々の休日『丸長』。
午後1時過ぎに到着。入口には10名ほどの行列が。
ところがシャッターは下りたまま。シャッターには貼り紙もなし。通常なら午前中から営業しているハズなのに「まだ営業前だったか?」と不審に思ったが、ともかく列があることで、とりあえず車を駐車させ最後尾に並ぶ。
客はどういうわけだか厨房出入口前から並んでおり、依然として正面入口は閉ざしたまま。
どうも中は通常営業の様子で、厨房扉から客は出入りしている模様。厨房扉から数名の客が出てくると、その人数分中に客が入ってゆく。
「どういうことだろう?」「扉が壊れたかガラスが割れたのか?」おいらの後ろに並んだ子連れの4人組も理由が解らず、おいらに尋ねてくるものの理由がわからない。
やがて順番が来て中へ。シューマイ等を作るコンロの横を通り過ぎていつものテーブル席へ。
相席の机に腰掛け、つけ麺とシューマイを注文。今日も格別の調合日。
帰り際、店のおばちゃんにで出入り口の件を確認したところ、土日はおやじさんとのたった2人だけの営業なので、出入り口は厨房からとし、人数制限をしながらのペースで営業している旨の話を伺った。
『丸長』やはり美味い。未だかつて『丸長』をしのぐつけ麺には出会っていない。
投稿者 yonezawa : 15:06 | トラックバック(0)
2008年 06月 14日
旧譜
チャーの旧譜すべてをiTunesに取り込んでいなかったと、ほとんどのチャー関連のアルバムを読み込ませた。
ジムのプレイも今一度チェック。こんなドラマーが近くにいたら出音と恋愛するぜ、間違いなく。
ネットサーフィンしてたらサイケデリックスのベスト盤がリリースされているようで、これほど情報が氾濫していながら、肝心の好みのおさえるべき音源を遅れて知るという、妙なパターンも多し。先日のスモーキー・メディスンのライヴも直前に知ったぐらい。
![]()
とある昼下がり、リビングにポツンとおむつが置かれてあった。
アールのついた着用澄み的形状で。
でもRちゃんはズボンを履いたまま。「ままが着替えさせて、うっかりそのままにしてたんだな」とタカをくくり、Rちゃんのお尻にタッチしてみたら、Rちゃんおむつを履いてないではないか!
「なんだ、脱がせたらちゃんと着せなきゃ」「一体ままは何をやってるんだ!」と思いこんだ。
本日夕方、「あちゅいあちゅい」を連発するRちゃんが腰の辺りをしきりに上下に上げ下げしている。その度に「みちみち、みちみち」っと音がし出した。
やがて、ズボンの裾のくるぶしの辺りから、ズボンを脱がないまま着用していたおむつをスルリと取り出したのだった!
謎が解けた。Rちゃんはもはや自分自身でこんな所業を行うことが可能となっていたのだった。闘いは続く…
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2008年 06月 1日
プーさんね! プーさんね!
ロンロン内を歩き、ファンシー・ショップを通過するとRちゃんが「プーさんね! プーさんね!」と声を荒げている。
「どこにプーさんいる?」いないじゃんと思えば、斜向こうにディスプレイされた水筒を入れる筒状グッズの顔がプーさんだった。
プーさんとワンワン(NHKの犬キャラ)とアンパンマン(発音がおぼつかなく、マンマンと発音)だけには目ざとく反応のRちゃん。
このケースでホントーにあらゆる場所でよく発見するのだ。世の中にはこんなにプーさんがいたのかと思うほど。
彼女の思考はもうプーさんでいっぱい。やむなく2000円もする高価なグッズを購入。
西友で買い物を済ませ、Rちゃんの大好きなお風呂に入ったのは22時を回っていた。
投稿者 yonezawa : 00:17 | トラックバック(0)
2008年 05月 31日
最終リハ
2日のライヴに向けての最終リハへ。
曲を完全に把握してたと思ったら、思わぬ落とし穴を見つける瞬間がある。気合いと根気で問題解消につとめる。
降ってるのか降ってないのかハッキリしない天候の中、豚豚屋へ。
ホッピーには白と黒があるよう。
「中」と表される焼酎は業務用の麦焼酎だと思うが、以前、夜中まで営業している格安の寿司屋でカウンター中のおやじに、気分が乗って一杯薦めたら、明らかに「とてもその酒は飲めません」という表情をしたことがあった。
おいらはその顔を見逃さなかった。つまり業務用の大きな容器に入った確実に頭痛が来る仕様の焼酎。
安い店では必ず別にきちんとした銘柄の酒を頼まなければいかんと、あの日確信したのだった。
解散組と河岸変え組みと別れ、吉祥寺のバー『スカラベ』へ。
ほどなくして漫画家:Yさんふらりと来店。
さらに街道沿いの『闇太郎』へ場を移でば、漫画家:Eさんが!
休日の珍しい面子。しかし、何の銘柄なのか判らない焼酎を飲んでしまった後のコンディションだったので、Eさん(♂)相手にセクハラなおいら。
やがて記憶は遙か彼方で、とてもラーメンどころじゃない案配で帰途に。
投稿者 yonezawa : 00:55 | トラックバック(0)
2008年 05月 24日
休日のリラックス
午前8時に目覚めた。もっと寝ていたいのに。
久々にRちゃんと2人だけで過ごす大事な1日。
昼食後、不意に大きな睡魔が。
お遊びしたいRちゃんを横目に、ちょっと横になってみればやがて彼女も隣でゴロゴロし始め、電池が切れたごとくコテッと眠りについた。
宅配便の代引きで、修理に出した眼鏡が2コ到着。
2コとも家用に使っていたフレームレスの眼鏡で、かけて下を向くとズレ落ちる程フレームが広がってしまっていた。
以前、折れたフレームの修理も万全に直してくれた福井県鯖江市の業者に依頼したのだが、今回も完璧な仕事ぶり。
2コ3500円で新品同様となって帰ってきた。
睡眠から1時間30分程度過ぎた頃寝室の扉が開かれ、寝ぼけなまこで寝癖のついた頭で、Rちゃんがお目覚めをお知らせに。
お昼寝後のおやつにはRちゃん大好物のヨーグルトと煎餅。すべてほとんど味のしない商品也。
撮り溜めたTV番組を走り再生しながら随時消去。
DVDで購入したNHKの子供向け番組を2人で鑑賞。Rちゃんはワンワンとくまのプーさんが大好き。
確か出張先UKのヒースロー空港で購入したプーさんのぬいぐるみがあるのだけれど、鼻の部分は噛みすぎでもうカピカピ。
Rちゃんの身体より大きいワンワンも、もはや日常に欠かせないお友だち。
午後6時、夕飯の仕度。Rちゃんは炒飯&トマト・サラダを完食。
おいらはせっかくの餃子をやや焦がしてしまった、不覚。
Rちゃん、麦茶の摂取量が日に日に増える一方。存分に遊びまくるせいで喉が渇くのか、水分補給はそれなりに頻繁となってきた。
午後9時前、やや遅めのお風呂。
午後11時、ミルクを飲んで深夜12時就寝。
午前2時10分、Rちゃんの激しい夜泣きでブログを書く手を止めた。
投稿者 yonezawa : 17:47 | トラックバック(0)
2008年 05月 18日
結婚披露宴
昨深夜、Cに誘われた西麻布でのイベントには残念ながら辿り着けず。
夜、編集者:Kの結婚披露宴会場:西麻布『VERANDA』へ。
現在、週刊ヤングジャンプ本誌連載、テレビドラマでも絶賛放映中の『ハチワンダイバー』、また、『キングダム』『B型H系』『十字架の魔術師』の担当編集者が彼。
週刊連載の4本も担当している編集者は、当然、並々ならぬエネルギーが必要だ。Kは頑張っているのだなぁ。
披露宴中、賞品の当たるゲームが開催され、なんとおいら、iPOD Touchがビンゴ。嬉しい。
宴終演後、電車帰宅。
帰って早々、みなさんの予測に相反して、容量8GのiPOD Touchに満タンの楽曲、Rちゃん写真データをぶち込み。
ネット、メール等、他機能等の細かい操作は、まだ編集:Nに質問していない。
投稿者 yonezawa : 23:56 | トラックバック(0)
2008年 05月 6日
鹿児島市内
「一緒に飲もうよ!」と、メールで20時53分に誘われたものの、場所は鹿児島市内だった。
おいらの曲の作詞をすべて手がける海陸と、地元の音楽人:ショーサクら数名で飲んでいる様子。行きてぇなぁ。
何をした1日だったか。午前11時に起きて飯。
外出しないと決めた今日が大変な快晴で皮肉なものだ。
カレンダーを見ると次回の公式休日は7月21日:海の日。その次は9月15日:敬老の日まで間隔がずいぶんと空くよう。
中国:胡錦濤国家主席来日。
福田首相が主催した非公式の夕食会の折り、パンダとトキの話が成された旨を報道で知ったが、本当にそれだけしか話さない外交なんじゃないのか? とやや本気で我が国リーダーのスキルを懸念してしまった。昔のいしいひさいちの漫画のネタだ、それで終わったら。
世間で散々言われている「中国製ギョーザ中毒事件」「東シナ海ガス田問題の長期化」「チベット問題」に対する日本側の「おい! 本気でなんとかせぇよ、この野郎」といった“切実な意志”はちゃんと伝わるのか? 懸念で終わればよいが。
パンダは東京不在となったが、他県には数頭健在とのこと。
年金だ税金だと大問題山積の時期に、年間1億円もかけてパンダをレンタルするのが正しい選択とは個人的には到底思えない。
家屋の縁側やら庭やら、近所の貯木場やら戸板の塀などは、我が家にも住まいの界隈にも、もう見受けられないものの、昔の我が家のような至ってノーマルな時間の使い方で1日が終わった。Rちゃんのおかげ。
明日は早速最新原稿アップの予定だ。
投稿者 yonezawa : 13:07 | トラックバック(0)
2008年 05月 4日
大観覧車
「(お薦めは)“Live at Yoshi's” それから70年代の“Footprints” 。じじいでも今の音をだしてるやつ(が聴きたい)」
ニューヨーク在住の天平にメールでこんなアドバイスしてもらった後、件のギタリスト:パット・マルティーノの2枚のCDを入手し聴いていた。
なるほど、今の音だ。心地よい。
世間のGWに関する喧騒を横目に、何の予定も計画もナシなおいら家族は至っていつもの休日と同じ時間を送っていた。そんな昨深夜不意に思い立ち、今日の午後お台場を目指した。
Rちゃんを大観覧車に乗せたいと考えたから。
通常、ライヴ取材で訪れるZEPP TOKYOの隣にデカい観覧車がそびえているのは無意識に知っていたが、今日までおいらの人生に無縁のモノであったせいか、その存在も行かなきゃ認識が消える程度だった。
わざわざこんなものに乗るための目的だけで、こんなやんごとない場所まで遙々やってくるとは、せいぜい半年前なら発想すらなかった。
並んでいる人数にしては大した待ち時間ではなかった。
四国のくるりん以来の観覧車体験。
そう、四国は松山の高島屋:屋上の「大観覧車くるりん」には、漫画家:和田ラヂヲ、高橋ツトム等のおっさんだけで乗り込んだという貴重な体験であった。
あの日は船で松山へ行ったことも思い出す。
乗ってみると180度上は確かに超高所であるものの、この瞬間を映像に撮り収めようとアングルだなんだを考えているうちに、観覧車は下降を始めた。
実際、案外とゴンドラの離陸時間は短い。
ゴンドラに乗り込む直前、「気に入ったら到着後、買ってください」という趣旨の上で、自動的に(拒まなければ誰しも)記念撮影をされる。
やがて地上に到着した瞬間、出来上がったその写真を見て「買うor買わない」を、これまた自動的に即決させられるシステムを知る。
拒むタイミングなんか考えつきもしなかった。Rちゃんのポージングに魅せられ、やむなく購入で800円消費…。
![]()
17〜18世紀の中世ヨーロッパの町並みを模したというショッピング・モール:ヴィーナス・フォートで喰った『豊前うどん 武膳 BUZEN』の「天ざるうどん」はキャンキャンに冷えて、麺に腰があってなかなか美味しい。一人前1000円少々だったか?
セルフ・サービスのお冷やがぬるいのはいただけない。
これまでの人生で、ほとんどコーヒーを飲まないおいらはフレッシュ・ジュースは大好き。
『ジュースジャックカフェ JUICE JACK CAFE』で飲んだ果実の甘みだけで作る「メニーカシス/630円(スムージー) 【カシス・オレンジ・リンゴ・パイン・バナナ】」がとても美味い。どえらく高いけど。
大して多くの行動をとったり、品々を買いあさったりしたつもりもないけど、こうした場所にくれば財布の紐も無意識に緩んでしまうのだろう。事実、往復の腹立たしい首都高代金だけで1400円も使い、駐車場代金には2500円も大ふんぱつしている。
うどんとジュースと、コンビニで買ったお茶にガム。
Rちゃんに買った積み木に記念写真に観覧車代金大人一人900円。劣悪話題沸騰中のガソリン代もそれなりに消費している。
結局、物理的な自分の品は買わない上に最低限の行動と食事だけで、1万円程度の金額を消費していた。
それなりの人出の中、比較的経済的な金額とは想像するものの、喧騒の中、流れに身を委ねるだけの己の素行に気づく。
投稿者 yonezawa : 00:21 | トラックバック(0)
2008年 05月 3日
ショートスケール
ハッキリしない天候のせいで、昨日までその気だった日比谷野音で行われるDEPAPEPEのライヴ観戦を断念。S社:FSちゃんごめんね。
フェンダーのショートスケールのアコギを試奏。
基本的にオモチャなんだけど、今日日、品質の向上は著しく、つま弾く程度の余興ならこの機種でも充分。
本来なら丁度今頃ロサンジェルスへ飛び、オフスプリングの取材だったが、諸事情あって断念。
夜中、映画『しゃべれどもしゃべれども』全編、『松川事件』さわりだけ鑑賞。
投稿者 yonezawa : 23:39 | トラックバック(0)
2008年 04月 29日
ブライト
1日中眠い。二度寝して夕方にはソファーで居眠り。
ザ・休日な1日。
昨日購入したピックアップとストラップをアコギに搭載。
こんな手軽にピックアップが搭載出来るなんて、高校時代を思い起こせばえらく想像しにくい。ルックスも美しい木目の仕様。まだアンプには繋いでないけど。
ゆったりながら、たまーに楽器屋を覗けば楽器周りの微妙な進化に気づく。
ボディの埃を拭き取り、張りっぱなしの弦を久方ぶりに張り替えると神々しいブライトな出音が響く。
弦を代えると著しくギターが活き返るわけだ。
「おお〜こんなエエ音で鳴くギターやったんやねぇ〜」っと、我が所有の機種ながらブライトさに呻る夕方。
しかしヘヴィー・ゲージは指が大変だ。悲鳴を上げるのだ。
本来、皮膚の弱いおいらは、風呂上がりになどアコギはとても弾けない。
そしてアコギを制する瞬間は、おいらの場合エレキも柔軟に対応できるのだ。
しっかし、アコギの音色が落ち着くまでには、何年経っても何年経ってもしみじみと時間を要するもんだ。
投稿者 yonezawa : 20:55 | トラックバック(0)
2008年 04月 27日
I've Always Got You
iTunesにCheap TrickのBoxしか入れてなかったので、オリジナルCDを順次読み込ませる。
このバンドは4人それぞれの個性が交錯し独特の雰囲気を構築しているが、ドラムスにも特徴を見いだすことが出来、このドラミングも30年以上変化を感じさせない。
技量の低下なり音色の変化はあっても、演奏のテイスト、クセなどは30年経過しようがあんまり変わらんもんだ。
「Dream Police」の誠実なファズ・ギター、成功の証のようなストリングス・アレンジ、益々ゆとりを醸し始めたロビンの甘い歌声。
期待に期待を寄せる、中学時代のおいらの高い高いハードルをいとも簡単に乗り越え、このレコードは30年名盤としておいらの心に君臨している。
あの時代にこの作品に出会った奇跡に感謝だ。
追記、1993年作:ロビンのソロ・アルバム『ROBIN ZANDER』も激しく名盤。「I've Always Got You」にどれほど泣かされたことか。
夕方、LED ZEPPELIN「Babe I'm Gonna Leave You」「Ramble On」等を冷静にアコギでとって(コピーして)みると、これがとてつもなく難易度の高いギター楽曲であることを知らされる。
ジミー・ペイジによるアコギ曲の指運が、いかに鍛錬を必要とするアレンジなのかを気づかされる。
鍛錬に終着点ナシ。
投稿者 yonezawa : 20:19 | トラックバック(0)
2008年 04月 20日
葉っぱが山積
睡眠時間、午前5時から10時。
やや寝不足を引きずりながら、昼食にオムライスをいただく。
先日、ブログに書き記したマクセルCMの情報より派生し、You Tubeでの“ソレ系映像”URLをいくつか入手。
たった1分、あるいは2分の間に、アイディア一発で感動を乗り込む動画をしばらく眺める。
時には言葉さえもないわずか1分の映像。
それらはすべて人の心の優しさを描いたものばかり。物語を創作する場合の大きなヒントになる可能性を思わせる動画サイトの発見だった。
1週間ぶりに車を動かせば、車体に樹木の屑と葉っぱが山積。
窓のさんに溜まる屑はもう車体の中にどれほど入り込んでしまったことだろう。
隣接する樹木の実や葉が、こちら側に降り注ぐわけだが、こちらの敷地の上に樹木が被っているわけではないので、この不愉快さを抗議するのは難しいのだと知人の不動産関係者から聞いた。
どうなるガソリン税。
投稿者 yonezawa : 01:45 | トラックバック(0)
2008年 04月 13日
小雨
豊田で行われるライヴを見るべく小雨の中、車を走らせていた。
途中、「はた!」と今日の日付をおよそ1週間ほど勘違いしていたことに気づき、駅近くの道路路肩に停車。大勘違い。多くの頭痛案件を抱えている故、休日の日程認識が甘くなってしまった。
外は小雨模様。
急遽、出演予定のミュージシャン宅訪問に予定を変更。
彼、自宅近場のインド料理屋へ。
とりたててナンの味が激美味。次回、ここら辺を訪れたらばまたビール他と一緒に注文だ。
今日は車なので勿論ノン・アルコール。
久々の再会後、サクッと帰途につく。思いの外、この地が近い距離であることを初めて認識した。
帰宅し、大きなため息数回。
投稿者 yonezawa : 02:39 | トラックバック(0)
2008年 04月 12日
Hideo Nomo
ハリウッド映画で、大リーグ選手の名が登場するシーンをたまに目にする場合がある。
野球の話が日常会話の挨拶代わりなっているせいもあるのか、ベースボールに関わるセリフは頻繁に登場している。
1996年の映画『ライアーライアー』の中で、子供が語る(確か)こんなセリフがある。
「じゃあ僕がノモで、パパはホセカンセコだ! 」
この情報は野茂が『さんまのまんま』にゲスト出演した際知ったのだが、同じ日本人としてとても誇らしい思いがした。
1994年、たった一人で海を渡り、日本人メジャーのパイオニアになったことは常識だが、彼は今日も現役で投げている。
野球のことは詳しく知らないが、野茂の活躍するニュースだけは気になるのだ。
以前、ローマのコロッセオ界隈を徘徊している際、現地の人間が日本人のおいらを見て「Nakata! Nakata!」と指を差して叫ぶ光景に出会った。
勿論、当時活躍していたサッカーの中田を指しての事なのだろうが、おいらは「No! I'm NOMO」と意味のわからないであろうイタリア人に切り返したのだった。
3年ぶりメジャー登板を果たした野茂に対して、語った松坂のコメントが粋だった。
「(メジャーに)戻ってくる時間がかかったと思いますが、メジャーで投げることは当然だと思っていたので、お祝いのコメントを言うのは失礼にあたる」
リスペクトとは素晴らしい。
まだまだ現役を諦めない野茂の活躍は日本人の誇りといっていい。
Bats: Right, Throws: Right
Height: 6'2", Weight: 235 lbs
Born: August 31, 1968
投稿者 yonezawa : 02:39 | トラックバック(0)
2008年 04月 6日
ほっぺたリンゴ
休日にしては寝不足な1日の始まり。午前8時30分には起床してしまった。
シャワーの後に風呂掃除。まとめたゴミを破棄し、ご飯を2合炊いたと同時に外出。
ジョン・バトラー・トリオ、レニー・クラヴィッツ等の最新オリジナルCDを車に投げ込む。コンビニで水と週刊誌を購入し、1万円札をくずして高速道路用の小銭を確保。
首都高:高井戸から羽田空港へ。
700円の交通料金に対して支払った1000円札のおつりを、流れ作業で200円しか渡さなかった高井戸インターのオヤジの不手際に気づいた時には遅かった。
特にこの時期、国土交通省には1円たりとも支払いたくない心境なのに大変悔しい。
遅刻は厳禁と起床から気合いが入りすぎたか。
まったく混んでいなかった道中のおかげで、予定の時刻よりも2時間30分も余裕を持つこととなった。しかし全然構わん。何もしないでよい2時間30分は贅沢だ。
朝食と昼食を兼ね、タレントのサイン入り色紙の飾られた『羽田ラーメン』で塩ラーメン+半炒飯。けっこう満腹。
出発ロビーのさらに1F上のベンチ数席にはほとんど人が座らない事を見越し、軽く仮眠を取ることに成功。日常の編集生活のスキルがここで活きる。
午後1時過ぎ、長き7日の間、待ちわびたRちゃんも無事ゲートをくぐって帰京。
彼女はスヤスヤと夢の中。
どこか穴の空いたような1週間だったことは感覚として間違いがなかった。
たった一人の存在が、ここまで気持ちに影響を与えるものだと、06年の暮れに初めて覚えた感覚を、今また新たに噛みしめる空港での一幕。
駐車場:P1へ駐車した車に戻り速攻帰宅。帰宅に要する時間もかなり短い。
都心は空いてりゃこんなに近い。
久々に帰宅したRちゃんは、慣れ親しんだ我が家に帰ってきた安堵感からか、トコトコと室内を歩き回り、我がテリトリーを確認しているのか。
赤らんだほっぺが1週間前より、思いの外少しぷっくらしているよう。
ここのところ、テレビで放映されてるある番組のドキュメント・シーンに釘付け。
難病に冒された九州の女性:テレニン晃子さんが、まだ幼い娘に残した数多くの優しく温かいメッセージが胸を打つ。
赤ん坊を抱き、お乳を飲ませること、一緒に遊んでやること。そのどれもがままならない。普通のことができない。彼女が妊娠中の05年秋に脊髄悪性腫瘍が発覚したからだ。
娘の将来を見てやれないかも知れない。そんな切なく、いとしい娘への想いがいっぱいいっぱい詰まった彼女のメッセージには、教えられることが多すぎた。
千葉県在住の少年(当時6歳)は、心臓が拡張し、 機能が低下して心不全となり死に至る「拡張型心筋症」という 原因不明の難病を患い、入院しながら心臓移植準備中だった。
当時、生命に関わるため、早急な移植を必要とする状態が続いていた。
しかしながら6歳という年齢もあり、国内での移植の可能性は法律的に望めないため、海外での移植を選ばざるを得なかった。
受け入れ先はアメリカの病院で決定したが、 海外での心臓移植には日本の保険が適用されないため膨大な費用(6000万円)が掛かるとのこと。
ご両親は、一心不乱に街頭等で一般の方々に協力を訴えかける。
その訴えを知った、少年の地元球団である千葉ロッテマリーンズがなんと全面協力する運びとなり、時に試合前後にこの情報を訴えた。
ある番組ではこの事実・現状を紹介し募金を呼びかけた。
複数の新聞社が、募金の記事を日付を変えて掲載した。
結果、多くの人々が、いち野球・サッカー好きな少年の力になるために協力し合い、膨大なる募金額を達成。
やがて、無事手術が成功し、元気を取り戻した旨を放映していた。
激動の渦に巻き込まれる運命は、誰であろうと降りかかる可能性はある。
1日寝かしたカレーと新鮮野菜のサラダが激美味。リセットされた日々がまた明日から始まる。
投稿者 yonezawa : 01:48 | トラックバック(0)
2008年 04月 5日
In This Life
午前起床。冷蔵庫の整理をするべく昼食の仕込み。
昨日から解凍していた肉類をさばき、オリジナルの思いつきレシピでチキン南蛮風を調理。付け合わせにポテト・サラダに納豆、梅干し。
デルタ・グッドレム『In This Life~旅立ちまでの3ステップ』を聴きながら、軽く循環コードをさらってみる。
ありがちなコード展開であろうとも、つくづくメロディが秀逸ならば楽曲のクオリティもオリジナリティも安定するものだ。
素晴らしく透き通るデルタの歌唱を堪能。
夕食のカレー、美味。
![]()
投稿者 yonezawa : 11:50 | トラックバック(0)
2008年 03月 30日
rodrigo y gabriela
外は雨模様。午後5時過ぎ、東急渋谷本店地下3Fパーキングへ駐車。
渋谷DUOで行われるロドリーゴ・イ・ガブリエーラ初来日、単独公演観戦。
噂とCDとDVDで確認澄みだった彼らは、現在世界に2つとないギター・スタイルを貫くデュオ。独特のグルーヴ感に高度なテクニックを混在させる2人だ。
以前、スラッシュ・メタルをやっていたと言う彼らだが、フラメンコ調等のパーカッシヴなプレイ+ハイテクなミュート早弾きプレイには、一連のバタ臭いダメダメ・メタル特有の嫌悪感は微塵もなし。
たった2人でほとばしるような熱いグルーヴをガンガン生み出してくる。
ともかく入手したどのソフトよりもライヴ演奏がダントツに一番よかった。
ハイテクニック&ハイスピードでジャンル・レスなギター演奏。全てがインスト。
ロドリーゴの高度なピッキング・テクニックと、ガブリエーラの手のひらでギターを叩くパーカッシヴな演奏の組み合わせはもう圧巻で、タイム感は一つの頂点を極めていた。
そんじょそこらのドラマーなんかでは到底歯が立たない究極のパーカッションぶりが小気味いい。
オフィシャル・サイトで彼らの経歴を観れば…「メキシコ出身、ダブリンを拠点に活動。ロドリーゴ・サンチェス(Rodrigo Sanchez)とガブリエーラ・クインテーロ(Gabriela Quintero)の男女2人よるユニット。地元メキシコでブラック・サバス、メタリカ、メガデスなどの影響を受けたスラッシュ・メタルバンドからスタートしアルバムもレコーディングするが、新しいスタイルの音楽を目指したいという気持からレーベルとの契約を嫌いリリースを見送る。その後はホテル演奏などで食いつないでいたが、ある日「ヨーロッパ進出をしよう!」と決心。たった1000ポンドだけを握り締めて2人でダブリンに渡る。最初の地にダブリンを選んだ理由は「一番未知の場所だったから」(ガブリエーラ)。あっというまに無一文になるも、その後は粘り強くホームコンサートやギャラリー等の演奏活動を続ける事で次第に評判が広がる。活動の場をミュンヘン、バルセロナと広げていき、2002年からはダブリンのインディレーベルRubyworksからアルバム”re-foc”をリリース。その後も野外フェス出演等で、その強力な演奏力の話題が広がり続け、2006年に発売された最新アルバムは世界で40万枚超を売り上げた。現在もフラメンコ、ロック、フォークなどをミックスしたアコースティック・ギター2本での演奏をしており、まったく新しい音楽の地平線を切り開き続けている」とある。
本来、明日行うはずだったインタビュー取材は、残念ながら次回へと持ち越しになってしまったのだが、今年のFUJI ROCKには帰ってきてくれるそう。
ロドリーゴ・イ・ガブリエーラ、最重要新人の登場。大した奴らだ。
終演後、ネットで観たハンバーグ屋『ゴールドラッシュ』へ。ライヴハウス『TAKE OFF 7』と同じビル内だったのか。
豪快に、若者メニューをガツガツ食してお腹パンパンとなり帰途へ。食い過ぎ。
明日からの動向も読めないまま、一応入れとくべとガソリン・レギュラー満タン。
西友で買い物を済ませ帰宅。
リビングには、本日より登場の大型「ワンワン」が、人一倍大きな目でこちらに視線をおくっていた。
投稿者 yonezawa : 14:00 | トラックバック(0)
2008年 03月 29日
花見
夕方まで自宅での雑務を終え、夕方より井の頭公園へくり出した。
道中、芋焼酎、赤ワイン、キムチ、巻物系の寿司パック他を購入し、映画監督:寅(トラヴィス)、デザイナー:Yらの待つ野外座敷へ。
昨日未明より場所取りを行い、池沿いのベスト・ポジションを確保した寅よ、ご苦労さん!
いきなり、注いだ焼酎を傾いた地面に置いたとたんこぼしてしまうおいら。
花見の至って日常的な光景がそこにあった。
時間差で現れる初対面の面々を紹介いただき、暗くなるまでほどよき心の温度のまま、文字通りの花見酒。
日が暮れるとやや肌寒くなってきた。いや、かなり寒いぞ。
そうと決めたら行動は早い。速攻撤収後、場所を寅宅へと移し改めて部屋飲みへ突入。
この日、集った面々には日本画家、デザイナー、バー経営者等の方々がおられたのだが、日本画家が確か2人、書家が1人登場した、なんとも珍しいアーティスティックな夜だった。
深夜、1人ラーメンで〆、帰途についたら即落ちた。
投稿者 yonezawa : 19:43 | トラックバック(0)
2008年 03月 23日
ポテト・サラダ
久々に夕食作成の機械を得、ポテト・サラダにサンマ塩焼き等をこしらえる。美味しい。
夕方風呂につかり、夜は適当にテレビ観戦と、いたって普通の休日をおくる。
あの一階平屋だった幼少時代の住まいであった営林署官舎の雰囲気とは赴きがまるで違うが、ここに彼の日の親父とおふくろの顔があれば、すぐにタイムトリップしてしまうだろう。
深夜、古い友人に久々にメールしてみた。
投稿者 yonezawa : 16:36 | トラックバック(0)
2008年 03月 22日
CANDIES
“キャンディーズ解散30周年記念イベント開催決定”
概要は以下の通り。
「去る1978年4月4日、史上空前5万5000人の観客を動員した後楽園球場での伝説の解散コンサートでキャンディーズが活動に終止符をうってから、丸30周年を迎える今年2008年4月4日、ファン有志の呼びかけから、東京ドームシティ(後楽園)に近日オープンするライヴ・スペースJCB HALLにて30年越しのキャンディーズファン同窓会の開催が決定」
ブルース・リーの次に、何かと気になり始めたブラウン管の中の最初の女のコがおいらにとってはキャンディーズだった。
解散の頃はせいぜい中学生なので、コンサート体験はナシ。
住まいの環境が都会だったら実際の観戦もあったかもしれないが、地方の田舎出身のおいらのような者にとって、テレビの中の人々に触れあえるなんて、機会も発想も皆無だった。
今年になり、にわかにキャンディーズの周辺が盛り上がり始めたようで、自然にこの情報を得た。
同時に知ったのだが、当時様々な媒体で目にしたキャンディーズの(かなり有名な)似顔絵があったのだが、なんと一ファンの投稿(提供)によるイラストだったそうで、この盛り上がりの最中、描いた作者まで初めて辿り着き、快く使用の際の確認・許諾を得たとのこと。
流石、30数年以上昔の、緩〜い権利問題に纏わるエピソードだ。
キャンディーズの解散コンサートではMMP(ミュージック・メイツ・プレイヤーズ)というバンドがバック・バンドを担っているのだが、ここでギターを弾いていたのが元スペクトラムの西慎嗣。
スペクトラムの『夜明け(アルバ)』における西慎嗣のヴォーカル&ギター・カッティングは今でも光り輝く名演の一つだと感じている。
和製スティーリー・ダンというイメージの西慎嗣によるプロジェクト「ミックス・ナッツ」もクオリティの高い作品をリリースしている。
ティーンの頃からプロ・ギタリストとして活動を続けてきた彼。
25、26年ぐらい前に福岡郵便貯金ホールで見たアン・ルイスのライヴ、そこでギターを弾くデカパンと西慎嗣のツインリードは、おいらの生涯ベスト10に入れてもよい程のクオリティ高い素晴らしいライヴ演奏だったことを思い出す。
その日、おいらはどういうわけだか1列目で観戦したのだった。
MMPの演奏は、西慎嗣の弾く映像が見られるのなら是非とも見てみたいと思っている。
投稿者 yonezawa : 19:09 | トラックバック(0)
2008年 03月 20日
1日の攻防
昼過ぎまでソファーで寝ていた。
昼食に味噌漬けのポーク定食を戴き、昼間からご飯をおかわり。
Nに贈呈する大量のCDを車に乗せ、彼を見送った。
昨日の酒は結構体内に蓄積されていたのか、再びソファーでオチかけた。
「なんだよぉ〜遊んでくれないんかい!」っと言わんばかりのRちゃんが駆け寄り、突然おいらの頭、胸板辺りをポンポンっと叩いてきた。
ここのところ、脚力にしろ握力にしろ、驚くほどの力を見せつける彼女。その腕力をなめてはいけない。
喉部分の肉を、あの小さな小さな指でつままれると結構痛い。
基本的に行動が全て“気分”なので、時に彼女の要求が判らず上手く応えられない場面もありながら、手堅く彼女の笑顔を得られそうなポイントを探りつつ、1日の攻防が始まった。
投稿者 yonezawa : 22:46 | トラックバック(0)
2008年 03月 16日
Toots & Jeff Beck
「起きがけ調子悪し」ばかりの記述が続く昨今。
午前4時床につき、8時頃の激しい咳き込みでやむなく目覚めた。
しばし咳が止まらない状態なんて極めて珍しい。
朝昼併せた食事を摂ると徐々に回復してきたが、花粉症から端を発する微妙な喉痛の自覚より、すわ風邪の初期症状かとヒヤリ。
根性で回避しようと身体に言い聞かせる。
500mmlのコーラを買ったら「1本に1曲必ずもらえる!」というiTunes連動のキャンペーンがあったので、咳き込みながらの明け方4時、Toots & Jeff Beckの『54-46 Was My Number』をダウンロードしてみる。
誰だTootsって? 軽快なオブリ入れ倒しのJeffは、この曲でも誰にも真似できない変幻自在のプレイでギター歌いまくり。
HDD内がついにパンク状態間近。
録り溜めた番組コンテンツを難儀で苦手なDVDへ移行するという、この世で最も嫌いな作業を夜中に決断。
朝までかかってたった3つ分だけの移行を完了。
AC/DC『Stiff Upper Lip』が心地よし。
投稿者 yonezawa : 17:34 | トラックバック(0)
2008年 03月 15日
丸長 Avril Lavigne The Best Damn Tour 2008 Japan
天気によい暑い日だ。朝と昼を一緒に、荻窪:丸長でつけ麺。久々。
買い物を済ませ、室内でゴロゴロ。
深夜の番組で、到底手の届かないマンション物件の紹介のくせに、何故だかこうした映像は延々見てしまう。
★直木賞作家、連載打ち切りのニュースが深刻。
★P.マッカートニー、妻ヘザー・ミルズさん(40)の離婚協議で約(2500万ポンド)50億円支払いで合意。
★キャンディーズ解散30周年でファンが“同窓会” 。
★2008年9月、アヴリル・ラヴィーン初の東京ドーム公演が決定。
Avril Lavigne The Best Damn Tour 2008 Japan
9月10日(水) 静岡 浜松アリーナ
9月11日(木) 新潟 朱鷺メッセ
9月16日(火) 東京 東京ドーム
9月17日(水) 名古屋 日本ガイシホール(旧レインボーホール)
9月18日(木) 名古屋 日本ガイシホール(旧レインボーホール)
9月20日(土) 大阪 インテックス大阪
9月21日(日) 大阪 インテックス大阪
9月23日(祝・火) 福岡 マリンメッセ福岡
9月24日(水) 広島 広島サンプラザホール
投稿者 yonezawa : 17:34 | トラックバック(0)
2008年 03月 9日
SWAN LAKE KTタンストール
寝られない午前7時過ぎに、最新原稿の上がり時間を最終確認。
予定より45分のずれ込みで無事upした原稿を拝受し、正午より閑散とした編集部でせっせと入稿。
五反田ゆうぽーとで行われた『SWAN LAKE』公演の優雅さに浸る。
舞台は4幕に分かれ、それぞれの見せ場が華やかで躍動的だ。
相変わらず素人の感覚丸出しの目線ながら、ソリスト、複数のダンスによるシーン・シーンが見る者の中に色濃い足跡を残してゆく。
オーケストラの生演奏はやはり深い。
ユニゾンで奏でられる弦楽奏はロック・ミュージックにも取り入れたいところ。
胸にしみるチャイコフスキーの名旋律が、クラシック・バレエ不朽の名作である演出効果をぐんと押し上げていた。
夕方、品川ステラボールへ移動。
同胞女性ミュージシャン:KTタンストールの来日公演観戦。
KTのステージは一昨年のFUJI ROCK以来。
結論から言えば、ステージングはこれまでで最高の出来映えだった。
そもそもクオリティの高い楽曲の素晴らしさを明確に証明する素晴らしいライヴだった。
もはやループ・ペダルは彼女の代名詞。あれほど効果的にクールに使いこなすミューシャンは世界広しと言えども、彼女以外他に知らない。
大満足のステージを拝聴し、しばしの待機後控え室を訪れた。
再会を喜び合い、ステージの素晴らしさを労った。KTは心も温かい。
控え室を後に引き上げる途中、ふと前方を見ると元コア・オブ・ソウルのLOVE(中村蕗子)が!
偶然、コア・オブ・ソウル/ラスト・ライヴ以来の再会を果たし感激。
つい先日、ソロとなった彼女のアルバムを入手したばかりだったので、奇遇な遭遇が嬉しかった。
品川界隈〜五反田で、本日1日のおさらい焼酎で乾杯。
投稿者 yonezawa : 00:57 | トラックバック(0)
2008年 03月 8日
Cheap Trick
午後一に目覚め、しかしまだ頭は朦朧。
昼飯に喰ったカルボナーラが美味しい。
午後、妙なタイミングで再び床につき、ぐずぐずの休日。
車検場から届いた関連書類を確認。
漫画家:ビッグ錠御大から恒例の舞台の案内が。
チープトリックの『at 武道館 コンプリート・コンサート』が白盤(サンプル)の段階から嬉しい。
このアルバムのせいで、次の『ドリーム・ポリス』の発売が延期になった1979年頃のことは鮮明に覚えている。
それにして、Cheap Trickのロゴのクールなことと言ったらない。
彼の日、何度ノートに書き写したことだろう。
来月行われる武道館公演はとにかく最優先に楽しみなのだ。
投稿者 yonezawa : 00:56 | トラックバック(0)
2008年 03月 2日
チゲ鍋
午前5時に寝て10時には起きた。
午前11時30分、JR三鷹駅へ到着した本日のゲスト:Hちゃんを迎えに。
KKは予測通り遅刻の様相。
チゲ鍋、きんぴらぼごう、水菜のおひたしと、宮崎の銘酒:明月がベストマッチ。
これまでのいかなる第三者との接見の時より、最もご機嫌で、終始大爆笑の大はしゃぎだったRちゃん。全員が惹き込まれるように、和やかで賑やかなあっという間の5時間が経過。
近況を語り明かしたHちゃんとの次回の再会もとても楽しみだ。
6月のカヴァー・ライヴの下打ち合わせを軽く行い、iTunesにラインナップを作成。
深夜、確定申告の準備に車検の書類集め。
投稿者 yonezawa : 14:30 | トラックバック(0)
2008年 03月 1日
永遠のH
起きがけの午前1時、誰もいない家で静かに目覚める。
昨日もそうだが、極寒な日々が少し落ち着いた感じ。
夕方から深夜にかけ、明日のゲスト上京来客に伴い、やや散らかりすぎた部屋の混沌を極力整頓。しかし、あんまり変わらんようだ。
おいらにすれば、たまの来客は大歓迎。
個人的には日常的に来客があってほしいぐらい。
家に人を呼ぶのは昔から大好きな質のおいらだ
。
昔、親父たちの世代の者は、大概、家に部下を招き飲み明かしていた。
時代も環境も変わってしまい、ニュアンスはどうにも出しにくいものの、ああいった雰囲気の飲みをやってみたいものだ。
明日は、永遠の親友:Hがやってくる。
投稿者 yonezawa : 14:30 | トラックバック(0)
2008年 02月 24日
アカデミー賞
ろくに寝てない日が2日も続く事態に、午後のだらしない時間まで2度寝。
夕方前、車でRちゃん関連の衣類&生活用品、スーパーで食材の買い物を済ませお腹ぺこぺこで帰宅。
夕食のハヤシライスが美味。我が家の飯はいつもとても美味い。
夕方、昨日WOWOWで放映されていたザ・ポリス・ライヴを録り損ねた失態を確認。
てっきり今日かと勘違いしていた。無念。WOWOWの山ちゃん、なにとぞよろしく!
アカデミー賞の発表が明日だなぁと思いながら、同WOWOWで賞発表直前の番組を観戦。
ショー・レースの候補作品に上がっている作品中、たった2本だけでも鑑賞しておいてよかった。
大概、アカデミー賞ノミネート作品は日本未公開の状態で発表が行われるので、試写会を見られるマスコミ以外の日本人にとっては、基本的には賞の結果がチンプンカンプンな状態だ。
気がつけば、HDDの録画容量がマックスを超えてしまっており、途中までしか録画されていない番組が数本。
投稿者 yonezawa : 15:13 | トラックバック(0)
2008年 02月 16日
休日出勤
予定からややずれ込んだ漫画原稿を拝受し入稿。
煎餅を頬張りながら雑務をこなして数時間。
来週の取材準備も、確定申告も、車検もやるこた山積だなぁ…と思考しながら深夜の西友で買い物。
食材の買い物はなぜにこうも楽しいのか。
買わなくてもよい品をなんだかたくさん買ってしまうのだ。この状態こそがストレス解消という現象なのかもしれない。
かつて、5人家族のご飯を三食三食毎度メニューを変え、複数の弁当をこしらえてくれてたお袋の時代には食の戦争状態で、買い物なんか楽しくもなんともなかったんだろうなぁ。
スーパー内を歩くと、炒めただけのロースハムに、砂糖を使わない卵焼き、おふくろ特製唐揚げの入った弁当が思い出される。
あの時と同じメニューであの時と同じ内容の弁当が喰いたいと、時折想像してしまう。
冷えたご飯でもどれだけ美味かったか。
ノスタルジックな感慨を余所に、Rちゃんお初となる高級イチゴを購入。
投稿者 yonezawa : 17:18 | トラックバック(0)
2008年 02月 11日
井の頭公園/グラミー賞/クラウディア奇蹟の愛
今朝7時まで起きていた間、花粉症と同時に少し喉の違和感を感知。
風邪の初期症状状を自覚。
正午前に起きて午後の昼下がり、井の頭公園へ。
近所に住むトラヴィス(寅)とYを誘ったら、寅が体調不良でダウンとのこと。残念。
公演には大勢の人々が余暇を楽しんで来ている。日差しのよい気持ちいい日本晴れの陽気。
ここではめったに食べないのだけれど、小腹の空き具合から「いせや」でつくねと焼き鳥を塩で1本ずつ立ち喰い。
池に浮かぶスワンの数も相当なモノだった今日の井の頭公園。Rちゃんはたま〜に転けながらも、見渡す景色の雑踏を無心らしき表情で眺めていた。
本日発表のあったグラミー賞で若手カントリー歌手:ブラッド・ペイズリーを初めて見たけどギター上手いな。
新人:エイミー・ワインハウスが最多5部門を受賞。報道によれば、ドラッグ問題等々で度々騒動を起こしているという彼女。
ロンドンとの中継映像でもその特異なキャラの一部をかいま見れたような印象。
昨年、共にインタビューする機会を得たジョン・メイヤーとアリシア・キーズの競演がよかった。「レーベル間の契約だ何だという面倒くさい事は置いといて、とにかくセッションしようぜ」と語った2人のフレンドシップが思い出された。彼らは双方の最新アルバムに参加し合っている。
同じく過去にインタビューしたネリー・ファータド、ファーギーもプレゼンター、パフォーマーで登場。
ボストンのリードボーカル:ブラッド・デルプが昨年無くなっていたことは、今日のこのグラミーで知った。
高校時代、ボストンのファースト、セカンドをどれほど聴き込んだことだろう。
ボストンのギタリストだったバリー・グドローのソロ・アルバムまでも彼は歌っていたんじゃなかろうか。
デルプはバンドの活動休止中にはBeatlejuiceなるザ・ビートルズのカバーバンドでプレイしていた。死因は一酸化炭素中毒による自殺であったことが警察から発表されたそうだ。
享年55歳。合掌。
以前、ブログにも書き記した書籍『クラウディア奇蹟の愛』を奈良の従兄弟:太に贈呈したところ、歓びのメールが届き嬉しかった。
改めて概要を語ると、91年のソ連邦崩壊後も蜂谷弥三郎さんは恐怖心が先立ち、なかなか日本に連絡をとれなかった。だが、96年、51歳になった娘さんが訪ロし再会を果たした。
日本で、独身を貫いた久子さんがご健在で、夫を待っていると知ったクラウディアさんが、最も強く弥三郎さんに帰国を勧めたそうだ。
書籍の冒頭引用されているのが、弥三郎さんとの別れに際してクラウディアさんが書いた手紙の一部。
後のテレビ映像で見た、半世紀ぶりに夫:弥三郎さんと再会した時の久子さんの可愛らしさといったらなかった。そして弥三郎さんの精悍なこと。
久子さんは、持ち込まれた再婚の話などは全て断ってきたのだ。夫が生きているかさえどうかわからない51年もの間。
51年…
まだ、おいらではその時間を知りようのない長さだ。
夫の絶ちがたい望郷への想い。
途方もなく想像もつかない51年間の日々を待ち続けた妻の想い。
夫を救った孤児の女性がもたらした果てしなく広大な懐。
学ぶことは多すぎる。
この書籍の存在を知った後、田舎のおふくろにも即読んでもらった。
母方にあたるおいらの祖父も、終戦と同時にロシア兵によって満州から連行され、捕虜になった経緯もあるので、この話は他人事ではなかった。
まかり間違えば同じ運命を辿っていた可能性もあった。
報道で知ったのだが、残念なことに昨年07年5月に久子さんは逝去されたそうだ。
すべての日本人も、すべてのロシア人も、心から彼女のご冥福をお祈りしなければならない。
投稿者 yonezawa : 02:51 | トラックバック(0)