2011年 11月 30日

エアロスミス

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 デザイナーとの打ち合わせ及び原稿引き上げの途中、たまたま立ち寄った「汐そば屋」春日店で遅めの昼食。ここ、なかなか好き。「喜楽」にも通ずるもちもちした麺と、好みのさっぱり醤油を気に入る。
 隣の年配のおとうさんが食べていたのは塩ラーメン。この店の機微は塩が握っているのかもしれない。
 もらい物の上着がピッタリフィットな案配だったせいかラーメンを食った後、事務所帰途の際に思い切り汗をかいた。

 夕方よりエアロスミス公演観戦2日目。
 編集Sと席で待ち合わせ、ほぼオンタイムでドームでの絶叫を今夜も聴けた。
 個人見解としては28日よりも今日が良好。オープニングのフロント2人の立ち位置も違っていて、よくなった。
 あらかじめセットリストを知っている方がより内容を理解しやすいということを、流れるように連なる演奏曲の渦に巻き込まれながら認識する。
 スティーヴンの動きとジョー・ペリーの弾き方は、まさにロックバンドの究極のスタイルであり、あの音にしろスタイルにしろ髪型にしろ衣装にしろフレージングにしろ、手足の位置、身体の動き、揺らぎ、スピード他…のすべてが、現存するすべてのロック・バンドの手本と言えた。
 つまり一言で「カッコイイイ」のだと。
 未だかつてスティーヴンよりも“ロック”を体感させられるヴォーカリストを見たことがない。
 “究極”と言う言葉は彼らに使ってよい。無意識でも意識的でも、40年前後の歴史を経て身につけた感覚は究極と言う言葉が似つかわしかった。2011年にしてルックスが未だベストという事態に、どれほど多くの来場者が驚嘆したことだろう。
 ロックとはまさに生き様。「自分がカッコイイ」ってことを、未だに気付いてなさそうなジョー・ペリー。うつむき加減に弾きまくる姿のシャイでクールなこと。
 盤石の布陣で奏でる歴史的名曲のオンパレード。ドーム満杯のオーディエンスは完全なる虜にされた。
 終わり間際、突然横の通路を通過し、再び往復した(戻った。何故?)有名トップ30歳代アイドルKの存在は、みな幻のような感覚で眺めていたことだろう。
 ここ(日本)では「Love LivesI」でなく、「I don't want to miss a thing」が勝利するのであった。

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2011年 11月 29日

猟犬探偵

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 睡眠時間はあまり得られないまま午前中より稼働。
 二番のりの事務所到着で即時入稿作業開始。
 12月20日発売・愛蔵版コミックス『猟犬探偵/谷口ジロー 1巻』の入稿も佳境となった。
 修正事項を確認しながら、関連部署を回して今日も入稿にあくせく。
 ルッカ帰りの谷口さんは、またしても最高傑作を更新する。

 一昨日、外出した際に紛失したと思われたたまごっち。部屋のどこかで音がするかと思ったら意外な場所から発掘され安堵する。あんなものを2コも買う羽目になるかと思うだけで心によくない。
 Rちゃんだけはその機械音が聞こえていたそうだが、おいらには全く聞こえなかった。

 スマホ、先方に電話をかけると勝手にスピーカー機能(オン・フック)が立ち上がり、むちゃくちゃかけにくい場合が昨日あって辟易。
 記憶していたハズの電話番号が見つからず、出るはずの寿司屋が電話に出ない。なぜだ!
 スマホ、なんだか妙な感じ。

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2011年 11月 28日

ロックな夜更け

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 「50までまだ3年あるってのは若いよ。」という先ちゃんからの温かいメッセージが、誕生日を迎えた最初のお祝いのメールとなった。
 続けてFacebookやE-MAILより多くの友人からメールを賜る。温かいすべてのみなさん、ありがとうございます。おふくろにも感謝。

 誕生日の夜はエアロスミス公演となった。
 新しい友人:Yちゃんと待ち合わせし、アリーナ席で2時間余りのロックを体感。
 スティーヴン63歳、信じがたき。
 エアロ初体験でパフォーマンスに打たれたというYちゃんと西麻布で夕飯。ロックな夜更け。

Draw the Line
Love in an Elevator
Monkey on My Back
Jaded
Janie's Got a Gun
Livin' on the Edge
Mama Kin
Lick and a Promise
Hungman Jury
What It Takes
Last Child
Red House
Combination
Baby Please Don't Go
I Don't Want to Miss a Thing
Cryin'
Sweet Emotion
- - - - - - - - encore - - - - - - - -
Dream On
Train Kept A-Rollin'
Walk This Way

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2011年 11月 27日

大阪都構想

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 それにしても大阪維新の会は凄かった。
 “大阪都構想”の内訳は細かく気になるところながら、ともかくどえらい大きな波が押し寄せていることには違いない。
 今後、市役所の位置づけなり、広域行政の変革は訪れるのか。民意のジャッジを受け、大阪維新の会圧勝の後、大阪が一体化し、二重行政をどこまで根本から変えていけるのか。そのすべてを監視することは国民の義務なのだと思う。

 敵方に回ったほとんどの既存政党の今後の対応からも目が離せない。
 橋下新市長は、目標数字の通り4年間で法改正を成し遂げられるのか。大阪市役所に限らず、公務員の実態を何もかも認識しておきたいと思うのは、すべての国民の気持ちだろう。

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2011年 11月 26日

7周年記念

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 Rちゃんの昼食を食べ終えるまで待ってたら、約束の時間ギリになってしまった。
 大道塾吉祥寺支部7周年記念祝いのため道場へ向かう。
 開始時間をやや押しての14時30分頃、到着された夢枕獏さんの乾杯の号令と共に7周年興業開催。
 団体の垣根を越えたフレンドシップで集った格闘家が、エキシビジョンとも言い切れないような素晴らしいカードで激戦。
 これらのテンションも、盟友:飯村師範の人柄によるもの。プロフェッショナルな格闘家たちの温かくも激しい時間が過ぎた。
 獏さんの引き上げるタイミングで我々家族もおいとまし、獏さんを駅で見送った後、ヨドバシカメラでRちゃんの誕生日プレゼントを購入。
 本人によるセレクトで今年はバービー人形に決定。 

投稿者 yonezawa : 15:05 | トラックバック(0)

2011年 11月 25日

まだ酔っている

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 夕べ、編集Sとの久々の親睦会には、深夜にルーキー編集Tも加わり賑やかな飲みに展開。
 なんだかわからないが、もの凄く気持ちのよい飲みだったと回想しながら、最後に食べた豚骨ラーメンのことを思い出していた。やっぱり喰ってしまっていたかと。
 
 当然朝から身体が重い。頑張って朝食の焼きそばは綺麗に平らげた。
 事務所に到着してもまだまだ酔っている感覚で、結局夕飯を食べる頃も本調子には戻らず、終日身体の重い一日が過ぎる。その間、怒濤の校了。

 立川談志の落語を収録したMDが、確か十枚ほどどこかにあったハズ。探してみよう。
 数年前、FMのある番組でビートたけしがパーソナリティを担った回にゲストとして登場した立川談志。その際の、もの凄いクオリティの内容だったことを、今また思い出した。

投稿者 yonezawa : 02:39 | トラックバック(0)

2011年 11月 24日

立川談志

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 『現代落語論』を初めて読んだおよそ25年前より、節目節目に様々なメディアで目にしてきた立川談志の生き様には、驚嘆と共感の歴史があった。
 『EXテレビ』での一幕。上岡龍太郎の司会する回において、CMを冒頭の数分間ですべてひとまとめにひっくくり連続放送。それ以降、ノー・カットで立川談志の落語を生中継した回など、凄まじき“志”、もしくは“業”を感じたものだった。
 あんな作戦は見たことがなかったし今では成立しえない。
 
 古典落語の枕における、一件きつい口調で語られる現代人への一睨み。その言葉の裏には真実に裏打ちされた優しさと、“生きる上での人間の謙虚さ”“人としてのまっとうなセンス”が秘められていた。
 立川談志の“脱線”は何もかもが粋だった。なんたる感性、なんたるバランス感覚。「立川談志の受け売りだけで生きている」と、浅はかに自認していた時期がある。
 どこかのパーティで談志師匠をお見かけした時には、おそれおおくて臆病な自分は立ちすくんでしまった。

 6年ほど前、漫画家:高井研一郎の一番弟子・漫画家:昌原光一初の自著本出版には、担当編集者としておいらも関わっている。
 その際「彼にとっての最高のはなむけは?」と考えた時、師匠であられる高井先生によるタイトル文字、そして帯には、昌原氏自身も崇拝する談志師匠のコメント、それが究極のアイディアだと考えた。だが「筋違いの考えかも?」とも脳裏を過ぎったが、当たって砕けるつもりで打診させて頂いた。
 結果、談志師匠快諾。
 事実関係を知るところではないが、新刊漫画単行本に対して帯コメントを寄せたのは、この作品が最初で最後ではなかったろうか。

 そのやりとりの際、当時使っていた携帯電話に残された談志師匠の留守番メッセージが、我が家の家宝のひとつとなった。

 まさに生き様が情念。今後、また再び立川談志のような資質を備える人と出会えるとはまったく想像できない。立川談志は特別だった。立川談志は、立川談志一人で一つのクラスをなしていた。この宇宙でただ一つ。 他に似たものがない究極の個性。

 日本人は、立川談志を誇りに思うべきだ。合掌。

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2011年 11月 23日

さいたま新都心

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 夕べSをおいらの布団で寝かせたので、おいらはソファーで目覚めた。
 あんまり寝る時間も得られなかった午前、妙に機嫌の悪いツボに入ってしまったRちゃんの「ねるな〜!」攻勢に遭う。
 手加減なき本気攻撃の対象になってしまう午前8時過ぎ。

 朝食を喰ってすぐに近場の大きな公園へお散歩。赤い自転車に颯爽と跨がり、一般道路以外なら勝手に乗ってもらっても構わないくらいの漕ぎっぷり。
 初補助輪ナシ自転車の日から、まぁ進歩著しい。

 夕方、さいたまスーパーアリーナへ。
 さいたま新都心駅直結のショッピング・モールでゲームをやりたがるRちゃんの要求を飲み、生涯5、6回目のプリクラでRちゃんと変顔写真を数枚激写。
 このプリクラ機の操作方法が毎度毎度なんだか腑に落ちない。
 撮った写真の加工を別のブースでやらせる仕組みとなっているし、最終的に出てくる写真も機械の側面だったりするので実にややこしい。
 おいらよりも全然若いカップルが戸惑っている様子も確認したので、きっとこなれていない方々はみなそう感じているのではかろうか。どうでもいいけど。

 午後6時開演の平井堅コンサートにやってきた。
 平井堅のコンサートは過去2度足を運んだ。3度目の平井堅。大ファンのKとRちゃんを連れ、関係者受付でパスをいただき入場。

 コンサートが始まって40分、モール内でやらせてきたはずのRちゃんが耳元でやはりの「おしっこ!」ほぼ予測に近いタイミングだった。
 場内をかきわけ、少ない警備員の行き交うひっそりとしたロビー内を移動。用を足し終えた後場内に戻るが、妙に暗がりの照明を怖がるRちゃんは「おそとにいこうよー」とライヴに一切未練無し。
 コンビニにいきたいというので、一旦ホールを出てモール内の飲食店の方へ降りた。
 ロッテリアでジューシーチキンを2コ食べると言うので、ホクホクのブツ2ピースとオレンジジュースを注文。したらばその全部をあっさりと食べ干した。お腹減ってたんだね。
 ライヴをたっぷり1時間は中座し、会場に戻って20分後に公演は終了。基本Kのための公演であった故、まぁやむなし・問題ナシ。

 公演終了後、「コンサート無事終了」の乾杯を行った控え室で、今日初めて平井氏をご紹介いただけた。長身で精悍。ライヴ後だろうがカラオケ4時間なんて平気なのが平井さんとのこと。声体力に尋常ではない強靱さを感じ、その旨をご本人にお伝えする。
 参謀ぐっさん、今日もThanx! 

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2011年 11月 22日

橈骨神経麻痺

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 「千成」か?「春日」か?と問われたら「春日」は食べたことないので「千成」と答えるしかないのだが、「千成」の学生うどんの味はしっかり記憶している。玖珠在住時代、「あんなに美味いうどんは他にない!」と信じていたものだった。
 今、そのテイストに最も近いニュアンスのだし汁が神保町の「丸香」なのでは? と思ってる。「丸香」は東京さぬきということながら、おいらはだし汁の印象にそう感じてしかたがない。記憶は34年前のことなのだけれども。

 うどんは讃岐系よりも九州(博多)系が改めて体質にあう感じで、四国とは違った大分〜福岡圏独特のだし汁がいつであっても恋しい。
 思い立った瞬間の5分後には「丸香」に着席しており、出てきたかしわ天うどんをサクっと平らげた。

 夕方、渋谷タワーレコードへ。
 右手における急病(橈骨神経麻痺:とうこつしんけいまひ)により演奏が困難となってしまったクラシックギタリスト:村治佳織のトークイベントに向かった。
 本体、インストア・ライヴの予定が急遽トークのみの内容に差し替わったとのこと。
 無論、少なくとも年内の公演はすべてキャンセルとなってしまった。
 笑顔で振る舞っていてもきっと内心気持ちは落ちておられるのでは……っと、ある意味神妙な気持ちで控え室を訪れたところ、村治さんの笑顔とテンションはいつもとまったく変わらないそれと同じだった。
 「ギタリストの命である右手が動かない」こんな現象であっても、微塵も後ろ向きな気持ちにならないと彼女は笑ってのけた。
 村治さんは2005年10月にも同じ病に見舞われたことがある。その際も、「神が与えてくださった休息の時間」そうした意味合いでアクシデントを捉え、2006年1月に復帰を果たした。
 今回は2回目なので、どのような精神状態と治癒までの時間がどの程度なのか、身をもって理解している。だからなんてことはない。そうした面持ちで逆に周囲のみなさんを気遣う程の余裕、ゆとりのコンディションで我々を安心させてくれたのだった。
 そんな強靱な精神力も、国内外での音楽活動で身についた武器というか、一つの才能だと感じ入るのだった。選ばれし者に与えられた乗り越えられる試練。
 村治佳織のチャレンジは永遠に続く。
 夜、ふいに連絡をくれたSとサシ飯。実にいい時間だ。

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2011年 11月 21日

苦手

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 昨日の有楽町〜五反田呑みで傘を無くした。
 夕方、吉祥寺ではスコールのような雨が突然振り出し、家を出る直前に傘をさす羽目になったが、銀座地区へ到着したら雨の痕跡は微塵も感じられず。
 なので、移動中のどこかで忘れて「無くすだろうな」と予想していたが予想通り。

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 昨日の酒はタップリ残っている感覚の中、気張って朝食のコロッケ2コを平らげる。
 デスクワークをさばき、近場で某氏打ち合わせ。昼飯を食っていなかったことを思い出し、ミックスサンドも注文。
 夕方、カメラマンTがスキャナー持ってきてくれた。Thanx!
 今後、どれだけ時間がかかるのか考えると気が遠くなる思いながら、これから重要なアナログ写真を出来る限りデジタル化するつもり。苦手なんだけど。

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2011年 11月 20日

自転車の練習日和&むっちゃん会

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 半端な午前中にカレーをいただく。
 Rちゃんの赤い自転車の補助輪を外そうとペンチで試みてみるが、スパナを持っていないため(片方だけが)絶対に外れない。絶対に。
 背中の筋肉がおかしくなるほど渾身の力を込めてもダメなので、車に自転車を積み込み、Rちゃんと近場の自転車屋へ遠征。
 ついでに自転車のスタンドも装着してもらい、そのまま近場の大きな公園へ。

 気持ちのよい天候に見舞われた今日はまさに自転車の練習日和。
 買ったばかりの(本人リクエストの)ピンクのプロテクターを肘、膝、手の甲と装着し、ヘルメットで完全防備したRちゃんと奮闘開始。
 結果、1時間もかからないうちに一応動き出したら乗れるような成果を上げる。
 これまでスタート時、車体を支えてもらっていたこともあり、その癖でいきなり両足をペダルに乗せて発進しようとするので、漕ぎ出しだけがややコケ気味。
 「片足を、持ち上げたペダルに乗せてもう片足は地面に着ける。ペダルを踏み込んで安定に発進出来たと同時に地面に着いていた片足を離す」
 このアドバイスを頭では分かっている様子ながら、なかなか勇気と行動が伴わない。
 やがて自転車倒してサドルを叩いて、「このばか!」と自転車に八つ当たり(笑)。
 この怒りと、頭で分かっていながら身体ですぐには克服しえないジレンマをどれだけ受け入れられ、乗り切れるのかが鍵となる。痛いほどその怒りは分かるぞ。そうした怒りは生きて行く限り永遠につきまとうモノだよ、Rちゃん。と心で応援。叱咤。激励。賞賛。
 
 公園に、たまたま同じクラスのお友達がやってきた。瞬間、得意げに「○○ちゃん、みてー!」と言い、やっと乗れたばっかりの自転車漕ぎを披露。
 そんな局面で、妙にこなれた具合で乗り切ったRちゃんの運動神経には感心させられた。気持が大きい成果を上げるのだった。
 トータルでは何度か泣きべそ気味になる局面もあったが、初日の運動能力としては、80点程度の出来かなと考えたところ。

 当然汗だくになった父は帰宅して即シャワー。
 夕方より行われる九州からやってくる同級生ゲストを迎えるべく東京チーム5名の合計6名で親睦会。多分、今年一番笑った。

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2011年 11月 19日

JACO PASTORIUS BIG BAND

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 えらい降りようの雨の中、電車を乗り継ぎブルーノート東京へ。途中一言スマホでつぶやく。
 今日何を聴くのかというと……JACO PASTORIUS BIG BAND-Celebrating 60th Birthday-with special guest RICHARD BONA & PETER ERSKINE and introducing DAMIAN ERSKINE
 ジャコ・パストリアス・ビッグ・バンド-Celebrating 60th Birthday-with special guest リチャード・ボナ&ピーター・アースキン and introducing ダミアン・アースキン
 といったライヴ。

 結果、申し分のないパフォーマンスに釘付けにされた。

 ボナがジャコ・フォロワーの第一人者であることを知ったのは、以前インタビューもしたラウル・ミドンとの共演だったので、その歴史はかなり浅い。
 ラウル、どうしてるかな?

 ライヴには3人のベーシストが参戦。それぞれのトーンがまちまちで興味深い。
 ピーター・アースキンとダミアン・アースキンの親子共演も素敵だった。まるで、おいらの音楽仲間、T&Tの親子のように。

 ジャコがやってのけた革命のものすごさは言わずもがなだが、パーフェクトとしかいいようのないスキルをもってそつなくこなすビッグバンドの全員、そしてメインのプレイヤーとして3人目のベーシストとして登場したボナの風格には目を見張るモノを感じ入る。

 大雨でも遙々来て正解なライヴはこれだ。

※詳細……「超人的なベース・プレイと作編曲でジャズ~フュージョンに革命を起こした天才ミュージシャン、故ジャコ・パストリアス。ウェザー・リポートや多彩なソロ活動、パット・メセニーやジョニ・ミッチェルとのコラボレーションは、今もなお新たなファンを魅了し続けている。そんな彼の生誕60年を記念して、ジャコ存命中の頃から指揮者を務め、ジャコが築いたサウンドを継承しているピーター・グレイヴスのビッグ・バンドが登場。しかもスペシャル・ゲストとして、大のジャコ・フリークとして知られるリチャード・ボナ、ウェザー・リポートでジャコと鉄壁のリズム・セクションを組んだピーター・アースキンが参加する。ジャコの遺した不滅の名曲がこの夜、最高の形で蘇る。」

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2011年 11月 18日

Fちゃんのツイット

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 岡山ではない白山界隈の『後楽園』という高級焼き肉屋は初。
 編集Fちゃん&Nちゃんの恩恵に預かる。
 月一、あるいは2ヶ月に一度くらいこの面子で飲めるのが精神衛生上にもよいという確信あり。Fちゃんのツイットに気をつけねば。

投稿者 yonezawa : 17:58 | トラックバック(0)

2011年 11月 17日

twice up

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 外出した際に冷え込んだ時やら、食事のし始めなどに咳き込むという症状がなかなかとれない。
 かかりつけの病院に、血液の検査結果を聞くついでに今週も一応通院。といっても発熱だとか風邪の症状はないのだが。
 「ああー美味い醤油ラーメンが食いたい」と考え始めたら後に引けなくなり『大至』初体験。なかなか好き、そこ。
 夕べの氷抜きの水割りは確かに美味かった。それを「twice up」というのは、改めて本日、Hさんによって知らされた。
 
 

投稿者 yonezawa : 17:59 | トラックバック(0)

2011年 11月 16日

踏みながら向こうへ

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 午前7時にRちゃんの怒鳴り声で目が覚めた。原因は知らない。
 リビングでテレビを観ながら朝食を待つRちゃんが、おもむろにパソコン部屋にやってきて「ゲーム!」要請。
 「10分だけだよ」と条件をつけてやらせる間、睡魔に襲われたおいらは少しだけ横に。
 「ご飯できたよ!」の合図でリビングへと走るRちゃん。途中、わざわざ軌道変更して、おいらの胸板とお腹を踏みながら向こうへと去って行った。「まったくもう!」と声をかけるおいら。だが、そうした“間”を見せた行動の“シャレさ加減”には妙に感心してしまった。
 まるで出来の良いコントの“間”のよう。

 コミュニティバスの真ん中辺りで立ってる中年の男が、ある種の通せんぼをしているような状態にあり、後ろ座席に移動したい人々が困難な目にあっていた。
 空席が多い車内であれば、むしろ座ってくれた方が邪魔にならない場合が多い。しかしこの男は意地でも立ったままで、その上通せんぼ。
 こんな大人がいることにげんなりし、呆れる思い。
 「ちょっとどいてください」と通路を開け、他の乗客の方々にも通り道を切り開いたことはいわずもがな。

 夜、敬愛するHさんとの親睦会が贅沢。今年一番美味いウイスキーを飲んだ。

投稿者 yonezawa : 20:28 | トラックバック(0)

2011年 11月 15日

ヒミズ

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 映画『ヒミズ』鑑賞。
 良い意味で想像通りの迫力を感じていた。構えて見なければもっと騒いでいたかもしれない。映画に予備知識はいらんと再認識。
 現状の今年ナンバー1は(これから向こう1年間という意味でも)韓国映画「哀しき獣」
http://kanashiki-kemono.com/
と考えているが、本作『ヒミズ』もかなりの刺激となった。
 主演:染谷くんはきっと18歳の頃撮影したのだろうけど、例えば怒鳴るシーンにしろ佇む場面にしろ、絵が「もつ」感覚。その現象を存在感と言うのかもしれない。
 ほとんどがだらしなく映る登場人物の女性陣も最高。窪塚洋介にしてもまるでドキュメントのような案配で適役であり、ほんのわずかなシーンだけに吉高由里子が起用されていたのも痛快。
 男性俳優陣は言わずもがな全員が申し分なし。アクション監督の名には坂口拓の名を見つけた。
 
 夜、このHPも手がけてくれるスーパーデザイナーFと、ものすごくぶりの飲み。今夜はサシ。
 適当に入った清潔感のある神楽坂の居酒屋は静かに話が出来て落ち着けた。
 帰途の道中で思わず雑誌Brutusの映画集号を衝動買いしていた。

投稿者 yonezawa : 13:53 | トラックバック(0)

2011年 11月 14日

新創刊

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 暖房を入れるほどでもない事務所内ではジャケットを羽織ったままの日もあるぐらい、気温が冷え込んできた。
 新創刊された漫画誌『グランド・ジャンプ』連載の「ツイッター千一夜/和田ラヂヲ」、ラヂヲ史上一番好きかも。

投稿者 yonezawa : 20:34 | トラックバック(0)

2011年 11月 13日

究極の恩

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 夕べ午前9時までたっぷり睡眠をとったというRちゃんが9時過ぎに部屋へ。
 パソコンゲームをやる間、身支度を終え、恒例の八王子水汲みへ。
 絶対友人Hを拾い、我が家だけで重量にして100Kgの給水作業完了。
 その間、公園で待つRちゃんらと合流し、雲梯やら公園道具を駆け回るRちゃんの所行を見終え帰途に。
 19歳の頃、Hがおいらのために尽くしてくれた究極の行為は生涯忘れない。

投稿者 yonezawa : 20:31 | トラックバック(0)

2011年 11月 12日

明治記念会館

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 睡眠3時間で起こされた。この5日間、ほとんど会う機会のなかったRちゃんと午前8時過ぎより、しこたまパソコン・ゲームにつきあった後、西友までお買い物。
 言われるまま、まだ全体的に湿り気のある公園へ立ち寄った。ベンチで美味しそうにリンゴジュースを飲み干す我が子。
 プリキュアの食玩製品に入っていたのは指輪だった。
 気が済むまでブランコに乗り尽くした後、帰宅。

 昼食は炊きたてのご飯でチャーハン。
 午後3時30分を回った頃ギターを担ぎ、身支度を終えたおいらだけ先にJR信濃町駅を目指した。

 『癌!癌!ロックンロール』~金髪ドクター、6度の癌宣告&6度の復活~というタイトルで今月書籍が発売されるのだが、その出版を記念してのパーティーがなんと明治記念会館で行われた。
 おいらチームはBambi−2の面々でバンド・サポートとしてオープニング演奏予定。勿論メイン・プレイヤーは家康医師。

 会場のセッティング中、同時にリハーサルを終えた。やがて続々と招聘されたゲストの方々がご来場。結局、総勢350名前後の方々が集う大パーティとなっていた。
 ほぼオンタイムで、18時からの本番ライヴがスタート。我々の持ち場はとりあえず4曲。

●Hole lotta love
●Hey Joe
●Sunshine of your love
●You shook me

 今回初めて「Hole lotta love」を歌うことになった。イースト吉田兄の大変さをしみじみ痛感。世界一難しい楽曲を必死でシャウトしながら、ジミヘンへと王道の展開で弾き抜ける。
 急遽歌を担ってくれたVO.harukoのおかげで、ジミヘン、クリームとギターに集中出来、安堵していたが、やはり彼女の力を借りて正解だった。
 本番を、申し分のないパフォーマンスで締めてくれたのがともかく有り難い。

 大好きでも一生演奏することはなかろうと思っていた「You shook me」まで、こんなタイミングで弾く機会を得るとは……

 LED ZEPPELINの奥深さは「Hole lotta love」のブレイクポイントにもあった。
 曲中、「Way down inside... Woman... You need...Love.」の件、「You need...」の後のコードは、これまで意識もせずDーAとばかり思っていたが、ここEーAなんだな。
 これは驚きの発見。みんなそう弾いてなかったか? おいらだけか?
 家康バンドのおかげでこんな驚愕の発見をしてしまった。

 今夜の素晴らしいイベントに関わったすべてのみなさま、お疲れさまでした。ありがとうございました。
 しかし明治記念会館で誰かがツェッペリンやジミヘンやクリームなんかを演奏した歴史があったろうか。それもよりによって「Hole lotta love」なんて……。きっとなかろうと高い確率で想像する自分だ。
 それにしても明治記念会館の料理はナイス。
 ちょっとした出版社忘年会以上の豪華で賑やかなパーティであった。家康さんは偉大だ。 

投稿者 yonezawa : 20:30 | トラックバック(0)

2011年 11月 11日

本番前夜

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 味噌だれに漬け込んだ豚肉を野菜と共に炒め朝食。
 日に日に寒くなった。雨の寒さで余計ダメージジーンズの膝の穴が寒い。

 晩飯は急に思いたった牛タン麦とろ屋へ。
 今週平日は、たった1日だけRちゃんの顔を見た瞬間があっただけで、ホントに会えてなかった。帰宅してもRちゃん夢の中。

 明日は家康バンド、本番也。

投稿者 yonezawa : 20:29 | トラックバック(0)

2011年 11月 10日

the doors a collection

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 元呑め呑め団・団K兄のつぶやきで、そのリリースを知るところとなった『the doors a collection』。
 さらにデザイナーFのつぶやきで充分発売中であることを知った端から即Amazonクリック。

 関連サイトを探れば……「今年7月4日、ジム・モリソンの没後40周忌を記念してオリジナル・アルバム6枚の紙ジャケ・ボックスがリリースされた。音源は、ザ・ドアーズとオリジナル・プロデューサーであるブルース・ボトニックが、オリジナルのマスターテープ、さらにそのもととなったリダクション前のテイクにまで遡って、ひとつひとつの音を注意深く拾いだした“40周年記念ミックス”を使用している。」とのこと。

 リスナーによるレビューにあった「音の方はこれまで団子状になっていた各楽器の分離がとても良くなっていてまるで新録音かと思うほどだ。」という記述に期待大。
 学生時代にはほとんど馴染みの少なかったザ・ビーチ・ボーイズの『スマイル』も、この機会に注文。機微を確かめたし。ザ・ビーチ・ボーイズのうるさ型は回りに大勢いるなぁ。
 
 夜、「吉祥寺で……闇太郎で呑みたいです」という明確なリクエストを受け、某テレビ番組プロデューサーのSさんと初のサシ飯。
 
 Sさんとは取材の席でたまたま知り合った。
 彼が大の漫画好きということもあって、約束もしていなかった漫画家のイベントでバッタリ会う機会などもあり、自然に「今度呑みますか」という流れとなった。
 映像世界の、いわば異業種の方との話がなかなか興味深く、妄想企画を思いつくまま語り合えて楽しい楽しい。
 遅くに漫画執筆中の先ちゃんも駆けつけてくださり、さらにはズミー兄、さやか嬢も合流。
 いつもの闇でいつもの時間が流れた。

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2011年 11月 9日

最終リハ

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 K兄に誘われ、ものすごく久々に神楽坂『寿司幸』で早飯。今日は遅い夕飯というわけにはいかない日だった。

 夜、今週土曜日に演る「家康バンド」最終リハのスタジオへ。
 メンバーであわせたのは2日間の正味5時間。
 残念ながらドラマーは不在の最終仕上げとなったが、初めて絡むメンバー同士のセッションとしてはずいぶん形になってきたという印象だ。
 あとはおいらがちゃんとZEPPELINをシャウト出来るかどうか。
 正式な歌から離れていたせいか、気持ちはプチ・リハビリの感覚だった。

 本番で使用するというエレドラを、遊びのセッションで初めて叩いてみたが、これがこ慣れるとなかなか面白い物件で、色々使い道がありそう。
 おもわずノッて叩きまくる。プリプロならもう充分な感じ。自分でDEMO録れるな、これ。

投稿者 yonezawa : 20:31 | トラックバック(0)

2011年 11月 8日

展望アル未来

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 新宿御苑「ちゃんこ両国」で待ち合わせたのはミュージシャンのSだった。初のSサシ飯。
 多忙な業務の合間をぬってか、出された日程3日のうち、本日が双方の都合が良かった。

 ところで馴染みの「ちゃんこ両国」、板場の板長さんが変わったとのことで具材の内容も若干変化を見せていた。一見は気づかない程に。以前訪れた際にはその旨を聞き、認識をしていたが、変化を知って2回目の鍋。
 冷静に何度も確認するように、煮詰まり気味の最後の具材まで丁寧に食いつくしたところ、正直、コクが減った。個人的にはかなり残念。

 今年、来年と展望アル未来へと邁進するS。次回の再会はウィンウッドの来日時か新宿のサシ呑みの席か。
 我が家な「シンクロニシティ」を経由しておとなしく帰途に。
 地元界隈に到着し、やむなく選んだ豚骨醤油ラーメンはまったく必要なかった。「やむなく」じゃなかった……

投稿者 yonezawa : 20:27 | トラックバック(0)

2011年 11月 7日

適任者

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 S社のTさんとは初めてのサシ飯だった。
 初対面の日より、Tさんが人格者であるニュアンスは彼の物腰で勘づいていた。
 待ち合わせの場で「米澤さんの知ってらっしゃる店で」というノリで地下鉄に乗り、ノンビジョンのままなんとなく「池林房」へと向かっていた。

 蒼々たる出版社遍歴をお持ちのTさん。現在は某雑誌代表を務めておられる編集者だ。
 雑誌のボスとは、「この人の喜ぶ顔が見たい」と思わせる人間性を有する人こそが適任だ。
 外部の出入り業者、社内全般、時には、まさに同じ編集部員からもまるで人望のない編集長にはほとんどあったことがないが、Tさんは稀にいたそんな不幸な人間ではなく、べーシックに等身大の魅力を放つ真っ当な編集者だと感じている。
 そこそこのつまみを頂きながら、まだちゃんとキープが残っていた芋焼酎をロックで流し込みながら、世のカルチャーの話を思いつくまま語り合っていた。

 先方、使える経費もそれなりにおありだとは察するのだが、終電で共に西武線帰宅。
 己自身で顧みるいくつかの項目を頭で反芻していた。

投稿者 yonezawa : 16:35 | トラックバック(0)

2011年 11月 6日

初の顔合わせ

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 16歳の頃、自転車に乗って7万円もしたGRECOのレスポールを担ぎ、必死で漕いで30分ぐらいはかかる遠方にあった体育館を目指した。
 体育館は田んぼの真ん中。
 当時リハーサルスタジオなどは町の中心部に一応あったけれど、高校生時分の面々にはその料金をペイする資金はなかった。記憶が定かではないが、無料でバンド練習として使える体育館を誰かが都合つけたんだろう。
 街灯もない真っ暗なあぜ道を、勘に任せて恐る恐る漕ぎながら、なんとか灯りのある体育館へと真っ直ぐに直進する。真っ直ぐを外さなければ田んぼに落ちることはない。

 ステージ脇の小部屋に入り、各々セッティングを開始。
 隣町の北中で「上手い!」と評判のギター弾きTと、西中代表のおいらが初めて弾きあったのがその場所だった。
 全員15〜16歳。
 ギターを弾いて弾いて弾きまくり、上達するだけを志していたあの頃。モテるからギターを弾くなどと言う発想は、あそこにいた楽器に熱をあげ始めた面々の誰にもなかったろう。そうした思いは今でも変わらない。長年のキャリアで身をもって知っていることは、ギターが弾けたところでモテはしない。
 
 昼下がり、Rちゃんがおいらのセッションの場に同行すると言った。「Rちゃんもいくー!」
 霧雨がぱらつく中、2人だけで車に乗って予約したスタジオへ到着。

 スタジオにはすでに2人のミュージシャンが到着していた。
 ベーシストは現在、音楽以外の場所でも絶大なる信頼をよせる男。ドラマーTとは初の顔合わせとなった。

 3、4曲課題曲として通達しあった曲をそろりと奏で始めた。
 果てしなく若いドラマーTの展望ある出音には素直に感激し、16歳だったあの頃の、優秀なドラマーのリズムを思い起こしていたが、Tのスキルはそのイメージを遙かに凌ぐシャープさとバネを感じさせてくれた。
 音楽に上も下も関係なし。
 真摯に飛び出してくる音に対し、己の情熱を込めて絡みつかせるようにギターを弾いた。
 かつて感じたことのないフレッシュなバンド空間に満たされていた。素晴らしすぎる2人。

 またやるぞ、T×2!

投稿者 yonezawa : 16:34 | トラックバック(0)

2011年 11月 5日

赤坂Crawfish

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 毎日なんだかんだと行事が続くもの。

 午前5時に寝て9時に起こされる。
 娘の要求通りリビングでアニメ番組を鑑賞。
 正午近くまでダラダラ過ごしながらも「今日こそは、それなりでいいので部屋の片付けがやりたい!」と強く心で祈っていた。
 「あかいじてんしゃんで……」といつもの休日みたくお買い物へ行きたいと言ったRちゃんの言葉を遮るように「今日はおったん、自分のお部屋を掃除するからマジで夕方まで遊べないからね」と切実に伝えた。
 じゃあ仕方がないかといった面持ちで当たり前のようにMac前に陣取り、サクサクとこのSafariを立ち上げ、勝手知ったるディズニーゲームをガシガシやり始めた。
 なんたる我が子の光景……

 しかしそのおかげで、午後5時頃までかけ、とりあえず部屋の床すべてに掃除機がけをすることが叶った。それだけでも気分が違う。
 山積していた書籍、CD、小物、楽器周りの機材などを束ね、収納し、整頓した。
 まだまだ部屋全体の半分も納得はいっていないのだが、半分の埃は淘汰した。
 それにしても、どこに何を収納したのかは月日が経つ度、笑うぐらいに忘れてしまう。
 ふいに出てきた写真やら、15年前の手帳などが出てくると、とたんにロスタイムとなるので要注意だ。
 記された記録を見れば、色々人に金も貸してきたもんだ。金もないくせに。

 ここ何年も満タンの本棚、満タンのCD棚である故、思い切って断捨離を決断せねば本来の意味での整頓とならないことは重々承知。
 「すべての音源や書籍がパソコンに全部セーブ出来る」と言われても断捨離 の決断にはまだほど遠い昭和なおいらだ。
 
 小雨降り出した夕方、電車を乗り継ぎ赤坂Crawfishへ。
 精力的にライヴを重ねるFFPの雄志を今日も確認。ライヴ後はもっと降り出した雨の中だったが、赤坂見附駅まで送ってくれたヴォーカルAの「音楽熱」に今日も納得。
 FFPは12月には下北。そしてストリートでもやることを決めているそうだ。

 おお! そういえば明日、自分が決めたセッションであることを冷静に認識。
 覚える曲、4曲あるんだった!

 やばいやばいと反省しながら、Rちゃんも寝静まった深夜23時前に小さなファズサウンドでソロパートのリフレインをやってみた。すると、その頃ふいに目が覚めてしまったのかRちゃんがトコトコ部屋にやってきた。

 しばしリビングで隣同士2人で座り、たあいもない話しをながら「おったん、そろそろお風呂に入ろうかなぁ……眠くなってきたしなぁ……」と独り言のようにふってみた。やがてその数分後には「もうねる……」といって布団の敷かれた部屋へと去っていくRちゃんだった。

投稿者 yonezawa : 16:33 | トラックバック(0)

2011年 11月 4日

悪い寝起き

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 鼻風邪気味で居心地の悪い寝起きだった。
 少し熱ぽいが気のせいか。気のせいにしとこう。気のせい。

 夕方より早めに出てきたコミックスの校正刷りを速攻関連会社へ中継。
 この手際の早さをわざわざ印刷所の担当者Iくんに伝え、驚かせる。
 夜、会食の約束だったT氏との予定は週明けに延期。
 それに関する一連のメール送信が先方に届いてなかったそうで、それも何通も行ってない事実が判明し、ちょっと困った。原因が分からない。
 一つ問題が片付けばまた一つ問題勃発。スマホとの相性、まだまだ悪いまま。

投稿者 yonezawa : 16:31 | トラックバック(0)

2011年 11月 3日

出版記念パーティ用リハーサル

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 夕べの芋焼酎が頭を刺激する。午前8時の起床は必死だった。
 午前10時にはスタジオ・ペンタへ到着。来週末に開催されるROCK医師:赤木家康兄の出版記念パーティで演奏する曲のリハーサルが始まった。初の組み合わせにてたった2回の音合わせ。

 正直、ほとんど準備していけなかったのだが、頭で知る曲だからどうにかなろうかとタカをくくり、数回のリフレインでなんとか形にしてゆく感じ。

 シンガーHの登場で精神的にも物理的にも救われた。
 お茶を濁しながらの条件で若干歌う気持ちも少しはあったが、行きがかり上なんとLED ZEPPELINをまともに歌うこととなってしまった。
 フレーズを弾きまくる大先生のベースは完全にギターのそれのようで、こうしたバンド編成の場合、とても効果を見いだすアレンジとして構築された。
 主賓:家康兄のギターはPRS特注品で260万円。絶句。金沢から取り寄せたと聞く金箔で塗り固められた完全オーダーメイドのギターがとにかく闇雲にもの凄かった。
 オールド以外の物件でここまで高価なギターは初めて出会ったかも。8万円のギターで購入に踏み切るのか悩みまくるおいらの感覚では、そうした品を保有した時の気持ちが分からない。
 本番まであわせられるのはあと3時間。曲、覚えなきゃならぬ! っと帰宅後にモチベーションの体内スイッチを探してみた。

投稿者 yonezawa : 15:35 | トラックバック(0)

2011年 11月 2日

ROCK SINGER

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 ROCK SINGER:Aと、しばらくぶりのサシ飯。
 つもる話は山積みで、想像以上に過ぎ去る時間は早かった。
 かつて20歳代前半の頃の自分を見るようなマインドを有するAの睨む先には何があるのか。
 「ひろ喜」の美味い寿司も久々。
 
 人類はどこから来たのか、自分とはナニモノなのか? 果ては宇宙論まで話の展開……というかスケールが無限大。原っぱで仰向けに寝転返り、星を見つめながら交わす議論のよう。

 レコーディングしてきたばかりのAのバンド新曲オケを聴かせてもらったが、相変わらず憎らしいほど良質の曲を書き上げる連中だ。
 こちらにメロディが乗った彩りを想像しながら含み笑いのまま芋焼酎のロックを数杯いただいた。

 3時間30分の時間が瞬時に過ぎ去り、終電を目指して混み合う中央線に乗車。
 最寄り駅から30分かけて徒歩で帰途につく最中、おふくろと長電話。何故にあんなに酔ってしまったのか、量と時間からして意外な気持ち。

投稿者 yonezawa : 14:36 | トラックバック(0)

2011年 11月 1日

敦賀明子

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 園の都合で平日休園となった本日の午前中、少しは遊べるかとRちゃん体制を覚悟していたところ、午前中から友達と友達のママらと人気アニメの劇場版「映画 スイートプリキュア♪ とりもどせ!心がつなぐ奇跡のメロディ♪」を観に行くという話になっていたそうで、起きた時には誰もいなかった。

 先日、そういう心境なのか「プリキュア(の映画)は、おったんとふたりでいく!」と明確に宣言していたRちゃん。その折り合いは大丈夫だったのか、やや心配になった。
 結果予定が変わってしまったので、おったんとしては映画『スパイキッズ4D:ワールドタイム・ミッション』を観に行くべかとサイトを探すがちょっと遅すぎた。
 どうも10月一杯で終わってしまった模様……
 
 入稿の狭間、目黒ブルースアレイへ。
 NYから来日中の“つるりん”こと敦賀明子のライヴへ出向いた。
 彼女のオルガンを初めて聴いたのは3年ちょい前のNYはハーレム。引率者の天平は、ハーレムでも結構深い場所にあったクラブへと引き連れてってくれた。ハーレムの老舗クラブ、St. Nick's Jazz Pubがそこ。

 敦賀明子のライヴは今日で通算3回目。彼の地でも感じたが、彼女はとにかく楽しそうにオルガンを弾く。2001年に向こうへと渡り、とにかくどんな音楽の仕事でもいいので欲しかった! というエピソードを交えてのMCも、演奏同様に温かいものを感じていた。
 集客も満席な雰囲気で、そうした意味を踏まえても彼女の力量は凄いものだと感じ入っていた。
 いつもは失速バンドのイベントで使わせてもらってるこのステージの雰囲気は、本来こういうものだったのかと、初めて見るブルースアレイの平常営業の有りようを知る。
 入稿の都合で残念なことに1セットしか観戦できなかったのが悲しいが、元気な彼女のオルガンで幾ばくかのモチベーションをたぐり寄せる。

 ヤンジャン編集部で小一時間の入稿作業。ちょっと寂し。

投稿者 yonezawa : 14:36 | トラックバック(0)