2011年 07月 31日

高円寺showboat

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7/31(日)高円寺showboat
18:00/18:30
http://www.showboat.co.jp/others/map.html

我々Beat Generationは21時〜21時30分。

YAMAJI NIGHT vol.1 ~Go for it JAPAN!!~
松岡英明with 潮崎裕己(key)
Vamp[Ryoko(vo)滝沢裕(g)山路力也(b)森田啓一(ds)]
Beat Generation [吉田宏(Vo)グレート義太夫(ds)池田哲也(b)甲野勝之(g)米澤和幸(g)]
GOLDFISH RESCUE GANG[KOUSAKU(Vo)HAJIME(g/prog.)]
FOOD:阪田博昭@麺や七彩

\3500/\4000
ドリンク&フード別 \1500

 お休みの日なのでたくさん遊ぼうと思ってたRちゃん、ごめんなさい。
 空模様のかげんが悪くなる前の昼過ぎに、ギター2本抱え高円寺へ。
 ライヴハウス『高円寺showboat』はずいぶん昔からその存在を知っていながら、初めてやってきた。
 リハーサルを終え、ラーメン横丁のTETSUへ初チャレンジ。初心者用のつけ麺爆食。

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 20歳からおよそ5年住んでいた懐かしい高円寺の駅周辺を何年ぶりかに散策。
 風景も、時には地形も変わった感じがする。20年以上常連だったリハーサル・スタジオ:アフタービートも北口店はすでに閉鎖され、時の流れを感じ入る。
 数年ぶりに訪れた鉄板焼き屋で焼酎を(時間的に)1杯だけいただき、ライヴハウスへ帰還。

 今回主催の山路さんのバンドVampから熱演が続く。
 30分押しで我々Beat Generationスタンバイ。「キメを口頭で決めての本番」という案配で、練習不足のまま「えいや!」と駆け抜けた。
 ともかく、最大限の各々の技量を引っ張り出すべく全員が頑張る。
 パフォーマンスに関しては、ヴォーカル吉田宏とうさん、ドラムス:グレート義太夫兄の絶妙な掛け合いが、ステージ上も客席も大いに沸かす。もう大受け。客席のヤジが格段に秀逸。笑った笑った。
 様々な意味を込め、吉田とうさん史上ベストの1本と言えるステージングだったのではないか。たまに突っ込むけど(笑)、あの歌はすげぇや、やっぱ。

 終演後、会場でそのまま乾杯タイムを設け、残ったKとサシで時間の許す限り高円寺焼酎乾杯。そして深夜に本日(日付は変わったが)2回目のラーメンを食ってしまったおいらたちだった……。

1.Good Times Bad Time
2.The Ocean
3.Celebration Day
4.MobyDick 以上 LED ZEPPELIN
5.花・太陽・雨 -  PYG
6.やさしい悪魔 キャンディーズ

※アンコール
7.Celebration Day

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 ラジオ先生ごめんなさい。

投稿者 yonezawa : 16:53 | トラックバック(0)

2011年 07月 30日

bambiリハ 赤坂Crawfish

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 午前中からRちゃんと2人きり。彼女に起こされてからずっと隣り合わせ。嬉しい。
「きのう、おたんとけっこんしたゆめみたんだよ〜」なんともおくゆかしい姫だ。
 午後3時からのbambiリハまで時間が迫るが、まだママが到着しない故、気持ち焦る。
 ギリで保護者が入れ替わり吉祥寺のリハスタへ向かう。3時間汗をかく。もとい、冷房効いてたので汗はそんなにかかなかったかも。
 新曲の機微、奥深し。アレンジ提案出来ないおいらは虚ろだった。
 リハ後のいつもの飲みを経て、赤坂見附へ。

 目的の地:赤坂Crawfishがなかなか見つからず困難を極めながらも、10分押しのスケジューリングに救われ、ffpのアコギなライヴは頭から鑑賞出来た。
 一歩ずつ進化を遂げるffp。常に最新のライヴがベストと言い切れる出来に歓びを感じながら小屋を後に。Yはフェンダーのアコギを購入しており、その音色を初めて聴いた。よしよし。
 終演後、カメラTと新宿へ移動。
 一方的に出された3品のつまみを肴にしょんべん横町で昆布焼酎。
 明日は高円寺。来週は長野県か…… 

投稿者 yonezawa : 16:52 | トラックバック(0)

2011年 07月 29日

対バンでライヴ決定!

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7/31(日)高円寺showboat
http://www.showboat.co.jp/others/map.html
で対バンでライヴ決定!
我々Beat Generationは21時〜21時30分。

投稿者 yonezawa : 16:52 | トラックバック(0)

2011年 07月 28日

番組収録

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 正午、いつもの神保町へ到着。
 漫画家:江口寿史兄が、関西テレビのとある番組収録でロケをやるというのでお供することに。
 先ちゃんがデビュー間もない頃、集英社の社屋(少年ジャンプ編集部内)に缶詰になっていた時期があったことはファンの間では有名で、おいらも学生時代からその混沌とした歴史は認識していた。
 そのビルは今も現存している。
 事務所内のその一角は当時“執筆室”と呼ばれていた。35年くらい昔の一時期、漫画家:江口寿史が衣食住のすべてをまかなっていたというその同じスペースに椅子とテーブルを置き、インタビューが始まった。
 
 一旦事務所へ引き上げ、入稿、雑務を終え、最後の収録地となった居酒屋へ再び合流。
 そちらでは、江口寿史初代編集者であった懐かしのYさんとの2ショットを抑えるという演出で撮影。実際、お2方共しばらくぶりの再会となったようだ。
 当時先ちゃんが21歳でYさんが27歳。今考えればなんと若い編集者と作家なのだろう。
 その若かりし頃の2人が、あの傑作コミックが生まれる現場にいたことは紛れもなき事実。毎週毎週発売になる、その漫画誌:少年ジャンプを、当時九州にいたおいらはどれほど楽しみにしていたか。

 収録も滞りなく終わり、河岸を変えて再び居酒屋。
 先ちゃんとYさんの話が刺激的だった。

 一旦、ギター個人練習のスタジオ入りのため中座させていただき、その後、また別メンツの大勢で盛り上がるカラオケ屋へいた先ちゃんと合流。1曲だけ歌って近場の居酒屋へ移動。
 明後日、共にライヴで奮闘するK&Tと合流し、ほどほどの深夜まで痛飲。
 関西テレビ:Sさん、長丁場のおつきあい、お疲れさまでした。 

投稿者 yonezawa : 16:51 | トラックバック(0)

2011年 07月 27日

アナログデジタル変換

8/7(日)14時〜15時出演決定。
UEDA JOINT(長野県上田市の夏フェス)
http://www.uedajoint.com/
The Real Jazz Tribe

Hide Tanaka ( Keyboards )
Kazuyuki Yonezawa ( Guitar )
Tetsu Ikeda ( Bass )
Great Gidayu (Drums )


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 地デジだが、我が家の契約するJCOMにはアナログデジタル変換という機能が備わっているそうで、壁のアンテナ端子からブラウン管のテレビにダイレクトに繋いでいる線のそのままで、今も変わらずテレビを視聴出来ている。
 アナログ放送終了の瞬間から、そのまま視聴出来たのには逆に驚いた。
 そのまま視聴出来るというその情報は(こちらが気づかなかっただけなのかもしれないが)きちんと知らされていなかった感じ。
 メインのリビングのテレビはそれなりにヘタってきてたので、そちらに限っての買い換えは問題なしだが、ギター部屋のテレビも危うく併せて廃棄しそうだった。MacにUSBで繋ぐ地デジチューナーも購入しなくてよかった。危ない。
 廃棄処分の手続きを取りやめ、用途としては充分なこのブラウン管にはまだまだ活躍してもらうとしよう。

 夜、予定されていた歓送迎会には出席せず。8/1発売、週プレ掲載の「ゴミ発電」記事、無事納品完了。

投稿者 yonezawa : 16:51 | トラックバック(0)

2011年 07月 26日

補助輪

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 夕べ、腹も減ってないのに先輩編集Tによる誘惑に押され、明け方の一風堂限定つけ麺を食ってしまった。
 もう胃もたれもいいところ。今朝、起きた瞬間から満腹感で最低だ。
 いい大人がこんなことしてる場合でなかろうと、回りの先輩諸氏を見回してみれば、そのラーメンの後から河岸を変え、さらに呑むという強者ばかりなので、この行為を反省しなくともよい、という気持ちに今日も落ち着く。
 とりあえず朝昼を抜いて帳尻をあわせよう。

 トマトジュースを飲んでたらRちゃんが「Rちゃんものむー」と横取りされ、ギターを弾いていたらアームを動かしてトレモロやってくれる。
 布団の上から出たら負け、で相撲をとる。ずいぶんと力持ちになったRちゃんだ。
 手のひらは鉄棒のやりすぎか、タコが出来てきており皮が剥けるほどに頑張った様子。
 「おったんにグルリンパみせたいから、あかいじてんしゃでこうえんにいこうよー!」というのが休日の口癖になってきた。しかし今日は休日ではなかった。
 日増しに補助輪を外した自転車に載りたがるRちゃんなので、ライヴが落ち着いたら外して練習させようかな。

 夜、たった一度だけのBGリハに2時間半。大丈夫かおれ。
 KとTでミーティングを兼ね一杯行ってたらどんどんメーター(!)が上がってしまった。河岸を変え、官房長官のような編集Fを誘い、楽しいのでさらにさらにともう一杯。
 またしても午前5時過ぎの帰宅となってしまった。

投稿者 yonezawa : 23:52 | トラックバック(0)

2011年 07月 25日

エイミー・ワインハウスとJCOM

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 結局一度も会う機会を得なかったまま、異端のシンガー:エイミー・ワインハウスが逝ってしまった。享年27歳。
 薬物中毒やアルコール依存症などスキャンダルな話題でも彼女は有名だった。
 孤児的には、グラミー賞を受賞した際の中継映像にかなりの違和感を感じたことを思い出す。まるでテレビカメラが入っていないかのよう(つまり無視状態で)に振る舞の彼女の姿は、ある種のホンモノ感というのか、とても特殊な印象を与えたものだった。
 2006年にリリースされた彼女のアルバム『バック・トゥ・ブラック』は全世界で800万枚を売り上げた。

 27歳───
 60年代後半〜70年代前半には、ストーンズのブライアン・ジョーンズ、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ドアーズのジム・モリソンなどがこの世を去り、90年代にはニルヴァーナのカート・コバーンも全員27歳で逝った。
 偶然なのだろうが、27とは奇っ怪な数字だ。

 午前中、ふいの来客かと思ったらJCOMの技術者が来訪する日だったことを忘れていた。
 今回、160M超高速インターネットへ切り替える為、モデム交換と設定にやってきた。設置は20分程度で終わり。
 「後はお客様の方で、このCDをインストールしていただき……」という説明を受け、彼らは引き上げた。
 新規モデムの設定だけ自力でやらねばメール、ネットが使えない。言われたとおりCDを入れ、立ち上げるがそこにはインストルールするアイコンが見当たらない。
 なのでJCOM担当者へ電話。
 結果、懇切丁寧な説明と遠隔操作で設定は20分程度で2台のパソコンのワイヤレス設定までを終えたのだったが、この作業、そこそこパソコンが分かる者でも不可能だとみた。
 素人では到底辿り着けないサイトへ潜り、聞いたこともないたくさんの数字やら記号を入力しなければならない。
 この作業が自力で出来る者はプロだとしか考えられない。つまりイザという時プロバイダーの力を100%借りねば環境構築が出来ないという実態だ。

 夜、親愛なる先輩編集者T氏と1ヶ月半ぶりの銀座〜吉祥寺サシ飯。感謝。

投稿者 yonezawa : 23:51 | トラックバック(0)

2011年 07月 24日

ジェイク・シマブクロ(Concert For Kids)

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 朝6時に起こされ、眠くてたまらない時間を過ごす一日となった。もちろん姫に。
 朝食をとって11時過ぎに外出。
 12時過ぎ、恵比寿ガーデンプレイスの地下駐車場に車を止めブラブラ。たまたまプレイス内スペースの野外で行っていたフラダンスのイベントをしばし観戦。
 Rちゃんがちょっとだけ興味を示したので20分程度観戦。

 12時45分にガーデンホールへ。受付で家族3人分のスタッフ・パスを受け取り、ホール内へ。
 今日もジェイク・シマブクロのツアーの一環で「Concert For Kids」と銘打たれた特別ライヴ。
 いつものジェイクのホールツアーでは、未就学児の入場は不可なのだが、今日は初めてジェイクのライヴで子供たちも観戦出来るという貴重な日。

 絵本にあわせて、効果音のようなニュアンスで生演奏で聴かせたジェイク。まったく何をやっても非の打ち所のないプレイを奏でる男だ。ジェイクは今日も世界有数の優れたミュージシャンであることを痛感させてくれる。

 子供たちの目の前でウクレレのプレイを見せてくれるファン・サービスで長い時間客席に降り立ち、延々会場内を巡回しながら演奏してくれた。
 中でもRちゃんへのサービスプレイは最高(笑)で、至近距離でRちゃんを見つめながら延々と弾きまくるジェイクの気遣いがとにかく嬉しく、緊張で固まるRちゃんの表情に笑った。
 会場内の大注目を集めてしまったRちゃんだった!

 終演後、控え室でジェイク&家族と記念撮影。ジェイクとRちゃんの写真ももう何年分かがコレクションされてきた。
 毎年、必ず観戦に訪れると決めているジェイク・シマブクロのツアーは永遠に最重要と考えるライヴ空間の一つ。

投稿者 yonezawa : 12:03 | トラックバック(0)

2011年 07月 23日

ジェイク・シマブクロ来日公演初日

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 午前7時就寝。11時起床。15分で支度を終えた30分後、徒歩で幼稚園へ。
 大勢の園生は保護者と共に庭から園前の道路にあふれかえり、みな帰途へつく様子。
 向かって真正面の教室の出口にたった一人の園生が、先生と2人だけで待っていた。
 近づけばなんとRちゃん。
 おったん(私)の姿に気付いた彼女は速攻で駆け出てきた。急いでずっくを履いて先生に「さようなら」を告げ、すぐに手をつないできた。
「おったん、どうしておそかったの? ねぼうしちゃったの?」という質問を受けつつテクテク歩く。
「おったんも、きょうから3つやすみなの?」
 夏休みに入りながらもプールやら体操教室などの参加もあるようで、この時点でおいら自身娘の休みを把握してはいなかったのだが、自分の連休に父が家にいるのかを確認していたのだった。
 道中のドラッグストアでRちゃんのトイレタイムを挟み帰宅。
 昼食を頂いて、なんだかんだと準備をしていたら、即bambiリハーサルの時間が迫ってきた。
 14時過ぎ、支度を終えた全員で吉祥寺へ。おいらのみGOKスタジオへ。

 1時間40分のリハを終え、メンバーにごめんなさいして一足先にリハを切り上げ、恵比寿ガーデンホールへダッシュ。
 開演前に無事ボスHさんと合流を果たし、本年度のジェイク・シマブクロ来日公演初日のステージを観戦。
 ジェイクは直前にセットリストを考えたそうだが、ツアー初日とおいうこともあり曲目は実に27曲。アンコール4曲に+予定外の1曲。大変贅沢な内容のコンサートとなった。

 今回、シェイクはワイヤレス・システムを使用。これまで見たライヴはすべて高性能シールドをつなぎ演奏されていたのだが、今回はデビュー10周年という節目の意味もあり、観客席に降りて演奏する演出を試みていた。
 プレイは問答無用。いつもの温かいプレイと超絶技巧の交錯する圧巻の内容だった。そしてジェイク結婚後の初めての日本ツアー。

 終演後、後取材を終えたジェイクと1年ぶりの再会を果たす。
 ジェイクの魅力はこの10年間、何も変わらない。デビュー当時のマインドを持ったまま世界有数のスキルを身につけたトップ・ミュージシャン。ジェイク、お疲れさま。
「明日のライヴは家族も駆けつけるよ!」ジェイクにそう伝え、控え室を後にした。

 共に観戦する機会を得た、生ジェイク初体験となるボス:Hさんとの酒が美味かった理由は、Hさんの品格ある人柄に加え、ジェイクの素晴らしさも手伝っていたものだと認識していた。

投稿者 yonezawa : 12:02 | トラックバック(0)

2011年 07月 22日

しまった!

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 大手S社Kを労うべく、外苑前の居酒屋を目指した。
 世界的ミュージシャンのマネージメントを担うKさん、関係者のAさん、それにS社Kとそろった席に合流。
 わずかな時間ながら、音楽関係者との意見交換の場を持ててラッキー。Kご馳走様でした!
 終電近くの電車で地元へ。いつもの「闇太郎」では編プロSの編集者2名がSちゃんにご依頼の色紙の上がりを待って待機しているというので一足先の闇入り。
 ほとんど初対面の編集者とごく自然な流れで待機飲み開始。

 午前1時を少し回った頃、御大到着。
 結局、そこから河岸を変えつつ「午前5時30分までの飲み」という、思いも寄らぬ展開となり、それなりの重量のあったリュックを背負ったまま徒歩で帰宅。

 しまった! 明日は午前中に、幼稚園へお迎えに行く日だった!

投稿者 yonezawa : 12:00 | トラックバック(0)

2011年 07月 21日

ベテラン俳優

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 報道によれば、俳優・原田芳雄さんの葬儀は通常の献花ではなく、祭壇に向かって杯を掲げる献杯の形を取るそうだ。
 若手、ベテラン、男女を問わず自宅に集めては飲み会(通称・原田居酒屋)を開いていた原田さんのご自宅には、かつておいらもたった一度だけおじゃまさせていただいたことがあった。

 ある日、ベテラン俳優・石橋蓮司兄とのサシ飯で呑んでいた。
 蓮司さんとはドラマの現場取材で初めてお会いした。同じ現場で共演されておられた俳優・佐野史郎さんらとも酒を酌み交わす機会を得たことがきっかけとなり、蓮司さんとの携帯メールの交換を果たせたのだった。
 待ち合わせの寿司屋に先に到着されていた蓮司さんは、カウンターの一番奥で静かに呑んで
おられた。
 挨拶をしたら半座敷へ促され、そちらで後に痛飲となる酒盛りが始まった。

 テレビ、映画で何度も観たあの役者。スクリーン、あるいは昔で言うところの「銀幕の世界」の男が目の前にいた。
 酒の酔いは量に比例するが、その場のときめきは終始臨界点超えのテンションとなり、至福の時間が過ぎていった。
 焼酎ボトルが空き、さらにもう1本。おいらはかなり酔っていた。きっと蓮司兄も同じくらいに。
 「おい、芳雄ん家行くか! 今から電話してみるぞ」
 時計が22時過ぎを指す頃、おもむろにそう言って携帯から原田家に電話をかけた蓮司兄。ところが芳雄さんは寝ておられた様子。「なんだ、寝てんじゃねぇぞ。今から小僧連れて行くからよ。酒用意しといてくれ」
 記憶は曖昧だが、おおむねこのような会話で電話を切り、タクシーをつかまえ、そこからほど近い距離にあった原田芳雄さん宅へ向かうことに。
 おいらは相当酔っていたこともあり、タクシーで走った経路は何も覚えちゃいない。
 玄関へ入り、出てこられた奥様にご挨拶して、座敷に上げていただいたら、その風景はもう完全に居酒屋規模のスペースが広がっている。通称・原田居酒屋の意味を重々理解した。

 そして奥から一升瓶をぶら下げた芳雄さんが登場。

 なんという空間においらはいるのだ。
 ここを訪れた多くの俳優も映像関係者も編集者もテレビ関係者も素人も男も女も、きっと最初はそう感じたことだろう。
 一見さんなおいらは、芳雄さんと話すタイミングはそれほどなかったものの、この2大巨頭を目の当たりにする幸運に感激していた。奥様の隣の席にはご帰宅された娘さんの姿も。

 そもそも蓮司さんとサシで呑んだ理由の一つは、当時結婚したばかりの売れっ子デザイナー小林満の嫁が「蓮司さんファンだ」ということを聞きつけ、彼らのお祝いにギターを贈呈してあげたいと考え、白いテレキャスターを持ち込んでいたのだった。
 好きな人物の直筆サインの入ったギターほど嬉しい贈り物はなかろうと考えたからだ。

 蓮司さんからは先ほどの寿司屋ですでにサインをいただいていが、「小林嫁は原田芳雄さんも同じぐらいファンだ」という情報も同時にあったので、この席で幸運にもいただく機会を得たのだ。

 「あなた、これ以上居たら何が起こるかわからないから、適当に引き上げた方が良いかもよ(笑)!?」芳雄さんの奥様に小声でそう言われ、ガンガン話込んでおられる2人に会釈だけして、おいらは先にフェイドアウト。
 蓮司さん、芳雄さん、奥様、その際はありがとうございました。

 それなりの夜中ではあったが、勿論その足で小林の仕事場まで、2人のサインがしっかり入ったテレキャスターを運び込み、手渡してきたことは言うまでもない。
 ご冥福をお祈りいたします。

投稿者 yonezawa : 11:56 | トラックバック(0)

2011年 07月 20日

頭は朦朧

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 朝からとんでもない二日酔いを自覚。最後の赤ワインが効いたか。
 丸1日、もう何も出来なそうなコンディションでありながらも、必ず時間が解決してくれることは歴史が証明している。
 豪雨のため(先方の指導もあって)幼稚園を休みかけたRちゃんだったが、一瞬止んだその隙に登園。
 しかし、帰途の道はびしょびしょ。帰宅してそのままお風呂へと直行させ、昼間からおったんとシャワータイム。しかしまだまだおいら気分悪し。頭は朦朧としている。

 午後から校了に次ぐ校了。老眼が厄介。眼鏡を外して9Q程度の文庫の文字を追った。

 夜、21時待ち合わせで映画配給会社の面々と恒例の飯。この集いは「米澤会」あるいは「アニキ会」と呼ばれ、固定の4名男子のみで年に1,2度開催しているアホ飲み行事。
 恵比寿『魚真』のつまみはそこそこながら、満席の隣客の声がかなり響き渡るので、大声で話す羽目になり大変なエネルギーを要した。
 うるさい店はリピートしにくい。ともあれ終電近くまでの時間、割り勘で馬鹿話に花が咲いた。
 過去、連中と手がけた映画取材のたくさんの現場は、貴重な歴史としてきっと生涯忘れないまま胸に刻まれてゆくのであろう。

 原田芳雄さん、安らかに。

投稿者 yonezawa : 11:56 | トラックバック(0)

2011年 07月 19日

野菜居酒屋

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 広尾から路地を抜けた野菜居酒屋にて、編集Tとのサシ飲み開催。
 異例の各出版社合同飯会の席にくだんのTがいたこと、H、Sちゃんらと共に失速ライヴの観戦にきてくれたこと、ふいに夜中1時からの飲みとなり痛飲したことから今回のサシメシに至った。
 物事をきちんと租借しながら語るクレバーなT。理屈抜きに楽しい空間だった。野菜と芋焼酎をたらふくただいた。
 場を六本木へ移し、もう1年以上はご無沙汰していたワインバーで二次会。しばらくしてTの悪友Hも合流したせいで余計に盛り上がる。赤ワインをしこたま飲んだ。
 何から何まで年齢の2倍近いこのおとうさんを接待してくれてありがとね。
 貴重で楽しい夜更けでした。感謝!

投稿者 yonezawa : 11:54 | トラックバック(0)

2011年 07月 18日

みっちりRちゃんDAY

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 何したっけか?

 セブンイレブンまでおやつを買いに2台の自転車で行く〜!……っときかない娘とマンション1Fへ降り、全部のタイヤに空気を補充してから出かけた。

 浄水沿いの道は小さな車道と交わってはいるものの、ランニングの人やら近所の方々の遊歩道状態なので、交通に関して一般道ほどピリピリ神経を使う必要はないのだが、一応Rちゃんには「路地から車や自転車や人が飛び出してくるかもしれないから、ちゃんとそこでは止まるんだよ。おったんが『ストップ』と言ったらちゃんと止まってね」
 そうした約束を守る前提で2台の自転車で出かけたわけなのだが、帰途につく途中の最初の路地で「Rちゃん、そこストップ!」と言ったにも関わらず、止まらずにそのまま曲がり込もうとしたRちゃん。
 第三者なりの飛び出しはなかったものの、もしそこにおばあちゃんでもいたら、逆にRちゃんの自転車が凶器になる可能性も秘めていた。
 すかさず彼女の頭を軽く叩いて、どのぐらい危なかったのかを説明してあげた。
 叩かれた瞬間から鋭い形相で睨みつけながら話を聞いていたRちゃんだったが、やがてふてくされた態度で「わかったよ(まったく!的な)」と理解してくれた。

 自宅での出来事ならそこまで強く躾ける場合はあんまりないが、外での躾けに関してはその瞬間こそが重要だろうと、心を鬼にして叱咤した。
 やや漕ぐ元気が半減したものの、マンションの玄関に辿り着く頃にはいつもの笑顔に戻った彼女。嬉しい。
 「さっきは相当危ない場面とも言えたのだろう」……っと記憶に残してくれたらな。

 家でも外で元気に遊んだ。テレビを観たりカブト虫を覗きこんだりトイレに行ったりLEGOしたり風船遊びしたり「あっちむいてホイ!」やったりジュースを飲んだりおかきを食べたりアイスを食べたり相撲をとったりゲームをしたり……もう、みっちりRちゃんDAY。

 ところで、ガンガン鍛錬で弾かなきゃ。フェンダーのアンプのノイズ、ちょっと気になる。

投稿者 yonezawa : 02:35 | トラックバック(0)

2011年 07月 17日

Fender CONCERT REVERB

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 11時に起こされホッとした。

 しばらくぶりにフェンダー・コンサート・リバーブで鳴らす。隣では、再びパソコン・ゲームの稼働を強引にもぎ取ったRちゃんが「う・る・さ・いー」と漏らす。

 アンプのガリの元、ノイズの元が気になった。本番の場合、大音響で差し支えなるのか、今週来週のコンディションでその決断をせねばならないところ。
 そもそもトレモロ機能がついている唯一の機種だったので購入に至ったアンプだった。確か2004年頃だったか。コンボ・タイプにしてはそれなりに大型故、なかなか持ち出して活躍させられていないアンプ。
 
 夕方、Tと、意思の確認を含めたミーティングをリハスタで行い、そのまま個人練習としてセッション開始。
 大音量で鳴らすイメージが日常から身体に染みついていなければ、その機微への回復は毎回困難を極めるもの。大変意味のあるセッションとなった。
 いくつかのライヴを睨み、今日はそれなりの音を出せてよかった。Tにも感謝。

投稿者 yonezawa : 22:48 | トラックバック(0)

2011年 07月 16日

ジャブジャブ池2

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 日中の車内は地獄のような高温で、動かす40分前から日陰に移動させ、ペットボトルに入れた水道水を数回かけて熱を冷ました。でないと家族が乗れない。

 ほんの数分で汗がしたたり落ちる快晴日和。クーラー全開でも効かないので薄く汗をかいた。
 ポリタンクを洗浄し、荷物を積み込み出発。府中でH夫妻を拾い、府中市郷土の森博物館敷地内にある「ジャブジャブ池」を経由し、Rちゃん他女性陣を下車。
 おとうさん2人は八王子の地下水を汲み上げるべく1月ぶりの現地入り。
 路駐状態でそれぞれ80ml強の冷たい水を1700mの地下から汲み上げる。直射日光は痛いぐらいだ。
 45〜50分ぐらいの連携作業中、腕時計の跡が太陽によってしっかり刻まれた。
 1時間遅れで「ジャブジャブ池」へ。

 水着から服に着替える途中のRちゃんをベンチで見つけ合流。一旦休憩してアイスクリームを食べて、再び水着に着替えると言うRちゃんが、着替えた端からおいらの手を引いて再び池へ。
 合計2時間もぬるま湯のような浅い池で泳ぎまくったことになったRちゃん。
 未就学児の遊技場としては、この「ジャブジャブ池」は申し分なし。数十分の動画映像はJ、スチールはおったん(私)が担当し、今日も姫の映像素材をしっかり確保。

 17時頃、夕飯準備のためH宅へ帰還。
 H夫妻お手製の野菜中心の夕餉の心遣いがとにかく温かくて美味い。おとうさんJも鍋を持ってよく働くこと。Jは完全にRちゃんのおじいちゃん状態。

 ベランダになったプチトマトをRちゃんは、Jのおじいちゃんに2年ぶりにちぎらせてもらった。
 ちぎったトマトを水洗いし、早速ほおばるRちゃん、いい勉強になったことだろう。

投稿者 yonezawa : 22:49 | トラックバック(0)

2011年 07月 15日

芸術文化勲章シュヴァリエ

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 日本が世界に誇る漫画家:谷口ジロー さんがフランスの芸術文化勲章シュヴァリエを受勲したニュースは、おいらの元にも即時飛び込んできた。
 フランスのフレデリック・ミッテラン文化・通信大臣が参戦する受章式の招待状が届いたのが、およそ1週間前くらいだったろうか。

 夕方より単身でフランス大使公邸へ向かう。沖縄でおふくろらと買った襟付きのチンピラシャツを羽織って。

 関連情報によれば、「シュヴァリエ」とは芸術や文学の分野において功績をあげた人物に贈られる、フランスの権威ある勲章のひとつ。日本人ではほかにも北野武や宮本茂などが叙勲されている。フランスをはじめイタリア、スペイン、ドイツなど各国のマンガ賞を受賞してきた谷口だが、勲章が受章されるのは初。とのこと。
 
 つまりフランスから文化勲章を与えられたという認識でよかろうと思う。

 「日本人はタニグチの本当のすごさを分かっていない」
 フランスを初めとする欧州での本格的な認知度を踏まえ、飲んだ席でフランスの編集者から聞かされた言葉を思い出した。
   
 受章式には女優で作家の岸恵子さんの姿も。岸さんはコマンドールを受章された。
 おふくろ世代の女優さんで、受章の前後もすぐ隣にいらっしゃった。おふくろへの土産話にとスピーチに聞き入ったが、とても朗らかなフランス語・英語を織り交ぜた内容がとてもチャーミングだ。

 パーティを経て、恵比寿ウエスティンホテルへ移動。夕飯は中華。
 今後とも日本の至宝であられる谷口さん、そして谷口作品を編集者として、一大ファンとして見つめてゆくとしよう。
 中野へ移動し、元飲め飲め団団長K兄と、編集Y、ミュージシャンTの異色メンツで再び飲み。

 実はおいらたちは大変なシーンの目撃者なのだと、帰宅した頃改めて実感したのだった。
 谷口さん、改めて受章おめでとうございます。

投稿者 yonezawa : 00:37 | トラックバック(0)

2011年 07月 14日

軍鶏鍋

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 夜忍戒の会合は、震災の影響もあってか予定から半年ぐらいはずれ込んでしまった。
 恵比寿駅でうこんの錠剤を購入。
 待ち合わせ先の店:恵比寿『軍鶏丸 (しゃもまる)』
http://r.tabelog.com/tokyo/A1303/A130302/13003326/
には珍しく全員オンタイムで到着。いつものテンションで爆笑話に突入……と毎度のパターンは変わらない。

 店の方が申し分のないタイミングで鍋奉行を担ってくれるので、おいらたちは単にパクパク食べるだけ。案の定食い過ぎたが大変ナイスな物件だった。 
 「ご馳走さまでした」と店を出たら、おかみさんが外に出てこられ、「お客さまはお料理されますか? もしよろしかったら、こちら1本ずついかがですか? ちょうど4本あったので!」と、ボルヴィックのペットボトルに入った鍋の出汁をお土産に渡された。
 なんと嬉しいサービスなのだ。
 「水を使う料理には何でも使って構わない」という、やや白濁した出汁を鞄に詰め込み、感謝の意をお伝えし駅へ。これで何を作っても美味いに違いない。
 ちなみに、KとYの職場はこの界隈にあるのだが、『軍鶏丸 (しゃもまる)』は人気店であるが故、前回の冬には一度も予約出来なかったそうだ。

 おいらを除く夜忍戒の3名は「あと1時間したらカレーが食える」とか「ちょっと餃子食べてみん?」とか言いながら、当然の二次会へと消えていった。三次会の店も押さえたりしつつ……
 まだまだ夕べの酒が残っていたおいらには、もはやつきあう体力などなく、居眠りしながら山手線と総武線に揺られ帰途についたのだった。

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2011年 07月 13日

白ワイン3本

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 初のメンツで、伸ばし伸ばしになっていた飯会がようやく叶うことに。
 編集SとHの3人で恵比寿の寿司屋へ移動。

 Sとは1、2年前、編集スタッフTの披露宴の3次会後ぐらいのラーメン屋で飲んだ以来だったか。OHとは先日それなりの人数で飲んだ席で一緒だったが、席の具合もあり、ほとんど話し込むこともなく終わったので、この少数での飲みはおいらの希望でもあった。

 白ワインを空けたと思ったら、そこからさらに2本が空になった。寿司、美味い。結局、各自1本ずつ飲み切る計算になり、支払いの金額には目玉が飛び出た。

 近隣のバーに河岸を変え、愉快に語り合っていたら店主に「少し静かにしてください」と釘を刺される。そんなにうるさくなかったはずなのだけれど。
 やがて最も若い編集Hも加わり、場はさらに賑やかに。

 Sと別れ、残った3名でまさかの新宿ゴールデン街へ。おいらはもう限界だったが、この場の空気を共有したかったので踏ん張った。
 カウンターではほとんど1杯程度しか流し込めず、飲み体力の低下を自覚しながら帰途に。
 S、OH、H、とにかく理屈抜きに楽しかった。日常のくだらない障害は上手に乗り越え、自分の信じる道を進みなされ。おまえらは大丈夫だ。

投稿者 yonezawa : 00:07 | トラックバック(0)

2011年 07月 12日

エロスミス

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 エロスミスが来ることはKのメールで知った。
 来日のバンド情報は、大概第三者からの「いく?」メールで知る。
 情報が溢れすぎ、逆にこんな大事な案件を見逃しがちな自分。

 今週、来週に予定している行事を手帳で確認してたら背中をツーっと汗が流れ落ちた。
 Kとの久々の酒は三田界隈の感じの良い居酒屋。MBTの靴のこと、DVDレコーダー DIGA(ディーガ )の遠隔録画機能のことを始めて知る。
 「てげてげ」を1本飲み干し、椅子のある立ち飲み屋を経由して電車帰宅。
 JCOMの簡易工事は25日に決定。

投稿者 yonezawa : 10:12 | トラックバック(0)

2011年 07月 11日

「さくらももこ」と「おったん2ごう」

 Rちゃんに買ってあげたカブト虫の雌は「さくらももこ」、雄は「おったん2ごう」という名が、飼い主Rちゃんによって名づけられていた。
 「おったん2ごう」て……

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 昼下がり、渋谷:映画美学校で篠崎誠監督作品「死ね!死ね!シネマ」観戦。
 演者の奇妙な迫力に押され、劇中事件の起きたフロアに己が投げ出される錯覚を覚えた。真摯な想いは破壊と表裏一体にあるせめぎ合なのか。
 観始めたらラストを観なければ気がすまなくなる映像には愛着が湧く。異端のメインキャラ“シマザキ”の名に決して惑わされず正視するべし。

http://www.youtube.com/watch?v=igk6fWOEHeU

 夜、編集H&Kと初3人飯。これまでなかなか機会を得られなかったメンツで焼き鳥を頂いた。貴重な夜に感謝。

投稿者 yonezawa : 00:25 | トラックバック(0)

2011年 07月 10日

ディズニーチャンネルが映らない。

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 「おったんとふたりでレストランにいく! ママはおるすばん! ふたりでいく!」ときかないので、午前10時過ぎから2人でデニーズへゆくことに。
 お子様定食のようなものとカルピス、冷麺と焼き肉丼の小鉢を注文。
 どうも、レジ前にある、白雪姫的イラストの載ったトランプのような品が目的だった様子で、以前ママが買ってくれなかったので2人で行きたかったということが後に判明。

 昼間の一瞬独りになれた隙を見計らい、夏に演奏する楽曲数曲を冷静にギターで探ってみる。
 クロスオーバーなフレイバーが全体の印象に残る2曲、ZEPPELINアレンジが1曲。20〜30歳代の頃かいた、おいらのオリジナル曲が1曲。今回は全部インスト曲ばかり。
 トランジスタのおもちゃアンプで一通り鳴らしきったころ、姫が乱入。
 「あっち(リビング)であそばないの? そんなんだったら、もうおったんとあそんでやらないよ!?」言うことが気が利いてきたのかその逆なのか……

 遊んじゃあ汗だく。部屋でデニスにサッカーにバスケット(?)。汗っかき体質は、おふくろからおいら、おいらからRちゃんへと脈々と引き継がれている。
 
 ひとしきり部屋遊びにつきあい、再び「せいゆうまで、ヤクルトをかにいく! と具体的に述べ、どうしてもきかないので再び2人で外へ。赤い自転車に乗るのは休日の日課だ。

 夕飯には揚げた鯖と唐揚げ、ポテトサラダ、他の付け合わせ。美味しい。我が家の食卓で魚を食べたのは久々だったか。

 昨日以上のふざけようで賑やかな風呂タイムを終え、ディズニーチャンネルを点けたらいつも映るハズのチャンネルが映らない。
 この現象は前にも何度かあったもので、他の疑問もいくつかまとめてJCOMへ直電。10分以上待たされ、ようやくオペレーターへ繋がった。

 すると、「他のチャンネル番号で観られます」と言うアドバイスを受け、視聴可能に。間違いなくこれまで観ていた番組チャンネルでディズニーチャンネルを視聴していたのだが、オペレーターによれば「とにかく、そのチャンネルで視聴出来ることはないハズなのですが…」と言うのだった。しかしながら、つい昼間まで観ていたのは確実なんです。
 Rちゃんにしてもその「視聴出来ないハズ」のチャンネル番号を覚えているぐらいだったのだから。
 その不思議な意味は解決しないままだが、まぁ観られるチャンネルがあるのならよしと流した。
 他にも疑問点をいくつか投げ、解決までに日数を要する1案件のみを残し、他はとりあえず納得。
 アナログ放送の終了も秒読み体勢。問題なく映るテレビを廃棄することに、未だに抵抗を感じるおいらだ。

投稿者 yonezawa : 22:38 | トラックバック(0)

2011年 07月 9日

冷房を切り

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 ずいぶん逢ってなかった印象だ。
 朝Rちゃんが部屋にやってきたとき、いつものように睡眠4時間以下での起床となった。
 分刻みで遊びの中身が入れ替わるが、昼前から公園で遊び約束があるとかで、11時から一人になった。
 家族が消えたのでリビングの冷房を切り、窓を開けっ放しにしている自分の部屋のパソコン前に座り、原稿の構築に没頭。夕方前には取り急ぎのテキストが完成した。Tシャツが汗で滲む。
 その間、簡単な定食をサクッと作り食す。

 夕方、2人が帰宅。あと1時間もすれば夕飯の時間。
 汗かきついでに、夕飯までそこら辺を散歩しようかと動いたらRちゃんもかたくなに「いっしょに、はしりにいく!」ときかない。
 一応、ジョギングの出来るような準備をして2人でセブンイレブンへ。
 途中、「危ないから転ぶからゆっくり走ってね」といった端からRちゃん転送で、手のひらにほんの軽〜くかすり傷。そしてガン泣き。そして抱っこで汗だくでセブンイレブンへゆく羽目に……。「ほら言ったことじゃない! 気をつけなさいつったでしょーが!」
 ポンジュースのアイスを3コ&ママにロールケーキを購入。
 
 帰宅して,即夕飯。豚の味噌和え他、が申し分なく美味い。
 
 カブト虫の土が乾燥した際に吹き付ける水用の霧吹きをお風呂に持ち込み、冷たい水をおいらにかけまくり、大声で爆笑するRちゃん。
 あまりにふざけるものだから、もう身体が洗いにくいったらない。「もう止めなさい!」と伝えるものの、しかし爆笑中の彼女を結局優先するのだった。

 「おったんは、あしたもやすみだよね!」と笑顔で語るRちゃんの脛は、公園で蚊に刺された痕でかさかさだった。ちょっと痛々しい。

投稿者 yonezawa : 22:38 | トラックバック(0)

2011年 07月 8日

観察映画

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 映画『Peace』の想田和弘監督取材のため、渋谷イメージフォーラムへ。
 想田和弘は個人的においらの最も好きな男の一人であり、映画人であり、仲間である。
 想田和弘との出会いは1997年のリド島だった。
 北野武監督がベネチア映画祭に『HANA-BI』を出品し、見事グランプリを獲得したあの衝撃の年、想田和弘はニューヨークよりショートフィルムを持ち込み、上映していた。
 彼がまだニューヨークの大学に在籍中の頃で、当時彼は20歳代だった。おいらにしても30歳そこそこ。
 この数年間、想田は『観察映画』といういい方でドキュメントの新作映画を連発し、八面六臂の活躍で世界中を飛び回り、その作品は国内外で広く評価されてきている。

 彼が東京に来た際には、なるだけ食事の時間を取れないかお願いすることにしているが、勿論学生時代から彼を知るおいらは、インタビュー取材という形で想田作品の啓蒙に一役買いたいと、力及ばずながら考えている出版業界の人間。

 今回もなんとか媒体が確保され、インタビュー取材の機会を得た。
 学生時代からルックスも変わらないが、そのクレバーさといったらなく、「さすが!」と形容させられる鋭さはあの頃と全然かわらない。人はなかなか変わらなく変われない。

 おいらが高校時代から最も気になる悪友の一人:Tとは、想田がまだNHKのテレビ制作番組を手がける時代に、偶然仕事をしていたという奇遇さにも歓びを感じたものだった。
 想田はその頃からニューヨークに18年間住んでいる。

 新作『Peace』の取材というよりも、本誌の企画内容を踏まえ、子供の頃から現在に至るまでの経緯、つまり“想田の成分”を伺うようなインタビューの内容が中心となっていた。
 1時間たっぷりの取材に、パートナーの柏木規与子ちゃんも同様に取材対象者として登場頂き、最後のキメ・スチールを撮って一旦帰社。

 雑務を終え、試写会とティーチインを終えた頃の彼らと再び待ち合わせ、野菜中心の居酒屋へ晩餐。
 これ以上楽しい席はなかろうと想像する贅沢な一夜が過ぎる。多忙な中、夕方から一緒に取材を行った編集Sも送れて合流し、さらに盛り上がる。編集Sはちょっと働き過ぎ。

 映画監督:想田和弘とプロダンサー:柏木規与子の素晴らしき人間性が極まる。彼らの素晴らしき作品を、一ファンとしておいらは永遠に眺めてゆく。生ある限り。

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2011年 07月 7日

飲み日和

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 本日、おいらの後輩編集者の中で最も若いHと初のサシ飯。
 先日、失速ライヴ観戦にきてくれたHは、その日も即帰社して仕事となった。「ならば仕切り直しじゃ」と日程を決めた数日後の日程も急遽仕事で流れた。

 つまり今日はお互いに念願のサシ飲み日和となっていた。
 遅めの夕飯は久々の『ひろ喜』へ。
 美味い寿司を喰らい、いつものまま『STOP』を経由しゴールデン街へ。なんら日常と変わらない風景の中に、今日だけはハンカチ王子のようなフレッシュな青年が混じっている。
 そう、確かH入社当時、コピー機の前で交わした言葉がヤツとの最初の会話だったと記憶するが、その際に「おまえ(見た目が)ハンカチ王子みたいやなぁ」と言ったのがおいらだった。

 「よい情報、身になる話はすべて吸収したいのです」というような、真摯な姿勢が魅力を放つHと飲む酒が心地よいことは、先日大勢で飲んたある席での経験で認識していた。
 互いに配慮を持ちながら共有する時間が過ぎ去る。とてもよい酒だった。

 徹夜のような状態で参戦したHが最後の店で、しばしトイレから出てこないなと思ったら、案の定居眠りしてた模様(笑)。疲労を押して夜中までつきあってくれたH。
 ヤツとの3度目の酒も、そう遠い未来ではなかろう。感謝!
 

投稿者 yonezawa : 22:35 | トラックバック(0)

2011年 07月 6日

漫画『グランドスラム』1巻

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 粗方、軽い慢性の二日酔いの体調はもう26年以上経験していた。
 大した時間、睡眠がとれないままシャワーを浴びて1日が始まる。
 漫画『グランドスラム』1巻コミックスの最後の入稿を終え、後は印刷場へ委ねた。長かった……

投稿者 yonezawa : 22:24 | トラックバック(0)

2011年 07月 5日

新宿歌舞伎町

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 6月30日の初日においらもお邪魔し、Tシャツを4枚購入した吉祥寺でやってた「30人のTシャツ展」も明日で終わり。
 初日には江口寿史兄のTシャツは完売したそうで、他の先ちゃんのデザインしたTシャツを追加で販売するとのことで、かつて作成したおいらのB.B.B.のVOX:Tシャツも販売されたそう。
 あのTシャツは、それはそれは大変かっこよい物件だった。今でも最も好きなTシャツの1枚だ。

 夜、同胞編集Iちゃんと久々のサシ飯。
 初めて訪れた新宿歌舞伎町の寿司屋は、知る人ぞ知る名店とかで意外な場所にあった。場所は軽くわかりにくい。
 美味しい刺身と寿司を頂き、2夜連続でゴールデン街の昨日と同じ店で乾杯。
 2時近くになり、ふいに眠気に襲われ、おいらにすれば早々と帰還を果たす。IちゃんThanx!

投稿者 yonezawa : 00:37 | トラックバック(0)

2011年 07月 4日

新宿水炊き飯

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 午前中より稼働。昼下がりまでコミックスの入稿を出来る限り推し進める。
 廃棄物発電取材のため、飯田橋にある『東京二十三区清掃一部事務組合』を訪問。ご担当者の方の丁重な回答に耳を傾け、小一時間の取材完了。
 明明後日は足立区の工場まで取材へゆく予定。
 
 ふいに、打ち合わせ後のイースト吉田とうさんがつかまり、新宿水炊き飯。
 とうさんを見送り、届いたメールでクレバーでフレッシュな編集Tと急遽待ち合わせの展開となり、午前1時過ぎ、ゴールデン街のはしご酒で待ち合わせ場所へ到着。
 怒濤の夜更けから朝を迎えた。久々の午前5時過ぎのJR帰宅を果たす……。

投稿者 yonezawa : 00:36 | トラックバック(0)

2011年 07月 3日

張り替え

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 9月の岡山ライヴに向け、メンバーもおいらも一斉にツアー日程を絞り込んだ。
 一旦予約したツアーも(もっと安いツアーを見つけたので)7割方キャンセルし、新たに格安のツアーを検索・模索。
 結果、某旅行代理店との直接のやりとりでとりあえずの暫定日程を割り出だせた。代理店のご担当者が大変親切で的確で嬉しい。
 
 午後、赤い自転車に乗ったRちゃんと公園でブランコして、西友で(成り行きで)ディズニーの絆創膏のみを買いに。
 部屋の中でもボールを蹴り合うことが気に入っている様子で、夕飯までビシバシ往復。
 近々幼稚園では、水浴びというか水泳のようなことが始まるそう。嬉しそうなRちゃん。
 
 分刻みで遊びの要請が途絶えない中、明日の取材用書類に目を通すが、なかなか集中出来ず。昼過ぎに、倒されて切れてしまったギタレレの一弦を張り替えるタイミングで、ついでに全部の弦を張り替えた。
 ガットギターに張るナイロン弦。ブリッジ部分の「結び」にはなかなか慣れないまま今日まで来てしまった。あまりできばえがよいとは言えない案配ながら張り替え完了。音の張りが全く違うのが嬉しい。
 Mr.ジェイク・シマブクロや、村治佳織さんや木村大くんなど、張り替えも上手いんだろうなぁ〜きっと。
 エレキ弦のような止め具つきのナイロン弦では、「邪道!」あるいは「以ての外!」という声が聞こえてくるもので使いにくいのだが(使ったことはないが)、エレキギター弾きのおいらにとって、あの巻き付ける行程は何度やっても難儀で憂鬱。
 おばあちゃんとSkype中のRちゃんが、「まだできないのぉ〜? おったん、げんかえるのおそいよ〜」と退屈そう。おいらにすれば偉く時間がかかってしまった。
 ちなみに、エレキ弦ならライヴ中の曲間に交換し、1曲を張り替えた弦で弾き通せた経験あり。

投稿者 yonezawa : 00:16 | トラックバック(0)

2011年 07月 2日

アイス買い

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 午前中起きたら誰もいない。パソコンで調べ物、取材の準備をやってたら14時を回ったので、キャベツを刻み冷凍室へ(食事を完成させるまでの間、極力冷やすため)。豚の、味噌と酒和えを炒め、簡易回鍋肉を作成。ショウガの総菜に梅干しの付け合わせで朝昼兼用の食事を作成。
 食卓について、いざ食べようとしていたら2人が帰宅してきた。
 
 Rちゃんの食事が終わった頃、2人でセブンイレブンまでアイス買いに。毎度のおもちゃを要求してきたので、今日は代わりに扇子を買ってあげた。
 扇子を開く際、斜めにスライドさせて開くことを知らないので、強引に真横に引っ張りそうで恐い。
 おいらが仰ぐ様を見て欲しかったこともあったのだろう。商品に扇子を見つけたら即手にとって手放さない。しばらく家の中でも持ち歩いてたRちゃん。そして「ばあちゃんとSkypeしよっか?」と提案。ほんの数分のSkypeで会話を楽しむ。買ったばかりの水着も扇子もお絵かきした絵も見せたかったんだね。

 夕飯に豚汁。付け合わせには、もやしとナスのポン酢和え。
 食後、久々にRちゃんとの風呂の前に前髪を1㎝カット。後ろ髪は縛れなくなるとのことで、ご本人の意思で切るのはダメなのだそうだ。

 賑やかなバスタイムを終え、歯を磨いて髪を乾かしてあげたたら、もう寝るまでせいぜい1時間程度の頃合いに。まだまだ寝たくないRちゃんの気持ちが重々伝わってくる。
 「あしたもおったんやすみで、よかったね! またあそぼうね!」と念を押す彼女。
 夜、なぜかJCOMのディズニーチャンネルが映らなかったのは何故だ?

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2011年 07月 1日

乾杯

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 コミックス作成の際、最も密の校正のやりとりで意見交換を交わすH社:Sさんと初サシ飯。
 こうした、いわば身近な場所にいらっしゃる方との飯会など、ほとんど誰もやらない風潮というかノリながら、日頃の労いの意味も込め、あるいはおいらの見落とした校正箇所のフォローに対する感謝の意を込め「池林房」〜「STOP」乾杯。
 Sさんのビール10杯程度の飲みに、久々に驚くおいら。あの量を自分が飲んでいたのは、およそ26年前ぐらいだったっけ。
 次回の機会にはS企画のTも誘うので、準備しておくように。
 

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