2011年 05月 31日

イラストレーション

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▲娘、忠実に父親を描く。
   
 早朝、なんとか姫を説得し、3時間の仮眠を取る。
 微熱と気管支炎でこの2日園を休んだRちゃんだったが、コンディションは問題なさそう。
 起きがけのカレーはとても食えず、シャワーを浴びて仕事へ。電車内爆睡。
 デスクワーク中も眠すぎ。
 
 昔、滅多に買わない爪切りを買ったのは取材でスイスを訪れた時だった。現地に到着して2日目、やや伸びてきてた爪が気になりだしたら切らずにいられなくなった。
 朝から街をうろつきながら、置いてありそうな店舗をいくつか回るが、品自体が売り切れなのか、あるいはそもそも爪切り自体を扱ってないのか、ともかく全然見当たらない。

 ある者から「こちらの人は爪は切らずに研ぐんじゃないですか? だから爪切り売ってないんじゃないですかね?」と聞いたが、それは信じられなかった。
 「ああ〜爪が切りたい〜爪切りが欲しい〜」取材で観なければならない映画がいくつかある中、頭は爪切りのことでいっぱい。
 結果、何軒目かの店でやっとこさ見つけて購入するのだが、通常置いてある形跡は確かにあるのに、なぜ何店舗も売り切れ状態だったのかが疑問として残った。買えたからもはやどうでもよかったが。

 電車通勤の際、やや伸び気味な爪が気になった。鞄を確認すれば爪切りを携帯してなかったので、本日1日我慢できるか微妙な気持ち。

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2011年 05月 30日

スラスラ スイスイスイ

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 ♪チョイト一杯の つもりで飲んで いつの間にやら ハシゴ酒気がつきゃ ホームのベンチでゴロ寝これじゃ身体(からだ)に いいわきゃないよ分かっちゃいるけど やめられねえア ホレ スイスイ スーララッタ スラスラ スイスイスイ……
 
 ホームのベンチにゴロ寝はしないが、夜も遅くまで朝も早くまで皆様、お疲れさまでした。
 久々に歌ったなぁ。

 帰宅したら、気管支炎で園を休んでたRちゃんに説教されました。

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2011年 05月 29日

渋谷に一軒家

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 渋谷駅からほど近い高級住宅地に、なんと一戸建ての家を建てたのは親友のHだ。
 およそ1年の打ち合わせを経て完成したというすんばらしき物件。
 
 本日昼間、新築祝いに招かれた。
 とにかく「カッコイイ」という表現がハマる最新先端の家が素直に羨ましくなった。かつ温かさにも満ちあふれる構造と大量のCD&書籍にうなった。

 まるで飲食店みたく、つまみの品々が矢継ぎ早に運ばれ、おいらはギターを抱えて飲んで食って酔っ払うだけ。至福のひとときは自然の酔いに任せた。

 雨模様だったことは残念だったが、どうしても観たかった屋上にも上がらせていただき、渋谷の風景を見渡した。閑静な住宅地。
 ここでGET BACKセッションが行われるのも時間の問題かと思われる。
 
 そしてジョン・バトラー・トリオのライヴ映像と、Rちゃん主演映画トレーラーの映像鑑賞。いやーどえらく楽しかったし、どえらく酔った。

 H、あんたはすごいよ!

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2011年 05月 28日

主演映画の予告編

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 録画したffpのライヴ映像やらRちゃんの映像やらをiMacに取り込み、iMove、iDVDのヘルプとにらめっこしながら編集作業を開始。
 一度には全然覚えられないが、デフォルトの映像に手を加え、結構可笑しい映像が構築出来た。ffpのライヴ映像には、曲目をフェイドイン・アウトすることが叶ったし、エンディングのメンバークレジットもなんとか上手く構築出来たように思う。

 映像に懲り出すと楽器並みにハマることは分かっているので、あくまで深入りするつもりもないが、完成したときの充実感たるや久々の感覚が得られ、とにかく面白い。

 Rちゃん主演映画の予告編らしき爆笑映像を観たご本人、大爆笑でご満悦
 「なに、これー! どーうしてー!? ギャハハーおかしいよー(笑)!!!」
 

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2011年 05月 27日

前回よりも前進

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 日がな一日中続く眠気。バスでは基本的に立って乗るからアレだが電車で座れば即落ちるしデスクワークを初めて、テキストを打つ最中、もうキーボードを叩いてられないぐらいの睡魔に襲われるケース多し。
 人は寝る。不思議。人はエネルギーで動いている様に当たり前に納得。
 今日も充分も睡眠でなかったが、今日はA率いるロックバンドffpのライヴ観戦にShibuya eggmanを訪れた。カメラTと現地待ち合わせし、定刻通り始まった彼らの演奏を聴き入る。

 shibuya eggmanはFox Newsでの誤解報道(?)に巻き込まれ「一部でshibuya eggmanが原子力施設であるという報道がありましたが、全く事実と異なります。(Shibuya Eggman has no nuclear plant. )」とわざわざオフィシャル・サイトに記さにゃならない羽目となった老舗のライヴハウス。
 今日で2度目のffp体験。
 メンバーのモチベーションは変わらず、確実な進歩を遂げる面々。
 ギターYは、ギターを前回のセミアコからエドワーズのレスポールに持ち替え、アンプはヘッドのみを持ち込んだそう。「アンプ本体の歪みで勝負」の姿勢が◎。

 シンプルな正味20分程度のステージングは大変心地よいシーンとして流れた。ffpの持ち味はまず楽曲のよさ。ネイティヴとも言えるAの英語リリックとメロディラインは、ライヴでは時折その輪郭がぼやける場面もあるが、さらにライヴを重ね、より芯が太くなってゆけばより観客にもその機微はもっと伝わってゆくはず。
 前回よりも前進。それでバンドは充分。thanx ffp!

 ディズニーショップでRちゃんへのお絵かき帳を購入し、ESPIちゃんと待ち合わせた。彼ともずいぶん久々の一杯。
 かつて彼が手がけてくれた何本かのハンドメイドギター話から始まった怒濤のギター&工房話。これがまた楽しくて。
 

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2011年 05月 26日

リハ開始

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 夕方、グレート義太夫兄、イースト:吉田兄と界隈のマックで待ち合わせた。
 義太夫兄とは、冷静に映画『菊次郎の夏』の現場以来のまともな再会なので、1998年頃の夏から、ざっと13年も経過している計算。義太夫兄はギターもさることながら、ドラムスも手練れだと聞き、セッションが楽しみ。
 神田神保町に本年度ビート・ジェネレーションのメンバーとなるミュージシャンの面々が集結。2011年度『失速バンド』のリハーサルが始まった。
 
 予定の時間にスタジオ入り。昨年と同じギターのK、ベースのTが揃い、1年ぶりの音出し開始。
 原曲はよく知らないがX JAPANの『紅』という曲をテレビ番組で叩いた義太夫兄のプレイはたまたま拝見していた。番組上、ギャグ的視点の演出もあるわけだが、そこで奏でられた純粋な演奏技巧は目を見張るモノがあり、今回氏の参加はもちろんメンバー全員大歓迎。

 大きく太いスネアの音がモチベーションを上げる。
 世代的にこれまで聴いてきた音が近かろうこともあり、クラシック・ロックのセッションならツーカーといった状態がまず嬉しい。
 4年ほど前にさらったツェッペリンのある曲の感覚を今ひとつ戻しきっておらず、今回初のレパートリーのような不慣れさ加減でリハが始まってしまったが、残り数回のセッションで身体に入れるべく今後の鍛錬が課題となる。

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2011年 05月 25日

ハイボール

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 編プロ先輩Nさんと飲もうと、K誌編集長K氏より声がけされ近場でご飯。
 出てきた酎ハイのグラスが黄ばんでいたので驚いた。

 新宿へ河岸をかえ、さらに吉祥寺へ。
 某バンドでギター・ヴォーカルをこなすMの務めるバーで角のハイボールと他数杯。
 
 Nさんには、おいらもまだ未見なんだけれど、張芸謀(チャン・イーモウ)監督の最新作『山楂樹之恋(サンザシの恋)』を推薦してみた。

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2011年 05月 24日

宮崎県串間市

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 おいらのCDをリリースしてくれたJVCのHさんよりお誘いを受け、渋谷WWWへ。
 今夜、17歳の女性シンガー:井手綾香(いであやか)の関係者限定プレミアムSHOWCASE LIVEへ招かれた。

 エスエス製薬<ハイチオールC プラス>CMソングとなっている井手綾香の「雲の向こう」が現在オンエアー中。長澤まさみが正面を見て泣く、あのCMだ。
 ほとんどテレビを観ない自分でも、なぜか記憶に残っているそのCMの歌声の主は気になっていた。同時に、紙資料にある彼女のプロフィールがちょっと気になった。

 現在、宮崎在住の高校三年生の彼女のオフィシャル・プロフィールを見るとこう書いてある。
 「17歳。120頭もの野生馬が生息する地として有名な宮崎県串間市都井で育った彼女。
全校生徒18名の中学校を卒業し、いまは宮崎市にある高校に通う。 アメリカ人でプロダンサーだった母と、福岡でバンド活動をしていた日本人の父をもつ。 4歳からピアノを始め、いつしか曲を生むようになると次に詞を描き、自らうたい表現した。 “うたとピアノ”で紡ぐ、ありのまま。」

 “宮崎県串間市”の件に反応していた。
 おいらが小児喘息に悩む幼少期、「宮崎県串間市に喘息の名医がいる」と聞きつけた両親は、毎週週末に車で数時間かけてその病院まで通院させてくれたのだった。
 この時代のエピソードを思い出せば、40も過ぎた今でも泣いてしまいそうな有り難さに包まれる。どこの親もそうだろうが、あの頃から続く一点の曇りもない両親の献身的な姿勢、家族を全力で守るという生き方に、いつでも胸を打たれる。

 あの頃、串間市までは遠かった。

 無言で車を走らせる親父は、一度も面倒な愚痴などこぼさず、母共々「喘息よ、早く治れ。苦しさから解放させたい」という表情をいつもしていた。貧弱な自分の体質を呪った。
 病院ではスピンヘラー(喘息用吸入器具)で粉状の薬を肺に吸い込み入れ、そして臀部に注射。
 この繰り返しを何週間行ったことか。

 これら両親のサポートで、確か小学3年生を過ぎた頃、喘息からは解放されることになり、そこからの学生時代はその片鱗など微塵もない体力を得ることとなった。
 
 井手綾香の名を聞けば、おいらは喘息と串間までの道のりを想い出すのだった。
 今日も、亡き親父と、世界一のおふくろに深く感謝。

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2011年 05月 23日

解散式

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 夕方、指定された新宿の居酒屋「天狗」へ。
 席にはボス:Y氏をはじめとしたフォトグラファーの面々が集結。
 唯一カメラセクションでないのにこの席においらは呼ばれ、参加した。

 今ではすっかり売れっ子カメラマンとなったKTと、その先輩Hさん、遅れてTTと、場がホームな雰囲気に包まれる。
 青天の霹靂といった意味合いに近いニュアンスで、ある事態を受け入れたというボスの話は伺っていたが、氏が今月いっぱいで組織から退くタイミングで、事実上カメラセクションの解散は確定したのだった。

 おいらの編集部撤退より数ヶ月遅れのタイミングで、フリーの写真家たちは解散する。もちろん寂しい気持ちもあるにはあるが、それぞれが新しい場所を目指して邁進するためのよき機会だととらえ、奮起してもらいたいものだと心で祈った。

 新宿からJR。地元でE兄が一杯つきあってくれるというので、いつもの闇太郎へ。
 偶然隣に、漫画家KMさん、編集Sもやってきて横一列で晩酌タイム。ホッと一息。

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2011年 05月 22日

わき水

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 朝何時だったろう、地震で揺れた。
 もう余震には慣れてしまっているが、体感時間は長く感じていた。大きく揺れ出したら動こうと考えるが、今日は布団からは起き上がらなかった。

 予定通り午前10時に外出準備を始め、まずは1時間かけて府中のJ宅へ向かう。
 Jの車に乗り換え、勝手知ったるJ夫妻と共にあきる野市を目指した。
 大変よい天気。ドライブ日和。
 府中からさらに1時間以上かけて現地へ向かった。Jは2年前からそのわき水を利用しているそうだ。
 
 目的地はホントーになんてことない国道沿いの崖で、そこから出てくるわき水の最後2カ所に無造作にパイプが差し込まれ、山頂から伝ってきた水が細く流れ出ている感じ。
 こんなポイントは、まず気づきようがなかろう。運転していて、まず気付くものでもない。
 コップに水を注ぎ試し飲み。美味い気がする。それを真似たRちゃんが小さくすくって何度も飲もうと試みた。
 両家併せておよそ160L分の水を汲むのだが、先客もいなかったので出口2カ所にポリタンクを置いた。わき出す水の量を想定すれば1時間コースになろうと、Rちゃんチームの女性陣は、そこから崖を下った河原で遊ばせることに。

 やがて雨がポツリときた。
 お父さん2人交代で、時折満タンになるポリタンクを差し替えながら補給していると、やがて1台の車がやってきた。このポイントの噂をどこかで聞いてきたのだろう。
 「ここですか? 美味しい水の出るポイントは?」と問われ、相棒のJがそれに答えた。
 「1カ所の出口を空けますのでどうぞ」と伝えたが、水道の蛇口のある他のわき水の箇所に行ってみますといい、その方は引き上げた。

 ちょっと河原の様子を見に行こうと向かったらば、綺麗でとても冷たい川の水に石を投げながらRちゃんは遊んでいた。
 水面の、3段もバウンドしなくなった「2段の石投げ」をRちゃんにやってみせるが本人はその瞬間を何度も見逃してしまう。
 冷たい水に足をつけて、わずかなひとときながら大自然との戯れに興じた。Rちゃん笑顔。
 
 車の場所に戻った後、さらに1台軽自動車がやってきたので1カ所のわき水をお譲りした。
 その女性は何度も汲みにきているベテランの様子で、ポリタンクの受け口にかける虫除け・ゴミ避けガーゼのようなものも持参されていたので、妙に勉強になった。
 もちろんJの準備も抜かりはなかったが。

 正味1時間20〜30分程度はかかってしまったが、車一杯の総重量200Kgの給水完了。
 これで生活飲料水の1ヶ月は持ってくれる計算だ。

 午後1時30分を回った頃、近場の温泉のレストランで遅めの昼食。
 いい値段だったが、3本の海老が入った天丼が普通に美味い。外は本格的な土砂降り模様に変わった。天気予報は正解。

 びしょ濡れになりながら車へ駆け込み、途中Rちゃんのしっしタイムを挟みながら府中へ。
 おいらも含め、車内で30分おちていた我が家の面々。
 到着したJ宅では、今日汲んできたばかりの水を使った挽き立てコーヒーをいただいた。普段滅多に珈琲を飲まないおいらも美味しくいただき、2杯も飲み干したのは珍しい。
 生涯で15杯目ぐらいの珈琲だろうか。Jには今日も感謝。

 自分の車に80L分の水を積みかえ、途中で夕飯の弁当を買った後帰宅。
 30cm程度の高さの木製台をリビングに設置し、今日汲んできたばかりの20L用ポリタンクを早速設置。
 ノズルを回すと、チョロチョロと出てくる水が妙に嬉しい。

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2011年 05月 21日

ホームセンター

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 「明日、あきる野市に飲料水を汲みにゆこう」とJに誘われていた。
 日々買う水もバカにならないので、Jはその旨い水を毎回汲みにゆくのだと言う。
 もちろんおいらも賛成だ。

 Rちゃんを自然の景色に触れさせ、河原辺りで遊ぶ……というドライブがてらのノリで行こうかと考えている。
 午後、信じられないぐらい汚くなっていたボロ車を洗車場で洗い、1人ヘトヘトになりながら、そこから車で30〜40分程度の距離にあるホームセンターへ20Lのポリタンクを2個購入しに行く。
 福岡から送られてきた同じく2個のポリタンクと併せ、一気に合計80Lを汲んでこようと考えている。
 ピーカンの夏のような日差しが目映い。
 最近助手席に座りたがるRちゃんは「はやくおうちにかえりたい」と、なんだか連れない。
 帰宅して、姫のリクエストに従い、おふくろ&姉とSkype。
 
 夕飯は、大型鉄板でじりじりと肉焼いてポン酢で喰った。
 風呂場でRちゃんの前髪を切りそろえ、そのまま風呂に。

 髪の毛をブロウし歯磨きをやってあげるまで、グー・チョキ・パーの記号も記されているウルトラマン・カードで延々じゃんけん。これが意外にも盛り上がった。
 たまたまあいこが3、4回も続くと「あれ〜?あれ〜?あれ〜?」っと姫が不思議がって盛り上がることを理解。

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2011年 05月 20日

M、おめでとう!

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 SY編集との数ヶ月ぶりの親睦会のため、新宿三丁目へ。
 古いヤンジャン編集部を知るSYとの酒も毎度毎度かなり楽しみな空間だ。
 大概、震災後に会っていなかった仲間との再会であれば、この頃は当日の行動を伺いあうのが慣例となっている。

 美味しい寿司をつまみながら爆笑の世が更ける。
 途中、あらかじめ連絡をもらっていた地元友人でジャズ・ミュージシャンで軽いのんべぇの魅力溢れるFSが合流。

 SYは、相手が誰であっても負荷のかからない親しみ易いキャラクターと言え、連れが女性でもあっても男性であっても物腰が柔らか。
 端的に言うと、常にSYに育ちのよさを感じてしまうおいらだった。“育ちのよさ”とは単に金持ちの家系を指すものではなく、人間性の度量を指すもので、彼が発散する空気に誰しもが惹き込まれると想像させるのだ。

 SYのリクエストで場をゴールデン街へ移す。
 この界隈で最年少オーナーだと言う女性が経営するバーには漫画の単行本がたくさん陳列されており、図書館のように貸し出しも出来るのだと言う。なかなかユニークな店。
 ふと、いくつかの本をめくっていたら、江口寿史兄のサイン本も発見。

 再び新宿三丁目へ移動し、STOPのMに会いにゆく。
 Mはこの度、めでたくゴールインするそうで、直接お祝いを伝える日となった。STOPには、おいらの大事なほとんどの仲間を連れていったものだった。それはMがカウンターの中にいつもいてくれたから。
 ジェイクのライヴをうるうるした瞳で観戦していたMの姿を思い出していた。
 M、おめでとう! 

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2011年 05月 19日

布団に寝ている図

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 くれよんで描いたRちゃんの絵は、おったん(私)の部屋を描いたとのことで、おいらが布団に寝ている図であることを理解した。
 リビングの壁には、絵に限らず折り紙やら広告を切り取った大量の紙類がセロテープで張り巡らされている。とにかくセロテープが大好き。
 おいらの部屋を描いた絵を持ち、彼女が部屋にやって来た時「どこにはろうかな……?」と言っていたので、ドアの内側の入口真ん中に貼ってもらった。

 自作の絵には大概自分の名前(Rちゃん)と相手の名前(おったん)が記されている。
 ある日、たまたま2007年のビート・ジェネレーションのライヴ映像を見た後、なんらかの絵を描いたかと思ったら「よしだのおじちゃん!」と、バンマス:イースト吉田宏兄の顔を描いたと言うので驚いた。

 まったく似てないし。

投稿者 yonezawa : 11:29 | トラックバック(0)

2011年 05月 18日

ムカデ人間

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 映画『ムカデ人間』http://mukade-ningen.com/
 DVD鑑賞。
 本作で主軸キャラを演じた俳優:北村昭博さんインタビューのため、編集Sと取材先の渋谷へ。
 オンタイムで取材開始。北村昭博さんはアメリカを拠点に活躍される若き俳優だ。
 
※北村昭博……1979 年、高知県高知市生まれ。高校卒業後に渡米し、ビバリーヒルズ・プレイハウスで演劇と監督術を5年間武者修行。LACC映画学科在学中に処女作 「PORNO」の脚本・監督・主演をまかされて映画監督デビューを果たした。新進気鋭の次世代型映画監督であり、ハリウッドで活躍する数少ない日本人俳優 の一人でもある。
脚本・監督代表作は「PORNO」「I'll Be There With You」。俳優としての代表作は本作の他、「HEROES ファイナルシーズン」(タダシ役)。アメリカで劇場公開され、DVD配給されている監督作の「I'll Be There With You」では、LA Indies Award最優秀新人賞を史上最年少で受賞し、LA最大のエンターテイメント紙「LA Weekly」の映画評でPICK OF THE WEEK(今週のオススメ)を獲得するなど、今後の活躍が期待される。

 ノリのよい明るいキャラクターは大変気持ちがよく、10年以上も前から大陸で勝負し続ける、その適性のようなものを感じさせた。
 『ムカデ人間』、とんでもない変態作品也。爆笑に包まれた1時間程度の取材を終え、編集Sと近場の居酒屋へ。芋焼酎「三岳」が丁度空いた頃、新宿へ立ち寄り、さらに吉祥寺のバーへ移動。
 さらにいつもの闇太郎へ場を移し、先ちゃん、キリンジHYさん、イトケン、coni_x、タヒチン、K崎監督……他のメンツに合流。
 遅れてギタリストでシンガーのM合流。

 閉店後もさらに河岸を変える元気メンツ数人で沖縄料理屋へ飛び込み、早朝7時30分過ぎにやっと帰途についた。さすがにボロボロ。

 玄関を開け、朝食を摂るRちゃんの横にしばらく座った後「じゃあそろそろ、お部屋で寝るね!」と伝えたら「ダメ」の合図。「そこで寝て!」といったジェスチャーで、指を指されたRちゃんの隣のソファで爆睡。
 およそ2時間後にシャワーを浴び、19日の1日が始まった。

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2011年 05月 17日

パスワードを要求

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 朝、3/10購入のiMacを立ち上げる。
 ログアウトしてないのにログアウト後の画面表示がされ、パスワードを要求される。
 腑に落ちないまま正式なパスワードを打ち込む。
 打ち込む際、文字は見えないように黒丸として表示されるのだが、その表示されるまでの時間が異常なほど遅い。タイムラグも甚だしく、打って3〜4秒後に遅れて記される感じ。
 明らかに異常。
 画面には一瞬「ログインしています」のメッセージが出るものの、やがて前と同じ再びパスワードを問う画面に変わりログインできない。
 画面を1つ戻り「再起動」の指示をしても再起動してくれず、埒があかない状態に。

 購入先のMacストアへ連絡し、「OSの再インストールを行うしかない」と判断し、CDから読み込ませるための手順で行ったところ、なんだか分からないが自然に通常画面に戻った。
 
 専門家もおいらもこんな現象は初めて。コンピューターの謎というか、気まぐれな故障のような症状はつきものなんだなと、項垂れながら認識。

 遠く離れた母のパソコンをこちらで管理しようなんぞ、そもそも無茶な話なのだろう。使い続けるしかないのだが。

 夜、敬愛する先輩Fさんにお誘いいただき飯。原発、フランク・ザッパを口火にロック談義
で盛り上がる。Fさん感謝。

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2011年 05月 16日

ガイガーカウンターと危機意識

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 もうTシャツ1枚で過ごせるような季節になってしまった。
 節電時期が今から恐ろしい今年の夏は、さぞものすごいことになろう。
 
 体質的なアレルギーで子供の頃から蕎麦がダメなのだが、今日たまたま待ち合わせに指定された店が蕎麦屋だった。しかし美味しそう。
 メニューは蕎麦だけじゃなくうどんもあり、酒の肴も豊富なのでなんら問題はないのだが、「蕎麦と同じ釜でゆでたうどんになる」というので、店側のお気遣いもあって〆の炭水化物は食べないことにした。

 同行させていただいた編集者Kさん・Hさんは、共にMYガイガーカウンターを持っており、いつでもどこでも放射線量測定がやれるそうだ。
 うち、国産の1台が20万円以上、1台が5〜7万円程度の海外製品だとか。近々ロシア製が2万円台で出るとか。
 それこそ日立やら東芝が1万円程度で出したらよいのに。売れ筋商品となることうけあいだ。
 こんなシロモノは、そもそも専門家の中の専門家しか持つものではなかったろうに、今では一市民が携帯していてもおかしくない時代になってしまった。

 蕎麦屋の店内はもちろん危険な数値ではないが、しっかり放射線は感知された。店外に出れば、当然同じく危険数値ではないが数値は明らかに上がるそうだ。

 休日にいわき市30Km圏内を訪れたというHさんは、ガイガーカウンターの示す数値に驚いたと言った。

 神奈川県南足柄市産の茶葉から、暫定規制値を上回る放射性セシウムが検出。静岡産はどうなんだ。目に見えない味のしない体感意識もない放射能という世界一恐ろしい悪夢の兵器に、聞こえてくるのはあやふやの情報。それでも危機意識の希薄な日本人。
 子供をどこまで守れば正解だったのか、証明するのは歴史でしかないのか。
 一桁の子供を持つ親御さんらは、多少の取り越し苦労ぐらいの警戒態勢でよいという気持ちに益々追い込まれるのだった。

投稿者 yonezawa : 11:24 | トラックバック(0)

2011年 05月 15日

カチューシャとイヤリングとペンダント

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 夕べRちゃんと風呂に入った際、足の一部が軽く攣ったので、やはり日常使ってなかった筋肉を動かした事実を身体で知る。

 ソファに横になったらば急に睡魔に襲われた。
 その頃すでに伴侶も布団で昼寝中の様子。2人と一緒に遊ぶことを諦めたRちゃんはしばらくテレビを見ていたようだったが、やがて彼女もオチた。
 まだ本格的にライヴ用の練習を行っていないのでこの隙に! っと、リフレイン&リードパートのおさらい。最初にコード譜を見て曲を覚えると全然コード進行が身体に入らない。

 夕方、ママが買い物に行った後「あかいじてんしゃで、おかいものにいこうよー」と固い意志で哀願する娘。一人せっせとニーハイ履いて、自分のタンスから上下の服も持ち出し着替えタイムに突入した。
 最後に、カチューシャとイヤリングとペンダントをつけて外出しようとしたタイミングでママ帰宅。「そんな(アクセサリー類での)格好は、おかしいから止めなさい!」と全部を却下され、髪の毛はポニーテールだけにしてミッキーマウスのリュックしょって外へ。

 もちろん冷静に何もつけないRちゃんの方がチャーミングなのは明らか。ただ今は闇雲に何でも身につけたい年代なのだろう。
 公園でブランコ。スーパーではミックスジュースの材料と、姫用鍵付きミニチュア日記帳を購入してあげた。
 再び公園でブランコして帰宅。そのままお風呂へ浸かり、夕飯はハヤシライス。

 布団の上に座ってと指示され、頭の前後から順繰り覆い被さり、そのまま座った人間の盾を乗り越えて前転するという行動に一人爆笑しながら延々何往復もするRちゃん。
 夜、九州のおばあちゃんとSkypeできてよかったね。曲「さんぽ」で、スライドギターも聴かせることが叶ったし(笑)。
 明日、幼稚園でお弁当に入れる予定だというハンバーグをちゃんと食べてくれるのか懸念中。

投稿者 yonezawa : 11:23 | トラックバック(0)

2011年 05月 14日

高尾山

 朝9時起床。
 家族2名に高尾山行きの最終的な意思を訪ねたところ、10時30分出発で行くことが決定。家族のリクエストには、野暮用さえなければ全面的に答える体勢で生きている父。ただし10時まで二度寝。

 本格的なものではないが、一応登山なのでそこら辺に関してはベテランであられる亀渕兄に数回のアドバイス・メールを賜っていた。
 本日頂いたメールにも温かく有り難いアドバイスが。

「高尾山、行ってラッシャ~い!

 お天気が悪ければ行かないこと。お水は多めに。
 しっかりした靴を。
 低い山でも高い山でも、油断しちゃダメ、絶対に。
 のんびり歩いても、前に進めば必ず着ける、頂上に。
 しかし、頂上は、まだ半分。下山して初めて山登り終了。
 最後まで、要注意。です。」

 我が家のボロ車には、カーナビもETCもない。
 昨日のうちにプリントアウトしていた地図を片手に11時過ぎ出発。途中、Rちゃんトイレのため、予定外燃料補給のためGSへ立ち寄る。

 目的地の高尾山口駅にはスムーズに到着。
 駅前にいくつかある駐車場を想定していたところ、辺りを走らせるが全部「満車」の表示。困った。
 一度辺りを通り抜け、1個ぐらい離れた駅の界隈に駐め、電車で行く手でもよかろうと思ったが、近場の駅といっても少し戻るしかなく、やはり高尾山口駅近隣に駐める場所がなかろうかと一度往復してみる。
 「満車」と書かれた入口の係の方に車中からジェスチャーで「ダメ?」と問うたところ「OK」の合図。ラッキー。ホッとする。

 車を駐め、全員トイレを済ませた後リックを背負い、徒歩でケーブルカー入口へ到着。乗車。
 確か日本一の傾斜だというケーブル路線とのことで、確かに到着間際の角度は凄いと感じさせた。「おちちゃうよー!!!」と、椅子からズレ落ちそうになったRちゃんを膝に抱え乗せ、到着。

 午後1時を回っていたので、広場にあったテーブルと椅子に落ち着き、笑顔で手製弁当をいただく。
 野外で食べる食事とは、何故こうも旨さを増幅させるのか。
 温かくもないおにぎりの旨さも理屈抜きにとにかく旨い。唐揚げ、ウインナー、卵焼きもおいらにとっての極上品。2セットは食べられそう。だがRちゃんの食は相変わらず細く、今日もやや叱咤気味で登山開始。

 リュックの中身は、水筒の水(おいらはペットボトルのお茶)、バンドエイド、菓子、飴、弁当、雨がっぱ、敷物、タオル、カメラ、ゴミ袋、帽子、上着、Rちゃんの換えのズボン、シャツ等。
 他にデジタルビデオカメラに一眼レフカメラと、結局父は重装備。
 携帯には、「○東京消防庁 救急相談センター、24時間受付・年中無休 #7119(携帯電話・PHS・プッシュ回線から)をセーブさせた。

 清滝駅から高尾山駅までケーブルカーを使い、そこから山頂まで徒歩での登山コース……と現地で決めた。

 道のほとんどは稜線上にあり、高尾山独特の景色を堪能。
 空は快晴の上に気温はベストのまさに登山日和。嬉しい。駐車場の混み具合で分かってはいたが来場客の数もそこそこで、しかしその人数もほどよい賑わいを思わせるもので、今日の日はホントについていた1日だったように思う。

 行きの冒頭のみ、やや歩かないそぶりを見せたRちゃんだったが、神社での賽銭とか、小銭をわき水で洗う等のアトラクション(?)などで徐々にやる気を見せ、結果全体の7割強は自力で登山、下山してくれたことに安堵した。
 昨年訪れたFUJI ROCKの現地で、ほとんど歩かない彼女を抱えて数㎞の距離を移動したあのパターンだけは避けたいと願っていたが、本日の姫は天候同様素晴らしかった。
 時折休憩したベンチで、塩せんべいをボリボリむさぼり喰らい、真剣な目線は遠くに向けられ、たすき掛けの水筒を自らゴクゴクとやるその姿を見て笑いが出た。
 「どうしてわらうの!?」とやや不満な表情で父を睨む我が子。滑稽だから笑っているんじゃないんだよ、あなたの成長に笑みが出たのだよ。高尾山、来てよかった。

 いくつかの神社を経由し、やがて山頂に到着。
 写真と言えばほとんどがRちゃん単体か、ママとRちゃんの2人ショットばかり。富士山の位置を確認したりしながら、ここで初めて3人で記念撮影。
 写真はトータル123枚。登山の道中、延々としゃべり続けながら元気に歩いたRちゃんの記録は正味30分程度の動画にも収めた。睡眠5時間でなかなか踏ん張れた父。

 下山し、帰途の道中はRちゃん突然の「しっしタイム」以外はスムーズなもの。
 笑顔のRちゃんが語り出す。「Rちゃんね、ちゃーんとずーっとじぶんであるいたから、おもちゃごほうびにかってね! 2コだからね!」っと、帰宅直後に食玩おもちゃを2個買うことが契約成立させられていた。
 
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投稿者 yonezawa : 11:22 | トラックバック(0)

2011年 05月 13日

ドラマティックな先ちゃん話

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 先日、Ustream配信の映像を見てからお会いしてなかった江口兄と夜飯。
 いつもの居酒屋でいつものノリで愉快なサシ飲み開始。感覚として、7割以上の確率で常連客で知り合いの仲間と遭遇するのがこの店だ。
 先ちゃんには、先日個人的に展望ある感触を得たちょっと嬉しいある話をお伝えしたく、それを理由に一杯おつきあいいただいたのだった。

 しばらくすると、先ちゃん共々共通の飲み仲間で編集者の2人がやってきた。やっぱり!
 やがて、店に設置してあるテレビで漫画原作のドラマ『シマシマ』の放映が始まった。
 その作品の原作者であるさやか嬢も、ドラマが終了し、しばらくしてからふいに来店された。
 先ちゃん以外とは約束などしていないのだが、本日の飲みメンツが全員集合しきった感じ。

 自虐的でありながらも、めちゃドラマティックな先ちゃん話に抱腹絶倒の夜を迎える面々。この面白さだけは正確に電波などには乗ったことがないので、この極まった笑いはこうした常連の仲間だけが伺い知る極めて貴重で贅沢な空間。
 個人的見解として、江口寿史という漫画家はあらゆるカルチャーの語り部としての異彩も放つ作家。つまり評論という意味あいの切り口にものすごく同感させられるところがあり、その切り口が気持ちよいのだ。本人の作品同様に。
 毎回その場にいる面々が、きっとそう認識しているのだろう。今夜もそんな確信を抱きながら、明け方の4時過ぎに24時間スーパーへ立ち寄り、明日もしかしたらゆくことになろう高尾山用の弁当の材料を買い出しして帰途に。
 朝は目の前だ。

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2011年 05月 12日

メビウスのジミヘン

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 じめじめの雨の模様がわずらわしい。
 ジミヘンを描いたメビウスのイラストにまたも見入ってしまった。
 
 朝、登園前にご飯を食べているRちゃん。クールな態度で「おかあさんといっしょ」を凝視しながら黙々と食事中。
 彼女を玄関まで見送りし、そのままワイドショーを点けていたら人気TVタレント訃報のニュースが流れた。驚く。とりたててよく知る方ではなかったが、こんなに若くして命を絶ってしまったパブリックな若者がいるだけで気持ちが落ちた。

 そう遠くない未来を指してちょっとした可能性の感触を得た。立ち上げたばかりの企画成就を目指しての作戦を、まさに本日より練る意欲が沸いてきた。
 iTunesでファズギターの炸裂する音源を選んで流しつつモチベーションをアップ。

 新規コミックスの担当を受け、せっせと準備。
 夜、編集T氏と久々の飯。四谷から新宿へ。五月雨は続いていた。

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2011年 05月 11日

LarriveeとTaylorとFender

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 お茶の水の中古楽器屋を徘徊していたら、カナダ産のLarrivee (ラリビー)というブランドの機種を発見。ランクとしてもおいらが今最も欲しいTaylor(テイラー)に並ぶ風格で、価格もそのような高額商品。
 弾いたことのない物件だった故ウズウズ感に包まれ、Larriveeと共に陳列されてあったTaylorもついでに弾かせてもらった。
 TaylorもLarriveeも堅めの音だったが、Larriveeの方が低音域がもっと太い感じ。しかしジャストの好みの音ではなかった。
 
 昨日、編集S氏の息子さんがギターに興味を持ち始めた。何を買えばよいのか……との相談を受け、午後フェンダー・ショールームへ出向いた。
 事前にお願いしてあったフェンダーのアコギを数本試奏させていただき、ナチュラルな木目の美しい物件をS氏購入。

 外は雨模様。地下鉄を乗り継ぎ、銀座ソニービルで待ち合わせたのは敬愛するモノカキのHさん。品格の塊としてこのブログにも何度か記させていただいた魅力あふれる賢人との酒が今日も格別。

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2011年 05月 10日

株券を持たない株主

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 6月ライヴに向けたリハーサルのためスタジオへ赴き予約完了。
 夜、活字誌編集KさんとJEFF BECK談義。大いに盛り上がる。

 朝日新聞夕刊4月25日(月)、26日(火)、27日(水)、28日(木)のあと、連休を挟んで5月2日(月)と6日(金)に掲載されたコラム『人生の贈りもの』全6話拝読。
 『人生の贈りもの』とは、各界の著名なベテランに人生を振り返ってもらう夕刊be月〜金曜掲載のコラム(一部地域掲載なし、関西地区などはDo面)。

 この6話分は、元ニッポン放送社長でラジオDJの亀渕昭信さんの回。
 亀渕兄の叔母さんがジャズシンガーであったり、妹さんが彼のゴスペルシンガーだったり(こちらは古くから認識)と、亀渕家は音楽一家であったことを、お母様が料亭を営んでおられた情報同様、今回初めて知った。

 進駐軍の将校クラブでの件は、さぞコーラが美味しかったのだろうなと想像させた。
 「資本とアイディアが最重要」なんて、ミュージシャン本人はなかなか気づかないもの。そこも含めてロックの歴史には感慨深い思いを抱くが、亀渕青年は早くからこのシステムを認識しておられた。
 大学時代には証券学会へ所属。先見の明というか、。つまりその日から数十年後にわきこる、ライブドアとの企業買収M&Aバトルは、この頃からすでに“想定内”だったことを伺い知る(笑)。

 おいらの生まれたS39(1964)年は東京オリンピックの年。その2年後、アメリカへの留学を認めたという会社もすごいが、稟議書を回し、説得力もあったのであろう亀渕兄の度量もきっと大きかったのだろうなぁと、大らかでチャーミング(僭越)な氏の笑顔を想像していた。

 サンフランシスコ州立大に在籍。すごいことだ。仮においらが同じ場所にいたとしても、そんな度量などなかっただろう。
 
 帰国。ラジオ番組を手がけられた。局に届いたという当時「3千通以上のはがきの重さ」には意味として泣けてきた。ラジオをものすごい場所に導いた氏の功績は筆舌に尽くしがたく、氏には聴く専門として最大の素質があった。そして、電波界最大の功績者となった。

 リスナーを指して「株券を持たない株主」とは、なんと素晴らしいフレーズなのだろう。

 全6話、会社を愛した、ラジオを愛した、音楽を愛した亀渕兄の、ほんの一部の軌跡を一読者として拝読・堪能させていただいた。
 しかしこの尺では短すぎる! 進駐軍の件もサンフランシスコの件ももっと読みたい! 知りたい! そこで亀渕青年が何をどう感じたのか、つぶさに教えてほしい! もし異国の地で、ビビった話などがあるならば全部知りたい!
 読後感の心地よさと共に、そうも感じていた。

 亀渕兄、近々の再会を楽しみにしています。

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2011年 05月 9日

人生最大の宝物

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 帰省中、ICレコーダーとiPODシャッフルを持参。おふくろPCにはギター練習曲をセーブさせ、ギターを弾くには準備万端でいたところ、機器類はほとんど稼働させることがなかった。ネットからプリントアウトしたコード譜だけでギターの反復練習を繰り返した。
 実家用に置いてあるガットギターは安物にもかかわらず、帰省時にはなかなかの活躍をしてくれている。
 十代初頭のギターとの出会いそのものが人生最大の宝物と言えた。

 おいらを除く当時の家族全員が一切ギターに興味がなかったことがたまに可笑しくなる。
 基本的に誰にも干渉しないというスタンスは家族各々が意識したものではなく、おいらを除く全員の性格自体がそうさせていたように思う。おいら以外全員がB型というのが当時の米澤家。
 暑苦しくなかったそんな環境こそが、実は家族にとって快適だったのだろうと昔を回想した。

 思い出したように届く高額の自動車税振込用紙に萎える。
 この国の、例えば車検だの敷金礼金だの固定資産税だのと未だに腑に落ちない納税類の強要システムに項垂れる。
 「官僚主導から政治主導への転換」を現政権も謳ってはいるが、民放での優れた討論番組でいかに正義の議論が交わされようとも転換の望みはなし。結果、翻らない気がしてならない。
 
 GWが明け、仕事は平常運転に戻った。
 夜、Jがつかまり、案配のよい自家製酒?を提供する居酒屋で乾杯。とても有り難いひととき。
 突然の訃報に驚いた。団鬼六氏に合掌。

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2011年 05月 8日

Skypeを稼働

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 朝7時30分頃起床したらしきRちゃん。
 今日のような休日なら9時過ぎ頃にガマンが出来なくなるのか、おいらの寝ている部屋へとやってくる。なかなか起きてこない父親を起こしにくるのだ。

 今日ではなかったが、まだ朦朧としている最中、聞こえてくる第一声が「ねぇ〜おったん、ふうせんふくらましてー」といきなり風船の膨らまし口が、寝ている状態なおいらの口へねじ込まれてくる場合もある。
 そんな日は座った姿勢で風船を膨らまし終え、朦朧と朝が始まる。

 シンプルな朝食を喰らう。
 おいらの意思とは反対なのだが、毎日Rちゃんと接する伴侶が「やはりつけた方がいい」と判断し、無印良品に注文してあるという自転車の補助輪を買ってきたので、言われるまま六角レンチで装着。
 あともう少しで補助輪ナシで運転が出来そうな気配も感じさせたRちゃんだったが、まぁゆったりと覚えればよいか。もちろん勉強でもよいが、例えばギターでも水泳でも、楽器と運動は本人が望むままどんどんやらせたいものだ。
 
 補助輪つけて初運転。コケはしないがなんだか勝手が違うと見えたRちゃんは逆になかなか漕ぎ辛そう。
 スーパーでミックスジュース類の買い物を済ませ、近くの公園でブランコと鬼ごっこ。休日の晴天の日には恒例となる1時間少々の買い物コース。

 帰京した一昨日からすでに九州とのSkypeを稼働させた。おふくろも、今日になったら携帯メールで「開始します」の案内を送るだけで、もし帰宅していたら数分後にSkypeからの応答が入り、開通へと導ける状況となった。おふくろもすごい。

 九州のおばあちゃんとお話する…というRちゃんのリクエストに応え、何よりも先に優先させその準備に取り組むのだが、いざ画面が開通すると急に緊張してくるのかRちゃんは無口になってしまう。
 こうしたことがしばらく続いてはいたが、ギターを持ってトトロの「さんぽ」を歌って聴かせる程には軟化してくれた。今日はお歌を2回も、おばあちゃんに聴かせてくれた。会話はやや少なかったけれど(笑)。
 なんにせよ、あらかじめネットからコード譜を拾っておいて正解だったと安堵。

投稿者 yonezawa : 17:59 | トラックバック(0)

2011年 05月 7日

時間を取り戻す

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 昼前からのRちゃんと2人で過ごすひとときは、九州帰省の時間を取り戻すかのように、室内で野球ごっこやらLEGOやら海賊船ゲームやら絵本読みやらディズニー・チャンネル観戦やらと、めまぐるしく変わるリクエストに応えるべく汗をかいた。

 昼食はプチトマトにほうれん草のおひたしとRちゃん定番の唐揚げ。おいらは昨日のカレーとサラダをてきぱきと作成。
 
 夕飯は肉野菜炒め。Rちゃんとの久々のお風呂でまたイタズラされまくり、湯上がりに落ち着いたらドライヤーがけと歯磨き。
 おふくろへと譲渡したことを境に「パソコンゲームはもう出来ないからね」と認識してもらい、ちょっとインターネットから離れさせる作戦なのだが、一旦ゲームの未練を断ち切ることは可能か。今日の段階では認識してくれた様子で……

投稿者 yonezawa : 17:58 | トラックバック(0)

2011年 05月 6日

JALの便

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 午前10時に起床し、11時にはチェックアウト。外は雨模様。
 フロントで精算を終え、300円の傘を買った。

 ノートパソコン2台の入った鞄が右肩に赤い痣が出来るほど重い。
 ロビーで鞄の中身を再度整理し直した後、大きなメインストリート沿いを歩くと「うどん屋」を発見。迷わず昼食にと飛び込んだ。

 大きな店舗ながら、食券を買って厨房カウンターへ持ってゆき、商品が上がったら受け取りにゆく。水も同様のセルフサービス。
 注文1分後に呼ばれ、注文品のたぬきうどんと天むすを取りにゆく。隣のおばあちゃんが「青胡椒を2杯入れると美味しかよ!」と言うので、言われた通り、テーブルの唐辛子は入れずにそちらを2杯注いでみた。
 ピリっとした辛みがホント丁度2杯程度でよき案配に感じられた。こんな些細な会話がそつなくわき起こるのが、こうして九州のいくつかの地を訪れた時に感じる喜びだったりするもの。
 美味しくホフホフと食べ終え、食器を片付ける際おばあちゃんに「美味しいでしたよ!」と伝えたら、おばあちゃんは笑顔で「でしょ? 美味しかったでしょ?」と答えてくれた。
 なんて気分がよいのだ。

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 「確かデパート前から出ているバスがあったっけか?」「次の時間は確か12時56分だったか?」と、うつろに覚えたままの情報を反芻し、信号を小走りに渡ってバス停へ着いたら12時台のバスは54分発だった。時刻は55分。タッチの差でバスは1分前に出てしまっていた。
 次のバスまであと30分程待つかとも考えたが、雨模様の上、フライトまでに30分しか猶予がない計算になるのでタクシーに飛び乗った。
 右肩の赤い痣も気になっていたこともあって、空港内で食べ物などの土産品を買う意思はすでになかった。が「Rちゃんだけには何か!」と考え、結局プリキュアのレターセットだけを購入。
 
 予定していたJALの便は、整備の際不具合が発生したとのことで、およそ30分出発が遅れて離陸。
 羽田には16時30分前後に到着し、17時の高速バスで地元へ。18時前には目的地へと到着し、さらにコミュニティバスで帰途へ。帰宅したのが18時15分前後。
 移動中はどれもほとんど寝ていたので、気分としてはあっと言う間の感覚。ナイスアクセスだった。

 ドアを開けると、部屋の奥からRちゃんの元気な声が聞こえてきた!

投稿者 yonezawa : 17:58 | トラックバック(0)

2011年 05月 5日

宮崎駅

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 実家から列車を乗り換え目的地へ向かうつもりが、宅配便の手配に時間がかかってしまい帰宅が遅れた。
 自宅目前にJRの最寄り駅があるのだが、M姉が車で30分の距離にある、さらに目的地に近寄った駅まで送ってくれるというので、現地に用事のあるらしき甥っ子と共に乗車させてもらった。

 予定していた列車に乗り、森林を切り開いた鉄道の旅を一人楽しんだ。
 何も考えずに一人で移動する田舎の道中は年々心地よいものに変わってきている。
 居眠りを始めたかと思ったら、丁度1年前、母入院の際に訪れた宮崎市内へ到着。あの頃の印象に残る貴重な時間を思い出した。

 予約していたホテルへチェックイン。どの道やることなので、持参していた旧式パソコンの調整をこの機会にとこちらで行うべく調整してみるのだが、現行のあらゆるサイトへのアクセスは出来るものの本格的な稼働まで環境を持ってゆけない。

 このノートはRちゃん使用のネットゲーム用にと考え、せっせと環境構築を行うものの、肝心の必要なソフトのダウンロードがままならない。実に残念。ちょっと昔までは先端のデザイナーが使っていた物件なのに。多分対応していない旧式に、もはやなってしまっているのだろう。

 約束の知人と待ち合わせたのは眠気がやってきた午後10時を回った頃。
 数件のはしご酒を楽しみながら、この地で食べたかったチキン南蛮と、しっかり〆にはラーメンをいただいた。

 こちらのラーメンはホントにくどくないサラッとした豚骨。東京には未だになかなか見つからないタイプの、優しくシンプルなスープが特徴。やっぱり美味し。

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2011年 05月 4日

Sっこ、Sおり、S子、M七代他

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 わずかの帰省日程だった故「おふくろとの時間を優先しなければ」と今回の同級生飲みは泣く泣く断念か?…と考えていたが、ノンアルコールながら宴にはおふくろ&M姉も参戦を決めてくれたので、喜んで同級生の集う場所へ赴いた。

 宴にはすでに7人くらいの面々が集っている。
 認識出来たのはそのうち3名。「この人、誰だかわかる?」と問われ、名前を伺っても正直分からないメンバーもいたりはしたが、先方がこちらを認識してくれていたので共通の知識で会話は流れていった。
 古くはもう40年以上昔の景色を想像しながら、懐かしい単語の飛び出す賑やかな空間に身を委ねた。
 イタリアン系の食事を済ませ、二次会のカラオケ・スナックへと移した頃、先ほどの話題にも出たM七代到着。
 冷静に考えれば幼稚園時代からのつきあいとなっている者までいる計算だ。
 次回、Sっこ、Sおり、S子、M七代他の愛娘、愛息らに会う機会があればまた楽しみ。
 連中に会わせた時にはまだまだ赤ちゃんだったRちゃんが元気に動き回る姿を、是非連中にも見せたいものだ。

 とにかく、無謀なおいらからの1日前思いつきメールで、全員が都合をつけてくれた。みんなの優しさに感謝。また飲もう!

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2011年 05月 3日

明月の水割り

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 Skype調子良好。
 家事の合間をぬってもらい、母にパソコン教室開催。
 これで環境はおいらとまったく同スペックになった。インテルマックとなりスピードも格段に速まり、一応まぁまぁ最先端。以前のG3はここまでよくがんばってくれた。
 この機器でメールとインターネットとSkypeだけの使用とは充分過ぎる環境だ。
 
 夕飯には焼き肉もある大衆レストランへ。
 芋焼酎:明月の水割りで晩酌。
 帰宅してまた明月。貴重で贅沢な親子の団らんが笑いに包まれた。

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2011年 05月 2日

パソコン環境設定・帰省

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 朝、液晶モニターの信じがたき重量と大きさを冷静に見て「やはり運べるわけがない…」っと、この段階で初めて判断。
 このぐらいの大型モニターを宅配する場合、サイズ的にはもはや引っ越し業者の守備範囲に属するらしく、見積もってもらったところ東京〜九州間で4000円弱の価格だった。
 到着までにはおよそ4日かかる計算。それでは帰省の時間に間に合わない。

 ちなみにANAのサイトで機内持ち込みの手荷物サイズの条件を調べたところ、やはり3辺の合計サイズがいくらかオーバーしていたので持ち込みも不可となっていた。

 その大型液晶モニター以前に使っていた、まだ大して使い古していない2回りほど小さいサイズの液晶モニターを持ってゆくことに急遽変更。

 梱包をひもとき、梱包を開始。
 これなら手提げ袋で持ってゆける。直前になって何をしているのだ、おれ。夕べの夜までの姫のゲームを許していたのでギリになったのは自業自得なのだが。

 行きがけにヨドバシカメラで最後のパーツ(モニターとMINI本体をつなぐ接続端子の変換パーツ)を購入して一路羽田へ。
 朝からRちゃんには九州帰省の旨を説明し、後からSkypeの約束をしていた。ああ~連れてゆきたい。
 高速バスへと乗り込んだとたん即爆睡。途中2度、車の揺れで窓ガラスに頭をぶつけたら、いつの間にか羽田第2ターミナルへ着いており、焦って降りた。

 離陸後爆睡。なんだか眠い。気分としてはあっと言う間に到着してくれた感じ。ありがたい。迎えにきてくれた母と姉の車でスーパーへ立ち寄り、夕食の食材を購入し帰宅。

 田舎での地元の時間がゆっくりと流れ始めた。

 早速パソコンを紐解き、ネットとメールの環境設定を終え、Skypeでテスト。
 ほぼ問題なく開通し、九州の地にいながら初めてモニターでRちゃんの笑顔と声を聴くことが叶った。 

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2011年 05月 1日

頼むよそろそろ

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 早朝からRちゃんと2人きり。
 午前中よりゲーム中心の遊びで盛り上がり、正午を20分過ぎた頃「昼飯の時間が過ぎてる」と気づき、Rちゃんには唐揚げとソーセージそてい、プチトマト(サラダ)等を20分程度でこしらえる。
 おいらは、残念ながらRちゃんが食べず嫌いで、まだ口にしたことにない納豆とごま昆布と梅干しを追加した。

 昼食後、自転車で外に行きたいと言うRちゃんと2人でスーパーへ。
 (中身のバリエーションはあるらしき)同じ食玩製品を2つ買わされ、姫の大好きなゼリー、ヤクルト、ヨーグルト類を購入。
 自転車、早く乗れるといいな。今のところなんとか補助輪のない自転車での訓練を貫いている。

 夕飯は餃子とほうれん草とトマト。お父さんはそちらにキャベツの千切りが加わった程度。まだ生野菜もまともに口にしないRちゃん、頼むよそろそろ。

 風呂が沸き、イタズラ心全開のRちゃんは浴室ではしゃぎっぱなし。
 とにかく人の頭にお湯をかけたり、抱っこされたまま、お湯を張った洗面器を足でこぼしてやること……などに必死になる彼女のモチベーションに、こちらも最終的には笑いが止まらなくなる。呆れて。

 風呂上がりもゲーム。しばらくして髪の毛をドライヤーで乾かしてやり、パソコンのモニター前に座ったまま歯磨きさせるRちゃんの横着さをちょっとは注意しながらも、結局すべての要求を聞いてしまう父。

 彼女が床についた後、パソコン類の梱包をようやく開始。その重量と大きさに改めて焦る始末。
 梱包すれば益々限界に近い相当な重量と相当な大きさなのであった。果たして手荷物で成立するのかマジで微妙。マジでデカ過ぎ。

 明日から5日間、九州帰省決行。

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