2010年 07月 5日
Oさん
ヤンジャン編集部に所属して早22年目となった今年。
内勤の外部スタッフとして最初に携わった雑誌は、今は無き月刊ベアーズクラブ。
最初の社員旅行で隣の隣に座っておられたのは、すぐ隣の編集部に在籍されておられた先輩編集者のOさんだった。
そのOさんより、僭越ながらビールをお酌していただき、そこで交わした会話がOさんとの初めての出会いのようなものだった。
やがてOさんも同じ月刊誌に所属することになり、沢山の仕事を共にさせていただいた。
編集者としての機微を勉強する、極めて貴重な機会をたくさん得た。
Oさんは知り合った当初から我が両親にも年賀状をお送りくださった。
大学生の男性読者5名を引率し、訪れたロンドンのネヴァースは初めての海外取材だったが、そちらは信頼を寄せるOさんと一緒だった。
野外フェスでピンク・フロイドとマッカートニー、そしてレッド・ツェッペリンを観戦しながら、Oさんと半日以上野外で過ごした彼の日は、忘れられないよき思い出となっている。
やがて編集者から編集総務セクションへ移動され、常勤するビルも変わってしまってから食事をする機会はずいぶんと減ってしまったが、お会いすればブランクの時間など瞬時に吹き飛び、いつものおちゃめなOさんとの距離がとたんに埋まり尽くす。
そんなOさんが今週9日(金)を持って勇退、定年退職されることになった。
おいらにしても、なんと長い時間が経ってしまったのかと感慨深い気持ちになっていた。
36年以上の長きに渡り、大出版社に勤務され、青年誌の黄金時代を歩んでこられたOさんの魅力は筆舌に尽くしがたいほど。
何があっても温厚なOさんの人間性は驚嘆ものだ。自分など生涯到達出来なかろう、人としての大いなる器を感じさせるてくれる最たる先輩の一人がOさんだった。
送別会が行われた高級中華屋での、古くからの仲間によるスピーチは爆笑の嵐。
今後も再雇用として週の半分程度は関連会社に出社されると聞き、これまで以上にOさんと密になりたいなと心で思った。
今夜の賑やかな宴は、そんなOさんの素晴らしい人間性も指し示していた。
Oさん、節目となった今日まで本当にお疲れさまでした。そして末永くお付き合いの程、引き続き宜しくお願いいたします。ありがとうございました。
投稿者 yonezawa : 2010年07月05日 18:04
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