2010年 07月 31日

最低

410Q8xEu8oL._SS500_.jpg

 6時起床。
 きっと大先生が起床されて3時間弱は経過している頃だろうか。
 眠れなかった。日々の習慣はなめられない。

 7時に家族分のおにぎりをこさえ、卵焼きをこさえ、焼き明太子をこさえ、自分も2個平らげた。なんて美味いんだろう。もう逃れられないふりかけの威力による部分も大きいと感じる。

 大量の荷物を積もうと一人汗だくになり、車に積載。
 運転席の鍵を開けると他のドアが解錠してくれない。…? 嫌な予感がし、ドアを1つずつ確認したとこ、後ろの半ドアでバッテリーがあがっていた…
 JAFに連絡すると、ここから1時間15分の待ちとのこと。
 暗澹たる心境の中、只今出発を待つ最中。
 ならばと改めてシャワーを浴び、かかってくる携帯とにらめっこ中。
 今日、オフィシャル取材がなくてホッとしていた。
 ど最低。

 大泉から関越に。目的地:月夜野インターまでのおよそ1/2は渋滞に近いトロトロ運転に終始し、猛暑の中クーラーの使えない馬鹿環境が拍車をかけて不快指数を募らせた。
 インターチェンジでRちゃん休憩タイムを取り、車内でうちわで風を送ってあげたらRちゃん「あついよー」っと生ぬるい風に抗議。確かにぬる暑い風だ。

 予定よりも大幅に遅れ、やっとこさ新潟は苗場へ到着。
 前日に3通のメールで問い合わせしNG、プラス22件の電話で一軒だけ奇跡的におさえられた宿へ向かった。
 会場まで徒歩圏内の場所にとりあえず宿と駐車場が確保出来たのは幸運だったが、20畳の広間に6名の男性客と一緒になって雑魚寝という条件。しかし贅沢の言えた義理でなかった。
 それなりにゆったりした空間であったし、親切な宿主に促され、先に布団でスペースを確保し、荷ほどきをし、大量の荷物を抱え現地へ。

 残念ながら、一つの目的となっていたジョンバトラー・トリオの演奏は終わっており、クーラ・シェイカーの後半が奏でられる頃、グリーン・ステージに到着。
 いきなり編集部Yと遭遇を果たす。

 クーラ・シェイカー観戦後、ホワイトへ移動し、サードアイ・ブラインドを観戦。
 再びグリーンへ帰還途中、川でRちゃんのお手々を冷やし、ところてん喰って、KIDS LANDで小型メリーゴーランドやらブランコ等で遊ばせる。
 グリーン近くの広場にマットを敷き、しばし休憩。

 ここまで、というか、すでに宿泊地からRちゃんは9割9分歩かないので、およそ14kg超えの彼女を終始抱っこにセメント抱えしながら運ぶ作業が移動の際の条件となっていた。
 会場入りするまでに2tの汗が湧き出たような気分だ。

 ともかく水をぶっかけたような状態で気力と体力勝負のようなコンディションに陥り、段々ライヴ観戦欲が奪われてゆくようだった。それ故、観たかったジェイミー・カラムは寝ころんで音だけを拝聴。
 それでも気持ちを奮い立たせ、目当ての一人であったジョン・フォガティのステージでは、かなり前の真ん中辺りまでRちゃんを抱え、最後まで観戦した。

 ジョン・フォガティのパフォーマンス、流石だ。震えた。
 玄人中の玄人が聴かせるパーフェクトな演奏だった。ジェフ・ベック世代の彼らのギターの巧さは、そんじょそこらのミュージシャンでは到底太刀打ちできない程の完成度を極める。60歳を過ぎなければ出せない音もある。曲ごとにギターを代えるジョンだったが、テレキャスター、そして特にレスポールゴールドトップの音色に芯からしびれた。
 
 グリーンステージの真ん前で、肉眼でも十分にバンド面子の表情が確認出来る位置であり、スクリーンの映像に至っては、かなりの迫力を感じさせる場所だ。
 野外ライヴは何度か体感済みながら、ここまで本格的で音響もベストのライヴを観たRちゃは果たしてどんな気持ちだったのか。
 案の定、後半数曲では寝息をたててしまったが、彼女の心にあのレスポールの音色が届けられたことには間違いない。
 ライヴ終了間際に雨が激しく降り注いで来た。迷わず撤退。一路、会場外の飯屋へ。
 
 何人かの同士らと、その後のライヴ観戦及び夜中の飲みを半分約束していたが、Rちゃん対策で宿に帰還後、取り急ぎ先に風呂に入れねばとおいらが流しに行き、結局Rちゃんと戯れたそのまま一緒に寝てしまっていた。
 体力的にも理想の展開だったと後に認識。

投稿者 yonezawa : 08:13 | トラックバック(0)

2010年 07月 30日

3時まで寝られず

41WjYwLbZNL._SS500_.jpg

 ともかく校了・入稿をバッサバッサと斬りまくり、ケアレスミスに己の間抜け加減を認識しつつ本日分の仕事にキリをつける。
 早く帰って少しでも睡眠をと思いながらも、結局いつもよりは早まった帰宅になったものの終電にほど近かった。

 明日、Rちゃんも連れ立ち FUJI ROCK参戦なのだが、ママが用意した荷物の量に驚嘆。段ボール2個+バッグと紙袋が6,7個。
 脱力。
 夜中2時に珍しく床につき、3時まで寝られず。

投稿者 yonezawa : 01:04 | トラックバック(0)

2010年 07月 29日

ギリギリまで入稿

Uwn.jpeg

 西麻布のおしゃれなイタリアンを編集:Oに教示してもらいアーティスト:Fさんを編集3名で囲んで初めての夕飯。
 編集部出る5秒前までパソコンに張り付き、ギリギリまで入稿原稿をおし進め、とにかく校了の嵐。ホントに嵐。
 Fさん(51歳)は今日もチャーミング。

 取材申請の終わったロックフェスに参加するのは困難を極めたが、関係者各位の協力でなんとか現地参戦が可能となった。
 後は宿泊。例年なら会場界隈は絶望的だが、しらみつぶしに直前の問い合わせで確保するべく気合いを入れたところ。

投稿者 yonezawa : 01:05 | トラックバック(0)

2010年 07月 28日

作戦会議

310_.jpg

 表参道でW社:Yと作戦会議。
 「しまだ」に飛び込んでカレーうどんを食わなかったのは初めてだった。
 原稿の狭間のわずかの間に、今かかえる様々な案件の行く末を妄想し、気がついたらかなりの距離歩いていた。

投稿者 yonezawa : 20:15 | トラックバック(0)

2010年 07月 27日

急遽FUJI ROCK

ZRTR-TV01_1.jpg

 デスクワークをやるうちにどんどん時間が過ぎ去り、すぐに夕飯刻。
 全部揚げ物の「揚げ物8品盛り」のようなイケナイ弁当を注文し、机の前で今日も夕飯。

 急遽FUJI ROCKにスティーヴィー・サラスが参戦するものだから、今回見送っていた観戦を撤回しなければならなくなった。
 最終日のみの観戦に現地に赴くべく、関係者各位に連絡網を張り巡らせる。
 突き刺すような炎天下でありながら、時折豪雨の可能性バリバリの地面グシャグシャが恒例。自らの運転で「行く!」と決意するにはなかなか根気のいる場所、苗場。
 前回もFUJIで会い、東京で別れたスティーヴィー。果たして、どんなステージを見せてくれるのか。

投稿者 yonezawa : 20:13 | トラックバック(0)

2010年 07月 26日

デリケート

31h6%2B09RvQL._SS500_.jpg

 起きがけのポーク・カレーにキャベツの千切りをこさえ、さくさく食す。
 やはりカレーはポークの頻度多し。
 Rちゃんはまだお子様カレーも食べてくれない。一口お口に入れて「違う!」と感じたらもう食べない。とてもデリケート。

 製氷器部分に霜がこびり付いていた。比較的新品の冷蔵庫にも関わらず、夏場に毎回霜がつくことが気になっている。引き出した折凍り付いており、出し入れに難あり。

 家で冷房を付けないまま、パソコン業務を行っていると徐々に汗がしたたり落ちてきた。外出30分前にシャワー。
 さっぱり気分で外へ。
 蒸し風呂のような気候だったのに、小雨がパラついた。

 入稿後の遅い夜、約束していたジャーナリストTさんと編集者Tさんと久々3人会食。
 ジャーナリストTさんは大変お酒のお強い方で、前回呑みの印象では「こちらがもたないかも…」とその酒豪ぶりに驚いた記憶があったが、今日はほんのり酔いの雰囲気を身にまとった感じでよいテンション。
 室内に入ったら、とても新宿とは思えないバーを編集Tさんにご教示いただき、軽く1杯。
 ジェフ・ベックが大好きで、ヘミングウエイが好んでいたという「モヒート」が、心底好きで飲める体質には、まだなれそうにない。

投稿者 yonezawa : 19:57 | トラックバック(0)

2010年 07月 25日

沖縄のフォトブック

54822369_235.jpg

 島田紳助総合司会、FNS『26時間テレビ2010 超笑顔パレード 絆 ~爆笑!お台場合宿!!』の深夜のコーナー:さんま、紳助、中居のフリー・トークを見終えて就寝。
 さんま、紳助…同期の2人、未だ興味深い間柄だ。

 午前中に目覚めてしまい、その後Rちゃん、おいらの部屋に入り浸り。
 自分で動画カメラを撮るだ、ビートルズをかけろだ、「SO MANY TEARS」というおいらの未発表曲をかけろだ、最近ニューキャラが増えたそうな「ハートキャッチプリキュア!」のパズルをやろうだ、自分もギターを弾くだ、うんちだしっしだと、とにかく矢継ぎ早に注文が殺到。
 おトイレも基本的に一人でこなせるRちゃんは「1人で出来るところ」を知らしめたいらしく、トイレのドアの前で「ここでまってて」と言い、用を終えると「おったーん、できたー!」と大きな声で合図。
 Rちゃんを筆頭に家族とバンドで過ごした沖縄のフォトブック、作ろうっと。
 
 ニュース観覧。
 裁判公判の行方を報道していた、大阪市西淀川区で起きた虐待〜衰弱死事件に再度呆然。
 ベランダに放置された当時9歳の女の子は、死亡前夜に被告人から激しい暴力を受け、ベランダにほうり出されたまま亡くなったとされている。
 寒い季節だったので低体温症だったのか。なんと信じがたきいたたまれない事件なのだ。
 子供の理不尽な行動、言動は、時にノーマルな大人の感情も突き動かす釦にもなろうが、それでも怒りの幅は知れている。
 何故、常識では考えにくい逸脱した虐待にまで発展するのか。
 理不尽さと果てしない怒りで、ニュース映像に写し出された裁判の回想シーンを虚脱した心境で見つめていた。
 9歳の女の子、改めてご冥福をお祈りしたい。

投稿者 yonezawa : 19:56 | トラックバック(0)

2010年 07月 24日

Inception

130382511-378af7b4002bbaea604960b669fcb086.4c3fa100-full.jpg

 「私の今年のナンバーワンはそれです」
 そう言った映画会社K:FKの発言が気になっていた。
 早く観に行かなきゃと思っていた矢先、映画『それいけ!アンパンマン ブラックノーズと魔法の歌』公開の情報を知り、この機会に観るべし! と午前中から家族で新宿へ飛んだ。
 Kの言った“それ”とは映画『インセプション』。ネット予約したチケットを発券し正午より鑑賞。
 申し訳なかったが、Rちゃん鑑賞のアンパンマンは伴侶に付き合ってもらう。
 
 『インセプション』(原題: Inception)は、クリストファー・ノーラン監督・脚本・製作による2010年のアメリカのSFアクション映画。
 口コミでは内容の深さを伝えにくいので、「是非観て」と薦めるしかない類の作品と認識。
 クリストファー・ノーランは『メメント』の取材時に単独インタビューをやり、余談ながら彼がレディオヘッドのファンであることを聞いたのはその時。
 映画と関係ない話もフランクに語ってくれたあの日のことを思い出した。
 イギリスの映画プロデューサー:エマ・トーマスは、ノーランの妻でもあり、本作品のプロデューサー。かつノーランの全作品をプロデュースしている。

 映画を途中まで観た時ふいに思い出したのは、日本が世界に誇る作家:夢枕獏の傑作小説『魔獣狩り』だった。
 劇中、あるシーンで現実世界から別の世界に飛び込む場面があるのだが、そのシーンが『魔獣狩り』に登場する“精神(サイコ)ダイビング”というシステムに酷似しており、インスピレーションの基はそこではないのか? という憶測が頭を過ぎった。
 2000年頃公開された、ジェニファー・ロペス主演の映画『ザ・セル』という作品に至っては同じく『魔獣狩り』の持つアイディアとの酷似さがあまりに露骨であり、その時獏さんに電話でお伝えした記憶があるが、今日も鑑賞直後に思わず獏さんに電話していた。

 事実関係は知るところでもないし、至って寛大に笑っておられた獏さんはだったが、『ターミネーター2』作成中頃辺りに、某日本の雑誌編集者が某アメリカの巨匠映画監督に夢枕獏作品を贈呈し、啓蒙したという事実はあながちナメたモノではなかったのだと認識している。
 小説に限らず、ハリウッドは日本のコミックも驚くほど熟知していることは作品へのオファーを見てももはや常識だし、いわゆる“パクリ”があってもなんら不思議ではない。
 獏さんは、『インセプション』にも重要な役所で登場している俳優の渡辺謙さんとも先頃異国で談笑する機会があったそうで、次回その時の話を是非伺わせていただこう。
 
 そうした枕はありながらも、ノーランはやはりすごい。
 『第9地区』も『告白』も観ていないが、おいらの年間ナンバーワン映画作品はもしかしたら『インセプション』になるかもしれない。

 早い夕方、荻窪へ引き上げ、17時に合わせて丸長へ。
 店頭に並ぶものの待てど暮らせどシャッターが開かない。
 おかしいな? と思い、暑いのでRちゃん&伴侶はクーラーを入れた駐車場の車内に待機させ、おいらは30分一人で並んでいた。しばらくしたら客がチラホラ。
 時計は30分の経過を知らせ、結局17時30分からの営業時間というのを後から知り、ガックシ。相当汗だく。
 Rちゃん用に普通の中華ソバを注文したが、彼女はほとんど口にせず、つけ麺につまみのメンマ、シューマイまで食って胃が割れそうになった。

投稿者 yonezawa : 19:55 | トラックバック(0)

2010年 07月 23日

2ショット写真

41slHZIA5rL._SS500_.jpg

 沖縄滞在中、折を見て写真を撮ってくれたおふくろからの写メールが届いた。
 海岸で浮き輪をしたRちゃんとおいらの2ショット写真を見ていると、おいらがRちゃんぐらいの頃の、古き良き米澤家の団欒を思い出し感慨深い気持ちになっていた。

 あの時代の屈強な親父と、凛とした母が、いかにきちんとした家庭を築いていたかを痛感する思がしていた。
 紛れもなくおれら姉弟は幸せだった。
 その後の姉弟各々の人生は、おいらも含めて情けないところもあるけれど、両親のもとに生まれて最高だという自負を今日も認識させられた。

 今から遡る42年前以上昔、おいらを海岸で撮った、わずかばかりの尺の8ミリ映像は貴重な思い出だ。親父がおいらを海岸沿いで遊ばせている映像と、Rちゃんと自分の画像が見事にダブるのだった。
 父も母も、やっぱりスゴかった。
 生きることに、育てることに、喜びのために、誰よりも純粋だったから。
 Rちゃんが大きくなったら、米澤家の祖父母がいかに温かく偉大であったのかを、ゆっくりと教えてあげなきゃならん。

 「おったんがいちばんすき!」「おったんとけっこんする!」
 これらの言葉を今の時期だけ真に受け、この宇宙で最も大切な時間を心に刻んでおこう。

 沖縄で、ことあるごとにRちゃんが耳打ちしていたのが、「おったんがいちばんすき」の言葉だったことを深夜に思い浮かべ、一人にやけた。

投稿者 yonezawa : 17:26 | トラックバック(0)

2010年 07月 22日

断念無念

517cbWPmMSL._SS500_.jpg

 2冊のコミックスの入稿のため、本日真っ先に向かうハズだった大阪開催の「第三回ギャグ漫画家大喜利バトル!!」へは到着ならず。
 エグチンの勇姿をライヴで見たかった…
 海陸先生と直に語りたかった…
 やむなし。
 YJ:F原の土産話を待つことにしよう。
 
 夕方、編集部内の歓送迎会の地:赤坂の居酒屋に移動。
 入店して、まず目に飛び込んできた光景に驚く。
 新入社員のS、新機軸雑誌準備室に移ったM副編らを囲み、いつものスタッフ呑みの空間に身を委ねる。
 2軒目は、生前、開高健の通っていたというシックなバーに。ご馳走してくださったHさんと久々に乾杯。
 
 まだまだワインバーで呑んでいるという若手スタッフの情報を得、編集Tと移動。到着後、しこたま呑んだ後解散。いち早くタクシーを拾って帰途についた端に、「もう1軒店を移ったので、是非帰ってきてください」の言葉に促され、同じ場所へとんぼ返り。何をしている、おれ。

 河岸を変え、残ったスタッフと合流した店のソファにかけたら、隣には「家政婦は見た!」の市原悦子に似た年齢不詳の女性が腰掛けた。絶句。

投稿者 yonezawa : 17:30 | トラックバック(0)

2010年 07月 21日

夜忍戒 in 青山

51O0Cqs%2B%2BWL._SS500_.jpg

 今宵「夜忍戒」開催の場は青山の居酒屋。Y、K、Iちゃんの4名でいつもの酒席開催。
 Kによればクリストファー・ノーランの「インセプション」が大変な傑作なんだと言う。
 思えば「メメント」でどんだけ優秀な監督なんだろうと思った日から、このノーラン監督からは目が離せないのだが、方々の映画人から洩れ伝え聞こえる本作のクオリティは相当なものだと予感する。
 2軒目のバーはIちゃんが十数年ぶりに訪ねたという店で、この男のグルメ機微の底力を窺い知る。
 珍しく、呑みラインナップに日本酒を織り交ぜてしまったこともあってか、帰途の道中は爆睡だった。

投稿者 yonezawa : 17:31 | トラックバック(0)

2010年 07月 20日

沖縄5/帰京

10071914909.jpg

 チェックアウトの際、ライヴ録音されたプロ・トゥールス・データを、Sくんの中継でフロントより拝受。
 タクシーで那覇空港へ。
 最後の土産品を物色しつつ搭乗手続き。
 母の便が30分程度先に九州へ向けて離陸した。おふくろもおつかれさまでした。
 
 羽田着。モノレールで浜松町を経由し、有楽町より帰社。
 怒濤の入稿作業に突入。午前5時、仕事に区切りをつけた。

投稿者 yonezawa : 15:12 | トラックバック(0)

2010年 07月 19日

サザンビーチホテル&リゾート オキナワ/沖縄4

CA3A1280-0001.JPG

 早朝から大先生は外のベンチでギターを弾いている。
 朝、Kちゃんがyoyoに指南を受けていたのは、二日酔い醒ましの体操だった…。
 朝飯を頂き、ここから別行動するSくん号に荷物を搭載させてもらい、11時頃面々チェックアウト。
 今日だけは天候がかなり崩れる局面もあり、朝から雨模様。
 メインの目的地の一つであった「沖縄美ら海水族」へ到着。
 大水槽を泳ぐジンベエザメに圧倒され、わずかばかりのイルカショーも鑑賞。
 Rちゃんはまだこの大きな海洋生物の凄さが理解出来ないのか、大水槽には興味がなさそう。
 入園料は大人1800円。
 遅めの昼食には、再び移動中に飛び込んだレストラン。この店のチョイスも正解で嬉しい。従業員が無愛想以外は問題なし。
 全行程を運転してくれたチャーリーに感謝しながら、助手席で何度かオチていたおいら。
 車をレンタカー屋へ戻し、現地解散。
 
 土産をいくつか買っておきたいというリクエストに応え、米澤家はモノレールで国際通りへ出た。
 一通り買い物を済ませた後、タクシーで最終宿泊地:サザンビーチホテル&リゾート オキナワへ。
 チェックインし、荷ほどきした後、急いでRちゃんと室内プールへ。
 こちらでは持ち込みの浮き輪はNGで、室内にある腕に挟み付ける浮き輪を、Rちゃんの両腕の付け根に装着させ、正味40分程度の水遊び。
 Rちゃん、超ゴキゲン。
 思いの外体力を奪われたおいらだったが、部屋へ戻り、Rちゃんをお風呂に入れ、おいらもシャワー。
 夕飯は館内のバイキング・レストラン。ここでも大量に食い尽くした。最終日には酒も飲まないまま。
 遊び疲れたRちゃんは早くにベッドにダウン。俯せに寝たRちゃんの足の延び具合にまた驚く。
 おふくろは果たして楽しんでくれたのか。気疲れしてなきゃいいけれど。おつかれさまでした&ありがとうございました、お母さん。
 ともあれ、こうして沖縄最後の夜が更けていった。

投稿者 yonezawa : 15:11 | トラックバック(0)

2010年 07月 18日

オン・ザ・ビーチ ルー/沖縄3

CA3A1286-0001.JPG

 早朝の朝食を頂き、10時30分待ち合わせでおもろまちのレンタカー屋へ。
 この店、DFS内にあるのだが、レンタルに際した契約を交わし車に乗ろうとしたら、乗り場にたどり着くには延々ショップ内を横断させる仕組みになっており、こちらは段ボールだ楽器だと抱えているものだから個人的に暴動を起こしそうな意識に陥り、怒りで呆れる。
 ともかく作りが最低。

 普通車とワゴン車の2台をチャーターし、普通車はSくんKちゃん水入らず号に。
 ワゴン車はチャーリー運転のbambi&米澤家号。一路、オン・ザ・ビーチ ルーへ。
 途中、Aコープか何かに隣接する食堂で昼食。チョイス正解。美味。スーパーで花火を購入。
 羽田からことあるごとの一連のシーンを、一眼レフとハイビジョンカメラで切り取るおったん(私)の仕事は、ライヴを終えてもまだまだ続く。

 15時前後にルーへ到着し、準備の出来た者から海へ飛び込んだ!
 海──久々。
 浮き輪を持ったRちゃんと、初めて本格的に泳いだ。
 満面の笑顔。「キャッキャッ」とはしゃぐRちゃんの表情を見るためだけにこの地へやってきたことを、もはや本題のライヴそっちのけで感じていた。
 この2度と還らない今だけの、この素晴らしき景色も瞳に焼き付けておこう。

 小一時間の水遊びを終えた頃、丁度夕飯のバーベキューの用意が整う。素晴らしい。
 野外の海外沿いで涼しく夕景を見ながら、地元のバンド仲間、そしてかけがえのない家族とバーベキュー。これほどの贅沢があろうか。
 大量の肉と野菜が大変なペースで胃袋に消えてゆく。浮世離れしたこの環境を踏まえ、ビールも泡盛もより絶品と感じられた。

 そろそろRちゃん就寝の時間。
 残ったbambiの面々で大先生のギターの音色を聴きながら、ちびちびと泡盛を流し込む。

 今回のツアーで初めてゆったりと語る機会を得たSくんの彼女:Kちゃんが、大先生の伴奏で深夜の野外にて「青い珊瑚礁」を熱唱。
 泡盛と沖縄の海が導いた風景であった。

投稿者 yonezawa : 15:10 | トラックバック(0)

2010年 07月 17日

ライヴ本番/沖縄2

CA3A1282-0001.JPG

 早朝の朝飯を頂きに最上階レストランへ。
 すこぶるよい天気。大きな窓から差し込んでくる太陽光線が目映い。
 食事を終え、国際通りを散策。
 那覇オリジナル・ブランドのアロハシャツ屋に飛び込み、しばらく物色したらなかなかよい物件だったので、母、九州の姉:M、伴侶、Rちゃん、そして本日おいらのステージ衣装を確保するべく模様違い、色違いの物件を5枚購入。
 そのまま流れる汗をハンカチで拭きながら界隈を徘徊し、午後2時前にホテル・ロビーでbambiと合流。最終リハのため1時間のスタジオ入り。
 ここでベース:yoyoの音が鳴らない。
 それ以前に、彼女のメインとなるベースがホテルに到着していないというのだ。本番もレンタル・ベースになることはこの時点ですでに確定ではあったが、リハにあわせて借りてきたベースも断線だったのか音が出ず。ガックシ。
 こうしていくつかのトラブル(ホテル到着後、「家と車の鍵を紛失した!」と、この時点では勘違い中の私。結論は、家に置き忘れてきていたが帰宅するまで判らない)を経て、市場で昼食を済ませ、我々バンドメンバーはライヴハウスGROOVEへ向かった。

 場末感の赴き溢れる小屋を位置を確認し、リハ後、家族の夕飯に合流するべく国際通りに戻り、本番20時前に再び家族連れでとんぼ返り。忙しい。

 本番、20時スタート。

 ハイビジョンカメラで狙っている被写体はライヴを観戦するRちゃん。つまりステージ上から客席に向けたカメラをセッティングしているおったん(私)だった。
 bambi全員ロック。紛れも無きロックバンド。
 ノルマの1時間、ビッチリ演奏敢行。良き汗かいた。
 複数の対バン演奏を拝聴し、爆睡もし、すべてのセッションも終わった後、遅い夕飯に移動。
 なんだか当たり前に沖縄公演を終えたbambiであった。安堵&乾杯。

投稿者 yonezawa : 15:09 | トラックバック(0)

2010年 07月 16日

離陸/沖縄1

51dc5XXT%2BOL._SS500_.jpg

 あろうことか、Rちゃんが昨日の午後より発熱。ガックシ。
 今日から待望の沖縄ツアーだというのになんて事態なのだ。
 幼稚園はある意味病原体の巣窟でもあり、空気感染で園の子供達から様々な菌をもらってきてしまうことが続いている。致し方なく、そんなものなのだろうが間が悪かった。
 大事をとりつつ様子を見ながら、周辺の心強いbambi医師らのアドバイスを拝聴しつつ沖縄行きを決行。なんとかなるさ。

 午後、羽田へ向かった。一路那覇へ。
 本島に来たのは何年ぶりだろう。10年は経過している気がする。
 南国の風情を肌に感じながら到着フロアに待機。
 先乗りしていたY兄の姿を発見した頃、bambiの面々も順次合流。数分違いの便で全員が到着。
 長蛇の列をなすタクシー乗り場に律儀に並び、2つの宿泊ホテルへと移動。
 国際通りの外れにあるホテル・オーシャンにまずは2泊の予定。部屋で先乗りした母と合流。ホテルのオフィシャルHPには記されていなかったが、多分普段は宴会場として利用すると思しき広めの和室の一室が予約した部屋だった。
 Rちゃん仕様のため、今回の旅は基本的に和室を探しての宿泊だったが、なかなか和室の部屋を探すのは難しかったところ、Sくんの協力もあり無事確保。
 荷ほどきをし、家族が休んだ頃、bambiーズ到着乾杯の席に駆けつけ、今夜も大先生に愛で突っ込む。
 マジで沖縄ライヴにやってきてしまった。

投稿者 yonezawa : 01:45 | トラックバック(0)

2010年 07月 15日

手紙〜親愛なる子供たちへ〜

cg17.jpg

「手紙〜親愛なる子供たちへ〜」

作詞:不詳 日本語詞:角智織・補作詞:樋口了一 作曲:樋口了一
(元々はポルトガル語で書かれた差出人不明の一通のメール)

年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても どうか そのままの私のことを理解して欲しい

私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても あなたに色んなことを教えたように 見守って欲しい

あなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返しても その結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい

あなたにせがまれて 繰り返し読んだ絵本のあたたかな結末は いつも同じでも私の心を平和にしてくれた

悲しい事ではないんだ 消え去ってゆくように見える私の心へと励ましのまなざしを向けて欲しい

楽しいひと時に 私が思わず下着を 濡(ぬ)らしてしまったりお風呂に入るのをいやがるときには 思い出して欲しい

あなたを追い回し 何度も着替えをさせたり 様々な理由をつけていやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを

悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に 祝福の祈りを捧げて欲しい

私の姿を見て 悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい
   
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらい事だけど 私を理解して支えてくれる心だけを持っていて欲しい

きっと それだけで 私には勇気がわいてくるのです

あなたの人生の始まりに 私がしっかりと付き添ったように 私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい

あなたが生まれてくれたことで 私が受けた多くの喜びとあなたに対する変わらぬ愛を持って 笑顔で答えたい

私の子供たちへ 

愛する子供たちへ
http://www.teichiku.co.jp/artist/higuchi/disco/cg17_lyric.html

投稿者 yonezawa : 01:43 | トラックバック(0)

2010年 07月 14日

ポルトガル料理

CA311112222A.JPG

 プロバレリーナH、編集者希望で初対面のHさん、現役編集:Uらの初面子でポルトガル料理。

CA3A111111101.JPG

 時間も場所も集合時間の4時間前にようやく確定させ、二転三転した待ち合わせ場所が変更の末、渋谷松濤に落ち着いた。

CA3A111111.JPG

 気持ちのよい店員によるポルトガル料理とワインに関する豊富な知識が嫌みなく、賑やかで愉快な酒席を演出してくれた。
 仰々しくもなく、気取ってもいないこの店、何かの機会に再び訪れることにしよう。

 地元へ電車帰還し、Sちゃんと合流。店には大勢の作家・編集者が偶然集っており、遅れてやってきたQさんの誕生日を居酒屋カウンターでお祝いし、SとZの入籍お祝いも。
 なんともおめでたい日が重なった。

投稿者 yonezawa : 02:02 | トラックバック(0)

2010年 07月 13日

ばくさんにあいたい

-Users-yonezawa-Desktop-CA3A1267-0001.JPG

 朝起きたら、夕べいっちゃんにお土産で頂いたラスクは跡形もなく食い尽くされていた。

 冴えない天候で梅雨最後のたらたら振りしきる雨が憂鬱。
 幼稚園から元気に帰宅してきたRちゃん、お弁当もきちんと平らげている様子。
 今日は何を思ったのか、突然「ばくさんにあいたい!」と作家:夢枕獏兄のことを言い出すので驚いた。会話の中で洩れ聞こえる単語をなんとなく思いつき、口をついたのだろう。
 予想の出来ない我が子の思考が実に面白い。
 
 午後から原稿取りの深夜までデスクに張り付き、もの凄い量の入稿原稿を洗う。
 1日の作業量を遙かに超えている故か、いくつかの抜け落ちもあるのだが、ともかく黙々と確認作業。
 雨の中、原稿を受け取り、終電とタクシーを乗り継ぎ帰社。帰宅は4時を回りそう。

投稿者 yonezawa : 02:02 | トラックバック(0)

2010年 07月 12日

CA3A1246-0001.JPG

 《39年回》とは、おいら、そして名物編集者:いっちゃん、&フォトグラファー:尾形の3人を指す集合体のことで、全員昭和39年生まれ。
 そんな同い年のベスト面子で久々に酒を飲み交わすことに。

 今日は、日本のトップギタリスト:Cさんの極秘撮影現場潜入に誘われていたのだったが、会食の約束の方が先だったので当たり前に見送った。
 撮影に立ち会えなかったことは残念だったが、親しい仲間なだけに今日の約束の延期は考えられなかった。

 同じ時期に同じ編集部で、それこそ同じ釜の飯を喰った連中だ。
 いつも同じ距離で、それぞれがそれぞれとの酒の席をいつもいつも心待ちにしている。少なくともおいらはいつもそう。
 しかしそれほど頻繁に会うわけではない。それぞれの多忙さも知っているから。しかし会えばその距離はいつも変わらない。
 こんな距離感を感じる仲間は他の編集部にはいない。
 同い年の大将の握る寿司を頂きながら、ほろほろと酔いが回る様の心地よさといったらなかった。
 情けない話も、ここだけの話も、シビアな話も、笑い話も、会話の垣根がすべて取り払われ、酔ってきたおいらの思考は「果たしておいらが、連中のためにやれることは何だろうか?」といった意味合いのものへと傾いてゆく。
 20年以上の付き合いを超えたきゃつら、もはやある種の幼なじみのようなものだ。いやー実に楽しい。

投稿者 yonezawa : 02:09 | トラックバック(0)

2010年 07月 11日

Don Ross

CA3A1258-0001001.JPG

 Don RossをYouTubeで久々に検索したら新しい動画がアップされていた。
 http://www.youtube.com/watch?v=gBwM9VqmxQE

 やっぱりこのおじさん、おいら大好き。
 カナダで活躍するギタリストのようだが、機会があれば是非ライヴも見て見たいものだ。
 ふららとサイトを検索しながら、村治佳織と押尾コータローの『IN MY LIFE』にヒットさせ、心癒される。
 ギター・インストのザ・ビートルズ・トラックなら、今日の気分はこの曲がベスト。
 破格のメロディの素晴らしさに、中学時代、大分県玖珠郡玖珠町で感じた時と同等の感激と歓びを今日も感じていた。
 
 昼下がり、Rちゃんと自転車に2人乗りし、参議院選挙の投票へ。
 「なんでこっちにいくの?」「なんでこっちにすわらないの?」とRちゃんの何で?集中攻撃を受ける。
 
 夜の特番でたけしさんの出演されるTBSをベースに観戦し、最後の方でおいらの応援しようと思っていた候補者が当選したのでほっとした。
 しかし、この国はどこへ向かってゆくのか。

投稿者 yonezawa : 03:48 | トラックバック(0)

2010年 07月 10日

ロック・バンド

61CDG.jpg

 昼、大道塾の吉祥寺道場で(一度たりともやったことがないくせに)軽く汗を流し、道場の新しいチラシ作成のための軽い撮影に立ち会う予定でいたが大いに甘かった。
 今朝方までの痛飲であえなく断念。
 夕べ、午前4時前頃の時点で泣きのメールを師範代:飯村、モデルを担ってくれるHへ送っていた。申し訳なし。

 パワー全開のRちゃんのツッこみが今日もキツいキツい。
 「ねないで、おきてぇー、おったん」ときつく注意されながら頭を持ち上げられる。気だるい身体をいかに休めさせるか、姫とせめぎ合いの攻防が続く。

 一昨昨日、七夕の笹を持って帰ってきたRちゃん。
 短冊に書いた(幼稚園の先生に言葉で伝えて書いて貰う)お願い事は「プリキュアになれますように」だったそう。しかしどうも本心でもなさそう。天の邪鬼に揺れる乙女心、複雑。

 夕飯には焼き肉を戴き、2時間のバンド・リハへ。
 本番までついに最後の音出しになってしまったが、結局攻略してないままの某曲のソロ箇所は気分のおもむくままのアドリヴで乗り切る所存。
 しっかしbambiはずいぶんとロック・バンドになったものだ。

投稿者 yonezawa : 03:49 | トラックバック(0)

2010年 07月 9日

打ち上げ

51PgRQ2DqpL._SS500_.jpg

 雨降りしきる中、夕方の空き時間を利用し校正刷りをデザイナー事務所へ。
 夕方19時より開催の、映画『マリア様がみてる』打ち上げの席へ向かった。
 メインキャスト、メインスタッフほとんどの皆様がすでに到着されていた。宴の行われた近所の焼き肉屋はとても賑やか。

 クラックアップから少し時間が経過していることもあり、大きく髪型の変わった女優さんもいらっしゃったが、みなさんの笑顔を見た瞬間、あの日の現場の空気を思い出していた。
 これからも引き続き行われる編集作業が映画本編の鍵を握ることには間違いないが、今後のパブリシティによって本作品が世間にどう認知されてゆくのか、といった部分もある故、我々の本当の正念場もこれからだという気構えになる。
 
 主演:波瑠ちゃん&未来穂香ちゃん、そして高田里穂ちゃん、平田薫ちゃん、坂田梨香子ちゃん、秋山奈々ちゃん、三宅ひとみちゃん、滝沢カレンちゃん、碓井将大くん(今夜は残念ながらスケジュールの都合で参加ならなかった広瀬アリスちゃん)、そして関係者の皆様方、お疲れさまでした。引き続き宜しくお願いいたします。
 
 二次会、三次会では本編の映像責任者である寺内康太郎監督と初めてゆったり語る機会を得、酔いにつれ、映画を軸にした様々な意見交換の場となり貴重な夜を過ごすことが叶った。

 絶賛編集中の映画『マリア様がみてる』は今秋公開予定。 

投稿者 yonezawa : 15:39 | トラックバック(0)

2010年 07月 8日

川のささやき

CA3A1275-0001.JPG

 夕べ作家と梯子したバー「やまざき」は老舗でかなり有名な店なのだと言う。バーの草分けだとか。
 ここに来たのは2回目だ。メニューにあった見知らぬカクテルなどを似合わないくせに注文してしまい、案の定失敗。その味はモンダミンだった。

 昨年訪れた際、カウンターにあった楊枝を1本抜き取り、起用に包丁で削り先を尖らせ「はいどうぞ」と食後のおいらに差し出してくださった大将の醸し出す空気が嫌いではなかった。
 同行者の方とここ金寿司へやってきたのも2度目だ。
 昼間からランチ営業をやっておられる同店、1F席はあっと言う間に満席に。
 仕事ぶりも粋な佇まいながら、やってくるお客の数というのがなんだかいなたい空気を感じさせてくれた。

CA3A1278-0001.JPG

 午後の便で帰京。編集部で雑務をこなし、迅速に紀尾井ホールへ飛ぶ。
 エイベックス・クラシックスのコンベンションにどうにか間に合った。
 今日の目的は、もはや世界的ピアニストとして認知される辻井伸行。
http://www.nobupiano1988.com/index.html
 出演した3組の音楽家のうち、トップで数曲披露した辻井。最後に奏でたオリジナル曲「川のささやき」が最も印象に残る。
 Kと新宿へ電車移動。積もるあの話、この話は久々の「だいこんの葉菜」にて。以前この店で共に呑んだSさんとの会以来の訪問だったように記憶する。そのSさんが亡くなられて先月で丁度1年が経った。早いものだ。
 この店、料理、やっぱりナイス。

投稿者 yonezawa : 15:39 | トラックバック(0)

2010年 07月 7日

街のエネルギー

CA3A1274-0001.JPG

 パラつき気味のジメジメ天気。とっとと過ぎ去って欲しい梅雨が続く。
 冷蔵庫にある野菜、豚肉を見つけざまアッシュ(みじん切り)して、卵を落としてご飯を入れてかき混ぜる。四国土産の出汁醤油を絡ませ、あがりに若葉のふりかけを足し、正味5分程度で作成した簡易チャーハンをワサワサかっ喰らった。

 荷造りを終え、戸締まりして電気系統を確認し外へ。
 ああ、今日も明日も下手したら明後日もRちゃんに逢えないかもしれない。
 「とりあえず札幌に着いたら電話しとこう」と考えながら羽田へ向かった。

 1時間数十分後、新千歳空港着。現地へ降り立てば湿気をなくしせば東京の気候とあまりかわらない塩梅。
 新千歳空港から電車を乗り継ぎ、ホテルへチェックインして15分後に現地在住作家と合流。
 この街にも折に触れ訪れてきたが、現地の方々の人間性、街のエネルギー共に大好き。
 夕飯に戴いた薄野 鮨金の仕事ぶりに歓。ご飯の途中、Rちゃんと少しだけ話せた。
 
 「どこにいるの? はやくかえってきてね」

CA3A1276-0001.JPG

投稿者 yonezawa : 15:39 | トラックバック(0)

2010年 07月 6日

スコール

511hzutuQ%2BL._SS500_.jpg

 NHKは、大相撲の名古屋場所生中継を中止するそうだ。
 生放送を見送るケースとは、自身の記憶にしろ極めて異例の感じ。
 意識して見たことなど大してないのだが、地方で相撲中継がないという現象は特異に映ることだろう。

 最近、雨模様の時間帯には室内におり、それに気づかないケースが多い。
 深夜、終電で向かった原稿取りの前にも雨は降っていたようだが小雨になってくれたのでラッキー。
 深夜3時、入稿完了。明日は札幌。

投稿者 yonezawa : 18:04 | トラックバック(0)

2010年 07月 5日

Oさん

20080727-HikoSyojyoYoko.jpg

 ヤンジャン編集部に所属して早22年目となった今年。
 内勤の外部スタッフとして最初に携わった雑誌は、今は無き月刊ベアーズクラブ。
 最初の社員旅行で隣の隣に座っておられたのは、すぐ隣の編集部に在籍されておられた先輩編集者のOさんだった。
 そのOさんより、僭越ながらビールをお酌していただき、そこで交わした会話がOさんとの初めての出会いのようなものだった。

 やがてOさんも同じ月刊誌に所属することになり、沢山の仕事を共にさせていただいた。
 編集者としての機微を勉強する、極めて貴重な機会をたくさん得た。
 Oさんは知り合った当初から我が両親にも年賀状をお送りくださった。

 大学生の男性読者5名を引率し、訪れたロンドンのネヴァースは初めての海外取材だったが、そちらは信頼を寄せるOさんと一緒だった。
 野外フェスでピンク・フロイドとマッカートニー、そしてレッド・ツェッペリンを観戦しながら、Oさんと半日以上野外で過ごした彼の日は、忘れられないよき思い出となっている。

 やがて編集者から編集総務セクションへ移動され、常勤するビルも変わってしまってから食事をする機会はずいぶんと減ってしまったが、お会いすればブランクの時間など瞬時に吹き飛び、いつものおちゃめなOさんとの距離がとたんに埋まり尽くす。

 そんなOさんが今週9日(金)を持って勇退、定年退職されることになった。
 おいらにしても、なんと長い時間が経ってしまったのかと感慨深い気持ちになっていた。
 36年以上の長きに渡り、大出版社に勤務され、青年誌の黄金時代を歩んでこられたOさんの魅力は筆舌に尽くしがたいほど。
 何があっても温厚なOさんの人間性は驚嘆ものだ。自分など生涯到達出来なかろう、人としての大いなる器を感じさせるてくれる最たる先輩の一人がOさんだった。

 送別会が行われた高級中華屋での、古くからの仲間によるスピーチは爆笑の嵐。
 今後も再雇用として週の半分程度は関連会社に出社されると聞き、これまで以上にOさんと密になりたいなと心で思った。
 今夜の賑やかな宴は、そんなOさんの素晴らしい人間性も指し示していた。
 Oさん、節目となった今日まで本当にお疲れさまでした。そして末永くお付き合いの程、引き続き宜しくお願いいたします。ありがとうございました。

投稿者 yonezawa : 18:04 | トラックバック(0)

2010年 07月 4日

造形的なまとまり

51oDty8XApL._SS500_.jpg

 昼飯からRちゃんとなんたらかんたら部屋で過ごす。
 Rちゃん用のコロッケも揚げ、小さく切ったトマトを昼食に用意し順番に食べさせる。
 今日はポテト・コロッケもトマトもご飯も綺麗に平らげてくれ、嬉しい。 

 クレヨンでお絵かきを始めたRちゃんに「久々にビデオで撮っていい?」と伺ったら笑顔で「うん、とって!」とRちゃん。
 少しずつ変化を見せ、確かに造形的なまとまりを示し始めた。成長を感じさせる彼女の描く絵に感心する。
 数枚のお絵かきの中、数枚バスの絵を描き「ブーンブーン」と紙を持ち、寝室で昼寝中のママ寝室の、扉の隙間に差し込んだRちゃん。
 Rちゃん自身をモデルに、自分も絵を描きたいなと久々に思った。

 午後16時前にスタジオGOKへ。沖縄仕様のbambi最終リハ、ラス2。
 見つからなかったパズルのピースが埋まってゆくように、前半のリハでは見えなかったアレンジがうっすらと見えてくる。
 メンバーそれぞれが、同じ分量ずつ気づいてゆくようなニュアンスで楽曲がジリジリとまとまってゆく様を体感。
 沖縄はもう目の前だ。

投稿者 yonezawa : 23:42 | トラックバック(0)

2010年 07月 3日

散歩

CA3A0001.JPG

 天気もよかったので、ママの昼寝中Rちゃんのリクエストに応じ、セブンイレブンまで散歩。
 近所の市立体育館には幼児のお遊びスペースがあり、「そっちにも行ってみる?」と訪ねたら「うん、いこう」とRちゃん即答。
 「まえに、いったことあるもんね!」と、ちゃんと以前のことを覚えていたRちゃん。
 体育館内の広場には大勢のチビッコたちがわんさか訪れてきており賑やか。
 ほとんどがママの引率で、Rちゃんが同い年の知り合いのコを発見し、そのコのお母さんにもお話しに駆け寄って行った。
 トランポリンやらジャングルジムやら、囲いに沢山のボールが敷き詰められたスペースやら、プラスチック製のようなドラム缶(中に入ってゴロゴロ回転させる)やらで一通り遊び尽くし、正味1時間が経過。
 徒歩でセブンイレブンを目指し、苺アイスをゲットしたRちゃん。
 このわずか数百メートル範疇に広がる宇宙のなんと素晴らしき景色。この夏、Rちゃん、きっと激しく日焼けする予感。

投稿者 yonezawa : 03:18 | トラックバック(0)

2010年 07月 2日

BG親睦会

CA3A1122-0001.JPG

 丸1日、Rちゃんに会えなかったのは昨日。
 昼、帰宅してきたRちゃんがおったんの部屋を開け「そのまま、そこにいて!」と言い、隣の部屋から、本日入手したお菓子つきおもちゃを見せびらかしに来た。
 シャワーを浴びると必ず浴室の脱衣所までやってきて、浴室の扉を半分開けこちらを覗き見しながらなんだかんだと語りかけてくる。
 「もうあがるの? まだあがらないの?」洗髪の際に何度も同じ質問が来るのは恒例。
 「後10分したら上がるからね」
 まだまだ身体洗いの最中、入浴中にやる浴槽洗いのブラシを取ってくれる。
 続けて髪の毛用のブラシも。使うのは湯上がり後の、もっと後なんだけれど。
 身体を拭いて、脱衣所に出ればRちゃんは洗面所の棚の横に登りきっており、タオル収納のスペースに常備しているおいらのパンツを1枚取り出し「はい、ぱんつ!」と先回りして渡してくれる。
 シャワー後のおったんの一連の工程を熟知するRちゃんは、常に先回りして気が利く行動をとってくれるのだ。なんとありがたいことなんだろう。

 ライヴの打ち上げは毎度大勢のゲストが集う宴会となる故、メンバー同士の親睦会とはならないケースが多い。
 今回、失速バンドのライヴで演奏した面子うち3名が初参加であったこともあり、本来ならもっと早く集いたかったのだが、僭越ながら貧乏暇無しのおいらの日程もあってようやく今夜、実現することに。
 ところがおいらの不手際か、肝心のバンマス:吉田おとうさんへの伝達が上手くいっておらず、おとうさん不在で今夜の宴を決行することに。なんでこーなるの。

 ドラムスKの招待ゲストにより、にわかに賑やかとなる。宴、つつがなく終了。
 恵比寿の阿夫利は終電もない時間帯なのに数名の客が待っており、我々待てなく断念。最終地は目黒の勝丸。
 おとうさん、楽しく飲んでしまい御免なさい。

CA3A1268-0001.JPG

投稿者 yonezawa : 23:47 | トラックバック(0)

2010年 07月 1日

バイタリティ

CA3A1121-0001.JPG

 夕べのフレンチが起きがけの体内にも蓄積している感覚。
 Superflyの「タイトル未定」の10thシングルは、かなりここちよい仕上がり。
 そして、やるとは予測していたが、「ついに」というか「待ってました」というノリで彼女の洋楽カヴァーの楽曲を聴くことが出来た。
 Superflyの洋楽カヴァー曲が、篠崎まこちゃん監督の今夏公開される映画「東京島」の主題歌に決定している。「(You Make Me Feel Like)A Natural Woman」がそれ。
 ともあれ完全解禁情報を待て。

 夕飯には口元が和食か鮨と決めていた。
 編集Cと、近い将来を睨んだいくつかの企画案を語り合い、青山〜六本木に移動。
 Cのバイタリティ、今の時代に貴重。

投稿者 yonezawa : 23:45 | トラックバック(0)