2010年 04月 30日

ボクシングWBC、WBOダブルタイトル・マッチ世界戦

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 先日、九州から帰省した日、買わなきゃと思っていた書籍をコンビニで発見。
 タイトル『意志道拓』。ボクサー:長谷川穂積の自伝を綴った本を迷わず購入した。
 
  本日、ボクシングWBC、WBOダブルタイトルマッチ世界戦を見届けるべく夕方、日本武道館へ。

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 スペシャルリングサイドの席を贈呈してれた漫画家の高橋ツトム氏、そしてその席を手配してくださった長谷川選手両氏に大きく感謝。
 
 セミでは粟生が痛快にTKO勝ちし、続くスーパーバンタム級チャンピオンの西岡利晃は、同級10位の挑戦者:バルウェグ・バンゴヤンを相手に盤石の試合運びで捉え、こちらもTKO(5R)で下し4度目の防衛に成功。
 最高のお膳立てが出来た午後7時、メイン:長谷川の試合時間が近づいた。

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 WBOという団体は日本非公認ながら、勝てば世界(アメリカ)への大きなアピールとなる。長谷川は、めっぽう強いと評判だった同級王者:フェルナンド・モンティエルをあえて防衛戦の相手に選んでいた。
 安定政権とも言える両世界チャンピオンの技術を思えば、どちらが勝つのかは中身を見るまで判らない。長谷川を信じる気持ちと不安が交錯する。まったく試合予想の出来ないままゴングが鳴った。

 しかし、試合はまさかの結末を迎えた。
 長谷川選手の4RTKO負け。結果、11度目の防衛に失敗。

 3Rまでは長谷川が相手を見切っていたと感じさせたし「何ラウンドで決めるのか?」という期待も高まったぐらいだった。
 モンティエルは時折トリッキーな動きで、相手のタイミングを外すリズムで攻めてくるが、突破口を見いだせない。しかし、4Rになってその読みにくい動きはより顕著になり、「これまでよりも予測しにくいパンチの繰り出し方もあるな…」と感じていた矢先のことだった。
 残り時間10秒の拍子木が鳴った直後、決定的な1発、そして2発目以降の連打を打ち込まれた。
 
 試合後、何人かの人たちからメールが到着。別件と併せて届いた江口兄からのメールに長谷川の試合に関して一言書かれてあった。
 「負けたね。残念。でも剣豪同士の斬り合いみたいないい試合だった。」
 まさに試合中、自分が感じていたことを端的に言い表した表現であり、その言い回しに胸のつかえがとれた気持ちになる。(未完の少年漫画『エイジ』(最終担当:米澤)が傑作であるはずだ)
 岩谷テンホー兄からのメールにしても「相手も素晴らしいチャンピオンだったんだね。長谷川にパンチ当てるんだからなー。しかしラスト10秒の油断かな。」と、漫画家諸氏の視点の的確さに大きく納得。漫画家には強烈なボクシング狂多し。

 帰社し、試合のVTR映像と控え室での長谷川選手のインタビューを見た。
 「コンディションはパーフェクト。言い訳は出来ない」といった意味合いの言葉を語っていた長谷川選手。
 正直、言葉も出ない結果であり、個人的にもかなりズシンときた試合ではあったが、再起戦の未来に向けて、一ファンとして応援し続けたい。
 今日は負けてしまったが、長谷川穂積、世界に誇れる素晴らしいボクサーだ。

投稿者 yonezawa : 20:21 | トラックバック(0)

2010年 04月 29日

“遊”の攻防

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 夕べの酒は午前7時まで続いてしまったので、起きたのはRちゃんが買い物から帰ってきた頃。
 少し遅めの昼食にスパゲティ・ナポリタンを頂く。
 いつものようにリクエスト通り、紙飛行機を作ったりしながらRちゃんとの“遊”の攻防が始まる。
 
 夕飯には焼き肉食べて、19時前にお風呂。
 ここのところ九州遠征もあり、Rちゃんとは久々のお風呂。たった4日逢わないだけで気持ち大きくなった気がするので、宇宙飛行士の山崎直子さんが2週間のミッションを終え地球に帰還し、子供と再会した際に「大きくなったね」と語っておられた気持ちがよく理解出来た。

 幼稚園が始まり、何かとスケジュールにも動きが出てきたRちゃん。明日の幼稚園に備え、午後9時頃には布団に。
 「おったんはあっち(自分)のへやにいって!」と断絶され、少し悲しい…

投稿者 yonezawa : 21:27 | トラックバック(0)

2010年 04月 28日

ロケンローラー

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 前々から楽しみにしていた飯会。
 ロケンローラー:K渕兄、ジェフ・ベックの通訳でもご一緒させていただいたMMちゃんとの3人会。
 たった1軒限定の飯会なので、ご飯の美味しい銀座:Gを予約し、おいらは赤ワインを注文。料理は店長:Nさんに、こちらのコンディションをお伝えし毎回委ねる。ここではそれが一番正解。

 今日の3人の共通点は圧倒的で強力だ。そこだけは音楽通の者にはどうしても自慢するしかないのだった。
 2007年のロンドンはO2アリーナで、アーメット・アーティガン追悼コンサートの会場に居あわせたのがこの3人であり、数少ないレッド・ツェッペリン再結成ライヴの超貴重な証人となったのが我々でもあった。

※現地でおいらが数えた日本人は(他にも居たのだろうが)20名程度だったと記憶する。
※ペアチケットを1900万円でオークション購入したイギリス人がいた。
※エリカ様&高城両氏も、おいらの席から左に10個ほど離れた並びの席から観戦されておられた。
※帰国後、コンサートの半券がインターネットのオークションで3万円に跳ね上がっていた。

 語り合う話が全部ロック。
 「こんな(おいらみたいな)ヤツって学年に2,3人ぐらいしかいなかったよ」と言えばMちゃんが「私も(こんなロックだけの体質のコは)学校で自分1人だけだったかも」っと共通項を語り出す。
 年齢差をまったく感じさせないK渕兄はジェフ・ベックよりも2,3個年上で、ボブ・ディランよりも1歳年下。スラッシュと同じ歳のおいらも、つまり年齢などまったく関係ない。
 20数年後に自分の未来があるならば、まずはK渕さんが目標だと今日も心で思う。K渕さんもMMちゃんもロックでチャーミング。

 時間の許す限り語り合いながら、終電までMちゃんとバーで乾杯し、おいらは一旦帰社。
 雑務を終え、吉祥寺で待ち合わせたSちゃんを訪ねたら、いつもの吉祥寺面子と遭遇。居酒屋:闇太郎にて、横一で毎度の飲みに突入。

 今日知り合った、先ちゃんの飲みだちミュージシャンとも親睦を深めることとなり、今年3月に武道館コンサートも成功させた、ポリシックス:フミちゃんとも乾杯出来た今夜は貴重な夜更けとなった。

 やがて時計は午前7時を指してた。めーいっぱいロケンロールな1日。
 みなさん体力さすが。先ちゃんも毎度毎度、さすがです。

投稿者 yonezawa : 01:21 | トラックバック(0)

2010年 04月 27日

帰社

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 午前5時から1時間ごとに目覚め、午前9時40分頃ホテルの車で宮崎駅に送迎して頂いた。
 9時59分の電車で宮崎空港へ。
 軽く土産屋を覗き、ちょっと余裕をもって待合い場のソファでなにげなくテレビモニターを見ていた。
 NHKの映像では、かつておいらが2年ほど住んでいた大分県玖珠町関連の町おこし的ニュースを流していたので、ふいに見入った。
 すると役場の人だか中年男性が登場し、イベントの説明などを行っていたのだが、そのうち1人の男性の名前に見覚えが。なんと同級生でバスケット部も同じだったM.M.がハッピ着て祭りの話をしているではないか。
 思わず動画撮影し、玖珠町出身の輩3名に即配信。笑った。

 12時20分発のSNAに搭乗。定刻通りフライトし、2時間もかからず羽田着後、一路編集部へ。
 東京も宮崎同様に雨模様で、編集部近くのコンビニで傘を購入。微妙な雨だけに、傘に金を出すことにはなぜか異様な抵抗を感じる。

 届けられた入稿原稿の下絵を見て呻る。
 幕末世界を描いた物語『SIDOOH』は抜き差しならない展開に突入しており、勝海舟と、この物語の主人公の一人:雪村翔太郎とのやりとりに旋律を覚えたおいら。
 物語の放つ緊張感はいつでもMAXだ。

 原稿取りは雨模様もあってか少し早めに向かった。
 途中、居酒屋KでAと、ものの30秒再会。Rちゃん&ママへもお気遣い戴いたお土産に心より感激。

 原稿を引き上げ、入稿中、ふいに玖珠出身のYからメールが。なんと新宿都庁真下で飲んでいるとのこと。妙に玖珠づいた1日だ。

投稿者 yonezawa : 17:50 | トラックバック(0)

2010年 04月 26日

手術〜良好

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 午前中病院に到着したら母はすでに手術室へ移動しており、身内は別室の狭いモニタールームへと通された。
 テレビには大きく見開かれた瞳のアップの映像が映し出されており、手術の一部始終が観覧出来るシステムになっている。
 かなりエグい映像ではあったこともあり、近眼のメガネを外して焦点の合わない状態で見た。
 映像をこうして包み隠さず公開する姿勢に病院の信頼を感じ取ることもできた。
 所要時間はおよそ30分。術後の母のコンディションも良好。
 出血もあるし、針と糸で切開した瞳の白い部分を縫う箇所もありながら、全く痛みもないそうで安堵の息をつく。しかし自らの場合を想像すればかなり怖い。

 それにしても、母の後にも十何人かの患者がオートメーションのように次々手術されてゆく。一般患者の方は待合室を満席にしている。大繁盛の新城眼科。

 今日も時間の許す限り、姉、母とバカ話の続き。至福の時間と言えた。
 嫁に嫁いで真摯に半世紀走り続けた母に、天がくれた休息の時間であろうと受け取り、この貴重な時間を贅沢にまったりと過ごした。
 病室で姉が持参してくれたおかずと焼きおにぎりを頬張りながら、昼食と軽い夕飯を頂く。
 夕方、姉を見送りそして20時の面会時間一杯まで母と2人で過ごした後、ホテルへ。

 外は急に雨模様。ホテルのサウナで汗を流し24時頃まで仮眠。小腹の空いた頃、軽い夜食を探しに街を徘徊。今更ながら宮崎の料理は美味い。おいらは宮崎県のことは何も知らないようなものだった。
 あの長島さんも大好きだと聞く釜揚げうどんが名物であることも、こちらで知り合ったMに初めて聞かされた。

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投稿者 yonezawa : 17:38 | トラックバック(0)

2010年 04月 25日

お見舞い

 翌朝S.S子の母さんとは2年ぶりの再会。近況を伺いながら朝食をご馳走になる。感謝。
 おばさんの物腰も小学生時代からなんら変わらなく嬉しい。
 
 午前中、M姉の車にピックアップしてもらい宮崎市の新城眼科を目指した。
 1.5時間かけ現地着。昨日左目の手術を終えた母はガーゼで片目を保護しサングラスをかけている。その様を見て立川談志を思い出すおいら。

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 母が夕飯と風呂の時間となった間に、編集部で一番の宮崎通なIっちゃんにレクチャーを受けたラーメン屋『栄養軒』へ。美味。さっぱりした宮崎ラーメン。かなり好み。東京の豚骨系の多くの物件がいかにギトギトしているか認識。

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 食後、姉に再び病院まで送ってもらい、面会時間一杯の20時まで語り尽くす。
 天気も良かった1日。
 病院からホテルへ徒歩とバスで移動。
 遅めの時間にふらふらと街に出て夜食を探して徘徊。美味い飯や「AUBE」を探しあて、店主と意気投合。

 明日はおふくろの白内障・緑内障手術最終日。

投稿者 yonezawa : 17:29 | トラックバック(0)

2010年 04月 24日

宮崎行

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 Rちゃんに散々、外出妨害工作を受けながら、同時に後ろ髪を引かれながら、夕方16時過ぎのリムジンバスで羽田空港へ。

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 予定通り宮崎行きのANA便でフライト。

 宮崎空港着。こちらの空港に降り立った記憶はないので、冷静にこの地にやってきたのは、物心ついてからほぼ初めてだったのかもしれない。
 路線バスで、およそ30分程かけ市内へ。

 東横イン隣のファミマで待機する幼なじみ:S.S子にピックアップしてもらった。
 宿泊予定のホテルには事前に連絡を入れ、チェックインせずまま一路小林へ。S.S子が買っといてくれたコンビニおにぎりとお茶を車中頂き、1時間少々で市内へと到着。

 S.S子実家に車を停め、徒歩でK.S&Y.Sっ子らと合流。居酒屋の暖簾をくぐった時、事前に予想していたタイムテーブルから10分のズレもなかった。
 親睦会としてはベストメンバーの4名が集結。積もる話を速射砲のように語り尽くす。各々抱えた人生における歴史、ある時は恥部、ある時は歓び、ある時は怒りのエピソードをそれぞれが包み隠さず吐露。
 幼なじみならではの距離感がとにかく居心地よく、瞬時に小学生…あるいは幼稚園時代の景色が蘇る。
 思えば、本日集った面子との付き合いは42年以上の時間が経過した計算。なんたる時間。なんたる歴史。

 全員が思い切り幼少時代の面影バリバリ。贅沢かつ嬉しき夜が更けた。

投稿者 yonezawa : 17:15 | トラックバック(0)

2010年 04月 23日

地元ティ

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 都内での失速リハを終え、大人しく電車帰宅。の途中、札幌から打ち合わせで上京中の漫画家:Mさん他と吉祥寺にて合流。
 Mさんは、吉祥寺の主:漫画家:Sちゃんとの初邂逅が目的で、わざわざこの日だけこの飲み屋の界隈にホテルを取った。
 
 すでにMさんらはSちゃんら行きつけの居酒屋:闇太郎で飲んでおられた。Mさん、Sちゃんにお会い出来て嬉しそう。おいらが到着したのはすでに23時頃だったので、Mさんとはわずか1時間程度しか語り合える時間がなかったのだが、今宵も贅沢な面子との遭遇で場はいつものように賑やかな宴となった。
 おいらは闇太郎後の、ど深夜のカラオケは遠慮させていただき1人帰途に。明日の九州行きに備えて…

投稿者 yonezawa : 15:35 | トラックバック(0)

2010年 04月 22日

GARY MOORE

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 渋谷AX。ゲイリー・ムーア21年ぶりの来日公演を見た。
 公演のあおり文句は「激情と哀愁をギターで紡ぐ男、『人間国宝』ゲイリー・ムーアが21年振りに奇跡の来日!」と書かれてある。
 思えば中学3年生の頃、人生で最も繰り返し聴きまくったアルバム中の1枚、『BLACK ROSE/THIN LIZZY』から、ゲイリーのギターとの付き合いが始まった。
 あれからもう30年以上の時間が経過。中3の頃から生涯名盤の中の1枚に、この『BLACK ROSE』は外れない。
 バンドのアンサンブル、楽曲のクオリティ、演奏の緊張感、これ以上考えられないギターソロのベスト・マッチング、センス等々、本作を讃える言葉は枚挙にいとまがない。
 人生のある瞬間が、ゲイリーのギターだけで満たされた時期もあった。
 
 (おいらの音楽リスナーとしての)長き歴史の間、ブルース・オンリーの作品作りとなってしまったゲイリーの方向性を踏まえ、ある時期から疎遠になった事実もあるにはあるが、80年代から全くスキルを落としていない今日のゲイリーのプレイには「ロックギターとはかくあるべき」と、頭を引っぱたかれた感じがした。
 重戦車のような、真っ直ぐに歪んだハンバッカーのファズ・サウンド。マーシャルから響き渡る音の洪水は、有無を言わせない重量感に満ち溢れていた。
 贅沢を言えば、もっとリヴァーブを無くしてほしかった。ギターのヴォリュームを絞り、クリーンな出音でパキパキ弾いた時の魅力溢れるニュアンスと言ったらなかった。

 次回作はブルースでない内容のアルバムだという噂だ。
 ならば今は亡きコージー・パウエルのソロ・アルバムで聴いたゲイリーいぶし銀のジャジーなプレイも期待したいところ。
 それにしてもゲイリーという男は、いつでもハングリーさに包まれているというか、怒りを感じ受ける“氣”を感じさせるのだ。

投稿者 yonezawa : 03:24 | トラックバック(0)

2010年 04月 21日

仁王立ち

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 午前5時前に帰宅し、6時頃になって眠気も通り越したのだが「無理矢理寝でも寝なければ」とパソコンを落とした矢先、部屋のドアがゆったりと開いた。
 Rちゃん仁王立ち。
 「おったん、にゅーすみていいよ」と寝ぼけ眼のRちゃんが抱っこを要請しながら早朝トコトコやってきた。
 後から聞けば鼻風邪のせいか、夕べは彼女にすれば早い夕方過ぎにご飯も食べずに寝てしまったそうだ。
 そこから12時間ぐらい眠り続け、こうして早朝に目が覚めてしまったのだろう。
 正味1時間、お腹にRちゃんを抱えたままシンデレラを読んであげたり、ぬいぐるみでおしゃべりしたり。
 7時過ぎにこっそり開放してもらい、正午まで寝た。
 Rちゃんは児童館へ行ってしまった模様。

 今日は編集ライター:MがK監督へのインタビューを行う日。
 取材の直前までメールでいくつかの質問が届いていたので急いで返した。

 用意してあったドリアに火を入れ戴き、シャワーを浴びて外へ。

投稿者 yonezawa : 03:22 | トラックバック(0)

2010年 04月 20日

アイドリング

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 結局、夕べの夜更かしも酷かった。

 憂鬱なプチ雨模様。
 へんてこりんな天候は続いたまま。さして寒さは鋭くなく、生ぬるい気温だ。
 
 新宿の寿司屋の名店:ひろ喜は、諸事情あって店じまいしてしまったが、ひろ喜ちゃんの後輩筋になるという材木町:奈可久で夕飯を頂いた。
 明日、ついに世界のKさんへのインタビューを行う編集&ライター:Kに、おいらの気持ちも託しながら取材の健闘を祈った。

 編集&ライター:Kは今日1日で3本の映画を見たそうだ。仕事している。映画談義に熱中していたらKがこっそり耳打ち。「並びのカウンター席に女優のAちゃんがいます!」
 確かにテレビCMやらドラマ、映画でお見受けする女優でモデルのAさんがいらっしゃった。広告代理店の男性陣らしき方々に囲まれるAさん、初遭遇。
 
 原稿取りにゆく途中、すぐ近場で飲んでいるという後輩編集:Cからの誘いに後ろ髪を引かれながら渋谷から井の頭線。
 目的地の駅へ着いた深夜、おふくろへ電話。かけてみればさして話す内容も思い出さないのだが、時折近況報告はメールだけではなく声を聞くことも重要だと感じ受ける。

 今週末の帰省、某ロケ取材、そして5月のZEPPELINライヴ、7月のbambi沖縄ライヴ…っと、なかなか慌ただしい日程が目白押す。
 GWからアイドリング開始の様相。

投稿者 yonezawa : 18:31 | トラックバック(0)

2010年 04月 19日

おしごといくの?

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 小学生低学年の頃だったか、例えば夕飯で食べる肉の焼き加減が判らず、ちゃんと火が入っているのかどうかいちいち親父に確認していたものだった。

 「これ食べれる?」
 「もうちょっと焼いた方がよか」
 「これは?」
 「それはもう(食べて)いい」

 この親父による“安全”を意味する言い切りがとても頼もしかった。
 いつしか、料理人を経験したこともあってか、こうした判断は個人的には得意となっている気がするのだが、現代のRちゃん、まだまだ食べ偏りがあるものの、少しずつこちらの“食べても大丈夫”発言を気にしながら食事をしている気がする。
 
 今日も一般の成人女性並の量の餃子を平らげたRちゃん。食べる早さも日々進んでいるようだ。

 「おしごといくの?」

 平日、ジャケットを羽織るとこう問われ、「いったらダメー。ダメだよー」攻勢も恒例となった。
 仕事用の鞄を抱えると、唐突に何かを注文してくる。「じっえっべっく、みるー」とDVDを催促。ご要望通り抱っこして映像を見せるものの、30秒程度で他のモノに興味を示すのだが、そのわずかの時間、立ち往生させる作戦が叶えばRちゃんはようやくバイバイしてくれる。
 玄関までズックを履いて、案の定「Rちゃんもおしごと、いくー」と一緒に外に出ようとするものだから、すかさずママに「こっちに来なさい」と一括。
 おいらの平日業務の一日は大概そうして始まっている。

 先週の冷えこみとは一転し、今日は妙に暑いぞ。
 鍋を喰っていいのか、刺身でいいのか、食べ物の選択もその都度大きく変わりそうな気候ばかり。
 S社Sさんとのサシ飯はもう3〜4年ぶりだったか?
 ふいにそうした間合いとなり、本日久方ぶりの食事の席を共にさせて頂いた。

 bambiの沖縄ライヴ・ツアー計画、着々と進行中。メンバー中3名(YY、H、S)、旅行計画スキル高すぎ。残り3名(Y、O、C)スキル低すぎ。

投稿者 yonezawa : 22:42 | トラックバック(0)

2010年 04月 18日

ゴロゴロしながらパッチン

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 鼻づまり以外は通常のコンディションに戻ってくれたRちゃんと部屋で(彼女曰く)野球遊び。
 今のところ右でも左でも投げるし打つ。
 彼女の利き腕も知らないが、血液型もまだ知らない。

 正月に頂いた沢山のRちゃんお年玉、&入園祝いのお金を、明日には彼女名義の口座へ預金しようと整理。
 今頃まで封筒に入れたままで引き出しに仕舞われていた。ため息…。

 Rちゃんの、一応の病み上がりというコンディションを踏まえ、夕飯前には自主的にお昼寝(リビングでミッキーマウスを抱えたまま俯せで勝手にオチた)し、起きた頃お風呂に入れた。
 3歳なりに微熱で体力を使ったのだろう。
 トイレも明確に教えてくれるようになったし、やんちゃさ加減は変わらないものの、なんとか順調な成長を感じさせる姫。トイレの補助おまるも本人の希望で(お父さんと同じように!)取り付けなくなった。
 21時を回った頃、「もう遅い時間だね。寝よっか!」っと布団へと誘うと、珍しく抵抗せず、ゴロゴロしながらパッチン(リモコンもスイッチを切る音)してくれた。

 さて、ここからの時間は失速イベントの練習に宛てねばとヘッドフォンをし、正確にとれていなかったツェッペリンのやんごとなきフレーズを反復練習。
 リハはあと2,3回出来るぐらいか。4時30分に届いたメールを5時に返し、6時就寝。

投稿者 yonezawa : 18:16 | トラックバック(0)

2010年 04月 17日

スーパーカップ

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 夕べの夜Rちゃんの微熱を知り、夜中に施した氷枕と額のヒエピタ攻勢によってか、鼻づまりこそ酷い症状ながら熱は下がった。
 しかし大事をとり、薬をもらいにいくべく午前中にママと小児科へ。

 処方された薬を素直に飲んでくれないようなので、こんな場合、目がないチョコアイス(スーパーカップ)に混ぜて食べさせるという手段をとっているようなのだが、ヨーグルトでは苦みが消えないそうで(薬を)食べさせるのに一苦労した。
 昼下がり「ならば買ってこよう」とRちゃんとお手々繋いでアイスクリーム他…の買い物に。ここのところお気に入りのピンクの雨靴にキティちゃんの赤い手袋。
 とても信じられない幼児虐待ニュースも頻繁に目にするが、子供は30代を迎えた以降授かる方がベターなのでは? というのがひとつの持論。

 それにしてもテレビ(いまだブラウン管)裏の埃の溜まりようには参る。
 画面を掃除するついでにオーディオ機器もハンディモップをかけるのだが、煩わしい埃のまとわりつき方に呆れた。

 取り溜めたニュース番組も、リアルタイム映像の内容がどんどん刷新されるので、情報が意味をなさい場合も多し。

 日本選手権で北島は初日の50メートル予選で日本新を叩き出し、おいらよりも1歳年下だった亀田父は日本ボクシング界から去った。
 家族5人を刺した男に言葉を失い、米大リーグ、エンゼルスの松井は“敵地”となったニューヨークでホームランを放ち、観客に労いを受けた。
 年内、果たして新党はいくつ誕生するのか。米軍普天間飛行場は、かつて姉が住んだこともあった徳之島へと移転するのか。

 個人的には今月、最も目が離せないのが長谷川穂積。
 「減量が過去最高にスムーズ」だと好調なコンディションをアピールするチャンピオン。今月のうちに、WBCバンタム級王者とWBOバンタム級王者が1人になる。

投稿者 yonezawa : 18:15 | トラックバック(0)

2010年 04月 16日

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 昨日夜中喰った豚骨ラーメンの写メール撮るの忘れた。

 昼、カラフルなミニチュア・ギターにストラップを取り付けたタイミングでRちゃん、おったん部屋に登場。
 「Rちゃんつける、Rちゃんつける」催促するまま肩にストラップをかけてあげたら即ポージング。
 「Rちゃん、じぇふべっくみたい?」っと、我が娘の判っていること。
 昨日と今日の2日間、エレキギターを初めて肩から下げた重要な日となった。

 ところで、なんと今日も寒い日なのだろうか。またしてもバス停で凍えてしまった。
 公共機関の乗り物に乗るまでの我慢我慢。
 
 結局、自宅での反復練習の時間はなく、失速リハの練習全然出来ておらず。
 
 深夜帰宅すれば、まだRちゃん起きてた! と思ったらやや微熱気味の様子。本人自覚のなさげな振る舞いだが、やっぱり瞳は涙目。明日は小児科決定。 

投稿者 yonezawa : 18:14 | トラックバック(0)

2010年 04月 15日

Gっさん

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 寒い日と暑い日が交互に訪れる感じ。
 Tシャツ1枚で過ごせる日から一転し、革ジャンの必要な日に変わる。
 小雨模様の中、外出に同行するRちゃんを見送り外へ。
 
 着ていく服の厚さを間違えた。バス停に向かった頃、かなりの冷え込みを自覚し、途中でジャケットを買おうかと迷った。
 
 昨年の親睦会から数ヶ月。S社の名物ディレクターにして、実力派シンガーHKのブレーンでもあるGっさんと久々の再会を果たす。
 席に落ち着き、飲み物を注文した際、個室のドアの隙間から知り合いの顔が見えた。
 漫画家:若林健次と偶然遭遇。
 
 現在邦楽セクションに身を置くGっさんは、以前洋楽セクションに在籍中、おいらと共にニューヨークへ飛び、AC/DC「アンガス・ヤング」取材時の担当者でもあった。
 AC/DCの公演は、個人的に海外まで追っかけ、先だって行われたさいたまスーパーアリーナでの公演の際には、アンガスのコスプレでエントランスに現れた。
 ニューヨークでの取材時、この日と同じ格好でアンガスと2ショットを撮ったことはいわずもがなだ。
 彼の醸し出す独特のノリが妙にツボにはまる。マシンガントークで音楽談義に花が咲く。

 やがて遅れること1時間少々、同社S&Yも合流。
 この席に、たまたま流れで出た(タレントで、警世家で、ベナン大統領特別顧問で、俳優:ビートたけしの付き人でもある)ゾマホンを呼ぼうという話になり連絡。着信を入れたらば、丁度別件で同じ新宿にいるという返事が返ってきたが、残念ながら合流にはならず。ゾマホンにもそろそろ会いたいものだ。

 三丁目のバー『S』に河岸を変え、トミー・エマニュエルの旋律に耳を傾ける。
 「ジョー・サトリアーニのギターよりも、先日聴いたノラ・ジョーンズのギターの方が、数倍の魅力を放っていた」というおいらの話に「そういうことなんですよね!」と頷いてくれたGっさんが、やがて船をこぎ出した。
 超プレミア・チケットを都合してくれたGっさん、嫁も喜びます。大感謝!

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2010年 04月 14日

低迷

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 今朝、なんだか判らないが午前7時を回る頃まで、居酒屋Yのオヤジさんと酌み交わすこととなり、帰宅し、床についたのは午前9時過ぎ。
 午前中に出来てしまったおいらの両ほっぺひっかき傷を見たRちゃんが「イタイイタイしちゃったの? Rちゃんがまもってあげるね!」と優しい言葉。
 正午過ぎに起きるが意識は朦朧。
 失速のリハ、まったく出来ておらず。

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2010年 04月 13日

ジェフ東京公演3日目

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 ツアーの最終公演となるジェフの国際フォーラム公演観戦。
 今日も鳥肌が立ち、ため息がこぼれる。

 終演後、ジェフ以外のメンバーとは昨日と同じ部屋で待機。すると、あの『Who Else!』で超絶ギターを披露した、あのジェニファー・バトンの姿が。
 彼女もとても気さくで、それだけでもミュージシャンとしての大いなる懐を窺い知る。

 やがて昨日のナラダ、そしてプリンス、シーラ・E他からも絶大な支持を仰ぐ女性ベーシスト:ロンダ・スミスとも親睦を深める機会を得た。みなさん、とてもフレンドリー。なんと嬉しい瞬間であろうか。ロンダはとてもチャーミングな女性だ。
 最後の最後、ジェフの待機場所へと通され無事再会を果たす。サングラスをかけたジェフの勇姿、気が早いが次回の再会は来年に実現するのか。

投稿者 yonezawa : 18:05 | トラックバック(0)

2010年 04月 12日

ジェフ東京公演2日目

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 ジェフ東京公演2日目。国際フォーラムA。
 名古屋公演だけで演奏されたという『フリーウェイ・ジャム』は、セットリストに記されながらも、今夜も奏でられることはなかった。
 ジェフの機微は何度見ても何度聴いても飽きが来ない。究極の演奏をステージ中央近くの4列目で拝聴した。
 ギターのアドリヴは、簡単に言えばその場の閃きであり、即興演奏のひとつだとも言える。
 その即席で奏でるメロディには演奏者のセンスがすべて剥き出しとなり、それまでにどれほどの引き出しなり、アイディアなりを有しているのかがミュージシャンのセンスの鍵となる。
 とにかく舌を巻く圧巻の演奏が今日も繰り広げられるのだった。

 終演後、控え室へと向かい、待機部屋で赤ワインを飲んでいたらドラムスのナラダ・マイケル・ウォルデンが登場。超ファンキー。そしてなんとフレンドリーな男なのだ。
 部屋にいる関係者すべてと握手を交わし語り合う機会を提供し、自ら記念撮影を催促するほど温かいナイス・ガイだった。ドラムスに偽りがないはずだ。
 やがて関係者に「メンバーはすでに全員帰りました」と聞き、残念ながらこの日はジェフには会えず仕舞いで引き上げた。

投稿者 yonezawa : 15:20 | トラックバック(0)

2010年 04月 11日

通園お見送りに備え

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 bambi in 沖縄ライヴのミーティングという名目でのリハを兼ね、昼間っからbambiメンバー集結。
 スタジオに行けば、またしても新曲のコード譜が用意されている。こんな創作意欲の途切れないバンドはおいらも初めて。
 端的なリハの後、昼間っから居酒屋でアルコール。今日の酒は少し及び腰でありながら、宴が始まったらどうでもよくなり、気持ちの赴くまま流し込む。
 帰宅した夕方以降、案の定記憶は曖昧となる。蘇るのは楽しい酒席のイメージだけ。
 明日のRちゃん通園お見送りに備え、午前1時30分には就寝。

投稿者 yonezawa : 19:12 | トラックバック(0)

2010年 04月 10日

Led Boots

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 おいらには早朝とも言える午前8時よりわさわさ準備。
 リビングで写真数枚特写。
 午前9時30分頃の到着を目指し、Rちゃんが一番楽しみにしていた幼稚園の入園式へ向かった。
 園の最後の路地の近くで、今日入園式を迎えるRちゃんの同級生となる子供達や親御さんらに遭遇しながら入園。
 入口で記念撮影を行った後、Rちゃんは1Fの教室で待機。我々保護者は2Fの会場で、入園式を迎える子供達を待った。午前10時式開始。 
 園長先生、Rちゃんの教室の先生方からのお祝いのご挨拶を賜り、最後に全員で記念撮影。
 長いのか短いのか、ともあれRちゃんの人生第一歩がスタートした。Rちゃんはとても嬉しそう。おいらもどれだけ嬉しかったことか。

 今日はどれほど重要な一日となったのだろう。
 Rちゃんの大イベントに続き、午後にはJEFF BECK東京公演初日Live at JCB HALLまでもが行われる日なのだから。

 メンバーは、ジェフ・ベック(g)、ナラダ・マイケル・ウォルデン(ds)、ロンダ・スミス(b)、ジェイソン・リベロ(key)。
 ジェフのアンプ正面12列目の位置はベスト・ポジションの一つと言えた。
 結論、ドラムスのナラダの安定感たっぷりのリズムに、この数年でもベストと数えてよいジェフのパフォーマンスだったと位置づけた。音もよい。
 過去の公演でも、成り行きで終わる、つまりドラムスのフィルでキメを挟み、バシッと終わる曲を奏でる際、(終われないカオス状態に陥り)正直、危ない局面の演奏もいくつか見てきた。
 演奏者の一人としてはもの凄く気持ちがわかる瞬間なのだが、ナラダが図太くリズムの方向性を導く故、そうした不安素材は微塵も感じさせないパフォーマンスに繋がった。
 
 来日の面子にも不備はなし。ジェフのマーシャル・アンプの上には(多分)フェンダーChampが。ナラダのセットはDrum Workshop(dw)製ツーバス・セット。
 LPでもCDでもライヴでもYouTubeでも散々聴いてきた『People Get Ready』のアルペジオに落涙しそうになる。
 ギターを弾き続ける鍛錬は、あの境地にまで辿り着くものなのだ…毎度毎度感じる信じがたきジェフ究極の機微を、一つの奇跡を知るような気持ちで見つめていた。

 レスポール、テレキャスターもそれぞれ1曲ずつ披露。2度のアンコールに応えてくれたジェフ快心の1日。感無量。

01. Eternity's Breath
02. Stratus
03. Led Boots
04. Corpus Christi Carol
05. Jam / Hammerhead
06. Mna Na Eireann
07. Bass Solo
08. People Get Ready
09. Rollin' And Tumblin' (vocals by Rhonda Smith)
10. Never Alone
11. Big Block
12. Over The Rainbow
13. Blast From The East
14. Angel (Footsteps)
15. Dirty Mind / Drum Solo (vocals by Rhonda Smith)
16. Brush With The Blues
17. I Want To Take You Higher (vocals by Rhonda Smith and Narada Michael Walden)
18. A Day In The Life

アンコール #1
19. How High The Moon (vocals by Imelda May : recorded, rhythm guitar by Jason Rebello)
20. Nessun Dorma

アンコール #2
21. Cause We've Ended As Lovers

投稿者 yonezawa : 16:05 | トラックバック(0)

2010年 04月 9日

入園式に備え

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 失速ライヴ用のリハ、やっと2回目。
 先週初めて面子を引き合わせ、今日でトータル5時間あわせたが、ギター1名が仕事で欠席。
 アレンジも何も確定されておらず、個人的にもリフレインのコードもところどころ覚えていない。
 今回のイベントで急遽、主催者側から提案されたアイディアも消化することとなり、これからの仕込みでどうノリがまとまるのか、今日の時点ではまだまだ完成品のイメージが湧かない。
 冴え渡る吉田兄のシャウトは、今日の時点で1人すでに良好。

 明日のRちゃん入園式に備え、電車帰宅。

投稿者 yonezawa : 16:04 | トラックバック(0)

2010年 04月 8日

尿管結石

 今年の米澤家新年会の席には、正月に上京していたおふくろの参加もあり、同時に、まだ一度も酒の席を共にされていないと伺っていた江口兄&獏さんの豪華ゲストもお誘いし、賑やかに鍋でもつつければと計画した。
 この宴の噂を聞いた出版関係者他が「私も混ぜて〜」「皿洗いでも何でもするので参加させてください」「子連れで伺います」等々、続々参加することとなり、結局10数名を数える大宴会に。
 ところが当日になり、「これから尿管結石の(切開ではなく、レーザーを中てる)手術をやることになったので少し遅れます。麻酔でぼーっとしてるかもしれないので勘弁」おおむねこのような内容のメールが獏さんより入った。
 「無理をしなくとも次回の機会で大丈夫ですよ! お大事に」そう電話でお伝えしようと思っていたところ、結局手術は泊まりになってしまい、2日続けて行うことになったという連絡が入った。

 結局、残念ながら獏さん抜きの宴となったのだが、獏さんはおいらのおふくろにもお気遣いされ、その電話でおふくろともしばらく話してくださった。
 
 そこから4ヶ月程の時間が経ち、体調の戻られた獏さんから「仕切り直しの飲み会を是非やろうぜぃ!」とご提案を頂いており、本日が新年会のやり直し日となった。
 やや面子は変わったが、同じちゃんこ屋で鍋をつついた。
 みなさま、お疲れさまでした。獏さん、ごちそうさまでした。

 格闘家:飯村選手と地元へ帰還。最後の1杯は、偶然遭遇した地元漫画家先生方と闇太郎で乾杯。

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 尚、獏さんが尿管結石にのたうち回った経緯は、『獅子の門-人狼編-カッパ・ノベルス-夢枕獏』
http://www.amazon.co.jp/dp/4334076890
の後書きにしっかり書き記されている。

投稿者 yonezawa : 16:03 | トラックバック(0)

2010年 04月 7日

泣く泣くお断り

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 JR吉祥寺駅、まんが家:江口寿史一色。

 先週の水曜日、ふいに世界のTさんにお誘いを受けながら、当日のことだったので先約あって泣く泣くお断り申し上げた。
 「今週の水曜日にも、もしかしたらその可能性があるかも?」と考え、今夜は20時過ぎまで予定を入れず編集部で雑務をこなしていた。
 結局お誘いはなかったので、「もしその用事がなければ21時以降に落ち合うべし」と約束していたW社:Yちゃん&Tちゃんとの待ち合わせが叶った。
 昨年以来、今年初となる3人での再会。
 しばらく会わずとも頻繁に会おうとも、彼らとの距離はいつも一定だ。
 映像業界に身を置く彼らと、妄想で語る仰天企画のあれこれがとても興味深い。
 ロック・ミュージックを遠慮なく語り合える最強の面子の中の2人。

 Tちゃんが出張から帰ってきたら、おいらもそろそろ映像ディレクター化しようかと、もう一つの大いなる妄想を抱いてみた。

投稿者 yonezawa : 16:02 | トラックバック(0)

2010年 04月 6日

ハラハラ

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 ハラハラと桜が散り始めている。
 桜の花びらは、絨毯のようにバス停のある道路にも敷きつめられていた。
 おもては快晴。皮ジャンでは暑すぎる天候だった。ジャケットの選択にやや後悔。
 
 日々、会わねばならぬ人たちが連なり、再会の喜びとは裏腹に体力的には疲弊気味。

 昨日の衣装合わせを踏まえ、都内某スタジオで行われたフォトセッションには夕方顔出しした。

 四ッ谷でK先輩と1時間のミーティングを終え、総武線〜京王線を経由し原稿とりへ。
 目的地の駅には20分も早く着いてしまったので、故郷の母に近況報告と、夏に予定している、とある計画話の確認を兼ね、携帯連絡。
 電話から聴こえるおふくろの笑い声は、Rちゃんの笑顔同様心を和ませる。

 23時15分、中堅編集者:Sと落ち合い、原稿とりへ。ものすごい完成度を誇るクオリティ。ラストシーンの水墨画のようなカットに特にうなる。

投稿者 yonezawa : 15:39 | トラックバック(0)

2010年 04月 5日

“夜忍戒”2010

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 “夜忍戒”と命名する映画人&編集者の親睦会は、すでに十数回を数える。
 渋谷の鳥料理『鬼亭』はなかなかのナイス物件。
 店のおばちゃんのパーフェクトなフォロー(客の不安定な焼き方を見ていられない)によって、ベスト・コンディションの中、出てくる品々を次々がつがつ喰いまくる。
 平均年齢40歳ぐらいの4人ともペースを落とさず。

 ダイエット中のIちゃんは、そうしたこともあり珍しく一軒目で引き上げ、残った3名で少しだけ馴染みのロックバーへ。
 店では80年代前半の洋楽“産業ロック”がかかっている。つまりおいらが高校時代の音源オンパレードが大音響で鳴っていた。
 
 映画界における裏話を今宵もちらほら入手し、こちらも、つい最近感じ受けた驚きのきな臭い裏話を披露。思惑と実態と真実と裏切り。
 とにかく山師多し。つまるところ映画界は大いなる大博奕の世界であると再認識。

投稿者 yonezawa : 15:40 | トラックバック(0)

2010年 04月 4日

イラスト一色

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 吉祥寺パルコでの[江口寿史サイン会]はもの凄い大盛況の様子で、Rちゃんと伺ったのだけれど、ホントにご挨拶だけのタイミングしか得られず。
 吉祥寺の駅ビル[アトレ]は、先ちゃんのイラスト一色となった。

 井の頭公園では花見真っ盛り。
 Rちゃんの写真でも撮ろうかと、公園内を散策するがあまりの人出の多さに辟易とし、小雨もぱらついたこともあり、ほんの30分程度で現地を後に。
 途中、ソフトクリームを食べる。
 Rちゃんは大好きなイチゴ味の品がなかったのでバニラを完食。
 帰宅し、公園で買ったシャボン玉セットをとにかく早くやりたいRちゃん。希望通り、速攻でバルコニーでやらせる。
 1日のスピード早し。

投稿者 yonezawa : 15:40 | トラックバック(0)

2010年 04月 3日

許可をもらい

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 まさに結婚ラッシュ! なんだか毎週のように披露宴に行ってる感じ。
 編集部の精鋭:Iが目出度くゴールイン。
 パーティには、今をときめく人気タレントの佐々木希ちゃんも参戦し、会はさらに賑やかな彩りを放つ。希ちゃんには、このHPトップページのミュージックランダーを持ってもらい、以前グラビア撮影したことがあった。
 そのクールな出で立ちは、今でも脳裏に焼き付く。

 昨日の酒が、まだまだたっぷり体内に残っているせいもあり、今夜は軽く自粛日。
 デザイナー:Kと山手線、総武線を経由して帰途についたのだが、土曜日、新宿駅の混み具合には参る。みなさん、最終電車にあわせて飲みなさるのだろう。
 帰宅したら、深夜にもかかわらずRちゃんがたまたま目覚めており、ほんの小一時間、お遊びする機会を得られた。とても嬉しい。
 Rちゃんとの寝室は別々ながら、今夜はRちゃんに許可をもらい、同じ部屋で久々に就寝。明日はRちゃんの前髪と後ろ髪、切ってあなきゃ。

投稿者 yonezawa : 18:26 | トラックバック(0)

2010年 04月 2日

全員の初顔合わせ

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 5月の失速ライヴ・イベントを睨み、全員の初顔合わせとリハーサルを開始。
 何度も何度も噛みしめる気持ちながら、しみじみとLED ZEPPELINという偉大なるバンドの大いなる機微を痛感。
 全員のタイム感さえ揃えば、なんとか間に合うだろうよとタカをくくる。
 本番ではLED ZEPPELINのカヴァー5,6曲を予定。

投稿者 yonezawa : 02:27 | トラックバック(0)

2010年 04月 1日

おめでとう

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 我が両親の結婚記念日は、漫画家:MKの娘さん誕生の日と重なった。
 MK、おめでとう!

投稿者 yonezawa : 18:00 | トラックバック(0)