2009年 10月 31日
ん… ん…
昼食に自家製餃子定食を喰っていると、先に自分の分を食べ干した隣のRちゃんが、「ん… ん…」と言って父親分の餃子を指さしている。
「それ、よこせよ…それ、よこせよ…」そう彼女は言っているのだ。
45年近くも生きているので、食事の場合のご飯とおかずのバランス比率には自信があるところ。なのでこの餃子をRちゃんに差し上げてしまうと、その均衡は大きく崩れてしまうことになる。
しかしながら要求が通るまで「ん… ん…」の要求は変わらない。
渋々残りの餃子を半分に切り分け、要求通り姫のお口へ丁寧に上納。瞬間パパはご馳走さまで腹八分。
数日ぶりにRちゃんとお風呂。
人の子の成長ほど早く感じるものはないが、自分の子も例外でないことを知る。
日に日に伸びてくる手足に感心し、驚きながら自分よりも大事な命を抱きかかえ、綺麗に洗い流す。その際のRちゃんは、いたずらすることしか考えていない。
明日はもう1個、おいらの分の餃子を余計に食べてもらおうかな。
投稿者 yonezawa : 19:30 | トラックバック(0)
2009年 10月 30日
眠
ほとんど寝られずまま5時40分にロビーで待ち合わせ、タクシーで新神戸駅へ。
6時10分発の東京行きのぞみへ乗車。
車中終始瞳は閉じていたが何故か本格的な眠りにつけず。
9時頃東京駅。
編集部へ赴き、終電のなくなる時間まで入稿作業。夕飯は出前のげんぱち弁当(鰤)。
そろそろ一区切り…と考えていた矢先、不意にライター:Mより「飲み足りないので付き合ってけれ」メールを拝受。
同時に小腹もそろそろの時間帯だったので、寝不足(居眠り)覚悟で深夜のゴールデン街へ飛ぶ。
Mとも久々、HH店の馴染みのマスター:Yさん、T、Iくんらとも久々。
河岸をBへ変えた頃、三丁目のHさんも合流し、新宿に最近出来たっぽい24時間営業の寿司屋へ。
24時間って何だ? こんな店が出来てたのか! しかも寿司屋!?
ネタがいい加減だと最低だなと思いきや、意外にも充分新鮮なネタが採用されており、最後はしっかり握ってもらった。白ワインが3本消化。
あー眠い。
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2009年 10月 29日
WBC世界バンタム級・絶対チャンピオン
特別に楽しみにしていた1日。
かつてヤンジャン本誌にも世界戦特集で2度ほどご登場戴き、渾身の応援記事を構築した経緯があった。
次回の防衛戦をクリアすれば、あの具志堅用高以来の2桁防衛記録を樹立するボクサー。
ファンに間では「バンタム級絶対王者」、つまり世界中のあらゆるボクシング団体の中で最強のバンタム級王者だと認識されている。
WBC世界バンタム級チャンピオン:長谷川穂積選手への取材日がついにやってきた。
http://ameblo.jp/hozumi1216/
http://www.shinsei-gym.com/index.html
東京駅でカメラI、そして本日の対談相手として企画する漫画家:高橋ツトムと東京駅で待ち合わせ、のぞみへ。ちなみに11月19日は発売のヤンジャン・コミックス『SIDOOH-士道-』19巻帯コメントは長谷川選手より賜った。
新幹線の中での昼食は高橋先生推薦の崎陽軒のシューマイ弁当。これが旅の始まりには絶妙に合う。
15時過ぎに新神戸へ到着。
駅からタクシーで15分程度のとても環境の良さげなニュータウンに長谷川選手の所属ジムはあった。
予定時間よりも数分早めにジムへ到着されたチャンピオン。
現役選手で今最も敬愛している長谷川選手にお会い出来る機会を得られたおいらは、何はともあれ幸せだ。
ジム脇のテーブルで早速インタビュー対談開始。
一言一言を大事に真摯に回答くださるチャンピオン。発せられる言葉が試合内容の重さを感じさせ、同時に実に温かい人柄を感じ受けた。
時間が足らないと思わせるほど興味深いインタビュー時間が愛おしい。
キメカットまで丸々1時間の取材時間をまんべんなく使い切り、取材の際、滅多に撮らないおいらもここは是非とチャンピオンにお願いし、記念撮影。
チャンピオンはWBCのチャンピオン・ベルトをおいらの肩に乗せてくだった。「今度の防衛戦は、先生と是非応援にいらっしゃってください。チケットは用意させていただきますから!」なんたる王者、なんたる配慮。おいらよりも遙かに若き王者には終始感激だった。
懇切丁寧なチャンピオン及び、ジム関係者にご挨拶を終え引き上げた。感謝。
そのまま近場をロケハンし、高橋ツトム・スナップ写真特写の提案。
執筆で疲弊している仕事疲れの先生に無理を言い、夕暮れ前の色味を背景に数枚のショットを抑える。
三ノ宮へ移動。勘で決め当てた綺麗な居酒屋で乾杯。
21時台もゆっくり帰りの新幹線はあろうよとタカをくくり、長谷川選手の素晴らしさを肴に調子よく芋焼酎を嗜んでいたところ、時刻表を検索してみれば最終の新幹線はすでに出てしまった直後の模様。!?
「よし、じゃあ宿を取ろう」
のっぴきならない原稿〆切を抱えるはずの高橋ツトムの判断は、終電を逃した後悔など微塵もないまま真っ先に次への行動を提案する。
こんな場面でも彼の判断はいつも明確で早い。
携帯でのネット検索で、徒歩3分のなかなかよき物件を確保。先生は午前中より執筆のため大事を取りお休み。
1周り弱若きカメラIを引き連れ、居酒屋〜バー〜〆のラーメン屋を梯子し帰還。
明けて朝6時10分発の始発狙い。4時起床の計算ならば、寝る時間はあと1時間。
投稿者 yonezawa : 19:31 | トラックバック(0)
2009年 10月 28日
鮭おにぎりと味噌汁と卵焼き
起きがけに喉痛っ。
コンディション最低。
シャワーを浴び、眠った頭を徐々に解凍。
鮭おにぎりと味噌汁と卵焼きをかっ喰らい、京王線に搭乗。
矢継ぎ早に飛び込む嵐の編集業務に疲弊。
昨日も、JAZZKEIRIN:T氏にお誘い戴いていたライヴ・イベントは、本誌、文庫本、コミックスの入稿等で断念した。
夜、入稿の狭間を縫い帰宅。ギター2本と関連機材をソフトケースに詰め込みリハスタへ。
Bambi最終リハに、遅ればせながら間に合った。
長野からの取材もあったという今日のリハで、いよいよ11月2日の本番を控えるのみ。
メンバーのメンタルは絶好調の感触。
投稿者 yonezawa : 14:14 | トラックバック(0)
2009年 10月 27日
玉砕
どうにもさえない日々が続いている。
鼻のコンディジョンの悪さはRちゃんだけにあらず。
Rちゃんのお鼻を綺麗にしてあげたら「ありがとう!」と言われた。彼女、一応微熱に落ち着いたものの予断を許さない。
今月いっぱいで閉店する「らいぶはうす『のろ』」の最後を先ちゃん&格闘家:飯村健一と看取るべく、営業時間1時までの入店を目指し23時前に伺った。ところがすでに閉店の時間で残念。
最終日に向け営業時間は随分早まっているそうで残念ながら2度目の断念。
ならば老舗の『大茂』だろうと、雑居ビルの3階まで駆け上ると定休日。なんとついていないことか。
ならば飛び込みで入ろうと、並びの初めての店に入ろうとしたら「今日はもう終わりなんですよ」とまたしても玉砕。
3軒目でようやく『羽幌』に落ち着いた。
飯村の道場が今年目出度く5周年を迎えるそうで、今宵はそのお祝いも兼ね3人呑み。
河岸を変え、バー:SでSと合流し、いつもの地元呑み突入。
しっかり、かつ久々に醤油豚骨ラーメンを〆に完食。
投稿者 yonezawa : 13:27 | トラックバック(0)
2009年 10月 26日
家族全員風邪気味
Rちゃんの夜泣きで夜中に何度か目覚めた。
可愛そうに…お鼻で呼吸が出来なく苦しかったのだろう。
外は雨。
朝食のおにぎりを頬張らせ、以前の場所から移転して少し離れてしまった耳鼻咽喉科へ向かう。
帰宅して出社の準備。雨のせいなのか、乗るつもりだった東西線が中野までで停止。
編集部までのアクセスを変更することに。
デスクに張り付き、終日校正と入稿と改版の連続。夕飯は出前のカレー。
結局、終電には間に合わず小雨の深夜帰途についたが、さして深い深夜でもなく酒も飲んでいないくせに突然の睡魔に襲われる。
帰宅すると発熱と鼻水で目が覚めてしまったのか、Rちゃんはリビングに居た。
「パパ、帰ってきたぁ〜」熱があっても鼻が詰まっていても気丈に振る舞うRちゃん。少し安堵。笑顔を見ると真面目にホッとする。
眠いときに無理をすると後に支障を来すと言う思いで、Rちゃんにおやすみを告げ、即刻こちらも布団に潜り込んだ。
投稿者 yonezawa : 22:50 | トラックバック(0)
2009年 10月 25日
鼻風邪
伴侶発熱。明日、デザインをお願いしていた最重要デザイナーの1人:Tちゃんもインフルエンザでダウン。
Rちゃんも鼻風邪全開で困った。
数分おきにくしゃみを繰り替えすRちゃんの鼻水を盤石の体制で拭き取る1日。
鼻以外はいつもとなんら変わらRちゃんながら、呼吸が苦しそうなのでこちらの胸が痛い。
昼飯にはチャーハン、トマト、豆腐の味噌汁。
夕飯までポニョとウルトラマンを見ながらRちゃんと楽しい1日を部屋で過ごす。
近々、幼稚園の面接がある故、夕方、お風呂場でRちゃんの後ろ髪と前髪の断髪。
この作業も生まれてからずっとおいらの仕事。散髪は己ではイケてると自覚し始めている。
ところが数秒もじっとしていない彼女の髪を切ると言う作業は、プロの美容師でも相当厳しかろうと思われる。
一カット一カット「じっとしてて!」の、ほとんど馬の耳に念仏の説得を繰り返しながら、瞬時に切り分ける長さを把握し、風呂場の床にぺたりと尻をついてなんとかどうにか切り終える。
Rちゃん、よく頑張りました。さっぱりしたでしょ?
お洋服の脱衣はめちゃめちゃながら一応合格。2人でそのまま入浴。
風呂上がりにドライヤーで乾かした彼女の髪の仕上がり感はなかなかのもの。
夕飯にはRちゃん大好物の唐揚げ定食、他。
ほんの少し微熱もあったRちゃんだったが、大人の女性並の量をペロリと平らげてくれたので安心した。
お鼻でまともに呼吸が出来ず苦しそう。そのせいか、就寝時間はいつもより早めの22時頃(パパがいる日は寝る時間がもっと遅い)、寝室のテレビをパッチン(消)したRちゃん。
おやすみなさい。
投稿者 yonezawa : 16:12 | トラックバック(0)
2009年 10月 24日
料金 5100円
夕べ、食事中の深夜、飛び込んできた新案件で土日の原稿執筆の時間を確保。
小雨の中、午後7時、勿論本番キャンセルはナシのBambiリハーサルへ。
キャンセルナシどころか、こちらは11月2日:長野ライヴに向けてのTV取材の申し込みが長野放送より入ったそう。
ライヴに向け、オリジナル俄の曲コードとフレーズを数曲拾ってみた。
ともかく本番が待ち遠しい。
久々にメンバー全員集結し、軽い打ち上げの後パーキングへ。
駐車してあった枠番号「5」を押すと「料金 5100円」の表示。
? 何? 一瞬呆然と機械の前に立ちつくす。
駐車時間に対して料金が明らかにおかしい。管理会社へ連絡し事情を説明したところ、遠隔操作で駐車時間が判るらしく、こちらの言い分が把握来た(機械の表記ミスを確認出来た)ようで、これまた遠隔操作で車のストッパーを下ろしてもらった。
料金は特に請求されずそのまま。ついていたのか不幸だったのか。しかし気分は晴れない感じ。しかし、あんなこと(遠隔操作)が出来るとは…
★INDIA live the SKY
34年の時空を超えて...伝説のバンド 俄 復活!!
11月2日(月) open19:00 start19:30 前売\2,000 当日\2,500(ともに1DRINK付)
出演 俄/宮川真衣/bambi(東京)/俄組
お待たせいたしました!なんとあの『雨のマロニエ通り』『東京』等、数々の名曲を残した伝説の俄が34年ぶりに待望のオリジナルメンバーによる復活です!ゲストには宮川真衣、俄組、東京よりbambiを迎え、豪華な面々が揃う1日です!
http://www17.plala.or.jp/india-sky/index2.htm
投稿者 yonezawa : 16:10 | トラックバック(0)
2009年 10月 23日
失速延期
どうも喉の調子悪し。
インフルエンザを伝えるニュースもシャレにならんので、日常における最低限の用心は特に心がけねば。
平日のリハーサルのためにギターを抱え、何年ぶりに電車を乗り継ぐが重くて辛い。
20年前ならば、ギターに加えてエフェクター・ボードのジュラルミン・ケースも一緒に持ち歩いて、スタジオだ居酒屋だ、よく徘徊したものだった。
思い返してもあのエネルギーは凄かったし逞しかった。
仕事の都合もあり、みなの仕事場を考えたら丁度おいらのいる編集部界隈が集まるスタジオとしては条件が良く、今夜はこの地に集まってもらうことに。
ところが、リハ1時間前になってバンマス:吉田兄より連絡あり。内容は以下のようなもの。
「ライヴ主催者側との連絡の行き違いで、今年の失速イベントは延期され、2010年の3月頃に振り替えになる模様」
リハ初日になってのビックリ情報。これは明らかに出演者に対して何の連絡もしない主催者の落ち度によるもの。吉田さんが「今年も宜しく! リハーサルに入ります」の連絡をたまたま入れたら、その旨を聞かされたとのことだ。
なんたる事態。ライヴの告知を、どなたに声をかけたのかすべてを正確に覚えていないし…困った。
ともあれ、リハーサルは親睦会の場となり、リラックスしたゆるいリハの時間を過ごすことに。
全員リハーサル不足と思いきや、演奏の感触やら録った音源を聴いてみればなんとかなる程度の感触を得、メンバー各位の底力を認識。
ベースのTとは今回、正式に初セッションの機会を得られ嬉しかった。
終電の時間もあり、今夜の打ち上げはKとTの3名で。なかなか面白き化学反応の感触だ。
投稿者 yonezawa : 16:15 | トラックバック(0)
2009年 10月 22日
24時間スーパー
深夜バスの料金は通常の倍となる420円。最寄り駅から自宅まではタクシーだと1200円程度はかかるので、タイミングが合えばこのバスをつかまえて飛び乗る。
帰宅前、人気の少ない深夜の24時間スーパーで買い物。
個人的におかき類は、全般的に亀田製菓の製品がイチオシなのだが、昨日喰った「贅沢かき餅/三幸製菓」のクオリティには頷かざるを得なかった。
やや塩気が濃いことを覗けば、この手(アーモンド&黒豆)をブレンドしたかき餅で一番なのかも!? と結論を出しそうな勢い。
ならばこの手の亀田製菓商品は? と思い、本日、亀田製菓の「どっさりアーモンド」という、かき餅を購入。
日付の変わった深夜の今、おかきの食べ比べを想像しながら購入している者は日本全国でおいら只一人なのかもしれない。
果たして旨味の結果はいかに。
投稿者 yonezawa : 18:08 | トラックバック(0)
2009年 10月 21日
編集業務
結局、コミックスの入稿データをすべて拝受するのに午前4時までかかってしまい、そこから作業をかまして帰宅したのは午前5時頃になってしまった。
Kさん、大変お疲れさまでした。
午前9時起床。札幌の空港で購入した「鮭くず」を包み込んだホクホクおにぎりを1個頬張り、原稿取りへ。
昼過ぎ、入稿完了。
午後、某氏宛に向けたお便りを書き記し、夕方の便で郵便の手配。
氏がこの手紙を読んでくださり、おいらの願うサプライズが現実のものとなれば、こんなに嬉しいことはないのだが。本件は、どきどきしながら結果を待つことに。
以前、偶然見たドキュメント番組の内容が衝撃だった。YAHOOニュースで女優:南田洋子さんご逝去のニュースを知る。合掌。
投稿者 yonezawa : 12:53 | トラックバック(0)
2009年 10月 20日
外から「カチッ!」
起きた瞬間、玄関ドアのキーが外から「カチッ!」っとロックされ、ママとRちゃんがたった今公園に向かったことを知る。
次から次へと沸き起こる行事と業務の狭間に己の鍛錬の時間を見つけることが至難の日々。
11月に行う予定の、2本のライヴの仕込み(個人練習)がなんにも出来ておらん。
「どうなることやら…」と、あたかも他人事のような気分でいるわけではないが、休日の弾くべき時間には、弾き始めてものの3分で我が家の太陽&愛しきRちゃんが入室してくださるので、リフレインのドリルがその瞬間で終了となってしまう。
なので彼女の寝静まった深夜に、ちまちまつま弾く手段を選ぶわけだが、特に(カヴァーを行う場合)フレーズの反復はそれなりの音量で再生し、その機微を掴まねば本質も得られない。
結果、曲を繰り返しヘッドフォンで聴きながらフレーズを追ってみても、まったく身にならない時間だけが経緯してゆく。
結果、集中力は持って30分と相成る。しかしそうも言ってられない時間が経過してきてしまった。
そんな本日の午前中、真っ当な“ギターの練習”を行うべくフェンダー・コンサートマスターへプラグイン。
たった1目盛り上げてただけにしても、ファズ・スイッチを入れればそれなりの音量となってしまうアンプだ。
保有している唯一のアンプがある程度の大型アンプ故、スピーカー端子のアウトプット端子にヘッドフォンを一旦繫ぐ。そこから洩れる音(充分デカい)をモニターとしたギター音を元に、MD及び、mp3音源のカヴァー曲を再生させながらフレーズの探求。
単純に聴こえる某曲のソロがどうしても正確に聴きとれない。倍音が同時に聴こえてくると、こうした現象が起きる場合がある。そもそもオリジナルを弾いている本人がいい加減やってくれているとこうした現象が起きる場合がある。
瞬間に音が掴めないと弾くことに飽き飽きしてくる。ギターの精進とは、この「飽き飽き」との戦いとも言える。
昨深夜、おふくろと交わしたメールでの会話は、本日昼前後の電話での会話に持ち越し…と昨日おふくろに告げていたにも関わらず、昼前後は自宅における家事類でてんてこ舞い。パソコンである作業を行っていたら、どんどん時間だけが経過しにっちもさっちもいかなくなった。
おふくろ、正月に東京旅行してくれればなぁ。
投稿者 yonezawa : 23:17 | トラックバック(0)
2009年 10月 19日
塀までひとっとび
札幌のホテルに着いた直後、テレビで加藤和彦自殺のニュースを知った。
ほぼ同時にKからの携帯メールでその事実を拝受した。
加藤和彦と言えば、おいらにとっては断然サディスティック・ミカバンド。
アマチュア・バンド時代にも「塀までひとっとび」「タイムマシンにお願い」等のカヴァーを経てきたこともあり、とりたてて思い入れの強いバンドだった。
おいらの中で『ホットメニュー』『黒船』等のアルバムに関しては、未だに燦然と輝く完成度と魅力を放っており、多分生涯聴くことになろう最重要音源の一つ。
自ら命を断つという行為に共感することは決してないが、国内における自殺者の数は、平成10年に急増してから毎年3万人台で推移しているそうで、事態は深刻だ。
バンドとは、たった1人入れかわるだけで、どういう訳なのか大いなる化学反応が沸き起こる。
ミカバンドにしろ、加藤和彦無くしてあのスタイルにはならなかったのだろう。
木村カエラの加入した、ミカバンド再結成時の(ちゃんと集客してチケットの発売もされた)リハーサルに赴いたのが、加藤和彦の演奏を生で聴いた最後のステージとなった。合掌。
投稿者 yonezawa : 21:30 | トラックバック(0)
2009年 10月 18日
寶龍(ほうりゅう)総本店
午前11時、ホテルを後にし、携帯で調べたラーメン屋へ徒歩で移動。
ラーメンの寶龍(ほうりゅう)総本店着。
ちなみに、某地元民に推薦されたらーめん「鴇の家」は電話に出なかったので休みだったのか。サイトを改めて確認すると営業しているハズなのだが。
「寶龍」のスタンダードな味噌ラーメンが気負いのない好みの味。
しかしこの時期の札幌なのに東京程度の気候で助かった。早めに歩くとほんのり汗をかいたほどだ。
空港まで地下鉄とJRで移動。2時間以上も時間があったので、買う予定でもなかったRちゃんへのぬいぐるみを含むお土産の菓子を大量購入。
搭乗して新聞を読んで、アップルジュースを飲んだらあっいう間に羽田着。
モノレールとJRを乗り継ぎ、宣言通り夕方6時前には自宅へ辿り着いた。
「あれ!? パパ、帰ってきたよ!」玄関を開けた瞬間、Rちゃんの声がリビングの奥から聞こえてきた。嬉しい。
投稿者 yonezawa : 21:28 | トラックバック(0)
2009年 10月 17日
札幌
午前中に稼働し、Rちゃんともろくに遊ぶこともなく昼過ぎの便で札幌へ。
空港よりJRで札幌駅へ。
こちらでも東京で使うスイカが使えた。ちなみに大阪では使えない。
地下鉄ですすきの駅へ。東急インホテルへチェックイン。
午後7時、作家:M氏、編集Tさんとロビーで合流し、予約してあったすぐ近くの寿司屋「たる善」へ。
漫画、音楽、ドラマ、俳優、女優、映画、食…思いつくまま語りあう一時。M氏の中のブームをいくつかご教示戴く。
それにしてもこちらの肴の美味いこと。銀座の高級店に匹敵する極上の食材が、話のテーマをそちらに導かせてくれる。山わさびだけでもつまみになる。
話も盛り上がるが食も盛り上がり過ぎ、おいらの年代としては「そんなに食べてはイカンだろう」と言えるほど食い過ぎた。自分アホ。
河岸を変え、赤ワインを注文したのだが、喉のギリギリまで先ほどの新鮮な諸々が遣えており、酔う前にして食も飲もギブアップ。自分アホ。
Mさんをタクシーまで見送り、そのまま部屋に倒れ爆睡。やがて朝を迎えてしまった。
投稿者 yonezawa : 21:29 | トラックバック(0)
2009年 10月 16日
tommy
記憶が間違っていなければ、91年2月24日のロリー・ギャラガーの公演(旧:郵便貯金会館)以来、この地:芝メルパルク・ホールにやってきたのかもしれない。
トミー エマニュエル来日公演。
ロビーでTシャツを買っている時に前座の演奏が聴こえてくる。
オンタイムの午後7時、オープニングを努めるステファン・ベネットの登場。
彼の弾くギターの中で、100年の歴史のあるというハープ搭載のような大仰なアコギの音色が柔らかく優しかった。初めて知ったギタリストだったが、トミーの盟友といった面持ち。ナイス。
数分後、ステファンが引き上げ、入れ替わりにトミー登場。
何の演出もないまま、ただ朴訥に登場し、そしてイナズマのようなハイテンションのプレイが突然始まる感じ。
もう声が出せないほどの超絶技巧の嵐。しかし、際立ったメロディの主張と圧巻のリズム感が、お仕着せがましさをまったく感じさせない。
ぐうの音も出ない、舌を巻く演奏がここから延々と始まる。
「上手い」と言うよりも、ここまでいくと大げさな意味ではなく神の領域と言えるよう。
おいらの生涯で、ある意味これ以上のアコースティック・ギターのプレイに出会うことはなかろうと思われる。
2人目のサプライズ・ゲストで登場したのはジェイク・シマブクロ。
この公演に彼が登場することはあらかじめ知っていた。
トミーの親友にしてこのステージに相応しいキャスティングと言えた。
たまたまジェイクはこの日、日本公演の最中だったが、明日の神戸で国内ツアーのファイナルを迎え、そして彼は再びアメリカ・ツアーへと突入する。
2人で奏でたザ・ビートルズのアンサンブルの美しさといったらない。
ジョージ・ハリスンは、なんとアコースティックにベストマッチする創作をしてくれたか。
今やこの2人のためにある曲と言わんばかりの『ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス』が芯に響く。『ヒア・ゼア・アンド・エブリウェア』の完成度に心で泣いた。
再びトミーのソロとなり、アンコールまで非の打ち所のないステージングを堪能した。
控え室でジェイクに再会。「ヨネザワさんが来ると知っていたのでガンバリマシタ!」というジェイクのリップサービスがとても嬉しかった。
明日は札幌出張につき、余韻に浸るための飲みを断念し、夕飯食べて即帰宅。
投稿者 yonezawa : 21:29 | トラックバック(0)
2009年 10月 15日
中止
台風がやってくると言うので、予定していた行事を中止。
午後になっても頭がギンギン軋んでいる。
脳が熱を帯びている。
胃の中には何も入れられない。
今年最もコンディションのさえない1日。台風に救われたか。
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2009年 10月 14日
記憶完全粉砕
午前中、クライマックス・シーンを継続し続ける最重要原稿を引き上げ、即刻入稿。
夜、漫画家:山崎紗也夏と会食。
彼女とは、地元のバーで度々遭遇することはあるものの、こうしてちゃんと待ち合わせて食事をする機会はもう何年ぶりだろうか? と思うぐらい久々。
この日程も随分前から計画し、ずんずんずれ込み、ここまで延期された末に実現となった。
かねてから「山崎さんと飲む時には是非誘ってください!」とリクエストしていた若き編集:Mも約束通り同行。
新宿へ。
生魚を肴に芋焼酎をちびちび。
河岸を変え、赤ワインをちびちび。
ゴールデン街では馴染みの連中と遭遇しながら、なんらかのアルコールをちびちび。
その後の話によれば店:HのHちゃんも合流したそうで、みんなで花園神社にお参りにも行ったそうだ。当然おいらも。しかし全然記憶がない。
そのうちお開きとなったようで、タクシーで山崎嬢の地元へ送ったならば、彼女は「まだ飲む」のだと言う。
後の話で聞いたのだが(こればっかり)、おいはゴールデン街で一度オチた瞬間があった模様。
そんなコンディションにありながらも「ならばおいらも!」と同行したおいらはカウンターで1杯戴くことに。ところが、限界を自覚しながらの儚い抵抗であり、結局、彼女よりも先に撤退。
久々に記憶完全粉砕の夜更けであった。
素晴らしき強者:山崎紗也夏、恐るべし。
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2009年 10月 13日
帰京
遙々広島からご会葬くださった親戚のHおばちゃんを送るべく、午前7時30分頃、車を空港まで向かわせた。
移動の車中では、おふくろとは従姉妹同士にあたるHおばちゃんから、いくつかのエピソードを窺う。
とにかくHおばちゃんは、おふくろの緩やかな性格を褒めっぱなし。「あんたのお母さんは、そら優しい人やからねぇ。本当にいいお母さんよぉ。昔からそうやったよ」
おいら、終始笑顔。
空港に到着し記念撮影終え、ゲートインしたHおばちゃんを見送った。
帰宅してすぐ、今度はおいらの離陸時間が迫った故、東京組の姉、甥っ子の3名と、見送り組の姉、母と再び空港へ。
皆様方、色々とお疲れさまでした。
昼過ぎに羽田へ到着し一路神保町へ。即刻、編集業務の真っ直中へ埋没。
結局深夜の帰宅となり、残念ながら(起きた)愛しのRちゃんにはまだ逢えないまま…
投稿者 yonezawa : 12:38 | トラックバック(0)
2009年 10月 12日
告別式
深夜5時30分に1時間仮眠を戴き、7時に1人帰宅して朝風呂へ。
8時、姉の甥っ子4人を起こし、9時に再び会場へ戻る。
告別式は11時より開始。
奈良から駆けつけた従姉妹:中川太が、ばあちゃんに最期に贈る言葉を述べる。
「生きて生きて生きまくったばあちゃん。ありがとう」
それらの言葉を記した大きな垂れ幕まで自作してきた、太による労いの言葉が胸を熱くさせる。
太の大きな大きな声は、充分ばあちゃんの魂にも響いたことだろう。ヤツの男気に泣けた。
葬儀の最後に親族代表の挨拶を仰せつかった。
ばあちゃんが救急車で搬送され、血圧の数値も危ない旨を知った事。
家を出る数日前に母に告げた最期の言葉。
それらを聞かされた時に狼狽した気持ち。
満州から命からがら帰国を果たしたばあちゃんの勇気と強さ。
そして自身の持つ個人的な価値観を何一つ、第三者に押しつけなかった品格。
それらを言葉に託し、参列賜った皆様の前で語らせて戴いた。
そして親父の葬儀の時と同様、おふくろへの労いの気持ちを語らずにはおられなかった。
親父のもとへ嫁ぎ50年間、まさに親戚・関係者のために自分自身のプライベートはおざなりにして、献身的に尽くし尽くして生きた母。
すべての祖父祖母の介護は全面的におふくろが担ったようなものだった。
天に召された祖母はとてもとても幸せだったに違いない。世界一の娘に最期を看取ってもらえたのだから。
霊柩車とマイクロバスを自家用車で追いかけ、火葬場へ移動。
最終最期のお別れをし、点火。
おいらは自宅での準備がある故、一足先に引き上げた。
スーパーで頼んでいた精進上げのオードブル2点を受け取りに行き、自宅で準備。
葬儀屋さんにディスプレイを施して戴いた頃、親族らが帰宅。
正装から普段着へ着替え、各々一息つきながら、昨日の夜中に姉らと作ったおにぎりをオードブルと共に頬張る。
精進上げを戴く前、遺骨となったばあちゃんにお経を上げて戴いたのだが、その際、その場にいた全員が目撃した光景があった。
並べて隣に設置してある親父の仏壇にあるローソクと、今回設置したばあちゃんの祭壇のローソク2本が、風もない部屋の中で異様な燃え上がり方を示したのだった。
親父の方のローソクの燃え方は時折異様な勢いがあり、1本無くなるスピードが尋常ではなかった。
超常現象には縁もなく、大槻教授やら松尾貴史指示派のおいらとしては、そうした意識は皆無に近いものの、今日のこの景色だけは特例として己の意識の中に刻んでおこうと思う。
親父がみんなを見守り、労いの気持ちを示してくれていたのだと信じて。
投稿者 yonezawa : 12:39 | トラックバック(0)
2009年 10月 11日
通夜
通夜の儀は午後7時より。
事前の準備等もあるので、それよりも数時間早めの会場入り。
祭壇にまつられたばあちゃんの遺影はおいらが選んだ。
桜の花見の時に写したばあちゃんの笑顔が可愛らしい写真だ。
身内で根暗の者が皆無なので、こうした葬儀の席にあっても始まる前は賑やかな空気が流れる。ばあちゃん、きっと喜んでいるに違いない。
ばあちゃんの遺影をバックに、この日を忘れないための写真を数枚撮影。
そして午後7時。お通夜はばあちゃんの意向を汲む友人葬にて執り行われた。
おいらにとっては初体験の儀。
終了と共に姉と買い出しに走る。
精進料理を振る舞い、遙々遠方からご会葬賜った親戚、知人、友人の方々を順次お見送り。
線香の絶やさない、ばあちゃんのいる部屋で従姉妹同士馬鹿話に花が咲く。
こちらも葬儀恒例の風景。ばあちゃんの遺影は変わらず朗らかに笑っていた。
投稿者 yonezawa : 12:39 | トラックバック(0)
2009年 10月 10日
帰省
結局、1時間天井を睨んでいたが全然眠れなかった。
午前4時にシャワーを浴び、車を呼んで最寄り駅へと向かった。午前5時の高速バスへ乗車。
午前6時台のANAに搭乗し一路九州へ。
遡る4時間30分前、祖母が98歳と11ヶ月の生涯を閉じた。
空港に迎えにきてくれた姉の車で帰宅。
部屋に入ると、綺麗な装束に包まれた祖母が横たわっている。なんと美しい顔をしたばあちゃんなんだろう。
とても亡くなったとは思えない表情に映った。
満州はハルビンより、幼き2人の娘(母と叔母)を引き連れ、命からがら帰国を果たした祖母。
祖母がいたからこそ己の命に繋がった。
祖母はとてもとても偉大でとてもとても優しかった。
明日からのセレモニーのための打ち合わせを関係者と綿密に執り行う。
続々と集ってくる親戚らと久々の再会を果たす。彼らの誰もが実に朗らかで、賑やかな時間が流れる。
それもばあちゃんの人間性を反映しているようだ。
本日は仮通夜となり、明日が本通夜、明後日が告別式となった。
投稿者 yonezawa : 04:18 | トラックバック(0)
2009年 10月 9日
Scott Henderson(g)、Jeff Berlin(b)、Dennis Chambers(ds)
大量に溜まった燃えないゴミ、大量に溜まった燃えるゴミ、大量に溜まったペットボトル、勿論すべてきちんと分別し、ゴミ置き場に廃棄。
ゴミの無くなった台所は気持ちがよい。
その直後に出るゴミは、ゴミ箱に捨てにくくなる。
ついでにリビングにまき散らされる大量のおもちゃを、おもちゃ置き場に収納。
姫のご帰宅後、5分もすればまた同じ状態になるのは判っているのだが、逐一整頓。
ソファの裏側にも、小さな人形やらのおもちゃの一部が散乱。意図的に、わざわざソファ裏の取りにくい場所に落とすことのある姫だ。
パパにとって、どうやら必要なものだと感じた品々をパパの目の前で強奪。姫はいたずらする時、特有の微笑みで走り出す。とたんに「だめだめ。返しなさい!」と反応が返ってくるものだからやたらと面白がり、枕も、明日着ていくシャツも、眼鏡も、ピックもお構いなしに強奪。
なんでもかんでも脱衣所の洗濯物置き場やら、玄関やら、隣の部屋やらに投げ込んでくれる。難儀。とほほ。
ともあれ、ご本人不在の午前中はゆったりと部屋の掃除が叶った。
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夜、かつて一度だけ、過去のバンドでステージに上がったことのある六本木STB139へ。
Scott Henderson(g)、Jeff Berlin(b)、Dennis Chambers(ds)らスーパー・トリオによる演奏拝聴。
関連サイトにある「ギター、ベース、ドラムそれぞれに世界の頂点の実力を誇る3人と言って過言ではない」の文脈に異論はない。
ともかく極めた3人の演奏は非の打ち所がないという表現が的確だった。
Jeff Berlinのお茶目さが際だったステージングは1度のアンコールを含む、ブルース~ロック~ジャズ〜フュージョンの入り交じったメニューで構成。
Jeff Berlinによるソロ演奏「君が代〜ティアーズ・イン・ヘヴン」が楽しめた。
生スコヘンも、実はデニチェンにしても考えたら(多分?)初体感。
フュージョンにありがちな、ファズにコーラスをかけっぱなしのギター・サウンドだと、常々ギターの骨の音がしない感覚があるおいら。
スコヘンの超絶技巧を聴きながら、一般的に思う、そうした懸念意識を確認していた。
ライヴ前後に届いた母からのメールを確認し、明日一番の飛行機で緊急九州帰省を決意。
明日からのブログ更新は未定。
投稿者 yonezawa : 17:29 | トラックバック(0)
2009年 10月 8日
台風上陸
夜中の暴風雨をさほど感じることがなかった。それ程爆睡していたのか。ともあれ睡眠4時間後に起床時間がやってきた。異様な寝不足気味のコンディション。
メディアの報道では大変な映像をも映し出していたが、外に出れば晴れ間も広がりだしており、台風の痕跡こそあるものの爽快な天候へと向かっているよう。
予定通り午前中より吉祥寺での七五三撮影へ。
Rちゃんは着物とドレス、2パターンの衣装変えを行い、かなり機敏な進行で行事をこなした。
昼食もとらずにズンズン撮り続けていたせいか、現場を後にする頃には(写真館をお遊びの場所と勘違いしていたと思しき)Rちゃんのご機嫌が大きく斜めに傾き大爆発。もう大変。またしても超大型台風の到来。
泣き疲れてしまったのか、車中で簡単にオチてしまった。
投稿者 yonezawa : 18:14 | トラックバック(0)
2009年 10月 7日
ピート・ドクター監督
都内某所、映画『カールじいさんの空飛ぶ家』ピート・ドクター監督取材へ。
今回も、現場立ち会い希望の若き編集者2名帯同。
3等親の可愛らしいキャラを創造した監督ご本人はものすごく長身の大男だった。
度重なる訪問者(インタビュアー)の数に少し疲弊気味だと語った監督だったが、一旦取材が始まるとほどよい温度を帯びた時間が流れた。物腰はとても優しい。
まさに時間めーいっぱい使っての質疑応答の応酬を終え、最後の決めカット撮影の後に、おいらがお土産として用意した最重要画集を贈呈しながらの記念撮影。
本編には大いなる感動と揺らぎを与えてもらった。
本国では大変なヒットを記録した『カールじいさんの空飛ぶ家』、日本での興行の行く末はいかに。
投稿者 yonezawa : 21:18 | トラックバック(0)
2009年 10月 6日
公式会見
電車に飛び乗ったとたん、起きがけに食べたカレーが腹の中でグルグル暴れ始め、途中どうにもならず下車。駅構内のトイレに駆け込む。
起きがけ早々に思い切りかっ喰らうと胃腸の調子が悪くなりがちなのは昔から変わらない。もう大変。
昼、六本木リッツ・カールトン・ホテルにて行われた、映画『カールじいさんの空飛ぶ家』公式会見へ。もう一度くらいもよおするかと危惧したが取り越し苦労。会見場で安堵の息を漏らし着席。
明日、インタビュー取材を控えるピート・ドクター監督を始め、彼を含む合計4名の関係者が壇上に上がり質疑応答。
映画の宣伝マンとしてタレントを起用し、映画のプロモーションに一役買わせるアイディアはここ数年間定着しており、おいらも何度か「今回の映画、誰か適した方は思いつきませんか?」と相談されたことがあった。
本作の宣伝マンは、これまでも数組の方々がメディアを賑わせていたが、今日の会見にはプロレスラーのアニマル浜口夫妻が登場。
例によって「わっはっはっは」というパフォーマンスに「気合いだ気合いだ気合いだ。おいおいおいおい」の号令連発は予測されたものだったが、本作を観た感想を求められたアニマル浜口さんが語り出した一つのエピソードが印象に残った。
夫婦愛を描く本作をして、彼は若かりし現役時代、後に妻となる彼女との恋愛話を披露してくれた。
1972年、プロレス修行のため何年間かをアメリカで過ごした当時のアニマル選手。
(当時の国際線飛行場であった)羽田空港へ見送りに来た未来の妻は、(プロレス関係者がいたからか?)柱の影に隠れたまま送り出したそうだ。
渡米してすぐに、その彼女から、カレー粉、インスタント・ラーメン他、それに手紙が届いた。その小包は2日置きに送られてきたそうだ。
後にその彼女とハワイで再会するまでを、立て板に水の如く語り明かしたアニマル浜口。心が温かくなった。
ピート監督は「彼に私のスピーチ原稿を書いてほしいです!」と語った。
彼の半生を映画にすることがひとつの大作になるのでは…っと一人で想像していた。
投稿者 yonezawa : 15:44 | トラックバック(0)
2009年 10月 5日
AC/DC
必ず大文字で表記せねばならない最たるロック・バンド「AC/DC」のレア情報入手。
AC/DCの新規アイテムの詳細が、AC/DC海外オフィシャルサイトhttp://www.acdcrocks.comにて発表された。
アンプ型ボックス3CD+2DVDという凄まじい内容で、なんとそのアンプは音も出せるそう。超限定でAC/DCサイトのみで販売。世界中のファンがサイト購入し、直接ファンの手元に送られるDIRECT TO CONSUMER施策。おまけ満載!究極のパッケージ、その凄さは下記のサイト参照。レアな収録曲詳細もわかる。
※以下、スペック詳細
●アンプ型豪華ボックス:3CD+2DVDを収納したキャリアボックスと一昨年発売された3DVD『PLUG ME IN』と同様非常に貴重なメモライバルなグッズが入った封筒や164ページに渡る豪華写真満載のブックレットをAC/DCのロゴが入ったAMP型ボックスに収納。しかもこのAMPは音が鳴る。これで199$(日本円にして2万円)は激安。完全予約確注生産で、AC/DCのオフィシャルサイト限定で全世界からそこへ注文し直接自宅へ。
●ボックスの雰囲気
http://acdc.com/splash/
●【必見!】アンガスが、本作品についてるアンプで演奏!『狂った夜』『BACK IN BLACK』『HIGHWAY TO HELL』等をギターリフを奏でている!
http://www.acdcbacktracks.com/pages/3999219/
●スタンダード・ヴァージョン:2CD+1DVDで、豪華ボックスのダウンサイズ・ヴァージョン。海外11月10日発売予定。
*音源は、LIVEの収録曲が減る。
*DVDは、ファミリージュエルズの続編MV集(91年〜最新MVを収録)。
*AWは通常盤をコンパクトにしたものになる。
●日本では、独自仕様として発売できないかを調整中とのこと。邦題は『バックトラックス〜ライト兄弟は空を飛び、ヤング兄弟はリフを刻む〜』日本盤はボン・スコットの30周忌にあわせて来年2010年2月17日に発売予定。(命日は1980年2月19日享年33歳)
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そしてこの度、ソニー・グループがジミ・ヘンドリックス・カタログを獲得したそうだ。
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2010年1月1日より全タイトルの権利がソニー・ミュージックへ移行致します。ソニー・ミュージックエンタテインメント(米)とエクスペリエンス・ヘンドリックス社が提携し、ジミ・ヘンドリックス・カタログのライセンス権に関する独占契約を締結しました。
2010年、ロック史に輝くジミヘン作品の再発プロジェクトを開始致します。オリジナル・アルバムのデラックス版のほか、未発表スタジオ音源や名曲の別テイク、比類なきステージ・パフォーマンスの映像などを発売する予定。
生前に残した『Are You Experienced』『Electric Ladyland』(いずれもグラミーの殿堂入りアルバム)『Axis: Bold As Love』『Band of Gypsys』のデラックス・エディションを発売予定。さらに彼の死後、エクスペリエンス・ヘンドリックス社が制作したコンピレーション盤もリリース。
投稿者 yonezawa : 15:47 | トラックバック(0)
2009年 10月 4日
そろそろ着手
いい加減弾かないことには始まらなかろうと、11月、目黒ブルースアレイで20分間だけLED ZEPPELINを弾く「失速ライヴ」での曲をゆったり確認。
しかしヘタしたら40年ぐらい経過しているこのバンドの曲を聴いているのだが、弾けば弾くほど恐ろしい発見があり、バンドの化学反応で起きた奇跡だとしても、ジミー・ペイジという人物の創造した閃きなり創作には格が違うとしか言いようがない。
今日も舌を巻いた。舌を巻くのは中学時代から続いている。
手癖のソロにしても、なんと言ばいいのか…風格があり、「そのフレーズこそ正解!」と言う、ベストのマッチングを流れにメロディに感じるのである。
ONE AND ONLYの存在になるはすだ。
そのライヴの前に控えるBambiの長野ライヴ。こちらもそろそろ着手せねばなりません。
投稿者 yonezawa : 10:48 | トラックバック(0)
2009年 10月 3日
ニュース
●今日の気になったニュース1
トヨタ自動車が米国で過去最大となる乗用車約380万台のリコール(回収・無償修理)を検討している問題。同社の車をめぐっては、運転席下のフロアマットのずれが原因とみられる死亡事故が米国で発生。
●今日の気になったニュース2
お笑いコンビ、爆笑問題の田中裕二(44)が2日、離婚。
投稿者 yonezawa : 01:52 | トラックバック(0)
2009年 10月 2日
あまり自信ないんでぇ
2016年夏季五輪はリオデジャネイロに決まった模様。南米初の開催。「東京は第2回投票で落選」との報道を知る。
夕方、国際フォーラムへ向かおうとタクシーを拾う。乗車したらばドライバーが「国際フォーラム」を知らない。
「あの〜あまり自信ないんでぇ…」「判りました。ではとりあえず東京駅に向かってください」「あの〜あまり自信ないんでぇ…(道順を)言ってもらえませんか?」ときた。
車を拾った場所は東京駅まで車でおよそ10分程度の神田神保町界隈。
さすがに呆れた。
丁寧に道順を伝え、思わず今後の彼のキャリアに憂いを抱いてしまった。
国際フォーラムCで超絶技巧アコースティック・ギタリスト:押尾コータローのライヴ初観戦。
MCからアンコールまであわせると、都合2時間30分以上にも及ぶステーングが力強かった。
静と動の色彩が入り乱れるまさに弾きまくりのライヴ堪能。
先日の、ジェイク・ライヴでの初遭遇以来の再会を果たし、控え室を後に。押尾さんお疲れさまでした。
22時、銀座までテクテク歩き編集:Tに大きくゴチになる。感謝。
編集部より深夜帰宅のタクシー内ではものすごく爆睡。道順は家に到着の10分前から伝えた。
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2009年 10月 1日
コンプリート・エディション2巻
ちょっと発売日が延びてしまったようだが、16枚の完全描き下ろし付き「ストップ!!ひばりくん! コンプリート・エディション」2巻は、いよいよ10月16日発売とのこと。
その出来はカヴァーのアートワークも含めて鬼のクオリティ。楽しみ。
銀座のイタリアンを遅い時間に戴く。
バーVを経由し、ほとんど1杯も呑まないまま帰社して山積みの仕事へ埋没。
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