2009年 09月 18日
1986年9月28日
博多から上京し、東京で初めて飲んだ店は吉祥寺『大茂』(現在、駅高架下にあった当時の場所とは別の店舗へ移転。営業時間も短縮)。
上京したその日、九州時代の同級生で東京在のTに連れられ、飲んだ店が『大茂』で、当時の彼はライヴハウス『のろ』のスタッフ。(『ライヴハウス:のろ』であるのに対し、「そちらはライフは“うすのろ”さんですか?」と言う電話がかかってきたことのあったTの話をふいに思い出す)
結果、吉祥寺『のろ』は、おいらが東京に来て初めて認識した飲み屋の一軒となった。
当時、Tの誘いで1日だけ『のろ』のカウンター内に入り、スタッフの一員的ノリで手伝いをやったことがある。
「米澤、おまえの好きな漫画家がうちでライヴやるみたいやぞ」そうTが言うのだ。「誰?」と聞けば「江口寿史」と答えが返ってきた。
背筋に緊張が走った。「ホントか? だったらその日一日、カウンター内でバイトさせてくれ」
当時、Tが掛け持ちで厨房スタッフをやってた今はなき中箱バー『プレイヤーズクラブ』の厨房の手伝いも、Tの口利きでやっていたこともあったし、そうした行き来はなんだか当たり前のようにまかり通っていた。
『のろ』でのライヴは、遠藤賢司のオープニング・アクトと言う形で、江口寿史率いる漫画家&編集者で組んだバンドでの登場。
カウンターごしにステージを見つめていたおいらは、今となっては他のメンバーの印象は何も残ってなく、ほんの数曲しか演奏しなかったその漫画家だけの動向を遠巻きに追いかけていた。
ライヴが終わり、面々は打ち上げに突入。
盛り上がる店内。こちら心臓バクバク。小学生時代から憧れたあの漫画家にどうにか話しかけたいのだが、どうしても踏ん切りがつかない。
「しかしこの絶好のチャンスを不意にしてしまったら、おまえはどんだけのアホなんだ」「後悔だけが残るぞ」自分にそう言い聞かせ、便所で用を足した直後の(当時30歳の)先ちゃんを入口で待ち伏せする。
「江口寿史が出てきた!」意を決し「あの…江口先生、ファンです」伝えた言葉はそれが精一杯。
会話の流れでおいらも九州生まれですと告げた時、熊本出身の先ちゃんが「九州ね?」と九州弁の口調で返してきた。
会話は一瞬のささやかなものだったと思うが、ともかくこの田舎から上京してきたばかりの、見ず知らずの青年に、先ちゃんが最後にかけた言葉が「今度、家に遊びに来なよ!」だった。
倒れそうになった。初対面のロック小僧に漫画界のカリスマはとても優しかった。
まだまだおいらはプロギタリストでも編集者でもなかったあの頃。
その『のろ』が、10月いっぱいで閉店だと、先ちゃんからの最新メールで知らされたのだ。
投稿者 yonezawa : 2009年09月18日 12:56
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