2009年 05月 31日
E.T.Tの大阪ギャグだおれ
昨日午後、不意に決断。休日にRちゃんと過ごす1日がなくなるのは断腸の思いながら、こちらも今回見逃したくはなかった。
午前中よりいそいそと稼働。切符は最寄り駅で購入。
JRを経由し、東京駅ホームで江口兄発見。
午後12時30分発、のぞみ29号に搭乗。座席で編集:A合流。
先ちゃん(江口寿史先生)は、大阪で行われるE.T.Tトーク・ライヴ・イベントに出演するべく、おいらは普段滅多に遠征しない地でそのライヴを見届けるべく向かったのだった。
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●1年ぶりのE.T.Tトークライブはなんと大阪で!大阪の皆さんふるって参加して下さいね!
漫画家トークイベント第10弾!!『E.T.Tの大阪ギャグだおれ』
http://www.montage-live.com/schedule.html
あのギャグトークユニット(?)『E.T.T』が遂に大阪にやってきた!トークあり!持ち込み映像・画像あり!なんと来場者全員にプレゼントも!!
過去ネタから新ネタまで、今夜は一挙大放出!!もう来なきゃ損は間違いなし!
5月31日(日)ライブハウスmontage http://www.montage-live.com
OPEN18:00 START18:30 前売¥2,000 当日¥2,500(1ドリンク別途)
<出演>
E.T.T are
江口寿史(漫画家)
田村 信 (漫画家)
大地丙太郎(アニメーション監督)
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先乗りしている大地監督は現地合流なのだが、先頃プレイコミックで『できんボーイZ』を連載スタートしたばかりのタムタム(漫画家:田村信)は、この新幹線に間に合わなかった。
どうやら山上たつひこ先生直々にお願いされた原稿の仕上げ(アシスタント)を引き受けた彼は、まだ執筆が終わらないとのこと。
ここにきて、やや危険な雰囲気を察知しながらも、ともかく我々は予定の便で新大阪へ。
ほぼ予定通り現地入りを果たしホテルへチェック・イン。
遅めの昼食は、エグチンの提案で布施駅界隈の高井田ラーメン「住吉」へ向かうことに。
携帯で検索しタクシーで向かうが、なんばからは結構時間がかかった。
検索画像で見る限り、随分もちもちした麺で、うどんとラーメンの間のような太い絵面の麺&黒いスープが特徴。
出てきた物件もそのもの。
![]()
さっぱりした口当たりで、スープは全然作り込んでいない感じ。脂っこさゼロ。とにかくあっさり。
おやつのような口当たりでさくっと平らげた。
カウンター中の、親子と思しきおばちゃんとおばちゃん(失礼)の雰囲気は関西人独特の軽快な物腰。気持がよい。
予定の入り時間からは少し押し気味だが、ともかく近鉄電車に飛び乗り、なんばに到着してから30番出口を探す。
途中、番号案内の標識が消え失せ、えらく不親切な案内だなぁと感じながらも、なんとか最短距離で目的地「モンタージュ」に到着した。
外にはすでにファンの列が。
先ちゃんは小屋のスタッフと簡単な打ち合わせを終え、開演の準備。
すでにこちらに向かっているハズのタムタムからは新幹線に搭乗して以来、連絡が途絶えた模様。
こちらから携帯にかけてもまったくの反応がない。彼は貫徹で仕事を終え、こちらに向かっている模様。情報はそれだけ。
「判りにくい30番出口を発見するのは無理だろう」と言う、控え室面々の予測をよそに押し迫る開演時間。
「ともかく、15分程度押して間に合わなかったらやむを得ないので始めちゃおう!」という結論の末、ついにライヴはスタート。
タムタム不在のため、冒頭のトークはスライドを投影しながら逆にタムタムの人間性を細かく解説(笑)するコーナーに。
スライドに映し出される写真は全部がとにかく下品極まりない。客は爆笑。
トークの内容はテーマだけ決めてるだけで、何もかもがぶっつけ本番のガチ・アドリブ。会場の温度は徐々に上昇した。
開演からさらに遅れること30分、ようやくタムタムが到着した。
彼らと何度も酒の席を共にするおいらからすれば、ここで語られるエピソードは全部がガチのマジ話だと理解。「そこまで言ってしまうんかい!?」と心で突っ込みつつ腹が痛かった。可笑しくて。
よくもまぁ、ここまで包み隠さずに自己犠牲を覚悟で語り尽くすもんだ、エグチン、タムタム、タヒチン。
エンジンのかかり始めたタムタムも2人に絡み、おいらにすればいつもの飲みの席で交わす会話を大勢の仲間と聞くような錯覚に見舞われる。
絶妙に押し引きの関係が確立された三者三様のフリー・トーク。エンタテインメントとしても盤石の出来。
終演後、(企画にあったと言う)残った大勢のファンとの親睦会に数時間。何故かCCBの「ロマンティックが止まらない」を〆の曲に、午後11時過ぎお開き。
観客がすべて帰途についた頃、徒歩ですぐ近くの鳥ベース居酒屋でスタッフサイドの打ち上げに突入。
ここは初めて遭遇したスタイルの店だった。
目の前のテーブルには、少し角度のついた鉄板が置かれてあり、鳥を中心とした肉素材を自ら焼くというシンプルなもの。素材良好。気に入った。
ひとしきり初対面の面々、ライブハウスのオーナー、店長さんらと挨拶を交わし親睦を深める。
エグチン(新幹線で1時間弱仮眠したのみ)&タムタムは、仕事のまま新幹線に飛び乗る状態だった故、各々貫徹のコンディションながらも全然元気。眠気を感じさせない。50オーバーの2人、どえらい体力。
閉店直後、「そろそろ歌いたい」とお3方。
荷物を置きに一旦タクシーでホテルへ引き返し、残った総勢7名の精鋭(?)諸氏とカラオケ突入。恐縮ながら、おいらは1曲で何故か偏頭痛。寝不足のせいなのか、終始コンディション低迷。
午前4時過ぎお開き。先ちゃん提案のうどんを喰いに行く気力も失せ、そのせいで先ちゃんらもホテル帰還の流れに。
みなさん、あらゆる意味でよきシーンを存分に見せてもらいましたぜ。お疲れさまでした。
投稿者 yonezawa : 18:38 | トラックバック(0)
2009年 05月 30日
日用品
小雨日和から、やがて雨があがった。
近所の小川で泳ぐ大量の鯉をRちゃんと数分眺める。
「あっちあっち」「こっちこっち」と、一定箇所で泳ぐ鯉と、ゆったり前進し、またUターンで戻ってくる鯉を指してRちゃんが逐一動きを知らせてくれた。
一度「お外に出る」と言い出したら実行するまで効かない。
単に、不在時に届いた宅配便の荷を集配ロッカーから引き上げるだけ、あるいは新聞を取ってくるだけなのに、Rちゃんはいそいそと自分でクックを履いておいらの手を引き、1Fまで付き合ってくれる。
おいらの携帯に保存されてある写真データは、おびただしい枚数のRちゃんスナップ写真ばかり。
「かしてかして」と自身の日常を再確認(日課)するRちゃん。
昼食の冷やし中華を食べた後、外へ出かけた。
数キロ離れた大型ショッピングモールでRちゃんの日用品を中心に買い物を済ませ、夕方帰宅した頃には午後6時を回った。
夕飯には白菜、キノコ類を中心とした野菜炒め、秋刀魚の塩焼き、ところてん、鰹のたたきにおろし生姜をまぶした漬け、梅干し他…と、胃袋大満足の夕飯を戴いた。
新調の「ベビーレーベル おまるでステップ」。Rちゃん、何日で会得できるか?
今日現在、一番苦手なものは雷さま。
投稿者 yonezawa : 18:37 | トラックバック(0)
2009年 05月 29日
片面CD、片面DVD
DMBのこのアルバムは、片面CD、片面DVDというシロモノ。
こんな両面仕様の盤は初めて見た。
ところがDVDサイド、既製の国内DVDレコーダーではリージョン違いで再生不可。
同じバンドの他の輸入盤CDに付属するDVDは再生可能なのにややこしい。
早朝8時の高速バスで帰郷の義母。あっと言う間の1週間が経過した。
「おったんとお留守番!」と言って、外出の準備を手こずらせたRちゃんは、意志とは裏腹に服を着替えさせられ、おばあちゃんのお見送りに羽田まで同行させられた。
今朝3時間睡眠。朦朧の頭のまま、録画した番組を見た後消去するべく再生。しょぼしょぼした目が画面を見ていられない状態で、音声だけ聴きながら数本の番組を鑑賞直後に消去。
ディズニーだ、アンパンマンだ、しまじろうだ、ハッピー!クラッピーだと自動録画の番組が増えたせいで、HDD内ハードディスクはすぐ容量オーバーに。
自身で撮った動画の保管手段もそろそろ確立させねばと思いながら、時間は刻一刻と経過するばかり。
それにしても、数年前のドラマ『スカイハイ』撮影現場で初めてお会いした女優:新山千春は随分綺麗になったものだ。
想田和弘監督最新作『精神』の単独取材記事をようやく構築。
監督からの最終チェックを経て、無事本日入稿の運び。
彼からのメールによれば想田くん、来月(6月)、初の著書「精神病とモザイク タブーの世界にカメラを向ける」(中央法規出版)を出版するそうだ。
http://www.amazon.co.jp/dp/480583014X/
投稿者 yonezawa : 18:19 | トラックバック(0)
2009年 05月 28日
3-D
「音楽は、ビニール盤のレコードがカセットになり、CDになり、そして今やデジタル化されています。映画で言えば、今日の平面的なスクリーンは音楽でいうビニール・レコードと同じです」と、3-Dの未来的映像世界を睨んだ誰か(関係者)の弁が印象に残った。
3-D作品、映画『BOLT』鑑賞。
情報によれば…「ドリームワークス・アニメーションはUltimate 3-Dと呼ばれる独自の3-Dアニメーション製作技術を開発し、今年3月に米公開となった“Monsters vs.Aliens”以降、すべての作品を3-Dアニメで製作すると発表した模様。
劇場が追いついていない現状ではあるが。
その他のアニメーション・スタジオは2-DのCGアニメーションを製作後、3-Dバージョンに変換する手法をとり、08年にはすでにディズニーの“Bolt”(8月公開)や、ベルギー製アニメの“Fly Me to the Moon”(今年公開予定)などのアニメが3-Dで観賞可能。
今年公開が予定されている3-D作品は全部で10本。そのほとんどがアニメとなる」そうだ。
3-Dのシステムではなかったが、いちいち物事を考えさせる前にストーリーが展開する『BOLT』はやっぱり秀作。
基本的にアニメには疎いおいらだが、これら先端の技術革新は無視できない。その技術は恐るべきものだ。製作総指揮:ジョン・ラセターの手腕は大いに興味のあるところ。
今年12月に公開全米予定のジェームズ・キャメロン監督の手がける、米20世紀フォックス作品“Avatar”の出来が、関係者同様気がかり。果たしてどんな作品になるのだろうか?
編集:Fと遅い夕飯がてらの新宿格安酒試飲巡り。外は延々雨。
投稿者 yonezawa : 19:58 | トラックバック(0)
2009年 05月 27日
Black Snake Moan
漫画家Y氏に勧められた映画『ブラック・スネーク・モーン』鑑賞。
関連サイトによる内容は…「堕落した若い女性を更正させようと、初老の元ミュージシャンはなんと彼女を鎖につないで自宅に監禁してしまう……。スキャンダラスながら現代人の絆を見つめ直した感動編!」
何年前だったか、取材で訪れたロサンジェルスの高級日本食レストランで偶然遭遇したクリスティーナ・リッチ。
黒髪のイメージだった彼女は茶色がかったブロンド(地毛?)で、その容姿はオーラを放つほどキュートに映った。男の子2人と、3人での食事中だった彼女。
それまでまったく気にしていなかったクリスティーナ・リッチは、その日から急に気になる女優のひとりとなった。
飲みの席で信頼ある輩と真剣に映画やら音楽の話を交わすと、ふいに大きな知識(体感)の穴が空いている場合が普通にあり、本作もその中の1本と言えた。
『ブラック・スネーク・モーン』ではどえらいキャラクターを演じている彼女。物語を追いかけていけば、何故そうした境遇に至ったのかが痛く理解されてゆくのだが、一見、品格という言葉からは縁遠い女性像を演じているはずなのに、彼女自身から発散されるのは品格という空気だ。
サミュエル・L・ジャクソン演じるラザラスがブルースを奏でるシーンがある。
映画『クロスロード』のウィリー・ブラウン(ジョン・セネカ)が、ブルース・コードの上に詞(言葉)を語るだけで、そのメッセージは格別のブルースとして昇華した。
ラザラスがブルースを奏でるシーンにしろ、同じ意味合いの匂いを感じさせた。
この作品タイトルを聞けば、おいらはBeck, Bogert & Appiceの『Black Cat Moan』を思い出し、97年に発足した広末涼子ちゃんのファンクラブ会報CD『RHフレンドル』用に書いたオリジナル曲『Black Dog Moan』を回想するのだった。
投稿者 yonezawa : 16:46 | トラックバック(0)
2009年 05月 26日
給料日
投稿者 yonezawa : 02:06 | トラックバック(0)
2009年 05月 25日
Big Whiskey and the GrooGrux King
インターFMから流れてきたDMBの曲は、きっとこの最新アルバムからの音源なのだろう。
ボリュームをメモリ5つ上げた。
ものすごく心に刺さる完成度でまとまったその曲に、自身の音楽熱がごつんと燃え上がる。
「半端になったままの、あの曲を早く完成させよう」「あいつと次回セッションする際、あの曲とあの曲を完全にマスターして挑もう」
曲を聴きながら創作の熱がふつふつと焚きつけられ、早く車から降りてギターを弾きたい衝動に駆られた。
音楽の発する強大なパワーを感じ続けてもう30年以上の時間が経過するが、曲の威力さえあれば学生時代となんら変わらぬ質の発熱とときめきに襲われる。
亀渕兄もつとめるNHKデジタル・ラジオ番組のタイトル『いくつになってもロケンロール!』
http://www.nhk.or.jp/kame-blog/
通り、この性質は生ある限り永遠と思われる。
本日Rちゃん、神保町を来訪。ところが到着早々汗をかいたまま爆睡のRちゃん。
抱っこを中継でおいらが引き継ぎ、デザイナーTちゃん&Nちゃんらと遭遇させるべく事務所を訪問。
当初の1(〜2?)時間少々、起きがけにママのいない空気を察知し、号泣といじけの様相がしばらく続く。
Rちゃんのご機嫌復活まで、根気強く協力しながら遊んでくれたTちゃん&Nちゃんの努力と協力により、やがていつものRちゃん節炸裂。
やがて彼女たちはめでたくマブダチと相成った。
これらの時間を振り返り、自己主張はつくづく大切だと己を顧みる。
夜、一人で東池袋大勝軒直系店ののれんをくぐる。
後から知ったのだがこの店、某ラーメン・データベースのサイトには「接客態度が悪い、挨拶がない」「床がヌルヌル」「待たせすぎ」「狭い」とレビューが手厳しいようで、100点満点中ほとんどの人が30点台をつけているそう。
「狭い」のは仕方がないと思うが、本当に「接客態度が悪い」といったことが本当なら気ノリしない店だ。
注文は食券を買うシステムなのだが、購入しようと財布を見たら1万円札しかなかったので、店主に両替をお願いした。その際、レビューにあった「接客態度が悪い」というフレーズを後に思い出すことに。
もりそば750円の食券購入。確かに店内は狭く、床がヌルヌル。注文からおよそ20分、もりそば登場。
物件そのものは想像(他同店舗で体験した品)よりもむしろ悪くなかった。がスープの底をかき分け、味見として軽くすすった際、溶けきっていなかった砂糖の一部をスープごと口に含んでしまった。どひぇ!
勿論つけダレのスープ割りは当然欲しかったのだが、つまり店主の醸し出す空気を察知し、声をかける気持ちを削がれてしまったのだった。今日が最初で最後の店になる可能性大。残念。店主の方はきっと不器用な方なのだろう。
書かざるを得ないホントの話だったのでご容赦。
投稿者 yonezawa : 23:51 | トラックバック(0)
2009年 05月 24日
へそを取りに来るんだよ
井の頭公園でも散策しようかと昨日の段階ではうっすら考えていたが、雨模様の空を睨み予定を変更。
黒川紀章が最後に手がけたという国立新美術館[THE NATIONAL ART CENTER,TOKYO]で開催中の、「ルーヴル美術館展 美の宮殿の子どもたち」へ赴くことに。
都内ではほとんど混み具合を感じることなくスムーズに現地へ到着。ところがRちゃん、直前にガン寝開始。
入館。小雨日よりだったこともあり、それなりの人混み程度の印象。
3点ほど、特に気に入った絵画に遭遇。
雨があがった頃、徒歩で界隈を散策しミッドタウンでお茶する少し前にRちゃんお目覚め。昨年、鎌倉の大仏さまをガン寝によって見逃した彼女を彷彿とした本日。
ジュースと塩唐揚げ(Rちゃん大好物)を食べ終えた。帰途の道もなかなかスムーズな日曜日。
夕飯には白菜メインのポン酢味サラダ、餃子、ところてん等。
Rちゃんの「ごちそうさま!」を聞いた後、「お風呂に入ろうか?」と伺ったらば「やだ」と彼女。
こうした質問は、間を空けて3回ほど問うた頃「うん(OK)」と答えてくれるパターンが多い。
“拒否しても事情は承知しているのでしばらくしたら受け入れる”という、このやりとりこそが一つの成長と感じられる。自己主張の始まりというものか。
外では時折雷の音がゴロゴロ。
その自然現象の音を初めて耳にしたRちゃんは目を丸くし、ただならぬ表情のまま聴き耳を立てている。
「こわいねーこわいねー」抱っこのまま見つめるRちゃん。
「雷さんがRちゃんのへそを取りにくるよ」問題提議の父。
「やだよぅやだよぅ」ぎゅぎゅっとしがみつくRちゃん。
「おったんの言うことを聞かないとおへそを取りに来るんだよ」警告。
「やだやだ」益々ぎゅぎゅっ。
「よし! じゃあ雷さんに蓮ちゃんのへそをとらないように、今お願いしといたからね!」
「よかったねぇ。こわいよこわいよ。よかったねぇ」
安堵のRちゃん、大変真剣な眼差しで自分のほっぺをおいらのほっぺにくっつけた。
お風呂から上がったRちゃん、リビングとおいらの部屋を行ったり来たり。時計はそろそろ午後10時。Rちゃん、おやすみなさい。
そろそろ午後12時。椅子でオチてたおいら。異様に眠い夜更け。
投稿者 yonezawa : 00:14 | トラックバック(0)
2009年 05月 23日
またしても羽田
昨日、飛行機が羽田に着陸する頃、すでに届いていた携帯メールと着信の履歴を確認。
明日から義母が上京する旨を記した伴侶からのメールだった。
予め某幼稚園から、未入園児宛に運動会への参加呼びかけが届いていた。本日朝10時前より、Rちゃんはその運動会の1コーナーへ参加するべくママと外出。
正午過ぎ、催し物で戴いたという賞品:スケッチブックと団扇を抱えて笑顔で帰宅したRちゃんに促され昼飯。
午後2時過ぎ、またしても羽田へ飛ぶ。
かなり唐突な義母の来訪だったので、航空チケット等の手配のサポートも出来ない状況だったが、予定通り九州からの便は離陸。定刻より10分早く到着。
首都高を通らず幹線道路を横断しながら丸長で夕飯。最近、餃子も定番メニューに加える我が家。
満腹の様相で帰宅し、順番に風呂に入り、おいら以外の面々はかなり早い時間にご就寝。
明日からの計画を見越し、一人あれこれと妄想。何がベストなのか。
歴代、何人もの大統領が何故か退陣後に逮捕される国:韓国。その韓国の、盧武鉉前韓国大統領自殺のニュースに驚いた。
投稿者 yonezawa : 03:47 | トラックバック(0)
2009年 05月 22日
札幌2
タイマーで目覚めたら外は雨模様。がっくし。
正午過ぎに朝昼あわせた食事へ。
場外市場で地元の特産品を眺めながら雨模様をほんのり呪う。
飛行機までのわずかな時間を利用し、イサム・ノグチの設計したと言う『モエレ沼公園』へ。
http://www.sapporo-park.or.jp/moere/index.php
※関連サイトより──
「Isamu Noguchi (1904 ロサンゼルス-1988 ニューヨーク) とは…英文学者で詩人の野口米次郎を父に、アメリカ人の作家レオニー・ギルモアを母に持つイサム・ノグチは、少年期を日本で過ごし、その後渡米して彫刻家を志す。20代からアジア・ヨーロッパを旅し、文化遺産、絵画、彫刻、建築等を広く見聞し、パリでは彫刻家ブランクーシの助手も経験する。
ニューヨークに居を定めてからは、肖像彫刻、舞台美術、環境彫刻、商業デザインといった、幅広い活動を展開し、遊具、公園等の設計も開始する。戦後は日本でも活動が紹介され、日本の芸術家や文化と触れあい、陶芸彫刻や和紙を使った「あかり」のデザインなどを行う。日米両国で世界的な彫刻家として知られ、最晩年までモニュメントの制作、ランドスケープデザインを精力的に行い、1988年、モエレ沼公園のマスタープランを策定し、その年の12月、ニューヨークにて永眠する」
天候がよければさぞ美しい眺めだったろう。
展望台で周りを一望。
階下に降りる。モエレ沼公園と公園全体の基本設計を策定したイサム・ノグチギャラリーへ。改めて、イサム・ノグチの表情と瞳が魅力的に感じられた。
25年前、旧友:岩切天平の自宅にあった和紙の灯りがイサム・ノグチのデザインした品だったことに気づいたのは、それから数年経ってからのことだったか。そんなことを不意に思い出す。
標高62mのモエレ山に登るだけで、とたんに息が上がる。
この山はゴミの山(産廃?)を利用して作られたシェイプだと、タクシー運転手に伺った。
天候上、外の探索はここだけで断念。
天候の良き日であれば、間違いなく札幌市内全体を見渡せそうな展望台になりうる山だ。
敷地全体はセントラルパークのおよそ半分。この話を依頼されたノグチはとても喜ばれたそうだ。彼の手がけた作品の中で最も規模の大きい物件だったから。
JR札幌駅へ戻り、40分かけて新千歳空港へ。
予定の飛行機は、到着の搭乗機が遅延したせいで結局30分の遅れ。
空港内のベンチで弁当を戴き、搭乗。
帰京し、直で編集部へ。
投稿者 yonezawa : 21:25 | トラックバック(0)
2009年 05月 21日
札幌1
早朝8時起床。9時前にはシャワーを浴びて、お茶漬けをすする。
午前10時15分発のリムジンバスで羽田へ。
お茶漬けをすすった割には空港内でうどんと天むすを食す。
ここ(ゲートを潜った後の小さな店舗)のうどんは腰があってかなり美味い。これマジ。かけうどん500円は高いけど。(天むすも200円以上の値段!)
次回、覚えておかねば。
昼下がり、新千歳空港到着。
片道1040円。所要時間およそ40分。JRで札幌駅へ向かう。
札幌、暑い。
今日に限って言えば東京の気温となんら変わらない。湿気が感じられないぐらいで、Tシャツ1枚で充分な気候が意外だった。今日は特別暑い日だとはタクシー運転手さんの弁。
時間のずれた昼食を済ませた後、ホテルへチェック・イン。
部屋で打ち合わせの準備を施すうちに約束の時間は直ぐにやってきた。
ロビーで漫画家:Mさんと合流。7か月ぶりの再会を果たす。ホテル1Fのカフェで先方の近況を伺った。
Mさんは昨年末に(本人曰く、軽い)カテーテルで手術をされており、当初予定していた双方のビジョンから、仕事の時期がやや時期がずれ込んでしまったのだが、まずはMさんの体調が心配だった。
ところがMさんはすこぶる体調良好のご様子で安堵の息をつく。
ひとしきり話を終えた区切りで食事へ。
行き当たりばったりの会話のはずなのに、Mさんのあらゆるカルチャーを睨んだ造詣深さには、正直おいら、ついていけてない。身に覚えのある一般的知識の乏しさをヒシヒシ感じつつ、流れに任せご教授いただく。
和食は美味。
今後の作品作りに繋がると信じるテーマをおいらなりに織り交ぜながら、河岸を変えたバーで、各々ターキー乾杯。
〆には新(ARATA)の味噌ラーメン。ナイス物件。今夜はぐっすり眠れそう。
投稿者 yonezawa : 21:26 | トラックバック(0)
2009年 05月 20日
掘り出し物
空き時間に楽器屋を覗く。
テイラーのアコギはいつものまま高額機種だけが陳列されていたが、残念ながら今日も掘り出し物には遭遇せず。
きっとどのギター弾きでも、根本的に楽器屋を訪れる度には「掘り出し物」を探しているのではなかろうか。
相場価格よりも、なんらかの訳あり商品でガクンと値崩れした品がないか!? と頭のどこかで期待をよせる思考が、おいらは毎度働く。
待ち合わせ場所にやってきたのは、Tに誘われたTの友人で初対面の2人。
何年ぶりかに訪問した地元界隈の名店:Mで乾杯し、河岸を変えたバーでは地元のフリーランス編集者でライターのTTくんを招集。
こんな時間まで飲むんじゃないよと、心で己に突っ込みながら、予定外なノセられ方によって早朝を迎えてしまった今宵の酒に50%だけ反省。
投稿者 yonezawa : 15:48 | トラックバック(0)
2009年 05月 19日
左手
ほんの数年前まで、地下鉄電車内でのサラリーマン、学生さんらは、なんらかの雑誌を読んでいる光景が多かった。
ほんの数年前から、一つの車両内には携帯を操作している人が大多数。それが日常の光景となった。
かく言うおいらも移動中に漫画家、印刷所、編集者、母他への連絡事項などで大概携帯を睨んでいる始末。ゲームとかモバイルは全然やらない。とにかく携帯で文章を打つことに没頭する日常。
当初、利き手の右手でメールの操作を行っていたが、ある日ボールペンで書類に必要事項を記さねばならぬ際、何故だか途中からまったく力が入らず左手を添えてなんとか書き上げたことがあった。
そんな現象はその時1度ではなく、2度、3度と続いたので、「すわ腱鞘炎!?」と本気で焦り、携帯を操作する際は不慣れな左手で行うように努めた。
右手の酷使だと考えたからだ。
文字書きにしろ、包丁にしろ、スポーツにしろ、箸にしろ、遊び半分で左手でチャレンジしたこともあったが、まず身につくことはなかった。
本気じゃなかったからだろう。
今では、携帯メールは9割方が左手のみによる操作となった。
投稿者 yonezawa : 20:23 | トラックバック(0)
2009年 05月 18日
Cadillac Records
アメリカ公開された昨年末、「エタ・ジェイムスをビヨンセが演じている」という情報を知ってから、一早く観たかった。
期待を寄せる作品の1本、映画『キャデラック・レコーズ』試写へ。
内容は、チェス・レコーズと所属アーティストの隆盛を描く物語。
1950年代から1960年代のシカゴを舞台に、人種問題と、ブルースと、ロックンロールを盛り込んだ本作は、アメリカ屈指の伝説的ミュージシャンの波乱に満ちた人生を追うストーリーともなっている。
しかしなんてクールなタイトルなんだ『キャデラック・レコーズ』。
チェス・レコーズのオーナー:レナード・チェスは、初めてヒットを出したミュージシャンには、キャデラックを買い与えていたそうだ。
農作業中のマディ・ウォーターズの登場に胸が高鳴り、チャック・ベリー、エタ・ジェイムスetc...と、睡魔に襲われることもなく鑑賞。
1897年のB.B.King&Friends スーパースター・ライヴで聴いたエタジェームスとDr.ジョンの『I'Drather Go Blind』がこだまする。(この映像、画質の汚いDVD以外にまともなソフトが出てくれないものか)
あの時代にタイムトラベルし、情感たっぷりに“レコーディング”していたビヨンセの株は上がるばかり。
遅い夕飯は音楽P:Tと。
投稿者 yonezawa : 18:46 | トラックバック(0)
2009年 05月 17日
なんとまぁ
夕べの睡眠時間がわずか4時間だったせいか、夕飯後ソファで気持ちよくオチかけた。が、とたんにRちゃんが「だめぇだめぇ」っと頭を掴んで起こし、枕として使っていたクッションをあらぬ方向へ放り投げた。
「したらばお風呂だ!」とモーローの頭で脱衣所にふらふら向かえば、笑顔のRちゃん駆けてきて、いそいそとお風呂の準備。
長袖の衣類は脱ぐのにまだ少し加勢が必要だけれど、脱ぎっぱなしながらおむつは最近バンバン自力で脱衣。なんとまぁ可愛らしいこと。
時折目に入るニュースで報道される「新型インフルエンザ」の脅威が深刻。時間単位で感染者の情報が追加されてゆく。
ニューヨークの友人:Mからのメールによれば、現地でマスクしてる人はほとんど見かけないそう。勿論しないよりはましだろうが、果たしてマスク程度で空気感染の新型ウィルスから予防する手段になるものなのか。
「CDラックの手の届かない箇所まで抱っこで持ち上げて!」っととれるお願いをするRちゃん。抱っこで持ち上げると、誰も教えていないのにJEFF BECKのコーナーを探り当て、ロゴしか書かれていないジャケットを手に取り、「じぇっべっく! じぇっべっく!」と言った。
以前、JEFF BECKのロゴが入っていたパーカーを着た時に、「(この頃はまだ)じぇっじぇっく!」と言ったことがあったので、あの時から書体共々理解していたのだと気づいた。
投稿者 yonezawa : 17:59 | トラックバック(0)
2009年 05月 16日
自動車保険
10000ワード弱の原稿と睨めっこ。
書いても書いても、きっと第三者から見ればどうでもいい箇所に何度も赤を入れ、最終稿にならないまま時間が過ぎる。数時間、間を空ければまた句点の位置を変えたり。
ゴミ出し以外は1日中家に引き籠もり。
自動車保険を見直そうと、数社に見積りのメールを依頼しており、数件の中からベストの契約内容を探し出す。同級生でこの道の権威:Kにもアドバイスを乞う。
過去、まず素人には書けるはずもなかろう、住宅ローンの%等までを記した書類を難なく書き込み、仕上げてくれたKには今回も大感謝。頼もしさが嬉しい。
彼からのアドバイスを踏まえ、某会社と無事契約。
自分でネットを経由して申し込むと、保険料は何万円も安くなる事実を今回のやりとりで知った。
夕飯はホクホク・ハンバーグと炊きたてのご飯。
午前5時過ぎまで、録りためた番組を睡魔に襲われるまで拝見。
毎週月曜日夜7時放送『報道発ドキュメンタリ宣言』さらば警察~わが人生に悔いなし~と銘打った、愛媛県の現職警官:仙波敏郎さんのドキュメント映像に泣いた。
http://www.tv-asahi.co.jp/d-sengen/
http://www.amazon.co.jp/dp/4062153599/
愛媛県の現職警官であった仙波敏郎さんが、実名で警察の組織的な裏金作りを告発。それによる不当な配転を違法として争った国賠訴訟一審判決で、劇的な勝利を手にするまでの道のり、そしてその後を追いかけた企画だ。
タブー視されてきた警察組織の闇、裏金、腐敗、汚職、隠蔽の「組織的犯罪」に独り敢然と立ち向かった男の人間ドラマに心撲たれたのだ。
仙波さんの主張は「全国の警察では組織をあげて税金を横領しています。その金額は年間100億円規模とも考えられます。これが放置されてきたのは、27万人の警察官の多くが、実際に領収書を偽造して巨額の裏金をつくっているにもかかわらず、全員が口をつぐんできたからです。なんと大多数の警察官は犯罪者なのです。」と言ったもの。
仙波さんは同期の最短で巡査部長昇任試験に合格。その後35年間巡査部長という警察官は他にはいないそうだ。
昇任試験の面接で、「領収書を偽造しなければ警部補には昇任しない」と言い渡され、仙波さんはその後の昇任をあきらめた事実。告発後の警察側による報復人事、左遷、無視。知れば知るほど憤りを感じるばかり。
以下、番組公式サイトに掲載された「愛媛県警察本部への質問と回答。(電話による回答)」
まったくもって解せない。
<質問①>
仙波さんが行った一連の「裏金作り」の内部告発は事実ですか?
<愛媛県警からの回答>
そのような事実は確認されていません。
<質問②>
裁判で「仙波さんの通信司令室への配置換えは違法である」という判決が確定したにもかかわらず、仙波さんが求めている直接謝罪を行わないのはなぜですか?
<愛媛県警からの回答>
判決において示された義務については、すでに履行しているところです。
(※)
<質問③>
この春、定年退職された仙波さんに、何か贈る言葉はありますか?
<愛媛県警からの回答>
特にありません。
(※)
判決において示された義務とは「愛媛県が仙波さんに慰謝料100万円を支払うこと」です。しかし仙波さんによると、県警側は、この100万円を廊下で手渡そうとしたため、仙波さんが「県警本部長からの謝罪が先ではないか」といまだ受け取ってはおりません。現在慰謝料は法務局に供託されている状態ということです。そのために、「履行しているところです」という表現になっていると考えられます。
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関連ホームページでは情報提供、仙波さんを支える会の支援も募集している。
http://ww7.enjoy.ne.jp/~j.depp.seven/
投稿者 yonezawa : 17:58 | トラックバック(0)
2009年 05月 15日
Doria〜Shanghai cooking
伴侶の記したメモ書きの説明文を読みながらドリアをオーブン・レンジへ。
最新機種のオーブン・レンジを購入後ほとんど触っていないので、余熱の入れ方とか時間設定がイマイチおぼつかない。
書かれた通り230度に設定し、20分強加熱した頃チーズを載せ、さらに数分の加熱でちょっとだけ焦げ目のついたホクホクのドリアが完成。
16歳の頃、初めてのデートで彼女が注文したのがドリアだった。
おいらは「ドリア」なぞ知ることもなく16年生きてきており、しかし「知らないのはかっこ悪いか」と思ったのか、「おれもそれでいいや」と無知を隠して便乗注文。
出てきたブツがグラタンにしか見えなかったおいらは、「ご飯ください」と思わず店員に頼んでいた。彼の日が懐かしい。
彼女の自宅では、幼少から母親が夕食メニューのレパートリーとしてドリアを作ってくれてたそうだ。
我が家の場合、食事の方向性は少し違ったかもしれないが、あの頃のあの食卓で食べてたキビナゴを親父とおふくろと一緒に食べたいもんだ。
正に至福の時間だった学生時代の弁当。その美味さは世界一だったなぁ。
児童館から帰宅したRちゃんはキティちゃんのミニチュア・マグカップ・セットを抱えていた。
自分でくっく(靴)も脱げるようになったし、最近はパンツの訓練を開始させられた彼女。
おトイレには「しっし」と言って「連れてって」とばかりに合図するものの、まだ用を足す行為までには至らず。もう少しかな。
夜、K社:Yが命名した「夜忍魁」の面子で、年間6回を予定している食事会へ。あれからもう2か月が経過したのか…
前回は千葉くんだりまで赴き、大変な時間をかけて帰京してきたが、今日の幹事:Yが招いたのは白金界隈の中華『ロンフウフォン』。
なんでも予約に数ヶ月要すると噂される店は、単なる古めかしい住居ビル的マンションの一室で電気屋の2階。
地図を片手に訪れても外に看板がないので判りずらかった。
噂に違わず意外なロケーションで年季の入った店内には座席がわずか12席。料理人の方とホールのマネージャー2人だけで切り盛りされておられる様子。
美味かった。季節にあわせた食材もその調理法も多彩であり、初めて食べるタイプの創作上海料理といった印象。
当初、1品ずつ写真を撮ろうと思っていたが、間を空けて運ばれる食材と行き当たりばったりの会話で結局2枚しか撮らず。内一枚は単なる皿だけ。
宴後に、珍しく原稿取りとなってしまったIを見送り、徒歩でもう1件梯子したがこちらの物件は不発に終わる。
投稿者 yonezawa : 17:56 | トラックバック(0)
2009年 05月 14日
積もる話
Hとは数ヶ月ぶりの再会となった。
NYへの一人旅を終え、再会までブランクのあった積もる話をこの機会にと、これまた久々の銀座『魚彩』へ。
訪れる度にRちゃんの写真を見て、成長の早さに驚かれる店主:Kさん。
「Rちゃんが酢飯の喰えるのは何歳からなんだろうか?」と近い将来への思いを馳せながらHと乾杯。
酒席には編集:Hが加わり、場を『燻』に移す。
さらに『KINOKO』と梯子し、まさに紹介したかった2人を友達に出来た今夜は収穫。抱腹絶倒の夜が更ける。
それにしても爆音で再生したジェイク・シマブクロ『Live』(輸入盤)の痛快なことと言ったらない。神がかり的技量を放つ満身のライヴ盤だ。
日本盤は8月リリース。
投稿者 yonezawa : 13:15 | トラックバック(0)
2009年 05月 13日
鷄繁
プーさんのブロックを土産に現れたD社:Kと久々のサシ飯。
Kが予約してくれた焼鳥屋はほぼ満席だった。
入口から一番近いカウンター席に通される。
取り急ぎ10本コースを頼んだところ、7本目でかなり胃が張ってきた。「次回もしこの店を訪れたならば7本コースにしよう」とK共々悟る。
6月に関係者の来日を控える某映画案件を、企画内容を踏まえ、果たして巧くコントロール出来るのか、今日の時点では何も見えていないが、いかように転んでも態勢だけは整えておかねばイカンよ…っと、概ねそうした内容の打ち合わせに終始。
投稿者 yonezawa : 18:27 | トラックバック(0)
2009年 05月 12日
Miracle at St. Anna
映画『セントアンナの奇跡』鑑賞。
★関連サイトより──現代のニューヨークで、謎の射殺事件が勃発。郵便局で働く定年間近の真面目な男がある日、カウンターに現れた男性客の頭にいきなり銃弾を打ち込んだ。彼の名はヘクター。犯行に使われた銃は、古いドイツ製のルガーだった。さらに彼の部屋からは、行方不明になっていた歴史的に重要なイタリアの彫像も発見される。二人の間にいったい何があったのか? その謎を解く鍵は、1944年のトスカーナにあった――。第二次大戦中のイタリアで、ひとりの少年を助けた4人の黒人兵たちの運命を描いた、真実のドラマ。『インサイド・マン』のスパイク・リーがメガホンを取った。
スパイク・リー、来日してくれないかな? だったら是非インタビューしてみたいものだ。
戦争の怖さのみに焦点を当てると言うより、戦争によっておかしくなった人間の残虐さを、えらくたあいもなくリアルに描いているシーンが特に脳裏に残った。
人は簡単に殺せてしまうのだ、という怖さが最もきつい怖さになって胸にはね返る。
確かスパイク・リー監督は、過去まだ一度も来日を果たしていなかったのではないか。
終電近くまで入稿準備と雑務に没頭。深夜の1時間、奇遇にも、ここ何年も疎遠だったYとわずか1時間ながら再会を果たせた。
スカラベT推薦の塩ラーメンを夜食に戴き、タクシーで杉並区を経由。そして編集部帰還。
入稿を終えた頃、時計の針は午前5時を回った。
投稿者 yonezawa : 12:48 | トラックバック(0)
2009年 05月 11日
通販
「母の日」から数日遅れることにはなるが、ネット販売の食材を物色し、2人の大事な母、と同時に、先日の奈良訪問時に世話になった従姉妹のSちゃん宅宛と、それぞれへの贈り物を注文。
自宅にいながら、ネットに掲載された写真と文面を信用して注文し、配送してもらうのだが、先方が身内でない限り相手に届いた商品が自分の注文した品に間違いないかの確認は不可能だ。先方に聞かない限り、まず確認のしようがない。しかし常識的に聞けるものではない。
送り先が身内であれば、「全部で2kgと書いてあった品を送ったけど、計ってみて?」と、念の入った確認が出来るのだが、第三者にはそうはいかない。
前回、わざわざ数千円も出して箱買いし、実家に送ったミカンがあったが、地元スーパーで一箱でほんの数百円のミカンを買ったら、そちらの方が断然美味かったというケースがあった。
有名原産地の商品は一体何なんだ! と憤慨し愕然とさせられた。
まぁ、自宅の書斎にいながら1クリックで品々を搬送してもらうシステム故、そうしたリスクはつきものなのだろうが。
贈った鰻と訳あり夕張メロンは果たして美味かったのか、温情の意見ナシで身内の回答を請いたいと思う。
投稿者 yonezawa : 12:50 | トラックバック(0)
2009年 05月 10日
じぇっべっく
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Rちゃんの手を引き、徒歩でほんの数分先の地にある公共体育館へ。
それなりのスペースを設け、幼児の遊ぶスペースが設置されていた。散歩がてらの30分程度、同スペースを満遍なく使ってRちゃん大奮闘。
道中、中学校前に咲く花壇の花をバックに、おふくろ宛のRちゃん写真を撮影。
コンビニでアイス、飲料水他を買い、帰宅した頃にはナイスタイミングで夕飯が食卓を彩った。
理想的な休日とも言える時間が流れる。
それにしてもRちゃん、父親のおいらか伴侶に似ているという世間的反応よりも、おいらのおふくろ、つまりRちゃんのばあちゃんに似ていると言う反応が圧倒的。
日に日に微妙な言葉を学習しつつある彼女。最重要なボキャブラリーの一言「じぇっじぇっく」が、ここのところついに「じぇっべっく」と進化を遂げた。
投稿者 yonezawa : 22:43 | トラックバック(0)
2009年 05月 9日
All Handmade Guitar
最寄り駅前のパスタ屋でTさんとお茶。
現在、ヨーロッパの大漫画家:メビウス御大が来日しており、Tさんは過去に共著されている経緯もあり、最終日の今日、ご本人とお会いしてこられたそうだ。
今回、おいらからは別件の仕事の話があり、バンド・リハーサルぎりぎりまでノン・アルコールで打ち合わせ。
久々のスタジオ・セッションにはオリジナル・オール・ハンドメイド・ギターで参戦。
すべてに注文しまくり、作成したこのギターの完成度は手前味噌ながらおそろしく完璧。
ほろほろと、そしてもんのすごいペースで量産されるバンマス:O氏とリード・ヴォーカル:Hちゃんの創作ペースは、おいらの音楽歴史上聞いたことがない程。
この、ほんの数ヶ月の期間で100曲以上のレパートリーを数えている。
原石のごとき粗構成の楽曲を、それぞれの解釈で肉付けをするような新鮮なセッションの2時間はあっという間に過ぎ去った。
馴染みの優しい居酒屋:Hで、おいらにすればライヴ以来、メンバーとの乾杯を交わす。
水割りでお願いしていた芋焼酎が(サービスなのか?)単なるロックであることに3杯目になってようやく気づき、いつにないほろ酔い気分で店を後に。
同じく馴染みのバー:SにはO氏、Hちゃんの3人で訪れた。
例によって話の肝心の内容は空の彼方に消えるのだが、演奏後のアルコールがこうまで美味しく感じる感覚は20歳の頃から変わらない。
投稿者 yonezawa : 22:42 | トラックバック(0)
2009年 05月 8日
合掌
午前、落ち着いた空模様を確認し外へ。
最寄り駅の書店で何の気なしに手にした書籍『ボロを着た王子様/村崎太郎』を衝動買い。
内容のあおり文には「いくつもの試練を乗り越え破天荒な猿まわし芸人」とあった。
被差別部落出身であることをカミングアウトし、書きつづられた文章に自然と引きよせられ、言われ無き差別に晒された過去を持つ筆者の目線になりながら、神保町到着まで読み込む。
4C音楽記事の再校正を戻し、4C音楽記事の入稿。
デザイナーから届く請求書を関連セクションへ中継し、精算。
スパムメールを含む新着メールは、この連休で2000通弱。双方に疎通のある業務及びプライベート・メールはわずかその一割前後。
夕方、唐突に届いた1通のメールに愕然。
昔、何度か食事会の席をご一緒したり、ライヴを観に行ったり、ご自宅にも招かれたことのあった家族ぐるみで友人のYさんが、先々月ご逝去されておられた知らせが届いた。
どういった経緯でそんな事態になってしまったのか、おいらと同世代と言ってもよい少しだけ目上だった彼女のショッキングなニュースに絶句させられた。いまだに信じられない。
心よりご冥福をお祈りいたします。
東京駅:大丸ミュージアム・東京内で開催中~日本・フィンランド修交90周年~タンペレ市立美術館・ムーミン谷博物館蔵「ムーミン展」へ。
一昨日、H家のみなさまに戴いた画集にあるものの原画イラストを確認。
カリカチュアしたイラストの線に興味深さも感じられるが、イラストが全体的に小さすぎ。
投稿者 yonezawa : 22:42 | トラックバック(0)
2009年 05月 7日
新型インフルエンザ
夕べは、知らない間に寝込んでしまっていた。
午前5時に一度目覚め、お茶の飲んでパソコン・メールをチェック。
再び横になり、午前11時過ぎにRちゃんの重さで再び起床。
新型インフルエンザの猛威が驚異。
しかし風邪の諸症状で来院しても、発熱患者はお断りせざるを得ないという病院側の対応も困ったもの。
これからワクチン開発が本格的に始まるとのことだが、近日の報道によれば、開発されても人類が免疫を持たない新型ウイルスであるため、1人に2回接種しなければならない可能性も高く、そうなればワクチンの供給不足がさらに深刻とのこと。
まるでSF映画の世界のようだが、うかうか発熱もしてられない。
世界的大流行の兆候に震撼。
投稿者 yonezawa : 21:57 | トラックバック(0)
2009年 05月 6日
H家ご一行様
正午過ぎ、近所の知人宅にいたH家ご一行様を迎えに。
Rちゃんも同乗。
雨の中、彼らをピック・アップし、我が家へ初招聘。
H家長女:Kちゃんの大学入学を理由に、お祝いの宴開始。
仕込みまくった日本の洋食風メニューが食卓を彩り、賑やかな時間が流れる。
この機会にジェフ・ベックの最新ライヴ映像を見ようとスタンバったが、某観覧者の一言で無礙に却下。
何のことはなく、Rちゃんの主張する『アンパンマン』に映像を差し変えさせられる。
丸井で事前購入していた財布をKちゃんのお祝いに贈呈。H家からはRちゃんに「ムーミン」の絵本を戴いた。感謝。
Hが先日のバーベキューの席で仕込んだという自家製スモーク・チーズが美味。
3本目の赤ワインが空く。
20数年前、自身の披露宴でチューリップの名曲を弾き語りで披露したHにアコギを持たせ、軽くセッションを試みる。
午後5時過ぎまで宴が続き、近場のバス停までH家を送迎。
今年の夏もこの面子でじゃぶじゃぶ池に赴きたいものだ。
投稿者 yonezawa : 11:38 | トラックバック(0)
2009年 05月 5日
ジェイク
読み込ませていなかったジェイク・シマブクロの旧譜すべてをiTunesに録り込む。
ヘッドフォンで適当にアルバムを再生すれば、とたんにジェイクのきめ細かいフィンガリングに聴き入ってしまう。
ソロ・キャリアわずか7年程度で、なんだかんだ12枚前後のCDをリリースしてきたジェイク。そのスパンにも驚きだが、実際のライヴでもリハーサルはほんの数時間で、初めてのサポートの面子と本番をこなす技量にも舌を巻く。
その演奏に不備はなし。
昨年リリースの彼のアルバム『YEAH!』は、個人的に『ドラゴン』に次ぐ優良物件で、この中の数曲はおいらのレパートリーとしても定着させたいところがある。
雨模様の中、Rちゃんを片手に抱えスーパーで買い物。
投稿者 yonezawa : 23:27 | トラックバック(0)
2009年 05月 4日
ナムコ・ナンジャタウン
甥っ子の高校入学の朗報と共に、小学生時代からの幼なじみ:Mの娘と、その甥っ子が同じクラスになった驚きの知らせも同時だった。
午前中より稼働し、一路池袋。
他ならぬRちゃんのため、GW真っ直中の混沌無謀な1日に、初めて冷静にサンシャイン・シティ内:ナムコ・ナンジャタウンを目指した。
サンシャイン辺りの駐車場を探しまくる。
サンシャイン自体のパーキングに連なる長蛇の列は無視し、近隣のパーキングを探しながら周辺を徘徊するが、狙った駐車場を4回通過しかけたタイミングでようやく駐車スペースを確保。
ウロウロし初めて40分は経過していた。
ナムコ・ナンジャタウンへ到着。
“不気味な能面蟹の灯りを頼りに、真っ暗な旅館で肝試し”──と言うふれこみの『地獄旅館』へ。果たしてRちゃんの反応はどうなのか? 肝試し的アトラクションに並ぶこと40分、ようやく入場。
能面蟹の灯りを指定箇所に置きながら4つの文字を収集してゆくという演出で、最初と最後に手のひらで計った心拍数(?)でヘタレか否かを計測してくれる趣向も。
延々Rちゃんを抱っこしていた分、驚く暇はなかった。
肝心のRちゃんはと言うと、至って平然とお化けを凝視し、特に大きなリアクションもなし。
アイスをいただき、『池袋餃子スタジアム』で軽く胃袋を満たし、場所を新宿に移す。Rちゃん車中爆睡。
Hで夕飯。
食後、駐車場に向かう途中、シンク:Oちゃんと偶然路地で遭遇し、STOP:Mちゃんの店でオレンジジュースを戴いたRちゃん。
帰途の車中もご満悦で、それなりのGWの1日を演出出来て胸をなで下ろす。
投稿者 yonezawa : 20:00 | トラックバック(0)
2009年 05月 3日
掃除
予定していた宴が先方の風邪事情により、3日延期することになった。
買い出しは明後日と6日当日午前中に変更。
人が家を訪問することになると、とたんに部屋は綺麗になる。
これは実家にいた幼少の頃から変わらず、独身男子以外のおいらの周りの者はこの性質を持つ者が多い。
しかし片付けようにも物が多すぎてどうにもならないのだが、動かせる生活用品らを移動させ、埃っぽい部屋のかなり細部まで掃除機がけ。
部屋が綺麗になるとやはり気分がよい。流れる汗も爽快。
そうなった直後だけ小さなゴミにも異様に敏感となり、せっせとコロコロまでかけたりしながら更に整頓を心がけたり。
ところが一週間もすれば業務は平常運転となり、なんらいつもと変わらない生活パターンに戻って積もる埃も通常に落ち着く。
週末に向けて天候は崩れるそう。
先方、果たして3日で風邪を完治させられるのか。
投稿者 yonezawa : 23:26 | トラックバック(0)
2009年 05月 2日
合掌
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2009年 05月 1日
ICレコーダー
インタビュー音声は通常メインをICレコーダー、サブでMDにも録るのだが、昨日『カサビアン』のインタビュー音声を帰社後確認すれば、どうもレコーダー本体にセーブされていない。
PCと接続すればデスクトップには先ほど録音されたアイコンが表示されるのに、機器本体からは消えている。
見れば本体にはこれまで見たことのない「鍵」マークが。
「これはおかしい!?」と事態を重く見、即ICレコーダーのメーカー(オリンパス)へ連絡。電話は即繋がり、丁重にアドバイスしてくださるサポート・センターの方が言うには、「その鍵のマークは本来表示されるものではない。初期化して元に戻すか、しかしやっても元に戻るのか現時点では判りかねる。今録音されている(ハズの)音声復元はおそらく無理だろう」
概ね回答はそんなことだった。
外部マイクを立て、MDも同時に回しているので事なきを得ているのだが、このICレコーダーの利便性からはもはや脱却出来ないほど、このツールの恩恵を受けている故、今日のトラブルは深刻な事件だ。
過去、MDにしろトラブルは突然現場でやってきた。
電子機器など信用するにあらず。
4Gの新機種を購入すれば2万円以上。不測の事態を想定し、もう1台押さえで万全を喫するべきか。
投稿者 yonezawa : 00:30 | トラックバック(0)