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2008年 12月 10日

樋口宗孝

 伴侶のコンディションがなかなか優れず、昼過ぎにRちゃんをお風呂に。
 DVDのインサートもイジェクトも熟知期に入ったRちゃんを、こちらの思惑通り、そうそう誤魔化せなくなってきた。
 「DVDの盤面に傷がついて、次回アンパンマンの再生が出来なくなるよ!」と言った事情をまだ何も理解してくれないので、機嫌を損ねないよう上手なやりとりに四苦八苦。可愛いので何もかも許してしまいながら。
 
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 先月30日、ヘヴィメタル・ハードロックバンド:ラウドネスのドラマー:樋口宗孝が大阪市内の病院にて肝細胞癌のため逝去された報道を聞いた。
 癌で入院され、様態が好ましくない旨は関係者より漏れ伝わってはきていたが、30日にそのニュースを知った時にはショックだった。

 ラウドネスが80年代中盤に海外進出した時の胸の高鳴りは、ある意味五輪選手が金メダルを奪取する勇姿を見守る感覚に近いものがあり、熱狂する海外のオーディエンスの動画やら写真を見る度に、日本人としての誇りのような気分を味わっていた。

 下北沢の居酒屋で大勢のバンドマンや関係者に混じり、樋口氏の隣り合わせに座って携帯番号を交換した、たった一度の酒席がおいらにすれば彼との最初で最期の機会となった。
 「ヤンジャン読んどるでぇ。一度載せたってぇな(笑)!」
 宴会場でもボス的存在であった彼は、日本人で初めてニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンのステージに立つという快挙も成し遂げたバンド・リーダーだった。
 
 1981年、アイドルバンド:レイジーが「ヘヴィメタル宣言」をし、オーディションで探した本格的なヴォーカリストと共に世界に通用するロックバンドを結成…と言う音楽専門誌の記事を見て、どれほど高揚したことか。
 レイジーの(この時期の)ラスト・アルバム『宇宙船地球号』は、ラウドネスのどの作品よりも興味深い作品として、今でもおいらの心の中に燦然と輝くレコードとなっている。

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 アメリカ進出を志し、作成された『THUNDER IN THE EAST』が発表された時期が、おいらの中でラウドネスが最も気になった頂点で、その後アメリカ人ヴォーカリストが加入した以降になると、徐々に彼らの音源にも情報にも疎遠になっていった。
 書かれる曲がスラッシュメタル的なリフ展開となってからは、一切彼らの音楽から離れてしまった。
 しかし、かつて一度でも恋愛をした音楽であるが故、同時に頭の片隅でどこか気になっていたのも事実であった。
 そんな中の樋口氏の訃報──絶句。

 ラウドネスで最も好きな曲は『Let It Go 』『Gotta Fight』。『Road Racer』も忘れられない想い出の曲だ。
 ご冥福をお祈りいたします。

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投稿者 yonezawa : 2008年12月10日 12:55

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