2008年 11月 30日

太宰府天満宮

 Fさんと午前8時過ぎまで語り尽くし、話は終わらないまま彼は仮眠&仕事へと発った。
 9時30分にはチェック・アウトの準備。ほぼ貫徹状態の10時チェック・アウト。
 朦朧とし、激しい睡魔を抱えたまま精算を済ませ外へ。あまりに劣悪なコンディションだったので、資料確認も兼ね漫画喫茶で小一時間休息。
 噂に聞いていた天神『稚加榮』で初めて昼食をとり、その足で太宰府天満宮へ向かう。

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 太宰府駅から続く表参道をくぐり抜け、一部美しい紅葉に包まれた天満宮の敷地へ。
 この辺りに、福岡在住時代共に暮らした先輩ギタリスト氏の店があるはずなのだが、下調べもせずにやってきたせいで捜索は断念。
 学問の神様:菅原道真を御祭神として祀る、ここ天満宮を訪れたのは確か25年ぶりぐらいだと記憶する。
 敷地内には、さだまさしも歌っている「飛梅」が。

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 ものの20分程度の参拝だったが、結婚式の真っ直中の方々や、七五三の家族など、微笑ましい観光客で賑わっている光景が印象に残った。
 西鉄と地下鉄を乗り継ぎ、福岡空港へ。
 「もう喰えん」と思っていたが、最後にうどん喰っとくべと軽くすする。

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 滞空時間1時間30分。午後4時30分の便は、行きの時間よりも早く東京へ到着。明日から怒濤の取材&入稿攻勢が始まる。 

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2008年 11月 29日

高嶺の花

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 午後の便で福岡へ。
 諸事情あって、たった1泊怒濤のスケジューリングで現地入り。
 今日の仕事を無事に終え、『鮨 田可尾』で飯。
 締めた肴類が、江戸前のそれらとなんら変わらなく引けを取らない。ネタのバランス良し。まっとうな寿司屋が極めて少ないと聞く、ここ福岡で貴重な名店を知る。

 来たからにはやはり行っとくべと、飛び込みで入った屋台で、豚バラ、豚足、砂ずり等を食す。東京でたまに見かける「煮ただけの豚足」は見た目がグロく喰うのも微妙だけど、福岡の豚足は炙って焼き色がついて香ばしい。
 即座に気持ちが18歳時分に引き戻された。懐かしくってやっぱり美味い。未だになぜ東京でこのスタイルの豚足と遭遇しないのか疑問だ。

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 宿泊先のホテルに一旦引き上げ、やり残した取材事項の原稿を整理し、ついでにしばしの休息。
 仕切り直しの夜食にと、『一竜』で豚骨ラーメン。麺激細。美味い。

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 さらに居酒屋で芋焼酎を流し込み、続けてその足で場所を中央区へ移し、飛び込みの居酒屋で食べたもつ鍋がまたナイスな物件だった。
 特にチャンポン麺を入れた仕上げの一品は、単独のラーメンとしても充分成立する良き赴きだ。

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 中学時代の友人:Fと相当深い深夜に合流し、いい加減満腹なコンディションで部屋に引き上げつつ、近況及びささやかな今後の希望を語り合う。
 「誰誰と飲みたい」「ならばその時間を作るための努力をしようじゃないか」語り合う内容は、大概そうした方向のものだ。

 中学時代、(講堂のみで)体育館のない学校だったせいもあり、今思えば信じられない環境だったが、おいらたちは野外で部活のバスケットをやっていた。
 同じくバレー部も野外で部活をやっていた。

 当時、女子バレー部に在籍されていた長身の美女:Mさんは、大勢の男子生徒のあこがれの的であったことは紛れもない事実だった。
 彼女は、多くの男子生徒からすれば高嶺の花で、おいらにすれば、話なんかする度量もゆとりもまったくなかった。
 おいらのことなど知りうる機会などなかったろうそんな彼女が、昨今の同窓会の流れをして、このブログをたまに覗きに来てくれてることをFさんから伺った時には、なんだか心が温かくなった。
 
 「たまには飲もうや」と考えさせる旧友との邂逅は、間違いなく精神に安堵を与える瞬間なんだと思う。
 以前、超有名漫画家:○口○史先生に「米ちゃんの友達はいい人ばかりだね」と言われた時の嬉しさは、ナニモノにも代えられない歓びの瞬間だったよなぁ。

 しかしどうでもいいが、今日の夜だけで5回晩飯を喰った計算。

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2008年 11月 28日

44年目の節目

 札幌のMさんからメールで現地の寒さを知らされたのだが、東京も東京なりの気温ながら随分寒くなった。

 ぞろ目の誕生日はダニエル・パウター『NHKホール』来日公演と重なった。
 前回のステージング同様、アットホームと言う言葉がしっくりくるようなライヴだ。
 縦横無尽にステージを駆け抜け、時に観客も取り込むような演出がダニエルっぽくて、やっぱり温かい。
 ライヴ後半、1列前右横5席隣に座っていた美女を突如ダニエルがエスコート。
 観客をステージに上げ、ダニエルは隣に彼女を座らせ、2曲披露という演出のよう。
 ところが、ダニエルの紹介を聞いていたら「アクトレス」と言うフレーズが聞こえたが、詳細は聞き取れないまま。彼女はステージ正面のキーボードの前に座り、伏し目がちな角度で曲を聴き入っていたため顔が見えない。
 曲が終わり、拍手に包まれ客席に引き返して来る際に、彼女が女優の桜井幸子さんであることが判った。
 ドラマ『高校教師』が懐かしい。
 公演後、関係者のたむろする場所で「高校教師の頃、おいらは彼女のファンだったんだよぉ〜」と皆に語りかけるものの、若い担当者らはあまり判っていない様子。

 電車で地元方面へ引き上げる。

 年を重ねた本日の食事は、思いも寄らぬ予想外の盛大なパーティとなり、おいらの到着を待ちわびた大勢の美女に取り囲まれ、1本200万円のロマネコンティを3本空け、イタリアンのコース料理で、もうお腹は一杯だわ、ほろ酔いになるわ、もう大変(笑)。
 いや〜参った参った、まったく優雅で壮絶な宴となってしまったわい……とは一切ならず、初めて飛び込んだラーメン屋で、味噌ラーメンの味つきタマゴをトッピング。青年誌『アクションZERO』を片手に、およそ20分程度で侘びしい夕食を済ませた齢44年の節目の終焉であった…

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2008年 11月 27日

風邪が流行ってます

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 朝、眠気バリバリの最中、伴侶の発熱により全員のご飯作成&夕食までの仕込みと、午前中から慌ただしい。
 昼食の肉野菜炒め、トマト、ご飯、鰯のハンバーグを1時間かけて綺麗に完食のRちゃん。彼女最近生傷が絶えないものの、すこぶる元気で調子よし。床暖のせいか、唇が乾燥しているのを何とかしなければ。
 Rちゃんお昼寝のタイミングを見計らい、編集部へ。

 どういう訳だか誕生日を1日早く勘違いした複数の仲間からの「おめでとう」メールが相次ぐ。
 明日でまた一つ年を重ね、来週はRちゃんもまた一つ年を重ねる季節がやってきた。

 便で届いた来年2月以降にリリースされるDVDの特典映像をチェック。

 2本のインタビュー記事の載ったYJ見本誌を確認し関係者に送付。
 S社からはラフミックスの某凄腕ミュージシャンの音源が到着。
 来月、この素晴らしきミュージシャンのレコーディングにお邪魔する予定。とても楽しみだ。久方ぶりの、“異種格闘技”の予感。
 ダイアー・ストレイツの紙ジャケHMCD到着。U社:S氏に感謝。
 年内、やること、新たなる案件、山積み。自業自得。成せば成ろうよ。
 

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2008年 11月 26日

Becca

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 Becca in渋谷クアトロは楽しみにしていたのだ。
 ティーンの女のコを中心に、フロアは熱気に満ちあふれていた。
 19歳のポップ・ティーンBeccaの初ソロ・ライヴは、ノンストップのパワフルでチャーミングなステージ。
 オールスタンディングの環境で腰をいわしてしまいそうだったが、ライヴ後のミーグリでベッカとの3度目の再会を果たし、疲れが一瞬吹き飛ぶ。
 アレンジの妙もあり、ポスト:アヴリルの名の通り、彼女の新たな一歩を見届けることが叶った一日。

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投稿者 yonezawa : 20:24 | トラックバック(0)

2008年 11月 25日

2本連続4時間30分超え

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 昨日の深夜、田舎から届いた果物(柿)を頬張りながら、今のうちに目を通しておきたかったDVDを見始めるものの、ほんの1時間弱で睡魔に襲われ断念。
 
 午前起床。
 正午約束の原稿を拝受へ向かい、編集部で入稿作業。六本木の試写室で、2本連続4時間30分超えの映画『チェ 28歳の革命』『チェ 39歳 別れの手紙』鑑賞。
 重厚感溢れるソダーバーグの新作をようやく見る機会を得た。
 12月半ばの来日も決まっているS.ソダーバーグとの初邂逅、そしてチェを演じたデルトロとの2度目の邂逅は実現するのか。

 帰社して緊急の音楽記事、無事入稿。T氏に誘われ遅めの夕飯。

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2008年 11月 24日

Kaiser Chiefs

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 雨。
 見通しの悪いコンディションの中、車で編集部へ。
 雑務を残しつつ、都内某所にて来日中のカイザー・チーフス/インタビューへ。
 複数の取材陣の待機と遭遇しながら、ヴォーカル:リッキー・ウィルソン、ベース:サイモン・リックスの2人へのインタビュー、やにわに開始。
 彼らにはまだおどけなさを感じてしまう辺り、もう大した世代の違いを認識する場面ながら、ともあれ前進のアクションを継続するバンドが魅力的であることに間違いはなし。
 撮影時の驚きのトラブルを回避し、フレンドリーなバンド・メンバーに別れを告げ、再び車で帰途に。
 井の頭公園の混み具合が酷く、街道に入ってから1時間もかかって地元方面の西友へ到着。
 雨で買い出しに出られなかった分の夕飯の買い物を済ませ帰宅。

 晩飯はハンバーグ。
 
 連日報道される「元厚生次官宅襲撃事件」の闇は未だに解明されず。

 日頃、「踏襲(とうしゅう)」を「ふしゅう」、「未曾有(みぞう)」を「みぞうゆう」、「頻繁(ひんぱん)」を「はんざつ」、未確認ながら「前場(ぜんば)」を「まえば」、「有無(うむ)」を「ゆうむ」、「詳細(しょうさい)」を「ようさい」っと読み間違えないよう、自身も気をつけねば。

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2008年 11月 23日

お台場

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 午前8時頃から目覚め、昼前には昼食の準備。
 オムライスにキャベツ&トマト・サラダ。田舎から届いたごま昆布と梅干しを付け合わせに、ゆうべの残りのスパサラを添え、わさわさ食事。
 正午過ぎ、急遽入稿することが決まった記事構築のため、編集部でデスクワーク。
 原稿書きと打ち合わせと終え、デザイナー:Tちゃんに最終デザインを託し、そのままお台場へ。

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 速攻で『JUICE JACK CAFE』のメニーカシス 630円(スムージー)を飲んだ。
 冬に備え、Rちゃんのジャケット他を購入し、『青龍門SEIRYUMON』で腹ごしらえ。

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 夕方、ZeppTokyoで行われたMTVのライヴ・イベントへ。
 開場は本気で満タンに埋まりきっていた。
 2F席1列目の最高の場所から、冒頭1時間登場したイギリスの新星:カイザー・チーフスのライヴを観戦。
 頭上で拍手をする観客を2F席から眺めると、ゲーム等で観衆を表した同じシーンと何ら変わらない映像だった。
 カイザー・チーフスはレコードよりもライヴの方が印象は断然よかった。
 明日は、都内某所で彼らへの単独インタビューを行う予定。

投稿者 yonezawa : 02:41 | トラックバック(0)

2008年 11月 22日

ガン泣き

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 激しい二日酔いで、一度午後2時には目覚めたものの、飯も食えないまま二度寝。午後4時の三重県:Yからの電話で目覚める。
 Rちゃん、その電話の音で寝端のお昼寝を邪魔され、ガン泣きで起床。
 ヨーグルトを食べて少し機嫌を直してもらいながら、終日お遊びタイム。
 宅配便で届いた某ライナーノーツのゲラを最終チェック。終日、コンディション悪し。

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2008年 11月 21日

CAROLE KING

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 国際フォーラムAで行われたキャロル・キング来日公演は編集Fと観戦。
 アコースティック・セットの2部構成で行われたライヴは、風格と温かさと大きな包容力に満ちあふれた、とにかく素晴らしいとしか言いようのない出来のコンサートだった。
 声量の衰えなどまるでなく、まったく無理のない自然なメロディとアンサンブルが、これ以上はないと思わせる程のクオリティを醸し出す。
 ピアノ弾き語りがどんなにカッコイイか、キャロルの演奏がまざまざとその技量を見せつけてくれていた。
 インターバルの頃、とある人に声を掛けられた。振り向くと、なんと中学時代の同級生:Mと遭遇。当然のごとく、終演後飯に。
 徒歩で『魚彩』へ伺い乾杯。奇遇な再会を喜んだ。
 原稿取りのあるFが先に引き上げ、閉店まで飲み明かす。この再会によって、年末の忘年会の話が一気に加速し、大分県からトラックで東京を通過する予定のYの都合まで調べようと言う話になってしまう辺りが、心地よき酒席の様相を表していた。
 Mさん、遅くまでご苦労さん。

投稿者 yonezawa : 02:40 | トラックバック(0)

2008年 11月 20日

世界で一番格好良い男

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 机の前に座り、いくつかの取材案件の材料をその日のうちに、一気にまとめてしまおうと思い作業に取りかかると、時間経過はあっとう間。

 かつてジョン・レノンに「世界で一番格好良い男」と言わしめた男。
 生きていたら80歳。
 07年10月8日、没後40周年式典や追悼式典がキューバのサンタクララなどで行われたのが、あのチェ・ゲバラだ。

 周りの景色は何も目に入らないまま、結局午前4時までのデスクワークとなった。
 

投稿者 yonezawa : 02:42 | トラックバック(0)

2008年 11月 19日

アンドレ

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 レコード会社より宅配便で届いた原稿を校正。
 この時期にきて、またしても大仰な取材ものを仕込み中。果たして実現に導けるのか!?

 午後8時少し前、敏腕編集:Iとタクシーで渋谷。
 待ち合わせの店:フレンチを日本風にアレンジした料理が人気だと聞くビストロ『アンドレ』へ。
http://andra.jp/index.html
 映画会社:KのF推薦の同店は全員初体験なのだが、繊細な工夫の感じられる小皿に盛られた料理が可愛らしく、全体的に有機野菜をふんだんに採用したヘルシーな物件ばかり。

 白赤のワインを飲みながら、これまで今日の面子で定期的に行っていた4人会を回想してみれば、今日で9回目を数える宴となっていた。
 事前にスケジュールを付け合わせているハズなのに、おいらにしても過去に1度、入稿で参加出来なかった哀しい日もあった。
 K社:Fがイベントのずれ込みで参加出来なかったこともあるし、Hが大きく遅刻したケースも確かあったように記憶している。
 
 場を青山へ移し、オシャレと言い切ってもよき、実に都会的なバーで再び乾杯。この面子はこの店に全くそぐわないことを自覚。しかしまた来るかも。

 しばらく歓談しながら、やがて小腹が減りはじめたような錯覚を信じ、徒歩で表参道界隈まで歩く。
 ふいに現れた驚きの深夜営業のうどん屋で焼酎を頼み、メインのカレーうどんまでを満遍なくすする。夜中に満腹。今月44歳。
 この店驚き。間違いなく美味い。
 Iの知る隠れ名店を今日もまた2軒認識した夜更けであった。
 次回、12月半ばを想定した忘年会の日程を各々手帳に記し解散。完全に眠気に包まれた、よろしき案配で帰途に。

投稿者 yonezawa : 15:53 | トラックバック(0)

2008年 11月 18日

キッチンで食事

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 起きがけ、昨夜のワインがちと残っていた。
 午前のまだまだ就寝中、奥の部屋からRちゃんの声が聞こえてきたが、児童館と動物園へのお散歩とかで、残念ながら逢えずじまい。
 午前中の逢う機会を下手に逃すと、丸1日、あるいは丸2日逢えない場合がある。
 
 シャワーを浴びて食事。
 餃子を焼きながらキャベツの千切りに梅干しと、田舎で買ってきたえびの漬け。これがまた美味い。1人の食事だとキッチンに立ったままで済ませる。
 温かいお茶を喉に流し込み、保温のポットに満タンの水を入れ、風呂掃除を済ませ外へ。

 マンション敷地内で住人の子供達が遊んでいる。
 こうした輪の中に、ほんの数年後はRちゃんも混じっているのだろうか…。

 地域の路地を巡回する小さなバスで最寄り駅へ。

 ほぼ日刊イトイ新聞の1コーナー
http://www.1101.com/wada_radio/2008-11-13.html
 掲載の和田ラヂヲ兄の漫画がよい。先行きのなったく読めない展開が不思議な吸引力を放つ。加えておいら周りの漫画家の先生方は,揃いも揃って文章が巧い人ばかり。
http://www4.plala.or.jp/radiow/

投稿者 yonezawa : 15:53 | トラックバック(0)

2008年 11月 17日

THE WHO

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 鞄の中のチケットを確認するまで、今日がTHE WHOの来日公演であることを忘れていた。
 危うく他の予定を入れてしまうところだった。
 徒歩で武道館へ。
 相席は、新宿シンクロニシティ:Oちゃん。隣の席には大先輩のFさんらも。
 早くからこのコンサート参戦の旨を窺っていたので、まとめて全員分のチケットを手配したのだった。

 THE WHOってこんなバンドだったのかと思うほど鍛錬を感じさせる仕上がりに驚いた。
 ライヴには充分なリハーサルの後が窺い知れ、下手したらLED ZEPPELIN同様、本気で今再び全盛期を迎えているのかと思わせるほど内容の達観したライヴだった。

 ピート・タウンゼントはリズムもよかったし、ギターも上手だった。めっきりストラト奏者となっている彼の赤いメイン・ストラトから奏でられるオブリがメロディのカウンターにきりこむ。
 アンコールの『ロック・オペラ “トミー”』も充実の展開を見せ、最後の最後に奏でたアコギの音色も申し分のないものだった。

 更に際だってこのコンサートを素晴らしいモノに導いたのがドラムスのザック・スターキーだった。
 ボンゾのせがれ:ジェイソンしかり、政治家とは違って二世ミュージシャンの優秀なこと。
 リンゴ・スターのせがれ:ザック・スターキーのリズムに引き寄せられ、コンサートの半分近く凝視していた。
 オアシスが上手になったとしたら、彼の功績によるものが大きいはずだ。実に歌っているドラミングであり、スネアのヌケが完璧だった。

 福岡〜高円寺〜川崎市在住時代、『QUADROPHENIA』『ODDS & SODS』のLPを所有していたが、今は手放してしまった。
The Whoはおいらの生まれた1964年結成。ピートは63歳、ロジャー・ダルトリーは64歳になっている。
 
 終演後、約束通りフリランスの編集者:M&Kと合流。

 映画誌「ロードショー」が11月21日発売の1月号で休刊すると発表されたのは、マスコミ、世間が知る少し前だった。
 M&Kは最後の現場に立ち会った編集者。
 休刊というか、事実上の廃刊という事件は、突然、目の前のかけがえのないアイデンティティを失うような気持ちだったと察する。
 思えばとても歴史のある専門誌だった。
 小学生の頃、姉か誰かが買ってきた同誌をワクワクしながら読んだあの日が懐かしい。
 海外の映画スターの写真を綺麗な紙で閲覧するのも、もはやインターネットの時代になれば大きな意味を持つモノではなくなったのだろう。
 携帯で漫画を読む世代が出てきた現代。これまでの紙媒体主体だったカルチャーを、電脳媒体が完全に凌駕する時代は、すぐそこまできているのかもしれない。

 たけしさんのコメントも掲載された渾身の最終号はとても楽しみ。
 M&K、ご苦労さまでした。

投稿者 yonezawa : 15:52 | トラックバック(0)

2008年 11月 16日

休日の甍

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 室温が変わると咳き込む気管支炎と花粉症の様相は継続したまま。
 昼に目覚め、昨年カヴァーしたばかりのツェッペリンの曲を軽くさらうが、ほんの一部のコードを健忘消失。
 酷いケースになれば、20年前に書いた自分の曲のコードを思い出すまでに、やや時間のかかる場合もあり。
 ドリルは大事だ。

 音楽P:Tから送付戴いたU.K.、THE MOODY BLUES、AC/DCトリビュート、エリック・ベル、テッド・ニュージェント等のレアCDを順次拝聴。
 こんなCDの存在なんぞ知らんかった。
 ネットを引けばきっと検索可能なんだろうが、絞り込む発想すら、ここまで情報過多だと思いつかない。
 先日の酒席で出たアラン・ホールズワースのエピソードがなければ、例えばU.K.のCDを聴くのは大きく遅れていただろう。
 
 先日のCSのチャーの番組でセッションしていたジム・コウプリーが「チャーの知名度が世界的に低すぎるのはおかしい」と言う発言をしていたが、情報過多の時代だからこそ上質の情報をも埋もれがちとなり、ケースによっては得られにくい時代とも言えるのかもしれない。
 プログレも聴かなくなって久しいこの頃ながら、U.K.はビル・ブラッフォードのプレイが懐かしい。
 中3か高1の頃、エディ・ジョブソンのソロ・アルバム『ZINC/The Green Album』を買った覚えがあるが、盤面が鮮やかなグリーン色だったっけ。
 1979年発売の手洗い中のジャケ写が印象強い『Danger Money』はレコード店で何度も眺めたが、買う小遣いが足りなかったので断念した覚えがあった。懐かしい。
 エディは70年代、フランク・ザッパ・バンドやらテリー・ボジオやらブレッカー・ブラザーズ等とも共演している、良質のリズム隊と縁があるヴァイオリニスト(&キーボード)。

投稿者 yonezawa : 15:44 | トラックバック(0)

2008年 11月 15日

DEODEO納品

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 魘されるような奇妙な夢の途中で目覚めた。
 帰省の際、九州のDEODEO電機宛に修理に出したハンディカメラが、部品修理を終え無事到着。
 同時に購入したばかりのハードディスク内蔵のハイビジョン・ハンディカメラをMACに接続し、動画の撮り込みを試みるが、どうにも簡易接続で巧く稼働してくれず、いきなり躓く。
 映像作家:トラヴィスに電話で伺うものの、確信の部分までは判るに至らず、アドバイス通り取り急ぎMACのディスカッション・サイトを見るものの、なぜかこのサイトを開くまでかかる時間といったらなかった。アクセス過多か。

 カメラ本体にファイヤー・ワイヤーの端子がないので、そもそもMAC自体が本機からの動画移行に対応していないのか、PCを使った撮り込み作業は途上と言うよりも初っぱなの段階で何も出来ていない状態。
 WINなら問題なく出来ることも本体の機種に対応していない機種の場合もあるので、その仕様を知り尽くさなければ先に行きようがない。
 必要に駆られ、数年のうちに地デジ対応もあろうから、大型テレビにブルー・レイの購入も検討せなばならんのだろうな。
 帰省時に撮り溜めた番組を数本観戦。テレ朝で新たに始まったドキュメント番組がとても興味深い。

投稿者 yonezawa : 18:44 | トラックバック(0)

2008年 11月 14日

DJイベント

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 まだ確定ではないのだが、正真正銘世界一の大物ミュージシャンであり、ロック・ミュージックの頂点とも言える某氏へのインタビューを、Eメールで行える可能性が出てきたので、文面作成に小一時間没頭。
 今回は、写真のjeff beckではない。念のため。

 年内に控えるいくつかの取材素材を整理しながら、夕食出前の濃厚サンドウィッチ&シーザーサラダを頬張る。
 時計が22時を指した頃、急いで原宿へ移動。
 少しだけやり残した仕事を離れ、アストルホール隣のビルで行われていた、バァフアウト!主催のDJイベント『middle&mellow meetin′』へ。
 到着した頃、洋モク(キャメル?)を吸いながら最後の3〜4曲を繋いでいる先ちゃんと合流。曲順表を見る限り、おいらの知る音源は1曲もなかった。
 馴染みのない楽曲でも、こうした空間の中で大音響で聴く環境だと、善し悪しが明確に伝わる。
 DJを終えた先ちゃんら、他編集者らと近場のバーで軽く乾杯。
 飛び込んだそのバーは、たまたま今日で20周年を迎えるアニバーサリーの日だと言うことで、店から振る舞われたシャンパンを1杯ずつ戴いた。

 場を渋谷へ移し、ひっさびさに再会を果たした映画人:Wの待つ若者の集う席に合流。
 その席で、20歳のマジシャン青年の見せた数々の技には驚かされた。
 20代の若者らが集う酒席でのマジック。まさに打って付けの独壇場。大技のタネは一切判らなかった。

投稿者 yonezawa : 18:53 | トラックバック(0)

2008年 11月 13日

新宿の夜

 ミュージシャン:Yを引き連れ、新宿で初乾杯。
 同じくミュージシャンでプロデューサーのTを呼び寄せ、梯子酒。
 音楽体験と音楽製作の経験がなければ参加しにくい、専門用語の飛び交う席。

 「池林房」から「エスパ」を経由し、〆に久々の「わ蔵」。このラーメン屋は24時間なのであった…

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投稿者 yonezawa : 16:29 | トラックバック(0)

2008年 11月 12日

宮本笑里リサイタルツアー2008

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 昼前、冷蔵庫の中で発見した牛肉と、半欠けのタマネギをそてい。牛肉には塩こしょうでアタリをつけ、食前にポン酢をかける。あらかじめ水にさらしておいた多めのキャベツの千切りを添えて簡易定食の完成。
 梅干しとごま昆布(おいらの食事に添える定番物件)は冷蔵庫にはなかった。
 ギャル曽根の出演するバラエティ番組でない限り、1人前の食事など知れたものだ。

 実家から送った宅配便の荷物3箱到着。
 中でも、最も場所を支配したのがRちゃんの親友であるプーさんの巨大ぬいぐるみだった。

 夕方、東京・紀尾井ホールにて『宮本笑里リサイタルツアー2008』観戦。
 本番前にはド緊張するという本人の弁ながら、客演スキルは日増しに充実。人は経験で成長するものである。
 
 「パッヘルベル:カノン」で幕を開けたリサイタル。
 ピアニスト:浦壁信二とのアイ・コンタクトでリズムイン。音程の起伏がとにかく気持ちよい響きを醸し出す。
 続く「グノー:アヴェ・マリア」は、ヴァイオリンの最も小さな音色から導入される楽曲だった。不意に夢の中に誘うような、優雅な旋律が心に染み入る。
 耳を凝らして聴き入ったMCをはさみ、「ドヴォルザーク:ヴォカリーズ」では、オクターブの音階を行き来する裏声のさらに裏声のようなヴァイオリンの旋律が印象的だった。
 リズムは跳ね、音階の“こぶし”のようなニュアンスが小気味いい。マイナーキーの進行に、ほんのわずか挟み込まれるメジャーキーの旋律が個人的にはツボだった。
 「ボロディン:ダッタン人の踊り」の落ち着くこと。
 ヴァイオリンの弦を指で弾く和音のシーンが軽快でチャーミング。宮本笑里だからこそ、あのような柔らかい雰囲気を醸し出せるのだろう。
 MCで〜コンチネンタル・タンゴの代表曲〜と紹介された「ゲーゼ:ジェラシー」で、再び意識のスイッチを入れ直す宮本笑里。
 意味深なメロディに聴き入りながら作者の意図を想像していた。
 導入部分のメロディが特に印象的な「服部隆之:Les enfants de la Terre〜地球のこどもたち〜」、そしてインターミッション。

 15分の休憩を経て第二部の開始。そしてアンコール。
 さらに観客の要求する拍手に促され、まったく予定していなかった2回目のアンコールまで堪能する機会を得た。
 アニメ「のだめカンテービレ巴里編」エンディングテーマとなっている、宮本笑里×solitaによる「東京et巴里」は丁度本日発売のCD。
 今日はヴァイオリンとピアノによるシンプルな編成で聴いたが、まだCDを拝聴していないおいらながら、こちらのアレンジも清潔感の感じられる演奏となって奏でられていた。
 
 ほんの少しながら、演者としての風格も確実に備わりつつある宮本笑里。
 彼女の未来が益々楽しみな、申し分のない内容のステージングとパフォーマンスであった。

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 深夜、眠気と格闘しつつT氏と親睦会。

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2008年 11月 11日

朦朧

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 肌寒い明け方、一睡も出来ないまま午前を迎える。
 一晩中、2枚分の布団敷地を縦横無尽に移動するR姫。その都度、移動掛け布団で追いかける。
 1年後にも2度と見られない、今の時代のRちゃんの寝姿をしかとこの目に焼き付ける。

 一度起きて、二度寝の体制に入ったRちゃん。ようやく明確に目覚めたタイミングで朝食をこしらえる。
 鮭と野菜のそてい。味噌汁にトマトサラダ。ご飯は海苔巻き。
 それぞれ子供用のお皿に軽く盛った量を、豪放磊落に1時間かけてRちゃん完食。
 
 部屋でいくつかの所業を終え、Rちゃん昼寝のタイミングで編集部へ。
 心のイライラは解消されず、朦朧としたコンディションのまま仕事に入るが、徐々に襲う睡魔にも勝てず、5分程度のデスク前仮眠を3度繰り返した。しかし眠い。
 終日、眠くて眠くて文章の校正が実に困難であった。

 今日の食事は1回のみ。朦朧とイライラで、夕飯まで飯を喰うことを忘れていた。
 原稿は深夜0時UP。午前2時30分過ぎ、デスク回りを整頓。

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2008年 11月 10日

帰省5/帰京

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 大量の段ボールに土産、頂き物の新米等を詰め込み、宅配便で7000円前後の出費。痛い。
 母親とM姉に送られ、高速で30分、鹿児島空港へ。
 空港内で今回の帰省最後の飯を摂る。

 母親とRちゃんとの過ごす時間が、このまま永遠であればいいのになぁ〜と心でつぶやき、同時にどうにもならない環境を心で呪いながらゲートをくぐった。

 母は偉大だ。彼女の見える配慮と見えない配慮に人生をかけた破格の感謝。

 空路はあっと言う間。
 着陸後、即編集部へ。山積み大量のメールと郵便物をさばき、今週の試練を再確認。 
 

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2008年 11月 9日

帰省4/法事/七回忌

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 午前11時に予想通り10分程度の遅刻をかまし、父親・七回忌の供養の寺へ。

 お経の始まる前、おいらと同じ名字の方の、ある葬儀のエピソードをインターネットで見かけたと、住職の方に窺った。
 「同じ名字は日本中、数あろうから、そんなサイトもあるんだなぁ」と思いきや、アドレスを窺えばズバリおいらのホームページであることを知り、驚かされた。
 流石インターネット。

 生前、親父と交流のあられたと窺った住職によるお経、そして説法に小一時間。

 珍しい面子が集ったこの光景を、あちらの世界から親父は瞳を細めて眺めていたのだろうか。
 あの哀しい日から、早くも丸6年が経過したのだなぁ。
 親父がRちゃんの誕生をどれほど喜んだのか、安易に想像出来る分、悔やまれる心情ながら、歴史とは至ってこうしたものなのだろうと考える。

 住職による一休さんのエピソードに頷きながら、寺を後に。温かい供養を戴き親族一同、感謝。
 
 夕食にはキムチ炒飯。ほんのわずかな時間は、想像通りあっという間に過ぎ去った。今回の目的を果たし終えた明日は、早くも帰京也。

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2008年 11月 8日

帰省3/小林市

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 午前7時45分、Rちゃんの目覚めによってベストの時間に起床。
 洗面所下の水漏れを発見し、ホテルの修繕スタッフが応急処置。
 午前8時過ぎにバイキングの朝食をいただく。
 大満腹。

 お土産屋を経由し、小林市側の山道を下り、デパートで無意味なウィンド・ショッピング。
 買う物、何も思い当たらず。

 小学生自分、一家揃って馴染みだった「来々軒」で久々のラーメン。
 大盛りちゃんぽんをRちゃんと分け合うため、注文したのだがその大量さ加減に驚いて、やや後悔。
 もう何十年も東京の濃い味のラーメンに慣れてしまっているため、好物だったここのスープも薄く感じてしまい、もはやパンチを感じない舌になってしまっている。

 食事を終え帰宅。今日一日中は満腹だ〜と思いきや、夕食の時間が近づけばまた悲しいかな人は腹が減ってくるのだった。
 
 夕方、スーパーまで母親らと買い物がてら散歩。天候は雨が降りそうなギリギリの案配。
 夕飯はM作成の美味しいおでん。ビールが美味い。

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2008年 11月 7日

帰省2/えびの高原温泉ホテル

 帰省しても尚、東京から引きずった眠気は変わらず。

 午前9時頃、一旦目覚めたものの正午まで2度寝。
 何故か異様に実家滞在中、眠いのは何故か? 夕べも朝まで飲んでいたから当たり前なのだった。
 劣悪なコンディションであろうとも、ペースと言うモノが決まっている東京での生活の方が体調的には良好なのか。

 午後3時頃から車でえびの高原温泉ホテルへ向かった。
 かつて子供の頃、親父、あるいは母親の運転する車でこの地を数え切れないほど訪れた。この地は想い出深き場所でもあり、親父が最期に食べた食事もこの地でのレストランだったそうだ。
 幼少の頃、沸き上がる硫黄の匂いで鼻をつまむ場合も多かった記憶があるが、今ではよほど限られた場所しか、そうした活力のある地獄温泉の蒸気は目にしない。
 綺麗に舗装された道沿いの頂上付近にある、昨年訪れた時から随分清潔に改築された土産屋の近くにホテルはあった。
 
 この機会に、東京への土産をどかっと購入。荷物を抱え、インターネットで予約した通り、ホテルへチェック・イン。そして早速温泉へ。

 隣の女湯でRちゃんの声が聞こえてきた。
 男湯がノーゲストになったタイミングを見計らい、何度かRちゃんに呼びかけるが声は届かず。そうした己のアホな行為に自分で笑いが出た。
 温泉の後、オプションで頼んでおいた酸素カプセルに初めて入ってみた。こちらにはおふくろも道連れ。
 初物好きで、いくつになっても好奇心旺盛な母親。彼女は大概物怖じせずに初チャレンジの物件に、おそるおそるであってもトライする。ワープロしかり、パソコンしかり。
 手前味噌ながら世界一の母親は今日も、そのマインドが実にチャーミングだ。

 酸素カプセル体験で、少し予約の時間を押した19時30分頃より晩飯。

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 こうした席に親父がいたらなぁ〜と考える思考はいつも同じだ。
 酒を飲まない面子故、23時には就寝となった。

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2008年 11月 6日

帰省1

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 午前10時過ぎ、飯を喰いそびれたまま川内駅へ。昨日焼酎を酌み交わしたK村、新品のビデオカメラを持参。その場で商品を受け取り、ギリギリのタイミングでシャトルバスへ。
 わずかの時間だったが、高校時代キーボードを担ってくれてたYちゃんとも瞬間的に再会出来てラッキー。
 シャトルバスは空港へ向かった。バス内では弁当。
 
 およそ1時間後、空港到着。
 現地まで迎えに来てくれた母&M姉らの車で1年ぶりの帰宅を果たす。

 人生における最も温かい癒しと、懐かしい笑いの空間を見いだせる最たる場所。父親の七回忌で親父以外の家族が全員集合した。

 夕食には唐揚げ&天ぷら等。これらのシンプルな飯が妙に美味いのも恒例だ。

 Rちゃんが深い夢の中となった頃、午前3時過ぎまで食卓を囲んでの親族飲み勃発。

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2008年 11月 5日

HDR-SR12 Handycam

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 ソニー:HDR-SR12 Handycam(ハンディカム) [デジタルHDビデオカメラレコーダー]欲しい。

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 13時40分羽田発〜鹿児島空港へ。
 14時35分発のシャトルバスで川内へ。
 川内ホテル着後、未だにそのタレの美味さは絶品と認識する焼き肉「昌苑」で飯。

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 飲まない分、白飯2膳も喰ってしまうおいら。
 ホテルへ帰還後、蓮ちゃんを連れ立ち初めて温泉へ。広い浴槽を怖々しいくも好奇心の眼差し。おったんに抱えられ、スイスイ泳いでいるつもりのRちゃん。キュート。
 
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 20時30分過ぎ、K、S、Mと1年ぶりの再会合流。ここのところ懐かしい面子も固定的。
 Rの店「暫」でいっぱいやろうと暖簾をくぐるが、店主の提案で今暫く開店時間を延期させ、ライヴ・バー:ボーダーへ。
 乾杯後、いきなりのセッション・タイム。
 何の決めごとのないラフなインプロで、全員大汗をかいてしまう。

 再びRの店「暫」へ場を移し、午前5時過ぎまで痛飲。Rの作る炒飯、激美味。マジで。
 徒歩でホテル帰還。

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2008年 11月 4日

午前6時

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 入稿を終え、午前6時。明日より九州帰省。

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2008年 11月 3日

渋谷BECCA

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 夕方、渋谷109前で行われたBECCAの野外ショーケース・プチ・ライヴへ。
 スクランブル交差点前は若い女性の群れで埋め尽くされ、BECCA渾身のシャウトを渋谷の若者が堪能。
 「BECCA可愛い〜」と言う声援に包まれたBECCA。彼女の歌唱力は本物だと思う。
 気持ちの良いポイントに向かってウェーヴを描く声が気持ちよい。おいらの仕込んだ週プレ(11/10発売号)にも掲載予定で、後は発売を待つばかり。
 イベント・ライヴの後屋上の控え室で彼女に再会し、ご挨拶。11月のライヴでの再会を約束し引き上げた。

 このためだけに渋谷くんだりまでやってきたおいら、とてもエラい。
 渋谷滞在時間:正味45分。そそくさと井の頭線で帰還。
 
 到着した駅ビルでニンニクと香辛料:ローレル(ローリエと同じ香辛料:月桂樹)とブラック・ペッパー買って帰宅。ほとんどその価格でパスタが食えるぐらいなんだけど…。

 昨夜、忽然と故障が相次ぐデジタル・ビデオカメラに哀しみ、家電・オーディオのプロ:DEODEO:Kに相談。
 明後日、現地鹿児島で奴の見立てた機種のHDDを購入する予定。
 そろそろブルーレイも視野に入れねばならん時期なのかなぁ。
 

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2008年 11月 2日

整理整頓

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 椅子を使って台所の天袋部分を見ると、未使用の砥石が出てきた。
 これまで最も切れ味のよかった牛刀にかげりが感じられてきたので、慣れない包丁研ぎを試みる。
 熟したトマトを切るとその切れ味は明瞭に確認出来る。
 試し切りに大きなトマトを2コ使ってしまったので、明日の昼飯はスパゲティ・トマトソースに決まり。ローリエとニンニク買って来なきゃなぁ。
 
 ついでにとばかり、仕舞い込んだままの小物やら何やら詰め込まれた収納部分を掃除。
 あってもなくてもよさそうな、もう何年も使いやしない小物やらの品々が大量にある出てくるが、なんとなく捨てるタイミングにないのがもどかしい。
 試し書きしつつ、そろそろ使えなくなってきたペン類は即座に破棄。
 
 バラバラに配置していたDVD、CD類もこの機会に整理するが、いかんせんスペースがまったく無い状態なので思い描いたように整理しきれずジレンマ。
 倉庫から使ってなかった収納箱を引っ張り出し、とりあえず臨時でDVD類を整頓。

 生活とは埃との闘いと共存也。

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2008年 11月 1日

料理

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 早朝までの宴で夕べやや飲み過ぎた。14時まで爆睡。

 味噌と酒に漬け込んだ豚肉味噌炒めにキャベツの千切り、トマト、梅干し、ごま昆布、卵焼きが遅めの朝食。
 録り溜まったTV番組を鑑賞。久しぶりに家のテレビを観た。
 
 夕食には、鮭のハラス焼き、きんぴらゴボウ、納豆、キャベツの千切り、トマト、梅干し、ごま昆布、ソーセージそていが遅めの夕食。
 
 無性に厨房へ立ちたくなる休日の夜。更に明日の仕込み。
 カレーの材料を全て切り出し、冷凍庫に残ってたむきエビ、豚肉、鶏肉らを明日に向けて解凍。
 併せて帰省の準備をボチボチ。

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