2008年 10月 31日

東天の獅子

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 昨日の夜中、西友で買い物を済ませ、ロール・ペーパー×2束、ティッシュ・ペーパー×5個、クレラップ×3個、ビオレ洗顔、歯磨き粉、ごま昆布、蜜柑、たけしさんがCMやってるヨーグルト等を購入。
 昼間だったら1人では絶対に運べない量の生活用品を根性で1度の運搬で部屋まで搬送。やれば出来るものだと一人感心。

 肉野菜炒めの材料は、ゆうべの深夜のうちに仕込んでいた。ご飯を1.5合炊く。その間に、午前中から洗濯&シャワー。昨日の洗濯物をたたみペットボトルを破棄。

 タイミング良く炊き上がったホクホクのご飯が美味。

 来週火曜日までの間に、いかに冷蔵庫の食材(特に冷凍室)をかたづけられるのかがここ5日間のテーマ。その証拠か、夢でゴミ捨ての段取りやら、料理の段取りやらが情けなく出てくるので、頭の中の最優先事項がそうなっているのだろう。
 しかし料理はやっぱり愉しい。

 本日に関しては6時間きっちり寝たハズなのに、なんだか眠気は睡眠不足の時と変わらない感じ。
 宅配便で夢枕獏さんの最新最高傑作『東天の獅子:上・下』を献本戴く。
 すでに購入していた同書籍はすでに2名の者に贈呈していたので、この献本はとても嬉しかった。獏さん大感謝!

 夜、オール・ジャンルOKのドラマー:サチと晩飯。

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 池袋でHと会い、新宿エスパでSさんとサシ乾杯し、ちょっと遅れたMのプチ誕生会で居酒屋赤ワイン。超午前様

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2008年 10月 30日

札幌2

 チェックアウト1時間前に起床。
 午前11時ホテルを出た。
 「二条市場」の、やんごとなき噂を聞き、不正のあった販売の実態を嘆き、今回目指したのは「札幌市中央卸売/札幌場外市場」

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 昔、札幌を訪れた時「二条市場」から両親宛に送った蟹が、果たして高額な金を支払った注文の品だったのか、もはや真相を調べる術もなし。
 過去、「二条市場」は、タラバガニに比べて仕入れ価格の安いアブラガニを「本タラバ」として高く売る場合があったそうで、タクシー運転手が観光客をリベートがもらえる土産物店に無理やり案内していたそうだ。
 仕入れ値の倍ほどの価格をつけて売りつける「折り返し」をやられても、こちら素人は判る術もない。しかも大概が贈答品なので、中身を確認することは基本的に無理だ。
 タクシー運転手も、この不正行為をいたく嘆いており、観光客もめっきり減少したそうだ。観光バスはコースを外してしまったそうだ。当たり前だ。

 「札幌市中央卸売/札幌場外市場」を信用し、散々悩みあげいた末に購入する品を見極め、クール宅配便で送ったのは「しまほっけ」「鰹漬けいくら」「毛蟹」等。
 しかし、踏ん切りのいる価格ではある。

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 昼食には「鮨一」でランチ。
 東京からの客も大層多いと窺う。飛行機を使ってゴルフをやってホテルに泊まって鮨を食べても、銀座の鮨屋から数軒の梯子酒をやった場合なら、前者の方が安上がりだという理由で、ここまで食べに来る人もおられるとか。

 札幌駅では展望台に登った。今回、唯一観光らしいシーンはここだけ。
 市内が広く展望できるこの景観は圧巻だった。「景気が悪い」と語ったタクシー運転手の言葉とは裏腹に、札幌の景気の風は賑やかに感じさせる。 

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 JRで千歳空港へ。
 港内の「白樺山荘」で今回札幌滞在の最後のラーメン。原五分目の状態でまた喰う。大満腹。花畑牧場の「生キャラメル」、そして先ちゃんブログによって知った、あの「じゃがポックル」初ゲット。
 「生キャラメル」は空港内でも本気で購入困難な物件。“キャラメル”なんて、みんなそれまでそんなに喰ってたか?

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2008年 10月 29日

札幌1

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 睡眠2時間。5時30分起床。
 7時の高速バスで羽田へ。
 たった1泊の慌ただしい日程で札幌へ。

 編集:KT氏と待ち合わせ、午前中のうちに千歳空港到着。札幌メチャメチャ寒い。後に現地の方に伺って知ったのだが、今日から急に異常な寒さになったとのこと。

 予定していた店「すし善」で昼食。

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 昼過ぎ、ホテルへ早めにチェックインした後、多分16,17年ぶりの再会となる漫画家:Hさんとロビーで再会。
 あれから大変な時間が経過していながら、先生の出で立ちは当時と何も変わらない。実にお若いままだ。おいらは20代だっし、先生は30代だったはずなのに。
 ラウンジで再会を懐かしみながら、これまでの時間を埋めるように語りあう時間が嬉しかった。
 先生ご帰宅後、仮眠を取ろうと部屋に戻るが、大して眠るほどの時間はなかったので、持ち込んだ仕事をほんの少しだけ部屋で片付ける。

 夕方には、漫画家:Mさんと念願の初対面。
 昔からM先生の作品は個人的なファンだったこともあり、今回たまたまご連絡先をお聴きする機会を得たことにより今日のミーティングが実現した。
 Mさんは、ハードボイルドで男性的なある分野にとても造詣深く、少し意外だった。
 お気に入りのカルチャーを伺える貴重な時間が嬉しい。
 すすきのへ場を移し、「田なべ」で夕食。美味。
 さらに近場のバー「やまざき」で乾杯し、先生を見送り、踏ん張って(踏ん張るな)もう1軒梯子するが力尽き、ホテルへ帰還してシャワーも浴びずに撃沈。爆睡体制に入った。

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 ところが深夜の電話で目覚め、ラーメンだけは喰っておかねばと、リサーチ済みの「けやき」で意地の味噌ラーメン。美味。再び帰還し撃沈の爆睡。

 H先生、M先生、ご苦労さまでした。

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2008年 10月 28日

精神

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 映画監督:想田和弘の手がけた、精神科の患者の世界を描いた新作ドキュメント映画『精神』が、釜山国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞に当たるPIFF Mecenat Awardを受賞。
 『精神』はこの秋完成し、釜山映画祭で世界初公開を遂げていた。
 10月3日と6日に行われた上映はいずれもチケットが完売だったそうだ。上映終了後、いったん東京へ戻った想田監督は、映画祭側からの要請で10日に釜山へ舞い戻り、閉会式へ出席して受賞。
http://www.varietyjapan.com/news/movie/2k1u7d00000ehb78.html

 審査員による受賞理由の説明は、次の通り。

 【「正常」と「『正常』によって『異常』と呼ばれるもの」の間に幕を引くのがこの映画の趣旨である。しかし、それだけではない。山本医師の診療所という美しい劇場の幕があき、喜びと悲しみを湛えた美しい人物たちがゆっくりと世界を膨らます。】

 想田監督によれば…「40分間のはずだった上映後の質疑応答が、白熱しすぎて90分間に及ぶなど、釜山映画祭は実り多きものでした。特に心の病を患うお客さんの反応が好意的だったのでホッとしました。勇気を振り絞って映画に出てくれた患者さんたちに対する感謝の気持ちでいっぱいです」とのこと。

 本作の日本公開も決まった模様。まだ随分先だが、2009年の初夏、東京のイメージ・フォーラムや大阪の第七芸術劇場などで全国公開予定。配給・宣伝は、『選挙』も手がけたアステア社。

 そして想田監督より戴いたDVDでいち早く『精神』を観させていただいた。
 DVDを戴いた翌日に即見た。
 見て、倒れた。すごかった。意味合いとしては動けなくなるような感じ。
 よくもあの距離感で撮影出来たことに、まず驚かされた。

 この映画には音楽もないし、ナレーションもない。つまり、観る者にすべてのジャッジを委ねるという有り様だ。すなわちその、あえて何もしないという演出は、観る者自身に大いに考えさせる仕組みになっている。
 映画のクオリティという局面だけで言うと、一世風靡した前作『選挙』の何倍も優れた作品だと思う。
 最優秀ドキュメンタリー賞受賞は当然だった。

 劇中出てくる、子供を殺めてしまった彼女の顔は、自分の子供を思い出す時、たまに蘇るだろう。
 己が健常者である故、「悲惨」とか「いたたまれない」という言葉がどうしても真っ先に出てくるが、この作品を見た人が、例えば、失恋だったり、受験に失敗したり、あるいはいじめられたり…という個人にとっての事件が人生においてどの程度の打撃なのかということや、果たしてどういった重さなのかを考える、ひとつのきっかけになればと思う。

 しかし、エンドロール前の“追悼”の文字が、なんとも言えない気持ちにさせられた。
 この作品は『選挙』の時よりも人に見ることを勧めると思う。

 また寿司喰いながら取材やりたいなぁ。想田監督、改めて受賞おめでとう!

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2008年 10月 27日

明月黒

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 午前7時起床。
 ここのところ、おいらにすれば早起き連続。
 7時30分、ママとRちゃんを駅まで送り。
 8時の高速バスで羽田へ向かい、彼らは機上の人となった。

 帰宅して家事に勤しむ。生ゴミと空き瓶、空き缶を廃棄し、食事に肉野菜炒めと豚汁。
 賞味期限切れの調味料を確認すれば大量に出てきたので、ドンドコ廃棄。
 
 気がつけば、もはや中堅編集者となったKと遅い新宿飯。
 折に触れて漫画談義を交わしてきたKも、もうこんなに大人になっていたのだなぁ…と感じさせる感慨深い局面が何度も訪れ、杯が進む夜更けであった。

 お開きの後、1人ゴールデン街。先日誕生日を迎えたばかりのSTとマスターらと軽く数杯。
 ここのお店は、親父が死ぬまで飲み続けていた「明月」を常備してくれている奇特で温かいお店だ。

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2008年 10月 26日

Tokyo DisneySea

 午前5時30分起床。
 必死で外出の準備を施し、7時30分待ち合わせの代々木インターへ。
 やや早めに到着したのでH家を待つ間、朝食を。
 思わずカレー炒飯のハンバーグ添えを注文。思いの外美味しい。経たなファミレスより美味いのではなかろうか。インターチェンジの食事もあながち馬鹿に出来ず。

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 H家到着後、一路ディズニー・シーへ。空はパラパラと雨模様。
 天候がやや残念だったが、盟友:Hの好意により計画してもらった今日の日は楽しみにしていたのだった。
 軽快なコンディションの首都高道中、目的地の駐車場に到着したのは開場5分前。
 初めてディズニー・シーと言う遊園地へやって来た。
 彼らが、こんなのっぴきならぬ遠征をテキパキと計画してくれるおかげで、こうした地へ赴く話しが簡単に決まってくれる。
 ついつい億劫になりがちな、おいらの尻を叩いてくれることが結果的にとても有り難い。

 ゲートをくぐり抜け、何の予備知識もないおいらたち家族を、臨機応変なスケジューリングでサバくH一家がとても合理的。
 加えて、Mちゃん、Sちゃん、KちゃんらがRちゃんのフォローしてくれるのが、とても嬉しいしとても有り難かった。
 Hの子供をサバくスキルには目を見張るものがあり、そのまま奴の人間性のすごさをかいま見るようだ。
 まだまだ他人の男性には隙をみせないRちゃんが、時折Hだけには心を許しているかのよう。
 大いに歩き、可能な限り大いに現地の風景を堪能する。
 いくつかのアトラクションを本能で凝視するRちゃんの瞳がキラリ。

 昼食のタコスも高額だけど美味しい。

 時に2チームに分かれ、メンバーもシャッフルしながらの現地時間の過ごし方が実に合理的な気がした。彼らはこの地での遊び方を熟知していた。頼もしい。

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 全員が納得の頃合い良き時間帯に帰途につく。

 「まめ蔵」満席で断念。夕飯は、ほぼ1年前の時と同じ「ひじり亭」。今日もパスタが美味い。
 次回、二家族親睦会は、1年が経過しないうちに、たまにはおいらから提案してみなイカンなと、このブログを記しながら考えているところ。

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2008年 10月 25日

新調したばかりのスーツ

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 午後9時、青山。
 衝動買いで新調したばかりのスーツを着て、初々しきAの結婚披露宴の席へ。
 ヘビメタ好きを公言する編集部:Aは博学で音楽好きの好青年。まだ童顔な顔を見れば、学生に見えなくもないルックスだ。
 先日の発熱により、Aと観戦約束していたジューダス・プリースト公演を残念ながら見逃したのだが、以前Aはロブ・ハルフォードへの取材経験があり、彼は「神に会ってきた」ような記述で編集後記を埋めていた。

 涙の披露宴。Aよおめでとう!

 明日の予定がのっぴきならない故、早々と電車帰宅するものの、それでも家路につけたのは24時近くになった。
 結局、午前3時近くまで明日の準備で寝られず。明日5時30分起きだと言うのに。

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2008年 10月 24日

ホワイトスネイク、デフ・レパード

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 日本武道館:ホワイトスネイク、デフ・レパードのWライヴ観戦。

 フィル・コリン以外、もはや誰がギタリストなのか知るよしもない2バンドのライヴだったが、デフ・レパード側の1人がヴィヴィアン・キャンベルであることだけが判った。
 デフ・レパードに関しては、ほとんど「フォトグラフ」しか知る曲がなかった。
 ホワイトスネイクの楽曲にしろ、おいらたちが高校時代の曲しか把握できてはおらず、自身が体感したあの頃の曲だけが聴き応えあり。
 ステージ正面アリーナ前から3列目で観戦したK野、I徳らに伺えば、音響が悪くギターも声も聴こえないコンディションだった模様。

 おいらはと言うと、「そこまで客入れんなよ」と突っ込みたくなる、ステージ真横よりもさらに裏側に回り込ませた場所の席で、ギター・ソロ等で休憩するカヴァーディールが汗を拭く姿等が視界に入る始末。

 さすがに2バンド続けてのライヴだったこともあり、終演後、夕食の席に着いたのは午後11時頃。
 偶然、美味しい鍋屋を発見。アリーナで立ちっぱなしだったK野、I徳らの疲弊した顔を見ながら新宿乾杯。その後、満場一致で久しぶりのマッサージ屋で背中を解し、三丁目で乾杯し帰途へ。

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2008年 10月 23日

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 夕方、神保町ビルでの別セクション諸氏とミーティング。
 今編集部の入っているビルと比べて、神保町ビルの管理職セクションは、本当の会社という趣きで、その違いをしみじみと考える。
 みなさん基本的に男性はワイシャツ姿。

 雨が止まない。
 予定していた映画『ブラインドネス』試写会は断念。雑務でパソコンの手が休まらない。

 夜、P誌:Uとの約束の飯へ港区へ移動。
 U との初仕事が今回目出度く形となり、たった2人だけでその打ち上げ的飯会をささやかに行った。
 高級寿司、激美味。

 矢継ぎ早にくり出されるUの、今の言葉で言うなら“かまない”速射砲トークが小気味よい。
 かれこれ10年ぐらい昔だったか、奴と初めて飲んだ日、「おいらの知る編集者では、今こいつが一番飲むな」という認識をこの男は抱かせてくれた。彼の日がすでに懐かしい。

 梯子酒の最後を、馴染みのワインバーで〆。
 腹八分の充実したお腹具合にありながら、マスターJちゃんの実家から届いたという新米で作ったおにぎりが実に美味い。

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2008年 10月 22日

ケイティ・ペリー/鍋

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 渋谷WOMBは、渋谷のホテル街に位置するとてもへんぴな場所にあるグラブ(らしい)だ。
 ケイティ・ペリーのことを、あのマドンナが賞賛したという情報を得ていたので、その真意を確認するべく会場へ。
 「ケイティ・ペリー/ショー・ケース・ライヴ」

 1Fで近々結婚するというおめでたい、E社:Nと遭遇。
 2F関係者スペースで、思いの外パンキッシュな彼女のパフォーマンスを体感。
 ミーグリには時間の関係で参加せず。

 そこから、わずか徒歩1分程度の場所にある鍋専門料理屋へ。

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 前々から伸び伸びとなっていた、W社:M&Nとの会食がようやく実現。
 おいら担当となって初めて相対する空間を共にしたNと、折に触れて連絡を取り合う、おいらにとっての重要な意見交換主:Mとの空間が、毎度の事ながら心地よい。

 それぞれの業界周りののっぴきならないあり方やら、プライベートな重要話やら、話題はM&Nの機転が快適な分、回転するように転がり続ける。

 相手に会う時、何も考えずになりゆきで語り、なりゆきで飲む。
 これが出来る関係が、最も芯のある、いうなれば真の友という意識だ。

 美味しい鍋を大いにご馳走になってしまってやや恐縮だが、連中との酒はまだまだ定期的に続けてもらうのだった。Thanks!!

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2008年 10月 21日

疲弊

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 来週、再来週の際立った行事と、混沌とする目の前の仕事の折り合いをつける作業に時間を費やされる。
 1通のメールを打つのだけでも大した労力をかけざるをえない。

 午前5時30分UPの原稿を受け取り帰社。
 今年一番長く朝まで編集部にいた日だったかもしれない。
 すべての入稿を終え、帰途についたのは午前8時。撃沈。

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2008年 10月 20日

チェ 28歳の革命/チェ 39歳 別れの手紙

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 映画『チェ 28歳の革命』『チェ 39歳 別れの手紙』(オリジナルは4時間28分の1本の映画)の主演で、チェ・ゲバラを演じたベニチオ・デル・トロが、年内に監督:スティーヴン・ソダーバーグ共々来日の噂が。
 デル・トロは、今回の役づくりのために体重を25キロも減量。
 デル・トロのスチールを見ると、角度によってはものすごくゲバラに似ているが、幾分、若かりし頃のカストロも入ってる感じ。

 来年はキューバ革命50周年記念の年なのだそう。
 映画『チェ 28歳の革命』『チェ 39歳 別れの手紙』は2009年新春、日劇PLEXほかにて公開。

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2008年 10月 19日

ニトリ

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 午後、家具、インテリア専門店:ニトリへ初めて赴く。
 そもそも想定していた生活用品は置いてなかったのだけど、最近発作のような妙なタイミングで微妙に狂う部屋用の馬鹿時計をこの機会に新調した。
 続けてバスケットボールをデザインした革張りのイスを衝動買い。
 こんな場所に来ると衝動買いする自分が信用できなくなる。

 この2点+炊事場周りの小物だけで撤退。別店舗へ移動し、11月を想定したRちゃんの生活用品と段ボールを揃え帰途に。

 資生堂『インテグレート』のCMが真木よう子であることは直ぐに判ったが、最近電車内で多数見かけるリプトン『THE ROYAL』の広告の主も真木よう子であることを知る。
 巷では随分前から評判の女優らしいが、今頃スイッチが入った感じ。

 16日、WBC世界バンタム級タイトルマッチで、国内現役世界王者最多の7連続防衛に成功した長谷川穂積選手の見事な防衛が素晴らしかった。
 試合前、サウスポー嫌いの発言があった長谷川だったが蓋を開けたら、ほとんどワンサイドの堂々たる試合展開。
 改めてVTRで観戦したが、パンチの距離を計るセンスと能力は天才的だった。
 WBC世界フェザー級タイトルマッチに初挑戦した粟生隆寛選手は実に惜しかった。おいらの判定では勝ちだったのに…残念。

投稿者 yonezawa : 18:18 | トラックバック(0)

2008年 10月 18日

Chet Atkins〜Tommy Emmanuel

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 本人のオフィシャル・サイトでコンサート・ツアーの記述を偶然発見したK野の機転で、今日のライヴ・チケットを得ることに。
 念願のトミー・エマニュエル:ライヴを見る機会に恵まれた。
 遙々やってきた関内ホールへ到着。

 彼の存在に気づいたのはケーブルTVでのライヴ映像。
 海外の音楽番組を放映するそのチャンネルでトミー・エマニュエルと言うギタリストの存在を初めて知り、「この凄腕は一体誰?」と視聴後にミュージシャン名をメモり、即座に同番組放送先のチャンネル『MUSIC AIR』へ問い合わせた。
 数日後、とても丁寧な回答のメールが到着し、よりトミー・エマニュエルの情報を知る手段を得た。
 ちなみにこの頃、おいらも加入するJCOMでは無料チャンネルの枠内だったので、視聴は普通に可能だったが、ある時期から同チャンネルが消えた。
 そのせいで、WOWOW以外の定期鑑賞チャンネルだったこの局の情報がすべて途絶えてしまった。
 いきなり最低の環境となったのだが、これらの問い合わせにも丁重に回答してくれた『MUSIC AIR』の対応は上々だった。
 後においらは『MUSIC AIR』のある関係者と飲みダチになるのだが、あの時点でこの放送局のポイントはとても高かった。

 現在はamazonで幾らでも入手可能だが、当時、日本ではトミー・エマニュエルのCD等は入手困難で、基本的に彼のオフィシャル・サイトを辿り、オーストラリア$で購入するしかなかった。

 トミー・エマニュエルのギター・プレイとは、目の覚めるようなタイミングで超絶技巧が炸裂するのだが、そうしたタイプなだけのプレイヤーに感じられがちな、テクニックひけひらかし的嫌らしさは皆無であり、魅力に包まれたセンスと、舌を巻くほどの完成度を誇っている。尋常じゃないほどに。
 今、最も生を見てみたいギタリストのトップ・プライオリティに、今日まで彼はいたのだ。
 
 オープング・アクトの日本人ギタリストが終わる頃、着席。

 午後7時を少し回った頃、ケーブルTVとDVDとYouTubeでしか見たことのなかったトミー登場。
 ステージ・セットはまるで手品師が登場するかのような趣き。
 本人の横にはラックのようなシンプルな機材が置かれてある程度。使うのはアコースティック・ギター1本だけで、とにかく信じがたきアンサンブルを醸し出す凄まじいギタリストだ。

 生前、あのチェット・アトキンスが「世界最高のギタリスト」と彼を名指しした意味は、そのプレイを目の当たりにすれば重々納得。

 ただ早いだけでもダメ。ただ綺麗なだけでもダメ。どんな音にもわびさびと情緒とパワーにリズムは必要だ。世界中のあらゆるアコースティック・ギタリストの中で、とりたてて彼は突き抜けた存在だと言っていい。
 スタートからアンコールの演奏まで全てが圧巻。“究極”と言う言葉と“神業”と言う言葉がこだまする。
 中でも自身の娘を歌った『アンジェリーナ』、坂本九『Sukiyaki/上もを向いて歩こう』が印象的で、チェット・アトキンスをリスペクトし、カヴァーした『I Still Can't Say Goodbye』のシーンには最も胸が熱くなった。
 トミーにあまり歌うイメージはなかったが、ステージでは木訥な歌も数曲披露してくれた。
 
 チェット・アトキンスがマーク・ノップラーと共演した1987年の同曲ライヴ映像があるが、あの場面の感動を鮮明に思い出した。
 客席もマーク・ノップラーも涙ぐんで見えたあの映像。
 チェットの温かさ、奥深さ。トミーの客演も実に温かかったのだ。

 会場では譜面を1冊購入。
 終演後、来年のインタビュー取材を実現させるべく関係者の方にトミーへのメッセージを託し、23時を回った頃、JR五反田駅へ辿り着いた。
 飛び込みの居酒屋で乾杯。
 目当てのラーメン屋が閉店してしまい不覚を取り、〆はデニーズで夜中の焼き肉丼+半ラーメン。

★Chet Atkins - I Still Can't Say Goodbye [Live 1987]
http://jp.youtube.com/watch?v=8590o8A4iU8

★Tommy Emmanuel - I Still Can't Say Goodbye
http://jp.youtube.com/watch?v=E6bo2feZRo0

投稿者 yonezawa : 20:48 | トラックバック(0)

2008年 10月 17日

DragonForce

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 午後、都内居某所でイギリスのメロディックスピードメタルバンド:ドラゴンフォースへのインタビュー。
 対象者は、バンドの鍵を握るギタリストの2人。

●サム・トットマン - (Guitar)(イギリス生まれニュージーランド育ち)
●ハーマン・リ Herman Li, 李康敏 - (Guitar)(香港出身)

 関連サイトの彼らを評する表現に「誰も到達したことのないエクストリームな音数とスピードで現代のメタルシーン随一のスピード・スターと称されている」とある。
 早送りのようなギター・ソロが少し滑稽なニュアンスもあるのだが、ヒットチャートのリアクションの好調さをレコード会社:担当に力説され、今回取材を引き受けることに。

 アイバニーズの特注カスタム・ギターが世代の若さを感じさせる。
 なにはともあれ、大変な鍛錬によってあのギター・テクニックを身につけたことだけは賞賛。
 ナイスガイなサムとハーマンだった。

投稿者 yonezawa : 20:47 | トラックバック(0)

2008年 10月 16日

亀渕昭信さんとKeith Emerson Band

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 “渋谷公会堂”改め、CCレモン・ホール/キース・エマーソン公演へ。
 今回初めてライヴ観戦にお誘いさせていただいた、亀渕さんと現地会場入口前で待ち合わせ。
 亀渕さんとは…ラジオで育った、おいら世代の連中からは絶対に切り離すことが出来ないニッポン放送『オールナイトニッポン』の黄金時代を築き上げ、ニッポン放送代表取締役社長〜同社相談役を経てこられた、あの亀渕昭信さんのことだ。

 彼と初めて出会ったのは、昨年12月はロンドンでのLED ZEPPELINコンサート前日のことだった。
 ロンドンでの最初の夕食時に、意外な面子の方々と初遭遇する中、亀渕さんの姿を発見したときには少しときめきに近い感覚があった。

 それは何故か? 
 亀渕さんは1960年代半ばのサンフランシスコで、ジミヘンもジャニスもクリームetc...を、現地のライヴハウス等で複数に渡り観戦されている、日本人としては実に貴重なロック体験を経てこられた先人だからだ。

 そんな錚々たる経歴を歩まれてこられた、おいらにすれば別世界の人という認識に近かった方が、とにかく威圧感のような空気を微塵も感じさせない。
 同時に、実にナチュラル。肩肘の張らない魅力溢れるキャラクターの温かさが、より好印象を抱く結果となり、その人間的魅力に速攻で惹き寄せられたおいらだった。

 おいらのような初対面の青二才に対しても、その席の他の誰とも変わらない温度で接してくださった彼の持つ大きな度量のようなものに、おいらははっきりとロック・スピリットと言う香りを感じていた。
 これまでの経験上、本物の知識人・人格者は得てしてそういうものだった。
 何故彼が放送局の最高経営責任者にまで登りつめるに至ったのか、理由の一旦が理解できたような気がした。

 LED ZEPPELINのコンサート会場となった、THE O2アリーナ:マーチャンダイズ売り場界隈でリュックを背負い、グッズを買いまくっておられた彼の姿がどれほどチャーミングであったか!

 先日、野音のJL&C(ゲスト)公演の席で偶然遭遇する機会を得、今回のライヴへお誘いさせていただく幸運な展開となったが、今日のコンサートは開演から浮き足立っていたのだ。
 
 ライヴ、スタート。
 齢63歳:キース・エマーソンのハッタリなのか、オルガンの正面に積み上げられた配線剥き出しのレトロな機材が会場の空気を作り上げ、盛り上げる。
 プログレッシヴな構成の、ある意味難解なキメがバシバシ入る曲が矢継ぎ早に演奏されてゆく。
 グランド・ピアノの隣には、演出として本国から持ち込んできたのか、ムーディーな電気スタンドが配置。少し可笑しかった。
 リズム隊、特にドラムスが堂々たるリズムを刻んでいた事が、アンサンブルの安定感を支えていた。
 演奏されたすべての曲を把握して訪れたわけではないが、会場のマジ・ファン同様、よきテンションで楽しめたコンサートとなったのではなかろうか。

 終演後、亀渕さんと近場の焼き肉屋で乾杯。

 贅沢にサシ飯の時間まで共有させて戴き、ともかく感激。
 とにかく、60年代当時のシスコの話を伺いたく、思いつくまま亀渕さんへ質問攻撃。
 僭越な想いだが、彼もおいらと同等のロックの病に、おいらの自我が芽生える遙か昔の頃から侵され続け、正真正銘のロック信者であることを確信をする特別にときめいた夜だった。

 亀渕さん、今宵は感謝。またお誘いしますので!

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2008年 10月 15日

乾杯

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 むず痒い鼻と、妙なタイミングで咳き込むコンディション。

 月末の日程を再確認し、映画ライター:佐藤睦雄と近況報告及び情報交換。
 やがて映画宣伝、ライターが集った頃、地元方面へ引き上げ、先ちゃん、テンちゃん、ズミーらと乾杯。
 〆は「よしきゅう」も「天下一品」も通常なら午前7時頃まで開いているはずなのに、何故か閉店しており、しばらくぶりの「花月」で(新メニュー?)醤油ラーメン。

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2008年 10月 14日

日本中が忙しい

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 依然として1人花粉継続中。
 amazonからの注文品を拝受。
 AC/DC記事初校チェック。いくつかの案件を確認する中、不誠実かつ不条理な対応を見せた某社某人に憤りを覚えるが、この件はしばらく忘れないよう懐に仕舞い込む。
 デスクで喰らう出前のキーマカレーが胃袋に重く浸透。
 
 今月の残りの予定もほぼ埋まりつつあり、いつ誰と食事をするのか決まった。
 携帯電話とメールの時代になって、誰もかれもが日程がせわしないことになった気がする。
 昔は、よほどの大人数でなければ呑む店も行き当たりばったりだった。今では2人で食事をするためにも予約をしなければ、抜き打ちで行っても入れない場合が多くなった。
 景気回復の兆しは皆無のくせに日本中が忙しい。

 終始デスクワーク。
 午前3時30分、原稿拝受。帰途のタクシーの車中で和田ラヂヲ先生と久々に情報交換。たまにはメールじゃなくて話をしないかん。
 午前5時過ぎ帰途に。

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2008年 10月 13日

多摩動物公園

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 花粉症継続中。鼻、目の不具合に加えて顔全体がムズムズ。
 くしゃみが止まらん。
 amazonより注文の資料本到着。切れかけた飲料水をネット注文。
 昼飯のドリア喰って、劣悪コンディションの昼下がり外へ。
 
 深大寺を経由し、甲州街道の下布田より立川方面へ20号線まっしぐら。
 混み合うこともなく、スムーズに快走しながら思いつきで『多摩動物公園』へやってきた。
 駐車場へもそれほど並ぶこともなかったし、園内もそれなりの人混みではあったものの、シャレにならない休日:ディズニーランドの喧騒・人混みとは違い、特に気にならない雰囲気は得した感。
 以前おふくろも連れだって訪れたこともある、自宅の近場の公園界隈もあったのだが、先日、H山が「米澤一家を誘いたい」と語っていたこの多摩動物公園を思いついた。
 
 広大な敷地のマップ図を見ながら、『アフリカ園』で久々に見るキリン、アフリカ象、ライオン、フラミンゴ等鑑賞。
 『オーストラリア園』では時間的にコアラはすでに外には居なかった。
 ゴールドコーストで抱えた「抱っこ専用」の撮影用コアラのことが脳裏をよぎる。

 急な坂道をエイコラエイコラと、つたない足取りでRちゃんもかなりの距離を徒歩移動。
 ライオンさんのぬいぐるみとキリンさんの耳を土産に帰途につく。
 
 休日の遠足は、道中の運転が往復2時間程度で収まれば、さして苦にならないと言う体感結論。しかし帰途運転中の眠気は、年々増している気がしてならない。

 今日一日、あれだけの距離を・坂道を歩いたのだから、さぞや寝付きもコテンかと、抱いた淡い予測も的中せず、ソファでうたた寝してほっぺをペタペタされ、Rちゃんに起こされたのは当の親父(私)であった。

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2008年 10月 12日

怪獣

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 依然として花粉症継続中。鼻が最低。部屋にいても雨が降っても全然ダメ。
 外出するとその緊張感で多少収まった様相を見せるが実態は何も変わらないまま。

 口に入りそうな室内の小さい物体は、腰から下のスペースに置くわけにはいかないので、何もかも強引にそれ以上の高さの位置に配置させている。
 そのせいで、部屋の荷物はとんでもない強引な場所に配置され、片付けする意欲もどんどん欠落。と言うか、片付けスキルの高いおいらですら安易に片付けられない。

 部屋の必需品なり書籍、CDはどんどん妙な場所に強引にとりあえず山積みされてゆく。
 口に入らない物体だけではなく、弄くって壊れる(あるいは割れたり破れたりする)可能性のある品々も腰から下のスペースには収納出来ない。
 
 本棚の本は、表紙のないものがかなり増えた。
 CDは中身と外見がバラバラ。
 段ボールでCDラックを覆っていたが、知らないうちに彼女の身長が追いつき、またしても複数の被害が続出。
 CDのマウスは2個壊れた。HDDは番組予約を無線で飛ばすリモート部分がそろそろいかれそう。
 プーさんDVD、アンパンマンDVDはパッケージのカヴァーはどこかに紛失してしまい、TV周りのリモコンは毎日、捜索が必要となっている。
 
 Rちゃんの怪獣ぶりは絶好調で、本やらCDやらギター本体などが、やたら無下に扱われているのだが、実際、豪快に壊れてみたり破れてみたりを目の当たりにすると、「高々こんな物件の一つや二つに、おいらは今まで何を固執していたのか、まったく…」っと、せせこましい自身の小ささをRちゃんは気づかせてくれる。少し涙目にはなりながら。

 「豪快に行こうよ!」

 Rちゃんは笑顔でそう語りかけているのかもしれない。怪獣なRちゃんの快進撃は、現在誰にも止められない。

 「穏便に行こうよ!」

 たった一つの笑顔で、大人が抱え込み抱いていた苦悩、悩みが吹き飛ぶという噂は、あながち嘘じゃなさそうだ。

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2008年 10月 11日

ギター・マガジン 2008年11月号

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 早朝6時起き。8時到着で都内某所へ。
 集英社『PINKY』専属モデルで『爽健美茶 』のCMに出演中。ヤンジャンより1st 写真集『nozomi』、WEEKLY YOUNG JUMP PREMIUM DVD『nozomi』を発売中。
 『どうぶつ奇想天外!』のレギュラーが決まったばかりのグラビア・タレント:佐々木希ちゃんの撮影へ。

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http://ameblo.jp/sasaki-nozomi/

 ロケハンから機材調達と打ち合わせから気合い入りまくり。 
 本誌担当編集が企画したシチュエーションで、本気の、渾身の撮影開始。モデルでもある希ちゃんは今日も感動的な美しさでチャーミングに登場。
 芸能人の中でもとりたてて容姿端麗、その上長身なのでそのクールさは突き抜けている。
 狙った絵作りのポージングがすべてキマる姿に、天から与えられた美の才能を感じ受ける。

 早朝からのこの撮影に全面協力してくれたS社:晋平&友人に感謝。
 バンド・スタイルで進行した今回のグラビア企画が、果たしてどんなスチールとメイキング動画の仕上がりになるのか、出来上がりがとても楽しみな現場だった。
 11月前半発売号の週刊ヤングジャンプが、まずは掲載の一コマ目となる予定。
 希ちゃん&スタッフのみなさん、早朝からご苦労さまでした。
 大量の機材を撤収し、小雨の中一旦帰宅。
 
 夕方、待ち合わせの地:新宿へ。
 [ギター・マガジン 2008年11月号]表紙&巻頭特集で、先月10日にニューヨークで仕込んできたAC/DC~アンガス・ヤング最新インタビュー記事がようやく発売。
 ギター・マガジンには、B.B.B.1stリリース時の2000年夏過ぎ頃、スティーヴィー・サラスと共に登場させていただいたが、原稿を書いたのは今回が初めて。
 テキストのスペースはわずか1Pだけだったが、処女原稿が巻頭の特集とは幸運だ。
 ギター・マガジンに限らず、“ギター”と名のつく雑誌は端から買いまくっていた時代があった。思えば16歳の頃から、この雑誌を何冊買ってきたことだろう。
 自身の所属するヤングジャンプも、創刊号を購入してから、来年で30年の時を刻んでいるのだが、時間の経過とは感慨深さを思わせる。

 新宿御苑駅到着。駅構内でいきなり待ち合わせ3人のうち、2人に遭遇。
 メンバーは、昨日、映画『精神』が釜山ドキュメンタリー部門作品賞授賞を受賞したばかりの想田和弘監督&ダンサー:Kちゃん、先日WOWOWの新番組『クエスト:探求者たち#1映画監督 北野武』の監督:篠崎誠の3人。

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 想田監督&Kちゃんと出会ったのは1997年のベネチア映画祭。篠崎誠監督と出会ったのは、翌1998年の北野武作品『菊次郎の夏』クランク・イン前のオールスタッフ・ミーティングからだったと記憶する。
 出会った瞬間意気投合。遙か昔から知り合いだったような錯覚を覚えたような彼らとの出会いだった。
 なんだかんだで、想田監督&Kちゃんとは1年ちょっと前に東京で会っているし、Kちゃんとは数年前のニューヨーク取材時に、ブルーノートに行ったこともあったので、ここのところは疎遠ではなかった。
 映画を生業にする彼らの感性は、そもそも生理的にもの凄く大好きで、加えて3人とも実は本気の博学・インテリで、品格のある人間性がとにかく魅力的だ。想田くんは最高学歴で、誠ちゃんは映画監督、映画ライターでもあり、出身校である立教大学『映像身体学科』教授の肩書きも併せ持つ。

 愉しい。愉し過ぎる。
 「この時間がずっと続けばいいのに──」と思わせる晩飯から夜更けのひととき。
 心底朗らかな人間性を有する者が、きっとよりよき作品を生み出すのだと、彼ら身内にそうした確信を得る時間が流れる。
 しかしこの同じ面子で次回の席はいつになろうか。ともかく、この時間内で彼らに伝えねばならないアレコレを語るものの、たった1日では足りやしない。
 次回、再来日を果たす想田チームの訪れる11月〜12月のいずれかに、またこの会が実現するのか淡い期待を抱きながら、〆のうどんを一人すすっていた。

http://www.varietyjapan.com/news/
movie/2k1u7d00000ehb78.html

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2008年 10月 10日

AC/DC

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 雨だったり降り止んだり。
 ハキハキしない天候の中、雨に濡れるタイミングは上手く切り抜けた。
 今日の今日、最終構築しきったAC/DC記事を無事入稿。LED ZEPPELIN記事に近い種類の気合いの入れようで、ひとつの達成感を得る。
 この記事に最後の息吹を吹き込んでくれた、SPECIAL THANKS:漫画家:高橋ツトム。
 想いの強きロック・ファンの気持ちを代弁してくれる充実のコメントが乱暴に愛に溢れ、誠実だった。

 今日も出前で弁当の夕飯。
 連休でつぶれる1日を想定し、終電間際までデスク・ワーク。
 巨人がリーグ優勝の瞬間も、おいらは明日の仕込みで未観戦。

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2008年 10月 9日

『クエスト:探求者たち』#1映画監督 北野武

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 WOWOWで放映された「『クエスト:探求者たち』#1映画監督 北野武」鑑賞。(監督:篠崎誠)
 映画監督で大学教授で身内の篠崎誠ちゃんは、今年のベネチアにも密着していたのか。羨ましい。
 このドキュメント番組を撮った旨は本人から伺っていたが、それなりにポイントを押さえての撮影だったことを、映像を観て初めて知った。
 “ビートたけし”が映画監督“北野武”として衝撃的デビューを果たしてから、今年で20年の歳月が経過していた。
 オイラが初めて北野監督へインタビューしたのが、1996年のことだからもう12年も昔のことだ。
 1997年のベネチアへ同行し『HANA-BI』の金獅子賞受賞の瞬間を目の当たりにした。翌1998年『菊次郎の夏』の撮影全行程へ密着。1999年には同作品を持ってカンヌ映画祭へ同行〜っと、最も武さん熱にうかされていた彼の日を思い出した。
 今でも心の中ではあの日と変わらないテンションで已然として発熱中だが、北野監督のことを永遠に見つめてゆきたい気持ちは、「オールナイトニッポン」やら「ひょうきん族」などで、その価値観に気づかされて以来、なんら変わらない。
 
 昼下がり、駅ビルで見つけたバッグを購入し、九州の義母へ宅配贈呈。
 楽器屋を経由し、コミックス原稿を引き上げ帰社。
 終日デスクワークで、晩飯は出前のオムライス。
 渾身のAC/DC記事、9割方完成。嬉しい。

 深夜までの業務に一区切りをつけ、帰宅後、自宅でメロディックスピードメタルバンド:ドラゴンフォースを拝聴。
 来週にはラウドパークで来日する彼らへのインタビューを控えているので、なかなか疎遠だったこの手のジャンルの音楽を自分なりに租借しておこうと努力&準備。

 レコード会社担当者の強いモチベーションで引き受けた取材というのも、歴史的にいくつかあるが、色眼鏡はいけない。ギターの音色をきちんと聴き込み、真摯に向き合おうと思っている。

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2008年 10月 8日

欠陥ストラップ

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 後から睡魔にやられることを、床につき4時間後に目が覚めた瞬間、悟った。
 午前9時から、今週土曜日、撮影に使用する小道具のチェック。

 今回、ロック・バンドのシチュエーションで、ギターやらを使ったライヴハウスでのグラビア撮影を予定している。
 帰宅後、昨日購入したストラップをギターに取り付けると、最短の長さにしてもまだまだ鬼のような長さで、常識的に変。
 購入先の楽器屋へ。
 店員に実際にギターに取り付けてみてもらった。両手をだらんと下ろしきったところにネックとボディがある感じ。
 店員は170cm前後の標準的日本人サイズ。日本で販売するストラップなら、常識的に考えて欠陥商品だろう。このストラップを購入した人はどう使っているんだろう。ルックスのためにギターを下げるという範疇どころの低さではない。
 仕方がないので、どこかの店で、短くするための穴を空けねばと思っていたが、撮影用に3本購入していたので、店に相談し、サイズ調整の出来る他商品と交換してもらうことに。
 なんだか解せん。

 音楽人:Y&Tと飯。
 先日り録り損ねた某番組をDVDに入れてくれたYちゃんに大きく感謝。
 銀座から六本木と経由し、ワインバー:Bに落ち着く。
 音楽業界全般の情報収集に彼らは最強の身内で、いくつかの発表出来ない衝撃のニュースに驚かされる。来年、とんでもないライヴ開催の情報を得た!

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2008年 10月 7日

花粉症的劣悪コンディション

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 昨日1日の花粉症的劣悪コンディションはきつかった。
 パソコンを1行タイプする度に比例して鼻をかんでいた感じ。
 鼻炎の者が周りにもチラホラいるが、あれも花粉症なのか? 巷では流行っているのか? おれだけなのか?
 ほんのりと微熱な様相に陥り、完全に病気の一種という自覚症状。もう何年にも渡って。
 親父の仕事は杉の木ですらものともせず、バッサバッサと伐採する気質のマタギの木こりだったはずなのに…。
 その親父も晩年は驚きの花粉症になってしまったので、やはり世間で言われる通り、コップに水を注げばやがて溢れる様に、花粉免疫許容のコップが満タンになったら、症状が勃発するものなのか。
 どうでもいいが、何が哀しいでこんな力を入れて呼吸をしなければならんのか。

 今朝も鼻腔がむず痒いが昨日ほどの酷い有様ではなかった。そうだと寝起きにとても安心する。
 午前中からRちゃんとプチ格闘し、「ばぁーちゃん、ばあーちゃん、げんきぃ?」と言わせた最新動画を母親携帯へメール送信。もう誰に何を言われようが馬鹿親まっしぐら。

 ギター・ショップへ寄り、ストラップ、弦、ピック・フォルダー等の撮影小道具購入。

 記事構築にしこしこデスク・ワーク。遅めの飯にTさんと神楽坂。雨が意外に激しい。
 帰社し、午前0時上がりの原稿拝受。勤勉入稿で午前2時にはオール完了。

 今朝の、俳優:緒方拳の訃報には驚いた。

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2008年 10月 6日

覆麺〜Where The Light Is:John Mayer Live in Los Angeles

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 (知らんけど)売れっ子芸能人並みの、おいらにすればたったの4時間睡眠で午前7時起床。
 シャワーを浴び、外出の支度を済ませ都心へ向かう地下鉄へ。
 こんな日は、1日のうちのどこかで必ず居眠りする場面が来る。

 昨日から降り続けている雨なのか、小雨は延々続いている。
 午前8時過ぎに新宿へ向かう地下鉄は、激のつく混み具合。こんな時間に毎日通勤されるサリーマンの方々の、果てしなき苦難と大きな労力を改めて窺い知る。
 先ちゃんが昔描いた、乗客がギチギチに詰め込まれた電車車両の一部をゴジラがひょいとつまみ上げ、軽く火で炙って(確か)「人間の踊り喰い」と言って頬張る良く出来たシニカル・ギャグを思い出した。
 東京の心臓部を経由し、所用を済ませ、午前11時過ぎには編集部へ。
 夕べも遅くまで仕事だったせいで、今日が週始めの感じがしない。
 
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 編集部界隈の「覆麺」へ。
 入口にはこんな覆面があり、店員の2人は覆面を着用。厨房の正面部分には、「日本語はよくわかりません!ゴメン」という張り紙が貼ってある。
 時折、「了解」的ポイントで意味不明の「アンガーラ」という言葉を発する。味玉覆麺を食した。麺の量が多い。昼下がりだったので、少しだけ人の待ちもあったが、次回自分がまた行く気になるのか、今日の気分では判らない。早起きをすれば、いつもとは違う時間に思い切り腹が減るものだ。人間って現金だ。

 昨日入稿した漫画原稿の校正刷りを速攻確認。 
 仕事の手を止めないまま、デスクで『Where The Light Is:John Mayer Live in Los Angeles』を聴く。John Mayerは上手いな。テクニックもそうだが、何もかもが上手い。
 小憎らしい程にそつなく、さらりとクールに弾き歌いこなし、嫌みもない。
 これほどのバランスを有したシンガー・ソングライターはそうそう出会えない。ギタレレ弾いてるかな? 次回は前回よりもっと音響のよいホール(エンジニア)で聴かせてほしいぞ。

 デザイナーの告知ページを待つうち、宣言通りデスクで軽くオチる。
 出前のカレーを喰って満腹。眠い極地。今日はもうだめ。

投稿者 yonezawa : 20:51 | トラックバック(0)

2008年 10月 5日

Johnny , Louis & Char

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2008.10.5(sun)フラワー・トラベリン・バンド
“We are here” at 日比谷野外音楽堂
SPECIAL GUEST : Johnny , Louis & Char
Open 15:30 / Start 16:30
 
 どこかのサイトに小さな字で、たったこれだけが記されていた情報をたまたま見つけた。
 本元のオフィシャルを細めにチェックしていれば気づくのだろうが、チェックの機会が思いつきなので、全く気づかない場合も多々ありえるのだ。
 そのせいで、先日のスモーキー・メディスン公演なり、たった300人ぐらいのキャパで行ったと聞いた原宿クロコダイルでの:Johnny , Louis & Charライヴも見逃す始末だ。

 そろそろ上がるハズだった原稿が、このライヴ取材中に上がることが確定したので、予定を二転三転させ、ともかく会場へと駆けつけた。

 何年ぶりになろうか、解散ライヴの野音以来、生のJohnny , Louis & Charをとても久しぶりに観戦する機会を得た。
 Johnny , Louis & Charは野音が最もしっくりきて好ましい。
 昔と何も変わらない様相で、淡々と、懐かしいトラックが演奏されてゆく。
 中でも『カックラウド』『トライスクル』辺りの選曲がピリリと五感を貫いた。
 隣でRちゃんも拍手に会わせてリズムを刻んでいる。
 Johnny , Louis & Charの活動は、今後どうなるのだろう。音を出す機会があるのなら、力の限り出し続けてほしいと願うばかりのライヴ観戦全般であった。
 個人的に、チャーは、もはやストラトの方がしっくりくる印象だった。アンコールが「レストラン」だとは…。

 フラワー・トラベリン・バンドのステージを見終え、アンコールは断念し編集部へ帰還。
 雨降る中、Rちゃんはボンディへ避難。
 誰もいない編集部で上がったばかりの原稿35枚入稿。

 風邪は治った自覚だが、鼻風邪、いや花粉症の症状がバリバリであり、下を向くと蛇口をひねるように両方の鼻から鼻垂れ。慌てて両方の鼻腔をティッシュで栓。その隙に入稿作業、っと呼吸の出来ないまま、死にものぐるいでの作業が続く。

 裏受け付けのオジサンに「ご苦労様」と言い伝え、雨模様の中帰途についた。
 鹿児島の幼なじみ:Rから送られてきた運動会での彼の娘の写真を見て、その可愛らしさに驚いた!

投稿者 yonezawa : 20:50 | トラックバック(0)

2008年 10月 4日

パンチェッタ

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 快晴な1日。都心の大型公園をほんの数分だけ散歩。
 車を走らせていたら、Kからギタリスト:トミー・エマニュアル来日公演の情報が。
 トミーは日本のレコード会社に所属していないせいで、いつ来日するのか年中彼の英語オフィシャル・サイトをチェックしてなければ基本的に見つけられない。
 なので、この情報はとりたてて有り難い。
 ラッキーなことに18日横浜公演のチケットをKが確保してくれた。

 アコギストなら、古くはLeo Kottke、Doc Watson等、日本ではほとんど一般的には馴染みがないものの、本国では長きに渡って人気を博するミュージシャンが存在する。
 Leo Kottkeの映像は『Vaseline Machine Gun』の名演が最初の体験だったが、彼はジェフ・ベックの1歳下の世代で、若かりし頃の容姿と最近の容姿と同一人物なのか、最初は見分けが付けにくかった。
 同世代にもこうしたギタリストが(きっと)ゴロゴロ存在するのだから、ジェフ・ベックが語った「アコースティックは僕がわざわざ弾く必要はないよ。いくらでも優秀なギタリストが沢山いるからね」という発言の意味が理解できる。
 そう言えば、アルバム収録のアコースティック・パートも他のギタリストに弾かせるぐらい徹底してジェフはアコギを弾かない。

 治った風邪の名残がまだあるものの、どうにか通常のコンディションに落ち着いた。完治までに最も時間を要した印象。

 夕飯は久しぶりに地元のパスタ屋へ。以前、同級生のH山が美味そうに喰ってたパンチェッタのパスタに温泉玉子入りのサラダ&ジンジャエール。

 帰宅して、夜9時を回った頃、眠くて眠くて仕方が無く、午前1時過ぎまで爆睡。
 
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投稿者 yonezawa : 20:49 | トラックバック(0)

2008年 10月 3日

黒塚_アニメ化

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 週頭の発熱で眉間のあたりが赤くカサカサ毛羽立った肌になった。
 体調を崩すと、昔患った帯状疱疹の痕とか、アトピーのような質感の肌疲れのようなものが際立ち、身体が煙ったくて気怠く重い。
 パソコンに向かいっぱなし。原稿をタイプすること、その量半端でナシ。

 かつて、スーパージャンプ誌に好評連載されていた漫画『KUROZUKA-黒塚-』が、この10月より、アニマックス、BS11でアニメ化されることとなり、現在大特急で製作真っ直中。
 誌面でも今回2度目の告知を打つのだが、自身が入稿した作品がこうして別媒体で形を変え、作品化される様に関われることは漫画編集者冥利と言える。
 関係者の中からは、第一話の出来もかなりよき評判を聞いているので、完成作品を拝見する日がとても楽しみ。

 終日デスクワークの最中、見上げた時計は午前3時を回っていた。

投稿者 yonezawa : 14:04 | トラックバック(0)

2008年 10月 2日

ゴールデン街

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 昼下がり、都内某所にて昨夜ライヴ観戦したLEZ ZEPPELINへの面々へ単独インタビュー。
 ニューヨークからやってきた姉御たち、本家LED ZEPPELINを敬愛し、本気でトリビュートバンドに取り組んだモチベーションの高さを感じさせた。
 LEZ ZEPPELIN、サンキュ!

 遅い夕食は、フリーランスの編集&ライター:Mと久々のさしめし。
 馴染みの大将の店で空腹の腹を満足させ、ゴールデン街:HHで軽く1杯。
 河岸を変えようかと辺りをうろついてたら、先ほどのHHのYさんが通りかかり、「なんだ、次どこ行くの?」っと合流し、初めての余所の店でご一緒することになった。

 Yさんはおいらよりも19歳年上の、オヤジでも兄貴でもない丁度中間辺りの、団塊世代より少し上辺りの大先輩なのだが、とてもチャーミングな方だ。
 30年以上の歴史のあるHHに初めて訪れた瞬間、おいらは一目でYさんのファンになってしまった。
 今宵は偶然、しかも別の店でじっくり映画だなんだの話をする機会を得られ、とてもラッキー。嬉しければ病み上がりでも杯が進む。Yさんご馳走様!

 気がつけば還暦超えの大先輩共々、『神の河』で早朝を迎えた。

投稿者 yonezawa : 14:03 | トラックバック(0)

2008年 10月 1日

LEZ ZEPPELIN

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 熱に浮かされた青春時代の心模様を言い表す意味合いの「微熱」ではなく、風邪にかかった発熱を差す、そのまま「微熱」のコンディションのまま、立ちはだかる仕事に体当たり。
 熱に侵された脳のまま文章を書けば天才的な閃きがあるのでは!? っと淡い期待を抱くものの、勿論そんな都合の良い現象は起こらない。
 
 ああ〜昨日、伊丹兄から「松茸食い放題の会へ来んさーい」とお誘いを受けていたことが、とにかく心残りで仕方がない。大失態。
 その現場でたらふく平らげたと思しきマイミク:Iさんの日記は、もっと体調がよくなってから読むことにしよう。

 夕方から予定しているLEZ ZEPPELIN in 渋谷クラブクアトロ観戦のため、そこまで出来る仕事をずんずん推し進める。
 時間はあっと言う間に押し迫り、開演時間3分前に到着。
 関係者席の隣には、昨年ロンドンはO2アリーナで本家のライヴを共に観戦した音楽評論家の重鎮:渋谷陽一さん。
 ご挨拶を交わすと、隣にいらっしゃったこれまた音楽業界の重鎮らしきHさんをご紹介いただく。
 横並び(離れて3m)には、かなり異様なノリで観戦していた人がいて、ライヴ同様気になっていたが、ライヴは(良き意味の)想像したまま、ツェッペリンの美味しいところ取り的選曲で、彼女たちは魅せてくれた。
 ライヴには何の問題もなかったし、とても楽しめたコンサートの一つとなったわけだが、さきほどの向こう隣の日本人某客が、無差別に知らない相手に難癖をつけ、掴みかかり、明らかに一方的な喧嘩を仕掛けていた。ラリっている類の行動だ。
 一時そのスペースが混乱を招いたものの、最後にもみ合いになっていた外人客との、その後の展開は、ライヴ中だったこともあり、暗がりの中、判らないままだった。
 セイン・カミュ似の、その外人客はとても気の毒だった。

 さてLEZ ZEPPELIN、4人とも女性でありながら、健気なほどに一生懸命コピーに勤しんだだのろう。おいらもいくつか曲をさらった経験があるので、曲をそれなりの完成形に導くために、どれほどの鍛錬なりアンドゥが必要なのか判る。
 Wネックも、ダンエレクトロも、テルミンも、ドラもたっぷりツェッペリンしていた彼女たち。ホットだった。
 明日の彼女たちへのインタビューがとても楽しみ。
 それにしてもおいらのコンディション、発熱を引き摺らず、一応治まってくれてホッとしたぜ。

 終演後、ラーメンでも喰おうと考え、カメラ:若林広称(スウィープ☆)に電話しようと携帯を手にしたら、すでに彼は仕事の仕込みで帰社した模様。
 後、彼からメールが届いたのだが、そのメールにはこう書かれてあった。

「カメラを片付けていたら、鼻を噛まれて血を垂らしていた外人が『警察呼んでくれ!』って言ってきましたよ。」

 ライヴ会場目の前にあったつけ麺屋に飛び込む。
 丁度、おいらの直前で満席になり、食券を買ってしまったおいらは一瞬並ぶことに。
 すかざず店員に「食券は先に預かります。麺は温かいものと冷たいものと、どちらになさいますか?」と問われたので、食券を渡して「冷たい方で」と回答。
 最中、目の前の2人の客が「すいませ〜ん」定員を呼ぶ。「あの、おれは●●を注文して、彼は○○を注文したんですけど、このつけ汁、同じ味がするんですけど。この処遇に大して何か出来ますか?」といったクレーム。
 店員が空いたカウンター席に座れと言うので、言うまま座ったら、ほんの3分前の同じ店員が「食券をください」と言った。「さっきあなたに渡しましたよ。あなたに言われて」と回答。こんな狭い店で3分前のことを、この若い女性はもう忘れているのか!と呆れた。
 すでにこの店に入ってしまったことを大きく後悔。
 するとカウンターに並んだ別の客が「すいませーん。もう食べ終わるんですけど、味つきタマゴはまだなんですか?」と、結局何もかもこの店の手際は最低だった。
 店の配膳要員は、どこも見ずに何も考えずに、ただ存在しているだけの様を認識し、極力急いで食べ終え、店を後に。
 帰社後、結局午前4時までのデスクワーク。なんともノリの悪い1日。

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