2008年 09月 30日

意識がモーロー

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 年間を通してティッシュペーパーを最も贅沢に沢山使った日。
 薬のせいか、喉の痛みが半分ほどに落ち着いた感覚。
 食欲はまったく失せない。親の指導がよかったのか、これは昔からだ。

 それでも37度5分前後の発熱で意識がモーローとするため、極力横になっている午前午後。

 食事の時にメールを確認し、数件の案件に返信。
 深夜24時着で原稿取りに伺い拝受。さて、編集部へ向かおうと車内で鼻をかんだらいきなり右鼻から鼻血が。一過性のものかと思いきや、携帯ティッシュを全部使っても足りないほど。
 ギリギリのところで編集部へ到着した。

 ともあれ極力テキパキと入稿作業を終えた。微熱は明日で終わらせたし。

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2008年 09月 29日

風邪全開

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 寝がけより優れない体調の様相。両方の鼻が詰まっているのでなかな寝付けなかった。
 発熱を察知したので、汗をかこうと布団にくるまり、夜中一度全部の衣類を着替えた。
 喉の違和感、鼻づまり。確信を持った風邪全開の諸症状を自覚。
 どうしても送っておかねばならない原稿メールを送信する際、ブログを書き、只今午前11時54分。
 最寄りの病院に午後の診察へゆく予定。あーうっとうしい。

 小雨振りしきる中、車で最寄りの内科へ。
 体温40度。40歳超えの40度はなかなかしんどい。
 診察はものの1分。処方箋をもらい診察料1020円を支払い、近くの薬局へ。薬1週間分、900円。
 鼻水ズルズル。我慢を重ねているが、一旦咳き込むと喉に大きな負担がかかるような咳が連発する最低のコンディション。加えてこの雨は鬱陶しい。

 帰宅して即寝するものの、20代、30代の頃の高熱の“体感しんどさ”とは全然違う感じ。これがさらに高齢な方となれば、想像も出来ないほど過酷な状況になるのだろうなぁ。

 ともあれ、〆切りを切った内容のメールのやりとりは足止めする訳にもいかず、1時間おきにパソコンと携帯の送信・着信を繰り返し、いくつかの案件をそれなりに何とかまとめ上げる。
 原稿が上がらなければ今日は大人しく休むべと、夕方の時点で決意。

 予定していたレコード会社との打ち合わせを穏便にお断りさせて戴き、飲みの誘いを丁重に3件お断り申し上げた。
 病に伏せると、人間とはとたんに気弱になるものだ。それは年齢に比例しているのではなかろうか。

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2008年 09月 28日

喉がイガイガ

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 急激に冷え込んだ明け方、起きがけに喉の違和感を感じる。
 長袖のTシャツにジャージの下を着ないと肌寒い感じ。風邪のプチ初期症状か。

 午前中から午後3時過ぎまでRちゃんと部屋で過ごし、買い物に外へ。
 2軒の店舗に隣接する駐車場ではRちゃんと車内待機。
 飲んだ薬のせいか、眠気少々が襲う。

 こんな日は「鍋だ」とメニューは自然に決定し、帰宅後早速食材の切り出し。
 うー…、喉がイガイガしてやばい。

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2008年 09月 27日

2人っきりの1日

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 午前6時まで眠りにつけず、9時30分には起床してしまい、モーローとした午前中。
 やがて久々の、Rちゃんと2人っきりの1日がスタート。
 今日の昼・夜の食事の時間は、かなり正確なスケジューリングとなる予定。
 ふいにおいらの部屋にトコトコやってきたRちゃん。瞬間、部屋の香りに違和感を感じたかと思えば、嗅覚が捉えたままのオムツの様相。ご名答。
 お尻を綺麗綺麗にした後、正午までひたすらお部屋遊び。ルールは何もない。
 
 正午、野菜、豚肉類をアッシュ(みじん切り)した食材を用意し、肉野菜炒め&トマト・サラダ。ソーセージに卵焼き。ご飯は親指の爪大程度の海苔巻きを軽く一膳分。
 Rちゃんはドンドコぱくぱく平らげなさった。何とも説明出来ない穏やかでやんちゃな時間が流れる。

 食後、ご自身自慢のコレクション・1アイテムである「プーさんDVD」を観戦・凝視。腕には自分と同じサイズのプーさんぬいぐるみが抱えられている。テレビが見にくそうだ。
 おったん(私)がRちゃんを膝の内側に抱え、綿棒で鼻くそ取り。
 今日日、綿棒はオイルつきのものがあったり、粘着力のものがあったり多彩な物件もあるので驚く。
 こんな小さいの(Rちゃん)がいなきゃ確実に気づかない生活用品・知識を、この2年近くの間に色々知らされた。

 午後3時を回った頃、お布団の周りをコロコロ、ワサワサし始めたRちゃん。
 40分程度の時間を経て、やがて活動一旦停止。
 
 姫、問答無用の大の字で爆睡のお昼寝タイムに入られた模様。

 この隙にとばかりに、まずは大量のペット・ボトルと燃えないゴミを破棄。
 届けられたメールをチェックし、ヘッドフォンをつけて録画した未視聴の番組を数本観戦。
 電気も点けず、物音もたてない時間:2時間30分が経過。

 意味不明の擬音と共に、プーさんを抱えたRちゃんがリビングへトコトコやって来た。
 「そろそろ夕飯食べようね〜」と台所へ入り、シチューとサラダと椎茸類他の炒め物を調理。
 下準備もあったせいで、ほんの30分程度で食卓を盛りつけ、Rちゃん夕飯タイム。
 しかし、どういう訳だか気まぐれでいつも大好きなシチューを一口も食べない。「??」
 やむなく、他のメイン料理(ケチャップ味)を10分程度でこしらえ、細かく切り足したトマトも加え、恒例になってきた海苔巻きご飯をようやく完食。

 Rちゃん、部屋の中でも時には新調したばかりのくっく(靴)を履いたまま。
 自ら脱ぎたい意志のある時でなければ、許可無く脱がせるとものすごく怒られるので、チャレンジはしない昨今。
 DVDのジャケットにあるプーさんの載ったパッケージを指さし「プーさんね! プーさんね!」の連呼も恒例だ。

 夕方、ふいに中学時代の旧友にして親友:KHよりメールが。
 高校時代、KHが、現ニューヨーク在住の天平より購入したギター:ヤマハSEを、現在オイラが保管していたのだが、そのギターを彼の息子のために引き上げたいとのこと。
 「了解。待ってるぞ!」と返信し、午後7時50分頃KH到着。
 
 1年8ヶ月ぶりぐらいの再会となったRちゃん、一切意に介さず。この時期、男性がどうも苦手な様子の彼女。いじらしい。
 
 大好きなお風呂に入り、気持ちよくなった彼女と昼間以上にお遊びをして、ほんのり汗が出た。なんて充実した1日なのだろう。
 「子が親を育てる」意味を知り、1年9ヶ月以上の歳月が流れた。

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2008年 09月 26日

APPY 30th ANNIVERSARY JAPANIK TOUR

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 ロケンローラー:伊丹兄のお誘いを受け、8年ぶりのオリジナルアルバム「ジャパニック」をリリースしたSHEENA & THE ROKKETSのライヴ『APPY 30th ANNIVERSARY JAPANIK TOUR』観戦のため渋谷DUOへ。
 現地で嬉しい面子との遭遇もあり、ラッキー。
 
 YOU REALLY GOT MEが新鮮だった『真空パック』がシナロケとのファースト・コンタクトだった。
 かたくなにブラック・オールド・レスポール・カスタムを弾く鮎川さんはなんと還暦になったそう。
 シナロケの(オリジナル・ジャケット)アルバム『真空パック』は1979頃、福岡時代に購入したLPで、勿論現在も所有しているが、鮎川さんはあの頃の出で立ちと何も変わらないのではないか。

 30年継続することはともかく偉大だ。同じギターを引き続けることも同様に偉大だ。
 引率者の伊丹兄の心遣いに感謝しながら、残った仕事を片付けるために電車へ飛び乗る不義理なおいら。大きく後ろ髪を引かれる豪華面子を残し、実に悔しい思いをしながら現地撤退。
 
 入稿後、T氏と夜食を喰いに中央区の待ち合わせの店へ。
 まだまだライヴの耳鳴りが続いていたが、なんと10年以上ぶりだったか、話の腰を“揉む”シャックリが止まらなくなってしまったことが遺憾だった。 

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2008年 09月 25日

タモちゃん

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 インタビュー原稿がガシガシ上がってくるので、モリモリリライト作業。
 延々パソコンの前でパンチング。
 想像した仕上がり以上のクオリティでレイアウトが上がってくると、必死の仕込み現場で四苦八苦した甲斐があったものだと心が笑顔。

 デザイナー:タモちゃんの技量は素晴らしく、もはやおいらと阿吽の呼吸だと勝手に感じている。タモちゃん感謝、いつもご苦労さん!
 
 夕飯に思い切って丸長。いつもより商品を大量に注文してしまい、今年最も胃袋が腫れた瞬間を迎える。

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2008年 09月 24日

Bunkamuraオーチャードホール

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 ジェイク・シマブクロ渋谷Bunkamuraオーチャードホール公演へ。
 主にクラシック等の公演が行われるホールのイメージがある、ここオーチャードホールがジェイクの東京公演の定番になりつつある。
 会場は高校生ぐらいの男女から、上は50歳以上の年代の方から実に幅広い。女性客も少なくない。
 3Fまでの客席が開演直前にほぼ満席に埋まった。
 映画『フラガール』で、音楽ファン以外のファン層にもアピール出来たのか、ジェイクの東京公演は、客入りも内容も益々充実してきた印象だ。
 
 ウクレレ1本とは信じがたい恐るべき表現力に、美しくも迫力の旋律が背筋にガンガン電気を流してくる。
 おいらの大好きなアルバム『Dragon』を超える傑作として、先頃リリースされた新作『YEAH.』からのトラックが、おいらにとっては最も刺激があり、聴き応えのある場面だった。
 数曲ギターで軽くさらってみた曲を、想像した頭の中でウクレレのフレーズに被せてみる。
 そこで聴こえてくるのは、おいらの弾いたギターの旋律よりも遙か数倍、滑らかで色気のあるフレーズだった。
 あの境地に到達するまでに、人はどういった試練を乗り越えるのだろう。
 非の打ち所のないウクレレ・プレイにアンコールの最後の曲まで、心底圧倒させられ高揚させられたライヴを堪能。

 『five dollars unleaded』は超絶技巧で、『piano-forte』が美しすぎた。今日もジェイクはノーミスだったし自由だった。
 
 終演後、楽屋で再会を喜び合い、本日のプレイを労いホールを後に。

 近場の店で夕食を戴き、電車で自宅方面へ。
 駅に到着し、Z氏をお誘い近場で一杯。ラッキーにも貴重な時間を得、近況を伺った。そして、気がつけば午前5時。

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2008年 09月 23日

精神の活力

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 貴重な休日の1日だったが、結局夕方近くまで昨日の酒が残っており、機能せず。
 しかし、この代償が判っていても手の抜けない酒席は多々訪れ、精神の活力となっていくのである。まだまだ手を抜くわけにないかない。
 夕飯を戴き、Rちゃんとお風呂。
 日付が変わる少し前にくたびれた愛車を駆り、上がったばかりの原稿取り。

 帰社し、入稿を終え、雑務で午前3時を回った。
 帰宅途中、さして目的もなかったのだが、ふらりと24時間のスーパーへ立ち寄り、気まぐれに食材の買い物。
 九州へ帰省した際、最も楽しみにしているのが、おふくろとのスーパーでの買い物。
 日常の生活の中で交わされる会話が、この年になればなるほど有り難く貴重な時間だと痛感させられる。
 明日は待望のジェイク・シマブクロ来日公演。楽しみ!
 

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2008年 09月 22日

Jake Shimabukuro〜4人同窓会

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 なにげにテレビに出ていた、新婚ホヤホヤとかの女優:星野知子さんが女優:菊池桃子さんに見えた。似ているし、彼女若い(50歳!)。

 報道で知った千葉5歳女児死体遺棄事件に怒り心頭。小1男児殺害、母逮捕に震撼の憤り。
 今後益々、子供を野外でのびのびと開放させられない世の中だと遺憾。地域は関係ない。たまたま実行犯の居た地域が犯行特定の地域だ。

 昼下がり、自民党総裁選により麻生太郎幹事長が第23代総裁に選出されたことを携帯ニュースで知る。
 一部の韓国メディアは氏を「自民党の代表的な極右政治家」と位置付けているそうだ。
 氏の発言にもある景気対策も勿論大事ではあろうが、明日の命が不安な人々の救済が真っ先に優先される世の中に改革されるのか。
 外交において政治家の口べたは大変不利だと察するが、新総理の手腕はいかに。

 夕飯は、念願でもあったウクレレ・マスター:ジェイク・シマブクロさん&スタッフの方々と。
 彼の技量は言わずもがなだが、それに加えて人柄の素晴らしさはウクレレのスキル同様、舌を巻くほど感動的だ。
 会食だけにしてしまうのも勿体ないと、編集者・取材者の性か血が騒ぎ、やはりテレコを回す確認をいただいた上で、会の半分は超リラックスしながらもインタビュー的空間を設けることに。
 S社担当Kazyに、初めてジェイクの存在を知らされた時のことを思い出していた。
 「一度でいいから、米さん(ジェイクの生を)観に来てよ!」
 「ウクレレ奏者? 果たしておいらがカッコイイと思えるのかい?」
 疑念の気持ち半分で当時の渋谷公会堂へ伺った時のことを、おいらは2004年12月19日(日)の日記にこう記していた。

 「午後5時より開始。渋谷公会堂で行われた『ジェイク・シマグクロ』公演へ。
 ジェイクの近況は、S社:Kに何度も伺っていた。しかし、なかなかライヴ会場までにはたどり着けなかった。正直、そう期待していなかったアーティストだったのだ。しかし、その思い違いを今日の公演によってキッパリ知らされることになった。

 ジェイクのウクレレは圧巻だった。
 コード感の凄さと深さ。また、ジェイクのリズムの凄さを目の当たりにした。
 あのプレイがどれほどの根気と練習によって培われてきたのか、オイラにはゴツンと判る。テレビ等で見受けられた軽い感じ(失礼)のキャラは、もはやどういった意味も持たず、ひたすらに呻らされたひとときだった。」

 おいらはあの日、ジェイクのスキルを目の当たりにし心で泣いた。
 食事の合間にもウクレレを抱えたまま、ある曲の話題を振ると即座にその曲の構成を解説しながら弾いてくれるのだ。
 おいらひとりのために、彼はかしこまってバッハの『Bach Part-Two Invention No.4 in Dm』をノーミスで披露。圧巻。舌を巻く。
 
 ジェイクを影で支える関係者スタッフ諸氏との感激の談笑の時間も、温かい最高の空間だった。今日も感慨深い気持ちに包まれた、大いに泣ける夜だった。
 みなさま、心より御礼申し上げます。ありがとうござしました。

 感極まる会食を終え、急いで新宿三丁目方面へ移動。
 この後にも、初めて訪れる超重要な約束が待ちかまえていた。

 実に30年ぶりの再会を果たすこととなるYT、そしてジェイクの初ライヴ観戦も同行させた“あいつら”と待ち合わせる。
 熊谷のおちゃきいIKに、年中がら年中いかがわしいKK。この驚きの面子でまさか飲むとは、当たり前だが中学時代には想像すら出来なかった。
 
 YTとは中学時代、特に仲の良かったクラスメートだった。
 今も昔もおいらと奴との、身体の大きさ対比が変わらない。30年の歳月に互いの紆余曲折があるのは当たり前だが、初めて直に聞いた奴の数奇な運命も驚きだった。
 同級生でありながら、奴にはすでに孫がいるそうで、その孫はRちゃんよりも年上だった。
 
 遠慮などなにもナシ。感激と笑いの再会に包まれ、心からくらだない馬鹿話を満喫出来た、かけがえのない夜更けだった。

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2008年 09月 21日

たためるジム

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 無くなれば即ネット注文で補給する飲料水6箱に併せ、急に思い立ったマナデミアン・ナッツも注文していた。
 あまりの発作的注文だったので注文したこと自体を忘れていた。
 資料用の書籍にしろCDにしろ注文頻度が度重なる場合、いつ何を注文したのか判らなくなることもある。そもそも自分の趣味だけで注文する品に限らないせいなのか。
 仮に、事故で届かなくても気づかないケースがありそう。つまり記憶がいい加減だ。

 おいら不在の日にそれらの宅配便は届いた様子で、商品はすでに紐解かれ、部屋の片隅に3コのナッツ缶が陳列されてあった。
 雑用のため、ほんの数分間部屋を空け再び戻ると、横並びだったハズのナッツの缶が無造作に縦に3コ積み上げられていた。
 絶妙のバランスで積み重ねられていたその絵が、なんとも心を温かくしてくれた。

 夕方、かねてからRちゃんの存在を知っておられる近所の住人の方が、先方からのお気遣いで、すでにお子さんの成長でお役ご免となった部屋で使える「たためるジム(ジャングル・ジム)」を贈呈してくださった。
 なんと温かき心遣いなのだ。心遣いとは、戴いても贈呈しても気持ちのよいものだ。

 早速、届けられた「たためるジム」に友達のプーさんを引き連れ、何度も何度も登り降りを始めたRちゃん。
 ひとつひとつの行動を、身体をもって学習する様が“愛おしさ”という言葉では足らない程に心を温かくさせる。
 「ぱぱ」も「まま」も「(11月に再会する)ばあちゃん!」も「おったん」「いいよ!(OKの意)」も「美味しい!」も「どうぞ」「プーさんね!」「わんわん!」…っと、もはや一概に書ききれないほどの量となった可愛らしい単語が、今日も部屋中に響き渡る。

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2008年 09月 20日

西新宿

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 休日返上で今日も仕事。
 夕方19時、西武新宿駅界隈の待ち合わせで、某ライヴハウス2軒のロケハンへ。
 編集:I、デザイナー:Mちゃん、お初のフォトグラファー:Tさん集合。

 思い描く誌面の映像を踏まえ、数十分のロケハンと打ち合わせで、タイ料理屋:バンタイへ。
 車でやってきたおいらは不覚にも1人だけ飲めず、どうしていいか判らないままウーロン茶を3杯。
 久々の辛い品々を豪快に平らげた。
 後輩ながら、常に的確なアドバイスをおいらに投げてくれるMちゃん、新たな企画を温め、常に斬新なチャレンジを目論む編集:Iの野望はとても心地のよいものだった。

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2008年 09月 19日

念願の面子4人が集結

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 おいらがバイト編集者になった日から、フロアの先輩となったMMさん、MTさん、SJさん。実に懐かしき日々。
 あれから丁度、20年が経過していた。

 ともかく、初の本格招集で「SJさんを元気づけようじゃないか」と、今宵、おいら念願の面子4人が集結。
 MMさん、MTさんに至っては、まさに20年ぶりの再会となったそうだ。
 何だかんだ言っても折に触れ、おいらは個人的に彼らそれぞれとの再会を、おいらのわがままのみで果たしては来たが、仕事の持ち場が別れ、中継する者がいなければ人と人はなかなか再会に踏み切ることがないのかもしれない。
 20年前、彼らの大きな魅力の具体的な根源が明確には判らなかった。しかしこの4人しかなかった。あの時代を思い起こせば、ベストの面子は、おいらにとっては今日の4人なのだった。

 最近は、どの席に招かれてもほとんど年長なおいらだが、今夜は年少であり、相手は酒の席で最もやんちゃをさせてくださる3人の諸先輩方。
 そんな、たった1日の時間が勿体ないと速射砲のように語り合い、2つの激美味鍋奉行を担い、よりスムーズな酒場の演出をと、オイラ自身のために最善を尽くした。
 
 利害のない間柄でも、とにかく会って酒を組み交わしたいと願う存在。それがかつての先輩という幸運。
 この年齢になれば、その理由が確信を持って徐々に明確に見えてくるのだった。彼らは、おいらの何十倍も博学で、おいら好みのセンスを有する諸氏に他ならない。

 めっきり白く、見た目お爺ちゃんになっちゃった2人。&年長で孫が2人もいる本当のお爺ちゃんは、見た目が20年前と寸分変わらない。本気で変わらない。

 抱腹絶倒の夜だった。

 仕事を残しながらもお付き合いくださった、常においらに最高のアドバイスを贈り続けてくださるSJさん、ライヴには常に足を運んでくださり、遙か昔の20年前から銀座&下北沢:小笹寿司やら、神保町:ボンディに連れて行ってくださった飲み達:MTさん、当時ランチ・タイムには、貧乏なおいらを連れ、近所の定食屋でいつもご馳走してくださり、映画の魅力を自然体で教えてくれたMMさん。

 よくもまぁ、こんな50前後の老眼オヤジが集い、明け方までお付き合いくださったものだ。
 次回の再会も俄然楽しみながら、その際、オプションにビリヤードやらボウリングという提案が出ているのが少し不安なおいらだ。

 A.キアロスタミ監督と北野武監督と「像の足跡」のエピソードが伝えられておいら大満足。
 お3方、最高。大感謝でした!

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2008年 09月 18日

酷似

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 2008年9月16日添付のラーメンと大変似ていますが、今日の深夜に喰ってしまったラーメンでした。あしからず。

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2008年 09月 17日

ライカ製

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 昼下がり、アニマックス・チャンネルで放映する、番組宣伝の映像収録のため、江東区はN先生の仕事場へ。
 クルー3名が機材を搬入し、瞬時に仕事場がインタビュー・スタジオの空間に。
 デジカメのメディアはおいらが使っている家庭用カメラと同じDV。テープの種類は、映像と言う部分に関してはほとんど同じらしく、他のメディアに移行させる場合などに、ブロック・ノイズ等が出にくい出やすい等の差が生じる程度とのこと。
 つまり家庭レベルではデジタルであれば、最も安価のDVテープでよいのだそうだ。
 パナソニックのデジカメに搭載しているレンズは、なんとライカ製。
 同行のNさん、カメラには目がない方なので、おいら同様、撮影準備の狭間にカメラ周りの物色に忙しい。
 どこの世界も絵描きは絵描き、撮り屋は撮り屋(とは言わない)といった案配の、プロの所業を目の当たりさせられる。
 N先生、メディアへの顔出しは今回、確か本邦初公開。
 一連の報道がなされれば、今日のインタビュー素材はかなり面白いシロモノとなりそう。
 カメラの後ろでかなり手応えを感じていたおいらなのだった。
 
 帰社し、乱雑するデスク周りの整頓1/3。またしても確定に導くインタビュー取材の仕込みに追い込みをかけ、関連セクションへの通達開始。
 
 中目黒でK社:Sと久々の乾杯。
 地元に引き上げ、S先生と偶然遭遇し、猛烈に漫画談義。

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2008年 09月 16日

Avril Ramona Lavigne Whibley

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 FMのエア・チェックなど、も何年もやってないのでラジオをかけることすら日常ではない環境ながら、編集部のリスナーに聞けばそれぞれ聴き続ける番組がある模様。
 信頼のあるデザイナー、編集者が、大竹まこと、北野誠、伊集院光等の番組を即答してくれる。
 毎週毎週、なんだかんだで休日は聞き逃しがちなので、毎週日曜日:午後7時からのj-wave「classycafe」だけはタイマー録音しておこうと、初めてオーディオのタイマーをセット。
 
 アヴリル・ラヴィーンin東京ドーム、オープニング・アクトに大塚愛、パフィら登場した模様。観戦した者によれば、アヴリルは1時間少々のステージしか見せてくれなかったそうだ。

 最終の地下鉄に無事飛び乗り、編集部へ。
 ニューヨークの最も羨ましい環境のひとつは、夜中何時でも電車が走っていること。先進国の中でも先端を駆け抜ける母国日本は、こうした肝心な部分が最もおざなりだ。

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2008年 09月 15日

かき氷

 ここのところ様々な場所で出る話題だが、日本は完全に熱帯化の道を辿っているような気がする。
 通り雨は完全にスコールのような降り方だし、昨日成田に降り立った瞬間、真っ先に感じられたのは明らかに湿気たっぷりの、昔の日本には感じられなかったような質の湿度。
 ゆったりとだが、昔1度だけ仕事で訪れたサイパンのような質感の湿度に近づいているかのよう。
 冷房がいるのかいらないのか、この時期にしてもまだ判りにくい妙な湿気の1日。

 結局、注文した「かき氷器」をキャンセルし、近場のなんでも屋で同じ機種のソレを購入。
 自宅でゴリゴリかき氷を作ったのは30年ぶりぐらいじゃなかろうか。
 また安物感たっぷりの物件ながら、きめ細かい氷がワラワラ出てくる。すぐ腕が疲れるけれども。
 お中元でおふくろが贈ってくれたカルピスを氷にまぶし、子供のようにワシャワシャ喰らう。
 小学生時代、毎年夏休みには我が家を訪れる従兄弟連中らと、賑やかにご飯を食べ、おやつを喰っていたものだった。
 時代と言えばそれはそうだが、あの頃のなんとも言えない記憶は懐かしく、現代における環境とはえらく変わり果て、かけ離れしまったことを思い、やがてノスタルジックな気分に。
 
 奈良の従兄弟:太がまだ4,5歳の時分、彼の飲んでたカルピスを横取りしようと、隣からストローを突っ込んで、軽く飲んでみたら号泣されたことを思い出した。
 一生言い続けるエピソードのひとつだな。

 本日放映されたBOXINGトリプル世界戦、WBAミニマム級:新井田豊は残念。試合内容はとても高度な技量の応酬でもあった。結局、終始プレッシャーをかけてきたゴンサレスが一枚上手だったか。
 WBCスーパーバンタム:西岡利晃は5度目の世界挑戦で悲願達成。よかったよかった。圧勝の内容とはならなかったものの、リングで娘さんを抱きかかえた時の姿に最大の歓びを共感した。
 WBAスーパーフライ級:名城信男は2−1の判定で勝利。
 
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▲注文した「かき氷器」にあらず。

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2008年 09月 14日

業務再開

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 時差は、昨深夜いつものように午前5時前後に就寝したことで帳消しになった。
 日常の編集部で居眠りをしている様が、すでに時差があるような状態であることをうかがい知る。
 携帯とパソコンに到着するメールへの返信に午後を費やす。
 依頼していた業務のあれこれを確認。こぼれた事項はないか、届けられたメールを数回チェック。
 先週、デザイナーに送っていたつもりのテキスト原稿が送られておらず、明日以降送り直すことに。再三確認したはずなのに、やはりこうした穴が生じる。
 1週間前に先行して着手した記事だったので、つまり通常の時間軸の作業となるだけなので問題はないのだが。
 でも少しガッカリ。帰国したタイミングで、ゆとりのある原稿のラフを見ることを楽しみにしていただけに。
 
 Rちゃんのためにネット注文した「かき氷器」の発送日が理由なく再三に渡って延期。完全にタイムリーな季節を逸してしまった。
 サイトを見ると売り切れではなく販売しているので在庫はあるのだろうが、理由がわからない無責任な状態のまま、待機だけが続く。 

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2008年 09月 13日

帰国

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 成田には午後5時到着。
 換金を終え、高速バスを待ち、最寄りの駅に到着し、自宅に着いたのは午後8時を回った頃。

 NYのホテルを出てから、正味通算22時間(行き20時間)を経てようやく我が家へ到着…の計算となる。
 現地での取材時間はきっかり30分。
 かけがえのない歓びを得る代償として、アメリカ及びヨーロッパへ赴き、取材を敢行するという行動は、2日弱の時間をつぶすことに果てしなく近い。
 

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2008年 09月 12日

22時間

 午前6時と8時に起床。2度寝。
 寝過ごしがちなおいらを見越した、MとTさんより交互にモーニング・コール拝受。感謝!
 午前9時過ぎチェックアウト。タクシーでJFKへ。

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 道中は都心を離れれば空いており、移動はすこぶるスムーズ。
 運転手は耳に小型のクリップ状の機器を搭載しており、まるでSF映画の小道具のような出で立ちで会話をしている。
 その様が、まるで独り言を言っているようで、事情が判らないと恐い。
 NYのドライバー限定なのか、携帯電話のひとつがアレなのを知る。

 また、後部座席センター正面にはモニターが搭載され、自分の行きたい場所を表す地図も表示出来る。
 さらに、支払いの際、カードを横にスライドさせ、あらかじめ決められた3種類のチップの中から選択出来ることになっており、合計額をカードで支払えるシステムにもなっていた。
 レシートは運転手より拝受する。
 東京でも見たことがないな、これと寸分同じ環境は。

 空港でもスムーズなチェック・インを終え、東京では滅多に喰わないマックのハンバーガー&コークで腹を満たし、免税店で最後の買い物。

 免税店で購入した品は、搭乗する直前の通路で受け取るシステムとなっている。
 さて、ここから行きよりも2時間追加の、14時間2分(予定)のフライトが始まった。

 帰途の機内で見た映画は『歩いても 歩いても』の、行きで見られなかったエンディングまでの20分、『近距離恋愛』、女性に超話題の『SEX AND THE CITY』、『ウォルター少年と、夏の休日』、『ブレード・ランナー』、それにショート・フィルム『Hajime』、『80°aist for birdland』、『The Heisenberg Principle』、さらに『アフター・スクール』の半分だけ観戦で着陸態勢に。

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2008年 09月 11日

 正午に目覚め、シャワー。
 どういうわけだか室内間の電話が不通で、セフティ・ボックスは故障。
 滞在時間がわずかだったので見逃したが、高級ホテルの割にやや不満。日本人は優しいもんだ。

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 午後2時、軽くサンドウィッチとジュースを食すが、残酒のせいか妙に喰い足りなく、パックにバイキングで詰め込めるスーパーの食材を探し当て、部屋飯。
 
 夕方、天平からの電話で起床。その電話の10分後の午後7時に彼は部屋に到着した。
 彼勤務先のオフィスが、ホテルからわずか2ブロックしか離れていない場所にあったそうで、夕食までのわずかの時間を過ごす機会を得た。

 NYよりもむしろそれ以外の地域を飛び回り、主にドキュメントの映像を担う彼の記したブログは、おいらの、とある場面の教理ともなっている。
http://blog.goo.ne.jp/tempei/
 
 午後8時、南下したブロックでSKお薦めのイタリアン。
 この日も、初日同様、梯子せずにホテルへ帰還。則寝。

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2008年 09月 10日

Angus Young〜Akiko Tsuruga

 午前9時起床。
 何も考えずホテルのモーニングを頼めば、tax抜きで$35以上の価格。
 宿泊費を踏まえれば妥当な数字なのかもしれないが、庶民の感覚なら異常な金額だ。

 AC/DCの取材時間はまだ確定しておらず、しかしながら午後4時以降ではあろうと言うやりとりを踏まえ、時間までホテルから徒歩で近くのデパート他を散策。
 おいらが用事のあった場所は圧倒的にディズニー・ショップで、この店で$100以上消費。やむなし。プーさんアイテムは、もはやかなり制覇出来たのではなかろうか。

 数時間後には、あのAC/DCのアンガス・ヤングとの対峙が待ちかまえている。しかし不思議と直接的な高揚感は、まだまだ感じられず。

 Mの友人:Aちゃんと合流する少し前、信号待ちの男がギブソンのハードケースを抱えていたので、そこに貼られていたガムテープの文字を読んでいた。ふと男の隣を見たらば、なんとあの男が。
 AC/DCのヴォーカリスト:ブライアン・ジョンソンが早歩きでソニービルに向かっていたのだった。
 なかなかスリリングな遭遇だ。

 AちゃんはMと同様、ニューヨークの大学を卒業し、そのままこの地に根付いたそうだ。
 これまでMの紹介する友人諸氏に悪者はおらず、例外なく魅力的な人々ばかりであることが、Mの株を益々上げることに。
 ウィンドウ・ショッピングの最中、マンハッタンの路上でAちゃん、なんと$20札めっけ!
 今回の取材はきっとついているに違いない。

 午後3時30分、ロビー集合後、再びソニーオフィスへ。
 スタッフと打ち合わせするものの、取材の確定時間はまだ出ない。

 果たして本人は来るのか、来ないのか? 「いや先ほどブライアン見たし」と先の読めない展開を抱えたまま、ともかく取材場所の会議室周りで待つ。通訳の方と軽い打ち合わせをしつつ、ケータリングをつまみながらひたすら待つ。
 
 電波媒体の取材には、あのヘヴィメタル・ハードロック(HM/HR)界の重鎮にして、日本におけるこのジャンルのパイオニア的存在とも言える伊藤政則氏。
 昨年12月、ロンドンTHE O2アリーナで行われたLED ZEPPELIN公演以来の再会を、この地で果たした。
 
 やがてアンガスおつきのスタッフがやってきた。「あと数分でアンガス到着します」とアナウンス。
 そして午後5時30分、ついにアンガス&奥様、幹部スタッフ到着。
 インタビュー取材の1本目は動画撮影のある政則さん。取材部屋のドアが閉まった。

 そして持ち時間きっちりの30分後、午後6時よりおいらの取材スタート。政則さんと入れ代わるように、別テーブルにセットしたテレコ類のスイッチをオン。

 あの、アンガスがすぐ目の前に座っている。
 まずは昨日の試聴会で、おいらが率直に感じた音色への感想を挨拶代わりに伝え、それを受けた彼は優しい瞳で微笑みかけた。

 質問内容は、昨日音源を聴いた後、すべてを差し替えた。事前に用意した質問はほとんど破棄し、汚いペン字でコピー用紙に書き記した、おいらの身体から滲み出た新たな質問を主体に質疑開始。
 限られた取材時間故、英語通訳の返しナシで回答を得、ともかく矢継ぎ早に質問をくり出す。これ以上、スピーディーな質問は出来ない程に。一言でも多くアンガスの言葉を引き出すべく。

 ジェフ・ベックの取材時、あるいは北野武監督の取材時にも感じた、ほのかな緊張感の中に感じられるとても温かい空間の揺れを感じていた。
 そして、シーンシーンで取材空間は笑いの瞬間へと変わっていった。

 結論、想像した通り、アンガスもロックの神様の一人だった──
 そう確信出来ただけでも、半日以上の空路を経て遙々やってきた甲斐があったというものだ。そして、同時になんとチャーミングなマインドを持ったロケンローラーなのだろう。
 
 史上最強の大音量でHigh VoltageなサウンドをブチかますAC/DCのアンガスのイメージとは裏腹に、彼は終始優しさに満ちあふれていた。
 なんたる素晴らしさ。なんたる奧深さ。なんたる偉大さ。

 約束の30分間をフル活用し、自身のインタビュアーとして全てを出し切ることが叶った取材空間となった。
 「The only tone in the universe.」このフレーズは、ジェフ・ベック同様、アンガスにも共通するものだ。

 取材中、終始高揚感を感じていたおいらは、少し発熱していたかもしれない。
 取材後の撮影にも全面協力のアンガス。もう感無量。

 ご一行様をエレベータまで見送った後、スタッフと安堵と成功の拍手。
 今日の酒が飛びきりのモノになることが確定した。

 夕食のため場を移動。関係各者諸氏と中華料理を囲む。
 NY在住の天平が、この席に参加してくれたことは感激だった。
 数本の赤ワインを胃袋に収め、おいらと天平はハーレムへ消えた。
 たった一夜しか遭遇出来なかった忙しい日程の中、無理からめぼしいライヴを天平がチョイス。
 
 深いハーレムの地。到着した店では軽快なジャズを堪能。
 鍵盤奏者は天平の友人であり日本人プレイヤーのAkiko Tsuruga(敦賀明子)
http://akikotsuruga.com/Jindex.html

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 一聴しただけで、彼女の有する粋なスキルがじわじわ伝わってくる。さらに曲が進行し、小節のとあるウェーヴが訪れるとその印象が確信へと変わる。
 彼女に表現出来ないリズムもスゥイングも一切なさそう。
 敦賀明子は国内ツアーも行うようだ。
http://akikotsuruga.com/Jschedule.html

 午前3時〜4時、泥酔にはならずホテル帰還。

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2008年 09月 9日

go to 成田〜ニューヨーク

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 ▲写真は、昨日宮本笑里ちゃんが持参した
  極上バイオリン。
  価格は恐ろしくて伺えなかった。
 
 タイマー音より1時間早めに目覚め、外の晴れぶりを確認しながら起床。
 午前7時30分発の高速バスで成田国際空港へ。
 成田手前のインターで、乗客全員のパスポートを税関員が事前検査するのだが、パスポートを、1人の客が預けた荷物に入れてしまっていたせいでしばしの足止めをくらう。
 バスの乗客は満席。運転手曰く「マジかよぉ〜まったくぅ〜」荷物置き場の奧の奧から搭載した荷物をエンヤコラと引きずり出し、所持確認。後、ようやく空港到着。

 ANAカウンターでS社:Mと合流。
 チェックインと保険加入を終え、出国審査を終え、サンドウィッチとマンゴージュースを飲んで11時発NH0010便へ搭乗。

 フライト予定時間は12時間45分。

 近年、エコノミーでも機内での映画鑑賞はすべての席がセパレートで鑑賞出来るシステムになっており、その辺りは便利。
 定時に一斉放映の時代のように、途中から映画を観ることがなくなった。

 『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』『スピード・レーサー』『半落ち』『ベガスの恋に勝つルール』『歩いても 歩いても』を矢継ぎ早に鑑賞。状況故、居眠りを挟みつつ。

 苦痛以外のナニモノでもない半日以上もの時間をかけ、ようやくJFKに到着。
 外は雨模様。
 
 飲料水を、同行者の分も含む$16ちょい分購入(2本×3名=6本)し、タクシーで宿泊ホテル『The Roosevelt Hotel』へ向かった。13時15分到着。
http://www.theroosevelthotel.com/

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 荷ほどき後、1時間の仮眠を経た16時過ぎにロビーへ集合し、ホテルより10ブロック程度の距離にあるソニー・オフィスへ徒歩移動。

 NYへは5年ぶりぐらいだろうか。
 泊まるホテルもストリートもまちまちだし、終われば何も記憶しちゃいないので、通算3〜4回訪れているものの何の土地勘すりゃありゃしない。

 ソニービルには身分証明書(パスポート)を持参。オフィスの19Fに上がり、SKと2月以来の再会を果たす。
 丁度1年程度のNY勤務を経た彼女だが、もう完全にアメリカで働く女性の赴きを感じさせた。

 AC/DCの新作『BLACK ICE』全曲をこのタイミングで初めて拝聴。
 一足先に聴く機会を得たおいらが自信を持って書き記すが、新作の音はとてつもなくよい出来だ。
 AC/DCの歴史の中でもベストの仕上がりだと言っていい、本気の内容を確信した。自信を持ってプレゼンしてきたソニー・ミュージックの意図も重々理解。
 この世に現存するファズ・ギターの音色で、この音色を超えうる音はなかろう。
 きっとSGとマーシャルの単純な組み合わせなのだろうが。ここら辺も明日、掘り下げて伺う予定だ。
 
 ライター:Tさん、ソニー:M、Rちゃん、CC誌のKくんらと明日の打ち合わを兼ねた食事会へ。
 各々それぞれの時差を抱えつつも楽しき夕食を終える。
 赤ワインで、ほどよく気持ちよくなったおいらも、梯子酒することもなく大人しく部屋へ。

 明日のことを考えれば賢明ではあった。

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2008年 09月 8日

村治佳織×宮本笑里

 結局、ろくに眠れないままの早朝、クラシック界究極の2大美女=ギタリスト:村治佳織×バイオリニスト:宮本笑里:特別対談の都内某所スタジオへ。

 彼女2人同士は、すでに村治さんのJWAVEラジオ番組 http://www.j-wave.co.jp/original/classycafe/ 等で何度かの共演を果たしており、すでに仲良しの間柄ということもあり、今回の対談企画はスムーズに事が運んだ。
 共に新作リリースのほどほど近かったタイミングも手伝い、S社:Sの提案に加え、おいらの企画と合致したタイムリーなタイミングが功を奏する結果に。
 つまり、おいらのわがままも幸運にも実現することとなった。

 お二人には午前9時スタジオ入りしていただき、10時過ぎよりシュート開始。
 白黒の色彩に包まれた2人の出で立ちが神々しさを放つ。
 安易に隣に誰がが並ぼうものなら、とたんに品格の落差を自覚することになるだろう。
 決して大げさな表現ではなく、彼女たち自身から感じられるオーラは、そんな表現がしっくりくるのだ。
 昨日の夕方、突如として降り出したスコールの瞬間はかなり落胆していたのだが、今日の太陽は早朝から彼女たちを最大限に演出する目映い光を放ってくれた。

 程よきペースで進行するシューティングはもはや完璧。ジャケ写の撮影と錯覚するほど、キマるシーンがフレームにバンバン収められてゆく。

 予定よりも前倒しで対談&インタビューをおよそ1時間弱。
 自然体な受け身で真摯に質疑に応答してくださる彼女たちとの時間がゆるやかに流れる。
 二人の創造する音楽、そして彼女たち自身と出会えた幸運を再確認する、実に贅沢な瞬間でもあった。

 遅れて到着した、ややご機嫌斜めのRちゃんを彼女たちに紹介出来たことも、おいらにとっても、将来のRちゃんにとっても重要な思い出になった。
 村治佳織ちゃん&宮本笑里ちゃん、本当にありがとうございました。関係者各位の皆様方、ご苦労様でした。

 そしてそして、明日午前の便でおいらはニューヨークへ。
 奇跡の単独インタビュー敢行。ジェフ・ベック、北野武以来の高揚が全身を包み込む。
 
 ついについに、AC/DC:アンガス・ヤングとの邂逅を果たす。
 更新は帰国後の13日以降。NY顛末、乞うご期待。

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2008年 09月 7日

BECCA

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 荻窪から国会議事堂前で千代田線に乗り換える際、美人バイオリニスト:宮本笑里の特大ポスター発見。都内各所に、とんでもない大きさのポスターが張り巡らされている模様。
 セカンドアルバム「tears」の発売を記念したプロモーションの一環。
 このアルバムは広大で優雅で品格が高く、ポスターのコピーにあるまま、まさに「世界遺産級」
http://playlog.jp/emirimiyamoto/blog/

 晴れ渡る午後の昼下がり、都内某所でアメリカの女性スーパー・ロック・シンガー:BECCAと初対面。
 11月5日にリリースされる、彼女のファースト・アルバム『ALIVE』の出来は120点。
 内容は、パワフルでメロディアスでツボを抑えた充実の仕上がりだ。19歳の女性シンガーと言われなければ気づかない程、わびさびを感じさせるテイストにつつまれた秀作に仕上がっている。
 2種類の衣裳チェンジの中で幾つかのシチュエーションを試み、シューティングを終えた。
 
 撮影の合間、現場でなんと女優でピアニスト:松下奈緒ちゃんに贅沢にも偶然遭遇。
 とんでもない多忙なスケジュールの中、近況を伺えば彼女は新作の創作にも取り組んでいるそうだ。

 BECCAチームとミーティングルームへ引き上げ、正味40分のインタビュー。
 彼女はとても気持ちのよい、可愛らしくも正真正銘のロッカーだった。
 編集:U差し入れのテントウ虫ケーキが大好評を得る。

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 帰宅途中、最寄り駅に少し前から突然の土砂降りに遭遇。
 一旦、帰宅した後、急に思い立った荻窪:丸長の夕飯を実行するべく車を飛ばす。
 今日のつけ麺の出来、完璧。大満足。デザイナー:小林満には遭遇しなかった。

 夜、先ちゃん仕事場でスーパージャンプ20周年のお祝い記事用イラスト&肖像写真を確認。先ちゃん、ご苦労様。

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2008年 09月 6日

極めて平穏

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 起きたらRちゃんと2人きり。
 頬をペタペタと打つRちゃんのお手々の感触で目が覚めた。
 夕飯まで、2人でプーさんやらワンワンやらをDVD鑑賞し、極めて平穏な1日が流れる。
 深夜まで明日、明後日、明明後日からの日程を確認し、午前3時に床につくが素直に眠れず。
 

投稿者 yonezawa : 19:24 | トラックバック(0)

2008年 09月 5日

横浜FM

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 横浜FMのDJ:田邊香菜子さんとは2度目の遭遇だった。
 これまで出会ってきた、あらゆる女性音楽関係者の中で、彼女ほど何の躊躇もないままロック談義をぶつけられる人はいなかった。
 海外での生活も経験されてこられた彼女の音楽スキルは、英語の語学力同様、とてつもなく強大なものだった。
 デーヴ・マシューズ・バンドのことも、ザ・スクリプトのことも、中村蕗子のこともごちゃ混ぜ、お構いなしに語り尽くし、どこまで行っても話題が途切れない稀な音楽人とのひとときだった。
 つい先日、池上本門寺でのイベントで初めて見た、「あの、スーパーフライのような出で立ちのビジュアルで、名前は忘れたんだけど、なんたらというシンガーが…」と、あるシンガーの話を振れば、「そのシンガーは多分、多和田えみ!」と見事ご名答。
 とにかく今夜は舌を巻いた。

 田邊さん、ノン・アルコールで深夜までおつきあいくださり、その足でなんと(先ちゃんらが連チャンで飲み空かす)吉祥寺の闇太郎まで送迎してくださり、重ね重ね大感謝。
 ご苦労さまでした。

 翌日になれば、さぞ後悔の念に包まれること確定の、連続二日酔い確定な夜更けに沈んだ。

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2008年 09月 4日

片腕マシンガール

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 ジョアン・ジルベルトの来日公演チケットをNさんより中継、拝受。安堵。Nさん、いつも感謝!
 夕方、カナダ大使館で開催された、ダニアル・パウターのショーケース・ライヴ観戦へ。
 ダニエルと最初の邂逅も、ここカナダ大使館だったように記憶している。
 女性中心の観衆が集い、新譜の中からも数曲お披露目。
 シャイでお茶目なダニエルは今日も変わらない。
 
 終演後速攻で、池袋シネマロサへ移動。西口は独特の風情を思わせる街並みだ。
 すでに映画は開始して40分ほど経過してしまってはいたが、江口寿史兄がメインビジュアルのポスター等で、キャラクターのイラスト化を担った『片腕マシンガール』(実写映画)を残り時間全て鑑賞。

http://www.spopro.net/machinegirl/

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 映画終わりには、ゲストの先ちゃん、井口監督らによるトークイベントが。
 
 先ちゃんは、来場する仲間とらとビールを飲みながら鑑賞するつもりだったようで、5〜6本の缶ビールを持参されていたものの、結局誰も、1本も飲むことはなく上映は始まってしまったようだ。なんて優しい先ちゃんなんだ。他の連中は解せん。
 関係者と近場の居酒屋で打ち上げ乾杯後、吉祥寺に河岸を変え、いつもの闇太郎で午前様。
 おいらは早朝5時に引き上げたが、彼らの宴はさらに続いていた。  

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2008年 09月 3日

至極取材前夜

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 晩飯と打ち合わせに西麻布、新宿。
 やることがきっと来週月曜日まで終わらない。
 明日、決まればとんでもない取材打診のジャッジが確定する。

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2008年 09月 2日

C-lebrity

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 クイーン+ポール・ロジャースの新録シングルが届いた。
 タイトルは『C-lebrity』。

 ワン・アンド・オンリーなギター弾きは世界中に何人か存在するが、この人のハンドメイド・ギターのファズ・ステレオ・サウンドも半端なく個性的だ。
 懐かしさがこみ上げる、誰が弾いているのか即バレ音色の代表。

 ブライアン・メイやポール・ロジャースやロジャー・テイラーが「この面子で、是非とも新作を作りたいと考えているんだよ」
 以前、埼玉スーパーアリーナのライヴ会場控え室で語っていた彼らの言葉が、こうして実現の運びとなった。

 今週末、SMJIのトップ・プライオリティ・シンガー:BECCAが控え、週明けにも、怒濤のどえらい取材が目白押し。
 今日の時点ではまだ確定ではないが、昨年末のLED ZEPPELINに続く、最重要項目の取材が実現するかもしれない。
 入稿に複数のイレギュラー企画、取材仕込み+αに疲弊の日々、見事クリア出来る時間は果たして捻出出来るのか!? 

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2008年 09月 1日

なんでこのタイミングに

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 福田康夫首相、突然の辞任表明て。

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