2008年 08月 31日

デジタルの恩恵

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 iTUNESで再生し、ギターでコードを探る。
 ステレオのアンプ、スピーカーを経由するものの、CDを再生するわけではなく、パソコンからの音源で聴くことが音楽鑑賞の大半になっている。
 20年前には想像すら出来なかった環境に、自然と馴染んでしまった。
 
 エアロスミスは一度デジタルで録音したアルバム『ナイン・ライヴス』を、再度アナログに録り直してリリースした。
 一般家庭においてデジタル、アナログの論争は意味がない程、デジタルの恩恵に浸っているこの頃。
 「パソコンにセーヴしていた子供達の写真が全部すっとんだ」と、人づてにある方の話を聞いた。
 多少劣化しようが、アルバムに整理した写真なら全てなくなることはなかったろう。
 デジタルとアナログの鬩ぎ合いにある現代、何をどう判断して保存するのか、実は大変繊細なセンスが必要なのだと思う。
 
 町のカメラ屋さん、ネガとかポジのプリントも割り増しになっていた。
 CD−Rの保存にしても、「2,3年しか信用していない」と、あるデザイナーが語っていた。MOはもっと信用ならないそうだ。
 CD−Rはそれなりに信用していたので、とても残念な話ではあったが、結局写真に関してはインクジェットではない方法でプリントをし、整理するのが結局最も正攻法で安全なのではないかと考える。
 かさばるわけではあるが。
 デジタル保管は一時しのぎと考えるべきか。

 産まれて間もない頃の、おふくろの写真だって鮮明なものだ。
 産まれて間もない頃の、Rちゃんの写真はデータ保存だけでは無くなってしまうのかもしれない。

 高校時代のように、何度も何度も再生を繰り返し、それなりに納得の行く程度までインスト曲2曲をさらってみた。

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2008年 08月 30日

川上じゅん

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 腹話術の川上じゅんという芸人のネタ(仕掛け)に注目中。

 ホワイトボードにその場でフリーハンドのキャラクター(顔)を描き、描いた顔の目や口が動き喋りだすという、マジックの不思議な要素を取り入れた腹話術が新しかった。
 テレビで1度だけ見た限り、その仕掛けは判らなかった。

 関連サイトを見ると、腹話術以外に、芝居・DJ・バンジョーなどの演奏も得意とするらしいが、特に注目するところが、「ブルーグラス・ミュージック、カントリーミュージックに精通している」そう。そのバンジョー演奏の腕前はプロ級だと。
 さらに面白い経歴の持ち主で、格闘技の分野でも活躍しており、05年よりK-1公認審判員(レフェリー・ジャッジ)を務めているそうだ。 
 特に、93年までの5年間、日本ボクシングコミッションで役員(レフェリー・A級ライセンス)として在籍し、辰吉丈一郎の世界前哨戦などを裁いた経歴をもっている模様。

 11年前の97年、おいらも日本ボクシングコミッション発行のマネージャー・ライセンスを1年間だけ所有していた時期があったが、基本的な特権は国内の試合はフリーで入れたことだった。

  東京モード学園のCM曲を歌うスーパーフライの曲、ハートみたいでカッコイイ。

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2008年 08月 29日

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 昼間、地下鉄:表参道から地上へ上がり、晴れ渡った戸外を徒歩で10分少々歩くだけで汗が。
 デザイナー:K氏との打ち合わせ、およそ2時間。
 再び地下鉄で編集部へ帰還。 

 出前の弁当で空腹をしのぐ頃、気がつけば外はすっかり雨模様。室内にいるとニュースでの映像にホント驚く。
 辺りはさっきから稲光の閃光が駆け抜け、雷がごうごうと鳴り響いていた。

 書籍:ジェイク・シマブクロ『風の名前』到着。
 毎度お世話になる(株)S:Kazyのコメントもしっかり掲載されてた。
 
 駅前のタクシーは長蛇の列。雨じゃなきゃ徒歩帰宅したかったな。

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2008年 08月 28日

豪雨

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 午前中、頑張ってRちゃんの日用品補充のため、西東京市方面に買い出しへ。
 ぽつんと降り出した雨が、しばらく経った頃本格的に降り出した。

 通勤の際、バスでお年寄りに席を譲ったら無視されて、空いてた奥の席へと移動されてしまった。目の前に座っていらした他のお年寄りに労いの言葉をかけられた。
 目的地の地下鉄駅の2駅前から「2駅分の間、寝よう!」と体制を作れば、きちんと2駅分爆睡出来るおいら。1駅分は口が開いてたが。
 
 業務に一段落をつけ、吉祥寺でTさんとの打ち合わせ。
 先日、鳥取へ訪問した際の面子で反省会を行う趣旨もあった今日の飯会。
 そのメンバーにお初の編集:Hも同席し、初めての店でフレンチをいただいく。
 後でニュースで知ることとなるのだが、八王子方面の豪雨により、電車が随分遅れていたせいでTさんはタクシー帰宅された。
 終電近くのJR、地下鉄を乗り継ぎ、銀座で編集:Yと、それぞれの打ち合わせへ向かい、解散。
 

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2008年 08月 27日

The Script インタビュー

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 ユニバーサル:T氏に手配していただいたTHE WHOの日本公演チケットを拝受。
 8枚分96000円の現金と引き替えた。
 年々、公演のチケット代金が高騰し、例えば10枚以上の関係者分チケットをおいらが中継する場合、軽く10万円以上の立て替えになってしまうケースもあり、驚く。
 福岡在住時代の1980年代は、外人のコンサートでも3000円代だった。
 アリーナが出来て、ワールドツアーとなれば、1万円以下のチケット代金になることは、もう滅多にない。

 国内盤がまだ発売されていないこともあり、輸入盤がメチャメチャ売れまくっているThe Script単独インタビューのため、都内某所へ。

http://www.bmgjapan.com/thescript/
http://www.thescriptmusic.com/jp/home/

 建物の正面にタクシーをつけ精算していたら、入口からたまたまダニエル・オドナヒュー(Key/Vo)が一服しに出てきた。
 嬉しい遭遇に、おいらが今日のインタビュアーである旨を伝え、取材より先にご挨拶。イメージよりとても長身だった。cheers,
 取材するメンバーは、ダニエル・オドナヒュー、グレン・パワー(Dr/Vo)の2人。
 おいらの着ていったTHIN LIZZYのTシャツにいきなり反応したダニエルは、アーティスト写真に感じられた、少し影のあるような印象とは正反対で、とても朗らか。
 音楽的に、ジャズからの影響もあったと睨んだドラムス:グレンのプレイは、ブライアン・ダウニーのプレイから継承される部分もあるのかもしれない。
 まずは、ダブリン出身の彼らが、当然のごとくTHIN LIZZYを大リスペクトしている様に共感と歓びを感じた。

 インタビュー空間は爆笑の渦。特写共々、取材は滞りなく終了。
 次回、彼らに会う時には、ある意味、彼らが手の届かないとんでもない場所に上り詰めている予感も、大いにある。
 ナイスガイな面々、The Scriptの前途を祝したい。

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2008年 08月 26日

THE SCRIPT

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 雨が止まんなぁ。梅雨の頃より梅雨っぽい。
 7時に寝て11時に起きた。 

 ザ・スクリプトは、アイルランド出身のスリーピース・ロック・バンド。
 彼らのファーストを指して「このアルバムには人生のすべてが詰まっている」とか、「今、アイルランドから世界規格の新人バンドが誕生」とか、各メディアでは話題沸騰中。

 拝聴する限り、確かに初期のU2に感じたような匂いのロックが感じられるバンドであるが、本日行われる新生赤坂BLITZでのパフォーマンスで、その真偽を確かめてこようと思う。
 これでパワーが感じられれば嬉しいのだが。

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 で、観戦。徐々にフロアは観客で埋め尽くされた。
 諸事情あって正式ギタリストは急遽帰国したそうで、ギターはサポート・メンバーが弾いていた。
 ともかく、歌もドラムスも巧い。
 レコードのクオリティをそのまま演奏出来る、技量の確かなバンドであることがよくわかった。
 U2に感じられるロックのリアルさ、切実さ。あるいはコールド・プレイ、マルーン5等を彷彿とさせる風格が、全編を支配するマイナー・キーのオリジナル・トラックを聴くうちに感じられてくる。
 新作の曲から、ラスト:ボウイのカヴァーまでシンプルなステージは1時間程度で終演。
 アンコールは、再び「WE CRY」を演奏。
 次回は彼らの内面にグイッと迫ることにしよう。

 徒歩で燻製の名店:Cへ。
 T氏との打ち合わせを終え、電車で黄金の原稿取り。

 ザ・スクリプトへの単独インタビューは明日。

投稿者 yonezawa : 03:20 | トラックバック(0)

2008年 08月 25日

Strangest Places

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 Abra Mooreの『Strangest Places』は大変な傑作だったが、日本でのリリースがなかったせいか、おいら以外にこのシンガーを知っている人には出会ったことがない。

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 そのアルバムはもう10年ぐらい前に購入したのだが、どういうわけだが彼女の他のアルバムを聴くという発想に、つい先日まで至ってなかった。
 調べれば何枚かのオリジナル・アルバムをリリースしており、DVDに特典映像のあるアルバムで初めて彼女が動く姿を拝見した。
 ともかく、『Strangest Places』でのバンド・アンサンブルは、ノラ・ジョーンズとかジョン・メイヤーで聴かれる種類の、絶妙で秀逸なアレンジの妙を見出すことが出来る。
 不思議なことに、日本のレコード会社が契約しなかったミュージシャンなのだろう。
 
 昨日から、まるで梅雨のような雨模様。
 打ち合わせ先の、清澄白河へ向かう。徒歩で作家宅を目指すと、到着したら汗だく。
 電車内の冷房で冷えるせいもあり、薄い長袖を着ているのだけれど、歩くと汗が出てくるし、バランスが難しい。
 
 幾つかのインタビュー原稿のリライト作業にデスクワーク10時間強。
 麻婆豆腐丼の出前を喰ってパソコンの前からほとんど動かない1日。
 今週、来週、再来週と重要取材が目白押し。
 午前5時にひとまず区切りを付け、帰宅の支度を。 

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2008年 08月 24日

ザザンオールスターズとU2

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 北京五輪の終演と共に、ザザンオールスターズの活動一区切りも、雨模様の中終わりを迎えた。
 日本中を熱狂に導いた五輪選手の方々には賞賛&労いの意を。

 30年間、トップを独走。WOWOWでザザンオールスターズ/ライヴを飛ばし観戦。
 知らない曲が1曲もなかった。そこがこのバンドの偉大さを物語る。

 昔ラジオで「盗作特集」のような、似通った楽曲を対比させるように聴かせてくれる企画の番組があった。
 何のおんめんもなく、堂々と(しかも思い切り流行った曲の)洋楽をパクる邦楽(筒美京平等)の面々の中で、桑田佳祐の曲だけが“洋楽がパクったのかも?”といった趣旨で取り上げられたことがあった。

 世良公則&ツイストもシャネルズもクリスタル・キングも敏いとうとハッピー&ブルーももんた&ブラザーズもジューシィ・フルーツもザ・ヴィーナスも横浜銀蠅も杉山清貴&オメガトライブもC-C-Bもうしろゆびさされ組もBOØWYも光GENJIもカルロス・トシキ and オメガトライブもバービーボーイズも爆風スランプもプリンセス・プリンセスもいないけど、サザンオールスターズだけは30年現役だった。彼らの意志で一時活動を無期限停止するだけで、彼らは今日まで常に音楽業界の先端を走り続けた。
 ものすごいことだ。 

 関連サイトによれば、U2待望のニュー・アルバム収録曲と思われる新曲4曲がネット上に流出した模様。
 フランスのボノの別荘で、友人たちに彼らが演奏している様子をたまたま耳にしたファンが録音した音源か、あるいはボノが大音響で新作の音源をかけていたものを録音されたとみられている。
 『サン』紙によれば、その数曲の中には、アルバム第一弾シングルと言われている「Sexy Boots」も含まれているとのこと。リリース日の噂はオフィシャル発表ではないものの、11月14日とのこと。

 とんでもない輩もいるもんだ。

投稿者 yonezawa : 20:19 | トラックバック(0)

2008年 08月 23日

SLOW MUSIC SLOW LIVE'08

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 暑いので、ここのところ、かけ布団など着て寝ることはなかったが、今朝の起きがけも肌寒く、横に投げてたかけ布団を無意識に引き寄せ、身体に掛けた状態で目を覚ます。

 今日は池上本門寺へ行かねばならない日。
 外は雨模様。
 場所が解りにくかろうと電車で行くつもりが、最寄り駅までを想定し無線で手配したタクシーが全然つかまらないことが判明し、結局マイカーで向かう。
 思いの外、解りやすい道順で1時間もかからず現地着。

 SLOW MUSIC SLOW LIVE'08と銘打った、ちょっとしたフェス的ライヴへ。
 会場近くの駐車場へ車を駐め、徒歩で会場へ。

 入口でプレスパスをもらい、会場に入ろうとした時、また雨が強くなってしまい、売り切れた雨合羽が補充された頃まで待ち、1コ500円の合羽購入。
 アイスやらジュースやら、適当な食い物を買い、小雨の中、まずはジェイク・シマブクロのライヴを堪能。
 この8月より11月後半まで長丁場の国内ツアーが行われるジェイク。
 今日はそのライヴ前の、新作リリース直前の雄姿を拝見したくやってきたようなもの。
 3番目の出演順でジェイク登場。

 演奏技量は言わずもがな。
 新作で共演しているチェリストとの優雅でバッハな(?)楽曲がいつものまま素晴らしい。
 終演後、即控え室で再会のハグと労いの意を伝え、9月、渋谷での再会を約束し客席へ。雨はまだ止まない。
 続いて、元ちとせの熱演。

 ジェイクの登場前に出演した、多和田えみというインターナショナルな女性シンガーを知る。
http://www.techesko.com/main.html
 フライヤーの感じがスーパーフライを思わせるビジュアルだった。彼女の歌が耳に心地よい。オリジナルは知らなかったが、カヴァー曲『デスペラード』の優れた完成度が彼女の技量を即座に物語っていた。
 Rちゃん対策中で、きちんとライヴを拝聴出来る状態ではなかったものの、先日の森恵といい、秀逸なる女性シンガーを発掘するこの頃。
 
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 トリはBAHO。久々の生観戦。
 今宵二大巨頭の出来は、音のバランスも、年期の入ったオリジナルもカヴァーの選曲もコンディションも、何もかもが素晴らしい出来で、降りしきる雨の中、最も盛り上げるさすがの手腕で観衆を魅了。

 フェス終演後、再び楽屋でジェイク、チャーさんらとのプチ再会を果たし、帰途の道はナビなしの不憫な条件で闇雲に運転。
 毎度、道は把握せず方向音痴なおいらなのだが、感触としてほぼ最短距離のコースで帰り着いた。

 ジェイクはニュー・アルバム『YEAH. 』リリース(8/27)に併せて、初の書籍も同時リリース!
http://www.jakeshimabukuro.net/
http://www.amazon.co.jp/dp/4062148072/

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投稿者 yonezawa : 15:02 | トラックバック(0)

2008年 08月 22日

不快指数を感じない朝

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 蒸し暑く、不快指数を感じない朝を久々に迎えた。
 突然、秋を感じさせた気候の午前。結構涼しいくらい。

 こんな日は「このまま、もう暑さがぶり返さなきゃいいけどなぁ〜」という、複数の周囲の声が聞こえてくる。
 
 気がつけば待望のAとの飯の日が、ふいにやってきた。
 A在住の地が、それなりの遠距離ということもあり、かつ仕事も多忙を極めるAのプライベートな時間を割いてもらうことにやや恐縮気味だったが、この機会を逃せば次回の再会が果たしていつになるのか微妙であることを、お互い知っていたので決行に踏み切る。
 ともあれ神保町で待ち合わせ、馴染みの店:Hへ。
 
 今日も美味い。とても新鮮な食材を、最善の調理法で食す幸せなひととき。
 仕事明けの上に、まだ本調子の出なかったAを駅まで見送り(A、ご苦労さん!)、一旦パソコンデータを確認するべく編集部帰還。
 出来るところまで仕事を極力押し進め、「もう間に合わないか?」とダメ元でトライした終電ダッシュへの乗り継ぎはギリギリで巧くゆき、正に終電に飛び乗れてラッキー。
 Aとの談義は全然足らないので、続きは次回の機会にまた是非。

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2008年 08月 21日

Les enfants la Terre

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 JAKE SHIMABUKUROの新作『YEAH.』、BECCAのダイジェストCDを拝聴。
 北京五輪/ソフトボール決勝に熱狂する編集部スタッフ。
 この大変な快挙も、帰国後さぞかし盛り上がることだろう。
 
 当代随一の美人バイオリニスト:宮本笑里のニューPV『Les enfants la Terre〜地球のこどもたち〜』を観て鳥肌が立った。
 オール・スペイン・ロケで撮影されたという神秘的映像が凄まじい。
 優雅な音色と、広大に広がる現地の風景が見事な調和をみせる。おそろしいほど美しく風格ある映像美。
 宮本笑里の著しい進化から目が離せない。

投稿者 yonezawa : 00:39 | トラックバック(0)

2008年 08月 20日

地球のこどもたち

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 11月、親父の七回忌を想定した帰省スケジュールをボチボチ考える。
 盆、正月(年末年始)、GW時期の、航空チケットの高騰を考えれば2ヶ月前以前に日程を決め込んでゆかないと、とんでない出費を課せられる羽目になるので深刻だ。
 
 中野の盛り場は、いつ訪れても風情のある場所。
 新宿とも五反田とも渋谷とも六本木とも違う空気が独特。
 本年度から来年にかけて最重要案件のひとつとなる某企画粗打ち合わせのため、久しぶりに酒場界隈へやってきた。妄想は広がるばかり。
 午前4時におひらき。

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2008年 08月 19日

遠位型ミオパチー

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 CDラック下段1/3に段ボールを貼り付け、およそ高さ1m程度は一面取り出せないようにしている“Rちゃんシフト”のせいで、聴きたいCDが簡単に引き出せないこの頃。
 隠れた分、持っているCDも、そうでないCDも益々区別がつかなくなり、取材対象者の音源も取材が近づくに連れ、焦ったりするパターンも。

 6時間はきっかり寝たハズなのに、編集部へ行きがけの電車で、最寄り駅3つ手前頃から爆睡の状態に。日によっては四六時中眠い場合も。

 深夜、黄金の原稿を拝受し、入稿を終え、帰途へ。

 先頃、ドキュメント番組で中岡亜希さんという美しい女性を知った。

 以下、関連サイトからの引用で周辺情報を得た。
 現在、彼女は31歳。
 足を引きずって、はうように廊下を移動します。もう足に力はありません。足だけでなく、両手に残された握力もわずか1~2キロ。箸を持つ手もおぼつかないのです。

 番組で初めて知ることとなった奇妙な病名「遠位型ミオパチー」と呼ばれる、指先などの体の遠い部分から徐々に筋繊維が萎縮する、原因不明の病気に彼女がかかってしまったことを、その番組で認識した。

 患者は100万人に、わずか2,3人。

 現時点では治療法などはまったく無く、未だ国が難病指定をしていないせいで、治療にも莫大な金額が課せられるのだ。

 今から8年前の当時、客室乗務員だったという中岡さんは、憧れだった職業に胸を躍らせ、世界中を飛び回る生活を送っていた。
 ある日、会社の同僚から『歩き方がちょっとおかしいね』と指摘されたり、紙パックのジュースが指でひきちぎれない日があり、そこで初めてご自身の体調の変化を自覚したそうだ。
 その後、検診により告知を受けた。

 歩けない程度だった初期の症状は徐々にひどくなり、徐々に筋肉は奪われ、このまま進行すれば20〜30年後には寝たきりになる日が来るのだと言う。
 なんていたたまれなく、理不尽極まりない現実なのか。
 
 そんな中、ささやかな朗報が飛び込んできた。
 彼女の主治医が、遺伝子技術で中岡さんと同じ症状を持ったネズミをつくり出すことに成功し、現在、治療法の研究が進められているそうだ。
 ただし、治療法が見つかったとしても、現状、患者の数が少ないため、製薬会社にとっては採算が見込まれず、治療薬の開発は絶望的。

 そこで彼女たちは、患者だけで莫大な開発コストをまかなうのではなく、国に支援を求めようと署名活動を始めている。
 現在、18万人分の署名が集まり、彼女を中心とした「患者の会」は法律の改正や難病指定を求めた要望書を、近く厚生労働省に提出するようだ。

 厚生労働省は患者の人数など関係なく、とっとと認定すべきだ。どんな理由があろうとも。
 役人の不正で税金が理不尽に搾取されることは1円も許さないが、こうした難病と闘う人たちのために税金が高騰することには、きっと多くの納税者は基本的に反対しないのではないか。
 道路を、ダムを造る前に、トップ・プライオリティは明らかにこちらだろう。

 「今を生きるために、国による支援体制が何よりも欲しい──」
 残された時間の中、消えゆく筋肉を振り絞りながら、彼女たちは闘っている。

投稿者 yonezawa : 00:30 | トラックバック(0)

2008年 08月 18日

森恵

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 出社途中、新宿:伊勢丹は9999へ寄り、ひん曲がった眼鏡のフレームを修理に。
 ものの5分で治してくれた。大助かり。もうRちゃんの目線の高さに眼鏡を置くまい。

 休み明けのデスクはたいそう、どえらいことになっているかと思いきや、大したことがなかった。
 編集部のパソコン宛に届く900/1200通あまりのスパムメールが自動的にゴミ箱へ。

 帰途につく途中、編集部の近くにあるにも関わらず、たった2、3度しか入ったことのない書店内を徘徊。
 ギター・マガジン掲載のジョン・メイヤー記事。かつてジョンはバークリー在籍中に日本人ギタリスト講師に習っていた事実を知る。なるほど。
 ミニ親子丼と冷やしたぬきうどんの立ち食いで晩飯を済ませ、地下鉄とJRを経由し地元方面へ引き上げた。
 ユニクロで、程よいサイズの鞄とシャツを衝動買いし、CDショップでディズニー『くまのプーさん』DVD×2購入。
 DVD『ライヴ・イン・ジャーマニー'80S フロム・ロックパラスト/ロリー・ギャラガー』発見。
 なんと「フォロー・ミー」「バッド・ペニー」等の音源がライヴ映像で見られる。
 マメにamazonなどを見なきゃ、こんなレア映像は見逃しがちだ。
 
 定期便のバスの時間も危なくなった頃、徒歩で帰途につこうとアーケード街を歩いていると、伸び伸びとした上に、清んだ歌声が耳に飛び込んできた。
 聴こえてくる声には、清潔感があってパワフルで、丁寧な歌い回しだ。
 近年だと、元コア・オブ・ソウルの中村蕗子ことLOVE以来の心地よさ。

 閉まった店の前にギター・ケースを敷き、そこへあぐらを掻いてギターを弾く小柄の女のコが、その耳を惹く歌声の持ち主だった。
 シンガー・ソングライターのストリート・ライヴ──
 遠目で見る限り、マーティンの・アコギだろうか。いい鳴りしてる。
 それなりに離れた場所からも、サビにかかる節のシーンでは実に小気味よい声量の抜けを確認した。
 歌っている本人も、聴き入る我々も気持ちの良いポイントに達しているカオスを感じた。

 ストリート拝聴の経験上、ほとんど9割方、足を止める音楽には出会わない。今まで出会って来なかった。
 しかし、今日の偶然に対しては3曲拝聴し、曲の狭間に彼女の1ST.アルバムを購入しようと考えた。

 人前で演奏する恐怖、人前で歌う勇気…そうした、経験した者にしか解らない試練やプレッシャーを乗り越え、この場所まで、この技量まで己を磨いてきたんだろうと、見るからにまだ若き彼女の歌声を聴きながら勝手にそう感じていた。

 帰途につき、CDを聴いた。彼女の名は森恵と言った。
 今宵は優秀なるシンガーの発見となった。

 http://www.multiformatstudio.jp/megumi/index2.html
 オフィシャル・サイトにマーキングを入れ、次回、彼女の紡ぎ出す音との再会を楽しみに待つことにしよう。

投稿者 yonezawa : 13:29 | トラックバック(0)

2008年 08月 17日

スポーツマン・スピリット

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 帰り着いた時間が6時を回っていたせいで、昼過ぎに目が覚めた。
 それでも寝足りず、昼食をとって午後2時頃から2時間程度、また昼寝。
 夕方の雨模様の時分、窓を開けたら涼しい風が。

 リアルタイムで観戦するオリンピックも佳境に入り、今日も様々なドラマが。
 伊調選手、浜口選手もよかったよかった。
 男子水泳リレーも素晴らしかった。
 室伏選手は実に惜しかったが、試合後のコメント、ライバル選手と醸し出す雰囲気が、何とも言えない清々しいものを感じさせてくれた。
 あの地にいる、それだけで彼らはどれほどの技量と度胸と強運を持ち合わせた、選ばれし超人たちであるか。
 早速次回の五輪を目指す若者、そして今回をチャレンジの節目とするベテラン選手。
 極限まで身体を鍛え抜き、才能と努力で魅せる彼らのスポーツマン・スピリットが今日もシーンごとに胸を打つ。

 五輪開会式のCGによる演出にも、少女の口パクにも大した異論・興味はないが、ある民放局の解説を務めた一部のタレント・キャスターに部分部分、見にくさを感じたのは事実。
 あまりにも知識、造詣のないコメンテーターがこれほど不愉快に映るのかという感触を、この機会に生々しく感じていた。

 夕食をいただき、Rちゃんとお風呂。
 初の鎌倉遠征と、府中遠征で、生涯初めて日焼けしたRちゃんは風呂上がり、なかなかパジャマを着てくれない。
 徹底的に寝る直前までお遊びしたいRちゃんの元気は、今日も全快だ。

投稿者 yonezawa : 23:44 | トラックバック(0)

2008年 08月 16日

タイ風カレー

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 突然の台風情報を知るが、住まいの界隈は雨はまったく降ってはいなかった。
 夕方、電車で八王子へ。
 先日、許されざる凄惨な通り魔殺人事件のあった、この街のことを思い浮かべながら商店街を歩く。
 Y宅に到着すれば、彼はタイ風カレー中心の夕食を作成中。
 ビールで乾杯し、ザ・プレジデンツの新譜を肴に、久方ぶりのYと宴会開始。
 それにしてもY作成のタイ風カレーは意外にも美味い。

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 ココナッツミルクにしろ、タイ米にしろ、あまり馴染みのある食材ではなかったものの、ほうれん草等のアンサンブルが想像以上の美味さを演出している。ちょっと脱帽。

 音楽のこと。映画のこと。笑いのこと。タモリのこと。楽器のこと。ミュージシャンのこと…。
 Yの貴重な見解を伺いながら、無軌道に語りりつつ赤ワインを飲み干し、コンビニで芋焼酎他の買い足しへ。

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 共に共通のフェイバリット・アルバムであるGODIEGOの名盤『CMソング・グラフィティ』をかけながら歌詞を追うと、楚良でそれなりに歌えるので、次回お遊びバンドでカヴァーでもやってみようかと、やや本気で考えた。
 ミッキー吉野のアレンジと、すべての曲のメロディ・ラインの非の打ち所のなさが、今日聴いてもやっぱり凄いし、盛り上がる。
 発売してもう30年以上は経過しているアルバムのハズだ。
 聞くところによればプレミアがついて、高値で売り買いされているアルバムなのだそう。
 
 最後に再びタイ風カレーをいただき、深夜4時を幾分回った頃、明日のことも考え徒歩で駅を目指した。
 始発電車に乗り、駅を4つばかし乗り過ごしてしまい、反対方面の電車に乗り換え帰途につくが、こんな早朝にも電車内の人間はそれなりの人数で驚く。

 結局、一度も台風には遭遇せずの1日だった。 

投稿者 yonezawa : 23:43 | トラックバック(0)

2008年 08月 15日

ジャブジャブ池

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 なんとまぁ日差しの痛烈な1日だったろう。結構な日焼けした。
 午前中、電車を乗り継ぎ府中市は分倍河原駅へ。
 24年前、アパート探しに東京へ来たばっかりのおいらが初めて泊まった場所がココだった。
 28年ものつきあいのある盟友:H&その家族と待ち合わせ、荷物を彼宅へ置かせていただき、「郷土の森」内の“水遊びの池”、通称:ジャブジャブ池へ。

 およそ正味2時間、炎天下の中、小さな子供を連れたファミリーらで賑わう水場の広場で言葉の通りの水遊び。
 財政豊かな府中市の様相が、「郷土の森」内の様々な施設空間に感じられる。
 アイスを食べて一休みしながら、まだ咲いていた蓮の池前で記念撮影。
 H宅へ帰宅しつつ買い出しへ。途中、Hの所有する畑でプチ・トマトを採取。大葉他の野菜も季節ごとに栽培しているというHの畑は充実していた。府中市街のポイント高し。
 その様子を眺め、プチ・トマトを刈っている最中、昔の我が家に咲き乱れていた家庭菜園を想像していた。
 都会の、かつ現代の環境では考えづらい庭のある環境に、多くの野菜、はたまたイチゴまで栽培していた小学生時分の我が家を思い出す。
 野菜の栽培が当たり前だった昭和の時代が懐かしい。

 太陽光で温まったトマトだが、もぎ取ってそのまま喰うとメチャクチャ美味しいのだ。

 H家族においら一家、そしてゲスト:Aも加わり、夕方までの餃子とコロッケを囲むプチ宴会開催。
 Hの家を訪れると、本来家庭とはこうあるべき真っ当さを感じてくる。
 「子供はこう育てるのが理想」という歴史を、何の肩肘も貼らずに実戦してきたHの度量がなんにせよ脱帽モノだ。
 
 みんなでせっせと作った餃子が焼き上がる。焦がした餃子も愛嬌で旨い。
 コロッケも仕込んできた甲斐あって美味。持ち込んだ芋焼酎も格別。
 まだまだ明るい夕方より少し前にホロっと酔った案配の、心地よいことといったら、ない。
 明日はA宅で続きの乾杯か。

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2008年 08月 14日

Mess Of Blues

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 妙な時間に眠気が襲う。
 ソファに寝転がると、知らないうちに10分オチている。
 北島康介の快挙に、体操、柔道、フェンシングと、特に注目している選手がいなくともこれだけ頻繁にプレイバックしてくれるので、ほぼタイムラグの無い状態で戦績を知る北京五輪。
 
 こうした加熱する特番を余所に凶悪事件も番組の片隅で報道されているが、その印象は当然薄くなりがち。
 拉致問題の件。日朝実務者協議で、日本が北朝鮮に対する制裁の一部解除を実施するとのことだが、「調査開始と同時に解除」のあいまいな見解は当然被害者の心情を納得させるものではないだろう。

 夜中、Jeff Healeyの遺作『Mess Of Blues』拝聴。

 89年か90年頃、闇雲に映画の試写会に行き倒していた頃があった。
 食指に触れようが触れまいが何だろうが、時間のある限り映画を見尽くした1年間という時期があった。
 そんな見方をすれば、9割方、時間のロスとも言える駄作ばかりに直面するわけなのだが、パトリック・スウェイジ主演の映画「ロード・ハウス」に遭遇した時には、ヒヤリと背中を駆け抜けるシーンを見つけたのだった。
 盲目のギタリスト:ジェフ・ヒーリーのことはファースト・アルバム『See the Light 』で大注目しており、知ってはいたが、この作品に出演していることは何の情報誌にも出ていなかったので、スクリーンを見て一人で驚いていた。
 A.シュワルツェネッガー主演の『ツインズ』にジェフ・ベックのバンドが出ていた時と同じぐらいのレア発見だった。
 後で聞くと、この映画出演によってデビューのきっかけを得たそうだが、おいらは後からこの映画と出会った。

 彼がプロデュースを担った女性シンガー(名前忘れた)も秀逸だったし、スティーヴィー・サラスの親友でSOクールな女性シンガー:サス・ジョーダンもジェフとの深い親交があったはず。
 ブルースからやや遠ざかった感のある時期には、おいらも必死で追いかけるほど熱心な信者とはいかなかったが、彼の産み出す音楽性に対しては不変のシンパでいたのは事実だった。

 その彼が本格的なブルース・アルバムを制作中との情報は、風の噂で知っていた。

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 少し送れて、07年にガンを取り除くための脚と肺の手術を受けている事実も知った。
 闘病生活を送りながらも演奏活動は続けたそうで、08年に久々のブルースロック・アルバム『Mess Of Blues』を完成させたとニュースで聞いた。
 ジェフは、リリースを目前に控えた08年3月2日、トロントのセントジョセフ病院にてガンのために、なんと41歳の若さで亡くなってしまうのだが、『Mess Of Blues』を聴き込めば聴き込む程、途方もない大きな世界的遺産を失ってしまった意識に苛まれる。
 先日の、ハイラム・ブロック逝去の悲しいニュースしかり。

 『See the Light 』の素晴らしさ同様、今回ほとんどがカヴァー曲だけで構成された最期の新作『Mess Of Blues』も、永遠に聴き続けるアルバムの1枚になりそうだ。
 ミス・トーンもいとわない、剥き出しの豪放磊落なトーン。
 終始、素のプレイに徹している演奏が心に突き刺さるのだ。

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2008年 08月 13日

横浜アンパンマンこどもミュージアム

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 午前9時、ホテルで和食の朝食。
 10時過ぎチェック・アウトし、横浜:新高島駅下車。予定していた『横浜アンパンマンこどもミュージアム』へ。
 しかしギラギラむしむし、容赦ない突き刺さるような日差しが痛烈だ。
 ぬぐってもぬぐっても汗はしたたり落ち、水分補給すればまた汗がしたたり落ちてくる。
 
 炎天下の中、ミュージアムへ入ろうと並ぶこと30分、Tシャツ半分が汗で濡れている。
 すべてのお父さんお母さんも同じ状況で、子供の笑顔のために苦行とも言える待ち時間を過ごしている。
 中に入ったとたん感じられる冷房の冷気が懐かしい。
 館内を2時間程度過ごした後、再び炎天下の中、地下鉄の駅へ帰還。
 今日も昨日も鎌倉〜横浜界隈は暑かった。ホントに暑かった。

 電車に乗ったとたん、たった2日間の疲労に包まれ、わずか10分程度ながら軽くオチる。
 地元の駅ビルに到着し、パスタ屋で遅めの昼飯。
 帰宅し、このブログを書き始めたとたん、強い睡魔に襲われ3時間眠り込んでしまった。
 この日のオリンピック観戦はニュース速報のみ。 

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2008年 08月 12日

大船〜鎌倉

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 午前9時には出発の準備。
 午前11時の新宿発:JR湘南新宿ラインへ。乗ってからグリーン車券を購入。事前に購入するより200〜300円割高になるそうで、その情報も知っていたのだが、いつもいつも結局節約とは無縁の行動となってしまうのがしゃく。
 お茶は、凍らしていけば炎天下の最中適度に溶けて丁度良かろう思い電車へ乗るが、この時点ではまだまだ全然凍ったままなので、全く飲めないまま。
 やむなく車内で買うお茶は割高。またしても節約とは無縁の展開。

 行きがけに買ったおにぎりを食べ終えた頃、あっという間に目的地の大船駅へ。
 予約してあったホテルへ荷物を預け、大船から鎌倉へ。

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 江ノ電に乗り3駅の長谷駅で下車。
 暑い日差しの最中、Rちゃんをベビーカーに乗せ「鎌倉大仏」見物に向かうが、彼女はあんな暑い最中、額に汗をかきながらガン寝。
 鎌倉大仏と寝たままのRちゃんと記念撮影。数年後、この残念もよき想い出になることだろう。

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 以前この地を訪れた時にも買ったせんべい、そして乾燥もずくを購入。
 途中昼食にうどんをいただき、訪れた長谷寺ではまだ咲いていた蓮に間に合ってラッキー。
 そもまま徒歩で江ノ電には戻らず、海岸へ。
 
 幸運なことに想像よりもそれほど混み合っていなかった海水浴場の人混。
 人生初の「海」を体験するRちゃんを海岸の砂浜に連れだったとたん、広大な潮風を浴びるRちゃんが「おお〜!」と目前に広がる光景に感激の雄叫び。

 おいらはズボンを膝までめくり上げ、Rちゃんは水の吸わないカラフルなオムツに着替え、海岸沿いで水遊び開始。海に来る準備をしておけばよかった。
 寄せる波をRちゃんの膝下くらいの深さで受ける場所ながら、Rちゃんにすれば小波ほどの威力となる感じ。
 きっとRちゃんは海が相当気に入ったに違いない。

 およそ1時間もした頃ヘトヘトになり、水道で身体についた砂を洗い流し、海の家でかき氷。
 一息ついた頃、徒歩で長谷駅の隣の駅:由比ヶ浜へ。
 江ノ電で鎌倉へ。
 鎌倉の代表的な神社:鶴岡八幡宮を訪れる。
 中庭で鳩を見つけたRちゃんが、満面の笑みのまま幾度となく彼ら(鳩)を追いかける。
 Rちゃん全般的に動物が大好き。まったく物怖じしない。
 彼女を右肩にセメント袋抱えし、葛石を積んで一段高く作った参詣道の段葛(だんかずら)を駆け上がった。
 数秒で家内安全健康のお参りを終え、再び段葛を下る。
 さらに彼女は境内を終始テクテク歩いた。ふくらはぎが堅くなるほどに。

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 夕方、U一家と待ち合わせ、食事会に和食の居酒屋へ。
 突如、意味不明のご機嫌斜めになってしまったRちゃんだったが、親睦会的時間を共有できたUには多大なる感謝。
 鎌倉から大船へ帰還し、日付が変わる前に早々の就寝。全員、存分に遊んだ分の疲労感に包まれていた。

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2008年 08月 11日

北島康介

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 北島の強さは見たままだった。
 少し前、島田紳助司会のバラエティ番組に出ていた北島。
 そこが彼の言うどん底(スランプ)の時期であり、そこから再起するといった意味合いの発言を、島田紳助に促されるまま、力み無く答えていた彼だった。

 スランプの時期にバラエティ番組に出るという心情。その気持ちの裏にはきっと本人にしか解らない自信があったのだろう。
 そのまま今回の北京五輪まで、ぶれないモチベーションを維持しつつ迎えたことが、決勝の泳ぎに証明されていた。

 全身から沸き立つ自信が、本大会まで頼もしくて仕方がなかった。人の持つ瞳の迫力を久しぶりに感じさせてくれた。
 圧倒的な実力を自覚してのチャレンジが競泳100m平泳ぎを制し、北島康介は58秒91の世界新記録で勝利。
 アテネに続く2大会連続の金メダルを獲得した。直後のインタビューも泣けたなぁ。
 
 そしてテンホーちゃんの雄叫び「オグシオが負けたー! 」と共にオグシオの北京が終わった。

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2008年 08月 10日

スキップキッズ

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 昨日よりも糞暑い日ではない昼下がり。
 ピンクのヘルメットを被ったRちゃんを前かごに乗せ、先日購入した高級自転車を駆って、幹線道路をチャリンコ・ドライブ。
 「スキップキッズ」でパスタを喰いながら、広場で遊ぶRちゃんを眺めつつ1時間30分を過ごし、ペットショップではワンワンたちとスキンシップを図り、無人の野菜自販機で一袋100円でジャガイモを2袋購入。
 
 北京オリンピック2日目。
 日本人初の金メダリストは、柔道男子66キロ級の内柴正人。
 前回の金メダル奪取時にも、その感動をブログに書いた記憶があるが、この勝利の歓びは日本中のほとんどの人たちが同じ気持ちだったことだろう。
 4年もの長き間、想像もつかない鍛錬をこなし続け、この瞬間だけに賭ける闘いのドラマはいつでも感慨深し。

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2008年 08月 9日

北京オリンピック

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 午後起床し、自分の部屋からリビングに出た、ほんの一瞬の隙をつかれてしまった! 不覚…。
 パソコン・デスク前にポンッと置いてあった眼鏡をやにわにつかみ、グインと負荷をかけた形跡のRちゃん。見事にフレームをひん曲げてくれた。

 愕然──

 購入先の9999へ連絡し、近々に修繕のため来店する旨を告げた。

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 終日、むしむしむしむしたまらなく暑い日だ。
 今朝までの痛飲のせいで、夕方になっても何もする気力は起きず、部屋の中でダラダラ過ごす1日。
 北京オリンピック・トピック情報を拾いながら、観戦した柔道女子48キロ級。
 予想通り、冷静な試合運びで1,2回戦を突破した谷亮子。
 ところが、準決勝で闘ったドゥミトル戦で残念ながら優勢負けを喫するのだが、互いに2度の指導を受けつつ、攻め手を欠いたまま試合は続き、残り34秒で主審が谷だけに下したあの指導のシーンだけは解せなかった。
 当の谷も同じように懐疑的な気持ちだったのではなろうかと、映像を観て察した。しかし判定は翻ずにそのまま。あっという間に残り時間がタイムアウトとなり、その後3位決定戦で見事銅メダルを奪取するものの、彼女の心中はさぞ複雑だったろうと感じた。
 敗者復活戦で見せた記憶に残す一本勝ちのシーンが、メダルの色とは関係なく彼女の圧倒的な強さを胸に刻ませた。
 谷亮子は大した柔道家だ。

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2008年 08月 8日

JUNO〜ROOM

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 最終上映となった今日、渋谷アミューズCQNで未見の映画『JUNO』滑り込み鑑賞。
 80回アカデミー賞脚本賞の作品ながら、主演のJUNOを演じたエレン・ペイジに全面的に感情移入出来ず、世間の評判よりやや温度差を感じた内容だった。
 
 21時待ち合わせの鍋料理屋へ移動。
 先々週前決まっていたK社:Mちゃんら4人の飯会の席に到着すれば、いたのは幹事のMちゃんだけ。
 それからおよそ1時間後、ワラワラとD社:K、K社:Sが合流し、ようやく本来の鍋を囲む会開始。

 2件のワインバーを梯子し、単独で下北沢へ移動。
 下北沢「ROOM」で行われているDJイベントへ深夜合流。
 そもそもおいらをこのイベントに深夜メールでお誘いくださった岩谷テンホーちゃんは、もう限界の様相で、おいらが到着したばかりの1F入口で、すれ違い様に帰宅された。
 すでに出来上がっていたおいらは、かなりの体力の限界でもありながら、流れてくるフーバスタンクの爆音等で持ち直す。
 先ちゃん、健ちゃん、山本直樹さん、馴染みの編集者らと現地合流し、イベント終演後、近くの居酒屋へ。
 もはや体力限界で、気がついたら終宴15分前にオチてしまっていた。
 吉祥寺組を一人ずつ送迎しつつ、最後自宅に到着したのはもはや完全な早朝だった。どえらくしんどい。

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2008年 08月 7日

重量挙げ

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 椅子が届いた。
 大きな段ボールの中にバラバラで梱包されており、組み立てがそれなりに一苦労だった。
 組み立て中、Rちゃんが膝に乗っかってきたり、部品のボルト等に手をかけるものだから、作業が全然はかどらん。でもたまらなく楽しい。

 汗をかきながら玄関先で組み上げ、さて仕事部屋に入れようと持ち上げて運んだところ、入口にせり出しているCDラックにぶつかり、サイズ的に入らないではないか!
 なんたる失態。

 土台のローラーが白い壁に擦りつけられてしまったせいで、黒い傷が数本走った。馬鹿野郎〜。大不覚〜。
 冷静にサイズを測ると、椅子が5〜6cm程度サイズ・オーバーだ。
 最後の手段は、もう一度部屋の中で組み直すか、あるいはCDラック上部の15cm程度の隙間を通すしか手段はないと考え、心の葛藤がありながらもとりあえず後者の手段に挑む。
 
 大きな椅子を頭上で抱える(日常でそんな状況に置かれることはない)のなら、大の大人でも2人で持ち上げなきゃどうにもならんぐらいの重量ながら、一人頭の上に抱え、一か八かのアホ状態で突入を試みた。
 まったく情けないの図バリバリ。

 丁度重量挙げの選手がバーベルを持ち上げる要領で、「えいやっ!」と椅子を掲げた。無心で隙間を通過するべくレッツ・トライし、見事1回の試みで成功。

 もの凄くホッとした。
 
 その際中、Rちゃん&Rちゃん母は丁度お昼寝中で、この作業の助っ人を頼む状況ではなかったが、無事一人で思いを成し終え、本気で安堵の息をついた。
 「こんな時に従兄弟の太がいたら、さぞかし頼もしかろう」と心で思う。

 しかし、「これまでどんだけ貧相な椅子を使っていたんだよ!」と思えるほど、座り心地のよい新調した椅子が贅沢に感じてくる。買ってよかった…。

 夜、偶然つかまった文学者:Mと新宿で待ち合わせバンタイでタイ飯。思慮深い映画、文学への造詣が興味深く、有意義なる時間はあっという間に経過。
 エスパ〜シンクロニシティと経由し、連日の酒とMの早朝スケジュールを踏まえ、浅い深夜に解散。M、thanks!

投稿者 yonezawa : 13:30 | トラックバック(0)

2008年 08月 6日

円満退職

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 先月、S社を円満退職されたYさんのニュースは、S社社員よりも随分遅れて知ることとなった。
 S社の社員でないおいらは社内報なるものがチェーンメールで配信されてこないので、こうしたタイム・ラグが生じてしまった。
 Yさんは引き続き嘱託として勤務されているのだが「なんだYさん、一言言ってくださいよ!」と、情報を得た翌日にYさんデスクへかけ寄った。
 その日、Yさんのスケジュールを窺い、おいら仕切りの飯会を開催する運びとなり、ついにその日(今日)がやってきた。

 水道橋『量平寿司』で、Yさんをかつてのボスに持つ売れっ子写真家:K、T、W、そして編集者のボス:Hさんも駆けつけてくださった。
 楽しい席だ。
 Yさんの饒舌ぶりには笑ってしまったが、まさしく速射砲のように語れる、実に遠慮のない意見はすがすがしいほど。裏表のないYさんの有り様が気持ちよい。

 二次会は何も考えてなかったのだが、とりあえず場をゴールデン街へ移し、えらく混んでたHで乾杯。
 更にYさん提案の飛び込み一軒を経由し、午前4時におひらき。
 最後まで残ったHと〆のラーメン(泣)。Hさん、ラヂヲごめんなさい。

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投稿者 yonezawa : 13:29 | トラックバック(0)

2008年 08月 5日

レッドクリフ

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 午前10時30分過ぎ、出発。
 もより駅から地下鉄大江戸線を経由し、目的地駅で下車すれば、取材先のホテルまで雨に濡れることもなく辿り着くことが出来る。
 そのせいで、熱帯のスコールみたく激しい豪雨の様相にも気づかないまま、静寂な48階のスイートルームに登り詰め、ガラス越しに広がる薄暗い灰色の街並みを改めて眺めていた。
 
 スチール用のカメラとは別に、自前のDVカメラをセッティングし、テレコ2台にマイクをセット。
 オンタイムで漫画家:本宮ひろ志先生、到着。
 15分後に、映画監督:ジョン・ウー、到着。ジョンン・ウー監督は映画『レッドクリフ』(11月1日公開)プロモーションでの来日だ。
 
 なんと、日本漫画界の首領:本宮先生と、映画界の良心:ジョン・ウーとの“漢”対談が実現する運びとなった。
 先週の閃きが、こうして実際に成就することになるとは、企画した当のおいらも正直、感激の戦慄を覚えている状態。

 本宮先生とは、もう17年くらい前になるだろうか。
 当時、先生の会社で発売したファミリーコンピュータ用ロールプレイングゲーム・ソフト『おたくの星座』(ストーリー:本宮ひろ志、キャラクターデザイン:江口寿史)の取材時に、今日と同じようなインタビューを行った以来。
 ジョン監督とは、2004年3月13日公開の映画『ペイチェック 消された記憶』取材時のインタビュー以来。
 ヤンジャン本誌で長年執筆される本宮先生だが、ご本人を目の当たりにすると未だに緊張感が背中を駆け抜ける。個人的には北野武監督と同じ質の匂いを感じる時がある。

 04年の取材時以降、暮れの時期に一筆添えてお送り下さるジョン監督からのクリスマスカードが、今も我が家の家宝となっている。
 受け取った時の、あの感激は忘れられない。

 対談に関しては何をどう決めていたわけではないものの、本宮さんの振った言葉に対して、饒舌なジョン監督の回答が帰ってくる。
 交わされる言葉を自分なりに咀嚼しながら頷き、まさに同世代の2代巨頭のツーショットを目の当たりにしているおいら自身の幸運を感じ取っていた。

 取材は異例の85分。インタビュー対談&撮影を滞りなく終え、ジョン監督と労いの握手を交わし、部屋を後に。
 ロビー階ラウンジで本宮先生を囲み、初めてあんなに長い時間、談笑する機会に恵まれた。
 漫画でも政治でも映画でも小説でも、本宮先生の睨んだ見解は実に的を得ており、胸のつかえが取れゆく感覚。作品を読めば一目瞭然ながら、あまりの博識ぶりに感激し、かつて本宮漫画一のファンだった自分のことを思い出していた。
 この機会に、中学時代においらが『硬派銀次郎』一色であったことをカミング・アウト。
 実に有意義な時間だった。大先輩のお2方には最大の感謝。

 夜、JR中野駅では、落雷による電気系統のトラブルで運行の復旧が遅れ、電車が立ち往生を喰らっていた。ホームはいっぱいの人で溢れかえっている。
 遅れに遅れて到着した電車は、すでにすし詰め状態。通勤ラッシュ時の状態で、とても乗れる様相にあらずと判断し、直ぐさま改札を抜け、タクシー乗り場へ移動。
 しかしココも激しい長蛇の列。もう最悪。

 街道へ徒歩移動し、駅からおよそ500Mほど離れた抜け道で巧い具合に流れてきたタクシーを拾い、吉祥寺で先ちゃんと待ち合わせ。
 今日の、本宮さん・ジョン・ウーのエピソードを口火に、やがて話は本題へと突入していった。

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2008年 08月 4日

17000円以上安いサイトを発見

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 突然決めてしまった明日の取材の仕込みにときめきながらも、やること山積み加減にあくせく。
 昨日注文した事務用の椅子、ネットで詳細を知ろうかと改めて検索。
 すると、昨日購入手続きをした価格よりもさらに17000円以上安いサイトを発見。
 この価格差はいかんだろうと、即刻量販店へ連絡し、一旦キャンセル。
 ネットでは、昨日決めた椅子の機種よりも、ほんの少し大きめなサイズの機種が同じ価格だったので、迷わずそちらを注文。
 この発見は大きく、今後、それなりの大きな買い物をする際、とても参考になる経験であった。ネット販売も侮れない。
 しかし量販店とはヨドバシカメラだったのに…

 広東語の資料をOさんに構成していただき、数日前からの約束だったNとYと夜待ち合わせ、港区のワインバー:Bで軽食乾杯。
 帰社し、午前4時上がりの原稿を拝受。
 午前6時入稿完了し帰宅。シャワーを浴びて明日(今日)の準備をやるうちに、取材時間まであと2時間。
 仮眠すらもままならず、襟のあるシャツに袖を通した。 

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2008年 08月 3日

椅子

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 暑い午後、大型家電量販店へ。ここのところ家電屋に行く頻度高し。
 巧い具合に車を地下駐車場へ駐めることが出来、取材で使う動画用カメラの三脚を新調しに。
 この機会にストラップも揃え、店内を徘徊すればTudorの時計売り場で足が止まる。観れば観るほど物欲が沸き上がる。
 前回、この店を訪れた際、衝動的にパソコン用の椅子を新調したかったのだか、その際は他の家電購入もあったので、あまりの出費に落ち込まないよう避けたのだったが、今日再び衝動買いの欲望が。
 結局、先日狙っていた椅子を購入。
 普通、作家諸氏の椅子は、仕事で1日のほとんどを過ごす場所なので、高級機種を使う方は多い。
 これまでおいらが使っていた椅子は、かなりしょぼかった。姿勢も座り心地もチープな物件だった。
 来週半ばに届く、この椅子によってモニターで観るDVDの頻度も多くなると踏んでいるところ。 

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2008年 08月 2日

たかじんnoばぁー

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 8月半ばのいくつかの身のフリを計画し、シミュレーション。
 深夜、DVD/BOXのプロモーションなのか、『たかじんnoばぁー』やってた。
 27時間テレビの未見のシーンを補足鑑賞し、ヘキサンゴン:ジミー大西登場のシーンに笑った。紳助とさんまのやりとりは、どう絡んでもおいらにとっては貴重。
 
 YouTubeの映像で、観たかったけど未見だった格闘技試合を観戦。

投稿者 yonezawa : 19:03 | トラックバック(0)

2008年 08月 1日

赤壁

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 雑務を終えた頃、妙に腹が減り、少し早めの夕食にいもやの天ぷら。
 未だにホール名が馴染んでいない『渋谷CCレモンホール』で行われる映画『レッドクリフ』試写会へ。
 2時間30分程度の大作で制作費は100億円超え。
 数年前にインタビューしたことのあったジョン・ウー監督は、かねてから映画界の至宝と信じる映画監督。
 この大作も試写状が届いてからかなり気になっていた作品だ。
 内容は「三国志」を描いたもので、元々物語に関して付け焼き刃なおいらは、背景、人物の配置をパンフレットで確認しながらの試写だったが、いつものジョン・ウー作品のように善と悪がハッキリ描かれており、テーマとなっている未来・友・愛がストーリーに絡む重厚な構成だった。
 このシンプルな構図こそ、作品づくりの肝の一つだと確信させられる。
 しかし、やや尺が長い感あり。そして見終えるまで知らなかったが、続編もあるよう。公開は11月だが、年を越えての後編公開で完結となる模様。

 しかし、このホール寒すぎ。
 冷房の効きすぎで、Tシャツ1枚のおいらは片手を袖から抜き去り、腹の上で温めながらの鑑賞。どんな空調なんだ。
 そのせいか、余計な思考が働く分、物語に集中できないシーンもたくさんあり、残念な思いをする羽目に。
 
 終演後、映画評論家でライターで映画伝道師の佐藤睦雄(ムーちゃん)と一杯。
 映画に関して彼ほど情報を持つ男は稀だと思う。
 とにかく知りたい、かつ、知らない映画情報を聞きまくり。彼と飲めば毎度、速射砲のような語りのバトルを毎回行うこととなる。
 初めてムーちゃんと遭遇したのは、イギリスはロンドンのテリー・ギリアム監督インタビューの道中だった。
 前にも書いたが、それから3、4度ぐらい彼とは取材の際、遭遇するのだが、すべてが同じ映画の海外取材だと言う偶然が続き、それなら次回は是非(東京)新宿で飲もうやという話になった。
 今日得た映画情報もどえらい話ばかりだったが、1日明ければ大抵話の1/3程度しか記憶しておらず。
 ムーちゃんと持ち寄った妄想が企画として成就させられれば、かなり有効だと思うのだが。

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