2008年 06月 30日
上半期終了
2008年上半期終了。
デザイナー:Mちゃんと近況情報交換。
銀座:Gはここら辺の相場価格よりも1/2、あるいは1/3程度で収まるような良心的な飲食店。
かつてこの店のカウンターにいた若き板前:Sはもういないが、他店で修行中の彼を連れ立ち、今度は客としてここへ遊びに来る日もそう遠くはなかろうと信じている。
ゴールデン街の重鎮:ゆうじさんに紹介され、初めて訪れた新宿三丁目のSはオープンしたてのバーで、実に心地よい雰囲気を醸し出す良質物件であった。
帰宅後、今週取材の材料を整理しつつ居眠りをこき始めた深夜、床につく。
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2008年 06月 29日
掃除機・電子レンジ・PC周辺機器・携帯
休日の駅周辺付近は混み合っていた。
車で大型家電店の地下駐車場に駐めようと向かうものの、建物を大きく2周しても「空車」にはならず。断念し隣店舗の総合駐車場へ。
この1年以内に、立て続けに故障してしまった家電類の購入にやってきた。
店員の説明を聞く度に、瞬間その製品分野に長けたごとく知識を得るのだが、掃除機の場合、トップ・プライオリティと考えていた吸引力の数値が最も高いナショナルの製品を迷わず購入。
あらゆるパンを焼ける大型オーブン・レンジは以前に購入澄みなので、一通り日常的にこと足りればよかろうと考えた電子レンジもたまたまナショナル製品に落ち着く。
続けてパソコン・モニター取り替えのため、純正の接続アダプターを購入。ついでに予定ではなかったのだが、こうした大型家電店のマジックなのか、すでに3年近く使用期間の迫ってきた携帯も衝動的に買い換えることに。
そもそも今日以前に想定していた購入希望機種とは大きくかけ離れ、現場で様々な機種を見て確かめるうちにコロコロと意識が変わった。
Rちゃんを考えるに、やはりカメラ機能として画像解像度が最も高い機種を優先。プラス、使い勝手を考慮し、これまで使っていたメーカーの品に決定。
購入以前の最優先必須事項であった国際ローミングは断念した。本製品がお財布携帯として機能出来るのかはまだ知らない。
もはやパソコンと同等の機能を備える厄介な物件と化す現代の携帯。
そんな恐ろしいスピードで刻一刻と移り変わる現代のやんごとなきシロモノに、粗方対応してくる我がおふくろの有するスキルには驚かされる。
さて今から30年後、その頃の十代、二十代が扱う最先端のサブカルチャー、ツールの品々について行くことが可能なのか。その頃の自分がおふくろ並みのスキルを有する自信はまったくもってなし。
奈良の誇り:NFとときめくメールをやりとりしながら、携帯写真の解像度を確認。
NF問い合わせのあったプロツールス(Pro Tools)とは、まずこちらで確認を。
http://ja.wikipedia.org/wiki/Pro_Tools
深夜まで携帯の説明書と格闘しつつ、不可解な認識を残したまま床についた。
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2008年 06月 28日
電化製品
「昼間か夕方には今日も喰うべし!」と決意しながら荻窪『丸長』を目指し、結局買い物等を澄ませた夕方、夕食としてつけ麺爆食。
西東京界隈へ必需品の買い出し。食料品の値上がりが益々シャレにならない様相を思わせる中、スーパーで品々補充。
明日は、先頃壊れた電子レンジと、これまた続けて故障しかけている掃除機購入の予定。
偶然今年は電化製品が軒並みくたびれた年となった。
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2008年 06月 27日
同級生+A
大会社Tのエリート・サラリーマン:HHはおいらの高校時代の同級生。
すでに彼の誕生日は過ぎ去ってしまったのだが、たまたま千葉のAとの飲み話が持ち上がったタイミングで開催の運びに。
馴染みの欧州料理と赤ワイン。
一々「何を語ろう」と考えながらの会食の席など本当ーに稀だが、その真逆の「何を語ったのか覚えていない」程、この3人による語らいの摩擦のなさは感動的でさえあったのかもしれない。
高校時代より25〜26年が経過しながら、HHの印象は真面目に当時と何ら変わりなく、あの十代の頃も、もしかしたら社会に出た後の、人としての度量を身につけていたのではかろうかと錯覚してしまう程、おいらの中でヤツは変わらない存在だ。
おいらの知らない世界、分野についての広く深い知識や理解は半端ではなく、その上自然体な物腰で、世代・性別の分け隔てなく老若男女からの絶大なる信頼を勝ち得る稀な“物件”ときた。
今回、1年半以上の再会となったA。感慨深い時間が流れゆく。
出会って10年前後の時間が経過した今、彼女の成長ぶりと魅力は、成長の止まってしまったおいらから見ても一目瞭然の感触となって知らしめられる。
誕生日当日に贈り物という発想は至極当然ながら、おいらは贈呈したき方々には、思い立った時期に、あるいは贈呈すべきと思しき品を見つけた時に購入し、想いを果たすことを基本理念としている。なので毎年誕生日の周辺、あるいは全く関係のない日の贈呈・到着となる。
このあいまいの時期がおいらは好き。第三者が誕生日当日に“構えなくて”すむのだから。
2次会は、H馴染みのカウンター・バーへ移動。西麻布。
贈呈の品の1つ…彼らが聴くことを想定して編集したオリジナルCD−Rをかけていただき、酒の肴に。
こうした“オリジナル音源の編集”は、かれこれ34年ぐらい昔からやってきたので、合計するとその本数は天文学的かと思われる。
第三者を相手に「この曲はヤツの心に響くハズ」と勝手に想定して、曲を編集するのは昔から嫌いじゃなかった。
「米澤さん、私の姉に贈呈したカセット・テープ収録の『フォトグラフ/デフ・レパード』はとても有効でしたぜ」と、美しき姉を持つ某妹に言われた十代の頃には、えらく勝ち誇った気分になったものだ。
っといった錯覚の記憶も何もかもが懐かしい。
うん十年昔のカセット・テープへの編集作業は、iTUNES全盛期の今考えるに、数倍の労力を要した。曲目のインデックスすら1文字づつシール状の文字を擦りつけ、構築した事もあった。
タイプライターでパンチミスをすると、また一から打ち直しだった。ワープロが登場した時にはその利便性に驚かされたものだった。使用目的は編集カセットのインデックスがメインだった。
LP、あるいはラジオ番組のオンエアー楽曲から1曲づつダビング作業を行うわけなのだが、その辺りの葛藤と闘いは、海陸先生のこの件↓が全て同感なのでサイトを参照。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~spiceman/Music/igotyour.htm
HHとAが帰宅し、眠りに着く直前に「何曲目で寝てしまったのか解らなかった…」ような状況で聴いてもらえたらそれなりに冥利なのである。
投稿者 yonezawa : 11:57 | トラックバック(0)
2008年 06月 26日
The Nanny Diaries
映画『私がクマにキレた理由』鑑賞。
シャリ・スプリンガー・バーマン&ロバート・プルチーニという、実はよく知らない監督なのだが、“スカーレット・ヨハンソン主演”っと言う、謳い文句に導かれた。
今をときめく23歳の女優:スカーレット・ヨハンソンは、先頃なんとアルバム『Anywhere I Lay My Head』をリリース。
アルバムは、すべてがトム・ウェイツの楽曲10曲をカヴァーした内容となっており、デヴィッド・ボウイもヴォーカルで参加と、さすがに豪華。
本人のヴォーカルはというと、プロツゥールスの恩恵による部分も大きいのではと即座に想像させた。ただ楽曲にトム・ウェイツを選択する思い切りの良さをして、ただ者ではないオーラをビンビンに放ってはいた。
映画は『Match Point』のようにときめく内容ではないものの、良き意味で想像通りの印象。公式サイズが身長163cm/体重54㎏とあり、やもすればとたんに太ってしまいそうな体型が彼女の大きな魅力の一つのであるのかもしれない。
“Nanny”=子守り。つまり“ナニー”とは、ベビー・シッターを指す単語であることを初めて知った。
試写会後、フリーの編集者:MKと待ち合わせ。今月前半渡米した、彼女の海外取材エピソードを伺い近況を語り合う。
投稿者 yonezawa : 19:48 | トラックバック(0)
2008年 06月 25日
Y帰国
24日分の入稿を日付の変わった25日午前1時過ぎに終えた。
編集:Fを捕まえ、久方ぶりのサシ酒へ。
新宿『シンクロニシティ』で乾杯。
おいらよりおよそ1年半、子育て経験値の長いFのアドバイスは、時にどの育児書よりも役立つ実感。
音も、映像も、漫画も、それ以外のカルチャーにしろ、Fの睨む視点なりセンスは、おいらまわりの仲間内でもおいら好みであり、常々参考とさせてもらっている。
幼なじみと言ってよいおいらの九州時代の連中とも、場合によってはおいら抜きで飲む機会もあるF。おいらの書いたライナー・ノーツの検閲はFに毎度お願いしている。
バーのある地下から地上に出ると、携帯に2通のメールと着信が。
発信元の1人は映画監督:トラヴィス。内容は「まだ飲んでますか?」だけだったのだが、問い合わせてみると「NYからYが帰国している」とのこと。
早急に合流するべく彼らのいる居酒屋へFと向かった。
ここからが長かった。
通常、午前2時まで営業の店『闇太郎』に到着したのは3時30分を回っていた。
「Y、お帰り!」っと乾杯を交わすうち、外は白々しく夜が明ける。
いつもは先ちゃんのための特別営業時間ながら、今回は初めて先ちゃん不在で配慮。マスターのご厚意により、我々がお開きするまで営業を延長してくださった。
いつもの場所でいつものノリで、結局早朝も早朝の時間に終宴。
投稿者 yonezawa : 15:09 | トラックバック(0)
2008年 06月 24日
京王線:国領駅
昨日夜、京王線:国領駅下車。現在、『コミック乱』にて『御誂 人情幕ノ内』を連載中の漫画家:昌原光一と久々の再会を果たした。
彼は、20年以上ビッグコミック誌に執筆される『総務部総務課 山口六平太』の作者:高井研一郎を師匠に持つ。
この日、奇遇にも先生&担当編集者と共に、仕事後軽く一杯やっている席に合流する形に。
その昔、国領駅の隣の駅:布田にあった「武蔵野音楽学院」というスクールに2,3日だけギターを習いに行った事を思い出した。
たった2,3日で辞めたのは、習って初めて理解した「習う意味を見いだせなかった」理由によるものだった。
この辺を通過すると、いつも彼の日のことを思い出す。
丁度、単行本の表紙を描き上げた高井先生による“恒例マジック”を酒の肴に、爆笑の一時が贅沢で嬉しい。手塚先生の手伝いをなされた時のエピソードの感慨深さ。
日本が世界に誇る大天才にして努力家、あの手塚先生が、当時どういった用紙に執筆されておられたかのレア証人談が実に興味深い。
高井先生は赤塚不二夫作品の、多くの主要キャラのペン入れを担ってこられた方でもある。
当時のスクリーン・トーンは粘着力が強すぎ、剥がすと紙ごと剥がれてしまうぐらいの悪精度だったそうだ。剥がすための液体状の道具も勿論ない時代の頃。
歴史に残しておくべき素晴らしき生き証人の語らいを間近に聞く機会を得られ、嬉しさと感激でいっぱいだった。
昌原の連載も好調。インターネットにある某書き込みにも嬉しい件を発見し、あの作品に興味を持って連載に導いてくださった他誌編集者にも感謝の気持ちでいっぱい。
終電を無くしてしばらくした頃、早めのおひらき。
バー(2F)の1Fにあった“良さげ”なラーメン屋に惹かれ一人飛び込み、塩ラーメン。
醤油ラーメンのつもりが、おいらの前に常連らしき男が券売機で買ったのが塩ラーメンだったので、急遽塩ラーメンに切り替えたのだった。安直にしてスリリング。
その男、席に着くなり「麺固で」と付け加えたので、おいらもそのまま真似して「麺は固めでお願いします」とピタリと後に続いた。
博多のFから矢継ぎ早に届く携帯メールに、律儀に返信しているうちに塩ラーメン到着。
一口、二口食す。…??? なんら至って普通の塩ラーメンであり…。
完食し、トイレへ。
入って驚愕。なんと内鍵が、あの懐かしい?形のバーを輪っかに通すタイプの、実に昭和なヤツなのであった…まさに便所の鍵。
本日午前起床。
Rちゃん1歳半検診のため、かかりつけの病院へ。
入稿、日付が変わって終了。
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2008年 06月 23日
THE WHO
梅雨入りしながらそれほど激しい雨天に遭遇していないのがラッキー。
いかにも降りそうな空模様の昼下がり、地下鉄大江戸線を経由し六本木へ。駅直結の駅ビル内試写室へ5〜6分の遅刻で潜り込み(ごめん!)、映画『カンフー・パンダ』正式鑑賞。
主演:ポーの声優を担う俳優:ジャック・ブラックのtoo muchな(声の)リアクション及び演技を期待して鑑賞。その期待値が高かったか、思いの外彼にすればノーマルなテンションだった。
物語は端的にスピーディーに描かれ、日本の子供達がこの作品をどう評価するのか楽しみ。
ああ〜『スピード・レーサー』が早く見てぇ。
鑑賞後、やにわにF氏より携帯着信あり。
今年11月、THE WHOの武道館公演が決まったそうだ。
「チケットを頼むぜぃ!」とのメッセージ&来日公演のニュースを得たおいらは即座に関係者各位へ問い合わせ。
無事、大勢分のチケット入手確約を得て一安心。
公演は6才未満(未就学児童)の入場不可。
メンバーは、ロジャー・ダルトリー(Vo),ピート・タウンゼント(G),サイモン・タウンゼント(G),ジョン“ラビット”バンドリック(Key),ピノ・パラディーノ(B),ザック・スターキー(Ds)。
つまり2004年のロック・オデッセイ出演時と同じラインナップを予定しているようだ。
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2008年 06月 22日
家電、相次ぐ故障
冷蔵庫に続き、電子ジャー、そして一昨昨日電子(オーブン)レンジも故障した。
食パンを焼くためトースターとして使用する際、レンジの扉を微妙に半開きしないとスイッチが入らなくなった。
騙し騙し使えばなんとかなるのかもしれないが、昨日新聞で読んだ「三洋電機製の電子レンジから発火する事故」を知ると、知らない瞬間に発火するんじゃないかと危惧してしまう。
改めて商品を確認すれば、「シャープ:オーブン・トースターRE-F585」92年7-12月期製。と記してある。
もう16年間近く使っていた機種であった。
まずは試しに修理相談センターへ問い合わせた。課金される有料通話のメーカー電話番号にかけ、待つこと数分。
結果、修理の部品は、基本発売より8年間のストック分しか対応出来ないケースが多いとのこと。
ならばと諦め、スタンダート商品の相場を知るべくネット確認。
ともあれ近々に購入せざるえない運びの予感。
スーパーからバターも消え失せ、ガソリンの価格は右上がりのまま。
いよいよ首相以外の議員が口にし始めた消費税・増税問題も出来レースなのか、議員によって発言の“割り振り”があるのか。しかし結局「ボチボチ上げるんだよ」という布石を打ち出しているとしか思えない印象だ。
「まだ消費税を上げる時期ではない」と言う意味合いの発言をしている政権与党議員の真実の真意は本当なのか。ちゃんと止めてくれるのか。
仮に近い将来、仮に増税となってしまった後、「与党内でも闘ったが、結局力足らずで…」という絵が今の段階から見えている気がしてならない。
選挙前に「消費税は上げない」発言をした議員がいても「上げない保証」がないことは与党の歴史が証明している。何も誰もあてにならない。
それより前に、“埋蔵金”を掘り起こせ。特別会計を見直せ。翌年の予算を確保するためだけに「使い切る」ことを使命としている行政の有り様を何もかも正せ。
(肝心の国内主要労働者が勤務する時間帯に放映される、テレビ中継自体にも問題有りと長年思っている)国会中継と同時、当事者官僚が公に登場する答弁の場を作り、逐一放映し、例えば天下り問題等についての対処をどう行うつもりなのか、一切合切国民の前に、ビジョンと結果とを報告してほしい。
でないと、様々なメディアで取り上げられる山積する問題の着地点がないまま、うやむやになったままではないか。
もはや四の五の言わせず、明日から一斉に天下りというシステム自体の社会悪を全てなくしてしまえ。
形だけの勤務で、団体を移籍する度に何度も何度も多額の退職金を貰い受け、世界一下品な生き様を続ける己の恥を知れ。
私腹を肥やす天下り連中だけにこうして理不尽なまま税金が投入されるぐらいなら、その分75歳以上の医療費にそっくり回せばいいじゃないか。
そうした改善が成されるならば、彼らより若き世代がその医療費を幾分負担する割り振りは、納税者のどの国民も基本的に反対しないのではないか。消費税への考え方も同じ事。
議論は必要だろうが基本原則としてそれが正解だと思わざるを得ない。
「75歳以上の医療費は無料」話はそこから考えるべきだ。
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2008年 06月 21日
丸長
久々の休日『丸長』。
午後1時過ぎに到着。入口には10名ほどの行列が。
ところがシャッターは下りたまま。シャッターには貼り紙もなし。通常なら午前中から営業しているハズなのに「まだ営業前だったか?」と不審に思ったが、ともかく列があることで、とりあえず車を駐車させ最後尾に並ぶ。
客はどういうわけだか厨房出入口前から並んでおり、依然として正面入口は閉ざしたまま。
どうも中は通常営業の様子で、厨房扉から客は出入りしている模様。厨房扉から数名の客が出てくると、その人数分中に客が入ってゆく。
「どういうことだろう?」「扉が壊れたかガラスが割れたのか?」おいらの後ろに並んだ子連れの4人組も理由が解らず、おいらに尋ねてくるものの理由がわからない。
やがて順番が来て中へ。シューマイ等を作るコンロの横を通り過ぎていつものテーブル席へ。
相席の机に腰掛け、つけ麺とシューマイを注文。今日も格別の調合日。
帰り際、店のおばちゃんにで出入り口の件を確認したところ、土日はおやじさんとのたった2人だけの営業なので、出入り口は厨房からとし、人数制限をしながらのペースで営業している旨の話を伺った。
『丸長』やはり美味い。未だかつて『丸長』をしのぐつけ麺には出会っていない。
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2008年 06月 20日
トラブル
気怠い起きがけ。
夕方の編集部は席替え中。編集部の班変えが行われ、おいらは隣の席に平行移動。
この機会に多くの資料類を整理しながら、破棄する書籍等を無理から探し出し、埃まみれのデスク周りを整頓。
自宅部屋もそうだが、恐ろしい程埃の溜まったパソコン等の裏側を見ると、普段どんだけ悪い空気を吸っているのかと危惧される。
以前、休日なりの清掃を担うおばちゃんにいただいたぞうきんが、こんな日に威力を発揮する。前回の大掃除の時に使ったぞうきんをちゃんと保管しておいてよかった。
「捨てるならあげないよ」と言って、おいらにぞうきんを贈呈してくださったあのおばちゃんの“勿体ない”は正しい。
終電前の夜、電車移動で総武線を使おうと東西線からJR中野駅へ。
いつものまま乗り換えようとしたところ、中央線のトラブルで次の電車まで30〜40分はかかりそうな案配。
ホームに溢れる乗客の数は見る見る間に広がり、超満員状態が懸念される事態となったので、バス移動はなかろうかと改札を出た。
ところが考えてみれば時間は23時30分頃の時間帯だったせいで、バスはすでに終わっていた。
やむなくタクシー移動かと乗り場へ行けば長蛇の列。
こうなると余計意地でも早く移動したくなり、駅から200m程度離れた幹線道路まで徒歩移動し、タクシーから降りた客と入れ代わるように拾ったタクシーへ乗車。
このタクシーもたまたま上手いタイミングで拾えた1台だったのかもしれない。
たった1時間足らず電車が止まっただけで、市民の足はとたんに不憫に陥る。
きっと電車は相当な詰め込み具合で中野から高円寺方面に向かったはず。何十年経とうとも満員電車にこなれないままのおいら。
満員電車に乗るのがいつまでも下手なのだ。
投稿者 yonezawa : 21:20 | トラックバック(0)
2008年 06月 19日
タイミング
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電車がJR吉祥寺駅に到着した矢先に携帯が鳴った。テンホーちゃんから夜食のお誘いだったのだが、彼は今、吉祥寺駅前にいるのだという。
見張られていたかのようなタイミングで、約束もしていないままふいに電話をもらったわけなのだが、わずが1分で合流した。
いきつけの居酒屋『闇太郎』へ。カウンターにはこれまた偶然遭遇の先ちゃん&編集者が。
やがて招集されたタムタムが合流し、ズミーも合流。常連の久住さんもこの飲み会に加わった。
河岸を変え、『スカラベ』で山崎さやか嬢合流。思いの外酔ってしまったおいらは、お開きになる少し前に帰宅。
書籍『八日目の蝉/角田光代』読了。得体の知れぬせつなさがお腹いっぱいに募った。
投稿者 yonezawa : 03:08 | トラックバック(0)
2008年 06月 18日
ダウンロード
Firefoxの存在を知り。自宅pcはズムーズながら編集部pcはイマイチ立ち上がりに不備あり。
マウンテン、アージェントの紙ジャケ到着。嬉しい。
乃木坂へ行ってしまったSONY MUSIC洋楽部に感謝。
S社:Kよりお願いしてあったR.ストーンズ関連の基調な書籍、VTR等の資料到着。この資料はおいらは受け取るより、漫画家:高橋ツトム(or 写真家:有賀幹夫)が保管すべきと、早速彼宛に送付。
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2008年 06月 17日
最終電車
神楽坂:出島で夕食1時間。
総武線で原稿取りに伺い、東西線最終電車で帰社。
入稿後、編集:Tに誘われ、T行きつけの新宿のバーへ飛び込むと、大先輩編集:Sさんがカラオケ熱唱中。
思いがげないメンバーで、河岸を変え梯子酒。
思い出したのだが、おいらはSさんに色々と仕事に関する質問があったのだった。
先日、別部署に異動となった編集:Yも交えた3人飲みを次回是非、実現させましょう! と、次回酒宴の約束を交わし、しらふで帰宅。
投稿者 yonezawa : 03:07 | トラックバック(0)
2008年 06月 16日
JOHNNY D GOOD
友人で映画ライターのむーちゃん(佐藤睦雄)がジョニー・デップのムックをリリース。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4862141919/
mouviebuffchr-22/ref=nosim/
この書籍はおいらが語るよりも本人のコメントが正確無比なので、mixiの彼の記述をそのまま無断転載↓。むーちゃん、献本感謝!
昨日、パークハイアットでディアブロ・コーディを取材したあと、紀伊国屋書店(新宿本店)で平積みされているのを見ました。銀座の書店にもいっぱいありました。赤い表紙は目立ちますね。
Amazon.co.jpにも追加注文分が入ったようで、即日配送できる態勢になったようです。
『JOHNNY D GOOD!』は、ジョニー・デップの魅力が詰まったオールカラーのピクトリアルムックです。写真がいっぱいです。
写真は全部で152点ほど(アンド佐藤友紀さんお借りした写真1枚)。
GETTY IMAGESのWIREIMAGE4600枚、AFLO FOTO2500枚から選びました。
映画スチルは全て、膨大なTHE KOBAL COLLECTIONから選びました。
本当はもっと使いたかったけど、予算限度額いっぱいでした。
ジョニーの監督作『ブレイブ』などの扱いが少なくなったのが残念でなりませんが。
ジョニー・デップの場合、イメージをエージェントとマネージャーが徹底的に管理しておりまして、使いたいポートレイト写真があっても、申請して許諾を得るまでに半年なんてザラで、本当はもっと使いたかったカッコいい写真があったのですけど、あきらめたものもあります。
グラフィックデザイナーは『SWITCH』のADだった山下リサさん。膨大な数の写真をカッコよく並べてくれました。
編集してくれたのは堀香織さん。面倒な編集作業に勤しんでくれました。
『DVDでーた』でジョニーの小冊子を書いた時の担当、平井万里子さんには逆に「A to Z」(小辞典)をお願いしました。
3カ月間ぐらい毎日ジョニーの写真を見たし、DVDをチェックしていました。
その軌跡をたどる試みは、ジョニー・デップの俳優人生を一気に目の当たりにする楽しさがありました。
書店でお見かけしたら、ぜひ手にとってパラパラながめてください。
文章をほぼキャプションっぽくし、1回目は写真集として、2回目は読み物として楽しめるようにつくりました。
投稿者 yonezawa : 12:24 | トラックバック(0)
2008年 06月 15日
アリスのカヴァー
午後、コミックス入稿のため編集部へ。
1Fの受付でデザイナー:Tと遭遇。
表参道ヒルズにはまず縁のない生活ではあるが、今回初めてB4の専用駐車場へ車を駐めてみた。意外にも日曜日の昼下がりなのに並んで駐車場に入れる混沌ぶりではなかった。勿論人出は多いのだけど。
W社:Mさんとは、昨年12月の、LED ZEPPELINロンドン公演でご一緒した間柄という関係になる。
休日の本日、原宿アストロホールで、彼のバンドがカヴァー・ライヴを行うと聞いていたので、仕事の帰りこっそり覗いてみることに。
彼らは、今回『スーパー・アリチュ』というバンド名で、アリスのカヴァーを演った。
我々の年に一度のお祭りイベント『失速バンド』とも趣向がかなり似ており、会場では知り合いのレコード会社の者、おまけにおいらのギターも作成してくれるESP:石井ちゃんとも偶然遭遇した。
Rちゃん同伴で観戦したのだが、彼女は無心にステージ上のアマチュア・バンドの熱演を見つめていた。その横顔に1曲の半分ぐらい一々見とれるおいら。
それなりの音量で演奏されるライヴ空間。合間にRちゃんに耳打ちして少し言葉を投げかけたら、いつもの回答が返ってきたのが妙に嬉しかった。
食事を終え、午後9時過ぎに帰宅。
お風呂上がりのRちゃんがようやく寝静まった頃、引き出しの小物、書類等の破棄及び整頓保存をおっぱじめ、これまで気持ちの悪かった散らかったままの引き出しスペースがやや整理され、ほんの少し爽快な気分になった。
夜中、母からのE-MAIL拝受。
更に深い深夜、amazonより告知のあった「格安ゴム印作成・購入」のお知らせに、まんまと乗せられてしまった。
投稿者 yonezawa : 12:24 | トラックバック(0)
2008年 06月 14日
旧譜
チャーの旧譜すべてをiTunesに取り込んでいなかったと、ほとんどのチャー関連のアルバムを読み込ませた。
ジムのプレイも今一度チェック。こんなドラマーが近くにいたら出音と恋愛するぜ、間違いなく。
ネットサーフィンしてたらサイケデリックスのベスト盤がリリースされているようで、これほど情報が氾濫していながら、肝心の好みのおさえるべき音源を遅れて知るという、妙なパターンも多し。先日のスモーキー・メディスンのライヴも直前に知ったぐらい。
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とある昼下がり、リビングにポツンとおむつが置かれてあった。
アールのついた着用澄み的形状で。
でもRちゃんはズボンを履いたまま。「ままが着替えさせて、うっかりそのままにしてたんだな」とタカをくくり、Rちゃんのお尻にタッチしてみたら、Rちゃんおむつを履いてないではないか!
「なんだ、脱がせたらちゃんと着せなきゃ」「一体ままは何をやってるんだ!」と思いこんだ。
本日夕方、「あちゅいあちゅい」を連発するRちゃんが腰の辺りをしきりに上下に上げ下げしている。その度に「みちみち、みちみち」っと音がし出した。
やがて、ズボンの裾のくるぶしの辺りから、ズボンを脱がないまま着用していたおむつをスルリと取り出したのだった!
謎が解けた。Rちゃんはもはや自分自身でこんな所業を行うことが可能となっていたのだった。闘いは続く…
投稿者 yonezawa : 12:23 | トラックバック(0)
2008年 06月 13日
Slap My Hand
昼、JR中野を経由し編集部へ。
コミックス原稿入稿、RIZEインタビュー記事作成。
午後7時、ミッドタウン内『ビルボード東京』へ。
ここでライヴを見るのは2度目だが、会場への最短の行き方を2度とも迷う。
1Fなりに明確なるインフォメーションがなかなか見あたらないので、単に4Fと言われても、3Fまでしか行かないエレベーター等があったりで不親切。
ここら辺の飲食店:店構えの雰囲気も好きになれない。
ここのところライヴ観戦要員と化すMも迷った末到着した模様で、入口で待ち合わせ。『“Slap My Hand” special session Jimmy Copley & Char with Paul Jackson / Yoshinobu Kojima / Micky Moody 』の会場へ。
先日のSMOKY MEDICINEのライヴを見逃してしまっていたので、今回の主役:ジム・コープリー参戦のライヴだけはかなり前から意識してチケットを購入していた。
入口ではパス申請したものの、席のインビテーションを申請しなかった随分久々のライヴ観戦となった。
アン・ルイスなり、サイケデリックスなり、チャーのソロでも証明済み。
破格のタイム感で作品の質を最上級に押し上げるドラミングを聴かせるジムの技量は世界唯一無二。
チャーがジムのドラムスを聴いた瞬間、バンドを作りたいと感じた気持ちが重々伝わってくる。他に代えが利かないからだ。
他面子にしてもチャーのバンドとしてはベストと行ってよい。
いつ見ても圧倒的存在感でたたずむベーシスト:ポール・ジャクソン。アメリカ人のプレイにしか聴こえない圧倒的センスとスキルを有するキーボード・プレイヤー:小島良喜。ゲスト・ギタリストで登場したミッキー・ムーディはスライドで沸かせてくれた。
そして、どのステージに立っても結局の主役となるチャーのキレのよい圧巻のプレイは、今日特に際だっていたように感じさせた。
やはり最終日がバンドとして最も温まっている感じだ。
「この面子でワールド・ツアーしかない」とはライヴ中感じた素直な気持ちであり、楽屋で真っ先にチャーに伝えた言葉のひとつがこれだった。
いつの時代でもステージの違う“かっこよさ”を発散するチャーという日本人ギタリストの存在感は、北野武の意味合い同様、世界へ向けた日本の誇りだと常々感じている。
楽屋ではわずかの時間ながら全てのメンバーと語る機会を得、フェンダーのアコースティック・ギターのボディ裏に全員のサインを拝受。このサインはおいらのためのものではなかった。
突っ込みの厳しいチャー兄とも久々にゆるりと語る機会を得、ラッキーだった。「漫画家の先生(江口寿史兄)、元気?」と聞かれたので、また先ちゃんとの飲み会セッティングしようかな。
しかるに格段レア物件と化したそのギターを抱え、まずは新宿『池林房』で酒ごしらえ。
そして、ロック・バー『シンクロニシティ』のOちゃんへ、先ほど戴いたサインつきのアコギを太っ腹贈呈。
今年4月28日、目出度く10周年を迎えた『シンクロニシティ』のOちゃんへの、おいらからの、そしてチャーの祝福メッセージの入ったギターをプレゼントしたのだった。ちょっと遅れたけど。
オレンジで描かれたメッセージのフレーズはマスキングから塗装に至るまでおいらの手作りだ。
第三者に向けて、こんな面倒なことをこの年代になってもやれることを自覚する。
たった一人で10年間、つまみもナシの酒だけでロック・バーを貫き、借りた借金もすべて完済してしまったという話はしばらく前に伺っていたのだが、この10周年をお祝いする輩が誰もいないと伺い、本人も特別なイベントを考えていなかったと聞いた。
オープンを待って常連となったおいらとしては、このお祝いを黙って見過ごすわけにはいかなかった。
同い年のあなたの所業は立派です。Oちゃん、10周年おめでとう!
歌舞伎町〜はなまるうんどんで解散。
投稿者 yonezawa : 12:22 | トラックバック(0)
2008年 06月 12日
瑠璃の方船
70年代、学生だった頃の夢枕獏さんの自伝的小説をコミック化した作品『瑠璃の方船』はスーパージャンプ誌へ掲載され、先だって目出度く連載完了。
最終話はスーパージャンプ増刊号『Oh スーパージャンプ』で55Pのヴォリュームで幕を閉じた。
連載終了を祝い、打ち上げで銀座の大分料理屋へ。
この機会には作画:海埜ゆうこさん他アシスタント2名、合計5名での会食を開催。
連載時期こそ最もこうした機会を得られないパターンが多いので、今日は貴重な空間だ。
原作小説に感銘を受け、この作品は女性漫画家に漫画化されるのがベストだと、女性の作家を色々妄想した結果、海埜ゆうこという秀逸なる作家によってコミック化された『瑠璃の方船』は、小説版ともまた趣の違う傑作として成就。
入稿途中、涙目になりながら若き主人公の置かれた立ち位置に、少なからず共感を覚えた。
若き日の“迷い”ははかなくも美しい。夢枕獏さん、海埜ゆうこさんに感謝。
単行本瑠璃の方船』2巻は7月4日発売。小説版も文藝春秋社より文庫発売中。コミック全1〜2巻で大いに泣いてほしい。
投稿者 yonezawa : 12:20 | トラックバック(0)
2008年 06月 11日
Hiromi's Hands〜In To The Wild
昨日同様、午前8時30分、付き添いのため近くの内科病院へ。
昨日今日と同じ病院へ点滴の付き添いにやってきたのだが、まさにその点滴で亡くなった方がいらっしゃると報道されるニュースが気がかり。
5月25日に記し、欲しかった洋書書籍『Hiromi's Hands』をamazonより入手。
温かい線で描かれたイラスト、そして隣に添えられた英文はオイラの楚良のスキルでは簡単には読めないけど、愛らしい様子が率直に伝わる良き物件。
映画『In To The Wild』試写鑑賞。http://www.intothewild.com/
(※関連サイトより内容抜粋)…「1992年4月、一人の青年がアラスカ山脈の北麓、住む者のない荒野へ徒歩で分け入っていった。4ヶ月後、ヘラジカ狩りのハンターたちが、うち捨てられたバスの車体の中で、寝袋にくるまり餓死している彼の死体を発見する。彼の名はクリス・マッカンドレス、ヴァージニアの裕福な家庭に育ち、2年前にアトランタの大学を優秀な成績で卒業した若者だった。知性も分別も備えた、世間から見れば恵まれた境遇の青年が、なぜこのような悲惨な最期を遂げたのか?クリスは所有していた車と持ち物を捨て、財布に残った紙幣を焼いて旅立つと、労働とヒッチハイクを繰り返しながら、アメリカを北上し、アラスカに入ったのだった─」
投稿者 yonezawa : 18:33 | トラックバック(0)
2008年 06月 10日
無念
訳あって家事の雑務に奔走。
Rちゃんを、セメント袋を担ぐ要領で右肩に担ぎ、西友までひとっ走り。
意味不明の単語でレジのおばさんにニコニコ話しかけるRちゃんを見て、おばさん何度も吹き出してた。
買い物を済ませ、大量の食材を左手に抱え帰宅。
Rちゃんの昼食は野菜たっぷりの炒飯&サラダを作成。椎茸、青梗菜まで混在させ、栄養値満点の炒飯にサラダのトマトをぺろり。
日に日に食べる量も増え出し、おやつも麦茶も大変食欲旺盛。
夕食は肉野菜炒め。食材を細かく切って味付けを超度薄めに仕上げる以外は、ダイエット中の女性くらいは食べるのではなかろうか。
親が若干弱りだしてはきたものの、ともあれRちゃんが良好なことは大事だ。
JCDX『瑠璃の方船』2巻入稿作業本格化。
鳥取遠征でテレビを見なかった1日に起こった東京・秋葉原の無差別殺傷事件。絶句。記者会見を行った容疑者両親もいたたまれないが、何の縁もゆかりもない一般市民の無念たるや筆舌に尽くしがたし。
かけがえのない命を無意味に絶たれた被害者のご冥福を祈るばかり。
投稿者 yonezawa : 18:31 | トラックバック(0)
2008年 06月 9日
鳥取取材4〜帰京
飲み過ぎであることは昨夜中からの記憶がすべて飛んでいるせいで理解していた。
午前10時20分にシャワーを浴び、必死でロビー待ち合わせの11時に間に合わせ、昨日まで散々言ってた鳥取カレーを昼食に。
鳥取駅発のバスに乗車し、空港へ。福岡空港も市内から激近だが、鳥取のアクセスも近くてとても便利。
フライト時間まで最後の土産等を購入しつつ一路東京へ。Nさん、大変お世話になりました。
羽田着。即刻編集部へ帰還。
デスクの中に届けられた原稿に写植を貼り込み入稿作業で頭グルグル。
デスク周りの雑務整理、メールの整理、精算、コミックス原稿の入稿段取りとやること山積み。帰宅は深夜。激疲労困憊。
投稿者 yonezawa : 18:02 | トラックバック(0)
2008年 06月 8日
鳥取取材3
各々午前中を自由行動とし、おいらは駅構内のうどん屋で昼食を。
13時ロビー集合。
昭和の面影残る集落の地を訪問。
いくつかの家屋が隣接してあるが、まるでおいらの祖父が健在だった頃の住まいを彷彿とさせる場所だった。
薪をくべてお風呂を沸かした最後の世代がおいらたちなのかも。
沢山の写真を撮る最中、昔の黒電話の事、農村集団電話(略称:農集電話)の事が脳裏をよぎる。
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鳥取市歴史博物館の隣にある「樗谿公園(おうちだにこうえん)」の広大な森林敷地が、とても市街地そばの環境とは思えないほど立派。
もう少し日が暮れなければホタルの飛来する時間にはならないようだったが、資料写真をたんまり撮影。
鳥取市歴史博物館の壁の黄色はこの景色にミスマッチ。
昨日見た、明治40年に、旧藩主池田家の別邸として建てられたというフレンチルネサンス様式の白亜の洋館『仁風閣(じんぷうかく)』がクールだった。
大正天皇の宿舎として建てられたとも聞いた。島根県松江市訪問の時にも感じたが、無軌道に市街地探索するのに優れた街なんだと思う。
山陰の印象は良好だ。
夕食にはイタリアン。地元北条砂丘で栽培した葡萄を使った『北条ワイン』が美味しい。
食後、ホテル帰還組を見送り解散。たった一人で地元のバーでも探検しようと繁華街徘徊中、偶然コーディネートしてくださったNさんと遭遇。
良質のバーを紹介いただき、2件の梯子酒。1件目の若きマスターが2件目に駆けつけ、おいらの相手をしてくれた。記憶はすでに無し。鳥取市民が温かい。
投稿者 yonezawa : 18:02 | トラックバック(0)
2008年 06月 7日
鳥取取材2
3人部屋に聴こえてきた河のせせらぎ。
いつも一人で寝る習慣があるせいからか、ほとんど一睡も出来ずに朝を迎えた。こんな時、神経質な己の性質が鬱陶しい。
起きがけの午前8時、温泉で寝たままの頭をサッパリと喝。
8時30分朝食。おかずの量が多い。ご飯軽く三善。
10時出発。今回、Nさんが我々を完全サポートしてくださり、車でドア・トゥ・ドアのスケジューリング。感謝。
三徳山・投入堂には登らず経由だけし、目指すは鳥取砂丘。こんな自然がこの日本の山陰にあるという現象自体が不思議だ。
砂丘の最も高いポイントまで上り、海岸の景色とその反対側の景色を見つめながら、めい一杯写真に収める。
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昼食。他のスタッフは全員蕎麦を食し、蕎麦アレルギーのおいらだけうどん。
地元の書店等を経由しながら、谷口さん生家跡地も通過。ホテルへ。
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17時45分ロビー集合。夕食会の席へ向かう前、谷口さんご両親へご挨拶する機会を得、待ち合わせの居酒屋へ。
地元の市長を初めとする蒼々たる方々が集結。このセッティングには少し驚いた。様々な方々との名刺交換を経て2件目へ。
ここ鳥取の食べ物もとても美味い。醤油は南九州地方のたまり醤油のような濃厚さで、鹿児島、宮崎の味付けに共通するこの地の食文化を知る。
ホテル近くの「チョコレート」というパブで軽く一杯ひっかけホテルへ。間髪入れずに爆睡。
投稿者 yonezawa : 18:02 | トラックバック(0)
2008年 06月 6日
鳥取取材1
10時30分起床。JR神田〜浜松町を経由し、羽田空港へ。
待ち合わせの1時間も前に到着してしまった。
チェックインしゲート・イン。鳥取行きの搭乗ゲートは入口より一番遠くの70番。滞空時間およそ1時30分前後で鳥取空港到着。早い早い。
漫画家:谷口ジローさんの故郷であるここ鳥取には初めてやってきた。
編集2名にキュレーター:Kさんの計4人。明日遅れて編集:Yが合流の予定だ。
空港には、谷口さんの古くからの友人:Nさんが迎えにきてくださった。
温泉宿に向かう途中、現在、フランスで映画化のプロジェクトが進行しつつある漫画『遙かな町』の舞台になった町を探索。
むげん堂チックなカフェでお茶して、山陰・三朝温泉の旅館『大橋』へ。
昭和七年創業の名の通り、風情のある趣の温泉宿。食事の前に即刻温泉に浸かり、こうした旅館にすれば遅めの20時30分より夕食。
山陰地方の食材もとても口に合うし美味しい。
食後、谷口作品『父の暦』でもいくつかのシーンとして記憶する、えらくマニアックな床屋及び温泉商店街を闊歩。
まさに谷口作品の漫画の中を散歩しているような錯覚に陥る。
投稿者 yonezawa : 13:15 | トラックバック(0)
2008年 06月 5日
送別会
長年、我が編集部のリーダー的ポジションにおられたFさんの送別会を会社界隈の神保町で開催。
常に冷静沈着な方で、彼が怒った姿をおいらは知らない。
Fさんのノーマルな有り様こそが、おいらにとって最もROCKなスタイルに映っていたのかもしれない。
Jさんからの贈る言葉を聞いた時は、ちょっと胸に去来するものを感じた。
Fさんの“人脈”はFさんの“人望”によるもの。Fさんという魅力的なリーダーに巡り会えた奇跡に感謝。
体調のコンディションもあり、今少し控えているという酒をまた酌み交わせる日が、今から待ち遠しいのだ。
終演後、Fさんは業務へと帰還され、おいらたち飲み足りない組の2次会は、近くのレストラン・バー。
初披露だそうな、編集:Yによる弾き語りオリジナル・ソング「ふぃーる・えに・もー」が思いの外よい出来で、Yの知らない局面をかいま見た。
3次会には三宿界隈へくり出し、メーターの振り切った相当な酒量に加え、居眠り輩も出現したので即刻解散。
投稿者 yonezawa : 13:15 | トラックバック(0)
2008年 06月 4日
The Presidents Of The United States Of America
残念ながら、ソニー・ミュージックの主催するコンベンションにたどり着けなかった昨日、出前の弁当を食べそこねてしまった。
「どこで何を喰おう?」とテーマをあれこれ妄想し、一人遅い時間帯に食べる絵を想像したら、どうにも侘びしい気持ちになった。
自分一人なら松屋だ吉野屋だ、御法度のラーメンだ…という即席喰いになってしまうのが常。
結局、遅い時間になった頃、テンホーちゃんと合流。遅い夕食におつき合いいただいた。
The Presidents Of The United States Of AmericaがEMIに移籍し、新作『These Are The Good Times People』リリースの情報を得た。
しかも彼ら、FUJI ROCKに出演する模様。知らなかったよ、そんな情報。
WOWOWは今年からFUJI ROCK独占中継からの撤退を決めてしまった。かつ、今年、特に現地で取材対象者としておさえねばと必要に迫られたバンドも、現時点では見あたらなかったせいもあり、取材申請は行っていなかった。
ファースト・リリースの瞬間から虜にさせられたThe Presidents Of The United States Of Americaに会う機会は果たしてあるのか!?
本日夜、G社:俊英:T&編集者で彼女のNちゃんと飯。
Nちゃんがとても品格のある美しい女性だったのがとても嬉しかった。同じ空間にいる際の、彼女を取り巻く“温度”にとても育ちの良さを感じ、機転の利くクレバーな女性であることを瞬時に理解した。
深夜、もう一つの約束があったため、たった一軒での解散となったが、Tの行く末も彼女が隣についていさえすれば問題なしと確信を抱いたのだった。
場を銀座へ移し、最終的に恵比寿で会談。
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2008年 06月 3日
週刊少年ジャンプ
昨日の赤ワインが良い物件だったのか、思いの外体内アルコールは蓄積されずラッキー。
明け方寝たのにいつもよりも早めに目が覚めた。
JR吉祥寺駅のエスカレーターを上がる途中、ふと階段を振り返ったら先ちゃんの手がけた人気コミック「ストップ!! ひばりくん!」の一コマが。
週刊少年ジャンプも創刊から40年。どえらい時間が経過したものだ。
小学生時代、少年ジャンプと少年チャンピオンの2冊がおいらの愛読書だった。
江口寿史の名は、彼の投稿作品掲載の瞬間から明確に記憶している。おいらこそがリアル・タイムに漫画を貪り読み込む熱い読者だった。
複数の学校を転校する学生時代だったが、現:薩摩川内市で出会ったおいらの作詞を手がける海陸もおいらに負けず劣らず漫画(彼は小説も)への造詣が深く、江口寿史に関しては、本人がコメントする、“少年ジャンプの目次コメント”を毎号切り取り、スクラップしている程の徹底ぶりだった。
この着目点に関してはおいらも完敗。
後に先ちゃんと酒を飲む仲になった頃、このマニアぶりを海陸がカミング・アウト。
ともかくおいらにすれば、あのジャンプ熱から30数年間の時間が経過している。
中学生の頃、週刊少年ジャンプへ一通の質問を記した葉書を送ったことがあった。
増刊号で発売されていた「愛読者賞作品特集号」を買いそびれてしまい、「編集部に在庫はありませんか?」といった質問内容だった。
しばらくすると、当時同誌の第3代編集長であった西村繁男氏より、「俺の空」の絵はがきで直筆の返事が送られてきた。
子供達にとって最も有名な雑誌の、しかも編集長から、一読者であるおいらに返事が送られてきた事が何よりも衝撃で、おいらはそれ以降益々ジャンプを信頼したものだった。
縁あって集英社にお世話になることになった後、当時同じフロアにいらっしゃった西村さんにその葉書のことをお伝えする機会に恵まれ、なんとも感慨深い気持ちになった。
今でもその葉書はデスクのシートの下に保管している。
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2008年 06月 2日
BEAT GENERATION
恒例の年1ライヴ・イベント:失速バンドの季節がやってきた。
この日のためのリハは4回。おいらが参加して初めてのメンバーとなる鍵盤:Sを導入した6人編成で本番に挑んだ。
午後4時20分からのリハを終え、一旦編集部で雑務。
本番直前に楽屋入り。1年ぶりの再会となる面々。嬉しい。
今年の「BEAT GENERATION」は、オンタイム午後9時より『The Ocean』でスタート。
リハーサルの懸念など何もかも吹き飛ばす圧巻の声量でシャウトしまくる吉田宏。本番にここまで強いのは毎年の話。
最前列の外人女子が大受けで盛り上がっている姿が見えた。
MCでその事情は語られたが、今年最後の曲にはクイーンからのトラックをチョイス。
トータルわずか20分程度だったが、基本LED ZEPPELINを完奏。K野、A野、さち、さら、吉田兄、ご苦労様。
ご来場のすべての皆様には大いなる感謝の気持ちでいっぱい。Thanks!
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1.The Ocean(LED ZEPPELIN)
2.Ramble On(LED ZEPPELIN)
3.The House of Holy〜Black Dog(LED ZEPPELIN)
4.We Are The Champions (QUEEN)
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2008年 06月 1日
プーさんね! プーさんね!
ロンロン内を歩き、ファンシー・ショップを通過するとRちゃんが「プーさんね! プーさんね!」と声を荒げている。
「どこにプーさんいる?」いないじゃんと思えば、斜向こうにディスプレイされた水筒を入れる筒状グッズの顔がプーさんだった。
プーさんとワンワン(NHKの犬キャラ)とアンパンマン(発音がおぼつかなく、マンマンと発音)だけには目ざとく反応のRちゃん。
このケースでホントーにあらゆる場所でよく発見するのだ。世の中にはこんなにプーさんがいたのかと思うほど。
彼女の思考はもうプーさんでいっぱい。やむなく2000円もする高価なグッズを購入。
西友で買い物を済ませ、Rちゃんの大好きなお風呂に入ったのは22時を回っていた。
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