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2008年 01月 14日

成人式

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 川嶋残念! WBAスーパー・フライ級王者:アレクサンデル・ムニョスにまさかの判定負けとは…。
 ひいき目の視点を差し引いても、おいらの採点ではチャレンジャー:川嶋勝重の完全な判定勝ち。
 後半、毎ラウンド終盤での川嶋のボディ攻めには胸が高鳴り、明らかに後半パンチの流れ出したムニョスの印象よりも確実に川嶋の優勢を感じさせた。
 着実にポイントを重ねていたと信じていたのに。
 川嶋がこの試合に向けてどれほどのトレーニングを積んできたのか、試合内容でその充実さと濃さがビンビン伝わってくる素晴らしい内容でもあった。
 
★関連サイトより…「世界ボクシング協会(WBA)スーパーフライ級タイトルマッチ12回戦は14日、横浜市の横浜文化体育館で行われ、同級7位で元世界ボクシング評議会(WBC)同級王者の川嶋勝重(大橋)がチャンピオンのアレクサンデル・ムニョス(ベネズエラ)に0−3の判定で敗れ、王座奪取はならなかった。日本ジム所属の世界王者は5人で変わらず」

 今日で川嶋は32勝(21KO)7敗。報道によれば試合後引退を表明したそうだ。
 川嶋勝重、素晴らしい世界チャンピオンだった。


 一歩も外に出なかったので外気の温度は知らなかったが、相当寒い日だったようだ。
 もう24年ぐらい前になろうか。福岡県中央区の成人式会場に着ていったスーツが初めて着たスーツだったろうか。
 当時、東区在のKと、同じ地区で中学の同級生:Fと3人で撮った記念写真をこの時期になると思い出す。
 十代で先輩男子:Kとアパートを借り、やがて一人暮らし。
 当時の住まいは6畳一間にキッチン4畳半程度。風呂とトイレがついて家賃2万7千円のアパート。
 わずかの給料だったが何も不自由は感じなかった。
 なかなかまともなバンドが作れず、ついに20歳を目前に上京を決めるのだが、その時も何の不自由も不安もなかった。
 ホーム・シックとも無縁で、「なるようになるやろ」っと、振り返れば今日までがあっという間に過ぎ去った感覚だ。

 あの頃、初めて作った預金通帳を久々に引っ張り出し中をパラパラ。母と春山の名前が心を温かくする。
 わずかばかりの預金額をまるで気にしなかったのも二十歳前後の頃。

投稿者 yonezawa : 2008年01月14日 16:04

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