2007年 12月 31日

新年間近!

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 おふくろ手作りの壁掛けを毎日眺めている。
 毎日、ラックの一番下段からCDを引っ張り出し、無造作に50枚ぐらい絨毯にまき散らす。
 ウルトラマン人形とチューナーを無許可で勝手に持ち歩く。
 たまにギターをつま弾(はじ)く。
 たまにストラトを倒す。
 同時に倒れる。
 家中の棚を明け、決まったモノを取り出す。
 くまのプーさんが大好き。
 スヌーピーも大好き。
 食欲旺盛快便良好。
 笑顔大良好。
 随分たくさん歩けます。
 
 1日の仕事が大変多い姫──
 日付が変わり年度の変わる瞬間、Rちゃんも新年を迎えました。

 みなさま、よい正月を!

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2007年 12月 30日

蕎麦アレルギー

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 例年通り様々な出来事のあった1年だが、最後の12月に来て、生・LED ZEPPELINのコンサート観戦は、感慨深き出来事となって記憶に宿ることとなった。
 
 直ぐに居眠りを誘う床暖。家で過ごす緩やかな1日。
 この記録を記すパソコンのあるギター部屋はいつも寒いので、休日のゆるやかなこんな日は簡単には睡魔に襲われない。

 蕎麦アレルギーなおいらなので、子供の頃は、おいらだけ年越しうどんとなっていた。今年は今日の内に「つけ麺」食べて締めくくろうと、早めの夕方、荻窪:丸長へ。
 ところが行ってみればすでにシャッターが半分降りており、「明日、お土産だけならOK」なのだと言う。しみじみと残念。
 「年明けに改めてお邪魔します」とおばちゃんに暮れのご挨拶を告げ、帰宅して久々のおでん。激美味。

 明日が大晦日だなんて感覚がまるでないなぁ。

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2007年 12月 29日

年賀状

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 13時起床。
 業者側のミスにより、本来一昨日上がるハズの年賀状がメイン写真が擦り込まれていない状態で上がってきた。
 哀しいことに二度手間となってしまった。さらに翌日(昨日)の納品を確認し、昨日の午後、編集部まで届けてもらった。
 業者:リスマチック九段下店は、集英社とは目と鼻の先だ。
 
 ここのところ、何年間も採用しているタックシールをヨドバシカメラで購入。
 100シート入りで3000円以上の価格。
 タックシールに関しては年に一度の印刷稼働かつ、PCシステムも入れ替えている場合もあるので、毎回手探り状態で宛名印刷するのだが、常に何パターンかの刷り間違いを経て、ようやく印刷完了。毎度毎度このミスの悔しいことといったらない。
 200枚強、料金別納ハガキに一枚ずつ添付の単純作業。ここから毎年4,5枚が先方に届かずに帰ってくるパターンも恒例だ。 

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2007年 12月 28日

THE 忘年会

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 昼食は、初めて訪れた中野のパスタ屋へ。
 美味しいパスタ屋は何軒でも認識しておきたいもので、今日の物件が一つ加わったことは、おいらにとっては大きな収穫。教えてくれたH、サンキュ!
 ミシュランだけを頼りにしてはいけない。
 
 正午、本年度最後の原稿を引き上げ、午後より入稿作業。
 入稿形態は最新のデジタルで作業し、製版所の方々も早く帰途につきたいのか、刷り出しが通常の半分以上のスピードで出力されてきて驚いた。
 上がる予定の原稿が今日まで読めなかったこともあり、年末年始の予定は何も決まっていない。
 夕方になるに連れ、閑散し始める編集部の空気がようやく師走を意識させてくれる感じだ。
 最終校正を終え、年度末最終の忘年会の席へ急いだ。

 すでに宴は2時間が経過。
 漫画家、映画監督、編集者、声優、イラストレーター、参加者の単なる友人、飲み友達etc...と異業種の者たちが集った大大大宴会。
 1年の最後に相応しい『THE 忘年会』の様相に酔いつつ、深夜終演を迎えた。

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2007年 12月 27日

ガスコンロ

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 業者に訪問修理をお願いし、キッチンのガスコンロ部分を修理。
 ある日からセンサーがおかしくなり、点火してもすぐに火が消えてしまったり、1カ所のコンロは異常に着火しにくい現象が起きていたが、午前中の修繕で解消された。
 修理費は1万円程度。高いとみるか安いとみるか。
 
 部内の各位、いらなくなった書類・書籍の破棄に精を出す。デスク周りを可能な限りシンプルに整頓し、それなりの師走の体裁つけて、明日入稿作業を行うネームのチェック。

 遅めの飯に行く途中、今まさしくネーム(ストーリー構想)真っ直中の漫画家より著作権に付随する問い合わせがあり、その件は明日、弁護士に確認しなければならない。
 
 銀座で和食をしこたま喰いちらし、大満腹で六本木ウィスキー乾杯。深夜3時ではタクシーつかまらず、馴染みのバーで5時近くまで時間をつぶし帰途へ。激睡魔。

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2007年 12月 26日

アセトアルデヒド

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 予感通り、午前中の起きがけに激しい頭痛で悩まされる。
 アルコール分解酵素が年々目減りしている実感。二日酔い全開。

 関連サイトを見ると…「酒を飲むとその成分エチルアルコールは肝臓に運ばれる。そこで、アルコール脱水素酵素によってアセトアルデヒドと水素に分解され、さらにアセトアルデヒドはアセトアルデヒド脱水素酵素によって酢酸と水素に分解され、最終的に炭酸ガスと水になって体外に排出される。
 このアセトアルデヒドという物質が血液中に増えると悪酔いの状態になる。つまり、お酒に強いかどうかはアセトアルデヒドを分解する酵素をたくさんもっているかどうかによって決まるのだ。
 本来、人がこの分解酵素をたくさんもっているかどうかは遺伝的に決まっており、鍛えたからといってお酒に強くなるわけではない。 そこを無理して飲みつづけていれば、当然アルコールを分解する肝臓に負担がかかってくるのだ!」

 とある。酒はたばこと違い「適量を守って飲めば百薬の長にもなる」と言われている噂を信じて、休肝日を設けながら師走の混沌(飲み会)を切り抜けたい所存。
 
 馴染みの寿司を緑茶でいただいたらば、大将が大層驚かれた。

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2007年 12月 25日

ちゃんこ鍋

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 掃除を終えた部屋のすっきりさに気分が和み、これまで外付けHD(iTunes)に取り込まずにいたCDを順次mp3保存開始。
 アルファベット順に並べたCDラックも、もはや順番の意味もないほどデタラメに山積してしまい、インデックスは収拾のつかないことになっている。
 パソコンへ、ミュージシャン名の頭文字Aから取り込み始め、Gまでたどり着いた時点で本日の作業は止め。
 取り込まないままスルーしたCDは、多分もう聴かないCDなんだろうなぁ。

 遅めの晩飯はデザイナー:Mちゃんと2人忘年会のちゃんこ鍋。
 1F座敷で、ほくほくの鍋をつつきながら芋焼酎で乾杯。すると編集:藤原がいきなりの登場で驚いた。偶然、漫画家:Oちゃんの忘年会を2Fで行っていたそうだ。
 新宿ゴールデン街へ移動し、Tと乾杯。再び、三丁目界隈まで戻った頃、記憶はかなり怪しい案配になり、翌日の頭痛を予感させた。

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2007年 12月 24日

クリスマスイブ

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 クリスマスイブの昼下がり、パルコの本屋で『THE GUTAR MAN Super Deluve Edition[シンコー・ミュージック・ムック]』『Real Wine Guide 2008年 01月号』購入。
 先ちゃんの描く『Real Wine Guide〜』表紙の女のコのクオリティが、思わず素通り中のおいらを振り向かせた。
 ほんなこつ、こん人の描くおなごはいっつも美人で目立っとんしゃぁ。

 既存ギター雑誌も、よほど内容が好みでなければ買うことのない昨今。
 『THE GUTAR MAN〜』のカラーページをパラパラ捲れば、これまでのエディ・ヴァン・ヘイレンの使用ギター物撮りがガンガン掲載されているので衝動買いに走る。
 それらと同じギターが掲載されている本など何冊も持っているのに、欲しい欲しい病にすぐ罹るおいら。
 学生時代、いつもこういう買い方をしていたことを思い出した。
 十代の後半、音楽雑誌には毎月2000円以上も使っていた時代もあった。

 エディ・ヴァン・ヘイレンのギター・プレイほど心を高ぶらせてくれた物件はかつてなかった。
 ツェッペリンの新譜を待ちこがれて買ったのが『イン・スルー・ジ・アウト・ドア』であるおいらの世代には、ジミヘンもジェフ・ベックも後追いだったので、目の前のトップ・プライオリティな存在は圧倒的にエディだった。
 どの世代にも、どのジャンルの者にも永遠にリスペクトされるエディがどれほど眩しい存在だったか。
 レス・ポール・ウィズ・フレンズのライヴ初っぱなに登場した、新婚当時のエディもよき映像だったし、ブライアンメイ&フレンズの「STAR FLEET」で共作したテーマ曲の気の利き方といい、カップリングされたブルース・トラックにフィーチャーされたギター・プレイの色気と言ったらなかった。

 テクニックは当たり前で、ギターのすべてが色気であることも、このエディ・ヴァン・ヘイレンから学んだのが、高校時代のおいらだった。

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2007年 12月 23日

警報機

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 昨日の宣言通り、昼食後に部屋の整理整頓開始。
 午後より、徐々に衣類、本棚、CDラック等の整理を行い初め、取り急ぎ最も機能させている部屋は、なんとか最後の掃除機がけまで終える。

 掃除をやり始めると、あらゆる細かい埃の箇所が気になってしまい、大概どんどんエスカレート。
 昨日、不意に切れたリビングの蛍光灯を取り外し、ゴミを可燃物と不燃物に振り分け、特に師走で大量につもり積もっているゴミ置き場へ奔走。
 しかし何故こんなにも部屋のあらゆる箇所に埃は溜まりまくるのか。

 義理母より届けられた高級羽子板に恐縮。
 義理母には以前も豪華ひな人形をいただいたので重ねて恐縮。

 夕方、隣接マンションの警報機が鳴り響いている。窓をあけるとけたたましいサイレン音が。窓から隣マンションを確認。しかしそれらしき気配はナシ。
 自宅マンションの警報機にしろ、突然鳴り出しても何故か危機感を抱く者が少ない感じなのだ。おいらは鳴ったら一応、戸外を見に行くけど。
 隣マンションのそれにしても、どうも同じ温度に見受けられた。
 サイレンは延々鳴り止まない。
 「いい加減やばいのでは?」と再び窓を開けると、やはり消防車が到着してきたではないか。
 1階の者と上階の者との話を伺えば、どうも「人のいない部屋で警報機が鳴っている」との話のようだが真相は判らない。
 やがて消火作業をすることもなく、消防署は再びけたたましいサイレン音を響かせながら戻っていった。

 夕べ「この番組こそライヴで見なきゃ」と考えていた『M1グランプリ』の頭1時間余りを、この騒ぎと部屋の片付けですっかり見逃してしまった。不覚。

 優勝は敗者復活戦からのはい上がった「サンドウィッチマン」。
 彼らの漫才の感想は以前ブログにも書いたが、深夜に初めて見た、彼らによるたった1本の漫才に思わず引き込まれた経緯もあったので、この優勝は少し嬉しい。
 当初、正直ルックス的に食いつきにくい印象だったが、突き刺すネタのカウンターに直ぐ振り向かさせられた2人組だった。
 M1では複数の出演者による“ここ一番”の漫才が勿論楽しみながら、コメントする審査委員の発言内容に同じぐらいの興味がある。
 もう、談志師匠もたけしさんも審査委員では登場しないけれども。
 サンドウィッチマンに対してはオール巨人が言った「完璧に近い」のコメント、優勝後の彼らに「泣きそうです」と語った島田紳助の気持ちも興味深いものがあった。
 鍛錬を積み重ね、一番の晴れ舞台で確かな実力を出しきれる者を見つめる視線には、何か得体の知れぬ大きな感動が含まれるもの。
 何のジャンルにせよ、得てして晴れの舞台などではそうそう簡単に全ての実力なんか発揮できないものだからだ。
 面白く笑った漫才を見て何故か涙に繋がるという現象が、十代の頃の感性と変わってきた最も大きなポイントだろう。

 冒頭見逃した1時間余り、見られなかった出演者のネタに重ね重ね大後悔。

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2007年 12月 22日

師走

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 8時にKを起こしつつ自分もその時間に一旦起きるものの、二度寝で14時近くになって目覚める始末。
 昼食を食い、ダラダラ1日を部屋で過ごす。
 Rちゃんの気分に付き合い、撮り溜めた映画や番組を見るだけで1日が流れた。
 某映画人に勧められた洋画を1本鑑賞。クライマックスのなさに「2時間無駄にした」と嘆きがら、HDの空き容量を増やさねば(アホ)と業務のような鑑賞で午前6時。
 家に居て一旦テレビガイドを見ると興味のある番組が気になってしまうくせに、外で飲んでいると見たいテレビ番組なんぞ何も思い出しもしない。
 プライオリティはこの20数年間、酒。

 いい加減に散らかりまくっている部屋の片付けをと前々から思っているが、ついに師走のこの時期まで気力が湧かなかった。明日にはなんとか。

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2007年 12月 21日

焼きチーズ

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 年内に顔を出せるか微妙だったので、今週中にお邪魔しておきたかった。
 21時を回る頃、銀座の寿司屋:魚彩へ。店内は激混み。

 魚彩は、そもそも何年か昔にKに連れられ初めて訪れた店だ。
 今日はそのKを連れ立ち、大将にご挨拶&乾杯。
 㐂六でつまみをつつきながら、初めて注文したふぐの唐揚げが美味。同じく普段はなかなか注文しないウニなども珍しく握りで頼んでみた。この店に座敷があればなぁ。

 Kと共に電車で吉祥寺へ移動。Hとの約束の場所へ。
 合流してレストランバーで赤ワイン。
 燻製のチーズが好きなのだが、ここにはなかったので焼きチーズ他を注文。
 なんだかとても自然で居心地よい時間が流れてゆく。
 あまりに気分がよいと、その時話した内容をすっかりそのお店に置き忘れてしまう習性があり、明日の記憶も少し心配。やや飲み過ぎたが気持ちはベスト。
 H、ご苦労さん!

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2007年 12月 20日

クリスマスコンサート

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 ★村治佳織クリスマスコンサート
 日時:2007年12月20日(木)19:00開演
 会場:紀尾井ホール(東京)
 ゲスト:古川展生(チェロ)

 曲目:トロバ:ラ・マンチャの歌、ソル :グランド・ソナタ ハ長調Op.22、シューベルト:アルペジオーネ・ソナタ(チェロ&ギター) 他…

 村治佳織のスキルは今日も素直に素晴らしかった。
 奏でる端から“あちらの景色”に惹き込まれせる印象は格別だ。とは言っても、ヴィヴァルディにもシューベルトにも造詣の浅いおいらにとって、やはりメロディの知っている曲が断然印象に残るのは仕方がない。
 アンコール曲『星に願いを』、『ホワイトクリスマス』が特に心を和ませた。
 難なく超絶技巧をこなす村治佳織のスタイルに今日もため息。

 コンサートが終わり即帰社。午後11時過ぎまで雑務。
 ロードショー編集部のスタッフと合流し、遅めの飯を共にした。午前1時に結構喰ってしまうおいら。
 帰宅途中、先ちゃんに連絡をとれば、西新宿の超高級マンションで漫画家、編集者他、出版関係者が集ってホーム・パーティ中との情報を得る。
 場所を伺いFさんのパーティへ抜き打ち参加。それにしても30数階にそびえるこのマンションの各部屋から見える夜景がもの凄かった。
 入口にはホテルのレセプションのようなスペースがあり、夜中なのにエスカレーターが上下共に動いている。

 久々に再会を果たした仲間なり初対面の方々と、時間の許す限り語り合うイレギュラーな夜更け。

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2007年 12月 19日

覚醒

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 満足に寝られない、ここんところ。
 昨日の入稿は今朝3時過ぎに終わった。帰宅して5時過ぎ就寝。9時30分起床の4時間睡眠では眠気がさっぱり取り祓えない。

 午前中に荻窪病院へ赴き、用事を済ませダッシュで中野へ。
 某重要案件打ち合わせを2時間弱で終え編集部へ。
 1月半ば発売号の入稿原稿を随時チェック。
 
 20時より新宿の鍋料理屋でコミック『SIDOOH』忘年会開催。

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2007年 12月 18日

25ユーロ

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 昼下がり、吉祥寺までRちゃんとお散歩。
 「バイバイ!」と笑顔で見送りされて東西線に。

 You Tubeを見れば、12月10日ロンドンでのツェッペリンの動画がほとんどアップされている。ふたを開ければ何のセキュリティ・チェックもなかったのだから、この事態は判っていたことながら、こうもあからさまだとどうにも複雑だ。
 これらの映像で、果たしてあの日の空気が伝わるのか微妙だが、オフィシャル映像も収録しているはずだから、そのうちソフトでリリースされるのだろう。

 凄いのが、ネットオークションの<eBay>によれば、現在使用済みのチケットが125ユーロ(2万円)で取引されているとのこと。

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2007年 12月 17日

音響

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 ロンドンの夜を共有した音楽ライター:H氏、そして初の酒席に招いてくださったU社:T氏とLED ZEPPELIN忘年会開催。

 そもそもおいらは、ギリギリまで渡英するつもりではなかったことから、本来H氏よりコンサートの土産話を伺う趣旨の会であったのだが、急遽飛ぶことになったので、場はライヴ観戦会となった。
 洋楽ロックに関して、ものすごい内容と情報とエピソードを知りうる彼らとの音楽話は尽きることがない。
 退屈しないロック談義。遠慮のいらないロック談義。

 O2アリーナでコンサートを行う際、ジミー・ペイジは事前に足繁くコンサートに通い、ホールの音響をくまなくチェックしたそうだ。
 エルトン・ジョンのコンサート時の、バランスの良い音響を元にツェッペリンのステージ音響構築に努めたのだそうだ。
 ともかく何から何まで抜かりのないステージであったことは事実で、秀逸なるプロデューサーでもあるジミー・ペイジの有り様を指し示すエピソードだ。

 レッド・ツェッペリンと同様に、我が国・日本におけるチャー(ジョニー・ルイス&チャー/ピンク・クラウド)という存在の重要さを、今一度再認識してみた夜更けだった。

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2007年 12月 16日

理不尽

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 長崎・佐世保乱射事件のニュースに震撼。
 事件前から無二の親友といわれていた友人が加害者に射殺され、実行犯本人は教会の敷地内で自殺。
 自殺への道連れということなのか。なんて勝手な取り返しのつかない行為なのだ。

 webサイトで集まった見ず知らずの男達に、何の縁もゆかりもない方が無差別に殺害された事件と言い、まったく予測も防衛も出来ない事件の数々。

 非加熱血液凝固因子製剤によるHIV感染事件の悲劇。
 薬害C型肝炎訴訟にしろ、原告側は、約170人の原告を含め、約1万人とされる薬害C型肝炎の被害者全員の救済を求めている。

 何も防止策のない後を絶たない事件は、勿論いつ誰の身に降りかかってくるのか判らない。
 運命というにはあまりにも理不尽な多くの事件に、いたたまれなさだけが募るばかり。

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2007年 12月 15日

大韓航空機爆破事件

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 午前7時まで続いた昨夜の宴に午後まで爆睡。
 しかしまったくI徳も元気な男だ。暮れか新春に自宅を訪問してやることにしよう。
 
 上機嫌のRちゃんと久々のお風呂を済ませ夕食。

 夜、大韓航空機爆破事件を扱った番組土曜プレミアム特別企画『大韓航空機爆破事件から20年 金賢姫を捕らえた男たち~封印された3日間~』
 概要「1987年11月29日――北朝鮮工作員・金賢姫らによって大韓航空機が爆破され115名の命が犠牲になった。あれから20年、封印されてきたもうひとつの真実が明かされる!!」を見た。

 海外から帰国したばかりの、飛行機が身近な感覚にある最中、こうした航空機事故の番組は心象に厳しい。
 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の工作員「金賢姫=蜂谷真由美」が時限爆弾を仕掛け、飛行中に爆破させたテロ事件であることは公然の事実となっているはずなのに、この事件は多くの部分が闇の中となっている。
 
 日付が変わった頃、コミックス入稿のため編集部へ。誰もいないフロア内で、深夜3時を回るまで入稿作業に没頭。

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2007年 12月 14日

くるみ割り人形

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 ゆうぽうと簡易保険ホールで12月15日(金)~17日(日)まで行われる「くるみ割り人形(牧阿佐美バレヱ団)」初日公演を観戦。
 バレエはニューヨーク在住のダンサー:Kの出演する公演以来、初めてだ。
 埼玉よりIも観戦に駆けつける。
 地元のチャーミングな友人:Hが出演する本格的ライヴを初めて見る機会を得た。
 
 尾を引く時差ボケの案配と、気圧の変動でやられた右耳の不具合もあってか、公演冒頭に奇妙な睡魔に襲われるものの、2部構成の舞台を堪能。
 まるで絵画のようなビジュアルと、非常に優しいオーケストラの生演奏が優雅な世界観を構築している。
 肉体への鍛錬を重ねた者が得るスキルを目の当たりにする種類の感動は、音楽、映画とはまったく多種多様。
 H、お疲れさま。

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2007年 12月 13日

LED ZEPPLIN特集記事

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 いきなり入稿が明日と迫るLED ZEPPLIN特集記事、そしてこちらもおいらが夏頃から企画・温存してきた「クラシック&ジャズ美女大特集」記事のグラビア構成に終始没頭。
 加えて、1月刊のコミックスJCDX『瑠璃の方船』入稿も重なり、もうボロボロ。

 当初、本日予定していたK社K、H、それにIっちゃんとの、楽しみにしていた4人忘年会の席に合流することなぞ、早くから環境が許してはくれず、結局明け方まで終始デスク・ワーク。
 時折届けられる、写メールに写った面々の弾けた笑顔を呪いながら、明け方、差し込む日の光を睨んだ。
 それにしても、まさか ZEPPLINのライヴ記事について書く日が来るとは…。

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2007年 12月 12日

LED ZEPPELIN3

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 正午成田着。
 高速バスの待ち時間までカツカレーで時間調整。

 午後、出社後、デスクの原稿・郵便物山積み具合にやや萎えつつも、怒濤の原稿書きに入稿再開。
 容赦なしの待ったなし。
 
 江口兄、S社:F氏とのミーティングを兼ねた夕食へ同席し、軽く一杯いただくものの、時差ぼけも甚だしく2件目に河岸を変えた瞬間から怒濤の睡魔に包まれ、非常に名残惜しい気持ちとは裏腹に、勝てない眠気を優先し帰途へ。

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2007年 12月 11日

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 午前7時起床。
 8時に朝食をいただき、9時にヒースローへ。
 チェック・インは自動券売機にて。
 パスポートの顔写真のページを機械へ通しボーディング・チケットを出力。
 このチェック・インの仕方は初めて。
 免税店のフロアで食べたパスタが激不味。
 ヴァージンは行きも帰りも空いてて、ついてた。

 映画『オーシャンズ13』『トランスフォーマー』鑑賞。
 およそ12時間の飛行に耐え難きを耐え…

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2007年 12月 10日

LED ZEPPELIN

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 正午まで部屋で読書、そしてシャワー。
 外は曇天。
 日本では絶対に見ることのない、独特の不気味な色の空だ。
 Hightstreet Kensington駅構内モールでサンドウィッチ、コーラをテイク・アウト。
 再び部屋で続きの読書をしつつ午後2時50分、待ち合わせのロビーへ。

 中学時代、それこそLED ZEPPELINを初めとする洋楽ロックをNHKのラジオで“教育”してくれた、音楽評論家:渋谷陽一氏との遭遇がとてもラッキーだった。

 午後3時、O2アリーナへ向かう。
 到着後、午後5時、スタバでカプチーノ待機。
 あの渋谷氏と、いみじくもツェッペリンのコンサート前に、しかもこのロンドンの現地で音楽話をする機会に恵まれた時間は貴重だった。
 中学時代に聴きまくったサウンド・ストリート等の思い出話を、この機会に彼に伝えることが叶った。
 渋谷氏DJのラジオがなかったら今のオイラは無かった。あの体験がなければロック・ミュージックに目覚める時期が、もっと遅れていたかもしれない。
 プレイヤー以外で、おいらの音楽見識に関し、多大なる影響を与えてくれたのが渋谷氏のラジオ番組であったことは揺るぎようのない事実だ。

 午後6時30分、Hゲートより入場。
 話題の沢尻エリカ嬢も並びの席で観覧スタンバイ。
 
 19時過ぎに始まったコンサートには、フォリナー、ポール・ロジャース、ビル・ワイマン、パオロ・ヌティーニ等が参加。
 セットチェンジの後、21時、ジミー・ペイジ、ロバート・プラント、ジョン・ポール・ジョーンズ、ジェイソン・ボーナムの4人がステージへ現れる。

 このコンサート詳細は、来年1月17日発売「週刊ヤングジャンプ7号」誌上に4C2Pのリポートにて掲載予定。

 「そのキーに、そのリズムだったらそれしかナイ!」というリフレインを最もたくさん創造・生産したギタリストがジミー・ペイジだ。
 おいらのツェッぺリンの認識はまずそこにある。

 彼の創作したリフの構造は、近年に至るまで進化という進化は何もなく、ツェッペリンの楽曲の構造・アレンジが、後の多くのロック・バンドの創作する楽曲の原型として確立され現在に至っている。
 これまでどれほど多くの男(とあえて限定)たちが、ジミー・ペイジのリフについて議論してきたことだろう。
 E Keyに対して「これしかない!」という出来映えのリフの、琴線の触れさせ方は、もう魔法としか言いようがないほどだ。
 そのリフには必ず“歌っている”リズムが感じられ、オリジナルのリフを創作する場合、多くのバンドがツェッペリンのリフの呪縛から脱却することが至難の業となるのだ。
 
 かねてからそのスキルは実証済みだったジェイソン・ボーナムのドラミングも素晴らしいの一言で、ともかくLED ZEPPELINにハマり過ぎなほど。
 彼は父親のスキルをすべて受け継いでいた。
 「よくぞボンゾは彼を遺してくれたものだ」と心で感謝した。

 まさに至上最高のダイナミックなイブニングが過ぎていったのだった…
 あのレッド・ツェッペリンが21世紀に完全復活を果たした、文句なしの125分-全16曲。感無量──

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2007年 12月 9日

LED ZEPPELIN リハーサル観戦

 午前8時起床。部屋のカード・キーは磁気の部分をスライドさせるタイプのもの。
 1Fで朝食。〜午前9時。
 部屋に持ち帰ったリンゴを囓りながら、再び10時30分頃まで仮眠。
 昼前起床。時差ぼけの頭をシャワーで起こす。

 正午チェック・アウト。
 気分転換に徒歩で30分ほどかけて、本日より2泊のROYAL GARDEN HOTELへ移動。
 621号室へチェックイン。近くのマクドナルドで昼食をとり、午後1時、ロビーでW社:F氏と合流。

 約束の午後3時55分、フロントで伊藤政則氏、W社の方々と合流。
 雨模様の中タクシー搭乗。
 明日コンサートの行われるツェッペリン・ライヴの、なんとリハーサルを観戦するべく02アリーナへ向かったのだった。

 ここからが大変だった。
 市街地は超激混み。「午後4時までに到着しなければゲートを閉める」と先方関係者に散々お達しを受けていたのがW社担当者:F氏だった。
 異様な混み具合の道中、車中から携帯で確認を仰ぐF氏。結局、到着は午後4時30分。心が焦る。
 ゲートHまで激走。ところが辿り着いたならば、まだまったく開場すらしておらず、リハ観戦のチケットを入手した者たちが長蛇の列を成している。
 結局、時間のアバウトさには救われたのだが、後に気づくIDチェックの酷さ(再三に渡る告知だけで何もチェックはなし)には恐れ入った。
 カメラ、録音機材等の持ち込みは禁止と強いお達しがあるのは判るが、携帯電話もきつくNGとされれていた。
 今日日携帯では、カメラ機能はおろか録音まで出来てしまうので、この規則も致し方なかろうと思うのだが、明日、一般客20000人分の携帯を一時預かり入場となった日にゃ、一体、スタートは何時になるのか! と危惧された。
 リハのIDに関しては結局意味不明のままノーチェック状態で、しかも蓋を明ければ「誰でも入れるじゃん!」的ゆるさで入場したのだった。
 まぁ見れりゃ問題はない。
 
 ステージには、本当に普通ーにサウンド・チェック中の4人がたたずんでいる。あまりにも唐突に。
 写真で見たまま、ジミー・ペイジは白髪だ。
 得体の知れぬ緊張感を背中に感じながら、ひな壇のスタンド席で100名以上の観覧者と共に2曲鑑賞。
 ギター、ベース、(ジョン・ポール・ジョーンズの)鍵盤もよいバランスの音色ながら、ジェイソンのドラムスも実に心地の良いスネアの音を聴かせる。
 明日のライヴの仕上がり具合を感じさせてくれた。
 ジミー・ペイジが引き上げたのを見届け、我々も開場を後に。

 マーチャンダイズ売り場で、すでに販売を始めていたイベントのLED ZEPPELIN-Tシャツ£20、コンサート・プログラム£20を購入。それにしても高い〜。
 それほどの人数がいたわけではないが、この購入だけで1時間以上待たされた。
 恐ろしく非合理的な販売システムに驚愕の思いだ。イギリス人の極端な“欠け方”はまったく不思議。

 O2アリーナ最寄りのGreenwich駅よりジュビリー・ラインで地下鉄移動。
 日本料理屋『菊』で夕食。門構えに反比例し、内容は期待はずれ。
 タクシーに相乗りし、ホテルへ帰還。

投稿者 yonezawa : 04:44 | トラックバック(0)

2007年 12月 8日

アーメット・アーティガン トリビュート・コンサート

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 本日、正午より東京不在につき。
 現地にパソコンは持参しない上に、工夫もしないのでPC宛のメールは12日夕方まで確認出来ません。
 更新は13日以降になります。
 案件は、『アーメット・アーティガン トリビュート・コンサート』
 つまり、レッド・ツェッペリン再結成ライブ@ロンドン、見てきます。

 取り急ぎ!
*****************************************
 午前6時50分、出発。高速バスで成田へ。
 空港内で不味いカレー喰って風邪薬を購入。昨日から喉の痛みが気がかり。
 保証金1億円の保険に加入。追加料金15000円でexit シートを確保。これで12時間、前方の席に人のいない環境は得られた。
 正午発のヴァージンに搭乗し、定刻離陸。

 機内では、映画『バブルへGO』『ゴーストライダー』『ダイハード4』等を鑑賞。
 半日、この生きにくいスペースで過ごす覚悟を伴った気合いを入れながら、正味12時間を経てヒースローへ到着。
 生きている内に、この渡航時間が半分ぐらいになる日が来ないモノか。
 税関で音楽ライターの保科さんと偶然遭遇。信じられないことに、彼はマジでこのチケット『アーメット・アーティガン トリビュート・コンサート』が当選したのだそうだ。彼も同じ便だったのか。
 ペットボトルの水を2本購入し、雨模様だったのでタクシーに相乗り。双方のホテルを経由してチェック・イン。
 今回は、初日宿泊のホテルと、2日目以降宿泊のホテル:ROYAL GARDEN HOTELが違った。
 シャワーを浴びて午後7時、ROYAL GARDEN HOTELへ。W社:F氏と打ち合わせのため、待ち合わせた。
 合流後、タクシーでF社:M氏、F氏らと夕食の店へ移動。
 席には、株式会社ニッポン放送相談役の亀淵昭信氏、主にヘヴィメタル・ハードロック(HM/HR)を専門とする日本におけるこのジャンルのパイオニア的存在の音楽評論家:伊藤政則氏らも。
 1966年頃、留学先のサンフランシスコでジミ・ヘンドリックス、クリーム等のライヴを実際に観たという亀淵氏のエピソードにはぶっ飛んだ。「ジミ・ヘンドリックスも2,3度見てるかなぁ」なんて、一体どんな環境なんだと驚かされた。
 伊藤氏との絶妙な間の会話がとにかく新鮮。彼らを紹介いただき、とてもラッキーな時間だった。
 勿論全員、今回のLED ZEPPELINを見るために渡英したのだ。
 
 W社様、ご馳走様でした。2件目には移動せず、旅の疲れと時差ぼけを癒すべく午後10時過ぎにはホテルへ帰還。
 即爆睡。

投稿者 yonezawa : 20:23 | トラックバック(0)

2007年 12月 7日

Happy Birthday

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 Happy Birthday to you
 Happy Birthday to you
 Happy Birthday dear R chan & Miyamoto Emiri chan〜
( http://playlog.jp/emirimiyamoto/blog/ )
 Happy Birthday to you

投稿者 yonezawa : 20:26 | トラックバック(0)

2007年 12月 6日

生涯のコレクションは1000枚に限定

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 東銀座でRちゃん向けにピッタリの衣類を扱う店を発見し、悩みまくりながら数点の商品を購入。
 明日はRちゃん初めての誕生日!

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 JCDX『瑠璃の方船』コミックス入稿も佳境となり、本日最後のデータを入稿する運びに。
 FUJI ROCKの打ち上げを、この師走に近づいた本日まで引っ張っていた。
 W社:Yちゃん、新社屋移転直前の映像人間:Tちゃんとシンプルに鉄板焼き乾杯。
 彼らの知るロック(に限らずとも)界隈の知識、情報のスキルはオイラの比ではない。
 30年前のバンドの名前からアイドルグループまで、話が縦横無尽に飛び交う極めつけの席。なんでもよぅ知ってるよ、この2人。
 トライアンフ、フォガット、ジョニー・ウィンターの話題に笑い、ガバメント・ミュール、モビー・グレイプをご教授。
 果てしなく貴重だったAC/DCの来日公演にこの3人、揃いも揃って諸事情で未完戦。なんたる不覚な3人だと笑った。
 知る機会もそうそうなかろう、音楽業界の裏話にもずいぶん笑ったなぁ。

 彼らの所有する枚数には及ばないものの、おいらにしろ数千枚に及ぶ膨大なるCDのコレクションとなってしまってるが、この際贅肉を切り捨て、「生涯のコレクションは1000枚に限定してしまいたい!」と漏らしたおいらの意見にご両人も大賛同。

 濃度の高い熱烈な音楽話だけで夜が更けていった。
 

投稿者 yonezawa : 20:23 | トラックバック(0)

2007年 12月 5日

神々しき神秘

 思い立ったシャッフルなリズムでアコギをコード弾きすれば、とたんにRがリズムに合わせて身体を揺すり始める。
 音に反応し、本能で身体を動かすことの神々しき神秘を知る。
 
 朝食は滅多に食べないサンドウィッチ&牛乳。
 
 世間で報道の「インフルエンザ蔓延のニュース」を踏まえ、地下鉄移動中はマスクを着用。しかし風邪なんか、いつどこで身構えたってひくときゃぁひくもの。
 
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 昨日の夕方より、編集部のPC受信が突然不通になり愕然。
 単なる瞬間的な障害だろうとタカをくくり、「サポセンには明日連絡すればいいや」と呑気に構えて昨日は帰宅した。
 本日、サポセンに問い合わせれば「編集部アドレスに関しては問題はありません」とのことだ。
 おいらが自宅と編集部のアドレスを統括するアドレス仕様に設定しているせいで、この事態は深刻だった。
 編集部、自宅と随時メールを確認せねば日々の業務は円滑に進行出来ない現状であり、この数年間ずっとそれで作業をこなしてきた。
 どういった現象により、こうした障害が起き、復旧したのか、今後のために是非とも理由を知っておきたいものだ。

投稿者 yonezawa : 16:34 | トラックバック(0)

2007年 12月 4日

LED ZEPPELIN

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 肌寒い木枯らしに紅葉した銀杏並木。
 舞い落ちた落ち葉で路肩の歩道は一面が黄色と化している。
 
 昨日夜受けた、W社からの連絡事項を本日どう推し進めようかと思考しながら地下鉄に乗り込んだ。

 過去のブログにも書き記したが、元々11月予定だったLED ZEPPELINのロンドンO2アリーナ公演はジミー・ペイジの骨折のため延期され、12月10日に振り替えになったニュースは聞いていた。
 この公演のチケットは、現在150万円の価格でやりとりされているオークション・サイトもあるそうだ。併せて、人類史上最も当選確率の厳しいコンサートとなった。
 前にも書いたが、用意されたチケット14,500枚に対して2日間で1億件のアクセスがあった。アクセス困難な状態が続いたため、最終的に申し込み期間を2日間延長して7日間にしたことから、総申し込み数は概算で約9,000万人(件)程度と推測。だとすると当選者は2枚まで購入できることから、実際の当選者は7,250人となり、当選確率は計算上軽く1万分の1以上という計算だ。
 (本来のチケットの値段は1枚125ポンド(+チケットマスターの手数料10%)、約33,000円ぐらい)

 ヤンジャン本誌でライヴ・リポートを掲載する確約の元「この公演を観戦しませんか?」と昨日、W社:Mが言ってきたのであった。
 日程的に8日(or 9日)には出発する段取りとなるので、この返答は今日中に返さねばならない。
 夕方より、にわかにおいらの身辺が慌ただしい空気に。
 すでに予定していた方々の日程を、各本面の方々に許諾いただき、取材日程の時期、行事から外していただく連絡を一斉に行わせていただいた。
 みなさん、急な都合で申し訳ありませんでした。

 一度は諦めていた一夜限りのLED ZEPPELIN。
 どうしたって貴重なコンサートとなるこのライヴ、現在の感性で瞳と魂に刻み込んでこようと思う。

投稿者 yonezawa : 14:16 | トラックバック(0)

2007年 12月 3日

Bernard Purdie&Chuck Rainey All Stars

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 東京ミッドタウン『ビルボードライブ東京|Billboard Live』。
 バーナード・パーディー&チャック・レイニー All Stars[Bernard Purdie&Chuck Rainey All Stars]の来日公演観戦。
 
 「スティーリーダン、アレサ・フランクリンなど数々の歴史的名演を刻んだグルーヴマスター同士の黄金コンビが復活。」とWEBライヴ告知のうたい文句にあった。
 こうした距離感で彼らの生演奏を聴く機会は、もうそうそうなかろうと思い、この公演に気づいた直後、ネット予約していた。
 肩肘の張らないグルーヴするリズム。音楽が朗らかに笑っているようだ。
 
 今月中ば、舞台での公演を控えるシャープで笑顔なHと久々の乾杯。G社:Tも合流して再度乾杯。
 そんな夜、W社のMより酔いの醒めるような内容の電話がかかってきた!

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2007年 12月 2日

1976年のアントニオ猪木

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 B事務所:N氏より、書籍『1976年のアントニオ猪木』を贈呈いただいた。

 2月ルスカ、6月アリ、12月ペールワンと闘った31数年前の猪木の有り様が刻銘に記されている。
 猪木ファンでならずとも、プロレスという興業を睨んだ当時の空気が実に興味深い。もの凄い男だ。

※関連サイトより「1976年、猪木は異常ともいえる4試合を闘いました。2月に柔道オリンピック金メダリスト・ルスカと最初の異種格闘技戦を闘い、6月に現役のボクシング世界ヘビー級チャンピオンだったモハメッド・アリに挑み、10月に韓国プロレスの希望の星をたたき潰し、12月にパキスタンの国民的英雄の腕を折り、一族を破滅においこみます。
著者は、当時の試合の当事者たちを世界中に訪ね歩き、猪木の開けた「巨大なパンドラの箱」を描き出します。私たちは76年に猪木がつくりあげた世界観の中にいる――知的興奮にも満ちたこの一冊。」

 昼と夜、合同となってしまった飯を喰い、平凡な1日が終わった。

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2007年 12月 1日

同時多発忘年会

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 デレクトラックス・バンドの追加公演観戦を諦め、夕方、新宿へ。
 K、I、お初のAやん、Mちゃんらの計5名で玖珠町同窓忘年会の席へ。
 
 中学時代、たった2年間しかあの地にいなかったせいもあり、小学生時代からの仲間だというAやん(おいらが転入した頃には彼はどこかへ転校)とおいらは同窓会ながら初対面。
 今年になって数回の飯会を行う面子となっているK、I、Mちゃんと激美味の鍋で身体を温めた。
 この会は、大分支部、玖珠本部、福岡支部、そして東京支部(他にもあったのかも)で一斉に行われているようで、“同時多発忘年会”となっていた。
 想像通り、盛り上がり必至の席で懐かしい話に、くだらない話に、政治経済の話(?)まで、組み合わせの面子でどこまでも果てしなく脱線する会話が尽きない。

 鍋を完食し、エスパで乾杯。
 場をAやんの宿泊先ラウンジへ移し、再び居酒屋乾杯。
 体力と飲みスキルさえあれば延々行っていたい飲み会の一つであった。皆様方、本日もご苦労さまでした。

投稿者 yonezawa : 23:30 | トラックバック(0)