2007年 07月 31日

39年会

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 ジャニーズ系でも忙しいスーパー・フォトグラファー:尾形正茂。
 スポーツ、井上雄彦でも忙しいスーパー・エディター:市川光治との『39年会』で集う飯会開催。
 「毎年、もしくは各年度で『39年会』、あるいは『'64年会』をやろうや!」っと、たまに会った席では盛り上がりながらも、果てしない多忙極める同窓生の彼らと、ただの飯会日程をすり合わせるのがどれほど大変か。
 他打ち合わせの日程がポッカリ空いた市川・米澤の本日、現場から遅れて到着した尾形、入稿で2時間遅刻したおいらが最後に駆けつけ、どうにか3人が相まみえた。
 誰しもそうだろうが、同じ年齢の者同士にしかわかり得ない遠慮のいらない会話が心地よい。
 看板のない、初めて訪れた新橋の和食屋は激美味の食材を提供する物件で、こちらも『39年会』への最高の演出を果たしてくれた。
 おいら、連チャンで体力疲弊中。明日の日程を睨み、寂しく3人ともたった1軒の飯屋で解散と相成った。

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2007年 07月 30日

Arakimentari

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 今年5月、スティーヴィー・サラスの来日公演時、打ち上げで出会ったアメリカ人:トラヴィス・クローゼと共に、本日の主役であるYの誕生会を開催。
 トラヴィスとは、アラーキーこと荒木経惟を裸にするドキュメンタリー映画『Arakimentari』の映画監督であり、写真家。
 つい先日、故郷NYより帰還してきたタイミングもあり、彼らと数週間ぶりの再会を果たす。
 神保町から、新宿『シンクロニシティ』〜『pain』を経由し、ほろ酔い3人組で花園神社の風景、撮影タイム。トラヴィスの写真は自然光ばかりで妙に味のあるショットばかり。
 
 明け方、仕上げのラーメンはおいらには少々過酷な感じもあったが、おいらよりも一回りも若い連中のノリに引きよせられ、つけ麺完食。

 FUJI ROCKが終わっても、まだまだ取材攻勢は終わらず。
 今週、バイオリニスト、映画監督と、連なる単独取材の仕込みに、本誌原稿の入稿。

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2007年 07月 29日

ネイティヴ・インディアン

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 午後1時、外へ出たとたんドン降りの雨に遭遇。
 異様な湿気を含む空気に滝のような雨。一瞬のうちに降り出しだったせいで傘を持たずに1Fへ降りてしまった。雷が轟き出した。
 車にアンプ、ギター類の機材を積み込み都内某フォト・スタジオへ。
 スタジオ界隈の都心は雨の形跡もなく、どえらい天候の違いを感じつつ機材搬入。

 スタジオへ入って数分、こちらでも雷を伴う土砂降りの雨音を確認した。
 
 午後4時過ぎ、ネイティヴ・インディアンをイメージしたようなネックレスを身にまとったロック・シンガー:ジュリエット・ルイス到着。

 昨日に引き続き2日間に渡る取材、パワフルなライヴ・パフォーマンスに感謝の気持ちを伝え、早速フォト・セッション開始。
 カメラ:若林広称による、3シチューションでの特写に見せたジュリエットの“引き出し”に感嘆。
 ハリウッド女優という職種を併せ持つ彼女の無限の奥深さを見せつけられた思いだ。
 何をしてもキメてしまう力量と才分。神は彼女に二物を与えたようだ。

 撮影の合間に行ったインタビューもガッチリ40分。
 アメリカのショービズ界を20年近く渡り歩く彼女から発せられる言葉は、一つ一つが重く意味深かった。
 笑いの絶えない取材空間と、彼女の撮影に対するプロ意識は一つの感動と言えた。

 撮影小道具として用意した羽毛が舞うため、空調が入れられないスタジオは徐々に蒸し風呂状態に。
 全身に羽毛をまとわりつかせ、撮影終了後にもなかなか思うように降り払えなかった彼女には恐縮の気持ちでいっぱいだった。が、嫌な顔一つせず、笑顔で現場を盛り上げてくれたジュリエットには賞賛の気持ちでいっぱいだ。

 サプライズ演出もあった今日の撮影が最上級の1日であったことは言うまでもない。
 Thanx JULIETTE!!!

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2007年 07月 28日

JULIETTE & THE LICKS/SWITCHES/Kula Shaker

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 午前、漫画家:高橋ツトム(以下、69)、バイクで苗場プリンス・ホテル到着。
 合流後、早速グリーン・ステージへ。午前11時からのジュリエット&ザ・リックス:ライヴ観戦へ。
 69は、このライヴ観戦だけのために苗場入り。

 炎天下に炸裂するロック。スクリーンでの映像からもパンキッシュな空気をビンビンに発散するジュリエットのパフォーマンスはエネルギーそのもの。
 69は「このライヴで10年若返った」と語った。

 午後2時、レッド・マーキーでスウィッチズ観戦。
 彼らのライヴは今回初体験ながら、アルバムの視聴でよき意味での売れ線な曲調を認識し、取材を決めたバンドだ。
 気に入った理由の一つ。
 それは、彼らの1st.#1『ドラマ・クイーン』が、ELOの『Don't Bring Me Down』を彷彿とさせたこと。コーラスを巧みにアレンジした曲調にまず好感が持てた。 
 若さ溢れる“怖い者知らず”のパワフルなライヴで大いに汗をかいた。

 一旦ホテルでシャワーを浴びた後、ジュリエット・ルイスの取材へ。
 漫画家:高橋ツトムとの対面を一つの目的とし、フォトセッション&20分程度のインタビュー時間を設けた。
 天性のロック・テイストを放つ2つの個性が、各々をリスペクトする素晴らしい時間が流れる。
 おいらの注文している執筆を中断し、尋常でない時間軸の中この地へ赴いてくれた69は取材終了と共に、仕事場、っというより原稿のある机の前に即帰〜着席。ご苦労様。
 週刊連載+月間連載を抱える作家を苗場辺りに連れ出すのは、相当なる事前準備がなければ不可能に近い。

 引き続き巻きでスウィッチズの取材開始。
 ギター・ヴォーカル:マット・ビショップ単独インタビューは笑いの絶えない取材空間に。Tレックスを愛し、ジェフ・リンも大好きだと言う彼の晴れ晴れとしたキャラクターには好感が持てた。

 2時間の待ちを経て、10分の押しで最後の取材対象者:クーラシェイカー:クリスピアン・ミルズの単独インタビュー開始。
 クリスピアンとは昨年のインタビュー以来の再会を果たした。
 インタビュー前に「君のバンドの調子はどう? ギターの調子はどう?」と先にクリスピアンから問われ、「バンドは昨年で終わった」旨を説明。
 続く「次回のCDの予定は?」の質問にも、「残念ながらまったく未定」としか答えざるを得なかった。
 己の音楽活動に関しての低迷状態は間違いない事実ながら、あのクーラシェイカーのクリスピアンからそうした質問を受けた上、労いの言葉をかけられたことが驚きと感激だった。

 音楽仲間に障害などナシ。
 友情とリスペクトの繰り返しこそ本物の音楽者同士の関係。労いを、知らず気づかずの輩に音楽は極められず。
 「質問の中で、いくつか思い出せなかった回答はメールするよ」とクリス。彼のフレンド・シップにも感激だ。
 クーラシェイカーの完全復活を心より祝福したい。

 午後7時を回った頃、部屋帰還。
 有明コロシアムでの亀田戦をTV観戦した後、ぼちぼち一路東京へ帰還。午前1時帰宅。

 明日はジュリエット・ルイスの特写&追加インタビュー。楽しみー!
 
 
 

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2007年 07月 27日

STEVIE SALAS COLORCODE/THE JOHN BUTLER TRIO

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 結局…というべきか、午前5時。
 残りわずか2時間に押し迫った起床時間を記す時計を横目に見ながら横になった。
 午前7時30分、ジェイク・シマグクロのベスト盤がタイマーで鳴る。
 環八:京王井の頭線:高井戸駅前でカメラ:若林と合流し関越自動車道へ。
 今年もFUJI ROCKの季節が到来。この数年間、東京〜苗場間で渋滞に陥った経験がない。
 月夜野インターチェンジで下車。国道17号を湯沢・新潟方面へ33km。苗場プリンスホテルへ到着。

 ホテル前の駐車場を予約していたハズなのに、事前に郵送されてきた駐車場案内は今回のフェス側[ホテルの改装で大幅に部屋数が減った…とか。事実関係は確認せず]の諸事情により、シャトルバスで送り迎えのどえらく離れた場所に強制的に移動させれていた。
 あくまで諸事情だとやむなく飲み込み、荷物だけをホテルへ落とし、チェック・イン後に車を指定の駐車場へ移動させようとホテル駐車場入口へ向かった。

 ところが、ホテル敷地の最も離れた場所(駐車場入口)から、荷ほどきをするだけのために一瞬、進入することも制限されているのだった。
 この不合理性には憤慨したが、「決まりですから」の一点張りな融通の利かない警備員を相手ではらちがあかず、ここでもやむなく数百メートルの距離をカメラ機材と取材機材他を担いで徒歩移動。到着早々大きく疲れた。

 この意味不明な「決まり事」は未だに腑に落ちないまま。駐車場が混み合っているワケではない。初日の昼過ぎ時、駐車場はまだまだガラガラだ。「臨機応変」という言葉は、ここのスタッフにはまるで通らなかった。

 チェック・イン。初日の取材日程を確認。凄まじくよい天候。おいらのFUJI ROCK経験上、最高の天気だ。

 まずは、ホワイト・ステージで行われる盟友:スティーヴィー・サラス・カラーコードのライヴへ。午後2時30頃には現地ステージ着。
 今年の5月、渋谷インストア・ライヴ以来、スティーヴィー、ジャラ、マットらと再会。奴らは今日もしっかりファンキー。

 午後3時20分オン・タイムでのライヴがスタート。
 野外ならではの超絶かつ迫力あるステージングは他の追随を許さない。これは1994年にスティーヴィーを知った頃からなんら変わらない。
 ホワイトステージは観衆ド満タン。ペダルワウがマックスを超えた咆哮を聴かせた。
 瞬発的な機材トラブルを乗り越え、1時間余りのステージはまさに圧巻。炎天下でいい仕事を完遂したスティーヴィー、ご苦労さん。

 引き続き、彼らは他国夏フェス出演のため、メンバー共々翌日の便で早々に出国...の旨を伺い、次回再会の約束を交わしホテルを後にした。

 夕方からは、一昨年に引き続き2度目の取材となるジョン・バトラー・トリオ/インタビューのためホスピタリティ・エリアへ移動。
 ジョン、マイケル、シャノンとFUJI ROCK'05以来の再会を果たす。

 大地を感じるオーガニックなサウンドと人柄。彼らの新作名盤『グランド・ナチュラル』中の特に#12「FIRE IN THE SKY」の、サビにリフに歌詞に泣けた。
 取材はいつもの通りスムーズに展開。
 ジョンの子供が生まれたニュースには心が温まった。
 2年前に約束しながら結局これまで実戦出来なかった案件…ドラムス:マイケルへの刺身包丁贈呈を達成することに。

 マイケルは大の寿司好きだ。以前、来日公演の時期、メンバーと寿司を喰いにいった際、マイケルがおもむろに「週に3〜4回寿司を食べてるんだ。で、自分でも作ってみたいんだ。刺身包丁って手に入るのかなぁ?」
 彼が言うのである。
 彼らが帰国した後、メールで数回の会話を交わすうちに、そのマジ具合を伺い知り、知り合いの某寿司職人にプロ職人が使う包丁セットを用意してもらった。
 ただ、国際宅急便で海外に刃物を送ることは(おいらが実際に問い合わせてみた限り、一民間人だと)どういう手段でも御法度なのだそう。
 なので、次回の来日時に手渡しするしか手はない! とふんでいた。そして刺身包丁セットは、これまで編集部のおいらのデスク下に保管されたまま2年が経過した。

 光沢を放つ鋭く美しい刃先を見て「お金出して買うよ」とマイケル。そうした彼の真っ当な対応に歓びを感じながら、「おいらの気持ちじゃないか、せっかくだから受け取ってくれい!」と無事贈呈。そして取材完了。とにかく3人とも最高だ。

 一旦部屋へ戻り機材撤収。

 午後8時20分オン・タイム。ホワイト・ステージでジョン・バトラー・トリオのライヴがスタート。
 バンドとしての結束力はより強固なものとなり、筆舌に尽くしがたい3人の化学反応がもの凄かった。ザ・ポリスの全盛期、スティーヴィー・レイ・ヴォーンの全盛期に、もしライヴを見る機会があったならば、こうした感動が得られたのだろうか。

 涙が出た。

 ジョンの11弦で奏でるギター・インストの、オーガニックでドラマティックな展開とアレンジ、そしてインプロヴィゼーションの旋律。
 曲の始まった瞬間から観衆を惹き込み、無限の末広がりで聴く者すべてを宇宙に導いた生ギターの咆哮。

 “大地の音”

 生ギターを駆使したこれ以上の振動を見つけるのは至難の業だ。現時点では他に考えつかない。
 全身に電気が流れ、この地に居あわせた幸運、彼らと出会えた奇跡に改めて感謝させられた。

 当然、この興奮は身内の集うWOWOWブースの各々に伝えられた。
 酔いに任せて伝言を開始し、1年ぶりに多くを語り合った宴終了時間は午前3時過ぎ。

 明日は、漫画家:高橋ツトムが初めてFUJI ROCKへやってくる。

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2007年 07月 26日

JAZZ

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 午前中から複数の重なる取材事項の交通整理に頭を痛めつつ、出来る限りの取材ブッキングを施した。
 っと思い時計を見れば午後2時。
 午後3時からの西新井での撮影時間が恐ろしく押し迫っているのに、1時間計算を間違えてしまっていた。焦った。
 速攻で取材機材をカバンへ投げ込み、取材現場へ猛突進。
 撮影優先で、撮影終了間際の15分前になんとか無事到着し、ジャズ・サックス奏者:矢野沙織さんへのインタビュー。西新井は遠かった。
 若くして海外での数多くのセッションを経験する彼女の言葉は、そんじょそこらの20歳とは勿論ワケが違った。
 14歳で初めてステージに立ったというこの店を、撮影ポイントに選んだのも大正解。
 世に出るミュージシャンは、他とは何かが違う。その違いのラインを探るべく、一問一答で真摯に回答くださった、ミュージシャン:矢野沙織の未来が益々楽しみ。

 編集部帰還後、ボクサー『牛若丸あきべぇ』インタビュー記事の構成。
 遅い飯は、同い年のリッチー・ブラックモア・ファンの大将が握る極上の江戸前寿司:『くわ野』へ。
 打ち合わせを経て、帰社した時間は午前4時を回った。
 あと4時間後には、苗場で行われるFUJI ROCKへ出発の段取り。とっととシャワーを浴びねばならぬ。取材本数、今年は多いぜ。
 次回更新は30日以降の予測也。では行って参ります。

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2007年 07月 25日

忘年会受け付けてます

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 JR国分寺駅下車。焼き肉『山水』へ。
 急なブッキングながら、編集:K、Yのお供に漫画家:谷口ジロー氏との久々の会食へ合流。
 最重要な次回作の打ち合わせは、手探りながら己の志の中で爆裂進行中のつもり。
 無軌道に語り合う映画、漫画、小説等のカルチャー話が、話し出したら止まらない。
 今のこの時期より「忘年会受け付けてます」の電光掲示板を流している店を避け、飛び込みのバーで終電まで語り合う機会を得られた。貴重な空間だ。
 比較的、大した量を飲んでいないハズなのに、今日の酔いはそれなりのものだった。という勝手な言い訳でJR吉祥寺駅下車後、初めて訪れたラーメン屋さんで最後の1杯。
 谷口ジローの描いた『神々の山嶺』文庫1〜5巻を読んでいない者は、とっとと書店かアマゾンへ問い合わせるべきだ。
 本物の涙を流させる数少ない漫画作品の傑作と言えよう。

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2007年 07月 24日

グラインドハウス/デス・プルーフ

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 クエンティン・タランティーノ監督作『グラインドハウス/デス・プルーフ』鑑賞。
「Grindhouse(グラインドハウス)」とは、B級映画ばかりを2本立てや3本立てで上映し続けた映画館の総称。
 大混みの試写室第一列に陣取り駆け込み鑑賞。
 この作品、様々な意味を込めて是非押したし。好きだとここまで突き詰めるものなのだなぁ。タランティーノにはもう一度、『キル・ビル』以来となるインタビューをやるべきだろう! と試写後、即決してみた。
 京橋の試写室から恵比寿へ。
 フェローズ:志村兄のニュー・オフィスは、恵比寿駅よりほど近いクールなビルの2フロアにあった。
 お願いしてあったブツを拝受し帰社。やんごとなき特殊で至極貴重な撮影小道具を、電話1本でいとも簡単に収集してくださった志村兄、助かりましたぜ。サンキュ!
 帰社後、山積みの雑務をサバき、深夜、タランティーノ打ち合わせの席へ突進。
 気がついてみればGAGA:T、フリーランス宣伝:Y、編集部:Tが一堂に会し、朝を迎えた。

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2007年 07月 23日

超長机仕事早朝日差

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 トイレ、弁当、そして弁当の後片付け。
 基本的にそれ以外はデスクから離れられない1日。
 FUJI ROCK'07は苗場での現地取材が複数ある故、時間繰りを各レコード会社と行っておるのだが、双方バラバラに会話しているので、なかなか取材ポイントがまとまらない。
 物理的不可抗力の事態なので致し方ないものの、いかんせんおいらの身体は一つ。さて、現場ではどうなることやら。真摯なるレコード会社各ご担当者さん方は、ホントにご苦労さん。
 今年はスティーヴィー・サラス・カラーコード、ジョン・バトラー・トリオ、クーラシェイカー、そしてお初のジュリエット(・ルイス)&ザ・リックスとの空間がヒジョーに楽しみ。
 さらには、現地苗場に漫画家:Tは現れてくれるのか? 刺身包丁をあの男に渡すことは可能なのか? 
 大量極まりなき壮絶メール、原稿書きに入稿、原作チェックに漫画ネーム指定、加えて精算に、企画書作成、大量の取材対象者資料作成を生真面目に行っていたら、哀しくも午前6時を回ってしまったよ。

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2007年 07月 22日

思想弾圧

 湿度の高い1日、車内の温度も急上昇。
 数軒の買い出しへ行き、久々に家でのんびり過ごせた週末だった。
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 深夜、ドキュメント番組観戦。
 太平洋戦争下の特高警察による,研究者や編集者に対する言論・思想弾圧事件を取材した『横浜事件』がいたたまれない。
 特高による生々しいリンチのような取り調べの事実。極めてメチャクチャな拷問を受けた親族、身内、関係者らの、信憑性の高い証言から目が離せなくなった。
 知れば知るほど、司法の裁きに疑念の気持ちが沸き起こるばかり。
 まかり間違い、当事者となったが最後。天と地の落差以上の恐怖。
 「法律に基づき対処します」という最近の政治家の発言も、その法律(ザル法)の中身を知ればまるで素直に聞き流せない。
 いつの間にか決まってしまった恐ろしい法案(「共謀罪」とか)を全く知らないまま、日常を過ごす可能性だって大いにあり得るのだ。
 戦後60年以上が経過しても「治安維持法」の教訓が、未だ生かされていない証明を見るようだ。

投稿者 yonezawa : 04:33 | トラックバック(0)

2007年 07月 21日

クーラシェイカー

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 昨年に引き続き、FUJI ROCKへの出演が決まっているクーラシェイカーの新作『ストレンジフォーク』を初めて冷静に再生。ヘッドフォンで聴くとレトロなアレンジがより際だって聴こえてきた。ファーストほどの衝撃は得られないものの、クリスピアンの描く世界観はやはり好み。
 昨年11月頃、アルバムに先駆けて発売されたEPも含む「レコーディング作業を現地に見に行こうぜ!」と当時ソニー担当との盛り上がりもあったのだが、結局苗場の現地取材に留まった。
 クリスピアンは、ジェフ・ベック取材の時と似た質感の空気・雰囲気を感じさせた。
 パープル時代の、リッチー・ブラックモア・フリークな彼は、「ある発見があるから、是非、改めて聴いてみて」と言い『DEEP PURPLE AND THE ROYAL PHILHARMONIC ORC."Concerto For Group And Orchestra" / ディープ・パープル・アンド・ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラ』の思いを熱く語ってくれたのが印象的だった。
 今年、苗場での再会が今から楽しみ。

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2007年 07月 20日

ひじり亭

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 吉祥寺のイタリアン『ひじり亭』の配慮にはおそれいる。
 マスターの細やかな気遣いによって、シーフード・サラダ、ペペロンチーノ、赤ワインがぐいぐいと胃袋に収められてゆく。
 唐突な誘いにも関わらず、予定を合わせてくれたイースト:吉田兄&Kちゃんと久しぶりの飯会となった。少し遅れてのゲスト:Yちゃんが合流した頃には、赤ワインは2本目に突入。ここまでアルコール摂取者はおいらだけだ。
 改札近くで吉田兄&Kちゃんをお見送りした後、さらにYちゃんとエディス・バーを経由し、『闇太郎』で先ちゃん、タムタム他のメンバーと合流。
 ずっしりと思いカバンの中には大量の書類と資料がぎっしり。仕事を自宅に持ち帰ろうと、土日の作業を覚悟しながら早朝の帰宅を果たした頃、景色はグルグル渦巻いていた。

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2007年 07月 19日

bambooInn

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 取材仕込みに原稿チェックで遅れに遅れてしまった。
 ESPギターテク:石井ちゃんと久しぶりの新宿再会。
 前回のライヴでお借りした、VOXペダルワウをお返しする目的で会ったハズなのに、唐突の約束となったせいで肝心のワウを持ってきていなかった。おいらの愛器:VOXは壊れたままなのだ。
 音楽業界、特に演奏者の裏側の話。ギター機材、ブランド、メーカーの話。「どこの何が今良い、悪い」という主観だけに留まらない奥深い情報が貴重だった。
 おいらのメインの1本である『米澤版ミュージックランダー』を製作してくれた石井ちゃんは、相変わらずもの凄く多忙な様子で“ギター本体と関わる”羨ましき仕事を継続中。

 三丁目『シンクロニシティ』からゴールデン街『ここん』を経由。
 『ここん』は、昔三丁目で『Zip Jac』というブルース・バーに居たなっかんが始めた店で、テーブルと椅子の高さが絶妙。
 このテーブルと椅子の関係が、おいらにとっては好みの店か否かの、一つの基準だ。
 まだオープンして2週間程度の『ここん』。小腹の空き具合にまかせ、食べたエリンギ、椎茸、はらす串、ジャガイモ焼きなどが妙に美味かった。
 やがてやんごとなき睡魔に襲われ始め、複数のあくび連発を自覚し、宵の口で退散。

投稿者 yonezawa : 03:27 | トラックバック(0)

2007年 07月 18日

ポルターガイスト

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 さきほど自分のアパートの部屋でポルターガイストを体験したKと久飯。
 どこからともなく聞こえてくる不思議なラップ音。何の音か判らないが聞こえてくる奇声。勝手に電球が弾け、警報機が鳴る。
 海外では12世紀には認知されていたそうで、当時は悪霊の仕業と考えられたそう。Kのアパートも大変だ。
 飛び込んだ「もつ焼き屋」の印象は可もなく不可もなく。

 飯後一旦帰社し、再び打ち合わせの席へ移動。はっきりしない天候継続。

投稿者 yonezawa : 03:26 | トラックバック(0)

2007年 07月 17日

CLOUDY SKY

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 曇り空。
 神保町界隈のパーキングに駐めると、ほんの数分で1200円もとられた。
 普通の感覚なら400円程度かと思う間だ。
 Rを迎えに東京駅へ。地下駐車場が満車の表示で愕然。
 近場の空き路上コインパーキングを必至で探し、速攻で新幹線ホームへ駆け上がり、11号車のドアが開いた瞬間に到着。
 Rと共に一旦編集部へ上がった後、一時帰宅送迎。入稿のタイミングに再び出社。慌ただしい。
 はっきりしない天候が終日続く。
 

投稿者 yonezawa : 11:42 | トラックバック(0)

2007年 07月 16日

フーファイターズ

 連休中は、これまで見る機会を得られなかった“映画鑑賞三昧の日々”を想定していたのに、結局今日で海の日も終わってしまった。
 連休中に2本の取材を入れてしまったせいで、なかなか気分がそうした方向に向かないのだ。
 8月(or9月?)に新作をリリースするフーファイターズ。
 都内某所、彼らへのインタビュー取材へ。
 音源を自ら持参してきたギター・ヴォーカルのDave GrohlとベースのNate Mendelとは2年ぶり、2度目の再会を果たす。
 前回も取材もはこのホテルだったっけ。
 具体的に「この曲!」っとキメ打ちで、狂おしく好きな楽曲があるわけでは正直ないのだけれども、フーファイターズの発する計り知れないエネルギー、疲れを知らないテンションのすごさに惹かれ毎回取材の場に挑んできた。
 彼らの驚くべき音楽体力はひとつの感動だ。
 アコースティックとラウドなパワー・ロックの混在する新作は、前作の延長線上にある印象で、案の定エネルギー満タン。
 このデイヴという男、やりたいことがまだまだ山積みなのだろう。
 前作にしろ、新作に関しろ、ほとんどの曲をアコースティックで創っているそうだ。普通、アコギで創るとおセンチな曲になりがちだが、デイヴの書く曲は最終的に恐ろしくラウドに仕上がってしまうところがフーの特徴。
 インタビュー時間めーいっぱい彼らとの親睦を深めつつ取材は滞りなく終了。デイヴは今日も最高のロッカーだ。

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2007年 07月 15日

矢野沙織

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 駐車場に入るまで30分以上並ぶほどの混みよう。休日の東京ミッドタウンは大勢の観光客でごった返していた。
 東京ミッドタウン内「アトリウム」で行われるイベント取材へ赴く。
 目的は、3ステージ中、真ん中午後3時からのジャズ・サックス奏者:矢野沙織ライヴ観戦。
 ハイヒールにホットパンツ姿。クールにアルトサックスを奏でる、1986年産まれの若き才能溢れる女性ミュージシャンだ。
 ライヴ後には、CM:アジエンスつながりの知花くららとのトークイベントも。
 記者用の囲み取材にフォトセッションを終え、控え室で彼女をご紹介いただいた。きさくな人柄は想像通りで、好感の持てる音楽人であったことが嬉しかった。
 スケジュールがまとまれば今月中に改めてフォトセッション及び、インタビューを設ける段取り。矢野沙織、注目のミュージシャン。

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2007年 07月 14日

台風4号

 朝目覚め、夕べ着ていたTシャツが何故ないのかしばらく思い出せず。
 おいらの着てたジャニス・ジョプリン・Tシャツを見たKの「ちょーだいちょーだい哀願」に根負けし、昨日、酔った勢いでくれてやったことをすっかり忘れていた。
 腰に巻いたスウェットを羽織って帰宅したんだっけ。
 半端な雨模様が続く。
 台風4号が沖縄から九州〜四国へ上陸。湿気はあるものの1日中、クーラーの要らない日だった。
 たけしさんの明治プロビオヨーグルトLG21CMに癒され、イチローの年俸5年9000万ドル(約109億8000万円=1ドル122円換算)に驚き、年金の記録漏れ問題、赤城農水相事務所費問題に辟易。
 録画予約しているのにHDDが作動しないと思っていたら、容量いっぱいに映像が溜まりまくっていた。
 知らない客にパクられたおふくろの「傘が見つかりました!」メールに安堵。

 深夜、ビッグE&レッドマンのお誘いで映画人:トラヴィス&Yちゃんと居酒屋合流。

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2007年 07月 13日

乗車拒否

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 宅配便の呼び鈴で目覚めた。
 you tubeを検索すれば、ジョン・バトラー・トリオがライヴで『Message in a bottle』とか『Come Together』演ってた。全然知らなかった。
 スウィッチズ、ジョン・バトラー・トリオ、フーファイターズ、ジュリエット・ルイス・アンド・ザ・リックスの音源及び資料に目を通し、インタビュー・シミュレーション。
 だが、ほとんどがミュージシャンと対峙した時の、現場のノリで質問を紡いでゆくパターンが常。
 K社:Sとの約束飯はどんどんずれ込んでしまい、結局合流は午後11時を回った頃に。
 目当ての店界隈へたどり着き、オーダーストップが23時30分だと聞いて愕然。確か以前は、もっと遅くまでやってたハズなのに…。
 仕方なく飛び込みのイタリアンへ。思いの他まともなこの店で近況情報の交換。

 すでにフリーで拾える時間帯となった頃合いにタクシーを止めようとするが、あからさまな乗車拒否に怒りを覚え、ふとどき運転手に直接カツを入れる。
 都内のタクシー運転手にも、とんでもない輩がまだまだうようよ居る。真っ当で正当な感情ながら、久々に心底怒りを炸裂させてしまった。

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2007年 07月 12日

奏者

 週末には沖縄から九州に台風が上陸するそうだ。
 続々と出校される原稿類を速射砲連打のごとくサバきつつ、本日消化分ノルマ原稿を手元からガンガン放出してゆく。

 プロとしても活躍するバイオリニスト:まりなの生演奏に触れる機会を得た。
 曲タイトルに関して、クラシックの造詣ゼロなおいらはほとんど音とタイトルが一致しないものの、葉加瀬太郎による「情熱大陸」メインテーマだけはさすがに承知していた。
 流れるような美しい旋律と共に、小節を紡ぐアクセントの“こぶし”部分の瞬間が、演奏者の色気を決定づけると感じられるのだが、ギターにしろ、バイオリンにしろ、演奏者にとっての色気はこの“こぶし”によって確定されると言っても、ある意味過言では無かろう。
 弦楽器を奏でる奏者は、「その道にチャレンジをした」というだけでおいらは愛着を感じてしまうのだ。彼女の使っているメインのバイオリンの値段を聞いて驚いた。薄々理解はしていたが、一般的なギターの値段の比ではない。

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 バイオリンの最高峰:名器ストラディバリウスの中でも最高傑作と言われる「ハンメル」というモデルは、昨年ニューヨークの競売会社クリスティーズで行われたオークションに出品され、$354万4000(約3億9000万円)で落札されたのだという。

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2007年 07月 11日

 今週一週間(土曜日あたりまで)雨が続くのだとタクシー運転手が言う。
 傘など年間何本も方々に置き忘れてしまい、逆にいつのまにか増えてゆくもので、頓着することはあまりないものの、帰省時に飲み屋で他の客に盗まれてしまったあの母親に借りた水玉模様の新しい傘が気になっている。
 酔いの狭間、そのことを覚えていてくれてた地元のMからメールが届いた
「ところで傘どうなりましたか? まだなら店に行って尋ねてみるね! もし見つかったら私が責任持って預かっときます(^^)v」
 たかだが傘1本のことで、こうして気遣いしてくれるMの配慮に感謝。

 帰省前にやっておきたかったが結局時間がなかった。起きがけの寝ぼけ眼のまま、むさ苦しかった長髪を恒例のバッサリ。
 この数年間は自分で髪の毛を鷲づかみし、適当にバッサバッサと切りたくっているのだが、この雨続きのジメジメな日々に今日のさっぱりはかなり気持ちよいもんだ。

070711_1548~0001-1.jpg ←キモチワル
 
 映画『レミーのおいしいレストラン』担当:Kと打ち合わせを兼ねた遅めの晩飯に。何百という銘柄の焼酎を扱う店で、なんと明月の原酒:40度を発見。この店はスゴい!

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2007年 07月 10日

てんてこまい

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 数日分溜まった新聞を管理人より拝受。
 不在時に届いたお中元の荷物を宅配便収納ボックスより拝受。
 賞味期限ギリギリの牛乳を飲み干し、冷蔵庫を見渡し、足りない食材の買い出しをメモ。
 本日時間指定で自ら現地九州より発送した宅配便が少し遅れて到着した。外は雨模様。
 取材打診のあった数件のメールを確認し、今週中に数件の取材対象者を絞り込まねばならない。スパムメール260を入れると600件強のメールが一気に積み重なった。
 
 クラシックCDとしては異例のイニシャルを記録しているという宮本笑里の4Cグラフ記事色校正をソニー・ミュージック:S平らと校正しつつ、出来たてホヤホヤの彼女の新譜をいただいた。
 スマパンの新譜、フーファイターズ新譜情報到着。秋にかけて取材予定のクラシックな音源各種もワラワラ届き、FUJI ROCKも近づくわ取材の仕込みは山積みだわ、新連載は始まるわで、てんてこまいの夕方。飯は午後11時時点で本日1回しか食せず。
 「エスケイプして、早いとこ新宿辺りで一杯!」という目論見は脆くも崩れた。

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2007年 07月 9日

帰途

 午前中、ホテル内の温泉に浸かり、正午に駅構内のうどん屋で定食。
 大量の上、ご飯お代わり自由で格安の価格だ。
 K&Rちゃんは博多行きの新幹線へ搭乗。おいらは小村が鹿児島空港まで送迎してくれた。心遣いの嬉しかった小村よ、随分世話になったな。サンキュ!
 わずか一泊ながら語り尽くした川内の夜は、また一つおいらの個人史に刻まれた。
 ANA搭乗。離陸前に爆睡。睡眠不足のおかげでオチてたフライトの時間はあっと言う間だった。
 羽田着。高速バスで移動中、携帯を駆使し怒濤の戦闘(仕事)モードに切り替わった。

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2007年 07月 8日

セッション〜ラーメン

 手荷物を最低限の量に絞り込み、他荷物は宅配便の手配。
 昼過ぎ、名称が変わってしまった薩摩川内市へ。
 15時に同級生2名とホテル・ロビーで待ち合わせた。ショーサクとは頻繁に連絡を取り合っているが、(確か)西ノ園とは中3以来の再会を果たす。
 ショーサクの配慮により、Sちゃん夫妻の自宅スタジオへ。
 海陸先生と数年前に始めてこのスタジオを訪れたことがあったが、今回で2度目の訪問を果たした。
 ご挨拶もそこそこに早々とレスポールを抱え、混沌のセッション・タイムに突入。
 つくづく自宅に防音のスタジオがある環境が羨ましい。
 思い立った瞬間、気分で、爆音でつま弾けるなんて夢の夢の環境だ。
 学生時代、夢に思い描いた環境を冷静に手にするS夫妻の底力はあっぱれ。大したもんだ。
 弾くだけ弾きまくり、ショーサクのシャウトも堪能した夕方、焼き肉『昌苑』へ。

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 さらに村田、小村らの集う飯会で各々久々の再会を楽しんだ。
 旅に次ぐ旅の疲れなのか、Rちゃんは早々とおいらのあぐらの中でスヤスヤ寝息を立て始めた。
 一次会終宴後、徒歩でライヴバー「BORDER」へ。オベイションを弾きつつ男4人で深夜まで語り尽くす。
 以前から営業時間、曜日のタイミングがあわないまま見送らざるをえなかったラーメン屋『なんつぁならん 宝島』初体験の機会をついに得た。
 http://ramen-takarajima.com/
 こちらは出前OKなのだが、なんと場所を指定すればそこまで出張し、その場でラーメンを作ってくれるのだ。
 ジャストの到着時間を伝え、宿泊のホテル前まで出張をお願い。野外で汗をかきながら喰ったラーメンの旨いことと言ったらなかった。

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 高校時代、バンド仲間だった1コ下のYちゃんの遠隔配慮(?)により、チャーシューの大量追加サービス。「悪い病気は持ってませんから(笑)、僕のでよろしかったらどうぞ!」っと、魔法瓶に入ったキンキンに冷えた氷水を分けてくれたオーナー店長の配慮に感謝。
 彼の「ラーメンには冷たい水ですよね!」は明言だ。言い得て妙。
 川内に来る機会があったら毎回喰いに行こーっと。

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2007年 07月 7日

日々の行事

 おふくろとスーパーをウロウロする時間ほど贅沢な瞬間はない。
 思春期にさしかかる頃には、おふくろと歩くだけで妙な心地悪さを感じていたものだが、今では率先して機会を作る辺りが時間の経過を感じてしまう。
 美味そうなニジマスを発見し、人数分購入。

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 大勢の家族のために買い出し、仕込み、作って、片付けて…と、三食を時間に合わせてセッティングするだけで、1日の多くの時間が費やされていく。さらに炊事全般、掃除、洗濯、近隣との付き合い、子供の行事、自分の行事etc...母親の日程も、間近に見ていれば編集者顔負けの多忙さだ。
 睡眠にしてもおいらより圧倒的に少ない時間軸で日々の行事をこなしている母。
 結局、大した手伝いも出来ないまま時間だけがほろほろと過ぎ去っていった。

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2007年 07月 6日

太陽のタマゴ

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 再び曇り空。
 夕方、小林市入り。事前のやりとりを経て、同級生らが計画してくれた飯会へ。
 幼稚園からの幼なじみも数名混じる、おいらにとっての人生最古の同級生:せっこ、彰子、三七代、さおりらとの再会を果たす。刺身でも喰える牛肉しゃぶしゃぶも格別。
 当たり前だが育った環境生い立ちの違いによりそれぞれの人生は五者五様だ。40年あまりの歳月を経た今、各々の人生を交互に語り合う空間が愛おしかった。
 人生に最も必要な気持ち、それは「配慮」であることを再認識した格別の夜。大人数での宴も醍醐味のあるものだが、こうした少人数で深く語り合える時間も貴重だった。
 河岸を変え2軒の梯子酒。会を重ねる毎にこの飯会も末広がりに楽しくなってゆくのだろうなぁ。
 幼なじみの諸氏、ご苦労さんでした。格安で手配してくれたマンゴー激美味だったぜ。せっこ、サンキュ!

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投稿者 yonezawa : 09:23 | トラックバック(0)

2007年 07月 5日

堤防

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 昨日までの蒸し暑い気候から一転し、起きがけの午前、空気が涼しくほんの少し肌寒かった。
 湿度と、田舎を流れる空気のせいなのか、異様な慢性的眠気は変わらず。
 連日の悪天候から空は徐々に晴れ間を見せ始めた。昼食には出前のラーメン。
 午後より徒歩で河川敷へ。堤防を越えれば川内川。

 水際にある河原の石を退かせ、石の裏に蠢く虫をひっぺがし釣り針に刺し、おもむろに竿を川に投げ込んでハエ(ハヤ)を釣り上げる。
 釣った魚を川で洗った後、河原に持ち込んだ鍋に仕込んだ油を滾らせ即座に投げ込み、ホフホフとむさぼり食喰った幼少の頃を思い出した。
 親父が親父らしく実に頼もしかった。あの素揚げの魚の味は生涯における唯一無比の味となって記憶に宿る。
 おいらをこの世に取り上げてくれた産婆さんも、この界隈にご健在だと聞く。
 産まれて間もない頃に親の転勤でこの地を離れたものの、その後も折に触れ、祖父母のいるこの地に幾たびも訪問した思い出がDNAに刷り込まれているのだ。

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2007年 07月 4日

旅3

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 蒸し暑い天候のせいなのか、環境の変化による影響なのか、昨日同様、一日中眠気がつきまとう。
 雨模様は振ったり止んだりの繰り返し。
 家の中に籠もりっぱなしもなんなので、それなりの小ぶりになったタイミングを狙い、思い切ってドライヴ。
 えびの高原まで登り、ただお茶して帰ってくるというノリで山間部を走行。
 雨模様でほとんど観光客とも出会わない山中、数台の車が昼間なのに、すれ違いざまライトを照らしていた。
 「山間部を走行する時のマナーか?」と想像しながらも「この明るさでライトまでは必要なかろう」とタカをくくった。っと思いきや、アッと言う間に辺りは深い深い霧に包まれ、視界5m程度より先は目視不可能状態。速度は30km以下に減速せざるを得なくなり、益々辺りは恐ろしく深い霧の闇が視界全体を支配。
 ほんの一瞬で景色が変わった。
 あまりに深い霧だったので持参していたCCDカメラで風景を撮影。
 “静寂から一転して、震撼の脅かしシーン”のホラー映画等のロケーションには申し分なかろう加減。
 しかし、道路でもなく車でもない場所で、こうした現象の中に放り出された場合、大げさでなく遭難してしまうのかもしれない。
 ほんの数メートル先の道路脇の白線及び、センターラインがまったく見えないのだ。
 妙に貴重な経験をしたなぁと思いつつ高原を下りきり、小林市街地を抜けスーパーで夕食の買い出し。
 携帯とパソコンで遠隔業務を延々数本。休みあって休みナシ。

投稿者 yonezawa : 14:00 | トラックバック(0)

2007年 07月 3日

旅2

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 睡眠時間は7時間近く摂取したハズなのに起きがけから睡魔炸裂。
 帰省時のパターンは3食昼寝付きのスケジュールになりがちなのだが、なぜかその日予定してみた雑務・作業を完全に消化出来ないまま、あっさりと1日が過ぎて行く感覚だ。
 昨日からの雨がさらに激しさを増し、ガン振り状態の屋外。
 栓を閉めてもほんーの少しだけ漏れしまう台所の蛇口水滴の件を解消しようとホーム・センターへパーツ他の買い出しに。
 帰宅後、水道の元栓をペンチで閉め、蛇口直前の内部パーツの箇所を取り急ぎ確認。

 映らなくなったという茶の間にある旧型兼大型テレビをチェックし、それでも画面は真っ暗なので予備のテレビと入れ替え配線を施した。
 モノが再生するというのは何だか嬉しいものだ。

 日常、離れた場所に生活環境を持つ親と子の距離感のせいなのか、些細な生活環境の不備なる部分に気づくことに鈍感だ。
 
 庭に生い茂る雑草の問題、破棄せねばならない(多分)超大量の家具・家電・日用用品等々、一旦本気で考えるとどこから手を付けてよいのか途方にくれる感覚だ。
 しかしながら極力快適という文字に沿うよう、最終日まで自分ながらの最善を尽くす所存。
 毎日の飯が、例えアルコールが無くとも美味いのなんの。

 夜、差出人不明の輩より携帯メール「超久しぶりだが誰だか解るかな? 全国旅するトラック野郎です!」届く。
 差出人の主はおいらが大分県在住時代の旧友:Y。
 メールながら、まさに30年近くぶりのやり取りを交わす機会を得られた。
 懐かしき大事な仲間との再会を、またひとつ増やせる可能性に確信を持ち、にわかに歓びをかみしめた。

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2007年 07月 2日

旅1

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 午前8時起床。
 必須の雑務、家事諸々を終えた後、高速バスで今日もまた羽田へ向かう。予定時間より10分早めの到着で再び九州着。
 初フライト及び九州初上陸を果たしたRちゃんは機内でも超ごきげんで一安堵。
 今日の日を7ヶ月も待ちわびたジレンマを経て、おふくろはようやくRちゃんと初対面を果たした(感激)。
 迎えの車で本宅へ。
 今週の天候は全滅の天気予報情報。箪笥の上のダンボール箱を紐解き、数年前に格安の価格で入手したクラシック・ギターを取り出し、緩めていた弦をレギュラー・チューニングで張り直した。
 7月参加のイベントがあろうがなかろうが日々の鍛錬は必須だ。しかしながら、帰省時にこそ最も弾くだろうと想像しながら、これまで充実した鍛錬の時間を得たことはなし。鍛錬の時間を得たことはなし…。
 今日から母親と様々な話が出来るかと思うだけでメチャ贅沢。

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2007年 07月 1日

博多2-3

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 午前、『博多祗園山笠』の飾り山を軽く観光。
 博多在住時分の3年弱、朝からのレストランで働いていたおいらは「山笠」とも「どんたく」とも完全に無縁だった。
 幼い頃から人混みが嫌いだったが、そうした理由だけでなく賑やかな祭りの時期がやってこようともおいらは厨房で黙々とデミグラス・ソースやらカレー・ソースやらフルーツ・ジャポネなどを仕込んでいた。
 大好きな仕事だったが同時に過酷な仕事でもあったとも言えた。以前、書き記したかもしれないが、過酷な肉体労働と言える料理人の時代は、寝る瞬間に最も至福を感じたものだ。
 労働から解放されたおいらは、嬉しさのあまり寝端に笑っていた。

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 新幹線で下関へ。明治維新で最大の功労者:高杉晋作の軌跡を辿る取材に闊歩。
 27歳8カ月の生涯を終えるまで維新に邁進した高杉。
 高杉晋作の墓は下関市吉田の東行庵(とうぎょうあん)に奉られている。
 功山寺にある晋作像、高杉晋作終焉の地等々を回り、昼食後、フェリーで門司港へ5分の船旅。小倉の書店をご挨拶に1軒回り新幹線で博多へ。

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 午後6時50分発ANAで帰京。
 編集部で雑務を終え、ようやく帰宅。外はやや雨模様。
 明日からは、とんぼ返りとなる南九州方面への行脚。

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