2007年 05月 31日

ジョン・バトラー・トリオ

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 ジョン・バトラー・トリオのCDは日本未発売のモノからすべて入手している。
 iTunesで読み込んでみれば、ほとんどのジャケ写が取り込みと同時に入手出来たことに、妙に納得させられた。
 インテルMACに移行してから毎日デスクの上で音楽は鳴りっぱなし。

 7月刊に新刊としてリリースするコミックスのカヴァーを試行錯誤を繰り返し、現在所属する出版社のコミックスでは(多分)初めて採用する印刷技術に初チャレンジするべく、黙々と入稿作業。
 

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2007年 05月 30日

大萩康治

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 入稿作業を開演30分前まで行っていた。
 電車で20分前後の距離にある都営新宿線:住吉駅最寄りの『ティアラこうとう 大ホール』で行われた大萩康治ギターリサイタルに、またしてもギリギリで滑り込んだ。
 駅について並んで走る駆け足のおばさん3人とは徒競走状態。
 初対面のレコード会社ご担当者とは、ご挨拶も名刺交換も併せてわずか2秒。

 汗を拭きながら会場センターに位置する指定席に腰掛ける。
 前回、村治佳織を含む合計4名のギター・カルテットで大萩くんのプレイは観戦済みだった。今回、彼のソロ・コンサートだという情報はこの頃から伺っていたので、この日の観戦は早々と決めていた。
 2部構成中、2部以降には共演者にバイオリニスト:鍵冨弦太郎(Vn)が登場。
 ギターにぴたりと寄り沿った呼吸で紡ぎ出されるメロディがただただ美しい。

 驚くことに、大萩くんが2部の中で弾いていたクラシック・ギターは1834年製のモノなのだという。なんたる歴史なんだ。同じく、鍵冨くんのバイオリンも、MCで聞き逃してしまったが同じくらいの年代モノだったよう。
 2人とも文句のない若き才能溢れるプレイヤー。クラシック界の強者は、「のだめ現象」以前に、脈々と芸術の優れた部分をしなやかに継承しているのだ。
 プログラムに書かれてあった原曲作者の名前は、おいらには知る人が1人もいなかった。
 

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2007年 05月 29日

マイ・ケミカル・ロマンス

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 今年1月にインタビュー取材したロック・バンド:マイ・ケミカル・ロマンス(ジェラルド・ウェイ)の記事はヤンジャン27号(6月7日発売)に4C1Pで掲載予定。
 色校正も無事戻し、週末の見本誌を待つのみ。
 新作『ザ・ブラック・パレード』の全世界トータル・セールスは250万枚(日本は25万枚)を突破。夕方、勢いづくマイケミ来日公演の会場:日本武道館へ。
 売れ線と取られる曲調がウケる最たる理由なのか、会場はド満タンの集客。
 Cheap Trick『at 武道館』の会場で演奏できる境遇をリスペクトしたMCには好感が持てた。KISS、QUEEN等の影響をモロに感じさせる楽曲、狙いのあるステージングが、70年代ROCKをダイレクトに知らない若い世代には新鮮なのか。
 2つのセットを組み、曲によって使い分けていたドラムスのスネアの抜けがやや気になったものの、前回、ZEPP TOKYOで見たパフォーマンスより風格を感じさせた。
 以前、NYでアニメ制作をやっていたというカリスマ・ヴォーカリスト:ジェラルド・ウェイは大友克洋ファンだと語っていた。

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2007年 05月 28日

Beat generation

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 もう何回出演したのか判らないけれど、毎年恒例の『失速ライヴ』イベントの日が到来。
 会場となる目黒ブルース・アレイでのリハを終え、いったん帰社。いくつかの書類、ネームを整理し、本番直前にライヴハウスへ帰還。今日も忙しい。

 わずかのリハで、あたかも鍛錬を積み重ねたような面構えで本番へ挑む。
 午後8時20分、本番スタート。
 本番で喉のコンディションを最高の状態に持ち上げたイースト:吉田宏のアカペラ・シーンに演奏中、思わずメンバー間顔を見合わせてうなった。
 かつて渋谷クロコダイルLED ZEPPELINNの完全コピー・バンドを聴いたことがあるが、ヴォーカルに関して言えば吉田宏が圧倒的に上。
 ステージでかく汗は気持ちのよいものだ。
 忙しい最中、お集まりいただいたすべての皆様に心より感謝!


2007 Beat generation are
yoshida hiroshi(vo.)
asano yuki(ba.)
nakazaki sachiko(dr.)
kouno katsuyuki(gu.)
yonezawa kazuyuki(gu.)

1,Song Remains the Same
2,Celebration day
3,Heart of the city
4,D'Yer Mak'er
5,Whole lotta love〜Moby dick〜Whole lotta love

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2007年 05月 27日

イデオロギー

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 日本スーパーフライ級王者のボクサー:河野公平が「初防衛戦に勝ったら、亀田和毅君の相手に正式に立候補するつもりです。望むところです」と亀田3兄弟の三男:和毅とのエキシビションでの対決に意欲を示したそうだ。
 亀田兄弟の対戦相手には、そろそろ国内有力選手を迎え入れるべきだろう。ボクシングへの注目度及び、啓蒙の意味も込めて。

 1999年、山口県光市で起きた大事件。
 「もし犯人が死刑にならずに刑務所から出てくれば、私が自分の手で殺す」
 被害者である木村さんがこう訴え、これまで7年間もかけて加害者に死刑を求めているのに、未だ死刑判決は下らない。それはおろか、20名を超える元少年で被告人:福田孝行の弁護団の登場に驚いた。
 木村さんが会見で語った「死刑を廃止したいというイデオロギーの下に集まった弁護士の方々が、個別の事件とは関係なく、死刑になりそうな事件について集まっただけ」という意見には120%同感であり、「そういった方々のプロパガンダ的なものとして、この事件が取り扱わられる事を危惧する」という意味合いの意見にも大きく納得させられた。
 生涯で最もかけがえのない家族を、あれほど残忍な手段で失った本村さんが、どれほどの思いでこれらの言葉を発したのかと思うと胸が裂ける思いだ。
 家族を言われ無き理由で失った者ならば、この言葉「もし犯人が死刑にならずに刑務所から出てくれば、私が自分の手で殺す」を発する権利はある。
 被告に殺意はなかったと推測し、死刑回避を図るつもりの弁護団の思考は、被告人の思考の次に理解不能だ。

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2007年 05月 26日

セレブレイション・デイ

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 平日よりも睡眠不足なまま午前中開始の失速ライヴ:最終リハへ。スタジオで楽器を鳴らす作業を、自宅での反復練習の合間に挟まなければ実戦の感は少しづつ遠のいてゆくものの、年に一度の面子で1時間も音出しをすれば、各々の持つ阿吽が徐々に呼び戻されてくる。
 LED ZEPPLIN『祭典の日』はまったくクールでエグい曲だ。次回、スティーヴィーが来日したらセッションで提案してみることにしよう。
 ジミー・ペイジのリフは、よく言えば自由奔放。しかしヴォーカリストにとってはメロディの構築に相当な感性を要求させる楽曲ばかり。案外素直なメロディが少ないことが、バンド単位でカヴァーにくい理由の一つなのかもしれない。
 本番は明後日、28日。

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2007年 05月 25日

疲れた

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 映画『それでも生きる子供たちへ』試写を目指していたが、午後一に早くも断念。久々に電車で帰ろうかとデスク作業を終えようと思っていたところ、着手した仕事の終わりが見えなくなり、結局午前4時近くになって一段落。疲れた。夏に向けての実現を目指す企画、作業の仕込みがそろそろ本格化する頃合い。

 やらねばならない取材、色々あるなぁ…。

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2007年 05月 24日

M緊急入院

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 映画『ゾディアック』試写を目指していたが、午後一に早くも断念。
 こんな断念が年間30回ぐらいはありそう。
 集英社の漫画誌では多分初めての印刷手段となる、とある新仕様の詳細を印刷所と相談しあい、徐々にその行程、仕上がりの青写真を確認し始める。
 担当デザイナーの緊急入院により、あわや企画はフリダシかと危惧したものの、無事退院したデザイナー:Mちゃんのダミー作成によってかなり進行具合が見えてきた。
 漫画家:N氏のスーパー・クールな描きおろしカットも数点到着。いよいよ本番へ着手の段取り。

 夜、K社:Y、K、H社:Iちゃんらとの、恒例奇数月飯会『隔月会』の地へ移動。
 六本木・乃木坂界隈の『石頭楼(スートーロウ)』は初めて味わうごま油・鶏ガラ出汁の鍋料理。
 喰ってみないと説明しにくい鍋であり、おいらはなかなか気に入った物件となった。

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2007年 05月 23日

テンホーちゃん

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 4コマ界の超人:岩谷テンホーちゃんから、深夜ふいにお誘いメール拝受。
 テンホーちゃんとは数ヶ月に1度の割合で飲みの席をご一緒するペース。
 この関係を漫画家:若林健(次)ちゃんは「不思議な組み合わせだ…」と言っているそうだが、テンホーちゃんとの歴史もかれこれ10数年の年月を数えている。
 仕事中の先ちゃんにも声をかけ、新しく出来た梅酒バーへ飛び込んだ。
 様々なリキュール・ベースの梅酒がかなりの数メニューに記されていたが、こんなに種類が出ているとは知らなかった。
 結局、いつもの芋焼酎を飲んでいるわけなのだが、1.2年前に比べてバリバリ元気なテンホーちゃん。
 気がついたら午前4時30分を回っていた。

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2007年 05月 22日

新天地

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 午後一で入稿完了。
 チェックしなければならない資料にまったく目を通すことが叶わないまま時間が経過し、目の前最速の入稿・雑務に追われる昨今。
 ライター:Nと夜待ち合わせ。
 ひょんな場所を探検していたら、なかなか古風で歴史のある寿司(&居酒屋)を発見。

 夏から新天地へ移行するというNの前途を祝し乾杯! と銘打つのを忘れたまま、久々に交わす芋焼酎を飲み干した。

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2007年 05月 21日

宮本笑里

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 音楽家であり、元世界的オーボエ奏者:宮本文昭を父に持つバイオリニスト:宮本笑里を紹介いただいた。
 以前、明石家さんまと中村玉緒の特番「あんたの夢かなえたろか」内でオーボエ奏者:宮本文昭氏の事を初めてまともに知ったのだが、彼は今年の3月いっぱいをもってオーボエ奏者としての活動を終了したそうだ(ただし、オーボエ奏者の活動のみを止めたのであり、音楽の世界から完全に引退したわけではない)。
 放送の時期はまだ引退前だったが、プロフィールに記された世界を股にかけた活躍を知れば知るほど、その引退の意味が不思議でならなかったが、今日彼女の話を伺い、その一端が少しだけ理解出来た気がした。
 ある種のコンプレックスからオーボエという楽器を選び、現在に至ったと聞いた。宮本文昭氏のひととなりには、率直に好感を抱かせる雰囲気を感じ取り、彼女の物腰にもその優しさと品格を感じたおいらだった。

 一回り年下の編集:Tに声をかけられ、久々に深夜のゴールデン街へ。
 先日、足下も怪しいほど酔った己に少しだけ反省し、水割りの芋焼酎でゆったりと乾杯。

 ここら一体の店舗としてはスペースの広い店で、同時にさして混まず、の空間が今日の気分にピッタリ。
 編集スタッフ間との意思の疎通も作家のそれと同様、時に重要な企画を生む場合があり得、こうした機会も侮れない。

◆宮本笑里(みやもと えみり 1983年12月7日生まれ)日本のバイオリン奏者。元オーボエ奏者の宮本文昭の次女。2007年7月にソニー・ミュージックエンターテイメントからCDデビューを予定。

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2007年 05月 20日

カンヌ映画祭

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 午前10時、マンション会議に出席。
 ビルの屋上かどこかで、男が飲料水を飲んだとたんに水の羽根が生えて(放水して)くるスプライトのCMが印象的。
 見なければならない夏公開の映画を結局冒頭の数分しか鑑賞できず、夜のニュースを見ながらソファでオチてしまった。
 昨日午前中、カンヌ映画祭の開催地へ旅立たれた武さんは、明日、メイン会場となる"パレ・デュ・フェスティバル・エ・コングレ"のレッド・カーペットを紋付袴+αで入場の噂。

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2007年 05月 19日

HUMAN AUDIO SPONGE

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 年に一度の『失速ライヴ』イベントは今月28日(月)目黒ブルース・アレイで開催予定。
 例年通り20分間のステージで、我がビート・ジェネレーションもエントリー。
 正午より2時間のスタジオ・リハへ。
 演奏するのは、ほとんどが何年も聴き込んいるLED ZEPPLINからのカヴァー曲。いい加減頭に入っているハズの曲ばかりなのに、いざ取り組んでみると原曲の表情を再現するには生半可な姿勢では困難極まりないことを知らされる。
 知っている曲なのに細かいアレンジ、フレーズを懸命に聴き込めば初めて気づく発見ばかり。やがて“曲の素性”が見えた分、曲の景色が変わって見えてきた。
 よりオリジナルの空気に近づけるべくわずかのリハに集中し、指を切る(?)ほどの激弾き。

 午後5時、吉祥寺駅で江口兄と待ち合わせ。井の頭線〜東急東横線を乗り継ぎ、みなとみらい駅下車。
 パシフィコ横浜:国立大ホールで行われた『HUMAN AUDIO SPONGE』チャリティ・コンサートへ。
 坂本龍一、高橋幸宏、細野晴臣の3人、つまりYMOお三方のライヴ体験は、1993年6月10日(or11日)の“再生ライヴ”東京ドーム以来。
 本コンサートのチケットは親友:Mの協力により幸運にも入手出来たが、ヤフオクでの最終的につり上がった落札額を知ったときは驚いた。
 席はラッキーなことにステージ間近の13列目センター。
 淡々と演目を奏でる彼らの演奏は、ノイズとリフのループに交錯する美しい旋律が印象的。
 刺激溢れる演出とパフィーマンス。あの3人がすぐ目の前のステージにいる。その光景だけでいとも簡単に感激に至った。
 力強さと繊細な旋律の共存する世界にたったひとつのエンタテイメント。
 歴史的グルーヴを体感し、確信したコンサートだった。イベントの趣旨にも賛同の思いだ。
 アンコールでは教授の生ドラム演奏のサプライズも体感。ユキヒロ氏のMCによれば、80
年代にも披露されたことがあったそうだ。
 終演後、テクノを大きく世に知らしめた漫画家の一人:江口寿史兄を教授にご紹介せねばと、関係者の集う打ち上げのフロアへ移動。
 ミュージシャンズ・ミュージシャンという恐るべき立ち位置にいらっしゃるお三方ながら、みなさんがとても気さくで感激。併せて、ご多忙な中、お気遣いくださったSさんの配慮には心より感謝!

 イエロー・マジック・オーケストラは高校時代、数曲演奏したことがあるのだ。
 フィーチャリング:渡辺香津美のギター・パートを夜中から明け方にかかる一夜漬けでコピーさせられ、翌日どこかの体育館でのライヴに挑んだ記憶がある。ドラムス:緑朗は無茶な注文をしてきたもんだ。
 「(コピーするのは)他のパートは簡単だったでしょ? でも香津美のギターは難しいでしょ?」とは教授の弁。

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2007年 05月 18日

シュレック3

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 映画『シュレック3』でキャメロン・ディアスのインタビューを掲載した原稿を無事入稿。ロスへ飛ぶ時間もなかったので、今回は現地在住のライター氏へインタビュー原稿の依頼。
 最新音楽記事を構築し、数本の打ち合わせを終え、Uさんと18時10分のこだまへ飛び乗った。JR小田原駅で作家:夢枕獏さん(&Nさん)と合流し、目的の店:Aへ徒歩移動。
 Aは、遙か35年間(前後)の歴史に今月の25日で終止符を打つそうだ。

 獏さんが十代の頃からの馴染みだという、この店をとある企画の資料として撮影しておきたかった。
 懐かしい角のウイスキーにスパゲティ・ナポリタン。カウンターに並んだお客さんの声が全員に聞こえる空間なので、自然に知らない者同士でも仲良くなってしまう仕組みなのだ。ここがノスタルジックのポイントと言えよう。
 初めて来たはずなのに、あっと言う間になんだか懐かしい気分に浸ってしまう。
 おいらが東京に来て初めて務めたパブ:Aと同じ店名に奇遇さを感じ、ここに流れる空気にゴールデン街の魅力的な店を思い出した。
 獏さんに感謝。Nさん、Uさんご苦労様。

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2007年 05月 17日

伊丹由宇兄

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 ふいに飛び込んできたフリーのデザイナー:Mちゃん緊急入院のニュース。
 依頼中の取材記事は彼が所属する事務所の他デザイナーに委ねることに。
 不健康極まりない、終わり無き週刊誌製作の激務のせいか。モノ作りは健康へのリスクがつきまとうもの。この降って湧いた治療の時間を逆手に取り、わずかでも休息の時間に充ててほしいと願うところ。
 夕方、音楽人間:伊丹由宇兄と待ち合わせ、恵比寿ライヴ・ゲートへ。
 「カウンター・ショック」なるドクター&看護師で結成されたロック・バンドのライヴ観戦へ。
 同バンドのギタリストを担うのは、先日1959年のレスポールを弾かせてくださったIさん。
 PRSをODにジャズ・コーラスに突っ込み、そつなく奏でるギター・プレイが彼ならではの主張を聴かせてくれた。I さんカッコイイ! 終演後、食の達人でも有名な伊丹兄に導かれるまま、中目黒で地鶏屋、一発でお気に入りとなった居酒屋へ。
 遠慮の要らない濃い音楽話に花が咲く。伊丹兄の創作される漫画原作も楽しみ。

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2007年 05月 16日

インテルmac

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 引き続き、macの環境設定に必死に必至。
 自宅で使っているインテルmacをほとんど機能させていない現実をじっくり知らされる。
 おいらはパソコンを何年使おうともスキルは初心者レベルのままだ。
 iTunesにある、いくつかの便利な機能も教えてもらえるまでまったく知らなかった。
めちゃ簡単なことも、そのスイッチを知らねばまったく気づく理由がない。
 不便な操作性をスキルの高いユーザーに愚痴ると、周りの強者スタッフが教授してくれるのだ。

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2007年 05月 15日

レミーのおいしいレストラン

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 映画『レミーのおいしいレストラン』フッテージ試写会へ。場所は新宿に新たに出来たシネコン:新宿バルト9http://wald9.com/access.html。上映時間:51分(前半部分のみ)の映像を鑑賞。
 『アイアン・ジャイアント』『Mr.インクレディブル』の監督とチームによる製作で、まだ未完成ながらも素晴らしい出来に呻り、作品本体と脚本とCGの出来に驚かされた。
 キャラクターがカリカチュア化されている部分がCGアニメーションという印象を持たせるものの、もはやモブの景色などは実写と見分けがつかない勢い。
 本気で写実的狙いで作り上げれば、実写とCGの境界線は気づかないのではなかろうか。
 鑑賞後に本作品を軸としたある企画を思い立った。実現できるか否か?

 編集部帰還後、終始mac環境設定の継続&雑務バリバリ。
 夕食のタイミングを大きく逃し、午前中の食事から14時間ほど経過した深夜、編集部からタクシーで10分の地、深夜営業の本格江戸前寿司をたらふく喰った。

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2007年 05月 14日

大日本人

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 ダウンタウン:松本人志初監督作品『大日本人』カンヌ招待のニュースが話題だ。
 松本が初監督・主演など4役をこなすそうで公開は6月2日。カンヌ国際映画祭は16日開幕。
 コンペティションではない監督週間部門に招待されるそう。60周年を迎える同映画祭では記念企画として、世界から選んだ蒼々たる監督による短編作品が上映されるようだが、北野武監督の作品もこの企画中で上映されるとのこと。撮影自体が随分前に終えらえたことは、完成直後監督に伺った記憶があった。
 松本作品は徹底的にベールに包まれている。

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2007年 05月 13日

Musiclander

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 午前中、水天宮。
 15時、スタジオ・リハ。
 愛機:Musiclanderがよく鳴くよく鳴く。
 17時20分から10分開店待ち。久々の丸長。
 19時、入稿のため編集部。
 深夜、入稿完了。
 移動の車中、爆音でデレク・トラックスをヘヴィロ。
 特殊なスライドの魅力が炸裂。

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2007年 05月 12日

初日舞台挨拶

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 諸事情あって、映画『ラブデス』初日舞台挨拶の劇場、打ち上げ会場へはたどり着けず激残念。
 家での雑務で1日があっという間に終わった。慢性的眠気の続く倦怠感満載の終日。

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2007年 05月 11日

昨日までmacG3

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 編集部のパソコンは昨日までmacG3を使用。
 モニターもかなり骨董品な旧型のシロモノだ。
 GWを挟んだせいもあり、申請してから納品までかなりの時間を要したのだが、インテルmacがようやく到着。業者に設置・設定を施していただき、最新の機能に驚かされる。
 中でも、日本ではまだ未公開の海外の映画予告編がずらりとフル画面で閲覧できる機能。モニターに搭載されたカメラによって可能だというテレビ電話の機能等が斬新だ。
 旧タイプの外付けHDを認識させ、いらない書類をガンガン破棄。
 肝心のメインで担当する漫画の重要ファイルがなぜか表示されないまま。この復旧は今日中では解決せず。

 深夜、デザイナーの頭:Mちゃん+編集:Tと近場で一杯。
 2件目で久々の新宿へくり出したものの、一昨日の疲労がまだたまっていたのか異様に酔いが回り、しかも後半少しオチてしまった。
 体力衰退。こんなことは珍しいのだ。

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2007年 05月 10日

安らかに

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 悪夢の知らせは忽然とやってきて、静かに現実を受け入れさせられた。
 乏しき睡眠時間の中、要町:祥雲寺、日大病院循環器科の医師:日野先生の葬儀へ。
 GWの4日、見ず知らずの方よりふいに訃報のメールが届き、まさかと目を疑ったがこの信じられないニュースは現実だった。
 昨年まで毎週行われていた「日野先生を囲む会」には折に触れ合流。先生とは利害関係の一切ない、まさに楽しき“飲み友達”のお一人だった。
 すでに直らない癌の一種に侵されていたのだと、今日関係者より初めて伺ったのだが先生はまだまだ若かった。これでもかと毎週行われていた飲み会「日野会」の意味は、そうした理由もあったのだろうか。無念。
 日本酒と大勢の仲間を大事にされた先生、安らかに。 
 心よりご冥福をお祈りいたします。

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2007年 05月 9日

スティーヴィー・サラス

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 スティーヴィー・サラス来日公演、恵比寿リキッド・ルームへ。
 年齢層が高いと思いきや新しいリスナーの層へもファンを拡大しているのか、若いファンの姿も多かったように思う。
 正式なライヴとしてはFUJI ROCK以来。
 新曲、代表曲に交え、ファーストからの選曲に感激した。
「インディアン・チーフ」はおいらにとってかけがえのない風景を見せてくれるプライオリティの高き曲だ。
 数年前のスティーヴィー特写撮影時、フォト・スタジオで弾いてくれたあのリフはライヴで不変の響きと輝きを放っていた。
 些細なトラブルもファンク色全開の広大な演奏でドカンと吹っ飛ばす感じだ。

 公演終了後、近場で同行者:Kと乾杯。
 午前0時になり、スティーヴィーと待ち合わせしていた店:Oへ移動。

 メンバー全員&関係者と合流し、改めてスティーヴィーと乾杯。
 気遣いの細かいスティーヴィー。温かいフレンド・シップに今日も感激だ。
 店内に設置されるステージで、全員が入れ代わり立ち代わり備え付けの機材を取り代え、なんと初めてスティーヴィーのドラムス演奏を体感。素敵でファニーな演奏だった。

 かつて、日本の音楽シーンを席巻したキーボード奏者:TK氏と妻のK氏はスティーヴィーの大ファンだと言う話は以前より伺っていたが、彼らも交え飲みの合間に大セッション大会開始。
 スティーヴィーのブラック・ミュージックはビンビン腰にくるノリだ。ちゃんとしたライヴ会場でもやればメチャクチャウケるだろに…と想像しつつ、思いつきの選曲に感じられる異常にクールな空気に身を委ねていた。
 スティーヴィー、ギター巧めぇ。

 スティーヴィー・サラス・カラーコード+TKによるジャーニー『ライツ』演奏の際、「KAZU、歌ってくれよ」と言うスティーヴィーのリクエストに答えられなかったのが至極残念。
 曲、覚えておくんだったよ。
 早朝7時まで飲みと演奏の宴は続くのであった。

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2007年 05月 8日

3人面子

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W社:Mとの打ち合わせ後、飯へ。
一旦、打ち合わせで席を外した間にW社:Kが合流。
やがてM帰還。久々の3人面子で乾杯。
何をどう話したのかもはや判らないまま、
少しだけ残した仕事を片付けに編集部帰社。

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2007年 05月 7日

雑務

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 原稿入稿後、午前4時30分過ぎまで編集部で雑務。

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2007年 05月 6日

スパゲティ・ミートソース

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 何もしなかった気分のまま、あっという間に駆け抜けたGWは瞬時に最終日を迎えた。

 一昨日、大量にボイルし過ぎてしまったパスタ麺と、昨夜のコロッケ用の具でスパゲティ・ミートソースを作成。
 赤ワインは先日飲み干してしまったので、冷蔵庫にあった食前酒をワイン変わりに使ったのだが、このテイストがやや合わない味のモノで、少しだけ不満のあるミートソースとなった。
 料理の後悔ほど悔しいモノはない。
 連休中にはあり合わせの食材で何かを作ることが、ひとつの楽しみとして感じられていた。
 夜中、この日記を書き記す途中、冷蔵庫の中身を見て足りない食材をメモ。
 午前3時過ぎ、24時間のスーパーへ買い出しに。
 閑散としたスーパーで独占的買い物をする空間が、おいらは嫌いではない。
 駐車場も待つことはなし。常に1番となるレジも早いものだ。

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2007年 05月 5日

海陸先生

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 午前8時起床。ほとんど寝られず。
 リリアンをJR三鷹駅まで送り届け、近々の再会を約束。
 帰宅して9時過ぎにはK野起床で、ヤツも我が家を出た。
 海陸夫妻の寝ている間に朝食の仕込みを終え、昼前にホクホクの竹の子ご飯、
 鮭焼き、納豆、豆腐とわかめの味噌汁、梅干しで日本人としての真っ当な朝食をいただく。

 昨日のプチ酔いコンディションを徐々に解しつつの午後2時30分、
 来宅中の海陸夫妻と吉祥寺へ。
 大勢の人混みでサンロードは今日も賑やか。
 適当にショップに入り、適当に各々軽く買い物を終え、
 先日谷口ジローさんに教えていただいた焼き肉屋で早めの夕飯をと思い立ち、店に到着すれば入り口にはすでに人の列が。
 まだ5時前なのに、すでに数組の待ち状態。
 だったら心当たりのある錦城苑へ! っと向かってみれば無念の休み。やむなく佐賀牛の焼き肉屋へ初めて飛び込んだ。
 海陸に対し、「この機会のうちに直接話しておかねばならない取りこぼしたテーマはなかったろうか?」と考えるものの、目の前の話題で充分に笑い転げるおいら。海陸とは生涯こうした時間を重ね続けながら心地よき時間が経過してゆくことを確信していた。
 喰った肉も思いの外○。帰阪の、新幹線の出発時刻まで1時間を切った頃、店の中でお見送り。まだ焼いていない肉があったのだ。
 海陸にすればきっと人生で最も波瀾万丈なここ数年の時期を経て、そして今回の再会。これらの時間を共有できたことが一つの宝だな。

投稿者 yonezawa : 03:46 | トラックバック(0)

2007年 05月 4日

海陸&あきゅ

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 夕方4時過ぎ、JR三鷹駅で海陸夫妻をピックアップし我が家へご招待。
 昨夜より、すでに仕込んでいた料理に火を入れ、ぼちぼちとつまみの準備を。
 大阪より連休を利用しやってきた2人。関東での一夜は、我が家で爆笑していただくこととなった。
 遅れてK野来宅。
 さらに急遽思い立ち、連絡し、初めて我が家へ招いたフランスからのゲスト:リリアンも打ち合わせの席より最短の時間で駆けつけてくれた。
 まったく貴重で楽しい夜更けだぜ。

 海陸&あきゅ、結婚おめでとう!

投稿者 yonezawa : 02:44 | トラックバック(0)

2007年 05月 3日

 ペットボトルのゴミが大量に出るので、会社などに置かれている据え置きの飲料水機を設置するのもアイディアかと思い立ち、やにわに調べてみるがまだ段ボール入りの2Lペットボトルを購入する方が格安なことが判った。
 ペットボトルにしても苦手な水もあるので、どのブランド、水質が肌に合うのか判らないので、買う(リース?)することになってもチョイスには迷いそう。
 誰か詳しい人はいないかなぁ?

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投稿者 yonezawa : 03:13 | トラックバック(0)

2007年 05月 2日

仮歌

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 もはや骨董品なHDレコーダー:VS880でデモ作成。
 今朝方に弾いた仮のガイド・ギターはエレキでのラインで録音だったので、昼間アコギに差し替えるべくレコーダーへプラグ・イン。
 首にはタオル。汗がしたたる。
 解放した窓を閉じ、カーテンを閉めてヘッドフォンを装着し、
ギターの後に仮歌まで録ってみた。

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2007年 05月 1日

リビング

午前中、荻窪病院。
夕食をとり、リビングでボーっとしている
いつの間にかオチてしまった。
こんな日が2,3日続いている。

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投稿者 yonezawa : 01:31 | トラックバック(0)